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(0) オラリオの夜は更けても、その喧騒が収まることはない。
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(0) 廃教会の地下、ランプの火を囲んで行われていたのは、ヘスティア・ファミリアの結成以来、最も「騒がしく」そして「温かい」宴だった。
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(0) 「いいかいベル君、今日ギルドで出回っている情報は、ボクがなんとか『ベルくんの潜在能力が爆発した』って誤魔化しておいたからね!」
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(0) 「む、無理ですよ神様! あんな巨大なクレーター、僕のナイフ一本でできるわけないじゃないですか……!」
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(0) ベルは顔を真っ赤にしながら、白ひげがどこからか調達してきた巨大な酒瓶(本人は「水みてェなもんだ」と言い張っている)を横目に、魔石の換金結果を報告していた。
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(0) 「グララララ! 隠す必要もねェだろう。おれァ、ただ挨拶をしただけだ」
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(0) 「その挨拶で迷宮の壁が砕けたら、ギルドの職員さんが泣いちゃいますよ!」
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(0)白ひげは豪快に笑いながら、目の前の質素な食事、ジャガ丸くんの山を一口で放り込む。全盛期の肉体を取り戻した彼にとって、この程度の「戦い」は準備運動にすらならない。だが、かつての戦場にあった硝煙の匂いではなく、目の前の小さな「家族」が放つ安心感こそが、今の彼には心地よかった。
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(0) 翌朝
(0) 廃教会の重い扉を叩く音が響いた。
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(0) ベルが恐る恐る扉を開けると、そこには「白ひげ」の巨躯を前にしても一切気圧されない、凛とした空気を纏う女性が立っていた。
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(0) 「……あ」
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(0) ベルの息が止まる。
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(0) 金色の髪、吸い込まれるような瞳。【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。
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(0) 「ギルドから、調査依頼が出ている。第一層の破壊跡について」
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(0) ギルドからの命を受け、廃教会を訪れたアイズ。彼女の目的は、第一層の破壊状況の確認だった。
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(0) しかし、彼女の前に立ちはだかったのは、かつて見たどの冒険者よりも巨大な存在感を持つ男だった。
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(0) 「……あれはあなたが、やったの?」
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(0) アイズの声は静かだが、その手はすでに『デスペレート』の柄にかかっている、微動だにせず白ひげを凝視していた。
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(0) 彼女の瞳にあるのは、ギルドの調査員としての義務感ではない。自分を遥かに凌駕する「圧倒的な力」への、飢えたような渇望だった。
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(0) 白ひげは椅子代わりにしていた瓦礫から動かず、ただ静かにアイズを見下ろした。
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(0) 「……小娘、お前ェ、その若さで何をそんなに急いでやがる」
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(0) 「……私は、強くならなきゃいけない。……もっと、速く。もっと、高く」
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(0) アイズの言葉は、まるで自分自身を切り刻む刃のように鋭く、そして悲痛だった。白ひげはその響きに、かつて海で出会った「何かに取り憑かれた剣士たち」の影を見る。
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(0) 「強さ、か。グラララ……! 小娘、お前の剣は『空(から)』だ。ただ速く、ただ鋭いだけ。そこには、守るべき者の体温も、背負うべき者の重みも感じられねェ」
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(0) 「重み……?」
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(0) 「お前さんの剣には、まだ『守るべき背中』の重さが足りねェな」
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(0) その言葉は、ベル・クラネルという少年を導こうとする白ひげの、そして「家族」のために生きた男の、何よりも重い教訓だった。
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(0) 「……守るべき、重さ……」
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(0) アイズは剣から手を離した。勝てるはずがないと悟ったからではない。
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(0) この男の言葉の先にあるものが、今の自分には決定的に欠けているのだと、本能が理解したからだ。
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(0) 「ベル! アイズとか言ったか、この小娘も連れて迷宮に行くぞ。……小僧には『戦い』を、この小娘には『剣の重み』ってやつを、俺が教えてやる」
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(0) アイズは驚きに目を見開いた。自分を教える? オラリオ最強の一角である自分を、レベル1のこの人が?
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(0) だが、その傲慢とも取れる言葉に、彼女は怒りを感じなかった。むしろ、その巨大な背中に、かつて失った「父親」のような、ひどく懐かしく、暖かい安心感を感じていた。
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(0) 「……私も、行っていいの?」
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(0) 「おう。ベルにとってもいい経験になると思うしな」
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(0) ダンジョンの暗がりのなか、焚き火を囲む三人。白ひげは、慣れない手つきで武器を磨くベルの横で、アイズに問いかける。
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(0) 「小娘。お前、さっきの戦いでベルが危機に陥った時、助けようとしたな」
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(0) 「……危なかったから。ベルは、まだ弱いから」
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(0) 「グラララ! そうだ。だが、その時お前は自分の『強さ』を忘れて、ただ『あいつを死なせたくねェ』と思ったはずだ」
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(0) アイズは、自分の胸に手を当てた。確かに、あの瞬間、彼女の頭から「効率的な殲滅」や「自己研鑽」といった思考は消えていた。
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(0) 「……それが『重み』の正体だ。誰かを守ろうとする時、剣は初めて真の鋭さを手に入れる。……ベルが俺を追いかけ、お前を追いかける。お前もまた、誰かのために剣を振る。……そうやって繋がっていくのが『家族(ファミリア)』だ」
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(0) 白ひげは、暗闇の奥、第5層へと続く道を見据える。
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(0) 「俺がダンジョンへ潜る一番の理由は、これだ。……この小僧や、お前さんのような若い芽が、どんな花を咲かせるのか。……それを特等席で見届ける。親父の道楽としては、最高じゃねェか…グララララ!」
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(0) アイズは、今まで感じたことのない穏やかな気持ちで、ベルの隣に座り直した。
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(0) 白ひげがダンジョンへ行く理由。それは、己の力を誇示するためではなく、「次世代という名の家族」に、進むべき背中を示すため。
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(0) 「……じゃあ、私も特等席で、見てる。……お父さん」
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(0)「グラララ! 俺に娘はいねェよ……。まァ、勝手にしな」
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(0) 大海賊の豪快な笑い声が、迷宮の闇を優しく震わせた。