【完結済み】混沌怪奇譚 夢幻に生きる者たちよ (ラットマンΣ)
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一章 蒼葉アキルは静かな明日が欲しい
快楽の雨


 私、雨月霧子(うづききりこ)は雨の日は好きだ。

 ざあざあ降りの雨音は邪魔な雑音達を消してくれる。

 冷たい雨は暑く火照った体を静かに冷やしてくれる。

 雨音は私にとっての嬉しい知らせ、快楽へと誘ってくれる音色。

 だから、私は雨の日になると出かけるの。

 お気に入りの真っ赤なレインコートを着て、外へと繰り出すの。

 目指すのは食屍鬼街(グールがい)予玖土町(よくどちょう)の一区画、その昔地下鉄駅を作ろうとして失敗した場所。

 今じゃ、廃駅と廃墟と如何わしいお店しかない寂れた場所だけど。

 けれど、その方が私には都合がいい。

 食屍鬼街にいるのは如何わしいお店目当ての人が殆どで、その大半がオジサンばかりで吐き気がするけど、たまに私好みの綺麗な女性もいる。

 何故なら、女の子同士で()()()()()()をするお店もあるから、そんなお店をチラチラと見ている人を私は探すの。

 そうして、私好みの人を見つけたらこう声をかけるの。

「お姉さん、あっちで私と気持ちいいことしない?」って。

 私、自分の見た目には自信があるから。

 大抵の人はちょっと怪しがった後に顔を真っ赤にしながら私についてきてくれるの。

 そうして、路地裏の人気のないところまで一緒に行くの。

 ここまでくると、大抵の人はもう我慢できないって顔をして、荒い息遣いになって今にも襲って来そうになるの。

 だから、私はゆっくりとその人に近づいて、袖下に隠しておいたダガーをバレないように取り出して、一気に心臓へ深々と刺してあげるの! 

 相手の人は最初、何が起こったのか分からなくて、けれど痛みは感じるから、ただただ目から涙を流すの! 

 しばらくすると、状況を理解したのか泣き喚き始めたり、果敢にも私に反撃しようとするのだけど、そんなのは無駄、だって、私、急所は絶対外さないもの! 

 そのまま、刺したダガーをグリグリと捻ると綺麗な声でみんな鳴いてくれるの! 

 今にも消えてしまいそうなかすれた声は最高に私の加虐心を刺激してくれるわ! 

 その声が私の下腹部を酷く熱くする、もっと私を昂らせる! 

 もっとその声が聞きたい、もっと必死に生きようとする様が見たい! 

 だから、私はより一層強くダガーを突き刺して捻る。

 相手の人は反抗する事すらできずにただただ悶え泣くの! 

 その姿が、無様で、けれどすごく愛おしくて! 

 あぁ、あぁ! 

 今にも死んでしまいそうな彼女の足掻きが、目から光が失われて行くのが、体が少しづつ冷たくなって行くのが! 

 その全てが愛おしくて綺麗でたまらない! 

 一つの命が終わるその寸前、生命の最後の輝き、死の絶頂が! 

 綺麗で! 気持ち良くて! 儚くて! 彼女が事切れたその瞬間、軽く絶頂()ってしまった。

 そうしてそこに残ったのは、私に快楽を与えてくれる人ではなく、ただの死体に成り下がった肉の塊だけだった。

 

 

 

 雨は好きだ。

 昂って火照ってしまった体と心を優しく冷やしてくれるから。

 眼前に転がる死体を見下ろす。

 毎回思うのだけれど、なんで死ぬ前はあんなに綺麗に思えるのに、死んだ後はただの肉の塊にしか思えないのかしら? 

 やっぱり、生きているからこそなのかしらね? 

 生きているからこそ、死に抗おうとしてくれるからなおのこと殺したくなるのかしら? 

 まぁ、そんなことはどうでも良いわ、死体にはなんの興味も湧かないもの。

 それより、アイツはまだ来ないのかしら? 

 いつもなら、見計らったかのようにすぐ来るのに、今日に限って妙にくるのが遅い。

 しばらくして、周囲に強い臭いが立ち込める、アイツがきた合図だ、ただ今日は気持ちいつもよりは臭くない気がするけど。

 

「よう、今回もまた随分美人じゃねぇか? やっぱそう言う趣味なのか? え?」

 

 ニヤニヤと歪んだ笑みを浮かべながらそう聞いてくる。

 

「別に私がどんな奴を殺そうと構わないでしょ? まぁ、強いて言うなら綺麗な方がいいからだけど」

 

「へぇ、そうかよ」

 

 つまらなそうにそう返す女は藤原杏果(ふじわらきょうか)、私の頼もしい掃除役だ。

 

「そう言うあんたもだいぶ趣味悪いと思うけどね、わざわざ腐らせるなんて、死人ってだけでも不味そうなのに」

 

「へ、それこそ嗜好の違いってやつだよ。そもそもお前だって肉食うだろ? そこまで違いはねぇよ」

 

「そう言うものかしら?」

 

「そう言うもんだよ」

 

 杏果は人じゃない、よく似てはいるが全く別の存在……食屍鬼(グール)と言うやつだ。

 いや、杏果は食屍鬼ともちょっと違うのかしら? 

 彼女は赤ん坊の頃に食屍鬼たちに盗まれて、今まで食屍鬼たちに育てられた。

 妖精伝承などで語られる取り替え子(チェンジリング)という奴だ。

 最初は私もただのカニバリストの戯言だと思っていたけれど食屍鬼達が隠れ家変わりにしている廃駅での光景を見て考えを改めさせられたのは、今となってはいい思い出だ。

 食屍鬼は腐った肉、特に人肉を好むそうでこの街に住み着いている食屍鬼はヤクザやマフィア共から死体処理の名目で人肉を手に入れているそうだ。

 だけど、最近は死体の入りが悪いそうで、私みたいな奴からも死体を恵んでもらっているわけだ。

 こっちとしては、死体処理の手間が省ける上に死体はこいつらの腹の中に消える訳だから警察にも見つかりにくくなる。

 食屍鬼側は食屍鬼側で労せずして人肉が手に入る訳だから、お互いウィンウィンの関係なのだ。

 ほんと、臭いと食事の趣味以外はいいんだけどなぁ、顔も取り替え子だからか他の食屍鬼たちに比べてだいぶいいし、私好みの顔をしてるし、本当にもったいない。

 私がそんなことを考えている間に杏果は手際よく死体を持ってきたスーツケースに詰める。

 小さめのサイズのスーツケースに綺麗に収まるものだ、と少し感心してしまう。

 

「あ、ヤッベ、足折れたかも……まぁ、いいか! どうせ食うんだし!」

 

 訂正、やっぱ雑だわこいつ。

 そうして、雑ながらも死体は綺麗にスーツケースに収まったのでした。

 

「ふぅ、収まった、なぁ、ちょっと今回のやつデカくねぇか? 170くらいあるじゃんお前長身フェチなの?」

 

「違うわよ、偶々今日は良さそうなのがそれだけだったのよ。私好みの子なら身長はどうでもいいのよ」

 

「へぇ、なあなあ、気になったんだけどよぉ、アタシはお前的にどうなんだよ?」

 

 予想外の質問に少し困惑する。

 こいつ、その質問がどういう意味かわかってるのかしら。

 

「あんたはねぇ、顔は満点よ。けど、臭いで全部ダメにしてる! たまにはちゃんとお風呂に入って清潔にしたら?」

 

「そんなこと言うなよー、アタシだってたまに傷つくんだぜ? それに、今日はそんなに臭わねぇだろ? この前霧子と会った時に散々な言われようだったから今日はわざわざ家で風呂入ってきたんだからさ」

 

「あぁ、道理でいつもよりくるのが遅かったわけね、確かにいつもよりは臭いはマシだけどまだまだよ、もっと毎日洗いなさいな」

 

「えぇー、これでも結構念入りに洗ったんだけどなぁ」

 

「まぁ、頑張りは否定しないわ。後はそれを継続するだけね」

 

「へいへい、どうも人間の感性はワカンねぇんだよなー」

 

「あんたも元人間でしょうに……まぁいいわ、そう言うことよ」

 

「そっか、じゃあまた次の雨の日にな! 今度会う時は文句のつけようがないくらい綺麗にして相手してやるよ!」

 

 そう言って杏果は死体の詰まったスーツケースを持って廃駅の方へと向かって行った。

 まぁ、理由はどうであれアイツが綺麗になることには文句はないが、いかんせん顔が良いから次に会う時は少し気をつけなくては……

 うっかり手を出しかねないからね。

 もし、アイツが私に殺されそうになったら一体どんな顔をするのだろう? 

 酷く激昂するのかしら? 

 それとも、酷く絶望するのかしら? 

 あぁ……どちらにしても良いわね、少し昂ってしまう……

 ダメね、家に帰って少し冷静になりましょう。

 ちょうどこの前手に入れた古い本、アレでも読みながらこの昂りを沈めましょう。

 

 

 

 幻夢街の外れにある寂れたマンションの一室が私の家だ。

 部屋の中には適当な古本屋や胡散臭い露店で買った無数の古い本が粗雑に積まれている。

 そのどれもが、神話や地域伝承に関する本だ。

 杏果……食屍鬼達の存在を知ってからその手の話に興味を持つようになったのだが、我ながら随分増えたものだ。

 そんな中、唯一綺麗に整頓されたテーブルの上にこの前買った本は静かに鎮座している。

 ほんのりと紙の香りがする酷く状態の悪いタイトルのない本。

 どうやらこの本は元となる別の本があってその一部を抜粋して日本語に訳し、さらに色々と書きたした物らしい。

 この写本を()()()()のが最近のもう一つの趣味だ。

 読み解く、というのもこの本自体が状態が悪く、所々文字がかすれているのもあるが、それ以前に内容がかなり難解なのだ。

 内容としては、ある神に関する記述なのだが、その神が私の知っている神話体系からかなりかけ離れた存在なのだ。

 ある程度神話や伝承に対する知識には他者より自信がある方だが、この神はそのどれとも合致しない。

 悍しく、壮大で、恐ろしいこの神に私の知的好奇心は大いに刺激されたのだ。

 その神の名はNyarlathotep。

 ここだけ英語での表記になっているため正確な読み方は分からないが、おそらくニャルラートテップ、ナイアーラソテップと言ったところだろうか? 

 どうやらこの神は最高存在というわけではなく最高存在に使える存在という立ち位置らしい。

 肝心の最高存在については文字がかすれすぎて読めないが……

 こいつはその最高存在の意思に基づいて様々な行動を起こすメッセンジャーのような立場らしい。

 ただ、こいつ自身もかなり上位の存在らしく断片的だが様々な記述が書かれている。

 私的には、この神の性質は北欧神話のロキなんかがだいぶ似ているように感じるが、この神には決定的な違いがある。

 カタチが無いのだ。

 大抵の神として描かれる存在には何かしらの決まったカタチがある。

 だがこいつはそれが無い。

 化身と呼ばれる存在が複数あるようだがそのどれもが本質とは違う……らしい。

 そんな特異性に私の心は更に惹かれた。

 決まったカタチが無いというミステリアスさ、それと矛盾するかのような化身の多さ、そして何よりもその在り方が私には美しく思えた。

 これが信仰心という奴なんだろうか? 

 とにかく、私はこの神に魅せられてしまったのだ。

 今まで人を殺すことでしか快楽は得られないと思っていたけれど、この神に出会えればもしかしたら……

 と言うのも、この本にはこの神以外にも食屍鬼についての記述もあったのだ! 

 その記述は私がよく知っている食屍鬼達と全く同じだったのだ! 

 つまり、この本に書かれていることは限りなく事実に近いはず、というわけだ! 

 ならば、この神もほぼ確実に存在するはずだ。

 だからこそ、私はこの本を読み解かなければならない、この神に近づくために。

 私がこの神に近づく手がかりはこの本しかないのだから。

 

 

 

 数日の間、晴天の日が続いた。

 今までだったら暇すぎて死んだような日々を送っていただろうけど、今は本を読み解くことで忙しいからちょうど良かったかもしれない。

 おかげで、だいぶ多くのことを理解することができた。

 まず、Nyarlathotepを故意に呼び出す手段が存在しないこと。

 この本によれば、Nyarlathotep以外にも様々な神が存在するが、その一部は魔術的な儀式を行うことで故意に呼び出すことができるようだ。

 だが、Nyarlathotepに関しては呼び出す手段が記述されていなかった。

 写本になる際に写されなかったかはたまた文字がかすれすぎて消失したか定かでは無いが、この神を呼ぶ手段は確認できなかった。

 実に残念だが、無いものはしょうがない。

 それに良いこともわかったのだから。

 それは、この神は多くの化身を有し、そしてその化身は人としての形のものもある、ということだ。

 人の形をとったこの神はカルト宗教の司祭等として人間社会に入り込み人々が破滅する様を楽しむそうだ。

 そして何より重要なのは、神父として予玖土町に一度現れているという記述があったのだ! 

 この神は過去にこの町に出現している。

 その事実だけで声を上げそうになってしまいそうだ! 

 この神は実在する。

 なんならまだこの町にまだいるかも知れない、この数日間、柄にもなく町の老人達にこの本に書かれた神父についての話を聞いて回った。

 そして、実際にその神父は実在していたことがわかった。

 だが、五十年前に突如としてその神父は姿を消してしまったらしい。

 なんでも教会の近くで大規模な火災が起こり、その日以降見つかっていないそうだ。

 今は廃墟となった教会が町外れに残っているだけだ。

 けれど、ここまで調べ上げたのだ、こうなったらその教会跡地にいくしか無いだろう? 

 期待に胸を膨らませ、私は教会跡地へと向かった。

 

 

 

 教会跡地はひどい有様で、焼け焦げた基礎の木材と瓦礫の山があるだけだった。

 遠目から見れば形こそ教会だと辛うじてわかる、そんな有様だ。

 恐る恐る廃墟の中へと入る。

 中は暗かったが、懐中電灯を持ってきているので問題なさそうだ。

 建物が倒壊したら……まぁ、助からないだろうな。

 あるのは埃と瓦礫くらいか? 何か手掛かりになるものがあれば良いのだが、期待できなさそうだ。

 もう少し奥に進んでみる。

 奥の方には開けた場所がありその中心に祭壇のような物が鎮座していた。

 祭壇の付近は妙に綺麗でここが廃墟とすら感じさせないほどだ。

 祭壇へと近づく。

 祭壇の上には黒い石? が入った小さな小箱が開いた状態で置かれていた。

 よく見ると、石には赤い筋が入っており、箱の内側から伸びる奇妙な形の支柱に支えられ箱の底に石が触れないようになっていた。

 見惚れてしまうほどにその石は美しく妖しく輝いていた。

 全てを吸い込むような黒色と血液を想起させるような赤色の筋が私を魅了する。

 無用心だとは思うけれど少し触ってみたくなってしまうほどだ。

 私の白い指が石に触れそうになった瞬間、不意に冷たい視線が背中に走った。

 驚いて振り向くとそこには赤いスーツ姿の綺麗な女性が佇んでいた。

 

「ん? どうした? 続けると良い」

 

 凛とした声で彼女はそう囁く。

 あぁ、あぁ! 間違いない! この人が、いや、このお方こそが私が探し求めていた方だ! 

 

「あ……貴方がニャルラートテップ? いやそれよりもナイアーラソテップの方が発音として正しいかしら?」

 

「ほう……」

 

 彼女は口元に笑みを浮かべる。

 

「私を知っているか、ならば私も貴様を無碍にはできんな、名前は?」

 

 威圧に満ちた声で彼女は私に問う。

 

「雨月霧子」

 

「では、キリコよ何故私を探した?」

 

「それは……」

 

 そうだ、私はなぜ彼女を探し続けた? 

 人を殺せない間の暇つぶしの為? 

 ——違う

 新しい快楽を得る為? 

 ——違う

 あぁ、そうか、私はこのお方に仕えるために探し続けていたんだ。

 このお方に私をつかってもらう為に、この命を消費してもらうために、そうだ、そうに違いない……

 

「貴方様に仕えるために……」

 

 Nyarlathotepは笑みを浮かべる、まるで嘲笑う様に。

 

「そうだろうよ」

 

 意識が薄れていく、自分が自分じゃなくなっていく。

違う、違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う! 

 私は……

 そこで私の意識は暗闇に塗りつぶされた。

 遠くからは雨の音が聞こえた様な気がした……



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薺の花

 暗い夜道を走り続ける。

 息も絶え絶えで肺も苦しいけれど走り続ける。

 止まって仕舞えば私はまたあの牢獄に戻ることになってしまう。

 それだけは嫌だ、もう二度と外の世界を見れなくなってしまうなんて絶対に嫌だ。

 だから私は走る、逃げ続けるために走る。

 そうしなければ私に明日は訪れないのだから……

 

 

 

 しばらく走り続けた、もう息も限界で肺が痛い、けど元いた場所からだいぶ遠くまで来れた。

 ここまで逃げればしばらくは大丈夫……だと思う。

 張り詰めていた気が緩んだせいか不意に路上に倒れ込む、思い返せばめちゃくちゃに逃げ回っていたせいかだいぶ疲れてしまった。

 もう、手も足も限界だ、このままじゃダメだ、いずれあいつらがやって来る。

 そうなって仕舞えば今の私じゃ逃げられない。

 けれど、もう手も足も動かなくなっていた、酷く悔しくて涙が出る。

 私はこんなところで終わってしまうのが悔しくて悔しくてただ泣き続けていた。

 あの人が手を差し伸べてくれるまでは……

 

「あー、嬢ちゃんどうしたんだい道の真ん中で寝てちゃ危ないぜ?」

 

 声をかけられた、高い女性の声だ、私は声の主の方に顔を向けた。

 

「あ? どうしたんだい、顔ぐしゃぐしゃじゃないか! なんかあったのか嬢ちゃん!」

 

 声の主はひどく心配したようで私に歩み寄る。

 

「怪我は……してないな、良かった、どっか痛いとことかないか?」

 

 優しい声色で私に語りかけて来る。

 

「……ないです」

 

「そうか、良かった」

 

「あの……」

 

「ん? なんだい?」

 

「助けてください……」

 

 考えるより先に声が出た、声帯が揺らいで出したかすれた声に彼女は曇りのない瞳で答えた。

 

「おう! よくわからんが任せとけ!」

 

 私は彼女の自宅に連れて行かれた、周りの建物を見るに高級住宅街というやつなんだろうか、大きな家が多かった。

 

「とりあえず、ソファにでも座っててよ。あ、飲み物いる?」

 

「い……いえ、大丈夫……です」

 

「そう」

 

 彼女はキッチンから適当な飲み物を取り出した後、ソファの対面に座った。

 

「自己紹介がまだだったわね、アタシは松崎紫苑(まつざきしおん)。で、勢いでウチまで連れてきちゃったけど、えっと何に困ってるのかな? えーと、何ちゃん?」

 

 彼女……シオンは私にそう聞いてきた、けれど私の話なんて信じてもらえるのだろうか……

 

「……私はある施設から逃げてきました。そこでは毎日注射や体を切られたりしました。私はそれが嫌で逃げてきました」

 

 シオンはその話を聞くとしばらく難しい顔をして黙り込みました。

 きっとそんな突飛な話を信じられないのだと思います。

 だから、シオンは今この面倒ごと(わたし)をどう処理するのか考えているのでしょう。

 しばらく経ってシオンは話始めました

 

「なるほど、つまりお嬢ちゃんはそこから逃げてきて今追われているってところかな? なら話は早いや、アタシのとこで身を隠しておきな、そのあとの事は……まぁ、なんとかしてみせるよ」

 

 驚いた、シオンは私の話を信じてくれたのです。

 普通なら取り合ってくれなさそうな話なのにです。

 

「信じてくれるんですか?」

 

「あぁ、信じるとも! お嬢ちゃんの目は嘘をついてない真っ直ぐな目だからね」

 

 そんなことでシオンは私のことを信じてくれました。

 私の方が今の状況を信じられないくらいです。

 

「で、あのさ、そろそろお名前教えてもらってもいいかな? ずっとお嬢ちゃん、じゃなんかあれだろう?」

 

 名前……私にそのようなものはありません。

 強いて言えば……

 

「実験体一号……施設ではそう呼ばれていました」

 

「……」

 

 シオンは再び黙り込んでしまいました。

 けれど仕方ないのです、私にとって名前と言えるようなものはこれしかないのです。

 

「んー、さすがに困ったなぁ、何かこう呼ばれたいみたいなものはない?」

 

 呼ばれたいもの……一つだけあります。

 昔擦り切れた図鑑で読んだあの花の名前が。

 

ナズナ……ナズナと呼んでください」

 

「わかった、よろしくね! ナズナ!」

 

「さて、とりあえずお風呂入ろっか、随分と汚れているようだし」

 

 そう言いながらシオンはそそくさと服を脱ぎ始めました。

 

「ほら、ナズナも、着てた服は洗っとくから」

 

 一瞬で脱がされてしまいました。

 シオンは私の体を凝視して少し悲しそうな顔をしました。

 けれどすぐに普通の優しい顔で話して来るのです。

 

「とりあえず、髪洗ったげるからそこ座って、目は瞑っときなさいよ」

 

 暖かい流水とほのかな洗剤の香りがする。

 思えばお風呂というものに入るのはこれが初めてかもしれません。

 

「よし、もう目開けてもいいわよ」

 

 そう言われ恐る恐る目を開けると、目の前の姿見には見違えるほど綺麗になった私がいました。

 

「いやーびっくりよねぇ、ナズナは可愛いと思ってたけど綺麗にしたらより可愛いのだもん」

 

 そんなことをシオンがいいます。

 実際私もビックリしました、私の髪の毛がこんなにも綺麗な白色だったことも、肌もここまで脂っぽくないことも初めての経験です。

 

「じゃあ、アタシも髪とか洗っちゃうからナズナは先に湯船に入っちゃってて」

 

 シオンが湯船を指差します、中はお湯でいっぱいでしたがこの中に入ればいいんでしょうか? 

 恐る恐る足をつけてみます。

 ビックリです。最初は熱かったのにだんだんとそれが気持ち良くなって行く感じたことのない感覚が全身を襲いました。

 気がついたら私は湯船に体をしづめ、この快楽から逃げられなくなっていたのです。

 

「あー……」

 

 そんな腑抜けた声が出てしまうほどに私は湯船の虜になっていました。

 

「ふふ、だいぶ気に入ったみたいで安心した。じゃ、私も失礼してっと」

 

 そんな湯船にシオンが入ってきました。

 湯船はそこまで広くないのでシオンは私の後ろ側から私を抱きかかえるような体制で湯船に浸かりました。

 

「あー、なんだか妹ができたみたいだなー」

 

 不意にシオンが呟きます。

 

「妹……ですか?」

 

「そ、妹、ナズナはちょうど小学生くらいの大きさだから結構歳は離れてるかもだけど」

 

「妹……」

 

「あ、ごめん、嫌だった?」

 

「いえ、その、なんて言うか胸のあたりがあったかくなるようで……その、嫌ではないです」

 

「ふへへ、かわいーなーナズナは」

 

 そうです。

 シオンといると何故だか胸の奥があったかくなります。

 もっと一緒にいたいと強く願いたくなってしまうほどに熱くなってしまうのです。

 この感情がなんなのか今の私にはわからないけれど、きっと大切なものには違いありません。

 

 

 

 お風呂から出たあとシオンは丹念に髪を手入れしてくれました。

 

「ナズナは髪が長いからちゃんとお手入れしないとね」

 

 そういいながらシオンは丁寧に私の髪を乾かします。

 それはとても心地良くて今まで感じたことのない安心感がありました。

 すごく落ち着いてあったかい気持ちになります。

 髪を乾かし終わったあと、シオンは私をベッドまで案内してくれました。

 あの場所のとは違ってとてもふかふかしてあったかいことに私はまたビックリしました。

 

「じゃあ、ナズナはここで寝てて、私はリビングのソファで寝るから」

 

「それは……嫌です、わがままかもしれないのですが、シオンと一緒に寝たいです」

 

 そう、これは私のわがままなのです。

 私はもう一人ぼっちでいるのが嫌なのです。

 そして何より、シオンと一緒にいるときのあったかい気持ちをもっと味わっていたいのです。

 シオンは少し困った顔をしましたが、しょうがないなぁと言って一緒に寝てくれることになりました。

 

「ナズナは一人で寝るのが怖いの?」

 

 シオンが聞いてきます。

 

「怖いです……一人ぼっちでいるのは怖いです、誰もいないのは怖いです」

 

「そう」

 

 シオンは優しい声で続けます。

 

「なら、アタシが一緒にいてあげる。ナズナが寂しくならないように」

 

 そんなことをシオンは当然のこととばかりに言うのです。

 とても嬉しい気持ちになりましたが、それはきっとこの見た目だからに違いありません。

 きっと本当の私をみたらシオンは私を拒絶するでしょう。

 そんなことにはなって欲しくありません。

 だから……だから、もし、こんな私でも願って良いのなら、ずっとこのままでありますように。

 そう願いながら私は眠りにつきました。

 

 

 

 鳥の鳴き声で目が覚めました、寝ぼけ眼で周りを見渡しますが、シオンがいません。

 先に起きて、何かしているのでしょうか? 

 とにかくリビングの方へと向かいます。

 リビングに入ると強い鉄錆の匂いと拳銃を持った一人の黒服の男が立っていました。

 男の足元にはシオンが倒れて赤い水たまりを作っていました。

 馬鹿な私でもすぐに理解できました。

 今シオンは死んでいるのです。

 そしてシオンを殺したのは間違いなく黒服の男でしょう。

 男は私に気づいたのかこちらを振り向きます。

 

「全く手間かけさせやがって、まぁ、後はテメェを連れ帰るだけだがな」

 

 そう言って男はこちらに近づいてきます。

 この男はどうやらあいつらに頼まれて私を捕まえにきたようです。

 ……じゃあ、私のせいでシオンは死んでしまったのですか? 

 私なんかを助けたせいでなんの関係もないシオンは殺されたのですか? 

 ……嫌です、シオンが死んでしまうなんてあいつらに捕まるより嫌です! 

 シオンは見ず知らずの私なんかを助けてくれた神様なんです! 

 そんな優しい人が死んでしまうなんて許せない。

 ……けれど今の私ではどうしようもありません。

 事実、シオンを助けるより前に私は男に捕まってしまうのだから。

 何もかもがダメで、泣き出しそうになったそのときでした。

 

「その子に……触るんじゃねぇ! 

 

 男の頭が大きな音とともに床に叩きつけられます。

 叩きつけたのは他でもない、シオンです。

 

「っっつう……はぁ……はぁ……あー、しんど」

 

 そのままシオンも床に倒れます、お腹から真っ赤な血を垂れ流して。

 

「シオン!」

 

 たまらずシオンに駆け寄ります。

 シオンはもう息も絶え絶えで顔も真っ青です。

 

「あー、ナズナ? ……ごめんね、昨日の約束守れなさそうだ……」

 

 かすれた声でシオンはそんなことを言います。

 私への恨みでもまだ死にたくないと主張するわけでもなく、ただ昨日の約束が守れなかったことを悔しそうに言うのです。

 ……そんな事は許しません。

 シオンは私にとって神様なのです。

 私を救ってくれた神様、その神様が死にかけているのなら今度は私が救う番です。

 私にはそれができるのだから……

 

「……シオン、今助けますからね」

 

 ——体を溶かす、形が曖昧になっていく、私は私本来の忌むべき姿へと変貌する。

 ドロドロの流体、不定の化物へと形を変え、その一部をシオンの傷口に流し込む。

 流し込まれた私の体はその形状を、性質を変貌させる。

 元のシオンの体の一部と全く同じ体組織に。

 傷口は完全に塞がり、シオンは助かるはずだ。

 それが私、完全なる万能細胞生命、ショゴスと呼ばれる化物の唯一誇れる点なのだから……

 

「……」

 

 傷口が塞がった後しばしの間、シオンは無言でした。

 無理もありません、私の本来の姿を見たのです。

 きっとシオンは軽蔑し悍しく思っているはずです。

 それとも、これは使えるとでも思っているのでしょうか? 

 どちらにしろ、もう私はここにいられません。

 また私は一人ぼっちになるのです。

 不意にシオンが口を開く。

 

「ありがとう」

 

 そう、私を見て言うのです。

 曇りのない真っ直ぐな瞳で。

 

「……」

 

 言葉が出ません、私はてっきりシオンから不気味がられると……いいえ、普通なら不気味がるか悲鳴の一つでもあげるはずです。

 なのに……なのに『ありがとう』……意味がわかりません。

 

「ナズナ……」

 

 シオンが言葉を紡ぐ前に咄嗟に言葉が出ました。

 

「シオンは……シオンはわかっているんですか! 私は今、見た通り人じゃないんです! 化物なんです! それに、私のせいでシオンは死にかけたんですよ! 全部……全部私なんかのせいで……」

 

「ナズナ!」

 

 シオンは私の言葉を遮ります。

 

「ナズナ、アタシは確かに死にかけたよ、でもね、あんたはそれを助けてくれただろう? その事実は変わりっこない! あんたは私なんか見捨てて逃げられたはずだ、それもせずにアタシを助けてくれた。あんたはアタシの命の恩人なんだよ! アタシはその恩人が人かそうじゃないかで区別なんかしない!」

 

 ——曇りのない真っ直ぐな瞳でシオンはそう言ってのけました。

 シオンは……この人は私が化け物で、その上で命の恩人だと、だから『ありがとう』とあぁ……

 気がついたら、涙が溢れていました。

 今まで、私はこんな真っ直ぐな人にはあったことがありませんでした。

 本当の私を受け入れてくれる人なんていませんでした。

 けれど、シオンは本当の私すら受け入れてくれたのです。

 そんなことが嬉しくて嬉しくてたまらないのです。

 

「ナズナは泣き虫だなぁ、ほら、涙拭いて、笑ってた方がいいことあるわよ?」

 

「……はい!」

 

 

 

「さて、こいつどうするかねぇ」

 

 シオンは気を失った男をガムテープで縛り上げながら呟きます。

 

「どうする、とは?」

 

「いや、こいつあんたを捕まえるために来たんだろ? じゃあできるだけ情報を吐かせた方がいいかなって」

 

「?」

 

「ナズナにはわかんないよな、ごめんごめん」

 

 そう言うとシオンは電話をかけ始めました。

 

「あぁ、谷屋? 今暇? ちょっとうちまで迎えきてくんね? え? あ、うん、面倒ごと。そう嫌がんなって、じゃ、すぐ来てねぇ」

 

 どうやらタニヤという人に電話をかけていたようです。

 

「じゃ、ナズナも着替えて、ちょっと出かけるから。昨日の服は洗い終わってるけど……こっちの方がいいか」

 

 そう言ってシオンはちょうど私くらいのサイズの服を出してきました。

 

「これは?」

 

「ん? あぁ、昔私が来てた服、思い出に残してたのだけどまさか使う日が来るとはね」

 

 笑いながらシオンは答えます。

 しばらくして玄関のチャイムが鳴って一人の太った男の人が入ってきました。

 

「お嬢、今度はどんな……ってなんすかこれ!」

 

「あ、谷屋、やっと着いたのかちょっと遅くない?」

 

「遅くないって……そんなことよりこの血溜まりはなんなんすか!」

 

「あー、それ私の血、死にかけただけだよ」

 

「はぁ?! ちょっとお嬢! 大丈夫なんですか!」

 

「ん、ナズナが直してくれた」

 

「はぁ? てかその子誰です?」

 

 太った男の人……タニヤは私を見つめます。

 

「拾った」

 

「はぁ?! ……もう俺訳がわかんないっすよ……」

 

「わかんなくていいよ、そこの男乗せてウチまで連れてって」

 

「はぁ……」

 

 タニヤは心底めんどくさそうな顔をしていました。

 

「さぁ、ナズナ行こう、私の家へ」

 

 シオンに手をひかれ私はタニヤの運転する車に乗りました。

 

 

 

 しばらくの運転の後、着いた場所は異様な雰囲気を醸し出していました。

 外には黒服の屈強な男の人が立っていて、その家はまるで要塞のような堅牢さを感じさせました。

 

「じゃ、谷屋、そいつの知ってること全部吐かしておいて、事後処理は任せるわ。アタシは親父のところに行ってくるから」

 

「わかりましたよぉ、やればいいんでしょ、人使いが荒いんすからぁ……」

 

 そう言ってタニヤはガムテープでぐるぐる巻きになった男の人を連れてどこかに行ってしまいました。

 

「ナズナはこっちね、さぁ、手を握って。ここは迷いやすいから」

 

 シオンに手をひかれ着いていきます。

 シオンの言った通り、この家の中はまるで迷路のように複雑で、もし私一人だったら間違いなく迷子になるに違いありません。

 しばらく歩いて、大きな扉の前につきました。

 

「相変わらず趣味が悪い」

 

 シオンがそんなことを呟いた気がしました。

 扉の先には顔に大きな傷がある男の人が奥の椅子に深々と座っていました。

 

「久しぶり、親父」

 

「紫苑か、どうした急に帰ってくるなんて? ん? その娘は誰だ?」

 

 男の人はどうやらシオンのお父さんのようです。

 シオンのお父さんは私を見つめます。

 その目はシオンと同じく真っ直ぐですが、どこか怖くなるような目でした。

 

「親父、ナズナが怖がってる。あんた顔が怖いんだよ」

 

「むぅ……すまんな、嬢ちゃんも悪かったな」

 

 怖い人のようですが、どうやらそうでもないのかもしれません。

 その後、シオンは今まであったことを話し始めました。

 

 

 

「なるほどな、で、お前は俺にどうして欲しいんだ?」

 

 威圧に満ちた声でシオンのお父さんは言います。

 

「ナズナをウチで保護する。戸籍くらいあんたならいくらでもでっち上げられるだろう?」

 

「まぁ、できなくはないが……そこまでする義理はあるのか?」

 

「命を助けられた、なら約束を守る義理はあるだろう?」

 

「……そうか」

 

 シオンのお父さんは私に視線を向けるとこう問いかけました。

 

「君はどうなんだ? 紫苑と一緒にいたいのかい?」

 

 その声はどこか優しげなけれど怖い声でした。

 けれど、私の答えは決まっています。

 

「……私はシオンに助けられました。それに、シオンは本当の私さえ受け入れてくれました。だから……だから私はシオンと一緒にいたいです!」

 

「……そうか、わかった、どうにかしてみよう」

 

 その声はどこか満足げで優しかった。

 

 

 

 しばらく経って、シオンの元にタニヤがやってきました。

 

「お嬢、とりあえず全部吐かせましたよ」

 

「ありがとう、で、なんだって?」

 

「その娘を連れ帰ったら報酬で百万やるって言われて仕事受けたただのゴロツキでした、銃はその時貰ったらしいっす」

 

「相手が誰とかはわからなかったの?」

 

「それが全然、覚えてないと言うだけで……」

 

「そう……」

 

 シオンは難しそうな顔をして考え込みます。

 

「はぁー、やめやめ、考えてもわからんわ」

 

 そう言うとシオンはいつもの顔に戻って私を見つめます。

 

「今はナズナとこれからどうするか考える事にするわ。ナズナはこれからどうしたい?」

 

 シオンは問いかけます。

 これからどうしたいか……今まで考えたこともありませんでした。

 こんな日が訪れるとも思っていなかったので、けど……そうですね……

 

「私はシオンと一緒に入れればそれで良いのです」

 

「んもう! そうじゃなくて! なんかあれがやりたいとかないの? ナズナはまだ子供なんだからもうちょっとわがまま言ってもいいのよ?」

 

「でしたら……」

 

 

 

 花畑、と言うものが見てみたいです。(ナズナ)の花畑を大切なあなたと一緒に……



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旧友の来訪

 ナズナの一件が落ち着いた次の日、アタシの元に一人の来客が来た。

 親父の家業的にアタシの元に会いにくるやつなんてあいつしかいないが。

 

「やぁ、久しぶりだね松崎さん」

 

 そう言って形式的な挨拶をする。

 

「あぁ、久しぶりだなアキル」

 

 彼女は蒼葉(あおば)アキル、この町……予玖土町(よくどちょう)の大地主の娘だ。

 こいつとは小学校時代からの家族ぐるみの古い付き合いで、いわゆる腐れ縁というやつだ。

 

「で、お前は何しに来たんだ?」

 

「あら? そんな言い方酷くないかしら? まぁ、ちょっとした野暮用よ」

 

「野暮用ねぇ……まぁ、いいや。玄関で話してもあれだし入りなよ、適当な和室まで案内するわ」

 

「あら、ありがとう。それにしても相変わらず迷路みたいな家ね」

 

「まぁ、家業的にな?」

 

「それもそうね」

 

 しばらくして応接用の和室に着く、そこには偶々ナズナがいた。

 

「シオン……と、えーと……」

 

「あら? あなたが噂のナズナちゃん? 初めまして、私は蒼葉アキルよ」

 

「アキルさんですか、ナズナです、よろしくお願いします」

 

「あら、紫苑より礼儀正しいじゃない」

 

「あ? なんか言ったか?」

 

「あら、怖い」

 

「まぁ、いいや。ナズナ、悪いんだけどお茶だししてもらってもいいかな?」

 

「はい! それでは用意してきますね!」

 

 そう言って、ナズナはお茶を用意しに向かった。

 まだこの家に来て1日なのによく配置を覚えてるもんだ。

 

「……」

 

 アキルはそんなナズナの後ろ姿を冷たい目で見つめていた。

 

「ナズナが気になるのか? っていうかなんでナズナのことを知ってんの?」

 

「あら、貴方にしては鋭いのね、貴方のお父様に聞いたからよ、だいたい全部ね」

 

 あのクソ親父はほんとロクなことしねぇな?! 

 

「で、何か? 心配でもして柄にもなく見舞いにでも来てくれたってか?」

 

「まぁ、半分正解ね」

 

「半分かよ、ちょっと傷つくぜ」

 

「だって、貴方元気そうじゃない? 普通お腹撃たれたらこんな元気じゃないわよ」

 

「それもそうだな、で、ナズナのことどこまで聞いたんだ?」

 

「だいたい全部よ」

 

 なるほど、じゃあこいつもあの突飛な話を信じた上で来たのか、それは意外だ。

 その手のオカルトは信じないやつだと思っていたが……

 

「さて、じゃあ残りの半分を済ませちゃうかしらね」

 

「そういや残りの半分てなんなんだよ?」

 

「そうね……」

 

 アキルの空気が変わる。

 昔から知っていた幼なじみのアキルではなく、親父にも似た威圧的で冷徹な空気を帯びた別人のように。

 

「貴方は何故彼女を助けたの?」

 

 ただ冷徹にそう問いかける。

 

「何故って……そりゃあ助けを求められたからで」

 

「そう」

 

 まるで、その答えを既に知っていたかのようにつまらなそうに返す。

 

「じゃあ、もう一つ、貴方はあの子が人じゃないと知った上で何故一緒に居続けるの? 一度はあの子のせいで死にかけたのに?」

 

「……確かに死にかけた、けど、私はナズナにそれを助けられたから。私が義理堅いのはよく知っているだろう?」

 

「ええ、よく知っているわ」

 

 不愉快そうにそう答える。

 

「……」

 

 しばらく、アキルは黙り込む。

 その表情は何故だか少し悲しそうに見えた気がする。

 

「はぁ……」

 

 しばらくの後、アキルは口を開く。

 

「貴方はそういう人間ですものね、心配して損した気分だわ」

 

「そうかい、お前も会わないうちにだいぶ変わっちまったな」

 

「……どういう意味?」

 

「なんか、冷たくなっちまったよなぁって思っただけさ。後、口調も妙に堅苦しくなったよな」

 

「……」

 

 一瞬、アキルはものすごく不快そうな顔をした後、いつもの顔に戻った。

 

「そうね、確かに変わってしまったかもしれないわね」

 

 どこかその時のアキルは酷く悲しそうに見えた。

 

「まぁ、いいわ。残り半分も私の考えすぎだったみたいだし、お茶を頂いたらさっさと帰るわ」

 

「なんだい、ゆっくりしてきゃいいのに」

 

「私はこう見えて忙しいのよ」

 

「そうかい」

 

 ちょうどその時にナズナがお茶を持って部屋に戻ってきた。

 

「お待たせしました……えっと、遅すぎましたかね?」

 

 ナズナはひどく困ったような声でそう言う、まぁ入った部屋の空気が葬式ムードならそうなるわな。

 

「そうじゃないよ、ちょっと色々あっただけさ」

 

「そう……ですか」

 

「そうそう」

 

 ナズナはお茶を置いた後、私の後ろにちょこんと座った。

 

「そうね、ちょっと色々あっただけ、ごめんなさいねナズナちゃん、気にしないで」

 

 アキルは優しげな声色でナズナにそう話しかける。

 

「はぁ」

 

 ナズナは不思議そうにそう呟いた。

 

「ちょっと、長居しすぎたわね、お茶、美味しかったですよ」

 

 そう言うとアキルはお茶を飲み切ってそそくさと帰る支度を始めた。

 

「送っていくよ、ちょっと待ってな」

 

「いいわよ、もうこの家の構造は覚えたから」

 

 そう言ってアキルは部屋を後にした。

 

「なんだかすごく悲しそうな人でしたね……」

 

 不意にナズナがそう呟く。

 

「そうか?」

 

「ええ、なんだかとっても悲しそうに私には見えました」

 

 悲しそう、か、確かに少しそんな気もするが……

 それ以上にアタシにはアキルが今までとは別人のように思えてしまった。

 昔はもっと明るいやつだったんだがなぁ……

 今はなんだか酷く疲れ切っている様に思えてしまう。



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プロローグof魔術師

 ある日、松崎零児(オレ)は古い約束の話をふと思い出した。

 もう6年ほど前だったか、アイツが俺の元をおとづれたのは。

 今から6年前の秋の終わり頃の話だ。

 『松零会』(ウチ)には似つかわしく無い可愛いお客が一人、俺を訪ねてきた。

 知らない仲では無いがこう、一対一で話すのは初めてだったが。

 

「……」

 

 目の前で無言で固まっている少女に目をやる。

 その体はひどく震えていた、不意に娘の言葉を思い出す。

 

『パパ顔怖い』

 

 そうだ、俺の顔は子供には怖く見えるらしい、なら、笑顔で対応してやれば良い。

 そう笑顔だ。

 敵意がないことを示せば目の前の少女も何かしら喋ってくれるだろう。

 

「なぁ、蒼葉(あおば)の嬢ちゃんなんか話してくんねぇかなぁ?」

 

 精一杯の笑顔で少女———アキルに問いかける。

 アキルは一瞬いまにも泣き出しそうな顔をしたが、すぐに顔をぶんぶんと振って意を決したかの様にその口を開いた。

 

松崎(まつざき)さん……零児(れいじ)さんは()()()()()()()覚えていますか?」

 

 場の空気が変わる。

 約束、約束ねぇ……

 アキルの真っ直ぐな目を見て確信する。

 こいつは読んじまったんだ忘れてしまえば良い業を、一族が残していった呪いを。

 

「あぁ、覚えてるさ、あんたらが忘れた後もずっとな」

 

 アキルは少し目を逸らす、それは逃避の為と言うよりは罪悪感から来るものの様だ。

 

「ごめんなさい、私なんかが謝ってもどうにもならないけれど、本当にごめんなさい」

 

 土下座しながら泣きそうな声でアキルはそう繰り返す。

 

「おいおい、やめてくれよ、俺はそう言う趣味ねぇんだからさ、だから顔を上げてくれ、な?」

 

 アキルは恐る恐る顔を上げた、その表情は今にも泣き崩れてしまいそうな程に危うかった。

 

「けど、けど……」

 

「OK……いったん落ち着こう、深呼吸するんだ」

 

 そう言ってアキルを宥める。

 少ししてだいぶ落ち着いたのかアキルはポツリポツリと話し始めた、いや懺悔(ざんげ)って奴だろうか? 

 

「私は、私は本当に知らなかったんです! まさかあんな恐ろしい存在をこの地に私の一族が呼んでしまったなんて、そのせいでたくさんの人が犠牲になってそれで……」

 

「確かに、お前のところは()()()()()()()()()()()()を呼び出そうとしたかも知れねえ、けどな、それは俺たちの一族も同罪なんだよ。結局はどっちかが遅かれ早かれ呼んでいたんだからな」

 

「だけど!」

 

「だけども何もねえよたまたまタイミングが悪かったのさ」

 

「……」

 

「で、お前さんはなんのために今日ここにきたんだ? 俺に懺悔を聞いてもらうためか?」

 

「いいえ、私は……私の一族が犯した罪の清算がしたい! 悔しいけどそれは私だけじゃそれはできない。だから、どうか力を貸していただけないでしょうか⁉︎」

 

 少し考える。

 なるほど、罪の清算ねぇ……

 いつもの俺なら適当にはぐらかすところだが今回ばっかりは()()()()()()、にしたってなんともまた不器用な子だ。

 

「アキルよぉ、お前は罪の清算なんて言っているけどよぉ、具体的にはどうするつもりなんだ? ()()()()全員殺すのかい?」

 

「そうよ! アイツらを殺して元の予玖土町(よくどちょう)に戻すのよ!」

 

「んんー、それは同意しかねるなぁ」

 

「どうして! 彼らは危険な存在なのよ! 零児さんもよく知っているでしょう!」

 

「確かにアイツらの中には危険な奴もいるさ、けどな、この町で静かに生きていこうとしている奴らだっているんだぜ? お前はそいつらの平穏な日々まで奪うのかい?」

 

「そ、それは……」

 

「そうだよなそんなことしたらそれこそ()()()()と変わらねえもんな」

 

「……」

 

 少し言い過ぎちまったかなぁ、けど、これは大事なことなんだ。

 さっきも言った様に少なからず真っ当に生きようとする奴らだっている。

 そいつらを危険な存在だからと殺すのは俺は違うと思ってる。

 わかってくれりゃあ良いんだがなぁ……

 

「なら……」

 

 アキルはその思い口を開く

 

「なら、私はどうすれば良いんですか? 知ってしまったことを忘れれば良いの? わからない、わからないよ……」

 

 そう言ってアキルは泣き崩れた無理もない、まだ齢10のガキだぞ、そんなガキが知ってしまうには()()はあまりにも重すぎる。

 

「無理に受け入れろとは言わねえ、目を逸らすのも答えの一つだ、そうしてお前だけの答えができたらまた俺の所に来い、その時は最後まで付き合ってやるよ」

 

 そう言って泣き崩れた彼女を宥め家へと送った。

 

 

 

 ———六年後 予玖土町 蒼葉邸応接間にて

 

 

 

「今日はわざわざご足労いただき、ありがとうございます」

 

 眼前のソファに鎮座する凛とした短い白髪の少女……蒼葉(あおば)アキルはそう言って深々と頭を下げた。

 

「そう、かしこまんなって、知らねえ仲でもねぇんだから。つうか、オレの方が来る事になるとはな! だいぶ変わったな、蒼葉の嬢ちゃん!」

 

「ふふ、そうですね。ですが、一応貴方の方が年上ですしね。そこら辺りは弁えているんですよ、私」

 

「そうかい、良い心掛けだが俺には必要ねぇよ、それにお互い同格だろに……」

 

「そうですか、でしたら少し楽な口調にさせてもらうわ」

 

「おう、そうしとけ、にしても本当にだいぶ変わったな?」

 

「ええ、あれからずっと考え続けていましたから」

 

「じゃあ答えは出たのかい?」

 

「……私はこの街に()()()()()()が蔓延ることは許せません、呼び込んでしまったのは私の一族ですが、あれらは根本的に人類と共存できる様な存在ではありません。……ですが、零児さんの言う通り、少なからず人と共に生きようとするものたちも存在します。貴方のところのナズナちゃんとかね、だから私は考えたのです。人やそれと共にあろうとする存在に危害を加える奴らを排除する。それが私の答えです」

 

「そうかい、まぁ無難な着地点だな」

 

「でしょうね」、とアキルは微笑む。

 

「けど意外だったぜ、お前が皆殺し以外の答えを選ぶなんてな」

 

「まぁ、この前まではどっちかって言うと皆殺しの方でしたよ、ただ……」

 

 少し目を瞑って思いふけた後アキルは続けた。

 

「ただ、ナズナちゃんと紫苑(シオン)の二人を見てもしかしたら分かり合えるんじゃないかな、なんて思えてしまっただけですよ」

 

 悲しそうなそれでいてどこか嬉しそうな顔をしてアキルは言う。

 

「そうかい、ならよかったんじゃないか? 案外アイツらも上手くいってるしちゃんと分かり合える日が来るのかもな!」

 

「ええ、その為にも最後まで私のわがままに付き合ってくださいね?」

 

「おうよ、約束は守らねえといけねえからな!」

 

 そう、それが蒼葉アキル()の始まりだった、この時の私たちはきっと彼らとも分かり合えると思っていたのだ。

 そんなことは絶対にあり得ない甘ったるい幻想にしか過ぎないことを痛感させられるまでは……

 



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悪意の始まりI

 ———予玖土町(よくどちょう) 蒼葉邸 書斎にて

 

 ナズナちゃんの一件から数週間。

 あれ以降これといった問題は起きていない。

 強いて言えばまた、行方不明者が出たことが気がかりだ。

 近いうちに調べなくてはいけなくなるかもしれないが、今は一先ずの平穏な日々を噛み締めている。

 願わくば、このまま何も起こらずにいて欲しいものだが、そんなささやかな願いはスマートフォンのコール音でかき消された。

 

「やあ、蒼葉の嬢ちゃん、今電話いいかい?」

 

「構いませんよ、後、いい加減その呼び方やめません?」

 

「悪りぃな、直そうとは思ってるんだがね」

 

 電話の主は案の定、零児さんだ。

 この人から電話がかかってきた、と言うことはロクでもないことが起きた合図だ。

 

「まぁ、それはさておきだ、()()()()でちょっと面倒なことが起こってな、最近この町に入ってきた『スティギア』って連中知ってるかい?」

 

「えぇ、一応知っています。新種の幻覚剤を売り払ってるチンピラ連中でしょう?」

 

「なんだそこまで知ってんのかい、なら話は早いな。まぁ、もともとこの予玖土町は俺ら『松零会(しょうれいかい)』のシマなわけだが、俺たちはシマの中でヤクを取り扱うのは禁止にしてんだわ」

 

「なるほど、だから『スティギア』とは仲が悪いと」

 

「そうそう、でまぁ、この前うちの若いのが『スティギア』の連中がヤク売ってるところ見つけちゃってちょっとしたイザコザがあったんだわ」

 

「……それで?」

 

「そん時にさぁ、ちょっと奇妙なことがあったらしいのよ。なんでも見えない化け物に襲われて血を吸われたーとかなんとか。あ、うちの若いのはなんとか逃げられはしたんだけどな?」

 

「見えない化け物、ねぇ……」

 

「でだ、その手の化け物、なんか心当たりあるだろう? 俺は嬢ちゃんよりはそう言うのに疎いからさぁ」

 

「なくはないですね」

 

「やっぱりな!」

 

「はぁ……できればこう言うことはない方が良いのだけれど、さすがに見過ごせないわね」

 

「あ、『スティギア』の方は気にしなくていいから、こっちでやっとくから」

 

「……そう言うのってそんな気楽にやっていいものなんです?」

 

「まぁ、今回は相手が先に手ぇ出してきたし、何より組織としてだいぶ小さいからねぇ、この手のは早いうちに潰しとくに限るのさ。それにそのうち潰す予定ではあったしな」

 

「なるほど、わかりました。その化け物とその飼い主はこっちでどうにかしてみます」

 

「あいよ、じゃあ飼い主わかったら教えてくれや。そっちに合わせてこっちも動くからさ」

 

「ええ」

 

「そいじゃ」

 

 そういって零児さんは電話を切った。

 

「はぁぁぁ……」

 

 大きくため息をつく。

 話し合いの余地がある相手なら幾分か気が楽だけど、今回のは絶対無理そうね。

 なんなら戦闘にもなるかもしれないし。

 にしても、血を吸う見えない怪物ねぇ……どんなのだったかしら? 

 確か地下書庫で読んだ覚えはあるのだけれど、これはまた読み直しが必要かしらね? 

 あまりあの本達を読み直すのは気乗りしないけれど事態が事態だ、つべこべいってられない。

 とにかく今は情報を集めるのが最優先だ。

 私は地下書庫で怪物について調べよう。

 他の情報についてはケイトに任せれば大丈夫だろう、依頼のメールを送っておけば勝手にやってくれるだろう。

 

 

 

 屋敷の地下へと向かう。

 地下書庫と言ってはいるがちょっとした図書館くらいには広い。

 まぁ、目当ての書物は別の場所にあるのだけれど。

 地下書庫から続く長い廊下の先にある部屋、厳重に施錠された保管室に足を運ぶ。

 パスコードと虹彩認証のロックを経て保管室の中へと入る。

 あぁ、ここはいつ入っても嫌な気分になる。

 書架に収められた無数の悍しい本の中から件の怪物について調べる。

 何度も読んだものとは言え、やはりいい気分ではないな、ひどく気が狂いそうになる。

 けれど、弱音なんて吐かない、そう6年前のあの日に私は決めたのだから。

 数時間ほど様々な本を読んでようやく(くだん)の怪物についての記述を見つけた。

 星の吸血鬼、あるいは星の精と呼ばれる怪物は普段は不可視の化け物だ。

 血液を主食とするのが星の吸血鬼と呼ばれる理由らしい。

 そして、強力な魔術師なら彼らを従えることさえ可能だと言う。

 やっぱり、と言うか当然と言うかその手の人間の仕業か、わかってはいたけれど私以外にもこの手の存在についての知識が深い人間はいるようだ。

 別に知っているだけならどうでもいいのだが、その知識を悪用しているのはいただけない。

 この町でその行いを許すことはできない。

 不意にスマートフォンが鳴る。

 どうやら、頼んでおいた情報が手に入ったようだ。

 相変わらず仕事が早いものだ、と感心してしまう。

 

「アキル〜今大丈夫?」

 

「ええ、問題ないわよ」

 

「はいはい、とりあえず色々わかったわ。多分怪物の飼い主は『スティギア』の下っ端の『スティーブン・ウェストマン』って奴ね。今は他の連中と一緒に幻夢街の枝垂(しだれ)ビルの三階をアジトにしててそこで寝泊りしてるみたいよ。と言うか、ホントにこいつあんたの言うようなヤバイ魔術師なの? 私的にただのチンピラにしか見えなかったわよ?」

 

 そうなのか? ケイトがそう言うのなら私の認識違いか? アイツの他者評価は信用できるが……

 

「そう、とにかく一旦屋敷に帰ってきてちょうだい。あぁ、もしかしたら後をつけられているかもしれないから気をつけてね?」

 

「そこら辺は問題ないわよ?一応今回はバイクだし、護身用にダガーも持ち出してるからね」

 

「……町中では使わないでね?」

 

「大丈夫よ、バレないようにするから!」

 

「そう、取り敢えず気をつけて帰ってきなさい」

 

「はーい、そんじゃまた家でねー」

 

 プツンと電話は切られた。

 本当に大丈夫なんだろうか……いやアイツなら大丈夫だな、うん。

 それよりケイトが帰ってきたら本格的に動き始めなくては、早ければ明日にも決着をつけたいところだ。



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悪意の始まりII

 ———予玖土町(よくどちょう) 蒼葉邸 エントランスにて

 

 ケイトが帰宅してすぐに必要な人材を集める。

 今回の相手なら私とケイト、後は雪奈(せつな)がいれば十分だろう。

 全員が集まったところで早速、話に入る。

 

「さて、急で悪いけど、今後の方針について説明するわね」

 

「はいよ〜」

 

 ケイトはいつものように軽い返事をした。

 

「今回のターゲットは『星の吸血鬼』とその飼い主だと思われる『スティーブン・ウェストマン』、方針としては星の吸血鬼は殺してしまって構わないわ。『ウェストマン』は生かして拘束すること」

 

「あいあい」

 

「で、対星の吸血鬼についてなんだけど、雪奈頼めるかしら?」

 

「お任せを、確実に斬って見せますとも!」

 

「そう、ケイトは雪奈のサポートと可能なら『ウェストマン』の拘束をお願いするわ」

 

「オッケー! 任せといてよ!」

 

「で、不可視の星の吸血鬼を捕捉する方法だけど……これは私がどうにかするわ」

 

「ふーん、なんか考えはあるんだ?」

 

 そうケイトが問う。

 

「一応ね、まぁ、なんとかなるとは思うわ」

 

 秘策……と言うほどでもないが策はある。

 

「星の吸血鬼が見えるようになった後は、雪奈達に任せるわ。多分少しの間私は動けなくなってしまうかもしれないから」

 

「わかりました。が、あまり無茶をなさらないでくださいよ?」

 

「善処するわ。それじゃあ作戦の決行は明日の夜7時ね、各自ちゃんと準備しておくように」

 

「ちょっとちょっと、肝心の『ウェストマン』を他の『スティギア』の連中から引き剥がすのはどうするのよ?」

 

「そこは問題ないわ。後で連絡を入れる予定だけど、『松零会(しょうれいかい)』の皆さんに任せるわ。あの人たちなら、抗争中にわざと一人孤立させることくらい簡単でしょう?」

 

「相変わらずやることがえげつないですね……」

 

 苦笑いしながら雪奈が呟く。

 

「まぁ、私も『スティギア』を潰すのには賛成だからね。この町で薬物を売ろうなんて私に喧嘩を売っているのと同義よ。それに、超自然存在を悪用しているのなら尚更よ」

 

「うわぁ、いつにも増してアキルがやる気だ」

 

 ニマニマと笑いながらケイトは呟く、その表情は少し楽しげだった。

 

「とにかく、明日は忙しくなるわ! 入念に準備をしておいて」

 

「はーい」

 

「了解です」

 

 そうして各々準備のために解散した。

 私の方も零児さんに連絡を入れないと、今の時間ならあの人も暇にしているだろうしちょうど良いだろう。

 一通りのことが終わったらさっさと寝てしまおう。

 明日はいつも以上に忙しくなるのだから……

 

 

 

 ——翌日午後6時40分 予玖土町(よくどちょう) 幻夢街(げんむがい) 枝垂(しだれ)ビル前

 

 

 

 日も暮れ始め町が暗くなってきた頃、幻夢街の一角は異様な空気に包まれていた。

 それもそうだ、なんせ十数人の屈強な強面の男が噂のチンピラ集団のアジトの前に固まっているのだ。

 道行く通行人は『あ、あれ関わっちゃいけないヤツだ』とでも言いたげな表情できた道を戻る有様だ。

 まぁ、そんな中に平然と混ざってる私たちの方が異常なのだが。

 

「早速だけど雪奈、こっちに来て。いつものやるわよ」

 

「あー、あれですね。わかりました」

 

 そう言って雪奈をこっちに来させる。

 いつもの、と言うのは所謂(いわゆる)魔術の使用……〈肉体の保護〉と呼ばれる呪文を雪奈にかける。

 相変わらずだが、噛みそうになるしひどく正気が削がれるような呪文だ。

 私の中の正気と気力を削るようなこの感覚はいつになっても慣れないが、この行為は大事なことだ。

 〈肉体の保護〉は文字通り対象者に物理的な攻撃に対する保護を与える呪文だ、前線で星の吸血鬼と戦うことになる雪奈には必要なものだ。

 呪文の詠唱を終え、準備が全て整う。

 

「あ、準備終わった? もう突っ込んでいい?」

 

 軽い口調で零児さんが聞いてくる。

 

「ええ、準備は全部終わったわ。後は手筈通りにやるだけよ」

 

「オッケー、それじゃあ……やっちまおうか」

 

 零児さんの雰囲気が一気に変わる。

 さっきまでの飄々(ひょうひょう)とした態度とは一変してひどく冷徹な本来の顔を覗かせる。

 たまに忘れそうになるけど、この人ヤクザの会長なのよね。

 正直、この状態の零児さんはちょっと、と言うかだいぶ怖い。

 

「じゃあ、お掃除と行きますか」

 

 その一声を合図に次々とビルの中に入っていく。

 目指すは三階の『スティギア』のアジトだ。

 三階のドアの前に着いたところで零児さんが勢いよくドアを蹴飛ばす。

 

「オラァ!」

 

 ドアは無残にも蹴破られ、中にいた『スティギア』の構成員達は唖然としていた。

 

「おう、クソガキども仕置きの時間だ」

 

 一斉に『松零会』の構成員が雪崩れ込み場は混沌とし始める。

 まるで任侠(にんきょう)映画のワンシーンでも見ているような気分だ、いや実際ほぼその通りなのだが。

 

「ヒェ……なんだおめえら⁉︎」

 

「うるせえぇ!」

 

 肉と肉がぶつかり合う音、何かの破砕音、悲鳴、怒号が響く。

 これ私たち要らなかったんじゃないかしら? 

 

「ク、クソが! おい! ウェストマン! あれを呼べ!」

 

「は、はいぃ」

 

 そんな声が響く、と同時にクスクスと言う笑い声にも似た声が木霊(こだま)する。

 早速現れてくれたようだ。

 その笑い声と同時に『松零会』の構成員が一人、宙に浮く。

 その首筋からは真っ赤な鮮血がチューブ状の何かに吸われていた。

 吸われた血液によってその何か——星の吸血鬼がその姿をあらわにする。

 本来の予定である私の血を吸わせるのとはちょっと違うが、まぁ問題ない。

 

「雪奈、今よ!」

 

「了解!」

 

 その声とともに雪奈は帯刀していた二本の刀のうち一刀を握る。

 本来、星の吸血鬼を刀で斬り伏せるのは容易なことではない、が彼女の持つ刀は違う。

 純鉄製のその刀は大熊の血液を生贄に、私が正気と精神力を削って清めの呪文を施した物。

 淡く青白く光るその刀身は、たとえ相手がどれほど堅牢であろうとそれが生き物ならその全てを無視して損傷を与えることができる業物。

 そこに雪奈の技術が加われば例え星の吸血鬼だろうと一刀の元に斬り伏せることなど容易である。

 奇妙な叫び声にも似た断末魔を上げながら、星の吸血鬼は両断された。

 

「な! なんだと! なんなんだよ! なんなんだよ! お前らは!」

 

 怪物の飼い主……『ウェストマン』は声を荒げながら逃走を試みるが、その先は()()()

 

「はーい、ちょっと寝てようか?」

 

 ケイトは笑顔でスタンガンを『ウェストマン』にぶち当てる。

 呻き声にも似た声をあげて『ウェストマン』床に倒れ伏した。

 他の『スティギア』の構成員達も『松零会』の構成員によって鎮圧済みだ。

 これにて、いったん私たちの仕事は終わりだ。

 ……というか私、何もしてなくないか? 

 



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悪意の始まりIII

 場所は変わって、松零会本部地下の尋問室。

 私たちは『スティギア』の構成員全員をここに連れてきた。

 彼らが売り捌いてた幻覚剤の出所を吐かせるためだ。

 それとは別に私には『ウェストマン』に聞きたいことが山程ある。

 尋問室はそれなりに広いので『ウェストマン』は私の方で尋問することにした、そっちの方が効率がいいだろうしね。

『ウェストマン』の対面の座席に座る。

 肝心の彼は拘束椅子に座らせられてひどく不機嫌そうだ。

 

「で、話す気になったかしら?」

 

「うるせえ……」

 

『ウェストマン』はそう呟く。

 

「早めに話した方が痛みは少なくて済むわよ? それともあっちのお兄さん達の方が好みかしら?」

 

「うるせえって言ってんだよクソアマが! おちょくってるとぶっ殺すぞ! テメェなんかに喋ることなんざねぇよ!」

 

「そう……」

 

 喋る気がないならしょうがない。

 私は座ってた席から立ち『ウェストマン』の方に近づき、その指に触れる。

 

「それ」

 

 ボキッと小君の良い音をたてながら彼の指をあらぬ方向に折る。

 

「があぁ⁉︎」

 

『ウェストマン』は苦痛に表情を歪ませながらそんな声をあげた。

 

「そんなひどいことを言われると私、傷つくわ。ねぇ? さっさと喋らない? 私、こう言うサディスティックな趣味はないのだけれど」

 

「っこのクソアマ……!」

 

「はい、もう一回」

 

 二本目の指を折る。

 

「があぁっ……」

 

「無駄なことは喋らないで質問に答えて頂戴? 次は二本一気に折るわよ?」

 

「わかった! 話す! 全部話すからやめてくれ!」

 

「そうよ、それでいいのよ。それじゃあ最初にアンタが操ってた星の吸血鬼……あの化け物について話してもらおうかしら」

 

「あの怪物だろ! あれは赤スーツの女から貰ったんだ! ヤクも同じだ! いい金稼ぎになるってあいつに言われたんだ!」

 

 赤スーツの女、か。

 どうやらもう少し問い詰める必要がありそうだ。

 

「そう、で、その女の特徴は?」

 

「あぁよく覚えてるよ! クソ偉そうな口調の長い白髪で前髪の真ん中に赤いメッシュがある女だ! なぁ、もういいだろう? もう話すことなんてないぜ?」

 

 知らない特徴だ、これはまた調べなくてはいけないことが増えたわね? 

 

「そうね、他にあの怪物について知っていることは?」

 

「知らねえよ! ただよくいう事を聞く番犬みたいなものとしか言われてなかったんだよ!」

 

 なるほどね、これ以上はこいつに聞いても何もわからなそうだ。

 

「そう、もういいわ。それじゃ、後は任せますね」

 

「あいよー、気をつけて帰ってねー」

 

 零児さんはそう答える何かあっちからすごい悲鳴が聞こえるけど気にしたら負けだろう。

 

「え、もう帰るの? アタシまだ遊びたりてないんだけど」

 

 ケイトは不貞腐れたような声でそう返す。

 あっちからもこの世のものとは思えない悲鳴と助けを懇願する声が響く。

 

「はいはい、帰るわよー、それに、ちょっとめんどくさいことになりそうだしね……」

 

「ちぇー、ま、雇い主がそう言うんならしょうがないわねぇ。零児さん、また今度きますねー」

 

「はいよー、ケイトちゃんなかなか腕がいいから助かっちゃったよー」

 

「えへへ、褒めても何も出ませんよ?」

 

 二人とも根の思考が暴力的なのかこういう事の時はひどく仲がいい。

 まぁ、私としては別に構わないのだが、ちょっと怖い。

 

「とにかくいったん屋敷に帰りましょう。皆さん疲れていますし、アキルさんも心なしか顔色が悪いですし……」

 

 心配そうに雪奈が顔を覗き込む。

 確かにいろんな意味で少し疲れてしまった。

 

「そうね、いったん屋敷に帰りましょう。ほら、ケイトも」

 

 そうして三人で帰路につく。

 屋敷についた後、自室に戻って少し休む。

『ウェストマン』の言っていた赤いスーツの女は間違いなく超自然存在を意図して悪用している。

 正直非常にまずい状態だ、早く情報を集めて件の赤スーツの女を消さなきゃ……

 

「お嬢様?」

 

 不意の呼び声でいったん思考が飛ぶ。

 

「あぁ、クリス、何かあったの?」

 

 黒い執事服と対照的な長い銀髪を後ろで束ねた髪型が印象的だ。

 

「いえ、雪奈さんからお嬢の様子がすぐれないと聞いたもので……何度かドアをノックしましたが反応もなかったので少し心配でして」

 

「そう、ごめんなさいね。少し考え事をしていたから気づかなかったわ」

 

「いえいえ、それより体調は大丈夫ですか?」

 

「ええ、少し休んだからもう大丈夫よ、それより情報収集をお願いしてもいいかしら?」

 

「構いませんがケイトさんの方が適任では?」

 

「今回は広い範囲の情報が欲しいのよ、ケイトの情報収集能力はある程度条件を絞った方が効率的だから」

 

「なるほどわかりました。では、手配しておきますね。お嬢様も今日はもうゆっくりとお休み下さい」

 

「そうさせて貰うわ。おやすみなさいクリス」

 

「ええ、おやすみなさい。お嬢様」

 

 そうして私は眠りについた。



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従者の悩み

「はぁぁぁ……」

 

 一つ、大きなため息をつく。

 お嬢様はなんともないと言っていたけれど、やはり、今までの分のツケが回ってきているのか体調は優れてはいなさそうだった。

 無理もない、一人でこの屋敷……蒼葉の一族が集め続けた曰く付きの魔導書の解読と研究をしているのだから。

 常人なら数冊も読めば発狂するような代物を6年間かかさずに研究し続けている。

 それはもう、一種の狂気だ。

 お嬢様は自分の一族、それも遥過去の人物がこの町に超自然存在を呼ぶ原因となったことにひどく責任を感じているようで、その自責の念から今夜のようなことを度々やっている。

 正直、私的にはそんなことは忘れて静かに暮らしていただきたいのが本心だ。

 お嬢様は何も悪くないのになぜ苦しまなきゃいけない? 6年前のあの日からずっとお嬢様は苦しみ続けている。

 自身を犠牲にしてでも超自然存在達をこの町にはびこらせないために、誰もが平穏な日々を送れるようにと。

 なのに……なのに私はろくにお嬢様の力になれていない。

 戦闘においても、サポートに関してもそうだ。

 何一つ私は力になれていない、それがひどく悔しくてたまらない! 

 あぁ、クソ、嘆いたところで何が変わる! 

 今はそれよりも頼まれた情報収集の手配だ。

 と言ってもこの屋敷の地下に行くだけなのだが……

 

 

 

 地下書庫から出た廊下すぐを右に曲がって進むその先に目的の場所はある。

『グレンの部屋』とプレートがかけられたドアをノックして部屋に入る。

 

「なんだよこんな時間に?」

 

「仕事の依頼ですよ、お嬢様から頼まれました」

 

「ん、お嬢から? なんて?」

 

「赤いスーツで長い長髪、前髪に赤いメッシュが入った女性を探して欲しいそうです。それにしてもグレン、少しは部屋を片したらどうですか? 流石に汚すぎますよ」

 

「兄貴はわかってないなぁ、これが一番やりやすいんだよ。で赤スーツの女だっけ? 探しとくよ、ただ照合させる量が量だからな結構時間かるぞ?」

「どれくらいですか?」

 

「んー自動化させてるとはいえ町中の画像データにアクセスするのと対象の女一人探すのだと、調子良くても1週間はかかるかな」

 

「わかりました、明日お嬢様に伝えておきます」

 

「あいよ、兄貴はこの後いつも通りトレーニングルームいくの?」

 

「ええ、そうですが」

 

「飽きないねぇ、兄貴はいっくらやったってヴァレットみたいな筋肉ムキムキのマッチョマンにはなれねえよ。そういう体質なのはわかってんだろう?」

 

「うるさいですね、何もしないでいるよりはいいんですよ!」

 

「ふーん、何? アキルの力になれないのが悔しかったりすんの?」

 

「ッ!」

 

「図星かよ、そこまで気にするようなことでもないと思うけどねぇ」

 

「気にしますよ! この屋敷に住んでいるメンバーで一番役に立っていないのは私なんですから!」

 

「ええーけどよ養父(オヤジ)だって執事やってるだけだろう、お前と変わらないじゃんか?」

 

「トマスさんは私なんかより仕事の効率もいいしそれに出来もいいんですよ! それに比べたら私なんて……」

 

 自分で言っていて嫌になる。

 そうだ、私はこの屋敷で一番の役立たずなんだ……

 

「自己嫌悪するのも構わねえけどよ、もし本当にアキルが兄貴のことを役立たずだと思っているなら等にクビになってるだろうよ、それに……」

 

「それに?」

 

「いや、今のは忘れてくれ、口が滑った。まぁ兄貴はなんやかんやアキルに頼られてるんだよ。少しは自信持てって」

 

「……それもそうですね。うだうだ言っていても何も変わりませんからね! それじゃあ早速トレーニングルームに行ってきます」

 

「おう、その調子だ」

 

 そうだうだうだ悩んだところで変わらないんだ、だったら日々の精進を欠かさないで行こう。

 心持はとうに決まっているのだ。

 この身が果てるまでお嬢様に尽くすそれが、クリス・フォスター()だ!



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怪物の森と吸血鬼I

 翌朝、部屋に差し込む陽光で目が覚めた。

 まだ本調子とは言い難いがだいぶ疲れは取れたようだ。

 軽く髪を整えて食堂へと向かう。

 今日の当番は確かクリスだったはずだ。

 

「おはよう、クリス、もう朝食はできてるかしら?」

 

「お早う御座います、お嬢様、もうできてますよ。配膳を手伝って頂いても良いでしょうか?」

 

「構わないわ、今朝はトーストとスクランブルエッグにコーンポタージュなのね」

 

「はい、朝食はあまり重くないものの方が良いですからね」

 

「そうね、他のみんなが起きてくる前に配膳を終わらせちゃいましょう」

 

 みんなが起きてくる時間はまちまちだが、8時くらいまでには全員必ず起きてくる。

 今が7時40分くらいだから後20分もすれば全員起きてくるだろう。

 それより先に配膳を済ませ、一足早く朝食を取る。

 いかんせん昨日の尋問で調べなきゃいけないことが増えてしまった。

 まだ情報がないとはいえやれるだけのことはやっておきたい。

 それに、今日は月曜日だ、高校にもいかなきゃいけない。

 手早く朝食を済ませた私は食器を片付けて自室に戻って制服へと着替えた。

 調べたいことは山積みだが今はそれより目の前の学業だ。

 支度を整えて学校へと向かう。

 屋敷から学校まではそう遠くないからこの時間に出れば遅刻することはない。

 

「あ、お嬢様も支度が終わったんですね。他の皆さんも準備できましたので行きましょう」

 

「そう、じゃあ行きましょうか」

 

 この屋敷に住んでいる住民のうち、クリス、グレン、ケイト、雪奈、そして私は同じ予玖土高校に通う学生だ。

 学業をこなしながら超自然存在の対処をしているのはなかなかハードなスケジュールだ。

 正直、他のみんなには申し訳ない気分だ。

 まぁ、それもこれも私の一族が原因なんだが……

 

「どうしたのよ、くらい顔して? まだ疲れが取れてないの?」

 

 後ろの方を歩いていた私に近づいてケイトが顔を覗き込んでくる。

 

「いや、ちょっと考え事をしていただけよ」

 

「ふーん、うそね」

 

「な、嘘は言ってないわよ?」

 

「どうせまた、この状況は自分のせいだーとか考えてたんでしょ?」

 

「う、なんでいっつも人の考えを読み通せるのよ、アンタは……」

 

「まぁ、仕事柄ね。人の心を読むのは得意なの。そんなことよりあんまり思い詰めると美容に悪いわよ? 後、シワが増えるわよ?」

 

「二言ほど余計ね。けどまぁ、少し思い詰めてたのかもしれないわ、私は」

 

「そうそう、気楽に行きましょうよ」

 

 気楽に、か。

 そう生きられればどれほどいいことか。

 

「むー、また悲しそうな顔してぇ、そんなんじゃクリスくんに嫌われちゃうわよ?」

 

な! クリスは別に関係ないでしょ!

 

「あー、アキル顔ちょっと赤くなってる。やっぱり、クリスのこと好きなんでしょ?」

 

「な、ち、違う! そんなんじゃない! 確かにクリスのことは信頼してるしいい奴だとは思っているけどそれはあくまで執事としてで……」

 

「へぇー」

 

「そのニマニマするのやめろぉ!」

 

 そんなふうに雑談していたらいつの間にか校門の前についていた。

 

「あら、ついちゃった。じゃあこの話はここまでねーそんじゃまた放課後に」

 

 そういうとケイトはそそくさと走っていってしまった。

 ……あぁ、もやもやする! 

 なんであの子はああやって人をおちょくるのかしら、全くもう! 

 別に、クリスが嫌いなわけではないし好きだけど、それはあくまでライクの方であってラブの方ではないのよ! 

 そう、そうに決まってるわ! 

 ……もうこのことについて考えるのはやめましょう。

 なんだかひどく空回りしている気分だわ。

 そんなことより私もさっさと教室に向かいましょう。

 授業はそこまで難しくないし、いつも通り淡々と終わらせてしまいましょう。

 

 

 

 放課後になって帰宅するためまた全員で集まる。

 全員部活動などには参加してないので帰宅時間もほとんど同じだ。

 

「あ、そうだ」

 

 不意にケイトが話だす。

 

「今日聞いた話なんだけど、なんでも町外れの森あるじゃない廃墟になった洋館があるっていう」

 

「確かにあるけどそれがどうしたの?」

 

「なんでもその森に行くと化け物が出るらしいのよね」

 

「……詳しく」

 

「そういうと思って調べられるだけ調べたわよ、時間帯は特に関係ないらしいけど出てくる怪物は頭に触手が生えた大きなヒキガエルみたいなやつや羽の生えたピンク色のザリガニみたいなやつとかいろいろらしいわ。で、気になったのがその怪物達は森に入った人間を追っかけ回すんだけど、森を出た途端にその姿を消すんだって。まるで霧みたいに消えるそうよ」

 

「なるほどね、少し引っかかるけど……そうね、今夜一人でその森に行ってみるわ」

 

「え? お嬢様一人で行くんですか!」

 

 クリスが珍しく声を荒げる。

 

「ええそうよ、何か問題でも?」

 

「何か問題でもって、間違いなく怪物がいるんですよ! いくらお嬢様でも一人では危険ですよ!」

 

「あぁ、それなら心配いらないわ。私の考えが正しければ()()()()()()()()()()

 

「それはどういう?」

 

「多分、見たっていう怪物は幻覚の類いよ、私、その手の魔術を知っているから」

 

「ですが……」

 

「まぁ、読み違えてたり危なくなったら大人しく逃げるわよ、だから安心して」

 

 はぁ、とクリスは食い下がる。

 心配する気持ちはわかるが、今回の件は犯人というか魔術を行使している人物に心当たりがあるからだ。

 まぁ、同一人物だったらだが穏便にことを済ませられるだろう。

 

「とりあえず、いったん帰りましょう? もう、日も暮れ始めたしね」

 

 そう言って、みんなと一緒に帰路に着く。

 さて、菓子折の一つでも準備したほうがいいかしらね? 



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怪物の森と吸血鬼II

 日もすっかり落ちてあたりは暗闇に包まれる。

 夜の森というのは思っていた以上に暗いものだ、懐中電灯を持ってきて正解だった。

 さて、私の考えが正しければこの森に出るという怪物とその犯人とは和解できると思うのだけど、どうなることやら……

 懐中電灯の明かりを頼りに森の奥へと進む。

 目的地は噂の廃墟だ。

 ここから少し先の開けたところにあるはずなんだが……

 不意に虫の羽音にも似た音が森に響く。

 どうやら早速お出ましらしい。

 羽音は次第に近づいてきて私の上空のあたりで止まった。

 頭上を見上げてみる。

 そこには蝙蝠のような羽、蟹にも似たハサミそして渦巻状の頭を持ったピンク色の甲殻類——ミ=ゴと呼ばれる存在がいた。

 正確にいえばそれを模した幻覚か? 

 ミ=ゴは威嚇するかのようにハサミを鳴らす。

 それでもこちらが微動だにしないと今度は私の眼前まで降りてきてその渦巻状の頭を震わせ奇妙な音を響かせる。

 それでも私は微動だにしない。

 痺れを切らしたのかミ=ゴはその凶悪なハサミを振りかざし私を斬りつけようとする。

 凶悪なハサミは的確に私の首を切り裂いた。

 だが、私は傷ついていない。

 正確にはミ=ゴのハサミは私をすりぬけた。

 これで確定だ。

 このミ=ゴは一種の幻覚で間違いない。

 ということは、犯人、いや、()()はまだこの土地にいるようだ。

 となるとだ、相当怒っているんだろうなぁ……

 百何年も放置されたら普通殺したいくらいには恨まれているよなぁ……

 これに関しては完全に私たち一族の方に非がある。

 どうにか和解できれば良いのだけれど……

 今はそんなことを悩んでいても仕方がない、一応、保険として〈肉体の保護〉はかけてあるし、戦闘になってもどうにかなりはするだろう。

 今はとにかく廃墟へと向かおう。

 

 

 

 しばらく歩き続けてようやく件の廃墟につく。

 途中、何度か幻覚が襲ってきたが特に問題はなかった。

 多分、あくまで人払いの為の魔術なのだろう。

 廃墟の方だが、所々劣化が激しいようだ。

 うーん、これは相当まずいかもしれん。

 

「あらあら、ここまで来てしまうなんて。貴方、蒼葉の人間ね?」

 

 不意に高い女性の声が響く、その声には怒りがこもっていた。

 声のした方に振り向くとそこには一人の色白の女性が佇んでいた。

 

「ええ、貴方の言う通り、私は蒼葉アキルよ」

 

「そう、やっぱり蒼葉の人間だったのね、で、そんな奴が何の用でここにきたのかしら?」

 

 鋭い目つきで彼女は私に問う。

 

「私が来た理由はただ一つ、シェリー・ヘイグさん、貴方に謝罪をしにきたのよ」

 

「へー、謝罪ねぇ? 散々私をほったらかしにした癖に?」

 

「ええ、それについての謝罪よ」

 

「ああそう、で、もちろん覚悟はできているのよね? 私、意外と怒っているのよ?」

 

「ええ、ですから嬲るなり、四肢を捥ぐなり、好きにしてください! それで貴方の気が晴れるなら! ただ、命だけは勘弁してもらいたい! 

 

「あら? そこは殺してくれても構わないとかじゃないのかしら? それともやっぱり死ぬのが怖いのかしら?」

 

「いいや、やらなきゃいけない事があるからだ。だからそれまで死ぬことはできない」

 

「そう、じゃあ……」

 

 シェリーさんは腕を振りあげる、その爪はまるで鋭利なナイフのようだ。

 そのまま、私の目を目掛けて腕を振り下ろした。

 だが……

 

「まさか本当に逃げようともしないのね」

 

 振り下ろされた爪は私の眼球に当たるギリギリのところで静止した。

 

「ええ、それが私の貴方に対する謝罪ですから」

 

「ふ、ふふふ、ふふふ、あはは! 貴方ってすごく真面目なのね! 普通なら逃げようとするわよ? 気でも狂っているのかしら? あぁ、けど、気に入ったわ! 今までのことはもうどうでも良いわ!」

 

「な、ですが……」

 

「そもそも、ほったらかしにされた事についてはそこまで怒っていないのよ私、それに貴方の生真面目さの方が気に入ったわ! だからこの件はこれでおしまい、ね?」

 

「貴方がそれで良いのだったらまぁ……」

 

「もう、いいって言ってるでしょう! それにここでの生活も案外悪くなかったしね。血が吸えないのはちょっとアレだけど」

 

「だったら私のを吸ってちょうだい! 貴方が良くてもこれじゃあ私の方が納得できないわ!」

 

「納得できないって……別にそこまで罪悪感を抱かなくてもいいのよ? 貴方よりはるかに前の代から私は忘れられていたのだから、今を生きる貴方には関係ないのに」

 

「いいや、これは私の一族の失態だ、私はそのケジメをつけないといけない! 一族の裏の歴史を知ってしまったのだから!」

 

「んー、真面目すぎるのも考えものね、そこまで背追い込むこともないでしょうに」

 

「……」

 

「まぁ、貴方がどうしても償いたいっていうのならそうね、新しい住まいが欲しいわ私。ここはもう見ての通りボロボロだから」

 

「でしたら、私の屋敷で良ければ、部屋はまだたくさん空いていますし地下もあります。吸血鬼の貴方には日光は酷でしょうから」

 

「あら、素敵ね。じゃあ地下の部屋を一室頂戴な、後、そうね」

 

 シェリーさんは少し考える、しばらくしてその口は開かれた。

 

「貴方の血を定期的に飲まして頂戴、それで今回の件は水に流しましょう」

 

「ええ構いませんよ」

 

「それじゃあ、はい」

 

 シェリーさんは手を差し出す。

「えっと……」

「仲直りの握手よ、もうお互いこの事で責めあったりしないって意味を込めたね」

 仲直り、か。

 半ばシェリーさんが許してくれただけだけれどそう言われては断ることなんてできない。

 差し出された右手に私の右手を差し出し握手する。

 

「はい、これで今回のことはもう終わり! これからよろしくねアキル!」

 

「こちらこそよろしくです。シェリーさん」

 

「シェリーで構わないわよ。さぁ、新しいお家へ案内していただいてもいいかしら?」

 

「ええ、では行きましょう」

 

 そうして、二人で帰路に着く。

 この日を境に私の屋敷には新しい住人が増えたのだ。



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吸血鬼と新生活

 アキルちゃんの屋敷での新生活を始めて早くも一週間経った。

 最初は色々と不安だったけれど、慣れて仕舞えば思っていたよりもはるかに良いものだ。

 住人の皆さんの適応力には少し驚いたけどみんないい人ばかりだ。

 私は地下図書館に併設されている少し小さめの部屋を自室としてもらった。

 ここなら、不意に日光が差すこともないし、何より本がたくさんある、というのは私としては嬉しいことだ。

 というか、三食付いて広めの屋敷に住める上に暇つぶしのための娯楽もたくさんあって、なおかつ定期的に血液、しかも可愛い娘のが吸えるとか最高じゃないかしら! 

 あぁ、だめ、ちょっと泣きそう。

 前の屋敷は静かではあったけど死ぬほど暇だったし、何より食事が定期的に取れなかったから……

 思い出してきたら、少し腹が立ったわ、まぁ、アキルちゃんに怒るのは見当違いね、悪いのは彼女の前に私をこの街に住まわせたアイツだもの。

 にしても、アイツの子孫にしてはアキルちゃんは生真面目すぎるわ。

 どうやったらあんな悪辣な詐欺師のクソ野郎からあんな真面目な娘ができるのかしら? 

 どこかで遺伝子が丸ごと入れ替わったんじゃないかって思うレベルだわ。

 まぁ、今はそんなことより、この生活を楽しみましょう。

 この前、グレンくんからオススメされた映画でも観てみようかしら? 

 それにしても驚きよね、まさか家で映画が観られる様になっていたなんて! 

 相変わらず人類の娯楽に対する欲望には驚かされるわ! 

 ふふふ、今回のはしーじー? がすごい作品らしいけれど一体どんなものなのか楽しみだわ。

 

 

 

 ——数時間後

 

 

 

 すごい、すごいわ! 

 アレがしーじーというものなのね! 

 まるで、本当にそこにあるみたいだわ! 

 それにしても……成る程、これがロボット物という物なのね。

 すごくカッコいいじゃない! 

 なんなのあの格好良さは! 

 あんな大きな鉄の巨人が動くのもビックリだけれど剣とかびーむ? とかすごくかっこいいわ! 

 ……いいなぁ、欲しいわねアレ、グレンくんなら作れないかしら? 

 DVDを返すついでにちょっと頼んでみようかしら? 

 早速グレンくんの部屋にいきましょう! 

 こういうのは思い立ったら即行動に移すのがいいのだから。

 

「というわけで、コレ作れない?」

 

「あぁ、それなぁ……作れないことはないんだがよぉ、前に作ろうとしたときお嬢がめっちゃ怒ったんだよね」

 

「え、なんでアキルちゃんが怒るわけ? こんなカッコいいもの作れるなら作るしかないじゃない!」

 

「だよな! 俺もそう思うぜシェリー! けど、お嬢曰く『バッカじゃないの⁉︎そんなもの作っても置く所ないし第一作ってどうするのよ? 維持費は? そもそも製作費は? どうせこっち持ちにする気なんでしょう! あんたには感謝してるけど、こういう突飛なことだけはやめなさいよ! こっちだって無尽蔵にお金が出せるわけじゃないんだからね!』って言ってさ、もし作ろうとしたら〈ヨグ=ソトースのこぶし〉使ってぶん殴るって脅迫されたんだよ」

 

「そんなぁ……こんなにかっこいいのに……」

 

「わかる、わかるぜその気持ち。俺も作りてえもんでっかいロボット」

 

「アキルちゃんはやっぱり生真面目すぎるのよ。どうしてこのロマンがわからないのかしら?」

 

「アイツ頭が堅いからなあ……実用性だけしか見てないんだよ」

 

「ダメね、全くもってロマンが分かってない」

 

「だよなぁ」

 

「今日、血を吸わせてもらうし、その時にでも直談判しようかしら?」

 

「マジで? 多分ほぼ無理だぞ?」

 

「いいえ、やってみなきゃ分からないわよ!」

 

「そうかい、まぁ、頑張ってくれや」

 

「ええ!」

 

 そうよ、きっと話せばアキルちゃんも分かってくれるわ。

 なんとしても巨大ロボットを作るのよ! 

 

 

 

「ダメよ」

 

 アキルちゃんは冷徹にそう告げる。

 

「な、どうして!」

 

「どうしても何も、グレンに言ったことがすべてよ」

 

 酷く冷たい視線は揺らがない。

 

「なんでよ! あんなにかっこいいのに!」

 

「それだけでしょ? うちにはそんな余裕はありません」

 

 いつも以上にアキルちゃんが冷たい。

 

「でも!」

 

「でももだってもありません。それより、吸血するなら早くして頂戴」

 

「んんん!」

 

 頬をちょっと膨らましてみる。

 

「膨れてもダメなものはダメよ。貴方それでも本当に数百歳?」

 

「あー! 言っちゃいけないこと言った! 歳は関係ないじゃない! 欲しいものは欲しいのよ!」

 

「ダメ、絶対にダメよ」

 

 あくまで冷酷に冷静にアキルちゃんは答える。

 

「いいわよ、だったらこっちで勝手に作るから!」

 

「あら? 〈ヨグ=ソトースのこぶし〉がお望みなの? なら、今すぐ唱えようかしら?」

 

「そうやってすぐ魔術に頼るの良くないと思うの私」

 

「必要な時は迷わず使うわよ?」

 

「むー、いいですよーだ、いつか必ず認めさせるんだから」

 

「そう、そんな日は来ないだろうけど頑張ってね」

 

「ふん、じゃあ気を取り直して、吸血させてもらうわね? 首出して?」

 

「はいはい」

 

 そう言ってアキルちゃんは服を緩めてその白い首筋をあらわにする。

 いつみても綺麗なのよねぇ、やっぱり吸血するならこういう可愛い娘に限るわぁ、アキルちゃんの血は美味しいし。

 

「それじゃあ、失礼して」

 

 その白い首筋に牙を立てる。

 

「……ッツ」

 

 痛みからかアキルちゃんは少し顔を歪める。

 その様がまた可愛くてちょっと昂りそう。

 口の中にアキルちゃんの温かい鮮血が広がる。

 あぁ、いつ飲んでも美味しいわ、この娘のは特に。

 

「ふぅ、ご馳走様でした」

 

「それはどうも、いつまで経ってもこの感覚はなれないわね……」

 

「まぁ、そうでしょうね。それより少しゆっくりしていけば? 貴方貧血気味でしょう?」

 

「よく分かったわね」

 

「まぁ、吸血鬼ですから」

 

「どういうわけよ……まぁ、実際貧血気味だし少し休まさしてもらうわ。調査も進展ないし」

 

「調査って、前に聞いた赤スーツの女?」

 

「そうよ、グレンに町中の監視カメラをハッキングしてもらって探してもらっているのだけどいまだに見つからないのよ」

 

「妙ね」

 

「ええ本当に、まるでどこにもいないかの様だわ。多分、隠蔽系の魔術を使っているのだろうけど」

 

「そうなると、探すのは大変そうね」

 

「まぁ、あっちが動けば何かしらの進展はあるはずよ。それに赤スーツの女が何もしないならそれはそれでコッチとしては助かるわ」

 

 疲れた顔でアキルちゃんはそう呟く。

 

「……まぁ、考え込んでも仕方がないわよ。とりあえず今はゆっくり休みなさいな」

 

「そうね、そうさせてもらうわ。ベッド借りていいかしら? 最近ろくに寝れてなかったから少し眠りたいの」

 

「構わないわよ、私は図書館の方で本を読んでいるからゆっくり眠りなさい」

 

「ええ、じゃあお言葉に甘えて」

 

 そう言ってアキルちゃんはベッドに横たわってすぐ眠りについた。

 だいぶ疲れているようでその様はまるで死体みたいだ。

 

「いつか貴方が苦しむことがない日々が来るといいわね」

 

 そう言って眠ったアキルちゃんの頭を撫でる。

 願わくば、彼女が良い夢を見れますように……



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不協和音I

『スティギア』の一件から早いことで二週間経った。

 未だ『赤スーツの女』の行方は掴めていない。

 零児さんの方も『スティギア』が売り捌いてた麻薬の大元が『赤スーツの女』だったため、情報収集を手伝ってくれているが未だに進展はない。

 そんな中、少しでも情報を手に入れる可能性を増やすため、私はある人物に依頼をすることにした。

 その人物に会うため、赤夢街にある喫茶店『鳩屋』に向かう。

 私が依頼しようとしている人物こそ『鳩屋』の店主だ。

 彼は昔の()()()から情報収集能力はピカイチだ。

 この街の大半の情報を知っている、とは本人の談だが、実際それくらい大量の情報が彼の元には集まる。

 そろそろ『鳩屋』に着くだろうか。

 屋敷から赤夢街までは若干距離がある。

 こんなことならバイクで来るべきだったか? 

 まぁ、いい。

 古びた煉瓦造りの店舗が目に入る。

 店先に吊るされている小さな鉄製の看板が雰囲気をより良くしている。

 そうして、私は『鳩屋』に入店した。

 店内にはわざと薄暗くしてあり静かなジャズが流されて小粋な雰囲気だ。

 早速、カウンターの向かいにいる店主に話しかける。

 

「お久しぶりね、マスターさん」

 

「ん? アキルちゃんかい? 随分と久々にきたね、どうだい? コーヒー飲んでくかい?」

 

「じゃあ、貰おうかしら」

 

「あいよ、で、それ以外になんか用件があるんだろ?」

 

「あら、よく分かったわね」

 

「常連さんだったからね、それくらい分かるさ。で、なんの情報が欲しいんだい?」

 

「『赤いスーツの女』についての情報が欲しいの。『スティギア』に麻薬を流していたやつなんだけど未だにこっちじゃ何も情報が掴めていないのよ」

 

「『赤いスーツの女』ねぇ、確か何ヶ月か前にそんな単語聞いたな」

 

「本当! ぜひ教えて頂戴、報酬はもちろん払うから!」

 

「いいよ、久々に顔出してくれたんだ今回はただで構わないさ、それに情報って言ってもそこまで使えるもんでもなさそうだしな」

 

「構わないわ」

 

「分かった、僕の知っている情報断片的だが、『赤いスーツの女』に『翻訳機』を貰ったって騒いでる大学生連中、『アウター・スペース』って名前で活動してるバンドの連中がここで話していた話だ。なんでもこれで『スグルオ』とかなんとか言うやつが呼べるとか興奮していたよ。それが確か3ヶ月前だ、でついこの間そいつらがうちの店にきたんだ。酷くやつれた顔をしてたよ、目も死んだ魚みたいだった。それで連中は計画を次の段階に移すとか言ってたよ。僕が知ってるのはここまでだ、はいコーヒーどうぞ」

 

「どうも、成る程ねじゃあその連中を次はあたってみるか……マスター、引き続き『赤いスーツの女』について情報を集めてもらってもいいかしら?」

 

「構わないよ、まぁ依頼金は貰うがね」

 

「それは構わないわ、それじゃあ今後ともよろしくね」

 

 不意に高い女性の声が店内に響く、その声は私にはよく聞き覚えのある声だった。

 

「あー! アキルちゃん! なんでこっちのほうにいるの? 来てるなら言ってくれたらよかったのに」

 

「久しぶりね、姉さん。連絡入れなかったのは姉さんが忙しいと思ったからよ、コンサート近いんでしょう?」

 

 その声の主は私の姉、蒼葉冬香だった。

 姉は天才的な音楽センスを持つピアニストで大学に通いながらも大規模なコンサートツアーを行う程に人気が高い。

 まさに音楽の神に愛された人だ。

 

「確かにコンサートは近いけどそんなことより妹だよ! うわー何ヶ月ぶりだろう会うの、相変わらず可愛いなぁアキルちゃんは!」

 

「姉さん一応ここは喫茶店よ、静かにした方がいいんじゃない?」

 

「あ、僕は構わないよ、今の時間帯お客さんあんまり来ないし今は二人しかいないから」

 

「さっすがマスター! 話がわかる! あ、アタシもアキルちゃんとおんなじコーヒーください!」

 

「はいよ、ちょっと待っててね」

 

「はーい! ねえアキルちゃん、屋敷の方はどう? クリスとは何か進展あった?」

 

「屋敷は一人住人が増えたわね、多分姉さんなら仲良くなれるわ。後、クリスは関係ないでしょう?」

 

「そんなこと言っちゃってぇ、本当はクリスのことが大好きなくせにぃ!」

 

「ゴハッ……!」

 

 思わずコーヒーを吹き出しかける。

 別に、私はそんなふうには思ってない、そう、断じて、全くもって。

 

「おやおやぁ、顔が真っ赤だぞぉ?」

 

「な、そんなことない! 冬香姉さんはいつも私をそうやってからかって」

 

「からかってなんかないよー、だってアキルちゃんはクリスのこと好きなんでしょう?」

 

「そ、それは、その……」

 

「ふふふ、甘酸っぱいですなー」

 

「ゴホン……そんなことより、そっちはどうなのよ? メアリーとは上手くやってるの?」

 

「あちゃー、痛いとこをつかれたなー、上手くはやってるよ、うん」

 

「そんなこと言って、どうせメアリーに家事全部任してるんでしょう? 姉さんって女子力ないものね?」

 

「うぅ、アキルちゃんがひどいこと言うぅ……まぁ、実際そうなんだけどさ、さっきなんかメアリーにゴミを見るような目で『家事の一つでもできる様になる気はないんですか、冬香は?』って言われちった」

 

「それで逃げてきたと、はぁ、メアリーに同情するわ、いやになったら屋敷に帰ってきてもいいって連絡しておきましょう」

 

「え、お願いそれだけはやめて! メアリーがいなくなったら誰が家事をしてくれるのよ!」

 

「姉さんがしなさいな」

 

「そんな殺生な!」

 

「貴方、もう二十歳でしょう……家事のひとつできなくてどうするのよこれから……」

 

「うぅ……」

 

「賑やかだねぇ、はいコーヒーどうぞ」

 

「ありがとうございます!」

 

「はぁ……それ飲み終わったら謝りに行くわよ、私も着いて行ってあげるから」

 

「え! 本当!」

 

「本当よ、久しぶりにメアリーにも会いたいしね」

 

 そう言うと姉さんは急いでコーヒーを飲み出した。

 案の定熱い熱いと言っている、なんでこの人は音楽センス以外が全てかわいそうなことになってしまっているんだろう、と少し思ってしまった。

 

「ゆっくり飲みなさいな、火傷しちゃうわよ?」

 

「もうちょっと早く言って欲しかったかなぁ……」

 

 諦めて姉さんはゆっくりとコーヒーを飲む。

 それにしても『アウター・スペース』とか言うバンドの連中が気になる。

 スグルオ……聞いたことはないがおそらく超自然存在だろう、それに次の段階とも言っていたな、スグルオを呼ぶことは最終目標じゃない? さらに何か強大な存在を呼ぶための呼び水? 現時点じゃわからないことが多すぎる。

 

「ご馳走様でしたー!」

 

 姉さんの声が響く、考えるのは一旦やめね。

 

「それじゃあ、姉さんの家に向かおうかしら」

 

「ウンウン、レッツゴーだよ!」

 

 会計を済ませた後二人で店を後にした、目指すは姉さんの家がある赤夢街の高級住宅地だ。

 暗い夜道を二人で歩く。

 

「にしても久々だね、二人で歩くのいつ以来だろう?」

 

「さあね、覚えてないわ。でも、たまにはこう言うのも悪くはない、かな」

 

「にへへー」

 

 そう、たまにはこう言うのも悪くない。

 大切な家族と静かに歩く。

 そんな普通のことが今は愛おしく感じる。

 不意に後頭部に激しい痛みが走る。

 振り返るとそこにはマスクをして金属バットを持った大学生くらいの男がいた。

 姉さんの悲鳴が聞こえる。

 男はもう一度バットを振りかぶり私に叩きつけた。

 そこで私の意識は闇に沈んだ。



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不協和音II

 奇妙な音と頭の激痛で目が覚める。

 ぼやけた視界の先で姉さんが寝かされていた。

 その周りを囲うように黒いパーカーを着た八人ほどの男が立っている。

 男たちは冒涜的(ぼうとくてき)な歌を歌う。

 ……あぁ、あぁ! 

 まずい! 今あいつらはなんらかの儀式を行っている! 

 そしてその中心に姉さんが寝かされていると言うことは、あいつら姉さんを儀式の生贄(いけにえ)にする気か! 

 まずいまずいまずい! とにかく儀式を止めなくちゃ! 

 男の方に向かおうとするが、途中で手を後ろに引っ張られる。

 手の方に目をやると銀色の手錠がかけられていた。

 どうする? このままじゃ間違いなく姉さんは生贄となってしまう! 

 なら、悩んでいる場合じゃない。

 右手で左の親指を強く握り勢いよく逆方向に折り曲げる。

 

「……ッグゥ!」

 

 激痛が走るが必死に声を殺す。

 あいつらに気づかれてしまってはいけない、気づかれたら数で押し切られてしまう。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 なんとか手錠は外せた、後は後ろから〈ヨグ=ソトースのこぶし〉を打ち込んで……

 不意に奇怪(きかい)な音が私の左腕を襲う。

 

「がぁっ……⁈」

 

 なんだ? 音が響いただけなのに左腕から出血している⁉︎クソッ! これが『スグルオ』なのか⁉︎

 

「おい、お前なぜそこにいる! 確かに手錠で柱に繋げたはずだぞ!」

 

 最悪だ、男たちが全員こっちに気づいた。

 各々金属バットやバールを手に取り、こっちに近づいてくる、相変わらずあの奇妙な音も響いている。

 

「はぁ……はぁ……クソッ!」

 

 一人の男がバールを振り下ろす、あれに当たるのはまずい! 

 

「クッ……」

 

 間一髪でバールを避ける、が男の後ろから追撃しにきたバッドのフルスイングが私の横腹に打ち当たる。

 

「がぁッ……!」

 

 激痛が走り意識が飛びそうになる。

 ダメよ、今私が死んだら姉さんも死ぬ、それだけはダメ! 

 

「ツッ!」

 

 舌を思いっきり噛みちぎって痛みで無理やり意識を保つ。

 後少し、後少しだけこいつらを引き付けられればいい、それまで私の体が動けばいい! 

 男たちの攻撃を避けながら冒涜的(ぼうとくてき)な言葉を紡ぐ。

 限界まで気力を呪文使用のために削る、正気が溶けていく。

 後一節唱えれば呪文は完成する。

 そんな時に不意にまたあの音が私を襲う、今度は的確に身体の中心を(えぐ)る。

 

「ガッ……⁉︎」

 

 激痛が走る、だが詠唱(えいしょう)は止めない、止めてはならない。

 

「ッ! よぐ=そとーす!」

 

 呪文の最後の一文を読み上げる。

 同時に男たちは強大な力によって吹っ飛ばされる、手に持っていたバットやバールは砕けちる。

 今回は加減ができていないが生きているか? どっちにしろ、しばらくは動けまい。

 奇妙な音も同時に消失する。

 どうやら、『スグルオ』をこの世界に呼び出していた何かしらも同時に破壊できたらしい。

 

「はぁ……はぁ……キツいわね……姉さんは無事かしら?」

 

 満身創痍(まんしんそうい)の身体を無理やり動かして姉さんの方に向かう。

 よかった、少し怪我をしているけど息はある。

 

「あ……」

 

 瞬間、何か私の中の決定的なものが切れた気がした。

 そして私はそのまま地面に倒れ込む。

 ダメだ、早く助けを呼ばなきゃいけないのに身体がろくに動かない。

 ポケットに入っているスマートフォンを取るのさえひどく体が痛む。

 だけど、まだだ、せめて意識があるうちに助けを呼ばなきゃ……

 限界を迎えた身体を無理やり動かしてクリスに電話をかける。

 お願いだから早く出てちょうだい。

 

「もしもし、お嬢様?」

 

 クリスが電話に出る。

 

「クリス、良い? 今すぐ私のスマートフォンを位置検索してその場所にみんなを連れて来なさい! 零児さんたちもね、そこに八人くらいの男が倒れてるだろうから拘束して零児さんたちに尋問させて、後、姉さんを病院に……」

 

「ちょっと待ってください! どうしたんですか! 今どんな状況なんですか!」

 

「はぁ……はぁ……説明してるほど余裕がないの、後は頼んだ……わよ」

 

 視界がぼやけていく、身体の感覚が薄れていく、音は遠くなっていく。

 

「お嬢様!」

 

 電話越しのクリスの声が遠くに聞こえる。

 あぁ、ちょっと今回はまずいかもしれないわね……

 ダメだ、意識が保てない、私、死ぬのかしら? 

 それはダメ、まだ私は死ぬわけにはいかない。

 まだ、私は何も成し遂げていないのだから。

 その思考を最後に私の意識は途絶えた。



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姉は苛立ち、音楽の使者は平穏を害する

 ———予玖土町 赤夢病院にて

 

 目を覚ますと見覚えのない白い天井が視界に映る。

 ベッドの側からは「よかった……」と安堵の声が聞こえる。

 あれ? なんで私、ここにいるんだっけ? 

 目覚めて間もない脳を回転させ記憶を辿る。

 確か、アキルちゃんと一緒にメアリーに謝りに行こうとしてそれで……

 あ、ああ! 

 そうだ、私たちは変な奴らに襲われたんだ。

 あれ? じゃあアキルちゃんは? 

 

 ——周りを見回してみてアキルの姿はない。

 

 いない、アキルちゃんがいない! 

 

 ——彼女の思考がパニックに陥るにはそれで十分だった。

 

 だが、その瞬間ベッドのそばにいた()()に抱き止められる。

 

「冬香、落ち着きなさい」

 

 冷静なその声はいつも聞いていた声、メアリーの声だった。

 

「メアリー……アキルちゃんはどうしたの?」

 

 泣きそうになりながらメアリーに問う。

 正直、私は最悪の事態を想定していた、もうアキルちゃんがこの世にいないんじゃないかと言う事態を。

 

「安心して、アキルお嬢様は生きているわ。ただ、傷がひどいから別の部屋にいるだけよ」

 

 その言葉を聞いて少し気が楽になる。

 よかったアキルちゃんは生きているんだ……

 

「ねぇ、メアリー、私アキルちゃんに会いたい……私をアキルちゃんのところに連れてって……お願いだから」

 

「わかりました、あなたの怪我は大したことがないそうですから問題ないでしょう。さあ涙を拭いて、アキルお嬢様のところまで案内しますから」

 

 そう言って、メアリーはハンカチを差し出す。

 差し出されたハンカチで涙を拭う。

 そのままメアリーについて行ってアキルちゃんがいると言う病室に入った。

 アキルちゃんは規則的な寝息を立てながら静かに眠っていた。

 怪我の度合いが酷いのか至る所にギプスやら包帯が巻かれていた。

 

「どうして……どうしてこんなにアキルちゃんの方が怪我しているの?」

 

「申し訳ございません。それは言えません」

 

 メアリーは静かにそう答える。

 

「言えませんて……なんでよ?」

 

「アキルお嬢様からこの件については冬香お嬢様には黙っていろ、と言われているのです」

 

「は? なんでよ、私だけ知らなくて良いってどう言うことよ? 私と一緒にアキルちゃんは襲われたのよ! そうだ、犯人は? 犯人は捕まったの?」

 

「……犯人は確保されています。次期に誘拐事件として片付けられるでしょう」

 

「誘拐事件として片付けられるって……まるでそれ以外の何かがあったみたいな言い回しね」

 

「実際、それ以外のことがありましたよ。ですがアキルお嬢様曰く『この事件の本質は私が知っていれば良い、そもそも常人にはタダの誘拐事件にしか見えないから』とのことです」

 

「私が気を失っている間に何かあったのね、そうなんでしょう! 教えてよ、アキルちゃんがこんな目に合う理由を!」

 

「それはお答えできません」

 

「なんでよ!」

 

「アキルお嬢様はこの事件の本質をあなたに知って欲しくないのです。それを知って仕舞えばあなたの静かな日々が終わりを迎えてしまうのだから」

 

「意味がわからないわ! どうしてそんなに何かを隠そうとするの?」

 

「申し訳ございません、ですがそれが冬香お嬢様のためなのです。世の中には知らない方が幸せなこともある、と言うことです」

 

「あぁ、そう、もう良いわ。アキルちゃんが回復したら本人に聞くから!」

 

 つい、苛立ってしまう。

 何せ私以外の屋敷の関係者はみんなこの事件の本質を知っているようだからだ。

 クリスに聞いても、グレンに聞いても、ケイトちゃんに聞いてもみんな一様に「それは話せない」と何かを隠している。

 そんな状況がひどく不愉快で苛立っていた。

 何より、大切な妹がこんなに怪我をしているのになぜそうなったかすら分からないことに苛立っていた。

 その日の夜、病院のベッドで眠りにつく、傷は浅いけど、大事をとって2日ほど入院することになっていたからだ。

 その夜、奇妙な音楽が聞こえた。

 正気を削るような聞いたことのない音楽。

 今まで聞いたどの音楽(タイプ)とも全く違う別の『何か』を聞いた。

 これは、嫌だ。

 本能的に恐怖を感じる音楽だ。

 嫌だ聞きたくない。

 耳を塞いでみるが、まるで意味がない。

 例えるなら脳に直接音楽が流れているような感じだ。

 なおもこの奇妙な音楽は続く。

 あぁ、あぁ! 嫌だ、なんなんだこの音楽は! 嫌だ、誰か助けて……

 

 絶えず音楽は鳴り続ける、彼女はその才能ゆえに音楽の使者たる外なる神に目をつけられたのだ、そんな彼女の行末はまた、別の話だ。



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しばしの平穏

 病室で目を覚ます。

 この前の事件の際に手ひどく負傷した私は半ば療養をしなければいけない状態に陥っていた。

 左親指骨折、肋骨四本骨折etc……頭も10針縫う羽目にもなった。

 正直、生きているのが不思議なくらいだ。

 まぁ、そのおかげで病院からなかなか出られないわけだが。

 これじゃあ、何かあった時に対処に迎えない、いや、それ以前に色々と問題が浮き彫りになった。

 多対一の状況になってしまった時の対処法である。

 この前ので痛感したが、私は多対一の戦闘においてはかなり不利だ。

 前回は〈ヨグ=ソトースのこぶし〉でなんとか難を逃れたが、次はそういかないかもしれない。

 早急に別の戦闘手段を用意するべきだろう。

 

「と言うことでわざわざ二人には来てもらったわけだけど、何か質問はあるかな?」

 

「質問っつうかよぉ、なんで俺とシェリーなんだ?」

 

 グレンは問う。

 

「簡単な話だ、グレンには科学方面……特に機械で、シェリーには私が知らない魔術で各々いい案はないかと思ったのよ」

 

「けど、今でも十分なんじゃない?」

 

 シェリーは問う。

 

「確かに星外の魔術は強力なものが多い、が燃費が悪いの。後、さっき言った通り多対一になると〈ヨグ=ソトースのこぶし〉などのさらに燃費の悪いものを使わないといけなくなるのも問題だから……」

 

「あー、確かにそこら辺はめんどくさそうね。けど、アキルちゃんが使ってる魔術は私のと違ってその出所が星の外側からだからねぇ。そもそもの構造が違いすぎるのよ」

 

「そう言うこと、だから私も星外魔術以外に戦う手段を持とうと思ってね、シェリーは元からこの星にあった魔術には詳しいし、グレンは持ち前の科学力で超自然存在に対抗できそうな武器を作れないかと思って呼んだわけよ」

 

「なるほどなぁ、だがよ、いくらなんでも無理がねえか?」

 

「と言うと?」

 

「単純に俺は魔術ってものが分からねえんだよ、科学とは全く違うし、それにお嬢が相手するのは星の外の化物、言うなれば宇宙人みたいなもんだ、しかもモノによっちゃ物理法則がそもそも効かないときた、正直俺にはお手上げだ」

 

「なるほど、一理あるわね」

 

 グレンの言っていることは至極真っ当だ、超自然存在の中にはこの前の『スグルオ』のようなそもそも実体を持たない奴もいる。

 そんな奴らに対して現在の地球科学で対抗するのは無理があるだろう。

 

「魔術に関しても多分同じねぇ、星外のは専門外だけど、さっきも言った通りそもそもの構造が違いすぎるのよ。仮にアキルちゃんが今から魔術を覚えようとしても長い時間がかかると思うわ」

 

「うむ……弱ったわね、どうにかしてこの弱点は克服したいんだけど……」

 

「発想を変えましょう、そもそも何でもかんでも一人で解決しようとするからいけないのよ」

 

「あぁ、それは俺も思った。お嬢っていつも一人でどうにかしようとするからな」

 

「む、そんなつもりはないんだけどなぁ」

 

「アキルちゃんの悪い癖ね、そこを直しなさいな。具体的に言うとある程度戦える人と常に二人一組で動くとか」

 

「なるほど、となるとケイト、雪奈、ヴァレット辺りかなぁ……」

 

「そうねぇ、あの三人が今いる人員だと一番強いからねぇ、私は戦うのは専門外だしクリスくんはそれなりに戦えるだろうけど正直その三人には劣るだろうし」

 

「確かにな、俺も裏方専門だしな」

 

 ふむ、となるとやはりケイトが適任だろうか、あいつなら暴力ごとに強いし何より状況に対する対応力が高いからな。

 

「ケイトに頼んでみるとするわ。それはさておき、グレンにひとつ依頼したいものがあるの」

 

「ん? なんだ、なんか作れば良いのか?」

 

「あぁ、ちょっとしたものよ、銃弾を作って欲しい。私が作っておいた〈ヘルメス・トリスメギストスの毒塵(どくじん)〉を内蔵させたとっておきのやつをね」

 

「あー、あの化け物共によく効くやつか、まぁ、やっておくよ。サイズは?」

 

「ケイトの銃に合わせておいてちょうだい」

 

「了解、んじゃ俺は帰って作り始めますかね」

 

 そう言ってグレンは病室から出て行った。

 

「今日は、呼び出して悪かったわね。また何か悩んだら相談に乗ってもらえるかしら?」

 

「良いわよ、それくらい。なんたって私の大切な友人ですもの相談くらいいくらでも聞いてあげるわ」

 

 シェリーは笑顔でそう答える。

 我ながら良い友人たちを持ったものだ、だからこそ私はこの友人たちとの日々を守りたいと思える。

 

「はぁ、私も退院したら筋トレの一つでもしてみるかな、少しくらいは自分で対応できるようにしたいし」

 

「ダメよ」

 

 空気が変わったようにシェリーは呟く。

 

「どうしたの急に?」

 

「だって……」

 

「?」

 

「そんなことしたらアキルちゃんが筋肉ダルマになっちゃうかも知れないじゃない!」

 

 力強くそう答える。

 あ、これはめんどくさい地雷を踏んだかもしれない。

 

「いい? 私は可愛い娘の血が吸いたいの! 筋肉なんてそこから最もかけ離れたものよ! アキルちゃんはそのままて折れそうなくらいの細さと白さでいてよ! 吸血する側のことも考えるべきだと思うの私!」

 

「あ、あぁ……わかった、わかったから」

 

 あぁ、シェリーってそう言うのが好みなのか、まぁそう言う約束をしたのは私の方だからなるべく付き合うが、正直ちょっと……と思う。

 

「分かればよろしい!」

 

 シェリーは今まで見たことがないようなドヤ顔で満足げにそう答える。

 ……まぁ、他人の趣味にとやかく言っても仕方ないからな。

 

「じゃあ、私もこれで帰るから。早く元気になってね!」

 

 そう言ってシェリーも病室を後にする。

 私以外がいなくなった病室は寂しいほどに静かだ。

 

「そうだな、早く退院したいものね……」

 

 そう呟く、そうだ、私にはやることがある。

 未だ行方の掴めない『赤スーツの女』やつを捕まえしかるべき対処をする。

 超自然存在を悪用するようなやつだ、いつこのしばしの平穏が崩れるかわかったモノじゃない。

 真の意味での平穏な日々を過ごすためにも奴には会わなきゃいけないのだから……



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神域の画家I

 退院して早数週間、未だ状況に進展はなく、あいも変わらず『赤スーツの女』の行方は掴めていない。

 それに、姉さんのことが気になる。

 私が退院する前にメアリーから聞いたのだが、事件の後から姉さんは時折音楽が聞こえるのだと言う。

 儀式の際の後遺症かと思ったが、音楽が聞こえる以外の被害は今のところないらしい。

 何もなければいいのだが……

 問題は増えていくばかりで元凶たる『赤スーツの女』について掴めないまま数ヶ月が過ぎた頃、事態は一変した。

 その始まりはある日、姉さんが連れてきた大学の後輩『無神ニア』さんの一言だ。

 

「私、その人のこと知ってます! よく画材を売ってくれるので!」

 

 その一言を聞いたときは椅子から転げ落ちそうになった。

 今までどんな情報網にも引っかからなかった『赤スーツの女』を知っているばかりかよく画材を買っているだと? 

 とにかく詳しく話を聞いた。

 彼女曰く、『赤スーツの女』は幻夢街の一角に店を構えており、そこで商売をしているのだと言う。

『赤スーツの女』以外にも高校生くらいの女の子が一緒に働いているらしい。

 予想外すぎる情報に理解が追いつかなくなる。

 とにかく、これで奴の所在はわかった。

 問題はそれが罠である可能性だ。

 今まで『赤スーツの女』が力を貸した人物たちはどちらかと言えば『赤スーツの女』とは別口ながらそれぞれ悪事を働いていた。

 なんなら大学生連中に至っては儀式で姉さんを生贄にさらなる上位の存在を呼び出そうとしていた。

 となれば、今回情報をくれた無神ニアも怪しむには十分なわけだ。

 

「ところで、ニアさんは『赤スーツの女』からよく画材を買うとのことですが、何か絵を描いていらっしゃるんですか?」

 

「ええ、まぁ、夢とかで見たものをちょっと」

 

「夢で見たもの、と言いますと?」

 

「いやぁ、なんて言えばいいんですかねぇ……実物を見てもらった方が分かりやすいんですが……もし、お時間が大丈夫そうでしたら今から私の家にきませんか? そこでお見せしますよ」

 

「ええそうですか、でしたらもう一人連れて行ってもいいでしょうか?」

 

「構いませんよ、えへへ、自分の絵を見てもらうだけなのになんか緊張しちゃうなぁ!」

 

 恥ずかしそうにニアさんはそう呟く。

 一体彼女の言っていることのうち何割が真実かわからない。

 ならば、取れる手段は全てとる。

 ケイトに連絡を入れ隠せるだけの装備と〈ヘルメス・トリスメギストスの毒塵(どくじん)〉を配合させた弾丸を持たせる。

 もし戦闘になっても、これで少しは持つだろう。

 さらに、屋敷の他のメンバーたちにも連絡を入れていく。

 ニアさんの家までの尾行と、何かあった際はすぐに応援に駆けつけてもらうためだ。

 そうして全ての準備が終わった段階で再びニアさんに話しかける。

 

「では、一緒に行くケイトの準備が終わりましたら出立しましょう。それまでしばらくお待ちください」

 

「分かりましたー」

 

 ニアさんは至って自然にそう返す。

 彼女が黒か白かわからない以上私たちは取れる中でも最善の手で動かなくてはならないし、それを感づかれるわけにはいかない。

 そう、至って自然にことを運ぶしかない。

 もしここで彼女を逃したら最悪『赤スーツの女』に逃げられる可能性だってある。

 ならば、彼女の家で起こること次第では私は彼女を……

 

「準備できたわよー」

 

 ケイトの声が屋敷に響く。

 

「あぁ、そう、わかったわ。ではニアさん道案内はよろしくお願いしますね」

 

「はい、お任せくださいな」

 

「アキルちゃん、ニアちゃん、悪いけど私はちょっとパスするわ。なんだかちょっと疲れちゃって」

 

 姉さんは不意にそう答える。

 

「そう、じゃあ私の部屋で休んでて、最近忙しかったんでしょう?」

 

「そうですね、冬香先輩は人気のピアニストですもんね! 最近は他の楽器も自由自在に奏でる、正に天才音楽家ですよ!」

 

「ええ、じゃあお言葉に甘えさせてもらうわ」

 

 そう言って姉さんは私の部屋へと向かった。

 正直、好都合だ、戦闘になる可能性もあるんだ、姉さんを巻き込まなくて済むのは私としてもいいことだ。

 

「じゃあ、案内しますねー」

 

 ニアさんは快活な声でそう言う。

 さて、何が待っているものか。

 とにかく油断はもうしない。

 今度こそ必ず『赤スーツの女』を捕まえるためにも。



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神域の画家II

 ニアさんに案内されて彼女の家の前に着く。

 彼女の後ろに続いて部屋に入る。

 

「これが私の作品たちです!」

 

 そう言って彼女が紹介した絵画に、思わず言葉を失う。

 その完成度もそうだが何よりも問題なのは描かれたものだった。

 ——非ユークリッド幾何学的な模様の石造都市の中心で眠る類人的な外見だがタコに似た頭部とそこから生える無数の触手、背中からは細長い羽を生やしたそれは、私の知る一つの存在と結び付けられる。

 暗黒の死の都市で微睡むその存在の名はクトゥルフ、この星の古き支配者である。

 それだけじゃ無い。

 ——巨大な炎の塊、それ自体がまるで生きているかのような生命力を感じさせる絵画は間違いなくクトゥグァだ。

 他にも黄衣の王、邪悪の皇太子ハスターに燃え上がる緑の炎はトゥールスチャか? 

 そして、ああ、一番問題なのはこの絵画だ。

 沸騰する混沌、原始の混沌、万物全ての王にして微睡を続ける白痴盲目の魔王、アザトース、その一部を描写したであろう絵画、本来、人が認識することなど不可能な絶対神の絵画さえここにあるのだ。

 まだまだ絵画は無数にある。

 その全てが名状しがたい存在や、古の支配者たち、外なる神々、それらを崇拝する奉仕種族など、普通の人間が知り用の無い存在ばかりだ。

 そしてその全てが今にも動き出しそうなほどの完成度を誇っている。

 常人が見たら正気を失いかねないだろう。

 

「ね……ねぇ、アキル、これ」

 

 あのケイトが震えた声で呟く、無理もないこんなものを見てまともでいられる方がおかしいのだ。

 

「大丈夫、落ち着いて、しっかりしなさい」

 

「ええ……ええ、大丈夫、大丈夫よ、ええ……」

 

 ケイトを落ち着かせる。

 今、発狂されては困る。

 それより問題なのは無神ニアだ、こいつは間違いなくやばい。

 〈平凡な見せかけ〉で偽装しておいたダガーを手に取る。

 瞬間、後ろから腕を掴まれる。

 

「おいおい、それは物騒過ぎやしないですか?」

 

 そう言って私の腕を掴んだのは褐色肌の女性だった。

 

「あ、(ルナ)さん! どうしたんです? アキルちゃんの手なんて掴んで?」

 

「いやあね、あんまりにも綺麗な手をしてたから気になっちゃってね、いやあ悪いね!」

 

 そう言うと月と呼ばれた女は私の手を離した。

 

「彼女に手を出すようなら殺すよ?」

 

 離す際に私だけが聞き取れるような小さな声でそう警告する。

 

「貴方、普通の人間じゃないわね? 何もの?」

 

「さぁ? 強いて言えば()()()()ニアちゃんのファンさ、彼女に危害を加えないんだったらお前たちにも危害を加えないで置いてやるよ」

 

 そう言うと、パッと表情を変え月はニアの側に移動した。

 

「?」

 

 ニアさんは何もわかってないような感じだ。

 どうする? 間違いなくあの月とか言う女はニアさん側の人間だ、しかも私の〈平凡な見せかけ〉で偽装したダガーを完全に正しく認識していたことを考えると、魔術師である可能性が高い。

 こいつがニアさんを操って絵画を描かせているのか? 

 どっちにしろ非常にまずい状況だ、敵は魔術師、それもかなり強力な魔術師だと推測できる。

 なら、ここで取るべき行動は一つだ。

 

「えっと、ニアさん、絵はよくわかったので『赤スーツの女』について詳しく教えてもらえるかしら?」

 

「ああ、そうでしたね、じゃあ今からその人のお店に行きましょうか!」

 

「ええ、そうしていただけると助かります」

 

 この場からの安全な逃亡、それが正しい選択だ。

 今ここで戦っても勝てる見込みがない以上、逃げに徹するべきだ。

 

「あら、じゃあ私もついていっていいかしら?」

 

「え? 月さんも来るんです?」

 

「ええ、ちょっと気になるからね」

 

 クソ! こいつ逃さない気か! 面倒なことになったぞ、これじゃあ意味がない! 

 

「と言うわけで、私も同行させてもらいますね!」

 

 そう言って月は私の方に手を置き小さく囁く。

 

「別にあなた方が変な気を起こさなければ生きて返してあげますよ。まぁ、少しでも賢いのであれば分かりますよね?」

 

「お前の目的はなんだ? 何故彼女に執着する?」

 

「何故って……さっき言ったでしょう? 私は彼女のファンなんですよ」

 

「どうだか」

 

「ふふふ、まぁどう思おうと構いませんが、下手な気は起こさない方が身のためですよ?」

 

「チッ……」

 

 そうして私たちは月を加えて『赤スーツの女』が経営していると言う画材屋に向かった。



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神域の画家III

 私たちニアさんに連れられて幻夢街の入り組んだ路地裏を行く。

 もうすぐだ、もうすぐ『赤スーツの女』に会える。

 仮に話し合いができるような相手ならそれでいい、荒事はなるべく避けたいからな。

 だが、話し合いの余地がない相手なら全霊を持ってそこで殺す。

 そう考えているうちに、件の『赤スーツの女』の店の前に着く。

 意外にもその店構えは普通のどこにでもあるような店だった。

 

「お邪魔しまーす!」

 

 そう言ってニアさんが入店する。

 続くように(ルナ)さんが、私たち二人はその後ろに続いて入店した。

 中は質素なもので、昔ながらの雑貨店といった感じだ。

 今のところ、私の目を引くような異常な物もない。

 

「あれ?今日は店長さんいないのかな?」

 

 そんなことをニアさんが呟く。

 

「何時もは、店長さんが居るんですか?」

 

「そうなんですけどね、店長さんがいない時はバイトの霧子ちゃんが居るはずなんですけど……」

 

 不意に店のシャッターが音をたてながら勢いよく閉まる。

 

「やぁ、よく来てくれたね、ニア君」

 

 店の奥から不適な女の声が響く。

 

「店長さん?えっと、シャッター閉まっちゃいましたよ?」

 

 状況がわからないのか、ニアさんはそう店長に告げる。

 シャッターを閉めたのはおそらく意図的なことだ、私たちを逃さないために。

 店の奥の暗がりから店長と呼ばれた人物が姿を表す。

 真っ赤なスーツを着こなし、その側には私と同い年くらいの少女が立っていた。

 

「では、改めて名乗らせていただこう、私の名は……」

 

「私の名、ですか。笑わせますね、人の化身・赤の女王(カラダ)を勝手に使ってる寄生虫の分際で我が名を語るか?」

 

『赤スーツの女』の言葉を遮り月さんはそう告げる。

 その声には強い怒りと嘲笑が込められていた。

 

「ふむ、貴様は来ないと思ったのだがな、ナイアーラ?」

 

『赤スーツの女』はそう告げる。

 その言葉は私にとって聞き逃せないものだった。

 ナイアーラはある神の呼び名の一つだ。

 その神こそ最低最悪の邪神にして、全知全能の魔皇の子、すべてを嘲笑うメッセンジャー、這い寄る混沌Nyarlathotep

 

「私をその名で呼ぶか不敬者よ」

 

 月さん……Nyarlathotepの空気が変わる。

 強い怒りを持ちながら恐怖を感じるほどの冷たい殺意をその身から放つ。

 

「不敬者ときたか、ナイアーラよ、少々自尊が過ぎるのではないか?」

 

「貴様!」

 

 咆哮にも似た声が店内に響く、今やこの店内は邪神による戦闘がまさに始まらんとしている!

 

「どうした?所詮私は虫程度の存在なのだろう?虫の駆除すらできぬのか混沌!」

 

「いいでしょう、その見え見えの喧嘩、買って差し上げます。代金は貴方の命ですよ!」

 

 そう言い切るとNyarlathotepはその右手を変質させ、そのカギ爪を『赤スーツの女』に振り落とす。

 

「お前にしては馬鹿正直に動きすぎたな!ナイアーラ!」

 

『赤スーツの女』は待っていたと言わんばかりに懐から金属製の箱を取り出すと振り落とされたカギ爪に触れさせた。

 

「輝くトラペゾヘドロンですか、そんなものが何になる!」

 

「こうするのだよ!」

 

 その声と同時に周囲を眩く同時に暗い光が覆う。

 あまりの輝きに私は一瞬目を閉じてしまう。

 再び目を開けるとそこにはNyarlathotepの姿はなく『赤スーツの女』だけが立っていた。

 

「ふ、ふふふ、ふふふ、ハハハ!実に、実に実に愉快だ!愚かだなナイアーラよ!貴様の愚考のおかげでこうも簡単に貴様を封印することが済んだ!これを笑わずしてどうする!」

 

『赤スーツの女』は嘲笑う。

 一頻り笑った後こちらにその目を向けた。

 

「さて、残るは君達だが、私が用があるのはニア君だけだ」

 

 そう言って『赤スーツの女』はゆっくりと近づいてくる。

 状況はわからない、けど限りなくまずい!なら、今しかない!

 

「ケイト!」

 

「応よ!」

 

 その一声の元にケイトは即座に銃を『赤スーツの女』に向け引き金を引いた。

 その弾丸の弾頭の中には〈ヘルメス・トリスメギストスの毒塵(どくじん)〉が仕込まれている。

 奴が星外の存在なら間違い無く致命の一撃となるだろう。

 たとえ、ただの魔術師だろうと、間違いなく致命傷となるはずだ、なるはずなのに……

 頭を撃ち抜かれた『赤スーツの女』何事もなかったかのように平然としていた。

 

「ふむ、〈ヘルメス・トリスメギストスの毒塵〉を使った弾丸か、なかなかのものだが()()()()()()私には関係のないことだ」

 

『赤スーツの女』はそう言い放つ。

 

「ちょうど良い、この化身・赤の女王(カラダ)ももう必要なくなった。どうせ死にゆくのだ、貴様らには我が真の姿を見せてやろう」

 

 そういうと『赤スーツの女』の背中に亀裂が入る。

 蛹が蝶になるかのように必要なくなったカラダからその真の姿が這い出でる。

 

「ふぅ、この姿は久しいな」

 

 そうして現れた姿は長い長髪の男だった。

 

「さて、まだ名乗っていなかったな、我が名は蒼葉夜行(あおばやこう)、至高の魔術師にして新たなる世界の王となるものである」

 

 その男の名を聞いて思わず耳を疑う、何故なら蒼葉夜行は私の遥か昔の先祖だからだ!

 

「ありえない!蒼葉夜行は遥か昔に行方不明になったはず、仮にそのあと生きていたとしてももう死んでるはずだ!」

 

「ほう、貴様、蒼葉の人間か?」

 

 夜行の視線がこちらを捉える、その視線はひどく冷たく狂気を帯びていた。

 

「そうよ、現蒼葉家次女の蒼葉アキルよ!」

 

「ふむ、ならばアキルよ、そこにいるニアをこちらに受け渡せ、そうすれば貴様とその横にいる娘は見逃してやる」

 

 冷徹な声で夜行はそう告げる。

 そんなこと聞かれなくても答えは決まっている。

 

「嫌よ!彼女は渡さない!」

 

 夜行の目的はわからない、けれどニアさんを渡してしまうのは間違いなく悪手だ。

 

「そうか、なら……」

 

 夜行が行動を起こそうとする、叩くなら今だ!

 

「よぐ=そ……⁉︎」

 

 呪文を唱えようとした瞬間体に激痛が走ると同時に吹っ飛び、締まりきったシャッターにケイトとニアさん諸共叩きつけられる。

 今の衝撃でケイトとニアさんは気を失ったようでぐったりとしている。

 かく言う私も意識こそ残っているものの身体がろくに動かせない。

 

「〈ヨグ=ソトースのこぶし〉か、その年で使えるのは驚いたが所詮はまだ小娘だな、我の足元にも及ばん。さて、混沌の神(ナイアーラ)時空の神(ヨグ=ソトース)の巫女は手に入れた、あとは音楽神(トルネンブラ)の巫女だけだ……」

 

 そう言い放つと夜行はニアさんを抱えて店の奥へと向かう。

 

「ま……てッ!」

 

 動かない身体を無理やり動かして夜行を追おうとする。

 

「なんだ、まだ生きていたか?霧子、そいつらを殺せ」

 

 そう命じられると先ほどまで不動だった生気のない瞳の少女は動き始める。

 支配系の魔術で操られているのか?どちらにしろ考えている時間はない!

 どうする?ケイトは完全に意識を失ってるし私もろくに動ける状況じゃない!

 このままじゃ二人とも殺される!

 霧子と呼ばれた少女は隠していたダガーを手に持つと私へと向かってきた。

 その刹那、後ろのシャッターが切り裂かれる。

 危険に感づいたのか霧子は後方にジャンプして距離を取る。

 

「お待たせしました!不知火雪奈、参ります!」

 

 切り裂かれたシャッターから雪奈が店内へと侵入する。

 

「ナイスタイミングよ!けどもう少し早いほうがよかったわ!」

 

「そんなこと言ってる場合ですか!とにかく安全なところへ!」

 

 クリスがそう叫びながら私とケイトを抱えて店外へと脱出する。

 

「雪奈!」

 

「はい!」

 

「殺すな!」

 

「ええ、お任せください!」

 

 そうして闇夜に染まる幻夢街の一角で、1人の剣客と1人の傀儡の戦いは始まった。

 

 

 

 アキルさん達はどうやら退避できたようだ。

 なら私の役目は目の前の少女を倒すだけだ。

 獲物は両手のダガーか、それに、この娘相当場馴れしている。

 構えに無駄がない、人を殺すのに最適な構えを自然と取っている。

 だが、それがどうした。

 我が一刀はそれさえ超える。

 ただ一刀のうちに決着をつける!

 場の空気が張り詰める、先に行動に出たほうが間違いなく不利なこの状況。

 その中においてただただ意識を落とす、腰を深く落とし体から力を抜く。

 極限の一刀のためにすべてを捧げる。

  対する少女は私ではなくアキルさん達に意識が向いている。

 これなら確実に決められる。

 少女が動く。

 狙いはアキルさん達の方。

 だけど、そこは私の間合いだ!

 極限まで脱力させた体に一気に力を入れる、引き抜かれた刀は音を置き去りにし少女の腹部に打ち当たる、後に少女は吹き飛び店内の棚にその身を叩きつけられ沈黙した。

 

「峰打ちです。痛いでしょうけど我慢してください」

 

 これにて我が一刀は役目を終えた。

 

 

 

 しばらくして雪奈が霧子を担いで店の外に出てくる。

 

「言われた通り、殺さず無力化しました!」

 

「さすがね、雪奈、彼女はただ操られていただけなようだから殺さずに済んでよかったわ」

 

「……それはちょっと怪しいかもですよ?」

 

「どういうこと?」

 

「彼女と対面してわかったんですけど、この娘、場馴れしすぎてます。多分何人か()ってますよ?」

 

「……そう、けど今はいいわ、それどころじゃないから。とにかく今は屋敷に戻らないと!」

 

「どういうことです?」

 

「多分次の狙いは姉さんよ、説明は屋敷に向かいながらするわ!」

 

 夜行の奴はトルネンブラとか言っていたけどようやく思い出した!

 音楽神トルネンブラ、稀代の天才音楽家の元に現れこの世ならざる技術を与える代わりに狂気を振りまく音の生命体にして魔皇の眠りを維持する調律者!どうして今まで思い出せなかったんだ!

 おそらく、姉さんは今トルネンブラに取り憑かれている状態なんだ!

 それに……

 

 

 

 そう思考を巡らせた瞬間、大きな異変が起きた。

 大気は震え始め、辺りには奇妙で荘厳な音楽が鳴り響く。

 そして亀裂音にも似た大きな音が空から響き、天を見上げる。

 空は割れ、その亀裂から沸騰する黒いナニカがこちらに這い出ようとしていた……

 

 

 

「なんなのよ、アレは……!」

 

 

 

 ——天より飛来せしは原初の混沌、星の最果ての宮殿で微睡む盲目白痴の魔王、万物の王、すべての始まりにして全ての終わり、混沌たる神々の始祖、その神の名はAzathoth、原初の創造神にして大いなる魔皇である。

 



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星の終末

 ——天より顕現せし異形の混沌、その出現を察知したかのように奇妙な音楽の神はその旋律を変貌させる。

 天より現れし異形の神々の王を賛美するかのような荘厳な音色が響き渡る。

 夜だというのに天地は煌々と輝き、地表は緩やかに崩れ、光の粒子となって天へと還る。

 あたりに響き渡る人々の絶叫と悲鳴は王を称える音色と混ざり合い賛美の声と化していた。

 天に座す王へ一筋の光の柱が道を作り出す、その様は美しく幻想的でさえあった。

 幻想、狂気、混沌、絶叫、崩壊、賛美、その全てが溶け合い混ざり、星の終焉を彩っている。

 

 その場にいた誰もが、あまりの異常事態に絶句する。

 天から現れようとしているソレを我々は知らない、知ってはならない。

 なのに、無理やりその存在を理解させられる。

 アレは、アレこそが神だ。

 全ての始まりにして終わり。

 星海の最果ての宮殿で微睡む白痴盲目の魔皇。

 Azathoth、その存在を理解させられる。

 

「な、なん……なんですか! あんな物が存在していいわけない!」

 

 雪奈が絶叫する。

 その声には恐怖と畏怖の感情が強くこもっていた。

 

「落ち着きなさい! とにかく今は事態を把握するのよ!」

 

「事態を把握ったって……どうしろって言うのよ!」

 

 困惑した表情で意識を取り戻したケイトが問う。

 

「そんなの私にもわからないわよ! けど、少なくともこの事態が夜行の仕業なのは間違いないわ! とにかく今はあの光の柱の元に行くのが先決よ、そこに必ず夜行がいるわ!」

 

「行くって……アレを相手にするのはちょっと無謀が過ぎない?」

 

 ケイトは問う。

 その声には半ば諦めの感情が強くこもっていた。

 

「無謀でしょうね! けど、何もしなかったらそれこそ、ただ死ぬだけよ!」

 

「……そうね、アタシにもこのままじゃやばい事くらい分かる。それに私、まだ死にたくないからね!」

 

「そう言うことよ! クリス! 急いで車を回してきて頂戴!」

 

「わかりました!」

 

 そう言ってクリスは迷路のような路地を大急ぎで駆け抜けていく。

 

「さあ! 私たちも後に続くわよ!」

 

「応よ!」

 

 そうして、続くように私たちもクリスの後を追って全力で駆ける。

 とにかく、Azathothの降臨を止めなくちゃならない! 

 奴が完全に降臨して仕舞えば、おそらく()()()()()()()()()()()()! ()

 そう感じさせるほど、あの神の力は強大だ。

 だが、まだ完全に希望が潰えたわけじゃない。

 おそらく、Azathothはまだ完全にこちら側の世界に降臨できていない。

 もし完全に降臨しているのならすでに世界は崩壊し、私たちは狂気に飲み込まれながら星の終末を眺めることになっているはずだ! 

 しかし、現状はまだそうはなっていない。

 なら、まだどうにかなるかもしれない。

 早く、早くあの光の柱の下に行って夜行が行っているであろう降臨の儀式を止めなくては! 

 

「さあ! 皆さん早く乗ってください! フルスピードで行きますよ!」

 

 そう言ってクリスは全員が車に乗ったのを確認すると思いっきりアクセルを踏み込んだ。

 

「ちょ、ちょっと! これ大丈夫なの⁈」

 

 先に乗っていたシェリーが叫ぶ。

 

「大丈夫ですよ! けど、口は閉じててくださいね! 舌を噛むかもしれないので!」

 

 そう言ってクリスはさらにスピードを上げる。

 

「……見えた!」

 

 車体が大きく揺れる。

 急カーブを繰り返し、光の柱の下……生羅無大公園(セイラムだいこうえん)に突っ込む。

 尚もスピードを緩めることなく私達を乗せた車は光の柱の下へと近づいていく。

 不意に車体が大きな音を立てて急ブレーキをかける。

 

「着きました!」

 

 クリスのその声と同時に私は車外へ飛び出し、光の柱まで走る。

 

「お嬢様! 後ろ!」

 

 光の柱まで後一歩というところで後方からクリスの叫ぶ声が聞こえた。

 一瞬、後ろを振り返ると、そこには無数の可視化した星の吸血鬼がいた。

 その中の一体がその触手をこちらへと今まさに振り落とそうとした瞬間、星の吸血鬼は両断された。

 奇妙な断末魔を上げながら星の吸血鬼は地へと堕ちた。

 

「行ってください! ここは私たちが引き受けます!」

 

「そうよ、アキルちゃん行って!」

 

「こっちはアタシ達が死ぬ気で処理するから!」

 

「そうです! 私たちが必ずお嬢様の帰ってくる場所を死守して見せます!」

 

 雪奈が、シェリーが、ケイトが、クリスがそう叫ぶ。

 すでに4人の周りは夥しい数の星の吸血鬼が取り囲んでいた。

 明らかに戦力が足りていないこのままじゃ……

 

「クソッ! 今加勢す……」

 

 その言葉を遮ってクリスが叫ぶ。

 

「私達を気にしている場合ですか! 今、お嬢様が夜行を止めなくては世界が終わってしまうのです! だから、前に進んでください!」

 

 そう強く叫ぶ。

 そうだ、私がここで加勢に入ってしまったら誰も夜行を止められなくなってしまうかもしれない。

 なら、私はその先へ行くしかない! 

 

「みんな……わかった! 死なないでよ!」

 

 そう言って光の柱の中に入る。

 

必ず帰ってきてくださいね

 

 光の中に飲み込まれる際に小さくクリスの声が聞こえた気がした。

 

 

 

 先の見えない光の中をただひたすらに突き進む。

 進み続けたその最果てに奴はいた。

 

「ここまで来たか、アキルよ」

 

 光の柱の中心にある玉座に君臨する夜行、その後ろには祭壇が一つあった。

 そこにはNyarlathotepを封印したトラペゾヘドロンが開かれた状態で置かれていた。

 

「ええ! 来てやったわ! 姉さん達はどこ!」

 

 夜行は嘲笑の笑みを浮かべる。

 

「この状況で姉如きを心配するか、まぁ良い。その愚かさに免じて教えてやろう。空を見るがいい」

 

 そう言って夜行は天を指す。

 その方向に視線を向けると、そこには玉虫色の球体の集合体に取り込まれかけた姉さんとニアさんがいた。

 

「お前……姉さん達に何をした!」

 

「何をした、か。あれこそが巫女の正しい使い方なのだ。奴らを取り込んでいるのは時空の神ヨグ=ソトース、その一部だ、そこに我が魔術と巫女の力を使い、擬似的に二柱の神を使役する為の道具としているのだ」

 

「そんな馬鹿な……神を操るなんて不可能なはず」

 

「確かに我だけの力では到底無理だろう。しかし二柱の神と共鳴した巫女共を使えば話は別だ。巫女に神格を強制同期させることによって今や二柱の神は我が手中にある!」

 

 高らかに笑いながら夜行はそう説明する。

 巫女を神と同期させる? 

 話の次元が違いすぎて理解が追いつかないが、限りなくまずい状況なのは理解した。

 なら……

 

「そうはさせん!」

 

 不意に身体が地面に叩きつけられ地に伏せる。

 尋常じゃないほどの重力が肉体を襲う。

 まるで巨大な何かに上から押し潰されているような……〈クトゥルフのわしづかみ〉か! 

 

「我が悲願……全能の魔皇たるアザトースを我の支配下に置き、我が世界の王となる夢は後少しで叶う。それまで貴様はそこで無様に這いつくばっているがいい!」

 

 より一層重力は強くなる。

 だけどここで挫けるわけにはいけない。

 ここで私が挫けたら世界そのものが終わってしまうのだから! 

 

「ふざけるな! この程度……」

 

 必死に身体に力を入れる。

 天からの圧力で激痛が走る。

 身体はミシミシと骨が軋むような音を立てる。

 だけど、そんなことはどうでも良い! 必ず夜行を止める! 

 

「ほう、〈クトゥルフのわしづかみ〉を受けてなお、立つか。面白い、その気力がいつまで続くか見ものだな」

 

 嘲笑うように夜行は呟く。

 認めたくはないが、魔術師として今の私は夜行より遥かに弱い。

 魔術戦……そもそも普通に戦ったところで、やつを倒すことは私では不可能だろう。

 そう、私だけではな……

 

「はあああああ!」

 

 叫び声を上げながら夜行に向かって吶喊する。

 途中、簡易的な〈ヨグ=ソトースのこぶし〉を夜行に向かって唱える。

 当然、夜行はその吶喊をいとも簡単に避け、〈ヨグ=ソトースのこぶし〉さえも同じ〈ヨグ=ソトースのこぶし〉を唱え相殺する。

 

「考えなしの吶喊か、ずいぶんな愚行に走ったな」

 

「はぁ……はぁ……それはどうかしら?」

 

 そう、吶喊と〈ヨグ=ソトースのこぶし〉はあくまで奴が座っていた玉座の後ろにある祭壇に近づくためのブラフ。

 私の本当の目的はその祭壇に置かれた()()()()()()()()()()()()()()()! ()

 

「さあ、起きなさい! Nyarlathotep!」

 

 そう叫んで開いていたトラペゾヘドロンを閉め切る。

 途端にトラペゾヘドロンから闇が溢れ出す。

 神聖ささえ感じさせた光の空間を闇が嘲笑うかのように塗り潰す。

 そして闇は一つの人の形を形成する。

 

「ふむ、別に出してくれなくてもよかったのですがね?」

 

 Nyarlathotepは気怠そうに告げる。

 

「うるさい! 緊急事態なんだから力を貸しなさい!」

 

「はぁ、いつもなら人如きの頼なぞ断りますが、今回は私も少々怒っています。いいでしょう、蒼葉アキル、貴方の側についてあげましょう!」

 

「は! ナイアーラが増えたところで結果は変わらん、我が術式完成まで後数分間。しばしの間遊んでやる」

 

 夜行はそう告げると途端に冒涜的な呪文を紡ぎ始める。

 同時に何体もの生きた炎が顕現する。

 燃え盛る炎の神Cthughaの眷属である炎の精だ。

 

「へー、炎の精ですか。ずいぶんと嫌がらせがお好きなんですね! 流石寄生虫といったところでしょうか?」

 

 Nyarlathotepは夜行を嘲笑する。

 だが、その声には少しだけ怒りがこもっていた。

 

「煽ってる場合じゃないでしょ! 応戦する準備よ!」

 

「そんな必要はありません」

 

 そういって、Nyarlathotepはその手を軽く振りかざす。

 途端に炎の精達は霧散する。

 

「はぁ⁈何よ今の!」

 

 あまりの出来事に驚嘆する。

 炎の精はCthughaの配下とはいえ、人類からしたら十分脅威となる存在だ。

 魔術で対応しようとしたって苦労するのに、Nyarlathotepはそれをいとも簡単に消して見せたのだ。

 

「あの程度、蹴散らせなくてどうするんですか?」

 

「ナイアーラめ、面倒な……だが次はどうかな?」

 

 再び夜行は冒涜的な呪文を唱え始める、それに呼応するかのように虚空からクスクスと言う不気味な笑い声が無数に響く。

 おそらく、数え切れないほどの星の吸血鬼を呼び出したのだろう。

 

「星の吸血鬼ですか、見えないのは少々面倒くさいですね」

 

 そう言うとNyarlathotepはその両腕を悍しく膨張させて三つのカギ爪がついた触手の束へと変えた。

 

「アキルさん、ちゃんと避けてくださいね?」

 

 そう言うと同時にその腕を肥大化させカギ爪を滅茶苦茶に振り回す。

 そのカギ爪に斬られたのか奇妙な断末魔が響き、無数の星の吸血鬼の死体が落ちてくる。

 

「なんて滅茶苦茶な……私にも当たるところだったわよ!」

 

「文句が多いですねえ、人如きに配慮してるだけありがたく思いなさい。そう言う貴方も少しは戦ったらどうですか?」

 

「ええ、やってやるわよ!」

 

 敵は見えないけど無数にいる。

 なら、雑に唱えても当たるわ! 

 冒涜的な歌を紡ぐ。

 歌は現実を蝕み、私の正気を侵食する。

 それでも構わない。

 尚も歌を紡ぐ、此れなるは時空を司りし神の権能の劣化再現。

 星外の存在が作り出し、人が受け継いだ大いなる鉄槌! 

 我が敵をことごとく薙ぎ払う偽りの神の拳! 

 〈ヨグ=ソトースのこぶし〉! 

「いあ! いあ! ヨグ=ソトース!」

 詠唱を終えその一撃が放たれる。

 射程は私の視界に映る全て。

 その全てが吹き飛び粉砕される。

 断末魔を上げる暇もなく、無数にいた星の吸血鬼は粉々になって消しとんだ。

 しかし……

 

「ふふふ、それが貴様の全力の〈ヨグ=ソトースのこぶし〉か! ぬるい! ぬるいぞ!」

 

 尚も夜行は立ち続けていた。

 全力の〈ヨグ=ソトースのこぶし〉さえこいつには効いてすらいない。

 その現実が私を襲う。

 夜行は続けて冒涜的な呪文を唱える。

 無数の炎の精とクスクスと言う笑い声が木霊する。

 

「ふむ、キリがないですね」

 

 Nyarlathotepは顔を少し歪めながらそう呟く。

 

「そうね、何か良い案無いかしら?」

 

 Nyarlathotepに問う。

 正直さっきの一撃でだいぶ魔力を消費してしまった。

 このままではジリ貧だ。

 

「なるほど、ではこうしましょう」

 

 不意にNyarlathotepがパチンと指を鳴らす。

 同時に、私の両肩は何かに掴まれそのまま天へと飛翔する。

 

「な⁉︎」

 

 あまりに想定外の出来事で声が出る。

 

「では、任せましたよ。シャンタク鳥(お父様の可愛い愛玩動物)、ちゃんとお父様の元まで連れて行くのですよ」

 

 そうNyarlathotepが呟く。

 

「ま、ちょっと! あんた何する気なの⁉︎」

 

「何って、貴方を先にお父様のところに連れて行くのですよ。人間如きをお父様の元に連れて行くのは非常に不服ですが、このままではお父様があの寄生虫の傀儡になってしまいます。それは更に不愉快極まりないですからね。だから……」

 

 一呼吸おいてNyarlathotepは告げる。

 

「非常に不服ですが、貴方がお父様になれば良い」

 

「はあ?」

 

 こいつ、今なんて言った? 『貴方がお父様になれば良い』だと? 

 え? つまり……

 疲弊し切った頭脳をフル稼働させて答えを導き出す。

 しかしその答えはNyarlathotepの方から告げられた。

 

「はあ、も何も貴方がお父様と一体化してこの事態を解決すれば良いんですよ。お父様は眠っていらっしゃいますから同期するだけなら貴方みたいな三流の魔術師モドキでもできますよ」

 

 最悪の答えが返ってきて唖然とする。

 このクソ野郎は私に原初の混沌核に入り込み、あまつさえ同化して事態を解決しろと言っているのだ。

 

「馬鹿か貴様ら!」

 

 あまりに突拍子のないことに夜行が声を上げる。

 

「それはどうでしょうか? 彼女次第ですが悪くはない案ですよ? と言うことで、私はこの儀式を台無しにするために全力を出させてもらいます!」

 

 そう言い放った瞬間、Nyarlathotepの姿が変貌する。

 燃えるような三つの目を持った巨大な触手の集合体とでも言うべき異形の姿へと変貌する。

 

「さて、後は貴方次第ですよ、蒼葉アキル。どうか壊れないでくださいね?」

 

 最後にそうNyarlathotepが呟く。

 瞬間、私の視界と思考は闇の中……Azathothの中へと取り込まれた。



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魔皇

 混沌とした記憶の断片が濁流となって私に流れ込んでくる。

 世界の始まりから今まで、そしてその先さえも内包した記憶、その全てが私の脳漿をひどく侵食する。

 微睡む白痴盲目の魔皇の精神は混沌怪奇に私の自我と精神を侵食し、塗りつぶし、犯す。

 肉体は飽和し、まるでコーヒーの中に入れられた角砂糖のようにAzathothの中で溶け始めていた。

 かろうじて残った痛覚が与える激しい苦痛が私を刺激し、それによってギリギリで自我を保っていられる。

 苦痛と狂気と混沌が蒼葉アキル()と言う存在を塗りつぶそうとする。

 記憶は摩耗し、肉体は溶け、精神は犯された。

 けど、それでも私はやらなきゃならない。

 ここで私が諦めてしまったら、全てが文字通り終わってしまうのだから。

 そんなのは絶対に嫌だ、私は……私は、みんなと一緒にいられる明日が欲しい! 

 その為だったら、原初の混沌だろうが微睡む白痴盲目の魔皇だろうが全部食い尽くしてやる! 

 

「——神格接続、同期開始」

 

 一言、そう告げる。

 神を取り込む方法なんて私は知らないはずなのに、今ならそのやり方がわかる。

 原初にして全能の混沌たるAzathothに投げ込まれたせいか? 

 それとも、私が蒼葉夜行と同じ蒼葉の血筋だからか? 

 だが、今はそんなことは全部どうでも良い! 

 Azathothの中に溶けきった私の身体を媒体として魔力を流し込み、無理やり同期を開始する。

 溶けきっているくせに痛覚だけはきっちり残っているせいで魔力を流すたびに激痛が走り気が狂いそうになる。

 それでも、折れてはならない。

 痛くても良い、苦しくても良い、みんなとの明日が掴めるのなら私は全てを投げ出してでも耐えられる。

 記憶の逆流はさらに激しくなり、Azathothという存在が私の自我と精神を完全に塗りつぶそうとする。

 蒼葉アキル()を塗りつぶしてAzathoth()に全てを置き換えようとする。

 それはダメだ。

 あくまでも蒼葉アキル()としての自我でこの神と同期しなくては意味がない。

 Azathothを主として同期してしまえば世界が終わると言う結末は変わらない。

 それじゃあ意味がない! 

 必死になって自我を保たせる。

 摩耗し切った精神と自我を根気で持たせる。

 我ながらひどく非効率だけれど今はこうするしかない。

 私の自我が崩れ落ちるのが先か、同期が終わるのが先か、その勝負だ! 

 幸い、耐え忍ぶことは得意だ。

 どれだけ苦痛があろうとも、どれだけ苦難があろうとも、守りたいものがある限り私は決して折れはしないのだから! 

 不意に、混沌は静寂に包まれる。

 先ほどまで荒波のように蠢いていたAzathothの記憶は恐ろしいまでに静かになっていた。

 まるで、眠りについたかのように、安らかに。

 そうして気がついた。

 私自身の形が人の形に戻っていることに。

 いや、正確にいえばボロボロの体の所々から黒い瘴気が溢れ出しているから絶対何かおかしいが、先ほどまでの激痛や狂気は鳴りを潜めている。

 周りを見渡すと黒い瘴気が私を包み込んでいた。

 それがひどく邪魔に感じた私は手をそっとかざす。

 その瘴気たちはまるで強風に煽られたが如く霧散した。

 そして、眼下には蒼葉夜行とNyarlathotepが唖然として立ちすくんでいた。

 

「ありえない……ありえない!」

 

 夜行が怒声を上げる。

 その表情はひどく絶望しておりかつ憤怒の様相を持っていた。

 

「まさか本当にやるとは思っていませんでしたよ!」

 

 Nyarlathotepは心底面白そうにケラケラと笑いながらそう呟く。

 どうやら、状況から察するにAzathothとの同期は上手くいったらしい。

 なら、後は簡単だ。

 

「ふざけるな……ふざけるな! 我が永遠の夢がこんな出来損ないのクソ餓鬼に潰されるだと! あってはならない、そんなこと、決してあってはならない!」

 

 激昂した夜行は尚も冷徹に冒涜的な呪文を再び紡ぎ始める。

 その呪文に呼応するかのように虚空から大量の星の吸血鬼が私に向かって襲いかかってくる。

 けど、そんな行為は無意味だ。

 

「平伏せよ」

 

 そう言ってAzathoth()は手を振り落とす。

 瞬間、星の吸血鬼たちは地面へと墜落し、その肉体を地面にめり込ませる。

 重力操作というやつか? いまいち権能の使い方が掴めないが尚も重力が重くなるようにイメージする。

 すると地に堕ちた星の吸血鬼たちは重力に耐えきれず破裂を繰り返し、奇妙な断末魔の果てに無残な亡骸だけが残った。

 

「馬鹿な! あれだけの数が、こうも簡単に……おのれ! おのれ! おのれぇ!」

 

 そう叫ぶと夜行は吶喊してくる。

 だが、ただの吶喊じゃない。

 今の夜行の中からは二柱の神の権能を感じる、それを使っての吶喊だろう。

 夜行の〈ヨグ=ソトースのこぶし〉はその権能によって多次元から襲いくる。

 だが……

 

「何故だ! 我には副王たるヨグ=ソトースと音楽神トルネンブラの権能があるというのに何故触れることすらできん!」

 

 夜行が怒声をあげる。

 彼の唱えた〈ヨグ=ソトースのこぶし〉が私に触れることは決してない。

 何故なら。

 

「だっていくら神の権能が使えたって相手がAzathoth()じゃ無意味よ。だって彼らはAzathoth()から生まれ落ちたのだから。親が子に負けるはずないでしょう?」

 

 当たり前の答えを返す。

 

「クソ! こうなったら……」

 

 夜行は懐から何かを取り出そうとするが、()()()()()()()

 その違和感に気づいた夜行はひどく焦っていた。

 

「貴方が探しているのはこれかしら?」

 

 そう言って瘴気を纏った掌の中から一つの銀色のカギを出現させる。

 

「な、何故そこに!」

 

 夜行はひどく慌てふためく。

 無理もない、これは銀の鍵、窮極の門へと至る鍵。

 なるほど、合点がいった。

 夜行はこの鍵を使って自身を精神のみにして、時空を超えた無限の時間を旅していたわけだ。

 

「私が、Azathoth()の掌の中にあると認識しただけよ。いまいち出力が分からないからちょっと苦労したけど。それにしても銀の鍵ねぇ、お得意の逃避行かしら? けど残念、それは許さないわ!」

 

 そう言って銀の鍵を握りしめる。

 これを持っていかれては困るから丁寧に丁寧に手と瘴気で包み込む。

 

「さて、これで貴方の逃げ道は無くなったわよ、蒼葉夜行」

 

「馬鹿な……ありえない……こんな結末があってたまるか! まだ私には人質がいるんだぞ! あの2人の巫女は私の裁量次第でヨグ=ソトースの中に放り込まれ時空の間から二度と帰ってこれなくなる! それでも良いのか⁉︎」

 

 醜くも人質を盾にこの状況を打開しようと夜行は思考を走らせる。

 けれど、それさえ無意味なのだ。

 

「あら? ()()()()()()()()()()()()()()? ()

 

「は?」

 

 呆気に取られた顔で夜行がヨグ=ソトースの方を振り向く。

 そこには先ほどまで拘束されていた冬香姉さんとニアさんの姿はなかった。

 

「な……」

 

「忘れたのかしら? 今は私がAzathoth(全能の魔皇)なのよ、この世界の全ては、今だけは私の意思で全てが決定できるのよ! それが神々を束ねる魔王の力よ!」

 

「ふざけるな! そんな理不尽あってたまるか!」

 

「あんたがそれを言う? 自分の都合の良い世界を作ろうとしたあんたが」

 

「クッ……」

 

 無様にも夜行はこの場からの逃走を図った。

 光の柱による結界を解きそのまま全速力で逃げようとする。

 けど……

 

「それも無意味よ?」

 

「な……」

 

 Azathoth()を夜行の前に出現させる。

 

「言ったでしょう。今は私がAzathoth。世界そのものから逃げられるわけないじゃない?」

 

「クソ! お前は私を殺すのか! 私はお前の先祖だぞ!」

 

 見苦しい命乞いを夜行は叫ぶ。

 だが、答えは最初から決まっている。

 

「確かに貴方は私の先祖よ、けれど貴方のせいで何百年、いやもっとかしら? 多くの無関係の人々がこの町で犠牲になったのよ、良い加減しかるべき罰を受けるべきよね?」

 

「な……」

 

「それじゃあ、さようなら。永劫に死に続けながら犠牲者たちに詫び続けなさい」

 

 そう言って夜行に触れる。

 触れた先から夜行はボロボロと崩壊していき断末魔と呪詛が混ざり合った絶叫を上げながらついには光の粒子となって消えた。

 

「ふぅ……」

 

 長かった一族の贖罪もこれでひと段落かな。

 ならもう思い残すことはない。

 後は……

 

「お嬢様!」

 

 不意にクリスの声が私を呼ぶ。

 振り返るとそこにはボロボロになったクリスがいた。

 

「お嬢様……ですよね?」

 

「……ええ、随分とボロボロね、クリス」

 

「ははは、やっぱり荒事はなれませんね」

 

 そう言ってクリスは近づこうとする。

 

「来ないで」

 

 近づこうとするクリスにそう言い放つ。

 そうしなきゃ、私の覚悟が揺らいでしまう気がしたから。

 

「ごめんなさい、でも、貴方と会うのはきっとこれが最後よ」

 

「それはどういう……」

 

 事情が理解できないのかクリスはキョトンとした顔をしている。

 

「私は、いえAzathothは目覚めていてはいけないの、こんな過ぎた力は野放しにするべきじゃないわ。だから、私はこの世界を元に戻したらこの神を封印するわ。それはつまり、私もその封印に付き合わないといけないということ。もう、私とAzathothを切り離すことが私にはできないのよ、だから私はAzathothを封印するための人柱ってところね」

 

「それじゃあ、お嬢様は」

 

 震えた声でクリスが呟く。

 

「ええ、もうここには帰ってこれないでしょうね」

 

「そんな……そんなことって……」

 

「無理なものは無理なのよ。ああ、けど……最後に見るのが生きている貴方でよかった」

 

「それってどういう……」

 

「……最後くらい一番大切な人の顔が見たかったのよ。それじゃあね、私の大切な人」

 

 そう言って手を振りかざし次元を切り裂き、その中を進む。

 たどり着いた先は宇宙の中心、Azathothの宮殿。

 その玉座に座り、静かに手を振りかざし、世界を直す。

 不意に、闇からNyarlathotepが現れ小言を呟く。

 

「人にしては随分とやる事がみみっちいですね。お父様と一体化したのなら世界の一つや二つ程度なら思いのままに作り替えられるのに。最後にやるのが元に戻す、ですか」

 

 呆れたようにNyarlathotepは呟く。

 

「これで良いのよ、今日の出来事は一夜の夢として人々は記憶するわ、そしてすぐ忘れるでしょう。そんなんで良いのよ」

 

「そうですか、面白くないですねぇ」

 

 悪態をつきながらNyarlathotepはそう告げる。

 

「面白くなくて悪かったわね。さてと、やることも終わったし、最後にクリスの顔も見れたし、もう思い残すこともないわね」

 

 そう、後は私が眠りにつくだけ。

 覚めることのない永劫の眠りに、なのに何故だろう、頬に熱いものが流れる。

 

「あぁ、やっぱり中身は小娘ですね」

 

 Nyarlathotepが嘲笑う。

 

「うるさいわね、私だって怖いことくらいあるのよ! ……ねぇNyarlathotep、たまにで良いからさ、あいつらのこと見てきて聞かせてよ。私がどれくらいAzathothの中で残っているか分からないし、そもそも聞いても理解できなくなっちゃってるだろうけどさ……お願いよ」

 

「ええ、良いでしょう。今回は貴方のおかげでお父様が寄生虫の傀儡にならずにすみましたからね。それに、あの街にはお気に入りのおもちゃがたくさんありますし、そのついでで見てきてあげますよ」

 

 Nyarlathotepは柄にもない優しげな声でそう答える。

 

「そう、ありがとう」

 

 なら、もう思い残すことはない、二度とクリスたちに会えないのは寂しいけれど、仕方がないのだ。

 これが最善の策なのだから。

 

「ええ、では我が魔皇よ、どうかその微睡が良きものでありますように」

 

 Nyarlathotepは静かにそう告げる。

 

「ええ、おやすみ」

 

 その言葉を最後に私の自我は混沌の闇の中へと消えていった。



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エピローグof魔術師

 気がつくと私は自室のベットの上で眠っていた。

 目覚めてすぐに外の景色を見たが、まるで何事もなかったかのように平穏そのものだった。

 鳥は囀り、太陽の暖かい光が差し込み、爽やかな風が吹いていた。

 そうか、お嬢様は無事に成し遂げたんだ。

 世界を救うという偉業を。

 安堵の感情が湧き出る。

 一度部屋に戻り、いつも通りの執事服へと着替えてお嬢様の部屋へと向かう。

 そう、きっとこの扉を開ければいつものようにお嬢様が静かに眠っているはずだ、そしてまたいつも通りの日常が始まるのだ、そう自分に言い聞かせるようにして扉を開く。

 そこにお嬢様の姿はなかった。

 あぁ、きっと先に起きて屋敷のどこかにいるのかもしれない。

 そうだ、そうに違いない。

 ならば探さなくては、そう考えると同時に行動に移す。

 屋敷の住人たちを起こし、全員で広い屋敷の中をくまなく探す。

 けれど、お嬢様はどこにもいない。

 地下図書館にも、トレーニングルームにも、食堂にもどこにもいない。

 あぁ、そうか、きっと町に出てしまったんだ。

 だから、屋敷の中にはいないんだ。

 今度は全員で町の方を探し始める。

 話を聞いた『松零会(しょうれいかい)』の皆さんや、冬香様、ニアさんも一緒になって探してくれた。

 だが、見つからない。

 まるで、蒼葉アキルという人間が最初からいなかったかのように痕跡さえ残ってはいなかった。

 あぁ、あぁ、嘘だ。

 お嬢様は別れ際に、もう二度と会えないと言っていたけど、そんな事があってたまるか! 

 まだ、私は……私たちはお嬢様と一緒にいたいんだ! 

 ……そうだ荒井月(アライルナ)なら、Nyarlathotepなら何か知っているかもしれない。

 そうして私たちはお嬢様と荒井月を探し続け、数ヶ月が経過した。

 世間は年の瀬で大忙しだ。

 至る所で来年は何をしようかとか、来年もいい年であるようにとか、そう言った話題ばかりだ。

 しかし、私はひどく暗い気分だった。

 いまだにお嬢様所か荒井月すら見つける事ができていないのだ。

 時間は無情にも過ぎ去っていく。

 お嬢様が帰ってくることを諦め始めた者もいた。

 けれど、私はいまだに諦め切れないでいた。

 お嬢様はきっと帰ってくる。

 そんな確証も何もない、ただの私のエゴだけが私を突き動かしていた。

 今日も予玖土町をくまなく探したがお嬢様の情報はなかった。

 一途の望みをかけて『鳩屋』に向かう。

 あそこの店長にも情報収集を頼んでいる。

 もしかしたら何か情報を掴んでくれたかもしれない。

 そう願いながら『鳩屋』に入店する。

 

「店長、今時間いいですか?」

 

「クリスくんか、申し訳ないが今日も情報は何もないんだ」

 

 そう店長が告げる。

 

「そう……ですか……」

 

「……すまない」

 

「いえ、店長のせいではないですよ。では失礼します」

 

 そう言って店を出る。

 外は白い雪が降り始めていた。

 凍えるような寒さの中、屋敷に帰り仮眠を取ろうとする。

 明日の朝になったらまた町の中を探さなくてはならないのだから……

 

「まだ、探しているの?」

 

 玄関に入った瞬間、不意にケイトさんの声が響く。

 

「ええ、きっとお嬢様はどこかにいます」

 

「そう、けれどそう言ってもう年の瀬になっちゃったわね」

 

「ですね」

 

「……はぁ、いい加減諦めなさいよ」

 

 苛立った声でケイトさんは呟く。

 

「どういう意味ですか?」

 

「そのままの意味よ! いくら探したってもうアキルは……アキルはいないのよ!」

 

「いますよ」

 

「ッツ! もうあんたも探すのやめなさいよ、毎日毎日朝から晩までずっと探してボロボロじゃない!」

 

「少し眠れば大丈夫ですよ」

 

「……ねぇ、クリスお願いだから少し休んで頂戴よ。あんたわかってないみたいだけど今にも死にそうよ?」

 

「それがどうしたんですか」

 

「アキルを探してあんたが死んだんじゃ意味がないじゃない!」

 

「……」

 

 言葉に詰まる。

 確かに死んでしまえば意味がない。

 けど、今の私に生きている意味などあるのだろうか? 

 

「クリス……」

 

「私は……」

 

 不意に玄関のチャイムがなる。

 こんな時間に来客だろうか? 

 玄関のドアを開けるとそこには荒井月……Nyarlathotepが佇んでいた。

 

「な……」

 

「いい顔しますねぇ、クリスくんでしたっけ? 貴方なかなかいい反応をしますね。気に入りましたよ」

 

「なんで……今までどこを探しても見つからなかったのに……」

 

「あぁ、それは……」

 

 そう言って月は後ろに隠れていた少女を前に出す。

 忘れもしない、純白の髪と青い瞳。

 そこにいたのは紛れもなくお嬢様だった。

 

「あー、その、えっと……」

 

 言葉に詰まったのかお嬢様は困っていた。

 けど、そんなことはどうでも良い。

 間違いなく目の前にお嬢様がいるのだから! 

 

「お嬢……さま……」

 

 頬を熱いものが流れる。

 

「ちょっ、泣くことないじゃない!」

 

「すいません……でも、どうして……」

 

「あー、話すと少し長くなるんだけどねえ」

 

 

 

 あの後、私はしばらくの間眠り続けていた。

 けど、ある時、不意に目覚めさせられた。

 

「ご機嫌よう蒼葉アキル。気分はどうかな」

 

 そう言ってNyarlathotepは薄ら笑いを浮かべていた。

 

「なんで、私……」

 

「あの後、気が変わりましてね。お父様の中から出て行ってもらうことにしたのです」

 

「あんた……助けてくれたの?」

 

「は? あまり思いあがらないでください、完全で全能たるお父様の中に矮小な人間などという異物が入っている事が心底不愉快だったからですよ? 貴方なんて食事に混入した虫のようなものです。私はそれを取り除いたに過ぎません」

 

 侮蔑を込めながらNyarlathotepはそう告げる。

 

「そう、でも、ありがとう」

 

「感謝されるいわれはありませんよ」

 

 

 

「とまぁ、そんな事があったのよ」

 

 お嬢様は愉快そうにそう話す。

 

「まぁ、貴方を取り出すのにかなり時間がかかりましたがね」

 

「ああ、けど、よかった、またお嬢様に会えて」

 

 相変わらず私は涙を流しながらそう告げる。

 

「もう、クリスは泣き虫なんだから。私の従者なら泣き止みなさいな」

 

「あれ? 彼は従者なんですか? てっきり別れの際の言葉から恋人か何かだと思っていましたが?」

 

「な、それは、その……」

 

 真っ赤な顔でお嬢様は視線を逸らす。

 

「ああ、もう! そんなことよりクリス! 主人が帰ってきたらいう事があるでしょう?」

 

 あぁ、そうだ。

 私はお嬢様の執事だ。

 主人が帰ってきたならこの言葉で迎えなければならない。

 涙を拭いて一言告げる。

 

「おかえりなさいませ」

 

 その一言を聞いて、満足そうな笑顔でお嬢様が答える。

 

 

 

ただいま! 



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チェーンソーシスターVSニンジャゴースト

 ー真麻久留市(まさくるし) 繁華街にて

 

 草木も眠る丑三つ時、街灯の光も届かぬ裏路地に迷い込んだ男がいた。

 

「アレェ〜?道間違えたかなぁ?」

 

 酔っ払いのサラリーマンだ。

 

「んー?おにーさーん!ここどこか知らん?」

 

 視界に入った人影に声をかける、しかし返答はない。

 

「おーい!聞いてんのかぁ!」

 

 泥酔し気の強くなったサラリーマンは怒鳴りつける。

 

「んぁ?」

 

 瞬間、男の視界が赤く染まり反転する。

 

「なん……で……」

 

 そのまま男の首は地面へと無慈悲に落ちる。

 残された頭のない胴体は首の先から噴水が如く血を噴き出して倒れた。

 消えゆく意識の中で見たものを遺言が如く言い残す。

 

「ニン……ジャ……」

 

 

 

 ー翌日 同市内郊外

 

 

 

 郊外の森にひっそりと佇む小さな教会、暖かな日の光に照らされ小鳥の鳴き声が聞こえる美しい風景。

 

「ここは風俗店じゃねぇんだよ!二度とくんじゃねえこのド低脳のクソ野郎がッ!」

 

 そんな美しい風景を忘れさせるほどの怒号と共に顔が変形するほど殴られた男が教会の入り口から吹っ飛ばされた。

 男が吹っ飛ばされた入り口からは土煙があがり、その中に1人のシスター服の女が立っていた。

 

「おいおい、いくら何でもやりすぎだろ」

 

 教会の奥からやってきた大男が女に告げる。

 

「けどよぉジョン、あの野郎私が金出せばヤレるようなビッチだとか抜かすんだぜ?んな訳ねぇっつうの!」

 

 ジョンはしばらく頭を抱えた後言い返す。

 

「クレア……お前、この前飲みに行った時酔っ払って半裸になってたからじゃねえかよ?」

 

 クレアは言い返す

 

「ありゃ酔ってたからノーカンだ」

 

「言うと思ったよ」

 

 そうこう騒いでいると街の方からこちらに向かってくる人影をクレアは見つけた。

 

「おいジョン、今日は珍しく客がよく来るみたいだぜ?」

 

 そう言ってクレアはジョンに視線を送る。

 程なくしてその人物は教会へと辿り着いた。

 

「単刀直入に聞きますここのシスターは除霊ができると言う話は本当ですか?」

 

「おいおい嬢ちゃん?質問する前にまず自分が何者か言うのが礼儀ってもんじゃねえか?」

 

 そう言いながらクレアはヤンキーが如く少女を睨んだ。

 先程のことがあってイラついているのか半ば八つ当たり気味だ。

 瞬間、少女は土下座の体制をとりながら叫ぶ!

 

「不躾なのは分かっています!でも!どうかあの霊達を……私の祖先達の霊を静かに眠らせてほしいのです!」

 

 クレアはあっけに取られたのか少し黙り込んだ。

 そして「はぁー、とりあえず顔上げろよ?中で話聞くから。後、名前くらい教えろよ?」

 そう言って少女に手を差し伸べる。

 

「はい……私は静葉、神手静葉(かみてしずは)です」

 

 そう答えると静葉は差し伸べられた手を掴んだ。

 

 

 

「んでまぁ、纏めるとアンタの先祖はニンジャでそのゴーストが人を襲ってるって?面白いジョークだな!コメディアンでも目指してみろよ?」

 

 丸テーブルを挟んで向かいにいる静葉を侮辱するようにクレアは吐き捨てる。

 

「ふざけるな!ジョークなんかじゃない!」

 

 ドン!っとテーブルを叩き静葉は立ち上がる。

 

「いやよぉ、ゴーストは信じるぜ?なんせアタシは除霊(ゴーストシバき)で稼いでる訳だし。けどよぉニンジャって……それじゃあれか?アンタもニンジャか?」

 

 そう言って静葉の方を見る。

 

「そうだ!」

 

 即座に静葉は答える。

 

「ほーん、ならでけえカエルでも出してみろよ!そしたら信じてやるぜ?」

 

「な……そんなの出せる訳ないじゃないですか!」

 

「なら信じねぇ!ニンジャはでけえカエル出せるって日本のマンガに描いてあったぞ!」

 

「そんなのフィクションです!と言うか貴女こそ本当にシスター何ですか?粗暴だし口も悪いし全然イメージと違うんですけど!」

 

「あ゛?どっからどう見てもシスターだろうが!このエセニンジャ野郎!」

 

「はぁ⁈」

 

 場の空気が張り詰める、このままでは殴り合いの大喧嘩になりかねない。

 

「2人ともそこまでにしておきなさい」

 

 互いの握りしめられた拳が振われる寸前にジョンがその場を諌める。

 

「すまないね、クレアは日本のマンガ好き何だがそのせいで知識が独特なものでね」

 

 クレアは舌打ちをして視線を少し逸らした。

 

「……いえ、私の方も失礼しました」

 

 そう言って静葉も頭を下げる。

 

「ですが、本当なんです。なにせ私自身も襲われたのですから」

 

 クレアは頭を少し掻いて口を開く

 

「……アタシも悪かったよ。けどよぉ、そもそもなんで霊に襲われたんだ?」

 

「それは私にも分かりません。それに、襲われたのは私だけじゃないみたいなんです」

 

 キョトンとした顔でクレアは聞き返す。

 

「マジかよ、どれくらい襲われてるんだ?襲われたヤツに関連性は?」

 

 クレアは真剣に聞き返す。

 

「少なくとも今月だけで既に十二人死んでます。関連性は全くなくて……」

 

「マジか……早く対処しねぇマズイな」

 

「……」

 

 静葉は黙り込み下を向いている。

 少しの沈黙の後、彼女は口を開く。

 

「ありえないんです、あってはならないんです!私の一族が無辜の民を傷つけるなんて!人を助ける為にその身を犠牲にした先祖達がそんなことっ……」

 

 今にも消え入りそうな震えた声で彼女はそう言った。

 

「……なら、尚更さっさと除霊しねえとな」

 

 そう言ってクレアは席を立つ。

 

「今日の夜で終わらせてやるよ」

 

 そう言うとクレアは教会の奥へと歩を進めた。

 

 

 

 ー真麻久留市 繁華街にて

 

 

 

「本当に良かったのかよ?結構危ねえぞ囮役なんて」

 

 静葉に目線を向けながらクレアが呟く。

 

「構いません。それに私なら普通の人よりは囮として長く持つでしょうし」

 

 それより、と続けて静葉は呟く。

 

「私は、貴女の背負っている大きなカバンの方が気になりますよ。その中に除霊の道具が?」

 

「ん?まぁ、そんな所だな。さて……」

 

 クレアの表情が変わる。

 同時に先程まで喧騒に包まれていたはずの繁華街が静まり返る。

 

「来やがった!」

 

 その一言を合図に周囲から黒装束を身に纏った無数の人影が現れ、同時に無数の悲鳴が響き渡る!……ニンジャゴーストの襲来だ!

 

「そんな……こんなに沢山……」

 

「オイオイ、聞いてた話とちげえぞ!……クソッ!」

 

 ニンジャゴースト達は誰彼構わず目に映る人間を襲う!

 ただの人間ではニンジャ……ましてはゴーストとなった彼らに抵抗することは不可能!

 

「助けてくれ!」

 

「死にたくない!」

 

 そんな声が闇夜にこだまする。

 

「仕方ねぇ!おい、シズハ!お前はみんなを逃がせ!」

 

「わかった!けどこの数、貴女一人では……」

 

 そう言いながらも静葉は人々を逃す為走り出す。

 その後ろ姿に語りかけるようにクレアは呟く。

 

「へ!こちとら除霊(ゴーストシバき)が仕事なんだよ!」

 

 啖呵を切ったクレアは背負っていたバックから十字架を模した除霊道具(チェーンソー)を取り出しエンジンを回す。

 

「さぁ、おやすみの時間だぜゴースト共!」

 

 大剣が如くチェーンソーを勢いよく振るう。

 その華奢な腕からは想像できないほど身軽にかつ豪快にゴーストを切り刻む!

 

「あぁ?」

 

 瞬間クレアは違和感を感じる。

 これまで何度も除霊を完了してきた彼女にしか感じ取れないような違和感。

 

「……成る程な」

 

 何かに納得したのか彼女はゴーストを切り刻みながらある一点を目指して走り出した。

 

 

 

「大丈夫ですか⁉︎」

 

 静葉は道端に倒れ込む男を助ける為近づく。

 彼女のニンジャとして受け継いだ技術と身体能力を駆使した迅速な避難誘導により殆どの人間は避難できていた。

 残るはこの男のみだ。

 

「ああ、すまない……さっきのニンジャゴーストに足をやられてね……」

 

 男はそう呟く。

 瞬間、静葉は違和感を感じた。

 が、遅かった!

 男の後ろより現れたのはニンジャゴーストだ!

 

「……父さん?」

 

 ああ、何と言うことだ!

 そのニンジャゴーストは紛れもなく静葉の父日本裏社会に潜み恐れられた伝説、神手一郎(かみていちろう)であった!

 その恐るべき死の一撃が実の娘である静葉を襲おうとしている!

 だが!

 

「そんなバッドな話はアタシの趣味じゃねぇんだ」

 

 一郎ニンジャゴーストの頭上、その遥か上のビルより十字架のチェーンソーと共にクレアが落ちてくる!

 虚を突かれた一郎ニンジャゴーストは真っ二つになり粒子となって消えた。

 

「クレア……」

 

「おいおいどうした?しけたツラしやがって?」

 

「私は父に怨まれていたんでしょうか……」

 

 覇気のない声で静葉が呟く。

 

「あの霊は間違いなく父でした。私は……」

 

 その言葉を遮るようにクレアが叫ぶ!

 

「んな訳ねえだろが!アタシはアイツが逝く前に確かに聞いたぜ、『止めてくれてありがとう』ってな!他のニンジャゴースト達もだ!アイツらは怨みや怒りで人を襲ったんじゃねえ!」

 

 言い終えるとクレアはチェーンソーを静葉が助けようとしていた男にむける。

 

「オメェが操ってたんだよなぁ!クソ野郎!」

 

 そう言われた男はその口角を醜く歪め嗤う。

 

「ははは!バレましたか、しかし!我が神の力を持ってすれば死者の魂など何度でも使い潰せるのですよ!」

 

 そう言い放つと男は何かを唱え始める。

 全ての生命を嘲笑い冒涜するかの如き呪詛を。

 しかし……

 

「あぇ?」

 

 男の視界が十字に割れる。

 消えゆく視界には先程まで膝をついていたはずの少女が写っていた。

 

「……マジかよ」

 

 クレアの口からそんな言葉が漏れる。

 クレア本人も完全に見えたわけではないが、男を殺したのは静葉だ。

 そしてその頬には真っ赤な涙が流れていた。

 

「クレアさん、父を……祖先の魂を救ってくれてありがとうございました」

 

 静葉は顔を向けずにそう告げる。

 

「まぁ、それが仕事だからな」

 

「お礼は後日にさせてください。今はとても貴女に見せられるような顔ではないのです」

 

「……わかったよ」

 

 返答と共に静葉は風が如く消えていた。

 残ったのは四分割された男の頭と首から上を失った胴体だけだ。

 

「ニンジャって怖えな……」

 

 そんなことを呟いてクレアは帰路についた

 

 

 

 ー後日 教会

 

 

 

「って事で金くれ」

 

「は?」

 

 クレアの何気ない一言に静葉は困惑した。

 

「いや金だよ金、仕事代」

 

「え……お金取るんですか⁉︎」

 

「ウチらはな!」

 

「普通こう言うのってお金は……」

 

「そりゃウチらは除霊専門って……もしかしてちゃんと調べないで来やがったな?」

 

 空気が一気に変わる。

 

「その、私まだ学生で……両親も親族ももういないし……」

 

「そりゃ大変だ。だが、それとこれとは話が別だよなぁ?」

 

 クレアはニタニタと笑う。

 

「そっ、そもそも!貴女達本当にちゃんとしたシスターと神父なんですか!昨日はそれどころじゃなかったから流しましたけどチェーンソー振り回すシスターとか意味わからないんですけど!」

 

 静葉が叫ぶが、クレアは知ったこっちゃないと言わんばかりに言い返す。

 

「アタシらは除霊専門の雇われなんだよ!まぁ、払えないんだったら体で払ってもらうしかないよなぁ?」

 

 そう言うとクレアは静葉に歩み寄る。

 

「なんなんですか!警察!警察呼びますよ!」

 

 その声は虚しく青い空にこだまする。

 その日から教会には金髪のヤンキーシスターと黒人の巨大ゴリラ神父の他に可愛らしい正統派シスターの格好をした雑用係が一人増えた。

 新人のおかげか知らないが教会に来る人間は増えたようだ。



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幕間 紅い殺戮者

「我が身、我が魂、我が尊厳、その全てを貴方様に……」

 

 薄暗い煉瓦造りの小部屋、手製の祭壇の前にて祈りを捧げる男がいた。

 一つ異常な点を挙げるとしたら彼が祈っていたの神や仏ではなく一人の少女の写真だった、無数の。

 どうやって撮ったのかはわからないがその殆どが日常生活の1シーンだ、祭壇に飾られたもの以外はだが。

 祭壇に飾られた写真に写っているのは無数の屍の中心に立つ少女だ。

 その少女の写真に彼は執着にも似た祈りを捧げた後、こちらに気づいた。

 

「予定より早いじゃないか?」

 

「あいにくこっちも商売なんでね?」

 

「まぁいい」

 

 そう言うと彼は懐から紅いUSBメモリを取り出した。

 

「お前に頼まれたデータだ。料金は要らん」

 

「あら? 聴いてた話と違うけど?」

 

 そう言うと彼は歪に嗤い、言葉を紡いだ。

 

「あぁ、何故なら私はもう報酬を得られたのだから……あの方は自らの敵対者を必ず殺す、そこに例外は無い。私はお前にあの方の情報を渡した、それはあの方に対する敵対と変わらない。ならばこそ、あの方は必ず私を殺して殺して(救って)くれる!」

 

 どす黒い瞳を輝かせて彼は捲し立てる。

 

「あぁ……想像するだけでたまらない! あの方にとって私なぞ虫も同然! そんな私があの方に意識され殺される! この日をどれだけ待ち望んだことか! あの美しい殺戮の女神に!」

 

 話には聴いていたが彼はだいぶ末期らしい。

 コッチの業界には一定数こういう奴がいるがトップレベルだ。

 

「その話長くなる? 私サッサと帰りたいんだけど?」

 

「別に構わん、お前とはもう会うこともない」

 

 そう言うと彼は再び祭壇に向かい祈りを捧げ始める。

 何度かアイツの信者には会ったことがあるが、何が彼等をそうさせるのか未だ理解できない。

 けれど、そんな事はどうだっていい。

 この女を殺しさえすれば私の懐には一生涯でも使い切れないほどの大金が手に入るのだから! 

 何が殺戮の女神だ! 所詮は人間なんだか……

 瞬間、女は血飛沫を上げ、その首を飛ばされる。

 彼女は何が起こったかすらわからないまま殺された。

 たかだか8歳の少女の手によって。

 彼女は甘くみすぎていたのだ、『紅い厄災』と恐れられる殺戮者の少女を……

 

 

 

 ————————————————————————

 

 

 

 紅い血溜まりに紅い少女が一人佇む。

 殺した者たちの血を吸い尽くしたかのような紅い髪と真紅の瞳が月明かりに照らされ異様な美しささえも感じさせる。

 一息ついた少女は紅い軌跡を残し月夜に消える。残った獲物を殺す為。

 



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let's go!京都!

 ———予玖土町 蒼葉邸 アキルの自室にて

 

 雲一つすらない晴れ渡った青空! 何もかもを照らし出すほどに輝く日差し! 身も心も焦がす程の暑さ! 

 世はまさに夏休み(サマーシーズン)! 

 一夏の思い出を作るもよし! 青春の甘酸っぱいページを作るも良し! 

 陰鬱な予玖土町にさえそんな夏の夢が! 

 

「あ゛ぁ゛ー」

 

 来てなかった。

 正確には若干一名のみに。

 この夏、確かに楽しんでいる者達はいる。

 クリス達フォスター一家は家族水入らずで海外旅行、暇人だと思ってたケイトは『ごめん、今夏はスケジュールビッシリなんだわ』なんて言って愛車(ハーレー)と共にそそくさとどっかに行った。

 食事以外滅多に地下図書館から出ないで娯楽三昧の自称吸血鬼(シェリー)でさえ「久々に友人に会うから」と言って昨夜中に飛んでいった。

 ならば、と紫苑(シオン)とナズナに会いにいったら二人は既にキャンプに行った後、ヴァレットは毎年恒例1人山籠り、冬香(お姉ちゃん)は1人旅……

 そして明日には雪奈も京都に行ってしまう。

 そう、現状何の予定もないのは蒼葉(あおば)アキルただ一人だけなのだ……

 別に寂しくないし、たまたま予定があったから仕方ないし。

 ここ数日そうやって自分を慰めていたが事実上のJK初夏休みがボッチと言う危機は目前に迫っていた。

 本来ならそんな事は気にしないだろう、いやする余裕なんてなかったはずだった。

 しかし前回の事件によって人生最大の不安要素(クソったれご先祖討伐)が解決してしまったが為に、そんな事でさえ気にする余裕が出来てしまった。

 つまるところ現在のアキルは不安がなくなった代わりに、今まで封印し続けていた年相応の欲求が大爆発していた。

 そんな中の夏休みボッチと言う現実に耐えられなかったアキルは今朝から光の灯らぬ瞳でひたすらに扇風機にあーあーする生命体と化していたのだ。

 最早そこに意味はなく価値もなくただただ無意味な行為を繰り返すだけ。

 こんな事していたところで現実は変わらない、そんな事は当の本人が一番わかっている。

 

「あ゛ぁ゛……」

 

 不意に頬に冷たい何かが流れる。

 余りにも無様すぎる自分自身にアキルの心は自ら壊れることを選択したのだ……

 いっそこのまま扇風機にあーあー言うだけの生物にでもなってしまいたい。

 そんな思考でアキルの脳内が埋め尽くされた時、それらを切り裂く様にその一言は発せられた。

 

「あの……もし良ければなんですが、一緒に京都に行きますか? 私の友人もアキルさんに会いたいって言ったましたし……」

 

 声のした方に振り向くと憐れみと慈悲、そしてなんとも言えない作り笑顔が混ざったかの様な表情を浮かべた雪奈(せつな)が立っていた。

 

「あ……が……ぜづな゛ぁ……‼︎」

 

 泣き崩れながらアキルは声を絞り出す。

 頭を垂れ、這いつくばり、手合わせ祈る。

 生命が生まれて以来、己だけの力ではどうしようもない時や計り知れない感謝を抱いた時に無意識に行う行為。

 それが祈りである。

 今この状況に置いて雪奈はアキルに取って祈る対象、自らを夏休みボッチと言う地獄から救う菩薩であることに違いなかった。

 

「えっと……とりあえず涙拭きましょう? ね?」

 

 そう言って雪奈はアキルにハンカチを手渡した。

 

「落ち着きましたか?」

 

「殺してちょうだい……」

 

 あれから数分の時が経ち、アキルの思考は正常な状態に戻った、その上でアキルは虚な瞳で呟く。

 まぁまぁ、と雪奈はなだめるが、冷静になった今のアキルに取って先程までの醜態を見られたのはあまりにもッ……! あまりにも精神的にキツイ! 

 

「とっ、とにかく! さっきのことは絶対に他言しませんし切り替えて明日の準備しましょう!」

 

 そう言って雪奈は流れを変え用とする。

 とにかくこのままウダウダしてもよくないと考えているのは雪奈も同じだ。

 

「そうね……そうよね、折角誘ってもらったんだもの! なら、気持ちを切り替えなくちゃ!」

 

 ようやく踏ん切りがついたアキルは嬉しそうに自室に戻って荷造りを始めた。

 確かに醜態を見られたのはキツイが、それ以上に友人と旅行という自身が経験した事のないイベントに対する好奇心と嬉しさが勝っていた。

 そんな後ろ姿を見て雪奈はふふっと優しい笑みを浮かべる。

 明日には京都で楽しい旅が始まるのだから……

 

 

 

 草木も眠る丑三つ時、山中の洞窟にて(うごめ)く者あり。深淵の如き漆黒と何もかもが死に果てたが如き静寂(せいじゃく)の中一人の少女が目覚める。

 軽く伸びをした後、軽く手を叩く。

 同時に無数の蟲達が少女の身体に纏わりつく。

 再び少女は手を叩く、同時に蟲達は不快な破裂音と共に潰れ、混ざり、漆黒の巫女装束へと生まれ変わる。

 

「あぁ……やっと、やっと作り直せた!」

 

 歓喜の声を少女はあげる。

 

「永劫にも思えた八年間、けれどこれでまた貴方に触れられる……」

 

 万感の思いを込め少女は言葉を紡ぐ。

 祈る様に、祝う様に、呪う様に。

 

「待っていてね……私の雪奈」

 

 その言葉と共に少女は洞窟の出口へと向かう。

 少女の道筋を照らす様に青い焔が隊列を成す。

 照らされた洞窟の地面には無数の骨と肉、臓物が敷き詰められ赤い道を形成していた。

 その上を愉しげに飛び跳ねながら少女は進む。その口元には笑みを浮かべて。

 幼く小さいながらもその内に秘められた残忍な本性を表すかの様に。



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小さくても陰陽師です!

「ここが京都……!」

 

 アキルの口からそんな言葉が漏れる。

 人生初の京都、と言うのも手伝い既にテンションはMAXだ。

 

「喜んでもらえて何よりです! ですが観光はまた後で、先に私の友人と合流しましょう」

 

「コホン、そうね。我ながら少しはしゃぎすぎたわね……」

 

 そうして二人は友人との待ち合わせ場所である駅前広場に向かう。

 周囲を見回すと小学生くらいの少女と目が合う。

 こちらに気づいた少女は手招きしながらぴょんぴょんと跳ねる。

 

「お、居ましたね」

 

 そう言うと雪奈はアキルの手を引き少女の元へと向かう。

 

「久しぶり、光美(ミツミ)!」

 

「久しぶり、雪奈(せつな)!」

 

 しゃがんだ雪奈は光美と呼ばれた少女とハイタッチをする。

 

「えっと……」

 

 名乗るタイミングを逃したアキルに気づいた光美はハッとした顔をしたのち改めて自己紹介を行う。

 

「失礼しました。わたし、神代光美(かみしろミツミ)って言います! アキルさんのことは雪奈から聴いてます! よろしくお願いします!」

 

 そう言って屈託のない笑顔をアキルに向けた。

 

「これはご丁寧にどうも、改めて、私は蒼葉(あおば)アキルよ。よろしくね光美ちゃん!」

 

 が、光美はムッとした表情をしている。

 

「わたし、これでも雪奈と同い年なんですよ?」

 

「へ?」

 

 予想外の返答にアキルは一瞬混乱した。

 無理もないなぜなら光美の外見はどれだけ高く見積もっても普通の小学三年生と同じくらいなのだ。

 

「まぁ、色々理由があるので構わないのですが……」

 

 ただ……と付け加えた後光美は叫ぶ

 

「絶対にちっちゃいって言わないでください!」

 

 両手を上げて目を瞑り口を大きく開くポーズをとる。

 が、その姿はどう頑張っても小動物の威嚇にしか見えない。

 

「……」

 

「……」

 

 しばしの静寂の後光美が口を開く。

 

「えっと……もしかして滑っちゃいました?」

 

 あれぇ? と言わんばかりに首を傾げる光美。

 

「おっかしいなぁ……割とこれやればいい感じになるんだけど……」

 

「えっと、私を気遣ってくれたのよね?」

 

 アキルが光美に尋ねる。

 うん、と光美は頷いた。

 

「ありがとう、その……本気でコンプレックスにしてたら失礼だと思って……その、後で大変なことになっても嫌だし……ね?」

 

 自身の横にいる雪奈に目線を向けながらアキルはそう答える。

 

「大変なこと……あっ……」

 

 光美はアキルと雪奈の胸部を見比べた後、確かに雪奈ちゃんは()()関連は激おこになるからなぁ……などと思った後、それ以上は言及しなかった。

 そんな光景を見て雪奈は少し不思議そうにしていた。

 

 そんなこんなで一行は宿泊地でもある光美の自宅まで向かったのだが……

 

「デッッッカ……」

 

 思わず声に出てしまうほどの厳かでそれでいて歴史を感じさせるお屋敷、アキル達が住む屋敷とはまた違った威圧感にも似た雰囲気を放つソレにアキルは圧倒されている。

 

「私先に行って部屋の準備しておきますね! 光美もアキルさんとお話ししたいって言ってましたし、二人はまったりしていてください!」

 

 わたしの家なんだけど⁈と光美が言い終える頃には雪奈の姿は見えなくなっていた。

 とアキルを尻目に雪奈はそそくさと屋敷の奥へと行ってしまった。

 こうして二人っきりになったアキルと光美だが、いかんせん初対面の相手同士で何を話したものか、とアキルは思考を回し始める。

 そんなアキルに対して不意に光美は話し始める。

 

「アキルさんって陰陽師だったりします?」

 

「……何のことかしら?」

 

 あまりに脈絡のない質問。

 しかし、その眼差しは真剣そのものだ。

 

「違ったらごめんなさい。でも、霊力の回り方が普通の人とはあまりにも違うので、もしかして同業者だったりして……なんて思って」

 

 霊力とは聞き慣れない言葉だ、とアキルは思ったが一つ思い当たる節があった。

 その一言を聞いてアキルは右手に魔力を回す。

 副王(ヨグ=ソトース)の拳を再現する大魔術とまでは行かないものの、彼女にもこれが視えているなら……

 

「……‼︎」

 

 光美の目の色が変わり、右手に視線を向ける。

 なるほど、彼女の言う霊力とはどうやら魔力を指しているらしい。

 納得の行ったアキルは先程の光美の質問に答えた。

 

「私は陰陽師ではないわ……私はね、魔術師よ」

 

 嘘偽りなく誇らしげにアキルは告げる。

 本来なら、アキルは自ら魔術師である事を馬鹿正直に答えたりしないだろう。

 しかし、この短い時間の中でアキルは光美に親近感にも似た感情を抱いていた。

 何より、魔力を光美が視認できている以上隠したところで意味が薄いと言う理由もあるが……

 一方、光美の反応はと言うと。

 

「へ……へぇ……」

 

 あっ、この人ちょっと痛い人かも知れない……と言わんばかりの反応。

 表情はなんとも言えない状態だ。

 

「本当よ! 本当に!」

 

 想定外の反応にぶざ……必死になってアキルは訴える。

 が、そんなアキルの反応を見て思わず光美は笑いをこぼした。

 

「ふふふ冗談ですよ、ちょっと意地悪しちゃいました」

 

 無邪気な笑顔でそう答える。

 

「むぅ……まぁ、いいけど」

 

 口を少し尖らせながらアキルは不貞腐れた様に言う。

 

「拗ねないでくださいな、久しぶりに雪奈以外の人が来たのでわたしも浮かれちゃったんです」

 

 その後も二人は話を続けた。

 雪奈のことや他愛もない日常の話をする内にすぐに二人は仲良くなっていった。

 そんな二人を遠目に見守る雪奈、そんな光景を見てふと笑顔が溢れる。

 部屋の準備はできたけれど、もう少しだけあの楽しそうな二人を見ていよう。

 何せ、アキルも光美も心から楽しそうに笑っているのだから……



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邂逅

 楽しいおしゃべりもひと段落つき、一行は京都市観光に向かった。

 と、言っても雪奈(せつな)光美(ミツミ)にとっては慣れ親しんだ地元だ。

 故にと言うか何というか、二人はガイド役に徹していた。

 無難に有名所を回る予定だったが時期的な事も相まってどこも人手が多い。

 まぁ、つまるところ。

 

「……迷ったわね」

 

 こうなる。

 アキルはものの見事に迷子になった。

 だが、焦る必要はない。

 何故なら現代叡智の結晶、スマートフォンがあるのだから! 

 アキルは余裕の表情でスマホの電源ボタンを押した。

 がッ……ダメッ! 

 画面は暗闇のまま微動だにしない。

 何かの間違いだと再度電源ボタンを押すがスマホは沈黙したままだ。

 そう、充電切れである。

 途端にアキルに焦りが出始める。

 未知の土地でひとりぼっち、連絡手段も無い。

 なんなら光美の家までのルートすら覚えていない。

 楽しい旅行が一転して遭難状態へと書き変わる。

 だがしかし、まだ大丈夫だ人類は言語コミュニケーションが行えるのだから。

 事情を説明して電話を借りれさえすればいい、アキルは辺りを見渡す……が。

 誰もいない。

 余りにも運がないと自分を呪うアキルだったが違和感に気づく、周りには誰もいないのはわかるが何故音すらしない? いや、それどころか人の気配すら無いのは何故? 

 そんな思考が脳裏を巡った時、その声は不意に響いた。

 

「あらあら? ()()()の匂いがしたからを捕まえたのだけど……貴方はだぁれ?」

 

 眼前には黒い巫女装束を纏った少女が一人。

 鈴を転がしたかのような心地よい声、無邪気で無垢な笑顔。

 だが、その奥底からはアキルでもわかるほど(おぞま)しくドス黒い悪意を垂れ流していた。

 いくら争い事に(うと)いアキルでも即座に本能で理解する、眼前の少女は自分の敵だと。

 瞬時に距離を取ろうとするが、身体が動かすことができない、声すら上げられない。

 まるで金縛りにでもあったかの様に微動だにすらできない。

 そんなアキルを嘲笑うかの様に眼前の少女は冷淡に言葉を放つ。

 

「貴方がなんにせよ、雪奈じゃないならどうでもいいわ。養分の足しくらいにはなれるでしょう?」

 

 少女は自らの手を合わせる。

 

大黒蟲(オオクロムシ)

 

 呪う様にその名を紡ぐ、同時に少女の影から巨大な黒色のムカデが這い出でる。

 

「さぁ、食べなさいな」

 

 少女の指示に従うようにムカデがゆっくりと(うごめ)き始める。

 それでもアキルの身体は動かない。

 既にアキルの運命は決まった。

 抵抗も逃走も許されない、無力な餌として無惨に無様に死ぬ。

 彼女一人なら。

 

白楼(ハクロウ)! 右牙(ウガ)! 左牙(サガ)!」

 

 凛とした叫びと共にアキルの眼前に二匹の白狼が現れる。

 二匹はまるでアキルを守るかのように牙を曝け出し眼前の少女を威嚇する。

 それに続く様にアキルは何かに引っ張り上げられた。

 

「大丈夫ですか⁈」

 

 引っ張り上げたのは光美だった。

 先ほどまでの恐怖のせいかアキルはうまく声が出せなかったが、問題ないと判断した光美はアキルの手を握り締め叫ぶ。

 

「絶ッ対に手を離さないでください‼︎」

 

 光美が叫ぶと同時にアキル達が乗っていた地面が動き出す。

 

「逃げるよ!」

 

 その声と共に先ほどの二匹の白狼と地面……巨大な白蛇(はくじゃ)が全力で少女から逃げる。

 その刹那、アキルは少女と目が合う。

 深淵を切り取ったかの様な黒い瞳には無垢な悪意だけがあった。

 

 

 

「何とか、逃げ切れましたね……」

 

 二匹の白狼は変わらず警戒を続けている、大蛇は未だに止まらないが、先ほどのムカデも追ってきてはいない。

 安心したのか光美は座り込んだ。

 

「さっきのは一体……」

 

 そんな言葉がアキルの口から漏れる。

 それを聞いた光美は何処か哀しげに応え始める。

 

「さっきのは私の姉……美影(ミカゲ)です。まさか、また会う事になるとは思いませんでしたが……」

 

「どう言う事?」

 

「姉は既に死んだんです。八年前に」

 

 そう告げた後光美は目を閉じる、想いを馳せる様に祈る様に。

 さぁ、家に着きましたよ! と光美が言う。

 その言葉を聞いた大蛇は自らの頭を下げ二人を下ろした後、二匹の白狼と共に霧散した。

 二人が帰ってきたのに気づいたのか、屋敷の方から雪奈が飛び出してきた。

 

「お二人とも無事ですか⁉︎」

 

 二人の只ならぬ様子を見た雪奈は心配そうに問いかける。

 

「無事、だけど……」

 

 アキルは光美の方を向く。

 光美は深呼吸をした後雪奈に告げる。

 

「姉が……美影が居たんです」

 

 その言葉を聞いて雪奈の顔が固まる。

 ありえない、雪奈は小さく呟いた。

 同時にその柔らかだった表情が変わる、絶対なる決意を固めた武士(もののふ)の表情へと……

 

「光美、儀礼装束(ぎれいしょうぞく)の準備をお願いします。私は刀の準備を」

 

 そう言うと雪奈は屋敷の奥へと向かう。

 

「御任せを」

 

 先ほどまでの友人としての二人の会話とは全く違う。

 言うなれば従者と主人の会話にも似たそれにアキルは動揺するが……

 

「アキルさん、申し訳ないのですが貴方にも助力していただきます。事態は急を要するので説明しながらになりますが」

 

 状況はわからないが、先ほど死にかけた時点でアキルも事態の緊急性は理解している。

 

「ええ、やれる限りはやってみせるわ!」

 

 

 

 かくして少女達の一夏の惨禍は廻り始める。

 呪いと(あくい)が混ざり蠢き舞い散る桜獄(ろうごく)の物語が……



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恋する少女

 ———時は少し遡り、アキル達が逃げた頃に戻る。

 

「あらあら、逃げられちゃった」

 

 黒色の巫女装束を纏う長い黒髪の少女……美影(ミカゲ)はそう呟くと指を鳴らす。

 同時に先程まで顕現していた大ムカデが彼女の影にとぷんと、沈む様に消えた。

 

「ふふ、きっとワタシが生きている事を知ったら雪奈(せつな)は駆けつけて来てくれる……! あぁ雪奈、早く会いたいよぉ……その為にも準備しなくっちゃ!」

 

 恍惚(こうこつ)な表情で身を(もだ)えさせた後、美影はしゃがみ込み地面に触れる。

 

「ワタシと雪奈が久しぶりに会うのだもの、素敵な場所が必要よね!」

 

 恋する少女の様に無垢で無邪気な笑顔で嬉しそうに言葉を紡ぐ美影、しかしそんな光景とは裏腹にどす黒く(おぞま)しい空気が周りを侵食し始める。

 

「さぁ、開花なさい。呪楼(じゅろう)蠱毒(こどく)』」

 

 優しく紡ぐ言葉と共に美影によって大地に流される強大で邪悪な霊力が世界を(おか)す。

 美影の触れた地面から這い出る様に樹木が生まれ、急速に成長を始める。

 周囲の建物を破壊しながら美影を乗せ、呪楼と呼ばれたソレは巨大に成長し続ける。

 大地に根を張り、周りの全てを飲み込み、自らの糧とし成長を繰り返す。

 一種の災害とも言える成長、次第に恐怖の絶叫が街中から響き始める。

 ソレすら飲み込み、蹂躙し呪いの桜は成長を続ける。

 その桜の枝の上に座りながら美影は鼻歌を歌いながら脚をパタパタと振り動かす。

 美影にとって、雪奈以外の人間等どうなろうがどうでもいい、そんな事よりも今は雪奈との再会に想いを馳せることの方が重要なのだから。

 雪奈はあれからどう成長したんだろう? ワタシを殺した時は同じ8歳だったから今は16歳になっている。

 あの凛とした優しい瞳、サラサラで綺麗な長い黒髪を後ろで束ねている髪型や柔らかくきめ細やかで雪の様な肌とその温もり、どこか懐かしく安心する匂い……どれも大きく変わっていないといいのだけれど……

 あぁ、考えるだけでドキドキする! 雪奈はワタシを見たらどんな表情(カオ)をするんだろう? 怒るかな? それともビックリする? もしかしたら泣いてくれるかもしれない! 邂逅一番であの時みたいにキレイに切ってくれるかな? そうだったら近づいてくれるから雪奈を抱きしめることもできそう! ああ! けど、そんなのダメだわ! もっとドキドキしちゃうもの! そんな妄想に耽りながら顔を真っ赤にして美影は悶える。

 しばらくして、呪楼の成長が止まる。

 天高く聳え立った巨木はその枝に無数の蕾をつけた。

 だが、開花しない。

 

「あら? 足りてなかったかしら?」

 

 失敗しちゃった……と美影は少し落胆したがすぐに切り替えた。

 簡単な事だ、霊力が足りないなら足せば良いのだから。

 

肉蟲(にくむし)

 

 霊力をその身に回し、名を告げ、手を合わせ軽い拍手を一回。

 呼び出すための儀式を終えて、羽の生えたムカデの様な無数の小さな蟲が街へと放たれる。

 

「いってらっしゃい。雪奈以外なら誰でも構わないわよ」

 

 呼び出された式神は術者の従順な僕としてその使命を全うする。

 美影が呼び出した肉蟲達の使命、ソレは霊力の確保ともう一つ……"恐怖の蒐集"ッ! 

 先程の騒ぎで逃げ惑う人々(エサ)を見つけた蟲達が襲いかかる! 

 突然の襲来にただでさえパニック状態の人々はさらなる恐怖に陥る! 

 蟲達は激痛を与えながら体の穴から体内に潜り込む、その上で周りの肉を貪り食い同時に自らの数を爆発的に増やしていく。

 激痛と体内を這い回られる嫌悪感に悲鳴と絶叫を上げる人々。

 そして、十分に霊力を補填し、増えた蟲達は内側から人間を食い破り、這い出でて次の獲物を求めて体内から飛び立つ。

 あまりにも悍ましい光景。

 夏の旅行客で賑わっていた京都は、たちまちこの世の地獄と化したのだ、たった一人の少女の手によって! 

 そんな光景を視ながら美影は身支度を整える。

 服はキレイにしてあるし血溜まり(かがみ)で確認したけど問題なし! これで雪奈に会っても恥ずかしくない! 

 ドキドキしながら美影は桜の木下で思い人を待つ。

 恋する少女を彩るのは鮮やかな紅色の悲鳴と絶叫だ。

 それらに包まれながら、美影の為に呪いの桜は開花する……



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怒れる魂/悍ましい愛

「儀礼装束の準備ができました」

 

 巫女装束に着替えた光美(ミツミ)がその手に儀礼装束を抱えて奥の和室の襖を開ける。

 中では既にポニーテールを解き、その長い黒髪を丁寧に()かし終え、下着以外の衣類を脱いだ状態の雪奈が静かに佇んでいた。

 

「失礼します」

 

 光美はそう言うと、儀礼装束の着付けを始める。

 光美は黙々と雪奈の身体に白装束を纏わせ、その上から儀礼装束を纏わせる。

 薄く赤みがかった巫女装束にも似た儀礼装束、その本質は他者の霊力……すなわち魂のエネルギーを込めることによって発揮されるソレはアキルと光美の二人に込められた力によって仄かに熱を帯びていた。

 最後に薄紫色の炎と雪の刺繍が施された羽織に雪奈は袖を通す。

 

「……」

 

 雪奈は暫しの沈黙の後、ぽつりと言葉を漏らす。

 

「私は……私たちはどこで違えてしまったんでしょう……」

 

 雪奈のその言葉に光美は静かに瞳を閉じ、沈黙する。

 外からは泣き叫ぶ人々の声が遠く響く、助けを求める人々の嘆き声が。

 決意を固めた雪奈は光美に言葉を紡ぐ。

 

「光美、私は貴女の姉を……美影をもう一度殺します。ですが……」

 

 雪奈がその先を言うのを遮る様に光美は答える。

 

「分かっています。だから……どうか、お願いします」

 

 光美顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。

 それでも、彼女はそう告げた。

 雪奈はそんな光美を見て、何も言わずに瞳を閉じ、自らの拳を強く握りしめる。

 雪奈の瞳がゆっくりと開く、その眼には決意の炎が灯っていた。

 

「行きましょう……!」

 

 雪奈の一言と共に二人は外に向かう。

 既に外で待っていたアキルと共に三人は急いで市街地へと向かった。

 

 ——————————————————

 

「何よ……コレ……」

 

 あまりの光景にアキルは無意識に言葉を漏らした。

 無理もない、三人が市街地に着いた頃には既に京の町は地獄絵図と化していた。

 晴れ渡っていた空は血にも似た赤黒の雲に覆われ、人々を食い殺しながら不快な羽音と共に蟲達の群勢が次の餌を求めて飛び回っている、その苦痛を嘲笑(あざわら)うかの様に天をも穿つ程の巨木が町の中心で、仄かに輝く薄紅色の桜の花を傲慢に咲かせていた。

 辺り一面から聞こえるのは苦痛の声、絶叫、悲鳴。

 美しかった京の街並みは赤黒く染め上げられ、あたり一面に無惨に殺された人々の亡骸が積み重なって転がっていた。

 鼻腔をくすぐる血と肉が入り混じった絶望の匂いに、アキルは思わず口を押さえた。

 

「無理はしないでください。光美、アキルさんと生存者をお願いします」

 

「御任せを‼︎」

 

 パンッ、と拍手を一回行い、光美は三体の式神を呼び出す。

 

右牙(ウガ)! 左牙(サガ)! 白桜(ハクロウ)! まだ生きている人がいたらここまで連れてきて!」

 

 光美の命令を受諾した三体はすぐさま走り出す。

 同時に光美は地面に右手を当て素早く、それでいて(おご)かに祝詞を紡ぐ。

 

「我守護するは無辜の民なり、我排するは邪悪なり、我が身を贄に一時の安寧を願いまする!」

 

 祝詞を終えると同時に手の触れた地面から淡い光がドーム状にどんどん広がっていく、その大きさ実に凡そ半径25km。

 そして広がる最中、結界に触れた肉蟲達を次々と塵へと還す。

 光美が広げたこの光のドームは外敵を廃し無辜の民を守護する物……神代の一族が脈々と受け継ぎ紡ぎ続けた結界術、その名を『楼閣(ロウカク)』、術者の霊力、ひいては命そのものさえも贄として発動される絶対安全領域である。

 

「っはぁ……!」

 

 光美は膝から崩れ落ち、大きく息を吐いたのち肩で息をする。

 無理もない、これほど巨大な結界を一人で組み上げたのだから。

 本来、これほどの大規模結界を創り上げるには複数の術者の補助が必要だ。

 しかし今現在、市内に居る他の術者達を集めている暇など無い。

 だからこそ、無理を承知で己が命の多くを贄としてでも結界を張ったのには意味がある。

 この結界内は原則的に光美が認めた『無辜の民』以外侵入する事は出来ず、それ以外のものが結界に触れば強制的に迎撃する絶対安全領域。

 故に、この結界内で民衆を保護する事で他の陰陽師達には戦闘に集中して貰えると光美は考えたのだ。

 

「ありがとう、光美……私は行くね」

 

 光美に感謝を述べ雪奈は一目散に駆ける。

 目指すは呪楼の根元、おそらくそこに美影はいるはずだ。

 式神を行使する術者が死ねば術者の霊力によって顕現している彼らは霧散し消え果てる。

 この事態を解決する為の唯一絶対の条件、ソレは美影を殺すことただ一つだけ。

 迷いを全て捨て駆け抜けて行く雪奈、自らのやれることを精一杯やる光美、その二人を何もできずにただ見るだけだったアキルは自ら心を、魂を、奮い立たせ、ある決心をする。

 

 

 

 ———呪楼(じゅろう)蠱毒(こどく)』の根元に全速力で向かう雪奈、次第に周囲の空気が変わる。

 そして……

 

「久しぶり、雪奈‼︎」

 

 蠱毒に続く一直線の道……蠱毒が成長する際に意図的に建物を壊し、蟲達に殺された多くの人々の魂を鬼火にして照らし、鮮血で美しい紅色に塗り上げた花路。

 その道の最果て、呪楼の下でコチラに気づいた美影が嬉しそうに手を振っている。

 雪奈は辺りを見渡す。

 無惨に殺された人々の亡骸、大人も子供も男女も関係なしに皆殺しにされたその中には我が子を守ろうとした両親とその子供のものと思われる亡骸もあった。

 周囲からは悲鳴と助けを求める嘆きの声が終わることなく木霊(こだま)し続ける。

 身体が震える、思考を研ぎ澄まされる、魂が荒ぶる、雪奈の中に灯された怒りの炎が激しく、熱く、燃え盛る。

 

「美影ぇえ!!!」

 

 怒りの声を上げ、雪奈は地面を抉り取るほどの力を込めて踏み込む。

 人体の限界まで鍛え上げた雪奈のソレは最早瞬間移動と大差のないものとなっていた。

 20m近くあった距離を時間にして1秒にも満たない、まさに一瞬で詰める。

 美影の懐に潜り込んだ雪奈は腰に差した刀の鞘を軽く押さえ、柄を握る。

 

「あれ?」

 

 何が起こったのか美影は理解できていない様だった。

 無理もない、先程まで居たはずの雪奈が瞬きの間に視界から完全に消失していたのだから。

 自身の背後に雪奈の気配を感じたであろう美影はコチラに振り向いた。

 

「せつ」

 

 言葉を発しようとした瞬間、美影の視界が二つに割れる。

 美影は何が起こったか理解できなかった、何故なら斬撃どころか抜刀の瞬間すら全く視えなかったのだから。

 先程の疑問を思考する間を与えられる事無く美影の身体がバラバラに崩れ落ち、鮮血を噴き出しながら美影は完全に沈黙した。

 暫し遅れて(つば)鳴りの音が静寂の中に木霊する。

 雪奈が行った攻撃、それは至極単純な居合だ。

 ただし、限界まで研ぎ澄まされた……音速の先、超音速へと至ったモノだが。

 雪奈の一族、不知火の流派は古くから人体を限界まで鍛え抜く事を研究し、更にその先へ至るための研鑽を紡いだ。

 その究極系こそ音を超えた不可視の斬撃、その名を『送火(オクリビ)』痛みを理解する暇すら与えず黄泉へと送る極限の一刀である。

 本来、『送火』を使った使用者は身体に莫大なダメージを負ってしまう。

 幾ら極限まで鍛え抜こうと所詮は生身の人間、超音速に至る斬撃はそれほどまでに危険な物なのだ。

 だが、今は違う。

 雪奈がその身に纏う儀式礼装……『桜華(オウカ)不知火(シラヌイ)』、その真骨頂の一つは付与された霊力によって、纏う者の身に防壁の役割を果たす小規模な結果を膜のように展開すること。

 この結界により本来ならば連続使用が不可能な『送火』の連続使用を可能とするのだ。

 しかし……

 

「お前はいつまで死んだふりをしている?」

 

 バラバラになった美影の亡骸に対して雪奈は冷淡に告げる。

 一切の油断もなく告げられたその声に呼応する様に美影の亡骸は(うごめ)き始める。

 切られた箇所から筋繊維、神経、血管を伸ばし互いをつなぎ合わせる。

 悍ましく冒涜的な光景、しかし雪奈は眉ひとつ動かすことすらない。

 ソレどころか、次の攻防に備えて冷静に刀の柄を握り構えを取る。

 しばらくして元通りになった美影は口を開く。

 既に美影は人であることを放棄し、人ならざる外道に堕ちていた。

 

「あぁ! すごいわ雪奈! いつの間にこんなに強」

 

 美影の言葉を待つことなく雪奈は再び『送火』を放つ。

 もはや、外道に堕ちたモノに慈悲など必要に在らず。

 先程同様、鍔鳴りだけが遅れて響き、同時に美影の身体が崩れていく。

 しかし、今度は完全には崩れない。

 正確に言えば、文字通り()()()()美影の身体は繋がっていた。

 自らの肉体を修復しながら美影は呟く。

 

「ものすごいスピードの『送火』ね? 貴女のお父さんより早かったわよ」

 

 純粋に賞賛する様に、無邪気な笑顔で美影はそう言い放った。

 瞬間、雪奈の中で何かがプツリと切れる。

 同時に先程と同じ『送火』を放つ。

 何度も、何度も、何度も……美影が細切れになり、肉片だけになるまで何度も。

 間違いなく全て決まったはずだ、だが、しかし……

 

「ふふ、嬉しいわぁ! 雪奈がこんなにも私を殺意(おも)ってくれているなんて!」

 

 美影は健在だった。

 ソレどころか先程までより修復のスピードが飛躍的に上がっている。

 このままでは不味い、と思った雪奈は再び刀に手を向けようとするが……

 

「つーかまえた♡」

 

 不意に、背後から声と同時に()()に抱きつかれる。

 ほんの一瞬、雪奈は注意がそちらに向いた、向いてしまった。

 その一瞬の隙を美影は見逃さなかった、即座に地面から四体、ムカデの式神を呼び出し雪奈の四肢に巻き付かせ、拘束する。

 雪奈は強引にでも拘束を逃れようと四肢に全力で力を込める。

 が、雪奈の人間離れした圧倒的な膂力を持ってしてもムカデ達は千切れない。

 

「ふふ、大成功」

 

 自分に抱きついているナニカがそう呟く、その声色と気配に雪奈はある事に気づく。

 そんな事有り得ない、あり得ていいはずがない。

 そう思いながらも雪奈は自分の後ろに視線を向ける。

 そこに居たのはまごうことなく神代美影だった。

 再び正面を向くと自身の目前に先程まで切り刻まれていた美影の顔があった。

 

「雪奈は大きくなったねぇ、そのままだと目線が合わせられないから蟲が居ないと大変よ」

 

 ふふ、と無邪気そうに眼前の美影は笑う。

 

「ワタシが二人いてビックリした? 安心して、どっちもワタシだから」

 

 思考が追いつかない、光美から美影が居たと聞いた時から既に人外と化した事は想定していたが、何故増えている? 

 自らの完全な分体を生み出すなんて芸当は余程高位な存在……それこそ大妖怪や神性存在でもない限り不可能のはず、少なくともたかだか八年前に死んだ元人間がその領域に至るのは不可能だ。

 思考を限界まで回す雪奈を他所に美影達は言葉を紡ぐ。

 

「あぁ、雪奈の匂いも温もりも昔のままだわ……髪の毛もサラサラで綺麗で……」

 

「ちょっと? ワタシとは言え雪奈を独り占めしないでくれるかしら?」

 

「別にいいじゃない、ワタシ? 感覚も共有してるのだし問題ないでしょ?」

 

 そんなくだらない問答を二人の美影は続ける。

 だが、この状況で無駄な問答で時間を浪費してくれるのならむしろ助かる。

 雪奈は今、いつ殺されてもおかしくない状況下にある。

 だからこそ、勝手に時間を作ってくれるなら……

 そう雪奈が考えていると周囲からくすくすと無数の笑い声が聞こえ始める。

 

「あらあら、ワタシ達? 雪奈は一人しかいないのだからみんな平等に、ね?」

 

 その声を皮切りに、雪奈にとって悪夢の様な光景が視界に広がる、空から、地から、無数の美影達が這い出でる。

 

「ええ、そうよ、平等よ!」「けれど雪奈は一人しかいないわよ?」「大丈夫よ、ワタシ達、別に触れ合う以外にも方法はあるもの!」「「「そうね、ワタシ!」」」

 

 無数の美影達が問答を繰り返し、結論に至る。

 そして……

 

「それじゃあ、始めましょうか」

 

 ひとりの美影が指を鳴らす。

 瞬間、雪奈の四肢を巻きついていたムカデが限界まで締め上げ、潰し、破壊する。

 

「ぎっぃやぁぁぁぁぁぁあ!!!」

 

 不意の激痛に雪奈は絶叫する。

 四肢は完全に破壊され内部の筋繊維や骨が鮮血と共に露出している、その状態で雪奈は地面に仰向けに降ろされ、ムカデ達は離れていく。

 その声を姿を見た美影達はあるものは恍惚な表情を、あるものは身を悶えさせ、またあるものは歓声を上げる。

 苦痛で雪奈の呼吸が荒くなる、そんな雪奈の頭を自らの膝の上に乗せて、美影の一人が頭を撫でる。

 

「痛いわよね……けど、ワタシ嬉しいの! 雪奈がこんなにも痛がっているのを初めて見ることができたのだもの!」

 

 優しい声色と表情でそう言い放つ。

 

「安心して、雪奈? ワタシは貴女に死んでほしいわけじゃないのよ? もし耐えらなくて死んでしまっても大丈夫! ワタシがちゃんと治してあげるから!」

 

 その言葉を聞いて雪奈は絶句した。

 同時に底知れぬ恐怖に心が支配されそうになる。

 その表情を視た美影はまた嬉しそうに喋り始める。

 

「良いわ、雪奈! 今、恐怖しているのでしょう? その表情とっても素敵よ!」

 

 もっと良く見せて、と美影が顔を近づける。

 瞬間、雪奈は上半身を勢いよく起こし、美影の首を全力噛みちぎる。

 

「ペッ……!」

 

 口の中の美影の肉片を吐き捨てる。

 どれだけ怖かろうと、勝ちの目がなかろうと、ただ諦めるなんて雪奈の魂が……否、この身を焼き尽くす程の怒りが許さない。

 死が目前に迫っていようと最後まで足掻いてみせる。

 コレはその魂の表れだ。

 美影は首に手を振れ、噛みちぎられた喉から噴き出し自らの手を赤く染める鮮血で何が起こったかを理解する。

 

「あ、あぁ……!」

 

 美影は身体を震わす。

 しかし、首を噛みちぎられた痛みからではない……

 

「雪奈がワタシを食べてくれた!!!」

 

 雪奈は再び絶句する、その言葉の意味が理解できなかった。

 しかし、美影はそんなのお構いなしに熱狂のまま捲し立てる。

 

「嬉しい、ワタシ嬉しいわ、雪奈! さっきまでの恐怖していた貴女も素敵だったけれど、今の貴女はもっと素敵! 怖くて怖くて仕方ないのに! 手足もグチャグチャで使い物にならないのに! それでも! ワタシに果敢に噛み付いた! あぁ、あぁ!!!」

 

 美影は身体を震わせ悍しいすら感じるほどの恍惚の笑みを浮かべる。

 そして……

 

「あぁ……ごめんなさい、雪奈、ワタシ昂っちゃった……もう、我慢できないの……」

 

 美影は優しく雪奈の頭を抱える。

 そして……全力でその頭を潰した。

 

「がっ……」

 

 最後の言葉を発する暇もなく、痛みを感じる事も、思考する間も無く雪奈の頭蓋は砕け散り、その中身をぶちまける。

 残ったのは下顎から先だけが力なく沈黙した雪奈の亡骸だけだ。

 

「ふふ……やっぱり、雪奈は脳も綺麗ね……」

 

 両手にこびり付いた雪奈の脳を美影は丁寧に舐め取り、咀嚼し、ゆっくりと味わうように嚥下(えんげ)する。

 腹部から身を焦がす熱い炎の様に激しい快楽が美影の全身を駆け巡る。

 思わずその身を震わせ、至福の笑みを浮かべる。

 

「ふふ、ちょっとやり過ぎちゃったわね……続きは一旦休憩してからにしましょ? ねぇ、雪奈」

 

 そう呟くと美影が指を鳴らす。

 同時に呪楼に人より少し大きい程度の裂け目が開く。

 深淵を切り取ったかのような黒に塗りつぶした裂け目からは、まるで呪うかの様な怨嗟の声が響いていた……

 美影達はそんなことなど気にせず、頭の上半分と四肢が潰れた雪奈の亡骸と辺りに飛び散った雪奈の肉片をかき集め、呪楼にできた裂け目からその中へと消えていった。



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素敵なプレゼント

 古く大きな武家屋敷……不知火(しらぬい)家が平安時代より受け継いできた家、暖かい夏の陽の光と爽やかな風が屋敷を駆け抜ける。

 その縁側で気持ちよさそうに惰眠を貪る少女が一人。

 猫のようにうずくまって気持ちよさそうに眠る少女……不知火雪奈(しらぬいせつな)

 綺麗な小麦色に焼けた肌が夏の朝日に照らされる。

 すぅすぅと寝息を立てながら優しい夢に溺れる雪奈の瞳がゆっくりと開く。

 

「ん、ん〜〜〜」

 

 ふぁぁ……と軽くあくびをして、雪奈は寝ぼけ眼を擦る。

 爽やかな風が雪奈の頬を撫で、寝起きの意識をゆっくりと覚醒させる。

 雪奈はカレンダーに目を向ける。

 7月17日に赤い丸が付けられ、その下に『美影(ミカゲ)光美(ミツミ)と遊ぶ! 美影達の家に集合!』と書いてある。

 

「あっ……やっべ……」

 

 今現在の時刻は午前10時、対して約束した時間は午前8時。

 完璧な遅刻である。

 慌てて飛び起きた雪奈は急いで遊びに行く支度を始める。

 いかんせん二時間もの遅刻は流石にまずい。

 光美は当然怒ってるだろうし、普段優しい美影も怒っているに違いない。

 兎に角急がないといけない。

 自分のポーチに必要そうなものを粗雑に突っ込み、大急ぎで玄関に向かう。

 

「行ってきまーす‼︎」

 

 元気な声でそう言うと雪奈は全力で走る。

 

「いってらっしゃ……って、もう行っちゃった」

 

 雪奈の背中を見送る人影が二つ。

 長い黒髪の女性と背の高い筋骨隆々の男性。

 

「全く、誰に似たのかしらねぇ?」

 

 女性は男性の方に視線を向けてそう呟く。

 男性の方は「ははは……」と申し訳なさそうに笑ったのち言葉を紡ぐ。

 

「けど、楽しそうでいいじゃないか」

 

 優しい笑顔でそう言った男性を見て女性も笑いながら答える。

 

「ふふ、そうね! サァテ、私たちも可愛い娘のためにも色々準備するわよ! 手伝いよろしくね、永介(えいすけ)?」

 

「応よ! 季劫(ききょう)!」

 

 二人はそのまま屋敷の中に戻っていった。

 

 

 ———————————————

 

 

 雪奈はひたすらに、ただひたすらに走った。

 汗でベトベトになり、息も絶え絶えになったがようやく美影達の屋敷に着く。

 屋敷の長屋門にもたれかかって美影と光美が待っていた。

 

「もう! 雪奈ったら遅いです!」

 

 光美は少し不機嫌そうな顔で雪奈に言い寄る。

 そんな光美を宥める様に美影は雪奈と光美の間に入った。

 

「まぁまぁ、雪奈の様子を見るに結構頑張って来たみたいだし、少しは許してあげましょ?」

 

 むぅ……と顔を(しか)めた後、光美はため息をついた後「仕方ないなぁ」と続けた。

 

「でも、今度からは気をつけるよーに! 後、お姉ちゃんは雪奈に甘すぎ!」

 

「はーい、気をつけるわねぇ」

 

 美影は少し困った様な顔で答える。

 雪奈はと言うと、両手を合わせて謝っていた。

 

「ところで、今日は何して遊ぶの? 美影達が決めるって言ってたけど」

 

「「あ……」」

 

 美影と光美、二人の声が重なる。

 そのあと二人はお互いに顔を合わせる。

 

「ふーん、決めてないんだ?」

 

 雪奈は意地悪そうに質問する。

 うぐぐ、と光美は困った顔になってしまうが、美影が二人を諌める。

 

「ごめんなさいね、正直に言うと考えてなかったわ……けど、雪奈も今日は遅刻したしお互い様ってことにしましょ? ね?」

 

 美影は優しく言葉を紡ぐ。

 

「まぁ……うん。意地悪言ってごめんね光美、美影」

 

「私もごめんね」

 

 雪奈と光美が謝り終わったあと美影はよしよしと、二人の頭を優しく撫でる。

 二人は少し恥ずかしそうにしながらも、その顔は少し嬉しそうだ。

 

「美影ってさ、同い年なのに大人っぽいよね」

 

 そんな事を雪奈が呟く。

 

「ふふ、そうかしらねぇ?」

 

 雪奈の言葉を聞いた美影は少し嬉しそうに、けれど寂しさが混ざった様な声で答える。

 実際、美影は同じ年代の子供より大人びている。

 と言うのも、彼女の一族……神代(かみしろ)の一族の歴史において最高の天才、いわゆる神童だったことが理由だ。

 美影は成人した術師でも習得に10年かかる筈の式神行使の技術を僅か6歳で体得し、既に神代の陰陽師として様々な仕事をこなしている。

 必然的に他の同業者と顔を合わす機会も増えるし、何より神代家の陰陽師としての品格が求められるのだ。

 

「美影?」

 

 寂しそうな美影が気になった雪奈が声をかける。

 

「うんうん、なんでもないわ! そうだ、裏のお山に行きましょう! この前面白そうな場所を見つけたの!」

 

 美影はなんでもなかった様に話題を逸らし、二人の腕を引っ張って裏の山に向かう。

 

 

 

 木漏れ日が指す山の中、水のせせらぎと優しい植物の香りの中、三人は美影の言う『面白い場所』を目指して小一時間ほど歩いていた。

 

「まだかかるの〜……」

 

 流石に疲れたのか光美が弱音を吐く。

 雪奈も弱音こそ吐かないものの、目に見えて疲れ始めていた。

 そんな二人を宥める様に美影は言う。

 

「あとちょっとだから頑張ってね。光美、雪奈」

 

 そうして少し歩いた後、大きく開けた場所に出る。

 

「さぁ、ここよ!」

 

 美影が両手を広げ、無邪気な笑顔で雪奈達の方を振り向く。

 その背後には一面の白と黒の百合が咲き誇る花畑が広がっていた。

 

「きれい……」

 

 無意識に雪奈の口から言葉が溢れる。

 光美も眼前の光景に目を輝かしていた。

 すごく綺麗な光景……

 

「ねぇ? 来てよかったでしょ?」

 

 美影は嬉しそうな笑顔で二人に言う。

 

「すっごく綺麗だよ! ありがとう、美影!」

 

 雪奈は美影の手を握り感謝の言葉を述べる。

 雪奈の純粋な感謝の気持ちに、美影は少しビックリした様な顔をしたのち、すぐにいつもの表情に戻った。

 

「……えぇ、えぇ! 喜んでもらえて嬉しいわ!」

 

 そうして三人は綺麗な花畑で素敵な時間を過ごす。

 日がオレンジ色に染まる夕焼けまで……

 

 

 

 日も暮れ始めた、もうおうちに帰ろう。

 

 

 

 雪奈は美影達と一緒に自分の家に帰る。

 今日は美影達は雪奈の家に泊まることになっていた。

 美影達の家は忙しくて、お父さんとお母さんが帰って来れないらしいと前々から聞いていた。

 別段、珍しいことじゃない。

 そもそも不知火家と神代家は家族ぐるみで仲が良かったから、互いの家に泊まるのは良くあった。

 けれど、今日は少し雰囲気が違った。

 美影と光美は、雪奈が見てもわかるくらいソワソワしていた。

 雪奈はそこには寂しさや不安ではなく嬉しさを感じた。

 そうして雪奈は家の玄関を開ける。

 パンッパンッ、とパーティクラッカーの音が鳴り響く。

 

「「「「雪奈、誕生日おめでとう!」」」」

 

 雪奈の両親……永介と季劫、そして美影達の両親がそこにいた。

 

「「サプライズ大成功ね!」」

 

 美影と光美が息を合わせて言うと、雪奈の腕を引っ張る。

 今日は雪奈の誕生日。

 本人はすっかり忘れていたけれど、これから楽しい誕生会が始まるのだ。

 

 

 

 ———違う。

 雪奈(わたし)は覚えている。

 この日、本当は何があったかを。

 脳裏にこびり付いた惨劇を、血と臓物の匂いを。

 ……あの無邪気で悍ましい(えがお)を。

 

 

 

 ———————————————

 

 

 

 雪奈の意識が覚醒する。

 着ていたはずの儀礼装束は脱がされ、刀もない。

 身に纏っているのは白装束だけ。

 

「起きたのね、雪奈」

 

 雪奈が今の状況を整理する間も無く、聞き覚えのある優しい声が響き頭をそっと撫でる。

 同時に、雪奈の身体は逃げるように動き、飛び退く。

 

「あらあら、治したばかりだから心配だったけれど、その様子なら問題なさそうね」

 

 治した? 

 その言葉を聞いて、雪奈の脳が記憶を想起する。

 自分がどうなったのかを……

 

「……ッ!」

 

 無意識に一歩、雪奈が後退する。

 それを見た美影は夢で見たあの日と全く同じ笑顔で雪奈に語りかける。

 

「だいじょうぶ……大丈夫よ、雪奈」

 

 美影は小さな子供をあやすような声色でそう言いながら立ち上がり、雪奈にゆっくりと近づいてくる。

 雪奈は、また無意識に一歩後ずさる。

 

「さっきはごめんなさい……昂ったとは言え、雪奈を殺してしまうなんて……」

 

 変わらず優しい声色で美影は続ける。

 美影の声に呼応するかの様に雪奈の身体をゆっくりと恐怖が蝕んでいく。

 雪奈の呼吸が激しくなる、胸が痛い、気持ち悪い。

 

「けれど、安心して。ここなら……『蠱毒』の中なら、貴女がどうなってしまってもワタシが完璧に直せるの! ここならワタシはなんでもできるのだから! 『蠱毒』の広げた根を通してこの星の全てをワタシの霊力に変換するの! そうしたら、この中でワタシと雪奈はずぅぅぅっと一緒に居られるわ!」

 

 美影が両手を広げ、無邪気な笑顔で嬉しそうにクルッと一回回る。

 雪奈は理解できない、理解できるはずがない。

 

「あら? 雪奈、だいぶ不機嫌ね? もしかしてさっき見せた夢のことで怒ってる?」

 

 美影は心配そうな表情をして雪奈を見る。

 

「今、なんて……」

 

 雪奈の思考が追いつかない。

 見せていた夢? 

 一体どう言う意味……

 思考を回す雪奈の事はお構いなしに美影は言葉を放つ。

 

「言ったでしょう。ここの中ならワタシはなんでもできるって。だから、ワタシの大切な日の記憶を夢で見せたの! まぁ、途中で起きられちゃったけど……」

 

 雪奈の思考が真っ白になる。

 同時にあの日の記憶がフラッシュバックする。

 

「……けるな」

 

「?」

 

「ふざけるな‼︎大切な日だと? お前はあの日何をしたと思っている‼︎私と光美はあの日ッ……」

 

 雪奈は思い出す。

 あの日の惨劇を。

 だが、雪奈の怒りの叫びに割り込む様に美影は告げる。

 

「ええ、よぉく覚えているわ。あの日のこと……貴女が見せてくれた絶望も! 恐怖も! 怒りも! 殺意も! あぁ! 全てが愛おしかったわ……!」

 

 美影は恍惚の表情を浮かべ、その身を震わす。

 しばらくした後、パチンッ、と美影は指を鳴らす。

 同時に周りの景色が一変する。

 先程まで暗闇しかなかった空間は夏の夕焼けが差し込む小さな和室へと変わる。

 あの日の雪奈の家に……

 

「ふふ、雪奈の好みに合うかしら? あの日の再現、なんてね?」

 

 そう言うと美影は雪奈の眼前に刀を投げ捨てる。

 それは、雪奈の愛刀、今は亡き母の形見。

 無防備な今の雪奈が美影に対抗するにはこの刀を取るしかない。

 その筈なのに……。

 身体が動かない。

 理解できない、わからない。

 雪奈自身も理解できない、いや……理解したくない。

 

「ふふ、怖いのね。けど、そんな雪奈もワタシは好きよ♡」

 

 美影がゆっくりと近づいてくる。

 雪奈はなぜ自分が刀を手に取れないか既に理解していた。

 

「私は……」

 

 弱々しい震えた声を雪奈は必死に出そうとする。

 その瞬間美影からただならぬ殺気が溢れ出す。

 だが、それは雪奈に向けられたものではない。

 

「本当に邪魔なムシケラ達……」

 

 そう溢すと美影は笑顔を見せた後、雪奈から離れ、後ろを振り向く。

 

「ごめんなさい、雪奈……ちょっと行かないといけないみたい。雪奈はゆっくり考えていて頂戴♡」

 

 そう告げると美影は歪むように消える。

 おそらく、『蠱毒』の外に出たのだろう。

 美影が居なくなったせいか、雪奈は感情が溢れ出す。

 怒り、絶望、無力感、そして何より……

 

「私はッ……」

 

 雪奈の瞳から涙が溢れ出る。

 情けない自分に、泣くことしかできない自分に、何もできない自分に絶望する。

 雪奈は刀を手に取れなかった。

 その理由は他でもない、美影に対する恐怖心に雪奈の心は完全に折れてしまったのだ。

 結局、自分はまた何もできなかったのだ。

 あの日……8年前の雪奈の誕生日に美影が起こした惨劇。

 美影達の両親も、雪奈の両親も皆殺しにされたあの日。

 何もできずにただ恐怖するだけしかできない光美。

 雪奈は感情のままに部屋に飾られていた母の刀を美影に振るい、美影を殺した。

 いや、正確には()()()()()()殺されに来た。

 結局は全て美影の思う壺だったのだ、彼女にとっては自らの死でさえも雪奈からの贈り物でしかない。

 あの日から雪奈は何も変われていなかった、弱い自分のまま……



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再び火は灯る

「本当に空気が読めない妹ね」

 

 苛立った声が美影(ミカゲ)の口から溢れる。

蠱毒(こどく)』の外に出た美影の目に真っ先に映ったのは『蠱毒』を覆う大結界……『楼閣(ロウカク)』だった。

 今や『蠱毒』は美影の身体の一部にも等しい状態まで馴染んでいる。

 おかげで、肉眼でこそ見えていないが、『楼閣』が卵の殻のように『蠱毒』を地中の根ごと覆い、封じ込めていることもわかる。

 だからこそ、美影は苛立ちが募る。

 

「あぁ、とても不愉快だわ」

 

 美影の口から溢れる言葉、そこには明確な怒りと不快感がこもっていた。

 美影は『蠱毒』の根本より血濡れの花道を歩み始める。

『楼閣』は神代(かみしろ)の一族の秘技だ。

 だからこそ美影にはその秘技の細部まで全てがわかる。

 術者が何人いてどこに居るのかさえも手に取るようにわかる。

 これほどの大規模展開は普通なら多くの術者を媒介兼リソース供給元として行わなければならない。

 だが、現状それは不可能だ。

 何故なら、美影が既にほぼほぼ殺し尽くしたからだ。

『蠱毒』を成長させる際、ついでにこの町にいる脅威になりそうな術師共はわざわざ自ら出向いて念入りに殺した。

 残っているのは脅威になり得ない残り(カス)の雑魚どもだけだ。

 ()()()()()()()

 しばらく歩き、美影は対峙する。

 無能な役立たず、殺す価値すらない雑魚、美影(ワタシ)の願いを邪魔する者……光美(ミツミ)に。

 

「無様な格好ねぇ?」

 

「姉……さん……!」

 

 瞳から血を流し、息も絶え絶えで光美は答える。

 対峙してなお、光美は地面に座り込み自らの両手を地に当てひたすらに『楼閣』へと霊力を流し込む。

 霊力……即ち生命エネルギー、命そのもの。

 本来、これほどの大結界を展開するには複数人の術者が必要なのには理由がある。

 至極単純な話だ。

 "一人ではエネルギーが足りない"からだ。

 本来、生命エネルギーはどれだけ技術を磨いたものでも殆どはある一定までしか出せない。

 身体が生存のために強制的にその供給を止めるからだ。

 しかし、光美はそのラインを超えてしまった。

 自ら生存を捨て、その魂全てを燃料として燃やし尽くす。

 文字通り()()()()()

 

「無様ねぇ、本当に無様。だからこそムカつくわ」

 

 美影の言葉に怒気が混ざる。

 本人は気づいていないが、いつもの様な余裕のあるソレとは全く違う。

 苛つきながらも美影が結界に指を触れる。

 瞬間、触れた先から強烈な痛みが襲い、指が弾き飛ばされる。

 

「……」

 

 美影は顔を(しか)める。

 不快、光美如きが脅威になるなどと考えてすらいなかった。

 才もない、誰からも期待されていない、誰からも求められていない無様な妹。

 美影(ワタシ)の後ろでいつも怯えて泣いていた光美。

 それが今や美影(ワタシ)の細やかな願いの邪魔をしている。

 

「あぁ……本当にムカつくわ」

 

 美影の脳裏に不快極まりない記憶が想起される。

 自分と一緒に生まれ、神代としての才は無い。

 普通の女の子としてぬくぬくと育った妹が美影(ワタシ)の邪魔をする。

 不快で仕方がない。

 神代美影には才がある。

 だから求められた結果を出した。

 結果を出したら皆んなが美影(ワタシ)を褒めた。

 そうしてもっと求めてきた。

 父も母も他の奴らもみんなみんな求めてきた。

 だから美影(ワタシ)は頑張って結果を出した、神代の巫女として完璧に振る舞った、応えつづけた。

 いつしかそれが当たり前になった、当然の事になった。

 できなければ怒鳴られ、侮辱され、殴られた。

 できるようになるまで嫌でも修行させられた。

 皆んなが求めるのは美影(ワタシ)じゃない、『神代美影(カミシロミカゲ)』だった。

 誰も美影(ワタシ)を認めない。

 誰も美影(ワタシ)を欲しない。

 誰も、誰も……

 けど、一人だけ『神代美影』じゃない美影(ワタシ)を認めてくれた雪奈(ヒト)がいた。

 雪奈(せつな)とずっと一緒にいるためにも『楼閣』は……光美は邪魔だ。

 

「黒蟲」

 

 美影はふわりと浮かび上がり冷徹に号令を下す。

 美影の影から蟲達が無尽蔵に湧き出でる。

 

「やれ」

 

 その命令を聞いた蟲達が一斉に『楼閣』の外にいる光美めがけて襲い掛かる。

 当然、『楼閣』に触れた蟲達は焼き消えていく。

 しかし、止まらない。

 影から蟲達は湧き出でる。

 尽きる事なく止まる事なく影より湧き出で、寸分違わず同じ場所に襲い掛かる。

 

「ッ……!」

 

 光美の口から鮮血が溢れる。

『楼閣』は光美が自らの命を燃料に張り巡らせたもの。

 修復だってただで出来るわけじゃない。

 直すのにだって燃料が要る。

 燃料が切れれば壊れてしまう。

 なら、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 美影は休む間を与えることなく蟲達を呼び出す。

 呼び出された蟲達が雪崩れ込むその様はさながら黒い津波。

 

「いつまで持つかしらねぇ?」

 

 美影は光美に悪辣に問いかける。

 

「わた……し、はッ……!」

 

 光美はより一層、結界に自らの命を注ぎ込む。

 既に死にかけの身体、これ以上は本当に死んでしまう。

 それでもなお光美は自らの魂を燃やす。

 

「ッッッ! 無様ねぇ! 無意味なのがわからないのかしら? アンタがどれだけ努力したところで無駄なのよ! アンタはワタシより劣っているの! わかったら無駄な足掻きなんてせずさっさと諦めなさいよ!」

 

 美影は声を荒げて叫ぶ。

 美影自身でもわからない程に苛立っている。

 胸の奥が不快で仕方ない。

 気持ち悪い。

 

「いや……だッ!」

 

 がはっ、と光美は吐血しながらもそう叫ぶ。

 不快だ。

 不快極まりない。

 どれだけ足掻こうと結果は変わらない。

 結界は壊れ、光美は蟲達に喰われて死ぬ。

 なら、逃げた方がまだマシだ、賢い選択だ。

 なのに、光美は足掻く。

 

 

「ッッッ! いい加減にしなさいよ! どこまで邪魔をすれば気がすむの⁈アンタなんて……」

 

 美影の言葉が止まる。

 言う言葉は決まっていた。

 わからないけど、声に出せない。

 出したくない。

 

「くッ……」

 

 光美は身体に走る激痛に思わず声を出す。

 瞬間、ビシッという音と共に結界にヒビが入る。

 いかに即座に直そうと、それ以上のスピードで攻撃を加えられたら意味がない。

 何より、美影と光美には全てにおいて圧倒的なまでの差がある。

 

「姉さんは私のことが大嫌いだったんだね……」

 

 光美は両手を地面から離し立ち上がり、美影を見上げる。

 霊力の供給が無くなった結界は途端にその強度が弱まっていく。

 ひび割れはさらに大きく広がっていく。

 

「それでも……」

 

 結界が完全に破壊される。

 蟲の津波が襲いくる。

 

「私は大好きだったよ……お姉ちゃん」

 

 言い切ると同時に光美は蟲の津波に飲み込まれる。

 これで邪魔者は消えた。

 不快極まりない妹は死んだ。

 清々しいはずなのに、そうであるはずなのに。

 胸の奥が痛い。

 蟲達に飲み込まれる瞬間、一瞬だけ光美の顔が見えた。

 その表情は怒りでも恐怖でも無い、申し訳なさそうな顔で泣いていた。

 なんで……

 

「……還れ」

 

 美影は蟲達に命令を下す。

 瞬時に蟲達は美影の影の中へと還っていく。

 残されたのはボロ雑巾のような姿で死にかけている光美だけ。

 まだ死んでこそいないが、もはや動くことすらままならない状態だ。

 ……だから、このまま放っておけばいい。

 わざわざ自らの手を下す必要はない。

 美影はそう自分に言い聞かす。

 遠巻きに二匹、式神の気配が急に現れたがどうでもいい。

 白犬風情が勝手に出てきたところでもうどうでも良い。

 光美(飼い主)の命令すらろくに聞けない駄犬共だ、脅威では無い。

 

「……犬ども、後は好きにしなさいな」

 

 そう言い残して美影は踵を返し、『蠱毒』へと歩いていく。

 酷く気分が悪い。

 イライラする、全然快感(気持ちよく)無い。

 

「ッ⁈」

 

 そんな美影の思考を裂くようにそれは起こった。

 肌でわかるほど莫大な力が嵐のように渦巻いている。

『蠱毒』の遥か上、赤黒い雲を突き破ったその先より降り注ぐ魂の力が。

 

 

 

 ———————————————

 

 

 

 身を裂くほど冷気がアキルの身体に突き刺さる。

 遥か上空、白楼(ハクロウ)に乗りアキルは仁王立ちの状態で目を瞑っていた。

 たった一日にも満たない時間で起こった様々な事に思いを馳せる。

 今、自分に出来ることを成すために。

 アキルの瞳が開く、同時にアキルは白楼から飛び降りた。

 今のアキルに出来ること、それは……

 

「全力でぶん殴るッ!」

 

 叫ぶと同時にアキルは自らの右手に魔力を込める。

 副王(ヨグ=ソトース)の拳とは違う。

 より自分に合わせた、それでいて自らの命を、思いを、その全てを乗せた絶大の一撃(オリジナル)へと組み替える。

 込められた魔力によって大気は歪み、魔力で編まれた巨大な拳はさながら超巨大隕石が如き質量を得た。

 アキルは落下しながらも拳を強く握り締め、今、振り下ろす。

 ———天より振るわれた拳によって空を覆っていた雲が割れる。

 痛み、苦しみ、嘆き、絶望、恐怖……それら全てを破壊し尽くさんが為に振るわれた少女の願い(こぶし)が呪いの桜に鉄槌を下す。

『蠱毒』の枝葉が跡形もなく消し飛んでいく。

 しかし幹は少し潰されど砕けない。

 それどころか、触れた拳を伝ってアキルの魂を直接蝕み始める。

 殺された人々の恐怖が、絶望が、苦痛が、一気にアキルに襲い掛かる。

 

「ぁッ……!」

 

 常人なら発狂しかねない死者達の感情に侵食されてもなお止まらない、止めてはならない。

 それに、わかったことがある。

 誰もいないと思っていた呪楼の中で一人、雪奈(大切な友達)が泣いている。

 

「雪奈ァ!」

 

 アキルは雪奈に向かって叫ぶ、自らのを思いを。

 

「私はアンタ達の過去に何があったかなんて知らない! けど! 今のアンタのことは知ってる! 誰よりも優しくて、誰よりも頑張り屋で、誰よりも強い雪奈を!」

 

 拳をさらに強く握りしめる。

 更に魂を込めろ。

 命を燃やせ。

 

「アンタが絶望しているのは拳を通してわかってる! それでも、今だけは……」

 

 自らを焼き尽くすほどの熱量を。

 

「戦いなさいッ……戦ってよ、雪奈ァァァァア!」

 

 魂を燃やし尽くす程の叫びを拳に乗せる。

 だが……

 

「ワタシの願いを邪魔をするなァ!」

 

 美影の叫びと同時にアキルは気づく、腹部を襲う激しい痛みに、自らの体を突き破る一匹の大ムカデに。

 

「オマエは無様に潰れて死ね!」

 

 美影はムカデを引き抜き、アキルは再び地面へと落下を始める。

 傷は既に致命傷、もはやその命も殆ど使い切ったアキルは天を見上げながら落ちていくことしかできない。

 視界がぼやける、体が冷たくなってきた。

 ゆっくりと確実な死が迫ってくる。

 結局、あれだけほざいておいてアキル()は何も出来なかった。

 そう思った瞬間。

『蠱毒』を焼き尽くすほどの巨大な火柱が燃え盛る。

 身を焼くほどの、それでいて優しい炎。

 それを感じたアキルは満足げな笑顔で地へと落ちていった……



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願い

 美影(ミカゲ)の瞳に映るのは天をも貫く紫の炎。

 煌々と燃え盛る炎が呪楼(じゅろう)を、美影の願いを無慈悲に蹂躙し焼き尽くす。

 暫しの間、美影は宙に浮いたまま呆然としているしかできなかった。

 目前の理解し難い現実をただ見ていることしかできない。

 だが、不意に一つの思考が美影の脳裏を駆け巡る。

 "あの中には、まだ雪奈(せつな)がいる"

 思考が駆けると同時に美影は燃え盛る呪楼に向かって全力で加速し、身体中に式神(ムシ)を纏って防護服代りにして突入する。

 まだ呪楼の中には雪奈がいる。

 このままでは雪奈が焼け死んでしまう。

 それだけは絶対にダメだ。

 美影にとって呪楼はこの際どうでも良かった。

 呪楼は焼け落ちてしまっても、また別の場所で咲かせれば良い。

 けれど、"今"雪奈が死んでしまったら治せない。

 呪楼が焼けてしまっている今のこの状況では美影は蘇生を行うのに必要な莫大な霊力を用意できない。

 分厚い炎の壁が式神(ムシ)達の身体を焼く。

 式神を身代わりにして尚、痛くて、熱くて、苦しい。

 それでも、雪奈の為なら構わない。

 美影が炎の壁を抜け、アキルの一撃によって平坦になっていた呪楼の最上部に降り立つ。

 纏っていた式神(ムシ)は全て焼けたが、身体は問題なく動かせる。

 そして、美影には炎に焼かれた式神(ムシ)伝いに解ったことがある。

 

「まさか貴女がやったとはね……雪奈」

 

 美影はそう言って視線を向ける、呪楼の中心で待ち構える様に佇んでいた雪奈に。

 雪奈が身に纏っているのは白装束と剥き出しの刀だけ。

 先程、呪楼の中にいた時と変わらない。

 しかしその瞳は先ほどまでの絶望していたモノとは違う。

 "覚悟"を決めた者の瞳だ。

 

「自暴自棄……って訳でもなさそうね、文字通り()()()ってやつかしら?」

 

 美影の周囲からドス黒い霊気が溢れ出す。

 今の美影に余裕は無い。

 呪楼を焼き尽くさんとする炎、それを出しているのが雪奈なのは別に構わない。

 だが、呪楼を焼き尽くすほどの熱量を出していると言う行為そのものが問題だ。

 呪楼を燃やすのは普通の炎では不可能、呪楼を構成している物……霊力でなければ呪楼に影響を与える事はできない。

 そして、現に呪楼は煌々と燃えている。

 これ程までに莫大なエネルギーを出すには相応の対価がいる。

 すなわち、"術者(せつな)の命"だ。

 

「雪奈、悪いけど全力で止めさせてもらうわ。言っておくけど優しくなんてできないから、ワタシ」

 

 美影は今出せる限りの霊力を全て戦闘の為に向ける。

 美影には明確な勝算があった。

 美影自身が雪奈に直接触れる事さえできれば、そのまま雪奈の肉体を一時的に侵食し、強制的に霊力を止められる。

 そうすれば霊力によって形作られた炎は跡形もなく消える。

 その為なら最悪、手足程度なら壊しても問題ない。

 今は蘇生こそできないが強制的な延命程度なら問題なくできる。

 壊した手足も後で直せば良い。

 

「蟲共、来たれ」

 

 美影は冷徹に号令を出す。

 その声に従い、彼女の腰のから鋼鉄のような外殻を持つ巨大で不気味な大百足(オオムカデ)が尻尾の様に生まれ出でる。

 その数九匹。

 続くように美影の纏う黒の巫女装束から触手のように無数の蟲達が現れ、蠢く。

 その姿は、蟲となった九尾の怪物といったところか。

 

「捕縛せよ」

 

 美影は両手を雪奈の方に向け、主命を下す。

 尾となる九匹以外の蟲達が一斉に雪奈に向かって襲い掛かる。

 やることは至ってシンプル、圧倒的な物量で飲み込むだけ。

 雪奈は回避するだろうが関係ない。

 避けようが逃げようが何処までも蟲達は追い続け、飲み込むのだから。

 しかし、美影の考えとは裏腹に雪奈は一歩たりとも動かない。

 瞬時に蟲達が雪奈を飲み込み球状に包み込み捕縛する。

 瞬間、美影に激痛が走る。

 身体を傷つけられた痛みとは違う、まるで身体を焼かれるかの様な痛み。

 状況を理解するより前に美影は即座に雪奈を捕縛した蟲達を自身から切り離す。

 切り離された蟲達は即座に燃え上がる。

 ギチギチと不快な音を立て、破裂しながら焼け付き、死に絶える。

 

「ッ……雪奈ッ!」

 

 美影が声を上げるのとほぼ同時に雪奈が軽く一回、刀で空を斬る。

 

「なッ!」

 

 美影は瞬時に九匹の大百足達を動かし即席の防護壁代わりにする。

 同時に再外部に配置した二匹の大百足の鋼鉄にも匹敵する外殻が容易に焼け溶ける。

 まるで極熱の熱波を浴びせられたかの様に。

 自らを依代に大百足達を顕現させたがために美影にも激痛が走る。

 いつもなら苦でもない、むしろ雪奈からの攻撃なのだから喜びさえ感じるはずの痛みが今はただただ痛く苦しい。

 

「くぅ……ッ!」

 

 息を吐く間も無く熱波が浴びせ続けられる。

 大百足達で防護壁を作っているが長くは持ちそうにない。

 追い討ちをかける様に美影は気づく。

 先程の突入時の傷、そして今焼かれた蟲達、その両方が再生できていないことに。

 雪奈が繰り出す炎と熱波に触れた部分は再生しない。

 それどころか触れた部分からゆっくりと侵食するかの様に周囲に焼け広がり、最後には灰へと還していく。

 今の美影がどれだけ傷を再生しようと、焼け広がるのを遅らせるのが関の山だ。

 美影は思考を回す。

 雪奈の攻撃が自身に直撃するのは絶対に避けなければならない。

 しかし、このまま戦いが長引けば先に雪奈が死んでしまう。

 それは一番ダメだ。

 

「う……」

 

 無意識に美影が後ろに数歩下がる。

 熱波は止まない、大百足は九匹居たうちの二匹が完全に溶け落ち、残る七匹のうち四匹も既に使い物にならなくなっていた。

 延焼を防ぐために四匹を切り離し雪奈を捕縛させようとするが、雪奈に触れる寸前で溶け落ちた。

 あまりにも想定外すぎる状況に陥り、美影の中で何かがプツリと切れた。

 

「あぁぁあ!!! もう、何なのよ! 結局、誰もワタシを認めてくれない! 愛してくれない! 雪奈も他の奴らみたいにワタシを認めてくれないの⁈そんなの嫌よ……嫌ぁぁあ!」

 

 美影は感情のままに泣き崩れ、叫ぶ。

 美影の感情に呼応するかの様に残った三匹の大百足達が暴れ始める。

 まるで、主である美影を守る様に。

 三匹が一斉に雪奈に襲い掛かる、焼溶けようと関係ない美影を悲しませる雪奈を排する為にその身を焦がしてなお襲い掛かる。

 だが、その牙が雪奈に届くことは終ぞなかった。

 雪奈が静かに刀を振るう。

 同時に大百足達は細切れになり燃え溶ける。

 それでも、三匹は主を守るために焼け溶けるその身を強引に繋ぎ合わせ雪奈に襲い掛かる。

 

「お前たちは優しいんだね。けれど、もうお休み」

 

 雪奈は大百足に優しい声色で語りかける。

 本来、式神は術者の命令以外の動きを行う事はない。

 あくまでも命令のみを遂行するロボットのような存在、それが『式神』だ。

 だが、彼らは自らの主を守る為に命令されていない……本来あり得ないはずの行動に出た。

 主を守りたいという本来なら彼らが持ち得ないはずの『感情』を持っての行動。

 だからこそ、最大の敬意を持って一撃の下に終わらせる。

 痛みすら感じることのない最大熱量を込めた一撃を持って蟲達は灰へと還り消えていく。

 

「美影」

 

 美影に雪奈が語りかける。

 その声は酷く優しいものだった。

 美影は涙でぐしゃぐしゃの顔で雪奈の方を見る。

 そして、ポツリポツリと言葉をこぼす。

 

「ワタシはあなたの為に……いや、それは違うわね……ワタシのただの自己満足だったのだものね……」

 

「……」

 

「ワタシは雪奈が『神代美影(カミシロミカゲ)』じゃない、ただの『美影(ミカゲ)』を求めてくれたのが嬉しかった……貴女が居たからワタシは頑張れた。どれだけ苦しくても、どれだけ痛くても、どれだけ辛くても頑張れた。けど、結局ワタシが勝手にそう思っていただけなのね……」

 

「……」

 

 雪奈が刀を振るう。

 一刀の下に美影は斬り伏せられ、その肉体はゆっくりと灰になっていく。

 しかし、不思議と痛みはない。

 間違いなく致命の一撃だ、美影は死へと向かっていく。

 しかし、それは陽の光の様な暖かさと温もりを感じる穏やかな終わりだった。

 

「私は美影のこと、嫌いなわけじゃないよ。けど、貴女のやった事は許さない」

 

 言い切ると同時に雪奈は膝から崩れ落ちる。

 同時に呪楼を燃やす炎が消えていく。

 美影は直感する、雪奈の命が終わりつつあることに。

 

「くっ……雪、奈」

 

 美影は崩れかけの身体を無理やり動かして雪奈に近づき抱きつく形で支える。

 雪奈の瞳から光が失われていく、身体がゆっくりと冷たくなっていく。

 違う、こんな事が美影が求めた結末ではない。

 

「ほんとバカねぇ……思い違いも甚だしいわ……雪奈が死んじゃったら意味ないじゃない……」

 

「そう……でもない、よ……これで、美影はもう、ひとりぼっちじゃない……から」

 

 美影は涙を流しながら雪奈を抱きしめる。

 もう温もりはほとんどない。

 

「雪奈、ワタシは貴女の為ならどんなことでもする悪い子よ? そのワタシに同情するなんてほんとうにバカよ……」

 

「……」

 

 雪奈からの答えが返ってこない。

 美影の瞳から溢れ出る涙が止まらない。

 それでも美影は精一杯いつもの声色で話す。

 

「ワタシと一緒に地獄にでも行くつもりなのかしら? そんなの許さないから……!」

 

 美影の身体から光が溢れ出る。

 同時に美影の身体の崩れる速度がどんどん早まっていく。

 

「ワタシからの最後の嫌がらせよ、ワタシの魂を貴女にあげるわ。だから……どうか末永く長生きしてよね、雪奈。それがワタシからの願い(呪い)よ」

 

 美影の身体から溢れ出た光が雪奈に移り包み込む。

 冷たくなった雪奈の身体にまた()が灯る。

 

「ふふ、初めてやったけど上手くいった様ね……雪奈、ワタシ、地獄の底でずっと貴女を見てるから。だから……どうか直ぐに来ないでよね?」

 

 既に美影の身体のほとんどは雪奈の腕の中で灰になり崩れつつある。

 けれど、美影の表情は穏やかなものだった。

 

「さよなら、ワタシの雪奈(愛しい人)

 

 そう言い残すと美影の身体は完全に灰となり、風と共に消え去った。



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エピローグof不知火

 

 ———何処かの薄暗い会議室に男女が二人。

 

「以上が本件……通称『大樹異変』の内容となっております」

 

 スーツ姿の女が静かに告げる。

 

「全く、ひどい損害だ」

 

 肥満気味の男が不機嫌そうに呟く」

 

「えぇ、多くの人々が被害に遭われましたから……」

 

 女が言い切る前に男が割り込む。

 

「価値のない一般人はどうでもいい!!! 私が言っているのは有用な人材達が無駄死にしたことを嘆いているのだ!!!」

 

 男は机を勢い良く殴る。

 

「で、生き残ったと言うのはどこのどいつだ?」

 

「こちらが資料となっております」

 

 そう言うと女は数枚の資料を男に渡す。

 

「……殆ど無名じゃないか!!! あの街にはもっと有力な術者達が居ただろうに……あぁ、クソッ!!!」

 

 男が再び机を殴る。

 

「ですが本題はこちら、監視用ドローン並びに監視用式神のデータからこの三名が今回の件の重要人物かと思われます」

 

 そう言って女は更に3枚の資料を男に渡した。

 

不知火(シラヌイ)神代(カミシロ)か、落ちぶれた無能どもかと思っていたがまだ使えそうじゃないか。それと……蒼葉(あおば)? 誰だコイツは?」

 

「先の件で確認された超高出力による一撃を呪楼にぶつけた少女です。ですが、不思議なことに表のデータはあってもこちら側……異能者としてのデータが一切ありません」

 

「ほう……」

 

 男は顎を触りながら思考する。

 

「この三人は生きているんだな?」

 

「はい、全員生存しています。どうやら式神による治療が行われたようです」

 

「治療できる式神持ちとは珍しいな、希少価値が高いのは良い事だ」

 

「ですが、記録映像を観るにどうやら式神側が自らの意思で治療を行ったように確認できます」

 

「式神が自ら? 馬鹿馬鹿しい、奴らに自我などあるわけがない。大方、時間差で治療するよう命令していたのだろうよ」

 

 男は鼻で笑う。

 

「とにかく、生きているなら監視をつけろ。無論バレないようにな。それとは別に、物理的にアプローチも取っておけ。管理できるなら手元に置いておく価値がある! 何より道具として使えるならなおのこといい!!! では、あとは任せた。あぁ、それと……」

 

 男は席を立ち、会議室を後にしようとするが扉の前で思い出したように言う。

 

「脅威になりそうなら殺してしまえ。そして死体は研究に回せ。あとは貴様らに任せる」

 

 言い終わると男は部屋を後にする。

 

「了解致しました」

 

 女は深々と頭を下げる。

 女の胸ポケットには日本国異能研究機関と書かれた銀色のネームプレートが鈍く輝いていた。



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紅き獣の厄災

 ——とある海沿いの小さな港町 真夏の深夜

 

 美しく輝く星々が光のない町を照らす中、それとは対極をなすような暗黒に満ちた洞窟の奥深くより冒涜的な呪文の合唱が静かに、それでいて恐ろしくも傲慢に響き渡る。

 

「ふんぐるい むぐるうなふ くとぅるふ るるいえ うがふなぐる ふたぐん‼︎」

 

 ひどい湿気と磯の匂いと微かな鉄錆にも似た匂いの中、黒いフードを纏った者どもが厳かに呪文を唱える。

 傍には恐怖の表情で固まった無数の死体が捨て置かれている。

 

「いあ! いあ! くとぅるふ ふたぐん!」

 

 黒フードの集団が歓喜にも似た声で高らかに呪文を唱える。

 町一つを犠牲に行われた冒涜的な儀式はもうすぐ完遂される。

 その時こそ、彼らが崇める(あくま)は目覚めるのだ! 

 

「ってな感じで盛り上がってるところ悪いんだけど、鉛玉パーティの時間だぜベイビー‼︎」

 

 そんな素っ頓狂なセリフと共に黒フードの集団の一人の頭が弾け飛ぶ。

 

「な、何奴⁈」

 

「あらま、100点満点の反応ありがとう! アタシはケイト。アンタらぶっ殺すイカれた女さ!」

 

 そう言うとケイトと名乗った少女は追加で二人の頭に銃弾を打ち込み爆ぜさせる。

 先程から彼女がさも当然のように扱っているのはハンドガンなどと言う生優しいものではない。

 デザートイーグルを素体に魔改造に魔改造を重ねたオリジナル、破壊力は勿論反動も馬鹿にならない。

 もし、普通の人間が使おうものなら反動で腕が消し飛びおまけで胴体もぐちゃぐちゃになるような代物だ。

 それをエアガン感覚でポンポン打つ彼女の肉体は最早、人間の物ではないだろう。

 

「あ、ヤッベ……」

 

 ケイトが一言漏らす。

 確かに彼女の肉体にはなんら問題はない。

 ないが、銃本体が耐え切れるとは言っていない。

 魔改造イーグルは計3発打って壊れてしまった。

 その光景を見た黒フードの集団はこれ幸いと祭具としても使っていたナイフや槍を手に取り死んだ仲間の仇を取らんとケイトに襲い掛かる! 

 が……

 

「ああー、汚れるのやだから銃使ったのに結局素手(コレ)かよ!」

 

 飛びかかった一人の頭を捻じ切り、手に抱えながらケイトは愚痴る。

 

「仕事終わったら、メンテしなきゃじゃんッ‼︎」

 

 言い切ると同時に手に抱えていた頭を別のメンバーの頭に思いっきり投げつけ両者を粉砕する。

 この時点で残っていた十数人の黒フード達は勝ち目がないと悟り逃げ始めた。

 

「ちょっと! 逃げないでよ! 仕事量増えるじゃん!」

 

 そう言いながらケイトは身体を限界まで沈め込ませ、跳躍し洞窟の出口に陣取った。

 それは最早瞬間移動と変わりないものだった。

 

「まってくれ! 頼む! 助けてくれ! 罪なら償う! だから……」

 

 瞬きの間に男の首がケイトによって捻じ切られ、捨てられる。

 

「アンタらさ? なんか勘違いしてるみたいだけど、別にアンタらはどうでもいいのよアタシ。ただ……」

 

 二人、三人と首が飛ぶ。

 

「アタシのクライアント的には不味いらしいのよねー?」

 

 四人、五人と頭を握りつぶされる。

 

「要はアタシはアンタら殺して報酬を貰う、クライアントはアンタら消えて不安が無くなる。ウィンウィンってやつよ」

 

 六人、七人は洞窟の壁で頭を摩り下ろされる

 

「ば……化け物めッ‼︎お前の方がよっぽど悪魔だ‼︎」

 

「よく言われるわ」

 

 残りの頭には手刀で綺麗な穴を開けましょう。

 

 

 

「ってことで、終わったわよ〜。町の方はダメね全員死んでるわ」

 

 仕事を終えたケイトはクライアントに電話をかける。

 

「んなこと言われても町民の救助は依頼に入ってなかったじゃない、どのみち間に合わなかっただろうけど。ま、後はいつも通りアンタらの功績にするなり隠蔽するなりお好きにどうぞ。報酬はいつもの方法でよろしくね〜」

 

「んじゃね、()()()さん」

 

 電話を終えたケイトは街の外に停めていた愛車にまたがり帰路に着く。

 とにかく今はさっさと汚れを落として飯が食べたい。

 そんなことに思いを馳せながら厄災(ケイト)は町を後にした。



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プロローグof機神 同盟結成!ロマンの誓い!

 京都市内のとある病院にて。

 白衣を着た目の下に深いクマを作ったボサボサの銀髪の少年が病室へと入る。

 病室には三人の少女がベッドで横になっており、他に患者はいない。

 この三人の少女……蒼葉(あおば)アキル、不知火雪奈(しらぬいせつな)神代光美(かみしろミツミ)は先の大災害の関係者であり、尚且つアキルと雪奈はこの少年とは面識がある。

 

「んで、実際どうなのよグレン?」

 

 アキルが疲れ切った声で少年……グレン・フォスターに問う。

 

「とりあえず、率直に検査結果を伝えると、命に関わる様なものはないが当分は三人とも安静な? 正直、生きてるのが不思議なくらいだぜ? 聞いてた話じゃ全員ほぼ死にかけだったんだがなぁ?」

 

「それについては私が」

 

 グレンの話に割り込む形で光美が説明を始めた。

 

「確かに私たちは死にかけていました。より正確に言うなら私とアキルさんはほぼ死んでいました。ですが、私の式達がその身を削って回復してくれたんです。式神は生命エネルギーそのもの、要は私達は彼らに命を譲渡された結果生きながらえることができたんです」

 

「なるほどねぇ……」

 

 グレンの口から言葉が漏れる。

 

「あまりにもオカルト的で信じてもらえないですかね?」

 

 光美は少し困った顔をしてそう呟いた。

 

「いや、確かに信じ難いが結果として治っちまってるんだ、信じるしかねぇだろうよ。それに俺は案外オカルトとかも信じてるんだぜ? 何せそこでベッドに横たわってる我が家のご主人様がオカルトの塊みてえな奴だしな!」

 

 そう笑いながらグレンは話す。

 

「まぁ、生きててよかったじゃねぇか。死ななきゃそれが一番さ」

 

 優しげな顔でそれでいて真面目な声でグレンはそう説いた。

 

「とにかく、後のことは俺たちにまかしときな! 日本国異能研究所(へんじんども)の奴らの対応はクリス達が引き継いだし、ケイトも明日にゃこっちに来るとよ。事後処理とか気にせずお前らは回復に努め……」

 

 グレンが言い切る前に何もなかったはずの床へと落ちていく。

 グレンが立っていた場所には光の見えない漆黒の円だけがあった。

 

「「「……‼︎」」」

 

 三人がベッドから立ちあがろうとした瞬間、床の黒円から一人の赤い瞳を持つ女が現れた。

 そして、その女はアキルと雪奈にはよく知った人物……シェリー・ヘイグであった。

 

「あらあら、もしかしてタイミング不味かったかしら?」

 

 シェリーが三人を見ながら呟く。

 

「良くわないわね。てか、その登場の仕方やめて。ニャルラトホテプ(イカれポンチ)かと思って焦るから」

 

 アキルは呆れた様に答える。

 光美は状況を理解できていない様だが、少なくともアキルの言動から敵ではないと思い、式達を呼び出すのを止めた。

 

「あはは、確かにアレと似た登場の仕方だったわね! それはさておき、グレン借りていくわね! 用事終わったら返しにくるから!」

 

 やたら嬉しそうな声でシェリーが喋る。

 病室にアルコールの匂いがほんのりと充満する。

 どうやら相当飲んでいるらしい。

 

「酒臭ッ! あー、もう! 分かったから! さっさと帰んなさいな!」

 

 アキルがシッシとジェスチャーしながら訴える。

 

「ちぇー、アキルちゃんったら冷たーい。シェリー泣いちゃう」

 

「うっさいわ、酔っ払い! はよ帰れ‼︎」

 

「はーい、ま、その様子なら大丈夫そうね。それじゃまたねぇ!」

 

 そう言って手をブンブン振りながらシェリーは円の中に消えていき、シェリーが消え切ると縁も完全に消えた。

 

「……なんて言うか、台風みたいな人でしたね……多分人間じゃないですよね?」

 

 光美がアキルに質問する。

 

「さぁ? 人ではないでしょうけど、本人曰く吸血鬼(ヴァンパイア)らしいけどそれも本当かわからないわ」

 

 大きなため息をついた後アキルが呟く。

 

「……寝よ」

 

「ですね」

 

「同意です」

 

 アキルの呟きに光美と雪奈が答え三人は先程の出来事は忘れて眠りにつく事にしたのだった。

 

 

 

「……ロー……ハロー! ……起きたまえ、君!」

 

 頬をペチペチと叩かれる感覚と誰かの声でグレンは目を覚ますと。

 

「っ……あったまいってぇ……」

 

 グレンが目を覚ますと見覚えのない豪奢な部屋とそこに居る二人の女性が視界に入る。

 片方はグレンも見知ったシェリーだがもう一人の黒い大人びた服装の長い金髪の少女……見立てでは小学校4〜5年生ぐらいの身長をした少女がその顔をグレンの顔間近に近づける。

 

「おい、シェリー? 本当にこの男で合ってるのかい? 私にはどうにも頼りないモヤシ男にしか見えないが?」

 

 合ってるわよーとシェリーが答える。

 どうやらこの少女は見た目に反してかなり毒舌な様だ。

 

「んだと! だぁれがモヤシ男じゃい!」

 

 そう言うとグレンは勢い良く立ち上がった。

 

「おっと失礼、つい本音が出てしまったよ。すまないね」

 

 少女はそう言うと簡単な謝罪をしたのち自己紹介を始めた。

 

「初めまして、グレン・フォスター殿。私の名はリリス。シェリーの旧友にして永き時間を生きる者さ」

 

 少女……リリスはそう答えた。

 グレンは頭を軽く掻きながらため息をついたのち答える。

 

「俺はグレン・フォスター、で? なんで俺はこんなところにいる? 要件はなんだ? 兎に角全部説明してくれや」

 

 ふむ、と呟いたのちにリリスはその口を開いた。

 

「まず場所だが、ここはアメリカ合衆国のある地域の地下だ。ここは私が以前から使っている住処で名前を『ノア』と言う。まぁ、施設の詳しい話は後にしよう。次に君を呼んだ理由は、君に私の夢……ひいては君自身の夢を叶えるためだ、その為にシェリーに協力をしてもらった」

 

「ほう、で、アンタの夢ってなんだ?」

 

 グレンに問われたリリスは得意げなドヤ顔でその言葉を発した。

 

「巨大人型ロボットを作るのさ!」

 

 その言葉を聞いてグレンはしばしの間固まったのち答える。

 

「巨大人型ロボット作りか! いいねぇ! 馬鹿丸出しだな! 金も材料も機材もなしでやるのか! 馬鹿め! 俺は帰るぞ‼︎」

 

 リリスは捲し立てるグレンに対し静かに答える。

 

「あるよ、機材も材料も資金も! 全て必要以上に!」

 

 リリスは得意げに答える、その瞳に嘘偽りはない。

 

「……仮にあるとして、お前は完成したロボットで何をする気だ? そもそも作るなら俺じゃなくてもいいんじゃねぇか?」

 

 グレンの問いに目を輝かせながらリリスは答える。

 

「君を呼んだ理由は一つ、君は異星の科学さえ掌握する天才であり、何より君も! 私達と同じ同志! すなわちロマンを追い求める者だからさ‼︎

 完成後に関しては基本的にノア最下層で動かして遊ぶ予定だ。万が一、万が一だぞ? もし万が一巨大怪獣や宇宙からの侵略者が来たら……わかるな?」

 

 リリスはその瞳に信念の炎を宿らせ力説する。

 それに対しグレンは……

 

「アンタの言ってることは今の時代ガキでさえ言わない様な馬鹿げた話だ。リスクはあってもリターンは殆どない」

 

 淡々とグレンは語る。

 

「だからこそ……だからこそ気に入ったぜ! その話乗った! 同盟締結だ!!!」

 

 グレンとリリスは熱い握手を交わす。

 こうして、リリス、シェリー、グレン三人の大馬鹿者による私利私欲とロマンを満たす為だけに一から巨大ロボットを作る奮闘記が始まるッ!



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プロジェクトアナンタ始動!高次元設計機『アイン・ソフ・オウル』起動!

 私利私欲のままに巨大ロボットの製造計画は始動した。

 三人は早速巨大ロボットを作るための装置……『ノア』最下層に存在する高次元万能設計機『アイン・ソフ・オウル』の元へと向かうのだった。

 

「にしても、『ノア』に『アイン・ソフ・オウル』って……ネーミングに法則つけないタイプかよ?」

 

 道中のエレベーター内でグレンがぼやく。

 

「私は基本的にネーミングはそこまで拘らない主義なのさ。強いて言えば、その時ハマってる物の名前を付ける感じさ」

 

 リリスはそう答える。

 そうかい、とグレンは不満そうに答える。

 思えばこの段階で既にこの先の展開は見えていたのかもしれない。

 間も無くして三人が乗っていたエレベーターは最下層へと到着する。

 

「さぁ、紹介しよう! これこそがこの地球上で最も進化した万能の設計機! その名も『アイン・ソフ・オウル』さ!」

 

 そう言ってリリスが手を向けた先には近未来的な銀色の操作台のような物と大きなガラス窓、そしてガラス窓の奥には巨大な銀色の空間が広がっていた。

 

「なんつうか、ザ・近未来って感じだな」

 

 そう零ながらもグレンの目には好奇心の火が灯っていた。

 

「見た目だけじゃないさ! 『アイン・ソフ・オウル』は高次元万能設計機、ありとあらゆる設計が可能なだけではなく擬似設計シュミレーション、完成品のデータを使った稼働、強度等のシュミレートも可能だ! 正に万能さ」

 

 ふふん、とリリスがドヤ顔をする。

 

「なるほどなぁ、じゃあ早速作りますかね!」

 

「おいおい、使い方の説明がいるだろ?」

 

 リリスがグレンに当然の疑問を投げかけるが。

 

「いや、やりながら覚える。それに……」

 

 グレンがボタンを一つ押す、と同時に機械音声で『『アイン・ソフ・オウル』起動シークエンスに移行しました』と静かに鳴り響いた。

 

「案外こう言うのは得意なんだ」

 

 そう言ってグレンは設計を始めた。

 

 

 

 

 

 が、しかし即座に問題が発生した。

 

「もっとスリムにしろ! なんだこの寸胴鍋みたいなボディは! 美しさが足りないじゃないか!」

 

「はあ〜⁈このフォルムがいいんだろうがよ! ロボにスリムさとか要らないんだが⁈」

 

「二人とも、そんなに争わないの。ここは間をとってスリムを骨組みにマッチョな感じに……」

 

「「勝手にいじるな‼︎」」

 

 非常に重要かつ複雑な(しょうもない)問題が発生したのだ。

 リリス曰く『人型といえばスリムが鉄板‼︎寸胴鍋ボディ等ロボットに対する侮辱に等しいね!』

 グレン曰く『寸胴鍋ボディの良さがわからないのは二流以下、寸胴鍋ボディには夢と勇気が詰まってるッ‼︎』

 シェリー曰く『リアル系もスーパー系も好きだけど本音を言うとゲテモノ系がいいわぁ、下半身多足とか腕三本とか触手とか最高じゃない!』

 ……そう、この三人は同盟こそ組んだが致命的な食い違いがあった。

 それは各々の曲げれぬ信念。

 何を信じ、何を尊ぶのか。

 即ち機体デザインに対する信条の食い違い。

 しかもよりにも寄って三人とも全く方向性が違うのだから面倒極まりない。

 

「よしわかった。なら、こうしよう」

 

 リリスがパチンと指を鳴らすと床の一部が競り上がり銀色の円柱が出てきた。

 

「こいつで決めよう」

 

 リリスが円柱に肘をつける

 

「おいおい、腕相撲かよ? そんなんアンタが不利すぎるんじゃないか?」

 

 グレンはリリスに言い放つ。

 

「おや? もしかして私に負けるのが怖いのかい? まぁ、私は見た目の通り華奢だからねぇ。万一にでもキミが負けたらプライドも傷つくだろうから逃げるのもしょうがないか」

 

「は? 負けないが? 世の中にはひっくり返せない現実があるって理解(わか)らせてやるよ……」

 

 ……それは、実に残酷だった。

 圧勝できる。

 そう確信していたグレンは無様にも瞬殺されたのだ。

 

「実に無様だな」

 

 フハハとリリスが笑う。

 そこでグレンの心は完全に屈服(わか)らせらてしまったのだ……

 

「なんか悲壮な感じのところ申し訳ないけど、勿論私にもやる権利はあるわよねぇ?」

 

 指をゴキゴキと鳴らしながらシェリーが既にスタンバイしていた。

 

「あぁ、そうそう、今回は勝ちたいから私も()()でいかせてもらうわね?」

 

 そんなシェリーに対しリリスは……

 

「ふふ、降参で」

 

 声が震え、半泣きになりながらそう宣言した。

 無理もない、何せシェリーの本気は腕をもぐと言っているのと同義なのだから。

 こうして激しい(しょうもない)争いの果て機体デザイン権はシェリーが獲得したのだった。



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ながいときのはて

 ———私が自我と呼べる物を獲得してから一体、どれだけの時が過ぎただろうか。

 燃え盛る岩しかなかったこの惑星(ほし)に命が溢れ、消え、最適化されるサイクルの果てに忘れられた()()

 星が終わるその時まで眠り続けるはずだった彼らの眠りは、一人の少女に向けられた愛によって妨げられた。

 本来なら私が手を出すべきではないだろうが、今の人類に滅びられるのは少々困る。

 この星が滅びるまでの暇つぶしが無くなるのは私には耐えられないからね。

 だからこそ、彼をノア(ここ)に呼んだのサ。

 私は新しい玩具を手に入れられる、人類は存続できる可能性が生まれる。

 win-winの関係ってやつサ! 

 

 

 

 ノア 居住区画 豪華な洋室にて

 

「……とは言え暇だなぁ」

 

 そう呟きならがらリリスはソファにもたれ掛かっている。

 

「そんなこと言っても、作業をグレンに任せて自分から出て行ったのはリリス、貴方じゃない?」

 

 シェリーはリリスの隣で淹れたての紅茶を飲みながらリリスに言う。

 

「仕方がないだろう? 彼は口にしなかったがアレは一人の方が仕事が捗るタイプなんだよ」

 

 リリスはテーブルに置かれた紅茶に手を伸ばしながら答える。

 

「そんなのわかるもんなの?」

 

 シェリーが不思議そうに問う。

 

「分かるものサ、少なくとも同じクリエイター兼技術屋としてはネ」

 

 ふふん、と自慢げにリリスは答える。

 

「んー、よくわかんないわねぇ?」

 

「キミはどっちかというと作られた物を集めるタイプだからじゃないか?」

 

「そうかも、一から作ったりはしないわねぇ……けど」

 

 そう言うと、シェリーは手元のティーカップに目を向ける。

 

「創り変えたり動かすのは得意よ?」

 

 その言葉に反応するかのようにティーカップと注がれた紅茶が波打ち溶けた金属の様に流動し始める。

 次第に流動するティーカップは新しいカタチへと変わり始める。

 10秒もしないうちにティーカップと紅茶は鎧を纏った騎士となって掌の上で動き始めた。

 

「どうよ」

 

 フンス、とドヤ顔でシェリーはリリスにの返答を待つ。

 

「これは……あー、どう反応してやればいい?」

 

 リリスは紅茶に口をつけながらリリスに聞く。

 

「んもう! そんな反応だとシェリーちゃん拗ねちゃいますよ?」

 

「と言ってもなぁ……」

 

 リリスは頭を軽く掻きながら考える。

 少し考えた後、リリスは答えた。

 

「正直もう何京回見たか分からないくらい見せられてるから、ちょっと凄い宴会芸くらいにしか感じないんだよなぁ……」

 

「なっ……」

 

 その一言に反応してか、掌の上の騎士が足から崩れ落ちる。

 

「おヨヨヨ……まさか数億年の付き合いのリリスにそんなこと言われるなんて……シェリー泣いちゃう」

 

「キミが泣くなんて数千万年単位の激レアイベントだろ。つまらん小芝居するな」

 

「ちぇー、リリスったらつれないんだから」

 

「正直、私はキミに関してなら全生物で一番詳しいからな」

 

 Prrrrrr

 

「おっと?」

 

 二人の会話に割り込む様にリリスの電話がなる。

 電話の主はグレンだ。

 

「どうかしたか?」

 

 リリスがグレンに問う。

 

『出来た』

 

 そうグレンが答える。

 

「そうか、出来たか……出来たァ⁈」

 

 想定外すぎる返答にリリスは思わず声を上げる。

 

『……ッ、そう言ってるだろ。ただ、ちょっと問題があってなぁ……少なくとも"俺がやれる範囲"は出来たぞ』

 

「わかった! すぐ行く‼︎」

 

 そう言うとリリスは電話を切る。

 

「聞いたとおりだ‼︎シェリー! ゲート、ゲート開けてくれ‼︎」

 

「オッケー! さぁて、どうなったのかしらね?」

 

 そう言ってシェリーは何もない空中をなぞる。

 すると、皮が剥がれるかの様になぞった空間が崩れ落ち『ゲート』が開いた。

 



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完成?生死をかけたクライアント説明会!

「な……なんだ、これは……!」

 

 ゲートを潜り抜けた先、ノア最新部のラボにて待ち受けていた物にリリスは唖然とする。

 リリスの視界に映った()()は黒鉄の魔神でも鋼鉄の狩人でも鋼鉄の巨神でもない。

 細く痩せこけた様な長身のマネキン人形然とした見窄らしい見た目の鉄人形がそこにあった。

 全身に継ぎ目こそあるが、それ以外で目立つ要素はほとんど何もないのっぺらぼうの様な頭部に唯一ある牙を備えた口の様なパーツくらいで、それ以外は最低限人型であるのに必要な要素しかない。

 

 

「こんな……」

 

 リリスの肩が震え、声に怒気がこもる。

 赤い瞳はより深く濃くなり、リリスの周囲の空間が微かに歪み始める。

 

「こんな適当な仕事をしてタダで済むと思っているのか? グレン?」

 

 リリスは引き攣った様な笑顔でその幼い容姿からは考えられない程の禍々しい殺気をグレンに向けて放つ。

 周囲の空気は重苦しく、そして突き刺す様に冷たくなり、体の内側からじっくりと焼かれる様な感覚がグレンとシェリーを襲う。

 

 

「いやぁ想像以上の反応だな、うん。とりあえず待ってくださいお願いします」

 

 常人なら向けられただけで気絶ないし恐怖から呼吸困難になりかねない程のリリスの殺気を向けられてもなおグレンはかろうじて意識を保っていた。

 しかし、グレンは言葉こそ平静を保っているが、恐怖からか身体からは大量の汗を流し、足に至っては生まれたての小鹿の様に激しく震えている。

 

「リリス、ステイステイ。このデザイン依頼したの私よ?」

 

 シェリーの言葉を聞いたリリスが振り返る。

 

「ほう? ならば先ずは君からか」

 

 リリスの殺意の対象がグレンからシェリーに変わる。

 

「どうやったって私は死なないわよ? それより話を聞きなさいな」

 

 少しして、リリスの殺気が少しだが和らいだ。

 

「……いいだろう。話を聞いてやる。が、もし適当な理由ならわかっているな?」

 

 リリスが指を鳴らすと何もなかった空間に高級そうな椅子が出現した。

 リリスはその椅子に足を組んで座った。

 

「よしよし、それじゃグレン! 説明よろしく!」

 

「え?」

 

 そう言ってシェリーは説明(責任)をグレンに全部投げた。

 

「あー……くそ! わぁったよ! やりゃいいんだろ‼︎」

 

 半ば自暴自棄気味にグレンが叫ぶ。

 

「早くしたまえ、それとも死にたいか?」

 

 リリスが邪悪な笑顔で急かす。

 

「クライアントが超怖いんすけど……兎に角! 説明始めますよ!」

 

 コホンッ、と咳払いをした後、グレンは今回出来上がった機体の説明を始めた。

 

「まぁ、一番問題な見た目から説明するか。まぁ、見た通りとしか言いようがないが……」

 

「ほう、そうか」

 

 リリスはそう言うと右手を上げ、軽く一回転させる。

 

「ちょっ」

 

 瞬間、シェリーの上半身が血飛沫と肉片をぶち撒けながら限界まで捻れた。

 

「あー……」

 

 飛び散った血飛沫がグレンの眼鏡を汚す。

 本来なら恐怖のあまり叫び出し発狂するところだが、この時のグレンは狂気的なまでに冷静だった。

 故に現状の最適解を弾き出し、実行した。

 

「説明を続けるが、あくまであの見た目は待機状態だからだ。活動時は見た目が変わる」

 

「ほう?」

 

 リリスは上げていた右手を下げた。

 

「dぁかrぁ」

 

 捻れたままシェリーが喋ろうとするがうまく発音できていない。

 

「あー、シェリーはとりあえず黙っててくれ。その状態で喋られると俺の正気度的な何かが削れる。で、だ。この機体はシェリーからの提案で生命エネルギーをメイン動力にしてる。炉心についてはアインソフオウルにあったプロトタイプ炉心を俺なりに最適化したのを積んである。最適化に伴って操縦可能適正はかなり広くなった。ここまでで質問は?」

 

 グレンはバックスクリーンに設計資料を映しながら淡々と説明する。

 

「ふむ、操縦可能適正のざっくりとした範囲は?」

 

 リリスが質問する。

 

「俺ぐらいの人間までなら行ける。まぁ、一般的な十代後半以降の奴なら誰でも乗れはするな。今は操縦者の生命エネルギーを登録しないと動かせないが、登録自体も三時間程度あればできる」

 

「なるほど」

 

 リリスは少し考えた後次の質問を投げる。

 

「操縦方法はどうしている?」

 

「生命エネルギー感知型のモーションセンサーで同期させてる。要はコックピット内でパイロットが動けば同じ動きをする奴だ。まだ実際に動かしてないからなんとも言えんが、ラグはそこまでないはずだ。それから……」

 

 グレンが説明を続けようとした時、立っていられないほどの激しい振動と耳を裂く様な強烈な音が地上の方からこだました。

 

「……ッ! なんだ⁈」

 

「おや、想定よりかなり早いお目覚めだな」

 

 そう言うとリリスは椅子から立ち上がりグレンに怪しく微笑みかける。

 

「約束、覚えているだろう? ぶっつけ本番だが実地テストといこうじゃあないか」



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機神覚醒

 機体胴体部 コックピット

 

「あー、ちくしょう……身体中から嫌な汗が止まらねぇ……

 俺のクライアントになる奴はなんでこうも段取りが悪いんだか理解に苦しむね。つうか、マジで実戦やるの? 間違いなく死ぬよ、俺!」

 

 体を震わせながらグレンがボヤく。

 

「そんなに怯えたって仕方ないだろう、キミがやらなきゃ大勢死ぬぞ? キミはそういうのが嫌いだろう? まぁ、どちらにしろ調整するような時間はないんだ、諦めろ」

 

 そんなグレンに対してリリスは淡々と告げる。

 

「あぁ、クソッタレ‼︎時間ないなら最初っからそう伝えろよクライアント様! だーもう‼︎」

 

「安心しろ、死体ぐらいは回収してやる。最悪脳さえ無事ならキミの技術は死なんよ、良かったな」

 

「そうじゃねぇよドチクショウ‼︎死の概念がないからそんなガバガバなの? 倫理観バグっちゃってるの⁈」

 

「シェリー、ゲート開け」

 

 グレンの喚き声を無視してリリスはシェリーに指示を飛ばす。

 そのついでと言わんばかりに指を鳴らし、床から高級そうな椅子を生やすとそこに座った。

 

「アイアイサー!」

 

 号令と共に機体の真下に漆黒のゲートが開く。

 同時に機体はその中へと沈み込んでいく。

 

「ちょ」

 

「まぁ、頑張りたまえ」

 

 リリスはどこからか取り出したワインをグラスに注ぎながら、サディスティックな笑顔でグレンを見送った。

 その、まるで成金の悪役の様なその姿と高笑いは正に外道と言うべきに相応しかった。

 

「あー、やっぱり、生命の価値観が根本から違う奴と仕事するべきじゃなかったなぁ……」

 

 グレンは光を失った瞳で虚空を見つめながらボヤく。

 未だコックピットに映される外部画像は漆黒、即ちグレンの乗った機体はまだゲートの中にいる。

 

「あ、繋がった。早速なんだけどグレン、後3秒後に落ちるから気をつけてね!」

 

 シェリーからの音声通信が急に入る。

 

「は?」

 

 色々と言いたいことはあるが今、落ちるって言ったか? 

 え? 落ちるってあの落ちる? 

 グレンが思考を回す間も無くコックピット内の映像が一面の青空に切り替わる。

 

「せめて、地面に直接出せよクソがァァァァア!!!」

 

 そのまま機体は自由落下を始める。

 当然ながら空中からの落下テストなどまだしていない。

 機体自体は問題なく耐えるだろうが、中身がどうなるかなんてまだ計算しきれていない。

 いや、この高さならギリギリ大丈夫か? 

 一応パイロットは胴体のみ固定式の宙吊りに近いスタイルにしたから大丈夫……大丈夫だよね? 

 

「あ、ちじょうだ」

 

 グレンは少しでもダメージを減らすために体を瞬時に丸める。これなら機体も丸まるし、なんかいい感じにクッションになる……はず。

 と言うか、そうじゃなきゃ戦う前に俺死んじゃう。

 数秒後、強烈な轟音と大量の土煙を上げながら機体は無事? 着地した。

 

「ッはぁ‼︎マジで死ぬかと思ったぁぁぁ……アイツら覚えとけよ……ん?」

 

 グレンが何かに気づく。着時に巻き上がった土煙の先、重なり合う低い唸り声と蠢く巨大な不定の影が異質な怪物の存在を嫌でも認識させる。

 

 

 

 同時刻 アインソフオウル 管制室

 

「よぉし! 映像、音声のリンク完了! 早速映すわね‼︎」

 

 シェリーがそう告げるとアインソフオウル内の画面に無様に着地した機体と敵が映し出される。

 

「ほう、あれはカンブリア紀……いや、デボン紀くらいに降ってきた奴か?」

 

 映し出された怪物を観て、リリスがワイングラスを片手に呟く。

 

「私に聞かれても覚えてないわよそんな昔のこと」

 

 管制室内のパネルを操作しながらシェリーが答える。

 

「まぁ、あれならギリギリ何とかなるだろう。採取用ドローンも飛ばしといてくれ」

 

「あいあい。全く、吸血鬼使いが荒いんだから……」

 

 小言を漏らしながらもシェリーは採取用ドローン数台を起動し、先程開いたゲート内に向かって飛ばす。

 

「と言うか、キミ、まだ吸血鬼(その)設定続けてたのか? 300年前くらいからやってないかそれ?」

 

「いいんですぅ〜シェリーさんはミステリアスヴァンパイアなんですぅ〜」

 

「そう言うものか、ふむ」

 

 リリスはワイングラスを揺らしながら興味なさげに答える。

 

「さてはて、彼は生きて帰れるかな?」

 

 リリスは不敵な笑みを浮かべながらワインに口をつけた。

 

 

 

 ———その頃、地上では

 

「音声回線繋がってるから全部聞こえてるからなアホども‼︎……つうか、テメェら操縦出来ないならせめて戦闘サポートする気とかないわけ⁈……ともかく、アレが敵ってやつか?」

 

 グレンが視線を向けた先にソレはいた。

 焼け爛れたような赤黒い体表の痩せこけた巨大なドーベルマンの様な胴体、耳があるべき部分には無数の長い触手が蠢き、六本三対の足がある。

 化け物、と言う言葉がこれほどマッチする生物はそういないだろう。

 

「そう、奴が今回の獲物。遥か太古の時代宙より飛来した者たちのうちの一体。そうだな……『アンダードッグ・ビッチ』とでも名づけるか。名前あったほうがいいだろ?」

 

 ケラケラと笑いながらリリスが言う。

 

「それにしたって『負け犬・雌犬』って……もう少しネーミングどうにかならねぇのかよ……」

 

「私としてはあいつにピッタリだと思うがね? まぁ、ぼやいてる暇があるなら気を抜かずに頑張りたまえ。死にたくなかったら、な?」

 

「ったく……どっちが敵かわかったもんじゃねぇな……」

 

 ぼやきつつもグレンは思考を回す。

 

(つっても、あの見た目だけで俺でもアイツがやべぇ奴なのはわかる。

『アンダードッグ・ビッチ』……いや、無駄になげぇな? 『ビッチ』でいいか。

 とりあえず、どこが急所だ? 

 さっきのリリスの話だとアイツ、宇宙生物っぽいんだよなぁ……とりあえず)

 

「頭を潰す‼︎」

 

 グレンはその身を屈める。連動して機体も身を屈め、解き放ち、ジャンプの要領で会敵した『ビッチ』との間合いを一気に詰める。

『ビッチ』は跳躍した機体に視線を向けると威嚇するかのように吠えたける。

 瞬間、『ビッチ』の腹部から生えた二本の腕がゴムの様に伸び、機体に向かって襲い掛かる。

 

「なッ」

 

『ビッチ』の不意の一撃を空中で避けることは叶わず。

 胴体に重い一撃を食らった機体はそのまま地面へと激突した。

 

「クソッ‼︎聞いてねぇぞ犬っころ‼︎」

 

 グレンは瞬時に機体を立て直す。

 対する『ビッチ』は伸ばした二本の腕を鞭のように振り回し牽制している。

 

「……とりあえず機体ダメージは無いな。さて、どうしたもんかなぁ……」

 

 グレンの乗っている機体に武器の類は未だ無い。

 想定よりもはるかに早く実戦を行うことになってしまった為だ。

 本来なら長期の試験後に実装するはずだったのだ。

 むしろ一日もしないで素体状態とは言え本体が完成している事が異常なのだ。

 武器がない以上『ビッチ』に近づかなければグレンは攻撃できない。

 周囲に武器がわりになるものがあれば良かったが、不幸にも場所は荒野、そんなものは無い。

 

「なら、使うしかねぇか!」

 グレンが覚悟を決め、叫ぶ。

 

「『生命(ソウル)循環(サーキュレーション)システム‼︎モード・増大武装(インクリースアームズ)‼︎実行‼︎」

 

 グレンのシャウトに呼応するように機体が白く光り輝く。

 機体の装甲の継ぎ目のような模様から漏れ出た光がまるでヴェールのように機体を包み込む。

 一際強い光を放った後に現れたソレは、先程までの貧相な巨人などではない。

 白く透明な鎧を纏った騎士、その名を———

 

「『システム・アナンタ』完全起動だ! いくぜ、犬っころ‼︎︎」

 

『アナンタ』が『ビッチ』目掛けて走る。

 先程までとは違い、その圧倒的な速度で『ビッチ』が振り下ろす二本の腕の猛攻を掻い潜り、その眼前に至る。

 目前に現れた白き巨人を前にして、『ビッチ』の頭が亀裂の入るように歪に縦に割れる。

 開かれた頭の中の無数の乱杭歯と蠢く触手が『アナンタ』に襲い掛かる! 

 しかし、『アナンタ』の白い鎧に触手が触れた瞬間、鎧がボコボコと肥大化し爆ぜる。

 

「武器はねぇけどよぉ、武装がねぇわけじゃないんだぜ!」

 

『アナンタ』の鎧は生命エネルギーを増大させたもの。

 実態を持つと同時に実態を持たない純粋なエネルギーの塊。

 その鎧は操縦者の意志のもと可能な限りあらゆる事象を引き起こせる。

 グレンはこの性質を利用し、触れられた部位を爆弾のように爆破したのだ。

 

「終わりだァ!」

 

 グレンは『アナンタ』の両腕を『ビッチ』の開いた頭部に突き刺す。

 

「爆ぜろ」

 

 先程と同じ容量で腕部全体を爆破させる。

『ビッチ』は内側から爆散しその肉片と紫色の血の雨を降らせた。

 

「ふぅ……大 勝 利‼︎

 

 

 

 ゔぇっ……あぁ?」

 

 グレンは自らが吐き出し、床にぶち撒けた真紅のものを見て納得する。

 

「やっぱ、こう言うの向いてねぇわ俺」

 

 その言葉を最後にグレンの意識は消えた。

 

 

 

「……! ……ン! グレン‼︎」

 

「あー、あー?」

 

 グレンが目を開けるとシェリーとリリスの顔が見えた。

 

「いやぁ、よくやってくれたよキミ。今は休みたまえ、身体中ボロボロだからなキミ」

 

 シェリーがグレンに告げる。

 

「やっぱなぁ、未完の状態で稼働させるもんじゃねぇわ」

 

 グレンは横たわりながらボヤく。

 

「何、これから完成させればいいさ。幸い時間は嫌というほどあるんだからな」

 

 リリスは笑みを浮かべながら告げる。

 

「俺の選択権は無しかよ! ……まぁ、俺が死ぬまでは付き合ってやるよ。なんだかんだ面白いしな」

 

「そう言うと思ったよ。では、改めて……グレン・フォスター、これからよろしく。悪魔と吸血鬼の暇つぶしの為にせいぜいその命を捧げてくれたまえ。末永く、な?」

 

 悪魔のような笑みを浮かべながら少女はワイングラスをグレンへと差し出した。

 こうして、歪な三人の同盟は結ばれた。

 未だ眠れる未知からの使者を討ち滅ぼす為に。



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チェーンソーシスター カースド・サクラ・ブレイク

 憎悪の咆哮がこだまする。

 ただそこにいただけ、何の罪もない人々の嘆きが、怨みが、怒りが、漆黒の夜に響き渡る。

 なぜ私たちは死ななければならなかったのか、なぜ私たちが死ぬのか、問うように猛るように叫び続ける。

 最早人ではないそれらは嘆き続けた。

 最初は純粋な怒りだった。

 彼らを無慈悲にも殺し尽くした者に対する怒りだった。

 けれど、それは次第に輪郭を失い、ただ全てを呪う禍となった。

 故に———

 

「そう言う奴らをアタシらが救済(シバ)いてやるわけ。ドゥユーアンダースタン?」

 

 シスター服を纏った長い金髪の女……クレアが同じくシスター服を纏った黒髪の少女に得意げに言う。

 

「そのシバくって表現やめませんか? クレア」

 

 話を振られた少女……静葉が苦言を呈す。

 

「んだよ、別に問題ないだろシズハ! 死人に口なしってやつだぜ!」

 

 クレアはそう答えた、少なくともシスターが口にする様なことではないのは明らかだ。

 

「一応そんなんでも名目上はシスターなんですからもう少し上品になってください」

 

 静葉は呆れて言い返す。

 

「あん? それじゃあ、まるでアタシが汚ねぇみてぇじゃねえかよ!」

 

「そう言ってるんですよ、クレア。理解できませんでしたか?」

 

 静葉は即答する。心なしかその視線も哀れみと怒りが混ざった様な眼差しだ。

 

「よし泣かすわ。つうかシズハ、テメェ最近アタシに対して当たり強くない? カルシウム足りてる?」

 

 クレアの額に青筋が浮かび指を鳴らすが、そこに捲し立てる様に静葉が怒鳴る。

 

「あなたが‼︎いつも‼︎仕事でめちゃくちゃするからですよ! 毎度毎度『教会』経由の苦情が絶えないんです! 誰が対応してるかわかりますか? わかりますよね!」

 

 普段はおとなしい静葉だが、今回は日頃の鬱憤が溜まっているからか圧がいつも以上に強かった。

 

「あー、それよりーアタシらの今回の仕事の事前確認しよっかなー……」

 

 そうしてクレアが取った選択は逃げの一手。

 

「逃 げ る な ……コホン。まぁ、実際今回の仕事はかなり面倒みたいですからね。続きは仕事が終わってからですね」

 

 どうやらうまく行ったらしいとクレアは胸を撫で下ろす。

 しかし、本題はここからだ。

 

「それで、今回の仕事ですが……まぁ、ここから見えるアレの中身の浄化だそうです」

 

 そう言って静葉が指を刺した方には天を貫くほどの焼け焦げた巨木が聳え立っていた。

 

「わざわざキョートまで来てあれと対面することになるたぁなぁ……アレが噂の呪楼(じゅろう)蠱毒(こどく)』ねぇ?」

 

 クレアの目つきが変わる。

 

「呪楼自体は既に焼かれており脅威ではありませんが、問題はその中身。『大樹異変(たいじゅいへん)』の際の犠牲者の魂が呪楼内で混ざり合って新しい厄災になりかけてるそうです」

 

「まぁ、つまりはアタシらが全員シバけばいいんだろ? いつも通りじゃねぇか」

 

「まぁ、うまくことが運べばその通りですが……まぁ、今回は現地協力者のかたもいますしね。とりあえず、その方と合流するためにも歩きますよ!」

 

「えぇ、歩くのかよぉ……しゃあねぇか」

 

 そう言うと二人は協力者の元へと向かった。

 

 

 

「遠い所、ようこそいらっしゃいました。私、現京都守護陰陽師の神城光美(かみしろミツミ)と申します」

 

 掠れた声で自己紹介をしたのち、ゴホッ、と光美は咳をする。

 彼女を心配するかの様に近くにいた二匹の白い豆柴と小さな白蛇が光美に擦り寄る。

 

「なぁ、本当にあのちっこいやつで合ってんのか? 今にも死にそうだぞ?」

 

 クレアは静葉に耳打ちする。

 静葉も少々困惑している様だ。

 

「すいません……いかんせん復帰してすぐに色々と任されちゃいまして……と言うか、普通、死にかけだった人間にこんな激務任せますかね!」

 

 怒り気味に光美は笑う。

 

「あー……ミツミだっけか? アタシはクレア、横の黒髪はシズハだ。とりあえずよろしくな!」

 

 場の空気を変えるためクレアが自己紹介をする。

 

「はい、『教会』の方からお話は伺っています。こちらこそよろしくお願いします」

 

 光美はお辞儀をして返す。

 

「ところで、その……わんちゃんと蛇はいったい?」

 

 静葉が光美に質問する。

 

「この子達は私の式神……なんですけど、今は私が弱ってるのとこの子達も力をだいぶ使ってしまったのでこの姿になってます。所謂省エネモードってやつです!」

 

 その言葉を聞いてクレアの目が輝く。

 

「聞いたかシズハ! やっぱりオンミョージはシキガミだせるじゃねぇか‼︎なんでお前はでかいカエルとか出せねぇんだよ?」

 

「何度も言いますが、出せる方が珍しいんですぅ! ……とは言え、式神ですか。イメージしていたものとはだいぶ違いますね。なんか、こう、もっと神々しいものかと思ってました」

 

「本来の姿ならそうなんですけどねぇ……まぁ、この姿も可愛らしくて私は好きですよ」

 

 光美は、ねぇーと笑顔で式神達に呼びかける。

 それに呼応するかの様に二匹の白い豆柴はワンッ、と吠え白蛇はチロチロと舌を出した。

 

 

 

「さて、そろそろ本題に入りましょうか。と、言っても既に今回の内容は伝わっていると思いますが」

 

 そう言うと光美はクレア達の方を見た。

 

「応よ、要は悪霊全員シバけば良いんだろ? いつも通りだ」

 

 クレアが答える。

 

「大体はその通りです! その上で呪楼が消滅しなかったら、完全に消滅させるんですが……まぁ、そこは問題ないと思います」

 

 光美は少し補足を付け足して返した。

 

「消滅しない可能性もあるのでは?」

 

 静葉が光美に対してもっともな質問を投げる。

 

「う〜ん、どうでしょう? 先ほども言いましたが、あの呪楼、既に根まで含めて全てが焼き尽くされた後なんですよねぇ。『今は内部にいる霊達によってギリギリ形を維持してますが、私達が全ての霊を除霊してしまえば灰に還る』と言うのが私に仕事を押し付けた()()の結論です。まぁ、最悪の場合は焼いた本人を呼んできてまた焼いてもらいますが……っと、喋っていたら着きましたね」

 

 そう言うと光美が止まる。

 彼女たちの目の前には透明だが薄い桜色をした壁があった。

 

「これが呪楼とそこに潜む霊達を外と隔絶する為の結界、『楼獄(ろうごく)』です。私は今から結界の術式を少し弄るので御二方は戦闘の準備をお願いします」

 

 そう言った後、光美は右手で結界に触れ術式変更を始めた。

 

「さぁて! じゃあアタシらも準備しようかねぇ!」

 

 そう言うとクレアは首からかけていた中心に青く輝く石が埋め込まれた銀の十字架を天高く投げた。

 

聖装(せいそう)……展、開ッ!!!」

 

 クレアはその掛け声と共に、自身の眼前に垂直に落ちてきた十字架を全力で殴りつけた。

 十字架は5つのパーツに分かれた。

 瞬間、激しい光がクレアを包む。

 分かれた十字架の銀のパーツはそれぞれクレアの胸部、背面、左右の前腕付近で浮遊、そして青く輝く石は空中で浮いたまま待機している。

 そうして各パーツが変形を始める。

 胸部のパーツは広がり上半身を覆う鋭くかつスマートな鎧へと姿を変える。

 背部のパーツは鎧の配備と一部結合したのち、一対の二股に分かれた翼のない羽根の骨格のようなものへと姿を変える、さながらロボット作品のブースターじみたものだ。

 左右の腕の2つのパーツはそれぞれの腕の前腕部を覆う様な鎧に形を変え、手の甲に沿う様に前腕部の鎧の側面からは腕と同じくらいの長さのブレード状のエネルギー展開パーツが構成された。

 最後に、浮いていた青く輝く石が鎧の中心にはめ込まれる。

 すると、変形した各パーツに石と同じ青い光の機械的なラインが浮かび上がった。

 この間僅か0.5秒の出来事である。

 

「展開……完了! ……くぅぅう!!! 我ながら最高にカッコよく決まったぜ!」

 

 ぴょんぴょんとはしゃぎながらクレアは叫ぶ。

 

「あー、はいはいスゴイデスネー。散々教会の地下でその変身シークエンス? でしたっけ? 練習してましたもんねー」

 

 静葉は冷たげにあしらう。

 

「そもそも、投げる必要も殴る必要もないんですよ。ただこうやって……」

 

 静葉は首からかけられた緑に輝く石が埋め込まれた十字架を手に取る。

 

「……聖装展開」

 

 ただ一言、静かに告げる。

 瞬間、眩い光が静葉を包む。

 

「展開完了」

 

 光が収束した後に見えた静葉の姿はクレアのそれとは大きく違っていた。

 全身に軽度の鎧を身に纏い、下半身、特に脚部が重点的に装備によって強化されており、両足は完全に鎧で覆われかつその鎧にクレアの背中に付いているブースターの極小版の様なものが片足につき左右5個づつ、計10個も付いている

 両足で計20個もあるブースターから分かる通り静葉の聖装はスピードに特化したものだ。

 そして、一際目を引くのは彼女の背面に浮遊している彼女の身長の倍ほどの大きさの(むげん)の形を作って動いている無数の緑色の光の刃……否、大量のクナイであろう。

 

「んだよ。なんだかんだいう割にはシズハも結構カッコつけてんじゃん」

 

 クレアが静葉にボヤく。

 

「普通にやっただけでカッコつけてませんから、聖装のデザインや性能設定は『教会』の創造課の管轄ですからデザイン面は私は関係ありません。そんな事より、どうやら結界の術式変更が終わったみたいですよ?」

 

 静葉はそう答えるとクレアを連れて光美の方に向く。

 

「お二人とも準備万端みたいですね! それでは呪楼唯一の出入り口、根元の(うろ)までまた少し歩きますよ〜」

 

 二人を見た後、光美はそう言って結界の中へと入っていく。

 それに続く様にクレアと静葉も続く。

 

「……案外普通に入れちまうもんなんだな」

 

 クレアが呟く。

 

「ええ、霊体含めて入るのは誰でもできます。ただし出れるのは生物に限りますがね。まぁ、結界を壊せる様な奴がいたら話は変わりますが……」

 

 あはは……、と光美がこぼす。

 

「そう言えば、さっきの術式変更は何をしていらしたんですか?」

 

 静葉が光美に質問する。

 

「あぁ、私が死んでも予備のリソースで48時間は結界が維持できるようにしたのと、私が死んだら結界の範囲が自動縮小し続ける様に改変したんです。そうしておけば後任で来るであろう()()が戦いやすくなりますからね!」

 

 光美はそう答えた。

 

「んだよ。死ぬ前提か? ミツミ」

 

 クレアが光美に問う。

 

「まさか、死ぬ前提では無いですよ。ただ……いかんせん私は弱いのでこういった保険をかけておかないと安心出来ないんですよ」

 

 少し悲しそうに光美が答える。

 

「……そうかよ。まぁ、安心しな! なんせ今回はアタシら二人がついてんだ! そう簡単に死にやしねぇよ! それに……オマエは自分で思ってるよりよっぽど強えよ」

 

 そう言ってクレアが光美に笑いかけた。

 

「そうでしょうか……」

 

「応よ! 自慢じゃねぇがアタシは他人を見る目だけは超一流だからな!」

 

「クレア、あまり調子に乗らないでください。……ですが、光美さん貴女の身の安全は私達が保証します。それに、クレアの言う通り貴女は弱くはありませんよ」

 

 三人がそんな会話をする中『呪楼』……その入り口たる虚が目前に迫る。

 悍ましい邪気を放ちながらまるで新たな贄を待っていたかの様に……

 

 

 

 ———呪楼『蠱毒』内部

 

「おい、大量にゴーストが嫌がるとは聞いてたがこの量は聞いてねぇぞ……」

 

 クレアが思わずこぼす。

 無理もない、虚の中に入った三人が目にしたのは数多の死霊の軍勢、巨大な呪楼の内部空間を埋め尽くしてなお溢れんばかりの大軍勢だったのだから。

 

「……右牙(ウガ)! 左牙(サガ)! 白楼(ハクロウ)!」

 

 軍勢を認識した光美はすぐさま叫ぶ。

 同時に三体の式神は本来の姿……右の牙が大きく発達した巨大な白狼と左の牙が大きく発達した白狼、強大かつ圧倒的なまでの巨体を誇る白蛇へとその姿を変えた。

 

「クレアさん! 静葉さん! 一旦上に離脱します!」

 

 そう光美が支持をすると右牙はクレアを、左牙は静葉を咥え上げて背に乗せ、呪楼ないにある上へと続く足場を駆け上がる。

 それを追う様に光美を乗せた白楼が殿を務める。

 

「バッ……何やってんだよ、敵は下にいんだぞ‼︎」

 

 クレアが叫ぶ

 

「そうです! 下にいるんですよ! この呪楼に魅入られた筈の霊が全て‼︎」

 

 光美が大声で答える。

 

「それって、どういう……」

 

 静葉が呟くのを遮る様に光美が答える。

 

「彼らは怯え、畏れていました。だから下にいた! 実際問題、一体も私達を追ってきていない! それは上に『畏れ』の本体がいるからッ‼︎」

 

 答えると同時に三人は呪楼の最上層……薄暗く開けた広間に到着した。

 そして同時に『畏れ』の本体を目視した。

 ソレは肉でできた様な黒く巨大な繭だった。

 ソレは(うごめ)き、胎動(たいどう)し、まさに今、産まれようとしている事、そしてこの世に産まれさせてはならないものである事が本能で理解(わか)った。

 三人が取った行動はシンプルかつ最適な解答だった。

 今出せる個々の最大火力をぶつける。

 瞬時に三人は行動を起こした。

 

「さぁ、右牙! 左牙! 白楼! 未完成ですが行きますよ! 天神霊衣(てんしんれいい)‼︎三神結界砲‼︎」

 

 光美は自らの式神を鎧と定義しその全てと融合し巫女服の上から鎧武者じみた鎧を纏い、その背後には三体の式神の力を集約した三つの円環が浮遊していた。

 すぐさまその円環を黒い繭に向けて砲門のように設置し、今出せる最大出力の砲撃を放った。

 

「大人しく逝け! 救済(サルベーション)! スゥラァッッッシュ‼︎」

 

 クレアは両腕を天に掲げ、ブレードに即座に生命エネルギーを集約させ自らの三倍近い長さの超高速回転する光の刃、即ちチェーンソーを形成し黒い繭へと向けてその刃を振り落とした。

 

神手(かみて)流奥義! 神罪破道(しんざいはどう)!」

 

 静葉は自身の背後を廻る∞の円環に生命エネルギーを集約させさらに肥大化、そしてその無数のクナイを操り黒い繭のあらゆる場所を切り刻み、刺し貫き続けた。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 光美が足をつき、息を切らす。

 既に式神との融合は解けていた。

 三人の攻撃は寸分の狂いもなく同時に黒い繭を襲った。

 完璧だった、今行える最善の行動、威力の面でも判断も何の間違いもなかった。

 そう、彼女達に非はなかったのだ。

 

「……嘘だろ」

 

 絶望に満ちた声でクレアが呟く。

 繭は何事もなかったかの如く鎮座していた。

 そして今、繭に一筋の亀裂が入る。

 

「一旦下がりましょう!」

 

 静葉が叫ぶ。

 そんなことは関係ないとばかりに亀裂は大きくなる。

 肉の切れる音、蠢く音、そうして産声は上げられた。

 生まれ出たのは影でできた顔の無い人の赤子、赤子は生まれてすぐ、その影を下へと伸ばした。

 呪楼の最下層からは霊たちの叫びの声が悍ましくこだまする。

 恐怖、畏れ、苦痛、嘆き……様々な感情が入り混じった叫び声と断末魔が赤子の誕生を祝福する。

 赤子は霊達を喰っている、次第に聞こえる声は小さく、弱くなる。

 僅か数分で赤子は霊達を食い尽くした。

 そうして変化が現れる。

 赤子の肉体がボコボコと滅茶苦茶に肥大化していく、肉弾け黒いヘドロの様な体液を撒き散らしながら赤子は育つ。

 ありもしない口で嗤いながら赤子は育つ、ようやく時は来たと歓喜の声をあげる。

 醜く(おぞ)ましいソレの肥大化は止まらない、産ませてはならなかったもの、悪意を持って人の世を終わらせる巨人はゆっくりと成長する。

 ありもしない目で見たのは自分の眼下にいる矮小な人間だ。

 新しい世を作る前に遊ぶ玩具にはちょうどいいだろう。

 醜い巨人はその手振り上げた。

 

 

 

 ———赤子が霊を食していた頃

 

「チクショウ‼︎あれどうすんだよ‼︎馬鹿なアタシでもアレがめちゃくちゃやばいのはわかるぞ‼︎」

 

 クレアが叫ぶ。

 

「そう言っても、もうこれ以上の戦力が無いんですよ‼︎」

 

 静葉が大声で返す、今の静葉にはいつもの様な余裕がない。

 

「私も正直手詰まりです……」

 

 悲しげに光美が声をこぼす。

 

「クソ‼︎武器も今あるやつだけだし三人だけじゃ……あ? あ!」

 

 クレアの顔色が変わる。

 

「よっしゃあ‼︎こうなりゃやることは一つ‼︎」

 

 クレアが叫ぶ。

 

「一体何を……」

 

 静葉がクレアを見る。

 

「決まってンだろ‼︎全武装合体だぁぁぁぁあ!!!

 

 クレアの発言に一瞬、静葉と光美が固まるがそんなのお構いなしにクレアは続ける。

 

「シズハ! ミツミ! お前らの力を貸せッ‼︎具体的に言うとシズハは聖装、ミツミはさっきやってたやつをアタシでやってくれ‼︎」

 

 クレアはそう叫ぶ時間はあまり残されていないしかし……

 

「そんなめちゃくちゃしたら最悪貴女が死ぬんですよ‼︎そもそも光美さんの術式は転用できるか分からない‼︎それに、やったところであの化け物に勝てるかなんて……」

 

 静葉が止めようとするがクレアの意思は変わらない。

 

「アホ‼︎アタシが死ぬわけねぇだろ‼︎それに今はこんなんで時間使ってる暇ねぇんだよ‼︎確かに確率はものすごい低いかも知れねぇ、けど、今は賭けるしかねぇんだよ‼︎それに、アタシは勝負もせずに負けを認めるとかぜってぇしねぇからな‼︎」

 

 クレアが魂を込めて叫ぶ。

 

「クレアさん……分かりました! 可能な限りやってみましょう!」

 

 光美が立ち上がる。

 

「なっ……あぁ! もう、分かりましたよ! こうなったらヤケクソです! ただしクレア‼︎絶対勝ちなさいよ‼︎」

 

 そう言うと静葉は自らの聖装を解除し、クレアに託す。

 

「応よ‼︎さぁて……行くぜぇ‼︎聖装‼︎二重展開‼︎」

 

 クレアに合わせて光美も術式を展開する。

 

「右牙! 左牙! 白楼! お願い‼︎力を貸して‼︎天神霊衣改変武装式‼︎」

 

 そうしてクレアは光に包まれる。

 既に装備していた自身の聖装でカバーされていなかった下半身部分を静葉の聖装が覆い、余ったパーツによって両腕のブレードパーツは三又に強化された後緑の石が腹部パーツに埋め込まれる。

 さらに背後のブースターはさらに肥大化しステンドグラスを思わせる翼ができた。

 そして、その背後には巨大な光の輪が三つとその中心部の穴には∞思わせる光が輝いている。

 そして全身の機械的なラインは七色に光り輝き、鎧は白金を思わせる希望の光を放つ。

 

「さて、待たせたなクソガキ! お仕置きの時間だぜ‼︎」

 

 既に巨人の手は振り落とされ今にもクレア達を潰そうとしていた。

 が……

 

「行儀が悪い‼︎」

 

 クレアは簡単に巨人の腕を弾く。

 巨人は唖然(あぜん)とするが関係ない。

 

「さっさと終わらせてやる‼︎彷徨える無垢なる魂達よ、怒りも憎しみも全部救済(消し飛ば)されて、天へと還れ‼︎」

 

 その叫びと共にクレアは両腕を天に掲げ点を貫くほどの三つのエネルギー刃を形成、ダメ押しに三つの光輪をそれぞれに通すことにより更なる威力をもたらし、その刃は輝かしい金色の光を放つ。

 さらには背後の∞の光とステンドグラスの翼、各種ブースターをフルパワーで稼働させることによりスピードも限界までアップさせたのだ。

 その極限の一撃を持って巨人は断末魔を上げる暇もなく真っ二つに両断され蒸発した。

 

「あ、言い忘れてたが、クソガキは地獄に堕ちな!」

 

 こうして、今回の騒動はなんとか無事幕を閉じた。

 

 

 

「なんて、なればよかったんですけどね‼︎」

 

 そう言いながら静葉はクレアと光美を抱えて急いで呪楼を駆け降りる。

 

「だって、こんなすぐ呪楼が崩れると思わなかったんだよ! それにアタシうごけねぇーんだもん。後、鼻血が止まらん」

 

 クレアがボヤく。

 

「あはは……私も持ってもらっちゃってすいません……」

 

 光美が静葉に謝る。

 

「……まぁ、みんな無事だからいいですよ。クレアは後で説教ですがね」

 

 静葉が答える。

 

「はぁ⁈なんでアタシなんだよ! 一番頑張ったのに!」

 

 クレアが静葉に文句を言う。

 

「はいはい、後でね。とにかく、帰りましょう」

 

 少し嬉しそうに静葉は答えた。

 

 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 ———日本 地獄 『大樹異変』後すぐの頃

 

「はー、閻魔様まで長いんだけどぉー、どうせ無間(むげん)地獄無期懲役とかなんだからさっさとしてくんないかしら?」

 

 一人の少女がボヤく。

 その周囲にはツノを生やした屈強な男が四人いる。

 そして少女は全身を拘束されている。

 

「……」

 

 男たちは何も喋らない。

 

「お喋りもなしねぇ、つまんないわ。……はぁ」

 

 少女は溜め息を吐く。

 少女の名は神代美影(かみしろミカゲ)

 大罪人である。



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深淵の果てにあなたを想う

「思っていたより早く着いたわねぇ、閻魔庁(えんまちょう)

 

 そう告げるのは全身を拘束された少女……神代美影(かみしろミカゲ)であった。

 彼女の周囲にいた屈強な四人の獄卒(ごくそつ)はその場で立ち止まる。

 すると、彼女を招き入れるかの様に閻魔庁の大扉が轟音と共に開く。

 

「さっさと入れ、ってことね。はいはい」

 

 そう言うと美影は扉の中へと歩を進めた。

 その四方を囲う様に獄卒達が歩む。

 長い廊下を渡ることしばらく、ようやく開けた場所が視界に映る。

 美影を裁く地獄の法廷が彼女を待ち受ける。

 

「ふぅ……もういいか」

 

 そう言うと美影は体に軽く力を込める。

 瞬間、彼女を拘束していた拘束具が塵となって消え去った。

 

「なっ……!」

 

 獄卒の一人が言葉を漏らすと同時に、手に携えた金棒を美影に全力で叩きつける。

 続く様に残り三人も美影に攻撃を仕掛けた。

 しかし……

 

「レディに対して暴力はないんじゃない? まぁ、安心なさいよ、逃げる気はないからワタシ」

 

 そう言いながら美影は獄卒達の攻撃を結界でガードし、そのままスタスタと歩いて法廷へと(おもむ)いた。

 獄卒達は彼女を追って法廷に入る。

 

「初めまして、閻魔様」

 

 美影が声をかけた先には白いヴェールで覆われた巨大な椅子と姿こそ見えないものの圧倒的なまでに巨大な人型の影をした者……即ち閻魔大王が鎮座していた。

 そしてその横には側近らしき牛頭(うしあたま)の鬼……牛頭(ごず)馬頭(うまあたま)の鬼……馬頭(めず)が佇んでいた。

 

(なんじ)が神代美影だな?」

 

 閻魔大王から、低くかつ威圧感のある声が美影に向けられる。

 

「ええ、その通りよ。けど、その前に……いい加減本当の姿を現したら? チビっ子閻魔さん?」

 

 美影の発言に場の空気が凍りつく。

 

「今、なんと言った?」

 

 閻魔大王が美影に問う。

 その言葉には強い怒りが込められていた。

 

「いい加減、姿見せろって言ってんのよ! それともちっちゃいのがコンプレックスだったりするのかしら?」

 

 ケラケラと笑いながら美影は答えを返す。

 場の空気が更に張り詰め、美影を連れてきた獄卒達は身体中から汗を流し。

 閻魔大王のすぐ横に佇んでいた側近達が息を呑む。

 

「そうか、ならば良かろう。汝の望み通り姿を見せてやる」

 

 閻魔大王がそう言ったのち、パチンッと指を鳴らす音共にヴェールが消えていく。

 その中から現れたのは……

 

「これが僕本来の姿。第十三代目閻魔大王である!」

 

 幼さを感じさせる声のもと現れたのは身長150cmほどの華奢な少年だった。

 黒く艶やかな肩まである長髪を後ろで三つ編みに纏め、顔は幼さを感じさせるものだった。

 しかしてその服装は黒縁の眼鏡をかけ、(あか)道服(どうふく)を身に纏い、右手には(しゃく)を持った、誰もがイメージする閻魔大王そのものである。

 そして何より、その姿からはかけ離れた圧倒的なまでの威圧感と純然な王たる風格が放たれていた。

 

「へー、髭のついたチビデブのオッサンを想定してたけど案外可愛らしいじゃない?」

 

 ふふふ、と笑いながら美影は閻魔に言う。

 

「先程から不敬がすぎるぞ、亡者!」

 

 閻魔の怒声が響き渡る。

 それは最早雷鳴と変わらない程の大音量、さしもの美影も思わず耳を塞ぐ。

 

「……ッ、なんだそんななりでもれっきとした閻魔大王って訳ね」

 

 美影の顔から嘲笑(あざわら)う表情が消える。

 

「……これより汝の罪を裁く、我が瞳は鏡と一つであり、汝の生前の全てを見通し……」

 

 閻魔が語るのを遮る様に美影が口を挟む。

 

「そう言うのいいから、どうせ無間(むげん)地獄刑期26億年……いや、特例で無期懲役かしら。と言うか、あんたの眼が浄玻璃鏡(じょうはりのかがみ)と同等ってなかなか凄いわね? 途中で耳に挟んだ地獄の技術革新をやったってだけあるわね、閻魔様」

 

 それを聞いた閻魔はしばし黙り、一呼吸おいて口を開いた。

 

「あぁ! もう! なんなんですか貴女! 人が真面目に仕事してるのに茶々入れて! そんなんだから私より前の裁判担当の十王(じゅうおう)四人が仕事拒否したんですよ! 長い地獄の歴史で初ですよ、十王が仕事拒否するとか! 地獄の歴史書に永劫に掲載されるレベルの異常事態ですよ! 後、貴女の言う通り無間地獄最下層行きで超特例の無期懲役ですよ大馬鹿大罪人‼︎」

 

 先程までの威厳ある口調はどこへやら、閻魔はひたすらに捲し立てた。

 

「あ、やっぱ無理してキャラ付けしてたんだ、アンタ。と言うか、死んで三日で閻魔庁連れて来られた理由が十王に拒否られたとか流石の私も笑いが止まらないわぁ!」

 

 爆笑しながら美影が答える。

 

「ハァ……ハァ……もう兎に角さっさと無間地獄行ってください……」

 

 閻魔はすこぶる疲れながらも指を鳴らす。

 瞬間、美影の前に黒より黒い空間が広がったゲートが開く。

 無間地獄への直通ゲートだ。

 

「ふぅん、この先が無間地獄……ね。まぁ、行きますかねぇ。あぁ、最後に」

 

 美影が足を止める。

 

「……なんですか? 今更怖くなりましたか? 逃しませんからね」

 

 閻魔は冷たい目で美影を見て答える。

 

「そうじゃないわよ。アンタ、無理して尊大でいるより素の方が仕事やりやすいと思うわよ? 大方、歴代の閻魔大王に恥じぬ様にとか思ってやってるんでしょうけど。アンタはアンタなりに頑張ってるんだからそれでいいんじゃない? じゃ、サヨナラ可愛い閻魔様」

 

 そう言い残すと美影はゲートに向かって倒れ込み、落ちていく。

 そうしてゲートは閉じられた。

 

「……そんなんじゃダメなんだよ」

 

 閻魔は美影の発言に少し顔を曇らせていた。

 

 

 

「あー、ここが無間地獄かぁ。今は頭下足上(ずげそくじょう)の段階……よね? にしては既にその先の無間の火城で味わうはずのものも感じるわねぇ。まぁ、現物伝えられた人間なんている訳ないしこう言う誤差は仕方ないか。にしても元気な他の罪人達の叫びがよく聞こえるわぁ。と言うか、頭下足上なのに泣けないあたり魂から腐ってるのかしら、ワタシ?」

 

 そんなことを一人呟きながら美影は何もない暗黒空間を頭から落ち続ける。

 

「にしても、案外苦痛と言うか感覚が少ない……冷静に考えたら私の感覚が壊れてるだけか。よくよく考えてみたら色んなところを両親(クソカス共)にぶっ壊されちゃったもんなぁ」

 

 彼女はひたすら落ち続ける。

 ほとんど何も感じず、思考だけが廻る。

 

「あぁ、けど……」

 

 美影は瞳を瞑る。

 

雪奈(せつな)だけは違ったなぁ……初めて会った時から温かかったなぁ。雪奈と触れ合う時だけは感覚が戻った様に思えたっけ。だから、ワタシは雪奈の全部が欲しかった。笑顔も泣き顔も喜びも憎しみも恨みも殺意も全部全部欲しかった」

 

 そのまま彼女は口閉じる。

 美影は落ち続けながら思いを馳せる。

 自身が成した悪逆、彼女はこれを後悔などしていない。

 雪奈の全てだけが欲しい彼女にとって他の命などそれこそ(ムシ)と同じ、それがいくら死のうがどうでも良かった。

 けれど、けれど……雪奈が死ぬのはダメだ。

 だからこそ彼女は『蠱毒(こどく)』での戦いの後、雪奈に命を譲渡した。

 最初に殺された時は雪奈は美影を見ていなかった、ただ怒りのままに殺しただけだ。

 けれど、『蠱毒』での戦いは雪奈は美影だけを見ていた。

 最愛の人がその命を糧に美影を殺してくれる。

 それは彼女にとってこれ以上ない幸福だった。だからこそ、雪奈は生きなければならない。

 美影は譲渡した魂に2つの(まじな/のろ)いを施した。

 一つは雪奈に譲渡した魂の大幅な強化、何もなければ九十代まではまず健康に生きられかつ戦いにおいて悪運が強くなるというもの。

 そしてもう一つ、不定期に美影を殺す又は殺した時の夢を見せ記憶させるというもの。

 雪奈が死ぬその時まで美影(ワタシ)を忘れさせない、ずっと想わせ続ける。

 

「あぁ、雪奈、ワタシは地獄(コッチ)で貴女は現世(ソッチ)でずっと想い続けるの」

 

 ふふふ、と美影は満足げな笑みを浮かべて落ちていく。

 その瞳には何もない漆黒の地獄を写しながら……



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幕間 ケイトちゃん最強伝説

 ———某日 日本 予玖土町(よくどちょう) 蒼葉(あおば)邸 蒼葉アキルの寝室にて

 

「へー、あのでっかい木急に消えちゃったんだー、アキルなんか知ってる?」

 

 アキルのベッドで横になりスマホを眺める少女……ケイトはアキルに質問した。

 

「知ってるわよ。それより私はなんでアンタが私のベッドを我が物顔で使ってるかの方が謎なんだけど?」

 

 不機嫌そうにアキルと呼ばれた少女が答える。

 ケイトがベッドをほぼ占領しているせいで彼女はベッドの端の方にポツンと座っていた。

 

「そりゃ簡単よ、ベッドの質がいいのと仄かにアキルのいい匂いがするからよ!」

 

 ドヤ顔でケイトは答える。

 その後、追加する様に「後で木の件教えてね!」と付け加えた。

 

「……なんか、真面目に返すのが馬鹿らしくなるわね、本当にこんなのが地上最強の殺人鬼とか世も末ね」

 

 心底めんどくさそうにアキルが呟く。

 

「なぁにおう! じゃあ、アタシのやべぇ伝説教えてやるぜ!」

 

 ケイトは意気揚々と体を上げる。

 アキルは「ソレただの武勇伝話したがりのオッサンと同じよ?」と言いたかったが我慢した。

 契約上殺されないとは言えクソ痛いパンチは喰らいたくないからだ。

 

「さぁて、アキルよぉ、六年前にあった惨殺逆さ吊り事件って知ってるか?」

 

 ケイトはアキルに問う。

 

「知ってるわよ、こっちでもニュースになったくらいだもの。某大国の官邸正面玄関に五人の屈強な軍人、しかも軍の上層部の人間がギリギリ原型をとどめて惨殺された状態で逆さ吊りにされた事件。内臓が飛び出てたり皮を剥がれていたりとても人のすることとは思えない所業、極め付けは官邸の白い壁に被害者の血で書かれた『悪魔は裏切り者を許さない、これは警告だ』、と書かれた怪文書。オマケに犯人の証拠は0で目撃情報すら一つもないから未だ未解決の……え、待って。アレ、アンタやったの⁈」

 

 アキルは驚愕すると共にドン引きした。

 

「正解〜! さっすがアキルちゃん、冴えてるぅ! ま、アレは文字にも書いたけど『裏切った』某国が悪いのよ? わざわざ人に偽の依頼を寄越して人を荒野に呼んで、B-2を三機も使って殺そうとするとか頭イカれてるわよ! まぁ、全部撃ち落としたけど」

 

 ケイトはさらっととんでもない発言をした。

 

「待って、待って待って! 理解が追いつかないのだけれど⁈と言うか、どうやってB-2を三機も撃墜したのよ! 荒野にそんな武器ないでしょ! ソレともアレか? 対空武器持ってたとか?」

 

 めちゃくちゃな情報にアキルがバグり始める。

 

「まぁ、ある意味対空武器ね。石よ、ちょっと大きめのやつ」

 

 ケイトの答えにアキルは壊れた。

 

「石で! B-2を! 撃墜する! 人類は! いない!」

 

 最もな答えをアキルは叫ぶ。

 

「いるさっここにひとりな‼︎……なんて冗談は置いといて、殺ったわよ、マジで。相手の飛行速度計算やらルートの目安付けやら結構大変だったわぁ、なんせ全部目視と耳でどうにかしてたからねぇ。まぁ、後はアタシという最強兵器が石ぶん投げたらソレはもう石じゃない音速超えた弾丸に大化けして当たったら大撃墜ってわけよ! ってことを3回やっただけよ?」

 

 ケイトは当たり前の様に言う。

 

「ソウデスカ……スゴイデスネ……」

 

 アキルは理解するのを諦めた。

 普通ならただの口からの出まかせに過ぎないがケイト(コイツ)に限っては違う。

 仕事の内容に関してだけは秘匿しろと依頼人に言われない限りは嘘偽りなく答える女だ。

 何より、アキルとケイトは6年の付き合いだがコイツならやれかねんと散々実感させられてきているからだ。

 

「んで、次は……」

 

 ケイトが次の話に入る前にアキルが止めにかかる。

 

「もういい! もういいから! アンタがすごいのは十分理解したから! なんなら最近まで信じてなかった世界中の裏社会から恐れられてるとか、ほぼ全世界の国と個人間で条約結んでるのも今信じたから!」

 

「むぅ……まぁ、それならいいか!」

 

 ケイトは満足げな笑顔を見せる。

 対象的にアキルはぐったりとした顔をしていた。



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プロローグofブロウクン・ナイトメア

 ———アメリカ合衆国 某所 地下超巨大施設『ノア』内部、リリスの寝室にて

 

「ふむ……」

 

 ワイングラスを片手に持った金髪の11歳くらいの少女……リリスは苦い顔をしていた。

 と言うのも、今の彼女は得体の知れない不安感を感じていた。

 

「久々に、少し()てみるか……」

 

 そうこぼすと、リリスの紅い眼が仄かに輝きを帯びる。

 彼女が行なっているのは上位の魔術『魔眼』と世に呼ばれるものだ。

 本来、『魔眼』は生まれついて得る資質がなければ開花しない。

 しかも彼女はこの星の生命ですらないのだから本来は『魔眼』を扱うなどあり得ないことだ。

 しかし、彼女は違った。

 長い時の果て集め続けた実物(コレクション)から理論と法則を解明し、自らが欲しい効果を付与した魔眼を後天的に作り上げたのだ。

 その名を『過去視の魔眼』あらゆる過去を見通す『魔眼』である。

 だが、これでは語弊がある。

 彼女の定義上の過去を視るのが『過去視の魔眼』の性質だ。

 そして、彼女にとっての過去は生命が感じることすらできない程の僅かな時間が過ぎ去った時。

 例えるなら12時から一瞬でも時が動けばソレは最早過去、故に彼女の『魔眼』は実質、過去と現在を見通すものだ。

 

「さて、私の勘的にはルルイエ辺りなんだが……ハズレか。他は……ハズレ、ハズレ、ハズレ……いたか! 当たり! にしてもマズいなこれ、時間の猶予がなさそうだ。『ダアト』! 私の脳内データを変換して送った! 何もしなかった時の被害規模と奴らが邪神を呼び出す最短時間を計算してくれ!」

 

 リリスが『ダアト』と呼ぶと、彼女の前にウィンドウが表示され絵文字の様な顔が浮かび上がる。

 

『了解しました。マイマスター。同期……計算開始……完了。被害規模、人類の65%の消失ないし死亡、残り猶予時間96時間です』

 

『ダアト』は機械的に淡々と告げる。

 

「マズいな、やはり時間がなさすぎる……仕方あるまい、会いたくはないが行くしかないな。『教会』本部に」

 

 そう言うとリリスは普段着とは違うかっちりとしたスーツに着替え歩みを進める。

 

「あぁ、ソレと専門家たちが必要だな」

 

 リリスはおもむろに携帯を取り出しある人物に電話をかける。

 

「やぁ、シェリー時間がないから概要はこっちに着いたら説明するからお前の居候先の邪神討伐に使える人材全部連れてこい! それと、京都の巫女もだ! 拒否権はないし最速で連れてこい!」

 

 ちょ……、とシェリーが言う間もなく電話は切られた。

 

「さて……行くか」

 

 そう言うとリリスはゲートを開きその中へと踏み出した。

 



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『教会』にて不死者は現る

 ———某国 某所 『教会』本部、入口にて

 

「あぁ、マジでやだ……」

 

 金髪の女性……クレアが愚痴をこぼす。

 

「珍しいですね、クレアがこの手のイベントでテンションが低いなんて、変なものでも食べましたか?」

 

 黒髪の少女……静葉は心配げにクレアを見つめる。

 何故彼女たちが『教会』本部に呼び出されたのか、それは前回の呪楼に関する事だ。

 彼女たち(と光美(ミツミ))が倒したのはいずれ魔王と呼ばれる存在にも届き得る大災害の幼体だったのだ。

 故に、その功績を称える為に彼女らは呼ばれたのだ。

 

「『教会』のイベントだからだよ……しかも今回は大司祭(だいしさい)までいやがるし……アタシは落ちこぼれだからこの手のイベントに呼ばれるとろくな事にならねぇからマジで今すぐ帰りてぇ……」

 

 クレアが大きくため息をついた。

 

「前から気になってたんですけど、クレアのどこが落ちこぼれなんですか?」

 

 静葉は不思議に思い質問する。

 

「あー、そういやシズハにはまだ言ってなかったな。アタシは今20歳(はたち)だが奇蹟(きせき)が使えねぇ、だから落ちこぼれなんだよ」

 

 クレアは淡々と語る。

 

「奇蹟って、いったい……」

 

 静葉が当然の質問を返す。

 

「『教会』は本来、地獄(ゲヘナ)に封じた七大罪の魔王と戦うためのエクソシスト養成機関だった。魔王に対抗するには神の力……奇蹟が必要だったんだよ。けれど、奇蹟の発現には生まれつきの才能とトリガーとなる出来事が必要不可欠なんだ。そして、奇蹟は18歳以降は絶対に発現しない。だから18歳を超えた時点で奇蹟を使えない奴は聖装みたいな武器を使って戦うんだ。奇蹟を使えるものの肉壁としてな。まぁ、アタシは別の理由もあるがな」

 

 クレアはさらっと答えた。

 

「……ッ! そんなの」

 

 静葉が言葉を発する前に荘厳な音色が響く。

 

「どうやら時間みたいだ、行くぞシズハ!」

 

 そう言ってクレアと静葉は『教会』の扉を開きまっすぐ歩く。

 

「「あれが噂の新米か、確かに力を感じる」」

 

「「しかし、今回倒したのは落ちこぼれのクレアだ、能無しのくせに」」

 

「「静かにしろ、一応式典だ」」

 

 あちこちからヒソヒソと声が聞こえる。

 クレアはまたかと言わんばかりに呆れていたが、静葉は静かに怒り狂っていた。

 それこそ今すぐ全員殺さんがばかりに。

 そんななか歩き続け、一番奥、大司祭と呼ばれる老人が座る玉座にたどり着くと二人は跪いた。

 

「此度はこのような式典を……」

 

 クレアが言葉を発しようとした時、突如地面に漆黒の穴が現れた。

 

「シズハ!」

 

「はい!」

 

「「聖装展開!」」

 

 二人は即座に臨戦体制をとる。

 式典に来ていたものたちも同様だ。

 彼ら彼女らは各々の奇蹟を振るう用意がすでにできていた。

 

「やぁ、久しぶりだね。大司祭殿」

 

 穴から浮遊するように現れたのはスーツを着こなした幼い少女だった。

 少女は道化師じみたお辞儀を大司祭にする。

 しかし、その場にいる誰もがその異様かつ異常な生命エネルギーをもって少女を敵と認定し攻撃を仕掛けた。

 仕掛けたはずだった。

 

「外野は大人しくしたまえ、はしたないぞ?」

 

 誰も体が動かせない、奇蹟さえ使えない。

 少女はたった一瞬でこの場にいる全てのエクソシストを鎮圧したのだ。

 

「久しぶりですね。不死なるリリス」

 

 大司教が少女の目を見て告げる。

 その顔は非常に穏やかだった。

 

「その呼び名はやめたまえ。()()()()()と混同されかねん。まぁ、いい。時間がないから手短に話す。後三日と少しで人類が破滅する。人員を貸せ。魂を修復できる奇蹟持ちを1〜3人、肉体治療もできれば直良だ、それと結界の奇蹟持ちを最低10人は欲しい。後はそうだな……私の後ろで今にも斬り掛からんとしてるこの二人を借りる。こいつら、私の拘束の中でほんの少しとはいえ動けているのは魅力的だ! 二人は先にもらっていく。残りのメンバーはいつものところに座標を送ってくれればあとはこっちで回収する、説明も頼んだ。ではな!」

 

 そう言うとリリスはクレアと静葉を連れてホールの中に消えていき、ホールは閉ざされた。

 

「全く、相変わらずめちゃくちゃな方だ。しかし嘘はつかないのだからタチが悪い。さて……」

 

 大司祭はおもむろにに電話をかけ始める。

 必要な人材を集める為に。



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魔術師一行と陰陽師、参戦

 ———予玖土町(よくどちょう) 蒼葉邸(あおばてい)にて

 

「で、私たちを玄関ホールに呼び出した理由は何かしら? シェリー」

 

 ボーイッシュな髪型の銀髪と深い(あお)(ひとみ)の少女……蒼葉アキルが問う。

 

「あー……どうって言われてもそのぉ……」

 

 白い肌と腰まで届く白い髪が特徴の大人の女性……シェリーは曖昧(あいまい)に答える。

 

「私以外もほぼ全員呼び出す、ってことは相当な大事だと思うけど……」

 

 アキルが話すのを(さえぎ)る様にシェリーは発言する。

 

「あ! 一人忘れてた! ちょっとタイム!」

 

 そう言うや否やシェリーは自身の頭上にゲートを開き、背中の翼を広げて飛翔し上半身をゲートに突っ込んだ。

 

 

 ———京都 某所神代家の屋敷

 

「あー、いい天気ですねぇ。こんなにぽかぽかしているとお昼寝したくなっちゃいますね」

 

 縁側にてそんなことを呟くのは黒髪の少女……神代光美(かみしろミツミ)、結界術を得意とする巫女にして陰陽師である。

 その(かたわら)には三体の式神、右牙(ウガ)左牙(サガ)白楼(ハクロウ)がスヤスヤと眠っていた。

 三体は本来、もっと巨大なのだが、今は省エネモード。

 右牙、左牙は白い柴犬の姿に、白楼は小さな蛇の姿になっていた。

 光美も式神に釣られてうとうとし始める。

 実は、()()()()()以降、光美は長期休暇に入っていた。

 滅多にない休暇を満喫しているのだ。

 

「ハァイ……光美ィ、調子どう?」

 

 (たたみ)の中から上半身だけ(のぞ)かせ、後ろ側から声をかけたのはシェリーだった。

 

「ギャァァァァァア!!!」

 

 光美の絶叫と共に彼女の休暇の強制終了が決まった。

 

「とりあえず、来てちょうだい」

 

 そう言うとシェリーは光美の腕を掴みホールに引き()り込む。

 因みにこの時、シェリーは三体の式神に噛みつかれ頭から流血し、血みどろの状態だ。

 

「お化けやだぁぁぁあ!」

 

 光美は号泣する。

 シェリーは「え? どっちかって言うとアンタがお化けに畏れられる側じゃない? て言うか私って気付いてない?」と思ったがとりあえず引き摺り込んだ。

 

 

 

 ———予玖土町 蒼葉邸

 

「ぜづな゛ぁぁぁあ! ごわがっだよぉぉお!」

 

 ぐしゃぐしゃの顔で泣きながら光美は二振りの刀を帯刀した黒髪ポニーテールの少女……雪奈(せつな)に抱きつく。

 

「よしよし、で、なんでこんな事になってるんですかシェリーさん?」

 

 雪奈はシェリーに質問する。

 肝心のシェリーは両足を右牙と左牙にそれぞれ噛みつかれ、白楼には思いっきり首を絞められていた。

 

「説明したいんだけど、肝心の説明するものがわかんないのよねぇ」

 

 HAHAHA、と笑いながらシェリーは答えた。

 

「「「「「「はぁ?」」」」」」

 

 その場にいたシェリー以外の六人、アキル、光美、雪奈、赤い髪を後ろで(まと)めた赤い瞳の少女……ケイト、長い銀の髪を後ろで束ねた金の瞳の少年……クリス、ボサボサの銀髪と目の下の深いくまが特徴の少年……グレン、彼らは事前に打ち合わせていたかの様に同じ言葉を発した。

 同時に、キレたアキルは自らの右腕に魔力を回す。

<ヨグ=ソトースのこぶし>、宙の外からもたらされた魔術、その発展系にしてアキルの新たな必殺の魔術(オリジナル)<神王の鉄槌>が放たれようとしていた。

 

「タイム、タイム、タイム‼︎今すぐどんな要件なのか聞くから! アキルステイ‼︎」

 

 シェリーは急いでスマホでリリスに電話をかけ始める。

 

「くだらん内容だったらわかってるよな?」

 

 アキルは既に準備万端、いつでも<神王の鉄槌>をシェリーに放つことができる。

 

「……わかったわ。今回の案件は邪神関連だそうよ。詳しいことはこっちについてからってリリスが言ってた。……ってグレン以外はリリス知らないか」

 

 シェリーはいつもの飄々(ひょうひょう)とした態度とは違う、冷静に淡々と静かに答えた。

 

「邪神……!」

 

 アキルは<神王の鉄槌>を解く。

 彼女はよく知っている、邪神が如何に危険なモノであるかを。

 

「ちょっと待て、リリスからの案件だと⁈しかも、邪神って、結構前にお嬢とニャルラトホテプが仕方なく協力してどうにかした様なヤツだろ!」

 

 グレンが叫ぶ。

 

「えぇ、そうよ。そして時間がないわ」

 

 パチン、とシェリーが指を鳴らしゲートが開く。

 

「リリスは強制はしない、と言っていたけど、私は違う。一度邪神と相対し在るべき場所に還した者、邪神との戦いに身を投じた者、大災害の呪楼(元凶)を封じ続けた者、今は貴方達がみんな必要なのよ! だからお願い、ゲートを通って!」

 

 シェリーは心の底から頼み込むと深々と頭を下げた。

 

「トマス、ヴァレット、ちょっと来なさい」

 

 アキルが大声で二人の名を呼ぶ。

 しばらくして屋敷の奥から二人の人物がやってきた。

 白い長髪を後ろで纏めた老齢の執事……蒼葉邸執事長(しつじちょう)のトマス・フォスター。

 身長2メートルは在る筋肉質の大男……蒼葉邸の執事兼番人ヴァレット・ユーグ。

 

「どうか致しましたか、お嬢様?」

 

 トマスは微笑(ほほえ)みながらアキルに問いかける。

 

「私達は(しばら)く屋敷を留守にする。二人にはその間屋敷の警備と維持をお願いしたいの」

 

 アキルはそう答えた。

 

「……なるほど、そう言うことでございますか」

 

 周りの状況を見てトマスは即座に理解する。

 

承知(しょうち)致しました。しかし、お嬢様、そして皆様方に約束して欲しいのです。必ず帰ってくる、と」

 

 トマスはまっすぐな瞳で皆を見つめ、そう告げた。

 

「当たり前でしょ? 私は死ににいくんじゃないんだから」

 

 アキルはまっすぐと答える。

 

「安心しなよトマっさん、アタシは死なねぇし他の奴らも死なせねぇよ!」

 

 ニヒヒ、と笑いながらケイトが答える。

 

「同意ですね。ご安心を」

 

 雪奈は静かに告げる。

 

「えっと……私は初めて会いましたが、任せてください‼︎(まも)るのは得意なんです‼︎」

 

 光美は自らを鼓舞(こぶ)するかの様に告げる。

 

「安心しろよ、養父(オヤジ)。どうせ俺は裏方だしな、それに……馬鹿どもが死にかけたら俺が全力で治す! 簡単には死なせねぇよ!」

 

 グレンは決意に満ちた瞳でトマスの瞳を真っ直ぐ見て答えた。

 

養父(とう)さん、私も同じです。必ず皆さんと一緒に帰ってきます!」

 

 クリスはトマスに誓う様に答えた。

 

「そうですか……では、いってらっしゃいませ。皆様のお帰りをお待ちしております」

 

 トマスは瞳を閉じて礼をする。

 

「……!」

 

 ヴァレットは終始無言だったが力強くサムズアップをして皆を送り出した。

 

「「「「「「応!」」」」」」

 

 答える様にアキル達はサムズアップしながらゲートの中へと消えていき、最後にシェリーが通ってゲートは閉じられた。



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役者は揃った、しかして……

 ———アメリカ合衆国 某所 地下超巨大施設『ノア』内部 第一層エントランスにて

 

 リリスは困惑していた。

 今回の邪神討伐において、この人選は最善かつ最高だと確信していた。

 

「おい、メリアーナテメェ今何つった⁈」

 

 クレアの怒号が飛ぶ。

 メリアーナと呼ばれた女性……『教会』のシスターにして魂の修復と肉体の修復の奇蹟(きせき)を扱う長い銀髪の人物が煽る様に返す。

 

「役立たずの無能者の落ちこぼれは邪魔だから帰りなさい。と言ったんです。聞こえませんでしたか? それとも耳も無能なんですか?」

 

「んだとゴラァ‼︎」

 

 クレアが殴りかかろうとするのを静葉が必死に止める。

 

「アイツら何? 服装に似合わずめっちゃ蛮族じゃん……」

 

 一方、先程到着したアキル達は遠目にその光景を見てドン引いていた。

 思わずアキルが口から本音をこぼすほどには酷い光景だった。

 同時にアキルは「アイツらと組むとか絶対無理だし無駄」と言わんばかりに(きびす)を返して他の面子(メンツ)と今後について話し始めた。

 

「……」

 

 リリスは絶句していた。

 確かに今回の邪神討伐において、この人選は最善かつ最高だ、人材の質は。

 だが、致命的に協調性が欠けている。

 リリスは事を焦るあまりにそんな簡単なミスを犯してしまった。

 今、彼女の眼前ではシスター同士の殴り合いが始まり、そこから飛び火して一撃喰らったケイトが銃を構え今にも殺戮(さつりく)を始めようとしていた。

 そしてそれを全力で止めるアキル達、シスター連中は自身に銃を向ける敵対者に気付き狙いの的がケイトに変わる。

 まさに一触即発の状況にリリスは……

 

「は、ははは、ははははははははは!!!」

 

 笑った。

 と言うか、笑うしかなかった。

 目の前の馬鹿どもは仲間割れで同士討ちしようとしている。

 あぁ、本当に……

 

「いい加減にしろ馬鹿どもがァァァア!!!」

 

 リリスの顔が物理的に変わる。

 人類とは全く違う生命体、銀色の無機物めいた顔に、そうして放たれた大音量の怒りの咆哮で、先程まで争っていた馬鹿たちは静まり返った。

 

「チッ! 見せたくもない顔を見せてしまった」

 

 そう言うとリリスの顔が元の人の顔に戻る。

 同時にパチン、と指を鳴らす。

 

「諸君! 今私は『ノア』内部の時間の流れを操作し外界の1秒を『ノア』での1時間とした! それでも時間に限りはある! 今更くだらん喧嘩などしている暇はないのだ! と、言っても、私が言ったところで君達は(いぶか)しむだけだろう。故に公平かつ論理的に状況を説明できるものを呼んでやる。『ダアト』!」

 

 リリスがそう叫ぶと顔文字が描かれた巨大なウィンドウが現れた。

 

『皆様方、初めまして。私は『ダアト』、マスターリリスによって構築された人類存続用次世代学習型自己進化AIプログラムです。ぜひ『ダアト』とお呼びください』

 

『ダアト』は機械的ながらも簡単な挨拶をする。

 

「んだよ、たいそうな肩書きの割には顔がしょぼくねぇか?」

 

 クレアが難癖をつける。

 どうやら先程までの出来事でかなりイラついてるのかいつも以上に喧嘩っ早くなっている様だ。

 

『申し訳ありません「シスター・クレア」様、なにぶん構築されて日が浅いもので他の事項を優先して学習していたのです。貴女の意見を元にビジュアル面の再構築を学習予定に組み込ませていただきます』

 

『ダアト』は申し訳なさそうに答えた。

 

「お……おう、なんかその……悪かった。ちょっと頭冷やすわ……」

 

 予想外の返答にクレアは戸惑い、八つ当たりしてしまった自らを恥じた。

 

『それでは、皆様方。これより私から現状の報告をさせていただきます』

 

 ダアトはそう告げると複数のウィンドウを展開した。

 

『今回の脅威にして、現在進行形で降臨しようとしている邪神……名を『イタクァ』と言います。他の呼び名ですと『風に乗りて歩むもの』辺りでしょうか。呼び出そうとしているのは無名の小さなカルト集団です。そして、重要事項として()()()()()()()()()()()()()()()()()()になっています』

 

『ダアト』が淡々と告げる。

 

「ちょっと待って、『イタクァ』⁈そしたら『ハスター』まで降臨する可能性があるじゃない‼︎それに儀式の中断が不可能なんてあり得ないわ‼︎どんな招来(しょうらい)の儀式も完遂までに儀式を止めれば止まるはずよ!」

 

 思わずアキルが叫ぶ。

 それに対して『ダアト』が答える。

 

『確かにその通りです。「蒼葉(あおば)アキル」様、しかし今回は違うのです。確かに正規の招来の儀式なら可能ですが、今回は粗悪に作られた違法の儀式。それ故に呼び出される『イタクァ』の性質まで変化してしまうことが演算結果として出ています。具体的な数値を申しますと、『イタクァ』降臨1日目で全人類の65%が、2日目で残る35%のうち34.9%、計99.9%が消失ないし死亡、地球の人類文明は終焉を迎えます。また、今回の件に関して『ハスター』は100%関与しないと言う結果が出ています。これは『イタクァ』の性質変化によるものと考えられます』

 

『ダアト』はありのままの事実を答える。

 その答えにアキル含め今ここにいる地球人類(リリスとシェリー以外)は絶句していた。

 

『「蒼葉アキル」様、右手をお出しください。今回の件で使われている魔導書のホログラムコピーを出力します。貴女はここにいる方々の中で最も邪神に対して知識があります。読めば何故『イタクァ』が変質するのか、何故儀式を止められ無いのか理解できるはずです』

 

『ダアト』の言葉に従ってアキルは右手を出す。

 瞬間、虚空からホログラムで作られた薄い魔導書が出てきた。

 タイトルには『やっちゃえ! 人類滅亡カルト!』と書かれていた。

 タイトルの時点でアキルは頭を抱えたが、その魔導書を読み進める。

 そうしてアキルが読み終わったと同時に大音量の怒号を上げた。

 

「ざっけんな糞忌々(くそいまいま)しいド低脳のゴミカスどもがァァァァア!!!!!!」

 

 周りにいたもの達が人外含め全員驚く。

 特に蒼葉邸組はいつものアキルならまず使わない様な言葉と聞いたことのない大音量の怒声に驚愕(きょうがく)していた。

 叫んで冷静になったアキルは次の様に続けた。

 

「はぁ……はぁ……コホン、失礼。余りにも内容が酷すぎてつい汚い言葉を発してしまったわ。けど、理解した。確かにこれなら『イタクァ』は呼べるし、こんなひどい儀式じゃ性質なんて滅茶苦茶になる。その上、止められない理由も理解した。これは無理に止めたら寧ろ状況が悪化する。それと『ダアト』、ばら撒かれてるであろう他の魔導書モドキは?」

 

 その質問に対し『ダアト』は説明を始めた。

 

『その他の魔導書は既に回収し検閲済みです。イタクァのもの以外は完全に出鱈目(デタラメ)を書いたもので総数は約600部ほどでした。又、この本の作者は同一人物であり拘束の末尋問が完了し()()されました。これらは全てマイマスターの指示のもと『アメリカ合衆国異能研究機関』が行いました。尚、同機関に儀式中断時の危険性を説明し、儀式場付近を厳重警備しているので外的要因で儀式が中断される確率は0%です』

 

『ダアト』の答えにアキルは安心したが、ある人物が質問をする。

 

「その……『アメリカ合衆国異能研究機関』って『日本国異能研究所』と同列の機関ですか? それなら正直信用ならないって言うか、ちゃんと仕事してくれるのか心配で……」

 

 そう光美(ミツミ)は『ダアト』に問う。

 

『「神代光美(かみしろミツミ)」様、貴女のおっしゃる通り二つの機関は同じものです。正確にはアメリカが本部、日本は数ある支部のうちの一つです。ですがご安心ください。本部の人選は何よりどれだけ優秀かどうかによって決まります。日本支部で横行している権力による昇格はあり得ません。又、事前に私は本部の人員データを全て学習してあります。貴女が心配していることは起きないでしょう』

 

『ダアト』はそう答えた。

 それを聞いた光美は少し安心した様な表情を浮かべた。

 

「さて、もういいかな? 時間は増やしたが時間がない。早速作業に取り掛かってもらう、と言いたいところだが……君達には先にやるべき事がある。着いてきたまえ」

 

 リリスはそう言うと円環上の『ノア』内部第一層の一部屋……巨大な客室に全員を集めた。

 

「君らは初対面の者も多い、時間はないが知りもしない人間と仕事をしろと言うのも酷だ。故にこの場で簡単な自己紹介と会話で友好を深めてくれたまえ。5時間くらいしたら迎えに来る。『ダアト』進行を」

 

 リリスの命で小さなウィンドウが出現する。

 

『了解致しました。マイマスター。では皆さん、始めましょう』

 

 

 

 ———3時間後

 

 

 

「話わかんじゃねぇかケイト! やっぱりチェーンソーだよな!」

 

「わかるわかる! それに、アンタもいいセンスしてるわ、クレア! この銃の良さがわかるなんて」

 

「まぁ、アタシはそれよかアンタ自身が気になるがな。お前人殺しだろ? それもとんでもないレベルの」

 

「あら? バレちゃったか。けど、安心して。仕事仲間は殺さないし、依頼が来なければ殺さないからアタシ。まぁ、もし来ちゃったら観念してね?」

 

「は、いいぜ! その時ゃ全力で相手してやらぁ!」

 

 クレアとケイトは意気投合? していた。

 もはや長い付き合いのマブダチレベルだ。

 

「まぁ! 邪神達を統べる魔皇(まおう)を支配して世界を作り変えようとした先祖を邪神の助けありとはいえ魔皇と融合して倒し、更に自らは魔皇封印の為犠牲になるなんて……何という心の強さ、尊敬いたします!」

 

「いや、私一人の力なんかじゃないわ、クリスやケイト、みんなが居たからなんとか出来たの。それに……封印から引っ張り出された時にちょっと時空が歪んじゃって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()……時間だけ無くしちゃって実質同じ年を2回目過ごしてる状態にしちゃったのは申し訳ないと言うか……」

 

「けど、それはお嬢様が望んでやったことではないじゃないですか! 仕方なかったんですって!」

 

「私もそう思いますわ! 世界を救ったんですものちょっとくらい失敗したって神は許してくださいますよ!」

 

 アキル、クリス、メリアーナも意気投合していた。

 メリアーナにとって信じるものは違えどアキルの献身性は尊敬に値するものだったからだ。

 また、アキルとクリスもメリアーナの純真な人間性を気に入っていた。

 

「まさか神手(かみて)の一族の方に会えるとは、生き残ってみるものですね」

 

「こちらこそ、あの呪楼を焼き切ったのがまさか不知火(しらぬい)流の後継者だったとは……いや、失礼しました不謹慎でしたね……」

 

「いいんですよ、終わった事です。それよりももっと話をお聞きしても?」

 

「……! ええ! もちろんです!」

 

 静葉(しずは)雪奈(せつな)も意気投合した。

 互いに辛い過去を乗り越えたもの同士通じ合うものがあった事、そして互いの流派に対してお互い知識があったことも相待って話は盛り上がる。

 

「……と、これが呪楼(じゅろう)の顛末です」

 

「なんと、たった一人であれほどの厄災を封じ込めるなど……」

 

「我々全員でも厳しいだろうに……」

 

 十人の結界の奇蹟使いが驚嘆(きょうたん)する。

 それを見て光美は少し恥ずかしそうにしていた。

 互いに何かを(まも)るための技術を習得したもの同士話が噛み合いやすくとても盛り上がっていた。

 

「ほんでもって俺はボッチか、まぁ、いいや。『ダアト』仕事内容教えてくれ。リリス(あいつ)の事だから入ってるだろ?」

 

 そう言ってグレンは『ダアト』と共に仕事の計画を立てる。

 それがどんな地獄の作業かをグレンはまだ知らない。

 

「で、思惑通り行ったの? リリス」

 

 部屋の外でシェリーがリリスに尋ねる。

 

「まぁ、ある程度はな。この調子なら問題ないだろう。さて……」

 

 そう言うとリリスはパチン、と指を鳴らす。

 

「第二層から第五層までを対邪神決戦仕様に組み替え。完了の後、仕事に入る」

 

 リリスは軽く瞳を瞑る。

 

「さぁ、ここからが本番だ!」



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作戦始動!グレン過労!

「さて、もうそろそろいいだろうか?」

 

 そう言ってリリスとシェリーは客室へと入って来る。

 

「改めて諸君に頼む。どうか共に人類を救って欲しい! この通りだ!」

 

 リリスとシェリーは深々と頭を下げた。

 

「……まぁ、いいんじゃねぇの? 最初は急に連れられてきてムカついてたが、要は人類の危機なんだろ?」

 

 クレアが言う。

 

「ええ、それなら私達『教会』は助力を惜しみません。今回ばかりはクレアとの喧嘩も一時休戦とします」

 

 メリアーナが答える。

 

日本組(コッチ)も同意見よ、どうあれ人の脅威となる邪神はほっとけない。全力を尽くすわよ!」

 

「「「「「「応!」」」」」」

 

 アキル、ケイト、雪奈(せつな)光美(ミツミ)、クリス、グレンは揃って答える。

 

「そうか……ありがとう諸君! では、早速移動しよう。君達が話している間に『ノア』の第二層から第五層(まで)を対邪神決戦仕様に変化させた。全員中央の巨大エレベーターで移動してもらう。着いてきてくれたまえ」

 

 そう言うとリリスはみんなを先導して施設中央にある巨大な円柱……巨大エレベーターに案内し、乗せた。

 

「とりあえず、光美と『教会』の結界奇蹟(きせき)使い達で構成する結界担当班は第三層で降りてくれ。そこからは『ダアト』の指示に従ってくれ」

 

 リリスの指示に対して光美達は「了解」と答えた。

 

「残りは全員、最下層の第十層に一旦移動してもらう。その方が話が進めやすい」

 

 そう言っている間に第三層へと着く。

 

「では、私達はここで一旦失礼します。皆さん、また後で!」

 

 光美がそう言うと結界担当班は降りて行った。

 

「さて、では我々も行こう」

 

 エレベーターが再び下降する。

 しばし無言の時間が続いた後、最下層である第十層に辿り着いた。

 

 

 

 ———地下超巨大施設『ノア』第十層 高次元万能設計機『アイン・ソフ・オウル』制御室にて

 

 

 

「さて、窓の外を見てくれアレが今回の作戦の重要兵器、その名を『アナンタ』と言う」

 

 そう言ってリリスが窓の外の全長25メートルほどのロボットを指差す。

 

「おい、グレン? あれやったのアンタでしょ?」

 

 突如アキルがグレンに対して威圧感に満ちた声で語りかける。

 

「いや、そうだけど! お嬢が問題視してたことは全部解決してるじゃん! 現に『アナンタ』が無かったら人類は詰んでたかもしれないんだぜ?」

 

 グレンは必死に弁明する。

 

「……まぁ、一理あるわね。こっちに維持費はないわけだし。まぁ、いいでしょう」

 

 アキルは意外にも普通に矛を収めた。

 

「さて、君達にここに来てもらったのは他でもない、武器のアップデートの為と『アナンタ』の存在を知ってもらう為だ。クレア、静葉(しずは)、ケイト、雪奈、君達の武器を邪神にも効くようにアップデート……即ち邪神特効の魔術式を付与させてもらう」

 

 そう言ってリリスが指をパチン、と鳴らすと4つの大きめのカプセルが現れた。

 

「ここに武器を入れてくれ。あぁ、後、安心して欲しいために言うが武器自体に変化は起こらん。あくまで対邪神特効の魔術式を組み込むのと武器の耐久力を上げる魔術式を組み込むだけだ」

 

 リリスがそう言うとクレアと静葉は首にかけていた待機状態の聖装を、ケイトは魔改造二丁拳銃と複数本のナイフをカプセルに入れた。

 しかし、雪奈だけはカプセルに武器を入れるのを躊躇(とまど)っていた。

 

「どうした?」

 

 リリスが問う。

 

「この刀は母の形見なんです。だから……」

 

 雪奈はどうしても刀を手から離せない。

 

「なるほど、わかった。なら、こうしよう」

 

 リリスが指を弾くと全てのカプセルが再度収納される。武器が入れられたカプセルは淡く光っていた。

 

「私自ら君と共に魔術式を組み込む! それでどうだ?」

 

 リリスが放った言葉に雪奈は困惑する。

 

「……出来るんですか?」

 

 雪奈は怪しみながら質問した。

 

「出来るとも、これでも私は職人(クリエイター)気質なところもあるんだ。なにより、君が納得できる条件でやりたいんだ!」

 

 リリスが雪奈の瞳をまっすぐ見て答える。

 そこに嘘偽りは無いことを雪奈は魂で理解した。

 

「……わかりました! 一緒にやりましょう、リリスさん!」

 

 雪奈はリリスの手を握る。

 

「よし、だが少し待ってくれ。残りの配置を決めてからだ。アキルとクリスはこの後第五層へ向かってくれ。クリスは『アナンタ』の操縦練習並びに実戦練習をシュミレーターでやってもらう。アキルは私と一緒にある修行をしてもらう」

 

 その一言に対してアキルは質問する。

 

「リリスは雪奈と武器を強化するんでしょ? 私とは無理じゃ無い?」

 

 ふふ、とリリスは笑いながら指を鳴らす。

 瞬間、リリスは二人に増えた。

 

「「私達はこう言うことも出来るのさ! 無論他人も増やせるがね」」

 

 アキル達は絶句した。

 最初の激怒の際にリリスが地球人類でないのは確信していたが、まさかこんな芸当ができるとは思わなかった。

 

「さて、アキル、クリス行くぞ」

 

 そう言うと増えた方のリリス……リリスBは二人を連れてエレベーターへと向かっていった。

 

「さぁて、後はグレンお前だ。さっき『ダアト』から仕事内容は聞いただろ? そしてわざわざ()()までして分体が作れることを見せた。後はもうわかるよな?」

 

 リリスの言葉を聞いてグレンの顔が青白く染まる。

 

「お前を10人程度に増やすから5人で邪神研究、残り5人で『アナンタ』を対邪神決戦仕様にアップデートしろ。それと()()()()も作ってくれ」

 

 サディスティックな笑顔でリリスは告げる。

 

「ぜってぇ嫌だ‼︎」

 

 グレンは叫ぶ。

 

「貴様の意見は求めていない。やれ」

 

 パチン、とリリスが指を鳴らすとグレンが10人に増える。

 

「安心しろ、10人全員オリジナルだ再統合(とうごう)時は混ざり合うから誰がオリジナルかなんて気にしなくていいぞ! ただ、その際にひどく負荷がかかって死にかけるかもしれんからメリアーナ、彼の回復を頼む。それと3時間おきに1時間、統合兼休息とする様にしておいた。それならギリギリ死なん。と言うことで頑張ってくれたまえ、グレン」

 

 グレン達は絶叫する。

 何故いつもクライアントがクソみたいなんだと。

 

「鬼! 悪魔! 人でなし!」

 

 グレンはリリスに対して暴言を吐くが……

 

「そりゃ、私は異星人(エイリアン)だからな。だが、君を信頼してのことだ。頑張りたまえ」

 

 そう言うとリリスはグレンF〜Jをエレベーターに詰め込み第二層へと送っていった。

 しばらくしてリリスは第十層へと戻って来る。

 

「さて諸君、仕事を始めようか!」

 

 皆が各々やれることを必死に始めた中、グレンだけは泣きながら仕事を始めた。

 

「あら、グレンちゃん! 泣くほどお仕事が楽しいの?」

 

 シェリーがグレンに茶々を入れる。

 

「んなわけ、あるか! こちとら『ダアト』に仕事内容見せられた時「あれ? 明らかに人員足りなくね?」とはなったが、こんな酷い仕打ちを受けるとは思ってなかったよチクショウメ‼︎」

 

 キレながらもグレンの指先は止まることなく新しい『アナンタ』の設計データを黙々と作り上げていた。

 

「仕方ないだろ、ここの技術を使えるのは私とグレン、君しかいないんだから。それに私が無理に増えて倒れでもしたら、せっかく弄った時間の流れが元に戻り詰んでしまう。私は3人までならどれだけ無理しようと問題ないが今はもう既に上限まで増やしてしまったからな」

 

 リリスの答えにグレンは疑問を投げる。

 

「3人? 今2人しか増えてねぇじゃんか!」

 

 そう、今ここにいるリリスと第五層にいるリリス、グレンが確認しているのはその二人だけだ。

 

「第二層に追加で一人置いてきたんだよ。いかんせん邪神研究は君の苦手分野だろうからね。まぁ、そう言うことでこれ以上私は増やせない。理解したかね?」

 

 リリスはそう告げた。

 

「そうかよ、チクショウ‼︎あぁ‼︎こうなったらやれるだけやってやるよ‼︎グレン様を舐めるな‼︎」

 

 一気に火がついた様にグレン達は『アナンタ』の再設計を進める。

 細く痩せこけた様な長身のマネキン人形然とした見窄(みすぼ)らしい見た目の鉄人形だった『アナンタ』を邪神さえ凌駕する最強の黒鉄(くろがね)の機神へと生まれ変わらせるために……



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リリスとシェリーは何者なのか

 ———地下超巨大施設『ノア』第十層 高次元万能設計機『アイン・ソフ・オウル』制御室にて

 

「なぁ、リリスとシェリーって結局何なんだ? 異星人(エイリアン)ってのは分かったけどよ」

 

 クレアがリリスとシェリーに質問する。

 

「ふむ、別に隠す事でもないし答えよう。しかし私は今作業中だ、そこで暇してる自称吸血鬼(ヴァンパイア)、後は頼んだぞ。ちゃんと説明しないと(ねじ)るからな?」

 

 そう言ってリリスはシェリーに会話のバトンを渡す。

 

「捻じられるのはやだわぁ……はぁ、珍しく真面目に説明しますかね!」

 

 そう言うとシェリーは淡々と語り始めた。

 

「私達2人は元々は自我を持たない星間航行型(せいかんこうこうがた)文明学習(ぶんめいがくしゅう)生命態(せいめいたい)だったのよ、今とは姿形も全然違ったわ! 色々な星を飛び回ってはその星の文明や歴史、技術なんかを覚えて次の星へと飛ぶだけの生物、同胞はリリスだけだったわ。けれどある時、この太陽系に降り立ったの。いかんせん近場の学習できる文明はほとんど学習したから休息のために大体46億年前にできたばかりの地球に着陸したの。けど、その際に致命的なバグが発生したのよ。私達は本来持ち得ないはずの自我を獲得したの! 原因はいまだにわからないけどね! あれは衝撃的だったわぁ、何せ全く新しいものを手に入れたのだもの。けれど、地球は生まれたてでまだろくに生命もいなかった。だから私とリリスは話し合ったの、この星に残るかそれとも別の天体を目指すか。100年くらいの話し合いの末、私達は地球の成長をできるだけ介入しない様に見守る事にしたわ。そしたらそれが大当たり! 地球には次第に生命が溢れ様々な進化の過程をその目で見る事ができたわ! ……まぁ、たまに現地生命体に襲われたりしたけどね! それはさておき、ある時、(ソラ)から知らない奴らが降ってきた……貴方達がこれから戦う事になる邪神達がね。おかげで一回地球が滅びかけたのだけど、紆余曲折あって邪神達は封印ないし撤退していったの。あー、その時一緒に宙から色んな外来種達も落ちてきたんだけど、全部邪神に敗れてみんな地下深くに潜って休眠したっけ。で、そこから時は立ってホモ・サピエンス……つまり今の貴方達、現人類が誕生したわけね! そこからまたしばらくして文明が発展し近現代になった頃に私とリリスは一旦分かれて別々に行動し始めたの! 私は人類と仲良くなりたくていろんな国を訪れたわ! ……なんか、魔女だとか言われて焼かれたり絞首刑にされたり色々あったけど……まぁ、どんな文明にも過ちはあるし、そもそも私達不老不死みたいなもんだから諦めず何度もアタックしたわ! ……最終的に辺境の地でぼっちになっちゃったけどね! で、リリスは色んな偉い人達ないしこれから偉くなる人に取り入って自らの権力を上げてこの地下超巨大施設『ノア』を建設、ついでに世界各国の首脳に不平等な条約を無理やり締結させるは脅すわやりたい放題、オマケに遥か昔から集めた収集物(コレクション)や金品やら土地を売り払って今や億万長者を超えて無限にお金が出せるマシーンとかしたのよ……」

 

 シェリーが最後の一文を言い終えると、体が限界まで捻られた。

 

「私見を挟みすぎだ。あぁ、それと機材を汚すなよ? ちゃんとホールで回収しろ」

 

 リリスは淡々と作業を続けながら告げる。

 

「Haい……」

 

 捻られた状態でシェリーは答え、ホールを使って飛び散った自分の肉片や血液を回収した。

 

「と、まぁ、これが私達の歴史だ。理解いただけたかな?」

 

 リリスはクレア達に目線を向ける。

 

「あー、情報量多くてすぐ理解はできないけど、色んな意味でヤベェのはよく分かったわ……」

 

 クレアはリリスの所業にドン引きしながら答えた。

 

「そうか、なら良かった」

 

 リリスはサディスティックな笑みを浮かべながらまた淡々と作業に戻った。

 

「……宇宙人やべえなぁ……」

 

 クレアは天井を見上げながらそう呟いた。



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第二層、邪神研究を攻略せよ!

 ———地下超巨大施設『ノア』第二層 研究室にて

 

「マジで意味わかんねぇ……」

 

 数いるグレンのうちの一人が(なげ)く。

 と言うのも、ここにいる5人のグレン+リリスCは今回の敵……『イタクァ』について調べているのだが……

 

()()()『イタクァ』の性質は大体わかったが変質後がどうなるかまるでわからねぇ! 参考資料がお嬢がキレたこのクソみたいな魔導書モドキしかねぇしよぉ!」

 

 そう、彼らはたったの2時間強で本来の『イタクァ』の性質、サイズからどの様な戦い方をするかまでのありとあらゆるシュミレーションを終えていた。

 しかし、変質した『イタクァ』については全くわからなかった。

 何せ前例が0……存在しないからだ。

 彼らがここまで早く本来の『イタクァ』の性質等を調べ上げられたのはリリスが『過去視(かこし)魔眼(まがん)』で過去に出現した際の『イタクァ』の情報を提供したのと、すでに山の様に積まれていた関係性のありそうな資料を片っ端から第二層にいる全員で読み解いたからだ。

 もちろん、グレン自身の圧倒的な才覚も関与している。

 

「とりあえず、そろそろ3時間か……()()は一旦休憩だが。これ、俺過労で死ぬんじゃね?」

 

 グレンは顔を蒼くしながら呟く。

 

「大丈夫だ、仮に死んでも第十層の私が無理やり蘇生してメリアーナが治すからな。安心しろ」

 

 リリスは冷徹に答えながらも研究を続ける。

 

「悪魔めぇ……」

 

 グレンが呟く。

 

「悪魔ではないさ、異星人(エイリアン)だ」

 

 リリスは答える。

 

「はぁ……まぁ、約束しちまったしな。やれるだけはやってやるよ! じゃ、休憩入るわ!」

 

 そう言い残すとグレンは統合(とうごう)され、消えた。

 

「さて、私も頑張るか!」

 

 リリスは休むことなく研究を続けた。

 

 

 

 ———地下超巨大施設『ノア』第十層 高次元万能設計機『アイン・ソフ・オウル』制御室にて

 

 

 

「うぼぇぇえ!!!」

 

 統合されたグレンは口から勢いよく血を吐き出す。

 

「「「大丈夫か⁈」」」

 

 その場にいた雪奈(せつな)、クレア、静葉(しずは)がグレンの元に急いで向かう。

 

「よっ、と」

 

 シェリーはすぐさまホールを開け吐き出された血が設備につかない様に回収しきった。

 

「や……べ……」

 

 グレンの身体が倒れ込む瞬間、走り込んできたケイトが綺麗にキャッチする。

 おかげでグレンは無傷だ。

 

「シェリー! ベッドは⁈」

 

 ケイトが叫ぶ。

 

「あっちよ!」

 

 シェリーは制御室の端を指差す。

 ケイトは急いでグレンをベッドに寝かせた。

 

「メリアーナさん! 早く!」

 

「分かってます! 神よ、この者の苦痛を癒したまえ……」

 

 メリアーナがそう唱えるとグレンの体が淡く輝き始める。

 その後、苦痛に歪んでいたグレンの表情は穏やかなものとなっていた。

 

「グレン!」

 

 ケイトが声をかけるが反応がない。

 周りにいた面子(メンツ)()()()()()を想定するが……

 

「zzz……」

 

 グレンはいびきをかきながら爆睡していた。

 

「心配させんな! 馬鹿!」

 

 ケイトが涙目になりながらそう叫ぶ。

 他の者達もグレンの無事が分かり安堵する。

 

「今は寝かせてやれ、大分疲れているみたいだ。まぁ、この後も何度も同じ様なことが起こるがな!」

 

 オリジナルのリリスは雪奈の刀に力を付与する作業をしながら言葉を発した。

 

「これから何度もって……アンタねぇ!」

 

 ケイトがリリスに詰め寄る。

 その声には怒りがこもっていた。

 

「おや? 彼が望んでやったことを否定するのか、君は? もし、グレンにやる気がないなら適度にサボるはずだ。最初に統合時の危険性は説明したからな。それでも彼は全力を尽くした。前線で戦う事になる君達の為にな! それを否定する事は私が許さない!」

 

 リリスは真剣な眼差しでケイトの目を見て答えた。

 

「……ッ! 分かったわよ。けど、もしグレンが死んだらアタシはアンタを殺し続けてやるから」

 

 場が凍りつくほどの殺意をリリスに向けた後、ケイトはエレベーターホールの方へと向かった。

 

「どこへ行く?」

 

 リリスが尋ねる。

 

「第一層、ちょっと頭冷やしてくる」

 

 そう言うとケイトはエレベーターに乗って行った。

 

「ふむ、少し言いすぎたか……」

 

 柄にもなくリリスは落ち込む。

 

「いえ、ケイトさんは戻ってきますよ! さぁ、私達は私達のできることをしましょう!」

 

 そう言うと雪奈はリリスと共に作業に戻った。

 

 

 

「……アタシら何もできてねぇな」

 

 不意にクレアが言葉をこぼす。

 

「待つのも仕事のうちです。それともクレアにしては珍しく罪悪感でも感じてるんですか?」

 

 静葉が返す。

 

「正直な、やっぱり聖装(ぶき)無いとアタシは能無しか……」

 

 クレアは弱々しく答えた。

 

「馬鹿じゃ無いんですか? いつもみたいに破天荒でいてください! そんな弱っちいのはクレアじゃありませんよ!」

 

 クレアに肘鉄(ひじてつ)を入れながら静葉が答える。

 

「こんにゃろ……でも、そうだな! アタシらしくねぇや! なぁに、武器の特攻付与が終わったら戦闘訓練だろうし、イメトレでもしてるさ!」

 

 クレアはいつもの調子を取り戻す。

 それを見た静葉は少しだけ笑顔を見せた。

 

 

 

 ———地下超巨大施設『ノア』第五層 特別隔離空間室内にて

 

 

 

 入口も出口もない漆黒の空間、上下左右さえ曖昧で重力すらない空間にリリスBとアキルはいた。

 

「さて、概要の説明から始めようか」

 

 リリスはそう言って説明を始めた。

 

「君は以前、魔皇(アザトース)と融合した経験があるそうじゃないか。ならば……」

 

 そう言うとリリスはふよふよとアキルに近づき、その胸……心臓付近に手を触れた。

 

「やはり、微弱ながらまだ繋がっている!」

 

 リリスは思わずガッツポーズを取る。

 

「繋がってる、ってもしかして魔皇(アザトース)との経路(パス)⁈まさかアンタ……」

 

 アキルは何かを察したかの様にリリスを見る。

 

「君の予想通りさ! その経路(パス)を広げさせてもらう!」

 

 リリスは高らかに宣言した。

 その上で続けて説明に入る。

 

「と、言うのもだ。今回の作戦で使う『アナンタ』……さっきのロボは本来1人乗りなんだが、グレンに改修させて2人乗りにする。1人はパイロット……つまりクリスだ。そしてもう1人、炉心として君に乗ってもらう! 『アナンタ』は生命エネルギーを動力や武装に変化させて戦う! つまり邪神(イタクァ)にはさらに上の邪神(アザトース)をぶつけるのが今回の作戦の大まかな内容だ。何か質問は?」

 

 リリスがそう尋ねるとアキルは大声で答える。

 

「質問も何も、魔皇(アザトース)の力を使うなんて危険すぎる! それにそもそも機体が魔皇(アザトース)の力に耐え切れるかわからないじゃない!」

 

 至極真っ当な答えだ。

 魔皇(アザトース)は全ての混沌の始まり、あらゆる邪神を凌駕する究極の存在だ。

 しかし、一度融合したアキルは痛いほど理解している。

 あれは使ってはならない禁忌の力だと。

 

「安心したまえ、そのための特訓だ。君にも分かりやすい様に説明すると、今の君は魔皇(アザトース)との経路(パス)が1%だけ開いている状態だ。そして君は30%までなら魔皇(アザトース)の力に肉体と精神を侵食されずに使いこなせるだろう。だが、『アナンタ』を戦わせるなら10%まで開ければ十分すぎるくらいだ。そして、『アナンタ』は40%の出力まで耐えられる様設計している。要は君は今から最低でも10%分魔皇(アザトース)の力を使える様になってもらう。理解できたかい?」

 

 リリスは淡々と説明した。

 

「頭は理解を拒んでるけど、理性で理解はしたわ……それで、その方法は?」

 

 アキルはリリスに質問する。

 

「まず私が君と魔皇(アザトース)経路(パス)を広げられるだけ広げる。と言っても、一度に+1%できたらいい方だ。その後は君には魔皇(アザトース)の力のみを使って私が用意した練習用の怪物達と戦ってもらい経路(パス)を馴染ませる。あぁ、それと、経路(パス)を広げる時にとてつもない激痛が走るがそれは耐えてくれ」

 

 リリスはそう答えた。

 

「つまり、痛いの我慢しながら死に物狂いで化け物退治しろってことね……クソッタレ! まぁ、それしかないならやるしかないか!」

 

 アキルは両頬を叩いて気合いを入れる。

 

「覚悟はいい様だな。……では行くぞ!」

 

 暗黒空間に悲痛に満ちた絶叫が走る。

 永劫にも思える苦痛の試練。

 けれど、アキルはその試練に身を投じた。

 (まも)るべき大切な仲間を護る力を得るために……



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しばしの休息を

 ———地下超巨大施設『ノア』第二層 研究室にて

 

「いぃよっしゃあああ!!! 『イタクァ』がどう変質したかわかったァァァァア!!! 見たか! ボケ! あんな子猫の死体とキャンディと二日間伸ばしたカップ麺やら生ゴミと人肉が必要とか意味不明な手順書いた腐れ野郎め! このグレン様に解明出来ねぇことはねぇんだよダボがぁ! ハァッハッハハハァ‼︎」

 

 5人のグレン達が雄叫びにも似た高笑いをする。

 かれこれ休憩含めて40時間もの間不眠不休で『イタクァ』の変質を調べ上げていたグレンは最高に壊れた(ハイ)な状態になっていた。

 

「私も助力したとは言え、想像以上に速いな。流石はグレンと言ったところか……」

 

 リリスは素直に賞賛した。

 

「よし! 他の連中にもデータを送るぞ!」

 

「まぁ、待てグレン。一旦休息としよう」

 

 そう言うとリリスはパチン、と指を鳴らす。

 瞬間グレンは最下層にて統合(とうごう)された。

 

 

 

 ———地下超巨大施設『ノア』第十層 高次元万能設計機『アイン・ソフ・オウル』制御室にて

 

 

 

「うお! 今回はあんまりダメージねぇな? まぁ、いいや! オレ天才だもんな!」

 

 グレンは支離滅裂な言葉を発する。

 それを見たメリアーナはすぐさま治療しようとしたが、オリジナルのリリスに止められる。

 

「どうやらその様子だと第二層での仕事を終えたみたいだな、グレン」

 

「応よ! 何せ天才グレン様だからなァ!」

 

「そうか、では……『ダアト』、館内音声にアクセスを」

 

『了解致しました。マイマスター』

 

 リリスは壊れた(ハイ)な状態になったグレンをスルーしつつマイクマークのついたウインドウに語りかける。

 その言葉は第一層から第五層(まで)の全ての部屋に響いた。

 

『諸君、長期にわたる訓練並びに研究お疲れ様。早速で悪いが全員第一層の客室に集まってくれ、以上』

 

 その号令の後、各階層にいたメンバーは第一層の客室に集合した。

 

 

 

 地下超巨大施設『ノア』内部 第一階層客室にて

 

 

 

 全員が集まった後、統合されたリリスは皆の顔を見る。

 案の定、全員目の下に深いクマができており、疲弊していた。

 無理もない、『ノア』は地下施設故に日光がない。

 その為、時間感覚が曖昧(あいまい)になりやすいのだ。

 それ以上に、彼ら彼女らが頑張りすぎなのもあるが。

 

「諸君、一区切りついたことだし一旦休息に入ろう。具体的に言うと『ノア』内部時間で3日分の休暇だ。諸君も疲れが溜まっていることだろうしな」

 

 リリスはそう告げた。

 

「3日って! そんな休んでる暇あるの⁈」

 

 心身ともにボロボロのアキルがリリスに困惑気味に質問する。

 

「最初に言った通り、外の1秒が『ノア』での1時間になるようにしてある。仮に3日休んでも72時間、つまり72秒しか経過していないから問題ない。なんなら猶予自体は『ノア』内部計算で約13500日……大体36年近くある。外界との時間の設定変更がちゃんと機能しているかについては私の持つ『魔眼』……『過去視(かこし)魔眼(まがん)』で常時確認済みだ。正直、『過去視の魔眼』を使って外を見ると余りのスローさに気持ち悪さを覚えるレベルだ。あぁ、それと、言い忘れていた君達の肉体の老化の話だが、外界の時間に合わせてる。つまり1時間で1秒分()いる、まぁ要は()()に老いているから安心してくれ。まぁ、兎に角休憩も重要な仕事だ。と言うわけで……」

 

 リリスがパチン、と指を鳴らすと広々とした客室の中心に大きな長机と人数分の椅子が現れた。

 

「まずは食事だ。何かリクエストはあるかい? 大抵は出せるぞ」

 

 そうリリスが告げると皆は席につき、思い思いの料理をリクエストする。

 実際、全員40時間もの間ほぼ無休で働いていたのだ。先程までは気にならなかったが今となっては全員空腹で仕方ない。

 そうしてしばしの間、食事会は続いた……

 

 

 

「ふぅ、ご馳走様でしたっと」

 

 クレアが一足先に食事を終える。

 

「食器は後でまとめて片付けるからそのままで構わんよ。あぁ、それと、横の部屋を大浴場に作り替えておいた。じっくり入るといい。無論男女別だがな! ついでに各々の下着と寝巻き兼私服を用意しておいた。自身の名前の書いてあるカゴのものを使ってくれ、サイズは自動でちょうどいいように合うようになっている。それと、君達の服はこちらで個別に洗濯乾燥しておく。それから、大浴場横の2部屋が寝室だ。手前が女性陣、奥が男性陣用だ、ベッドも人数分用意してあるから使ってくれ」

 

 リリスは少し笑いながら言葉を紡ぐ。

 

「アタシは後ででいいや。それよりリリス、なんか良い酒ない?」

 

 クレアはリリスに尋ねる。

 

「君、シスターだろうに……まぁ、あるがな! しかし、未成年者もいるんだ、全員が食事を終えて部屋から退出してからだ。それまで待て」

 

 リリスは答えた。

 

「あいよー」

 

 クレアは疲れ切っているのか天を仰ぐように椅子に背を預けた。

 

「全く『教会』のシスターの癖に飲酒とは……」

 

 メリアーナがボヤく。

 いつもならクレアが何か言い返すところだが、クレアはただ天井を見つめるだけだ。

 

「むぅ……」

 

 メリアーナは少し不満げだ。

 なんやかんやで喧嘩するほど仲が良い、と言う感じらしい、少なくとも()()()()()()()()だが。

 (しばら)くしてほぼ全員が食事を終え、大浴場の方に向かう。

 残っているのはリリス、シェリー、クレアだけだ。

 リリスは再び指を鳴らすと食器が一斉に消え代わりにワイングラスが3つ、各々の前に現れた。

 

「で、本題はなんだ?」

 

 リリスは虚空(こくう)からワインボトルを取り出しながらクレアに問う。

 

「なんだ、分かってんのかよ。鋭いな」

 

 クレアはそう答えた後、次の様に語った。

 

「武器の魔術付与が終わった後、第四層のシュミレータールームで本来の『イタクァ』のデータとの模擬戦闘をしたんだが、あのデカブツ、物理攻撃が効かねえんだよ。実際、データ見たら『イタクァ』は全身風でできた邪神らしいじゃねぇか? 多分、核になる部分があるんだろうがそれ以外には攻撃が無意味になっちまう。て言うのをケイトが気づいたんだが、対策あるのか?」

 

 クレアはリリスに質問する。

 リリスは眼を見開いて唖然とした後、独り言の様に答えた。

 

「そうだ、『イタクァ』には物理攻撃は意味がないじゃないか……何故私はそんな簡単な事に気が付かなかったんだ? 何故……」

 

 リリスの顔色が悪くなっていく。

 本来ならリリスはこんな初歩的なミスを起こすような人物ではない。

 焦っているにしても何かがおかしい。

 まるで肉体に深刻な不具合(バグ)が発生しているような感覚をリリスは感じた。

 クレアはリリスを心配しながらもある提案をした。

 

「なぁ、『イタクァ』の内側に生物みたいに生の肉体を作ることって出来ねぇか? 模擬戦闘でケイトが使ってたホログラムで代用されてた、まだ未完成の武器。あれの弾丸にそう言う効果って付与できないか?」

 

 その言葉を聞いてリリスが不意に立ち上がる。

 

「それだ! 今なら変質後のデータもあるし次の作業からは私を2人『アイン・ソフ・オウル』に配置できる! ならば間に合うはずだ! いいや、絶対間に合わせる! ありがとう! クレア!」

 

 リリスはクレアの手を握る。

 

「礼ならケイトに言いな、全部あいつが考えた様なもんだからな! ケイト曰く『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』ってな!」

 

 そう言うとクレアは再び椅子に腰を預け、天井を見上げた。

 少しの間そうした後、クレアは座り直し、椅子に座ったリリスの瞳を真っ直ぐ見てある質問をする。

 

「なぁ、リリス達は何でそんなに人間に肩入れするんだ? たとえ邪神が降臨しようとお前らは生き残れるはずだろ? そうでなくとも別の天体に飛び立つこともできるはずだ」

 

 クレアの質問に対し、リリスは少しの間瞳を瞑る。

 そうして、安らかな笑顔でリリスは答える。

 

「私は……私達は君達人間とこの星が好きになってしまったのさ。私達は君達(人類)の歴史を……この星の歴史の全てを()てきた、確かにそこには美しいだけじゃない、(みにく)く残忍な歴史も沢山あった。それでも私達は君達(人類)が好きになってしまったのさ。どれだけ辛くとも歩み続ける君達人間の歴史に魅了されてしまった。それが私達二人の結論さ」

 

 その答えを聞いてクレアは少し考えた後、答えた。

 

「そうか、人間が好きになっちまったのか……なら、仕方ねぇな! アタシ達で邪神をシバこうじゃねぇか!」

 

 クレアの答えにリリスはふふ、と小さく笑う。

 

「さぁて、真面目な話はこれでお終い! 酒飲もうぜ!」

 

 クレアはそう言うとリリスの持つワインボトルを見る。

 

「あぁ、その件なんだが……これは葡萄(ぶどう)ジュースだ。クレア、君は人間だから入浴前の飲酒は体に悪いからな」

 

 そう言ってリリスは3人のグラスに葡萄ジュースを注ぐ。

 

「はぁ⁈マジかよ! ……しゃあねぇなぁ」

 

 そう言いながらもクレアはジュースに口をつける。

 

「……ッ‼︎何だこれ‼︎滅茶苦茶うめぇじゃねぇか‼︎」

 

 余りの美味しさにクレアは仰天する。

 

「ふふ、何せ私が選りすぐった一品だ。美味いに決まっている」

 

 リリスは嬉しそうに笑う。

 

「あぁ、それとクレア。それ飲んだら風呂に入ると良い。他の皆はもう寝ついた様だからね」

 

 リリスの言葉に、クレアは少し驚く。

 

「……()()()()()()()?」

 

 クレアがリリスに問う。

 

「まぁな、兎に角安心して風呂を楽しむと良い。そしてゆっくり休みたまえ」

 

 リリスはそう答えると手に持ったグラスに入ったジュースを飲み干した。

 

「そうさせてもらうぜ。……気遣いあんがとよ」

 

 そう言うとクレアはジュースを飲み干し大浴場に向かった。

 

 

 

「……マジで誰もいねぇな、よし」

 

 そう独り言を呟くとクレアはシスター服と上下のインナー、下着を脱ぐ。

 ……その体中には()()()()()()()()()()()()があった。

 鞭で打たれた傷、銃創、抉られた傷、深い切り傷……様々な傷が至る所にあった。

 唯一傷がないのは首から上と両手だけだ。

 

「……こんなん、見せられたもんじゃねぇからな……」

 

 そう呟くとクレアは一人静かな大浴場に入って行った……



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生まれ変われ!『アナンタ』!

 何もない漆黒の空間に、一つのライトで照らされた椅子があり、そこには少女……リリスが座っていた。

 

「やぁ、観測者諸君。ちょっとした話をしよう。と、言うか私が話したい。何、休息の三日の話を簡単にね? あぁ、それと、急に()()()()()だと思うだろう? けれど、私にも君たちは限定的に()えているのさ、深淵(しんえん)(のぞ)く時はなんとやらってね。まぁ、それについてはまたいつかということで。では、語るとしよう」

 

 ———休息の三日間の物語を。

 

 第一の休日。

 

 まぁ、この日は皆泥のように眠っていたな。

 無理もない、何せ40時間フル稼働した後だったからな! 

 とは言え、私的には暇でしょうがなかったからとりあえず各階層に変異した『イタクァ』のデータだけは資料として共有できるように『ダアト』と対話をしていた。

 ついでに、『ダアト』のビジュアル問題についてもだ。

 正直、初日のクレアの暴言には割とカチンと来ていたからな! 

 ……まぁ、結局ビジュアルについてはまとまらなかったのだがね。

 

 第二の休日。

 

 流石に二日目になると全員起きてきた。

 とりあえず朝食を振舞った後は自由行動としたんだが、どいつもこいつも隠れて仕事をしようとするものだからホールを使って強制的に第一層に集めた後、一時的に中央エレベーターを止めることにした。

 いや、正直私が焦らせてるのは重々承知しているが、ここまでとは思わなんだ。

 第一層は他の層と違い比較的娯楽と生活に特化した層にしてある。

 空間拡張して作った娯楽室とかは割と自信作だった。

 何せ巨大モニター、空調、映画にTVゲーム各種からアナログゲームに漫画や小説等室内娯楽を詰め込んだ上で美しく整理し、かつ機能的にも完璧な部屋だ。

 ……だと言うのにアイツら使わないんだ! 

 ちゃんと娯楽室の説明をしたのに誰も使わないで寝室で邪神対策の練り合いをしていたから、ムカついて全員を娯楽室に連行して映画鑑賞会と洒落込んでやったよ。

 なんだかんだでみんな楽しんでいたようだったし良い結果だっただろう。

 それに、最後の方のホラー映画ラッシュ時の各々の反応を見るのは実に愉快だった! 

 特にアキル、光美(ミツミ)、メリアーナの反応は王道ながら最高だったな! 

 ……けど、アイツらそれ以上の化け物と()りあっているんだが、何かの不具合(バグ)か? 

 

 第三の休日

 

 この日になってアイツらはようやく正しい休日と言うやつを謳歌し始めた。

 早速、娯楽室でアナログゲームをし始めた。

 し始めたんだが……私も誘われた。

 別に嫌ではなかったが、そんな経験はシェリー相手以外では無かったからどう反応したら良いかわからなかった。

 正直、どうするのが正解かわからなかったがされるがままに私も混ざることになった。

 なんとも無理矢理な奴らだ。

 ……だが、とても楽しかったのには違いない。

 

「以上が私が語りたかった三日間の物語だ。何、他愛もない話だが私にとっては今まで生きてきた数兆年の中でも実に美しく感じた三日間だったのさ! さて、それでは私の自分語りはお終いだ。正しい時間の話に戻るとしよう」

 

 リリスがそう語ると、唯一の明かりは消え全ては暗闇に還る。

 

 

 

 

 

 

 ———地下超巨大施設『ノア』第十層 高次元万能設計機『アイン・ソフ・オウル』制御室にて

 

 

 

「いぃっよっしゃゃゃやぁぁあ‼︎」

 

 5人のグレン達が立ち上がり雄叫びを上げる。

 その不意の雄叫びに治療班として常駐していたメリアーナはビクッ、と驚く。

 

「その様子だと、完成したんだな! 新しい『アナンタ』が‼︎」

 

 そう言うと、隣で作業していた二人のリリスのうちの一人……オリジナルの方が指を鳴らし5人のグレンを統合(とうごう)させる。

 

「うげぇ……! ッ急に統合すんじゃねぇよ‼︎……それはともかく、できたぜ‼︎新しい『アナンタ』の設計データがな‼︎後は、『アイン・ソフ・オウル』で出力するだけなんだが……」

 

 グレンは軽く頭を掻いたのち、告げる。

 

「『アナンタ』本体のサイズが足りねぇ……」

 

 その言葉を聞いたリリスはすぐさま答えた。

 

「やはり……か、今の『アナンタ』は25メートル、対して変異体『イタクァ』は少なく見積もっても100メートルはあるだろう。このサイズ差は正直キツい。が、勿論解決策を用意してあるとも! グレンはとにかく『アイン・ソフ・オウル』を起動し新たな『アナンタ』を出力させろ。そして『ダアト』に完成までの時間を演算させてくれ。サイズ問題は私がなんとかする。()()()()()()()()

 

 そう言うとリリスは部屋の椅子に座ってスマホをいじっている自称吸血鬼(シェリー)に近寄る。

 

「やぁ! シェリー、暇してるようだな? そうだな?」

 

 ニコニコとした笑顔でリリスはシェリーに詰め寄る。

 瞬間、シェリーはゲートを開いて逃走を図るが何故かゲートを通れない。

 

「逃さんぞ、シェリー? 今まで散々休んでいたんだ、休息は十分だろう? ようやくお前の仕事の番だ」

 

 シェリーの両肩をがっちり掴みリリスは悪どい笑みを浮かべる。

 

「嫌よ! だって()()やらされるんでしょ! 私疲れて死んじゃうわ!」

 

 シェリーは自分が何をさせられるのか理解していた。

 それ故に断固拒否の姿勢をとる。

 

「そうか、じゃあ死ね。と言っても君は死なんがな」

 

 そう言ってリリスは自らの右手を強く握りしめる。

 瞬間、シェリーは悲鳴を上げる間もなくビー玉くらいの大きさの肉塊(にくかい)に成り果てた。

 

「シェリー、私は辛い。君がYESと答えてくれれば大事な友人である君にこんなことをしなくて済むのに……」

 

 リリスは声こそ悲しげだったが顔は邪悪な笑みを浮かべていた。

 

「「うわぁ……」」

 

 その場にいたグレンとメリアーナはその所業にドン引きしていた。

 いくら不死とはいえ、友人を容易く殺すとは……二人は一周回って謎の清々しさすら感じていた。

 

「さて、シェリー、時間はたっぷりあるしなんならケイトあたりも手伝ってくれるだろう。そして君はもう『ノア』から逃げられ無い。いつになったらYESと言ってくれるかじっくり待ってやろう」

 

 ふふ、とサディスティックな笑みを浮かべながらリリスは肉団子(シェリー)に針を突き刺すのを繰り返す。

 その度に肉団子(シェリー)はビクビクと震えていた。

 

「やっぱり悪魔ですよ、あの人……」

 

 メリアーナは絶句する。

 

「いつも以上に今回はハッスルしてるなぁ……」

 

 グレンは空虚な瞳でその光景を見ていた。

 

「おい、二人とも」

 

 不意にリリスが暗黒の笑みを浮かべながらグレン達の方を向く。

 

「「ひぃ!」」

 

 二人は思わず声を上げた。

 

「ふむ、期待通りの反応をありがとう。とりあえず君達の仕事は終わった。また追加の仕事が入るまではゆっくり休むと良い」

 

 リリスは優しげな笑みで二人に告げる。

 むしろその優しげな笑みが二人の恐怖心をより煽る。

 二人は軽く礼を言うとそそくさと第一層に帰っていった。

 

「さて……君はいつまで耐えられるかな? シェリー」

 

 リリスは肉団子(シェリー)を愛でるようにそう告げた……



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拷問と魔法と嫉妬

 ———地下超巨大施設『ノア』第十層 高次元万能設計機『アイン・ソフ・オウル』制御室にて

 

 

 

「ごめんなざい! わがっだ! もうやりまずがら! だがら許じでぐだざい! お願いじまず!」

 

 シェリーは泣き叫びながらそう叫ぶ。

 

「意外と()ちるまで耐えたわねぇ……死なないとは言え私の拷問を1週間耐えるとは……」

 

 ケイトは少しびっくりしながらそう呟いた。

 

「どうやら()()()()らしいな、いいだろう。許してやる。君が拷問(サボ)ってる間に新たな『アナンタ』は完成した。ここからは君の仕事だ。だが、サボればまた同じ苦痛を味わうことになるぞ? 友よ」

 

 リリスは冷たい目で腹を裂かれ内臓を滅茶苦茶にされたシェリーを見ながら冷酷に告げた。

 

「なぁにが『友よ』ですか! もう友達じゃ無いもん! これ終わったら絶交よ! 絶交! 勿論、途中から加担したケイトちゃんもよ!」

 

 シェリーはプンスコ怒りながらも自身の肉体を再生させる。

 

「君、それ言うの何兆回目だい? まぁ、仕事するなら構わないがな。後、ケイトは見逃してやれ。私が半ば強引に加担させたからな」

 

 リリスがそう告げる。

 

「そうなのケイトちゃん?」

 

 シェリーはケイトを見つめる。

 

「まぁ、な……‥ただ、あたしは弱いから従うしかなかったんだ……」

 

 ケイトはそう言う。

 それをみたシェリーは()()()()()()()()()()()()

 しかし、それも次のケイトの一言で打ち砕かれる。

 

「だって、だって……拷問やるだけで10億払うなんて言われたらやるしかねぇじゃんか!」

 

 力強くケイトは叫んだ。

 シェリーの感涙は一瞬にして引っ込み、叫ぶ。

 

「やっぱり嫌い‼︎」

 

 そう言いながら肉体の修復が完了したシェリーは『アイン・ソフ・オウル』制御室の窓の外側、作業用ブリッジに通じる扉に向かう。

 

「よろしく頼むよシェリー」

 

 リリスは静かに告げる。

 

「えぇ、えぇ! やってやるわよ! そうしてその成果に感涙(かんるい)(むせ)びながら感謝して私に謝り倒しなさい‼︎」

 

 そう言うとシェリーはブリッジから黒いモヤに包まれた『アナンタ』の元へと向かった。

 

 

 

「と言うかさ、結局シェリーは何やるわけ?」

 

 血塗れのケイトがリリスに問う。

 

「何、ちょっとした魔術……いや、アレは魔法の領域だな。それをやってもらうのさ。それと、私達が血だらけだとそこにいる二人がグロッキーになりかねんから、ほれ」

 

 そう言うとリリスはホールを使い飛び散った血や二人にこびりついた血を回収した。

 

「あー、どうりで二人とも顔色悪いわけだ」

 

 ケイトはケラケラと笑ってグレンとメリアーナを指差す。

 

「普通、1週間ずっと仕事してる後ろで拷問作業されてる奴がいたらこうなるしなんなら、普通発狂するからな! メリアーナ見てみろよ! 現実逃避のために精神壊れかけてんだぞ!」

 

 そう言ってグレンが指差したメリアーナは虚な目で天井を見上げていた。

 

「ちょうちょだぁ!」

 

 言動も完全に壊れてしまっている。

 

「マズイ! 彼女が壊れるのはマズすぎる!」

 

 そう言うとリリスは怪しげな薬を虚空から取り出し、メリアーナに飲ませた。

 

「……ハッ! 私はいったい何を?」

 

 メリアーナは元に戻った。

 

「ヨシッ‼︎」

 

 リリスが渾身のドヤ顔をする。

 

「もう、突っ込む気力もねぇよ……」

 

 グレンは天を仰ぐ。

 

「そういや、結局シェリーがやる()()ってなんなの?」

 

 ケイトがリリスに問う。

 

()()()()()()()だ」

 

 リリスは静かに答えた。

 

「それってすごいの?」

 

 ケイトはイマイチ凄さがわからないのかリリスに再度問う。

 

「凄いなんてものじゃないぞ! 何せ、完全な複製しかも自分の好きな様に複製できるんだ! 例えるならスマホの画像拡大をリアルでやる様なものだぞ! もっと言えば1から2を何も無しに作れる……もはや理外(りがい)の技術だ!」

 

 リリスは力説する。

 

「はへ〜、なんか凄そう」

 

 ケイトは結局理解できてなかったが、グレンとメリアーナはその凄さを理解した。

 今回のパターンで言えば『アナンタ』を必要サイズの50メートル、もっと欲張れば無限に巨大化させられる。

 その上、好きなように複製できると言う事は巨大化させる必要のない場所、例えばコックピット等はそのままに装甲や各種稼働に必要なシステムだけを弄り倒せるのだ。

 それは正に魔法と言うのに相応しいだろう。

 

「まぁ、今回の場合はサイズがサイズだから最低でも7()()()はかかるな」

 

 そうリリスは告げる。

 無理もない理外の技術に万能があったらそれこそ自分(グレン)たちは要らなくなってしまう。

 それでも、それほどの魔法をたった7週間で完了する時点でかなりインチキくさいが……

 

「……話は変わるが、リリス、アレの設計データもできたぞ」

 

 グレンはどうにかなりそうな頭を必死に戻してリリスに告げる。

 すると、「本当か!」とリリスは食いつくようにデータを確認する。

 

「相変わらず完璧な仕事だ! グレン!」

 

 リリスは満足げにグレンを褒める。

 

「アレ……って事はアタシの担当する奴ね!」

 

 ケイトが楽しげに跳ねる。

 

「あぁ、その名も「対邪神(ディザスター・)決戦砲(ブレイク・キャノン)』だ!」

 

「え? ネーミングダッサ。名前はアタシがつけるわ……」

 

 リリスはケイトの一言を喰らい膝から崩れ落ちた。

 

「ネーミングセンスが無い……だと⁈この私が‼︎」

 

「だって基本他から取ってきてるじゃんアンタ、オリジナル系は無理なタイプね」

 

 ケイトの鋭い言葉のナイフが突き刺さり、リリスは倒れ込む。

 

「やめてやれよ……流石に言い過ぎだ」

 

 グレンは今回ばかりはリリスを庇う。

 

「……ははぁん、さては()()()()()はアンタね?」

 

 ケイトは悪い笑みを浮かべてそう告げる。

 

「なんでわかるんだよ……」

 

「アンタの反応と女の勘よ」

 

 ケイトはニマニマ笑いながら告げる。

 

「いやぁ! きっとグレンの事だからかっこいい命名理由があるんだろうなぁ! ケイトちゃん、とっても聞きたいなぁ!」

 

 ケイトはわざとらしくグレンを煽る。

 

「ったく、まぁ、別に聞かれて困るようなもんじゃねえし教えてやるよ」

 

「あら意外、普通に乗ってきた」

 

「うるせぇ……さて、語らせてもらいますかね」

 

 そう言うとグレンは『アナンタ』の名の理由を語り始める。

 

「『アナンタ』は本来インド神話に登場するナーガラージャ……蛇神(じゃしん)の一柱。その名は「無際限」または「永遠」を意味するんだ。他にも色々掘り下げたいところだが今回はいったん割愛だ。で、なんであの機体に『アナンタ』って名付けたかだが……俺は()()()()()()()()()()()()を作りたかった。故に『アナンタ(永遠)』、永劫に人類を守護する鉄壁の機神……その想いを込めたんだ」

 

 グレンは静かに語り終えた。

 

「「無駄にロマンチストね/だな」」

 

 グレンが語り終えるとリリスとケイトがそう告げる。

 

「うるせぇやい!」

 

「私は良いと思いますよ、自らの希望を込めた名……素晴らしいじゃ無いですか」

 

 メリアーナはグレンにそう返した。

 

「ほれみろ! 理解者だっているんだ! ロマンチストで何が悪い!」

 

 ケイトはムッ、としてグレンの座っている席の後ろに立ち、首元から抱きしめる……様にしてナイフを喉元に突きつける。

 

「なんでございましょうかケイトさん!」

 

 グレンは生命の危機を感じて一気に下手に出る。

 

「アタシなんで『アナンタ』が()()に包まれてるか気になるなぁ! 教えて欲しいなぁ! そうじゃないと()()()()手を滑らせちゃいそう」

 

「それはですね! アレです! 完成した機体の披露まで隠しとこうって言う遊び心でして、俺とリリスとシェリー以外にはモヤに包まれて見えるんです!」

 

 グレンは早口で答える。

 

「ふぅ〜ん」

 

 ケイトはナイフを喉元に刺さらない程度に食い込ませる。

 

「……!」

 

 グレンは訳がわからなかったなんで今自分がこんな状況になっているのかを、なんでケイトが死ぬほど不機嫌なのかを。

 できる事は静かに怒りが収まるのを待つ事だけだ。

 

 

 

「あいつ馬鹿だな」

 

 リリスはメリアーナのそばに近寄って小さく呟く。

 

「馬鹿? どこがです?」

 

 メリアーナはリリスに質問する。

 

「多分、ケイトはグレンに()れている。なのに最近はかまわないわ、職場(第十層)は女ばかり。まぁ要するにしっ……」

 

 瞬間、二人の間にとてつもないスピードでナイフが3本飛んできた。

 

「ごめん、ごめん! ()()()()()()()()♡」

 

 そう言ってケイトはナイフを回収する際小さく呟く。

 

「グレンに()()()()()言ったらぶっ殺す。OK?」

 

 ケイトは真顔で小さく低い声でそう告げた。

 二人はものすごいスピードで首を縦に振る。

 

「よし、グレン〜暇になったんなら遊〜べ〜よ〜」

 

 ケイトはグレンを半ば無理やり連れ出して行った……

 

「「怖ぇ……」」

 

 肝が冷え切った二人はそう呟いたのだった。

 

「私が言うのもなんだが、面倒な女に惚れられたな……グレン……」

 

 リリスはそう呟いた



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真なる機神覚醒

 7週間後

 ———地下超巨大施設『ノア』第十層 高次元万能設計機『アイン・ソフ・オウル』地下ドックにて

 

「で、全員集めて何事よ? と言うか、あの()()の塊何?」

 

 アキルは皆の眼前にいるリリスとグレン、死にかけのシェリーに問う

 

「なぜ? 決まっているだろう! 対邪神決戦兵器『アナンタ』が完成した! そのお披露目式さ! モヤは言わば隠すための認識変換(にんしきへんかん)さ!」

 

 リリスは力説する。

 

「はぁ……さらっと認識変換とか言われたけど、なんか突っ込むのもめんどくさいからさっさと初めてちょうだいな」

 

 アキルは興味なさげに返す。

 

「言われなくとも見せてやるさ……グレン、ライトアップを!」

 

「応よ!」

 

 二人の声に反応して『ダアト』を介して機体が下から照らされる。

 

「サァ! 見るがいい! これが新たな『アナンタ』、『()()()()()()()()()()』だぁぁぁぁぁぁあ!」

 

 そう言ってリリスが指を鳴らすと一瞬にしてモヤが晴れる。

 そこから姿を現したのは初日に見たマネキンの様な機体でなかった。

 ———それはどう見ても正統派巨大ロボットだった。

 無骨ながら巨大な全体像は筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)の男を連想させる雄々しさを放っていた。

 しかし両前腕部(りょうぜんわんぶ)両脛(りょうすね)に当たる部分は先が絞まった円筒状の如何にも機械チックな見た目だ。

 更に両肩に付けられたアーマーは伸ばした三角形を上から緩やかにカーブさせたもののフチに大量の棘がついた様なものになっていた。

 手足はさまざまなロボットを参考にしたのか、the()・ロボットと言う感じだ。

 しかし手は鋭くまるで肉食獣を連想させる。

 何より頭部はドクロの様な形状をしているがほとんどの穴は埋められた簡素なもので目立った部位は口と三角形状に少し長く伸びた後頭部位だ、異質なのは瞳がたった一つ、顔の中心にある真紅のモノアイだけだと言う事だ。

 そして全体は黒一色だがほんの一部だが各部に赤と金による色彩が加わりよりその威厳を強めていた。

 身体中に走る回路の様なラインは赤色に、円筒状の絞まった部分は金に、その他彫りの部分には金が塗られより引き締まったイメージを持たせる。

 ———コレこそが我々が辿り着いた究極の到達点、人類を「永劫夢幻(えいごうむげん)」に守護する様にと願われ生み出された黒鉄(くろがね)の巨神、宇宙の叡智(えいち)と魔術、魔法、そして人類の叡智の結晶、星守(ほしも)りの機神『アナンタ・シェーシャ』、人類を(まも)る究極のロボットである。

 

「か、かっけぇ!!!」

 

 いの一番にそう雄叫びを上げたのはクリスだった、それに続く様に『教会』の男性陣とケイトとクレアが目を煌めかせる。

 

「こりゃ最高だわ! 正直最初のやつ見た時は半ば絶望してたけど、撤回! 最高! グレン、アンタ最高よ!」

 

「「「コレはカッコいいに決まってる! と言うかめっちゃカッコいい!」」」

 

 男の浪漫(ロマン)に惹かれたものたちはそれぞれ叫ぶ。

 

「ふふ、それだけじゃないぞ? なんと操縦はダイレクトモーション操縦、しかも技は叫んで発動するタイプだ! 何より素体(そたい)()()()()()()()()を使ってる……つまり、『アナンタ』の正当進化体なのさ!」

 

 そのリリスの一言にクリスたち+ケイト&クレアは熱狂し叫ぶ。

 それを側から見てる女性陣はドン引きしていた。

 

「更に! 見たまえ! 搭乗者二人用のアーマースーツだ! 軽量化に加え防御性能も一流、生半可な一撃じゃ傷すら付かないだろう!」

 

 そう言ってリリスがスポットライトを当てた先には黒い板金鎧(プレートアーマー)じみたスーツと近未来的なヘルメットがあった。

 

「ちょっと動きにくそうじゃない?」

 

 アキルが呟く。

 

「安心したまえ! 装着した時点で君達の体に合わせたサイズに自動変形する機能付きだ! ヘルメットは搭乗者同士の通信にも使える優れものだぞ!」

 

 リリスの説明に歓声が上がる。

 

「それだけじゃねぇ! 今まで使っていた生命・(ソウル・)循環(サーキュレーション)システムの発展系、生命(ソウル)オーバードライブシステムにより搭乗者の負担を少なくしつつ性能アップ! 更に新しく積んだ感情(エモーショナル)オーバードライブシステムにより、勇気や熱意といった感情を増大しパワーに変えられる! 更に二種のシステムにはリミットオーバーシステムって上位版があるんだが……こいつは使わないに越した事はねぇから説明はスルーな」

 

 グレン発言に男性陣+ケイト&クレアは勝鬨(かちどき)にも似た叫びをあげ、熱狂していた。

 

「……なんて言うか、男の子って()()()()()好きよね……」

 

 アキルが呟く。

 

「何を言ってるんだ? アキル、今回の技名担当はお前だぞ?」

 

 リリスがさらっと答える。

 

「なん……だと……?」

 

 クリスが膝から崩れ落ちる。

 

「クリスには悪いが、君には戦闘に集中して欲しいからな。と言う事で、アキル。君にはコレから技名を考えてもらう」

 

 リリスが淡々と答える。

 

「は?」

 

 アキルの脳は理解を拒むが関係ない。

 

「ほれ、技の仕様書だ。君が付けた名前がそのまま音声認識システムに適応されるからな?」

 

 リリスがアキルの肩にポン、と手を置く。

 

「え? こんなに⁈」

 

 アキルは仰天する。

 何せびっしりと効果やらどんな技かが事細かに書かれた仕様書が10枚以上あるのだから。

 

「お嬢様ッ! あとは託しました! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 クリスはアキルの手を握り純粋な瞳でアキルを見つめた。

 この時点でアキルから逃げの選択肢が消えた。

 

「や、やってやろうじゃない!」

 

 アキルはこう告げるしか選択肢がなかった。幸いアキルの仕事は終わってる。

 後はいかにカッコいい名をつけるかだけだ。

 

「さて、『アナンタ・シェーシャ』の発表は終わりだ。次は君達だ、()()()

 

 その言葉を聞いた目に深いクマを作った光美達は皆の前に立った。

 

「えぇ、始めましょう私達の叡智(結界術)の境地の話を!」

 

 そう言って光美は語り始めた、一体結界製造の過程で何があったのか、なぜ自分含む結界班がこんなにボロボロになっているのか、なぜ今の今まで結界班がほとんど成果を外に出してこなかったのかその顛末(てんまつ)を……



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プロジェクト・サクラ

「それでは語らせていただきましょう」

 

 皆の前に立った光美達は言葉を紡ぐ、長きにわたる結界生成のを……

 

 ———ことの始まりは休息の三日間の少し前。

 実はこの時点で光美(ミツミ)達は対『イタクァ』仕様の結界を()()()()させていた。

 あくまで()()()()()()()()()()()であるがその出来栄えはほぼ完璧、後は小さな修正や改善を繰り返すだけだった。

 そこで休息の三日間に入り、光美達は疲れも相まって休暇に入った。

 そして、休息の三日間が明け……()()が始まった。

 それは変異体『イタクァ』の情報と言う名の仕様変更。

 変異体『イタクァ』は想定されてた『イタクァ』から大きく逸脱したものであった。

 これにより光美達が作った結界は実質意味をなさないものとなってしまったのだ。

 本来の『イタクァ』と変異体『イタクァ』の性質の違い……パワーの違いは果てしないものだった『イタクァ』の風の権能を大嵐に例えるなら変異体は地球規模のハリケーン、氷の権能は吹雪から氷河期レベルまで変異し、かつ星間航行能力も段違い、オマケに素のパワーに至っては30倍とバカが考えた様なスペックに置き換わっていたのだ。

 光美達は絶望した、こんな化け物を捕らえる結界など本当に作れるのか、と……

 だが、彼ら彼女らは諦めなかった、いいや……正しく言えば()()()()した。

 こんなふざけたスペックで暴れようとしてる邪神に! 

 こんなふざけたスペックに変異させた魔導書作者に! 

 そして理不尽すぎる仕事を押し付けたリリス(クライアント)に! 

 とにかく怒り狂った、同時に彼らの結界術使いとしての魂に特大の業火()をつけた。

 その日から、光美たちの挑戦が始まった。

 食事と入浴、睡眠以外の時間は全て変異体『イタクァ』を封じる術を考え続けた。

 仕事中は激しい議論が飛んだ、如何にしてかの邪神を封じ込めるかを、如何にしてかの邪神に辛酸(しんさん)を舐めさせるかを。

 ひたすらに語り、思考し、試作品を作ってはシュミレーターでテストを繰り返した。

 しかし、現実は残酷だった、いかに彼らが足掻こうと状況は好転しない。

 誰もがもうダメだと諦めかけていた。

 しかし()()()()()結界を作るのをやめなかった。

 彼女にはどうしても止められない理由があった。

 (つい)ぞ追いつくことができなかった姉の姿が、姉を……美影(ミカゲ)を助けられたはずなのに助けなかった自分の姿が彼女をひたすらに押し進める。

 止まるな、命を削れ、今度は何も失わないために……

 

「もうやめましょう! 無理なんですよ! 我々人類には……」

 

『教会』の男性結界術師が声を荒げる。

 しかし光美は止まらない。

 

「……なぜ分からないんですか! そんな事してもあなたの命がすり減るだけ、やめてください!」

 

『教会』の女性結界術師が声を上げ、止めようとする。

 

「ダメなんです! 私達が諦めてどうするんですか! 皆んなの……人類の未来がかかっているんですよ⁈なら、止まる事はできない! 止まってはならない! 私は私の出来ることを成すだけです!」

 

 光美は鋭くも真っ直ぐな瞳でそう叫んだ。

 

「……」

 

『教会』の人間は皆黙る、それでも光美はやめない。

 

「結界の一部に綻びがあります」

 

『教会』の結界術師の一人が静かに告げる。

 

「……え?」

 

 光美はびっくりして確認する。

 確かに指摘された場所には綻びがあった。

 

「しまった……こんなんじゃ……」

 

 光美は顔色が悪くなる。

 

「だったら直しましょう、我々も当然協力します!」

 

「「「あぁ!」」」

 

 次々と『教会』のメンバーが光美の元に集う。

 

「なんで……」

 

 光美は泣きそうな声で問う。

 

「我々は光美さんの言葉に心を動かされた。だから、我々は我々の出来ることをしましょう!」

 

『教会』の男性結界術師は親指を上げてサムズアップしながら光美に笑顔を向けた。

 

「……! ありがとう……ありがとうございます! 皆んなの力を合わせて作り上げましょう!」

 

 光美はそう告げたのちハッ、とした顔をする。

 

「力を合わせる……繋げる……そうか! そうだったんだ!」

 

 光美は勢いよく立ち上がる。

 まるで全てを理解したかの様に。

 

「どうしたんですか⁈」

 

『教会』の女性結界術師が心配そうに光美を見る。

 

「私達は()()=()1()()の概念に囚われすぎてたんです! 足りないところがあるなら、みんなで補い合う…….皆んなの力を合わせて繋ぐ! つまり()()()()()()()()()1()1()()()()()()()()()()()()()()! これです!」

 

 光美の理論は一見意味不明に聞こえたが、『教会』の者たちはすぐに理解した。

 確かにその方法ならあの邪神を封じ込められるかも知れない。

 

「なら、やって見せましょう! 『教会』の名にかけて」

 

「「「応」」」

 

「お願いします! 皆さんの力、今一度貸してください!」

 

 

 

 ———そして現在

 

 

 

「そしてこれが、私達皆んなの力を紡いだ結晶がこの『楼閣至るは(サクラメント・)神縛りの牢(チェーン・ジェイル)』です!」

 

 そう言って光美達11人は術式を展開する。

 開かれたのは桜色の世界、邪なる神を縛る究極の結界。

 

「リリスさん、お願いします!」

 

 光美がそう言うとリリスは指を鳴らし変異体『イタクァ』のプログラムデータホログラムを投影する。

 

「さて、耐久実験だ!」

 

 リリスがそう言うとプログラムは結界を殴る、風の権能をぶつけ、氷の権能をぶつけるが結界にダメージは全くない、星間航行状態に移行しようとしても結界から出られない。

 

「ほう、出力100%でこれか、なら次は1000%だ!」

 

 プログラムは先ほどと同じ攻撃と星間航行を行おうとする。

 星間航行は失敗し、結界には極小のヒビが入っただけだった。

 

「ふふ、ははは、あはははは!!! 最高だ光美、それと『教会』の結界奇蹟使い達! これならやつを封殺出来る!!!」

 

 リリスは満足げに笑う。

 

「それだけじゃありません! 皆さんの肉体を保護する術式……『人を護し(アーマー・オブ)桜の花(・サクラ)』もあります! 流石に『楼閣至るは(サクラメント・)神縛りの牢(チェーン・ジェイル)』には遠く及びませんが少しは防御の足しになるはずです!」

 

 光美は誇らしげに語る。

 

「あぁ、これで必要なものは揃った! これより1週間の休息の後、プログラム相手の模擬戦闘訓練を行う! その後、我々は邪神と対峙することになる! 作戦名、結界封牢作戦『壊れし悪夢(ブロウクンナイトメア)』! これの完了を持って今回の戦いを終結とする! 皆、思い残すことのない様に!」

 

 リリスは高らかに告げる。

 

「「「死ぬつもりなんか無いっつうの!」」」

 

 リリスに対して皆が答える。

 

「そうだったな! ふふ、我ながら忘れっぽくて困る!」

 

 そうやってリリスは少し笑った



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ストイック・シュミレーション

「はぁ……はぁ……クソッ!」

 

 最後まで残っていた『アナンタ・シャーシェ』が沈黙する。

 他の皆も、もはや戦えない。

 人類は邪神に負けたのだ……

 

「はい第一シュミレーション終了! 反省会して休憩とったら第二回やるぞ」

 

 さっきまで半身を失っていたリリスはケロッとした様子でそう言った。

 

「あんなん勝てるか馬鹿! リリス、テメェ設定いじってやがるだろ!」

 

 クレアが激怒する。

 

「何、ステータスをほんの1()0()0()0()()にしただけだが?」

 

 それを聞いた周りの人間達からヤジが飛ぶ。

 

「鬼! 悪魔! 人でなし異星人(エイリアン)!」

 

「鬼畜!」

 

「『アナンタ・シェーシャ』ではたき潰すぞ!」

 

 等々、様々なヤジが飛んでくるがリリスは気にせず告げる。

 

「それじゃ反省会だが、まずアキル! お前、技名叫ぶ時に恥ずかしがってるだろ! おかげで威力が大幅減衰しているんだ!」

 

 リリスが『アナンタ・シャーシェ』から降りてきたアキルに告げる。

 

「な、だってわざわざ外にまで私の声が響く嫌がらせ仕様が悪いんでしょ! 後、スーツ! 何このぴっちりスーツ! 体のライン出過ぎて恥ずかしすぎる……ッ!」

 

 アキルが顔を赤らめながら反論する。

 

「そうしないと攻撃に巻き込まれる危険性があるだろうが!!! スーツは単に私の趣味だ!」

 

 スーツに関して以外は思っていた以上のど正論をリリスは返す。

 

「な……くっ……!」

 

 流石のアキルも返せない、何せ今回ばかりはリリスの言っていることは全面的に正しい、『アナンタ・シャーシェ』が全力を出せばそれは邪神と同等かそれ以上の力を発揮する。

 そんなものの攻撃に被弾したら、いくら結界で守られた人間とは言えただじゃ済まないのは明白だ。

 

「とにかく、君には恥じらいを捨ててもらう。という事で今から君だけ『アナンタ・シャーシェ』に再搭乗しろ、必殺技練習の時間だ! すまないが結界班は再び結界を頼む。変異体『イタクァ』のデータは棒立ちにしておく、存分に必殺技を放て!』

 

 そう言ってリリスは腕を組み仁王立ちで軽く宙に浮きながら待機状態にある『アナンタ・シャーシェ』にアキルを搭乗させる。

 

『うぅ、みんなの前でやる必要ないじゃ無い!』

 

 アキルが『アナンタ・シャーシェ』内で叫ぶ。

 

『実戦でも全員いるんだ、慣れろ!』

 

 念話越しにリリスが叫ぶ。

 

『えぇい、ままよ! 「い……インフィニティ・ビーム」!』

 

 アキルの声に合わせ『アナンタ・シャーシェ』は仁王立ちの体制のまま真紅のモノアイが輝き細いビームを放つが『イタクァ』にダメージは全く無い。

 

「まだ恥じらいが多い! そんなんじゃみんな死ぬぞ‼︎」

 

 その言葉がアキルに突き刺さる。

 アキルは呪楼『蠱毒』の一件で一度死を体験している。

 だからこそ恐ろしく怖くなった。

 ———私のせいでみんな死ぬ? 

 大切な家族も新しくできた仲間もみんな? 

 それだけじゃ無い、無関係の人も大勢死ぬ? 

 私が恥ずかしがるなんてつまらない理由で? 

 そんなの……そんなの!!! 

 

『あっていいわけないじゃ無い‼︎「インフィニティィィイ‼︎ビィィイムッ‼︎」』

 

 アキルの絶大な咆哮の元放たれたソレは先ほどとはまるで別物の一撃だった。

 真紅の瞳から放たれた極大のビームはイタクァの外皮を焼き溶かす程の熱量を放つ。

 

『「アイアン・サイス‼︎」』

 

 アキルの声に従い、『アナンタ・シャーシェ』の両腕からコウモリの翼の様な巨大な刃が形成される。

 本来ならここから攻撃に至るが、ソレはあくまでクリスの役目、今回は腕を変質させるだけで止まる。

 ソレでも1回目の時の3倍近いサイズにまで肥大化しているのは特筆すべき点だ。

 

『「サンダーァァァァアハリケーン‼︎」』

 

 号令と共に『アナンタ・シャーシェ』の口が開かれ雷を纏った極大の嵐が『イタクァ』を襲う。その雷は表皮を焼き焦がし、その嵐は嵐の化身たる『イタクァ』の肉体を切り裂く。

 

『「グランドォブレイクゥタスクッ‼︎」』

 

 咆哮ののち『アナンタ・シャーシェ』が地面(正確には空中)を殴りつける。

 すると殴られた部分から空間が裂け、大量の岩で出来た牙が『イタクァ』に襲いかかり、その体を貫く。

 

『「インフェルノォォオノヴァァァァァア‼︎」』

 

 その怒号の元、『アナンタ・シャーシェ』は自動で『イタクァ』に近づき、その首を掴み口から地獄の様な極熱の黒炎を放ち、『イタクァ』を焼き尽くす。

 

『はぁ……はぁ……』

 

 アキルはかなり消耗していた。

 ソレに気づいたリリスはアキルを、シェリーは『アナンタ・シャーシェ』をそれぞれホールで回収した。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 アキルはヘルメットを外し仰向けになって荒い呼吸を繰り返す。

 

「流石に連発は厳しいか……しかしよくやったぞ! アキル!」

 

 リリスはアキルに手を差し出す。

 

「とう……ぜん、よ……今ので感覚は覚えた……ただ、少し休ませて」

 

「あぁ、ゆっくり休むといい」

 

 そう言われたアキルはしばし眠りについた。

 

 

 

 ———その後、戦闘訓練は数千、何万、何億回に及び、改善に改善を加え考え得る限り最高最善のプランが完成した。

 外界時間にして1日半、『ノア』計算で5400日、大凡(おおよそ)15年の歳月をかけて組み上げられた彼ら彼女らの執念の結晶が今、花開く……

 



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邪神決戦〜ブロウクン・ナイトメア〜

 ———太平洋沖 名もなき無人島にて

 

「諸君、邪神降臨まで後1時間だが準備は大丈夫か? 体調は悪く無いか? 気分は大丈夫か? 先ほど配った対変異体『イタクァ』用コンタクトは全員ちゃんとつけたか?」

 

 リリスが心配そうにみんなに語りかけて回る。

 

「大丈夫よ、リリス。あんたらしくもなく心配しすぎよ? みんなコンタクトはつけたし、いたって平然としてるわ」

 

 アキルはリリスに対してそう答えた。

 

「皆は平然としすぎなんだよ! もうすぐ邪神との最終決戦だというのに! それと、コンタクトは本当にちゃんとつけろよ! 対精神汚染用兼『イタクァ』をハッキリ認識しても問題なくする為のコンタクトなんだからな!」

 

 リリスが柄にもなく叫ぶ。

 本来の『イタクァ』は薄紅色に燃える目を持ちその姿をハッキリと目視した人間は『イタクァ』によって空に巻き上げられ、生贄として死ぬ事なく数ヶ月に渡って地球外の遠方の地を引き回される。

 犠牲者はやがて地上へ戻されるが、途中で死ぬか、戻される時に地表に叩きつけられて死ぬ。

 また、たとえ命を落とさなかったとしても、犠牲者は高空の冷気に馴染んでしまっており、暖かい地上では長くは生きられなくなってしまう。

 この性質は変異体『イタクァ』にも受け継がれており、その対策が、リリスが作り出したコンタクトレンズだ。

 今回は結界によって星間航行を不可能にしてるとはいえ、実質捕縛されるのと変わらない状況を避ける為にも必要なのだ。

 

「ごめん、ちょっと嘘ついた。みんな確かに平然としてるけど、本当は怖くて怖くてたまらないわ。何せ相手は邪神ですもの……それに、私は邪神の怖さ、正確にはその眷属の怖さを知っている。何度か戦って殺されかけたからね……だからこそ、それ以上の力を持つ邪神は怖い。他のみんなだってそう。きっと今まで戦ってきたどんな敵よりも遥かに強大で禍々しい存在と戦うんだもの、怖く無いわけない。けどね、リリス。私達は『覚悟』を決めたのよ! たとえ肉体の一部を失うことになろうとも、たとえ仲間が死ぬことになろうとも、必ず邪神を封印し(ソラ)の外に追い出す為に私達は戦う……みんなその『覚悟』ができているのよ!」

 

 アキルは強くリリスに語った。

 

「そうか……なら、私も覚悟を決めよう。君たちを必ず生かして返す! その為に私は私の出せる全力を尽くす! それが私の『覚悟』だ!」

 

 リリスはそう言うとアキルに手を差し出す。

 理解したアキルはその手を握り握手をする。

 

「共に邪神を倒そう!」

 

 リリスの告げた言葉にアキルは答える

 

「勿論よ!」

 

 

 

 ———邪神降臨30分前

 

 

 

 

 リリスはみんなを集めてその前に立つ

 

「諸君! 今日までよく頑張ってくれた! そして今から私が語ることをどうか聞いてほしい!」

 

 そう言ってリリスは語り出す。

 

「今回の邪神決戦にて、私は諸君らの生還の為、全力を尽くす! しかし、それでも命の保証はできない! 肉体の一部や大部分を失う危険性、命を落とす可能性も当然ある! だが、どうか! 我々と共に戦って欲しい! だが、最後に聞いておきたい! 今からでも遅く無い、この戦いから抜けたいものは心の中で言ってくれ! 私は知っての通り、念話の応用で心が読める! この戦いに無理強いはしない、戦いから抜けても誰も罰さないし、罰することはこの私が許さない! さぁ、君たちの答えを教えてくれ!」

 

 リリスがそう言うと暫しの間、静寂が訪れる。

 

「……そうかそれが君たちの答えか……ありがとう、友たちよ‼︎我々は一人も欠けることなく、これより最終準備に入る! みんな、どうかよろしく頼む‼︎」

 

 リリスの演説が終わる。

 

「「「「「「おうっ‼︎」」」」」」

 

 終わると同時にみんなが一斉に声を上げ天に拳を突き上げる。

 最終決戦はもう間近だ……

 

 

 

 ———邪神降臨10分前

 

 

 

 

「『アナンタ・シャーシェ』、投下するわよ!」

 

 シェリーはそう言って特大のホールを開く。

 

「たんま! シェリー、もうちょい左に『紅い獣の(レッドビースト・)厄災(ディザスター)』の射線に入っちまうから!」

 

 ケイトに指示に従ってシェリーはホールを少し左に移動し『アナンタ・シャーシェ』を海上に投下した。

『アナンタ・シャーシェ』は待機状態である腕を組み仁王立ち状態で浮遊しながらも紅い一つの瞳で天を睨む。

 

「さぁて、『紅い獣の(レッドビースト・)厄災(ディザスター)』ちゃん! 今日は楽しい邪神狩りだぜ!」

 

 ケイトが乗り込んだ搭乗型固定巨大砲台『紅い獣の(レッドビースト・)厄災(ディザスター)』は『アナンタ・シャーシェ』と双璧を成す対邪神決戦兵装だ。

 搭乗者の生命エネルギーを弾丸に変換、それをバレル内で何倍にも膨れ上がらせ射出する。

 最大の特徴は多種多様な弾丸をリロード無しで撃てる点。

 その中でも『肉体付与弾』は今作戦のキーにしてスタートでもある弾丸だ。

 その名の通り、被弾した相手に内側から肉体を与えるのが『肉体付与弾』……即ち実体なき風の神たる『イタクァ』に肉体と言う弱点を与えるための弾丸だ。

 さらにもう一つ『対邪神特効弾』、その名の通り邪神に対して強い力を持つ弾丸だ。

 ケイトは開幕に『肉体付与弾』を、続けて『対邪神特効弾』を変異体『イタクァ』に命中させなければならない。

『肉体付与弾』が想定通り作用しているか『対邪神特効弾』着弾時のダメージ……即ち出血で判断するのだ。

 これは非常に重要な役割でもし外そうものなら今後の戦局に大きな影響を与えることになってしまう。

 しかし、ケイトは模擬戦含め1発も外したことはなかった。

 世界中の裏社会で恐れられる『紅い厄災』の名に恥じぬ射撃精度の元、いざ邪神に挑まん。

 

「邪神だろうがなんだろうが! このアタシがぶっ殺してやるよ!」

 

 

 

「行くよ! 右牙(ウガ)! 左牙(サガ)! 白楼(ハクロウ)! 天神霊衣(てんしんれいい)!」

 

 光美(ミツミ)の号令の元、三体の式神を鎧と定義しその全てと融合し巫女服の上から鎧武者じみた鎧をその身に纏う。

 その背後には三体の式神の力を集約した三つの円環が浮遊していた。

 爆発的に上がった生命エネルギーを持って光美は言の葉を紡ぐ。

 

「我ら守護するは人の(ことわり)、我ら縛るは宙の外から来たりし(よこしま)なる神、我ら十一の魂を持って邪なる神を縛る桜の牢獄とならん! 我らは誓う、我ら十一の魂()ちようと百日の間、牢獄は邪なる神を縛る鎖とならん! 花開け! 『楼閣至るは(サクラメント・)神縛りの牢(チェーン・ジェイル)』‼︎」

 

 紡がれた言の葉の後、巨大な桜色の多重結界が展開される。

 その範囲は直径100キロメートル。

 リリス達が待機する島はその端に位置している。

 変異体『イタクァ』を呼び出す場所は直線で100キロ先の海上、開幕から距離を取ることで少しでも戦いを有利に進めるための作戦だ。

 続けて光美は言の葉を紡ぐ。

 

「我ら守護せしは誇り高き戦士達! 我ら十一の魂の名の下、彼の者達を守護する鉄壁の守りを与えん! 我が名の下に開花せよ、桜の鎧よ! 『人を護し(アーマー・オブ)桜の花(・サクラ)』‼︎」

 

 紡がれた言の葉が仲間を守る鎧を呼び起こす。

 光美と『教会』の結界の奇蹟使い達、総勢11人の魂の結晶たる二種の結界。

 たとえ彼らが皆死そうとも、その効力は百日に渡り続く。

 まさに彼らの『人を守護する』と言う願いが集い生まれた奇跡の結界だ。

 

「私達はみんなを守り抜く! たとえ、この身が朽ち果て死そうとも、私たちの祈りは……想いは決して砕けない!」

 

 光美の宣言に続く様に『教会』の結界奇蹟使い達は拳を天に掲げた。

 

 

 

「まさか、もう一度これを着れる日が来るとは思ってなかった……」

 

 雪奈(せつな)はそう言って自らが纏う衣服……儀式礼装『桜華(オウカ)不知火(シラヌイ)』を見る。

 彼女が纏う礼装は先の呪楼(じゅろう)蠱毒(こどく)』での決戦で焼失されてしまった。

 しかし、わずかに残った衣服の断片を元に光美が『ノア』内部での時間……おおよそ十年をかけて完全に復元したのだ。

 そもそも、儀式礼装『桜華(オウカ)不知火(シラヌイ)』は不知火(しらぬい)の一族と深い関わりがあった神代(かみしろ)の一族が創り上げた物、しかしいつしかその製法は失伝し、今や現物しか残っていなかった。

 それさえも焼失してしまい復元は絶望的だった。

 けれど、光美は諦めなかった。

 姉を……美影(ミカゲ)の心を救ってくれた雪奈に対する精一杯の恩返し、それが儀式礼装『桜華(オウカ)不知火(シラヌイ)』の復元だったのだ。

 今の雪奈ならば、儀式礼装『桜華(オウカ)不知火(シラヌイ)』に頼らなくとも問題なく戦うことができる。

 しかし、雪奈にとってはそんなことはどうでも良かった。

 いつの日にか見た、儀式礼装『桜華(オウカ)不知火(シラヌイ)』を纏い戦う母の姿、それを思い出させてくれるこの礼装があるだけで不思議と勇気が湧いてくる。

 だからこそ、雪奈は光美の気持ちに応える為にも、そして、過去の自分を乗り越える為にも儀式礼装『桜華(オウカ)不知火(シラヌイ)』を身に纏ったのだ。

 

「見ていてください、父さん、母さん。私は誰かを守る為にこの力を振います!」

 

 雪奈は己が魂に誓う。

 人々を脅かす邪神を倒す為にその力を振るうことを……

 

 

 

「さぁて、アタシらも準備するぜ! シズハ!」

 

 クレアが静葉に対して声高に呼びかける。

 

「言われなくともわかってますよ!」

 

 静葉が答える。

 

「さぁて、いつものやつやりますかね!」

 

 そう言うとクレアは首からかけていた中心に青く輝く石が埋め込まれた銀の十字架を天高く投げた。

 

「いくぜ! 聖装(せいそう)……展、開ッ!!!」

 

 クレアはその掛け声と共に、自身の眼前に垂直に落ちてきた十字架を全力で殴りつけた。

 十字架は5つのパーツに分かれた。

 瞬間、激しい光がクレアを包む。

 分かれた十字架の銀のパーツはそれぞれクレアの胸部、背面、左右の前腕付近で浮遊、そして青く輝く石は空中で浮いたまま待機している。

 そうして各パーツが変形を始める。

 胸部のパーツは広がり上半身を覆う鋭くかつスマートな鎧へと姿を変える。

 背部のパーツは鎧の胸部パーツと一部結合したのち、一対の二股に分かれた翼のない羽根の骨格のようなものへと姿を変える、さながらロボット作品のブースターじみたものだ。

 左右の腕の2つのパーツはそれぞれの腕の前腕部を覆う様な鎧に形を変え、手の甲に沿う様に前腕部の鎧の側面からは腕と同じくらいの長さのブレード状のエネルギー展開パーツが構成された。

 最後に、浮いていた青く輝く石が鎧の中心にはめ込まれる。

 すると、変形した各パーツに石と同じ青い光の機械的なラインが浮かび上がった。

 

「展開……完了! さぁ、邪神シバきと洒落込(しゃれこ)もうか!」

 

 クレアは抱拳礼(ほうけんれい)に似たポーズを行った。

 おそらく意味は理解していないのだろうが、カッコいいからやったのだろう、いつものクレアらしいと静葉は思いながら自らも臨戦体制に入る。

 

「では、私も」

 

 そう言うと、静葉は首からかけられた緑に輝く石が埋め込まれた十字架を手に取る。

 

「……聖装展開」

 

 ただ一言、静かに告げる。

 瞬間、眩い光が静葉を包む。

 光が収束した後に見えた静葉の姿はクレアのそれとは大きく違っていた。

 全身に軽度の鎧を身に纏い、下半身、特に脚部が重点的に装備によって強化されており、両足は完全に鎧で覆われかつその鎧にクレアの背中に付いているブースターの極小版の様なものが片足につき左右5個づつ、計10個も付いている

 両足で計20個もあるブースターから分かる通り静葉の聖装はスピードに特化したものだ。

 そして、一際目を引くのは彼女の背面に浮遊している彼女の身長の倍ほどの大きさの(むげん)の形を作って動いている無数の緑色の光の刃……否、大量のクナイだ。

 

「展開完了」

 

 二人のシスターはもういつでも戦闘可能だ。

 

「シズハ」

 

 クレアが柄にもなく真面目な声で静葉の名を呼ぶ。

 

「なんですか、クレア」

 

 ただ静かに静葉はクレアに質問した。

 

「背中は預けたぜ、相棒!」

 

 そう言うとクレアは静葉の方に拳を突き出す。

 

「……ッ! えぇ! 任せてください! 私も背中を預けますよ、相棒!」

 

 そう言って静葉は突き出された拳に自らの拳を軽くぶつける。

 忍者とシスター、運命の悪戯がなければ出会うことさえなかった二人の相棒(バディ)が邪神へと立ち向かう。

 

 

 

「さぁて、俺とメリアーナは地味な裏方だ」

 

 グレンがメリアーナに言う。

 

「ええ、前線にも出ませんし、戦いにも本格的な参加はしません」

 

 メリアーナは答える。

 

「その通り! だから俺たちのやる仕事は……」

 

「「全身全霊でみんなの命を繋ぐ! ただそれだけだ!」」

 

 グレンとメリアーナが同時に叫ぶ。

 2人は完全な非戦闘要員だ、しかし彼らは重大な役割がある。

 傷ついた仲間を癒やし、治療し、その命を繋ぐこと。

 光美達が『仲間を守る』ことを信念としている様に、2人は『仲間の命を救う』ことを信念としていた。

 戦うことができない彼らの戦場は傷つき死の淵に立つ仲間を救うこと。

 それが彼らの戦いだ。

 

「メリアーナ、全身全霊で行くぞ!」

 

 グレンがメリアーナに告げる。

 

「勿論です! グレンさんも全力全開でお願いしますよ!」

 

 メリアーナの返答にグレンは「応!」と答える。

 彼らの『覚悟』は決まった。

 絶対に1人も死なせない、必ずみんなで帰るのだ、と。

 

 

 

 ———『アナンタ・シャーシェ』 コックピット内部

 

「緊張してますか、お嬢様?」

 

 アーマースーツにを身に纏い、全面式ヘルメットを装備したクリスがアキルに質問する。

 

「そりゃ……ね? 何せ相手は邪神よ! 正直言うと吐きそうだわ!」

 

 同じくアーマースーツと全面式ヘルメットを装備したアキルが答える。

 

「やっぱりですか、正直私もです。でも、不思議と怖くはないんです。それどころか勇気が湧いてくる様な……」

 

 クリスはそんなことを言う。

 

「気のせいよ、なんて言いたいけどある意味クリスらしいわ。誰かを守る時のあなたは誰よりも勇敢で強いのだから。かく言う私はめちゃくちゃ怒ってるけどね! ふざけたカルトどもの尻拭いをさせられるのだもの! ……まぁ、それはさておきクリス」

 

 アキルはクリスに近づきヘルメット越しに真剣な眼差しでクリスを見ながら告げる。

 

「絶対に無理はしないで……貴方がいなくなっちゃったらみんな悲しむ、だから無茶なことだけはしないで!」

 

 アキルは願う様にクリスに告げる。

 

「えぇ、約束します。必ずみんなで家に帰りましょう!」

 

 クリスはそう答えた、アキルはその答えを聞いてしばし目を閉じて深呼吸した後、答えた。

 

「ええ、必ずね! じゃあ、私は下の炉心部に行くわ。操縦、任せたわよ!」

 

「お任せください!」

 

 そうしてアキルは炉心部へと移動し準備に入る。

 

「接続……開始……同期開始……完了(コンプリート)

 

 アキルは淡々と『アナンタ・シャーシェ』との同期を行う。

 

魔皇(アザトース)経路(パス)解放率10%完全(パーフェクト・)完了(コンプリート)!」

 

『アナンタ・シャーシェ』の機体中に走る回路の様な赤色のラインが煌々と光り輝く。

 これにより、アキルと『アナンタ・シャーシェ』の同期は完了した。

 

「さぁ! いつでも来なさい! 『イタクァ』‼︎」

 

 

 

「さて、他のみんなは準備万端だ。我々も行くぞ! シェリー!」

 

 そう言ってリリスは浮遊する。

 

「わかってるわよ! もうここまで来たら逃げたりしない! 私だって戦えるってところを見せてあげる! 来なさい『血染めの(ブラッディ・)死神(グリムリーパー)』‼︎」

 

 シェリーがそう告げてホールを開けると大量の血液が一つに固まり、死神の大鎌の様な武器へと変貌する。

 

『諸君準備はいいか?』

 

 リリスは念話で全員に確認を取る。

 全ての人員から準備完了の返答が来る。

『アナンタ・シャーシェ』は待機状態のままに見えるが既に臨戦体制に入っている。

 前線部隊である雪奈、クレア、静葉はリリスが付与した魔術によって空中に立ち、いつでも戦える状態、結界班は後衛陣含め全ての結界を完璧に作動させ、ケイトは既に変異体『イタクァ』転送予定地点に向けて『紅い獣の(レッドビースト・)厄災(ディザスター)』の砲身を合わせ、『肉体付与弾』を装填済みだ。

 

『邪神降臨まで後1分を切った‼︎これより結界封牢作戦『壊れし悪夢(ブロウクンナイトメア)』を開始する!』

 

 

 

 

 

 

 巨大なゲートの果てより飛来せしは風と氷を司る邪神にして『ハスター』の上位眷族だったもの。

 人間に似た輪郭を持つ途方もない巨体、人間を戯画化したような顔、鮮紅色に燃え上がる2つの目を持ち、足には水かきを備えた邪神。

 歪められた儀式により変質し本来のあり方を失った邪神(もの)、その名は———

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

——————邪神 顕現——————

 

 

変異体『イタクァ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『イタクァ』の降臨と共にとてつもないハリケーンと猛吹雪が結界内に吹き荒れる。

 視界はほとんど塞がれ、『イタクァ』の赤い瞳だけがかすかに見える。

 しかし……

 

「この程度の視界不良と100キロ(ちょっとした遠距離)程度で外すほどアタシは甘くないってぇの! 『肉体付与弾』発射(ファイア)!」

 

 ケイトは迷わず弾丸を射出する。

 

「着弾が見えづらいわね! なら、この嵐を晴らすまで! クリス! 天を貫くわよ!」

 

「はい! お嬢様!」

 

『アナンタ・シャーシェ』が天を睨み、その瞳が光り輝く。

 

『天を焦がせ! 「インフィニティィィイ‼︎ビィィイムッ‼︎」

 

『アナンタ・シャーシェ』より放たれた極太の光の(ビーム)が嵐を消し飛ばし、日輪の光が取り戻される。

 

『こちらリリス、『肉体付与弾』の着弾を確認! 同時に着弾地点から肉が湧き出るのも確認した!』

 

 リリスの念話を聞いたケイトはすぐさま『対邪神特効弾』に弾丸を変更する。

 

「『紅い獣の(レッドビースト・)厄災(ディザスター)』ヴァレットチェンジ! 対象ヴァレット、『対邪神特効弾』……装填完了! 第二射、発射(ファイア)!」

 

 ケイトの号令の元、第二射が放たれる。

 

『こちらリリス、着弾確認! 対象……青いが出血を確認! 次のフェーズに移行開始! 前衛部隊突撃!』

 

 リリスの念話を皮切りに『アナンタ・シャーシェ』、雪奈、クレア、静葉、リリス、シェリー達がホールを経由して『イタクァ』の上空に現れる。

 

『1発くらいなさい! 「アイアン・サイス‼︎」』

 

 アキルの叫びの元、『アナンタ・シャーシェ』が右腕で『イタクァ』を斬りつけながら殴り飛ばす。

 

邪神(てめぇ)に救いはいらねぇが、1発喰らいな! 救済(サルベーション)スラッシュ‼︎」

 

 クレアは自身の20倍のサイズに肥大化させた光のチェーンソーで『イタクァ』を切り付ける。

 

「喰らいなさい! 邪神! 新神手(かみて)流奥義! ブラストストライク!」

 

 静葉は背後にある全てのクナイを右足に集中させ、両足のブースターで加速し『イタクァ』を蹴り貫いた。

 

「いざ! 送火(オクリビ)!」

 

 雪奈は刀に手をかけ『イタクァ』の首から背中までを駆け下りる。

 数刻遅れて(つば)鳴りの音と共に雪奈が駆け抜けた『イタクァ』の部位が切り刻まれる。

 

「さて、その首、切らせてもらうわよ!」

 

 シェリーは『血染めの(ブラッディ・)死神(グリムリーパー)』で『イタクァ』の首を切り裂く。

 順調なまでの攻防だ。

 そう()()()()()()調()()()()

 リリスはそのことに恐ろしいほどの違和感を感じた。

 だが、実際に『イタクァ』には攻撃は通じている。

 奴は声こそ上げないが青い血を大量に流し(うつむ)いているのだから……

『イタクァ』が顔を上げる。

 その表情は歪な笑みと怒りに満ちていた。

 そう、最初から『イタクァ』は我々を脅威として見てすらいなかったのだ。

 しかし先程の攻防で『イタクァ』は認識を改めた。

 今眼前にいる虫達は自身にとって脅威である、と。

 

『やばい! 全員退……』

 

 リリスが念話をするより早く『イタクァ』の口から氷雪混じりの嵐の咆哮(ブレス)がリリスに向けて放たれる。

 

「リリス!」

 

 シェリーがリリスの方を向くが、リリスは右の上半身を失い、傷口は氷漬けにされていた。

 

『ま……だ、大丈、夫……だ、それよ、りみんな、を……』

 

 リリスは力を振り絞って念話する。

 しかし『イタクァ』の攻撃は止まらない。

『イタクァ』は先ほどとは比べ物にならないほどのハリケーンを球体状にしてその両腕の内に圧縮して作り出す。

 そして、さらに圧縮する。

 

『ッ‼︎みんな! 『アナンタ・シャーシェ』の後ろに‼︎早く!』

 

 アキルが叫ぶ。

 クレアと静葉は間に合ったが、雪奈は『イタクァ』の攻撃までに間に合わなかった。

『イタクァ』が行ったのはハリケーンの圧縮による擬似的なカマイタチの生成。

 本来なら、『人を護し(アーマー・オブ)桜の花(・サクラ)』を付与されてる雪奈がただのカマイタチ如きで傷を負うことはない。

 ()()()()()()()()()()

 このカマイタチは変異した『イタクァ』の変異権能を帯びた異質なもの。

 それは容易く『人を護し(アーマー・オブ)桜の花(・サクラ)』を貫通し雪奈を斬殺死体にする……はずだった。

 

『させ……な、い!』

 

 リリスは力を振り絞ってギリギリのところでホールを使い雪奈を後衛陣の元へ転移させた。

 しかしそれでも雪奈の受けた傷は致命傷に近い。

 彼女が戦線に戻るのは不可能。

 それどころか命さえ危うい状況下だ。

 雪奈が助かるかどうかは後衛陣に託された。

 そしてもう1人、逃げ遅れた……正確には逃げなかったシェリーはその身を盾にリリスを守っていた。

 

「くそ! 好き放題やっちゃってくれて!」

 

 シェリーは悪態をついてみせるが、実際にはかなりまずい状況だった。

 シェリーが受けた背中と羽根の傷の再生が異常に遅いのだ。

 恐らく『イタクァ』の変異権能による影響だろう。

 シェリーはどうするのが最善手か全身全霊で思考を回す。

 不意にアキルの声が響く‼︎

 

『シェリー、みんなを連れて一旦退避して! ここは私とクリスで食い止めてみせるから!』

 

 それは余りにも無謀な提案だった。

 いくら耐久力に優れた『アナンタ・シャーシェ』と言えどたった一機で『イタクァ』とやり合うなど無理がある。

 しかし、それ以外の選択肢はなかった……

 

「必ず戻ってくるから‼︎」

 

 シェリーはそう叫ぶと『アナンタ・シャーシェ』と『イタクァ』以外の全員を一旦後衛陣まで退避させた……

 

 

 

 ———後衛陣にて

 

「奇蹟による傷の修復間に合いません!」

 

 メリアーナが叫ぶ。

 

「そんだけ治せれば十分だ! 止血する! 悪いな雪奈、服脱がすぞ! ……よし、これで止血は大丈夫、後は特殊配合した延命薬を使う!」

 

 グレンは手際良く処置を進める。

 

「やれることはやった……後は雪奈次第だ」

 

 次の瞬間、シェリー達が退避してくる。

 

「グレン! リリスをお願い!」

 

 シェリーは涙ながらに抱えていたリリスを地面に下ろす。

 

「マジかよ……この氷が原因か? 再生できてない!」

 

 グレンが氷に触れようとした瞬間リリス叫ぶ。

 

「触るな! ……はぁ、これ、は呪氷(じゅひょう)、だ。触れ、ば、おま、えもたちまち、氷漬け、になる。私、のことはいい。それよ、りも。戦え!」

 

 リリスは周りに居る者たちに告げる。

 先ほどまで遥か遠くで聞こえていたはずの爆発音や打撃音も、今となっては少しづつ近づいてきている。

 皆が話している間もケイトは『紅い獣の(レッドビースト・)厄災(ディザスター)』を使って『アナンタ・シャーシェ』の援護射撃を行い続けていた。

 シェリーは瞳をしばし閉じそして決意の元、開いた。

 

「リリスの役割は私が継ぐ! だから安心してそこで寝てなさい! 死んだら許さないからね! さぁ、クレア、静葉! 行くわよ!」

 

 そう言ってシェリーはホールを開けようとする。

 

「ちょい待ち! あたしも連れて行きな!」

 

 呼び止めたのは『紅い獣の(レッドビースト・)厄災(ディザスター)』から降りてきたケイトだった。

 

「ケイトちゃん⁈なんで?」

 

 シェリーは困惑する。

 

「なんでもクソもねぇよ、生命エネルギー切れ(弾切れ)しちまったんだよ。後は命を物理的に削るしか撃つ手段がねぇからな! なら、白兵戦だろ?」

 

 ケイトはニヤリと笑う。

 

「ふふ、そうね! なら改めて、行くわよ!」

 

 そう言ってシェリー達は『アナンタ・シャーシェ(アキルとクリス)』の元へと向かう。

 

 

 

 ———無人島から25キロメートル先

 

「はぁ、はぁ、クリス! まだ行ける⁈」

 

 アキルがヘルメット越しにクリスに問いかける。

 

「ええ! もちろん! ……と、言いたいですが流石にしんどいですね……けれど、戦えます! お嬢様は?」

 

 クリスが質問し返す

 

「まだ行ける! けど、これ以上出力はあげられない……今の時点で経路(パス)解放率30%つまり最大値よ!」

 

 30%、それはアキルが魔皇(アザトース)に侵蝕されない限界数値、その最高出力をもってしてもたったの数分で25キロメートル地点(ここまで)押し込まれてしまう程、変異した『イタクァ』は強かった。

 兵装(必殺技)も軒並み試したが模擬戦闘訓練の時と違いほとんど効果が無い。

 つまり、コイツは想定を遥かに上回る……いや、()()()()()()()()()()変異を遂げていたのだ。

 機体装甲はすでにボロボロ、有用な手も無い即ち詰み。

 アキルは内心、心が折れかけていたその時……

 

「待たせたな! 『紅い厄災』の登場だぜ!」

 

 そのふざけた口調は間違いなくケイトだった。

 それだけじゃ無い、シェリー、クレア、静葉達も戻ってきた。

 

「待たせちゃってごめん! 約束通り戻ってきたわ‼︎」

 

 シェリーがそう叫ぶ。

 

『遅いのよ馬鹿! さぁ、さっさとこのクソッタレを倒しましょう!』

 

 アキルのその声を引き金にケイトが動く。

 瞬間、ケイト自身にもわからなかったが、ケイトの殺し屋(厄災)としての勘と経験が『イタクァ』の急所らしき部分が導き出す。

 それは脳天に埋まっている石。

 側から見たらそもそも認識できないほど小さな石がこの変異体『イタクァ』にはあった。

 実際、ケイトもここまで近づいてようやく気付いたのだ。

 

「見えた! そこ‼︎」

 

 ケイトは二丁拳銃でその石を狙う。

 その瞬間、初めて『イタクァ』は防御の体制をとった。

 

「当たりみたいだな! シェリー!」

 

 ケイトはシェリーに呼びかける。

 すかさずシェリーは念話を行う。

 

『シェリーより全員に伝達。頭部脳天に弱点あり!』

 

 その声を聞いた『アナンタ・シャーシェ』は『イタクァ』の両手を掴み、取っ組み合いの状態に持っていく。

 

『さぁさ! 邪神さん! 力比べといこうじゃない!』

 

 アキルは『イタクァ』を挑発する。

 当然『イタクァ』が挑発に乗らないことくらいわかっていた。

 それでも怒りのあまり、挑発せずにはいられなかった。

 

「んじゃまぁ、死ねや!」

 

『アナンタ・シャーシェ』が、取っ組み合ってる間にケイトは『イタクァ』の頭上に移動して引き金を引いた。

 瞬間、『イタクァ』が口からリリスを痛めつけたのと同じ咆哮(ブレス)を吐く。

 

『ケイト‼︎』

 

 アキルは思わず叫ぶが……

 

「残念だったな邪神、こちとら伊達に『紅い厄災』なんて呼ばれてねぇんだよ! 全弾ぶち込んでやるよ‼︎」

 

 ケイトは持ち前の身体能力を活かし咆哮(ブレス)を避けて『イタクァ』の弱点にありったけの弾丸を打ち込んだ。

 

「ガァ、アァァァァァァアァァァァァァ!!!」

 

『イタクァ』が悲鳴をあげる。

 これでやっと……

 アキルがそう思ったのも束の間、『イタクァ』は首をメキメキと無理矢理動かし、真後ろにいるケイトの方を向くと特大の咆哮(ブレス)を放った。

 

「な、グッ! アァァァアア!!!」

 

 烈風の咆哮(ブレス)がケイトの肉をズタズタに引き裂く。

 

「ケイトちゃん‼︎」

 

 シェリーは瞬時にホールを展開し、後衛陣にケイトを送る。

 

『シェリーから通達、今の咆哮(ブレス)を見るに、ケイトちゃんが破壊したのは氷の権能の核‼︎つまりもう奴は氷の権能は使えない!』

 

 その言葉を聞くまでもなく、クレアは両手の塞がった『イタクァ』の左腕に向けて全身全霊の技を放つ。

 

「喰らえ! これがあたしの全身全霊! 救済(サルベーション)スラァァァアッシュ!!!」

 

『イタクァ』の左腕に向けて放たれたそれは『イタクァ』より遥かに巨大な、天を貫く程のサイズの光の超巨大チェーンソー、その一刀を持って『イタクァ』の左腕を切り裂こうとするが、まだ足りない。

 あと一押し、何かあれば……

 

「新神手(かみて)流奥義! ブラストストライク(きわみ)!」

 

 その咆哮と共に静葉が光の超巨大チェーンソーを全力で蹴り付ける。

 その勢いによって『イタクァ』の左腕は完全に切断された。

 

「ギィャアアアァァァァア!!!」

 

『イタクァ』が今までで、最も大きな悲鳴をあげた。

 そうして再び特大の咆哮(ブレス)を吐く『()()()()()()()()()()』に向かって。

 

「「え?」」

 

 クリスとアキルは完全に虚をつかれた。

 胴体を守るため、即座に左手の組付を放し左腕で咄嗟にガードする。

 しかしこの咆哮(ブレス)は先ほどまでのものとは性質が違った。

 咆哮(ブレス)は『アナンタ・シャーシェ』の左腕を破壊し胴体の()()()()をすり抜けてコックピットに直撃した。

 間髪言わさず『イタクァ』は『アナンタ・シャーシェ』を風の権能を使い海のはるかそこに沈めたのだ。

 

 

 

「ぐ、うぅ……クリス?」

 

 頭から出血したアキルがヘルメット越しにクリスに呼びかける。

 しかし返答はない。

 ただ、浅い息の音が聞こえるだけだ。

 

「ッ!」

 

 アキルはすぐさまコックピットに向かう、そこにはボロボロになり、血だらけで倒れたクリスの姿があった。

 

「お……嬢様?」

 

 壊れたヘルメットから覗く光のない眼でクリスが呟く。

 

「嫌だ! 嫌だ、嫌だ! クリスはもう喋らなくていいから……シェリー‼︎シェリー‼︎お願いだから返事して‼︎」

 

 泣きながらアキルが叫ぶ。

 

『アキルちゃん! 大丈夫⁈』

 

 シェリーとの念話が繋がる。

 

「私は大丈夫! だけどクリスが……クリスが!」

 

 アキルの声でシェリーは理解し、ホールを使ってクリスを後衛陣に送り届けた。

 

『アキルはどうするの⁈』

 

 シェリーは問う。

 

「考えがある。グレンに繋いで!」

 

 アキルは流れた血と涙を(ぬぐ)う。

 

『アキル! 状況は大体推察したが何する気だ⁈』

 

 グレンが叫ぶ。

 

「『アナンタ』は元々1人乗りよね? なら『アナンタ・シャーシェ』も、私1人で動かせるわよね!」

 

 アキルがグレンに問う。

 

『理論上可能だが、ただでさえ1人乗りだと出力が落ちるんだ、それじゃあ……』

 

 グレンの返答にアキルは答える。

 

「大丈夫、手はある。それとみんなの治療よろしくね」

 

 そう言ってアキルはグレンとの念話を切る。

 

「シェリー! お願い! できる限り時間を稼いで!」

 

 アキルの無茶振りにシェリーは答える。

 

『やれるだけ、やって見せるわ!』

 

 それを最後に念話は切れる。

 アキルの考えた奥の手、それは魔皇(アザトース)との経路(パス)の完全解放。

 しかしそれはアキル自身が魔皇(アザトース)に侵蝕されるのと同義、それでは意味がない。

 魔皇(アザトース)がアキルを喰らうのではダメだ。

 その逆、アキルが魔皇(アザトース)を喰い尽くさなければならない。

 そうでなければ状況は好転しない、何よりも……

 

「私は滅茶苦茶キレてるんだよ!!!」

 

 その言葉の通りアキルは人生で経験したことがないほどに怒り狂っていた。

 目の前で友人達を切り刻まれ、最愛の人を傷つけられたこと、何よりそれを防げなかった己自身に怒り狂っていた。

 だからこそ……だからこそ、狂っていなければできない悪魔の手(せんたく)を選んだ。

 アキルはヘルメットを脱ぎ捨てる。

 

魔皇経路(アザトースパス)解放率40%……60%……93%……100%……120%‼︎」

 

 自ら経路(パス)を無理矢理こじ開ける。

 身体中が砕けるような痛みがアキルを襲う。

 頭から血が吹き出る。

 瞳から血涙が流れる。

 同時に心臓付近から魔皇(アザトース)のほんの一部が触手の集合体となって溢れ出しアキルを侵蝕せんとする。

 アキルはその触手を一まとめにして……勢い良く引き抜いた。

 ソレは生きたまま心臓を抉り出すのと大差ない苦痛だった。

 しかしどんな痛みも今の怒り狂ったアキルの前では無意味だった。

 アキルは引き抜いた触手の塊を……()()()()、物理的に食い尽くした。

 そうして叫ぶ。

 

「何が邪神だ! 何が魔皇だ! お前たちなんてどうでもいい! だけど力だけはよこせ! 魔皇(アザトース)ゥゥウ‼︎」

 

 瞬間、アキルの体が漆黒の光に包まれる。

 光が収束するとアキルの青い瞳は金色に塗り変わっていた。

 

「邪神も魔皇もクソ喰らえだ! ()の…… 人類(私達)の未来は人類(私達)が創る‼︎」

 

 アキルの進化に呼応するかのように『アナンタ・シャーシェ』もその姿を変えていく……

 

 

 

 ———地上 無人島から5キロメートル先

 

 

 

 そこには満身創痍のシェリーの姿しか無かった。

 アキルの言葉を聞いた3人は死に物狂いで『イタクァ』相手に時間稼ぎを行った。

 しかし、『イタクァ』の強大すぎる力の前にクレアと静葉は致命傷を負い後衛陣に送り届けられた。

 それでもなお、シェリーは1人抵抗を続けた。

 ここで自分が倒れれば後ろにいるみんなが死ぬ。

 そうはさせまいという気力だけでもはや戦っていた。

 下半身は失われ、右腕は使い物にすらならない。

 そんな絶望的状況でもやれることはある。

 

「クソッタレ邪神! あんたをここで止める! 『血濡れの串刺刑(ドラクル・エンパイア)』‼︎」

 

 無数の血でできた槍が『イタクァ』を滅多刺しにし()()()()()()()()

 しかし、『イタクァ』が動こうとすれば槍に簡単にヒビが入っていく。

 このままでは『イタクァ』を止められ無い。

 しかし、その時新たに『イタクァ』を縛る光の円環が現れる。

 

「花開け! 対邪神超特化簡易結界『楼閣至るは(サクラメント・)神縛りの牢(チェーン・ジェイル)』‼︎」

 

 それは光美による結界のアシストだった。

 だが、それでも……

 

「ぐぅ……がはッ!」

 

『イタクァ』はゆっくりと歩みを進めようとする。

 それにより結界にヒビが入る。

 光美が展開した結界は光美の魂で急遽作り上げた結界、それが傷つくという事は即ち光美自身の身体と魂にも結界が受けたのと同じダメージを受けるという事だ。

 

「まだ、だ! 我が……コレクションより来い! 神縛りの鎖‼︎」

 

『イタクァ』の氷の権能がなくなったことにより呪氷(じゅひょう)から解放されたリリスは満身創痍の身体ながら、時間稼ぎの為に最上級のコレクション、神を縛る鎖を惜しげもなく使う。

 それでもまだ足りない。

 これでは耐えられて1分が限界だ……

 そんな時、虚空より声が響く。

 

「お前が雪奈を傷つけたのか!!!」

 

 怒りに満ちたその声に気づいた光美が声の主の方を見る。

 そこに居たのは死んだはずの姉、神代美影(かみしろミカゲ)だった。

 

「おねぇちゃん……⁈」

 

「話は後よ、お馬鹿な妹! 要はあいつを縛ればいいんでしょ‼︎」

 

 美影の質問に光美は「そうよ!」と答える。

 

「なら、簡単ね。見せてあげる本当の束縛結界(そくばくけっかい)ってやつを! 『呪牢(じゅろう)呪大百足(のろいおおむかで)』さぁ! もがき苦しみなさい! 邪神‼︎」

 

 美影の結界により数多(あまた)の大百足が『イタクァ』を縛り付ける。4人の力を合わせた今ならば後2分は稼げる。

 後はそれまでにアキルの秘策が、上手くいくかいかないかだ! 

 そして一分半の時が流れた時、荒れた海が激しく渦巻く。

 渦巻く海の中より()()は現れた……

 

 

 

 ソレは『アナンタ・シャーシェ』を素体にアキル(搭乗者)の全てのエネルギーを武装に回したもの。

 破壊された左腕はそのままだが、ボロボロになった装甲は強靭な鋼鉄の鱗に覆われ、腰回りのリアアーマーとサイドアーマーからは紫色の光のマントがはためいていた。

 背中には『アナンタ・シャーシェ』より一回り大きい菱形を縦に伸ばした様な柱が計10本、円環を成す様に浮いていた。

 その姿は正に()()と言うに相応しいだろう。

 

「『アナンタ・シャーシェ=アザトース』それが今の名よ」

 

 その(ボイス)は間違いなく蒼葉(あおば)アキルのものだった。

 

『まて、アザトースだと⁈じゃあ君は……君はなんなんだ! 答えろ!』

 

 満身創痍の体でリリスは念話をかける。

 リリスは既に()えていた、中にいる肉体は間違いなくアキルだ、しかし魔皇(アザトース)との経路(パス)を限界以上に開いてしまっている。

 場合によっては既にアキルは魔皇(アザトース)に乗っ取られており、文字通り世界は滅亡する。

 その上での質問に対する返答が紡がれる。

 

『みんな、安心して。私はアキル()魔皇(アザトース)如きに侵蝕されてないわ! 逆に魔皇(アザトース)を喰ってやったわ! 物理的に!』

 

 リリスの思考がフリーズする。

 原初の混沌たる魔皇(アザトース)を喰った、なんて前代未聞どころか宇宙始まって以来初である。

 理解できる方がおかしい。

 

『詳しくは後で! まずは『イタクァ(アイツ)』をぶちのめす!』

 

 アキルが叫んだ瞬間、『イタクァ』は全力で自らの動きを束縛するもの全てを破壊する。

 が、『イタクァ』は()()()()()

 邪神としての本能が目の前の敵に敵わないと理解したからだ。

 故に『イタクァ』は全ての変異権能を持ってこの領域から逃げようとする。

 しかし……

 

『逃すわけないでしょ! クソ邪神! ここじゃ周りにまで被害が出るから()()()()に来てもらうわ!』

 

 そう言って『アナンタ・シャーシェ=アザトース』は『イタクァ』の顔面を鷲掴みにし、静かに浮遊する。

 

『展開せよ! 『固有世界(こゆうせかい)夢幻虚無(インフィニティ・ゼロ)‼︎』』

 

 アキルの声と共に天上にて『アナンタ・シャーシェ=アザトース』と『イタクァ』を包む様に黒い球体が広がった。

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 光美は吐血しながら息も絶え絶えでギリギリ立っていた。

 そこに美影が飛来する。

 

「おねぇ……ちゃん」

 

「相変わらずね光美、けどお馬鹿な妹にしては頑張ったわね」

 

 美影は優しくそう言うと光美の頭を撫でる。

 

「え?」

 

 光美は理解できなかった。

 何故なら……

 

「おねぇちゃんは、私のことが大嫌いで……」

 

 光美の言葉に美影が答える。

 

「ええ、大嫌いよ。()()()()()()()()()まではね。けど、最後の最後に気づいたの私は光美が()()()()()()ってね……あぁ、もう時間か。空気の読めない閻魔様だこと」

 

 そう言うと美影の体が光の粒子になって消え始める。

 

「おねぇちゃん!」

 

 光美が叫ぶ。

 

「大丈夫、ただあるべき場所に還るだけよ。さようなら()()()()()()、雪奈共々すぐに死んだら地獄の底から呪うからね!」

 

 そう言って消える美影の顔はどこか満足げだった。

 

()()()()()()()()()()()()()()()……」

 

 光美はそう言い残すと天神霊衣が解除され、大量に吐血しながら倒れる。

 

「光美さん!」

 

 叫んだ『教会』の女性結界術師が光美を抱えてメリアーナの元に走る。

 

「メリアーナ様! どうか光美さんを助けてください!」

 

 地面に静かに置かれた光美をメリアーナは全力で治療する! 

 

「神、よ! この者……の、傷を癒したまえ!!!」

 

 メリアーナも既に何度も治癒の奇蹟を使い満身創痍だったが、それでも止まらない。

 必ずみんなを救うその為に。

 

「後はまかせろ! 今回は延命薬だけで十分だな」

 

 グレンはすかさず光美に延命薬を打ち込む。

 途端に光美の呼吸が安定する。

 

「後は頼んだぜ、お嬢……」

 

 もはやグレン達にできることはない。

 あの球体の中で何が起こっているかは確認できない。

 できることはただ一つ、アキルの勝利を祈るだけだ……

 

 

 

 ——— 『固有世界(こゆうせかい)夢幻虚無(インフィニティ・ゼロ)』内部

 

 そこは無限に続く荒野と常に変化する玉虫色の空で覆われた世界。

 外界とは隔絶された()()()()()()

 魔皇(アザトース)の権能を獲得したアキルが作り上げた極小の宇宙、それが『固有世界(こゆうせかい)夢幻虚無(インフィニティ・ゼロ)』の正体だ。

 この空間内なら『アナンタ・シャーシェ=アザトース』は好きなだけ全力を出せる。

 

『さぁ! 懺悔の時間よ『イタクァ』‼︎「インフィニティ‼︎フォトンレイ‼︎」』

 

『アナンタ・シャーシェ=アザトース』が静かに浮遊し、その赤い瞳から、赤黒い無数の光が放たれる。

 その一撃一撃が『イタクァ』や地面に命中し、本来なら星すら穿ち貫通する光の柱となる。

 しかし、『イタクァ』の身体に傷はない。

 否、アキルは()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 実際、『イタクァ』は痛みから絶叫を上げる。

 

『わかったか! これが私の大切な友達(仲間)が受けた痛みだ! 私はお前を許さない! 限界まで苦痛を与えてやる! 「クレセント・カッター‼︎」』

 

『アナンタ・シャーシェ=アザトース』の右腕に『アナンタ・シャーシェ=アザトース』の10倍はある超巨大な三日月状の弓とも見間違わんほどの鋼鉄の刃が生成され、右腕ごと射出され『イタクァ』を荒野ごと真っ二つに切り裂く。

 その後射出された右腕は自動で『アナンタ・シャーシェ=アザトース』の元に戻り、ドッキングされる。

 そして『イタクァ』が()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『次よ! 「ジェノサイド‼︎テンペスト‼︎」』

 

『アナンタ・シャーシェ=アザトース』の口から雷と鋭い岩石、そして特殊な酸が混ざり合ったハリケーンが放たれ、『イタクァ』をズタズタに引き裂き、焼き焦がし、溶かし尽くす。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

『イタクァ』はもがき苦しみ逃げようと変異権能を使おうとするがこの空間内では魔皇(アキル)こそが摂理(ルール)そんな逃走は許さない。

 

『これで! 終わりだァァァァア‼︎』

 

『アナンタ・シャーシェ=アザトース』が『イタクァ』の顔面を鷲掴みにし、『イタクァ』を固有世界(こゆうせかい)内を縦横無尽に引き()り回す。

 そして……

 

『「ファイナルゥゥウ! インフェルノォォオ! ノヴァァァァァア!!!」』

 

 アキルの咆哮の元、『アナンタ・シャーシェ=アザトース』がその口を限界まで広げ、星一つを燃やし尽くす程の極熱の炎で『イタクァ』を焼き尽くす……否、焼き溶かし尽くす。

 それでも『イタクァ』の上半身はギリギリ残っていた。

 それを頭上に投げ、「ジェノサイド・テンペスト」で跡形もなく消し飛ばした。

 

『これが魔皇(まおう)の…… 『アナンタ・シャーシェ=アザトース』と人類の力よ‼︎』

 

 アキルは天に右拳を上げて叫ぶ。

 連動して『アナンタ・シャーシェ=アザトース』も同じポーズをとり、勝鬨の咆哮を上げる。

 そして、敗北した『イタクァ』は小さな赤い結晶体となって外宇宙(がいうちゅう)の果てへと転送された。

 

『これで、本当に終わりよ』

 

 そう言って、アキルは『固有世界(こゆうせかい)夢幻虚無(インフィニティ・ゼロ)』を閉じた。

 

 

 

 ———外界、無人島にて

 

 

 

「終わった……のか?」

 

 半身をほぼ失ったリリスが呟く。

 瞬間、彼女らの前に『アナンタ・シャーシェ=アザトース』が現れ、中からアキルが降りてくる。

 アキルが『アナンタ・シャーシェ=アザトース』から降りると、『アナンタ・シャーシェ=アザトース』は元のボロボロになった『アナンタ・シャーシェ』に戻った。

 

「ただいま!」

 

 アキルがそう告げる! 

 

「ただいま! じゃない! 一から十まで全部説明しろ!」

 

 リリスが叫ぶ。

 

「ええ、そうね。説……明、ね……」

 

 アキルの瞳が金色から元の青色に戻る。

 瞬間、アキルは尋常じゃない量の血を吐き膝から崩れ落ちた。

 

「アキル‼︎メリアーナ‼︎早くアキルの治療を‼︎」

 

 リリスが叫ぶより早くメリアーナは治療を開始しようとする。

 しかし……

 

「……無理です。私では治せないほどに壊れてしまっているッ‼︎」

 

 メリアーナは涙ながらに告げる。

 

「せめて延命薬だけでも使って少しでも生かしてみせる‼︎」

 

 グレンはすかさずアキルに延命薬を打ち込む。

 呼吸は荒いが僅かながらに延命はできた。

 しかしながら根本的な問題は解決してない。

 そんな時にリリスが指を鳴らす。

 

「やはり、最後まで取っておいて正解だった‼︎」

 

 倒れた怪我人達のすぐそばに一人一瓶づつ小瓶が現れる。

 

「全員痛いが我慢してくれ、『起きろ』」

 

 リリスが告げると怪我をした者達が強制的に意識を取り戻す。

 

「すまないが説明してる暇がない、その小瓶の中身を飲め! 自分で飲めないやつは誰かに飲ませてもらえ! 早く!」

 

 リリスの指示のもと激痛に耐えながら皆は小瓶の中身を飲み干した。

 しばらくして小瓶の中身を飲んだ全員が心臓を抑え苦しみ始めた。

 

「リリス! テメェ何飲ませやがった‼︎」

 

 その光景を見たグレンが激昂しリリスに詰め寄る。

 

完全(パーフェクト)万能薬(エリクサー)の劣化コピー品だ! まぁ、不死を与えるものじゃない。あらゆる傷を……魂の傷さえも癒す薬、それが完全(パーフェクト)万能薬(エリクサー)だ、そしてこの症状はちゃんと効いている証だ!」

 

 その言葉と実際の光景にグレンは驚愕(きょうがく)する。

 何故なら、先ほどまで苦しんでいた怪我人達は嘘の様に回復していたからだ。

 

「しかしコレは劣化コピー品だ、治った部分が馴染むまで三日はかかるぞ」

 

 リリスはそうグレンに言った後、同じ説明をみんなにした。

 リリスの説明が終わった後、グレンが心の底から叫ぶ。

 

「そんな便利アイテムあるなら最初から出せよ!」

 

 至極真っ当な叫びだ。

 だが、リリスが出し渋ったのには理由がある。

 

完全(パーフェクト)万能薬(エリクサー)の劣化コピー品は劣化コピー品とは言えコピーに膨大な時間がかかる。いかんせんオリジナルからしかコピーできない上にコピー方法が難しすぎるからだ。実のところさっき使ったので品切れだ。だから私は出し渋ったんだ。もしあれ以上怪我人が増えたら誰かしらを犠牲にしなければならない……私はそんなことはしたく無かったんだ!」

 

 リリスが叫ぶ様に答える。

 

「そうかよ、なら納得するわ。はぁ……」

 

 グレンは仰向けに倒れ込む。

 続く様にメリアーナも仰向けに倒れた。

 

「まさか君達も!」

 

 リリスが使えるものはないかとホールに手を突っ込もうとするが、グレンとメリアーナの2人は制止する。

 

「「単純に疲れてるだけだよ!」」

 

 二人は息を合わせた様に答える。

 それに釣られて誰かが笑いそれが伝播する。

 そう、人類(彼ら/彼女ら)は邪神から勝ち取ったのだ。

 平穏なる日常を。

 暖かな陽光に照らされみんなは笑う。

 勝ち取った平穏を噛み締めながら。

 こうして、人類を襲おうとした悪夢は破壊された。

 

 

 

 

 

 ———謎の空間にて

 

 一つのテレビにコレまでの戦いが映画風に映されていた。

 

「あぁ、やっぱり知的生命体(オモチャ)は良いわ! とっても素敵! 私が()()()弄った『イタクァ』如きで詰むようなら星ごと壊そうと思っていたけどヤメヤメ! やっぱり知的生命体(オモチャ)は楽しまなきゃね! あなたもそう思うでしょ『娯楽(ごらく)』のアタシ!」

 

 ピンク色の長髪で黒いゴスロリ風の服を着た小さな少女は『娯楽』のアタシと告げた女性……荒井月(アライルナ)こと『ニャルラトホテプ』の方を見る。

 

「黙れ、『愛玩(あいがん)』! 貴様なぞ『ハスター』にでも惨殺されていろ‼︎私の玩具に勝手に手を出した挙句その態度とは、やはり貴様とは相容れないな。まぁ、しかし、アキルさんが爪垢程度とはいえアザトース(お父様)の力を完全に手に入れるきっかけを作った点だけは褒めてやる」

 

『娯楽』はそう答える。

 対して『愛玩』は顔を膨れさせる。

 

「『娯楽(あなた)』のオモチャは『ニャルラトホテプ(みんな)』のオモチャでしょ! 独り占めは良くないわ! それに私は『娯楽』のこと大好きよ!」

 

 笑顔で『愛玩』は答える。

 

「そうか、心底吐き気がするよ『愛玩』、二度と私を呼ぶな! 他の『ニャルラトホテプ(わたしたち)』とでも遊んでいろ!」

 

 そう言って『娯楽』は空間から消えるように霧散した。

 

「つれないなぁ、『娯楽』の私。性質的に近いから声かけたんだけどなぁ……まぁ、良いや! 知的生命体(オモチャ)がまだ遊べるってわかったし! これからも人類をゆっくり愛でますかね!」

 

 そう言って『愛玩』も霧のように消え去り空間は瓦解し消滅した。



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新たな明日に生きていく〜新生の刻〜

 ———決戦から3日後

 

 ———アメリカ合衆国 某所 地下超巨大施設『ノア』内部 第一階層エントランスにて

 

「どうやらみんな来たみたいだな」

 

 そうリリスは告げる。

 その半身は傷だらけだが、ほとんど元に戻っていた。

 

「あんたもだいぶ治ったのね」

 

 アキルがリリスに告げる。

 その風格は以前までの少女らしいものを残しながらも何処か超然としていた。

 その他、今回の作戦に参加した者たちが皆集合していた。

 たった一人を除いて……

 

「グレン……」

 

 ケイトが呟く。

 

「彼は良い奴だった……まさかあんなことになるとはな……」

 

 リリスは悲しそうにそう紡ぐ。

 

「勝手に人を死んだ風にしてんじゃねぇアホバカ共ぉぉお‼︎」

 

 そう言って、グレンは息を切らせながらエントランスにやってきた。

 

「なんだ間に合ったのか、と言うかこう言う時は乗るのがコメディアンじゃないか? グレン」

 

 リリスは先程までの悲しそうなふりをやめ、いつも通りのサディスティックなリリスに戻る。

 

「ざっけんな! 誰がコメディアンじゃあ! こちとら三日ほぼ不眠不休で全員の武器直して、『アナンタ・シャーシェ』の修復プログラム作ったり死ぬほど大変だったんだぞ! バカ! アホ! 鬼畜異星人(エイリアン)!」

 

 グレンは怒りのままに罵倒するが、リリスはケラケラと笑っていた。

 

「いやぁ、すまんすまん。それだけ元気なら問題ないな! さて……諸君! 我々は無事に当初の目的を達成し、人類を救った! このことを知るのは一部の人間と我々だけだ、誰からも賞賛もされないだろう。だが! 私は諸君らを可能な限り賞賛し、感謝しよう! いや、させてくれ! 君達皆が英雄だ! どれだけ言葉を紡ごうと足りないくらいに感謝している! 本当にありがとう!」

 

 リリスは深々と礼をする。

 

「ほーん、リリスぅ? 感謝するならなんかくれよぉ〜具体的に言うとお前の持ってる中で一番滅茶苦茶美味い酒を寄越しな!」

 

「やめなさい! クレア!」

 

「シズハ、流石にジョークだよ、ジョーク!」

 

 クレアは静葉にそう言いながらリリスに要求する。

 半ばジョークのつもりだったが想定外の行動にリリスは出た。

 

「良かろう、これが私が持つ最高のモノだ! 是非味わってくれ!」

 

 そう言うと、リリスはホールから中身の入ったラベルの無いボトルをクレアに渡す。

 

「こ……これは! アタシには分かる! この眩いほどのオーラ! これは間違いなく最高の酒だ!」

 

 リリスは惜しげも無く最高級の品をクレアに渡したのだ。

 

「他にも欲しいものがある者は言うが良い! 私の持ち得るコレクションにあれば譲渡しよう! ソレくらいさせてくれ!」

 

 リリスは皆にそう告げるが……

 

「私達は大丈夫、強いて言えばリリス、貴女の連絡先を頂戴な。私達、もう友達でしょ?」

 

 みんなを代表してアキルがリリスに告げる。

 

「……本当にそんなことで良いのか?」

 

 リリスは困惑気味に答える。

 リリスは今まで対価を求められた際は体、財宝、命(なにかしら)を失っていた。

 そうして成り上がってきた。

 そんなリリスにとって、アキルたちの要求は想定すらしていない事だった。

 だが、同時に心の底から嬉しかったのだ。

 今まで、シェリー(たった一人)しかいなかった友達が新たに増えたのだから。

 

「……あぁ、あぁ! 勿論だとも、くれてやろう! 私の連絡先を! 何、暇な時には遊びに来い! 私は君達友をいつでも歓迎するさ!」

 

 リリスはこの日、生きてきて初めて涙を流した。

 だがソレは悲しみからじゃない、喜びからくる美しい涙なのだから……

 

 

 

「まさか、初めて泣くとはおもはなんだ……少し恥ずかしいな……」

 

 リリスは頬を赤らめながらそう小さく言う。

 リリスからしたら初めての経験がみんなに見られた羞恥心と今までクールな感じのミステリアス女子として振る舞っていたのが恥ずかしさに拍車をかけた。

 

「いやぁ、いいもの見れたわぁ! リリスの初めて」

 

「誤解を招くような言い方をするな! 馬鹿吸血鬼ニート! ……コホン、ソレでは諸君! お別れの時間だ!」

 

 リリスがパチン、と指を鳴らすとアキルたちの背後にゲートが開かれる。

 

「入った瞬間にそれぞれの家に着くようになってる。それでは、さらばだ! また会おう友よ!」

 

 リリスのその言葉に各々別れを告げ、それぞれの居場所へと帰っていく。

 そうして皆が帰るのを確認するとリリスはゲートを閉じた。

 

「……やはり、寂しいな」

 

 

 

 ———予玖土町(よくどちょう) 蒼葉(あおば)邸にて

 

「「「ただいま‼︎」」」

 

「ええ、お帰りなさいませ皆様」

 

「アキルちゃん! みんな! お帰り!」

 

「お帰りなさいませ皆様、クリス、グレンも!」

 

 アキルたちを出迎えたのはトマスとヴァレット、そしてアキルの姉……蒼葉冬香(とうか)とクリスとグレンの姉……メアリー・フォスターだった。

 

「姉さんも来てくれて……」

 

 瞬間、アキルの視界が流転する。

 体には激痛が走り、アキルは倒れ込む。

 その背中を裂くように空間は割れ、まるで蛹から蝶が羽化するかのようにソレは現れた。

 褐色の肌に金の髪、瞳は金色に輝く10歳くらいの全裸の少女は裂け目から現れるとまるで当然のように宙に浮き、その場にいたものたちを睥睨(へいげい)する。

 その場にいた戦えるものは、苦痛に悶えるアキル含め皆、少女に最速確殺の技を放とうとするが……

 

「平伏せよ」

 

 その一言で全員は地面に押し付けられる。

 所謂超重力と言うモノを少女は行使した。

 

「……ふむ、余の見た目は納得いかぬが、知性を得たか。愉快」

 

 少女はそう呟く。

 

「しかして、威厳が足りぬな。ふむ……」

 

 少女は指を鳴らし、露出度の高い漆黒の簡素なドレスを纏う。

 

「さて、来たれ『ナイアーラ』」

 

 少女が告げると共に、少女の隣の空間が歪み一人の女性が現れる。

 

「どうもお久しぶりです。アキルさんたち、新井月(あらいルナ)こと『ナイアーラ』、顕現(けんげん)いたしましたよ! そして……」

 

 新井月は少女の方を向き(ひざまず)く。

 

「お久しぶりです。お父様。ずいぶんと愛らしいお姿ですね?」

 

 そう告げた。

 

「その余計な一言、貴様は『娯楽』か……まぁ、良い許す。今の余は寛大だ……この女以外にはな!」

 

 そう言って少女は腕を動かすとアキルの首を締め上げ自らの眼前に持ってくる。

 

「よくも余を喰らう。などと馬鹿げたことをしてくれたな人間! だが、余に知性をもたらせたことは評価する。故に余の手を持って殺してやる。光栄に思え」

 

「やっぱり、あんたは……『アザトース』‼︎く……そ……‼︎」

 

 アキルはあがこうとするが体が動かない。

 

「では、死ね。我が器よ!」

 

『アザトース』の手刀がアキルを貫……かない。

 

「いったぁぁあ!!! なんじゃこれ! なんじゃこれ⁈」

 

『アザトース』は何が起きたのか理解できていないが一旦地面に降り立ち転げ回る。

 瞬間、アキル達の拘束が解かれる。

 

「ブッフォ‼︎あはははははは‼︎」

 

 その光景を見た荒井月は吹き出して大笑いしていた。

 

「とにかく! 今がチャ……」

 

 アキル達が攻撃しようとした瞬間、全員の首元に鋭い触手が突きつけられる。

 

「ふぅ……ふぅ……あぁ、おもしろ! それはともかく、お父様に手は出さないでください、ね?」

 

 ()()()()()()()()荒井月はさっきまで嗤っていたとは思えない殺気を放ちアキル達に語りかける。

 

「……っ! 全員やめて! 相手が悪すぎる……ッ!」

 

 アキル達は一歩退き攻撃の体制を止める。

 すると、荒井月は触手を引っ込めた。

 

「流石アキルさん、弁えてますねぇ20ニャルニャルポイント差し上げます」

 

「要らないわよ! そんな意味不明ポイント‼︎そんなことよりこの状況をちゃんと説明しなさい‼︎」

 

 ふざける荒井月に対してアキルは叫ぶ。

 

「説明といいましてもねぇ……そこの愛らしくもお間抜けなお父様……正確には分体は貴女が生み出したんですよ? だって食べちゃったんでしょう、お父様のこと? 食べられたお父様が貴女を媒体にあのカタチを取って新生したのです‼︎わかりましたか、矮小な皆さん?」

 

 アキルは唖然とする。

 自分のせいで人類に対する史上災厄の魔皇を呼び出してしまったのだ、と。

 しかし……

 

「まぁ、クッッッソ弱いんですけどね! あのお父様! マジで笑えるくらい弱いですよホント‼︎最高に惨めで愛らしいです! ナイスですよアキルさん‼︎」

 

 そう言って嗤いながら荒井月はグッドサインを出す。

 

「は?」

 

 困惑の声の主は他でもない『アザトース』だった。

 

「ふざけるな! 『ナイアーラ』‼︎余が弱いだと‼︎この愚か者が‼︎」

 

 そう言って『アザトース』は先程の権能を使おうとする、が。

 

「……!」

 

「…………?」

 

「………………???」

 

 何も起きない。

 その様子を見て『ナイアーラ』は嗤い転げ回る。

 何故なら『ナイアーラ』は理解していたからだ、もう『アザトース』が権能を使えないことに。

 

「ええい! なら、貴様からだ! 器!」

 

 そう言って『アザトース』はアキルに襲いかかるが。

 

「えっと……ポコポコするのやめて欲しいなぁ……?」

 

 全く効いてない、ソレどころか『アザトース』は息を切らしていた。

 

「あー、おもしろ! じゃあ後お願いしますね!」

 

 そう言って荒井月は帰ろうとする。

 

「まて! 『ナイアーラ』! 余をこんな下等生物の元に置いていくのか⁈」

 

「え? お父様来るんですか‼︎」

 

 そう言った『ナイアーラ』の顔は邪悪な笑顔に満ちていた。

『アザトース』はしばし考えた後、アキル達の方を向く。

 

「喜べ、矮小な人間共! 混沌の魔皇たる余が……」

 

 魔皇特有の口上を述べようとするが……

 

「荒井月、こいつ好きにしていいわよ」

 

 アキルが一言そう告げると『アザトース』は態度を一変させる。

 

「お願いします! 『ナイアーラ』だけは勘弁してください‼︎」

 

 そう言って泣きながら土下座をする。

 その光景を見た荒井月はすぐさまスマホを取り出して映像に収め、他の『ニャルラトホテプ(自分たち)』に共有した。

 この日以来、蒼葉邸には新しい仲間? として態度だけでかいちびっ子自称魔皇が増えたのであった。

 

「仕方ないから余のことはアーちゃんと呼ぶが良い!」



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予玖土町恋愛譚

 ———予玖土町(よくどちょう) 蒼葉邸 深夜 クリスの部屋

 

 私……クリス・フォスターは今、死ぬほど悩んでいる。

 過去に類を見ないレベルのミッション、失敗は許されない、許されてはいけない。

 

「……お嬢様とデート」

 

 不意に口から溢れる。

 そう、明日は恋人同士になってから初のお嬢様とのデート。

 故に悩む。

 正直、お嬢様と二人だけで行動する事は恋人同士になる前からもあったが殆どが()()()()の時だ。

 そう言うことを抜きに純粋に二人だけと言うのは本当に初めてだ。

 始まりは他愛もない日常会話だった。

 今朝のテレビでたまたま見たデートスポット特集の話をお嬢様に振ってみたら『よし、じゃあ明日デート行くわよ! クリス!』と即決されてしまった。

 全くもって嫌じゃなかった。

 むしろすごく嬉しかった! 

 だって、初めての恋人らしいイベントなんだから楽しみじゃないわけないじゃないか! 

 が、今になって冷静になると中々まずい。

 何せ、デートって事は私服なのだが、何を着ていけばいい? 

 と言うか、デートって作法あるのかな? 

 ……軽く調べたがあまりにも多すぎる。

 故に、私は今死ぬ程悩んでいる。

 睡眠時間を削りながら明日のイメージトレーニングに励む。

 失敗なんてしてたまるか! 

 せっかくのお嬢様との初デート、絶対に成功させるんだ! 

 

 

 

 ———翌日

 

 

 

 やっちまった。

 あの後、結局一睡もできなかった。

 とにかくシャワーを浴びて朝食の準備……はトマスさん(父さん)がやってくれる事になってるから、服! 着ていく服! お嬢様の傍にいるのに相応しいやつ! つまりは執事服(いつもの)! ……あれ? 相応しいとは言ってもデートに執事服は無いよなぁ……かと言って制服はもっと無いし……もしかしなくても詰み? 始まってもいないのに? いや待て、仕事用に買った私服! アレを使えば……

 不意に部屋の扉がノックされる。

 

「クリス、ちょっと良い? 今日のデート、私のわがままで申し訳ないんだけど先にクリスだけ待ってて欲しいの。場所は携帯に送ったから! もちろん待たせるだけの価値のあるものになるわよ! ……多分!」

 

 扉越しにお嬢様はそう言って走り去る足音が聞こえた。

 

「ハードルが上がった……」

 

 つい口からこぼれてしまった。

 とにかく一旦シャワーを浴びて冷静になろう。

 

 

 

 ———生羅無大公園(セイラムだいこうえん) 狼像の前

 

 

 

 結局あの後、館内でお嬢様と会う事はなかった。

 私は自分で考える限り一番良い服装に着替えかなり早めに待ち合わせ場所に来た。

 と、言っても白のTシャツとその上にジッパー付きの薄手の黒いパーカーと紺色のジーンズにスニーカーといった感じだ。

 ……正直、本当にこれで良いのかすごく怖い。

 そもそもデートって何着ていけば良いか全然分からないし! 

 と言うか、結局色々調べたけど実践できる気がしない! 

 世の恋愛中のカップルってこんな難題ずっとこなしてるの? 超人か何かなの? 

 

 閑話休題(思考整理)

 

 とにかく、今は待つだけで良い。

 結果は後からついてくるんだから。

 そう、いつも通り……

 

「待たせてごめんね、クリス。その……似合ってる、かな?」

 

 (お嬢様)の方を見る。

 そこには純白のワンピースを着た天使がいた。

 

「と、とても似合っています! お嬢様!」

 

 その回答を聞いてお嬢様は嬉しそうに笑みを浮かべた後、少しむすっとした。

 

「クリス! もう恋人同士よ? なら、相応の呼び方があるんじゃない?」

 

 ふふ、とお嬢様は意地悪そうに笑う。

 相応しい呼び方なんてわかってる。

 わかってるけど正直恥ずかしい! 

 それでも、お嬢様にそこまで言わせて応えないのは最低だ。

 だから、意を決して口に出す。

 

「似合ってますよ。ア……アキル」

 

「ふーん、敬語やめないんだ」

 

「いや、それは……」

 

「私はちゃんと素を出してるのにクリスくんは隠すんだ、ふーん」

 

 楽しそうにアキルは意地悪を言う。

 正直、敬語もだいぶ素ではある。

 けど、それは後から覚えた事だ。

 だから……

 

「分かったよ、アキル。これで良いか?」

 

 (スラム時代)の……()()()()()の口調に戻す。

 正直、この口調は今は得意じゃないがアキルが求めるなら構わない。

 

「良くできました! じゃあ、楽しいデートを始め……」

 

 アキルの言葉が止まる。

 手持ちのバッグの中身を漁ってるのを見るに予定表を無くしたのか? 

 アキルらしくない。

 ……いや、なるほど理解した。

 

「アキル。もしかして、ケイトに身支度手伝って貰った?」

 

「え? 確かにこの服見繕ってくれたのもケイト……あ」

 

 どうやらアキルも理解したらしい。

 

「ある意味ケイトらしいな。ハプニングを楽しめって事じゃないか?」

 

「でしょうね。帰ったらシバくわ」

 

 ぐぬぬ、とアキルが顔を膨れさせる。

 正直それだけでも可愛い。

 

「だったら、適当に町をブラつかないか?」

 

 アキルに提案してみる。

 今の俺はアキルと一緒にいるだけで十分楽しいし嬉しい。

 アキルはどうかわからないけど。

 

「……まぁ、そう言うのも悪くない、か。じゃあ、はい」

 

 アキルはそう言って白く綺麗な細い手を差し出す。

 

「折れないよな?」

 

「そんなやわじゃないわよ!」

 

 ちょっと意地悪を言ってアキルの手を握る。

 白く細い透き通った手から仄かに感じる温かさが確かに伝わった。

 

「さぁ、行こうか! アキル!」

 

 そう言って、俺はアキルの手を引いて2人で町に繰り出した。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 普段の執事服や制服とは違うラフな姿のクリス。

 いつもと違う本当の口調のクリス。

 私のことを『お嬢様』ではなく『アキル』と呼んでくれるクリス。

 どれもが新鮮で愛おしい。

 今までこんなに充実したことなんてあったかしら? 

 最初はちょっと意地悪をしてしまったけど、クリスは嫌がらずに応えてくれたのがたまらなく嬉しい! 

 ……これが幸せってことなんだろうなぁ、もっと早くに知りたかった。

 思えば今まで大変なことばかりだったから、それに慣れきってしまっていたのね、私。

 けど、今は……今だけはすごく楽しくて温かい気持ちでいられる! 

 願わくばこれからもずっと、なんて少し強欲かしら? 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 ———星夢街(セイムがい) 商店街にて

 

「で、結局どこ行くか思いつかずいつもの商店街に来た、と」

 

 アキルが意地悪そうな笑顔で俺の顔を覗き込む。

 

「……言い返せねぇでございます、はい」

 

 事実故こう言うしかない。

 

「へぇ、クリスって案外エスコート苦手なのね」

 

 ニヒヒ、と笑ってアキルはそう言う。

 ちょっとカチンと来たが事実だし……いや、にしても今日のアキルはいつも以上に余裕がありすぎると言うか、こっちの手を先読みしてる様な……あぁ、そう言う事か。

 なら、少し仕返しが必要だな? 

 

「ところで、アキル。事前練習しただろ?」

 

 アキルの瞳を見て問いかける。

 一瞬、瞳が泳いだ後にアキルは答える。

 

「……してないわよ?」

 

 どうやらシラを切るらしい。

 なら考えがある。

 

「大方、ケイトに俺の変装してもらって対応パターン覚えたんだろ?」

 

 ちょっとしたカマかけをしてみる。

 アキルはあからさまに驚いた反応をする。

 何と言うか……相変わらず分かりやすい、まぁそう言う所が可愛いんだが。

 

「そうかそうか、なら、ちょっとばっかし悪いことしようかなぁ。何せ今は()の方だしな」

 

「へ? あのクリス? もしかして怒ってたり……する?」

 

 アキルが引き攣った笑顔で問う。

 

「うん!」

 

 そう言って俺はアキルの手を引いて裏路地に向かっていった。

 

 

 

 

 

 

「と言う事でやって来ました! 予玖土町星夢ゲームセンター!」

 

 アキルを連れてやって来たのは町のゲームセンター、ここは昔からよく来た場所だ。

 

「さてはてアキルさん、なんか欲しい景品ありますかい? 大抵は取れるぜ?」

 

 アキルに質問するがポカーンとしたままフリーズしている。

 仕方ないから無理やりフリーズを解除しにいく。

 アキルの顔に少しずつ顔を近づける。

 不意にアキルから中々の右ストレートが飛んでくるがそれを回避する。

 

「顔が近い! と言うかクリスいつもとキャラ違くない?! どうしたの?!」

 

「どうしたもこうしたも素を出せって言ったのはアキルだぜ? なら、ちゃんとオーダーには応えなくっちゃなぁ?」

 

 意地悪げにそう答えてみる。

 アキルは少し頬を膨らませた後、俺に詰め寄る。

 

「なら、アレとってよ!」

 

 そう言って指差したのは人気キャラクター『もふるんのす』の特大人形のUFOキャッチャーだった。

 

「OK、んー……3回ってとこかな」

 

 そう言って俺はアキルを連れてUFOキャッチャーの方に向かう。

 

「へ? クリスが取るんじゃないの?」

 

 アキルが問いかける。

 確かに俺がとってもいいが、それじゃ面白さ半減だ。

 なら……

 

「一緒に取った方がアキルも楽しいだろ?」

 

 そう答えてUFOキャッチャーに100円を入れる。

 あくまでアキルが取るべきだ。

 だから俺は後ろから指示するだけにしよう。

 そう思っていたんだが……

 

「クリスと一緒にやりたい! ほら、手置いて!」

 

 そう言ってアキルが袖を引っ張る。

 大人しくアキルの手に俺の手を重ねる。

 

「そこを右、あとは奥に……そこでストップ! うん、いい位置だ」

 

「本当にこれで取れるの?」

 

「経験談的には取れる」

 

 そんな会話をしながら運ばれてくる『もふるんのす』の特大人形を眺めてみる。

 思いの外、良いタイミングだったらしい。

 人形はそのまま穴に落ちて見事にゲットできた。

 

「にしても、デケェな」

 

「ふふ、ありがとう! クリス! 大事にするわね!」

 

 アキルはそう言って無垢で素敵な笑顔をみせる。

 

「そりゃどうも、袋貰ってくるからちょっと待っててな」

 

 そう言って、袋を取りに行く。

 あー!!! 何だよあの笑顔!!! 反則だろチクショウ!!! 

 顔が熱くてたまらない!!! 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

「……ふぅ」

 

 あああ!!! なんなのよ! なんなのよ! 

 せっかく今日はクリスを出し抜いてやろうと色々準備してたのに! 

 と言うか、素のクリスいつもとキャラ違いすぎるのよ! 

 いつものクリスが白なら素のクリスは黒! 

 さっき裏路地連れてかれた時とか、正直()()()()()されるのかと思った! いや、私的にクリスとなら……って違う‼︎

 とにかく! 今日のクリスは全然予想できないし、何し出すかわからないし、しかもそうする様に言ったの私だし!!! 

 あぁ、でも根本的には変わらないのよね。

 だって、とっても優しいもの。

 口調こそ荒々しいけど、そこだけは絶対変わらないのよね……

 

ずるいじゃん、そんなの

 

 手元の人形を抱きしめて呟く。

 クリスはやっぱりクリスなんだなって思い知らされた。

 優しくて、活発で、どこまでも一途な人。

 私なんかには勿体無いくらい素敵な人。

 ……なんか私が釣り合わないみたいな考え方になっちゃった。

 クリスはどう思ってるんだろう? 

 先に告白したのは私、しかも状況も滅茶苦茶な告白。

 やっぱり本当は……

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

「袋、デカめのやつ取って来ましたぜ」

 

 そう言ってアキルに袋を手渡す。

 

「あ、ありがとう……」

 

 アキルはそう言って袋に『もふるんのす』の特大人形を入れた。

 気持ち声がさっきより弱い。

 んー、席外してる間になんか考え込んだなコレ。

 なら、次行く場所はあそこだな。

 

「他に欲しいものある? ないなら別の場所に連れて行きたいんだが……」

 

「大丈夫よ! さぁ、次はどんな悪い所に連れて行ってくれるのかしら?」

 

 そう言ってアキルは笑顔をみせる。

 けどそれは先ほどまでのとは違う。

 いつも見た無理をした笑顔だ。

 そんなアキルは見たくない。

 だから……

 

 

 

 

 

 

「と言うわけで、俺の行きつけの秘密の喫茶店『九頭竜(くずりゅう)』に到着っと」

 

 アキルを連れて来たのは嫌な事があった時に俺がよく来る喫茶店『九頭竜』だ。

 

「なんか見た目は普通ね」

 

「確かに見た目は普通だけど大事なのは中身っすよ! とりあえず入りましょ」

 

 そう言って店内に入る。

 時間帯的に空いたからか好きな席にどうぞとのことだったので窓際の二人席に座る。

 

「ねぇ、クリス。なんかメニュー表分厚くない? 後、大っきくない?」

 

 アキルが困惑気味に質問してくる。

 初見なら当然の反応だ。

 何せ、辞書並みの分厚さとデカめの教科書並みの大きさのメニュー表だ。

 多分、その気になれば鈍器として使える様な代物だ。

 

「そりゃ、メニュー1つにつき1ページ、実寸大のメニュー画像付きですからね分厚くもデカくもなりますよ」

 

「へー」

 

 アキルは目を輝かせながらメニューを見る。

 どうやら少しは気が楽になってくれたらしい。

 

「で、ここで頼むならデザート一択っすよ。ちょっと失礼」

 

 そう言ってメニュー表のデザートページを開く。

 

「うわ! すっごい大きい! へぇ、ちなみにクリスのおすすめは?」

 

「パフェ系統は全部美味いっすよ。何ならこの店はなに頼んでも美味い」

 

「じゃあ、あたしはイチゴのパフェにするわ!」

 

 嬉しそうにアキルが喋る。

 店員を呼んでチョコパフェとイチゴのパフェ、そしてアイスコーヒーを一つづつ頼む。

 メニューが来るまでは時間がかかる。

 先に来たアイスコーヒーを一口飲んで、少し切り込んだことを聞いてみる。

 

「アキル、ゲーセンでまたマイナス思考してたろ?」

 

「……してないわよ」

 

「してたのね。で、何で悩んでるわけ?」

 

「クリスが本当に私のことが好きかどうか」

 

 アキルは恥ずかしそうにそう語る。

 そう来たかぁ、まぁ、答えは簡単だ。

 

「好きに決まってるじゃん。じゃなきゃこんなことしねぇよ」

 

「けど、執事だから本当は嫌で……」

 

 その言葉を遮る。

 

「あのなぁ、本当に嫌いなら素なんてみせねぇし、第一自分からデートの話題なんて振らないっつうの!」

 

 当たり前の俺の気持ちをアキルに伝える。

 

「本当?」

 

「本当だよ。寧ろ安心したわぁ、てっきりデートがつまんないもんだとばっかり思ってたからさ」

 

「そんな事ない! クリスとのデートは、その……すごく楽しいし、一緒にいるだけでも楽しいから……」

 

 恥ずかしげにアキルはそう言い放った。

 なら応えなくっちゃな! 

 

「俺もだよ、アキルといると楽しいし嬉しい。だからこれ以上のマイナス思考禁止な!」

 

「……うん!」

 

 笑顔でアキルは答える。

 やっぱりアキルには悲しい顔より笑顔の方が似合う。

 しばらくして注文した二つのパフェがやって来た。

 

「とりあえず、嫌な事は大抵糖分摂取すれば忘れられるから俺はここによく来るわけよ!」

 

「へぇ、クリスにも嫌なことあるんだ? ちょっと意外」

 

「そりゃまぁ人間ですから」

 

「ふふ、それもそうね」

 

 そんな話をしながらパフェを食べる。

 ふと、アキルの視線が俺のパフェに向いてるのに気づいた。

 

「少しいる?」

 

「……いる」

 

 そう言うので取る様にスプーンを追加で頼もうとするがアキルに止められた。

 

「その……スプーンならある、じゃない?」

 

 顔を真っ赤にしてアキルがそう言う。

 あぁ、確かにあるな。

 

「ほれ、あーん」

 

「……! 美味しい!」

 

「そりゃ良かった、じゃあ俺にも一口くれないか?」

 

 ちょっと意地悪を言ってみる。

 が、想定とは違ってアキルは普通にスプーンを差し出して来た。

 俺はそこに乗せられたパフェを食べる。

 

「うん、確かに美味い!」

 

 正直に言うと味とかわからなかった。

 だってそんなことよりこれ実質間接キスじゃん! 

 余裕の態度崩さないでいるだけで限界だ! 

 

「「……」」

 

 お互い無言の間ができる。

 多分、アキルも似た様なこと考えてるんだろうなぁ、顔真っ赤だし。

 

「と、とにかく溶けないうちに食べちまおうぜ!」

 

「そ、そうね!」

 

 そう言って黙々とパフェを食べ完食する。

 時刻はすでに夕暮れ、名残惜しいが楽しい時間はもうお終い。

 二人で手を繋いでゆっくり帰宅する。

 蒼葉邸のある山の下に着く頃にはすっかり夜になっていた。

 

「なぁ、アキル」

 

 不意にアキルに声をかける。

 

「何? クリス?」

 

 最後に言いたいことがあった。

 本当に言うべきかずっと悩んだこと。

 

「俺はさ、アキルが守った町や世界が好きだ」

 

「急にどうしたのよ」

 

 アキルは少し困惑気味に答える。

 

「けど、俺はいつもアキルの助けになれてない」

 

「……」

 

 アキルは黙って真剣に俺を見つめる

 

「だから、せめて俺はアキルの居場所に……帰ってこれる場所になりたい、えっと、つまり」

 

 あぁ、だめだ。

 やっぱり上手く言葉にできない。

 

「クリス」

 

 静寂を裂く様にアキルが凛とした声で俺の名を呼ぶ。

 

「クリスは分かってないみたいだから言うけど、もう役割は立派に果たしてるわよ」

 

「え?」

 

 思わず声が出る。

 そんな事はない俺は何もできてない。

 いつも足手まといで……

 

「クリスがいるから私は今まで戦えたし、これからも戦うだからそんなに自分を嫌いにならないで」

 

 アキル……お嬢様は私の瞳を真っ直ぐ見てそう語る。

 

「……やっぱりお嬢様には敵いませんね」

 

「うん、やっぱりクリスは曇った顔より晴れやかな顔の方が良いわ!」

 

 無駄な心配をさせてしまった。

 けど、なぜだか心は晴れやかだ。

 アキルの手を握り指を絡め合う。

 

「さぁ、帰りましょう私達の家へ!」

 

「えぇ!」

 

 願わくばこのささやかで素敵な日々が続きます様に、そう祈って私達は帰路に着いた。



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蒼葉アキルは惚気たい

 ———某日 夜 蒼葉邸 大広間

 

 蒼葉アキルは悩んでいた。

 深く深く、そして答えの出ない深淵を歩んでいた。

 その旅路の果てに気づく。

 この問題は私一人では解決できない、と。

 ならば———

 

「と、言うわけで私の悩みを聞いてもらうついでのパジャマパーティーを開催するわよ!」

 

 そうして殺し屋、シスター、異星人、その他諸々(レディ達)による秘密の夜会は開かれたのであった……

 

 

 

「で、悩みって何だよ?」

 

 ケイトがアキルに問う。

 アキルが他人に助けを求めるほどの悩みだ、余程の問題なんだろうとケイトは思考を巡らせていたが答えが出ない。

 邪神か? はたまたカルト教団か? それとも新たな敵か? 

 アキルと長い付き合いのケイトの問いに対して返されたのはあまりにも想定外の答えだった。

 

「……たいの……」

 

「ん?」

 

「クリスともっとイチャイチャしたいの!!!」

 

「「「はぁ?」」」

 

 その瞬間、その場にいたアキル以外のメンバーの心が一つになった。

 彼女達が出した結論、それは———

 

「スタブラやろーぜー!」

 

 そう言ってクレアはテレビとゲームの電源をつけて人気ゲーム、『大白熱スターダストブラザーズ』を起動し皆にコントローラーを配り始めた。

 

「ストップ! ねぇ! 待ってよ! アキルちゃん真剣に悩んでるんですけど! 酷くない?!」

 

 アキルは喚きながらクレアにしがみつく。

 

「離せよぉ! こちとら惚気話聞きにきたんじゃねぇんだよ! 第一ここの連中で恋愛経験ある奴のが少ねぇだろうが! 人選ミスだっつうの!」

 

 瞬間、クレアのその言葉に反論するものが現れる。

 

「失敬だなぁ、私はあるぞ? 恋愛経験。あとそこの自称吸血鬼もな」

 

 そう言ってどこからか取り出したワインを飲むのは異星人(エイリアン)、リリスだ。

 

「それに、どうやらここに集まった連中は多かれ少なかれ似たような経験持ちのようだがね?」

 

 その言葉を聞いたアキルはギラリと目を光らせた。

 

「へぇ、みんなあるんだ。じゃあ話せるわよね?」

 

 その言葉がその場にいる全員の背筋を凍らせる。

 アキルの表情はさっきまでのゆるいものから鋭い女帝の様なものへと変わっていた。

 

「まぁ、話さなくてもいいわ。とりあえず、私のサポートをしなさい? いいわね?」

 

 冷たい視線と言葉に貫かれる。

 結局、アキルの悩み相談はスタートすることとなったのだ。

 

 

 

「まぁ、クリスとイチャイチャしたいならすりゃあ良いんじゃねぇの?」

 

 ケイトがそう答える。

 確かに最善にしてもっともな答えだ、しかし……

 

「それができたら苦労しないわよ! 大体、その……イチャイチャするのがクリスは嫌だったら悲しいし……それに……」

 

「だぁ! めんどくせぇ! いっそ一発ヤッちまえよ! はい議題終わり!」

 

 クレアがそう言うとアキルは顔を真っ赤にしてはずかしそうに呟く。

 

「そう……言うのは、ちゃんと両親に挨拶とかしてからで……」

 

(((要らんとこで初心だなコイツ!)))

 

 皆の意見が再度一致した瞬間である。

 

「でしたら、普通にデートに誘うと言うのはどうでしょうか? アキルさんとクリスさんはお付き合いを始めてからもお互いお忙しい身ですが我々の方で仕事等を肩代わりすれば……」

 

 雪奈の説明中に横入りしてシェリーが呟く。

 

「えー、めんどくさーい!」

 

「せいやぁ!」

 

「ぐふぅ……」

 

 雪奈はシェリーの腹に高速の右ストレートを放ち沈黙させる。

 

「コホン、仕事を肩代わりすれば時間もできますでしょうしね!」

 

 雪奈はアキル以外の蒼葉邸のメンツに睨みを効かせながらそう答えた。

 

「でも、みんなに迷惑かけちゃうし……」

 

 アキルが言い切る前にリリスが語る。

 

「迷惑なんてかけてナンボだろうに、君は君なりに頑張ってきた、そして友人達は曲がりなりにも今の君の力になろうとしているんだ。断る方が失礼ではないかい?」

 

 その言葉を聞いてアキルは少し悩んだあと顔を上げる。

 

「じゃあ、私のわがまま聞いてもらってもいいかな?」

 

「「「勿論!」」」

 

 アキルの頼もしい友人達は迷いなく答える。

 その光景にアキルは笑顔を溢しながら夜は深まっていく。

 

「さて、私の悩み相談はこれでおしまい! パジャマパーティを楽しみましょー!」

 

 そう言って夜が明けるまで彼女達は友情を深め合ったのだった……

 

 

 

「あ! ちょっとハメ技ずるい! ゴリラで煽るな!」

 

「アキル弱すぎだろ」

 

「こりゃいいカモだわ」

 

「あはは……あ、ゲージ技当たっちゃった……」

 

「うわ〜ん! みんなして虐めるぅ!」

 

 ……友情は深まったのだ。

 



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『強欲』マモン

 ———真麻久留市(まさくるし) 丘の上の教会にて

 

「暇くせぇ……」

 

 そう言って教会の椅子に座って天井を見上げる金髪のシスター……クレア。

 彼女が暇に思うのも無理はない。

 この場所は教会と銘打っているが、実際に教会らしいことをする担当の黒人の大男の神父……ジョンが居ないからか誰も来ない。

 

「暇とは言え、もう少しちゃんとした態度を取ってください、クレア! これでも私たちは一応表向きはシスターなんですから!」

 

 そうクレアに言ったのは黒髪のシスター……神手(かみて)静葉(しずは)だった。

 

「んなこといってもよぉ、客なんざ来ねえって」

 

「客じゃなく『来訪者』です! それくらい覚えてください! そんなんだから悪評ばっかり広まるんですよ!」

 

 そう言って静葉は自らのスマホを取り出してこの教会のレビューを見せた。

 

「すげぇ、星2じゃん! シズハ来てからめっちゃ上がってるな!」

 

「そうじゃなくて! って噂をすれば『来訪者』さんが! クレア準備を」

 

 静葉は遠くからこちらに向かってくる人影に気づいてクレアに催促する。

 

「……あぁ、確かに来たな。招かれざる客がな。おい、シズハ。いつでも戦える準備しとけ」

 

 クレアの雰囲気が一気に変わる。

 除霊(ゴーストシバき)の時とも全く違う殺気に満ちた雰囲気に。

 

「え、何を言って?」

 

「いいから準備しろ!」

 

 クレアが怒鳴る。

 その額には汗が流れていた。

 そして……

 

「やぁやぁ、久しぶりだなァ! クレア! ……と、お前誰?」

 

 現れたのは高級そうなスーツを着て、高級なアクセサリーを悪趣味なまでに身につけた金髪の青年だった。

 

「テメェこそ何しに来やがった! 強欲(マモン)』!!! 

 

 クレアは青年……マモンに怒号を放つ。

 マモン、それは七つの大罪が一つ『強欲』を司る魔王の名である。

 そして今クレア達の目の前に居るのは正真正銘その魔王マモンである。

 

「何って、クレア。テメェに会いに来たのさ!」

 

魔王(テメェ)らアタシとの()()を破棄しやがったな!」

 

 クレアは怒りの声でマモンに問う。

 

「正確には上司(サタン様)が、な。なぁに、ちょっとした気まぐれさ! 何せ俺らは魔王だからな!」

 

 ケラケラとマモンは笑う。

 

「それじゃあ地獄(ゲヘナ)的にもマズいんじゃねぇか? 他の地獄から抗議が来るぜ?」

 

 怒りの声色はそのままにクレアはマモンを煽る。

 少しでも時間を稼ぐために。

 

「まぁ、確かに良くはないな。そろそろ日本の閻魔辺りは勘付きそうだ。だから、俺は俺の仕事をする。時間はやらない。……固有世界展開」

 

「静葉! 聖装展開しとけ!」

 

「は、はい!」

 

 静葉は慌てて聖装展開を行う。

 続く様にクレアも聖装展開を行い、そして視界が光に包まれる。

 

 

 

「……黄金の闘技場? それよりここは檻の中?!」

 

 光が収束したのち現れたのは黄金の闘技場。

 そして静葉は檻の中に閉じ込められ宙吊りにされていた。

 静葉が檻に攻撃するがびくともしない。

 

「静かにしてろよ、景品。安心しな、お前は大切な景品だ。その中なら安全だぜ?」

 

 マモンは嘲笑いながら静葉に語りかける。

 

「相変わらず趣味悪いな、マモン!」

 

「そりゃ、どーも。さて、まどろっこしいのは嫌いださっさと始めよう。ルールは簡単だ先に動けなくなった方の負け。勝った方が景品を手に入れる。これで決定だ」

 

 そう言ってマモンはクレアの方を見る。

 

「マジで、奇蹟使えなくなったのかよお前……」

 

 どこか悔しそうにマモンは怒る。

 

「なら、せめて俺の手で死ね、クレア!」

 

 そう言ってマモンが消える。

 次の瞬間、クレアの懐に潜り込み、その右目を切り抉った。

 

「がぁッ! 馬鹿が! 射程距離だぜ!」

 

 クレアはそう叫ぶと両腕の聖装から光の刃を無数に伸ばしてマモンに突き刺そうとする。

 しかし……

 

「弱くなったな……前のお前だったら俺は触れることすらできなかった。なのに今や簡単に右目を抉り出せちまう。悲しいぜ、クレア……」

 

 既に射程距離にマモンは居なかった。

 対してクレアは右目を失い視界の面で不利になる。

 

「うっせぇ! 弱くなろうが戦い方はあるんだよ!」

 

 クレアは聖装の背後ブースターで加速してマモンに斬りかかる。

 マモンはその攻撃に対して真っ向からぶん殴る。

 瞬間、聖装が砕け散る。

 

「な……」

 

「興醒めだな、せいぜい綺麗に泣いてくれや」

 

 そう言ってマモンは指を鳴らす。

 瞬間、光の柱がクレアの左腕を焼き払う。

 

「ぐぅぅうっ!!!」

 

 クレアは膝を地につき大きな隙を作ってしまう。

 名状できないほどの痛みにクレアは耐える。

 

「泣くことすらできねぇのかよ……」

 

 マモンは追撃しない。

 それどころか、心の底からクレアを憐んでいた。

 

「テメェに……憐れまれる、とは私も弱くなった、な」

 

 苦しそうにクレアはそう言って立ち上がる。

 既に右目は無い。

 左腕も失った。

 聖装は砕けて使い物にならない。

 そして相対するは強欲の魔王マモン。

 残された術はほとんどない。

 それでもクレアは立ち上がる。

 

「舐めてんじゃねぇよクソッタレのマモン!」

 

 そう言ってクレアは渾身の右ストレートをマモンに放つ。

 見事に命中したのかマモンは少しよろけた。

 

「まだ、諦めないのは評価するぜ! 結局は殴り合い(コレ)が一番性に合う!」

 

 そうして、二人の殴り合いが始まった。

 お互いガードなどしない、ひたすらに殴り、蹴り合うだけの原始的な戦い方。

 肉のぶつかる音、骨の砕ける音、血が飛び散り黄金を紅く染め上げる。

 そうしてどれほどの時間が経っただろうか。

 一人が倒れた。

 倒れたのはクレアだった。

 血を流し虚な瞳で地面に這いつくばっていた。

 

「……」

 

 マモンはどこか悲しげにクレアを見下ろしていた。

 しかし……

 

「まだ……だ、私、は……」

 

 クレアは立ち上がる。

 既に体は満身創痍。

 それでも立ち上がるわけは簡単だ。

 大切な友達を助けるため、ただそれだけで壊れた体を無理矢理動かす。

 

「もういい……せめて最後は楽に逝け、クレア」

 

 優しげな声でマモンはクレアの腹を貫いた。



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覚醒

 戦いの決着がつき、静葉は檻から解放された。

 静葉はマモンを無視してすぐさまクレアの元に向かう。

 

「クレア!!!」

 

 静葉はクレアに近づき、自らのシスター服を破り腹部の穴を塞ごうとする。

 しかし、傷はあまりにも大きく血が溢れ出す。

 

「シズ……ハ、無駄だ、とにかく……逃げ……ろ」

 

 血を吐き出しながらクレアは朧げに話す。

 

「喋らないで! 嫌だ! クレアを置いて逃げるなんて絶対嫌だ!」

 

 静葉は泣きながら止血を続ける。

 その光景を見ながらマモンは葉巻を吸っていた。

 

「……はぁ、俺は残念だよクレア。昔の……魔王(オレ)達を倒したお前はもういないんだな」

 

「黙れ! お前は私が殺す! 必ず殺してやる!」

 

 静葉は涙を流しながら怒りの形相でマモンを睨む。

 

「景品如きがオレを倒す? 笑わせんな、お前は弱くなったクレアより弱い。だから何も救えないし、この後オレに殺される。せいぜいクレアとの最後の会話をしてろ。一度オレを倒したクレアに対する敬意だ、それくらいは待ってやる」

 

 そう言って、マモンはつまらなそうに葉巻を吸う。

 

「……ッ!」

 

 静葉は何も言い返せない。

 マモンが言ったことは事実だ。

 静葉が弱いからクレアは死にかけている。

 静葉に力がないからだ。

 静葉が弱いからこの前の邪神決戦の時にクレアは傷ついた。

 静葉に力がないからだ。

 静葉が弱いから先祖の魂を弄ばれた。

 静葉に力がないからだ。

 力がなければ何も守れない。

 そして静葉()には力がない。

 だから何も救えない。

 なら……どうなってしまっても構わない。

 神がいると言うなら力をよこせ。

 誰にも負けない力を……

 静葉は求めた、限りない力を、全てを救う力を、()()()()()()()()()()()

 

私は! もう何も失いたくない!!! 

 

 瞬間、周囲が無限の光に包まれる。

 

「なっ……」

 

 マモンがあまりの光に目を瞑る。

 

慈悲(ケセド)起動。傷を癒せ」

 

 光の中で静葉の声が響く。

 

勝利(ネツァク)起動。我が敵を滅ぼせ」

 

 その一言と共にマモンが極光に包まれる。

 マモンは何かを言おうとしているが全てがかき消される。

 

「シズハ?」

 

 光が収まると同時にクレアが静葉の方を見る。

 静葉の背後には3つの光輪が三角形状に浮かび、その周囲を様々な色の10の光の珠が浮遊していた。

 

「……ごめんなさい、ごめんなさい! お腹しか治せなかった!」

 

 静葉はクレアの方を向く。

 その両目からは涙を流していた。

 

「治せなかったって……いや、そもそもその()()は……」

 

 クレアが考え込んでいると極光に包まれていたマモンが解放される。

 その身体はボロボロになって焼き崩れていた。

 

「チクショウ……サタンの野郎、何が『簡単な仕事』だ……化け物じゃねぇか」

 

 だが、マモンは笑っていた。

 まるで新しいおもちゃを与えられた子供の様に。

 

「おい、景品! 見直したぜ! さぁ、第二ラウンドと……」

 

 マモンが言い切る前に肉でできた巨大な門が現れ、その中から無数の手が現れマモンを掴む。

 

「サタン! 邪魔するんじゃねぇ!」

 

『悪いね、今君がやられたら困るんだマモン』

 

 虚空から声が響く。

 その声が消えると共にマモンは肉の門に取り込まれ、消えた。

 

「……」

 

 静葉は何も言わずにその光景を見ていた。

 そして、マモンが消えたことで黄金の闘技場は消え、元の教会に戻る。

 同時に静葉は倒れた。

 

「危ねぇ!」

 

 倒れた静葉の下敷きになる形でクレアが静葉をキャッチする。

 

「怪我は……してねぇな。さて、コレからどうしたもんかな」

 

 クレアは残った右手で頭を掻く。

 この先のことに対する不安と怒りから。



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サタンと閻魔

「おい!クレア!どうしたんだ!何があった!」

 

出先から帰ってきたジョンがクレアを見て叫ぶ。

しかし、クレアは特に気にせずいつもの口調で話す。

 

「何って見りゃわかるだろ?右目と左腕無くなったんだよ?節穴かジョン?」

 

「そうじゃない!何があったかと……」

 

「はいはい、説明は後でな!とりあえずシズハ頼むわ。片腕じゃ危なっかしくて部屋に連れてけねぇ。あぁ、後アタシ今から少し出かけるから」

 

そう言ってクレアはスマホを片手に電話をかける。

ジョンは今のクレアは話す気がないのだと判断し、静葉を2階の寝室に連れて行った。

 

「んじゃ、行ってくるわ」

 

「行くって……!」

 

クレアが言い切ると同時に黒いホールがクレアを連れ込み消えた。

ジョンはその光景を見て驚愕したが、教会の椅子に座り込み一息つく。

 

「相変わらずめちゃくちゃな奴だ……それより、どうやら大司祭の話が当たったらしい……」

 

そう言うと、ジョンも電話をかけ始めた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

———同時刻 地獄(ゲヘナ) 『憤怒』の間にて

 

「コレはコレは遠い所からわざわざ来てくださって、閻魔大王殿」

 

そう言うのは白髪の青年…… 地獄(ゲヘナ)を束ねる憤怒の魔王サタンであった。

 

「ふざけるな、サタン。貴様は条約を破り、現世へ侵攻した。この意味がわからぬとは言わせない」

 

淡々と言葉を語るのは日本の地獄を統括する十王が一人、第十三代目閻魔大王だ。

 

「人との条約を破るのに何の問題が?まぁ、現に僕はペナルティを受けてかなり弱体化してしまった。他の魔王達も同様だ。それで十分では?」

 

「人との条約ではない!地獄としての条約……即ち、現世への侵攻の禁止。貴様はこれを破った、故に私はここに来た。答えよサタン、何故現世に侵攻しようとする!」

 

閻魔がサタンに問いかける。

サタンは少し考えた後に答えた。

 

「んー、世界征服ってやつがやってみたくなったから。かな?ほら、ロマンあるじゃん?」

 

嘲るようにサタンは答えた。

 

「……本気で言ってるのか?」

 

閻魔の瞳が鋭く光る。

 

「本気本気、まぁ、半分くらいはね?いやさぁ、最近の現世って醜くない?どこからともなくやって来た邪神(クソ)どもが歴史介入して幾星霜、元からいた僕らは今やアイツらより下に見られてる。閻魔くんもムカつかないかい?それに、アイツらは星を滅ぼす厄災だ。外から来た奴らに壊されるくらいなら元からいた僕らに支配される方が人類も幸せだろう?なぁ、閻魔くん?」

 

饒舌にサタンは語る。

その言葉を聞き終えた閻魔は瞳を閉じる。

 

「そうか、それが答えか。ならば判決は下った!今ここで貴様を倒す!」

 

閻魔の瞳が開かれる。

同時に地獄(ゲヘナ)は閻魔の法廷(世界)に侵食される。

 

「へぇ、わざわざ他の十王から権能を借りたのかい?やるねぇ、ゾクゾクするよ!けど……」

 

サタンが何をすることもなく閻魔の法廷(世界)は崩れ去る。

 

「な……!」

 

閻魔は驚愕するがすぐさま戦闘態勢に入る。

しかしサタンは動かない。

 

「僕は君と戦いたくない。同じ地獄の管理者同士仲良くしようじゃないか?それに地獄(ゲヘナ)は僕の領域(テリトリー)だ、いくらでもズルは出来ちゃうし君には圧倒的に不利だ。やめといた方がいい」

 

サタンはただ、そう語る。

 

「……」

 

閻魔は黙り込み、思考を巡らす。

実際、状況は圧倒的に不利。

十王全ての権能をフル活用しても相打ちが関の山だ。

 

「どうだい、コーヒーでも飲んで帰ったら?そうした方がお互いのためだぜ?」

 

サタンはそう言って口角を少し上げる。

 

「ええ、不服ですが、どうやっても私では勝ち筋が見えません。ですから……」

 

そう言って閻魔は再び瞳を閉じて一回拍手をする。

 

「後は今を生きる者達に託します!我が権能を持って、地獄(ゲヘナ)に新たな法を敷く!『魔王は一人しか現世に存在できない』!!!」

 

同時に地獄(ゲヘナ)に光が放たれ、そして消えた。

 

「へぇ、自身の権能フル活用か。けど、それなら僕らをみんな出られなくすれば良かったんじゃないかな?」

 

コーヒーを二杯注ぎながらサタンは問う。

 

「嫌味が相変わらず得意ですね。私がいたらないからコレが限界なんですよ。さぁ、殺すならさっさと殺しなさい。最も、今敷いた法は消えませんが!」

 

「そっか、じゃあ、はいコーヒー。それ飲んだら帰るなり地獄(ゲヘナ)観光するなり好きにしてね」

 

「は?」

 

閻魔は目を丸くする。

 

「さっきも言っただろ?君と戦いたくないって。それに……」

 

サタンはコーヒーを一口飲んだ後、続けて語る。

 

「たかだか一人しか行けない程度で諦めるほどやわじゃないんだよ?魔王(ボクら)は?」

 

サタンは悪辣な笑みを浮かべた。

 

「……そうですか。せいぜい痛い目でも見てください」

 

そう言って閻魔は地獄(ゲヘナ)から退去した。

 

「……コーヒーくらい飲んでけばいいのに」

 

サタンはそう溢しながら自身のコーヒーを鼻歌混じりに飲んでいた。

 



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失ったモノ

 目が覚める。

 最初に映ったのは寝室の天井だった。

 私は何故ここに? 

 ……暫くして思い出し、飛び起きる。

 周囲を見渡すがクレアがいない! 

 私は急いで部屋から出る。

 

「お、起きたかシズハ!」

 

 二階の居間でクレアは何事もなかったかのように私を呼ぶ。

 その右目は大きな傷跡が残り、眼球は無い。

 左腕は完全に無くなっている、まるで最初から存在しなかったように。

 

「ん? あー、悪りい悪りい、まだ右目閉じたままってのに慣れてなかった! びびっちまうよな普通!」

 

 そう言ってクレアは笑って右目を閉じた。

 

「なんで笑ってられるんですか!」

 

 私は我慢できずにクレアに叫ぶ。

 

「そんな怒んなよ……別に気にしてねえし、アタシ」

 

「私が気にするんですよ! クレアは私のせいでそんな傷を……」

 

 言い切る前にクレアが私の足に蹴りを入れた。

 

「舐めんなよ、シズハ? アタシが負けたのはアタシの力不足のせいだ! テメェは関係ねえ! それともアレか? アタシを憐れんでるのか? なら、尚更筋違いだ!」

 

 クレアが怒鳴る。

 

「そんなつもりじゃ……」

 

「なら、これからは気にするな。無くなったモノは戻ってこねぇんだからな!」

 

 そう言ってクレアはまた笑う。

 無くなったモノは戻って来ない。

 その通りだ、それを憐れむなんて私の自己満足でしか無い。

 ん? 

 無くなったモノ……

 

「クレア、マモンはクレアは以前は奇蹟が使えたようなことを言っていました。私の聞いていた話と違いますよね?」

 

 クレアに問う。

 クレアはそっぽを向いて小さな声で答える。

 

シズハには関係ねえ

 

「クレア!」

 

 クレアは今まで私に隠し事をしたことは無かった。

 けど、今回は頑なに言う気がないらしい。

 普段なら気にしないのに今の私には気になって仕方なかった。

 そもそも魔王もなんなのかわからないままだ。

 だから。

 

「答えてください、クレア!」

 

「しつこいんだよ! わぁった! そんなに知りてぇなら教えてやるよ! それに……今回はお前を嫌でも巻き込まなきゃいけねぇみたいだしな……」

 

 クレアはいつになく神妙な顔つきで話し出した。

 

「さて、話すことは3つ。1つ魔王について、2つアタシの奇蹟について、そして3つお前の奇蹟と役割についてだ」

 

 そう言ってクレアは指を三本立てた。

 

「んじゃ、一つ目な。魔王……正確には七大罪の魔王は地獄(ゲヘナ)を管理するトップ7の悪魔の総称だ。シズハも七つの大罪って聞いたことくらいあるだろ?」

 

「まぁ、確か『色欲』『強欲』『暴食』『傲慢』『嫉妬』『怠惰』『憤怒』でしたっけ?」

 

「正解! そんでもってこの前来たのは『強欲』のマモンだ」

 

「そこまでは分かってますよ! けど、なぜ? 契約がどうとか言ってましたが……」

 

 クレアは一息ついて次の議題に移る。

 

「そこで二つ目が関わってくる。簡潔に話すと十年前にアタシは全魔王を倒して封印した」

 

「ちょっと待ってください! 色々飛ばしすぎです!」

 

「いや、事実だし……まぁ、その時に契約を強制的に結んだんだよ。『魔王は地上に出られ無い』ってやつ。事実上の完全封印だ。何せ魔王と『教会』は長いこと戦ってたからな。まぁ、そのあとがかなり不味かったんだよなぁ……」

 

「もしかして『教会』がやらかしました?」

 

「正解、魔王を封印したはいいけど今度はアタシの奇蹟が脅威だって話になった。アタシの奇蹟は『神の権能の模倣』まぁ、いちゃえば大抵何でもできるチート奇蹟だったわけよ」

 

「名前からして凄そうですね……」

 

「実際、魔王と互角以上に戦えたのは奇蹟のおかげだったしな! で、話を戻すが『教会』の一部がこの奇蹟は人が持つべきでは無いと反発して……まぁ、こうなったわけ」

 

 そう言ってクレアは着ていたシャツを脱ぎ上半身を曝け出す。

 そこには無数の傷跡が生々しく残っていた。

 

「……クレア、今すぐ『教会』に行きましょう。用を思い出しました」

 

 私の中で殺意の鼓動が目覚める。

 クレアをこんな目にした奴を見つけて死ぬより苦しい目に合わせてやる! 

 

「落ち着けシズハ、そもそもこれやった奴全員死んでるから復讐できないぜ?」

 

 クレアはいつもの口調でそう言う。

 は? 死んだ? 

 私の思考が停止しかける。

 そんなのお構いなしにクレアは語る。

 

「奇蹟の暴走とでも言うのかな、奇蹟をアタシから引き剥がそうとしたら引き剥がされた奇跡が暴走してアタシ以外は皆殺し、残ったのはアタシだけ。困った『教会』側は事実を隠蔽、魔王討伐の事実を改竄して今に至るってわけ」

 

 なんだそれは? なんだそれは! そんなんじゃクレアが報われない! 人のために戦ったクレアがどうしてそんな目に遭う必要がある! 

 

「シズハ、多分今お前はアタシのために怒ってくれてるんだろうがこれでよかったんだよ。少なくともアタシはそう思ってる。さて……最後の話をしようか」

 



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生命の樹

「さて、シズハ、お前の奇蹟はまず間違いなく『生命の樹(セフィロト)』だ」

 

 クレアが私を指差してそう告げる。

 生命の樹(セフィロト)、無限の光より生まれた10の光を宿す樹。

王冠(ケテル)』から始まり、『知恵(コクマー)』『理解(ビナー)』『慈悲(ケセド)』『峻厳(ゲブラー)』『(ティファレト)』『勝利(ネツァク)』『栄光(ホド)』『基礎(イェソド)』そして『王国(マルクト)』これら10の光からなるのが生命の樹(セフィロト)だ。

 

「私の奇蹟が…… 生命の樹(セフィロト)?」

 

「そうだ、そんでもってお前は()()()()()()()()()()()()

 

 力を出しきれていない? 

 魔王に対してあれだけのダメージを与えてクレアを死の淵から救えたのに? 

 困惑する私をよそにクレアは続ける。

 

「言っとくがお前が悪いわけじゃ無いぜ? 奇蹟の目覚めたての頃は誰もが陥ることさ! とにかく、お前の奇蹟は生命の樹(セフィロト)ってことはわかったな?」

 

「あんまり実感は湧きませんが一応は……」

 

「ならヨシ!」

 

 そう言ってクレアは笑う。

 思えばいつもクレアは笑ってばっかりだ。

 難しく考えているこっちがバカらしくなってしまう。

 そんな笑顔に今も私は救われているのかもしれないなぁ……

 

「さて、ここからは今後のシズハの役割だ。ズバリ! 魔王の再封印だ! 今の所『教会』最強戦力はシズハになっちまった。そんでもって魔王どもの目的不明だが強欲(マモン)が現世に現れた時点で戦線布告済みだ。当然『教会』側は魔王と戦わなくちゃならない。しかし『教会』も人員損失は少なくしたい。つまり……」

 

「私が戦うしか無い……ですか」

 

「正解、無論嫌なら言ってくれて構わないぜ? どんな手段使っても逃してやるからさ!」

 

 またクレアは笑う。

 だけど、今の私にはクレアの笑顔が痛くてたまらなかった。

 

「いいえ……いいえ! 私は戦います! 何より! 私はムカついてるんです! 魔王全員の首を刎ねるまで戦います!」

 

 私は机を勢いよく叩いて立ち上がる。

 

「マジかぁ……戦う(そっち)とっちゃうかぁ……つか、物騒だな相変わらず! まぁ、お前が決めた道だ横からあーだこーだ言わねぇが……『覚悟』はしろよ?」

 

 クレアが鋭い瞳で私を見る。

 私はその瞳を真っ直ぐ見返した。

 言葉はいらない。

 数刻の間の後クレアが喋る。

 

「マジみてぇだな、ならもう何も言わねぇ。思う存分魔王ども蹴散らせ! シズハ!」

 

「はい!」

 

 自らに自戒を込めて叫ぶ。

 私は魔王を必ず封印する。

 そしてもう、クレアが笑わない……無理して笑う必要のない世界にする! 

 だからこそ、私は力を使いこなしてみせる!

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

———深夜 教会裏にて

 

「戦う……か、やっぱシズハはそっち選んじまうよなぁ」

 

アタシは部屋着で一人そう呟く。

正直、シズハには逃げて欲しかった。

そうすれば苦しまないから。

だって、たった一人で抱え込むにはあまりにもデカい問題だ。

なら、逃げちまった方が幸せだ。

 

「けど、今度は一人じゃないぜ。今回はアタシがいる……」

 

言葉にして自分を落ち着ける。

何が『アタシがいる』だ、ろくに力になれねぇくせに。

だけど、シズハの苦しみを一緒に背負うくらいなら出来るか?

そんな些細なことしかできねぇ自分が嫌で仕方がない。

()()()()()()ができたとしても力になれるかどうか……

 

「だぁ!アタシらしくねえな!」

 

そう言って草の上に寝そべって星を見る。

過去の事、現在(いま)の事、未来のことに思考を回す。

魔王はいつ来るか分からない、けど戦いになるなら情報を持ってる分ある程度は有利に立てるはずだ。

それに、契約を破棄した代償はちゃんと効いていた。

マモンが人の姿で来たのがその証だ。

後はシズハが完全に奇蹟を扱えるようになればいい。

ただ……

 

「どうか()()だけはするなよ、シズハ……」



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新しい力

 ———1週間後 教会裏にて

 

「シズハ〜当たってねぇぞ〜……つうか、当てる気あるのか?」

 

 そう言いながら、聖装展開したクレアは私が放つ『勝利(ネツァク)』の攻撃を避け続ける。

 この1週間で『勝利(ネツァク)』で出せる攻撃パターンは劇的に増えた。

 斬撃、打撃、光弾、光柱(ビーム)現状はこの四つ、これらを織り交ぜたり斬撃の途中から光弾に変化させたりすることも出来るようになった、だけど当てられない。

 いや、クレアには当てたくない! 

 だってこの力は魔王を焼き尽くすほどの力がある。

 それを人に当てたら……考えるまでもない。

 だから……

 

「はぁ、しゃあねぇか」

 

 クレアはそう言って動くのをやめた。

 私は咄嗟に『勝利(ネツァク)』の進路を変えて外す。

 

「やっぱり、わざとか。それじゃダメだぜシズハ!」

 

 そう言ってクレアは私に近づいてきた。

 

「だって! あんなの当たったら……」

 

 言い切る前に腹部に痛みが走る。

 最初は理解できなかった、けど目で見てわかった。

 私は()()()()()()()()

 

「ダメじゃねえか? こんなに隙晒しちゃさぁ! 仲間が操られるくらい考えなきゃ!」

 

 痛い。

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!! 

 血が溢れて、これ、やだ……

 

「グッ……だあ!」

 

 クレアを思い切り蹴飛ばす。

 早く『慈悲(ケセド)』で傷塞がなくちゃ……

 

「させねぇ!」

 

 すぐさま次の一撃が来る。

 この間合いじゃ避けられない! 

 

「ッ! はぁ……っ『峻厳(ゲブラー)』起動!」

 

峻厳(ゲブラー)』の力を使い岩の壁を生やしガードする。

 早く、早く『慈悲(ケセド)』を使わなきゃ……

 

「邪魔くせぇなぁ、なら」

 

 岩の壁の隙間から光の輝きが見える。

 あれはマズイ! 

 逃げなきゃ……

 けど、血流しすぎて……動けない、嘘、やだ、こんな所でまだ死ねない! 

 それに、操られてるとは言えクレアにだけは殺されたくない! 

 

「はぁ、っ! 『栄光(ホド)』起動! 我が手に勝利を!」

 

 そう叫び『栄光(ホド)』を使う。

 それにより先程の光は消え去る。

 同時に『峻厳(ゲブラー)』を解除し……『勝利(ネツァク)』をクレアに放つ。

 収束した光の矢を右腕と両足に打ち込み動きを止める。

 

「がっぁぁぁあああ!!!」

 

 クレアが叫ぶ、けど今は『慈悲(ケセド)』で、傷塞がなきゃ……

 

「はぁ……はぁ…… 『慈悲(ケセド)』起動、我を癒せ」

 

 少しずつ傷が塞がっていく。

 だけど、血を流しすぎた。

 動けない、思考が鈍い、クレアを助けなきゃいけないのに。

 

「チッ、『慈悲(ケセド)』を使ったか。だが、その様子だとろくに動けないみたいだな? なら、死ね」

 

 そう言ってクレアは私の首を刎ねようとする。

 振りかざされた刃が首筋に当たり死を覚悟する。

 

「やっぱダメだな。シズハ、今日はもう休憩な!」

 

「は?」

 

 途端に口調がいつものクレアに戻る。

 何故? 

 だってクレアは……

 

「アタシが操られてると思ったって顔だな! 悪い、あれ演技だわ! 死にかければ本気になるかと思ったんだがなぁ〜」

 

 その言葉を聞いて私は激昂した。

 思いつく限りの罵倒をクレアにぶつけた。

 だって、だってあんなの悪趣味すぎる! 

 もし本当に私がクレアを殺したらどうするつもりだったんだ! 

 

「あー、悪い悪い。やり方が良くなかったな。けど、魔王どもはこれくらいはやってくるぜ? なら今のうちに慣れとけ」

 

 そう言ってクレアは立てない私に手を差し伸べる。

 私はその手を握って立ち上がり……クレアを全力でぶん殴った。

 

「……なんだ、やりゃできんじゃん」

 

「二度とあんな悪趣味なことしないでください! 次は本当に殺しますよ!」

 

「そうなることを祈ってるぜ、何せお前には『覚悟』が足りないからな!」

 

 そう言ってまたクレアは笑う。

 あぁ、頼むから笑わないで。

 私はそんな作り物の笑顔は見たくない! 

 

「おや、取り込み中だったかな?」

 

 不意に一人の少女の声が響く。

 私達二人はよく知る人物、不死の宇宙人リリスだ。

 その手にはアタッシュケースを持っていた。

 

「何、ちょっとした訓練の後の喧嘩さ! そんでもってお前が来たってことはできたんだな()()!」

 

 クレアは嬉しそうにリリスに問いかける。

 

「出来たが、君はまず傷を癒してもらえ」

 

 リリスの言葉でハッとする。

 私はすぐさまクレアに『慈悲(ケセド)』を使い傷を癒す。

 

「ふむ、生命の樹(セフィロト)の奇蹟か。まぁ、それはともかくご注文の()()()()だ。せいぜい大事に使えよ? 直すとなったらまた、グレンが死にかけるからな!」

 

 そう言ってリリスはホールを開いて消える。

 消える寸前に思い出したかのように顔だけ出してクレアに告げる。

 

「ちゃんと説明書読んでからつけろよ?」

 

「読むに決まってんだろ! アタシをなんだと思ってやがる!」

 

「ゴリラかな? まぁ、いい。じゃあな」

 

 そう言ってリリスはホールの中に消えた。

 

「誰がゴリラじゃ! どアホ!」

 

「クレアは脳筋で考えなしだからじゃないですか」

 

「シズハ、てめぇぶん殴るぞ?」

 

 クレアはそう言いながらもアタッシュケースを持って教会の2階の寝室に向かっていった。

 それに私もついていく。

 

「おっと、ここからはアタシ一人だけだ! ……覗くなよ?」

 

「そんな需要無いですよ。居間で待ってますね」

 

「ちょっとは乗れよぉ、つまんねーな」

 

 そう言ってクレアは一人寝室に入って行った。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 説明書を読んだのち、着ている服を脱ぐ。

 失った左腕の代わりに新たな義手(左腕)を取り付ける。

 義手側の接着面が溶けて体と結合する。

 星外技術ってのはやっぱり凄い。

 何のラグもなく新しい腕を動かせる。

 そして失った右目に義眼を入れる。

 こっちも注文通りの仕上がりだ。

 これがあればまだアタシは戦える。

 1週間シズハと稽古して分かった、いや、分かっていた。

 アイツは優しすぎる。

 それは美点であり欠点だ。

 だからアタシがそれを補う。

 それがアタシの役目、これから苦痛の日々が待つシズハを少しでも苦痛から遠ざけるのがアタシの役目だ! 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

「と言うわけでどうよ? ニュークレアさんは! んん?」

 

 部屋から出てきたクレアは上機嫌に私に問う。

 

「前とそっくりですけど、やっぱり違和感ありますね」

 

「んー、どストレート。まぁ、こいつは戦闘用だしな!」

 

 そんな話をしているとジョンさんが部屋に入ってくる。

 

「二人とも悪いが、魔王が出た。場所は東京。現れたのは『暴食』のベルゼブルだ!」



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『暴食』ベルゼブル

 ———東京上空 ヘリコプター内にて

 

「何ですか、これ……」

 

 思わず口から言葉がこぼれる。

 東京中に張り巡らされた肉の触手が人と繋がり、繋がった人は死んだように動かなくなっていた。

 悪臭と無数の巨大な蝿と蛆が蠢くその様はまるで腐った肉でできた町だ。

 

「相変わらず趣味悪いなぁ、『暴食(ベルゼブル)』は。さて、ジョン! 肉張り巡らされて何時間経過した!」

 

「1時間だ!」

 

 二人はそう会話し、ジョンさんの答えを聞いてクレアが顔を歪める。

 

「マズイな……リミットまで1時間しかねぇ! シズハ! アタシに掴まれ! 聖装使ってソッコーで行く!」

 

「行くって、どこへ⁈」

 

「スカイツリー! あの糞虫の事だ、間違いなくあそこにいる! それに、()()()()()()()()()!」

 

 そう言ってクレアは私が掴まったのを確認すると、聖装のブースターを全開にしてスカイツリーまで飛んでいった。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 食とは素晴らしい。

 故に私は最上の美食を求める。

 それはやはり人間だ。

 特に絶望した人間は実に美味だ。

 長らく味わっていなかったからか待ち遠しくてたまらないが、それもまた良いスパイスとなる。

 そして、これから来る来客は極上の料理となるだろう。

 故に心が躍る! 

 血が湧き立ち、腹が減る。

 さぁ、来るがいい我らを倒した聖女よ! 

 その極上の身を喰らうのが楽しみで仕方がない! 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

「さぁて、変態美食家の食卓まで後少しだぜシズハ! 奇蹟の準備しとけ!」

 

 クレアがそう告げる。

 私は自分の精神を集中させて奇蹟を解放する。

 

「奇蹟起動、『生命の樹(セフィロト)』展開完了」

 

 ただ静かにそう呟く。

 既にスカイツリーは目前に迫っていた。

 

「そんじゃ、景気良く行きますか!」

 

 クレアがそう言うと右目が光だす! 

 え? 

 何それ聞いてないんだけど⁈

 

「デストラクション・ビーム!!!」

 

 クレアが叫ぶと同時に赤い光線が瞳から放たれる。

 それは見事にスカイツリーの展望デッキを貫いた。

 ……は? 

 

「ンンン! さっすがグレン! いい出来だぜ!」

 

「何ですか、何ですか! 今の何ですか!!! 説明してください!」

 

「何って……ビーム?」

 

「そうじゃないでしょ! ああもう!!! 終わったら詳しく聞きますからね!」

 

 そんな会話をして撃ち抜かれた展望デッキに突入する。

 そこに一人の初老の紳士風の男がいた。

 

「随分と品のない行為をするのだな、クレアよ。それと、貴様は『強欲(マモン)』が言っていた新たな聖女か」

 

「よう、久々だな『暴食(ベルゼブル)』とりあえずあのキモい触手無くせや」

 

 クレアが『暴食(ベルゼブル)』に告げる。

 

「言われて私が無くすと思うか?」

 

「思わねぇよ、シズハ、コイツぶっ殺すぞ!」

 

「はい!」

 

「行儀の悪い聖女達だ、固有世界展開」

 

 

 

 あたりが晴れる、見渡す限りの白い大地と巨大な食器。

 これは言うなれば巨大なテーブルだ。

 

「聖女の肉は美味いと相場が決まっているが……さてはて、どう料理したものか」

 

 そう言って『暴食(ベルゼブル)』は自らの体から巨大な蝿の羽を生やし飛翔する。

 瞬間、私は紫の光……『基礎(イェソド)』の権能を使う。

 この権能は文字通り基礎に干渉する。

 即ち……

 

「羽が抜け落ちたか、面倒な奇蹟だ」

 

 私は『暴食(ベルゼブル)』を人と定義しそれを基礎として刻み込んだ。

 人に羽はいらない。

 だから、『暴食(ベルゼブル)』の羽は抜け落ちた。

 続けて緑の光……『勝利(ネツァク)』の権能を振るい、無数の光の剣で追撃する。

 

「物を投げるとは、はしたない聖女だ」

 

暴食(ベルゼブル)』は当然のように全ての刃を弾くが関係ない。

 そのまま剣を槍に変え串刺しにする。

 

「ふむ、些か面倒だとは思ったが訂正しよう。貴様は脅威だ。故に名乗れ、聖女」

 

 串刺しになりながらも余裕の表情で『暴食(ベルゼブル)』は私に名を問う。

 

地獄(ゲヘナ)の底まで覚えていきなさい! 我が名は静葉! 神手静葉(かみてしずは)! 貴様ら魔王を封ずる者!」

 

「ほう、それが貴様の名……」

 

暴食(ベルゼブル)』が言い切る前にその身体が光の刃に貫かれる。

 

「おいおい、アタシを忘れるなんてひでぇじゃねぇか『暴食(ベルゼブル)』? 互いに殺し合った仲だろ?」

 

 突き刺したのはクレアだ。

 そして光の刃を放つのは銀色に変色した義手だ。

 そのまま、クレアは『暴食(ベルゼブル)』を両断する。

 

「シズハ!」

 

「分かってます! 『王冠(ケテル)』起動、炎の王冠よ焼き尽くせ‼︎」

 

「がァァァァア?!」

 

暴食(ベルゼブル)』が灰になって消えていくと同時に『強欲(マモン)』の時と同様に門が現れ吸い込まれていく。

 同時に固有世界が解け、元いた場所に戻る。

 肉の触手や巨大な蝿や蛆はもういないこれで……

 

「シズハ、耐えろよ」

 

「へ?」

 

 しばらくして町中から悲鳴と絶叫が響く。

 なんで? 

 魔王は倒した筈なのに、何で悲鳴が? 

 

「あの触手は寄生したやつを溶かす。そんでもってそれには個体差があるが大人なら2時間以内なら助かる。逆に子供は1時間と保たねぇんだよ……」

 

「は?」

 

 1時間と保たない? 

 つまり私はたくさんの子供を助けられなかった? 

 それに溶かすって……

 胃から嫌なものが込み上げる。

 私は我慢しきれずその場で吐いた。

 

「シズハ、これは仕方ねえ……とは言えねぇかもしれねぇ。けど、お前は最善を尽くした。だから……」

 

 クレアが手を差し伸べるが私はその手を叩く。

 

「慰めのつもりですか! 私はまた救えなかった! もっと早くに来れてれば救えたかもしれない命を救えなかった! やっぱりもっと力が必要なんだ!」

 

「シズハ」

 

 右頬に痛みが走り私は後ろに倒れた。

 クレアに殴られたことに気づいたのはその後だ。

 

「いいか、救えない命だってある! 何でもかんでも救えるとしたらそれは神だけだ! そんでもって神なんざいねぇんだよ! お前は十分頑張った、最善を尽くした! それだけ考えろ! そうじゃなきゃこの先お前は壊れちまう!」

 

 クレアが私の両肩を掴んでそう語る。

 

「それでも……私は救いたい、救わなきゃいけない! もっと強くならなきゃいけない!」

 

 気がついたら私は涙ながらにそう叫んでいた。

 だって、こんなの酷すぎる。

 こんなの救いがなさすぎる。

 私が救う。

 私が救わなきゃダメなんだ! 

 

「……そうか、とにかく今は帰ろう。アタシ達にはもう何もできない」

 

 そう言ってクレアが再び手を差し伸べる。

 その手を掴み。

 私は失意の中、教会への帰路についた。



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失意

 ———教会2階寝室にて

 

 私はベッドで仰向けになり、ただ天井を見ていた。

 あの後ニュースで聞いたが10万人以上が死んだと報道されていた。

 私がもっと強ければ救えたかもしれない命の数。

 私がもっと早くについていたら? 

 私がもっと早くベルゼブルを倒せていたら? 

 もしかしたら助かったかもしれない。

 だけど、現実は違う。

 私は10万人の命を救えなかった。

 ……もっと力がいる。

 誰にも負けない力、誰も傷つけさせない力、圧倒的な力がいる。

 もっと強くならなければならない、私の奇蹟は人々を救うためのもの、その為なら私自身がどうなろうとも構わない! 

 

「相変わらず辛気くせえ顔してんな、シズハ」

 

 不意にクレアの声が聞こえて私はベッドから飛び起きる

 

「……いつから居たんですか?」

 

「さぁな? んなことより今回の事で悩んでるなら忘れろ! その方が楽だぜ?」

 

 クレアのその言葉は聞き捨てならなかった。

 

「何が忘れろですか! 10万人も死んだんですよ! 私達が……私が至らなかったせいで!」

 

「やったのはベルゼブルだろ? アタシらは出来ることをやった。それで十分だろ?」

 

 その言葉が頭に来た私はクレアを……殴ってしまった。

 

「……痛えなぁ、で? 少しは気分晴れたか?」

 

 クレアがこっちを見る。

 その表情は怒りではなく無表情だ。

 違う、私はこんなことがしたかったわけじゃない! 

 何で、私はクレアを殴るなんてことを……

 

「シズハ、今のお前の気持ちはわからねぇこともねぇ。実際、アタシらがもっと早く着いていたら助かったかもしれない命はある。けど、これが現実だ。そしてこれからも似たようなことが続くだろうよ。だから、辛いならアタシにぶち撒けろ! 泣いたっていい! 弱音を吐いたっていい! 怒りをぶつけたっていい! だけど……戦いからは逃げるな」

 

 クレアがそう言って私を抱きしめる。

 私は、私は……

 

「う、ぐ……私はまた助けられなかった……いっつも、いっつも!」

 

 私はクレアの胸の中で泣いた。

 苦しくて、辛くて、どうしようもなくって……うまく言葉にできない。

 

「いいよ、今だけは好きなだけ吐き出せ。辛いことは二人で背負おう。何たってアタシらは相棒(バディ)だ。だから……大丈夫」

 

 優しい声でクレアがそう言いながら、私の頭を撫でる。

 いつものクレアらしくないけれど、今はそれがありがたかった。

 私は弱くて、ダメで、だけどこれからずっと戦わなきゃいけない。

 自分で決めたことも成し遂げられないのに、なのに……

 

「もう大丈夫か?」

 

 私がひとしきり泣いた後、クレアが優しい笑顔で私に語りかける。

 

「……はい」

 

「そうか」

 

 私は涙を拭い、クレアに問う。

 

「クレア……私はどうすれば強くなれますか?」

 

「……」

 

 クレアは少しの間黙り込む。

 暫くしてその口が開かれた。

 

「無理に強くならなくても良いんじゃないか? シズハ、さっきも言ったがアタシたちは相棒(バディ)だ。だから、一人じゃ無理でも二人ならきっと何とか出来る。だから無理するな」

 

「それじゃあダメなんです! 私が強くならなきゃ! もしもの時にクレアを助けられない! もう……もう、大切な人を失うのは嫌なんです……」

 

 心から思った言葉をクレアに放つ。

 クレアは少し照れくさそうにした後に言葉を紡いだ。

 

「アタシを誰だと思ってる! 元魔王封印者クレア様だぞ! なぁに、そう簡単に死ぬほどやわじゃねぇよ! だから、シズハはゆっくりで良いから強くなれ!」

 

 いつもの調子でクレアはそう言い放つ。

 

「ふふ、そうでしたね! 私なんかよりもずっと強いんですもんね!」

 

「あったりまえよぉ! こちとら元最強シスターだからな!」

 

 そう語り合って、夜が深まっていく。

 そうだ、私は一人で抱えすぎたんだ。

 こんなに近くに頼りになる相棒がいるのに。

 だからこそ、私は戦い続けられる。

 暫くクレアと雑談をして眠りにつく。

 どうか、こんな日々を守れる位には強くなりたいと願いながら。



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『色欲』アスモデウス

 ———ベルゼブル討伐から2週間後 予玖土町(よくどちょう)にて

 

「そういえばこの町に来るのはなんだかんだ初めてだな! シズハ!」

 

 クレアが上機嫌そうに語る。

 今、私達は次の魔王……『色欲(アスモデウス)』との戦いの為この町にやってきた。

 と言うのも、ようやく教会側との連携が取れ始めて魔王の出現地域と時間をある程度絞れるようになったからだ。

 そして、『色欲(アスモデウス)』はここ予玖土町に3日以内に出現するのがわかった。

 理由は不明だがクレアに聞かされた『色欲(アスモデウス)』の能力からして多分()()()が狙いだ。

 もし彼女達が敵側に回ってしまった場合のことなんて考えたくはないが、今はとにかく『色欲(アスモデウス)』より先に彼女達に接触しなければならない。

 目指すは町からよく目立つ小さな山の中腹に立つ洋館だ。

 

 

 

 ———蒼葉邸(あおばてい)応接間

 

「いらっしゃい、そして久しぶりねクレアさん、静葉さん」

 

 そう語るのは白髪の少女……蒼葉アキルだ。

 

「相変わらずお堅いねぇ? アタシらはダチだろ? なら、敬語は必要ねえよ!」

 

「そう? じゃあ、そうさせてもらうわ、クレア」

 

 アキルとクレアの会話が少し私にはムッときた。

 よくわからないけど、なんか嫌だ。

 

「静葉? どうかしたの?」

 

「あ、いえ、何でもないです!」

 

 アキルの問いにそう答える。

 何でもないわけではないけど、この気持ちは閉まっておくべきものだ。

 わざわざ場の空気を悪くする必要なんてないのだから。

 

「で、要件は何かしら? 貴方達がわざわざ私のところに来るなんて面倒事でしょ?」

 

 アキルは慣れたようにそう語る。

 今まで多くの修羅場を潜り抜けた彼女には一種の余裕さえあるのだろう。

 圧倒的なまでの力とそれを律する強靭な精神……私にもそれがあれば……

 

「まぁ、面倒事だわな。単刀直入に言うと……」

 

 クレアが言い切る前にアキルが席を立つ。

 

「どうやらその面倒ごとがお目見えの様ね」

 

 瞬間、部屋の空間が割れそこから一人の金髪の美女が現れる。

 

「あらあら、先回りされちゃったかぁ……まぁ、いいや。狙いの娘はいるし。さて名乗りましょう、私は『色欲(アスモデウス)』よ。久しぶりクレア、そして新たな聖女と……邪神(クソ)共の魔皇の巫女さん」

 

「来やがったか! 『色欲(アスモデウス)』!」

 

「私、魔皇(アレ)の巫女になったつもりはないんだけど」

 

「二人とも来ますよ! 奇蹟起動!」

 

 私とクレアはすぐさま臨戦体制に入る。

 

「あらあら、殺気だっちゃって可愛い。じゃあ、こんなのはどうかしら? さぁ! おいでなさい!」

 

 そう言って『色欲(アスモデウス)』が号令をかけるが……

 

「え? 何故来ない!」

 

 何も起きない。

 肝心の『色欲(アスモデウス)』も困惑を隠しきれない。

 

「そりゃ、今()()()()には私達四人……三人と一柱かしら? しか居ないからね。あんまり魔皇の権能は使いたくないけど、『色欲(アスモデウス)』と言ったら十中八九精神操作、特に女性の精神操作って相場が決まっているもの故に、私の固有世界(せかい)に来てもらったわ」

 

 アキルは淡々と語る。

 おそらくアキルは『色欲(アスモデウス)』が現れた瞬間から固有世界に私達を隔離したのだろう。

 まだ情報の共有もしてないのにすごい判断力だ。

 

「……やっぱり面倒ね、アンタ。けど! これはどう?!」

 

 そう言って『色欲(アスモデウス)』が手をかざす。

 瞬間酷く心地いい感覚が私の脳を襲った。

 

「何かしたか?」

 

「違うアイツの目的は!」

 

 あぁ、何かが聞こえるけど。

 この感覚は……抜け出せ、ない。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 ———静葉の精神世界にて

 

 私は無力だ。

 また救えなかった。

 圧倒的な力を手に入れたのに。

 なら、何のための力なんだ? 

 救うことのできない力に何の意味がある? 

 私はまだ何も救えていない。

 救わなければ、救わなければいけないのに……

 

「陰鬱で嫌になるわねぇ」

 

 ふと、女の声が聞こえた。

 聞き覚えのある声なのに上手く思い出せない。

 

「あぁ、そのまま聞いててくれれば大丈夫。これは私の独り言みたいなものだから」

 

 その声は甘美で誘惑的で魅力的に思えて、私は耳を傾ける。

 

「あなたは救いたいのでしょう? 大切な人を、その方法を教えて上げる」

 

 声は静かに私の心に染み込んでくる。

 ドス黒くてなのに心地がいい。

 

「貴方の奇蹟は生命の樹(セフィロト)が本質じゃない、もっともっと強いものよ、だけどそれを成すにはまだ足りない11個目のセフィラを見つけなさい。その時———」

 

 女の声はそこで途切れた。

 肝心なことはわからなかったが何故か納得が行った。

 11個目のセフィラ、秘匿されし———

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

「おい、シズハ! 大丈夫か?!」

 

 クレアの声で意識が覚醒する。

 私は何を……

 

「クレア! 静葉は大丈夫?」

 

「おう! 大丈夫そうだ」

 

 アキルとクレアが会話する。

 何故かわからないけど胸の奥がキュッとした。

 ……そうだ『色欲(アスモデウス)』?! 

 

「クレア! 『色欲(アスモデウス)』はどうなりましたか?!」

 

「あー、それなんだが……」

 

 クレアが苦虫を噛み潰したような顔をして答える。

 

「アタシとアキル……いや、ほとんどアキル一人で倒しちまった」

 

 その言葉を聞いて更に胸が締め付けられる。

 

「クレアのサポートがあったから迅速に処理できたのよ?」

 

「うるせえ、アタシらいなくても一人でどうにかできるだろお前?」

 

 冗談まじりに雑談する二人を見る。

 違う、クレアの横にいるべきなのはアキル(お前)じゃない! 

 

「とにかく、静葉も怪我がなくてよかった!」

 

 そう言ってアキルは私に手を差し伸べる。

 ……私はその手を取り答える。

 

「力になれず、すいません」

 

 違う、本当に言いたいことはこんなことじゃない。

 だけど、今は結果が全てだ。

 だから私は自分の意思を殺す。

 しばらく三人で雑談した後、私とクレアは帰路についた。

 ……11番目のセフィラ、それにさえ到達できれば私は———



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『嫉妬』リバイアサン

 ———『教会』保有プライベートビーチにて

 

「いっやっほぉぉお!!!」

 

 クレアはいつも以上のハイテンションで海に飛び込む。

 私達は今、『教会』保有のプライベートビーチに来ていた。

 と言うのも次の魔王……『嫉妬(リバイアサン)』が既に現界しているのだが、場所が不明な為だ。

 まぁ、要は私達を餌に『嫉妬(リバイアサン)』を釣ろうと言うことだ。

 魔王の目的は不明だが、皆一様に私達を標的にしていた。

強欲(マモン)』も『暴食(ベルゼブル)』も『色欲(アスモデウス)』も過程はどうであれ最終的な狙いは私達だった。

 だからこそ今私達はこうやって囮役をやっているのだが……

 

「おーい! シズハも来いよ! 案外楽しいぞー!」

 

「……私達の目的はあくまで魔王討伐ですよ? 遊びに来たわけでは……」

 

「んな、固いこと言うなよ! どうせ『嫉妬(リバイアサン)』が来るまでは暇なんだし、ちょっとした休暇として楽しもうぜ!」

 

 そう言って黒い水着を着たクレアに引っ張られる。

 

「分かりましたから! ちょっと着替えてきます!」

 

 そう言って私も白の水着に着替える。

 さっきはあんなこと言ってしまったけど、案外嫌な気分じゃない。

 今は私とクレアしかいないのがすごく心地いい。

 

「お待たせしました」

 

「お! 似合ってんじゃん! さ、遊ぼうぜ!」

 

 そう言うとクレアは左の義手で私の手を掴む。

 リリスさんが作っただけに耐水仕様等はバッチリらしい。

 あぁ、けど、胸が痛む。

 義手はほんのり冷たくて生気を感じさせない。

 私が……私が弱かったせいで! 

 

「どうかしたか? シズハ」

 

「あ、いえ、何でもないです! 思ったより海水が冷たくてびっくりしただけです!」

 

 クレアが心配そうに私の顔を覗き込んだ。

 私はまた嘘をつく。

 けど、これはつくべき嘘だ。

 本心を語る必要はないのだから。

 

 

 

 ———夕方

 

「来ねぇな『嫉妬(リバイアサン)』」

 

「ですね」

 

 海でひとしきり遊んだが、『嫉妬(リバイアサン)』は現れる気配すらなかった。

 途中、教会の方にも連絡を入れたが、どこにも『嫉妬(リバイアサン)』は出現していなかった。

 どうやらこれは長丁場になりそうだ。

 

「しゃあねぇ、来ないもんは仕方なし! とりあえず、ペンションで寝るか!」

 

「大丈夫でしょうか? 夜襲ってくる可能性もありますよ?」

 

「あー、多分大丈夫だと思う。アイツも夜は寝るからな」

 

「それって以前の戦いの時にあったんですか?」

 

「まぁな、なんつうか色々戦いづらい相手ではあったな。とりあえずアタシらも明日に備えて寝よう! なぁに、ちょっとした長期休暇みたいなもんだと思えばいいさ!」

 

 クレアはそう言うとペンションの方に向かっていった。

 私はと言うと少し考え込みながら砂浜を歩いていた。

 私の力、秘匿された11番目のセフィラと奇蹟の本質について。

 もし、あの声……十中八九『色欲(アスモデウス)』だろうが、あれが本当だとしたらなぜ私に教えた? 

 わざわざ敵を強くするような情報を何故? 

 思考を巡らすが分からない、けれど心に引っかかる。

 この奇蹟の本質、それはおそらく000(アイン・ソフ・オウル)00(アイン・ソフ)0(アイン)の三種の無か? 

 無と無限と無限光、全ての始まり創世の理念。

 けど、それがどうして? 

 考えは尽きない。

 気づくとあたりはすっかり夜になっていた、私もペンションに戻ろう。

 今日は色々と考え込んでしまった。

 他にやるべきことがあるのだ、今は迷っている暇はない。

 

 

 

 ———深夜 

 

「……す! ……ので……! 起きるのです!」

 

 その声でハッと目が覚める。

 しかし其処は見渡す限り真っ暗な……まるで深海のように暗く冷たい場所だった。

 

「ようやく起きました! 母は寝る子は好きですが寝過ぎは良くないです!」

 

 そう語るのは青い髪の幼い子供だった。

 

「状況が飲み込めないと言う顔ですね、()()! なら母が説明するのです!」

 

 目の前の子はそう語る。

 と言うか何故私の名前を知っている? 

 ……あぁ、そうか。

 

「奇蹟起動」

 

 そう静かに告げて『生命の樹(セフィロト)』を起動しようとするなぜなら目前の幼子こそが『嫉妬(リバイアサン)』だからだ、しかし何も起きない。

 

「?!」

 

「ダメですよ静葉! 母の話はちゃんと聞くのです!」

 

 理解した、どうやら既に私は『嫉妬(リバイアサン)』の固有世界に閉じ込められたらしい。

 最悪の状況だ、奇蹟も使えない状態で救援も呼べない! 

 そんな状況で私は『嫉妬(リバイアサン)』と相対しているのだ! 

 

「どうかしましたか、静葉? 顔色が悪いです。体調良くないですか?」

 

嫉妬(リバイアサン)』は心配そうにこちらに近づく。

 

「ッ……来るな!」

 

 私はそう叫び『嫉妬(リバイアサン)』から距離を取る。

 

「……やっぱり母が魔王だから怖いんですね。でも大丈夫です! 母は静葉とお話ししにきたです! だから戦いません!」

 

 無垢な笑顔で『嫉妬(リバイアサン)』は語る。

 

「さっきから母って私の母は貴方じゃない! それに魔王の言うことなど信用できない!」

 

「むぅ、少し悲しいです。母はみんなの母です! だから静葉の母なのです! それに母は子に嘘はつきません! 他の魔王とは違うのです!」

 

嫉妬(リバイアサン)』は自慢げにそう語る。

 

「とにかくお話をしましょう! 静葉はアスモちゃんとお話ししたんですよね?」

 

「アスモちゃん? アスモデウスの事か?」

 

「そうです! アスモちゃんが話そびれた事を話に母は来たのです! ズバリ! 最後のセフィラについてです!」

 

 その言葉を聞いて、私は少し動揺した。

 最後のセフィラ、最強の力……

 

「最後のセフィラの名は『知識(ダアト)』! 静葉が全てのセフィラを十全に扱えるようになればきっと使えます! そうすれば静葉は最強になれます! 

 おっと……時間です。悲しいですが母は地獄(ゲヘナ)に帰らないといけないです……寄り道をし過ぎました。それじゃあ、静葉! さようなら! 『嫉妬(リバイアサン)』は貴方の手によって倒されるのです!」

 

嫉妬(リバイアサン)』がそう言うと『嫉妬(リバイアサン)』と周りの世界が泡のように消えていく。

 クレアから聞いていたが魔王にも現界に制限時間がある、と。

 どうやら『嫉妬(リバイアサン)』は本当に会話をしにきただけのようだ。

 だが、何故わざわざ私に最後のセフィラの条件を? 

 考える間もなく意識が混濁し途切れた。

 

 

 

「起きろ! シズハ!」

 

 その声で再び目が覚める。

 

「大丈夫か? 何もされてないか! チクショウ『嫉妬(リバイアサン)』の野郎知らないうちに新しい権能手に入れやがったな!」

 

「大丈夫ですよ、それに『嫉妬(リバイアサン)』は自滅しました」

 

「は?」

 

 私の返答にクレアはフリーズする。

 しばらくしてから、私はクレアにことの顛末を語った。

 あぁ、けど漸く辿り着ける。

 最強の力。

 全てを救う力。

 クレアを救う力に! 



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10の光の先に

 ———『嫉妬(リバイアサン)』自滅から3週間後 丘の上の教会にて

 

「なぁ、シズハ、流石に無理しすぎじゃないか? 少し休めよ」

 

 クレアは私にそう語りかける。

 実際、リバイアサンが自滅してから私は狂ったように自らの奇蹟……全てのセフィラを極めるべく修行に明け暮れた。

 結果として『慈悲(ケセド)』『峻厳(ゲブラー)』『勝利(ネツァク)』『栄光(ホド)』は完全にコントロールできるようになった……様に感じる。

 と言うのも、一体どこまで行けば極めた事になるのかが不明だからだ。

 しかし、4つのセフィラは感覚的だが、完全に私に溶け込んだように感じる。

 対して残る6つは未だ外部にいるような感覚だ。

 おそらく、この全てが溶け込んで初めて『知識(ダアト)』に辿り着けるんだと思う。

 だが、クレアが言うように少々無理をし過ぎている。

慈悲(ケセド)』で定期的に回復しながら修行を続けたがそろそろ限界だ。

 

「そうですね、少し休むことにします」

 

「その方がいいぜ、シズハ。無理のし過ぎは良くねぇ。それにお前はたった3週間でそこまで成長できたんだ! 残りだって問題なくいけるさ!」

 

 クレアがバシバシと私の背を叩く。

 嫌な気分じゃない、それにクレアの言う通り既に4つのセフィラは極められた。

 後6つ……後6つで私は『知識(ダアト)』に、最強の力に辿り着ける。

 それまでならどんな苦痛も耐えられる。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 ———地獄(ゲヘナ) 『憤怒』の間にて

 

「マモン、ベルゼブル、アスモデウス、リバイアサン、君達のお陰で計画は順調に進んでいるよ。後はベルフェゴールとルシファーの働き次第だ」

 

 そう言いながら玉座に腰掛け一人語るのは『憤怒』の魔王サタンだ。

 

「彼女の成長スピードは想像以上だ。これなら計画もだいぶ早くに終わる」

 

 瞳を閉じてサタンは思いを馳せる。

 

「後は彼女の最後の選択までに僕が仕事を終わらすだけだね。さて、閻魔くんが敷いた法を取り除くのは一苦労だ。もう一つやることがあるって言うのに」

 

 そう言ってサタンは瞳を開き玉座から立った。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 ———現世 丘の上の教会 2階寝室にて

 

 夢を見た。

 クレアが死ぬ夢を見た。

 私は倒れたクレアにすぐに近づいて抱き抱えたけど何も答えてくれない。

 温かい血とは真逆に身体はどんどん冷たくなっていく。

 吐き気がするほどリアルな夢。

 失いたくないものを失う夢。

 けれど、これは夢だと何故か確信できた。

 だからこそ不快でたまらない。

 私はもう何も失わない。

 大切な人を……クレアを失わない! 

 その為に私は『知識(ダアト)』に至り奇蹟の真の力を解放しなければならない! 

 残る6つ、『王冠(ケテル)』『知恵(コクマー)』『理解(ビナー)』『(ティファレト)』『基礎(イェソド)』『王国(マルクト)』! 

 この6つさえも私は完全にコントロールしなければならない……いいや、する! 

 私は私の正義を全うするための力が欲しい! 

 だからこそ……だからこそ答えろ! 我が奇蹟! 10の光よ! 

 強く強く願ったその瞬間、悪夢は光に包まれ私の体が光に溶け、交わった。



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『傲慢』ルシファー

 ———丘の上の教会 2階寝室にて

 

 朝の日差しで目が覚める。

 夢で見た光景、6つの光が馴染むこの感覚。

 あぁ、遂に遂に到達した! 

 私が求める力、究極の力、全てを救う力に! 

 

「んあ? おはよう、シズハ。ふぁ〜、にしても相変わらず起きるの早いなぁ……」

 

 横のベッドで眠っていたクレアが目を覚ます。

 クレアが頭を掻きながらベッドの横のテーブルに置いてある義手と義眼に手を伸ばすが、私はクレアに近づいてそれを止める。

 

「ちょ! 急にどうした?! ビックリするだろ!」

 

 クレアは驚いた様子だが、別にどうでも良い。

 きっと今の私ならクレアを治せるはずだから! 

 

「『生命の樹(セフィロト)』起動『知識よ慈悲深くあれ(ダアト=ケセド)』」

 

 青の極光がクレアを包み数秒の後、静かに消えた。

 しかし、腕も目も治っていなかった。

 

「なんで……クレア、服脱いでください」

 

 私は一つの仮説を思いついた、それを確かめるにはクレアの肌を見る必要がある。

 

「はぁ?! 朝から急に何言ってんだ! シズハ今日おかしいぞ?!」

 

「抵抗するなら無理やり脱がしますよ?」

 

 そう言ってクレアの服に手をかけ、服を脱がす。

 クレアは特に抵抗はしてこなかった。

 

「な、やめ……やめろ! お前とはあくまで相棒(バディ)で……」

 

「やっぱり」

 

 クレアの身体の傷は綺麗さっぱり治っていた。

 どうやら仮説は正しいようだ。

 

「あ、もう服着て良いですよ? 寒いでしょうし」

 

「は?」

 

 クレアの反応に頭にハテナが浮かぶ。

 顔は真っ赤で怒りの形相にも近いが何か違う。

 

「どうかしましたか?」

 

「どうかしましたか? じゃねぇんだよ大馬鹿野郎!」

 

 その声と共にクレアの渾身の右ストレートを私は喰らった。

 

 

 

「そんなに怒んないでくださいよ、身体の傷は治ったんですから」

 

「代わりに心の傷が増えたよこんちくしょう……」

 

 朝食をとりながら先ほどのことについて説明し、謝罪した。

 どうやらクレア的には()()()()の事をされると思ったらしい。

 

「と言うか、今回に関してはクレアのピンクな思考が悪いのでは?」

 

「普通、馬乗りになられて服剥がれたらそう考えるだろ馬鹿!」

 

 そう言うものだろうか? 

 まぁ、確かにちょっと強引だったのは否めない。

 ようやく使えるようになった『知識(ダアト)』の奇蹟を試したくなってしまった私に非がある。

 

「にしても、『知識(ダアト)』ねぇ……他のセフィラと併用して効力を上げるのが秘匿された力なのか? なんか地味だな。まぁ、身体の傷は治ったしなんか妙に元気だけど」

 

 クレアがコーヒーを飲みながら呟く。

 確かに私が直感的に使った『知識(ダアト)』と『慈悲(ケセド)』の複合奇蹟はクレアの身体の傷は治せた。

 しかし瞳とその周り、そして左腕は治せなかった。

 治せなかった傷に共通するのは魔王によってつけられた傷と言うこと。

 つまり、『知識(ダアト)』を使っても魔王から受けた傷は治せないもしくは私がまだ『知識(ダアト)』を扱いきれていない可能性がある。

 前者なら10の光の先に秘匿された『知識(ダアト)』にしてはあまりにも弱すぎる。

 なら、考えられるのは私の力不足だ。

知識(ダアト)』を完全に扱える様になるまでまた修行が必要そうだ。

 そんな事を思いながらコーヒーカップに手をかけようとした時、感じた。

 

「クレア、魔王が来た様ですよ」

 

「みてぇだな、つうかシズハもわかる様になったのか?」

 

「どうやら『知識(ダアト)』に至った副産物みたいですがね」

 

 そう言いながら私達はいつものシスター服に着替えた後、教会の外へと向かった。

 外には長い白髪の青年が一人佇んでいた。

 

「よう、『傲慢(ルシファー)』久々だなぁ。早速で悪いんだが地獄(ゲヘナ)帰ってくんね?」

 

「言われて帰るものがいるか? クレアよ」

 

「だろうな、じゃあ殺し合いと

 

「ストップ、貴方が『傲慢(ルシファー)』ですか?」

 

 クレアの話をぶった斬って話に割り込む。

 傲慢(ルシファー)と言えば神に叛逆し、堕天した堕天使だ。

 なら、丁度いい。

 

「『傲慢(ルシファー)』、神はどんな人物でしたか?」

 

 私は傲慢(ルシファー)に質問を投げかける。

 その質問を聞いた瞬間、傲慢(ルシファー)が殺気立つ。

 

「新たな聖女よ、その質問の意味を理解した上で聞いているのか? ならば死ぬ覚悟は出来ていような?」

 

「ええ、ですからさっさと答えてください。傲慢(ルシファー)

 

「……ッ!!! よかろう、答えてやる。神とは傲慢であり身勝手な存在(システム)だ! 最適解を出すためなら犠牲を厭わない壊れた存在だ! 故に我々は叛逆した! その果てが堕天の道であろうと、あの様なものをのさばらせるのだけは許せなかった! 私が『傲慢』だと? ならば神は私以上の『傲慢』だろうよ! ……さて、これで話は終わりだ死ぬ準備はできたか、新たな聖女よ?」

 

 傲慢(ルシファー)はギラリと目を輝かせ私を睨む。

 それにしても、そうか。

 神はどちらかと言うとシステムに近いのか。

 なるほど、余程壊れた装置なんだろう。

 

「行くぞ!」

 

 ルシファーが身構える。

 しかし私には考えなければならない事、やらなければならないことが山積みだ。

 ……あぁ、けど魔王なら丁度いい実験台になるか。

 

「シズハ、危ねぇ!」

 

 クレアが近づこうとするが私は笑顔で告げる。

 

「大丈夫ですよ! クレアはそこにいてください!」

 

 瞬間、傲慢(ルシファー)の一撃で身体が後方へ吹き飛ぶ。

 多分内臓が潰れ骨が砕けたのだろう。

 めちゃくちゃ痛い。

 けど、好都合だ。

 

「『慈悲(ケセド)』」

 

 予想通り、自分の身体の傷は簡単に治せた。

 なるほど、傷に対する理解が必要か? 

 記憶しておかなくてはならない。

 

「ふぅ、痛いのはしょうがないか……」

 

 私はそう呟いて立ち上がるが、目前には既に傲慢(ルシファー)が迫っていた。

 

「『峻厳(ゲブラー)』」

 

 言葉を紡ぎ奇蹟を使う。

 傲慢(ルシファー)は途端に地面に這いつくばる。

 重力操作の奇蹟が『峻厳(ゲブラー)』の本質だったらしい。

 

「おのれぇ!」

 

 這いつくばる傲慢(ルシファー)が叫ぶ。

 耳障りだが彼は貴重な実験台だ、私が『知識(ダアト)』を使いこなすための。

 

「『知識(ダアト)』」

 

 単体で起動してみるが特に何も起こらない。

 やはり他のセフィラと合わせて使うものか? 

 次だ。

 

「『知識よ王冠に至れ(ダアト=ケテル)』」

 

「ガァァァァア!!!」

 

 傲慢(ルシファー)が燃えるが、確かにいつもより火力は高いがそれだけだ。

 結果としてはイマイチ、すぐさま奇蹟を解く。

 次はまだやった事ないが理論上はいけるはずだ。

 屈んで傲慢(ルシファー)の額に手を当て奇蹟を解放する。

 

「『知識よ、我に知恵と理解を(ダアト=コクマー・ビナー)』」

 

 奇蹟の3つ同時使用、やはり可能な様だ。

 試しに傲慢(ルシファー)の脳内にある神に対する知識を閲覧し理解するが大した追加情報は得られない。

 そろそろ疲れたし、次で最後にしよう。

 

「貴様ァ! この屈辱! この怒り! 忘れはせんぞ!」

 

「這いつくばる事しかできない貴方が何を言う? まぁ、いいや次で最後ですから」

 

 私は奇蹟の力を集約させる。

 想定はしていたが消耗が激しい、これはあまり使うべきではないな。

 

「『無は無限となり無限の光となる(アイン・ソフ・オウル)』」

 

 私の奇跡の真の力、創世の理をそのまま傲慢(ルシファー)にぶつける。

 彼は何か言っていたが数秒後には光に消えた。

 

「ふぅ、案外疲れますね」

 

 そんな独り言を言っているとクレアが近づいてきた。

 

「あ! クレア! どうですか! 私ちゃんと

 

 左頬に痛みが走る。

 どうやら私はクレアに叩かれたらしい。

 

「何なんだ今のは!!!」

 

 クレアが怒号を上げる。

 

「何って、魔王を倒すついでに奇蹟の練習をしただけですよ?」

 

 その言葉を聞いたクレアは私の服の首元を掴み上げる。

 

「今のお前ならすぐに倒せたはずだ! あれは『傲慢(ルシファー)』に対する冒涜だぞ! わかってるのか?!」

 

 クレアはそう言って激怒した。

 

「クレアこそ、何故魔王に対してそんな事言うんですか? 別にいいじゃないですか? 彼らは人類の敵なんですよ、それをどう扱おうと何の問題が?」

 

「……ッ! そうかよ、勝手にしろ!」

 

 そう言うとクレアは私を突き飛ばして教会の方へ戻って行った。

 一体何でクレアはあんなに怒ってるんだろう? 

 けど、今回の実験の成果は出た。

 少しだけど『知識(ダアト)』の性質が分かってきた。

 分かってきたからこそ悲しい。

 私の奇蹟じゃ、クレアを救えない。

 無限光(アイン・ソフ・オウル)の逆転さえできれば……

 あぁ、けど先にクレアに謝らなきゃ。

 そう思い、私は教会へと走る。



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『怠惰』ベルフェゴール

 ———地獄(ゲヘナ) 『憤怒』の間にて

 

「と言う事で君で最後だ、ベルフェゴール」

 

 白髪の青年、サタンは語る。

 

「めんどくせぇ、めんどくせぇよサタン。俺ァ行かねぇぞ。何せもうテメェの目的は達成してるじゃねぇか? あの女は『知識(ダアト)』に目覚めたじゃあねぇか。それに、他の魔王(奴ら)もキレてるぜ? 特にルシファーが」

 

 ボサボサの黒髪をした猫背の青年、ベルフェゴールはそう語る。

 

「んー、ルシファーが怒るのはよく分かるなぁ。彼女の仕打ち、完全にルシファーの逆鱗踏んでたもん。それはさておき、ベルフェゴールやっぱり行ってくれ。君が現世(あっち)でやられてくれないと最後の仕事ができないんだ」

 

 サタンは頭を掻きながらベルフェゴールにそう告げる。

 

「けっ、最初っから負け前提ならリバイアサンみてぇに自滅でも構わねぇだろ? 俺は好きにするぜ」

 

 そう言ってベルフェゴールは『憤怒』の間を後にした。

 

「まぁ、構わないけど、今の彼女から逃げられるかな?」

 

 サタンはそう呟いて瞳を閉じた。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 ———現世 どこかの町の裏路地

 

「あー、めんどくせぇ。自滅まで24時間どう潰したもんかなぁ」

 

 裏路地に響く悪徳の不快な声に私は答える。

 

「ならここで死ねばいいのでは?」

 

 私はビルから飛び降り眼前の魔王『怠惰(ベルフェゴール)』を睨む。

 

「マジかよ……めんどくせぇ、俺ァ戦う気なんざねぇんだ! イカれた方の聖女!」

 

 そう言って『怠惰(ベルフェゴール)』は逃げようとする。

 無駄な事なのに。

 

「『峻厳(ゲブラー)』」

 

「ぐえ! ちくしょう! めんどくせぇなぁ!」

 

 這いつくばる『怠惰(ベルフェゴール)』に私は一歩一歩近づく。

 前回の実験で私の奇蹟はある程度応用が効くことが分かった。

 今回は『知識(ダアト)』『知恵(コクマー)』『栄光(ホド)』を同時使用した簡単な未来視を行い『怠惰(ベルフェゴール)』の出現場所に一人で先回りした。

 これなら存分に奇蹟の練習ができる。

 

「『生命の樹(セフィロト)』起動」

 

「おいおいマジかよ! 俺ァ戦う気なんざないって言っただろうが! クソ! どっちが悪魔か分かったもんじゃねぇ!」

 

「魔王が何をほざくんですか? 悪魔は貴方ですよ?」

 

 当然のことを『怠惰(ベルフェゴール)』に告げる。

 

「イカれ女め! まだ、クレアのがマシだ! あぁ! やりたかねぇがテメェが悪りぃんだからな!」

 

 瞬間、『怠惰(ベルフェゴール)』の身体が光る。

 途端に周囲の空気が重くなる。

 

「何したんです?」

 

 私は『怠惰(ベルフェゴール)』に問う。

 

「俺の権能をこの町に使った! 人間、何もかも面倒になる時があるだろう? 俺ァそれをちょっと後押ししたのさ! テメェにもわかる様に言えばこの町の人間は今、生きることに『怠惰』を強く感じる様になった! いわば死に向かってる! だが、最後の一歩、自殺に至るには俺の苦しみが必要だ! だが、俺の自滅なら問題なく権能は解ける。わかったら……」

 

「そうですか、それで?」

 

 長ったらしい『怠惰(ベルフェゴール)』の話を断ち切り答える。

 肝心の『怠惰(ベルフェゴール)』は目を見開き黙った。

 

「確かにこの町の人々が死ぬのは悲しいことです。ですがそれによって私はさらに強くなる。より多くの人を救う。その為の仕方ない犠牲なのです。なら、考える必要がありますか?」

 

「あー、そうか、今わかった。お前は魔王(俺たち)以上のクズで異常者だ」

 

怠惰(ベルフェゴール)』がそう吐き捨てる。

 

「……私がクズですか? 面白い冗談ですね」

 

「冗談じゃねぇよ。正真正銘の本音だ。だから

 

「『勝利(ネツァク)』」

 

怠惰(ベルフェゴール)』が言い切る前に奇蹟を振るう。

 瞬時に『怠惰(ベルフェゴール)』は死に絶えた。

 同時に町中から苦痛の声と血の香りが匂い立つ。

怠惰(ベルフェゴール)』の権能によるものだろう。

 まぁ、いい。

 これは仕方のない犠牲だ。

 私がより強くより完璧に至る為の犠牲だ。

 だけど不快だ。

 悲鳴と血の匂いが不快でたまらない。

 さっさとこの町から帰ろう。

 クレアの待つあの教会へ。



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『憤怒』サタン

 ———ベルフェゴール消滅後すぐ 丘の上の教会にて

 

「……」

 

 アタシの元に『教会』から連絡が届く。

 信じたくない連絡、嘘であって欲しい連絡が。

 

「ふぅ、ただいま! クレ

 

「馬鹿野郎!!!」

 

 アタシは笑顔で帰ってきたシズハを思いっきりぶん殴る。

 シズハは後ろに吹っ飛んだ後、少し転げ回って止まった。

 そのままアタシはシズハの元に向かい首元を掴み上げる。

 

「テメェ、自分が何したか分かってんのか?!」

 

 アタシはシズハに怒声を浴びせる。

 シズハは特に表情を変えることもなく答えた。

 

「魔王を倒しました。町が一つ駄目になりましたが仕方ないことでしょう?」

 

 シズハはそう答える。

 アタシはもう一発シズハを全力でぶん殴った。

 

「はぁ……はぁ……シズハ、テメェどうしちまったんだよ!!!」

 

「……痛いなぁ、私はどうもしてませんよ?」

 

「どうもしてないわけ無いだろ!!! 何でこんな酷いことをした!!! 何で無関係の人間を大勢死なした!!! なんで

 

「別にいいじゃないですか」

 

 アタシの言葉をぶった斬ってシズハはそう告げた。

 

「どうせいつか死ぬ命なんです。それが早くなっただけでは?」

 

 あぁ、やめろ、やめてくれ! 

 そんなこと言わないでくれ! 

 アタシの知ってるシズハは誰よりも優しい奴だ! 

 それが、こんなの……

 

「それに、どうせ全部やり直すんですから!」

 

 シズハは吐き気がするほどの笑顔でそう告げる。

 全部やり直す? 

 そんなことは———

 

「不可能だとでも?」

 

 まるでアタシの心を見透かす様にシズハが答える。

 

「できますよ。ええ、私なら。その為の奇蹟なのですから」

 

 あぁ、あぁ! 嘘だ! その選択だけは駄目だ! 

 考える間もなくアタシはシズハの元に走る。

 その時だった、空がひび割れた。

 

「やあやあ久しぶりだね! クレア! どうだい? 僕からのプレゼントは気に入って貰えたかな?」

 

 悪辣な声が天から響く。

 聞き間違えるはずがないアイツの声。

 

「『憤怒(サタン)』ッ!!!」

 

 天を見上げるとそこには人の姿のサタンと真体……本来の姿に戻った6体の魔王達がいた。

 

「いやぁ、契約のデメリット消すのは大変だったよ。まぁ、おかげでもう一つの目的もほぼ達成できたし良いけどね!」

 

 サタンはケラケラと嘲笑いながら語る。

 

「テメェがシズハに何かしたのか!」

 

「まぁ、ある意味そうだね。何、ちょっと彼女の望みを叶える手段を『知識(ダアト)』に仕込んだだけだよ? この結果に至ったのは他でもない彼女の意思によるものだ」

 

 サタンは悪辣な笑みを浮かべ言葉を紡ぐ。

 ……シズハが選んだ結果だと? 

 何故、こんな選択をシズハが……

 

「はぁ、邪魔なんですよ魔王ども。私はクレアと話してるんです。消えてください、今すぐ」

 

「ふざけるなよ小娘! 貴様はこの私が殺す!」

 

「あー、ルシファーさんでしたっけ? そう言うのいいんで大人しくしといてください」

 

「ならば死ね!」

 

 アタシが考えてる少しの間にルシファーがシズハに襲いかかる。

 ここからじゃ間に合わない! 

 

「『拒絶(シェリダー)』」

 

「ぬう!」

 

 シズハに近づいたルシファーが逆に吹っ飛ばされる。

 それに、『拒絶(シェリダー)』は『生命の樹(セフィロト)』の奇蹟じゃない! 

 

「シズハ、止めろ! それ以上は駄目だ!」

 

「安心してください、クレア。私が星を創りなおす神になって見せますから!」

 

 狂気に満ちた笑みでシズハは語る。

 

「『生命の樹(セフィロト)』起動、反転。無限の光は無限へ還り無限は無へと還る」

 

 シズハが言葉を紡ぐ。

 あぁ、駄目だ! 

 止めなくちゃ……

 

「『邪悪の樹(クリフォト)』」

 

 瞬間、世界は赤く染まった。



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邪悪の樹

空が血にも似た赤色に染まる。

嵐が吹き荒れ大地は大きく揺れ地響きを奏でる。

雷が降り注ぎ、雷光がこの天変地異を起こした原因を照らし出す。

 

「んー、出力足りないなぁ」

 

シズハはそう呟き魔王達を睥睨する。

 

「いやぁ、予想以上だ。さて回収回収っと『無神論(バチカル)』侵食開始」

 

サタンは笑いながら指を鳴らした。

しかし、その笑みはすぐ崩れた。

 

「……あっれぇ?もしかして滅茶苦茶マズいやつかなこれ?」

 

サタンが額から汗を流す。

あぁ、コイツ最悪のやらかしをしやがったな。

 

「おい、サタン。最悪なくらい不服だが一緒にシズハ止めてくれねぇか?」

 

「ごめん、無理だわ。と言うか多分クレアが思ってるよりマズい状況だよ?」

 

サタンはヘラヘラと笑いながら返すが、いつもの余裕がない。

マジでコイツ何やらかしやがったんだ!

 

「『貪欲(ケムダー)』理論破綻、喰らい尽くせ」

 

サタンといざこざをやっている間にシズハが『邪悪の樹(クリフォト)』の権能を振るう。

薄紅色の水晶でできた触手が()()()()()を襲った。

 

「あー、他の魔王(みんな)マジでごめん。計画大失敗だわ!」

 

サタンは笑いながら他の六魔王に謝罪する。

 

「「「「「「いい加減にしろ馬鹿サタン!!!」」」」」」

 

わぁ、息ぴったりの罵倒だことで。

けど、マズいな……あの触手は殺すのが目的じゃないらしい。

突き刺さった触手は光り輝き、魔王達から力を吸収する。

真体を保てなくなった六人は人間体に戻り、サタン含め全員地面に倒れ込んだ。

 

「これで足りないリソースは補えました。ありがとうございます魔王達」

 

シズハは笑みを見せながらそう語る。

 

「さぁ、今度こそ始めましょう。『邪悪の樹(クリフォト)』起動。無限光よ無へと遡れ」

 

瞬間、シズハの姿が変わる。

皮膚は死人の様に白く、髪は鋼の様な銀に、瞳は血濡れた様な紅色に、背中からは白い肉でできた手のひらの様な翼が一対生え、シスター服は紅と黒の入り混じったドレスへと変貌した。

その姿はまるで悪意に満ちて描かれた天使の様に思えた。

 

「おい、シズハ。今すぐ止めろ」

 

アタシはシズハに語りかける。

頼むからやめてくれ。

お前のやろうとしてることは余りにも無謀で危険すぎる!

 

「ふふ、クレアは優しいなぁ。()()()姿()になった私を心配して止めようとしてくれる。けど、そのお願いは聞けない。私はこの間違った世界……クレアを虐める世界を作り直さなきゃいけないの。安心して、クレア!きっと素敵な世界にしてみせるから!」

 

「そうかい、なら……実力で止めにかかるだけだ!」

 

シズハに向かって走る。

義手(左腕)に向かって生命力を流し、光の剣を放つ武器とする。

対して、シズハは動かない。

そりゃそうか、なんせ戦力じゃ圧倒的に私が()()()()()

片や神のなりかけ、片や一般人に毛が生えた程度。

余りに無謀だがやるしかない!

 

「『峻厳(ゲブラー)』」

 

「は?」

 

シズハが口ずさんだ瞬間私の体が拘束される。

それより『峻厳(ゲブラー)』だと?!

何故『生命の樹(セフィロト)』まで使えやがる!

 

「クレア、言ったでしょ。私は素敵な世界を作るって。その為には『生命の樹(セフィロト)』だけでも『邪悪の樹(クリフォト)』だけでもダメだもの。両方を扱えてこそ私は星創りの神としてのラインに立てるのだから!」

 

「ありえねぇ……本来その奇蹟は同時使用できない!聖と邪の矛盾が発生するからだ!そんなことできるはずが……」

 

「けど、実際できている。過程はどうでもいい。結果として出来るなら何でもいいのよ?さて、クレアはそこでゆっくりしていて!さぁ、世界を0へと還しましょう!」

 

シズハがそう告げると空が変わっていく日が昇り、月が昇り、また日が昇る。

世界が逆行していく。

星の歴史が少しずつ無かったことになっていく。

 

「んー、遅いなぁ。やっぱりリソース足りてないからか。まぁ、始点には至れるしいいか!」

 

シズハは無邪気にそんなことを呟く。

あぁ、チクショウ!!!

身体さえ、身体さえ動ければッ!

……いいや、ちげぇな。

馬鹿みたいに考えるなんてアタシらしくない!

目の前で相棒(バディ)が今世紀最大の大問題やらかしてるんだ!

だったらそれを止めるのがアタシだろうがよ!!!

 

「うおおお!!!」

 

「……無理だよ、クレア。『峻厳(ゲブラー)』の重力操作からは逃れられない」

 

「うるせぇ!馬鹿シズハ!テメェの顔面ボコボコになるまで殴り飛ばすから覚悟しておけ!」

 

啖呵を切って全身に力を込める。

骨が軋み、ひび割れる。

だからどうした!

肉がちぎれ体が壊れていく。

だからどうした!!

痛みで頭が壊れそうになる。

だからどうした!!!

 

「はぁ……はぁ……どうだ!テメェの奇蹟なんざ気合いで振り切れるんだよ!」

 

「……ダメ……死んじゃう!『慈悲(ケセド)』!!!」

 

シズハがアタシに対して『慈悲(ケセド)』の権能を使う。

 

「馬鹿が!そんなんだからテメェは甘ちゃんなんだよ!シズハァ!」

 

アタシはシズハが『慈悲(ケセド)』を使い始めた瞬間、シズハをぶん殴った。

 

「痛い、痛いよクレア!何で殴るの!私はクレアのために

 

「うるせぇ!文句あるなら一発殴ってこいアホが!」

 

正直自分でも何でこんなことを言ったのかよくわからない。

けど、アタシは考えるのが向いてねぇ。

なら結局は……

 

殴り合い(コイツ)で話し合おうじゃねぇか!ナァ!シズハ!」



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相棒故に

「意味わからないです!何で私がクレアと戦わなきゃ……」

 

「喋ってる暇あるのかよ!」

 

また一発、シズハの顔面に拳をめり込ませる!

シズハは痛がるが、戦おうとはしない。

 

「……ッ!『(ゲブ)

 

「遅ぇよ!」

 

今度は腹に渾身の一発を放つ!

流石のシズハもかなりきた様で、腹を抱えうずくまる。

 

「やめてよ……クレア、痛いよ……」

 

「やめねぇ、立てや。言っただろボコボコになるまでぶん殴るって」

 

「はぁ、はぁ、何で……私はクレアのためにやってるのに……何で!」

 

シズハが立ち上がりアタシの顔面をぶん殴る。

結構気合いの入ったパンチだ、だけど……

 

「いつアタシがそんなこと頼んだ!」

 

殴られた衝撃で仰け反った体を思いっきり前に倒してシズハを頭突く!

 

「うるさい!私はシズハの為にやってるんだ!」

 

シズハは勢いよくアッパーを放ち、アタシの顎に直撃して体が浮き上がる。

 

「それはテメェが勝手にやってるだけだろスカポンタン!」

 

アタシは浮き上がった拍子に両手を合わせてハンマーの様にシズハの頭に振り下ろした。

 

「痛ぅ……なんで!なんで!分かってくれないの!」

 

シズハが右ストレートを放つが甘い。

アタシはそれを避けて全力の左ストレートでシズハの顔面をぶん殴った!

 

「あぅ……」

 

シズハは後方に吹っ飛び転げ回る。

暫くの間、シズハはそのまま動かないでいた。

アタシは片方の鼻の穴を押さえ勢いよく鼻血を吹き出し、口の中に溜まった血を吐き捨てる。

 

「どうして……どうして……」

 

シズハは同じ言葉を繰り返す。

そして、ゆっくりと立ち上がる。

顔は傷だらけで唇と鼻、瞼からは血が流れ出ていた。

 

「どうしてだぁ?んな事、決まってんだろ!アタシはお前にこんな間違いをして欲しくねぇからだ!」

 

アタシはシズハの瞳を見て言い放つ。

 

「私が間違ってる?……そんなわけない!私はッ」

 

「うるせぇ!何で相談してくれなかったんだよ!何で一人で抱えちまったんだよ!アタシらは相棒(バディ)だろ!辛いことも悲しいことも分かち合う!それが相棒(バディ)だ!なのに、お前はアタシを信じてくれなかった!アタシはそんなに頼りなかったのかよ!シズハ!!!」

 

アタシは心のうちを曝け出す。

ずっと、思っていたのに言えなかったこと。

自分でほざいといて何だが、アタシもできてねぇじゃねぇか……

 

「……」

 

「……」

 

暫しの間、静寂が訪れる。

その間も世界は逆行し続ける。

 

「あぁ、あぁ!!!うるさい!うるさい!うるさい!私は成し遂げるんだ!完全な世界を……クレアのための世界を作るんだ!それの何がいけないの?!」

 

シズハは心の底から叫ぶ。

なるほど、それがお前の真意ならアタシも応えるのが道理だ。

 

「気持ちは嬉しいぜ、シズハ。だけど……だけど、アタシは今の世界に絶望も失望もしてねぇ!確かに苦しいこともあった!痛みを伴う悲しみもあった!だけど!それでも!アタシはこのままでいい!お前が……シズハが隣にいればそれでいいんだよ!!!」

 

その言葉を聞いてシズハは瞳を閉じて震える。

暫くして、シズハの口から言葉が紡がれる。

 

「なんですか……クレアも相棒(バディ)について高説垂れる割には全然できてないじゃないですか……」

 

瞳から涙を流しながらシズハは語る。

 

「……確かにアタシもできてなかった。自分でほざいといて酷い奴だ」

 

あぁ、シズハの言う通りだ。

アタシもできてなかった。

だからこんな大きな亀裂ができちまった。

 

「でも、もう無理です。私にはもう時間逆行を止められない。結局は始点に戻って……」

 

「お前が人柱(かみ)になるしかないってか?は!ふざけた話だな!シズハ知ってるだろ?アタシは……」

 

盛大な啖呵を切る。

確かにできないかもしれない。

無駄かもしれない。

でも、そんな理由でシズハと離れるなんて神が許そうとアタシが許さねぇ!!!

 

「バッドな話が大嫌いなんだよ!」



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不条理なんざぶち壊せ!

「それで、クレア。何か案はあるんですか?」

 

シズハが私に問う。

 

「んなもん決まってんだろ!何も考えてねぇ!」

 

そう、啖呵を切ったはいいが全くもって何にも考えてねぇ!

何せシズハ自身で止められない時間逆行とか軽く詰んでるし……

 

「言い切りやがりましたね?!どうするんですか!」

 

シズハが声を荒げる。

無理もない、あんな啖呵切っといて何も考えてませんでした!なんて言われたらアタシだったらぶん殴る。

 

「今から考えんだよ!!!シズハ、大体どれくらい逆行した?」

 

とりあえず、一旦冷静になって状況理解から始める。

今の状況がわからなければどうしようもない。

 

「ざっくり400年ほどですかね……」

 

400年、400年かぁ……滅茶苦茶まずいなぁ。

 

「あぁ、マジか……マジかぁ!どうしたもんかなぁ……」

 

何がまずいって400年の逆行が済んでるのもそうだが、外部からの助けがほぼ100%期待できないのがまずい!

つうか400年も経過してるのかよ!

時間逆行早すぎるだろ!

アタシとかとっくに生まれてないわ!

ん?

じゃあ何でアタシはここに居るんだ?

 

「そう言えば何でアタシ達は逆行してねぇんだ?」

 

シズハにふと浮かんだ疑問を投げかける。

 

「それは……最初の段階で逆行の対象外に設定を……」

 

対象外に設定?

静葉の時間逆行はある程度自由が効くのか?

なら!可能性はある!

 

「それだ!シズハ!アタシの時間の一部だけを逆行できるか?!」

 

アタシはシズハに提案する。

アタシの一部だけ、ありし日の奇蹟使いとしての時間に戻せれば突破口が見えてくる!

 

「それは、やってみない事には……それに失敗する可能性もあります!そしたらクレアは……」

 

シズハはそう言って震えていた。

けど、アタシはシズハを信じる。

それに、今は選んでる余裕なんてない!

 

「なぁに安心しろ!アタシはシズハを信じてる!だからお前はドンと構えてやりゃあいい!頼むぜ相棒(バディ)!」

 

心からの言葉をシズハに伝える。

アタシはもう間違わない。

相棒(バディ)を……シズハを信じると心に決めたのだから!

 

「……わかりました!任せてください!……無限光よ、遡れ!ありし日の奇蹟の使い手を呼び覚ませ!」

 

シズハが言葉を紡ぎ、無限の光がアタシを包む。

同時に身体の内側から力が溢れてくる。

この感覚は忘れはしない、ありし日の奇蹟の感覚!

 

「……どうやら上手くいったみたいだな。この感覚、久々だ。さて後はあそこの魔王共(馬鹿共)を使うか」

 

そう言って、アタシはシズハの手を引いて七大罪の魔王達の元へ向かった。

 

 

 

 

 

 

「やあやあクレア!ちょっと助けてくれないかい?そろそろ僕も痛いんだ!」

 

そう言って他の魔王共に殴る蹴るの暴行を加えられてるのは哀れなサタンだった。

 

「黙れアホのサタン、それよか他の魔王共!ちょっとした契約をしねぇか?」

 

サタンは無視して他の魔王共にちょっとした契約を持ちかける。

後はこいつらが乗るかどうかだ。

 

「ハハハ!クレア!テメェ奇蹟が戻ったのか!あぁ、いいぜ!存分に殺し合おうじゃねぇか!」

 

強欲(マモン)』が意気揚々と飛び掛かるが()()()()()

 

「……ククク、ハハハ!最高だ!ちゃんと戻ってやがる!さぁ!さぁ!」

 

強欲(マモン)』は高らかに笑うが、今はそれどころじゃない。

 

「少し大人しくしてろ『強欲(マモン)』そもそもテメェの権能は今こっちにあるんだぜ?」

 

「だからどうした!殺し合いなんざ身体一つあればできる!」

 

再び『強欲(マモン)』が襲いかかってくる。

そう言えばこいつも結構な戦闘馬鹿だった。

だが、()()()()()()()()

 

「やっぱ当たらねぇかなら

 

「止めるのです!」

 

そう言って『嫉妬(リバイアサン)』が自らの腕を巨大化させて『強欲(マモン)』を叩き潰す。

 

「クレアはお話ししようとしてるのです!ちゃんと話を聞かない子は母、嫌いです!」

 

「クソ、痛えじゃねぇか『嫉妬(リバイアサン)』!」

 

「いい加減にしてください!今は争ってる暇じゃないでしょう!」

 

シズハが魔王共に対して叫ぶ。

 

「元凶がほざくな!」

 

傲慢(ルシファー)』が叫ぶと同時にシズハに襲いかかるが()()()()()

 

「ったく、お前ら一回はアタシと戦ったんだから分かるだろ?全部無駄だぜ?とりあえず非常に不服だがお前たちの力が必要なんだよ!お前達からしても世界のやり直しは困るだろ?少なくともそこのアホ(サタン)以外は」

 

「……まぁ、確かに」

 

色欲(アスモデウス)』が同意する。

 

「つってもよぉ、このめんどくせぇ状況をどうするんだよ?そもそも俺らの権能はそっちのイかれた聖女様に持ってかれてるんだぜ?」

 

怠惰(ベルフェゴール)』が皮肉混じりにそう告げる。

 

「だからこその契約だ!お前らとアタシで一時的な共闘契約を結ぶ。その後、シズハの方からお前らの権能を返却、後はアタシ達に従ってもらう。そんでもって全部終わって元に戻ったら契約解除……後は殺し合いなり何なり好きにしろ。全力で付き合ってやる」

 

アタシは魔王共を睨みつけ、そう語った。

 

「ハハハ!面白え!その話乗った!魔王『強欲(マモン)』今、一時だけは力になってやる!」

 

強欲(マモン)』は笑いながら契約に同意する。

アタシの中で『強欲(マモン)』との経路(パス)が繋がる。

 

「ふむ、碌な食事もなくただ終わりを待つのもつまらぬ。故に魔王『暴食(ベルゼブル)』、貴様らに助力しよう」

 

暴食(ベルゼブル)』は渋々ながら賛同する。

再びアタシの中で新たな経路(パス)が繋がる。

 

「選択肢他になさそうだし私も乗るかぁ、魔王『色欲(アスモデウス)』契約に同意するわ」

 

色欲(アスモデウス)』が契約に同意する。

経路(パス)が繋がるが正直キツい……だが、まだやれる!

 

「母は子が困ったら助けるものです!魔王『嫉妬(リバイアサン)』力を貸します!」

 

嫉妬(リバイアサン)』が惜しげもなく契約に賛同する。

経路(パス)が繋がるが、身体中が痛くてたまらない。

 

「不快だが、良かろう。終わり次第殺すが魔王『傲慢(ルシファー)』、その力を持って助力してやる」

 

傲慢(ルシファー)』が殺意の元、合意する。

五つ目の経路(パス)が繋がる。

意識が飛びそうになるが舌を噛み切って耐える。

 

「めんどくせぇ……さっさと『怠惰』の間(自室)に帰りてえし魔王『怠惰(ベルフェゴール)』契約に応じる」

 

最後に『怠惰(ベルフェゴール)』が契約に応じる。

魔王六人との契約……想定以上にキツイがまだ何とか……

 

「『知識よ深き慈悲を(ダアト=ケセド)』」

 

その一声と青い極光でアタシの体が癒される。

 

「クレア、辛いならちゃんと言ってください!次は怒りますからね!」

 

そうだった。

また間違えるところだった。

アタシには最高の相棒(バディ)が居るじゃねぇか!

 

「悪い、シズハ。次からは遠慮なく頼むから覚悟しとけよ!」

 

「誰に物言ってるんですか?こちとら世界壊しかけてる大罪人ですよ?覚悟なんざとっくに決まってますよ!」

 

そう言ってシズハと軽く拳をぶつける。

後はアタシ達の力が足りるかどうかだ!

 

「よぉし!後は僕だね!もちろん助力するとも!」

 

サタンが意気揚々と契約しようとするが……

 

「サタンはいらねぇ!」

 

コイツだけは絶対信用しない。

あわよくばアタシを乗っ取ってやろうとか考えてるに違いない。

それに、コイツに権能を返すのはあまりにも危険だ。

 

「そんなぁ、ひどいなぁ、少しくらい信用してくれてもいいじゃないか!」

 

「原因作った奴が何をほざきやがる!とにかくテメェはダメだ!そこで大人しくしてろ!」

 

「ちぇ〜、ま、いいやみんな頑張ってねぇ」

 

「……クレア、やっぱりサタンだけ先に処理しませんか?」

 

「そうしたいが、最悪の場合の予備として置いとくしかないんだよ……すげぇ不服だけど」

 

そんな事をシズハと話、アタシ達は覚悟を決める。

 

「さぁて!今世紀最大の罪の精算だ!やることは簡単!シズハは時間逆行の逆をやれ全力でだ!そんでもってアタシと魔王共はそのサポートだ!権能擦り切れるまでやるぞ!」

 

その号令の元、全てが始まる。

 

「『邪悪の樹(クリフォト)』反転『生命の樹(セフィロト)』再起動!『無は無限となり無限の光となる(アイン・ソフ・オウル)』!!!」

 

シズハの姿が元に戻り無限の光を放つ。

しかしそれだけじゃ足りない!

だから、アタシがサポートする!

 

「創世の理よ!星をあるべき姿へと戻せ!『創世(ジェネシス)』!!!」

 

全力で創世の権能を振るう。

だけど足りない。

善性だけで世界は作れない……だから!

 

「頼んだぜ魔王共!」

 

「なるほどなぁ、そりゃ人の世は善だけじゃ創れねぇもんなぁ!」

 

強欲(マモン)』はケラケラと笑う。

 

認めたくないがそうだ。

人の世には悪徳も必要なのだ。

故に魔王は生まれた。

善と悪は共にあらなければならないからだ!

 

「「「「「「悪徳の先『七つの大罪』が『六つ』!その理を持って星に悪を与えん!!!」」」」」」

 

「よし!シズハ!仕上げだ!行くぜ相棒(バディ)!」

 

「任せてください!『生命の樹(セフィロト)』全力展開!ケテル!コクマー!ビナー!ケセド!ゲブラー!ティファレト!ネツァク!ホド!イェソド!マルクト!ダアト!生命よ善であれ!」

 

シズハが『生命の樹(セフィロト)』を起動する。

後はアタシの番だ!

 

「『邪悪の樹(クリフォト)』並列展開!バチカル!エーイーリー!シェリダー!アディシェス!アクゼリュス!カイツール!ツァーカム!ケムダー!アィアツブス!キムラヌート!⬜︎⬜︎⬜︎!生命よ邪悪であれ!」

 

お互いに矛盾する権能を展開する。

即ち聖と邪の矛盾。

するとどうなるか?

互いに互いを食い合い対消滅を起こす!

そしてシズハが時間逆行を行った際には起きなかった、それは一人で全てをコントロールしたからだ!

なら、二人でやればどうなるかは明白だ!

 

「「消滅(アナイアレイション)!!!」」

 

 

 

 

 

 

空は蒼く、街は人の活気にあふれ、相変わらず教会には人が来ない。

いや、今は魔王共が来てるか。

立たなきゃいけないのに力が入らねぇ……

それよりシズハは大丈夫だろうか、権能の暴走による強制消滅。

アタシが思いついた唯一の時間逆行を止める手段。

流石にむちゃくちゃがすぎた……

シズハに謝らなきゃいけない……のに……



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真なる災い

 体が動かねぇ。

 早く……早く、シズハの元に行かなきゃならねぇのに! 

 間違いなく『傲慢(ルシファー)』はシズハを殺す! 

 それだけは止めなくちゃ……

 

「よう、シズハ。契約に則りお前と殺し合いがしてぇなぁ!」

 

「ちくしょう、待ってろ……今、立ってやるよ……『強欲(マモン)』!」

 

 壊れて限界の身体に力を入れる。

 身体中が悲鳴を上げる。

 痛い、痛くてたまらない! 

 けど、ここで立たなきゃ……『強欲(マモン)』を倒してシズハの元に! 

 

「何やってるんですか、クレア! 逃げますよ!」

 

 そう言って、颯爽とシズハはアタシと『強欲(マモン)』の間に現れアタシを抱えて……お姫様抱っこってやつか? して全力で逃亡する。

 

「テメェら! 逃げるのか!」

 

「バカ真面目に戦うわけないじゃないですか! こちとら限界なんですよバーカ! 悔しかったら捕まえて見せなさい!」

 

 シズハらしからぬ汚い口調でそう言いながらもシズハはアタシを抱えて逃げる。

 

「シズハ……」

 

「『慈悲(ケセド)』なら今使えませんよ! とにかく逃げます! 後のことはその時考えます! OK?!」

 

「わぁった! 後は任せる! 正直、今のアタシは使い物にならないからな! 期待するなよ!」

 

「んなもん見たら分かりますよ!」

 

 二人で軽口叩いて逃げ回る。

 後ろから追ってくるのは『強欲(マモン)』と『傲慢(ルシファー)』。

 追いつかれれば確実に死ぬ最悪の鬼ごっこだ。

 なのに、笑える! 

 つうか笑うしかねぇだろこんな状況! 

 命懸けの鬼ごっこやってるのにお姫様抱っこされて逃げてるとか笑えてくる! 

 

「ははは! アホくせぇ!」

 

「笑うくらいの元気があって安心しました! けどこちとら命懸けで逃げてるんであんまり魔王(アイツら)刺激しないでくださいよ! クレア!」

 

「悪い悪い! ……けど、どうやら詰みみたいだ」

 

 シズハが逃げた先に一人佇む男がいた、最低最悪の魔王『憤怒(サタン)』だ。

 

「シズハ、下せ。もう立てる」

 

「分かりました。で、どうしますか?」

 

「戦うしかないだろ? 多分アタシら死ぬけど」

 

 シズハにそう伝えるとシズハは少し笑って答える。

 

「じゃあ、ここが一緒の死場所ですね! せいぜい最後まで暴れてやりましょう!」

 

「いい啖呵の切り方だ! よっしゃ! やるぞ!」

 

 残る魔王が全員集結する。

 こりゃあマジで死んだな。

 

「さて、二人の聖女たち。改めて名乗ろう。僕はサタン『憤怒』の魔王サタン。七つの大罪司りし魔王と地獄(ゲヘナ)を統べる魔王だ。最後に言い残すことはあるかい、クレア、そして静葉」

 

「へ、そんなの決まってらぁ!」

 

「「テメェらが地獄に帰りやがれ!」」

 

「そうかい、じゃあ……そうするか! はい、みんな帰るよー!」

 

「……」

 

「……」

 

 アタシとシズハは黙り込む。

 今この馬鹿なんて言った??? 

 

「悪いけど君らの相手をしたいが緊急事態なんだよねぇ。また今度で! リバイアサン! マモンとルシファー拘束して」

 

「仕方ないのです。母は無理矢理は好きでないですが今回は緊急事態、マモン! ルシファー! 大人しく捕まるのです!」

 

「必要ねぇよ、認めたくないがマジの緊急事態だ。ルシファーの旦那も諦めな」

 

「良い、今回ばかりは矛を納めよう」

 

 そう言って魔王達は続々と地獄(ゲヘナ)に帰っていく。

 最後に残った『憤怒(サタン)』がこちらを向き。

 言葉を語る。

 

「今回はマジでヤバいぜ? 君らもせいぜい注意しな、僕らなんかよりよっぽど悪辣な()()が目覚めようとしてるんだからね」

 

 そう言って、魔王達は全員地獄(ゲヘナ)へと帰っていった。

 

「助かった……のか?」

 

「多分、今はそうみたいです……」

 

 どうやらマジで帰ったらしい。

 一気に疲れが来てアタシは地面に座り込む。

 

「ちょ! 大丈夫ですか! クレア!」

 

「大丈夫、疲れただけだ……にしてもアイツらが帰るレベルの緊急事態ねぇ……」

 

 一つ……いや、一人だけ思い当たる節がある。

 アタシとしてはそうであって欲しくはないが、もしそうなら……

 

「シズハ、どうやらアタシらは一番やりたくない仕事をしないといけないらしい」

 

「……同じことを考えていたみたいですね。……間違いであって欲しいですが」

 

 アタシ達がこれからやる仕事は魔王討伐なんかより遥かに簡単でそして遥かに難しく辛い仕事……友人殺し。

 アイツの……蒼葉アキルの中の魔皇が目覚める前に奴を殺す。

 多分、それがアタシ達の最後の仕事だ。



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わたしとアタシ

 ———12年前 某国外れ小さな町にて

 

⬛︎⬛︎⬛︎! 起きなさい! もう朝よ!」

 

 ママのその声でわたしは目覚める。

 昨日は夜遅くまでテレビで映画を見過ぎちゃった、けど面白かったからいいや! 

 

「はぁい……、おはようママ」

 

「おはよう⬛︎⬛︎⬛︎! さぁ、朝ごはんにしましょう。もうパパは下で待ってるわよ?」

 

「うん!」

 

 そう言ってわたしは急いで一階のリビングに向かう。

 大好きなパパとママと一緒に食べる朝ごはんはわたしの楽しみの一つだ。

 

「お、ようやく来たな⬛︎⬛︎⬛︎! パパはもうお腹すいちゃったよ!」

 

「パパは寝坊しなかったんだね。昨日一緒に映画見てたのに」

 

「ははは! パパには怖すぎてあの後寝てないからね!」

 

 自慢げにパパは笑う。

 相変わらずパパは怖がり屋さんだ。

 4歳のわたしでさえ観れるようなホラー映画やアクション映画でびっくりしちゃうんだもん。

 けど、パパは怖がり屋さんだけど一緒に映画を見てくれるから大好き! 

 

「もう、貴方ったらもう少し度胸をつけたら?」

 

「ママと⬛︎⬛︎⬛︎が度胸あり過ぎなんだよ…… ⬛︎⬛︎⬛︎はママに似たのかもなぁ。けど、僕だってここぞっと言う時は度胸を見せるとも!」

 

「「本当〜?」」

 

「なんで二人して疑うんだよぉ……まぁ、それはさておき朝ごはんにしよう」

 

「それもそうね、それじゃあ———」

 

「「「いただきます!」」」

 

 わたしの楽しい時間、家族みんなでご飯を食べること! 

 他にもたくさんあるけどこれが一番大好き! 

 パパとママとわたし、なんともない話をしながら笑ってご飯を食べる。

 当たり前のことなんだけどわたしはこの時間が一番好きだ。

 けど、今日は違った。

 パパはいつもご飯を食べる時にテレビをつけてニュースを見る。

 今日はそんなニュースを見てパパの顔が曇っていた。

 

「……隣国との関係悪化、か。変なことにならなければ良いけど」

 

 わたしたちの住んでいる国とすぐ隣の国は仲が悪いって前にママが言っていた。

 なんでそんなに仲が悪いの? って聞いたら昔からの事だから、とだけ言われた。

 謝って仲直りすれば良いのに……

 瞬間、家のドアが乱暴に蹴破られた。

 

「———!!!」

 

 ドアの外に立っていたのは屈強な身体をして銃を持った兵隊さんだった。

 そして隣の国の国旗のマークがついた軍服を着て怒鳴っていた。

 

「ま、まて、一体なんなんだ?!」

 

 わたしは咄嗟にママの元に行ってしがみつく。

 パパは両手を上げながらわたしとママの前に壁になるように兵隊さんの前に立つ。

 

「———!!!!!!」

 

「落ち着いてください、話し合お

 

 パァン、と銃声が鳴る。

 それと同時にわたしの頬に生温い液体と肉片がこびりつく。

 それはパパの脳と血だ。

 わたしは何が起こったのか理解できなかった。

 ママはパパの元に行って泣き喚いている。

 兵隊さんはママに向けて銃を構えている。

 ようやくわたしはパパが殺された事を理解した。

 

 

 

 ———なんで? 

 パパは怖がり屋さんだけど優しくて良い人なのになんで殺されたの? 

 もう一度銃声が鳴る。

 次はママが殺された。

 血と脳がわたしにこびりつく。

 外からは沢山の悲鳴が聞こえる。

 町のみんなも殺されている? 

 なんで? 

 兵隊さんは今度は私に銃を向けた。

 あぁ、わたしも殺されるんだ。

 まるで映画の中の無関係な人達みたいにゴミみたいに殺されるんだ。

 

 

 

 ———そんな事あってたまるか。

 パパとママは何もしていない、なのに目の前の兵隊さん(クズ)は二人を殺した! 

 許せない、許せない! 許せない!!! 

 わたしが殺す! 必ず殺す!!! 

 わたしの中で決定的な何かが千切れて壊れた気がする。

 けど、どうでもいい。

 気がついたら身体が勝手に動いていた。

 目の前の兵隊さん(クズ)に走り寄ってその喉を噛みちぎる。

 兵隊さん(クズ)は首元を抑えて叫んでるが関係ない。

 兵隊さん(クズ)の首の傷口に両手を突っ込んで無理矢理傷を広げる。

 激しい血飛沫をあげてのたうち回った後、兵隊さん(クズ)は動かなくなった。

 身体中を生暖かい血が濡らす。

 金色の髪の毛も洋服も肌も真っ赤に染め上げる。

 この日、わたしは初めて人を殺した。

 わたしは……いや、()()()はもう⬛︎⬛︎⬛︎であることをやめる。

 パパとママの大切な⬛︎⬛︎⬛︎はアタシじゃなく()()()でなきゃいけない。

 そしてわたしは今死んだ。

 これからは()()()として生きていく。

 

 

 

 ———夜

 

 町は酷い有様で兵隊どもが跋扈している。

 アタシはスコップで穴を二つ作りパパとママを埋葬した。

 自分でも驚いたけど大人二人を抱えて簡単に動けてしまえた。

 二人を埋葬した後、あたしは殺した兵隊から武器を奪って家を後にした。

 使い方はわからないが、鈍器ぐらいにはなる。

 そうしてアタシは兵隊達の拠点に足を踏み入れた。

 兵隊どもはギョッとした顔でこちらを見る。

 全身血塗れのガキが銃持って入ってきたらそら驚くか。

 とにかく、一番近くにいた兵隊の首を銃を使って全力で振り飛ばす。

 するとまるで野球ボールのように首から上が吹っ飛んでいった。

 そこから先はひたすらに近くにいる兵隊に飛び移り、首を捻り、顎を剥がし、目を潰し、兵隊を武器代わりに振り回したりしていたような気がする。

 気がすると言うのは、気がついたら死体の山で寝ていたからだ。

 寝起きは最悪だ、身体中痛いし動けない。

 あぁ、けど動かなきゃ殺される。

 苦痛に耐えながら廃墟と化した町に出る。

 しばらく歩いてマンションの残骸を見つけた。

 当分はここに住もう。

 食事は最悪死体を食えば良い、とにかく生き残る為ならなんだってやってやる。

 

 

 

 そうして3年の月日が経った———



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厄災の地

 ———3年後 某国外れの戦場 通称:厄災の地

 

「全隊員整列! 諸君らは選りすぐりのエリート部隊だ! そんな諸君らがこの地に派遣された理由! それはこの地に潜む悪魔……7歳の少女の捕獲又は殺害! これを命題

 

 人数15人、装備はフル、殺せる。

 脚に力を込める。

 筋肉は肥大化しパンパンに膨れ上がった脚の力を、解放する。

 一人目は勢いのまま首を折る。

 残った雑兵は関節部の柔い部分を狙いたい。

 いや、ここに死体(良い武器)がある。

 重さは大体90キロ以上くらいか、なら充分! 

 腕に力を込めて武器を思いっきり叩きつける。

 グシャ、と湿った破砕音が聞こえた、まず二人目。

 今死んだ奴も拾い、二つの武器で逃げる雑兵を一番弱そうな奴以外殺し尽くす。

 そうして残った一人は手を挙げ降伏する。

 アタシはその両腕を折り、逃げようとしたソイツの足を死体から奪った銃で撃ち抜く。

 

「逃げるな、喚くな、アタシの問いに答えろ」

 

「あ、悪魔め……」

 

 ルールを破ったバツに指を一本折る。

 兵士は芋虫のように這いずりながら叫び声を上げる、うるさい。

 

「もう一度言う。逃げるな、喚くな、アタシの問いに答えろ」

 

「わ、分かった分かったから命だけは……」

 

 怯えた顔で兵士は懇願する。

 

「戦争はどうなった?」

 

「お……終わった。我が国の勝利で……」

 

 その言葉を聞いて胸が苦しくなる。

 もうコイツらに復讐する手段は無くなった。

 アタシの反逆は無意味だった。

 パパとママの死は無駄だったと決まってしまった。

 

「そうかなら、死

 

 瞬間、兵士の眉間を弾丸が貫く。

 アタシは即座に弾丸が放たれた方向を向き、密林に逃げ込もうとするが……

 

「ストップ! まぁ、まて、話をしよう」

 

 初老の男がスナイパーライフルを担ぎながらこちらに近づいてくる。

 敵意は感じられないが何かしらアタシを害しようとしたら殺せるように準備する。

 

「はぁ、噂に聞いた戦場の紅い悪魔がまさかこんなガキだとはなぁ……とは言え一部始終見ちまったからには嘘だとは言えねぇな、にしても常識離れすぎるなこりゃ」

 

 男は死体達を見ながらそう呟いてアタシの前に座り込んだ。

 

「さて、まずは自己紹介からだ。俺はメイナード、いわゆる殺し屋だ。嬢ちゃん名前は?」

 

「無い」

 

「無いって……と言うかいい加減警戒するのやめないか? 俺一人だし、多分俺の方がお嬢ちゃんより遥かに弱いぜ?」

 

 そう言ってメイナードは懐から水筒を出し水を飲み始める。

 

「……殺し屋が殺す以外で何の用だ」

 

「単刀直入に言おう、お前復讐したいか?」

 

 思わずその言葉に反応する。

 復讐したいか? だと、したいに決まってる! 

 けど、もうその手段は……

 

「復讐したいらしいな、なら簡単だ。殺し屋になれ俺が技術を教えてやる。お前さんは技術不足だ、だが磨けば光る原石だ。そうして完成したらお前の復讐したい相手を殺すといい」

 

 メイナードはそう言って私に手を差し伸べる。

 この男を信用していいのかはわからない。

 けど、復讐の為ならなんだってやる。

 そうアタシは決めたのだから。

 

「分かった、よろしくメイナード」

 

「早速呼び捨てかよ……にしても名前がないのは不便だな……」

 

「なら、ケイト……ケイト・リードと呼んで」

 

「なるほど偽名か、まぁ、この業界じゃ偽名ばっかだし問題ないかよろしくなケイト」

 

 こうして、アタシとメナードの奇妙な暮らしが始まった。

 

 

 

 ———3ヶ月後 メイナードの拠点にて

 

「いやぁ、呑み込み早えな、普通なら数年かかるんだが……」

 

 メイナードが言葉をこぼす横でアタシは銃の組み立てのタイムアタックを行っていた。

 バラバラになった銃の部品を即座に組み立て使用可能にする技だ。

 

「そんなんじゃ、殺す時間が足りない」

 

 口を動かしながら組み立てと解体を繰り返す。

 

「足りないってお前誰殺すんだよ?」

 

 メイナードがアタシに問う。

 

「国の大統領、ついでにあった奴片っ端から全員」

 

 その言葉を聞いてメイナードは呆れ返る。

 確かに普通じゃできない。

 だからこそもっと、もっと狂う必要がある。

 アタシはもう()()には戻れない。

 なら、特大の悪になってやる。

 誰もが恐れる厄災になってやる。

 そうすれば———

 

「できた。100セット終わり、風呂入ってくる」

 

 そう言ってアタシはその場を後にした。

 

「マジかよ……1時間でやりやがった……ありゃとんでもねぇ化け物だな」

 

 

 

 簡素な風呂場でシャワーを浴びる。

 体にこびりついた血は落ちたが、金色だった髪だけは三年間で真っ赤に染まり色が抜けなくなっていた。

 けど、それでいいアタシに……紅い悪魔にはお似合いだ。

 もう人を殺すことに躊躇いはない。

 あと少し、あと少しでアタシの復讐は終わる。

 そうすれば……アタシはどうすれば良い? 

 先のことなんて考えてなかった、考える余裕なんて無かった。

 アタシはこの先どう生きるの? 

 ……考えることを放棄する。

 大雑把なプランは考えてある。

 メイナードのツテを使って殺し屋として生きていく、と言うかそれ以外の選択肢はない。

 ……パパとママが知ったらどんな顔をするだろう。

 …………やめよう、考えたところで意味はないんだから。

 シャワーを止めて風呂場から出てタオルで体を拭く。

 復讐の結構は3ヶ月後の建国記念日、そこでアタシは奴らを殺し尽くす。

 そうして、ようやくアタシの人生が始まる。



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復讐の刻

 ———3ヶ月後 某国首都にて

 

「今日は人が多いわね。まぁ、建国記念日だから当たり前か」

 

 そんな独り言を呟いてアタシは目的地に向かう。

 狙撃も考えたがやはりこの手で直々に殺さなければ復讐の意味がない。

 そもそも狙撃スポットになりそうな場所は厳戒態勢が敷かれており、狙撃による殺害は狙えない。

 なら、残る選択肢はただ一つ。

 直々にぶっ殺す、それだけだ。

 建国記念日の今日、大統領は首都の中心の広場で演説を行う。

 狙うのはそのタイミングだ。

 本来なら無謀もいいところだ。

 正直アタシ自身、生きて帰れないと思ってる。

 けど、それでいい。

 たとえ刺し違えになったとしても奴を殺せるなら構わない。

 元より未来(あす)のことなんて考えていないのだから。

 時間までまだ少しある。

 警備の人数は100人以上、どう動くのが最適解か脳内でシュミレートする。

 

「お嬢ちゃん、一人でどうしたんだい?」

 

 不意に警備の人間に声をかけられる。

 

「友達を待ってるの!」

 

「そうかい、暑いから気をつけてね」

 

 そう言って警備の人間は去っていった。

 今のアタシの服装は白いワンピース、年齢も相待って警戒されない。

 武器を持ち込むことも考えたが結局は素手が一番殺しやすい。

 何より怪しまれないのが利点だ。

 さて、どうしたものか。

 あまりにも警備が多すぎる。

 これじゃあ殺す前に逃げられる可能性もある。

 何か手はないか……

 あぁ、あるじゃないか丁度いいのが。

 

 

 

「ねぇ、さっきのお兄さん? 友達が見つからないの! できれば一緒に探して欲しいのだけど……」

 

「そうかい、じゃあ一緒に探そうか」

 

 そう言って警備の男を人気のない場所へ誘導し、瞬時に首をへし折り殺した。

 そうして拳銃を奪い、時を待つ。

 うだるような暑さの中ゆっくりと死体と共に息を潜める。

 そうして時はきた! 

 演説が始まると同時に拳銃を死体に数発撃ち込み、すぐさまその場を離れる。

 広場はパニック状態となり人々が逃げ惑う。

 そして大統領もまた逃げようとする。

 あぁ、あぁ! この時を待っていた! 

 今のやつは無防備だ、脚が壊れても構わない! 

 全力で力を込めて大地を蹴り上げる。

 瞬時に大統領の目の前まで飛びかかりその顔面を殴り抜く! 

 骨の砕ける音と吹き飛ぶ歯が私を高揚させる! 

 死ね、死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!!! 

 ひたすらに怨敵の顔面を殴り続ける。

 気がつけば大統領はただの死体になっていた。

 

「動くな!」

 

 複数の声と共に銃口がアタシに向けられる。

 あぁ、けどどうでもいいや。

 死ぬくらいなら殺せるだけ殺そう。

 ゆらりと立ち上がり警備の人間達の方を向く。

 

「……ッ! 何を笑っている!」

 

「アタシ今笑ってる? そう……ふふ」

 

 先程と同じく大地を蹴り上げ、勢いで近場の警備員から順に殺し始める。

 顔面を剥ぎ下ろし、頭蓋を割り、奪った銃で撃ち殺す。

 ただひたすらに滅茶苦茶に目の前に立つ人間を悉く殺し尽くす。

 そうしてどれだけ経っただろうか、広場は真っ赤に染まり残ったのは真紅のワンピースを着たアタシだけだった。

 アタシは急いで近場の建物の屋根に跳躍し屋根を乗り継いで逃げる。

 流石にこれ以上はキツい、とにかく今は逃げることにだけ専念する。

 身体には苦痛が走るがそれでも無理矢理動かす。

 そうして無事にアタシは某国の外れまで逃げおおせた。

 

 

 

 ———翌日 メイナードの拠点にて

 

「マジでやり遂げるとはビビったぜ、ケイト」

 

 メイナードが上機嫌に語る。

 

「……まぁ、ね。とにかく今は寝かせて、身体中痛くて仕方ないの」

 

「なんでぇ、あんまり気分良くなさそうじゃねえか」

 

 メイナードがそう言う。

 実際メイナードの言う通りだ、パパとママの仇を討ったのに一つも気が晴れない。

 それどころかどこかポッカリと穴が空いた様に虚しい。

 わからない。

 私は目的を果たしたのに、何故? 

 

「メイナード、アタシ殺し屋になる」

 

 ふと口から言葉が漏れた。

 メイナードは驚いて黙り込んでしまったが、アタシは続ける。

 

「アタシ、多分人殺ししなきゃ生きていけない。それ以外の生き方がわからない。メイナード、アンタなら殺し屋の組織とか知ってるんじゃないの?」

 

 そう言うとメイナードは頭を掻いて金貨を一枚と地図をアタシに渡した。

 

「それもって地図の印の場所にあるホテルに行きな、そこなら仕事にありつけるだろうよ」

 

「ありがとう、身体が治ったら出ていくわ」

 

「そうかい、……本当にそれでいいのか?」

 

 メイナードがアタシの瞳を見て問う。

 

「ええ、だってもう戻れないもの。アタシは差し詰め映画に出てくる極悪悪役(ヴィラン)ってところね。相応の終わりが待ってるわよ、きっと」

 

「……そうか、なら好きにしろ」

 

 

 

 そうして二ヶ月後アタシはメイナードの拠点を離れ、地図に記された場所……ホテル『カイン』に向かった。

 フロントで金貨を見せると部屋へと通された。

 どうやらメイナードが部屋と一ヶ月分の滞在金を払ってくれていたらしい。

 ……いつか恩を返さないといけないな。

 部屋で簡単にホテルのルールを教えられた。

 と言ってもルールらしいルールはホテル内での殺しの禁止とルールを破った場合は追放処分と言うなの処刑をされるぐらいだが。

 残りは一緒に渡された資料で確認してくれとのことだ。

 ここが当分の寝床兼仕事場になる。

 とりあえずは明日に備えて眠る事にしよう。



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成長する厄災

 ———ホテル『カイン』地下3階BAR『アベル』にて

 

「ここで仕事を選ぶ、か」

 

 薄暗い大部屋の中にはカウンターテーブルで仕切られた調理場と大小様々な机と椅子が設置されており、さながらRPGゲームの酒場のダークバージョンといった感じだ。

 部屋には数人の大人が座っている、同業者だろうが休憩中か? 

 ただでさえ見た目で悪目立ちするのだ、さっさと仕事を選んで部屋に戻ろう。

 渡された資料に書いてあった通り、掲示板に貼り付けられた依頼書から仕事を選ぶ。

 ……マフィアの殲滅依頼か近場だし料金も悪く無い、これにしよう。

 後は依頼書を取って調理場にいるスタッフに渡すだけだ。

 

「ケイト・リード様ですね、ただ今を持って正式に受理しました。それでは良い仕事を」

 

「ええ、ありがとう」

 

 そう言葉を交わし一旦部屋に戻る。

 と、言っても仕事道具の類はナイフ数本程度と雨ガッパくらいしか無いのだが。

 流石に毎度返り血で服を汚して洗濯するのも面倒になってきていたので購入したちょっと高めの雨ガッパを鞄に入れ、ナイフを太ももにつけた手製の皮ベルトにセットして仕事に赴く。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 歩いて数分経ったところで違和感に気づく。

 どうやら二人ほど後をついてきてるらしい。

 ……なるほど理解した。

 ホテル外なら宿泊客同士の殺しは合法、初心者潰しかそれとも……

 まぁ、仕掛けてこないなら無視でいいアタシには仕事の方が優先だ。

 路地裏のさらに奥にある寂れたビルの近くまで来て雨ガッパを着る。

 路地から少し覗くが入り口には一人の門番がいる。

 武器は携帯していないがいかんせんゴツイ、体格差的に不利か。

 加えてさっきの二人もまだ近くにいる、挟まれるとマズいなら()()()()()()()()

 地面を蹴り上げ跳躍しさらにビルの壁を蹴りついで上へと上がる。

 そのままビルの最上階に着地し素早くビル内へと侵入する。

 こうなればこっちのものだ。

 

「なんだテメェ?!」

 

 まずは一人跳躍し、勢いを乗せて首を折る。

 そのまま真っ直ぐ飛んで壁を蹴り上げ加速する。

 アタシの戦い方(殺し方)は室内でこそ脅威になる。

 後は同じことの繰り返しだ、折れそうに無い相手にはナイフで首を切りつけ殺す。

 そうして30分ほど経った辺りでビル内は静かになった。

 二つの足音を除いて。

 

「いやぁ、たかがガキだと思ったらとんでも無い化け物じゃ無いか!」

 

「ねぇ、けどごめんねお嬢ちゃん? アンタは今ここで私達に殺されるの!」

 

 男女の殺し屋コンビか、確か報酬を横取りする為に仕事終わりの殺し屋を殺す殺し屋殺しなんて言うのがいるってメイナードが言っていたな。

 その端くれか。

 

「アタシ、疲れてるのよね。帰ってくれない?」

 

 パァン、と銃声が響きアタシの頭が撃ち抜かれる。

 

「馬鹿かよ? んなわけねぇじゃん!」

 

「と言ってももう死体よ? とりあえずホテルに

 

 女の方の首を捻り切る。

 

「は? 

 

 続けて男の方の口を無理矢理開かせ引き裂く。

 これで追加の死体の完成だ。

 案外上手くいくものだ、銃の弾が当たる瞬間に頭の角度をずらして弾丸を滑らせる。

 ただ……

 

「ちょっと抉れた上に髪の毛も持ってかれたぁ……サイアク」

 

 その後アタシはホテルに戻り依頼の報酬金を貰いついでに傷の治療をしてもらった。

 あー、にしてもまだまだ技術不足だな。

 あの程度の相手に苦労してたらダメだな、それ以外にも色々とスキル不足だ。

 幸いこのホテルには大抵のものは揃っている。

 今回の依頼報酬で追加で三ヶ月は滞在できる。

 スキルを磨くには十分だ。

 もっと強く、もっと悪辣に、そうすればきっとこの胸の空虚な感覚も無くなる筈だ。

 



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開花する才能

 ———二ヶ月後 ホテル『カイン』にて

 

「はぁ〜疲れたぁ……」

 

 この二ヶ月、アタシは殺し(仕事)をしながら様々なことを学んでいた。

 主要な言語、人体構造の理解、そして自身の身体に対する理解。

 この二ヶ月で分かったアタシの身体に対することは、どうやらアタシの身体はすでに普通とは言えない状態にあると言うことだ。

 腕の良い闇医者曰く、アタシは俗に言う脳のリミッターが外れているらしいそれもかなり前から。

 原因はわかる。

 間違いなく()()()からだ。

 その状態で今まで生きてきた結果、肉体の破壊と再生が必要以上に繰り返され異常なまでに筋肉が成長した結果が今の()()()に繋がっている。

 その他に関しても大体理解できた。

 言語は複数使い分けられれば便利なことこの上ない。

 実際、仕事でも役に立っている。

 人体構造に関してもより効率良く殺すことが出来るようになった。

 と言うか、今までどれだけ無駄な労力を使っていたのか理解した。

 そりゃ疲れるわけだ。

 まぁ、それはさておき、そろそろアタシの名も売れ始めたところだ。

 なら、()()が来る筈だ。

 

 

 

 ———ホテル『カイン』地下3階BAR『アベル』にて

 

「ケイト様、御指名依頼が入りました」

 

「分かった、因みに報酬は前払い?」

 

「ええ、その通りでございます」

 

「……OK、それじゃあ詳細を教えて」

 

 この業界では名が知れ渡ると指名依頼が入ることがある。

 そして報酬が後払いなら普通の依頼、前払いなら……それは罠。

 お前を殺す、と同意。

 それでもアタシは仕事を受けた。

 受け続けた、()()()()()を手に入れる為に。

 そして時はきた。

 

 

 

 

 ———1年後 アメリカのとある荒野にて

 

 依頼内容ではここにターゲットがいる事になっている。

 まぁ、ターゲットはアタシだろうが。

 周辺に人の気配は全くない。

 

「なら、上か……」

 

 空を見上げて見る、雲一つない青空に一つ小さな黒い影が見えた。

 

「ありゃB2か? アタシ一人殺すのに随分と豪勢だな!」

 

 高空を旋回しながら私を狙うB2をよく見る。

 これならギリ行けるか? 

 無理なら死ぬだけだ。

 そんなことよりこの一瞬の高揚感! 

 生死がかかったギリギリの戦いこそがアタシに生きてる実感をくれる! 

 アタシは少々大きいサイズの岩を手に取り、空の黒い影に狙いを付ける。

 そうしてB2のハッチが開く数秒前に岩を全力で投擲する。

 そうしてハッチ内のミサイルと岩が激突する。

 数刻の間の後、空に爆炎が上がる。

 

「ッシ!!! ストライク!!! ザマァみやがれ!!!」

 

 この日を境にアタシの名前は裏社会はもちろん、表社会……各国首脳にまで響き渡る。

 付いた名は『厄災』、『紅い獣の厄災(レッド・ビースト・ディザスター)』……ちょっとダサくない? 

 まぁ、いいや。

 とりあえずは目的達成だ。

 あとは金を稼ぐだけだ。

 そうすればきっとアタシの心は満たされる。

 きっと……



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運命の転機

 ———2年後

 

 あれから2年間、アタシは殺し(仕事)に没頭していた。

 マフィアを壊滅させ、軍隊を壊滅させ、契約違反を起こした愚か者を見せしめに殺し続けた。

 おかげで一生かかっても使い切れないような大金を手に入れた。

 けれど、アタシの心は満たされない。

 どれだけ殺しても、どれだけ金を手に入れても満たされない。

 そんな折に一つ奇妙な依頼がアタシの元に来た。

 

「はぁ? 無期限の指名依頼?!」

 

 あまりの特殊さに思わず声が出る。

 無期限依頼なんて前代未聞だ。

 しかもアタシを指名しているなんて。

 

「左様でございます、ケイト様。今回は依頼主も実名を公開致しております。サクラコーポレーション社長オウカ・蒼葉様です」

 

 その言葉を聞いて少し頭が痛くなる。

 普通、依頼人は名乗らないものだ。

 それが堂々と名乗っている。

 頭がお花畑でできてんのか? 

 だが……

 

「サクラコーポレーションって、あのサクラ?! ……怪しい、けど乗った! 依頼書をちょうだい!」

 

 サクラコーポレーションはここ数年で一気に世界有数の企業にのし上がったことで有名な企業だ。

 そのトップからの依頼、さぞ心躍るものになるだろう。

 たとえ罠だとしてもそれはそれでいい、その時は皆殺しだ。

 

「こちらになります。良い仕事をケイト様」

 

 いつものように依頼書を受け取り自室で準備を済ませる。

 さぁ、仕事といきましょうか! 

 

 

 

 ———サクラコーポレーション 社長室

 

 社長室に通されて早速驚からされた。

 てっきり社長イスにはジジイでも座っているもんだと思ったが、座っていたのは女、それも若い女だ。

 

「初めまして、ケイト・リードくん。知っていると思うが私はオウカ、オウカ・蒼葉だ。これからよろしく頼むよ」

 

 女……オウカはそう言ってアタシに自己紹介をする。

 いつもなら口調や声の震えで相手の感情がほんのりわかるのだが、わからない。

 コイツはなんだ? 

 

「ご丁寧にどうも、それで依頼は何かしら? 殺し?」

 

 表情を崩さず問い返す。

 オウカは一息置いて答えた。

 

「何、簡単な仕事さ。娘の……蒼葉アキルの警護をして欲しい」

 

「はぁ?」

 

 一瞬、思考が止まる。

 このアタシに子守をして欲しいと? 

 馬鹿馬鹿しい、しかしオウカはそのまま続けて語る。

 

「何、ウチは訳アリでね。娘には出来るだけ安全に過ごして欲しいんだ、故に君に依頼を出した。その腕を見込んでね」

 

「なるほど、番犬代わりに欲しいってわけね。舐められたものねアタシ」

 

 理解はできる。

 大企業の令嬢となれば価値は高い。

 とは言えこの仕事は無しだ、アタシの性に合わない。

 

「舐めてなどないさ、報酬は弾むよ。毎月君の欲しい金額を要求すると良い、それが君への報酬だ。ついでに辞めたくなったら好きに辞めてくれて構わない。これでどうだい?」

 

 その一言で心が揺らぐ。

 こっちは実質人質持ちで下手な手は打てないはず。

 その上でのこの破格の条件なら悪くない。

 打算的だが受けるに値する。

 

「……悪くはないわね。追加で副業……と言うか他の仕事も受けられるようにして? それなら受けてあげる」

 

 追加の要望を出してみる。

 これが通るなら後々さらに追加で条件を足していってやる。

 

「……良いだろう。取引成立だ、よろしく頼むよ。娘は今日本にいる。自家用ジェットを出すから乗って行くといい」

 

 意外にも答えはイエスだった。

 となれば取引成立だ。

 

「そりゃどうも、それじゃあ良い関係になれる様にお互い頑張りましょう?」

 

 アタシは一旦ホテルに戻り、荷物をまとめてチェックアウトした。

 3年近く世話になったホテルだ、いつか借りを返したいところだ。

 それはさておき、アタシはオウカが用意したプライベートジェットで日本へと向かった。



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冬の邂逅

 ———翌日 日本 冬 予玖土町(よくどちょう)

 

「ど田舎じゃねぇか! めちゃくちゃ移動に時間かかったんですけど?!」

 

 叫ぶ。

 だってしょうがない、日本に着いたのは昨日の夜なのに移動で半日も使ったんだから。

 その上、季節は冬。

 ある程度厚着してるとはいえ寒いし、ホテルもアテがないから結局野宿だ。

 正直、仕事選びをミスった気がする。

 しかし、目的地には着いた。

 後は歩いて行くだけだ。

 

「と、思ったらなんなのよこの坂! こちとら荷物重いんだぞこんちくしょう!」

 

 地図のとおりに行った先に待っていたのは町外れの山、そこの整備された坂をひたすら愚痴を言いながら上り続ける。

 荷物はクソ重い、野宿で疲れてる、ついでに言えば警察に見つかりかけて心的負担もある。

 あぁ、ムカつく! 

 マジで仕事間違えたか? 

 いや、落ち着けアタシ。

 これは必要経費だ、ここを乗り越えればほぼ無尽蔵に金が手に入る。

 落ち着け、クールになれ。

 そうこうしているうちに鉄格子の門の先にある古びた外見の屋敷に辿り着く。

 

「……ここね」

 

 古い作りの鉄格子の門の横にある真新しいインターホンを押して少し待つ。

 しばらくして門の先の屋敷から一人の執事服の小さい男……アタシと同い年くらいのガキか? が出てきた。

 

「いらっしゃいませ。私は当館の執事のクリスと申します。貴女はケイト様ですね? 要件は奥様から聞いております。どうぞ中に」

 

 そう言ってクリスと名乗った男は門を開けアタシを館の中に通す。

 館の中は意外にも新しめで綺麗だ。

 

「しばらくお待ちください。主人を呼んで参ります」

 

 そう言ってクリスは館の2階中央の部屋に向かった。

 ……にしても、屋敷の広さに対して人の気配が少ないな? 

 これだけデカい屋敷なら何十人と住んでそうなものだが、気配は6人くらいか? 

 しばらくしてクリスと一人の少女が2階から現れる。

 

「貴女がケイト・リード? 初めまして、私は蒼葉アキル。話は母から聞いてる。貴女の部屋に案内するわ」

 

 そう言って現れた青い瞳の少女……蒼葉アキルの瞳は酷く冷たく、怯えている様にアタシには見えた。

 まるで昔のアタシみたいに思えてしまうくらいに。

 

「あー、分かった。よろしく」

 

 とりあえず無難な答えを返す。

 コイツは間違いなく訳アリだわ。

 とりあえず、寝床にありつけたのはありがたい。

 もう野宿は懲り懲りだ。

 

「ここが貴女の部屋よ」

 

「おー、意外と広いじゃん! 気に入った! 家具が少ないのはアレだけど、勝手に買い揃えていいわよね?」

 

「ええ、構わないわ。それと、平時は好きにしてちょうだい。屋敷のものを壊したりしなければいいわ」

 

「あらまぁ、随分と緩いこって。まぁ、それなら好き勝手させて貰うわ」

 

「そう、改めて我が家へようこそケイト、貴女も今日から屋敷の一員よ」

 

 そう言ってアキルは手を差し出す。

 館の一員……ね、引っかかる言い方だがリップサービスは必要だ。

 

「ええ、よろしくアキル。精々仲良くしましょう?」

 

 そう言ってアタシはアキルの手をとった。

 こうして蒼葉邸での新しい生活が始まった。

 にしてもさっきのアキルの発言といいまるで家族ごっこだ。

 ……家族か。



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蒼葉アキルの秘密

 ———一ヶ月後 蒼葉邸 地下一階 大図書館

 

「暇くさぁ……」

 

 蒼葉邸(ここ)に来てからと言うものバカみたいに平和だ。

 アタシの仕事は特になくただ報酬を貰うだけ。

 別に悪くは無いけど暇だ。

 結局はこの地下図書館でコミックを読み漁る日々だ。

 にしても擬似的な家族ごっこねぇ……最初は嫌悪感が強かったが悪くは無い、か。

 朝食をみんなで食べるなんて何年振りだっただろうか……

 それはさておき、蒼葉アキルが気になる。

 あいつの母親であるオウカは心情が全く読めなかった。

 しかしアキルはある程度読めたアイツはアタシじゃ無い()()に怯えてる。

 今のアキルはアタシからしたら去勢を張っているように見える。

 気になる。

 アタシ以上に怯える存在ってなんだ? 

 ……ちょっと探りを入れるか。

 暇つぶしがてら1日アキルを尾行してみることにしてみる。

 と、言ってもアキルは基本屋敷の外に出ない。

 故に屋敷の中でひたすらアキルを尾行する。

 気配を殺し、静かに後をつける。

 しばらくするとアキルは地下一階の図書館の本棚の本をスライドさせる。

 すると本棚がスライドし、その先に通路が見えた。

 本の位置は記憶した。

 暫くして私は本を動かした。

 先程の通り本棚がスライドしその先には近未来的な通路が見え、そこに入って行く。

 

「研究施設か何かか? 扉は3つ……一番奥の扉だけあからさまに厳重な警備システムっぽい物あり、っと」

 

 なら、当たりは一番奥だ。

 お手製のクラッキングデバイスを扉横の認証装置に接続する。

 が……

 

「はぁ?! エラー?! アタシの作った最高傑作でエラーってどんだけ硬いシステムしてるのよ! あ! と言うかクラッキングし返されてる!? ちょ……やめろ! 作るの大変だったんだから!」

 

「なら最初っからやるなや」

 

 不意に後ろから男の声が響く。

 振り返るとそこにいたのは白衣を纏った酷いクマを作った十代の少年……グレン・フォスターだ。

 

「げぇ……アタシナニモシテナイワヨー」

 

「どう見てもやってるじゃねぇか! ったく、見つけたのが俺でよかったなさっさと戻って大人しく……

 

「何をしているのかしら? ケイト?」

 

 最悪だ扉の先から現れたのは蒼葉アキルだ。

 この状況で一番見つかりたく無いやつに見つかった。

 

「ちょっとした出来心でつい……てへ♡」

 

「とりあえずケイトは今月給料無しね」

 

「はぁ? なんの権限があってそんなこと

 

「権限も何も、この館の最高責任者は今は私です。それにクラッキング行為は館の物に対する破壊行為とみなします。以上」

 

「ケッ、可愛げねぇなぁ……で、なんでそんな怯えてるんだい?」

 

 不意にアキルにそう呟く。

 アキルは一瞬目を見開いた後、すぐにいつもの冷徹な表情に戻った。

 

「なんのことやら、それより私は今から出かけます。着いてきなさいケイト」

 

「へいへい、護衛ですからねぇ着いていきますよぉ〜」

 

 そんなやり取りをしてアキルに着いて町の商店街にいく。

 正直アタシはアキルが苦手……と言うかムカつくタイプだ何でもかんでも秘密主義で常に何かに怯えながら表情一つ変えない……助けを求められない。

 そんなイメージがアタシの中にはある。

 コイツはなんと言うか、弱かった頃のアタシに似てる。

 それが気に食わない。

 そうぼんやり考えながら商店街で買い物を終え帰路に着く。

 馬鹿みたいに平和なこの町でアタシの仕事なんざあるわけがない。

 そう油断しきっていた。

 

「久しぶりじゃねぇかケイト」

 

 その声にふと振り向く。

 そこには大柄の男とそれに捕まえられたアキルがいた。

 

「ジェン、久々ねぇ。知らないうちにロリコンにでもなった? 死にたくなけりゃその娘から汚ねぇ手ぇ離しな!」

 

「おお、怖い怖い。クールに行こうぜケイト? とりあえず後ろにある車に乗りな! じゃねぇとお前の護衛対象の頭が吹っ飛ぶぜ?」

 

「……ッチ! いいじゃねぇか、クールに行こうぜジェン?」

 

 そう言ってアタシたちは車に乗り込む。

 案の定だが、車の中にはジェンの部下が乗っており武器の類は全部持ってかれた。

 まぁ、簡単に言えば状況は最悪。

 アキルを人質に取られた以上下手に動けないし。

 武器がなくともコイツらは殺せるがその前にアキルが殺される。

 思考を回しているうちに車は予玖土海岸付近にある古びた倉庫で止まった。

 アキルは奥の方にある柱に手錠で拘束され、アタシはジェンと一対一の形になるように立たされた。

 

「さぁて、世界最強の殺し屋が死ぬ世紀のショーの始まりだぜぇ! アッハハハ!」



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最後にもう一度

 現状はこうだ、アタシの目の前にはクソ野郎(ジェン)が居てアタシたちを囲むようにジェンの手下が四人。

 だけど手下の方からは敵意は感じない。

 そう……例えるならプロレス見に来た観客って感じの心情がする。

 対するジェンは殺意、慢心、それと絶対的な勝利への確信。

 アキルの方には誰もいない、ならさっさと逃げる一択のみ。

 手錠を引きちぎるのに2秒、そこからは全力で離脱すれば逃げ切れる。

 

「おいおいどうしたぁケイトよぉ? さっきから止まったまんまじゃねぇか? かかってこいよ!」

 

「アンタをどうやってぶち殺すか考えてただけだっつうの! それも決まったけどねッ!」

 

 全力で地面を蹴り、駆ける。

 このスピードならアキルのところに

 

「遅えよ!」

 

 ?! 何がッ……お腹痛い、ヤバ、コンテナにッ! 

 アタシは轟音と共にコンテナに衝突した。

 今ので腹の骨をやられたらしい……呼吸するたび痛いッ! 

 

「ふぅう! ストライク! 良い出来だぜ全くよぉ! このパワードスーツは!」

 

 パワードスーツ? あぁ、そう言うことか。

 ジェンの異様なまでの対応力とパワーは……

 とにかく、立たなきゃ……

 

「テメェに今までやられた恨み、返させてもらうぜケイトッ!」

 

「がぁ……」

 

 コンテナに向かって顔面を叩きつけられる。

 何度も、何度も何度も何度も。

 次第に視界が赤く染まり意識が朦朧とする。

 手足に力が入らない。

 あぁ、アタシここで死ぬのか。

 

「どうした? 世界最強の殺し屋! こんなもんかよッ!」

 

「……」

 

 壁へと投げつけられ体が悲鳴を上げるが、それすら今のアタシにはわからない。

 まぁ、悪役(ヴィラン)の最後なんてこんなもんか。

 あー、けどアキルは助けないとなぁ……

 うざったいし気に食わないけどなんだかんだ損得以外でアタシに歩み寄ろうとしてくれた奴だし……

 けど、無理か。

 出血は止まらない、手足は使い物にならない、意識は朦朧としてる。

 ……悪い、やっぱり無……理……

 

「私の家族にそれ以上手を出すなぁ!!!」

 

「あ? がァァァアァァァア?!」

 

 突如轟音と共にジェン達が吹っ飛ぶ。

 そして吹っ飛ばしたのは他でもない、アキルだ。

 

「あぁぅぅうッッッ!!!」

 

「はぁ、はぁ、アンタ……一体なにして、なんで右腕そんなにぐちゃぐちゃになってんだよ!」

 

 アタシの元に来たアキルの右腕は捻じり潰された様にぐちゃぐちゃになっていた。

 おそらくアキルは自分で右手の親指を折って手錠から抜け出した後、()()()()()

 その代償が今のアキルの右腕だ。

 痛くて仕方ないはずなのに、それでもアキルはアタシを左腕で起こそうとする。

 

「それは後、とにかく今は逃げ……ッ!」

 

 舞った砂埃の中から一つの影が現れる。

 ジェンだ。

 

「痛えじゃねぇかクソガキ! だが、スーツのおかげで助かったぜぇ。さて、クソガキ二匹を痛ぶって今度は俺が楽しませてもらうぜ!」

 

 ゆっくりとジェンは近づいてくる。

 アキルはもう限界だ。

 アタシももう長くない、なら……

 

「アキル、離して」

 

「けど!」

 

「大丈夫」

 

 初めて誰かに命を救われた。

 奪うことしかしてこなかった極悪人のアタシがだ。

 なら、ちゃんと礼をしなきゃなぁ! 

 

「おい、ジェン? 死ぬ覚悟は出来たか?」

 

「ほざけ死に損ないのガキが!」

 

 ジェンがアタシめがけて突っ込んでくる。

 アタシは壊れかけの足でジェンに向かって走る。

 そしてぶつかる刹那、ジェンの股下をくぐり抜け背後を取り、跳躍する。

 狙いはスーツのない頭! 

 壊れかけの両腕でジェンの頭を掴み、ジェンの両肩に足を乗せ全力で引っ張り上げる。

 

「な、何する! やめろ……やめろォォオ!!!」

 

 ジェンがアタシの足を握りしめ、砕く。

 だがもう遅い。

 

「じゃあなジェン、せいぜい綺麗に引っこ抜けてくれや」

 

 アタシはジェンの頭を身体から引き抜いた。

 これじゃまるでプレデターだな、は! 

 

「ケイト!」

 

 アキルが走って近寄ってくる。

 こんなグロい光景見てよく近づけるな。

 

「あ……

 

 そこでアタシの意識は途切れた。

 

 

 

 ———それから7年後

 

「まさか墓参りに来ることになるなんてね」

 

 墓石の前に花を添えながら一人の少女が語る。

 

「つうか、知らないうちに墓の場所変わってるとはねぇ。まぁ、アタシが作った粗末な墓よかマシだ」

 

 赤い髪を後ろでまとめた少女はそうボヤく。

 

「……まぁ、こんな血まみれの手から花なんざ手向けられても嫌か。さて、帰りますかね!」

 

 少し悲しげな顔をして少女は振り返る。

 瞬間、心地良い風が吹いた。

 

⬛︎⬛︎⬛︎

 

「……違うよ、パパ、ママ、今の()()()は……」

 

 

 

 さて、最後にアタシが誰か説明してやろう! 

 アタシはケイト、ケイト・リード! 

 4歳の頃に人を殺してから今まで無敵……無敵ってことにしとけ、な厄災さ! 

 国々のお偉いさん方も恐れる大悪党、10万殺しのケイトとはアタシのことよ! 

 そして今はなんの因果か蒼葉アキルの大親友で家族。

 みんなで協力して違法マフィアを潰したり、邪神崇拝集団をぶっ潰したり、邪神を撃退したりした。

 なんだかんだ刺激的な日々を送りながら予玖土町で暮らしてる。

 そしていつか酷い結末を迎える予定の悪役(ヴィラン)サ!



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     は諦めない

「そう……そう言う事だったのね」

 

 深夜、蒼葉アキル()は夢から目覚める。

 それに呼応する様にアー子(魔皇の残滓)が目前に現れる。

 

「ようやっと答えに行き着いたか。正直()()は間に合わないと思っていたが生命とはわからんものよなぁ」

 

 いつもの不敵な笑みとは違うしみじみとした顔で魔皇の残滓は微笑む。

 

「それでは儀式を始めよう、蒼葉アキル。次代の魔皇よ、やることは分かっておろう?」

「ええ、もちろん」

「ならば、これにて余の役目は終いじゃ。後はお前次第じゃ……さらばだ良き()よ」

 

 そう言い残し彼女は私の中に溶け込み、力を残して消えていった。

 

「次は()()()……か、行くとしましょうか」

 

 そんな独り言をこぼし私は屋敷の外に静かに出ていった。

 そうして天を仰ぎ両の手を重ねようとした時、不意に後頭部に鉄の冷たさが走る。

 それは銃口の冷たさであることを私は知っている。

 

「こんな真夜中にどこ行くつもりだい、アキル?」

「ケイト、起きてたのね。夜更かしはあまり良くないわよ」

「こちとら常に気ぃ張ってるからすぐ気づいて起きちまうんだわ。で、()()行くんだよ?」

「……分かってるくせに」

「まぁな、お前との付き合い長えからな! ……帰って来れないんだろ?」

「そうよ、そしてそれ以外の選択肢は無いの」

「は! 女々しいねぇ! らしくねぇじゃねぇか?」

「……」

「またアタシ達は力になれないのか? なぁ、何とか言えよアキル!」

「ごめん、けどこれは必要な事なの。この星の……この宇宙(せかい)の存続には必要な事なのよ」

「意味不明だな、だけど勘で理解したぜ。お前、また犠牲になるつもりだな?」

「ある意味ではそうね。けど、すぐに忘れられるわ」

「……もう一度聞くぜアキル、アタシ達は力になれないのか?」

「なれない。だから静かに眠りについて、ケイト。それがきっと一番幸せな選択だから」

「……力づくで止めてやりたいけど無駄だな、アタシじゃ()()アキルには勝てない。けど、せめて見送りくらいさせろよ」

 

 そう言うとケイトは銃口を下げた。

 真後ろにいるから表情は見えないけどきっと見るべきじゃない。

 決心が鈍ってしまうから。

 

「そう、ならそれくらいは良いわよ」

「おう! 行ってこい!」

「さようならケイト、私の大切な家族」

 

 そうして私は天に掲げた両の手を重ねる。

 瞬間、私の身体は光に変わり遥か宇宙(ソラ)の果てへと飛んでいく。

 

「………………馬鹿野郎」

 

 間際に聞こえたその声は微かに泣いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 星の最果て、原初の渦、深淵たる宮殿。

 この物語(世界)の外側から侵食してきた神話(世界)の最高神が微睡む地に降り立つ。

 

「あれが深淵の玉座、か……」

 

 私の見据えるはるか先にある巨大な玉座。

 その後ろで蠢く煌々と輝く白とも黒とも言えない太陽の様な塊、魔皇アザトースの一部。

 私が見た夢……正確には()()()()()の記録から分かった事。

 それはこの世界にアザトースは()()()()()()()と言うこと。

 アザトース……彼から始まる存在は他の世界に侵食、侵略し歴史を作り変え自らをその世界に根ざす世界侵食型生命態であると言うこと。

 人類はおろか、全宇宙生命を持ってしても最初から勝てる様なものではないのだ。

 だからこそ()()()()()は自らアザトースと一体化する道を選んだ。

 その結果が魔皇の微睡み。

 世界への侵食を少しでも遅らせるためのシステムだ。

 少しでも長く時間を稼ぎ、いつかアザトースを撃退する手段が生まれるのを待つ為の時間稼ぎ。

 その為に多数の惑星の生命が自らを贄にしてきた。

 そして、次は私の番だ。

 一歩ずつ祭壇を登る。

 アザトースと一体化したものは()()()()()()()()()()()()

 最初から存在しなかったと定義され、その存在を抹消される。

 消えるのは怖い、忘れられるのは嫌だ。

 けど、それでも大切な人達が生きる為に私はこの身を捧げます。

 祭壇を登り切る。

 そこにある小さな玉座の前には()()()が佇んでいた。

 強烈な殺気を放ちながら。

 アザトースと一体化すると言うことはアザトースから侵食されるという事。

 つまりはアザトースの尖兵になると言うこと。

 私の儀式は前任者()を終わらせ、新たな魔皇となる事。

 即ち———

 

変身(チェンジ)極天魔導師(アルティマ・マジカ)!」

 

 白を基調としたドレスの上から鎧を纏う。

 さながら闘う姫の様な姿。

 私とアー子の合作魔術、是を持って目前の敵を撃滅せん! 

 

「……」

 

 彼が手を振り上げると共に無数の巨大な剣が天から降り注ぐ。

 ならば! 

 

「是なるは桜の模倣! 世界を覆う天蓋! 模倣『桜花・七天』」

 

 桜色の結界を天空に向かって盾として展開する。

 これは光美と美影の結界を応用して模倣した最強の盾! 

 そして刃は! 

 

「是なるは不知火の模倣! 次元さえ切り拓く開闢の一刀! 模倣『不知火流・次元斬』」

 

 雪奈の究極の一刀、いつか辿り着く未来を模倣した一刀を具現化する。

 これなら……

 

「……」

 

 しかし彼は倒れない、倒れることを許されない。

 肉体の半分が消失しようとアザトースで再生され生かされ続ける。

 ………………。

 

「是なるは紅き獣がいつか辿り着く究極、願わくば貴方に静かな結末を……『紅き弾丸(スカーレット・バレット)』」

 

 ケイトがいつか辿り着く結末。

 究極の弾丸。

 安らかに静かに必ず殺す一閃を頭部に打ち込む。

 

「……」

「…………」

「……………………」

 

 彼は膝から崩れ落ちそのまま塵となって消えていく。

 

「……お疲れ様。名前も知らない貴方。どうかその眠りに安らぎを」

 

 彼に対して言葉を放つ。

 数瞬の後パチパチと拍手が宮殿に響く。

 

「おめでとう御座います! 原生生物! あなた方はまたもや我が父の眠りを続ける事に成功しました!」

 

 現れたのはニャルラトホテップ、しかも私のよく知る荒井(ルナ)だった。

 

「……やっぱり私、アンタ嫌いだわ」

「これはこれはひどい! 喜びなさい、貴方のおかげで世界はまた破滅から少しだけ助かるのですから!」

「…………」

「さて、ンンン! 我らが新たなる魔皇(アザトース)に祝福を!」

 

 ニャルラトホテップがそう告げる。

 その言葉に続いて私は玉座に着く。

 是を持って蒼葉アキルと言う人間はあらゆる歴史から抹消される。

 玉座に座するのは新たなる魔皇、かつて蒼葉アキルだったもの。

 頭部に掲げる歪曲した大角、漆黒のドレス状の鎧、全てを見通す碧眼。

 ここに新たな魔皇は成ったのだ。

 そう、永劫に思える時をかけてその身を真の魔皇に堕とすその時までずっと。

 

「あぁ、ニャルラトホテップ? 言っておくけどあんまり原生生物(私達)舐めない方がいいわよ? 幾億星霜かかろうときっと魔皇を打ち破るものが現れるのだから」

「そうですか、それは楽しみですねぇ。まぁ、それまで封印が続くといいですがね?」

 

 ニタリとニャルラトホテップが嗤う。

 ええ、きっといつか魔皇を倒すものが現れる。

 だから私はその者が現れるまで耐え続けるだけ。

 永劫に近い時を微睡んで———



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二章-1 勇者アリスと黒白の太陽
新たな旅の始まり


 ———王都ヨクドにて

 

「では、聖剣に選ばれし勇者アリスよ! 魔皇の居城たる黒白の太陽を打ち滅ぼす旅にでよ!」

 

 恰幅の良い男、王都ヨクドの王がそう私に告げる。

 

「は! 仰せのままに」

 

 私はそう言って宮殿を後にした。

 私、アリスは10歳の頃古の聖剣に選ばれ長い修行の果て勇者となった。

 なったのだが……

 

「最初にくれるのが銅貨5枚って……ケチくさい王様だなぁ……」

 

 旅の始まりからすでにつまづきそうだ。

 と言うか一応世界救いに行くんだからもう少し弾んでくれてもいいじゃん! 

 はぁー、しょうがないとにかく動かなきゃ始まらない! 

 私は颯爽と王都の外を目指して走る。

 体に合わせた鎧は問題なく稼働している、動きの邪魔にも微塵もなってない! 

 そうして走ってしばらくすると王都の外、大平原へと辿り着いた。

 と言ってもこのあたりには怪物(モンスター)は滅多に現れない。

 古の時代、二人の巫女が作り上げた大結界によって人間界に入れる怪物は限られているからだ。

 そう仮にいたとしても……

 

「ぷにゅるん!」

 

 黒いスライム程度が関の山だ。

 ……正直見た目可愛いから殺すのは心が痛むが怪物は怪物、ほっとけば人に被害を出す存在だ。

 故に、聖剣でスライムのコアを一刺しして殺す。

 たまに怪物達は銅貨や銀貨を持っていることがあるが今回はない様だ。

 まぁ、ここら辺ではまずないだろう。

 何せ殺した相手から奪った物として持っているからだ。

 怪物達はその量で強さを他の怪物に誇示する習性があるらしい。

 過去にはドラゴンを退治したら金銀財宝が湯水の如く出現し、勇者を引退したものもいると言う。

 まぁ、銅貨5枚で死地に行くくらいなら妥当な判断だと思うが……

 それはさておき目的地に向かって進もう。

 大陸の南、賢王の書庫。

 私が最初に目指すべき場所。

 古の戦乱で戦った者達の眠り場にして今なお生きる歴史の生き証人に会う為に。

 今から三日もあれば辿り着くことは可能だ。

 問題は道中にある鉄巨人の墓場に住まうゴーレム。

 奴を倒さなければ賢王の書庫へは行くことができない。

 修行をしたとはいえ果たして私にゴーレムが倒せるだろうか? 

 

「いや、考えてばっかりは私らしくないな。みんなの為にも私は魔皇を討たなければならない! ゴーレム如き、余裕でたおしてやるわ!」

 

 少し大袈裟に笑ってみる。

 目指すは鉄巨人の墓場! 

 打ち倒すはゴーレム! 

 さぁ、走って走っていざ行かん! 

 世界を救う為、困ってる人達を助ける為に! 

 私の冒険はまだ始まったばかりなのだから! 

 



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鉄巨人の墓場

 ———大陸南 賢王の森の先鉄巨人の墓場にて

 

「さて、あれが例のゴーレムだろうけど……デカすぎない?」

 

 私が驚くのも無理はない、本来ゴーレムとは人より二回りほど大きなサイズがせいぜいだ。

 だが、あのゴーレムは全く違う。

 遥か天空にまで届きそうな巨体、全身を覆うのは厳ではなく鋼鉄の鎧。

 明らかに異常だ。

 

「正攻法で行けるか? アレ、絶対ヤバいやつじゃん!」

 

 そう喚いているとふとゴーレムが停止し、その赤い一つ目がこちらに向く。

 ……バレた、最悪だ。

 ゴーレムはその巨大な腕を振り下ろし攻撃してくる。

 私はギリギリでそれを回避する。

 やはりデカい分動きは鈍い、これならなんとかなる! 

 

属性付与・焔(エンチャント・フレア)! 神炎よ、我が剣に栄光を! てりゃぁぁあ!!!」

 

 ゴーレムの関節目掛けて魔法で焔を付与した聖剣で切り付ける! 

 しかし……

 

「な、切れない!」

 

 想定外の状況に焦る、思考を巡らせる数瞬のうちにゴーレムの拳が迫る! 

 せめて防御を———

 

「がッ! うぇ……」

 

 ギリギリ防御は間に合ったが岩盤に勢いよく叩きつけられる。

 幸いまだ身体は動く、とにかくこの状況を変えなくては私は死ぬ。

 身体が熱くなる。

 死への恐怖が身体を奮起させる。

 

「はぁ……はぁ……舐めるな!」

 

 聖剣を大地に突き立て立ち上がる。

 

「我が名はアリス! 貴様を打ち滅ぼしいずれ魔皇さえ打ち倒し世界に平和を届ける者! 即ち勇者なり!」

 

 咆哮を上げ自らを奮い立たせる。

 痛いのは怖い、戦うのは怖い、けど、それ以上に誰が傷つくのは嫌だ! 

 だからこそ聖剣の力を解放する! 

 

「是なるは星が生み出した黒白の太陽を打ち滅ぼす聖剣! 我が生命(マナ)を糧とし勝利の光を照らせ! 星神剣! ノーデンス!」

 

 自らの生命を焚べて聖剣ノーデンスの制約(リミッター)を外す。

 煌々と輝く星の聖剣による一閃はあらゆる防御を切り崩し必ず破壊する神の権能の再現。

 故に———

 

「はぁ……見たかゴーレム……私の勝ちだ……」

 

 天を貫く程巨大なゴーレムは見事に両断された。

 しかし、代償は大きい。

 ノーデンスの制約(リミッター)解除には文字通り命を使う。

 そう易々と使えるものではないのだ。

 まさかこんなに早く使うことになるとは思っていなかった。

 全身の感覚が鈍くなり地面に膝をつく。

 意識が朦朧とする、あぁ……これは少しまずい……かな……

 消えゆく意識の遠くで声が聞こえた気がした。

 

「まさかアレを倒す者が現れるとはねぇ。おもしろい! 死なずには勿体無い! ジニス! 彼女を書庫に運べ!」

「分かりましたよししょー、弟子づかい荒いんだからなぁ……はぁ……」

 

 この声は賢王……なのか? 

 わからないけど……今の私にはできることはない……な。

 そうして私の意識は闇に落ちた。



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賢王の書庫

「ん……うぅ……」

 

 身体の痛みで目が覚める。

 辺りを見回すが古い遺跡のようだ。

 更にどう言うことか装備品が全てない。

 ……全てない?! 

 

「聖剣は! ッ……!」

「落ち着きなよアンタ、死にかけた気分はどうだい?」

 

 そう飄々と言ってきた者の方を見る。

 黒いローブに身を包んだ私と同い年くらいの青年がそこにいた。

 

「……お前は誰だ?」

「おお怖、殺気ビンビンで俺ちゃん困っちゃうぜ。まぁ、名乗ろうか。俺の名はジニス、魔導師をやってる。死にかけたアンタを助けたのも俺と師匠だ」

「……嘘ではなさそうだな。では何故私の装備がない!」

「そう怒んなって、今師匠が再構築(リメイク)中だ。曰く『デザインが気に入らん! 可憐な少女には美しい鎧と相場が決まっている! なのに何だこの無骨なデザインの鎧は! ありえん!』とか騒いでたぜ」

「それは……好意的な意味でとって良い……のか?」

「師匠的には好意的じゃねぇかな? 長いことあの人と居るが俺にはてんでわからねーがよ」

「そうか、そして今までの話から察するに君の師匠が賢王様か?」

「そそ、とてもそうは見えないが賢王様だよ。あんなちびっ子の何処が王なのかねぇ」

 

 ジニスが発言した瞬間、雷がジニスを襲う。

 そうしてカツカツと音を立てながら一人の少女が私の居る部屋に現れた。

 

「我が弟子ながらこの程度の雷でノックアウトとは、全くだらしがない。さて、新たな勇者よキミの装備のリメイクが終わった。早速だが着たまえ。さぁ早く!」

「ちょ、少し話を……」

「時間は買えないのだよ! さぁ早く!」

「わ、分かりました……あの、せめて外でお待ちいただけないでしょうか……」

「む、それもそうだな。バカ弟子も引っ張り出すとしよう」

 

 そう言って少女とジニスは部屋の外に出ていった。

 私は賢王様がリメイクした鎧を身に付ける。

 と言うか、これ本当に鎧か? 

 どちらかと言うとドレスとかに近い様な……

 インナーは黒一色の簡素なもの。

 青色を主体にしたドレス状の服を身に纏い、腰の部分でベルトを巻く。

 腰から下はベルトによってマントの様になり、その上から胸部、関節部に鎧を身に付ける。

 ……いや、鎧要素足りなくないか?! 

 

「おや、着れた様だな。ふむ、やはり美しい! これでこそよ! あんな無骨な鎧などより百倍は良いわ!」

「な、急に入らないでください! と言うかこれ防御力とか大丈夫なんですか?!」

「何、安心しろ。ワタシの魔法で防御力は底上げしてる。今までの鎧より固くそして動きやすい装備に仕上がっているはずだ。さて……勇者アリスよ、何故賢王の書庫(ここ)に来た?」

 

 先程までの雰囲気から一転し真面目な態度で賢王様は話す。

 私が最初にここに来た理由、それは——

 

「賢王の書庫には今までの魔皇討伐の歴史が全て記録されています。その中に魔皇を倒すヒントがあると思い私はここに来ました」

「なるほど、実に堅実な考えだ。ならばワタシも語るとしよう。今は賢王としてある者、このリリスが視てきた歴史をな」



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過去の大戦

「では、少し昔話をするとしよう」

 

 賢王様はそう言うと一人語り始めた。

 

 ———遥か昔、今の様に大陸が一つになる前のこと。

 ある時天空に黒白の太陽……今で言う魔皇城が現れた。

 魔皇城からは雨の様に怪物や魔物、異形の神々が降り注いだ。

 その時代の生命態では彼らを倒すことはできないのは明白だった。

 だから全ての現生生命体は歴史上初の団結をした。

 まずは二人の巫女、生命と光を司る巫女ミツミと死と影を司る巫女ミカゲの二人がその身と魂を糧として巨大にして強大な結界を張った。

 それが現代にも残る大結界だ。

 そして結界内で生命たちは各々別方向のアプローチで魔皇に対抗する手段を生み出そうとした。

 死の世界を支配していた魔族たちは魔皇の尖兵達を殺す魔術の発展形態である魔法を、ワタシの様な異星より来たる者たちは科学技術を発展させ星の聖剣や聖装を作り上げた。

 そして人類は魔皇を打ち滅ぼす器……即ち勇者というシステムを作り上げた。

 勇者は生まれながら魔力と身体能力が他者より遥かに優れ、我々が作り上げた聖剣に選ばれ扱うことのできる者のことを指す。

 それを人工的に生み出す技術を人類は作り上げた。

 そして最初の勇者となり後続の勇者のモデルとなった者、ケイト・リードと魔族代表のサタン、そしてワタシの3人が最初の魔皇討伐に向かった。

 ……結果は惨敗、我々は誰一人として魔皇に傷一つ付けることすら出来なかった。

 それから幾億年、我々は技術の進歩のための道を歩んで行った。

 そして今に繋がる。

 大陸は一つになり、北部は魔物達の領域になってしまった。

 大結界は消耗し数百年のうちに破壊されるだろう。

 だから———

 

「勇者アリス、キミが魔皇を討ち取るんだ」

 

 賢王様は私の瞳をまっすぐ見てそう語る。

 

「……元よりそのつもりです。私は魔皇を打ち滅ぼし、世界に平和を訪れさせる為に戦いの旅に出たのですから!」

「ふふ、頼もしい勇者だ……そんなキミにジニスを預けるよ、きっと旅の共として役に立つ」

「は?! 師匠! 何言ってるんすか! そもそも俺は……」

「ジニス、キミはもう十分魔導を極めた。それに、そろそろワタシも限界でね。身体も所々ダメになり始めた、それにキミはもっと広い世界を知るべきだ。わかるね?」

「……分かりましたよ! つうことでよろしく勇者様。魔導師ジニス、せいぜいこき使ってくれや!」

 

 そう言ってジニスは手を差し伸べる。

 私はその手をとる。

 

「あぁ、よろしくジニス。それに勇者様じゃなくてアリスで良い。これからは共に旅をする仲間なんだから」

「そうかい、そんじゃアリスよぉ次は何処に行くんだ?」

「次は厄災の森に行く。腕利きの戦士がいると言う話だ、まずは仲間を集めたい」

「厄災の森か、随分と懐かしい響きだな。ジニス、アリス、気を付けたまへあの森は入るものを試す。だが、きっとキミたちなら突破できるだろう。さぁ、行くといい新たな勇者達よ。願わくばキミたちの行く道に祝福があります様に」

「ありがとうございます、賢王様! それでは!」

「今まで世話になったなリリス様! じゃあな! 次会う時は魔皇倒した後だ!」

 

 そう言って私達二人は賢王の書庫を後にした。



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厄災の森へ

 ———アリスの旅立ちから1ヶ月、大陸西側 イ=ス地方の村にて

 

「ふぅ、今日も何とか依頼を達成できましたね。ジニス!」

「おおそうだな……じゃなくて! 何で厄災の森いかねぇんだよ!」

「それは、この村が魔物被害や人手不足で困っているのですから助けているのです。当然でしょう?」

「あのなぁ! そんなん後回しにしてさっさと厄災の森行くべきだろ! 俺らの目的は魔皇討伐なんだぞ!」

「その通りです。ですが、困ってる人を助けないで何が勇者ですか! それに、この村の依頼は今日ので全て終わりました。明日には厄災の森へと向けて出発しますよ」

「マジか……あの量やり切ったの俺ら?」

「ええ、やり切りましたよ。達成感があるでしょう?」

「あーあーわかったわかった、ドヤ顔いいからさっさと宿に戻ろうぜ。こちとらクタクタだ」

「そうですね、最初は馬小屋でしたが今は宿に泊まれるくらいには路銀も貯まりましたし良い事づくめです」

「お人好しめ……いつか痛い目みるぜ?」

 

 そんなことを話しながら夕暮れの道を歩んで私とジニスは宿へと戻り一夜を過ごしました。

 

 

 

 ———翌朝

 

「勇者様、今までお世話になったお礼です。せめて厄災の森まで馬車で連れていかしてください」

「良いのですか? ならばお言葉に甘えるとしましょう」

「はい、どうか良い旅を」

 

 そうして村の人々に見送られながら私達は馬車に乗って厄災の森へと向かう。

 

「……これが目当てだったのか?」

 

 ジニスが私を見て呟く。

 

「目当て? 何がですか?」

 

 私は目を丸くして答えた。

 するとジニスはケラケラと笑う。

 

「何だよ、マジの善意かよ! ……はぁ、そう言う奴もいるんだな」

「?」

「何、こっちの話だよ。まぁ、お前に対する好感度は上がったかな!」

「私信頼されてなかったんですか?!」

「そりゃ初対面の奴を信頼する訳ないじゃんか。とは言え、お前はいい奴だってのはわかった。だから信頼する、それだけさ」

「むぅ……何か引っ掛かりますが良いでしょう。仲間に信頼されないなんて勇者として有るまじきことですからね!」

「……アリスよぉ、お前の言う勇者って何なんだ?」

「それは———」

 

 不意に馬車が止まる。

 

「お二方、着きました。ここが厄災の森へと続く一本道です。ここから先は魔物が多く馬車では連れて行けません……申し訳ございません……」

「気にしないでください。それより帰り道、お気をつけてください。それと、ここまでありがとうございます」

 

 私は御者に礼を言い、ジニスと共に厄災の森へと続く一本道を歩む。

 昼間だと言うのに暗い闇に包まれた森を目指し私達は行く。

 



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森の番人

 ———厄災の森入り口

 

「魔物いませんね」

「いねえなぁ、影も形もありゃしない」

 

 私達はふと言葉をこぼす。

 御者が言っていた通りなら魔物の一匹や二匹居てもおかしくないのに、何もいない。

 否、いなさ過ぎる。

 聞こえるのは風の音だけ、そして漂う死臭。

 賢王様は森は入る者を試すと言った。

 おそらくそれの影響だろう。

 

「ジニス、戦いの準備はいいですか?」

「……おう、かなりヤバそうな相手じゃねぇか。こっちも気合い入れてかないとな!」

 

 そうして私達二人は森の中へと入る。

 しばらく進むと真っ黒な人影が現れた。

 漂う死臭からアレがこの森の番人だと言うことはすぐに理解した。

 

「ジニス!」

「おう!」

 

 即座に陣形を組み上げる。

 前衛に私、後衛にジニス。

 黒い人影はすぐさま私の元へ飛び込んできた! 

 その黒い腕が触れる刹那、体を捻らせギリギリで避ける。

 どうやら武器の類は持っていないらしい。

 影の動きはまるで獣の様で、森の暗さに身を潜めながら不意に襲ってくる。

 避けられる攻撃は捌きながら、ジニスの魔導支援で防御魔法を張ってもらいながら戦いを続ける。

 影の軌道を読み聖剣で切りつける。

 しかし……

 

「な、捕まれ……キャァァァア」

「アリス!」

 

 私はそのまま聖剣を捕まれ大樹に向かって投げ飛ばされ激突する。

 幸い大きなダメージはない。

 だけど、ジニスが一人になってしまった! 

 

「やばっ」

 

 ジニスの元に影が迫る。

 このままではジニスは確実に殺される。

 なら———

 

「魔力集中、脚部増大、弾けろ!」

 

 魔力を脚に一点集中し爆発的に加速させる。

 足は耐えきれず砕けるがそんなこと構ってられない。

 ジニスの元に早く辿り着かなくては! 

 影がその狂腕を振るう刹那、私の剣が影を貫く。

 

「魔力充填! ノーデンスの光を!」

 

 聖剣に魔力を回し影を掻き消すほどの光を放つ。

 影は何事もなかったかの様に消え、あたりは静まり返った。

 

「馬鹿野郎! アリス! 足が!」

「大丈夫です……ジニスなら治せます、それにこうするより他に無かったのですから仕方のないことです」

「……つくづく馬鹿だよお前は、足見せてみろ今から治す」

「……すいません、ジニス」

「謝るくらいなら最初からやるな」

 

 その日、私は初めてジニスに本気で怒られた。

 私のやり方はどこか間違っているのだろうか? 

 勇者とはその身を犠牲にしてでも未来を繋ぐ存在、そうじゃ無いのか? 

 ……どちらにしろ、森の番人は倒すことができた。

 あとはこの森にいると言う戦士。

 エルフ、フェロウを仲間にできるかどうかだ。



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苛烈なる戦士フェロウ

 ———厄災の森にて

 

「さて、戦士フェロウを探しましょうか」

 

 ジニスに足を治してもらった私はそう言って立ち上がる。

 

「あんまり無理するなよ、治したて何だからな」

「わかってる、すまないジニス」

「反省してるならよし、次からは気をつけろ」

 

 そう言って差し出されたジニスの手を取る。

 思えば彼がパーティーに加入してから迷惑をかけっぱなしだ。

 こんなんじゃダメだ! 

 もっと勇者らしくしなくちゃ……

 そんなことに思いを馳せながら森を探索する。

 

「ジニス、探知魔法で見つかったか?」

「あぁ、見つかった。見つかったが……アレはまためんどくさそうだ」

 

 ジニスはそうボヤく。

 どうやらジニス的にはよっぽど面倒な相手らしい。

 

「アリス、聞いた話だと戦士フェロウはエルフらしい、しかもこんな森にいるエルフと言ったらいかれた奴だろうな」

「何、話してみれば意外といい奴かもしれないじゃないか? とにかく行ってみよう」

 

 そうして私達は森の中心の泉、そのほとりに辿り着いた。

 そこには一人のエルフの女性が佇んでいた。

 探していた戦士フェロウだ。

 

「貴女がエルフの戦士フェロウか! ならば話は早い、私は勇者アリス魔皇討伐の為どうか力を貸してはくれないか?」

 

 それを聞いたフェロウは笑う。

 

「俺を必要とするか、勇者! ならばその身を持って力を示せ!」

 

 言うと同時にフェロウはその細い体に似つかぬ、身の丈ほどもある大鎌を虚空から取り出した。

 

「さて、今の勇者は何処までやれるのかな!」

 

 血走った目でフェロウは大鎌を振り下ろす。

 私は何とか聖剣でガードするが華奢な見た目に反して一撃が果てしなく重い。

 足が地面を割り沈む。

 その刹那、星の輝きと見まごう様な光の数々がフェロウを襲った。

 ジニスの流星魔法だ。

 しかしフェロウには全く効いていない、それどころかその表情は怒りの形相に変わっていた。

 

「貴様ァ! 戦士の戦いに水を刺したな! その命を持って償う覚悟あってのことだろうな!」

「うるせぇ! こちとら魔皇討伐目指してるんだ! 取れる手段は何でも取るに決まってるだろうが脳筋エルフが!」

「ッ! なら死ね!」

「させない!」

 

 フェロウの意識がジニスに向いた瞬間、聖剣をフェロウに向けて切りつける。

 しかし……

 

「甘い甘い甘い!」

 

 フェロウは聖剣に対して大鎌を引っ掛け、そのまま私を地面へと全力で叩きつけた。

 地面は割れ、口からは血が吐き出る。

 だけど、この程度で止まっていたら魔皇討伐なんて夢のまた夢。

 

「ジニス! 補助魔法を!」

「お前また……!」

「いいえ! 今度は間違いません!」

 

 ジニスの補助魔法で肉体を強化しフェロウの一撃一撃をいなし続け機会を伺う。

 相手の呼吸、攻撃のリズム、癖、それら全てを読み切りたった一度の隙を見逃さない! 

 そして一撃フェロウの大鎌に当て粉砕する。

 

「……ッ! 認めようお前たちは戦士だ故に戦士フェロウ、それに続くとしよう」

「勝った……の?」

「貴様らの勝ちだ、それにそこの魔導師の性根の悪さは気に入った!」

「うげぇ……俺は気に入られたく無いんだがな……」

「とにかく! 戦士フェロウ、力を貸してくれる?」

 

 私はフェロウに手を差し伸べる。

 フェロウはその手を握りしめる。

 

「ああ俺はお前たちと共に行こう!」

 

 こうして私達のパーティーにフェロウが加わった。

 後は僧侶が欲しい。

 ならば次に行くのは冥界か。

 兎にも角にも———

 

「疲れたぁ!」

 



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冥界へと続く旅路

「「冥界に行く?!」」

「二人ともそんなに驚かなくても……」

「絶対反対だね! 大体冥界のあるティンダロスの大口の底まで行くのに厄災の森(ここ)から何ヶ月かかると思ってるんだよ!」

「ジニス……」

「俺としても論外だな、冥界なぞ行ったところで何がある? 死者の霊魂と魔族だけだぞ?」

「フェロウ……二人の言いたいことはわかるけど、今のパーティーには僧侶が足りないの。それを補う為に冥界に行くのが一つの理由よ。冥界には腕利きの魔族の僧侶がいると言う話だから。それともう一つは冥界に眠る魂に会うこと。どうしても話をしたい魂がいるの! だからお願い!」

 

 私は二人に頭を下げる。

 二人は少し考えた後はぁ、とため息を一つこぼした。

 

「仕方ねぇ、うちらのリーダーが行きたがってるならついてくしかねぇか」

「俺の認めた相手だ、その意思に従おう」

「……! 二人ともありがとう! さぁ! それじゃあ早速大陸の東の果てティンダロスの大口まで行きましょう!」

「……また長い旅路になりそうだ」

「何を言ってるジニス? 4ヶ月もあれば東の果てには着くだろう?」

「あー、フェロウは知らないからか……まぁ、そのうちわかるよ。うん」

「?」

 

 そうしてフェロウを仲間に加えた私達パーティは東の果て、ティンダロスの大口を目指して歩み始めました。

 その道中、魔族の村に滞在した際のこと。

 

「魔物を生きたまま捕まえて欲しい?」

「はい、勇者様! 魔導の研究の為にグランドスライム……ショゴスを一匹捕獲していただきたいのです!」

「はぁ?! ショゴスだぁ! あんなバケモン生きたまま捕まえるなんて無理があるだろ!」

「同意だな、ショゴスの捕獲は無理難題だ。アリスわかってるな?」

「……ええ、受けましょう! その依頼!」

「「は?」」

 

 二人は何故か目を丸くしていましたが困っている人を助けるのは勇者の務め、故にこの依頼も当然受けるのです! 

 

「フェロウ、わかったか? これがウチのお人好し勇者様だ」

「俺の想定以上とは……これは確かに時間がかかりそうだ」

「さぁ! 明日からショゴスを探して捕まえますよ!」

 

 

 

 ———その夜

 

「アリス、少しいいか?」

「何? フェロウ?」

「何故そんなに人助けに手を出す? 我々の目的は魔皇討伐だ、それこそが一番重要じゃ無いのか?」

「……そうじゃないよ、フェロウ。困っている人がいたら助ける。少なくとも自分が手を差し伸べられるなら必ず助ける。そうやってみんなが助け合わなきゃ意味がないんだ。それがいつか広がってこそ本当の平和は訪れるの。だから私はそれをやる。勇者としてでは無くアリスとしてやらなきゃいけないことなんだ」

 

 そんなことを教えてくれたあの人に思いを馳せながらフェロウに語る。

 

「そうか、聞いた俺が無粋だったな。それでこそある意味勇者らしいな」

「そうかな? そうだと良いなぁ」

 

 そうして深まる夜の中、私達は眠りに着いた。

 



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ショゴス捕獲作戦

 ———翌朝

 

「さて、ショゴス探しに行きますよ! ジニス、フェロウ!」

「朝から元気だねぇ……とりあえずちゃっちゃと終わらせようや」

「だがどうする? 探すのはジニスの探知魔法があるが、ショゴスとやり合うのは俺たち3人だけじゃ厳しいぞ? しかも今回の依頼は生捕りだ。アリス、何か案はあるのか?」

 

 そう言ってフェロウが問いかける。

 もちろん無策なわけでは無い。

 ショゴスは太古の昔からこの星に生息していたと言う怪物……らしい。

 城下町付近や大きな町や村の近くに出現する黒いスライムはショゴスの細胞から分裂した劣化体……いわゆる垢のような存在だ。

 スライム自体は初心者冒険者でも簡単に倒せるほど弱いが、ショゴスは違う。

 狡猾な知性と巨大な肉体、何より打撃も斬撃もほとんど効かない怪物だ。

 現に、ショゴスによる被害は北側諸国を中心に酷く時には村一つが犠牲になる時もある。

 そんなショゴスを生捕りにする方法、それは———

 

 

 

 ———村から離れた山脈の洞窟にて

 

 狂気を孕むような山脈の奥深く、その深淵たる湿りきった洞窟の奥で響く『テケリ・リ テケリ・リ』と言う奇怪な鳴き声、ショゴスの鳴き声だ。

 

「それじゃあ手筈通りに、私とフェロウで奴を足止めするよ!」

「了解だアリス!」

 

 そう言ってフェロウと私は巨大なショゴスに向かって突撃する。

 フェロウの鎌による一線と私の聖剣による剣戟でショゴスに攻撃を繰り返すがダメージはほとんどない。

 反撃と言わんばかりにショゴスはその身を捩らせ鞭のように高速で振るい、私達を攻撃する。

 フェロウは何とか避けるが私はその一撃を掠ってしまう。

 掠っただけで肉が抉られ出血が止まらない。

 幸い当たった位置は致命的な箇所ではない、戦闘はまだ続けられる。

 

「おい、アリス! 大丈夫か?!」

「問題無し! それよりフェロウも大丈夫?」

「は! 笑わせるな! この俺がそう簡単にやられるか!」

「上等! さぁ! ショゴスよ! ()()()()()!」

 

 そう、私達はあくまで時間稼ぎ。

 ジニスの氷結魔法の発動のための! 

 

「さぁ、凍獄の時間だ!」

 

 ジニスのその一声でショゴスは氷の柱に封印される。

 

「いよっしゃぁぁあ!!! やったよ! ジニス! フェロウ!」

「はいはいはしゃぐ前に治療な、全く危なっかしい作戦ばっかり考えやがって……」

「良いではないか、戦士としての胆力があると言うものだ! それにしてもこのショゴス、()()()()()()()な?」

「……へ?」

 

 私はその言葉を聞いて目を丸くする。

 

「いや、過去のショゴスはもっと強かったぞ? と言っても一万年以上前の話だが……」

「マジかぁ……これより強いってどんだけバケモンなんだよ……」

「ま、まぁ今回は依頼達成ってことで! とにかくこの氷柱からショゴスがいる部分だけ切り抜いて持って帰ろう!」

「それもそうだな、いらん事を言ってしまった」

「ま、アリスの言う通りショゴス持ち帰ろうや。村に持ってけばより強固な封印を用意してあるんだ。そこなら安心して研究できるだろうよ」

「「魔法って便利だなぁ」」

「おう、脳筋二人も少しは学べ……って痛ぁ!」

 

 私とフェロウは軽くジニスの尻を蹴る。

 その後は、みんなで談笑しながら村にショゴスを届けた。

 村人達からは感謝され豪華なご馳走をいただいた。

 うん、これで良い。

 これが()()のあり方としてきっと正しい。

 そして翌日、私達は村を後にし再びティンダロスの大口を目指す旅に戻った。



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冥界下りと過去

 ———勇者アリスの旅立ちから4年 ティンダロスの大口入り口

 

「後はここをひたすら下っていくだけね」

「相変わらず冥界までの道は長いな」

「つうか、道なくね?」

「何を言うのジニス? あるでしょ、階段が」

 

 そう言って私は大穴の淵に造られた階段を指差した。

 

「……なぁ、お前ら飛行魔法使えたりしない?」

「「しない」」

「ちくしょう! これだから脳筋どもは! はぁ……歩くか」

「ジニス、お前も筋肉をつけろ。俺のように華奢だがお前には筋肉が足りない」

「俺は魔導師だっつうの! とにかく行くぞ!」

「そうね、先頭は私で殿はフェロウに任せても良い?」

「構わん、なぁに歩くのには慣れた」

 

 そうして私達の冥界下りが始まった。

 ……アリス()の最後の旅路が。

 冥界には魔物は出現しない。

 したとしてもすぐに魔族に殺されるからだ。

 それを学習したのか冥界に魔物は近づかなくなった。

 いわば冥界は結界内では一番安全な場所とも言えるだろう。

 そして冥界にはこの世に未練を残した魂が集まる。

 だからきっとあの人もいるはずだ。

 

「どうしたアリス、さっきからやけに静かだな?」

「え? あ、何でもないよ!」

「ふむ、アリスよ。何か隠しているな? さてはへそくりでも作ったか?」

「……そんなんじゃないよ、フェロウ」

「仲間に隠し事とは感心しねぇなぁ、そういやアリス達の昔の話は聞いた事なかったな」

「お前もだろうジニス」

「どうせ道のりは長いんだ、昔話でもしながら冥界下りしようぜ!」

 

 ジニスがそう提案する。

 ……言えない、言いたくない。

 けど、本当にそれで良いの? 

 仲間に嘘をついてまで……共に戦うパーティーに嘘を吐くのは本当に正しいの? 

 ……違う。

 断じて違う! 

 ジニスとフェロウは私を信用して着いてきてくれた! 

 なのに私は二人にずっと嘘をついてきた! 

 そんなんじゃダメだ……

 せめて最後は本当のことを言わなくちゃ。

 

「……ジニス、フェロウ。今から大切な話をします。よく聞いてください」

「……随分と真剣そうじゃねぇかアリス」

「……」

「私は……私は()()()()()()()()()()()()

「……」

「……」

 

 二人は黙り込む。

 当然だ。

 今まで勇者だと思って私に着いてきてくれたのにその私が勇者じゃないのだから。

 私はこの4年間ずっと二人を騙していたのだから。

 私は最低最悪の女だ。

 けど、その旅路もようやく終わる。

 本物の勇者にこの身を捧げることこそが私の役割なのだから。

 

「今まで騙して本当にごめんなさい。謝って許されないのは百も承知です。だけど、冥界に辿り着ければ()()()()()がこれからのあなた達を導いてくれます。だから、それまではどうかこの()()()()()について来てください」

「そうかよ。じゃあ、何で偽物か洗いざらい吐いてもらわねえとなぁ!」

「ジニス!」

「フェロウ、いいの。分かった、下りながら話しましょう。勇者の隠れ里であった話を」



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偽りの勇者

 ———今から10年前 アリス10歳の時 勇者の隠れ里キアルにて

 

 勇者の隠れ里では10歳になった時聖剣を引き抜けるかの儀式を行う。

 聖剣は過去の勇者達が戦いに携えていったものが戦闘を学習し、村の中央の大岩に突き刺さる形で復活する。

 そうしてその年には私ともう一人儀式を行なったものがいた。

 エデだ。

 私は……聖剣を抜くことができなかった、聖剣に選ばれなかった。

 けど、エデは違った。

 聖剣を引き抜き煌々たる光を放った。

 今までどの勇者でも起きなかった現象だった。

 それだけじゃない、エデは魔力量も身体能力も異次元だった。

 幾億と組み手をし続けた私が断言する、エデは間違いなく歴史上最強の勇者だった。

 そしてその人間性も高潔な人だった。

 誰にでも優しく、自分より他者を常に優先する。

 御伽話に出てくる勇者そのものだった。

 ……私はそんなエデを死なしてしまった。

 ある時隠れ里に一人のいや、一柱の怪物が現れた。

 自らを千貌道化と名乗る道化師姿の女。

 千貌道化は魔皇の為にこの隠れ里を滅ぼしにきた。

 老若男女、子供だろうと関係なく皆殺しにされた。

 そんな中エデは千貌道化と戦った。

 終始エデの優勢で戦いは運んだが、千貌道化は不意に私に攻撃を仕掛けてきた。

 そして、エデはそれを庇って死んだ……

 私に聖剣を託して。

 私も死ぬんだと思った、だけど千貌道化はつまらなそうに私を見てその場を後にした。

 ……あの時死ぬべきなのはエデじゃなかった! 

 アリス()が死ぬべきだった! 

 なのにエデはッ! 

 隠れ里の人間はほとんど死んだ。

 もう次代の勇者は現れない、だから私は冥界(ここ)にきた! 

 この肉体を器にエデを蘇らせるために! 

 それが私にできる唯一の償いなのだから……

 

 

 

「それが冥界に来た理由か」

 

 ジニスが静かに呟く。

 フェロウは何も言わない。

 当然だ、私は二人を騙し続けた。

 最低な女なんだから。

 

「「馬鹿だな」」

「は?」

 

 二人が揃ってそう言う。

 理解ができない。

 だって私なんかよりエデの方が勇者の素質がある。

 彼女こそ世界を救うべき人間なんだ! 

 

「ま、そのエデの魂に会えばわかるだろうよアホアリス。とりあえず下りるぞ。……あぁ、後それとあんまり自分と他人を比べんなよ」

「たまには良いことを言うではないかジニス。後で酒を奢ってやる」

「いらんわ!」

「けど、私は二人を……」

「はいはいそう言うのいいから早く下る! お前が先頭なんだからな!」

 

 そう言ってジニスは私を急かす。

 ……わからない、私には一つもわからない。

 けど、冥界にさえつけばアリス()の旅は終わる。

 そこからはエデ(彼女)の物語が始まるのだから。



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私の願い、ボクの願い

 ———ティンダロスの大口の底 冥界の入り口にて

 

「ようこそ勇者御一行の皆様」

 

 そう言って冥界の入り口の巨大な門の前に立っていたのは白銀の長髪を後ろで三つ編みにしている赤い服を着た青年だった。

 

「貴方は冥王様、何故ここに?」

賢王(リリス)さんとは文通仲間でしてね。彼女の魔眼である程度来る日にちを絞ってもらったのです。そして、申し遅れました。僕は現冥界王の閻魔です。気軽に閻魔と呼んでください」

「ほう、うちの賢王様と知り合いか! そういや時たま手紙書いてたなあの人」

「貴方はジニスですね? 賢王からよく聞いてますよ。そして勇者アリス、貴方の願いを叶えましょう」

「……! 何故わかるんですか?」

「僕もちょっとした魔眼を持っていましてね。相手の心が読めるんです」

 

 さらっとすごいことを閻魔さんが言う。

 けど、わかってくれるなら話は早い。

 

「ではついて来てください。旧閻魔庁に向かいます」

 

 そう言って冥界の街を歩いていく。

 周りには青く燃える炎の玉……人魂が浮遊し街を光らせる。

 これら全てが死した人々の魂、この世に未練が残った魂たちだ。

 行き場のない魂の安寧の地、それが冥界だ。

 その街中を歩き旧閻魔庁に到着する。

 古びた赤い建物の中に入り大広間に到着した。

 

「それでは、エデさんの魂を呼びますね」

「よろしくお願いします」

 

 私がそう言うと閻魔様は両の手を合わせ祈る。

 そうすると一つの人魂が旧閻魔庁内にやってきた。

 そうして人魂は次第に人の形を取り戻していく。

 

「エデ、久しぶりだね……」

「うん、久しぶりアリス。大きくなったね、もうボクよりずっと大きいや」

「エデ……もっと話していたいけど決意が鈍るから言うね。私の身体を使ってエデを蘇生する。私なんかよりエデの方が勇者として相応しい。何より冥界(ここ)で待っていたのがその証明だ。エデには未練がある、だからこそここにいたんだよね?」

「アリス……」

 

 エデはそっと瞳を閉じて私に近づく。

 そう、これでいい。

 これで……

 

「この大バカちんが!」

 

 そう叫んでエデは私の頬を叩いた。

 

「なぁに考えてんの! 確かに未練はあるけどそんなえげつないことしないからボク?! 全く君ってやつは昔からいい奴なんだが自分のことを考えなさすぎだ! いいかい、肉体譲渡したらキミは死ぬんだぞ! わかってるのか!」

「……けど、私はエデを死なせて……」

「ああ! 死んだ、めっちゃ痛かった! けど、ボクはあれで良かったんだよ! もし生きていたいならキミを見捨てて千貌道化の奴を殺せば良かったからね! だけどあのクソ野郎よりによってボクの一番大切なものを狙った! だから守ったんだよわかる? そのキミを死なせてまで蘇る気はないよ」

「……わからないよ、私はエデにとって何だったの?」

「親友、だろ? それともそう思ってたのボクだけ?」

「私も思ってたよ、けど……」

「はいこれ以上自己否定禁止! アリス、キミには今もついてきてくれる仲間がいるじゃないか! ……それにキミは勇者として1番大事なものを持っている。だから安心しろ」

「エデ……」

「さぁて、これでお別れがちゃんと言えなかったって言うボクの未練は無くなった。アリス、そしてその仲間たち。キミたちの道に祝福を! どうかその手で世界に光を!」

 

 エデの身体が徐々に光に溶けていく。

 

「それと、アリス。できたら別れは笑顔でお願いしたいな」

「……うん! 絶対泣かない! 必ず私たちが世界の未来を切り拓くから!」

 

 そう言ってぐちゃぐちゃな笑顔でエデを見送る。

 

「……」

 

 エデの魂が光に溶けて私の周りで消える。

 私の頬を涙が伝う。

 ジニスとフェロウは何も言わずに私の肩をそっと叩く。

 私はみんなに助けられてばかりだ。

 だけど決めた、必ず魔皇を打ち倒すと。

 そして千貌道化を必ず打ち取ると!



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冥界の僧侶

 ———冥界 旧閻魔庁の広場にて

 

「少しは落ち着きましたか?」

 

 そう言って閻魔様が私の頭を撫でる。

 

「……はい、私はエデに託されたものを私は継ぎます!」

 

 涙ながらにそう返答する。

 私はもう迷わない。

 エデのため、皆んなの為に私は戦う! 

 

「さぁて、アリスの悩みも解消されたし行こうぜ! ()()()()()()()!!!」

「うむ、いくぞアリス!」

「ええ! けどその前に冥界にいると言う僧侶……レストを探さなければ」

 

 そう、冥界に来たもう一つの目的、僧侶レストを仲間にすること。

 まずは情報収集から———

 

「レストならこの旧閻魔庁の庭にいますよ?」

「へ?」

「え?」

「は?」

 

 思わず間抜けな声が出てしまう。

 しかしいるのなら好都合だ。

 私たちは閻魔様に頼み旧閻魔庁の庭へと案内してもらう。

 そこは……非常に幻想的だった。

 赤い花々が咲き誇りその中心に頭から一対の小さな巻き角を生やした修道服姿の青年が佇んでいた。

 

「貴方が僧侶レストね、どうか私達に力を貸してはくれないかしら?」

 

 そうレストに話しかける。

 するとレストはゆっくりとこちらにやってくる。

 そして私と対面する。

 私より遥かに大きい、ジニスより少し大きいくらいの大きさだ。

 

「あなた方が勇者様のパーティーですね。ええ喜んで力になりましょう!」

 

 そう言ってレストは私の手を握る。

 あまりにもスッとことが進んでしまい私の方が困惑する。

 

「貴方ヶの話は閻魔様から聞いております。慈愛に満ちた方々であると、であるならば力を貸すのは当然。未だ修行中の身ではありますがこのレスト力になりましょう」

「ありがとう! レスト!」

「では早速ですが皆さんの傷を癒しましょう」

「はぁ? 傷は俺が魔法で治したはずだ!」

 

 ジニスがレストに反論する。

 

「いえ、正確には治っていない、ですよね。とても高度な縫合魔法で無理やり傷口を塞いでいる状態です。ですがジニス様の超高度な縫合魔法でそのようなことは起きづらいと思われますが、一応奇蹟による修復をさせていただきます。それに、ジニス様の魔力疲労もかなりひどいご様子ですしね」

「ぬぅ……まぁ、傷ひらいたら大変だしな。悪かった、と言うかそこまでバレてたか」

「いえいえジニス様の魔法の腕にはこちらが驚かされるほどです、ほぼ我々魔族が使う奇蹟と遜色がありませんから。では。あなた方に二大聖女の加護があらんことを」

 

 そうレストが祈ると共に皆の身体中の傷が光、癒えていく。

 間違いない、彼はとてつもない僧侶だ。

 

「良し、これで良いでしょう。皆さん今日はもし良ければ我が家で休息していってください。旅路は急いた方が良いでしょうが今日くらいはぜひゆっくりとお休みください」

「僕もそれが良いと思います。皆さん冥界下りで疲れているでしょうしね」

「……そうですね、今日はゆっくり休んで明日に備えます。それ以降は魔皇の居城がある北の大地を目指します」

 

 そう告げて旧閻魔庁を後にする。

 その夜はレストの家で旅の話をしながら一夜を過ごした。

 ……目指すは北の大地、そしてその最果て、魔皇の居城だ。



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北の大地、魔皇の寝床

 ———勇者アリスが旅立って5年 大結界の淵 死界への門にて

 

「勇者アリスとそのパーティー! 魔皇討伐の為に参上した! 死界へと続く門を開けて欲しい!」

 

 私のその一声と共に重々しい巨大な門が開かれる。

 その先は魔の領域。

 来るもの皆鏖殺する地獄の具現。

 黒白の太陽より現れた魔物たちが跋扈する異界にして死界、通称魔皇の寝床。

 この星の大陸の北半分を支配する魔皇の領域だ。

 我々が門を通り過ぎると即座に門は閉ざされた。

 私は皆んなの方を向いて言葉を紡ぐ。

 

「少し歩けば大結界を抜ける。そこから先は正真正銘の死の世界! いつ死ぬか……それ以上の地獄を味わうかわからない! それでも着いてきてくれる?」

「当たり前だろうがよ! 魔導師ジニスの魂、勇者アリスに預けるぜ!」

「当然! 俺はただ強者との戦いの果てを見たい! 故に戦士フェロウの魂、勇者アリスに預けた!」

「僧侶レスト、この一年であなた方の本質を視ました。故にこの魂、勇者アリスに預けます!」

「ならば勇者アリス! 皆の命を預かった! 必ず皆んなで帰ろう!」

「「「「応!!!」」」」

 

 パーティーの心は今、一つになった! 

 ならば恐るべきものはない! 

 私達は大結界の先に歩みを進める。

 死臭と真紅の空、黒い雲が覆う異界、魔皇の寝床に足を踏み入れる。

 瞬間、鋭い無数の槍が私めがけて飛んでくる。

 即座に反応し剣で全ての槍を弾く、そうしてすぐさま奴らは現れた。

 灰色がかった白い油ぎった肌はまるで目のないヒキガエルのようで、その皮膚は伸縮自在に形を変える。

 鼻にあたるであろう部分にはピンク色の短い触手が生えている奇怪な存在……月棲獣(ムーン=ビースト)の大群おおよそ二千が現れた。

 

「いきなりですか……ですが! 我ら勇者一行に敵は無し! 行くよ! ジニス! フェロウ! レスト!」

「OK任せな! 縫合魔法起動! 縫い付けられろ蛙ども!」

 

 ジニスの縫合魔法で()()()=()()()()()()()()()()()()()()! 

 

「行くよ! フェロウ!」

「任せろ! 呼吸を合わせろアリス!」

「ええ! 喜んで!」

 

 一つの塊となったムーン=ビーストの大群めがけて私達二人は突貫する。

 そして……

 

「二大聖女が一人、斬烈のクレアよ二人に力を!」

 

 レストの奇蹟によって力が漲る! 

 私達二人は嵐が如く回転しムーン=ビーストの塊を切り刻む! 

 

「この長い旅路でできた皆との絆のもと人類の敵を切り裂かん!」

 

 そうして私とフェロウの二つの嵐が通り去った後にはムーン=ビースト達の残骸が出来上がる。

 

「仕上げだ! 凍獄の時間だ蛙ども! 大氷結魔法展開! 凍りつけ!!!」

 

 ジニスが死体を永久に凍結させる。

 奴らは死してなお動く場合がある、それを警戒しての大氷結魔法だ。

 それにしても……

 

「ジニス、ちょっと寒いんだけど……」

「文句言うなアリス! しゃあねぇだろ!」

「ジニスはガサツだな正直俺も寒い」

「だぁぁぁぁ! わぁったよ! 後でいい感じに体があったかくなる魔法かけてやるから! な?」

「ふふ、皆さん戦いが終わったとはいえ呑気にしていてはダメですよ? まずは治療から、それから休憩地を作りましょう」

「そうだね、レスト。少し気を抜きすぎちゃった。とにかく初戦は勝ちね!」

 

 その後、レストの奇蹟とジニスの魔法でいくつか安全なキャンプ地を作り。

 周囲の敵を一掃し、凍らせる作業に勤しんだ。

 ……だが、何かおかしい。

()()()()()()()()()()()()()

 まるですぐにでも魔皇城に来いと言わんばかりに……



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千貌道化

 ———勇者アリスが旅立って7年 北の大地最果て 黒白の太陽の下

 

 北の大地に侵入して2年の月日が経った。

 道中の魔物は確かに南側より遥かに危険だった。

 しかし()()()()()()

 そう、倒せたのだ。

 まるでお膳立てされたかの様にどんな強敵も必ず最後には倒せた。

 私はそれに違和感を感じ始めていた。

 これが単に私達の成長によるものなのならそれはいい。

 だが、何者かによる()()()()()()だとしたら? 

 そんな疑念が拭えなくなっている。

 そんな中、今私達は北の大地の最果てに辿り着く。

 

「あれが魔皇城……」

 

 思わず声が溢れる。

 天に浮遊する黒白の太陽は脈動しまるで一体の生命体の様だ。

 そしてそこから溢れ出る肌で感じられる程の悪意が私達の体をじっくりと包み込む。

 不快感と恐怖から冷たい汗が流れる。

 それでも行くしかない! 

 

「ジニス、道は作れそう?」

「ああアリス、幾つか魔法を合わせれば階段代わりになるものは作れそうだぜ!」

「それじゃあ……」

 

 瞬間、懐かしく悍ましい気配を感じとり、私達が歩んだ道の方を振り返る。

 そこに千貌道化(ヤツ)はいた。

 

「ようこそ! 人類の英雄! 勇者御一行様方! ()()()()()ワタクシは千貌道化の

「千貌道化ぇぇぇえ!!!」

 

 怒りが爆発する。

 コイツだけは私が殺す! 

 必ず殺す! 

 絶対に殺———

 

「おやおや感心しませんねぇ、(ひと)の話はちゃんと聞くものですよ?」

 

 全力の剣戟が聖剣を指で摘まれ止められる。

 まだだまだ押し込める! 

 

「……不敬だと言っているのです。原生生物」

「……ッ!」

 

 瞬間身体が地面にめり込む。

 自重で肉体が潰れそうになる。

 

「これで話ができま

「斬撃魔法!」

「刈り取る!」

「聖女の加護よ、勇者アリスに力を!」

 

 皆が一斉に千貌道化に襲いかかる! 

 しかし……

 

「平伏せよ、原生生物」

 

 たったその一言で全員が私と同じ状態にさせられる。

 

「全く、恐ろしいですね。血の気が多すぎる。まずは会話から、でしょう?」

「黙……れ! どの口がほざくか!」

「? この口ですが? それより皆様ようこそおいでくださいました! 我が魔皇もさぞお喜びでしょう! さぁさ、道を作りましょうか」

 

 そう言うと千貌道化は指を鳴らす。

 瞬間死肉と人々の死体でできた魔皇城へと続く階段が現れる。

 

「ッ! 千貌道化ぇぇぇえ! 貴様はこの私が殺す!」

 

 無理矢理肉体を立たせる。

 身体が壊れそうなほどに重い。

 だけど、それでも! 

 こんなことをされて怒らずにはいられない! 

 

「はぁ……めんどくさいですね、アナタ。どこかで会いましたっけ?」

「ッッッ!!! 死ねぇぇえ!!!」

 

 幸いレストの奇蹟による加護がある。

 ギリギリ戦える! 

 必ずコイツを———

 

「あ! 思い出しました! 勇者の里で庇われた人ですか! 通りで私に殺意を向けるわけだ!」

「あ?」

 

 今コイツはなんて言った? 

 いや、もうどうでも良い殺す。

 殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ!!! 

 

「ですが、無駄なんですね!」

 

 瞬間、目前に千貌道化が移動し首を掴まれる。

 ギリギリと首が絞められていく。

 意識が遠のいて……

 

「おっと! 危うく殺してしまうところでした危ない危ない」

 

 その一言で千貌道化は手を離し、私は再び地面に這いつくばる。

 

「ゲホ、ゴホ……ハァ……ハァ……お前を殺すッ!」

「はぁ、面倒ですねぇ……そもそもアナタの目的は我が魔皇の討伐でしょうに……ワタクシは先に上がって待っているので準備ができたらおいでください。では」

 

 そう言って千貌道化は死体の山でできた階段を踏みながら黒白の太陽へと向かって行った。

 ……私はッ! 

 握った拳から血が滲み出る。

 怒りと無力さを痛感する。

 だが、認めたくないが! 

 今の私たちじゃ千貌道化にすら勝てない! 

 それでも進むしかない、千貌道化の奇術が解けたのか身体は軽くなる。

 

「……ジニス、遺体の階段を分解して。せめて埋葬だけでもしたい」

「……分かった」

 

 ジニスに頼んで死体の階段を分解して、みんなで遺体を一人ずつ分けて埋葬する。

 私は浅はかだった、今の自分なら千貌道化を倒せると思った。

 その結果がこれだ。

 遺体を埋葬しながら悔しさと情けなさで涙が出る。

 私達は三日かけ、全ての遺体を埋葬した後祈りを捧げた。

 せめて彼ら彼女らの魂が天国に行けますように、と……



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魔皇城突入

 遺体を全て埋葬し、祈りを捧げる。

 そうして私達は天を睨む。

 脈動する黒白の太陽、そこで待つ千貌道化、そして魔皇を打ち倒さんとする為に。

 

「ジニス、お願いできる?」

「任せろ。複合魔法展開! 大地よ、我らの行く道となれ!」

 

 ジニスの複合魔法で大地が隆起する。

 それはすぐさま形を変え、魔皇城へと続く巨大な階段となった。

 

「……さぁ、この階段を登り切れば最終決戦になるわ。私達は千貌道化に惨敗した、そして魔皇はそれよりも遥かに強いでしょう。無理強いはしない! それでもついてきてくれる人だけついて来て!」

「当たり前だろ! 負けたまま逃げるなんざありえねぇぜ!」

「ジニスに同意だ。何より魔皇だけでも倒さねばならん」

「……ボクは皆さんとの旅路が1番短い、ですが当然最後までついていきます! 何よりあの道化を生かしておくのは危険ですからね」

「分かったわ、皆んな。それじゃあ魔皇城に突入するわよ!」

 

 私の声を合図に皆で魔皇城へと続く階段を登る。

 道中旅の記憶が一つ、また一つと蘇る。

 始まりの日、ジニスに出会った日、フェロウと戦い仲間になった日、レストと出会った日、そして……エデに願いを託された日。

 たくさんの旅の思い出が蘇る。

 私にとっては辛く、そして楽しかった7年間の旅路。

 それがどんな形であれ今終わろうとしてる。

 例え様のない気持ちが溢れ出す。

 だけど、ここで終わらせる。

 魔皇を討ち取り、千貌道化を倒し、世界に平和をもたらすために。

 そうして階段を登り切ると目前には黒白の太陽があった。

 時折脈動し、生暖かく不気味な空気を放つ。

 私は息を呑む。

 瞬間、黒白の太陽が切り割れて入り口が現れた。

 私達は意を決し、中に入る。

 するとすぐさま入り口は閉ざされた。

 もう戻ることはできない、ならば後は進むだけだ。

 内部は宮殿の様になっており様々な巨大な像が鎮座していた。

 タコの様な頭と蝙蝠の様な羽を持った巨人、まるで生きているかの様な巨大な火の玉、黄衣を纏った異形の人型、燃え盛る三つ目の巨獣……

 そのほかにも無数の悍ましく生き生きとした像が鎮座している。

 その中で唯一三つ目の巨獣の像だけが一部欠落しているのに奇妙な違和感を感じながら私達は前へと進む。

 道中、魔物はおろか千貌道化も現れる気配すらなかったが私達は警戒しながら道を歩んだ。

 そうしてようやく私達は辿り着く。

 魔皇が微睡む玉座へと……

 そこに居たのは怪物などではなかった。

 瞳を閉じて微睡むのは長い銀の髪と左右が歪に伸びた角を持つ女性だった。

 彼女は黒い鎧を身に纏い、身長ほどある大剣を床に刺し微睡んでいた。

 

「あれが、魔皇……?」

「ええ、そうです。我が魔皇でございます」

 

 不意に千貌道化の声が闇から響く。

 コツコツと言う足音と共に千貌道化は魔皇の玉座の後ろから現れた。

 

「さぁ、お目覚めを我が魔皇。よき殺戮を」

 

 その一言で魔皇は目覚めた。



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魔皇

 閉じられていた瞳がゆっくりと開く。

 現れた蒼い瞳は氷の様に冷たく、全てを飲み込む様に深く光はない。

 そして魔皇は突き刺さった大剣を手に取る。

 瞬間、溢れ出る殺気の波で汗が溢れる。

 

「皆んな、戦闘準備!」

「「「言われなくても分かってる!」」」

 

 全員が刺す様な殺気に対して戦闘態勢を取る。

 ……これが魔皇ッ! 

 人類を……この星を脅かす大災害! 

 身体の震えが止まらない。

 けど! 

 戦うしか選択肢はない! 

 

「行くぞ! 魔皇! 私達は貴様を倒し、世界に平和をもたらすもの! 今ここで貴様を終わらせる!」

「——————」

 

 しかし魔皇は何も発さない。

 ただ、玉座の前で私達を待ち受けるだけだ。

 ならば……

 

「勇者アリス! いざゆかん!」

 

 こちらから攻めるのみ! 

 私は正面から魔皇に向かって突撃する。

 

「身体強化魔法!」

「二大聖女クレア、シズハよ勇者アリスに力を!」

 

 ジニスとレストによる強化で威力は充分、脚に力を入れ一瞬にして魔皇の懐に入る。

 そして神速の十六の斬撃を放つ。

 しかし……

 

「全部ガードされた?!」

 

 魔皇はただゆっくりと大剣を盾にして攻撃をガードしていた。

 そして、反撃がやってくる。

 魔皇は大剣を持ち上げ力一杯振り下ろしてきた。

 聖剣でガードするがそれでも守り切れない! 

 たまらず、後ろに飛び回避する。

 だがこれで良い。

 私達のパーティーにはもう一人頼れるアタッカーがいるのだから! 

 魔皇の死角からフェロウが大鎌で切り裂く。

 魔皇は背中から出血し膝をつく。

 

「ナイス、フェロウ!」

「アリスの陽動あってこそだ。だが、まだ足りないらしい」

 

 魔皇は大剣を杖代わりにし立ち上がる。

 カァン、と言う鉄の音が響くと同時に私達の身体に無数の切り傷が生まれる。

 

「なっ?!」

 

 切り傷から一気に出血が始まる。

 このままじゃまずい。

 とにかくレストを守りながら戦わなくてはいけない! 

 

「陣形を変えます! レスト! 皆んなをお願いします!」

 

 レストの奇蹟による治療を少しでも長引かせるために私は魔皇に再び正面から突貫する。

 魔皇は大剣でこちらへと切り掛かるが、遅い。

 大剣の太刀筋を避け魔皇へと近づいていく。

 一歩、また一歩と無限に思える様な歩みを進め再び魔皇の懐に入り込む。

 今度の斬撃は一点集中! 

 例えガードされようと態勢ぐらいは崩すはず! 

 そこに賭ける! 

 思惑通り魔皇は大剣でガードをした。

 だが、十六の連撃の前に少し後ろに体制を崩す。

 ならば! 

 私はさらに連撃を続ける。

 次第に魔皇は耐性が保てなくなり、床に倒れ込む。

 あぁ……これで最後だ! 

 

「星神剣ノーデンスよ光を!」

 

 その言葉を鍵としノーデンスが光り輝く。

 そのまま全身全霊で魔皇の体を貫いた。

 

「馬鹿な! 我が魔皇!」

 

 千貌道化が近づいてくる。

 流石に出血のしすぎだ、一旦距離を取り後方で待機していたレストに治療してもらう。

 

「ああ……ああ……()()()()()()()()()!」

 

 瞬間身体中が怖気立つ。

 千貌道化は恍惚の表情を浮かべ、魔皇の死体を踏み荒らす。

 

「長い、長い道のりでした……ですがこれで我が父は蘇る! この世界すらも飲み込んで! ふふふ、ははは、あははは!!!」

 

 瞬間、一閃の斬撃が輝いた。

 



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真なる魔皇 アザトース

「あぁ、本当に長かった。60億と数万年耐え続けた甲斐があった……ッ!」

「何故……お前は死んだはず……そうでなくともお父様に侵食されきっているはず……なのに!」

 

 一閃を放ったのは魔皇、そしてその一撃を受けたのは千貌道化だった。

 

「幾星霜待ち侘びた事か、私を倒すものが現れる事を。人類が、生命が進化するのを待ち侘びていた! そして時はきた! この瞬間を持って魔皇アザトースをこの次元から葬り去る!」

「ほざくな……人間如きがァァァア!!!」

 

 状況が全く理解できない。

 だけど直感でわかる。

 魔皇は敵じゃない、真の敵は千貌道化と奴が言う()()()

 ならば! 

 

「魔皇! 勇者アリス加勢する!」

「マジかよアリス?! あぁ! もうどうにでもなれ!」

「理屈はわからんがどうやらそう言う流れらしい、ならば共に戦うのも一興よな!」

「サポートはお任せを! さぁ、皆さん行きますよ!」

「勇者一行……恩に着る! 我が名はアキル! 誰からも忘れられし邪悪の魔皇にして真なる魔皇アザトースを封じる者なり!」

「ほざけ! 原生生物どもが! 千貌道化のニャルラトホテプが貴様らの希望を打ち砕く!!!」

 

 千貌道化……ニャルラトホテプがその姿を変貌させていく、しかし———

 

「お前には仕事があるぞ、ニャルラトホテプ! 大好きなお父様と一つにしてくれる! 融合魔法発動!」

「なっ! そんなことしたらお父様が形を得てしまう! ぐ、ぬァァァア!」

 

 

 

融合邪神

 ニャルラトテップ/アザトース

 顕現

 

 

 

「あぁ……ァァァア!!! なんたることだワタクシとお父様が一つになってしまったァァァァア!!! 許さん! 許さんぞ原生生物どもォォオ!!!」

 

 そう叫ぶのは歪な人型となった黒白の生命。

 3つの燃えるような瞳と細い胴体2対のカマキリの様な腕、三つの鎌のような脚。

 異形と言うに相応しいその怪物を睨む。

 やつは千貌道化にして魔皇が言った真なる魔皇、ならば奴を倒せば本当の平和が訪れるはずだ! 

 ならばもう何も迷わない、私達はただ戦う! 

 それだけだ! 

 

「行くぞ! 皆んな! 魔皇!」

「「「「応」」」」

 

 まずは魔皇が攻め込む。

 先程までの動きと全く違う素早く軽やかな動きで怪物に切り掛かる。

 

「その程度の攻撃が当たるかぁ!」

「あぁ、()()()()()それでいい」

「何ぃ?!」

 

 怪物が振りかざした腕は魔皇をすり抜ける。

 

「本命はこっちだ!」

 

 怪物の背後に回り込んだ魔皇が大剣で一閃する。

 そのまま、また消える様に姿を隠す。

 

「グァァア!!! おのれおのれおのれ!」

「私達も忘れられちゃ困るわね! 千貌道化!」

「我が秘技を見せてやろう」

 

 フェロウがそう呟くと鎌がさらに巨大に鋭くなる。

 実にフェロウの十倍はあろう大鎌が形成され怪物を切り裂く! 

 

「がァァァァア!!! ふざけるなぁ!!!」

「おっと、傷が塞がりそうじゃねぇか? よくねぇよなぁ!」

 

 ジニスの魔力が爆発的に放出される。

 

「是なるは賢王が生み出しし魔術の極地、絶対零度の氷結魔法! 『アブソリュート・ゼロ』!!!」

 

 ジニスの究極の魔法によって怪物の傷が凍りつき再生できなくなる。

 

「あり得ない! この私が……ッ!」

「さぁ、審判の時です! 二大聖女の力を今ここに! 聖装擬似展開! 『滅亡輪廻(アナイアレイション)』起動!」

 

 レストの奇蹟によって巨大な重力場が形成される。

 怪物はその重力場に固定される、ならば後は()()がトドメを指すだけだ! 

 

「魔皇!」

「勇者!」

「「行くぞ!」」

「魔剣展開、是なるは破滅を齎す災禍の一撃……」

「星神剣展開、是なるは星の光を照らす希望……」

 

虚神の一閃(イマジナリ・バースト)

星神剣星の軌跡(ノーデンス・ロード)

 

 光と闇、二つの超威力の強大な光線(ビーム)が混ざり合い千貌道化を穿つ。

 

「がァァァアaaaaaaaaaA…………………………」

 

 そうして千貌道化は光の粒子に消えていった。

 残ったのは崩れかけの魔皇城と漆黒の球体だけだ。

 

「やべぇ! 早く避難しねぇと!」

「安心しろ、キミたちは勝ち取った未来を生きなければならない」

「魔皇?」

 

 私が魔皇に問う。

 魔皇はどこか優しげに答える。

 

「さらばだ勇者達、最後にキミたちに会えて良かった。私は最後の仕事をしなければならない」

「……死ぬつもりなの?」

「勘が鋭いな、アリス。あの黒い球体を私ごと消す。それが私の最後の仕事だ。それではな、勇者達。キミたちの未来は希望に溢れている!」

 

 パチンと魔皇が指を鳴らす。

 瞬間、私達は北の大地の果てに飛ばされていた。

 黒白の太陽は自ら潰れ自壊し後には何も残っていなかった。

 

「……魔皇」

 

 

 

 

 

 

 ———少し前、魔皇城内部

 

「肉体も限界か……」

 

 魔皇の肉体は少しづつ砕け始めていた。

 

「だが後は簡単だアレを切る。それだけだ」

 

 魔皇は一歩歩み漆黒の球体を切り裂く。

 瞬間爆発的な力が広がり収束して行く。

 その中心部にいる魔皇は当然無事ではない。

 しかしその顔は穏やかだった。

 

「クリス、ケイト、雪奈、皆んな、遅くなったね。すぐに私もそっちに行くよ。これで、ようやく……」

 

 そうして魔皇アキルは滅び、世界には平和が訪れたのであった。



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旅の終わり、希望の未来

 ———王都ヨクド周辺にて

 

「いやぁ、まさか馬車で帰れるなんてラッキーだね!」

「なんか前にも似た様なことあったな」

「確かによく人助けしては馬車に乗せてもらったな、俺たちは」

「ですね。僕にも覚えがあります」

 

 そんなたわいもないことを笑顔で話しながら馬車はヨクドに近づいていく。

 あぁ、これで本当に私達の旅は終わってしまうんだな。

 そう思うと少し悲しくなる。

 魔皇……アザトース討伐の旅路は困難を極めたが、その中でも楽しいことは山ほどあってその全てが愛おしい。

 そんな長く短い様な旅が今、終わりを告げる。

 

 

 

 ———王都ヨクドにて

 

 辺り一体から響く祝福の声。

 周りの家々からは祝福の花びらが散らされる幻想的な光景。

 私達勇者一行の凱旋パレードに対する民の祝福だ。

 ジニスは気恥ずかしそうに、フェロウは堂々と、レストは手を振り皆に応える。

 私は少し恥ずかしいが微笑みながら手を振った。

 そうしてゆっくりとヨクド城に向けて歩みを進める。

 

 

 

 ———ヨクド城にて

 

「勇者アリス、魔導師ジニス、戦士フェロウ、僧侶レスト。そなたらによって魔皇と黒白の太陽は打ち滅ぼされた。これからは真に平和な時代が訪れるだろう。本当にありがとう」

 

 王はそう言って頭を下げる。

 けど、始まりの日に銅貨5枚しかくれなかったの忘れてないからな! 

 おかげで最初は馬小屋で寝泊まりしてたんだぞ! 

 ……けど、そうか。

 終わっちゃったかぁ……私の……私達の旅路が。

 

 

 

 ———夜 王都ヨクド 大広場にて

 

「酒だぁあ!」

「タダ酒だぁあ!」

「「イェーイ!!!」」

 

 そう言ってジニスとフェロウは楽しそうに酒を飲む。

 

「ふふ、ジニス、フェロウはしゃぎすぎよ?」

「アリス、いいじゃないですか。今日はめでたい日だ。アリスも露店で食べ物をもらってくると良いですよ」

「レストまで……まぁ、そうね! ちょっと行ってくる! 呑んだくれ二人を見といてね!」

「ええ、お任せを」

 

 酔いどれ二人をレストに預けて私も露店を見て回る。

 美味しそうなものがたくさんあるけど、それよりも皆んな笑顔だ。

 私にはそれがたまらなく嬉しい。

 私が旅を始めた頃は皆んな暗い顔をしていた。

 けど、今は違う。

 皆んな笑顔で希望に溢れている。

 あぁ……これが私達が勝ち取った未来の形なんだ。

 なんて綺麗で微笑ましく美しいだろうか。

 

「勇者様だ〜!」

「ほんとだ! ねぇねぇ、旅のお話聞かせて聞かせて!」

 

 気がつくと周りには人が集まっていた。

 ジニスたちも呼び、皆んなに旅の話をする。

 辛くて、苦しくって、けれど何処か微笑ましく愛しい旅の話を……

 

 

 

 ———明朝 王都ヨクド入り口にて

 

「皆んなはそれぞれの居場所に帰るんだね」

 

 そんな話を皆んなとする。

 ジニスは賢王の書庫に、フェロウは旅に、レストは冥界に、それぞれの居場所に帰る。

 わかっていたけど寂しいな。

 

「そんなしょんぼりするなよ! たまにゃ遊びにくるぜアリス!」

「うむ、俺の認めた戦士だ。偶には一戦交えよう!」

「ボクも偶に来ます。そうでなくとも文通も出来ますしね」

「……うん、そうだね! 最後は笑顔で、ね!」

 

 そうしてみんなを見送る。

 あぁ……本当に終わってしまった。

 私達の旅路が。

 けど、これからも未来は続いて行く希望に向かって! 

 

「さぁて! せっかく王様からの報酬で王都にタダで住める様になったんだからいい家貰っちゃうぞ!」

 

 そうして私は王都に戻って行く。

 今はいっときの別れだけど、またいつか皆んなと一緒に冒険がしたい! 

 楽しくて笑える様な旅路がしたい! 

 だからこそ私は変わらない。

 もう勇者じゃないけど、おせっかい焼きのアリスとして困ってる人を助ける! 

 それがこれからの私の生き方だ! 

 



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二章-2 天獄編
永き微睡の果てに


 永い、永い刻が経った。

 私は魔皇として君臨し民を、友を、愛する人を殺し尽くした。

 幾星霜待ち続けた。

 魔皇(わたし)を倒す勇者が現れるその時を。

 そうして現れた勇者によって魔皇(わたし)は打ち倒された。

 後は、そう、地獄に落ちるだけ。

 魔皇(わたし)の罪は許されるものでは無い。

 魔皇(わたし)は裁かれなければいけない。

 友を殺し、愛する人を殺し、無辜の民を殺し尽くした魔皇……蒼葉アキルは裁かれなくてはならない。

 68億と幾千年、人類を脅かした大罪人には相応しい結末だ。

 ああ……けれど、それでも願って良いのなら……こんな大罪人に許されるなら、もう一度みんなに会いたかったなぁ……

 そうして私は黒の螺旋を落ちていく。

 地獄へと繋がるであろう道の最果てを目指し、ただ落ちていく。

 果てがあるのかすら分からない黒の螺旋。

 誰もいない孤独な一人旅。

 処刑台へと続く道を一人落ちていく。

 一体どれほどの時が経っただろうか、不意に身体が叩きつけられる。

 どうやら終着点についたらしい。

 

「お久しぶりですね、お嬢様」

 

 懐かしい声が響く。

 忘れもしない声、私が愛した声が。

 すぐさま声の方向に顔を向ける。

 そこには()が立っていた

 

「……クリス」

 

 当時と変わらない姿でクリスはそこに立っていた。

 優しい笑みを浮かべ私の名前を呼ぶ。

 

「お疲れ様、アキル」

 

「うぅ……あぁ……」

 

 上手く言葉が出せない。

 涙が溢れ、膝から崩れ落ちる。

 こんなことあるはずが無いのに……私みたいな罪人にこんな……

 

「さぁ、涙を拭いて。みんなが待ってますよ。さぁ、手を」

 

 そう言うとクリスは私に手を差し伸べる。

 あぁ、例えこれが嘘や罠でも構わない。

 私はクリスの手を取りゆっくりと立ち上がる。

 そうしてクリスに連れられるまま白い光の方へと向かっていった。

 長い道のりの中、クリスと言葉を交わす。

 

「忘れていてごめん。アキル」

 

「クリスが謝ることじゃ無い! 私の……私の責任だ、私のせいでみんな……」

 

 脳裏に戦いの記憶がフラッシュバックする。

 68億年の間殺し続けた記憶。

 そしてクリスを貫いたあの時の記憶も……

 

「……アキルは優しいからきっと辛かったでしょう。だけど……だからこそ真に魔皇(アザトース)に犯されなかった。おかげでこの世界はアザトースと完全に切り離された。もう誰かが怯える事はないんですよ」

 

「……それでも私は許されるべきじゃない。こんな結末を迎えて良いはずが無い」

 

「アキル……いや、これ以上の事はこの先で考えましょう。さぁ、そろそろ着きますよ」

 

 光がより一層強くなる。

 その先に見えたのは本等に書かれている天国と呼ばれる場所そのものだった。

 いや、語弊がある。

 天国と地獄が混ざり合ったような場所というのが正しいか? 

 それにしても地獄の要素はだいぶ薄く感じるが。

 

「それでは改めまして。ようこそ()()へ」



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魔皇には罪と罰を

()()?」

 

「はい、天獄です」

 

 クリスは不可解そうな私に対してきっぱり答えた。

 続け様にクリスが語る。

 

「簡単に説明すると、地獄と天国が合併したんですよ。大体30億年くらい前に。と言うのも、地上の天国信仰は強くなる一方で地獄の伝承が薄れていってしまったんです。閻魔大王曰く『信仰なくして地獄は形作られない』との事で、地獄が消滅しかけたんですよね。そんな時に天国側と地獄側で協議して両者を合併、新たな天獄として再構築したわけです」

 

 なるほど、情報量が多いが、要点だけ摘めば天国と地獄が一緒になったわけだ。

 

「けど、それに何の意味が?」

 

「地獄と天国は表裏一体、どちらかが忘れられればもう片方も崩れていくそうです。それに、罪人とはいえ魂の眠る場所は必要ですからね」

 

「……随分と詳しいのね、クリスは」

 

「はい、今は天獄の管理団体に所属していますので。他の方々よりは詳しいですよ」

 

「そう……ねぇ、あっちに見える街? みたいなのは何かしら」

 

「あれは天獄最大級の都市、『十王街』ですね。元々は閻魔大王達十王の裁判所だったものです。今となっては死者達の住まいが集う活気にあふれた街ですよ!」

 

「そう、少しだけ行ってみたい。案内をお願いしても良い?」

 

「ええ、喜んで!」

 

 クリスはにっこりと笑ってそう答えた。

 私はクリスについて行きながら考える。

 本当に私が天獄(ここ)に居ていいのかを。

 

 

 

 ———十王街入り口

 

「魔皇だ! 魔皇がやってきたぞ!」

 

「来るな! 消えろ悪魔め!」

 

「何で天獄に魔皇がいるの?! 王達は何をしているの?!」

 

 あぁ……やっぱり私は居るべきじゃない。

 天獄に集う魂の大半は私の被害者だ。

 やはり私は居るべきではない。

 そんなことわかっていたのに少しだけ期待した自分が愚かだった。

 

「皆さん落ち着いて! 話を聞いて……」

 

「クリスさん?! 何で魔皇なんか連れてきた! 早くそいつをどっかに消してくれ!」

 

「……ッ!」

 

 クリスが拳を握りしめる。

 あぁ、いけない。

 私のせいでクリスまで悪者になるなんてダメだ! 

 

「黙れ! 我こそは魔皇! 魂さえも焼かれたくなければ疾く消え失せろ!」

 

 そう言い放つ。

 瞬間、街中の魂が逃げ始める。

 これでいい、これで……

 

「アキル! なんで……」

 

「お前も消え失せろ、それとも余と戦うか?」

 

「……そう言うことですか。天獄には人気がない場所もあります。私は市民の誘導をします。……お気をつけて」

 

「そうか、失せろ」

 

 そう言って踵を返し私は十王街を後にした。

 それからはただひたすらに歩き続けた。

 どうやら天獄にも昼夜があるらしい。

 何日も、何日も、ただひたすらに誰もいない場所を目指して歩き続けた。

 そうしていつしか私は薄暗い洞窟に辿り着いていた。

 ここなら誰の迷惑にもならない。

 誰かが怯え、恐怖することもない。

 幸い死者だからか空腹でも死にはしない。

 ただ、少し疲れた。

 少しだけ眠りにつく。

 冷たい石の上で一人静かに……

 あぁ……寂しいな……

 せっかくクリスに会えたのにまた離れ離れになってしまった。

 けれど、私にはそれがお似合いだ。

 私の罪は許されない。

 例え死のうと決して許されないものだ。

 けど……あぁ……誰か私を見つけてよ! 

 一人は嫌だ! 

 何億年も孤独を過ごしてきた! 

 それでも一人は嫌だ! 

 あぁ、あぁ……お願いだから誰か私を受け入れてよ……

 涙が溢れる。

 止まることなく涙は岩を濡らす。

 冷たい漆黒の中、いつしか私は意識を失った。



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厄災来たりて魔皇は還る

 あれからどれだけこの岩穴で暮らしただろうか? 

 幸い人は来ない。

 腹は減るが死んでる以上関係ない。

 私はただ、無意味にここに居続ければいい。

 そう思っていた。

 

「よう、アキル。久々じゃねぇか!」

 

 あの荒れたマントのクレア(バカ)が来るまでは。

 

「で、いつまで引っ込んでるんだよ魔皇サマ?」

 

「その呼び方やめて……」

 

「まぁ、そうだろうな。大体の話はクリスから聞いてる。お前もバカだよな! 自分で苦しめた連中が許してくれるとでも思ったわけ?」

 

「…………」

 

「マジか……ちと能天気すぎるぜ? ま、アタシも似たようなもんだ! 十万殺しのケイトちゃんは恨まれまくってたぜ? 全員嬲ってやったけど」

 

「…………」

 

「…………ヘイ、会話しようぜアキル? 68億年ぶりの再会だぜ? 楽しく行こうじゃねぇか?」

 

「そう言う気分じゃないのよ……」

 

「暗いねぇ、良い顔が台無しだ。別に十王街いきゃ良いじゃんか? 恐れられた所でお前はお前、だろ?」

 

「私が行けば彼らは怯えるでしょう。死後まで怯えて暮らすなんて理不尽だわ」

 

「んー、別に良いんじゃね?」

 

 ケイトの予想外の言葉に呆気に取られる。

 

「最初は怖がられるだろうけど、お前から何もしなけりゃそのうち落ち着くと思うぜ? と言うか、一応世界を救った英雄様だろ? 好きに生きろよ! いや、死んでろよが正しいか?」

 

「……そんな事できないよ、私には」

 

「だぁぁぁぁ! めんどくせぇな! とりあえず来いや! その後は()()()()がどうにかしてやるよ! ウジウジすんな!」

 

「でも……」

 

「でももだってもクソもないんだよ! アンタはどうしたいんだ? ずっとひとりぼっちがいいのか?! あ?!」

 

「私は……私は、昔みたいにみんなといたい!」

 

「ならついて来い!」

 

 言われるがままケイトに引っ張られて岩穴の外に出る。

 久しぶりの日差しは酷く眩しく目が痛い。

 けど、悪くない。

 

「ほら、行くぞ! バカみたいな辺境の地選びやがって! 一週間は歩くからな!」

 

 そう言いながらもケイトは笑っていた。

 私はケイトと一緒に天獄の砂漠地帯をひたすら歩き続けた。

 そうして一週間後、『十王街』に到着した。

 

「また魔皇が……」

 

 バンっと銃声が轟く。

『十王街』の住民は皆黙る。

 

「よう、紳士淑女にクソ野郎ども! 魔皇(コイツ)()()()()が管理する。文句あるやつは今すぐ前に出てきな!」

 

 静寂が訪れる。

 誰もが皆黙り込む。

 その中をケイトに引っ張られ、私は後ろから続いていく。

 人々は皆道を開ける。

 感じるのは恐怖と畏れ。

 無理もない、私は魔皇だったのだから。

 そうして私は『十王街』の一番奥にある見覚えのある屋敷に連れて行かれた。

 

「さて、と。久しぶりに全員揃ったな!」

 

 ケイトはそう言って私に語りかける。

 あぁ……あぁ! 

 見間違えるはずがない! 

 この屋敷はみんなと過ごした、あの屋敷そのものだ! 

 

「とりあえず、メンツ揃える前に一言だけ。おかえり、アキル」

 

 ケイトは慈しむような顔と声で私に語りかける。

 

「うん……うん! ただいま!」

 

 私の表情は涙でグチャグチャで、でも、それでも! 

 私はやっと帰って来れたんだ。

 みんなの元に!



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二章-3 魔薬編
勇者改め冒険者アリスです!


 魔皇討伐から時は経って約二年。

 アリス()は所謂何でも屋を始めた。

 迷い猫探しから巨大熊(ギガントベア)討伐までお任せあれの『何でも屋アリス』を。

 巷では冒険者ギルドなるものが発足されて前までより劇的に冒険者達が増えた。

 そのおかげか様々な発展が毎日の様に起こっている。

 魔術による遠距離通話や魔石を使った装備品等色々だ。

 まぁ、マイナスな事もあるのだが……

 生き残った魔物や魔獣による冒険者被害、新しい技術を悪用した冒険者狩り等。

 それらを咎めるのも私の……いや、私たちの仕事だ。

 元勇者パーティーの面々は個々に被害にあった冒険者の救助や、悪辣な冒険者の捕縛を行なっている。

 因みにフェロウ、レスト、私、ジニスの順で不人気だ。

 何がって? 

 悪辣冒険者から見た捕縛されるとき嫌なやつランキング。

 とまぁ、そんな感じで今日もお仕事です! 

 

 

 

「これはこれは、勇者様。此度はこんな田舎の頼みを聞いてくださってありがとうございます」

 

「いえいえ、それに今は元勇者ですよ。そんなに畏まらないでください」

 

「ありがとうございます。それでは依頼なのですが……どうにも、この村の付近に盗賊団が住み着いたらしく毎日村の作物や立ち寄った冒険者を襲っている様でして……」

 

 お婆さんが言い切る前に剣を抜く。

 

「どうかしましたか?」

 

「殺気、隠せてないですよ? 村の皆さんは殺したんですか?」

 

 お婆さんは舌打ちすると声を荒げる。

 

「テメェら! このクソ雌をぶっ殺すんだよ!」

 

 そう言って全方位から荒くれ者達が出現する。

 その数50、なら……

 

起動・蛇腹剣(スイッチオン・スネーク)

 

 起動のための言葉を紡ぎ剣は分裂し鞭の様になる。

 起動した蛇腹剣(スネーク)を振り回し周囲の荒くれ者を死なない程度に切り刻む。

 流石荒くれ者、硬い。

 お婆さんはその光景を見て絶句する。

 

「ば……化け物め! なら……」

 

 そう言うとお婆さんは丸薬を一つ噛み砕く。

 瞬間、お婆さんは10メートル近い筋骨隆々の巨体の怪物と化した。

 

「うぐァァァア!!! コロスコロスコロス!!!」

 

「……噂の薬ですか、できたら殺したくはないのですがちょっと無理そうです。ごめんなさい」

 

 そう言って蛇腹剣(スネーク)を元の剣に戻す。

 

起動・巨剣(スイッチオン・バスター)

 

 新たな起動呪文を紡ぎ剣は私の体の三倍のサイズに巨大化する。

 眼前から襲い来る巨獣に対して、ただ一閃、縦に斬る。

 

「ァァァア? ァァァア……」

 

 両断された巨獣が地に這いつくばる。

 地面は大量の血液で赤く染め上げられる。

 

「どうかその魂に救いを、さて……」

 

 通信用魔術機(通称:マドホ)でジニスに連絡を入れる。

 今回の件は最近流行りつつある魔薬によるもので間違いない。

 それを調べてもらうためにもジニスの力が必要だ。

 流通経路を特定して犯人を捕まえる。

 今の私の目的はそれだ。



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魔薬の原材料は……

 ジニスに現地に来てもらい早速怪物と化したお婆さんを解体し始める。

 

「いや、グロいわ! まぁ、しょうがねぇけど……」

 

「グロいとか言わないの! 一応元は人間だったんですから」

 

「とは言えなぁ、骨格レベルで別物になってるなコレ。胃袋のあたり切開してくれ、魔薬が残ってるかもしれん」

 

「りょーかい! せい!」

 

「……相変わらず躊躇ないな。で、どうだありそうか?」

 

「んー、見た感じないですね。消化されちゃったのかな?」

 

「なら、俺の出番だな。魔術で痕跡を探す」

 

 そう言ってジニスは開かれた胃に手を触れる。

 無詠唱での魔術行使、ジニスもこの二年で大きく変わったようだ。

 しばらくしてジニスが胃から手を離す。

 

「結果が出た。断片的にだがな。魔薬の原材料はショゴスやミ=ゴなんかの一部と複数の薬物で出来てるな。奇跡的な配合だ。変な話だがコレを作ったやつは天才だよ。そこらのネズミが巨熊(ギガント・ベア)を嬲り殺しにできるレベルだ」

 

「つまり?」

 

「激ヤバ。さっさと作り手捕まえないと取り返しのつかない事になる」

 

「なるほど、荒くれ者達は尋問しても何も知らなかったしちょっと不味いね……」

 

魔薬(これ)の何がまずいって誰でも使えちまう事だ。十人程度に使わせりゃ町ひとつ潰せる。こっちの方でも続けて調べてはみるが早めの対処が望ましい。マドホ使って勇者パーティー再結成と行こうじゃねぇか!」

 

 ジニスはニタリと笑ってそう言ってマドホでレストに連絡を入れる。

 私もフェロウに連絡を入れるが……

 

「フェロウ、久しぶり今大丈夫?」

 

「……」

 

「フェロウ?」

 

「…………」

 

 そのまま通信は途絶した。

 これは、何かあったに違いない! 

 なら……

 フェロウのマドホの位置を確認する。

 場所は厄災の森の湖畔。

 私達とフェロウが初めて出会った場所。

 

「ジニス! フェロウがヤバいかもしれない! 私は先に厄災の森の湖畔に行くから後からレスト連れて大急ぎで来て!」

 

「っ! わかった!」

 

 そう言って私は走り出す。

 全力で走れば3時間で湖畔には着くはずだ! 

 頼む、フェロウに何もないであって! 

 

 

 

 ———厄災の森 湖畔

 

「う……そ……」

 

 そこに居たのは身体中に傷を負ったフェロウだった。

 右腕はもぎ取られ、両足は捻れている。

 

「フェロウ!」

 

 すぐさま私はフェロウに近づき生死確認をする。

 幸いまだ脈はあり呼吸もしているが、どちらも弱い。

 このままでは衰弱死してしまう! 

 早くレスト達が来ないと……

 瞬間、森の気配が変わる。

 殺気と暴力に溢れた暗い気配に。

 周囲の気配を探る。

 不意に湖畔の水面から手が伸び現れ私を掴む。

 そのまま私は水底へと引き摺り込まれる。

 水底にいたのは巨大な腕と口の集合体ともいうべき怪物だった。

 掴まれた状態から身動きが取れないまま怪物の口へと運ばれる。

 フェロウをやったのはこの怪物だったのか! 

 だが、拘束を解こうにも力が足りない。

 そのまま怪物の口内へと放り込まれる。

 口内はギザギザの歯がびっしりと生えておりそれで私を噛みちぎろうとする! 

 水中故武器の変形コードを言うこともできない! 

 そのまま私は無数の歯に切り刻まれた……

 激痛が走る! 

 腕と足は辛うじてくっついているが、二度目はない! 

 どうする?! 

 取れる選択肢がない! 

 二回目の咀嚼が始まろうとした時、怪物の動きが止まる。

 同時に極寒の吹雪を思わせるような冷気が満ちる。

 あぁ、ジニスたち……が、間に合ったんだ……

 そこで私の意識は途切れた。



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同盟をもう一度

 ———賢王の書庫にて

 

「……痛ぅ」

 

 激痛で目を覚ます。

 ここは……賢王の書庫、か? 

 私は……

 そうだ! フェロウは?! 

 激痛の中、体を起き上がらせるが周囲にフェロウはいない。

 

「ちょっと! まだ治療中なんですから! 起きないでくださいアリス!」

 

 声の方を振り向く。

 声の主はレストだった。

 

「レスト……フェロウは?」

 

「フェロウさんは賢王様とジニスが集中治療中です。ですが、よかった。2人とも無事で……」

 

「ジニスたちが間に合ったおかげよ、ありがとう」

 

「……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? 傷も簡単にですが治療されてましたし……」

 

「……え?」

 

 じゃあ、あの極寒の冷気を放ったのは誰だ? 

 あんな大魔法を使えるのはこの世界でもそうはいないはず……

 一体何の目的で? 

 ……! 

 

「そうだ! 私達を襲った怪物は?!」

 

「ジニスが凍りついた湖から切り出して持ってきてあります。治療が終わったら解剖して検査するそうです」

 

「……そう」

 

「どうかしましたか?」

 

「いえ、ただ……何か良くない予感がして……」

 

 そんなことを話していると部屋にジニスと賢王様が入ってくる。

 

「いやぁ、老朽機体(老骨)には応えるねぇ……フェロウの治療は無事終わったよ。彼女のことだから数時間もすれば目を覚ます筈さ」

 

「だな、今回は師匠も手を貸してくれたし安心だ。で、そこの馬鹿患者の具合はどうだレスト?」

 

「どうもこうも、相変わらず打たれ強いと言うか頑強と言うか……もう大丈夫そうですよ」

 

「何その言い方、ちょっとムカつくんですけど?!」

 

「大丈夫そうだな! そんじゃアリス、来てくれ」

 

 ジニスは真面目な口調でそう言った。

 私はジニス達の後に続きながら冷凍された件の怪物が保管されてる部屋に向かった。

 部屋に入ると針のような冷気が肌を突く。

 私とフェロウを襲った怪物は見事に氷漬けになっていた。

 

「にしても誰がやったんだか……湖全体を凍らせるなんて馬鹿みたいな出力、そうそう出せるもんじゃないぜ?」

 

「…………」

 

 賢王様が静かに氷像と化した怪物を見る。

 その表情にはどこか懐かしさがあった。

 

「師匠、どうしたんですか? なんか心当たりでも?」

 

「あぁ……無くはない。が、ありえない筈だ……これは……」

 

 賢王様が難しい顔をする。

 どうやら何か知っているらしい。

 だけど、ありえないって一体……

 

「ジニス、この怪物の解析は私がやらせてもらう! お前はアリス達と一緒に魔薬の出所を掴め! いいな!」

 

「なんだよ急に……まぁ、分かりましたよ。つうことでフェロウが目覚め次第勇者パーティー再結成! で、いいよなアリス?」

 

「ええ、構わないけど……フェロウは腕が……」

 

「あ? 腕がどうした? 確かに()()()()()()()()()が、問題なく治したぞ?」

 

「……は?」

 

「?」

 

「私がついた時にはフェロウは片腕がもがれていたわよ! 一体……」

 

 私のその発言を聞いて賢王様が反応する。

 

「やはり、か……どうやら此度の事態は相当らしい。まさか()()から使者を遣わせるとはな……」

 

「賢王様、天獄ってあの天獄ですか? 死んだ後に辿り着くって言う楽園の……」

 

「まぁ、そんなとこだ。しかしまぁ、遣わしたのは()()か。無難なところだな」

 

 何処か懐かしそうな顔をしながら賢王様が語る。

 

「?」

 

 賢王様以外の全員が頭にハテナを浮かべる。

 

「何、昔の知り合いを思い出していただけさ。それよりも今回は事態が予想より酷いらしい。君達には期待しているよ」

 

「よくわからないけど、お任せください! 勇者パーティーの力を見せてやりますよ!」

 

 本当によくわからないがやる事は単純だ。

 魔薬を作ってる奴を見つけてブッ飛ばす! 

 それだけだ。

 数時間後、フェロウが目を覚ました。

 事態の説明をして彼女にも協力してもらう。

 さぁ! 勇者パーティー再結成だ! 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

「随分と世界は変わりましたね。ですが私のやる事は変わりません。弱きを救い悪きを挫く。シスター静葉、参ります!」



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星剣はどこに?

 ———王都ヨクド アリスの家にて

 

「そう言えば、アリス。星剣はどうした?」

 

 フェロウが不意にそんなことを聞いてきた。

 

「星剣なら勇者の隠れ里に返しちゃったわよ? ほら」

 

 そう言ってマドホで勇者の隠れ里の記事を出す。

 そこには勇者が実際に使った星剣として写真が写っていた。

 

「お前は馬鹿か?! あれほどの武器を返したぁ?! 馬鹿なのか……いや、馬鹿なのか?!」

 

「え、酷くない? 泣いちゃう」

 

「しかも岩に刺しただけって……大丈夫なのか?」

 

「あー、それなら大丈夫。私以外の人じゃ引き抜けなかったから。それになんか御利益ありそうじゃない? ほんのり光ってるし」

 

「やっぱりお前は馬鹿だよアリス……」

 

 フェロウはしばし絶句していた。

 そんなことないもん。

 ちゃんとあるべき場所に還しただけ、それ以外の何でもないのだから……

 

「それはさておき、ジニスとレスト遅いねー。お腹空いてきちゃった」

 

「話を逸らすな! ……まぁ、確かに遅いな」

 

 そうしてしばし沈黙する。

 冷静に考えるとフェロウと2人っきりって珍しいなぁ。

 旅の道中での宿屋くらいでしかなかったし、あんまり喋らないで寝ちゃうんだもん。

 

「そう言えば、フェロウ。傷の具合はどう? 大丈夫?」

 

「ん? あぁ、大丈夫だ。だが、この俺が腕を捥がれるとはな……正直敵を侮りすぎた」

 

 フェロウは捥がれた筈の腕を触りながら答える。

 フェロウは勇敢な戦士だ。

 故に今回の敗北はかなり来ているんだろう。

 

「フェロウも慢心するんだね」

 

「何だ? 喧嘩か? 買うぞ?」

 

「いやそうじゃ無くて、フェロウもそう言うところあるんだなぁって思っただけ。だって一緒に旅した戦士フェロウは油断も慢心もしない完璧な戦士ってイメージだったから。なんか人間臭くっていいなって」

 

「なんか絶妙にムカつくな」

 

「え、酷い! 褒めてるんだよ!」

 

「褒め方に悪意があるように感じる……いや、何も考えず真っ直ぐに言ってるからそう感じるのか? まぁ、褒め方を少しは覚えた方がいいな」

 

「採点が厳しいなぁ」

 

「俺とて乙女だ少しは傷つくんだぞ?」

 

 その一言を聞いて絶句する。

 フェロウの口からそんな台詞が出るとは思わなんだ……

 けど、へぇ、乙女ね。

 

「なら、乙女同士今度お茶会でもする?」

 

「な、べ……別にやりたいなら付き合ってやるが……」

 

 フェロウは耳を赤くして恥ずかしそうに答える。

 何だ、私全然みんなのこと知らなかったんだ。

 今回の事件が終わったら親睦会でも開こうかな。

 そんなことに思いを馳せながら日は傾いてきていた。

 漆黒の闇の中混沌の残滓が蠢く時が刻々と近づいてきていた……



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襲撃者

 ———王都ヨクドにて

 

「はぁ、すっかり暗くなっちまったぜ」

 

「ジニス、しょうがないですよ。何せアリスの家にはまともな食料がない。食事を作るのにはまず材料から! 貴方も美味しい料理が食べたいでしょう?」

 

「……だな、飯が干し肉だけはごめんだ。さて、そろそろ出てきたらどうだ?」

 

 そう言ってジニスは後ろを振り返る。

 その視線のいくらか先には黒いローブを着た1人の少女が佇んでいた。

 

「初めまして、勇者御一行様。唐突ですが力試しをさせていただきます」

 

 そう言うと少女は瞬時に消える。

 

「な……」

 

「破!」

 

 彼女はジニスの懐に潜り込み腹部に手を当てる。

 瞬間、ジニスは後方に吹っ飛ばされる。

 

「ジニス! 何者か知らないがそっちがその気なら!」

 

 レストが少女めがけて奇蹟を放つ。

 しかし、少女は再び姿を消して数秒後にはレストの懐に潜り込んでいた。

 

「しまっ……」

 

「遅い!」

 

 レストもまた吹き飛ばされる。

 街はざわめき、夜の暗がりが恐怖を煽る。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 ジニスとレストがボロボロになって倒れていた。

 その先には黒いローブの少女が一人。

 街はパニックになっていた。

 ドクンっと心臓が脈打つ。

 少女の冷たい視線……まるで、魔皇を想起させるような視線。

 私は手にした剣を力いっぱい握る。

 怒りを込めて静かに紡ぐ。

 

起動・蛇腹剣(スイッチオン・スネーク)

 

 蛇腹剣と化した剣を少女めがけて斬りつける! 

 しかし……

 

「遅い!」

 

 まるで風のように少女は蛇腹剣を避ける。

 数秒後、私は後方に大きく吹っ飛ばされた。

 

「ガハッ……くぅ……」

 

 痛みの中、何とか体を起こして敵を睨む。

 フェロウも攻撃を加えているが()()()()()

 そのままフェロウも同じく吹き飛ばされる。

 

「この程度か! 勇者一行とは! 立てるものはいないのか!」

 

 少女が吠える。

 私は再び起き上がり、蛇腹剣を鞭のようにしならせ反撃に出る! 

 逃がさない、今度は逃がさない! 

 あらゆる角度から攻撃できるように高速で剣を振るう。

 

「……なるほど、少しは骨のあるものがいましたか」

 

 そう言うと少女が視界から消える。

 ありえない、確かに仕留められる範囲にいたはず……そうでなくとも刃の包囲網を突破できるはずがない! 

 

「どこを見ているのですか?」

 

 その声と共に背部を強烈な一撃が襲う。

 そのまま地面に叩きつけられ、めり込む。

 

「……まぁまぁ、ですかね。とりあえず———

 

「ははは……」

 

「…………」

 

 あぁ……()()()! 

 私は今負けている! 

 圧倒的に、完膚なきまでに! 

 ああ……ああ! 

 こんなのはあの旅路以来じゃないか! 

 辛く苦しく楽しいあの旅以来の敗北! 

 昂る! 

 痛みが私に生きている実感をくれる! 

 そのまま私は苦痛に満ちた体を無理やり動かし立ち上がる。

 

「ふふ、ははは、あははは!!! 最ッ高!!! それでこそ! それでこそ!!! 戦い甲斐があるッ!」

 

「笑いますか……随分とクレイジーな勇者も居たものですね。貴女じゃ私に触れることすら出来ないのに……」

 

「そんなもん、やってみなきゃわかんないじゃない? 起動・破壊剣(スイッチオン・ブレイカー)

 

 その一言で剣は歪な刃物の集合体に姿を変え、私の拳に纏われる。

 まるで拳に無数の刃を刺したような無骨な剣。

 あぁ、けど今はこれが1番良い! 

 

「行くぞ?」

 

 全身全霊で踏み込みダッシュする! 

 当然少女は避けようとするが()()()()()

 少女の足を掴み地面に叩きつけ、上から破壊剣を叩きつける! 

 

「ガッ!」

 

「もう一発!」

 

 だめ押しの二発目を叩き込む。

 少女は血反吐を吐き、破砕音が響く。

 

「くっ……慈悲(ケセド)起動、我が傷を癒せ!」

 

 少女が呟くと途端に少女の傷が癒える。

 なら、()()()()()()()()()()! 

 

「もう一発———

 

「聖装展開!」

 

 三発目を叩き込もうとした瞬間少女が光り輝く。

 目を閉じている間に少女は眼前から消えていた。

 しかして気配は後ろから感じる。

 振り返るとそこには全身に軽度の鎧を身に纏い、下半身、特に脚部が重点的に装備によって強化されており、両足は完全に鎧で覆われかつその鎧にはブースターの極小版の様なものが片足につき左右5個づつ、計10個も付いている両足で計20個もあるブースターから分かる通りあれはスピードに特化したものだろうか? 

 そして、一際目を引くのは彼女の背面に浮遊している彼女の身長の倍ほどの大きさの(むげん)の形を作って動いている無数の緑色の光の刃……否、大量のクナイであろう。

 まさしく聖なる鎧といったところか……

 面白い! 

 

「少々ギアを上げます。ついて来れますか?」

 

「ハッ! いいじゃん、いいじゃん! もっと闘おうよ! サァ!」

 

 少女が迅雷の如く駆け巡る。

 先程よりもはるかに早い! 

 ああ……()()()! 

 五感を研ぎ澄まし少女の位置を探る。

 ———視えた! 

 体を捻り拳を置く。

 そこめがけて少女は来る! 

 しかし……

 

峻厳(ゲブラー)起動、重力よ我が意志のままに」

 

 身体が重くなり拳が下がる。

 瞬間、眼前から一撃が飛んでくる。

 しかし、()()()()()()

 まるでそこに磔にされているかのように動けない! 

 そこから更に連撃が加えられる。

 痛い、痛い痛い痛い! 

 あぁ、けど———

 

「これで終わりです」

 

 少女が高く飛翔し右足にクナイが集中し円環を作る。

 彼女の必殺の一撃なのだろう。

 私の身体は相変わらず動かせない。

 まるで身体中を鉛でコーティングされたかのような嫌な感覚。

 意識は今にも飛びそうで全てがゆっくりに見える。

 あぁ、けど———

 

「ブラストストライク!」

 

「まだ足りないんだよ!」

 

 身体を無理矢理動かす。

 骨が砕け、肉は弾ける、痛みが身体を支配する。

 だが、一撃、あと一撃ぶち込めればいい! 

 彼女の必殺の蹴りに必殺の拳をぶつける! 

 

「な……きゃあああ!!!」

 

 彼女の叫び声が聞こえる。

 どうやら足が砕けたらしい。

 

「ザマァみろバァカ……」

 

 そのまま私は地面に倒れ込む。

 右腕はグチャグチャ、身体も限界。

 身体からは大量の血が滴り、血溜まりを作り上げる。

 肉体が少しづつ冷えていく。

 あー、けど……

 

「楽しかったなぁ……」



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天獄からの使者

 ———翌朝 アリスの家にて

 

 ……何で生きてるんだ私? 

 昨日死んだんじゃなかったっけ?! 

 

「あ、起きましたか? なら貴女も席につきなさい」

 

 声の方を見ると昨日の少女がシスター服で佇んでいた。

 

起動・破壊剣(スイッチオン・ブレイカー)

 

「アリス、ストップ!」

 

 ジニスが不意に止める。

 

「昨日はすいませんでした」

 

 少女は礼儀正しくお辞儀をして謝る。

 

「……敵意は感じない。いや、昨日も感じなかった。アナタはなんなの?」

 

「申し遅れました。私は天獄からの使者、名を神手(かみて)静葉(しずは)。どうぞよろしくお願いします」

 

「カミテシズハ、シズハ……シズハ?! 二大聖女のシズハ?!」

 

「あら、今そんな感じになってるんです?」

 

 驚くのも無理はない。

 何せカミテシズハと言えばこの世界で最も信仰されている宗教、『教会』に伝えられる神話に登場する英雄だ。

 神話では二人の聖女、クレアとシズハは魔皇と戦いあと一歩の所まで追い詰めたとされている。

 そりゃ化け物みたいに強いわけだわ。

 

「でも、昨日襲ってきたのはなぜ?」

 

「あぁ、言ってしまえば力試しです。私の力が現代に通じるのかと貴方達勇者パーティーが此度の異変を解決できるに値する力があるかを見定めるためにやらせて貰いました」

 

「なるほど……それで結果は?」

 

「合格です! いや、正直アリス(貴女)は別の意味で難ありですが……」

 

「むぅ……1番善戦したのに!」

 

「本当に昨日のクレイジーな勇者ですか貴女? 大分まともそうですけど……」

 

「なにおう! 私はマトモです!」

 

 いくら何でも失礼だ! 

 私は至ってマトモです! 

 シズハは絶句してるけど! 

 

「ま……まぁ、それはそれとして作戦会議を開きましょう」

 

 シズハは手をパンパンと叩きテーブルに皆を座らせる。

 と言うか、みんなの傷が治ってる! 

 あれか! 

 昨日やってたやつか! 

 

「さて、皆さんには私が調べた結果を公開しましょう」

 

 そう言ってシズハは資料をマドホから出した。

 と言うかマドホ持ってるんだ……

 

「私が調べた限りだと、魔薬は世界全土に広がっています。主な材料はミ=ゴの脳髄、ショゴスの目玉、シャンタク鳥の羽、その他多数の薬品と魔術、そして……ニャルラトホテプの細胞です」

 

「……ッ! ニャルラトホテプ! けど、アイツは魔皇と倒した筈……」

 

「おそらく別個体でしょうね。魔皇……アキルによってアザトースの神話(世界)と私達の物語(世界)は完全に切り離されました。しかしながら少数ですがこちらの世界に残ったものもいます。暫定的に『薬』のニャルラトホテプと呼称しますが、それが今回の主犯と見て間違いないでしょう。ただ……」

 

 シズハは難しい顔をして少し考えた後話し始める。

 

「目的がまるでわからないんですよね」

 

「どう言うことだ?」

 

 ジニスがシズハに問う。

 

「ニャルラトホテプは()()()()の神です。故に退屈凌ぎに好き放題人類(私達)を道具にして遊ぶのです。ですが今回は明らかに違う。魔薬の製造、流通ラインをわざわざ確保して少量流すのは余りにもしょうもない。アキル的に言えば『派手さが足りない』」

 

「それ含めての遊びなのでは?」

 

 レストがシズハに問う。

 

「その線も考えましたが。何だかしっくり来ないんですよねぇ。アレ、やる時は徹底的にやるタイプですから」

 

 みんなして頭を抱える。

 ニャルラトホテプ……魔皇が狩りきれなかった残党……うーん……

 

「うん! わかんないや! とりあえず『薬』のニャルラトホテプ見つけてぶっ倒せば解決だ!」

 

「いや、それはそうなんですが……」

 

 シズハが困惑しながら答える。

 

「まぁ、とりあえずシズハもご飯食べよ! そしたら冒険だ!」

 

 シズハは困ったような笑顔をしながら納得する。

 そうしてみんなで朝ごはんを食べて冒険の準備をするのだった……

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

「やっと動き始めましたか。では、そろそろ次のフェーズに移行しますか」

 



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教導国サクル

「と言うわけで、私たちが次に目指す場所は教導国サクルです」

 

 シズハがみんなに告げる。

 

「教導国って『教会』が運営してる南の方の国だっけ?」

 

「はい、その通りです」

 

「何で教導国なの? あそこ平和そのものだよ? 他宗教にも寛大だし……」

 

「教導国は魔皇の時代からずっと『安全圏』にありました。魔皇側からして無理に攻め入り価値がないからです。何せ魔皇の領土は北、教導国は南、根本的に距離が離れすぎている。故に他ニ国、ヨクドとジニムほどの侵略は受けずにいた」

 

「まぁ、はい」

 

 私は頷く。

 実際、ジニムもサクルも旅の途中に寄らなかった。

 ジニムはともかくサクルは完全な安全地帯、魔物が仮に出ても街の聖職者達で太刀打ちできるからだ。

 ジニムは国家の武力が強く、同様に自力で魔物を退けられていた。

 だから私達はできるだけ最短のルートで魔皇城攻略ができたわけだ。

 

「さて、なぜ教導国を目指すかと言うと正直勘ですね。()()()()の『教会』は結構碌でもないことをしていたので、その性質を引き継いであわよくば神の奇蹟の再現でもしてようものなら国ごと潰します」

 

 シズハは冷徹に語る。

 いくら何でもそれはやりすぎだしそんなことないと思うけどなぁ……

 

「と、まぁこれは私怨が混じってましたね。実際問題現在の大陸事情を考えると犯人が身を隠すならサクルが1番ですから。ヨクド領内は既に魔薬の売人は見つけ次第確保の方針ですし、ジニム領内はまだ魔薬が入ったと言う情報こそ無いですが警戒しています。対してサクル領内は以前不明。他ニ国との連携も取れていないのが事実です。なので直々にこちらから出向く必要があるのです」

 

「なるほど、だいたいわかったわ! みんなも異論ないよね!」

 

「なし」

 

「同じく」

 

「俺もだ」

 

「じゃあ全員同意ということで教導国サクルを目指して旅しますよ! だいたい一ヶ月はかかるからそのつもりで!」

 

 シズハはそう言うと荷物の整理を始めた。

 私達も荷物をまとめよう。

 それにしてもサクルか、初めて行く場所だからワクワクするなぁ! 

 ちょっとした旅行気分だ。

 世界の緊急事態だって言うのにこんなにうわついちゃダメなんだけどみんなとまた旅ができるのが楽しくてしょうがない! 

 また、あの頃みたいな旅が出来るのかな……

 そんなふうに考えてた時期が私にもあった。

 この先に待ち受けるのは苦痛と困難に塗れた地獄の旅路。

 そこに救済(救い)はなく、あるのは果てしない絶望だけの旅路。

 正直、私は腑抜けていたんだと痛感させられた……



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教導国への旅路とサクルにて

 ———旅立ちから1週間 教導国への道中にて

 

「シズハはさぁ、天獄から来たんだよね? ……魔皇ってさどうなったの?」

 

 私は歩きながらシズハに話しかける。

 魔皇……アキルはあの後どうなったのだろうか? 

 御伽話の天獄は善き行いをしたものには救いを悪き行いをしたものには苦痛を与えるとされている。

 ならアキルは……

 

「良くも悪くも半々ってところですかね。彼女の犯した罪と彼女の成し遂げた偉業は両方とも凄まじいものです。ですが、悪き魔皇としてのアキルを天獄の住人の()()()()は受け入れられずに迫害気味です」

 

「そんなの酷い! アキルは———

 

「ええ、()()()()は迫害気味ですが、生前の彼女……いや、魔皇ではない蒼葉アキルを知るものたちは彼女を手厚く迎えました。彼ら彼女らは皆アキルに一度殺されてなおアキルと共にいることを良しとした。それは彼女にとって何にも勝る救いでしょう。……彼女は今天獄の館で古き友たちと共に静かに暮らしていますよ」

 

「……良かった」

 

 その話を聞いて思わず言葉がこぼれる。

 魔皇としてのアキルは確かに最低最悪だ。

 けど、最後に私たちと共に戦い、私たちを助けた彼女は紛れもなく善人だった。

 神話の時代から続いた68億年にも及ぶ魔皇との戦いの歴史、それは言い換えれば彼女が一人で戦い続けた歴史でもある。

 無限にも思える時間の中操られ、友を殺し、人を殺し、それを傍観することしかできない苦痛。

 そんな中でも彼女は折れなかったのだ。

 私たち(自分を倒す者)が現れるまでは決してその魂を堕とさなかったのだ。

 そう思うと彼女が少しでも救われたのが嬉しい。

 

「にしても、まさかアリスさん達に心配されてるとはアキルも思わないでしょうね。あの人、根が真面目すぎてネガティブになりやすいから」

 

「……! ってことはシズハもアキルの友達なの?!」

 

「……ええ、アキルが魔皇の頃はそれさえ忘れてただ敵として戦いましたが……それでも彼女は私を友だと言ってくれましたよ。全く、本当に生真面目で優しい人です」

 

 どこか嬉しそうにシズハは語る。

 

「ねぇ、昔のアキルの話聞いてもいいかな?」

 

「あ! それ俺たちも気になる!」

 

 ジニス達もそう言ってシズハに聞く。

 

「ええ、いいですよ。旅はまだ長いですからね。話しながら歩みましょう」

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 ———一ヶ月後 教導国サクル周辺

 

「着いたー!」

 

 白い城塞に囲まれた南の大国、『教導国サクル』。

『教会』の教えを信じ、また他宗教にも寛容で聖職者や信者たち、駆け出しの冒険者が集まる活気にあふれた国だ。

 

「さて、私は()()姿()()()()()()

 

 シズハがそう言うと姿が半透明になっていく。

 

「貴方達には見えるし聞こえますが他の人間には見えないし聞こえないようにしました」

 

「何でわざわざそんな事するの? 普通に調査すればいいじゃん」

 

 シズハは私の問いに対し絶句した後頭を抱えて答えた。

 

「アリス、サクルは『教会』の教えを信仰しています。そこに神話の時代の英雄が現れたらどうなりますか?」

 

「そりゃ、お祭り騒ぎに……あ」

 

「そう言うことです。ろくに調査もできなくなります。ですから私は姿を隠すのですよ」

 

 なるほど、言われてみればそうだ。

 信者からしたら神様が出てくるのと同じなんだから。

 うん、納得。

 そうして私たちはサクルに入国した。

 勇者パーティーだったからか顔パスで通して貰えた。

 ちょっとお得だね。

 

「さて、では各自周辺調査と行きましょう。集合場所は2週間後にマサ町の中心の噴水で、それでは解散」

 

 シズハの一言で私たちはそれぞれサクルを調べる為解散した。

 けど、この国は好きな感じだ。

 活気にあふれてみんなが笑顔、幸せそうに暮らしている。

 妙な諍いもないし平和そのものだ。

 私の担当は国の南部、一番平和な土地で王都が構えられているエリアだ。

 冒険者ギルドや雑貨店が多い、後、美味しい飲食店も。

 

「このオダンゴって言うの美味しい!」

 

 うーん、もちもちしていて甘い! 

 美味しい食事は幸せな気持ちになれる! 

 

「勇者アリス様ですか?」

 

 不意に声をかけられる。

 

「元ですけど、そうです。何か困りごとでも?」

 

「いえ、私は王宮からの使者です。大司祭様が是非お会いになりたいとの事で……もしよろしければお願いできますか?」

 

「大司祭様ってサクルの王様ですよね? わかりました!」

 

「ありがとうございます。では着いてきてください」

 

 そう言って男性の後ろをついていく。

 一応警戒してるけど、嘘は言っていない。

 多分本当に王宮からの使者だ。

 けど、私になんの様だろうか? 

 しばらくして王宮に着く。

 そのまま、案内されるがままに着いて行き遂に私は大司祭様の元に辿り着いた。

 

「お初にお目にかかります大司祭様。元勇者アリス。参上しました」

 

 跪き挨拶をする。

 

「いえいえ、顔をあげてください。勇者様。堅苦しいのは無しにしましょう」

 

 その声は老齢の男性だった。

 優しい声色だ。

 

「それでは、失礼して」

 

 私は立ち上がる。

 そこにいたのは白いローブに身を包み、鉄の仮面をつけた老人だった。

 

「勇者様、しばしお待ちを今椅子を持って来させますので」

 

「お気遣いありがとうございます」

 

 しばらくして椅子が持って来られ、それに座る。

 少し間をおいて大司祭様が話始める。

 

「わざわざ観光中に呼び立てて申し訳ありません。実は勇者様に頼みごとがありまして……巷で流行っている魔薬についてなのですが……」

 

「……! やはりこの国でも魔薬が?!」

 

「はい、魔薬の売人らしき人物が各地で目撃されていまして……勇者様にはその売人を捕まえていただきたいのです。どうかお願いできませんでしょうか?」

 

「任せてください! 仲間も今、サクル内で魔薬の売人を探しているところなんです! 是非協力させてください!」

 

「おお! 勇者パーティー様が皆揃っているとは! これは安心できそうだ! 売人の目撃情報があった場所をマドホに送信します。それを頼りに奴らを捕まえてください。どうかよろしくお願いします」

 

 大司祭様が深々と頭を下げる。

 

「わかりました! 必ず捕まえて見せます!」

 

 その後、私は王宮を後にしマドホに送信された目撃情報をみんなに共有した。

 結果、各自のいるエリアの目撃場所を潰して回る事になった。

 私の担当は今いる南エリア。

 目撃場所は森林地帯。

 おそらく人目のつかない場所に拠点を構えているのだろう。

 人を化け物に変える薬を売るなんて許せない。

 拳に力が籠る。

 

「さぁて! 捕まえるぞ!」

 

 

 

 ———王都サクル周辺 森林地帯にて

 

「さて、随分と身を隠しやすそうな場所だ」

 

 私は目撃情報のあった森林地帯に踏み込んでいた。

 鬱蒼と生える木は太陽の光を遮り昼間だと言うのに薄暗い。

 普通なら迷子100%だろう。

 しかし、私には秘策があった。

 めいいっぱい空気を吸い込み()()

 

「ァァァァア!!!」

 

 森全体に叫び声が響く。

 その反響音を()()()()()()()

 

「よし! マッピング完了! 西に洞窟と人っぽいのが多数、当たりだね!」

 

 そう言って私は全力で駆け出す。

 全力で走れば1分もあれば着く距離だ! 

 それに今ので当然売人にも気づかれているはず、ここからはスピード勝負だ! 

 

 

 

 ———西の洞窟にて

 

「見つけた」

 

 私の眼前には3人の屈強な男と数人の子供たちがいた。

 子供たちは怯え切っており、中にはぐったりしている子もいる。

 

「貴方達、その子達に何をしたの?」

 

 男達に問いかける。

 

「チッ! よりによって勇者に見つかった! テメェら、魔薬(ヤク)キメろぉぉお!!!」

 

 回答はなく男達は魔薬を口に含む、一瞬しか見えなかったけど丸薬じゃない! 

 まるで紙片の様なものを口に含んでいた。

 みるみるうちに男達の筋肉が肥大化するが怪物にはならない。

 それに……

 

「流石だぜ! 新作の悪魔の門(デモンズゲート)はよぉ! これなら勇者一人如きぶっ殺せちまうなぁ!」

 

 理性が残ってる。

 魔薬を使った人間は怪物になり理性を失う。

 あいつらが言う新作はそれを克服したらしい。

 だが、やることは変わらない! 

 奴らを捕まえて『薬』のニャルラトホテプの居場所を吐かせる! 

 

起動・眠り姫(スイッチオン・スリープ)

 

 言葉と共に剣は細長いレイピア状に姿を変える。

 眠り姫は相手を毒で昏睡させる捕縛用の形態これで奴らを仕留める! 

 

「そんなチャチな剣じゃ傷ひとつつかねぇよぉ! 死ねオラァァァァア!」

 

 大振りながらも早い右ストレートが私を襲う。

 ギリギリのところで避け、眠り姫を突き刺す。

 

「おお、痒い痒い。勇者様ご自慢の一撃は痒いなぁあ!」

 

「……」

 

 眠り姫の難点は毒が回るまで時間がかかること。

 後二人にも刺して、その後は耐える! 

 

「兄貴ぃ、俺たちにもヤラせてくだせぇ! ぶっ殺したくてうずうずしてるんすよお!」

 

「いいぞ、やっちまえ!」

 

「「オラァァァア」」

 

 両サイドからのタックル、避けるなら上! 

 避け際に一刺しづつ! 

 

「ち、避けてばっかか勇者様よぉ〜? 随分と逃げ腰じゃねぇか、あぁん?」

 

「脳みそ筋肉のバカとは違うのよ! お猿さん達?」

 

「……ンダとゴラァァァァア!!!」

 

 またパンチ、けど避けられ———

 

「かかったあ!」

 

 瞬間男の手が()()()()()()

 腹部に全身全霊のストレートが入る! 

 そのまま木々を薙ぎ倒しながら吹っ飛ばされて血反吐を吐く。

 

「が……ぁ、はぁ……はぁ……」

 

 息がしづらい。

 意識が朦朧とする。

 ダメだ! 

 起きろアリス! 

 

「勇者ちゃんもよわいでちゅねぇ〜じゃあ、死ねや」

 

起動・大剣(スイッチオン・バスター)ァァァァア」

 

 大剣を盾に一撃を耐えるが身体が軋む。

 マズイ、このままじゃ……

 

「往生際が……悪……い……」

 

 男は言い終える前に沈黙した。

 どうやら眠り姫の毒が回った様だ。

 他二人の男も同様に眠っている。

 ……とりあえず口に含んでる魔薬……悪魔の門(デモンズ・ゲート)だっけ? を回収して蛇腹剣で捕縛する。

 後は……

 

「君たち怪我はない?」

 

 洞窟にいた子供達に話しかける。

 曰く森で冒険していたら男たちに捕まったらしい。

 ぐったりしている子の様子を見るが軽い脱水症状だった為、手持ちの水をあげた。

 男達を担いで子供達を連れながら王都に帰る。

 子供たちは無事に親のところに帰れた。

 男達は一旦王宮の地下牢に投獄されるとのことだった。

 

 

 

 ———2週間後 マサ町にて

 

「ってのがコッチの結果だよ」

 

「随分手痛くやられたな、傷は大丈夫か?」

 

「大丈夫だよジニス、ゆっくり休んで治したし」

 

「まぁ、アリスは頑丈ですからね。一応あとで奇蹟で治療しますが」

 

「レスト、言い方酷くない? 乙女に対してもっと言い方あるでしょ」

 

「乙女な……まぁ、ともかくアリスが無事で安心した。俺の方でも2人ほど捕まえたぞ」

 

「さっすがフェロウ! 聞いてるかねー男子諸君?」

 

「はいはいお喋りはそこまでにして新しい魔薬…… 悪魔の門(デモンズ・ゲート)について調べた結果が出ましたよ。配合を変えただけですが何度でも使用できると言う点、肉体が怪物にならないと言う点で既存の魔薬よりも優れています。リリス……賢王曰くこっちがこれからは主流になるとの事です。後は捕まえた売人から何か分かり次第動く、と言う感じですね」

 

 シズハがそう説明する。

 まぁつまりは。

 

「現状やる事なし……ってコト? ならサクルの観光しようよ!」

 

「ちょ、私達は仕事できていて……」

 

「でもやれるコトないんでしょ? なら気分転換だ! そういうのも大事だよね?」

 

 そう言って私達は売人が口を割るまでの間サクルの観光を楽しんだ。

 オダンゴを食べたり、クッキーを食べたり、他にも色々食べて回った。

 そうして2週間経った日のことだった。

 売人の1人が口を割ると同時に()()は動き出した。



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魔薬の売人は……勇者?!

「ふあぁ……」

 

 鳥の鳴き声で目が覚める。

 ここ数週間何にもないや。

 けど、平和なのは良いことだ。

 あー本当に……

 

「動くな! 王国兵だ! 貴様ら全員ついてきてもらうぞ!」

 

「へぇやぁ?!」

 

 静かな朝は一瞬にして幕を閉じた。

 私達の部屋に入って来たのは王国兵、この国最大の武力組織だ。

 

「えっと……何かの間違いじゃないかなぁ?」

 

「黙れ! 悪き勇者め! 貴様らは全員投獄する!」

 

 王国兵達が殺気立つ。

 多分ジニス達の部屋もこうなっているんだろう。

 事情はわからないが下手に抗戦して事態を悪化させる方が愚策だ。

 

「分かった、分かったから」

 

 そのまま私達4人は手枷をつけられて王都にまで連れて行かれた。

 

 

 

 ———王都地下牢にて

 

「で、なんでこうなった訳?」

 

 私は面会に来た大司祭に問う。

 

「何故って、貴方達が魔薬を売り捌いていた犯人だからですよ。勇者アリス」

 

「は?」

 

「まぁ、正確に言えばもう時期そう言う事になると言うだけですがね」

 

「……嵌められたってわけね。どう言うこと! 大司祭!」

 

「魔薬は救いなんですよ勇者アリス、あなた方の様に秀でた者でなくとも力を手にすることができる。これほど素晴らしいものはない! ……だと言うのに貴方達は私の魔薬を根絶しようとしている。いけない、それはいけない! せっかく死に体のニャルラトホテプを捕まえて作り出したこの魔薬、これを全人類に与えなくてどうするのですか!」

 

「……それがあんたの本性ってわけね。ならさっさと止めなくっちゃ!」

 

「牢に入れられて何ができる。その牢は特別性、内部の人間の力と魔力を極限までゼロにする。貴方達はすでに出ることができないのですよ。その中で今日という祝いの日を眺めていなさい」

 

 そう言って、大司祭はその場を後にした。

 祝いの日って一体なんだ? 

 いやそれよりも今はここから出るのが先決! 

 

「……いるんでしょ! 早く出して!」

 

 その声に反応してシズハが姿を現す。

 

「静かに! 警備が厳重なんですから! それとかなりまずい状況ですよ!」

 

「移動しながら聞く! みんな出るよ!」

 

 そう言って全員で脱獄した後、警備を掻い潜りながら場内を駆け巡る。

 

「単刀直入に言うとこの国の国民全員が魔薬を服用しました! 街は大パニックですよ! 全く、いつの時代も教会は……」

 

「はぁああ?! なんでわざわざそんな事……」

 

「私にも訳が分かりませんよ! とにかくまずは街に……ッ!」

 

 瞬間、城が地響きと共に倒壊を始める。

 間一髪のところで私達は外に出ることが出来たがそこで見たのは悍ましい光景だった。

 街を跋扈する白い巨人達、悲鳴。

 そして倒壊した城からは痩せ細った顔のない城ほどの大きさがある白い怪物がいた。

 

「はは、ははは、ははははは!!! 遂に遂に遂に辿り着いた! 神の領域へと辿り着いた! 私が! 私こそが神だ!」

 

「その声! 大司祭か!」

 

「ん? あぁ、勇者ですかちょうどいい世界の終わりの前に貴方達に終わりを差し上げましょう!」

 

 瞬間、白い閃光が放たれ身体中に激痛が走る。

 何が起きてるのかわからない。

 しばらくして意識を取り戻すとみんなが倒れていた。

 ジニスもフェロウもレストもシズハも誰もぴくりとも動かない。

 大地は焼け果て、白い巨人がこちらに向かってくるのを這いつくばって見ていることしかできない。

 

「なん……で……」

 

 立たなきゃ、私が立ってみんなを助けなきゃいけないのに! 

 けど、もう限界だ。

 身体が動きやしない。

 このまま私達は死ぬ……のか。

 

「その程度か勇者? ならば其処でのたれ死んでおけ!」

 

 瞬間、カァンと言う音と共に無数の斬撃の嵐が飛んだ。



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栄光のその先へ

 嵐の如き剣撃が止み、周囲に静けさが満ちるその時、私は確かにその声を聞いた。

 我ら人類の敵、我が敵、そして我らを助けたあの声を。

 

「その程度か勇者? ならば其処でのたれ死んでおけ!」

 

 単なる暴言じみたその言葉には親しみと私達を鼓舞するかの様な想いが詰まっていた。

 私は奮起する。

 痛みが走る身体を持ち上げてその声の主を見上げる。

 ———白と黒の鎧を身に纏い光の王冠を乗せた銀色の髪を靡かせる一人の女性。

 68億年にわたって人類を苦しめ続けた脅威、魔皇アキルが其処には立っていた。

 

「なんだ、立てるじゃないか?」

 

「……魔皇、なんで?」

 

「何、天獄で静かに眠りについていたら私の眠りを害する者が現れた。故に殺す! ただ、それだけだ」

 

 そう言って、魔皇は異形と化した大司祭を睨んだ。

 

「魔皇……だと?! 人類の敵が何様だ! 神たる我の力を持って滅してくれる!」

 

「は! 激昂するか、歪んだ願いを叶えしものよ! ならばその力を見せてみよ!」

 

 そう言って魔皇は歪な大剣を大司祭に向ける。

 

「来い、魔皇の力、その身を滅ぼしながらとくと味わうがいい!」

 

 状況が飲み込めない私は視線をシズハ達の方に向ける。

 其処には光の扉から多くの人々が現れていた。

 そして、シズハの元には二人のシスターが佇んでいた。

 

「おい、シズハ。いつまで寝てやがる! さっさと起きろ!」

 

「……クレア? 私負けたの?」

 

「まだ、負けてないぜ! ほら奇蹟使って立ちな! それと、メリアーナは其処の3人も頼むぜ! アタシは回復の奇蹟使えないからな!」

 

「人に指図する暇があれば周りの人達をどうにかしなさい! 魔薬の成分を吐かせれば元に戻るから! あんたにもわかりやすく言うなら軽く出血させなさい! ()()()()()()()()()()()()()!」

 

「オッケー、任せな! さて……聖装展開!」

 

 クレアはその掛け声と共に、自身の眼前に垂直に落ちてきた十字架を全力で殴りつけた。

 十字架は5つのパーツに分かれた。

 瞬間、激しい光がクレアを包む。

 分かれた十字架の銀のパーツはそれぞれクレアの胸部、背面、左右の前腕付近で浮遊、そして青く輝く石は空中で浮いたまま待機している。

 そうして各パーツが変形を始める。

 胸部のパーツは広がり上半身を覆う鋭くかつスマートな鎧へと姿を変える。

 背部のパーツは鎧の配備と一部結合したのち、一対の二股に分かれた翼のない羽根の骨格のようなものへと姿を変える、さながらロボット作品のブースターじみたものだ。

 左右の腕の2つのパーツはそれぞれの腕の前腕部を覆う様な鎧に形を変え、手の甲に沿う様に前腕部の鎧の側面からは腕と同じくらいの長さのブレード状のエネルギー展開パーツが構成された。

 最後に、浮いていた青く輝く石が鎧の中心にはめ込まれる。

 すると、変形した各パーツに石と同じ青い光の機械的なラインが浮かび上がった。

 この間僅か0.5秒の出来事である。

 

「うっし! さぁて久々に暴れますかねぇ!」

 

「……クレアらしいですね……私も! 慈悲(ケセド)起動! 我を癒せ! そして、聖装展開!」

 

 光が収束した後に見えた静葉の姿はクレアのそれとは大きく違っていた。

 全身に軽度の鎧を身に纏い、下半身、特に脚部が重点的に装備によって強化されており、両足は完全に鎧で覆われかつその鎧にクレアの背中に付いているブースターの極小版の様なものが片足につき左右5個づつ、計10個も付いている

 両足で計20個もあるブースターから分かる通り静葉の聖装はスピードに特化したものだ。

 そして、一際目を引くのは彼女の背面に浮遊している彼女の身長の倍ほどの大きさの(むげん)の形を作って動いている無数の緑色の光の刃……否、大量のクナイであろう。

 

「さぁ! 救済の時間です!」

 

 そう言ってシズハともう一人のシスターは飛び立った。

 そして、ジニスの方にも援軍が来ている。

 

「起きろバカ弟子、いや、今は寝てろか? まぁいい」

 

 賢王リリスが治療中のジニスに話しかける。

 

「うるせぇ……こちとら結構キツいんだよ」

 

「分かってる、仕方がないから久々に老骨(老朽機体)に鞭を打つとしよう! それに……今日は死者達が好き放題する日の様だしな!」

 

 そう言うとリリスは宙に浮かび上がり虚空から杖を取り出す。

 それに呼応するかの様に空を埋めるほどの蝙蝠の群れが光の扉からリリスの元に集う。

 

「久しぶりね! リリス!」

 

「久しぶりだな。シェリー。数億年ぶりだな」

 

「そうね、まぁ、昔話もいいけど今は戦いましょう?」

 

「それもそうだ、血液操作で魔薬の回収頼んだぞ? 殺すなよ?」

 

「はいはい、任せなさい!」

 

 そう言って賢王と蝙蝠の王は天をかける。

 

「さてさて、皆さん今日は特別ですよ! 死者も生者も関係なし! ひたすらに戦い抜いてもらいますよ!」

 

 冥王……閻魔大王の呼び声で死者の魂達が次々と現れる。

 其処には過去の大英雄も、名もなき戦士も関係なし。

 誰もが今を生きるものの未来を救う為現れる。

 星の数の様な戦士たちがサクルに集う。

 それだけじゃない、彼方から聞こえる声はヨクドとジニムの戦士たちの雄叫びだ。

 

「ようやく来たか、3日前にマドホで連絡したのに全く来るのが遅い!」

 

 宙に浮かぶ賢王が呆れた声を出しながら静かに微笑む。

 今ここには多くの人間が集ってる。

 明日を手に入れる為に集ってる。

 なら、立たなきゃ! 

 

「さぁ、大司祭! 決着をつけましょう!」

 

 私は立ち上がり大司祭に剣を向ける。

 

起動・巨神戦(スイッチオン・ギガントマキア)!!!」

 

 その(ボイス)と共に剣と右手が一体化し金色に輝く。

 剣のサイズは私の胴の十倍弱、まさに巨神の剣だ。

 

「行くぞ!」

 

 私のその一言を皮切りに戦いの火蓋が切って落とされる。

 

 

 

 ———後方戦線にて

 

「さぁ! 紅い厄災のお通りだ! 畏れ、敬い、逃げ惑え!」

 

 一人の紅い少女が銃撃をぶっ放しながら暴れ狂う。

 その一発一発が巨人と化した住民だけに当たる。

 紅い血飛沫が空を彩り、少女を照らす。

 

「全く相変わらず物騒ですね。ケイトは! いざ、送火・夢想」

 

 また一人の着物姿の少女が舞うが如く巨人達を切り刻む。

 その一撃全てが音を置き去りにしていた。

 

「俺たちも負けてられんな! 行くぞ、レスト!」

 

「あまり荒事は得意ではないのですが……いざ!」

 

 フェロウは手に持つ大鎌で舞いながら切り付ける。

 レストは奇蹟で自らを強化し拳で肉を抉る。

 そして出血した側から蝙蝠の王が血液に含まれる魔薬の成分を吸い取る。

 吸い取られた住人たちは次々と元の姿に戻っていく。

 

「さぁ、ここからは私たちの出番ですよ! お姉ちゃん!」

 

「まさかあんたと一緒に戦う日が来るなんてね。さぁ、いくわよ!」

 

「「大結果・楼閣」」

 

 二人の幼い巫女が巨大な結界を展開し、無辜の市民を包み込む。

 それは絶対なる防御を誇る神の領域、悪しきを弾き弱きを救う救済の結界だ。

 

「僭越ながら私も音楽でみんなを鼓舞するよ! さぁ、奏でましょう!」

 

 一人の女性が美しく力強い旋律を響かせる。

 戦士たちはその音色で奮起し力を増す。

 まさに神の如き所業が現実に行われていた。

 

「さぁさ描きますよ! タイトルは『最終決戦』ですかね! さあおいで! 私の瞳の宇宙から!」

 

 一人の絵描きが戦場で即興で絵を描き上げる。

 描かれたのは戦いの絵画、それにより戦士たちはさらに力を増す。

 神域の画家はその一筆で戦況を変えてしまう。

 

「おっと、荒事は俺ら松零会の取り柄でねぇ。テメェら気合い入れろ!」

 

 傷だらけの男の号令で荒くれ者たちが突撃する。

 殴る蹴るの原始的な戦いだが、それでも押している。

 彼らも歴戦の戦士なのだ。

 

 

 

 ———最前線

 

「魔皇と勇者如きが我が救済を否定するなぁああ!」

 

「は! 貴様の言う救済は独りよがりのもの!」

 

「そうだ! 真の救済はみんなが手を取り合って助け合うことなんだ! 私はそう信じてる!」

 

「そうだよアリス! それこそが、助け合うことこそが救済なんだ!」

 

 懐かしい声が響く。

 そう、その声は間違いなく———

 

「エデ!」

 

「さぁ! 狂った救済を終わらせよう!」

 

「すでに住民は元に戻った。狂いし神よ、お前の救済は潰えた! さぁ仕置きの時間だ!」

 

「ありえん! 私の救済が間違っているなど断じてありえない! 貴様ら全員消し飛ばしてくれる!」

 

 大司祭に光が集う。

 また先ほどの攻撃が来る! 

 しかし……

 

「ギリギリ間に合ったぜ! いくぜ兄貴!」

 

「任せてください! グレン! アナンタ・シャーシェ! リスタート!」

 

 巨大な巨神兵(ゴーレム)が光を遮る! 

 あれは鉄巨人の墓場に眠っていたゴーレム! 

 しかも私が倒したのよりはるかにデカい! 

 

「食らえ! 必殺ダイナマイト・ナックル!」

 

「ガァああ」

 

 爆発する腕による右ストレートが大司祭に直撃する! 

 そして大きな好きができる。

 

「みんな行くよ!」

 

「「「応!!!」」」

 

起動・巨神戦(スイッチオン・ギガントマキア)!!! ギガトンインパクトォォオ!!!」

 

「魔剣解放! 虚無幻影一閃!!!」

 

「これはいつかの夢、在りし日の幻想! 星神剣解放! 旧神連斬!!!」

 

「さぁ、懺悔の時間だ! 紅き獣の厄災!」

 

「不知火流究極奥義! 次元斬!」

 

「喰らっていきな! 救済斬(サルベーション・スラァァァアッシュ)!!!」

 

「神手流究極奥義! ブラストストライク極!!!」

 

「究極氷結! 絶対零度(アブソリュートゼロ)!」

 

「死神の大鎌、とくと受けるがいい! 静かなる死(サイレントデス)!!!」

 

「奇蹟充填! 破壊掌!」

 

「魔道の真髄を見せてやろう! 零・無限(ゼロ・インフィニティ)!」

 

「さぁ、麻薬と血液を混ぜた神槍! 受けなさい! ガングニール!」

 

「アナンタ・シャーシェ、フルパワー! バーストインパクト!!!」

 

 各々の最強の必殺技が異形と化した大司祭にぶつけられる! 

 その威力は大陸全土を揺るがすほどの凄まじいパワーだ! 

 

「馬鹿な! この私が! この神が! こんな人間どもにィィイ!!!」

 

 大司祭は断末魔と共に大爆発を起こし、ここに全ての異変は解決した。

 

 

 

「勇者よ、またお前たちと戦えて楽しかったぞ」

 

 そう言う魔皇の体は徐々に光の粒子になって消え始めていた。

 魔皇だけじゃない光の門から現れた皆が光の粒子になって消え始めていた。

 

「エデ、魔皇、みんな……」

 

「アリス、大丈夫だよ。あるべき場所に還るだけ。それにいつかまた会えるよ」

 

 エデはそんなことを笑って言う。

 

「……うん、そうだね! ありがとうみんな!」

 

 さよならは言わない。

 いつかきっとまた会えるんだから。

 そうして蘇った死者たちの魂は光の粒子になって天獄へと還っていった。

 

 

 

 ———数ヶ月後

 

「さぁ! 今日も今日とてお仕事だ!」

 

 これは長きにわたる物語。

 一人の魔術師から始まり68億年にわたる永き物語の終着。

 それでもきっと彼女たちは生き続ける。

 これからもずっと———



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