行別ここすき者数
小説本体の文章上でダブルクリックするとボタンが表示され、1行につき10回まで「ここすき」投票ができます。
履歴はこちら。
(0) 城塞都市エ・ランテルにおいて、最高級の宿屋といえば『黄金の輝き亭』である。その最も良い部屋の一つは、オリハルコン級冒険者チーム――近々アダマンタイト級に昇格する予定――『漆黒』が長期間貸しきっている。
(0)
(0) その部屋では現在、二体の怪物がいた。片方は死の魔王と呼ぶに相応しい骸骨の姿をした魔法詠唱者。もう片方は人型をした紫色の炎。王国冒険者最高位の魔術師モモンと謎の魔術師シルク・タングステンの正体である。
(0)
(0) 二人とも異形の姿だが、種族由来である精神沈静化が効かないほどに落ち込んでいた。
(0)
(0)「はあ、金が足りない」
(0)「やはり、世の中金が全てか」
(0)
(0) 溜め息を重ねる支配者二人。元の世界よりもこの世界に来てからの方が溜め息が増えたような気がする。元々会社の歯車であった二人である。一番上の立場にいる存在がどのように振舞えば良いのか分からず、重圧に負けそうになることが多い。
(0)
(0) 加えて、現在の彼らは極めて世俗的な問題を抱えていた。金欠である。机の上にある金貨の山を見た者は何をバカなと言うかもしれないが、ナザリック地下大墳墓の支配者である彼らにはこれでは心もとないのだ。特に、研究や実験、調査のための出費がかさんでいる。対して、主な収入源は冒険者モモンしかない。
(0)
(0) 件の悪魔騒動は落ち着いたため、モモンはエ・ランテルから離れても問題ないだろうということにはなった。だが、モモンは英雄になるために冒険者になったのだ。金さえ払えば何でもやるといった印象を与えるわけにはいかないため、貪欲に依頼を受けるわけにはいかなかった。
(0)
(0)「えっと、まずは王都用の資金ですね」
(0)
(0) 金貨の山がごそっと動く。二人の存在しないはずの頬が大きく引きつった。
(0)
(0)「すいません。金がかかるんですよ、あの館借りるの」
(0)「いえ、シルクさんが悪いわけじゃないですよ。必要経費です」
(0)
(0) シルクの申し訳なさそうな声に、モモンガもやはり引きつった声で応える。
(0)
(0)「そういえば、あの世界の話をアレンジして詩吟を売ろうって話ありましたよね。あれはどうなったんですか?」
(0)「あー、あれ? 今はこの世界の話を色々と集めている段階かな。需要の検証や歴史の調査も兼ねてやっているよ。どんなに面白い話でも被っていたら白けるし、神様とか童話とかの概念が伝わらないと話の展開が通じないからね」
(0)
(0) 例えば、桃太郎の話をするとしよう。だが、「桃」という果物を知らない人間にこの話をして通じるだろうか。「桃」の説明をするか、「桃」を相手の馴染み深い植物に変更する必要があるだろう。相手に合わせた話をするというのはそういうことだ。当初の桃太郎は鬼を皆殺しにするような話だったが、時代が経つにつれて内容は改変されていったのだから。
(0)
(0)「そうそう。行き付けの本屋で面白い少年と出会ったんだよ」
(0)「面白い少年?」
(0)「どっかの貴族の従者みたいなんだけどさ、どうもご主人様に恋しているみたいなんですよね」
(0)
(0) それのどこが面白いのかモモンガが怪訝に思っていると、シルクは若干楽しそうに説明する。
(0)
(0)「俺は手を伸ばさなかった。彼は伸ばしている。だから、少年が最終的にどうなるか非常に興味があるんだよね。現実的には挫折して、失敗して、後悔して、絶望すると考えている。まあ、成功した方が面白そうではあるんだよ。だから応援している」
(1)
(0) 感慨深そうにしているシルクだったが、その様子を見たモモンガが非常におっさん臭いと思っていることに気付いていない。
(0)
(0)「失敗したら失敗したで、大笑いしてやるつもりですけどね! はっはっは!」
(0)
(0) つまり、どっちに転んでも満足なんですね。分かります。
(0)
(0)「戦士長には逢えましたか?」
(0)「ええ。忙しいみたいなんでたまにすれ違いますけど。モモンガ……じゃなくて、アインズさんは現在別の国で修行中と言ってあります」
(0)「成る程」
(0)「それから、カルネ村でも思ったことなんですけど」
(0)「はい」
(0)「あの人、腹芸向いてないわ。貴族社会で苦労しているみたい。愚痴を言ってくることこそないけど、色々と溜まっているっぽい」
(0)
(0) 何とも言えない空気になった。
(0)
(0)「戦士長といえばさ。あの時、陽光聖典の隊長の死体は戦士長が持って帰ったじゃん」
(0)「ええ、それが何か?」
(0)「盗まれたらしい。王都まではあったみたいなんだけど。それについて貴族に色々言われたって」
(0)「……へえ」
(0)「他言無用だって言っていたから、知らない振りしてね。死んだ本人に出会ってもな」
(0)
(1) 確か、戦士長が持って行った部位は首だけだ。デミウルゴスが『羊』で行った治癒魔法の実験では、切除した部位は加工を施すことで治癒をしても消滅しないのだという。だが、部位だけで蘇生は可能なのか。治癒と復活は近いような根本的に異なるため、比較のしようがない。復活の魔法に関する実験は危険も高いため、ンフィーレア・バレアレの一件以来はリザードマンに対して使用したくらいだ。もっとも、弱いものは灰になるというだけの結果に終わってしまったが。
(0)
(0)「次に、リザードマンの復興予算」
(0)
(0) 先日、戦に勝利したシャルティアが提案したのだ。リザードマンを実験台に色々と試してはどうかと。当然、ミリオンの発案であることにモモンガとシルクは気付いていたが、あのシャルティアが他人の意見をちゃんと受け入れられるようになったのは大きな成長と見なした。
(0)
(0) ナザリックの支配下となったリザードマンの部族。仲間を殺された憎悪を燃やしていた彼らだったが、実験として使用した超位魔法の威力に圧倒されてからは畏怖の感情を向けるようになった。まず、彼らは戦争で大きく数を減らし、家を失ったものも多い。そのための復興をするための金が必要なのだ。ナザリックやトブの大森林で用意できるものには限りがある。
(0)
(0) 金貨の山が先ほどではないが、一気に動く。しかし、冒険者のコネで安く物資が購入できることに気付いたモモンガは数枚の金貨を元に戻した。
(0)
(0)「そういえば、何でリザードマンの部族はローラに任せてたんですか?」
(0)
(0) シルクの一声により、彼らの管理・支配はローラが担当することになった。本来であれば戦争の指揮官であったシャルティアか、実際に策を考えたミリオンがするべきだろう。しかし、シャルティアにちゃんとした支配ができるとは考えられず、ミリオンに支配者の威厳が出せるとは思えなかった。理想としてはコキュートスなのかもしれないが、彼は冒険者コートスをしてもらう必要がある。
(0)
(0)「んー? ローラの設定かな。あいつは絹花さんに似せてつくったからね。他人を労わるのは得意なはずだよ」
(0)「きぬか?」
(0)「あれ、言ったことなかったっけ? 俺の初恋の人の名前」
(0)
(0) モモンガはどこかで聞いたことのある名前だと思い、存在しない海馬から記憶を引きずり出す。ローラの見た目がヒントになることに気付き、ある人物の姿が浮かび上がった。
(0)
(0)「も、もしかして、白井絹花のことですか?」
(0)「え? ああ、テレビで話題になったこともあるもんね。見たの、あれ」
(0)
(0) それは一人の少女を紹介したドキュメンタリー番組だった。
(0) 生まれながらに病魔に侵され、不幸な事故や事件に巻き込まれることが多く、身体に尋常ではないほどの傷が受けた少女の話。十五歳で逝去した少女の姿は最終的に完全に異形となっていた。彼女が話題となったのは、そんな身体であるというのに死亡する前日まで歩くことも話すことも普通に出来たことにある。医者や学者も理解不能と称し、『奇跡の聖女』とまで呼ばれた存在だ。だが、モモンガにとってはその姿の方が衝撃的だった。ニグレドと比較しても、彼女は異形にしか見えない。映像ではあったが、その実物を見た途端に吐き気を催したほどだ。
(0)
(0)「シルクさん……あんなバケモノに恋したんですか!?」
(0)
(0) 思わず言葉にしてしまい、モモンガはハッとする。モモンガにとっては情報の一つとしてしか知らなかった人物だが、シルクにとっては実際に出会い、恋に落ちた相手なのだ。そんな相手を侮辱するようなことを言ってしまったのだ。当然、激怒を返されると思っていたのだが、
(0)
(0)「いや、今のモモンガさんや俺の方がバケモノなんだぜ? 名実ともにさ」
(0)「え、あ、いや、そうですね」
(0)
(0) モモンガの方が慌てるほどに冷静だった。
(0)
(0)「すいません。シルクさんの初恋の人を……」
(0)「いいって。気にしないで。俺も気にしないから。あの人の魅力は逢ってみないと分からないしね。はっはっは」
(0)
(0) 陽気に笑うシルクに安堵しつつ、持ち上げた方が良いと考えたモモンガは口を開く。
(0)
(0)「でも、すごい人ですよね。あんな怪我で歩けるなんて。聖女って呼ばれるのも納得できます」
(0)「――黙れよ、殺すぞ」
(0)
(0) 今度はシルクがハッとする番だった。
(0)
(0)「すいません、言いすぎました……」
(0)「い、いえ。さっきのはこれでお相子ってことでお願いします」
(0)
(0) バケモノ呼ばわりは大丈夫だが、聖女というのは駄目。モモンガは新しく判明したシルク・タングステンの地雷のことを心のメモに書き記した。確か、「神」や「太陽」という言い回しは彼自身がしていたため問題ないはずだ。
(0)
(0)「あーと、モモンガさんだから許しますけど、俺はあの人をそういう風に呼ぶのが嫌いなんですよ。だって、あの人は生きていただけだ。特別なんかじゃないんだよ。人間である以上、誰かを愛することなんて普通のことなんだ。それなのに、逢ったこともねえ連中が奇跡だ何だと持て囃しやがって……おっと、今は関係のない話でした。忘れてください」
(0)「え、ええ」
(0)
(0) これはナザリックのシモベ達にも教えておく必要があるだろう。シルク・タングステンの前で「聖女」という言葉を出すなと。問題が起こってからでは遅い。今のは本気で怒っていた。さすがにシルクが仲間の子どもであるNPCを傷つけるとは思っていない。だが、NPC達は自分達の怒りや失望を買うことを何よりも恐れているようだ。そんな彼らがシルクに先ほどのような態度を取られたら自害しかねない。
(0)
(0)「シルクさん、例の計画は今日から始めるんですよね?」
(0)「ええ」
(0)
(0) 例の計画とは、シルク発案の八本指撲滅計画のことだ。ただし、人員はそれほど多くはない。シルクが主体となり、ミリオン、ザイトルクワエ、クレマンティーヌ、ナーベラル、エントマ、魔将三体というメンバーだ。補助としてパンドラズ・アクターが呼ばれることも想定されている。セバスやソリュシャンも必要があれば動けるようにとのことだ。
(0)
(0)「気をつけてくださいよ。恐怖公の情報網ではそれほど強い奴は見つからなかったみたいですけど、見落とした可能性もありますし」
(0)「了解」
(0)
(0) 今回の計画にはシルクの個人的な趣味というだけではなく、情報の入手や物資の補給という意味もある。相手は犯罪組織だ。人も物も金も情報も大量にある。組織の規模を考えれば、奪い尽くせばかなり潤うはずだ。現在の金欠も解決するほどに。
(0)
(0) 恐怖公の集めた情報によって、どこにどんな部署のどんな施設があるかはほぼ把握できている。手始めに、シルクが非常に不愉快に感じている場所を潰すつもりだ。
(0)
(0) モモンガが強く止められなかったのは金欠を解決するという面もあるが、ある作戦の失敗が影響している。そして、その失敗の原因は未だに掴めていないし、補えてもいない。だからこそ、それを補うために今回の作戦は必要なのだ。
(0)
(0)「それと、竜王国の件ですけど」
(0)
(0) 一瞬、シルクの肩が揺れる。
(0)
(0)「まさかあんな結果になるとは」
(0)「ええ、まさかザイトルクワエを三日も暴れさせたのに、漆黒聖典も竜王も来ないなんて」
(0)「本当、予想外すぎる。最低でも法国は動いてくれると思ったんですけど」
(0)
(0) 竜王国国境で暴れるザイトルクワエは、ニグレドを始めとする情報系魔法に優れた者によって二十四時間体制で三日ほど監視されていた。だから、彼に近寄る存在はすぐに見つけられるようにしていた。だが、ザイトルクワエに挑んでくるのはビーストマンや冒険者らしき人間ばかりで、それらしい存在の姿は一向に見えなかった。探知魔法で監視されていた可能性もあるが、実際に肉眼で見ようとする者だって存在するはずなのに。遠くから監視する人間が見つかる度に、クレマンティーヌに顔を確認させたが漆黒聖典はいなかったという。
(0)
(0) 例えるならば、石橋に爆弾を落として不発だったような気分だ。爆弾が爆発する可能性もあるため、爆弾を撤去することも石橋に近付くこともできなくなってしまった。相変わらず、評議国と法国はブラックボックスである。
(0)
(0) 恐怖公のおかげで王国はほぼ丸裸に出来た。帝国は警備(というか虫避け)の厳しい皇城と魔法省以外はある程度は把握できた。聖王国や竜王国の情報も少しだけなら入手できた。
(0)
(0) なお、帝国や王国では「竜王国で謎のドラゴンが出た」程度の情報しか出回っていない。誰かが情報規制をした可能性もあるが、具体的な話が市井に流れないため、真実とは違うデタラメが溢れているというのが現状だ。別にこの世界の噂の出来方を検証したかったわけではない。いや、どこの世界もデマを流す奴がいるというのは理解できたけど。
(0)
(1)「くっそ、何で法国も評議国も動かないんだよ! 片方ならともかく両方ってどういうことだ、有り得ないだろうが! 未知のドラゴンが暴れてんだぞ! 最低限でも偵察くらいしろよ」
(0)
(0) 特にシルクが出会いたかったのは、ミリオンやローラが出会ったというツアーだ。アーラ・アラフの名前と姿を知る存在。評議国というのが自称かどうかも確かめたかった。
(0)
(0)「絶対に来ると思ったんですけどね」
(0)
(0) 動かなかった理由が分からない。動くのが遅れた理由ならば予想がつくのだ。だからこそ、三日も暴れさせすぎた。三日というのは国単位で考えれば短いかもしれないが、相手はドラゴンなのだ。この世界の認識では大陸最強の生物なのだ。ある程度の手順は省略されるべきなのだ。未知のドラゴンの暴走とは、それくらい必死になって対処すべき問題であるはずだ。
(0)
(0) だが、動かなかった。シルク達が見落とした可能性の方が高い。だが、それを差し引いても直接対処しようとしなかったことは謎だ。
(0)
(0) 本当に分からない。何か不足していたのか、何か余計だったのか。一体、どれが原因で相手は虎穴に来てくれなかったというのか。アルベドやデミウルゴスを以ってしても不明だった。おそらくは彼らと自分達の間に決定的な何かがあるのだ。そして、それこそがザイトルクワエを暴れさせたそもそもの理由だというのに無駄に終わってしまった。いや、ビーストマンの死体はある程度回収したため、それだけは利益と考えて良い。
(0)
(0)「やっぱり、俺達とは価値観が違うんですかね?」
(0)「そうかもしれませんね。でかいハムスターから叡智を感じるくらいですから」
(0)「例のハムスケだっけ? いいねえ。俺も早く実物を見てみたいもんだよ。ジャイアントハムスター」
(0)「ふっ。笑いますよ」
(0)「それは楽しみだ」
(0)
(0) ローラが巨大ハムスターと戯れる姿を想像して、少しだけ気分が和むシルクだった。
(0)
(0)(にしても、カルネ村なあ……)
(0)
(0) シルクの脳裏にはエンリ・エモットが浮かび上がる。彼女を復讐者にしたいという衝動がシルクの中でずっと疼いている。今は我慢できるが、これ以上はちょっと辛い。八本指を潰そうとするのも、このフラストレーションを解消したいという面もあった。
(0)
(0) ただ、どうしても考えてしまうのだ。王国貴族の政略争いの被害者である彼女には、王国を滅ぼす権利があると。権利はあっても力がないから、与えてやるべきだと。
(0)
(0)
(0)■
(0)
(0)
(0) バハルス帝国、帝都。皇城。皇帝執務室。
(0)
(0) 普段であれば数人しかいない部屋には多くの者がいた。皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスに、護衛が四名。帝国主席魔術師フールーダ・パラダインに、彼の高弟達。そして、皇帝の信頼が厚い臣下達だ。
(0)
(0) ジルクニフは臣下達もしばらく見たことがないような苦い顔をしていた。彼をしてそこまでの表情をしてしまう問題とは、竜王国に出現したドラゴンのことだ。
(0)
(0) そのドラゴンは突如として出現した。十メートルにもなる巨体だ。ドラゴンといっても、通常のドラゴンとは大きく異なり、まるで植物と合体したような外見であったという。竜王国がビーストマンを食い止めている最前線に出現したかと思えば、人間もビーストマンも問わずに殺し尽くした。根の足や枝の腕を振るい、縦横無尽に三日間も暴れ続けたという。おかげで戦線は崩壊してしまったが、より大きな被害を受けたのはビーストマンの方だ。おかげで、ビーストマンの侵攻は一時的にだが停止しているそうだ。
(0)
(0) だが、一番の問題は強いドラゴンが出現したことではない。ドラゴンの正体が一切不明ということでもない。現在、そのドラゴンがどこにいるか分からないということなのだ。ドラゴンは三日ほど暴れた後、多くの目がある中で忽然と姿を消したのだ。まるで霞か靄のように。
(0)
(0)「つまり、竜王国で暴れていたドラゴンは突如として姿を消したというのか? 人の背丈を遥かに超える巨大なドラゴンが、か?」
(0)
(0) ドラゴンが最初から幻影だったと言うのならば納得できる。変わり果ててしまった地形を見なければの話だが。ドラゴンが通った後には主にビーストマンの死体と荒らされた大地が残っていた。これが幻影のわけがない。
(0)
(0) 問題なのは、ドラゴンが作り出した死体だ。そのまま放置されるのではなく、悪魔らしい謎のモンスターが死体を回収していったのだ。火事場泥棒のようにドラゴンという災害のおこぼれに預かったのか。それとも、この悪魔とドラゴンは同じ一味なのか。後者であった場合、最悪だ。もし帝国にドラゴンが出現した場合、フールーダをもってしても出来ることは限定されている。
(0)
(0)「確認しておくが、評議国の竜王ではないのだな?」
(0)「はい。外交の資料だけではなく古い伝承を見直しましたが、報告にあったようなドラゴンとはかけ離れています。竜王国を作ったと聞く竜王とも異なります。ただ、トブの大森林に封印されているという魔樹の竜王の伝説があります。これの竜王と同種ではないかと考えられます」
(0)
(0) あるいは、その魔樹の竜王そのものか。だとすれば、なぜトブの大森林ではなく竜王国に現れたのか。伝承が間違いだったのか、やはり魔樹の竜王とは無関係のドラゴンなのか。鮮血帝は自分が最も信頼する存在、フールーダに目を向ける。
(0)
(0)「爺。ドラゴンの消失は魔法で可能か?」
(0)「そうですな。転移魔法や認識阻害の魔法がありますが、報告通りの巨体ならば限度があります。一番考えられるのは、そのドラゴンが小さい動物に化けられるということですな。巨大な生物が急に小さくなったために、姿を見失った。その一瞬のうちに、小型になったドラゴンはどこかに紛れたということです」
(0)
(0) フールーダの考えが正しかった場合、いつ帝国に出現しても不思議ではないということだ。しかも、ドラゴンがどの程度まで小さくなれるかは全く分からないのだ。検問で調査したところで、ちょっとした手荷物の中に入り込んでいる可能性がある。
(0)
(0)「あの若作りのババアの国がどうなろうと知ったことではないが、もしドラゴンを誰かが操ってた場合は面倒だな……。だが、対処のしようがないことを考えてもしょうがない。相手は最強の生物だ。ドラゴンが帝国に出現しないことを祈りつつ、次の議題――件の二人の話に移ろうじゃないか」
(0)
(0) ジルクニフが言う二人とは、シルク・タングステンという魔術師とアインズ・ウール・ゴウンという戦士のことだ。
(0)
(0) ことの発端は、王国から内通者から伝えられた情報だ。戦士長ガゼフ・ストロノーフ暗殺未遂事件。帝国の騎士に扮した法国の特殊部隊が王国戦士長ガゼフ・ストロノーフを暗殺しようしたが、逆に指揮官を倒され、撤退する破目になってしまった。法国が六色聖典の一つ、陽光聖典を出撃させたのに対して、戦士長は多くの枷をつけられた状態だった。そんな戦士長が陽光聖典を倒せたのは、予想外の協力者が現れたからだ。
(0)
(0) その協力者こそが、シルク・タングステンとアインズ・ウール・ゴウンという正体不明の二人組だ。
(0)
(0) ガゼフ・ストロノーフの戦士団がいたとはいえ、法国の特殊部隊をして撤退を選ばざるしかなかった魔術師と戦士。戦士長はアインズ・ウール・ゴウンを自分と互角だと評価したらしいが、ジルクニフを始めとした者がより強い興味を抱いたのはシルク・タングステンの方だ。無論、アインズ・ウール・ゴウンも是非欲しい人材だと判断している。
(0)
(0)「少なくとも、シルク・タングステンは法国が切り札にするような天使を封じることができるようだ。あの国への牽制として是非欲しい。上手く使えば、先程の話にあったドラゴンへの対抗策になるかもしれん」
(0)「私としてはこの巨大なアンデッドの戦士というのが気になりますな。この報告書通りならばかなりの強さ。それを使役できるということは、このシルク・タングステンという御仁もそれなりの使い手ということになる。是非話をしてみたいものだ」
(0)
(0) フールーダの夢は魔法の深遠を覗くことだが、現在の目標の一つに伝説のアンデッドの支配がある。そのアンデッドは、魔法省の地下で厳重に封印されているモンスターであり、第六位階を使役できるフールーダでさえ支配が敵わない存在だ。名前をデス・ナイトという。伝説すぎて知名度は低いが、その強さは王国戦士長にさえ匹敵するだろう。いや、アンデッドという疲労を感じない特性や特殊能力を考えれば、デス・ナイトの方が強いと言える。
(0)
(0) 流石にこの報告書に記されているアンデッドがデス・ナイトとは思わない。しかし、王国戦士団が評価するだけのアンデッドならばかなり強い部類だろう。彼が自分の足りないピースを埋めてくれるかもしれないとフールーダは考えるのだ。――彼が支配しているアンデッドがまさに『死の騎士』であるとは知らずに。
(0)
(0)「他に彼の情報は?」
(0)「ある商人に用心棒として雇われて、王都に向かったという情報があります。ただ」
(0)「ただ、何だ?」
(0)
(0) ジルクニフは言いよどんだ者を促す。その者はやや困惑したように続けた。
(0)
(0)「陛下。実は、この情報源が法国なのです。あちらの工作員が意図的にこちらへ流した模様です」
(0)
(0) その言葉に、部屋が沈黙する。法国は秘密工作部隊を潰されている。そのため、怨みがあり、彼らがシルク・タングステンを暗殺しようと考えているならば分かる。だが、どうして帝国に情報を流すのか。皇帝ならばこのような人材を欲しがることは分かっているだろうに。
(0)
(0)「実は法国が我が国にスパイを送り込むために手の込んだ細工をしているのではないだろうな?」
(0)「それは考えづらいかと」
(0)
(0) いくら何でもそれは有り得ないだろう。相手は特殊部隊一つを潰されているのだ。仮にスパイを送り込むためだとしても、それは帝国にではなく王国にだ。もっとも、王国にはそこまでしなくても工作員がそれなりに潜りこめているだろうから意味はない。
(0)
(0) どちらにしろ、これが法国の罠であった場合、この罠を仕組んだ存在へのリターンは少なすぎる。帝国が確実にシルク・タングステンに接触するとは限らないのだから。
(0)
(0)「法国の罠にしろそうでないにしろ、王都にいるらしいのだろう? 接触を試みてみるか。いや、相手はそもそも村を襲った帝国騎士の正体が法国の工作員だと把握してくれているのだろうな?」
(0)
(0) もし把握されていない場合、こちらに引き込むのは非常に手間がかかる。
(0)
(0) 相手は正体不明な魔法詠唱者だ。報告書にある強さが全て事実だと考えるならば、どれだけ慎重に行動しても無駄ではないだろう。彼を抱き込めれば芋蔓式にアインズ・ウール・ゴウンという戦士も引き入れられる可能性が高い。彼に接触するならば印象を良くしておく必要があるだろう。
(0)
(0)「……どうでしょう。王国戦士長ならば相手が六色聖典だと理解できたでしょうから、それをタングステンに話しているかどうかによります。また、話していたとしてもタングステンがどのように感じたかは分かりようがありません」
(0)「そこまでは流石に報告書には書いていないか」
(0)
(0) 鮮血帝は熟考し、現状では情報が少なすぎることを再確認する。法国の狙いもシルク・タングステンの正体も分からないが、後手に回るのも癪だ。何かの間違いでガゼフ・ストロノーフのようにランポッサⅢ世に忠誠を誓われても困る。今自分がすべきことは出来るだけリスクの少ない形で情報のピースを集めることにある。
(0)
(0)「適当な貴族を通じて調べさせろ。あくまでも私や帝国上層部が関わっていないという形でな」
(0)
(0) この時の指示が巡り巡って現在の帝国を大きく変化させるのだが、この場にいる誰もがそれを知る由もなかった。
(0)
(0)
(0)■
(0)
(0)
(0) リ・エスティーゼ王国では、八本指という組織が裏社会を牛耳っている。
(0)
(0) 八本指は奴隷売買、暗殺、密輸、窃盗、麻薬取引、警備、金融、賭博の八部門から形成されている犯罪組織だ。王国の裏組織で息がかかっていない組織は存在しないといわれるほどの規模であり、貴族社会との関係も深く、国を内側から蝕んでいると言っても良い。一部の者が下手に摘発しようとしても、貴族からの横槍が入る。
(0)
(0) 特に問題なのは、彼らの収入源として王国全土に蔓延っている麻薬である、「黒粉」もしくは「ライラの粉末」と呼ばれる。天然物は非常に強力な毒薬であり、人工栽培されたものでも強い中毒性をもつ。禁断症状が弱いなどの理由から王国上層部はその危険性を理解できず、ほぼ黙認状態となっている。帝国にも多く流通しているため、「王国の裏稼業にでもしているのか」というクレームが出るほどだ。
(0)
(0) それでも王国は八本指を潰せない。彼らと深い関係にある貴族が大きく、また八本指自体も巨大で謎の多い組織だからだ。八本指の問題を解決するには、貴族の力を削るしかない。しかし、貴族の反感が大きくなりすぎれば国を二つに分けた戦争が起こりかねない。その戦争に帝国が介入する可能性も考えると、頭が痛くなる。
(0)
(0) 結果、八本指の存在は王国の腐敗を助長し、早期解決すべきだが解決のしようがない問題の一つとなっていた。
(0)
(0) 王都のある娼館の一室で、不愉快そうに舌打ちする男もまた八本指の幹部の一人だった。奴隷部門の長であり、なよっとしていて線の細い男だ。名前をコッコドールという。
(0)
(0)「あの忌々しいメスめ」
(0)
(0) 現在の王国では『黄金』と呼ばれる王女の考えた政策によって、奴隷が禁止されてしまった。そのため、奴隷部門は社会のかなり地下まで潜るしかなくなってしまったのだ。麻薬取引が隆盛傾向にあるのに対して、奴隷売買は斜陽傾向になっている。彼が罵声を吐き出したのも、売り上げが落ちていることを帳簿で実感してしまったからだ。
(0)
(0) だが、人身売買にはいつの時代も一定の需要がある。特に、暴力などの特殊な性癖をもつ人間には、奴隷のように使い潰しても問題のない存在は便利だ。しかし、奴隷が禁止されている以上はその性癖は抑えつけるしかない。現在はそういった性癖を発散させるための場所として、この娼館は重宝されているのだ。
(0)
(0) ここは王都最後の裏の娼館である。だから、人には言えないような性癖を持つ者達が様々な手段で守っている。権力で潰されることはないが、彼らに借りを作ることになっている。
(0)
(0)「はあ、誰かあのメスを殺してくれないかしら」
(0)
(0) おそらくあの姫が死ぬようなことになれば、時間はかかるだろうが、奴隷法律は復活する可能性はある。最低でも抜け穴は今よりも大きくなるはずだ。貴族にも特殊な性癖を持つ人間は多いし、飽きた妾の処分に困っている者は大勢いるのだから。
(0)
(0) 巡回史との関係を強くしようかと考えていると突然、ドアが開く。配下であればノックをしてから入るだろうし、お客がこの部屋に来るこどなど滅多にはない。あったとしても部下が案内するだろうから、やはりノックはあるはずだ。
(0)
(0) コッコドールが怪訝に思っている間に、扉は完全に開く。そこから現れたのは、一人の男性だった。
(0)
(0) 仕立ての良さそうな群青色のローブが、男が魔法詠唱者であることを教えてくれる。そして、何より目につくのは男の顔だった。それほど絶対の美男子というわけではない。むしろ、悪鬼の如き醜悪な顔だ。右側はそうでもないが、顔左半分を覆う大きな火傷が生理的な嫌悪を催させる。何より恐ろしいのが、その火傷の中に煌く黄金の左目だ。色合いや瞳孔の形が、明らかに人間のそれではない。
(0)
(0)「夜分に失礼。俺はシルク・タングステンというものだ。といっても、てめえみたいな屑に払う礼なんてねえんだけどな」
(0)
(0) 聞いてもいないのに名乗った男に対して、コッコドールが抱いた感情は当然警戒だ。こんな人物は知らない。コッコドールは脳裏から今までの取引相手や顧客、同業者、商売敵、冒険者、王宮の宮廷魔術師の記憶を引っ張り出すが、やはりこんな人間は知らない。火傷も瞳も大きすぎる特徴だ。一度見たら忘れるはずがない。
(0)
(0) そんな人物がどうしてこんな場所に来たのか。警備を呼ぼうとしたが、躊躇う。そもそもこの場所に来たこと、それに今まで気付かなかったことが、何を意味するのかを理解したからだ。ドアの向こうから漂う微かな血の臭いと、男のローブに付着している赤い斑点が、コッコドールの推測を後押しした。
(0)
(0)「あ、あなた、私が誰だか分かっているの?」
(0)「アンタが八本指の奴隷部門の偉い奴だってのは知っている」
(0)「何を考えている知らないけど、私に何かあったら八本指が黙っていないわよ?」
(0)
(0) これ以上ないほどの脅し文句のはずだ。八本指と全力で戦争をするのは、王ですら躊躇う行為なのだから。だが、目の前の男は拍手を打って、笑んだ。火傷が大きく歪む。
(0)
(0)「そりゃ好都合。俺はお前達を是非ぶっ潰したいんだからな。むしろ黙ってもらったら困るんだよ。友人にも大見得を切ってしまったからな。お前達から絞れるだけ利益を絞らないと格好がつかないのよ。どうせ誰かの幸福を貪って私腹を肥やしてきたんだろう? だったら、奪われても文句は言えないはずだ。いや、言ってもいいけど、弱かったらその文句に意味なんてねえぞ」
(0)
(0) 狂っている。今更であるが、笑顔で八本指全体を敵に回すと宣言した男を見て、コッコドールはようやくそのことを実感できた。一刻も早く逃げたいが、隠し通路までは遠い。高位の魔法詠唱者ではあるまいし、一瞬で移動など不可能だ。対して、目の前の男はそれができる可能性が高い。
(0)
(0)「折角だからさ、選んでくれねえか?」
(0)「え、選ぶ?」
(0)
(0) この状況ならば、痛い目を見るか大人しく服従するかといったところか。警備の者がやられたであろう状況で、この正体不明の男の提案を拒むのは危険だ。最悪、腕の一本でも折られかねない。だからこそ、コッコドールはこの場をどうしのぎ、この店以外にいる部下を呼ぶかを考えていた。
(0)
(0)「黙って死ぬか、喋って死ぬか。選んでくれ」
(0)
(0) それを聞いた瞬間、コッコドールはほとんど反射的に逃げ出そうとする。この男が自分をどうあっても殺すつもりであると理解した。だが、それはこともあろうに、シルク・タングステンに背中を見せてしまったことを意味する。
(0)
(0) 『方舟』は今度の機会にしよう。目立つ上、これにはそれほどの価値はない。
(0)
(0) シルクはゆるりと右手を前に出す。
(0)
(0)
(0)「――特殊技術発動、奈落の手」
(0)
(0)
(0) 翌日、コッコドールが遺体で発見された。八本指の拠点とあってこの事件は表にはほとんど出回らなかったが、裏社会では瞬く間に知れ渡った。八本指の重鎮が死亡したのだから当然である。
(0)
(0) しかし、この事件はただ八本指が関わっているというだけでは済まなかった。コッコドールの死因は“餓死”なのだ。骨と皮だけの身体で、ミイラのように枯れ果てていた状態だった。服装や体格からコッコドールだと判断されたに過ぎない。娼館にコッコドール以外にも利用客や従業員がいたはずだが、彼らの所在は完全に不明だった。館内にあるはずの金銭や書類も一つ残らず盗まれており、犯人の手がかりは皆無だった。何より、これだけ派手な事件であるというのに、目撃証言がないこともこの事件の異質性を高めていた。
(0)
(0) その日を境に、王国全土で不可解な大事件が断続的に発生する。ある村は近くに川もないのに水没した。ある街の倉庫は全焼したが、近くの建物には一切火が移らなかった。ある貴族の館では、主人も家族も使用人も全員が蒸発した。ある商人の一団は移動中にその地域には存在しないはずのモンスターに襲われた。
(0)
(0) そして、それらの怪事件が起こった後には必ずこのような文字が残されているのだ。なぜか法国の文字で。
(0)
(0) “次はお前達の番だ”