魔法少女まどか☆マギカ×Fate (くまー)
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まどマギ×Fate プロローグ

以前にpixiv様に投稿した作品が原案。
妄想と好奇心で書きました。
終わり方は考えているので、そこに辿り着けるように頑張ります。


 宝石の輝き。

 幾重もの世界。

 連なる因果。

 一つの道筋。

 

 

 

 ――――その日、少女は運命に出会う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――見滝原市。

 近年の著しい開発故に大規模な工場や高層ビルが乱立する、日本の地方都市の一つ。

 最先端技術が数多く導入されており、公共機関のみならず一般家庭にもタッチパネルによる操作などが普及している。

 例を挙げるならば、市内の学校施設に電子黒板や床収納式机などが導入されているほど。

 

 鹿目まどかは、そんな都市に住んでいる、どこにでもいる普通の少女である。

 

 見滝原中学に通う中学2年生。誕生日は10月3日。家族構成は母、父、弟の四人家族。

 仲の良い友人と学校に行き、真面目に授業を受け、友人と談笑しながら帰宅し、夜は家族との団欒を楽しむ。

 特別な何かが起こるわけでもない、平和な日常。どこまでも普通の――かけがえのない『普通』の日常を彼女は送っている。

 

 だがそんなまどかにとって、今日と言う日はいつもと違う日であった。

 

 不思議な夢を見て。

 その夢に出てきた少女が転校生としてクラスに編入して。

 少女を保健室に連れていく際に、何故か問いかけと忠告を受けて。

 でもその言葉が不思議と頭に残ったまま、今も離れない。

 それは放課後になって、友人の付き合いでCDショップに来た今も続いている。

 

「ハァ……」

 

 目の前でCDを選んでいる友人――美樹さやか――に気が付かれぬ様に、そっと溜息を零す。

 一応今日の転校生――暁美ほむら――との会話はさやかに話している。が、話した程度で胸中のモヤモヤが解決するはずもなく、今もまだ振り払えずに一人悩んでいる。

 

「ハァ……」

 

 だから、もう一度小さく溜息。友人から三歩ほど後ろに立って、胸中に巣くう憂いを霧散させるように、そっと吐き出す。

 

 ――――今とは違う自分になろうだなんて、絶対に思わないことね。さもなければ、全てを失うことになる。

 

 何を暁美ほむらは意図していたのか。そして何を自分に伝えたかったのか。

 受けた忠告は抽象的で、明確な例を提示されたわけではない。だが不思議と無視をする気にもなれない。

 だからまどかは悩む。

 夢と、少女と、忠告の。

 不思議な一連の意味について、悩む。

 

『助けて!』

 

 声が聞こえたのは、悩みに溜息を吐き終えた、その次の瞬間だった。

 声に反応して慌てて周囲を見渡す。だが視界に映るのは買い物客に溢れたいつものCDショップであり、どこにも助けを求めているような人は見えない。

 現に目の前でCDを模索している友人は、今の声に気がついていないらしい。

 ――――聞き間違い……かな?

 ここにあるのはいつもの光景。友人も声には気がついていない。

 ならば自分の気のせいと言う結論に至るのは当然だろう。

 声の残響を振り払うように首を振って、 

 

『助けて! まどか!』

 

 ……今度は、聞き間違いではない。なにせ、名前付きだ。

 そして気が付いた時には、弾かれるようにまどかの身体は動いていた。

 

 

 

 ――――鹿目まどかは優しい子だ。

 不可解な状況にも限らず、助けを呼ぶ声が聞こえたと言う理由で、声の主を探そうとする。

 普通の人間なら、まず気味悪がって関わらない事を決めるだろう。

 或いは、自分の幻聴だとして無視するだろう。

 だが鹿目まどかは、そうはしない。

 

 

 

 友人に一言かけるよりも早く、まどかは声に導かれるままに走り出した。

 頭に直接響く、助けを求める声。それを彼女は真摯に受け止め、助けるために走る。

 そうして気が付けば。普段ならば絶対入り込まないような場所にまで来て、

 

「どこにいるの……」

 

 非常用の扉を開ける。

 目の前は、光の届かぬ暗闇。

 一瞬その暗闇に怯むが、自身を振るい立たせて声を上げる。

 先ほどまで聞こえていた声は止んでしまった。

 だがきっと、ここに声の主がいると。

 その直感に従って、一歩を踏み出す。

 

 

 

「わおっ!」

 

 

 

 だがまどかの声に反応したのは、全く別の声だった。

 

「マジかっ! 本当にすっごい素質のある美少女発見! ええい、クソじじいの言う通りに行動して正解ですよっ!」

 

 それは唐突だった。唐突に声と共に上から降りてきた。暗闇を切り裂くように、まどかの眼前に降り立った。

 五芒星を象った金色のヘッド。

 ふわふわ動く六枚の羽根。

 そして赤色の細い胴体。

 

「いやー、人の言う事は時には素直に聞くものですねぇ。何の意図があってここに放り投げられたのかは不明ですが、とりあえずは許しちゃいましょう!」

 

 そう。それは幻でも夢でもなく――――

 

「おおっと、じじいの事なんかどうでもいいっ!」

 

 そう。それは紛れもなく――――

 

「初めまして、私の名前はマジカルルビー!」

 

 そう。それは間違いようもなく――――

 

「どうです、私と契約して魔法少女になってみませんかっ! てかなりましょう! 今すぐなりましょう!」

「……す」

 

 そう。それは見間違えでも聞き違えでもなく――――

 

「す?」

 

 そう。それはどう見ても現実であって――――

 

 

 

「ステッキが喋ってる――――!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ええと……つまり……ルビーは自分と契約してくれる女の子を探している……って事?」

「厳密に言えば違いますけど、大体はその通りですねー」

「……今更信じないわけじゃないけどさ、正直超びっくり。何このファンタジー」

 

 夜も更ける午後八時。

 所変わって、見滝原市内にあるマンションの一室。

 より正確に言うならば、美樹さやかの自室に二人と一本はいた。

 ベッドにまどかが、椅子にさやかが腰かけ、その二人の間にルビーは浮いている。

 

「さやかさん、人生不思議な事なんて幾らでも起こり得るんですよ?」

「現在進行形で更新されまくってるよ……」

「そ、そうだね……」

「あはー☆」

 

 茶化すようなルビーの言葉と、心底疲れたと言いたげなさやかの溜息。

 異なる二人――正確には一人と一本――の様子を見ながら、まどかも静かに息を吐き出した。さやかほど表に出さないだけで、まどかだって彼女と同等に――――いや、それ以上に疲れてはいるのだ。

 

 何せまどかにとって、今日と言う日はいつもと全く違う非日常であった。

 

 ルビーと出会って。

 魔法少女の勧誘をされて。

 そしたら天井が崩落して。

 白い生物が落ちてきて。

 暁美ほむらも一緒に落ちてきて。

 その姿を見たルビーが興奮して。

 ほむらが呆気に取られて。

 自身も呆気に取られていたらさやかが来て。

 でもさやかもルビーを見て固まって。

 よく分からないまま三人で固まり続けて。

 でもルビーは興奮しっぱなしで。

 そしたら景色が一変して。

 化け物が現れて。

 ほむらが戦って。

 逃げるように言われて。

 でも動けなくて。

 そしたらさやかが手を引いてくれて。

 二人で逃げ出して。

 ルビーが何故か浮遊しながらついてきて。

 でも逃げた先でも化け物に襲われて。

 今度は巴マミと名乗る人が助けてくれて。

 またルビーが興奮して。

 それはもうすごく興奮して。

 とりあえずルビーを黙らせて。

 そしたらほむらが追い付いて。

 でも2人へ気を回す余裕は無くて。

 ルビーを抱えたままお礼だけ言って。

 逃げるようにCDショップを出て。 

 それでもってさやかの家に避難して。

 今に至る。

 ルビーが現れてから黙らせるまでに限れば、時間にして10~20分程度なのだから、まどかたちが味わった非日常の濃密さは推して知るべしというやつである。これで疲れるなというのが無理な話だ。

 

「てかさー……ええと……転校生といい巴マミさん?といい、アレって何なのよ」

「うーん、残念ながら私も分からないんですよねー。魔法少女であることは確かのようですが、体系が別種なので、詳しいところは不明なままです」

「……そもそもさっきから当たり前のようにアンタが言っている、魔法少女って言葉からして理解不能なんだけど」

「おおっと、これはルビーちゃんうっかり。でも安心して下さい、実演も交えてしっかり教えてあげますよー」

「……ごめん、悪い予感がするから実演は勘弁。言葉でお願いします」

 

 そんなまどかを放って置いて、やたらとテンションが上がりっぱなしのルビー。そして律儀に相手をしているさやかは、状況に頭が追い付かないまま、正直グロッキー寸前である。ノックアウト寸前である。

 

「ええと……ルビー?」

「はい、何でしょうかまどかさん? ……あ、もしかして契約したくなっちゃいました? 魔法少女になりたくなっちゃいました?」

「……いや、正直その通販番組並みのテンションでロクに説明もせずに勧めるってどーなのよ」

「何を言いますかさやかさん。こ・れ・か・ら説明をするところですー」

「……あっそ」

 

 今度こそ完全にさやかは沈黙した。力なく息を吐き出した。

 まどかは思った。あんな死にそうな目をした友人は、直近のテストの時以来だと。

 慌てて後を引き継ぐ。

 

「そ、それで、魔法少女って何?」

「よくぞ聞いてくれました!」

 

 食い気味にこちらを向くルビー。

 引き継いでから後悔する。

 せめて明日以降にすれば良かったかも、と。

 これって絶対話についていけなくなるパターンだ、と。

 そしてその予感は、紛れもない現実となる。

 

「いいですか、魔法少女とは――――」

 

 ずいっ、と。一気に距離を詰めてくるルビーに対し、何故だか楽しそうに笑っていそうな表情を、まどかは幻視した。ステッキなのに。無機物な筈なのに。

 ヘッドについている六枚の羽根が、パタパタと忙しなく動いている。

 金色の五芒星が、困り顔のまどかを映した。

 

 

 

 夜が、更ける。

 

 

 

 

 




 おまけ


「ほ、ほむらちゃん……っ!」
「……っ、数が多い……行きなさい、まどか」
「そんな……でも、それじゃあ……っ」
「いくよ、まどかっ! 私たちがここに居ても邪魔になるだけ……っ」
「さ、さやかちゃん?」
「……行きなさい」
「……っ、ごめん、転校生」



「あ、待ってよ! まどかっ! 僕も――――」
「……アンタは死んどきなさい」

 ――――パンッ




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まどマギ×Fate 1

本小説の舞台は、TV版のまどマギです。念のため。


 チャイムが授業の終わりを告げる。

 号令を終え、俄かに騒がしくなる教室。

 折しも授業は四限目が終わったところ。つまりは、昼休みの時間帯である。

 仲の良い者同士で食事を始める者、購買に昼ご飯を買いに行く者、隣のクラスに向かう者……

 生徒それぞれが行動をする中、暁美ほむらは静かに席を立った。

 今日の彼女は昼食を持ってきていない。つまりは買いに行かなくてはならないのだ。

 持ってくる事を忘れると言う自分の迂闊さを呪いつつ、人の流れに乗る様にして彼女は廊下に出ようとして、

 

「転校生、ちょっと待って」

 

 手を掴まれる。

 若干驚きつつ、しかし顔には一切出さずにほむらは振り向いた。

 

「……何の用かしら」

 

 声の主が誰であるかは聞いた時から分かっている。ついでに言えば、ここまで軽々と人のパーソナルスペースに入ってこれる人物は、彼女の特殊な事情を以てしても一人くらいしか思い浮かばない。

 事実、予想通りの人物がほむらの目の前にはいた。

 

「昨日の事も含めてね、色々と話したいことがあるんだよね」

 

 同世代よりも高めの身長。短めに切り揃えられた水色の髪。金色の髪留め。

 そして眼。何故か半眼で、うっすらと隈が見える、その眼。寝不足なのが良く分かる不健康な眼だ。

 くいっ、と。声の主は、親指を上へと向けた。

 

「屋上。ちょっとツラ貸しなよ」

「……さやかちゃん、その言い方は違うと思うなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■ まどマギ×Fate ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ダメだ、眠い。まどか、助けて」

「大丈夫。眠いのは私も同じ。頑張って」

「……」

 

 屋上に設置されたベンチに座ると、さやかは力尽きたようにまどかにもたれかかる。そんな親友を適当にあしらいながら、まどかは口を開いた。

 

「いきなりでごめんね、ほむらちゃん。その……昨日の事でお礼を言いたくて……」

「そうそう、そうだよ。昨日はありがとう、転校生――じゃなくて、あー、暁美、さん?」

「……気にする必要はないわ。あれは――――」

「いやいやいや、そういう訳にはいかないって。本当に昨日は助けてくれてありがとう、暁美さん」

 

 深々と頭を下げて、さやかはお礼の言葉を言った。昨日助けてくれた事に対しての礼である。あの訳の分からない空間と化け物から逃がしてくれた事に対する礼である。

 さやかに追随するように、まどかも深く頭を下げた。立っているほむらの足の爪先しか見えぬような、座ったままの最敬礼。

 

「ありがとう、ほむらちゃん。本当に、ありがとう」

「本当はさ、昨日の内に言っておきたかったんだけど……さ……」

「ちょっとね、ルビーがね……」

「うん……ちょっと、不都合が……って、暁美さん? どうしたのさ?」

 

 苦笑いを浮かべつつ顔を上げた2人が見たのは、ほむらの呆気にとられたような顔だった。目を開き、口を半開きにした、驚きの顔。ハトが豆鉄砲を喰らったような――――と言う表現がよく似合う顔だった。

 さやかの指摘で我に返ったのか。

 ほむらは自身のロングヘアーをかき上げた。

 

「礼には及ばないわ、私は当然の事をしたまで」

「いや、遅いし。無駄だし」

 

 反射的だった。意図するよりも早く、口が動いていた。

 言葉を発してから、マズッた、とさやかは思った。さやかを見るほむらの眼光が、人を呪い殺さんばかりに眇められたからだった。

 けれども同じくらい、仕方が無い、とも思った。寧ろあのあからさまにツッコんで下さいと言わんばかりの態度を見せられて、逆にツッコまない人が居たら見てみたいと思った。

 要は不可抗力なのだ。

 本当に致し方が無いのだ。

 そして出してしまった言葉は戻らないのだ。

 

「美樹さやか、本当に貴女って人は――――っ……いえ、いいわ。……ええ、何でもない」

 

 だがほむらは。最初こそ激昂するような表情を見せるも、すぐに元に戻った。元に戻した。

 そしてスイッチを切り替えるように。また髪をかき上げると、そこに居たのは外面だけなら最初の印象通りの暁美ほむらだった。美人で、クールで、ミステリアスで、仏頂面の暁美ほむらだった。

 

「あ、さやかでいいよ。私もアンタの事はほむらって呼ぶし」

 

 だがさやかは空気を読まない。勿論、あえて読まない。

 ひらひらと掌を振って。何でもない事の様に、ほむらに下の名前で呼ぶことを許した。

 

「そもそもまどかとだけ下の名前で呼び合って、私は仲間外れって気に喰わない。ね、まどか?」

「うん。私もさやかちゃんと同意見かな。ね、ほむらちゃん?」

 

 2対1。この場には3人しかいないのだから、多数決を取れば解決しない議題は無い。

 一瞬。本当に一瞬だけ、ほむらはまた呆気にとられたように目を開き、

 

「……それもそうね、まどか。『さやか』、これでいいかしら」

 

 2人の意見に同調するように、下の名前で――若干さやかを強調するように――ほむらは呼んだ。

 ……何故に言い出しっぺのさやかではなく、まどかの顔を立てるような発言にしたのか。勿論、その意味が分からぬ程さやかは愚鈍ではない。つまりは今のほむらの発言は、先ほどのさやかのツッコミへの意趣返しのようなものだ。

 ――――なんだ、意外と分かりやすいじゃん。

 クールで、ミステリアスで、仏頂面でも、人間であることには変わり無い。

 噂の転校生の意外な一面に、さやかの中でちょっとした悪戯心が芽生えた。

 ニンマリと、心の中で笑みを浮かべる。

 

「オッケーだよ、『ほむら』。うん、仲良くできて私は嬉しいなー」

「……」

「ところでさー、さっきは何に驚いてたのさ? もしかしてだけどぉー、私たちの後ろにぃー、空飛ぶステッキが見えたりぃー、とか?」

 

 ――――まぁ、そんなわけはないんだけどね。うん。

 空飛ぶステッキ――つまりは、マジカルルビー――は、今現在さやかの部屋のベッドの下に隠れている。浮いて喋って勧誘するという非常識の塊みたいな存在を、他の人に見せるわけにはいかないからだ。

 つまりは、この発言は。あくまでもほむらを揶揄う以外に意味は無く、

 

 

 

「あはー☆ よく気がつきましたね、さやかさん」

 

 

 

 後ろから聞こえた、その声に。

 息が止まるかと、さやかは思った。

 冗談ではなく、本当に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「る、る、るるルビー!? なな、何でいるの!?」

「え? 何でって……それはあれですよ、あれ。(私を差し置いてあの白いのと)まどかさんたちが(契約をしないか)心配になったからですよー」

「白いの? 契約? 心配? ……いやいやいや、家で大人しくしててって言ったよね!? 分かったって言ったよね!?」

「さやかさん、違いますよ。正しくは、『ヤバい、遅刻するっ! まどか、起きてっ! 行くよっ! ルビーは誰にも見つからないように隠れていて! ベッドの下とか! 絶対だよっ!』ですよ?」

「意味は同じでしょうがっ!」

「違いますー、『大人しくしている』のと、『誰にも見つからないようにする』のでは意味が違いますー」

「アホかっ、アンタみたいに浮いて喋るステッキが見つかったら――――」

「それについては問題ありません。ステッキの部分を消して、風を纏って光を屈折されば、誰にも見えないステルスモードの完成ですから」

「え、じゃあ、大丈夫……なのかな……?」

「……いや待って、まどか! 納得しないで!?」

 

 先ほどまで雰囲気はどこへ。たった一本のステッキの存在が、あっという間に場を支配する。

 さやかは混乱の極みにある親友を元に戻そうと、必死にその肩を掴んで揺さぶる。ガックンガックン。まどかの首が前後に激しく揺れる。

 

「……ごめんね、さやかちゃん……私、もうダメかも」

「待ってよ、まどか! 一人にしないで! 無理だから、無理なんだからっ!」

 

 2人は思い出していた。今朝の朝方まで続いたルビーの講義を。

 疲労と混乱でグロッキー気味だった2人は、正直昨夜のルビーの話を十分の一も理解していない。理解していないが、延々とハイテンション&ノンストップで流され続けた魔法少女の話――尤も、後半は製作者への愚痴――のせいで、休むにも休めなかった。

 漸く解放されたのは何時だったか。正確な時間は覚えていないが、外が明るかったから、朝方であることは間違いない。寝れたのは正味1時間も無いのではないか。幾ら元気いっぱいの中学生とは言え、2人の体力値は朝からレッドゾーンに突入していた。

 加えて、公共の場にまさかのルビー再登場。

 まどかに至っては、混乱故か目が虚ろになっている。

 

「さやかさん、そんな事よりお昼休みは大丈夫なんですか? (教室に貼ってあった)時間割ではお昼休みは50分くらいですね?」

「え、あ、ヤバっ、時間……って、ちょっと待った。ルビー、今アンタ何て言った?」

「お昼休みですか?」

「いや、その前、その前。聞き捨てならない言葉があったような気がするんだけど……」

「(教室に貼ってあった)時間割の事ですか?」

「それよっ! 教室って何!? いつから居たのよアンタ!?」

「朝からですね。お二人に付いていきましたので」

 

 今度こそ完全にさやかは言葉を失った。何でもない事のように言い切られた事もあるが、それ以上に今の状況に頭が付いていけなくなったからだ。

 非常識にも程がある。それがさやかがどうにか絞り出した唯一の思考であった。

 

 

 

 ――――パンッ

「おうっ!?」

 

 

 

 思考停止気味のまどかとさやか。

 完全に収拾が付かなくなってきた場を沈めたのは、一発の乾いた音だった。

 音と共に、浮いていたルビーが、弾かれたように吹き飛ぶ。

 

「……え?」

 

 最初に現実に戻ってきたのはまどかだった。音は彼女の後ろから聞こえた。

 軽くて、そして乾いた印象を受ける、短い音。

 音自体は聞き慣れないが、つい昨日に聞いたばかりの音でもあった。

 

「……ほむら……ちゃん?」

 

 ギリギリ、と。さび付いたブリキの人形のような鈍重さで、まどかは後ろへと顔を向けた。自身の後ろにいるはずの、暁美ほむらへと視線を向けた。

 

 果たしてそこに。暁美ほむらはいた。

 

 だが彼女は、見滝原の制服姿ではなくなっていた。数秒前までは身に纏っていたはずの制服は消えていた。今や紫を基調とした、舞台の衣装のような恰好をしていた。

 そして何より。彼女の手には見慣れない黒色の塊があった。日常に不似合いな、彼女自身の手で鉄の塊が構えられていた。

 まどかの嗅覚が、火薬に似た臭いを感知する。

 

「ほ……ほむ、ら?」

 

 まどかに遅れる形で、さやかも現実に戻る。まどかと同じようにほむらを見る。そしてまどかと同じく、状況が呑み込めずに目を白黒させる。

 

「……」

 

 ほむらは何も言わなかった。代わりに、油断なく鉄の塊――小型の銃――を構えたまま、一歩だけ前に進んだ。

 ――――ベレッタM92F

 世界中に浸透し、法執行機関や軍隊で幅広く使用されている自動拳銃である。

 

「……昨日もいたわね。初めて見るけど、貴女もインキュベーターと同じ存在なのかしら」

「インキュベーター? 何ですか、その可愛くない名前。私にはルビーちゃんっていう、ちゃんとした名前がありますー」

「……そう、銃は効かないのね。……ここじゃ手詰まり、ね」

 

 物理法則に逆らった動きをしながら抗議をするルビーと、冷静一辺倒のほむら。

 嚙み合っていない会話を挟みつつ、ほむらは一人納得をすると、左腕に装着している楯の中に銃を閉まった。

 

「……貴女の目的は、何?」

「え? それは……あれですね。私と契約して魔法少女になってもらい、(私にとっての)悪と戦ってもらう事ですね!」

「……」

 

 ここまで互いの空気に温度差がある会話を、今後聞くことはきっとあるまい。

 一歩引いた立場で1人と1本の会話を聞いていたまどかとさやかは、全くの同時に同じことを思った。ぶっちゃけ同じ空間に居たくないと思えるような温度差だった。思わず互いに抱きしめ合うくらいの温度差だった。

 見えない重圧に、意識が飛びそうになる。

 

「……まぁ、いいわ」

 

 だが暫しのにらみ合いの後、先に動いたのはほむらの方だった。

 紫色の光が彼女を包むと、瞬きの後には先ほどの――見滝原中学の制服の――姿に戻っていた。

 髪をかき上げ、何も無かったかのように、ルビーを素通りする。

 そして真っすぐに出口へと向かい、

 

「――――2人とも、魔法少女になろうなんて思わない事ね」

 

 去り際に。ただ一言。

 2人へ振り返って、忠告めいた言葉を残し。

 昼休みの終了を告げるチャイムと共に、ほむらは屋上から姿を消した。

 

 

 

 




 おまけ



 ぐぎゅー。

「美樹さん? ちゃんとお昼ご飯は食べましたか?」
「あ、あははー……すいません、先生。その、ちょっと、忙しくて……」

 くー。

「あら、まどかさんもですか?」
「う、うん。ちょっと忙しくて……」
「ちゃんと食べないと後に響きますわ。……飴でよろしければ、どうぞ」
「あ、ありがとう仁美ちゃん。その、ごめんね」

 くー……ぐっ、ぎゅっ……ぐー……

「!?」
「!?」
「!?」
「あらー、暁美さんもですか?」




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まどマギ×Fate 2

自分はどっちも行けますが、どちらかと言われるとこし餡派です。

次の話は番外編を予定しております。


 まどかたちが彼女を見つけたのは偶然だった。

 昼休みの終わり。急いで教室へ戻ろうと駆けた途中。

 ガラス張りの壁を隔てた向こう側に、その人物は居た。

 鮮やかな金色の髪の毛。

 同世代にしては珍しい縦ロールの髪形。

 発育の良い(どこがとは言わないが、ルビー曰く『アレは人類の至宝』)体型。

 見かけたのは一瞬だったが、見間違えようはない。

 

「巴マミさん? ええ、知っているわ。三年生の子よね」

 

 先生に訊くことで、この学園の生徒である裏付けも取った。

 美人で、成績優秀で、スポーツ万能で、且つそのことを鼻に掛けない、まさに完璧超人。

 先生方の中では結構有名な人物であるらしい。

 

「いやー、年上の金髪縦ロールにあの身体。何も言う事は無い。申し分ないですね、本当に」

「ルビー。ちょっと静かにしてほしいかな」

『いやー、年上の金髪縦ロールにあの身体。何も言う事は無い。申し分ないですね、本当に』

「……直接脳内に言えば綺麗に言い直しても良いって話じゃ無いと思うんだよね、うん」

『まどかさんもさやかさんも私と同じように出来ますよ?』

「え、マジ? ……聞こえる、2人とも?』

『……本当だ。ルビーの言う通り、さやかちゃんの声が聞こえる』

 

 休み時間の合間。

 そんな際どいやり取りを挟みつつ。

 

『……てかこのテレパシーっての? いつの間に出来るようになったのさ?』

『それはですねー、お二人が寝ている間に(お二人の唾液で)パスを繋げたからですねー』

『またいつの間に……って、ちょっと待った。ルビー、アンタ今何て言った』

『それはですねー、お二人が寝ている間に(お二人の唾液で)パスを繋げたからですねー、と言いました』

「……は?」

『簡易的にでもパスを繋げるには、自分の情報を他人に与えなきゃいけないんですよー』

「え……え?」

『あ、でも安心して下さい。お二人のファーストキスまでは奪っていないので』

「ちょっ、え、ええぇぇえええええええっ!?」

「……美樹さん。ちょっと、廊下に出ましょうか」

「あ、いや、せ、先生……違うんです! これは、その、あの……っ」

「美樹さん、廊下」

 

 

 

 時間は放課後に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■ まどマギ×Fate ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 巴マミが彼女を見つけたのは偶然だった。

 放課後の校舎。担任に頼まれた雑用を済ませた帰り。

 報告の為に出向いた職員室の前に、その人物は居た。

 柔らかな桃色の髪の毛。

 その髪の色にマッチした赤いリボン。

 自分とは違う、中学生らしい小柄な体躯。

 あの日見かけたのは一瞬だったが、見間違えようはない。

 

「あの子は、確か……」

 

 昨日助けた女の子の一人。そしてステッキを握りしめていた子だ。残念ながら名前は聞けなかったが、あのステッキのおかげでよく覚えている。

 ……そう、よく覚えている。

 何故か興奮していたステッキを。

 何故か自律行動しているステッキを。

 何故か人の様に喋ることが出来るステッキを。

 ……ああ、そうとも。よく覚えている。

 

「……あの子も魔法少女なのかしら?」

 

 一目見ただけではただの学生にしか見えなかったが、あのステッキが固有の武装なら話は違ってくる。

 マミの相棒は、あの場にいた少女たちとはまだ魔法少女の契約をしていないと言っていた。だがあのステッキは少なくとも魔法少女の存在を知っていた。ならば、あの子も魔法少女ではない、と決めつけるのは早計だ。

 ……尤も。仮に魔法少女だったとしても、敵を前にして腰を抜かしてしまう辺り、まだ成りたての新米のようではあるが。

 

「……あ、急がないと」

 

 暫し思考に耽っていたマミだが、下校を告げるチャイムの音で、本来の自分の目的を思い出す。

 雑用は終わった。ならば報告をしなければならない。それが終わって、雑用は晴れて終わりを迎えるのだ。

 

「あ……」

 

 向こうもこちらに気が付いたのだろう。驚いたように目を開いたところから察するに、昨日の事は覚えているらしい。

 

「……昨日の子、で良いかしら?」

「は、はいっ! 私、鹿目まどかっていいます」

「鹿目さんね。昨日も言ったけど、巴マミよ。よろしくね」

「よろしくお願いしますっ。それと、昨日の事なんですけど……」

「ちょっと待ってね。私、先生に報告しなくちゃいけない事があるの。それが終わってからで良い?」

「はいっ、勿論です。……あ、でも、ごめんなさい。友達が、その、まだ用事が終わっていないので、少し待ってもらっても良いですか?」

「ええ、構わないわ」

 

 友達と言うのは、おそらくは昨日一緒に居たもう一人の子だろう。快活そうな水色の髪の子をマミは思い浮かべる。

 

「ちなみにその友達は何処に?」

「ええと、そのですね……職員室にいます」

 

 それはそうだ、とマミは納得した。でなければわざわざ職員室の前で待っているわけがない。

 

「それと……今日は先生の機嫌が悪いので、少し時間が掛かっています」

 

 続いて紡がれた言葉を、マミは理解できなかった。

 

「もう30分以上経っているので、多分反省文を書かされているんだと思います」

「ん、うん?」

「ルビーが……タイミングが悪くなければなぁ……」

 

 後半は独り言だ。マミの反応なんて考慮していない。

 それでもマミは察した。何かが彼女と、その友達の身にあったのだと。

 そしてその何かとは、自分も関わる事になると。

 何故かは分からぬが。そう、マミは、察した――――いや、確信した。

 そしてその確信は、疲れ果てた表情で出てきた青髪の子と、何処からか聞こえる無駄に明るい声によって、現実のものになる。

 

「……ごめん、まどか、お待たせ……」

「お疲れ様、さやかちゃん」

「いやー、絞られましたねぇ。さやかさん、今後はもう少し注意をした方が良いかと」

「誰のせいで……っ」

「あはー☆」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ、上がって。一人暮らしだから遠慮することはないわ。ろくなおもてなしの準備もないんだけどね」

「お邪魔します……」

「うーん、年上ポジションのみならず、まさかの一人暮らしと言うシチュエーションまで備えているとは……何て恐ろしい……っ」

「ルビー……アンタって奴は……」

 

 場所は変わって、巴マミ宅。

 無事に合流できた3人と1本は、昨日の件について公共の場で話すのはマズイという考えから、都合よく一人暮らしをしているマミの家で話をすることになったのだ。

 後ろから聞こえるルビーの声を無視して、マミは台所へと向かった。

 

「飲み物は紅茶で良いかしら? 他は……牛乳しかないわね」

「……牛乳。マミさんの牛乳……」

「ルビー、ちょっと黙ろう」

「マミさん、私たちは紅茶で大丈夫ですっ!」

「分かったわ、ちょっと待っててね」

 

 ルビーの声が聞こえぬ様に、まどかは大声でマミに返答をした。未だかつてないほどに2人の頭はフル回転で働いている。無論ルビーへの牽制の為である。

 

「ルビー、頼むから余計な事言わないでよ」

「失礼ですねーさやかさん。私が何時、何処で、どんな余計な事言ったというのですか?」

「……ルビー、お願い、黙って」

 

 心労と言う言葉には馴染みが無いが、きっと今の疲労感はそれがもたらしたものだろう。

 ルビーの考えなど分からないが、昨日から振り回されっぱなしのまどかとさやかからすれば、ルビーの言葉一つ一つに警戒をするのは当然の事と言えた。

 ――――マミさんにまで、同じ目には遭わせない。

 言葉に出さずとも2人は同じ考えを持っていた。同じ時間を共有していた2人だからこその思考だった。

 ほむらとは異なりマミはルビーの存在を受け入れているようだが、いつ拒絶されるかもわからない。命の恩人に余計な心労を与えるのは本意ではないのだ。

 

「お待たせ」

 

 暫くしてマミが戻ってくる。手に持つお盆にはティーポットとカップが4つ。

 

「一応ルビーさんの分も持ってきたけど、貴女は飲めるのかしら?」

「お気持ちは嬉しいですけど、残念ながら食事できないんですよねー」

「そう、残念ね」

 

 まどかとさやかの前にカップが置かれ、ポットから透き通るような濃い紅色の液体が注がれる。

 

「ダージリンよ。こっちにあるのは、右から順にミルクと砂糖とレモンと蜂蜜。好きに入れていいから」

「は、はい。ありがとうございます」

「うーん、本格的ですねぇ」

 

 紅茶の香りが鼻孔をくすぐる。市販の紅茶では嗅ぐことはできない。芳しい香りとは、まさにこの事を言うのだろう。

 ちょっとした感動を覚えながら、2人はあっという間に飲み干してしまう。

 

「……美味しい」

「そう? それは良かった」

 

 思わず零れたその言葉に、マミは嬉しそうは頷いた。

 そして空になったカップにおかわりを注ぐ。

 

「おかわりは幾らでもあるから遠慮しないで。……でももうすぐ夕食の時間だろうし、飲み過ぎは勧めないけどね」

 

 柔らかく微笑むその姿を見て。

 大人の風格だ、と2人は思った。同じことを自分たちの両親にも感じたことはあったが、まさか年齢の一つしか違わない先輩に感じるとは思わなかった。何というか、心を掴まれた感じだった。

 理想を体現したような先輩。

 そんな表現がぴったりだ。

 

「さて……それじゃあ本題に入りましょうか」

 

 まどかたちの反対側に座ると、マミは雰囲気を一変させた。先ほどまでの優し気な雰囲気は健在だが、どこか重々しい表情を浮かべている。

 自然と2人は背を正した。

 その様子にマミは少しだけ微笑みを零して、懐に手を入れる。

 取り出したのは、黄色い宝石。

 

「改めて自己紹介をするわね」

 

 

 

「私の名前は巴マミ。――――見滝原市に住む、魔法少女よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――つまり、何でも一つ願いを叶えられる代わりに魔法少女になって」

「魔女と戦い続ける、って事ですか?」

「簡潔に言えばそうなるわね」

 

 マミの話が終わるころには、既に外は夜の帳で覆われていた。

 小休止を得るように、マミはすっかり冷えた紅茶を口に含んだ。

 

「魔女は普通の人たちには感知できない。だからキュゥべぇに選ばれた魔法少女が倒すしかないの」

「戦い、続けるんですよね?」

「そうね。でも、納得はしているわ」

「命がけ、なんですよね?」

「ええ、命がけよ。想像しているよりもずっと、ね」

 

 マミによって語られた内容は、2人にとっては想像以上のものだった。

 魔女の存在。終わりの無い戦い。たった一つだけ許される奇跡。

 日曜日の朝に放送されているような、子供向けのファンシーな魔法少女……を思い浮かべていたわけではないが、それでも思考と現実に大きな差があったことは否めない。

 ――――仕方のない事ね。

 黙りこくる2人を見て、マミは気づかれぬ様に息を吐き出す。本当ならこんな重々しい話はしたくなかったが、2人がキュゥべぇに選ばれている以上はちゃんと魔法少女の存在について説明をする必要はある。魔法少女になってから、やっぱり私には無理でした辞めさせて下さい、なんてわけにはいかないのだから。2人がどんな選択をするにしても、後悔だけはしてほしくないから。

 

『二度と他人のために魔法を使ったりしない。この力は全て自分のためだけに使い切る』

 

 少しだけ、昔を思い出す。

 嘗て共に戦った仲間の事を。

 時計の音だけが、耳に響く。

 

 

 

「一つ……いや、二つ質問良いでしょうか?」

 

 

 

 そんな重苦しい沈黙を破ったのは、意外にもルビーだった。

 

「一つ目。マミさんの説明で魔法少女の使命については分かりました。が、何故に魔法少女が魔女と戦わなければならないのでしょうか?」

「ルビー、聞いていた? 魔法少女が戦わないと、魔女による被害が出てしまうって――――」

「いえ、さやかさん。それは使命であって理由ではありません。……別の言い方をしましょう。何故魔法少女は命がけで、魔女とだけ戦い続けなければならないのでしょうか?」

 

 魔女とだけ。その強調された言葉の意味を、まどかとさやかは察せない。

 が、魔法少女であるマミは正しく理解した。

 

「質問の回答だけど……それはね、魔女を退治することによって見返りを得ることが出来るの。詳しく説明すると長くなっちゃうけど……そうね、これを見て」

 

 マミは先ほどから取り出した黄色い宝石を、まどかたちに見えるように持ち上げた。

 

「これはソウルジェム。私たちが魔法少女になる際に必要な宝石よ」

 

 綺麗、とまどかは思った。室内の光を反射しているのか、鮮やかな黄色い輝きが煌いている。

 

「でもこれは、使いすぎると黒く濁ってしまう。そうなると魔法少女は十全に力を発揮できなくなってしまうの」

「え、それってマズいんじゃ……」

「そうよ。でもその濁りを消す方法が一つだけあるの。それが――――」

「魔女を倒すことで得られる見返り、ですか」

「――――察しが良いのね。その通りよ」

 

 カラン、と。音を立てて黒い球状の装飾品がテーブルの上に置かれる。

 

「これはグリーフシード。ソウルジェムの濁りを消すアイテムよ」

「これが見返りなんですね」

「そうよ。魔法少女として活動するには、魔女を倒し続けるしかないの」

「……ちなみにですが、もしもグリーフシードを使わずにソウルジェムが濁り切ってしまった場合には、どのような事が起こるのでしょうか?」

「……ごめんなさい。残念ながらそこまでは分からないわ」

「そうですか……」

 

 ふむ、と。考え込むようにルビーは身体を折り曲げた。羽で自らの五芒星を撫でながら思考する。

 

「では二つ目ですが……キュゥべぇさんと今お話しできますか?」

「キュゥべぇ? えーと……ちょっと待ってね……」

「……」

「……ごめんなさい、今はダメみたい」

「ダメみたい、と言うのは?」

「私たち魔法少女はテレパシーが使えるの。キュゥべぇとも出来るんだけど、今は届かない場所に居るみたい」

「彼が居そうな場所とかは分かりますか?」

「残念ながらそれも分からないわ。魔法少女の才能を持つ子を探しているみたいだから、決まった場所に居る事は少ないの」

「そうですか……」

「私で良かったら答えるけど?」

「いえ……これ以上は遅くなるので、今日のところは大丈夫です」

 

 ルビーの言葉で、初めてまどかたちは時間が午後八時を回ったことに気が付く。もう立派な夜の時間帯。と言うかいつもなら夕食を終える時間帯だ。

 ヤバい、とまどかとさやかは思った。2人とも家に一切の連絡をしていないからだ。

 

「わ、わわっ! ご、ごめんなさい、マミさん。私たち、帰りますねっ!」

「や、ヤバいっ、お話はまた明日でも良いですか!? ちょっと今日は家に帰らないとマズいのでっ!」

 

 慌ただしく帰りの支度を2人は始める。まどかもさやかも、まだ中学二年生の少女である。夜遅くまで出歩くことは出来ない。

 ましてやまどかは昨日さやかの家に泊まったばかり。もう少し詳しい話を聞きたいが、流石に2日続けての外泊は厳しいものがある。

 

「ごめんなさい、マミさん。紅茶、ごちそうさまでしたっ!」

「マミさんっ! また明日、続きをよろしくお願いしますっ!」

「――――ええ、また明日ね」

 

 

 




 おまけ

 放課後、職員室。

「いいですか、美樹さん。学生の本分は勉強です。色々と疲れる事はあるでしょうし、悩みもあるでしょうが、それを理由に本分を疎かにするのは間違っていると言わざるを得ません。授業中に寝てしまった挙句、夢に起こされるようであれば、相談くらいして下さい。抱え込んでいては解決するものも解決しません」
「はい……ごめんなさい」
「そもそも恋愛なんて麻疹のようなものです。大人になれば甘酸っぱい思い出で済むものです。当たって砕けろぐらいの勢いで、悩むより動くべきですよ」
「は、はぁ……」
「尤も、相手がシュークリームを食べる際に皿の有無で文句を言う人だったり、目玉焼きにかけるもので文句を言うような人ならば話は別です。そんな人とは後々苦労することになるのですから、スパッと別れた方が美樹さんのためです」
「……」
「大体ですね――――」

(……悩みって、恋愛じゃないんだよなぁ)
『いやー、気持ちは分からなくもないですが高望みしすぎですねぇ。時には妥協する事も必要でしょうに』
『る、ルビー!?』
『はぁい、御呼ばれ頂きましたルビーちゃんですよー。それにしても中々に濃い先生ですねー』
『いやいやいや、何でアンタは此処居るのよ!? まどかと居るんじゃ無いの!?』
『まどかさんですか? いえ、こっちの方が面白そうなんでついてきちゃいました☆』
『ついてきたじゃないわよっ、今はマズイってのに――――』

「――――てことです。……美樹さん、聞いていますか?」
「あ、え、ええと…………は、はい! 勿論ですっ! 先生が正しいですっ!」
「……美樹さん。お団子はこし餡と粒餡、どっちが良いかと聞いたのですが」


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まどマギ×Fate 3

その頃のあの人たちは、的な。

或いは未来の被害者たち、とも言う。


 宝石の導き。

 観測される世界。

 因果の糸。

 連なる道筋。

 

 

 

 ――――その日、青年は運命に巻き込まれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■ まどマギ×Fate ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――風見野市。

 隣町の見滝原市に追随するように、開発が進められている日本の地方都市の一つ。

 とは言え見滝原市のように最先端技術がつぎ込まれているわけではなく、郊外には本来の長閑な市の景観を残している。

 特筆するところの少ない、どこにでもある地方都市の一つ。

 どこにでもある地方都市の、一つ。

 

 青年はそんな都市に訪れた、一般的に言うならば学生である。

 

 イギリスの倫敦に住む学生。高校卒業後に渡英。恋人でもあり師匠でもあり相棒でもある人物と共に勉学に励んでいる。

 一緒に学び舎に向かい、真面目に授業を受け、知り合いの屋敷にて使用人として働き、夜は恋人と食事を楽しむ。

 時々爆発したり崩壊したり弾丸が飛んできたり文句を言われたりするけれど、基本は平和な日常。普通の――青年にとっては『普通』の日常を送っている。

 

 だがそんな青年にとって、昨日と言う日はいつもと違う日であった。

 

 夕食の準備をしていて。

 その準備中に恋人の師匠――つまりは師匠の師匠――が訪れて。

 何故か無理難題級の依頼を投げ渡され。

 着の身着のままのロクな用意をする間もなく帰省することになって。

 予め取っていたという飛行機のチケットのおかげで、翌日には機上の人になっていた。

 依頼を受けてから出国するまでに掛かった時間は約半日程度。師匠の師匠と言う関係性から断るという選択肢が元々存在しなかったとはいえ、学び舎にもバイト先にも恋人にすらも手が回っていたことを考えると、言葉にし難い遣る瀬無さが青年の胸中を覆う。

 

「ハァ……」

 

 日本について、特急電車に乗って、幾つか在来線を乗り継いで。

 青年を乗せた電車が目的の駅に着いたのは、日付が変わるまであと一時間を切った頃だった。

 既に外は夜の帳で覆われている。意外と時間が掛かったなぁ、と疲れ切った頭でそんな事を青年は考えた。そしてこれからもっと疲れる事になるんだよなぁ、と諦めを含んだ溜息を吐き出した。

 これから起こるであろう疲れる事態に思いを飛ばして疲れる。

 疲れの自給自足とは難儀な男としか言いようが無い。

 

「ハァ……」

 

 もう一度小さく溜息。外見の年齢に似合わぬ哀愁を帯びた背中は、それだけ濃密な人生を過ごしてきた証か。或いは苦労人としての性か。

 だが青年はピシャリと自らの頬を叩くと、先ほどまでの複雑な心境を無理矢理に霧散させた。

 

 ――――ごめんね。でも、任せるしかないみたい……

 

 昨日――時差があるから一昨日か――の夕食の席。遣る瀬無さを覚えていたのは青年だけではない。

 何を意図して弟子の弟子でしかない青年にだけ依頼をしたのか。そしてそもそも何故依頼主が自ら動かないのか。

 疑問に思うところは多々あるが、今更それを訊く術は無い。知るには依頼を完遂するしかないのだ。

 ――――上等だ。やってやろうじゃないか。

 サクッと依頼を終わらせ、イギリスに戻る。そして恋人であり師匠であり相棒の心配なんて無用であった事を証明する。

 それが青年の――恋人であり弟子であり相棒の――役割である。

 そうと決まれば悩んでいる暇などない。

 

「……ん?」

 

 青年の嗅覚が不可思議な臭いを捉えたのは、悩みに一区切りをつけたその矢先だった。

 獣臭さと鉄臭さが混じった、とてもではないが良いとは言い難い臭い。臭いの元を探りながら周囲を見渡すが、視界に映るのは人工の灯りに照らされた駅の構内。だが青年の勘と経験はその光景を只の光景とは見ていなかった。

 臭いの強い方へと足を進める。それは駅を出てすぐそばの路地裏から臭った。

 ――――近いな。

 ここにあるのは何の異常も無いどこにでもある街並み。周囲の人々も異常に気が付いた様子はない。

 だが青年は気のせいと言う結論を出さなかった。

 漂う臭いに誘われるように路地裏へ足を踏み入れ、

 

「ここ、だな」

 

 路地裏の奥。不自然に暗いビルとビルの間のスペース。

 眼は何の変哲もない光景を映す。だが青年の嗅覚と経験と勘は、異常を捉えていた。

 

 

 

 ――――そしてそれは如何なる技術か。

 青年がさらに一歩深く足を踏み入れた瞬間。世界が変貌する。

 真っすぐな裏路地が円形のスペースへと様変わりする。

 周囲には障子のようなものが無数浮いており、円形のスペースとその先とを区切っている。

 夜の暗さが解消されており、光源こそ不明だが今いる場所の全貌を把握するのに不都合はない。

 それはまるで、異世界に迷い込んだと言っても差し支えないような唐突な変化。

 だがそんな変化など、目の前の異常に比べれば可愛いものだ。

 

 

 

 青年は旅行鞄を抱え直すと、大きく気合を入れる様に息を吐き出した。そして前に視線を向ける。

 青年の視線の先――つまりはスペースの中心には、言葉にし難い生き物が佇んでいた。

 骸骨のような頭。襤褸切れのような髪。頭部から直接足が一本だけ生えている奇怪な姿。そして青年の倍以上はあるだろう背丈。頭蓋骨こそ人の形を模しているが、どう贔屓目に見ても人間には見えない。

 そして何よりも。ソレから溢れ出る敵意が雄弁に青年とソレとが相容れない事を示している

 

「悪霊や魍魎の類か」

 

 青年はソレに近しい存在を知っている。ソレに近しい存在と対峙したこともある。

 一つ違うところがあるとすれば、ソレは今までに見た奴らとは段違いに強力な事。つまりは今までの相手と同じ考えで挑めば、返り討ちに遭うということだ。

 逃げ場は無し。

 相手は此方を捉えている。

 説得は不可能。

 ……ならば相手が強かろうと倒すしかあるまい。

 

「――――」

 

 旅行鞄を地面に置くと、無手のまま青年は一歩を踏み出した。気負いも何もない、自然すぎる一歩。

 だが如何なる手品か。一歩を踏み終えた時には青年の両手には双剣が握られていた。刀身が黒と白の夫婦剣。まるで最初から握られていたかのように、青年は疑問に思うことなく構えた。

 

「……もしかしてだけど……ルビーの奴が絡んでいるとか無いよなぁ、これ」

 

 

 

 尚。青年は知らぬことだが。

 今しがた青年が入り込んだのは魔女の結界。

 そして青年が対峙しているのは主である魔女。

 青年が口にした心配事とは、本来であれば無縁の存在である。

 

 

 

 ――――青年の名前は衛宮士郎。

 イギリスの倫敦に住む魔術使いである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カレイドステッキが逃げ出した。

 すまんが捕まえてくれ。

 場所はこの辺りだ。多分。

 では、よろしく頼むぞ。

 

 ……何故自分が、という顔をしているな。

 理由は三つだ。

 一つ目は、アレの重要度を知っている者。言うまでも無かろう。

 二つ目が、宝石の系譜である事。これについても言うまでも無かろう。

 そいて三つめが――まぁ、これが最大の理由なのだが……君が適任なのだ。

 

 そう、他の誰でも無い君で無ければいけないのだよ。

 時計塔のロード共でも無く。

 経験豊かな執行者でも無く。

 有望な魔術師でも無く。

 

 ロード・エルメロイⅡ世でも無く。

 バゼット・フラガ・マクレミッツでも無く。

 ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトでも無く。

 或いは、君の師である遠坂凛でも無く。

 

 衛宮士郎。

 君でなければいけないのだ。

 

 では、頼んだぞ。

 朗報を期待している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 対峙はほんの一瞬だった。

 そして決着も。

 

 

 

 士郎が別の――第三者の気配に気が付いたのは、目の前の敵に向かって双剣を投擲したその瞬間だった。

 巧妙だった。完璧なまでに隠されていた気配は、士郎の攻撃に合わせる様にして表舞台へと出てきた。直接向けられていた訳でない士郎だからこそ寸でのところで気付けたのであって、きっと相手は最期まで気が付かなかったに違いない。

 

 そう、最期まで。

 

 投擲した双剣を防ぐように、相手が地中から触手を繰り出す。

 それが相手の行った行為の全て。

 相手が行使できた行動の全て。

 なにせ次の瞬間には。相手は頭上から降ってきた巨大な槍に、その頭部を切り裂かれたのだから。

 ――――何が起きた!?

 士郎は咄嗟にバックステップで槍から距離を取った。状況が分からぬまま呆然としているのは悪手であり死に急ぐことと同義であるからだ。

 

「アンタ、ラッキーだな」

 

 そんな士郎の胸中を知ってか知らずか。絶妙のタイミングで声を掛けられる。

 声の方へ視線を向けようと――するよりも早く眼前に人影が降り立つ。

 見上げた先には燃えるような紅い長髪を黒いリボンで纏めた少女が居た。

 

「一応お礼は言っとくよ。アンタのおかげで労せずして仕留められたからな」

 

 身長は目算で大凡160cm。腰まで届くであろう長い紅髪をポニーテールに纏めている。外見年齢は中学生くらいだろうか。まだ幼さが残る顔立ちではあるが、所謂美少女と言っても過言ではない。上機嫌である事が分かるくらいに顔を綻ばせており、その口から覗く八重歯が印象的である。

 

「……君は?」

「ん? どーだって良いだろ、んな事はさ」

 

 少女は士郎に興味はないらしい。おざなりな態度がその証明である。

 だが士郎からすればそんな訳にはいかない。

 この状況に疑問を持っていない事。

 あの化け物を一撃で葬る戦闘能力。

 そして何よりもその身から溢れ出る尋常ではない量の魔力。

 慣れ。戦闘能力。魔力。そして依頼。

 脳裏に過るは単語の足し算と引き算。

 出てきた答えは一本のステッキ。

 

「ちょっと待ってくれ。訊きたいことがあるんだ」

 

 想像が当たってほしいとも思うし当たってほしくないとも思う。こんな微妙な気持ちは初めである。

 立てた決意は何処へ。発した言葉は震えていたし、何故か冷汗のようなものが背を這う。脳裏を過った一本の影のせいで、キリキリと胃が痛みを訴えているような気がした。

 

「アタシには無いね」

 

 一方で。そんな士郎の事など歯牙にもかけず。

 取り付く島もない、とはこの事か。士郎の言葉を適当に聞き流して少女は槍の柄を掴む。応じる様に巨大な槍が少女の身体に合わせたサイズへと縮んだ。

 

「暫くしたら結界も消える。そしたらさっさと帰って寝ちまいな」

「……それは忘れろって事か」

「その通りさ。察しが良いじゃないか」

 

 士郎に目を向けることなく、少女は化け物の躯を漁っている。それは彼女の中で士郎の存在が全くと言ってもいいほど気にされていない事の証明でもあった。

 だが士郎とて少女に言われたことを鵜吞みにして黙って従う訳にもいかない。依頼解決の糸口をみすみす逃す程楽天家ではないのだ。

 

「いや、待ってくれ。そう言われても――――っ」

 

 だが言葉は最後まで紡げなかった。

 なにせ士郎が声を上げた瞬間。声に反応して少女が煩わしそうに士郎へと目を向けた瞬間。

 ソレは、動いた。

 

「っ!?」

 

 倒れ伏していた骸骨が動きを再開する。動きは至ってシンプル。真っ二つに割れた筈の身体をくっつけようと再生を始めたのだ。

 当然その中心にいる少女からすれば堪ったものではない。

 

「くっそ、コイツ……」

 

 少女は反射的に槍を突き刺すことで挟まれることは回避するが、身動きが取れない事には変わりない。

 油断をした。その一つの事実に胸中で舌打ちをする。

 だが原因を思い返す余裕は少女には無い。

 再生を遅らせる事で精いっぱいだからだ。

 

「この……っ」

 

 魔力を全開にして少女は抗おうとする。だが槍に込め切る前に、赤い液体が身体を飲み込んだ。

 ――――ヤバい。

 過程も理解もすっ飛ばしてそう少女は思った。この状況が自分に取って喜ばしくないであろうことを本能的に理解したのだ。

 その証拠に身体の自由が利かなくなる。急速な圧迫感が全身を締め付ける。本能と経験が嫌な未来を脳裏に映した。

 

 

 

「――――停止解凍、全投影連続層写」

 

 

 

 躯が飛ぶ。液体が飛ぶ。破片になって飛んでいく。周囲が削られて飛んでいく。

 目まぐるしく変わる状況。だが自身の身体が自由になった事を察すると、咄嗟に少女は自身の槍に魔力を込めた。そして一回転。

 赤い光を纏った大槍が周囲に残っていた残骸を力任せに吹き飛ばす。

 そう、残骸を。

 

「……チッ」

 

 くるりと。右手の手の甲で槍を回して柄の先を床に突き立てる。周囲には化け物の残骸が散らばり、そのグロテスクな躯の間を縫うようにして幾つかの刀剣が突き刺さっている。

 少女は酷く不愉快であった。周囲の状況に、では無い。自分が結果的には助けられたという現実。一般人であるはずの存在に助けられた事実。そして何よりも。死にぞこないに一杯食わされたことと、それを許した自身の油断と慢心に。言いようの無い不快感を覚えていた。 

 

「……クソッ」

 

 悪態を零し、自らの胸元に手を置く。

 ――――それは如何なる技術か。

 少女の身体を赤光が包んだかと思うと、一瞬の間に様相が変貌していた。

 濃い赤色をした神父服風の衣装が薄青色のパーカーに。

 上着に合わせていた薄赤色のスカートは黒色の短パンへ。

 そして背丈を超えるような大槍が消え、代わりに少女の手には炎の様に輝く宝石が。

 お伽噺の中の恰好から現代風の衣装へと変わる――いや、戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 骸骨の頭をした不気味な化け物が倒れたことで、周囲の景色が絆されていく。

 一呼吸の合間にあの不可思議で不気味な空間は消え去り、元いたビルの路地裏へと戻る。

 ただ一つ異なるのは、士郎の目の前には少女がいる事。燃えるような紅い髪をした少女がいる事。

 少女は何かを拾い上げると、士郎に向けて投げ渡した。

 

「っ、……宝石……いや、違うか」

 

 宝石については善し悪しが分かる程度には見慣れている。

 大きさは士郎の掌にすっぽり隠れる程度。丸形の黒色の中心部を守る様に桜の花を模した装飾が施されており、持ち手らしき上部は簪の形に、反対に下部は針状になっているだけのシンプルな造りだ。

 が、一目見てわかる。この物体が高度な技術を以って造られたものであると。

 だがそれ以上に士郎には気になる事があった。

 

「……魔力?」

 

 じんわりと。滲み出る様に。

 士郎の掌は装飾品から出ている魔力を感知している。

 ……まず間違いなくこれはただの装飾品ではあるまい。

 自然に発生したものでは無い。造形と言い魔力と言い、誰かの手が加わっていることは明らかだ。

 

「グリーフシードだよ。それでさっきのはチャラだ」

「グリーフ、シード?」

「ああ? アンタ、それが目当てじゃなかったのか?」

「いや、俺は偶然通りかかっただけだ」

「は、じゃあ偶然魔女の結界に入り込んだって事かよ」

「魔女の結界? さっき居た空間の事か?」

「……アンタ、本当に何も知らないんだな」

 

 グリーフシード。直訳で「嘆きの種」。そして魔女の結界。

 随分と物騒な名前だ、とやや外れた感想を士郎は抱いた。

 

「何者だい、アンタ。魔法少女でもないのに魔女に対抗できる奴なんて聞いた事もない」

「……魔法少女?」

「アタシのような存在だよ。それを含めて色々と訊きたいことがあるんじゃねーの?」

 

 魔法少女。決定的とも言える単語。脳裏にかつてのトラブルとトラウマが蘇り、眩暈に視界が歪む。そして思う。アイツ、逃げた先で欲望に任せて魔法少女を量産しているのかと。

 カレイドステッキ。師匠の師匠が片手間で作り上げた愉快型魔術礼装。そして今回の依頼の対象。

 目の前の少女はまだ中学生くらいだろうか。つまりはあのステッキがターゲットにしそうな年齢である。好んで接触しては適当にノリと勢いと正当性っぽい我儘で契約しているのだろう。そして被害者を量産しているのだろう。ありありとその状況を思い浮かべ、頭の奥が痛みを発し始める。まだ見ぬアレに関わってしまったが故の被害者たちを想い、心の中でさめざめと涙を流した。

 

「……大丈夫か、アンタ」

「……ああ、何とか」

 

 折れかけた心を支えるのは恋人の遣る瀬無さに満ちた顔。そうともこんなところで折れてはいられない。さっさと依頼を終えて、二度と逃げ出さないように厳重に保管する。それが自分のするべきことだと、士郎はしっかり認識していた。まだ依頼は始まったばかりなのだ。

 一方で少女は。そんな突然虚ろな目になった青年を危なっかしいものを見るような目で見ていた。コイツ頭大丈夫なのか、と割と失礼な事を考えていた。でも会話の途中でいきなり虚ろな目になって膝が折れれば誰だって同じことを考えるだろう。別に少女が特別ドライなわけではない。

 ……まぁいいか。問いかけに返答があった事。そして合わせた目に生気が戻ってきている事。以上の二つを判断材料に少女は思考を打ち切った。

 

「あー、それでだな。魔法少女とやらも含めて色々と訊きたいことがあるんだが……」

「……あぁ、いいぜ。アタシも訊きたいことはあるんでね」

 

 士郎の傍らを抜けて、一足先に少女は表通りへと戻る。

 そして挑発的な笑みを浮かべながら振り返った。

 

 

 

「佐倉杏子だ。腹減ってんだよ。先にメシ食ってからでいーよな?」

 

 




 おまけ


「悪いけど来たばかりでここら辺の飲食店知らないんだ。何かオススメはある?」
「お、それなら美味いラーメン屋があるぜ。案内してやるから奢れよな」
「ラーメンぐらいなら……うん、今の手持ちでイケるな」
「へへっ、じゃあ早速……」
「ちょっと待った。そっちの君、昼の万引き犯だろ」
「!?」
「一先ず署まで来てもらうよ。それからそこの君も――――ガハッ!?」
「!? おい、何で殴っ……」
「逃げるぞ、油断したっ」
「いや、ちょっと待って、何を――――!?」


※とりあえずこの場は逃げ切りました。




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まどマギ×Fate 4

前話を投稿したらお気に入り登録してくれて方が急激に増えてビックリ。
皆様、ありがとうございます。


 よく晴れた空だった。見滝原中学校の屋上。まどかはベンチに深々と腰掛けて、雲一つない空を眺めていた。膝元ではさやかがまどかの膝を枕代わりに寝ている。幸せそうな寝顔だ。それを見てまどかは少し嬉しくなった。そして小さく欠伸を漏らす。どうやら昨日一昨日の疲れがまだ無くなってはいないらしい。つまりは朝からお疲れである。それでも大親友が先に――それも自身の膝を枕代わりに――寝てしまったため、彼女は起きているしかなかった。

 

「……さやかちゃんも起きてくれればいいのに」

 

 ぽつりと漏れた言葉は彼女にしては珍しい愚痴だった。まどかは滅多な事では愚痴を零さない。それは彼女が心優しく、他人を責める性分では無いからだ。にも拘らず当人を前にして――聞いてはいないけれど――愚痴を零すというのは、それだけさやかの事を信頼している証明でもある。無防備に寝顔を晒す大親友の髪を梳いて、笑みを零す。

 まどかはもう一度空を見上げた。本当に良く晴れた日だ。確かにこれは眠くなっても仕方が無いと思った。

 現在時刻は12:30。次の授業が始まるまであと20分ある。お昼ご飯は食べ終わった。そして自分も眠い。だがこの中途半端な時間帯に寝てしまえば、きっと起きる事は叶わないだろう。放課後までさやかと仲良く寝過ごしてしまうであろう事は想像に難くない。そして、それも良いかな、と考えるにはまどかは真面目過ぎた。

 

「……?」

 

 ふと、視線を感じた。

 感じた先へと視線を向けるが誰もいない。念のため周囲にも視線を向けるがやはり誰も見当たらない。まどかの眼が映したのはいつもの平和な見滝原中学校の屋上だ。ここ数日の非日常のせいか心の中にモヤモヤとした違和感が芽生えるが、自分の気のせいだろうと結論付けた。

 ルビー? 今日は大丈夫、多分。うん。

 ふわぁ、と。誰も見ていないのを良い事に、今度は大きく欠伸を零した。見上げた空には小鳥が飛んでいる。小鳥の鳴き声。校庭から聞こえる学生の喧騒。そしてさやかの寝息。まだ休み時間が終わるまで時間はある。平和で平穏で温かな日常に意図せず口元が綻んだ。

 

 

 

 

 

「……良いですねぇ。可愛らしい少女たちのお昼の一幕。実に素晴らしい」

「……」

「そうは思いませんか? ほむらさん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■ まどマギ×Fate ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見滝原中学校には屋上を見下ろせるような塔が造られている。

 その塔の内部。物陰に隠れる様にして一人の少女が壁に背を預けていた。

 

「……何の用かしら」

 

 腰まで届くであろう艶やかな黒髪。すらりとした体躯。感情の篭っていない冷淡な眼が近寄り難さを醸し出しているが、それでも所謂美少女であることは疑いようがない。年相応の顔立ちとは相反した大人びた雰囲気が印象的である。

 少女の名は、暁美ほむら。

 つい先日この見滝原中学校に転校してきたばかりの女生徒である。

 

「いやー、色々と訊きたいことがあるんですよー」

 

 そんな少女とは相反して、どこまでも底抜けに明るい声を発し続ける一本のステッキ。愉快型魔術礼装ことマジカルルビーである。相変わらず常識を無視した動きをしながら空中で八の字を描く。それを見て一層視線の温度を下げるほむら。空気を読む能力が無いのか、それとも敢えて読んでいないのかは判断に困るが、ルビーはほむらの視線に物怖じすることなく言葉を重ねた。

 

「先日まどかさんたちに魔法少女になる事に対して忠告をしていましたよね? 何か理由があるんですか?」

「……言葉の通りよ。魔法少女なんてなるものじゃないから忠告しただけ」

「その理由が知りたいんですよー」

「……」

 

 ルビーの抗議に口と目を閉じるほむら。拒絶されている事は明白だ。どうやら魔法少女にしたくない理由について言うつもりは無いらしい。試しに顔の周りを飛んでみたり、羽で風を送ってみたり、太陽の光を反射させて当ててみたりしたが無表情を貫かれたままだった。結構我慢強い。ならばと今度は顔ではなくむき出しの膝に風を送ってみる。羽で触れる事はしない。あくまでも超至近距離で風を送るだけだ。そして少しずつ上へと移動する。

 

 ――――ガッ

「あうっ!?」

「……何をしているのかしら」

 

 それはもう神速の一撃だった。予備動作が見えぬほどの一撃だった。手加減も何もない一撃がルビーを襲った。逃げる間なんて無かった。

 今のルビーはほむらに掴まれている状態だった。ミシミシとヘッドの部分が悲鳴を上げる。華奢な筈のほむらの指には万力のような力が込められており、ルビーを握り潰そうとしているのは明らかだった。ついでに言えばルビーを見るその眼は侮蔑に染まっている。

 

「あはー、漸く反応してくれましたねー☆」

 

 だが。だが、だが、だが。これで彼女が挫ける様ならば誰も苦労はしない。封印などと言った大仰な拘束をされたりはしない。

 何をされてもただでは転ばないのがルビーである。侮蔑の視線を送られようとも罵詈雑言を浴びようとも元マスターの交友関係を滅茶苦茶にしようとも悪びれることなくしれっとしているのがルビーである。故に反応してしまっただけ悪手と言えよう。

 ほむらは自身の行動が徒労どころか悪手であったことを本能的に理解すると、呆れを隠そうともせずに溜息を吐き出した。そしてルビーを投げ飛ばす。

 

「……魔法少女は死と隣り合わせ。そんなものにあの子たちが関わる必要は無いわ」

「なるほど。確かにマミさんも似たようなことを言っていましたね」

「そういう事よ……満足かしら」

「うーん……実はですねぇ、その点で幾つか気になる点があるんですよ」

 

 ポリポリと器用にも羽でヘッドを掻くルビー。動作の一つ一つに人間らしさが滲み出るのが、この愉快型魔術礼装の特徴でもある。

 

「昨日マミさんから魔法少女について説明を受けたんですよ。何でも魔法少女は、一回だけ願いを叶えてもらう代わりに魔女と戦い続けなければならないとか」

「……」

「加えて魔女と戦う理由は、願いを叶えてもらった代償としてだけではなく、グリーフシードのためでもあると。これが無いと魔法少女は十全に力を発揮できないそうですね。……ここまでに間違いはありますか?」

「いいえ、無いわ」

「なるほど」

 

 納得したようにルビーは羽でヘッドの下部を撫でた。少しだけヘッドを曲げているところと言い、まるで人間が考え込んでいる仕草のようだとほむらは思った。

 

「マミさんはソウルジェムの濁りを消すのにグリーフシードが必要だと言っていました。では濁りを消さなかった場合、ソウルジェムはどうなるのでしょうか?」

「……巴マミから聞かなかったのかしら。あの人が説明を省くとは思えないけど」

「いえ、聞きました。ですが、彼女は分からないと言っていました」

「そう……」

「それで、どうなるんでしょうか?」

「魔法少女として活動できなくなるわ」

「……それだけ、ですか?」

「ええ、そうよ」

 

 意外、とでも言いたげにルビーは声を上げた。そしてまたも考え込むようにヘッドの下部を撫でる。

 

「だからそうなる前に魔法少女はグリーフシードを手に入れなくてはならない」

「……」

「キュゥべぇも同じことを言うわ。アレに訊いてみたら?」

「うーん……そうしたいんですけど、キュゥべぇさんが見つからないんですよ。マミさんもどこに行ったか知らないみたいですし、昨日は呼んでも来ませんでしたし」

 

 ピクリ、と。ルビーの言葉にほむらの眉が若干の反応を示す。それは言われなければ分からないほど僅かな変化だったが、無表情の彼女にしては珍しくも目に見える形での変化であった。そしてそれを見逃すにはルビーは目敏過ぎた。

 ――――何に反応した?

 僅かな反応と直感を基に思考をフル回転させる。ほむらが反応を示したのはキュゥべぇが話題に上がったところ。より正しくは、キュゥべぇが見つからないと伝えたところだ。

 だがこれでは情報が少なすぎる。

 

「ほむらさんはキュゥべぇさんが何処にいるか知りませんか?」

「……知らないわ」

「呼ぶことは可能ですか」

「無理ね」

 

 即答。それも可能か不可能かに対して、無理。

 

「無理というのは、ほむらさんには呼ぶ能力が無いということでしょうか? 魔法少女には固有の能力があるそうですが――――」

「アレを呼ぶつもりは無い。……これでいいかしら」

 

 断定。そして宣言。

 マミはキュゥべぇの事を信頼していたようだが、ほむらは違うらしい。僅かではあるが声に感情が込められていたのをルビーは聞き逃さなかった。友好的ではない、なんなら敵意と言っても差し支えは無い感情。ルビーが何度も元マスターに浴びた感情だった。

 

「うーん、何とかなりませんかねー。キュゥべぇさんにも訊きたいことがあるんですよー」

「巴マミに頼む方が効率的よ」

 

 取り付く島もない、とはこの事か。キュゥべぇを呼ぶ件について、ほむらはルビーに協力するつもりは一切ないらしい。数瞬前には確かにあった感情を消して、素っ気無くほむらは答えた。

 ……これ以上は無理か。この場の細かな機微を察して、そうルビーは結論付ける。理由は分からぬがキュゥべぇとの対話についてほむらの協力を得る事は不可能だ。そして掘り下げるには文字通り命を掛けなければなるまい。何せ相手は警告なしに銃弾をぶっ放してきた輩である。まだまだやりたいことのあるルビーとしては、ここで目的半ばにして散るのは本意ではない。昨日の撃たれた衝撃が、暁美ほむらに対して警告を発していた。

 

「……ま、そこまで言われたら仕方ないですねー。マミさんに訊いてみる事にします」

「賢明ね。……で、話は終わり?」

「ええ、私からは。すいません、時間を取ってもらって。ありがとうございました」

「構わないわ。私も訊きたいことがあるから」

 

 やっぱりマミさんを通すしかないかー、と。あっさりと追及を諦めてそんなことを考えていたルビーに予想外の言葉を重ねられる。

 相も変らず感情を消し去ったまま、ほむらは口を開いた。

 

「マジカルルビー、と言ったわね。……貴女は何なの?」

 

 それはひどく抽象的な疑問であった。何に対して疑問を呈しているのかが不明なので、受け手からすれば答える内容の判断に困る。とは言え彼女の疑問も致し方あるまい。常識的に考えて――魔法少女だとか魔女だとか魔法だとかは置いておいて――どこの世界に浮いて喋って魔法少女の勧誘をするステッキがいるというのか。

 

「私ですか? あー、自己紹介していませんでしたっけ?」

「……ええ」

「あら、それはすいません。それじゃあ改めて……」

 

 コホン、と。わざとらしく咳をしてわざとらしく羽を五芒星に添えてわざとらしく言葉を溜めて。

 ルビーは口を開いた。

 

 

 

「私、愛と正義のマジカルステッキ、マジカルルビーと申します! 親しみを込めてルビーちゃんとお呼び下さい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場が冷えるとか、空気が重たいとか。そういった言葉は、きっと今のこんな状況のためにあるのだろう。

 蔑むような眼でルビーを見るほむら。

 状況を全く理解していないルビー。

 ルビーの自己紹介からたっぷり5秒。冷え切った空間と重々しいほどの沈黙が、ルビーとほむらのいる空間の全てだった。

 

「……あれ?」

 

 思っていたような反応が見られない事に漸くルビーも気が付いたのか。実に間抜けな言葉と共にルビーはヘッドを斜めに傾けた。彼女の脳内ではほむらが何かしらの可愛らしい反応を示してくれる筈であり、こんな無反応は全くの想定外だったのだ。成功すると疑わぬ当たり、実に頭がお花畑としか言いようが無い。

 

「おかしいですねー、ここら辺でほむらさんが(キュートで初々しい)反応を見せてくれると思ったんですけどねー」

 

 そして思ったことを口にしてしまう辺りが本当に救えない。言葉に反応してより一層ほむらの視線の温度が下がる。それはゴミを見るような眼だった。残念ながらルビーは一切気にしないが。

 ふよふよと神経を逆撫でするかの如く上下にルビーは動き始めた。

 

「何か今のところで分からないところあります?」

「……分からないところだらけよ」

「うーん、具体的には?」

「全てよ」

「ちょっと抽象的ですねー」

 

 お前にだけは言われたくない。きっと第三者が居たらそう思っただろう。だが現実はルビーとほむら以外には誰もいない。つまりはこの状況を正してくれる存在は居ないのだ。

 ほむらの目尻が僅かにひくついていた。それがルビーの返答のせいであることは明らかであり、機嫌がよろしくない事は疑いようもない。

 

「……何故、魔法少女の勧誘をするのかしら?」

「(私にとっての)悪と戦ってもらうためですね」

「……その悪って言うのは?」

「そんなの、私に逆らう存在に決まっているじゃないですか」

「……随分と自分本位なのね」

「はい。正義や悪に明確な定義なんてものはありませんから。ですから自分本位が一番です」

 

 ルビーにしては珍しく含蓄のある言葉だった。言っていること自体は最低でしかないが。最低をこれでもかと煮詰めて抽出したようなクソみたいなものだが。

 

「貴女がこの街に来た目的は?」

「それはクソじじい……もとい、生みの親に投げ出されたからですね」

「投げ出された?」

「はい。『ここで1時間くらい待っとれ。そっからは好きにしろ』と言われて投げ出されたんですよー。あ、場所はほむらさんやまどかさんたちと初めて出会ったあそこです」

 

 全く、失礼しちゃいますよねー。封印から解いてくれたのは感謝してますけどー。

 私、怒っています!とでも言いたげにあらゆる動きが忙しなくなるルビー。何故か怒りマークが可視化されているあたり芸が細かい。何のための芸かは分からないが。

 

「ま、クソじじいからは好きにしろって言われたので、好きにすることにしたんです。幸いまどかさんやさやかさんと言うキュートでリリカルなマスター候補とも出会えたことですし」

 

 言質は取ってあるから大丈夫。そうとでも言いたげにルビーは羽を器用に曲げてほむらにつき出した。それはまるで人がサムズアップをしているかのよう。本当に無駄に高性能である。

 だが一方で。何故かほむらは考え込むように視線をルビーから外していた。顎に手を当て、眉根を僅かに顰めている。

 

「……生みの親の名前は?」

「……じじいの事ですよね、それ」

 

 10秒ほどの時間をかけて口から出された疑問の言葉。

 此処に来て初めて、ルビーは嫌悪感を露わにした。

 

「名前を訊くって事は興味を持ったって事ですよね? 止めた方が良いですよ、アレは――――」

「名前は?」

「……キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ」

 

 渋々と、本当に渋々とルビーは己の生みの親の名前を告げる。自身の好悪は別として、答えたところで何が変わる訳でもないという判断故だった。

 キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ。ルビーの属する世界で言えば、彼ほど高名な存在はいない。第二魔法『平行世界の運営』に至った唯一の存在であり、現存すると言われる4人の魔法使いの1人。ルビーからすればクソじじい以外の何物でもないが。

 

「……言っておきますけど、弟子になろうとか考えない方が良いですよ」

「そんなつもりは無いわ」

「なら、良いですけど……」

 

 髪をかき上げてほむらは否定の言葉を口にした。本心は不明だが、確かめる術が無い以上ルビーは引き下がるしかない。

 ちなみにルビーが弟子入りについて難色を示したのにはちゃんと理由がある。キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグに弟子入りする事とは、それ即ち廃人への片道切符を手にする事と同じなのだ。今までどれだけ才能のある弟子が再起不能となったことか。つまりは取り返しが付かなくなる前に愚行を止めようとしたのは、ルビーなりのささやかな良心である。

 

「ちなみに、シュバインオーグさんと会話することは可能かしら?」

「……うーん、不可能ですね。連絡手段がないうえに、基本的に自分勝手な人ですから。一つの場所に居る事は殆どありません」

「そう……」

 

 またもほむらは考え込む。左手を顎に当てて、右手で左肘を支える。視線は下に。ルビーを見ていない。

 むぅ、と。ルビーは少しだけ不満そうに声を漏らした。ミステリアスな美少女が小難しい顔で思考をしているのは絵になるが、ルビーとしては蚊帳の外に追い出されているのと同じなので、端的に言えばツマラナイ。ましてや今はキシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグことクソじじいの話をしたばかりである。気に喰わないクソじじいの話をしたばかりである。ぶっちゃけ不機嫌なのだ。

 

 ――――キーンコーンカーンコーン

 

「……時間ね」

 

 遠くで鐘の音が聞こえる。正確には階下から。壁と床が邪魔して遠くに聞こえるだけだ。

 休み時間は終わり。つまりはルビーとほむらのお話も終わり。ほむらは思考を打ち切ると、壁に預けていた背を離して一歩前へと進んだ。

 

「それなりに有意義だったわ。ありがとう」

「いえいえ、此方こそ」

 

 それは事務的な会話だった。お互いに感情を含んでいない、予めプログラムしておいたものを自動再生させたかのようなやり取り。それでも今日の始まりに比べれば随分と仲は進歩した、とルビーは考えている。どこからその自信が出てくるのかは甚だ疑問でしかないが。

 

「……忠告よ、マジカルルビー」

 

 ルビーの隣を素通りし、階段に足をかけ。そこでほむらは足を止めた。まるで劇の台本のようなタイミングの計り方だった。

 そしてルビーへと振り返ると、昨日の会話を焼き回すかのように口を開いた。

 

 

 

「――――2人を、魔法少女にしようなんて思わない事ね」

 

 

 





 おまけ



「……まろかー」
「なーに?」
「ぁ……」
「……」
「すぅ……」

 さやかの髪を梳く。水色の、癖の少ない髪を丁寧に梳く。
 然したる抵抗も無くまどかの指はさやかの髪の中に埋まった。きっと寝坊したのだろう。指先に少しだけ髪が絡んだ。髪のケアが疎かになっているときは、大抵彼女は寝坊している事が多い。朝の支度に時間を掛けられないためだ。
 活動的で勝気な性格からは誤解されやすいが、さやかが誰よりも女の子である事をまどかは知っている。柔らかな髪も、整った眉も、ハリのある唇も、全てはさやかの影の努力の賜物。クラシック雑誌に隠す様にしてファッション雑誌や美容情報誌が保管されている事をまどかは知っている。昨日家に泊まったときはベッドの下に隠されていた。ご丁寧に別の雑誌の下に埋もれる形で。
 本人が公言しない以上とやかく言うつもりは無いが、さやかが努力している事をまどかは誰よりもちゃんと知っているのだ。

「ぅ……」
「んー?」
「まろかー……」
「なーに?」
「よめー……」
「……?」
「ふぅ……」
「……」
「すー……」
「……ふふっ」

 見上げた空は青一色。透き通るような高い天井。柔らかな日光と心地よい風。そして膝にはさやか。
 いつまでもこんな時間が続けばいいのに。
 心から、そう思う。



「あらー、まどかさん。コンニチワー」
「っ!? る、る、ルビー!? な、何で!?」
「うーむ、その基本を外さないキュートな反応。それでいて寝ているさやかさんを起こさない配慮……実に素晴らしいです」
「え、え、え……いや、どうしてここに!?」
「いやー色々ありまして……それよりまどかさん、大丈夫なんですか?」
「な、何が……?」
「時間ですよ、時間。午後の授業は――――」
「え……あ、あああああああっ!!!?」
「わ、な、なにっ!? へ、え!?」
「お、起きて、さやかちゃん! 起きてっ!」



※結局午後の授業には遅刻しました。



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まどマギ×Fate 5

誤字脱字報告をしていただいた方々、ありがとうございます。
プロローグとか酷かったですね……
色々と至らぬ点はあると思うので、これからもご指摘頂ければ幸いです。




 キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ……検索結果ゼロ

 マジカルルビー……西洋アジサイがヒット

 マジカルルビー 魔法少女……よくわからないのがヒット

 マジカルステッキ……市販の子供向け玩具がヒット

 

「……」

 

 連絡が取れない人への連絡の取り方……参考にならなそうなものばかりヒット

 連絡 取り方 初対面……参考にならなそうなものばかりヒット

 連絡 宛先不明 どうにか……参考にならなそうなものばかりヒット

 連絡 取りたい 知らない人……参考にならなそうなものばかりヒット

 電話番号不明 コンタクト 方法……参考にならなそうなものばかりヒット

 

「……」

 

 キシュア……エクアドルの少数民族がヒット

 ゼルレッチ……検索結果ゼロ

 シュバインオーグ……検索結果ゼロ

 

 

 

「……はぁ」

「あらー、暁美さん? 授業中に別の調べものとは感心しませんね」

「……!?」

「暁美さんも放課後職員室に来るように。分かりましたね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■ まどマギ×Fate ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 話の流れが本来の趣旨から恋愛絡みの愚痴へと変わっていく事は、見滝原学園英語教師早乙女和子(年齢3×)の特徴の一つでもある。

 放課後の職員室。五限目の授業に遅刻してきた鹿目まどかと美樹さやか、そして授業中に別の事をしていた暁美ほむらを呼び出して説教を始めたはいいものの、最終的にはサーモンを寿司ネタとするか否かで揉める男は付き合うな、と言う結論に落ち着いた。そこらへんは個人の裁量だからお互いに如何こう言わなくても良いんじゃないかなぁ、とまどかは思ったが、一々ツッコミを入れていると話が終わらないので黙っていた。まどかは空気が読める良い子である。

 

「はい、それではちゃんと反省をして、明日からは真面目に授業を受ける事。分かったわね」

 

 パンパン、と。手を叩いて早乙女和子(年齢×4)は話を切り上げた。彼女は教師としてそれなりに忙しい身であり、可愛い教え子とは言え説教にばかり時間をとってもいられない。幸いにして3人がしでかした事はそこまで責め立てる内容でもないので、反省文を書かせるまでもないと判断して30分ほどの説教で切り上げたのだ。

 

「失礼しましたー……」

 

 3人は仲良く一礼して職員室を出た。どことなく元気の無い声で。それを聞いて、少し叱りすぎたかな、と早乙女和子(年齢××)は思った。真面目なまどかと転校してきたばかりのほむらはともかくとして、快活さがウリのさやかまで元気が無いのは気になる。だけど、そう言えば恋愛絡みで悩んでいたなぁ、と昨日の説教を思い返して一人納得をした。恋愛なんてのは過ぎれば麻疹のようなものでしかないが、その真っただ中にいる当人にとっては、文字通り世界の運命を左右するような悩みなのだ。ましてや今は思春期と言う難しい年ごろ。無事に乗り越えることが出来ますように、とお茶を飲みながら思う。

 

「あー、終わったー……」

 

 そんな早乙女和子(年齢--)の思いなど知る由もなく。

 職員室を出て、下駄箱で靴を履き替えて、学校の校門を出たところで。大きな伸びと共にさやかは言葉を零した。心底疲れたと言いたげな表情だった。そしてそれを見て苦笑いを浮かべるまどか。さやかは昨日も呼び出されて説教を受けたばかりである。元気がウリのさやかと言えども、流石に2日連続での説教には疲れたらしい。

 ゾンビの様に呻き声を上げていたさやかだが、ふと思い出したかのようにほむらへと顔を向けた。

 

「しっかし遅刻した私とまどかはともかく、ほむらまで呼び出されるとはねー……何をしでかしたのさ?」

「授業に関係のない事を調べていたからよ」

「関係のない事を調べていたって……ほっほぅ、どうやら優等生っぽいのは外見だけって事かーい?」

「ほむらちゃんってすごい頭良いんだよ。昨日も先生の問題にスラスラ答えていたし」

「……大したことないわ、あの程度」

「ぐはっ」

 

 ほむらの何気ない一言に何ショックを受けるさやか。まるで銃で撃たれたかのように大げさに仰け反る。何せさやかの英語の成績は壊滅的なのだ。英語の歌詞ならまだしも、授業で習う英語なんて訳ワカメとはさやかの言葉である。だったら英語の歌から学んでいけば良いんじゃないかなー、とまどかは思うのだが、さやか曰くそういうのは違うらしい。何が違うのかは分からないのだが。

 

「ゆ、優等生め……うぅ、英語を理解できる頭が欲しいよ……」

「勉強するのが一番だと思うなぁ」

「いやー、それは分かっているけどさ……あーあ、どっかに落ちていないかなぁ、英語の才能」

 

 誠に無駄な願望を口から垂れ流すさやか。苦笑いを浮かべながら後を追うまどか。2人に黙ってついていくほむら。

 

「あ、閃いた。ほむらと脳みそを交換すれば、英語が出来るようになるんじゃないかな?」

「……意味が不明ね」

「それだと人格ごと移動するから、あんまり意味がないんじゃないかな?」

「む、そっかそっか……うーん……あ、じゃあ英語の部分だけ交換するとか!」

「……」

「さやかちゃん。勉強しよう。ね?」

「ぐうぅ、ほむらの視線とまどかの優しさが痛い……」

「うーん、そんなに手っ取り早く英語が出来るようになりたいなら、いい方法がありますよ?」

「へ、何?」

 

 後ろから聞こえた声に疑う事無くさやかは反応した。反応してから、どっかで聞いたことある声だなー、と思った。具体的には昨日とか。昨日の夜とか。さやかの記憶はボロボロである。

 

「はい。私と契約して魔法少女に――――あっぶなぁぁぁあああ!?」

 

 そして振り返る間際。ちょうどよく聞こえた胡散臭げなセリフと切実な悲鳴に、漸くさやかの記憶が一つの像を掘り返す。

 あ、ルビーだ。この声。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……随分と良い度胸ね、マジカルルビー」

「ちょっ、ちょっと待ってくださいほむらさん! 私は求められたから反応しただけですっ! 迷える子羊に救いの手を差し伸べるのは……」

「問答無用よ」

 

 予想通りと言うか何と言うか。さやかが振り返った先にはルビーがいた。まどかの背中に隠れる形で。ほむらにこれでもかと敵意を飛ばされながら。ちなみにほむらは右手に金づちを持っていた。制服姿で。シュールだ。

 

「忠告はしたはずよ。それとも数時間前の事すら記憶できない鳥頭なのかしら」

「いやいやいや、覚えていますよっ! でも違います違うんです。求められたら応えるのは当然――――」

「貴女の事情なんて知らないわ……どきなさい、まどか。そいつを壊せない」

「ま、待って、ほむらちゃん。お、落ち着こう?」

「そ、そうですそうです。どうか弁護を……今一度弁護の機会を……」

「……」

「ほ、ほむらちゃん?」

「ちょ、ちょいちょいちょい、ストォォォォォップ!?」

 

 暫し呆然としていたさやかだが、まどかが泣きそうな顔を浮かべたところで慌ててほむらに抱き着いた。腰に腕を回し、動きを阻害するように力を込める。

 

「ほむら、気持ちは分かる! でも落ち着こう、ね?」

「そ、そうだよほむらちゃん……」

「そうですそうです、短気で暴力的なのはマイナスのステータスですよっ! 暴力反対っ、平和万歳っ!」

「ルビー、アンタ、ほんと黙れ」

「ところでさやかさん。ラブアンドピースとかラブアンドパワーって中々良い響きだと思いません?」

「本当に黙れ」

 

 三人寄れば姦しいと言うが、実際に姦しくしているのは人でも何でもない愉快型魔術礼装のみ。

 登場から僅か1分未満で混沌と化する場。冷淡な眼でルビーを見るほむら。泣きそうな顔でほむらとさやかを見るまどか。必死にほむらを抑えるさやか。そしてまどかの後ろに隠れる様にして浮いているルビー。第三者が居たら、きっとさぞ珍妙な光景に映っただろう。幸か不幸か当人たち以外は誰もいないが。

 暫し冷淡な眼をしていたほむらだったが、実に重々しい息を吐き出すと、頭を振って敵意を霧散させた。そして自身の腰にしがみついているさやかの腕を叩く。

 

「……もういいわ」

「え?」

「私は冷静な人の味方で、無駄な争いをする馬鹿の敵。だから大丈夫よ」

「いや、その理論だとルビーの敵だよね? いや、それは良いんだけど、暴れられると困るって言うか……」

「ちょっと待ってください、さやかさん。それは良いってどういうことですか!?」

「……ここでは暴れないわ。それでいいかしら」

「うーん、それなら……」

「さ、さやかさん!?」

 

 味方だと思っていた存在に裏切られたことがショックだったのか。私傷つきました、とでも言いたげにルビーは地面に落ちた。そして涙を流しながら羽でアスファルトを叩く。相変わらず無駄に人間臭い魔術礼装である。と言うかどこからその涙は出ているのか。

 冗談よ、と。顔色一つ変えずにほむらは言った。

 

「でもこれに懲りたら勧誘は止める事ね」

「うーん、それは同意しかねます。私の存在意義に関わる事なので」

「アンタ、今さっきあれだけ敵意を向けられてよく正直でいられるよね……」

 

 呆れたようなさやかの言葉が、今ここにいる全員の心の内を代弁していた。

 

「まぁそれは置いておいて、私がさやかさんの願望を叶えるために魔法少女の勧誘をしたのにはちゃんと理由があるんですよー」

「……それって、さっきの私の英語が出来るようになりたいってヤツ?」

「はい、それです。あ、ほむらさん待ってください。まずは私の話を聞いてくださいお願いします」

 

 コホン、と。わざとらしく咳をして、ルビーはふよふよと3人の前へと移動した。

 

「まず魔法少女となる――もとい私と契約する事で、平行世界の自分の能力が使えるようになります」

「平行世界? 能力?」

「はい。例えばさやかさんと契約したとしたら、さやかさんは平行世界のさやかさんが有している能力を習得できます。具体的には英語がペラペラになったり、歌が上手くなったりします」

「あー、ちょっと待って。まず平行世界って、何?」

「うーん……そうですねー……」

 

 困ったようにルビーはヘッドの下部を撫でた。

 

「……さやかさんって、欲しいものが2つあるのにどっちかしか買えない、みたいな経験はありますか?」

「うん、しょっちゅうあるかな」

「じゃあ片方買ってから、別の方が良かったかな、なんて思ったことはありますか?」

「うん、それもあるよ」

「そして別の方を買った場合の自分を想像したことは?」

「あー、あるかな」

「それが平行世界です。……具体的には、自分が選択しなかった方を選択をした場合の世界線、と考えてください」

 

 成程、と。さやかは納得した。

 

「なーるほどね。選択しなかった想像の先って事ねー」

「……ええと、どういうこと?」

「まどかには欲しいものがあって、買おうかどうか悩んだことは無いかしら?」

「うん、あるよ」

「それなら、もしも買わなかった方を買っていたらどうなったろうって考えた事はある?」

「うん、それもある……あ、そういう事?」

「そうよ」

「それって……例えばだけどさやかちゃんがファッション雑誌と美容情報誌のどっちを買うか悩んで、後悔をしなかった場合の選択って事だよね?」

「そうね、そういう事よ」

「ちょっと待って、まどか」

「あ、話を戻しますねー」

 

 ふよふよと3人の間を飛び回り話の軌道修正をするルビー。さやかの切実な言葉を無視して話を進めようとする辺り、この愉快型魔術礼装の人格が良く分かる。つい1分前に何やかんやで危機を救ってくれた相手に対する仕打ちとは思えぬほどの自分本位っぷりである。

 

「そんなわけで、平行世界と言うのはそれこそ無限にあります。そしてその中には、例えば英語がペラペラなさやかさん、まどかさんのカバン持ちをするさやかさん、ブレイクダンスを踊るさやかさんがいるわけです」

「ちょっと待って、どっからツッコめばいい」

「勿論平行世界が無限にあれど、出来ない事は出来ません。生身で大気圏突入とか。ですが、大概の事は出来るはずです。そしてマスターの要望に応じて、平行世界から能力を借りて使用できるようにする事が、私の能力の一つです」

「なんだかスマホのアプリみたいだね」

「あー、永久には持続できないので、ちょっと認識は違いますねー」

 

 そこのところは勘違いしないで下さい。ふよふよと動き回りながらルビーは訂正を入れた。

 

「平行世界の能力が使えるのは、あくまでも私と契約している間だけです。契約を解除した場合は能力も解除されてしまいます。加えて、使用できる能力の数と規模はマスターの才能次第によります」

 

 パスタを上手に茹でる能力と満漢全席を上手に作る能力では難易度が異なりますよね。ルビーの言葉にほむらは成程と納得した。有している容量をオーバーする量の能力は使用できない。その点はパソコンに様々な機能をインストールするのと似ている、と思った。マジカルらしさの欠片もないその納得の仕方に、もしもルビーが知ったらショックを受けるであろうことは想像に難くない。

 

「まぁ、あまりに無茶な能力で無ければ、大体は使用できると考えてください。それこそ英語が出来るようになるくらいであれば全く問題ないでしょう」

「ホントかなー……こう言うのはアレだけど、私の英語の成績って相当悪いよ?」

「それはこの世界線のさやかさんだからです。別の世界線では英語の楽しさに目覚めてイギリスに留学しているかもしれませんよ?」

「だったら嬉しいけどなー……」

 

 あははー、と。何故か苦笑いを浮かべるさやか。その様相を見てほむらは疑問に思った。何故さやかは乗り気にならないのか、という疑問だった。

 ルビーも同じ疑問に至ったのか、不思議そうにヘッドを傾けた。

 

「あれ? さやかさん、意外と乗り気じゃないですね」

「いやー……何ていうかさ……」

 

 言いにくそうに口調が淀むさやか。

 それはいつもの快活な彼女にしては珍しいものであり。

 

「いや、あんだけアンタに関わって酷い目に合っているのに、ちょっと話の内容が都合良すぎて……というか胡散臭すぎて……」

「あー、そうだね……」

「えーっ!? それは無いですよ、さやかさんっ、まどかさんっ!」

 

 日頃の行いって大切ね。

 他人事のように、そうほむらは思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私たちはマミさんに会いに行くけど、ほむらはどうするの?」

 

 さやかがそんな事を言い出したのは、一行が市街地と住宅地へと分かれる大通りに着く直前だった。さやかからすれば何の意図もない言葉である。私たちはこれから買い物行くけどアンタはどうする、と同じくらいのニュアンスでしかない。

 だが巴マミの名が出た途端、ほむらの眼が敵を見るかの如く眇められた。

 

「……どういう事?」

「んー? 昨日聞けなかった魔法少女の概要について続きを聞こうと思ってさ」

「アーネンエルベって喫茶店で待ち合わせをしているの」

「本当は放課後に直接マミさん家に行く予定だったんだけどさ。ほら、先生に呼び出されちゃったじゃん?」

「それでその間に魔女が出たみたいで、マミさんは魔女を退治に行っちゃったの」

「退治は無事に終わったみたいだけど、出たのが街の方だったんだって。だから近くの喫茶店で話の続きをすることになったって訳よ」

 

 一方でそんなほむらの態度の変貌など露知らず。マミに会いに行くことを前提にまどかとさやかは話を進める。懐からスマホを取り出して、キョロキョロと辺りを見回した。

 

「ところでアーネンエルベってどこにあるのかな。地図検索しても出てこないんだけど」

「……ホントだ。ネットの口コミにも出てないよ」

「マミさんのメールは……ダメだ、店名しか載ってないや」

「うーん……とりあえずどこにお店があるのか訊いてみるね」

 

 ささっとメールを打つまどか。流石は最先端技術に慣れた現代っ子である。ものの数秒で送り終わると、そこで漸く2人はほむらに向き直った。

 

「で、ほむらはどーする? 来る?」

「何も用事が無ければ、ほむらちゃんも一緒に行かない?」

 

 何を疑う事も無く2人はほむらを誘った。そしてその時にはほむらは自身の感情を霧散させた後だった。2人には分からぬ様に消し去った後だった。

 少しばかり考え込んでから、ほむらは口を開き――――

 

「……すいません、まどかさん、さやかさん。もう一度店名を言ってもらって良いですか?」

 

 ――――それより先にまどかの懐から声が生じる。人通りが多くなってきたのでアクセサリーに扮したルビーだった。

 

「ん? 店名? アーネンエルベだけど?」

「……失礼ながら、その店には良く行かれるのですか?」

「いや、私は初めてだけど……まどかとほむらは?」

「ううん、私も行ったことないよ」

「私もよ」

「……そうですか」

 

 それはルビーにしては珍しく真面目な声だった。何かに対して考察するときの、遊びを排した時の声だった。

 

「まぁ私たちが放課後に寄り道するとしたらファミレスとかコーヒーショップとかだしねー」

「うん。喫茶店は中々行かないかな」

「敷居が高いんだよね。そもそもお店を見て回って解散、って事の方が多いし」

 

 懐に優しくないからね。ケラケラ笑いながらさやかは可愛らしい財布を懐から取り出し片手で弄ぶ。言葉の通り中身はあまりないのか、小銭がぶつかる音だけが微かに聞こえた。

 

「ま、今回は仕方が無いんだよね。マミさんのご指定だしさ」

「うん。それにちょっと楽しみ」

「そうそう。こんな機会じゃなきゃ絶対行かないしね。名前からしてオシャレ感と高級感がヤバいし」

 

 すでに2人の意識はまだ見ぬ喫茶店に向いているのだろう。ほむらの静けさにも、ルビーの言葉の意味にも注意を払っていない。

 ふと思い出したようにまどかは口を開いた。

 

「それで、アーネンエルベがどうかしたの、ルビー?」

「……いえ、ちょっと聞き覚えのある名称だったので」

「え、ルビー知ってるの?」

「…………………………ええ」

 

 それは苦虫を嚙み潰したような声だった。嫌悪感を隠そうともしない声だった。認めようとする事を認めたくないと言いたげな声だった。

 ルビーらしからぬ声に自然と3人の視線はルビーに集約する。パッ、と。アクセサリー姿を解いて、ふよふよと3人の間を移動するルビー。3人以外の人目にはつかないようなベストポジショニングで移動し、そのまま傍の自販機と自販機の僅かな隙間に入り込んだ。

 

「……私は行きません」

「へ?」

「3人とマミさんとで楽しんできてください。私は行きませんので」

「え、何で?」

「行かないったら行かないんですー。そんな気分じゃないんですー。まどかさんのお部屋で少女マンガでも読んで待っていますー。あ、それと私の事はくれぐれも内密にお願いします。それでは」

 

 言いたいことだけを言って姿を消すルビー。急浮上で空へと飛び上がると、1秒もせずにその姿は視認できなくなる。キラキラと煌く金色の残滓だけが彼女が確かに浮上した証拠として残っているだけだ。神秘の秘匿はどうした。

 

「……いったいどうしちゃったのさ、アイツ?」

 

 まるで疑ってくださいと言いたげなその態度。

 思わず零れたさやかの言葉は、3人の胸の内を的確に表していた。

 

 

 




 おまけ



「早乙女先生も大変ですね。あの青髪の子なんか2日連続じゃないですか」
「根は悪い子じゃないんですけど、タイミングが悪いと言うか何と言うか……」
「あはは、いますよね。そういう生徒」
「それに恋愛絡みで悩んでいるみたいでして……」
「あー、中学生って難しい年頃ですもんね……」
「ええ……本当にそう。終わってしまえば甘酸っぱい思い出でしかないのにね……」

(サーモンは川魚だから江戸前寿司のネタじゃないんだよ)
(こんなに美味しいのに?)
(そう。新鮮味とか寄生虫とかの問題で、寿司ネタとして歓迎されていなかったんだ)
(へー、物知りなんだねー)
(まぁ、これくらいはね。それにサーモンが寿司ネタとして流通し始めたのも――――)

 ピーチクパーチク、ヘェヘェヘェ……



「ふふっ……美樹さん。サーモン……もとい寿司ネタの蘊蓄を披露する男と付き合ってはダメですよ……」





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まどマギ×Fate 6

……やらかしたかもしれない。後悔はしてないけど。
衣装はまどかのとか、マジカル紙袋辺りを想像してください。大体そんな感じを想定しているから。

※ただし、へそは出ている。異論は認めない。


 まどかたちと別れたルビーは、見滝原市の上空をふよふよと移動していた。向かう先は宣言した通りのまどかの自宅である鹿目家――ではなく、どこか適当にそこら辺を。つまりは目的なんて定めていない。別にまどかたちに嘘はついていない。宣言した行先はあくまでも最終的な行先。つまりは鹿目家に着くまではどこを闊歩しようとルビーの勝手なのだ。

 

「はぁぁぁぁぁ、何でクソじじぃの縁の建物がこの街にあるんですかね……サイアク」

 

 上空という誰も見ることができない場所である事を良い事に、盛大な溜息と愚痴を吐き出すルビー。それは普段から無駄に明るい彼女にしては珍しくも陰鬱な響きを含んでいた。この世の全てを呪うかのような響きだった。そしてその理由は先ほどまどかたちと交わした会話の中にある。

 

『ん? 店名? アーネンエルベだけど?』

 

 アーネンエルベ。またの名を、魔法使いの匣。それは世界のどこかにあると言われる喫茶店。

 

「はぁぁぁぁぁ……サイアク、何でクソじじぃの事を思い出さなきゃいけないんですかねぇ」

 

 そしてその建造には魔法使いであるキシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグが関わっている。クソじじぃことキシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグが関わっている。ルビーからすればあのじじぃを思い出すというだけで忌避したい場所だ。せっかくいい気分だったのに。と言うかあのじじぃは唯一無二の第二魔法を安く売り渡し過ぎである。自身の存在を棚に上げて、そうルビーは思った。

 

「あーヤダヤダ。……まぁ、気を取り直してキュートでリリカルなマスター候補でも探すと……ん?」

 

 ふと。

 そんなルビーの視界に、見覚えのある人物が映った。

 

「……おや? あれは――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■ まどマギ×Fate ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕暮れの住宅地を歩く。

 二つの人影。

 

「お。士郎、コンビニだ。ちょっと休憩しよーぜ」

「……またか。さっきも休憩したぞ」

「いいじゃねーか、ちょっとした寄り道さ。肉まん食いたいし」

「……今度は肉まんか。夕飯食えなくなるぞ」

「それは別腹だ」

「……」

 

 鮮やかな紅色の長髪を揺らしながら少女が進行方向の先に見えるコンビニを指さした。何処の街にもあるような青と白の色が特徴的なチェーン店。そしてその入り口には値引きの広告がこれでもかと堂々と自己アピールしていた。『中華まん、今だけ全品100円!』。

 少女の後ろを歩いていた赤銅色の髪の青年――衛宮士郎――は、そんな広告と少女を交互に見ると、疲れたように己の目頭を押さえた。そして心の中で溜息を吐き出す。

 

「杏子、お前本当に巴さんのところに案内する気はあるんだよな?」

「ったりめーだろ。言ったことは守るさ」

「……その割にはさっきから食ってばっかの気がするんだが」

「情報提供料だ」

「昼飯の時も同じこと言ってなかったか」

「じゃあアレだ。道案内料」

 

 全く悪びれる気も無く少女――佐倉杏子――は言い切った。自身の正当性を全く疑わぬ語調だった。振り返ったその表情には挑発的な笑みが浮かんでいた。そしてその口にはアイスの棒が1本咥えられている。ちなみに左手には2本握られている。そのどれもが士郎がつい10分前に別のコンビニで買い与えたアイスの成れの果てだ。

 士郎は溜息を吐き出した。今度は心の中ではなく、実際に口から。

 

「……これで最後だぞ」

「おう、夕飯まではそれで我慢するぜ」

 

 つい10分前も同じ言葉を吐き、同じ言葉を聞いた覚えがある。だが全て飲み込んで、代わりに懐から財布を取り出した。

 中から取り出したのは一万円札が1枚。

 

「い、一万円!? 良いのか!?」

「……好きに買ってこい。但しお釣りは返せ」

「おお……一万円……分かった! サンキュ!」

 

 信じられないと言いたげな表情で渡された一万円札と士郎とを見比べていた杏子だったが、士郎の言葉で現実に回帰するとお礼もそこそこにコンビニへと走っていた。それを見て士郎は溜息を吐き出す。あの調子だと1円も残らないな。とは言え杏子のご機嫌を損なえば目的の達成は難しくなる。

 巴マミ。杏子が知る魔法少女の一人。もしかしたら士郎の望む情報を持っているかもしれない人物。

 情報、案内、接触、交渉……目的のためには杏子の協力が必要不可欠なのだ。必要経費だ、と心の中で割り切る。決して甘やかしているわけではない。

 

「……帰ったらバイト増やさなきゃな」

 

 少しずつ減っていく通帳の中身を想い、切実な言葉が零れる。ちょっと出費が激しいなぁ、とその使用用途について恋人と話し合ったのはつい最近だ。何せ恋人の研究は金がかかるのだ。あまり無駄には出来ない。

 加えて残念ながら今回の依頼の成功報酬は確約されていない。一方的に厄介事を押し付けられただけに過ぎないのだ。つまりはタダ働きになる可能性が高い。

 無論、士郎としては費用の請求はするつもりだ。だが相手は文字通りの人外。人としての理から外れた存在だ。こちらの道理が通用するとは到底思えなかった。

 

「……」

 

 無言で傍の塀に背を預ける。ぼうっとコンビニを眺める。そして思う。

 杏子の奴、半分くらいは戻してくれないかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん、アレって士郎さんですよね。……何故に?」

 

 赤銅色の髪の青年。衛宮士郎。知っている。彼はルビーの元マスター――遠坂凛――の想い人だ。ルビーも会ったことがある。朴訥そうな雰囲気が印象的な青年だ。

 だがルビーの記憶が正しければ、彼は凛と一緒にイギリスに行ったはずだ。日本にいるはずがない。

 

「……帰省、ですかね?」

 

 可能性が高いとすればそれだ。

 だが仮にそうだとすれば、一つの疑問が生じる。

 言うまでもなく、それは先ほどまで士郎と一緒に居た少女について。

 

「凛さんとの間に子供が……いや、それだと年齢が……」

 

 最後に凛と会ったのは彼女がイギリスに行く前日だ。その時にはまだ彼女は独り身であったと記憶している。身籠ってもいなかったはずだ。

 と言うか仮に身籠っていたとしても、少女の外見年齢は中学生くらい――つまりはまどかたちと同い年くらいだ。士郎の若々しさと釣り合わない。

 

「あー……現地妻?」

 

 かなり失礼な事を考える。本人が聞いたら激怒間違いなしだろう。と言うかルビーも自分で言葉にしておいてそこまで信憑性があるとは思っていない。何せ相手は真面目一辺倒の衛宮士郎である。真面目で、堅物で、女性には奥手で、ぶっちゃけヘタレな衛宮士郎である。彼が遠坂凛以外の女性と関係を持つなんてルビーからすれば考えられないのだ。

 とは言えワリとモテるのも衛宮士郎である。底抜けのお人好し、家事上手、若干童顔、そのくせ身体は引き締まっている、そして一途、と女性受けする資質は持っている。ピンとこない? じゃあ逆に女性として考えてみよう。底抜けのお人好し、家事上手、若干童顔、体つきは貧相なわけではない、寧ろ出ているところは出ている、そして一途。何この可愛い生き物、何故女の子じゃないのか。

 

「うーん、平行世界の士郎さんが女の子ならアリなんですけどねぇ……いや、無理か」

 

 どれだけ萌えポイント押さえていようと、男であるだけでルビーからすれば対象外だ。ましてや思春期を過ぎた大人の年齢。仮に彼の性別が反転しようと食指が沸くとは思えない。ルビーのストライクゾーンは小学生から中学生。そしてギリギリ高校生。大人は……まぁ素質次第と言ったところか。

 

「……で、結局どういう関係なんでしょうか?」

 

 違う方向に逸れつつあった思考を元に戻し、疑問を口に出して再確認する。現地妻の線は無いにしても、親戚の子の可能性はある。或いは時計塔の学友とか。魔術師仲間とか。

 

「ま、そんな事はどうでもいいですね」

 

 関係性については今はそこまで重要ではない。気にならないと言えばウソになるが、それ以上に気になる事がルビーにはあるのだ。

 即ち、少女からも魔法少女になり得る素質を感じたという点について。

 ルビーの魔法少女センサーに触れたという点について。

 

「百聞は一見に如かずって言いますし!」

 

 暫しの葛藤も無くルビーは己の次の行動を選択した。つまりは急降下。眼下で一人呆けている士郎に向け急降下。思い立ったが吉日。即断即決即行動はルビーの持ち味なのだ。

 

「しーろーぅさーんっ!」

 

 急降下による勢いも何のその。士郎の眼前にピタッと止まると、ルビーはポーズを決めるかの如く一回転した。

 神秘の秘匿? 知らない知らない。

 

「お久しぶりです、士郎さんっ! ところでさっきのキュートな女の子とはどのような関係で?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お久しぶりです、士郎さんっ! ところでさっきのキュートな女の子とはどのような関係で?」

 

 話は全く変わらないが、衛宮士郎がこの地にやってきたのは師匠の師匠ことキシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグから依頼を受けたからである。内容は逃亡した魔術礼装カレイドステッキを捕獲する事。カレイドステッキとは大師父が制作した超一級の魔術礼装であり、精霊の人格が埋め込まれているせいか人間のように会話が可能なステッキである。と言うか目の前のステッキである。

 

 目の前の、ステッキである。

 

 もう一度言おう。士郎がこの地に来たのは、カレイドステッキ回収の依頼を受けたからである。そしてカレイドステッキとはルビーの事である。目の前でふよふよ浮いている愉快型魔術礼装の事である。

 

「……ルビー?」

「何ですか、士郎さん。そんなハトがティロ・フィナーレ喰らったような顔なんかして」

 

 ティロ・フィナーレって何だよ、と士郎が思ったかどうかは別として。

 間違いない、コイツはルビーだ。たった一回の会話で士郎は確信した。身に刻まれたトラウマが全力で反応していた。と言うかこんなのが他にもいたらこの世は終わりだ。凛はショックで発狂するに違いない。

 ガシッ、と。反射的に手が伸び、赤色の柄を掴んだ。

 

「へ?」

「帰るぞ、ルビー。大師父がお冠だ」

 

 語調は思ったよりも冷静だった。突然の状況にも士郎の身体は正しく行動してくれていた。今自分がしなければならないことをしっかり認識することが出来ていた。

 

「大師父から聞いたぞ。逃げ出したんだってな」

「は、へ、え?」

「じゃあ行くぞー」

「ちょ、ちょっと待って下さい!?」

 

 士郎は懐から袋を取り出した。一見すればどこにでもあるような麻袋だが、ルビーの眼は魔力を感知していた。つまりは普通の麻袋ではあるまい。ルビーが逃げ出さないようにと用意された特注品である可能性が高い。

 先ほどまでの楽天的な思考から一転、慌ててルビーは口を開いた。

 

「勝手にしろって言われたから勝手にしているだけなんですよっ! 逃げ出したわけじゃありませんっ! てか封印を解いたのってあのクソじじぃなんですよっ!」

「はいはい、分かった分かった」

「絶対分かってないですよね、聞いていないですよねっ!?」

「キイテルキイテル」

「ああああああああああああああっ!!!」

 

 説得は不可能。と言うか聞く耳すら持ってくれない。

 身を捩らせて必死に逃げ出そうとするルビー。上下左右にどったんばったん。だがルビーの動きも何のその。士郎の右手はルビーを掴んだまま離さない。

 

「被害者の方々への謝罪はやっておくから気にするな」

「違います、違いますっ! どうか話を、話を訊いて下さいっ!」

「おい、暴れんなよ……っと」

「止めてええぇぇえええええええっ!」

 

 近所迷惑など知った事ではない。ついには大声を上げて逃れようとするルビー。形振り構わないその様子に流石に士郎の動きも阻害される。慌てて両手でルビーを掴んだ。

 

「離してええぇぇええええええええっ!」

「こンの……っ」

 

 声だけ聞けば暴漢に襲われる女性だろう。現実にはステッキを掴んでいる青年が居るだけだが。

 道行く人が怪訝な顔をして士郎たちへと視線を向ける。が、すぐに一人芝居と判断して目を背けた。頭が可哀そうな人として見られているのは間違いない。誰だって面倒事には関わりたくないものだ。幸か不幸か士郎はその視線に気が付いていないが。

 

「あああああああああああああ……あっ」

 

 ふと。何かに気が付いたかのようにルビーは声を上げるのを止めた。そして士郎の方へと向く。

 

「士郎さん、ごめんなさい」

「あ?」

「テヘペロ☆」

 

 知らない事を責めるのは間違っている。真に責を負うべきは正しく士郎にルビーの特性を伝えなかった大師父や遠坂凛にあるのだから。

 ふざけた言葉と共に士郎の両手から柄が消える。何が起きたか分からずにバランスを崩して転ぶ士郎。

 

「私はまだ帰りませんっ!」

 

 清々しいほどの宣言と共にルビーは遠のいた。何てことは無い。士郎の掴んでいた柄の部分は、ルビーの意思一つで消すことが可能だった。たったそれだけの事。

 もはやヘッドの部分だけになったルビーを捉える事は出来まい。……今の士郎では。

 だが士郎の眼は一人の少女も映していた。

 

「杏子! そいつを捕まえてくれ! ルビーだっ! その五芒星だっ!」

 

 ルビーの進行方向の先。つまりはコンビニ。そこからタイミングよく杏子が出てきていた。阿呆みたいに大きな袋を抱えて。幸せそうな顔で中華まんを頬張りながら。

 

「ああ? ……へぶっ!?」

 

 声に反応して顔を上げた杏子の――その鼻に何か固い物がぶつかる。衝撃で頭が仰け反り、一瞬の間を置いて鼻先が熱と痛みを訴える。

 ドロリ、と。

 生暖かい液体が零れる事を察知し、反射的に杏子は拭った。掌には赤い液体――つまりは鼻血――がついていた。

 

「っ、こンのっ……」

 

 瞬間的に頭に血が上る。彼女は無抵抗主義者ではない。右の頬を張られたら相手の左頬に全力で右ストレートをぶっ放すし、喧嘩を売られたら万倍にして返す。つまりはやられたらやり返すのは当然と言えた。泣き寝入りなんぞまっぴら御免だった。

 目の前に浮いている金色のソレを敵と断定すると、杏子は魔力を込めた五指で掴み取った。最短距離を最速で走る右手。金色のヘッドを握り潰すかの如く全力を込める。血の付いた左手に全力を込める。

 

 ――――ちなみに。そう、ちなみに。全くの余談ではあるが。

 

 カレイドステッキと契約する際には最低限必要な条件が3点ある。

 1点目は接触による使用契約を経る事。

 2点目は血液を媒介にマスター認証を行う事。

 そして3点目。カレイドステッキの人格を司るルビーの許可が下りる事。

 

 つまりは、極端な事を言えば。

 

 血のついた手でルビーを掴んでいれば、それだけで契約は事足りる。

 

 

 

 知らなかったのだから仕方が無い。

 そう。誰が悪いわけでもない。

 これは各々が最善の為に行動しようとした結果でしかなかったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは眩いほどの赤い光だった。

 眩さに反射的に士郎は目を覆い。

 その間に全ては終わっていた。

 

 黒色のブーツソックスと赤色のブーツ。

 黒色の線が入った赤色のミニスカート。

 ミニスカートには大きな赤いリボンと幾重にも重なった白色と薄桃色のフリルがついている。

 赤色を基調として銀色の細い線が入ったベアトップ。

 肘まで覆う赤色のロンググローブ。

 首には赤色の細いチョーカーが巻かれている。

 髪形は変わっていないが、髪飾りは大きな黒色のリボンへと変貌していた。

 そして右手にはステッキ。悪夢の権化であるカレイドステッキ。

 ――――カレイドステッキ。

 

 

 

 少女はルビーを上空へと放り投げて一回転する。そしてステッキの柄の部分を掴むと、片足を上げて決めポーズを取り、士郎へとステッキを突き付けた。

 

 

 

「愛と勇気の魔法少女カレイドルビー、ここに誕生! さぁ、士郎っ! 魔女退治の時間よっ!」

 

 

 




 おまけ


「……」
「どうしたのさ、まどか。そんないきなりキョロキョロして」
「あ、ううん……その……どっかでルビーが人に迷惑をかけているような気がして……」
「あー……」


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まどマギ×Fate 7

年内に無事更新。
絵心が無いのでAAで代用。



それでは皆様良いお年を。


 よく晴れた夕焼けだった。市街地へと向かう大通り。衛宮士郎は夕焼けに染まる空を見上げていた。自分の髪の色よりも赤い空を見上げていた。雲一つない鮮やかな夕焼けだった。

 そんな士郎の傍らを少年たちが駆けて行く。学校帰りだろうか。ランドセルを背負って駆けて行く。きっとこれから遊びに行くのだろう。彼らは士郎を追い越したところで、一瞬だけ立ち止まる。立ち止まって、また笑いながら駆けて行った。あはは。何あれ。やべー。見た見た。恥ずいわー。

 

「……」

 

 士郎は何も言わなかった。言わなかったが代わりに何かを堪える様に軽く額に手を当てた。そして溜息。それは何かが色々と絡み合った溜息だった。人通りは決して少なく無く、今も車の通る音が聞こえるというのに、その溜息はやたらと大きく聞こえた。

 士郎は額に当てた手を眉間の方へと移動させる。僅かに開いていた視界が覆われ、少しばかり気が楽になった。……ような気がした。

 

「――――あ」

 

 どこからか呆けたような声が聞こえた。少女特有の可愛らしい声だ。ぽつりと漏れた、と言うのが正しいような語調。人通りは決して少なく無く、今も車の通る音が聞こえるというのに、その声はやたらと大きく聞こえた。

 士郎は耳を塞ぎたいと思った。一瞬だけでいいから外界から隔絶されたいと思った。落ち着くまで引き篭もりたいと思った。それは士郎にしては珍しく突飛も無い考えであり、彼が相当参っている事の証明でもあった。

 きっと今の自分は、相当弱り果てた情けない顔をしているのだろう。そう士郎は思った。それは想像ではなく確信だった。

 

「――――あ……あ……」

 

 震えるような声が耳に届く。士郎と同じく混乱の極みにあるような声だった。具体的には、『目が覚めたら大勢の人の前で恥ずかしい格好をしながら恥ずかしいポーズをしている事に気が付いた』ような声だった。

 士郎はもう一度溜息を吐き出した。何故だか無性にアルコールを飲みたかった。それも度数の強いヤツを。とびっきり強いヤツを。何もかもを忘れるくらい、浴びる様に飲みたかった。

 

「あ――――」

 

 どかーん。

 前の方から爆発音。効果音にしたら、きっとこんな感じ。きっと現実が追い付いたのだろう。……何が何に、については語るまい。言うだけ野暮と言うやつだ。

 士郎は前を向けなかった。向かなかったのではなく向けなかった。両目に溢れる感情を抑えるので彼は必至なのだ。自分を律する事で精いっぱいなのだ。上を向いていなければ零れ落ちそうなのだ。

 

 

 

 そうとも。

 泣くなよ士郎、まだ全ては始まったばかりなんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■ まどマギ×Fate ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 美味しそうなオレンジパイだった。喫茶店、アーネンエルベ。一番奥のテーブル席。鹿目まどかは目の前で少しずつ冷めて行くパイを見ていた。ほど良い焼き目と光沢、鼻孔を擽る匂い。それは専業主夫であるまどかの父親でも作るには苦労するであろう上等の一品だ。だが手を出すことは出来なかった。

 そんなまどかの目の前で、美樹さやかも同じようにパイを見ていた。さやかはアップルパイを頼んでいた。焼きたてのリンゴとシナモンの香りがさやかの鼻孔を擽る。だが彼女も手を出すことは出来なかった。少しずつ冷めていくパイを見ている事しかできなかった。

 ちらりと。2人は互いの視線を合わせた。

 

「――――つまるところ、貴女は鹿目さんと美樹さんを魔法少女にしたくない。何がどうあっても」

「ええ、そういう事。そんなモノになる必要は無い」

「そんなモノ、ねぇ……でも2人には才能があるわ」

「才能の有無が最善とは限らないわ」

「そうね、それはその通りだと思う。でも、どうするのかを決めるのは貴女ではないわ」

「貴女が勧誘しなければ少しは懸念が減るわ」

「……随分と嫌われたものね。私は説明しただけよ」

「それが余計なのよ」

「知っているのと知らないのとでは大きく違うわ。それとも貴女は、2人は何も知らないままでいるべきだとでも言うつもりなのかしら」

「ええ、そうね。それが最善だと思うわ」

「……呆れた。厚顔無恥もここまでくると清々しいわね」

 

 まどかは先ほどから胸が痛かった。それがすぐ隣で交わされている舌戦が原因であることは明らかだ。だが原因が分かっていても、どうしようもないことは世の中に沢山ある。

 

「厚顔無恥で結構。その程度で済むなら万々歳ね」

「皮肉だったんだけどね、今の」

「ええ、分かっているわ」

「……皮肉かしら、今の」

「事実を事実として肯定しただけよ」

 

 さやかは先ほどから胃が痛かった。それがすぐ隣で交わされている舌戦が原因であることは明らかだ。だが原因が分かっていても、どうしようもないことは世の中に沢山ある。

 暁美ほむらと巴マミの仲は、出会った時から険悪だった。最初こそ表面上は取り留めない自己紹介をしていた筈なのだが、気が付けば冷静に且つ上品に口論が交わされている。それも絶対的な平行線での口論だ。どちらかが折れるまでは終わるまい。それも議題は自分たちについてだ。だがまどかとさやかにはこの口論を終わらせる手が思いつかなかった。

 なんでこうなったんだろう?

 パイを見つめながら、全くの同時に2人は同じことを思った。本当なら仲良く4人で談笑するはずだったのだ。笑い合いながら楽しいひと時を過ごすはずだったのだ。こんな状況は想定外なのだ。

 

 ――――さやかちゃん……

 ――――分かっているよ、まどか

 ――――このままじゃ終わらないよ……どうにかしよう

 ――――うん、何か考えよう

 

 ちらりと。2人は互いの眼に視線を合わせて意思を疎通する。

 アイコンタクト。

 言葉を介さない意思疎通。

 仲の良い2人だからこそできる芸当だった。

 

「貴女が言っているのは2人が巻き込まれなかった場合の話よ。でも2人は魔女の結界に巻き込まれ、魔女の存在を知ってしまったわ。なら、今の現状での最善を考えるべきじゃないかしら?」

「魔法少女にならないのが最善よ」

「私も無理に戦う必要は無いと思っているわ。だけど貴女の意見は極端すぎる」

「魔法少女になる必要が無いの。戦う云々は別の問題よ」

「何の覚悟も無く契約する事になっても良いってこと?」

「そもそも契約するという前提条件からして間違っているのよ」

 

 ああ、ヤバい。不穏さが増していくばかりの会話を聞きながら、まどかとさやかは懐からスマホを取り出した。そしてほむらとマミに気が付かれないように素早く現状の打開方法を調べ始める。正論はダメだ、2人に勝てる気がしない。それなら面白動画とかで話の流れを変えるとかどうかな、さやかちゃん。よし、まどかそれで行こう。

 検索。

 検索。

 検索。

 検索。

 検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索検索――――ッ!!!

 

 

 

「「あ」」

 

 

 

 検索していた指が止まる。一つの画像が目に映る。

 2人は互いに視線を合わせた。全くの偶然だが、2人は同じ情報を同じページから同じタイミングで入手していた。そしてその事実をアイコンタクトで共有する。

 オッケーだよ、さやかちゃん。

 こっちもだよ、まどか。

 

「ほむらちゃん!」

「マミさん!」

 

 2人は隣にいる人物の名前を大声で呼んだ。呼んで、2人が反応するよりも早くスマホの画面を眼前に突き付けた。

 

 

 

「「見滝原市に新しい魔法少女が現れたみたい(です)っ!!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

----------------------------------

 中沢@nakazawa       17分前

 やべー、見滝原に魔法少女が現れた

 

/i´Y´`ヽ    

ハ7'´ ̄`ヽ. .   

| ,イl//`ヘヘ!   ミ☆彡     

リノ(! ° ヮ°ノリ   |     

ノ  ⊂)i杏i| つ    |              

((  く__ハjノ_」  |   

   し       

 

 

 ←  ⇔27  ♡54  ✉

----------------------------------

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2人の口論を止めるという目論見は、言葉尻だけを捉えた結果ならば成功したと言えよう。

 まどかから見せられたスマホのページ――流行りの呟き――を見ると、ほむらは驚いたように口を開いた。そして眉間を押さえる。それから目を何度も擦り始めた。

 さやかから見せられたスマホのページ――流行りの呟き――を見ると、マミは疲れたように息を吐き出した。そして頭を抱えて左右に振る。それからもう一度大きく息を吐き出した。

 

「……ごめんなさい、急用ができたわ。お金、置いておくわね」

 

 最初に動いたのはマミだった。

 短くそれだけを言うと、彼女は自身の財布から五千円札を取り出して、テーブルの上に置いた。そして鞄を掴んで足早に店を出て行く。カランコロン、バタン。その姿は行き交う雑踏の中へと消えてすぐに見えなくなった。

 ……あれー? 知り合いだったのかなぁ? もしかしてマジモノの魔法少女?

 2人としては画像を見たほむらとマミから何かしらのツッコミが来ることを期待していた。何このコスプレ、とか。可愛い、とか。だがマミの様子を見るに、どうやらそんな簡単な話ではないらしい。パチモノの魔法少女……というわけでは無さそうだ。

 

「……多分、佐倉杏子ね。風見野を縄張りとしている魔法少女よ」

 

 どうやら本当にマジモノの魔法少女らしい。それも隣町の。

 ほむらの冷静な言葉にまどかとさやかはもう一度スマホに視線を落とす。

 黒色のブーツソックスと赤色のブーツ。

 黒色の線が入った赤色のミニスカート。

 大きな赤いリボンと幾重にも重なった白色と薄桃色のフリルがついたミニスカート。

 赤色を基調として銀色の細い線が入ったベアトップ。

 肘まで覆う赤色のロンググローブ。

 赤色の細いチョーカー。

 大きな黒色のリボン。

 そして満面の笑顔と決めポーズ。

 ルビーの件と言いこの子と言い、この分だと表沙汰にならないだけで、意外と魔法少女はそこら中にいるらしい。

 

「ほむらちゃんはこの子の事を知っているの?」

「……ええ、そうね。知っているわ」

「どんな子なの?」

「私が知る中で、最も魔法少女らしい魔法少女ね」

「へー」

 

 魔法少女らしい魔法少女かぁ。ほむらの言葉を聞いて2人が脳裏に思い描いたのは、テンプレ的な魔法少女像だった。日曜朝8時の魔法少女的な奴だった。

 

「……あれ?」

「ん? どうしたのさ、まどか」

「うん、あのね。この子が手に持っているのって……」

「……へ?」

 

 画像を拡大するまでもない。

 さやかは自分の、ほむらはまどかのスマホに視線を落とし、すぐに彼女の言わんとすることを理解した。

 

「これって……」

 

 杏子と言う名の魔法少女は右手に一本のステッキを持っている。

 赤色の柄。金色の五芒星を象ったヘッド。そして羽。

 そのステッキはまどかたちが良く知るステッキに酷似している。

 

「「「ルビー?」」」

 

 3人の声が重なる。そして同じことを思う。

 アイツ、一体何をしているんだろう?

 

 

 

 

 




 おまけ


 見滝原市、住宅街。
 コンビニ前。



「……おい」
「ひっ」
「撮ってんじゃねぇ、殺すぞ」
「は、はい……」
「さっさと削除して忘れ――――ムグッ」
「ごめん、君。迷惑かけた。でも写真は削除してくれ、頼む」
「え、あ、いや、その……」
「ん? どうし――――」
「そ、その……もう呟いちゃってて……」



----------------------------------
 中沢@nakazawa       27分前
 やべー、見滝原に魔法少女が現れた

/i´Y´`ヽ    
ハ7'´ ̄`ヽ. .   
| ,イl//`ヘヘ!   ミ☆彡     
リノ(! ° ヮ°ノリ   |     
ノ  ⊂)i杏i| つ    |              
((  く__ハjノ_」  |   
   し       


 ←  ⇔256  ♡512  ✉
----------------------------------



「!?」
「!?」

 ――――バキッ!

「ああっ、スマホがっ!?」


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まどマギ×Fate 8

やっとこさ更新。
でも原作基準だとまだ2話目くらいのスローペース。
もう少しペースを上げられるように頑張ります。







あー、士郎からチョコ欲しい。


 すっかり冷めきったコーヒーを飲み干して、暁美ほむらは言った。

 

「じゃあ、私も行くわ。これはコーヒーの代金」

 

 ほむらから500円玉を受け取り、鹿目まどかは言った。

 

「あ、あのね、ほむらちゃん。その……私、マミさんと仲良くしてほしいなって思うの」

 

 まどかの言葉に追随するように、美樹さやかは言った。

 

「そうだよ。2人とも悪い人じゃない事は私たち知っているからさ。その、手を取り合ってほしいというか……」

 

 2人の言葉を聞いて、ほむらは言った。

 

「……無理ね。私とあの人では方向性が違う」

 

 その言葉に、思わずまどかは疑問をぶつけた。

 

「それって……私たちが魔法少女になるかならないかって話に関係があるの?」

 

 じっとまどかの眼を見つめ、ほむらは答えた。

 

「……そうね。関係あるわ」

 

 冷淡さを覚えるような視線から逃げることなく、まどかは言葉を重ねた。

 

「じゃあ、私たちが魔法少女にならない事を誓えばマミさんと仲良くできる?」

 

 その言葉を聞いて。

 ほんの少し、ほんの少しだけ瞳を揺らして、ほむらは言った。

 

「……無理よ。そんな誓いに意味は無い」

 

 思わず立ち上がり、さやかは言った。

 

「あのさっ! ……ほむらはさ、何を根拠にそんな否定をするの?」

 

 感情を消し去った眼のままさやかの方を向き、ほむらは言った。

 

「だって貴女たちは魔法少女に向いていないもの」

 

 ほむらの視線に怯むことなく、まどかは言葉を重ねた。

 

「……それはどういうこと?」

 

 2人に目を合わせることなく、ほむらは言った。

 

「魔法少女は利己的でなくてはならない。……貴女たちは優しすぎるわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■ まどマギ×Fate ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 如何に鹿目まどかが正しくあろうと考えていても、いつまでもその状態を継続できるわけでもない。

 鹿目家、まどかの自室。

 帰宅早々にベッドに倒れ込むと、まどかは傍の枕を抱き寄せて顔を埋めた。そして制服に皺が寄るのも気にせずベッドの上で転がり始める。髪が崩れるのも気にせず転がり回る。それは普段の彼女からは想像もつかないほど子供っぽい行為だった。

 暫し衝動に任せるが如く転がり回っていたまどかだったが、10分少々の時間が経過したところで、唐突に起き上がった。

 

「ほむらちゃん……何で……」

 

 呟きに応える者はいない。まどか自身も意図して呟いたわけでは無い。

 一際大きな溜息を吐き出すとともに言葉を吐き出すと、まどかは手元の枕にグリグリと頭を埋めた。そして動きをピタリと止めたかと思うと、そのまま後ろへと身体を押し倒した。

 見慣れた天井。白色の蛍光灯。

 その空間に一人の少女を幻視する。

 暁美ほむら。

 つい先日クラスに転入してきたクラスメートであり、命を救ってくれた恩人であり、魔法少女になる事を拒もうとする少女。

 

『……何でほむらちゃんは私たちが魔法少女になる事を嫌がるんだろう』

『向いていない……だけじゃ納得できないよね』

『うん。……でも、詳しい事は答えてくれなかったし……』

『……ほむら、他に理由を隠しているのかもね』

『さやかちゃん?』

『根拠がある訳じゃないけどさ……何て言うか、納得できないんだよね。まどかはそう思わない?』

 

 思い返すのはさやかとの会話。帰宅時に交わした推測。

 さやかの疑問は当然であった。ほむらは魔法少女になる事を拒む理由を明確にしていない。彼女が言い張っているのは、魔法少女になることによる危険性と性格的な向き不向きのみである。言い分として筋は通っていないでもないが、何故にそこまで頑なに拒むのかの説明が不足している。

 

『……信用されていない、のかな』

『……まぁ、まだ出会って2日くらいだし? これから距離は詰めて行けば良いんじゃん』

『……ふふっ、そうだね』

『そーそー。それよりあれだよ、マミさんのフォローしとかないと』

『うん、そうだね。このままじゃ仲違いしたままだもんね』

『そーゆーこと。とりあえず今日はメールだけ送って、明日2人を説得しよう』

 

 話に一区切りはつけた。悩むのは終わらせた筈だ。

 それでも一人になると勝手に疑問が湧いてくる。ぐるぐると脳裏を過っては戻ってくる。終わりの無い円環。メビウスの輪。

 まどかはもう一度溜息を吐いた。彼女が日に何度も、それもこんな短時間の間に溜息を繰り返すことはそうそう無い。

 

「まどかさーん、溜息を吐くと幸せが逃げるらしいですよ?」

 

 驚かない。もう驚かない。

 いつの間に戻ってきたのか。視線だけを声の方向へと向けると、そこには愉快型魔術礼装ことルビー。周囲の内装に溶け込むことなく、無駄に存在感をまき散らしながら浮いている。何故かボロボロの姿で。

 おかえり、ルビー。

 えー、流されると私の立つ瀬が無いんですけどー。

 短い帰宅の挨拶を交わし、もう一度まどかは溜息を吐いた。

 

「うーん、物憂げに溜息を吐く美少女……アリですね」

「……本当にルビーってルビーだね」

「お褒めに与かり光栄です」

 

 褒めてないんだけどなぁ。

 分かっていますよぅ。

 まるで熟練の夫婦のようなやり取り。この奇怪な存在を受け入れるに留まらず慣れてしまう辺り、まどかは中々の大物である。元マスター辺りならキレて暴れて恋人に宥められて慰められるか、諦めて恋人に慰められるかのどっちかだろう。9:1くらいで前者濃厚。

 暫し困ったような拗ねたような何とも言えない笑顔を浮かべていたまどかだったが、懐からスマホを取り出し、疑問を口にした。

 

「ねぇ、ルビー?」

「何ですか、まどかさん?」

「これなんだけど……」

 

 そう言ってルビーに見せたのは、ほむらにも見せたあの魔法少女の画像。

 

「あれー、杏子さん?」

「今日この画像を見てね、この子が持っているステッキがルビーにそっくりだなって思ったの」

「そっくりも何も私ですよ、これ」

「あ、そうなんだ。やっぱりルビーだったんだ」

「はい、そうです。いやー、綺麗に撮れていますねー」

 

 綺麗に撮れているじゃねーよ。もしもこの場に佐倉杏子が居たらそんな事を思っただろう。この場にはまどかとルビーしかいないのだから、そんな仮定の話に何の意味も無いが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暫くの間、まどかとルビーは取り留めのない会話に興じた。

 アーネンエルベの感想。

 製作者への愚痴。

 冷めても美味しかったアップルパイ。

 キュートでリリカルな魔法少女候補。

 魔法少女らしい衣装。

 製作者への愚痴。

 そう言えばルビー、何だか今日はボロボロだね。杏子さんがマジ切れして危なかったんですよぅ。

 浮いて、動いて。笑って、目元を拭って。

 まどかは枕に顔を埋めた。

 ルビーはそんなまどかの横に移動した。

 

「……あのね、ルビー」

「どうしましたか、まどかさん」

 

 まどかの呼びかけにルビーは普段と変わらぬ様子で応えた。

 

「今日ね、ほむらちゃんとマミさんが喧嘩をしたの」

 

 まどかは口を開いた。

 今日のお茶の席の事についてだった。

 

「ほむらちゃんは私たちを魔法少女にしたくないみたいなの。それでマミさんと口論になっちゃって……」

 

 ほむらが自分たちを魔法少女に関わらせたくない事。

 マミが関わってしまった以上は知るべきだと主張した事。

 ほむらがマミの主張を愚問と言って切り捨てた事。

 マミがほむらの主張は極端すぎると非難をした事。

 結局結論が出なかった事。

 絶対に交わる事の無い平行線の議題だった事。

 一つ一つ述べていく。

 

「でね、どうすればほむらちゃんがマミさんと仲良くできるのか訊いてみたの。でも……」

 

 無理よ。そう言ってほむらはまどかの質問を切り捨てた。

 

「方向性が違うんだって。それでその方向性って言うのは、私たちが魔法少女になることに関係するみたいなの」

「魔法少女、ですか」

「うん。それでね、じゃあ私たちが魔法少女にならない事を誓えばマミさんと仲良くしてくれるかな、って思ったの。……そしたら――――」

 

 無理よ。そうほむらは言った。意味が無いとも言った。

 

「私、どうすれば良かったのかなぁ……」

 

 まどかは心優しい少女だ。

 誰かが喜べば自分の事の様に喜ぶし、誰かが悲しめば自分の事の様に悲しむ。

 そんな彼女だからこそ、誰かが争う姿など見たくない。それが知人なら尚更だ。

 ほむらとマミに仲良くしてほしい。だが当人たちにその気が無い。

 その事実に、枕に顔を埋めたまま、まどかは顔を上げることが出来なかった。

 

「うーん……ならいっその事、ほむらさんに喧嘩を売ってみませんか?」

 

 ルビーの言葉にまどかは顔を上げた。

 ただしそれは、言葉の意味を理解したから――ではない。

 

「ええと……どういうこと?」

「押してダメなら引いてみろってヤツですよ。問いかけるんじゃなく、挑発するのです」

 

 何故か嬉しそうに言葉を発するルビー。気のせいではなく動きも忙しなくなる。柄の部分が尻尾のように振り回されている。

 喧嘩を売る? 押してダメなら引いてみろ? 挑発?

 一拍遅れて、漸くまどかの思考が現実へと回帰する。ルビーの言葉を頭の中で反芻し、彼女が何を言いたくて、何をさせたいのかを推測。

 かかった時間はたっぷり5秒。

 首を傾げ、回答を口にする。

 

「……それってつまり……『マミさんと仲良くしてくれなきゃ、私たちは魔法少女になっちゃうぞ』みたいな?」

「はい、その通りです!」

 

 100点満点です、とでも言いたげにルビーが羽を突き出す。サムズアップに似た形、というかサムズアップだ。だからどうやってやっているんだ。

 

「……あのね、ルビー」

「何ですか?」

「私の話を聞いていた?」

 

 溜息と共にまどかは言葉を紡いだ。頬を膨らませ、眉間に皺を寄せている。

 

「ほむらちゃんは私たちを魔法少女にしたくないんだよ? それなのに魔法少女になったら本末転倒だよ」

 

 それは呆れを隠そうともしない語調だった。まどかにしては珍しく、相手を咎めるような言葉だった。

 

「ルビー、私はね――――」

「けど、今のままじゃ何も変わりませんよ?」

 

 被せられるように放たれたルビーの言葉。

 何気なく放たれたであろうその言葉に、しかしまどかは言葉を重ねることが出来なかった。

 

「まどかさんとほむらさんは友達ですよね?」

「う、うん」

「でもほむらさんはまどかさんの言葉に聞く耳を持ってくれない。自分の意見は押し通そうとしているのに」

「……そう、だね」

「だとしたら、はたして2人の関係は友達と言えるのでしょうか?」

 

 グサリ、と。ルビーの言葉がまどかの胸に突き刺さる。聞きたくなかった。それはまどかが、うっすらとだが感じていた事だった。そして認めたくない事でもあった。

 

「確かにほむらさんの言葉も理解はできます。魔法少女は魔女と戦わなければならない。そしてそんな危険な事にまどかさんたちが関わる必要性は決して無い」

「……うん」

「けど、それはほむらさんの事情です。まどかさんの事情ではありません」

「……」

 

 反論しようと考えていた言葉が出てこない。反論するべきなのに口が動かない。

 気が付けば黙ってまどかはルビーの言葉に耳を傾けていた。

 

「何でもかんでも相手の言う通りにすることが友達であるとは私は思いません。と言うか、そんなのは友達ではなく主従関係ですよ」

「……」

「まどかさんはほむらさんの部下でも下僕でも奴隷でもありません。友達でしょう?」

「……うん」

「なら、黙って言う通りにするのではなく、時には意見をぶつけましょう。間違ったことを正さぬまま心中するのは、友達とは言いませんよ」

 

 ルビーの事がまどかの耳を、脳を、そしてまどか自身を揺さぶる。疑う事を好まないまどかにとって、ルビーの言葉はむき出しの刃のようなものだ。心の殻を突き穿たれる。

 信じるだけが友達じゃない。

 その言葉がひどく重たく聞こえた。

 

「……少しだけ昔話をさせて下さい。私の元マスターの話です」

「元マスター?」

「ええ。……私の元マスターは、人と上辺ばかりの付き合いをする人でした」

「……」

「人と深く関わろうとせず、また関わらせようともしませんでした」

「……ほむらちゃんみたいに?」

「そうですね……いや、質の悪さで言えば元マスターの方が上ですかね」

 

 昔を思い出しているのだろう。

 ルビーの言葉には懐かしむような響きがあった。

 

「ほむらさんと違って、元マスターは他の人に歩み寄ろうともしていませんでした。ある一定の距離を保ったまま、近寄らず近寄らせずの人間関係を構築していたのです」

「……友達がいなかったの?」

「上辺だけの付き合いの人ならいたみたいですが、まどかさんとさやかさんのような仲の友達はいなかったように記憶しています」

 

 想像する。さやかが居ない世界を。一番の友達――いや、親友がいない世界を。

 ……そんなのは、嫌だ。考えたくもない。

 知らず知らず、枕を抱える腕に力が籠る。

 

「困った事に私の進言もあまり聞かない方でして……仕方なくちょっと実力行使に出たんですよ」

「実力行使?」

「はい。まぁぶっちゃけ魔法少女にしただけなんですけど」

「魔法少女……あ、それって、平行世界の能力を使わせるため?」

「鋭いですねぇ……と言いたいところですが、正直当時はそこまで考えていなかったんでよぅ」

 

 彼女が構築した壁を壊すためのインパクトが欲しかったんですよねぇ。

 しみじみと、そうルビーは言った。

 

「まぁその後結構怒られたりもしたんですが、最終的に私は元マスターの殻を破らさせる事に成功しました」

「破らさせた? 破ったんじゃなくて?」

「はい。誰が何を言おうと、最終的に決断し、行動するのは己自身です。私は行動に至るまでの手助けだけしかしていません」

「そうなんだ……それで、ルビーの元マスターさんはどうなったの?」

「一度はっちゃけたおかげで、前よりは大分人付き合いが良くなりましたよ。今は恋人も手に入れてイチャイチャしています……っと、話が逸れましたね」

 

 ゴホン。ワザとらしく咳をして、ルビーは話の軌道修正をする。

 

「つまりは私は、ほむらさんの言葉を100%鵜呑みにする必要は無いと考えているんですよ。勿論何かしらの理由があるとは思いますが、マミさんと仲が悪くなってまでしてもまどかさんたちが魔法少女になる事を拒むのは、はっきり言ってやり過ぎだと思います」

「……」

「だからぶつかっていきましょう、まどかさん。時には相手を止める勇気も必要です」

「うーん……大丈夫かなぁ」

「大丈夫ですよ、多分」

 

 多分じゃダメな気がするけどなぁ。思ったが、口には出さない。出さずに、苦笑いを一つ。

 

「ありがとう、ルビー」

「いえいえ、礼には及びません。私もほむらさんが何故にそこまで頑なに魔法少女になる事を拒むのか、理由が知りたいですからね」

「そう言えばほむらちゃんって、ルビーには辛辣だもんね」

「そうなんですよねー、私と契約する場合は魔女と戦わなくてもいいんですけどねー」

 

 思い出す。今日の帰り道、問答無用で金づちを振り回していたほむらの姿を。人がいなかったとはいえ、一歩間違えたら警察沙汰である。聡明な彼女がそこまでして魔法少女になるのを拒むのは、確かにおかしな話だ。

 てことで、明日訊いてきたら結果報告をお願いします。

 あれ、ルビーは来ないの?

 やや、行きたいですけど、私が同席したらほむらさんまた激おこですよぅ。

 そう言うとルビーは柄を消してヘッドの部分だけになった。そして空いていた窓から外へと出る。

 

「あれ、どこ行くの?」

「ちょっとお散歩です。すぐ帰ってきますよ」

 

 そう言って、ひらひらと羽を振って一回転。ヘッドがまどかに対して若干斜めに向けられる。所謂キメ顔なのだろう。何とはなしに、そうまどかは察した。

 

 

 








おまけ

 ――――イギリス・倫敦

「あら、ミス・トオサカ。今日は一段と酷い顔色ですわね」
「……ルヴィアじゃない。アンタは相変わらずね」
「……ふぅ。顔でも洗ってきなさい。今の貴女は見るに堪えませんわ」
「……どういう意味よ、それ」
「そんなもの自分で考えなさい。私の言葉の意味が分からぬほど愚鈍ではないでしょうに」
「……うん、ごめん」
「……ハァ、本当に調子が狂いますわね。シェロがいなくなって腑抜けすぎでは?」
「いや、士郎は関係ないのよ、多分。うん、多分」
「説得力が皆無ですわね」
「違うのよ……何て言うか、その……どっかで過去のトラウマを美談として利用されているような気がして……」
「……ハァ?」



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まどマギ×Fate 9

何とか更新。

それでは、おやすみなさい。



 良く晴れた夕焼けである。ぼぅ、と。夕焼けの空を眺めながら鹿目まどかはそう思った。西の方角にオレンジ色の塊が沈んでいく。高層ビルの影に沈んでいく。

 少し離れたところでは、暁美ほむらが何やらカチャカチャと弄っていた。傍らには紅い髪の子――確か、佐倉杏子――もいる。2人は並んで、時折相談しながら、何やら弄っている。

 3人がいるのは大型スーパーの駐車場だ。まどかはたい焼きを食べながら、2人の作業が終わるのを待っていた。

 

「思ったよりも難しいわね……」

「国産は何度かあったが、外車は初だからなぁ」

 

 思ったよりも作業は難航しているらしい。ほむらの苛立ったような声がまどかの耳に届いた。

 あの才色兼備で魔法少女のほむらちゃんでも苦手な事があるんだなぁ、と。そんな他愛のない事を考えながら、たい焼きの尻尾の部分を口に放り込む。手伝おうとは思わない。何をしているのかわからないのに手伝うも何も無いからだ。

 

「おっ、よし、これでオッケーだな」

「ええ、じゃあさっさと行きましょう」

 

 再び夕焼け空を眺めて数分。

 作業が終わったのだろうか。先ほどまでとは異なり、晴れ晴れとしたような2人の声が耳に届く。

 顔を向ければ、達成感に溢れた2人の笑顔。そして車。黒塗りの、一目で高級車と分かる車。そのドアが開いている。

 

「さ、まどか行きましょう」

「う、うん」

「っしゃ、海行こうぜ、海!」

 

 振り返り、名前を呼ぶほむら。どうやら海に行くらしい。意気揚々と杏子は車に乗り込むと、エンジンをかけた。ほむらに促されるまま、まどかは彼女の手を取り、後部座席に座る。初めて座る高級車の、それも革張りの座席に、若干の座り心地の悪さを感じた。

 

「ふふっ、楽しみね」

 

 だが今まで見たことが無いような笑顔を浮かべるほむらを前に、そんな自分のちっぽけな感情は消し飛ぶ。釣られるように、まどかも顔を綻ばせた。何故だかとても嬉しかった。

 

「っしゃ、行くぜっ!」

 

 慣れた手つきで車を発進させる杏子。僅かな振動とともに、3人を乗せた車が混みあった駐車場を出ようとし――――

 

「拙いわね、持ち主が戻ってきたわ」

「げっ、時間かけ過ぎたか」

 

 持ち主、そして時間をかけ過ぎた。不穏な言葉と、珍しくも焦ったような2人の声。連れられて前を向けば、そこにはまどかたちに向かって走ってくる早乙女先生の姿が。……先生?

 

「せ、先生?」

「……杏子」

「ハッ、分かってるよ」

 

 急加速でバックする車。だが早乙女和子は容易くついてくる。焦る杏子とほむら。だが3人の常識を容易く覆し、彼女はフロントガラスに張り付いた。

 

「かーなーめーさーん?」

 

 ヒッ、と。情けない声がまどかの口から零れる。何故自分の名前だけが呼ばれるのか。何故自分だけを見ているのか。顔見知りだからか。顔見知りだからなのか。

 フロントガラスに罅が入る。焦る杏子とほむら。滅茶苦茶に車を動かし始めるが、それでも引きはがせない。Gでまどかの身体が左右に揺れるが、それでも早乙女和子は引きはがせない。

 

「かーなーめーさーん?」

 

 早乙女和子に名前を呼ばれる。心の底から冷えるような声。顔は笑っているのに眼は笑っていない。そしてその双眸がまどかを捉えて離さない。これを恐怖と言わずして何と言うのか。

 

「かーなーめーさーん?」

 

 3度め。抑揚の無い声。もう無理だ。恐怖が全てを上回る。だが眼をそらせない。固定されたまま動かない。意識の片隅でほむらと杏子が何かを言っている。でも分からない。声も届かない。認識でない。狭まる視界。遠のく意識。そして――――

 

 

 

「かーなーめーさーん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■ まどマギ×Fate 9 ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひゃあああああああああ…………あ?」

 

 恐怖に耐えきれず、声を上げる。暗闇から逃れる様に身を起こす。

 視界の切り替わりは一瞬のことだった。何も見えぬ暗闇が晴れ、まどかの眼が見覚えのある光景を映す。

 明るい室内。

 電子黒板。

 クラスメートの視線。

 呆けた顔のさやか。

 心配そうな顔のほむら。

 そして、

 

「かーなーめーさーん?」

「ひっ!」

 

 耳元で聞こえた声に思わず反応する。さっきまで何度も聞いていた声だ。

 錆びついたブリキの人形の如く、恐る恐るまどかは声の方向へと顔を向けた。

 

 ――――笑顔の、早乙女先生。

 

「かーなーめーさーん?」

「は、はい……」

「疲れているのかな? でも学生の本分は勉強ですよ?」

「はい……」

「次は反省文ですからね」

「分かりました……」

 

 まどかの従順な態度に気を良くしたのか。じゃあ続けますよー、と。笑顔のまま早乙女先生は黒板前へと戻る。その後姿を眼で追いながら、まどかは静かに息を吐き出した。

 

「夢、かぁ……」

 

 夢。そう、夢だ。アレは紛れもない夢だ。と言うか、友達とその知り合いが高級車を盗もうとしている夢っていったい何なんだ。

 まさかの授業中に寝てしまうという失態に、まどかの口から溜息が零れる。いや、真面目なまどかからすれば大失態と言っていい。

 ああ、やっちゃたなぁ、と。先生にはバレぬように頭を抱える。

 そんなまどかの脳内に、大親友の声が響く。

 

『お疲れだねー、まどか』

『うん、ちょっとね……』

『もしかしてルビーのせい?』

『うーん……何て言うか、その……あはは……』

 

 さやかからのテレパシーにまどかは言い淀む。が、それでは即ちルビーのせいであると言っているのと同じことだ。

 だがさやかはまどかの真意を汲み取り、それ以上の追及は止めた。まどかが人の悪口を好まない、善良な人間であることを理解しているからだ。

 

『ま、無理はしないようにね』

『うん、ありがとう』

 

 他愛もない言葉でテレパシーを占めると、もう一度まどかは溜息を吐いた。誰にも気づかれないように、静かに、小さく、ゆっくりと。

 ――――さやかは一つだけ思い違いをしている。

 授業中に眠ってしまうほど疲れているのは事実だ。だが、その原因はルビーではない。いや、関係なくもないが、割合的には少ない方だ。

 では何が疲労の原因なのか。

 それは夢に出てきた、そして先ほど心配そうな表情でまどかを見ていた少女。

 暁美ほむら。

 彼女こそがまどかの疲労の大部分を占める原因なのだ。

 

 ――――ぶつかっていきましょう!

「……そんな簡単にぶつかっていけたら、苦労はしないんだけどなぁ」

 

 喧嘩を売りましょう。挑発しましょう。ぶつかっていきましょう。相手を止めましょう。

 昨日のルビーとの会話を思い返しながら、また誰にも気が付かれないように溜息を吐き出す。

 つまりはまどかが悩んでいるのは。悩み過ぎてロクに夜を眠れなかったのは。眠れなかったせいで授業中に寝落ちしてしまったのは。

 昨日のルビーの策を、どうやって実行するかについて考えていたからなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はー、なるほどねー。まどかが寝落ちするなんて何事かと思ったけど、そう言う事情があったわけね」

 

 昼休み。

 見滝原中学校、屋上。

 ベンチに腰掛け、まどかとさやかはお昼ご飯を摂っていた。

 会話の内容は、何故まどかが授業中に寝落ちしてしまったのか。そして、その原因でもある昨日のルビーの案について。

 

「ぶつかっていくかー。なるほど、確かに良い案だね、それ」

 

 さやかはまどかから聞いたルビーの案に、全面的に同意していた。ぶつかっていく、と言うのは盲点である。さやか一人では思いつかなかった。ルビーの案と言う割には、存外真っ当で、且つ正攻法と言えよう。

 だがそんなさやかと相反して、まどかの表情は重い。

 

「うん。でもね……ほむらちゃんはそれで本当に答えてくれるかな、って思うの」

「あー……まぁ、確かにね……あのほむらの鉄面皮の具合じゃ、そう簡単に崩れるとは思えないしね」

 

 少ない言葉で、しかしさやかはまどかの想いを的確に把握した。

 2人が思い浮かべたのは、昨日のアーネンエルベでの一幕。一切の感情を排し、拒絶の意すら言外に滲ませて口論していたほむら。あの鉄面皮を崩すとなれば一筋縄ではいかない。馬鹿正直にぶつかっても跳ね返されるのがオチだろう。

 では、どうしたものか。

 2人仲良く案を練る。

 

「うーん……ぶつかる……ぶつかるねぇ……」

「……ルビーは挑発しちゃえって言ってたんだけどね……」

「挑発しちゃえ? どういうこと?」

「あのね、ほむらちゃんって、私たちが魔法少女になる事を嫌がっていたでしょ?」

「うんうん」

「だから、言うこと聞かないと私たち魔法少女になっちゃうぞ、って。そう挑発しちゃえ、って」

「あー……」

 

 挑発の真意を知り、さやかは空を見上げた。そして同時に思う。それって挑発じゃなくて脅しじゃない?

 まどかも同じことを思ってはいるのだろう。苦笑いがその証拠である。大方ルビーの勢いに押し通されてしまいその場は承諾したが、今頃になって方法に疑問を抱いた……と言ったところか。

 そんなさやかの推測は、寸分の狂いもなく当たっている。

 

「もしも……ルビーの言う通りにしたら、確実に話は拗れるよね……」

「うん。多分、まどかも私もほむらもマミさんも……誰も得しないと思う」

 

 2人が思い描いたのは、冷たい眼で見下ろすほむら。呆れた表情すら消し去った、鉄面皮。絶対的な拒絶。

 そしてそんなほむらを見て、きっとルビーはこう言うのだ。あれー、おっかしーですねー? まどかさん、ちゃんと挑発しました?

 ぶるり、と。2人は身体を震わした。

 

「やばいやばい、絶対やばいよ。まどか、それはやばいよ」

「うん。安請け合いし過ぎたみたい……」

 

 今日何度目になるか分からない溜息を零す。思い描いたあまりにも残酷な想像に、キリキリと2人の胃が痛みを訴える。

 ルビーの言葉に乗っかったらバッドエンド確定。

 ぶつかっていくと言う案は一見良さげだが、背景に挑発の件がある以上、却下するのが当然の処置だろう。と言うか、元々はほむらとマミの仲を改善するための案の筈が、何故にこんな事になっているのか。

 

「良い手だと思ったんだけどねぇ……」

 

 さやかの言葉が溜息と共に吐き出される。まどかは苦笑いと共に同意するように頷いた。

 兎にも角にも、違う手を模索するしかあるまい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幾ら違う手を模索するしかなくとも、ほんの数時間でそんな簡単に代替案が出れば苦労しない。

 放課後の見滝原中学。オレンジ色に染まる教室。

 まどかとさやかは仲良く机に突っ伏すと、諸々の想いを乗せた息を吐き出した。

 

「ああ……どうしよう……」

 

 ここまで困り切ったどうしようもあるまい。沈み切ったまどか。首だけを動かしてさやかは慰めの言葉を掛けようとするが、上手く思いつかずに溜息を吐き出すだけで終わってしまう。この状況でまどかを鼓舞できるほど、さやかは口が達者なわけでは無いのだ。

 目下のところ2人が悩んでいるのは、どうやってほむらとマミを仲良くさせるか、である。だが状況は、控えめに言っても芳しくはない。

 

「マミさんは気にしていないって言っていたけど……」

「そりゃあマミさんならそう言うよ、って話でしかないよ……」

 

 マミからは気にしていない、とメールで返信が来ていた。諍いや争いなど魔法少女同士ならよくある事、とも。

 だがそれが気遣いの言葉であることくらい、分からないほど2人は愚かではない。

 ハァ、と。盛大に溜息を零して夕焼けの街並みを眺める。

 2人の悩みなど知ることなく、無情にも陽は落ちていくし、人の営みは絶えることが無い。

 

「……とりあえず、今日は帰ろうか。残っていても仕方が無いし」

「そうだね……」

 

 力なく頷くまどか。それを見て、これは重症だな、とさやかは思った。責任感の強いまどかの事だ。自分たちが原因で不仲になっている事を重荷に感じているに違い無い。そしてそのさやかの推測は、やはり寸分の狂いもなく当たっている。

 とことこと自分の後ろをまどかがちゃんと付いてきている事を確認しながら、さやかは教室を、廊下を、階段を、下駄箱をと、先導するように進んでいく。

 そして靴に履き替えようとしたところで、一つの名前が視界に飛び込む。同時に、さやかの脳裏に一つのアイディアが思い浮かんだ。

 

「……さやかちゃん?」

 

 靴を持ったまま固まったさやかの事を不思議に思ったのだろう。先ほどまでの沈んだ表情とは異なり、首を傾げながらまどかはさやかの名前を呼んだ。

 

「……まどか」

「な、なに? どうしたの?」

 

 一変したさやかの雰囲気にまどかは思わずたじろいだ。何と言うか、あまり良い予感はしなかった。何故だかそう思った。

 だがさやかは。満面の笑みと共にまどかへと向いた。良いアイディアを思いついた言わんばかりの表情だった。

 

「恭介に訊けばいいんだよっ!」

「へ?」

 

 全く予想していなかった発言に、まどかの時間が止まる。呆けたような言葉が零れるのも仕方が無い。いや、本当に。

 だがさやかはそんな友人の事を気にすることなく、やや興奮した面持ちでまどかの肩を掴む。そして軽く前後に揺する。

 

「そうだよ、訊けば良かったんだ! 魔法少女のところは暈せばいいし!」

「へ、え、え?」

 

 まどかはさやかの発言についていくことが出来ない。だがさやかの発言の文脈から、必死に彼女が何を言いたいのか頭を働かせる。主語や経過を通り越して結論が出てくる事には、残念ながら慣れているのだ。

 恭介と言うのは、恐らくクラスメートである上条恭介の事。

 魔法少女は暈せばいい、と言うのはそのままだろう。

 訊けば良かったは……第三者目線で解決方法を模索する、という事だろうか。

 たっぷり3秒の間で、情報を整理し、まとめ、推測する。

 そして結論を。

 

「それって……上条君に、似たような状況を説明して、一緒に解決方法を考えてもらおう、って事?」

「その通りだよっ!」

 

 どうやら大正解らしい。ああ、良かった、と。さやかには気づかれないように、まどかは心の中で小さく安堵の息を吐き出した。

 だが考えようによっては、確かに良い方法である。第三者目線、それも価値観の全く違う人物からのアイディアを得るチャンス。このまま2人で悩み続けるよりかは効果的だろう。

 

「よし、そうと決まったらタイム・イズ・何とかだよ! 行こう!」

 

 タイム・イズ・マネーって言いたいんだろうなぁ、きっと。

 何だか締まらない残念な友人に、曖昧な笑みでまどかは頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幾ら人の密度が多かろうと、日常から明らかに線引きされた空間と言うのは存在する。

 病院。

 健康体であるまどかやさやかが、本来なら来るようなところではない。

 だが見滝原市内で一番の大きさと機能を誇るこの病院には、まどかたちのクラスメートである上条恭介が、交通事故により入院している。

 幸い重体と言う訳ではいらしく、お見舞いに行く分なら何の問題も無いのだ……が。

 

「やばっ、また赤信号……」

「お見舞いの時間って何時まで?」

「確か午後8時まで。でも、私たちは条例だか何だかで6時には帰らなきゃいけないから……」

「あと30分しかないね」

 

 少しばかり時間を無駄にし過ぎた。放課後の悩んでいた時間とか、見舞いの品を選んでいた時間とか。

 ダメだ、CDを買う余裕はないよ。じゃあ音楽系の雑誌は? いや、オーソドックスに果物に……あー、いや、果物じゃ味気ない、何か変わったものにしよう。ケーキとかどうかな。うーん……甘いものから離れよう、普段の入院生活では食べられないものにしよう。入院生活で食べられないもの……カップラーメンとかハンバーガー?

 ……思い返すまでもなく無駄な時間である。何だかんだで買い物だけで30分以上は費やした。実に本当に疑いの余地なく無駄な時間であった。

 ちなみに見舞いの品については、途中のスーパーにて少しお高めのチーズのセットを買った。勿論2人で折半して。

 

「お見舞いの前に、来院理由を書かなきゃいけないからね。多分話せるのは15分くらいじゃないかな」

「来院理由なんて書くの?」

「そうだよ。しかもそれが混んでいたりして意外と時間がかかるの」

「そうなんだ……」

「それと身分が証明できるものが必要だね。学生証とか」

 

 流石に何度もお見舞いに訪れているだけあって、さやかはシステムを熟知している。

 熟知しているのならば、買い物に興じていないで早く連れてきてほしかった……と思わなくもないが、黙ってその言葉は飲み込む。楽しんでいたのはまどかとて同じことだったからだ。

 

「あ、青っ!」

「行くよ、まどか!」

 

 青信号に変わるとともに、2人は誰よりも先に道路を渡る。そして駆け足で病院に敷地内へ足を踏み入れ――――

 

 

 

「まどかさんっ、さやかさんっ、ダメですっ、退いて下さいっ!」

 

 

 

 どこからか聞こえるその忠告に足を止め――――るのは遅かった。

 足は急には止まれない。走っている勢いを殺すことは出来ず、しかし素直に声に反応した2人は、やや勢いを失いながらも、数歩進んでしまう。

 そして最後に。勢いを止めるために踏み出した足が、何か柔らかいものを踏みしめた。

 

「?」

 

 柔らかいもの……そう、柔らかいものだ。アスファルトを踏んでいる筈なのに、何故か柔らかい。

 いや、それだけじゃない。声の方向へと振り返った2人の眼前には、見滝原の街が映るはずである。だがその眼が捉えたのは、珍妙としか言いようが無い、奇天烈な建物の群像。

 

「……お菓子?」

 

 そう、それはまるでお菓子の国。幼子が描くような、夢の国。或いはお伽噺の世界。

 2人の鼻孔を甘い香りが擽る。スポンジの地面。積まれたマシュマロ。クッキーでできた壁。ゼリーの窓。クリームの屋根。チョコレートのタイル。ケーキの椅子。シロップの噴水。飴のオブジェ。ビスケットの塔。

 そこに、見滝原の面影は一切無い。乱立するビル群も、行き交う人波も、はたまたすぐ目の前にあった筈の病院すらも。

 何もかもが、無い。

 

「……え?」

 

 ドサッ、と。何かが落ちる音がする。まどかのすぐ傍らからだ。

 その音が自分の持っていた買い物袋を落としたことによるものであることに、まどかは気が付かない。気が付けない。

 

「嘘……でしょ。これって……」

 

 震える声でさやかは言葉を零した。彼女にはこの奇妙な状況に心当たりがあった。

 そしてまどかも。さやかと同じ言葉を脳裏に浮かべていた。なにせつい数日前に、彼女たちは似たような状況に巻き込まれたばかりなのだ。

 

 

 

「魔女の……結界?」

 




おまけ


Q.もしもまどかがルビーの策に従って、ほむらを挑発していたらどうなるの?
A.その場は煙に巻かれます。そしてほむらがルビーの抹殺を本格的に検討します。


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まどマギ×Fate 10

GW終了日にやっとこさ更新。

しかも長くなり過ぎた為、前後編に分けています。

後編は後日投稿するので、続きは暫しお待ちください。


 魔女の結界に入り込んでしまった事を察知し、暫し呆けていたまどかとさやかだったが、いつまでもそのままではいられない。

 魔女の結界は人に有害である。そう2人はマミから教えられていた。捕らわれれば最後、魔女の養分として何一つ残す事無く食べられてしまうのだ。

 ならば、呆けていてることは悪手である。現実に回帰した2人は、ルビーにはテレパシーで、マミにはメールで連絡を取ろうとする。……だが、

 

「……ダメ。ルビーに届かないよ」

「こっちもだよ。スマホの表示がおかしい……」

 

 2人の眼前に突き付けられたのは、連絡不能と言う結果。テレパシーにルビーが反応する様子は無く、さやかのスマホは文字化けをしていて動かない。

 外部への連絡手段は何一つ機能しない。講じられる手段を封じられ、2人の思考が凍り付く。

 

 ――――トンッ

 

 そんな2人の思考を現実に引き戻したのは、背後から聞こえた何かが落ちる音。

 反射的に2人は音の方へと顔を向け――――視界に映ったのは、黒いキャンディが一つ。黒い包装紙で巻かれたキャンディが一つ転がっている。

 

「……びっくりしたぁ」

「内装が剥がれたのかもね……あはは、心臓に悪いや」

 

 予想外の音に2人が脳裏に描いたのは、初日に自分たちを襲ってきた使い魔たち。白い綿毛でできた、珍妙な人形の使い魔。

 だが実際に落ちてきたのはキャンディー。その音の正体に、2人は不安から一転し、安堵から笑みを零した。

 

 ――――トンッ、トンッ

 

 続けてキャンディーが2つ落ちてくる。どちらも黒い包装紙で巻かれており、よくよく見れば的の様な大きな円が描かれていた。そしてその何れにも二つの突起物が付いている。

 

「……ふふっ、変なキャンディ」

「ははっ、そうだね。あれじゃまるで足が――――」

 

 ――――ぴょこっ

 

「足が――――」

 

 ――――ぴょこぴょこっ

 

「あ、足が――――」

 

 ――――ぶるぶるっ

 

「は、生えてるね……」

 

 ――――ギョロッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■ まどマギ×Fate ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「いやああぁぁああああああああああああっ!!!」」

 

 お菓子の世界をまどかとさやかは爆走していた。恥も外聞もなく、涙や鼻水を垂れ流し、スカートが捲れて中身が見えているのも気にせず走る。華の女子中学生と言えど、今の2人にそんな言葉を気にする余裕はないのだ。

 そしてそんな2人を追うのは三つのキャンディっぽい何か。追走するように、2人と同じスピードで追いかけている。

 絵面だけを見れば何とファンシーな事か。お菓子の世界。可愛らしい女子中学生。後を追う黒色のキャンディモドキ。どこかの童話と言われても、きっと納得するに違いない。……先を行く少女たちが鬼気迫る表情で、叫び声を上げながら走っていなければの話だが。

 

「な、な、何あれーっ!?」

「きもいきもいきもいきもいきもーいっ!!!」

 

 先行く2人に余裕はない。全力で走り続ける。キャンディモドキに捕まらぬよう走り続ける。恐らく今の2人ならば、オリンピックに日本代表として出場できるだろう。それぐらいに必死なのだ。

 そうとも。ファンシーな空間に騙されてはいるが……よく考えてほしい。

 まずキャンディモドキの大きさはまどかたちと同程度はある。

 加えてキャンディモドキには足が生えているのである。

 そして人間と同じように動いているのである。

 全力で走る女子中学生と同程度のスピードで追って来るのである。

 想像してほしい。その有様を。その光景を。その場面を

 足の生えた巨大なキャンディーモドキが猛スピードで追いかけてくる状況を。

 ……誰だって逃げる。逃げない筈が無い。もしも逃げない人がいるとすれば、それは危機管理能力が欠如した馬鹿だけだ。

 

「いや、いや、いやあああああああああああああああっ!!!」

「あああああああああああああああああああああああっ!!!」

 

 真っすぐ走る。振り向きもせず走る。現れた十字路で右を選択。振り返ると、後ろからは相変わらずキャンディモドキが追いかけてくる。まだ追いかけてくる。視線を前に戻してひたすら真っすぐ走る。次の十字路も右へ。そしてまた真っすぐ走る。

 入り組んだ迷路のような道。何処をどう走っても光景は変わらない。立ち並ぶお菓子の建造物。目印らしき目印なんてない。2人は何処をどう走ったかは勿論、どの程度の距離を走ったのかもわからない。前へ、前へ、右へ、前へ、今度は左へ。道の選択は直感だ。

 2人を突き動かしているのは恐怖である。理解の範疇から外れた化け物への恐怖心だけである。

 だがそんな追いかけっこは、唐突に終わりを告げる。

 現れた丁字路。その右を選び……

 

「……っ、嘘、これって……」

 

 足を止める。2人の目の前に佇むは壁。巨大なケーキの壁。左右に逃れるスペースもない袋小路。

 つまりは……行き止まり。

 振り返れば、ちょうどキャンディモドキたちが姿を現したところで――――

 

「まどか、こっちっ!」

 

 ケーキとケーキの隙間。そこにさやかは僅かな隙間を見つけると、迷うことなくまどかの手を引き飛び込んだ。そして隙間に身体を押し込むようにして前へ進む。道の幅は先へ行くほど細くなっており、つまりは狭くて動き辛くなっていく。幸いなのは壁の素材がケーキであることだ。服が汚れるのを厭わず、掘り進むようにすれば、どうにか前へと進むことができる。

 

「ぬぅ――――っ!」

 

 水を掻き分ける様に、大きく右腕を前へと伸ばし続ける。そうして掻き出したクリームとスポンジを後ろへ放り投げ、少しずつ前へと進む。

 後ろを振り返る余裕はさやかにはない。左手でまどかを抱き寄せ、我武者羅に前へと進み――――その指先が、ついに空を切った。

 

「――――っらぁ!」

 

 空を切ったという事は、その先は開けた場所である可能性が高い。しめたとばかりにさやかは全体重を乗せて飛び込んだ。幾ら素材がケーキであるとは言え、掻き分け続けるのには体力がいる。それでなくてもここまでノンストップで走り続けてきたのだ。これ以上は消費する体力が無い。

 さやかの目論見通り、決死のダイブの先は大通り。

 クリームのせいで服はドロドロになってしまったが、一先ずは脱出成功だ。

 

「さやかちゃんっ! やったよ、逃げ切れたよっ!」

「へへっ、どんなもんよ……」

 

 振り返れば、自分たちが飛び込んだ入り口から、此方を恨めしそうに見ているキャンディモドキたちの姿が見える。恐らくあの巨体では2人が通った隙間には入れないのだろう。脅威から逃れたと言う事実に、さやかは力なく笑みを零した。

 

「あー……疲れた……」

「ふふっ、そうだね……」

 

 脅威から距離を取れた事で、身体が緊張から解放されたのだろう。急に笑い出した膝を止めることが出来ず、まどかは地面に腰を下ろした。暫くは立てそうになかった。

 さやかは仰向けに倒れ込んだまま、呼吸を整えようとする。心臓が暴れているかの如く鼓動を刻んでいた。このままだと口から出てきそうなくらいだった。

 そうして2人仲良く天井を見上げる。

 高く、薄暗く、先は見えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 5分程度の休憩の後、2人はゆっくりとだが先へ進むことにした。

 とは言え、どこか行く当てがあるわけでは無い。

 この場に留まるよりは、動き回って出口を探した方が良いと言う判断からだ。

 

「あー、シャワー浴びたい」

「クリームまみれだもんね。あーあ、このままだと制服ダメになるかも」

 

 2人は制服とシャツを脱いで、上半身のみ下着姿になっていた。何せ制服とシャツはクリームまみれでベトベト。このまま着続けるのは、ハッキリ言って気持ちが悪かった。

 人目は無し、不快感、我慢できない。

 脱ぐことへの逡巡はあって無いようなものだった。

 

「もうケーキはいいや。てか甘いものはもういいや。渋いお茶とか煎餅が食べたい」

「あはは、そうだね。……ホント、暫くはいいや」

 

 まどかもさやかもケーキは大好物だが、ここまでクリームまみれになると流石に辟易する。一ヶ月分は食べた気分だ。実際には食べてないのだけど。

 早く状況をほむらかマミかルビーに伝え、魔女の結界を解決し、帰って熱いシャワーでクリームを洗い流したい。

 当初の目的など忘れ、ベトベトの身体を引きずりながら、そんな事を2人は思った。

 

「……そう言えば、さやかちゃん」

「ん、何?」

「あの時聞こえた声って、もしかしてルビーかな?」

 

 あの時とは2人が結界に入る直前の事。走っていた2人に掛けられた忠告の声。

 ――――まどかさんっ、さやかさんっ、ダメですっ、退いて下さいっ!

 

「……あー、そう言えば。確かにルビーの声だよね、あれって」

「やっぱりそうだよね。あれってルビーだよね」

 

 なんだか遠い記憶の事の様に思えるが、確かにあの時の声はルビーのものだった。

 

「私たちを止めようとしてたって事は、ルビーは魔女の結界を察知していたのかな?」

 

 仮にそうだとすれば、ルビーは魔女の結界の存在、そしてその中に2人が入り込んでいる事を知っている事になる。

 だとすれば、

 

「だったら、もう少し待てばほむらやマミさんが来てくれるかもね」

 

 止めようとしたという事は、ルビー自身は結界内に入っていない可能性が高い。ならば、魔女の結界を良く知るほむらかマミに連絡を取りに行くのは自然な事の筈。

 もしも懸念点があるとすれば、ルビーが2人に余計な事を言ってないかどうかだ。特にほむらに。まぁそんなことはないかと思うが……

 

「……とりあえず、そしたら魔女を探した方が早いかもね」

「そうだね。もしかしたら他の魔法少女が退治に来ているかもしれないし」

 

 魔法少女は魔女を倒し、グリーフシードを集めなければならない。マミはそう言っていた。魔法少女として活動を続けるにはグリーフシードが必要なのだ。

 ならば、場所も分からぬところでウロウロしているよりも、魔女が確実にいる中心部にて隠れている方が、ほむらやマミと会える可能性は高い。

 それに。幸いにして、この見滝原市にはほむらとマミ以外にも魔法少女がいる。

 佐倉杏子。

 本来なら隣町に住んでいるらしいが、昨日の写真を見る限りでは見滝原にも来ているらしい。

 

「問題はどこが中心か、だよね」

「うーん、特徴とか聞いておけばよかったね」

 

 初日に魔女の結界に捕らわれた時は、何も分からぬまま逃げ回り、気が付けば脱出していた。ほむらは魔法少女に関する事は教えてくれないし、マミからはまだ詳しく話を聞けていない。つまりは残念ながら、このままでは2人に打つ手は無いのだ。

 

「……とりあえず、中心っぽいところへ向かってみる?」

「中心っぽいところ?」

「うん。あそこ」

 

 そう言ってまどかが指さしたのは、一際大きなお菓子の塔。

 

「あー、なるほど。確かに中心っぽい」

「でしょ。とりあえず行ってみよう」

 

 道に迷ったら、とりあえず誰もが目に付く目立つところへ向かう。

 困ったときは定石どおりに動くのが一番だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結論から言えば、2人の考えに間違いはなかった。

 他の建造物と異なり、やや乱雑に作られたお菓子の塔。飴細工の窓のすぐ上からビスケットでできた煙突が飛び出ている。それに何をイメージしたかもわからぬ突起物が無数に――あ、多分コレRockyとうんまい棒だ。箱と袋が傍らに積まれている。……兎にも角にも、近くで見れば、これはちょっとした珍妙なオブジェだ。

 そしてその塔の扉が壊され、開け放たれていた。扉の破片が砕かれて転がっている。力任せに壊したような惨状。さらにその周囲には、ボロボロのキャンディモドキたちが倒れている――いや、ボロボロなんて形容は生温いだろう。一体一体が切り刻まれて少なからず欠損している。絶命しているのは素人目にも分かった。

 想像を超えたグロテスクさに、まどかは直視できずに顔を背けた。

 

「……これは酷いね」

 

 例えそれが先ほどまで襲ってきた敵であっても、その末路をそう簡単には受け入れる事は出来ない。受け入れるには、2人は魔法少女の世界を知らなすぎであり、何よりも優しすぎるのだ。

 さやかは意図的にキャンディモドキたちを視界から外し、開け放たれた扉のその先へと視線を集中した。黒々とした空間が続いていた。

 

「……行こう、まどか」

 

 この惨状を行った人物が誰かは分からない。ほむらかもしれないし、マミかもしない。或いは佐倉杏子を始めとする、別の魔法少女によるものなのかもしれない。

 だが誰であれ、その人物がこの扉の先に居る事は確かである。無造作に転がる敵の成れの果てが、如実にその事実を示していた。道を示すかのように、扉の先に転がっているのが見えるのだ。

 ならば、行くしかない。行くしか選択肢はない。

 さやかは強く鋭く息を吐き出した。そして覚悟を決めるかのように、自身の頬を強く叩く。

 

「うん、行こう。さやかちゃん」

 

 一方でまどかも覚悟を決めた。外見からは想像もつかぬが、彼女は芯の強い子であり、滅多な事では泣き言を言わない。ましてやさやかが覚悟を決めたのだ。例えそれが虚勢であっても、友人が決めた覚悟を崩すような真似だけはしたくなかった。

 そしてそれはさやかも同じだった。もしもこの場にいるのがさやかだけだったら、きっと覚悟なんかできずに泣き崩れていただろう。耐えられなかっただろう。彼女が虚勢を張れるのはまどかがいるからであり、まどかがいる限りは、張りぼて以下の虚勢であっても張り続ける自信があった。

 2人で漸く一人前。良いじゃないか、それで。足りないところは互いが補えば良い。

 

「うん、怖くない」

「そうだね、怖くないよ」

 

 互いに顔を見合わせて、笑みを零す。そして手を握り合った。

 そうとも。もう怖くない。それだけはこの奇妙な世界における、紛れもない事実だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 転がっているキャンディモドキたちを丁寧に避けながら歩く。その惨状からは眼を背け、ただ真っすぐに道の続きを目指して。

 特に会話をすることは無い。必要が無いのだ。心臓は平常通りに鼓動を刻んでいる。恐れや不安は、握り合った手から感じる互いの体温がかき消してくれていた。

 もしも口に出すことがあるとすれば――――

 

「……長っ」

「ね、長いよね」

「入り口は……おお、遠い」

「うーん、でもまだ先は長そう」

 

 まどかの言葉の通り、道の先はまだ終わりが見えない。真っすぐの一本道。入り口はすでに大分遠くなっている。

 愚痴とも軽口ともつかぬ言葉が零れるのは自然な事。ましてやこらえ性の無いさやかからすれば、良くもまぁここまで黙って歩けたと思えるくらいだ。

 そして一度口を開いてしまえば、あとは連鎖的に会話は続いていく。

 何時になったら出口に着くのか。

 誰がこの道の先にいるのだろうか。

 この結界を出たらどうしようか。

 とりあえずシャワーを浴びたいよ。

 そうだね、へばりついて気持ち悪いもんね。

 でもケーキの中を掘り進むって貴重な経験だったなぁ。

 もっとゆっくり、それも食べながら進みたかったけどね。

 それは私だって同じだよ、あー惜しいことした。

 

「……あれ?」

「もしかして出口?」

 

 そんな取り留めの会話をしていた2人の前が唐突に開ける。尤も見た目的には大して変わらない。無造作に隆起しているお菓子の山が無駄な自己主張をしているだけで、ここもお菓子の世界である事には変わらない。唯一異なる点があるとすれば、先ほどまでの場所とは異なり、壁や天井が目視できる事だろう。

 ここが魔女の結界の中心?

 まどかとさやかは同じ疑問を抱いた。さっきまでの場所もそうだが、魔女の居場所としてはファンシーすぎたからだ。

 

 

 

「へぇ、珍しい。まさか意識持ちの一般人がアイツ以外にもいるとはねぇ」

 

 

 

 そんな2人の頭上から声がかかる。

 ほむらでもない、マミでもない、聞いた事の無い声。

 声のした方向はお菓子の山。その頂点を見上げると、そこには少女が座っていた。

 そう、少女だ。

 見上げている状況では細部まで分からない。だが声の感じから察するに、恐らくは少女で、それも同年代くらいだろうか。

 

「あなたは……?」

 

 至極真っ当な質問をまどかは口にした。決して大きな声ではなかったが、良く通る声量ではあった。

 少女の耳にも届いたのだろう。少しだけ意識をまどかたちの方へ向け、

 

「どーだって良いだろ、んな事はさ」

 

 如何にも面倒くさげに問いかけを無視した。表情は見えないが、きっと態度と同じくらい面倒くさげな表情なのだろう。ありありと想像できた。

 

「ちょっと、何よその態度!」

 

 一方で。

 そんな扱いに声を荒げたのはさやかである。結界内を彷徨い、化け物に追われ、漸く自分たち以外の人に出会えたと思ったら、このおざなりな態度。ここまでの理不尽すぎる道程も手伝い、有体に言えば彼女は少女に対して腹を立てていた。

 だがそんなさやかの態度にもどこ吹く風。

 少女はハエでも払うかのように手を振り、さやかの言葉に無視を決め込む。

 

「こ、このっ」

 

 瞬間湯沸かし器の如く、さやかの怒りのメーターが頂点に達する。元々さやかはそれほど気が長くない。思い込みが激しくて喧嘩もよくしちゃうけど、優しくて勇気があって困っている子がいれば一生懸命……と言うのはまどかからのさやか評である。要はぶっちゃけ短気で喧嘩っ早い側面があるのだ。

 つまりはここまで露骨な態度を取られると、ただでさえ現状余裕の無いさやかの精神的許容量が溢れるのは当然の事なのだ。何もおかしくは無いのだ。

 

「死にたくなけりゃ黙ってそこに隠れてな。もう少しの辛抱さ」

 

 そんなさやかに先んじるように、少女は注意を促した。

 

「もうすぐ孵るんだ。とりあえず黙ってろ」

 

 視線を向けずに吐き捨てられたその言葉。

 ビキィッと。確かにまどかはそんな音を聞いた。具体的にはすぐ隣からだった。すぐ隣の親友からだった。人体からは絶対に鳴ってはいけない音だった。

 まどかは思わず天を仰ぎ見た。さやかちゃん、人体からそんな音がするのはおかしいと思うの。良くないことだと思うの。絶対に何か異常が起きている筈だよ。

 

「こ、こいつっ……」

 

 震えるさやかの声。最早見るまでもない。どんな表情でいるかは簡単に想像が付いた。

 だがさやかの怒りも無理はない。誰だってこんな風にあしらわれたら良い気分ではないだろう。まどかだって、さやかが先に怒っているから一歩引いた立場で見ることが出来ているだけだ。……それにしたって短気ではあると思うが。

 どうどう。まるでペットをあやすかのように、手慣れた様子でまどかはさやかを押さえつけた。このままでは全く話が進まないからだ。

 

「それって、ここが魔女の結界の中心って事?」

 

 まどかはさやかに先んじて疑問をぶつけた。少女が魔法少女であることを前提にした疑問だった。

 先ほどの少女の言葉。もう少しの辛抱、もうすぐ孵る。そして不自然すぎるほどに落ち着き払った態度。

 まどかには少女が魔法少女である確証があった。

 

「……その問いかけは、アンタらも魔法少女って事か? にしてはど素人みたいだが」

「ううん、違う。私たちは知っているだけ」

 

 そう。知っているだけ。

 知っているし、才能も有るらしいが、2人はまだ魔法少女ではない。

 ここにきて初めて、少女はまどかたちに視線を合わせた。意志の強そうな眼差しだった。

 

「……なるほど。知っているだけ、ね」

「……」

「さっきの質問だけど、アンタの推測の通りさ。ここは結界の中心だよ」

「魔女はいるの?」

「いや、まだいない」

「まだ?」

「ああ。……まぁ、とりあえず黙って隠れていな。それが一番だ」

 

 少女は立ち上がると、自らの胸元に手を置いた。

 赤光が身体を包み、瞬きの間に姿を変える。

 薄青色のパーカーが濃い赤色をした神父服風の衣装に。

 黒色の短パンは薄赤色のスカートに。

 そして少女の背丈を超えるような大槍が手元には握られている。

 ――――魔法少女。ほむらとマミ以外の、新たな魔法少女。

 

「じゃあな」

 

 少女は最後にその一言だけをまどかたちに投げかけると、お菓子の山から飛び降りた。まるで散歩にも出かけるような気軽さだった。

 

 




おまけ

「ねぇ、まどか」
「何、さやかちゃん」
「ここには私たち以外誰も居ません」
「そうだね」
「服はクリームでベトベトです」
「そうだね」
「ぶっちゃけブラもベトベトです」
「ダメです」
「……」
「……」
「……」
「……まどか」
「ダメです」
「いや、誰も」
「ダメです」
「見て――――」
「さやかちゃん。ダメです。絶対ダメです。言わせません、脱がせません、許しません」


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まどマギ×Fate 11

当初の予定
・お菓子の魔女戦。マミを助ける杏子と士郎。

現実
・ルビーのせいでマミ登場できないじゃん!


 少女は可愛らしい人形と対峙していた。

 人形に敵意や害意は見られない。だがおそらくはその人形が魔女なのだろう。部屋の中心の、やけに足の長い椅子の上に、その魔女は座していた。だがその人形が何か行動を起こす前に、少女の一振りが容易く椅子を叩き折る。

 

「……孵った直後で悪いが、他に用があるんだよ。一気に決めさせてもらうぜ」

 

 然したる抵抗も無く落ちてきた魔女に、少女は渾身のフルスイングを決めた。手に持つ大槍で、無慈悲な、そして正確な、叩き潰すかのような一撃。

 ジャストミート。弾道を追う事を許さぬ弾丸ライナー。文句なしのホームラン。

 まどかとさやかの視線が弾道を追う――よりも早く、お菓子の山に魔女は激突していた。

 

「まだだ」

 

 吹き飛ばすと同時に、少女は追撃へと移っていた。自身の得物を片手で構えると、魔女の後を追うように跳び上がった。勿論魔力を込めるのも忘れない。そして魔力を込められたことで少女の倍もの大きさに膨れ上がった槍を、そのまま魔女へと突き刺した。

 少女は槍に込められた魔力を、力任せに解き放った。破壊を孕む赤光が、魔女もろともお菓子の山を包んで弾けた。流れに逆らうことなく、爆発の余波のその勢いのままに、少女は回転しながら爆心地から脱し、地面に着地する。

 一方的すぎる戦闘。素人目に見ても明らかなほどのオーバーキル。まどかとさやかは少女の勝利を――――少なくとも魔女の痛手を――――確信した。しかし、その過信の報いはすぐに訪れる。

 お菓子の山から飛び出る様にして、黒く太い蛇のようなものが姿を現した。赤色の水玉が散りばめられた黒い胴体。羽のような赤色と青色の耳。ピエロのような顔。その顔がニンマリと、悪意の篭った笑みを浮かべている。

 

「ふぅん、第二段階、ってか」

 

 だが少女は臆することなく、それどころか面倒くさげに言葉を零した。敵を目前にしているとは思えない、緊張感の欠片もない態度だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■ まどマギ×Fate ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、アイツ強いわ」

「うん、すごいね」

 

 言うだけのことはあるってわけね。先ほどの感情から一転し、呆けた表情でまどかたちは少女の戦いを見ていた。

 素人目に見ても、戦いは少女が優位に進めているのが分かった。深追いはしない。確実な一撃だけを喰らわす。少女の隙の無い連撃を前に、魔女の悪意の篭った笑みが、今や焦燥に歪んでいる。

 お菓子の影に隠れる様にして、半ば観戦気分で、2人――特にさやか――は戦いを見ていた。

 

「うーん」

「おお、また吹っ飛んだ。やばっ」

「……ねぇ、さやかちゃん」

「わおっ、フルスイング」

「……」

「うわっ、今度は投げ飛ばしてる。どんだけパワフル――――わひゃっ!? ま、まどか!?」

 

 むにっ。さやかのわき腹に生じる可愛らしい衝撃。慌てて視線を向ければ、わき腹をつまむ手と、少しだけ頬を膨らましたまどかの顔。

 

「……ねぇ、さやかちゃん」

「な、なに?」

 

 懐からスマホを取り出すと、まどかは手早く画像フォルダを操作して、ある画像をさやかに見せた。目前に出された画面には、さやかにも見覚えのある画像が映っている。

 黒色のブーツソックスと赤色のブーツ。

 黒色の線が入った赤色のミニスカート。

 大きな赤いリボンと幾重にも重なった白色と薄桃色のフリルがついたミニスカート。

 赤色を基調として銀色の細い線が入ったベアトップ。

 肘まで覆う赤色のロンググローブ。

 赤色の細いチョーカー。

 大きな黒色のリボン。

 そして満面の笑顔と決めポーズ。あとルビー。

 身に纏う衣装こそ異なるが、これは――――

 

「あれ、これって……」

「うん。多分、あの子」

 

 2人して視線を戻す。その先には、好戦的な笑みを浮かべて魔女と相対している、あの少女。

 

 ――――……多分、佐倉杏子ね。風見野を縄張りとしている魔法少女よ。

 

「佐倉、杏子ちゃん」

「……だよねぇ、うん」

 

 やや自信無さげに、さやかは同意の意を示した。話に聞いていた少女とイメージが違ったからだった。

 最も魔法少女らしい魔法少女。ほむらはそう評していた。そしてその言葉を聞いて2人が連想していたのは、日曜朝8時の魔法少女アニメ的な魔法少女である。人々の平穏のために愛と勇気を力に悪と戦う、品行方正で可愛らしい魔法少女である。口も態度も悪い上に、結界内とは言え周囲を破壊しながら暴れ回るような魔法少女では、断じて無い。

 

「……ほむらはさ、魔法少女らしい魔法少女って言ったよね?」

「そうだね。私もそう聞いたよ」

「……それって、魔法少女はあんなタイプばっかりってこと?」

「でもほむらちゃんとマミさんは違うよね」

「いや、マミさんは分かるけど、ほむらはぶっちゃけちょっと……」

 

 ルビーと言う規格外の非日常が相対したとは言え、出会い頭に発砲をする少女は、どちらかと言えば少女――佐倉杏子――よりだろう。寧ろ、人目に付くような場所で発砲したり、金づちを振り回したりするほむらの方が異端である。魔法少女としても、女の子としても。

 

「でも変身の仕方はThe魔法少女って感じだよね」

「あー、髪をかき上げてね。こう、ファサーって」

「そうそう。それで紫色の光に包まれたと思ったら、もう変身しているの。そこは残念かな」

「そうだよね。せっかくなら、こう爪先から頭まで、ゆっくり順序良く変身してほしいよね」

「うんうん。プリキ○アみたいにね」

 

 きゃあきゃあと魔法少女談義を始める2人。無論、話しつつも人外の戦いには注意を払っている。2人は自分たちが危険地帯に居る事を忘れてはいないし、襲われたらひとたまりもない事も理解はしている。

 が、同時に。今の状況では、魔女の逆転サヨナラ優勝決定満塁ホームランを見る事はまず無い、とも思っていた。そんな甘い考えが過るほど、一方的な戦いだった。

 2人は知らぬことだが、杏子は攻めることよりも、寧ろ2人を守るように立ち回っていた。視線を向ければ、必ず映る頼もしい背中。それは普段の彼女の戦闘スタイルを思えば、驚くべき程のモデルチェンジである。が、出会ったばかりの2人がそれを知るわけがない。

 互いにお菓子の影の中に隠れる様に、身を寄せ合う。そうして僅かに顔を覗かせて、状況の推移を見守る。

 

「そう考えると杏子ちゃんもThe魔法少女って感じだよね」

「へ? どこら辺が?」

「うーん、あえて王道を外している感じとか……あと技かな」

「ああ、技かぁ」

 

 槍の巨大化。破壊を含んだ赤光。

 特に後者は、如何にも魔法を使っています、という感じで見ていて楽しい。マミのマスケット銃も悪くないが、The魔法と言う点では杏子の技が秀でている。視覚効果の違いだ。

 

「技と言えば、ほむらちゃんの技ってなんだろう?」

「マミさんがマスケット銃、あの子が槍と赤光。ほむらは……転送とか?」

「転送?」

「うん。ほむらはさ、一瞬で銃とかトンカチとか取り出したじゃん? だから転送」

「あ、なるほど」

 

 最初に出会った時も、ルビーと対峙した時も。ほむらは瞬きの内に武装を取り換えていた。それに、ハンドガンやトンカチ程度なら身体に仕込むことが出来なくもなさそうだが、最初に使い魔たちから助けてくれた時は、マシンガンのような大型の銃を構えていた。

 だから転送。

 

「本当に転送だったら、地味だけど便利だよね」

「どういうこと?」

「忘れ物した時でもすぐに手元に持ってこれる」

「わぁ、確かにそれは便利だね」

 

 もしもほむらがこの話を聞いていたら、きっと涙を流していただろう。色々な意味で。そしてマミが聞いても涙を流しただろう。色々な意味で。

 普段は良識ある2人だが、押し寄せる非日常の波を前に、今はイイ感じに理性が崩壊していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろウッセーのが着く頃だからな。決めさせてもらうぜ」

 

 そんな魔法少女談義が後ろでされていることなど露知らず。

 杏子は魔女が怯んだ隙に、地を抉り返すかのように、自身の得物の刃先を突き立てる。魔力を込められたことで巨大化した槍が、周囲を破壊しながら、その刃先を魔女へと向けた。槍の柄の箇所が多節棍の如く連節しているせいで、傍から見れば怪物映画さながらの大蛇が鎌首を持ち上げたかのようである。加えて赤光が自身と得物を、つまりは巨大化した槍諸共を包む。

 魔女は杏子の大槍から逃げる様に、一直線に上へと高く飛び上がった。大槍の脅威から逃れる様に、破壊音にも目をくれずに、ただ真っすぐ飛ぶ。そして天井付近まで上がると、その巨体を器用に反転させ、歯を剥き出しにして杏子と対峙する。自分を向く杏子と刃先を睨み付け、威嚇するように唸り声をあげた。

 

「……」

 

 杏子と魔女は無数の攻防の末に、初めての静寂を得た。離れた間合いは聊か広いが、それは互いにとって問題にはなり得ない。

 此処に至っても杏子は余裕を崩さない。好戦的な笑みを浮かべ、頭上の魔女を見上げる。

 対して魔女の表情は苦り切っている。距離を離した事、初めて得た停滞。その2つを以てしても、あの表情の緩和には至らない。

 赤光は燃え盛る炎のように揺らめいていた。杏子と、そして大槍を包み、尚も勢いが翳る事は無い。寧ろ杏子の闘気に呼応するように、激しく揺れ動いている。

 実のところを言えば、杏子はギリギリの戦いを強いられていた。何せ後ろには一般人がいる。彼女たちに敵の注意が向かぬ様に、常に2人を背に一定の距離を保ちながら戦い続けると言うのは、持ち前のスピードを活かして攻め立てる普段の杏子の戦い方からは大きくかけ離れていた。

 加えて、相手はかなり厄介である。飛翔に再生、動きも素早く、深追いをすれば逆に自分がやられかねない。生まれたばかりでこれなのだから、今後経験を積めば手を付けられなくなる可能性が高い。

 長所は活かせない、逃げる事は叶わない、敵は強大。これだけ不利な要素が揃っていながら、それでも優位に戦いを進めているのは、単に杏子が持つ戦闘経験のおかげである。

 

 ――――ったく、アイツは何してんだ

 

 思い浮かべるのは赤銅色の髪の同行者。傍のスーパーで買い物中の同行者を置き去りにし、先に結界に入ったのは杏子である。が、入る直前にテレパシーは飛ばしたし、こんだけ近くでドンパチやっていれば気が付かぬわけがない。そろそろ来ても良い頃合いだ。

 2人でいればさっさと終わるのに。ここ数日の魔女狩りは2人で行っていたので、今回は久しぶりの単体での狩りである。後ろの2人と言い、意外と強い敵と言い、ちょっと今回はハンディキャップが過ぎたかもしれない。

 

「……はっ」

 

 そこまでを思考に乗せた瞬間、喉の奥から声が漏れた。自らを卑下するような声だった。もしも今が対峙の最中でなければ、馬鹿馬鹿しさに高笑いを挙げていたのかもしれない。

 そうとも。杏子は思う。魔法少女として一人で生きていく事を決めた日から、自分一人で何もかもどうにかしてきたじゃないか。生活も、グリーフシードも、魔女すらも。それが今更誰かの手を待っている? 腑抜けか。

 杏子の思考に呼応するように、一層激しく赤光は揺れ始める。刃先に立っていた杏子は、好戦的と言うよりは獰猛な笑みを浮かべていた。そして魔女に向かって挑発するように手招きをする。

 

「来なよ、先手はくれてやる」

 

 その声を聞きつけたのか、魔女の表情が不快げに歪んだ。対して杏子は、コイツって人の言葉が分かるんだ、と明後日の方向の感想を抱いた。初めての経験だった。

 

「一応言っておくが、逃げようなんて馬鹿な事は考えるなよ」

 

 襲い掛かってくれば殺す。

 背中を見せれば殺す。

 後ろの2人に襲い掛かっても殺す。

 泣いて許しを請いても殺す。

 闘気は殺意へ。明確な意志を以って相対する。二の打ち要らず。全力の一撃で殺す。

 魔女は僅かに眼を見張ると、天井に自分の身体を預けた。目の前の敵に向かって、一撃で決めに来ることが分かる体勢。天井を蹴った反動で一直線に急降下し、赤光の中心にいる杏子を食い殺すつもりなのだろう。迎撃の前に牙が届けば、杏子の敗北は確定だ。

 

「――――もう一度言うぜ。先手はくれてやる」

 

 それでも杏子は余裕を崩さない。獰猛な笑みを浮かべたまま、挑発を繰り返す。

 一時に比べ、赤光の勢いは収まっていた。が、これは無駄な消費を抑えたからであり、寧ろ研ぎ澄まされた刃のようなぎらつきが、赤光からは見て取れた。そして大槍の刃先は魔女へと真っすぐに向けられ、柄は弦を引き絞るかのように放たれるのを待っている。

 次の一撃が決着を告げるのは明白だ。隠れていたまどかとさやかの2人も、魔法少女談義を止めて対峙に注視していた。

 呼吸が煩わしい。瞬きも煩わしい。鳴り響く心音すらも煩わしい。

 素人である2人は吞まれていた。この場の、この空間の、この空気に完全に呑まれていた。

 そう。完全に呑まれていた。まどかも、さやかも。

 

 

 

「偽・螺旋剣」

 

 

 

 静寂を切り裂くようにして、一筋の紅い光が奔る。まどかとさやかが認識できたのは、たったのそれだけ。杏子の赤光ととは異なる、禍々しさを感じるような紅色の軌跡。

 それは一直線に魔女へと到達すると、その胴体を貫き、そのまま天井へと突き刺さった。轟く破壊音。魔女は貫かれた衝撃でバランスを崩し、自由落下を始める。当然、杏子がその決定的過ぎる隙を見逃す筈もない。

 杏子は魔女ごと突き刺すような勢いで天井へと突進した。最短距離を最速で、赤い稲妻が天井へと奔る。稲妻は魔女を飲み込むと、一瞬だけ膨れ上がり、瞬きの後に弾け飛んだ。

 後に残ったのは、大きなクレーターを作った天井。そして一拍の間を置いて落下を始める瓦礫。

 

「よっ、と」

 

 いつの間にかに、まどかたちの傍に杏子が降り立っていた。自身の得物を肩に担ぎ、小馬鹿にするような笑みを浮かべていた。

 

「おっせーぞ、士郎」

「いや、杏子が早いんだよ」

 

 いつの間にかに、まどかたちの斜め後方に青年が立っていた。見滝原スーパーの名が入ったビニール袋を抱え、疲れ切った表情を浮かべていた。

 

「あたしはちゃんと伝えたぜ。ちゃんと位置情報代わりに魔力も発してただろ。真っすぐ進めばすぐだと思うんだけど」

「ケーキの山を掘り進めろと?」

「いや、跳べばいーだろ」

「お前と一緒にするな」

「あ、チーズ買えた?」

「聞けよ」

 

 見知らぬ青年だ。髪の色から兄妹かと思ったが、杏子とは異なり、青年の髪は錆びついたような赤銅色である。が、会話の様子から察するに、知らぬ仲ではないのだろう。

 あの紅い軌跡は彼の仕業なのだろうか。だとすると、もしかして彼も魔法少女なのだろうか……いや、男性だから……魔法青年?

 そんな戯けた事を考えていたところで、青年もまどかたちに気が付いたらしい。目が合ったので、軽く会釈をする。が、何故か青年は呆気に取られた表情を見せると、すぐに視線を逸らして、後ろを向いた。そしてどこからか毛布を2枚取り出すと、杏子を呼び寄せて手渡した。そして耳打ち。

 

「ああ……なるほど」

 

 杏子は青年と、まどかたちとを見比べると、納得したかのように首肯した。

 受け取った毛布をそれぞれ両手に一枚ずつ持ち直すと、まどかたちの眼前に突き出した。

 

「ほらよ、ありがたく貰っとけ」

 

 反射的に受け取る。薄桃色の、どこにでもあるようなありふれた毛布だ。だが、2人はその行為の意味が分からず、互いに顔を見合わせる。そして同じタイミングで首を傾げた。何で毛布?

 その様子を見て、杏子は溜息をついた。そして一言。

 

「アンタらの趣味に口出すつもりはないが、アレでも男なんだ。察してやれ」

 

 杏子が指をさした方向には、未だに後ろを向いたままの青年。こちらを気にしてはいるようだが、頑なに視線はまどかたちの方へ向けようとはしない。そして杏子はと言うと、何故か呆れかえっている。それはもう見てわかるレベルで呆れかえっている。

 

「えーと……どう言う事?」

「流石に知らない人から毛布をもらうのは……」

「何時までクリーム塗れの半裸姿でいるつもりだ、ってこと」

 

 呆れを隠そうとしない語調だった。そして何てこともないような感じで投げられた言葉だった。

 理解とはいつだって一瞬の出来事だ。そしてその後に追随するのは、納得か後悔のどちらかしかない。

 まどかは自分の顔が一瞬で熱くなったことが分かったし、それはさやかも同様だった。そして何故か頭の片隅の妙に冷静な部分が、互いの顔色の変化をしっかりと記憶していた。あ、ヤバい顔色している。それは何の役にも立たない、一秒未満の思考だった。

 杏子は目前の2人の思考が現実に追いついた事を理解すると、咄嗟に自身の両耳を塞いだ。思考をすっ飛ばした、本能的な反応だった。だがその直後に、彼女はその行動が間違っていなかったことを実感する。

 

「あ、」

「い、」

「「ゃああああああああああああああああああああああああああっ!!!」」

 

 結界内に響き渡る少女たちの悲鳴。

 その悲鳴に、青年――衛宮士郎――は少し遅れて耳を塞いだ。頑なに視線は向けず、背を向けたまま、眼を閉じて情報を可能な限り遮断する。

 そして溜息。

 自身の境遇を嘆くかのような重々しい溜息を零し、

 

 

 

「3秒あげるわ、ゴミ屑。せいぜいその行いを悔いなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 衛宮士郎は自分がトラブルに好かれやすい星の下に生まれてきたことを理解していた。

 何せ面倒事と理不尽が大挙して押し寄せてくる日常を過ごしている男だ。危険察知のアンテナだけは、何時だってフル稼働である。因みに面倒事と理不尽から逃れることはまず不可能なので、ここでの危険察知とは、如何に被害を最小限に抑えるか、を指している。そこ、役に立たないとか言わない。

 故に、半裸の美少女2人を目にした時点で、士郎は自分の間の悪さを理解したし、確実に面倒な事になると確信した。全くありがたくない確信だった。それでも、咄嗟に視線を外して、毛布を投影し、杏子に自分の代わりに渡すように言えたのは、日頃の経験の賜物である。

 が、勿論これで回避できたとは思わない。

 確信めいた予感が士郎に告げていた。頑張れ、と。やっぱり役に立たない危険察知能力だ。

 

 

 

「3秒あげるわ、ゴミ屑。せいぜいその行いを悔いなさい」

 

 

 

 そしてその予感への解答は唐突に訪れる。

 払われた足。

 回転する軸。

 掴まれた頭。

 極められた関節。

 眼を開けるのは遅い。

 

「ガッ――――!?」

 

 ロクな抵抗も出来ずに、士郎の顔面が床に叩きつけられた。全く予期していない展開。口内に広がる鉄の味。

 そして後頭部。

 ガチャリ、と。重々しい音と共に、冷たい塊を押し付けられる。

 

「その汚らわしさ、万死に値するわ。……死ね」

 

 あ、ヤバい。鍛え上げられた士郎の危険察知能力が、一瞬先の未来を描く。割れたスイカのような頭部が、鮮明な映像として脳裏に流れた。自分のことながら、本当にいやに鮮明な映像だった。

 

「――――いやいや、待て待て、違う違うっ!!」

「五月蠅い」

「ちょっと待って、ほむら! 違う違うっ!」

「ほむらちゃん、ストップっ! 止めてっ!」

 

 圧力が一瞬だけ弱くなる。

 そう、一瞬だけ。

 次の瞬間には、より一層の力を込められて床に押し付けられた。

 

「まどか、何故庇うのかしら? コレはあなたを半裸にひん剝いて白い液体をかけた挙句、悲鳴を挙げさせるゴミ屑よ」

「いや、違うって! 私たちがこんな目に合ったのは魔女のせいっ!」

「魔女がコレを操ったってことかしら? それでも万死に値するわね」

「違うよ、ほむらちゃんっ! この人は私たちを助けてくれたのっ!」

「……助けた?」

「そうだよっ! この人と、あと――――」

「ま、そう言うこった」

 

 聞き慣れた声がすぐ傍から聞こえる。落ち着き払った杏子の声だ。

 

「その厳つい得物を捨てて、そこを退きな。首を刎ねられたくなきゃな」

「……」

「結構結構」

 

 圧力が弱まる。射殺さんばかりの敵意は健在だが、それでも当初の圧倒的な殺意は幾らか緩和していた。

 ふぅ、と。緊張を解すように士郎は息を吐き出し、

 

「士郎、パンは無事か?」

「人の心配をしろよ」

「お、無事だな。流石流石」

「だから人の心配をしろよ」

 

 軽口を叩きつつ士郎は身を起こした。叩きつつ、無理やり自分自身を落ち着かせようとしているのだから、決して意味の無い軽口ではない。そして視界の端で、今しがた自身へ襲いかった人物を捉える。

 そこには少女がいた。線の細い、触れれば壊れてしまいそうな華奢な体躯。腰まで届くであろう艶やかな黒髪。感情を排した、日本人形を思わせる無表情。そして眼。

 近寄り難さを感じる、冷淡な眼。

 

『派手にやられたなぁ』

『面目ない』

『悪いがアイツの能力は未知数だ。結界内にいたのは分かったが、いきなりこの場に現れやがった』

『同意だ、俺にも分からない』

 

 テレパシーで状況を伝え合うと、身体に溜まった痛みを逃がすように、ゆっくりと士郎は息を吐き出した。

 そして今しがた自身を襲った人物に向き直る。

 

「ご、ごめんなさいっ! ほむらちゃんが、その、迷惑をかけてっ!」

「ま、まどか?」

「悪い奴じゃないんですっ! 思い込んだら一途なだけなんですっ! 多分っ!」

「さ、さやか?」

 

 だが士郎が何かを言うより早く、そして本人よりも先に、傍らの少女たちが謝り始める。

 顔見知りなのだろう。先ほどまでの雰囲気を崩し、ほむらと呼ばれた少女は慌てふためき始めた。

 

「そもそも悪いのは上着を脱いでいた私たちにありますし……」

「そうなんですっ、私たちが悪いんですっ、ほむらは悪くないんですっ!」

「あー、いや、大丈夫。うん大丈夫」

 

 そもそも襲われたことを咎めるつもりは無いし。少女たちが友人同士であることを、会話から士郎は察知していた。友達のために怒って、友達のために謝っている彼女らを、どうして咎めることが出来ようか。

 

「これぐらいで傷つくほど柔な身体じゃないから大丈夫だよ。それよりも君たちこそ怪我はない?」

「あ、はい。杏子ちゃんが助けてくれたので大丈夫です」

「杏子が?」

「んだよ、士郎。その眼は」

「……いや、何でもない」

「……ふん。つーかさ、何でアンタらは私の名前を知っているわけ?」

 

 士郎とは異なり、敵意丸出しの、咎めるような口調で杏子は問いかけた。答え如何によっては、容赦なく噛み殺しそうなくらい剣呑な口調だった。

 

「ほむらちゃんが教えてくれたんです。風見野市に住む魔法少女だって」

「ほむらって、そこのそいつか? アタシは知らねーぞ」

「それと、この画像」

 

 まどかは懐からスマホを取り出すと。ある画面を士郎たちに見せた。

 ――――満面の笑みで決めポーズをとる、杏子の姿。

 

「「げっ」」

 

 士郎と杏子は、全くの同時に同じ表情を浮かべた。顔面崩壊レベルの表情だった。

 記憶にある、どころの話ではない。つい先日刻まれたばかりのトラウマ。出来立てほやほやの黒歴史。

 杏子は一瞬で虚ろな目になると、自身の得物をまどかに向かって構える。正確にはまどかの持つスマホに向かって構える。姿形は杏子なのに、先ほどの魔女の何倍も恐ろしいような幽鬼を、まどかたちは幻視した。

 士郎の手が杏子の頭を押さえつける。

 

「止めろ、杏子。無駄だ」

「……」

 

 虚ろな目で杏子は士郎を見上げた。見上げて、首を振る。刃先は震えているが、得物は手放さない。

 ルビー、やっぱり何かやらかしたんだね。そういえば昨日、ルビーは言っていた。杏子さんがマジ切れして危なかったんですよぅ。

 マジ切れは決して誇張した表現ではなかった。寧ろ大分端折った表現だったのだ。その事実をまどかは察知する。

 

「あー、すまない、君たち。ちょっと訊きたいことがあるんだけど……」

「……何かしら。魔法少女の事なら、私たちではなく佐倉杏子に訊いた方が良いわよ」

「いや、違う。ルビーと名乗る、ヘンテコなステッキについて知らないかな?」

 

 ルビー。その名を聞いて、まどかたち3人は顔を見合わせた。知っているどころか良く知る仲である。

 そして同時に思う。この人はルビーの関係者なのだろうか。ルビーがことあるごとに愚痴を零す、製作者側の関係者なのだろうか。連れ戻しに来たのだろうか。

 

『ルビーの関係者、ってことだよね。この人』

『ええ、おそらく。キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグに関わる人物なのでしょう』

『キ、キシュ……?』

『連れ戻しに来た、って事なのかな?』

『多分ね。士郎、って呼ばれていたから本人ではないと思うけど』

『マジか。ルビーって追手が来るくらいの存在なんだ』

『渡しちゃうのは……ちょっと可哀そうかな』

『そう。……まどかがそう望むのなら、知らないって言い張るべきね』

『……ま、私もまどかがそう言うなら良いかな』

 

 テレパシーで高速の意思疎通をする3人。ルビーの事を何だかんだ言いつつも隠してあげようとするくらいには、やっぱり心優しい少女たちなのだ。

 尤も士郎は3人の顔色が変わった事で、ルビーが少なからず関係してしまっている事は察していた。この程度の機微も察知できないようであれば、海千山千の魑魅魍魎が蔓延るイギリスではやっていけない。

 さてどうしたものか、と。杏子を刺激しないように、且つ少女たちから上手いとこルビーを引き剥がせる案を士郎は模索し――――

 

 

 

「ほむらさーーーーーーーんっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何なんですかっ、何なんですかっ! こんなオドロオドロシイところに置いていくとかっ! いきなり消えないで下さいよっ、追いかけるのに手間取ったじゃないですかーっ!」

「あ、え、ええと……ごめんなさい?」

「ごめんなさいじゃないですよーっ! ごめんなさいですんだら警察は必要ないんですよーっ!」

「あ、ええと、ルビー落ち着いて……」

「ああっ、まどかさんっ! 無事でよかった! 心配しましたよぅ。そしてほむらさんは何でまどかさんが無事な事を教えてくれなかったんですかぁ!!!」

「そ、その、あの、そんな暇が無くて……」

「そんな!? 今、そんな、と言いましたか!? まどかさんの安否をそんな扱いですか!?」

「いや、ほむらの『そんな』はそっちに掛かっているんじゃないと思うけど……」

「さやかさんは黙っていてくださいっ! ああ、でも本当に無事で良かった」

「え、あ、うん、ごめんね?」

「本当ですよっ! お2人とも心配したんですよっ! (私と契約して魔法少女になる前に)死ぬなんて許さないですからねっ!」

「おいちょっと待てコラ」

 

 場面の転換は何時だって唐突だ。

 三人で口裏を合わせ、ルビーの事を知らぬ存ぜぬで通そうとした、その矢先。

 突如として飛来してきたルビーが、三人の想いも空しく、その姿を士郎たちの前に現した。それも堂々と、大騒ぎをしながら、目の前に。

 詰め寄られているほむらは若干涙目だ。流石のほむらもこう言った状況では弱いらしい。ほむらの知らない一面が見れたことは、きっと喜ばしい事なのだろう、とまどかは思った。こんな場面で無ければ、きっと素直に喜んだに違いない。

 グニグニと物理法則を無視した動きで、ルビーはほむらに抗議を続ける。置いていかれたのがよっぽど不満らしい。

 

「めっちゃ怖かったんですよっ! 何だか訳の分からない躯は転がっているしっ、まどかさんたちは見つからないしっ」

「う、うん……」

「しかも超グロいじゃないですかぁ! 切り刻まれたり、欠損してたり、叩き潰されてたりっ! どこのホラーハウスですかコンチクショウ!」

「……」

「そもそもほむらさんは一人で進みすぎなんですよっ! ここは怯えて可愛らしいところ見せて私と契約する流れじゃああああああああだだだだだだだだだだだだっ!!!」

 

 立ち直ったほむらの神速の左手がルビーの頭部を掴むと、そのまま握りつぶさんと力を込められる。見た目は華奢な少女でも、魔力で握力を補助すればゴリラと腕相撲だって可能なのだ。特殊素材でできているヘッドが、ミシミシと音を立てながら歪んでいく。

 力を込めながらほむらは思った。コイツ、このまま引き渡しても構わないかしら。コイツといると心労と言う名のデメリットが大きすぎるのだ。

 士郎の方へと視線を向けると、何故か彼はルビーをほったらかして、まだしぶとく生き残っていた魔女にとどめを刺しているところだった。間の悪いやつである。

 

「……まぁ、いいわ。まどかに感謝なさい」

 

 暫し色々と思考をしたところで、溜息と共にほむらはルビーを解放した。様々な選択肢を天秤に掛けた上での決断であった。解放してから、少し後悔したのは秘密である。

 ルビーはヨロヨロとまどかの下へと向かうと、その胸元にダイブする。そしてぐりぐりとヘッドの部分を押し付けながら、すすり泣き始めた。まどかは優しく抱き留めると、あやす様にヘッドの部分を撫でる。

 

「ところでまどかさん、何でそんなにセクシーな姿なんですか?」

「あはは、色々あって……」

「色々、ですかー……まぁ、その姿も私的にはイイですけど、契約したら魔法少女の衣装をおおおおおおおおおおお危なああああああああああっ!!!」

 

 やっぱりコイツ死んだ方がイイかもしれない。ルビーを掴もうとしたほむらの左手が、惜しくも空を切る。所かまわず契約の話を持ち出す辺りに、ほむらは自身の天敵の存在を幻視した。総合的に考えて、これは引き渡すのがやっぱり正解だろう。

 ルビーは咄嗟にまどかの後ろに隠れると、ヘッドの部分だけを出してほむらの様子を伺う。その様子が、尚更ほむらの癪に障る。

 まどかはまどかで困ったような笑みを浮かべていた。彼女は彼女で、士郎への言い訳を考えていた。ルビーの意思を尊重したい、と言うのがまどかの考えなのだ。

 だから、士郎へと視線を向け――――

 

 

 

 み つ け た ぁ

 

 

 

 その表情を表現する言葉をまどかは知らない。知らないが、この世で見た何よりも恐ろしい者である事は分かった。さっきの魔女の悪意に満ちた笑顔なんか子犬みたいなものだ。

 士郎へと視線を向ける途中。目に映った杏子の顔。

 眼を見開き、ルビーに視線を固定し、口角を吊り上げた、その表情。笑顔だけど笑顔ではない、身体の芯から震えそうな、その表情。

 

「……おい」

「な、なに……?」

「3秒。後ろの奴、出せ」

「あ、あははー……杏子さん、怖いですよぅ」

「出 て こ い」

 

 発せられたぶつ切りの言葉。どう見てもマジ切れどころの騒ぎではない。感情のメーターが完全に振り切っておられる。

 まどかはその圧力に思わず一歩引いた。

 

「……杏子。ストップ。怯えているぞ」

「知るか。アイツ、殺す」

「……ハァ」

 

 魔女を倒し終えた士郎が、話に合流する。そして杏子を抑えて前に出た。このままでは埒が明かない事を察しての行動だった。

 

「ルビー、前にも言った通りだ。帰るぞ」

「ええー、それは無理ですよぅ。今帰ったらあんな事やこんな事をするんでしょ? エロ同人みたいにっ!」

「先にそっちが思考として出てくるかー、普通はもっと別の方を心配しないか?」

「あ、もっと激しく18禁の自主規制的な?」

「スプラッターとしての意味合いなら合っているかもな」

「少女たちの百合百合にゃんにゃんは魔法少女モノとして欠かせない気がしますけど、スプラッターが入り乱れるのはちょっと……」

「安心しろ。お前がそこら辺を心配する必要は一切ない」

 

 この人すごい。ほむらはそう思った。このルビーとまとも(?)に会話が成り立つ人物を、ほむらは初めて目にしていた。自分だったらこのやり取りだけで確実にブチ切れてしまう自信があった。

 妙なところで感心されているとは露知らず、士郎は士郎で説得を続ける。と言っても、言葉でどうにかできる輩なら、もっと事前に穏便に平和的に解決済みである。無論その事が分かっていない士郎ではない。

 

『杏子、隙を見て捕まえろ』

『ったりめーだ、ぶっ殺してやる』

『……殺すのは勘弁してくれ。大師父に怒られる』

『知るか。公衆の面前で恥かかされたんだ。アイツは殺す。絶対殺す』

『……杏子、頼む』

『もう一度言うぜ。知るか』

『……ドレスオムライス、だっけ。食いたいって言ってたの』

『……』

『半殺しで頼む』

『……わーったよ』

 

 穏便に説得をすます。この程度を説得できなくして、人外魔境のイギリスでは生活できない。

 

「頼む、ルビー。遠坂が心労で倒れる」

「えー、それって惚気デスカー。そんなの士郎さんが支えればいいじゃないですかー」

「諸悪の根源が何を言うか」

「トラブルは親密度を上げるイベントですよ。こんなところにいないで、凛さんの看病を、つまりは熱い一夜を2人で過ごしてくださいっ! そして【禁則事項】をしてきてくださいっ!」

「おいルビー、ちょっと黙れ」

「あ、娘さんができたら(魔法少女にしますんで)教えてくださいね」

「……トチ狂ったことをほざくな戯けが」

 

 これはブチ切れても仕方が無い。

 先ほどまでの好青年染みた印象を覆すような、低音の、地の底から響くような声。あ、やべ、揶揄いすぎた。ルビーにしては珍しく少しだけ反省をする。

 これはマズイかな。咄嗟にそう判断すると、ルビーはまどかの後ろから脱した。そしてそのまま全速力で結界の入口へ向かおうとし――――

 

「へぶっ!?」

 

 すぐに何か柔らかいものとぶつかる。視線を向ければ、そこには頭を仰け反らせて鼻血を出すほむら。どうやら進行方向にいたらしく、顔面に衝突してしまったらしい。

 

「ッ」

 

 ああ、何かデジャビュ、と。一瞬だが呆けたルビーを、ほむらの神速の左手が掴む。そして魔力を込められた五指が、ルビーを握り潰さんと全力を出す。鼻血を拭った左手で全力で握り潰そうとする。

 

 

 

「あ」

 

 

 

 それはいったい誰の声だったか。

 事情を知る士郎だったのかもしれない。

 経験を持つ杏子だったのかもしれない。

 予感を得たまどかとさやかだったのかもしれない。

 或いは――――直前に察知をしたほむらだったのかもしれない。

 

 

 

 ニンマリ、と。

 ルビーが笑ったような。

 そんな気がした。

 

 

 

 ――――ピカッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは眩いほどの紫色の光だった。

 眩さに反射的に皆は目を覆い。

 その間に全ては終わっていた。終わってしまった。

 

 黒色のバレエブーツ。

 薄紫色と濃い紫色の菱形をあしらったブーツソックス。

 バレエを模した黒色の衣装。

 黒色の尻尾のようなロングスカート。

 腕全体を覆う黒色のロンググローブ。

 胸元は大きく開かれており、紋様が描かれている。

 背中からは自身の背丈よりも大きな黒と白の羽。

 首には黒色の羽根を模したようなチョーカー。

 髪形は変わっていないが、大きな赤色のリボンが頭についている。

 そして右手にはステッキ。悪夢の権化であるカレイドステッキ。

 ――――カレイドステッキ。

 

 

 

 ほむらは自らの髪をかき上ると、調子を確かめる様に首を左右にゆっくりと動かした。そしてルビーをガンプレイの如く片手で回し、四人に向けて突き付ける。

 

 

 

「愛の魔法少女マジカルほむほむ、ここに誕生っ! さぁ! みんな、行くわよっ!」

 

 

 




おまけ

Q.ほむらの衣装って?
A.叛逆のアレ。


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まどマギ×Fate 12

絵心が無いので、今回もAAで代用……しようと思ったら、イイのが見つからずに断念。

絵師の方とかAA職人の方って、本当にすごいなぁって思います。


※7/9
投稿したのですが、どういうわけか反映されていなかったので、一旦削除してもう一度投稿をし直しました。


 結界が解ける。

 星の光も見えぬ夜空。

 人工の灯りに彩られた街。

 行き交う群衆が足を止める。

 ここは見滝原で一番大きな総合病院の前。

 

 

 

「あ……あ……」

 

 佐倉杏子は自身の得物を落とすと、力なく膝をついた。カラン、と。その音は騒がしい街中にあっても大きく響いたが、耳には届かない。そして嗚咽を上げ始める。その双眸からは、涙がとめどなく溢れ、足元のコンクリートに吸われていった。リアリストの彼女にしては珍しい事に、深い哀れみを覚えていた。目前の同業者の境遇に、彼女は涙していたのだ。

 

「あー……」

 

 美樹さやかは自身が半裸のクリーム塗れであることも忘れ、呆然と目の前の光景を凝視していた。例えるなら、『恥ずかしい格好で恥ずかしいセリフを宣い、決めポーズを取っている友人』を見たような顔だった。彼女の思考は以降について働くことを諦めると、ただ目前の友人を凝視するだけの装置と化した。どうしようもなかった。

 

「……」

 

 衛宮士郎は死んだ魚のような生気の無い眼で夜空を見上げていた。それは奇しくもいつかの夕暮れの時と同じ姿だった。尤も、状況は今の方が絶望的に悪い。彼は自分の運の悪さに愛想が尽き果てていた。が、尽き果てつつも、現状の打開のために必死に頭を働かせる。ちきちきちき、ちーん。デデーン、アウトー。抵抗するだけ無駄。諦めろ、現実は非情である。

 

「――――」

 

 鹿目まどかは今日と言う日の過去を回想していた。朝起きてから、魔女の結界に入り込み、ほむらと合流するまでを回想していた。これではまるで走馬燈だ。そして混乱する頭で思った。ほむらちゃん、キレイ。目前で変貌を遂げた友人のその姿に、彼女は感動すら覚えていた。一発キメたかのように、イイ具合に思考が狂っていた。

 

 

 

「……」

 

 

 

 そしてほむらは、渦中の暁美ほむらは。

 彼女は意識が現実に追いつくと、まずは目前の四人を見た。そして次に、周りでどよめく群衆を見た。それから自身の姿を確認した。左手に握っていたはずのルビーは消え失せ、既に遠くへと逃げた後だった。そして思考。トントン、と米神を人差し指で叩くと、大きく息を吐き出した。盛大な溜息だった。

 

「……あ」

 

 ファサ、と。ほむらは自身の髪を掻き上げると、瞬きの内にその姿を変えていた。見慣れた魔法少女の姿だった。紫を基調とした、舞台の衣装のような格好に戻っていた。

 その姿を見て、まどかは思った。ちょっと残念。やっぱり思考回路が狂っている。

 ほむらは左腕の楯から、何かを大量に落とした。それはもう乱暴に落とした。手のひらサイズの塊を、ドバドバ落とした。そして楯を回す。

 

 

 

 ――――カシャッ

 

 

 

「ん?」

「へ?」

「お?」

「ふぇ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■ まどマギ×Fate ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見滝原市。

 美樹家。

 

 

 

 今日ほど動き回った日は無いし、今日ほど疲れた日もない。正直本当に今日はもう動ける気がしない。

 熱いシャワーを浴びながら、鹿目まどかはそんなことを考えた。身体を打つお湯の心地よさに、緊張が解れていくのが分かった。

 傍らの湯船には美樹さやかが浸かっている。彼女もまどかに負けず劣らず疲れていた。だらけ切った表情を見せながら、力なく天井を見上げる。

 

「……マジ、ヤバいわー」

「疲れたね。とっても」

「もう足パンパン。もうソッコーで寝れる」

「そうだね。私も……もう無理」

 

 大口を開けて欠伸をかます。押し寄せてきた疲労と睡魔にギリギリのところで抗う。このまま動かずにいれば、十秒もしない内に気を失えるだろう。その自信が2人にはあった。

 手早くまどかは自身の身体の汚れを落とすと、さやかとは反対側から湯船に入った。さやかが身体を捻ってスペースを作ったので、そこに身体をねじ込む。熱いお湯が疲労を解きほぐし、シャワー以上の睡魔をまどかに与えた。

 

「それにしても、ほむらの能力が時間停止だとはねー」

「すごい能力だよね。びっくりしちゃった」

「反則でしょ。しかも触れている人全員に作用するって、使い勝手が良すぎるよ」

 

 ルビーによるほむらの大変身と、タイミング悪く解けた結界。ざわめく群衆の視線からまどかたちが脱出できたのは、何よりもほむらの能力のおかげだった。

 時間停止。

 幾つか制約があるらしいが、それでも反則級の能力である。

 

「士郎さんも凄かったね。4人全員抱えて全力疾走は、きっとパパでも無理だなぁ」

「変身しなかったし、魔法少女じゃないみたいけど、充分あの人も人外だよね。私たちを抱えたまま走ったり跳んだりって、ヤバすぎでしょ」

 

 衛宮士郎は時間停止能力を理解すると、即座に一行を抱えて人目の付かぬ裏路地へと避難した。有無を言わさぬ行動ではあったが、ほむら以外が混乱の極みにあった中では、適切な判断であったと言えよう。

 ほむらの魔法と士郎の体力を駆使し、一行が都合よく両親が出払っている美樹家に到着したのは、今から40分程前の事だ。

 さやかは眠気を飛ばす様に、湯で顔を洗う。そしてノロノロとした緩慢な動きで湯船を出ると、2度目のシャンプータイムに入った。

 

「それ、新作?」

「いーや、試供品。来月発売予定だってさ」

 

 小型のボトルを手に取り、白色の中身を丁寧に手に馴染ませ泡立てる。そして髪の毛に付けると、ほぐす様に、丹念に泡を揉み込んでいく。やっぱり恋する乙女は違うなぁ、とまどかは思った。こんなに疲れていても、さやかは自分を磨くことを忘れない。……その努力が報われているかは微妙なところではある、が。

 まどかはもう一度大欠伸をかました。そして思う。もう、ダメ。

 

「さやかちゃん、もう出るね」

「ほーい」

 

 枯渇しかけている力を振り絞り、さやかよりも一足先に風呂を出る。いつもは長風呂するが、流石に今日は無理だ。

 自身の制服、下着ともに酷く汚れているので、代わりにさやかの下着とジャージを身に着ける。上も下も若干大きいが、そこは大した問題にはならない。問題があるとすれば下着……それも上の方。自分の普段付けているモノよりも、自己主張の大きな、その下着。

 

「……」

 

 栄養素ならちゃんと摂っているのになぁ。残酷なまでの格差を前に、まどかは思わずため息を吐き出した。まどかとて、そう言うのが気になるお年頃なのだ。

 同世代よりも色々と大きくスタイルも良い友人を想い、もう一回溜息を吐き出す。そしてこれから大きくなるよ、と言い聞かせる。そうとも、まだ成長期なのだ。伸びしろはある……筈。多分。

 

「……」

 

 何となく陰鬱な気分で脱衣所を出ると、良い匂いが鼻孔を擽る。現金なもので、疲労でいっぱいの身体は、すぐにその匂いに反応した。

 ぐぅ。

 可愛らしい音を立てた自身の腹を慌てて押さえる。ちょっとだけ赤面しながら、まどかはリビングへと向かった。

 

「あ、まどかちゃん。もうちょっと待ってくれないか。すぐ出来上がるから」

 

 リビングに併設されているキッチンでは、衛宮士郎が食事を作っていた。彼も疲れているであろうに、一人でテキパキと、初めての場所にも拘らず動き回っている。既にテーブルの上には食器が並べられていた。言葉通り、夕食が出来上がるのは時間の問題なのだろう。

 彼はまどかたちを送り届けたところで帰るつもりだったらしいが、さやかの懇願で美樹家に留まっている。曰く、もしもルビーが戻ってきたら、ほむらがガチ切れして、自分たちでは止められない、との事だ。士郎からすればとばっちりも良いところだが、ルビーの情報を欲している事、ルビーが好き放題している事に責任を感じている事、そして彼自身も被害者であるほむらの事を気にかけている事もあり、首は縦に振られた。

 リビングへと視線を移すと、佐倉杏子がテレビを見ていた。テレビからは、ちょうど緊急のニュースが報道されているところだった。リポーターが大仰な身振り手振りで現状を伝えている。その様子を脱力した状態で杏子は眺めていた。まどかも何とはなしに、その隣に座った。

 

「テロ、だってよ」

「え?」

「アイツが色々とバラまいてただろ? アレ、閃光弾とか煙幕弾とか、そう言ったものらしくてな。病院前は混乱して、テロかもしれないって騒いでいる」

「そうだったんだ」

「おかげであたしたちの事は何も報道されてねーよ」

 

 杏子の言葉通り、テレビではリポーターが興奮気味にテロかもしれないと騒ぎ立てている。チャンネルはN○K。どうやら一地方都市の騒ぎは、全国区になったらしい。

 

「そっか、何も報道されていないんだ」

「ああ、最悪のタイミングで最悪の展開だったけど、あたしたちはどうにかなった」

「あたしたちは?」

 

 どこか含みのある言葉。

 杏子に視線を向けると、彼女は盛大に溜息を吐き出した。

 

「みんな無事さ……アイツは、そうはいかなかったみたいだけどな」

 

 杏子はクイッ、と顎を部屋の隅に向けた。

 その先には、毛布をかぶった置物が一つ。

 

「……ほむらちゃん?」

「ん」

 

 名前を呼ばれ、毛布がビクッと震える。代わりに、杏子が事実を肯定する。

 

「アンタ、アイツの友達なんだろ?」

「う、うん」

「ならどうにかしてやれ。……見てらんないんだよ」

 

 杏子は立ち上がると、ほむらには目もくれずにキッチンへ向かう。後は任せた、という事なのだろう。或いは自身のトラウマを穿り返されない内に逃げたか。

 まどかは毛布の塊に視線を向けながら考える。どうしよう。まどかとしては、ほむらが何故にそこまで気落ちしているのかが分からなかった。誰も傷ついていないし、乙女の尊厳もギリギリ守られた……筈だ。

 恐る恐るほむらの傍に寄ると、まどかは思い切って言った。彼女なりに、言葉を選んで言った。

 

 

 

「ほむらちゃん……その……綺麗だったよ、とっても!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわっ、チーズフォンデュ!? ヤバっ、豪勢っ!」

「士郎、パン二本で足りるかー?」

「パンだけだと足りないだろうな。でも、もうすぐ野菜が茹で上がる。エビとジャガイモの処理は終わっているから、そっちを先に持って行ってくれ」

「士郎さんっ! 冷蔵庫の中のものは全然使っていいですからねっ!」

「ああ、ありがとう。でも大丈夫、手持ちで充分だ」

「くれるって言うんだから遠慮なくもらおーぜ」

「杏子、黙れ。ほら、さっさと持っていけ」

「士郎さん、手伝う事あったら言ってください!」

「こっちは大丈夫だよ、先に食べちゃって」

 

 テーブルの上は溶かしたチーズが入った鍋と、パンやエビ、ジャガイモと言ったフォンデュ用の具材が並んでいる。

 チーズフォンデュ。

 鍋は美樹家のキッチンの奥に転がっており、それを目敏くも見つけた士郎によって日の目を見る事になったのだ。具材は夕方に購入していたので、それらを遠慮なく使う。人数はいるが、こちらも買い溜めをしていたので、これならば美樹家の食材に手を付ける必要は無いだろう……士郎の財布は寂しくなるが。

 後ろでワイワイと騒いでいるところを聞くに、どうやら好評ではあるらしい。ちらりと様子を伺うと、杏子とさやかが恐ろしい勢いで具材を消費しているところだった。

 

「ほい、野菜」

「おお、ありがとうございますっ! めちゃウマですよっ!」

「先に頂いています。本当に美味しいですっ!」

「士郎、肉は?」

「……(パクパクもぐもぐがつがつむしゃむしゃ)」

「……分かった、すぐ用意する」

 

 無言で具材を口に放り込む黒髪の少女を意識から外し、そそくさと士郎はキッチンへ逃げた。何やら恐ろしいものを見た気分だった。杏子の食い意地に救われる日が来るとは思いもしなかった。

 スーパーの袋からベーコンを取り出すと、少し厚めに切り分け、フライパンに投入する。そして焼きながら思う。そりゃヤケクソにもなるわな。言うまでもなく、黒髪の少女――暁美ほむら――の事である。

 日本人形めいた無表情さで具材を消費していく様子は、ひたすらにシュールである。が、それも仕方が無い。何せ彼女はルビーの手で魔法少女化させられただけでなく、その姿を衆目に曝す羽目になったのだ。もしもこれが士郎の彼女である遠坂凛ならば、ブチギレて暴れて引き篭もるか、大泣きしながら八つ当たりして引き篭もるかのどっちかだろう。9:1くらいで前者濃厚。

 ほど良く焼き目が付いたところで、一旦ベーコンをフライパンから取り分けると、士郎はエリンギとブラウンマッシュルームを一口サイズに切り分け始めた。そしてオリーブオイルをフライパンに引く。刻んだ赤唐辛子と、少量のニンニクを投入し、程よく火が通るまで弱火で炒める。そして香ばしい匂いが立ったところで、先ほど切り分けたキノコ類と、取り分けていたベーコンを投入した。あとは強火で炒める。ストレスがたまると家事に逃げるのが、この男の悪癖であった。

 

「すごいなぁ、料理もできるんだ」

「まどかのお父さんみたいだね」

「……(パクパクもぐもぐがつがつむしゃむしゃ)」

「……ええと……ほむらちゃん、落ち着こう?」

「大丈夫よまどかええ私は落ち着いているし冷静だし何も問題はないわいつも通りよ気にしないで」

「……いや、ほむら。それは無理があるって」

「……ほっといてやれ。今のコイツの気持ちは痛いほど分かる」

 

 同じ傷を持つ者同士、感じるところはあるんだろうなぁ。士郎はそう思った。被害者その2でもある杏子は、ルビーの手によって変身させられた後、半日ほど不貞腐れていた。ちなみに不貞腐れていた場所は、士郎が泊まっているウィークリーマンションのベッドである。戻って、朝になるまでずっと占拠された。肉やお菓子に一切の反応を示さないほどに重症だった。そして士郎はその姿を見て、涙を堪えることが出来なかった。

 杏子はポンポン、とほむらの肩を叩いた。目頭を押さえている辺り、きっと昨日のことを思い返しているのだろう。それは第一印象からは想像も出来ぬほどに、慈しみ深い態度だった。

 

「……キノコとベーコンのソテー。口直しに食べてくれ」

「あっ、ありがとうございます」

「わぁ、美味しそう」

「士郎、コイツにも何かくれ」

「ホットミルクでいいか?」

「……(コクコク)」

「ごめん、さやかちゃん。牛乳を借りていいかな。あぁ、あと蜂蜜も」

「どうぞどうぞ」

 

 士郎はマグカップに牛乳を注ぐと、レンジで人肌程度まで温める。そして小匙一杯程度の砂糖と、大匙一杯程度の蜂蜜をかき混ぜ、仕上げにシナモンを振りかけた。

 

「甘さが足りなかったら砂糖を追加してくれ」

「……ありがとう。頂くわ」

「士郎、あたしにも」

「そう言うと思って用意はしてある」

「えーと、私たちも欲しいなぁ、なんて……」

「はい、どうぞ」

「ありがとうございますっ!」

 

 ほむらの分とは別に用意してた3人分のホットミルクを配る。相変わらず用意の良い男である。

 どうやら食事が一段落したようなので、士郎も席に着いた。近くにあったトマトを串に刺し、チーズに絡める。そして一口。トマトの酸味とチーズの濃厚さが口に広がる。

 

「いやー、士郎さん。めちゃウマですよ、ありがとうございますっ」

「気にいってくれたなら良かった」

 

 フォンデュ用の溶けやすいチーズを使ったのだが、中々どうしてしっかり味が付いている。まどかもさやかも満足げな表情を浮かべているので、これは大成功だろう。

 ちなみに杏子は一人まだ食べている。この細身の身体のどこに食事が入っているのかは甚だ疑問ではある。が、士郎は食っても食っても体型が変わらない人間を他にも知っている。疑問に思うだけ無駄なのだ。そういうものなのだ。

 ほむらは相変わらず無表情でホットミルクをちびちびと飲んでいる。猫舌なのかもしれない、とズレた感想を士郎は抱いた。真面目に考察するには、今日の彼は疲労でいっぱいだった。

 

 

 

『……士郎さーん』

 

 

 

 何も聞こえない。何も感じない。何も知らない。

 士郎は自身にそう言い聞かせながら天井を仰いだ。そして震える手で視界を覆う。緊張を解きほぐす様に、少しずつ緩やかに息を吐き出す。思う事は一つ。どうやら幻聴が聞こえるほどに俺は疲れているらしい。だが残念ながらホットミルクはもう品切れだ。

 

『士郎さーん、お話があるんですけど……今、大丈夫ですか?』

『……なんだ?』

 

 士郎は諸々の感情を強引に捨て去ると、脳内に響いた声に一拍の間を置いて反応した。思考と感情を切り離して行動できるのは、イギリスに渡った事で習得した、彼の強みの一つである。

 

『いやー、その、色々とありまして……この場では言い辛いと言いますか……士郎さん一人で、近くの公園にまで来てもらってもいいですか?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 美樹家からそう離れていない場所に、ベンチと滑り台だけしか置かれていない、小さな公園がある。住宅街に紛れる様にして存在するその公園に士郎は到着すると、ベンチに腰掛けて溜息を吐き出した。そしてポケットから小さな宝石を取り出すと、魔力を込めて中の魔術を発動した。

 結界。

 一般人の意識を逸らす程度の効力しか持たないが、魔力を込めるだけで発動可能なので、士郎は重宝している。

 

「あははー……すいません、来てもらっちゃって」

「全くだ」

 

 士郎は呆れを隠そうともせずに言葉を返した。士郎が感情を表立って表すことは珍しいが、今日の日を思えば致し方なかろう。

 結界が張られたことを確認すると、傍の遊具からひょっこりと諸悪の根源が姿を現す。

 ルビー。

 今回の騒動を引き起こした張本人であり、杏子たちの心に癒えぬ傷を刻みつけた原因であり、士郎が日本に戻って来ることになった要因である。

 

「で、何の用だ?」

 

 士郎は足を組むと、その上に肘をついた。言外に、今は捕まえる気が無い、という事を示している。数時間前まで、血眼でルビーを探していた人物と同じであるとは思えぬ変貌ぶりだ。

 ルビーはルビーで言いにくそうに羽でヘッドを掻き始める。そして暫し悩むように己を揺らした後、士郎の傍へと降り立った。

 

「いや、ちょっとほむらさんの件で相談が」

「……仲直りしたい、とか戯けた事を言うんじゃないよな」

「……いいえ、その、今回はちょっと別件と言うか……何と言うか」

「あの禍々しいソウルジェムの事か」

「――――っ」

 

 士郎の思いがけない言葉に、ルビーの思考が停止する。思わず見上げれば、ルビーを見下ろす鈍い黄金色の眼と視線が合った。

 

「ソウルジェムの概要については杏子から聞いている。……魔女と、グリーフシード、魔法少女についてもな」

「……そう、ですか」

「それで? ルビー、何があった?」

 

 疑問ではない。訊いている体ではあるが、断定の語調。

 それは遊びの無い言葉だった。確信を突く一言だった。

 

「……士郎さんは、私の能力を知っていますよね」

「ああ。契約することによって平行世界の能力を使用できるようになる、だよな」

「はい、そうです」

「だが、衣装の変更はお前の一存の筈だ」

「ええ、流石に良く知っていますね……」

 

 魔法少女としての姿は、ルビーの趣味が反映される。あくまでも契約者が平行世界の能力を使用できる、までがルビーの能力であり、魔法少女姿は言わば彼女の大迷惑なサービスでしかない。

 ……ならばこそ、

 

「衣装の程度は置いておいても、魔力を帯びるソウルジェムはお前の一存では再現できない」

「はい、その通りです。……おそらくは士郎さんの想像の通り……あれは……いえ、あの姿は……私の能力が原因ではありません」

 

 士郎は何も言わない。

 代わりに、先を促す様に頷いた。

 

「正直な話、私としてはアレくらい際どい格好も吝かでは無いと言うか、寧ろ意外性も込みでドストライクでした」

「……」

「で、ですが、あの段階ではまだ構想が固まっていないと言うか、いずれは程度にしか考えてなかったと言うか……」

「……」

「……ええと、その、つまり……勝手に流れ込んできたんですっ!」

「……お前の脳裏に、って意味じゃないよな?」

「違います違いますっ! 寧ろ押しかけてきたんですよっ!」

 

 勝手に流れ込んできた。押しかけてきた。

 その言葉の意味を士郎は咀嚼する。

 

「……つまり、暁美さんの平行世界の能力が、お前の制御を飛び越えて、勝手に流れ込んだ、と」

「そういうことです」

 

 口元を手で覆い、情報を整理する。元々頭の回りは早い方だ。状況の把握にそれ程時間は必要ない。

 士郎は考えを纏めると、ルビーに向き直って口を開いた。そして告げる。

 

「……そんなことがあるのか?」

「あるんですよっ! 実際にっ! 本当にっ!」

 

 士郎の間の抜けた感想のような一言に、思わずルビーは声を荒げた。浮かび上がって激しく柄を前後に動かす。そしてヘッドの部分には、怒りのマークが可視化されている。

 士郎はまぁまぁ、と全く感情の篭っていない言葉でルビーを宥めた。こういう場合は相手に合わせるのが一番ストレスフリー且つ最短の解決方法であることを彼は知っている。

 

「ルビーは今回みたいな経験はあるのか?」

「無いですよ。凛さんの時も杏子さんの時も制御できましたもん」

「今回が初、か」

「本来ありえない事なんですけどね、本当に」

 

 平行世界に干渉できるのはこの世にただ一人だけ。だから彼は『魔法使い』と呼ばれている。

 キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ。

 ルビーの生みの親であり、士郎の師匠の師匠であり、現存する魔法使いの一人。

 彼が用いる手段以外で平行世界に干渉する術は、無い。

 

「……その筈、なんだよな」

 

 そう。その筈。

 だが実際には。士郎は魔法使い級の能力を持つ人物を一人知っている。

 暁美ほむら。

 時間を停止させると言う、世の理に抗える少女。

 そして時間停止とは、広義的な意味を含めれば、平行世界の運営の一端となり得るかもしれない能力。

 

「……おかしいとは思っていたんだ」

「士郎さん?」

「大師父はお前の捕獲に、俺だけを行かせた。バゼットみたいに宝石に関係の無い人ならまだしも、遠坂やルヴィアではなく、俺だけを、だ」

「……」

「あと、言ってたよな。お前の封印を解いたのは大師父だ、って」

「ええ」

 

 ――――勝手にしろって言われたから勝手にしているだけなんですよっ! 逃げ出したわけじゃありませんっ! てか封印を解いたのってあのクソじじぃなんですよっ!

 

「今更ですけど、私はクソじじぃの手でこの街に放り出されました。こう……ゴミでも捨てるようなぞんざいさでです」

「暁美さんの目の前に、か?」

「うーん、当たらずとも遠からず、ってところですね。最初に出会ったのはまどかさんで、次にほむらさんに出会いました」

「探し回ったのか?」

「いいえ。1時間程待ってろ、と言われたので待っていました。出会ったタイミングとしては、大して変わらないですね」

 

 つまりは。放り出されたその場で、タイミングの問題はあれど、ルビーは暁美ほむらに出会ったことになる。

 

「……大師父から、この街の魔法少女の概要については聞いたか?」

「いいえ。何一つ聞いていません。私が魔法少女の概要を聞いたのは、マミさんから教えてもらったのが初めてですね」

「マミさん? それって、巴マミさんか?」

「ええ、そうですけど……あれ、お知り合いでした?」

「いや、名前を聞いたことがあるだけだ。……ルビーは、何で彼女の事を知っているんだ?」

「最初にまどかさんたちに出会った時に、運悪く魔女の結界に巻き込まれたんですよ。そしたら、マミさんが助けに来てくれたんです」

「その縁で、話を聞いたのか」

「ええ、そうです。魔法少女は勿論、グリーフシードや魔女についても、その時に教えてもらいましたね」

 

 大師父ことキシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグからは、ルビーは何も聞いていない。何も聞いておらず、しかし場所と時間は指定されて放り出された。

 まるで、何が起こるか分かっているかのように。

 

「……巴さんは、ソウルジェムが穢れる事について、何か言っていたか?」

「魔法少女として活動できなくなる、と言っていましたね」

「……穢れ切った場合については?」

「それは知らない、と」

「そうか。……杏子も同じことを言っていたよ」

 

 士郎も杏子に魔法少女について幾らか踏み込んだ質問をしている。だが、得た情報としてはルビーと大差ない。

 

「詳しい事はキュウべぇに訊け、って言ってたな」

「同じく、です。マミさんもキュウべぇさんに訊くようにと言っていました」

「……ルビーはキュウべぇとやらから話を聞けたか?」

「いいえ、何処に行ったか分からず仕舞いで、何も話は出来ていません」

 

 キュウべぇは魔法少女の才能を持つ子を探しているみたいだから、決まった場所に居る事は少ない。それはマミがルビーに返した言葉であり、また士郎が杏子に返された言葉でもある。

 

「つまりはお互いに、」

「魔法少女の事は全然わかっていない、」

「ってことか……ハァ……」

 

 士郎は盛大に溜息を吐き出すと、両足を投げ出し、夜空を見上げた。

 視界に映る星空。

 その輝きが目に染みる。

 

「……魔法少女はグリーフシードが必要」

「そのグリーフシードは魔女を狩る事で得ることが出来る」

「魔女はグリーフシードから生まれる」

「魔法少女の穢れを吸い取ったグリーフシードから生まれる」

「そしてグリーフシードは、魔女を狩る事で得られる」

「……良く出来たシステムですね、本当に」

「ああ。……全く以って、本当に良く出来ている」

 

 両者は同じことを考えていた。そして全く同じ結論を導き出していた。

 だが口には出さない。何故ならそれが確証の無い考えであり、憶測の域を出ないこと理解しているからだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、それじゃあ俺は戻る。これ以上は杏子が感づきそうだ」

「分かりました。あ、あとくれぐれもこの事は内密に」

「分かっているよ」

 

 士郎は宝石を回収すると、ベンチから立ち上がった。欲しい情報については共有が終わったので、これ以上長居をする必要は無いのだ。

 ルビーはルビーで自身の柄を消してヘッドだけになる。あとは飛び立つだけだ。

 

「士郎さんは明日以降、どうするんですか?」

「さてな。一先ずは大師父の真意を探りたいが……」

「あのクソじじぃがそう簡単に尻尾を出すタマで無い事は知っているでしょうに」

「……そうだな。きっと、こうやって考えていること自体、大師父の掌の上の出来事なのかもしれないな」

 

 両者共に溜息を吐き出す。悲しい事に互いの認識に間違いはない。

 

「……本当に、お前を捕まえるだけの依頼だったらな」

「あははー、あのクソじじぃの依頼がそんな簡単なものの筈がないじゃないですかー」

「その通りだな。……ったく、俺はストレスで胃が壊れそうだよ」

「クソじじぃと関わったのが運の尽きですよ。そこだけは深く同情します」

「うるせぇ」

「じゃ、ほむらさんと杏子さんから、上手いとこ情報を聞き出しといてくださいね。私では無理なんで」

「……誰のせいで難易度が跳ね上がったと思ってやがる」

 

 キリキリと胃が痛みを訴えているのは、きっと気のせいではない。視界が眩むのも気のせいではない。何なら足元が覚束ないのも気のせいではない。

 士郎は本日何度目になるのかも分からない溜息を吐き出す。それを聞いて反応するルビー。溜息を吐くと幸せって逃げるらしいですよ。誰のせいだと思っている、誰のせいだと。

 士郎は口を開く代わりに、右手をルビーの前に出した。中指を親指で押さえつけた格好。つまりはデコピン。

 そして理解がまだ追い付いていないルビーに、強化による渾身のデコピンを喰らわした。

 

「ギャッ!」

 

 ドゴッ、ガゴンッ。弾き飛ばされたルビーが滑り台にぶつかり落下する。渾身のデコピンだけあって、音も通常とは段違いである。

 

「お前が余計な事をしなければ、こんなに話は拗れなかったんだよ」

「で、でも私がほむらさんと契約したからこそ、事のおかしさに気が付けたんじゃないですか!?」

 

 ヨロヨロと浮上するルビー。しっかりと自分に非が無いアピールをする辺りがまさにルビーである。しかも今回に限っては筋が通っていなくもない。

 が、その言葉に士郎はしっかり反論をする。

 

「暁美さんはそうでも杏子は完全にとばっちりだろうが」

「それはそれ、これはこれですっ! 杏子さんと言う前例があったからこそ、ほむらさんを――――」

「喧しい。もう一発喰らいたいか」

 

 完全にやさぐれる士郎。既に彼の精神的許容量はいっぱいいっぱいである。と言うかここまで保っていたことが不思議なくらいだ。

 士郎はもう一度右手をルビーへと向けた。それを見て、思わずビクッと反応する。たったの一発、されど一発。人外の一発の威力は、しっかりとルビーの身に恐怖を刻んでいる。

 

「ぼ、暴力反対……」

「なら黙れ。そしてこれ以上魔法少女を増やすな」

「……そ、それは同意しかねますねー」

「あ゛あ゛?」

 

 あ、これヤバいヤツや。士郎の表情が変わったのを見て、ルビーは咄嗟に距離を取った。とは言え、キュートでリリカルな少女を魔法少女にするのはルビーのライフワークである。そこだけは嘘をつくことは出来無い。

 士郎の眼は完全に据わっていた。見敵必殺モードである。身体は半身になっており、無手であるはずの両手には魔力が集まっている。その様子を見てルビーは思う。何だか見たことがある……ああ、あれだ。遠坂家の凛ちゃんを人前で変身させた後のアレだ。アレは確かに身震いするほどに怖かった。

 

「……ふぅ」

 

 だがそんな、ジリジリと灼ける様な緊張感は、士郎が首を振った事で霧散する。彼はギリギリのところで自身を律すると、生気を失った眼でルビーを見た。

 

「まぁいい。ともかく、キュウべぇについて何かあったら連絡をくれ」

「あ、あははー……分かりました」

「じゃあな」

 

 良い人ほど損をするとは誰の言葉だったが。

 士郎のその疲労と哀愁に満ちた背中を見て、ルビーは思った。きっと早死にするな、あの人。

 

 

 




おまけ


※士郎が出て行った後の美樹家



「えー、今しがた入った情報によりますと、病院前のテロにはこちらの少女が巻き込まれた可能性があり――――」



 テレビ>【ほむらのあの姿】



「――――ゴフッ」



「ほむらちゃーーーんっ!?」


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まどマギ×Fate 13

当初の予定
・出たな諸悪の根源

現実
・……諸悪の根源ってどっちだっけ?


 鹿目まどかは朝から身体が重かった。

 彼女が美樹家で目を覚ますのは、決して珍しい事ではない。何ならつい数日前に泊まったばかりだ。正直な話、第二の我が家と称しても構わないくらいには、互いに行き来している。

 どうやら自分は、美樹家のソファーで寝ていたらしい。ゆっくりと周囲の惨状を見渡しながら、まどかはそう結論付けた。ちなみに身体が重い理由は、友人の美樹さやかが抱き着いているからだった。抱き枕代わりにされていたらしく、緩み切った幸せそうな寝顔が良く見える。

 

「……ごめんね、さやかちゃん」

 

 丁寧にさやかの腕を外し、まどかは拘束から脱出した。友人は未だに起きる気配はない。

 既に窓の外には太陽が昇っており、街の営みの音が窓を通して耳まで届いている。時計を見れば、AM9:30。これは立派な寝坊だ。

 

「あー……ええと……そっか、臨時休校になったんだっけ」

 

 一瞬頭に遅刻の文字が浮かび上がるが、昨日の病院前のテロ騒ぎで、今日の学校は臨時休校になった事を思い出す。だから昨日は遅くまで騒いでいたのだ。

 視線を床に移すと、そこにはワインのボトルを抱えて力尽きた暁美ほむらがいた。しかも下着だけの姿で。そして悪夢でも見ているのか、しかめっ面で呻き声を上げている。元が美人なこともあり、とんでもなく酷い絵面だ。

 なんでこんなことになったのだろうか。まどかはまだ覚醒しきっていない頭をフルに働かせながら、原因を思い出そうとする。だが脳裏に蘇ったのは、ボトルをマイク代わりに下着姿で熱唱するほむらの姿だった。そしてそれを見て、合いの手を入れながらタオルを振り回す自分たちの姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■ まどマギ×Fate ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……頭が痛いわ」

「ほむらに同じく」

 

 AM11:30。

 やや長めのシャワータイムを終えて、さやかとほむらがバスルームから出てくる。2人は苦渋の表情を浮かべており、ほむらに至っては絶不調故か顔面蒼白である。

 まどかは2人にホットミルクを渡した。

 

「はい。士郎さん直伝のホットミルク」

「ありがとう……士郎さん直伝?」

「うん。メールしたら作り方教えてくれたから」

 

 なるほど、とさやかは頷いた。そう言えば昨日の帰り際に、連絡先を交換した覚えがある。

 ホットミルクを受け取り、2人は力なく椅子に座った。そして一口。昨日より幾分か甘めなのは、まどかの好みが反映されているからだろうか。さやかとしては、こっちの方が好みだ。

 昨日は何があったんだっけ。ちびちびと飲みながら、昨日の事を回想する。だが出てきた記憶は下着姿で熱唱するほむらだけだ。自身の絶不調の理由については、原因のげの字すら思い当たらない。

 ちらりと、さやかはほむらに視線を向けた。彼女も同じようにちびちびとホットミルクを飲んでいる。それも無表情で。蝋人形の如き顔の白さで。調子の悪さ的には、ほむらの方が重症らしい。

 

「……士郎さん、他になんか言ってた?」

「えーっと……あ、お大事に、だって。あと牛乳のお金は要らないって」

「牛乳のお金?」

「牛乳、士郎さんが買ってきたものだから」

 

 そう言えば昨日、少しだけ席を外していた記憶がある。あれって牛乳を買いに行っていたのか。

 良い人だなぁ、と。さやかは思った。別に牛乳程度、気になんかしなくてもいいのに。

 

「良い人だなぁ……絶対良い人過ぎて、苦労するタイプだわ」

「……そう言えば、あの2人はいつの間にかに消えていたわね」

「士郎さんと杏子の事? それならあの後すぐに帰ったよ」

 

 あの後、とは士郎が牛乳を買って戻ってきたときのことである。

 どうやらほむらは、その辺りから記憶が無いらしい。

 その事を指摘すると、ほむらは何とも言葉にし難い表情を浮かべた。

 

「……頭が痛いのよ。思い出そうとすると。何故か」

 

 頭を抱えて、虚ろな目でダイニングテーブルに視線を落とす。どうやら予想以上に重症らしい。

 

「あー……いーんじゃない、思い出さなくて」

 

 さやかは刺激をしないように、なるべく丁寧に言葉を選んだ。彼女はほむらの身に何があったかを知っているし覚えている。思い出せないのなら、それに越したことはないとすら思っていた。

 

「あと、幾ら魔法少女だからアルコールに耐性があるとは言え、ワインの一気飲みは止めた方がいいって」

「ワイン? 一気飲み?」

「アンタ、昨日やったばっかじゃん……」

 

 昨日の夜、ほむらは冷蔵庫からワインを取り出すと、まどかたちが止める前に一気に飲み干した。ぶっちゃけ自棄酒だった。ちなみにワインは美樹家のモノである。つまりはさやかの許可を待たずしての暴挙でもあった。

 とは言え、その事を咎める気はさやかには無い。何せ昨日の報道で、魔法少女暁美ほむらの姿は全国区になってしまったのだ。手ぶれが激しく、辺りも暗いため、一見すればほむら本人だとは分かり辛いが、多分同業者が見れば分かってしまうのだろう。事実、昨日の遅くにさやかとまどかのスマホに、マミから確認のメールが入っていた。今N○Kで報道されているあれって、もしかして暁美さん?

 ほむらは未だに思い出せないのか、相変わらずのしかめっ面で首を傾げた。どうにも今現在の彼女は、かなりのポンコツである。

 

「大量に水分を取って、早くアルコール分を排出するように、だって。もしくはレモンとかお蕎麦を食べると良いみたい」

「レモンと蕎麦、ねぇ……冷蔵庫にあったっけ?」

「えーと、ちょっと探してみるね」

 

 掃除を中断し、小走りでまどかはキッチンへと向かう。

 その様相を目で追いながら、ぽつりとさやかは言葉を零した。

 

「しっかし、アレね……まどかってエプロン姿が似合うわー……」

「全面的に同意するわ」

 

 まどかは水色のエプロンを身に着けている。きっとホットミルクを用意した際に着用して、そのままだったのだろう。そしてそれを見て意図せず零れた言葉に反応するほむら。

 ピシガシグッグッ。視線を合わせずに2人は拳と親指を合わせた。グッド。2人の認識に相違はない。

 

「惜しむらくは、エプロンがピンクじゃない事ね」

「しゃーない。アレ、私のだし」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……無理」

「が、頑張ろう、ほむらちゃん」

 

 PM1:30。

 ほむらは力尽きたかのように天井を見上げた。そして大きく溜息を吐き出す。彼女の目前には半分程度に減ったざる蕎麦が置かれている。

 ほむらはまどかの応援に力なく首を振ると、そのままズルズルと座高を下げて行った。

 

「幾ら何でも小食でしょ。あとでレモンパフェも来るんだよ?」

「……昨日のが残っているのよ」

 

 さやかの言葉に力なく返す。まだ注文が全品揃っていないという事実に、ほむらは思わず項垂れた。

 3人がいるのは、美樹家の近所にあるファミレスである。ちょうど昼食の時間帯だった事、誰も料理が出来ない事、そしてファミレスに行けば都合よくレモンも蕎麦も摂取できる事から、3人はファミレスで食事をすることにしたのだ。ちなみにまどかはシーフードドリアとバニラアイスを、さやかは本日のパスタとハーフサイズのビスマルク、そしてマンゴーパフェを頼んでいる。

 

「……無理。気持ち悪いのは飲み過ぎじゃなくて食べ過ぎのせいよ」

「えー、あれから半日以上経っているのに?」

「うーん、私ももう少し食べた方が良いと思うけどなぁ」

 

 ほむらは細い。多分、クラスで一番細い。小柄なまどかに心配されるくらいに、細い。

 まどかの記憶にある限りでは、ほむらがマトモに食事を摂っていたのは、昨日のチーズフォンデュくらいである。昼時はふらっといなくなるし、マミとのティータイム時にはコーヒーのみだった。それも砂糖もミルクも入れないブラック。今日のオーダー時すら、ホットコーヒー一杯で済まそうとしていたくらいだ。それでいながら魔法少女として激しく動き回っているのだから、まどかとしてはいつか倒れるんじゃないかと心配で仕方が無い。

 

「栄養って大事だよ?」

「……ええ、分かっているわ。でも入らないものは入らないのよ」

「ほむらってさ、何か好きな食べ物はあるの?」

「無いわ……強いて言うなら、カ○リーメイトかしら」

 

 ああ、これはダメだ。まどかとさやかは思わず天を仰ぎ見た。それはあまりにも予想外の回答だった。

 一方でほむらは、2人の反応に少しだけ驚いていた。と言うか何故にそんな反応をされたのかが分からなかった。自身が何か言葉を間違えたのは察したが、何故に間違えたのかは分からなかった。つまりはポンコツなのだ。

 

「……ダメだよ。ダメ、ダーメ。ダメダメだよ、本当に。マジありえない」

「ほむらちゃん……そんなのって、ないよ……」

 

 別に世間一般のイメージが持つような、女の子らしい好みを上げろとは言わない。言わないが、幾ら何でもカ○リーメイトは予想外だ。

 ほむらに返答を聞いて、まどかとさやかは嫌な想像をしていた。それは2人にとっては訊くのが恐ろしいと思える想像であり、出来る事ならが訊かない方が良いと思えていた。

 だが訊かぬことには話も始まらない。

 

「もしかしてだけど……ほむらちゃんって、あまり遊びに行かなかったりする?」

「ええ」

 

 OK、神は死んだ。

 まどかとさやかは懐からスマホを取り出すと、速攻で何かを検索し始めた。それを若干引いた表情で眺めるほむら。何やら嫌な予感がしたが、それ以上に現状をどうにかするような思考が、今の彼女にはできていない。つまりは無防備にも任せるしかないのだ。

 そしてそんな嫌な予感は、2人から発せられた言葉で現実のものとなる。

 

「ほむら」

「ほむらちゃん」

 

 ズイッ、と。ドアップで映る2人の顔。

 

「「今日は遊びに行こうっ!!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほむらちゃん、次はこれを着てみよう!」

「待って、まどか。私、財布、余裕ない……」

「大丈夫大丈夫、着るだけ着るだけ」

 

 PM2:30。

 街の中心部から少し外れたショッピングモール、その一角にあるアパレルショップ。

 まどかとさやかは自身のセンスを駆使して、ほむらの洋服を選んでいた。まどかはファンシー系を、さやかはカジュアル系を中心に、ほむらのもとへ持っていく。そして着替えたその姿を写真にとって保存すると、別の服を着るように促した。ぶっちゃけ着せ替え人形である。

 尤も、服なんてサイズが合えば何でもいいと宣った時点で、彼女の運命は決定したのかもしれない。他人の機微には敏い癖に、自分の事となると途端にズボラになるのは、彼女の悪いところである。

 

「清純な感じで攻めていこうよ」

「いや、少しボーイッシュで意外性を出すのはどう?」

「ならこれとこれだね。あ、あとパーカーも」

「よしっ、ほむら、次はこれで!」

「……どうかしら?」

「んー……髪形、アレンジしてみよっか」

「そうだね。ほむらちゃん、ポニーテールにしてみよう」

「……ポニーテールの仕方が分からないわ」

「え? じゃあ私が巻いてあげる!」

 

 まどかは櫛とヘアゴムを取り出すと、ほむらに少し身を屈める様に指示した。そしてほむらの髪を一房かるく掴んで撫ぜた。枝毛はなし。流れる様な、と言う形容が思い浮かぶほどの、綺麗な髪だ。

 髪を湿らせる必要は無いかも。櫛を通すと、抵抗をほとんど感じることなく滑らすことが出来た。こんなにも上質な髪を、まどかは触れたことが無い。

 ある程度櫛を通したところで、顎と、耳と、そして結ぶ箇所を直線状に、ポニーテールを巻く。

 

「じゃじゃーん、完成!」

「……なんか不思議な感覚ね」

「あれ、ほむらちゃんって、髪形を変えない方?」

「ええ、あまり興味が無かったから」

 

 その言葉を聞いて、思わずまどかは天を仰ぎ見た。何ともったいないことか。

 

「できたー? どれどれ……おお、イイ感じイイ感じ」

「でしょでしょ? よしっ、次は何にしよっか?」

「……チャイナドレスなんてどう?」

「いや、この黒髪には十二単衣とか似合うと思うな」

「……幾ら何でも、ここには無いでしょう」

 

 ほむらの冷静なツッコミに我に返ったのか。少し恥ずかしそうに頭を2人は掻いた。

 着替え終わったNEWほむらの写真を撮ると、店内の物色へと戻る。

 

「うーん、茶色で攻めるかな」

「いや、ここは薄紫で行こうよ。このワンピースと……あと薄手のカーディガン」

「それって若干マタニティっぽくない?」

「ほむらちゃんならアリじゃない?」

「……アリだね」

 

 何となく不穏な話をしているっぽいな、と。試着室の外にて聞こえる会話から、そうほむらは判断した。どうやらまだまだお着換えタイムは終わらないらしい。

 鏡を見ると、何時にも増して感情の失せた眼の少女が映っていた。それを見て思う。時間停止して逃げ出そうかしら。だが友人がこんなにも自分のために服を選んでいるのに、それを無下にするのは躊躇われる。そしてその躊躇いの間に、新たな洋服を渡される。暫し洋服を睨み付けていた彼女だったが、諦めたように溜息を吐くと、試着する事に決めた。

 

「……どうかしら?」

「……いい」

「ナイス、まどか」

 

 ピシガシグッグッ。さやかとまどかは視線を合わせると、互いの拳と親指を合わせた。グッド。2人の目前には想像以上の破壊力を持った少女がいる。これはまるで芸術だ。

 まどかはどこからか眼鏡を取り出すと、ほむらに渡した。黒ぶちのどこにでもあるような眼鏡。促されるままに付けるほむら。その姿を見て、さやかは親指を立てた。

 

「……グッド。何この破壊力」

「いいなぁ。ほむらちゃんって、何でも似合うね」

「……貴女たちのセンスが良いのよ」

「っ! ……ヤバい、今のセリフ、グッと来た」

「えへへ、嬉しいね」

 

 元々ほむらは自身の美的センスには欠片の関心も抱いていない。前述の通り、服は着られれば充分だし、それ以上の機能を求める事も無い。だから今の賞賛の言葉は、彼女の心からの本心であった。

 ……そろそろ着せ替え人形状態から脱したい、などと言う邪な感情については一切無い。無いと言ったら無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ」

「お」

「あら」

「ん?」

 

 PM4:00。

 ショッピングモール内にあるアミューズメントパークに、まどかたちは来ていた。つい先日入ったばかりの最新のプリクラで遊ぶためだった。

 病院前のテロ事件もあり、おそらくは人が少ないであろうと予想して足を運んだわけだが、意外な先客が店内にはいた。

 

「杏子ちゃん?」

「あー……お前らか」

 

 佐倉杏子。

 つい先日知り合ったばかりの魔法少女である。

 

「こんなところでどうしたの?」

「暇つぶしだよ」

「士郎さんは?」

「アイツならマミのところに行っている」

「巴マミのところに。……成程。つまり、貴女は手持ち無沙汰ってわけね」

「そう言ってんじゃねーか」

 

 杏子はパンパンに膨らんだ袋を抱えている。覗いて見えるのはお菓子の袋詰め。つまりはUFOキャッチャーの景品なのだろう。根こそぎ奪われたのか、UFOキャッチャーの中身は寂しくなっている。

 杏子は景品の袋を開けると、中からうんまい棒を3本取り出した。そしてそれぞれを3人に向ける。

 

「食うかい?」

「うん、ありがとう」

「サンキュー」

「頂くわ」

 

 サクサクもぐもぐ。受け取ってすぐに食べる。少し動いたおかげで、ほむらの胃にも余裕が戻ったらしい。

 

「……昨日よりはマシな顔になってんな」

「おかげさまで、ね」

「昨日の今日で、よく街に出る気になったな」

「あの映像で私と分かる人はいないわ。いたとしても、シラを切り通せば良いだけ」

 

 ほむらの言葉は決して虚勢ではない。昨日の魔法少女の姿を見ても、一般人ならばまず誰か分からないだろうし、仮に知り合いに問われたとしても、言葉の通りシラを切れば良いだけである。無論、貫き通せるかは本人次第だが、ほむらに限って言えばその心配は無いと言えよう。

 実際、髪を掻き上げたほむらの顔には、感情の揺らぎは一切見られなかった。

 

「まぁ、今日の昼頃まではヤバかったけどね」

「黙りなさい、美樹さやか。ええ、黙りなさい」

 

 さやかからの思わぬツッコミ。間髪入れずに反応するほむら。

 完璧だったはずの鉄面皮に罅が入り、昔の呼び名が出て来てしまう辺り、今のは割と致命的な一言だったらしい。余裕そうに見えるのは表面だけか。色々と台無しである。

 

「そう言えば何で士郎さんはマミさんのところへ?」

 

 まどかは正確に空気を読むと、状況を変えるために杏子に質問を投げた。それは全くの自然で、さりげなく、且つベストなタイミングでの言葉だった。

 杏子はまどかの質問に表情を歪めると、盛大な溜息を吐いた。可愛らしい顔が台無しだった。

 

「……アレだよ、ルビーとかって言う奴の件」

「ルビー?」

 

 それは意外な返答だった。まさか杏子の口から、今この場でルビーの名前が出るとは思わなかったのだ。

 

「何でマミさん?」

「あたしがマミなら知っているかもしれない、って言ったからだろうな」

 

 成程、と。3人はその言葉を聞いて納得をした。衛宮士郎がこの地を訪れた理由は、逃げ出したルビーを連れ戻す為であると聞いた。ならばルビーの情報を入手するために、魔法少女であるマミに訊きに行くのは当然と言えよう。

 

「そう言えばルビーの奴、昨日から見てないね」

 

 さやかの記憶にある限りでは、ほむらを魔法少女にして逃げ出したのが、最後にルビーを見た記憶である。そしてそれはまどかもほむらも、はたまた杏子も同じである。

 

「……いなくていいわ、あんな奴」

「同感だね」

 

 被害を受けた魔法少女2人組からの評価は、芳しくないどころではない。と言うか散々である。思い出すのも嫌なのか、2人とも表現し難い何とも言えない表情を浮かべていた。

 まどかとしては姿を見せないルビーの事が、正直心配で仕方がないが、とりあえずこの場は自分の意見を言うことなく黙ったままにすることにした。まどかは空気が読める良い子である。それに、ルビーがトラブルの中心になることはあっても、ルビー当人がトラブルに巻き込まれる姿は想像できない。要は本人の欲望以外の面で、彼女の困っている姿が想像できないのだ。

 

「そう言えばさ、アンタは士郎さんと一緒に話に同席しなかったんだ」

 

 さやかが疑問を口にする。昨日の怒り具合から、杏子も情報が欲しいんじゃないのか、と考えての疑問だった。

 

「ああ? ……あたしは良いんだよ。別に」

「……ルビーに関わらなくて済むなら、それに越したことは無いわ」

 

 杏子の返答。ほむらの同調。

 その言葉を聞いて、まどかは妙な違和感を覚えた。例えるのなら、魚の小骨が喉に引っかかった様な感覚。さやかは何も気が付いていないようだが、まどかには気になって仕方が無い。

 とは言え、違和感の正体は不明だ。今この場で考えても仕方が無いと結論付けると、まどかは思考の片隅へと追いやった。

 

「杏子もいるならちょうどいいや。ねぇ、4人でプリクラ撮らない?」

 

 さやかは近くのプリクラを指さした。つい先日入ったばかりの最新式。デコるもピカるも美白もメイクもお手の物。オーソドックスからアレンジまで何でも一手に引き受ける最新式から、丁度人が出た後だった。他に並んでそうな人もいない。

 

「今日は客も少ないし、最新式を速攻で体験できるチャンスなんだよね。ほら、行こうよ」

「プリクラぁ? あたしは別に……」

「行こうよ、杏子ちゃん。ね?」

「そうよ、杏子。来なさい」

 

 ガシッ。杏子の手をまどかが掴み、背中をほむらが押す。そしてグイグイとプリクラへ向かわさせる。

 杏子は面倒くさげな表情を浮かべていたが、抵抗の力は弱かった。と言うか1mも進まない内に、自分の足で歩き始めた。そして忙しく設定をしているさやかの下に着くと、設定に手間取っている彼女を押しのけて、代わりに設定を始め出した。

 

「ちょ、ちょ」

「アンタさぁ、どうしたいのさ」

「ええと……いや、一先ずはオーソドックスに撮りたいんだけど……」

「じゃあ盛るな。色々と試そうとするから、わけが分からなくなるんだ」

「う、うん」

「はいよ、これでオッケーだ。ほら、2人とも来い」

 

 慣れた手つきである。さやかが四苦八苦していたのが嘘のようだ。相変わらず表情は面倒くさげだし口調もぶっきら棒だが、今回と言いうんまい棒と言い前回助けてもらった時と言い、意外と優しくて面倒見が良い。

 まどかは思った。杏子ちゃんって、ツンデレなのかな。

 

「おっ、こっからなら分かるよ! まどかもほむらも入って入って!」

「4人も入れるの?」

「入れるぜ。ま、あたしは入らねーから狭い事は――――」

「何言ってんの、杏子も一緒一緒」

 

 出ようとした杏子の腕に、さやかは自身の腕を絡めた。不意の一発に不覚にもよろける杏子を、そのまま引き寄せる。そしてまどかが優しく受け止め、無理矢理に中心に固定した。

 

「お、おい!」

「暴れない、暴れない」

「じゃあ、撮るよー」

「……え、ええと」

「ほむらちゃん、枠の中に入って! 後は音声の通りにすれば大丈夫だよっ!」

「いや、おい、お前ら……」

「はいっ、チーズ!」

 

 ――――カシャッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 PM5:30。

 ショッピングモール内のカフェ。

 

「いやー、綺麗に撮れたね。流石は最新式」

「はい、ほむらちゃん。杏子ちゃんも」

「……ま、貰っとくぜ」

「ありがとう。……でも、どこに貼ればいいの?」

「手帳とかスマホとかに貼っている奴が多いな」

「そーゆーこと。はい、ほむら」

「……これは?」

「プリクラ用の手帳」

 

 さやかが鞄から手帳を取り出す。年頃の女の子が持つような、可愛らしい絵柄が前面に押し出された一品。

 

「ほむらって、今回が初プリクラでしょ」

「私たちからのプレゼントだよ。はい、杏子ちゃんにも」

「……ま、くれるってんなら貰っとくぜ」

「私とまどかのセンスが光る一品よ。さ、ありがたく貰っておきなさーい」

「まどか……ありがとう。大切にするわ」

「えへへ」

「……え、いや、私にお礼は?」

「くれるんでしょ?」

「いやそうだけど……」

「冗談よ。ありがとう、さやか」

 

 ほむらが微笑む。どこか艶やかな表情で。そしてそれを見て、さやかは頬を掻いた。何故だか無性に照れ臭かった。その笑顔は、今までのほむらの印象を覆すような、威力のある一撃だった。

 ほむらは手帳を開くと、早速受け取ったプリクラを貼る。記念すべき1ページ目に、4人が映ったプリクラを貼る。並べるように貼る。隙間なく貼る。

 

「……いやいや待って待って違う違う違う違ーう!」

「え、え?」

「ほむらちゃん、違うの。ちょっと貸して、ね?」

 

 まどかはほむらから手帳を受け取ると、プリクラを貼り直す。そして懐からペンを取り出し、何かを書き込んだ。

 

「あーゆー風にね、文字を描いたり絵を描いたり……あとはシールを貼ったりするの」

「うん、そう言う事。はい、ほむらちゃん」

 

 4人で初めてのプリクラ♡。まどかから渡された手帳には、今日の日付と共に、そう書いてあった。ピンク色の可愛らしい文字だった。

 

「さっきのほむらみたいに、ベターって貼り付ける人もいるけど……一応これさ、絵柄付きの手帳だからさ」

「こんな風に手帳の絵を活かしたり、書き込んだり、色々とアレンジした方が良いと思うよ」

「そーゆーことっ」

「……」

 

 受け取った手帳の、記念すべき1ページ目をほむらは凝視していた。まどかが笑って、さやかが笑って、杏子が焦りの表情を浮かべていて。そして、自分は一番後ろで困ったような表情でピースサインを出している。固い表情で、固いし仕草で、ピースサインを出している。

 それはほむらの人生で、初めてのプリクラ。

 

「……綺麗ね。こんなに綺麗に映るのね」

「ま、最新機だからね。またお小遣いもらったら来ようよ」

「そうだね。その時までに今度はどんな写真を撮るか決めておこうよ」

 

 プリクラ1回400円。最低でも3回くらいは色々と撮るので、結構値段は嵩張る。まだ中学生のまどかたちには、意外と重たい出費なのだ。

 

「杏子ちゃんも、また撮ろうね」

「……そうだな。機会があったらな」

 

 杏子は手帳を片手で弄っていた。赤色の、小さな手帳。人差し指の先でクルクルと回していた。

 まどかの言葉に適当な相槌を打つと、杏子は会話もそこそこに席を立つ。

 

「あたしは帰るぜ、じゃあな。今日は……まぁ、楽しかったよ」

「え、帰るの? 一緒にご飯食べないの?」

「予定があんだよ。じゃあな」

 

 手を振り、杏子は振り向きもせずにカフェを出て行った。元はまどかたちが強引に誘ったとはいえ、あまりの素っ気無さに、別れ方としてはちょっと寂しい。

 

「もしかしたら、迷惑……だったのかなぁ」

「それは無いと思うわ」

 

 まどかの言葉を、優しくほむらは否定した。

 

「もしも本当に嫌なら、あの子はもっと早くに見切りをつけているわ。そうしなかったのは、楽しかったからよ」

「……それなら、嬉しいね」

「まぁ出会って一日程度だし? これから仲を深めれば良いってことだよね。……そーれーよーり」

 

 さやかは残っていた抹茶ラテを飲み干すと、ストローの先をほむらに向けた。

 

「杏子で思い出したけど、士郎さんにお礼を言わないと。……特に、ほむら」

「……何の事かしら。全く身に覚えが無いわ」

「あんな痴態を晒しといて、よく言えるね」

「そうだよ、ほむらちゃん。士郎さん、ほむらちゃんの事心配していたんだから」

 

 士郎自身はルビーによる直接的被害に遭ったことはないが、間接的被害ならこの世の誰よりも受けている。つまりは被害者の面々が正気に戻った後、どのような行動をとるのかについては、ある程度なら予測することが出来るのだ。そして彼の経験上、大別して二つに分けることが出来る。即ち、キレるか、自棄になるか。

 まどかたちに連絡先を渡したのも、ルビーの情報の入手……と言うよりは、実はほむらのアフターケアとしての意味合いの方が強い。

 

「ま、とりあえずそこらへんはご飯でも食べながら考えようよ」

 

 士郎へのお礼は、再び彼と会った時にでもすればいい。連絡先も知っている事だし。

 話題を提起した張本人でもありながら、さやかはすぐに食事へと話題を移した。彼女にとっての今現在の最優事項とは、如何にして自己主張の強い腹の虫を収めるかである。

 

「そうだね。ご飯、どうする?」

「……私は軽いものがいいわ」

「例えば?」

「……コーヒー」

「ダメ、却下」

「ほむらちゃんって、本当に小食だね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 PM6:30

 ショッピングモールから歩いて10分程度の距離にある喫茶店。アーネンエルベ。

 まどかたちは、つい先日食べ損ねた絶品のパイを食べに、アーネンエルベに訪れた。……訪れたのだが、

 

「あれ? マミさん?」

「あら、3人とも一昨日ぶりね」

 

 店内には先客が1名。

 巴マミ。

 鮮やかな金髪と、中学生離れした発育の良さが特徴的な少女である。

 

「あれ? マミさんって士郎さんとお話していたんじゃ……」

「あら、知っていたのね。でも、お話は終わったわ。そんなに長くなる内容でもなかったしね」

「ルビーの事についてだったんですよね?」

「ええ、そうよ。衛宮さん、随分と貴方達の事を心配していたわ。……特に、暁美さん」

 

 うぐっ。隣の少女から、確かにまどかはその声を聞いた。苦虫を嚙み潰したような声だった。

 ……誰の声だったかは、本人の名誉のために伏せるが。

 

「やっぱりあの魔法少女って、暁美さんだったのね」

「……何の話かしら。私には皆目見当がつかないわ」

「しらを切り通せば良いってものじゃないと思うわよ」

 

 ため息混じりにマミは言葉を吐き出した。そして紅茶を一口。一つ一つの仕草が優雅で気品に溢れている。

 対してほむらは動かない。一歩として動かない。固く口元を結び、表情の一つも変えやしない。感情の一つも揺らぎやしない。全く以って対極的な2人である。

 

「とりあえず座ったらどうかしら?」

「……結こ」

「喜んで!」

 

 ほむらの口をまどかが塞ぎ、さやかが肯定の意を示す。そして無理矢理にほむらを一緒のテーブルに座らせた。

 

『ほむら、色々と言いたいことはあるだろうけど、マミさんは心配してくれているのっ!』

『……分かっているわよ』

『ならお願いだからもう少し愛想良くしようっ! ねっ?』

 

 テレパシーでさやかが懇願する。彼女もなんだかんだで空気が読める良い子なのだ。

 まどかに連れられる形で、渋々と言った様子でほむらは座った。何だか最後の最後に随分と大きなトラブルが発生しそうである。ハッキリ言ってまどかたちの心臓に悪い。

 まどかとさやかは手早くメニューを選び、店員を呼んだ。

 

「すいませーん、アップルパイを一つ! バニラアイスをつけてください!」

「あとオレンジパイをお願いします! あと、私もバニラアイスをお願いします!」

「それとクルミのパイを一つ! トッピングに生クリームとチョコチップ、それとカフェオレのアイスをつけてください」

「……よくそんなに入るわね」

「いや、これほむらのだから」

「は?」

「マミさんはどうしますか?」

「私はもう頼んであるから大丈夫よ。あ、店員さん、私の分は皆と一緒に出してもらっていいかしら?」

「待って、私、そんなに食べれない……」

「大丈夫大丈夫。じゃあ店員さん、以上でお願いします」

 

 ほむらの救いを求める言葉は無情にも跳ね除けられる。去りゆく店員の後ろ姿。そしてほむらを突き落とした張本人でもあるさやかは、どこ吹く風と言った様子でメニューを見ていた。まだ食べるつもりなのだろうか。

 

「大丈夫だよ、ほむらちゃん。みんなで分け合うから」

「分け合う?」

「パイなら四等分に出来るでしょ。つまりは味の違う絶品パイを、四種類も食べられるってわけよ」

「トッピングは適当に決めたけど、苦手だったら私たちが貰うから心配しないで」

「……私、一切れくらいでいいのだけど」

「ダメ、却下。食べなされ」

 

 相変わらずの小食っぷりである。この分だとまどかが朝に食べる食事量の方が、ほむらが1日に摂る食事量よりも多いかもしれない。

 クスクスクス。そんなことを考えていたまどかの耳に、押し殺し切れない笑い声が届く。巴マミからだった。先ほどとは打って変わって狼狽する姿を見せるほむらを見て、彼女は笑っていた。

 

「あらあら、最初のイメージと全然違うわね」

「……」

「むくれても隠せてないわよ」

「ふふっ」

 

 マミの指摘に追随するようにまどかは笑った。いつも鉄面皮のほむらが無防備な表情を見せるのは喜ばしいことなのだ。加えて彼女は、僅かに赤面している。それだけでもレア度は段違いだ。

 さやかに至っては顔を俯かせて肩を震わせていた。必死で笑いを堪えているのは明白だ。我慢しているようだが、全く隠せていない。幸か不幸か、ほむらにはそれを咎められるほどの余裕が無いようだが。

 

「――――ところで、結局昨日は何があったのかしら」

 

 ほむらを除く皆の笑いの発作が漸く収まったところで、マミは昨日の出来事について訊いてきた。打ちのめされたほむらは何も言うつもりが無いらしく、そっぽを向いたままである。因みにさやかはまだ笑いを堪えている。仕方が無いので、まどかが説明をすることにした。

 

「私とさやかちゃん、魔女の結界に巻き込まれちゃったんです。それで、杏子ちゃんと士郎さんと、ほむらちゃんと、あとルビーが助けに来てくれたんですけど……ちょっとルビーが暴走しちゃって」

「衛宮さんも言っていたわね。ルビーさんが暴走して暁美さんに迷惑をかけてしまった、って。……つまり、テレビのあの暁美さんは、ルビーさんの暴走の被害を受けた後だったって事ね」

「……あんな奴にさん付けする必要は無いわ」

「あ、あはは……」

 

 ほむらの口から、この世の全てを呪うような重低音の声が発せられる。どうやら昨日の件は完全にトラウマとなってしまったらしい。

 話の方向性を逸らすために、慌ててまどかは口を開いた。

 

「そ、それで……そうだ、魔女は無事に倒せました。グリーフシードは多分士郎さんたちが回収したと思います」

「そう……無事に倒せたのね」

「はい。杏子ちゃんと士郎さんが倒してくれました」

「衛宮さんと……佐倉さんが、ね……」

「はい。……マミさん?」

 

 一瞬、マミの表情に影が差す。まどかの言葉に、慌ててマミは手を振った。ううん、何でも無いわ。

 だがその言葉を無視して、まどかは言葉を重ねた。

 

「……もしかして、マミさんって、杏子ちゃんと知り合いなんですか?」

 

 佐倉さん。マミは杏子の事をそう呼んだ。

 マミ。杏子はマミの事をそう呼んだ。

 まるで互いは知り合いの様である。それも、まどかたちと出会うずっと前から。

 

「……ええ、そうよ。昔の知り合いよ」

 

 マミはまどかの言葉を肯定した。どこか遠い眼で。懐かしむような眼で。

 それは同じ中学生の少女とは思えぬ、どこか達観したような眼だった。

 

「あの子は――佐倉さんは元気だった?」

「は、はい。さっきまで一緒に――そうだ、プリクラ撮ってきたんです。これ……」

 

 まどかは鞄から自分のプリクラ帳を取り出すと、今日記録したばかりのページを開いた。

 初めての4人でのプリクラ♡。そう書いた矢印の先に、杏子は映っている。

 

「……あら、ふふっ、元気そうね」

 

 焦ったような表情で杏子は映っている。その眼は4人の中で、唯一カメラを向いていない。でも、それすらマミにとっては嬉しい便りなのだろう。

 笑みを浮かべる彼女は、今までのイメージを覆すくらいに、年相応の少女のモノで、

 

「……そんなに気になるなら、次は貴女も皆と一緒に撮ればいいわ」

「あら、意外なお誘いね。……でも、私が一緒で良いのかしら?」

「それを決めるのは私ではないわ」

 

 マミに視線を合わせることなくほむらは言い切った。相変わらずマミに対してはどこか距離を感じる彼女ではあるが、その一言は今までの距離を大きく埋める一言だった。

 思わずまどかは口元を綻ばせた。前を見れば、さやかも口元が蠢いている。ニヨニヨと蠢いている。

 

「そーゆーことですよっ、マミさん」

「今度は皆で一緒に撮りましょう! 杏子ちゃんなら任せて下さいっ!」

 

 まどかは思い出していた。今日違和感を覚えた、杏子の言葉を。

 ――――ああ? ……あたしは良いんだよ。別に。

 あの言葉はきっと、マミとの間柄の事を考えての言葉だったのだろう。

 杏子とマミの間に何があったかは知らない。知らないが、それを理由に距離を開けたままなのは宜しくない。離れたままなのは宜しくない。

 それに、何より。

 マミに対して壁を作っていたほむらだって歩み寄った。

 ならば、今すぐに詰めるのは無理でも。マミと杏子も、同じようになれるはずである。一緒にプリクラを撮れるくらいには、きっとなれるはずである。

 

「……もしも佐倉さんも交えて、5人で撮れたら、きっと素敵な事でしょうね」

「――――あったりまえじゃないですかぁ!」

 

 ドン、と。胸を叩いてさやかは同調した。彼女もまどかと同じことを思っていた。

 彼女たちは綺麗なものが好きだ。正しくて、可愛らしくて、前を向けるモノが好きだ。明るくて、眩しくて、優しいモノが好きだ。未来には希望が溢れていると信じているし、キラキラとした日常を疑っていなかった。

 だから。今は距離のある仲だとしても。

 きっと皆で笑い合うことが出来るって、心の底から思っている。信じている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如として訪れた非日常とその住人。

 日常にいたはずの少女たちは、今や非日常と日常の溶けあった狭間にいた。

 そしてそんな日々を繰り返しながら時は流れ――――

 彼女らの幸福だった日々は終わりを告げる。

 

 

 

 月明かりの照らす夜。

 開いた窓。

 俯き、表情の見えぬ少女。

 その少女に影が差す。

 少女は問うた。誰、と。

 影は答えた。自身の名と、目的を。

 

 

 

「僕の名前はキュウべぇ」

 

 

 

「僕と契約して、魔法少女になってよ!」

 

 

 





 おまけ


 昨日のAM1:30くらい。


「たーおせない夜が続きー星にいーのるけーどー、へーやのまーどからじゃー空がー狭ーいー」
「イェイイェイイェイ!!」
「今回もダメ? どうして? 聞きたくなるけーどー、不ー確定要素だらけの日々はーつらーいー」
「ウォウウォウウォウ!!」
「ずーっと探しているー、たーおしかーたー、ねーがーわーくばこーれーでー終ーわりにーしーてーよ」
「ハイサイハイサーイ!!」
「わるぷすー!!」



「……ねぇねぇ、さやかちゃん。ほむらちゃんが歌っているこれって、何の歌?」
「しーらなーい」


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まどマギ×Fate 14

前回の更新が8/15ですから4日ぶりの更新ですね、やったぜ(すっとぼけ)
いや、ホント、一年以上お待たせし申し訳ございませんでした……

※21/11/11 誤字脱字修正


 倒壊したビル群。

 叩きつける大粒の雨。

 街を蹂躙する大嵐。

 空を舞う瓦礫。

 逆さまの女王。

 

 酷い夢だ。そうまどかは思った。目前の光景はまるでこの世の終わりだ。

 見上げた空は濁った曇天。見下ろした街は崩壊の跡。

 何処にも救いは無い。

 

「逃げて」

 

 誰かが言った。誰かは分からない。黒色のクレヨンで塗りつぶしたように、輪郭が一切分からない。

 

「逃げな」

 

 誰かが言った。誰かは分からない。同じように塗りつぶされている。

 

「任せたよ」

 

 誰かが言った。誰かは分からない。でも、聞いた事のある声だった。

 

「待っ――――」

 

 待って。そう言おうとしたまどかの言葉をかき消すように足場が崩れる。視界が強制的に切り替わり、浮遊感が身を包む。

 遠のく曇天、迫りくる地面。

 思わず目を瞑り――――その身体を優しく抱きしめられる。

 

「ごめんなさい」

 

 誰かが言った。耳元で、許しを請う様に、誰かが言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■ まどマギ×Fate ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……夢、かぁ」

 

 

 寝ぼけ眼を擦りながらまどかは身を起こした。カーテンを開くと、そこは眼を眇めるほどに眩しい朝陽。雲一つない晴天。いつもと変わらぬ街の景色。

 夢のような光景など、何一つありはしない。

 

「おはようございますまどかさん。今日もいい天気ですねー」

「うん……」

 

 ルビーの底抜けに明るい声に力なく返す。さすがにルビーもまどかの不調に気が付いたのか、首を傾げる様に柄を傾けながら問うた。

 

「あれ、まどかさん。元気ないですねー。夢見が悪かったんですか?」

「うん、ちょっと……」

 

 本当はちょっとどころじゃないけれど。ルビーに心配はかけまいと、まどかは無理矢理に笑顔を作った。

 悪夢なんてのは見たことが無いけれど、もしもあの夢を分類するのであれば、きっと悪夢と言うのだろう。自分が育った街が倒壊するさまなど、例え夢だとしても二度と見たくはない。

 

「無理はしちゃだめですよー。何なら休んだらどうです?」

「……ううん。大丈夫、問題ないよ」

「真面目ですねぇ。南の島の大王を見習ったらどうですか? 彼らって雨が降るだけで休みますよ」

「あはは……」

 

 いったい誰の事を言っているのだろうか。このステッキは時折知識が無いとついていけない事を言うのだ。そして無暗に反応しようものならばおしゃべりの嵐が飛んでくる……とは、被害者である衛宮士郎の言葉である。

 

「ま、大丈夫って言うんなら良いんですけどねー」

「……うん。ありがとう、ルビー」

 

 どんな形であれ心配をしてはくれているのだ。ならばそれを無碍に扱うことは出来ない。

 だがまどかが生来のお人好しであっても。他人に悟られぬよう自身を偽ることが出来る程、人生の経験が豊富なわけでは無い。

 

「早く顔洗った方が良いですよー。臨時休校含め3日ぶりの学校とは言え、いつもより10分は起きるのが遅かったので」

「え、ウソっ!? 急がないと!」

 

 時計を見てルビーの発言が正しい事を認識し、まどかは大慌てでベッドを飛び出した。女の子の準備には何かと時間が掛かるものだ。それは中学2年生であっても変わりは無い。

 1人(?)取り残されたルビーは、溜息を吐くように自身の柄を折り曲げた。相も変わらず無駄に人間臭い愉快型魔術礼装である。そして乱れた布団や落ちたぬいぐるみを元の位置に戻す。

 

「手のかかる子ですねー」

 

 どの口がほざくのだ、どの口が。ほむらが、杏子が、さやかが、そして士郎が。もしもこの場に居たらそう言うに違いない。ほむらだったら銃弾の嵐が、杏子だったら槍の連撃がもれなく追加されているだろう。無知とは恐ろしいものである。

 兎にも角にも。

 まだ下ではまどかがガタガタと身支度を行っているらしい。開けっ放しのドアの先から、彼女の母とのやり取りが聞こえた。ママー、歯磨き粉が切れてる! ヤバい、買い忘れてた!

 そんな鹿目家の朝の一幕を聞き流しながら。ルビーはまどかの机を勝手に漁って、勝手にノートを取り出して、勝手にペンを拝借して、勝手に文字を書いた。

 

『まどかさん、ちょっと出かけてきますね!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、今日の朝飯のメインは焼き魚か。肉は?」

「起き抜けの一言めがそれか」

「牛タン食いたい」

「聞けよ」

「お、美味いなこの魚。なんだこれ?」

「ブリだ。ったく、つまみ食いしてないでさっさと歯を磨いてこい」

 

 AM9:00。風見野市。とあるウィークリーマンション。

 衛宮士郎は朝から溜息を吐きたかった。主に勝手に居座っている同居人の佐倉杏子のせいだった。

 燃える様な赤毛の長髪は寝ぐせでぼさぼさ、意志の強い眼は半開き、いつも伸びている背は丸まり歩みは朧気。起きたばかりなのは明白だ。が、士郎からすれば見慣れた光景である。

 

「服は洗濯機の中に入れておけよ。あと使ったタオルもな」

「あいよ」

 

 天気予報を信じるならば今日は1日快晴である。既に士郎自身の分は洗濯機に入れているので、あとは杏子の分もまとめて洗って干せば完了だ。

 本来ならば年頃の少女が赤の他人――それも男物――と一緒に自身の服を洗濯されるのは嫌がりそうなものだが、この2人に至っては一切そんな事は無かった。杏子からすればタダで清潔な服が手に入り、士郎はこの程度で悩むほど初心でもない。家族関係でもなければ幼いころからの知った仲でもないのだが、中々どうしてこの2人は奇妙な関係を受け入れていた。

 

「士郎、目玉焼き食べたい。目玉が半熟のやつな」

「はいはい」

 

 洗面所から聞こえる杏子の要望を士郎は二つ返事で承諾する。冷蔵庫から卵を一つだけ取り出し、片手で割ってフライパンに投与する。杏子の要望を分かっていたかのように、既に調理の準備は整っていた。流れる様な動きだった。

 ……この構図だけを見ると、面倒見のいいお兄さんと甘える少女である。無論、本人たちの前でそんな発言をしたら半殺しにされるのは火を見るよりも明らかだ。主犯は主に少女の方で。

 

 

 

「いやー、女たらしのお兄さんとその毒牙に知らず知らずの内にかかった勝気な少女って感じですねぇ」

 

 

 

 士郎は声の主には目を向けず、しかし卓越した空間認識能力で声がした方向にハンマーを投影する。

 投影魔術。魔力を用いてモノを創り上げる、衛宮士郎が最も得意とする魔術である。

 そして淀みなく、まるで目を向けているような正確さで声の主にハンマーを自動操縦で振り下ろした。

 ガコンッ、ギャッ!

 不快な声が聞こえた気がしたが、一切を士郎は己の知覚からシャットアウトする。そして同じように雑巾を投影すると、それを床に転がって悶えている五芒星の上に落とした。

 

「おい、何か声が聞こえなかったか?」

「気のせいだろ。それよりさっさと用意しろ、目玉焼き出来るぞ」

 

 顔だけ出して周囲を威嚇するように視線を走らせる杏子。相も変らず野生動物染みた勘の良さである。

 だが士郎も慣れた様子で話題を逸らす。女たらしかどうかは置いておいて、扱いに手慣れているのは確実だ。

 

『士郎さん……また腕をあげましたね……』

『黙ってろ』

 

 脳内に直接話しかけてくる阿呆の言葉を士郎は一刀で切り捨てる。それでも顔色も表情も一切変えないのだから、彼の経験値の高さが伺える。

 

「用意できたぜっ! メシだメシっ! いただきますっ!」

「……召し上がれ」

 

 阿呆に気を取られた一瞬の隙の間の杏子が食卓に着いていた。身支度もそこそこで髪も下ろした状態のまま。何よりも食事を優先しているのは明らかだ。それは彼女が年頃の女の子である事実を考慮すればあまりにも色気の無い話である。

 粗暴。粗野。粗放。粗雑。

 きっと初対面の人間の大半は、杏子に対してそんな言葉を思い浮かべるだろう。

 だが士郎は。そんな杏子を見て。

 彼女は一見粗暴だが決して育ちが悪いわけでは無い。寧ろ敢えて粗暴を装っている。そう感じた。行動の端々には隠しきれない教育の跡が見えた。捨てきれない証がそこにはあった。

 ……まぁ、感じたからと言って、だからどうしたと言う話である。

 杏子の過去を士郎は知らない。知ろうとは思わない。それは杏子自身が話そうとしないからであり、話そうともしない相手の内面に踏み込んでいくのは躊躇われるからだ。

 士郎は一般的に見ればお人好しの部類に属するが、人に自身の善意を押し付けるほど独りよがりではない。

 

「今日はほむらの家に行ってくる」

「分かった。帰りは何時ごろになりそうだ?」

「分かんないね。適当」

「じゃあ適当に食べてこい。ほら」

「5千円? 随分出すじゃねーか」

「暁美さんの食事代込みだ。それで昼も夜も賄え」

「2人分って事か、了解。どっちかは食い放題イケるな」

「あんまり遅くなるなよ」

「はいよ、ご馳走様っ!」

 

 某海賊漫画の主人公を彷彿させる速さで食事を食い散らかして杏子は席を立った。そして士郎から5千円を受け取ると、風のような速さで部屋を出て行く。ドタバタ、ガチャッ、バタンッ!

 

「お母さんですか」

「うるせぇ」

 

 静かになった部屋に、呆れたような声と疲れたような声が交差する。

 

「……で、何の用だ、ルビー」

 

 溜息もそこそこに。

 そこで漸く士郎はルビーの方を向いた。

 疲れ果てた中年サラリーマンのような、哀愁漂う雰囲気だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「平行世界がまどかちゃんに干渉している?」

「はい。おそらく、ではありますが」

 

 突拍子の無いルビーの一言に士郎は思わず呆けた表情を見せる。士郎は何事に対しても基本は冷静に対応するが、流石に今回は理解が追い付いていない。それほどに突飛な一言だった。

 

「どういうことだ?」

「今日の夜中から朝方にかけて平行世界が干渉してきました。ほむらさん以来4日ぶり2度目の経験です」

「……ルビーはまどかちゃんとも契約しているのか?」

「はい。なんならさやかさんとも(本人たちが寝ている間にこっそりと)パスを繋げるついでに契約しました」

 

 さらっと爆弾発言をするトンデモ魔術礼装に士郎は頭を抱えたくなった。が、残念ながら今問題点とするべきはそこではない。

 

「干渉、って言ったな。また平行世界から魔力が流れ込んできたのか?」

「いえ、夢を介して平行世界でのまどかさんの経験が流れ込んできました」

「経験が? ……前例のない事ばかりだな」

「しかも今回は私を介すのではなく、直接まどかさんに干渉しています」

「はぁ!?」

「ですから厄介なんですよ」

 

 ルビーは冷静に、何なら疲労の色すら見える様な言葉を吐いた。だが状況はそんな軽いものでは無い。

 平行世界に干渉するには魔法使いであるキシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグの手を借りるの一つしか方法は無い。ルビーとの契約とて、元々彼女の製作者が彼である事を考えれば、彼の手を借りるという事になる。

 だが今回で言えば。ほむらの件とは異なり、ルビーはまどかを介して平行世界の干渉を察知した事になる。それはつまり、彼女は何れは独自の力で平行世界の運営に手が届く可能性を秘めているという事になる。

 

「元々まどかさんは魔法少女としての素質が極めて高い子です。何なら素質だけで見れば凛さんを凌ぐでしょう」

「まどかちゃんの家系自体は素養を持っていそうなのか?」

「いえ、まどかさんだけですね。家族の皆さんに魔術師としての素養はありません。所謂一代限り、かと」

「一代限りで平行世界の運営に手が届くかもしれない、か」

 

 天才、と言う二文字では表せない。言葉にしようとすることが烏滸がましい。

 平行世界の運営。つまり魔法使いになると言うのはそう言う事だ。

 だがそれは同時に、一つの問題を孕む。

 

「このままだと封印指定されるな」

 

 封印指定。魔術協会により、希少な魔術の才能を持つ者に与えられる称号。その対象は「一代限り」であり、「学問では習得できない」才能をもつ者。つまりは彼らの死と共に失われ、他の手段では再現ができない才能を指す。そして一度封印指定されて保護されれば、待っているのは一生涯の幽閉と永遠の保存である。

 まどかの場合はキシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグと言う前例があるが、扱える才能が才能である。世界に2人しか扱えない才能の一つならば、封印指定は確実だ。

 

「封印指定は免れても他の魔術師にバレれば終わりです。言いたかないですけど、死んだ方がマシと思えるような目に合うのは確実でしょう」

 

 魔術師とは「根源」へ至ることを渇望し、そのための手段として魔術を用いる者を言う。彼らの大半は人間性が通常の価値観からかけ離れており、一般人の命には関心を持たず、目的のためなら実験材料にすることも厭わないのだ。もしも彼らがまどかほどの才能を見つければ、黙って見ているだけの筈がない。

 ルビーの発言は決して大げさではない。寧ろ言葉を選んでマイルドにしたくらいだ。

 

「ほむらさんの能力だって魔法ですよ。区分こそ第二魔法ですが、時間の停止は誰にも真似できません。魔術協会が知れば関与してくるのは間違いないですね」

「封印指定、それも魔法使い級が2人もいるってことか……」

「ヤバいですね、魔法使いのバーゲンセールですよ。多分普通の魔術師がこの状況を見たら卒倒しますよ」

「……大師父が直々に俺だけに依頼をした理由はこれかもな」

 

 衛宮士郎は魔術師ではない。彼は「根源」に何の興味もない。魔術の研鑽も研究もするがそれは「根源」を目指す為ではない。「根源」に彼の目的は無い。目指すことに意味は無い。

 だから。普通の魔術師が見れば非常識さに気が狂うような状況であっても、魔術師の視点からは見ないので平静さを保つことが出来る。

 

「あー……凛さんも生粋の魔術師ですしねぇ」

「あとアイツが一般人を研究対象にする事は無いけど立場があるしな。魔術協会に怪しまれずに動くなら俺しかいない」

 

 衛宮士郎の魔術協会での区分は魔術師の弟子である。言わば居ても居なくても大して意味は無い。魔術師である遠坂凛の付属品。魔術協会内で自由に動くにはこれ以上ない身分だ。

 

「ますますクソじじぃの厭らしさが見えてきますね」

「ルビーの性格と俺の性格も考慮したんだろう。完全に掌の上だな」

「ここまで分かってしまったら、もう好き勝手出来ないじゃないですかっ! あんのクソじじぃ!」

 

 ルビーは自分さえ良ければ他はどうでもいい、快楽の為なら誰が困ろうと知ったこっちゃない、マスターの人間関係だって容易くぶっ壊す、なんなら善意と称した我儘で暴れ回る、と言う絵に描いたような性格破綻者ではあるが、それでも決して最悪の一線を踏み越えることは無い。

 だからこれは、きっと大師父の掌の上。全ての思惑に感づき、且つ解決に向けて必ず動くであることを前提に考慮された人選。

 

「きっと今頃私たちの事を観測しながらほくそ笑んでいますよ。やっと気づいたか馬鹿共めー、なーんてバスローブ姿でワイン片手に笑っていますね、絶対」

「……格好は置いておいて、観測はしているだろうな」

「こうなったらまどかさんやほむらさんと契約してじじぃをティロるしかないですね」

「ティロ……? いや、その前に暁美さんに姿見せたら殺されるぞお前」

「えー、まだ怒っているんですかー。杏子さんもそうですけど、新しい世界の扉をちょっと開けただけじゃないですかー」

「その言葉、絶対に本人の前で言うなよ」

 

 ……間違いなく適材適所である。ゼルレッチの人選は間違っていない。士郎でなければ今頃計画は破綻しているだろう。現在進行形で士郎の精神や胃がヤバい事になっているが、それは致し方のない犠牲だ。

 

「とすると当面は経過観察ですかね。まどかさんが暴走しないように」

「ああ。……それで、いいんだよな」

「士郎さん?」

「いや……その、な」

 

 士郎の胸中に沸いた疑問。

 それは単純な、そして誰もが思う事。

 

「これって大師父が出張れば良いんじゃないか、って思ってさ」

 

 平行世界の運営。その一端を担う存在。彼女らを保護するだけなら、士郎たちが出るよりもゼルレッチが出ればいい話だ。その方がよっぽどスムーズに事は解決する。

 

「士郎さん……あの人格破綻者がそんな事をすると思いますか?」

 

 ルビーにだけは言われたくはない……と事情を知らない者が聞いたら言うだろう。

 だがこの制作物にしてこの製作者あり、である。要はゼルレッチと言う人物はルビーと並ぶ傍迷惑な存在なのだ。寧ろ被害の規模を考えれば彼の方がよっぽどそこら中に迷惑をかけている。

 

「どうせ面倒くさいから投げたんですよ、そうに決まっています」

「……だと良いんだけどな」

 

 知らない魔術体系。人を襲う多種多様な魔女。既知の魔術を超越する魔法少女たち。平行世界の運営の一端を担う可能性のある2人の少女。そして、まだ姿を見せぬキュウべぇと言う存在。

 ゼルレッチの任務に関係なく、この状況は異常だ。そしてその事実が士郎に不安を抱かせる。

 大師父の真意は何処に向けられているのか。果たして本当に2人を守る事だけなのか。それで全ては解決するのか。正しい事は何なのか。

 思考は止まらない。止められない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あれ、天気悪くなってきましたね」

 

 どうやら相当長い間話し込んでしまっていたらしい。あれだけ晴れ渡っていた空は曇天に変わっており、今にも雨が降りそうだ。

 時計を見るとPM16:00。既に夕方の時刻である。

 

「ヤバいな、洗濯物取り込まないと」

「では私もそろそろ帰りますね。今朝の事があるので」

「ああ、分かった」

 

 共有すべき話題は話した。急激する事態の変化に士郎は疲労困憊だが、それを理由に思考を止めるわけにはいかない。冷めきったお茶を飲み干し立ち上がる。

 ルビーは自身の柄を消して五芒星の姿だけになる。いつもの移動時の格好だ。後は見滝原の鹿目家へ飛んで戻るだけである。

 

「それでは」

「じゃあな」

 

 ルビーが飛んでいく。曇天に向けて飛んでいく。元々の小ささもあり、士郎の眼ですらすぐに捉えられなくなった。

 一人残った士郎は、すぐに洗濯物の取り込みを開始する。取り込みながらも思考は止めない。脳内では頼れる相手をリストアップしていた。

 と言っても状況が状況である。平行世界の運営に携わる可能性を持つ少女たち。そんな特異な状況について話せる相手など、士郎には一人くらいしか思い浮かばないのだが。

 

「……頼る、か」

 

 残念ながら士郎は魔術知識に詳しくない。元々はへっぽこと言われるくらい、魔術への造詣が浅いのだ。それは今でも変わらず、特定の分野以外への知識は浅い状況である。平行世界の運営など、彼の恋人であり師でもある遠坂凛が研究しているから知っているだけであり、詳しい内容については未だ理解が及んでいない。

 故に。そんな知識程度で対応しようとするくらいなら、頼ってしまう方が確実だ。

 

「今イギリスは……夜中か」

 

 日本とイギリスの時差は8時間。時間帯としては真夜中だが、凛の調子が最高潮に達するのは午前2時である。今頃は研究中だろうし、よっぽど集中していなければ電話に出るだろう。

 機械音痴なせいでメールを送っても見てくれる可能性はゼロに近い。ならば電話をした方が良い。通話料は高くなるが、そんな泣き言は言っていられない。

 慣れた手つきで士郎は電話帳を開き――同時に脳内に声が響き渡った。

 声の主は、先ほど別れたばかりのルビー。

 

 

 

『士郎さん、まどかさんが魔女の結界に巻き込まれました!』

 

 

 




おまけ


※その頃の暁美家


「ワルプルギスの夜が来る」
「ワルプルギスの夜が来るぅ?」
 
 見滝原市。暁美家。
 白色の室内の中心に円環上に設置された長椅子に2人の少女たちが座っていた。
 黒色のロングヘアー。感情の伺えない眼。まるで日本人形のような少女、暁美ほむら。
 紅色のポニーテール。意志の強そうな眼。勝気な仕草が印象的な少女、佐倉杏子。
 ほむらに話があると言われて招かれた杏子だったが、開口一番に告げられた言葉に、思わず呆けたような表情を浮かべた。
 
「ええ。時期としては、大凡2週間後。進路はこの街を目がけて――――つまり、直撃するわ」
「……待てよ。一旦情報整理させろ」
 
 矢継ぎ早に放たれる情報を前に、杏子は思わず待ったをかけた。魔法少女としてベテランであり、頭の回転も速い彼女ではあるが、流石に唐突過ぎるこの展開にはついていけないらしい。
 
「ワルプルギスの夜が見滝原に来るって事か? あと2週間くらいで?」
「そう言うことよ」
 
 ワルプルギスの夜。魔法少女ならば、必ず一度は耳にするであろう魔女の名前。数ある魔女の中でも、最強とされる魔女である。
 そんな魔女が、見滝原に?
 杏子は信じられないと言いたげにほむらの顔を見た。
 
「……残念ながら真実よ」
「……アンタには悪いけど、そう簡単には信じられないね。何か根拠はあるのか?」
「これを」
 
 ほむらが書類の束を差し出してくる。杏子はそれを受け取ると、パラパラと捲った。
 
「これって……」
「入手した情報と統計よ」
 
 書類にはワルプルギスの夜の予測進路と、その被害範囲、そして幾らかの対策が記載されている。特に予測進路については、統計とは思えぬ正確さで描かれている。見滝原の街を蹂躙するように描かれた進路は、対峙する相手の特性を把握していなければ描けまい。
 杏子は思った。情報と統計だけで、ここまで正確に進路を読むことが出来るだろうか。
 
「コイツを倒すのは私。だけど、私だけでは倒すことは出来ない」
「……成程。それで、あたしを呼んだわけか。確かに一人じゃ手強いが、二人がかりなら勝てるかもなぁ」
「ええ、そう言う事よ。佐倉杏子。ワルプルギスの夜を倒すのに協力してほしい」
 
 ほむらが右手を杏子の眼前に差し出した。
 握手。
 この手を握れば、つまりは、杏子はほむらの要請に同意することになる。
 杏子はほむらの右手を一瞥すると、鼻を鳴らした。そして右手の人差し指をほむらの眼前に立てる。
 
「……まぁ、協力するってのは別に構いやしないが……一つ条件がある」
「条件? 何かしら?」
「報酬だよ」
「報酬?」
「ああ。何たって相手は最強の魔女。タダで協力しろ、なんてケチな事言わないよな?」
 
 杏子は右手の掌を上にしてほむらの前に出すと、その人差し指と親指をくっつけた。所謂、お金のジェスチャー。
 それは彼女の年齢に対して、不相応な態度である。可愛げがない、とも言える。
 だが佐倉杏子はそういう少女だ。利己的で、容赦のない、現実主義者。
 
「最強の魔女相手って事は、こちらもそれなりに命を懸けなきゃいけないんでね」
 
 少し大げさに。杏子は両腕を広げた。そして行儀悪くも足を組むと、その膝の先に肘を乗せて、挑発するような笑みで言葉を発した。
 ほむらはそんな杏子の視線に、真っすぐに自身の視線を絡めた。その眼に感情の揺るぎはない。まるで杏子が何を言うかが分かっていたかのように、彼女は落ち着き払っていた。
 
「……私はワルプルギスの夜を倒す事が出来ればいい。倒した後のグリーフシードは貴女が持っていけば良いわ」
「そりゃ随分と気前のいい話だな」
「名誉もグリーフシードもいらないわ。アイツを倒す事が私にとっての報酬よ」
 
 常に冷静沈着なほむらにしては珍しく、その言葉には感情が籠っていた。何なら激情と言い換えてもいい。
 どうやら大切な人でも亡くしたのかもな。杏子は冷静にほむらの感情の揺るぎを分析した。それが身内か、友人か、或いは同業者かは不明である。が、仇討ちを考えるほどには身近な相手だったのだろう。それこそ鉄仮面に罅が入るくらいには。
 
「……ま、いいぜ。アンタがそういう考えなら、こっちも特に文句はないさ」
 
 差し出された右手を強く握り返す。勝気な視線をほむらの視線に絡める。口調は少し軽めに。ハッキリ言って、ほむらが戦う理由など、杏子にとってはどうでも良い事だ。
 ほむらは一瞬驚いたように眼を開いたが、すぐに負けじと力強く握手し返した。相変わらずの無表情ではあるが、この件に関しては感情的であるらしい。
 
「よろしくお願い、杏子」
「あいよ。……ところでさ、この話はマミにはしたのか?」
「巴マミに?」
「ああ。協力を要請するなら、あたしじゃなくマミにするのが筋だろ?」
 
 ワルプルギスの夜が訪れるのは見滝原市。そして見滝原市を管轄している魔法少女は巴マミ。杏子は隣の風見野市の魔法少女であり、その疑問は尤もである。
 
「……するわ、勿論。……ただ、先に貴女に協力を取り付けておきたかった」
「あたし?」
「ええ。私の能力は先日見せたでしょう?」
「ああ。時間を止める、だったな」
「そう。そして、私の戦い方は中距離が主体。何よりもまず、前衛を任せられる近距離のスペシャリストが必要よ」
「……成程。あたしの戦い方を何でアンタが知っているのかは疑問だが、確かにそう言う意味ではマミより先にあたしに声を掛けるわな」
「そう言う事よ」
 
 理屈としては通っている。通っているが、どこか釈然としない気分を抱えながら杏子は頷いた。
 ……コイツ。まだ何か隠してやがるな。
 それは所謂第六感だった。野生の獣じみた嗅覚だった。長らく一人で生きていれば、他人の嘘くらい嗅ぎ取る事は難しくない。
 だが明確な証拠もないのに根掘り葉掘り聞いたところで、煙に巻かれるのがオチである。暁美ほむらとの数少ない接触から、しかし杏子は的確に彼女の性格を読み取っていた。余計な勘繰りは悪手にしかならないだろう。どこぞのお人好しとは違い、逆にこっちの方が裏がある事が分かっている分、心の持ちようとしては楽だ。
 
「ま、誰に声を掛けようがアンタの好きにすればいいさ。ただ、足を引っ張るような真似だけはすんじゃねーぞ。あたしはあたしのやりたいようにしかやらないからね」
「それなら大丈夫よ。私が協力を要請するのは、貴女と巴マミだけのつもりだから」
「へぇ? そりゃなんでさ?」
「無駄に人数を増やしても逆効果だからよ。それに、あなた達と比肩できるような実力者はいないわ」
「ま、確かにそうだな」
 
 魔法少女は短命だ。大抵は魔女との終わりの無い戦いの中で死ぬ。杏子やマミのように長く魔法少女を続けられるような人物は、殆どいないと言っていい。
 ましてや今回の相手はワルプルギスの夜。数だけの雑兵など、居ても居なくても同じだ。

「話は以上か?」
「ええ。――杏子、協力してくれてありがとう」
「ハッ、生き残ってから言えよ」
「……ええ、そうね。生き残ったらもう一度言うわ」



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まどマギ×Fate 15

本当は前後編に分けようかとも思ったけど、話数ばかりが嵩むので一話に纏めました。
分けたところで殆ど推察と会話ばかりだしね!

あと誤字脱字報告をしてくださった方々、この場を借りてお礼を申し上げます。
やっぱり急ぐとダメですね。



 ルビーがいくら空を飛ぶが出来るからと言って、隣町まで移動するのにはそれなりの時間が掛かる。

 故に。ルビーがまどかが巻き込まれた結界を視界に捉えたころには。

 全ては終わっていた。

 

 

 

「……遅かったわね」

 

 結界まであと少しのところで。ルビーは突如背後から声を掛けられた。暁美ほむらだった。

 彼女はビルの屋上に、背を壁に預けて佇んでいた。初めて出会った時と同じ魔法少女の姿だった。

 

「ほむら、さん?」

「もう全ては終わったわ」

 

 感情を一切排した声で。暁美ほむらはそう言った。感情どころか生気すら伺えない様相だった。ルビーに視線を向けることなく顔は俯いていた。

 故にルビーは最悪の想像をする。それは言葉にする事を躊躇うようなオワリの想像。

 

「安心なさい。まどかは無事よ」

 

 ルビーの想像を否定する言葉をほむらは発した。

 まどかは無事。ルビーは安堵を覚える。最悪の状況は回避されたのだ。

 

「……まどかさん、は?」

 

 そしてすぐに疑問を抱く。まどかのみを強調したその言葉を。その発言の意図を。

 

「ええ。まどかは無事よ」

「ほむらさん、それって――――」

「見てくればいいわ」

 

 髪をかき揚げ、楯を回して。

 瞬きの間に彼女は消え去った。時間停止魔法の使用。これ以上の会話を拒んだのは明白だった。

 

「……何が」

 

 ルビーは性格こそ壊滅的に破綻しているが頭脳は聡明である。故に彼女はほむらの様相に疑問を抱く。言葉とは相反する態度に嫌な予感を覚える。隠された意図に思考を飛ばす。

 そしてその思考を切り裂くように、まどかの声が響いた。

 

『ルビー、聞こえる?』

「っ!? まどかさんっ!? 大丈夫ですか!?」

『うん、私は大丈夫だよ! さやかちゃんが助けてくれたの!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■ まどマギ×Fate ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルビーにとって今日のこの出来事は一生涯忘れる事の出来ないモノとなるだろう。

 それは確信だった。人工精霊として人の何倍も長い時を過ごしたとしても、きっと鮮明に思い出すことが出来るだろう。そう思えるほどの衝撃だった。

 

「さやか……さん」

 

 結界の跡地には3人の少女が居た。鹿目まどか、巴マミ、そして……美樹さやか。同年代の少女たちよりも高めの身長。快活そうな表情。そして映える水色の髪。

 ただルビーの知るさやかと違うのは、その服装。

 たなびく白色のマント。濃い青色のスカート。凛々しさを伴った剣士を思わせる白と青の服装。そして手にもつサーベル。

 その姿はまるで御伽の国の出演者。暁美ほむらと、巴マミと、佐倉杏子と同じ世界に踏み入ったことの証明。

 

「もしかして、貴女は――――」

「うん。そうだよ、ルビー」

 

 柔らかな微笑みで。さやかはルビーの言葉の先を肯定した。

 

「私、キュゥべぇと契約したの」

 

 何てことの無いように。そうさやかは言った。だがそれはルビーにとっては死刑宣告も同然だった。

 

「……さやか、さん」

「うん?」

「……わ」

「わ?」

「私の契約で魔法少女になるんじゃなかったんですかああぁぁああああああ!!?」

 

 それは叫びと言うよりは慟哭だった。むき出しの感情が迸る慟哭だった。そしてそのままルビーはさやかに詰め寄った。

 

「うわっ!?」

「さやかさん、何で魔法少女になっているんですか! 私と一緒になるんじゃかなかったんですか!?」

「い、いや、そんな約束してないし……」

「さやかさん向けに用意したスペシャルなコスチュームがあったのに! あどけなさを残しつつもちょっと色っぽさをプラスして、中々振り向かないあの子もフォーリンラブさせる決めポーズがあったのに! 恋はハリケーンなセリフもあったのに!」

「おいちょっと待てコラ」

「計画丸潰れですよ! 何てことしでかしてくれたんですか!」

 

 計画が丸潰れである。あらゆる計画が丸潰れである。ルビーの思い描いていたバラ色の未来は見事にぶっ壊された。

 地を羽で叩き、血涙を流しながら慟哭するその姿は、言葉を失うほどに哀れである。尤も先の発言のせいで全て台無しであるが。

 

「うぅ……まさか私が後れを取るなんて。こんな事ならもっと早くに行動すべきでした……」

「いや、アンタとは絶対契約しないから」

「何でですか!」

「そりゃあ……ほむらや杏子を見ていると……ねぇ?」

 

 計画の頓挫はもっと早い段階にあった。ルビーは最初から選択を間違えていたのだ。

 さやかは間違っていない。ほむらと言い杏子と言い、あんな鬼気迫る表情でルビーを追う魔法少女の姿を見たら、誰も彼女と契約をしたいとは思わないだろう。

 

「それでも……それでも私は守りたい世界があったんです……さやかさんに着せたいコスチュームがあったんです……決めポーズやセリフがあったんです……」

「いや、やらないから」

「その服装も中々ですけど、もっと良いのがあるんですよ?」

「いや、やらないから」

「犬耳とか尻尾とかつけませんか?」

「やらないって言ってるでしょ」

 

 通常営業である。頭が痛くなるほどに。と言うか実際さやかは頭が痛かった。まどかは困ったように笑う事しかできなかった。

 

「――――ルビーさんには悪いけど、彼女はキュゥべぇと昨日契約したの。ゴメンナサイね」

 

 パンパン、と。手を叩いてマミは無理矢理状況のまとめに入った。彼女もルビーの鬼気迫る様相に引き気味である、がこのままだと何も終わらない。故の方向転換だった。

 それは英断であろう。このままだとずっとルビーのペースであるのは間違いない。

 

「とりあえず気絶している皆が目を覚ます前に出ましょう。気づかれない様に、ね?」

「みんなを置いていくんですか?」

「流石にこの人数を介抱するのは難しいわ。後で匿名で電話をして介抱しに来てもらいましょう」

「確かに……なら、了解です! さ、まどか、行こう」

「う、うん」

 

 ひょい、と。さやかはまどかを横抱きにした。所謂お姫様抱っこと言う奴である。普段の姿だと筋力が足りないが、魔法少女となった今ならまどかを抱きかかえる程度訳はない。

 

「ルビー、行くよ!」

「先に行ってください……ちょっとショックが強すぎて動けません」

「全くもう……後で話なら聞いてあげるから行くよ!」

「うぅ……分かりました……でも先に行っててください、必ず後で行きますので」

「もう……じゃあ、マミさん家ね!」

 

 ルビーに無理に構うよりも、このままでいて存在がバレる方が問題だ。

 マミの先導の元、さやかとまどかは脱出の選択肢を選ぶ。ルビー1人ならバレることは無いと言う打算的な思考も含んだ選択だった。

 そうして残ったのはルビーのみ。

 後は魔女結界に巻き込まれた人々が倒れているだけだ。

 

「うぅ……」

 

 陽は沈んだ。既に周囲は暗い。充分にまどかたちは離れただろう。

 その段階になって、漸くルビーは身を起こした。そしてパスを一つ辿り、言葉を発する。

 

 

 

「士郎さん、緊急事態発生です。さやかさんがキュゥべぇさんと契約しました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 衛宮士郎にとって今日一日の出来事は一生涯忘れる事の出来ないモノとなるだろう。

 それは確信だった。今日のこの日が過去となり遠い昔の記憶となろうとも、きっと鮮明に思い出すことが出来るだろう。そう思えるほどの衝撃だった。

 

「……畳み掛けてくれるな」

 

 眼を手で覆い、天を見上げる。零れる溜息を止める気力もない。

 まどかが巻き込まれた結界の近くの雑居ビル、その屋上にルビーと士郎はいた。

 

「さやかちゃんも魔法少女になったのか……」

「手遅れでした。どうやら昨日の内には契約を結んでしまったみたいです」

 

 悪い知らせだ。それもとびっきりの。

 ゼルレッチの思惑にばかり気を取られていたが、そもそもこの街には不可思議な存在がいる。目的も、行動も、能力も、何もかも常識では測れない存在がいる。

 

「キュゥべぇには会えたのか?」

「いえ、残念ながら……」

「……そうか」

 

 キュゥべぇ。願いを叶える代わりに魔法少女になる事を強要する不可思議な存在。士郎もルビーも、グリーフシードとソウルジェムと魔女の奇妙な関係性からキュウべぇを捜索しているのだが、まだあの日から一度も出会えていない。

 

「まだ全容が判明していない状態でさやかちゃんが契約する事になるとはな」

「計画が大幅に狂いました。丸潰れと言っても良いです。もしもキュゥべぇさんが良くない考えを持っていれば、人質が増えたようなものですから」

 

 士郎もルビーも、キュゥべぇの行動を肯定的には捉えていない。願いを叶えると言うメリットばかりに目が行きがちだが、デメリットの説明が殆ど無いのが不安を掻き立てる。現時点で判明しているデメリットがあるとすれば、グリーフシードでソウルジェムの穢れを取らないと魔法少女として活動できなくなることぐらいだが、その線引きもどこまでされているかは分かっていない。

 魔法少女として魔法を行使できなくなるだけなのか。

 それとも、魔法少女になることが出来なくなるのか。

 或いは――――

 

「……契約内容が明確になっていないし、その事に疑念を持てる人物がいないのが痛いな」

「マミさんは戦いに身を投じる危険性を説明してくれました。が、それだけです。まどかさんの話では寧ろ魔法少女となる事には肯定的です」

「確かにこの前話した感じでは肯定的だったな。キュゥべぇとやらを信用しているようだった」

「そうですか……後は唯一該当するとすればほむらさんくらいですね。彼女はどうも魔法少女に否定的です」

 

 思えば学校の屋上で再開した時は。警告も無しに正確無比な狙いで銃弾を放たれた。

 思えば2人で密談をした際には。まどかとさやかを魔法少女にする事に警告をされた。

 同じベテランでありながらも、マミとは違いほむらは魔法少女にする事に対して否定的だ。

 

「暁美さんなら何か知っているかもしれない、か」

「おそらく、ですけどね」

 

 先ほどもそうだ。友人が自分と同じ領域に入ったと言うのに、彼女は全く歓迎をしていなかった。言葉少な気に早々に立ち去っただけだった。マミは喜んでいたと言うのに、だ。

 

「士郎さん、ほむらさんに訊いてもらえますか?」

「……それは魔法少女について、だよな。構わないけど……俺は前回会った時に一度断られているぞ」

「一度だけでしょう? 私は三回程断られて、その内二回は物理的実力行使をされましたよ」

「自慢げに言う事じゃないだろ、馬鹿」

 

 普通に真面目な会話をしているはずなのに、士郎の頭が痛みを訴える。己の目元を抑えて、痛み逃がす様に静かに息を吐き出した。断じてこれは溜息ではない。

 士郎は数日前の、魔女の結界内でのほむらとの初邂逅を思い返す。確かに断られたと言っても、あの時は杏子に訊くようにと言われただけだ。三回も断られたルビーの現状よりは遥かにマシと言えるだろう。

 

「……分かった。俺が暁美さんに話を訊くよ。ルビーはまどかちゃんを頼む」

「分かってますとも。まどかさんにまで契約の手が及ばないようにします。その際にキュゥべぇさんと会えれば訊きますので」

「訊いたところで答えてくれる保証はないけどな……」

「兎にも角にも会って話をしなければ進めませんからね。マイナスな方面に考えても仕方が無いですって」

「やれやれ。僕に何か用かい?」

 

 

 

「――――っ!?」

 

 

 

 反応は俊敏にして迅速だった。だが遅きに失した。

 ルビーは反転と同時に左へと飛んだ。そして声の主へ視線を向ける。

 士郎は一歩右へと飛び退いた。同時に双剣を投影し声の主へと構える。

 だがその行為は予測してない事態への反応である。

 つまりは。声が掛からなければ。

 2人は結界を突破され易々と接近されていた事実に気が付いていなかったのだ。

 

 

 

「用があるのだろう? わざわざ会いに来たと言うのに、随分な反応じゃないか」

 

 

 

 声の主は落ち着いていた。2人の急な反応に呆れを含んだ物言いをする余裕すらあった。

 暗がりから光の世界へ。現れたのは四つ足の小型の獣。真っ白な体躯。地に着くほどに長い耳と金色のリング。胴体と同程度の大きさの尻尾。

 そして眼。真っ赤な眼。血の色を思わせる赤さと、感情が一切伺えない、その眼。

 ルビーにとっては初日以来2度目の、士郎にとっては初めての邂逅。

 

 

 

「まぁいいさ」

 

 

 

 この段階になって漸く。2人は目の前の相手がテレパシーで話しかけている事に気が付いた。声は頭の中に直接響いていた。だがパスを繋げられているわけではない。無線式のオープンチャンネル。

 

 

 

「僕の名前はキュゥべぇ。――――それで、何の用だい? 魔術師」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何故此処に、とか。

 何が目的だ、とか。

 お前は何だ、とか。

 何故今になって、とか。

 何故自分たちを知っている、とか。

 魔術師の事を知っているのか、とか。

 何故知覚の網をすり抜けてきたのか、とか。

 何の技術で此方の結界を無効化したのか、とか。

 頭の中では様々な疑問が浮かんでは消えずに溢れていく。それは際限なく膨れ上がり、吐き出されることなく2人の脳内を圧迫していた。

 だが意外にも。最初に口から出てきた言葉は、その疑問のどれでもなかった。

 

 

 

「さやかさん(ちゃん)を元に戻してください(せ)」

 

 

 

 2人は全くの同時に言葉を発した。訊くべきことは多数あり、優先する事項は幾らでもある。

 だと言うのに。

 2人が求めたのは出会って数日程度の少女の解放であった。

 

「さやかさんは私と先に契約しています。手を引いて下さい」

「この血腥い世界に彼女が入る必要は無い。手を引け」

 

 一方的な宣言。契約した本人自身の意向を無視した発言。現代社会の倫理に照らし合わせれば、これほどの暴論も無いだろう。

 

「美樹さやかの事か。だが彼女は自分で契約を選んだ。そしてその対価として、僕は彼女の願いを叶えているんだ。君たち魔術師にとやかく言われる筋合いは無いと思うけど」

「ロクな説明も無いのに、ですか? 一度きりの奇跡と引き換えに永劫戦い続けることに正当性を私は感じませんがね」

「正当性を感じる、感じないじゃない。彼女は望み、僕は承諾した。それだけさ」

 

 キュゥべぇの言い分には筋が通っている。

 少なくとも。何も事情を知らない者が聞けば、内容はともかく契約の流れとしてはキュゥべぇに理を感じるだろう。発言の通り、彼は望まれたから与えた。それだけなのだ。

 

「契約を破棄する事は可能か?」

「可能か不可能かで言えば、可能だろうね」

「方法は?」

「代わりに誰かが願えばいい。『美樹さやかを元に戻してください』ってね」

「……それは代わりに新しい魔法少女が出来上がるだけだろう」

「そうだね。でも、美樹さやかは魔法少女ではなくなるよ」

 

 つまり現状では犠牲を失くしてさやかを元に戻す手は無い。少なくともキュゥべぇを介しては無理という事になる。

 士郎は脳内でキュゥべぇの言葉を反芻すると、苦り切った息を吐き出した。予想していた通りの回答であったからだった。

 

「それじゃあ意味ないんですよ。というかそもそも一回きりの奇跡に対して随分と縛りが長期的ではないですか。デメリットの方が大きいと思うのですが」

「その代わり何でも叶えるさ。命を賭すような願いも、或いは賭しても叶わない願いも、僕なら叶えることが出来る」

「メリットばかり推しますね。デメリットの説明はしないんですか?」

「訊かれなかったからね。それに魔女と戦う事になるのは伝えているよ」

「ハッ。その言い分ですと、契約した後の事は知らない、という事ですか」

「そう言う訳じゃないさ。彼女たちには魔女と戦い続けてもらわないといけない。そのサポートは勿論するさ」

「サポート? 監視の間違いでしょう。ちゃんと働いているか、の」

「棘がある言い方だね。随分と嫌われているようだ」

「よくもまぁいけしゃあしゃあと発言できますね。自分の行いを顧みたらどうですか」

 

 士郎と違いルビーは敵意を全面に出している。彼女が自分の事以外で、それも敵意という感情を表に出すことは滅多にない事と言っていい。忙しなく動くのは変わらないが、言葉の一つ一つに普段のルビーらしからぬ感情が込められていた。

 

「大体デメリットを言わない理由が訊かれなかったから? 典型的な詐欺師ではないですか」

「訊く前に契約を決めたのは彼女たちさ。ボクは誠心誠意きちんとお願いをしている」

「どこが誠心誠意ですか。悪徳セールスマンの間違いでしょう」

「魔術師よりもマシだと思うけどね」

「魔術師がクソなのは否定しませんけど、あなたの方が100倍は質が悪いですよ」

「ここまで初対面から嫌われるのは滅多に無い事だよ。参考までにその理由を教えて欲しいくらいだ」

「あなた、実は分かってて言っているでしょう」

「……ストップだ、ルビー」

 

 士郎はため息交じりにルビーを制止する。心情的にはルビーに同意するが、このままでは話が進まないからだ。

 

「キュゥべぇ、幾つか訊きたいことがある。まず何で魔法少女の契約を結ぼうとするんだ?」

「おかしな質問をするね。魔女と戦えるようにするためさ。魔法少女で無ければ死んじゃうからね」

「質問内容が悪かった。……契約を結ぶ目的は何だ?」

「言っているじゃないか。魔女と――――」

「それは副次的な目的だろう。そうじゃなくて、願いと引き換えに魔法少女にする主要な目的だよ」

 

 魔女と戦う。それは一見すれば契約内容の主題だ。だがそこに強制的な効力は無く、本人の意思に最終的な行動が委ねられている。

 極端な話を言ってしまえば、願いだけ叶えてもらって、あとは知らんぷりも出来るのだ。

 

「願いだけ叶えてもらって魔女とは戦わない、って考える子もいるかもしれないだろ。その場合は魔女と戦うって目的が果たされなくなると思うけど」

 

 或いは、魔女に殺されてしまうとか。

 言葉にこそ出さないが、そんな可能性だってある。寧ろこれまでに斃した魔女の実力を考えれば、そっちの方が可能性は高い。

 言葉通り魔女と戦う事が目的ならば、キュゥべぇの行動は非効率だ。

 

「だから主要な目的は何だ?」

 

 適当な言葉で納得すると思うなよ。言外に士郎はそう言っている。

 口調こそ疑問の体を為しているが、有無を言わさぬ迫力も伴っていた。ルビー程態度には出していないが、彼も魔法少女化を快く思っていないのは明白だ。

 

「……そこまで訊かれたのは久しぶりだよ。流石は魔術師、と言ったところだね」

 

 感情の見えない眼。感情の見えない言葉。

 だがその様相を恐ろしいと取るには、ルビーも士郎も人外と接し過ぎていた。

 

「回答としてはそうだね……魔法少女にする目的は――――」

 

 考え込むように。一度キュゥべぇは言葉を切った。そして2人を見据えて再度テレパシーを飛ばす。

 

「――――宇宙を救うためだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……宇宙を、救う?」

「そうさ。そのために、魔法少女になってもらっている」

 

 頭を殴られたような衝撃、とでも言えばいいだろうか。

 想定外の回答に、暫しルビーと士郎は言葉を失った。キュゥべぇの行動の根幹があまりにも壮大だったからだ。

 

「……何で宇宙を救うのに魔法少女を増やす理由があるんですか? タイプ・マアキュリーへの対応ですか?」

「タイプ・マアキュリー……確か南米付近にいる吸血鬼だっけ? 他の魔術師も同じことを言っていたけど、答えとしては違うよ。宇宙を存続させるために彼女たちが必要なんだ」

「解せないな。まだ成人にもなっていない少女たちの何がそこまで宇宙を救うのに必要なんだ?」

「彼女たち――――いや、人間が持つ感情だね。特に第二次性徴期の少女が適しているんだ」

「……感情が宇宙を救う、という事ですか?」

「まぁ、そういうことだね」

「……理解できません。感情の何が宇宙を救う事に繋がるんですか?」

 

 ルビーの疑問は尤もである。感情と宇宙を救う事に、今の説明では何の繋がりも見えないのだ。

 

「そうだね……魔術師、君たちはエントロピーっていう言葉を知ってるかい?」

「エントロピー? ……聞いた事はあるが、意味までは分からない」

「へぇ、珍しい。魔術師は科学を厭うと聞いていたけど、君みたいな個体もいるのか。聞いた事があると答えたのは君が初めてだよ」

 

 珍しいものを見た。そうも言いたげに感嘆の言葉をキュゥべぇは口にした。

 

「……エントロピーが何だって言うんですか?」

「そして君は随分と急くね。……エントロピーと言うのはね、簡単に例えると焚き火で得られる熱エネルギーは、木を育てる労力と釣り合わないってことさ」

「はぁ?」

「エネルギーは形を変換する毎にロスが生じる。つまり、宇宙全体のエネルギーは目減りしていく一方なんだ」

「……宇宙を存続させるエネルギーを生むよりも減る方が大きい、という事か」

「理解が早くて助かるよ。つまりは、そう言う事さ」

「……それとまどかさんたちの何が関係あるんですか?」

「エネルギーは減っていくばかりなんだ。そして正攻法ではとても補完は間に合わない。だから僕たちは、熱力学の法則に縛られないエネルギーを探し求めて来た」

「……」

 

 ここまで話が進むと、ルビーも士郎もキュゥべぇの言わんとする事を朧気ながらも理解し始める。

 エネルギーが足りない。そして正攻法では間に合わない。ならばそれを補完する手立ては何か。

 それは、つまり――――

 

「そうしてあなた方が見つけたエネルギーの代替が――――」

「魔法少女。そういうことか」

「そう言う事さ。マジカルルビー。衛宮士郎」

 

 吐き気を催す感覚だった。反吐が出る気分だった。

 露わになった真実。それは無垢の少女たちが宇宙存続の犠牲になる世界。

 何よりも質が悪いのが、そこには彼らなりの宇宙を救うと言う意志があるだけで、悪意と呼べるものが無いのだ。

「僕たちの文明は、知的生命体の感情を、エネルギーに変換するテクノロジーを発明した。……ところが生憎、当の僕らが感情というものを持ち合わせていなかった」

「そこで宇宙を探し回って地球に目を付けた、と」

「まぁね。人類の個体数と繁殖力を鑑みれば、一人の人間が生み出す感情エネルギーは、その個体が誕生し、成長するまでに要したエネルギーを凌駕する。彼女たちの魂は、エントロピーを覆す、エネルギー源たりうるんだよ」

「彼女たちの魂、ですか……とりわけ効率が良いのはまどかさんやさやかさんの年頃の子、とでも言いたげですね」

「その通りさ。さっきも言ったけど、正確には第二次性徴期の少女が適している」

「……契約時に願いを叶えるのと引き換えに、宇宙の存続の為に礎になれ。そう言う事か」

「早い話がそう言う事さ」

 

 100を救うために1を切り捨てる。己の頭が、体温が、血が、全てが急速に冷えて行くのを士郎は感知した。それは昔どこかで突き付けられた現実の一つだった。

 多くの者が生きる為に、少数が犠牲となる。キュゥべぇが言っているのは、そう言う事だ。

 

「この宇宙にどれだけの文明がひしめき合い、一瞬ごとにどれ程のエネルギーを消耗しているのか分かるかい? それがたかだか数十人……素質によっては数人程度で宇宙は存続するんだ。長期的に見れば利があるのは明白だろう?」

「途方もない望みを叶えるより、契約時に生じるエネルギーの方が大きいと言う訳か」

「そう言う事さ。勿論あまりにも壮大で、本人の資質を凌駕し、エントロピーを満たせない場合は無理さ」

「『宇宙を未来永劫存続させろ』というのは無理なわけだ」

「そう言う事だね。先に言っておくけど……マジカルルビー、衛宮士郎。君たちじゃ魔法少女、あるいはそれに準じる存在になることはできないよ」

 

 キュゥべぇはそう言うと、初めて瞬きをした。そしてその双眸でルビーと士郎を見据える。

 

「魔法少女に一番適しているのは第二次性徴期の少女たちなんだ。無機物と男、それも成人では回収が望めない」

「……感情エネルギーが私たちでは不服だという事ですか?」

「そうだね。第二次性徴期の少女の希望と絶望の相転移が尤もエネルギーとしてふさわしいんだ」

「……」

「感情の起伏が減る成人や、そもそも感情を持たない無機物では回収が望めない。理解してくれるかい?」

「……希望と絶望の相転移、か」

 

 喉が酷く乾いていた。一声発するだけで痛みが走った。唾を飲み込もうとすることが酷く億劫に思えた。

 希望と絶望の相転移。その言葉を聞いて、士郎は酷く嫌な想像を脳裏に浮かべていた。それは以前にルビーと共に立てた仮説の内容であり、確証がない事を理由に保留にしていたものだった。言葉にする事が憚れた仮説だった。

 それでも。

 事実に行きつき、現実を前に、真実を知っても。

 彼が感情を露わにせずに隠し通せたのは、ここで感情のままに振る舞うことが如何に意味の無い事かを分かっているが故だった。

 

「……だから魔女と戦い続けてもらわないといけないわけですか」

 

 ルビーは。ここにきて初めて言葉から感情を消し去った。あれほどまでに喜怒哀楽を振りまいていたのが嘘と思えるような、そんな無機質な機械音声だった。

 

「いつか戦いの果てにさやかさんたちが絶望し、エネルギーを放出する時まで戦い続けさせる。……そういうことですか」

「そうさ」

「そしてその区切りはソウルジェムの穢れが溜まり切った時である、と」

「そうさ。尤も正確には、ソウルジェムになった彼女たちの魂が、燃え尽きてグリーフシードへと変わるその瞬間なんだけどね」

 

 呆気の無い答え合わせだった。知られることを何とも思ってない口調だった。

 ――――グリーフシードは魔女を狩る事で得られる。

 ――――ソウルジェムは燃え尽きてグリーフシードへ変わる。

 立てた仮説が立証される。だがそこに喜びはない。あるはずがない。

 何故なら、一番当たってほしくない内容だったから。杞憂に終われば良いと考えていた内容だったから。

 

「ああ……だから、『魔法少女』か」

 

 酷い気分だ。行きついた回答に対し、そう士郎は思った。

 それは一つの発見だった。

 話を聞いて、バラバラだったピースがつながって、そうして理解した。

 

「戦い続けて、いつか絶望し、グリーフシードと化し、穢れが溜まって」

「そうして権化するから。……そう言う事だったんですね」

 

 ルビーも魔法少女と言う言葉が指し示す意味に気が付いた。

 何てことは無い。全てが分かればこんなにも簡単な問いかけも無いだろう。

 誰も質問をしていないだけで。

 答えは最初から提示されていたのだ。

 

「この国では、成長途中の女性のことを、少女って呼ぶんだろう?」

 

 ルビーの納得に対して捕捉を入れる様にキュゥべぇは言葉を挟んだ。

 あれほどまでに憎らしかった筈なのに、今やルビーは言葉を発する事すら億劫だった。今この時ばかりは何も言う気力が湧かなかった。

 

 

 

「だから僕たちは、やがて『魔女』になる彼女たちの事を、『魔法少女』って呼んでいるんだよ」

 

 




おまけ

※まどかが結界に巻き込まれた時のほむらと杏子

「っ、杏子、行くわよっ!」
「は? どこに? ちょっと待ってよ、食べ放題始まったばかり……って、お前、何変身――――」
「そんなもの後回しよ」
「おい、ちょっ、掴むな……」
「場所は見滝原よ。最短距離を真っすぐに進むわ」
「に、肉……」
「何をしているの? 早く変身して」
「このっ――――せめて状況を説明しろ、状況を!」


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まどマギ×Fate 16

文字数が少ない?
キノセイダヨ……

※11/25 おまけの中身が説明不足過ぎたので追記。



「魔法少女は魔女になる」

「僕らの使命はその際に生じるエネルギーを回収する事さ」

「それは宇宙の存続のために使われる」

「彼女たちのおかげで、終焉は先延ばしに出来るんだ」

「長期的に見て利があるのは瞭然だろう」

「もちろん簡単に死なれてはエネルギーも回収できないから、魔法少女に相応しい改造を施させてもらう」

「……どうやら理解してくれたようだね。魔術師は理解が早くて助かるよ」

「それで、だ」

「ここからは忠告だよ。マジカルルビー、衛宮士郎」

「魔法少女に関わらない方が良い」

「これは君たちの事を想って言っているんだ」

「今までに魔法少女を研究しようとして返り討ちに遭った魔術師は数多くいるからね」

「早い話が死体を隠蔽するこっちの身にもなってほしいってことさ」

 

 

 

「それじゃあね。この忠告が無駄にならない事を祈るよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■ まどマギ×Fate ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜の見滝原市。

 彩るは人工の輝き。

 途切れることの無い人の英知の結晶。

 それはさながら夜の闇に散りばめられた宝石の様。

 その煌きを。

 ルビーと衛宮士郎は雑居ビルの屋上から見下ろしていた。

 

「……どこまでが本当の事だと思いますか?」

 

 眼下の光が目まぐるしくその光彩を変え。

 夜の闇が一層濃くなり。

 体温を夜風が奪って。

 要はそれくらいの時間を費やして。

 静寂を先に破ったのはルビーだった。

 

「……ほぼ本当だろうな」 

 

 感情の見えない言葉を士郎は口にした。冷静に、客観的に、私情を排した声だった。

 

「目的の真偽は不明だけど、犠牲になる点では嘘を吐く意味がない」

 

 キュゥべぇの目的は宇宙の存続。その為には第二次性徴期の少女の感情エネルギーが必要。

 例えキュゥベェの目的が嘘であったとしても、第二次性徴期の少女たち――マミや杏子やさやか――が犠牲になるという結果に変わりはない。

 

「……まぁ、そうですよね」

 

 ルビーも返答内容に期待はしていなかったらしく、あっさりと士郎の言葉に同意した。

 

「キュゥべぇさんの言葉……憎たらしいほどに筋が通っていますからねぇ」

「正直に話したところで俺たちには何もできないと踏んでいるんだろうな」

「ヘタに本当の事を話したところで信じられる内容じゃありませんし……仮に皆が信じたとしても――――」

「単純に魔女化を促進する結果になるだけだな」

 

 自分がやがて、それも遠くない未来に終焉を迎えると聞いて、その話を肯定的に捉えることが出来る人物はそうはいない。ましてや多感な第二次性徴期の少女たちとくれば、その結果は言葉にするまでも無いだろう。

 或いは。焦ってルビーたちが真実を伝えることで、皆の魔女化を促進させることがキュゥべぇの目的かもしれない。わざわざ現れてご丁寧に説明をしてくれた辺り、その思惑の可能性は高いだろう。思惑通りにならなくとも余計な手出しを控えさせるよう牽制にはなる。

 

「……私たちでどうにかするしかない、ってことですね」

「現状の情報で判断するならそうなるな」

 

 無論この2人がその思惑通りに事を運ばせる気は一切無いわけなのだが。

 

「士郎さん、何か良い手は無いですかね?」

「……そう簡単には出てこないな」

「ワンステップで契約破棄する手とか」

「そんな便利手段あったらこんな悩んで――――あ、いや、ちょっと待った」

「え、ウソ、マジ?」

 

 予想だにしていない展開にルビーの声が色めき立つ。士郎は士郎で己の記憶を穿り返す様に米神のあたりを叩いた。

 

「……手なら知っている」

「お!」

「ルールブレイカー、って名前の契約破りの短剣だ」

 

 聖杯戦争。まだ士郎が高校生だったころに巻き込まれた、七人のマスターと七体のサーヴァントによる殺し合い。

 その殺し合いの参加者の中に、契約を破る術を持ったサーヴァントが居た。

 キャスター。

 生前は裏切りの魔女と呼ばれた、魔術師のサーヴァント。

 

「確か一刺しで契約を破棄された。使ったところを見たのは2回。多分、アレなら契約を破棄できる」

「やるじゃないですか! 何だこれで解決ですねっ!」

「ただ問題点が2つある」

 

 まぁそう上手くは行かないですよね。水を差す士郎の言葉にルビーは溜息を吐きつつ耳を傾けた。

 

「まず一つ。希望通りに作動するかは分からない」

 

 それはそうだ。ルビーは思った。魔術の体系が違うのだ。トンデモ技術で彼女たちは魔法少女に造り変えられているのであり、その魔術体系に沿っているわけではない此方の魔術が正常に作用する保証は無い。

 

「うーん、彼女たちで実験する訳にはいかないですしねぇ……」

「そうだな。……気は向かないが魔女に使用して試すしかないな」

 

 魔女の正体を知った今、士郎の案を採択することに抵抗感はある。

 元は人間だった少女の成れの果てを実験体としてみなせるか。

 試した結果もしも元に戻せなかったらどうするのか。

 だがそれは言っても仕方が無い事でもある。

 

「で、もう一つの問題点は?」

 

 やるしかない。が、それを言葉にせずルビーは話の続きを促した。

 

「ルールブレイカーは今の俺じゃ用意できない」

「それって問題点じゃなくて致命傷ですよ」

 

 参った。思わずルビーは天を仰いだ。今までの話の前振りは何だったのか。この話の流れなら用意できることが前提じゃないのか。

 まさかの話の根本から揺るがしかねない爆弾発言に、ルビーの意識は珍しく遠のきかけていた。

 

「士郎さん、なんて事を言うんですか! そこはお得意の投影魔術で何とかしてくださいよーっ!!!」

「いや、そう言われても……俺はその時ルールブレイカーを解析できていなくて……」

「はぁぁん!? じゃあ何で効能を知っているんですか!?」

「言っただろ。2回見た、って」

 

 正確には1回は自身のみで経験して、もう1件は傍から見ていただけなのだが。

 無論そんな細かいところはどうでも良い事なので口にはしない。

 

「何ですか……何なんですか、この上げて突き落とすスタイル。士郎さんってそんなドSでしたっけ……」

「ルビーが勝手に舞い上がっただけだろう」

「いや、そーですけどぉ……」

 

 よよよ、と。そんな擬音が付きそうな様相でルビーは力なく地面に落ちた。そして涙を流しながら羽で地面を叩く。今日のルビーはリアクションがやたらとオーバーであるが、此処に至るまでの話の流れをを考えると致し方ない。

 

「そう言うルビーは何か案は無いのか?」

「出てこないから困っているんですよぅ」

 

 普段は突飛で珍妙でトンデモな残念発言が多い彼女だが、人工精霊を謳うだけあって頭脳の回転は人の域を凌駕する。その彼女にして案が出てこないのだから、事態はやはりそう易々と解決できるものではないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヘイ、ルビー。お迎えにキタヨー」

「もう、ルビーったら遅いんだから……って、あれ?」

 

 結局のところ案は出てこない。

 冷たい夜風に晒されて大分身体も冷えてきて。

 時計の針もそろそろ夜も濃くなる時間を指して。

 全く状況が進展していないまま時間だけが過ぎて。

 互いにただ息を吐き出すだけの存在と成り果てて。

 そんな2人――と言うよりはルビーに声がかかる。

 振り向けば少女が2人。

 鹿目まどかと美樹さやか。

 

「あれれ、士郎さん?」

「こんばんわ、士郎さん」

「ああ、2人ともこんばんわ」

 

 悩みがある事など微塵も見せずに、何時もと変わらぬ調子で士郎は2人に挨拶を返した。感情と思考を切り離して行動できるのは彼の強みの一つである。

 他愛もない挨拶を交わしながら、士郎はさやかが本当に魔法少女となってしまった事を実感した。最後に会った時とは異なり、目の前の少女からは魔力が溢れ出ている。加えてこのビルの屋上まで跳んでくる身体能力。既に人間とは一線を画した存在になってしまった事は疑いようがない。

 

「ルビーと士郎さんが夜景を眺めている……?」

「あれー、士郎さんってルビーを捕まえに来たんじゃないんですか?」

「その予定だったけど……一旦中止。別に優先しなきゃいけない案件が出来たんだ」

「あらら、ルビーとしてはラッキーだったり?」

「いーえ、そうでもないですねー、一時的に手を組んでいるようなもんですから」

「あー、昨日の敵は今日の友みたいな?」

「さやかさんみたいな美少女ならともかく、こんなガタイの良い男が味方になっても全く嬉しくないですけどね!」

「戯け」

 

 士郎はルビーの会話に合わせながら、静かに憂いの息を吐き出した。中々絵になっている辺り、彼が苦労性であることが良く分かる一コマである。

 

「まぁ、何にせよコイツとは協力している状態だ。連れて帰るかは……一先ず保留ってころだな」

「うわー、大変ですね……あ、宜しければその案件とやらを手伝いましょうか?」

 

 色々とお世話になりましたし!

 自信満々にさやかはそう言った。その発言の裏には、自身が魔法少女になった事による高揚感があるのは想像に難くない。或いは無邪気な子供のように、得た力を振るえる環境を求めているのだろう。

 

「さやかさんったらやる気満々ですね、私との契約には不満たらたらだったのに」

「うーん、まぁ、ちょっとねー……」

「はいはい良いですよーだ。私にはまどかさんとほむらさんと杏子さんがいますもーん」

「まどかは良いとしても、後ろの2人は絶対違うと思う」

「えー? そんなことないですよねー、まどかさん?」

「てぃひひ……」

 

 困ったようにまどかが笑う。呆れたようにさやかが溜息を吐く。ルビーは意図して空気を読まずに振る舞う。

 その様子を一歩引いた位置で士郎は観察していた。気心の知れた者同士の会話。ルビーの築き上げた確かな関係性がそこにはあった。魔法少女などと言う血腥い世界とは無縁であるべき光景だった。

 

「……気持ちだけありがたく貰っておくよ。それより、そろそろ帰った方が良い」

「ん? 何かあるんですか?」

「2人とも学校があるだろう」

「あ”っ」

 

 きっと本気で忘れていたのだろう。さやかの顔がみるみる険しくなる。

 

「そう言えば明日の数学は確か小テストだもんね」

 

 まどかは困ったように頬を掻いて追い打ちを喰らわす。忘れていた現実にさやかは暫しフリーズする。魔法少女の世界を知っても、まだ彼女たちは日常と非日常の間に居た。日常の事で悩むことが出来ていた。

 

「ヤバい、完全に忘れてた」

「それじゃあ帰りましょー、さやかさんにはじっくりたっぷり洗いざらい私を選ばなかった理由を吐き出してもらいますからねー」

「てぃひひ……士郎さん、さようなら」

「さよーならー……」

「士郎さーん、2人は任せて下さい。そっちは任せましたんで」

 

 三者三様の別れの言葉を残し、2人と1本は夜の見滝原市の空を跳ぶ。それは傍から見れば幻想的な光景に映っただろう。だが士郎はそんな能天気に感動を享受できるような立場には居ない。居れない。

 士郎は彼女たちの姿が夜の闇に溶けるまで見送ると、静かに息を吐き出した。そして思考に耽るのを抑えて口を開く。

 

 

 

「……何か用か?」

 

 

 

 その言葉は決して大きな声量では無かった。

 息を吐く様な、そんな自然な、空気に溶ける様な声だった。

 声の方向も眼下の街並みに向けてだった。

 呟くよりは大きかったけれども、大差はなかった。

 

 だけど。

 

 士郎の背後で。

 空気が揺らいだ。

 それは気づかれることを想定していなかったのが分かる、稚拙な反応だった。年相応の反応だった。

 

「……どこまで知ったの?」

「ある程度は」

 

 問いかけに最低限の言葉で返す。それから身体を反転させて、相手の方へと向き直る。

 夜の暗闇に溶ける様に。彼女はいた。注視しなくては見過ごすような、第一印象からは大きく異なる儚げな様相だった。

 士郎は気付かれぬ様に、細く、長く、暗闇に紛れる様に息を吐き出した。

 

「それで……何の用だい、暁美さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあね、さやかちゃん。今日はありがとう」

「はっはっは、気にしなさんな。これも正義の味方の役目ってことだしねっ!」

 

 いつになくハイになっておられるなぁ、と。普段の自分の振る舞いを棚に上げてルビーは思った。さやかは普段から活発な少女ではあるが、今の彼女はその普段の状態を振り切っている。それが魔法少女となった事によるものであることは誰が見ても分かる事だ。

 流石に友人の家の前で魔法少女の格好をしている事は恥ずかしいのか、学校帰りの制服姿にさやかは戻している。こうして見ると、溢れ出る魔力以外は全く普段の彼女とは変わらない。閉じていた魔力回路をこじ開けたのかは不明だが、キュゥべぇの言う通り魔法少女として改造を施されたのは瞭然だ。

 

「じゃあ、私は帰るね。まどか、また明日!」

「うん、バイバイ、さやかちゃん」

 

 手を振りながら。さやかは駆けた。そして裏路地に入る。一拍の間を置いて、青い光が一瞬裏路地から零れた。そして暗闇に紛れる様にして影が跳んだ。

 その一連の流れをルビーは確と捉える。

 

「……じゃあ、戻りましょうか、まどかさん」

「うん」

 

 柄を消して、羽を消して。ルビーはまどかの鞄の中に入る。まどかはルビーが入ったのを確認してから、家の中に入った。

 鞄の中で揺られながら、ルビーが考えるのはたった一つ。

 一体どうすれば彼女たちを魔法少女としなくて済むのか。

 残念ながら契約の塗り替えは出来なかった。それは図らずとも杏子やほむらと一方的に契約をしたことで判明した事実。ルビーとの契約では、キュゥべぇの契約を上塗りすることは出来なかったのだ。

 

「……だとすると、気は進みませんが士郎さんと契約するしかないですかねぇ」

 

 ルビーに出来るのは契約を行う事だけ。高度な魔術技術により制作されたとは言え、ルビーはあくまでも媒体である。ルビー単体では出来る事は限られている。

 ならば、この状況を打開できる可能性があるのは誰か。ルビーがコンタクトを取れ、そして彼女に協力してくれそうな人物は誰か。

 それこそ衛宮士郎しかいない。状況を理解していて、協力してくれて、尚且つ能力もある事を考えると、一番可能性があるのは彼だけだ。

 

「契約の破棄、か」

 

 契約して、平行世界の士郎自身からルールブレイカーを調達して、以後使えるようにする。そうすれば問題点その一はクリアしたも同然だ。

 問題点その二である通用するかどうかは実施してみないと分からないが、可能性の話をするならば彼に頼らざるを得ない。寧ろお誂え向きだ。此処までくると元凶であるゼルレッチは何処までを見据えていたのか。恐ろしいほどの人員配置である。

 問題があるとすれば、

 

「はぁ、男と契約するなんて絶対嫌だ……」

「どうしたの、ルビー? さっきからブツブツ独り言を言って」

「乙女の純情と純白がせめぎ合っているだけですー」

「? ええと、ゴメンね、考え事している時に」

「いえいえ、お構いなくー……」

 

 男の手に、それも筋肉質な野郎のゴツイ手に。自らの身体を委ねなければならない屈辱と言ったら何とも言いようが無い。この身は全世界の愛らしい乙女の手に握られる為にあって、野郎なんぞに触らせるつもりは一切無いのだ。……そんなルビーの信念を曲げざるを得ないほどに、状況は切迫しているとも言えるのだが。

 

「ホンットに、あンのケモノめ……」

「ルビー、お風呂行ってくるね」

「行ってらっしゃーい」

 

 まどかが視界から消え、足音が一階に降りたところでルビーは盛大に溜息を吐き出した。幸せが逃げる? 知った事か。

 とりあえずは今日の夜。まどかが寝静まった後にでも士郎と連絡を取り、契約をする方向で事を進めなくてはならない。気は全く進まないが仕方が無い。

 

「キュゥべぇさんもそうですけど、あンのクソジジィ……」

 

 きっと世界のどこかで。アイツは高笑いしているに違いない。今の自分たちの現状を観察して楽しんでいるに違いない。何せゼルレッチが観測した平行世界は強制的に事実として扱われるのだ。全てがゼルレッチの掌の上で進行している事を考えると、彼を毛嫌いしているルビーの身からすれば文句の十や二十くらい言いたくなると言うものである。

 

 

 

「……あり?」

 

 

 

 ふと。

 ルビーは思った。

 ゼルレッチが観測した平行世界は強制的に事実として扱われる。

 だから彼が観測をする時は、介入してより良い結果に導く時だけ。

 故に滅多なことでは彼は観測を行わない。

 その彼が観測を行っている。

 それは、つまり。

 ゼルレッチが観測を行わなければならない何かがあると言う事で。

 

「……何か、見落としている?」

 

 あの人格破綻者が、たかだか才能のある少女たちを救う為に観測を行うだろうか。

 あの人格破綻者が、たかだか地球外生命体の思惑を潰す為に観測を行うだろうか。

 あの人格破綻者が、わざわざ自らの息のかかった者を派遣し観測を行う意味は何か。

 

「……何を見落としている?」

 

 ひどく嫌な予感をルビーは覚えた。

 だがその正体を知ることは叶わない。

 言葉に出来ない不安が渦巻くだけ。

 聡明な彼女でも拭うことは出来ない。

 まるで深い霧の中を。一寸先は崖かもしれない道を歩くような。

 そんな。不安。

 

「いったい、何を……?」

 

 曖昧模糊。

 五里霧中。

 今のルビーでは。

 自らを悩ますその原因を突き止めることは、叶わない。

 

 

 




おまけ

※さやかが魔法少女になった事が判明した後。


 酷い現実だ。
 そう杏子は思った。
 また一人、奇跡を願った。
 その先にどんな未来が待っているかも知らずに。

「なぁ、ほむら」
「……」
「アイツ、何で魔法少女になっちまったんだろうな」
「……」
「アタシには……理解できねぇよ……」

 隣にて佇む少女に向けて、杏子は力なく自身の胸の内を吐露した。眼下にて何も知らずにはしゃいでいる少女を見て、言葉にし難い遣る瀬無さに彼女は襲われていた。理解が出来ないと言い換えても良かった。
 そうとも。何故恵まれている身の者がわざわざその幸せを手放す真似をしたのか。何故自分から報われない生き方を選んだのか。何故人として生きる道を止めたのか。
 何も知らないならまだしも、既に此方の世界の事は知っている筈なのに、だ。

「……私も、同じよ」
「……」
「……どうして……かしらね」

 杏子からはほむらの表情は見えなかった。彼女は手すりの上に立ち、少女たちを見下ろしていた。そしてわざわざ見上げてまでその表情を知ろうとは杏子は思わなかった。

「……帰るぜ」

 一足先に、そう言って杏子はその場を後にする。
 ほむらの返事を待つつもりは無かった。
 聞こえているかの確認もしなかった。
 ほむらへも、そして少女たちへも視線を向ける事はなかった。



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まどマギ×Fate 17

今更ですけど、作中の時間経過については、まどマギまとめwikiのタイムテーブルを参考にしています。
ちょっと時間がずれている事に関しては……その、ほら、本編とは違う平行世界って事で大目に見て下さい。


 美樹さやかが魔法少女になって5日が経過した。

 魔法少女たちの生活は、表向きは何も変わらない。

 魔女退治をする巴マミにパートナーが出来た。

 ただ、それだけ。

 

 

 

 チャイムが授業の終わりを告げる。

 号令を終え、俄かに騒がしくなる教室。

 本日のカリキュラムはHRも含めて全て終了した。つまりは、放課後。

 仲の良い者同士で話をする者、家路に急ぐ者、隣のクラスに向かう者……

 生徒それぞれが行動をする中、暁美ほむらは静かに席を立った。

 もう彼女は身支度を整え終わっている。つまりは後は帰るだけだ。

 喧騒に紛れる様に己の存在感を希薄化し、溢れる人の流れに乗る様にして彼女は廊下に出ようとして、

 

「待ってよ、ほむら」

 

 手を掴まれる。

 驚きは無い。しかし驚いたような表情を作って、ほむらは振り向いた。

 

「……何の用かしら」

 

 声の主が誰であるかは聞いた時から分かっている。ついでに言えば、ここまで軽々と人のパーソナルスペースに入ってこれる人物は、彼女の特殊な事情を以てしても一人くらいしか思い浮かばない。

 事実、予想通りの人物がほむらの目の前にはいた。

 

「……色々とさ、話したいことがあるんだよね」

 

 同世代よりも高めの身長。短めに切り揃えられた水色の髪。金色の髪留め。

 そして眼。くっきりとした、意志の強さが伺える、その眼。不退転の意志が込められているのが良く分かる眼だ。

 くいっ、と。声の主は、親指を上へと向けた。

 

「屋上。ちょっとツラ貸してよ」

「……さやかちゃん。だからその言い方は違うって」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■ まどマギ×Fate ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ダメだ、眠い。まどか、助けて」

「大丈夫。眠いのは私も同じ。頑張って」

「……」

 

 いつかの日と同じように。

 屋上に設置されたベンチに座ると、さやかは力尽きたようにまどかにもたれかかる。そんな親友を適当にあしらいながら、まどかは口を開いた。

 

「いきなりでごめんね、ほむらちゃん。その……ちょっとお話がしたくて……」

「そうそう、そうだよ。ここのところずっとご無沙汰じゃん?」

「……そうかしら? 昨日も話はしたと思うけど」

「いやいやいや、挨拶だけじゃん。それも朝だけ」

 

 ガシガシガシ。己の頭を掻き乱しながら、さやかは言いにくそうに口を開いた。口調こそは言いにくそうだが、言葉はハッキリしている。そこに好意的な響きが含まれていないのは明らかだった。

 さやかに追随するように、まどかも口を開いた。尤もまどかはさやかほどハッキリとした口調ではない。遠回しに、なるたけ優しい言葉を選んで口にした。

 

「あのね、ほむらちゃん。ここずっと、私たち挨拶以外していないなぁ、って思って」

「お早う、くらいだね。一昨日は、さよなら、もあったかな。ホントは昨日の内に話をしたかったんだけど……さ……」

「ちょっとね、都合がね……」

「知っているわ、魔女退治でしょう?」

 

 その言葉に。顔を上げた2人が見たのは、ほむらの苦笑いを浮かべた表情だった。目を細め、口元を隠した、笑うと言う表現にはやや足りぬその顔。或いは――――無理矢理に作っていると言う表現がよく似合う顔だった。

 隠さなくとも知っている。

 そう言いたげにほむらは自身のロングヘアーをかき上げた。

 

「巴マミと一緒に魔女退治をしているのは知っているわ。昨日は工業地帯の方面だったかしら」

 

 まるで他人事のように。そうほむらは言い放った。ほむらはまどかたちが何をしているのか知っている。知っていて、しかしそれ以上踏み込もうとはしていなかった。

 それは言外に、彼女がまどかたちに協力しない事を示す、そんな言葉だった。

 

「美樹さやか。貴女が巴マミに師事しているのは知っているわ。彼女は経験豊富だから、判断は間違っていないと思う」

 

 ほむらはそう言った。その眼は透き通ったガラス球に様に感情が一切見られなかった。さやかを見ている筈なのに見ていなかった。さやかではなく別の物を見ているようだった。或いは――もしかしたら何も見ていないのかもしれなかった。

 

「……そう、知っているんだ」

 

 反射的だった。意図するよりも早く、口が動いていた。

 ガシガシガシ。さやかは再び自身の頭を掻き回した。丁寧にセットされたであろう髪が、乱暴に乱雑に掻き乱される。そして空いているもう片方の手は、自身のスカートをこれでもかと強く握りしめていた。

 

「あのさ……ほむらはさ……やっぱり私が魔法少女になる事は反対だったの?」

 

 絞り出す様に。さやかは言葉を発した。彼女なりに考えて口に出した言葉だった。

 

「あの日から……全然私たち話さなくなったよね」

 

 言葉を発してから、マズッた、とさやかは思った。本当はこんな会話をするつもりではなかったからだ。

 だがその実直さこそ、さやかの悪癖でもあり美徳でもある。

 仕方が無い、と瞬時に組み立てていた筋書きを破棄すると、大きくさやかは息を吐き出した。隣でまどかが顔を強張らせている。目が作戦と違うよ、と訴えている。が、元より無理のあったのだ。まどかやルビーなら兎も角、さやかは本心を隠して演技をできる程器用ではない。

 要は不可抗力なのだ。

 本当に致し方が無いのだ。

 そして出してしまった言葉は戻らないのだ。

 

「ほむらの目的って、何?」

 

 仮面を脱ぎ捨てる。装着してからここまで10分。寧ろ良くそれだけ被っていられたと、さやかは教室から此処に至るまでの自身を振り返ってそう思った。

 スイッチを切り替えるように。さやかは自身の頬を強く叩いた。気持ちいい音が屋上に鳴り響く。そこに居たのは頬を赤く染めた、いつも通りの美樹さやかだった。素直で、実直で、短気で、感情のままに振る舞う美樹さやかだった。

 

「……それを知って、どうするつもりかしら」

 

 ほむらは空気を読まずに、そう言葉にした。勿論、あえて読んでいないのは明白だった。

 髪をかき上げ、或いは挑発するように、彼女は己の視線をさやかの視線に絡ませた。

 

「私の目的と貴女の目的は違うわ。知ったところで意味は為さないと思うけど」

「……そのさ、私はみんなとは違う、仲間外れだ、って考えが気に喰わないんだよね」

「……ほむらちゃん。私も同じ考えだよ」

 

 2対1。この場には3人しかいないのだから、2つに分けるなら必然的に割合はそうなる。

 一瞬。本当に一瞬だけ、ほむらは表情を強張らせ、

 

「……私の目的は『魔法少女を増やさない』……これでいいかしら」

 

 2人の意見に同調するように、ほむらは己の目的を口にした。

 ……何故に言い出しっぺのさやかではなく、まどかの発言に返す様な発言をしたのか。勿論、その意味が分からぬ程さやかは愚鈍ではない。つまりは今のほむらの発言は、これまでのさやかの質問への回答の総合である。

 ――――なんだ、そう言う事か。

 少し抜けていて、常識知らずで、ちょっとは可愛げがあって、友達になれたと思っていたのに。

 友達だと思っていた筈の相手の本心に、さやかは奇妙な納得を覚えた。それは過程や経緯をすっ飛ばした理解だった。

 同時に、心から温度が奪われる。ポッカリと穴が空いたかの様な虚無感。ただただ冷たくなっていく。

 

「そっ、か。そう言う事か、ほむら」

「さやかちゃん……?」

「……」

「アンタはさ……私たちが魔法少女にならないために友達になった……そういう事だったんだね」

 

 ――――そう……いう事だったんだ。

 口にしたことで、余計にさやかはその意味を自覚する。考えを強固なものにしてしまう。

 隣でまどかが何かを言っている。

 きっと言葉を撤回させようとしているのだろう。

 きっと別の言葉を探しているのだろう。

 だけどその全てはさやかに届かない。

 彼女の視線はほむらに釘付けになっていて。

 またほむらの視線もさやかに固定されていた。

 あの感情の見えない眼だった。

 

 

 

 もしここで。

 仮にさやかがもう少し物分かりが悪かったら。

 仮にまどかがさやかに任せきりにせずに自分で発言をしていたら。

 仮にこの場に別の第三者が乱入にしに来たら。

 仮に魔女の結界が発動したら。

 仮に――――そう、仮に、もしも、もしも、もしももしももしももしも――――

 

 

 

「――――そうよ」

 

 

 

 例えそんな『もしも』があったとして。

 それはこの場において何の意味も為さない空想である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――風見野市、とある住宅地帯の工事現場。

 

 

 

「……やっぱり、無理か」

 

 倒れた魔女がその身を崩す。周囲を彩っていた空間が歪む。

 士郎はガンプレイの如く黒色の片手剣を手元で回して構え直すと、息を吐き出すと共にそのまま虚空へ霧散させた。同時に空間が何の変哲もない工事現場に変貌する。魔女の命の消滅。魔法少女の安らかな眠り。そして彼女たちの存在の証明であるグリーフシードが足元に転がる。

 彼女たちが生きた証を拾い上げ、士郎は片手に投影した歪な短剣を突き刺した。

 ルールブレイカー。破壊すべき全ての符。以前に士郎と敵対していたある女性が所持していた宝具。

 それは只の短剣に在らず、あらゆる魔術効能を無効化する能力を持つ。

 多重に張った結界も、折り重ねられた魔術も、或いは複雑な契約も。

 この一刺しで全てを無効化することが出来る。

 

「どうですか、そっちは何か変化が出ました?」

「……魔力が消えた、かな。それぐらいしか分からない」

 

 突き刺して、微動だにせずに3秒。

 だが大きな変化は見られない。

 手に持ったグリーフシードは奇妙な熱を保持したままで、魔力が消え失せた事は知覚できたが、それだけだった。

 

「うーん、上手くいかないですね……投影品だからでしょうか」

「ランクはどうしても落ちるからなぁ……オリジナル通りにはやっぱり行かないみたいだ」

 

 その場に腰を降ろし、まじまじとルビーと士郎はグリーフシードを観察するが、やはり何の変化も見られない。士郎はルールブレイカーを霧散させると、疲れたように息を吐いた。

 ――――魔女にルールブレイカーは効かない。

 それはここ数日の調査の結果であった。

 

 ――――うへぇ……男と契約するなんて嫌なんですから、さっさと平行世界の知識で投影してください! ほら、Hurry Hurry Huuuuuuurrrrrrrrrrrrrrrry!!!

 

 案の発起人はルビーだと言うのに随分な言われようである。嫌なのは士郎とて同じだ。が、状況が状況である。ルビー被害者の会の皆とは異なり、士郎はルビーから謂れの無い罵倒を受けるだけでとりあえずは済んだ。

 だがせっかく契約を交わし、ルールブレイカーを投影できるようにしたは良いが、その労力が実を結んだとは言えていない。

 魔女に突き刺しても、結界が消えるか、或いは魔法による攻撃が中断されるくらい。既に魔女と成ってしまっている以上、そこにあるのは実体であり、突き刺しても解放はされないことが分かった。

 ならばグリーフシードに突き刺したらどうかとも思ったが……この結果だ。

 

「はぁ……」

「……ふぅ」

 

 全くの同時に、両社は諸々の感情を呼吸に乗せて体外に吐き出した。冷たい空気を取り込み、思考の熱を中和させる。

 状況は芳しくない。私情を挟むことも、贔屓目に見る事も許されない。

 魔法少女の行き着く先。

 救いの無い未来。

 見つからない手立て。

 だがこれらの問題は、遅くともあと大凡1週間程度で片付けなければならないという時間の問題も抱えていた。

 

 ――――ワルプルギスの夜がやってくるわ。命が惜しいなら、去りなさい。

 

 美樹さやかが魔法少女になったあの夜。

 士郎はほむらに上記の忠告を受けた。

 相も変らぬ無表情でありながら、その言葉には感情が込められていた。激情とも捉えられる、隠しきれていない感情だった。

 

 ――――アイツに勝てるのは魔法少女だけ。貴方じゃ死ぬだけ。

 

 何でもワルプルギスの夜と言うのは最強最悪の魔女であると言う。

 いつ産まれ、いつからその名を呼ばれ、いつから猛威を振るっているのかは分からない。

 ただ一つ。今まで数多の魔法少女が挑み、その誰もが勝てなかった事だけが真実である。

 そしてその魔女が2週間後、つまりは今日の時点から大凡1週間後には見滝原に襲来すると言う。

 

 ――――あのステッキを連れて、イギリスに帰りなさい。余計な手出しは無用よ。

 

 最後にあの冷たい眼で。そうほむらは話を締めくくった。そして士郎の返事を待たずに、時間を止めてその場から消え失せた。魔力の残滓だけが彼女がいた事実だった。

 ……せっかちな子である。言葉の調子はともかく、士郎の身を案じてくれているのは分かるが、人の話を聞こうともしない辺りは年相応の少女としか言いようが無い。思い返すと苦笑が蘇る。

 あの絶対的な力を持った彼女が忠告に来るくらいなのだから、ワルプルギスの夜とやらは相当な実力を持つ魔女なのだろう。

 だがどんな理由があるにせよ、今の状況ではその言葉に従う事は出来ず、そもそもルビーも士郎も他者の言葉に素直に従う様な人間では無い。

 

 

 

「やぁ、魔術師。魔法少女でもないのに今日も魔女退治に精が出るね」

 

 

 

 結界が消滅した事を察知して。

 2人の眼の前にキュゥべぇが姿を現した。

 相も変らぬ皮肉を含んだ言葉が2人に投げられる。

 相も変わらぬ感情を伺えない眼が2人を映している。

 

「……チッ」

「ワルプルギスの夜が来る前に、グリーフシードのストックは必要だろう。話に聞く限りではまだ足りないくらいだ」

「その考えは正しいけど、本当に君たちはワルプルギスの夜と対峙するつもりなのかい?」

「あったりまえじゃないですか。ねぇ、士郎さん」

「ああ、そのつもりだ」

 

 ここ数日、2人はキュゥべぇと行動を共にしていた。さやかが魔法少女になった翌日からだった。

 建前はワルプルギスの夜の情報を仕入れる為。本音はこれ以上の契約を結ばせないために、少しでも監視できる場所にこの獣を留めておくためだった。

 

「最強最悪の魔女なんだろ。手は多いに越したことはない」

「やれやれ、普通ならば逃げ出すと言うのに……君たちは僕が知っている魔術師とは大きく違う。これほどまでに好戦的な魔術師は過去に居なかったよ」

「よくもそんな言葉をほざけますね。魔女を創り出したのは貴方たちでしょうに」

「それは仕方のない事さ。何事にもデメリットはつくものだろう?」

「その結果がワルプルギスの夜じゃないんですか? 魔法少女が太刀打ちできない魔女を創り出してどうするんですか」

「それこそ君たちには関係の無い話だ。それよりも君たちはこの街とは無関係の人間だろう? 何故わざわざ首を突っ込もうとしているのかが僕には理解できないよ」

「お前らと同じで、こっちにも事情があるんだよ。お前らだって、ワルプルギスの夜に暴れられたままだと困るだろうが」

 

 キュゥべぇの目的が本当ならば、魔法少女が魔女に転換するその瞬間でなくてはエネルギーの回収は見込めない。ただワルプルギスの夜に蹂躙されるだけでは彼の目標は達成されることはない。

 

「まぁ、確かに君の言葉にも一理あるよ。このままでいれば何れはワルプルギスの夜は世界を滅ぼす力を得る。そうなればこの星でのエネルギー回収は望めない」

「こンの黙って聞いていれば私の楽園を畜産農家みたいに……っ!」

「ストップ、ルビー。……なぁ、キュゥべぇ。地球でのエネルギー回収が望めなくなったらどうするんだ」

「そしたらほかの星に行くしかないね。地球程ではないけど、感情を持つ生命体が存在する星は他にもある」

「……そうか」

 

 どうやら広大な宇宙のどこかには、地球と同じような生命体が存在する星もあるらしい。ロマンのある話だ。こんな状況でなければきっと素直に話を聞けていただろう。

 士郎は話もそこそこにグリーフシードを懐に仕舞おう――――として、途中で止めた。

 

「……なぁ、キュゥべぇ」

「何だい?」

「確かお前らって穢れの溜まったグリーフシードを回収しているんだよな?」

「そうだけど、何か?」

「ああ、いや、これ」

 

 そう言って士郎は、今しがた懐に仕舞おうとしたグリーフシードを見せる。

 

「お前らどこに回収したグリーフシードを収納しているんだ?」

「ああ、そんな事かい。ほら」

 

 そう言ってキュゥべぇは背中を尻尾で指した。すると背中に刻まれていた紋様の様な箇所が開き、黒々とした穴を見せた。

 

「此処に入れているのさ。流石に持って移動するのは危ないからね」

「そうか」

 

 相槌もそこそこに、士郎はその穴に向けて手に持ったグリーフシードを投げ入れた。絶妙なコントロールと速度でキュウべぇの中に納まる。但しスピードが出過ぎたのか、入ると同時にやや苦しそうにキュゥべぇは呻き声をもらした。

 ルビーがテレパシー飛ばす。ナイス、士郎さん。

 

「……なんだい、いきなり。しかもコレ、全然穢れの溜まっていない新品じゃないか」

「穢れて無いとやっぱりダメなのか?」

「ダメと言うか、もったいないだろう。自然に穢れは溜まるけれども、かかる時間は膨大だ。魔法少女の穢れを吸った方が溜まるのは早いんだ。まだ使用できる段階で回収するのなんて久しぶりだよ」

「そうか、それは悪かった」

「全くだよ。……にしてもコレ、全然穢れが溜まっていない。随分と珍しいよ」

「そうなのか?」

「普通はグリーフシードに成った時点で少しは穢れがあるんだ。それがこれには無いからね。こんなのは長らく見ていないよ」

「……そうか」

 

 どうやらルールブレイカーはグリーフシードに対して正常に作動していたらしい。グリーフシードが穢れを逃さないように術式を組んでいるのであれば、一刺しすれば解除は出来る。そして解除してしまえば、もう一度術式を組み直さない限りはグリーフシードはただの置物でしかない。これは体系は違えど通用すると言う好例である。

 エントロピーなどと言う魔術世界では聞かない言葉が出てきたから、キュゥべたちの技術は科学技術で構成されているかもしれないと考えたが、実際のところはそうではないらしい。

 

「なぁ、キュゥべぇ……」

 

 ふと。士郎は思った。

 キュゥべぇにルールブレイカーを刺したらどうなるのだろう、と。

 だが思うだけ済ませて、すぐに言葉を飲み込んだ。効能にばかり目が行きがちだが、この宝具は普通の短刀と同様に切れ味がある。キュゥべぇ程度の体躯ならば突き刺して命を奪う事も出来る。つまりはやる事に意味を見出せず、寧ろ不必要な不信感を植え付けるだけに終わるに過ぎないと思ったからだ。

 

「お前は随分と魔術師の事を嫌っているみたいだな。何でだ?」

 

 代わりに、別の話題を口にする。キュゥべぇの紅い眼が士郎を映す。

 出会った時からそうだが、キュゥべぇはルビーや士郎に対してきつめの口調で言葉を発する。今も尚、まどかやさやかは名前で呼ばれているのに、ルビーたちはフルネームか魔術師か君のどれかでしか呼ばれない。そこには魔法少女としての資質云々以前の問題があるように士郎は感じていた。

 

「何で、と問われても困るね。それを知ってどうするつもりだい」

「別にその答えで何かをするわけでは無いさ。理由が知りたいだけだ」

「そんな質問をしてきたのは君が初めてだよ。……答えとしては、魔術師が邪魔だからだね」

「邪魔、か」

「そうさ。君は他の魔術師とは異なるようだけど、これ以上の説明は必要ないと思うよ」

 

 邪魔。

 キュゥべぇが発した言葉はシンプルでありながら、それだけで全てを理解できる説得力を持っていた。

 魔術師とはそういうものだ。ルビーや士郎のように、他者の為に動こうとするものはいない。そういう者は魔術師とは呼ばない。魔術師にはならない。

 これまでにキュゥべぇが出会った魔術師がどんな接し方をしたかは知らないが、大凡どんな事になったかは想像がつく。

 

「今この瞬間だけはキュゥベェさんと同意見ですね。私もあなたの事が邪魔だから嫌いなわけですし」

「理解が早くて嬉しいよ。無駄な事は僕も避けたいんだ」

「はっ、ほんっとうに気が合いますね」

「……ルビー、ストップだ」

 

 溜息を飲み込みつつ士郎は仲裁に入った。あの日から今日に至るまでルビーは喧嘩腰でキュゥべぇに接している。当事者たちはそれでいいかもしれないが、魔術師であることとキュゥべぇの方針には賛同できない旨以外の理由で不必要な不信感を抱かれるのは士郎としては困る。まだまだ入手しなければならない情報はあるのだ。

 ルビーもそれは分かっているので、キュゥべぇの事は基本士郎に任せている。キュゥべぇと対峙したところで不愉快さから口論になってしまう事は、彼女自身が良く分かっている事なのだ。

 今日ルビーがこの場に来たのは、あくまでもルールブレイカーの効能を確かめる為であり。それさえ確認できればキュゥべぇが来る前に退散するつもりだったのだ。ちょっと退散するタイミングが合わなかっただけなのだ。

 

「あーーーはいはい、私は退散しマース、お2人でごゆっくり!」

 

 これ幸いにとルビーは強引に話を打ち切り飛び立った。事の始まりはキュゥべぇの皮肉から始まっているのだが、ルビーがヒートアップしていたせいで、まるで幼子が癇癪起こして拗ねて退散したように見える。幼子と言うほど可愛いものでは無いが。微笑ましいものでは無いが。

 

『後は任せました。私はまどかさんの様子を見に行きます』

『了解』

『そこのそれをちゃんとズタボロのボロ雑巾となるくらいにとっちめといてくださいね!』

『……善処する』

 

 テレパシーで飛ばされた戯言を流して、士郎は心の中で溜息を吐いた。

 最近溜息を吐く回数が格段に増えたことは、きっと気のせいではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふよふよと風見野の空を飛ぶ。

 空は夕暮れ。オレンジ色に染まった世界が既に半分は黒色に侵略されていく。

 もうあと30分もすれば陽は落ち切るだろう。日常は落ち着きを見せ、魔術師の時間がやってくる。

 これからの時間に少女たちは必要ない。鹿目まどかも、美樹さやかも、そして暁美ほむらを初めとするベテラン魔法少女たちも。本来ならこの日常の時間から外れるべきではないのだ。

 

「あ”ー、本当にやってらんない!!」

 

 何も自分の行く手を阻むことの無い広大な空。

 誰も聞いていない事を良い事ルビーは大声で思いを吐露した。遣る瀬無さを隠す事無くぶちまけた。

 物事の切り替えの良さはルビーの美徳であり悪癖でもある。が、今日のこの瞬間ばかりはそう易々と切り替えられなかった。酷く陰鬱な感情がルビーの思考の奥底に渦巻いていた。こんなのは初めて経験するレベルだった。クソじじぃことゼルレッチに対してもここまでの感情は芽生えたことが無かった。

 どうしてくれようか。マジで。

 基本的にルビーはストレスが溜まる事の無い生活を送っている。それは彼女が自分の感情に従って勝手気ままに振る舞っているからだ。好きな時に魔法少女を量産し、自分好みにカスタマイズする。やりすぎて厳重に封印されていた事もあったが、それでもここまでの悪感情を抱く事は無かった。

 だから。

 今の彼女にこの感情を発散させる術は無い。

 今の彼女はこの感情を消滅させる術を知らない。

 

「あ”-、まどかさーん……」

 

 とりあえずまどかに慰めてもらおう。彼女の未発達の胸に自分のヘッドをぐりぐりと押し込み、優しく抱きしめてもらおう。愚痴を聞いてもらおう。あの柔らかな身体に包まれよう。そして行き場の無いこの感情を受け止めてもらおう。

 直感的に己のストレスを軽減させる術を思いつくと、ルビーはその思考に従うべくまどかの魔力を探査する。勝手に契約を交わしたおかげで、まどかの位置ならすぐに分かる。無論さやかも、杏子も、そしてほむらの位置も、なんなら士郎の位置だって分かる。

 この街に来てずっと接しているまどかの魔力を感知すると、すぐにその方向へとルビーは軌道修正した。幸いにもそんなに離れていなかった。場所は風見野と見滝原の境界線だった。今のペースで飛んで行っても10分と掛からない位置だ。

 

「……あり?」

 

 飛んでから気が付く。まどかだけではない。知っている魔力が他に3つあった。

 さやか、ほむら、杏子。

 さやかは分かる。彼女はまどかの親友だ。いつも一緒にいる。

 だが他の2人もいる事は珍しい事だった。何せほむらと杏子はさやかが魔法少女になってから一度も行動を共にしていなかった。ほむらは学校で見かける事もあるし、魔女退治中に近くにいる事を感知した事もある。だが、杏子に関しては魔女退治に同行した事は無かった。この5日間、一度たりとも彼女は見滝原には来なかった。

 ……嫌な予感がする。

 根拠も、過程も、理論も。何かもをすっ飛ばしてルビーはそう思った。冷や水を浴びせられたような急激な思考の停止。背を撫ぜる悪寒。別に知っている仲同士が同じ場所に集まっているだけだと言うのに。それを嫌な予感として捉えてしまっている。

 

「ああん、もう、よりにもよって私がいない時に……っ」

 

 見滝原総合病院前にてまどかが魔女の結界に捕らわれたあの日。ルビーは傍に居なかった

 魔法少女化したさやかがまどかを救ったあの日。ルビーは傍に居なかった。

 そして今。またルビーは傍にいない。

 それ以外の時は大抵は居ると言うのに、だ。

 

「ええい……まどかさーん!! 今行きますからああぁぁああああああ!!!」

 

 悩むよりも、思考するよりも、まずは行動を。

 ピンポイントで自分がいない時を狙って牙をむく悪意。

 どこか作為的なそれを感じながら、ルビーはまどかの元へと駆けた。

 




おまけ

⇒これまでにキュゥべぇが出会った魔術師がどんな接し方をしたかは知らないが、大凡どんな事になったかは想像がつく。

Q.どんな接し方をされたの?
A.捕獲されて実験&実験&実験。
最後は助けに来た魔法少女たちによって無事救出されました。救出されなければ良かったのにね。


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まどマギ×Fate 18

シリアスばかり書いていると色々と爆発したくなります。
そろそろ限界。


 ほむらの言葉を聞き、さやかはそれ以上の追及を止めた。

 さやかは自身とほむらの間に存在する深い溝を敏感に感じ取ったのだろう。

 そっか、と。1人で納得をすると、彼女は一足先に屋上を後にした。

 だが分かった気になっているのは彼女の悪癖だ。

 

「どうしてあんな事を言ったの、ほむらちゃん」

 

 陽は刻々と落ちていくだろう。

 春先とは言え、陽は未だ長いとは言えない。

 そんなオレンジ色に染まった世界の中で、不退転の意志を込めた言葉をまどかはほむらにぶつけた。まどかにしては珍しい、人を咎めるような語調だった。

 

「本当のことを言って」

 

 その眼はほむらを捉えて離さない。真実を聞くまでは一切退かぬという強い意志。普段は他者と争う事を良しとしないまどかの、これは初めてとも言える明確な敵対行動だ。

 

「言葉の通りよ、まどか。……私の目的はあなた達を魔法少女にしない事。一緒に居たのは、その為よ」

「嘘」

「……」

「違うでしょ。キュゥべぇと契約したら、でしょ」

 

 ほむらは何も言わない。まどかの言葉に対し、固く口元を結んでいる。

 まどかはそれを肯定と判断し、言葉を続けた。

 

「私はキュゥべぇと契約する事で何が起こるかは分からない。だけど、『魔法少女』にさせない為なら、私たちとルビーを遠ざけるはずだよね」

「……」

「それをしなかったってことは、キュゥべぇと契約する事に問題があるんだよね?」

 

 ルビーはこれまでに何度もまどかたちに契約を迫っていた。何ならほむらと杏子はルビーと契約して魔法少女にされている。

 だから、そう。ほむらは知っているのだ。ルビーと契約すると魔法少女になるという事を知っているのだ。

 だが彼女はルビーの事を嫌えど、まどかやさやかから無理矢理に引き剥がそうとはしなかった。あれだけ魔法少女になる事を防ごうとしているのに、だ。

 ならばほむらにとっての魔法少女とは、ルビーと契約する事で成る魔法少女では無く、キュゥべぇと契約することで成る魔法少女であるということは想像に難くない。

 

「……何でなの、ほむらちゃん」

 

 他人任せで抽象的な質問だ。だがそれは、それだけ訊きたいことがあるという事に他ならない。

 まどかの言葉に、ほむらは何も言わない。彼女の長い髪が風に遊ばれている。かつて一緒に買い物に行ったときに、髪形をアレンジする際に触った髪だ。

 そう。

 一緒に遊んだ。服を選んで、試着して回って、食事をして、プリクラを撮って、記念の手帳をそろえた。

 一緒に学んだ。勉強をして、授業を受けて、宿題をして、時々先生に怒られたりもした。

 今日までの日々はまどかの記憶の中で色あせない情景としてこの先ずっと存在し続けるだろう。

 あの日に撮ったプリクラは、まどかの手帳に大切な日々の瞬間としてずっと存在するだろう。

 そんな初めて出会った日から今日に至るまでの、その全てを否定するなんて。

 

「こんな悲しい事……ないよ」

 

 視界がぼやける。感情が抑えきれずに溢れる。拭っても拭っても、一度溢れたものは止まらない。

 無理もない。利害だけの関係。まだ第二次性徴期の少女にとって、この現実は受け止めるには過酷だ。

 

「……まどか」

 

 そしてまどかは。鹿目まどかは。

 自ら拭った視界のその先で。

 この時ほむらが浮かべた表情を、きっと忘れることはないだろう。否、未来永劫忘れやしないだろう。

 

「私は――――」

「ほむら、ちゃん……?」

「――――ッ」

 

 

 ――――カチッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■ まどマギ×Fate ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふーん、ほむらがそんな顔を、ねぇ……」

 

 夕暮れに染まる見滝原中学校。その正門。

 ほむらとの会話を先に切り上げたさやかは、そこでまどかを待っていた。

 そして待つこと10分。漸く屋上から降りてきたまどかから、自身がいない場での話を聞いたさやかは、少し困ったように顔を顰めた。

 

「泣きそう、か。アイツにしては随分珍しいね」

「さやかちゃん」

「……分かってるよ」

 

 皮肉気にさやかは言葉を零した。だがまどかの窘めるような口調に、すぐにそれを打ち消す様に笑顔を浮かべる。

 

「ほむらだって同じ人間なんだから、もう少し話せば分かり合えるかも、でしょ?」

 

 まどかの意を最大限に汲んだ言葉。

 鉄仮面を張り付けたようで、少し抜けていて、それでも決して自分の弱みは見せなかった暁美ほむら。彼女が泣きそうな表情を浮かべるとは、さやかには到底思えない。だが親友であるまどかの発言を疑うつもりは無かった。

 

「私もさっきはカッとなっちゃったけどさ、ほむらが本心を全部言ったとは思えないんだよね。だって結構口下手じゃん、ほむらって」

「うん。頭良いのに、誤解を招く発言が多いと思う」

「さっきだって全部諦めたような言い方してたけどさ。そもそもアイツは私たちの何を知っているんだー、って話じゃん」

 

 屋上では感情的になりその場を後にしてしまったさやかだが、少し落ち着いて考えてみればほむらの行動には合理性が欠けている事に気が付ける。そんなに魔法少女になって欲しくなければ、ちゃんとした理由と相応の対応をしろ、と言う話である。

 

「あー、思い返したら思い返したらで腹が立つ」

「さやかちゃんってば……」

 

 困ったように顔を顰めるまどかには悪いが、さやかのほむら評は絶賛急降下中である。昨日までは一緒に遊んで、笑って、語り合った仲であったがために、その反動はかなり大きい。

 普通に謝るだけじゃ許さん。と言うかほむらって謝るのだろうか。

 さやかの頭の中のわずかに残っている冷静な部分が、ちょっとした疑問を抱いた。

 何せほむらは感情の薄そうな外見に反してかなり強引で強情な部分がある。さやかとの初対面時の屋上でのやりとりだってそうだった。

 

「そう言えばアイツって、随分とまどかには優しいよね」

「そんなことないよ」

「分かってるって。まどかはそんなに心配しなくてだいじょーぶ」

 

 ポンポンポン。自身より低い位置にあるまどかの頭を、子供をあやすかのようにさやかは優しく叩いた。

 

「アイツの真意は分かんないけど、とりあえず敵対するつもりはないからさ。私はこれまで通り接するよ」

 

 その言葉を聞いて、まどかはそっと胸を撫でおろした。さやかの直情的な気に加えて、ほむらの突き放すような言い方は、互いが敵対する可能性を孕んでいたからだ。どっちが悪いかと言えばほむらの方だが、さやかもさやかで頑固なので、一度仲が拗れてしまえば修復は容易ではない。

 

「私はこれからパトロール行くけど、まどかはどうする?」

「私も行きたいなぁ。マミさんは先にっているんだよね?」

「そうだよ。ルビーは?」

「ルビーなら士郎さんのところに行くって言ってたよ。そろそろ戻って来るって言っていたけど……テレパシーが届く範囲じゃないみたい。まだ家には戻っていないと思う」

 

 まどかとルビー間のテレパシーが届くのは、大体鹿目家から見滝原中学校くらいの距離である。つまりは現在地点からの発信に応答が無いという事は、まだ鹿目家には帰らずにどっかをほっつき歩いている事になる。

 

「長いね。いつもはこれくらいの時間帯にはこっちにいるのに。前に言っていた別の案件絡みって事?」

「そうみたい。でも、夕方には帰って来るって言ってたんだけどなぁ」

 

 今日は士郎さんところに行ってきますねー。遅くても夕方には帰ってきまーす。

 そう言ってまどかが家を出るのと同じタイミングでルビーは風見野へと飛んで行った。つい今朝の事である。

 

「まぁいいや。じゃあとりあえずマミさんの方へ行ってみよっか。風見野の方面にいるみたいだし、上手くいけばルビーと合流できるかも」

 

 普段のパトロールはマミとルビーも一緒の4人組で行っている。役割としてはマミが主砲、ルビーが索敵、さやかはサポート、まどかは見学、といった具合だ。魔女の魔力探知と言う面に目を向けると、ルビーはマミ以上の索敵能力を持っており、彼女の存在は魔女退治の時間短縮に大きく貢献しているのだ。

 

「とりあえずマミさんにテレパシーを――って、ヤバッ」

「さやかちゃん?」

「マミさん、先に魔女の結界に入るって。遭遇しちゃったみたい」

「ええ!? 急がないと!」

「とりあえず風見野行きのバスに乗ろう! そっちの方が早い!」

 

 都合良く来た風見野行きのバスに乗り込む。日常は守る、魔女を倒す。両方やらなくてはならないのが魔法少女の辛いところだ。

 魔女の存在に緊張感を持ちつつも、2人でいると自然とほぐれていく。駆け出しの新人魔法少女と、その親友。2人で1人。それで漸く一人前。だけどそれでも良いじゃないか。

 バスで談笑する2人に、不安や恐れの顔は見られなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はたして、この時。

 まどかが、そしてさやかが。

 ルビーやマミとの合流を最優先にしていれば。

 もしかしたら結果は違ったのかもしれない。

 

 

 

 だがそんなものは仮定の話。

 彼女たちに訪れた現実に変化はしない。

 それは予定調和のような結果。

 数多の平行世界と、同じ結果。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルビーがまどかたちの下に辿り着いた時には、全てが終わった後だった。

 抉られたアスファルト。

 強引に引かれた線。

 片膝をつくさやか。

 怯えた様子のまどか。

 そして――――

 

「帰れよ。遊び半分で首突っ込まれるのってさ、ホントムカつくんだわ」

 

 線の向こう側。

 槍を構えた杏子。

 彼女は冷たい眼でまどかたちを見ている。

 そしてその槍には、赤い液体が付着している。

 

「まどかさん! 遅くなりました、これはいったい……?」

 

 ルビーの思考を混乱が埋め尽くす。

 何故杏子はあんなにも冷たい眼をしているのか。

 何故さやかは息も絶え絶えに膝をついているのか。

 そして何故、何故まどかはこんなにも怯えているのか。

 

「ルビー……あの……これ……」

「ん? ああ……ちょうどいいところに来たね。そこのトーシロを連れ帰ってくんない?」

 

 まどかに状況の説明を願うが、それよりも先に杏子に言葉を被せられた。

 杏子が顎で指し示したのは……さやか。

 

「杏子さん……これはいったい、何が起きたのでしょうか?」

 

 場の支配権を握っているのは杏子。素早く推察すると、ルビーは杏子に状況の解釈を求めた。

 

「さやかさんが負傷しているのは、魔女が現れたからでしょうか? それとも別の――――」

「アタシがやった」

「――――ッ!」

「アタシが、やった」

 

 幼子に言い聞かせる様に。不自然なほどの冷静さで。

 そう杏子は言った。自分の所業だと認めた。

 

「こっから先は風見野。アタシのテリトリー。そこのバカはそれが分からず侵入してきたから、少し黙ってもらっているってワケ」

「杏子さん……」

「言った通りさ、ルーキー。アンタが魔法少女である以上、こっちには入って来るなって事」

 

 訳が分からない。そう、ルビーは思った。数日前まで仲良く遊んでいたのに、何故こうなっているのか。

 

「キュゥべぇかマミによく教わっておきな。じゃ、そう言う事だから」

「ま、待ってよ杏子ちゃん!」

「ああ?」

 

 最後に会った時とは別人のような、冷たい感情の見えない眼。

 呼び止めたまどかが尻込みしてしまうほどに、それは有無を言わさぬ暴力を孕んでいる。

 

「な、何でこんなことするの? 協力……しようよ」

「そんなのはさ、アンタらだけでやってればいいんだよ。アタシは結構」

「で、でも」

「しつこいね、アンタも。……そこのトーシロと同じように、痛い目見なきゃわかんないかなぁ?」

 

 穂先がまどかに向けられる。赤い液体が付着した刃が光っている。

 ただのそれだけで。まどかは呼吸を忘れるくらいの恐ろしさを覚えた。……無理もない。彼女はまだ中学生。幾ら非日常に触れようとも、暴力的な恐怖はそう易々とは受け入れられない。

 

「……黙って聞いていれば……ウザいね、アンタって」

「……もう回復したのか。結構深めにイッたつもりだったけど?」

「アンタの腕が悪かったんでしょ」

「待って下さい!」

 

 一触即発。慌ててさやかと杏子の間に入り込み、両者を落ち着かせようとルビーは声を張り上げた。

 

「何が起きたのか分かりませんが、一旦戻りましょう! 杏子さんには後日説明を――――」

「いらない、そんなの」

「さやかさん!?」

「そういうこった」

「杏子さん!?」

 

 ああ、ダメだ。ルビーはそう思った。ルビーが見たいのは可愛らしい少女がキャッキャッウフフするパラダイスであって、こんな殴ッ血killな絵面ではない。間違っても敵意と殺意が織り交ぜになってぶつかり合う世界ではない。そんなのは某週刊少年誌の役割だ。

 世界はもっと甘くてかわいくて優しい世界であるべきなのだ。砂糖とクリームとなんかふわふわしたもので構成されるべきなのだ。血みどろの刃も、重火器も、少女同士の争いも、キュゥべぇも、この世界には必要ないのだ。

 

「ええい、ほむらさん! 説明を願います! いるのは分かっているんですよぅ!」

「え、ほむらちゃんいるの?」

「いますいます! 魔力で感知できます! そこの裏路地に隠れていることは分かっています!」

「……」

「出て来て下さい! 出てこないとまどかさんと契約して――――」

「何かしら」

「うひゃい!?」

 

 多分、ルビーの人生で一番驚いた瞬間かもしれない。

 感知していた筈の魔力が一瞬消えた、と思ったら再感知よりも先に声を掛けられる。冷たい感情を含まない声で、だ。

 ついでに、六芒星の隙間に細く冷たいものを通される。

 

「貴女の思惑は分かっているわ。適当に騒ぎ立てて場を有耶無耶にしよう、ってところでしょう」

「そ、そんな事は……」

「別にどっちでもいいの。……この際だからハッキリ言っておくわ」

 

 

 

「私は冷静な人の味方で、無駄な争いをする馬鹿の敵」

 

 

 

「貴女はどっちなの? マジカルルビー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜から隔絶するように、紫色の少女はその身を翻した。並び立つまどかとさやかを視界から外し、一瞬だけルビーを捉えて、すぐに流した。

 そしてその背後で、赤色の少女がつまらなそうに鼻を鳴らした。同じものを見ることなく、視線を外したまま紫色の少女の肩に手を置いた。

 

 魔法が発動するのはすぐだった。

 

 ルビーは目だけでちらりと周囲を確認する。2人はいない。

 今度は魔力で周囲を確認する。2人はいない。

 遠くに感じる魔力で、一先ずの危険は去ったと胸を撫でおろす。背筋を覆う悪寒が緩和されるのを感じながら、ルビーは夜空に向かって真っ直ぐに見上げた。

 何も見えない。人工の灯りに遮られ、何も見えない。

 まどかはルビーの様子から2人が離れた事を察すると、そのまま腰を落とした。正しくは、腰が抜けた。震えた両足に力が入らず、立つことが出来なかった。

 さやかは抜いたサーベルを杖代わりにして、体重を預けた。口からは重々しい息が零れる。彼女もまた限界が近かった。それでも崩れることを拒否したのは、新米魔法少女としての意地の様なものだった。

 

「……一先ず、良かったです」

 

 口にしてからルビーは思った。何が良かったです、だ。己の不用意な発言を腹の中で罵り、しかし表面上は変えずに言葉を紡いだ。

 

「マミさんと合流しましょう。動けますか?」

「ちょっと、キツイ、かな」

「ごめん、ルビー……足が言う事を聞いてくれない」

「では、位置情報を発信しますので、そのままにしてください」

 

 魔力を自身を中心に波紋のように大気中に広げる。その大部分はすぐにマナとして還元されてしまうが、近くにいるであろうマミに気づかせるのに訳は無い。

 何故さやかは怪我をしているのか。

 何故杏子は敵対したのか。

 何故ほむらは杏子と消えたのか。

 ほむらも敵対してしまうのか。

 疑問は数あれど、その全てを飲み込んで、努めて明るくルビーは言葉を発した。

 

 

 

「マミさんの魔力が引っかかりました。多分、すぐです。もう少しだけ我慢してください」

 




おまけ

※さやかVS杏子……のすぐ近くの魔女の結界内にて


「……何で美樹さんも鹿目さんもルビーさんも来ないのかしら? 近くにいるはず、よねぇ?」
「■■■■■■」
「あ、ごめんなさいね。もう少しこのまま拘束させてもらうわ。えーと、10分くらい?」


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まどマギ×Fate 19

皆様、あけましておめでとうございます。
最終更新から半年ぶりの更新……そして初投稿から3年以上経過しました。
今年中に……完結させたいなぁ。


 嗅ぎ慣れた街の空気。

 歩き慣れた通学路。

 見慣れた学校。 

 いつもの教室。

 いつもの喧騒。

 

 

 

 一つ違う事があるとすれば。

 

 

 

 そこに、貴女がいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■ まどマギ×Fate ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 美樹さやかは体調不良で今日は休み。明日は普通に登校できるという。

 暁美ほむらも体調不良により休み。但し彼女は持病が悪化したらしく、治療に専念するという事で、暫くは登校できない。面会謝絶だとか、なんとか。

 2人分の席の空いた教室。

 それ以外は何時もの通り。

 クラスの喧騒も。

 先生の与太話も。

 刻む時間も。

 その殆どが。

 いつも通り。

 

 

 

 

 

「それでですね、凛さんった酷いんですよ。せっかく彼氏の前で素直にさせただけだって言うのに――――」

「うん」

「あとこんなこともありましたね。凛さんは――――」

「うん」

「それと――――」

「うん」

「――――」

「うん」

「――――」

「うん」

「――――」

「うん」

 

 

 

 

 ――――ゴツンッ!

 

 

 

「痛っ!」

「いたっ、じゃないですよ! もぉ……」

 

 痛みで我に返る。思いっきり叩かれた頭。ジンジンと訴える痛みが考え事をしていたまどかを無理矢理に現実に引き戻した。

 若干涙目になりながら、痛みを与えた原因に焦点を合わせる。そこには呆れ顔のルビー。ステッキの癖に表情? なんて疑問は今更だ。

 それから周囲を見渡す。今のやり取りを第三者に見られていないか、という確認だ。

 だがまどかの目に映ったのは、教室ではなく屋上。誰も居ない屋上。

 

「言っておきますけど、今お昼休みですからね」

 

 まどかの疑問を察したルビーの一言。言われてみれば、今のまどかは膝の上に弁当を広げていた。備え付けの時計は12:20分を示している。尚、お弁当の中身は全くと言っても良いほど減っていない。

 どうやら自分は考え事をしたまま授業を受け、お昼休みに入り、いつものように弁当を持って屋上に上がり、食事を始めようとしたらしい。……1人で。状況からまどかはそう推測した。全く以ってその推測通りだった。

 

「その様子ですと、ここまでぜ~んぶ無意識って感じですかね」

「えへへ……」

「可愛く笑ったって騙されませーん」

 

 まどかは知らぬことだが。朝起きて、食事して、学校に着いて、授業を受けて。此処に至るまでの彼女は、自動操作で動くロボットの様なものだった。母親や友人はそんなまどかの様子に気付いていたようだが、それすら意に介していない。ルビーとしては心配なことこの上ない。

 だが逆の意味で捉えれば。無意識で行動できる程度には、まどかがまだ日常に意識を置いている証明でもある。

 

「ほら、食べる時に食べないと! お父様が丹精込めて作ってくれたのでしょう?」

「あ、うん……そうだね!」

 

 ルビーの言葉に応じる様に、まどかは卵焼きを口へと運んだ。だけど咀嚼に時間が掛かり、中々飲み込めない。

 お茶の力を借りて何とか胃に落とすと、まどかは箸を置いた。父親には申し訳ないが、とてもでは無いがこれ以上は食べられる気がしなかった。

 その様子を見て、ルビーはそっと溜息を飲み込んだ。そして強引に会話を変える。

 

「さやかさんが休みなのは仕方ないにしても、ほむらさんも休みなのは困ったものですねぇ」

 

 そう言えば朝に、先生がそんな事を言っていた記憶がある。さやかは体調不良、ほむらも体調不良。辛うじて残っている記憶を引っ張り出し、思いっきりまどかは溜息を吐いた。

 

「まどかさーん、幸せ逃げますよ」

「うん、そうだね……」

「あちゃー、重傷ですねこりゃ」

 

 ルビーはルビーで困っていた。それは絶賛欠席中のほむら……だけでなく、目の前で溜息を吐くマイマスターについてもだった。

 非日常に巻き込まれた時も、魔女の結界に捕らわれた時も、魔女に襲われた時も、杏子が怒り狂った時も、さやかが魔法少女になった時も。なんだかんだ言って冷静で我を保っていたまどかの、突然の消沈。その原因を推察するのは実に簡単だ。

 さやか。そして、ほむら。

 或いは彼女と仲のいい友人たちと言い換えてもいい。

 

「ほら、シャンとしてください! マミさんが来ますよ!」

 

 ルビーの言葉に、一瞬まどかは疑問を抱き、すぐに氷解させた。

 今日は土曜日。半日で授業は終わり。

 にも関わらず何故自分はお弁当を持って屋上にいるのか。

 それはマミに、今後のほむらたちとの接し方について相談をするため。

 そのために、わざわざ土曜日の放課後も残っているのだ。

 やばいやばい。無様な己を叱咤す様に、まどかは自身の頬を叩いた。相談する側が腑抜けてどうするのかという話だ。

 

「その意気ですよ。女の子は度胸と愛嬌です」

 

 ルビーの戯けた言葉に曖昧な相槌を打って、まどかは気持ちを新たにした。

 そうとも。

 皆の仲を修復する。

 その為には、こんなところで意気消沈をしている場合ではないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……ダメかぁ」

 

 昼下がり。午後14:30の鹿目家。

 まどかは自室のベッドに倒れ込むと、落胆の溜息を零した。

 

「こればっかりは……仕方ないですねぇ……」

 

 続いてルビーも相槌を打ちながら、まどかの傍に降り立った。

 ……結論から言ってしまえば。マミへの相談は、解決に足るような結論に至らなかったのだ。

 勿論、マミに全ての解決の期待をするのは、幾ら何でも重荷が過ぎる。それはまどかとて重々承知している。

 それでも期待はしてしまっていたのだ。

 

「……どうしよ」

 

 天井を見上げて、またも溜息。年頃の少女に似つかわしくない重さが、事の深刻さを物語っていた。

 一方でルビーも同じ気持ちだ。マイマスターには溜息なんて吐いてほしくない。しかして状況は悪くなる一方。キュウべぇだけでも溢れるほどの問題があるのに、その上ほむらと杏子の敵対は予想外にも程がある。

 何が原因なのか。本当にさやかが魔法少女となった事だけなのか。

 ただのそれだけで、敵対してしまうほどに深刻な問題なのだろうか。

 それがルビーには分からない。

 

「うーん、魔術師の方がまだ分かりやすい」

 

 魔術師の最終目的なんてのは大半が決まっている。だから手段も行動もある程度の予測が付けられる。無論、時には衛宮士郎の様にトンデモナイのがいるが、そんなのは突然変異的なアレなのでノーカウント。

 一方で魔法少女は違う。彼女たちは騙されて魔法少女になっている。彼女たちの目的は魔女と戦う事だが、活発的に活動しないものだっているだろう。ロクな教育がされていない分、思考や判断は個人の色が強く出て、行動が読みづらい。……それはベテランになればなるほど強くなっていくだろう。

 一般への犠牲が出ない様行動しようとするマミ。

 利己的に、必要な分の行動しかしない杏子。

 そして。魔法少女が増える事を忌避するほむら。

 この近辺に住む魔法少女たちは、皆それぞれの特色が強く出ている。

 

「……そう言えば、何で士郎さんは無事なんでしょうか?」

 

 杏子は風見野をテリトリーとして、魔法少女になったばかりのさやかですら侵入を拒んだ。

 では何故、士郎は平気なのか。単純な実力で言えばさやかよりも数段は上。加えて魔女を労せず制する程度には戦闘慣れしている。

 魔法少女では無いから? グリーフシードを必要としないから?

 ……或いは、その実力で無理矢理杏子を下したのか。下して、調教して、逆らえないようにした? あんなことやこんなことをした? 規制に引っかかるようなR18的なアレを?

 

「……それは違うと思うなぁ」

「んへ? あ、え、聞こえていました?」

「聞こえているよ。もう……」

 

 失敬失敬。イカンイカン。テヘペロでござる。

 まどかに指摘されて自分の失態にルビーは気が付いた。口に出してしまうとは随分な失態である。ちなみにルビーは意図的に本音を伏せようとすると、その部分が駄々洩れになってしまうクソじじぃによるクソッたれな機能がある。判定はかなりシビア(ルビー目線)なので、話す時にはわりかし注意が必要なのだ。前述の士郎への被害はまだしも、魔法少女の本質がバレてしまった日には、かなり状況がマズくなってしまう。

 

「……そう言えば、士郎さんがいたか」

「? どうしたの?」

「士郎さんって、風見野市に居るんですよ。杏子さんと行動しているみたいですし、彼経由で今回の件について何か分からないかなって」

 

 下手にルビーやまどかが動くよりも、杏子については士郎の方が上手く聞き出せるだろう。そこは適材適所である。使えるものは何でも使っていかなければ。

 まどかはスマホを取り出すと、某連絡用アプリを起動して無料電話を掛ける。流石に鹿目家から士郎のいるウィークリーマンションまでは、ルビーもテレパシーを飛ばすことは出来ない。

 ……だが幾らコールしても、士郎は通話に出てこない。

 

「……何か、あったのかなぁ」

「忙しいだけじゃないですか? 魔女退治中とか?」

 

 ルビーの言葉を、まどかは首を振って否定した。魔女の結界の中にいると電波は届かない。それは彼女自身が身を以って経験している事だ。

 ルビー自身も内心では不安が過っていた。何せ状況が状況だ。真面目な話、戦闘慣れしている彼ならば、ある程度の相手には初見であれど後れを取る事は無い。それこそ魔女であれど、魔法少女であれど。故に、電話に出れない状況と言うのは何とは無しに不安に思ってしまう。

 まどかは電話を切ると、メッセージだけを送った。相談したいことがあるので、また後でかけます。そうして懐にしまうと、外出用の身支度を始める。

 

「どこに行くんですか?」

「士郎さんのところに行こうかな、って」

「え、でも、それは……」

「杏子ちゃん、魔法少女は入って来るな、って言っていたんだよね。でも、私魔法少女じゃないし」

 

 それは言葉遊びと同じだ。そうルビーは言おうとしたが、寸でのところで堪える。まどかの理論は置いておいても、行動する事には一理あるからだ。

 ……最悪争いごとになっても、まどかとはコッソリ契約済みである。無理矢理にでも魔法少女化すれば、Aランクの魔術障壁、物理保護、治癒促進、身体能力強化によって、幾らほむらや杏子が相手と言えど、まどかがダメージを負うことはまずない。まどかから離れぬ様に行動をすれば、彼女の身はまず安泰だ。

 ヘッド部分だけの姿になると、隙間にチェーンを通しネックレスと化して、上着を羽織ったまどかの首に自らかかる。

 

「士郎さんの場所知らないでしょう。……危険そうだったら、すぐ引き返しますからね」

「うんっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結論から言えば。士郎の住んでいるウィークリーマンションまでは、何の問題も無く到着することが出来た。道中でほむらに会うことも、杏子に会うことも、或いは魔女の結界に巻き込まれることも無く、つつがなく。

 だが呼び鈴を押しても士郎は出てこない。ノックをしても出てこない。魔力の反応も無い当たり、本当に留守なのだろう。

 だからと言って踵を返しては、何にもならない。

 

「ちょーっと待っててくださいね。内側から開けますんで」

 

 ルビーは郵便受けの中に身を滑り込ませて、室内に不法侵入する。そして鍵を開けて、まどかを室内に招き入れた。

 

「中で待ちましょう。その方が確実です」

「い、いいのかなぁ……」

「良いです。私が許します。ま、日が暮れるまで待ちましょう」

 

 どうせお人好しの士郎の事だ。不法侵入をしたところで、事情をちゃんと説明すれば、責められることは万が一にもあるまい。

 まだ迷っているまどかを無理矢理に招き入れると、ルビーは先導する形でリビングへと向かった。

 

「ちょっと他の部屋漁って来るので、此処で待っていてください」

「それはダメだって」

「いえいえ。ちょっと古い知り合いに連絡を取るだけです」

「あ、待って!」

 

 慌ててまどかはルビーを追った。勝手知ったる我が家の様に振る舞うルビーではあるが、まどかからすればそうはいかない。ただでさえ不法侵入中なのに、留守の間に迷惑をかけるような事まではするわけにはいかないのだ。

 

「……此処が士郎さんの部屋?」

「そうですね」

 

 ルビーの後をって入った部屋は、まどかの知る部屋とは大きく違っていた。

 何も無い。

 いや、それは語弊がある。備え付けの家具。きちんと畳まれた布団。無造作に置かれたバッグ。そして机の上に転がるグリーフシード……

 物はある。ただ何と言うか、生活臭がしないのだ。

 

「うーん、流石に無いか……」

 

 バッグに身を突っ込んでいたルビーは、残念そうに落胆しながら顔を出した。お目当ての物は見つからなかったらしい。

 

「何を探しているの?」

「スマホとか、そう言った通信機器ですね。もしくは宝石がついた代物とか」

「ほ、宝石!?」

「はい。きっとそれが通信代わりになると思うので」

「え、ど、どういうこと?」

 

 宝石が通信代わりに? まどかの脳内は疑問でいっぱいだ。

 

「魔術師って、科学技術に疎いのが大半なんですよ。士郎さんみたいなのは稀有中の稀有で、科学に頼らないのが殆どなんです」

「……どういうこと?」

「例えばですけど……火をつけるのに、まどかさんだったらどんな手を使います?」

「えーと……コンロを捻るとか、かなぁ」

「ですよね。でも魔術師は魔力を通しやすく発火しやすい材質を用いて、発火の魔術を使って、そうやって漸く火を付けようとするんです。コンロを捻ったり、ライターを使えばすぐだって言うのに、わざわざそんな手間をかけるんです」

「科学技術に頼らないために?」

「そういうことです」

 

 知りもしない世界の話だ。まるでジャングルの奥地に住まう原住民である。まどかは全裸で踊っている部族の姿を想像した。

 

「そんなわけで、士郎さんなら宝石を媒介にして連絡を取ったりしないかなぁ、って思ってそれっぽいものを探しているんですけどねぇ」

「ルビーが連絡を取ろうとしている人って、そんなに科学技術がダメなの?」

「もうダメダメ中のダメダメですよ。番組の録画も出来ないくらいですから。まぁ、しようとするだけマシな部類とも言えますが……」

 

 それはヤバい。思わずまどかは苦笑いを零した。いったいその人は、見たい番組とかどうしているのだろうか。

 

「うーん……此処には無いですね」

「持ち歩いているのかな?」

「可能性は高いですね。加工しているとはいえ宝石ですから、高価なものですし」

 

 それにしても宝石を通信代わりとは贅沢な話である。魔術師とは金持ちの集まりなのだろうか。まどかの頭の中では、湯水のように消費される宝石の山が展開されている。

 

「ねぇ、ルビー」

「何でしょうか?」

「魔術師って、なんなの?」

 

 当たり前のように言葉がポンポンと交わされるが、まどかは魔術師の事を知らない。魔法少女とは違うのだろうか。魔法使いとは言わないのだろうか。

 

「うーん……そうですね……」

「?」

「一言で言えば……ろくでなし、ですね」

 

 まさかの斜め上の返答だ。まどかとしては開いた口が塞がらない。

 

「いい機会だから教えますけど、一般的な魔術師って言うのは自分以外はどうでもいいと思うような屑の連中です。士郎さんみたいなのは例外中の例外で、本当なら関りあいになるべきじゃありません」

「そ、そんなに?」

「ええ。私の製作者なんかも酷いですよ。弟子志願者の悉くを廃人にして捨てていますから」

「廃、人?」

 

 ふざけているのだろうか。最初まどかはそう思った。だがルビーの口調は珍しくおちゃらけておらず、どこか無機質さを感じる響きを併せ持っていた。

 

「ま、クソじじぃの事は置いておいて……私の知っている魔術師は比較的まともな方が多いですが、それでもやっぱり普通じゃないですね。まどかさんたちの常識は基本的に通用しない相手ばかりです」

「ええ……」

「目的のために他の全てを平気で犠牲に出来る人達が一般の魔術師ですから。人の姿をした魔女とでも思っていて下さい」

「うわぁ……」

 

 散々な酷評である。まどかとしては反応に困る言葉の羅列だ。

 だが実際には、これでもルビーはまどかが理解しやすい様にと、かなり事実を捻じ曲げて伝えている。本当の意味での魔術師について説明をしていたら――――こんなものではすまない。

 とは言え、どこかしらで詳細な説明は必要だろう。……彼女たちの身を護るためにも。特にまどかと、ほむらについては。

 

「……ま、これからの活動には不必要な知識ですよ。なんたってまどかさんは、私と魔法少女のコンビを組むんですから!」

「て、てぃひひ……」

 

 苦笑いを零す。何だか変な空気になってしまったのを、取り払おうとしてくれるのだ。ここは素直に乗っておくべきだろう。

 まどかは空気の読める良い子なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつも一緒にいる2人ではあるが、意外と会話の話題は付き合ない。

 好きな芸能人。

 ちょっとしたゴシップ。

 この春のトレンド。

 着てみたい服装。

 コーディネート。

 ルビーの理想の魔法少女像。

 可愛らしく華やかに。

 基調は桃色。

 ポップ&キュート。

 こんなのどうかな?

 ドストライクです。 

 ガチャリ。バタン。ドサッ。

 噛み合っている様な噛み合っていない様なそんな会話をしていると、玄関の方で物音がした。

 

「ん、あれ? 帰ってきましたかね?」

「え? ……ええ、ちょっとヤバいよ!」

 

 ルビーの一言でまどかは現実に戻って来る。幾ら顔見知りと言えど、今の自分たちは不法侵入中。ルビーは良いと言っていたが、それはルビー自身の勝手な理論である。

 怒られるかなぁ。不安から頭の中で言い訳を幾つか上げるが、すぐに消した。言葉を弄するよりも、まずは誠心誠意謝ろう。それが一番だ。

 ルビーはルビーでいつものように先に行ってしまったので、追随するように席を立ち、

 

 

 

「し、士郎さん!?」

 

 

 

 困惑しているルビーの声。しっかりしてください、大丈夫ですか!? 明らかに不穏な言葉が聞こえる。

 キュッ、と。何故か心臓を締め付けられるような。そんな感覚をまどかは覚えた。息が上手くできない。――――扉の先を見るのが恐ろしい。本能で、そう感じてしまう。

 お願い。だが何に対して、或いは誰に対してそう願っているのか。それすらも分からない。

 ただただ。嫌な予感を心の内に収め、恐る恐る扉の先へ移動し――――

 

 

 

「っ! 士郎さんっ!?」

 

 

 

 見たるは。

 青褪めた顔で倒れ込む、待ち人の姿。

 

 

 




おまけ


「ねぇ、ルビー。宝石をどうやって通信機器として使うの?」
「術式を組み込んだ宝石を万年筆とかにつけるんですよ。同じものを2つ用意して、それぞれ送信用と受信用に分ける。そうすると、送信用のペンで書いた内容が、遠く離れた受信用のペンでも同じように書いてくれるんです。こんな感じですかね」
「ゴメンね、ルビー。ちょっと何言っているか分からないかな」



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まどマギ×Fate 20

まどかがかなり行動的なのは、大体ルビーのせいです。
ルビーが甘やかすからいけない。

※20/5/5 誤字脱字修正



 衛宮士郎は倒れ伏したまま荒い呼吸を繰り返していた。青褪めた顔色が示す通り酷く憔悴しており、ルビーの声にも彼は反応しない。傍から見ていても、何かしらの異常があるのは明らかだ。

 暫し呆然としてしまっていたまどかだが、我に返ると、すぐに士郎に手を貸そうと彼に駆け寄った。しかし悲しいかな。女子中学生の中でもとりわけ非力な彼女では、大の大人である士郎を動かす事は叶わない。

 

「し、しっかりしてください!」

 

 声を掛けながら、まどかは士郎の腹部へと腕を伸ばした。少しでも重心を自身の側へ寄せて、運びやすくするためだ。すると伸ばした手が冷たく、そして水性を感じるものに触れた。

 濡れた?

 嫌な予感を覚え、恐る恐る手を引く。薄暗い中でも分かるほどに、まどかの手は赤いものに染まっていた。

 

「――――ひっ」

 

 血だ。べっとりと自身の手に付いたそれを見て、まどかの腰が引ける。

 まどかとて怪我をしたことくらいある。転んで擦りむいたり、料理中に指を切ったり、ぶつかって鼻血を出したり。或いは自分でなくとも、親が、友人が、或いは見知らぬ人が血を流したところを見てもいる。つい先日には、さやかが杏子との戦闘の果てに腹部から血を流していた。

 だがそれでも。

 自身の掌が人の血で真っ赤に染まるのは初めての経験で。

 

 ――――死んでしまう?

 

 脳裏に過る明確な予感。永遠の消失。初めての知人との別れ。

 恐れに身体が震える。早まる動機。混乱に頭が回らない。一つの事実だけしか認識できず、ルビーの声も、自身の呼吸音も、全てを遠くに感じ――――

 

 

 

「……ふぅ。大丈夫だ……問題ない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■ まどマギ×Fate ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まどかはぺたりと尻もちをついた。目前の光景に理解が追い付かない。むくりと身体を起こした士郎を呆然と眺めている。

 士郎の言葉は平静で冷静だ。怪我人の発言とは思えないほどに落ち着き払っている。だが一旦は立ち上がるも、すぐにバランスを崩した。ドサッ、と。倒れ伏していた状態から、壁に背を預ける体勢に変わった。

 

「~~~~~~っ、何が大丈夫ですか! この馬鹿ちんっ!」

「……いや、平気だ。ちょっとしくった」

「どこがちょっとですか! 強がるにも程がありますでしょう!」

 

 ルビーの言う通りだ。真っ赤に染まったシャツ。青褪めた顔。心許ない足取り。幾ら何でもちょっとで済ませられる状態じゃない。どこかマヒした頭で、まどかはそう思った。

 

「いや、本当だ。治療用の魔術をもう少し上手く扱えたら、ここまで酷くなっていない」

「あのですねぇ……もう少しマシな嘘ついてくれませんか?」

「嘘じゃない。ただ、深手を負うことは予想外だった」

「見りゃ分かりますって……ほんと、変なところで冷静ですね」

「焦っても好転はしないからな」

「いや、今の皮肉だったんですけど」

「そうか」

「……ええい! この人たらし! へっぽこ! 衛宮士郎!」

「何で俺の名前が悪口なんだよ……」

 

 ほとほと困ったような声を出しながら、士郎は移動を開始する。壁に身を預け、一歩一歩、ゆっくりと。そこで漸くまどかの思考が現実に追いつく。慌てて立ち上がると、士郎を支える様に、まどかは彼の胸元に手を添えた。

 

「あ、つ、掴まってください!」

「ああ、いや、気持ちだけで充分だ。ありがとう」

「そうですよ、まどかさん。そこの強情張りは放って置いても平気ですよ」

「ルビー!」

 

 叱責するかのようにまどかは声を荒げた。確かに士郎は人よりも頑強であろうが、それでも怪我をしている状態を茶化すことは。まどかには出来ない。許す事も出来ない。例えそこに、まどかには知らぬ、ルビーと士郎にしか分かりえないものがあったとしても、だ。

 流石にルビーも悪いと思ったのだろう。ごめんなさい。珍しくも素直に謝ると、空いている士郎の手に触れる。すると一瞬の光と共に、士郎の血に濡れたシャツが、新品同様のシャツに様変わりした。

 

「ほんっっっっっっっとうなら今の士郎さんの手助けなんてしたくないですが、まどかさんを血で汚すわけにもいきません。服は一時的に変えさせてもらいました」

「……悪い」

「はいはい。ちなみに服装は30秒で自動解除なので、それまでにリビングまでどうぞ」

 

 服だけ替えると、ルビーはヘッド部分だけになってまどかの元へと移動した。彼女なりの手助けなのだろう。士郎へ、そしてまどか自身へも、という意味で。尤もまどかは、自分自身の服が汚れることは一切考慮していなかったが。

 士郎を支えつつ、リビングに戻る。そして座らせると、ちょうど30秒が経ったらしく、血まみれのシャツに様相が変わる。

 改めて見ても酷い血の量だ。失血死していてもおかしくない。早く応急処置をして、救急車を呼ばなければならない。

 覚悟を決めてまどかは口を開いた。

 

「士郎さん、服を脱いでください」

「その心配は無いですよ」

 

 まどかの覚悟は簡単に覆される。下手人はよりにもよって味方であるはずのルビーだ。

 

「多分宝石を魔力変換して、治癒用の魔術を行使している筈です。ね?」

「ああ。傷は塞いである」

「へ、え?」

 

 宝石を魔力変換? 治癒用の魔術?

 まどかにとっては意味の分からない言葉の羅列である。

 

「ま、仮にも宝石の名の末席の末席の末席にくらいはいるんですから、ヘッポコでもこれくらいはしてもらわないと」

「宝石で治癒ってどういうこと?」

「あ、まどかさんは分からないですよね。えーと……宝石と魔力って親和性が高いんですよ。結構この界隈ではメジャーで、基本技能として習得している人も多いんです」

「……まぁ、速攻で傷が塞がる栄養剤だとでも思ってくれ」

「元も子もない言い方は止めてくれません?」

 

 ルビーには悪いが、士郎の言い方の方がまどかとしては分かりやすい。それでも原理は不明であるが。

 

「え、じゃあ、救急車とかも……」

「呼ぶ必要は無い。大丈夫だ」

 

 士郎はそう言うと、大きく息を吐き出した。一息をつけた、という事か。そう言えば新品のシャツに変わった時に、血が滲み出てはいなかった。まどかは自分でも驚くほどに冷静に状況を推察をすると、安堵の息を吐き出した。

 

「はいはい、やせ我慢やせ我慢」

「ルビーったら、もう……」

「心配をかけてすまない。けど、今は大丈夫だ」

 

 ルビーの言う通りやせ我慢が入っているのは間違いないが、本当に重傷ならそもそも我慢は出来ない。大丈夫だと言っているのは、決してウソでは無いのだろう。基準は別に置いておいて、だが。

 ぶつぶつと文句を零し続けるルビーとは反対に、まどかは士郎の状況をそう判断した。

 

「何でこんな怪我を負ったんですか?」

 

 とすれば次に抱く疑問は、大怪我を負った理由。まどかは士郎の人外染みた体力を知っている。頼りになる大人である彼が怪我を負うことは、それだけの難敵が現れたという事に他ならない。

 士郎は少し考え込む様に目を伏せると、言いづらそうに口を開いた。

 

「しくった」

「馬鹿ですか」

 

 間髪入れずに放たれるルビーのツッコミ。む、と。不服そうに士郎は眉根を寄せるが、まどかの心情はルビーと同じだ。

 

「しくったのは分かりますよ。私たちが知りたいのは、何でしくったのか、です」

「油断した」

「人の話聞いてます?」

 

 すまんすまん。両手を上げて士郎は降参のポーズを示す。が、顔は一切笑っていない辺り、今の回答で押し通せるようなら押し通すつもりだったのだろう。ズルい大人だ。

 

「厄介な魔女に遭遇した。倒したと思ったら死んだふりをされて、このザマだ」

「死んだふり、ですか」

「ああ。おかげで、貴重な宝石を一つ消費する羽目になった」

 

 ふぅ、と。一息つくように士郎は息を吐き出した。そこには隠しきれない疲労が籠っている。余裕を見せるような態度をとっているが、強がりでしか無いのは瞭然だ。きっと言葉以上の激戦があったのだろう。

 まどかはルビーに目配せをした。アイコンタクト。あまり長居はしないでおこう。ルビーも了承の意を示す様に頷いた。

 

「ところで杏子さんはどこにいます?」

 

 違うよ、ルビー。違う違う。しかしまどかの懇願はルビーに届かない。士郎に見えぬ様に、羽で制止のハンドサインをまどかにを送るくらいに、全く空気が読めていない。

 

「知らないな。適当なところほっつき歩いていると思うが」

「いるとしたらどこら辺ですかね?」

「……適当な食べ物屋か、コンビニか、ゲーセンじゃないか?」

「ここは帰ってきます?」

「帰って来る事もある。何時も居るわけじゃないし、確約は出来ないぞ?」

 

 そして何故士郎は普通に会話をしているのか。本当なら今すぐにでも寝たいだろうに。まどかとしては申し訳なさで居たたまれない。

 

「……ルビー、そろそろ」

「ん、あ……そろそろ夕ご飯の時間ですね。ルビーちゃんうっかり。テヘペロでござる」

 

 違うって、ルビー。違う違う。本気なのかふざけているのかもわからない態度に、だんだんと頭が痛みを訴え始める。いくら温厚なまどかとは言え、限度と言うものはある。

 

「む……しまった、そんな時間か。どうする? 店屋物でも頼むか」

「士郎さーん? 今どきの女の子がそんな地味なのを頼むわけないじゃないですか。もっとカラフルでスイートでキュートなものにしてください」

「ルビー!?」

 

 これは収拾がつかない。直感的にまどかはそう判断すると、ルビーを掴んで自身のポケットに捻じ込んだ。あひぃ、という情けない声が聞こえた気もするが無視する。無視して、ルビーを抑えつけたまま、まどかは上着を取って席を立つ。

 

「士郎さん、ごめんなさい! パパが食事作って待っているので、大丈夫です!」

「あ、ああ」

「今日は急にごめんない! ありがとうございました!」

 

 きちんと一礼して、早足でまどかは家を出た。

 これ以上は士郎に負担を掛けたくなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 友人の大半は人外、或いは人外の枠に身を置いていれども、まどか自身はごく普通の中学2年生だ。

 士郎の住んでいるウィークリーマンションから、走って離れる事大凡5分。

 若い身なれども、流石に息が切れる。緩やかに速度を落としつつ、それでもどうにかバス停までは走り抜いた。

 走り抜いて、思わず一言。

 

「ルビー!」

 

 まどかは万感の想いを乗せて、相棒の名前を読んだ。そして呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン。人目が無い事を良い事に、堂々とルビーはまどかのポケットから出てくる。

 

「まどかさーん。タイミングは悪くなかったですけど、ちょっと強引すぎですよー」

「そう言う問題じゃないでしょ!」

 

 相も変らぬルビーの様相に、温厚なまどかと言えども流石に語尾に力が籠る。彼女は自分よりも、人の為に感情を露わに出来る少女だ。

 流石のルビーも悪いとは思ったのか。ごめんなさい。酷く真面目な語調で謝ると、すぅっとまどかの目前へと移動した。

 

 

 

「士郎さん、ウソついていますね」

 

 

 

 ルビーにしては珍しく、平坦な声。そこに感情は含まれていない。それ故に、その言葉には有無を言わさぬ響きが伴っていた。

 まどか自身、次に告げる言葉を飲み込んで、思わず疑問を口にした。

 

「どういうこと?」

「私、杏子さんには滅茶苦茶恨まれているんですよ。会っちゃいけないくらい」

 

 言われてまどかは思い出す。ルビーの名前を聞いて、苦々し気に顔を歪めていた杏子を。なんなら先日の魔女の結界内でブチ切れていた杏子を。

 

「私は会っても構わないんですけどね。士郎さんが泣きながら会わないでくれ! って懇願するので、なるべく会わない様にしているんです」

「そうなの?」

「そうです。なんならハンマーで襲われたりしています。……でも今日の士郎さんは、私が留まろうとすることを止めはしませんでした」

 

 店屋物でも頼むか。士郎はそう言っていた。それは裏を返せば、まどかやルビーが長時間あの場所にいても、問題ないと言う事でもある。

 不都合が無い。

 キュウべぇは勿論、杏子も戻ってこない。

 そう言う事だ。

 

「本人の余裕の無さもあるんでしょうけど、今までの態度を思えば不自然です」

「でも、そう言う事もあるんじゃないの? 杏子ちゃんは士郎さんのところに入り浸っているだけで、今日は家に戻っているとか……」

「その可能性もあります。ただ、士郎さんと杏子さんはほぼ一緒に住んでいるような状態でした。想定外で戻ってくる可能性有るのに、私を招き入れたままにしているなんて、そんな不合理な選択を士郎さんはしません」

 

 別に士郎が合理性の塊と言うわけでは無い。

 ただ単純に、士郎は眼に見える爆弾を放置するような人間ではない。

 殊更ルビーに限れば、彼は真っ先に排除のために動くだろう。

 それだけだ。

 

「これは推測ですが、多分、杏子さんはあの家に戻らないでしょう。……そして、その原因を士郎さんは知っています」

 

 推測とは言うが、ルビーはこの仮説に確信に近い思いを抱いていた。

 怪しすぎる。

 とは言え、士郎は簡単に口を割るほど考えなしの人間ではない。それならあの場で訊き出せる。

 彼が黙っているという事は、確実にルビーやまどかに影響が出るから。

 そうでなければ、黙っている意味がない。

 

「どうしますか、まどかさん。夜が遅くなるのは事実です。いったん家に帰りますか?」

「ううん、帰らない。……杏子ちゃん、探せる?」

「……探せますが、まさか」

「そのまさかだよ、ルビー」

 

 まどかは不退転の意思を目に宿して、ルビーを見た。

 

「杏子ちゃんに、会いに行こう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あちゃー。ルビーは頭を抱えたくなった。まさかまどかが、そんな事を言うと思わなかったのだ。

 いや、まぁ、まどかはそう言う子だ。一緒に行動してきたから分かる。ここぞと言うときは、絶対に引かないし、自分の身も顧みない。ある種士郎と同じだ。彼程行き過ぎているわけでは無いが、万が一の場合には自己犠牲も選択に選ぶだろう。衛宮士郎のマイルドバージョン。

 そもそも彼女にそんな決意をさせたのは、ルビーの責任だ。ここでわざわざ推理を披露しなければ、こうはならなかっただろう。少なくとも、さっきまではまどかは帰るつもりでいたのだから。

 ルビーの余計な発言が、まどかに不退転の決意をさせてしまった。こうなるとまどかは下がらないだろう。

 ……ここまでで、0.1秒。

 

「……お父様には、何と言い訳を?」

「友達の家で食べる事にした」

「お友達は?」

「マミさん。口裏は合わせてもらう」

 

 こうと決めるとまどかは早い子だ。なけなしの逃げ道は簡単につぶされる。と言うか会話をしつつ、まどかはスマホでマミに連絡を取っていた。ピコン。流石は現代っ子である。

 杏子を探す事自体は簡単だ。魔力は記憶している。その方へ向かえば良いだけだ。

 

「……杏子さんに会って、何を話します?」

「たくさんあるけど、まずは何でさやかちゃんにあんなことをしたのかなって事かな」

 

 言ってからまどかは思った。そう言えばそういう諸々についてを探りに士郎を訪問したのに、何も彼には聞いていない。

 勿論、状況が状況だ。これについては、聞けなかったまどかが悪いわけでは無いのだが。

 

「ううん、あんまりまどかさんには危険な目に遭ってほしくないんですけどね……」

「そうは言っていられないよ。私は私が出来ることをやらなきゃ」

 

 まどかの決意は固い。日常と非日常の境目が曖昧になり、友人が傷つけられて、周りが否応なしに変化していって。まどか自身も状況を知る一人として、どうにかして解決しないとと言う、焦りを覚えているのだろう。

 だが酷な事を言ってしまえば。別にまどかが頑張る必要性は無い。皆無と言っていい。

 まどかは確かに事情を知っている。巻き込まれもした。目の前で見ている。

 だがそれは、介入をしなければならない、と言う理由にはならない。

 寧ろこの先の危険性を思えば、まどかはにはこの件と言わず、魔法少女の世界から手を引いてもらう様にするのが一番だ。

 

「……じゃあ、行きますか」

 

 尤も。そんな第三者的な立ち位置で事を矯正出来るのなら、最初からしている。物分かりの良い言葉で納得できるのなら、この場には居ない。

 とどのつまり。ルビーも、まどかと同じ気持ちなのだ。

 

「杏子さんのところへ案内します。ただ、公共交通機関を使用しては時間が掛かり過ぎます」

「うん」

「てことで、変身しちゃいましょう」

「分かった」

 

 ノータイムでまどかは了承の意を示した。そしてルビーの柄を握る。ルビーとしてはもう少し恥じらい的なのがあってもいいかなぁとは思ったが、まぁ良しとしよう。これは本チャン前のプレ変身みたいなものである。平行世界がどれだけ干渉してくるかも分からないしね。

 とは言っても、マイマスターの初めての変身である事には変わりない。手を抜くことはあり得ない。気合を入れねば。

 そぉれっ。脳内での掛け声と共に、眩い桃色の光がまどかを包んだ。包んで、私服から魔法少女へと装いを変え始める。

 

『あばばばばばばばばばばばばばば!!?』

 

 途端にほむらと同じく、平行世界の力が過大に干渉してくる。いや、ほむら以上だ。ほむら以上に、ルビーの開いた穴をガンガンに攻めてくる。許容いっぱいいっぱい、溢れちゃう。色々と。だけどこのまま出されるがままだったら、多分トンデモナイことになる。

 せめても、暴走は免れねば。

 ルビーはなけなしの気合を総動員させると、必死に力を固定化させる。流量が一定ならば、制御は出来なくもない。そこら辺はやはり、流石はゼルレッチ作成の魔術礼装である。

 

『ぜぇ……ぜぇ……か、完了……』

 

 そうして出来上がったのは、ピンクを基としたフリルやリボンをあしらった可愛らしいデザイン。何時の日かにまどかのノートに書いてあった、まどか自身が思い描いていた、魔法少女の姿。

 幾らツッコミ役が不在且つ、人目が無かったとはいえ、住宅地での変身という大暴挙。この光で誰かが気付く可能性は大いにあり得る。イギリス辺りに住んでいる某魔術師がこの大暴挙を知ったら、泡を吹いて卒倒するかもしれない。

 だが今は、そんな可能性に躊躇っている場合じゃない。

 

「行くよ、ルビー」

「へ……へ? あ、ちょ、ちょっと待って下さい、決め台詞……」

「そんな暇は無いってば!」

 

 初の魔法少女化。これって結構なイベントの筈である。メタ的な発言になるが、主人公の公での正式な魔法少女化だ。寝ている間にこそこそ契約したのとは訳が違う。もっと何か、こう……色々とあっていい筈だ。色々と。

 あれぇ、おっかしいなぁ。

 ルビーは疑問を抱いた。魔法少女の変身って、こんな雑に扱われる程度の奴だっけ?

 だがそんな疑問も、次のまどかの言葉で吹き飛んだ。

 

 

 

「さやかちゃんが来ているの!」

 

 

 




おまけ


※まどか変身中のルビー

『あ、あああああああああああ!!!  ああっ!! あああっ!! ああああああああああああああ!!! ああああああああああああああああ壊れるぅぅううううううううううううううううううう!!! これ以上干渉しないでぇぇえええええええええええええ…………あれ? もう一人のまどかさん? 何で? ……絡み合っている!? しかもそのまま変身!? そして自分にキスして変身完了!? お、おほぉ!?』

 >イクヨ、ルビー

「へ……へ? あ、ちょ、ちょっと待って下さい、決め台詞……」

 >ソンナヒマナイッテバ!


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まどマギ×Fate 21

ルビーが幻視したなにかは、つい先日私が実際に見た夢の内容です。
精神的に疲れる事が頻発すると、変な夢見る事多いよね!

※21/11/7 誤字脱字修正


 夜の風見野を駆ける。

 桃色の魔法少女。

 

 

 

 

 美樹さやかが風見野市に来ている。

 それをまどかが分かったのは、魔法少女になった事で、さやかの魔力を感知することが出来た為だ。

 とは言え、魔法少女になったばかりのまどかに、魔力の分別などつくはずもない。

 実際のところ。まどかは魔法少女となった事で、この街にある幾つかの大きな魔力の波動を感知しただけだ。当然、その詳細など分かるはずも無い。

 

 だが

 だが、だが。

 

 その中の一つ。温かく、どこか知己を覚える魔力。

 直感的にまどかは悟った。それが、美樹さやかのものであると。

 

 そしてもう一つ。

 

 さやかの魔力の近くには、別個の魔力が2つあった。

 その魔力は、風見野にある他の魔力と比べても、とりわけ大きい。

 当然、さやかよりもだ。

 

 故にまどかは駆ける。

 己の友人の為に。

 

 

 

 

 

 そんな状況を思えば。

 まどかが無意識で魔力を消費する事で、ルビーがぶっ壊れそうなほどに多大な過負荷を受けている事など、些末な事であろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■ まどマギ×Fate ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まどかが目的の場所に着くと同時に、装いが変身前の私服へと変わる――いや、戻る。魔力切れによる変身解除。まどかは建造物を踏み台に、目的地まで最大速力で突っ走ってきただけだが、その為の身体能力の強化や重力緩和の為の魔力は、平行世界から流れてきたのを使用している。その流量の制御に限界が来れば、自動的にリンクも切れる。それだけの話だ。

 とは言え、まどかはそんな細かい原理など知りもしないし、気にしてもいない。

 真に賞賛されるべきはルビーである。初めての変身で、どれだけの平行世界からの干渉があるかも分からない状況。ほむらと言う前例はあるものの、流量の正確な予測は困難。少しでも目測が誤れば、途端に制御を失った魔力がまどかを蹂躙するであろう。そうなれば、如何に才能に溢れている彼女とて――いや、才能に溢れているからこそ、平行世界からの過干渉でまどかは別物に変化する可能性がある。

 故に。この変身は、ルビーのキャパギリギリいっぱいだった。それでも最低限の目的を達成するまで制御しきったルビーの所業は、神業と言うにふさわしい。……残念ながら、その技量の凄さを分かる者はこの場にいないのだが。

 

 

 

「ここにさやかちゃんが……」

 

 自分の変身が解除されている事にも気が付かず、まどかは目前の建物を見上げた。

 大きな建物だ。だがビルとか、工場とか、そういうものではない。夜目には全体像が分かり辛いが、形からして、教会だろうか。

 見たところ運営はされていない様で、灯りは見えない。夜であることもあいまり、かなり不気味な外観となっている。普段のまどかであれば、恐れが先に出て、近寄る事すらできないだろう。

 だが今は、友人に危機が迫っている。

 怖いなど。そんな事は言っていられない。

 

「さやかちゃん!」

 

 掛け声とともに、まどかは扉を開け――――ようとして、その重さに返り討ちに遭う。僅かも扉は動かない。逆によろめく。

 

「ふ、ぬぅぅうううううううう!!!」

 

 年頃の少女が出すには如何なものかと思う低すぎる声。腹筋に両足、両腕に目一杯力を込める。力の入れ過ぎで真っ赤になる顔。だが悲しいかな。それでも、扉は開かない。まどかが非力とか関係なく、恐らくは鍵がかかっているのだろう。

 ならば。力でダメならマジカルパワー。こういう時こそ魔法少女の力を発揮するべきだ。

 まどかはルビーに声を掛けた。

 

「ルビー、扉を開けたいの!」

「は、はい! 分かりました!」

 

 NOとは言えない。必死なマイマスターにNOとは言えない。

 ルビーは己を叱咤する。ほんの一瞬。本当に一瞬だけ。

 ちょっと扉を開ければ、それでおしまいだから。

 気合を入れる様に、深呼吸。ワンツー、ワンツー。

 ダイジョウブ、ルビー、マダコワレナイ。

 

「行きますよ、まどかさん」

「うん!」

「はぁぁぁぁぁぁ――――」

 

 パキッ。あ、これヤバいかも。ルビーは自身の内の奥の奥から聞こえた音に恐れを抱く。何というか……致命的な感じの音だった。大切な何かに損傷をきたしたような音だった。

 そしてルビーの脳裏を何かが過る。

 焼け付くナニカ。

 零れる大切なもの。

 削れる意識。

 魔術工房。

 満面のクソジジィの笑み。

 あ、ウソ。やべぇぞこれ。

 封印。

 ラブリーだったマイファーストマスター。

 使命感。

 Yes I am!

 唐変木。

 解放と放置。

 マイラブリーマスター。

 杏子さん。

 カレイドルビー

 平行世界。

 まじかるほむほむ。

 魔法少女の真実。

 キュウべぇめが。

 飛んで、

 跳ねて、

 走って、

 放って、

 さぁさぁ今宵も無礼講。

 そこ行くお嬢さん、shall we dance?

 チュッチュッ、AhhhhhLalalalalalalalalala!

 チュッチュッ、AhhhhhLalalalalalalalalala!

 世惑え、世迷え、世回れ、世回れ。

 神は天にいまし、全て世は事もなし。

 天下泰平。遥か遠き理想郷のその先へ。

 あ、そうそう。あのナマモノ絶対殺す。

 地獄の果てまで追って殺す。

 

 

 

 ――――カチッ

 

 

 

「……何をしているの?」

「んへぁ?」

 

 果たして走馬燈なのか混乱なのか願望なのか。訳の分からないモノを幻視して挙動不審になるルビー。彼女は意図せず空中を彷徨い、何故かその場で回転し始めていた。

 そんな彼女を救う様に、ふわりと布が被せられる。そして引き寄せられ、布越しに柔らかで掴まれ覚えのある五指に固定された。

 振り向けば動かぬまどか。

 そして前には、

 

「ほむらさん?」

 

 暁美ほむらが相変わらずの無表情――――に、少しの困惑を含んだ顔で、ルビーを見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暁美ほむらが何故此処にいるのか。

 そんなのはルビーは知らない。

 もしもまどかの変身制御をしていなかったら、道中で彼女の存在、或いは接近に気が付けたかもしれないが、それは今更言っても仕方が無い事だ。

 

「あぁ、いや、最近の、趣味なんですよ。怖がりなまどかさんとの、夜の廃墟のお散歩ツアー」

「馬鹿なの?」

 

 まどかが、ではなくルビーが。

 ルビーのファニー且つインタラスティングな、小粋なジョークは切って捨てられる。薄々感づいていた事だが、この暁美ほむらと言う少女は、ジョークがあまり通じないタイプの人間だ。まぁ、ジョーク自体の質もクソみたいに悪いのだが。

 誤魔化しは効かないなかな。まどかはともかく、さやかなら爆笑間違いなしのジョーク(ルビー主観)が効かなかった事を残念に思いつつも、とりあえず口を開く。

 

「士郎さんをデートに誘ったんですけど振られちゃったんですよ。可愛い美少女と行く風見野の美味しいラーメン屋巡わわわわわわわわわわわわわごめんなさい冗談です!」

 

 返答は言葉では無く銃口だった。六芒星に密着する形で銃を押し付けられる。もうほむらの顔には無表情以外の何も浮かんでいない。

 ルビーの弁解と同時に、世界が流れを取り戻す。頬を撫ぜる冷たい風。草木の騒めき。土の匂い。そして息を呑む可愛らしい声。

 

「ほむらちゃん!?」

 

 まどかからすれば、いきなりルビーが友達に組み伏せられているのだ。流れの意味不明さに理解が追い付くはずもない。が、そこは曲がりなりにも非常識と隣り合わせの激動の日々を送った経験が、まどかから呆けると言う選択肢を奪った。

 ほむら。ルビー。楯。銃。魔法。時間停止。逃走。猶予。

 幾つもの単語が断片的にまどかの脳裏を過る。引き延ばされた時間の中で、何が最善か。言葉を糧に脳を回して、結論を導くより先に、咄嗟にほむらの服を掴む――――いや、抱き着く。

 

「まどか!?」

「離さないから!」

 

 ほむらは時間を止めて、自由に行動が出来る。そして彼女が触れているモノも、同様に時の流れを無視することが出来る。それは先日の病院前の騒動で直に経験して知った事だ。

 ならば、こうして捕まえていれば。

 ほむらは逃げられない。

 

「……まどか、痛いわ」

「でも、ほむらちゃん逃げちゃうもん」

「大丈夫。私は逃げないわ」

「嘘。昨日逃げたよ」

 

 都合が悪くなると逃げるのは人としての防衛本能だ。恥ずべきことじゃない。が、悲しいかな。この場においては、ほむらの行動を縛る過ちでしか無かった。

 非力なまどかを振り払うのは、魔法少女としての力を以てすれば難しい事では無い。だがここで振り払ってしまえば、2人の隔たりは決定的なものとなるだろう。それが分かっているからこそ、ほむらはあやす様に言葉を選んだ。

 

「……私じゃなくて、他に目的があったんじゃないの?」

「あるよ。けど、ほむらちゃんがいるって事は、大丈夫な事だと思う」

「要領が得ないわ」

「ほむらちゃんが此処にいるって事は、さやかちゃんと一緒にこの中にいるのは、きっと杏子ちゃんでしょ」

 

 まどかは別に確証がなく言っているわけじゃない。

 昨日、ほむらと杏子は一緒に行動していた。風見野に魔法少女が入って来ることを忌避していた杏子が、だ。そして魔力反応があったこの場所に、ほむらがいる事。教会内の魔力を放って、わざわざルビーに絡んでいる事。ならば、この教会内にいるのが、杏子であると推測するのは難しい話ではない。

 

「だったら平気だよ」

「……昨日、杏子はさやかに怪我を負わせたわ」

「そうだね。でも、本当に拒絶するなら、わざわざここまで放ってはおかないよ」

「……仮にそうだとして、話が拗れて争いになったらどうするの?」

「うーん……そうだね、さやかちゃんってば、思い込み激しいし喧嘩もよくしちゃうからね……」

 

 てぃひひ。思わず苦笑いをまどかは浮かべた。ほむらの言う通りで、寧ろその可能性が高い事をまどかは知っている。だってまどかとさやかの仲は、言葉で簡単に言い表させられるような物じゃない。彼女はほむら以上にさやかの事をよく知っているのだ。

 だから、

 

「でも、争いにはならないよ」

 

 少しだけ。ほんの少しだけ怒りを込めて。

 まどかは否定の言葉を口にした。

 

「ううん、違うかな……ちょっとした事で口論にはなっちゃうかな」

「……どっちよ」

「でもね、さやかちゃんから手を出しはしないよ」

 

 真っすぐな眼で、ほむらを見る。いや、射貫く。

 

「ほむらちゃんがさやかちゃんを杏子ちゃんと2人きりにしたって事は、杏子ちゃんが手出しをしないって信頼しているからだよね」

「……」

「だったら、争いにはならないよ」

 

 根拠、と言うには乏しすぎる。さやかを、ほむらを、杏子を。彼女たちへの信頼を前提にした言葉。それもまどか自身の主観が大分入っている。信じろと言うには無理がある話だ。

 だがまどかは引かない。

 ほむらが争いになるかもと言った原因は、さやかによって起こされる事が前提とした言葉だ。

 まどかはそれを感じ取ったからこそ、引かない。引くはずがない。

 空気が読める良い子であれど、友人を乏されて黙っていられる程、まどかはまだ大人じゃない。

 

「それとね。私、ほむらちゃんにも確認したいことがあるの」

「……」

「もう、逃がさないよ」

 

 いつかの日にルビーは言っていた。喧嘩売ってしまえ、と。

 あの時のまどかはルビーの言葉を疑ったが、今なら分かる。

 どれだけ誰かの心を叩いても、同じように叩き返してくれるとは限らない。

 思い通りに行かない事を、他者の判断で解決を試みる等、都合が良いにも程がある。

 ならばこそ。自分の思う様に解決をするのならば。

 自分から行動していくしかないのだ。

 

「全部答えてもらうからね」

 

 笑顔だった。

 清々しさを感じる笑顔だった。

 だがそこには、有無を言わさぬ迫力も伴われていた。

 そしてもう一つ爆弾を。

 

「……あと、さっき、争いになったらどうするの、って言ったよね?」

「え、ええ……」

「争いになったら……たぶん、さやかちゃんが負けるよね」

「……」

「でも大丈夫。安心して。怪我して、さやかちゃんが二度と動けなくなったりしても、私が魔法少女になって回復してあげるから」

 

 

 

「だって、魔法少女は何でも叶えられるんでしょ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 うわっ、まどかさん、超態度悪い。

 傍で聞いていたルビーは、ラブリーな筈のマイマスターの変貌に若干引いていた。ほむらがまどかを魔法少女にしたくないと知っているが故の発言。実際にはルビーの手で一度魔法少女になっているが、この場でのまどかの魔法少女発言は、キュウべぇを介して成る事を前提にしている。契約と、その後の末路を知らないからこその、無知故の交渉だ。

 だがほむらには効果抜群である。

 彼女は眼に見えて動揺をしていた。いつもの無表情さも、冷静さも、そこには何もいない。年相応の少女としての焦りを、隠す余裕も無く曝け出していた。

 

「逃がさないよ」

 

 まどかはがっちりとほむらを抱きしめ直す。此処で逃がすわけにはいかない。そもそもの話、まどかたちが風見野に来たのは、ほむらと杏子の敵対の真相を確かめる為。原因であるほむらに会えたのは、僥倖と言う他ないのだ。

 暫し呆けていたルビーだったが、ふよふよとほむらの傍まで浮くと、器用にも羽で親指を立てるジャスチャーを見せた。

 

「まどかさん、ほむらさんの事を心配していたんですよ。ずーっと。それこそ、昨日から寝られないくらいに」

 

 マイマスターの言葉足らずな部分は、自分が補う。それだけだ。まどかをただの嫌な奴には終わらせない。

 

「ほむらさん。教えてください。何でわざわざ敵対をするんですか?」

 

 魔法少女の真実については伏せる。ほむらはともかくとして、まどかが真実を知れば、友人の定められた末路を想い、錯乱するであろうことが容易に想像できるからだ。

 

「ワルプルギスの夜ですか?」

 

 何故その名前を? そう言いたげに、ほむらは眼を見開いた。……なんてことはない、ルビーは士郎から聞いただけだ。

 

「なんでも最強最悪の魔女だそうですね。それこそ、誰も倒せないくらいの」

 

 まどかと敵対するのであれば、魔法少女にさせないからで理由がつながる。だがさやかにも敵対の意志を見せるのは辻褄が合わない。幾ら未成年の少女たちとは言え、行動に一貫性が無いのだ。

 ならば。今回の敵対は、魔法少女になる以外の理由がある。そう考えるのが最も自然だ。

 

「もしかしてですけど、まどかさんとさやかさんを、ワルプルギスの夜に巻き込ませない為ですか?」

 

 というかそうであってほしいとルビーは思っている。魔法少女になったから敵対するしかない、なんて考えだったらもうどうしようもないのだ。

 

「……仮にそうだとしても、あなた達が気にする事では無いわ」

 

 おい。ルビーはずっこけそうだった。何故にこの期に及んで意地を張ろうとするのか。そう言う状況でもあるまいに。

 どうしたものかと頭を悩ませる。悩ませども、このままでは意地っ張りのほむらに全否定される未来しか見えない。ほむらはそうでもいいかもしれないが、ルビーとまどかはそう言う訳には行かないのだ。

 

「……じゃあ、ほむらさんが照れちゃうせいで言葉にしない――あ、違う、できないだけで、まどかさんとさやかさんの身を案じて止まない心優しくて可愛い才色兼備で心を開く事だけがちょっぴり苦手な魔法少女って事で話を進めますけど」

「……」

「わっ、ほむらちゃん少しだけ心臓の音が不規則になったよ。あとちょっと温かくなった」

 

 褒められるのには慣れていないらしい。年相応の可愛い側面を見て、ルビーは心の中でニンマリと笑った。惜しむらくはこの場面を切り取り永久保存する術を持たない事だが、この思い出だけでも暫くは戦える。

 ほむらが真実を話そうとしないなら、此方の知っている情報だけで話を進める。それだけだ。

 

「まどかさん。仮にですけど、ものすごい魔女と戦うことになったらどうします?」

「怖いけど、戦うよ」

「何故ですか?」

「だって、戦わなきゃみんなに被害が出るんだよね? だったら、戦って、倒さないと」

「護るために、ですか」

「うん。それ、今言っていたワル……なんだっけ?」

「ワルプルギスの夜です」

「そう、それそれ。みんな、マミさんやほむらちゃんや杏子ちゃんは、それと戦うんでしょ? きっとさやかちゃんもそうだよね。なら、私も戦わないと」

「……まど、か」

「痛い目に遭うのは嫌だけど、友達を置いてはいけないもん」

 

 100点満点の回答ですよ、まどかさん。心の中でルビーは親指を立てた。それでこそマイラブリースイートマスターだ。可愛さだけじゃなくて勇気も。出会ったころの少女からの成長に、思わず涙が溢れてきそうだった。まるで子を見る親の心境だった。

 

「私は戦うよ。ね、ルビー」

「勿論ですとも。この身がぶっ壊れて再生不可能になっても、私はまどかさんに尽力しますよ」

 

 まどかの言葉に深くルビーは頷いた。マスターに尽力する。それこそが魔術礼装として生まれた本当の使命でもあるからだ。

 

「だから、ね。ほむらちゃん、本当の事を言って。私は、まだほむらちゃんから信用無いかもしれないけど、出来る事をするよ」

「戦うにあたっても、勿論キュウべぇなんかに契約はさせませんよ。まどかさんは私と契約する運命にありますからね~」

「てぃひひ、そうだね」

「……私は、まどかを魔法少女にしたくないんだけど」

 

 漸く。ほむらは口を開いた。そっぽをむいて、小声で。今までにあった覇気は消え失せていた。年相応の少女としての声だった。ある意味で、彼女の本心からの声だった。

 

「なら、魔法少女以外の道で頑張るだけです。そうでしょう?」

「勿論だよ。……ほむらちゃんの気持ちは嬉しいけど、あまり甘く見てほしくないかな」

「まどか?」

「ほむらちゃんはね、私が、友達を放って置くように見えるの?」

「……そんなわけ、ないじゃない」

 

 多分今のこの一言は、ほむらの中の核心に触れる内容だったのだろう。

 一転して、ほむらは顔を歪ませた。悲痛に満ちた顔だった。まどかの言葉を否定し、片を震わせ、今にも泣き出しそうになるくらいに――――ほむらはその顔から、声から、態度から、被っていた仮面を失くしていた。

 

「だよね」

 

 ぱっ。あれほどに強く抱きしめていたのを、まどかは解放した。解放して、ほむらの頭を優しく包み込む。

 

「良いんだよ、強がらなくて」

 

 それは見事な身体捌きだった。ほむらの身体を引き、彼女の頭が胸に埋まるように位置取りを変える。為す術もなく、ほむらはまどかに包まれた。幼子が母にあやされるように。それは実に慈しみに満ちた光景だった。

 

「私は、ほむらちゃんとも友達のつもりだよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 聖母か。

 ルビーは思った。

 聖母でなければ神様か。

 あれでオチない人はいるまい。ルビーだったら間違いなくオチている自信がある。あんな美少女に撫でられながら優しく包まれたら、それだけでルビーからすれば絶頂ものである。汚らしく涙を流しながらアヘ顔ダブルピースまでするだろう。それは予感ではなく確信だった。

 

 だがほむらは強靭な精神力でそれに耐える。

 

 暫く撫でられていたほむらだったが、その手を除けて、ゆっくりと背筋を伸ばした。

 

「大丈夫よ、まどか。私は、大丈夫」

「ほむらちゃん?」

「貴方の言うとおりね。私は……でも、ごめんなさい。言えないことがあるの」

 

 そして宣言。まどかの言葉に、柔らかく、優しく、しかし拒絶の言葉を重ねる。

 

「私はやらなければならないことがあるの。それに、貴女を巻き込みたくない」

「友達だから?」

「……そうよ」

 

 ほむらは一呼吸の後に、自分を取り戻していた。いつもの鉄面皮を張り付け、感情を抑制する。揺らぎ、表面化したはずの戸惑いは、既に彼女からは消え失せていた。

 

「じゃあ、杏子ちゃんに訊くよ」

 

 空気を読んで下さ――――いや、空気を読んだからこそか。いつになく積極的なまどか。ルビーとしては今までにない見事過ぎるまどかの行動力に、逆に頭が痛くなってくる。この場での美しくオシャレな流れは、間違いなく押し黙っている事だが、まどかはそれを認めない。そうなったのは過去のルビーの発言や所業が大いに関わっているのだが、そんなことルビーが気付くはずもない。

 流石に予想外過ぎたのか、ほむらも思わず固まっていた。今日のほむらは感情が大忙しだ。

 

「ったく、うっせーと思ったら何をやってるかねぇ」

「あれ、まどかじゃん。どうしたのさ、こんな時間に」

 

 そしてそこに、まさにタイミングよく現れる杏子とさやか。

 昨日の諍いが嘘のように、2人は仲良く扉を開いて出てきた。

 

「さやかちゃん! 無事!?」

「無事だよ。ま、色々あったけど」

「ハン、人の気も知らねーで」

「はいはい。分かったって」

 

 忌々し気な杏子と、面倒くさげなさやか。傍目で見れば仲は改善されていないように見えるが、声から刺々しさは消えている。まどかには分からないが、2人の間で何かが解決したのだろう。それは喜ばしい事だ。

 ふぅ、と。息を吐く。同時に、少しよろめいた。脳が無重力状態かのように一瞬軽さを覚え、目に映る世界がダブつき二重になった。

 あれ? まどかの疑問が脳裏を過り、形と為す前に、

 

「まどかさん!?」

「まどか!?」

 

 相棒と、親友の焦った声が聞こえ、

 

「まどかっ!」

 

 最後に。

 ほむらの声が聞こえたところで。

 

 ――――あ、ダメ

 

 まどかの意識は暗闇に囚われ、落ちた。

 

 

 




おまけ


※その頃の巴家

「はい……はい。いえいえ、お礼なんて……お気になさらないで下さい。はい。ではどうぞ、失礼します……」

 ピッ

「誰からだい、マミ」
「鹿目さんのお父さんからよ」
「まどかの? へぇ、さっきはさやかの家族からも掛かってきてたよね」
「そうよ、キュウべぇ。……ハァ」
「? どうしたんだい?」
「……えーっとね、何だか私、最近は口裏合わせ的な、こういう役目が多いなぁって」



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まどマギ×Fate 22

最近になって、まどかは魔女に成り果ててもさやかは絶対に巻き込まないという設定がある事を知りました。
色々と滾りますね、色々と。


 倒れ込んだまどかを支えたのは、すぐ近くにいたほむらだった。力を失った人体は、想像以上に重い。不意を突かれて力が入らない中、それでもほむらは渾身の力で支え抜いた。魔力を使う事を失念している辺りに、彼女の焦りが良く分かる。

 続いてルビーが、まどかの様子を伺う。すー、すー。規則正しい呼吸。顔色は悪いが……それは昨日から寝ていないせいだろう。だとすれば、身体に異常が起きたと言うよりは、親友の無事が確認できたことによる安堵故の気絶か。

 支える事で精いっぱいのほむらから、さやかはまどかの身体を離した。そして慣れた手つきで背負う。昔から何度も行っている事が良く分かる所業。よっこいしょ、と。掛け声とともに、さやかは立ち上がった。

 

「じゃ、帰るよ。まどかにも、大分思いつめさせちゃったみたいだし」

「そう、ですね……ええ、そうしましょう」

「じゃあね、杏子。アンタの考えは分からなくも無いけど、やっぱり賛同できないよ」

「言ってな。忠告はした。……次は、敵対しても文句言うんじゃねーぞ」

「はいはい。……ほむらも。じゃあね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■ まどマギ×Fate ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔力を力に変換すれば、人一人を抱えたまま歩くことなど容易である。

 さやかはまどかを背負ったまま、近くのバス停まで歩き通した。そして都合よく到着した見滝原行きのバスの二階へ乗り込む。乗客は誰も居ない。座ると同時にバスが発進する。火照った身体を、夜風が優しく撫でた。

 

「いや、疲れたわ……」

 

 一伸びして、さやかは疲労を存分に滲ませた言葉を吐いた。年端も行かぬ少女が吐くにはあまりにも不釣り合いな様相であるが、今の彼女を見れば誰もがその言葉に納得をするであろう。

 行儀悪く足を広げると、そのまま力を抜いて夜空を見上げた。

 

「もしかしてだけど、まどかがあそこにいたのって、まどかなりに解決しようとしてたって感じ?」

「そうですね」

「まどかが、ねぇ……」

 

 さやかは微笑みながら、隣で無防備に寝顔を晒す親友の髪を撫でた。柔らかな桃色の髪。何度も撫でている髪だが、今日はやや強張っている箇所がある。ストレスか、疲労か。いずれにせよ良い話ではない。

 さやかはまどかのことを幼い頃から知っている、何せずっと一緒だった。一番の大親友と称しても間違いない。彼女が秘めたるここ一番の行動力だって、さやかには分かっている。

 まぁ、昨日の今日でここまでの行動力を発揮するのは予想外だったが。

 

「さやかさんも、同じですよね?」

「ん、まぁね」

 

 ルビーの問いかけに、隠す事無くさやかは頷いた。肯定。さやかもさやかなりに、昨夜の違和感を解決しようと動いたのだ。

 

「……私としては、昨日の今日でさやかさんが動くとは思っていませんでした」

「うーん、私もねぇ……最初は動くつもり無かったんだよね。でも、なんかムカついてきちゃって」

 

 理不尽を受け入れて消化するなんてのは、さやかの性格上無理がある話だ。腹を貫かれ、一方的に敵意を浴びせられて。それで黙って引き下がる負け犬根性など、さやかは持ち合わせちゃいない。

 

「ダメ元だったけど、結果的には上手くいったって感じかな」

「ダメ元って……風見野にいるって分かった時は焦りましたよ。ホント御無事でよかったです」

「あのまま部屋に引き篭もって恨んでも仕方が無いからね。ま、虎の穴が何とやらってやつよ」

「はぁ……? まぁ、でも、よく杏子さんと争いにならなかったですね」

「ん? あー……まぁ、そうだよね。そう、なんだよねぇ」

 

 歯切れの悪いさやか。その場面を思い出したのか、顔を顰めて、盛大に溜息を吐いた。

 

「私はさ、最終的にまた争いになるかなって思ってんだよね。……でも、あいつさ。全然元気無かったんだよ。こっちが拍子抜けするくらい」

「元気が無かった?」

「そ。アイツ公園にいてさ、ベンチで空眺めてんの。ぼーっと。私が近づいても反応なし」

「……よく近づきましたね」

「最初は無視されてんのかと思ったんだけどさ。……まぁ、何ていうか……アイツ、すっごい酷い顔してたんだよね。今にも泣き出しそうな感じ」

 

 泣き出しそう。意外な言葉だ。

 

「でさ。私も……まぁ、馬鹿みたいなんだけど……アイツのそんな顔を見たら文句とか、話そうとした事とか、全部吹っ飛んじゃってさ。……それより、そう言えばお礼を言ってないじゃんって思って」

「お礼?」

「病院でさ、私とまどかは魔女の結界に巻き込まれたじゃん。その時にアイツが助けてくれたんだよね」

 

 魔女が倒された時は、自分たちの状態にいっぱいいっぱいで、お礼にまで気が回らなかった。

 結界から解放された後は、ルビーがほむらを変身させたせいで、お礼する間が無かった。

 自宅まで避難した以降は、もうそんな空気では無くなっていた。

 

「結果的には良かったよ。杏子が何で落ち込んでいたのかは知らないけど、話し合いから入れたからね」

「何を杏子さんとお話しされたんですか?」

「んー……まぁ、そうだね。忠告かな」

「忠告?」

「そ。魔法少女として生きる事への、忠告」

「それはどういう……?」

「わざわざこんな血腥い世界に踏み入れた事への忠告」

「……血腥い、とは……その、具体的には?」

「私の口からは言えないかな。……アイツの事情もあるしさ」

 

 時と状況によってはお調子者の側面が出るさやかだが、反面義理堅いところも彼女は持っている。言えない、と。彼女がそう言うのであれば、実際もう言うつもりは無いのだろう。

 たださやかの表情から、血腥いという言葉が、決して魔法少女の根幹に関わるものには無い事をルビーは察した。……末路を知れば、今の彼女の様にさっぱりとした表情は浮かべられないからだ。

 

「杏子の事情は分かったよ。アイツはアイツで……色々とあった。だけど、私だって退く気はないよ。……どうしても叶えたい願いがあって、それだけは後悔はしないから」

 

 それが危ないのだ。そう、ルビーは思う。さやかの決断を、覚悟を、決して軽んじているわけでは無い。だがまだ人生20年も生きていない彼女は、世界を知らなすぎる。甚だ不本意であるが、世界は一個人の都合など顧みない。覚悟は折れなくとも、変容する事は往々にして……ある。

 ましてや、さやかが頼ってしまったのは文字通りの人外。人は勿論、世界の理も、アラヤやガイアの概念すらも、アイツらには関係が無いのだ。

 

「……無茶だけはしないで下さいよ。さやかさんが傷ついたら、悲しむ人がたくさんいるんですから」

「うん、分かっているよ。まどかとかね」

「私もですよ!」

 

 絞り出した言葉の、何て空虚な事か。

 単体では大凡何も出来ない自分が、ルビーは悔しくて仕方が無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――てなわけで。士郎さん、ヤバいです。次まどかさんを変身させたら私死ぬかも」

 

 翌日。AM9:00。

 風見野市のウィークリーマンション。

 衛宮士郎は来訪早々に戯けた事をほざく愉快型魔術礼装に、呆れを隠そうともせずに溜息を吐き出した。

 

「何が、てなわけ、だ。説明をしろ」

「そこはツーカーでお願いします」

「戯け」

 

 こいつとツーカーの仲とか絶対に嫌だ。分かりやす過ぎる程の渋面を士郎は作った。作って、もう一度盛大に溜息。ハァ。そして改めてルビーに向き直った。ルビーが壊れるのは別に構わないが、鹿目まどかの名を出されれば、片手間に効くわけにもいかない。

 

「で、まどかちゃんがどうしたって?」

「いやぁ、つい昨夜変身させたんですけど……予想を遥かに超えるヤバさでして……」

「制御が追い付かなったのか?」

「昨日は何とかギリギリで制御できました。ただ、同じように次も制御は出来る保証は無いです」

 

 ルビーにしては珍しくも弱気な発言だが、それだけ事態が深刻と言う証明でもある。平行世界からの魔力の流量制御。その困難さは、同じく平行世界の運営に手をかけられる者でなければ分かるまい。

 

「暁美さんの時とは違うのか?」

「全く違いました。ほむらさんには悪いですが、比較になりません」

「はぁ? あの子も結構な魔力量だぞ?」

「平行世界から勝手に流れ込んでくるんですよ。過干渉どころじゃないんです」

「待て。流れ込むのは経験だけだろ? 幾ら押し寄せるって言っても……」

「魔力もです」

「はぁ?」

「魔力もなんです!」

 

 士郎の良く分かっていない顔に、ルビーは大いに不満をぶちまけ始める。経験だけなら苦労しない。そこから取捨選択すれば良いだけだ。いや、本来なら経験しか借りないので、士郎の認識の方が正しい。

 だが実際には、ルビーを通して魔力が流れ込んできている。だから質が悪いのだ。滅茶苦茶大変なのだ。

 

「魔力量絞れないのか? 通せる最大量は決まっているんだろ?」

「絞れたら苦労しませんよ!」

 

 分かっていない人間は、こうやってそれっぽい事を言って来る。こちとら、紙でできたホースを通してダムの放流をするような所業をやってのけたんですよ! 絞ったら壊れちゃいますって!

 

「魔力だけ通さない様にフィルターは作れないのか?」

「無理ですよぅ……変身したら、こっちの都合なんか関係なしに勝手に押しかけてくるんですよ。……と言うか、士郎さんの言っている事って、最初は制御できてることが前提じゃないですか? 最初から制御できないんですよ、こっちは!」

「そうか……」

「あああああああああ!!! 絶対分かっていない! 絶対士郎さん分かっていない!」

 

 だんだんだん! 羽で拳を象り、机を叩いて慟哭を始めるルビー。相変わらず無駄に器用なことである。

 

「宝石剣を振るっているみたいな感じか。あれも理論上は平行世界の魔力を使用できるんだろ?」

「言わんとする事は分かりますけど、あれは使用者の実力に依存します。制御可能なんですよ。今回のケースはまどかさんの資質とか関係なしに流れ込みますから、制御不可なんです」

 

 やぁっと宝石の末端らしい事が言える様になったかへっぽこ。ルビーは内心で溜息を吐いた。尚この思考は士郎に筒抜けである。ゼルレッチがヤベェと思って付け足した機能のおかげだ。知らぬはルビーだけ。

 正論で罵倒されている事に対して良い気分はしないが、そこは士郎は顔色一つ変えず、あたかも聞こえてないかのように振る舞っている。時計塔での研鑽が彼のポーカーフェイス構築に関わっているのは否めない。大人になるって嫌な事ね。

 

「と言っても、ルビーには悪いが、お前が制御できなきゃどうしようもないんだよな」

「それは分かっていますよぉ……分かっていますけど、どうしようもない事はあるんですよぉ」

「……無いとは思うが、お前に姉妹みたいなのっているのか?」

「姉妹、ですか? ここにはいませんね」

「ここ、ってのは、この世界って意味か」

「はい」

 

 つまり平行世界には存在すると。微妙なニュアンスをしっかりと士郎は理解する。こういったところでの理解のすれ違いは、後になって存外大きく響いてくるものなのだ。

 

「大師父が作る予定はあるのか?」

「作った前例がある以上、無いとは言えません。が、可能性としては低いでしょう」

「なんでだ?」

「無駄に元気ですけど、結構なジジィですからね。それよりも平行世界の観測に注力する方で忙しいと思います」

「そうか……」

 

 姉妹がいるのならば、交代交代でまどかの制御に当たることが出来る。が、そんな簡単には事は運ばないらしい。

 勿論まどかが魔法少女とならないのがベストだが、キュウべぇの存在がある以上はそうも言っていられない。彼女が魔法少女とならざるを得ない状況に追いこまれた時に、キュウべぇ以外で彼女を救えるようにしなくてはならないのだ。

 

「キュウべぇは相変わらずまどかちゃんにご執心だ。説得は無いな」

「……大本は潰せそうですか?」

「それは……まぁ、無理だな。アイツは宇宙からの外来生物だ。アイツ一体を潰したところで、別の個体が来るだけだ」

「えぇ……あんなのがまた来るんですか?」

「来るぞ。来る上に、自分の死体を食い始めるからな」

 

 ぶるりと。士郎は先日見た光景を思い返して身を震わせた。ほんのちょっとしたミス(本当にミス、他意は無い)で真っ二つになったキュウべぇを、何処からともなく現れた別のキュウべぇが食べ始めたのだ。同族の捕食。そして何事も無かったかのように会話を再開するのだ。士郎とて今までに色々な人外や化け物と接してきているが、生理的な嫌悪感で言えば、キュウべぇはトップクラスである。

 

「まぁ……ルビーは今まで通り、まどかちゃんに付いていてくれ」

「そうします。そっちはそっちで任せますんで」

「はいよ」

 

 ひらひらと。羽と手を振り合って。

 2人の情報共有はこれにてお終い。

 致し方無い事とは言え、むさい男と2人っきりで密室に居ざるを得なかったルビーとしては、少女成分を補給しないと頭がイカレそうだった。早くまどかに会いたくて仕方が無かった。

 来た時と同じようにルビーは窓から外へ出ようとし、

 

「そうそう、士郎さん」

「何だ?」

「なんか杏子さんに言いましたでしょ」

 

 昨日の疑問を士郎にぶつける。

 さやかは昨夜、杏子が元気無いと言っていた。そして昨日の士郎の憔悴。杏子が戻らない事を知っている口ぶり。関係性を明示されているわけではないが、杏子と士郎の間で何かがあったと推察するには充分過ぎる。

 

「士郎さんは御存知じゃないかもしれないですけど、昨日の杏子さんの様子がおかしいんですよ。あっ、念のため言っておきますけど、私に会ったからじゃないですよ」

「……」

「なぁんかさやかさんに妙に優しかったみたいですしぃ……しかも出会った時は落ち込んでいたとか」

 

 士郎はルビーの揺さぶりに何の反応も見せない。自然体だ。まるで初めて事を聞いているかの様な態度だ。

 

「杏子さんが落ち込むって、結構珍しくないですか? ソレに加えて、昨日の士郎さんの大怪我」

「……」

「私の予想としては、お節介をかいて返り討ちに遭ったり、とか?」

「……何の話だ?」

「いやぁ……幾ら油断したとは言え、士郎さんがあんな怪我を負うって珍しくないですか?」

 

 にやにや。表情の無い無機物であるはずのルビーだったが、今の彼女は誰がどう見ても分かるくらいにイヤらしい笑顔を浮かべている。ちょっかいを掛けたくて仕方が無いと言いたげな笑顔。無機物が笑顔とはどういうことかと思うが。相変わらずぶっとんだ技術力である。

 士郎は僅かに眉根を寄せると、疲労を存分に滲ませた息を吐き出した。吐き出して、上げかけていた腰を再度降ろす。

 

「魔女の死んだふりに化かされた。遠坂には言わないでくれよ」

「ほぉーん? へぇー?」

「……何だよ。随分絡むな」

「べっつにー、何でも無いですよー。ただ、知ってます?」

「何をだ?」

「士郎さんって嘘を吐くとき、眉が少し痙攣するんですよ」

「へぇ、そうなのか?」

 

 すました顔の士郎。

 全く表情を変えないし、眉を触ることも無い。

 嘘を吐いているのは明らかなのに、ポーカーフェイスが上手な事だ。

 んにゃろう、へっぽこの分際で。内心でルビーは舌打ちを零した。出会った時のあの分かりやすい朴訥とした唐変木の面影は何処へやら。随分と可愛げがなくなったものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルビーが居なくなったことを確認すると、士郎はゆっくりと息を吐き出した。細く、細く、そして長く。身体に溜まった疲労を出し切る様に、肺の奥底から絞り出す様に。

 それから服を捲り上げる。腹部についた戦闘による裂傷の跡。昨日の事を思い返すと同時に、傷が痛みを思いだす。完治までは時間が掛かりそうだな。己の才能の無さに、士郎は溜息を吐きたかった。

 士郎は日本に戻ってくる際に、宝石を2つ持ってきていた。無論、ただの宝石ではない。魔力が込められた奴だ。1つは士郎自身の、もう1つは師である遠坂凛の魔力が籠っている。

 うち、昨日使ったのは士郎自身の魔力を込めた宝石。凛のを使えば問題なく治るが、そちらはなるべくなら使いたくは無かった。仮に使うとしても、ワルプルギスの夜との戦いのときだろう。ここで自分の招いたヘマの尻拭いの為には使えない。

 

「……ヘマしたな」

 

 ヘマ……そう、ヘマだ。油断によるヘマ。

 士郎は自分が未熟であることを理解しており、それ故にそういった言葉とは程遠いと考えていたが、昨日は相手が相手だったせいか、少なからずそれがあったのは否めない。

 怒り、油断、負傷。

 ……偉くなったものだ。死線を潜り抜けて強くなったつもりか。数日の生活で彼女を分かった気にでもなっていたのか。人の心情も慮れない阿呆の分際で、よくもまぁほざけたものだ。

 

「戯けか」

 

 自分自身への罵倒。思い返すだけで自身の不用意な行動に腸が煮えくり返りそうになる。こんな時に余計な手間を自ら招くとは何様のつもりだ。

 

「っ……ふぅ……」

 

 立ち上がると腹部に痛みが走った。表面上は塞がっているように見えても、まだ完治はしていない。傷つけられた繊維や血管。痛みを無視して動いたとしても、少なからず支障は出てくるだろう。

 シャツを脱ぎ、道具箱から包帯を取り出す。術式を書いて作成した、回復用の簡易魔具。士郎は回復術の才能が無いも同然なので、こういった魔具に頼ることが殆どだ。

 

「高いんだよなぁ、これ」

 

 得られる結果に対する労力が。つまりは全くと言っても良いほど釣り合っていない。しかもこの包帯は、あくまでも自己治癒率を高めるだけなので、無いよりはマシ程度でしかないのだ。ぼやいたところで贅沢は言っていられないが。

 慣れた手つきで腹部に巻いて、とりあえずはこれで良し。後は風見野市で霊脈が最も機能しているところへ行き、1日回復に当てれば、明日からはもう少しマシに動く事も出来るだろう。

 

「えーと……緑地公園か」

 

 事前に自らの足で調べた中で、一番今の場所から近い霊脈は、郊外にある公園。人目に付きやすい場所ではあるが、金もかからず1日居座れる。金欠気味の士郎には嬉しい立地だ。

 そうと決まれば、士郎の行動は早い。冷蔵庫を開いて、中から作り置きしていたおかずを取り出す。とりあえずは朝飯。昨日の疲労のせいで、今日は大いに寝坊をしてしまったのだ。

 

 ――――カン、カン

 

「ん?」

 

 ご飯を茶碗によそったところで、玄関から何か固い物が触れる音がした。ノックと言うには弱い。注意していなければ聞き逃してしまうような音だ。

 誰か来たのか。耳を澄ましてみるが、音は聞こえない。幻聴でも拾ったのだろう。そう結論付けて、士郎は一口目を頬張ろうとし、

 

 ――――カン、カン

 

 ……今度は幻聴じゃない。多分。しっかりと聞こえたつもりだ。だが意味が分からない。外に音が鳴るようなものは置いていない。誰かが来たのなら、ノックじゃなくてインターホンを鳴らせばいい。

 士郎は立ち上がると、傍のインターホンのモニターをつけた。だが誰も映っていない。誰もそこにはいない。いつもの外の景色が見えるだけだ。

 

 

 

「なんだよ、ご飯少ないじゃねーか。足りないよ、これじゃ」

 

 

 

 よく驚きに声を上げなかった、と。士郎は自身を褒めていい。

 士郎は声に反応して振り返った。そこに余裕も冷静も何も無い。あるはずが無い。驚愕に塗りつぶされた自意識に、それを求めるのは酷な話だ。

 

「邪魔するわ」

「おぅ、遠慮すんな」

 

 それは俺の言葉だ、と士郎は言いたかった。と言うか他にも言うべきことがあった。訊きたいことがあった。色々なモノが脳内で消える事無く発生し続け溢れ返っていた。

 が、全てを飲み込む。

 飲み込み、代わりに溜息。

 

「……杏子。来るなら来ると言え。暁美さんもいるんだろ。俺一人分しか食事の用意をしていないぞ」

 

 佐倉杏子と暁美ほむら。2人が何故かこの部屋にいる。鍵を締めていた筈なのに、いる。士郎の感知を潜って、いる。

 いや、まぁ、きっとほむらの時止めの魔法を使用したのだろうが。鍵も魔法で、或いはピッキングで開けたのだろうが。

 問うまでも無くそう結論を付けると、士郎は冷蔵庫から追加で食材を取り出す。今優先して問うべきことはそこじゃない。そこじゃないが、考えがまとまって無いのも事実だ。卵とハム。即席ですぐ作れる分から用意をしていく。用意をしながら、その間に落ち着いて考えをまとめようと言う算段だ。

 杏子は意外そうに息を呑んだ。士郎の言葉が想定外だったのだ。呑んで、口を曲げると、気まずそうに頬を掻いた。

 

「……傷、ヤバいか」

「いや、そうでもない」

 

 士郎はそう言ったところで、自身が上半身を包帯を巻いただけの様相である事を思い出した。この姿でそうでもない、と言ったところで、信憑性が無いのは明らかだ。

 とりあえずシャツを再着用する。まぁ、杏子もほむらも一般の少女と称するには達観し過ぎているが、年頃の少女の前で半裸のままなのも如何なものかというやつである。

 

「傷は……まぁ、何とかなっているさ。今日1日休んでいれば、明日にはいつも通り動ける」

「……そう、か」

 

 杏子は安堵の息を零した。無事な事への安堵だった。

 魔女との戦闘による負傷。事実だけを述べるなら、昨日の士郎の疲労と憔悴はそれが原因だ。

 

「……悪ぃな」

「何がだよ。あれは油断した俺の落ち度だ」

「……士郎がアタシを――――」

「結界が持続している事を、疑問に思わなかった俺が悪い」

 

 士郎は怪我を負った。それは魔女のせいだ。或いは、油断した自分のせいだ。杏子は何も悪くない。

 ……先ほどルビーは、士郎に何をしたのかと聞いていた。

 答えは、何もしていない。

 士郎は何もしていない。

 何もしていないのだから、何かが解決したというのなら、それは彼女たちが己の力で解決したに過ぎない。

 

「それより、わざわざ暁美さんもいるって事は、別に話が有って来たんだろ」

 

 士郎はやや強引に話を変えた。この場にはほむらもいる。わざわざ彼女が此処を訪れたと言う事は、相応の難題があると、そう想像する事は難しくない。……例えば、ワルプルギスの夜とか。

 話を向けられたほむらは、軽く咳ばらいをした。仕草というよりは、何かを話そうとして喉がつっかえた感じだった。続けざまに咳をするあたり、あまり呼吸器官がよろしくないのかもしれない。

 

「……ほらよ」

 

 杏子がのど飴を差し出してくる。そして無言で受け取るほむら。余計な仕草や言葉が無い辺りに、2人の間ではのど飴の常備は必須なのかもしれない。

 

「――――ええ。お願いがあるの、衛宮士郎」

 

 何事もなかったかの様に、ほむらは口を開いた。そして真っすぐに士郎を射抜く。感情を抑制した眼。年頃の少女のものとは思えない、眼。

 士郎は調理の手を止めて、ほむらに向き直った。片手間で聞ける内容ではないと察したからだった。

 

「巴マミに協力を要請してほしいの」

 

 なるほど。意味が分からない。

 極限まで不必要な情報を排した言葉に、それでも真面目な表情を崩さなかった士郎は流石であった。

 ほむらの隣にいる杏子は、何言ってんだコイツと言いたげな顔を惜しみなく披露していた。

 そして何故か。ほむらだけは冷静沈着の鉄面皮のままだった。出されたお茶を飲む余裕すらあった。今の言葉で全てが伝わったとでも言いたげな顔だった。

 

 

 




おまけ


※ウィークリーマンション前にて

「ほむら、作戦を整理するぜ。ノックして、応答無さそうだったら、ピッキングして中に入る。で、アイツの様子見る。オッケー?」
「構わないけど……杏子の話だと、彼は結構な怪我を負ったんでしょ? コソコソ入る意味は?」
「……うっせ、顔合わせ辛いんだよ」
「様子を見るだけなら、別に堂々と入って大丈夫じゃない? 素直になったら? 昨日の美樹さやかと同じように」
「うっせ、アンタだってマミと話を付けるためにアイツの力が必要なんだろうが」
「ハッ、見くびらないで頂戴。その方が都合が良いから、彼を頼るだけよ」
「何だよ、他に当てがあるってのか?」
「……あると言ったらウソになるわね」
「じゃあ無いんじゃねーか。なんで泳がしたんだよ」


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まどマギ×Fate 23

更新が、遅い!
自分の事ながら、遅い!

新年明けて最初の月の最終日になってしまいましたが、本年もどうぞよろしくお願いいたします。


 思い返してみれば。

 その日は始まりからどこかおかしかった。

 

 

 

「さやかちゃん、それって……」

「ん? あー、まどかも気になる? ……大分濁ってるよね」

 

 学校の屋上で。

 さやかは自身のソウルジェムを日に翳した。

 初めて見た時は美しい水色だったが、今は墨が混じったかの様に随分と濁っている。

 

「グリーフシード使ってないからなぁ」

「……マミさんにもらったら?」

「うーん、宣言しちゃった手前、言い出し辛いかな」

 

 さやかは魔法少女になり立ての、最初こそマミからグリーフシードを分けてもらっていた。だが今後も魔法少女として生活をするのであれば、いつまでもマミにおんぶにだっこと言う訳にはいかない。

 そんなわけで。さやかは自分で魔女を倒してグリーフシードを得る事をマミに宣言していた。つまりはここ数日は、彼女は自身のソウルジェムから濁りを取っていない状態だった。

 

「マミさんの目測ならまだ数日は平気みたいだし……もうちょっと頑張ってみるよ」

「そう? でもマミさんに見てもらったのって一昨日でしょ。本当に大丈夫かな?」

「今日一日くらいは平気だよ、多分」

 

 2人はソウルジェムの濁りについて、詳細は知らない。知っているのは、戦っていると濁り、濁りが強くなると十全に実力が発揮できなくなる事。ただそれだけ。

 今の濁りがどのくらいのレベルにあるのか。どの程度の支障が出るのか。

 一昨日マミに見てもらった時から、どれだけ状況が変わってしまっているのか。

 2人は、知らない。

 

「そう言えば午後の体育、外でマラソンだよね」

「えぇ、ダルいなぁ。……あれ、そういえばルビーは? 随分おとなしいけど」

「今日はいないよ。なんか用事があるって言って、朝早くからどっかに出かけちゃった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■ まどマギ×Fate ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見滝原市。

 とある喫茶店。

 

 

 

 こんな空気が重い会合をお茶会とは呼ばない。間違いなく呼ばない。と言うか、絶対に呼びたくない。

 ルビーは眼に見えぬ威圧感をひしひしと全身で感じながら、心の底からそう思った。

 

「……」

「……」

「……」

「……」

 

 場所は見滝原市内の、とある喫茶店。その喫茶店内部に設置されている観葉植物の影に、ルビーは自身を潜ませると、傍のテーブルで食事をする4人組に聞き耳を立てていた。

 いつも騒がしくて、話の中心部にいる事の多い彼女が物陰に隠れるのは、自分の存在がバレると話し合いにならなくなることが予想されるからだ。今いる4人組の内2人からは敵意を向けられ、1人は我関せずで、1人はオロオロするだけだろう。つまり味方はいない。

 それにしても、だ。

 視線の先では、誰1人として口を開こうとしない。すまし顔の黄色と紫色の2人。明らかに機嫌が悪い赤色。そしていまいち感情が読み辛い木偶の坊。席に座りながらにして、全く話が進む気配が無いのは如何なものなのか。

 

『聞こえているぞ、ルビー』

『だったら何とかしてくださいよ、このへっぽこ! 唐変木! 木偶の坊!』

 

 ルビーはテレパシーで、うち1人と会話を図った。流石にこの状況は本意では無いのか、返答に窮すへっぽここと衛宮士郎。あまり多弁でない彼にとってすれば、この状況の打開なんてのは高難易度クエストにも程があるだろう。が、そうも言っていられないのが実情だ。

 ――――巴マミに協力を要請してほしいの。

 つい朝方にやって来た魔法少女たちの要請を受け、とりあえずマミとの会合の場を作った。仮病で病欠中のほむらと異なり、健康優良児であるマミは当然学校に行っている。つまりはこの場は、そんな彼女に無理を言い、早退してもらってまでして作った場なのだ。だというのに話が進まないというのはどう言う了見か。

 ちらりと士郎はほむらを見た。すまし顔の鉄面皮からは一切の感情が読み取れない。

 ちらりと士郎は杏子を見た。不機嫌そうに睨み返される。なんでさ。

 マミの方は見ない。彼女は呼び出された側である。彼女を伺う意味は薄い。

 

 このままじゃ、無理だ。

 

 遅ればせながら、漸くそんな結論に行き着くと、士郎は盛大に溜息を吐き出した。無論、実際にでは無く胸の内で。

 此処にいる3人に任せていては、全く何も進展しないまま一日が終わるだろう。この現状から脱却するには士郎が動くしかない。

 まぁ、というか。そもそもの話。

 会合の場を作った張本人である事、この中で年長者である事、そしてこの中で唯一フラットに全員に接することが出来る事。

 議題の進行役を誰が担うのが良いかなんてのは、日の目を見るよりも明らかだ。

 

「暁美さん。俺から進めていいか?」

 

 吐き出したくなる溜息を堪えて、士郎は議題の進行役に立候補した。勿論、招集依頼者であるほむら自身に伺いを立てる事で、勝手に進める事への文句が出ないよう、予め封殺する事を忘れない。中間管理職的な……と言うよりは、似たような経験を何度もしているような、悲哀をしみじみと感じさせる進め方だった。

 

「……構わないわ」

「助かるよ。じゃあとりあえず、今回の集まりの目的から整理させてくれ」

 

 無駄に時間を浪費するわけには行かない。目的→結論→背景。速やかに、そして分かりやすく、よどみなく事を伝えなければならない。

 ウィークリーマンションでほむらに言われた内容を思い返しながら、士郎は取り出したルーズリーフにペンを走らせた。

 

「今回巴さんに来てもらったのは、ワルプルギスという魔女を退治する為に、巴さんの力を借りたいからだ」

 

 ワルプルギスの夜。ルーズリーフに書かれたその文字に、マミは眉根を寄せた。

 

「聞いた事はあるわ。最強の魔女、だったかしら」

「ああ。そう、らしい。俺も直接見たことは無く、彼女たちやキュウべぇから話を聞いているだけなんだけどな」

 

 容姿も、能力も、戦闘方法も、何も知らない。

 最強。

 その言葉だけ。

 ワルプルギスの夜について語れるのは、たったそれだけ。

 

「しかし困ったことに、そんな訳の分からん奴が、来週にでもこの街に来るらしい」

「……ごめんなさい、衛宮さん。少し話が飛び過ぎかと。理解が追い付けません」

「気持ちは分かる。実のところ、俺も事の詳細については良く分かっていなくてな」

 

 そこでちらりと。士郎はほむらに視線を向けた。

 

「で、だ。その魔女が来るって言うのは、暁美さんから聞いた内容なんだ」

「暁美さんが?」

 

 一層の不信感。マミの顔に浮かんが表情を言葉にするなら、そうとしか言えないだろう。

 それくらいに、マミは顔を歪めた。

 

「……ワルプルギスの夜は神出鬼没の魔女と聞いているわ。なのに何故見滝原に、それも来週に来ると分かるの?」

「統計よ」

 

 そう言って、ほむらはいつの間にかに取り出した書類の束をテーブルに置いた。前もって用意をしていたのであろう。この場にいる全員が読めるよう、きっかり4束。

 士郎とマミは、一つずつ書類を手に取ってパラパラと捲る。杏子はもう目を落としていたのか、開こうともしない。

 書類にはワルプルギスの夜の予測進路と、その被害範囲、そして幾らかの対策が記載されていた。中でも予測進路については、統計とは思えぬ正確さで描かれている。見滝原の街を蹂躙するように描かれた進路は、まるで実物を見てきたかのようだ。それは決して、情報や統計だけで、予測できる代物ではない。

 

「私が開示できるのは情報だけ。これ以上を求めるのなら、当日になって自分の目で確かめて」

 

 すまし顔のまま、ほむらはコーヒーに口を付けた。これ以上言うつもりは無いと言う意思表示。つまりは、それだけこの情報に自信を持っているという事だ。

 

「……俄かには信じがたいわね。でも、衛宮さんや佐倉さんは信じるのかしら」

「別にアタシは信じているわけじゃない。来ようが来なかろうがどーでもいい。ただ、コイツを倒せば、ほむらが報酬を支払う。それだけだよ」

「これほどの情報に関しては初耳だが、来る事に関してはキュウべぇは否定しなかった。来る事だけは間違いないと見ていいと思う」

 

 2人の言葉を聞き、マミは考え込む様に視線を落とした。無理もない。幾ら何でも、情報が急すぎる。

 だが仮にほむらの情報が正しければ、与えられている猶予はたった一週間。

 準備は勿論の事、そもそもの情報の真偽を問うにしても、あまりにも短すぎる。

 

「つーかさぁ、士郎は戦うつもりか?」

 

 行儀悪くストローを咥えたまま、杏子は士郎に視線を向けた。

 

「士郎はアタシ――つーかほむらたちと違って、ワルプルギスの夜と戦う必要性なんてねーんだろ。なんか一緒に戦うみたいだけど、何で? イギリスに帰んねーのか?」

 

 杏子の疑問は尤もだ。マミもそう言えば、という感じで士郎に視線を向ける。

 

「帰るに帰れない事情が出来た。俺もルビーもな。ワルプルギスの夜を放っては帰るわけに行かないんだ」

「ふーん……まぁ、事情は知らないけどさぁ。アタシたちと違って、士郎は回復的なモンねーだろ。イイの喰らったら死ぬぞ?」

「期日までに何とかするさ」

「……ハッ、物好きなこった。そんな簡単に命捨てるのかよ。馬鹿じゃないの」

「捨てやしない。懸けるだけだ」

 

 あっそ。自分から聞いたくせに、つまらなさ気に言葉を吐くと、杏子は天井を見上げた。これ以上は会話をするつもりは無いらしく、ご丁寧に目まで瞑っている。

 

「先に言っておくけど、助けるつもりは無いわ。……いいえ、そもそも助けるなんて、そんな余裕は誰にもない」

「ああ、分かってるさ。そこは自分自身で何とかする」

 

 ほむらの言葉は冷徹だが、彼女なりに士郎の身を案じた故の言葉だ。それを分かっていて、なお士郎は我を張った。士郎とて、今更退くには皆に深入りし過ぎた。彼女たちを見捨てて逃げる事は出来なかった。

 それに……恐らくだが。今の現状については勿論、士郎がワルプルギスの夜の退治に首を突っ込む事を、大師父は見越している。

 キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ。

 現存する魔法使いの1人にして、無数の平行世界の観測を行う、士郎にとっての大師父。

 彼が選定し、観測した世界は、全て事実となる。例えその結果が、どうしようもなく救いの無い破滅に至ろうともだ。

 ならばこそ。彼はワルプルギスの夜が来ることは勿論、ルビーや士郎がその退治に手を貸すことを見越した上で、この街に2人を派遣したのだろう。

 士郎にはそう思えて仕方が無かった。

 

「俺の事は気にしないでくれ。死なない様に上手く立ち回るさ」

 

 投影魔術による遠距離からの狙撃。身を護るための楯。言葉の通り自身の耐久性能は一般人そのものでも、立ち回れるだけの手段はある。

 どーだか、へっぽこ。脳内に響くテレパシー(ルビーの言葉)

 言ってろ。そう士郎は返した。この期に及んで彼女と無駄な言い合いをするつもりは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マミが協力をするかは、結局持ち越しとなった。

 状況は理解したが、整理をしたい。1日ほしい。

 そう言って、彼女は席を立った。恐らくキュウべぇにも事を確認するのだろう。

 去ったマミ。それから、3人とも同時に飲み物を飲み干して。

 それで会合はお終い。

 

 

 

「たっだいまでーす! マイラブリーマスターまどかさーん!」

 

 会合の内容さえ把握してしまえば、あの場に留まる意味もない。

 という訳で。マミが立ち去った段階で、残りの事は士郎に任せて、ルビーはまどかたちの元へと戻っていた。あのまま残っていても、戦闘方法の確認とかの話になるだけだろう。となれば、ルビーに益のある話は殆ど無い。それどころか万が一にでも存在がバレてしまえば、強烈な敵意を向けられかねない。

 そんなわけで。さっさと喫茶店を退散すると、ルビーはまどかの魔力を追って学校へと戻った。

 時間は授業も終わったアフタースリー。放課後の時間帯。

 さやかと一緒に歩くまどかの姿を見つけると、ルビーは迷うことなくその彼女へとダイブした。

 

「わわっ!?」

 

 一方でダイブされたまどかは、いきなりの事に驚きを見せつつも、ルビーが落ちない様にと両手で優しく包んであげる。温かで柔らかなその両の掌を、これでもかとルビーは堪能した。

 

「まどかさん、温かい……あぁ、ここがアルカディアだったんですね……」

「てぃひひ……」

 

 何をルビーが言っているのか分からず、困ったようにまどかは笑った。それでもルビーを拒絶する様子は微塵も見受けられない辺りに、彼女の性根の優しさが良く分かる。将来ダメ男に引っ掛からないか心配になるレベルの博愛ぶりだ。

 

「相変わらずだね、ルビーってば」

「さやかさんも、お元気そうで何よりです!」

「昨日会ったばかりじゃん。元気に決まってるっしょ」

 

 さやかは変わらぬルビーの様子に呆れを隠さない。昨日の今日だと言うのに、もっと言えばまどかに至っては今朝からの今なのに。ルビーは毎回毎回一々が大げさなのだ。

 

「どこ行っていたの? ちょくちょくいなくなってるけど」

「ひ・み・つ、でーす。A secret makes a woman……あー、何でしたっけ? 要は女の子は秘密を着飾って美しくなるもんですよ。さやかさんってばぁ、詮索は野暮ってもんですよ~」

「はいはい……」

 

 何時もの調子で、それでいて全く自身の事を言うつもりの無いルビーの言動に、さやかは溜息を吐いた。ルビーの秘密主義なんて今更である。わざわざ無理を通してまで聞き出そうとする気は起きなかった。

 

「ところで、お2人はこれからどうするつもりで?」

「んー、魔女探して退治しようかなって」

「魔女退治、ですか……」

「そ。なんかねー、そろそろグリーフシードが無いとマズそうなんだよね」

 

 そう言って、さやかは懐から自身のソウルジェムを取り出した。

 水色の面影の薄い、黒く染まりつつある、そのソウルジェムを。

 

「あれ? さやかちゃん、昼より濁ってない?」

「んー? そう、かなぁ?」

 

 日に翳す。言われて見れば、そう見えなくもない。元々濁っていたせいもあり、確かな事は分からないが……まどかが言うのであれば、きっとそうなのだろう。

 

「さやかさん、グリーフシードは?」

「え、無いよ。言ったじゃん。だから魔女を退治しに行かないといけないんだって」

「予備は、一つも?」

「だから無いって」

 

 急に真剣味を帯びたルビーの言葉。しかしそれに気づかず、さやかは言葉を重ねた。

 

「マミさんに一昨日診てもらった時は、数日は大丈夫って言っていたし。今日入手できれば平気でしょ」

「……無いのであれば、先にマミさんに頂くのはどうですか?」

「何言っているさ。マミさんのグリーフシードはマミさんのものでしょ。私がもらっちゃマズイって」

「でしたら……お借りして、後で魔女を退治して入手したのを返すのはどうですか?」

「いやいやいや、いつまでもマミさんにおんぶに抱っこってわけには行かないでしょ」

「ですが……」

「大丈夫だって。ルビーは心配性だなー」

 

 さやかからすれば、何故ルビーがここまで心配するかの方が分からない。濁り切るまでに時間はあるのだ。それまでに魔女を退治して入手すればいいし、それができなければ改めてマミにでも頼めばいい。

 

 ルビーは尚も何か言いたげに言葉を詰まらせる。だが数秒の逡巡の後、不自然過ぎる程の明るい声で彼女はさやかを肯定した。

 

「もう、なら、仕方ないですねー。ちゃっちゃと魔女見つけちゃいましょう!」

「お、やる気出た? 良いね、行こう行こう!」

 

 知らないのであれば、知らないままでいい。隠し通せるのなら、隠し通したままでいよう。

 内心に抱いた様々な思いを封じ込めて、ルビーは明るく努めた。

 そうとも。今ここでルビーが事を強いれば、2人はソウルジェムの真実に気が付くかもしれない。そしてそれは、彼女らを絶望へ叩き落とす要因となりかねない。

 ならばこそ、隠す。言葉にはしない。表に出すわけにいかない。

 子供の責任は、大人が負うもの。大人が戦うべきもの。

 子供に責任を強い、あまつさえその命を散らせるなど、あってはならない事なのだ。

 

「あ、で、ルビー場所分かんの?」

「えーと……とりあえず工業団地方面行ってみますか? それか、国道方面」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 此処からの事は、わざわざ言葉にするまでも無いだろう。

 数多の平行世界がそうであったように。

 まるでそうなることが定められているかのように。

 辿った道は異なれど、行き着く結果は同じ。

 まるで収束するかのように。

 その結果に、行き着く。

 

 

 

 結論から言えば、さやかは魔女を退治した。

 苦戦し、何度も身体をいたぶられながらも、魔女を倒すことが出来た。

 さやかが魔法少女となって、僅か1週間程度での戦果。

 師匠がいるとは言え、一般人(まどか)を護りつつ魔女を退治すると言うその成果は、新人が上げるには規格外と言って良いものだ。

 勿論、グリーフシードも入手した。これでソウルジェムに溜まった穢れも、綺麗に消せることが出来る。

 

 だが。一体何の因果か。

 

 疲労によるものか、それとも安堵によるものか、あるいはその両方か。

 穢れを消して一息ついたその直後に。

 彼女のソウルジェムは、掌から下の国道へと落ちた。

 幸いにもソウルジェムは道路では無く、偶々その下を通った軽トラの上に落ち。

 ああ、良かったと。安堵するも束の間。

 さやかはその身体から力を失い。

 慌てて支えたまどかは、さやかから一切の脈を感じ取ることが出来ず。

 困惑から互いに顔を見合わせる事しかできないルビーとまどか。

 そして――――

 

「あー、マズイねぇ」

 

 暗がりから出ていた、一匹の白い獣。

 

「幾ら何でも、まさか自分を落とすなんて、油断し過ぎだよ」

 

 奇妙なほどに、綺麗で、汚れの無い白い体毛。

 

「まぁ、どうやら1人、事の重大性を知ってさやかに向かっているのがいるみたいだけど」

 

 爛々と輝く赤い眼。

 

「次があれば、さやかに気を付けるように、君たちからも言ってほしい」

 

 

 話している内容が、直接脳内に響く様な。

 そんな一貫した無表情さの、獣。

 

 

 

 

「頼んだよ。まどか。マジカルルビー」




おまけ

※解散後のほむらと杏子と士郎

「腹減った、メシ行こうぜ」
「メシって、早いぞ。まだ16:00じゃないか」
「良いじゃねーか。士郎だって血流して足りねーだろ。肉食おーぜ、肉」
「……私はワルプルギスの夜に向けて話し合いができるなら、何処でも良いわ」
「っしゃ、決まりな。食べ放題だ、食べ放題!」
「何が決まってんだよ。そもそも、金はあるのか?」
「あるだろ、士郎が」
「たかる気か」

 ~中略~

「っ! 用が出来たわ。行くわよ、杏子」
「はぁ? ちょっと待て。まだ〆が……」
「急ぐわ。国道沿いよ。見滝原と風見野の境目」
「お、おい、待てって……だぁ! 士郎!」
「いや、待て、何がなんだか……て、おい、何で変身――――」



 ――――カシャッ


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まどマギ×Fate 24

3年前くらいから、半年に一回程度の更新頻度になっている事実。
おかしい、こんなはずじゃなかったのに……

※21/7/26
また更新する場所間違えました。
申し訳ございません……


 今日と言うこの日を。

 暁美ほむらは嘆いた。

 そして己の迂闊さを呪った。

 やがて来るであろう確約されてしまった結末を瞼の裏に映し、呪った。

 

 

 

 さやかが落としたソウルジェムを回収して、元の場所へと戻る。

 元の場所とは、即ちまどかたちのいるところ。

 まどかと、ルビーと、さやかがいるところ。

 いや、彼女たちだけではない。感知した魔力は、3人以外にも存在がいる事を示している。

 同行していた杏子と士郎、あとは恐らくだがマミもいる。

 ……そしてもう一体。

 間違えるはずのない魔力。諸悪の根源。

 即ち、関係する全員が、いる。

 

「……っ」

 

 ほむらは割れんばかりに自身の歯を噛み締めた。爪が食い込むほどに拳を握りしめた。

 血が己への怒りで沸騰しそうだった。脳が自身の至らなさを責め立てていた。あらゆる呪詛を吐き出したいと思った。

 

 

 

 だが幾ら己を責め立てようと。

 幾ら居もしない神に祈ろうと。

 現実は変わらない。

 

 

 

 変わっては、くれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■ まどマギ×Fate ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 物事にはタイミングと言うものが存在する。

 良い事であろうと、悪い事であろうと。

 どんな些細な違いでも。

 そのタイミングによって、含有する意味合いは大いに増減する。

 

 

 

「鹿目さん! 美樹さん! ルビーさん! キュウべぇ!」

 

 突然のさやかの気絶と、キュウべぇの発言。

 ぶちこまれた情報の多さに、呆然自失となったまどかとルビー。そこに、第三者の声が掛かる。

 鮮やかな金髪に、特徴的な縦ロールの髪形。

 巴マミだ。

 

「マミさん? な、何故ここに?」

「私が呼んだの。さやかちゃん1人じゃ何かあったら大変だから……」

 

 まどかの言葉で、大凡の状況はルビーは理解した。まどかのテレパシーを受け、愛弟子(さやか)の独り立ちを陰ながら見守っていた、というところだろう。そんなルビーの推察は寸分の狂いもなく当たっている。

 

「そんな事より、美樹さんの状況は!?」

「わ、分かんないんです!」

「自分を落としただけさ。無事にソウルジェムが戻ってくれば問題ない」

「貴方は黙っていて下さい!」

 

 咄嗟にルビーは怒鳴りつけたが、その行為に意味は無い。状況を整理しようとすれば、必ずキュウべぇに話が向くだろう。一時の感情で言葉を発する意味が皆無であることは、誰よりもルビー自身が良く分かっている。

 だがそれでも。そうだと分かっていても。

 ルビーは認めたくなかった。最悪のタイミングで最悪の現実が露呈する事を。

 認めたくは、無かった。

 

「ルビー!?」

「あぁ? 勢ぞろいじゃねーか。なんだってのさ、いったい」

 

 ああ、最悪だ。ルビーは天を見上げて慟哭したかった。ルビーの中で心臓らしき感覚が早鐘を打っていた。思考の間を与えずに積み重なる状況に吐き気すら覚えていた。

 衛宮士郎と、佐倉杏子。

 いや、2人だけじゃない。少し離れたところには、此方に向かって来る暁美ほむらの魔力もある。つまりは、これで関係者は勢ぞろいだ。

 

「士郎さん、その……」

「やぁ、魔術師。まさかというか、やはりというか。どうも何かと縁があるようだね」

「……キュウべぇか」

 

 士郎は事の状況を飲み込めたわけでは無い。わけでは無いが、力無く抱えられているさやかと、戸惑うルビーを見て、この状況が諸手を上げて歓迎できるものでは無い事は察した。苦々しい口調が、彼のその心情をそのままに物語っていると言えた。

 

「……一つ一つ行こう。ルビー、さやかちゃんの状態は?」

「分かりません。ただ、その……」

「大丈夫さ。もう、戻るよ」

 

 戻る。キュウべぇの発したその言葉の意味を理解出来ず、その場の全員は疑問を浮かべた。だがその意味は、すぐにさやかの身に起きた異変で証明される。

 

「っ、げほっ!」

「さやかちゃん!」

 

 詰まっていたものが抜けたような。そんな音がその場にいる全員の耳に届く。

 音の発生源は、まどかの胸元。

 それはつまり、さやかが呼吸を再開したという事で。

 

「ほむらさん!」

 

 ルビーの声に。弾かれるように、導かれるように。まどかは視線を、すぐ傍に、いつの間にかに立っている少女へと移動した。

 暁美ほむら。

 ミステリアスで秘密主義の、魔法少女。

 彼女の登場により。偶然か、或いは必然か。これで魔法少女やマジカルステッキに魔術使いと言った、全関係者がこの場に集まった事になる。

 

「やぁ、さやか。無事で何よりだ。暁美ほむらに感謝しないとね」

「……は? え? ……なに、どういうこと?」

 

 キュウべぇの言葉に理解できないと言いたげに困惑を露わにするさやか。だが起きたばかりの彼女に、事の把握を求めるのは酷だろう。そもそもの話、此処にいる面々の殆どが事態を把握しきれていないのだから。

 

「あれ、マミさん? それに杏子と士郎さんも?」

「マミさんは私が呼んだの。杏子ちゃんたちは――――」

「アタシらはほむらに連れられてきた。説明抜きにね」

 

 ギロリと。敵意を隠そうともせず、杏子はほむらを睨み付けた。返答次第では敵対する事も辞さないと言いたげな、剣呑な雰囲気。

 ちなみにほむらは一切杏子たちの方を見ていない。連れてきた張本人だと言うのに、まさかのほったらかしである。

 

「……説明を、求めたい。出来れば一人一人から」

 

 まずは状況を把握する事が先決だ。そう士郎は察すると、少し大きめに声を張り上げた。議論の目的が明示されていない話し合いなど、纏まりなく終わってしまうのがオチ。ならば、先に目的を示してしまえば、ある程度は皆の意思も追従するものだ。

 だがそんな士郎の言葉を、キュウべぇは一蹴した。

 

「そんな無駄な事をする必要は無いよ。僕が説明すれば事足りそうだしね。まぁ、それか、」

 

 そこで言葉を区切り、キュウべぇは相変わらず笑顔を張り付けた無表情のまま、その視線を別の人物へと変えた。

 

「暁美ほむらが話してくれるなら、それはそれで別に僕は構わないけど」

 

 血の様に紅く、そして血よりも鮮やかな紅い眼。

 その双眸の先で。ほむらは僅かに口角を引き絞った。これ以上無いくらいに、奥歯を噛み締めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔法少女はソウルジェムが真っ黒に染まり切る事で魔女になる。

 観念したのだろうか。あれだけ真実を話すことを拒んでいたほむらは、抑揚も無い冷たい声で、魔法少女に関する事を全て説明した。まるで機械音声が原稿を読み上げる様な、何の感情も含まれていない説明だった。

 

「……何だよ、それ」

 

 事前にキュウべぇ自身から話を聞いていたルビーと士郎は、それほどのショックを受けてはいない。やはりか、と。魔法少女であるほむらが改めて説明をしてくれたことで、確信を深めただけだ。

 だがその他の面々は違う。

 唯一の一般人ながら、魔法少女と深く関わっているまどか。

 新米とは言え魔法少女のさやか。

 ベテラン魔法少女のマミと杏子。

 困惑、拒絶、憤怒、呆然。

 浮かぶ環状は四者四様だが、その根底にあるのがプラスのもので無い事だけは明白だ。

 

「ふざけんな! そんな与太話、誰がっ」

「嘘だと思うなら、そこのそれにも話を訊いてみたら?」

 

 突き放すようなほむらの言葉。もうどうでも良いと言わんばかりに、彼女の言葉には生気が感じ取れない。

 怒声を上げた杏子だったが、恐らくは彼女もほむらの言葉に正当性を感じ取っているのだろう。キュウべぇが何も訂正をしないことも、その信憑性に拍車をかけていた。

 忌々し気に舌打ちを零すと、杏子は傍の手すりに体重を預けて腕を組んだ。これ以上はこの場で話題に参加するつもりは無いと、そう言いたげな態度。

 

「巴マミ。無用な動きはしない方が良いわ」

 

 牽制するように、ほむらはマミに言葉を向けた。視線は彼女の方に向いていないのに、まるで何をしようとしているかを分かっているかのような口調だった。

 まどかが視線を向けると、マミは未だに呆然自失と言った表情で、その場に座り込んだままだった。……その手には、先ほどまでに無かったマスケット銃が握られていたが、その是非を問えるほどまどかも冷静ではない。

 

「他に訊きたいことがあるなら、そこのそれに訊いてくれてもいいし、私に訊いてくれても良いわ。答えられる範囲なら、それも私も答えるから」

 

 一転した、と言って良いだろう。あれほどまでに他者を拒絶し、秘密を重ねていた少女が、どういう意図かその全てを曝け出そうとしている。

 不可解。

 その豹変ぶりに、恐らくはこの場にいる人物たちの中で、最もほむらと対話を試みてきたルビーですらも、ついていけずに黙り込んでしまう。

 

「……ねぇ、キュウべぇ……うそ、だよね」

 

 消え入りそうなほどか細い声で。マミは言葉をキュウべぇにぶつけた。信じたくないと、そう言いたげな口調。

 

「今の言葉は……本当の事じゃ、無い。そうでしょう?」

 

 マミの質問は当然のものだ。ほむらの言葉は、常人であっても受け入れ難いものだ。それがましてや、ベテラン魔法少女として何体もの魔女を葬って来た彼女であれば……その心中は尚更と言うものである。

 

「ほむらの言葉は正しいよ」

 

 だがキュウべぇは肯定する。縋るようなマミの言葉を否定する。

 

「要点を押さえた、非の打ちどころのない説明だよ。こちらからは訂正どころか補足する必要すらも無いくらいさ」

「……うそよ……そんなのっ」

「信じる信じないは自由にすればいい。ただ魔女の正体が何であれ、一般人に害をなす存在であることは変わりないだろう? マミはこれまで通り、倒していけばいい。そこには、何の不都合もないじゃないか」

「キュウベェさん! もう喋らないで下さいっ!」

「やれやれ、僕は聞かれたから答えただけだよ。相変わらず随分な言い方だね」

 

 呆れを含んだような口調で、キュウべぇはゆっくりと伸びをした。白色の、猫とかイタチとかフェレットとか、そういうものを綯交ぜにしたような愛くるしい容姿。それが今は悪鬼の権化かと見間違うほどにおどろおどろしい。

 

「質問は以上かい? なら、今度は僕の方からいいかな。ほむら」

「……」

「沈黙は肯定と受け取るよ。……それじゃあ、君はいったい、どこでこの事実を知ったんだい?」

 

 紅い眼。その眼が、不思議そうに瞬きをした。始めて見る、キュウべぇの感情らしきものの吐露だった。

 

「そこの魔術師たちには僕から事を説明した。だけど君は、彼らから話を聞くよりも前に知っていただろう? 契約をした覚えすらも僕には無いというのにさ」

「……」

「ダンマリかい。まぁ、別に良いけどね」

 

 ほむらはキュウべぇの言葉に無反応を貫いた。自身の出自については言うつもりは無いという事だろう。早々にキュウべぇは諦めると、それ以上を問い詰めることはなしかった。

 

「暁美さん。君は、魔女を元に戻す方法はあるのか?」

 

 再びの静寂。その中で、最も次手を打つのが早かったのは士郎だった。彼は冷静に事を把握し、冷静に言葉を紡ぐ。事実に即して己を律し、選択できる最善を選び取ろうとする判断は、それだけで彼の外観年齢に似合わぬ苦労や経験を重ねてきた事を思わせる。

 ほむらはちらりと士郎を一瞥した。その眼からは、相変わらず一切の感情が読み取れない。

 

「私は、知らないわ」

「そうか」

 

 キュウべぇと同じで、彼女もその方法は知らない。想像は出来ていた事なので、大人しく士郎は引き下がった。無い物強請りをしても仕方が無いからだ。

 

「じゃあ次の質問。魔法少女の契約を破棄する方法は?」

「知らないわ」

 

 こちらもやっぱりダメ。予想していなかったとはいえ、キュウベェのみならず、現役魔法少女からも答えを得られないとなると、やはり彼女たちのルールに則っては解決は見つからないのだろう。

 魔女を魔法少女に戻す。

 魔法少女の契約を破棄する。

 その双方の解決方法が分からないままであるという事が分かっただけ、まだマシと見るべきか。

 

「じゃあ次。グリーフシード以外で、穢れを取る方法は?」

「知らないわ」

 

 これも知らない。士郎の視界の端で、キュウべぇがつまらなそうに背を掻いている。言っただろう、と。そうとでも言いた気な紅い眼が、士郎に向けられていた。

 

「そこのそれが知っている以上の事を私は知らない。これでいいかしら?」

「充分だよ、ありがとう」

 

 不服であることは一切おくびにも出さず、士郎は頷いた。彼が大人であることが分かる一幕と言えよう。

 周囲を一瞥すると、ほむらは内心で静かに息を吐き出した。混乱したままのまどかとさやか。呆然自失状態のマミ。不機嫌そうな杏子。質問を終えた士郎。そもそも質問の必要性が無いキュウべぇ。これ以上この場で質問を重ねてきそうなものは、他にはいない。

 

「……待って下さい」

 

 ……ああ、やっぱりね、と。そうほむらが思ったかは定かではない。定かでは無いが、彼女は僅かにその表情を崩した。冷静沈着と言う名の、幾重にも重ねた鉄の仮面。それを崩して、すぐに強固にかぶり直した。

 

「何かしら、マジカルルビー」

 

 視線の先。まどかのすぐ傍に浮遊する、おもちゃのようなステッキ。……作り物の癖に、よっぽどそこらの人間より人間らしいステッキ。初めて出った頃から、得体の知れなさを醸し出していた、人工精霊。

 感情を露わにしない彼女にしては珍しく、その言葉には力が籠っていた。……まるで何を質問されるか分かっているかのような、そんな諦観や拒絶といったマイナスの色を僅かに滲ませた、言葉。

 

「……単刀直入にお伺いします。何故、今になって教えてくれたのですか」

 

 あれほど説明を拒んでいたのに。続く事の無い言葉。意図的に省略されたその言葉を、しかしほむらはしっかりと理解していた。……この場で唯一、対話を重ねてきた2人だからこその意思の疎通でもあった。

 

「簡単な事よ」

 

 少しだけ。本当に少しだけ。

 ただし意図的に。

 彼女はその表情を緩めた。

 

「全部……もう、終わったから」

「終わっ、た……?」

「ええ、そうよ」

 

 髪をかき上げる。何度も見た、彼女の癖の様な動作。夜の闇よりも映える黒髪が、風に揺られて流れている。

 

「もう、全部終わった。……終わってしまった。ただ、それだけの話よ」

「……もう少し、詳細な説明を頂きたいです。ハッキリ言って、それだけの説明では理解できません」

「あれもこれもと望み過ぎたのよ。……せっかくのチャンスだったのに」

「ほむら、さん?」

「グダグダと手を拱いて無いで、すぐに協力を要請すべきだった。もっと早くに、ワルプルギスの夜に集中すれば良かった。そうすれば、まだマシだった」

「ほむらさん、貴女は、いったい……」

「今からでも、私は私が出来る事に全力を尽くす。今回もその一つ。……それだけよ」

 

 分からない。そう、ルビーは思った。その胸中に秘めているものが何であれ、明らかにこれまでと違って、踏み込んで曝け出してくれていると言うのに。

 ルビーには分からない。

 暁美ほむらという存在が分からない。

 いや、違う。分からないのではなく、分からなくなった。

 

「貴女は、貴方の出来る事に全力を尽くしなさい。マジカルルビー」

 

 話はお終い。そう言いたげに、ほむらは再度髪をかき上げた。

 ――――カシャッ。

 そしてまた、あの音。時間停止の、あの音。

 呼び止めるどころか、声を出す事も許されず。

 その瞬間をとらえることも、瞬きの間すら許されず。

 もうほむらは、どこにもいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの後。何があったかは覚えていない。

 ほむらがいなくなった後。皆が何を話したのかも、何を契機に解散したのかも。

 ルビーが、さやかが、マミが、杏子が、士郎が、キュウべぇが。皆があの後どうしたのかも。

 何ならどうやって自身が帰路に着いたかも、どうやって家に上がったかも。

 いつ風呂に入って、パジャマに着替えて、ベッドに横になっていたのかも。

 まどかは覚えていない。

 

「……ぁ」

 

 か細い声が零れた。言語とならない、ただの音。そこに意味は無く、求めるものない。

 カーテンの隙間。差し込む陽の光を眺める。ただ眺める。

 訪れたのはいつもの朝の筈。

 いつもの様に目覚めて。

 いつもの様に起きて。

 いつもの様に準備して。

 そうして、いつもの様に学校へ行く。

 そんな、いつもの朝の筈だ。

 

「……嫌だよ」

 

 零れた言葉。

 塞いだ視界。

 瞑るだけじゃ足らず、腕で覆って。

 そしたら袖が濡れた気がした。

 

「……嫌だよ、さやかちゃん」

 

 思い浮かべるは大親友。いつも一緒にいる幼馴染。

 彼女の、決して救われない未来を想像してまって。

 

「嫌だよ……そんなの……そんなのっ」

 

 さやかだけじゃない。

 友達になったほむらも。

 頼りになる先輩のマミも。

 友達になれそうな杏子も。

 皆が皆、その末路が決まっているのなんて。

 

「嫌だよぉ……」

 

 苦しいと。まどかは思った。

 それが皆の末路への哀しみか。

 何も出来ない己への怒りによるものか。

 ……或いは。自分だけがのうのうと安全圏にいる事への後ろめたさか。

 今のまどかには分からない。……分かりたくも無かった。

 

 

 




おまけ


※解散後

「おい、マミ」
「……佐倉、さん」
「ちょっとツラ貸しな」
「何を……」
「こっちはむしゃくしゃしてんだよ。いいから、貸せ」
「……」
「おい、士郎。この阿呆は私が何とかしとく。そっちは任せていいな」
「……ああ」
「おっし、行くぞ」
「……どこ、へ」
「あぁ? 決まってんだろ?」



「好き放題言い残して逃げ出した馬鹿野郎共(紫と白いの)をぶん殴りに行くんだよ」


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まどマギ×Fate 25

2021年も残り2ヶ月を切りました。
原作をご視聴済みの方はお気づきかもしれませんが、まだ山場は最低でも2つ残っています。
……今年中には完結できなさそうですね、まだ早いですけど来年もよろしくお願い致します。

※21/11/9 誤字脱字修正


 今日はどうやらまどかは休みらしい。

 しばらく何時もの待ち合わせ場所で待っていたが、全く姿を見せない幼馴染に対し、さやかはそう判断をした。

 連絡用アプリは未読のまま。メールでの連絡も無し。勿論着信も無し。

 さやかはそっとスマホを仕舞うと、学校へと歩き出した。これ以上待っていれば、自分が遅刻してしまう。

 

「……仕方ない、か」

 

 まどかが来ない理由を、大凡だがさやかは察していた。恐らくはきっと、昨日の事で心を痛めてしまっているのだろう。ベッドの上で布団にくるまり、声を押し殺して泣いているかもしれない。あの子は人一倍優しい子だから。

 元気づけてあげたいとは思う。けど、今まどかに会いに行くのは逆効果だと。そう、さやかは思った。

 まどかは他人の為に泣ける子だ。魔法少女の真実を知った今、さやかが姿を見せれば、彼女はきっと泣いてしまうだろう。きっと勝手に負担を抱えてしまうだろう。……だからこそ、今は会っちゃいけない。もう少し落ち着いたところで、全然平気であることをアピールしなきゃいけない。

 そう。アピールだ。全然平気なアピール。いや、アピールじゃなく、本心。

 だってさやかは。代償と引き換えに願いを叶えたのだ。大凡自分では叶えられそうにない願いを。……世界の誰もが、叶えられなかったであろう願いを。

 だから。あの行動に、決断に。

 魔法少女になった事に。

 美樹さやかは、後悔を抱かない。

 

「さやかさん」

 

 考え事をしながら歩いていたら、後ろから声を掛けられた。

 振り返らなくても分かる。志筑仁美。幼馴染にして親友の1人だ。

 

「あら、まどかさんは?」

「うーん、今日は見てない。多分体調不良じゃない?」

 

 というか、十中八九、そう。

 珍しいですね。事情を知らない彼女は、少し驚いたように相槌を打った。何か気に病むようなことがあったのでしょうか。普段はぼんやりとしたザ・お嬢様な彼女であるが、妙なところで敏いのだ。まぁ事実を知られることは、多分無いだろうけど。(フラグ)

 

「ところで、」

 

 息を潜める様に。通学中の他の生徒たちには聞こえず、隣にいるさやかにしか聞こえない声量で。仁美は話題を変える切り口を発した。

 彼女のその真剣みを帯びた声に、言葉に、そしてさやかを見据えるその視線に。

 もしや魔法少女関係がバレたかと。フラグ回収早くないかと。

 嫌な予感を、覚える。

 

「さやかさんに、お話がありますの」

 

 頼みますからどうか魔法少女関係じゃありませんように。

 いつになく真摯な幼馴染の言葉に。さやかは胸中で祈った。

 いるはずもない神様に向けて、祈った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■ まどマギ×Fate ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局学校をサボってしまった。

 既に陽も高く昇ったAM10:00。普段ならば一限目どころか二限目の真っ最中の時間帯。

 まどかは布団の中で、サボってしまったと言う事実に心臓をばっくばくに跳ねさせていた。真面目な彼女にとって、学校を休むと言うのにはそれなりの理由が必要な行為である。幾ら状況が状況とはいえ、まどか自身は体調不良でもないのに休むというのは、大げさな言い方をすれば彼女の生き方に反するような行為であった。

 勿論そう思っているのはまどかだけである。実際のところ、今朝の彼女は誰がどう見ても体調不良と診断せざるを得ないほどに顔色が悪かった。なんならまどかの両親は、顔面蒼白な愛娘を心配し、病院に連れて行く事を検討していたくらいだ。

 だがさやかや仁美を始めとする親友やクラスメートたちから届いた、体調を心配するメッセージを見て。まどかは自分の体調の事なんて吹っ飛んでいた。心配されるべきはさやかたちなのに、何でもない自分が心配されているとはこれ如何に。現実や事実が真実と異なる事なんて幾らでもあるのだが、それを未成年のまどかが受け入れられるかと問えば否。いつまでも寝ていられるはずが無いのだ。

 

 ヤバい、起きなきゃ!

 

 今から学校に行っても仕方がないのに、急いで制服を着用しようとするまどか。平日の朝と昼の間という時間帯。誰もが活動している時間帯。学校で勉強している学生。仕事に従事する大人たち。どこかで欠伸をするキュウべぇ。そんなのどかな見滝原市で、活動していないのは自分だけかもという焦りを覚えるまどか。いつもは暴走しがちな幼馴染を抑えるストッパーとしての役割を担う事も多い彼女だが、今この瞬間ばかりはそれどころじゃなかった。何をすればいいかも分からないが、動かなければならないと思っていた。要は絶賛混乱中なのだ。

 

 ――――ガシャンッ

 

「!?」

 

 そんなまどかの混乱を加速させるかのように、背後で何かが割れる様な音が響いた。振り返ればベッド。割れる様なものは何も無い。いや、窓がある。しかもカーテン越しに、人影が見えた。それからカチリと。ご丁寧に鍵を開ける音。

 泥棒。

 まどかの脳裏に過ったのは、そんな物騒な二文字。魔女や魔法少女にキュウべぇ、ルビーと言った人外と接せども、まどか自身は何処にでもいる様な中学生の女の子だ。寧ろ泥棒なんていう、魔女やキュウべぇなんぞよりもよっぽど身近で悪意の塊のような存在に、思わず身体が硬直するのも無理はない。

 パ、パパ、じゃなくて、えっと、警察――――

 震える思考で取るべき行動を考える。だが悲しいかな。現実は何時だって少女の選択など置き去りにするのだ。それが結果的に良かれども、だ。

 

「邪魔するぜ――――お、起きてんじゃん」

 

 カーテンをガバッと捲って。

 姿を現したその人物に、まどかの身体から一気に緊張が抜けた。

 

「杏子ちゃん!?」

 

 佐倉杏子。

 隣町の風見野を縄張りとする魔法少女。

 そしてまどかの友達だ。

 

「よ、昨日ぶり」

 

 気さくに手を上げ、挨拶もそこそこに室内に入って来る杏子。丁寧に靴を脱ぎ、乱暴にベッドに着地する。衝撃でまどかの人形たちが僅かに揺れた。

 

「もう! 佐倉さん!」

「いいじゃんか、開いたんだから」

 

 そんな杏子を追う様にして、もう1人分の声。

 その人は丁寧にカーテンを捲ると、静かにベッドに着地をした。それでも杏子と同じくらいにはベッドが揺れたが。

 

「マミさん!?」

 

 巴マミ。

 見滝原の魔法少女で、先輩。

 魔法少女としても、同じ学び舎に通う学生としてもだ。

 窓を開け、まるで勝手知ったる我が家の様に乗り込んでくる杏子と、オロオロあわあわと表情を移ろわせているマミ。随分と対照的な2人だ。

 

「いきなり来て、しかも不法侵入みたいな形でごめんなさい、鹿目さん」

 

 ぺこりと。真っ先にマミはまどかに向けて頭を下げた。会話からしてアイディアも実行も彼女が原因ではなさそうだが、先ず何よりも謝罪を優先させる辺りに、彼女の真面目さが良く分かる。

 

「なんだよ、不法侵入って。家族がいるだろうから正面から会う訳には行かないって言ったのはマミだろー」

 

 対して杏子は何の悪びれも無かった。寧ろ何故咎められなきゃいけないんだと言わんばかりの態度だった。彼女は自分の行いを何も反省していないし、それどころか最短で最良の手段を取ったと思っていたくらいであった。

 

「だからと言って窓を割るのは違うでしょう……しかもさっきの暁美さんの時と言い、窓ガラスにガムテープを張って音を出さないように割るとか、どこで覚えたのよ……」

「マンガ」

「どんな不良マンガよ、それ」

「お、良く分かったな。GT〇ってマンガ。この前マンキツで読んだ」

 

 ああ、あんなに可愛かった佐倉さんが。よよよと嘆き悲しむマミと、へいへいと面倒くさそうに流す杏子。まるで姉妹ようなやりとりだ。だいたい言葉遣いも乱雑だし、乱暴だし、男の子っぽいし……昔はあんなに可愛かったのに。関係ねーだろ。ほら乱暴になってる。あーはいはいうっせうっせ。

 

「えーと、それで、どうしたの?」

 

 このまま放置していたらマミの嘆きが続きそうだったので、まどかは会話に割って入った。と言うか窓を割って入られて、当人放置で口喧嘩とか、第三者からすれば理解不能な絵面である。まどかはイイ子だから微塵もそんな事は思わないが。

 まどかの言葉を聞いて、早々に反応を示したのは杏子だった。待ってましたと言わんばかりに、彼女はニカッと笑みを作った。カラッと晴れ渡る様な、夏の青空を想起させる笑顔だった。

 

 

 

「ちょっと手伝えよ。馬鹿1人ぶん殴りに行こーぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昨日の夜、好き放題言い残して逃げ出したほむら。

 とりあえずぶん殴ろうと決めてから12時間くらいが経過。

 ところが幾ら思い当たる場所を探せども、当人はおろか魔力すらも見つからない。

 

「んで、アンタかさやかなら知ってるかもって来たわけ」

 

 まどかの方に来たのは、彼女が学校に行っておらず、且つ2人がいた場所から近かったから。即断即決即行動の杏子らしい理由であるが、隣でマミはこれでもかという程盛大な溜息を吐いた。

 

「本当に、ごめんなさい。こんな自分勝手な理由で」

 

 何故まどかがこの時間帯に学校にいないのか。それをある程度はマミを察していた。思慮深い彼女は、まどかの苦悩をある程度は察していたのだ。

 勿論杏子を止めようとしたのだが「時間をかけてこのままほむらに雲隠れされたらどーする」という彼女の理屈に反論が考え付かず、引っ張られるがままにこの事態を許してしまっていた。

 

「で、どこか思い当たりそうな場所ってある?」

 

 マミの事はそこそこに、杏子はさっさと本題に入った。隣でまたマミが溜息を吐く。苦労性なのが良く分かる仕草だ。

 

「ちなみに家に行ってみたけどもぬけの殻。暫く待ってみたけど帰って来やしねぇ」

「キュウべぇに訊いてみたけど、あの子も知らないみたいなの」

 

 思い出してしかめっ面をする杏子と、またも溜息を吐くマミ。ちなみに全くの余談ではあるが、キュウべぇは昨日早々に杏子に見つかってボコボコにされている。というかボコボコどころか5、6匹逝っている。最初の1匹を見つけた際の杏子の「誠意見せろや」という短いながらもその後の苛烈にして凄惨な仕打ちを思わせる一言は、キュウべぇよりも隣にいたマミの方が震えあがったくらいだ。

 

 閑話休題。

 

 杏子に聞かれたまどかだったが、彼女もそこまでほむらに詳しいわけじゃない。知っている事は、2人と大差ない程度だ。と言うか家を知っている杏子の方が、まどかよりもよっぽど彼女がどこに居るか思い当たる可能性があるだろう。

 

「マジか」

 

 それを聞いて、分かりやすく杏子は落胆した。顔を顰めて天井を見上げる。わりと頼りにされていたらしく、まどかは申し訳なさを覚えた。

 杏子の後を引き継ぐように、今度はマミが質問に口を開いた。

 

「ルビーさんも知らないのかしら?」

「ルビー……は、えーと、出かけちゃってるんです」

 

 いつからか、は覚えていない。ただ彼女はまどかが気が付いた時には居なくなっていた。机の上の書置きには、ちょっと出かけてきます、だけ。

 その書置きを見せると、2人は分かりやすいくらいに顰めっ面を見せた。

 

「多分、そんなに遠出はしていないと思うんですけど」

「……魔力は、感じねーな」

「そう、ね」

 

 少なくともこの家、及び周辺にはいないらしい。ルビー自身の魔力は、魔法少女に比べれば少ないが、それでも一般人と間違えるようなことは無い。

 

「あーあ、手詰まりかー。士郎もいねーしさ」

「士郎さんも?」

「ええ、そうなの。マンションに寄ったんだけどいなかったのよね」

 

 とすると、ルビーは彼と一緒にいるのだろうか。そう言えば何日か前に、2人で共闘しなければならない案件が出来たとかなんとか言っていた事をまどかは思い出す。

 

「杏子ちゃんは士郎さんがどこにいるか分からないの?」

「魔力が感知できねーんだよ。上手く隠してんのか、感知できない場所にいるかは知らないけどさ」

 

 士郎の場合は魔力を隠す理由がない……筈である。だがこんな時に、しかもルビーと一緒に所在不明となると、何か隠れてしているのではないかと考えてしまう。いや、あの善人の塊の様な人間が悪い事をするとは考えられないが。

 

「まぁアイツらはどーでもいいよ。それよりもほむらだよ、ほ・む・ら!」

 

 バシッ! 自らの掌と拳を叩き合わせる杏子。相当に腹に据えかねているのか、随分と大きな音が鳴った。

 

「会ってぶん殴らないと気が済まねー」

「……殴るかは置いておいて、話はしっかり聞かないといけないと思うのよね」

 

 恐らく、だが。ほむらは魔法少女について、昨夜話した以上の何かを知っている。それはもしかしたら、キュウべぇ以上にだ。

 

「ワルプルギスの夜も近いみたいだし」

 

 正直な話を言えば、マミ自身はワルプルギスの夜の襲来を、それほど信じてはいなかった。ほむらが嘘をつく理由なんて無いが、荒唐無稽過ぎたというのがあったのだ。

 だが、昨夜のせいで一気に信憑性が増した。

 とすれば、彼女に訊かなければならないことは幾らでもある。

 

「とりあえず、もう一度家に行ってみましょう。もしかしたら戻ってきているかもしれないし」

「……そうだな、それぐらいしかアテもねーしな」

「じゃあ行きましょう。鹿目さん、ごめんなさいね。窓の修理代、後で支払うから」

「悪いね、おしかけて」

「あ、あの!」

 

 次の目標を立てるや否や腰を上げる2人。

 その2人を引き留める様に、まどかは少し大きめに声を上げた。

 

「私も、一緒に行っていいかな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここだよ、ほむらの家」

「……ここ?」

「そ」

 

 まどかが案内されたのは、あの聡明でミステリアスなほむらが住んでいるにしては、やや古めで味わいのありそうな、要はイメージと結びつかない小さなアパート(まどか見解)であった。なんか幽霊が出てきそうなオンボロパート。

 カンカンカン、と。勝手知ったる我が家の様に、錆びついて安っちさを感じる階段を上ると、杏子は傍の部屋のチャイムを鳴らした。

 ぴーんぽーん。

 ぴーんぽーん。

 ぴーんぽーん。

 

「じゃあ出ないってことで開けてくる」

 

 そう言って何故か手すりから屋根へと跳んだ杏子。どういうことだか分からないでいるまどかに、マミは苦笑いを零した。

 

「さっき鹿目さんの部屋の窓を開けた時と同じ事」

「えーと?」

「部屋の窓を割って、不法侵入済みって事」

 

 はぁ。疲れたように溜息を吐くマミ。真面目な彼女からすれば良心が痛む行為であるが、今更手段を選んでもいられない。そんな苦悩がありありと感じられる仕草だった。

 どたっ、がちゃっ、きぃ。音を立てて部屋の扉が開いて、杏子が顔を出す。

 

「入りなよ。家主はいないから荒らしてへーきだよ」

 

 その理屈はどうかと思いつつ、まどかは部屋に入った。お邪魔しますの挨拶は忘れずに。なんだかんだ言って順応性の高い子である。

 部屋の中は、実に何も無かった。最低限の家具。ただそれだけ。片付いていると言うよりも、物が無さ過ぎて片付いている思ってしまうだけ。

 

「……帰ってきた様子も無いわね」

「チッ、手間かけさせやがって」

 

 まどかは傍の安っぽいベッドに腰を下ろしたが、買いたてなのかやや硬い。と言うか漂う香りもどこか無機質なもので、ほむらの残り香みたいなのはどこにも無かった。生活臭が全く感じられなかったのだ。

 

「本当にどこ行ったのかしら」

「『出来る事に全力を尽くす』って言っていたけど……」

「出来る事、ねぇ。それがワルプルギスの夜に対してなら、戦力拡大のために動いているかもしれねーな」

「それって、他の魔法少女に協力してもらうとか?」

「うーん、その可能性は低いわね。ワルプルギスの夜に対抗できるような魔法少女って少ないから」

「新米が増えたってなぶり殺しにされるのがオチさ。そんなことするくらいなら、グリーフシードを集める方がよっぽど効率的っしょ」

 

 グリーフシードを集める。それは即ち、元魔法少女を倒すという事である。

 杏子の何気ない言葉に、分かりやすく顔を強張らせたまどか。そんな彼女に杏子は苦笑いを零し、軽めのデコピンを放った。

 

「ばーか、そんな顔すんなよな」

「そうね。今更魔女の真実を知ったところで、やることは変わらないもの」

 

 グリーフシードが無ければ、ソウルジェムの穢れが取れない。穢れが取れなければ、自分たちが魔女に成り果てる。魔女になれば、周囲に害をもたらす悪と成り果てる。別の魔法少女に斃されるまで、未来永劫。

 ならばこそ。魔女になりたくなければ、魔女を狩り続けるしかない。今更その連鎖からはマミも杏子も降りられないのだ。

 だからこその、覚悟。

 現実を、事実を、真実を。受け入れて尚、戦い続ける覚悟。

 2人の確固たるその思いに、まどかは自分を恥じた。

 心配なんて、そんなのは烏滸がましい行為であると。

 そう思ったのだ。

 

 ――――ぐぅぅぅぅぅぅ

 

 ……同時に、場所も状況も考えずに鳴るまどかのお腹。

 慌てて腹筋に力を込めて前かがみになるが、もう遅い。

 それから、間髪入れずにどこかで12:00を告げるチャイムが鳴る。

 

「あ、う、うぅ」

 

 今更の話ではあるが、まどかは朝ごはんを食べていない。水を少し飲んだだけ。なんなら昨夜の出来事がショック過ぎて、昨夜から何も食べていないのだ。加えてまだまだ成長期なお年頃。当然身体は栄養を欲している。

 とは言えまどかからすれば、何故こんな真面目な話の最中なのにお腹が鳴ってしまうのかと、穴があったら入りたくて仕方が無い気分であった。顔は真っ赤だし、小刻みにプルプルと震えていた。恥ずかしくて頭が沸騰しそうだったのだ。

 

「ぶはっ」

 

 そして遠慮なく噴き出す杏子。マミは流石に吹き出しこそしないが、可愛いものを見る様に微笑んでいる。

 

「確かに腹減ったな。なんか食うか」

「いいわね、賛成」

 

 同時に、2人のお腹も鳴った。理由がどうあれ、2人とも朝から活動的に動き回っている。お腹が鳴らない方がおかしいのだ。

 

「っしゃ! 食べ放題行こーぜ!」

「食べ放題? この近くにあるの?」

「あー……ほむらと入った焼肉があるなぁ。食いそびれたけど」

「入ったのに食べそびれたってどういうこと?」

「いきなりあの馬鹿が魔法少女になって連れ出された」

「意味が分からないわよ」

 

 分かりやすく頭を抱えるマミ。だがまどかも同意見だ。全く意味が分からない。

 

「つーか昨日も食いそびれたし」

「昨日も行ったの?」

「ああ。またアイツに連れ出されたせいで、〆の冷麺とお茶漬けとジャンボチョコレートパフェが食えなかったけどな」

「佐倉さん、食べ過ぎじゃない?」

 

 そう言えばいつぞやの日には、早々に満腹になった自分たちを置いて、1人最後までチーズフォンデュを堪能していたっけ。まどかは懐かしきあの日を思い返し、同時に疑問を抱いた。その細い身体のどこに入っているのだろうか。

 ちなみに本当に全くの余談であるが、昨日杏子は1人で20人前近くの肉を平らげている。食べ放題にしてよかったと、士郎が秘かに安堵の息を吐いていたのは誰も知る由が無い。

 

「あ、そうだ! しゃぶしゃぶ行こうぜ! 食べ放題のチェーン店。ランチなら2,000円程度で食べられるし、カレーにラーメン、デザートも食べれた筈」

「うーん、私はいいけど……鹿目さんは?」

「え、あ、ちょっとお金が……」

「あら、お金なら心配しなくて良いわ。私払うわよ」

 

 大人だ。まどかはそう思った。さらっと奢るなんて言いのけられた事実。しかも2,000円。安くはない。1歳しか違わないのに、ものすごい年上に感じる。

 その横で「ひゅー、太っ腹」なんて囃し立てる杏子。ちなみに2人は知る由も無いが、この3人の中で今一番お金を持っているのは杏子だったりする。食事代は基本士郎持ちで杏子が払うことは無く、しかも何だかんだ理由を付けてお小遣いまでもらっている。それにそうでなくとも、ATMを盗んだりぶっ壊したりと、非合法な手で集めた貯金があるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 店にはすぐについた。お昼時だが存外人は少ない。ただ店員たちはオーダーを取っていて出払っているのか、お待ちくださーいの一言で、3人は少々待たせれることになる。

 その間に何の食べ放題コースにするかでおしゃべりを重ねる3人は、年相応の少女たちであった。魔女だの魔法少女だのと言った血腥い存在とは無縁の少女たちだった。

 何のコースにしましょうか、種類多い方がいいっしょ、デザートはパフェが良いなぁ。その会話を聞いて、彼女たちがまさか人知れず命を削って戦っているとは、誰も夢にも思わないだろう。

 

 ところで、だが。

 世の中には絶妙に運の良い人がいる。

 

 アイスの当たりくじを引いたり、欲しかったものが偶々安売りしたり、生じた問題が偶然解決したり。

 わざわざ人に話すほどのものでなく、それでいてラッキーと思える内容に、それなりの頻度で当たる人はいるのだ。

 それが日頃の行い故か、或いは生まれ持ったものなのか、偶々の巡りあわせか。

 その是非は、分かりはしない。

 

「あ」

 

 本当に、偶然だった。

 まどかはそう思った。

 

「え」

 

 この店に来るとは決まっていなかった。

 杏子の一言でそうなったが、彼女が違う店を上げていた可能性もあった。

 そもそも、あの時まどかがお腹を鳴らさなかったら、食事をしていたかどうかもわからないのだ。

 

「へ」

 

 目の前で、相手が呆けた顔をしていた。その子はずっと探していた少女だった。

 テーブル席に案内される途中。本当に偶々偶然耳に届いた、聞き覚えのある声。そちらに視線を向けると、ある人物が視界に入った。そしてそれは相手も同じだった。

 ……ところでだが。

 世の中には絶妙に運の良い人がいるとすれば、その逆で絶妙に運の悪い人もいると思う。

 例えば、目の前で呆けた顔をしているような――――

 

 

 

 み つ け た ぁ

 

 

 

 その表情を表現する言葉をまどかは知らない。知らないが、どこかで見たことがあると思った。しかも割と最近。あれは何時だっただろうか。

 すぐ隣。視界の端に映る杏子の顔。

 眼を見開き、その人に視線を固定し、口角を吊り上げた、笑顔だけど笑顔ではない、身体の芯から震えそうな、その表情。……どう見てもマジ切れどころの騒ぎではない。感情のメーターが完全に振り切っておられる。そんな顔。

 限りなく一秒が引き延ばされるような感覚の中で、まどかは記憶を探った。今更記憶を探っても意味は無いのに。と言うか何故探り始めたのかはまどかも分からなかった。あえて理由を付けるのなら、突然の事に混乱してしまっていたのだろう。

 だが前にも言ったが、現実は何時だって少女の選択など置き去りにするのだ。

 

「逃がさねーよ」

 

 獣の様な俊敏さで、杏子は動いた。動いて、相手に次のアクションを取らせなかった。

 押し倒すかのように襲い掛かった杏子。衝撃で飛ぶ皿。慌ててそれらをキャッチする男性の太い手と六芒星。いきなりの事にポカンとしたままの店員さんに、マミが頭を下げる。

 

「とりあえず……どう死にてぇ?」

 

 それは台詞が違うと思うなぁ。

 混乱したまま、まどかはそう思った。

 目の前の混乱(ほむらと杏子)を他所に、そう思った。

 

 

 




おまけ

※昨夜皆と別れてからの杏子とマミ

PM19:00 みんなと別れてほむらとキュウべぇを探す。←24話終了後
PM19:30 キュウべぇ発見。誠意を見せろからの殴っ血KILL。
PM21:30 ほむらの家に突撃。いない。
PM23:00 いつまでも暗いマミに杏子ブチ切れ、深夜の大喧嘩開始。
AM 5:30 河原で仲良く朝陽を見る。
AM 6:30 マミの家で手当て、朝食。
AM 8:00 ほむらの家に再突撃。いない。
AM 9:00 士郎の家に突撃。いない
AM10:00 まどかの家に突撃←25話開始


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まどマギ×Fate 26

皆様、明けましておめでとうございます。
旧年中は皆様の応援のおかげで、どうにか本作を26話まで更新する事が出来ました。
本年は完結を目指して頑張りたいと思います。

……毎月1回更新できれば終わると思います。多分!


 衛宮士郎が暁美ほむらに捕まったのは、まどかたちを家に送り届けた帰り道のことだった。

 日付が変わるまで、あと一時間程度と言ったところだっただろうか。バス代をケチって、徒歩で風見野のウィークリーマンションへ帰る途中。何の変哲もない道。通り過ぎようとした、とある裏路地。

 隙間から飛び出る白い腕。掴まれる自身の手首。

 驚きに思わず顔を向ければ、そこには数時間前に姿を消したほむらがいた。まるで死人のような、そんな生気の見られない虚ろな表情で、彼女は士郎を見ていた。

 

 心底怖いと思った。

 

 真夜中に日本人形が人気のない道に佇んでいたら怖いだろ? それと同じ。

 成人済みの青年が中学生にビビり散らした瞬間だった。

 それでも驚いただけで、その他の感情はおくびに出さず、飲み込み隠しきった彼の冷静さは賞賛されるべきである。

 

「きょうりょくをようせいするわ」

 

 彼女の口から出てきたのは、機械染みた発音だった。何の声色も感じ取られなかった。だがただの棒読みとは違う、言葉にし難い迫力がそこにはあった。

 闇夜に溶ける様な黒色のロングヘア。その隙間から青白い肌と、生気を失った眼が覗いている。そして僅かに開いている口。周囲が黒か白かなので、口内の赤色がよく映える。どこのホラー映画だ、これ。

 士郎は今すぐその手を振り払って逃げたいと思った。滅茶苦茶怖かった。顔見知りと分かっていても怖かった。背筋がぶるりと震えたのは、彼女の有無を言わさぬ迫力のせいか、或いはその異様さのせいだろうか。士郎としては前者だと思いたい。

 

「……協力って、何を」

「ワルプルギスの夜」

 

 言葉は平坦だ。端的な一言は不必要なモノを極限まで排していた。

 だが語調は。一転して。激情を抑え込んだかのように、囂々とした唸りを上げている様に聞こえた。彼女の冷静沈着なイメージを覆すような、激しい何かがそこにはあった。

 ゴクリ。緊張をほぐすために動かした喉が、思ったよりも大きな音を立てた。

 

「アレを斃す。……もう、それしか私には残っていない」

 

 ぽつりと。後半については呟くようにして、ほむらは言葉を紡いだ。まるで自身に無理矢理にでも言い聞かせる様な、そんな力の無い語調だった。今までの彼女とは一線を画す、あまりにも弱々しい言葉だった。

 

 

 

「分かった、協力する」

 

 

 

 肯定する。平常通りに、気負う事無く。

 それから士郎は、手首を回した。掴まれたのは手首。だけど半分は服の上から。ならば幾ら力を込められようと、手首を回す程度難しい事じゃない。

 そしてその手をスライドさせ、士郎はほむらの右手を握った。重なる右手と右手。所謂握手というやつだった。

 

「協力するさ。当たり前だろう」

 

 今までの暁美ほむらは、どこか排他的な雰囲気を漂わせていた。それを大人びていると呼ぶには、彼女の雰囲気は成熟しきっていた。杏子やマミも年齢を思えば充分に大人びているが、ほむらのそれには遠く及ばない。

 幾ら魔法少女とは言え、それは年頃の少女が醸し出せるようなものではない。つまりはそれだけ、彼女がその10何年程度の人生の中で、見合わぬ成長を余儀なくされたと言う証明でもある。

 だけど、例えそうでも。

 彼女は少女だ

 中学生の少女だ。

 

「改めて、よろしく」

 

 中学生。誰が何と言おうと、まだまだ子どもの年齢である。間違いばっかりの子ども。どんな想いを背負っていようとも、大人が守っていかなければならない年頃だ。

 士郎の何の気負いも無い言葉に、ほむらは驚きに少しだけ目を見開いた。鉄面皮がデフォルトの彼女の、それも赤の他人に見せるにしては希少な瞠目。

 

「それにルビーの馬鹿の回収も残っているしな。アイツはキュウべぇとワルプルギスの夜ををとっちめないと帰らないと駄々をこねている」

 

 おどけるように。士郎はルビーの事を口にした。……おどけた口調だが、割と本心でもあった。ルビーの回収もそうだし、キュウべぇとワルプルギスの夜を倒すのも。

 全部、偽りの無い本心。

 

「だから寧ろ、協力してほしいのはこっちだ」

 

 改めての協力宣言。何というかまぁ……どこか気障ったらしい。士郎本人も脳裏にどこぞの陰険白髪皮肉野郎を思い出し、思わず顔を顰めそうになった。まぁアイツならもっと気障ったらしいだろうけど。

 ほむらは驚きの後、薄く笑った。少しだけその硬い表情を崩して。

 

「ええ……よろしくお願い、衛宮士郎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■ まどマギ×Fate ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんて、そんな冒頭の一幕があったなどとは。この場にいる少女たちは露知らず。

 というか知っていたとしても、彼女たちには関係の無い事だ。ほむらが士郎と何を話をしていたかなんて。

 事実だけを述べるのであれば。暁美ほむらはあの場から逃げ出したのだ。多数の疑問と大いなる絶望を置いて。説明を放棄して逃げたのだ。

 そんな馬鹿野郎の境遇や昨夜の行動など、この場においては何の力にもならず。

 例え説明をしたとしても、きっとどうでもいい事として処理をされるだろう。

 

「とりあえずメシを優先するけど……逃げようなんて考えんじゃねーぞ」

 

 ギロリと。剣呑な雰囲気を隠そうともせず、杏子は前の席に座る馬鹿野郎こと暁美ほむらを睨み付けた。行儀悪く肘をつきながら、殺気に満ちた視線をぶつける。もしも視線で人が殺せるのなら、まず間違いなくほむらは死んでいるだろう。

 

「佐倉さんほどじゃないけど、私も同じような意見よ。逃げる、なんてことは考えない事ね。あ、それとみんな。お肉とお野菜を追加するけど何か希望はあるかしら?」

 

 マミは相変わらず柔和な笑顔を浮かべていた。だが言葉の端々からは、杏子ほどではないにせよ、ほむらを逃がさないと言う意思が感じられる。今だってタッチパネルを操作しながらも、意識の3割くらいはちゃんとほむらに向けている。何か不穏な動きをしようものなら、即刻取り押さえる為だ。

 

「そうだよ、ほむらちゃん。今回は逃げるなんて許さないからね。あとマミさん、私、甘キャベツ食べたいです」

 

 まどかはほむらの隣に座り、あのほんわかした笑顔のまま不退転の意志をぶつけた。何か都合が悪いことがあると、ほむらちゃんすぐ逃げるんだもん。少々の呆れが混じったその一言が、ほむらの胸の内をさり気なく、しかし的確に効果的に抉った。ルビーの悪影響のせいか、最近のまどかは性格が悪めだ。

 

「……逃げないから、解いてくれないかしら」

 

 そして、その。渦中の暁美ほむらは。

 彼女はその細い腰に黄色いリボンを巻かれ、この場にいる3名と繋がれていた。マミの魔法による拘束。例え魔法少女に変身し、時間を止めて逃げようとも、こうやって繋がっていれば逃げられることは無い。ゴリラパワーで引き千切られたら? ここにはほむらを越えるゴリラが2名(マミと杏子)いるので、引き千切る間に取り押さえ可能だ。

 ごくん。頬張っていた肉をロクに咀嚼せずに飲み込むと、杏子は問いかけに答えた。無理だね。

 

「アンタのせいでこっちは焼肉2回喰いそびれてんだよねぇ。最低でもアタシが食い終わるまではそのまんまだから」

「……昨日1人で20人前も食べていたじゃない」

「〆がまだだっただろ。冷麺、ビビンバ、ジャンボパフェ。あとアイスとハニートースト。特製プリンに杏仁豆腐。あ、マミ。肉追加で。牛肉な、牛肉! 一番高いヤツ!」

「佐倉さん、野菜も食べなきゃダメよ」

「牛は草食って生きているから野菜だろ?」

「どんな理論よ……」

 

 はぁ、と。マミは溜息を吐き出した。だが仕草に反して、顔はそこまで辟易としているわけではない。どちらかというと……いや、寧ろ嬉しそうだ。

 今だってなんだかんだ言って、杏子の希望通りに一番高そうな肉を選んで注文している。しっかり4人前×3種類。勿論全部牛肉だ。

 

「あ、ほむらちゃん。お肉もう食べれるよ」

「……もうお腹いっぱい」

 

 げんなりとした表情で、ほむらは溜息を吐き出した。彼女は皆が来る前からここで食事をしている。言葉の通り、既に満腹なのだ。もうこれ以上胃に何も入れたくないのだ。

 ちなみにここで食事をしていたのは、衛宮士郎と今後――つまりはワルプルギスの夜対策――の話をしていたからだ。昨夜の協力要請→互いの能力の確認→魔女退治がてらコンビネーションの確認と、一睡もせずにフル稼働で動きづくめたほむらと士郎だったが、流石に昼を迎えてもそのままというわけにはいかず、ほむら家近くのしゃぶしゃぶチェーン店でエネルギーの補給に来たというのが事の顛末だ。ちなみに流石のほむらも今日ばかりはお腹が減ったのか、普段よりは多めに食事をしている。具体的には肉を1.5人前と野菜を2人前とご飯1杯くらい。

 

「せっかく士郎が払ってくれたんだ。もっと食えよ」

 

 マミ、肉追加ぁ。届いた追加分を風情もへったくれも無く鍋に落とす杏子。流石にマミは呆れを隠さずに咎めた。食べ終わってからにしなさい。

 ちなみに件の士郎はこの場にはいない。すでに退出済みである。ぶち切れ気味の杏子を最高級しゃぶしゃぶプラン(1人あたり約5,000円のヤツ)で宥めると、早々にこの場を後にした。ワルプルギスの夜退治には協力するが、ほむらの人間関係の修復までは協力範囲外と言うやつである。しかも杏子が殺気立っているこの状況は、ほむらにも原因があるので尚更である。寧ろ杏子を宥めて、全員分の食事代を先払いで奢っただけ、彼は必要以上にほむらに協力をしていると言えるだろう。

 尤もほむらからすれば、自分1人を置いてけぼりにして逃げ帰りやがったという認識なので、衛宮士郎への評価は駄々下がりなのだが。

 

「鹿目さん、キノコ系は大丈夫かしら?」

「はい、食べれます! いただきますね!」

「キノコかぁ。なぁ、マミ。松茸ある?」

「流石に無いわねぇ、シメジとシイタケでいいかしら?」

「えー、じゃあいいや。肉追加で! あとご飯!」

 

 良く食べられるわね。けふっ、と。胃から空気を出して、ほむらは窓の外へと視線を向けた。特に意味は無い。

 窓の外は平和なもので、サラリーマンが早足で歩いたり、主婦が赤ん坊を抱いて歩いたりしてる。散歩中の老夫婦、2匹仲良く互いの毛づくろいをしている猫ちゃん。あと、よくよく見れば制服姿の学生もちらほら。サボりなんて不真面目な子たちね。自分たちの事を棚に上げてそう思う。それは所謂現実逃避めいた思考であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ腹も膨れたし、尋問と行こっかぁ?」

 

 けふっ。粗野な言葉に反して可愛らしく胃から空気を吐き出しながら、杏子はギロリとほむらを睨み付けた。とは言え、腹が膨れているせいか、出会い頭のような剣呑さは無い。まぁ相変わらずムカついてはいるのだろうけど。

 そんな杏子を抑えるようにして、マミが口を挟む。

 

「ちょっと待って、佐倉さん。その前に訊きたいことが幾つかあるの。そっちを優先しても良いかしら」

「訊きたい事ぉ?」

「ええ。ワルプルギスの夜について。……それと、暁美さん自身の事について」

「ワルプルギスの夜はまだしも、コイツについてもか? ……まぁ、いいぜ」

 

 アタシの用件はその後でも構わないし。そう言って杏子はスプーンを口に咥え、行儀悪くも舌先で遊び始める。本当に自分が知りたいこと以外には興味が無いのだろう。

 ありがとう。そう言って、マミは真っすぐに視線をほむらに向け直した。

 

「魔法少女の真実とか、魔女の事とか。キュウべぇが私たちに教えなかった情報を暁美さんが知っているのは、まだいいわ。けどワルプルギスの夜のような、キュウべぇが知らない情報を貴女が知っているのは、何故なのかしら」

「……」

「言い難い事ではあると思うわ。でも教えてほしいの」

 

 言葉遣いは丁寧だし、語調も今までと変わらず柔らかで。でもどこか、嘘も逃げも許さないという強い意志を込めた言葉。

 ほむらの相変わらずの冷たい眼に、マミは視線を絡ませた。射貫くように、逸らす事無く。

 

「……知ることに、何の意味があるの?」

「正直に言うと、私は貴方を無条件に信じていいのか計りかねているわ」

 

 冷たい言葉だ。まどかはそう思った。だけど、その言葉に異を唱える事は出来ない。寧ろあれだけ排他的な態度を取ったほむらを、どういう理由や経緯があれど信じようとしてくれるだけ、マミは寛大な対応をしている。これが杏子やさやかならブチ切れからの絶縁間違いなしである。

 実際杏子は傍から見ていても分かりやすいくらいに顔を顰めている。

 

「魔法少女の真実を教えてくれた事には感謝をしているわ。……あのまま知らなかったら、いつの日かにきっと絶望して、魔女に成り果てていたでしょうから」

「……」

「けど、それとこれとは別よ。私と貴方の信頼関係は、今はフラットな状態。私は貴方を知る必要がある。一緒に戦うと言う意味でも」

「……ワルプルギスの夜を倒す。それだけなら、知る事に意味はないと思うわ」

「「うわぁ」」

 

 思わずまどか、及びその胸元でネックレス状態になって待機していたルビーは、同じ声色で同じ言葉を上げた。要は呆れたと言わんばかりの相槌。

 

「じゃあその不信感を引き摺ったまま、ワルプルギスの夜に挑むことになってもいいと?」

「貴女が力を貸し切れないと言うのならそれでいい。私1人だけになったとしても、私は戦うだけだから」

「それはつまり、1人で勝てると言う算段があるという事かしら。私たちに協力を求めたのは、あくまでも保険って事?」

「万全を期すなら力を借りたかった。それだけ」

「ふぅん……」

 

 これではいつぞやの焼き回しである。流石のマミも不服そうに眉根を寄せた。温厚な彼女でコレなのだから、他の面々なら結果は言うまでもないだろう。

 どうしたものか。まどかはテレパシーでルビーに相談をかけるが、残念ながらルビーの方が相談したいくらいの案件である。

 

「まぁ、ワルプルギスの夜さえ倒せればいいなら、ほむらの言い分は間違っちゃいないよなぁ」

「佐倉さん?」

 

 そんな2人のやり取りに割り込む様に、傍らから柔らかな語調。意外にもそれは杏子から。

 だが割って入ったわりには、彼女の視線はほむらに合わせる事無く、天井へと向けられている。

 

「マミ自身はこう言ってるけど、ほっといたってこの街を守るために動くさ。昔からうざったいくらいに正義感の強い奴だからな。ワルプルギスの夜が来る事さえ伝えとけば、コイツの心配はしなくてもいいと思うぜ」

「……佐倉さん? そう言う問題じゃないんだけど?」

「分かってるって。戦力じゃなくて、戦闘面の話をしたいんだろ? その点じゃあ確かにコイツの事を信用しきれないよなぁ」

「……ハァ。それはつまり、信用してもらいたければ目的を話せ。巴マミだけでなく、貴女もそう言う事かしら?」

「いやいや、そりゃマミの理屈だ。アタシは違う」

 

 何を言いたいのだろうか。傍で聞いているまどかとしては、いまいち杏子の意図が読めない。だがそれは他の2人とルビーも同様である。顔に出していないだけだ。

 

「正直なところを言えばな。アタシはほむらの事情なんてどーでもいいんだよ。コイツが何を目的としていて、何故戦うかなんて、知ったこっちゃない」

「……じゃあ佐倉さんは、何故暁美さんに力を貸すの?」

「報酬だよ」

「報酬?」

「そ。ワルプルギスの夜を倒した際に出るグリーフシードは、アタシが好きにしていいって事で、コイツとは話済みなんだよね」

 

 やっぱ現物支給っしょ。そう言って杏子は、指でお金のジェスチャーを作った。何とも可愛げのない仕草である。

 

「そんでもって、アタシは戦闘時は好きなようにしか動かない。コイツが何を腹の中で抱えていようと、好きにすればいいさって事」

「でもそれじゃあ連携とか取れないでしょ」

「まぁね。でも今更連携の練習をしたところで、付け焼刃のレベルじゃん。なら正直、各々が好き勝手動いた方が効率イイと思わない?」

 

 ハァ。溜息を吐くと、分かりやすくマミは頭を抱えた。話し合いを始めて間もないと言うのに、自分勝手な2人を前にして、着実に心労を抱え込んでいるのは間違いない。

 だが杏子の言葉も決して的外れではない。何せワルプルギスの夜が来るまで、あと幾日も無いのだ。マミと杏子ならともかく、謎の多いほむらを交えての連携など、確かに付け焼刃にしかならないかもしれない。

 

「それにさ、正直そっちの方がマミも気が楽じゃない?」

「どういうことよ……」

「邪魔なら殺せばいいじゃん」

 

 呆気カランと。杏子は口にした。殺すという事を、何の気負いも無く、全くの自然に。口にした。

 

「コイツが時を止めるには、まずあの楯を起動させなきゃいけないし、且つ起動までに歯車を回転させる必要がある。止められる時間だって有限だし、魔力を追えば見失うことは無い。無敵じゃないんだ。下手な動きを見せるなら、さっさと首刎ねちゃえばいい」

「……佐倉さん、それはダメよ」

「ハハッ、相変わらずマミは甘いね。私がマミだったら、この期に及んで舐めた口きいているアホなんか、さっさと殺すけどね」

 

 そう言って杏子は勝気な笑みを浮かべると、その笑顔のままノーモーションで手を振るった。

 

「っ!?」

「ほむら。アンタの事情なんかどーでもいい。前に言った通り協力はしてやる。だけど、少しでも邪魔して見ろ。ぶっ殺してやるよ」

 

 笑顔とは相反した、殺意に満ちた言葉。ふりでは無い。杏子は本当に、もしも邪魔だと断じたらほむらを殺しにかかるだろう。

 はらりと。ほむらの黒髪が数本重力に引かれて落ちていく。そして彼女の白い肌に、一本の赤い線が浮かび上がった。

 ほむらは鉄面皮を表面上は崩さぬまま、己の顔のすぐ横に突き刺さった割り箸を引き抜いた。つい先ほど杏子が、神速の腕前で投擲した一本だ。

 

「じゃあな。次会う時までにもう少しマシな顔してろよ」

 

 杏子はそう言って立ち去――――ろうとして、足を止めた。あ、そうそう。何かを思い出したらしく、くるりと踵を返す。

 

「わりぃ、忘れもん」

 

 杏子はまどかに手招きをした。なんのことだろうと席を立つと、そのまま優しく脇に退けられる。?マークを浮かべるまどかの目の前で、再び杏子は手招きを、今度はほむらに向けて行った。

 

「……なに?」

「いいから来いよ」

 

 言われるがままにほむらは立ち上がり、招かれるがままに杏子の正面に立つ。何故かニコニコの杏子と無表情で鉄面皮のほむら。絵面は大変シュールとしか言いようがない。

 

「ま、食ったばかりだからな。腹は勘弁してやるよ」

 

 清々しい笑顔だったと思う。少なくとも、傍らから見ていたまどかはそう思った。

 杏子はほむらが、まどかが、そしてマミが見える様にと、握り拳を作って見せた。外見年齢に違わない、年頃の女の子の小さな拳。

 そしてその拳を――――踏みしめた両足から、回転を加えた腰を経由し、生み出された力を余すことなく伝達させ――――躊躇い無くほむらの顔面へとぶち込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「言ったよなぁ? ぶん殴ってやるって」

 

 ドゴッ! どこぞの漫画がかと聞き間違うかのような、盛大な一撃。今しがた座っていた席の奥へ吹き飛ぶ、ほむらのか細い身体。呆然とするしかないまどかとルビーとマミ。突然の出来事に騒めく店内。

 

「……ま、とりあえずはこれでチャラにしてやるよ。じゃあな、あんぽんたん」

 

 そして杏子は。その一撃で満足したのか、後の事など見向きもせず、くるりと踵を返し直して振り返りもせず店を出て行った。とんでもねぇ爆弾を放置したまま出て行った。

 

「あ、え、ええと……」

「会計しましょうか! もうみんなお腹いっぱいよね!?」

 

 咄嗟にマミは会計ボタンを押す。冷静な判断であるが、会計はすでに士郎が済ませているので特に押す必要はなかったりする。

 引き攣り顔の店員さんが来て、その旨を伝えたところで、漸く2人はその事実を思い出した。

 

「じゃあ出ましょう! 鹿目さん、暁美さんをお願い!」

「はいっ! あ、騒がしくして申し訳ございません!」

 

 見事な90度のお辞儀をする、まどかとマミ。それからまどかはほむらを抱えると、早足で店を出た。ルビーの補助は無い、彼女の自力。普段の非力なまどからしからぬ火事場の馬鹿力だった。

 店の近くにある花壇まで退避したところで、まどかは緊張を逃すかのように大きく息を吐いた。それから思った。このまま店の近くにいるのはマズイかな。混乱の中の冷静な判断。落ち着ける場所を探してスマホで検索する。あ、検索云々の前にほむらちゃんの家に行けばいいじゃん。それは天啓ともいえる閃きだった。

 タイミングよくマミも来たので、その旨を伝える。

 

「……いいじゃない? そうしましょ」

 

 普段のマミなら良識から絶対にそんな事を言わなそうだが、今日の彼女は突然の状況に色々諸々様々乱高下中である。二つ返事で了承をすると、まどかが支えているのとは反対のほむらの左肩を抱えた。いっちにいっちに。荷物を運ぶかのように、軽快な足取りでほむらの家へと向かった。

 因みにだがほむらはしっかり気絶中である。当然家に向かっているなど知らない。家主の了承を得ぬ、とんでもない判断であった。

 

 

 

 

 

「……酷い目に遭ったわ」

 

 ほむら家に到着して約20分ほど。

 むくりと。ほむらは身を起こした。言葉は平静そのまま。しかしその頬は赤くなっている。

 インパクトの瞬間、彼女は咄嗟に掌を挟んだため、無抵抗で拳を喰らう事は避けた。が、魔力を込められた一撃をその程度で耐えられる筈もなく、あえなく気絶してしまったのだ。

 

「あ、ほむらさん! 目を覚ましたんですね!」

 

 そして目前にいきなり現れる憎き六芒星ことマジカルルビー。相変わらず無駄なテンションの高さ。目覚めてすぐ目にしたその面に、ただでさえ不機嫌なほむらの機嫌は一気に最下層まで落ちた。

 

「ほむらちゃん! 大丈夫!?」

 

 が、間髪入れずに奥からまどかが現れた事で、ほむらの機嫌はやや不機嫌までに回復する。ルビーのせいか、或いは色々と隠してきたことが明るみに出たせいで億劫になったのかは分からないが、今日のほむらは情緒が不安定である。

 

「あ、動かないで! 今氷買ってきたから!」

 

 氷? 訳が分からず?マークを浮かべるほむらだったが、とりあえずされるがままに任せる事にする。テキパキとまどかは用意を終えると、ほむらを寝かせてその赤く腫れた頬にタオルを敷き、上から氷を入れた袋を置いた。

 

「まだ安静にしていてね。無理に動いちゃダメだよ」

 

 そう言いながら、よしよしとほむらの頭をまどかは撫でた。相も変らぬ女神っぷり。ルビーは感嘆に深々と息を吐いた。これを計算ではなく素でやるのだから恐ろしいことだ。まさに現代の癒し。ルビーとしては前のマスターに見習わせたいくらいである。

 

「……杏子は」

「えーと……帰った、かな?」

「……そう」

「何があったかは覚えているの?」

「ええ、勿論」

 

 分かりやすく握り拳を作るほむら。しっかりこの一撃は返してやる。そんな意思をまどかは感じ取った。

 とは言え諸々のこの状況を招いた事については、ほむらにだって原因及び責任がある。多分また殴り返されるだけだと思うよ。喉まで出かかったその言葉。それを困ったような笑顔でまどかは飲み込んだ。言わぬがなんとやらである。

 

「あら、暁美さん起きたのね」

「……巴マミ」

「ええ、そうよ。まだ混乱している感じかしら?」

「いえ、大丈夫だと思います。意識ははっきりしていますし、ついさっきは普通に受け答え出来ていたので」

 

 そう。言葉少なく頷くと、マミは何故か段ボールを持ち直した。え、何事? マミの移動に合わせて視線だけを向けるほむら。その先で、割れた窓を目撃した。

 

「先に言っとくけど、これは不幸な事故よ」

「……佐倉杏子ね」

「ノーコメント」

 

 マミさん、それは認めている事と同じだと思います。そう思ったがまどかは口にしなかった。正論が状況の解決に至るとは限らないのだ。と言うかほむらも察しの良い事だ。彼女も何だかんだで杏子に振り回されているのかもしれない。

 

「さて。それじゃあ、お話いいかしら?」

 

 段ボールで割れた窓の応急処置を済ませた後、マミはほむらの枕元に腰を下ろした。どうしてもほむらの事情を訊きだすつもりらしい。まぁ仕方がない。ここで後日に出来る程時間は無いのだから。

 

「私が訊きたいことは、さっき言った通り。何故貴女はキュウべぇも知らないような情報を知っているのかしら?」

「……言っても信じられないわ」

「信じるかどうかは私が決める事よ。貴女じゃない」

「未来を知っているから。そう言っても?」

「もう少し詳しい説明が必要ね。それだけじゃ頷くわけには行かないわ」

 

 結論に対して、5W1Hが抜けている。それじゃあ頷く人はいないですよぉ。傍らでルビーはそう思った。尚、当然ながら付け足された機能のせいで、その思考は皆に筒抜けである。ほむらはギロリとルビーを睨んだし、マミとまどかは苦笑いを零した。知らぬはルビーばかり。

 はぁ、とほむらは息を吐いた。

 

「……言えないわ」

「……それが貴女の答えなの」

「ええ、そうよ。巴マミ。私は言えない。……言えないわ。言いたくても、まだ言えない」

 

 言わない、のではなく、言えない。

 言葉にすれば一文字程度の細かな違いであるが、その意味する事は大きく異なる。

 当然マミも、その意図を理解する。ほむらが隠している物事には、彼女自身の意志によらぬ部分がある事を理解する。

 とは言え、それで納得できるかと言えばそうではない訳で、

 

「ただ、」

 

 マミが口を開くのと同時に、ほむらが言葉を被せる。先ほどの言葉から、文脈を変える一言。出しかけた言葉を飲み込んで、マミは続きを促した。

 

「約束するわ、巴マミ。全てが終わったら、必ず話す」

 

 約束。それは未来の事。

 不確定だ。あまりにも。

 交渉にはなりえない言葉。

 

「それで信じろ、と?」

「今はまだ。そうとしか言えない」

 

 ほむらの言葉に、マミは息を吐き出した。深々として重々しい息の吐き出し方。

 傍らで聞いていたまどかは、どうすべきかと2人の顔を見る。この場の主人公はほむらとマミの2人。まどかの意志は重要な事では無い。だが解決も見込めないまま、空気が悪くなっていくのをただ受け入れることは、まどかは出来ない。

 マミは暫く考え込む様に目を伏せた。それから首を左右に振ると、最後にもう一度、今度は短く強めに息を吐き出した。

 

「……分かったわ」

「っ!」

「今は、分かった。ふぅ……今は一先ず、それで納得はするわ」

 

 熟考の末の納得。言葉にすればそれだけだが、マミの中で大いなる葛藤が繰り広げられていたのだろう。いつもどこか余裕を見せる彼女にしては珍しく、その顔は苦り切っていた。

 ほむらもまさか了承されるとは思っていなかったのだろう。驚くように彼女は眼を開くと、所在なさげに口を開閉した後、一文字に結び直す。

 

「その、ありが――――」

「お礼を言われる筋合いは無いわ。私は見滝原の街を守るために動くだけ。そして偶々貴女や佐倉さんが、その場に居合わせているだけ。それだけよ」

 

 手伝う訳じゃない。勝手に各々が動くだけ。つまりは先ほど杏子が言った通りの状況だ。

 だけど、それでも、

 

「それでもいいわ。……ありがとう」

 

 素直じゃ無いなぁ。傍らで聞いているまどか、及びルビーとしては、嬉しいやらもどかしいやらで色々といっぱいだった。それにこの場には居ないけど、戦う事は了承した杏子。根はやっぱり皆良い子なのだ。

 パンパン。マミは掌を叩くと、口を開いた。

 

「はい、それじゃあ話は一旦お終い。私は暁美さんからもらった資料を基に、これから狙撃ポイントの選定に行くわ。皆はどうする?」

「私は一旦家に帰ります。……パパから連絡が来てますし」

 

 まどかはそう言って、自身のスマホを見せた。そこには実の娘を心配する父親からの連絡が表示されている。内容は割愛するが、これは帰ったら大目玉コースは間違いない。

 

「まぁ、そこは……私にもどうしようもできないわね。暁美さんは?」

「腫れが引くまでは安静にしているわ。この程度の回復のために魔力を使うのも勿体ないし。腫れが引いたら、衛宮士郎とのコンビネーションを再確認しに行くわ」

「あら、衛宮さんと? なんだか妬いちゃうわね」

「それは私に? それとも彼に?」

「さぁ?」

 

 けーっ! その会話を聞いて面白くないのはルビーだった。私の女の子のパラダイスに汚い男が入って来るんじゃないですよ、って気分だった。彼が有能なのは分かっていても、気に入らないものは気に入らないのだ。

 まどかはそんなルビーの頭を撫でた。撫でられてやさぐれた心が浄化されるルビー。もう扱いはお手のものである。それでいいのか。

 

「それじゃあ、私たちはお暇させて頂きましょうか。安静にね、暁美さん」

「じゃあね、ほむらちゃん!」

「ほむらさん、ごゆっくり!」

 

 三者三様の言葉をかけて、慌ただしくほむら家を出る。少し傾いた陽。午後3時。遠くから聞こえるチャイムの音。学校が終わったのかな。絶賛サボり中のまどかたちには関係の無い事だ。……はぁ。

 先ほどまでのやり取りから一転し、思いっきり心臓をバクバクと動かしながら、まどかは震える指でスマホを操作した。表示されるは、まどかパパからの連絡。それともたくさん、でも親は子供を心配するものだから仕方がない。ましてやまどかは体調不良だったのだから、家で安静にしているべきなのだ。

 

「伝言」

「してません」

「書置き」

「してません」

「何も言わずに出てきたって事?」

「……はい」

 

 まどかは泣きそうだった。何時の時代だって、子供が怖いと思うのは怒った親とお化けである。例え魔女やらキュウべぇなどの人外と接せども、そこが変わることは無い。

 マミは何も言わず、しかし優しくまどかの肩に手を置いた。グッドラック。まぁこればかりは全面的にまどかが悪い。付いて行きたいと言ったのはまどかであり、その為に必要な行為を全て排したのもまどか。マミじゃどうにもしようがない。

 

「それじゃあマミさん。……また、明日」

「ええ、また明日」

 

 まどかは覚悟を決めた。いや、嘘、決まってない。怒られるのは嫌だ。

 それでも真面目さゆえに通話開始のボタンを押す。押してしまう。鳴りだすコール音。賽は投げられた。不規則に乱れる鼓動。パパに怒られるまであと何秒だ?

 

 

 

 そんな見滝原市の午後3時。

 半泣きのまどか。

 どこかで鳴くカラス。

 人が増えて騒がしくなる街並み。

 ちょっと早いけど夕焼け小焼け。

 そしてどこからか聞こえるニュースキャスターの声。

 読み上げられる、突如現れた大型台風の速報。

 さぁ。ワルプルギスの夜が来るまで、あと何日?

 

 




おまけ

それぞれがお店で食べた量

・まどか
肉 :1人前
野菜:2人前
ご飯:1杯

・ほむら
肉 :1.5人前
野菜:2人前
ご飯:1杯

・マミ
肉 :2人前
野菜:3人前
ご飯:0杯

・杏子
肉 :25人前
野菜:0人前
ご飯:20杯


「うっし! メシ飽きたし、デザート頼もうぜ! とりあえずこのジャンボパフェ!」
「は?」
「良いわね。私ももらおうかしら」
「は?」
「私も食べる! でも、丸々一つは入らないかな……ほむらちゃん、シェアしよう!」
「え!? その、ええと……」
「えー? じゃあ人数分頼もうぜ! 全部4人前ずつ」
「ちょっと待って、私、もう、入らない」
「残したらアタシが食べてやるよ。じゃあ行くぜ」
「ま、待って! 本当に、ダメ、入らない……」


・まどか
ジャンボパフェ:0.5人前

・ほむら
ジャンボパフェ:0人前

・マミ
ジャンボパフェ:1人前

・杏子
ジャンボパフェ:2.5人前(まどかとほむらの分含む)


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まどマギ×Fate 27

前話で今年中に完結すると息巻いていたのが懐かしいです。
もう12月か……


 やぁ、さやか。……おや、随分と顔色が悪いね。今日は家へ帰って休んだ方がいいんじゃないかい?

 

 ――――……キュウべぇじゃん。アンタこそ、どうしたのさ?

 

 どうしたのさって……そんな顔色の悪さでふらふらと歩いていたら気にもなるさ。それよりも、意外だね。もう少し冷たく当たられるかと思ったよ。

 

 ――――別に。私は後悔してないから。

 

 ふぅん、そうかい。まぁ冷静でいてくれると言うのなら、こちらもありがたいよ。杏子なんかは怒り狂って話す事すらさせてもらえなかったからね。

 

 ――――それは自業自得でしょ。

 

 手厳しいね。まぁ杏子の事は置いておいて、今は君だよ。どう見ても様子がおかしいのに、何処に行こうと言うんだい?

 

 ――――……いくつか気になることがあって。それで、士郎さんに話を聞こうかなって。

 

 気になる事? ボクじゃダメなのかい?

 

 ――――アンタは隠すでしょ。

 

 やれやれ、そこは信用が無いままか。訊かれたらちゃんと答えるさ。

 

 ――――はいはい。でもさ、私の知りたい事、アンタじゃ分からない可能性高いし。だったら士郎さんに訊くよ。

 

 ふぅん。それは仕方ないね。まぁそこは好きにすればいいさ。……ただね、さやか、

 

 ――――うん?

 

 確かに衛宮士郎は特異だ。普通の魔術師とは違う。でもね、本当の事なんてわかりやしない。

 

 ――――どういうこと?

 

 忠告だよ。さやか。

 

 

 

 魔術師(衛宮士郎)は、信用しない方がいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■ まどマギ×Fate ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そろそろ俺は死ぬかもしれない。過労で。

 そう衛宮士郎は思った。午後5時の見滝原市の緑地公園で、そう思った。

 

「これが宝具」

「ああ。ルールブレイカーって言う、契約を破棄させる効果を持つ武器だ」

 

 答えながら士郎は頭上を見上げていた。正しくは空を見ようとしていた。時間通りであれば、夕焼けに染まる赤い空が見えるであろう。今日は晴天なので綺麗な夕焼け空が見える筈だ。尤も今士郎がいるのは魔女の結界の内部なので、残念ながら絵の具をぶちまけたような奇妙な色の天井しか目に入らないのだが。

 そう、魔女の結界。

 緑地公園で体力魔力共々回復しようとしたところで、運悪くも魔女の結界に巻き込まれた彼は、疲労と泣き言を飲み込み魔女退治に勤しんだのだ。その甲斐あって一般人に被害が出る前に魔女は拘束済みで、後は止めを刺すだけの状態で転がっている。

 

「そんな形だけど、普通の刃物と同じ程度には斬れるから、取り扱いには注意してくれ」

 

 士郎は天井を見上げた体勢のまま、すぐ傍にいる暁美ほむらに声をかけた。今しがた渡した短刀への注意喚起の言葉。彼女は食い入るように短刀に目を向けて……いや、目を離せなくなっていた。

 暁美ほむらはつい先ほどこの結界内に入って来た。士郎が魔女を拘束し終わったのとほぼ同時くらいのタイミングだった。

 魔女退治だろうか。士郎はそう思った。だが彼女は魔女を一瞥しただけで、特にそこに何かを言うことは無かった。それよりも士郎が投影し、手に持っていた短刀に興味を抱いたのだ。

 

「……不思議な代物ね。そもそも纏っている魔力からして奇妙な感じがするわ」

 

 そう言ってほむらは、今しがた士郎から渡された短剣をまじまじと見つめた。刃の部分が雷のように歪な形状をした、不思議な短剣。だがその形状以上に、溢れ出る魔力が、その短剣が普通のものでは無い事を誇示している。

 ルールブレイカー。破壊すべき全ての符。

 ほむらは知らぬことだが、古の時代にある魔女が所有し使用していた、宝具と呼ばれる存在である。

 

「契約を破棄させる効果……これを使えば、魔法少女でなくなる可能性があるということかしら?」

「可能性は。試した事が無いからどうとも言えないけど」

 

 問いかけに返しながら、今更ながらに士郎は思った。何でそう言えばほむらは此処に来たのだろう。話し合いなら昼飯の時に終わった筈なのに。

 思いつつ、まぁいいかとかき消した。わざわざ問いただすまでもないと彼は判断した。余計な思考をする余力もないほどに彼は疲れているのだ。

 

「ちなみにだが、魔女には効かなかったよ。刺さっただけだ」

「そう」

「俺とルビーの見解では、魔法少女にも効かない可能性の方が高いとみている」

 

 士郎は己の疲労を溜息に乗せながら、ついにその場に座り込んだ。より正確には、拘束されて虫の息状態の魔女の上に。

 繰り返すが士郎は魔力、体力とも限界ギリギリの状態である。そもそもこの緑地公園には休息を目的として来ている。なのに何故魔女の結界に巻き込まれるのか。なぜこうもピンポイントに発生するのか。世界は士郎の事が嫌いなのだろうか。

 彼は前々日の魔女退治からほぼ休むことなく働きづくめであった。もう欲求に従って寝たくて仕方が無かった。衛宮士郎は超人ではなく人間なのだ。だから数時間前に某しゃぶしゃぶチェーン店でほむらと杏子がひと騒動を起こしかけた際には、彼は金の力(約5,000円のコース)に任せてその場を収めた。まさにマネーイズパワー。普段の士郎なら絶対に取らない手ではある。が、心身共に疲れ果てていたので、迷わず金で解決したのだ。だってお金の存在意義って、あらゆる問題への解決手段だからね。仕方がないね。

 

「効かない? そう考えるのは何故かしら?」

「さっきも言った通り、魔女に使用した時は刺さっただけだったんだ。魔女になってしまう前の、魔法少女としての姿に戻ってくれる事を期待していたけど、そんな効果は無かった。なら、魔法少女に使っても効果は同じだろう」

 

 数日前に、そして今先程改めて試した結果。

 だがどちらも結局は同じだ。魔女に突き刺しても、ちょっと刺さるか、或いは魔法による攻撃が中断されるくらい。既に魔女と成ってしまっている以上、そこにあるのは実体であり、突き刺しても彼女たちが魔女という存在から解放される事はない。

 

「いや、効かない程度で済めばいいと思っている。それよりも良くない事態になるんじゃないかと思っている」

「……どういう事?」

「昨夜のほむらの説明だと、魔法少女の魂はソウルジェムに移動しているのだろう? この宝具の効果は、あくまでも契約を破棄するだけだ。もしも仮に破棄する事に成功したとしても、その後魂が元の肉体に戻らない可能性がある」

 

 寧ろその可能性の方が高い。士郎は出しかけた言葉を飲み込んだ。今知りたいのはほむらの見解であり、己の認識の披露ではないからだ。

 ほむらは口元を左手で隠すように覆った。そして考え込む様に眉根を寄せる。

 

「……何故、私に訊くの?」

「ほむらが一番魔法少女について理解をしているからだな」

 

 真実を知らない面々に訊いても効果的な答えは得られない。士郎が今知りたいのは想像による空論ではなく、実績と経験に基づいた論理である。そして今、この見滝原市で最も魔法少女に付いて知識を有しているのは、間違いなくほむらだ。

 

「……試さない事には、何とも言えないわね。ただ、肉体に刺しても意味はない可能性が高いわ」

「根拠は?」

「キュウべぇも言っていたでしょ。魔法少女の本体はソウルジェム。肉体はただの器」

「契約は魂と行っているから、魂の宿っていない肉体に刺したとしても、意味は為さないと」

「そういうことよ。……ほら」

 

 ほむらは士郎に見せつける様に、左の掌を開いてみせた。そしてその中心部に、何の躊躇いも無く刃先を突き刺す。

 

「ね? 何も効果はない」

「……だとしても、驚かさないでくれ」

 

 それは薄々は士郎も勘付いていた事だ。魔法少女になってしまった以上、肉体の方への契約破棄関連の魔術は効かないだろうと。

 だとしても、それ(予想)これ(実践)とは別。

 あまりに急な事に、士郎は驚きで何も言えなかった。実践結果が結果だから良かったものの、もしも何か起きたらどうするつもりだったのか。或いはもしもいきなり魔女となってしまったらどうするのか。魔法少女として活動できなくなったら、魔力が暴走をしたら、ソウルジェムにまで効果が及んだら。

 あらゆる文句が思考を満たし、口から溢れかかったが、士郎は溜息一つで無理矢理に霧散させた。ほむらはどうにも結論を急ぎ過ぎな面があるが、確証の無い事を行いはしない傾向にある。

 

「効果があるとすればソウルジェムの方だけど、試すのは最後の手段ね」

 

 ファサッ、と。彼女はその特徴的ともいえる、黒髪をかき上げる仕草を見せた。冷静沈着なようで何よりである。

 士郎はこれ以上何かをされない様に、ルールブレイカーを受け取ると、すぐに霧散させた。

 

「消えた……成程。ただ刃物を射出するだけでなく、特殊効果付きの刃物も意のままに用意できるわけね」

「まぁそんなところだよ」

 

 宝具を刃物として一まとめにされるのは心外であるが、そこを細かく正すことに意味はない。正す気力も今の士郎には起きない。

 新しい手段を探さなくちゃな。策が一つ潰えた状況ではあったが、前向きに士郎は現状を受け入れた。分からないが不可能に変わっただけ進歩しているのだ。思い通りいかなかった事に固執して思考を止めている余裕はないのだ。

 

「仕方がない。ワルプルギスの夜が来るまでに、他の手段を探すとするか」

「私としてはワルプルギスの夜に注力をしてもらいたいのだけど」

「するさ。だけど、魔法少女の解放だって俺には重要な事だ」

「……理解しかねるわ」

 

 ほむらは彼女にしては珍しく、ボディランゲージを交えて、士郎の意見に呆れを示した。

 

「『ワルプルギスの夜を倒す事に協力をする』。それが契約の内容よ。本番に影響が出る様な行動は避けてもらいたいのだけど」

「『憂いの元となる物事は解決しておきたい』。ワルプルギスの夜に全力で対応する為にもな。それじゃダメか?」

「……好きにすればいいわ」

 

 短いやり取りだが、説得は無理だと諦めたのだろう。ほむらは溜息と共に、渋々ながら肯定の意を示した。そして踵を返す。

 

「帰るのか?」

「ええ。色々と疲れたから。……先に言っておくけど、私は充分な量のグリーフシードを既に確保しているわ。そこのそれは貴方の好きなように使えばいい」

「ん、分かった」

 

 そこのそれ。つまりは士郎が組み敷いている魔女。グリーフシードも要らないとは、もう魔女に関与するつもりはないらしい。

 ほむらは本当に疲れているのだろう。いつもはしっかりとした足取りで歩くものだが、今日はどうもふらふらとしている。それも当然で、彼女も士郎と同様に今日に至るまで働きづくめだったし、なんなら先ほどは杏子と一悶着もあったのだ。

 彼女は何かを探すかのように暫く周辺を彷徨うと、暫し立ち止った後、何故か士郎の元へと戻って来た。

 

「……前言を撤回するわ。早く魔女を倒して」

 

 古今東西を問わず、結界術とは大きく分けて2種類に分類される。外からの侵入を拒むか、中に封じ込めるか。

 そして魔女の結界とは、基本的には中に封じ込めるものである。得物を誘い、そして逃がさぬ様に。自身の力を最大限に発揮できるように。

 現状既に虫の息になったとはいえ、結界の効能に陰りは無い。

 

「なるほど。出らんないのか」

 

 いつもなら諸々気の回る士郎だが、疲れ果てた彼にそこまでを求めるのは酷というものだ。つまりはデリカシー無し。端的に、それでいて直結に、ほむらの状況を言葉にする。イギリス在住の恋人兼師匠がいたら、制裁の一撃か鋭利な皮肉が飛んでくるのは想像に難くない。

 だが此処にいるのは疲れ果てた苦労性×2だけである。

 こくり。素直に彼女は頷いた。普段なら絶対に見られまい、自身の感情に直結した行動。ルビーがいたのならそのほむらの初めてとも言える素直な様子に諸々の情緒がぶっ壊れただろうし、まどかは素直に人の手を借りるほむらに感激して泣いただろう。つくづくこの場に唐変木でじじむさい野郎しかいないことが悔やまれる。

 

「……じゃあ、終わらせるか」

 

 投影開始。士郎は小さく、いつもの言葉を唱える。そしてその手に顕現する中華刀。干将・莫邪。

 

「ごめんな」

 

 命を奪う。どんな理由があろうとも、その事実に間違いはなく。

 胸に刻む様に。士郎は呟いた。

 無感情に。ほむらはそれを見届けた。

 

 

 

 終ぞ。

 2人は自分たち以外の誰かがこの場にいる、なんて。

 そんなことに気が付きもしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そろそろ私はダメかもしれない。本当に。

 そう鹿目まどかは思った。午後8時のまどかの自室で、そう思った。

 

「いや~、怒られましたね~」

「……」

 

 ふくれっ面を隠す事無くまどかは頭上を見上げていた。正しくは寝転がった自身の上をふよふよと浮遊するルビーを見ようとしていた。いつも通りであれば、この時間帯はドラマを見ているか、さやかやルビーとおしゃべりをしている。今日は追っているドラマの放映日なので、いつもならリビングにいる筈だ。尤も今は激おこ状態のママをパパがリビングで宥めているので、残念ながら今日の放映は諦めるしかないのだが。

 そう、もう午後8時。

 マミやほむらと別れた後、ルビーと一緒に帰宅したまどかを待っていたのは、当然のことながら愛するパパによるお説教タイムだった。勿論自分が悪いので、何一つとして文句を言わず説教を受けていたのだが、本当のラスボスは早退して戻って来たママである。まどかはあれほどまでに怒ったママを知らない。どれくらいかというと、怒っていた筈のパパが慌てて宥めに入るくらいであった。

 

「うーん、愛されていますねー」

 

 まどかは寝転がって天井を見上げた体勢のまま、すぐ頭上を浮遊しているルビーを睨み付けた。今しがた発せられた、まるで自分には非が無いとでも言わんばかりの、他人事的な態度。まどかはルビーに目を向けて、可愛らしくその頬を膨らませた。

 まどかが怒られている間、当然のことながらルビーはただのアクセサリーに扮していた。何も発言しなかった。だが状況は把握しているはずである。

 

「……ルビーが応答してくれれば良かった話なのに」

 

 そう言ってまどかは、顔を半分ぬいぐるみで隠しながらルビーを可愛らしく睨み付けた。まどかが外出したのは、音信不通のほむらを探すためであった。ルビーと士郎にも連絡が付かず、マミも杏子も困っていたから、まどかは協力してほむら探そうとしたのだ。

 なのに。実際にはルビーは殆どずっとほむらといたと言うではないか。

 まどかの呼びかけには答えない癖に、だ。

 

「まぁ確かに秘密のおしゃべりをしていたとはいえ、テレパシー機能をオフにしていたのはルビーちゃんのうっかりってやつですね。テヘペロ」

「……」

 

 まどかは尚も不機嫌さを隠そうともせずルビーを睨み付けた。だがその位で痛む良心をこの人でなしが持ち合わせているはずが無い。なにせ製作者自らが「コイツヤベェ」と思った代物なわけなので。

 ……とは言え。まどかとて出会ってからひと月も経過していないとはいえ、ほとんど四六時中をこの愉快型魔術礼装と一緒に過ごしているのだ。何を思って行動をしているのか、何を隠しているのか、それくらい分からないはずが無い。

 きっと、というか絶対。まどかには言えないような事にルビーは首を突っ込んでいるのだ。それは予感ではなく確信である。

 

「……別にいいけど」

 

 ぷいっ。ルビーから視線を外し、まどかは今度こそぬいぐるみに顔を全て埋めた。視界を全てぬいぐるみで覆いつくした。

 此処で無理矢理に問いただそうとしても、ルビーは絶対に口を割らないだろう。それくらいは分かる。また適当な事を言って煙に巻くのだ。絶対に秘密裏に行動している内容について口にすることは無い。

 だがそれはつまり、それだけ危険な事に首を突っ込んでいる証明でもある。きっとキュウべぇや魔法少女の真実にも関わる事なのだろう。言わないのはまどかを巻き込まないための、ルビーなりの優しさなのだ。

 

 と言っても、そんなもの、クソくらえなわけだが。

 

 まどかはぬいぐるみに顔を埋めながら、胸の内でグツグツと燃え滾る怒りをどうにか鎮める。そして鎮めながら思う。ルビーが言わないのなら、勝手に行動するだけだし。こう見えてまどかは存外頑固者だし、一度決めたことをやり遂げる覚悟も持っている。

 白日の下にさらされた魔法少女の真実。未だ隠し事をしているほむら。ちらっとだけ聞いた、ワルプルギスの夜。

 ルビーがまどかを巻き込まぬ様に遠ざけようとするのならば、そんなの関係ねぇと言わんばかりにその全てに首どころか全身突っ込んでやろうじゃねぇか、というやつである。

 

(……と言うか、ルビーだけじゃないよね)

 

 思い浮かべるはほむらやマミと言った魔法少女関係のみんな。最初からまどかを魔法少女から遠ざけようとするほむら。魔法少女としての一線は越えさせない様に振る舞い始めたマミ。魔法少女関係については排他的な杏子。秘密の多い士郎。大親友であるさやかを除けば、みんなしてまどかだけ仲間外れにしているような状況なのだ。

 

「(ヒエッ)」

 

 むくり。にょき。まどかは身を起こして、ぬいぐるみから顔を覗かせた。そして未だに空中を浮遊していたルビーに視線をロックオン。その眼は覚悟でガンギマリである。可愛らしい顔とは不釣り合いの、その意志の強さが隠せてない眼に、ルビーは思わず息を呑んだ。

 

「(いやああああああああ、まどかさんが悪い方向に育っているうううううううう!!!)」

 

 まどかと言えば=ラブリーでキュートでスウィートなエンジェルである。冗談なんかミリ単位も無く大真面目にそうルビーは思っているし、実際この地にいる魔法少女関係者の中では、その評価がダントツで似合う女の子でもある。

 だからこそ最近のちょーっと性格が悪目な方向に成長しているまどかは、ルビーにとっては色々と誤算だったりする。もっと素直で可愛らしい反応を見せてくれてもいいのよ。まぁそんなまどかの成長の原因の99%はルビーが担っているのだが。

 「(よよよ。まさかまどかさんも凛さん、杏子さん、ほむらさんと同じようにツンデレになっちゃうのでしょうか。まどかさんと4人でクワトロツンデレッドなのでしょうか。紅、赤、紫、桃のツンデレッドチームなのでしょうか)」。そんな阿呆みたいな嘆きは、しっかりまどかに聞こえている。ゼルレッチお爺ちゃんがヤベェと思って付け足した機能。全く以って感想に困る機能である。

 

「……」

 

 ところで。そんなルビーの狂ったような独白に対して、普通で普遍でどこにでもいる常人ならば、また馬鹿なこと言い出したよコイツ程度に済ますだろう。付き合いきれんと早々に匙を投げるだろう。

 だがまどかは違う。彼女はルビーの性格をそれとなく把握している。つまりは、阿呆な事を馬鹿みたいにまき散らして道化を演じ、本当に大切な事を煙に巻く。そういう性格であると。

 だからまどかはルビーから目を離さない。待っているのは、ルビーが極稀に見せる冷静な態度。ふざけているようで理論的な思考回路。或いはあからさまとも言えるような強引な話題転換。つまりは、不審のとっかかりである。

 少しでもルビーがそんな不審な点を見せようものなら、そこから食いついて離さないぞ、という不退転の意思。流石のルビーも、一筋縄ではいかなそうなまどかの態度に、如何しようものかと頭を悩ませ――――

 

「まどかあああああっ!!!」

 

 どどどどどどっ! ごんっ! がちゃっ!

 騒々しさとともに開け放たれるドア。咄嗟に天井の隅に逃げるルビー。驚きにフリーズするまどか。

 そしてまどかママ。

 帰宅時から全く変わらぬスーツ姿のまどかママが、受話器を片手に部屋に踏み入ってくる。その顔は相も変らぬ怒りの様相を含んでいて、まさかの追加お説教タイムかと、思わずまどかは目を瞑る。

 だがそんなまどかママの第一声は、まどかはおろかルビーすらもが、全く予想もしていない内容だった。

 

「さやかちゃん、帰ってないって! どこに行ったか知らない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やぁ、さやか。そんなところで何を……おや? さっきにも増して顔色が悪いね。いったいどうしたんだい?

 

 ――――……

 

 ダンマリかい。まぁ別に良いけどね……と言いたいところだけど、流石にこんな時間に1人でいるのを見過ごすのは気が引けるよ。どうしたんだい?

 

 ――――……

 

 ふぅん? まぁいいや。話したくなったら話せばいい。魔法少女のサポートもボクの役目だからね。

 

 ――――……キュウベぇ、

 

 うん?

 

 ――――魔女は……悪なの? 悪者なの?

 

 うーん、難しい問いだね。善悪なんて立場が変わればひっくり返るもんだし。ただ今のボクの立場から言わせてもらうと、悪にはなるかな。

 

 ――――なんで?

 

 そりゃ君たち魔法少女と敵対する存在だからさ。それに一般の人間たちにも害を及ぼす。だからボクからすれば悪だよ。

 

 ――――でも、魔法少女は、魔女になるんだよね。じゃあ私たちは、悪になるの?

 

 否定はしないよ。でもそうはならないために、グリーフシードがある。君たちは変わらず、魔女を狩り続けてくれれば、それでいい。

 

 ――――……が、

 

 うん?

 

 ――――……魔女、が。魔女がいなくなったら?

 

 そんな未来は来ないだろうから、考える必要がないんじゃないのかな?

 

 ――――そうとは限らないでしょ!

 

 そうかな? まぁその時はその時さ。それよりも目前に迫ったワルプルギスの夜をどうにかするほうがいいんじゃないのかな?

 

 ――――ワルプルギスの夜?

 

 そうさ。巴マミ、佐倉杏子、暁美ほむら、……そして衛宮士郎とマジカルルビー。彼女たちは戦うらしいけど、さやかはどうするんだい?

 

 ――――……

 

 まぁさやかは魔法少女になって日も浅いし、無理に戦う必要はないと思うよ。ワルプルギスの夜は最強最悪の魔女だからね。彼女たち全員が束になっても倒せる可能性は低いくらいなんだ。寧ろ逃げることを視野に入れるべきだとボクは思うね。

 

 ――――……魔女は、倒す。倒されなくちゃ、いけない……

 

 うん? まぁ、害を及ぼすからね。それに君たちが活動するためでもある。

 

 ――――……もし……もしも私が魔女になったら……マミさんも、ルビーも、ほむらも、杏子も……衛宮さんも殺しに来るのかな。

 

 魔女になったら殺しに来るんじゃないかな。

 

 ――――っ

 

 でもまだそんなことを考える段階じゃないだろう? 確かにさやかのソウルジェムは濁っているけど、グリーフシードで全然回復可能な範疇に見えるけど。

 

 ――――……殺しに、来る。

 

 やれやれ。どうやら会話が成り立たないみたいだ。しっかりしてくれないか?

 

 ――――……今日ね、見ちゃったの。

 

 何をだい?

 

 ――――衛宮さんが、魔女を倒したところを。……魔法少女じゃないのに、魔女を倒していた。

 

 彼は魔術師だからね。あの手には慣れているんだろう。

 

 ――――あの人は、そんなことをしないと思っていたの。魔女を魔法少女に戻す方法を探してくれている。そう思っていたのに……

 

 ハハッ、魔術師がそんな人助けみたいなことをするわけないじゃないか。

 

 ――――……?

 

 言っただろう、さやか。魔術師は信用しない方がいいって。

 

 ――――キュウ、べぇ?

 

 魔術師なんてのはね、君たちで言うところのガンみたいなものさ。百害あって一利なしなんだよ。

 

 ――――でも、

 

 今からでも遅くない。手を切った方がいい。魔術師どもに関わっていいことなんて、なにもないよ。

 

 ――――そんな、こと、

 

 目的のために全てを犠牲にするのが魔術師だよ。仲間も、友人も、恋人も、家族も、あるいは自分自身すらも。……見たんだろう、さやか。衛宮士郎が魔女をいたぶっていたところを。

 

 ――――……

 

 もう一度言うよ、さやか。

 確かに衛宮士郎は特異だ。普通の魔術師は違う。でもね、本当の事なんてわかりやしない。

 だから、

 

 

 

 魔術師(衛宮士郎)は、信用しない方がいい。

 

 

 

 それにもう一人(マジカルルビー)もね。

 

 

 




おまけ


※描写忘れていた且つ、今更入れることもできない内容についての簡易説明。

①士郎が暁美さんではなくほむら呼びになっている
 ⇒前話の協力要請時に名前呼びに変更。士郎、ほむらと呼び合っている。

②ほむらが杏子にぶん殴られた痕について
 ⇒本話で結界侵入前に治療済み。でもそのせいでほむらの魔力が枯渇かつ疲労ピーク。

③なんで魔女の結界からほむらは出られなかったのか
 ⇒②の通り限界ギリギリだったので、結界から抜け出る余力は無かった。グリーフシードを使うという頭もないほど疲れていた。

④なんでこんなにまどかの性格が頑固なのか。
 ⇒99%ルビーのせい。


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