しかし回りこまれる (綾宮琴葉)
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第1話 突然の事で

 2012年8月28日(火) 一話前の「はじめに」を、一話の前書きに纏め直しました。

 この作品は、2012年3月のにじファン規制で一度削除した移転作品になります。
 執筆当初、原作が連載中でもあったため、タグの「原作知識有り」は原作最終回までの核心的なネタバレを含まない36巻までと考えています。
 この作品には、性格が改変されているキャラが数名出てきます。苦手な方はご注意ください。
 なお、作中に出てくるFFシリーズの時空魔法は、独自解釈となっております。



ピッ――ピッ――。

 

 気が付けば見知らぬ場所。それに、規則正しい音。

 

『ここはどこ?』

 

 寝ている事に気付いて身体を起こす。

 周りを見渡すと、心電図が表示された機械。それに点滴が繋がれた腕がある。

 

『……え、これって誰の腕?』

 

 慌てて振り返り、振り返った事を後悔した。

 

『い、いやぁぁぁぁ!? わ、私。どうなってるの!』

 

 そこには青白い顔をして、酸素マスクを付けられた自分の姿。

 どう見ても健康な状態には見えず、思わず後ずさる。

 すると突然に身体から弾き出された。

 

『きゃぁ! え、うそ、幽体離脱?』

 

 あまりの出来事に呆然とするが、待っていたかの様に病室の扉が開く。

 そこには両親と医師らしき姿。

 

「嘘です! もうこの子の笑顔が見られないなんて!」

「落ち着いてください。今生きているだけでも奇跡なんです。大型車に跳ねられて、ほぼ外傷が無いなんてそれだけでも――」

「貴方はそれでも医師か! 娘を助けてくれるんじゃないのか!」

「無理です! 心停止寸前の上に、複数の内臓破裂! これで助かる方がどうかしている!」

 

 医師は次々と絶望の言葉を紡いでいく。

 その言葉にはもはや諦めるしかないのかと、十分思わせるだけの重みがあった。

 

『ごめんなさい! ごめんなさい!』

 

 宙に浮かぶ透明な身体で涙を浮かべ、必死で謝罪の言葉を述べる。届かないだろう。そう分かりながらも必死で。

 叫びながらも突然に身体が軽くなり、何かに引き込まれるような感覚を覚える。ふとその方向へ視線を送ると、宙に黒い穴が開いているのが分かった。

 

『や、やだ! 何あれ!?』

 

 身体が引っ張られる。何かに掴まろうとするも今の自分は幽霊。どこにも掴まる所は無く、引き込まれる力に抵抗できなかった。

 

『いやー! お母さーん、お父さーん!』

 

 暗く、何も見えない空間に吸い込まれる。一体自分はどうなってしまうのか。この暗い穴の先で何が待っているのか。ただただ恐怖だけに心が支配されるのが分かる。

 そして抵抗する間もなく、私は闇色の世界の中で意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 前触れも無く突然に意識が目覚める。まだ自分は生きていたのかと錯覚するものの、両親の嘆きが、涙が、透明になった自分の身体は間違いなく存在してた。

 それならば、今ここに居る自分は何なのだろうか。

 

ゴーン――ゴーン――。

 

 音が聞こえる。空間に鳴り響く時計の音。耳が聞こえる? 身体からはじき出されたはずなのに。

 

ゴーン――。

 

 私は死んだはずなのに、もう何も聞こえないはずなのに。

 

『ここ、どこ?』

 

 声が出せた。その事に驚きながらも、必死にここがどこなのか確かめる。

 地面も、空も無い。ただただ何も無い空間。そこでまだ私の目が見えている事に気付く。ここにあるものが白いのか黒いのか、色さえも理解出来ない空間。

 けれども、気が付けば私は、小さな椅子に座っている事に気が付いた。

 

『私……。死んだんだよね?』

 

 ごくりと。無いはずの身体で、つばを飲み込むように喉を潤してから呟く。

 

「そうじゃ。ここは賽の河原へ続く道。親より早死にした子供が罪を償う道じゃ」

『だ、誰!?』

 

 突然に聞こえてきた声。声の質からして老人。思わず驚き聞き返した。

 一体どこから聞こえてくるのか、それが私に向けられた声だと分かると、声の主を探そうと周囲を見渡す。しかし、誰かが居るのか何かが在るのか、それすらも一切分からず、声の主も見当たらない。

 

「お主は、死を迎えた。それは紛れも無い事実。しかし、その魂の力はまだ使い果たしておらぬ。そしてその魂の罪もじゃ」

 

 ゆっくりとした口調で、落ち着いた老人の声が淡々と事実だけを述べていく。

 

『え、そんな事言われても……』

「よって、お主には来世でその罪を償ってもらう」

『そんな! 私そんなの知らない!』

 

 次々と告げられる言葉。罪と言われても心当たりなんてまったく無い。私が何をしたというのか。

確かに、私は早死にしたのだろう。けれど、それとこれとでは話が違う。

 

「これからお主には、くじ引きで別の世界に行ってもらう」

『く、くじ引きって! そんないい加減な!』

「お主に選択の余地は無い。その世界で生き抜く事で魂の力を使い、それによって魂の浄化もしてもらう。その代わりと言ってはなんだが、三つだけ力を添える」

『い、生き抜くって、危険な世界なんですか?』

「そうでなければ魂の力を使いきれん」

 

 誤魔化された。そう感じたけれど、私がいまここで何か出来るものではない。悔しくても、辛くても、生き返るなんて事はまず無理。それは分かっていても、未練はある。

 それなら、来世が与えられるのなら、そこで生き延びるしかない。しかし、何をすれば生き延びられるのか悩む。生き抜くための力。危険な世界。その言葉に何故か、時計の音が気になった。

 

『あの~。時間を操る能力って持てますか?』

「出来無い事は無い。しかしかなりの力を使う。今のお主の魂の器ならば、一度に止められるのは五秒。加速・減速にもかなりの力を使うじゃろう」

『そうしたら回復能力とかは出来ますか?』

「出来無い事は無い、だが……。来世で苦労するぞ?」

『う……。でも、死んじゃったら困るんですよね』

「その時はまた次じゃ」

 

 次と言われて眩暈と共に、半ば絶望しかける。一体、私の魂が何をしたというのか。いっそ何をしたのか聞いた方が良いのではないか。そう思い立って問い掛ける。

 

『すみません、私って一体何をしたんですか? そんなに魂に罪があるって言われても、身に覚えが無いです』

「早死にじゃ」

『え? そ、それだけですか!?』

「一度ではない。今回で十三回目じゃ。よって、次は大幅に魂の強化をする事になった。じゃが、それでも死んでしまった」

『うそ……』

「嘘ではない。よって来世ではその記憶を残し、力をあたえ、正しく魂の力が流れるようにせんといかん」

 

 十三回も早死にしたなんて、とても信じられない。それなら過去の私は、これまでどれだけの家族を泣かせてきたのか。

 そう考えると、必死の形相の両親の顔が蘇ってきた。泣き叫ぶ声も、悲しみに暮れる声も、その全てが私の心に突き刺さる。無いはずの身体から、透明な雫が零れ落ちて、届かないと分かっていながらも、必死に謝り続けた。

 

『ごめんなさい……! ごめんなさい!』

「謝るならば、それは来世で無事生き延びる事じゃ」

『は、はい! それなら最後は、体調が悪くならない力をください!』

「うむ。それではそれで調整しよう。生まれた後、暫くお主の意識は覚醒と睡眠を繰り返し、やがて赤子と統合されるじゃろう」

『はい、分かりました』

「ならば始めるぞ。心せよ」

 

 生き延びる、絶対に。私は簡単に諦めたりしない。死の運命から逃げ切ってみせる。ただそれだけを心に刻み、椅子から浮かび上がる身体を両腕で抱きしめる。

 そして再び、無限とも思われる闇の中に、意識が飲み込まれていった。



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第2話 誕生から幼少期まで

『う~ん、あと、五分……』

 

 何か分からないけれども、まるで起きる寸前の布団中のような、温かい何かに包まれた感覚。思わずそんな言葉が言いたくなる様な、優しさに包まれた場所で意識を取り戻した。

 

『ここ、どこだろう』

 

 口は動くのは分かったけれど、まともな声を出す事は出来なかった。声にならない声は、口から漏れ出した空気と共に空に溶け消える。

 動こうと思っても、身体はまともに動かせず、目もまともに見えない。

 

「――――! ――!」

「だから――! ――てめ――ふざけんな!」

 

 泣き叫ぶ声と、その相手を罵るような攻撃的な声が聞こえた。先のものは女性と思われる声。そして後には男性の声。

 それは多分、言い争っている状況。しかし、何も出来ない私は、優しさと暖かさに包まれながら再び眠りに付く。

 

 そして次に目を覚ましたのは、三年も経ってからの事だった。

 

 

 

 

 

 

「けどさ、この子も災難だねぇ」

「母親は殺されて、父親は刑務所かい?」

「こらこら、そんな事子供の前で言うんじゃないよ」

「子供に解るもんかい、あははは」

 

 とある育児施設。そこに私は預けられていた、らしい。

 何故、”らしい”のかと言うと、『私』が私として気が付いた時には、もうこの育児施設に預けられていたからだ。だから、両親の顔は分からない。けれども自分はハーフらしい。

 外国人女性の母親に、世間一般的に駄目な男と言われる日本人の父親。もちろん出会った当初は愛し合っていたらしい。そう、私が生まれるまで。つまり母親が赤ん坊を妊娠してからDVが始まり、そのまま堕ちる所まで堕ちたらしい。

 

「はぁ。子供だからって、分からないとでも思ったのかなぁ」

 

 そう呟く声は、とても三歳児らしい声には思えなかった。自分で言うのもなんだけれど、ちょっと大人びた子供。そんな印象が周囲の私の評価らしい。

 

 そんな私だけれども、今生では『オフィーリア』と名付けられている。既に亡き母親が、必死に施設に預けに来た時、私と一緒に名前を書いた手紙を預けて行ったらしい。

 当然ながら、親の居ない私には苗字も無く、付けられたのが『真常』。常に真実を、と言うのが院長の言葉だった。それからミドルネームに母の名前だったらしい『ウィン』まで付けられて、一見すると大層な名前になっている。

 

「みんなー、お昼寝の時間よー」

 

 保育士の女性がそう言って子供たちを集める。正直なところ、今更幼稚園生と言われても困るのだけれど、今の自分の身体ではどうしようもない。仕方がなく素直に布団に入る事にした。

 

 深く、深く――。何かに呼ばれるように。吸い込まれる様に眠りに付く。

 

 そう言えば、危険な世界だという割には平和そのものの様に感じる。ここで生き延びるのは、既に最初の危機である父親を脱しているので楽なのではないか。

 ふとそんな楽観的な気持ちが私の中に過ぎった。これから待ち受けている波乱を知る由もなく。

 

 

 

「眼が、覚めたかの?」

『……え?』

 

 突然の声に意識が呼び起こされた。先程までの布団の暖かさを感じず、だからと言って寒さを感じる訳ではない不思議な空間。目を開けば見えるのは一面の白。周囲を見渡せば、小さな部屋の中に居るのだという事が分かった。

 そして部屋の中央の小さな椅子。何かをしたわけでもないのに、そこに座っている自分に気付く。

 

『誰……?』

 

 私はこんな場所に来た覚えはない。一体誰が連れてきたのだろうか。

 

「お主を導いたものじゃ」

『あ……。おひさしぶりです。もしかして、私、死にました?』

「いや、死んではおらぬ」

 

 死んではいない。その言葉に安堵感を覚えながら、もう一度今の状況を確認する。両手を目の前に持ち上げると、視界に入ったものは、ぷにぷにとした小さな腕と指先。幼児のものだと分かる自分のもの。胴と頭と確認して、生まれ変わったハーフの自分の体と分かる。

 つまり、私は死んでいない。けれど、それならどうしてこんな場所に居るのか。仮に死んでしまったのなら、呼ばれても当然だろう。しかしそうでないのならば何故?

 

『どうして、私は、ここに居るんですか?』

 

 これは当然として思う疑問。聞かない事には何も分からないので、とにかく聞いてみる。

 

「すまんの。お主の魂、強化しすぎたのじゃ」

『えっ?』

「まず、時間を操る力。お主の記憶にあった、FFと言うゲームの時空魔法をこの世界の概念に合わせて作り直した……。しかし、この世界から見て強すぎじゃ」

『そ、そんな事言われても』

 

 前に聞いた、淡々とした声と言うよりは、少し申し訳なさそうな色を含んでの説明。今まで何度も死にすぎたからか、今度は逆に強くしすぎた。そう言われても全くもってピンと来ない。

 これまでの生活の中で、そんな力を感じた事はないし、使えると思った事もない。

 

「お主が今使える時空魔法は大まかに五種類。魔法無効化空間を作り出すミュート。時間を止めるストップ。加速するヘイスト。減速するスロウ。重力を操る力、レビテトとグラビデ系」

『それって、凄いんですか?』

「それは大した事は無い。むしろ後の二つ。それが問題になる」

 

 先程よりもやや硬い声になった。その分だけ、後二つが重要と言う事なのだろう。

 私が望んだのものは、回復能力と体調が良くなる力。その二つだけで、そんなに異常な事になるのだろうか。

 

「まずは回復能力。これにより身体機能をベストに保つ事が出来る。つまり、十代半ばの身体が充実した頃に不老になる」

『えっ?』

「そして、魔力の回復速度が常人よりも遥かに速い。そのためミュート、ストップ、グラビジャ以外は、それらに比べて割り増して何度でも使えるじゃろう」

『……じゃぁ、全力で逃げれば良いんですね!』

「……待て、何故そうなる?」

『だって危険がある世界で、重力が操れて、行動も早くなるのなら逃げるしかないじゃないですか』

「む、むぅ……」

 

 命の危険があれば逃げれば良い。これは当然の結論だと思う。勿論状況しだいでは有るけれど、わざわざ自分から命の危険に突き進む理由どこにもない。

 けれども何故か、困った様な声を上げられてしまった。前世の最後で、私に罪を償うために生き延びろと言ったはず。それならこれは、ベストの能力だと思う。それなのに何故、困った声を出すのか。

 

「まぁ三つ目じゃ。体調を良くしたあまり、毒物や病気、所謂ステータス異常と呼ばれるもの。それらに対する大きすぎる耐性。さらに回復能力との相乗効果で、重症でも自己治癒が可能になっておる。お主、どうやったら死ぬんじゃ?」

『えぇ~。そこは何とかしてくださいよ』

「無理じゃ。ともかく軽く数百年は生き延びよ。どの道長生きされねばこちらも困る」

『分かりました! 逃げ切って見せます、任せてください!』

 

 少し浮かれている自分に気付く。身体の異常なポテンシャルは気になるけれど、なんと言っても魔法使い。喜びと共に胸を張って堂々と宣言する。けれども何か、微妙な気配が伝わってくる。

 一体何が悪いと言うのだろうか。全く持って不思議でならない。

 

「ともかく、説明はしたからの?」

『はい! おやすみなさい!』

「まぁ良い。頑張るんじゃぞ」

『はい!』

 

 そうしてまた、意識が闇の中へ吸い込まれていく。何だか溜息が聞こえた様な気がしたけれども、それを気にする以上に眠気が強い。そのまま再び意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 それからは隠れて練習の日々。相手が居ないのでミュートや攻撃用の魔法は使い様が無かったけれど、それ以外は割りと練習する事が出来た。

 

 その結果、確かにストップ以外は何度か連続で使えることが分かった。

 

 しかも使える対象は、自分がイメージした相手にほぼ正確に使える。一度ストップで周囲の空間を止めてみたが、あまりの魔力消費量にそのまま気絶してしまった。せいぜい個人に使う程度が良いらしい。

 

「とりあえず、この世界ってどうなってるんだろう」

 

 私としては、それが多聞に気になる所ではある。今のところ危険な素振りは何も見えないし、危険だと言われる生き物も見たことが無い。前世で生きていた、ごくごく普通に日本の風景。それとしか思えないのだ。

 だからせいぜい熊とか猪とか、自然から零れ出た野生が、偶にニュースを賑わす程度だった。

 

 そして、それが分かったのは六歳の小学校に上がる時。育児施設から、全寮制の女子校に移動が決まった時だった。

 

「フィリィちゃん」

「はーい」

 

 子供の振りをするのもなかなか大変。そう思いながらも呼ばれた愛称に子供らしく答えた。

 

 フィリィとはそのまんまだと思いながらも、生前の日本人の名前より、別の世界に来た事を実感できて良いと思っている。

 その上で魔法使いになったのだ。これで元の世界と違うと認識できない方がおかしいと思う。

 

「今度ね? フィリィちゃんが行く所は、まほらって名前の学校なの。知ってるかな?」

「まほら……?」

 

 なんとなく聞いた覚えがあるけれど、記憶の底を探してもその答えは見つからなかった。

 

「大丈夫よ。とっても良い所だから。それとも行くのは嫌かな?」

「ううん、行くよ~」

「そう、とっても良い子ね」

「うん!」

 

 まさかこの時は、ファンタジーが有りえるとは思いつつも、ここが漫画の世界だなんて非現実。予想もして居なかった。

 

 

 

 

 

 

「B組かぁ。はぁ、一年生からだなんて。分かってたけど、どこかの名探偵じゃないんだし」

 

 憂鬱。その二文字に限る。頭では理解できても、生前は高校生だった自分が小学校だなんて皮肉でしかない。

 今更一年生の勉強をしたところで、数年後には中学高校と更に難しい勉強が来るのは分かっている。もちろん、魔法の練習も欠かす事は出来ない。

 

 幸いにも施設を出る時に多少のお金は貰っている。

 この”まほら”と言う学校は、ありとあらゆるものが揃った都市一体型の学園。巨大な箱庭とも言えるここでは、参考書を買うのも、人が居ない場所を見つけるのも簡単だった。

 

 

 

 一年生になってからのある日。変わった転校生がいると言う噂話が聞こえてきた。

 世界が変わっても、転校生が来れば噂はどうしても立つ。彼女はA組に居ると言う事だったので、好奇心から覗いて、後悔する事となった。

 

「ガキ……」

「何ですって、このぉ!」

 

 ぼそぼそと喋る赤い髪のツインテールに、金髪のお嬢様? 転校生の噂はたしか赤い髪の子。

 けれど、何かが引っかかる。どこかでこんなシーンを見たような。けど、一体どこだっただろうか。思い出そうとするものの、どこか引っかかりが取れない。

 

「かぐらざかさんに100円賭ける!」

「いんちょうに給食のおやつ!」

「かぐらざか……?」

 

 珍しい名前だと思う。なんとか坂と言うのなら良く聞くけれど、神楽なんてあまり聞かない。もっとも、真常と名付けられた私も人の事は言えないのだけれど。

 

「こらこら、賭け事はダメだぞ。皆、仲良くしてやってくれよ」

「はーい!」

「せんせー、わかりましたー」

「タカミチ、廊下までで良いのに」

「……タカミチ? まさか、神楽坂明日菜?」

 

 思わず、心の声が口に出た。高畑先生。そして神楽坂明日菜。もしかして”まほら”と言うのは、あの麻帆良学園だったのだろうか。

 そんな事が実際にありえるのか。今目の前の赤い髪は憮然とした表情で、金髪の委員長、雪広あやかと思われる人物と言い争っている。

 

「まさか、本当に? 魔法の?」

 

 本当だとすれば、彼女はネギ・スプリングフィールドの最初の従者。そして原作のありとあらゆる所に関わってくる上に、その正体はアスナ・ウェス何とかとやたら長い名前の『お姫様』だ。

 

 本物だとすれば、A組のメンバーにこれ以上関わるのは自分から死亡フラグを立てる様なものだろう。確実に、あの魔法使い達の戦いに巻き込まれる。いくら丈夫な身体と言っても、それだけは御免だ。

 今、私がやる事は唯一つ。A組には近寄らない。お姫様への憧れは無いし、むしろ全力でお断りしたい類。他のメンバーにだって顔を覚えてもらいたくない。

 

「A組には関わらない事。特に『お姫様』になんて関わりたくない」

 

 うんうん頷き、自分を納得させる様に考えを纏めていく。A組に関わってしまった場合の最悪を考えながら回避のための思考を巡らせる。

 しかし、儚くも運命は簡単に見逃してくれない様だった。

 

「真常君……だったよね?」

 

 唐突に自分の名前が呼ばれた事で思わず顔を上げ、再び後悔の念に捕らわれた。……高畑先生だ。

自分の迂闊さに腹が立つけれど、今はそれ所ではない。

 どこから聞かれていたのだろうか。とにかくこれはマズイ。こんな所で死亡フラグを踏むわけには行かない。

 

「ブツブツと色々言っていた様だけど、君は何て言ったかな? 僕の聞き間違いじゃなければ――」

「――ヘイスト」

 

 誰にも聞こえない程小さな呟きで、加速の魔法を唱える。

 一瞬にして外界との時間が切り離され、知覚する時間が加速する。そのまま一気に逃げ出し、休み時間の終わりギリギリまでトイレに逃げ込んだ。

 

 

 

 そして放課後。悪戯な運命は再び牙を向く。

 

 それは授業も終わり、割り当てられた個人寮に帰ろうとするところだった。目立つのを嫌って、人も疎らになった時間に岐路に着く。

 魔法の練習をする事もあれば、小学生には不釣合いな書物を買いに行く事もあるからだ。

 

「ちょっと、良い?」

「え?」

 

 あぁ……。自分は運命から逃げられなかったのだろうか。

 

 涼やかな声で問い掛けられて振り向いた先には、そう思ってしまう程、絶望的な姿と赤い髪。

 神楽坂明日菜。その手ががっしりと肩にかかり、押さえ込まれていた。

 

「転校生、だよね」

「そう。でも、貴女、変」

「な、何が?」

「タカミチから逃げた時、何かおかしかった」

「な、何も無かったと思うな~。アハハ」

 

 目の前に居る彼女は、まだ封印状態から復帰して神楽坂明日菜の人格が完全に形成されていない頃なのだろうか? そう思わせるほど声に抑揚が無かった。

 もしかして自分の魔力の動きに感ずかれたのだろうか? 今ここで魔法使いとバレれば、嫌でも原作イベントに引きずり込まれる可能性が上がる。それを回避するために必死に考えるが、相手は待ってくれず、立て続けに質問を続けてくる。

 

「さっきの貴女。どこか変だった」

「そ、そう? 割と良くあるんじゃない?」

「無いと思う。それに言葉、そっちも変」

「え、えぇ!? 何かおかしい?」

「日本語。上手すぎる」

「あぁ……」

 

 それは確かに。自分の今の姿はハーフで、日本人と言うよりは、外国人と言う方がそれらしいだろう。日本でも海外でも、変に思われるかもしれない。

 

「I’m Ophelia Win Matsune.」

「発音……変」

「わ、悪かったわね!」

 

 確かに自分は日本生まれの日本育ち。前世を考えたところで、ネイティブな発音など出来るはずも無かった。今後の事を考えたら、今から英会話でもしておいた方が良いのだろうか。

 そんな事を考えていると、思ってもいなかった言葉を投げかけられる。

 

「発音、教える」

「え?」

「良いから、こっちくる」

「ちょ、ちょっと!」

 

 そのまま強引に腕を引っ張られてしまう。

 怖い、これ以上関わってしまえば、この先どうなるか分からない。関わらない為には彼女を止めるしか無いという結論に達するに、長い時間は掛からなかった。

 

「神楽坂さん」

「ちがう」

「え?」

「アスナで良い」

「――っ!?」

 

 これはまずい状況ではないだろうか。いつの間に自分は神楽坂明日菜の好感度を上げたのだろう。全く持って思い当たる節が無い。

 とにかくここは逃げる。まずは彼女の時間を停止してから、自身の加速をイメージする。大分魔力を取られるが、追い付かれるよりは良いだろう。

 

 そのまま小さな声で、呟く様に魔法の言葉を唱える。

 

「――ストップ」

 

 その言葉を投げかけた瞬間、彼女の身体が何の前触れも無く止まる。今私が出来る停止時間は五秒。

その間に自身を加速させて、一気に逃げ出す。

 

「ヘイスト!」

 

 振り返る事無く走り去る。そのまま寮に向かって一気に駆け出した。影からその様子を見つめている、高畑先生に気付く事無く。

 

 

 

 

 

「おはよう真常君」

 

 目の前には高畑先生。そして神楽坂明日菜。こんな事になるなら、今日は学校を無理やり休めばよかった。

 

「昨日の事でちょっと聞きたいんだ。職員室まで来てもらえるかな?」

 

 どう考えても、嫌な予感しかしないペア。これは確実に逃げるべきパターン。

 どうやって逃げの手を取ろうか? 登校する生徒が沢山いる中で魔法使えば、明らかに目立って言い逃れは出来ない。かと言って、着いて行けば魔法生徒デビューは確定ではないだろうか。

 

 ここはとりあえず、いつもの子供の振りをしてかわしてみる事にする。

 

「せんせー、がっこうはじまりますよー」

「オフィー。変」

「かぐらざかさんなにいってるのー?」

「アスナで良い。オフィー」

「お、オフィーはちょっと……。フィリィとかリアとかで」

「じゃぁ、フィリィ。普通に喋って」

「うっ……」

 

 どうやらこの神楽坂明日菜は、頭が良い様に見える。どうしてだか分からないけれども、原作のバカレンジャーとは違うのだろうか。まさか直感と言う事は無いと思うのだが。

 しかしそんな考察をする間も無く、高畑先生は私に近づいて声をかけてくる。

 

「真常君、君の行動は色々と不自然過ぎるんだ。小学校の担任ではない僕を知っていたり、突然アスナ君の名前を”まさか”と言い淀んだ。極めつけに魔法まで使って見せた。昨日アスナ君の動きを止める所を見たんだ。それに帰る時の駆け足も、子供が出せる速度じゃない」

 

 観察されていた!? しかも登校する生徒達が居る場所で堂々と魔法使い宣言。その大胆さに思わず後ずさり、警戒の色を色濃く浮かべる。

 そんなこちらの心境を察してか、それとも気にする必要は無いのか、次々と言葉を続けていく。

 

「もしそうなら、アスナ君と友達になってくれないかな?」

「お断りします。――ヘイスト」

 

 返事を聞かずに、人目も気にせず、とにかく逃げに徹する事にした。

 幸い麻帆良学園は認識阻害の結界がある。そのため多少派手な行動をしても周りは一切それを気にしない。気付いたとしても、『麻帆良だし』の一言で済む可能性が高い。

 

「そこを何とかお願いできないかな? 君の事は秘密に出来るからさ」

「いつの間に!?」

 

 相手はにわか魔法使いの自分とは格が違う。本物だと思い知らされる程の速度。振り返り逃げようとした私の前へ、即座に移動して立ち塞がる。

 加速した子供の足程度では、本物の魔法使いにはあっさりと追いつかれると言う事か。

 

「私は、関わりたくないんです」

「どうしてだい? 力を持っているのをバレたくないからかな?」

「……死にたくないからです」

 

 その言葉を聞いて、高畑先生の顔が僅かに歪む。戦争や紛争地域での活動を経験している彼だからこそ出来た顔だろうか。何よりも、神楽坂明日菜というお姫様を抱えている彼だからこそ、同じ子供の私と重ねてしまい、そんな顔をしてしまったのだろうか。

 

 とにかく今は、逃げるしかない。しかし普通に逃げたのでは追いつかれてしまうだろう。

 ならばどうするか? 答えは高畑先生を止めるしかないが、明日もまた待ち構えられていたら再び同じ事になる。高畑先生がこちらを諦めてくれる方法、それは関わっても無駄だと思わせるしかない。

 

 それならばと、今まで使わなかった魔法無効化空間を作るミュートを使う事にした。

 

「高畑先生。もう追いかけて来ないでください。いえ、追いかける事が出来なくします」

「……何を、するんだい?」

 

 その言葉に警戒した様子で声を上げられた。高畑先生の身体強化は、魔力や気を使ったもの。それならば出来ない様にしてやれば良い。

 

 身体に感じる魔力を意識して、初めて使う魔法を唱える。

 

「――ミュート」

 

 魔法を唱えると、私自身を中心点に半径3m程のドーム型、不可視の空間が出来上がる。そこに高畑先生”たち”は飲み込まれて、纏っていた魔力が拡散していくのが見える。

 

「な、これは! こんな事が!」

 

 自身が纏っていた魔力、あるいは気だろうか。それが使えなくなっている事に、驚きと共に在り得ないものでも見るかの様な眼で見つめてくる。

 そして、それは私自身でも体験する事になってしまう。

 

「ああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「アスナ君!?」

「えっ!?」

 

 神楽坂明日菜が、突然頭を抱えて叫び声を上げた。彼女の体から何重もの魔法陣が浮かび上がり、浮かぶ側から解れ、空に飲み込まれ消えていく様子が見える。

 流石にこの様子には周囲からの視線が集まる。何が起こったのか全く持って分からないまま、呆然とした眼でそれを見る。

 

 するとやがて、彼女の両腕は力なく垂れ下がり、目から光が失われていく。

 

「マズイ! すまない真常君、この空間を解除してもらえないか!」

「えっ? か、解除って。初めて使ったから」

「仕方が無い!」

「きゃぁ!?」

 

 いきなり身体を持ち上げられ、そのまま神楽坂明日菜と共に連れられていく。突然起こった事にとっさの判断も出来ず、なす術も無く連れ去られた。



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第3話 小学校時代

 もしかしなくてこれはまずい事になってしまった?

 

 高畑先生に連れさられた部屋はこの際どうでも良い。問題は神楽坂明日菜にいったい何をしてしまったのか。先ほどからベッドに横たえられて、ずっとうなされた様子でいる。その様子を高畑先生は、真剣な顔で見続けてている。

 

 ここで私はどうするべきだろうか。

 

 まだ『魔法先生ネギま!』という物語は始まっても居ないのだし、下手に関わって大事になってしまっても困る。それならばやはり逃げるべき、だと思うが……。流石にこの状況で逃げれば明日にはどうなるか予想は硬くない。

 

「真常君……。どうして君が魔法無効化を使えるのか、教えてもらえるかな?」

 

 やはりこの質問……。正直に答えれば魔法生徒デビュー確定に間違いない。

 しかし、原作に関われば命がいくらあっても足りないだろう。いくら魔法を使えても、所詮は一般人の子供。自分から危険やファンタジーなイベントに参加する気はまったくない。

 

 けれども、既に私の魔法を見られた上に、おそらく自分が年相応の精神年齢ではない事もバレているだろう。今はとにかく、誤魔化すしかない。

 

「お断りします」

「これは重要な問題なんだ。君の使った魔法は僕の知らないもので、西洋系魔法とは大分体系も違うみたいだ。けれど、知られてしまえば大事になってしまう。隠したいのは分かるが、せめて説明して欲しい」

 

 つまり、逃がす気は無い。そう言ってるのだろうか。そうなれば、逃げられるだけの材料を持ち出して、こちらへの不干渉を取り決めてもらうしかないだろう。

 良く考えなくてはいけない。何か私に、取引に使える材料はあっただろうか。私の秘密を漏らすのは却下。ならば、何か高畑先生が興味を持つ事を……。そう考えると、先ほどの会話で違和感を覚える点があることに気づく。

 

『もしそうなら、アスナ君と友達になってくれないかな?』

 

 どうして、あんな事を言ったのだろうか? 神楽坂明日菜は、魔法使いとして生きていた記憶を封印されているはず。それなのに、魔法使いと確信した私に、そんな事を言うのはおかしい。

 それならば……。けれども、それを問い詰めるのは自分から関わる事になってしまうのではないだろうか。やっぱり、ここは逃げるしか無いのかもしれない。

 

 そう思い立つとすっと立ち上がり、逃げの体勢を取る。すると、こちらに説明の意思が無いと分かったのか、高畑先生も構えるような体勢を取る。

 

「悪いけど、逃がすわけにはいかないんだ。協力してもらえないなら無理にでも話を聞きだすしかないと思っている」

 

 固い口調と険しい顔で、こちらに対して凄む様に語り掛けてくる。

 

 おかしい。高畑先生はこんな強引な人だっただろうか? 原作に比べて若いとはいえ生徒に、ましてやこんな子供に対する態度ではない。

 それに”協力”? ここで逃げられないならば、やはり何か交渉するのが得策だろうか。

 

「仕方が無いので、言える事だけ言います。その代わり高畑先生もお話してください」

「構わないよ。じゃぁ、その魔法をどこで習ったのか教えてくれないかな?」

 

 こちらが譲歩の姿勢を見せた事からか、急に高畑先生の態度が軟化する。

 

 やはり子供相手に強引な手段は気が引けていたのだろうか。私としては勝てる見込みも無いのでありがたいのだが。

 ここは、何と答えるべきだろうか。やはり前世を正直に話すわけには行かない。そうすればこの世界の知識も公開する事になってしまう。そうすれば余計に巻き込まれるだろう。

 

 前世を教えずに魔法を説明する。それにはどうしたら良いか?

 

 どうしたら不自然にならないかしばらく考える。けれども、自分の精神年齢の高さを説明するのに、どうにも上手い理由が見つからなかった。それならば、嫌だけれど前世と言うのが良いだろう。

 ただし、この世界の魔法使いとは違う歴史をたどったと言う嘘を。

 

「魔法は生まれる前から知っていました。ちょっと、前世の魔法の記憶があるだけです。でも、私がどこの誰で、何をしていたかは覚えてません」

「それは本当の話かい? いや、真常君は人間にしか見えないし、それくらいしか確かに説明はつかないんだけど。随分と突飛じゃないかい?」

「これ以上言う事はありません。それじゃ何で神楽坂さんと友達になって欲しいって言ったか、教えてもらえますか?」

「む……」

 

 すると急に黙ってしまった。やはり私の事は警戒されているのだろう。

 しかし、この警戒は解かなくてはいけない。そうでなければ、逃げ続ける日々が更に過酷になる事が目に見えている。学園中の魔法先生と生徒を敵に回すなど、絶対にやりたくない。

 

「そうだね。アスナくんは、ある特殊な力を持っている。それを隠したいんだが、僕が四六時中一緒に居るわけにはいかないからね。君なら最適じゃないかって思ったんだ」

「……随分と、打算的なんですね」

「君は、僕やアスナ君の事を、多分知っているんだろう? そうじゃなかったら『お姫様』なんて言葉は出てこないし、さっきの言葉も半分本当、半分嘘だろうね」

「――っ!」

 

 思わず顔をしかめてしまった。どうやら随分とバレてしまっているらしい。

 やはり、付きなれない嘘など言うものでは無いと実感するが、今そんな事を考えている場合ではない。どうすればこの場を納められるのだろうか。考えが纏まらない。

 

「真常くんは、確か孤児院育ちでこれから先の生活費もあまり無かったんだよね」

「えっ! 何故それを?」

 

 もしかして昨日あれから調べられたのだろうか?

 そうだとすれば今の自分は丸裸に等しい。魔法を迂闊に使えなくなってしまった上に、情報まで握られている。これはマズイ。

 

「……アスナ君の事を黙っていてもらえないかい? その上で麻帆良学園と敵対しないと契約してくれれば、社会人になるまでの金銭的援助を約束しよう」

「それは、脅しですか?」

「お願いかな。出来ればアスナ君の友達になれるかもしれない子を、辛い目に合わせたくないんだ」

 

 この人は本当に高畑先生なのか? 私が知っている高畑先生は、真正面からぶつかり合う人のはず。それがこれは一体なんだろうか。

 随分とやり方が強引だし、狡猾な面が見える。ここはもう、従うしかないのだろうか?

 

 そう思っていた矢先、突然に第三者の声がかけられる。

 

「タカミチ。フィリィ、いじめちゃダメ」

「アスナ君!」

「タカミチ? お姫様って呼ぶの、止めたの?」

「なっ!?」

 

 神楽坂明日菜から飛び出た言葉に、高畑先生がこれでもかとばかりの驚愕の顔を浮かべる。信じられないというばかりに、両目を見開き、とても辛そうな顔をして凝視している。

 

 そしてさらに信じられない事が起きる。

 ベッドから起き上がり、とてとてと擬音が聞こえそうな歩き方で私の方に向かってきたかと思えば、最悪の言葉を投げかけてきた。

 

「フィリィはアリカに似てる」

「アスナ君? まさか、記憶が?」

 

 もはや私には、上げる声も無い程の驚愕に襲われていた。

 

 それはそうだろう。関わらないと昨日決めたのに、必死に逃げようとしていたのに、私はもう原作に”関わってしまった”のだから。それにこれは、もう言い逃れが出来ないレベルだろう。

 物語の流れが変われば、一体どこでどんな死亡フラグが襲って来るか分からない。やはり、この先も不干渉を続けるべきだ。

 

 そう考えると、素早く声を上げる。

 

「高畑先生」

「な、なんだい」

「先ほどの話し、お受けします」

「え? そ、それは助かるけれど。急にどうしてだい?」

「ただし、私は学園の魔法先生や生徒に関わりたくありません。魔法は秘匿します。だから私にこれ以上干渉しないでください」

「つまり敵対はしない、自分の力やアスナ君の事は秘密にしてくれる。その代わり干渉するなって事で良いのかな?」

「はい」

 

 この先、原作に関わらない様にするにはそれしかないだろう。

 私がこれ以上何か言ってしまえば、原作が始まる前にどうにかなってしまう。そうすれば、未来でどんな危険が増えるか分かったものではない。

 

「ぞれじゃぁちょっと、学園長室まで来てもらえないかい? 正式に契約書を作りたいからね」

「……わかりました」

「タカミチ……」

「大丈夫。悪い様にはしないよ」

「わかった」

 

 それにしても、あのぬらりひょんとも関わるのだろうか……。

 

 出来れば避けたい相手の一人でもある。しかしここはしょうがない。これから先、神楽坂明日菜には一定の距離を保ちつつ、他の事からはすべて逃げる。

 心にそう誓うと、高畑先生達と共に学園長室に向かった。

 

 それにしても、麻帆良に来たその月の内に魔法生徒デビューが決まってしまうなんて、いったいどんな薄幸娘だろうか。どこぞの誰かの様に、思わず『不幸だぁ』と言いかけてしまった。

 

 

 

「はぁ……」

 

 麻帆良学園所属の魔法先生と魔法生徒に敵対しない事を誓う。ただし緊急時と判断される場合においてはその限りではない。

 

 契約者 甲  魔法使い人間界日本支部  代表者 近衛 近右衛門

 契約者 乙  オフィーリア・ウィン・真常

 

 自室のカーペットに背を預けながら、先ほど作られた正式に自分の名前が書かれた契約書を見上げる。それはただの物理的な書類ではなく、魔法的な契約の書物。破り捨てる事は出来ないし、何より今の自分の生命線でもある。

 

「どうしてこんな事に……」

 

 扱いとしては『魔法使い人間界日本支部』預かりの魔法生徒。魔法関係者から不干渉の約束を取れたのがせめてもの救いだろうか。麻帆良学園としては、所属不明の魔法使いが居るよりは、多少面倒でも、取り込んで大人しくさせていた方が良いと言うのは容易に想像がつく。

 これからは外部の関係者や、万が一の敵対者から逃げる事を考えなくてはいけない。そして、最悪の時の為に、魔法の練習は欠かせないだろう。とにかくこれ以上、魔法関係者に関わりなんて持ちたくない。

 

 そんな事を思っている矢先、やはりと言うべきか運命は放っておいてくれなかった。

 

ピンポーーン。

 

 寮に備え付けられているインターホンが来客を知らせる。

 

 一体誰だろうか? こんな時に誰かと会いたいと思えないのだが、来てしまったものはしょうがない。仕方が無いのでドアを開ける。

 けれど何故、誰が来たのかも確認せず、気安くドアを空けたのかと、再び後悔の念に襲われた。

 

「フィリィ。約束」

「な、か、神楽坂さん。なんでここに」

「発音。教えるって言った」

 

 まさかそんな理由で来たのだろうか?

 余りにも予想外だった来訪と理由に思わず放心してしまった。すると突然。

 

「ごめん」

「え? きゃっ!?」

 

 謎の謝罪と共に、いきなり玄関先で抱き付かれてそのまま転倒。意味も分からず、神楽坂明日菜に押し倒された形になってしまった。

 

「ちょ、神楽坂さん何を!」

「ごめん、アリカ。ごめん――」

「なっ!?」

 

 ぽろぽろと、大粒の涙を流して泣き出す彼女が視界を覆う。

 

 まさか自分とアリカ姫を重ねて見てしまって居るのだろうか? 正直、最悪の展開。だからと言ってこれを突っ撥ねるほど私は冷徹にはなれない。

 本当は嫌なのだが、仕方がなく泣き止むまで身体を預ける。

 

 だがこれが、後の後まで後悔する事となる原作改変の始まりだった。

 

 

 

 

 

 

 翌日。朝礼が始まる前に、何故か神楽坂明日菜がやってきた。

 

「フィリィ。おはよう」

「お、おはよう」

 

 何故こうなった? 確かに私は、薄い金髪で青目で、アリカに見えなくも無い。けれど、原作の彼女の様な特徴的な眉毛はしていないし、年齢も大分違う。それに目付きだって彼女のように鋭くは無いだろう。

 けれども、わざわざ別のクラスに来てまで挨拶をするほどの仲になった覚えは無い。一体いつどこで、彼女の好感度を上げたというのか。

 

 教室の椅子に座ったまま、戸惑いを含んだ目で彼女を見返す。すると気だるそうな半目、いやボーっとしていると言った方が良いだろうか。ともかくその、とぼけた表情から再びあの言葉が発せられた。

 

「アスナで良い」

「か、神楽坂さん?」

「アスナ。呼ばなかったらアリカって呼ぶ」

「――なぁっ?」

 

 流石にそれはマズイ! そんな事をされればただでさえ魔法先生から注目されているだろうに、一般生徒からも、好奇の目線を送られてしまうのではないだろうか?

 特に子供の目と言うものは恐ろしいものがある。既に半分大人の自覚である自分と違い、予想もしない答えを導き出す。そんな不確定要素はごめんだ。

 

「わ、分かった。アスナって呼ぶから余り構わないで。不干渉の約束は覚えてるでしょ?」

「わかった」

 

 その言葉に安堵を覚える。アスナ……と、呼びたくは無いが、うっかり神楽坂と呼んだ日にはどんな報復をされるか考えたくも無い。

 ともあれ呼ぶと宣言した事に安心したのか、そこで背を向けて教室を出て行く。すると、再びそこで不意打ちを受ける事になる。

 

「フィリィ。ありがとう」

 

 にっこりと花が咲く様な笑顔を向けられて、思わずドキッとする。

 普段の感情が乏しいアスナの様子から、原作の神楽坂明日菜の様な、眩しい笑顔を向けられて思わず心臓が高鳴った。そして更にその事に動揺を受ける。

 

 おかしい。何でときめいた? 私はノーマルのはずだし、いくら精神が大人に近いからと言っても、恋愛感情をあんな小さな子に持つなんてありえない。

 それ以前に同性であって自分自身も子供で、そんな事になるはずは無い。うん、ただ、驚いただけ。変な事にはならない。でも、急にあの笑顔は反則だと思う――。

 

 って、何を考えているのか! 慌てて頭を振って考えを吹き飛ばす。

 その後始まった朝礼と授業は、普段から中高生レベルの参考書を読んでいる自分には必要が無いものではあるが、何をしたのかまったく覚えていなかった。

 

 

 

 

 

 

 それからの小学校生活は、余りにも意味が分からなかった。何故かと言えば、何かとこじつけてアスナが纏わり付いて来るのだ。

 

「フィリィ。ご飯作って」

「イヤ」

 

 関わるなとばかりに冷たくあしらうと、うるうると擬音が聞こえる様な眼で見つめてくる。

 

 くっ! そ、そんな目で見ても作らないものは作らない! 第一、不干渉のはずなのに、ほぼ毎日放課後になると、寮の部屋に来るとか意味が分からない。

 確かに懇願されて料理は作った。作ったけど、何故それくらいで部屋に入り浸りに来るのか分からない。誰かこのアスナもどきを説明して欲しいくらいだ。

 

 そんな事があったかと思えば、また次の日には違う精神攻撃がやってくる。

 

「フィリィ。髪いじらせて」

「イヤ」

「じゃぁ、ご飯作って」

「…………髪で」

 

 訳がわからない。本当に、このアスナは一体どうしてしまったのだろうか?

 

 私が知っている原作の神楽坂明日菜と言えば、能天気で底抜けに明るく、正義感が強い熱血気質。その上オジサマ趣味で同性いじりなんて趣味は無かったはず。

 

「できた。おそろい」

 

 少し弾んだ声で鏡を見せてくると、ツインテールにされた長い髪。

 

「はぁ……。いい加減髪切らせて」

「ダメ。勿体無い」

 

 髪を切りに行こうとすると、何故か必ずアスナに止められる。ほぼ毎日寮にやってくるので、切りに行く暇も無いのだが……。

 

 一度本気で魔法を使って逃げたが、なぜか既に美容院に先回りされていた。

 私としては、余計にアリカっぽく見えてしまうので切りたいのだ。もっとも、厳密には髪の色も瞳も違っているはず。私の記憶通りなら、あの王家は独特な見た目をしていたはず。

 

 そしてある意味悲しい事に、私の体調をベストに保たれる体質のせいで、念入りに手を入れなくても綺麗な髪質が保持されている。

 これだけはこの身体になって良かったと思える点の1つでもある。だからと言って『お姫様』とアリカっぽいハーフが一緒に居るのは、ただの悪目立ちでしかないと思う。

 

 そして高学年になっていくに連れて、アスナの原作乖離が輪をかけて進んでいった。

 

 何故だか知らないが、性格が余り明るくならない。いや、暗いわけではないのだが、口調こそは若干原作っぽくなってきたものの、身長があまり伸びず、性格もどちらかと言えば、お淑やかでお姫様の様な雰囲気なのだ。

 

 このままでは、ネギ・スプリングフィールドがやってきた時には一体どうなってしまうのか?

 それにバカレンジャーの事も心配だ。私が参考書を買い込んでいる事が問題なのか、英語を教えてもらっているせいなのか、何故かアスナは頭が良い。テストを受ければ大概は100点を取る。この学年では完全に、葉加瀬聡美とツートップになってしまっている。

 

 私の成績? 私は目立ちたくないので、当然手を抜いている。どうせこの麻帆良学園はエスカレーターなので、平均点程度を取れば良いだろうと程ほどにしているのだが、何故かアスナに怒られる。全く持って理不尽でしかない。

 

 それからアスナの抱きつき癖もどうにかして欲しい。お前は姉を忘れられないネギか!?

 流石に朝起きたら隣に寝ていたなんて事は無いのだが、教室でも寮でもやたらと抱きついたり、背中に乗っかってくる。本当にこのアスナは一体どうしてしまったんだろうか。

 

 とにかくこの六年間は、アスナで手一杯だった。

 

 魔法の修行? 原作非介入? そんな暇がある様に見えたのなら、このアスナもどきを誰か更生してやってほしい。せいぜいイメージトレーニングや、夜中にちょっとした練習くらいしか出来なかったのだ。ある意味、アスナ以外は完全に非介入だったので、助かったと言えば助かったのだろうか。

 

 もう直ぐ卒業式を迎える。そうなれば中学生になるのだが、まさかA組になったりはしないと思いたい。こちらへの不干渉を約束しているのだから、B組か他のクラスでお願いしたい。

 とにかく不安だらけの中学だが、私がやる事は変わらない。原作をこれ以上乖離させない為に非介入を貫く。そして死なない為に逃げ延びる事。

 さぁ、やってくるが良いネギ・スプリングフィールド! 私はお前の魔の手から逃げ切って見せる!



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第4話 中学入学へ

 季節は春。外は少し肌寒いが、桜の花が舞い踊る中の卒業式。

 普段通りの生徒も居れば涙を流す子も居る。そんな様子をやや冷めた眼で見ながら、いかにもという雰囲気の中で卒業式は終わりを迎えた。

 

「やっと、ランドセルから開放される……」

 

 一人で足早に会場を後にしながら思わず本音を漏らす。

 正直、今まで何の拷問だったのかと思う。それはそうだろう。精神的にはもう二十代半ばを越えているのに、ランドセルとかどんな羞恥プレイだと言うのだ。

 確かにこの身体は中学を迎える程度の子供だから、しょうがないと言えばしょうがないが……。

 

 自身の境遇に嘆いている事などお構いなく、卒業式を終えた生徒達が、それぞれの家族と合流して岐路へ向かっていく。

 中には記念写真を撮る家族、これから食事会だとはしゃいでいる家族も見えた。

 

「はぁ。桜は綺麗なんだけどね」

 

 毒づく様に呟いて、桜の木を見上げる。この時期ならば葉も無く毛虫も居ないし、綺麗な部分だけが良く際立つ。前の世界でもこの世界でも、綺麗なものは綺麗だと、素直に感じられる事は良かったと思う。

 

 卒業式は午前中で終わりなので、私も食事を取りに寮へ帰るか、学園レストランなり何らかを利用する事になるのだが、そこで、とてとてと擬音を上げながら、いつもの様に花を背負った雰囲気のアスナが近づいて声をかけてくる。

 

「フィリィ。ご飯食べたい」

「勝手に食べたら良いよ」

「作って」

「……イヤ」

 

 この会話も何度目だろうか。これからアスナが、とても能天気の元気娘になるとは思えない。一体どうすれば原作の神楽坂明日菜になるのだろうか。ここ暫くの頭痛の種になって尽きない。

 

「残念。フィリィのご飯好きなのに」

 

 心底残念そうに、静かな口調でそう呟く。その様子に私こそ泣き言を言いたくなる。

 

 本来あるべき神楽坂明日菜ならば――、

 

『えー、良いじゃない。それくらい作ってよ!』

 

 などと言うところではないだろうか? それがこれは一体何なのか。

 

 今のアスナは、鈴の音が聞こえる様な口調で、可愛らしい儚い系美少女になってしまっている。しかも、元気印の象徴であるツインテールをしていない日も多い。二つ結びお下げの時もあれば、髪を下ろしている時もあるし三つ編みの時もある。いくらなんでもキャラが違いすぎるだろう。

 

「アスナ」

「どうしたの?」

「……もっと、元気良くしたら?」

「意味が分からない」

 

 それはこっちのセリフだ! 頼むから原作の神楽坂明日菜にジョブチェンジして欲しい。

 もしこのままのアスナで、ネギ・スプリングフィールドと仮契約する事になった日には、戦うどころでは無く守られるお姫様系街道一直線だろう……。

 

「フィリィ」

「なに?」

「食堂行こう?」

「……良いよ」

 

 はぁ……。下手に食事を作って好感度上げるよりはずっと良いだろうと思う。

 断っても結局は着いて来るので、一緒に食べる事が多くなってしまっている。本当に、どうしてこんな事になってしまったのか。

 

 とにかく中学からは、他の原作メンバーと関わらない様に気をつけなければならない。それこそ魔法を使ってでも逃げる。

 普通にしてさえいれば関わらないと思うのだが、あのA組の事だからいったい何があるか分からない。警戒しておく事に越した事は無いだろう。

 

 

 

 

 

 

 中学に上がれば寮の移動が待っている。今まで育児施設上がりと言う事で、個人部屋を間借りしていたが、中学用の女子寮ではそうも言っていられないだろう。そんなわけで新しい寮の通達を貰っているのだが。

 

「これは何かの冗談のつもり?」

 

 わなわなと震える指先で何度もその書類を確認する。その内容はと言えば。

 

 入学式の前日までに入寮する事。中等部へは原則、徒歩通学を行う事。寮生は学内電車の使用が可能。寮では大浴場、あるいは部屋のバスルームも使える。とか、そんな事はどうでも良い……。

 

 ルームメイトがアスナとはどう言う事だ!?

 

 ここは明らかに近衛木乃香の出番ではないのか。それが一体何故こんな事に? 縋る様な眼でもう一度その書類を確認する。けれども、何度見ても神楽坂明日菜の名前。

 これは一度学園長に問い詰めた方が良いのだろうか。しかし、ここで学園長に詰め寄れば、余計な原作介入を果たしてしまうのではないか?

 

「うーん……」

 

 もし不服と詰め寄ったとしたら、部屋は変わるのだろうか? いや、変えてもらわなければ困る。そうでなければ、最悪はネギ・スプリングフィールドと同居と言う死亡フラグが立つ。それは幾らなんでも不味過ぎる。

 問題はぬらりひょん。あの学園長が素直に聞き入れてくれるのかどうかが問題だろう。

 

「とにかく行くしかないかぁ」

 

 半ば諦めを含んだ声で呟く。

 ここで諦めるのは簡単だが、言うだけ言ってみる価値はあるだろう。

 

 思い立つと魔力を意識して魔法を唱える。早く学園長室まで行って苦情をぶつけたいからだ。

 

「ヘイスト」

 

 すると、世界と自身の時間が切り離され、知覚する速度が加速する。あまり目立ちすぎても良くないので、程ほどの速度で学園長室に向かった。

 

 

 

コンコン

 

 学園長室に到着すると、素早くノックをする。

 気分的には思いっきり蹴破ってやりたいところだが、実際に出来る事でもないし、そんな目立つ事もしたくない。

 

 ノックをしたものの、早く返事が欲しい時に限ってなかなか答えが帰ってこない。体感で数分経ったかの様な錯覚を覚えた頃に返事が聞こえた。

 

「開いとるぞい」

「失礼します」

 

 開いてるならさっさと言って欲しい。そう思いながらも、学園長室の重々しい立派な扉を開く。

 

 中に入ると学園長は一人で、椅子に座って髭を弄んでいる姿が眼に入った。その様子を見るとどう考えてもわざと待たされた様にしか思えない。そのせいか、若干苛立ちを含んだ声で学園長に問い掛ける。

 

「学園長。何で私が魔法関係者のアスナと同じ部屋なんですか?」

「ふむ。何かおかしいかのう?」

 

 おかしい!? 何を寝ぼけた事を言っているのか……。学園の魔法使いからは不干渉の約束を結んでいるはず。それなのに魔法生徒のアスナが同室と言う時点でおかしいだろう。

 

「おかしいです。魔法生徒と同じ部屋は、約束が違うんじゃないですか?」

「アスナちゃんが魔法関係で干渉しとるわけじゃないじゃろう? それに、お主らを他の一般人と同じ部屋にした方が問題じゃろうて。何か間違っとるかの?」

 

 うぐ……確かにその通り。一般人と同じ部屋になれば魔法の秘匿は難しい。それにこれまでの様に隠れて魔法の練習も更に難しくなるだろう。

 だからと言って、アスナだけはマズイ。あのネギ・スプリングフィールドが来てしまう!

 

「せめて別の人でお願いします」

「ふぉ、何故かの? アスナちゃんと仲が悪いわけでもなかろうて。困る理由が見つからんのじゃが、何かあるのかの?」

 

 学園長は本当に理由が分からないといった顔で問い掛けてくる。

 

 このぬらりひょんは、とぼける、欺く、利用するといった事を平気でする人物のはず。下手に情報を与える方がマズイだろう。しかし、何も説明しないとなれば受け入れる事になる。一体どうするべきだろうか。

 

「おぉそうじゃ!」

 

 すると何か良い手でも浮かんだのか、急に右手を左手の掌にポンと打ち、思い出したかの様な声を上げる。

 訝しげにその眼の様子を窺うが、仙人の様な眉毛で、本心が全く持って分からない。

 

 一体何を言い出すのだろうか。出来れば個室、最悪の場合でも不干渉を守ってくれそうな桜咲刹那辺りが最適ではないだろうか。

 

 しかし、その淡い期待を脆くも崩しきる一言が放たれる。

 

「せっかくじゃから魔法生徒として警備員をやってみんか? 給料も出すぞい?」

「――っ!?」

 

 このぬらりひょんは何を言い出すのか! そんな死亡フラグはお断りだ。

 魔法生徒の警備員となれば、夜間の侵入者対策や外敵の排除になるだろう。そんな致死量の毒は絶対に要らない。それに、余計に魔法関係者と知り合いが増えてしまう。そんなのは御免だ。

 

 これ以上は、学園長が余計な事を言う前に、断るしかないだろう。

 

「お断りします」

「何故かの? 良い話じゃないと思うんじゃが」

「言ってる事がおかしいです。不干渉の約束なのに、干渉する機会を増やすんですか?」

「ふむ……。残念じゃのう」

 

 何が残念なものか。とぼけた顔でそう言っても説得力が無い。堂々と約束を破ろうとする辺り、やはりこのぬらりひょんは油断がならない。

 

「それから部屋の事じゃが、もう既に決まっておる事じゃからの。空き部屋もないしいまさら変えもきかんぞい?」

 

 事も無げにそんな事を言う。正直腸が煮えくり返る思いだ。その学園長の態度に、思わず怒気を込めて言葉を投げかける。

 

「じゃぁなんで話を聞いたんですか! 初からそう言ってください!」

「大事な魔法生徒じゃ。話しくらい聞かんと信用も得られんじゃろう?」

 

 最低……。このぬらりひょんは私を懐柔するつもりなのか。

 

 とにかくここに居ても、もう話す価値が無い事は分かった。となれば、アスナ以外の不干渉を貫くしかないだろう。最大の問題はネギ・スプリングフィールド。万が一にも彼が転がり込んで来ない様に、先に釘を刺しておかなければならない。

 

「学園ちょ――!?」

「どうかしたかの?」

 

 口に出しかけて慌てて気づく。もしここでネギ・スプリングフィールドが部屋に来なかったらアスナフラグが立たない。そうしたら……考えるだけでも恐ろしい。それに何故、彼を知っているのかと問われても答えが返せない。

 そうなれば私は完全に一般人の振りをして、近衛木乃香の立場を演じるのが一番良いのではないだろうか? もし、来なかったら来なかったで不安は残るが、より原作乖離が進み、予想の出来ない事態に巻き込まれる方が恐ろしい。

 

「いえ。その、私はアスナ以外には一般人の振りを貫くので、これ以上関係者の干渉が無いようにお願いします。今後上の学年に上がってくる魔法生徒や、本国などの留学生も含めてです」

「ふむ。まぁ、良いじゃろ」

 

 仕方が無い。本当に不本意だけれども、これしか手はない気がする。

 と言うか、どんどん関わっていってるのは気のせいだろうか? 気のせいだと思いたいのだが、泥沼にハマっている気がしてならない。とにかく一度帰ろう。今はゆっくり休みたい気分……。

 

「それでは失礼します」

 

 そう言って学園長室を後にする。その様子を見ていた人物に気づく事も無く。

 

 

 

 

 

 

「おい、ジジイ」

「何じゃ? さっきの碁の続きかの?」

「貴様、分かっていて言っているのだろう?」

 

 怒気を含んだ一人の少女が睨みを効かす。その視線はとても年相応に思えず、深淵を思わせる深い瞳。そしてその声もまた、凛として深みのある威厳に満ちた声。

 エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。魔法使いの世界で【闇の福音】、【不死の魔法使い】、【悪しき音信】などと数々の悪名を持つ、正真正銘の伝説級の魔法使い。その彼女が先ほどの様子を隠れ見ていた。

 

「フン、ご苦労な事だ。あれを取り込む気満々だろう?」

「何の事かの?」

「とぼけなくても良い。貴様がそのつもりなら私にも考えがある」

「余り派手な事はせんでくれんかの? 出来るだけ人材は揃えておきたいんじゃ」

「知ったことか。行くぞ、茶々ま――くしゅん!」

「花粉症かの?」

「う、うるさい!」

 

 学園長の施しなど御免だとばかりに部屋を出て行く。その顔には面白いものを見つけたと、口元を吊り上げて笑っている様子が見える。

 

「マスター。ティッシュをどうぞ」

「あぁ。それにしてもあれだけの魔力を放っておく手は無い。学園との決め事なぞどうでも良い」

「では……」

「暫くは様子見だ。機会を見て仕掛ける」

「はい。マスター」

 

 そうして一人の闇の住人が高笑いを上げて去っていく。オフィーリアの知らないところで、既に原作改変と言う名の恐怖が始まっていた。

 

 

 

 

 

 

 寮に帰ると予想通りというか、やっぱりと言うか、ドアの前にアスナが居た。

 その姿を見ると原作より身長が低いせいで線が細く、内股で立っていて目線も控えめで絵に描いたような美少女。私を見つけると、はにかんだ様な微笑みで近づいてくる。

 

 誰か本当にどうにかして欲しいのだが、これは私がどうにかするしかないのだろうか? それにしたってすでに手遅れの色が強い様な気がする。

 

「フィリィ。引越し手伝おうか?」

 

 考えたくないのだが、まさかアスナが私と同じ部屋を望んだとかそんな事は無いと願いたい。

 今のアスナは、ある意味原作通りの真っ直ぐさは身に付けてくれたので、その点は安心できる所だ。

その分、ストレートな美少女オーラが向けられるのだが、それは纏めてネギ・スプリングフィールドに向けてやってほしい。

 

 さて、ここで手伝おうと言われた事を考えると、要らないと言ってもおそらく”神楽坂明日菜”と言う本来の性格を考えれば多少強引にでも手伝う所だろう。

 手伝わなくても良いと言ったところで、この”アスナ”ならば残念そうな顔をして、結局何か手伝おうとする。ならば、どうするべきだろうか? 素直に手伝わせて、これ以上好感度を上げたくない所なのだが。

 

 そんな事を考えて居ると突然、ガチャンと鍵をあける音が聞こえたかと思えば、アスナが部屋の中へ入っていく。余りの事に一瞬唖然としたが、慌ててその後を追いかけて声をかける。

 

「アスナ。どうやって鍵開けたの?」

「――ん? 管理人に借りた」

 

 勝手に貸さないで欲しい……。これはどう言う事だろうか。私が断ろうが受け入れようが結局はアスナフラグが立っていく? それは私ではなく、ネギ・スプリングフィールドに立てて欲しい所なのだが、本当に手遅れなのだろうか?

 

 仕方が無い。ここまで来てしまえば手伝ってもらって放っておくのが無難だろう。

 とは言っても、参考書や教科書の山はレビテトで軽くして持っていけるし、家具は備え付けだ。それならば日用品や、台所回りを手伝ってもらうのが良いだろうか。流石に衣類は同性といえども自分で纏めたい。

 

「アスナ。適当で良いから、ダンボールにお鍋とかお皿とか入れていって」

「うん、わかった。包装しなくて良いの?」

「良いよ。別の棟に移るだけだし」

 

 指示を送ると、思ったよりテキパキとダンボールに詰めていく姿が見える。神楽坂明日菜だったならばどうだったのだろうか。やはり不器用にお皿を割りながら詰めていくのだろうか……。

 そんな事を考えながら、先に自分の衣類を取り出してダンボールに詰めていく。しかし何か引っかかるものがあるのだが思い出せない……。何だろうかと考えて居ると、下着類に手が掛かった所でハッと気が付いた。

 

 アルベール・カモミール! ネギ・スプリングフィールドと同居になったら、あのセクハラ小動物も一緒に住む事になるのではないか?

 そうなればアスナの抱きつき癖だけではなく、盗難にも気をつけなくてはならなくなる。これは今のうちに鍵付きのクローゼットか、ボックスでも購入しておかないとまずい気がする。

 

「アスナ。引っ越し終わったら、ちょっと買い物行ってくるよ」

「どこに? 私も行く」

 

 しまった……。そうだった、このアスナならばそう言うだろう。そろそろいい加減学習しなければどんどん泥沼にハマっていってしまう。しかし、この際だからアスナにも鍵付きのものを勧めておこう。本当にアレが来てしまえば、被害にあうのはアスナも同じ事だろう。

 

「ちょっと収納家具を買いにね。主に下着とかの」

「なんで? クローゼット付いてるよ」

「……ドロボウ対策」

 

 本当の事を言う訳にはいかないから言葉を濁す。アレの事を正直に説明したい所だが、何故そんな事を知っているのかと問いただされても困る。

 するとアスナは何だか思案顔になり、俯いて何だかもじもじとし始めた。そうかと思えば急にパッと顔を上げて、思いもかけない言葉を発してくる。

 

「私、フィリィの下着盗らないよ?」

「普通は盗らないでしょ……」

 

 と言うかアスナが盗る様な人間になったら、それこそ原作崩壊もいいところだ。是非そうならないように教育しなくてはならない。

 

「むしろ脱がす?」

「脱がすな!」

 

 前言撤回! これは再教育の必要がある。まさか襲われたりはしないだろうが、思考パターンがお姫様の影響が大きいのだろうか? 貴族生まれだし、侍女に色々やってもらった記憶でもあるのだろうか。今度ためしに聞いてみよう。

 

「はぁ、まぁアスナも買っておいた方が良いよ。私からの忠告」

「わかった。フィリィがそう言うなら買っておく」

 

 今度は素直に頷く。こういう所はアスナが素直であって良かったと思う所だ。素直さは人間の美徳なので、ぜひともこのまま神楽坂明日菜的に成長して欲しい。

 

 

 

 そうしてそのまま荷物をつめて引越しは無事終了。

 買い物も済ませた後、二人きりになった寮で、食事をねだられたり抱きつき魔になったアスナの説明はわざわざする必要は無いだろう。

 

「アスナ。放して」

「なんで?」

「……鬱陶しい」

「フィリィかわいい」

 

 何故そうなる……。もう季節は春だ。何度も言うが春だ。くっつかれれば暑苦しいし、まさかとは思うが春の陽気に誘われてなんて寝ぼけた事は無いと思う。

 

 とりあえずもう直ぐ入学式だが1-Aにだけは何が何でも近づきたくない。あのクラスメンバーからは嫌われてでも逃げる。アスナと近衛木乃香の距離は知らないが、原作通りだったらその辺も気をつけるべきだろう。

 あっ! もしかして、あのオコジョ対策で原作介入になってたりはしないだろうか? まさかとは思うが、あれくらいなら問題は無いと思いたい……。



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第5話 入学式の魔法使い

 春休みも終わりいよいよ入学式の日。桜はまだまだ咲いているから、新入生としては良い思い出になるのではないだろうか。私だって新入生、せっかくだから桜は咲いていた方が良いと思う。春休みはこれと言って問題なく過ごせたのだが、アスナに関してはもう説明する必要も無いだろう。

 

 同室になってしまった事もあり、当然の如く食事は作る羽目になった。抱きつき癖も変わる事は無く、逃げても結局は付いて来るので諦め気味になってしまっている。

 このまま流されてしまうと、非常に危険な予感がするので、新学期からもA組メンバーへの警戒を緩めたりする事は出来ない。

 

 とは言ってもこれから入学式なので、春休みの間に採寸して送られてきた、麻帆良学園中等部の制服に袖を通す。前世では自分が着る事になるとは思っても居なかったが、実は結構楽しみだったりする。やっぱりかわいい制服には憧れるものだし、今の十代の自分なら普通に似合って楽しめる。

 

 そうして制服に皺やよれが無いか鏡でチェックしていると、横で着替えていたアスナが近づいてきて事も無げに口を開く。

 

「フィリィ。髪、結ばせて?」

「なんで?」

「お揃いにしたい」

「……それはイヤ」

 

 それはどこのペアルックだというのか。学校なのだからみんな制服なのは当然。

 けれども、入学式当日から同じ服で同じ髪型。それが一緒に並んで歩いている女子二人などどう見ても怪しい。これが双子だったら違うのだろうが、私はそんな趣味はないし、アスナとそんな関係になる気は毛頭無い。

 

 当のアスナを見ると、とても残念そうに儚げな瞳で見つめてくる。ついでに美少女オーラも飛んで来るのだが無視する。とりあえずそんな瞳で見つめられてもツインテールにはしないので、遅刻しない内に寮を出る事にした。

 

 

 

 学校までやってきて、登校した事を後悔した。

 何故かと言えば、生徒登校口に張り出されたクラス分けのせいだ。B組からチェックして自分の名前を探したが見当たらず、まさかと思ってA組を見ると、ものの見事に自分の名前があった。

 

「フィリィ。どうしたの」

「……何でもない」

 

 今の私はあからさまに嫌そうな顔をしていると思う。それに肩を落として呆然としている姿は、傍から見ても確実に変な人に見えるだろう。

 

 空に向かって「何でA組なんだ!」と叫びたい所ではあるが、そんな事をして目立ちたくないので渋々何でもないと答える。確かに冷静になって考えれば、魔法生徒である私がA組じゃない方がおかしい。

 だがしかし、魔法関係者からの不干渉の約束を、こうもあからさまに破られると流石に納得がいかない。だからと言って学園長に詰め寄れば、先日の様にはぐらかされた上に、更に不利益を被るに違いないだろう。

 

 となれば、やはりこちらから距離を置くしかない……。干渉してくるA組のメンバーからは極力逃げる様にしよう。

 

「入学式始まるよ。行こう?」

「……うん」

 

 そう言って顔を覗き込んでくるアスナは、何故かキラキラと擬音が付くような笑顔で、美少女オーラを全開にしている。どうしてそんなに嬉しそうなのか。原作で入学式や生徒集会のシーンは無かったので、神楽坂明日菜がどんな態度だったのか分からないが流石にこれは無いだろう。

 一般的な入学式だと考えれば、桜も綺麗だし笑顔で迎えられたのかもしれない。だがA組と魔法使いの関係を知る私には、もうそんな気分には到底なれない。

 

 などと思って居ると、いつの間にか右腕がアスナに絡めとられて、入学式会場に向かって引っ張られている事に気が付く。

 

 女子同士ならば割りと普通の事だと思うのだが、このアスナの場合だと何故か嫌な予感がするのはどうしてだろうか……。

 はっ!? と言うか、いつのまにこんなにアスナ慣れしてしまったのか。このまま好感度を上げ続けたら確実にヤバイ。

 

「アスナ……」

「どうしたの?」

「……離して。帰りたい」

「だーめ」

 

 柔らかく微笑んで駄目だと言う。その笑みは清楚な雰囲気を醸し出している。

 どうしてこんなアスナに育ってしまったのか。頼むから腕を離して欲しい。そして神楽坂明日菜様、どうか帰ってきてください。

 

 その後の入学式での学園長挨拶。お決まりのパターンだがやたらと話が長かった。

 その間学園長を睨み続けてみたが、いつもの仙人顔でこちらを気にしてもいない様子。恐らくあのぬらりひょんの事だ、分かっていたとしても完全に気付いていない振りをしたのだと思う。

 

 やる意味は無いと分かっていたが、それくらいしかこの理不尽な気持ちを晴らす矛先が思い浮かばなかった。

 

 

 

 入学式が終わった後、各教室への移動。当然のあの1-Aに入らなくてはならない。

 

「はぁ……」

「フィリィ、どうしたの?」

「帰りたい」

「HR始まるよ?」

 

 そんな事は分かっている。分かっているから帰りたいのだが……。

 仕方がなく教室に眼を向け、ドアに貼り付けられた席順を確認する。原作のアスナは近衛木乃香の隣で中央くらいだったはず。まさか自分がその場所になっていたりはしないだろうかと、恐る恐る確認すると近衛木乃香の名前。その名前を見て心から安堵する。

 

 こんなに安心したのはいつ以来だろうか。もしかしたら育児施設で子供の振りをしていた時以来かもしれない。

 しかし、その安心感は自分の名前を見つけた瞬間、脆くも崩れ去った。そんな馬鹿なと。何度も確認するが、やはり同じ位置。まさかの最後列で右から二列目。

 

 そう、あのエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルの隣。

 

「なっ……」

 

 開いた口が塞がらないとは正にこの事か。信じられないものを見るかの様な気持ちで再び確認する。何度見てもエヴァンジェリンの名前。そう、あの【闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)】だった。

 いや、今ここで硬直して驚いていてもどうにもならない。ここは逃げるしかないだろう。そう思うと加速をイメージして精神を集中する。そのまま魔法を唱え様としてハッっと気付く。

 

 ここで魔法を使えばA組の裏のメンバーに「私は魔法使いです!」と正体を公開する事になる。初日から正体バレなど絶対にやりたく無い。どうすればこの場を回避出来るか悩んで居ると、高畑先生がやってきた。

 

「皆、HR始めるから席に着いてくれないかい」

「「はーい!」」

「タカミチ?」

「中学からは僕が担当だよ。よろしく、アスナ君。真常君も」

「あ……。はい」

 

 小さな声でそう返事をする。素直に「はい」としか言えなかった。

 正直、自分が怯えているのが分かる。いくら女子供には手をかけないと言われているエヴァンジェリンでも、席が隣となればどうなるか分からない。

 

「大丈夫。エヴァなら居ないよ」

「――っ!?」

 

 かけられた声に思わず息を呑む。私の様子を察したのか、高畑先生が耳元に小声で呟いた。

 

 エヴァンジェリンが居ない? その言葉に教室内を見渡すと、彼女だけではなく絡繰茶々丸の姿も見えない。と言う事は、サボリと言う事だろうか?

 その事に安堵して決められた席に着く。今日の半日だけで寿命が縮んだ様な思いだが、まだ死ぬわけにはいかない。気を取り直して教卓に眼を向けると、高畑先生がHRを取り仕切っている所だった。

 

「今日は相坂君、絡繰君、マクダウェル君が欠席。連絡内容はプリントの通りだから――。そうだね、出席簿代わりに自己紹介でもしてもらおうかな」

 

 そう言って教室全体を眺める。すると歓声が上がり我先にと手を上げて、自己主張が激しいA組らしい姿が見える。

 ふとアスナの様子を見ると、高畑先生に対して熱い視線を送っていない。

 原作の神楽坂明日菜ならば、オジコンで高畑先生ラブなのだが、このアスナはそうではない様だ。私が関わってしまった事でそうなってしまったのかと思うと、今後の干渉は出来るだけ控えたいと思う。

 

 あらためて教卓を見ると、朝倉和美が自己紹介の場を取り仕切っていた。

 麻帆良のパパラッチと呼ばれる彼女の事だから、こうなるだろうと分かっては居たが、いざ自分がこの場に居る事で、彼女が強引で遠慮も無い事が良く分かる。

 

 出席番号順に自己紹介をしていき、八番目のアスナの番になる。神楽坂明日菜ならば、元気良く挨拶をする所だろうが、このアスナはどうするのだろうか。

 

「出席番号八番、神楽坂明日菜。身長は156cm。体重は秘密です――」

 

 朝倉和美が出したお代、名前と身長・体重・好きなもの。それぞれをスラスラと答えていく。答えていくのだが……。そのはにかんだ笑顔と小首を傾げる動作はどうにかならないのだろうか。

 

 しかしその後、そんな事はどうでも良くなる様な爆弾発言をしてくれた。

 

「――好きなものはフィリィです。よろしくね」

「フィリィって!?」

「まさか、告白来たーー!?」

 

 突然の個人の指名に教室内が騒然とする。そんな様子を気にする素振りも見せず、当のアスナはこちらを見つめて優しく微笑んでいる。

 そんなアスナに開いた口が塞がらず、唖然として居ると朝倉和美がこちらに近づいて来て、マイクに見立てたペンケースを向けてくる。

 

「で、噂のフィリィちゃんはOK? って言うか日本語OK?」

 

 何を言い出すかこの馬鹿娘は! ある意味バカレッドなのかもしれないが、それとこれとでは意味が違うだろう!?

 ぴくぴくと震えるこめかみを押さえながら、詰め寄ってくるクラスメイトから逃れるため、朝倉和美の質問に答える。

 

「日本語は大丈夫です。アスナとはルームメイトなだけなので特に何もありません」

「本当に~? ルームメイトとか、超怪しい香りがするんだけどー?」

 

 くっ……。このパパラッチめ! どうしたら大人しく引っ込むのだろうか。こうなったらこのまま自己紹介をして、場を抑えてしまった方が良いのだろうか。

 

 そう思い立つとスッと立ち上がり、マイク代わりのペンケースを奪い取って自己紹介を始める。

 

「出席番号二十七番、オフィーリア・W・真常。身長は148cm。体重は秘密。好きなものは特にありません。アスナとも何もありません」

 

 淡々と一気に言い切って、朝倉和美にペンケースを付き返す。そうしてそのまま自己紹介はもう終わりだとばかりに席に着く。すると突然。

 

「か、カッコイイー!」

「白人! クール美人!」

「良いなー、肌キレーイ!」

「日本語うまっ! 天才か!」

 

 先程よりも更に勢いを増してクラスメイトが詰め寄ってくる。その余りにも遠慮が無い様子に恐怖感、むしろ戦慄と言っても良いかもしれないレベルのものを覚える。

 

 どうしてこうなってしまったのか? こんなに目立ってしまってはA組に関わらないで日陰暮らしをするどころではない。

 本当にどうしたら良いのか悩んで居ると、パンパンと手を叩く音が聞こえてくる。音の主を探すと高畑先生が手を叩き、場を抑えようとしているのが見えた。

 

「こらこら、真常君が困っているだろう? 無理やり聞くものじゃないぞ?」

「あっ! はいはーい。ごめんねーフィリィちゃん♪」

「……はい」

 

 そんな悪びれる様子も無い態度で朝倉和美が下がっていく。その態度に若干苛立ちを覚えるが、余計な事をしてまた追求されても困るので、大人しく返事をして場を済ませる。

 その後は特に問題も無く順々に自己紹介をしていくが、再び耳にしたくない言葉を聞き、信じられないものを見る様な目で思わず視線を送る。

 

「出席番号二十八番、宮崎のどかです! 身長は151cmで体重はヒ・ミ・ツ! あとあと、本が好きです! 本が好きです! 本が大好きです! 本屋さんは正義だと思います! キラッ☆彡」

 

 ちょっと待て、誰だお前は!? ご丁寧にあのポーズまでして、本当にこれは宮崎のどかなのだろうか?

 私が知っている原作の宮崎のどかといえば、ネギ・スプリングフィールドがやってくるまで引っ込み思案で前髪で目を隠し、とろとろとした喋り方をする凄くおとなしい少女だ。

 それがこれは一体何か? 前髪で目を隠していないし、髪もポニーテールにまとめて活発な雰囲気を見せている。そして原作の後半の様な爽やかな笑顔を浮かべ、やはり美少女オーラを飛ばしている。

 

 もしかしたらアスナが儚い系美少女になってしまった分、宮崎のどかがこうなってしまったのだろうか? しかし私は何もしていないし、今日初めて会うのだが……。

 正直もう勘弁して欲しい。これ以上原作が変わってしまったら、何が起きるのか想像がつかない。

 

 その後の自己紹介はもう何も聞きたくなくて覚えていない。気が付いたらHRは終わっていて、放課後となっていた。

 

 

 

「フィリィ。もう終わってるよ?」

「――え?」

 

 突然アスナに声をかけられて、HRが終わっていた事に気が付く。

 

 あぁ、そうか。どうやら私は思考を放棄していたらしい。信じがたい事だが私はそこまでショックを受けていたのだろう。人間、余りにもショックを受けると心神喪失の様な状態になるのは本当だったのか。

 

「ごめんアスナ。ちょっと一人にしておいて」

「……わかった」

 

 今はちょっと一人にして欲しい。このまま放心したままではこの先やっていけない。

 私だって何も完全無視を決め込むつもりはないし、必要最低限の人付き合いはしなくてはならないだろう。少し気持ちを落ち着けたいのだ。

 

 そう思うと席から立ち上がり、鞄を持って1人で学園の裏山へと向かった。

 

 

 

「はぁ……」

 

 初日から目立ってしまった……。まさかこれだけで死亡フラグが立ち上がったりはしないと思うが、下手に干渉され続けて、ネギ・スプリングフィールドの従者候補達と仲良くなりすぎても困る。

 

 女子中等部の裏山は何故か世界樹が立っている。まるで狙った様な作りだが、実際のところ漫画の世界には好都合なのだろう。

 その根元にハンカチを敷いて腰を下ろし、今日下ろし立ての制服が汚れない様にする。

 

「何でこうなっちゃったんだろう」

「さぁな。その漏れ出る魔力が目立つからだろう」

「――なっ!?」

 

 突然に聞こえた凛とした声。慌てて立ち上がり周囲を見渡すと、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルとその従者の絡繰茶々丸。

 

 これはいくら何でもマズ過ぎる! ここで目を付けられれば確実に死亡フラグが立つ!

 

「――ヘイスト」

 

 そう思うと即座に逃げることを判断。急いで精神を集中して魔力を立ち上げ、小さな声で聞き取られない様に魔法を唱える。

 そのまま一気に学園駅に向けて駆け出す。しかし。

 

「茶々丸、逃がすな!」

「イエス! マスター!」

 

 捕獲の命令を受けた絡繰茶々丸の背中の装甲が開き、ジェット噴射口が露出する。そのままジェットを噴射して一気に加速。圧倒的なスピードで前方に回りこまれる。

 

「う……あっ」

 

 これはマズイ! このままでは原作に関わるどころか何をされるか分からない。

 確かエヴァンジェリンは封印状態で、殆んど魔力は使えないはず。だからと言って先程魔力が目立つと言われたからには、ネギ・スプリングフィールドの様に血を吸われる可能性もある。

 

 どうするれば逃げられる? この場を逃げ出すためには茶々丸の時間を止めて、再び加速するしかないだろう。

 ならばと再び魔力を意識して、茶々丸に目標を定める。だが、すでに茶々丸の姿は前方に無かった。

 

「え、どこ!?」

「失礼します」

 

 控えめな声でそう聞こえたかと思えば、声の主は私の真後ろに居た。警戒する間もなく、即座に両脇の下から機械の腕を回され、羽交い絞めにされる。

 

「い、いや! 離して!」

「うるさい。大人しくしろ」

 

 吐き捨てるように命じてから、エヴァンジェリンが近づいてくる。

 そのままスルリとブラウスのリボンを引き抜き、一個づつボタンを外していく。そのまま首元に顔を近づけられ、囁く様に声を掛けてくる。

 

「なに、命まで取りはしない。ただその魔力を少々頂くだけだ」

 

 聞き分けの無い子供に言い聞かせる様に告げて、つつっと首筋を舐められてから、牙が首元に突き刺さる感触。

 

「――痛っ!」

 

 一瞬の痛みの後に、首元に埋め込まれる異物の感触。これが、吸血鬼の牙。

 怖い。血が、吸われる? 恐怖のあまりに、体がまったく動かない。一体彼女が何をしているのかも分からない。

 今から命を吸い上げられる事、原作のキーパーソンに関わってしまった事。彼女の餌食にされている事。何もかもが恐ろしくて、震える事すらできない。

 

「ぅんっ……あぁっ!」

 

 彼女に噛み付いた部分から、唾液と血の水音が聞こえる。そして、血が吸い上げられる音。分からない、どうしてこんな事になっているのか。しかし、やがてゾクゾクと背筋に何かを感じ始め、思わず声を漏らした。

 

 このままではマズイ。それだけは間違いない。朦朧とし出した意識の中で考える。こうなったら自分もろともで構わない。重力の攻撃魔法グラビデを唱えて、押し止めるしかないだろう。

 

 何とか精神を集中して、魔力を立ち上がらせる。

 

「グ、グラビ――ひゃう!」

 

 何か体中が熱くなり声が出た。そんな自分に赤面するが、背筋に沿って何かを感じ、精神が集中できない。血を吸われ続けると、次第に身体から力が抜けていく。

 目の前のエヴァンジェリンの魔力が、大きく膨れ上がっていくのが分かる。すると、その様子に慌てた様に絡繰茶々丸が声を上げる。

 

「マ、マスター? それ以上は危険なのでは」

 

 私は何をしているのだろうか。こんなところで死んでしまう?

 いや、それは違う。私はこの人のためのもの。この人のためなら何でも。私はこの人のために何かをしたい。私は生きて血を捧げる大切な――!

 

「フィリィを離しなさい!」

 

 突然アスナの声が聞こえ、そこで思考が止まる。

 アスナは右手に気を。左手に魔力を集め始め、そのまま両手を合わせると、咸卦法で全身から強大な気を放つ。そしてそのまま一直線に、私に喰らい付くエヴァンジェリンに向かって駆け出した。

 

「マスター! 気付いてください!」

 

 茶々丸が警告を出すものの、彼女は完全に私の血に夢中になっているようで、気が付いていない。

 駆け出したアスナが感掛の気を纏って飛び上がり、そのまま右足でエヴァンジェリンの頭を蹴り飛ばし、茶々丸から強引に私の身体を引き離した。

 

 アスナに抱き留められた事に安堵して顔を見上げると、いつもよりもやや頼もしい、そう、まるで神楽坂明日菜の様な顔付きがそこにあった。



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第6話 逃避は出来ない

 本文中に若干の残酷的な表現が出ます。苦手な方はご注意ください。


「馬鹿な! 気と魔力の合一(シュンタクシス・アンティケイメノイン)だと!?」

 

 信じられないものを見る様な目で、エヴァンジェリンはアスナを凝視している。

 

 それは私だって同じ気持ちだ。アスナが神楽坂明日菜として成長せずに居たのだから、良く考えれば当然なのは分かる。けれども、ここで魔法を使った戦いになってしまえば、もはや原作どころではなくなってしまう。

 何とか止めたい所なのだが、エヴァンジェリンに血を吸われたせいで身体がだるくて動けない。そう考えると、今私が、正常な思考に戻れただけでも運が良かったのではないのだろうか。

 

「しかも魔力が充実している私の魔法障壁を貫くとはな……」

「マスター、彼女が危険です」

「今そんな事はどうでも良い!」

 

 危険……。どの意味で危険だろうか。絡繰茶々丸が言っている事は出血による貧血だろう。しかし私から見ればそんな事こそどうでも良い。

 これからこの世界はどうなってしまうのか。もしかしたら、ここで私が死んでしまった方が原作にとって良い方向に行くのではないだろうか? でもそうしたら、次は私ではない私に、新しい私の人生を押し付けてしまう……。

 

 纏まらない思考を何とか整えようとするが、頭から考える力を奪われて段々と脱力していく自分が分かる。どうしようも無いのだろうかと思って居ると、もう何度目になるか分からない聞きたくない言葉が発せられた。

 

「アスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシアが、フィリィを守る。貴女たちが傷つけるのは許さない。ここから帰って!」

「ほう……」

 

 ……何を、言って。駄目だ、考えが纏まらない。

 

 抱き留められたままアスナを見上げる。すると若干怯えながらも、いつもの清楚な顔付きをしていた。けれども、神楽坂明日菜だと思える強い視線。その瞳でエヴァンジェリンを貫いていた。

 しかし、私を抱えるその腕が震えているのが良く分かる。それでも何とか、アスナを止めようと思い立ち、声だけでも掛けようと喉の奥から搾り出す。

 

「あす……なぁ……。――っ!?」

 

 自分で出した声に自分で驚いた。何故かと言えば先ほどエヴァンジェリンに血を吸われた時の影響なのか、驚くほど艶っぽい声が出たからだ。これではまるで相手を誘っているかの様ではないか。

 

 顔が真っ赤になり思わず逃げ出したくなるが、血が足りないのはどうしようもない様で、アスナの腕の中でもぞもぞとするに留められた。すると。

 

「フィ、フィリィ! かわいい!」

「――ぇ?」

 

 パッと顔を輝かせて、とびっきりの笑顔を見せられた。だからそれは、ネギ・スプ――。

 あぁもう、神楽坂明日菜の面影はどこに行ったのやら。

 

 そうかと思えばいつもの顔付きに戻り、いきなり――キスをされた。

 

「ふぐぅ!? ――っ!? んっ、んん――!?」

 

 ちょっと待って! 何故こんな事に!?

 今の展開はキスをするところではなくてエヴァンジェリンと戦うか、逃げるかするところで、キスを誘ってなどいないしましてやこんな長いキスなんてー!? て言うかファーストなんだけど!?

 

 思いっきりパニックになりながらもアスナの口づけが止まる事は無く、突然の事にエヴァンジェリン達も釘付けになっている様子が視界の端に見える。

 

「おっ? おぉぉ?」

「何故でしょうか……。モーターの回転数が上がっています」

 

 それでもアスナの動きは止まる事は無く、ショックの余り意識を手放してしまった。なんだか高畑先生の声が聞こえたような気がするが、何が起こったのか覚えて居たくなかった。

 

 

 

 

 

 

 ふと、意識が戻る。身体は先程の様なだるさは無く、なにやら言い争う声が聞こえる。ぼーっとしながらも、近くで聞こえる会話に耳を傾けると。

 

「エヴァ。どうして真常君に手を出したんだ!」

「言う必要はない」

「フィリィには、手を出しちゃいけない約束」

「お前だって手を出しただろう?」

 

 どうやら高畑先生とエヴァンジェリン。そしてアスナが私の事で言い争っている様だった。

 

 意識を起こしながら、現在の状態を指先や雰囲気で確認していく。

 指先には柔らかなシーツの感触。それから薬品の臭い。どうやら、保健室のベッドに担ぎ込まれたのだろう。三人は私が起きている事に気付いていない様子で、とりわけ高畑先生とエヴァンジェリンが激しく言い争っている。

 

「ちゃんと説明をして欲しい。どうして真常君の血を吸ったんだ」

「貴様らが契約不履行だからだろう? 呪いをかけたまま卒業できずリセットだ。解呪の可能性にかけて何が悪いと言う」

 

 あぁなるほど……。やっぱりネギ・スプリングフィールドと同じく、解呪の為に血を狙われたという事なのか。それならば不本意だが狙われた理由が分かる。しかしこの様子だと登校地獄の呪いは解けなかったと言う事だろう。

 

 とりあえず現状はどうするべきだろうか。もう回避は不可能に近い気がするのだが、先程の事を思い出しながら逃げ出すための方法を考える。

 これ以上係わり合いになって原作が狂うのは、どんな災難が降りかかってくるか分からない。

 

 そうして考えて居ると……。アスナにキスされたことを思い出した。

「キッ!? あぁぁっ!?」

「フィリィ!」

 

 気付いた時にはもう遅かった。うっかり盛大に声を上げた事で気づかれてしまい、ベッドに仰向けになった私に向かってアスナが乗りかかってくる。

 ご丁寧にいつも通りしっかり抱きついてくるおまけ付き。これではもう逃げられない、と言うよりも感掛法をアスナが使えるならば最初から逃げ道が無いのと同じではないだろうか。

 

「ちょ、ちょっと落ち着いて」

 

 とにかく上半身を起こし、抱きしめてくるアスナを離そうともがく。すると、なんだか微妙な雰囲気が伝わってきた。

 

 この雰囲気はなんだろうか? 私はまた何か、手遅れにしてしまったのか?

 

 考え込むが理由が分からない。アスナを見るといつも通りの顔付きに戻っており、とにかくぎゅっと抱きしめられている。

 高畑先生やエヴァンジェリンを見るととても形容しがたい、悩んでいる様な困っている様な複雑な顔付きだった。

 

「おい小娘。何故動ける? 茶々丸の見立てでは輸血が必要だと言っていたぞ」

「え?」

「まさかっ!? 口を開けろ、今すぐだ!」

 

 そう言うと抱き付いているアスナを強引に引き離し、指を差し込まれて無理やり口を開かされる。正直かなり痛いのだが、エヴァンジェリンの行動を考えると。まさか、吸血鬼化!?

 突然思い当たったその結論に身体が震えるが、エヴァンジェリンの答えは予想とは大きくかけ離れたものだった。

 

「小娘、お前本当に人間か? 吸血鬼ではない事は確認出来た。だが先程のお前の血は、人間であるにも拘らず異様な特質性がある。答えろ」

「なっ!?」

 

 鋭い視線でエヴァンジェリンに詰め寄られ、襟首を持ち上げられ、逸らす事ができない。

 

 ど、どうすれば!? 落ち着いて、落ち着いて考えなくてはいけない。今私の目の前にいるのはあのエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。そしてこの状況は完全に原作に関わっている状態。アスナといいエヴァンジェリンといい、高畑先生まで巻き込んでもう言い逃れは出来ない状況なのだろうか。

 

 私自身の秘密と言えば、生まれ変わってこの世界に来たこと。この世界にはない魔法が使えること。体力・魔力・体調が良好に保たれる体質。どれも普通の人間にはない性質だから、もしかしたらそれが関係あるのかもしれないけれど、言ってしまえば一体どうなる事か……。

 

 悩み答えを出しかねていると、エヴァンジェリンが更に言葉を続けてくる。

 

「まぁ良い。だが聞け小娘。貴様の血は、所謂エリクサーやアムリタなどと呼ばれるものに似た効能がある。万能たる霊薬だ。黙っているのも良いが、貴様の実力では直ぐに狩られて絞り続けられるぞ?」

「えっ?」

 

 エヴァンジェリンの言葉に、場が驚きに包まれる。高畑先生がエヴァンジェリンに抗議しているが、今はそんな事を気にしている場合ではない。

 

 彼女は何と言った? エリクサーやアムリタ? よりによってエリクサーとは時空魔法を使える私に対して皮肉でしかないだろう。

 どこまで効能があるのか分からないが、六百年を生きる伝説の魔女がそう言うのだからそれ相応のものと言う事だろう。

 

 と言う事は、私はネギ・スプリングフィールドの死亡フラグだけではなく、自分自身をその手の闇商人などから守らないといけないと言う事になる。つまり、この世界に生まれた時から死亡フラグが立っていたと言う事で……。

 

「はは、あはは……」

 

 正直もう笑うしかなかった。私の魂に付き纏う運命と言うのはそこまで酷い物なのだろうか。やっと生きられる道が出来たかと思えば、最初からこんなものが隠されていたなんて。

 

 嘆きのあまり、思わず乾いた笑いが零れたが、それを遮る痛みが突然に掌に走った。

 

「……え?」

 

 思わず感じた鋭い痛みに視線を送ると、エヴァンジェリンの指先の爪。冗談かと思うくらいあっさりと私の手の甲を貫いて、シーツに赤い染みが広がっていた。

 

「エヴァ! 何をしているんだ!」

「黙れ」

「うっ!?」

 

 重みがある一言だった。高畑先生やアスナが何かを言いかけるも、その一言で場が収まる。掌に痛みは感じるが、彼女の眼光と声に気圧されて誰も何も言えなかった。

 

 その様子を見ると満足したのか、私の掌から指先を引き抜く。すると。

 

「フィリィ、何で治ってるの?」

「え?」

「やはりな……。この程度ならば、その血で自己治癒できるのだろう。捕まれば実験動物だな」

 

 一瞬何か、ムズ痒い様な感触を掌に覚えたかと思えば、何事もなかったかの様に、傷一つ無く完治していた。恐らく神様が言っていた、重症でも自己治癒が出来る効果なのだろう。

 

「大丈夫! フィリィは私が守るから!」

 

 鳴き叫ぶ様な声を上げて、再びアスナが抱きついてくる。アスナを撥ね退ける気力はもう無く、されるがままにきつく抱きしめられる。

 

 そうは言われても、私にはどうすれば良いのかもう分からなかった。

 生き延びなくてはいけない現実に対して、余りにも死に溢れた私の身体。私が魔法を完璧に使って逃げる事が出来る様になっても、エヴァンジェリンと言う大魔女どころか、より格下の高畑先生クラスの実力者でも捕まる。そうすれば命はない。

 

「愚か者。あそこの姫たる貴様自身も狙われる身だろうが。寝ぼけたか?」

「エヴァ、それは!」

「何がおかしい? 第一貴様もだタカミチ。狙われるのを分かっていながら放っておくのが悪い。あぁ、なるほど。貴重な人材二人を纏めて管理するジジイの策略か?」

 

 今何と言った? もしかして、学園長は私の体質を知っている?

 その上でアスナと一纏めにして扱いやすくしていると言われたら……。あの学園長が知っているのならば、否定は出来ない。高畑先生の反応からして私の体質はバレていないのだろうが、時間の問題かもしれない。

 

 しかしそこで、高畑先生から信じられない言葉が出てきた。

 

「ならばエヴァ。同級生のよしみで頼むよ。彼女達の事、面倒を見てもらえないかい?」

「は? 何で私が、そんな面倒な事をしなくちゃならないんだ」

 

 全く持って意味が分からない。そんな声で呆れる様に高畑先生の言葉を跳ね除ける。

 

 確かにその通りだろう。彼女からすれば私の血に価値はあっても守る理由はない。彼女に気に入られる理由も無いだろうし、魔法使いとしても興味の対象外だろう。

 やはりこの先も逃げ続けるしか私に生きる道はない。それに、これ以上エヴァンジェリン達に関わってしまえば、ネギ・スプリングフィールドが来る前にどうなってしまうか予想が付かない。

 

 そう考えて、この場を去るために加速の魔法を唱える。

 

「私はもう帰ります。これ以上は構わないでください。――ヘイスト」

 

 捲くし立てる様に一気に言ってから、小さな声で呟いて加速する。

 加速した身体でアスナを無理やり引き離し、そのまま一気に駆け出して保健室から出ようとすると。突然に身体が動かなくなった。

 

「まぁそう言うな。貴様の血を放置するのは、私から見ても勿体無い」

「そんな……」

 

 気が付けば、彼女の魔法の糸が体中に絡み付いている事が分かる。

 エヴァンジェリンが闇の魔王と呼ばれる力ではなく、【人形使い(ドールマスター)】と呼ばれる由縁である、糸繰りの術で絡め取られていた。

 

 あぁそうか、死亡フラグ完遂。これで終わり、かぁ……。

 

 正直もうちょっと生きていたかったと思う。この世界の親は居ないと同じだけど、逃げたくてアスナには冷たい事をしてしまったし、高畑先生に面倒を見てもらってそのお礼も出来ていない。

 来世の私は誰になってしまうのか分からないけど。でももし、私の自我が残っていたら、もう少し上手くやれるのかもしれない……。

 

「何を諦めている? 面倒を見てやると言っているんだ」

「エヴァ、それは本当かい?」

「ただし、毎月血を貰う。そこの馬鹿姫は百ミリリットル程度。小娘はその倍だ。安いものだろう?」

 

 彼女の言葉に、高畑先生が苦渋の表情で悩んでいる様子がはっきりと分かる。

 高畑先生から見れば、ナギ・スプリングフィールドが救い、彼の師のガトウ・カグラ・ヴァンデンバーグが命を懸けて守ったお姫様だ。傷つけられる事を良しとはしないだろう。

 

 それにしても、エヴァンジェリンは突然どうしてそんな事を? 彼女の意図が全く持って分からない。血が欲しいというのは分かるが、それで面倒を見る理由が分からない。

 はっ!? もしかして、高畑先生に少しでも恩を返せるのではないだろうか。ここまで逃げることしか考えて無かった私だが、いや、原作からは逃げるつもりだけど、もしかしたら力になれるかもしれない。

 

「高畑先生。もしアスナが怪我をしても、彼女の言う通りなら私の血で治癒できるはずです。だから、私に協力させてもらえませんか?」

「ま、真常くん!? そこまでしてもらうわけには――」

「良いじゃないか。そこまで言ってるんだ。思う存分血を流してもらえれば良い」

「フィリィ、私そんな事してもらわなくても……」

 

 今まで黙っていたアスナが、いつもの顔で恐る恐る声を上げる。今の状態は、アスナ自身も迂闊に名前を上げてしまって起きた事態。やはり責任は感じていたのだろう。

 私もどうしてこんな事を言い出してしまったのかはっきりとは分からない。でもアスナ自身も本来、ネギ・スプリングフィールドなどに関わらず、逃げ続けるべき存在。

 

 これまでのアスナの好意は、それはもう並々ならない鬱陶しさがあったけれども、私の能力を知っているからこそ近いものを感じて寄り添っていたのかもしれない。こうなったらもう、アスナごと逃げてしまえば良いのではないか。何だか分からない内に、そんな結論に辿り着いてしまった。

 

「私がアスナを運命から逃がしたい。それじゃダメ?」

 

 今はっきり分かった。アスナの運命は私が変えてしまった事。仮にネギ・スプリングフィールドに関わる事になってしまったとしても、アスナの好意を無にしたくないって、そう思える。

 

「フィリィ大好き!」

 

 感激した様な声を上げ、キラキラとしたいつもの笑顔と美少女オーラ全開で抱きついてくる。そしてもう離さないとばかりに強く強く抱きしめられる。

 ……何かやってしまった気がするのは、気のせいだろうか? 手遅れじゃないと良いのだが、気のせいと言う事にしておきたい。

 

「決まりだなタカミチ。ジジイには鍛えるとだけ伝えておけ。どの道、反対する理由は無いだろう。ただし、小娘の体質は絶対に言うな。血について聞かれたら私が欲しいとだけと伝えろ」

「分かっている。彼女達に群がる敵をわざわざ増やす理由は無いからね」

 

 それだけ伝えると、私達は彼女の別荘まで連れて行かれた。

 

 

 

 

 

 

 それからの訓練の日々は、アスナは基礎を知っているからまだしも、私に対しては一切容赦の無いものだった。そう、たとえば。

 

「遅い。それで逃げ切れると思うな」

 

 愉悦を含んだ声を放つ彼女は、既に私の背中の上。両腕を背中に回されてうつ伏せにされている。

 

「エヴァンジェリンさんが早すぎるんです! 加速しても意味が――」

「魔力を纏うのが遅いからだ。何もかもが遅い。いくら時間を操れても基礎が出来ていない」

 

 くっ、確かにその通り。その通りだが何でこんな事になってしまったのだろうか。もう、これでもかと言うくらい彼女に関わってしまっているし、アスナも原作の学園祭レベルには既になってきている。これでネギ・スプリングフィールドの従者になった日は一体どうなってしまうのか。

 

「余計な事を考えるな。それから『なんで私が?』などと今更思うなよ? 一歩踏み出した者ではなく、貴様は最初から踏み込んでいる者だ。まずその甘えた考えを叩き直してやろう」

「えっ? あ、あぁぁぁぁ!?」

 

 一瞬何をされたのか理解できなかった。両腕が異常に熱いと思ったら、とても軽い音を立てて折れていた。腕の肉に骨が当たり、あらぬ方向に曲がる感触。それがハッキリと伝わってくるものの、十数秒後にはそれを自然治癒していく自分の身体。

 涙を流しながら正直気持ちが悪いと思うが、この体にして欲しいと願ったのは自分。彼女が言っている事も間違ってはいないし、こうして教えてくれるのはありがたい。ありがたいがもっとやり方があると思う!

 

 こんな鬼とも悪魔とも正面からはっきりと分かる相手に、よくぞネギ・スプリングフィールドは耐えたものだと、今更ながら実感と敬意を抱いていた。

 

「貴様の最大の武器は時間だ。ワンスペルでの魔法発動は、戦況を覆す最大の武器になる。それをむざむざと捕まっている時点で死んでいると思え」

 

 鞭の上に鞭を重ねるその発言。どうしてこんな事になったのかと思えばまた腕を折られるので、とにかく動く。動いて手数を増やし、応用が出来る様になって行くまでひたすら叩かれる毎日だった。

 

 

 

 それから西洋魔法式の詠唱を覚えるのは無意味とされて、無詠唱で身体強化魔法『戦いの歌』が出来るようになるまで、ひたすら訓練させられた。そして魔法障壁。あっさり捕まってガードも出来ないのでは話しにならないと、西洋魔法の知識も無いのにとにかくやらされた。

 

 そして攻撃魔法。せっかく重力魔法が使えるのに押し潰すだけの稚拙な考えはやめて、全方向で考えろと、私の理解を超える事を言い出された。もともとグラビデは相手を圧迫するか、取り込んで重圧を与える魔法。

 しかし神様がこの世界に合わせて調整すると言っていたせいか、考え方が変わったら横方向への重力操作も出来る様だった。もっとも私の頭がそれを認識して、使える様になるまで時間が掛かったのは言うまでもない。

 

 そして肝心のアスナ。幸いルームメイトだったおかげで、夕方から夜にかけて部屋に居ない事をごまかすのは楽だった。ここまでくればもう諦めが付くというものだが、訓練している時の目付き以外は、普段の良く知っているアスナそのままだった。

 アスナの事は守りたいと思ってしまった事だし、何とか上手くネギ・スプリングフィールドの敵から逃してあげたいと思う。

 

 そうして月日が経ち二年生の三学期。そう、彼と出会う時間が近付いてきた。




 エヴァの吸血による洗脳の解除は、体調を最善に保つ能力です。
 五話で効いていたのはエヴァの魔力の上昇と、生命力の低下が原因と考えています。
 (タグのご都合主義の部分もあるのですが、単に吸血シーンが書きたかったと言うだけでもあります。)
 エヴァはオフィーリアの血を吸って花粉症が治り、襟首を掴んだ時に噛み後が完治している事で、身体の特異性に気付いています。それで掌に爪を刺して確認しています。


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第7話 未知数

「うふふ。あたか~い」

「アスナ、とりあえず落ち着こう?」

 

 単刀直入に言う。背中のアスナが怖い。もとい、うざったいのだが弾き飛ばすわけにもいかず、乗っかって居るだけなので、とりあえずそのままにしてある。 とはいえ誰の目にも異常に見えるはずなのだが、認識阻害の結界のおかげなのか、A組という特殊環境のせいなのか、もう何も言われなくなってしまった。

 それとも考えすぎだろうか。これくらい割と普通のような気もする。ただし、アスナがべったりじゃなかったらの話。誰かアスナを再教育して欲しい所だが、もはや希望的観測なのだろう。

 

「アスナ~。ちょっとここ教えて欲しいんやけど、ええー?」

「あと五分フィリィしてから」

「なにそれ……」

「じゃぁ、そのフィリィちゃんが教えてくれへん?」

「まぁ良いけど……」

 

 背中のアスナは気になるものの、とりあえず近衛木乃香に勉強を教える訳だが……。どうしてこうなってしまったのか。あれから一年と九ケ月が経って、今は1月。何とか目立たないようにやってきた。やってきたつもりだった。

 

 けれども、あのA組の中で全く目立たずにいる事は不可能なのだと思い知らされた。

 

 それこそ、我関せずとばかりに常に外を向く長谷川千雨や、ザジ・レイニーデイみたいに無口で周りと会話が無いのならば違ったかもしれない。

 あるいは、適当にサボって出て来ないエヴァンジェリンと従者の茶々丸みたいに、傍若無人だったならばクラス内で目立つ事も無いのだろう。

 

「ねぇねぇ、真常さんっていつも難しい本読んでますよね!」

「……そうですね」

「私、本が好きな人に悪い人は居ないって思うんです!」

「のどか邪魔しちゃ駄目です。それに彼女が読んでいるのは赤本や参考書の類ですよ」

「本に変わりは無いと思う!」

 

 なぜだ! どうしてこうもネギ・スプリングフィールド関係者になる人物が私の周りに寄ってくるのか。宮崎のどかの性格が大きく違うせいか、邪険にしても何かと寄ってくる事が多い。

 私はアスナの面倒と、エヴァンジェリンの別荘での修行で手いっぱいだと言うのに。

 

 それにアスナも目立つ。彼女は小学校の時から常に学年トップ。そのせいで、超鈴音や葉加瀬聡美と共にクラスで勉強を教えて欲しいという声が耐えない。そしてアスナはいつも私の横にいる。

 ここまでくればどう考えても関わらないというのは出来ないわけで……。だからと言ってアスナに勉強を教えるなと、むりやり拒否させるのも心苦しいので余計な悩みばかりが増えていく。

 

「のどか、そろそろ図書館島へ行きますよ」

「うん! 真常さんまたお話してね!」

「……えぇ。機会があれば」

 

 やっと行ってくれた……。なぜかいつもテンションが高い宮崎のどかも不安の種の一人だ。今のところ、他に様子が違う人物が居ない事が救いでもある。

 あえて気になるキーパーソンを言えば超鈴音だろうか。彼女は未来人なので、火星出身と言えど私の事を知っている可能性がある。私の寿命は軽く数百年と聞いているし、正直想像も付かない所だが、彼女が知って居てもおかしくはないだろう。何の接触もしてこない所が安心でもあり不安でもある。

 

「……これで解る?」

「うん、ええよー。ありがとなー」

「どういたしまして!」

「アスナは何もしてないでしょ」

「あはは。また教えてなー」

 

 まるで自分の手柄の様に輝く笑顔のアスナに対し、柔らかく微笑えんで近衛木乃香が去っていく。

 原作だったならどうだったのだろうか。明らかに彼女達の立場は逆だろうし、近衛木乃香とはただのクラスメイトでしかないので、万が一他にこの世界に知る同郷が居たら、すぐに変だと言われてしまうだろう。まぁそれは三十二人目である私も同じなのだが。

 

 今日までの経験で、ある程度巻き込まれるのは想定しないとやっていけないと実感している。

 だからと言ってネギ・スプリングフィールドと深い関係を結ぶつもりはないし、万が一セクハラ小動物に仮契約などされそうになったら、最悪はこちらの手札がバレてでも阻止するつもりでいる。

 

「アスナ、放課後だから”向こう”行くよ。降りて」

「あと十分~」

 

 その言葉を聞いて投げ飛ばしたのは言うまでもない。

 

 もちろん、華麗に宙返りしてふわりと降り立つアスナに、教室が沸いたのはもっと言うまでもない。なんでこう、目立ちたくないのに目立ってしまうのか……。

 

 

 

 前方から嬉々として迫ってくるチャチャゼロのナイフを見据えて、背に隠し持っている短いロッドをブレザーから引き抜く。素早くそれに魔力を纏わせると、正面に構えてナイフを受け止める。

 すると直ぐ横から茶々丸が突撃してくるが、長めの警棒を持ったアスナが拳を受け止め、一瞬の膠着の後にそれぞれが距離を取る。

 

「――氷神の戦鎚!」

「くっ、スロウ!」

 

 突然に空中に現れた、直径数mの氷球の落下速度を減速させる。

 それを見たアスナは飛び上がり、警棒に王家の魔力を、魔法無効化を付与して何度か叩きつける。すると氷球はあっさりと砕けて消え去るが、その隙に茶々丸から体当たりをされてアスナは闘技場に叩きつけられる。

 かという私も、時空魔法を使ったすぐ側からチャチャゼロに襲い掛かられ、ナイフの連撃を捌いている為にアスナの援護には向かえない。

 

「リク・ラク ラ・ラック ライラック 来れ氷精 爆ぜよ風精 弾けよ凍れる息吹 氷爆!」

 

 呪文詠唱を聞きとると、一瞬でチャチャゼロが離れる。私は慌てて倒れているアスナの側に瞬動術で駆け寄り、私が居る場所を中心点にミュートを唱えて、魔法無効化空間を作り出す。

 すぐにアスナも起き上がるだろうが、彼女の魔法無効化フィールドは奥の手。日ごろからそれに頼るとアスナの素性がばれるので多様はしない。

 

「物理攻撃ならば意味が無い」

「――うっ!?」

 

 その言葉が聞こえた瞬間、声と逆方向から来る茶々丸のロケットアームが左肩に当たり、そのまま突き飛ばされてミュートの空間から弾き出される。

 不味い。と思った瞬間には、空間外で氷爆の冷気にさらされ、とっさに魔法障壁を張り氷漬けにされるのは防いだが、身体に氷が纏わり付いていた。

 

「それくらい魔法障壁で防ぎきれ。一戦で魔力が空になっては話しにならん」

「魔法障壁ごと氷漬けになりますよ!」

「ならば魔法を効率化して障壁の錬度も上げろ。お前も直接氷球を叩くのではなく、武器を投げるなり逸らすなり頭を使え」

「はい!」

 

 エヴァンジェリンの別荘で訓練をする様になってから、改めて分かった事がある。

 彼女は原作で見せた厳しさはもちろんの事、ネギ・スプリングフィールドに見せた優しさも持ち合わせている。訓練の内容はとても厳しいが、文句を言いながらもきちんと面倒を見てくれたのだ。

 

 そうは言いつつも、最初なんて素人の私は何度も怪我をした。その度にアスナが怒って大変だったが、私自身の為だとアスナを説得して落ち着かせ、彼女も現実の厳しさをわざわざ教えてくれているのだから、礼を言う事はあっても怒るのは筋違いだと言い聞かせた事で納得してもらった。

 

「さて、少し貰うとするか」

「またですか。――っ!」

 

 右腕にちくりと痛みが走ってから、彼女の口元から水音が聞こえる。もういい加減慣れてしまったと言えばそれまでなのだが、彼女は訓練が終わるとたまに私の血を飲んで魔力を補給している。

 彼女との決め事通り、月の頭に茶々丸が献血程度に採血をしているのだから、それを飲めば良いと思う。しかしそれは保管用で研究や魔法薬に加工しているとか。後々どんな危険なものになって返ってくるのか想像したくない代物だ。

 

「どうぞ、アスナさん」

「茶々丸さんありがとう!」

「真常さんには通常のものをお持ちしました」

「ありがとうございます」

 

 凄く良い笑顔でアスナが受け取ったそれは、ほんのり赤い色をしたスポーツ飲料。それを私の左側に座り込んで、確かめる様に少しずつ飲んでいる。ここまで来たら言うまでも無いだろうが、その赤いのは私の血を数滴使った回復薬だったりする。

 

 アスナが怪我をした時に私の血で回復させると言った事に間違いはない。しかし、そんな事に関係なくエヴァンジェリンが私の血を飲んでいる時は、アスナはいつもそれを飲んでいる。とりあえず私の中でアスナの変態度数が右肩上がりなのは仕方が無いと思って欲しい。

 

「――ぅんっ」

「マスター。あまり飲み過ぎると、以前の様に真常さんが倒れてしまいます」

「む……。まぁ頃合か」

 

 心配そうな声をかけてくる茶々丸は、私と出会った時に大量に血を吸った事と、ショックを与えた事を気にかけ過ぎている様で、エヴァンジェリンが血を吸っている時は注意を促す事が多い。

 私としては、彼女もいずれネギ・スプリングフィールドの従者になるのだから、あまり良好過ぎる関係は築きたくない。エヴァンジェリンともギブアンドテイクだと思っているのだが、彼女の意図はまったく分からないので礼儀を欠かさない程度にしている。

 

 すると回復薬を飲み終えたアスナが、突然こちらに向かって清楚な顔つきで笑いかけてくる。何か嫌な予感がして構えるが、思ったほど変な事ではなかった。

 

「ねぇフィリィ。初詣行かない?」

「え、もう一月半ばだけど」

「じゃぁ週末行こうね」

「話し聞いてる!?」

「……マスター。出番です」

「何がだ。私は行かんぞ」

 

 どうして急に初詣に? ほぼ見た目外国人の私が言うのもなんだが、流石に時期外れ過ぎるのではないだろうか。

 このあたりで神社といえば龍宮神社だろう。あそこには龍宮真名が居るはずなので、あまり近寄りたくはない。とは言え彼女も魔法生徒で傭兵だから、依頼が無ければ下手に踏み込んでこないだろう。

 

 そう、神社と言えば、何故エヴァンジェリンは西洋式の城や塔のダイオラマ球しか持って居ないのだろうか。原作の修学旅行では京都を堪能する描写があった事から、かなりの日本贔屓なのだと思う。

 それなのに日本に来てからその建造物の一つも所持していないのは少し不思議に感じる。だからと言ってそれを口に出して、好感度をあげるつもりは更々無いのだが……。

 

 

 

 

 

 

そして週末。目覚めてから奇妙な違和感を覚え、恐る恐る周囲を見渡すと――。そこには六つの目。ルームメイトのアスナがいるのは分かる。だがしかし、なぜエヴァンジェリンと茶々丸が居るのだろうか。

 

 じっと見つめてくるその眼の沈黙に耐え切れず、思わず声をかける。

 

「……何、してるんですか」

「私が茶々丸さんに頼んだの。だから、この晴れ着着て?」

「私からもお願いします」

 

 とりあえず二人の言葉を無視して、無言でエヴァンジェリンの顔を見る。すると呆れる様な顔をして、めんどくさそうな口調で答えてくれた。

 

「……茶々丸にせがまれたからだ。勝手に着て勝手に行ってこい」

「まさか、作ったんですか?」

「もののついでだ」

 

 驚いてその顔を覗き込むが、照れた様子も無くごく普通の顔。彼女の好感度を上げたつもりは一切無いので、本当にただのついでなのだろう。いや、ただのついでと思いたい。

 あ、ちょっと待ってほしい。もしかして、茶々丸の好感度が上がっているではないだろうか? 何故、一体どこで!?

 

「一番、悩める真常さんをお連れします」

「え?」

「二番、戸惑うフィリィを脱がせまーす」

「ちょっ!?」

 

 まずいと思った時には既に時遅く、茶々丸にベッドから連れ出されたまま、アスナの手がパジャマのボタンを外していく。このままにされる訳にはいかないので、アスナの動きを阻害するために減速の魔法を唱える。

 

「スロ――ふぐ!?」

「失礼します」

 

 減速の魔法を唱えようとした瞬間、茶々丸の手に口をふさがれ詠唱が止まる。気が付けばいつの間にか脱がされていた。

 

 

 

「自分で……自分で着るのに」

「フィリィ着付けできるの?」

「……出来ないけど」

「大変お似合いです」

 

 とりあえず今の状態を説明すると、エヴァンジェリンと茶々丸に着付けをされて、まるで外国人観光客の集団の様になっている。

 アスナは髪の色に揃えたのか赤い着物。私は白みがかった金髪に合わされたのか桜色。茶々丸は薄い赤となんだか赤系ばかりだが製作者の趣味だろうか?

 

「フィリがかわいい」

「アスナ、歩き難いから……」

 

 和服というものはどうしても足元の動きが制限される。学園内だから良いものの、外に出た時こんな格好では行動し難いだろう。それ以前にアスナがピッタリとくっついて居るので、それ以上に動き難かったりする。

 

「はぁ。とりあえず参拝したら帰るよ?」

「おみくじ引きたいなー。フィリィも引かない?」

「帰る前に写真を撮りましょう」

 

 写真を撮る? 確か、茶々丸の目にはカメラが搭載されていたはず。それならばわざわざ写真を撮る必要が無いと思うのだが……。あれ? なにか引っかかる様な。

 

「あぁぁっ!」

「フィリィ!? どうしたの!」

 

 もしかして初めて会った時、エヴァンジェリンに血を吸われた時の様子や、さっきの様子とか全部録画されているのでは!?

 それを見て好感度が上がった!? それじゃまるでアスナの様ではないか。

 

 突然に閃いた認めたくない現実に、ギギギと音がなる様な動きで茶々丸に視線を向ける。

 

「どうしました、真常さん」

「入学式の後や、これまでの事。さっきの様子……録画してる?」

「…………イイエ」

「茶々丸さん。私にも見せてね」

「一緒に見ましょう」

「……消しなさい!」

 

 あぁもう、一体何がどうなってこんな事に! アスナだけでもいっぱいいっぱいなのに、なぜ茶々丸のフラグが立っているのだろうか。

 さすがにエヴァンジェリンのフラグは立っていないだろうから、これ以上変な事になるのはもうやめて欲しい。

 

「フィリィ、おみくじだよ! 引きに行こう?」

「さぁ真常さん、おみくじです」

「……話題逸らしたでしょ?」

 

 ジト目で見つめるとあからさまに目線を逸らし、誤魔化しの微笑みを浮かべる二人。何だか変なところまで似てきた気がする。

 睨んでいても仕方が無いので、そのままおみくじが売られている場所まで移動。途中でもう一度消しておいて欲しいと念を押すが、きっと消さないのだろうと確信めいたものを感じた。

 

「やった、大吉! 待ち人来るだって」

「私は小吉です。回り回って福になるそうです」

「フィリィも早く!」

「分かったから引っ張らないで」

 

 おみくじかぁ……。前世で魔法は無かったし、神仏や精霊なども縁は無かったけれど、この世界では違う。神様の様な人は実在しているし、精霊もちゃんといる。そういう意味では、おみくじを引くのには大きな意味もあるのかもしれない。

 

 促されるまま備え付けのくじを引き、店番をしている巫女さんに番号を告げる。そこには。

 

「え、これって……」

「なんだったの?」

「大凶。必ず時満ちる」

「だ、大丈夫! 良い事あるから」

「真常さん。私のおみくじを差し上げます」

「ありがとう。でも、大丈夫だから」

 

 アスナと茶々丸が一生懸命励ましてくれるのは嬉しいのだが、私にとっては大凶の結果よりも後の文の方が気になる。

 『時満ちる』と言うのは普通の人なら何も感じないだろうが、私には時空魔法がある。その分、余計に気になってしまうのだが思い過ごしだろうか。

 

「フィリィ、帰りに甘いもの食べて行こう?」

「え、なんで?」

「行きましょう」

「ちょっと!?」

 

 突然二人に両腕を引っ張られたまま歩き出す。気に掛けてくれているのだろうが、なにぶん和服なので非常に歩き難い。転ぶからゆっくり歩いて欲しいと声をかけると速度を合わせてくれたが、フラグが立ち過ぎて、嫌な予感ばかりがする。

 

 とりあえず、食べるもの食べたら今日は寮から出ないで過ごす事にする。

 

 

 

「あんみつ美味しいね」

「おいしいけど……。浮いてるんだけど」

「かわいいので問題ありません」

「……あると思うよ?」

 

 麻帆良学園都市は基本的に何でもある。ここだけで生活が全て整える事ができて、外部に出れば娯楽施設などにも事欠かない。

 

 要するに、学園の敷地内にはオープンな店舗も沢山あると言う事になる。そんな中でも通りに面したテラスのテーブル席で、橙に近い赤、白っぽい金、淡い緑と特殊な髪色で、和服の集団がいれば嫌でも目に付くわけで……。

 もしかしたら認識阻害の結界があるおかげで、特殊と思っているのは私だけかもしれない。いや、私だけだと思っておこう。

 

「はぁ……。目立ちたくないのに」

「フィリィは何もしなくても目立つよ?」

「同感です」

 

 じゃぁ何で連れて来たと言いたい所だが、あんみつが美味しいので素早く食べて帰る事にする。こんな時に現金なものだが、甘いものは人類が見つけた文化の極みの一つだと思う。

 

「あの~、すみません」

「え?」

 

 突然に声を掛けられる。一体誰かと思えば、まさかの宮崎のどかと綾瀬夕映。

 

 いい加減にして欲しい、今日はもうこれ以上フラグも何も要らない。私はさっさと帰って寮に閉じこもりたいので、ここで長話とかやめて欲しいのだ。

 

「やっぱり! 二人一緒に居るとすっごく目立ちますよね! それに着物なんて着ちゃって日本交流会ですか? わぁー、良いな~。とっても綺麗だしとっても似合ってると思います! あ、写真とって良いですか? 一緒に写りましょう!」

「のどか、引かれてますよ」

 

 原作の彼女ではありえない行動で、そんな淡い希望はいとも簡単に崩される。

 

 それにしても、この人は本当に宮崎のどかなのだろか? 生まれてくる人間を間違っているのではないだろうか。きっと中の魂が違ったり特殊な環境だったり、何かあったに違いないと勝手な推測ばかりが頭をよぎる。

 

 違うとは思うのだが、まさか知らないだけで魔法生徒だったりしないだろうか? 私が今まで関わって来てしまった行動のせいで、彼女が変わったなんて思いたくないのだが……。

 

 嫌な予感を拭う為、二人が魔力を隠していたりしないか入念に感じ取ろうと精神を集中する。二人に不思議な顔をされながらも、一拍の間を置いてから何も無いと感じ取れたことに安堵する。私自身も魔法使いとして成長はしているので、基礎的な事は出来たりする。

 

「Excuse me. May I ask you something?(すみません、ちょっと宜しいですか?)」

 

 突然にネイティブな英語で問い掛けられる。私は宮崎のどか達の方に気が向いていた事で、一瞬反応が遅れ、それに気付いたアスナが答えるが。

 

「Sure, what――(もちろん、何を――)ナギ!?」

「――っ!?」

 

 危うく驚きを声に出しかけて、何とか留める。この状況、このタイミング、しかも原作よりも早い時期の来日。目の前には赤い髪の少年、ネギ・スプリングフィールド。

 

 子供用のスーツにコートを羽織り、大きなリュックに長い魔法使いの杖。間違いない。

 

「すみません通じませんでしたか? とてもお綺麗で目立っていたし、同郷の方かと思って……。つい英語で話してしまいました」

「ナギじゃ……ない?」

「父をご存知なんですか!?」

 

(アスナ! 今話しちゃダメ!)

 

 慌ててアスナに念話の魔法を飛ばす。一瞬驚いた顔をしたものの、お願いと念を押すと、小さな時にタカミチから話を聞いただけと誤魔化してくれた。

 

「そうだったんですか。僕はタカミチを探しているのですが、道に迷っちゃいまして」

「案内、出来るよ。フィリィも行く?」

 

 ここはどうするべきか……。もう魔法を使って誤魔化すわけには行かない。念話の魔力を感じ取られても困る。

 それよりも問題なのはネギ・スプリングフィールドの態度が妙に冷静な気がすぎる。宮崎のどかに起きている様に何か影響が出ているのだろうか。本当はこれ以上関わらず帰りたいのだが、ある程度見極める必要が有るのかもしれない。

 

 そう決めると付いていくと返事をして、ゾロゾロと職員室に向かっていく。原作通りなら、彼は私達の部屋に転がり込む事になる。だからこそ確認をする事が優先だと感じる。

 職員室に向かうメンバーが総勢六名と、初めから原作と違う展開になってしまったが、これくらいなら誤差の範囲内と思いたい。

 

 これから向かう先はおそらく学園長室。あのぬらりひょんを相手にするのだと気を引き締め、距離を取りながら付いて行った。




 晴れ着の色に意味はありません。アスナ達は原作で着ていた浴衣などに合わせたのと、主人公は白に近い金なので薄い色にしただけです。


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第8話 スプリングフィールド氏への考察

 未だ肌寒いこの季節、出歩く予定は無かったけれども、再び移動を余儀なくされたこの事態。身体に密着する作りの着物は、ある意味温かくて助かったとも言える。もっともそのおかげで、早足で歩く事が出来ず、さっさと終わらせて寮に戻る事が出来ないのも事実なのだが。

 

 着物を着て身体のラインが出るとかそういう事は二の次。どうせ誰かに見せるわけでもないし、見せる相手よりも死亡フラグを折りたい年頃なのだ。そう、つまりはネギ・スプリングフィールドが私の直ぐ後ろに居る。

 どう言うわけか茶々丸に宮崎のどか、綾瀬夕映まで居て「原作ってなんだったの?」と聞きたくなる程、不思議な事態なのだけれども。

 

「へぇ~、フィリィさんってハーフだったんですね」

「そうなんです! それにとっても本が大好きでー、すっごく良い人なんです!」

「のどか、それは少し違うですよ」

 

 そして、直ぐ後ろからこんな会話が聞こえてくる。彼女一人、いや、私も多めに関わっているのだろうが、初対面の彼等でここまで話が盛り上がるものだろうか。

 と言うか勝手に、人の愛称を呼ぶのは止めてほしい。訂正したいのだが、話しかけると余計なフラグが立ちそうなので泣く泣く放っている。もしかして、アスナの時の様にこのまま固定されてしまうのだろうか。

 

 彼がやって来て、最初に話しかけられたのは私。答えたのはアスナ。

 そこでナギ・スプリングフィールドの事を、うっかり口にしたのが原因なのか、私達が同郷の人間だと思ったからなのか、どうにも興味がこちらへと向いたらしい。正直、もう止めて欲しい。

 

 とは言ってもずっと話しているのは、宮崎のどかがその殆ど。先頭を歩くアスナとその後ろに続く私に、チラチラと送ってくる彼の視線は感じるものの、そこまでに留まっている。

 彼女から齎される情報が興味深いのだろうか、ずっと私達の話題で盛り上がっている。本当に、どうしてこんな事になったのか。

 

 勿論、理由は分かっている。始まりは「タカミチの所に案内出来る」と言い出したアスナの一言。

 

 そう、よく考えて無くてはいけない。ネギ・スプリングフィールドは、高畑先生の所へ行くといったのだ。あのぬらりひょんの所では無くて。これはどういう事だろうか。

 原作では真っ先にアスナと近衛木乃香と出会い、そのまま高畑先生に声をかけられた。そして高畑先生を除いた三人で学園長室に行き、原作の神楽坂明日菜達の部屋に住み込む事になった。

 

 だからこそこの状況は、道先を知る事が出来ない非常に悩ましい状態にある。私とアスナの部屋に住み込む事になれば、予定通り私は近衛木乃香の役をする。最悪の一つは、意気投合している様に見える、宮崎のどかと綾瀬夕映の部屋に入り込む事だろうか。

 もしくは、学園長が近衛木乃香を呼びつけるかもしれないし、まったくの想定外と言う事も考えられる。

 

「お二人とも凄いですね。そんなに沢山の本を読んでいるなんて、とても素晴らしいです」

「ホントですかー! わぁ、嬉しいなー! でもでも、やっぱり真常さんだって凄いんです! 難しい本とか沢山読んでるし、それにとっても優しいんです!」

 

 ハイテンションの声に、口元が一瞬引きつったのが分かった。まったく、この宮崎のどかはどうしても、私と本好きを繋げたいらしい。

 そんなに物語の本を読んでいるわけでもないし、文学書や評論家の本とか、所謂エッセーなどを読んでいる訳ではないのだ。基本的に参考書の山を眺めている私の、どこが気に入ったというのだろうか。

 

「宮崎さん」

「え、神楽坂さん?」

 

 そんな中で何を思ったのか、突然にアスナが足を止めて、くるりと振り返る。そのまま宮崎のどかに向かって、普段私に向けている類の笑顔を振り撒いた。正直な所、少し珍しいと思う。

 こんな事を言うのは何だけれど、アスナがあまり人と話している姿を見た事が無い。正確には少し違うのだが、普通の付き合い以上はしないと言うか、興味の対象外と言う印象を受ける。本当の意味で会話をするのは、高畑先生にエヴァンジェリンや茶々丸達くらいだろう。

 

 そのアスナが一体何を? 思わず少しだけ興味がそそられると。

 

「フィリィは優しいの! とっても!」

「はい! とっても良い人ですよね!」

「何を、言ってるの……」

 

 思わず頭を抱えてしまった。何でまたこう、私の悩みの種を増やすのが好きなのだろうか。今、私が真剣に考えたい事は、目の前に居る彼、ネギ・スプリングフィールドの下宿先だ。

 

「のどか、ネギ君は高畑先生の所へ行くのです、あまり話を続けてはダメですよ」

「違うよ夕映! せっかく海外から遊びに来てくれた子だもの、皆で仲良くしないとダメだと思うの! 全力で倒れるまで! それから枕投げも必要だと思うの! ね、真常さん!」

 

 ぐ……、そこで私に振るのか。ここで「はい」と言えば、ネギ・スプリングフィールドにこれからも付き纏われる可能性が上がってしまうだろう。だからと言って、この空気で「いいえ」と言うのは非常に拙い。けれど、私はここで「いいえ」と言えないと、危険度を上げるだけだと知っている。

 だからこそ、ここで空気の読めない奴とレッテルを貼られても「いいえ」と言うしかないだろう。私達の今後のためにも。

 

 いや、待て。何を考えているのだろうか私は。もっとやんわりと言う方法がある。そう、綾瀬夕映が先に道を示してくれたはず。つまりここは。

 

「高畑先生の所に行ってからにしてあげてください」

 

 努めて冷静に。怒気を表に出さずに、彼には無関心だと思われる様な口調で、当たり障りの無い言葉を選ぶ。この辺りで良いのではないだろうか。もっともこんな会話の一つ二つで、危険性を左右されるなどは流石に考えたくないのも事実。

 そうだ、仮に彼が私達を頼りにしても、高畑先生が事情を知っているのだから、あちらに任せれば良いのだ。よく考えたら「はい」と言ってしまっても良かったのではないだろうか。

 

 けれども彼の答えは、悩み苦しむ私の心中を察する事無く、遥か斜め上から返って来た。

 

「フィリィさんは本当に良い人なんですね。僕の事を考えて、タカミチの所に早く案内してあげたいって。優しい気持ちが伝わってきました!」

 

 なっ!? それは曲解だと言いたい。私はさっさとこの少年を送り届けて、結果を確認したいだけ。ネギ・スプリングフィールドの好感度を上げるつもりなど、一欠片だって無いのだ。

 それなのに何で……。く、やめよう、焦れば焦るほど泥沼にはまる気がしてならない。ここは落ち着いて冷静に。どうあっても、不干渉を貫けるようにしておかないといけないだろう。

 

 本当に悩ましい限り。どうにも運命は私の預かり知らない所で、一足飛びに入り込んで来るらしい。こんな調子では、あの地獄の様な修行の毎日が、足元から崩れて落ちてしまう気がしてならない。

 

「落ち着いてください、真常さん」

「……何ですか」

「もう着きますよ」

「え?」

 

 気が付けば目の前はすでに教員用の男子寮。アスナといつの間にか盛り上がっている宮崎のどかが先頭を進み、それを追いかけるネギ・スプリングフィールドと綾瀬夕映。私と茶々丸は最後尾で追いかける形になっていた。

 

 

 

「タカミチ、久し振り!」

「やぁネギ君。よく来たね」

 

 とても元気な声を出す彼と、いつも通りと言うには少し躊躇われる程度に嬉しそうな高畑先生。しっかりと握手を交わす二人の姿は、周囲にその親密さを良く知らしめている。

 もっとも漫画で見た私の記憶では、彼と高畑先生は子供の頃に会った程度だった思う。それでも高畑先生の力強い姿は、少年の心に強く印象に残ったのだろう。

 

 そして、いよいよここからだろうか。思いのほか早くに原作が始まっているのだが、ここはすでに本来の世界とはずれた歴史を進めている。いや、ずらしてしまったと、正しく言わなくてはいけないだろう。

 自虐的な事を言っている場合ではないと分かるけれども、ずらした本人が自覚もないのは流石に不味いと思う。

 

『アスナを運命から逃がしたい』

 

 高畑先生とエヴァンジェリン達の前で言ってしまったのだし、何より私だって逃げたいのだ。

 

「ネギ君って、高畑先生と仲が良いんだね! 一緒に遊びに行ったりするのかな? 本屋さん巡りだったら図書館探検部がどこまでも案内しちゃうよ! あ、それとも観光かな? それだったら龍宮神社なんて立派で良いかも! でもでも、やっぱり日本に来たんだから京都だよね! それから絶対に外せないお祭りもあると思うの!」

「えぇと、僕は……」

 

 もしかしたら私は今、もの凄い光景を見ているのかもしれない。

 宮崎のどかのマシンガントークで、逃げ出したくなっているネギ・スプリングフィールドと言うのは、原作ではまずお目にかかれなかっただろう。

 ちらちらと高畑先生に助けを求めている様子も然る事ながら、宮崎のどかをフォローしながら彼等の間に割り入って、相槌を入れ続ける綾瀬夕映も凄いと思う。それにしても、この宮崎のどかは本当に何者なのだろうか。

 

 そう言えば、アスナにもフォローを入れておかなければいけない。ナギ・スプリングフィールドの情報を止めたのだから、それに関して何かしら疑問に思う点があるはずだ。

 

「アスナ……」

「どうしたのフィリィ」

「さっきの事、戻ってから話すから」

「うん、分かった」

 

 小声で話しかけたのに対して、空気を読んでくれたのか、アスナもまた小さな声で了承してくれた。

 アスナとはもう八年くらいの付き合いになる。その分、細かな所で意思の疎通がとてもし易い。その立場は近衛木乃香だったはずなのだが、今となっては仕方の無い事だろう。

 そう考えると、随分と私の事を信用し過ぎている様な気がする。正直なところ、秘密だらけで心苦しいのだが、やはりこれはいつか話さなければいけない事だろう。

 

「宮崎君、それくらいにして置かないと、ネギ君が話せないぞ」

「あ、はい! またお話しようね!」

「はい。分かりました」

 

 さて、思いの外遅くなったけれども、これでやっと本題だろうか。高畑先生の目をチラリと覗き込むと、こちらの意図を分かって貰えたのかは分からないが、少し目配せをしてくれた。

 

 常識的に考えて、私がネギ・スプリングフィールドの存在を知っているのは不自然。魔法先生や生徒に配られる様な資料が有った訳でもない。仮に有ったとしても、不干渉の約束を果たしている私に積極的に配るのは話が違うし、同じ魔法生徒のアスナが知らなかった様子からして、知っている事はやはりおかしい。

 けれども、前世の記憶があると答えた私を、どこまで高畑先生が解釈してくれているかでまた異なるだろう。

 

 つまり、スプリングフィールド姓はそれだけで強力な意味を持つ。

 

 魔法世界(ムンドゥス・マギクス)における大戦の英雄にして、赤き翼(アラルブラ)のリーダー。

ナギ・スプリングフィールドを知らないと言うだけで、魔法使いの世界では、もはやもぐりも同然に近いものがある。

 当然、あちらから旧世界(ムンドゥス・ウェトゥス)と呼ばれる地球でも、魔法使い達の中では常識も同然の扱いがある。

 

 だからこそ、目の前の彼を魔法関係者だと私が知っていても、高畑先生の解釈しだいで決して不自然ではない。もっとも、魔法生徒を八年近くもやっているのだ。スプリングフィールドの噂を聞いた事があり、ここに来る途中の道で彼の名前を聞いて、有名な魔法使いだと知ったと言っても不自然ではないだろう。

 

「タカミチ。本当は僕、学園長に合わなくちゃいけないんだ。だけど、その前に相談に乗って欲しい事があって」

「何がだい? 僕でよければ相談に乗るよ」

「ありがとうタカミチ。それでその、ネカネお姉ちゃんにも、アーニャにも、僕に先生はまだ無理だって言うんだ。もちろん僕だって、この課題を成功させたいって気持ちはあるよ。でも、僕もこの課題は凄く大変だって思うんだ」

「え……」

「どうしたんだい、真常君?」

「あ、いいえ。何も」

 

 これは弱音と、捕らえて良いのだろうか。もしかして原作の彼も、こんな事を考えながら日本にやって来たと言うのだろうか。

 彼はまだ十歳になる少年。あくまで一般的に考えれば、年上の学生を指導する教員の立場はありえない。しかも異性の。当然不安はあるだろうし、仮に私が、年上の男子大学生の集団を指導して欲しいと言われたら、それは間違いなく困る。

 

 もしかして原作では、それを言えない程に魔法使いの仕事、父の仕事に対して執着が強かったのだろうか。それとも魔法学校の卒業生としての責任感だろうか。

 けれどもそれでは矛盾が生じる。先程のアスナの言葉に反応した彼の態度。間違いなくその心の中で、父親を追いかけているのだろう。

 

 他に考えられる事は、宮崎のどかの様に、ネギ・スプリングフィールドも性格が違うと言う事。

 

 先程から接している様子を見れば、私の記憶よりは若干、冷静に物事を判断しているように見える。もっとも、その目は節穴の様だけれど。ほんの僅かな心の持ち様の違いだろうか、それだけで彼の行動に変化が起きている? まったく。考えれば考えるほど、答えが遠退く様な気がしてきた。

 

「そうか。分かったよネギ君。僕から学園長に相談してみよう」

「本当、タカミチ? ありがとう!」

「それじゃ後は僕が案内するから、君達はもう戻りなさい」

 

 なっ、それは不味い。ここまで着いて来ておきながら、彼が何処に住み込む事になるのか分からないと言う事態は困る。

 これは多少目立ったとしても、一緒に学園長のところへ行くと言った方が良いのだろうか。

 

「フィリィ、帰ろう?」

「アスナ?」

「ね、行こう?」

 

 ……うっ、何だろう。何かとても嫌な予感がする。普段の儚い系美少女顔とは少し違う、わざとらしい清楚ぶった顔付き。今まで何度も見てきたはずなのに、何かこれまでに見た事が無い笑顔の様な気がする。

 本当にこれは何だろう。何かアスナが企んでいる様な気がする。もしかして私が考えている事を、何かしら読んでいたりするのだろうか。

 

 だからと言って、今この場でアスナの心が読めるわけでもないし、必要なのは彼の動向。本当はこの場で退散をしたくはないのだが、戻れと言われてしまった以上は仕方が無い。ここで付いて行くと言って目立った上に、彼に自分に興味があると思われても困る。

 

 それならここは、少し手を打っておく程度に留めるべきだろう。

 

「すみません、高畑先生。”よろしくお願いします”」

「もちろん、ネギ君は僕がきちんと学園長の所に連れて行くよ」

 

 これで伝わっただろうか。高畑先生と、アイコンタクトで通じる様な訓練はしていない。今ここで念話を使って、万が一にも彼に魔力を感じ取られる様な事態は避けたい。

 先の目線は、魔法関係者と不干渉の約束を果たしている私の立場と、アスナの事を秘密にしたいと言う、高畑先生自身の考えを汲んでくれての事だと思うのだが。

 

 何はともあれ、学園長室にこれから付いて行く事は出来ないだろう。ある意味、どうも私は学園長に上手く乗せられそうになる節が有る様だから、これはこれで良かったのかもしれない。

 

 

 

「すみません。マスターの所へ寄って頂けますか?」

「茶々丸さん、どうかしたの?」

 

 エヴァンジェリンの家に? と言うことはつまり、ネギ・スプリングフィールドを襲って、その血で登校地獄の呪いを解除する計画の事だろうか。……それは少し、早すぎるのではないか。原作では三年生になってからのはずだ。

 

 もちろん、アスナの記憶封印と人格の上書きの術式を解除した、私の時空魔法ミュートに彼女が目を付けなかったと言う事はない。当然のごとく試したのだが、彼女の登校地獄は解除されなかったのだ。

 

 それは何故か。仮説ではあるけれども、一つ目の要因は術式の鮮度。神楽坂明日菜としての人格を与えられたアスナは、恐らくだが魔法をかけられて、完成する前だったと考えられる。つまり不完全。

 それを裏付ける理由としても、原作の神楽坂明日菜が、要所で記憶を思い出していた事から、綻び易かったとも考えられるのだ。そのため、現在進行形で術式が動いていたと仮定すると、活動中の魔法であるため無効化が出来た可能性がある。

 

 そして二つ目の要因。アスナ自身が持つ魔法無効化能力。これの最大の特性は、自身に害が及ぶ魔法には、特に強力な効果を発揮すると言う事。原作の神楽坂明日菜にかけられた害意のある魔法は、尽くその効果が捻じ曲げられていた。その事から記憶の封印と人格の上書きも、無意識の上で抵抗していたと考えられる。

 

 その一方で、エヴァンジェリンの登校地獄。これは私が来た時点で、十年以上も昔に掛けられた術式。これらの仮説が真実ならば、術式が完成している魔法には、有効ではないと考えられる。それを裏付けるのが、吸血鬼の真祖化の秘術。もし全ての魔法を問答無用で無効化するのなら、彼女は今ごろただの同級生に成り果てているだろう。

 茶々丸にしても同じ事。彼女だってその動力源は魔法を使っているのだから、私達と訓練中に停止してしまう事になる。

 

 だからこそ、ネギ・スプリングフィールドの血には、彼女にとって絶大な価値がある。

 

「アスナさん。お洋服、忘れていませんか?」

 

 ……私も忘れてた。そう言えば、アスナたちに無理やり連れ出された上に、着物まで着せられていたのだった。これはエヴァンジェリンに返却しないといけないだろう。

 彼女の別荘には、私達の着替えも置かせて貰っている事だし、茶々丸が着替えを要求してきたのは、まぁおかしな事ではない。私達が勝手に脱ぎ散らかして、皺にするのも憚れる。

 

 しかしそれならば、ネギ・スプリングフィールドを襲って血を吸う計画の早倒しは、私の早とちりだったと言う事か。もっとも、その行動自体はいずれ行われるはず。その時、私達は彼女の側にいるのだから、巻き込まれない様に気をつけなければならない。

 

 何はともあれ原作は始まってしまったのだ。引き返す事など出来ないし、将来のためにも彼への干渉は出来る限り避けたい。ともかく週明けになれば、彼は担任として姿を現す可能性が高いのだし、この先も注意をするに越した事は無いだろう。



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第9話 視線の行方

「なるほどのう」

 

 僕に本当にその役目が務まるのか、魔法学校の卒業課題とはいえ、僕にはやりきれる自信が無い。

そう答えたネギ・スプリングフィールドに、顎の長い髭を梳きながら相槌を打つ老人、近衛近右衛門の姿が有った。

 

 彼はすでにネギ少年の出身であるイギリスはメルディアナ魔法学校から、これまでの成績と生活における態度。所謂内申書と日本では呼称されるもの。それに目を通していた。それによれば、この少年を言い表す言葉は『天才』と『生真面目』。そして『素直』。

 十歳とは思えない魔法の才覚を現し、授業態度もいたって真面目。そして必要とあれば、友人の進言をきちんと受け入れるのだと言う。

 

 そうであるならば、近衛近右衛門は考えた。自分の手で彼の才能を導きたいと。

 

 当然ながら、彼は権力者の立場にいる。魔法使い人間界日本支部と、関東魔法協会を束ねるこの老人は、それを行えるだけの力は当然ながら、同時に反乱を起こさせず管理する、巧みな頭脳を持ち合わせる。

 そして、あのナギ・スプリングフィールドとも親交があり、そのためかネギ少年をある種、自身の孫の様に思っている節も有った。その少年が、自分に自信が無いから助けて欲しいと言うのだ。彼の目的からも、また立場からも、彼を助けないと言う選択肢はありえない。

 

「学園長。自信と言うものは、それに見合う仕事と共に付いて来るものです。だからこそ、僕の仕事のサポートをしながら自信を付けてもらう。その形が一番なのではないでしょうか」

「ふぅむ。ネギ君はどう思っとるかの」

「僕は……。タカミチに教えて貰えるなら、教わりたいって思っています」

 

 高畑先生の提案は、ごく当然のものだと言える。先生の仕事を何も知らない少年が、女子中等部の先生として投げ出される。それでまともに仕事が勤まると思う方がおかしい。当然、そのための教育を受けて来たわけでもない。

 

 それに高畑先生の心中には、二人の少女の事があった。誰よりも、一般人として幸せに暮らして欲しかった少女。血生臭い世界を知らずに、自分達の様な道へと足を踏み込まずにいて欲しかった。彼の尊敬する人達が、命がけで助けた少女なのだ。

 それと同時に、その計画を一月も経たずに破壊してくれた少女。彼が敬愛する、ナギ・スプリングフィールドの妻でありネギの母、アリカ・アナルキア・エンテオフュシアを重ねて見ている少女。どこか他人を寄せ付け難い雰囲気を纏いながらも、他人を見捨てきれない。その内面の優しさに至るまで良く似ている。

 

 だからこそ余計に、彼女達を魔法使いの権力争いに巻き込みたくなかった。

 

 けれども近衛近右衛門は違う。高畑先生に対して思った事。それは、手柄を横取りされると言う事。ネギ少年の育成を自分の手ではなく、タカミチ・T・高畑という魔法使いの手が間接的に入る事を面白くないと感じていた。

 魔法使いとして一人前になるには、まず当然にその実力が求められる。次に人望とキャリア。この麻帆良学園において、先生と言う課題を成し遂げてキャリアを磨き、あわよくば魔法使いのパートナー、魔法使いの従者(ミニステル・マギ)――女性ならばミニストラ・マギ――の候補となる人材も集めておきたい。それこそがA組に所属させた少女達。

 

 つまり、彼がこの学校に赴任してくるまでに、A組という人材の宝庫を集めて待っていたのだ。

 

「わかったぞい。高畑君の受け持つA組へ教育実習生として配属しよう」

「は、はい! よろしくタカミチ!」

「もちろんだよ。こちらこそよろしく」

 

 必要なのは、近衛近右衛門がネギ少年の成長に大きく関わると言う事実。ならばその場を用意すれば良い。幸い、先生という仕事は長期に渡って行われるもの。

 だからこそ、今すぐに結論が出なくても良い。これから時間をかけて、彼に課題を与え、相応しい結果を出せば良い。

 

「それじゃネギ君。僕の部屋に来ると良い。軽く打ち合わせをしようか」

「うん!」

「ちょっと待つのじゃ。ネギ君の部屋じゃが……」

 

 老人は考える。彼のパートナーとなるものは、将来的にも自分の手が届くものが良い。理想は自身の孫娘。近衛木乃香。どちらも孫の様に思っているためか、自信を敬い、共に手をとり、これからの魔法使いの社会の中で、中核を担ってくれる事を期待している。もちろん、曾孫の顔も見たい。

 だからこそ十歳の少年という立場を使う。姉と同居していると言えば済む、十四歳の近衛木乃香。あるいは他の魔法生徒と接点を持たせたかった。

 

「え、僕の部屋ってタカミチと一緒じゃないんですか?」

「む……」

「学園長。ネギ君の部屋はまだ決まってないのでしょう? 男子教員寮に空き部屋は有ったはずですから、決まるまでは僕が面倒を見ますよ。まさか教育実習生が男子学生寮って事は無いですよね」

「う、ぐ……」

 

 至極いつも通りの口調で学園長へと聞き返す。高畑先生には学園長の意図を妨害する様子もなく、ごく自然に当たり前の事を口にしているだけだった。

 何も彼は、オフィーリアの意図を完全に汲んだわけではない。ネギ少年を女子生徒寮に下宿させるという想像が思い付かなかっただけなのだ。

 

 高畑先生が彼女の視線から受け取った認識は、魔法使いの少年を近づけさせるな。という一点のみ。スプリングフィールドと言うブランドネームは、容易にアスナを再び魔法使いの世界へと送り込んでしまう。

 彼にとって、いや殆どの魔法関係者にとって、このブランドは当たり前すぎる程の固定概念があった。だからこそオフィーリアの懸念は、考え過ぎていたと言っても良い程だった。

 

「では、出来るだけ高畑君の部屋の近くに用意しよう。それまでネギ君を頼んだぞい」

「もちろんです」

「はい! よろしくおねがいします」

「あぁ、そうじゃ、それから――」

 

 勿論、ここで釘を刺しておく事も忘れない。今後ネギ少年には定期的に課題を与えると。それによって魔法使いとしての腕を磨き、また同時に先生としての卒業課題を修めよと。

 その事自体には何ら不思議は無い。二つ返事で了解したネギ少年と高畑先生は、長い眉毛に隠れた老獪な魔法使いの視線に気付く事無く、楽しげな表情でその部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

「ほう。いよいよ奴の息子が来たか」

「はい、マスター。名前はネギ・スプリングフィールド。情報通りです」

 

 神妙な顔をして、茶々丸の報告を聞くエヴァンジェリン。職員用の男子寮を後にした私達は、茶々丸に付いて彼女のログハウスへと向かった。けれども正確に言うならば、私達は彼女の家の中には居ない。今は、ダイオラマ球と呼ばれる空間。魔法で世界の一部を切り取り、中に閉じ込めた魔法のフラスコ。その中で彼女達の話を聞いて居る。

 

 もちろん、いつかはこうなると分かっていた。彼女と一定の関係がある以上、彼の血を欲している彼女の策略を見ない事にはならないだろう。

 だからと言って、何も私達の目の前で、わざとらしく聞こえる様に言わなくても良いと思う。

 

「まぁ、まずは様子見だ。相手を見極めてからでも遅くは無い」

「了解しました」

 

 ニヤリと笑う彼女の視線は、ここではない方角を向いている。おそらくその先は、ネギ・スプリングフィールド。彼が居る学園長室だろうか。出来る事なら、その視線の先で何があったのか教えて貰いたいものだ。

 けれども、彼女が遠見の魔法を使っているわけでもないし、千里眼などと言った能力を備えている事もないだろう。本当に、何処に住み込むのかが気になってならない。

 

「ねぇフィリィ、着替えないと」

「え、うん。そう、だね」

 

 彼女の視線の先を思案する私に、不意打ちのようにアスナから話しかけられる。その表情はいつもと変わりないように見えるのだが、何か違和感のようなものを覚える。

 しかし一体何だろうか。やはり先程からアスナの様子がおかしい。妙に目に力が入っているとでも言うのだろうか、何か言い表せないものを感じる。

 

「お手伝いします」

「いいよ、茶々丸さん。私が脱がせるから」

「は?」

 

 そう言った瞬間に、いつの間にかアスナが背後に回り、帯に手を掛けようとしている姿が視界の端に映った。一瞬呆けるものの急ぎ振り返って、慌ててその手を掴み取り、どうにか着物の帯を掴もうとするアスナを押し留める。

 

「アスナ? 自分で、やるから。落ち、着いて」

「でも、自分じゃ、脱ぎ辛い、よね?」

 

 ニコニコと笑みを浮かべたアスナが、その顔とは裏腹に、何でこんなに力が入っているのかと不思議に思う程の腕力で、押し留めた私の腕を振り払おうとする。

 と言うか、何でこんな事でアスナが必死になるのかが分からない。この着物を着る時も無理やり脱がされたけれども、寝起きと違う今だからこそ、わざわざ脱がそうとする意味が分からない。

 

「あ、あの、お二人とも落ち着いて」

 

 茶々丸がオロオロとした声で話しかけてくるが、生憎のところ私は落ち着いている。その言葉はアスナに言ってやってほしい。一体アスナに何が起きたというのだろうか。このまま膠着していても埒が明かないし、意味の分からない事で疲れさせないで欲しい。

 ギリギリと腕が軋みそうなる程の、力の押し合いの最中に突然、力を込めていたアスナの腕が緩んだ。良く分からないのだが諦めてくれたのだろうか。

 

 疑問に思う間も無く、アスナは私から離れると、ゆっくりと目を閉じて集中に入る。

 

「右手に気を……。左手に――」

「ちょっ!? 何考えてるの!」

 

 何故ここで感掛法!? そこまでして脱がしたいのかこの変体娘は!

 とにかく、何故か分からないけれどヤバイ。どうしてアスナがこんな行動に出たのか分からないが、このままだと意味が分からないまま脱がされる。

 

 感掛法を発動すれば、身体能力と反応速度が圧倒的に跳ね上がる。そんな調子で帯を引かれたら、その勢いでどこかに放り投げられてしまう。こんな事で怪我なんてしたくない。それに最悪の場合、この別荘は断崖の塔で出来ているのだから、跳ね飛ばされて落とされたら洒落にならない。

 

 つまりアスナの動きを止めてさっさと着替える。それが私が生き残る方法だろう。

 

 ……何故、着替えるのに命がけなのだろうか。さっぱり分からないのだが、ともかくアスナの行動を止めて、着替えが置いてある部屋に逃げ込むに限る。

 すでに感掛法の発動体勢に入っている事から、時空魔法ストップをかけるのはリスクが伴う。魔力が一気に消費されるし、アスナがその場に居なくては効果が無い。そう、私の時間系の魔法は、対象が目視できなくては効果が無い。だからこそ、ここは。

 

「ヘイスト!」

 

 体の中の魔力を意識して、素早く練り上げると共に魔法を発動する。エヴァンジェリンとの訓練で培った、魔法の発動速度アップがこんな事で役に立つのは虚しい限りなのだが、ここはしょうがないと思っておこう。

 それと同時に、ただ知覚速度が早くなっただけでは意味が無いので、無詠唱で戦いの歌を発動して、身体能力をアップさせてアスナの動きに対応する。

 

「フィリィ! お代官様ごっこさせて!」

「はぁ?」

「ぷっ。くくく……」

 

 いや、そこで笑われても困る。もしかしアスナは、ただそれがしたかっただけなのだろうか。そんな事でなんで感掛法まで……。いや、それはもう良い。とにかく私は逃げる。

 

 塔の外周を囲う螺旋階段を視野に収めて、瞬動術で一気に塔の端へ向かう。螺旋階段の構造上、端から飛び降りれば何処かにたどり着くのだから、落ちる前にレビテトで重力をキャンセルして降りれば良い。

 もちろんアスナも私を追いかけてくる。加速している私の速度をもろともしない、反則気味な瞬動術の精度と速度で。……妙な所だけ、原作の神楽坂明日菜クオリティを出さないで欲しい。

 

「絶対逃がさないんだから!」

「ちょっと、いい加減にして」

 

 足先に魔力を込めて駆け出したは良いものの、足の動きを束縛する着物が引っかかり、どうにもバランスが取りにくい。ちらりとアスナを見ると、どうも着崩れさせずに追いかけて来たようだった。

 まったく、どうしてこう反則キャラばかりなのだろうか。それはともかく、加速している私には、一瞬の間をより有利に動く余裕がある。つまり帯の下、着物の裾に手を入れて、左右に開いて足の自由を確保する時間が取れた。

 

 とは言え、すでにアスナは私の正面に回りつつある。瞬動術は一度移動に入ってしまうと、直線的な動きしか出来ないと言う欠点がある。このままではアスナにぶつかってしまうし、彼女も私を受け止める腹積もりかもしれない。本当に、何をしているんだか。

 

「――レビテト」

 

 その瞬間にふわりと体が浮かび上がり、重力の支配から逃れ出る。そのまま空を蹴ってアスナを飛び越え、螺旋階段へと向かう。これならばアスナにぶつかりもしないだろう。

 

 しかしアスナの身体能力、いや執念だろうか。それは私の予想を遥かに上回っていた。

 

「フィリィのあしーーー!」

「変体発言するんじゃない!」

「……アスナさん、ファイトです」

「こらそこ!」

 

 もう、本当に何なのだろうか今日は。朝から連れ回されたと思ったら、原作より早い時期にネギ・スプリングフィールドに出会ってしまった。極め付けにはアスナに追いかけられて、茶々丸にもこんな事を言われる始末。

 

「もう、ちょっとぉー!」

「そんな事で気合を入れないで!」

 

 アスナの頭上を飛び越えてから刹那、飛び上がって足を掴もうとする手を、必死に体を捻ってかわそうとする。グラビデでアスナを潰して怪我をさせるわけにもいけないし、ストップをかけるにも魔力量の底が見えてしまう。少し回復してからにしたい。……あ、もしかして。

 

「……レビテト」

 

 捻った体をさらに裏返して、視線の先にアスナを捕らえる。……見なければ良かった。必死ながらも、こんなに嬉しそうに私の足に向かって手を伸ばすアスナとか、何処の男子中高生だと言うのだ。

 それはともかく、アスナにかけたレビテトが、彼女の体を重力から開放して浮かび上がらせる。バランスを崩したアスナは空でもがくが、ギリギリのところで伸ばした手が間に合ったらしく、私は足首を掴まれた。

 

 そしてそのまま、強引に引き寄せられて、体を抱き留められてしまった。

 

「やった! 捕まえた!」

「はぁ、もう何なの。お代官様ごっことかしないからね」

「え、やらないのですか」

「なんで茶々丸さんまでやる気なの……」

 

 何だかもう心底疲れた。どうしてこんな事で命がけになっているのだか。二人してフワフワと浮かんだままになっていても仕方が無いので、魔法を制御してレビテトを解除する。

 ゆっくりと降り立った私達の姿は、互いの着物が着崩れただけではなく、突然の激しい運動で着物に皺も作ってしまった。何よりも汗をかいてとても気持ちが悪い。

 

「すみません、エヴァンジェリンさん」

「くっくく。かまわんよ。おい茶々丸」

「はい、マスター」

 

 まだ笑っていたのか。別に彼女に笑われるためにやったわけではない。いや、私は何一つとしてやろうとしてないのだが。それにしてもアスナはなんで急にこんな事を? さすがにこんな事をしたのには理由があるはず。

 

 気になって抱きしめているアスナを見ると、何だか満足そうな顔をしていた。

 

「アスナ。急にどうしたの」

「うふふ。あったかー……痛っ!」

 

 取りあえずそこそこ思いっきり頭を叩く。何か思っての事だろうが、さすがにやりすぎだと思う。

 

「アスナ。ちゃんと答えて」

「だって……。フィリィはずっと、ネギって子の事考えてるんだもん」

「……え?」

「真常さん。気付いていませんでしたか? 物凄く睨んでましたよ」

 

 まさか、ただ寂しかっただけ? 私がアスナに構わずに説明も後回しにして、ネギ・スプリングフィールドの事を必死に考えていた。その事に腹を立てて、あんな事をしたと言うのだろうか。

 

「はぁ……。何か理不尽な気がするけれど。ごめんね、後回しにして」

「うん、私もごめんなさい。じゃぁ、お風呂入ろうね!」

「何でそうなるの。確かに入りたいけど」

 

 まぁ、汗をかいてるし。このまま着替えても気持ち悪いだけだから良いけれども。

 

 

 

「ふぅ……」

 

 エヴァンジェリンの別荘に備え付けられた浴場はとても広い。寮の大浴場に比べれば小さいのだが、それでも個人所有を考えたら、異様に広いと言わざるを得ない。その浴場の階段状になった縁に腰掛けて、足を遊ばせながら半身浴をしている。

 

「フィリィ、髪洗わせて?」

「……アスナ、ちょっと今日はもう、疲れたんだけど」

「残念……」

 

 そこでしょんぼりされても困る。と言うか心情的には構ってあげたい所なのだが、私もいい加減疲れている。ここが外の時間と切り離された時間の流れを持つ、一時間が二十四時間の世界で本当に良かった。

 それはともかく、まずアスナにナギ・スプリングフィールドの事を口止めしたことを話さなくてはいけないだろう。これ以上、口止めする理由も無いし、週明けになってまた話を続けられても困る。

 

 だからこそ私は、真剣な表情と声で、彼女に問い掛ける。

 

「ねぇ、アスナ」

「洗って良いの?」

「違う……。昼間の口止めの事。まさか、自分の生まれの事を忘れたわけじゃないでしょ」

「……うん」

 

 アスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシア。その名前が示す通り、彼女は今は亡き魔法の国、ウェスペルタティアのお姫様。しかも黄昏の姫御子と呼ばれ、魔法を無効化する『兵器』として使われた経緯を持つ。正体が知れれば、その力も立場も利用しようとする者は、絶えず現れる可能性がある。

 そして、有名なスプリングフィールド姓を持つ彼に近寄る。それは同時に彼に興味を持つ人物に、自分はここに居ると、そう示している事と同じだと私は考えている。

 

「でも、ナギは。タカミチも。ガトウさんも。私を……」

「普通に笑って生きて欲しいって言ったんでしょ? だからこそ、存在を知られない必要がある」

「うん。でもネギは、私達を利用しないって思う」

「……ナギの息子だから? でも、周囲はきっと違う。特にあのぬらりひょん」

「…………うん」

 

 何かある度に、あの学園長は私達に仕事を任せようとする。表に引っ張り出して、周囲と接触を持たせようとする。おそらく、手駒を増やしたいのだろう。

 今に至っては、A組という彼のための生贄。そうはならなかったとしても、麻帆良学園出身者として功績が残れば、彼の育成の賜物として名を馳せる事になる。本当に煩わしい限りだ。

 

「エヴァンジェリンさんの様な実力が有れば良いけれど、私達はその域にはぜんぜん届かない」

「隠れなくても良い位。強く、なりたいね」

「それはそれで腹立たしいのだけれど……」

「何で?」

 

 高畑先生や、エヴァンジェリンの手柄になるのならまだ良いけれど、きっと学園長が育てました。って事になる。どうにもままならない所が苛立たしい。

 

「ねぇ、フィリィ」

「何?」

「やっぱり、髪洗わせて?」

「はぁ……。分かったから、ともかくネギに過剰に関わらない事。エヴァンジェリンさんじゃないけれど、見極める必要はあるでしょ」

「やった! だからフィリィは大好き!」

 

 まったく。肝心な所だけ聞いてない様な気がする。それでも、彼女が表に引っ張り出されてしまえば、私だって見過ごせないし。今更放り投げるつもりも無い。本当に、人生はままならない。

 

 浴槽から上がって移動する私の後に、鼻歌を歌いながら付いて来るアスナを見て思う。魔法使いの世界から逃げ続けようとする似たもの同士を。

 初めて会った時は、彼女も私から見て近づきたくない一人どころか、最重重要人物だった。最も、あっと言う間に関わり合いになって、見捨てられなくなったのだが。それでも、今はこんな日常も悪くないって思う。だからと言っていつまでも麻帆良にいて、高畑先生とエヴァンジェリンの庇護の下に居るわけにも行かない。強く、強く実感した夜だった。



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第10話 赴任初日

「なごむ~」

「アスナ。人の背中で寝ようとしないで。……髪も絡まる」

「じゃぁ結ばせて」

「……ダメ」

「うぅ……。残念」

 

 椅子に座った私の背中の上でごろごろしている馬鹿娘、もといアスナは、もうちょっとだけ空気を読んでくれると助かる。こちらは、ネギ・スプリングフィールドが赴任してくると思われる今日のHRの事が、気が気でないと言うのに。

 何かあると直ぐいじろうとする癖は、小学校の頃から私が放って置いたのが悪かったのだろうか。何だかんだと言って、許していたのも悪かったのかもしれない。今さら直されても、それはそれで微妙にアスナっぽくないと感じてしまう私も、既に手遅れ気味に感じて悲しいものがあるのだが。

 

「ねぇフィリィ? 緊張し過ぎだと思うよ」

「……解ってたのなら疲れさせないでよ」

「”あの子”の事でしょ。フィリィが悩んでも、どうしようもない時もあるんじゃないかな」

「それはね。だからと言って、出来る対策をしないわけにいかないから悩んでるんじゃない」

 

 そう、エヴァンジェリンの別荘で過ごしたあの後。寮に帰った私達の前に彼は現れなかったのだ。

 

 もしかしたら、学園長から連絡があるのではないかと思ったのだがそんな事も無く、不安だけが宙に浮いた状態になっている。念のために夜中に寮の廊下や玄関に居ないか確認し、今朝も早めに出て寮の入り口を見張るなどと疑心暗鬼の様になっている。

 けれども本当に彼が来ていないなら、単純に高畑先生の所か、ホテルや他の先生の部屋なのだろう。もっとも、後から学園長に呼び出されて……。なんて事になったら困るので警戒を怠れない。

 

「アスナ。必要な事は解ってるでしょ?」

「……うん」

 

 基本的に私とアスナは、特に魔法関係において、彼には干渉しない事にしている。

 

 万が一、彼の生死がなどと言う場合。その時は極力こちらのカードを使わずに、隠れて援護に回るしかないだろう。さすがに主人公を死なせるわけにはいかない。それにこういった事は、あらかじめ考えて置くかどうかでは、いざと言う時の対応に明確な差が出る。

 

 そうとは言いつつ、麻帆良学園という表向きの箱庭の中で、生死を賭けた何かが起こると考える方が不自然。だからこそ、基本的には魔法使いだとバレない事を重要視している。

 最悪の事態は、私達の真の能力が誰かにバレる事なのだ。もし彼に魔法関係者とバレた場合でも、「隠し事をしていた」と言う事実が、真実への隠れ蓑になる。

 

 当然これから来るであろう彼に、先日の様な強い目線を向ける気は無いし、自分に注目しているとも思われたくない。

 同時に、周囲の魔法関係者にも彼には興味を持っていないとアピールする事で、余計な注目を集めたくない思惑もある。彼だけではなく、他の魔法関係者にも余計な干渉をしたく無いからだ。

 

「でも、エヴァンジェリンさんがネギを襲うのは放っておくの?」

「それは……」

 

 当の彼女。今日はサボりだと思われる、隣の席見て考える。

 

 襲撃は今日や明日には始まらないと思う。しかし原作と同じ時期、春までには確実に行われるだろう。おそらくとしか言えないけれど、死ぬまで血を吸われる事はないと思う。何しろ私自身、血を吸われる生活に慣れつつあるのだから、ある意味説得力があると思う。

 

 だからと言って、彼女に彼を売る様な、見捨てる行為を忍びないとは思うのも事実。しかし、彼にわざわざ私達から襲撃が有ると伝えるのは、魔法関係者である事を暴露する様なものだ。

 

「基本は傍観しよう。でも、臨機応変で……」

「やっぱり、フィリィは優しいね」

「……はぁ。まったく」

 

 適当に相槌を打ちつつも、卑怯な自分が少し嫌になる。

 私は優しくなんかない。私は私達の生存のために、神楽坂明日菜という原作のフラグを折ったまま、その修正をして回るつもりは無いのだ。

 生き延びるためと言い訳を盾にする、ずるい私を優しいなどと言われても困る。

 

 

 

「先生きたよー! いしし♪」

「お姉ちゃん出来たですー」

「お、やってるねー。私の調査によればさぁ――」

 

 今日から新任の先生が来る。と話に盛り上がる自称麻帆良のパパラッチ朝倉和美。彼女の事だから、どこかで情報を掴んでいても不思議ではない。おそらく原作の初日に彼に仕掛けた罠も、彼女の情報からなのではないだろうか。

 双子の鳴滝姉妹が、ドアの黒板消しトラップに、ロープと水入りバケツの二段躓きトラップ。さらに吸盤アーチェリーと、明らかに一般人向けではない罠を仕掛けている。もしこの全部に引っかかれば、それ相応の被害を受けるのは間違い無いだろう。もしかしたら、認識阻害の学園結界で常識が吹き飛んでいるのかもしれない。

 

 けれども原作で全てに引っかかった彼とは違い、最初の入室者によってそれはあっさり阻また。

 

「こらこら。黒板消しが移動してるぞ」

「むむぅ~。高畑先生にはもう通用しないねー♪」

 

 どうして高畑先生が!? てっきりネギ・スプリングフィールドが来ると思っていたのだが、まさか彼の配属が違うのだろうか。

 てきぱきと罠を処理していく先生の姿を見ると、またここでも原作が変わっているのかと実感せざるを得ない。けれども不安を抱く私の耳に、背中から冷静な声がかけられた。

 

「フィリィ、タカミチの後ろ。”あの子”が居るよ」

「……あっ」

 

 子供用のスーツを着た赤い髪の少年。ギクシャクとした動きと緊張した顔付きから、先日不安だと言っていた事を思い出す。高畑先生の後ろを付いてきた様子を見ると、A組に赴任してきた事実は変わらないのだろう。その事に少し安堵する私がいた。

 

 彼等の到着に賑やかだった教室が静まり始め、それぞれの席へと戻っていく。しかしながら当然と言うべきか、多数の生徒達の視線は高畑先生の後ろの子供に注目している。

 けれども集中する視線をものともせず、教卓に着く高畑先生によって、普段通りに起立と礼を済ませてHRが始まった。

 

「もう気付いてると思うんだが、今日は皆に紹介したい人がいる」

 

 集中する視線の中、彼の緊張を解す為なのだろう。高畑先生は彼の肩を軽く叩いて笑って見せた。

 その行為に少し落ち着いたのか、先程よりも若干、緊張が解けた様に見える。そのまま彼が一歩前に進むと、続けて高畑先生が口を開いた。

 

「彼はイギリスから来たスプリングフィールド先生だ。今日から教育実習生として、皆に英語を教えてくれる事になる。子供だからって侮るんじゃないぞ。彼は大学卒業レベルの語学力があるんだ。仲良くしてやってくれよ」

「えぇと……。教育実習生として英語を教える、ネギ・スプリングフィールド、です。三学期の間ですが、よろしくおねがいします」

 

 未だ緊張しているのか、しどろもどろに自己紹介をする彼に注目が集まる。そして直後に教室に激しく響く黄色い悲鳴。彼への反応は分かっていたけど、彼女達の騒ぎ様に思わず顔をしかめてしまった。

 「可愛い」とか「この子欲しい」とか言う声が聞こえるが、持って行くならどうぞもって行って欲しいものだ。中には「ありえねぇ」と冷静な声も聞こえるが、伊達メガネの彼女には私からも関わらないで居た方が良いと助言してあげたいところではある。

 

 彼が詰め寄られる様子を見ていると、どうしても気になる相手が居る。そう、宮崎のどかだ。

 

 本来ならもじもじとして見ているだけの彼女だろうが、ここの彼女は違う。それに、既に一度私達と一緒に彼に出会っている。

 その事もあってなのか、並み居るクラスメイトを押しのけて、彼に向かって色々と話しかけている。もっとも、ショタコンな雪広あやかも割り行って取り合いになっている様だが、そこはご愛嬌というかお約束と言うか……。

 

 この状況に、思わず自嘲する様な溜息が零れる。まったく……。これだけはしゃいでいるA組のメンバーの様子を見ていると、心配ばかりしている自分が嫌になる。こんな時ばかりだけれども、自分が最後尾の席で良かったと思う。おかげで冷静に判断できるし、彼に向ける鋭い視線と疑惑も良く見える。

 当然ながら超鈴音と桜咲刹那、そして長谷川千雨。ザジ・レイニーデイは良く解らない。原作でも結局何をしていたのか、良く解らなかったのだから。当然、話した事も無いので解るわけがない。

 

 だがここで、場をひっくり返す、思ってもいなかった乱入者が現れた。

 

「申し訳ありません。遅刻いたしました」

「スミマセン、遅刻しました」

 

 ガラガラと鳴る教室の戸を、勢い良く叩き付けて入ってきたのは、茶々丸とエヴァンジェリン。

 

 当たり前の事ながら、そんな事をすれば誰でも注目の的になる。しんと静まった教室内で、乱入者に視線が集まった。

 静まりかえった教室で、高畑先生が彼女達の遅刻と態度を注意する。しかし、素直に謝る茶々丸とは対照的に、彼女は何食わぬ顔で私の隣の定位置に着席する。それと同時に高畑先生は、彼に群がっていた生徒達にも席に着くようにと注意を促した。

 

 それにしても、この行動はあからさまに怪しい……。エヴァンジェリン達はサボりの常連なので、遅れてくる事は何も珍しく無い。けれども、今回ばかりは彼女達がわざと目立っている。そう考えるのが自然だろう。

 

 しかし、彼女達は今しばらく彼を見極めると言っていたのだ。だから今ここで、注目を集めるのは得策とは言えない。

 ならば目立つ理由があった? 彼に自分をアピールする理由が彼女にあるのだろうか。チラリと彼に視線を送ると、その瞳は茶々丸とエヴァンジェリンを交互に見比べていた。

 

 悪目立ち。どう考えてもそうでしかない。

 

 幸いな事に、私はより背が高い前の席の生徒のおかげで、影に隠れていると思う。しかし、どうしても彼の視線がこちらに向いている様で気分が悪い。

 何はともあれ、しんと静まり返った教室のおかげか、彼の簡単な自己紹介と英語の教育実習であっさりと授業は終わりを迎えた。

 

 

 

「ねぇねぇ、ネギ君ってどう思う?」

「ネギ先生だよハルナ! でもビックリしたよねー、本当に先生なんだもん。この前お話したんだけどすっごく良い子なんだよー。趣味はアンティーク収集に紅茶。ミルクティー派だって! でもでも本も沢山読んでるの! やっぱり本を読む子は凄いよね。大学卒業してるんだもん!」

「大学卒業レベルの語学力ですよ。それでも確かに驚くべき事ですが」

「いやー、それにしてもさー。あんな可愛い子貰っちゃっていいのかねぇ」

「大丈夫だよ! ネギ君は正義だもん!」

「彼は本の虫ではありませんよ、のどか」

 

 何とか無事に一日が終わったのは良いのだけれど、何で私の側で騒ぐのか説明して欲しい。確かに最後尾の列は左から四席ほど余りがある。備え付け長机で、誰が使ったとしても文句は無いのだが、わざわざ直ぐ横で話さなくても良いだろうに。もっとも、彼と魔法関係の事で騒がれないだけ遥かにましだとは思う。

 

 それよりも今日一日だけで、また原作との乖離が目に付いた気がする。いやもう本当に、純粋な事実以外は、原作を参考に考えない方が良いのかもしれない。

 それに、エヴァンジェリンの行動についても考えない事にする。彼女が何を思ってあの様な行動を取ったのかは勝手な予測にしか過ぎないし、わざわざ聞いて彼女の計画に巻き込まれる事も無い。

 

 どちらかと言えば、重要なのは彼の下宿先だろう。まだ誰も学園長に呼び出された様子は無いから、高畑先生に聞くのが無難かもしれない。教室で念話を飛ばすのは拙いし、直接聞くのが一番だろうか。

 それで高畑先生の部屋か、教員寮に住み込むのが分かれば、全面的に高畑先生が面倒を見る事になるのだろう。そうなれば私の余計な心配も減る。

 

「ねぇ、フィリィ」

「……どうしたの?」

「ネギの歓迎会やるんだって。フィリィは出るの?」

「歓迎会?」

 

 そう言えば、そんなイベントもあった気がする。確か……。その時には既に魔法がバレ始めていたような? 最初に魔法がバレたのはアスナ。もとい神楽坂明日菜だった。アスナがここに居る以上彼との接点も無いのだし、バレて魔法を乱発するというイベントはまだ始まらないだろう。

 歓迎会に出ないと言う選択肢もあるけれど、不自然に目立つのは避けたい。それなら素直に出るのが良いかもしれない。

 

「じゃぁ、出ようかな」

「……出るんだ?」

「何で不機嫌そうになるの……」

 

 この前ほど彼に執着した視線を送ってはいないと思うのだが。どうもアスナは気に食わないらしい。だからと言って確認を行いたいだけで不貞腐れても困る。

 

「その前にちょっと高畑先生に会ってくる」

「じゃぁ付いていくね」

「はいはい。どうせ付いてくるって言うと思ったからね」

「さすがフィリィ! 愛があるね!」

「……やっぱり置いて行く」

「相変わらず仲が良いですわね。ねぇ真常さん、そのままネギ先生も呼んで来て頂けます?」

「委員長? それは構いませんけど。……誤解しないでくださいね?」

「あら、何の事ですの? ではお願いしますわ。ほら皆さん、さっさと準備いたしますわよ!」

 

 さすがは雪広あやか。彼女のクラス全体に対する、細かな気遣いと視野は凄いと思う。思うのだけれど、私をあまり対象にしないで欲しい。しかも、ある種の天然だから性質が悪い。

 けれどもまぁ、彼と接触したくは無いがここで断るのもおかしい。言伝は高畑先生に頼めば良い事だし、一応は教育実習生なのだから、普通に話すくらいはあっても問題は無いだろう。

 

 とりあえず不思議そうにするアスナに、彼の下宿先を知らなければ、もしもの時の対処ができない。だから高畑先生に聞きに行くと小声で答えて職員室に向かった。

 

 

 

「失礼します。高畑先生はいらっしゃいますか?」

 

 控えめにドアをノックしてから職員室に入る。そのまま高畑先生の机を探すと、仕事中の様だった。

 

「おや、真常君。アスナ君もどうしたんだい」

「少し、お話があるんですけれど。時間を取らせて貰っても大丈夫でしょうか」

 

 いつも通りの態度の高畑先生に向かって、真剣な表情と声で問い掛ける。おそらく彼の事を言いたいのだと分かって貰えるのだろうが、勘違いされては元も子もない。

 小声で「彼の事で少し」と呟くと、はっきりと分かってもらえた様子で、外で話すべきだと高畑先生の目が語っていた。

 

 

 

「……そうだね。この辺なら良いかな」

「ありがとうございます」

「それでネギ君が何かしたかな? 二人とも干渉されて無いと思うんだけど」

 

 勿論、彼が何かしたと言う事はない。何も無いと肯定の意味を含めて素直に頷く。

 

「私が知りたいのは彼の下宿先です。場所を知っていて避けるのではまったく違いますから」

「……なるほどね。今は僕の所だよ。近い内に同じ階の部屋に移動すると思う」

 

 という事は教員寮で確定と考えて良いのだろうか。少し先行きが不安だけれども、こちらに干渉する機会は圧倒的に減ったと考えても良いだろう。思っていたより不安になっていたのか、ふと呼吸が楽になった気がした。

 しかしそうすると、根本的に彼は高畑先生のお世話になるという事だろう。けれども、あの学園長がきっと何かしてくるはず。下手なお願いをされない様にだけは気をつけたい。

 

「真常君」

「――っえ? あ、はい。なんでしょうか?」

「ネギ君の事を、出来れば嫌いになってあげないで貰いたいんだ」

「別に……嫌いではありませんよ」

「そうかい? それなら良いんだけどね」

 

 先日の一軒だろうか。茶々丸にずっと睨んでいたと言われてしまったし、アスナも拗ねさせてしまった。あれは迂闊だったかもしれない。好印象も悪印象も与えずに、普通でいる。おそらくそれが一番無難なはず。

 この世界でも生真面目な彼の事だから、好印象を与えればずっと付き纏われるだろうし、悪印象ならば何とか改善しようとして、やはり付き纏われるだろう。

 

 ベストは印象に残らず卒業する。なのだが……。先日に目を付けられたくらいだから、それは多分無理だろう。あぁ、そう言えば。

 

「すみません高畑先生。携帯の番号とアドレス教えてもらえますか?」

「え? 急にどうしたんだい」

「万が一のためです。寮の内線電話だと緊急時は間に合いませんから。もしもの時は連絡を頂けますか?」

 

 私が彼に対して思う最大の失敗は、原作の彼の最大のパートナーにして反則能力者、神楽坂明日菜を奪ってしまっているという事。

 

 あえてアスナと分けて考えるが、「彼女が居なくては乗り越えられなかった」という可能性を持つ場面は、思い出すだけでもいくつか出てくる。

 エヴァンジェリンによる襲撃から始まり、修学旅行での石化魔法からの防御。その後の悪魔襲撃事件では能力を逆手に取られた事もある。

 

 まぁ最後に限っては、アスナの存在が知られなければ、その事件自体起こらない可能性も有るのではないだろうか。学園祭やその後の不安はあるものの、そこまでの流れを確認しない事には対策も取れないだろう。

 

「二人とも、彼の事はどう思ってるんだい?」

「私は、出来ればネギの力になりたい。でも、フィリィもタカミチも、ナギもガトウさんも、私に普通に笑って生きて欲しいって言ってる。だから、魔法以外の事なら力になれたら良いなって思うよ」

「それでも、基本的に私達は干渉しない事にしています。でも、彼は魔法先生でスプリングフィールドですよ? 何かがあってからでは遅いと思います」

 

 しばらく逡巡する高畑先生。私が言ったスプリングフィールド姓の、ブランドネームを考えてくれていると思うのだが。下手に勘違いだけはされたくない。基本的に魔法関係者から不干渉の約束は、新任の魔法先生である彼にも適応されるはず。

 迷っているという事は、きっとこれからの彼の道に、何かしら思う所があるからだろう。それにあの学園長の事だから、確実に惚けた顔で何かの課題を出して、彼と周囲を巻き込んで成長させようとするのは分かっている。

 

 もしかして、既に課題を出された後だったりするのだろうか。まさか、初日で?

 いくらなんでも赴任したばかりなのだし、先生になる前提が優先されると思うのだが、ぬらりひょんの事だけは油断できない。

 

「二人ともすまない。本当にどうしようもない時だけは連絡させてもらうよ」

「……はい。わかりました。それから、彼の歓迎会をクラスでするみたいなので、伝えてもらえますか?」

「あぁもちろん。確実に伝えさせてもらうよ。きっと喜ぶと思う」

 

 歓迎会と聴くと、高畑先生の顔が笑みを浮かべて綻ぶ。口調も朗らかになったし、やはり彼の事は大切に思っているのだろう。尊敬する人の息子なのだから、その気持ちは分からないでもない。

 それはともかく、聞きたい事は教えてもらえたし、伝える事は伝えた。そのまま素早く携帯電話のデータを交換して、歓迎会の準備を続ける教室へ戻った。



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第11話 その理由

「ネギ先生ー! 2-Aにようこそー!」

 

 パンッと鳴り響く独特の破裂音と共に、空に投げ出される紙吹雪、掛けるだいたい三十人分。

 クラッカーの歓迎で迎え入れられたネギ・スプリングフィールドは、一瞬呆けた顔を見せたものの、直ぐに嬉しさと少しの恥ずかしさを浮かべた顔で、教室の中に飛び込んで行った。ちなみに、人数に含めなかった人が誰かはご察し頂きたい。

 

「わーー! 皆さん、ありがとうございます!」

「どういたしまして、ネギ先生。クラスを代表して歓迎いたしますわ」

「ネギ君よろしくねー!」

「そうだよネギ君。楽しんでいってね!」

 

 私達が高畑先生の所へ行っている間に、購買かコンビニで買って来たのだろう。中央に寄せられた三列程の長机の上には、ドリンク類とお菓子等が山の様に置いてあった。

 

 とりあえず、今日ここまで何も無かった事は素直に嬉しい。私もアスナも彼が魔法を使った所は見ていない。それに彼女達の会話を聴くと、他の誰かに魔法を使った様子も無い。

 今となっては、真っ先に魔法を見てしまいそうな宮崎のどかも、普段通りのハイテンショントークで、彼への接し方にも変化は無いと思う。今の状況ならば、巻き込まれる心配もなく上々と言える。

 

 机の上に配られたジュースを手に取り、一口啜って喉を潤わせる。本当に、安心感があるのは素晴らしい。とっても心が落ち着く。ぜひそのまま一般少年に育って欲しい。無理だとは分かっているけれど。

 

「ねぇフィリィ」

「どうかした?」

 

 いつも通り横にぴったりとくっついて座っているアスナが、落ち着いた雰囲気で、笑顔を浮かべて問い掛けてくる。

 少し機嫌が良いからだろうか。くっついたまま小首を傾けて、瞳を覗き込んでくるアスナに文句を言いたくならないのは。

 

「ちょっと落ち着いたね。ずっと難しい顔してるんだもん」

「……うっ。気をつける」

 

 彼への視線は抑えていたとは思うのだが、今度は顔に出ていたという事か。もしかして、私は色々と顔に出やすいタイプなのだろうか……。ポーカーフェイスが苦手なのは不味いかもしれない。アスナじゃないけれど、むしろ普段から笑っていた方が良いのだろうか。

 

 ふと笑った自分を想像してみて、何だかキャラじゃないと即座にその考えを否定する。A組の自己紹介の時もそうなのだが、私の印象はどうにも知的なクール美人と随分過大に評価されている。

 正直、自分を美人だなんて思っていないのだが、目立つ様な容姿に生まれたのは少々恨みがましい所も有る。自分で生まれを選ぶ事は出来ないし、白人の母を持ってハーフに生まれてきてしまったものはしょうがない。だからこそ、しらっとして周りと壁を作っているというのに。

 

「ねぇねぇ、ネギ君ってどこに住んでるの?」

「こら、あなた達。ネギ先生ですわよ!」

「あ、はい。今はタカミチのところに。でも、近くの部屋に今準備してくれてるって学院長が……」

「じゃぁじゃぁ、遊びに行って良いかな!?」

「賛成ー! 週末はネギ君の部屋で歓迎会だね!」

「え、えぇと。そんなに何回もしてもらうわけには」

 

 うん……。その、何と言うか、今日ほど一般人に生まれた人を羨ましく思った事は無いかもしれない。もっとも私が一般人だったら、今頃もう何十回も死んでいる気がしてならないのだが。

 あんなにあっさり下宿先が聞けるのは、さすがはA組といった所だろうか。このクラスの無駄パワー、と言うと駄目な様に聞こえるが。本当にそれだけは凄いと思う。

 

 私も外見は中学生だけれど、精神的には二十歳を超えている。そういう事もあって、よくもまぁここまではしゃげるものだと、少し年寄り臭い事を思ってしまったりもする。勿論それを口には出したりはしない。そんな事を言えば、両隣から攻撃が来るだろう。

 

 そう、何故か今日に限っては、アスナとは逆隣にエヴァンジェリンと茶々丸が座って居る。

 

 もちろん、声はかけない。今朝方あんな事をした彼女は、彼の印象に強く残っただろうし、変に注目はされたくない。教室の魔法関係者も、あの行動にはヒヤリとしたはずだし、本当に一体何を考えての行動だったのだろうか。

 それに後々、彼は彼女と戦う事になるのだから、ここで親しいと思われて関係を邪推されても困る。多分、一般生徒は何とも思ってないと願いたい。席順は元から隣と斜め前の彼女達だし、何よりも彼に注目していてこちらに構っている場合でもなさそうだ。

 

「やぁ、皆やってるね」

「あ、タカミチ!」

「どうだい、ネギ君。皆良い子達だろう?」

 

 少し、嬉しそうな表情の高畑先生だ。先生なりに溶け込めるのか心配していたのだろう。それに今日の彼の様子を見る限り、多少なりとも先生の心得について、面倒を見てくれたのだろう。

 ある意味注意し過ぎていると、魔法関連のイベントが起こらずに、魔法先生じゃなくて子供先生のまま物語が進んでしまうのだが……。その方が都合の良いのはある種の真実なので、なかなか困った所でもある。

 

「うん! 皆良い人ばかりで。……あっ」

 

 でも、と言い淀んだ彼の目線がこちらに向いて来るのが分かる。うぐ……。隣に居る彼女に向いているのは分かるのだが、私の方を見ないでもらいたい。思わずアスナの方に視線を逸らすと、大丈夫だとばかりに微笑んでいる彼女の顔が視界に入った。

 分かっている、彼が見ているのはエヴァンジェリンであって、私ではない。冷や汗交じりの自分に、大丈夫だと言い聞かせて頷く。

 

 そう言えば、やはり彼はナギ・スプリングフィールドの事で、まだアスナに何かを聴きたいと思っているのだろうか。アスナは「タカミチから聞いた」と答えたのだし、高畑先生に向かってその質問をしてもらいたいものだ。

 

「あぁ、エヴァの事かい。大丈夫だ、根は良い人なんだよ」

「……フンッ」

「マスター、落ち着いてください」

 

 反応に困る……。教室内はまだまだ騒がしいものの、彼女の態度はそれとかなりの温度差が有る。高畑先生は彼女を信用しているのだろうが、他の魔法関係者はそれ程でも無いだろう。何せその名前だけで、有る意味スプリングフィールド姓並みの爆弾になっているのだから。

 

 しかし、私達を取り巻く状況は原作よりも複雑だろう。私というイレギュラー、学園の魔法関係者から不干渉を約束された魔法生徒が居る。

 そしてそこに、ネギ・スプリングフィールドという、彼女にとっての獲物が入り込む。彼が自分で行動を取れば、よほどの事が無い限り学園長は見て見ぬ振りをするだろう。そうなれば魔法先生達も進言しにくい。仮に私に彼女を止める様に頼むのは約束に引っかかる。

 

 もっともエヴァンジェリンはそれをあっさり破ってきたのだが、正義の魔法使いを掲げる彼らは、約束というものを容易に破らないと願いたい。

 そしてその彼女の元で、私達が修行を重ねているのも事実。学園長の公認なので、他の魔法関係者からはある意味腫れ物に触る状態なのだろう。不干渉と言う約束がなければ、修行をしている最中に、彼女の家に度々踏み込まれる様な日々になっていたかもしれない。

 

「気分が悪い。私は帰る」

「……え」

「かしこまりました」

 

 突然、不機嫌をそのまま貼り付けた様な顔で立ち上がり、わざとらしく大声で宣言する彼女。不意打ちの言葉に、思わず声が漏れてしまった。そして当然、再び彼女に注目が集まる。

 本当に、何をしているのだろうか。いくら何でもこの行動は彼女らしくない。それとも既に、何か彼女の計画が始まっているのだろうか。

 

 教室の視線を集める中、一度彼を睨みつけてから、何事も無かったかの様な調子で教室を出て行く。けれども教室を出る直前に、彼女の口元が笑みの形に吊りあがっているのが見えた。それから、一瞬だけ私達に向けた意味深な視線も。

 

 ……何かがあると言う事だろう。そうでなければあんな事はしない。

 

「気にしないでネギ君!」

「そうですわ、彼女はいつもあんな調子ですもの」

 

 次々と声をかけて彼を慰めていく様子が見えるが、赴任初日からこれはでは、かなり厳しいと感じただろう。仲良くしてくれる生徒達ばかりだと思っていた所に、世間一般からみて、不良と呼ばれるような態度。

 自分自身を良く思っていないと、あからさまな態度で接してくる彼女を彼はどう思うだろうか。まず、間違いなく心配と不安。そして生真面目な彼の事だ、どうにか解消しようと心の中に留め置くだろう。

 

「ねぇ、フィリィ」

「え、なに?」

「エヴァンジェリンさん、何がしたかったのかな?」

「それは……。分からないけど」

「でもわざとらしかったよね」

「うん。まぁ、ね……」

 

 彼女の狙いはどこにあるのだろう……。さっきの行動は自分に注目を持たせて、彼を惹きつけようとしているのだろうか。けれど、それならばわざわざ不良っぽく見せる必要は無いと思う。

 場合によっては、彼に好感を持つクラスメイトのフォローの方が目立つだろうし、初めから好感を持っている宮崎のどか達の方が、より自然に仲良くなって行くだろう。彼女自身も、ただの少女を偽って近づく手段だって取れない事は無いはずだ。

 

「わーかったぁ!」

「うわ、なによ柿崎」

「間違いないね! あのつれない態度! 彼の気を誘う演技とみた!」

「え……?」

 

 いや、それは。無いと思う。完全にゼロかと言われれば疑問だけれども、さすがにそんな事は。

でも、まさか……。彼女が好きなのは彼の父親のはずなのだし。

 

「でもエヴァンジェリンさんって、気はかけてるよね?」

「……うっ」

「お、もしかしてフィリィちゃん事情通? 何か知ってたりするのかな~?」

 

 出たな、麻帆良のパパラッチめ……。こういう時だけ口も手も早いのだから困る。

 

「ちょっとお待ちなさい! 私もネギ先生が好きですわ!」

「委員長! マジで!?」

「え、えぇぇ! 僕ですか!?」

「当然ですわ! こんなにも礼儀正しく愛らしい少年! 愛が、愛が溢れて!」

「うわ、鼻血がー! 保険委員ー」

 

 いや、ちょっと待って本当に。彼女が何をしたかったのか分からないけど、彼を巡っての恋愛の話は禁句だと思う。

 突然始まったカオス状態に、唖然としている彼に詰め寄って「好きな娘は居る?」、「好きなタイプは?」と、急にクラスメイト達がざわめき立つ。もはや押し寄せる恋愛マニアや恋バナ目的で、収拾がつかない様に見える。

 

「それで? フィリィちゃんの見立ては?」

「……さぁ? 機嫌が悪かっただけじゃないんですか?」

「私はフィリィが好きだよ?」

「……何でアスナが答えるの?」

 

 ちょっと待て。そんな艶っぽい瞳を投げかけられても困る。何でこんな事に?

 

「いや~、アスナのフィリィちゃん大好き振りは周知の事実だから良いんだけど、私はあの無口・無愛想少女が気になるわけでさ~? そこの所の真実はどうなのかなーって」

 

 ……良くない! それじゃ私がそっちの気があるように思われてしまうじゃないか。本当にこのパパラッチはろくな事を言わないから困る。

 とりあえずここは、治める方向で何かを言っておいた方が良いだろう。

 

 けれども、私が口を開く前に押し入って、ハイテンションで彼に飛びつく生徒が居た。

 

「私だって、ネギ先生の事好きだよ! こんなに小さいのに先生になって頑張ってるし、尊敬するお父さんを追いかけてるんだよね! 夢があって素敵でカッコイイ! それに本が好きなのも良いと思う! 私はネギ先生と本屋王になる!」

「な、宮崎さん!? 良いでしょう、私もこの勝負は譲れません。どちらがネギ先生をより好きか、勝負ですわ!」

「はいはーい! ネギくーん、私も立候補するよー!」

「ちょ、ちょっと、皆さん落ち着いてー!?」

 

 宮崎のどか!? いくら何でも好きになるのが早すぎじゃ!? ちょ、ちょっと落ち着こう。何だろうこれは。何でいきなりこんな事に? それはもうA組の暴走パワーが凄いのは分かっているけれど、彼女達がネギ・スプリングフィールドという個人を恋愛感情で取り合いになるのは早すぎるのではないだろうか。

 それともまさか、ただふざけているだけなのか。宮崎のどかと雪広あやかに関しては、ある程度本気なのかもしれないけれど、いくら何でも……。あ、そうか!

 

 考えてみれば今の時点で、神楽坂明日菜という彼の側にいる理解者が居ない。

 

 だからこそ、彼の取り合いが起こるのは必然なのかもしれない。元々彼への好感度が高くなる様な人間のクラス分けなのだし、その事を言い出すのは結局誰であっても同じ。

 そう考えると早くても遅くても、この取り合いは始まっただろう。と言う事はまさか、エヴァンジェリンの行動はそれを促した? わざわざ彼女が? いくら何でも、ありえないと思う。彼に対する悪い印象を与える事で、好きでも嫌いでもない普通の状態のクラスメイトを、プラスの方向になる様に仕向けたというのだろうか。一体なんのメリットがあって……。

 

「じゃぁ、私はフィリィが大好き!」

「アスナッ? じゃぁって何!?」

「フィリィの綺麗な髪が好き! 綺麗な肌も足も好き! とっても心配してくれてる所も、実は沢山々々悩んでても優しい選択をして――ふぐぅ!」

「うぉぉぉ! 生百合発言キタァーー!」

「ハルナ、興奮するのは失礼ですよ。だれでも、その、個人の趣味というのは、あるものですから」

「違います……。アスナはただの友達です。この馬鹿は黙らせますから、ネギ・スプリングフィールド先生をどうぞ。ほら、今なら隙だらけですよ」

「何ですってっ!」

「そ、そんなー!?」

 

 アスナの突然の発言に、慌てて口を塞いで言葉を閉じ込め座らせる。あまりの発言に一瞬呆けてしまったが、いくら何でもこんな悪目立ちはしたくない。それに私はアスナと恋愛する気は更々無い。友達だと思っているのは事実だけれど。

 ちなみに親友と言うには、前世の事やこの世界の事、未来の事など隠し事をしている私にはふさわしくないと思っている。

 

 本当に何のだろうかこの状況は。歓迎会をしていたと思ったら、いつから告白大会に?

 それにしても、ここまで騒ぐのは良くない。教室内がめちゃくちゃになるとまでは行かないが、完全に彼を放置して、好意を持っている生徒だけでの取り合いに発展している。

 

「こらこら、皆ネギ君を放って置いちゃだめだぞ。誰の歓迎会かこれじゃ分からなってしまう」

 

 収拾がつかなくなり始めた教室で、手を叩いて注意を促す高畑先生の姿。そのまま窘める様な口調で、暴れ始めそうになっていた生徒を抑え始める。

 その事に混沌としていた教室内は静まり、ようやく落ち着いた様子を見せた。

 

「申し訳ありません、ネギ先生。せっかくの歓迎会だというのに」

「ごめんねネギくーん」

「すみませんでした……」

「あ、いいえ。僕は嬉しかったですよ」

 

 さすが自称英国紳士だろうか。まずは褒める。その鉄則をこんな時でも発揮する所だけは凄いと思う。普通の女子生徒ならば、自分を見てくれて礼儀正しく、しかも優しい。その上で社会的地位もある優良株。なんて思ってのめり込むのだろうか。

 英国紳士といえば、「礼儀正しい・身嗜みが良い・女性を大切にする」というイメージが先立つと思う。それを忠実に再現する彼は、確かに好印象ではある。スプリングフィールドじゃなければ。

 

 おそらくそう育ったのは、義姉のネカネ・スプリングフィールドや、あちらの魔法先生の賜物なのだと思う。さすがに英雄の息子と名高い魔法の世界の顔を、イメージの悪い少年になる様な教育をしなかったと言う事か。そう考えると、原作の魔法を乱発する一般常識の無い行動が疑問になるのだが、そこは魔法学校の一般常識に毒されたという事だろう。

 

「ほら皆、そろそろ時間も遅くなってきたのだから、お開きにしようか」

「えー、でもまだ十八時前ですよー」

「もう十八時だよ。続きは今度またやるんだろう?」

「そうですわ! ネギ先生、ぜひ教員寮を教えてくださいませ!」

「は、はい。もちろん!」

 

 さすがに高畑先生は手馴れている。もっとも、今度は教員寮で大騒ぎになるのは確定だから、次は別の先生が飛び込んでいくのかもしれない。そう考えると少し、いや、かなり問題がある気がする。

 

 

 

「すまない、ちょっと残ってもらえるかな」

「今からですか? 少しなら構いませんが」

「おや、私もかい?」

「え、マジで?」

 

 教室の後片付けをする中で高畑先生が順に、魔法生徒の桜咲刹那、龍宮真名、春日美空と声をかけていく。その事に思わずピクリと反応してしまった。

 

 すでに、ネギ・スプリングフィールドは職員室に戻っている。ゴミ捨てをしたまま帰った生徒や、都合で帰った生徒もいて、教室内の人数も疎らだ。

 もちろん、心根素直な彼は自分も手伝うと言い出したのだが、それでは誰のための歓迎会なのか分からない。自分達で準備した歓迎会を、自分達で後片付けするのは当たり前の事だと説得されて、素直に職員室に戻って行った。

 

 しかしここでの魔法生徒の引き止めは、少し怪しいと感じる。魔法関係は不干渉を約束している私の前での発言は、やや不自然ではないだろうか。それとも私の考え過ぎなのか。

 まさか、高畑先生は学園長側で、その考えに賛同しているのだろうか。いや、学園側である事は間違いないのだけれども、さすがにあからさまな事はしないと思いたい。

 

 高畑先生に向かって懐疑的な視線を送ると、分かってもらえたのか、軽く首を左右に振って応えてくれた。つまり、私達は除外と考えて良いのだろう。もし、私達にも絶対に伝えたい事があるならば、先程交換した携帯のデータで、電話でもメールでも連絡が出来るだろう。

 

 そう考えると、彼女達を何のために残したのか。おそらくとしか言えないけれど、この場で最も自然な答えは彼の為の先手だろう。もし何かがあった時に、彼を裏からサポートして欲しいという事なのか。あるいは、逆に見て見ぬ振りをしろと言う事なのか。

 まさか、パートナーになってあげて欲しい、なんて事は頼まないと思う。もしもそれだったら、女子の気持ちを軽視している様で、高畑先生を軽蔑してしまいそうだから止めて欲しい……。

 

 けれど、何にしても学園長にとって都合の良い内容だろう。あまり面白い話ではなさそうだ。

 

「アスナ。掃除終わったから帰るよ」

「うん、晩御飯どうするの?」

「……軽食にしようか。お菓子ばっかりだったし」

 

 まぁ私も体型くらいは気になる。……身長が低いのも気になるけれども。そこはこれからの成長にかけたいと思う。普通の人間に比べて寿命も遥かに長いといわれてしまっているし、いくら体調が良くなる体質を持っていたとしても、150cm程度のままで長生きしたくはない。

 

「ね、フィリィ。手、繋いで帰って良い?」

「なんで?」

「わーい。フィリィの手~」

「相変わらず人の話を聴かない……」

 

 まったく。なんでいつもこの馬鹿娘は日本語が通じないのだろう。まぁ、意図してやっているのは分かっているのだけど。

 だからと言って、手を繋ぐと言いながら、腕に抱き付いているのはおかしい。いつから日本語はそんな愉快な変化を起こしたのだろうか。誰か教えて欲しい。

 

「I want to hold your hand.(手を握って良い?)」

「何で英語なの……。しかも腕掴んでるでしょ」

「掴んでないよ、組んでるの」

「……はぁ、分かった。歩き難いから手で」

「やったー、晩御飯は超包子の回鍋肉が良いな~」

「どう考えても軽食じゃないでしょ? おにぎりとかサンドイッチで」

「じゃぁフィリィの手料理……」

「また今度ね」

 

 とにかく、エヴァンジェリンが何を企んでいるのか分からないけれど、きっともう何かが始まっている。もし宮崎のどかがパートナーで、アーティファクトも原作と変らないのならば、ピンチになる事もあるだろう。

 もしもの時でも関わりたくはないけれど……。視認出来る遠距離から、時空魔法で援護も考えておかなくてはいけないだろう。最悪の時はお金を使って、龍宮真名辺りに依頼という方法もありかもしれない。多分、彼女がA組の中で最も現実的に行動できるだろう。



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第12話 不安の中で

「グラビデ!」

 

 圧縮された重力が、球状に収縮して目の前に降り立つ。黒く見えるその正体は、空間が歪んでいるからだと思う。目の前から迫ってくるナイフを持った彼女。チャチャゼロを着地点に拘束するために撃ち放ったものだ。

 威力としては、立っている人間をいきなり引きずり倒して、起き上がる事が困難になる程度。もっとも、グラビラからグラビジャまで威力を上げていけば、その範囲も重圧も格段に上がっていく。

 

「今日ハ、ズイブン、ヤル気ジャネェカ!」

「――っ!」

 

 けれども私の目論見はあっさりと看破され、直前で真横に移動した彼女から、再びナイフの白刃が迫ってくる。その動きに合わせて、魔力を纏わせたロッドで受けてから流し、二度三度と続けて振り抜かれる刃と対峙する。

 彼女を退散させるだけならば、へイストにスロウ、広範囲・高重力のグラビガと連発すれば退けられるだろう。けれどもそれをした所で何の訓練にもならない。私が、私達が必要とする力は、手持ちのカードを使い切らず、ジョーカーを残したまま相手を制して生き残れる力だ。

 

 再び迫ってくる彼女の刃を、なんとかギリギリの所で避けながら反撃に移る。基本的に私に対する攻撃は、即死に近いものや人体急所を狙ったものが多い。私の体の再生能力も去る事ながら、死の危険と臨場感を肌で覚える必要性もあるからだ。

 心臓を始め、頭や喉、脇腹などへの攻撃を反射的に防げずに、大量の血を流せば私の体質は露見してしまう。だからこそギリギリの所での訓練が、後の後への糧になる。

 

 人形の体である彼女は、基本的に手足を落としたところで無駄なだけ。エヴァンジェリンが修理すればそれで済む事。もっとも、私に彼女を破壊する意思は無い。

 狙うとすればナイフの歯かそれを持つ手首。ロッドの柄の先で真横から衝撃を与える事が出来れば、握った手から離させる事が出来る。もしくは、ナイフを持つ腕に攻撃を加える事で、衝撃や痛みで武器を落とす事もある。あまり考えたくは無いが、生身の人間が相手ならば、手首に致命的なダメージを与える事もできる。

 

「ヤル気ナラ、手加減シネァカラナ」

「……くっ!」

 

 勿論私達だって、エヴァンジェリンの所で訓練を始めてからそれなりに成長している。けれども、先日のネギ・スプリングフィールドの赴任以来、より一層、訓練に熱を入れている。

 

 その原因は、彼との不干渉が上手く行き過ぎて、嫌な予感がするからだ。

 

 赴任初日にアスナに変わって誰かに魔法がバレる事は無かった――と、思う。実際に彼を避けていて見ていないのだから、なんとも言えないところはある。けれども、原作に深く関わったクラスメイト達を観察している限り、とりあえずは何も無かった様に見える。

 

 それに、彼の側には高畑先生がいて教育を施している。それ自体はとても良い事だと思う。原作の様に風の魔法が暴発して脱がされる生徒も見ていないし、魔法がバレて巻き込まれたり、変な薬を作っていたという話も聞かない。

 なんだかんだと言っても、ここは女子校なのだ。彼が何かおかしな行動をとればあっと言う間に噂が尾ひれを付けて駆け巡る。放って置いたとしても、私よりはクラスに壁を作っていないアスナか、何かと側で騒いでいる宮崎のどか達辺りから直ぐに耳に入ってくる。

 

「ヨソ見、スンジャネェゾ!」

「……ぐ!」

 

 ぎちりと軋む音を上げて、力強く振り下ろされたナイフをロッドで受け止める。そのまま少しだけ拮抗していたものの、反対の手に持つ別の刃によって連撃を加えられ、更に魔力が削られる。

 

「――グラビデッ!」

 

 振り降ろされた刃を受け止めながら、真横のベクトルを持つ重力の球体を作り上げる。その球体は彼女に向かうと同時に、進行方向とは真逆へと彼女を押し飛ばす。しかし、グラビデの発生と同時に、こちらに向かって投擲されたナイフが目の前に映った。

 

 投げられたナイフは二本。それも魔力を込められた高速の一撃。慌てて右手に持つロッドで一本目を弾き落す。そして、遅れて来た二本目。一瞬、スロウかストップをかけようとする考えが頭によぎり、それでは意味が無いと踏み止まる。

 もう目前まで迫ったナイフを、振りぬいた後の右手ではなく、魔力を込めた左手の甲を使ってギリギリの所で叩き落した。もちろん魔力を纏わせたからといって、素手で魔力が込められたナイフを弾けば無事では済まない。

 

「プラクテ ビギ・ナル 我が為に ユピテル王の恩寵あれ 治癒!」

 

 血が流れた事を確認すると直ぐに瞬動術で距離をとり、そのまま素早く回復魔法を詠唱する。

 

 もちろん、私の体にこんな魔法を使う意味はない。回復魔法を使ったのは、カモフラージュのための練習になるからだ。もし、私の血が採取されて分析されてしまえば、それを利用する者が出てくるだろう。最悪の場合、あらゆる所から追っ手が掛かるかもしれない。だからこそ血が出たら、即座に拭き取るか回復する様にしている。

 もっとも、殆どの軽症は直ぐに治ってしまうのだが、今の場合は相手が相手でもある。彼女の様な使い手は、地球や火星の魔法世界(ムンドゥス・マギクス)を探したとしても、まず居ない強敵。だからこそ、そういった相手との訓練中に、嘘の動作を見せられる様にしておく事も重要になる。もちろん、掠らせる事無く終わるのが一番良いのに越した事はない。

 

 

 

「フィリィ、痛くない?」

「大丈夫、もう平気だから」

「ケケケ。モット歯ゴタエガ欲シイナ」

 

 あまり無茶を言ってもらっても困る。今日ここまでの訓練で、私達の体術や魔法に関する能力が向上しているのは間違いない。けれども、私の本職は剣士ではないのだし、本場の戦士タイプの様な実力を求められてもさすがに辛いものがある。

 もっとも、糸繰りの術と合気鉄扇術を極めているエヴァンジェリンの様な規格外もいるが、それは例外中の例外。多少の合気道をかじった位ではどうにも経験が不足している。そういえば彼女の合気鉄扇術は、日本に来てから学んだものだったはず。原作で、暇潰しに百年程研鑚を積んだという言葉が印象に残っている。いつか未来で、私もそんな事をして暇を潰す日が来てしまうのだろうか。

 

 人の身体なのに、人とは違う作りの身体。何年生きるのかわからないし、遥か未来まで生き延びた時に、その時私は一体何をしているのだろう……。想像なんてつかない。今とは科学技術も、魔法もまったく違うものになるだろうし、人の生き方すらも変わってしまうかもしれない。

 彼女はそんな事を考えながら、人形達と一人で生きてきたのだろうか。いずれ、今生きている周りの人達を置いていく別れ道が来る。実感は持てないけれど、いつか未来で……。

 

「真常さん、お飲み物です」

「あ、はい。ありがとう、茶々丸さん」

「いえ。あの……」

「どうかしました?」

 

 どうしたのだろう。茶々丸が私に向かって言い淀む理由は無いと思うのだが、何かあっただろうか。それにアスナも、どうして無言で抱きついて来たのだろう。良く分からないが、妙に寂しそうな瞳が気になる。

 

「その、あまりご自身を傷付けない方がよろしいかと」

「え?」

「うん、フィリィの体が丈夫なのは分かってるけど、怪我したら心配だよ」

「……ありがと。心配させてごめんね。でも、本当に危ない時のために、怪我しない様に訓練してるんだから、いまここで怪我をするのは意味が有る事だよ」

「ですが……」

 

 やっぱり、彼女の中で私が怪我をする事が、どうにも印象深く残っているのかもしれない。こういうものをトラウマと言うのかもしれないが、ロボットのAIでもこんな事は有るのだろうか。

 もしそんなものがあるのだとしたら、科学に魂を売ったとまで公言している葉加瀬聡美辺りが、喜んでチェックをして実験するのではないだろうか。

 

 ……でも、それを言うのはやめておこう。一瞬、茶々丸のトラウマ解消のためになるかと思ったけれど、それをすると彼女の事だ、私が血を流す状況を再現しようとして体質がバレるかもしれない。そうすると彼女の実験サンプルになりそうなので、黙っておく方が無難だろう。

 もっともある程度は、茶々丸のメモリーを介して見られているかもしれない。けれども、彼女達がそれを追求してくる事は無いと思う。自分達が魔法に詳しいと、過剰に関わっていると麻帆良学園内で知られれば、即座に追っ手がかかって記憶削除か魔法生徒に登録されるだろう。彼女達の計画の秘密上、原作通りならば迂闊な干渉はして来ないと思う。もっとも、干渉してくるのは超鈴音だろうし、その時はその時でこちらにも脅す種はある。

 

「茶々丸、この馬鹿は放っておけ。どうせ自分をいじめて納得させているだけだ」

「――っ!」

「マスター。ですが、実際に怪我をなさっていますし」

「フィリィ、そうなの? 不安になってる?」

「そんな事はありません……」

 

 その言葉は、ちょっと耳が痛い……。彼とまったく関わりにならずに済むとは思っていないけれど、今の順調すぎる状態が嵐の前の静けさの様にしか感じられない。

 それに、私は子供の時に魔法を隠そうとしてあっさりバレた。今の彼も制御が甘く、魔力が漏れ出ているのが良く分かる。あれでは魔法関係者だけじゃなくて、一般人にも目立つ子供として注目されて、そのまま巻き込まれかねない。

 

 彼に関わる原作のイベントはほぼ記憶している。万が一巻き込まれたら、命の危険がある可能性も解っている。だからこそ、私達にはまだまだ力が足りないと切実に感じる。技術も経験も足りない。それでも、チャチャゼロの攻撃を凌ぐ事なら出来る様になっている。もっとも、彼女の従者達との慣れもあっての事だが。

 私達の望みは普通に生きる事。けれども、持っている力やその体質がそれを許さない。捨ててしまう事もできないし、それは生きる為の力とはまったく逆の選択になるのだから。

 

「フッ。貴様はナギと真逆だな」

「どういう、意味ですか?」

「考えに考え込んで自爆するタイプだ。だからと言って考えるのを止めるなよ? その時は容易に死が待っている」

「解ってますよ」

「大丈夫だよ。フィリィは私が守るから」

「アスナさん……。私にも半分守らせてください」

「茶々丸さんは、エヴァンジェリンさんの従者でしょ……」

「はい。いえ、ですが、あの……」

「ふむ。それはそれで良い傾向か。茶々丸、お前も悩むのを止めるなよ? お前は私の従者だが、ただの人形ではない」

「……了解しました」

 

 こういう時の彼女の反応は困る。彼女との付き合いもそろそろ二年近くになるが、時々踏み込んで来る時がある。彼女に気に入られているとは到底思ってはいないし、それはそれでまた問題もある。

 茶々丸の成長は彼女の本位だろうけれど、私達の事は彼女なりに利用価値があってこそ、面倒を見てくれていると思う。

 

「そうそう、ネギ”先生”の事だがな。お前達はアレに関わる気は無いのだろう?」

「有りませんよ? ……手伝いもしませんけど」

 

 もし、彼女が登校地獄を解除したら……原作が崩れてしまうだろうか? その可能性はゼロではない、というか既に崩れてはいる。最悪の場合、京都でアレを何とかしないといけないかもしれない。けれど、今はまだどうなるか分からない。

 私達が彼女を手伝えば、素人が考えても彼を確保出来る確立はほぼ確実だと分かる。封印状態でさえ彼女に勝てると思えないのだから。原作で負けたのは、かなりの手加減をしていた事と、学園結界の復旧で彼女の魔力を抑える負荷が復活したためだろう。

 

「ねぇ、フィリィ」

「どうかしたの?」

「エヴァンジェリンさんの何を手伝うの?」

「えっ? それは……」

 

 彼女は彼の血を狙って登校地獄を解呪しようとしている。その事はどう考えても明らかで、そこを疑う理由は無いと思う。思うのだけど、頭の中で何かが引っかかっている。

 アスナだってそれは分かっているはず……。いや、分かっていないから聴いて来た? どういう事だろうか。何か見落としがある様な……。

 

「アスナごめん。ちょっと混乱してる。アスナはどうしようって思ってるの?」

「え、様子見でしょ? ネギが私達を魔法の世界に引き込んで利用するタイプなのか、それともタカミチやエヴァンジェリンさんみたいに、黙っていてくれるのか見極めるんじゃないの?」

「え……? あ、そうか……」

「フィリィ?」

「ちょ、ちょっと待って。今整理する」

 

 そうか、これは私の失敗だ。私の先入観で捉え過ぎていた。原作知識が無いアスナが、彼女が彼を襲おうとしている事を察したとしても、確信しているはずが無い。

 前に私の血を吸ったり、アスナの能力で登校地獄を解除しようと試した事があるから、それ自体は解っていると思う。けれども、彼の血で解呪するって発想は、確かに飛躍しているかもしれない。

 

「何か変な事言った?」

「待って……。まだ、考え中だから――」

「マスターはネギ先生の血で、登校地獄の解除を狙っています」

 

 な、何で茶々丸がそこで!? 何も今ここでばらす必要は無いと思う。むしろ私達が妨害したとしたら、彼女としても困るだろう。もっとも、邪魔が出来るとは思っていないけれど。

 

「え、そうなの? フィリィの血でも解除できなかったのに?」

 

 不味いかもしれない……。私が彼女の事を先入観で見ていたのは間違いない。それを、何で気付いたのかと疑われるだろうか。確かに、私は血を吸われた経験が有る。だからこそ、察しが付いたと言えなくも無いと思う。けれど、察しが良すぎる、とも思われないだろうか……。

 緊張した気持ちで彼女に視線を送ると、私の思い込みなのか、やや懐疑的な視線に見えた。けれども別に気にした様子も無く、何とも思われなかった様にも思える。彼女の経験や洞察力からしたら、私の行動がやや不自然に感じられても、おかしくは無い。と、思うけれど……。

 

「あの……」

「ふむ。お前が気付いていても不思議では無い。それなりの情報は与えていたからな。一応伝えておくが、ジジイは”校内暴力”があっても見逃すそうだ。良かったな?」

「ねぇフィリィ。それって、ネギを助けるなって事かな?」

「えぇと……。それだけじゃ、ちょっと曖昧過ぎ。どんな意味にも取れるよ」

 

 事情が絡まってきた気がする。彼女なりに、私達に気付かせ様としていたのは分かるけれど、まったく疑問に持たれていない、という事は無いと思う。

 私もそうだけれど、人は未知のものに恐怖を感じる。だからこそこの先、先入観に捉われ過ぎて、迂闊なミスをしない様に気を付けなければいけない。

 

 それから多分、学園長は私と学園の契約に触れているだろう。私は学園の魔法使いに敵対が出来ない。エヴァンジェリンがそれに含まれるのか分からないけれど、私が彼を襲う事はないし襲う気すらない。けれども、どちら側に付いても見逃す。もしくは訓練だったと言って誤魔化す。そういう事なのだろう。

 少し、苛々する。やっぱり学園長にとって、私達は都合の良い駒なのだろう。降って沸いた調度良いサポート役。きっとそんな風に思われているに違いない。

 

 それに先日の、彼女の不良みたいな行動は言葉通りと言う事だったのだろうか。まさかあれが校内暴力の兆し? さすがにそれは無いと思う。けれども、相手は十歳の少年。どう捉えるかはちょっと分からないものがある。

 もし、彼女が本気で血を吸うつもりなら、今直ぐにだって出来ない事は無いはず。やっぱり、おかしい。原作でも彼を襲う事は完全に見逃されていたのだし、他の魔法先生も一切手を出していない。魔法生徒たちも同じ事。どう考えても、気付かれていない方がおかしい。つまり、彼女が彼を襲う事は想定通りと言う事になる。

 

 彼女が彼を襲う事で得られるメリットは簡単。呪いをかけたナギ・スプリングフィールドの血を継ぐ彼の血で、登校地獄を解呪するため。

 彼が彼女に襲われるメリットは……。おそらく彼の実績と経験。魔法使いの世界で恐れられる彼女の名前は今も健在なのだし、それを倒したとなればそれなり……。茶番でしかないのに。

 

「アスナはどうしたい? 私は学園長の思い通りにされたくないけど」

「でもネギは先生だから、どうしても近寄ってくると思うよ? それに、エヴァンジェリンさんと戦いたくはないかも」

「それは、私もそうなんだけど……」

 

 二人でじっと彼女を見つめる。勿論視線の意味は「無理です。勝てません。手も足も出ません」と込めているのだが、彼女は何処吹く風とばかりに涼しげな様子だった。もしかしたらアスナは、彼女をある種の友達の様に感じているかもしれないが、それはちょっと無理が有るだろう。

 しかし当然といえば当然。私達が睨んだ所で迫力なんて無いのだし、同情を引いてくれるなんて事は、それこそありえないだろう。

 

「わ、私がお手伝いを……」

「茶々丸さんが手伝ったら駄目でしょ」

「は、ハイ。……申し訳ありません」

「……謝らなくても良いと思うけど」

 

 とにかく私は、これ以上原作を乖離させたく無い。彼女が彼を襲うという事実が無くなってしまえば、今後の彼の成長も、パートナー獲得の足がかりもなくなってしまう。

 彼のパートナーになるつもりは一切ないが、もしあのセクハラオコジョが私達の所にやってきたら、檻にでも入れて彼に渡してやるのが良いかもしれない。

 

 

 

 

 

 

「さて、ネギ君」

「は、はい!」

 

 場所は変わって学園長室。緊張を顔に貼り付けたネギ・スプリングフィールドを迎えたのは、この部屋の主、学園長こと近衛近右衛門。

 この老人は彼が赴任してからの日々の様子を聞いて、ある決断をしていた。

 

 その決断を出すまでの主な情報は、高畑先生から監督役としての報告。それと同じく、学園を定期的に巡回している魔法先生や生徒からの評価。それらも全てチェックしていた。

 殆どの結果は、礼儀正しく誰とでも友好的な態度を取り、実に優秀。中には可愛らしくて良い。私が育てたいです。弟子にして良いですか。などもあったが、勿論握り潰した。そして当然ながら、この評価者達は全て魔法使いで、一般人ではない。明らかに贔屓目が入っている。

 

 そして重要なのは、先生として優秀な事と、魔法使いとして優秀な事はイコールではないという事。

 

 ここで言う優秀な魔法使いとは、影ながら魔法を使って人助けが出来る人物を指す。つまり純粋な魔法使いとしての実力。立派な魔法使い、マギステル・マギと人々から呼ばれる様になる為の、栄誉ある仕事に就く人物。もちろん、魔法を一般人にバラしてはいけないと、母校を卒業する前から口酸っぱく教え込まれている。

 

 しかし『日本で先生をする事』と言う課題は、同じ人助けと言っても、内容が大きく違ってくる。そもそも先生と言う仕事は、一般人から見た常識で生徒に教育を施すという事。その他にも、生徒の生活態度のチェックや、場合によっては悩みを聞いてその相談をする事もある。

 もっとも教育実習生である彼は、正規の先生に比べて仕事が少ないとはいえ、高畑先生の仕事のサポートを任されている事に違いはない。つまり一言で言えば、きちんとした先生の仕事は忙しい。

 

 だからこそ、この老人から見て面白くない。せっかく魔法学校を飛び級で卒業した最高の血筋と才能。それが魔法使いとして開花してくれなくては、わざわざ遠方から呼び寄せた意味が無い。

 そしていざ呼び寄せたのは良いが、直ぐに学園長室に来なかったためなのか、思い通りに孫や他の魔法生徒の部屋に同居させる事が出来なかった。これはこの老人にとっての誤算でもあった。

 

 さらに、思っていたよりもタカミチ・T・高畑という個人を信用していたのも問題だった。日本に限らず先生という仕事は、当たり前の事だが魔法を使う事は無い。彼個人は魔法学校の環境の中で育ったため、それを不思議に思うものの、助言に従って魔法をあまり使っていない。もっとも、普段から無意識で身体強化の魔法は使っている。

 しかしここは麻帆良学園。異常を通常と誤認する認識阻害の結界があるため、目立った身体能力を発揮しても、その事で注目はされない。精々があの子は良い運動神経を持っている。その程度に留まってしまう。

 

 だからこそ老人は考えた。これ以上、彼のパートナー候補を見つけるのは遅れてはならないと。不自然が無い様に、それでいて積極的に生徒達に近づける必要があると。

 

「さて、先生見習いとして最初の課題かのう」

「はい! がんばります」

「うむ。まぁそう畏まらなくてもよろしい。簡単な事じゃよ。自分のクラスの生徒と仲良くなる。まずはそこからじゃ」

「え、新しい魔法の習得とか、魔法でクラスの皆さんを助けるんじゃないんですか?」

 

 もちろん普通の先生はそんな事をしない。この疑問は魔法学校という環境で育ったからこそ出てくる発想だった。ウェールズの山奥にある、隔離された魔法使いの箱庭。そこで教育を受けた彼には、一般人の先生が考える行動よりも、魔法使いの常識的な行動が優先されていた。

 さらにもう一つ、慣れない環境で問題が生まれていた。彼は普段から魔法の恩恵に頼ってきたため、魔法を使わない課題をした事が無い。だからこその違和感であり、魔法を使う課題へと考えが向かい易くなっていた。それと同時に、彼にとって無意識のストレスを与える原因にもなっていた。

 

「もちろん、必要な時は影から使ってもよろしい。じゃが、あくまでまずは仲良くなる事じゃ。おいおい課題は追加していくがのう。ふぉっふぉっふぉ」

「はい! 僕は皆さんと仲良くなれる様にがんばってみます!」

「うむ、良い返事じゃ。これからも頼むぞい、ネギ”先生”。何かあれば遠慮なくワシの所に相談に来て構わんからのう」

「分かりました!」

 

 褒めて伸ばし、釘を刺すのも忘れない。ネギ君と子ども扱いではなく、ネギ先生と大人扱いをする事で自覚を促す。この天才少年にはそれが理解できる。素直で優秀な魔法使い。だからこそ育てる甲斐がある。もちろん、魔法使いの常識が染み込んだ、学園長の思い込みでもあった。



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第13話 ある日常の一幕(1)

「ゆえゆえ~! 次の時間、ネギ先生だよ! 英語の授業だよ!」

「はしゃぎ過ぎですよのどか」

「う~ん。頭が良くて、将来のルックスも期待大。さすが英国紳士は伊達じゃないって? あの本の虫ののどかが一目惚れだなんてね~」

「キャー! 言わないでよハルナー」

「痛いってば! 教科書で叩くんじゃないわよ!」

 

 春って、二月からだった? 私の記憶が確かなら四月くらいだったと思う。立春は二月だけど、何だかとっても何かを悟ってしまったような、物悲しい気がする。

 要するに近頃のA組では、彼の授業の前になると、この手のやり取りがよく見る光景になってしまった。もっともそれは彼女に限った事ではなく、何人かの好意的な生徒の間で良い話しの種にされている。それにしても、教科書をバシバシ叩きつけて恥ずかしがる宮崎のどかの姿はとても新鮮に映る。

 

 彼が赴任してきてからは、高畑先生の授業に代わって英語の教育実習をするようになった。前世の記憶と参考書の勉強も含めて、子供の頃からアスナの英語に付き合わされたおかげか、とりあえず中学レベルのものは問題ない。問題ないのだけれど、かえって墓穴を掘っている気がしてならない。

 つまり英語の授業に限っては、私の容姿のせいもあってどうしても目立ってしまう。ネイティブな英語が話せてしまうのも問題で、アスナと合わせて当てられる回数が多い。

 

 それに自分から手を上げる雪広あやかもよく当てられるが、彼女の天然金髪は本当に日本人なのかと聴きたくなる。わざわざ聴かないけれど。他のクラスメイトは露骨に目を逸らして、当てられない様にする姿も良く見かける。

 そんな事もあって、彼の授業ではどうしても憂鬱になる。まぁそれでも、親密で魔法を知っている相手として当たられた、原作の神楽坂明日菜に比べれば大分ましなのかもしれない。

 

 ちなみに純粋な白人のエヴァンジェリンは、彼が赴任してきてからサボりが目に見えて増えている。特に彼の授業が有る日は、高確率で授業に出てこない。

 

「はぁ……」

「フィリィ、大丈夫?」

「帰りたい」

「まだ午前中……」

「それでも良い、帰る」

「帰ると余計目立つよ?」

「分かってる……」

 

 そんな事をしたら目立つと分かっているけれど、それでも彼の授業だから出たく無いわけで……。

 やっぱり、彼の来訪初日で何かのフラグを立ててしまったのだろうか。どうも彼が教室に入ってきてから授業をしている間、キラキラとした目線がこちらに向いている様な気がしてならない。

 どう考えても私の思い込みと言うか、意識し過ぎだと思うのだが、気になるものは仕方が無いと思う。とにかく、気にしていても進展は無いのだし、気を取り直して授業に向かうしか無いだろう。

 

「真常さん。少しよろしいですか?」

「……なんでしょう?」

 

 本当は少しもよろしくは無いが、何も応えないで無視する方がもっとよろしく無いので、仕方が無く返事をする。綾瀬夕映も早乙女ハルナも席が近い事も有って、いつも騒いでいる宮崎のどか達のグループの声はどうしても聞こえてしまう。けれども、彼女からの問い掛けは本当に珍しい。

 まさか勉強が嫌いでバカブラックと原作で呼ばれた綾瀬夕映が、勉強を教えてほしいなどと言う事は無いだろうし、一体何なのだろうか?

 

「ネギ先生が赴任してから、クラスではその話題で持ちきりです。ですが真常さんの場合はまるで興味が無いように見えます。と言うよりは近づかないように見えたのです。先生の様な特別な存在に、興味が沸く事は無いのでしょうか?」

 

 あぁつまり、彼女は彼に興味がある。と言う事なのだろう。流石にまだ魔法を見たわけでは無いだろうし、憧れが芽生えているはずも無い。つまり、純粋な興味と言うことだろう。私が彼を避けている態度に、薄っすら気付かれていても不思議は無いけれど、それだけ彼女は私を見ていたと言う事だろう。

 ……あれ? いつの間にかよく分からないフラグが、また立っているのではないだろうか? 彼女が私に興味を持つのも、宮崎のどかによく近くで騒がれるのもまったく持って意味が分からない。初対面だろうがなんだろうが、ハッキリと嫌悪でもしない限りあっさり仲良くなる女子特有の部分は分かるのだけれど、よりによってなんで原作の重要キャラの彼女達から私に向いてくるのかと、頭を抱えたくなる。

 

 ここで彼に興味がありません。と一言で片付けるのは簡単だけれど、それでは角が立つし逆に不自然に目だって余計な興味をもたれるのは良くない。それなら、彼女の様な自己解析をするタイプには、自問自答となって引き下がる答えを返せば良いのではないだろか。

 

「綾瀬さんにとって、彼は特別と言える意味があるんですか?」

 

 つまり、哲学というか理屈に重きを置いている彼女なら、彼に特別という言葉を使った自分に戸惑うのではないだろうか?

 ここで哲学に詳しい人間ならば、彼女を理屈で退散させられたのかもしれないが、生憎私はさっぱり分からない。もちろん馬鹿になんてしていないが、人には向き不向きと言うものがあるのは間違いないと思う。

 

「……特別な意味、ですか?」

「え、夕映もネギ先生の事が好きなの?」

「マジで!? 哲学少女の夕映が?」

「違いますよ。私はそんな話はしていないです」

「夕映はネギ先生の事好きじゃないんだよね!? 信じちゃうよ? 好きだったらライバル宣言しちゃうぞー?」

「はい、誓ってそんな事はありません。だから安心してください、のどか」

「なーんだ、まさかの三角関係かと思ったのにねー」

 

 どうやら、目論見は大幅に外れたらしい。やっぱりこの時点では彼に興味はあっても、大きな好意は無いという事だろう。それに、彼女達にとってはやっぱり恋愛の方が重用だったと言う事だろう。宮崎のどかは彼女達の親友なのだし、必ず結ばれると言うわけでは無いだろうが、ささやかな恋を応援したい気持ちのほうが勝ったと言う事なんだと思う。

 即座に否定した彼女の言葉にぶれは無かったし、いつも通り寝ぼけたような目付きをして、真顔のまま即答した事からも、彼を恋愛対象として見たりはしないのだろう。

 

 というか今、何気にまた何かのフラグが立たなかっただろうか? まさか綾瀬夕映が彼を好きになったら、性格が激変している宮崎のどかと修羅場なんて事になるのでは? とりあえず今は、それは頭の隅に追いやって、考えない事にしておこう……。

 

「私はネギ先生の理知的な行動と、紳士的な姿勢に驚いているのです。十歳と言う年齢も去る事ながら、それを身に付けてきた先生の環境にも驚きは隠せません」

「こらこらゆえ吉さん、あんまり難しい事は分からないってば」

「つまり、のどかの見る目は間違っていないと言う事ですよ」

「えへへ、そっかー。それじゃ、卒業したら本格的にアタックしないと! さっすが夕映、私は良い友達を持ったよ!」

「それに、真常さん。貴女もですよ」

「……え?」

 

 何だろうか、彼女に何かを言われる様な事は、何もしていないと思うのだけれど。

 

「貴女の勉学に対する熱意は私には理解できませんが、ネギ先生のような天才少年と言われる存在と貴女はとても似ていませんか?」

「そう言うのは、葉加瀬さんとかに言ったら良いんじゃないですか?」

「彼女達は科学の分野や、超包子といった方向に既に興味が向いています。ですが、真常さんは特に向けている分野は無いですよね?」

 

 不味い……。どうしてこう食いついてくるのだろうか。大分、苛々してきている。

 私だって短命と言われた運命と、魔法と言う理不尽に、命が刈り取られる世界に身を置いていなければ、普通の学生として生きられたんじゃないか。そう考えた事は一度や二度じゃない。今となってはアスナもいるのだし、逃げ出そうとは思わないけれど、A組のあまりにも気楽な様子には、思う事が無くも無い。

 

「もしですが、よろしければ哲学研究会に入ってみませんか? その理解力と理性的な瞳には興味があります」

「…………お断り、します」

 

 多分鏡があれば、間違いなく引き攣っている私の顔が見れると思う。苛々する気持ちを押さえ込んで、至極何でもないように、努めて普通の表情を保つ。けれどきっと、保てていない。

 どうして放っておいてくれないのだろうか。どうして日常への憧れを引き出させようとするのか。なぜ、彼女達に羨ましいと思わされてしまうのか。日常のたわいも無い会話や、ちょっとした事で騒ぐ姿を、羨ましいなんて……。

 

 そもそもなんで彼女達が、私に話しかけ始めたのかも分からない。宮崎のどかのハイテンショントークがきっかけだったのは分かるのだけれども……。ダメだ、抑えないといけないのは分かるけど、理性でどうにもならないものもある。

 

「どう、して……」

「え?」

「何で、私に構うんですか。放っておっ――! むぐ」

 

 思わず怒鳴りかけた口を、背中から抱きしめてきた誰かの手で、押さえ黙らされていた。耳元で「落ち着いて」と小さな声で、いつもの鈴の様なアスナの声が聞こえてくる。

 助かった。ここで感情任せに怒鳴っていたら、取り返しが付かなかった可能性も有る。些細な喧嘩から仲直りして友達に……。何て事はごめんだし、これ以上彼女達と深い仲にはなりたくは無い。それにこのクラスの場合、悪目立ちしたまま囲まれて仲良しグループに認定みたいな事になっても困る。それならまだハブられていた方が、A組に限ってはましだろう。

 

 口を押さえているアスナの手首に軽く触れて、指先で二度ほど叩いて「もう大丈夫」と言う意思を示す。それから拘束を解いたアスナに「ありがとう」、「ごめん」と言葉を伝える。

 するといつも通りの、原作の神楽坂明日菜の面影などどこかに吹き飛んだ、清楚感のある笑顔で返してくれた。

 

 目立ちたくない目立ちたくないと言いながら、熱くなってしまった自分に反省しなくてはいけない。私が出来る事は、持てる力を活かして考える事なのに、これではエヴァンジェリンの忠告も生かすことが出来なくなってしまう。

 

「そうですね。私は語らえる相手が欲しかったのかもしれません」

「あ、そうそう私も! 真常さんはいっつも難しい本読んでるからお話してみたかったんだ! 私もたくさん読んでるけど、ファンタジー小説とかばっかりで、難しい本が読める人は尊敬してます! それにそれに、やっぱり優しいと思うんです! だって、嫌そうにしててもちゃんと応えてくれるじゃないですか!」

 

 つまり、結局はただの友達になりたいだけ。と、言う事なのか。……それこそ、放っておいてもらいたいところなのだけど。

 

「少し、頭を冷やしてくる」

「あ、フィリィ。もう――」

 

 座っていた椅子から立ち上がり、教室を後にしようとする。けれども、やっぱり運命と言うものは残酷で、教室から出ようとした時には最悪な出会いが待っていた。

 

「あ、あれ? もう授業が始まりますよ、フィリィさん」

「…………はい」

 

 どうしてこう、彼はいつもタイミングが悪いのだろう……。そんなに不思議そうな顔と、期待に満ちた目を向けられても困る。

 

 

 

「えっと、今日の授業は皆さんと仲良くなるために、プリントを作ってきました」

 

 プリント? 彼の授業内容は、漫画では殆どカットされていたから、どんな事をしていたのかは分からない。これまでは普通に教科書を読んで訳して文法の説明をする。そんな授業だったのだけれど、急にどうしてそんな事を?

 それにしても、こんな時に誰も隣に居ないと言うのは少し困る。邪推ばかりして嫌な予感が拭えない。茶々丸は居るものの、サボってばかりいるエヴァンジェリンに、少しばかり文句も言いたくなった。

 

「皆さん、プリントは行き渡りましたか? これから隣の席の人と、英語で友達になるための会話をしてもらいます」

「えー、私ネギ君とお友達になりたーい」

「こらこら、今は授業中だぞ」

「はーい! 怒られちゃった、てへへ」

 

 ちょっと待て。高畑先生に注意される生徒はともかく、隣ってあのエヴァンジェリンなんだけれど。とは言っても今は居ないし、一体誰と? と言うか、あちこちで微妙な悲鳴が聞こえてくる。

 例えばどこかのネットアイドルがぶるぶると震えて嘆いていたり、どこかの無口剣士が微妙な雰囲気を出していたり、喋らないピエロとかどうしろと? なにか人選ミスというか、授業内容の選択ミスのような気がするのだが、一体何故急にこんな事を?

 

 そうは言っても、一応ちゃんとした授業である事は間違いないのだし、やるしか無いのだろう。今日の欠席は隣の彼女だけだし、そうなると私の相手は……。姿が見えない相坂さよの隣の、朝倉和美? もの凄く相手にしたくないのだけど……。

 

 それでも一応、彼には考えがあったようで、一人で居る私達に指示が出された。

 

「今日はさよさんと、エヴァンジェリンさんが欠席なので、お二人にはタカミ……高畑先生と、僕が代わりを務めたいと思います」

「何ですって!?」

「ネギ君、私が代わりに相手するよ!」

「ええー! だ、ダメですかー!?」

 

 ダメと言う事は無いと思うけれど、出来れば私の相手は高畑先生でお願いしたい。困ったような視線を高畑先生に送ると、苦笑いしながらもすでに朝倉和美に向かっていた。一応ちゃんとした授業ではあるのだし、ここで彼に帰れと突っぱねるのも無理だろう。

 はぁ……。今日何度目か分からない憂鬱な気持ちを押し返して、こちらに近づいてくる彼を視界に納める。本当に凄く嫌なのだけれど、どうしてこんな授業を思いついたのだろう。

 

 エヴァンジェリンとは逆の隣。備え付けの開いている席に座ってこちらに向かってくる。

 一瞬、彼の少しの前の席に座っているアスナと目が合うと、視線で「頑張って」と言われている気がして、どうしようもない現実が認識できた。

 

「それじゃ、よろしくお願いします。あ、英語の方が良いですか?」

「……日本語で結構です」

 

 どうしよう。今度こそ間違いなく顔が引き攣っているに違いない。それどころか、周囲から物凄い視線を感じる。雪広あやかに宮崎のどか。アスナからもそうだし、なぜか茶々丸からも。何だか授業どころか、彼と友達になる権利を不意に得た女狐みたいに思われているのだろうか。冗談じゃない。欲しければ誰かが間に入って、持って行ってほしい。

 彼の悪意の無い視線に、どうしようもなく冷や汗が出る。本当にどうしてこんな事に。いや、逃げていても仕方が無いのだけれど。彼に友達になりましょうと言われても、友達にはなりたくないわけで……。

 

「それじゃ、僕から――」

 

 「Hello.(こんにちは)」から始まって、例文通りの自己紹介。そして、その時が迫ってくる。何でこんな事で心臓の鼓動が早まるのか分からない。今すぐ物理的に黙らせてやりたいのだが、教室でそんな事をするわけにもいかないし。あぁそういえば、エヴァンジェリンが校内暴力をしても良いとか言っていたような? これは間違いない。どうでも良い事を考えて、現実逃避している。

 

「Please be my friend.(僕の友達になってください)」

 

 ごくりと、渇いた喉に唾を飲み込む音が聞こえた。答えたくない。教科書通りに「You welcome.

(よろしく)」なんて言葉を口にしたくない。

 頭がくらくらして眩暈がする。彼と友達になんてなりたくない自分が、何度も自問自答を繰り返して拒絶している。手に握った汗が気持ち悪い。どうしよう。けれど、やっぱりここは……。

 

「You…………No.(なりません)」

「え、えぇー!?」

「ちょっとちょっとー!」

「そこはOKするとこでしょ!」

「流石です、真常さん」

「はいネギ先生! 私が、私がお友達になりますわ!」

 

 何か変なセリフが聞こえた気もするのだが、教室中が椅子から転げ落ちるような雰囲気に包まれた気がする。けれどもクラスメイト達が彼に押し寄せて、私が私がと、次々にYesとwelcomeを答えて友達になろうとしている。

 ついついNoと言ってしまったけれども、授業なのだしここは耐え忍んでwelcomeと言うべきだっただろうか。しかし、私の中の警鐘がどうしても答えるなと告げていた。今も冷や汗は収まっていないし、今すぐ寮に戻ってシャワーでも浴びて落ち着きたい。

 

 高畑先生に視線を送ると、苦笑いをしながら此方へと足を向けて近づいてくる。やっぱり、さっきの対応は不味かっただろうか。

 

「いや、すまないね。授業内容がこうなるとは思ってなかったんだ。けど、出来ればNoとは言って欲しくなかったよ」

「……すみません。つい、本能的に……」

 

 とりあえず今日の授業は、もうこのまま騒いでまともに進まないだろう。収拾が付かなくなれば高畑先生が纏めるだろうけれど、基本的には彼の教育実習なのだから、先生が纏めて落ち着かせるのは筋が違う。もっとも、あまりに酷ければ隣のクラスの先生か新田先生がやってくるかもしれない。

 それはまぁともかく、放課後は息抜きに費やした方が良いかもしれない。むしろ、誰かの様に偶にサボってみるのも良いんじゃないかと思える程、今日一日で疲れた気がする。

 

 

 

「ねぇ、フィリィ。ネギのアレはちょっと目立っちゃったね」

「うん。でも、答えたくなかったし……」

 

 救いなのは、騒ぎながら友達になったクラスメイト達のおかげで、直ぐ収まった事だろう。少しやらかしたような気もするが、気にしていても仕方が無いし、嫌な事はさっさと忘れるに限る。

 甘味処のあんみつを、一匙分掬って口に運ぶ。甘さを噛み締めながら、今日あった出来事に次々と蓋をしていく。もちろん、嫌な予感がしたフラグは別に分けておく。

 

 しかし、今日の事である程度確信に近いものが持てたかもしれない。やっぱり、彼は私達にある程度の興味を持っているかもしれないという事を。

 

「そうだアスナ。止めてくれてありがとね」

「え? うん、どういたしまして」

「それとネギの事。やっぱり、避けて通れないかも……」

「しょうがないよ。タカミチだって全部面倒見られないもん」

 

 午前中の綾瀬夕映とのやり取りで、思わず失敗仕掛けた事を思い出して、もう一度お礼を伝える。それに彼の事。先生と生徒と言う立場なので、これからも避けて通れないと強く感じる。

 

「はぁ……」

 

 思わず今日何度目か分からない溜息が出た。日常への憧れは、やっぱり簡単には捨てられない。だからといって、あのA組の中に飛び込んでいくつもりはまったく無い。B組の生活が懐かしい。そうは言っても、結局アスナがべったりだったわけだけど。

 

「何だ、随分と盛大な溜息をついて。あぁ、他に席が無いんだ。相席構わないかい?」

「……龍宮、さん? それに……」

「すみません。失礼します」

 

 桜咲刹那……。まさかこんなお店で会うとは思わなかった。彼女達が言う様に、確かに他の席は開いていない。それにお店から見ても、同じ制服を着ているから構わないと思われるだろう。

 断るのは簡単だけれど、ここは普通の態度で居た方が良いだろうし、彼女達と喧嘩して敵対する事も無い。彼女達だって、私が魔法関係は不干渉で居るのは分かっているはずだし、易々と聴きに来ないと思う。

 

「あぁ、私はあんみつデラックスを二つ」

「私は普通のを一つお願いします」

「かしこまりました~」

 

 うっ……。もう夕方だと言うのに、デラックスサイズを迷いもなく二つも頼んだ彼女に一瞬引いてしまった。龍宮真名はそんなに甘いものが好きだったのだろうか。流石に原作キャラの細かいプロフィールまでは覚えていない。とりあえず、本人は平気そうなのだしそういう事なのだろう。

 桜咲刹那は普通に見える。私達を意識する理由は特には無いのだろう。彼女にとって必要なのは、近衛木乃香に敵対する存在を排除する事なのだし、魔法関係者との接点を拒否したい私としては、興味が無いと思っていてくれたらありがたい。けれども、逆にそれを罠と感じて、狙っている刺客だと勘違いされたら元も子もない。

 

 チラリとアスナに視線を送ると、こちらの意図を汲んでくれたのか、少し早口であんみつを片付け始めた。私もそれに習って、楽しんでいた甘味を少し惜しいと思いつつ口に運ぶ。

 

「なんだ、ゆっくりして行けば良いのに」

「そういうわけにも行きません。基本的に、干渉は無しです」

「……真常さん。一つだけ、聴いても構いませんか? 木乃香お嬢様の敵には――」

 

 干渉は無しだと言った側から聴かれるなんて……。やっぱり原作初期の彼女は、とても頭が固いと思ってしまう。もっとも、柔らかくなったからと言ってそれが全部良い事かと問われると、、全てが悪いとは言えないところもある。

 とりあえず彼女には、不干渉を貫く姿勢だと話すべきだろう。

 

「心配はいりません。私の契約の相手は学園長ですよ? その孫に何をするって言うんですか」

「……なるほど。その言葉、今は信じさせてもらいます」

 

 「今は」と言うならば、今後の私達の姿勢で考え直す余地がある、と言う事だろう。その姿勢を崩す気は更々無いけれど。

 ……そうだ、向こうから言って来たのだから、ついでに聴いても良いかもしれない。アスナに念話で以前に話した事を軽く確認すると、肯定の答えが返ってきた。けれどもこれは、あくまで非常手段の一つ。私達が表立って力を使えない時の保険にしたい。

 

「龍宮さん」

「おや、不干渉じゃなかったのかい?」

「先に聴いてきたのはそちらでしょう? そのお礼に、私の質問にも答えてくれませんか?」

「……何だと?」

「良いじゃないか刹那。珍しく無口なクラスメイトが声をかけてくれるんだ。たまには聴いたって良いだろう?」

「それでは単刀直入にお聞きします。貴女を護衛に雇うとしたら、一仕事いくらかかりますか?」

「へぇ……」

 

 彼女の目がすっと細められたのが分かる。面白がっているのか、警戒されているのか分からないけれど、彼女の中で何かしら思う事があったのかもしれない。

 けれど、彼女も桜咲刹那も口は堅い方だろうし、仕事ならば洩らすような事はしないと信じたい。ここで彼女達に洩らされたとなると、私の信用が無かったか、彼女達と取引をしようとした私が甘かったと言う事になる。

 

 コトンと小さな音を立てて、何かの魔力を発する円筒型の魔導具がテーブルに置かれた。おそらく、認識阻害か盗聴防止のアイテムだろう。

 

「理由は聞かないが、仕事となればそれなりに要求はするぞ? 学生に払える額じゃない」

「聴くくらいはタダでしょう? それでもと言うなら、デラックス一杯分くらいは奢りますよ」

 

 鞄から財布を取り出して、千円札をすっと彼女の元に送り届ける。こちらが真面目に聞きたい意思表示と、彼女が甘味好きならばちょっとした賄賂になるだろう。一瞬、驚いた目をしてから口元が綻んだのを見ると、決して悪い選択では無かったと思う。

 

「そうだな。クラスメイトのよしみで多少割り引こうか。丸一日で二百万と言いたい所だが百九十万。一時間の護衛で九万にしておこうか」

「……龍宮」

 

 面白がった声ですらすらと答える彼女と対照的に、桜咲刹那の声は硬い。おそらく、遊ぶような事をするなと言っているのだろうが、私達だって本気だ。それを証明するためにも、一度素直に飲み込む必要があるだろう。

 

「ではそれでお願いします」

「なっ!?」

「良いのかい? それじゃ連絡先を交換しておこうか」

「龍宮!」

「落ち着いてください。私達だって本気なんです。それと、この事は内密に」

「……分かりました」

 

 少しだけ怒気を放っていた桜咲刹那に、本気の一言で黙ってもらい、彼女と互いの連絡先を交換する。かなりの金額である事は間違いないけれど、二度か三度なら、時間制限付きで頼めば何とかなるだろう。彼女自身はプロなのだし、私みたいに言い出す相手だって一人や二人ではないと思う。

 

 そのまま席を立って会計を済まし、店を後にする。少し危ない橋を渡った可能性もあるけれど、それなりの収穫はあったかもしれない。

 もしかすると、彼女達が私達に対して悪意を持っていない可能性を確認できた事の方が、収穫だったかもしれない。



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第14話 ある日常の一幕(2)

「ねぇ、フィリィ」

「どうかしたの?」

「せっかくだからさ、水着着ない?」

「…………なんで?」

 

 しかも何がせっかく? 頼むからもうちょっと良く考えて発言して欲しい。今の季節は冬で、どこをどう考えても水着を着てはしゃぐ時期は過ぎ去っていると思う。 

 それにしても、ついにアスナの頭も春満開になってしまったのだろうか。例え春になったところで水着に辿り着くのは意味が分からない。

 

「アスナ、どうしてそんな結論になったのか説明してくれる? 出来れば順序立てて」

「フィリィの、水着が、見たいから!」

「…………とっても分かりやすい答えをありがとう」

 

 突っ込むのはきっと止めた方が良いのだろう。そのまま泥沼にはまってしまう気がする。

 というか、アスナは決して馬鹿ではない。いや、ある意味馬鹿なんだけれど。きっとその結論に至るまでに、アスナなりの高度な計算があるに違いない。

 うん、決して思いつきで言ってみただけで、その実は本当にただ見たいだけとか、いかにもアスナっぽい答えではないはず。

 

「茶々丸さんもフィリィの水着見たいよねー?」

「え、私ですか? ……そうですね。とてもお似合いだと思います」

「何をかんが――。いえ、何でも」

 

 危ない、危うく教室内で怒鳴りそうになった。落ち着いて。冷静に。私は目立っていない。目立っていないと言ったら目立っていない。深呼吸、深呼吸……。一体茶々丸が何を想像して言葉を詰まらせたか分からないけど、それは考えない方が良い様な気がする。

 

 それに、最近はどうも調子が崩れているような気がする。それと言うのも、彼が赴任してきてから緊張ばかりしているせいだ。

 何故だか分からないのだが、近頃の彼は教室に入り浸っている。少し前までは職員室に居たのに、書類作業も何故かここでやっていて、自分の担当教科以外でも居座っているのだから困る。先日の様な変な授業をしてこない分ましなのだが、やっぱり私を気にしているような、妙な視線を感じる。きっと、悩みすぎに違いない。間違いなく、疲れているのだろう。

 

「そうだね……。たまにはそういうのも良いかもね……」

「フィリィが壊れた!?」

「お、落ち着いてください真常さん」

「あぁ、うん。落ち着いてるよ。良いんじゃない、たまにそういうのも。レジャーだって重要」

 

 麻帆良学園だと、基本的に無いものを探す方が難しいくらいだし、温水プールとかもあったはず。図書館島がある湖とか、むしろ整備された砂浜があって海じゃないかとか思うくらいだし。

 たまにそういう所に行くくらい、大した問題は無いだろう。もっとも、それで水難事故とかに巻き込まれたら元も子もないけれど、プールくらいで多分死にはしない。

 

「あ、良いなー! 一緒に行きましょうよ。ね、夕映もそう思わない?」

「プールですか。ですが今は真冬ですよ?」

「違う、違うよ夕映。間違ってるよ! プールじゃなくて水着コンテスト! 審査員長はネギ先生で!」

「何ですってぇ! ネギ先生と水着でデートコンテストの会場はどこですの!?」

「委員長、アンタどっから沸いたのよ! でも水着かー。良いんじゃない? これは次のネタに頂きと言う事で!」

「ハルナ、その妄想力の逞しさをもう少し別な所に使った方が良いですよ」

「それはそれ、これはこれ。ってゆー事で、放課後はプールに集合!」

 

 

 

「いちばーん! 宮崎のどか回りまーす!」

 

 おかしい……。どうしてこうなったのだろうか。私はさっきまで教室にいた気がする。何だかとっても疲れた様な気がしていたのだけれど、決してプールに行くと言った覚えはないのだが……。

 とりあえず、アスナ達に引っ張られてきた私は、『ネギ先生と水着でデート!』と書かれた横断幕の下で、騒ぎはしゃぐクラスメイトの痴態と言ったら失礼だけれど、まぁ、それに近いものを遠巻きに見学している。

 

 繰り広げられている光景は、彼に好感を持つ数名が私物の水着に着替えて一列に並び、端から順にモデル歩きでお披露目。それはもう、ものの見事に水着コンテストをしている。

 とりあえず、宮崎のどかが真っ先に飛び出て、一番だと人差し指を立てながらくるくる回っている。彼女は原作と違って恥ずかしがったりもしていないので、驚く事にビキニだったりする。私だったらあんな恥ずかしい事はとてもじゃないけど出来ない。よく平気で出来るものだと感心する。

 

 もっとも原作と体型は変らないので、フリル付き水着でボリュームを上げて見せているのだが……。あの鋭い目つきを見ると、獲物を狙うタカの目に見える。

 うん、これはきっと夢。きっとそうに違いない。目を逸らしてそういう事にする。

 

「おほほほほ! 宮崎さん、その程度のボディでネギ先生を落とそうとは片腹痛いですわ!」

「委員長!?」

「どうです、ネギ先生。この大人の魅力溢れんばかりの水着は!」

「は、はいっ、皆さんとってもお綺麗で似合っていると思います!」

 

 まぁ彼女みたいにスタイルが良ければ、ホルターネックで胸元を強調したビキニも似合うだろう。それに成長が早く、本人の性格もあって小学生の時から目立った存在だった。何気にある種の幼馴染なのかもしれないが、極力A組を避けていたので、彼女と深い仲になっているわけでもない。

 そういえばアスナとの親友フラグも折ってしまっていたのだが、流石にそこまで責任は持てない。彼女には彼女の人生があるのだし、もし彼と本気で人生を歩むのなら、それはそれで良いのかもしれない。もっともその時は、高畑先生に間をお願いして、魔法の世界の危険性を知らせるフォローくらいはするべきだと思う。

 

 それにしても全体のメンバーを見ると、高身長でグラビアかモデルなのかと思える体型が多い。誰が言ったか覚えていないがA組のメンバーを見て、彼をたぶらかす悪女の集団みたいに言っていたと思う。あれは誰の言葉だった事だろうか……。

 まぁ、思い出せないのなら、多分重要な事ではないのだろう。彼の取り合いで死亡フラグなんて立てたくないし、あの集団の中に突撃する気はまったく無い。

 

「ちっ……」

「エヴァンジェリンさん、もしかして羨ましいの?」

「はっ。私がか? あんな脂肪がうらやましいものか」

「えっ、それって……」

「ナンダ?」

「いいえ! なんでもありません!」

 

 あ、危なかった。今の彼女のセリフは、彼女達を意識しているのが丸分かりなのだが、これ以上言うのは止めておこう。危うく口を滑らせて死ぬ所だった。眼光が怖すぎる。悪寒が止まらない。

 普段の修行中の、鬼気迫るものとは種類の違う鬼を見た……。あれに逆らってはいけない。

 

 そういえば、彼女は原作で大人の姿に変身していたんだった。やたらと胸を強調して、大人っぽい美人の姿でドレスを着ていたけれども、コンプレックスがあるという事だろう。六百年の昔からずっと子供のままの姿なのだから、今日みたいに嫉妬する事もあったのだろう。

 

 ……あれ? そう考えると、なんで彼女はここに出て来たのだろうか。わざわざ見たくないものを見に来る必要は無いし、私もいつの間にか引っ張られて来たからここに居るのであって、自分で見たくて来たわけではない。

 周りに誰かが居るわけでもないし、それくらい聴いてみても良いかもしれない。

 

「あの、エヴァンジェリンさん」

「なんだ?」

「まさか、先生とのコンテスト、出たかったんですか?」

「何で私が? お前が出れば良いではないか」

「出るわけ無いじゃないですか」

「私は出て欲しかったなー」

「……出ないからね?」

 

 まったく。ただ単に、本当にただ単に水着を見たいだけならば、エヴァンジェリンの別荘にもプールはあるのだし、砂浜もあるのだからそこで泳げば良いと思う。

 もっとも女性用水着は比較的値段が高いから、私物なんて無いし買おうとも思わない。学園から支援金を貰っていても、いつ必要になるのか分からないから、そのお金は極力貯めるようにしている。だから私は学校指定のスクール水着しか持っていない。

 

「私にはまだ希望がある! これからどんどん背も伸びるし、胸だって大きくなるの! もう垂れてる委員長とは違うんだから!」

「な、なんですってー! 言って良い事と悪い事がありますわよ!」

 

 あぁ、それは不味い。確かにA組のメンバーは色々な意味で中学生っぽくない人が多い。けど、いくら彼を巡る事でヒートアップしたとしても、その手の言葉は本当に不味い。

 原作では割と貶されていた様な気がするけれど、だからと言って現実に言って良い事と悪い事がある。もう既に、彼女達の後ろで那波千鶴が修羅になり始めてる。彼女の前で老けているなんて絶対に言ってはいけない。言うなら、大人っぽいに抑えて言うべきだ。

 

 このままだと彼女によって制裁を受けるだろうし、ここはヒートアップする前に止めた方が……。あっ、けれども止めたら止めたで、彼女に親密に思われてしまうのだろうか? 不味い、身動きが取れない。

 あれ? というか今、何で関わろうとしたのだろう? このまま傍観に徹すれば良いのに。

 

「ねぇ、フィリィ? 本当に水着持って来てないの?」

「……腕引っ張って連れてきて、言う事がそれ?」

「え、だって、レジャーも良いよねって言うから。水着取りに帰ったと思ったのに」

「アスナだって制服じゃない」

「私はフィリィの見たかっただけだもん」

「いや、もんって言われても……。そんな事より、あっちがヤバそう」

 

 既に彼女達の他にも、水着コンテストに出ていたクラスメイトが彼を囲んではやし立てている。このままだとどんどんエスカレートしていくだけかもしれない。

 それに、彼があの状況で揉みくちゃにされているのも良くない。主に、教育的な意味で。

 

 そう言えば原作でも、散々女子の塊の中に放り込まれていた気がするのだが、よく真っ当な少年のまま道を間違えなかったものだと思う。それだけ英国紳士的な性格なのだと思うけれど。もし、中の人がちょっと違ったり、女子に興味が出てくる年頃だったらと思うとゾッとする。

 

「み、皆さん落ち着いて~」

「ほらほら、ネギ先生~」

「ネギ先生こちらですわ!」

「ネギくーん」

「あの、僕――は、はくしょーん!」

「「「キャーー!」」」

「わぁぁ、ごめんなさーい!」

「委員長がいきなり脱いだー!」

「違います! 突然破れたのですわ!」

「すごーい夕映! 私こんなマジック見た事ないよ!」

 

 あれは『風花 武装解除』……。やっぱりくしゃみでの暴発癖は残っていたと言う事か。とにかくこのまま放置は良くない。

 魔法の事や、目立つ目立たない以前に、さすがにフォローしないと人として不味い。

 

「とりあえず上着かけないと。後はバスタオル。その辺にあるもの何でも良いから持ってきて」

「分かった! エヴァンジェリンさんも……」

「何で私があの小娘どもの面倒を見てやらないといけないんだ」

「じゃぁ、茶々ま――あれ、居ない?」

「葉加瀬さんがどこか連れて行ったよ」

「それじゃ、有るだけで良いからバスタオル持ってきて。委員長! この上着使ってください。後、他の人もバスタオルを!」

「あ、ありがとうございます。ほら、皆さんも落ち着いて!」

「でもこんな事ってあるの? 何で皆、いきなり破れたのかな?」

 

 不味い……。どう考えても理性的な理由が思いつかない。水着は『風花 武装解除』の効果で、花びらが散る様に吹き飛ばされて、半分以上破けている。マジックと言ってもこれだけのメンバーの水着に仕込まれていたって考えるのは無理がある。しかも殆どのメンバーが私物。言い訳がきかない。

 そうなればさっきまで集団の中に居て、無事だった彼はどうしても注目されてしまうだろう。男性とは言え子供だから容赦はされると思うが、色々な意味で不味い。最悪、クラス中に魔法が認知される。

 

 けれども危機感の中で突然、室内に突風が吹いてクラスメイト達の間を凪いで行った。

 

「皆、さっきのはあれだ。竜巻現象と言う奴だ」

「あら、龍宮さん?」

「えー、じゃぁ、皆が集まると竜巻が起きるんだね!」

「すごーい! 竜巻初体験だよ!」

「は、はい。竜巻です! 凄かったですよねー。あははは」

「ネギ君。それは良いんだけど、君は目を隠すか何かするべきじゃないかい?」

「きゃー♪ ネギくん見ちゃいやーん」

「え、うわわわ、見てませんよー!」

 

 信じた!? いくら竜巻と言っても、室内温水プールで起きたって言うのには無理がある。もしかしたら、彼女が認識阻害の魔法か何かを使ったと言う事だろうか。そうじゃなければ、学園に張られたものが影響したのかもしれない。いずれにしても、助かった事は間違いない。

 

 それにしても随分と機転が利く。まるでこうなる事が分かっていた様な? もしかして、あらかじめ対処をする様に依頼を受けていたという事だろうか。

 もしここで魔法を龍宮真名が使っていたとしたら、多分としか言えないが、彼は魔力を感じ取ったかもしれない。何も無かったと言う事は、彼が慌てて気付けなかったか、他の誰かが使ったという事だろう。という事はどの道、彼は監視されているという事になる……。

 

 はぁ、スプリングフィールドとは言っても、それはそれで難儀なものかもしれない。もっとも、原作でも超鈴音や桜咲刹那など関係者からずっと睨まれていたのだし、今ここで監視者が増えた所で同じかもしれない。

 とにかく、着替える生徒を更衣室に送り届けて、後は関係者に任せておけば良いだろう。

 

 

 

「皆さんお待たせ! 出ておいで茶々丸!」

「おぉ! 真打登場か!」

「どんな水着なんだろうねー」

「あれじゃない? ハカセの事だから、ダイビングスーツとか?」

 

 というか、茶々丸に水着って良いのだろうか? 今の茶々丸は思いっきり人形というか、ロボット丸分かりの外見なので、魔法関係者と言うか、人間じゃないのをバラす事になるのでは?

 

「良いんですか? バレても」

「その時はその時だ。どうにでもなる。第一、お前こそ気を抜き過ぎではないか? さっきのはバレないレベルでの極小魔力行使で、障壁を遠隔で展開してやれば済んだ事だ。追加の修行でもしてもらおうか?」

「う……。すみませんでした」

 

 確かにそれは一理ある。けれども、制御も魔法の発現場所の指定も、極限まで抑えてやれとはまた無茶な事を言う。時空魔法ミュートならまだ少し制御が効くけれど、魔力や作用が大きくて周囲にバラさずに使うのは難しい。

 使い方や、魔法の密度の訓練はしてきたけれども、西洋魔法系の制御がまだまだ甘いのは事実。やぶ蛇だったかもしれない……。

 

「あ、フィリィ。茶々丸さん出てき……た?」

「え……。アレ?」

「……無様だな。もう少し様式美の重要性と言うものを学ばせるか」

 

 私達の前に姿を現した茶々丸……だと思われるそれは、とりあえず丸かった。

 頭も丸ければ、胴体も丸い。全体的にネイビーカラーのフォルムに包まれて、顔の正面だけが円形に切り取られた窓ガラスで確認できる。

 そう、つまりは潜水服。どこからどう見ても、水着ではない何かだ。

 

『あ、あの。ハカセ、これは……』

「良くぞ聞いてくれたね! これは深海五千メートルまで潜っても堪えられる仕様の潜水服だよ! 水着を着たいって言われた時はどうしようかと思ったけど、これでばっちり! 明日からは素潜りで魚が取れ――あぁ、しまったぁぁぁ! これじゃ、光学兵器が使えない! アームパンチも使えないし、そもそも使ったら水圧に耐えられない!? くぅ、だがまだまだ。私の科学に敗北の文字はない! 待っててね茶々丸! 私がもっと完璧な潜水服を――」

「根本的に……間違ってる」

「うん、あれじゃ可愛くないよね。オシャレじゃないし」

 

 少し、頭が痛いかもしれない。葉加瀬聡美の科学の実績以外への興味の無さは分かっていたけれど、これはいくら何でも無い。私でも思うくらいだから、周りの反応はもっと悪いだろう。

 

「ねぇハカセ。絡繰さんももっとオシャレしたいんじゃないの?」

「オシャレ? 茶々丸、そうなの?」

『あの、でも、私にそう言うのは……』

「絡繰さんだって、女の子だもん、オシャレしたいよねー」

「そうそう、ネギ君も絡繰さんのカワイイ水着みたいよねー」

「え? はい、そうですね。可愛らしくて良いと思いますよ」

『え、えぇと……』

 

 待て……。何でこっちを見る。私に期待されても困る。どうせ見るなら、エヴァンジェリンに意見を求めたら良いと思うのだが、これは……。私が何か言わないと駄目な空気だろうか。

 

「真常さんはどう思いますか? やっぱりここは、基礎ボディの耐水性を上げてマリーン仕様が良いと思いませんか?」

「うむ、それはありかもしれない。海上防衛装備と言うのも、準備をするのに越した事は無いだろう」

「おぉー、龍宮さんもそう思いますか! それなら茶々丸。早速改修してみようか?」

『え、あの。私は……』

 

 ……はぁ、しょうがない。そんな悲しそうな目で見られて、さすがに無視は出来ない。ここで私が怒鳴りつけると目立つだけだし、葉加瀬聡美にこっそり耳打ちするのが良いだろう。

 

「葉加瀬さん」

「はい? なんでしょう」

「(茶々丸さんに、普通の女性用水着を着せて普通の女の子に見える様に出来ないのは、科学の敗北じゃないんですか? それとも葉加瀬さんの科学力は、それを認めるんですか?)」

「そ、それはっ!」

 

 こんな所でどうだろうか。まるで雷に打たれた様なショックを受けている彼女だが、超鈴音との科学の結晶である茶々丸は、彼女達のプライドを刺激するのに大きな要素を持っていると思う。

 決して馬鹿になどはしていないが、原作でも後期で水中稼動が可能になっていたのだから、今の兵器拡大やちょっとした改修をする路線よりは、もっとバレない様な見た目を作る事が優先だと思う。出来ればそのまま私達を巻き込まないように、一人の女子生徒の振りをして欲しい。

 

「や、やりましょう! やってみませますよ! いくよ茶々丸。どこに出しても恥ずかしくない立派なレディにしてあげるからね!」

『は、はい』

「がんばってください。僕、応援してますよ!」

「またねー、可愛くなって帰って来るんだよー!」

「む、むむむ、もしかして新たなライバル登場!?」

 

 まぁそんなわけで、コンテスト? らしいものはうやむやの内に終了した。これ以上彼を取り合うのは他所でやって欲しい。

 もっとも、私が呆れ果てた目を送っていた時に、彼女の意味深な視線に気付いていれば、あんな事には……。

 

 

 

 

 

 

「リク・ラク ラ・ラック ライラック 誓約の一本の黒い糸よ 彼の者に一日間の制約を」

「……え? あの、えっ?」

「おはよう……フィリィ。私も、捕まっちゃった」

 

 い、今のは魔力封印の魔法? 何故、どうして? いや、それ以前に捕まった!?

 一体何が起きているのだろうか。目の前にいるのはエヴァンジェリン。何か分からないけれど、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべている。そしてアスナを羽交い絞めに捕まえた茶々丸。

 

 「私も」と言ったという事は、アスナも魔力を封印された? おそらく気も封印されているだろう。何を思って彼女が行動に出たのか分からないが、何故今さら私達を捕まえるのだろうか。血が必要なら保存しているものを使えば良いだろうし、理由を無理やりつけて吸う事だって出来るだろう。

 

「どうだ? あっさり捕まった気分は」

「……感知結界は張ってあったと思うんですけど」

「教えた本人に効くと思うか?」

「……いいえ」

「ならば、大人しくこの薬を飲め!」

「んぐっ!?」

 

 何これ? 何か煙が。視界が真っ白に!? 一体何の薬を――。

 

「フィリィがちっちゃい……」

「えっ? な、何で?」

「私はこっちの赤い薬だ」

 

 小さな手? それも小学生の時みたいな……。まさか、子供にされた!? 目の前に居るエヴァンジェリンは大人の姿になっているし、年齢を魔法で操作されたとしか思えない。けれど、どうしていきなりこんな事を?

 

「あの……まさか、この間の水着の事……」

「さぁ、何の事だろうな? お前達には今日一日その姿で過ごしてもらおうか。もちろん、子供服と水着は沢山用意したぞ? フフフッ」

「……泣いて良いですか?」

「思う存分泣くが良い。この私が、大人らしく子供を受け止めてやろう」

「ママって呼びま――痛っ!?」

「それはやめろ」

「あの、真常さん。出来れば私の事を……」

「茶々丸!? お前何があった」

「良いなー! フィリィ、私の事おねーちゃんって、――むぐぅ!?」

「お前も子供になれ!」

 

 何なのだろうか、この状況は。そう言えば、年齢操作の幻術キャンディが原作にあったかもしれない。まさかこんな所で使われるなんて……。魔力を封印された私じゃ解除ワードは詠唱出来ないし、ミュートで魔法無効化も出来ない。

 それにしても、この間の事をこんなに念に持っていただなんて……。どこが気に障ったのか分からないけれど、多分、雪広あやかの胸。酷いとばっちりだけれど、まぁ、楽しそうだから良いか……。

 

 いや、良くない! 何で突然日和っているのだろう。この姿のまま部屋から連れ出されたら目立つだけだし、異常を感じて誰かが来たらどう説明するのか。

 

「あの、さすがにこのまま外に出るのは……」

「安心しろ、茶々丸にダイオラマ球を持ってこさせている。さぁいくぞ! 子供の立場を分からせてやる!」

「は、はぁ……」

 

 何て準備の良い。そこまでして大人だと主張したかったのだろうか。原作の彼女は基本的に真面目というか老獪なところがあるが、悪乗りしたらずいぶんと暴走していた様な気もする。

 まぁ、ダイオラマ球で時間も何とかなるみたいだし、今日は遅刻と諦めておこう。最悪欠席かもしれないから高畑先生にメールを入れて、後は彼女の気の済むようにしておこう……。出来れば、ランドセルと胸ワッペンとかやめてください。本当に……。




 この日常の二話は、閑話や幕間扱いにしようか悩んだのですが、ネギの行動やオフィーリアの原作キャラへの干渉などに意味があるので、そのまま番号を振りました。
 次回の更新からはストーリーを進めて行きます。


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第15話 魔法使い達の悩み事

「それは、どうにもならないんですか?」

『すまない、僕としてもこれ以上は……』

 

 彼の赴任後からしばらく経った休日、これといって巻き込まれる事も無くすこぶる機嫌が良かった私は、突然に谷底に落とされた様な気分になっている。それと言うのも高畑先生からの電話が問題なのだけれど、決して先生が何かをしたと言うわけではない。

 あえて言うなら不可抗力。私自身が学園長と『魔法関係者からの不干渉』の約束を取り付けた事。それ自体が問題になっているため、どうする事も出来なくなってしまった。

 

 事の始まりは将来有望な魔法使い、ネギ・スプリングフィールドに対する学園の方針。

 

 基本的には彼も麻帆良学園に所属する魔法使いなのだから、魔法先生と生徒を把握して然るべき指導をするべきだ。そんな話から魔法関係者の会議が始まったらしい。むしろ知らせないでおく事が問題だと思うのだが、そこは学園長の鶴の一声。知らせない事に決まったらしい。

 やはりA組の生徒をパートナー候補にするため、今は彼と過干渉の状態にさせたいのだろう。原作では一切知らせずに居た事から、元々知らせないつもりで居たのだと思う。むしろ学園長とだけ話をして、他の魔法先生とは打ち合わせを一切しなかったのかと思うと、それはそれでゾッとする。

 

 そしてA組の魔法関係者も含めて、全てを知らせず学園長の指示のままに教育する場合、私と言う不干渉を約束されている”魔法生徒”が問題になった。

 彼が不干渉であるはずの魔法生徒に先生として干渉するのは、約束を反故にするという意味で、正義を掲げる魔法先生から見ても都合が悪いのだろう。

 

『問題はそっちよりも、真常君の態度でね。ネギ君を避けて協力する姿勢を見せない事も、議題に上がっているんだ』

 

 つまり英雄の子、スプリングフィールドを軽視するのか。あるいは敵対するのではないか?

 

 そういった疑念が持たれて居るという事だろう。確かにスプリングフィールド背信者のレッテルを張られるのは困るし、極端に走って悪の魔法使い扱いなんてされたら非常に困る。

 上手く不干渉のままで、一般生徒の仮面を被ったまま卒業したかったのだけど……。さすがに無理があったと言う事だろう。

 

「彼に協力すると宣言が必要な状態ですか?」

『……そうだね。ある程度その姿勢を見せてくれないと、強く追求されるかもしれない。その前に学園長がどうするか、話し合いをしたいそうなんだ』

 

 う……。直接学園長が出てくるとなると、断る事は出来ないだろう。下手に断って敵対者とされてしまえば、学園との契約がある以上、私には何もする事が出来なくなるかもしれない。だからこそ彼に協力するのかしないのか、はっきり決めろと言う事なのだろう。

 

 それに不干渉と言う問題は、何故干渉してはいけないのか、という疑問も同時に発生する。どの道学園長は、A組には魔法をバラしたいのだ。もしかしたら他の魔法先生もそれに賛同しているかもしれないけれど、今そこは問題ではない。

 近衛木乃香の様に、親の都合で教えてはいけないと指定されて居るのならともかく、私個人の理由を説明できない。でっち上げるにも親は居ないし、面倒を見てもらっている高畑先生や、エヴァンジェリンと親密な関係があるのも怪しまれるだろう。理由を聞かれて説明をすれば、彼に魔法関係者を教えない学園の方針とは真逆になる。

 

 それにもし、彼に私とは不干渉だと言った場合。

 

『え、何でですか? もしかして何か人には言えない事情が!? 僕が先生として相談に乗ります!』

 

 なんて答えが帰ってくるのではないだろうか。原作のお人好しレベルと、生徒のちょっとした事でも関わって仲良くなろうとした事から、纏わり付かれる未来が簡単に予想出来る。

 そのまま関係を深め、エヴァンジェリンの家に修行に行くのなんて見られた日には、もはやごまかしが効かないだろう。

 

 逆に、彼に魔法先生と生徒を全て教えて把握させる場合。またここでも私との約束が問題になってしまう。自分のクラスに魔法使いが居ると知れば、積極的に話をしに来るのではないだろうか。特に、ナギ・スプリングフィールドの事を知っていそうな、アスナや私に。

 それに魔法生徒だと分かったせいで、自分の生徒に干渉してはいけないのは矛盾を生む。特に過干渉をさせたい学園長から見て、それは面白い結果ではないだろう。彼がA組に赴任してきた時点で黄色信号。今回の事で赤信号が確定と言う事か……。

 

『実はそれだけじゃないんだ』

「まだあるんですか!? あ、すみません、続けてください」

 

 いけない、ついつい声を荒げてしまった。落ち着いて聞いて判断しなくては。せっかく連絡してくれたのだし、大事な情報を聞き漏らしたら困る事になる。

 

『大丈夫かい? 落ち着いて聴いて欲しい』

「はい、大丈夫です。続きをお願いします」

『……アスナ君の事だ。真常君と違って、アスナ君は学園から見て不干渉にする理由がない。特にA組の魔法生徒に限っては、ネギ君を裏からサポートするように伝えられているんだ。アスナ君にも伝えなくてはいけない事だし、なし崩し的に真常君も巻き込まれると思う』

「それは、いつまでに伝える事ですか?」

『ネギ君の赴任初日に伝える事になっている。君達の事は分かっているから、僕の所で留めていたんだ』

 

 なるほど。この前の歓迎会の時に、魔法生徒達を残したのはそういう理由だったのか。つまり、あの場に残ったメンバーは、学園から正式に魔法生徒だと認識されているという事になる。

 まぁ原作通りという事が分かって、知らない人が増えているよりは良かった。しかしエヴァンジェリン達とザジ・レイニーデイ、後は超鈴音の勢力が含まれていなかった事は気になるけれど、これは今気にする事ではないだろう。

 

 それにこれで先日のプールでの事が理解できる。あの時、龍宮真名は依頼されて彼のフォローに回ったという事だろう。となると、風を起こして認識疎外を使ったのは残った誰かかもしれない。

 あの後水着の弁償は、風のせいと言う事でうやむやにされてしまったけれど、あまり良い傾向ではないと思う。自分がミスをしても、知らない誰かが助けてくれる。これがちゃんと打ち合わせをしていて、その結果ならば良いのだけれど、彼が増長してしまったりしないだろうか?

 

「ありがとうございます、助かりました。そうですね、アスナと相談してみます」

『いや、こちらこそありがとう』

 

 丁寧に気持ちを込めたお礼を言って電話を切る。もっとも心の中では、憂鬱な気持ちを思いっきり吐き出したいのだが、まさか高畑先生に聞かせるわけにはいかない。今の連絡に感謝はしても、怒るのは筋違い。本当に助かったのは間違いないのだし。

 しかし、高畑先生には借りばかり増えている気がする。先生なら気にするなと言いそうだけれど、後で何かお礼をしに行くのも良いかもしれない。

 それに何も情報が無いまま学園長に呼ばれれば、良い様にされてしまった可能性もある。万が一、先に全部の素性が伝わって「魔法使いの修行を一緒にがんばりましょう!」なんて不意打ちで言われた日には目も当てられない。

 

 

 

「はぁ……。どうしようかな」

「タカミチの電話?」

「そう。色々思う事はあるけど、避けてばかりは居られなくなったみたい」

 

 言った側からどうしても溜息が止まらない。本当にここ暫くは順調で、自分が一般人なんじゃないかと軽く錯覚出来る様な、そんな甘くて優しい夢を見ていた気分になる。

 どんなに嫌だと思っても、私達はあくまで『魔法使い人間界日本支部』に所属している魔法生徒なのだし、学園の方針として決まってしまえば所属している以上それはどうにも出来ない。スプリングフィールド様、本当にありがとうございます。なんて皮肉が口からどんどん出てしまいそうだ。彼がそうではなく、もっと一般的な魔法使いや、まったくの別の人間だったならどれほど良かった事か。

 

 だからと言って、いつまでも皮肉を言い続けている場合ではない。彼に関わりながら、関わられない様にするにはどうすれば良いのか。考える事を止めてはいけない。私達が立っている場所はその瞬間に何に巻き込まれて、どんな危険が襲ってくるのか分からない世界なのだから。

 

「ねぇアスナ。影からサポートしてる魔法生徒と同じ様に、彼の行動をサポートして協力します。って言えばそれで済むと思う?」

「でもそれって、魔法使うのを見られたら私達だって不味いよね?」

「まぁね。それは一般生徒だから、とりあえず置いておいて。ネギに見られるのが一番不味いかもしれないって思う」

 

 本当にややこしい事になった。魔法を見せれば食いついてくるのは間違いないし、確実に色々と聴かれる想像がつく。その場合は不干渉の約束に抵触するだろう。というか、してくれなければ困る。

 逆に魔法が使えないと言えば、ただ魔法を知っているだけの一般生徒と見られるのだろうか。それでも……やっぱり同じ事になる気がする。問い詰められたらそこでもまたややこしい事になる。

 

「はぁ……。何で中途半端な約束したんだろう。あの時もうちょっと何か言っておけば良かった」

「しょうがないよ、子供だったんだもん。あ、でもフィリィは記憶が……」

「まぁ、ね……。でも、それとこれとは関係ないでしょ。今必要なのは、ネギに魔法がバレない事。そして、私達の体質や能力が知られない事」

「あとは、観察する事でしょ?」

「そうだね。利用されないようにしないと……」

 

 原作知識というアドバンテージがある以上、彼が宮崎のどかみたいな激変をしていない限り、基本的には利用しようなんて事は思わないはず。

 けれども、あのぬらりひょんは違う。私達の能力を知れば、絶対に彼のサポートメンバーとして組み込もうとするはず。アスナも私も対魔法使い用の切り札になる能力を保有しているのだから。

 

 もし彼が私達の真実を知ったらどうするのだろう。原作通りの性格で考えたら……。やっぱり、踏み込んで来る様な気がする。

 基本的に彼が善人だという事は、原作のままなら間違いない。けれども、同時に子供らしい善悪に頓着の無い執着というか、悪意を持たずに核心に迫って来る様な行動もしていたはず。知らずに居れば何も無いだろうけれど、今回はある程度近寄らないといけない。けれど、魔法使いだと知らせたくない。

 

 不味い、思考が堂々巡りになってきた。教えても教えなくても、結局どこかで絡み付かれてしまう様な気がする。どうしようもなく不安になってくる。

 

「うぅ~……」

「だ、大丈夫?」

「あんまり、大丈夫じゃない」

「えっと……膝枕しよっか?」

「……それはいらない。というより、どうすれば最善かな」

 

 悩みすぎて目眩がしてきた頭を軽く押さえ、寮に備え付けの二段ベッドに入り込んでうつ伏せに倒れこむ。少し、頭を冷やした方が良いかもしれない。ちなみに私が使っているのは下段の方。上段だとアスナからの視線が気になって眠れない気がして、下段を使う事にした。

 一番先に魔法に関わって、どんどん深みにはまって行った神楽坂明日菜と、魔法を教えるなと学園長から指定されていた近衛木乃香。奇しくもアスナと私が、似た位置に納まっている事に軽く自嘲の溜息が出る。

 

 彼から遠ざかる事が出来ない。今はこれが確実になった。だから、彼に協力します。と言わなくちゃいけない。これも私達の身を守るために必要な事。

 

「ねぇ、フィリィ。ネギに魔法を知ってます。って教えちゃうのはどうかな?」

「……何で?」

「ナギの事もあるから、魔法を知ってるって思われてるんじゃないのかな」

「まさか、最初から魔法関係者だって思われてたり……?」

「えっと、タカミチに電話してみる?」

「……そう、だね。電話してくれる? 私はもうちょっと考えてるから」

「うん、分かった」

 

 そうか、確かにナギ・スプリングフィールドを知っていて、高畑先生とも関係がある人間が気にならないはずは無い。しかも相手はその息子で、魔法使いの学校で育ってきた子供。彼の常識の目から見たら、この二人の関係者で魔法を知らない方が不自然に見えるかもしれない。

 

 はぁ……。また気分が悪くなってきた。もしかすると最悪に近いパターンかもしれない。最初から魔法関係者だと言う目で見ていて、こちらは何故か避けている。

 普通に考えて彼はどう思うだろうか。やっぱり疑問に思うだろうし、同郷に近い位置にいる者のはずなのに、何も話をしてくれない事を不安に感じるのではないだろうか。

 

 そう考えると教室で感じた妙な視線は、彼のからのメッセージだったのだろうか。何度もちらちらと送ってきていたのは、気にしているサインだったかもしれない。

 

「もしもしタカミチ? ネギの事だけど――」

 

 既に知っている。と仮に考えたら、やっぱり一般人で通すのが良いだろうか。魔法使いかどうか、向こうに教える様な事はしていないのだし、彼を観察する意味でも……。ただ知っているだけだから巻き込まないで欲しい。そう言って釘を刺すのが良いかもしれない。

 後はその理由。アスナがナギに助けられた経緯があるのは知っているけれど、魔法を使って助けてもらいましたなんて事は言えない。最初に誤魔化してもらった通り、子供の頃に会っただけを通すしかないだろう。

 

 後は魔法がバレた時の対応。それはそのまま学園長の言葉を利用させてもらおう。あの学園長を利用したとしても、まったく悪いとは思えないから不思議になる。

 あっちだって利用するつもりなのだろうし、それはそれでこちらも利用させてもらおう。学園長に黙って裏からサポートを頼まれた。それで押し通してやれば良い。

 

 けれども学園長の事だし、何を利用されるかわからない。これから話を付けに言って、念書を貰ってきた方が良いかもしれない……。

 

「うん、分かった。……ありがとうタカミチ。またね」

 

 一瞬どきりと心臓が跳ねたのが分かった。電話先の高畑先生からの話を聞くのが怖い。彼に知られている事でこれから原作のイベントや、その他のどんな事に巻き込まれてしまうのか。それを考えるのが怖い。

 前世の両親の泣き叫んでいた顔が頭を過ぎる。あの時みたいな悲しい顔を、見たくないしさせたくない。泣いて真っ赤に腫れた目。嗚咽を飲み込んで歯を食い縛った顔。必死に医師に詰め寄った叫び声。あれはきっと、私が死ぬまで忘れる事が無いと思う。

 

 考えるのが苦しい。けれど、ここで踏み出さないと、私達の平穏が更に遠退いてしまう。

 

「フィリィ。辛そうだけど、大丈夫?」

「大丈夫。高畑先生は、なんて言ってた?」

「えっと……。はっきり分からないって」

「え……?」

「私達の事は、やっぱりイギリスか何か近い国の人だって思ってるみたい。でもナギの事は、私を子供の頃に助けたってタカミチから話してくれて、他にもナギの活躍とか聞いて満足してるって」

「そう、なんだ……」

 

 多分、彼は満足していない。原作の父親への執着からしてまず間違いないと、直ぐに結論が出てくる。高畑先生が見た主観ではきっとそう見えたのだろう。彼はもっと聞き出そうとして、ある程度の所で先生から止めたのだと思う。

 私の勝手な推測だけど、話を止めたのは彼に教えて良い話じゃない部分も含まれるからだ。それに、高畑先生だって立派な魔法使いになって欲しいとは思って居ても、それは今の高畑先生がやっているNGO法人での人助けとかで、戦争の英雄になって欲しいなんて思っていないはず。

 

「アスナ、とりあえず学園長のところ行こっか」

「考えは纏まった?」

「とりあえず魔法を知らない一般人の振りで。ネギが私達を関係者って認識してたら、知ってる一般人の振り。魔法がバレても良い様に、学園長から『裏から魔法を隠してサポートを頼まれた』って、念書を書いてもらおうと思う」

「フィリィがそれで良いって思うなら私は良いよ」

「アスナは、何か思う所は無いの?」

「フィリィとエヴァンジェリンさん達と、楽しく学園生活がしたいかな」

「それはちょっと、話が違うけど……。まぁ、平穏は重要かな」

「うん! さっすがフィリィ、分かってるね!」

 

 確かに、それが一番重要な事だと思う。魔法関係者に巻き込まれる事無く穏やかに生活する。

 それは私もアスナも望んでいる事だし、何気ない日常で笑って暮らせる。周囲に気を張って危険に怯えない生活。そんな生き方がしたい。そのためには原作が終わるまで、気を抜かない様にしないといけない。

 とにかくまずは学園長室だろうか。あのぬらりひょんに会うのは久しぶりだけれど、彼の不意打ちの様な来日で、あの日に会うはずだったのが今日にずれたと思えば少しは憂鬱な気持ちも誤魔化せる。

 

 

 

 学園長室までやって来てはみたものの、どうにも嫌な気分が抜けずにドアの前で立ち止まってしまった。多分、この中には学園長しかいないと思う。他の魔法先生が居る意味はないだろうし、まさか彼が待ち伏せしているなんて事は……。流石に無いと思いたい。

 

「フィリィ? 入らなくて良いの?」

「入るよ……」

 

 内心は帰りたい気持ちでいっぱいなのだけれど、それはそれとして進まなければ元も子もない。落ち込みかけた気持ちを深呼吸と共に吐き出して控えめにノックをする。すると、部屋の中から入室を促す学園長の声が聞こえてきた。

 当たり前なのだけど学園長の声には特に緊張した様子もなく、気を張っている私の方が馬鹿馬鹿しくなってくる。アスナの顔を覗き込んで見るといつも通りの笑顔で答えてくれた。「気にしないで」なんて声が聞こえた気がして、気持ちを引き締め直して学園長室へと入っていく。

 

「失礼します」

「うむ、良く来てくれたのう」

「そう言うお話ですから……」

 

 部屋の中には……学園長一人。もしかしたら高畑先生か誰かが居るのではないかと思ったけれども、どうやら学園長しか居ないように見える。これは、気を付けないといけないかもしれない。うっかり学園長のペースに乗せられて、不利な約束をしないようにしなければならない。

 

「ふぉっふぉっふぉ、そう硬くなりなさんな。どうじゃね近頃は。エヴァンジェリンとは仲良くやっとるか?」

「エヴァンジェリンさんは良い人だよ。ね、フィリィ?」

「それは、まぁ」

 

 にこにこと微笑みながら肯定するのはアスナの声。それに釣られる様に学園長を警戒したまま曖昧な返事をする。学園長は本題よりも先に彼女の事を確認したいのだろうか。それとも私が、彼女の計画を意識し過ぎて居るだけなのだろうか。まさか、手伝ってあげて欲しいなどと言う事は無いと思いたい。

 

「具体的にはどんな感じかのう。いや何、高畑君から少しは聴いとるんじゃが、肝心のエヴァンジェリンからはあまりまともな返事が無くてのう」

 

 これはどう考えたら良いのだろう。学園長の様子は普段と変わりのない様子で、仙人の様な長い顎髭を右手で一度弄んでから独特の笑い声を上げている。しかし、問われた内容を疑って考えれば、『ネギ・スプリングフィールドの従者足りえる実力が有るのか』と皮肉を込めた結論が出てしまう。そんなのは絶対にごめんなので、全力で逃げを取るつもりなのだけれど、学園を敵に回すつもりはないしあちらからも強硬手段に出られたら困る。

 それはいったん置いておいて、普通に考えれば、『魔法生徒としてどの程度の実力が有るのか』と言う事になると思う。戦闘技術だけに関して言えば、私もアスナも並みの魔法使いに負けるつもりはない。もっとも、経験が絶対的に足りないのは間違い無い。けれど考え込むのはここまで。今必要なのは学園長の質問に答えるのではなく、彼への姿勢を話し合いに来たという事。

 

「学園長。本題はそっちではないでしょう? 私の態度の方が聴きたいんじゃないんですか?」

「なんじゃ、せっかちじゃのう」

「高畑先生から聴いてるんですよね?」

「ふむ。まぁ仕方がないかの」

 

 何が仕方がないものか。そこであっさり引き下がるという事は、ある程度は教室での事やエヴァンジェリンとの修行の内容を分かって居るという事になる。高畑先生はエヴァンジェリンのところで修行した事があるはずなので、そこでの様子からどんな戦闘訓練をしているかは分かるはず。

 

「して、ネギ君の事じゃが……。アスナ君は高畑君から聴いておるじゃろ?」

「えっ? うん、その――」

 

 そこで先にアスナに振るのかこのぬらりひょんは。どうにも学園長は私の答えを遅らせたいらしい。正確な学園長の意図は分からないけれど、アスナ君も知って居るのだからお主もちゃんとネギ君をサポートするんじゃろう? なんて考えで私を牽制しているのだろうか?

 アスナは一度私の瞳を覗き込んだ後、戸惑いが無い事を確認して高畑先生から聴いていると伝える。もちろん、いつその話を聞いたのか何て事は話していない。高畑先生が指示を遅らせていたと学園長に言えば先生が不利になるだけなのだし、私達のネギに対する方針はもう既に決まっているのだから、後は予定通りに話を付けるだけだ。

 

「学園長。つまり私に魔法生徒として正しく仕事をしろと言いたいのですよね?」

 

 これは私からの軽い抵抗。もちろん言葉の裏にあるメッセージは学園長に伝わると思う。すなわち、「惚けて約束破るな! このぬらりひょんめ!」という事を。

 けれども、現時点でそれを言ってもまかり通らないのは分かっている。だからこそ皮肉を込めた程度の抵抗なのだけど、学園長はそ知らぬ顔で答えを返してくる。

 

「何もそこまで言うとらんよ。お主らが余計な仕事をしたく無いのは知っておる。じゃがのう、お主達とていずれは魔法使いとして社会に出る事になるじゃろうて。その時に何も知らぬままだとお主達自身が困りゃせんか?」

 

 だからこれは老婆心なのだと続ける学園長に軽く苛立ちを覚えた。確かに学園長が言っている事は間違っていない。もし私達が魔法使いとしての職に付くのならば。けれども、結局のところは私達を手頃な魔法使いとして繋ぎ止めて置きたいのだろう。

 アスナはどう考えているのか分からないけれど、少なくとも私はごく普通の職業に付くつもりで居る。何が悲しくて一生危険と隣り合わせの仕事に付かなくてはいけないのか。ただでさえ死亡フラグ満載の世界だというのに……。

 

「分かってますよ。別に彼を――スプリングフィールド先生を蔑ろにしたりしていません。単純に魔法関係者と距離を取りたかっただけですから」

 

 苛立ちを隠しながら、刺々しくならない様に声を抑えて学園長に伝える。それに続けて。

 

「もちろん必要だと思う時は、彼のサポートには努めますよ。ただ、学園が決めて居る方針や、私との約束など色々と面倒が有りませんか? だから、『魔法使いと言う事は隠して、ネギ・スプリングフィールド先生のサポートを裏から努める様に頼んだ』という念書を頂けませんか? そうすれば矛盾は無くなると思います」

 

 学園長は私の返答に一度唸ってから顎鬚を弄り始め、そのまま考え込む様な動作を見せる。そんな姿勢をして本当に悩んでいるのか分からないけれど、学園長の中で何かの計算がされているのは間違い無いだろう。こっちだってそのまま飲み込んで貰えるとは思っていない。何か学園長にとって都合の良い条件が付けられると思うのだけれど……。

 ここまで来て、ふと背中にある暖かさに気付いた。意識して何の暖かさなのか確認すると、ブレザー越しに伝わってきたものは直ぐ隣に立っているアスナの掌だった。少し驚いて視線を合わせると、何だか嬉しそうに微笑むアスナの顔だった。いつものくっ付き癖なのか、それとも落ち着くように促されているのか悩んでいると、学園長が重くなった口を開いてきた。

 

「まぁ良いじゃろう。じゃが一つだけ確認をしたい。ネギ君を邪険にしとる訳ではないのじゃろう?」

 

 痛い所を突かれたと思う。別に、彼の事そのものは嫌いじゃない。ただ抜群のトラブルメイカー体質とブランドネームが厄介だと思う。けれども今重要なのはそこではない。ここは嫌でも彼を否定しない事が必要になっている。だから。

 

「そうですね。彼個人の事は嫌ってなど――」

 

 そこまで言いかけて、突然に学園長室の両方のドアが開かれた。ドアには余程の力が込められていたのか、観音開きになって壁にぶつかり衝撃音が室内に響き渡る。そのあまりの音の大きさに一瞬ビクリと体が震えて、臨戦態勢とばかりに緊張が体を支配する。エヴァンジェリンの所での修行のおかげかうろたえた声を上げず――もっとも驚き過ぎて上げられなかったのかもしれないが、何があっても良いように気持ちを切り替えてからドアに視線を送って……かつて無い絶望感に襲われた。

 

「す、すみません学園長ー! 僕、魔法がバレちゃってー!!」

 

 勢い良くドアを開け放った人物からの第一声がそれだった。ここまで急いでやってきたのだろう、荒い呼吸を肩でしながら涙目になって、慌てた様子が良く分かる赤髪の少年の姿だった。



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第16話 進む道は何処に

 三人称スタートです。途中からはいつものフィリィ視点。


 赤毛の少年の乱入によりしんと静まる学園長室の中で、その瞬間は同時に訪れた。その場に居る少年少女達、熟練した魔法使いである老人までもが「不味い」と感じていた。

 その中でほぼ同時に解決への考えを巡らせたのは、薄い金の髪を揺らして青い瞳で少年を凝視するオフィーリアと、平時から物事を考える癖で長い顎髭を縦に梳く学園長だった。

 

「(必要なのは、彼に対するフォローと、学園長の丸め込み。魔法使いだとばれたくないはずの彼の心を利用して……。けど、学園長は絶対にばらしたいと考えているはず。八方塞かもしれない)」

 

 オフィーリアの心中にあるのは、完全な板ばさみ状態の心理だった。そうなるとここまで来るのに決めておいた、『魔法を知っている一般人』を装うしかない。あるいは『魔法を知ってしまった一般人』という答えに行き着いて、こんな形で巻き込まれてしまった悔しさで奥歯をかみ締めながらも、必死に声を出さずに堪えていた。

 

 その一方で、実は学園長の心中も穏やかではなかった。この時点でオフィーリアもアスナも知りえない事だったが、学園長が真っ先に魔法をばらしたいのは自身の孫娘の近衛木乃香なのだかから。その為には今この場でどのような結果に導けばよいのか、結論ありきで優先順位を決める。

 

 即ち、無かった事にすれば良い。

 

 その為には何をすれば良いか、結果を導き出すための方法を考える。即座に赤毛の少年を視界に入れて様子を観察。彼は学園長室のドアを開け放ったまま、予期せぬ人物の在中に固まっている様子だった。さらにその奥、廊下からは何者かが駆けて来る足音が聞こえる。ならば恐らくネギ少年の魔法を何らかの理由で目撃してしまった者だろう。更に目に力を入れて一瞬の内に観察する。これが自身の孫娘だったのならば最良だったのだが、姿は違っていた。2-Aの生徒ではあったが、突発的な遭遇と見て、”彼女達”の記憶操作を決定する。

 次に目の前の”優秀な魔法生徒達”。頑なに魔法使いへの道を拒絶する彼女を、いかなる方法を持ってこちら側へ引き込むかは常々考えていた。どんな偶然か数年前に迷い込んで来たこの少女。厳密な能力は未だ隠されて把握していないが、アスナと同じく気と魔法の無効化能力を持っているだけで十分に手元に置く価値がある。そうは言ってもあれだけの魔力を垂れ流しにして生活していたのだから、いずれは誰かに利用されただろうとは考えている。そしてアスナはあのウェスペルタティアの姫御子なのだから、彼のパートナーの一人として何の申し分も無い。

 

 だからこそこのチャンスを最大限に生かす。故に、この場で恩を売る事を考えた。

 

 だがしかし、ここで忘れてはいけない存在が居た。『神楽坂明日菜』という、原作においてもこの世界においても突発的な行動をとる存在がいたのだから。

 アスナが最初に考えた事はただ一つだった。それは、幼いあの日の自分を救ってくれた恩人でもあり、今現在においても最も大切な友人で心の中では親友だと決めている少女。オフィーリアが秘密主義で、知っている情報を意図的に隠している事も、その他にも何かを隠して苦しんでいる事も薄々把握している。

 だからこそ、誰も頼れない彼女を私が守らなくちゃいけない。そう考えていた。それは魔法の世界のお姫様なんて、爆弾も良い所の自分の存在価値を使ってでも。最終的には抜け道が無くなるだろうと思っている自分を前面に出せば、彼女だけは守れる。魔法の世界に踏み込ませずに済むと考えていた。

 

 そしてそれぞれが行動に出る。誰よりも最初に動いたのは、思案を巡らせていた少女と老人ではなく、赤毛の少女。今日の髪型は気が抜ける休日と言う事もあって、心の親友と同じくロングストレート。結おうとすると嫌がるので、密かに同じ髪形を狙ってそのままにしてるのだが、その事は今はどうでも良い。

 

 つまり、ネギの声なんて聞いてないし見てなかった。と言う事にすれば良い。

 

 ここで問題になってくるのはオフィーリアの耐魔・耐物理防御能力だった。アスナ同様にエヴァンジェリンによって鍛えられた事もあって、元々生まれ持った才能も掛け合わされて本人達の無自覚のまま、学園の魔法先生等は遥かに上回っている。

 それ故に必要なのは魔法障壁を出させないために、完全に意を殺して、気も魔力も纏わない首元への一撃でもって昏倒させる。それがアスナの出した結論だった。その後の行動は素早く、ただただ親友を守るという気持ちだけを込めて右の手刀が動く。その余りの速度に、魔法使いとしては駆け出しも良い所のネギ少年の眼には残像すら映らなかっただろう。これが身体能力の高いオフィーリアや高度の魔法障壁を有する上級魔法使いでなければ、昏倒どころか即死も考えられる程の一撃だった。

 

 もっとも、それで慌てたのははっきりと目の前で見えている学園長だった。一体何をどう結論が出たら彼女がオフィーリアを殺そうとしているのか。ネギ少年への対処も含めて、背中を嫌な汗が流れる。彼女の身体能力を知らない老人は、仕方が無しにこの場の全員を眠らせる方向へと思考を切り替える。

 

「ムラクモ・ルラクモ・ヤクモタツ――」

 

 この場合の学園長が考えた全員とは、廊下を走ってくる”魔法を目撃した2-Aの生徒達”も含まれる。よって、手加減する必要なし。そう判断して、全力を持って魔法を完成させる。

 前述の様にこのアスナの一撃と言えども、学園長やエヴァンジェリンなど超一級の使い手には見えているのだ。それと同時に、小学校一年から中学校二年の三学期まで、八年も連れ添ってきた親友がいる。特にこの二年はエヴァンジェリンからありとあらゆる魔法と対処法、戦闘技術を共に学んできた親友。だからこそオフィーリアは、そのアスナの一撃を彼女の意図は分からないままに気が付いた。

 

 その瞬間の感情は困惑。首元を狙った一撃だと言うのは理解した。けれども魔力を纏ってその一撃を受け止める、あるいはエヴァンジェリンが得意とする合気道の業を持っていなせば、確実にネギ少年に魔法の事を気づかれる。あるいは眼を輝かせて懐かれる。それは嫌だ。けれども悲しい事に彼女の身体は動いた。反射的に反撃してしまった。

 これはチャチャゼロから普段受けている急所攻撃の訓練や、エヴァンジェリンの扱きの結果とも言える。身体の向きは学園長の机に向かっていたが、ドアに視線を送った時に左半身を後ろに引いていた。結果的には、左側に立っていたアスナを正面から迎えていた形になる。オフィーリアの左側から踏み込んだアスナの右手を掻い潜り、アスナの内股に左足で踏み込んで、左手で制服のブレザーの胸元を掴み、右手で左手の袖を取る。そのまま腰を落として完全に投げの体制に入った瞬間にそれは発動した。

 

「大気よ 水よ 白霧となれ 彼の者等に 一時の安息を 眠りの霧!」

 

 元々オフィーリアは右利きで、左の踏込が不得意と言うのもあった。アスナ自身も手刀に集中していて完全に虚を付かれていた。ネギ少年に至っては何が何か分からないままに、眠りの魔法の直撃を受けた。それはもう直ぐ学園長室に届こうとしていた”彼女達”も同様の事だった。

 けれども良く考えてみて欲しい。学園長自身が焦っていたとしても、一方は完全魔法無効化体質のアスナ。もう一方は異常な魔法耐性を生まれ持ったオフィーリアだったのだから。だからと言って眠りの魔法を耐える事が出来たとしても、技がかかる瞬間の虚を付かれたらどうなるか? それがこの結果だった。

 

「「きゃぁぁっ!?」」

 

 彼女達は二人揃って思春期の少女特有の甲高い悲鳴を上げて、いまだ魔法の霧が晴れない学園長室内で、一方は押し倒される形で、もう一方は覆いかぶさる形で、怒気を孕んだ少女と思わぬ僥倖に途中から黄色い悲鳴に変わった少女の図が出来上がっていた。

 もちろん、頭をぶつけたりして痛い所は痛いのだがこの際これは割愛する。余談にはなるが、学園長室前の2-Aの生徒達と、この事態を引き起こしたネギ少年も記憶に無いたんこぶが出来ていたりする。

 

 

 

 

 

 

 一瞬何が起きたのか判断が付かなかった。いまだ魔法の煙が薄らと覆っている中で、反射的にアスナを投げ飛ばそうとしたのは、良かったのか悪かったのかも判断が付かない。

 今分かっているのは、とりあえずアスナがうっとうしいと言う事だけになる。うつ伏せになった状態から顔を上げてみれば、アスナが嬉しそうな顔で私の胸の上に乗っかっていたりする。とりあえず心の中で、またアスナの変態度をワンランク上げなければいけないのかと溜息をつきながら、現状を確認する。

 

 ちなみに私の胸は決して小さくない。この前、エヴァンジェリンに子供に変えられて散々弄られたのだが、彼女自身も思う事があるのだろう。私だって十歳の姿のまま六百年も生きたいと思わない。

 

 それはさておき今の身体の状態は、頭を打って後頭部のやや右側が少し痛い程度。後は少し瞼が重いくらい。特に怪我をした様子はないし、不幸な事に学園長の眠りの魔法にも掛からなかった。

 しかしこれで、学園長に私の魔法防御の高さが露見した事を意味している。より優秀な魔法生徒として今後も見られる事を念頭において行動しなくてはならなくなった。考えるだけで最悪な気分になる。それでも、学園長の念書が貰えればまだましなのだけれど。この状態で果たして貰えるのかどうかはかなり怪しい。

 

 周囲を探ってみると、ネギ・スプリングフィールドをお姫様抱っこして部屋のソファーに寝かせる学園長の姿が眼に入った。分かってはいるものの、私達とは扱いに雲梯の差がある。ウェスペルタティアのアスナですら放置なのだから、どれだけ彼の事を可愛がっているかが良く解る。

 その一方、風で空中に浮かされてから、ソファーに置かれた女生徒達の姿が眼に入った。宮崎のどかと綾瀬夕映。しかも制服がところどころぼろぼろになっている。この二人がそんな姿でこの場に居るという事は、彼の魔法を何らかの理由で見てしまったのだろう。それに焦って逃げ出した彼を追いかけて、学園長室までやってきて纏めて眠らされたという事になる。

 

 つまり、二人とも魔法生徒扱い。もしくは記憶の隠蔽をされる対象となった。

 

「はぁ……」

 

 無意識に溜息が零れた。もう本当にやってられないという気持ちと、どう足掻いても彼はトラブルメイカーなのだと、何とも言えない気持ちになる。それはそうと――。

 

「アスナ! いい加減に離れて!」

「え~~。もうちょっと、この辺とか……」

「良いから離れなさい……」

 

 抱き付いているだけじゃ満足出来なくなったのか、この馬鹿娘はよりによって脚を手で触り始めた。これが異性なら十分に犯罪者……。いや、異性じゃなくても十分にやり過ぎだと思う。

 そこでふと、別の視線に気づく。見られていると感じる先は、本当に人間なのか疑いたくなる眉毛を持った学園長の瞳だった。

 

「何を……。見てるんですか?」

「いや、なかなか眼福じゃと思うての」

「セクハラで訴えますよ?」

 

 先ほどのネギ・スプリングフィールドの扱いと比較して、こちらをよく見ている学園長の言葉に、もう一度、自分自身とアスナを見てみる。……と、ある事に気が付いて確かめざるをえなくなった。

 恐る恐る自分の服装とアスナの服を、冗談だと思いながら見てみると、転んだ拍子に制服のスカートがめくれ上がって、……所謂、ダメだ口に出すのを躊躇う。

 

「アスナ! 起きて! パンツ見られてるから!」

「どこっ!? フィリィの、痛っ!」

 

 取りあえずアスナの頭をグーで殴っておく。魔力を込めなかっただけましだと思って欲しい。そのまま勢いよく身体を起こして、アスナもきちんと座らせる。

 

「学園長。本当に訴えて良いですか?」

 

 次から次に展開が飛んだハプニングだけど、この際利用させて貰おう。これで学園長を追い出せるのならパンツの一枚や二枚安いもので、何なら鍵付きの下着ケースを鍵ごとくれてやってもかまわない。

 けれども、もちろんそんな事で学園長が動くとも思えないので、とりあえずじろりと睨みつけたままで済ますのだが、その後の学園長の一言が余りにも衝撃的だった。

 

「かまわぬよ。『念書』が要らんのならのう。ふぉっふぉっふぉ」

 

 その一言に、完全に身体が固まった。つまり、学園長は私達に先ほどの条件を、この状況でも飲む事が出来るという事になる。

 

「訴えなかったら、貰えるんですか?」

 

 真剣な声で、学園長の瞑られた瞳に目掛けて、射抜く程の勢いで見つめ返す。一時は最悪の事態を想定したけれども、もしかしたらそれが回避できるかもしれない。それならばこの交渉を絶対に失敗するわけにはいけない。まだ魔法に関わらずに、一般人として普通の一生を過ごせるチャンスをもぎ取れるかもしれないのだから。

 

「別に訴えてもかまわんよ。確実に勝つからのう。それよりもネギ君じゃ」

 

 まぁ、そうだろうとは思う。こんな事で学園長を失脚させられるのならば、源しずな先生辺りがとっくに訴えてそうだ。

 

「お主らも今見たじゃろう? ネギ君の魔法防御の薄さをのう」

 

 学園長の言葉に嫌な予感がした。私の体の性能を一般人や見習い魔法使いと比較されては困る。けれども、対外的には私は末端の魔法生徒で、”未熟であるはず”なのだから。この学園長はそれを解った上で言っているのだと。本当に性格が悪い。

 

「……『念書』は貰えるんですよね?」

「良くわかっとるのう。エヴァも中々に優秀な”先生”の様じゃの」

 

 ぎりりと奥歯をかみ締めて堪える。彼女が学園の中でどんな位置に居るのかは分からないけれども、学園長の中では学園に必要な人材として認識しているのだろう。原作ではナギ・スプリングフィールドと共に、割りと指導者の如く優しい言葉をかけていた記憶があるのだけれど、この世界においては余り当てにならないのかもしれない。やはり、先入観には気をつけようと思う。

 そう考えている間にも、学園長は机に向かって書類を作っていた。座り込んでいた状態から立ち上がって、その内容を眼に入れる。そこには――。

 

 『魔法使いである事を隠しても良い』という事。『ネギ・スプリングフィールド先生のサポートを可能な範囲で努める事を頼んだ』という事。そして『有効期限は麻帆良中学校卒業まで』という、前者にとってはありがたく、後者にとってははた迷惑な言葉が書かれていた。しかも、私とアスナの両名の名前入りで。

 

「えっ……」

「学園長、何で私の名前もあるんですか?」

 

 さすがにこれは、驚くほどの好条件だと思う。後者は余計だけれども。

 

「まぁ、先払いの報酬のようなものじゃて。心配せんでも良い、今日ここで起きた事は無かった事になる」

「……先生達の記憶を消すんですか?」

「操作するのは、四人の生徒じゃよ。お主等は建前上じゃがのう」

 

 という事は、今日ここで彼が乱入した事実は揉み消すと言う事だろう。もちろん、宮崎のどかと綾瀬夕映が彼の魔法を目撃した事も。その代わり言う事を聞けという暗黙の了解を求められた事になる。

 彼女達にとっては、今後の人生を左右する程の大きな出来事が帳消しになるのだから、私から見たらあまりにも羨ましい。けれども事実として、関わらない方が良いと思っているから、悔しくても我慢しよう。そうは言っても、この世界の宮崎のどかは恐ろしいくらい積極的なので、今日みたいにあっさりと魔法使いの真実を目撃しそうだ。

 

「さて、その上で魔法使い人間界日本支部の長として命を下す」

「――なっ!?」

「しばらくエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルの指揮下に入り、ネギ・スプリングフィールド先生の修行をサポートせよ」

 

 一瞬、不干渉の約束を反故にされたのかと思った。喉から出掛かった「約束が違う!」という言葉を飲み込んで、開きかけた口を閉じる。

 私と学園の契約は、私が社会人として世に出るまで有効のはず。極端な事を言えば中卒でも良いわけだけれど、さすがにそれで就職は無理なので高校卒業までは我慢するしかないと思っていた。いっその事、転校するとか無理やりな手段もあるのかもしれないけど、知らない危険よりは知っている危険をとったのが今の状態なのだから。けれども学園長は私の苦悩を知る事無く、たった今渡した『念書』を逆手にとって、中学を卒業するまで堂々と彼のサポートを頼めるという結果を作った。

 

「そう言うわけじゃからのう、二人ともエヴァンジェリンの所へ向かって欲しい。まぁバイト代くらいは出すぞい。ふぉっふぉっふぉ」

 

 断れば、『契約書』と『念書』で脅される。と言う事なのだろう……。何だかどんどん逃げ場が小さくなっていく。もう、本当に魔法使いとして生きるしかないのだろうか。

 

「ね、ねぇフィリィ。元気出して? 大丈夫だって、死んじゃうわけじゃないんだから。ね?」

「……分かりました」

 

 アスナが気遣ってくれるのは分かったけれども、学園長に対して意気消沈しながら了解の言葉を返すのがやっとだった。そのままソファーで何も知らずに眠る彼を一目見て、何かを考えるのも嫌になり、無感情に学園長室を後にした。

 

 

 

 憂鬱な気持ちのままエヴァンジェリンのログハウスに到着してから、先程あった学園長とのやり取りを説明する。彼女がネギ・スプリングフィールドをどう料理したいのかは知った事ではないけれども、始終面白そうな表情で話を聞く彼女は、私を余計に疲れさせるだけだった。

 

「爺め、素知らぬ顔をしていながら虎視眈々と狙っていたな」

「何をですか?」

「そんなのは自分で考えろ。それよりもあの先生だったな」

「これまでの事、考えが有ってして来たんですよね?」

 

 わざと教室で目立つような行動や、彼の授業になるとサボるなど、悪目立ちも良い所だったのだから。何かしら今後に繋げる計画が有ったのだろう。一体何をどうしたいのか分からなかったけれども、きっと私では気付かない様な策略があったに違いない。と、思いたい……。

 

「あぁ、あれか。意味など無いな」

「「はぁっ?」」

 

 さすがにこれには私とアスナの声が重なった。くつくつと笑う彼女の眼には、二人揃って呆けて間抜けな顔が映っているだろう。あれだけ目立つ事をしておきながら、特に意味が無いとはどういう事なのだろうか。

 

「あえて言えば、それであの”先生”がどう反応するか見ていたと言った所か。その程度で怯えるなら、国に帰った方が良い。立派な魔法使い(マギステル・マギ)に成る以前の問題だ。逆にこちらに興味を持ってくるのならば、喜んで迎えよう。もっとも歓迎の方法は辛辣になるだろうがな。フフフ」

 

 ……この人も相当に性格が悪い。ただのいじめっ子にしか見えない事もないのだけど。要は、ナギ・スプリングフィールドという好きな男性の息子を苛めたいだけ。原作知識がある私だから、そういう方向に考えがちだけど、もうそうとしか考えられない。

 それで良いのだろうか。仮にも彼は既婚者のなのだし、母親であるアリカ・アナルキア・エンテオフュシアとか置いてけぼりも良い所だ。彼女がどこに行ったのか知らないけれど……。魔法関係の余計な事に詳しくなりたくなかったからあえて聞かなかったけれども、場合によっては後でアスナに知っている範囲で彼等の事を聞いておいた方が良いかもしれない。一応心に留めておこう。

 

「はぁ……」

 

 何だかもう今日は考えるのが嫌になってきた。とりあえず、私達は彼女のサポートをして、彼をいたぶる役、あるいは誘い出し、逆に彼のフォローか正体を隠して援護なり何なりしないといけないのだろう。

 

「すみませんちょっと休ませてください」

「あ、フィリィ。今度こそ膝枕――」

「もうそれで良いから休ませて」

「ふぃりぃがおかしくなった!?」

 

 もう反論するのも疲れたので、学園長にもらった魔法の念書を、テーブルの上に投げ出したままカーペットに寝転がる。いそいそと私の頭を持ち上げる嬉しそうなアスナと、それに参加してくる茶々丸が意味不明なのだけれど、彼女達は一体どこに向かおうとしているのだろう。

 

「まだ寝るんじゃない。後二つ言う事がある」

「二つ、ですか?」

 

 閉じかけていた瞳をぱちりと開いて、声の方向へと顔を向ける。

 

「一つ目は、セクハラがどうとかほざいていた事だ」

「はぁ……。それが何か重要なんですか?」

「どうせお前の事だから、スパッツやらズボンやらを履いておこうとか考えているのだろう? やめておけ」

 

 それは、確かに頭の隅で考えていた事だけれど、なぜそんな事を? これから原作に巻き込まれてしまうのだとしたら……。非常に不本意だけれども、本当に巻き込まれてしまうのだとしたら。セクハラ小動物とかネギ・スプリングフィールドのラッキースケベにさらされてしまう可能性がある。今日の学園長の行動でもそれは良く分かるけど。

 

「馬鹿な事を考えるな。せっかく女に生まれて、それも見目が良いのに利用しない手はない。あの爺ですら結局は男という事だ。見られるのが嫌ならアンダースコートかブルマでも買って来い。どうせなら際どい格好でも普段からしていれば良いんだ」

 

 ……不味い。だんだんエヴァンジェリンの眼が据わってきた。もしかしてもまた、彼女自身の体形の事で絡まれるのだろうか。この年になって、小学生の様に扱われる羞恥プレイはもう二度と体験したくない。人生の総計で既に三度したけど、それは忘れる事にする。

 凄い下着を着せられて、堂々と見せて歩けと言われなかっただけましだと思っておこう。この人が本気になったら、一体どんな事をされるのか分からないのだし、何かしら見せて良いものを用意するしかない。ここは頷いておくに限る。

 

「それからもう一つ。お前はいい加減に覚悟を決めろ」

「どういう意味ですか?」

「確かにお前は強くなった。それは戦いを主に置いた魔法使いとしての意味だ。だが、逃げ続けた先に、本当に最悪のタイミングで追い詰められるのが人生だ」

 

 言いたい事は分かる。確かに私は平凡な人生を、一般人としての普通の人生を望んでいる。けれども、いずれはまともに生きられなくなる事は、この体質からしても分かっていて棚上げしている。

 彼女の人生は、成長せずに変わらない外見や吸血鬼という体で、一方的に殺されかけたり化け物と罵られた事もあると知っている。けれども、何でそれを、今私に言うのだろうか。

 

「現代社会はあらゆる意味で厄介だ。過去の様に城に篭り続けるわけにもいかず、既存の戸籍や魔法社会で管理されている。魔法組織の力関係もある。将来的に、独立するのか組織に身を寄せるのか、隠れ住むのか。今のうちに考えておく事だな」

「……はい」

 

 彼女は、いずれ私が魔法の世界でしか生きていけなくなると確信しているという事か……。余り嬉しくない想像なのだけど、年長者の経験を軽々しく蹴るほど愚かな選択をするつもりは無い。

 何だか疲れて休みたかったはずなのに、脳を覚醒させられて、寝転んだまま瞳だけを閉じて考える。彼女の言葉が、前者はともかく、後者の言葉は深く深く私の中に染み込んでいった。




 いくつかフラグを立てる必要があったので、ここで立てました。
 エヴァとネギの対決フラグと、巻き込まれるフィリ達の将来と服装です。原作では雑誌の特性もあって、際どいシーンや全裸とか酷い事になったりしていたのでその辺の対策の話も。

 2013年7月3日(水) フィリィが学園長の眠りの魔法を完全に無効化している点を不自然だと感じたため、眠気を耐えた表現に修正しました。その他、細かな表現を修正しました。


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閑話 その時の彼、彼女達。

 15話と16話の裏話なのでこちらも三人称からスタートです。


「ふんふふん、ふふ~ん♪」

 

 未だ肌寒さの残る季節ではあるものの、とてもそんな雰囲気を見せない一人の少女が居た。彼女はフライパンを片手に鼻歌を歌いながら、一人で淡々とおかずを作り上げていく。彼女自身、冬の寒さなんて気にならないほど、夢中になっている相手の事を考えていた。

 

「ふふーん。ネギ先生って、焼き鳥のネギマが好きなんだよね。卵焼きにもネギを入れた方が良いのかな? それともストレートにネギマ弁当とか? でもでもやっぱり、愛情たっぷりで沢山のおかずのほうが良いかな? ねぇねぇ夕映ー。どう思う~?」

 

 一人ではしゃいで自己完結しがちに見える彼女だが、中学一年の時からの親友でありルームメイトでもある少女の頭脳を信頼していた。もっとも、恋愛という面では未だ初恋を経験していないため、その親友自身も所謂定説どおりの返答しか出来なかったりする。あるいは彼女が尊敬する哲学者のお爺様に恋をして居たのかもしれないが、それは余談になる。

 

「そうですね。好きなものを把握しているのは強みです。王道では有りますが、その一辺倒では飽きが来ます。それに鶏肉と葱と言うよりは、ネギマという先生自身のお名前との類似性からお気に召された様子です。したがって――」

「ゆーえー! 難しい話は良いから味見してよ味見!」

 

 とは言うものの、恋する乙女の暴走は凄まじいの一言に尽きる。彼女が差し出してきたのは大皿に乗ったおかずの山だった。卵焼きというお弁当の定番に始まって、鶏肉の照り焼きに、ミニハンバーグや唐揚げ。それも冷凍食品などを使わない手の込んだものばかりだった。湯通しした緑黄色野菜など、お弁当に入れやすい固形物などがある。しかしながらこの場では中学生が好む様な、つまりボリュームの多いものが目立っていた。

 

 問題は、どうしてこの様なものを彼女、宮崎のどかが作っているのかと言う事にある。

 

 始まりは、教員寮へと押しかけた事だった。彼女達の担任であるネギ・スプリングフィールドが麻帆良学園にやってきた際に、オフィーリアのタカミチ・T・高畑への念押しと彼の常識から、原作とは違いネギ先生はきちんと男子教員寮へと身を寄せたのだった。

 だからこそ、家事と言う問題が発生した。原作では、神楽坂明日菜はともかく家事が好きで、和食の調理もこなす近衛木乃香がその食卓事情を大きく担っていたのだ。だからこそ休日ともなれば、平日の学食や学園内飲食店で済ませられるものが、材料を買って自炊するか寮から飲食店へと向かう必要が発生した。

 そこで彼女が目をつけたのはこのお弁当作戦。ネギ”先生”と言っても、男の子なのだ。美味しいお弁当を作って胃袋からキャッチすれば、きっと自分に振り向いてくる。いいや振り向くに違いない。

 

「きゃーー! いや~ん!」

 

 そんな事を考えながら、自分で自分の体を抱きしめて黄色い声を上げる。原作のあるべき宮崎のどかだったなら、まず有り得なかったかもしれない光景が広がっていた。

 ちなみに大皿へと盛られたおかずの山は、この世界では隣室の近衛木乃香と早乙女ハルナ、つまり図書館探検部メンバーで、品評会という名前の朝食になって消える事になる。

 

 

 

 場所と時間は変わって、およそ午前十時過ぎの男子教員寮。この寮中の一室には、赴任してきたネギ・スプリングフィールドが住んで居る。そして彼は今、イギリスの魔法学校では感じなかったストレスを抱えていた。

 

「ふぅ、仲良くか~。皆さん良い人ばかりだから、直ぐに良くして貰えたけど……」

 

 もちろん、彼自身は素直な少年でそこに他意はない。彼を利用しようとする人間、勢力は、それは山のように居るのだが。それなのにどう言うわけか幼少時代に村を襲撃されて以後、目立った干渉はないどころか少しませた幼馴染に優しい義姉に囲まれて、とても大切に大切に育てられてきた。だからこそ、ストレスや悪意と言うものへの耐性が余りにも無い。彼が心の源風景に持つ復讐心はあるのだが、それとこれとは別問題になる。

 故に、常に気を張ってにらめ付けているオフィーリアと、自分の授業にだけ出てこないエヴァンジェリン。2-Aの廊下側列の最後尾コンビは気になっている相手だった。赴任してからよく話をする宮崎のどかを始め、オフィーリアに対するクラスの評価は基本的に良い。これは派閥を作りやすい女子だらけの状態では奇跡的な事だが、それはこの麻帆良ゆえの事になるのだろう。それにネギは、初対面の時から彼女を悪い人ではないと思っていた。だからこそ、いつも一緒に居る彼女達四人と余り仲良く出来ていない事を残念に思っていた。

 

 それともう一つ、学園長からは特に魔法に関しては言われていないのだが、信頼しているタカミチからは魔法を余り使ってはいけないと釘を刺されていた。この世界では、当然ながら魔法は一般的に認知されていない。けれども、今までウェールズにあるメルディアナ魔法学校では日常生活の殆どを魔法で補って来たのだ。いくら修行のためとは言っても、自分の手足を使うなと言われている様な感覚を覚えて、どうにもやり切れないストレスを感じ取っていた。

 

「よし! ちょっとだけなら」

 

 だからこそこんな行動に出たのだろう。ネギは自身の身の丈程もある魔法使いの杖を持ち出して跨り、学園内の湖まで飛び立っていった。そこで誰と出会うかも知らずに。

 

 

 

「ゆえ~。ゆえゆえー!」

「分かりましたから、余り慌てないでください。折角作ったお弁当が駄目になるですよ」

 

 そこには大量の本を抱えていた少女二人の姿があった。抱えていたとは当然、過去の事になる。彼女達は図書館探検部に所属している以前に、大の本好きでもあるのだから。それ故に普段から目に通している本の量は容易に推測が出来るだろう。ただでさえ本の事でオフィーリアに絡んでばかりなのだから。

 二人はネギのために作ったお弁当を持参して、図書館島、つまり学園内の湖の岸から橋を渡ったそこへと行っていた事になる。普段なら何の問題も無い事だった。だがしかし、今日のこのタイミングではお互いに運が悪かったとしか言えない出来事が起きる。

 

「うん? あれは……?」

 

 一人興奮してくるくると回る宮崎のどかを横目に、もう既にお弁当の中身がぐちゃぐちゃになっていない事を祈りながら、預かったバッグを持つ綾瀬夕映が妙な光に気が付いた。

 それは奇妙な光景だった。湖で上がる光りと水しぶきに不自然に舞い上がる砂。しかもそれを行っているのが、長い杖を振りかざしながら、何かを確かめるように湖を凝視している赤毛の少年だったのだから。

 

「夕映ー? どうかしたの?」

「あ、えぇと。いいえ、どうやら疲れているようです。私の見間違いだと思うです」

「あっ! ネギ先生!」

 

 そこで思わずずっこけそうになるのを、彼女は寸での所で踏み止まった。自分の見間違い、あるいは幻だと思っていたネギ先生の姿を、自分の親友までもが見ているのだから性質が悪い。実は自分は夢の中に居て、夢見がちな少女の様に瞳を輝かせて彼を魅入っている親友も、夢の中の人物なのではないかと思いたくなっていた。

 

「凄~い、すっごーい! カッコ良いねネギ先生! あんな物語の主人公みたいな事が出来るんだ!  ね、夕映もそう思わない!?」

「ちょ、ちょっと待ってくださいのどか。これは夢です。落ち着くのですよ」

「夕映の馬鹿!」

「痛っ、何するですか!」

 

 突然に叩かれた頬――とは言っても、非常に軽い力だったのだが――確かに痛い事には間違いなかった。けれどもその月並みな頬への一撃が、ここは夢の中ではなくて現実なのだと認識させてくれた。

 

「よっし、突撃! 私もネギ君みたいな魔法少年になりに行く!」

「ちょっと待つですのどか! 自分が何を言っているか分かっているのですか!?」

「もちろん! ネギ君が魔法少年なら私は魔法少女になる! これはもう運命だよ!」

 

 彼女には親友が一体何を言っているのかまったく理解出来なかった。普段から彼女の言動には度を越えたものが時々あるのだが、この時ばかりはそのハイテンションな思考を矯正してやりたいと心の底から思った。

 自分達の担任の先生が不思議な事が出来る、つまり魔法少年と短絡的に結び付けたその思考には、大意では納得できるが、そこに突き進む事には大いに反対だった。曲がりなりにも自分達は大量の本を読み漁って来た人間なのだから。宮崎のどかや早乙女ハルナ、近衛木乃香らがよく読んでいる所謂ライトノベルトと呼ばれるものと、自身が好む難読な哲学書や数々の物語。そこから導き出される可能性に、危険の二文字が渦を巻いていた。

 

「ラス・テル マ・スキル マギステル――」

 

 肝心のネギ自身も、近づいてくる脅威に気が付いていなかった。日本に来てから魔法を殆ど使っていなかった事と、人気の無い砂浜で油断していた事もあるのだろう。何よりも休日と言う事もあって、彼のサポート人員の監視の目が緩んでいた事も問題だった。

 

「ネ・ギ・くーん!」

 

 そしてその瞬間は訪れた。もはや先生と言う事も忘れた宮崎のどかが、覆いかぶさる様に突撃して彼を押し倒す。その眼には好奇心と憧れと、彼の秘密を知った優越感が浮かび、既に手のつけられない暴走機関車となっていた。

 

「えっ? の、のどかさんっ? 夕映さんまで! なんでっ!?」

 

 ネギは完全なパニックに陥っていた。魔法を見られたと言う事。押し倒されたと言う事、それらを目撃された事。そして魔法を――と、思考がぐるぐると回って更に加速する。

 

「凄いよ凄いよ! ネギ君は魔法少年だったんだね! 実は最初から何か秘密があるんじゃないかって思ってたの! だってこんなに小さいのに先生なんだよね! まるで物語の中に居るみたいでわくわくしてた! 憧れてた! 立派なお父さんが行方不明で、完っぺきにフラグだよね! それに美少女だらけのクラスメイト! これはもう何かあるって思うしかないよ!」

「の、のどか?」

 

 ネギはそこまで言われてはっと気が付いた。混乱の中に落ちていた思考を整えて、自分が魔法使いだという事をまず先に思い出す。そしてタカミチに魔法をむやみやたらに使ってはいけないと言われていた事を。そして魔法がばれるとこんな事になるのかと、彼の心の中に褒められた喜びと気付かないくらいの小さな影が落とされた。

 それからの彼の行動は早かった、魔法がばれた時はどうするのか、即ち魔法を知ってしまった人の記憶を消す。それが魔法使いの常識だからだ。彼女達に杖を向けて記憶を消そうとしたところで、再び気付く事があった。

 

 押し倒された拍子に、杖がどこかに飛んでいた事に。そしてそれを、僅かながら憧れた目をした綾瀬夕映が拾っていた事に。

 

「う……。うわぁぁぁぁん!」

「わぁっ、ネギ君!?」

 

 そして今度はネギが暴走した。偶然ながら杖を盗られて、記憶の消去も出来なくなった事と、制御の甘い魔力で風の魔法が暴発して二人の制服に亀裂が走る。砂浜だった事も影響して、軽い砂嵐のようになって二人の目を完全にくらます結果になった。ここで彼の頭に浮かんだのは二人の先輩だった。

 一人は父の仲間でも有り信頼を寄せている、タカミチ。もう一人は、自分の事をとても良く思ってくれていて頼りにもしてくれる学園長。その学園長が「何かあったら相談に来て構わない」と言っていた事も思い出したのだ。

 

「ごめんなさあぁぁぁぁい!」

 

 そう捨て台詞を残して、一直線に世界樹の方向を目掛けて走り出す。学園長室は図書館島から世界樹を挟んだその向こう側で、何故か麻帆良女子中等部にあるからだ。

 

「ま、待ってネギ君!」

「ちょっと待つです! 駄目ですよのどか!」

 

 そして、走り出すネギを追いかける二人。彼女達を甘く見てはいけない。何せ、重要な魔法書を守るために数々のトラップが仕掛けられている図書館島を、そうとは知らずに常日頃歩き回っているのだから。ネギ自身、パニックに陥っていた事もあって、自身の身体強化を使ったり使えなかったりと不完全な状態だった。だからこそある種、陸上部並みとまでは行かなくても、体力のある二人がネギの姿を遠目にでも追いかける事が出来たのだった。

 

 

 

 時々ネギは後ろを振り返って、まだ二人が付いてくる事に驚きながら学園長室を訪れる。そして大慌てで観音開きのドアを開いてしまった。その場所に、誰が居て何があるのかも知らずに。今ある心の恐慌状態を解決したい。二人に魔法を見られた事を学園長に話して助けて貰いたい。その心だけが最前面に押し出されて、ノックをする余裕すらも無くなっていた。

 

「す、すみません学園長ー! 僕、魔法がバレちゃってー!!」

 

 その瞬間に、彼の目に飛び込んできたのは、二人の少女と学園長の姿だった。一人は自分と同じ赤い髪の少女。振り向いていなかったので直ぐには誰か分からなかったが、制服から中等部の女子だという事は分かった。そしてもう一人の金髪の少女は、今もストレスを感じている原因の一人だった。

 多分、叩きつけてしまったドアの音で驚かせたのだと思った。魔法という言葉に驚いたとは直ぐには思わなかった。けれども直ぐに、しんと静まり返った学園長室と、自分が『魔法』という言葉を口に出した事を思い出して、遅れながら更に失敗を重ねた事に気が付いた。「不味い」と思ったけれどもどうする事も出来なくて、後ろから追いかけてくる二人の足音も心の不安を更に加速させた。

 

 しかしその直後、目の前に魔法の霧が広がって意識を失った。次に目覚めた時には、部屋の中は学園長の他には誰も居なくなっていた。

 

「すまんのう、ネギ君」

「な、なんで、学園長が謝るんですか! 僕がうっかり魔法を使うところを見せてしまったから!」

「大丈夫じゃ。四人ともさっき有った事は忘れて貰ったからの」

 

 何故か分からないが、心の中には後悔が浮かんでいた。四人の記憶を消した。魔法使いの常識からは、それはとても当たり前の事だった。けれども、なぜか凄く嫌な気がした。

 最初は、宮崎のどかから猛烈に攻められて、凄いと、憧れだと言われて、嬉しかった。でも、自分自身は魔法使いだからその決まりに則って彼女の記憶を消さなくてはいけない。一緒に居た綾瀬夕映もだ。困惑はして居たようだけど、杖を盗られた時、何か憧れのような目で見ていた事も覚えている。

 それに……。学園長から「クラスの生徒達と仲良くなる事」と言われて、もしかしたらこれで切っ掛けが持てるんじゃないかと一瞬思ってしまった。オフィーリア達に対しても、どう接して良いのか分からない複雑な心境が心を占めていた。

 

「ネギ君。悪かったと思ったら、そのお弁当を食べて精一杯お礼を言いに行くんじゃ」

「え? お弁当ですか?」

「どうやら、宮崎君たちは朝からお弁当を作っていたようじゃからの。悪いとは思ったんじゃが、軽く読心術をかけてから、お弁当を渡したと記憶を操作して寮に戻って貰った」

「……はい」

「それからここに居た真常君と神楽坂君じゃが」

「えっ!?」

 

 やっぱり彼女達だった。という気持ちで心に動揺が走る。

 

「二人とも苦学生での。奨学金を利用しておるんじゃが、今回バイトの許可を出してのう。もしかしたら授業を休む日があるかもしれんが、大目に見てやってくれんかの?」

「はい。分かりました……」

「何、気にせん事じゃ。自分のクラスの生徒だったのは気になるじゃろうが、何も全ての記憶を消したわけじゃない。魔法使いとしてこれは当たり前の事なのじゃ。まだまだこれからじゃよ」

「はい。僕、頑張ってみます!」

「うむ、その意気じゃ」

 

 こうして一つの騒動が一応の解決を迎えた事になったが、ネギの知らない裏では大きく自体は動いていた。それと同時に、僅かながら残った気持ちのしこりに、まだ彼は気付いていなかった。

 ちなみに、宮崎のどかと綾瀬夕映の制服は新品と交換されている。誰が着替えさせたかは知らぬが花というものだろう。




 長らくお持たせしてすみませんでした。もしかしたら、後のプロット修正で話の内容にメスを入れるかもしれないのですが、書いて話を確定させておかないと進めないと思ったのと、ようやく文字を書ける気力が出てきたので一気に書きました。

 今回は15話でネギがやらかした原因と、その結論です。
 15話を書いた段階では、フィリィがネギを言いくるめるか学園長を何とか説得するという案を1つ目にしていました。腹案として、2つ目に突然倒れて気絶した振りをする。という案が出てきて、そこをアスナが慌てて介抱するというものでした。
 ところがふと思い立って、この作品の腹黒学園長なら二人よりも木乃香をくっつけたいと思うんじゃないのかな? という事に気付き、その後急遽この展開が決まりました。のどかのお弁当作戦は原案のままです。


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第17話 彼と彼女が望む事

 はじめにお断りしておきます。今回の話は丸ごと書き直して別物にする可能性があります。
 更新するする詐欺にしたく無かったので、今暖めているものを投下したのですが、私自身が原作三巻(桜通りの魔法使い)に至る過程への展開に違和感と不満を持っています。「それじゃ、そんなもの読ませるな」と思う方もいらっしゃるでしょう。ごもっともです。申し訳有りません。ですが、更新をしないままお待ちくださいと言うのに耐えられなくなっての投稿です。
 現在の執筆に対する私の考え方に興味がある方は、5/7、5/9、5/21の活動報告を読んで頂けると助かります。自分の書いたものの何処がどう言ったセリフが展開が、何が面白いと思ってもらえているのか理解出来ないんです……。


「やぁフィリィ」

「…………えっ? ……はぁ!?」

 

 突然過ぎて何が起きたのか分からなかった。脳が理解する事を拒否とか、そういう話ではなくて意味が分からない。今、私の目の前で起きている事は言葉通りのそんな状態だった。

 

「今日はとても良い天気だね。雲ひとつ無い青空で、まるで君の青い瞳を空に映したみたいだ。……綺麗だよ、フィリィ?」

 

 この状態が何かを考えるよりも早く、寒気が襲ってきた。歯の浮く様な台詞を、目の前で仰々しく語られる経験なんてした事がない。大げさに右手を天に掲げながら、口説き文句を続ける”彼は”一体何がしたいのだろう。まさか、口から砂糖を吐く様な甘い展開でも望んでいるのだろうか?

 そんな事よりも問題は、目の前の人が一体誰なのか。その方が圧倒的に重要だと思う。そしてどうしてこんな事になっているのか、良く観察して考える。

 

 目の前の“彼”の姿は、臙脂色よりもやや赤みがあって照り返しもなく高級感があるジャケットに白いシャツ。それに赤いネクタイと、赤と小豆色に白いラインが入ったタータンチェックのズボン。私よりも十センチ以上、いや二十センチ位は高い背丈で、細身の”彼に”フィットしてスマートな印象を与える。それにこの配色は、普段から良く見ているものを連想させる。つまり、麻帆良女子中のブレザーとリボンにスカートと同じ色。

 そして何よりも”彼”の顔が問題だった。赤いツンツン髪にバランスの整った西洋人の顔付きが、ナギ・スプリングフィールドを連想させた。そしてネギ・スプリングフィールドと、幻術で大人に化けた彼の顔。目の前の”彼”はこの三人に非常に良く似ている。ただし、長いツインテールが無ければ。

 

「まさか……アスナ?」

 

 意味が分からない事態をやっとの事で噛み砕いて、掠れた声を上げる。きっと口元が引き攣っているに違いない。右手で口元を押さえながら、何でアスナに行き届いたのか、そして男性の姿に成っているのかを考える。

 そうは言っても、赤い髪のツインテールというのは神楽坂明日菜のシンボルマークだ。それに遠い血縁に当たる彼と似た顔付きで、右の瞳が緑で左が青となれば、アスナかウェスペルタティア王族の関係者くらいしか思い当たらない。

 

「そうだよ。今日はどうしたんだい? フィリィ」

 

 目の前のアスナもどきはやたらと私の名前を連呼して、嬉しそうに声を返してくる。どうやら本当に彼はアスナらしい。この状態のアスナが、突然に私の前へ現れるまでの記憶は途切れている。まるで行き成り、どこか知らない場所に連れて来られたかの様で落ち着かない。

 だからと言って、これは無い。何がどうしてアスナが男性化しているのだろう。それに、なぜ口説かれているのかもサッパリ分からない。

 

「とても綺麗だ……」

「……え”?」

 

 理由が思い当たらず必死に考えていると、いつの間にか傍に寄った彼は、右手で私の髪の左側を一房持ち上げて、軽く触れるように唇を押し当てていた。つまり、キスをした。その事に、言いも知れぬ不快感が込み上げて来る。原作のネギをも越えるあまりにも気障な行動は、私の心の琴線に触れるどころかそれを軽く凌駕して、一気に沸点を超えた。と同時に、頭の中の冷静な部分が警告を上げていた。「これは誰だ?」と。

 地面を擦るようにじりっと右足を引いて左足を前に。左手で払うように、持ち上げられた髪を横に流して彼の手から取り返す。そのまま右手に魔力を込めて、全身のバネを使って右足で踏み込みつつ腰を入れた円運動で思いっきり平手を打つ。

 

「このっ馬鹿っ!」

 

 「不意打ちをするのに何で声を出す。馬鹿はお前だ」なんて、エヴァンジェリンの叱咤が聞こえてきそうだと思いながらも、全力で振りぬいた右の掌は空を切って、そのまま彼の姿が掻き消えた。

 次の瞬間に見えたものは木板の天井。それにどこかで見た覚えのある人形や、ぬいぐるみを飾ったファンシーな空間。背中には柔らかいクッションのような感触。そして大声を上げた事に驚いた、複数の視線だった。

 

 

 

「ねぇねぇ、フィリィ。どんな夢見てたの?」

「黙秘する。と言うか、聞かないで……」

 

 まさか夢オチだなんてありきたりな経験を、こんな状態でするとは思いもよらなかった。そもそも眠った覚えが無かったりする。それとも学園長とのやり取りで、そこまで精神的に疲れて居たという事なのだろうか。

 夢は無意識の願望なんてどこかで聞いた覚えがあるけれど、間違っても私には男性化したアスナに口説かれたいなんて願望は無い。無い筈、ある訳が無いと心の中で強く否定しておく。有ったら色々な意味でおかしい。

 

 それに、目が覚めて驚いたのはそれだけではなかった。いつの間に呼んだのか、高畑先生がエヴァンジェリンの家に来ていた。もしかして……高畑先生に寝顔を見られただろうか? 精神年齢は置いておいて、これでも中二で思春期真っ盛りなのだから、気になるといえば気になる。先生が私の恋愛対象になるかと問われれば、申し訳ないけどNoときっぱり言う。それはそれとして、異性に見られたかもと言うのは私なりの乙女心にちょっぴりショックを受けていた。

 コホンと咳払いで誤魔化しつつ、赤らめたかもしれない顔を引き締め直して大型のソファーに座り直す。そのままいつの間にか体に掛けられていたタオルケットを、少しばかり温もりが惜しいと思って膝の上に折り畳んで掛け直した。それから左隣に座っているアスナへと向き直って声をかける。

 

「ごめんアスナ。何がどうしてこうなってるのか、説明して貰える?」

「フィリィがカーペットで寝ちゃったから膝枕して、それから茶々丸さんとソファーに運んだの」

 

 それは状況を見たら分かる。というか、そんなに膝枕をしたのが嬉しかったのだろうか。一目で分かるほど上機嫌な様子のアスナは、いつもの様な楚々とした口調から出る鈴の様な声ではなかった。普段よりも若干弾みが付いた思春期特有のソプラノの声で話し、目尻も気持ち下がりつつ説明をしてくれた。

 茶々丸を見ても普段は無表情で淡々としているはずなのに、明後日の方へ目を逸らしてロボットらしさを欠いた様子が見える。テーブルを挟んだ対面のソファーに座るエヴァンジェリンの後ろに立ち控えながらも、やや頬に赤みが差した状態になっていた。その様子に軽く諦めたつもりで溜息を吐きつつ、アスナに改めて問いを繰り返す。

 

「どうして高畑先生がいるのか、順を追って説明して?」

「うん。えっと、エヴァンジェリンさんとネギの事、それから私達の事をタカミチに言っておいた方が良いと思って呼んだの。タカミチは私の保護者だし、フィリィだって後ろ盾になってもらってるでしょ?」

「なるほどね、ありがと」

「うんっ!」

 

 相変わらず上機嫌で元気の良い返事を返して来たアスナを横目に、改めて状況を整理する。学園長の手には乗せられてしまったけれど、彼と言うか魔法関係者とは全く係わり合いにならずに済むとは、流石に思っていない。これはこれまでに何度も確認してきた事だ。

 現に私達は麻帆良の魔法生徒扱いで、いくらエヴァンジェリンのところで修行しているからと言っても、子供の時の契約から高畑先生にはお世話になっているのだし、魔法世界(ムンドゥス・マギクス)出身で身寄りの無いアスナは高畑先生が保護者だ。

 ちなみに私の場合、厳密には育児施設が保護者扱いになっている。魔法関係の事はあくまで裏の世界の話。義務教育を終えて就職するか成人するまでは、施設の園長経由が色々な時に必要になる。まぁこれは、今は関係の無い話。それにいつまでもお世話になってばかりという訳には行かない。さっき聞いたエヴァンジェリンの話もあるけれど、出来る事なら一般的な就職をしたいとは思う。

 

「すまなかったね、真常君。学園長が君達にそんなに固執してるとは思ってなかった」

「いえ……。こうなったら、出来る限り正体を隠すだけですから。……あっ」

「フィリィ、どうかしたの?」

 

 そうだ、思い返せばどうしてそんな事に気付かなかったのだろう。そもそもなぜ学園長は私達に拘るのだろうか。思い返してみればみるほど不思議になる。学園長にとって重要な人材は、まず第一にネギ・スプリングフィールドだろう。そして第二に、孫娘の近衛木乃香だと思う。その割には原作の就学旅行では予防線が全くと言って良い程に足らず、危険な目に遭わせて居たけれど。彼女に魔法をばらす為だろうか?

 しかしA組という、言わば彼のための生贄にも近い特殊な生い立ちの生徒達。その中でも、頑なに拒否を続ける私達。その相手にそこまで固執する理由はあるのだろうか?

 

 学園長室でのやり取りを思い返せば、エヴァンジェリンの事は間違いなく買っているのだろう。彼女の皮肉めいた物言いや、容赦の無い指導は教えられる側を選ぶけれども、未来における彼の成長や私達自身の能力や知識の向上を考えれば優秀な先生だと思う。

 ならば、彼女によってどれだけ鍛えられたかの確認なのだろうか? 呪文詠唱が生まれつき出来ない高畑先生には申し訳ないけれども、魔法使いの先生としては、学園に名立たる魔法先生よりも優秀なのは火を見るよりは明らかなのだから。

 

 それは兎も角、真面目に実力の確認をするのであれば、別に彼の事を絡める必要は無かった。夜間にでも強制的に呼び出して、一対一で試合でもすれば良かった。もっとも不干渉を理由に断っただろうけれど。それでも何かしら理由をつけて呼ばれる可能性はあると思う。しかしそれは昨日までの事。念書が出来た事で逆に彼に絡めれば、有る程度の融通が利いてしまう。もちろんそれでも断るけど。あぁそれに、学園長室の事と言えば……。

 

「ねぇ、アスナ。あの時なんで首筋狙ってきたの?」

「え? だってフィリィが気絶しちゃえば、ネギには気づかれないで済むでしょ?」

「……それじゃ本末転倒じゃない。アスナが何かやってるって目を付けられるでしょ」

「うん。でも、フィリィは守れるよね?」

「えっ?」

 

 まさか、私を庇う為に? アスナは自分自身が魔法生徒であると彼にばれるのを承知で、あの行動をしたというのだろうか。それに思い当たってアスナの瞳を見つめれば、柔らかく笑ってはいても、何かしらの強い意思が篭った瞳で見つめ返された。つまり、本気だと言う事なのだろう……。

 

「馬鹿……」

 

 何か気の効いた言葉を返せば良かったのかもしれないけれど、口から出てきたのはそんな飾り気の無い一言だった。

 

「うん。それでもフィリィの事は信じてるから。ネギに私の事を知られたら知られたで、こっそりと裏からフォローするでしょ?」

「……その時点で無理やり学園から転校してたかもよ?」

「じゃぁ付いてくね!」

「はぁ…………」

 

 アスナの考え無しの様な言葉を頭の中で噛み砕いてから、わざとらしかったかもと思いつつ盛大に溜息を吐いた。そんな事になれば、原作乖離や崩壊どころじゃない。アスナの能力が無ければ、この先の彼の行動や魔法世界の事がどうなってしまうのか恐ろしい。……と、そこまで考えてから自分の中の矛盾に気付いた。

 私は彼、ネギ・スプリングフィールドに関わりたいと思っていない。これは絶対。理由は、圧倒的な戦力を持つ『完全なる世界(コズモエンテレケイア)』を初めとした、彼の父の因縁や『スプリングフィールド』のブランドネームによる巻き添えを回避したいから、彼に関わりたくない。

 

 つまり私と言う存在、死に易い運命とかふざけた人生を繰り返したくない。そこに繋がる。

 

 だからこそ、並みの危険からは遠ざかる事が出来るように、エヴァンジェリンの所で修行を重ねてきた。今では生まれ持った時空魔法は、本来のゲームのものとは大分違う効果ではあるけれど、ある程度使う事が出来る。もっともゲームシステム上の効果なのだから、グラビデ系が相手のHPのパーセントダメージとか、ヘイストが何ターン先まで持続してATB(アクティブバー)が加速とか、そう言うのを現実で考えるのは意味が無いと思う。そういった効果は込める魔力の調整で制御をしている。

 それに加えて、この世界に元々有る西洋魔法。あまりこっちの適正は大きくないけれど、魔法障壁だけでも交通事故や突発的な事態には対処出来ると思う。もっとも裏の世界のプロ相手とかは論外。そんなのに出会いたくないからこそ、目立つ事を避けてきたのだから。

 

 考えが逸れたけれども、つまり私は、無意識の内に彼の補佐をしたいと考えて居たのだろうか? 確かに、今後の展開しだいでは何かしないと不味いかもしれないとは考えていた。それに、アスナが神楽坂明日菜として育たなかったのは私の責任なのは間違いない。だからと言って、人格を封じられて別人にされた事もどうかは思う。

 いけない、また考えが逸れた。要は彼が原作と同じ道を辿ってエンディングを迎えれば、少なくともA組のメンバーに死者は出ない。彼女達は苦労するだろうし、悲惨な目に会う事も遭う場合もあると思う。そもそも巻き込み過ぎだと思う。私は……確かに一般人じゃない。だからと言って、分かっている原作の危険に飛び込むような真似をしたいとは思わない。それでも原作に関わるなら、それはとても余裕がある人間か、実力と経験を備えた死の恐怖が無い人だろう。武術家とか力試しを望む人なんかはまた話が変わるが、私にそんな願望は無い。そんな馬鹿な事は考えていないと、考えを否定してから本来の流れを思い出す。

 

 原作では、彼が最初に神楽坂明日菜を巻き込み、そこから麻帆良学園での生活が始まる。魔法がばれてるとしか思えないギリギリの行動を取りながら、エヴァンジェリンと戦って主人公補正とも言うべき方法で辛勝。その後は修学旅行でフェイト・アーウェルンクスと出会い、アスナの能力とエヴァンジェリンの援護によって再び辛勝。その後、エヴァンジェリンに弟子入りしてから悪魔へルマンに打ち勝ち、学園祭で超鈴音の企みを阻む。その後は魔法世界で急成長を遂げてクライマックスだった。

 

 アスナの事は、修学旅行でフェイト・アーウェルンクスに出会わなければ、またネギ・スプリングフィールドに関わらなければ、大きな事件に巻き込まれる事はないと思う。楽観的なのは十分に分かって居るけれど、それ以外の部分で魔法世界崩壊の一端を担えてしまうアスナの正体が、彼らに伝わる出来事が有るのかどうか分からない。だからこそ、魔法関係者との接触は極力避けたいと思っている。

 近衛木乃香の事は……。悪いとは思うけど、正直こちらも命が掛かっているのだから直接的な事は避けたい。彼と戦うなんて冗談じゃない。

 けれども、原作通り学園長の配慮が余りにも不十分ならば、先日の伝手で龍宮真名に警護を頼むのも有りだろう。それに高畑先生経由で関西の長の近衛詠春に警戒を強めてもらい、根本的な派閥問題を解決してもらって先手を打つとか方法はありそうだ。それから――。

 

「おい、小娘」

「――っ!?」

 

 思考に耽って集中して居た私に向かって、若干の殺気と凄みを効いた声が、それでいて凛とした声が届く。その事に一度びくりと体ごと驚いて、ハッとしながらも声の主へと意識を向ける。考え込んで俯いていた頭を持ち上げると、正面に座るエヴァンジェリンの顔が目に映った。

 

「何を悩んでるのか知らんが、その癖は直せ。悩み込み過ぎて思考の迷路にはまるぞ」

「……はい。すみません、ありがとうございます」

 

 心の片隅でやってしまったと思いつつ、それでも考える事は無駄じゃないと自分に言い聞かせて、もう一度軽く考え直す。と言うか殺気まで向ける事はないと思う。多少は慣れたけれど、未だ本当に殺されると思うような殺気を浴びせられた事はない。とりあえず、全てが平穏無事には終わらないだろうけれど、私は……アスナも含めて無事に生き残りたい。

 そもそも彼が関西まで出張ってこなければ、彼は超鈴音に巻き込まれる以外には大きな出来事は無いのだから。でも彼に会わなかったら、彼の成長はあるのだろうか? 魔法世界の事は? と、そこまで考えてから軽く頭を振って考えを振り払う。これが悪い癖なのだと思う。今必要なのは、目の前にあるネギ・スプリングフィールドの修行をサポートしなくてはいけない事実。

 

「アスナ、とりあえず無茶はしないで。アスナ一人を魔法の世界に巻き込みたくないし、そうならないように行動しようって決めたでしょ?」

「……うん。そうだね」

 

 アスナにしては少し歯切れが悪いと思いつつ、素直に頷いてくれた事に安堵した。ここで変な覚悟を持ってくれてなければ良いのだけれど。

 あくまで私は小さな存在で、彼の様に世界を救うなんて事は出来ないのだから。現時点でもあちらの人間が色々対策をして居たのだし、最悪の場合は超鈴音関係で動きもあるだろう。今はこの事に蓋をして、以前の宮崎のどかと綾瀬夕映共々、心の奥にしまっておく事にしよう。

 

「それでエヴァ。ネギ君をどうするつもりなんだい?」

「悪いが呪いは解かせて貰うぞ? 爺は好きにやれと言っているからな」

「ネギ君の経験のため、と言いたいところだけど、正直やり過ぎになるんじゃないのかい?」

 

 難しく悩んだ顔をしながら、エヴァンジェリンの隣に座る――パーソナルスペースなのか、その間を一人分程離した――高畑先生が彼女の顔を見つめていた。先生から見れば敬意を抱く人の息子なのだからその気持ちは分かる。

 けれども、十五年も中学生をやらされているエヴァンジェリンの苛立ちも分かるので、難しいところだ。私だってもう一度小学生に中学生をやれと言われ、更に何度もループしたら発狂してしまうんじゃないかって思う。小学生を二度も経験したのだから、なおの事良く分かる。

 

「私の方が都合良いのは分かり切っているだろう? 元・賞金首の悪の魔法使いだ。クラスでの印象も悪く、あの”先生”が食いつく様が良く見えるぞ?」

「……マスター」

「何だ?」

「いえ、何でもありません」

「フンッ、そういう訳だ。後は奴の血を引いた”先生”の血を因子に、呪いは解かせて貰う」

「少量の血で済むんだろうね?」

「”おそらく”な。文句なら奴に言え。力任せで不具合を起こす呪いをかけた馬鹿にな」

「……分かったよ」

 

 何かをかみ締めるように口を一文字に閉ざしつつ、渋面で仕方が無しにと頷く高畑先生の顔が印象的だった。学園長の許可があるのと、登校地獄の呪いが解けないと言う不具合から言い出せない部分があるのは間違い無いのだろう。

 こうなれば何をどうするのか分からないが、――何も口を出さなければ原作通りかもしれないが――彼女のやり方を見守ってサポートに付くしかないと思う。仕事として与えられてしまった以上はやるしかないだろう。それに、状況に流されて彼に気付かれない様にと逃げ腰よりは、覚悟を持ってやった方が良いと思う。

 

「ねぇ、エヴァンジェリンさん」

「何だ?」

「ネギにどんな修行をするの? それに呪いが解けたらどうするの?」

「む、そうだな……」

 

 アスナから当たり前と言えば当たり前の質問が出ていた。私は原作を知っているからこそ、彼を襲撃して血を奪うんじゃないかと思って居たのだけど……。アスナは普通の修行だと思っているのだろうか。

 多分だけどアスナの中では、これまでに私達が経験してきた、扱きという名の地獄の特訓の光景が浮かんでいたのかもしれない。ぼろぼろになるまで体力を消費させられて、余計な力が抜けてからが本番とか。慣れろと言われて、圧倒的火力で吹き飛ばされるとか。私の中でエヴァンジェリンは、近づけば投げられて、離れれば大火力の魔法使いのイメージが付き纏っている。もっとも彼女の最大の強みは、六百年の人生経験とオリジナル魔法にあるのだろうけど。

 

 何にしろ、高畑先生の表情とエヴァンジェリンの悪発言を聞く限り、やはり襲撃の線が濃厚のような気がする。実力差は圧倒的とか言う次元じゃなくて、本当に赤子の手を捻るレベルなのだから、先生の心配様も良く分かる。

 彼女の呪いに関してはどうだろう。私が知る限り身内や行く当ては無いだろうし、やはりナギ・スプリングフィールドの関係者を総当りして彼の行方を探すのだろうか。

 

「十歳だったか? 飛び級でプライマリースクール相当の魔法学校を出たんだったな。」

「数えでだけどそうだね。魔法使いとしての初歩は間違いないと思うよ」

「初歩、か……。従者も使い魔も持たずにか? それにしては今日の顛末はお粗末だな」

「エヴァ、そうは言ってもまだ十歳なんだ。それに慣れない教育実習も――」

「それだ。貴様は甘やかし過ぎる」

「む……」

「本気で魔法使いとして育てる気があるのか? 実力を付けるのならこんな所で”先生”なんてさせるのはどうかしてる。紛争地域の前線にでも送り込めば良いんだ。それとも本気でただの先生にする気か? 貴様はどうなんだ、奴の息子をどうしたい? 後継者にでもしたいのなら此方に置いておくのはおかしい」

「それは……」

「ついでだ、そこの小娘共にも貴様が魔法使いとしてどんな仕事をしているか話してやれ」

 

 つまり、私が寝る前に彼女が言っていた、将来的に独立するのか、どこかの組織に身を寄せるのか、または隠れ住むのか。それらの話に関わる事なのだろう。彼女にしては妙に気遣いが過ぎてる気もするけれど、妙な風の吹き回しを変に勘ぐってしまう。

 

「高畑先生も……。私達が将来魔法使いとして生きていくしかないと思っていますか?」

 

 積極的に関わるつもりは無いけれど心の内の不安なのか、ふと気が付けばおずおずと声に出してしまった。



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