日曜に鈴木さんが原稿チェックに来るので、平日の夜は創作活動である。
「姉ちゃん、ハンドシェークのイラストを使っていいかな?」
姉ちゃんのホームページで公開しているイラスト集で、一番好きなイラストの使用許可を貰う。
「いいわよ。亜樹が使いたい物は許可無く使って」
「でね、あれの鉛筆デッサン風を書いて欲しいんだ」
「うん?あれで無くて?」
「あれも使う。カバーと表表紙でイラストの印象を変えたいんだよ。出来るかな?」
「もちろん。栗井先生の意に沿うイラストはオータンにまかせて♪」
姉ちゃんが作業にかかり初めてくれた。夏美は指定席で、スヤスヤ寝ている。このコアラ娘は、僕が動いても落ちない。バランス感覚が優れているのだろうか?
「あっ、9時になったので、帰ります」
紅子が声を掛けてきた。
「あぁ、おやすみ、紅子」
「はい、亜樹さん」
紅子が玄関を出て行ったので、部屋に戻り、ラストシーンの構想に入る。瞑想状態に入ったいたのだが、帰ったはずの紅子の声で振り返った。
「亜樹さん、すみません。兄がご挨拶したいそうで…」
部屋の入り口には、紅子と紅子のお兄さんが立っていた。夏美をおぶったままだと失礼だと思うので、起こして、リビングに行って貰う。
「狭いですけど、どうぞ」
部屋に紅子兄妹を迎い入れた。
「君が亜樹君か。私は佐田悟だ。よろしくな」
「はい、よろしくお願いします。って、紅子はここに通って良いのですか?箱入りのお嬢様ですよね?僕なんかにつきまとうのは、どうなんですか?」
「うん?紅子が鬱陶しいか?」
「そういう訳では無いんです。紅子には良くしてもらっています。でも、僕は紅子にしてあげられることが無いんです。だから…」
「なら、紅子の好きなようにさせてくれないか?亜樹君に、何かをしてもらいたいって訳では無いようなんだ。君の為に尽くしたいそうだ。迷惑で無ければ、君の傍に置いて欲しい」
「でも…」
僕にしてあげられることは、姉妹からの暴力から護ることくらいだ。
「気に病まないで良い。しいて言えば、もっと紅子を頼ってやって欲しい。紅子が言うには、身体、名誉、財産にまったく興味を示さなかった君に、興味を抱いたそうだ。君の生い立ちも聞いた。今は姉妹と仲直りをしているようだな。で、私からもお願いがあるんだ」
「僕に…ですか?出来る範囲でなら…」
「簡単なお願いだ。君を弟と思っていいかな?紅子の彼氏という扱いで無くて、私の弟って扱いにしたいんだけど、どうかな?」
「え…」
突然の申し出に戸惑う。どう返せば良いのだろうか?
「お兄様、亜樹さんが困っています。あまり、追い込まないでください」
紅子が心配そうに、割り込んで来てくれた。
「あぁ、そうだな。徐々にでいいから、私を兄と思って欲しい。私の方は、既に弟と思って振る舞うから♪」
「あっ…お兄さん…欲しかった…でも…僕なんか…」
ぼっち系のゴミである。迷惑をかけそうだ。
「君みたいな弟が良いんだ。私も紅子同様、君を支えたい。だから、困ったことがあれば、何でも相談して欲しい。直接言いにくかったら、紅子経由でもいいからな」
「亜樹さん…私…嬉しかったんです。頼ってくれたこと…用事を任せられたこと…今までしたことが無かったから。何でも周囲の者がやってくれていた。自分でやりたいこともあったのに…ここでは、初めての経験が多いので、失敗も多いですけど、楽しいんです。だから、彼女って立場で無くて良いんです。私に色々経験をさせてください。お願いします」
こんな僕に頭を下げて来た紅子。
「あ…ありがとう…こんな僕に…傍にいてくれて…」
それしか浮かばない。もっと言葉を詰め込まないと。小説家なのに…
「いえ、私の方こそ、ありがとうございます。傍に置いてくれて♪」
そして、紅子兄妹は帰っていった。
「お兄ちゃん、いい?」
夏美が顔出し、確認する。頷くと指定席に収まり、静かな寝息を立てる妹。ベッドで寝た方が楽だろうに…
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金曜の夜、蘭が姉妹の家に泊まりに来たそうだ。明日は、朱美も合流しての合同自主トレらしい。
「亜樹も参加する?」
姉ちゃんに声を掛けられた。
「姉ちゃん、締め切り間近なんだけど…」
しまったって顔の姉ちゃん。まぁ、そうで無くても参加はしない。僕は格闘家では無いから。
「で、蘭丸は亜樹の部屋に泊めるから。いいよね?」
「いいよ。僕はあの家の住民では無いから。あっ、執筆に戻るわ」
気まずい雰囲気になったので、執筆部屋に戻る。僕があの家の住民で無いと感じたのは、今の両親の対応だった。あの家を出て離れに住んで半年もの間、僕があの家にいないことに気が付かなかったのだ。
僕が離れに移り住んで半年くらい経った頃、父親が僕のいない事に気づいたらしい。母親に確認したのだが、息子はいないって言ったそうだ。母親の言葉を受けて、僕を空想の産物と思ったらしいのだが、アルバムを見ていて、僕は現実に存在すると確信したそうだ。
まぁ、女優として忙しい母親。産んでもいない息子の事を、ドラマの設定だと思い込んでしまうのは職業病なんだろうな。父親も小説の世界と現実が区別できない職業病だったと思いたい。まぁ、僕にとってはどうでも良いことだ。
で、父親は庭に出来ていた壁に違和感を覚えたそうで、壁の向こう側、離れにやって来た。そして、僕を発見したのだ。僕に詫びる父親。実の子では無いから、これでいいと言うと、DNA検査をして、実の子供である証明書を持って来た。だから何って言ってやった。哀しそうな表情の父親。まぁ、発見してくれたおかげで、生活費を貰えるようになったからいいけど。発見されるまでの半年、給食と朱美からの差し入れで凌いでいた僕は、育ち盛りに栄養失調という現実に飲み込まれていた。僕が引きこもりになった原因でもある。体力が無いのだ。身体を動かしたくても、動かせない。タンパク質が足りず、筋力は無いと診断された。
父親は、中学生にあがるまで、毎日やって来ていた。世間では断筆したとか、スランプだとか思われていたそうだ。でも中学生に上がると、稼ぐのを優先した。僕により多くの財産を残したいとかで。そんなのどうでもいいんだけど。
僕は家族が欲しかっただけ…それ以外は、どうにかなると思ったから。
◇
土曜日、1日早く鈴木さんがやって来た。連れがいるようだ。誰だろうか?鈴木さんの連れは、僕を見て固まる。
「新一君…新一君だよね?」
うん?蘭の元カレの知り合いかな?
「園子、彼は違うわよ。あなたの会いたがっていた栗井鳥栖先生よ。亜樹君、彼女は私の従兄弟の園子。あなたに会いたいって、せがまれちゃった。ごめんね♪」
「まぁ、鈴木さんの知り合いならいいけど…」
園子って子は、紅子を見て、再度固まる。
「紅子…なんで、いるの…」
「園子…えっ?鈴木さんって、鈴木財閥なんですか?」
紅子も驚いているようだ。
「そうよ。仕事には関係無いから、言わなかったけど。佐田財閥のあなたに会った時には驚いたわよ」
良くわからない会話をしている。執筆部屋から原稿の束を持って来て、鈴木さんに手渡した。
「一応書き上がっています。今、細かい手直し作業中です」
そして、作業に戻る。裏表紙に使うイラストを描いていたいる途中だった。ふと、閃いたのだが、今日は姉ちゃんはいないので、自分で描いてみようと思ったのだった。僕は基本鉛筆画である。たまに筆でも描くこともあるけど。姉ちゃんのようにPCを駆使して描けないから。僕の作業を食い入るように見ている園子と紅子。
「紅子、悪いけど、珈琲貰えるかな。後、お客さんに紅茶を頼む」
「はい♪」
僕の頼みを、嬉しそうに聞いてくれる紅子。
「えっ?紅子が…あの高ピー娘が…どうしたんだ?」
園子は紅子の変貌ぶりに驚いている。僕は、変貌前の紅子を知らないので、その感動がわからない。
「こんな感じかな?どうかな、鈴木さん」
鈴木さんに出来上がったイラストを手渡す。
「う~ん…印刷だと、こういうタッチ出るかな?これはこれで、私のコレクションにしたいけど…」
「くすねないでね、鈴木さん。閃きは一瞬だから、二度は描けない」
「はいはい。担当作家さんの意向に従いますよ。ねぇ、ついでに何か描いておいて。貰って帰るから」
頷く僕。何を書くかな?園子と目が合った瞬間、閃きが舞い降りた。閃きに従って、描いていく。
「えっ…何を描いているのよ~」
園子の声が聞こえてきた。スルーだな。
「あっ…園子の裸体?」
紅子も気づいた。鈴木さんが寄って来た。服を着た姿から裸体を想像して、描いていく。
「止めて~見てもいないのに~」
園子が真っ赤な顔で、拒否する。
「え?でも、凄い。見ながら描いた感がいいわねぇ」
鈴木さんが誉めてくれた。もう少しで完成だ。自分のサインを入れて、落款を押しておく。
「はい、鈴木さん。プレゼント」
鈴木さんにプレゼントした。
「ありがとう、亜樹君♪」
「亜樹!いるか~」
ガサツな連中がやって来た。静かな室内に活気が感じられていく。
「えっ?園子…どうして?」
あぁ、園子と蘭は知り合いなのか?
「あっ、本当だ、園子じゃん♪」
「え…朱美…春美…夏美…何で?どうして…」
プチパニックな園子。どんな関係なんだ?
「亜樹、何で園子がいるの?」
姉ちゃんが訊いてきた。
「鈴木さんの従兄弟だって」
「あぁ~そう言えば、園子は鈴木姓だったなぁ~」
「夏美、飯どうする?」
「お兄ちゃんの食べたい物がいい♪」
「えっ?お兄ちゃん…栗井先生って…鳥井姉妹の関係者かぁ~」
園子の叫びが響く。
「そうだよ。僕は、春美と夏美の間だ」
「三つ子?」
「姉妹は父親の再婚相手の連れ子で、偶然生年月日が同じだっただけ」
「血の繋がらない三つ子?」
「そうなるな」
あっ、これってトリックに使えるかな?閃きが舞い降りた。閃きをメモに書き込んでいく。
「で、蘭はどうしているの?」
「えっ…それは…亜樹君のプロポーズを受けたから…で、義理の姉妹と合同自主トレ
…」
真っ赤になって俯く蘭。うん?プロポーズなんかしていないんだけど…
「プロポーズを受けた?相手は中学生だよ。で、新一君はどうするの?いくら、顔がソックリだからって、乗り換え?」
「顔はそうだよ…時々、新一って錯覚するけど…でもね、亜樹君は一緒にいてくれる。寂しいときも、哀しいときも…だから…もう、待っているだけの関係は…ダメなの…」
「亜樹さん、外で食事はどうですか?」
紅子が提案をしてくれた。
「鈴木さん、どうかな?」
「今日はダメ。ごめんね、紅子さん」
「いいえ…締め切り前日ですものね。配慮が無くて、ごめんさい」
頭を下げた紅子。
「気にするな。僕も配慮ができない部類だから」
紅子の髪を手ぐして撫でる。嬉しそうな顔に戻ってくれた。紅子は笑顔がいい。
「姉ちゃん、飯買って来て!」
「はぁ?姉を使いっ走りにするの?」
「姉ちゃんがいないから、僕がイラストを描いた」
「えっ…あのね…亜樹…イラスト…私の…仕事だよ…」
仕事を奪われた姉ちゃんは、意気消沈である。
「夏美、買って来てくれる?」
「お兄ちゃん、オンブ♪」
「はぁ?」
汗でグショグショのトレーニングウエアで、指定席に纏わり付く妹。一気に背中が冷たい…
「あぁ、しょうがないな。じゃ、買ってくるよ」
「亜樹さん、ケータリングサービス頼みましょうか?」
紅子が僕の負担を軽くしようと、あれこれ提案してくれる。無下に断り続けるのも、悪いよな。
「そうだな。紅子、頼んでくれるか?」
「はい♪まかせてください」
耳元で夏美の寝息が聞こえる。だから、寝床で無いんだよ、僕は…
「なんか、この家、カオス臭が充満していない?」
園子が呟いた。していると思う。良く言えば賑やかで片づくと思うけど。
「亜樹君。いいわよ。校正作業に出すわ。あとは、挿絵をもう少し欲しいかな。食後は、三鳥井で頼むわ」
三鳥井は三つ子と呼ばれるのに抵抗がある姉妹が、代わりにひねり出した造語である。鈴木さんが挿絵が欲しい頁をリストアップしていく。それに伴い、朱美はその頁をコピーしていく。コピーした原稿で、どのようなシーンを描くかを決めて、担当を決める。
「蘭と姉妹は汗を流してきて。部屋が汗臭いよ」
「うん?私は?」
朱美が声を掛けてきた。
「なぁ、地下室に行こう♪」
「えっ?なんで?私?」
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手首だけを固定した。
「どうして…何か、気に障ったのであれば、謝る」
って、朱美。いや、抵抗すれば、こんな事にならないのに、無抵抗だった朱美。シャツを捲り上げて、頭部を隠し、谷間の臭いを嗅ぐ。
「何をしているんだ?亜樹…あっ!」
え?何もしていないのに達したようだ。なんだ?メモに書いておく。
「亜樹君、何をしているの?」
シャンプーの香りを漂わせて蘭がやって来た。
「いや、朱美でデータ収集しようと思ったら、何もしていないに達してしまって…」
「うん?データ収集って?」
恋愛物を書くのに、女性の反応を知りたいと、正直に話した。
「う~ん、そうなんだ…私でモデルになれるかな?」
朱美の拘束を解く。床にへたり込む朱美。
「じゃ、食後に頼もうかな?」
蘭に返事を返す。
「うん♪」
◇
「えっ…凄い…園子ってヌードモデルをするんだ?」
食後、鈴木さんが、プレゼントしたイラストを、みんなに自慢して見せた。
「しないわよ、蘭。服の上から全裸を想像したのよ、そこの新一もどきがね!」
「え?亜樹、これ間違っているよ。園子の乳房はここまで立派で無い」
って、断言する姉ちゃん。
「そんなこと、言わないでもいいでしょ~、春美!」
「お兄ちゃん、乳首も違うよ。こんなに上品じゃないし」
更に詳細に断言する妹。
「…夏美…なんてことを…」
「自分でやりすぎで、もっと黒いかな?」
「自分で…え~っと…そんなに激しく無いもん…」
朱美の言葉で、ダメージを受けた園子。
「もう、そんなに言うなよ。園子が凹んでいるよ。実物を見ながら書いたらデッサンだよ。見ないで想像で描くからいいんだよ。そうやって、学校で苛め倒しているのか姉ちゃん、夏美!」
「いや、亜樹…違うって…」
「心外だよ、お兄ちゃん…」
「ねぇ、スルーしないで…亜樹…」
三人三様の反応をする。まぁ、一蓮托生な反応ではつまらないから、これはこれで良いと思う。
閃かないので、紅子と蘭のイラストも描いて、プレゼントした。
「あ…ありがとうございます」
「え?私も…ありがとう…」
蘭のはセミヌード状態だ。実物を見ているので、フェアでないから。
「ねぇ、私のは?」
「朱美のは拒否。お前、消しゴムで消して修正をして、ダメにしたことがあるだろ?落款を押した物を細工するヤツには、二度と描かない!」
「ごめん…出来心だよ…」
しょうが無いなぁ…朱美のも描いてあげる。
「ねぇ、何で、三角木馬に跨がっているイラストなんだ?なんで亀甲縛りで、恍惚な表情なんだ?こんなの部屋に飾れないよ~」
いや、オールヌードとかセミヌードのイラストも飾れないと思う。テンヤワンヤであったが、日曜はフリーになれるようだ。何をするかな?