IS IF もしも一夏があの守銭奴ステータスだったら【休載中】 (縞瑪瑙)
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第一話 守銭奴の入学

 皆さん、お久しぶりです。
 何をトチ狂ったのか、かつてにじファンに投稿していた名(迷)作をここにも投稿することにしました。ある時、縞瑪瑙の脳味噌が受信した電波が生み出した、世にも奇妙な二次創作、始まります。


 天災発明家である條ノ之束ISが開発・発表して十年がたち、世の中は以下略。とある出来事からIS適性があることが分かった織斑一夏は以下略。ここら辺はすでに天ぷら……いやテンプレなので略す。

 そして物語は始まった。

 

 

 

 

 

    ●

 

 

 

 

 IS学園一年一組。そこに件の織斑一夏の姿はあった。今はクラス内で自己紹介を名簿順に行っている最中であった。世界中から集まった才女たちは肌の色やしゃべる言語、常識、信仰する宗教はもちろんさまざま。ISというくくりの中でのみ、彼女たちと彼は学びの場を共にする。

 そして入学式を終えた生徒たちが今やっているのは、各クラスへと別れてのホームルームだった。新しい学年に進級したり、これから新しく学園での生活を始める生徒たちは興奮が多々ある。

 特に一年一組の生徒たちは特にそうだ。なにしろ、先だって見つかったISが使える男子と同じクラスとなったのだから。しかも同い年であり、パッと見悪くはない容姿、優しさを感じる風貌。女子の興味と視線を集めるには十分な要素を持ち合わせていたのだ。

 そして、そんな彼は自己紹介のために立ち上がると咳払いをした。

 

「諸君、私は金が好きだ。諸君、私は金が好きだ。諸君、私は金が大好きだ。

 

 投資が好きだ。金融が好きだ。株式投資が好きだ。投資信託が好きだ。外国株を買うのが好きだ。金取引が好きだ。貿易が好きだ。為替取引が好きだ。セールストークが好きだ。宝くじが好きだ。賭け事が好きだ。スーパーの安売りが好きだ。

 

 金融取引所で、現実の株式市場で、ネット上の株式市場で、石油の取引所で、穀物の取引所で、金取引の場で、企業の会議室で、電話越しの会議で、カジノで、スーパーで、銀行で、商店街で、市場で、あるいはどこか遠くの名も知らぬ場所で。

 

 この地上で行われているすべての商業的取引が大好きだ。

 

 さて諸君。私はISを起動させることができたがゆえにこうしてIS学園へと入学した。これは非常に得難く、私にとって貴重な経験となるだろう。

 

 だが私はその前に聞いておきたいことがある。世界最強の兵器はISだとされている。では、世界で最も偉く、世界を動かしているのは何だろうか?国か?国連か?政治家か?女性か?どうだろうか?

 

 『金だ! 金だ! 金だ! 』

 

 よろしい、ならば金策(マネーゲーム)だ。私はたった一人の商売人に過ぎない。だがISが使える、そして金の力をよく知っている。さらには金を万物に通用しうる強力な武器だと信仰している。一騎当軍の強力な力だと信頼している。

 金とはすばらしい。以上だ」

「よく言い切ったな、しかし全く駄目に決まっているだろう愚弟が」

 

 一年一組担任である織斑千冬の手にした出席簿が、弟の後頭部をクリーンヒットした。

 

 

 

 

    ●

 

 

 ISの世界大会“モンド・グロッソ”において、格闘部門及び総合部門での優勝経験を持つ織斑千冬は、ISを用いずとも、生身での近接戦闘能力に長けている。剣術を幼いころから学び、独自の近接戦闘メソッドを確立したセンスと努力には敬意を表するしかない。そういうわけで彼女は、たとえそれが出席簿であろうとも高い威力を持つ。

 そんなものを、生身の人間に後頭部からぶつけて、ただで済むはずがない。直撃をもらった一夏の体は前のめりになって机へと縫い付けられた。叩きつけられたでは済まない勢いだ。

 その威力を、同じ日本の国家代表を巡って争った副担任の山田真耶には簡単に想像できた。頭部が欠落していないが、中身が無事かは怪しい。ちゃんと中身はそろっているだろうか。

 

「のっけから守銭奴ステータス全開のあいさつとは、このクラスの人間のSAN値を下げるつもりか? あぁ? 」

 

 ぐりぐりと、机に縫い付けられた弟の頭を手のひらで圧迫しながら、千冬は詰問する。額に青筋が浮かんでいるあたり、この姉、本気である。みしみしと机が悲鳴を上げるくらい、余裕で圧迫している。

 そんな担任の様子に、流石のクラスメイト達も一夏の守銭奴トークから復帰した。まあ、復帰した直後に守銭奴が机と一体化しているのだから、苦笑いするしかない。

 

「あの……織斑先生?さすがにそれ以上やると頭がぐしゃぐしゃになるっていうか、脳みそが変形するとか…そんな感じになると思いますが……」

「……ちっ、確かに死傷者が出てはめんど……いや困るな、うん」

 

 本音が漏れ出てますよ、と心中突っ込みつつも、圧縮されて机とドッキングしかけているこの学園唯一の男子生徒に、真耶は声をかけた。

 

「あの……織斑君? 大丈夫ですか? 」

 

 机と一体化した制服を着込んだ何かに動きはない。

 

「生きてるかしら? 」

「あっ、痙攣が始まった。かろうじて生きてると思うわ」

「でもあの一撃を受けたんだから……ひん死じゃないの? 」

 

 ひそひそと他の生徒の間でささやかれる声に冷や汗を流した真耶は、意を決して痙攣を始めた物体へと近づく。やがて痙攣が止まり、全身の筋肉が弛緩し始めたのか体は静かに動きを止めた。

 初日からいきなり死者が出るとは、しかもそれが世界でもっとも有名といっても過言ではない男子生徒なのだから、混乱が生じた。というか、実の姉である担任はどうしているのか?

 

「お、織斑先生!? 」

「安心しろ山田くん……なにしろこいつはまだ死んではいない」

 

 腕を組んだまま見下ろしているだけです。結構スパルタなんですね、と妙な納得を仕掛けた真耶は、しかし首を左右に振って正気度を保つ。そして放置をしている先輩に抗議の声を上げた。

 

「で、でも! 」

「安心してほしい、教師山田」

 

 しかしその声は途中で遮られた。むくりと起き上がったこの学園唯一の男子生徒の声だった。頭を数回振って蘇生した彼は、会釈を真耶へと送る。

 

「この程度などすでに慣れきっているのでな。金がある限り、私の耐久値は53万を超える」

 

 そうですか、と真耶はうなずくしかない。なんだ、耐久値が53万とは。ラスボスクラスじゃないのかと思うが、突っ込みを入れることにためらいを感じる。この空気に毒されると戻れないところまで染まってしまいそうな気がするのだ。教員になってまだ経験が浅いが、本能的に危機感を感じる。

 

「ところで、教師織斑。いきなりのツッコミはいかな物かと思う」

「先ほども言っただろう、このクラスの人間のSAN値が削りつくされてはたまらん。多少強引だがあれが手っ取り早い方法だ。あれでも私は焦っていたぞ? 」

「その割に腰の入ったイイ打撃だと思うが? 」

 

 その通りです、と真耶は心の中で賛同の声を上げた。はたから見れば、達人の居合切りのような鋭さのある打撃だったと思う。インパクトの時の音はどう考えても慌てて叩いた時の音ではない。

 

「せいぜい注意しろよ、織斑。いろいろとおまえは注目を集めやすいのだから、それを自覚しておけ」

「もちろんだ、騒ぎは派手にはしないように心掛ける。後始末や処理に金がかかるのでな」

 

 最後までやっぱ金なんですねと、真耶をはじめとした一年一組の面々の見解は一致した。それは以下のようなものであった。

 

織斑一夏≠憧れの男子

織斑一夏=守銭奴(迫真)

織斑千冬=ブリュンヒルデ≒ツッコミ役=ブリュンヒルデ()

 

 

 

 

      ●

 

 

 

 

 屋上というのは、様々なイベントが発生する場所だ。

 例えば愛の告白が最もありがちなことだ。あとは弁当を用意して相手に渡す場としてもつかわれるし、発展して修羅場が展開されることもある。さらに発展すれば【自主規制】なイベントも発生する。…余談ではあるが、多くの人にトラウマを残した“良い船(NiceBoat)”な場面も起こりうるので注意が必要だ。

 そして、入学初日から休み時間に、有名すぎる男子を引っ張っていった女子には必然的に野次馬やスニーキングを行う集団が生まれ、屋上の出入り口からのぞき見をしていた。

 それが一体どれほどの賠償を要求すればいいかを頭の中で計算しながらも、織斑一夏は目の前の幼馴染である篠ノ之箒に意識を向けた。

 彼女とは、いわゆる幼馴染だ。お互いの姉が仲が良く、その関係上仲良くなった。その後転校をして会えなくなり、手紙のやり取りもふっつりと途絶えてしまった。

 ではどういう会話が順当かと、一夏は思考する。何しろ七年近く顔を合わせていなかった相手だ。どういう話題を振るべきかは慎重に選ぶべきだろう。何しろあちらは巫女で剣士で天災の妹、こちらは普通に金が大好きで商人で元世界最強の弟。なんかいろいろ違うが、まあ今は前向きにだ。

 

「久しぶりだな箒」

「ああ、七年ぶりになるのか? 」

 

 七年が経つと、まさに見違えるように成長している。子供の体系から大人への階段を駆け上がっていく思春期なだけあって、体は女性らしくなり、まさに大和撫子そのものだった。胸部装甲だけでなく臀部装甲も耐衝撃性能は高そうだった。

 

「早速だがな一夏……いったい何があったのだ? 」

「何、とは? 」

「あの自己紹介は何だと聞いているのだ! 」

 

 一夏は箒の言葉にしまった、という認識を持った。つまり、自分はあの自己紹介で何か大きなミスを犯してしまったのではと考えたのだ。しかし、もう自己紹介の機会などもうないだろうし、自分の印象も広まっているころだろう。

 

「何ということだ……あの自己紹介に不備があったのか! これはいかん、金で解決できないことは面倒だな! 」

「ちっがーーーーーーう! 」

 

 頭を抱えた一夏の頭に神速の勢いで振り下ろされたのは、箒がどこからともなく取り出したハリセンだ。快音とともに直撃し頭を押さえた一夏をしり目に、箒は先ほどまでにためていたツッコミを全面開放した。

 

「内容の不備について言っているのではない! なんだあの自己紹介は! 自分は守銭奴ですと言っているようなものじゃないか! 」

「否定はしないぞ、むしろ事実だ」

 

 うっ、と的確な口撃を受けた箒はすぐさま頭を振って意識をアジャスト、反撃に転じた。

 

「そうだとしても七年前とはキャラが違うでは済まないぞ!? キャラ崩壊がまだかわいく見えるわ! 守銭奴キャラ大☆暴☆走!とでも言いたいのか!? 」

「だいぶコミュ症が改善したな箒、良いことだ。何しろ金で解決できんからな」

 

 自分のキャラでもないことを無意識にやってのけた箒に、一夏は親指を上げてイイ笑顔を浮かべるが、箒には全く嬉しくないものだ。完璧に営業スマイルだった。

 

「まあ聞け。私が伊達に七年を無駄に過ごすわけがない。金は戻って来るが時間は戻ってこない、つまり有限に使えば金が稼げるということだ。分かるな? さて……」

「思わず納得しかけたが、最後の部分で台無しだ」

 

 箒は半目で言うが意を貸す一夏ではなかった。

 

「箒が引っ越してからは、姉の千冬はIS操縦者として超多忙で金を稼いで、しかし家にいる時間は少なかったわけだ。もはや珍しくもなんともないがかぎっ子になっていたわけだな、うん」

「死語だぞその言葉……私には縁のない状況だが」

 

 平成の序盤の時代の香りが漂う言葉を言う一夏は一息入れた。

 

「まあ半ば一人暮らしに近い生活はなかなか大変だったが、徐々に慣れていった。家事洗濯掃除買い物、おおむね近所の人からの助けもあって無事に乗り越えた」

 

 だが、

 

「だが、生活するうえで欠かせないうえに、おいそれと他者に任せるわけもないことがあったのだ」

 

 それは、と一夏は前置きをして告げた。

 

「家計だ」

「……………は?」

「家計だ。ローマ字での綴りはKAKEI。つまり、私には織斑家の金を管理する必要が生まれたのだ」

 

 いいか、と一夏は両の手を広げて言う。

 

「言っては悪いが千冬姉さんはISに打ち込んでいたが、そのバックアップをこなしていたのは私だ。適材適所というやつでな、家事労働などは私がやっていた」

「そ、そうか……」

「そしてだ、家計をやりくりするなど当然学校で教えるはずもない。そして私の両親もまた蒸発している以上、頼るのは近くにいる信頼のおける人物ということになる」

 

 惚れた弱みか、箒はおとなしく一夏の話を聞く方向にシフトする。割と真剣に話すその様子は、外野から見れば非常に興味をそそられるのか身を乗り出して他の生徒は少しでも聞き取ろうとしている。油断しているのだろう、あとで一夏から請求書が送りつけられるだろうに、無防備な。

 

 

 

 

     ●

 

 

 

 

 一夏と箒が屋上で話している時と同じくして、千冬もまた山田先生へと一夏の過去を話していた。どちらかといえば、愚痴っているだけなのだがここは聞くしかない。

 

「私が知らぬうちに、近所に住む貿易商の夫婦のところに弟子入りしてな、私に変わってやりくりを始めた。そこまではよかったんだが……」

「どうなったんですか?」

 

 しばらく迷ったあと、千冬は慎重に言葉を選ぶ。

 

「何と言うべきか……真面目に習いに行ったのはいいが、その夫婦から影響を受け過ぎてああなってしまって……」

「お金だのなんだのって……あの思考って」

「間違いなくあの夫婦が原因だ。いや、私が見過ごしていたのも悪いんだがな……気が付けばああなってしまったのさ」

 

 千冬は遠い目のままお茶の入った湯呑を傾けた。自然とお茶請けを追加し、急須にお湯を注ぎ足してくる。

 

「モンド・グロッソに招待しようとした時も、あっさり蹴られてな。私がISにかまけていたのが悪かったかと、その時に身に染みて理解したよ」

 

 大変ですねぇ、とは思うが、あまりにも目の前でうなだれる元世界最強が不憫だ。出来ることはあるかと思うので、念のために聞いてみた。

 

「あの性格、直せないんですか?」

「無理だ」

 

 即答であった。もはや机に突っ伏すようにして千冬は声を絞り出す。

 

「直せるなら、直してしまいたいがもう固まってしまったらしく抜けないんだ……」

 

 ですよねぇ。と思う程度には教員生活をしている。あそこまでひどいのは見たことはないが、仕方がないだろう。

 

「織斑先生、できるだけフォローしますよ」

「ありがとう……」

 

 そう仕方がない。目の前の世界最強だった人物が、“たれちふゆ”の如くだらけているとしても。

 

 

 

 

 




《実況通神:浅間神社経由:ハーメルン 様専用通神帯接続:確認》

――――縞瑪瑙 様が入場しました。
――――未熟者 様が入場しました。

・縞瑪瑙:『はい皆様、お久しぶりです。初めての方はこんにちは。作者の縞瑪瑙です。そして今日はゲストを呼んでいます』
・未熟者:『ゲストのネシンバラだよ。よろしく』
・縞瑪瑙:『はい、よろしくお願いします。またみなさんのご想像の通り、ネシンバラの発言はすべてイギリスの彼女へと流していますのでよろしくお願いします』
・未熟者:『いきなりすごいカミングアウトだね!? なんて危険なことを!』
・縞瑪瑙:『まあまあ、落ち着いて。この小説をいきなり出したのはですね執筆が行き詰ったので息抜きがてらに昔書いていたモノを読み漁っていたら、今回投稿した話が出てきましたので、改訂してみたわけです』
・未熟者:『Jud.二次創作ではよくある主人公強化・改造モノだね』
・縞瑪瑙:『ホニメをみて、原作も読みふけってしばらくしたら、不意に脳裏に現れたのが守銭奴一夏君です』
・未熟者:『ベルトーニ君がそのまま皮をかぶっているみたいだね』
・縞瑪瑙:『その通りですね。脳内で声を再生するときは中の人を一角獣のパイロットではなく、“月の御大将”か“不可能を可能にする男”で一つお願いします。では今回はここまで、次回を投稿するのはいつになるかはわからないですが、お楽しみに!』

――――縞瑪瑙 様が退場しました。
――――未熟者 様が退場しました。


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第二話 守銭奴の演説

 なんでだろうか、すいすいと書き上げてしまった。
 Fateの方を書いたほうがいいのにどうしてだろう?
 では第二話の投稿です。新規シーンを盛り込みまくりました。またカワカミンが増量し、中毒性が増していますのでご注意ください。


 IS学園は、意外と時間割がいっぱいに詰め込まれている。

 これは、ISに関する座学や実習などの時間を確保しつつも、通常の高等学校としての教育も行う必要があるためである。予習復習などの時間も考慮に入れると授業は朝早くから夕方まで続くのが通常だ。そんなわけで、入学式初日であるが生徒たちは早速授業を受けていた。

 当然、一夏の姿もそこにはある。最前列の中央という目立つことこの上ない位置にありながらも、一夏は堂々と授業を受けている。

 彼にとって、ISの教本を覚えることは非常に楽な話だ。専門用語が多く幾度か専門書を調べる必要こそあったが、要所を先におぼえてしまえばあとは単純な作業として覚えていけばいい。

 

 ……この程度、としか言えんな。

 

 また、一夏はこれまでも分厚い広辞苑のような本を幾度も読んだ経験があった。それは経済に関するものであり、金融や貿易などに関するものでもある。これらは一夏にとっては非常に有意義な知識を与える一方で、膨大な時間を理解するために要した。だが経験の有無はかなり大きい。鈍器のようなライトノベルを読み慣れると、遥かに薄いライトノベルをすいすいと読み切ってしまえるのと同じだ。むしろ物足りなさを感じるのはご愛嬌である

 その様子を見ていた教壇に立つ真耶も、フォローしなくても大丈夫だと判断し、より熱を入れて授業を進めていく。

 

「……というわけで、ISを軍事目的で使用することはアラスカ条約に違反することになります」

 

 手振り身振りを入れていく真耶は、クラスの視線を、特に唯一の男子の一夏の視線を受けて緊張やら若干のときめきを感じながらも、教科書を読み上げていく。生徒が必至なのだから、教師である自分も頑張らなくてはと気合が入ったのだ。

 しかし、一夏の視線は全く違う意味を持っていた。

 

 ……見事だな。

 

 何が、といえば真耶のオパーイである。なにを言っているかはわからないかと思うがオパーイである。中学生と間違えてしまいそうな背丈と小学生のような童顔を持ちながらも、動きのたびにたゆんたゆんと揺れるのは見事である。

 ここで言っておくが、一夏は別段真耶の胸に劣情を抱いていない。どちらかといえば、揺れ具合に感心しているのである。大体、普段ずぼらな姉やその親友であるとある天災が割と無防備な姿をさらしているのに慣れっこになっているため、もはや達観の域である。むしろ劣情を抱くとしたら金をパッド代わりにしている方へと目を向けるだろう。

 だが単純な鑑賞物としての価値はあると一夏は判断していた。劣情云々を除いても、やはり男子にとっては眼福である。

 

「ISはいわゆるパートナーのようなものですね。一説によればISには自我意識のようなものがあるとされ、互いが互いを理解しあうことが重要だとされています」

 

 そんな目線に気が付くこともなく、授業内容はISとその操縦者の関係性に入っていた。

 だが、そこまで順調に授業を進めていた真耶は盛大にミスを犯してしまう。というか、自分で地雷を踏み抜いてしまったのだ。

 

「先生、パートナーって彼氏彼女みたいなものですか?」

 

 何気ない質問、おそらく悪意はないのだろうその質問はクリティカルヒットした。

 IS操縦者として大成すると、男が遠ざかる――――――まことしやかに囁かれるジンクスである。実際のところ、国家代表クラスになるとふさわしい相手を見つけることができないままに三十路を通り越し、慌てて相手探しにいそしむ操縦者が多いのだ。女性でも適性が高い状態が保たれるのは十代後半から二十代後半。まれに三十代前半まで操縦者を続ける者もいるが、ISの操縦とはかなりの負担であるためにたいていが引退してしまうのだ。実際、国家代表になると訓練やら大会やらに忙殺され、おまけに周囲が良かれと思って男を近寄らせないのである。男の方もアイドルのような国家代表にlikeの感情は抱いてもloveの感情を抱くことはなかった。結果、出来上がるのは男性と付き合うはおろか手をつないだこともないような男づきあいが下手くそな結婚適齢期ギリギリの女性である。

 そして、この副担任である山田真耶もまた、国家代表にはなれずとも、男の気配のけの字もない女性だった。割と本人も気にしているところに、この質問である。

 

「あ、あっははははっはは……たとえがすごいですね、相川さん。ええそうです、彼氏彼女です。ISと意思疎通出来たらIS操縦者としては合格ですけど、同時に女性としてはアウトなんですよー」

「せ、先生、落ち着いてください!?」

 

 出席番号一番 相川清香は盛大に地雷を踏んだとフォローしようとするが、すでに時は遅かった。虚ろな目をした副担任は、教団に突っ伏すとと顔だけを上げて一気にしゃべる。

 

「いいですか、みなさんはまだ十代で余裕があるとか思ってるかもしれませんけど出会いなんて国家代表候補生になるとなくなっちゃうんですよわかります? 周りには同年代の女性ばっかりだし男友達なんてできるはずもないですし、家事洗濯とかもできなくて嫁入り修行が国家代表の間じゃブームになったんですよ分かりますか? 私だって出会いは欲しいけど出会う相手自体居なくって、『料理のさしすせそ』も少し前までわからなくて、電子レンジ万能説を本気で信じてましたよ。IS操縦者だっていうだけで相手遠慮して逃げちゃうんですよ、悲しいですよ悔しいですよISに青春つぎ込んだらこんなになるなんて思ってもいなかったです。できるならもう一回やり直したいですよ、セーブポイントカムバックですよ。いったいどうすればフラグ建築ができたんですか!?」

「山田先生……」

 

 その時、肩を叩くものがいた。

 にっこりと笑っているのは、担任の、そして自分より年上の人物。千冬だった。

 

「授業を、しましょうか」

 

 直後に走った閃撃が、真耶の意識を一瞬で刈り取った。

 

 

 

 

 

 

     ●

 

 

 

 

 

 医務室ではなく治療室へと副担任が担ぎ込まれるのを見送った千冬はそのまま授業の続きを行った。流石にカリスマにあふれる千冬の授業で余計な質問が出るはずもなく、順調に授業は終了を告げた。というか、千冬の目がマジであったため、副担任よろしく治療室へと送り込まれるのは怖くなったのだ。これにはイギリスの代表候補生も黙るしかなかった。そして誰しも思うのだ、ちゃんと出会いを探そうと。

 次の授業はHR。まだ復帰のめどが見えない副担任の代わりに、千冬が進行を務めた。

 

「では次に、このクラスの代表を決定したいと思う。分かりやすく言えば委員長のようなものだ。基本的に一年間は変更しないのでそのつもりで立候補もしくは推薦してくれ」

 

 だが、そこまで言って千冬の声から覇気が消えた。

 大体予想ができるのである。弟はこの学園唯一の男子で、かなり有名で、あれほどのいい意味でも悪い意味でもアピールをしてしまい、実はカリスマ性が少しありそうな感じがする、何処に嫁にやっても恥ずかしくない弟のことだ。立候補しなくても必ず推薦されるだろう。

 

 ……ああ、胃が痛む。

 

 いかに一夏がISをつかえるとしても、クラス代表になることを良しとする女子は全員ではないだろう。少数は反発するだろうし、最悪の場合対抗してくるだろう。そうしたら一夏の守銭奴性が爆発して、結論から言うと後始末が増えて面倒だ。被害がどれ程になるか考えたくもない。

 だが、千冬は担任であり、その行動は強制されてしまう。だからというように、キリキリ痛む胃を抑えて千冬は口を開く。

 

「立候補推薦はいるか?」

 

 一斉に乱立する手、手、手、手、手。

 挙げている生徒の顔を見れば誰を推薦するのか一目瞭然だった。ため息を必死に殺し、千冬は手を下げるように合図する。

 

「織斑のほかにいないか?」

 

 おそらくいないはず、いやむしろ立候補とかするなと、千冬は念じた。冗談抜きで面倒事は回避したいのだから。

 だが、千冬の願いもむなしく手が挙がった。教室の後ろの方にある席に座る、金髪碧眼の生徒だった。千冬はそれを無視するという選択肢もあったが、公平を期するために発言を許さざるを得なかった。

 確か、セシリア・オルコットだったかと、千冬はクラスの名簿を思い出す。イギリスの代表候補生だったはずだと入学時に作られた名簿には書いてあった。専用機としてイギリスの第三世代型ISを預けられていたはずで、今年の入学試験においては主席入学だったはず。

 

「私も代表へ立候補いたしますわ!」

 

 しかしオルコット、と千冬は思う。

 今の時代にお嬢語尾とは希少を通り越してレッドリストだぞ、と。レッドデータ〇ールだな。

 

 

 

 

 

 

       ●

 

 

 

 

「宜しくて、みなさん? クラスの代表とはクラスの最高実力者が就任すべきものですの」

「おーそうかー」

 

 セシリア・オルコットは、大いに憤慨を抱いていた。それこそ、千冬がめんどくさそうに棒読みでセリフを言っても気にならないほどに。

 気に食わなかったと、そういっていい。何がと言われればあの守銭奴だ。そう認識する程度にはあの男子のことを知っている、というか知りたくもなくても知るだろうあれは。というか余計なことに思考を割いてしまいましたの、反省。

 さて、と息を入れ直すと、クラスを見渡して続きを言う。

 

「そもそも(略)」

 

 大変ありがたいお説教ではあるが、ここでは時間(話の展開)の都合割愛させていただく。

 どうしてですの!? とか叫んでいる希少種だが、優先されるのは話の展開だ。希少種の声を聞き流していた千冬は別の声を聴いた。

 それは咳払いであり、椅子から立ち上がる音だ。そして飛んできた内容でちふゆのテンションは急降下していく。

 

「セシリア・オルコット……貴様は私とそれ以外の二つに喧嘩を売った。買う気も起きないような超不人気株の如しだが、買ってやろうか」

 

 一夏だ。久しぶりに一夏の名前が出たがそれをともかくとして、一夏は言い放つ。

 

「よろしい、ならば戦争だ!」

 

 おー、という程度に千冬は正気を保っていた。もはやたれちふゆ化は止まる気配が見えない。

 

 

 

 

 

       ●

 

 

 

 

 まったく、と一夏は嘆息する。金を余計ないことに使うことになるときはたいていこういうことが起きるのだ。以前も、街でいちゃもんをつけてきた女性がいて、なんやかんやと騒ぎ立てたので、その女性の勤める会社を-からから+まで……一から十まで調べて、それを証拠に株などを買いたたいて十倍返しにしたことがあった。あの時はかなり労力を使ってしまった。

 あの時と同じような感じがするが、まあ構わないだろう。一夏は自己完結すると、セシリア・オルコットの方へと向き直った。

 

「いいだろうか?」

 

 身じろぎした相手を無視し、一夏は咳ばらいをした。

 

「大いに演説してくれたな、結構。今時の女尊男卑に染まった、金の損得勘定がわからない女性らしい演説をどうもありがとう。代わりに私はこの世の心理について語ってやろうではないか」

 

 若干引き気味のイギリス代表候補生をよそに、一夏のテンションはひどく上昇していく。

 

「私が貶されるなど、大した問題ではあるまいよ。世の中は男性に対する女性の罵倒であふれている。その程度など大して問題になるまい。問題にしたところで私は裁判に放り込まれて金をとられるだけ、つまり損だ。だからやることはない、感謝しておくといい」

「訳が分かりませんのよ……」

「わかる必要など、無い。だが貴様は喧嘩を売ってはいけないもののうち三つに売ったのだ」

 

 まず一つ、と一夏は指を立てる。

 

「言うまでもないことだがな、貴様はこの日本という国に対して喧嘩を売った。極東だのサルだの言っていたが、私から言わせてもらえばイギリスも悪いところに限りはないな。

 だが日本人は、というか篠ノ之束はISを作り上げたのだ。貴様が馬鹿にする極東のサルがいなくては、貴様はこの場にはいない……いや、今の地位にいることすら危ういだろうな」

 

 一夏は一瞬黒い笑みを浮かべた。それにはさすがのセシリアも冷や汗を浮かべるしかない。いつ調べたかはわからないが自分の事情を知っているのだと、セシリアは直感した。

 

「そして、このクラスだけでなくこの学園の生徒のうち日本人すべてを敵に回した。否、貴様が一番恐ろしい相手すらも敵に回した。あろうことか目の前にいるというのに」

 

 それは、と言葉を切った一夏はほかのクラスメイトの視線を追いかけた。その視線は教壇に立つ千冬の方に向いていた。たれ状態から復帰した千冬はキリッと表情も姿勢も改めていた。

 

「そう、私の姉 織斑千冬だ。引退しているとはいえ間違いなく世界トップクラスの操縦者だな。もしもバカにしたいのであればISを用いて勝利して証明してみるがいい」

 

 そして、と一夏は付け加える。

 

「姉まで馬鹿にされて、私が黙っているわけにはいかん。これでも世界最強の弟という自負はある。もしも貴様が前言を翻しこの場で謝るのであれば私はこれ以上追及はしない……だが、そうでないならば、私と決闘でも何でもするがいい」

 

 胸を張り、堂々と格上と思える女性と張り合う男性。

 守銭奴だ、珍しい男子だと言いながらも、クラスメイトは決して見ていなかった面を目撃した。

 それは男性としての姿。誇りのある姿。今は欠片ほど、いや、IS学園に入学できるようなお嬢様のごときクラスメイト達は目にすることができない、まさにヒーローのような姿だった。

 

「くっ……なら、決闘ですわ!」

「威勢がいいな。よろしい、受けて立とうか」

 

 一夏の応対には余裕がある。しかしその一夏に決闘を申し込んだセシリア・オルコットには全く余裕がなく、まるで悪役のように映った。しかもそれはRPGの序盤に現れる、手ごわそうに見えて意外と弱点だらけなボスキャラのようにも見えたのも事実であった。

 

「まあ、一番喧嘩を売ってはいけないのは、金なのだがな。いいぞ金は、何でも解決できるからな」

「「「「「「お前、ぶち壊しだよ!」」」」」」

 

 しかし直後にほかならぬ一夏によって、真剣な空気は吹き飛んでしまった。

 こうして一夏とセシリアの決闘が一週間後に行われることが決定した。

 

 

 

 

 

 




 はい、というわけで第二話です。いかがでしたでしょうか?カワカミンが多いので、考えるよりも感じましょう。ええ、不慣れな方、アレルギーの方は回れ右をしてください。
 なろうで読んでくださった方々もこちらで読んでいただけているようなのでうれしい限りです。
 では次回もお楽しみに。感想とかあると、うれしかったりしますよ(チラッ


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第三話 守銭奴の問答

・―――『縞瑪瑙』様『金ヶ一』様が入場されました。

・縞瑪瑙:『はい、というわけで第三話です。まず一言、お前たちそんなに守銭奴が好きかぁ!(褒め言葉)』
・金ヶ一:『ユニークアクセスも非常に伸びて、おまけにお気に入り登録者数が100人を突破したらしいな』
・縞瑪瑙:『こんな電波小説を読んでくださって本当にありがとうございます。今回はセシリアとの決闘の決着……まで書こうとしましたが……』
・金ヶ一:『む、途中までか?』
・縞瑪瑙:『申し訳ない。いろいろとシーンを盛り込んで、境ホラ的な要素も含ませたらかなり長くなってしまった。丁度良いところで分けるためにはここで区切るのが良いと判断しました』
・金ヶ一:『では私の雄姿はまた次回なのか』
・縞瑪瑙:『そうなりますね。では今回の作品を書くに当たり、感想欄でアイディアをくれたHN 『砂迷彩』様、『継接ぎ』様に感謝します。アンケートと判断されるかもしれませんので、アイディアはこの後活同報告に設置する折り袖出(アンケート)箱までお願いします』
・金ヶ一:『なお、今回は私の相方が出て来るぞ』
・縞瑪瑙:『ハイディポジションのキャラはあのキャラです。原作ではろくに説明されてませんので勝手にキャラ付けしちゃいましたが、後悔はしていません。ではどうぞ!』



 翌日、すでに一夏とセシリア・オルコットの決闘話は学園中が知ることとなっていた。

 そこには尾ひれ背びれが付いており、一夏を贔屓するように脚色されたものやセシリアを擁護するものもあった。しかし実際のところ、一年一組の生徒が目撃した通りどう考えてもセシリアの側に非があり、そのように噂は伝播していた。

 しかし、一夏はそんなことをたいして気にするでもなく朝食をとるために食堂を訪れていた。噂を流したわけでも、脚色を加えたわけでもないので一夏本人にとっては関心が薄いことだった。そんなことより金に注意を払う、というのは一夏の言だ。実際一夏は早起きをしてアメリカの株についての情報をパソコンを通じてリアルタイムで調べていたのだ。その後仮眠をとってすぐさま学園へと向かうというかなりハードなスケジュールだったが、一夏は眠そうな気配すら見せない。今も和風の朝食を食堂の席に腰かけて食べていた。

 

「しかし、いきなり決闘と言われたが大丈夫なのか?」

 

 同席していたのは箒だ。箒も一夏と同じく和風朝食を食べていた。こちらは夜明けと同時に起きて型稽古をやった後だがこちらもきりっとしている。

 一夏は箒の心配げな問いに首を振る。出汁のきいた味噌汁を味わう手をいったん止めて一夏は言った。

 

「安心しろ箒。私は一度あのように言った以上容易く前言を撤回したりはしない。いかなる相手であれ私は全力を出し切り、そして勝利する。なにしろ私はこの学園では地球上全ての男性の代表のように振舞わなければならん。ラブコメまがいの迂闊な行動などしている暇もないし、もし負けるとしても全力を尽くした上でだ。なにより前言撤回など性に合わん」

 

 すらすらとこんなことを言うのである、箒からすれば中身はあれ(守銭奴)だが非常に頼もしく感じたし、同時に不覚にも胸の奥でキュンと来てしまった。何たる不覚か……! と心中で思う箒だが、それを表には出さずに思ったことを言った。

 

「相手は代表候補生なのだがな……準備の時間も短いのではないか?」

 

 うむ、と唸った一夏は鮭の塩焼きを炊き立ての白米の上に載せて、それを箸で一緒に口に入れ、咀嚼する。白米と混じる塩気を楽しみながらもそれをごくりと飲み込むと、噛んでいる間に考えていたことを言う。

 

「それが問題だな。ISに関する知識はあっても、実際に乗らないことには始まるまい。しかし昨夜のうちに調べたが学園で貸し出されているISはもう空きがないようだ。ないこともないが実質使用できるのもわずかである以上、できることは少ないな」

「で、ではだな、一夏」

 

 ここで箒の頭は、一つアイディアを思いついた。脳内会議が全会一致で送り出したのは、一夏へのアピール作戦も兼ねたものだ。

 

「せめて運動くらいはしないか? ここには剣道場もあるのだから私が剣道だけだが一緒にできる訓練をしてやろう」

 

 どうだ……? と箒は一夏の判断を待つ。さあ、どうなるか。吉と出るか凶と出るか。鬼が出るか、蛇が出るか。あるいは金が出て来るのか……って最後のは違う! そんな感じに表情をほとんど変えず、さりげなくを装った箒は脳内で妄想が加速していた。

 実は箒はとある年上の女性といわゆるメル友になっていた。彼女の方も思い人と結婚してからも妄想が加速し過ぎるらしく、時たま『ふふ、はしたない……』とつぶやいてしまうらしい。なんだかんだで影響を受けている箒もついついそれを言いそうになったとき、不意に一夏がこちらを向いた。

 

「ありがたいな箒。やはりタダで頼めるのはありがたい。では今日の放課後から頼むぞ」

 

 あっさり了承され、一夏は朝食に向き直った。時間がないため一夏の箸の動きは素早い。釣られて箒の箸も早くなり、二人仲良くきれいに平らげてしまった。

 しかし、うまく約束は取り付けたことに満足し、ぐっと机の下でガッツポーズをした箒は上機嫌で一夏とともに教室へと向かった。

 

 

 

 

 

    ●

 

 

 

 

 

 そして、決闘当日となった。もちろん、この決闘が始まるまでにはいろいろとあったのだが、ここでは省略させてもらう。脱線を繰り返した挙句に迷走することが明白だからだ。

 噂が飛び回っていたためなのか既に試合の開始時間前には多くの生徒がアリーナへと詰め掛ける有様となっていた。本来これは授業中に行われるのだが、他クラスの生徒も勉強のためにという名目で見学が許された。ここには一夏のデータを得たいという狙いが見え隠れしていたが、遅かれ早かれ勝手に取られることがわかっていた一夏は大して気にしなかった。どうせ後で賠償請求を送り付けるのだ、大した問題ではない。

 一夏には特例ケースとして専用機が送られることになっていたが、世界中から菓子折りのように送られてきた資料を見た一夏はそれらをすべて『くだらない』と切って捨てた。専用機をくれてやるから身柄をよこせと、そう言っているも同然だったからだ。

 しかし、いくらなんでも学園にある第二世代型では最新鋭の第三世代機には劣ってしまう。性能の差は勝負の絶対的条件ではないが、勝つには性能も必要だ。

 ではどうすればいいのか? 一夏は恐らく提供してくれて、裏が比較的少ないところへと依頼することにした。

 

「束博士、専用機を一つ頼む」

『うーん対価は何かな?』

「箒の寝顔写真セットと剣道着の写真セットだ、今ならたれ状態の千冬姉さんの写真付きだ。ねん〇ろいども付けるぞ」

『おk! そっこでいっくんに丁度いいの作っちゃうよ!』

 

 偉い軽いノリで天災は引き受けてくれた。金の代わりにいろいろ持っていかれるよりは、一夏は自分と束の両方がWin-Winの関係になれる選択をしていた。

 

「で、私の専用機は直前になって届くことになったわけだ」

「間に合うのか、一夏?」

「間に合うだろう。束博士は人の好き嫌いが激しく、非常に気まぐれだが約束は守る人間だ。私が依頼をしていた人物も来てくれるそうだから、直前でも調整は間に合うだろうし、機体の特徴を知るなら動かさなくともできるかもしれん」

 

 既にISスーツに着替え、ピットで待機する一夏は届くであろうISをただ待っていた。しかし一夏は携帯端末で何やら操作をしているだけで、時間が近いことに起因する焦りや緊張は見えなかった。流石は一夏と呆れ半分関心半分の箒だが、しかし一週間の間の一夏の行動を思い出してみた。

 確かに毎日トレーニングルームに通い、毎朝自分との竹刀での稽古をやっていたが、それ以外にも何かやっていたのだろうかと思った。曰く、ISの構造などについても意見を聞きに行ったり、親交のある人物に意見を聞きに行っていたらしい。流石にそこまでは図々しくついていかなかったので、どうなったかはさっぱりわからない。

 ただ、かなり機嫌よい時を何度か見かけていることからすると、おそらく順調なのだろう。ただ、女としての勘でなんとなく他の女性が近づいているのを感じ取っていた。しかしIS学園が実質女子高である以上女性が近づくことに問題はないのだが……なんというか、一夏と似通ったにおいがするのだ。

 

 ……いや待て。

 

 箒は自問する。

 大体、一夏のあんな性格(守銭奴)に合わせることができるのはそれ相応の性格を持っていなければならない。つまり、千冬のように何らかの手段でねじ伏せることができる人物か、あるいは同じような性格であるか、だ。

 少し冷や汗が噴き出てきた箒だが、一夏の声に現実へと戻って来る。

 

「来たな」

 

 そして、重たい金属音とともに扉が開いて大きなコンテナが運び込まれてくる。

 人が丸ごとおさまりそうな巨大なそれは、灰色の冷たい外装を持ち、そして厳重にロックが施されているのが素人目にもわかった。これはもちろん貴重なISのコアを守るためなのだ、この程度でもまだ足りないくらいである。

 

『織斑、時間がないから急いで支度をしろ』

「了解した」

 

 頷いた一夏はすぐにコンテナ脇にあるコンソールをいじって操作する。いくつもあるロックが順々にはずれていったとき、箒はピットに入ってきた人物を見た。

 

 ……誰だ?

 

 それはIS学園の制服を着た少女だった。両目を閉じ、銀色の髪を肩のあたりまで垂らしていて、その一部は三つ編みになっている。いよいよ箒の危険感知センサーがアラート音を鳴らす一方で、一夏もまた入ってきた人物に気が付いた。

 

「クロエか、わざわざすまないな」

「構いません一夏。だって……」

 

 だって、といったクロエと呼ばれた女子生徒は右手を動かした。

 それは腕が体の横にあった状態からの動きだった。肩から肘にかけてが一気に持ち上がり、自分の胸のあたりまで手が持ち上がる。

 続いて、次に生まれたのは指の動きだ。動かしやすいように腕を動かしている間に一度屈伸した指は、腕が止まる直前で一気にとある形を作り上げる。それは拇指対向性―――親指が拳を握った時に他の指と向き合うように握りこまれる特徴を生かすことでそれを作る。人差し指が第一、第二関節の順に曲り、人差し指と親指の先端が触れ合い輪を作り上げる。ほぼ完ぺきな円を作り上げたその指の形を意味するところを、箒は一瞬にして理解した。

 

「金がかかっているんでしょう!?」

「当然だ! 金がかかっていないことほど、価値のない話はない! そしてこれは金が絡む、故に全力だ!」

 

 誰もが一度はやったことがあるであろう、金を意味する手指の形。それを向けるクロエは実にイイ笑顔で、一夏もまたテンション高めに無表情だ。無表情なのは無表情だが、冷静な顔の下には紛れも無い強欲があるのがわかった。意味が分からないと思うが(ry。

 そして箒も、一体この女子生徒が何者かを理解した。

 

「「「「「「「お前も守銭奴かよ!?」」」」」」」

 

 奇しくも、その場にいた全員と、管制室にいた千冬たちは同時に突っ込みの声を上げていた。

 しかし、それを笑って受け流したクロエはイイ笑顔で言った。

 

「金が大好きで何が悪いのぉ!?」

「理解できるか普通!」

「ふん、お金の価値がわからないなんて。バーカバーカ、貧乏人!」

 

 箒がツッコミ返しをするがクロエはめげない。罵倒の仕方までいっそ清々しく金が大好きな感じを前面に押し出している。くるりと一夏の方に向き直ると、やや悲壮な声マネをして縋り付いた。

 

「一夏! なんだか金のない貧乏人が理解できないことを言ってくるよ!」

「気にするなクロエ。我々は金があるがあちらにはない。そこですでに決定的な違いがあるのだ、対話の余地などないぞ」

 

 励ますように言う一夏はすぐに届けられたISの方を向いた。

 

「さっそくISを準備する。協力頼むぞ」

 

 

 

 

 

 

 

     ●

 

 

 

 

 

 セシリア・オルコットは大いに困惑していた。

 試合開始の時間が迫る中、対戦相手である織斑一夏がやってこないのだ。いや、ピットからアリーナへと続くゲートは開いており、いつでもISが飛び出して来そうなのだが、一向に来る気配がない。

 

「どうしたのかしら……」

 

 なにやら人が出たり入ったりを繰り返しているようで騒がしい。何かトラブルが起きているなら管制室から連絡が来てもおかしくないのだが、それもなかった。

 そこでISの通信回線を開くと管制室へとつなぐ。ワンコールでつながったので、早速セシリアは文句の一つでも言おうとした。

 

「あの『ギャア! ちょっと織斑先生落ち着いてください!』……!?」

 

 回線から届いたのは、クラスの副担任である真耶の悲鳴。思わず黙り込んだセシリアはそのまま耳を傾けてしまった。

 

『や、やめてください織斑先生! いくら織斑君と同じ守銭奴キャラが増えたからって暴走しちゃいけません!』

『離してくれ、私は一夏の被害者をこれ以上増やすわけにはいかん! だから離してくれ! HA☆NA☆SE!』

『だからって近接ブレードはダメですってば! 織斑先生の腕だとスパッと首が飛んで血がダダベチャァってなるじゃないですか!』

『しかも幼気(いたいけ)な子供だぞ!? どっから連れ込んだのだ! というか弟がペド趣味で落ち着けるか! 私の弟がこんな犯罪者予備軍なわけがない!』

 

 セシリアは静かに回線を閉じることにした。

 いったい何が管制室で起こっているのかは、まったく理解できない。というか理解できてはいけない気がする。人間的にも正気度的にも。

 気を取り直して、今度は対戦相手側のピットの方へと通信回線をつなげる。管制室があれなら直接言った方が早いだろうと考えたのだ。しばらくして回線が接続されたので、早速音声回線をつなげた。

 

「あの『金が好きで何が悪いというのだ、箒!?』……!?」

 

 回線から届いたのは、クラス、そして学園唯一の男子である織斑一夏の怒声。思わず黙り込んだセシリアはそのまま耳を傾けてしまった。

 

『ええい、やめないか箒!? いくら私と同じ守銭奴キャラだとしても問題ない、だから暴走するな!』

『離さんか、私はこれ以上一夏の被害者を増やすわけにはいかん! 離してくれ! HA☆NA☆SE!』

『だから私に近接ブレードを向けるな、ダメだ! お前の腕ではスパッと切り裂いて私の首がすっ飛んでえらいことになる!』

『しかも幼気な子供だぞ!? 一体どっから連れ込んだのだ! というか一夏がペド趣味で落ち着けるか! 私の幼馴染がこんなに犯罪者予備軍なわけがない!』

 

 セシリアは静かに回線を閉じることにした。

 いったい何がピットで起こっているのかは、まったく理解できない。というか理解できてはいけない気がする。人間的にも正気度的にも。

 気を取り直して、もう対戦相手が出てくるまで待つことにした。この様子では騒ぎが収まるまでかなり時間がかかりそうだ。

 

「暇になりましたわね……」

 

 そう、ISを装着している状態では何もやることがないのだ。

 お真面目なセシリアはこういうときに余計なことはしない主義だが、実はIS操縦者の多くが専用機に時間つぶしの道具をこっそり入れている。

 例えば、ドイツのとある部隊の副隊長はラノベや漫画などの娯楽を格納領域に入れており、いつでも読めるようにしている。

 また、とあるアメリカのテストパイロットは、テスト中のISの格納領域にいわゆる婚活の情報をまとめて入れている。アメリカでも結婚事情は厳しい。何しろ“あっち”の趣味の人が普通にいる国なのだから。因みに実際にIS操縦者同士が同性間で結婚するケースも増えており、隠れて少子化が進んでいるのは内緒だ。

 

 

 

 

 

 

      ●

 

 

 

 

 白い装甲のISをまとって一夏が飛び出してきたのは、それから三十分も経った後だった。

 

「いや、済まない。最後には箒が木刀でリアル斬鉄をやって、それをクロエが大気蹴りをかまして回避するという事態まで起こってしまってな。慌てて私が五円玉メイルで割って入って……如何した、そんなに疲れた顔をして」

「疲れますわよ! 大体試合開始予定時間からかなり遅れていますのよ!?」

「しょうがないな、では今から始めよう。まずは議論・応答からだぞ。相手の言ったことにはそれ相応の内容を答えること、良いな?」

「ハァ……構いませんわ」

 

 セシリアの言葉に、もう覇気はなかった。事態の説明を求めたところで、どうせろくなことにはならないだろうことは想像がついた、というかついてしまった。

 ともかく、とセシリアはハイパーセンサーを通じて開示された情報を閲覧した。

 

 ……試作第5世代型ISですって!? なんで世代を二つも飛ばしてそんなISが生まれているのです!?

 

 現在最も配備されているのは第二世代型のISだ。学園に置かれる打鉄やラファールなどがそれにあたる。また、一部では開発の差こそあるが、自分が乗る第三世代型ISが開発が進められており、ヨーロッパでは総合IS開発計画であるイグニッション・プランが実行されている最中だ。

 

「私のISは少々特殊でな……まあ、気にすることはないぞ。ISなぞ金などよりも価値がないものだからな。いちいち気にかけていたら禿げて、皺が増えて、肌にはシミが増えてしまう。さらには胃もたれがひどくなって胃薬の世話になる。そうすると薬局などで育毛剤や肌をケアする化粧品や胃薬が大いに売れて金が流れる、わかったな?」

「わかりませんのよー!」

「すまんな、つい脱線してしまった。しかし金の方が重要である以上仕方がないな、うん」

 

 自己完結した守銭奴はうんうんとうなずくと、漸くセシリアの言わんとすることに気が付いた。

 

「そちらのISは第三世代か。――――金の無駄だな(なかなかよさそうなISだ)」

「本音がダダ漏れですのよー!」

「おっと、つい本音が出てしまったな……これは失敬」

 

 そして守銭奴は身に着けているISを手でさして紹介を行った。

 

「私のISは試作第五世代型IS『白面稲荷金式(仮)』だ、現段階では未完成のため仮が付くが、量子化機能付き増量円柱金庫を四つほど装備していてな、これがなかなかに使える」

「なんですのそれは……」

 

 茶番だと、セシリアは判断した。だからというように自分の手にレーザーライフルであるスターライトを取り出す。安全装置を解除すると、センサー系と連動させる、

 

「まあよろしいですわ、さっさと始めませんこと?」

「心外だな、セシリア・オルコット……もう始まっている。そして貴様の一敗だ」

 

 えっ、と疑問の声を上げる観客席とセシリアの前で、守銭奴は指を一本立てていた。

 

「私との応答による勝負を途中で投げ出した。私が自分の機体について話したのに対し、貴様はライフルを出すだけで何の情報も明かさなかった。ゆえに貴様の失点だ」

「はぁ? 何を根拠に? 言いがかりはおやめなさい?」

「そちらこそ、言いがかりはやめておくといい。私は最初にISではなく、議論による勝負を挑み、そちらも了承していた。それを反故にするとは度し難いな」

 

 すると一夏は管制室の方へと回線をつなげる。

 

「教師 織斑、記録してるはずの映像をお願いする。それを全員が見れるようにしてほしい」

『ム、確かに記録してあるが、今か?』

「必要なことだ、お願いする。いまPCで見ている人は少し上までスクロールしても構わない」

「「「「「メタな発言はやめろ!」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

     ●

 

 

 

 

 しばらくして、アリーナに先ほどのやり取りが再生された。

 

『いや、済まない。最後には箒がリアル斬鉄を行うという奇行を行って、それをクロエが大気蹴りをかまして回避するという事態まで起こってしまってな。慌てて私が五円玉メイルで割って入って……如何した、そんなに疲れた顔をして』

『疲れますわよ! 大体試合開始予定時間からかなり遅れていますのよ!?」

『しょうがないな、では今から始めよう。まずは議論・応答からだぞ。相手の言ったことにはそれ相応の内容を答えること、良いな?』

『ハァ……構いませんわ』

 

 アリーナの中が沈黙で満ちた。視線が行くのは、当然セシリアの方だ。誰もが似たような視線を送ってくることに気が付いたセシリアは、目の前の守銭奴をにらんだ。しかし全く守銭奴は気にした風もなく淡々と言う。

 

「私はそちらの了承をとった上で、議論による決闘を望んだわけだ。決闘だとそちらは言ったが、何もISを使うとは一言も言っていないからな」

「揚げ足を取りましたわね……!」

「違う、言質といってほしい。まさかそちらは自分が行ったことを翻意する気なのか? だとするならば貴様の、そして英国の信用はがた落ちだな。世界恐慌もビックリな勢いだ」

「くっ……」

 

 返答に詰まるセシリア。確かに国家代表候補生と言えど、ある意味国の代表としてこのIS学園に来ている。つまりセシリアの態度はそのままイギリスの態度ととられてもおかしくはないのだ。一連の言動を考えれば非があるのはセシリアである。一方で一夏の方は行動や言論は矛盾を起こしていない。

 そして、一夏は返答に詰まったセシリアを見て頷いて言った。

 

「返答がないか……つまり私の二勝目、あるいは二点目だな」

「な、なら!」

 

 セシリアは言い返しそうになった自分を抑えて、改めて宣告した。

 

「ISを用いての決闘ですわ! それがこのIS学園にふさわしいのではなくて?」

「フム、良いだろう。流石に断わるわけにはいかんな」

 

 一夏は専用機である『白面稲荷金式(仮)』の武装を展開する。

 

「偉人はこういった。Time is money. 時は金なり、と。だが私はこうも言おう」

 

 一息入れ、一夏は言った。

 

「Money is power. 金は力なり、と。『白面稲荷金式(仮)』戦闘モードで起動。クロエ、バックアップは頼むぞ」

『オッケー! そんな貧乏イギリス淑女(笑)に負けないでね!』

 

 すると白い装甲の一部がかの大妖狐『白面金毛九尾の狐』を彷彿させるような金色に染まっていく。また腰には量子化機能付き増量円柱金庫が二つ現れて、ハードポイントへとセットされる。

 

「では始めよう、ISによる決闘を」

 

 公式戦における、男性の操縦するISの初めての戦闘が開始された。

 

 

 

 




 戦闘までもってけなかったのは悔やむべきですね……次回こそ決闘となりますのでお楽しみに。

 まあ、今回は境ホラでも何度か発生した“討論による相対”を書いてみました。一夏は守銭奴ですが商人なので、言質をとったりとられたりには慣れています。その点でセシリアは負けてましたね。

 また今回は原作八巻?で出てきたクロエ・クロニクルの登場となりました。そんな彼女は守銭奴キャラという位置づけで、一夏のパートナーです。このままクロエ√突入しちゃおうかなぁ。

 次回の更新までまだかかると思いますが、お楽しみに。感想を待っています。




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第四話 守銭奴の戦い

 お待たせしました、最新話です。

 まず最初に、何がどうしてこうなった……戦闘シーンは軽く書くはずだったのに、気が付けばこれまでの倍以上かいてしまった。

 いや、読んで楽しめるものが書けた気はしましたがちょっと自分でもひどいなと思ったりしました。それもこれも境ホラのせいですね、うん。ネタも盛り込んでしまいましたし、ついに『アレ』をほうり込んでしまいました。反省は(ry。

 というわけでセシリアとのクラス代表決定戦です。ごゆっくりお楽しみください。





 IS学園の第三アリーナ。そこでは激しい光の奔流が飛び交っていた。それは地面の土をうがち、アリーナの内側に張られた指向性のエネルギーシールドによって霧散した。

 それは本当の銃撃戦にも勝る、激しいものだというのは素人目にも分かる。一歩先は死地。ずるがしこく、大胆にして慎重に動かねば次の瞬間には自分の命が飛んでしまう。

 その奔流の間を駆けるのは、二人分の鎧を着たような人間の姿だった。人の英知たる科学の結晶IS。それをまとう二人は激しいガンファイトを繰り広げながらも、互いの隙を猟犬の如く探り合い、互いに牽制を飛ばし合う――――――なんていう戦いはなかった。

 

「前置きしといてなんなのだー!」

 

 箒はどこへともなくツッコミを入れた。

 箒の姿は、アリーナのピットにあった。既に試合は開始され、一年一組のクラス代表をかけ一夏とセシリアが激突していた。そして、未完成状態のIS『白面稲荷金式』のサポートをするために、目の前では『銀髪盲目系ロリ守銭奴』という濃すぎるキャラのクロエ・クロニクルがいくつものモニターを展開して操作していた。一体一夏とはどういう関係なのか?

 

「箒様、ちょっと黙っていてください。無駄に酸素と水分が浪費されてしまって地球に申し訳ないです」

 

 そして、これである。毒舌と二面性というジャンルまで加えてもいいのではないだろうか。至極丁寧な口調で馬鹿にされるのはこんなにも変な感じがするのかと妙な関心を得た。

 

「というか、なぜ私に敬語を?」

「私はいろいろありまして、束様に拾っていただいたのです。そこらへんはおいおい語りますが、要するに命の恩人で、束様のご家族である箒様に敬意を払うのは当然です」

 

 しれっと答えるが、言葉に嘘はないと箒は察した。他人に興味を抱かない姉がどういう経緯を持ったにしろ、このクロエを助けたのなら良い変化と、素直に喜ぶべきだろう。一夏も言っていた、非常に気まぐれだが約束は守ると。

 

 ……姉さんに、良い変化が起きたと私は信じたいな。

 

 性格はあれだ。天災で周囲を顧みない、破天荒が服を着てウサ耳カチューシャつけているような人間だが、やはり自分にとってはかけがえのない家族だ。

 だが、と箒は意識をアリーナへと戻した。今は一夏の方が優先だ。今はあの駄兎は放置だ。姉も未来の弟(仮)のことなら喜んでくれるだろう。

 

・天災兎:『いやいやいやいや………さすがに箒ちゃんでもフラグ立てても追いつけないでしょ? いっくんてばクーちゃんへのフラグ建設に余念がなかったし』

 

 ……おや?

 

 今どこからともなく姉の声が聞こえた気がした。気のせいだろうか? それともどこからか電波でも受信したのか? 首を傾げた箒の意識に何処からともなく姉の声が続いて届いてきた。

 

・天災兎:『んー、箒ちゃんも私も一応神社の娘だからさ、神様経由でなんだか会話できるっぽいよ? なんだかよくわからないけど』

・ほうき:『テレパシーですか?』

・天災兎:『似たものかもねー。今、何とか他の人も使えないか画策中だよ』

・ほうき:『というか、神様ってそんなに人のお願い聞いてくれるんですか? 仮にも神様ですよ?』

・天災兎:『ほら、神道って出てくる神様殆どがかなりアバウトだし? 供え物でもしたらいいかなぁーって』

・ほうき:『……まあ、日本神話って大体アバウトですけど……その場の勢いに任せてませんかね?』

・天災兎:『ノリがいいってことじゃない?』

 

 なるほど、と納得した箒はあいさつを済ませて姉との通神を切った。

 

 ……待て!? 今私は超常的なことをえらく軽いノリでやっていなかったか!?

 

 思わず箒は頭を抱える。常識の外を散歩気分で行くのは姉の属性だったはずだ。いつから自分の属性は変わったのだろうか? 哲学的な思考をしたいところではあるが今は一夏の試合がある。

 見れば、一夏の姿は空中にはなかった。

 

「お、おい、一夏は!? まさかやられてしまったのか!?」

「いいえ、ちゃんと見てください。まだエネルギー残量は十分です。一夏はわざと地表に降りています」

 

 

 

 

    ●

 

 

 

「おっと……危ない」

 

 一夏は軽いステップで足元に突き刺さったレーザーを回避した。土が抉られ土くれが舞うが、一夏のISに直接のダメージはない。シールドに当たればエネルギーは持っていかれるが、逆に言えば当たらなければどうということもない。

 一夏の動きはごく単純だった。右にスライドしたと思えば、体を縮めながらも後退し、軽く跳躍してさらに右へ飛ぶ。もしもここに熟練の操縦者がいれば素人の動きだとすぐに指摘しただろう。しかし、その素人の動きで一夏はセシリアのレーザーを悉く回避して見せている。

 

「くっ、逃げ足だけは、一人前ですわね!」

「褒め言葉はありがたいな、ただで貰っておこう」

 

 その動きは素人ながらにキレがあり、見た目以上に回避を続けていた。

 一夏の動き、それは商人ならではのものだった。セシリアの射撃に関しては目の動きや銃口の向きを鋭敏にとらえてそこから逃れれば回避ができた。取引先の相手の動向を目や素振りで理解してきた一夏には余裕の作業だった。また、実際の体の動かし方も、相手への礼やその他商人の必須動作を重ねて回避している。頭を狙われれば頭を下げつつ右か左へ退出動作をとる。手足の移動先を狙われれば名刺を差し出す動作で緊急回避。

 皮肉にも、セシリアの射撃が正確であるために一夏も正確に動きを選択することができた。

 

「行きなさい、ティアーズ!」

 

 セシリアは焦れて第三世代兵器『ブルー・ティアーズ』を射出した。本体と分離して移動するビットは一夏を狙ってその銃口からレーザーを放っていく。しかし、それもまた一夏は回避した。アリーナ外壁の地面すれすれを、滑るように移動しながら行く。

 焦れたセシリアはビットを飛ばし一夏に向けてさらに射撃を加えていく。射角を本体の位置に縛られない分離砲塔はセシリアの持つスナイパーライフルと共に狙う。

 

「ふむ、まだ行けるな」

 

 だが、一夏は焦らない。淡々と派手さこそないが回避を続けていく。

 

 

 

 

 

     ●

 

 

 

 

 

「なるほど、織斑も考えたな」

 

 千冬は弟の狙いをきちんと理解した。管制室で洩らした声に真耶は疑問符を浮かべた。真耶からすれば搭乗経験皆無の素人がなぜか熟練者顔負けの動きをしているようにしか見えなかった。

 

「あの、織斑君があんなに回避できる理由ってあるんですか?」

「もちろん。通常ならオールレンジ攻撃は自分の背後や足元からくるので、織斑のような素人は的にしかならない。しかし織斑はそれを先に潰した」

「潰した?」

 

 つまり、と千冬は自分の視界の枠をなぞるように手を動かして見せた。

 

「ああやって地面すれすれに浮かび、アリーナの壁を背後に戦うことで本来生じるはずの死角をカバーしているんだ。またオルコットのビット攻撃を自分の視覚内からしか放てないようにしている。そうすれば織斑はオルコットのいる上空と左右だけに意識をやるだけですむ」

「でも、ISには別にハイパーセンサーがあるのですから空中に飛び出しても……」

「素人には無理なことだ。よしんば飛び出たところで脳みそが情報の多さに混乱するしかない。山田先生もそうですがISは必ず飛行しなければならない(・・・・・・・・・・・・)と、操縦者は頭のどこかで思い込んでいる」

 

 だが、と千冬はわずかに微笑を浮かべた。

 

「操縦者の多くが空を飛ぶことばかり考えてしまい、地面があることを忘れてしまう。逆に織斑は空を飛ぶことを捨てて空を制している」

 

 地摺が空を制する。空を飛べた女性が、空を飛べたがために気づかない点を一夏は突いていた。

 

「あ、織斑君が動きますよ」

 

 

 

 

     ●

 

 

 

 一夏は動きを止めると、無表情を保ったまま息を入れた。

 

「ふう、すでに開始から十七分。よくやるではないか、セシリア・オルコット。逃げ回る私にぶれずに射撃を続ける技量は大したものだ。この賛辞はタダでくれてやろう」

「あ、貴方は私を馬鹿にしていますの!?」

「褒めている。それ以外何物でもない。素直に受け取らねば金を要求するぞ」

 

 聞き流したほうがよかったと、セシリアは後悔した。こういう性格であることは分かっていたはずなのだが、どうしても反応してしまう。

 

「ではこちらも行くぞ。白面稲荷金式(仮)の力を味わうといい」

 

 一夏は地面へと足をつくと、腰を軽く落とした。両の手には壺型の金庫から出した貨幣弾丸が握られており、機体各所に展開した投影ディスプレイでは数字が表示され、激しく変化している。腰に接続されたテールバインダーのようなものが展開し、同じように投影ディスプレイを表示していく。そこに並んだ数字を見て頷いた一夏は、手にした硬貨を振りかぶった。

 投じられたのは鈍く光を反射する硬貨弾。

 当然の判断としてセシリアは回避を選択し、そのように動いた。だが、余裕があった。いかに硬貨を早く投げつけたところで限界がある。暗器の一種に似たようなものはあるが、ハイパーセンサーにかかれば目視してからでも回避できるとセシリアは理解していたのだ。

 だが、その判断は間違っていたというしかなかった。

 

「……!?」

 

 激しい擦過音。続けて体を走る衝撃とダメージを受けたことをしますモニター。さらには衝撃で揺らぐ姿勢。それらがセシリアに実際以上の衝撃を与えていた。

 

『腹部装甲版 ダメージランク:B 被弾には注意』

 

 ……一撃で、こんなにも受けるものですか!?

 

 驚愕の表情をあらわにセシリアが視線を向けると、一夏が無表情に次の硬貨弾を手に持ったところだった。センサーの計測で相手との距離がおよそ百五十メートルほど離れていると分かった。あの一瞬で着弾したのだから、その速度は光学兵器に勝る速度だというしかない。

 

「そら、もう一発行くぞ」

「くっ!」

 

 予告の声に反応し、セシリアはとっさに上昇をかける。その直後に足元を威力の塊が通過した。思わず足がとられてしまいそうな風圧を伴った硬貨弾は、背後の壁面へと激突し甲高い音を立てた。

 冷や汗が噴き出ることを感じながらもセシリアは動きを止めなかった。止まっていればあの硬貨弾を喰らうと理解したからだ。

 そして、同時に相手の硬貨弾への対応法も理解していた。

 

 ……動けばいいのですわ!

 

 投じられた直後に目標へと着弾するほど速い硬貨弾は、逆に言えば狙いをつけた方向にしか向かうことはない。ならば、自分は動き回って狙いを絞らせないことで被弾の確率を下げる行動をとるべきだった。

 そして投げる方向を大まかにとらえれば、あとはそこから逃れるだけで良い。

 再び硬貨弾が投じられた。その狙いはどこにあるのか?

 

 ……私の体の中心!

 

 一夏の狙いを正確に言えばセシリアの体の正中線だ。上下左右何処に動こうとも当てることができる部分を狙う一撃を、セシリアは見切った。

 通常の動きではかわせない。どのように回避すればいいかをセシリアの経験はすぐさまはじき出した。

 

「――――ふ」

 

 硬貨弾が発射された直後、セシリアの体はふっと浮いたように見えた。しかしその直後に体は一気に下に落ち、硬貨弾はその上空を通過して、アリーナのシールドへと着弾した。

 その間にライフルを構え、トリガーを引くのは簡単なことだ。そして、そのようにした。

 

「ほう」

 

 感嘆の声を上げた一夏はすぐにステップしてレーザーを回避した。

 

「伊達に代表候補生ではないな。そこは称賛しようか」

「PICを一瞬だけ解除して自由落下によって回避する……何とかなりましたわね」

 

 セシリアがとったのは、反重力翼をそのままにPICを解除するという荒業だった。通常機体にかかる重力は反重力翼が相殺し、PICによって機体に生まれる慣性を解除することでISは飛行する。そこにスラスターやエンジンの出力を加えてISは高速飛行する。

 だが、もしもその状態からPICだけを解除すればどうなるか。反重力翼の慣性が一瞬機体を上昇させ、しかし機体が重力にひかれて落下する。そこにセシリアは下方移動を加えることで弾丸を回避した。それによってセシリアは十メートル単位で下方へと降下していた。普通であれば反重力翼の出力制御を誤ってあらぬ方向へと吹っ飛んでしまうかもしれない。

 

「さて、私が手の内を明かしたのですから、そちらも明かすのが礼儀ではなくて?」

「正論だな。では明かしてやろうか、一体私のISはどういった代物なのかを」

 

 それは、と前置きした一夏は告げた。

 

「単純な、金の力だ」

 

 いいか、と前置きした一夏は体の各所に浮かぶ投影ディスプレイを操作しながら言う。

 

「戦闘行為とは、戦闘に関わる能力の消費行為であり、しいて言えば経済活動の一環でしかない。つまりそこへ私は商人としての力で介入ができる。白面稲荷金式(仮)はそういう特性を持つのだ」

 

 表示されるのは金額を示すメーターであり、金銭の取引によって一夏が得た力だった。

 

「そう、つまり金こそ力なのだ!」

 

 もう突っ込まない。セシリアは心に誓って相手の動きを注視した。

 

 

 

 

 

    ●

 

 

 

 

 一夏の乗るISが第五世代ということは、観客席にいた生徒たちに少なくない動揺や興奮をもたらしていた。特に、専用機こそ持たないが代表候補生としてこの学園に来ている生徒たちの驚きは大きいものだった。

 しかし、その興奮などはピットにいる箒たちのところには伝わって来なかった。逆にあまりISに詳しくない箒は疑問を覚えて、目の前にいる詳しそうな人間に聞いてみることにした。

 

「すまないが一つ聞いていいか? そもそも第五世代のISとは何なのだ?」

「簡単に説明しましょう。ですが、今は実際に見た方が早いです」

 

 まずは、とクロエはキーボードを打つ片手間で別なモニターを表示しながら説明する。

 

「第一世代は世界へと公表されたISを解析し、これを量産・運用ができるようにした世代です。続いて登場した第二世代は性能の向上と量子格納領域を搭載している世代。そして、第三世代はいまイギリスの淑女(笑)の使っているような、イメージ・インターフェイスシステムを利用した特殊兵装の装備した世代となっています」

 

 そして、と息を入れ直したクロエはタイピングの手を止めずに言う。

 

「束様が世界に先駆けて開発したのが第四世代、そして第五世代型ISです。まだ概念すら世界中の技術者がたどり着いていないでしょうね」

「そんなのをどうやって……あ……」

 

 箒の疑問の声は尻すぼみに消えた。世代を飛び越えたものを開発できるのは一人しかいないことを理解したのだ。

 

「束様は開発者なのですから、世代の一つや二つを先んじていても不思議ではありません。第四世代は今は端折りますが、第五世代の特徴は『事象・概念への干渉』作用を持つ兵装の導入です。

 そして、白面稲荷金式は金銭という概念を用いて、ほかの概念に対し干渉し、その能力をやり取りできます」

 

 なるほど、と頷いた箒は一夏の特性……というか性癖に似合ったISだと感想を得た。傍から見ると守銭奴な性格は一歩離れておきたいものだが、まさかこういう形で役立てて来るとは思わなかった。

 

「ですが、まだ調整等が済んでいないところもあって、外部から主導で情報処理の手助けをしなくてはならないのです。そこで私が手助けするわけですね」

 

 そしてモニターの中、一夏は次なる動きをとっていた。

 

「さあ、お金が動きますよ」

 

 

 

 

 

 

 

     ●

 

 

 

 

「一つ疑問がありますわ」

「何だろうか?」

 

 射撃と回避の動きを止めたセシリアは眼下にいる一夏に問う。

 

「仕組みは大体聞きましたが、身体強化のために消費する資金は一体どこから? それに身体強化にはすぐに限界が来るのでは?」

「まったくその通りだ、セシリア・オルコット。いくら身体強化を資金を通じて行ったところで、身体的な限界を超えることは不可能だ。あくまでも私の身体的な範疇でのみ強化可能なのだ。伊達に訓練を積んでいるわけではなさそうで結構」

 

 ふ、と息を入れた一夏は硬貨弾を持っていた手をいったん止めた。そして、腕の装甲に付けられていた排気口から熱が漏れた。まとめて吐き出されたとはいえ、相当な熱だ。無表情な一夏の顔にはわずかに疲労の色が見える。

 

「身体冷却の機構がなければとっくに壊れてもおかしくない。まだ試作段階であるのが欠点であるな。

 さて、もう一つの問いについても答えてやろうではないか。私がどうやって消費する資金を得ているのかを」

 

 それは、と一息入れた一夏は管制室の方を指さして言う。

 

「現在、この試合はあらゆるメディアを通じて実況中継されている。その中継に関する料金や広告料、さらにはDVDやその他媒体への映像化などに関わる権利を公売にかけた。諸経費を差し引きしてざっと6億ほどの資金が手に入り、これからさらに税を差し引きすればおよそ三億ほどの儲けとなった。どうだ、日本最大の宝くじ一等に匹敵するほどの金、私一人がしばらく戦うには十分だ」

 

 ぽかんとしたセシリアが、何かに気が付いて言いかけたが、それを一夏は手で制した。

 

「むろん、映像として出して良い部分と悪い部分は選別したうえで編集してもらうつもりであるし、実際編集してもらっている。そちらの所属であるイギリスの許可も取ってあるし、生徒会を通じて学園長にも許可をとってある。機密云々は気にしなくても構わん」

「なら、安心ですわね」

 

 セシリアはこの一週間で準備を周到に整えてきた相手に素直に感心した。一切手を抜かないといったのは間違いがなかったようだった。

 

「では試合続行だ。私も次の手を打っていこうか」

 

 一夏は新しくウィンドウを開いた。それはいくつも数字や図を表示しており、表示された『承認』のキーをなめらかに押していく。

 

「今度は私が得た資金の直接運用だ。甘く見ると大損するぞ?」

 

 身構えたセシリアは、一夏の周囲に生じた光に目を見開く。それはIS操縦者にとってはすでに見慣れたものであり、自分も生じさせたことがある光だった。

 

「私は得た資金をIS学園の整備課の口座へと投資した。その対価として、学園に配備された現在整備中及び使用予約がなされているISの力を私へと『レンタル』している。これには武装なども含まれる形となる」

 

 さあ、と一夏が手を広げた先には、巨大なライフルが生じた。

 

「アサルトライフル『ヴェント』。学園のラファール・リヴァイブに装備されている物だな」

 

 さらに人を数人まとめて串刺しにできそうな重厚な近接ブレードが生じた。

 

「打鉄に装備されている近接ブレード『正宗二型丙』。第二世代の武装としてポピュラーモデルだな」

「そ、それは分かります……ですが……!」

 

 展開されていくのは一つや二つではない。その数は三十をはるかに超えてなお増えていく。銃火器や刀剣類、楯。到底一機のISが運用する数を超えている。

 

「多過ぎますのよ!?」

「問題ない、金によって私の支配下にあるから私の自由にできる。

 さらにISのパワーアシスト機能も私のものとなっている。むろんすべて借りるわけにもいかないが、大体三割ほどの力を私へと供与している。一機当たりの力が五百キロほどとすれば、その三割で百五十キロ。これが三十機分あるので4.5tほどになる。これを硬貨弾への出力とすれば十分な砲撃が可能だ」

 

 引き攣った笑みを浮かべてライフルを握りしめたセシリアに、一夏は笑みを浮かべた。その背後で、尻尾型のテールバインダーが変形し、二本で一組となり四門の砲塔となる。そこへ肩に出現した増量円柱金庫からの給弾ベルトがセットされた。その硬貨弾発射砲に対して一夏は名前を付けていた。

 

金は弾丸なり(マネー イズ バレット)、私はこう呼んでいる」

「い、良い名前ですわねー」

 

 超棒読みのセシリアに一礼した一夏は、そのまま照準を合わせた。

 

「さ、金の洗礼を受けるといい」

「い、要りませんのよー!」

 

 叫んだセシリアの声をかき消すかのように、銃撃の音がアリーナに響いた。

 

 

 

 

 

    ●

 

 

 

 

 銃撃は壁となり、波となって襲い掛かる。

 銃弾を吐き出す鋼鉄の銃は薬莢を外へと排出しながらも、弾丸を吐き出し、弾倉が空になれば即座に次の弾倉をセットして射撃を開始した。また、ラファールに装備されていたミサイルポッドやグレネードランチャーは速度こそ劣るがその分一撃の威力が高い射撃を放っていく。

 第二世代型ISが標準装備するライフルくらいであればISにとっては大して問題はなかっただろう。だが、それが複数となり襲い掛かってきた場合どうなるだろうか? 小さなアリも群れならば巨大な象を食い殺すように、弱い射撃は集団でセシリアへと襲い掛かった。

 

「イヤァァァァァッ!」

 

 半ば悲鳴を上げながらも、セシリアは回避を諦めていなかった。反撃することを捨て、背中と腰のスラスターを全開にしてブルーティアーズはアリーナいっぱいを使って逃げ出した。反撃を即座に捨てたことでセシリアは初撃で銃撃の嵐に飲み込まれることは回避できた。

 文字通りの意味での弾幕の嵐。軽く涙を流しながらもセシリアは必死に逃げ回る。遮蔽物が全くないこのアリーナにおいては自分の機動力で回避するしかない。また、ブルーティアーズは第三世代ISであるがどちらかといえば実験機的な意味合いが強い。そのため、格納領域にある装備はBT兵器の『ブルーティアーズ』とその他オプションのみに限定され、打鉄のように身を守るシールドなどはなかったのだ。

 

 ……本国の整備担当の方! 恨みますわよー!

 

 今日この試合が無事に終わったら防御用の装備も入れる、とさりげなく死亡フラグを立てながらもセシリアは動き続けた。時折アーマーの端を喰われるが大した問題ではない。とにかく動きを止めればその瞬間に負けてしまう。

 五分もすれば、セシリアは一夏の動きを見切りをつけ始めた。

 

 ……やはり素人なのは間違いありませんわね。

 

 訓練を積んでいるセシリアは射撃についてのセンスがあった。その目を通して見れば一夏の射撃は数に任せたものだと理解できた。エイミング(狙い)は大雑把で自分がやるような狙撃から見ればやみくもに撃っているも同然だ。その分を射撃量でカバーしている。

 逆に言えば、何処を狙っているかさえわかれば多少被弾するだろうが、致命的な攻撃は受けないのだ。

 

 ……だとするなら、どうするかですわね。

 

 この状況で自分は火力で劣る。しかも相手のエネルギー残量はほとんど消費されていない。時間制限が設けられていないとはいえ、ジリ貧であるのは間違いない。こちらにはビットくらいしか火器が残されていない。チャンスがあるとすればミサイルビットを至近距離で当てることくらいだが、あの弾幕に飛び込むのはさすがに気が引ける。

 だが、と冷静に判断する。弾も無尽蔵にあるわけではないはずとセシリアは睨んでいた。いくら金を払うことで武器を得ているとはいえ、その弾などは消耗品で持ち主も無限に使うことを是としないはずだ。

 

 ……一か八か、ですわね!

 

 腹を括るしかない。あれ(・・)は苦手な技術ではあるがこれしか手はない。その後の動きについても完全にアドリブだ。

 タイミングを計る。それは致命傷となるような一撃を放つグレネードランチャーやミサイルポッドのリロードの瞬間だ。幸い、その装備の種類については学んでいたので装弾数やその口径について理解している。

 そして、そのタイミングは訪れた。

 

「……!」

 

 セシリアは一気にそこへと飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

     ●

 

 

 

 

 一夏はセシリアの動きを注視していた。そして、セシリアの目も見ていた。

 良い目だと、素直に一夏は称賛した。諦めていないのだ。武器の差、世代の差、エネルギー残量の差。加えて言えば観客からの評価の差もある状況。並の人間なら心が折れてもおかしくはない相手だった。

 だが、セシリアは違う。ここに来てもまだ逆転できると信じている。それが虚栄(ケノドクシア)傲慢(ハイペリファニア)かは一夏にはわからない。だが、相手にするにはちょうど良い。

 

 ……金の相手をするにはちょうど良いな!

 

 クロエからのバックアップがあるとはいえ、こちらも油断はできない。資金に物を言わせてレンタルしているとはいえ、その使用には限度があり武装が切れる頃だった。そのことを相手も悟ったようだった。

 金とは万能のツールであるが、それには限界もあった。一夏は守銭奴で金を信仰するが、完全に盲目的になるほどではない。盲目的になっても戻って来れるくらいにまで加減はしている。つまり、ずるいことしてもばれなきゃ犯罪ではないのである。とある這いよる混沌もそう言っていた。

 

 ……しかし、金を使うのも素晴らしいな!

 

 先ほどから金庫を兼ねた壺から硬貨弾を取り出しているが、手指が硬貨をつかむ感触はたまらない。金をため込むだけの阿呆はこれを知らないのだ。人生の約三割は損しているに違いない。

 

『一夏、淑女()が動くっぽいよ!?』

「了解だ。どれほどのものか、試させてもらおうか」

 

 その瞬間だ、一夏は動きが止まってしまった。しまった、と一夏が思ったときには目の前に蒼が肉薄していた。

 

「……もらいましてよ!」

 

 セシリアが、顔を歪めながらもそこにはいた。

 

 

 

 

 

 

     ●

 

 

 

 

 セシリアは、自分が苦手としていた技能を使用していた。それは瞬時加速(イグニッション・ブースト)だった。どちらかといえば格闘を主体とするIS操縦者が使うものであり、射撃主体のセシリアにとっては相性が悪かった。イギリスで積んだ訓練の中でもある程度しかやっていなかった。

 だが、相手に高速で近づいて一矢報いるにはこれしかなかった。正直に言えば、怖かった。自分から相手に近づくのである。銃撃の嵐の中へ、自ら飛び込んで身を曝すのである。自殺行為だ。

 だが、セシリアはそれを行った。

 やることはすでに決まっている。自分でも驚くほどに冷静に動けた。

 まずはミサイルビットの射出口を跳ね上げ、眼前へと向けてトリガーを引いた。当然のように直撃をするが、高性能の爆薬が積まれたミサイルビットの誘爆は自分にも及んだ。

 

「ッ……!」

 

 だが、その衝撃をあえて体で受けることで瞬時加速の勢いを相殺した。当然反動は自分に来るがこの程度なら堪えることはできる。

 そして、自分と相手の間に割って入ろうとする打鉄のシールドを右手のライフルで強引に止めた。相手に銃口を突きつけながらその長い銃身を使ったのだ。さらに、まだ相手が煙に飲まれている間に、セシリアは超至近距離でビットを展開した。

 

「この距離なら外しませんわよ!」

 

 その言葉通り、四機のビットはBTレーザーをほぼ零距離で照射した。フルオートにしているため威力は低いが今はダメージを与えてなんぼだ、今は関係ない。そしてビットとライフルのすべてが一斉に射撃を開始した。

 一方の一夏はといえば、最初のミサイルで姿勢を崩し、また大量の火器を展開していたためにセシリアの動きを追い切れなかったのかされるがままだった。かろうじて身を腕に装備するシールドでガードしているが、その程度ではまだ足りない。

 そしてスターライトMk.Ⅲのマガジンが空になると、セシリアはそれを投げ捨てながら武装をコールした。

 

「インターセプター!」

 

 手には近接用のナイフが呼び出された。現状のセシリアの装備の中では、この近距離で最も使える武器だ。逆手に持ち、一気に前進して一撃を狙う。

 

 ……もらいましてよ!

 

 狙いすました一撃を放とうとセシリアが相手との距離を一メートルほどにしたとき、不意に煙が沸き上がった。

 

「!?」

 

 足元へ転がったのはスモークグレネード。投擲後しばらくしてから煙を噴き出す物で、ハイパーセンサーにもある程度の効力がある。何より、集中していたセシリアの気を逸らすには十分すぎた。

 一瞬動きが止まったそこに、白煙をかき分けて接近するものがあった。

 鋭利な刃。エネルギーによって構築されているそれは白い輝きを放ちながら、華麗な軌道を描きセシリアに迫る。

 その刃に、セシリアは見覚えがあった。かつて、ISの世界大会モンド・グロッソにおいて、同じ第一世代の機体を駆り、近接ブレード一本で二連覇を成し遂げたとあるIS操縦者が、武器としていた刀と同じ輝き。

 

「雪片!?」

 

 その言葉通りのものが、一気にこちらのエネルギーシールドに食らいついた。

 かつて、モンド・グロッソでそのIS操縦者と対戦した人間は口をそろえて言った。『エネルギーシールドの意味が無いだなんてふざけてるじゃないか。あんな奴の相手はごめんだ』と。即ち、エネルギーシールドを強引に突破し、絶対防御を強制発動させることでエネルギーを一気に消費させる刀。

 なぜここに、とセシリアが思う間もなく、その白い刃は存分にエネルギーシールドを喰らい尽くして、持ち主の動きに合わせて振り抜かれた。

 

 

 

 

 

        ●

 

 

 

 

 そして、アリーナに電子音が響いた。試合の終了を告げるブザーだ。試合の結果が巨大なモニターへと表示され、管制室からのアナウンスが観客席へともたらされた。

 

『試合終了! ブルーティアーズ、エネルギーエンプティーにより織斑一夏の勝利となります!』

 

『織斑一夏:白面稲荷金式(仮):エネルギー残量 122/500』

『セシリア・オルコット:ブルーティアーズ :エネルギー残量 000/500』

 

 そのアナウンスを、一夏は手に白い輝きを放つ近接ブレードを持って残心の形で聞き、セシリアは呆然とした表情でモニターの数字を見た。

 

「負けた……?」

 

 セシリアの口から無意識に漏れた声がアリーナの空間へと消える頃、ようやく決着がついたことに気が付いた観客席から大きな歓声が上がった。

 決着が、ついたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 徹夜のテンションはおかしい(迫真)。自己最長(?)のこの話を一気にまとめあげ、さらに投稿するという、狂気の所業です。

 他の作品も書きながら書いているのでかなりペースが落ちてますね。これはちょっと反省点です。話の流れはできていても実際に執筆すると違うものだと、改めて実感しました。しかし、これをやってのける川上稔氏には敬服します。

 今回の話で登場した用語などを提案してくれた方々にここでお礼申し上げます。では次回もお楽しみに。ゆっくり更新するつもりなので、気長に待ってくれるとありがたいです。




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第五話 守銭奴の画策

 今年最後の更新です。
 境ホラは単にオパーイと外道とキチ〇イだけじゃない。政治とかもあるんですよ、ええ。今回はそれを少しでも出せたらいいかなと思います。これを演出する過程をどうするか迷いに迷ってこうなりました。たかだか宝石にはこれが限界……ではどうぞ。
 


 IS学園一年一組のクラス代表決定戦が終了し、一夜が明けた。今日も春らしい暖かな日差しが降り注いでいた。

 だが、そんな明るい天気とは全く逆の心情で朝を迎えた人物がいた。セシリア・オルコットである。イギリス代表候補生にして、今年度のIS学園の主席入学者だ。加えて、昨日のクラス代表決定戦において、ISを用いた決闘において織斑一夏に敗北した操縦者でもある。

 

「…………」

 

 一年生寮の自室へと持ち込まれた巨大なベットの上で、窓からの光に目を瞬かせる彼女の表情は、沈痛を通り越して悲惨だった。決して顔面が目も当てられないほど醜い状態なわけではなく、単に落ち込んでいるだけだ。

 終わった……そう彼女は心の中でつぶやいた。

 昨夜のことだ。代表候補生用に確保されている回線を通じて、本国の候補生担当官からお叱りを受けたのだ。一週間前の宣戦布告がその時ノータッチだったのはどうせ素人相手なのだから勝てるだろうとの自信があったのだろう。実際、セシリアも素人に負ける気はしなかったし、素人相手でも気を抜かずに試合を行った。

 だが、それでもイギリスの看板に泥を塗ったことは間違いないだろう。少なくとも、『一番最初に男性に負けたISとIS操縦者』と烙印を押されることは明白だった。

 これでは、ヨーロッパにおけるISの開発計画である『イグニッション・プラン』においてイギリスはかなりの遅れをとったことになる。開発計画の名の元、ヨーロッパ全体が協力しているように見えるが、その実態としては技術競争であり、政治的な意味合いが強くあった。IS=軍事力という単純式は成立しないが、性能と個人の技量がISにおいては物を言う。より強いISを保有することが影響力の拡大につながることは確かで、そのために様々な手を尽くしている状態だ。現在の開発競争においてトップを走るのは、イギリスが開発したティアーズ・モデル、ドイツが開発したレーゲン・モデル、イタリアのテンペスタⅡ・モデルの三種。そのどれもが第三世代兵器を搭載した最新モデル。開発の差は僅差だった。

 そんな中に最新モデルのティアーズ型が敗北したというニュースは、マイナスにしかなりえないものだ。おそらくこれを口実としてほかのモデルを開発した国から攻撃を受けることになるだろう。そうなった場合、イギリスはBT適性が高いセシリアと言えど、代表候補生からの除名を考えなければならないだろう。

 既に本国からお叱りの連絡は受けていた。敗北したことについてもだが、クラスの前であれだけの大言を吐き、専用機を与えられておりながらそれを中破にまで攻撃を受けたことも非難された。実際、ブルーティアーズはデータの吸出しと修復のために本国からの技術者待ちとなる。

 自分は本国の使用人であるチェルシー・ブランケットと連絡を取り、帰国するようなときになった時にすぐに動けるように準備をするように依頼した。

 昨夜のことはよく覚えていないが、大体夜の一時ごろにベットへと身を沈めた記憶があるので、睡眠時間はおよそ六時間といったところだろう。

 とにかく、今日は学園に行かなくてはならない。どのような結果が下りるかは不明だが、少なくとも今日の昼頃には決定して、通知が来るだろう。

 

 

 

 

     ●

 

 

 

 さて、セシリア・オルコットの事を詳細に語る前に、もう一人重要な人物がいたので、そちらを優先しよう。

 クロエ・クロニクルのことだ。條ノ之束の元からやってきた、銀髪ロリ盲目系毒舌守銭奴である彼女は、そのまま学園に残った。それにはいくつもの理由があった。

 まず、篠ノ之束の所から来た自分にはもうすでに尾行が付いていることを挙げた。これでは学園から一歩外に足を踏み出した瞬間に、世界中の汚い仕事をする組織から狙われてしまうと指摘したのだ。

 

「実際に、もう学園内にいる段階でも数人ほど私にくっついてますね……誰かは言いませんけど、誰かの指示に従うだけの人形は嫌いですね」

 

 また、彼女が他の理由として挙げたのは、一夏のISである「白面稲荷金式(仮)」の存在だった。第五世代型のそれを整備し、点検することができるスタッフは現状クロエしかいない。また、表向き中立のIS学園では国や組織の機密に関係することに対して当事者に黙秘権と情報開示に対する拒否権が認められている。一夏とクロエはこれを適用し、『白面稲荷金式(仮)』の情報を機密として扱うようにも要望した。

 

「私の所属先について明確な決定がなされていない以上、データをタダで恵んでやるわけにもいかん。一時的にではあるがデータは私自身が保有し、管理権限を持つこととしたい」

 

 一夏がはっきりと述べた正論には反論の余地はなかった。クラス代表戦終了から一時間も経たないうちに各国からの問い合わせがIS学園へ相次いだのだが、これは全てクロエが一夏から権限を委譲された代役として却下した。一夏がそのデータなどの所有権を自分から放棄しない限り、誰も正当な手段では手に入れることはできないのだ。一部からは一夏が公売にかけた映像などを理由に情報開示を求める組織や国も多くいたが、あれは一夏がセシリアの所属であるイギリスの許可をとった上で自分から開示したものだ。今更要求しても後の祭りである。

 さらに彼女が理由として挙げたのは、IS学園との間に成立した契約だった。

 

「私、クロエ・クロニクルは一時的にではありますがIS学園の整備課の特別顧問としてここに雇われることになりました」

 

 それを見せられた千冬は念のため学園長に確認をとったが、なんと一夏が入学した直後に一夏本人から学園長と人事課に提案がなされていたのだった。ISを開発した篠ノ之博士が派遣してきた整備士と箔が付いた以上、学園も日本政府も邪険に扱うわけにはいかず、学園のISの整備補修やその他いくつかの事案を解決することを対価としてクロエの雇用を認めた。これにも批判の声が上がったが、各国もまたごり押しや取引で自国の操縦者を諜報員代わりに雇用させている以上強くは出れなかった。

 そうして、諸処の対応を済ませた一夏とクロエに、千冬は呆れ顔で言った。

 

「一体どれだけ準備を整えたんだ、お前は……」

「出来うる限り、だ。後腐れも、面倒なことも無しにしたいのが私の本音だからな。金がかかる」

 

 相変わらずの返答を受け流した千冬は、ふと思い出したことがあった。先程のISを用いてのクラス代表決定戦で一夏はある武器を使用していたのだ。

 

「しかし、あの雪片は一体どこから? 開示された情報ではあれは装備していなかったが……」

 

 そういえば、とその場に居合わせた箒も疑問を覚えた。千冬がかつて世界一に輝いたのはあの雪片によるところが大きい。だが、単一使用能力までも再現してしまう武器など聞いたこともない。唯一の例外はISを開発しその神髄を理解している束か、それとも全く新しい第五世代の技術なのか。一夏が肯定したのは後者の方だった。

 

「第五世代系統の中でも、私のISは金銭を用いることで過去の事象も介入することができる。確か、暮桜は現在コアを日本政府に返却し、その他部品は起動しないようにしたうえで保管されているはずだ」

「ああ、その通りだ」

 

 実際、千冬は自分の愛機を引退後に解体処理してもらっていた。コアを返却し、暮桜はデータの抜き取りを行った。しかし、千冬はぜひそれを譲り受けたいという学園の要望に応じ、主要な機構を抜き取った上で学園に飾られている。そこにはもちろん雪片も含まれていた。

 

「機構が抜かれているにしろ、そこに本体があるならば、介入して全盛期の力を振るわせることも可能だ。いわば、あの雪片は織斑教諭がかつて使っていた情報を金銭で再現させた『偽・雪片』といったところだ」

「もっと正確に言うと、金銭の力で雪片が持つ『過去』という事象に介入して、タイ○風呂敷のようにしたわけ。一夏が織斑先生と身内だから『家族割り』が適用されて安く済んだね。多分、一夏の名義で銀行口座には使用分の代金が振り込まれているんじゃないかな?」

「……わかった、もういい……色々ツッコミたいが我慢しよう」

 

 

 

 

 

      ●

 

 

 

「えっ?」

 

 そんな間の抜けた声が、セシリアの口から漏れた。

 

「えっ?」

『ですから、正式発表はまだですが一応あなたは代表候補生としてIS学園に在籍してもらいます。あと、ブルーティアースに関しては若干の仕様変更があるので、いったん帰国してください。その時に修復とデータの吸出しもしますので』

 

 てきぱきと今後のスケジュールを述べる担当官をぽかんと見つめながら、セシリアの脳内は半分停止状態、半分火事場状態だった。

 

「えっ?」

 

 三度目の間の抜けた声に、流石の担当官も眉を顰めた。

 

『……いつまでボケっとしているんですか?』

「え……いや、あの……てっきり候補生から降ろされるかと思いまして……その予想外すぎます」

『? いつ貴女に候補生からの除名の話が行きましたか?』

「ですから……」

 

 セシリアの説明がしばらく続いた後、担当官はああ、と頷いた。

 

『その件に関してですが、処々の話し合いの結果、チャラということで話が付きました』

「はっ?」

 

 

 

    ●

 

 

 

「え、では、あの金髪ロールは学園に残るのか?」

「教師織斑に言ったように後腐れも、面倒なこともないようにしたいのが私の本音だ。だから、少し手を回した」

 

 夕食の席で、少し豪華なメニューを食べながらも一夏は向かいに座る箒の声に返答した。

 代表決定の通知を受け、その日の夕食は箒やクロエとともに食べていた。その席で話題になったのは、対戦相手のセシリアのことだった。

 

「しかし、あれだけ看板に泥を塗ったのに、わざわざ候補生にしておくのか?」

「それだけの価値をオルコットが持っている状態になったからこそ、だな。

 まずはオルコット自身が、イギリスにいる中でも最高クラスのBT適性の持ち主であることがあげられる。第三世代型ISの開発が進んでいる中で、あれほどの適性の持ち主は金の草鞋を履いて探しても出てこない。実際、二年生のイギリス代表候補生を差し置いて専用機を受領しているのもそのためだ」

 

 第三世代兵器全体に言えることは、ISおよび操縦者との相性の良さが稼働率に大きく影響してしまうことだ。BT兵器もその例にもれず、適性の高い人間を血眼になって探していた。そんな人材は惜しかったのだ。

 さらに、と一夏は続けた。

 

「オルコットは初見で未完成状態とはいえ第五世代のISと戦った。初心者に負けたといえばそれまでだが、実質機体の性能差で私が勝利したところが大きい。もっと言えば、あの第五世代武装“商売礼賛(サンクト)”なしでは確実に私は負けた」

「わけのわからないシステム積んだガンダムに、ビットを持ったワンオフ機程度では勝てないってことです。中の人的にも」

「メタな発言はやめろ!」

 

 クロエがしたり顔で言いかけたことを箒が渾身の突込みで止めた。うちゅうのほうそくがみだれる。

 

「話を戻そうか。敗北したとはいえ、第五世代機との戦闘経験を持っている以上、今後のことを考えればイギリスは彼女を放り出すのはもったいないわけだ」

「もったいない?」

「うむ。ISは建前は戦争に使われないが、軍用機が作られている。ある意味核以上の抑止力だ。

 今後、第三世代のISはどの国も持つようになるだろうし、そうすれば次に開発競争が起きるのは第四世代、第五世代になる。あと十年もすれば、それくらいになるだろうな。その時に備え、第五世代に関する情報や対策法の構築を急ごうとする。そうした場合、直接戦闘をした彼女の意見は貴重なものになる」

「む……確かに。しかし、かなり打算的だな?」

「実際、十年後には年齢的なことなど含めて彼女はISを降りることになるだろうな。だが、教導官などになれば後継に伝えることもでき、第五世代実用化においては運用法などを立案できる。そういった利益があるなら、今は損しておいても構わない、ということだ」

 

 クロエが一夏のコップにお茶のおかわりを注ぎ、箒のものにも注いだ。それに礼を述べた箒は、聞いたことを整理しながらも喉へと落とした。

 

「で、私との戦闘で得られたものはそれ以外にもあった。現段階でイギリスが得られる最大の利益はこれだろうな」

 

 それは、と一夏はお茶を飲んでのどを潤すと席を立った。

 

「BT兵器の完成と実用化へのステップだ。ここからは詳しいクロエに頼もうか。私はデザートを狩って来る」

「待て一夏、なんだか字が違うぞ!? それと私は抹茶プリンだ!」

「箒様もだいぶ慣れましたねぇ」

 

 席を立つ一夏を見送り、しみじみというクロエは、何処からともなく空中ディスプレイを投影した。

 

「さて、一夏に代わって説明しましょうか。

 BT兵器は第三世代兵器で、さらにいえば精神感応(サイコ・シンパシー)も関わる、非常に扱いにくい分野です。ただ、その使用法に関してヒントを得たのです」

 

 ディスプレイに表示されたのは、曲線のグラフだ。最初はほぼ横ばいに推移しているが、グラフの右に進むにつれい、徐々に右上がりになっていく。これは? と目で問う箒にクロエは答えた。

 

「BT兵器及びBTエネルギーの稼働率です。ちょっと表には出せない方法で測らせてもらいましたが、かなり向上してます」

「……?」

「箒様は知識が疎いのでストレートに言いましょうか。操縦者が緊張状態・極限状態になると稼働率が上がります」

 

 いいですか、とクロエは前置きした。

 

「稼働率が上がり始めたのは、ダメージを受け、一夏に追い詰められていった時からです。行ってみれば、火事場の馬鹿力といいますか、操縦者の集中力が上昇したわけですね。

 もし、あのCV 〇かなが学園にとどまれば、今回の試合に負けたことに対する風当たりが強くなるでしょう。ですが、その分彼女は成果を出さねばと気を入れるでしょう。プレッシャーにもなるでしょうが、稼働率が上がることはほぼ間違いないです」

「かなり荒療治だな……胃に穴が開くんじゃないか?」

「それくらいは自己責任でしょうね。あれだけの大言を吐いたのですから。

 とにかく、これでイギリスは損をしながら結局得をしたわけです。名前は傷がつきましたが、イグニッション・プラン推進の名目で彼女を引き抜かれる心配もなくなり、自国のISは完成へと近づく。いいところしかありません」

 

 流石はイギリス、転んでもただでは起きない。二枚舌三枚舌を平然と使い、利益をかっさらっていったのだ。

 

「そういった利益が得られるので、セシリア・オルコットは学園へ留まれたのです」

「戻ったぞ。箒、これは私のおごりだから気にすることなく食べるといい」

 

 箒に抹茶プリンを差し出すと、自分はチョコレートケーキを持った皿を二つ持ってきて、一つはクロエの前に置いた。

 フォークを手に黙々と食べ始める幼馴染の守銭奴に、箒はふと思ったことを尋ねた。

 

「なあ、一夏。まさかお前は全部計算ずくだったのか?」

「ん?」

 

 一夏は先程、面倒なことは避けたいといった。その面倒なこととは、果たして自分自身のことだけに限ったことだったのか。しかし、この守銭奴キャラがそこまで考えることができたかどうかは甚だ疑問だ。何しろ、体は金でできている、とか言いそうで困るほどなのだから。そこの判断はどうにもつかない。

 

「オルコットのことなど知らんよ、考えたのは金のことだな」

「……期待した私が悪かった!」

「そう褒めるな。それより就任パーティーがあるらしいな」

「それならさっさと戻らないか」

「箒も参加してくれるか、礼はイギリスの菓子だ。イギリス料理でもデザートと紅茶だけはうまい」

「……なぜ、イギリスの菓子なんだ?」

 

 クロエがどこからともなく菓子箱を下げて持ってくると、箒が疑問の声を上げた。しかも一つや二つではない。小さい体で上手にバランスをとりながら歩いているので、まるで箱が動いているように見えるくらいだ。

 

「オルコット家は元貴族で、いくつもの会社を抱え込んでいてな、両親がすでに死去しているためにオルコットはその地位を引き継いで企業を束ねている。さらに言えば、自分が代表候補生であることなどを理由として資産を狙う『親族』を黙らせて当主の座についているわけだな」

「では……もしも降ろされると……」

「自称『親族』に資産から所有するものを根こそぎ持っていかれるな。実際、オルコットの采配で潰れてもおかしくはないが生き延びているケースが多くあった。ここまで言えばわかるだろう」

「あ……」

「私が感謝されるのは妙にむず痒い気もするが、イギリスの企業とつながりを得たのは大きいな」

 

 これで、何も考えていないかのようにふるまっていたのだから、この守銭奴は訳が分からない。金が大事なのか、そうでないのかも、不明だ。

 

 ……まったく理解できないな、うん。

 

 自己完結した箒は、前途多難となりそうな明日以降の学園生活を考えた。

 半ば強制的にいれられたIS学園であるが、退屈することなく過ごせそうだと、らしくもないポジティブ思考ができた。

 

 ……悪くはないか。

 

 菓子折りを抱えてよろけるクロエを支えてやりながらも、箒は一夏と食堂を出た。久しぶりに、自然に笑いが出た気がした。

 

「……撮影成功。これは高値で束博士に売れる!」

「これを売った資金であと十年は戦えるよ!」

「おいそこ!」

 

 箒の突込みが、守銭奴カップルへと入り、食堂に悲鳴が響いた。

 賑やかに、今日も日が暮れていった。

 

 

 

 




 今年も最後の更新を無事終えることができました。ええ、マジでギリギリな投稿です。明日はパソコンに触れるのは絶望的ですし、三が日も忙しくなりそうです。
 今回本編では、あの戦闘の結果の後処理的な話になりました。普通の展開では悪役が強制送還されて、後々にライバルとして復活! みたいになりますが、境ホラに毒されるとこう書きたくなりました。実際、ISが国防戦力として使われるなら、こういう判断もありかなと妄想しました。セシリアが企業を持っているというのは原作でもそれとなく書かれてましたし、ネイトみたいな立ち位置と思いました。一夏がそこまで考えていたかは敢えて言いません。
 次回は閑話をはさんで鈴襲来の予定です。では、良いお年を。


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閑話 狙撃手たちの語らい

 お持たせして申し訳ないです。
 私事で忙しかったことに加え、まったく筆が進まず、挙句に投稿予定のない作品を書き進めるなどしてしまいました。中でも一番の要因は、やはりいろいろと盛り込みたくなってしまったことでしょうね。
 しかし、終わりのクロニクル三巻をようやく手に入れて読み切った僕は書き切りました。
 それではどうぞ。


 そこは、野山に向かって開けたアリーナだった。

 一般化されているアリーナの構造規格が大体サッカー場ほどであるのに対し、こちらはそれよりも二回りほど拡張されていた。また、アリーナの西側の壁は取り払われ、アリーナ中央からまるで電車のレールのようなものが1キロ近くも壁があった場所を通過して伸びている。まるで、ゴルフの練習場か射撃場のような趣だ。レールから先は森林や野原が広がる自然の立体空間へとつながっている。一定間隔ごとにアンテナのような装置が並んでいる以外は、ごくあり溢れた野山の光景であった。

 だが、そのごくあり溢れた野山の光景には不釣り合いな音が響いていた。それは、軽い炸裂音と金属がぶつかり動く音だった。

 

「次、お願いします」

 

 11番レーン、上部デッキ。

 巨大な銃座に寝そべり、人の丈を軽く超える銃を構えた女性が、通信装置越しに管制室へと合図した。その数秒後には、直径1メートルほどのターゲットが猛スピードでレール上を移動し始めた。ターゲットは人の形に絵が描かれているのがわかる。滑るような動きのそれは、レール上を右に左にと複雑に折れ曲がり、徐々に遠ざかっていく。

 やがて、ターゲットは走行用の基部からPICを発生させて、重力に逆らって飛翔した。さらに、基部から安定翼が展開されると、さらに速度を増しながらも女性との間の距離を広げていく。それは

 数拍の沈黙が流れ、女性の指が静かに鋼鉄の銃の引き金を絞る。

 瞬間に、ターゲットの中央に人の拳ほどの穴が生まれ、追いかけるようにしてアリーナ全体に火薬の炸裂音と鋼鉄の弾丸がターゲットを貫いた音が木霊した。

 

「よし……」

 

 呟いた女性は、手にした長銃と腕の装甲版をつなぐジョイントを一部解除すると、体を起こしながら左手でレバーを操作し、巨大な薬莢を薬室から取り出した。火薬の炸裂によって軽い熱を帯びているそれを慎重に近くの溝へと納める。

 そして、次の弾丸を薬室へと落とし込んで、長銃を再び両腕から肩、腰に掛けてつながる装甲へと接続した。連結音と接続音が連続し、再び人の身長ほどもある長い銃身がはるか遠方のターゲットへと向けられた。

 

「固定脚部展開」

 

 音声認識による操作で、接続音とともに砲身を支える脚部がデッキにある接続用の基部と合致し、重心がぶれないように固定した。ついで、デッキに取り付けられた照準器や観測装置が音を立ててデータを収集し、女性の纏うISへと情報を送っていた。

 彼女の使う銃はFMG-23LLS 天穿(てんが)。IS開発の最初期に作られた、今となってはロートルともいえるスナイパーライフルだ。天を穿つ、と名をつけられる通り、最初期としては破格の射程距離を誇る射撃兵器だった。これが何かに役立つか? と言われれば微妙なところであるが、IS開発の黎明期ではとにかく作っては試すを繰り返していた。その過程で生まれたのがこの天穿だった。しかし、見ての通り取り扱いにくい長い銃身を持ち、後に開発された銃火器へとその立ち位置を譲っていった銃でもある。これを未だに使用続けているのは、今、射撃練習場に立つ山田 真耶 日本国代表候補生くらいだった。

 再び射撃デッキの上で彼女は天穿のスコープを覗き込んだ。が、その時に射撃デッキに上がってくる足音を聞きつけた。

 

「元気にしてる? 真耶ちゃん」

「あ、鈴木先輩」

 

 階段を上がって来たのは、左目を巻き布で覆い隠し、ISスーツを着た小柄な女性だった。鈴木と呼ばれた彼女は、目を細めて真耶の狙うターゲットを見つめた。

 

「だいぶ精度が上がったね。私の記録があっさり塗り替えられていて怖いよ」

「先輩の御指導のおかげですよ。おかげで、代表候補生にまでなれたんですから」

「いや、真耶ちゃんの努力と才能はすごいものだよ……大体、そんな銃で私と同じ記録をたたき出されているんだから」

 

 鈴木は真耶が抱え込むようにして構える天穿を顎で指して言った。それにちょっと困った顔をした真耶は、苦笑いすると再びスコープを覗き込んで、安定用の機構を操作する。その金属音に交じって、鈴木の声が射撃場のデッキに生まれる。

 

「対物・対IS実弾狙撃銃としては最初期の天穿。威力と引き換えに命中力と有効射程が後に開発された銃よりも劣る欠陥品に近い銃。私が当時の最新モデルを使った記録は6キロ少しで有効射程が途切れた。けど、君はそれを上回る。8キロで命中力78%をたたき出すなんて、銃を撃つために生まれたような才能だよ」

「……天穿も技術更新してますから、カタログスペックは向上しているんですよ?」

「あくまでもカタログスペックは理論値。しかも理論値を超えている君の腕は誇るべきだよ」

 

 天穿の有効射程の理論値はおよそ5キロほどとされている。ISが使わない、生身の人間が使う狙撃銃の有効射程が2キロ、最大射程が6キロから7キロであることに比べればISによる差がいかに大きいか分かる。しかもISの場合は対戦車ライフルのような弾丸を発射する銃を使うのだ。その反動制御やエイミングは当然のことながら生身で銃を使うのとは全く違う。にもかかわらず、精密機械のごとき狙撃の腕前を持つとされたのが、IS黎明期の操縦者の鈴木とその後輩にあたる真耶だった。百発百中、一ミリ誤差、星堕とし。そんなあだ名をつけられたこともある。

 だが、鈴木は自分の本心からの賛辞を聞いた真耶の表情が、少し陰りを持っていることに気が付いた。それに一瞬だけ怪訝な表情を浮かべたが、考えるとすぐにその原因に思い当った。彼女のような繊細な面たるを持つ後輩が本音を抱え込んだままでいるのは、先輩としては看過できない。だからこそ、少し傷つけるつもりで言葉を放った。

 

「織斑千冬」

 

 びくり、と真耶の肩が揺れた。

 同時に天穿のトリガーが引かれた。空気が切り裂かれる音がして、数秒後にはターゲットに命中した音が響いたが、それは人の形をターゲットの中央部から外れ、ぎりぎり肩の部分を貫いていた。

 

「動揺しても、当てるところには当てられる。いい腕だよ」

 

 素直に鈴木は褒める。だが、真耶は答えることなく無言のままに弾丸を再装填する。心なしか寂しく響く金属音を聞きながら、鈴木は静かに言った。

 

「私だってIS開発の黎明期に関わった人間だから、今のISの事情だって理解している。華があって、日本らしいのは剣を用いる近接格闘戦だから、彼女の方が強烈に押されているんでしょ?」

「……私は、千冬先輩に勝てませんから。実際、何度か対戦しても勝てませんでした」

「それは私も同じだよ。左目が使えていた時だって、彼女には勝てなかった。挙句に、私はISを降りることになったし……」

 

 鈴木は左目を軽く触りながらつぶやいた。

 ISにおいて代表選定が開始されて以降、常に操縦者たちが狙うようになったのは代表の地位だ。文字通りの意味でその国を背負う存在となるのが、国家代表だ。単なる競技への出場をする選手としての役目だけでなく、現状の最高戦力ユニットであるISの、最高の戦力となる操縦者は国防や軍事面においても重要視される。現在多くの国々では国家代表は質を優先するために数人しか選ばれていない。日本の場合は、専守防衛を掲げる建て前上戦力となる国家代表の数を制限することを自らに課している。もちろん、国家代表クラスの実力者は代表枠の十数倍もいるのだが、それを敢えて“国家代表予備役”に留めている。日本の国家戦略としては、この厚い層を持つ操縦者達こそが有数の楯であり、敵対国に対しての「これだけの戦力を投入できるが、どうするか?」という交渉のカードともなる。

 それ故に、その国の特色を打ち出すことでネームブランドやイメージの植え付けを行おうとする動きがみられた。ISの登場により、ISを操る個人の技量がある程度モノを言う時代へと逆行したような形なのだ。

 

「日本といえば武士、侍のイメージが強く、ISにおいてもそれが重視された……半面、銃火器を操るのは少しイメージ外れという意見がわいた弊害だね」

 

 対して、真耶や鈴木をはじめとした銃を扱うことに長けた操縦者たちは、やや肩身が狭い思いをしていた。ネームブランドは重要だが、それに固執する戦略には操縦者であることを抜きにしても疑問を浮かべざるを得ない。

 そもそも、ISが運用されるのは高度数百から数千メートルの広い空域で、且つ、音速に近い立体空間だ。加えて日本の場合には広い海岸線や国土の数倍以上にも広がる領海・排他的経済水域のカバーを行う必要がある。無論ISだけでなく戦闘機やイージス艦などの通常戦力が運用される。だが、実際にISが侵攻してきた場合、ISはどのように戦うべきだろうか。いくら速度があり確実だからと言って、ミサイルを近接ブレードで迎撃するだろうか? 瞬時加速と呼ばれる加速技能が生まれているとはいえ、射撃を選択しないのは効率的ではないし、合理的でない。下手をすると戦闘機にすら手も足も出ない状況となってしまう。

 なお、この件に関して激怒して、ISの設計にケチをつけた防衛省の閣僚ととある技術者の戦いがのちに展開されるのだが、それはまた後日語ることとする。

 

「真耶ちゃんは、それでいいのかい?」

「私は……あくまで国家に使われる立場ですから。私の意見を述べることは出来ても、最終的に決定するのは国の方なんです」

 

 鈴木の言葉に、少し迷いを顔に浮かべた真耶は、ポツリと漏らす。

 国家に使われる立場。悪い意味でいえば、国家代表とは国や国民を守るために戦場に立ち、犠牲になることを強要される立場にいる人間でしかない。つまり、彼女たち国家代表は銃に装填されて、自分がどうなるかにも関わらずに敵を撃ち抜くべく発射される弾丸に等しい。撃った側が態々弾丸を拾いに行くなど余程でなければしないだろう。

 もちろん、そんなことを理解しているは当然だった。大勢を救うための少数の犠牲。それが操縦者達だけがわかる境遇であり、憂いだった。ISが宇宙開発と同時に軍事目的で使用されるのは、少数を犠牲にしても大多数を守らなければならない国のエゴが絡んでいる。事実上、ISを打倒できるのはISのみなのだから。

 

「その国が、真耶ちゃんとかを犠牲にするような選択をしないことを祈るしかないね」

「そう、ですね……」

 

 真耶たちが出来ることは、そんな状況にならないことを祈るばかりだ。

 

「だけどね、真耶ちゃん。私はそれに耐えきれなくなった弱者なんだ。あまり私を追いかけていると、同じ目に遭うことは間違いない。気をつけてね」

 

 文字通り、痛い目に遭うよと冗談めかして言う鈴木だが、それを冗談として受け流せるほど真耶は大人になり切れていなかった。

 

「使われないからこそ、銃も刀も意味があるってこと忘れないでね」

「はい、もちろん。またご指導をお願いしますね」

 

 屈託ない笑みを浮かべる真耶に、少し鈴木は申し訳なさそうな表情を浮かべる。

 

「実はね、そのことで来たんだよ。知り合いの伝手で企業に就職することにしたんだ」

「企業に、ですか?」

 

 真耶は鈴木の言葉を繰り返し、その意味を悟った。

 

「まさか先輩……!?」

「ご明察。私は国の代表を担う役を降りるんだ。隻眼の狙撃手より無敗の剣士の方が映えるから、前々から圧力もかけられててね」

 

 真耶としては信じがたい決定だ。ISの開発が始まって三年余りしか経っていないが、黎明期から操縦者を続けている操縦者は意外に少ない。これは、まだ操縦者の保護を行う機能がまだ未熟な点が存在し、体への負担が大きかったためにISを降りる操縦者が多かったためだ。だが、ISの根本を理解している操縦者は多くが黎明期から関わっており、その存在は大変貴重なのだ。射撃分野において基礎技術開発に貢献してきた鈴木を降ろすなど、国が自分の首を絞めるに等しい。

 

「私はもう過去となる人間ということなのかもしれない。実際、女性としての幸せを考えると、そろそろISから降りてもいいと思い始めている。国に使われる立場も、いい加減に疲れてきたからね」

「……今日いらっしゃったのは、それを言う為なのですか?」

「それ以外にはないよ。近接格闘に偏りがちな後輩の中で、私についてきたのは、真耶ちゃんくらいだからね」

 

 寂しげに笑う鈴木にはどことなくスッキリしたものが感じられた。

 

「それにね、私がISに乗りたかった理由のほとんどはもう果たせているからいいんだよ」

「乗りたかった、理由ですか?」

「そう……何だと思う?」

 

 そういえば、と真耶は自分の先輩がどうしてISに乗っているのか理由を聞いたことがないと気が付いた。よく考えれば、自分はISに憧れを抱いて操縦者を志したが、黎明期の操縦者たちはどういう経緯でISに乗ったのか聞いたことがなかった。全く未知の世界に踏み込んでいく開拓者の後を追いかけた真耶には、想像できなかった。

 考え込む真耶に、鈴木はふっと笑みを浮かべ答えを言った。

 

「簡単だよ……未知の場所に踏み込んでみたかった、それだけだよ」

「未知に、ですか?」

「そう、未知の世界に。私の生まれはね、閉鎖的な里だった。代わり映えせず、すべてが見知ったモノだけ満たされている。そんな世界に囚われているのは好きじゃなかった」

 

 疑問符を浮かべる真耶は、遠くを見るような、それでいて少し悲しげな鈴木の表情に見とれてしまった。

 

「私の名前も、素質があるからと無理に継がされたものでね。おまけに鈴木という名字だって、母方の名字を名乗ってるくらいなんだ」

「そう言えば……なんだか男性みたいな名前だと思ってましたけど、本名じゃなかったんですね」

「実は本名も知らないんだけどね」

「えっ」

 

 一息入れて、鈴木は漏らす。

 

「私はそこから逃れたくてISに逃げ込んだろうね。我ながら情けない」

 

 言葉を失う真耶にちょっと笑いかけると鈴木は続けた。

 

「けどね、今となってはすべてが懐かしい。逃げ込んだ先のISもそうだけど、逃げてきた故郷の方もね。もう後悔しないし未練もないと思っていても、ちょっと来るものがある」

「……鈴木先輩」

 

 言うだけ言うと、鈴木は寄りかかっていた手摺から身を起して階段の方へと足を向けた。

 

「もう、お帰りになるのですか?」

「ん。もうすぐ私は既婚者になるんだ。未来の夫が家で帰りを待ってくれているんだから、早く帰ってあげたいよ」

「いいですねー、私も早く出会いを探したいです」

「先達としてアドバイスすると、早くしないと出会いすらなくなるから。気を付けてね」

「えー? それはないですよ」

 

 今の時世、すでに女尊男卑の考えは一部で生まれていた。すでに日常に関わるレベルでちらほらと差別やトラブルが起きている。当然、男女の間に生じる付き合いにも影響が出ていた。早くも離婚率や結婚率、さらには出生率にも影響があるらしい。そんな中で、身体的なハンデを抱えながらも鈴木は相手を見つけることができた。そんな例があるから、その後輩は油断があった。しかし、真耶は一年もたたないうちに出会いを求めて四苦八苦することになるとは予想ができなかった。

 踵を返した鈴木の姿は、階段を降りるにしたがって真耶の視界から抜けていく。

 

「またいつか会える日を楽しみにしているよ。真耶ちゃんの活躍は、いつか子供への自慢話になるからね」

「はい、先輩もお元気で」

 

 小柄な体躯と黒い髪が消えていくのを見送って、真耶は再びスコープを覗き込んだ。管制室に合図をだし、動き出したターゲットを目で追いながらも真耶は鈴木の言葉を反芻していた。

 真耶自身、国家代表になることは目標であり、長い間訓練を重ねてきたのもそれを果たすためだった。だが、実際には国家に使われるために自分を磨いているに過ぎない。もちろん、今ある平和が簡単に崩れないことは真耶にだってわかる。

 核兵器が抑止力となれた最大の要因は“使ったら終わり”という特性を持っているためだ。使った瞬間に、自分も敵対する国も、そうでない全く無縁な国も、核戦争という無差別な嵐に飲み込まれてしまう。それが恐ろしいからこそ、核は使われることがない。ISにおいて軍事利用を禁じるアラスカ条約が結ばれながらも、各国が軍事転用を行うのは、核と同じような状況を作るためだったのかもしれない。

 

(……それが正しいかなんて、わからない)

 

 結果として自分たちのような境遇の操縦者たちが生まれているのは事実だ。しかし、これが生まれなければ作ることができない平穏があるのもまた事実。男女の平等を崩しても、各国は大戦争を回避させたかったのだろうか。

 

「私には……わからないことですね」

 

 引き金が引かれる。

 反動が重心をわずかに跳ね上げ、衝撃が身を走る。数秒後にはターゲットを貫通した音が響いた。

 

「よし」

 

 今度はターゲットの中央部を綺麗に貫通している。

 使われる弾丸でも、意地やプライドはある。守りたい矜持がある。

 それのために、真耶は今日もまた訓練にいそしむのだ。

 

 

 

 

 

 

    ●

 

 

 

 

 鈴木はアリーナを出ると、駐車場で待ち受けていた来る前と乗り込んだ。新しい就職先がわざわざ手配してくれた車だ。ここに来たのは自分の我儘だったが、快く承諾してくれた担当には感謝しきれない。その分も働けと言われるだろうが、構わなかった。

 車の後部座席には、鈴木より先に先客がいた。やや猫背でやせ気味の体躯を着古したスーツに包んでいる初老の男性だ。時折もぞもぞと居心地悪そうにしているのは、いつも現場で働いているためなのだろう。

 

「泰造さんですか、お疲れ様です」

「後輩との別れは済ませたか?」

「別れると言っても、しばらくすれば会えると思います。だから、今はこれでいい」

「そうかい……よし、車を出してくれ」

 

 泰造と呼ばれた男性の指示を受け、車は滑るように走り出した。緩やかな下り坂を走る車の車内で、鈴木は泰造から封筒を手渡された。それから紙の束を取り出すと、鈴木はないようにざっと目を通した。

 

「お前さんの要望に合わせた新装備の案だ。技術に関しては今後の発展待ちだが、基本フレームは完成している」

「……ヤタガラス、ですか」

 

 描かれているのは、三丁の長銃だった。一メートルほどの砲身とそれを支える基部、口径はISにダメージを与えるに十分な六十口径で、それぞれに翼状のスラスターも装備されている。砲身は交換式で弾丸は量子変換によって自動装填されるらしい。

 

「三河の技術工廠で完成した案をもとにIZUMOの方でフレームを鋳造中だ。コンセプトとしては高速起動しながらの精密狙撃をこなせる兵装だとさ」

 

 確かに、長銃自体にPICが搭載され、自力での飛翔や反動処理をこなせるように設計されているのが鈴木にはわかった。ISの銃にも天穿のように反動処理を自動で行う機構が存在する。それをより発展させているようだと鈴木は予想した。

 そして同時に、あることにも気が付いた。反動処理機構や浮遊能力、格納領域を独自に持つ武装なのだから、この武装は間違いなく一つの可能性がある。

 

「……しかし、泰造さん。このヤタガラス、ISを介することなく使える武装なのですか?」

「そうらしいな……ただ、IZUMOの技術者たちもまだ未知の領域でな。三河ではすでに実用化にこぎつけてるってもっぱらの噂だ。ISに匹敵する個人武装、国の方もISに依存しない国防戦力を欲しがっているんだよ」

 

 泰造の表情から察するに、どうやらIZUMO側でも把握しきれていないところが多いようだった。それほどの技術を開発できたという三河は一体何を用いているのか。技術にある程度知識を持つ鈴木にとっても興味をそそることだった。

 同時に、ISに依存しない国防戦力という泰造の言葉にも興味は引きつけられた。ISを運用し続けるのは、はっきり言ってリスクが高い。女尊男卑の風潮は社会秩序や健全な国家運営に対して害をもたらしかねないものだ。だが、そこにISよりもリスクが低いと思われる技術が登場すればどうなるのか? 当然、ISよりもそちらを選ぶだろう。そのための技術開発はすでに開始されていたのだ。そして、その開発のためには人材が必要。

 

「なるほど……だから私はスカウトされたんですね」

「その通りだろうな、わしと同じようにな」

 

 納得がいったと、鈴木はうなずいて書類を封筒へと戻す。

 

「しかし、いいのか?」

「?」

「ISが登場して三年余り、いつの間にやらISの退場の兆しが見えてきた。今ならお前さんの後輩を誘えるんじゃないか?」

 

 泰造の言葉に鈴木は少し考える奏ぶりを見せたが、すぐに首を横に振る。

 

「真耶ちゃんが進みたい方向に進めばいいと思います。私が押し付ける事じゃない、彼女が選ぶべきことです。それより泰造さんはお孫さんをIZUMOの傘下へ進学させる予定なのでしょう?」

「ああ……カワイイ初孫だからな、翔一なんぞに預けておくのはもったいないからなぁ」

 

 厳つい顔を思わずゆるめて親馬鹿ならぬ祖父馬鹿を露わにした泰造の言葉を、鈴木はその後延々と聞かされえる羽目になったのは言うまでもない。

 

(ヤタガラス……面白い銃ですね)

 

 泰造が一人語りに突入したころを見計らうと鈴木は書類をもう一度取り出す。

 通常、普通の人間が三丁もの長銃を同時に扱うのは不可能だ。弾の装填をこなう必要もあり、何より取り回す方法が全くない。片手で扱うにしてもエイミングや反動処理を行う為にはどうやっても両手を使わなければならない。それを、搭載しているインターフェイスシステムを通じてコントロールするというのだ。机上の空論と呼ばれればおしまいだが、実際にこれと同系統のものがすでにこの世に存在するという。

 誰もが未知の領域に最初に踏み込むことができる体験。ISに初めて乗った時のことをふと思い出した。あの時の興奮と感動はまだ体が覚えている。あれがもう一度味わえるのだから、嫌でも興奮してしまう。

 それを横目に泰造は少し険しい表所を作って言う。

 

「最近な、少し良くない噂を聞いた」

「よくない噂、ですか?」

 

 ああ、と泰造は頷いた。

 

「IZUMOはあちこちから人材のスカウトを行っているんだが、最近は元IS操縦者もその対象になっているんだ。それはお前さんも知っての通りだ」

「それが、何か?」

「少し前までは、IS操縦者は操縦者として引退しても教官として活動を続けるものが多かった。まあ、登園と言えば当然の判断だわな」

 

 鈴木もそれを首肯する。自分がそうであったから、当然のことだと思っていた。

 

「だが、そのスカウトが急にうまく行きだした……どう思う?」

「それは……教官などの人材も充実したということでは?」

「いや、もちろんそれもある。けどな、どうにもきな臭い。黎明期の操縦者達ばかりがここ最近になって急に引退している。いや、引退させられていやがる」

「は……?」

 

 鈴木は思わず聞き返した。

 

「お前さんだっていい例だろ? 上層部とのそりが合わなくて結局降りることになったってのは。

 最近の女尊男卑の風潮は知っての通りだが、どうにも一部の連中がそれを煽っているように思えて来る」

「それが、どういう関係なんです?」

「お前さんの後輩はISに憧れを持って操縦者になった連中だ。だけど、その分ISなんていう絶対的に近い兵器を扱えるようになって、少し考え違いをしちまっているのかもな」

 

 これは受け売りだが、と泰造は前置きした。

 

「ISに抑止力を構築したのは当時国家のトップにいた連中だ。五大頂って知ってるよな?」

「ええ……アラスカ条約締結に関わった五人の政治家達のことですね?」

「本多の若造が言っていたが、最強の兵器となりうるISを核と並ぶ抑止力とすることで、余計な戦争を引き起こすことなく宇宙開発を進めるのが当初の目的だったらしい。アラスカ条約でISの“軍事利用”を禁じても、“軍事配備”を禁じていないのはそこを意図したらしい」

「確かに……そうすれば竦み竦まれとなって戦争には発展しませんね。実際、使わなければ条約には違反しないと公言してる国は多いですし」

 

 車が緩いカーブを曲がっていく。それに合わせて体を遠心力に流されないようにしながら泰造は続けた。

 

「だが、条約が締結されてから状況は変化している。政治のトップこそ五大頂やその意見を尊重する人間が多いが、あちこちはそれを理解していない連中になってきてる」

「では、トップの方針に下が反抗しているということですか?」

「結果的にはそうなるな……ISが絶対的な物となったのだから、それを扱う自分たちもまた絶対的であるなんて吹聴しているらしい。そんな連中が女尊男卑を加速させているんだと」

「……なんて考え違いを」

「人間てのは力を持つと、驕ってしまうもんだからな。話は戻るが、そう言った連中からすれば、ISをきちんと宇宙開発に向けようとする連中は女性に利益をもたらそうとしない、いや、男性に頭を垂れる愚かな奴だって思っているんだろうな」

 

 これには鈴木は言葉を失うしかなかった。泰造が言ったことが事実ならば、その女性たちはまるで神の威光を借りた宗教家のようなっているのだ。思わず、鈴木の膝の上で拳が握りしめられる。

 

「だが、一つ確かなことがあらぁ」

 

 泰造が不意に乱暴な口調で言い切った。

 

「少なくともお前さんの後輩は、お前さんの後を追いかけている。会ったことはないが、お前さんの目を見ていりゃわかる」

「それは……どうも」

 

 ぼそりと呟くような鈴木の言葉に、泰造は口角を上げた。

 車は、二人を乗せたままさらに坂道を下っていく。

 

 

 

 

 

      ●

 

 

 

 

FMG-26LLS 雲穿

 

 対IS・対通常兵器長射程狙撃銃、いわゆるスナイパーライフル。純国産の銃として開発された。黎明期に開発されたFMG-23LLS 天穿の後継の基本設計を引き継いで、全体的な性能向上と狙撃に特化した装備を実用化している。IS本体のハイパーセンサーのほかに大型のセンサーポッドを装備したことで、簡易な三点測距ができるようになり命中率が向上している。また、エネルギーシールドによって狙撃の邪魔になる要因を除去する“禊払い”を世界で最初に実装した狙撃銃として記録されている。なお、登録されている形式番号は倉持技術研究所のものだが、その技術の多くはIZUMOに由来しているのが、のちの解析によって判明した。開発にあたったのはIZUMOの技術工廠と日本の代表候補生の一人だとされているが、正確なことは判明していない。

 命名に関しては天穿と同じ意図があったとされるが、『天』から『雲』へとマイナスのイメージで命名されているのが謎となっている(通常、バージョンアップに伴いアピールの意味も込めてプラスのイメージへ改名される)。これは開発を行ったチームが先達である天穿に対して敬意を表してのことだと推測されている。

 

20XX年 3月23日 IZUMO IS設計局技術主任 ■■ ■■(意図的に汚されており閲覧が不可)

 

 

 




 予定通り閑話をお送りしました。
 山田先生の過去は特に言及されていないので、ある程度捏造できるなと考えていました。
 登場した鈴木の正体は、境ホラを読めばすぐにわかると思います。意外と彼女は私のお気に入りキャラですので、最新刊で再登場したのはうれしかったですね。
 では、次回は鈴が転校してくるところからですね。お楽しみに。


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第六話 守銭奴の再会

・縞瑪瑙:『お久しぶりです。とりあえず、遅れて申し訳ありません。平身低頭謝るしかありません。待っていてくれた方に感謝申し上げます』
・金ヶ一:『随分と掛かったな。どこぞの紹介サイトに「更新絶望的」みたいなこと書かれて火が付いたか』
・縞瑪瑙:『まぁ……書く自信がなくなっていまして。非常に情けないことに、自分は下手糞なんだなぁと思ってしまい、手が止まっていた毎日でした。何とか形になりましたので、どうぞ』


 クラス代表決定戦からしばらく経った。

 イギリス本国への一時的な招集を受けて、新装備を受領した後にとんぼ返りしてきたセシリアが合流し、一年一組はいつものように一夏に振り回される日常へと戻っていた。

 

「中国からの代表候補性?」

 

 そんな声が生まれたのは、朝の職員会議を終えた後の教務室だった。眠気覚ましのコーヒーを傾けていた千冬は副担任の真耶から書類の束を受け取った。それをめくる一年一組の担任にうなずきながら、真耶は事の次第を簡単に説明した。

 

「ええ。本来なら二学期からの編入予定であったのを無理やり繰り上げての入学するそうです。たぶん、織斑君のことがあっての繰り上げでしょうね」

「面倒な時期に、面倒なことをしてくれる。政治的な取引に無関係な子供を使うか……」

 

 思わず悪態をつく千冬。情報獲得に乗り出したのは恐らく日本という国家を含めてISを言うものを保有するすべての国だろう。公然のスパイともいえる代表候補生たちの動きが活発になっているはずだ。

 マクロレベルでは、この手の行動に出ることが必要であるのは千冬でも理解している。だが、ミクロレベルにおける視点では、嫌悪感などを抑えきれない。だが高々一介の教師に過ぎない千冬一人にできることなど微々たるもの。その事実を受けてもなお、感情はもつれた。

 大きくため息をついてその苛立ちをいったんおさめる。一回、二回と繰り返せば楽になって来た。

 

「……まあ、仕方がないな。で、その候補生は?」

「どうやら昨日のうちに日本へと入国しています。今日の朝にはここに着くはずです。これって正直に言って事後承諾というかそんな感じですが……」

「よくもまあ、ねじ込んだものだな」

「二組に編入となりそうです。……まあ、報告が回ってくるのが当日ということは相当急いだみたいですね」

 

 差し出された書類を捲る千冬。その手は、候補生の写真が掲載されたページで止まった。

 小柄な体躯、顔立ち、髪型。それらが千冬の知る特徴が重なる人物がいたのだ。

 

「こいつは……」

「ひょっとしてお知合いですか?」

「いや、私ではない……一夏の知り合いだ」

 

 千冬があまり面倒を見れなかったのは小学生高学年から中学生の間だ。だが、面倒を見なかったからと言ってまったく無知だったわけではない。そんな状態でいるのは保護者失格もいいところだ。

 どちらかといえば、一夏のあんな性格の犠牲者が増えていないかどうか。学校の担任や一夏との電話やメールでのやり取りで把握しようと務めていた。

 そして、一人毛並みの変わった少女がいた。大陸から来日し、その後再び祖国へと帰って行ったその少女のことはよく覚えている。

 

「互いをよく知っている仲だ。まあ、そういう人間を選んで送ってきたのは間違いないだろうな」

「なるほど……」

 

 そういう人間。つまり日本での生活に支障がなく、尚且つ織斑一夏に接近できる人物。嘗ての知り合いならば特に労無く近づけるだろう。

 

「いろいろと目論見臭いものを感じるがな……」

 

 手紙や電話のやり取りを通じて把握していた、一夏の交友関係。

 それを思い出しながら、千冬は呟いた。

 

 

 

 

 

 

 一夏の交友関係について振り返ると、意外にもその幅は広くない。

 女尊男卑の風潮で男女間の交友が乏しいという背景もあったが、一番の要因となったのは守銭奴ステータスである。ここで一夏の名誉のために言えば、一夏は名前や性格は知られていたが実際に仲の良い関係にあったのは少なかったのであって、けっしてボッチではなかった。何しろ、清々しさすら感じる守銭奴ステータスなのだから、話題にならない方がおかしいくらいだ。

 一夏の持論として、キャラが突きぬければ何も怖くないというものがある。守銭奴なら守銭奴らしく振舞えば、キャラとして定着するのだ。

 その話題が一年一組で取り沙汰されたのはHRの前のわずかな自由時間だった。

 

「中学時代で守銭奴ステータスは新しいニッチだったらしい。R-18なゲームをやっていると堂々と公言する輩もいれば、ミリタリー好きのオタクもいたな。どいつもこいつもキャラが濃いので、まともな私が現実に引き戻さなければならなくて大変だったな」

「一夏、私の手鏡でもいいから使うか?」

 

 一夏と箒の姿は教室にあった。クロエという宿敵が生まれた箒は、少しでも一夏を知っておこうと行動を続けていたのだった。だが、結局は一夏に対して箒がツッコミを入れ、それをクロエがフォローし、さらに箒が突っ込むというループに入っていた。既に一部の生徒は聞き流すにとどめ、自由に過ごしている。

 至極真面目な顔で語る一夏だが、あきれ顔の箒は手鏡を突き出した。

 

「では、ありがたく使わせてもらおうか」

 

 一夏は箒が差し出すそれを手に取ると、髪を撫でつけ、制服の襟を正した。たっぷり五分はかけて身だしなみを整えると、箒に礼を述べて返却する。

 

「よし、これでいいな。何事も第一印象が大事だ」

「私はお前のキャラについて言っていたんだぞ?」

「どこからどう見ても、まともな守銭奴ではないか? 他の同輩に比べればまともだと思うのだが」

「守銭奴の時点で既にまともじゃないぞ!」

 

 しかし、一夏はめげなかった。大げさに嘆息すると傍らのクロエに振り返った。

 

「私はまともか? それとも汚い守銭奴か?」

 

 その問いにパソコンをいじっていたクロエは、頬に両手をあて、くねくねしながらも答える。

 

「わ、私からだと答えにくいかなっ」

「そうか、なら客観的に私のキャラについて考察は難しいな。私がまともな守銭奴か、変な守銭奴なのか……それが問題だ」

 

 まるで生きるべきか死ぬべきかを論じるかのような、きわめて芝居がかった口調で一夏は自問した。

 それに対して、クラスメイトと息を合わせた箒は突っ込みを入れた。

 

「「「「どっちも同じだよ!!」」」」

 

 朝から連携を見せる一年一組のメンバー。ここまでの連携もひとえに一夏のおかげといえる。

 そして、その声を聞いたのか、廊下側から声が聞こえた。

 

「相変わらず金が好きみたいね」

 

 おや、とクロエは振り返った。今の声は聴いたことがある。どちらかといえば、一方的に知っている声だ。つられて一夏も箒もそちらを振り返る。

 向いた先には出入り口があり、そこには小柄な少女が仁王立ちしていた。背丈はクロエとどっこいどっこい。だが、こちらは細いというよりも華奢という印象を与える。

 

「久しぶりだな、凰鈴音」

「ええ、久しぶりね。一夏」

 

 自信たっぷりな、勝ち気な印象を受ける彼女。中学時代に同じ学校に通い、色々と付き合いがあった仲だ。付き合うといっても、鈴音のほうが割と物理的な抑止となっていたといえるが。

 

「中国の代表候補生が来ると聞いていたが、まさか鈴音だったとはな」

「ま、色々あったのよ。今日はその挨拶に来たってわけ」

 

 挨拶と言うよりは宣戦布告に近いと一夏は鈴音の来訪を捉えた。今日のIS関連の情勢においては一夏とクロエに関する話題がトップを占めていた。その中で話題として乗り込み、自国のISをアピールするという狙いがあるのは少々政治的な見識があればわかることだ。

 

「ちょっと話題になってるらしいじゃない。挨拶もあるけど、その天狗になってる鼻を折りにきてやったわ」

 

 ビシッと一夏に指を突きつけ宣告する鈴音。

 

「つまり、宣戦布告なわけだな。キャラでもないことを…」

「誰の所為と思ってんのよ……ISという業界ではアンタのことで話題が持ちきりなんだから」

 

 本来ならば二学期以降、鈴音が操縦者を務めるISが本国でのテストを終えて、不具合の洗い出しを行ったうえで学園に転入するはずだったのだ。だが、一夏というイレギュラーにより情勢は変化したのだ。そして、一夏はそういった情勢にも聡い人間だった。

 

「そうか、では評判に似合う活躍をしてみようか」

「楽しみにしてるわよ、じゃあね」

 

 そうして、鈴音は踵を返した。

 軽いステップで去っていく幼馴染を見送り、一夏は席に戻った。

 

「中国代表……やれやれ、また面倒事か」

 

 千冬が近づいてくる気配を感じたのか、席へと戻っていくクラスメイト達の間で一夏は呟いた。 

 面倒事は、いつも向こうから自分に向かってくるのだと思いながら。

 

 

 

 

   ●

 

 

 

 

 さて、時間はあっという間に過ぎ去りクラス対抗戦。

 どこかで中華ペタ子が出番のカットに嘆いているが、前例の通り尺の都合で消し飛んだ。合掌。

 セシリア・オルコットを破ってクラス代表となった一夏は、愛機「白面稲荷金式」の最終調整を終えてピットに控えていた。

 クラスの対抗戦は、すでに学園への問い合わせが殺到する程度には各国の注目を集めていた。何しろ、織斑一夏である。男性操縦者である。そして、世界初の第五世代型ISである。注目を集めこそすれど、興味を失わせるような要素は一切なかった。

 

「しかし、大丈夫か」

「何がだ、教師織斑」

 

 ピットの内部で調節を行う一夏は、付き添いできていた千冬からの問いに首を傾げる。

 

「お前が漏らしていたではないか。面倒事だと」

「ああ、あれは気にする必要はない」

「そうなのか?」

「面倒事はいつも年上に任せているからな、年功序列とは良い制度だ」

 

 その言いように千冬は苦笑した。

 面倒事を押し付け合っているのはお互い様だ。家事があまりできない千冬に、生活資金を稼ぐ手段を持っておらず、社会的責任を負えない年齢だった一夏。互いが互いに面倒を掛け合っているようなものだ。

 IS学園に入学して、関係性には変化が生まれたのかどうかはまだわからない。教師と生徒という関係になったのは、新しい変化というより追加と言った感じだ。

 

「あまり口でも言えないが、感謝している」

「お前に言われると違和感があるな」

 

 警戒心が思わず出る千冬だが、一夏はいたってまじめだった。

 

「何だ、私がそんなに信じられないか?」

「二言目に金と出てこない時点で救急車を呼ぶべきか迷う程度には、守銭奴なお前と過ごしてきている」

「なら本気で請求するぞ?」

「いや、いい」

 

 どこからともなく請求書の束と筆記用具を取り出した一夏を千冬は止めた。

 あからさまに舌打ちした弟をたしなめるように千冬は言う。

 

「とにかくだ、私はお前の味方だ。面倒なら、私を頼れ。いいな?」

「了解だ。家族割適用で頼む」

 

 一夏らしい返答。そして、管制室からの通信を受けて、機体をカタパルトへとセットした。

 

「行ってくる、千冬姉」

「ああ、逝って来い。愚弟」

 

 戦闘モードへと移行し、クロエとのリンクが確立される。

 処々の準備が終わった一夏は、声をあげる。

 

「白面稲荷金式、でるぞー!」

 

 

 

 

 ピットから飛び出した一夏は、空中で鈴音と対峙する。

 やたらとごつい非固定部位を二つ従えた甲龍に対し、白面稲荷金式は非常にスマートな印象を与えていた。

 『美』という漢字の語源は羊が『大きい』ことが『美しい』、即ち褒めるべき対象であることから成立したとされる。それが発展し『大』という漢字は中国においては、現代の日本語における『超』と同じくらいの意味を持つ修飾語となっていた。やたら中国語に『大』が就くのはそういう影響であったりする。

 それを思い出した一夏は、鈴音の中学時代との姿を思い出し比較し、比較結果を厳密に精査したうえで、一夏は個人回線をつないで言った。

 

「鈴音、お前はやはり小さいままだな」

『失礼ね! これでもAからBになったわよ!』

 

 思わず憤慨し腕を振り上げた鈴音。傍目には両者がパントマイムをしているようにも見える。その事に気が付いたか、鈴音は構わずに叫んだ。

 

『ま、まだ成長期なんだから! ちゃんと大きくなってるわよ!?』

「Bか、良好な成長ぶりだ。だがな鈴音、私が好きなのはクロエのような手のひらすっぽりサイズよりわずかに成長したくらいが最適だ。そしてクロエの太腿から尻へのラインは世界の神髄だ、覚えておけ」

 

 相変わらずの不規則言動にげんなりしたが、鈴音は気を取り直した。

 一夏がISを動かせると発表されたときは大いに驚いた。原因不明とはいえ、ISを使え、そしてこの学園で再会できた。つまり合法的にフルボッコにできるのだ、これに乗らない手はない。合法という言葉は便利だ。

 

(……あれ、あたしって結構過激派思想?)

 

 待て、過激派思想に染まっているのは千冬さんだ。大体、木刀で斬鉄とか物理法則を捻じ曲げているではないか。曰く、ISの技術指導でも生身で近接ブレード使いこなすとかしているとか。まったく、あれはいったい何キロあると思っているのだろうか?

 いや、国家代表クラスになると物理現象を軽々捻じ曲げる連中ぞろい。フランスの女王とかイギリスの妖精とか、インドの盲目剣士とか。よくよく考えればおかしい。そんな怪物達が集うモンド・グロッソはさぞかし人外の集う魔境なのだろう。

 まったく、将来進むかもしれないことを考えれば自分も鍛錬して、物理法則を捻じ曲げる必要があるではないか。とりあえず生身で虎を狩れるようになるのが目標だ。素手で関節を極めて降伏させるのがベスト。

 

(……何か、間違った気がするわね)

 

 とはいえ、今は代表戦だ。合法的に〆るチャンスだ。

 ふぅ、と吐息して武装を呼び出した。両手にずしりと重い巨大な青龍刀、そして非固定部位の武装は安全装置の解除を行った。

 

「じゃ、手加減はしないわよ一夏」

「望むところだ。私のISと私自身に高い価値を与えるには、こういう場が一番であるからな」

 

 ああ、と一夏はあくどい笑みを浮かべた。

 

「中学以来の喧嘩の決着を着けようか」

「ふん、あの時とは違うんだから!」

 

 アラームが鳴る。そして、両者は動いた。

 

 

 

 

 

 

 鈴音はアリーナの地面から30メートルほどの空中飛び回りながら、衝撃砲の有効射程に一夏を捉えていた。

 巨大な非固定部位を持ち、それが操縦者に匹敵するほど大きいとあれば、機動するにしても体を振り回されることは間違いない。だが、鈴音はそれを扱いこなす技術をその身に刻み込んでいたのだ。

 

「いっけー!」

 

 衝撃砲の初撃は、一夏が辛うじてブレーキをかけたことで、アリーナの地面を穿った。

 衝撃は地面に巨大なひびを入れ、土塊を空中へと回せるほどだった。

 つんのめりつつも体勢を立て直した一夏は、次に来るであろう見えない砲弾を予測して、右へとスライド。視線を上に送ると次の圧力が地面を打撃していた。

 打撃は連打として一夏を襲う。立ち上がる砂埃と土塊を吹き飛ばしながらも、白面稲荷金式は背中のスラスターで加速を連続した。セシリア戦のように、一夏の体は滑るようにアリーナの地面を疾走した。あれから何度か訓練を重ねたために、その動きはかなり改善されている。

 

「ふむ、中々……」

 

 比較的燃費が良い、裏を返せばそれだけ単純な構造の衝撃砲は、ブルーティアーズとは異なり使い続けても影響が少ない。つまり弾切れなどを狙うのはあまりにも無謀な戦術だった。

 

「仕掛けねばならんか……」

 

 短い間隔で加速をするように指示しながら、一夏は弾幕を抜けて行った。壺型の金庫を両の腰に呼び出し、折りたたまれていた尻尾型のバインダーも展開させていく。

 束ねられた棒金はバインダーの上に固定され、商売礼賛の力で強力な運動エネルギーを得ていく。言うなれば金の機関砲。一発一発が重いのでもはや迫撃砲や野戦砲の仲間入りが出来そうなレベルだ。

 

「いけ」

 

 そして、発射された。低い位置にいる一夏からすれば対空砲の様相を持つそれは、ハリネズミを思わせる激しさで鈴音に襲い掛かる。

 だが、鈴音は一夏の動きをきちんと理解していたのだった。一夏は商人だ。どうあがいても射撃を得手としているわけではない。狙いの甘さをすぐに理解すると、左右への加速で回避を始めた。

 

「当たってやらないわよ」

 

 棒金は近接信管のように爆発してエメルギーシールドに対してダメージを狙うが、それは微々たる値にとどまっていた。

 

「うむ……そう簡単にはいかないか」

 

 数発発射したが効果が薄いと判断した一夏。

 その手は素早く呼び出した表示枠を操作して、棒金の発射設定を変更した。

 だが、そのすきを逃さず鈴音は素早く狙いを定めた。

 

「発射」

 

 短い命令(コマンド)。それとともに発射された衝撃砲は一夏を狙っていた。当然のように一夏は回避しようと、コンピューターが予測した弾道予測をもとに動いた。

 

「何!?」

 

 だが、白面稲荷金式は強烈な打撃に襲われた。それは横殴りの、不可視の方弾が着弾した方向からだった。展開されているシールドに対して平行に爆圧がぶつかったためなのか、減り具合ははそれほど大きいわけではない。それでも序盤のダメージとしてはかなりのものだ。

 

「研究されていたか!」

 

 二発目を大きく回避した一夏は自分にダメージを与えた方法を見破った。

 衝撃砲ではなく、衝撃砲の着弾による圧力が少なくないダメージをもたらしていたのだ。直撃を望むのではなく、多少外れてもダメージを与えることを優先して圧縮率を変更して鈴音は衝撃砲を放った。不慣れ故に、そして回避しやすいことから地面を滑るように飛行する一夏には少々厄介だった。

 

「どう? 簡単に勝てると思ったら大間違いよ!」

 

 口角を釣り上げながらも、鈴音は攻撃を続けた。最新技術の衝撃砲と言えども、一撃で敵を吹き飛ばせる超兵器ではない。だからこそ鈴音は一夏の動きを研究していたし、有効な衝撃砲の使い道を研究していた。そして、圧縮衝撃砲が打ち下ろしで最も効果的であることも理解していた。

 

「ほら、もう一発いくわよ!」

「無料で当たってやるわけにはいかん!」

 

 実に一夏らしい言葉を言いながらも、一夏の体は一気に跳躍し、砲弾を大きく避けていた。

 現状、一夏の武器は腰にある壺型の金庫のみである。もちろん鈴音はこの金庫がどんな破壊力を秘めているのかきちんと理解していた。馬鹿馬鹿しい外見も、カモフラージュということもありうるのだ。なめてかかったイギリスの代表候補生がどういう目に遭ったのかをよく知っている以上、油断はなかった。

 砲撃の連打は、空間ごと一夏を襲う。

 

 

 

 

 

 反撃は、一夏の右腕から放たれた。ISのパワーと商売礼賛の効果ですさまじい勢いで放り投げられたそれは、その数が十数個にも及んだ。チェーンのようなものでつながったそれは、直方体の何かだ。

 

「何!?」

 

 鈴音は警戒したが、すぐには何も起こらなかった。よく見れば、貯金箱のようにも見える。

 アリーナに浮かぶ鈴音を包囲するような形だ。観客は一夏の放ったそれにどよめき声を上げ、それに注視した。

 商売礼賛の効果かあるいはこの貯金箱がそんな機能を備えているのか、自立してフワフワ浮いている。それを、鈴音は敢えて放置した。

 

(コイツは厄介なことを仕掛けて来たわね……)

 

 システムコントロールを呼び出し、エネルギーシールドの設定を強化する。

 消費量と引き換えに出力を上げて、衝撃などを殺すようにした。わずかな電子音の後に、自分の周囲に壁がさらに立ち上がったのを感じる。

 恐らく一夏のばら撒いたこれは、こちらの動きを阻害するものと鈴音は予測した。迂闊に破壊すれば、爆発するかあるいは硬貨弾をばらまいてくるのだろう。空中に敷設された対人地雷そのものだ。しかも現在進行形で一夏はそれをさらにばら撒いている。かなりの数だ。

 

「くっ……!」

 

 一つが左側の衝撃砲の棘にぶつかって起爆した。動いていなかったのだが、向こうからぶつかって来た。

 衝撃が体を走り抜け、やがて収まる。だが、地味なボディーブローのようにこちらのエネルギー残量を削ってきている。

 

「厄介な真似をするじゃない……!」

 

 勿論衝撃砲でそれを妨害できなくもない。だが、一夏はそれを見越して射線上に最初にばらまいて距離をとった。

 やむを得ず、後方へと下がる。

 同時にしてやられたと感じる。一夏は恐らくこの浮遊貯金箱をコントロールできる。自分の射撃に被らないように動かすこともできるし、こちらの砲撃を爆発で無理に相殺することも可能だろう。

 

「でもね!」

 

 鈴音は後退しながら、すぐにアリーナ上空へと飛ぶ。

 貯金箱爆雷から十分な距離をとった、アリーナ離脱ぎりぎりの領域。

 

「食らいなさい!」

 

 衝撃砲がその機構を大きく展開。空中で足を踏ん張る、という独特の感覚でブレーキをかけて

 

「空間打撃っ……!」

 

 竜の咆哮が、アリーナの空間を揺るがした。

 

 

 

 

 

 一夏は耳のセンサー系を咄嗟にサイレントモードに変え、打鉄のシールドを体の前面に呼び出した。振動が奔り、シールドにひびが入った。特殊合金製のそれがガタガタになったことを見ると、威力はないが破壊力がある砲撃と見るべきだろう。

 

「……データにない攻撃だな」

 

 事前情報では、見えない砲身と見えない砲弾を特徴とする空間打撃砲となっていた。だが、それはあくまで砲撃を行う砲台としてのイメージしかなかった。

 

「クロエ、これはどうなっている?」

 

 一夏は呼びかけながら背中をアリーナの壁に向けたまま左へと滑り出す。

 

『多分だけど、砲撃範囲を無限大設定にして、衝撃を通すことを狙ったのかも』

 

 不可視の砲弾が次々と一夏の足元を穿つ。もはや泳ぐような姿勢のまま、一夏は加速を重ねていく。

 割と正確な狙いが飛んでくる。ガードに回したシールドが次々と破壊されていくし、エネルギーシールドも何発か受けてしまい、削られていく。

 だが、それでも一夏は冷静を保って、クロエの言葉に疑問を浮かべた。

 

「衝撃を通す、だと?」

砲身(バレル)を形成するプロセスを途中でストップさせて、本来収束させる分の『空間』をばらまいたんだと思う。そうなると、収束しなかった空間は衝撃だけを狙った方向へ伝えていくの』

 

 つまり、とクロエはその攻撃の正体を述べた。

 

『つまり空間そのものが揺れて振動を伝えて威力を発揮する。意図的に発生する空間に発生する地震ってことかな』

 

 

 

 

『空間作用兵器をインターフェイスを介して制御する第三世代兵器。つまり、空間を震わせ、打撃する。技術差はあってもコンセプトそのものは第5世代と似ているね。でも、あくまで射撃兵器の括りを出ていないみたい』

「ふむ、馬鹿にはならんな」

『射撃兵器だから、襲ってくる空間を何かで弾き返してやれば耐えきれるはずだよ』

 

 弾き返す。中々に骨が折れるものだと一夏は思う。果たして自分の力で叶えられるのだろうかと。

 アリーナは学園の所有物で、どの国家にも属さない中立地帯だ。商売礼賛で何とかするならば、学園長との交渉で一時的に『借りる』ことで干渉ができるだろう。

 

(だが、無理だな)

 

 このイベント、クラス対抗戦は一学年全体に向けてアリーナが解放されている。如何に学園長でも相談もなしに貸すことは難しい。

 出来るとすれば、自分の筋力を限界まで上げて思いっきり空気を殴ることくらいだろう。だが、その分の費用は恐らくばかにはならない。攻撃を凌ぐためだけにそこまでかける必要はないだろう。

 

「なるほど、衝撃を与えてやればいいのか」

『でも大火力だよ、気を付けて』

 

 一夏は借り受けている武装をコール。呼び出されたのはバレル式の弾倉を持つグレネードランチャーだ。安全装置を外せば至近距離で発射した擲弾がさく裂し、打撃力でギリギリ相殺できるだろう。

 そして、鈴音が砲撃を放つ。

 

「いっけー!」

 

 その砲撃は、ボクシングだった。

 ジャブとブローを混ぜ、的確に追い詰めるように放たれる。

 威力は低いが広範囲を打撃する拡散弾と、直進しかしないが威力が高い貫通弾。そしてこれに連射が効く空間地震攻撃を混ぜる。

 

「うまいものだ……」

 

 一夏は爆圧を逃れるように大きく回避運動をとる。

 下手にその場にとどまって回避すると、逆に逃げ場を失って喰らってしまうだろう。だからこそ、逃げ場を常に求めて動くのが最適解だ。

 一夏は空間の砲弾に向けて一気にトリガー。連射されたそれは内部の雷管が作動し、爆発を生み出す。連続したトリガー動作の積み重ねが、龍砲に匹敵する圧となった時、

 

「相殺だ……!」

 

 言った通りの言葉が、現実となった。

 呼び出しておいたシールドで襲い来る圧の余波を受け流す。同時にすぐさま飛びさがった。そう何度も使える方法ではない。一夏が使える弾薬には限りがある。実際に拡張領域に格納するよりも、商売礼賛ではいくらか少ない量しか弾薬は装備されていないためだ。

 間接的に力を借りる弊害は、発揮できる力の制限となって表れる。万能ではあるが絶対ではない。

 金と同じだ。一夏は金の信奉者ではあるが、金が全てを決定するわけではないことを十分理解している。

 

「くそ、やはり直接買う方がよかったか……!」

 

 無い物ねだりだ、と分かっていながらも一夏は次の弾倉をセットした。

 良くも悪くも金に関して一点特化。適応能力はあってもどこか手が届かないもどかしさが残る。

 

「見直さなければな。うん?」

 

 アラートが鳴る。

 先ほどばら撒き続けていた貯金箱爆雷がついに尽きたのだ。そしてそれは、鈴音の放つ龍砲を遮るものがついになくなったことを意味する。

 

「逃がさないわ!」

 

 一夏は、それを連射しながらも一つの回避パターンを実行に移した。クロエの解析と自分の判断の重なりである、衝撃砲に対抗するための機動を。

 

 

 

 

 一夏は金庫から出した効果を展開されたバインダーの上に並べながら回避運動を続けていた。

 既に『商売礼賛』の発動を示す表示枠がいくつも展開され、その準備が着々と進んでいく。

 

「当たれ!」

 

 鈴音も一夏の行動を妨害するべく次々と衝撃砲を放っていく。一夏が放つ棒金機関砲を避けながら狙いを定め、発砲する。巨大な拳が穿ったかのようにひび割れがアリーナの地面にひび割れが奔る。

 だが一夏の動きは先程よりも余裕があり、たいして鈴音は懸命に追従を続けていた。

 

「なんて動きよ! 非常識だわ!」

「褒めても何もくれてやらんぞ」

 

 いらんわ! と叫びたいところだが、鈴音は必死に衝撃砲の狙いを定め、非固定部位が鈴音の意思に応じて圧縮した空間を発射していく。

 空間の収束が一定距離で拡散するそれは、先ほどまでは有効であった。それを連続しての発砲は、まさしく空間への打撃としては強力であった。アリーナの内部は、衝撃砲の打撃で飽和しようとしていた。

 しかし、一夏はその弾幕を余裕で潜り抜けていた。鼻歌交じりに硬貨弾をセットし、商売礼賛の効果を適用し、身体能力を加速していく。加速された身体能力は至極単純な動きを淡々とこなしていた。

 

「おっと……」

 

 膝をかがめ、そのまま背中のスラスターをふかして跳躍し、そして落ちていく。緩やかに着地したと思えば、また跳躍する。さながらバッタのように飛んだり跳ねたりを繰り返していく。

 この動きにより、衝撃砲の拡散を自分の足元に、あるいは上空に置き去りにして、白面稲荷金式はアリーナを縦横に飛翔していた。

 これまでの平面的な動きでは、やがてアリーナの隅にまで追いやられていたはずだった。それを見越して、広い範囲に逃げられる上下運動をとった。勿論地面があり、アリーナ上空の制限高度が定められているが、少なくとも平面よりも広い。

 

「やるじゃない!」

 

 鈴音はそれを追いかけながら、砲撃を続行した。

 

 

 

 

 素晴らしいな、と一夏は感動に満ちていた。

 まさしく、弾幕を潜り抜けるという体験をしているのだ。気分が乗らないはずがない。脳内では金を稼いだ時に近いアドレナリンが放出され、一夏の精神を高揚させていった。

 中学時代は非常に有意義な体験をしてきた。何しろクラスメイトがすごかったのだ。馬のマスクを平然とつけたまま授業を一コマ乗り切った強者もいれば、二階の窓から雪の積もった中庭に向かってジャンプした恐れ知らずもいる。あとは学園祭で名状しがたい彫刻を美術部が建造する傍らで、調理部が何やらそこら辺からとってきたと思しき野草を使った『病的なまで食べたくなる料理』を販売していた。

 あの後彫刻は何やら奇怪な叫び声を上げる連中が輪になって踊りながら崇めていたし、調理部に関してはなぜか白と黒のファッショナブルな車と白基調の赤いランプを乗せた車がやってきたが、まあ些細なことだ。

 

(弾幕回避!)

 

 コンピューター部の手伝いを依頼された一夏は、師匠の伝手を借りて簡易なゲームをプログラミングした。その際はルナティックな弾幕ゲーを作ったのが懐かしい。

 挑戦者が次々と撃沈していくのは非常に開発者冥利に尽きる光景だ。一夏自身はそれをクリア出来たらこそ、それを出品したのだ。自分は数回の挑戦でクリアできたが、あれはまぐれだったんじゃないかと思うが、前向きに行こう。クリアできなくて阿鼻叫喚の地獄になったらしいが、結果的に挑戦者が増えてつまり利益になった。金が増えたのはつまりいいことだ。師匠もそういっていた。

 つまり金が増えたということは商人として大正解ということである。ビバ金、ビバ自分。ビバクロエ。

 そう、クロエは金では語りえない価値がある。自分が言うのだから間違いないだろう。

 まず見た目だ。銀髪ロリ。銀髪ロリだ。大事だから二度も言った。一応年齢は自分たちと同じだが、そうとは思えないほど小柄で可愛らしい。合法的なロリなのだ。タッチする輩は腕を切り落として賠償を求めるつもりだ。もちろん自分はOK。何しろ合意の上なのだから。

 そして、体なのだがロリらしく平坦で凹凸が少ない。つまりペッタンコだ。だが、現在栄養状態の改善に伴い貧乳というのが意外と少ない。つまり希少種なのだ。近代まで乳母という職業が残っていたのは、乳を与えられる女性が少なかったことに拠るのだが、現代ではむしろ貧乳もステータスとなるわけだ。スイカやメロンなどとは違うのだ。

 そしてクロエのバストはA。だが、ぷっくらふくらみかけなのがミソだ。熟れたバストもなかなかにそそるのだが、こうしてふくらみかけというのもなかなか初々しくてそそる。そこを、こう、愛でるように撫でたいものだ。クロエのことだ、「い、一夏……!」と咎めるように言いつつもなかなかいい反応してくれることだろう。ボディタッチなどは互いが金のこと優先だから未だにやっていないとはいえ、いずれはやることになるだろう。

 いかなるシチュでやるかも問題だ。雰囲気を考えねばなるまい。幸い、主人公に相応しい私は戦いの後などに思わず、と言った感じに本番へとなだれ込むのがベストだろうか。八歳にして同衾せずとかいうが、昔は都合によって5歳で結婚とかザラにあった。とはいえ、今から子持ちになっても金に困る。それは外聞的にも生活的にもまずい。つまり妄想で我慢しろということだ。

 ああ、僅かに妄想してみたが素晴らしすぎる世界だ。他の凡俗な人間には想像しえない、素晴らしい世界になっているだろう。紙だろうが映像だろうが、けっして再現できない世界。しかもそれを味わえるのは自分ひとりなのだ。ああ、素晴らしい。

 ふと一夏は陶酔状態から我に返る。それは警報音が耳に届いたためだ。

 

「おや、弾丸が」

 

 不可視の弾丸が、直近でさく裂した。

 

 

 一夏の動きは一瞬だった。

 空間の歪みが襲い掛かって来た所に、シールドを一度に大量に呼び出したのだ。

 龍砲が放つ空間の歪みそのものを捉えることは難しいが、概ね弾は鈴音の視線と平行に飛んでくる。あとは鈴音の視線をトレースしながらこちらにあたる圧力を予測すればいい。

 そして、破裂に近い金属音が響いてシールドは持ち主を守り切ることに成功した。

 破片をまき散らしながら一夏はすぐにその場からサイドステップ。次々と飛来する不可視の弾丸は新しく呼び出したシールドで受け持たせる。

 砲弾は見えない。だが、視線や砲塔を形成する部位そのものは稼働している。発射のタイミングやおおまかな狙いを予測するくらいなら楽なものだ。

 

『こっちでトレースするから一夏は回避に集中していいよ!』

「感謝しよう、クロエ」

 

 そして、一夏は硬貨弾を商売礼賛の力で発射していく。甲龍にあたってもエネルギー残量が大きく減るわけではないが、一方的にじわじわと削られていくのは鈴音の苛立ちを誘う。貫通する前に次々とシールドを取り換えていく一夏はダメージを負いにくいが、龍砲のエネルギーとかすめるようにしてシールドを削る棒金機関砲は徐々に蓄積しつつあった。

 考えても見てほしい。普段は守銭奴と馬鹿にされそうな人物に一方的にやり込められてしまう状況を。やたらと無表情に金の力で追い詰められてしまう光景を。立川の聖人コンビでも助走をつけて殴りかかるレベルである。

 だが、一夏はそれを構わず実行した。少しでも自分が有利な状況になるように引力するのが商人なのだ。不利な状況で戦うのは愚の骨頂、有利な状況を生み出す努力こそ肝要なのだ。

 

「これが金の力だ!」

 

 決まった。

 一夏は今、テンション的な意味でも株価的な意味でも絶頂期であった。金の力を使う自分がパワーバランスを制しているといっても過言ではない状況。まさしく大勝利。ああ、金とはすばらしい。金とはすばらしい。

 

 

 

 

 血圧が上昇していた鈴音だが、すぐに冷静さを取り戻した。

 伊達に中学生時代を日本で過ごし、一夏の為人を知ったわけではない。一度深呼吸をすると冷静さが戻って来た。

 

(……オッケイ、頭は常にFOOLにしないとね。あの守銭奴はあとで張り倒すわ)

 

 脳内で一夏の顔を数回分殴ってスッキリする。この手の場合、一夏を殴っておくとスッキリするのだ。

 問題であるのは、一夏のバッタ機動(仮)だ。ミサイルのように標的を追尾せず、直進しかしない衝撃砲では直撃が狙いにくい。大型であるが故に、狙いを一度定めると細かい調整が効きにくいのだ。かといって、露骨に狙いを定めれば逃げ出すことは明白だ。

 かといって拡散砲弾にすればいいわけでもない。一夏が地表を滑っていた時とは違い、衝撃砲の砲弾が拡散しても相手が立体的な機動をしているので拡散タイミングを事前に設定する必要があり、命中率はかなり落ちる。

 

(面倒な機動ね……素人だからこそ常識にとらわれないのね)

 

 一夏からの硬貨弾を手にした青龍刀で弾く。飛んでくる弾に対しある程度の角度を持たせてぶつけてやれば、殆ど刀身にダメージなくはじき返すことができる。重要なのは、置くようにして青龍刀をかざすことだ。

 激しい金属の擦過音。

 衝撃としては戦車の徹甲弾くらいの衝撃。エネルギーシールドで真っ向から受ければ消費が激しいが、それでも直撃を喰らうよりかはマシだ。

 飛び回ってマシンガンのような棒金を回避し続け、様子見もかねて衝撃砲を発射。しかし一夏は余裕の回避だ。相手の動きを読む都合もあり何発か撃って牽制しておく。だが、一夏はそれに気にも留めず飛んで、着地して、飛んで、着地して。時々浮遊し射撃を加えてくる。

 

(こっちの射撃は連続してもかわされるだけ……かといって瞬時加速とかしても状況打開は難しいわね)

 

 残る武器と言えば、愛用している青龍刀だ。投げたら戻ってくる機能があるが、空中を飛んでいるバッタにブーメランをぶつけるくらいムリゲーだ。練習すれば可能だが、生憎と練習している間にこちらが負けてしまう。一夏が相手ならやる気も湧くのだが。いや、湧いてはいけないのか?

 待ちなさい、と鈴音は思考を加速させた。確かにあの守銭奴は殴ってしかるべきだ。殴られて当たり前の相手を殴ったところで問題がないようのだから。しかし、迂闊に殴りに行っては相手に無料で勝利をくれてやるようなもの。無料に目がない上に抜け目ない一夏にとっては一石三鳥くらいの儲けだろう。つまり自分にとって不利益で相手にとっての利益。つまり自分の負け。

 

(……駄目じゃない!)

 

 何かを悟れた、気がする。思考が複雑かつどうでもいいことに突っ走った気もするのだが。とりあえず、何か料理を作ってあげたらきちんと請求しよう。値段については要交渉。

 

「あ」

 

 鈴音がそんなことを考えていた時、特大の延べ棒がまさしく目の前に迫っていた。

 

 

 

 

「あれ?」

 

 クロエは商売礼賛の支援を外部から行いつつも、中華ペタ子のISについての情報を集めていた。だが、その作業中に、パソコンのキーボードを叩く無機質な音の中に、不意に何か重たいものが激突したような音が混じった気がした。砲弾が何かに激突したかのような、そんな鈍い音だった。

 

「まあ、一夏のことだし何か延べ棒でも投げつけたのかな?」

 

 一応アリーナ内の音声や映像は回線を通じて引き込んでいた。だが、さしたる影響はないと再びモニターへと意識を向けた。

 中華ペタ子についてはフラグは叩き折られている状態なので、あまり心配はしていない。上司()の妹であるポニテ剣士もいるのだがそれはそれ。つまり、この試合の後に色々とこじつけていちゃこらしても構わないということなのだ。

 

「濡れるッ……!」

 

 イチャイチャの妄想が加速して、鼻から愛をほとばしらせるクロエ。キーボードにまで届いた愛をふき取りながら、クロエは操作を続けた。

 

 

 

 

 世界がひっくり返っている。

 衝撃を受け、少し世界が真っ白になった鈴音はうすぼんやりとそれを認識した。だが、訓練された体はすぐさま意識をアジャスト。強引に意識を覚醒状態に持っていく。

 

「ぬ……!?」

 

 鈴音は、のけぞって快晴の空を見上げた状態から無理矢理姿勢を直した。世界が半回転したが、それで視界は水平に戻った。

 顔面にボールが激突した後のような感覚で、少しふらふらした。だが、エネルギーシールドはしっかりと自分を保護してくれたようだった。

 

(やってくれたわね……か弱い乙女の顔面にあんなものをぶつけるなんて!)

 

 か弱い乙女かどうかは別として、鈴音がハイパーセンサー越しにとらえたのは、鈴音の二の腕ほどはある巨大な延べ棒だった。単純な貴金属の塊がぶつかったでは済まない威力を受けていた。

 その原因を、鈴音は一夏の手元にある表示枠と判断した。

 

【商売礼賛:価値転換:価格 → 打撃:発動:承認】

 

 表示された文字を鈴音は一瞬で読むと、すぐにその効果を看破した。

 

「商売礼賛で『価値』を『打撃』に換算したわけね!」

 

 投じられたそれはすぐさま商売礼賛で力を与えられ、一夏の方へと戻っていく。ただ延べ棒がぶつかっただけの打撃ではなく、十万円分の打撃力が顔面に直撃である。つまり、『一夏が十万円分の価値を付けるに値する攻撃力』を具現化させたのだ。

 鈴音がエネルギー残量を見ればかなり削られたのがわかった。なるほど、十万円分は馬鹿にならない。

 

「商売礼賛は必ずしも売買だけが能ではない、覚えておけ」

「……なんか腹立つのよ一夏ー!」

 

 ドヤ顔の一夏に、対戦を見守っていた多くの観客の意を鈴音は代弁するかのように叫んだ。そして隠し札を切った。鈴音の操作で袖の部分にある装甲がスライドし、内部に格納されたフレームが露出し、伸長。そして定められたとおりの機能を発動させた。

 

「!?」

 

 鈴音のアクションに気が付いた一夏は、咄嗟に打鉄のシールドを呼び出す。

 強引に展開されたそれは、不可視の弾丸を受け止めた。だが、一夏の動きを一瞬硬直させるには十分で、同じ連続の打撃がさらに飛んでくる。

 体を守るアーマーに次々と被弾した一夏はそのまま地面へと叩きつけられる。

 辛うじて受け身をとれたが、かなりのダメージを負ったのは間違いない。

 

『一夏、大丈夫!? ISでの模擬戦だと保険降りないから怪我しても損しかないよ!』

「大丈夫だ、問題ない」

 

 立ち上がりながら一夏はクロエに返事をした。そう、怪我をしても模擬戦においては保険が適用されない。IS学園に入学した際にそういう契約となっているのだ。実際は治療のための費用は学園が別途負担することになるのだが、きっちりかかった費用と同額支払われるため、懐には入らないのだ。もちろん一夏とて、犯罪をする気はない。ただ、怪我をするに見合った補償が無ければ怪我をしてやる気ないのだ……多分。

 

「クロエ、今の衝撃砲は何処から飛んできた?」

『あー……事前の情報がなかった腕部の武器だね。情報公開が今されたから伝えるよー』

 

 それは、腕部搭載型衝撃砲である。本来は鈴音の体に迫る大きさの衝撃砲ユニットを、威力と出力を犠牲に小型化し、取り回しを良くしたものだ。

 目の前に表示される表示枠から情報を読み取りながらも、一夏は動き続ける。

 

『威力はそこまではないけど、固め打ちされると面倒だよ。威力が低いと言っても、元の威力はかなり高いからね』

「面倒だな。だが、その程度で根を上げるわけにはいかんな!」

 

 弾幕を張る砲門が二倍となったことに加え、腕部衝撃砲は狙いを変更しやすく、そして射角が制限されにくいのだ。もちろん腕の動きに注意すれば回避できないこともないのだが、連射されるとなれば話は別だ。

 

「うお……」

 

 必死の回避をとる一夏に、ジャブのように繰り出されていく。それに絡めるようにして本命の衝撃砲がブローとして穿たれる。棒金機関砲も中断し、一夏は回避を選択した。

 そして、肩のハードポイントに量子変換の光がともった。数は4つ。まるで弁当箱のようなそれは、上部にいくつもの排熱孔のようなものを備えていた。

 それに思わず眉をひそめる鈴音。だが、一夏が手元の表示枠を数回操作するとパラパラと何かが飛び散っていく。そして、現象が起こった。

 

「逸れた!?」

 

 発射された龍砲が次々と逸らされていく。なぜか、特性上直進しかしないはずの空間砲を捻じ曲げるとは。

 同じ空間圧縮技術か、と疑ったがその答えはすぐに一夏の方から答えが出た。

 

「『商人チャフ』と呼ぶがいい。因みにネットで頒布中だ。24時間365日受付中だ、ただし在庫はある分しかないと思え!」

 

 態々解放回線で広告する一夏。商売礼賛でCM効果を金に換えているのか金の使い方が派手になり始めた。

 鈴音は何度か追撃を入れようとするが、悉く逸らされる。代わりに、身に覚えのない振込記録がISのコンピューターに表示され始めた。

 

「……なるほど、金で目を眩ませるってわけね!」

 

 鈴音は中国出身である。よって、どういうものが尊ばれるかを大体理解している。長寿、金、子沢山の3つだ。

 歴代の王朝の皇帝が不老不死を求めたり、やたらと縁起を担いだりとするのはそれらを求めての事だったりする。悪い言い方をすれば身内の方が赤の他人よりも信頼できるから親族を増やし、資産を増やし、長生きするのが尊ばれる。仲間内で引きこもる性質というのは存外どこの国も同じなのだ。

 そして、そんな中国が作り上げた兵器は、その国家の実情が反映されている。だからこそ、さりげなく差し出される袖の下を拒否しにくいというわけである。

 

(厄介ね……このまま撃ってもジリ貧だわ)

 

 大体手は打ち尽くした。龍砲は秘匿状態だった空間打撃砲を使ったし、腕部衝撃砲だって使った。

 あとはこれの組み合わせと、運と、実力が勝負を決定する。ある意味互いの手札がオープンした状態。どうにもこちらとの戦いの中で回避パターンなどは既に構築しているようだ。燃費がいい龍砲でも使い続ければ消費量が大きくなる。

 ちらりとエネルギー残量のメーターに目をやった。

 412/1000。意外と使ってしまった。

 対する一夏は381/1000と、辛うじて自分が有利だ。しかし、エネルギーの消費全体を見ればこちらが不利なのは間違いない。一夏のISは基本的に実弾を使用していて、基本的に攻撃を与えることでしか減らない。

 優勢に見えるが劣勢。

 

(燃費的に腕部砲で削って近接戦に持ち込むしかないか)

 

 そう覚悟して、左腕を一夏に向けてトリガーした。

 だが、

 

「え?」

 

 止まった。

 鈴音はふいに発射が止まった腕部衝撃砲に疑問を浮かべた。非固定部位のそれよりも連射が効いて使いやすいそれが不意に停止したのだ。疑問に思わない方がおかしい。

 もう一度トリガーを引く。引き金を引くというよりは頭の中で発射のイメージを作ることで、イメージインターフェイスがそれを拾って、コマンドを実行するのだが、とにかくもう一度発砲しようとした。だが、応答がない。

 一夏からの反撃をかわしつつ、非固定部位からの衝撃砲を放っていく。並行して、腕部のコンディションの情報を呼出して表示した。

 

「え、ちょ……」

 

 だが、呼び出されたディスプレイは真っ赤に染まっている。コンピューターが導き出した現在の状況は『危険』の一言に尽きた。

 同時に、腕に圧を感じた。両腕が、何かに掴まれたような感覚が奔った。丁度、腕をひねられているというか、掴まれてねじられているような感覚だ。

 そして同時に、ISの方から緊急事態を告げるアラームが大音量で流れた。 

 

 

 

   ●

 

 

 

 まずいよあれは! と内心叫びながら、クロエは空中投影のキーボードを叩いていく。

 分析をしていたクロエは、何が起こったのかをすぐさま察することが出来た。

 腕部衝撃砲の砲身は圧縮された空間そのものである。つまり砲身を形成するための機構が必ず存在している。そして、その機構は連射可能な小型版と言うこともあり、本来はかなりの耐久性を持つはずなのだ。

 だが、ここにきてそれが壊れた。酷使したためか、それとも戦闘による被害の余波なのか。それは不明だ。

 ただ、暴走に近い状況であるのは確かだ。

 

「だ、大丈夫なのか!?」

 

 隣で箒が心配そうに叫ぶ。とはいえ、箒にできることはない。

 すぐにでも動くのが性分なのだろうが、流石にアリーナの向こう側にいる二人には干渉できない。だから、というように焦りの感情が発露した。

 

「落ち着きましょう、箒様」

 

 ふぅ、と息を入れ直したクロエは説明した。

 

「おそらく、腕部の衝撃砲がトラブルを起こしたようです。システム上の問題なのか、はたまたハードウェア上の問題なのかは不明です」

 

 丁寧にしゃべろうとするが、焦りが出る。

 クロエが出した結論はこうだ。

 

『腕部衝撃砲の砲身展開機構が、何らかの原因でトラブル発生。このまま放置した場合、操縦者保護のエネルギーシールドごと操縦者が空間のゆがみに囚われ、機構の暴発によって深刻なダメージを受ける可能性があると推測され、早急な対処が必要』

 

(……ええっと、これを一夏に簡潔に伝える必要があるんだよね!?)

 

 やたら専門用語や熟語が混じっているのだ。非常事態であるために、わかりやすくする必要がある。

 一夏は別にISの専門家ではない。金の専門家だ。金があるから、金を使って知識を仕入れることはできるにしても、今は緊急事態だから分かりやすくしなければならない。

 

『腕部衝撃砲が暴走してアッパー入って、このままだとアボン。身を守るためのシールドごと空間がねじ切ってしまってグチャァといっちゃうっぽいので、さっさと何とかしろ』

 

 頭の中で整理したクロエは、それをタイプして文章として書き起こす。

 それをわきから覗いていた箒は、二度ほど反復する。

 

「待て、これでは一夏にニュアンスしか伝わらない」

「ではどうすべきでしょう?」

 

 表示枠の鍵盤を投げられた箒はやむを得ず思いつくままにタイプした。

 2分とかからず出来上がったそれをクロエは目を通した。

 が、3秒と経たずに表示枠ごと消去された。

 

「な、何をするのだ!?」

「箒様、今度しっかりと現代語を学びましょう。ええ、そうしましょう」

「そ、そんな目で見るなー!」

 

 クロエは生暖かい視線を送りながらも、一夏へとメッセージを送信した。

 この瞬間を撮影して転売予定とは知るまい、無防備な。

 

 

 

 

 

 

 

 クロエからのメッセージを受け取り、一夏はすぐにそれに目を通した。

 目の前で起きた鈴音のISの異常は自分では理解できない。専門家の意見がちょうど必要だった。

 目を通すのに5秒。理解し、かみ砕くのに10秒かかった。

 

「つまり、あのままでは腕部衝撃砲が暴走してアッパー入って、このままだとアボン。身を守るためのシールドごと空間がねじ切ってしまってグチャァと逝ってしまうわけか」

「感心してないで何とかして頂戴よ!」

 

 しきりに頷く一夏だが、目は真剣だ。

 

「鈴音、何とかしてやる。落ち着いてこれを読め!」

 

 目の前に表示されたのは、長々とした文言が並ぶ書類のようなもの。衝撃砲の空間圧縮がシールドと干渉し合う音を聞きながらも、何とかそれに目を通した。一夏はその書類の意図を叫んだ。

 

「商売礼賛の契約書だ! その衝撃砲を『買い取る』!」

「オッケイ、任せたわ!」

 

 『買い取る』という言葉に、即座に理解を得た鈴音はすぐにその承認ボタンを押した。手ではなく、自由が効く足であったが今は関係ない。

 今は一夏に任せるしかないのだ。一応は国家機密なのだが、一夏と自分、そして下手をするとアリーナに詰め掛けた生徒達にまで影響が及びかねない。国家機密など今は優先されるものではない。

 契約が結ばれたことを確認した一夏は、すぐさま回線をつなぐ。そのさきは、ピット内で手はずを整えているであろう一夏の相方だ。

 

『買取契約:腕部衝撃砲:鳳鈴音 → 織斑一夏:承認』

「ISを強制解除する! クロエ、任せた!」

 

 売約が成立したのを確認した一夏は声を放った。

 

 

 

 

 クロエは操作を連続した。

 一夏の商売礼賛によって、鈴音のIS『甲龍』はその衝撃砲を売却した。非常時であり、暴発寸前ということもあって価格はもはや買い叩くに等しい。だが、今はそんなことはどうでもいい。何らかの形で所有権を移す必要があるのだ。

 

「よし、所有権と操縦権の取得を確認。すぐに強制解除するよ!」

 

 一夏とクロエの資産は共有状態となっている。つまり、一夏の『購入』した衝撃砲はクロエも同意があれば自由にできるのだ。いわゆる共通の可処分所得にした。そこを利用して略式ながらも一夏の『資産』をクロエに譲渡。そして、クロエの操作で強制パージを試みた。

 だが、けたたましいアラームが鳴り、表示枠がいくつか立ち上がる。中国の言語がびっしりと並んだそれを読み解いていく。

 伝わってくるニュアンスは『危険』『警報』『異常事態』『不可能』。それから導かれたのは、

 

「外れない……!?」

 

 モニター越しに確認するが、外れていなかった。依然として両腕にがっちりと腕部パーツが装着された状態で、所有者の操作を受け付けていなかった。

 

「ちょ、どうして外れないの中華ペタ子!」

『ペタ子言わないでよ! ……腕がちょっとやばいかも!」

 

 通信越しの鈴音の怒鳴り声に、即座にクロエは腕部パーツの状況をチェックした。すると、内部でパーツが圧縮空間の影響で歪み、操縦者の腕にまでダメージを耐えていた。平たく言えば、本来操縦者を保護する装甲が逆に腕を締め上げているのだ。このままでは鈴音の腕が押し潰されかねない。

 

「なんでこんな時に限って抵抗するの……! この(検閲により削除されました)!」

 

 クロエが、その容姿に似合わないセリフを吐いたのも無理はなかった。

 システムの安全上解除できない設定になっていたのだ。つまり、衝撃砲が暴走状態とは言え発射寸前であり、その状態からの強制排除は『所有者』に危険が及びかねないために受け付けないようになっているのだ。もちろん介入も可能なのだろうが、到底間に合うとは思えない。束の弟子と言えど、限界はあるのだから。

 一瞬の迷い。だが、操縦者が空間の圧縮でミンチになる未来が最悪のケースとしてクロエの頭に描きだされた。

 いや、現状でもまずい。甲龍の腕部フレームは埋め込まれた空間圧縮機構が徐々に空間を歪めつつある。このまま行けば、数百トンでは効かないエネルギーで頑丈なフレームが歪み、腕ごとねじ切れる可能性がある。

 

「最悪腕ごと切り落とすしかない……」

「ば、馬鹿者! そんなことが出来るか! 一夏にそれをやらせる気か!?」

 

 箒はクロエの呟きを打ち消すような声をあげた。

 反射だった。剣道ではない、剣術を知るが故の反発だった。

 腕を切り落とせばよほどのことがない限り元に戻ることはないだろう。如何に進歩した医療でも出来ないことはできない。

 また、腕を切り落とすのは、相手の人生に大きな欠落を生み出す。まだ高校生なのだ。これからの一生を腕がないままに過ごさせて、その責任を負うことなどできない。箒が剣術を学ぶ中で理解したのは、相手を斬ることで生まれる責任と、その覚悟だ。相手に喪失を生むことに耐えきれる精神と意志。剣術の修業がストイックなのも、それを養うため。

 翻って、一夏はどうだろうか。商人だ。奪うことに慣れていても、物理的に奪うことはどうなのだろうか。

 それらがまとまって反発となって口を突いて出てきた。だが、クロエの返答は冷静なものだった。

 

「腕一本と残りの人生を天秤にかければ、当然腕の方が安いです」

「……!」

「もちろん、価値は人によって様々です。命をとるか、職業にとって命に匹敵するものをとるのかはその人の意思に拠ります。でも、一般論的に言えば命の方が大事に決まっています」

 

 淡々とクロエは語る。

 

「商人は損得で考えます。時には、違うことはありますけど」

 

 でも、

 

「それでも、分かりやすい考えなんですよ。命と体の部位を天秤にかけてどちらをとるかなんて。命があれば、またやり直す機会はある。一人の人間として生きる機会は、多分もう二度とないかもしれません」

 

 死ななきゃ安い。その言葉をクロエは箒へと突きつけた。

 

「誰もが何らかの納得と満足、後悔と損失を抱えて生きているんです。腕を失うことは文字通り損失かもしれません。でもそれでも生きていく。それが人間です」

 

 訥々と、反論を許さず続けた。

 

「だけど、喪失はしたくないです。失いたくないからです。得た物の価値を知るからこそ、失いたくないのですよ」

 

 そして、クロエは何かを一夏へと送信し、締めくくった。

 

「さて、ヒロインのピンチをひっくり返すのはこの作品の主人公の役目。一夏、頑張ってね」

「メタな発言でオチを付けるなぁ!」

 

 ピットの中に、箒の渾身のツッコミが響いた。

 

 

 

 

「あー……まずいかも」

 

 鈴音は半ば諦念を覚えていた。

 買い取らせたことでどうなるかと期待したが、どうやら面倒なことになっているのがわかる。一夏は相変わらず表情が動かない『冷面(レーメン)』状態だが、それでも焦りはなんとなくわかる。伊達に付き合いがあったわけではない。

 

「一夏、まずいなら正直に言ってちょうだい」

「ふん、甘いな。商人の執着心を舐めるな」

 

 一夏の手の動きは表示枠の上で止まらない。システムに介入し、何とか取り外せないかと必至だ。

 だが、刻一刻と痛みはひどくなっている。空いた右腕で何とか外せないものかと考えたが、右腕周辺の空間の圧縮に巻き込まれかねないことから諦めていた。

 散々IS搭乗者になってから危険な目に合ってきた鈴音は、ある程度の覚悟があった。だが、腕一本とはかなり高くついたと思った。

 

「正直のところ二者択一だな。諦めて腕を犠牲にするか、それとも座して死を待つかだ」

「どっちもろくでもない選択肢ね」

 

 違いない、と返した一夏はついに手を止めた。

 クロエの方も手がないと伝えられていたし、先ほどから商売礼賛で介入ができないかと画策していたがいよいよどうにもならないとわかった。

 

「一夏、最悪腕を切ってもいいわ」

「良くないだろう」

「雪片ならシールドごといけるでしょ? あんたまで巻き込むのは御免だし、失うとしても自分の意思で捨てるわ」

 

 強いな、と一夏は素直に感心した。

 昨今の女性は虎の威を借りる何とやらを地で行くが、鈴音は性根からして強い意志を持っている。自分を曲げるのが嫌いなタイプだ。一夏にとっては、金に靡かない厄介な人間ではあるのだが。

 だからこそ、一夏は惜しいと思っていた。簡単に会える人間など、関係が多少うまくいかなくても損はない。だが、簡単に会えない人間であれば話は別だ。

 だから、一夏は決める。

 表示枠を呼び出し、いくつかの操作を行う。すると、装備されていた壺型金庫が格納されて、新たな量子変換の光がともった。

 

「な、何よそれ!」

「束博士のものだ。こんな時にこそ使わねば」

 

 呼び出されたのは数十を超える工具だ。

 尻尾型バインダーには三本指のマニピュレーターが接続されており、そのどれもが呼び出された工具を順々に掴み、あるいはレーザーカッターといった重たい道具を操作する準備を始めた。

 

「移動式ラボにして、第五世代黎明期の技術の塊『吾輩は猫である(名前はまだない)』の力、見せてやる」

 

 『吾輩は猫である』は第五世代を作る中で半ば偶然の産物だ。移動式の研究室というコンセプトで開発がすすめられ、その結果としてISを概念的に解体・組み立て・分析するという能力を得るに至った。第五世代の能力としてはその存在だけで介入ができる、まさしくISの天敵に等しい。ISにしか使えないのが欠点だろうが、それでも十分だ。

 

「束博士、事後承諾になるだろうが頼むぞ」

 

 商売礼賛の表示枠が次々に表示されていく。

 第五世代IS同士では、その能力は相性や出力などに影響されるが、基本的には対等。力の貸し借りもできるし、特にそういった取引は白面稲荷金式の得意分野である。

 一夏の視覚に、束のエンブレムの入った表示枠がいくつも投影された。目的を果たすのに必要な行動は何がベストであるかを、束がこの移動式ラボを使う中で蓄積した経験をもとに瞬時に導きだし、使用者に力として連ねる。

 誰もが束クラスの技術者になることが出来るラボ。それこそが『吾輩は猫である』。

 その危険度故に堅いプロテクトがあり、使用できる人間は少ない。

 だが、一夏の持論的には使える物は何だって使う主義だ。対価は高くついたが、相手の命に比較して安いものだろう。だから、使った。

 

『貸与:篠ノ之束 → 織斑一夏:使用権限:承認:確認』

 

 一夏は呼び出された巨大なドライバーをつかむ。直径はバットほどもある。

 これ自体は工具でもなんでもない。だが、概念の力を操る第五世代ISはその力を何らかの形で具現化する。解体という概念の塊だ。このドライバーの先端に機械を載せれば概念通りの効果を発揮するだろう。

 

「出来れば手を借りるのは避けたかったが、仕方あるまい。というわけで、鈴音。動くなよ、何とかしてやるからな」

 

 ここで主人公ならカッコいい台詞の一つでも言うのだろうが、一夏は特に調子を変えることなく言った。

 

「まったく、あんたは中学から変わらないわね。淡々と、こっちが必死な状態なのを変えちゃうんだから」

「それが人間だろう。状況を変えることが出来る人間こそが生きた人間だ」

 

 そして、と一夏はわずかに笑みを浮かべた。

 

「私は商人だからな」

「言うと思ったわ……」

 

 思わず、鈴音もつられて笑ってしまった。相変わらず、この商人はぶれない。だから、いい関係であり続けているのだろう。

 さて、と仕切り直した一夏はこの後の動きを説明した。

 

「いいか鈴音。腕部パーツを解体して腕を自由にしたら、即座にアリーナから離脱する。空間湾曲の分のエネルギーは恐らく放たれてしまうだろう。悪いが勝負はお預けだ」

「いいから、さっさとして。面倒は嫌いなの」

 

 それに、と鈴音は思ったままを言った。

 

「何とかするんでしょ、あんたが」

「その通りだ。約束する以上、商人は裏切らん」

 

 そして一夏はドライバーを構えた。

 第五世代兵器の概念を発動するのは、何らかの形で承認する必要がある。

 特に武装型の概念兵器を使うには、その兵器の名を呼び、発動させてやる必要があった。

 

解体(バラ)せよ、『吾輩は猫である』」

 

 ドライバーが光を放ち、バインダーの工具が一斉に鈴音のISへと延びていく。

 第五世代の力が、放たれた。

 

 

 

 

  ●

 

 

 

 

 解体、それは調和を持ってなされた。

 どのパーツがどのようにつながっているか、一種の芸術品ともいえる繋がりとバランスと繊細さを兼ね備えたISは設計に基づくようにして分解されていく。

 概念化した篠ノ之束の技術、即ち現代最高峰に近いISの技術である。金銭という形で介入し、力を借り受けた一夏には、何をどうするべきかが手に取るようにわかる。

 

「くっ……」

 

 だが、同時に負荷がかかる。

 当たり前だが、織斑一夏という人間は篠ノ之束ではない。片や商人、片や学者兼技術者だ。その生まれも育ちも何もかもが異なる。それゆえに、その概念の力と肉体が反発しあう。

 例えばだが、オリンピックに出るような体操の選手の肉体に一般人の意識を持たせたとして、十全なパフォーマンスを発揮することはできるだろうか? 同じように、体操の選手の意識を一般人の肉体に植え付けても、十全な演技などはできるだろうか?

 答えはどちらも否である。肉体と精神あるいは意識というものは相互的に影響しあうものでどちらかが一方だけで成り立つものではない。

 たとえ第五世代の力を以てしても、それを乗り越えることは不可能だった。

 

(ここまで、『くる』とはな……!)

 

 体に走る拒否感と、自分の体が他人のものに変わってしまったかのような幻覚。ともすれば、頭に入り込む情報にパンクしてしまいそうな気がしてくる。

 だが、一夏の腕は動く。マニピュレーターが装甲板を引っぺがし、細かな接合を解き、電子パーツを取り外していく。正確に、精密に、緻密に。

 

「おおっ……!」

 

 体が動くままに、第五世代ISの力が導くままに一夏は力を振るう。

 

 

 

 

 

 

 

天才兎:『おお、いっくんが主人公してるよ!?』

ほうき:『いいシーンで入らないでください! 確かに珍しく主人公してますけど!』

ちふゆ:『お前ら……』

 

 

 

 

 

 

 

 そして、光が収まる。

 格納領域から呼び出された巨大なトレーの上には、数千、いや数万ものパーツが整然と並んでいる。

 それらはすべて、甲龍の腕部パーツだ。電子回路の一つ一つまで丁寧に分解されたそれは、

 商売礼賛の効果が終了し、『吾輩は猫である』のマニピュレーターなどが量子変換の光とともに分解されて消えていく。

 光の中心、ISスーツ姿の女子と、ISを纏った男子がいる。

 どちらも五体満足だ。既に男子の、一夏の纏う白面稲荷金式はエネルギーの消費によって具現化限界にまで陥っていた。

 観客がモニターに目をやれば、そこには結果が表れていた。

 

鳳鈴音 エネルギー残量:0

 

織斑一夏 エネルギー残量:0

 

「引き分け……?

「双方エネルギー残量0。つまり、そういうことだな。」

 

 やれやれ、と一夏は肩をすくめた。

 

「甲龍は元々のエネルギー残量が少なく分解の過程で消費され、私の白面稲荷金式は張り切って分解した結果使いすぎたと言った感じか」

『やっぱり第五世代同士だと効率が悪いね』

 

 うむ、と頷いた一夏はクロエへと指示を飛ばす。

 

「すぐに関係各所に連絡と、人員をよこしてくれ。流石に疲れた……」

 

 了解の声が帰ってきて、一夏はようやく一息ついた。

 そして、鈴音の視線に気が付いた。言わんとすることを察した一夏はそのまま頭を下げる。

 

「すまんな、鈴音。引き分けだ」

「命が助かっただけ儲けものよ、気にする必要はないわ……ってあんたみたいな言い方しちゃったわ」

 

 不完全燃焼な気もする。だが、鈴音は不思議な満足を得ていた。

 久しぶりに、感情をぶつけ合える相手に再会できた。おまけに、ISを通じてぶつかり合うこともできた。久方ぶりの満足だった。

 だが、勝負としてはどちらが勝ちというわけでもない。それをどうするか鈴音は考えたが、すぐに答えが湧く。

 

「あんたに頭を下げさせた分、あたしの判定勝ちってことでどうかしら?」

「落としどころとしてはそんなものだろう……ISを分解してしまった分は譲る。それで帳消しだ」

 

 息があった仲。ツーカーだからこその、短いやり取り。そこに充足を感じる。

 

「ま、これからまたよろしくね、一夏」

「ああ、よろしく頼むぞ、鈴」

 

 アリーナゲートの方からクロエを筆頭とした整備班の姿が見え、千冬や箒も現れた。

 手をあげて呼びかけ応えながら、再開したという実感が二人を満たした。

 

 

 

 

 




 久しぶりの投稿となります。
 活動報告でも書きましたが、自分の才能のなさに勝手に自己嫌悪に陥っていました。
 情けないといいますか、愚かといいますか、それともこれが生みの苦しみなのかとか自分を美化したりしていました。
 ですが、こうして更新することができて非常に満足を得ています。ええ、ちょっと投げっぱなしスープレックスのようなまとめ方になりましたけども。
 それにつけても「激突のヘクセンナハト」が面白いです(露骨な話題転換)。
 初めて終わりのクロニクルを読んだ時のような興奮の高まりに酔ったような感覚です。これをコミックと川上・稔氏の原作を両方楽しみ、ようやく物語書きとしてのハートに火がともった感じでしょうか。ここから、続けていきたいものです。
 というわけで、原作者をならって友人との会話を少々。

友人A「お前、艦これで好きな戦艦って何?」
縞瑪瑙「そりゃぁ、リットリオだろ」
友人A「リットリオ……?」
縞瑪瑙「世界の真理であるきんぱつきょぬーではないけれど栗毛きょにゅーは地中海の神秘だと思った(小並感」
友人B「そんなことより金剛だろJK」
縞瑪瑙「ケッコンしたのか?」
友人B「もうすませたー」
友人A「ケッコンとかできんの?」
縞瑪瑙「課金すればジュウコンカッコカリできるぞ?」
友人A「マジかよ」

友人Bは重婚しているらしいです。爆ぜろ。CV:東○キャラが好きだそう。
登場していない友人Cが友人Aともどもアイマスに多々買いを挑んでいるそうで。
ろくな人間がおりませんな。
それではまた次回お会いしましょう。


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第七話 守銭奴の休暇

あけましておめでとうございます(遅
新年明けてからの初投下となります。もうちょっと早くできるようにしないといけませんね……
今年も守銭奴な一夏をよろしくお願いします。

必要なのは覚悟、そういう感じで。
若干の謎もぶち込んでみたのですよー。ま、今後の布石も含めて全て見破れたらすごいものですが。あ、感想に自分の考えや予測を書くのはいいですけど、解釈を巡って喧嘩などはNO!なんだからね!


 飛び交う二機のIS。

 アリーナを縦横無尽に飛び、弾丸を放ち、シールドを削りあい、互いが持てる力を振り絞りぶつかり合う。

 そのどちらもが瞬間的とはいえ音速を軽々と超える速度を出しており、むしろ、1m未満の極めて狭い範囲での急速反転やアクロバットな飛行を現実化している分既存の航空機も真っ青である。

 ISは基本的に人が装備することもあり人型だ。即ち、宇宙空間において上も下も存在しない空間を飛び回り、動きを制御する必要がある。そこにおいて重要なのは慣性の制御である。

 PIC、パッシブ・イナーシャル・キャンセラーによって本来かかる慣性が制御されているISは疑似的に無重力状態となるため、手足を振り回すことによる姿勢制御、通称AMBACを行うことでより効率的な制御を可能としていた。そのため、そのサイズもあって閉鎖的あるいはデプリなどが密集する領域での活動において一々複雑な推進剤の噴射などをすることがない。

 そしてISから人間へと臓器単位で与えられる保護機能が本来発生する数十Gの負荷を殺し、人の身でありながら鳥のように舞う飛行能力を現実化する。極めて有機的なそれが、人が争いの中で生みだされた多彩な火器と融合することで、極めて強力な破壊機構と化す。

 ISが最強たる由縁。即ち、視認すら難しい高速機動でかつての海上の支配者たる戦艦に匹敵する火力を運搬し、尚且つ任意で放ち、さらには極めて重厚な防御機構を備えている、全方位に対する適応力である。

 しかし、IS対ISとなれば、そこに大きな差が生じる。即ち、ハードウェアではなく、ソフトウェアの差である。

 

「搭乗者の技術と技量だ」

 

 白のISが、大型の三連装実弾砲を発射する。3×3の立体的な9ウェイの弾幕が立て続けにフィールドに放たれて、命じられるままに距離をむさぼり、対象を捉えようとする。

 対する黒いISは、それを迎撃するようにシールドを呼び出し、細かいステップを刻む。弾同士が衝突を避けるために作らざるを得ない、極めて僅かな間隙。そこを導き出される回答のままに通り抜けていく。

 弾丸を逸らしたシールドが悲鳴を上げる陰で、黒いISの手にしたライフルが狙いすました一撃を放つ。シールドに重い一撃を与える徹甲弾。戦車砲はおろか、現代の軍艦の空を支配する猛禽類(イーグル)の放つ一撃をも軽々凌ぐそれは、白いISにとっては、残りのシールドエネルギー残量からして、何としても避けるべき一撃だった。

 

「……」

「!?」

 

 白いISが、回避を選ぼうとして、止まる。

 瞬間的に噴射しかけたブーストを途中停止させ、そのままの姿勢で反撃のミサイルを放った。

 それは黒いISの意表をついたものだった。だが、逡巡することなく次の一撃、即ち背部のレーザーキャノンを展開しチャージを終えて照準を合わせていた。回避すればシールド減衰力の高いレーザー、回避しなければ徹甲弾の一撃。その二段構えは、極めて僅差において致命的となる。

 

「とったぞ」

 

 しかし、黒いISは思わぬ一撃を受ける。白いISがあらかじめ配置しておいた自立砲台。実弾砲の間隙のみを穿つように砲口を向けたそれは、重い一撃を黒いISへと与えていた。衝撃が揺さぶり、僅かなスタンが発生。

 同時に、爆炎の内側から白いISが外部装甲を外しながら飛び出す。呼び出される武器は極めて単純で協力無比な武器。たった一撃でもISに致命的な一撃を叩き込める武器。灰色の鱗(グレー・スケイル)。リボルバー式のパイルバンカーは白いISの求めるがままにシールドを食い破る。

 

「!?」

 

 突きだされたタイミングと、黒いISが後方への緊急回避を行うべくコマンドがISへと入力されたのはほぼ同時。しかし、一度速度を落としていた黒いISに急加速は遅すぎた。

 食い破ろうとするエネルギーは、加速で得ていた前進しようとするベクトルによって上昇した。

 反動は、当然のようにある。

 PICによって足場がなくとも浮遊するISは、逆に言えば地面や足場を踏みしめることで得る反発力を得られないのと同義であった。

 だが、それを理解していた白いISは既に対応策をとっていた。

 

「アンカーを打ち込んだのか!」

 

 言葉通りの物体が出現していた。

 コンクリートや鉄筋にも匹敵する強度を持つカーボンナノチューブ製のワイヤーが先端に鋭いアンカーを付けた上で、後方の壁に突き刺さっている。

 それを引く動きは、ダイレクトに加速をさらに与えた。

 穿った反動は殺され、前進の力だけが与えられる。

 

「砕け!」

 

 無理やりながらも、打ち出された釘は自らを阻むエネルギーシールドを砕く。擦過と破砕は両立され、破壊が生まれる。

 

『GAME SET!』

 

 そして、決着がついた。

 

 

   ●

 

 

 スコアが表示される。

 白のIS、一夏の用いていたISはエネルギー残量をぎりぎりで維持していた。一方で、黒のIS、五反田弾の用いていたISは完全にエネルギー切れとなっていた。

 最後の一撃がクリーンヒットし、最後の最後での逆転を一夏は果たしたのだった。

 

「私の勝ちだな、弾」

「ちっ、これで4連敗かよ……」

 

 溜息と共にコントローラーが畳の上に投げ出される。

 手汗が染みて部分的に変色しているそれは、使われてきた年季を語っていた。

 テレビにはIS/VSのキャラ選択画面が表示されてる。

 画面端に映る戦績では通算で弾の4連敗。その事実を受け止めながらも弾は冷えたグラスの炭酸飲料を一気に飲み干す。

 飲み干され、弾の口から吐き出されるのは炭酸を含んだ吐息。

 

「あーくそ……駄目だ、射撃が当たんね」

「射線は通っていても見越しが甘いな、弾。ある程度は出来てはいるが、そこまで正確ではない」

「逆にお前は近接が駄目だな……パイルバンカー使うならもっと距離詰めないとクリーンヒットしねーぞ」

「……近づくことにリスクを感じてしまうのでな。姉弟でも違うところは違う。現代戦において近接系の出番などそうそうあるものではないさ」

 

 すました顔の一夏は、ポテトチップスの袋を新しく開いて中身をつまんでいく。

 油と濃い目の味付けのそれは、中々にやみつきにしてくる味だ。人間はどうやら一種のタンパク質と塩が体に必須であると理解して、その味をうまいと感じるらしい。

 そんなことを考えながらも、一夏は数枚を口の中に放り込む。

 パリパリという咀嚼の音が暫く続き、やがて収まる。

 

「で、鈴が帰って来て、その代表戦で戦ったんだな?」

「幕切れは興ざめだったがな……あわや大惨事だったうえに、鈴音は2週間のギブス生活だ。おまけに、私も事情聴取を受ける羽目になった。面倒なことこの上ない」

「2週間か……長いなぁ」

「腕がちぎれるよりもマシだろう。まだ成長期の内に腕がちぎれると、骨が内側から肉を食い破って成長してくる。骨折と靭帯損傷、あとは腕の筋肉の断裂が少々で済んだのだ。おまけに負傷者は無しならば釣りがくる」

 

 ごくりと一夏の喉がポテチを嚥下する。続いてジュースでそれが流し込まれていく。

 

「オフレコだぞ、この話は。学園内で不良整備による事故で負傷者が出たなど、あまり流せるニュースではない。というか、あまり世間様には流れない話なのだから」

「へいへい。ったく……IS学園ってのも命がけだな。寝覚めの悪い話はやめてほしいもんだぜ」

「一応私には危険手当も出ているんだが、それでも実技授業1コマ当たり100ドルにもならん。他の生徒に比べれば、境遇は良い方なのだがな…」

 

 弾は一夏の言葉に曖昧に頷くと、再びコントローラーを手に取る。

 100ドル。大凡のレートでは日本円にして1万円と少し。高校生という身分では大金だと思う。高校生向けのバイトの時給を考えれば丸一日働いてもやや足りない程度だ。事実、弾の一カ月の小遣いでもかなりのウェイトを占める。反面、軽傷ならともかく骨折などになれば治療費はそれ以上になる。医療技術の進歩は怪我の治療を簡便にしていく一方で、高コスト化も招く。

 『一夏の治療を行った』というネームバリューを得たいところはいくらでもあるだろう。そしてそれは、一夏の認識の外で起こり、多くの争いを生む。そこを含めての、面倒というのあろうと弾は理解した。

 

「でも100ドルって国家代表に支給する額が少なくないか?」

「あくまで学園を運営する日本政府からの支給額だ。多くの生徒が出身国からの手当を受け取っているし、保険にも入っている。だが、私はそれがない。現在加入している保険も、さすがにIS操縦者に対応したものではないしな。

 相談して作ってもいいのだが、間違いなく保険料を吹っ掛けられる」

「やっぱ、お前は大変なんだな」

「当然だ……寮の自室すらろくに休みが取れない。クロエが一つ一つ潰しているが、それでも設置される数の方が多い。私のように繊細な商人に何たる仕打ちなのやら……」

 

 繊細、という言葉について弾は頭の中で数秒の間哲学的な考察をしたが、途中で放棄した。

 どうせ、何を言っても意味がないだろうと判断したのだ。

 

「で? その守銭奴様はただの休暇で出て来たってわけじゃなさそうだな?」

 

 無論だ、と一夏は弾の問いに答えた。

 時計をちらりと見て、 

 

「私の部屋の『清掃』を頼んでいてな。終わるまでは帰れん」

「清掃?」

「そう、『清掃』だ」

 

 一夏は再びコントローラーを手に取って、スティックを操作してキャラを選択する。

 今度は、近接系装備のない遠距離型。射撃武器のみで、接近戦になれば火力が貧弱になるISだった。

 弾よりも早く、弾の目の前のコントローラをとった一夏の動きは一瞬。近接系メインのISが選択され、ステージ選択がなされた。

 

「おい、こら」

「あと10戦くらいはできるか……ISに慣れるためにも協力してもらうぞ」

「……しょうがねえ」

 

 

  ●

 

 

 

 クロエの姿はIS学園一年生寮の、一夏の部屋にあった。

 その部屋は極めて商人らしく、経済雑誌や株価や先物取引のデータ、経済用語の辞書、さらには世界地図などが整然と並んでいる。机の上には専用のデスクトップ型パソコンがセットされており、今は電源オフのまま待機している。

 そのほか、一夏の私物はこれと言って置かれていない。わずかな私服がクローゼットの中に収納されているのみだ。

 学園に私物がない。それは、一夏が敢えて持ち込まなかっただけだ。だから、私室は一夏という人間の色が薄い。必要な物だけを置いている、単なる空間だった。

 仕事場としての機能はあれど、あまり個人が暮らすのには向いてはいない。

 だが、余計な物がないというのは開放感を生んでいる。

 

「さて、と。一夏は出かけているし、いろいろ片付けないと」

 

 クロエは慣れた操作でパソコンを立ち上げる。

 片付ける、というのは物理的な片付けとは少し違った。一夏が使うパソコンの中身という意味でも、片付けだった。

 

「……んー、今日だけで侵入しようとした形跡が549件。そのうち半数以上がサーバーをいくつも経由して身元をごまかしている、と」

 

 カタカタとキーボードを叩く音が響く。

 クロエにとってパソコンというのは体の一部も同義だ。機械も突き詰めれば人間の体のつくりと同じである。したがって、医者のように触れ、芸術家のように操る。

 一見すると通常のソフトウェアのように見えて、実際にはインターネット回線から、あるいはメールや物理的に侵入してきたモノが多い。

 特に一夏の情報を知ろうとする人間にとって、日常的に使われるパソコンは徹底的に手を入れたとみて間違いないだろう。パッと見には、クロエの記憶にあるものとは変わりはない。だが、見た目は当てにできないのをクロエはよく知っている。

 前回の「清掃」の後から細工されたのはどうやらないが、それ以外なら多くあると推測された。

 

(……見られているかなぁ)

 

 クロエは視線をさり気なく周囲に走らせる。

 閉じた瞼の下で、人智と科学の融合たる瞳が、常人には見えないものを見ている。

 『オーディンの瞳』。ナノマシンにより眼球と視神経、伝達系、さらに脳の視覚野と海馬周辺にまで特殊な回路を形成し、生身のままで人の領域を超えた目を持たせる実験の果てに生まれた物。幼少期に定着しやすいこれは極めて拒絶反応が起きやすく、最悪の場合、目だけでなく脳に対しても致命的な損傷を与える可能性が高い危険なしろものだ。幸運なのか不運なのか、クロエはこれに適合して、期待通りの成果を上げた。そして、瞼越しの視線はクロエの姿を捉えるカメラやマイクなどを捉えた。

 本来ならば、生身のままにISのハイパーセンサーに匹敵する視力と空間認識能力をもたらすものだが、クロエの場合は愛機のISの電子戦能力と絡めることで、生きたコンピューターにも匹敵する。

 直接的な戦闘能力という点では、相手の動きをつぶさに見破る強力な手段となるが、クロエ自身の身体能力から言って十全に使用しているとはいえない。

 だが、クロエならではの使い方をしたとき、その瞳はオンリーワンの効力を発揮する。

 

(ざっと238個かー……頑張った方かな)

 

 集音マイクやカメラなどの総数はそれだけ。

 単に一夏がいるかどうかを把握するための動体センサーはさらに多い。あちらこちらに、まるでカビか何かのように蔓延っている。あまり気分がいいものではない。

 黒江はしばらく考え、やおら立ち上がる。

 そして、

 

「貴様ら、見ているなッ!?」

 

 ポーズを決め、一番目立つカメラに向かって、録音していた声を放つ。声は一夏のそれを編集したものを手にしたボイスレコーダーから流した。なんかしっくりくる。なぜだろうか? なんとなく吸血的なニュアンスを感じる。

 背景にバーン! とか、ドーン! ドヴァァァァーーーーーンッ! みたいな効果音が、やたらと濃い文体で書かれているような感じである。なぜかしっくりくる。何故? なんとなくだが原因は一夏な気がする。

 

 

   ●

 

 

「あちゃー……ばれてたかー…」

「お嬢様、カメラなんて仕掛けていたんですか?」

「安全対策よ安全対策。全部が私の仕掛けた物じゃないわよー」

「お嬢様、犯罪ですよ」

「生徒会長権限よ、ここはある種の治外法権が働いてるんだから」

「学園長と織斑先生に連絡入れますね」

「わー! わー! それだけはやめてー!」

 

 

   ●

 

 

 とりあえずポーズも決めたところで、クロエはパソコンをシャットダウンする。

 このような監視があるのは分かっていたし、常日頃から取り除いていた。ピッキングとか分解とかって楽しいよね?

 だが、とクロエは自問する。

 

「ここまでしつこいと、相応にもてなさなきゃいけなくなるかなぁ」

 

 それは苛立ちと怒り、そして観念の声。

 クロエ自身としては一夏が入学して以来一度も使っていなかったがいずれ使うと覚悟してはいた。だが、それがこんなにもひどくなるのが速いとは思っていなかった。

 

「……」

 

 無言のまま、クロエの右手が顔の高さまで上がる。

 親指と中指の腹が合わさり、くっと力を込める。

 

「粛正せよ、『○■○△』」

 

 クロエの口から、無感情な命令が下される。同時にフィンガースナップの甲高い音が響く。

 瞬間、

 

『-------------』

 

 世界が、当たり前のように存在する世界が揺れた。

 目に見えず、体で感じることもできず、しかし確実に衝撃のようなものがクロエを中心に解き放たれる。

 心臓の拍動を思わせるそれは、鋭いクロエの声と共に脈動していく。

 

「人様の生活を覗き見ようなど、言語道断、奇天烈不可解、傲慢不遜、大欲非道、自分勝手、田夫野人!」

 

 もう一度、フィンガースナップ。パチリという甲高い音が不自然なほど響く。

 それは、その場にいるカメラやマイクを通じて、のぞき見を続けている不届き者たちにも届いていた。

 単なる音としてだけでなく、まるで体に響く様な、世界が動く音を。

 

「その身で愚かさを知りなさい!」

 

 最後にもう一度、パチリと音がする。

 それは、先ほどクロエの放ったフィンガースナップが戻って来た音。

 時間と空間と距離とを飛び越えて、クロエの元へと戻って来た、幾多の光の奔流。

 

「……捕まえた」

 

 差し出された手に、その光は収束していく。

 その光の意味を、クロエは理解している。握りしめて、絶対に逃がさない。

 空いた左手には別の光が宿っている。まるで半透明の板で作られた、箱のようなもの。

 そこに、右手で握りしめた光を右手ごと突っ込み、手を離す。すると、その箱の中に光の奔流は閉じ込められ、やがて光が収束し、収まっていく。

 残ったのは、箱に収められ、結晶のようになった何かだった。

 

「あとは解析に回すだけだね」

 

 上機嫌に言ったクロエ。

 その表情は既に平静に戻っている。手にした箱は、まるで氷を閉じ込めたかオブジェのようにして机の上に戻された。

 

 

 

 

 

 生徒会室では、映像が途切れたテレビを楯無と虚が見つめていた。

 クロエがフィンガースナップをしたあたりまでは受信できていたのだが、その直後から途絶えてしまい、今は砂嵐のような映像が流れている。

 それを無言で消す虚。暫くの沈黙が降りた後、楯無が口火を切った。

 

「何なのかしらね、今のは」

「さあ……厨二病ではないのは確かでしょう。彼女が発した言葉も、いったい何を意味するのかがさっぱりです」

 

 ですが、と虚は紅茶を主のカップへと新たに注ぎながら、自らの予測を述べる。

 

「あれもまた何らかの、それこそ第五世代型ISではないかと思われます」

「ふーん。面白いことを考えるわね。その理由はあるんでしょう?」

 

 ビスケットを紅茶に沈めていきながら、会長は自らの従僕に問う。

 

「はい。まず、第五世代型ISは『白面稲荷金式』にみられるように必ずしも戦闘向けの能力とは限りません。本来持ちうる力を転換して使っていると表現すべきです。

 彼女が一体何をしたのかは不明ですが、少なくとも監視しているいくつものカメラやセンサーなどに気が付き行動を起こすことができるものであることは間違いないでしょう。お嬢様が仕掛けたカメラには何ら影響がなかったことから言って、少なくとも発見する能力があると推測されます」

「確かにね」

「加えて、あの光の収められた箱。あれが何であるかは不明ですが、白面稲荷金式を鑑みるに能力の媒介物ないし表現ではないかと」

 

 なるほど、と楯無はうなずく。自分のISにしても、ナノマシンそのものではなくナノマシンを含んだ水を媒介して能力を発生させている。意のままに操り、弾丸を受け止め、ものを切り裂く力を武器に与え、水蒸気爆発を起こすことができる。

 傍目には綺麗であるし、戦闘用に向いているとは思いにくい。

 だが、それでもわかることがある。

 

「織斑君のISが金を介していて、そしてクロニクルちゃんのもつISも違う何かを媒介していることは同じってことね?」

「その通りです。外見で判断すると痛い目に遭いますね」

「じゃあ、あのクロニクルちゃんは一体何をしたのかしらね?」

 

 黙考する主従。

 先に答えを出したのは主人だった。

 

「カメラやセンサーなどには明らかに気が付いていたわね?」

「はい」

「つまり、そういうことが出来る能力ということになるわね」

「情報を読み解く能力か電子機器を操る能力か……あるいはそれ以外でしょうか?」

 

 さあね、という楯無は空になったカップをソーサーに戻す。

 ナプキンで口元をぬぐいつつも、暗部の長でもある彼女は考えを吐き出す。

 

「ただ、今回の件で盗聴や監視などをしても向こうは看破していたことがわかったわ。今後こりもせずに普通の手段で仕掛ければ、間違いなくしっぺ返しを受けることは確かね。

 これまでのちょっかいを受けて、警告を兼ねて態々あんなパフォーマンスじみた行為を行った。次は報復を覚悟しないとね」

「続けるのですか?」

「こんな程度は慣れっこよ、虚ちゃん。ま、方法は変える必要があるわね」

「では、そのように」

 

 一礼した虚は、おかわりを主のカップへと注ぐ。

 血のように紅い紅茶が白いカップに映え、芳しい香りが湧き立つ。楯無は空いている手で砂糖を求めたが、

 

「……砂糖が切れたわね」

 

 机に置かれた砂糖の容器には、もはや十分な量がない。

 主の意を汲んだ虚がポットを置いてすぐに立ち上がる。

 

「少々お待ちを」

 

 備え付けの棚に歩み寄ると、予備の砂糖が入った袋を取り出す。

 それの口を素早く破り、匙を差し込む。そして、

 

「ほっ、と」

 

 匙一山を掬うとそのままカップへと流し込んだ。

 それを三回ほど繰り返し、そのまま匙でカップの中身をかき混ぜていく。

 

「ささ、そのままグイッと」

「虚ちゃん?私の目にはカップの底に砂糖の塊がとけずに残っているように見えるのだけど?」

「気のせいです」

「気のせいではないような気がするんだけど!?」

「盗聴していた件について謝罪しに行きますので、その分の苦労賃と思ってください」

 

 眼鏡をクイッと直した虚は主へと宣告した。

 

「さあ、グイッと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 千冬は無言でその書類に目を通していた。

 職員室は、今は閑散としている。漸くクラス対抗トーナメントにおけるISの暴走事故に関する書類の作成終わり、学園長へと提出したばかりである。

 既に西に日が傾いており、職員室も西日が差し込み緋色に染まっている。幸いこの書類を覗き見るような不届き者はいない。いたら物理的に両断する。いや、教員だから避けるべきか?

 そう思いながらも、千冬の目は書類の上を走る。

 その書類はクロエ・クロニクルが先程自分に提出した書類だ。しかし、千冬はそれを読むことは出来ても、内容を理解できなかった。まるで、読んだ先から記憶が抜け落ちていくような感覚。だが、納得だけが自分の中に残るという奇妙な感覚もあった。

 その書類は、尋常な手段で作られたものではない。

 クロエが護身用に、そして一夏の護衛用にと持っているIS「ワールドパージ」がその能力を以て作成したもので、その内容も許可が下りたというISに関するものだ。

 

(確か、『情報』と『記憶』の概念に干渉するIS……のはず)

 

 情報と記憶への干渉。つまり、千冬が読んでいる書類の様に「読めるが理解できない書類」「特定の人間にしか理解できない書類」を作成したり、何らかの情報に介入して改竄したり、意図的な情報の操作を暴き立てることが出来る、らしい。情報そのものを扱うことが出来るため、一夏の情報を集めようとする、あるいは危害を加えようとする個人・組織・団体などをシャットアウトすることが出来るという。

 

(そういえば、クロニクルが学園に来たときもよく考えれば不自然だったな……)

 

 クロエの言によれば、束の所から一夏のISと共に学園へと来たという。

 たしか、あの時は◆□■◆□◆□■◆□■■◆□■◆□△■◆◆□■●□◆□◆□■■■◆□■で、クロエは学園へと来た。

 そして、◆◆□■◆□■□●◆□◆□■■◆□■■◆◆□■□■◆□■◆□■は◆□●■で、●◆□■△◆□■■で許可をとって、◆□■で学園のアリーナへと入って来た。

 そこまで考えたときに、千冬は自分の思考を反芻して驚愕する。

 

(いかんな、自分の考えすら読み取れなくなるとは……!)

 

 IS『ワールドパージ』の能力によって加工された情報隠匿は、人から人へと伝えられても効果を発揮し続けるらしい。確かに、あんな目立つ風貌のクロエが、行方をくらませている束の元から厳重な警戒体制のIS学園へと何ら障害なく、しかし許可を取り付けて入ってこれたのはこのISの力なのだろう。

 さらに言えば、クロエが学園初日にISを持ち込んでいることを自分と学園長に対して話をして、尚且つ書類まで提出していたことをいまさらのように『思い出す』。かなり重要だったのに、なぜか『クロエにとって都合よく』忘れている。

 

「……なるほど」

 

 記憶にある通りに机に置かれたファイルを捲ると、今までピンポイントで忘れていた書類がある。なぜ、今まで忘れていたのか。それは、情報が存在することを認識できなかったからだ。

 「ワールドパージ」のコアは新規製造ではなく、既存のコア。ただし、その番号に関しては伏せられている。どうやら、後ろめたい事情で管理外になったコアを手に入れたようだった。しかもそれは明確なアラスカ条約違反であり、国家レベルの話らしい。

 何故そんなISを持つことになったのかは、まだ明かされていない。だが、ほかに手段があるのではと思うが、同時にこれほどの危険な力を使う必要があるのだと身内びいきで思ってしまう。

 だが、クロエが一夏を過剰なほど守る理由もわからなくもない。一夏のクローンを作れば、理論上同一人物が生まれ、その織斑一夏もISを起動させることが出来るかもしれない。一夏の遺伝子なりなんなりでISを起動させることが出来れば、その瞬間に世界の均衡は破れる。

 一夏の弱みを握ろうとする人間も、星の数だけいるだろう。それが善意からくるものか悪意からくるものかは分からない。その時、一夏に関する情報がこのようにフィルターをかけられているなら安心できる。情報とは漏れる物で、ならば情報そのものを認識できないようにするしかない。

 

(一夏が休める場所は、何処にもないのだろうな……)

 

 千冬はもう一枚の書類を手に取る。

 こちらは、誰の目にも読み取ることが出来る情報だ。

 学園の一夏の私室に入ろうとした侵入者の情報が仔細に記載されている。何時、誰が、何を目的として、何をしていったのかまで書かれているのはおそらく『ワールドパージ』による情報の遡行調査なのだろう。

 一夏の言によれば、概念において『時間』というものは大した障害にならないとのこと。ましてや、情報という時間を超えて存在できるものを扱うのだから、なおさらだろう。

 

「……なんともひどいものだな」

 

 電子上あるいは物理的な侵入を試みているケースが文字通り星の数だけ記録されている。

 ため息をつくが、それは消えてくれない。一つ一つに確認をとって、余計なことをしないように釘を刺すように依頼するだけでもかなりの手間がかかる。

 結局、一夏の休みは潰れた。当たり前に過ごせる時間は、失われていたのだ。学園に入って以来、ずっと失われ続けていた。そしてそれを、自分は知らされていなかった。

 

「くそ……」

 

 憤り。私人としての、織斑一夏の姉としての憤りだ。

 本来得られるものが得られないままに、たった一度きりの人生を歪められる。

 自分はまだ、覚悟があった。弟を養わなければならない立場だったし、両親は蒸発、親族もアテにならない状況だった。

 勿論、一夏が自分で対処できるからと言わなかったのあろう。だが、少しは頼るべきだし、その手段を持っていた。弟に、唯一の肉親にそんなことをさせて気分が良いはずがない。

 その感情のフラストレーションを、一度机をたたくことで納める。これでも、感情を整理するのは慣れている。

 こんなことは、高校生の時の□◆◆◆□■◆□■◆□□■■◆◆□■□■◆□■◆□でとっくに慣れっこだ。

 あの時は□◆□■■◆□■■◆□■■□◆□■■◆◆□■□■◆□■◆□◆□で、束が□■◆□■■◆で、自分が後始末を付けるために□◆□■■◆◆■■◆□■◆◆□■◆□■◆□して、△●◇が□□■■□■□■□■□したのだ。

 

(……いや、待て)

 

 思考の霧散と収束。

 ふと思考を止めた千冬は、自分の思考の中にノイズが走るのを感じた。

 まるで、クロエが学園にやってきた過程を思い出そうとしたときのようだ。自分の考えていることが認識できず、思い出そうとしても思い出せない。あるいは認識できない。

 いや、それとも本質的に異なるような気がする。まるで、元あったものを上からガワをかぶせて、その内側だけを抜き取ったかのような、そんな違和感。

 

(待て、もう一度だ……)

 

 目を閉じ、意識を集中させる。だが、駄目だった。

 おかしい。今の記憶は別にワールドパージの効果を受けない、全く無関係の記憶の筈だ。だが、無理だった。

 その事を認識し、思考をまとめた千冬は、次の瞬間携帯を手に取って職員室を脱兎のごとく飛び出していった、

 

 

 

 

    ○

 

 

 

『ハロー、ちーちゃん。おひさだね!』

 

 やたらとテンションの高い、幼馴染の声。

 自分だけが知らされている束個人へとつながる番号を入力した千冬をそんな声が迎えた。

 この番号を知っているのは自分と一夏と箒くらいなものだろう。姉との間に距離を置いている箒はあまり連絡を取っているようには思えないが、少なくとも束は連絡を取ろうとしているだろう。

 そんなことを考えつつも、千冬はいつものように切り出す。

 

「束か。久しぶりだな」

『うんうん、久しぶりだね!』

 

 最後に顔を突き合わせてから1年余りが過ぎていた。

 電話ではしょっちゅうやり取りをしていたし、メールや手紙のやり取りをしていたから

 

「火急の用事だ、大丈夫か?」

 

 ここでいう大丈夫か、の意味合いは二人の間では少々違う意味合いがある。それは、盗聴の恐れについてだ。

 二人が学生の時以来の旧友であることは既に知られている。テストパイロットを頼まれたのも、■◆◆□■□で、□◆□□◆□■■◆□■■◆◆□■□□◆□■■◆□■■◆□■だから。

 

(くそっ……またか!)

 

 再び、思考にノイズが走る。しかも先程よりひどい。まるで、考えさせまいとばかりに自分の頭の中を乱してくる。

 そんな千冬を知ってか知らずか、束は『いつもの』テンションのままケタケタ笑いながら言う。

 

『大丈夫大丈夫。今、ちーちゃんは自室に戻る最中で突如尿意を催してトイレに駆け込んだことになっているから!』

「無茶苦茶な、一体どうやって……」

 

 そこまで言って、千冬は唐突に理解する。

 それを可能とするものが、学園にはあった。

 

『そう! クーちゃんの『ワールドパージ』でダミーの情報を流してるし、100%傍受できないから安心していいよ! ついでに言うとこの通信も概念的に遮断されてるから、ちーちゃんのスリーサイズを叫んでも無問題だから……って切っちゃダメ―!』

 

 物理的に携帯を切ろうとする千冬の動きを察したのか、束は慌てて制止する。

 束としては『いつものように』からかっているだけだろうとは千冬も察している。

 

「で、束。いろいろとお前に聞きたいことがある。正直に話せよ」

『何かなー?』

 

 長年の付き合いで、束はそれほど嘘をつかないし、言い含めれば頼みも聞いてくれる人間と分かっている。人の好き嫌いが少々激しい節はあるが、それでもまともだ。

 だから、今回のことも聞くしかなかった。自分にはどうにも判別しがたい、その内容を。

 

「……うまく言葉では言えんな。だが、お前なら私が言わんとすることがわかるはずだ。私が感じている、違和感を」

『んー?』

「よくわからんが、何かがおかしい気がする。何がおかしいかは言えないが、ずれを感じているんだ。私が感じている、いや私だけが感じているような微妙な違和感だ。特に、クロエ・クロニクルのワールドパージのことを知ってからなんだか記憶の混同のようなものが起きている」

 

 一息入れる。

 記憶と情報に対して干渉するIS『ワールドパージ』。その影響は情報を知覚した人間に対しても及ぶことは既に知っている。事実、情報を読み取ろうとした自分は思考すら覚束なかった。

 その後遺症なのか、影響なのか。自分の記憶と現実との剥離のようなものを感じる。関係のないはずの記憶が思い出せない。いや、読み取れもしない。

 

「答えろ。これは……なんなのだ」

 

 その答えを知っているという保証はない。

 だが、半ば確信めいたものがあるのだ。ワールドパージを作ったからという理由を飛び越えた何かを、千冬は束から感じていた。

 そして、帰って来た返答は予想だにしなかったことだった。

 

『それはね、ちーちゃん。まだまだ教えられないんだよ』

 

 

 

 

 返ってきた明確な拒否。

 分からないでもなく、分かっているでもなく、教えられないという答え。

 

『でもさ、ちーちゃんはそろそろ気が付くと思っていたよ。いずれ気が付くと思っていたし、気が付いてもらわないと困るからね』

「どういうことだ!」

 

 声を荒げて、千冬は詰問する。

 今の言葉を解釈することは簡単だ。つまり、自分の感じる違和感は束もまた感じており、それに対して何かがわかっているのだ。

 

『その言葉の通りだよん。誰もが、いずれは気が付く可能性がある。けど、まだ気が付かれていない。そういうことだよ』

「誰もが気が付く……?」

『そう。ちーちゃんだけじゃない、この世界に生きる誰もが、このことに気が付くかもしれない。けど、誰も気が付かない。不自然だけど不自然ではないと認識しているんだよ』

 

 その言葉を理解する前に、束は言葉で畳みかける。

 

『とりあえずね、ちーちゃん。今感じていることはあんまり口外しない方がいいよ。ちーちゃんのことだから心配される程度で済むけど、下手すると黄色い救急車だからね?

 思ったことは日記に書くか、くーちゃんからもらえるレコーダに声で吹き込んでおくといいよ。適度に発散させないと、本当に狂っちゃうから』

「……」

『あ、疑ってるね!束さんのこと疑ってるね!?』

「これまでの自分の行動を鑑みろ」

『清廉潔白な兎さんだよ!ブイ!』

 

 間髪入れず返ってきた答えに、思わずみしりと携帯を歪めそうになる。

 だが、嘘は言っていないのは分かる。伊達に付き合いがあるわけではないのだ。

 

「まだ言えない。つまり、いずれは言うんだな?」

『そりゃあもちろんだよ。私は嘘はつかない。言葉の中に真実を埋めることはやるけどね』

「それは嘘をついてはいないが、本当のことは言っていないということだぞ?」

『いいんだよ、相手が嘘だと思えばそれは嘘となり、相手が真実と思えばどんな虚言も真実となる。

 嘘を新聞やテレビで100回も流せばやがては真実になるんだから』

 

 朗々と詞を読み上げるような束の言葉。

 その内容に千冬は苦笑しながらも、引用された言葉を言った人物の名を言い当てた。

 

「まるでヒトラーのようなことを言うな、束」

『でも事実でしょー? ちーちゃんの目の前にある情報が事実であると、一体どこの誰が保証してくれるのかな? それを読んでいる私たちがその情報を正しく認識できる精神状態であると、どこの誰が担保してくれるのかな?狂気と正気の間の線引きは、一体、何時何処で誰が定めたの?」

「水掛け論になるな、お前が言っていることもまた、誰が正気を保証しているわけでもない」

『違いないねー』

 

 あっけらかんと笑う束。

 

『そんじゃ、夕飯作るから今日はここまでにしよっか。またね、ちーちゃん!』

 

 そして、あっけなく電話は切れる。

 後に残った沈黙の中で、千冬は束の言葉を反芻した。

 

「いずれ、誰もが気が付く、か……」

 

 自分の感じている違和感の事か、それとも、まだすべての人が知らないことがあるのだろうか?

 少なくとも、束が関わることだからISの事なのかもしれない。隠された事実など、いくらでもあるような気がする。一体、自分が気が付きかけていることで、あの記憶に走るノイズが関係していることは一体何なのか。

 

(見当がつかないな……)

 

 もう夜が近い。

 今日はもう休んだ方がいいだろう。明日もまた授業があるのだから。

 千冬は踵を返して校舎内に戻っていく。まだ、胸の中には疑問が渦巻いたままだった。

 

 

 




迷いは晴れた感じで最新話をお届けしました。
私事でいろいろ忙しかったですし、ストーリー全体にも悩んでいましたが、何とかなりそうです。

くよくよするよりも、一気に進めた方がすっきりしますね。
ろくな理論を固めなくても、勢いに任せれば大概後から知恵が回ってくるものです。
すぐ最新話が出来上がった方が皆さんを飽きさせないので、よほど良いでしょうね。
ざっくりと次の話もできていますので、次は速く投下できるかもしれません。
ルートに関してはクロエルート固定ですね……他にヒロインが入る余地がないは寂しいですが。
びっくりしたというと失礼かもしれませんが、活動報告で応援コメントがもらえたことですね。
こんな作品をだらだら書いている私をずっと待ってくれている人がいるのは本当にうれしいです。
んむ、次も頑張ろうという気になりますね! 次回もお楽しみに!


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