他のクラスに行きたい主人公と行かせない坂柳さんの話です。

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原作既読推奨かも



頭は悪いけど本質だけは見抜いてくるやつ

 

 僕の名前は佐藤平助! この春から高度育成高等学校に通うことになる新一年生だ! 

 というか改めて考えても高度育成高等学校って凄い名前だよね。卒業したら希望の進路に進めるらしいし、もしかしてめちゃくちゃ授業が厳しいとかなのかな? 

 嫌だなぁ。軍隊みたいな訓練させられたらどうしよう。僕は勉強も運動も苦手だから、あんまりキツすぎると単位が取れなくて留年してしまうかもしれない。

 高度育成高等学校は原則的に敷地の外に出られないらしいし、そうなったら一生敷地内で過ごすことになるのかな? 監獄みたいだね。さすがに骨を埋める覚悟は決めてきていないよ。

 成績が悪いからって強制退学になることはないだろうけど、もし無限に留年しそうなら自主退学した方が賢明かもしれないね!

 

 ……なんで僕は入学の日に退学の想定をしているんだろう? 

 

「やあ、おはよう! いい朝だね!」

 

 学校へと向かうバスの中。自分と同じ制服の女子生徒が目に入ったので、声を掛けてみることにした。

 僕の名前は平助だが、逆から読むと助平(スケベ)になる。可愛い女の子を見掛けたら、ナンパせずにはいられないのだ。

 

「僕の名前は佐藤平助! 君も一年生だよね? これから同じ学校に通う者同士よろしくね!」

「椎名ひよりです。よろしくお願いします」

 

 可愛い女の子は名前まで可愛いものなんだね!

 おっとりしていて優しそうでとても好きだ!

 

「いきなり話し掛けちゃってごめんね。たぶん本を読むところだったよね? 僕のことは気にせず好きに読んでいいからね」

 

 続きが気になって仕方ないって感じかな? 

 こんなこともあろうかと、僕も本を持ってきているんだよね。退屈しのぎにはもってこいだ。

 

「……何故、本を読むと?」

「え、何となくだけど……もしかして違った?」

「いえ、合ってます……」

 

 ネット小説かな? とも思ったけどスマホは持参禁止だからね。消去法ってやつだよワトソンくん。

 

「あっ」

「おっ?」

 

 へぇ、こんな偶然あるんだ。

 僕が取り出した本と椎名さんが持っていた本は、題名こそ違えど同じ作者の作品だった。運命を感じちゃうね! 

 

「推理小説……よく読まれるんですか?」

「うん。こう見えて、僕は結構な読書家だよ」

 

 本を読むと教養が身につくとか、推理小説を読むと頭が良くなるとか、そんな話を聞いて嗜むようになったのだが、これが全く効果がない。

 今まで何冊もの推理小説を読み込んできたけど、探偵の解説パート前に犯人を当てられた試しなんて一度もないからね! 

 

「こちらの本は読んだことありますか?」

「うん。偶然にも、つい最近読んだばかりだよ!」

 

 偶然? やっぱり運命かな? 

 

「なら、感想を語り合いませんか?」

「いいの? ネタバレになっちゃうけど……」

「大丈夫です。すでに一回読み終えて、今は二周目なので」

 

 へぇ、凄い。気づけば直視できないほど素敵な笑みを浮かべているし、本当に本が好きなんだね!

 それからバスが学校に着くまでの間、僕と椎名さんは熱く議論を交わし合った。とはいえ僕は頭があまり良くないので、基本は聞きに回っていたけどね!

 まさか入学前からこんなにいい出会いがあるとは思わなかったよ!

 願わくば同じクラスに──。

 

 

 

 なれなかった!

 僕はAクラスで、椎名さんはCクラスだった。残念極まりないね!

 しかし切り替えていくよ! 椎名さんとの友人関係はこのまま続けて、同じクラスにも友達を作っていきたいよね!

 僕は一人だけでは生きていけないほど能力が低いので、友達というのはとても大事なのだ。一緒にいれば楽しいし、いざとなったら助けてもらえる。

 生存戦略の一つだね!

 もちろん借りっぱなしでいいとは思っていない。もしも助けてもらえるようなことがあれば、それ以上の恩で返していくつもりだよ!

 

 

 さて、そうこうしているうちにAクラスの教室に到着した。

 扉を開けて中に入る。教室内にはすでに何人かの生徒が座っていた。

 僕も彼らに倣って、自分の席を探してそこに荷物を置く。

 

 隣の席には女の子がいた。椎名さんに似た髪色で、机に歩行補助のための杖が掛けてある。

 不意に、その女の子と目が合った。

 その瞬間、僕はピシリと固まってしまった。

 

「どうしました? 私の顔に何かついてますか?」

 

 柔らかい笑み──に見えて、その視線は鋭くこちらを観察している。

 自分の顔に見惚れているとでも思っているのだろう。確かに顔はいい。まるでお人形さんのように整っている。

 でも、顔が可愛いからという理由だけで、誰彼構わずナンパするほど僕は節操なしではないんだよね! 

 

「ああ、自己紹介がまだでしたね。坂柳有栖です」

「……佐藤平助だよ! よろしくね!」

 

 内心はおくびにも出さず、とりあえずいつもの調子で挨拶を交わす。

 会話をする過程で改めて相手の顔をよく見てみたけど……何だろうこの子、化け物かな? 

 周りの男子の中にはあまりの可愛さに見惚れている人がいたり、足が不自由なことに同情している人もいたけど、なんでそんな思考になるのか僕には全く分からないよ! 

 最近『葬送のフリーレン』というアニメを観たけど、彼らはたぶん、見た目のいい魔族がいたら不用意に近づいて真っ先に殺されるタイプだろうね!

 

「困ったことがあったら何でも言ってね! 僕じゃ不足かもしれないけど、できる限り力になるから!」

 

 まあ、色々言ったけど、強い人には従って媚びを売るのが僕のやり方だからね!

 坂柳さんには人の心があるっぽいし、全力で避ける必要はないだろう。これからは良き隣人として付き合っていこうね! 忠犬ぶりを見せつけていれば、少なくとも酷い扱いはされないと信じているよ!

 

「ふふっ、では、その時はよろしくお願いしますね」

「うん、任せてよ!」

 

 その後も僕は気になった生徒には声を掛け、友達を一人ずつ増やしていった。

 その中でも印象に残ったのは葛城くんと橋本くんかな?

 葛城くんは物腰丁寧な優等生で、リーダーシップが感じられた。これは完全に直感でしかないけど、坂柳さんとは相性が悪そうに思える。

 橋本くんはたぶん僕と同じタイプだ。相手をよく観察して、優秀な人間についていく性格。勝ち馬に乗るって言えばいいのかな? 僕は負けても別にいいと思っているタイプだから、厳密には少し違うかもだけどね! 

 

 

 

 ****

 

 

 

 それから僕は、隣の席の坂柳さんと仲良く日々を過ごした。

 

 例えば学生証が配られた時──。

 

「ねぇ、坂柳さん! 10万円だって! 凄いね!」

「はい、凄いですね」

 

 

 例えば無料の商品を見つけた時──。

 

「ねぇ、坂柳さん! ここにあるやつ全部無料だって! 凄いね!」

「ええ、凄いですね」

「山菜定食が無料だって! 凄いね!」

「ええ、凄いですね」

「坂柳さんも一口食べる?」

「遠慮しておきます」

 

 

 例えば水泳の授業が行われた時──。

 

「ねぇ、坂柳さん! 春なのに水泳の授業だって! 凄いね!」

「そうですね。凄いですね」

「でも僕、泳げないんだよね……」

「なら、授業を休めばいいのでは?」

「ダメだよ。ズル休みしたら、来月貰えるポイントが減っちゃうかもしれないでしょ?」

「……どうしてそう思ったのですか?」

「何となくかな? ただの勘だよ」

「……そうですか。凄いですね」

 

 

 例えば小テストが行われた時──。

 

「ねぇねえ坂柳さん。小テスト、最後の三問だけ難しくなかった?」

「そうですね。難しかったと思います」

「でも凄いね坂柳さん! それなのに満点を取るなんて!」

「佐藤くんは……50点ですか」

「僕は頭が悪いからね!」

「堂々と言わないでください。小学生からやり直した方がいいのでは?」

「せめて中学生にしてほしいな!」

 

 

 

 そして、衝撃の事実を知る時がやってきた。

 

「これが各クラスの成績だ」

 

 真嶋先生の声を受け、黒板の張り紙にクラス中の視線が集まる。

 

 Aクラス──930。

 Bクラス──650。

 Cクラス──490。

 Dクラス──0。

 

 それが5月の頭に残っていたクラスポイントで、それに100を掛けたプライベートポイントが、今朝、各クラスの生徒たちに振り込まれていた。

 Aクラスは93000円分だ。凄い!

 Dクラスは0円だ。可哀想!

 

「最も優秀な生徒はAクラスへ。そうでない生徒はDクラスへ。それがこの学校のルールだ」

 

 な、なんだってー!? 

 ん? いや、それはおかしい。もし本当にそうなら、僕がAクラスに振り分けられるはずがないからだ。

 つまり、先生の言っていることはフェイク! もっと別の選別方法があると見たね! 

 

「また、卒業後に望む進路が与えられるという報酬だが、これも卒業時にAクラスだった生徒にのみ与えられる」

 

 ザワザワとクラス中に動揺が走る。もちろん僕もその一人だ。

 な、なんだってー!? 

 僕は坂柳さんたちと面白おかしく学校生活を送るつもりだったけど、そうなると話は変わってくるぞ!? 

 

「はい先生! 質問があります!」

「佐藤か。なんだ?」

 

 僕は机から立ち上がった。

 

「他のクラスに移動する方法を教えてください!」

 

 その発言に、困惑の色が広がるのが分かった。下位のクラスが上位になる方法を知りたがるのは当然としても、その逆は理解できないらしい。すでにAクラスなのだから、知る必要はないとでも考えているのかな? 危機感が足りていないよ。もしかして僕よりもバカなんじゃないの? 

 

「クラスポイントが650を下回れば、君たちはBクラスに降格することになる」

「そうじゃなくてですね……例えば今すぐに自分だけ違うクラスに行きたいとしたら、ポイントはいくら必要なんですか?」

 

 勿体ぶらなくていいから! どうせそういうルールがあるんでしょ!? 早く教えてよー! 

 

「……2000万ポイントだ。2000万プライベートポイントを用意できるなら、たとえ卒業直前であったとしてもAクラスに移動することが可能だ」

 

 へぇ、2000万ポイントか。ということは……。

 

「? 坂柳さん、このペースでAクラスがポイントを貰うと、卒業の時には何ポイントになるか分かる?」

「ひと月あたり10万ポイントとして、それに36を掛けるくらいの計算、いくらあなたでもできるのでは?」

 

 それもそうか。10万×36ね。えーと……。

 

「……3600万?」

「360万です」

 

 えっ!? うそっ!? 全然足りてなくない!? 

 ふざけるな! なんてルールだ! 残り1640万ポイントも人に借りなきゃいけないっていうのか!? 

 絶対に無理だよ! 

 

「先生! 現状のDクラスは酷い惨状です! 毎月のポイントが貰えないなんて、普通の生徒ならとても耐えられません! そんなDクラスにわざわざAクラスの有利を捨てて移動する場合、特別割引ボーナスがついたりしませんか!?」

「悪いがそういうのはない」

「そんな!」

 

 ガーン! ならもう手詰まりだ! お手上げだ! 

 Aクラスでの卒業は諦めよう! 

 

「佐藤くんはDクラスに行きたいのですか?」

「うん。あっ、別にこのクラスが嫌なわけじゃないからね? 坂柳さんを始めとしてみんなには仲良くしてもらっているから、毎日の生活は凄く楽しいよ!」

「でしたら何故?」

「だって、これからはクラス同士の戦いになるんでしょ? なら、少しでも勝率の高いクラスに居たいって思うのは自然のことじゃない?」

 

 そう言うと、坂柳さんの視線が人を殺せそうなほどに鋭くなった。

 ひえっ、なんて顔をしているんだ! 女の子がしていい顔じゃないよ!

 僕は優しく笑っている君が好きだからね!

 

「私のAクラスがDクラスに劣ると?」

 

 早くもリーダー気取りだね! まだ葛城くんとのリーダー争いが残っていると思うんだけど、すでに勝ったつもりでいるのかな? 

 いや、勝つんだろうけどさ! それでもそういう態度はよくないって僕は思うわけだよ! 

 

「坂柳さんは確かに優秀だと思うよ? 僕はこの高校に来るまで、坂柳さんより凄いって思える人とは会ったことがなかったからね! でも、Dクラスにはそれ以上に凄い人がいたんだ!」

 

 その時のことは今でも覚えているよ! 最初に顔を合わせた時の衝撃といったらもう、言葉では言い表せないくらいだったね! 

 本当に人間なのか疑っちゃったくらいだもん! 

 

「それは平田くんのことですか? それとも櫛田さん? あるいは堀北さんでしょうか。まさか高円寺くんとは言いませんよね?」

 

 平田くん? 確かにイケメンで優しいよね。なんでDクラスにいるのか不思議なくらいだ。

 櫛田さんも、人当たりがいいよね。表面上は。でもたぶん、中身は坂柳さんと似た感じだと思うよ? 勉強ができるって話は聞いたことがあるし、そんな彼女がDクラスってことは入学以前に何かやらかしたんだろうね。学級でも崩壊させたのかな? 

 堀北さんも優秀そうだよね。見る限り生徒会長の妹っぽいし、やっぱ遺伝ってあるのかな? 

 高円寺くんも凄いよね。あんな超人見たことないよ。後光が差しているように見えるって相当だよね。それこそ個人の能力なら学年同率トップとかなんじゃないかな? 

 今更だけどこの学校魔境すぎない? なんで僕なんかが受かったのか本当に不思議でならないよ。

 

「ううん、全員違うね。僕が言ってるのは綾小路くんのことだよ」

「……綾小路くん?」

 

 あんなやばい人、一目見て気づかない方がおかしいよね。人間の中に魔王が交じっているようなものだもん。

 上の四人もそうだけど、なんで綾小路くんもDクラスなんだろうね。優秀すぎて、一周回るとDクラスになるのかな? それなら納得だね! 

 

「……すみません、下の名前は分かりますか?」

「え、なんだっけ。確か清隆だったかな? もしかして知り合い? 同じ中学だったとか?」

「いえ、そういうわけではありません」

「あ、分かった。幼馴染でしょ。小さい頃に会ったきりで、高校でまさかの再会ってパターンだ。ね? ね? 当たってる?」

「……そうですね。気味が悪いくらいに」

 

 えっ、僕、何か気に障ること言ったかな? 

 あ、『君が悪い』じゃなくて『気味が悪い』か。よかった〜。

 

 ……あれ? 結局同じ意味じゃない? 

 

「ん? 先生は?」

「とっくに退室しましたよ」

「えぇー!?」

 

 まだ話は終わってないのに! 

 仕方ない! こうなったら直談判だ! 

 職員室に直接突撃してやる! 

 

 

 

「先生! Aクラスに優秀な生徒が集められるというのなら、僕がいるのはおかしいんじゃないでしょうか! こんなの認められません!」

「まだ言うのか。その話は終わったはずだが?」

 

 終わってない! 少なくとも僕の中ではまだ続いていますよ! 

 

「ん? わっ、綾小路くん! それに堀北さんも! こんにちは!」

 

 真嶋先生と話していると、ちょうどそこに知り合いの二人が通り掛かった。

 ついさっき坂柳さんとの話で出てきたばかりの綾小路くんと堀北さんだ。とってもタイムリーだね! 

 

「ほら、見てください真嶋先生! 堀北さんですよ! たぶん自分がDクラスに配属されたことに納得がいかないとかで担任に直談判して、その帰りだと思われます!」

「っ! ……なに? 盗み聞きしてたの? 気持ち悪いわね。ストーカー?」

「え? いや、堀北さんならそうするかなって、何となくそう思っただけだよ!」

 

 凄い! 親の仇のような目で見られている! 坂柳さんとはまた違った怖さがあるね! 

 

「とにかくですよ先生! ここにDクラスになりたい僕がいて、そこにAクラスになりたい堀北さんがいる! 交換留学とか、トレード移籍とか、そういう感じでどうにかなりませんかね!?」

「ならない」

「なんと!?」

 

 ダメかー。いい案だと思ったんだけどなぁ。

 

「どうしてあなたは、Dクラスになりたいの?」

 

 堀北さんは、なおもキツい視線で僕を見つめている。

 これあれだね。自分が求めている物をすでに持っているのに、なんでわざわざ手放そうとするのかわけが分からないよプンプンって感じだね。

 お互い様だと思うよ!

 

「どうしてかって聞かれたら、まあ、あれかな、綾小路くんがいるからかな」

「……すまん。男同士はちょっと」

「え? いや、そういう意味じゃないよ!?」

 

 僕だって男に恋愛感情は持たないよ! 人の好みに口を出す気はないけど、少なくとも僕は違うからね!? 

 

「綾小路くんは、Aクラスを目指す気とかあるの?」

「あまりないな」

 

 ならいいや。綾小路くんにその気がないなら、最終的にAクラスで終わる確率が一番高いのは今のAクラスだと思う。

 堀北さんに足を踏まれたくらいで意見を変えるようなことしないよね! そうだよね!? 

 

 そういえばDクラスといえば、僕と同じ苗字の子がいるんだよね。

 日本で一番多い苗字って言われている佐藤だけど、数が多いだけあってピンからキリまで幅広いんだろう。出来損ないの代表みたいな僕に比べて、とっても可愛い女の子だったよ! 

 ギャルっぽい見た目をしているけど、あれは純情で尽くしてくれるタイプだね。いいな〜、ああいう女の子と付き合ってみたいな〜。

 でも、相手も佐藤だから、必殺の殺し文句である『佐藤に苗字を変えませんか?』が使えないんだよね。あーあ、とても残念だ!

 

 それともう一人。Dクラスには有名人がいるんだよね。

 名前は佐倉さん。最初顔を見た時にあれ? ってなって、頑張って記憶を掘り返したら、何かの雑誌で表紙を飾っていたことを思い出したんだよね。

 表紙を飾るくらいだから、きっと凄い人なんだろう。確かに、一目で『可愛い!』って思わされたからね! 

 雑誌で見た時に名前も確認したはずなんだけど……うーん、ダメだ、全く思い出せないや。確か澪とかそんな感じだった気がする。あれ? これってCクラスの伊吹さんの名前だよね? じゃあ違うか。近い気はするんだけどなぁ……。

 まあ、芸名なんて何でもいいよね! 今は同級生なんだから、普通に佐倉さんって呼べばいいだけだし! 

 むしろ芸名で呼ばれる方が迷惑だよね! 実は正体を隠しているのかもしれないもんね! 

 いや、それはないか。眼鏡くらいじゃ佐倉さんの魅力は全く隠せないもんね! 

 それに僕が気づくんだから、他のみんなも絶対気づいているはずだ。同じクラスの生徒なら尚更だろう。分かっているのに騒がないなんて、Dクラスの生徒は性格のいい常識人ばかりなんだね! 

 タレント揃いなのも含めて、どうしてDクラスが0ポイントになったのか未だに不思議でならないよ! もしかしたらそういう作戦なのかもしれないね! 

 さすが綾小路くんだ! 不気味だね! 

 

 

 ****

 

 

 CクラスとDクラスが揉め事を起こしたみたい。そのせいで6月になったのにポイントが振り込まれなかったんだよ! 

 まさかAクラスもDクラスと同様にクラスポイントが0になったのかってびっくりしたよね! 確かにDクラスになりたいとは言ったけど、そういう意味じゃないんだよなぁと、思わず心の中で叫んじゃったよ! 

 

 え? 中間テスト? Aクラスのみんなが軒並み高得点を取る中、僕だけは全教科50点以上60点未満だったよ? 

 僕にしては頑張った方だよね! 勉強を教えてくれた坂柳さんには感謝しかないや! 

 

 で、何だっけ? そうだ、暴力事件の話をしていたんだった。

 今回はCクラスとDクラス間での争いだからAクラスの僕には関係ないけど、もし当事者になったらと思うとゾッとするよね! 僕はひ弱だから、暴力なんて振るわれたら一発でノックアウトされちゃう自信があるよ! 

 坂柳さんがいくら優秀でも肉体的なハンデはどうにもならないし、もしかしてAクラスの弱点は暴力だったりするのかな? 

 ガリ勉を倒すのに必要なのは武力ってことだね! 武闘派らしい鬼頭くんには頑張ってもらわなきゃ! 

 

「坂柳さん! この前はDクラスに行きたいなんて言ったけど、僕は考えを改めたよ!」

「そうですか。それはよかったです」

「僕はCクラスを目指すことにしたよ!」

「は?」

 

 え? 殺気? 

 でも、頭のいい坂柳さんは僕の考えなんてお見通しだろうから、これもパフォーマンスなんだろうね。そう考えたらこの般若のような顔も可愛く見えてきたぞ! 末期だね! 

 

「どうしてCクラスなのですか? Cクラスは先日、Dクラスに敗北していますよ?」

 

 そうなのだ。暴力事件の顛末だが、Cクラスからの攻撃を、Dクラスが完璧にいなした形で終了したらしいのだ。

 これについては意外というほどでもない。不良品と呼ばれているDクラスだが、あのクラスには綾小路くんがいる。詳しいことは知らないけど、どうせ彼が何かしたんだろうね!

 というか不良品というなら、僕の方がよっぽど不良品だよね! 

 

「最近、Cクラスのリーダーである龍園くんと話す機会があってね」

「それで? まさか龍園くんが、私や綾小路くんよりも優れていると判断したわけではないですよね?」

 

 それは違うよ! 

 そもそも僕は暴力行為は嫌いだからね! でも──。

 

「坂柳さんってさ。最初からずっと付き従ってくれた部下でも、必要があれば切り捨てるタイプだよね?」

「ふふっ、何を言うかと思えば。私はそんな酷いことしませんよ?」

 

 嘘だ! 

 そして綾小路くんも、たぶん坂柳さんと同じタイプと見た。自分の勝利のためなら、友達を生贄にすることも厭わない非情な性格の持ち主。『最後にオレが勝っていればそれでいい』とか言いそう! 

 精神がもはや人間のそれじゃないよね! 

 

「でも、それに比べて龍園くんは、ああ見えて情が厚そうだなって」

 

 それは言い過ぎかな? でも、義理人情とか、そういうのを重んじる男っぽいよね。敵と裏切り者には容赦しないけど、仲間には寛容。昔ながらのヤンキーというか、ヤクザというか、そういうイメージだ。

 

「できることなら、自分を裏切らないリーダーに従いたいからね。ほら、僕ってバカだからさ。いい感じのところで絶対に何かやらかすと思うんだよね。そんな時でも全力で謝ったら許してくれるリーダーが僕にとっての理想だと気づいたんだよ!」

「今こそやらかしの真っ最中だと思いますけどね。それに、ミスをしたら龍園くんに暴力を振るわれてしまうのでは?」

「そこは全力で土下座してどうにかしようかなって思っているよ!」

「龍園くんや綾小路くんと違って私は非力なので、たとえ手が出ても痛い思いはしなくて済みますよ?」

「でも坂柳さんって精神的に追い詰めてきそうだからなぁ……」

「私を何だと思っているんですか」

 

 実際のところ坂柳さんって、こっちが恥も外聞もかなぐり捨ててみっともなく謝ったら謝ったで、サディスティック魂を刺激されて余計強く攻撃してくると思うんだよね。

 サイコパスかな!? 

 

「ところでサイコパス柳さん」

「坂柳です。クラス移動の目処が立つ前に退学したいんですか?」

「したくないよ!? せっかく入学したのに2ヶ月とか3ヶ月で退学になったら親に合わせる顔がないよ! だから勉強教えて!」

「そうですか……。佐藤くんって親いたんですね」

「僕を何だと思っているのかな!?」

 

 いない方がおかしいよね!? 僕は突然その辺に生まれ落ちた世界の異物が何かなの!? 

 かっこいいからそれはそれでありかな! 

 

「そういえばもうすぐ夏休みだね! 青い海に囲まれた孤島でバカンスだっけ? 楽しみだね!」

「ああ、それですが、恐らく私は参加しません」

「ええっ!? そうなの!?」

 

 初耳だ! ショックが激しい! 頭の後ろで雷が轟いているよ! 

 

「なんで!? 島に入ったら死んじゃう病なの!?」

「なんですかその病気。死にはしませんよ。ただ、見ての通り身体が弱いので、万が一を考慮したら欠席するかもしれない──というだけの話です」

「ええー、寂しいなぁ。坂柳さんがいない状態で、ちゃんと楽しめるか不安だよ」

 

 楽しさがピークの時は忘れられるけど、ふとした瞬間に思い出しちゃうタイプなんだよね、僕って。

 

「何かお土産持って帰ってくるね!」

「要りません。なんですか持って帰ってくるって。瓶に砂浜の砂でも詰める気ですか?」

「甲子園みたいだね! ついでに空気と海水も持って帰ることにするよ!」

「本当に要りません。もし持ってきたら二度と勉強を見てあげませんからね」

「えぇ!? それは困るよぉ!」

 

 そしたらテストで赤点を取って退学になっちゃうよ!

 さっき坂柳さんは『その気になればいつでも退学させられるんですよ』的なことを言っていたけど、それが冗談とか誇張じゃなくてただの事実だったなんて! 

 くそぅ、これか独裁政権か……! とびっきりのおバカであるこの僕に勉強を教えられる人間なんてそれこそ坂柳さんくらいしかいないからとっても効果的だ……!

 

「バカンスについてですが、佐藤くんはそこで何が行われると思いますか?」

「え〜、そうだなぁ。海水浴にBBQに虫取り……と見せかけて、実はサバイバルとかやらされるんじゃないかな?」

「いえ、それはないと思います。高校生にもなって虫取りって……」

「なんでさ! 夏といえばカブトムシでしょ!?」

「標本にでもするんですか?」

「そんな酷いことしないよ! 普通に戦わせるだけだよ!」

「そうですか……。見つかるといいですね」

「うん!」

 

 場所によっては日本では滅多に見られないカブトムシとかクワガタとかが生息していたりするんだろうか。

 うはぁー、今から楽しみだなぁ。

 

 

 

 ****

 

 

 

 そんなことを話していたのが原因かは分からないけど、僕たち一年生は本当に無人島でサバイバルをやることになった。マジで!? 

 

「ではこれより、本年度最初の特別試験を行いたいと思う」

 

 なんか、頑張って節約をしたり、他のクラスのリーダーを当てたりすると、クラスポイントが増えるらしい。

 なるほど! こうやってクラスポイントを上げていけば2000万プライベートポイントを貯められるって寸法だったのか! 今の僕の手持ちの残金と、卒業までの残りの月数から必要なクラスポイントを計算すると……うん、分かんない!

 坂柳さん計算して! ああっ、坂柳さんいないんだった!? 

 他にも無人島で暮らす上でのルールとかを真嶋先生は色々と説明してくれたけど、僕にはどれもさっぱりだった。数が多くて複雑だからちんぷんかんぷんだ。

 よし、葛城くんたちに全部任せよう! 坂柳さんがいない以上、指揮は彼が執ってくれるはずだからね! 

 

「すでにスポットの目星はついているので、悪いが先に行かせてもらう。他のクラスに先回りされてはかなわないからな。皆はそれまで待機していてくれ」

 

 そう言って、葛城くんは戸塚くんを連れて森の中へと入っていった。

 行ってらっしゃ〜い! 

 

「スポットの目星がついているなんて凄いね! ねっ、神室さん!」

「船が島の周りを回った時に観察でもしてたんじゃないの?」

 

 なるほど! 頭がいいね! 僕は『島だうわーすげー!』って感想しか出てこなかったよ! 

 

「というかなんで私のとこに来るわけ? 他の友達のところにでも行けば?」

「一人で暇そうにしてたから! それに坂柳さんがいない今、クラスで一番話すのは神室さんだからね!」

「私はそんなつもりないんだけど」

 

 そうかな? そうかも! 

 よく思い返してみれば僕が一方的に話しているだけで、神室さんは鬱陶しそうにしてることが多かったね! 

 でも無視はしないで最低限の返事はしてくれるから、これは会話と言ってもいいんじゃないかな!? 

 

「それにしても坂柳さんは残念だったね。こんな楽しそうなイベントに参加できないなんて」

「楽しそう? どこが? 私は今すぐにでも船に戻りたい気分なんだけど」

「えぇー!? 無人島生活って憧れない?」

「全く」

 

 そんなバカな! まさか僕だけ!? 

 とある番組で芸人さんが無人島で一週間生き残れるかってのをやっていて、それを見た時から僕もやりたいって思うようになったんだよね。

 山菜採りに魚釣りにキャンプ……ほら、楽しそうなことづくめじゃないか! 

 

「過酷な生活がないとしても、この空気の中で一緒に過ごすのがそもそも嫌」

「あー、それはそうかもだね」

 

 いわゆる葛城派と呼ばれる生徒たちはこの機に成果をあげて主導権を握ろうと画策しそうだし、坂柳派の生徒たちはそれを邪魔するか、そこまではしなくてもやる気は上がらないだろうし……うん、空気は最悪だね! 

 なんで派閥争いなんてしているんだろう! 僕たち高校生だよね!? 

 

「神室さんは坂柳さんから何か言われているの?」

「別に。特に何も」

「へぇ、いいなぁ……」

「そう言うってことは、あんたは何か言われたわけね」

 

 うん! 葛城くんを再起不能なくらいボコボコにしておいてっていい笑顔で言われたよ! 無理に決まってるよね!? 

 たとえそれができるだけの能力があったとしても、僕はそんなことやりたくないよ! だって葛城くん嫌いじゃないし! むしろ人としては坂柳さんよりよっぽど尊敬できる人物だと思うな! 

 人間と化け物を比べるのがそもそも失礼な話かもしれないけどね! 

 

「あっ、葛城くんたちが帰ってきたみたいだよ!」

「そうね」

 

 その後彼の先導に従って、僕たちは洞窟へと辿り着いた。

 確かに雨も風も日差しも防げてとても住みやすそうたけど……これってキャンプって言わなくない!? 想像していた無人島生活とだいぶ違うんですけど! 

 

 

 

「トマトー、トマトー、トマトは美味し……ん?」

 

 楽しい楽しい無人島生活二日目。その辺に生えていたトマトを『へぇ、トマトって無人島でも育つんだなー』って感動しながら運び帰っていると、洞窟の前に男女の二人組がいるのに気がついた。

 あれは堀北さんと……綾小路くん!? あちゃー、これは終わったかな……?

 

「やっほー、綾小路くん! それに堀北さんも!」

 

 片手をあげて挨拶をすれば、綾小路くんも同じように返してくれた。

 一方の堀北さんは無視だ。悲しいね! 

 

「なんだ、佐藤。お前の知り合いか?」

 

 あ、戸塚くんもいたんだ。

 はい、お土産のトマトだよ〜。たーんとお食べ〜。

 

「Dクラスの綾小路くんと堀北さんだよ!」

「はっ、どこの誰かと思えばDクラスかよ」

 

 戸塚くんが鼻で笑うように言う。

 確かに1000もあったクラスポイントをたったの1ヶ月で0にしたのはバカにされても仕方のない愚行かもしれないけど、よりにもよって綾小路くんに向かって言うことある!? 勇気あるなぁ! 

 

「なぁ、佐藤。洞窟の中を見せてもらうことはできないのか?」

「いくら綾小路くんの頼みでも無理だよ! どうしてもって言うなら、僕を倒してからにすることだね!」

 

 トマトを全部戸塚くんに渡してから、僕はファイティングポーズを取って洞窟の入り口に立ち塞がった。

 

「佐藤くん。あなたたちAクラスはここを占有しているの?」

「たぶんそうだよ!」

「たぶん?」

 

 ルールがよく分かっていない上に、何故か僕だけ中に入っちゃいけないルールになっているからね! あまりの特別扱いに、普通の人間なら泣き出しているところだよ! 

 でも、無人島サバイバルをしたい僕としては願ったり叶ったりだ! 

 

「いくら占有しているといっても、その場所に他のクラスの生徒が立ち入ってはいけないなんてルールはないわ」

「そうなの!?」

 

 知らなかった! 何があっても中に他のクラスの生徒を入れるなって言われていたから、てっきりそうなんだと思っていたよ! 

 

「た、たぶん中で着替え中なんじゃないかな!? だから開けたらまずいと思うよ!」

「着替えなら、普通はテントの中でするんじゃないかしら」

 

 それもそうだ! 頭いいね! 

 

「えーと……そうだ! ここはもうAクラスの家みたいなものだからね!」

 

 僕は入れないけど! 

 

「だから、住人の許可なく侵入したら不法侵入で捕まっちゃうよ!」

「さっきも言ったはずよ。この試験にそんなルールはないって」

「ルールに記載されてなくても、常識とかマナーで考えたらよくないことなんじゃないかな!?」

「それは……そうかもしれないけれど」

 

 くっ、一時的に納得しているみたいだけど、堀北さんならすぐに他の攻撃口を見つけてくるはずだ。

 もう僕だけじゃ入り口を守り切れそうにない! 誰かヘルプ!

 

「戸塚くん! 助けて! このままじゃ負けちゃいそう!」

「何がしたいんだよお前。使えないな」

「ああー、まずい! そういえば戸塚くんもバカだった!」

「誰がバカだ! お前とだけは一緒にされたくねぇよ!」

 

 だって、坂柳さんにしょっちゅう文句を言われている僕と同じで、戸塚くんもよく葛城くんに叱られているじゃないか。

 僕たち仲間だね! 

 試験でみんながピリピリしている中で、戸塚くんだけはいつもみたいに軽口を叩いてくれるし、結構有難くは思っているよ!

 

「何をしている。客人を呼んでいいと許可した覚えはないぞ」

 

 と、困っている僕たちの元に葛城くんが来てくれた。

 これで勝つる! いや、綾小路くんがいるからまだ無理かも! 

 

 そんな僕の心配を他所に、葛城くんはDクラスの偵察部隊を見事撃退してくれた。

 わぁー、凄い! さすが、坂柳さんと派閥争いするだけあるね! 僕や戸塚くんとはものが違うよ! 

 

「……で、なんであなたはついてきているのかしら」

「え? ダメ?」

「敵と馴れ合うつもりはないわ」

「えー、綾小路くんは?」

「オレはどっちでも」

「よかった〜」

 

 堀北さんが綾小路くんを睨み、綾小路くんは気づかないフリをして視線を逸らしている。

 ふーん、表ではそういう力関係なんだ。なんか意外だね! 

 

「さっきはごめんね堀北さん」

「なんのことかしら」

「いや、体調が悪そうだったから、ほんとは洞窟の中で休ませてあげたかったんだけど……」

「っ!」

 

 でも、僕も一応はAクラスの一員だし、あの場で裏切るのはちょっとね。

 だからせめて、拠点までお見送りさせていただこうと思ったわけだ。

 これが重症なら有無を言わさず洞窟で休ませて先生を呼ぶところだけど、堀北さんの様子を見るにまだ頑張るつもりなのかな? 無理はしないでね? 

 

「……何を言っているのか分からないわ。私はすこぶる元気よ。そうでなければこうやって歩き回るわけないじゃない」

「いやいや、そんな強がらなくても。このくらい誰でも分かるから」

 

 ほら、綾小路くんもすでに気がついていたみたいだよ? 

 つまり体調の悪い堀北さんを連れ回しているのも作戦なのかな? もしも体調不良でリタイアした際に、リーダーを変更できるとしたら……うわぁ、凄いこと思いつくなぁ。坂柳さんがいたらどうにかなったかもしれないけど、葛城くんだといいようにやられてしまいそうだ。ルールの裏をかこうとする人間と、真面目で優等生な葛城くんって相性悪そうだもんね。でも僕はその二つなら後者の方が好きかな! 

 

「体調が悪い時って、野菜とか食べるといいって言うよね?」

「そうだな。少なくとも、ポイントで買える栄養食よりは体にいいんじゃないか?」

「なら、堀北さんを送り届けた後に一緒に野菜狩りに行かない? 何個か群生地を見つけたからさ。あ、それとも他のクラスにも偵察に行くところだった?」

「いや、他はもう先に見てきた。それよりいいのか? Aクラスが見つけた食料だろ?」

「僕が見つけたやつだから僕の好きにしていいと思うよ!」

 

 堀北さんの体調が心配なのも本当だけど、綾小路くんに恩を売っておきたいって気持ちも少しだけあるからね! 

 坂柳さんの幼馴染には優しくしておかないと! それに、今一番行きたいクラスはCクラスだけど、Dクラスに行きたいって気持ちも完全になくなったわけじゃないからね! 

 

 

「よ、よろしくお願いします」

 

 それから綾小路くんと野菜を取りに行こうとしたら、追加で佐倉さんもついてきた。

 もちろん笑顔で仲間に迎え入れたよ! 人手が多いに越したことはないからね! 

 それにこれは個人的な理由になっちゃうけど、僕って胸が大きい子がタイプなんだよね! ジロジロ見られたら相手は嫌だろうから、そんな不躾なことはもちろんしないけど! でも佐倉さんって顔を見ても目が合わないし、一体僕はどこを見たらいいのかな!? 顔と胸の間を見ようにも、首は首でエッチだよね!?

 

「クラスでの居心地が悪い? へぇ、それなら僕と一緒だね!」

「そ、そうなんですか……? 佐藤くん、誰とでも仲良さそうなのに……」

「ほら、僕って頭悪いからさ。優等生なAクラスだと、下に見られることも多いんだよね」

「上のクラスは上のクラスで大変なんだな」

「そうだよ。派閥争いもあって嫌になっちゃうよね」

 

 そういえば胸が大きいのと大変で思い出したけど、櫛田さんは大丈夫かな? 

 無人島だと基本的に四六時中他の生徒と一緒にいることになるし、それが一週間も続くとなると普通の生徒でもかなりのストレスになるだろう。

 ましてや櫛田さんはあれだからなぁ。タイミングを見て、一度無理やりにでも連れ出した方がいいかもしれないね! 

 

「派閥争い、か。Aクラスの内情を、オレたちDクラスに話しても平気なのか?」

「みんな知っていることだし大丈夫だと思うよ!」

「え、私知らない……。聞かない方がいいですか……?」

「別に大丈夫だと思うよ!」

「適当だな」

 

 どうせ綾小路くんには全てお見通しだろうからね! 

 僕が少し黙ったところで結果は変わらないよ! 

 

「そうだ、綾小路くんなら分かるかな。なんで僕って、坂柳さんの右腕って呼ばれているの?」

「オレに分かるわけないだろ……」

 

 おかしいよね! 世間話をしたり勉強を教えてもらったりしかしていないのにね! 

 戸塚くんがたまに言ってくる『腰巾着』って呼び方の方が的を射ていると思うよ! 

 でもそれブーメランだよね! 

 矢なのかブーメランなのか当たったのか返ってきたのかはっきりしてほしいところだね! 

 

 

 

 それから野菜畑とDクラスの拠点を何往復かして、僕は手土産を持って洞窟に帰還した。

 

「神室さん! Dクラスと一緒にお野菜採ってきたよ!」

「なんでそれを私に報告するわけ?」

「食べてほしいからかな! あとは単純に自慢だね!」

「私は坂柳みたいに褒めてあげないからね」

「それは残念!」

 

 

 その日の午後──。

 

「神室さん! Cクラスと一緒に魚を釣ってきたからお刺身にしてみたよ!」

「だからなんで……いや、そんな口元に持って来られても……」

「ああ、ごめん! 醤油をつけてなかったね!」

「そうじゃなくて、私は自分で食べられるから」

「? ……ああ、そっか! ごめんね! つい坂柳さんにやる時と同じ対応をしちゃったよ!」

「……前から思ってたんだけど、別に坂柳のやつ、腕は不自由してないでしょ」

「!? 言われてみればそうだね!?」

 

 

 翌日──。

 

「神室さん! Bクラスと一緒にスイカを見つけたんだ!」

「……丸ごと持って来られても困るんだけど」

「見せびらかしたかったからね!」

「……切るの手伝う?」

「ありがとう! でも大丈夫だよ!」

「あっそ」

 

 

 さらに翌日──。

 

「神室さん! 戸塚くんと一緒にカブトムシを見つけたんだ!」

「それは本気で要らない」

「えぇっ!?」

 

 

 そんな感じで無人島生活を満喫していたら、あっという間に試験は終わってしまった。

 結果だけ見るなら、Dクラスが一番勝って、AクラスとCクラスは予想外に負けた形だ。

 内訳とか詳しい成り行きとかは全く分からないけど、まあ、なるようになった結果なんじゃないかな? 

 

「おい、腰巾着。お前が坂柳の命令で何かやったんじゃないだろうな」

「そんな! 僕は何もしていないよ!」

 

 本当だ! 遊んでいたらいつの間にか全て終わっていただけなんだ! 

 カブトムシに誓ったっていいよ! 

 

 

 

 ****

 

 

 

 無人島試験が終わったばかりだというのに、船の上でまた次の試験が始まってしまった。

 坂柳さんは引き続き不在。無人島の試験でも敗北したのに、これ以上葛城くんを貶めなきゃいけないの? 禿げ上がる髪がないからって何をしてもいいわけじゃないんだよ!? 

 

「綾小路くん、同じ兎グループの仲間としてよろしくね!」

 

 しかも僕が振り分けられたグループには、なんとあの綾小路くんもいた。終わったね! 

 防衛は絶望的だから、せめてDクラスの生徒が優待者であることを願っているよ! 

 

「一通り自己紹介は終わったし、これからどうしよっか。希望者がいないなら私が進行役をするけど、それでもいい?」

 

 進行役は一之瀬さんがしてくれることになった。彼女なら安心だね! 

 僕は人を統率したり意見を纏めるのが苦手だから、こういう人がいてくれるととても助かるよ! 

 

「みんなに聞きたいことがあるから質問させてもらうね。私としてはみんなが優待者ではない、というのを前提に聞かせてもらいたいことなんだけど、この試験を全員でクリアする、つまり結果1を追い求めるのが最善の策だと思ってるかどうか聞かせてほしいの」

 

 結果1。つまり成功すれば、優待者は100万プライベートポイントを、その他の生徒も全員が50万プライベートポイント貰うことができる。

 ルールの把握に戸惑っている僕に、同室の戸塚くんが『一人の嘘つきを見つける人狼ゲームみたいなものだよ』と説明してくれたのはつい先程のことだ。たぶん、葛城くんが戸塚くんにした説明をそのまま教えてくれたんだろうね! 

 

「なにそれ。そんなの当たり前のことじゃないわけ?」

「僕ももちろん肯定です。グループとして組む以上、協力するのは当然のことかと」

 

 いや、結果1は現実的にほぼ不可能なんじゃないかな!? 

 でも、僕は空気が読めるからここは発言を控えていようと思うよ! 

 

「その質問に、俺たちAクラスは全員沈黙させてもらう」

 

 えぇ!? そうなの!? なんか勝手に決められちゃったよ! 

 

「この試験は話し合いを持たなければ絶対に勝てる。それが葛城さんの提唱するやり方だ」

 

 えぇ!? そうなの!? 僕なんにも聞かされてないんだけど!? 

 しかもそれだとプライベートポイントが貰えないじゃないか! だって僕は優待者じゃないんだから!

 

「Aクラスってことは、佐藤くんも同じ意見なの?」

 

 アワアワしている僕を見兼ねて、一之瀬さんが助け舟を出してくれた。

 め、女神だぁ! 僕のこともちゃんと見てくれている。思わず好きになっちゃいそうだね! いや、もうすでに大好きだよ! 

 

「僕は葛城くんには何も言われていないからね。だから個人で結果3を目指したいと思っているよ!」

 

 その発言にAクラスの生徒たちは顔を顰め、他のクラスの生徒たちも驚愕の目で僕を見てきた。

 結果1を目指すって一之瀬さんたちが言って、結果2こそ勝利への道ってAクラスが提案した後で、いきなり結果3を持ち出したから仕方ないことなのかな? 

 でもみんなも内心では結果3を狙いたいと思っているんじゃないかな!? 優待者以外は! 

 

「結果3……つまり、グループを裏切ってひとり勝ちしようってことですか?」

「うん、そうだよ!」

 

 他のクラスに移動するためにどうしてもプライベートポイントが欲しいからね! それが貰えない結果2と結果4は論外。結果1は現実的じゃない。なら、残るのは結果3しかないよね! こういうのを消去法って言うんだっけ!?

 

「僕はバカだからね! 結果1を目指すフリをしながらみんなを出し抜こうとか考えられるほど、器用じゃないんだ! だから最初から宣言させてもらったよ!」

 

 僕は顔にも口にも考えていることが出やすいって、坂柳さんにもよく言われているからね。

 これで実は優待者がAクラスにいたらお笑い草だけど、それはそれで僕の発言が混乱の材料になっていいんじゃないかな? 感謝してよね! 

 

「ところで町田くん。無人島試験の時も思ったけど、どうして僕には作戦が伝えられていないの?」

「お前に情報を与えると、何をしでかすか分からないからだ。俺には理解不能だが、坂柳がいない今、葛城さんはお前を最も警戒している」

 

 なんで!? それは買いかぶりってものだよ! 葛城くんってもしかしてバカなの!?

 

「現に情報を与えていないのに、お前は暴走を始めただろ」

 

 ……ぐうの音も出ないや! 

 

 その後は軽井沢さんと真鍋さんが言い合いをしたり、それを町田くんが仲裁したり、綾小路くんを交えて一之瀬さんと仲良くお話をしたりしていたら、あっという間に話し合いの場として与えられた一時間が過ぎてしまった。

 

 軽井沢さんの件は大変な事態になりそうだけど、綾小路くんに任せておけばどうにかなると思うからスルーを決め込むよ! 僕のサイドエフェクトがそう言っている! 

 

 それと10人以上候補がいる中から1人の優待者を見つけるのは困難だと思っていたけど、案外どうにかなりそうだね! 僕、人を見る目だけは昔からちょっとだけ自信があるんだ! 気持ち悪いですねって坂柳さんにも褒められたくらいだよ! 悪口だねこれっ!? 

 

「ありがとう一之瀬さん! 進行役とか纏め役とか色々引き受けてくれて!」

「佐藤くんこそ積極的に話題を振ってくれて助かったよ。Aクラスの方針に逆らってまで話し合いに参加してくれてありがとね」

 

 一之瀬さんとなら僕は何時間だってお話できちゃうよ! 

 僕なんかが話し掛けても笑顔で返してくれるあたり本当にいい人だよね! 好きになっちゃいそう! むしろすでに大好きだ! 

 

「綾小路くんもお疲れ様!」

「ああ、お疲れ様。佐藤はもう優待者の目星はついているのか?」

「いや、まだ半分くら……おっと! これだけは口が裂けても言えないよ!」

「ほとんど言ってたけどな」

 

 付き合いのあるAクラスの生徒と、綾小路くんと一之瀬さん……彼らが優待者じゃないことはたぶん合ってると思うんだよね! 

 他の人は関わりが少なめだから、確信を持つためにはせめてもう一回くらいは会議が必要かな! 今すぐに答えても当たる可能性は高いと思うんだけど、失敗したら50万がパーになると考えたらメンタルの弱い僕としてはどうしても尻込みしちゃうんだよね! 

 次の時には確定させたいな! 

 

 

 それから時間が経ち、二回目の話し合いが始まった。

 まだ試験が終わっていない──綾小路くんが試験を終わらせていないということは、Dクラスに優待者がいる可能性が一番高そうかな? 綾小路くんは目立つのを嫌う事なかれ主義者だけど、僕の直感を補強する材料にはなるはずだよ! 

 さあ、頑張って50万プライベートポイントをゲットするぞー! 

 

「佐藤、ちょっといいか」

「どうしたの綾小路くん!」

「リバーシを持ってきたんだが、一緒にやらないか?」

「え、面白そう! やるやる!」

 

 よーし、負けないぞー! 

 僕のリバーシの成績は高校に入ってからは25戦25敗。全部が坂柳さんを相手にしたものだ。

 坂柳さん以上に強いと思われる綾小路くんには十中八九勝てないと思うけど、勝負事で手を抜くのは失礼だからね! 全力で下克上させてもらうよ! 

 

「えーと、二人とも何やってるの?」

「リバーシだ。佐藤がどうしてもって言うからな」

「綾小路くんから誘ってたように見えたんだけど……」

 

 ここがそうしてああなるから……よし、ここに置けばたくさんひっくり返せるぞ! 

 

「私も話が停滞するようならトランプとかしようかなーって思ってたけど、まさか先を越されるとはね……」

 

 やった! 角が取れた! これはもしかしたらいけるんじゃないか!? 

 

「ところで佐藤、優待者のことなんだが」

「ごめん! 今集中しているから黙っててもらえるかな!?」

「分かった」

 

 僕に10手先とか100手先を読むなんて真似はできないからね! 

 せめて3手先くらいは読み切っていきたいと思うよ! 

 

「…………」

「ああっ!?」

「…………」

「そこは!」

「…………」

「まずいまずい!」

「…………」

「やった! 角取れた!」

「…………」

「…………」

「…………」

「……嘘!? 負けた!?」

「オレの勝ちだな」

「くぅ……くやしー!」

 

 角を四つとも取ったのに負けるってどういうこと!? そんなことある!?

 そういえば坂柳さんにも同じことされた記憶がある! 学習しないなぁ僕は! 

 

「もっかい! ねぇもっかいやらせて!」

「ああ、何度だって相手になるぞ」

 

 それから僕は綾小路くんにボコボコにされ続けた。

 まさか1回も勝てないなんて! これじゃあ坂柳さんを相手にした時の焼き直しじゃないか!

 成長が! 感じられない!

 

「この借りは次の時に必ず返す!」

「なら一之瀬の案を採用して、今度は他のみんなも交ぜてトランプでもするか?」

「そうだね! 僕たち2人だけ楽しんだらずるいもんね!」

 

 綾小路くんはリバーシをしながらも話し合いに参加していたみたいだけど、僕にそんな余裕は全くなかったよ! 

 片手間に相手をして僕を倒すなんて、やっぱり綾小路くんは凄いね! 

 僕も特訓しなきゃ! まずは戸塚くんに勝てるように練習しようかな! 

 

 

 次の話し合いの時に予定通りトランプをしたけれど、これがまた勝てない勝てない。

 ほんとーに! 勝てない! 

 

「……弱いな」

「うわあああああ、なんで僕だけ毎回最下位なんだあああああ!」

 

 綾小路くんは手加減しているし、他のみんなも僕に同情して本気で勝ちに来てはいない。

 それなのに勝てない。こんなのおかしいよね!? 

 

「そ、そういう時もあるよね! 気落ちしないで、次のゲームやろう! ね?」

「うぅ、一之瀬さん優しい……好き……」

「にゃっ!?」

 

 そうだね! 何回負けても最後に勝てばいいって、どこかの偉い人も言ってたもんね! だから僕は諦めないよ! 

 

「……で、また最下位か」

「うわあああああん! いっそ殺してくれええええ!」

 

 一度大貧民になったら不利な状態でのスタートになるから、次も大貧民になってしまう負のループ。

 僕はこの敗北の世界線から抜け出せそうにないよ。シュタインズ・ゲートなんてなかったんだ! 

 

「次こそは絶対にリベンジするからね!」

「無理じゃないか?」

 

 

 それから僕はゲームで一勝もできないまま、最後の話し合いを迎えてしまった。早過ぎない!? 

 それとすでに試験が終わっているグループもあるらしい。いつの間に!? 

 

「試験は今回で最後。このままだと埒が明きませんので、みんなで学校からのメールを見せ合いませんか?」

 

 ……はっ!? そうだった! この試験の目的は優待者を見つけ出すことだった! 

 ゲームに勝つことばかり考えてすっかり本題を忘れていたよ! 

 

「賛成だ。俺も見せる」

「私も携帯を見せることに抵抗はないよ?」

 

 あっ、分かった! これ一之瀬さんたちBクラスの作戦だ! 

 優待者が誰か分かっている僕としてはこんな話し合いはするだけ損なんだけど、この流れでいきなり裏切ったらいくら何でも空気が読めなさすぎるよね! 

 ポイントのためとはいえ一之瀬さんからの印象が悪くなるのは嫌だし、ここは名前だけ入力していつでも送信できる構えで傍観を決め込もうかな! 

 

「本気なんだな一之瀬。なら、オレもその作戦に乗ろうと思う」

 

 えぇ!? 綾小路くんまで!? 

 でも、優待者はDクラスのはずじゃ……ああ、そっか! 他のクラスにわざと誤答させる気なんだ! 

 逃げ切ればプライベートポイントが手に入るのに、それだけでは飽き足らず他のクラスのクラスポイントまで削ろうとする……なんて悪辣なことを考えつくんだ綾小路くんは! やっぱり君は坂柳さんと同じタイプだね!? 

 

「うん、綾小路くんも優待者じゃないみたいだね」

 

 それから順番に伊吹さん、軽井沢さん、外村くんと自分の携帯を見せて潔白を証明していった。

 うん、やっぱり偽造しているみたいだね! やり方は全く想像つかないけど! 

 というかこれやばい! 今の僕の携帯って、名前を送信する画面で待機している状態だから、みんなにメールを見せられないじゃないか! どうしよう! 

 

「分かった、俺も見せる。でも、その前に約束してほしい。絶対に裏切らないって」

 

 おっと、幸村くんの携帯から優待者に選ばれたってメールが届いた形跡が見つかりそうだよ! これは僕の携帯は確認されないで済む感じかな?

 あ、危なかったー! 

 

「念のため、携帯を手の届かない、みんなから見える位置に置いてくれ」

 

 えぇ!? ピンチ再び!? 

 いや、画面を下に向けて机に置けばまだ助かるね! セーフセーフ! 

 

「嘘をついてすまなかった……。俺が優待者だ……」

 

 な、なんだってー!? まさか幸村くんが優待者だったなんて! 

 周りのみんなは……よし、まだ誰も解答を送信する素振りは見せていないね。

 でも不安だな。やっぱり待機なんかやめて今すぐ送信した方がいいのかな? 

 けど、綾小路くんの作戦を途中で邪魔して目をつけられたら一番最悪なパターンになりかねないよね。

 うーん、僕は優柔不断だからなぁ。自分ひとりじゃすぐに決断することができないんだよね。こんな時に坂柳さんがいてくれたらなぁ。

 

「メールは本物のようだな。個人メールも全部幸村のもので間違いなさそうだ」

「偽物なわけないよ。試験内容に関する学校から送られてきたメールは、コピーや転送が禁止されている。学校からのアドレスで送られてきてるし、偽の文章を作り上げた可能性も0だね」

「つまり優待者は幸村で確定ってことか」

 

 へぇ、色々と対策はされているってわけか。

 でも実際に改竄が行われているってことは、何か抜け道があるってことだよね? うーん、僕の頭じゃさっぱり想像つかないや! 

 

「これで全員が俺が優待者だって分かっただろ? だから頼む、このグループを結果1で終わらせるために協力してくれ」

 

 と、その時、幸村くんの携帯が着信を告げた。

 いや、正確には幸村くんのじゃないのかな? 

 

「何をしているんだ一之瀬。幸村の携帯に電話をかけたりして」

「ううん、違うよ。私が電話をかけている相手は幸村くんじゃなくて綾小路くんだよ」

 

 そうか! そういう見破り方があるのか! 

 さすが一之瀬さんだ! 賢いね! 

 僕もこういうスマートな解決方法を思いつけるようになりたいな! 

 

 あれ、でもこれって綾小路くんが優待者ってことにならない!? 

 おかしいよね!? 

 わーん、ここに来て頭が混乱してきたよー! 

 

「携帯を入れ替えること、アプリや履歴を細工すること、そこまでは完璧だったよ。でも、SIMカードの端末ロックを利用して確認されることまでは想定していなかったのかな?」

 

 一之瀬さんが推理を終えると同時にちょうどよく終了5分前のチャイムが鳴った。

 な、なんて完璧なタイミングなんだ! まさかこれも狙ってやっていたのか!? 

 一之瀬さん凄い! かっこいいー! 

 

「くそっ!」

 

 幸村くんの悔しがり方を見るに、綾小路くんは味方も騙していたみたいだね。やり方がえげつないや!

 

「残念だったな幸村。意外といい線だったけどな」

「ともかくこれで優待者が綾小路くんだって確定した。町田くん、全員で裏切らずに結果1を勝ち取るって約束してもらえる?」

「ああ、もちろんだ。信用してくれ」

 

 町田くんたちAクラスはそう言い残して部屋を去った。

 僕も一応Aクラスなんだけどね! 毎度のことながら置いていかれちゃった!

 

「作戦に乗っかった俺が間違ってた。最悪だ……!」

 

 幸村くんや他の生徒たちも次々と退室していく。

 ああ、やばい! 今すぐにでもメールを送信しないと! 

 でもまだ一之瀬さんと綾小路くんのやり取りが残っている感じなんだよね! 

 でも悠長に待っている余裕もない! 

 いっそ本人に確認してしまおう! 

 

「ねぇ、綾小路く──」

「綾小路くん!」

「わひゃっ!? って、佐藤くんか……ごめんね、居るの気づかなくって」

 

 こっちこそごめん! 影が薄いせいで一之瀬さんをびっくりさせちゃったね! 

 でも謝るのはちょっと待って! 今とても急いでいるとこだから! 

 

「綾小路くん! メールを送信してもいい!?」

「ダメだ」

「えぇ!? ダメなの!?」

 

 なんで!? なんでダメなの!? 

 Dクラスのポイントが減っちゃうから!? そりゃそうだよね! ダメに決まってるよね! 

 

「佐藤、旅行に来る前、坂柳に何か言われたことがあるんじゃないか?」

「え、坂柳さんに?」

 

 えー、なんだっけ。そういえば何か指示を受けた気が……。

 ああっ、思い出した! 確か葛城くんがリーダーをやるだろうから、いい感じに妨害して評価を下げてくれ──だっけ? 

 

「……あっ」

 

 そうだよ! 僕が優待者を当てちゃったら、プライベートポイントだけでなくクラスポイントも獲得しちゃうんだった! 

 そんなことをしたら坂柳さんに怒られちゃう! ありがとう綾小路くん! 危うく命を粗末にするところだったよ! 

 

「悪い一之瀬。何か言い掛けてたよな」

「え? あ、うん……いや、それより今の話って……」

「佐藤はおそらく、昨日の時点ではすでに優待者の正体に確信を持っていた」

「そうなの!?」

 

 そうだよ! えっへん! 

 

「じゃあなんで解答を送らなかったの?」

「一之瀬さんたちとのゲームが楽しくて試験のことを忘れちゃってたんだ!」

「えぇ……」

 

 わっ、呆れられているのが僕でも分かるよ! 一之瀬さんでもそんな顔するんだね! ギャップがあってとても魅力的だと思うよ!

 

「ゲームで負け続けていたのはわざとか?」

「本気でやってあの結果だけど!?」

「それは……すまん……」

 

 綾小路くんには憐れまれているし! あれは僕が弱いんじゃなくて、みんなが強すぎるだけだと思うんだけどな!? 

 特に綾小路くん! 手を抜いているように見せて僕が負けるよう全力で誘導していたよね!? 

 

「ちなみに佐藤くんの考えだと、優待者は誰だったの?」

「軽井沢さん!」

 

 僕は送信待機画面を一之瀬さんに見せつけた。指が勝手に送信ボタンを押しそうになるのを必死に我慢しているよ!

 

「にゃはは、私と同じ結論だね」

「えぇ!? なら早く送信した方がいいんじゃない!? 50万ポイント貰えるよ!?」

「いいよ。私が狙ってたのは結果3じゃなくて、最初から結果4だから」

 

 直後、兎グループの試験が終了したというアナウンスが流れた。

 ああっ、僕の50万プライベートポイントがぁ……! 

 

「裏切ったのはAクラスかな」

「えぇ!? Aクラスなの!?」

「たぶん森重くんかな」

「えぇ!? しかも森重くんなの!?」

 

 坂柳派の生徒じゃないか! 

 はっ、そうか! わざと解答を間違えることでクラスポイントを減らして、その責任を葛城くんに擦り付ける作戦なんだね! 

 酷いことするね! 身内が一番の敵になっている葛城くんが可哀想でならないよ! 

 

「それじゃ、私はこれで。禁則事項に触れちゃうと大変だからね」

「うん、またね一之瀬さん! 一之瀬さんのおかげで今回の試験もとっても楽しめたよ! 綾小路くんもまた遊ぼうね!」

 

 と、二人と別れようとしたところで、またもやどこかのグループの試験終了を知らせるアナウンスが流れてきた。

 しかも一度ではない。まさかの四連続だ。

 

「これ、どういうこと……?」

「たぶん龍園くんだろうね!」

 

 普通に考えると狙われたのは僕たちAクラスかな? 

 酷いことするよね! クラスポイント200くらいマイナスになるんじゃない? いくら何でもやりすぎだよね!? 

 

 

 

 ****

 

 

 

 それから二つの試験を終えた一年生は高校へと帰還し、僕は坂柳さんと久しぶりの再会を果たした。

 

「ねぇねぇ、聞いてよ坂柳さん! 本当に無人島でサバイバルをすることになったんだよ!」

「そうですか。よかったですね」

 

 お土産は持って来れなかったけど、代わりに僕はお土産話をたくさん語って聞かせてあげたよ!

 

「あと……そうだ! この前僕はCクラスに行きたいって言ったと思うんだけど、その考えを改めたんだよ!」

「そうですか。ようやく自分のいるべきクラスを理解したようですね」

「うん! 僕は頑張ってBクラスへの移籍を目指すことにするよ!」

「は?」

 

 試験を通して、僕はあることに気づいちゃったんだよね! 

 

「あのね坂柳さん」

「はい」

「僕みたいな人間がズルして希望の進路に進めたとしても、絶対に長続きしないと思うんだ。いい大学に入っても勉強についていけなくて卒業できないし、就職したらしたですぐにクビになるんじゃないかな!」

「それは……否定できませんね」

 

 でしょ?

 僕は今は宇宙飛行士になりたいと思っているけど、たとえAクラスでの卒業特典を使って宇宙飛行士になれたとして、宇宙空間で盛大なやらかしをして帰らぬ人となるのがオチだろうね。

 僕の人生で一本映画ができちゃいそうだよ! 興行収入は4000円くらいかな!?

 

「だからAクラスでの卒業は目指さないことにしたんだ! それなら一番楽しく学校生活を送れるクラスがいいと思うよね? だからBクラスなんだよ! 一之瀬さんはとっても優しいからね!」

「Aクラスでの生活はつまらないですか?」

「そんなことないよ! でも、仲のいい人が退学とかになったら、きっと僕は泣いちゃうと思うからね!」

 

 だからBクラスなんだよ! 仮に救済措置があったとすれば、どんなマイナスを被ってもBクラスのみんな──一之瀬さんなら助けてくれそうじゃない? 

 あ、僕が退学になる時は潔く諦めるけどね! 僕ごときに一之瀬さんの手は煩わせるわけにはいかないよ!

 

「そうですか」

 

 おっ、僕の力説に、さしもの坂柳さんも納得してくれたのかな? 

 

「でもダメです。許しません」

 

 そんなことなかった! 

 知ってたよ! 坂柳さんが僕なんかの意見を聞いてくれるはずがないもんね! 

 

「とはいえ何もしないと本当に出て行かれそうですから、特別にご褒美を差し上げましょう」

 

 え、ご褒美!? なんだろう? 楽しみだなー! 

 

「どうぞ。私の手を握っていいですよ」

「えぇ!? いいの!?」

「はい。ただし1日につき1分だけですけどね」

「しかも毎日!? 大盤振る舞いだね!」

 

 うわー、凄い! ツルツルでスベスベだ!

 おててちっちゃい! 女の子と手を繋いだ経験なんてないから感動しちゃうなー! 

 ちょっぴり冷え症なのかな? 僕は体温が高めだからちょうどいいかもね!

 

「まさかこんな色仕掛けとも呼べない行為で引き止められるとは……」

 

 もう迷わない!

 僕は坂柳さんに一生の忠誠を誓うよ! 

 

 

 





クラス爆散女に感化されて書きました。
連載続けられる自信がないので短編で許してください。


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