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(0) 美しい夢を見た。
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(0) 本当に美しい夢を見た。
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(0) ……これが現実でないことに、憤りを覚えた。
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(0) ああ、だから否定しなければならない。幻想ではなく現実にしなければならない。あの美しさを実現しなければならない。だから、彼らのことは忘れなければならない。あの光景に、お前達の居場所などないのだから。
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(0) そして、それを選んだのは他ならぬお前達自身だ。
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(0) お前達は、絶 対 に や っ て は な ら な い こ と を し た 。
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(0) 今度こそさようならだ、アインズ・ウール・ゴウン。お前達は三度も、『オレ』を裏切った。
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(0)
(0)■
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(0)
(0) 王都が忘れようもない悲劇に襲われてしばらく経過した頃。
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(0) 第二王子ザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフは現実逃避しそうになっていた。
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(0) 一部の能天気な貴族や国の事情など関係ないであろう浮浪者を除いて、国民の誰もが緊張感を漂わせていた。王子であるザナックですら、王城の自室くらいしか落ち着くこともできない。
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(0)「王子、お疲れのご様子ですな」
(0)「レエブン侯もな」
(0)
(0) 同室しているのは、六大貴族の一人、レエブン侯。ザナックが現在の王国最も信用している相手だ。末の妹の異常性に気付いたことがきっかけで手を組んだが、その妹は死んだ。遺体さえない。そして、その死と遺体の消失が、間違いなく王国の寿命を削り取った。
(0)
(0) ザナックが口にしたように、レエブン侯も疲労が目に見えていた。ザナック以外に人間がいないこともあるのだろうが、それでも弱味を見せようとする男ではないはずだ。それほどまでにザナックを信頼しているわけではない。彼にも強がりの余裕がないのだ。
(0)
(0)「例年の帝国との戦争は今年はないと思って良いのだな?」
(0)「ええ、それは間違いないかと。帝国が毎年のように戦争を仕掛けてきた理由は、兵を動かして王国を弱らせることと、不要な貴族に無駄金を使わせることです。後者はこれまでの戦争で十分果たしましたし、前者も王国の現状を考えれば無理にしなくても良いと考えるでしょう。向こうも、要らぬ出費は避けたいはずですから」
(0)「そうか」
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(0) せめてもの救いだな、と口にしかけて躊躇う。何が救いなものか。いっそ帝国に攻め落とされた方が楽ではないのだろうか。壊してもらった方が良いのではないだろうか。
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(0)(いや、そうなれば俺は処刑されるか。あの鮮血帝が相手では、草の根を分けてでも探し出されてしまうな)
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(0)「八本指……いや、今は名前が変わったのだったか。何と言ったかな」
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(0) 王国の闇社会を支配し、裏側から口を蝕んでいた巨大犯罪組織『八本指』。あの忌々しい悪魔事件の際に、八本指はその組織体制を大きく変えた。いや、全てを奪われたと言った方が良いだろう。
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(0)「『九本傷』。現在はそう名乗っているそうですよ」
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(0) 八本指には八つの部署があったために『八本指』だったそうだが、九本傷は現段階では不明である。八本指がそっくりそのまま再編成されているため、おおよその人員は同じはずだが、いくつかの部門が削除されたという報告があるのだ。
(0)
(0)「この九本傷を支配しているのは、あの魔王で間違いないでしょう。潜入した部下から、明らかな異形が構成員に指示を出している場面を目撃したという報告があります」
(0)「最悪のパターンだな」
(0)
(0) 悪魔騒動で弱った社会で、悪魔の支配する組織が力をつけている。これほどの最悪があるだろうか。それこそ、エ・ランテルを始めとした事件の数々はこのためだったのかもしれない。おそらく魔王はこの王国を支配する腹積もりなのだ。
(0)
(0)「いっそ、異形がいることを理由に法国に協力を仰ぐのはどうだ? 八本指だか九本傷だか知らないが、魔王が犯罪組織を支配している。これが公になれば、人間至上主義のあの国ならば動かないわけにはいかないだろう」
(0)「そうするしかないでしょうな。ヤルダバオトだけならば、アダマンタイト級冒険者でどうにかなるかもしれませんが、あれほどの怪物が組織を率いているとなれば……」
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(0) 九本傷は個の強さでは倒せない。まして、相手が知略に長けた相手であることはあの悪魔騒動で証明された。魔王ヤルダバオト、戦士長以上のアンデッド、仮面の怪人モンテ・クリスト。相手の最大戦力がこれだけならば良い。だが、あと一体でもこれらと同等か近い存在がいた場合、王国の戦力では詰む。
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(0)「悪魔事件といえば、あの化け物の死体は依然として行方不明か?」
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(0) ザナックとしては一番の懸念事項を確認しておく。だが、レエブン侯は顔の疲労を強くして首を振った。その目には心配のしすぎだという呆れも混じっていた。
(0)
(0)「王女のご遺体は下手人であるクライムともども不明でございます。おそらく見つかることはないでしょうな」
(0)「だといいのだが」
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(0) その時、ノックの音が響いた。レエブン侯が相手を確認して、王子の了承を取って、相手の入室を許可する。
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(0) 現れたのは、王国戦士団戦士長、周辺国家最強の戦士ことガゼフ・ストロノーフだった。彼の顔にもまた疲労の色が強く表れていた。
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(0) 彼がこの部屋に来たのは、ザナックが呼んだからだ。
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(0)「よく来てくれた、戦士長」
(0)「お呼びとあればすぐに」
(0)「改めて言っておくが……妹の件は気にしなくてよいのだ。お前に責任はない。父もそれは理解している。あの時のことは、何かの間違いだ」
(0)「わ、分かっておりますとも、殿下」
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(0) 相変わらず嘘も隠し事も苦手な男だ。だからこそ、その歓迎できない心情が見え透いていた。そう、忠義の男であるガゼフでさえ心が揺れてしまう事態が発生した。
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(0) それは、ラナーの遺体がクライムともども行方不明になったことを報告した時のことだった。あの時の父は何かおかしかった。いや、何もかもがおかしいのが王国の現状なのだが。
(0)
(0)『何をしている、この役立たずが!』
(0)
(0) あのような態度の父は見たことがなかった。言葉を向けられた戦士長だけではなく、ザナックやレエブン侯ですら己の目と耳を疑った。ラナーを溺愛していることを差し引いて考えても、あの王の激情は不 自 然 だった。
(0)
(0) 貴族達は、ラナーの遺体を奪還できなかったことで戦士長をどう罵倒してやろうか考えていたはずだ。王でも切れないことをしたのだから、ランポッサⅢ世は信頼する戦士長が自分達に好き勝手言われることを黙って見ているはずだと思っていたはずだ。
(0)
(0) だが、王は戦士長を庇うどころか怒りをそのままぶつけた。およそ誰も見たことがないであろう勢いで、ガゼフ・ストロノーフに罵詈雑言を浴びせた。それも貴族達のいる前でだ。
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(0) そして、貴族達は戦士長を庇うことを選択した。その方が王のダメージになるからだ。王自身、貴族達の言葉を受けて、自分が何を言ったのか理解したようだった。慌てて自分の言葉を撤回しようとしたが、時遅し。あの時を境に、王である父と戦士長に微妙な壁ができてしまったことはザナックの目にも明らかだった。
(0)
(0) いや、戦士長と王だけではない。王と貴族と戦士団と通常の兵士、これらの人間関係のバランスが変化した。顕著な部分もあれば、少しだけ傾いた部分もある。だが、間違いなく王国の綻びと成り得る変化だった。
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(0) これも全て仕組まれていたことなのだろう。クライムには戦士としての実力はあったが、それ以外には何もなかったと言っていい。あの日、戦士長が王城から離れていたことだけではなく、クライムにとって都合の良い『偶然』が重なっていた。クライムにそれができるとは思えない。唯一実行できるであろうラナーは死んでいる。ならば、一体誰の仕業なのか。
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(0)「戦士長を呼んだ用件は二つだ」
(0)「はっ! 何でございましょうか」
(0)「……兄の動向をどう思う?」
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(0) バルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフ。王位継承権一位。
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(0)「……お言葉の意味が理解できませんが」
(0)「戦士長も察しているだろう。最近の兄の行動は上 手 く い き す ぎ て い る 」
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(0) 最近、バルブロは治安維持と称して出兵を繰り返している。出兵と言っても、彼には子飼いの兵士などいない。義理の父であるボウロローブ侯から兵力を貸してもらっている。だが、その度に手柄を上げているのだ。最近であれば、九本傷の支部を大規模検挙したことだろう。重役もいた上人数も多かったが、妙に他の部署に関する情報が少なかった。九本傷と深く繋がっているのではないだろうか。そうであるならば、早めにその証拠をつき付けなければならない。具体的には、バルブロに王位継承が決定する前に。
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(0)「……実は以前、王子が奇妙なことを言われました」
(0)「奇妙なこと?」
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(0) ガゼフは少しだけ冷や汗を流す。
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(0)「ただ、『夢見が良い』と」
(0)「夢見、か」
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(0) 何だか嫌な予感がする。ただの夢だと切って捨てることは簡単だ。しかし、今回の王国を取り巻く諸問題には悪魔が絡んでいるのだ。その夢とやらが、悪魔が見せているものだとしたら? 考えすぎかもしれないが、不安を抱えてしまう。戦士長も同じだからこそ、ザナックに伝えたのだろう。
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(0) 我々はすでに手遅れなのかもしれない。そんな心の声を振り払う。
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(0)「もう兄の件はいい。では、もう一つの件についてだ。戦士長は件の魔法詠唱者シルク・タングステンと仲が良かったな?」
(0)「ええ。かの御仁とは酒を交わしたこともあります」
(0)「戦士長の他には蒼の薔薇の面々と交流があったとも聞く」
(0)「左様でございますが、それが?」
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(0) ザナックはやや気が進まなさそうにその考えを口にする。
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(0)「シルク・タングステン殿を正式に宮廷魔術師に迎えたい。名前を貸してもらえるだろうか?」
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(0)
(0)■
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(0) シルク・タングステンが某ワーカーと鬼ごっこを開始する少し前。バハルス帝国の皇城にて。
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(0)「あの化け物、本当に死んだんだろうな?」
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(0) 皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスは会議開始と同時にそんなことを呟いてしまった。
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(0)「……陛下、いくら何でも心配のし過ぎじゃないですかね?」
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(0) 四大騎士『雷光』バジウッドが嘆息混じりに言う。本来であれば皇帝に向けるような言葉遣いではないが、彼はその有能さ故に許されている。そんな彼をしても、珍しい種類の発言である。
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(0)「すまんな。自分でも分かってはいるんだが……」
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(0) 先日の王都悪魔襲撃事件。一連の怪事件騒動の一応の終止符。その結果が、魔王ヤルダバオト一動による黄金の姫君ラナーの死亡。
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(0) ジルクニフにとって、ラナーは嫌いな女性一位だった。二位は竜王国の女王である。
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(0) 王国から流れてくる彼女の政策は帝国にとっても有益なものだったため、彼女を積極的に殺そうと思うことはなかった。彼女を殺したい者はいくらでもいるはずだが、殺すことは容易ではなかったはずだ。だが、あっさり死んだ。ジルクニフには関わりのないところで、知らない悪魔の手によって。
(0)
(0) 誰もが嘆き悲しむ『黄金』の死が、鮮血帝には信じられなかった。ジルクニフがラナーの死に不審を抱いていることはこの会議に参加している者には既知のことだったが、それ以外の者は知らない。下手をすれば、皇帝の沽券に関わるからだ。
(0)
(0)「ラナー王女の死は多くの貴族が確認しています。そして、ラナー王女には復活魔法をかけられるほどの生命力はありません」
(0)「死体は盗まれたのだろう? 実はあの女の死体ではなかった、という可能性は?」
(0)「影武者というわけでございますか? それこそ有り得ないでしょう。王国はラナー王女にそこまで労力を割いていたとは思えません。なくはないでしょうが、可能性は低いかと」
(0)「王族継承権もない王女のために影武者を作り出すほど王国は賢くないでしょう。間違いなく、陛下がラナー王女を目にする機会はございません」
(0)「ああ、そのはずなんだが……。何だろうな、この胸騒ぎは」
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(0) ラナー王女は間違いなく死んだ。では、鮮血帝の心の波を起こしているのは彼女ではないのだろう。つまり、これから議題で話し合うべきことが関係している。
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(0)「陛下。それよりも、ヤルダバオトなる大悪魔について検討することが重要かと思われますぞ」
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(0) そう進言するのは、帝国の宮廷魔術師主席にして人類最高峰の魔法詠唱者、生きる伝説、フールーダ・パラダインだ。
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(0)「じいの言うとおりだな。すまない、死を信じられないほどに、私はあの女を嫌っていたらしい。それで、何が分かっているんだ? その何某という悪魔については。じいも知らんのだろう?」
(0)
(0) 王都襲撃事件の首魁、大悪魔ヤルダバオト。アダマンタイト級冒険者チームですら、撤退に追い込むのがやっとだったという。彼個人だけではなく、彼の部下も恐ろしい力を持っている。仮面の復讐鬼モンテ・クリストは王城を幻影の炎で焼いた。名も分からぬ謎のアンデッドは近接戦で王国戦士長と互角以上だった。そして、王都の倉庫街一帯を襲えるほどの悪魔の軍勢を従えている。
(0)
(0) もしこれらの軍勢が帝都を襲撃した場合、無事では済まないだろう。かの悪魔がフールーダよりも強いとは思わないが、数を従えているのは脅威だ。まして、フールーダがいない時を狙われでもしたら、最悪の事態は免れないだろう。
(0)
(0)「寡聞にして知りませぬな、ヤルダバオトなる悪魔のことは。申し訳ありません、陛下」
(0)「いや、良い。じいが知らぬのならば帝国でも知っている者は期待できないな。一応聞いておくが、お前達は?」
(0)
(0) ジルクニフは部屋の中にいた全員の顔を見渡すが、全員が首を力なく横に振るうだけだった。
(0)
(0)「まずは資料を集めるところから始めて、次に魔法で悪魔を召喚してみようと考えています」
(0)「そうか、頼んだぞ、じい。情報局も動かすが、どの程度役に立つか……法国ならば何か知っているか?」
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(0) 法国は周辺国家の中で歴史を持つ国であると同時に、人間至上主義の国であり、人類の外敵に成り得る存在の情報は常に収集し保管しているはずだ。
(0)
(0)「私の方から文書を送っても良いが、借りを作っているようで癪だな。帝国の神官を通じてどうにか楽に情報が手に入らないものか」
(0)「難しいかと。神殿は政治とは独立した組織ですので」
(0)「分かっている。逆に、あの国から王国へのアプローチは?」
(0)「現在のところは確認されていません」
(0)「全くか?」
(0)「はい、そのようですが」
(0)
(0) それを聞いて、ジルクニフは少し違和感を覚えた。魔王襲来のことを言い訳に王国に政治介入する手もあるはずだ。力を入れないならば理解できるが、全く手を加えていないとはどういうことだ。やはり法国はヤルダバオトについて何か知っているのだろうか。
(0)
(0)「王国でもヤルダバオトの正体は分かっていないようですね。情報を売ってくる彼が念入りに調べなかった可能性も高いですが」
(0)「情報料の吊り上げを狙って出し惜しみをしている、という気配はありません」
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(0) 王国の六大貴族の一人は帝国に情報を売っている。それが国の寿命を減らしているとも考えもせずに。もっとも、彼からの情報を見る限り、王国の屋台骨は限界のようだ。元々弱っていたところに、今回の悪魔襲撃事件だ。例の断続的な怪事件の被害もある。素晴らしい政策を考える黄金の王女も死んだ。国王と戦士長の関係にもひびが入ったとまで聞いている。帝国が何もしなくても、魔王が再来しなくても、その他の災害が発生しなくても、あと十年も耐えられない。
(0)
(0) 王国はすでに国家として終わった。何もかもが時間の問題だ。ならば帝国はできるだけ良い状態の時にできるだけ多くの土地を手に入れるだけである。できるならば今の内に政権を奪っておきたいところだが、他ならぬヤルダバオトの存在があるため、軍隊を大きく動かせない。いくら王国が弱っていたとしても、いくら帝国が強いと言っても、それなりの手順は必要なのだ。
(0)
(0)「ですが、悪魔襲撃の前にヤルダバオトのことを知っていたらしき人物が一人だけいたことが分かっています」
(0)「ほう? 誰だ?」
(0)「シルク・タングステンという魔術師だそうです」
(0)
(0) その名前を聞いて、数名の顔色が変わった。
(0)
(0)「それはあのシルク・タングステンか? ガゼフ・ストロノーフ率いる王国戦士団と協力してスレイン法国秘密工作部隊陽光聖典を撃破したという、あの二人組の片割れの?」
(0)「そのシルク・タングステンのようでございます」
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(0) ジルクニフからの確認が肯定されたことで、その場にいた全員の顔には様々な色が宿る。ある者は警戒心、ある者は困惑、ある者は恐怖だ。
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(0)「もしかして、ヤルダバオトの側なんでしょうか? 王都にいたのは、下準備のためとか」
(0)「いえ、むしろヤルダバオトを追ってきたのでは? それなりの期間滞在したようですし、待ち伏せをしていたのかも……」
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(0) そのどちらも有り得る。だが、ジルクニフとしては後者の方が可能性が高いと考えている。
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(0) 貴族がワーカーを雇って手に入れた情報はすでにジルクニフも目を通している。そこから浮かび上がる人物像と、悪魔の協力者というのは一致しない。いや、演技をしている可能性だってあるし、ワーカーからの情報に誤りがあるかもしれない。結局、彼の正体――出生やこの近隣国家に来訪した目的が不明である点が大きいのだ。
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(0) ジルクニフが思考を巡らせていると、別の秘書官が慌てた様子で手を上げる。
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(0)「陛下、その件で至急お知らせしたいことが」
(0)
(0) ジルクニフが先を促すと、秘書官はやや緊張した面持ちで告げた。
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(0)「実は、そのシルク・タングステンという魔術師、帝都に向かっているようです。おそらく今日あたりにでも到着するのではないかと」
(0)「……ほう?」
(0)「弟子なのか恋人なのか不明ですが、女性が一人同行しているようです。それから、王都とはローブの色を変えているようですね」
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(0) 問題は彼とどのように接触するかという話になる。
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(0)「タングステンは我が国の騎士に偽装した法国の工作員を殺害しています。事情聴取という名目で拘束しますか?」
(0)「しかし、それだと心証がよくないのではないか? 定住地を持たない者が大人しく国の言うことを聞くとも思えない」
(0)「だが、相手は魔法詠唱者。いくら土地のことを知らぬ旅人でも、フールーダ殿の名前は知っているはず。存在をチラつかせれば大人しく従うでしょう」
(0)「甘い!」
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(0) 突然大声を出したのは、フールーダ・パラダインだ。声には明確な苛立ちが込められていた。
(0)
(0)「甘すぎるぞ。かの魔法詠唱者は王都でも活躍したと聞く。あの『陽光』相手に立ち回れるアンデッドを支配していることを忘れたか。使用する位階が下でも、かの御仁が私よりも戦闘に特化している可能性は十分に有り得る。アンデッド以上の切り札を持っていることも考えられるのだ。万が一、その力を都市で振るわれたらどうするつもりだ。相手の実力が未知であることを忘れると痛い目を見るぞ!」
(0)
(0) 妙に興奮しているフールーダを見て、怪訝に思うジルクニフだったが、あることを思い出す。
(0)
(0) フールーダは現在ある伝説級のアンデッドの支配に苦戦している。シルク・タングステンがアンデッド使いであるがゆえに、彼からヒントを貰えることを期待しているのだろう。旅人である模様だし、彼がフールーダの知らない知識を持っている可能性は十分に有り得る。フールーダからしてみれば、極力友好的に接したい相手なのだろう。少なくとも、彼の持つ知識を見極めるまでは。
(0)
(0) おそらくワーカーからの情報に何か感じるものがあったのだ。ジルクニフは『珍しい英雄譚を知っている』という点から、彼がこの周辺国家の出身ではないと推測したが、それ以外にはあまり興味深い情報はなかった。だが、魔法詠唱者であるフールーダの視点は違うのだろう。あれだけの情報から、彼の力をある程度見抜いたのかもしれない。
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(0)「失礼しました」
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(0) 臣下の謝罪に対して、フールーダは手を上げることで受け入れる。
(0)
(0)「じいの言う通りだ。相手の正体が何であれ、現状では私は彼を帝国に組み入れたいと思っている。アインズ・ウール・ゴウンなる戦士もな。あちらが帝国を、そして私を好意的に見てくれなければ困る」
(0)「では、陛下。どのように接触しますか? 王都では商人に雇われていたようですが、相手は正体不明の旅人。コネクションも何もございませんが」
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(0) ジルクニフは笑みを浮かべ、指示を出す。
(0)
(0)「じいのおかげで妙案を思いついた。『重爆』を呼んでこい」
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(0)
(0)■
(0)
(0)
(0) シルク・タングステンが帝国に足を踏み入れる少し前。
(0)
(0) スレイン法国の神都にある神殿に、一人の男が足を踏み入れる。ただの神殿ではない。一部の者にしか存在を明かされていない特別な神殿だ。それだけで、男が一般の人間ではないことが証明されている。
(0)
(0) 人ごみに紛れれば分からなくなってしまいそうなほど特徴のない男だ。感情を一切感じさせない瞳と、頬を走る一つの傷を除いては。
(0)
(0) 男の名はニグン・グリッド・ルーイン。陽光聖典隊長。
(0)
(0) 半年ほど前、彼は死んだ。王国戦士長ガゼフ・ストロノーフの刃によって斬り倒された。だが、彼は生きている。正確には、生き返ったというべきか。
(0)
(0) 目を閉じれば脳裏に甦るのは、アーラ・アラフと瓜二つの少女。月光の如き純白の妖精。ニグンがアーラ・アラフを含める六大神の次に信仰を捧げるべき存在。
(0)
(0) やがて、ニグンは神殿の最奥にある部屋へ到着する。そこには、土の神官長レイモン・ザーグ・ローラサンがいた。四十代半ばで、神官長の中では最も若い。かつては十五年以上も漆黒聖典として戦い続けた、護国の英雄である。
(0)
(0) ニグンの入室に反応しないレイモンは部屋の最奥にて、神に祈るように跪いていた。そんな彼の前には、人の顔のような物が描かれた箱が置いてある。ニグンもまた同じようにその箱の前で跪く。
(0)
(0)『よくぞ来てくれた、ニグン・グリッド・ルーインよ』
(0)
(0) 奇怪な箱から聞こえてきたのは、およそ人間から発せられたとは思えないほどに美しい声だった。当然だろう。この声の主は人間ではない。ニグンを復活させたかの妖精だ。
(0)
(0) と言っても、本人がこの場にいるわけではない。遠方からでも会話が可能なマジックアイテムを使用しているのだ。これまでの法国にはないアイテムだ。理屈は伝言 と同じようだが、魔法妨害をすり抜けることができる。
(0)
(0) あの日、復活させられたニグンは、妖精からある程度のアイテムを受け取り、法国に帰還した。ニグンが法国の神殿に到着したのは、竜王国に破滅の竜王らしきドラゴンが出現したことが伝わった少し後だった。もしもニグンの帰還がもう少し遅ければ、漆黒聖典が出撃してしまっただろう。
(0)
(0) だが、ニグンの帰還に伴い、妖精から伝えられた言葉により、漆黒聖典の出撃および最秘宝の使用は中止になった。
(0)
(0) 曰く、『あのドラゴンは漆黒聖典と最秘宝を誘き寄せるための罠である。あのドラゴンが人類側に大きな被害を出すことはない。無視すべき、通りすがりの災害だ』。
(0)
(0) 法国はその言葉を――信じることにした。
(0)
(0) 法国としても賭けだった。万が一の事態には備えていた。だが、竜王国を捨てるに等しい行為だった。それでも、信じる価値のある言葉だったのだ。
(0)
(0) そして、それは正解だった。あのドラゴンは竜王国の国境線から動くことはなかった。それどころか、かのドラゴンが生み出した樹海は最強の防壁となった。
(0)
(0) 大樹の竜王に関する噂の情報操作も、王都にいた諜報員の撤収も、悪魔事件への不干渉も、すべて純白の妖精からの指示である。
(0)
(0) 彼女からもたらされた情報は法国にとって重いものばかりだった。意図的に隠されている情報も多いとは理解できたが、それを差し引いてもプレイヤーの存在が知れたことは有り難かった。おかけで、取るべき対応の選択肢がかなり少なくなったのだから。
(0)
(0) ニグンに渡されたアイテムの存在も大きい。この奇妙な箱だけではない。復活魔法が込められた杖、探知魔法を妨害する外套、鍛錬の効果を倍増させる剣などだ。
(0)
(0)『早速だが、おそらくこの会話が最後の通信となる』
(0)
(0) 一瞬だけ、ニグンとレイモンの身体が震える。その言葉の意味を理解したからだ。
(0)
(0)『あの愚兄と埴輪がそろそろ気付くはずだからな。できれば、愚兄に全ての罪を被ってもらいたいところだが、如何せん最終目的が違うものでな。食い違いを利用するのはこれが限界だ』
(0)
(0) どうやら彼女はプレイヤーサイドにとっては異端の存在らしい。人類を守るために知恵を貸してくれるというのに、それはあちら側にとっては裏切りに等しい行為だと言う。そこには打算的で利己的な感情などない。
(0)
(0) プレイヤー側が人類の敵となることに危機感を募らせる一方で、そんな中でも彼女という協力者の存在は有り難かった。もしも彼女がいなかった場合、人類にはどれだけの被害が出ただろうか。法国が犠牲になるだけでは済まなかったかもしれない。
(0)
(0)『お父さんは帝国にいる。まあ、何か難しい作戦のためとかではなくて、ただの観光だ。護衛は一人。漆黒の隊員よりも強いが、頭は堅いからな。引き離すことは容易なはずだ。その際に接触してくれ。うちの方では事情があって人員が向かうことはない。以上だ』
(0)
(0) 彼女の言う『お父さん』とは、彼女の創造主のことだ。彼女はかの御方の従属神。これまで接触を禁止してきたことを考えれば、いよいよ最終段階ということなのだろう。
(0)
(0)『あの出会いは最悪だった』
(0)
(0) 陽光聖典による戦士長暗殺未遂のことを言っているのだろう。確かに、何も知らない第三者、それも異世界より来訪した神々からしてみれば、あれは残虐な殺戮にしか映らないだろう。そして、そこから生まれた法国への負のイメージの払拭は難しい。――来訪した神が、六大神と旧知の仲であれば話は別だが。
(0)
(0)『だが、お父さんならば必ず理解してくれる。お前達のやったことは非道ではあっても、正義はあったのだと。心はあったのだと。納得はしてくれないだろうが、その罪を一緒に背負ってくれる』
(0)
(0) せめて、あの作戦の発動が一ヶ月遅ければ違った結末になっただろう。これほど遠回しな事態にはならなかったかもしれない。だが、最悪の事態は避けられたのだ。
(0)
(0)『人間は弱い。人間は愚かだ。人間は醜い。人間は汚い。だが、そんな人間だからこそ愛おしい。だからこそ、六大神はお前達を救った。救わずにはいられなかった。滅びを見過ごすことができなかった。そして、それは私のお父さんも同じだ』
(0)
(0) スルシャーナが大罪人『八欲王』によって追放されてから五百年。ようやく法国は、人類は、新しい守護者を手に入れようとしていた。かの御方が法国にとって理想的な人格をしているとは限らない。最高執行機関の中には、新しい神を迎え入れることを六大神への裏切りではないかと言う者もいる。だが、この機を逃せば、次は何百年待てば良いのか分からない。
(0)
(0)『そして、許してほしい。六百年続くお前達の想いに、これ以上協力できないことを……貴方達を誰一人として救えていない無力な私を、どうか許してください』
(0)
(0) 謝罪の必要などない。救えていないなどとんでもない。むしろ感謝を伝えなければならないのは此方のほうだ。だが、レイモンやニグンが口を開くより先に彼女は一方的に想いを伝えてくる。
(0)
(0)『さらばだ、いと素晴らしき人の子らよ。私は、お父さん は愛している。お前達を、お前達が守ると誓っている全てを』
(0)
(0) 通信はそこで切れた。
(0)
(0)「陽光聖典隊長ニグン・グリッド・ルーイン。聞いての通りだ。新たな命令を下す」
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(0) ニグンはレイモンの心中に渦巻く感情を看破する。権力者であるがゆえに感情の制御が達者であるはずの彼をして、隠し切れない感情が溢れている。緊張、恐怖、警戒、そして歓喜と興奮だ。
(0)
(0)「これより漆黒聖典に同行し――次代の神をこの法国にお連れしろ」
(0)
(0)
(0)■
(0)
(0)
(0) ナザリック地下大墳墓において最も多くの『不要』が廃棄された領域『廃館』。その奥にて、あまりにも美しい歌声が響き渡る。場違いと言えばあまりにも場違いだが、相応しいと言えばあまりにも相応しい。ここには、彼女以外誰もいないのだから。
(0)
(0)「らーらららー。ららららー」
(0)
(0) ゴーレムの群れに囲まれて、ゴミの山に横たわり、白い妖精は歌う。
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(0)「あー、早くおとん帰ってけえへんかなぁ。う ち 、おとんに抱き締めてほしいなー。……演技も疲れるな。まあ、私 を偽るのももう終わりだ」
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(0) 無垢と邪悪が同居した笑顔を浮かべながら、少女は父を想う。
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(0)「精々役に立つがいい、アインズ・ウール・ゴウン。お前達と決別することで、お父さん は神になる。そうすれば、お父さん は――」
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(0) 『あの人』みたいに笑って死ねる。