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(0) 王都に炎の壁が出現して騒然となっているのと同時刻。
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(0)「以上が法国からの書簡の内容になります」
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(0) 竜王国の城の一室で、幼い少女(見た目だけ)が深いため息を吐き出した。見た目だけ少女な彼女こそ、この竜王国の女王、通称『黒鱗の竜王』ドラウディロン・オーリウクルスである。八分の一だけドラゴンという稀有な存在だ。始原の魔法が使えるが、彼女自身の戦闘能力は一般人と大差ないため、真して偽りの竜王などとも言われる。
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(0) 外見とミスマッチな四十代女性のような疲れた雰囲気を出しながらも、張りのある若い声で、宰相に言う。
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(0)「はあ、もう一度掻い摘んで頼む」
(0)「では、失礼して。『貴国で流布している大樹竜崇拝の撲滅を求める。偉大なる六大神を蔑ろにしてモンスターを崇めるなど言語道断である』。ようは、今我が国で流行しているドラゴン様をどうにかしろというわけですな。さて、陛下。どうにかしてください」
(0)「別に、あのドラゴンは私が呼んだわけではないのだがな……」
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(0) 数ヶ月前の話だ。竜王国の国境、ビーストマンの侵攻が進む最前線に、ドラゴンが出現した。植物が合体したような奇怪な外見であり、城門ほどの巨体であったと言う。その姿は動く巨木であったそうだ。通り雨のように突如として現れたドラゴンは、ビーストマンを蹂躙した。そして、三日間ほど暴れた後、霧のように消え去った。大量のビーストマンの死体と圧倒的な破壊の痕跡を残して。
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(0) その三日間で、ビーストマンの軍隊はほとんど壊滅した。竜王国の人間も少なからず巻き込まれたが、ビーストマンの侵攻が今日まで停止していることを考えれば軽すぎる被害だ。
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(0) ビーストマンが攻めてこない理由は部隊の壊滅だけではない。ドラゴンの巨体によって国境の地形が変わってしまったからだ。国境の一部だけの地形が変化しただけでは迂回されて終わりだろうが、実はそれだけではない。
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(0) 現在、竜王国の国境沿いには、巨大肉食植物が群生するようになったのだ。最初はドラゴンが暴れた地域にやや強い植物モンスターが生まれる程度だったのだが、国境を沿うように群生地は拡大を続けた。最早、猛獣さえも生きていけない禁断の樹海となってしまったのだ。近付くものは、人間であろうと異形種であろうと食い尽くされる。まさに生きる巨大城壁が誕生した。ドラゴンの特殊能力であろうが、その意図は不明である。
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(0) 危険であるため、肉食植物を伐採してしまおうという意見も出た。じゃあお前がやれと言われたら、その発言者は黙るのだが。植物モンスターといっても、樹海に群生しているのはドライアードやトレントのような大人しい種族ではない。難度に換算すれば、平均二十だそうだ。遠方から観察が可能な森の入り口でさえそうなのだ。奥地がどうなっているか想像もできない。
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(0) ビーストマン達も手を出せていないようだ。人間よりも難度の高いビーストマンであるが、樹海のモンスター達には単純な質で負けている。数で圧倒するには、樹海は巨大になりすぎた。また、炎属性に耐性のあるもの、種や枝を飛ばして空中に攻撃をするもの、高い再生能力を持つものと魔法詠唱者でも対応できないモンスターも多い。ビーストマンには竜王国に攻め込む余裕がない。樹海の向こう側がどうなっているかは窺えないが、樹海の拡大が都市に及ばないようにするだけで精一杯だろう。
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(0) 楽観的だと笑われてもいいから、このまま樹海が永遠に国を守ってくれないかと本気で考えてしまう。流石に国境より此方側には来て欲しくない。自分にも竜王の血が流れているが、戦闘能力はないのだ。始原の魔法は大量の生贄を必要とするため、あまり使いたくない。
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(0) かのドラゴンの正体は一切不明だ。この国を作ったドラゴンは話に聞くような外見ではないし、似たようなドラゴンの話さえ聞かない。そもそも、動物を食い殺す樹海を生み出せるドラゴンなど聞いたことがない。評議国は『竜王国に出現したドラゴンは我が国と一切関係のはない存在である』と公表している。法国の使者は何か知っているような素振りを見せたが、口は割らなかった。
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(0)「法国もどうしろというのだ。確か、我が国の神官達からも悲鳴が上がっているんだったか」
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(0) 苦笑を漏らす女王だが、国民の気持ちも理解できるのだ。
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(0) 自分達を救ってくれない神様よりも、実際にビーストマンを殺しまくってくれたドラゴン様というわけだ。神官の中には新しく植物竜崇拝を唱えるものまでいる始末。法国からの書簡もそういう意味がある。
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(0) 女王自身、これまで援助してくれた法国への感謝は忘れていない。しかし、彼らはあくまで被害の軽減しか出来なかった。圧倒的な蹂躙を繰り広げてくれた正体不明へのドラゴンへの恩もまた大きいのだ。敵か味方か分からないことを差し引いても、この一時の安寧はかのドラゴンのおかげだ。
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(0) 宰相も同じことを考えているようだ。
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(0)「良いではないですか、陛下。別に民が物理的に食われているわけでも陛下が性的に食べられているわけでもないのですから。それに、ビーストマンの侵攻も止まっています。どの都市を見捨てるかという会議に比べれば、遥かに建設的かつ平和的であるかと。かの樹海に近い地域では、やせた土壌が豊かになっているという報告もあります。大地の恵みに感謝しましょう」
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(0) 蛇足ではあるが、なぜかの肉食樹海が誕生したかといえば、シルクの指示である。ザイトルクワエを回収する直前に、『確か、ヘルプラントドラゴンって植物モンスターを生み出す能力があったよな。あれを使えば森が作れるんじゃね? でも失敗した時のことを考えてトブの大森林ではやりたくないな……。生態系を壊すことになるし、近場では控えたい。そうだ、ついでに竜王国でしてしまおう。撤退時に種を撒いておけ』という発言の下に、ザイトルクワエは大量の種を撒いた。それが成長して現在の樹海が出来上がったのだ。もっとも、指示を出したはずのシルク本人が覚えていないのだが。
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(0) 国境を沿うように拡大を続けている理由は、本体 がこの樹海作成を国境蹂躙作戦の延長だと認識しているからだ。つまり、竜王国の都市を侵食する可能性は高かったのだが、知る由もないドラウディロンは口だけではあるが感謝を告げる。
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(0)「本当、ドラゴン様様だな」
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(0) 宗教がデリケートな問題であるとは分かる。樹海は人間も食らうという報告も上がっている。かのドラゴンは今度は竜王国の都市を襲う可能性も考えている。ビーストマン侵攻の再開に備えて余計な内輪揉めは避けるべきだとも理解できる。しかし、少し前まではそんな余裕さえもなかったのだ。どうやって前線の兵士や冒険者の士気を高めるか、どの都市を諦めるか、食料はどうやって確保するか、最後の手段を使うとしたらいつ使うか。そんなことを考えずに済む日々の何と安らかなことか。
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(0) 口には出さないが、法国の使者や自国の神官、その他の武官や一般民衆も少なからず同じように思っていたはずだ。油断はできない。警戒は必要だ。しかし、侵攻が停止していることは明らかだ。今のうちに余裕を作っておきたい。偽りの平和ならば、一瞬でも長く味わいたい。
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(0)「それで、どうする? 流石にこの姿で呼びかけても意味はないと思うぞ」
(0)「では、件のドラゴンは堕落しなかった従属神ということにでもしますか? 呼びかけても国民が自主的に崇拝をやめることはないでしょう。逆に反感を買う恐れさえあります。しかし、かの神々が人類救済のために手を差し出したとなれば説得力もあるでしょうし、信仰が六大神に還元されるなら法国も文句はないはずです。仮に竜王国――人類に仇なす存在となれば、魔神に堕ちたということにすれば問題はないかと。そうなれば、民衆も信仰をやめるでしょう」
(0)「そうするか」
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(1) 穴が大きい気もするが、それ以外にはないだろう。ビーストマンの侵攻が再開した時のために、今は軍備を蓄える時だ。
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(0) これが正しい判断だったのかは、大樹の竜王が再び現れた時に明らかになる。
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(0)■
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(0) 王城の一角にあるそれほど広くない部屋に、多数の男女が集められていた。統一感のない武装やそれに似合うだけの強さが感じられる人間達――冒険者である。集められるだけ集められただけあり、オリハルコンやミスリルのような上級冒険者だけではなく、銅や鉄といった駆け出しのものもいた。
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(0) 彼らの前に立つ面々も王都では知らぬものがいないようなビックネームばかりだ。アダマンタイト級冒険者チーム、『蒼の薔薇』。王都冒険者組合の組合長。王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。そして、『黄金』と称される姫君、ラナー。
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(0) 一部の冒険者は、正面に立つ者達よりも、壁際に立つ三名に視線を向けていた。露出度零の魔法詠唱者は、不気味だが、高級そうなローブと落ち着いた物腰が気品を漂わせていた。氷山を彷彿とさせる武人が腰に差しているのは、貴重な武器である「刀」、しかも二本だ。褐色肌の美しい神官は、このような状況であるにもかかわらず余裕を湛えた微笑を浮かべていた。
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(0) 壁には王都の詳細な地図が張られている。
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(0) 組合長やラナーの挨拶も簡単に済まされ、事態の説明が始まった。
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(0)「本日未明、ここに集まっている皆様もご覧になっているかと思われますが、王都のこの一帯に炎の障壁が出現しました」
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(0) ラナーが地図に記された王都の北東を差す。
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(0)「ご存知の方もいるでしょうが、半年ほど前にエ・ランテルで巨大な炎の壁が発生し、そこから強大な悪魔が出現したという事件が発生しました。今回の炎も、その事件と同一のものであると考えられます」
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(0) それを聞いた彼らの視線が、壁際に立っている三名へと向けられる。エ・ランテルの冒険者チーム、『漆黒』だ。彼らこそが、そのエ・ランテルに出現した悪魔を倒した冒険者チームに他ならない。前例を知る者がいるというのは心強いものだ。
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(0)「では、エ・ランテルの事件に関して簡潔に説明しておきます。半年ほど前、エ・ランテルの巨大墓地で炎の壁が出現するという事件が発生しました。火事は発生しませんでしたが、その炎の中から強大な悪魔が出現しました。その悪魔は都市一つを破壊できるほどの難度でしたが、冒険者がこれを撃破。しかし、ズーラーノーンが関係しているらしいという以外、この事件の真相は明らかになっていません」
(0)「今回もズーラーノーンが関わっていると?」
(0)「現状では可能性が高いとしか。いえ、むしろ現在王国各地で発生している謎の怪事件の数々も決して無関係ではないと考えています」
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(0) それを聞いて、冒険者達は息を飲んだ。ラナーの言う怪事件の現場に立ち合わせたり現場後を見たりした者は冒険者にも多い。事件の被害について調査した者も少なからず存在する。そして、彼らが持つ共通の感想こそが、『この事件には関わらない方が良い』というものだ。第五位階魔法でもなければできないような破壊の痕跡、悪意が溢れた見せしめの死体、それでいて全く読めない犯人の思考。全てが不気味だった。拠点を他国に移そうかと考える者も出たほどだ。実際に、一ヶ月ほど前にミスリルとオリハルコンのチームが一つずつ都市国家連合に拠点を変えた。彼らを臆病者と罵った者もいたが、むしろ決心を着けられた彼らへの僻みという面が強かっただろう。
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(0) 自分達もこうなる前に王都を出ておけば良かった。そんな風に考える冒険者も、この中には大勢いた。
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(0) 重い空気の中、斥候として出た部隊からの報告が始まる。
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(0) 一つ目、炎は幻影のようなもので触れても熱くないし、火傷を負うこともない。魔法の障壁のように侵入を防ぐこともない。また、炎の内部でも問題なく動くことができる。
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(0) 二つ目、炎の中では悪魔の姿が見られている。遠目であるが、かなり高位の悪魔の姿も見られた。エ・ランテルの事件との最大の違いは、悪魔の数だろう。エ・ランテルで出現した悪魔は、難度百五十とも言われているが、一体だけだ。しかし、炎の向こう側には難度六十以上の悪魔が最低でも十体は確認されたそうだ。低位の悪魔も群れをなして行動していたという。あくまでも炎の境界線での話であるため、奥には更に強大な悪魔が存在する可能性が高い。
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(0) 三つ目、炎に囲まれた範囲にいるはずの住人達の多くは悪魔に連れ攫われていた。
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(0)「しかし、奇妙な点が一つあります」
(0)「奇妙な点?」
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(0) ある冒険者の反すうに、組合長は自分でも理解できないといった様子で重々しく告げる。
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(0)「悪魔に連れ去られているのは大人だけで、子どもは放置されているとのことでした。貴族であろうと商人であろうと浮浪者であろうと老人であろうと女性であろうと、『大人』は連れ去り、『子ども』は放置という行動を取っているようです」
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(0) その言葉に、冒険者達は首を傾げた。
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(0)「むしろ悪魔は子どもこそを望んで攫いそうだが……もしかして、殺されているのか?」
(0)「いえ。ほとんど無傷のようです。親から引き離すために手傷を負った子はいるようですが、緊急の治療が必要なほどではないと聞いています」
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(0) 冒険者達はますます意味が分からない。単に子どもは標的にされていないと喜ぶことはできない。悪魔の考えが分からないからだ。生物を憎むアンデッドに対して、悪魔はあらゆる生物に悪意を向ける存在だと言われている。そんな悪魔だからこそ、無垢な子どもこそを無惨に殺すとされている。だから、その常識が完全に無視されている現状が意味不明なのだ。
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(0)「子ども、というのはどの程度が基準になっているんだ? まさか悪魔達も歳を聞いて回っているわけではあるまい」
(0)「およそ十歳程度の身長を境にしているようです。ほとんどの子どもは恐怖で支離滅裂ですが、一部の子どもがこう証言しています。『自分の体格と比較して背丈を測っていた』と」
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(0) それを聞く限り、本当に子どもだけを除外しているようにしか思えない。だが、それほど意味の強い選別というわけでもなさそうだ。背丈だけを基準にしている辺り、絶対に子どもに害意を与えないという感情は見受けられない。
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(0)「まさか、悪魔の狙いはわざと子どもを助けさせることで此方の動きを鈍らせることか?」
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(0) あるミスリル級冒険者の推測は、的を射ているように思えた。通常ならば、これほどの緊急事態で救助部隊を作る余裕はない。対処できない状態ならばいっそ無視して、他の急務に人員を割けるべきだ。しかし、生きてそこにいると判明している以上、助けないわけにはいかない。しかも、子どもともなれば泣き喚いたり見知らぬ人間を恐れたりして、大人よりも避難に時間がかかる。ある意味、屈強な兵士や冒険者であるからこそ出来ないような仕事だ。
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(0)「我々も現状ではそう考えています」
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(0) もしもこの考えが正しい場合、悪魔が人間を攫っていることはカモフラージュだと考えて良いだろう。謎の炎の中で悪魔を警戒しながら、子どもの救助・避難を行わなければならない。必然的に、悪魔を倒すことができる戦力が削られてしまうのだ。子ども達の救助をしないという選択肢はない。倫理的な意味ではなく、戦闘の邪魔になってしまうからだ。
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(0)「悪魔の目的は? 炎が取り囲んでいる場所は倉庫街のはずだ。何らかの荷物を探しているのか?」
(0)「可能性は高いでしょう。確証はありませんが」
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(0) 結局は、相手の目的が分からないと最善の動きができない。件の連続事件の標的が巨大犯罪組織『八本指』であることは暗黙の了解となりつつある。ならば、この事態も八本指を対象とした延長線上なのか。エ・ランテルのようにズーラーノーンが関わっているのか。それとも、全く別の組織の犯行なのか。
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(0) 分からないことだらけなのだ。それでいて相手の力は強大だ。どう考えても、冒険者と衛士では人手と戦力が足りない。アダマンタイト級冒険者チーム『朱の雫』は評議国に出向いていて、帰還には時間がかかる。
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(0) しかし、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフを始めとした戦士団は王城の守りに専念し、戦闘には参加しないという。貴族の私兵も同じだ。彼らと自分達では雇用形態が違うため、主人を守らなければならないという道理は理解できる。しかし、頭では理解できても感情は納得できない。ラキュースからのフォローが入ったためにある程度は緩和されたが、冒険者達の心中には不満が募った。
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(0)「皆様にしていただくことは二つです。悪魔を倒すことが主ですが、それと併せて悪魔の狙い、悪魔のリーダー格を探して欲しいのです」
(0)「特に、悪魔の難度に関して注意して欲しいの。高い難度の悪魔がいれば、そこはそれだけ重要な場所だということ。必ず彼らの探している物か、今回の首魁がいるはずよ」
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(0) ラナーからの指示と、ラキュースの補足で自分達のするべきことを確認する冒険者達。彼らの中に逃亡という考えが薄いのは、二つのアダマンタイト級冒険者チームが心の主柱となっているからだ。
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(0)「……それで思い出しました。仕事をお願いしようと思っていたのです。クライム!」
(0)「はっ!」
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(0) 視線が白い鎧の少年へと集める。
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(0)「あなたに危険を承知で一つ仕事をお願いします。冒険者の皆様とは別ルートで悪魔に連れ去られた住民を探し出し、可能ならば連れ戻し欲しいのです」
(0)「畏まりました! その一命に代えましてもその任、果たしてご覧に入れます!」
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(0) ほとんど死ねと命令されたにもかかわらず、クライムは一瞬の迷いもなく即答する。彼に集まった視線が、狂人を見るようなそれに変化したことは必然だろう。
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(0)「では、少年には俺が付き合おう」
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(0) 戦士長の隣から上がった声に、冒険者達は驚きを隠せなかった。
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(0) 手を上げたのは、魔術師然とした男性。顔面の左側は包帯で覆い隠している。本人はあまり自覚していないが、王都の冒険者ではそれなりの有名人だ。王国戦士長、クライムや蒼の薔薇と交流があれば顔を覚える人間もいるし、彼が時折披露する物語をこっそり盗み聞きする者も多いからだ。
(0)
(0) 彼に対して驚きが上がったのは、二つの理由がある。一つ目はどう考えても自殺行為である役割を自分から名乗り出たこと。もう一つは、あれほど目立つ外見でありながら誰も彼の存在に気付いていなかったことだ。魔法で気配を消していたのだろうか。
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(0)「シルク・タングステン様ですね? クライムがお世話になっております」
(0)「むしろ俺の方が世話になっているよ。この国の人間じゃねえから、流行の本も分からないからな」
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(0) あまり王族に対する態度ではないため、悪い言い方をすれば素養のなさが見える。このことから、冒険者達はシルクが自分達と比較的近い出身であると判断した。ラナーは気にしてないようだが、クライムや戦士長は微妙な表情をしていた。
(0)
(0)「よろしいのですか?」
(0)「ああ。その代わりと言っては何だが、それなりの礼金を積んで欲しい。分割でいいから」
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(0) 微笑で応えるラナー。ガゼフが申し訳なさそうに口を挟む。
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(0)「タングステン殿ほどの方が協力してくれるなら私としても有り難いが、よろしいのか?」
(0)「いいよ、別に。むしろこの状況で動かない方が変だろ」
(0)「……耳が痛いな」
(0)「あ、別に嫌味ではないから。というか、俺も冒険者の方に加わるのが気まずいから、渡りに船なのな。俺は立場で言えば、ワーカーみたいなもんだから。あっち行っても邪魔になるだけだろ」
(0)「ご謙遜を」
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(0) 戦士長の物言いに、数名の冒険者が好奇心を刺激される。近隣国家最強の男をして評価されるということは、かなりの位階魔法の使い手と考えるのが妥当だ。立ち振舞いから強者であることを悟っていたが、こうなってくれば俄然として彼の実力に興味がある。まあ、彼と同行しようという気はちっとも起こらないが。
(0)
(0)「そういえば、ゴウン殿は来られないのか?」
(0)「まあ、無理だな。一応呼んだけど、間に合うかどうか」
(0)「そうか……」
(0)
(0) ガゼフは心底残念に思う。剣士としての技量ならば自分が上だという自信があるが、かの漆黒の戦士の方が単純な膂力は上だ。技術がある対人間ならばともかく、獣同然の悪魔相手になら遅れを取るなど有り得ない。彼一人がいるだけでどれだけ有り難いか。
(0)
(0)「では、これから部隊を編成します。チームの代表者の方は集まってください」
(0)
(0)
(0)■
(0)
(0) フィリップは自分のことを王国で何番目かには幸運な男だと思っていた。本当は王国史上最も運命に恵まれたのではないかと考えているが、謙遜は美徳であるため、その程度に抑えているのだ。それに、自分よりも運の良い貴族だっているかもしれないのだから。
(0)
(0) 貴族という言葉に、フィリップは酔いしれる。
(0)
(0) フィリップは大して力のない貴族の三男坊として生まれた。身分階級に関わらず、三男坊というのは喜ばれる話ではない。子どもが多ければ、それだけ一人に相続される財産が減ってしまうからだ。貴族であっても、長男だけが財産の全てを譲り受けることがほとんどだ。フィリップは生まれながらの予備の予備でしかなかったはずだ。良くて小さな家を与えられ、農夫のような生活をするはずだった。
(0)
(0) しかし、フィリップはそうなっていない。フィリップの最初の幸運は下の兄である次男が病死したことだ。当時の家には金がなかったため、神官に治療してもらうことができなかった。そして、次の幸運が大きい。この数ヶ月間、王国全土を賑わせている怪事件だ。貴族が標的になることも多いため、フィリップに危険が及ぶ可能性もあった。しかし、フィリップもフィリップの家も狙われなかった。
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(0) 最大の幸運こそが、母方の貴族の本家一家が一人残らず蒸発してしまったことだろう。最も近い血縁は、フィリップの家だった。様々な問題から、フィリップがその家の後継者になるという運びになった。
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(0) 怪事件の被害者には家ごと焼き払われたり、使用人も巻き込まれたりするパターンもある。しかし、話の一家は主人とその家族が忽然と消えただけであり、使用人も屋敷も財産もほとんど無事だった。土地の財力は自分の家と大差がないが、自分の意見に反対できる立場の者がいないというのは良い。
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(0) フィリップはこの機会を最大限に活かし、大貴族となる予定だ。素晴らしい麦や野菜を作り、商人達に売りつける。ずっと溜め込んできた政策によって、権力も財力も王国最高の人間となるのだ。
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(0) 無論彼の能力ではそんなことは出来ないのだが、フィリップの頭の中ではそれこそが真理である。
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(0) とにかく、彼が王都に来たのはそれに関する手続きのためだ。しかし、そんな矢先に炎の壁が出現するという事件が発生した。おかげで、手続きは騒ぎがやむまで延期となった。フィリップは館に缶詰状態である。自室に篭もりながら、彼は憤りを堪える。
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(0)(全く、どこのどいつだか知らないが俺の出世の邪魔をしやがって。王女に雇われた冒険者が動き出したらしいが、さっさと解決しろ! 金をもらわなければ動かないとは、金の亡者どもめ。お前達も王都の住民なのだから騒ぎを収めるのは当然の役割だろうが!)
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(0) この辺り、統治者の教養が施されていない証拠だ。冒険者は国家の事情に手を出さないという規律があるし、冒険者には王都の住民という意識は低い。得る物がないというならば、逃げるという選択肢だってあるのだ。しかし、それも仕方のないことだ。予備の予備にちゃんとした教育をしてやれるほど、フィリップの家は裕福ではなかった。次男の回復のために神官を呼べなかったことからもそれは明らかである。
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(0) 自分の考えが的外れであることに気付かないフィリップは、妄想を続ける。
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(0)(俺の領地では、冒険者には無料でモンスターを退治させよう。神官にも俺の治療や病気は無料で治すように言っておかないとな。領民の分際で領主から金を取るなんておかしいじゃないか!)
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(0) 自分の領地が出来たらどの政策から始めるかを考えるフィリップの耳に、ドアをノックする音が聞こえた。妄想を邪魔された不快感を抑えつつ、誰が来たかを考える。おそらく父か執事だろうと思うが、それにしては声をかけないことが妙だ。フィリップが逡巡していると、扉が勝手に開けられる。
(0)
(0) いくら教養がないからといって、部屋の主人に許可なく扉を開けることが無作法であることは知っている。憤りを感じるフィリップだったが、そこから現れた存在を見て呆然となった。
(0)
(0)「は?」
(0)「キャハ」
(0)
(0) それは怪人だった。
(0)
(0) 背丈はフィリップと大差ない。ボロボロの紳士服とシルクハット。顔は通常の人間より少し大きいほどだが、目玉は成人男性の拳ほど。口は三日月のように歪み、嘲りの表情を浮かべている。異常に青白い肌と強烈な腐敗臭がこの怪人がアンデッドであることを教えてくれた。
(0)
(0) 呆然とするフィリップを前にして、怪人は嘲るように不愉快な声で笑う。
(0)
(0)「キャハハ」
(0)
(0) このモンスターの名前は霧裂き魔 。アンデッドであるが、製作者はモモンガではなく、シルク・タングステンである。つまり、アンデッドでありながら星獣。レベルは四十相当。アダマンタイト級冒険者でも勝機が薄い強さだ。下手な兵士では逃げることさえ出来ない。
(0)
(0) 主な能力は、低位の転移魔法を阻害する『霧』の発生と、気配遮断能力だ。加えて、攻撃力や体力もレベル相応にある。ユグドラシルにおいても、レベルが低い段階で遭遇した場合は厄介なモンスターとされてきた。シルクのロック戦術においては非常に役立つモンスターの一体だ。
(0)
(0) 素材となったのは、シルクが名前も知らない冒険者だ。といっても、彼が殺したのではない。王都の共同墓地に葬られていた冒険者だ。王都に身寄りもなく、仲間も一緒に死んでしまったため、死体の有無を確認する者もいない。蒼の薔薇との交流で得た情報の副産物とも言える。
(0)
(0) この霧裂き魔 を生み出すことで、様々なことが明らかになった。このモンスターの素材となったのは武技が使える戦士である。そして、転生した後でも無事に武技が使えた。モモンガの作成したアンデッドは生前の能力や記憶を一切受け継げないため、大きな差がある。訓練している個体もあるが、武技が使えるようになったという報告は上がらない。
(0)
(0) 霧裂き魔 に与えられた命令は、指 定 さ れ て い な い 貴族を殺すことである。誰を殺してはならないかは、恐怖公の眷属によって教えられる。それがないということは、殺して良いということだ。
(0)
(0) 無論、そんな怪物の事情などフィリップの知るところではない。知ったところで意味はない。
(0)
(0) 怪物が目にも止まらぬ速さでフィリップの前に移動して、貫手を突き出す。その刃のように鋭い爪が、フィリップの腹部に深く突き刺さる。内臓が引き裂かれるという現実離れした激痛に、フィリップはようやくこのままでは自分が死ぬことを理解した。喉が壊れそうなほどの大きな悲鳴を上げるが、痛みは消えるはずがない。
(0)
(0)「――――!」
(0)
(0) 自分はこれから大貴族になるのだ。自分を見下してきた父や兄、執事、お得意の商人を見返すのだ。途轍もない美人を妻や妾にしたり、王国最高の財産を築くのだ。だから、自分が死ぬなんて有り得ないのだ。嘘なのだ。夢なのだ。早く目覚めなくてはいけない。
(0)
(0) フィリップはそんなことを考えながら絶命した。
(0)
(0) 一ヶ月前には、誰が生き残って良いかの選定は終わっている。無論、民衆までは手が回っていないため、貴族に限定されているが。その上で、命の王は最後のチャンスを与えた。
(0)
(0) この地獄から逃げ出せば殺す。留まるだけでも殺す。立ち向かうなら助けてやろう。
(0)
(0) しかし、そんな殊勝な貴族はほとんどいない。皆無ではないが、最初から裁定の対象ではない。第三者から見ても不自然ではないように物理的に除外してある。彼らにはこれから新国家の歯車になってもらわなければならないのだから。
(0)
(0)「キャハハハハハ!」
(0)
(0) アンデッドは不愉快な笑いを上げながら、爪を振るい、屋敷を破壊する。破壊が完了すると、次の貴族の屋敷へと向かう。ちなみに、怪人は王都の『南西』を基準に暴れている。炎の壁が出現した倉庫街、つまり冒険者達が向かった場所とは正反対なのだ。
(0)
(0) もうじきこの怪人のことが王城に伝えられ、王国戦士長を含めた戦士団の出撃が命じられる。怪人の貴族殺害こそが本当の目的だと判断されるからだ。正しくは、そう判断するように思考誘導されたのだが。冒険者を呼び出すには時間がたりず、炎の壁への対処も疎かにはできない。加えて、相手は単騎であるため、戦士長であれば大丈夫だろうと思われたため、異論は出なかった。
(0)
(0) だが、誰が思うだろうか。これこそが復讐の魔人が王城に侵入するための罠であると。