リプレイ:レプリカ (はるまき95)
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第1話 入学前編 アカデミアへ

初めまして!はるまきと申します。

初めて書いたものですのでグダったり読みづらかったりという部分が多々あると思いますが、そんな時は読みづらいんじゃハゲと罵っていただけると次の日には僕がハゲてると思います。




息を切らせて夜の闇の中を駆ける。背負った熱さが、11月の寒さに次第に奪われていくのがわかる。

「みっちゃん!しっかりしてくれ!もう少し、もう少しなんだ!」

背中からの応答はない。焦る。だが、焦るほど頭の中は透き通っていき、自分の置かれた現状とそれに対する解決策が浮かんでくるのがわかる。

この山さえ降りてしまえば街まではそう遠くない。人に紛れれば逃げることが難しくないのは、能力を使っているとはいえ1人背負った13歳の子供に追いつけていないことから明らかだ。それに、意識が朦朧としてはいるが治療さえ出来れば電子機器の海となっている市街地でみっちゃんを出し抜くことは不可能だと知っている。

……なら問題は時間。みっちゃんが死んでしまう前に、山を降りること。

危険だが能力のギアをあげる。右手のタトゥーが熱くなる。

「クソッタレが!なんでだ!俺たちはただ、……ただ生きていたいだけなのに!」

夜の闇に怒鳴り声が響く。その怒りを聞くものはいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハッと目が覚める。

「随分と久しぶりに夢なんてみちまった。そんだけ気が抜けてるってことか……」

「ホントにね。同居人がいるのにね。魘されながらみっちゃんみっちゃんうるさいんだよ。おかげでこんな時間なのに目が覚めちゃったんだけど。」

魔改造されたアパートの一室、大量のPCとモニターに囲まれたリクライニングチェアから眠そうな声が聞こえてくる。

「ごめん、でもどうせまた寝るんだろ。ならちょっとくらい魘されてる兄の心配をしてはくれない?」

「今は心配するよりも私の睡眠が邪魔された事に腹がたってるんだけどね。でも、髪の一本分くらいの心配はしたよ?」

髪の毛一本分の愛しかないらしい。お兄ちゃんは悲しい。

くだらない会話で時間が過ぎていく。あの夢を見た後だと、こんなしょうもない会話が嬉しく感じる。

しかし、しょうもない会話は妹からの報せで終わる。

「そういえば夜中に霧谷雄吾(リヴァイアサン)から連絡来てたね。起きてからでいいから折り返してくれって。」

はいよっと返事して頭を切り替えていく。

UGN日本支部支部長様からの連絡。彼は本来戸籍のなかった俺たち、実験体NO.141及び173に『城崎 信一(キサキ シンイチ)』『城崎 七海(キサキ ナナミ)』と名前をくれて居場所を用意してくれた人物だ。それだけでなく、人間とは違う俺たちの体、レネゲイドウイルスに感染し、異能の力を振るうオーヴァードの力の危険性と制御方法を教えてくれた人物でもある。

彼は力の使い方と俺たち兄妹が安心して暮らせる環境を提供し、俺は力を使い彼の手助けをする。あの日、命の灯火が消えかけていた妹を救うためそういう契約を交わしたのだ。

そんな彼からの連絡、ロクなことはないだろうなと溜息をつきながらスマホを操作する。

 

「どうも、リヴァイアサン。また面倒事か。」

「おはようございます。面倒事と言われれば面倒事ですがいつもの仕事ではありません。少々問題が発生しまして、あなた方にはできるだけ遠くへ行ってもらわなければならなくなりました。」

「なるほどな。あんまり焦ってない辺り、この近辺に支部が出来るか、それとも査察かなんかがあるって所か。」

契約もあるし、自分でこんなことを考えるのも傲慢だが、そこらのエージェントよりは遥かに戦える俺たち兄妹にこの事を緊急で伝えてこないあたりそういう事なのだろう。バレてしまえば霧谷雄吾はUGN日本支部支部長の座から引き摺り降ろされるだろうし、俺たちの身柄の拘束は免れない。

「ご名答です。近々中枢評議員の1人がこちらにやって来ることになりました。あなた方を追いかけている過激派の1人です。」

「お偉いさんも暇なもんだな。俺らを追いかけるよりもやる事があるだろうに……。」

「それはそうですが、実際彼らの立場ならこの行動も理にかなってはいますから。日本に来るのはテレーズ議員ばかりでしたし、複数の視点からと言われればこちらもNOとは言えませんでした。」

「決まっちまったもんはしょうがねぇな。そんで、俺らはどこにいればいい?そもそも査察はどのくらいの期間やるつもりなんだよ。」

「査察自体は数日といったところでしょうが、あなた方が脱走した情報が伝わってる以上、付き人を連絡役として残していく危険性があります。ですので、少なくとも年単位で離れてもらう必要があります。もちろん次の居場所はすでに用意しています。」

なるほど、確かに可能性はあるし、危険性も理解できる。しかし、年単位か……。

「まぁ余程辺鄙な場所じゃなきゃいいさ。どこに行けばいい?」

「オーヴァードアカデミアと呼ばれる太平洋上の孤島です。人口数万人、オーヴァードと人の共生の可能性を探るべく作られた実験場、その存在を知るものは一部のUGNメンバーといくつかの企業のトップです。」

「そんな場所があんのかよ……。まぁいいがひとつ聞かせろ。そんな場所があるとしたら少なくとも外に出る情報はかなり制限されているはずだ。なにせ、ある種の人体実験なんだからな。ここの情報を閲覧出来る権限をあいつらは持ってやがんのか?」

「ランカスター財団や神城グループが関わってはいますが、少なくともランカスター議員から情報が流れることは無いでしょうし、仮に流れたとしてもそれは彼らの不手際を晒すことになります。秘密裏に動くことは否定しきれませんが、大々的に組織だって追っ手を差し向けることは不可能なはずです。」

はず。この言葉に微妙な不安を覚える。が、少なくともここに居続けるよりはましだろう。一般人もいる、少なくとも名前から大人より学生の方が多いのだろうし、そんなところでそこの生徒を殺すなどという事はあまり大っぴらには出来ないだろう。バレればオーヴァードと人間の共生など夢のまた夢、という事になり少なくともこのプロジェクトを動かしているもの達の意に反することになりかねない。

ただ、そんな不安要素よりも気になることがある。見てみたい景色がある。何せ本当にそれが実現しているのであれば、なっちゃんの傷は癒えるだろう。心に負った深い傷も、人の輪の中に入ることが本当に出来たのならば。それは、実験体となる前からの俺の夢。

「いいぜ。オーヴァードアカデミアって所に行ってやんよ。俺らに勉強は不要だが、人とオーヴァードが共存してるってのは気になるしな。こんな化け物を怖がらねぇ人間がいるなら、俺らの人生はそこからもう一度始められるかもしれねぇ。」

「では、決まりです。時期も時期ですから怪しまれることは無いでしょう。あなたは高校1年、七海さんは中学3年のクラスに在籍することにしています。新学期が始まるのは1週間後から、引っ越しはこちらで手配するのでそうですね……、3日後の船に乗ってもらいます。部屋の方は共同じゃないといけないという事を先方に説明しておきます。」

「おう、頼んだ。向こうに行ったらあんたからの連絡も減るだろうしな。願ったり叶ったりだぜ。」

そうですね、それは残念ですと笑っているのがわかる。しかし、ですが、と真面目なトーンに戻り続ける。

「そこで問題が起きた場合、おそらく私は協力することが出来ないでしょう。そうなった時、どう行動するかはあなた方次第です。くれぐれも無茶だけはしないようにお願いします。目立ちすぎるとこちらでも庇いきれなくなる可能性がある事をお忘れなきように。」

「あぁ分かってるよ。……これまで世話になったな。」

いい様に使われてきたのは事実だが、彼がいなければ俺たちがどうなっていたかはよく分かっている。連絡が取れなくなるなら、感謝の一言くらいはと思ったのだが気恥しい。沈黙が痛い。早く笑い飛ばして欲しい。あなたには似合わないと。

「……随分と似合わないことをしますね。」

「うるせぇな!!分かってんだよ!んなこと!その言葉引っ張り出すのにじかんかけてんじゃねぇよ!じゃあな!!!」

通話を切る。他人に礼を言ったのはいつ以来だろうか。そもそも、生まれてから1度でもあっただろうか。こんな小っ恥ずかしい思いをするなら言わなければよかった。

「とりあえずなっちゃんに伝えて準備するか。」

恥ずかしさを誤魔化すように声を出して、二度寝を始めているだろう妹を起こしに行く。

 

 

 

 

 

 

「世話になった、ですか……。」

UGN日本支部支部長霧谷雄吾は通話の切れた電話の画面をぼんやりと眺めていた。

彼らを救ったのは本当に偶然、日本支部から離れ、地方都市にある支部での仕事を終え、少し頭をリフレッシュさせようと思い、徒歩で宿泊先へ向かう途中、人の気配を感じちらと見た路地で、ボロ布を纏って血を流し、息を切らしながらもこちらを睨みつけてくる少年と、その少年より重傷であろう血の気のない青ざめた少女。

手を差し伸べてみれば少年は私の前に立ち塞がり、妹を傷つけるなら殺すなどと脅してきた。自分だって今にも死んでしまいそうなのに。

その時のあの子の目をよく覚えている。憎しみに染まり、世界全てを壊しても止まらないという強い意志を秘めながら、どうしていいか分からず、今にも泣き崩れそうな子供のようでもある不思議な瞳。

そんな瞳をした彼がぶっきらぼうでありながらも礼を述べた、2年という月日なのか、それとも普通の生活を過ごす中でそうなったのか、どちらにせよ彼の成長を感じずにはいられなかった。

「感傷に浸るなど、歳をとりましたかね。」

誰もいない部屋で独りごちる。手元には彼らの入学手続きに必要な書類。

「願わくば、あそこが彼らにとっての楽園でありますように。」

そう呟いて書類をしまった。子供が親元を離れた時の親というのはきっとこういうものなのだろうと、少し、ほんの少しだけ寂しくなった。

 

 

 

 

 

 

"リヴァイアサン"霧谷雄吾の連絡から慌ただしく時間が流れ、今日は引っ越しの日。片付けの出来ないなっちゃんを無理やり食べ物や新発売のPC部品なんかで釣り、何とか支度を終わらせた俺たちはアカデミア行きの大型フェリーに乗り込んでいた。

船は初めてななっちゃんは当然浮かれ、デッキに出てみたり船の中にある売店で必要のないお土産を買ったりするなどはしゃいでいた。俺も船は初めてだがあれを見ると冷静になってしまう。同じようにはしゃいでいるのは小学生のような子たちばかりだと言うのに……。しかし、少し嬉しくもある。なっちゃんはノイマン、詰まるところ天才であり、部屋にあったPCから世間の情報を仕入れ、それを処理することで知識を蓄えている。あの子にとってはあのアパートで世界が完結していた。見つかれば捕まるリスクがあったとはいえ、その状態が続くのは良くないと常々思っていたことだ。それが子供のようにはしゃぎ、百聞は一見にしかずなどと言っているのを見ると安心出来る。きっと毎日のようにグダグダ文句は言うのだろうが、学校には通ってくれそうだ。

「ねぇねぇ兄!向こうでイルカ飛んでるのが見えるって!行こうよ行こうよ!」

「分かったから少し落ち着いたらどうだ、そのうちコケるぞ?」

大丈夫、大丈夫〜転んだって死なないから〜と走りさっていく。

不安要素はある。でも来る決心をしてよかったと感じながらはしゃぐ妹の背を追いかける。

「ねぇ兄。」

先を行くなっちゃんが足を止め振り返る。

「どうした、船酔いでもしたか?」

えらく神妙な面持ちでこちらを見てくるものだから、つい茶化してしまう。

「そうじゃなくてさ。私たち、上手くやれるかな。」

なるほど、騒いでいたのは不安を紛らわすためでもあったのか。

俺たちの境遇は特殊だ。親には虐待の果てに捨てられ、研究者には体を弄り回され、半分化け物の体になってしまっている。

確かにオーヴァードアカデミアには俺たちのような力を持つオーヴァードがいて、そしてそれを認識しながら彼らと共に生きる人間がいる。

しかし、俺たちはどちらでもない。人としても、オーヴァードしても欠陥品。更には俺もなっちゃんも感情の奴隷だ。半端に覚醒してしまったせいか、ある衝動・感情を抱いた時にしか能力を使えず、しかも上手く制御しきれない。そのせいでなっちゃんは人を傷つけてしまったことがあり、トラウマになっている。

だが、それはあの研究所にいた頃の話。この2年、"リヴァイアサン"から力と感情の制御についてのノウハウを得たし、訓練だってした。確かにそれで大丈夫だといえるほど、単純なものでは無い。でも、それでも

「そう思えてるなら俺らはまだ大丈夫だ、だから安心しな。」

衝動に飲まれたら最後、そんな気遣いは絶対に出来ないし、しないだろう。だから俺たちは大丈夫だ。

「……うん。」

「俺はそれよりもなっちゃんが朝起きられるかが心配だな。」

重くなった空気を払うべく、再び茶化す。

「起きられなくてもいいもーん。兄と同じ部屋なんだし起こしてくれるからいいもーん。」

こいつ……。俺のことをよく分かってらっしゃる。

どんな言い方をされたとしても、絶対になっちゃんの不利益になることはしないし出来ない。そう、それが例え寝坊だとしても。段じて甘やかしてるわけじゃない。遅刻してクラスの仲間や先生に笑われたり怒られたりしてみろ、そんな事になったらまたなっちゃんが引きこもってしまうかもしれない。それはなっちゃんの精神的にも肉体的にも良くない、だから必ず起こしてみせる。決して甘やかしてるわけでは無いのだ。

はぁ、とため息をつくと島が見えるとアナウンスが入る。周りにいた人々はみな船のデッキへ出ていった。これからそこで生活するのだ、見てみたくなるのは当然だろう。

「兄、私たちも行こう。」

そうだなと返事をして妹について行く。

 

 

人でごった返したデッキからは確かに港と隣接するのであろう市街地らしきものが見えた。このまま行けばあと20分程度だろうか。思ったよりも近づいていた。身長が低めななっちゃんは見えないと精一杯背伸びしてるので持ち上げてあげた。

するとはぇ〜と気の抜けた声を出す。

「着いちゃうんだね。」

「あぁ、そうだな。あそこでしばらくは暮らすことになるんだろうさ。」

「思ってたよりもちゃんと都市っぽいんだね。」

「そりゃあ娯楽がなきゃやってらんないだろ。新学期までは時間もあるし、荷解きが終わったら少し散策してみるか。」

「え、いいの?」

「大丈夫だろ。本土とは違うんだ、場所も場所だしな。そう簡単にバレて御用にはならんだろ。」

わーいわーいとはしゃぐなっちゃん。

そう、本土とは違うのだ。今までは最低限の外出しかしなかったのだから、こういう場所に来た時くらい羽を伸ばしてもいいだろう。

ピタリとはしゃいでいたなっちゃんの動きが止まる。

「兄、敵意を感じる。」

まさか、とは思ったものの思考を切り替える。しかし、こんな人の多いところでは敵意の持ち主を特定できない。すると、

「違うよ兄。多分これは、人じゃない。どっちかと言えば野生に近い。多分下からだと思う。」

下……まさか。

 

 

 

その時、海が割れた。

 

 

 

そこから飛び出してきたのはゲームでよく見る巨大なイカのようなタコのような化け物。大型フェリーより巨大で、ダイオウイカなんて名前はこいつにつけるべきだろうと呼ぶべき巨体。その体にふさわしい触腕をうねらせこちらを睨みつける海の魔物が船と島の間に文字通り立ち塞がったのだ。

当然デッキはたちまちパニックに陥る。多くの人が怪物に背を向け船に逃げ込む。

「クソが!なんだこいつ!?こんな生物がいていいのか!?」

「兄ヤバいよあれ。あの触手が振り下ろされたらこの船真っ二つどころか木っ端微塵になるよ!」

サイズから衝撃を計算してしまったのだろう、なっちゃんは見るだけでそれが分かる。しかし、そんな計算などしなくとも分かってしまうほどの巨体。どうする。

乗組員も慌てているようだ。早過ぎるだの、連絡にないだの喚いている。

……こいつが出てくること自体は想定してたのか?ただ、連絡にないということは向こうとしても想定外。そして、おそらくそれを連絡するのはアカデミア。海上保安庁がこんな化け物の存在をほおって置くはずは無いからそちらでは無い。つまり……。

「随分な歓迎じゃないか!こいつを倒さなきゃ通る価値無しみてぇな話か!?関係者とはいえ非オーヴァードだって乗ってんだぞ!!」

そう怒りのままに口に出したところで気づく。これがオリエンテーションなのは正解だ。そしてその目的はオーヴァードがこいつを倒し、非オーヴァードを守ることでオーヴァードとはただ異能の力を振るうだけでなく、その力を正しく使うことで人を守ることが出来ると認識させること。……なるほど、考えられているとは思う。だが、しかし、今デッキに残っているのはほんの数名で非オーヴァードやビビったオーヴァードは逃げ出している。

「クソが!失敗してんじゃねぇかよ!」

「兄、来るよ!」

思考の海に沈んでいた俺をなっちゃんの声が呼び戻す。

目の前の怪物は今まさにこの船目掛けてその巨大な触腕を振り下ろそうとしている。

「クソッタレな思惑に乗るのは癪だがなぁ、やってやろうじゃねぇか。」

思考が次第に怒りに染っていく。そもそもなぜこんなことをやろうとしてるのか。こんなものがなければ人とオーヴァードは分かり合えないのか。こっちは金払って手続きしてんのに保護義務を怠る学園ってなんだよ等など目の前の危機から細かいことまでイライラを明確にしていく。腹が立つ。ムカつく。その感情を目覚めさせる。

グローブをした右手が熱い。隠しているタトゥーが疼く。

振り下ろされる触腕に向けて怒りを解放する。

「ふざけてんじゃねぇぞ!!!」

触腕をぶん殴る。本来なら質量差でこちらの腕が砕けるだろう。

しかし、そうはならない。

むしろ吹き飛んでいくのは振り下ろされた触腕。

付け根がちぎれたのだろう、空に舞い上がって船から遠く離れたと

ころに落ちる。身長差は数倍、重量差は数倍できかないかもしれない。しかし、そんなことすら出来てしまうのが俺たち。感情の奴隷、欠陥品のオーヴァード、超人兵士(レプリカント)

触腕を吹き飛ばされた海の魔物は不気味な鳴き声をあげる。痛がっているのだろうか、しかし、まだもう片方が残っている。

魔物が獲物を潰そうと残る触腕を振るう。

「まだこっちは衝撃が残ってんのに追い討ちかけてるくるとは分かってんじゃねぇか!だがなぁ、1回防がれたんだから同じ手が通用するわけねぇだろ!」

再び右手で触腕を殴りつける。ミシリと嫌な音がするが、そんなのは気にしていられない。衝撃を船に逃せば砕けかねない。

「右手の1本くらいはくれてやるよ!!」

再び触腕を弾き飛ばす。しかし、こちらの腕ももう限界だ。手首が変な方向に曲がり、腕からは煙が出ている。

「ってぇなぁおい!でもこれで終わりだろ!」

魔物を睨みつける。すると隣にいるなっちゃんが何かに気づく。

「やばいかも。さっき飛ばした方の腕、なんか再生してってる。」

「マジかよ……。」

言われれば確かに、ちぎれた根元から少しずつ長さが元に戻っていってるような気がする。

いまは場が膠着しているが、このままいけばものの数分で生えてくるだろう。

「左手使えばあと2回。持って10分そこらか。」

「兄、電撃出せる所までいけない?」

「無理だ。正直そこまでイライラしてねぇ。ギアが上がりきらねぇ。体の痛みがある分、さっきより出力はあげられるが、それでも重量差がありすぎてあいつをひっくり返す所まで持ってけねぇ。」

「万事休すだね。周りの人に助けてもらう?」

「俺が蹲ってるせいでそいつらがケガしたらどうすんだよ。そりゃあギアあげることは出来てもどの道こんな場所で放電してみろ、感電して余計な犠牲を増やすだけだし、そんなのは俺が俺を許せねぇ。」

だよねと諦めたように溜息を着くなっちゃん。

「だがなっちゃん。実は勝ち筋は見えてる。」

「どういうこと?」

「冷静になって考えてみろ。アカデミア側からもこいつの巨体は見えてんだろ。そんで、こいつの出現自体は想定されてたことだとするなら、海岸でこの船を待っていた連中がいるはずだ。」

「なるほどね。ならやる事は」

「あぁ。時間稼ぎだ。」

「武器がないから役にたてないけど、壊れた腕のメンテはしっかりしてあげるから。」

あぁ頼んだ、それだけいって立ち上がる。

妹の前で腕が壊れた程度で蹲ってはいられない。どんな痩せ我慢でも兄は妹が見てる前では絶対負けない。

壊れた右手が痛む。痛覚をカットする。

「俺は化け物にはなりたくねぇ。でもよぉ、こんな時はこの体でよかったってつくづく思うぜ。」

左の拳を握りしめる。

「てめぇめみたいな化け物から妹を守れるんだからなぁ!!!」

先程の会話中に再生しきった触腕が再び振り下ろされる。

 

 

 

 

 

 

結果的にアカデミア側で待機していたオーヴァード達が駆けつけたのは俺の左腕が壊れきってからだった。魔物を撃退したあと、デッキに座った俺の腕を見て、顔を青くしていた。

生身なら間違いなく複雑骨折、それどころか砕けていてもおかしくない衝撃を片腕につき2回も弾いている。

しかし、俺の腕、いや腕だけじゃない体の至る所は機械化されている。だから大丈夫と衛生班を適当にあしらいなっちゃんの所へ向かう。

「何とかなったね。」

「あぁ。でも報連相が出来てないのは組織として失格だな。」

これは毎年新入生がアカデミアに来た時にやる行事らしく、アカデミア側にとっては学園の自警団組織、番長連の実地訓練を兼ねていたらしい。しかし、船と連絡をとるはずだった生徒が急病に倒れ、病院に搬送されたばかりだったようで、今回のような事態に繋がったという。

しかし、それにしても海の魔物、名前はゲソ太郎というらしいが、そいつとオルクス能力者が打ち合わせした場所と違うポイントに出現した事には謎が残る。何があったのだろうか。というかゲソ太郎なんて名前付けたやつは誰だ。などと考えていると、前から長い黒髪を揺らしたジャージのガサツそうな女がやってくる。

「いやーよくやってくれたな!ゲソ太郎のあの腕を殴った勢いでちぎるなんて私にも出来ないぞ!期待の新入生君!」

テンション高ぇ。あと期待の新入生ってこんな新入生だらけのところで言うのはやめて欲しい。周りからの注目が集まってしまう。

「はぁ。そりゃどうも。……あんたは?」

「私は番長連総番長、無道ささきだ!」

「総番長様が何の用だ。労いはいらねぇぞ。」

「うむ、率直に言おう!番長連に入る気は無いか?実力は見せてもらった!君の腕っ節なら何も問題ない!」

うーん、困った。番長連なる組織が自警目的の組織であることは先程知った。自警組織ではあるが、この島の人口を考えればそれなりの情報網はもっているのだろう。俺たちは追われる身、隠れるにしても行動をするにしても情報が欲しい。そう意味では魅力的な提案だが、この総番長を見ているとどれほどのものか怪しくもあるし、自由に動く時間が制限されるのは痛いし、なっちゃんと一緒の時間が減るのは悩ましい。

……デメリットの方が多い。それに情報に関してはPcなどの電気機器で管理されてるならなっちゃんにハッキングしてもらえばいいか。

「悪いけど遠慮させてもらう。この島でやりたいこともやるべき事も見つかってないからな。もしそれが番長連での活動となった時は改めて挨拶に行くよ。」

「そうか!なら仕方ないな!」

そういうとどこかへ走り去っていく。

いや、なんだったのさ。もう少しこう……ねぇ?

となっちゃんの方を見るとなっちゃんも呆れてた。

「ま、まぁ悪気は無さそうだし、入る気もなかったんだからしょうがないよ。」

「うーん、調子狂うなぁ。」

「まぁまぁまぁまぁ。とりあえず無事に上陸できたって事でいいじゃない。早く部屋に行こうよ。兄の腕直さないといけないし。」

「それもそうだな、行くか。」

 

 

 

こうして、俺たちはオーヴァードアカデミアに上陸した。周りにはこれからの生活に胸を躍らせる新入生達。その表情は、あんな事があったのに、期待に満ちている。それはきっと素晴らしいことなのだと思う。彼らはこの島で何かあっても、人とオーヴァードが手を取って生きていけるとあのイベントでそう信じたのだろう。そして楽しい学園生活をおくれると。

……でも、俺はそうは思えなかった。あんなイベントがなければ、そう信じることすら出来なかったのではないかと感じてしまう。ここは本当に人とオーヴァードが共存する楽園なのだろうか。誰かにそう信じ込まされてるだけで、その認識が崩れる事件がひとつ起きてしまえば、この島の体制まで崩壊しかねない、そんな薄氷の上にいるのではないかと感じずにはいられなかった。

 



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第2話 入学前編 闇と金

今更ですが設定を捏造しています。
データ集の方に記述がなかったのでこんなのもあるのだろう、くらいに考えて作っているだけなので、問題がありそうなら修正します。
……まぁ超人兵士なんてのを作ってる段階で実卓でやろうとしたら問題だらけな訳ではありますが。


俺たち兄妹は体質的な問題と、なっちゃんにあまりにも生活能力が欠如しているという点から、"リヴァイアサン"こと霧谷雄吾から便宜を計ってもらい、学生寮ではなく市街地にある島の施設を維持管理する大人たちが住まうアパートに部屋を貰った。敷地面積の問題なのか、そこまで部屋は広くはない。ただ、防犯上の理由なのか、他に別の理由があるかは不明だが、このアパートの壁には防音仕様になっている事になっちゃんが気付いた。

「そりゃ大人達が住んでるんだし、聞いて欲しくない事の一つや二つあるもんでしょ。ヤバめな趣味の事とかエロい事とかエロい事とか。」

との事らしい。なっちゃんは1度見たものであれば、有機物でも無機物でもそれがどんなものであれ、どういう構造をしていて、どんな性質を持ち、どんな風に造られたのを理解出来る。しかし、どういう経緯でそれが作られたのかは分からないとの事だ。その辺はモルフェウスの領分で、自分にはそこまでのことは出来ないとのこと。閑話休題。

そんなこの部屋だが、少し珍しい2Kの間取りに、風呂、洗濯機、冷蔵庫などの生活必需品が備わっていて、しかもユニットバスではない。市街地エリアでも港よりにたっているため、流石に各学生寮よりは学校から遠いものの、交通の便に関しては劣らない。

なかなかの良物件と言えるだろう。家賃に関しては考えるのが怖いが、"リヴァイアサン"の方で支払いをしてくれるらしいから気にしないことにする。

 

そんな部屋を与えられた俺たち兄妹がまず最初に取り掛かったのは荷解き……なんてことは無くて、ゲソ太郎との戦いで壊れた俺の腕のメンテナンスだった。質量500kgオーバーの触腕、高速でしなる鞭のように叩きつけられたそれを弾き飛ばしたのだ。速度は特に気にしていなかったが、あたれば大型フェリーが砕けるほどだったらしいその衝撃を2回ずつ受けた両腕は手首がいかれ、芯の部分にも亀裂が走っていた。両腕が壊れたため、修理をなっちゃんに任せると、ついでだからと言って膝から下を両方とも持って行ってしまった。そのため、今現在俺はだるま状態だ。

……早く直らないだろうか。先程から何度もそう考えれてはいるものの、隣の部屋に篭ったなっちゃんが出てくる気配はない。機械の体は不便だ。しかも残念なことに俺の体は全身の8割が機械化されていて、無事なのは左眼と一部の消化器官、そして脳だけ。本来は壊れたら取り外し、スペアをはめてすぐに戦場に復帰することが出来る、そういう設計思想(コンセプト)の元に体を弄り回された俺だが、研究所から脱走した今、そんな気の利いたものはなく、"リヴァイアサン"から紹介されたモルフェウスのオーヴァードに予備のパーツだけ大量に作ってもらった。各部品自体はノイマンやモルフェウスのオーヴァードであればそう難しくはないらしいが、基幹部分は難しいとの事。そのため、スペアそのものの生産まで出来ず、何かあった時のためにと、常にいくつかのパーツを持ち運びながら生活していて大変に不便なのだ。とはいえ、内臓系や右眼は理論上は核兵器レベルのエネルギーでもないとヒビすら入らない設計らしいので、腕を失おうが最悪生きる事だけは出来るのだが。

そして、この体が機械化されているのはオーヴァードとして本来そなわっているはずの能力(エフェクト)、リザレクトが使えない事に起因する。本来であれば、体内のレネゲイドの活性が落ち着いてしまえば、この程度の傷なら数時間もかからず修復される。

しかし、リザレクトの使えない体では、ただの骨折ですら2週間以上の絶対安静が必要となってしまい、これではとても超人兵士とは呼べない、機械化の設計思想にはそんな理由もあったりする。

俺たち超人兵士はみな不完全な形でオーヴァードとして目覚めた弊害で本来であれば使用出来る能力が使えない。なっちゃんはリガレクトこそ使えるが人払いの能力であるワーディングが使えないし、研究所にいた他の実験体達も似たようなものだった。その代わりにに感情や衝動とレネゲイドの親和性が高く、その感情が激しさを増すごとに通常のオーヴァードでは出来ないようなことが出来る反面、感情に飲まれてしまえば簡単に暴走し制御がきかなくなる。超人兵士計画(プロジェクト・レプリカント)は失敗しているのだ。個人の持つ強い感情を刺激することで、感染させたレネゲイドウイルスを強引に覚醒させる。通常、レネゲイドウイルスは覚醒した時にその多くは衝動に従う化け物(ジャーム)になってしまうことが多い。その衝動と正反対の感情を強く刺激する事によって、安全にオーヴァードの兵士を増やそう、というのがこの計画だったのだ。

俺の衝動は自傷、しかしそれを怒りで縛り付けることで、傷つけたいという衝動を他者への怒りにのせてぶつける。なっちゃんであれば解放の衝動を無気力という更に強い生理的衝動で縛り付けやりたいけどめんどくさいという状態を作ることでオーヴァードとしての理性を保っている。それ自体は成功したが欠陥品ばかりを生み出す始末。そのため、プロジェクトは凍結され俺たちは廃棄される予定だった。その情報を当時の唯一の友人から齎された俺たちは3人で何とか脱走を図り、彼とはその時はぐれたままだが、どこかで見つかったという情報はない。きっとうまく隠れているのだろう。

 

かつての友を思い出していた時不意にガラッと引き戸が開き、なっちゃんが出てくる。窓から見えた空は赤みを帯びていて、思っていたより時間が経っていた。

「とりあえず足の方は問題なさそうだから簡単にするだけにしといたよ。腕の方も元通り。はいこれ、パーツの在庫はこんなもん。」

「ありがとな。」

修理が終わった腕をはめて、手を握り、開く。違和感はない。

「大分慣れたな、いい仕上がりだ。」

「そりゃあ兄の生命線みたいなもんだしね。私だって真面目にやるよ。」

「そいつは良かった。これが調子悪いと俺も安心して外に出れないからな。……ちと早いが、荷解きやってると食いそびれそうだし、何か食いに行くか。」

「いいの!私お寿司食べたい!」

こいつはまた値が張るものを……。でもまぁ外で食べるのは随分と久しぶりだし、たまにはいいか。

「とりあえず軽く支度してさっさと行くぞ。並ぶのはゴメンだ。」

りょうかぁーいとさっさと部屋に引き返して行った。家計には響くが、はしゃいだ妹をみるとそんなことは些細なものだとそう思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結果から言うと、回転寿司なら大丈夫だろうという俺の考えは甘かった。2人合わせて5000円、いやマジかと会計の時に声が出た。なっちゃんは小柄だ。身長は同年代の平均よりも小さめで、出るとこもでてない、下手したら小学生に見えなくもないレベルだ。なのに、それなのによく食べる。この体のどこにそんなに入るのってくらい食べる。食欲があるのはいいことだとお兄ちゃんは思います。でも手加減って言葉をご存知ないようだ。せっかく美味しいものを食べて気分が良かったのは会計までの短い間だった。まぁ積み上げられた皿を見た時に嫌な予感はしたのだが。

そんな訳で満腹でご満悦ななっちゃんと対象に食べ終えたはずなのにげっそりした俺で帰り道を歩く。空は茜から黄昏に変わっており、街灯が暗くなりつつある街を照らしている。逢魔が時と言うやつだ。

「いやー食べたね。しばらくお寿司はいいかなってくらい食べたね。」

1人で40皿近く食べればそうも思うだろうさ。

「ほんとにな。でも、満腹感に浸ってるところ悪いが帰ったら荷解きが待ってんぞ。」

「……あぁーなんか急にやる気なくなったなぁ。」

「働かざる者食うべからずとは言わないがせめて自分のくらい何とかしろよ。家族だから気にはしないが、お前ぐらいの歳の子が、兄に下着含めた洗濯物しまってもらってるなんて聞いたことねぇぞ。」

「いやぁ、お恥ずかしい。でもでも、そんな妹が心配だから同じ部屋なんだし、やってくれるってことでしょ?」

「洗濯物片付けるのは今更だからいいが、もう畳んである服を片付けるくらい自分でやってくれ。」

ちぇっ、と拗ねて道端に転がる小石を蹴飛ばすなっちゃん。そこまでの事じゃないだろと呆れる。

すると前方からカツンという音とそれに続いてあぁっ!!という悲鳴が聞こえたためそちらに視線をおくる。

すると、歩道に止めていたバイクに跨るフルフェイスの男と、突き飛ばされたのであろうか、尻もちをつきバイクへと手を伸ばしている男性。フルフェイスの男はエンジンを吹かせ、強引に路上に出てUターンし、どこかへ行ってしまう。そして、転がっている男性は痛めたのか、胸を抑えながら俺のバイクがぁ〜と情けない声で叫んでいる。周りにいた人々も事態が飲み込めたのか、スマホのカメラを起動したりSNSに書き込んだりしているようだ。

……はぁ、と本日何度目か分からない溜息が出る。

なんなんだこれは。なぜ誰もあそこで痛そうにしてる男を助けようとしない。なぜ、誰もあのフルフェイス野郎を追わない。

イラつく。スイッチが切り替わる感触がある。この状態なら軽い能力なら使える。

「大丈夫か、おっさん。何があった?」

転がっている男性を起こし、状況を聞く。

「うぅぅ……。い、いきなりあのヘルメットの男が、はぁ……俺を突き飛ばしてバイクを持っていったんだ……。」

「なるほどな、見たまんまって訳か。ちょっとそこ触るぞ、痛いかも知んねぇが我慢してくれ。」

苦しそうに抑えてる男の胸に触れ生体電流の流れを感じ取る。やはり、抑えてる辺りに違和感がある。……骨が折れているか、最低でもヒビだな。

「なっちゃん。」

「うん、救急の連絡はしたよ。」

「さすがだ。監視カメラは?」

「うん。今もう探してる途中。とりあえずカメラには写ってるし、後は大通りに出た時どっちに曲がるかさえ分かればあらかた絞れるんじゃないかな。」

圧縮言語で喋る俺たち兄妹に目を丸くする男性。

「なぁおっさん、今からあんたのバイク取り返してきてやんよ。でも、万が一がある。ちゃんと保険には入ってるよな?」

「あ、あぁ。……君たちは、どうして?」

そんなものは決まっている。

「ムカつくからに決まってんだろ。あんたはただ、普通にしてただけなのに、いきなりバイク取られて、そいつに骨まで折られてる。そんなの理不尽じゃねぇか。それに、こっちを見ていながら、何も行動しねぇ奴らに腹が立って、こいつらと同じにはなりたくねぇって思ったってのもある。」

後半はわざと大きい声を出して伝える。なんだアイツ、という視線が刺さる。

「だってそうだろう。大の大人を突き飛ばして、それだけで骨を織る、力の強い大人かオーヴァードの仕業なんだろさ。そりゃあ俺だって余計ないざこざは嫌だし、ケガなんぞしたくねぇ。でも!困ってる人がいて、それを見捨てるような人間にはなりたくねぇ!確かに、そのうち番長連なり神城警備の連中が来て解決してくれるかもしんねぇ!でも、あんたは今困ってんだろ?なら手くらい貸すさ。」

ポカンとした様子の男性。カッコつけたが、俺はそう生きると決めたから。誰にも救われない日々を過ごし、妹と今はここにいないかつての友人と、3人で力を合わせて苦境を乗り越えてきた。そんな中、誰よりも誰かが手を差しのべてくれるのを待っていたのが俺だから、そんな気持ちの人間を見過ごすことは出来ない。

「病院で休んでな。日付が変わるまでには戻ってやるさ。」

「兄、アイツ南下してる。一応人目が少ないルートを選んでるみたいだけど、中央研究ブロックの方に向かってるみたい。あの辺の大学生寮がたってるあたりは市街区に比べてテナントが入ってない建物もそこそこあるみたい。」

「分かった。じゃあなっちゃん、この人の事頼んだ。」

「うん、任せて。行ってらっしゃい。」

 

 

 

 

 

 

 

 

妹と離れフルフェイスのバイク泥棒を追う。フルフェイスのヘルメット被ってるのだから、普通に見ればただのバイク乗りにしか見えない。顔を隠すだけじゃなくカモフラージュにも使える、案外手としては悪くないと思えてしまうが、バイク泥棒なんぞする気も起きないので頭から追いやる。

ブラックドッグシンドロームにはマグネットムーブという能力がある。これは本来なら磁力を使い、対象を手元に引き寄せる能力だ。だが、少し応用して使えば自分の移動に使える。自身と足元の金属の持つ磁場を同じ極になるように設定すれば斥力によって飛び上がり移動距離を伸ばすことが出来、更に前方にある金属体に電撃を流すことによって電磁場を発生させ自信が放つ磁場を違う極に設定すれば引き寄せられ、加速する。

現代社会は金属と電気エネルギーによって発展してきた。それはこの島も例外ではない。現代社会社会において、電気を操るブラックドッグから逃れられるものはいない。例外があるとすれば山を登ったりした場合だけだ。

磁力の応用で夜の街を跳び回る。

「見つけたぜ!」

中央研究所ブロックの路地に入っていくバイク。その先にはいかにもな廃ビルがある。この島にそんな所があるとは思わなかったが、確かにお誂え向きな建物だ。

「さぁて、行きますか。」

廃ビル近くの街灯に着地、そこから様子を伺う。

周りのオフィスにはちらほら電気が着いているのが伺えるが、消えている場所も多い。そのため廃ビルを照らす明かりは僅かで、だからこそ上層階からあかりが漏れていないのはわかる。

しかし、先程バイクが突っ込んで行った入口付近は薄らと中からの光が盛れだしている。

暖機運転は済んだ。エフェクトは使えるしメンテしたばかりの身体は動きがいい。どんなやつが来ても戦える。

「悪党退治なんて言うつもりは無いが、バイクパクって人一人傷つけたんだ。落とし前はつけてもらおうか。」

 

 

 

話し声が聞こえる。どうやらひとりではないらしい。

「分かってるよ!追っ手はいない。こいつならそこそこの金になるはずだ!」

「本当ですかねぇ〜。それにぃ〜、この程度じゃ足りないんですよぉ〜。こんなもの持ってこられたって売り先に困るだけじゃないですかぁ〜。」

おそらくさっきのフルフェイスであろう、ライダースを着た大学生くらいの男とそれよりもいくらか若そうに見える甘ったるい喋り方をする、明るく長い髪を持つ女。右のこめかみを触り、右眼のスイッチを切り替える。サーモで確認するが、会話をしている2人しかいない。

 

「よぉ、クソッタレ共!!商談するにはいい夜みてぇだな!」

フルフェイス野郎がビクリとして振り返り、女は溜息をこぼす。

「だぁ〜からぁ〜、言ったじゃないですかぁ〜。こんなことしたらバレるってぇ〜。」

「な、なんでここが……」

「んなもん、文明の利器を使えば余裕に決まってんだろが!くだらねぇこと聞く余裕はあるみてぇだな!あのおっさんに詫び入れる覚悟は出来てんだろうなぁ!!!」

他人のものを盗んで、それを売りさばこうとしてることはわかる。そしてそれは許されるべきではない。怒りのボルテージが上がっていくのを感じる。こいつらを逃がせば、また別の誰かが不幸になる。それを止める。

「番長連にしては手が早いですねぇ〜。しかも単独、これは別口が濃厚ですねぇ〜。もしかして新入生でしょうかぁ〜?今日は船が来てましたものねぇ。」

「だからどうしたよ。新入生だから年下だからとかそんなのは関係ねぇだろうがよ!目の前で事件が起きたんだ、これからこの島に住んでくのにそれを容認出来るわけねぇだろうが!」

「へぇ〜知り合いでもない人のためにここまでしてるわけですかぁ〜。これは面倒ですねぇ〜。」

女の方は嫌に落ち着いている。慣れているのだろう。しかも頭も回る。対象に男の方は焦りと恐怖を隠せていない。

「あそこからこの短時間で……う、嘘だ。ここで終わりは嫌だ……。

「あぁ?てめぇの自業自得だろうが。金借りて返す当てがねぇから他人のものを盗むなんざ人間の中では最低だろうがよ。ここで終わっちまえ。」

「嫌だァーーーー!!!」

男の叫びと共に周囲の温度が上昇し、手には炎の剣が生み出される。

「殺す!お前が死ねば、俺はまだバレていない!!」

支離滅裂なことをいい、男が向かってくる。しかし、その動きは単調、ただ真っ直ぐ向かってくるだけ。こんな小物だったとは、拍子抜けだ。交わす言葉はもう必要ない。 男が上段から振り下ろした剣を左にかわし、彼の土手っ腹に一撃いれる。

男は胃の中身を逆流させ、くぐもった声をあげ倒れた。

 

「正義の味方のつもりはねぇが、さすがにこいつは萎えちまうな。」

「あらぁ、なら私も見逃してもらえるのかしらぁ〜?」

男が負けることは分かっていたかのような女。見ただけで実力差がわかる人間は簡単にはいかない。嫌な女だ。

「ねぇ、見逃してくれはしないかしらぁ〜?私としてはそれを受け取る気はなかったわけだしぃ〜、どちらかと言えば巻き込まれた側なんだけどぉ〜?」

「てめぇは金貸してたがわなんだろうが。この島でそんなもんが必要な理由はイマイチピンと来ねぇが、それも吐いてもらうぞ。」

「えぇ〜……。もぅ、時間外労働はしない契約なのにぃ〜。」

そこで、女の纏う雰囲気がかわる。チリチリとした殺気が頬を刺し、掴みどころなかっだ気配はそのまま、濃厚な敵意をぶつけてくる。なるほど、これはおそらく、蛇だ。

「本性表しやがったな、蛇女。」

「ひっどぉ〜い。私には愛川 奏(あいかわ かなで)って名前がありますぅ〜。」

「へぇ〜、名乗るか。余裕じゃねぇかよ、ここで負けたらてめぇもおしまいだぜ?」

「まだ、この島の事をなぁ〜んにも知らない君には分からないことよぉ。蛇女なんて呼ばれるくらいなら名前くらい教えるわぁ。」

「なら、そいつを教えてくれよっ!!」

雷撃の槍を作り出し、愛川に向けて放つ。人間である可能性を考慮し殺さないよう加減はしたが、あたればオーヴァードであっても動きが止まる威力。しかし、その攻撃は分かっていたと言わんばかりにヒラリとかわされる。

「あれぇ、この程度ぉ?」

「んなわけねぇだろうがよ!」

続けて今度は2本、放つが結果は同じ。ならばと、もう一度雷撃の槍を放ち、避けた先に電撃の網を放つ。しかし、3度ヒラリとかわされてしまった。……今ので確信がもてた。やつはこちらの攻撃を見切ることが出来る。原理は不明だが、どのような攻撃がくるかを事前に察知している。

「品切れかしらぁ。ならぁ、次はこちらからいくわよぉ。」

ヌルりと左右に滑るような動きでやつが迫ってくる。少なくとも、素人に出来る移動方法ではない。能力か、訓練を受けた兵士。だが、

「白兵戦で俺に勝てると思ってんのかよ!!」

腕の機械に貯めていた電気を放出し、2mほどの雷撃の剣を作り出し、横薙ぎに振るう。だが、やつはそれをまるでリンボーダンスでもするかのようにくぐり抜ける。

「そいつを待ってたぜ!」

横薙ぎに振るわれた剣を避けるには、飛ぶか潜るか防ぐか下がるかの四択、やつの動きからして防ぐことはない。実質三択だが、この動きができる人間が飛ぶ選択をすることは防ぐよりかは有り得るが、恐らくないと言える。なぜなら飛び越えたあとの着地を狙われることがわかっているから。このまま俺を殺すつもりで前に出るなら必ず潜る、であれば、

くぐり抜けた愛川の足元には雷撃の槍を放った時に仕込んだ砂鉄がある。そしてその砂鉄に加える磁力を調整すれば……今!!

磁力を流し、砂鉄の鞭を作り出す。その鞭の先端はヤツの足をとらえた。それを強引に吊り上げる。とった、そう確信した。

 

「ふふっ。まだまだねぇ。その程度じゃお姉さんは倒せないゾ。」

 

ゾクリと背中が粟立つような感覚、手には砂鉄の鞭が握られ、やつは鞭によって逆さに吊り上げられている。しかし、声は後ろから聞こえた。

「見えすぎちゃうのも考えもの、ということかしらねぇ。よくあの動きに対処出来たと、褒めてあげたいところだけどぉ。」

後ろに振り返り雷撃の剣を振るう。

「どこを見てるのかしらぁ?私はこっちよぉ。」

今度は耳元で囁いたように聞こえる。マズい、そう思った時には体を衝撃が襲い、吹き飛ばされていた。

「ふふっ。今のは手加減してくれてたお礼だゾ。いきなり殺しちゃうのはさすがに可哀想だしねぇ。服も汚れるしぃ〜。」

「てめぇ……。なるほどな。ソラリスとエグザイル、それにキュマイラあたりも混じってやがんな。混合種(トライブリード)か。」

錯覚を引き起こし、幻覚を見せ、そして独特の移動方法で近づき、一撃。そして、この衝撃はオーヴァードの女の子が素手で殴っただけにしては強い。体の芯に響く重さだった。

「もう分かっちゃったのぉ?ヒントを出し過ぎたかしらぁ。だ・け・ど、わかったところでどうにかなるものでもないのよねぇ!」

追い討ちをかけるようべく、あの移動方法で再接近してくる。

確かにそうだ、シンドロームがわかったところでどうにかなるものでは無い、むしろ知りたいのはどうやってこちらの攻撃の予兆を感知しているか。あれがある以上、痛ぶられるだけだ。苦し紛れに雷撃の槍を放ち牽制するが、相変わらず意味は無い。

先程の後ろから声が聞こえた現象も説明出来ない。右眼で捉えている以上、吊り上げられていた事に間違いはない。なのに、後ろから気配を感じた。振り返った時にそこに誰もいなかったのに。……待てよ、ソラリスとエグザイルか。

「くっそ、サポートボディなんてレアなもん使いやがって。」

サポートボディ。自分の肉体の一部を変形させ、他者の支援をする事ができるエグザイルのエフェクト。そして同じくエグザイルのエフェクト、無機なる四肢。舗装や建物の壁に自らの肉体を融合させることで操る能力。恐らくそれ自体は追っ手を警戒し、事前にこのビルに仕込んでいたものだろう。追っ手が来た場合、すぐに反応できるように。だから焦ってはいなかった。恐らく埋め込んだ体の一部から発声器官を作り、そこから声を出しただけ。

あの時吊り上げられてのは本体。幻覚かとも思ったが、持ち上げた感触はあったし、あれ自体は錯覚ではなかった。攻撃を受けた衝撃で、砂鉄の鞭が解除された事が悔やまれる。

「やりづれぇなぁ!」

エフェクトには様々な形がある。しかし、レネゲイドコントロールが上手くなければ力を力として出力し、ぶつけるしかない。しかし、中にはこうして応用してくる奴がいる。こういったタイプは厄介なのだ。手札は数枚なのに、組み合わせでどんな相手とも戦えてしまう。そういうタイプとの戦いで必要なのは敵の手札の内容を把握すること。もう少し手札を切らせるか。

電撃を放ち、室内に灯りをともしていた懐中電灯を全て破壊し、少し移動する。

「あらぁ、そう来るのねぇ。」

暗闇に奴の声が響く。

「でもぉ、私にはそれ、意味ないのよねぇ。」

右眼をナイトビジョンに切り替え、動きを見る。やつが右手を突き出した。何をと思った瞬間、その腕が伸び、こちらを正確に狙ってくる。

「伸縮腕!さっきの一撃もこいつか!」

攻撃を受け止める。ダメージこそないものの、重い。動き自体は昼間のゲソ太郎に近いものがある。さすがにあれほどの重さはないが、その分鋭く早い。暗闇の中で目がきき、この攻撃の重さ、キュマイラ混じりというのは間違っていないようだ。……まてよ。キュマイラのオーヴァードの中にはには動物の感覚器官を体内に作り出すことが出来るものがいる。そして、攻撃の前兆をよんで避けることが出来るやつとあの動き。

「てめぇマジで蛇女かよ。ピット器官で熱量からどういう形で攻撃が飛んでくるか推測してたってところか。」

「やっぱり、分かってもいないのに蛇女とか呼んだわけねぇ。いきなり当てられたからびっくりしちゃったじゃない。それにしても、あなたも大概よねぇ。毒が回ってるのに、まだ動けるのぉ?」

「毒なんざ仕込んでんのか、蛇は蛇でも毒蛇かよ。」

「あらあらぁ、もしかして効いてないのかしらぁ。おかしいわねぇ。」

爪先に毒が仕込まれた必殺の貫手、彼女にとっての牙が幾度となく襲いかかるが、鋼鉄の腕で払い除ける。

「いい加減死んでくれないかしらぁ。感触もおかしいし、あなたサイボーグなのかしらぁ。」

「てめぇこそそろそろ諦めたらどうだ!その程度じゃ、俺を殺し切れねぇぞ!」

互いに決定打にかける攻防。奴の攻撃ではダメージに欠け、それを補う毒は俺には効かない。俺の雷撃は避けられ、近距離まで近づければ白兵戦に移れるが、無数の貫手に阻まれる。

正確に言えば、こいつを殺すことは出来る。1度萎えてるとはいえ、怒りのボルテージはあがり、大規模な放電を行える程度には体が温まっている。しかし、今の目的はあくまで確保であり、情報を知っているこいつを殺す訳にはいかない。

……手詰まり感が強いな。

「ねぇ、もうやめにしない?私疲れちゃったわぁ。」

同じことを考えていたのか、向こうからも提案してくる。だが、見逃していい訳がない。

「悪党を野放しにする理由がねぇだろ。」

「悪党、ねぇ。一つ質問いいかしらぁ?」

動きが止まる。ここで接近してもいいが、無防備になってまで何を話すかは気になる。それに、罠の可能性も否定出来ない。ここは、こちらも動かない方が良さそうだ。

「賢明ねぇ。じゃあ質問だけどぉ、お金が必要な人にお金を貸すのは悪いことなのかしらぁ?この世界には金融機関というものがあるでしょう、企業に融資することもあれば個人にローンという形で融資するでしょう?あなたはそれを悪だと考えてる訳ぇ?」

「知ってるし、その目的も理解してんよ。金利自体はあるが、連中は審査を行ってちゃんと返せる人間にしか金を貸さない。消費者金融はあこぎな商売だとは思うが、それを悪として裁こうとは思わない。必要としてる人間はいて、世間的にもその存在が認められている。使うかどうかを決めるのはあくまで借りる側だからな。」

「私達だって同じよぉ。必要な人がいるから貸す、金が必要だから借りる、それだけの事じゃない。」

「そいつはそうだ。だが、そもそも学生ばかりが住まうこの島で金が必要になるってどういう状況だ?この島でバイトすることだって出来んだろうし、人の物をパクってまで金を返さなきゃいけない状況ってのはなんだ?余程の高利で金貸ししてなきゃそうはならねぇんじゃねぇか?」

「なるほどねぇ。誤解しているみたいだから言っておくけどぉ、私達は必要とした人にお金を貸す組織ではあるわぁ。でもぉ、利率は本土よりも良心的よぉ。今回は額が額だったのと、2年前からせっついてるのにお金も返さず、借りる額だけ増えていくような生活してるこの人が悪いのよぉ。」

「ならこっちも質問させてくれよ。てめぇらはこの島でその存在を認められてんのかよ?」

「むぅ、痛い所を突いてくるわねぇ。確かに私達の活動はこの島で認められている事から逸脱してはいるわね。お金が無くてどうしようもない生徒は一時的に学園側からお金を借りて、そのお金を返すためにアルバイトをする必要があるわぁ。それ以外での融資は基本的に認められていないし、それだって未成年なら親の同意が必要な場合がほとんどだもの。」

でもぉ、と愛川は続ける。

「親がいない生徒は成人した保証人をたてなきゃいけないのよぉ。親族がご存命ならいいけどぉ、そうじゃない子だっているでしょう?化け物と蔑まれ、捨てられた子供もいれば、親が亡くなったことでこの島に来る事になった子もいる。そういう人はどうすればいいのかしらぁ?私達は、学園からお金を借りることが難しい人達を対象にお金を貸していて、運営もそれは把握してるけどこれを潰すと困る人が一定数いることを理解しているから追求はしてこないのよぉ。まぁ、今回みたいな事がバレてしまえば潰されるでしょうけどぉ。」

体から力が抜けるのがわかる。そうだ、俺はその行いを理解出来る。救いを求めている人がいるなら手を差し伸べる。俺がそれを武力による不利益を対象としているのに対し、愛川の言う組織は金銭を対象としているだけ。この話を全て真に受けていいとは思えない。だが、本当の事が混じっているのはわかる。保護者のいない子どもが一番最初にぶち当たるのは金銭の壁だ。俺たちは運良く社会的地位があり、金銭的にも余裕がある"リヴァイアサン"に拾ってもらうことが出来た。しかし、そう出ない子達は当然いる。

「わかって貰えたようで嬉しいわぁ。それで、見逃してもらえるのかしらぁ?」

「……分かった。だが、条件がある。」

「私にできる範囲なら聞くわぁ。」

「まず一つ、こいつとこいつが盗んだバイクはこっちで預かる。こちらの用事が済んだら番長連に突き出すこと。そして二つ目、そっちの組織があんたの言った通りの真っ当な組織か疑問が残る。後日活動拠点に案内しろ。そしてそこで代表者と話をさせろ。」

「うーん……しょうがないわねぇ。いいわぁ。このままやり合って番長連に見つかったなんて一番まずいもの。」

「交渉成立だ。連絡先をよこせ。」

はいはぁーい、と先程までの殺気はどこへやら、だるそうに財布から名刺を取り出し投げつけてくる。

受け取って確認してみれば、いかにもな今どきの若者というビジュアルからは想像出来ないほど堅苦しい、飾りっけのない名前と連絡先が書かれているだけの簡素な名刺で目が丸くなる。

「なによぉ、人の名刺貰っておいて目を丸くするなんて失礼すぎじゃなぁい?」

「いや、お前これ……えぇ……。」

完全に気が抜ける。この状態で襲われたら逃がしてしまうだろうが、目的は達成しているしいいか。

「なによなによぉ!私だってそんなの使いたくないわよぉ!でも仕事なんだし仕方ないでしょぉ……。」

悔しそうに地団駄を踏む愛川。

「まぁ、なんだ。仕事なんだからこういうのが普通なんだろ。」

「慰めるならもっとマシな言葉かけなさいよぉ。」

「うるせぇな!悪かったな口下手でよ!」

わーわーぎゃぎゃーと騒ぐ俺たち。さっきまで互いを傷つけあっていたのに、我ながら良くもまぁこんな風に切り替えられるものだ。間違いなく"リヴァイアサン"との訓練がいきている。

「そう言えばあなた名前はぁ?新入生なんでしょう?」

「あぁそうだ。城崎信一だ。お城に長崎の崎、一つを信じるで信一だ。」

「そう。覚えておくわぁ。あなたの都合のいい時に連絡しなさいな。真夜中でもなければ電話にはでるからぁ。」

そう言うと愛川奏は夜の闇に消えていく。

 

俺も戻ろう、そう思い男を縛りったところでふと気づいた。これどうやって帰ろう。気絶した男をバイクの後部座席に置いたら落としていまいかねないし、そうでなくても手や足を巻き込みそうで怖い。かといって起こしても大人しくしてくれればいいが抵抗される可能性の方が大きい。しょうがない、なっちゃんに調べてもらって番長連に連絡してもらおう。そう思いスマホを見ると不在着信が山のように来ていた。時計を見ると思ったより時間が経っていることに気づく。あぁ……やばい。

なかなか戻ってこないから心配になったのだろう。俺の実力を1番よく知っていて、天才ゆえにありとあらゆる可能性を想定してしまうなっちゃんだからこそここまで心配してくれるのだろう。無事なのになんで連絡よこさないの!とか数日だったあともあの時帰りが遅かったくせになどと面倒な絡み方をしてくるに違いない。でも、ひと仕事終わった俺には、その面倒くささが心地よくて、そんな妹が待っているということが、俺に強く日常を意識させてくれるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜の学園、まだ春休み中の高等部の校舎は人気もなく、廊下を照らす足元照明が不気味さを引き立てている。そんな廊下を慣れた様子で愛川奏は歩く。高等部2階の図書室の奥にある保管庫、そここそが彼女が所属する組織、『学園の金庫(バンク)』の活動拠点だ。

そこに向かいながら、先程別れた少年について考えていた。オーヴァードアカデミアに在籍するオーヴァードはその能力の強さに応じてランク分けされており、S、A、B、C、測定不能(EX)に分けられている。愛川はAランクのスペシャリスト、状態異常を自在に操りどんな距離でも戦えるその技術から、" 変幻自在(オールレンジ)"という2つ名を持ち、Sランクに近いと噂されるオーヴァードだ。そんな自分とまともに戦える、いや、最初の攻撃のエネルギー量から考えて加減されていたと考えてもいい。昔からこの島で教育を受けたオーヴァードか、UGNチルドレンであれば納得は出来る。しかし、あんなに強い在校生であれば噂になっていてもおかしくはないし、UGNチルドレンにしては感情的だった。

「ふふっ、退屈しないわねぇ。」

彼には、いや、正確には彼のあの拘りと正義感にはそれ相応の裏があるのだろう。あのある種の強迫観念にも近い正義感は大きな波紋を生み出し、アカデミアの在り方を変えるだろう。それがいい方向に行くか悪い方向に行くかは別にしても変化は生まれる。

「私達にとっていい変化ならいいけどぉ。」

 

保管庫に入るとそこにはリーダーである立科 誠(たてしな まこと)が黙々と作業をしていた。

「まこちん、まだいたんだぁ。」

彼は蔵書検索用であり、『学園の金庫』のデータを保管しているPCと睨めっこしながらこちらを見ずに、

「"変幻自在"。お疲れ。回収は?」

表情の変化に乏しく、そして最低限の言葉しか発しない。組織のリーダーとしては本来問題なのだろう。しかし、『学園の金庫』メンバーにはそれで伝わる。

「結果から言えばダメだったわぁ。経緯を聞いてくれるかしらぁ?」

「待って。」

これはあと数分程度かかるから待って欲しい。終わったら聞くという意味だ。無駄を嫌う彼は必要ない事なら必要ないといい、必要があるなら手持ちの作業を終えてから行動に移す。無駄を嫌うため、聞いているようで聞いていないという事態を避けるのに複数の作業を同時に行わないようにしているとの事。

 

数分でキーボードを叩く音が止まり、彼がこちらに底なし沼のように昏い瞳を向けてくる。

「何があった?」

「終わったのねぇ。きいてよぉ〜。」

先程、中央研究所区画であったことを話す。瞬きをすることも無く、相槌を打つことも無く、まるで機械に向けて話しかけているようだ。昔の私は聞いてるのぉ?なんて何度も尋ねたが今はもう気にならない。

一通り話終えるとなるほど。と言うだけでまたすぐにPCに向き合う。どうやらお咎めなしのようだ。

「私は先に帰るわねぇ。報告書は明日までにあげておくわぁ。お疲れ様ぁ〜。」

 

 

 

そう言い残し、愛川奏は保管庫から出ていった。1人残って仕事を続ける誠には、彼女の話を聞いて至急調べなければならないことがあったからだ。彼女が出会った城崎信一という男、その体も精神構造も、普通のオーヴァードとは違うようだとそう言っていた。いずれ彼のだした条件通り、ここを見に来る。その際、相対するのは愛川か副長、彼らに任せなければ自分の癖のせいで要らぬ誤解を産みかねない。

「新入生……。ランクはないか。」

UGNチルドレンや、覚醒してから暫く経ち、ある程度のレネゲイドコントロール訓練をこなしているものであれば、新入生であっても推定ランクが記載される。これは、計測前に各サークルなどで勧誘対処を絞っておく為にほんの最近になり導入されたシステムだ。しかし、その記載もなく、不自然な事に能力の傾向すら記載がない。 これは覚醒してすぐここに送られてきたパターンと、その能力の希少価値が高く、中央研究所区画などでの研究を行う際、隠してないと不都合がある場合と、測定不能クラスの能力を持つ場合の3パターン。愛川奏はAランクでも上位の実力を持つオーヴァード、その彼女と手加減しながら戦える覚醒したてのオーヴァードなど考えられない。となると、面倒な2パターンに絞られてしまう。測定不能クラスオーヴァードは知る限りではそれはそれは変なやつが多い。だが、こちらは常に個人の思惑で動いている分、話が通じるのであればまだ対処は難しくない。中央研究所の思惑が絡んでいる場合、これが一番面倒だ。中央研究所の研究者達はUGNの職員で構成され、一部はランカスター財団、つまり中枢評議会議長ヨシュア・ランカスターの手によって送り込まれ、監視者としての役割を担っている。その研究者達の肝いりの存在と戦闘を行ったとなれば、追っ手が放たれる可能性がある。そうなれば『学園の金庫』メンバーに危険が迫っている事になる。リーダーとして、彼らを守る義務がある。その義務を果たすためにも、彼女の言う人物についての調査を始めた。




イマイチ使い方がよくわかってないせいで整形が微妙で申し訳ないです。
1話辺りのボリュームに関しましては、大体1万5000文字を超えないよう調整したいと思ってますが、戦闘が始まるとどうしても文章量が多くなってしまうことが今回判明したのでそういった時は長くなってしまうかもしれません。

話的にはミドルフェイズに入り、ミドル戦闘、軽い情報収集、マスターシーンみたいな詰め込みまくった1話で正直な話がよくこの文字数で収まったなといったところなんですが、どう考えても描写が薄っぺらいせいですね。反省します。


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第3話 入学前編 幼女と少女?と超人兵士

色々あって間が少し空いてしまいました。申し訳ないです。
今回は情報収集回みたいなもので戦闘はありません。
実は書いてみるまで戦闘の方が書くの難しそうだなと思っていたのですが、情報収集場面の方が難しく感じました。誰かに説明するという事の難しさを改めて実感した3話でした。
情報収集ではありますが、今回も今回で訳のわからない単語が登場したり、独自の解釈があったりしますが優しい目で見守ってもらえると嬉しいです。大事な単語に関しては後で回収しますし、オリジナルの要素は設定を公開した時にでも一緒に記載します。


昨日、家に帰った俺を待っていたのは泣いて顔をぐじゃぐじゃにした妹の熱い抱擁(タックル)と荷解きが全然進んでない部屋だった。荷解きはまぁ、そこまで期待はしていなかったが、タックルは戦闘で痛む体にはなかなか効いた。バイクを盗まれた男性の元には家に帰る前に寄り、目立った傷もなく返却することが出来た。男性は篤木 倫也(あつぎ りんや)といい、中等部の近くで小さな喫茶店を営んでいて、今度お礼がしたいとの事で割引券を貰ってしまった。中等部に近いものの、余り人通りの多くない場所にあり隠れ家的な雰囲気で、静かに読書をしたりゆっくりコーヒーを楽しみたい人に人気の店だとアカデミア内の情報が集まるSNS、NOA(ノア)での評価を見せて貰った。ちなみにこのNOAはこの島に住む人であれば大人子供関わらずインストールが推奨されており、アカデミア内にある各商業店舗のほか、公共交通機関の運行情報、非常事態の際の緊急情報などもこれで配信しているらしい。アカデミアは外から内に入ってくる情報に対しては特に制限がないが、内から外へは非常に厳しい。ウェブ上には自動監視プログラム、人には心理的プロテクトと二重に対策を施している。しかし、そんな中、3つ目のプロテクトをと開発されたのがこのNOAなのだろう。情報化社会の今日、様々なSNSが存在し、消費者に選択の余地が与えられているがそれを奪う、とまでは行かずともそこに自分たちの住む地域限定で他のSNSと同等のことが出来ると付加価値をつけ、さらにそのサービスの利用を推奨することで選択肢を意図的に狭める。理にかなってはいる。

余談だが超人兵士にこの手の心理的作用は効果を持たない。というのも、感情でレネゲイドを制御する超人兵士にとって、この手の作用は物によっては体内のレネゲイドの暴走の危険性を孕んでいるため、ありとあらゆる物事に対し、自らの感情を最優先するという別種の心理的プロテクトがかけられているためだ。もっとも、そのせいで自分たちが裏切られる危険性を考えなかった連中も愚かだが。

 

 

 

新たな知識を得て改めてアカデミアの嫌な部分が浮き彫りになりはしたが、それでもいい出会い(篤木さんにとっては散々であったろうが)もあり、俺たち兄妹にとってのアカデミアでの初日は幕を閉じた。

 

 

 

「兄ぃ、起きてよ〜」

妹の呼び声で目が覚める。時間は朝の6時半。決して早い時間ではないが、学校はまだ始まらないためこんな時間に起きる必要も無い。

「どうした〜。ゴキ〇リでも出たか〜」

「そうじゃなくて、お客さんが来てるの〜。」

なっちゃん……。もうすぐ学校始まるし用件を聞くくらいは出来るようになって欲しいと願わずにはいられない兄だった。

「こんな時間から客だぁ?どこの非常識野郎だよ。」

とりあえずどんなやつでも間違いでないのなら出るだけ出てみよう。眠たい目を擦りながら玄関を開ける。そこに居たのはまだ春休みであるにも関わらず制服を着用した、長めの綺麗なブロンドヘアが目立つ中等部の子だろうか、小柄な少女がいた。

「あ、あのっ!こちら城崎さんのお宅で間違いないでしょうか!?」

プルプル震えながらの問いかけ、まるでマンガで見た初めて友達の家を訪ねるも緊張してなかなか入れない子供のよう……いやどっからどう見ても子供だが。

「あぁ、あってるよ。こんな時間にどうした?」

「あのっ!え、ええっと……そう!お礼、お礼がしたくて!」

「は?」

素っ頓狂な声が出る。お礼、お礼ってなんだ?何かしたか?ここに来てからまだ24時間たってないぞ。そもそも、俺は誰かにお礼をされるほど出来た人間ではない。

疑問が頭を渦巻いてるが、目の前の少女は緊張からか口を閉ざし真っ赤になってしまっている。うーん、困った。

「えー、まぁなんだ。あれだ、礼を言われるようなことをした気はしないし、きっとなんかの勘違いだって。俺達引っ越してきたばかりだし。多分他の城崎さんだよ。」

「い、いえ、そんなはずは……。」

ガサゴソとポケットから地図を取りだし住所を確認している。「間違ってません!」と言っているあたり本当にうちのようだ。……あれぇ?

「そ、そのですね、お礼なんですけど……」

まて、ちょっと待ってくれ。お礼などと言うのであればもう少し頭の回る時間に来て欲しかった。これじゃあどうすればいいかわからない。一体何がどうなっている?

「うわぁ、兄が玄関先で女の子を紅潮させている……。さいてー。朝からこんな小さな子に何吹き込んでんの?」

「てめぇが用事も聞かねぇで起こしに来るからこんな事になってんだろが!」

キレたぜおい。妹だろうとなんだろうと俺をロリコン扱いするやつは許さん。俺はバインバインのたゆんたゆんが好きなのであって妹のような絶壁を求めている訳では無いし、少女は愛を向ける対象ではなく庇護対象だともう100回くらいは言ってるだろ。……寝不足か思考回路がおかしい。

こんな事で怒るなんてくだらない。冷静になれ、Be Coolだ。

「あ、あの私に出来ることなら何でもします!!」

目の前の少女が爆弾を投下した。

 

 

 

 

「すみません!すみません!」

あのままでは他の住民に聞かれてしまう恐れがあったため、なし崩し的に家の中に少女を招き入れてしまった。そこを見られていたら俺は社会的に死んでしまうだろうがあそこに置いて話を続けても死んでいた。背に腹はかえられなかった。

先程から少女は真っ赤になって謝りっぱなしだ。自分の言ったことの意味を妹がそっと教えたせいだ。今この部屋には見た目ヤンキーな俺と、そんな俺を心底軽蔑したた目で見るなっちゃん、そして謝り続ける少女……なんだこれ。

「いや、もういいから」

疲れきった声が出てしまう。

 

 

 

すったもんだあったが、彼女を何とか落ち着かせる事に成功し、妹の機嫌をとっていたら1時間経過していた午前7時30分の城崎家のリビング、飲み物を出してようやくまともに会話出来る場を作ることができた。

「それで、えー……」

「あ、名乗るのが遅れてしまい申し訳ありません。私は篠宮ステラと申します。」

ハーフかクォータか、外人さんみたいな顔立ちの割には日本語が上手いと思っていたがそういう事か。

「篠宮さんね。ええっと話をだいぶ前まで戻すけど、俺らは篠宮さんにお礼してもらうようなことは何一つしていないと思うんだが?」

「で、でも住所はここだと会長が仰ってて……。」

「会長?会長って誰だ?生徒会長のことか?」

「そうです。高等部生徒会会長の雲雀宏一さんです。」

えぇ……。先程よりもまともに会話ができているのに疑問点ばかり増えていくのは何故だ。

「つかぬ事を聞くけど、中等部だよな?」

「ええ、そうです。中等部、M3-B所属で飼育委員です。」

オーヴァードアカデミアでは学部、学年、クラスというように略して表されることが多いというのはパンフレットの情報にあった……3年!?いやまて、確かに目の前の少女は小さい、どのくらい小さいかと言うと身長は140cmに届いてないってくらいには小さい。さらに言えばコロコロ表情が変わり焦っている時には汗のエフェクトが見えてきそうなくらい感情の表現が豊かで最初は中1、ないしは小6と思ったレベルだ。それが中3ときた。成長期がまだ来てないんだろうか。……いや、この思考はさすがに失礼だろう。

「なるほど、いや、そうだよな。それじゃあ話を戻そうか。ええっと、……来年は高校生って、マジ?」

「いや全然話し戻せてないし聞き方がなんかキモイよ兄」

「なんか今日は随分スラスラ罵倒が飛んでくるじゃないか妹よ。」

これは俺が悪い。だが、よく言うじゃないか。外人に比べて日本人は童顔だと。それは逆に考えれば日本人から見た外人は歳に対して大人っぽいってことで彼女もその血を受け継いでいるんだろうが両方受け継いじゃったのが悪かったのか大人っぽさの欠けらも無い。……ヤバいな、今日はダメかもしれない。

 

 

 

ごほんとわざとらしく咳払いする。

「気になることがあるんだが、中等部の3年生がなんで高等部の生徒会長と知り合いなんだ?一方的に認知してるならともかく、うちを教えてもらうくらいには会話するんだろ?」

「は、はい。私はゲソ太郎の飼育をしていて、毎年行われている歓迎オリエンテーションのメインイベントを任されているので、高等部の生徒会長さん達とは結構面識があるんです。雲雀会長も私とゲソ太郎に一任すると言ってくださったのですが、昨日はあんな事態になってしまって申し訳ないです。」

そう言って篠宮は小さくなってしまう。ゲソ太郎と意思疎通が出来るオーヴァードとはこの子のことだったのか。確かにあの件については思う事がある。意思疎通を行うものがしっかりしてればと思わなかった訳では無い。しかし、目の前でタダでさえ小さいのにさらに縮こまってしまっているこの子を責めるのは間違っている気がする。

「いや、結果として多少のけが人は出たが大事には至らなかったんだ。他の人がどう思ってるかは知らんが、見た目1番重症だった俺が気にしなくていいと思ってるんだから過剰に意識する必要は無いさ。」

「ありがとうございます。でも、腕が大変な事になったとお聞きしましたけど……。」

「俺は一応オーヴァードだし、あのくらいどうってことは無い。それより聞きたいことがあるんだが、聞いたところによるとゲソ太郎の出現位置だったり行動だったりが打ち合わせと違ったと聞いた。どういう事だ?」

「それは……あの日のゲソ太郎は少し様子がおかしかったんです。海の中に何かいると、そう言っていました。だから、みんなやゲソ太郎の安全を考えたらやめた方がいいかなってそう思ったんです。でも、私はあのオリエンテーションのおかげで、人生で初めて友達が出来ました。その事もゲソ太郎に話していたんです。だから、ゲソ太郎はやるって聞かなくて……。優しい子だから、きっと今年の新入生にとっても友達を作るチャンスだってそう考えていたんだと思います。私もあんなにやる気なゲソ太郎は初めてで、それなら2人で頑張ろうってそう思ってたんですけど……。結果はお二人の知る通りです。」

「張り切りすぎたって事か?それにしては……」

オリエンテーションと言う事を事前に知っていたゲソ太郎、その知能指数がどれほどのものかは俺には分からないが、篠宮の言葉を信じるのであれば船を怖そうとしてまで立ち塞がるとは考えにくい。あそこまでの事態になった原因は他にあるはずだ。彼女が話してくれたゲソ太郎の感じていた違和感であったり、船への連絡員が急に倒れてしまったりしたこともそうだ。

事故と言われれば事故、しかし、作為的なものを感じずには居られない。

「なっちゃんはどう思う?あの時、何かに気づかなかったか?」

「う〜ん、人ならともかくナマモノはちょっとなぁ……。強いて言うなら、動物が強く殺意を抱くことがあるとするならば、護るものがある場合か、自分の生命の危機かの2択じゃないかな。」

「……もしかしなくても俺のせいだったりする?」

「半分はそうかもだけどもう半分は別の理由だと思うよ。確かに兄の最初の一撃で危機を感じとったのか、二撃目は一撃目よりも重かった。でも最初からあんな感じだったから何かあったんじゃないかなって。」

「そりゃあ一安心だ。でも原因か……オーヴァードであれば暴走の危険性は誰しもが持つものだし、暴走したって話なら納得は出来るが。」

「生徒会、並びに運営機関であるカウンシルはその線で話を纏めようとしているみたいです。」

「なるほどねぇ。タイミングもタイミングだしあんま事をでかくしたくねえって感じか。」

結果として犠牲者はゼロだったわけだし、話が纏まりつつあるなら余計な口は出さない方がいいだろう。

「そ、それでですね……。あの〜お礼なんですけど……。」

「あー……。」

忘れてたわ。いやでも困ったな。あの時、怒り自体はあったがそれはゲソ太郎に向けてのものではなかった。それを八つ当たりのようにぶつけてしまったのはこっちの方でバツが悪い。そもそも、家に上がった際に菓子折を頂いてしまってるため、お礼も糞もない気がするのたが……

「お礼なぁ……。」

「はい!お礼です!お陰様でけが人こそいれど、亡くなった方は1人もいませんでした。ゲソ太郎が人殺しの怪物にならずに済んだのはお二人の活躍のお陰ですから。」

「私なんもしてなくない?」

「ですので、わたしに出来ることでしたら何でもさせていただきます!」

「無視?無視されてんの?」

さぁ!となっちゃんをスルーしてグイグイくる篠宮。興奮すると周りが見えなくなるのだろう。仰け反りながらどうすれば彼女が納得してくれるかを模索する。何かが欲しい訳では無いがそれでは納得しないだろうし、あまりにアレなことを言えばなっちゃんに家を追い出されるだろう。何か……。

ふと部屋の隅に置いた道具類が目に入る。体の部品を修理するための工具が入った工具箱やオイルの缶が収納されたケースや油で汚さないためのシート類などなど。……天啓を得たり。

「わかった!わかったから少し離れてくれないか!?」

篠宮の顔が近くにあり焦る。こいつ誰にでもこれやってんのか?だとしたら悪魔だ……。落ち着いたのか話を聞く姿勢になる篠宮。

「さっき腕がどうのって話しただろ?さっきは誤魔化しちまったけど、俺の腕は機械なんだよ。」

「機械ですか……?」

ピンと来てないという顔の篠宮。言葉の意味を理解出来ても実感できていないという表情だ。

「あぁ、ちょっと待っててくれ……ほら。」

ガチャガチャと肘部分の人工皮膚の被っていないパーツを押し込み、神経の接続を切ってから右腕を外す。

「あぁなるほど〜。そういう事なんですね。一部を機械化してるのではなく、腕全てを機械化してらっしゃるんですね。」

「そういう事。だからゲソ太郎の攻撃でも腕がダメになる所までいかなかったって訳。」

へぇーと興味深そうに眺めている。興味津々の所悪いが本題に入ろう、見世物ではないし。

「これメンテしてんのは俺だったりなっちゃんだったりするんだが、どっか壊れた時パーツがないと困るんだが、それを作れそうな人に心当たりがあれば紹介してくれないか?こいつがないと不便で困る。出来ればモルフェウスのオーヴァードだと嬉しい。」

「そういうことでしたらお任せ下さい!私、友人は少ないですが心当たりがありますので!」

サラリと闇を暴露するのはやめて欲しいが当てがあるのは助かる。

「もし良ければだが、合わせてくれないか?向こうの都合もあるから無理なら今日は諦めるが……。」

「全然大丈夫だと思いますよ。お店を持ってるので。今日は10時からみたいですし、時間になったら案内しますね。」

店を持ってるのか。目の前でスマホを操作し、連絡を済ませる篠宮、その顔は嬉しそうで、どんな相手が出てくるのか少し楽しみではあった。

 

 

 

 

件の店はBlackSmithというらしい。この名前で鍛冶屋じゃなかったらどうしようと思い聞いたら金物屋兼鍛冶屋みたいな感じです!って返って来たので少し安心した。このご時世、既製品が安価で手に入るのにわざわざ修理しようという層はどの程度いるかは不明だが篠宮は週3回行ってるらしい。なんでも包丁がすぐ壊れちゃうのだとか。……どんなふうに使ってるのか気になるだろうが。

 

開店まで時間があるということで市街地を案内してもらいながら時間を潰す。なっちゃんは眠いからパスと言っていたので置いてきた。適当に会話しながら、というのを妹以外としたことが無いが篠宮は放っておけば延々と話してくれる。気を使ってくれてるのか、それとも単におしゃべりなだけなのかはわからないが、そこまで苦にならず時間を潰せている。その割に友達が少ないらしいがきっと100人もいませんから〜とか言うに決まってるから余計な事を聞かない。

今は適当な店で買ったコーヒー片手に公園をブラブラしていた。篠宮はココアだ、苦いのは苦手だと聞いた。チビチビ飲みながらふと聞いてくる。

「そういえばあんまり気にしてなかったんですけど、妹さんと二人で暮らされてるなんて珍しいですね。ここの生徒は基本的に寮生活なんで同居人がいらっしゃること自体は珍しくはないのですが。」

「やっぱりそうだよなぁ。あんまり良くないんだろうけど俺の体の事もあるし、なっちゃんもなっちゃんで生活能力ないしなぁ。」

「先輩は妹さんに甘いんですね。でも、私も長女なのでよく分かります。」

とくすくす笑ってる。街中で話してる時に高等部だと話したからか先程から先輩と呼ばれる。こう、微妙にくすぐったいものがある。篠宮が長女というのはなんとなくわかる。身長はともかく、話し方は丁寧だし気の回し方は上手いなと一緒に散策して思った。

「まぁな。このままだとなっちゃんは俺がいないと生活していけなくなる、それが良くないのは分かってるんだよ。でも、俺はいつまで一緒にいれるかわかんないし、兄として一緒ににいる間は面倒みようって決めてるんだ。」

本当はそれだけじゃない、理由なら他にもある。でも一番の理由はこれだった。追われる身である俺たちはいつ離ればなれになるかわからない。だから一緒にいたい、2人だけの家族だから。

篠宮は難しそう顔をして話を聞いていた。

「まるでどこかに行ってしまわれるみたいな話ですね。卒業まで3年もあるのに……。」

「わからん、保護者側の都合もあるしいつ連れ戻されるか、それともまぁのっぴきならん事情で離れなきゃいけないこともあるだろうし。」

「……そうなってしまうのは残念ですね。だって先輩はあのオリエンテーションで一番頑張って命を護りました。だから、誰がなんと言おうと先輩にはこの島で生活する権利はあの海岸や船にいた誰よりもあるはずなのに。」

「そいつはとんでもない理論だな。頑張った人間にはその権利がある。でも、この世界に頑張ってない人は多分いない。一番頑張った人間が悪党だったら?この島に入れちまってもいいのか?ダメだろう。俺にその権利があると篠宮が認めてくれるのは素直に嬉しい、けど、権利は勝ち取るもので、俺はそれを認めてくれた篠宮以外の人間に挑み続けなきゃいけねぇんだ。」

また難しい顔をしてる篠宮。……カッコつけすぎたわ、ごめん。めっちゃわかりづらいこと言った。でも、俺だって先輩と言ってくれる人間の前でカッコつけたくなるくらいにはまともな感性が残ってんの。……頼むからそんなに深く考えないでくれ。

うーんと唸っている篠宮、そんな彼女に声がかけられた。

「スーじゃない。どったのこんなとこで?」

「あっ!フーちゃん!」

そこに居たのは髪はボサボサ、ツナギの上半分を腰のところで縛り、出世魚と書かれた意味不明なTシャツを着たダウナーな雰囲気を持つ長身の女性。……フーちゃんさん?

2人は楽しそうに(楽しそうに見えるのは篠宮だけだが)会話しているが、頭は寝起きのあの時のように思考が変な方向へ飛んでいく。このガサツそうでクソでかい女のどこがフーちゃんなのか。

篠宮と身長差40cmくらいありそうだが、どういう知り合いなんだ。まさか、このタッパで中等部……。篠宮、お前の身長はこいつに吸われてないか。

ぼーっとしてる俺に篠宮が彼女を紹介してくれる。

「先輩、この子がさっき話してた子です。筧 風花(かけい ふうか)ちゃんって言うんです。」

「おう。筧……さんか?高等部?」

「どもです。中等部っすね。クラスはスーと同じだ……です。」

めっちゃぎこちないな。確かに見た目からして年上との会話は苦手そうだが……。

「無理に敬語みたく喋らなくてもいいぞ。そういうのを気にする方じゃない。」

「あい。先輩、せっかく会えたんだし、店まで案内するよ。でも、うちはデートで行く場所じゃないよ?」

「デートなわけあるか。こっちに来て1日も経ってねぇのに女作ってるとかどんだけ遊んでんだよ。」

で、デート!?と顔を赤くしてる篠宮。違うよ!と筧に向かっていきポカポカと擬音が出そうな感じで叩いている。しかし、それに動じず筧は

「着いたら義手見せてよ、初めて見るから上手く出来るかわかんないけど。」

「あぁ、頼む。今日はメンテしたばかりだからとりあえず様子を見てくれりゃあいい。壊れても直せそうにないなら悪いが他を当たるがな。」

「大丈夫大丈夫。ウチがダメでも師匠なら直せるから。」

そう言うと足元の篠宮を放置して歩き出してしまう。あっ、待ってよーと篠宮は筧の後ろを着いていく。まだ開店には早いがあの感じなら見てくれるのだろう。俺も2人の後を追った。

 

 

 

 

BlackSmithは市街区の中心部からはなれ、初等部の方角へ向かい線路に沿って歩いた先にある4階建てのアパートを改築した建物で、縦に長いアパートだったのだろう、ビルとビルの隙間を埋めるように建っていた。しばらく誰も入居者がいなかったから師匠が格安で譲ってもらったと筧は話した。1階部分は店舗スペース、2階から3階部分は作業場、4階部分は休憩所兼居住スペースで師匠とその嫁さんが住んでるらしい。着いた時には案の定まだ開店前の時間だったが、筧は実際飯と寝る時以外は作業してるから開店時間なんてあってないようなものと鍵を開けてさっさと中に入ってしまう。

 

2階の工房に通してもらった。筧の仕事は師匠が作ったものの研磨や仕上げなどがメインで、あとはこの店の副業としてやっている小物機械製品の修理などを担当しているとのこと。右側にはいくつもの棚が並び、大小様々な部品と工具が置かれていて、左側には研磨するための装置なのか、素人目にはよく分からない装置がいくつか置かれている区画で分けられていて、ど真ん中に大きめの作業台といったザックりとしたレイアウトになっていた。作業台の上に乗っていた何かの設計図や納品書などを払い落とし、ここに置いといてと言い、右の方へ行き棚を漁っている。

公園で出会い、ここまで少しではあるが会話しながら来た。その時の筧は気だるげで眠そうだった。テンションが低い時のなっちゃんみたいだなと思ったりもした。しかし、この部屋に入ってからの彼女は新しいおもちゃを貰った子供のように見える。こうしてると年相応に見えなくもない、体のデカさを除けば。

などと考えながら右腕から先を外し作業台に置く。少しすると筧が戻って来た。

「へぇ〜面白いね。上に人工皮膚被せてるのはなんか意味あるの?機械としてはすごく珍しい素材だねこれ。今の金属加工技術なら多少の破損は直せるけど、1度バラバラになっちゃえばウチが直すのは無理だね。」

結構喋るじゃないか。しかし、やっぱり直すことは出来てもスペアの作成は無理そうだ。

「部品作りおいたりは出来るか?可能なら同じ素材で頼む。」

「うーん、見てる途中だからなんとも言えないけど……でもこれ、エフェクト使って素材作ってるように見えるんだけど……。この島、基本的にエフェクトの使用は禁止されてるから難しいかなぁ。代替品は用意出来そうだけど。」

「それじゃダメなんだ。俺はブラックドッグのオーヴァードだから、材質が変わると伝導率が変わっちまって思うように能力が使えねぇんだよ。」

「うーん、代替品がダメならもう師匠に相談してみようか。待ってて。」と言うなり壁にかかった内線の受話器に向かっていった。そりゃあった方が困らんが、そのせいで誰かを犯罪者にしたい訳では無い。後で"リヴァイアサン"から口添えしてもらうとしよう。筧は一言二言話すと直ぐにこちらに戻ってくる。

「師匠こっち来てくれるってさ。スーも上にいたみたいでこっち来るって。」

ここに来てから見ないなと思ったら上にいたのか。何をしていたのだろう。筧は外した俺の腕を方向を変えたり部品を弄ったりしながら唸っている。面倒な体にされたもんだなと改めて思わずにはいられなかった。

 

会話もなく、数分が経った頃、部屋のドアが開き、白髪をオールバックにし、右目に眼帯を巻いた男性が入ってくる。白髪ではあるが、歳を食っている訳ではなく、20代前半だろうか、師匠と呼ばれている割には若く見える。表情も職人というのは無表情なイメージがあったが、にこやかな表情を浮かべていた。

「フー!話はスーから聞いたぜ!水くせぇじゃねぇか、面白そうな話なら俺っちにも噛ませろよ!」

男の後から篠宮も着いて部屋に入ってくる。

「あんたが客か?俺っちは一応ここのオーナーって事になってる兵藤(ひょうどう)ヒロってんだ!よろしく頼むぜ!」

思ったよりテンションが高く、戸惑ってしまう。落ち着きがあるような出で立ちに見えて片方しかない目は少年のようにキラキラと輝いていた。

「お邪魔してる。悪いな、変なもん持ち込んじまって。」

「なぁに、仕事なんだから何にも問題ないさ!もちろん、技術料は適正な価格頂くがな!」

ジョークなのかアッハッハと笑う男性。愉快な人物だ、それが第一印象だった。

「それじゃあ師匠、これを。」

 

と筧が兵藤さんに俺の義手を渡す。それを受け取る兵藤さん。どうに出来るものなのだろうかと、気になって見物していた時、気付いてしまった。彼の左手の甲にはタトゥーがいれられていた。見覚えのあるものが。スパナとハンマーが交叉し、それを囲むように月桂樹の葉が描かれており、その上には『Re:Me NO.001』の刻印。

 

 

この人は超人兵士(レプリカント)だ。

 

 

わからない。この島に俺たち兄妹以外のレプリカントがいる理由が。そもそも、あの夜研究所を脱出したのは俺たちともう1人、彼とは顔が違いすぎる。一瞬追っ手かと考えたが、この島で鍛冶屋なぞやりながら、しかも弟子まで作る理由はないし、エフェクトの使えない島に置いておくには惜しい戦力だろう。

 

「なぁ兵藤さん。」

「ん?……あぁ、そうだな。フー、こいつとちっと話してくるから、店の方は任せたぜ。」

彼も義手の右手に入れられたタトゥーに気づいたのだろう。2階を出て4階の居住スペースに案内された。嫁さんがいるらしいが、姿は見えなかった。

「さて、面白いことになっちまったな」

と、薄い笑みを浮かべながらこちらを見てくる。その目に敵意はなく、どちらかと言えば諦めに近い色。言葉と表情がチグハグなのは超人兵士に良くあること。力を高めるために自らの感情を言葉にすることで強く認識させ、自己暗示をかける。

「単刀直入に聞くがお前さん、追っ手ってわけじゃないんだよな?偶然?」

「あんたもそう思ってたのか。俺も同じ事を聞こうとしてた。」

「……そうか。いや〜良かった良かった!ついにバレちまったかってヒヤヒヤしたぜ。」

兵藤さんは固くなってた表情をへにゃりと崩す。周りに漂っていた敵意も薄れた。

「こっちも同じだ。あんたが倒さなきゃいけない相手なら筧と篠宮にどう説明したもんかと。しかし、あんたどうやってあそこから抜け出したんだ?俺らが脱走したからてっきり警備が強化されてるもんだとばかり……。」

「あん時の警報はお前が逃げたせいだったのか!いやーまさか命の恩人だったとはな!あん時、警備の連中が軒並みどっか行ったおかげで、俺っち達の周りはザルだったんだ。だから何人かで協力して抜け出したって訳だ。」

「そういう事か。あの日はそもそも警備の人数が少なかったらしいしな。あんたのエンブレム、整備兵(メカニック)のもんだろ?どうやって逃げたか気になってたんだ。」

「おうさ!俺っちは検体番号016、超人兵士 Type:Mechanic(レプリカント タイプ:メカニック)のモルフェウスだ。向こうでは初めての成功例だったらしい、プロトタイプって呼ばれてたな。お前さんは第二次計画(セカンドシーズン)だろ?」

「そうだ。検体番号141、超人兵士 Type:Striker(レプリカント タイプ:ストライカー)のブラックドッグだ。」

超人兵士計画(プロジェクト・レプリカント)は俺が知る限りでは2回行われている。検体番号001から100までを使用した超人兵士(レプリカント)を造る上での技術的問題点の検証や法則性の確認を行った第一次計画(ファーストシーズン)、そして、それをもとに兵士の量産と必要であれば改造を行う検体番号101から200までを使用した第二次計画(セカンドシーズン)。彼は第一次計画の被験者だ。そして、造られた超人兵士(レプリカント)は、その能力の傾向や、実際に戦場のどういった場面で投入されるかなどの適正から分類され、それぞれ刻印されたエンブレムが違う。エンブレムを見ればその兵種とその中で何番目に造られた個体かが分かるようにされていた。彼は整備兵(メカニック)としても、超人兵士(レプリカント)としても始まりの人物だという事になる。

「ストライカー?俺っちの頃はなかった区分だな。」

「定義は『膠着した戦況を打破する能力を持つ者』だそうだ。訓練は遊撃系統、適性はオールラウンダーで当時2人しかいなかったからめちゃくちゃに弄り回されてこんな身体になっちまった。」

「そいつはまた、随分めちゃくちゃな内容だな。遊撃系統訓練ってあれだろ?複数人のオーヴァードに囲まれた状態から規定の人数倒して逃げるやつ。あれ合格してるのかよ……とんでもねぇな。」

「半分は運だな。誰が相手役やるかで難易度が変わるし、俺の管制官(オペレーター)は優秀だ。」

「なるほどねぇ……。よし、事情はわかった!客として来てくれたってのに疑って悪かったな。詫びと言っちゃなんだが、義手のパーツ、というかスペアか?そいつは用意させてもらう。一応これでもライセンス持ちなんでな、緊急時に備えてってことならエフェクトは使える。」

「ライセンス?初めて聞いた。」

「知らなかったのか?つっても、そこまで便利じゃねえぞ。そも取得のための勉強が面倒だし、取ったら取ったで月一の報告と、年4回の研修だ。基本的に持ってるのは島の治安に関わってるやつか、医療従事者、あとはインフラの整備に必要なものを作れる人間だな。俺っちは1番最後の枠だ。」

確かにそうだ。能力(エフェクト)の使用は共存を掲げるならやはり基本的に使われない方がいいに決まっている。しかし、使えるのに使わなかったばかりに誰かを見殺しにしたなんてあっていい事じゃない。それを許可証(ライセンス)という形で解決しようとしたのだろう。この島にはオーヴァードもいる。通常の医療技術じゃ治らない怪我をすることもあるだろうし、強いオーヴァードであれば建造物は紙切れと何ら変わらないというものもいる。被害規模が大きくなった時の保険でもあるのだろう。

「そういやお前さん新入生だったか。俺っちでよければ暮らし方を教えてやんよ、仕事の片手間で良ければな。」

この申し出はありがたい。篠宮に頼んでも良かったが、部屋に来てもらうと変な噂が立ちかねない。それに、彼なら超人兵士(レプリカント)ならではの視点もあるだろうし、立場は同じ。追われる身として協力出来ることは協力したい。

「助かる。もしそっちも困ってる事があったら協力させてくれ。俺は戦闘しか能がないが、妹は色々出来る。」

「逆に戦闘能力がある方が助かるってもんよ。家内も超人兵士(レプリカント)だが、狙撃兵(スナイパー)なもんで懐に入られちまったらどうしようもない。それに、日中は大学の方に行ってて居ないことも多いからな。」

「なら良かった。だが、嫁さんの方は大丈夫なのか?」

「大丈夫、大丈夫!逃げることに関していえば超人兵士(レプリカント)の中でもトップクラスだろうさ。何かあった時はここで合流することになってるから心配しなさんな。」

「わかった。俺達兄妹はあんた達の拠点であるここを護り、不測の事態には手を貸す。あんたは俺の体のスペアパーツとこの島での生き方を提供してくれる。それで構わないか?」

「お前さん達にリスクを背負わせるようで悪いが、壊れちまってもきっちり直してやるからな。悪いが頼んだぜ。」

 

話は纏まった。まさかこの島に俺たち兄妹以外にも 超人兵士(レプリカント)がいるとは思わなかったが、彼らは悪い人たちでは無いのだろう。今は同じ痛みを味わった仲間との初めての再会を喜びたい。



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