艦娘抱けるかな (狂猫病)
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第1シーズン
ある夜、秘書艦と *


 提督は腕を伸ばし、机の上のスタンドのスイッチを入れた。オレンジ色の光が放射され、薄暗い執務室内をぼんやりと照らした。

 膝の上に跨っている吹雪の頬も、薄赤く色づいていた。手を添え、引き寄せて接吻する。

 

「んっ……」

 

 華奢な腰に手を回した提督が力を込めて引き寄せると、口づけしたままの吹雪は小さく声を漏らした。

 控えめな胸の膨らみが、制服ごしに提督の胸に押しつけられている。小柄で細身の吹雪であるが、躰には意外なほどの弾力があった。

 提督がスカートの上から小さな尻を撫でると、吹雪がかすかに息を呑んだのが、触れあった唇の震えから伝わった。

 吹雪が唇を離し、困ったように眉をひそめて訊く。

 

「司令官、ここで──ですか?」

 

 訊きながら、提督の後方を肩ごしにちらっと見やる。

 視線の先──執務室の奥には提督の私室に通じるドアがあった。私室には提督用のベッドや簡素なシャワールームが備えられている。

 

「そうだな。場所を変えるのも面倒だし、とりあえずしよう」

「でも私……シャワーも浴びてないですから──」

「どうせ終わったあとにも浴びるんだから、二度手間だ」

 

 そう言って提督は、吹雪の唇をふさいだ。

 吹雪はしばらく抗議するように口を閉じていたが、提督の舌が強引に唇を割って侵入すると、諦めたように力を抜いて受け入れた。提督の舌の動きに合わせ、遠慮がちに舌を絡める。

 口内で唾液の絡む水音が、提督の脳裏に響いた。密着した吹雪の呼吸と鼓動のリズムが速まっていく。

 提督は、右手を吹雪のスカートの下へと差し入れた。手の甲が内腿に触れた瞬間、吹雪はわずかに身じろぎをし、曖昧に揺れる瞳で提督を見つめた。

 スカートの中の空気は、すでに熱く湿っていた。

 

「はっ……ん……」

 

 湿ったその部分に指が触れると、吹雪は切なげな声を漏らした。

 薄い布地の上から、提督はゆっくりと裂け目をこすり上げる。吹雪が眉根を寄せて唇を噛んだ。

 往復する指の速度が増すにつれ、吹雪は息遣いを荒らげ、提督の頬をくすぐった。下着ごしの吹雪の秘所から、にちゃにちゃとかすかな水音が聞こえている。

 

「気が進まないとか言ってたわりに、ずいぶんと……じゃないか」

 

 指を止めて提督が言うと、吹雪はきまりが悪そうに笑みを浮かべた。

 

「だって、そんな、触られたら……」

「──後ろめたくて、気が進まないなんて言ったのか?」

 

 吹雪は小さく頷いた。

 

「やっぱり、秘密にしてないと駄目ですか」

「自慢したいわけじゃないなら、言わないほうがいい」

「自慢なんて……そんな……」

「そう受け取られかねない──って意味だ。うぬぼれじゃないが、鎮守府でたったひとりの『男』と寝たら、そう思う艦娘だっているかもしれん」

 

 吹雪はわずかにうつむいたまま、考えこむような表情で沈黙した。

 

「どうした?」

「その……前から少し、考えていたんですけど──」

 

 言葉を切って顔を上げ、提督を見つめる。

 

「──司令官、ほかの艦娘も、抱いていただけませんか」

 

 提督は、言葉に詰まった。

 問うようにまっすぐ見つめてくる吹雪の視線を避け、なんとか口を開く。

 

「なに馬鹿なこと、言ってる」

「馬鹿なこと……ですか?」

「複数の艦娘と関係を持つなんて、鎮守府崩壊へまっしぐら──って感じだ」

「崩壊……」

「痴情のもつれは、コミュニティが破綻する理由の定番だ。……真ん中にいるのが、普通は女のほうなんだろうがな」

 

 吹雪はふたたびうつむき、わずかに肩を落とした。

 

「……みんなが司令官に愛してもらえるなら、絶対いい考えだと思ったんですけど……」

「俺はお裾分けの菓子とは違うからな。それに──」

 

 左手で吹雪の後ろ髪をもてあそびながら、提督は言った。

 

「──順番待ちって、嫌だろ?」

 

 吹雪が首を傾げ、顔の両側に垂らしている横髪が揺れた。

 

「順番待ち?」

「考えてみろ。鎮守府の艦娘は、前線基地に詰めてる連中も含めて170隻を超えてる。一日一隻で回しても、おまえの番が来るのは半年に一回。──彼岸じゃあるまいし」

 

 吹雪はくすりと笑いを噛み殺した。

 

「それはたしかに、ちょっとつらいかも……ですね」

「だろ? しかし……俺の立場からすると、毎日違う艦娘を抱くってのは、嬉しさ半分、恐ろしさ半分って感じだな」

「あ、やっぱり嬉しいんだ」

「そりゃ、まあな。男の夢みたいなもんだ」

「へえ……」

「──こういう考え方って、嫌か?」

 

 吹雪は微笑んで首を振った。

 

「半年に一回はちょっと寂しいですけど、司令官にそうしてもらえれば、私は嬉しいです」

「なぜ?」

「だってきっと、鎮守府のみんなが、幸せになれるから」

 

 提督は少し呆れて、吹雪の顔を見た。にこにこと微笑んでいる。

 小さく舌打ちして、膝の上の吹雪の尻を抱えなおした。

 

「ご立派なことだが……跨がりながら言われても、な」

 

 提督は指で吹雪の下着を脇にずらし、秘裂を直接なぞった。まだ愛液が溢れているそこは、ひと際体温が高くなっていた。

 

「あっ──そんないきなり、触ら、なぁ、んっ……」

 

 裂け目に触れた人差し指の先端が、ぬるりと内部へと飲みこまれる。提督は奥まで挿し入れず、入口付近の襞を細かく引っ掻くように刺激した。

 

「あっ……あっ、はぁっ……」

 

 肉襞をこすられるたびに、吹雪は甘い声で鳴きながら全身を震わせた。膣からは愛液が滴り落ちるほど溢れ、指の動きに合わせて、ちゅくちゅくと卑猥な音をたてている。

 提督は空いている手で吹雪の手を掴み、自分の股間に誘導した。すでに硬度を得ているその部分に触れ、吹雪はうっとりとした視線を注いだ。

 

「ああ……もう、こんなに……」

 

 はぁ──と溜息を漏らす。発情の気配が濃い。

 提督の内側で、情欲が鎌首をもたげた。もどかしい手つきでベルトを緩め、ファスナーを引き下げる。下着ごとズボンを足首まで降ろし、充血して直立している性器を露出させた。

 吹雪が魅入られたように凝視し、呟く。

 

「ああ……すごい……」

「ほら、挿れるから腰上げろ」

 

 左手で吹雪の尻を引き寄せ、逆の手で陰茎の先端を秘裂にあてがってこすりつけた。

 吹雪もスカートをたくし上げると、従順に腰を浮かせ、協調する。

 

「んんっ……!」

 

 吹雪がゆっくりと腰を落としていく。陰茎が、みちみちときつい感触で、熱くぬめった秘裂を割り、飲みこまれる。

 中ほどまで受け入れたところで、吹雪は自分を落ち着けるかのように目をつぶって息を吐き、腰の下降を中断した。

 提督は焦れた。

 吹雪の尻を両手で掴み、無遠慮に引き下げる。

 

「やっ……んっ!」

 

 急激に最奥部まで貫かれ、吹雪は声を上げてのけぞった。

 提督は椅子の背もたれに体を預けながら、腰を跳ね上げるように突き出す。

 

「ひゃっ、あぁん!」

 

 突き上げるたびに、吹雪の内部はきつく提督を締めつけた。提督の太腿と吹雪の臀部の肌がぶつかり合い、湿り気を帯びた交接の音が響く。

 のけぞった姿勢のまま上下していた吹雪の躰が、やがて崩れるように前傾した。

 提督は迎えるかたちで顔を寄せ、唇を重ねる。

 

「ん……ふう……ん」

 

 荒い息遣いで、吹雪が唇を動かす。提督が舌を差し出すと、吹雪もそれに応えるように舌を突き出した。音をたてながら、絡み合う。

 提督は柔らかい吹雪の舌先を咥え、吸った。ほのかに甘い、唾液の味がした。夢中になって吸い上げる。

 提督の意識が接吻に集中したためか、下半身の動きはほとんど止まっていた。もどかしげに、吹雪が腰を震わせて催促する。

 提督はスカートの内部に両手を差し入れ、尻を鷲掴んで激しく前後に揺すった。

 

「んあっ──! あっ、はっ!」

 

 唇を離して吹雪が喘ぐ。スカートに入り込んだ提督の手を抑えるように、布地の上から自分の手を重ねた。なにかを求めるかのように、強く握ってくる。

 提督は律動のリズムを速めた。結合部から、じゅくじゅくと湿った摩擦音が響く。

 

「やっ──あっ──はぁんっ」

 

 内部を掻きまぜられるごとに、吹雪が短い悲鳴を上げた。

 陰茎から、ぞくぞくとした快感が提督の背に這い上がる。

 

「んっ、んっ、あっ……」

 

 切れぎれの甘い悲鳴を上げながら、吹雪がうっとりと提督を見つめた。

 射精の予感に、提督が下腹部を緊張させる。離れようと腰を引くと、吹雪が首に縋りついてきた。

 

「だめ……! 中で……!」

「おい──」

 

 離れられず、繋がったまま爆ぜた。

 同時に吹雪の内部も強く収縮し、提督を絞りあげる。陰茎から膣内へ、びゅくびゅくと精液が吐き出された。

 

「あっ……ん……ぅ……」

 

 吹雪が全身を小刻みに痙攣させ、やがてゆっくりと脱力していった。

 しばらくの間、そのままの姿勢でいた。

 

「──すまん、吹雪。外に出すつもりではいたんだが」

 

 呼吸を整えた提督が言った。

 紅潮した顔にうっすらと汗を浮かべ、吹雪が静かに首を振る。

 

「いいんです……私がお願いしたんですから」

 

 そう言って、顔を寄せる。小さな接吻の音とともに、提督は頬に吹雪の唇を感じた。

 その柔軟な感触に反応してか、吹雪の内部に繋がったままの提督の下半身が、ゆっくりと硬直を取り戻していく。

 分別のないその器官の感触に、吹雪と提督は顔を見合わせて笑った。

 

「あの……ベッド、行きませんか」

「そうだな。服も脱ぎたいし──ゴムも着けなきゃな」

「んもう……いいのに」

 

 そう言って吹雪は微笑み、握った手で提督の胸を軽く叩いた。

 

 

 ◇

 

 提督の私室は、業務を行う執務室に隣接して設置されていた。バーカウンターを備えた簡素なダイニングキッチン、広めのベッドが置かれた寝室に加え、小さなシャワー室とトイレも併設されており、ちょっとしたホテル並みの部屋である。

 寝室のベッドの上には、一糸まとわぬ姿の吹雪が両膝をついて座っていた。呆けたような熱っぽい表情で、眼前の提督の裸体を見つめている。

 提督は吹雪の顔を引き寄せて口づけし、舌先で唇を軽くなぞった。吹雪が舌先で、その動きを追う。互いの舌先を舐め合うように舌が絡み、ちゅく──と唾液の音をたてた。

 不意に吹雪が、口内へと舌を挿し入れた。突然の侵入に戸惑う提督には構わず、吹雪の舌が別種の生物のように淫蕩に蠢いた。

 甘い唾液の味が、口腔全体に広がる。提督は音を鳴らして、その唾液を呑んだ。

 激しい衝動と欲望が湧き上がり、提督は接吻したままベッドに吹雪を押し倒した。

 

「……!」

 

 吹雪が声にならない悲鳴を上げ、触れ合ったままの唇が激しく振動する。

 右手を吹雪の秘所に伸ばすと、そこはもう熱い愛液で十分に潤っていた。

 すでに避妊具を装着していたペニスをあてがい、一切の加減をせず全体重で吹雪を貫いた。

 

「──んんんっ!」

 

 硬直した器官による膣内への強引な侵入に、吹雪がくぐもった叫び声を上げる。挿入しきって動きを止めた提督は、吹雪の膣内の体温が、薄いゴムごしに陰茎へと伝わってくるのを感じた。

 きつく、熱い内部の感触に、思わず吐息が漏れた。

 挿入直後は苦痛で歪んでいた吹雪の顔に、弱々しい微笑みが浮かぶ。肩で息をしながら両手で提督の頬をぎこちなく包み、そっと唇を寄せて接吻した。

 提督は下半身を動作させ、抽送を開始した。いたわりや優しさのない、機械的な動きである。

 

「はっ──あっ──あっ──んっ」

 

 抽送にあわせて、吹雪が苦痛と快楽の入り混じったあえぎ声を上げる。動きは次第に力まかせの、あるいはなかば叩きつける勢いのものに変化していった。

 薄いラテックスを隔ててこすれ合う生殖器から、ぐっちゅ、ぐっちゅと愛液が淫猥に撹拌される音が響く。

 

「あっ、んっ、はぁっ、あぁっ──」

 

 吹雪の喘ぎ声から苦悶の気配が消えていた。腰の律動にあわせて、一定のリズムで甘い声を上げる。

 躰の下の吹雪の頭を両腕で抱え込み、剛直の先端が子宮口に達するように打ち込んでいく。

 

「ああっ! ──し、しれいかん、そ、れ──す、ごい──はぁんっ!」

 

 嬌声を上げながら、吹雪が快楽を訴えた。深い抽送を繰り返していると、吹雪が不意に細かく震えだした。

 

「あ……あぁ……!」

「吹雪──?」

 

 呼びかけたその瞬間、吹雪は提督の躰にしがみついて全身を硬直させた。同時に膣内が急激に収縮し、提督を締めつける。

 

「うっ……くぅ……ん……!」

 

 快楽をこらえるように、吹雪が提督の肩をきつく噛んだ。

 

「くっ──」

 

 大した痛みではなかったが、集中が逸らされた。下腹部から唐突な絶頂の予感が湧き上がる。

 吹雪の膣内で陰茎が痙攣し、避妊具の中に精液がどくどくと吐き出されていく。

 

「は、あぁ……」

 

 呻き声を漏らしながら、精を放出しきった。

 ゆっくりと脱力する。

 躰の下で息を切らせている吹雪から離れて体を起こし、背を向ける格好で避妊具を外した。硬度を失った陰茎は精液と汗に濡れそぼって、ぬらぬらと不快な感触がした。

 

「司令官……」

 

 振り向くと、提督のすぐ後ろで吹雪も上体を起こしていた。髪が汗に濡れて額に張りついている。

 

「ごめんなさい、肩……痛くなかったですか?」

「それほどでもない。今のは、ちょっと激しかったな」

 

 提督は冗談めかして言ったが、吹雪は心配そうに眉を寄せていた。

 見ると、右肩の鎖骨の先端付近に小さな噛み痕がついている。吹雪が提督の右横に這い寄り、その歯形にそっと手を伸ばした。

 

「赤くなってる……」

「出血はしてないな。おまえの顎ならそんなもんだ」

 

 提督の言葉に反応せず、吹雪は自分がつけた歯の痕へと吸いよせられるように顔を寄せた。

 ちゅ、と音をたてて吸いついた。

 ささくれ立ってひりつく噛み痕を、吹雪の舌先がくすぐる。むず痒さに、提督は生唾を呑んだ。

 吹雪は陶酔した表情で、舌を使うのに没頭していた。徐々にその動きが大胆になり、範囲を広げだす。

 ピンク色の小さな舌が、不意に肩の下──提督の乳首へと移動した。敏感な部分に吸いつき、舐めあげる。躰の表面を這い回る快感に、提督はだらしなく呻き声を上げた。

 細かく接吻を織りまぜながら、吹雪の舌が提督の肋骨から腰へと下りていく。汚れたままの陰茎に、吹雪が手を伸ばした。

 

「おい、拭いてないぞ」

「平気です──私が、きれいにしちゃいますから」

 

 吹雪は正面に跪くと、提督の腿に片手を、汚れた陰茎にもう片方の手を添え、口唇と舌で丹念な奉仕を開始した。

 亀頭の周辺から始まって、茎部とその裏側、雁首や鈴口に至るまで、舌と唇で余すところなく舐め清めていく。

 提督が完全に硬度を取り戻すと、吹雪は愛おしげに頬ずりし、幾度も接吻した。跪いた吹雪の頭のむこうに、小ぶりだが女らしく丸みを帯びた臀部が揺れている。

 欲望を抑えられなくなった。

 提督は、吹雪の肩を掴んで奉仕を中断させた。

 

「──後ろを向け」

「え……?」

 

 吹雪が顔を上げ、きょとんとした表情を見せた。頬にこびりついた精液の雫が、白く濁って輝いている。

 提督は焦れ、吹雪の足首を掴んで背後に回った。上半身を片手で押さえつけ、尻を高く掲げさせる。口唇による奉仕の献身さとは裏腹に、その秘所は愛撫の必要もないほど、しとどに濡れて愛液をしたたらせていた。

 

「──なんだ、舐めながら濡らしてたのか」

「やだ……言わないで……」

 

 陰部を指で押し拡げ、剥きだしの亀頭をあてがって愛液を擦りつける。

 

「やっ……んっ……」

 

 四つん這いの姿勢で、吹雪は甘えた声を上げる。

 背後から体重をかけ、ゆっくりと貫いた。

 

「はぁ……んんっ……!」

 

 吹雪がのけ反り、後ろ髪が揺れた。

 亀頭の粘膜が密着した吹雪の内部の感触は、熱く、湿っていて、かすかにざわざわとうごめいていた。

 小さな白い尻を両手で抱え、思いきり突き上げる。汗の浮いた肌同士がぶつかり、湿った音をたてた。

 陰茎を絞りあげるようなきつい締めつけに感嘆しながら、提督は前後に動作する。

 

「あっ──あっ──あっ──」

 

 間欠的な吹雪の喘ぎ声が、ぱつぱつと響く水音に調和する。

 抑揚のない律動を続けていると、やがて吹雪も自分から腰をくねらせはじめた。

 

「──気持ちいいか? 吹雪」

「はっ、はあんっ……んっ、いいっ……いいですっ、すごく──」

 

 前後の動きに加え、円を描くような動作を織り交ぜると、吹雪は快感に耐えられないといった様子で首を振って喘ぐ。

 

「ぁんっ……いいっ、きもちいいのっ……! よすぎて、おかしくなっちゃうっ……!」

 

 涙声で快楽を訴える吹雪に構わず、提督はより強く、深く、最奥に達するように硬直を打ちこんだ。

 

「──あっ、だめ、だめ、もう、いっ、ちゃ──」

 

 唐突に、吹雪の体がびくんと大きく脈打った。

 ベッドについていた前腕が崩れ、吹雪は上体から倒れこんだ。

 収縮した膣壁に陰茎を締めつけられ、提督は思わず射精しそうになる。

 かろうじて堪え、膣から陰茎を引き抜いた。

 小刻みに痙攣を繰り返している小さな尻から背中にかけて、精液をほとばしらせた。たて続けの射精なだけにさすがに濃度が薄くはなっていたが、それでもかなりの量が出て、吹雪の躰を白く汚した。

 倒れこむように息を切らせている吹雪の顎を上げさせ、その唇に接吻する。

 

「ん……」

 

 吹雪は提督の唇をついばむように応じた。

 互いの口が離れる。

 閉じていた目をゆっくりと開け、吹雪はごくわずかに微笑んだ。

 

「司令官……好き」

「──ああ」

 

 間の抜けた返事だった。なにか気の利いた言葉を──とも思ったが、吹雪が提督の首に両腕をまわしてきたところで、考えるのを中断した。

 

「……おい吹雪、もう一回するのとシャワーを浴びるのと、どっちがいい?」

「ん……もうちょっとキス、してたい……」

 

 接吻した。

 そうして抱き合って唇を重ねているうちに、結局もう一度交わることになった。気怠い快感の中で提督は精を放ち、吹雪の頭の重みを二の腕に感じながら眠りに落ちていった。

 

 

 



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 提督が目覚めると、目の前にむきだしの太腿があった。

 

「お目覚めね。おはよ」

 

 頭上から、聞き慣れた甘ったるい声が降ってくる。見上げると、ベッドの端に腰かけた陸奥が艶然と微笑んでいた。

 提督は枕から顔を上げ、薄暗い部屋の中を見渡した。吹雪の姿は見えない。枕元の時計の針は、午前5時30分を指していた。

 片肘をついて裸の上体を起こしつつ、足もとのシーツをさりげなく腰まで引っ張り上げた。下穿きは身に着けていたが、寝起きで陰茎が中途半端な硬度を得ているのを隠したかった。

 

「──なんで、おまえがここにいる」

「ご挨拶ね。もちろん、貴方に用があって来たの」

 

 陸奥は手に持った黒革のバインダーを掲げて示した。

 

「始業前だ」

「昔なら、とっくに仕事を始めてた時刻よね」

「俺が毎日4時起きしなくてもいいように、おまえたちに仕事を任せたんだよ。──急ぎか?」

 

 顎をしゃくって訊くと、陸奥は掲げたバインダーをぷらぷらと前後に振った。

 

「それほど緊急ってわけでもないけど、ちょっとした問題発生ね。とりあえず内密に伝えたいことだったし、この時間のこの部屋なら邪魔も入らないでしょ?」

「そういえば、どうやって入ってきた? 鍵はどうした」

「早起きで仕事熱心な貴方の秘書艦が開けてくれたわ。事情を説明したら、起こしてあげてくださいってね」

「吹雪のやつ──横着しやがって」

「あら、目覚ましが私じゃご不満?」

「セットしてない目覚ましに起こされれば、大概の男はご不満だ」

「あら、そう。次に『男』を起こすときには気をつけるわね」

 

 陸奥は悪戯っぽい眼差しで微笑むと、ぐるりと室内を見まわした。

 

「──この部屋、改装されてからは初めて入ったけど、結構いい感じよね。シャワールームも付いてるし」

「あまり言いふらすなよ。風呂が混んでるから貸してくれって連中が来るようになったら鬱陶しい」

「黙っててあげるから、次の戦艦寮の改装のときには個室にシャワーを付けてくれる?」

「今後の働きしだいだな」

 

 下半身に掛けたシーツはそのままに、提督は体を起こして座りなおした。

 陸奥から、ほのかに甘い香水の匂いがする。昨夜あれだけ発散したにもかかわらず、自らの内部に揺らめく性的な疼きを感じ、気まずさから提督はひとつ咳ばらいをした。

 

「──問題発生なんだろ」

「そうね。お喋りしにきたわけじゃなかったわ」

 

 陸奥は膝の上でバインダーを開いた。一枚の書類がセットされており、細かい数字で一覧表が印刷されているのが、提督の角度からでもわかった。

 

「ついこのあいだ、艦娘の定期検査、やったでしょ?」

「先々週のか? 前線基地の連中以外は全艦受けたはずだな」

「これが、その検査結果の抜粋なんだけど……」

 

 バインダーから書類を取り出そうとする陸奥を、提督が片手を上げて制した。

 

「それは明石の仕事だろ。なぜおまえが持ってくる?」

「うん。そうなんだけど……追って説明するから、とりあえず見て」

 

 陸奥が一覧表の印刷された書類を差し出した。見ると、うんざりするほどの数字と文字が印刷されている。

 

「……寝起きの頭にはきついな。手短にまとめて話せ」

「そう言うと思ったわ」

 

 陸奥は頷き、書類をバインダーに戻して話を続けた。

 

「検査では、艦娘のストレス値の測定もしているのは知ってるわよね?」

「ああ、たしか……問診と脳波測定と……なんだっけ」

「血液検査。それら各種検査結果の数値を総合して、簡易的な『ストレス値』って項目にしてるんだけど──ここまでの話、寝起きの頭でもついてこれてるかしら?」

「あんまり気にしたことのない項目だったな。特に高い艦娘でもいたか?」

「──『特に』じゃなくて、『全体的に』急上昇してたのよ」

「なに?」

 

 陸奥はバインダーの中の書類をちらりと眺め、眉をわずかにひそめた。

 

「検査を受けた全員の平均値で比較してみると、前回までは10点満点中の1点2点の間ぐらいのストレス値が、今回は8点超えだったわ。明らかに変よね」

「それは──なんかの間違いじゃないか? 測定機器の故障とか計算をミスったとか」

「そのあたりの可能性は明石が入念に検証したらしいから、薄いと思うわ」

「明石から相談されたのか」

「昨日の夕方、青い顔で司令室に来たの。明らかに異常な数値だけど、原因が不明だから報告書が書けないって。半泣きになってたわ」

「……明石の見解は、『明らかに異常』か」

「ひとりふたりの数値が乱高下するのは、よくあることらしいけど。平均値がここまで跳ね上がったからには、必ずなんらかのストレス要因があるはずだと」

 

 艦娘の健康管理は、実質的な『艦娘の医師』である明石の管轄だった。

 さすがに定期検査のような大がかりな作業を鎮守府内で完結させることはできないので、外部の海軍施設や人員を利用していたが、そのデータの取りまとめは明石の役目のひとつである。

 これまでの検査では、明石が遺漏なく結果をまとめ上げて報告書にしていた。

 

「原因未特定なら未特定で、そのまま報告してくれりゃいいんだが。こっちで調べるしかないわけだし」

「あの子、責任感が強いでしょ。ここ数日まともに寝てなかったみたいで、だいぶ参ってたの。とりあえずこの件は私から報告するってことで、強引に預からせてもらったわ」

 

 提督は髭の伸びた頬をさすりながら思案した。定期検査でこれほどの問題が出てきたのは初めてのことだ。

 

「身体面で異常は出てないのか?」

「脳内物質のバランスがあまり良くないぐらいで、内臓や筋骨格系には問題なし」

「代謝や、神経系は?」

「そっちも問題なし。純粋に心理的なストレスの問題ね」

「ストレス値だけが、この半年で急上昇……か」

「そうなるわね。──どう思う?」

「どう、とは?」

「原因よ。心当たりは?」

 

 提督は腕を組んだ。

 原因と聞いてすぐに脳裏に浮かぶのは、吹雪との関係である。

 肉体関係を結んだのは三ヶ月前、大勝に浮かれて大騒ぎをしていた夜がきっかけだった。最古参の艦娘であり、秘書艦として苦楽を共にしてきた吹雪への愛着が愛情に変化していることに気がついたときには、すでに男女の関係になっていた。

 以来、連日とは言わないまでも、かなりの頻度で性交渉を続けている。この半年間において最大の変化であるのは間違いなかった。

 

「やっぱり吹雪、かしら」

 

 提督は思わず顔を上げた。陸奥が、穏やかな眼で見つめていた。

 

「どういう意味だ」

「だから、貴方と吹雪の関係よ。もう深い仲なんでしょ。ほんとにポーカーフェイスが下手なんだから」

「……いつから、知ってた?」

「なんか怪しいなって思ったのは、ニヶ月──いや、三ヶ月ぐらい前かしら。確信したのは、ついさっき」

「さっき?」

「ええ。その肩──」

 

 提督の裸の肩に、陸奥が手を伸ばした。冷たい感触の指先が、昨夜の吹雪の噛み痕近くに触れる。

 

「こんなキスマークつけてれば……あれ、噛まれたの? ここ」

 

 陸奥は提督の肩に顔を近づけ、驚いた様子でまじまじと見つめている。提督は逆の手で頭を掻いた。

 

「ああ、なるほどな」

「驚いたわ……結構激しいのね、貴方たち」

「べつに、普通だよ」

「……しながら噛むのって、普通なの?」

「いつも噛んだり噛まれたりってわけでもない。それより──」

 

 提督は少し言葉を切ってから言った。

 

「──このことに気づいている艦娘は、ほかにいるのか?」

 

 陸奥は提督の肩から、名残惜しそうな様子を見せつつ視線を戻した。

 

「私の見たところ、半分くらいの艦娘は、たぶんね。古株の多くは見て見ぬふりってところかしら」

「俺と吹雪の関係は、艦娘たちの間で噂に?」

「それはない……と思う。気づいてそうな艦娘どうしの間でも、一種のタブーというか……みんな気を遣ってるってところかしら。あくまで私の知る範囲での話だけど」

「俺と吹雪の関係が、問題の原因だと思うか」

「……発端だとは思うけど」

「さっきの一覧表は、平均値だけなんだよな。個々のストレス値は確認したか?」

「権限がないから、平均以外のデータは見てないわ。艦娘個々の測定データを閲覧できるのは、提督と秘書艦、それに明石だけでしょ」

 

 鎮守府内のデータベースには機密レベルに応じた閲覧制限が設定されていた。提督の許可がなければ、艦娘はたとえ自身のものであっても詳細な測定値を確認することはできない。

 

「よし──執務室で確認しよう。陸奥、おまえも一緒にだ。俺と吹雪だけじゃどうにもならん」

「明石は?」

「寝不足なんだろ? いま呼ぶのはさすがにかわいそうだ。専門家の意見が必要になってからでいい」

 

 陸奥は複雑そうな表情で頷いた。

 

「わかったわ──いろいろ気まずそうな問題だけど」

「吹雪は執務室にいるな? あいつに言って端末でデータベースを確認しておけ。俺はシャワーを浴びてから行く」

「了解。──吹雪に、貴方との関係が問題の原因かもしれないって言わなきゃいけないけど、いい?」

「仕方ないが……あいつが責任を感じないようにしてほしい。なんなら俺を悪者にしても構わん」

「今回、その手だと逆効果になりそうね。雰囲気軽め、冗談も飛ばしながら明るい感じで、どうかしら」

「それでいこう。おまえが進行役をやってくれ。頼りにしてるからな」

 

 陸奥は軽く肩をすくめて立ち上がった。提督に背を向け、部屋の出口へと歩を進める。

 執務室に通じるドアの前でふと立ち止まり、横顔だけを提督に向けるようにして口を開いた。

 

「ねえ──ひとつだけ訊かせて」

「なんだ」

「してるときに噛まれるのって、気持ちいい?」

「ずいぶん、こだわるな」

「耳年増だから、ね。知りたいのよ」

「艦娘として生き返ったときに、そっちのほうの知識も付与されたんじゃなかったか? 特におまえは、最初から博識だしな」

「……人間の男女の営みがどういうものかは知ってる。世の中の性的嗜好についても、多少の知識はある。でも、知識だけ。なにひとつ私の実感じゃないわ」

 

 横を向いて話す陸奥からは、表情を読み取ることができなかった。

 

「俺の感想を聞くんじゃ、結局は知識だろ」

「なら、実感させてくれるの?」

 

 陸奥は部屋の壁に顔を向けたまま言った。

 沈黙と、微妙な緊張感がふたりの間に降りる。

 やがて、根負けしたように提督は口を開いた。

 

「──噛まれるのは痛いし、特にそうされたいってわけじゃない。ただ、痛いぐらいのほうが、ときには『いい』って気もする」

「それって──好きな相手だから、痛くても許せるってこと?」

「どうかな。嫌いなやつにベッドの上で噛まれたことがないから、よくわからん」

 

 陸奥の口もとが、笑ったかのようにかすかに動いたが、総体としての表情は相変わらず判然としなかった。

 

「早く、支度してね」

 

 陸奥はそれだけ言うと、部屋から出ていった。

 

 

 



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作戦会議

 身支度を整えた提督が私室から出ると、吹雪と陸奥が執務机の隅でノート型の端末を覗き込んでいた。

 ドアの音に振り向いた吹雪が提督の姿を認め、小さく頭を下げる。陸奥に関係の露見を告げられて気まずいのか、普段と違って視線を合わせようとしなかった。

 

「よう、話は聞いたな」

 

 提督は声をかけながら、執務机の椅子に座る。陸奥は吹雪の横に立ち、感情のこもらない視線で端末のディスプレイを見つめていた。

 

「はい。その……ごめんなさい」

 

 力のない声で誰にともなく吹雪が言うと、陸奥が端末の画面からついと顔を上げる。

 

「さっきも言ったけど、謝らないで、吹雪。好きな人と結ばれることが悪いなんて、誰にも言わせないわ」

 

 そう言って、吹雪に一笑した。

 

「でも……」

「そのとおりだ、吹雪。そもそも俺は当事者だから謝られても困るし、陸奥に謝ったりしたら強請(ゆす)りの材料にされかねん」

 

 椅子にそっくり返るようにして提督が言うと、陸奥は大げさに顔をしかめた。

 

「しないわよ、そんなこと」

「シャワールームの件、もう忘れたか」

「あれは強請(ゆす)りじゃなくて、お強請(ねだ)りよ。──貴方に当事者の自覚があるのは結構だけど、そんなにふんぞり返って言うこともないんじゃない?」

「ふんぞり返ってものを言えるのが、ボスの数少ない特権だからな」

「軍令部から、呑気者って言われてる理由がわかるわ」

「馬鹿者じゃないだけ、頑張ってるだろう?」

「裏では言われてるわよ。──ねえ吹雪、こんな人で本当にいいの? 考えなおしたら?」

 

 陸奥が冗談めかした口調で言うと、吹雪はただ、ぎこちない愛想笑いを返した。

 提督は吹雪にさとられないように端末に向かって小さく顎をしゃくり、陸奥へと合図した。視界の端でその動きを捉えたであろう陸奥が、取り澄ました声で言う。

 

「さて、それじゃみんなで確認してみましょ。ちょうどさっき、ストレス値のリストを表示したところだったの」

 

 陸奥が端末のディスプレイをひねって回し、全員が見やすい角度に向けた。艦娘の名前と様々な測定値が、一覧表として表示されている。

 

「いろいろ表示されてるけど、ストレス値の大きい順に並び替えてあるわ。吹雪がやってくれたのよ」

「へえ。吹雪、おまえこういうの苦手だったろ。いつの間に使えるようになった?」

「あ……あの、大淀さんに教えてもらってるんです。最近……」

 

 吹雪がごにょごにょと小声で言った。

 

「休みの日とか空いた時間、よく通信室に来てるらしいのよ。貴方もそんなに得意じゃないんだから、吹雪に教えてもらえば?」

「いやいや……さすがにそこまでじゃないだろ」

 

 提督は机に頬杖をつき、リストの上位からゆっくりと艦名を眺めていった。

 ひとつの名前に、目がとまる。

 

「──おい陸奥、ずいぶん上位だな」

 

 リストの上から6番目の位置に、陸奥の名前があった。

 

「そうね」

 

 陸奥が無感動な調子で答えた。

 見ると、両肘を体の前で抱えるように腕を組み、平然とした表情で端末の画面を見つめている。

 

「そうねって……おまえ、それだけか」

「まあいちおう、事情というか、私なりの理由があるにはあるんだけど」

 

 珍しく歯切れが悪い。

 

「言えよ。おまえが隠しだてしてたら話にならん」

「……そうよね。じゃあ言うけど──」

 

 陸奥が提督に向きなおり、正面から見つめて言った。

 

「──生理だったの。検査があった日」

「え……」

「正確には検査の前日から始まっちゃったんだけど。私っていつも二日目がいちばんつらいから、けっこうしんどくて。こういう話、わかる?」

 

 陸奥に問われて、提督は慌てた。女ばかりの職場でありながら、こうした話題を振られる機会がほとんどなかった。

 

「ああ、えっと──そうだな、まあわかるっちゃわかる。いや、もちろん体感としてじゃなく、知識としてなんだが。ああ、知識といっても専門的って意味じゃなく、一般的な、ぐらいなんだが……」

 

 早口で飛び出した言葉が、語尾近くになって喉の奥で絡んだ。陸奥が呆れ顔と苦笑の入り混じった表情で提督を見る。

 

「ちょっと、なに照れてんのよ。こっちまで恥ずかしいじゃない。思春期の男の子じゃないんだから」

「いや、悪い。照れたわけじゃないんだが、いささか動揺して」

「同じでしょ、それ」

 

 たかが生理の話題でこれほど慌てている理由が、提督自身にも不可解だった。妙に顔が熱いのは、おそらく紅潮しているせいだろう。

 吹雪が小さく咳き込むような音を発した。提督が見ると、慌てた様子で口をおさえ、すみません──と小声で謝った。伏せた目もとがわずかに、笑みで緩んでいた。

 陸奥がわざとらしく咳ばらいをし、ふたりを注目させる。

 

「続けてよろしいかしら?」

「……ああ、頼む」

 

 提督は椅子に座りなおす。予想以上に周章していて、冷や汗まで出てきそうだ。そっと深呼吸し、気持ちを落ち着けた。

 

「とにかく、検査の日には痛みもあったし、朝からイライラしてたのよね。いろいろ煩わしくて、問診にはけっこう雑に答えたのも覚えてるわ」

「その、生理中かどうかは検査で訊かれないものなのか?」

「問診では訊かれなかったわね。──尿検査のときに、申告しようかとも思ったけど」

「尿検査」

 

 無意識に復唱してしまった。陸奥が格好の獲物を見つけた獣のような、妙に嬉しそうな眼をした。

 

「いちいち反応するの、やめてもらえる? セクハラめいたものを感じるんだけど」

「いや、そういう意味じゃない。ただ……確認しただけだ」

「確認? 何を?」

「ああ、尿検査するんだぁ……って」

 

 意味不明である。

 吹雪は下を向いて肩を震わせている。

 陸奥が顎をわずかに上げ、提督を見下ろしながら口を開いた。

 

「ねえ、提督」

「はい」

「いま、真剣な話をしているの、わかってる?」

「はい……承知しています」

「続けさせてもらっていいかしら?」

「はい、お願いします」

 

 陸奥は満足そうに頷き、話を続けた。

 

「──とにかく、そのリスト上の私のストレス値は、生理による気分障害の影響が大きいはずだから、あまり参考にしないでほしいの。……これは、ほかの艦娘でも同じことが言えるかもしれないわね」

「つまりほかにも、その……生理の艦娘がいたかもしれんってことか」

「生理じゃなくても、個人的な事情での変動が本来大きい項目なのよ。あまり個々の艦娘のデータを重要視するべきとは言えないわ」

「あの、でも──」

 

 吹雪が遠慮がちに口を挟んだ。

 

「そしたら今回、ストレス値の平均が跳ね上がったのも、偶然ってことになっちゃうんじゃないですか?」

 

 陸奥は小さく首を傾げ、短くうなった。

 

「ありえない──とは言えないけど、標本数の多さと平均値の上昇具合から言って、その可能性は低いと思うわ。なんらかの共通した原因があるだろうというのには、明石も同意見だったし」

「──問題は、その原因をどうつきとめて、どう解決するかだな」

「それなのよね。……何か考えはあるかしら、吹雪?」

 

 吹雪は逆に質問されて少し驚いた表情をしたが、すぐに眉根を寄せて思案を始めた。

 

「ええっと、そうですね……面談するというのは?」

 

 吹雪の答えを聞いて、陸奥はわずかに眉を上げた。

 

「面談?」

「はい。ストレス値の高い順に艦娘を呼び出して、話を聞くんです」

 

 思いついたままに言ってみたという様子の吹雪に、提督が口を挟む。

 

「何を訊くんだよ。『あなたのストレス値が急上昇していたのですが、原因は何ですか』って質問したところで、素直に吐くとは思えんぞ」

「う……それは、そうですね」

「仮に吐いたとして、『原因は、司令官が秘書艦と寝ていることです』ってなったら、結局は──」

「待って」

 

 声を上げた陸奥を見ると、顎に手を当て、真剣な表情で何かを考えている様子だった。

 

「面談は、いいアイディアかもね」

「だから、何を訊くんだって話だろ」

 

 陸奥が顔を上げ、提督を見る。

 

「訊くんじゃなくて、落とせばいいのよ」

「おとす?」

「貴方が艦娘を口説いて、抱くの」

 

 執務室に沈黙が降りる。

 ややあって、提督が口を開いた。

 

「なんだ、それは」

 

 声色に、苛立ちの気配が混じったのが自分でもわかった。

 陸奥は気怠げに中空を見つめた。説明が面倒──というよりは、適切な説明の仕方が思い当たらないことを懸念している雰囲気がある。

 

「たぶん実効性はあるわ。リスク面に少し不安があるけど」

「意味がわからん。どういう理屈でそうなる」

「まず前提として、ストレス値の上昇の原因として最も有力なのは、貴方と吹雪の関係が一部の艦娘に察知されたこと──これはいい?」

「まあ、ほかに心当たりがないからな」

 

 さりげなく提督が視線を送ると、吹雪は不安そうな表情で頷いた。

 陸奥が続ける。

 

「その場合のストレスって、吹雪への嫉妬が原因だと思ってる?」

「そりゃ、そうなるだろ。鎮守府の男は俺だけなんだし、コミュニティ内の少数派の異性を取り合うなんて、よくある話だ」

 

 高校時代の複数の旧友から、大学のサークルではその種のトラブルがしばしばあることを聞かされていたし、似たような事例は提督の身のまわりでもまったくないわけではなかった。

 陸奥が吹雪へ顔を向ける。

 

「吹雪、提督と深い仲になって以降、貴女に冷たく当たったり意地悪をするようになった艦娘はいた?」

「いえ……全然。親しい艦──姉妹艦とかから、冷やかしみたいなのなら、ちょっとはありましたけど。でも意地悪っていうのじゃなくて、ぽろっと……あの……」

「『彼氏がいて、羨ましい』?」

「……はい。そんな感じです。そのあとほかのみんなに叱られたみたいで、ちょっと落ち込んでました」

 

 陸奥は、柔らかく微笑した。

 

「口を滑らせちゃったのね。ほかの姉妹艦が叱ったのも、貴女がそのことを公言できないってわかってるから──優しい子たちね」

 

 吹雪は何も言わず、顔を伏せた。

 公言できなかったのは、提督が口止めをしていたからだ。仲間たちの羨望と配慮の中で、すでに露呈している関係を秘密にしなくてはならないのは、どれほど居心地の悪いことであっただろうか。

 気がつくと、陸奥が提督を見ていた。その眼には、どこか非難するような気配があるような気が提督にはした。

 

「ストレスの根本的な原因は、おそらく嫉妬じゃないわ。……推測だけど、提督に女として認められないことへの不満、じゃないかしら」

「……俺が艦娘を抱いたら、そいつを女として認めたってことになるのか。ふざけた理屈だ」

 

 提督は吐き捨てるように言った。

 そんなことをするまでもなく、艦娘は女だった。それを最も強く認識しているのが、ほかならぬ提督自身である。

 

「誰もがそこまでのことを望んでいるかはわからないけど、そう願ってる艦娘もいると思うわ」

「憶測だな」

「……推測よ」

 

 睨み合うような格好で、提督と陸奥の視線が絡んだ。陸奥が気圧されたように目を伏せ、視線を外す。

 

「そんなに、嫌なの?」

「嫌とかそういう問題じゃない。問題外だ」

 

 陸奥が横を向いた。わずかに口をすぼめ、怒っているような、ふて腐れているような表情をしていた。

 

「──司令官。私からも、お願いします」

 

 突然の吹雪の言葉に陸奥が振り向き、目を見開いて二度まばたきを繰り返した。

 吹雪が提督を見つめていた。

 

「司令官は昨夜、言いましたよね。毎晩違った艦娘を抱くのは、嬉しさ半分、恐ろしさ半分だって」

「ああ……仮定の話だが」

「恐ろしいのは、みんなが司令官を巡って喧嘩して、鎮守府がバラバラになっちゃうことなんですか?」

「……平たく言えば、そうだ」

 

 なら──と吹雪は言葉に力を込めて、ずいと一歩踏み出した。

 

「私が、その恐ろしいほうの半分を引き受けます。だから……司令官は、嬉しいほうだけを、お願いします」

「……引き受けるって、何をどうするんだ?」

 

 呆気にとられた提督がなんとか言葉を絞り出して訊くと、吹雪は陸奥を見て言った。

 

「陸奥さん、手伝ってください」

 

 いつになく有無を言わせない雰囲気を漂わせた吹雪の言葉に、陸奥はぽかんと口を開けた。

 

「手伝ってもらえませんか」

「え……ええ、ええ。喜んで手伝わせてもらうけど、具体的に何を──」

「まず面談の人選やセッティングですね。艦娘が司令官に心を開けるような状況づくりです。いざとなれば司令官がその艦娘を──抱けるような」

「……そうね。うん、できる。そういうの、私、得意だから、たぶん」

 

 動揺を隠しきれないほどぎこちない陸奥の返答だった。頓着せず吹雪が続ける。

 

「それから、抱かれた艦娘が司令官を独占しないためのルールづくりも必要です。平等が原則で、私もそのルールに従います」

「……まあ、それは抱かれた艦娘をしっかりコントロールしていけば、すぐには問題にならないと思うわ。ルール作りは、提督を独占しようとする艦娘が出てきてからでもいいでしょう」

 

 諭すように吹雪にそう言った陸奥は、なんとか自分を取り戻した様子だった。

 吹雪が、茫然と座り込んだままの提督に向きなおる。

 

「面倒なことは私たちが全部やりますから、司令官はただ艦娘の話を聞いて、愛していただければ大丈夫です。……引き受けて、もらえませんか」

 

 吹雪はまっすぐな眼で、提督を見つめていた。こうした眼をしているときは、頑として自分の主張を曲げない。

 提督は、溜息をついた。

 

「わかったよ。おまえがそれで、満足するなら」

 

 花が咲いたように、吹雪が顔を輝かせた。その鼻先に、提督は指を突きつける。

 

「まず面談して、その艦娘の抱えてる問題を明らかにする。抱くのは、それが最良の解決方法って場合に限るからな」

「……はい、ありがとうございます!」

 

 なにかとんでもない世界に自分が踏み込もうとしている気がして、提督は片手で頭を抱えた。理性に反して、胸のどこかに期待感のような、解放感のようなものがあるのも腹立たしい。

 

「ねえ吹雪、貴女も……私と同じことを頼んだの? みんなを抱いてくれって」

 

 陸奥が訊ねると、吹雪は笑顔のまま頷いた。

 

「はい、昨夜に。そのときは、却下されちゃったんですけど。馬鹿なこと言うなって」

「……まあ、それはそうよね。貴女に言われたら」

「それに、順番待ちは嫌だろって」

「順番待ち?」

「鎮守府にはたくさん艦娘がいるから、毎日抱いても私の番が来るのは半年に一回だって。だからつい私も、それはつらいかもって言っちゃったんです」

「……ふーん」

 

 陸奥が提督を見た。唇の端をわずかに上げ、面白がっているような表情だ。

 

「吹雪の番が半年に一回か……なるほどねえ」

「でも、今はもう決めましたから。半年に一回でも、私、平気です。我慢します」

「ちょっと吹雪──来なさい」

 

 吹雪を自分の傍らに引き寄せると、陸奥は吹雪の耳もとに顔を寄せ、何ごとか耳打ちを始めた。

 

「えっ──」

 

 おとなしく聞いていた吹雪が突然声を上げ、驚きの眼で陸奥を見た。陸奥は笑顔で頷く。

 

「でも、そんな──」

「あくまで私からの意見よ。本当のところは、あとで本人に訊きなさい」

 

 そう言って陸奥は提督を見て、素早くウインクした。

 吹雪は顔を真っ赤にしてうつむくと、さっと提督に背中を向ける。

 

「あ、あの……朝御飯、作りますね。陸奥さんのも、一緒に」

 

 振り返らずに、かろうじて聞き取れるような小声で言った。

 

「ああ、そうしてくれ」

 

 提督が答えると吹雪は、弾かれたように執務室の隅の簡易キッチンへ駆けていった。がちゃがちゃと音をたてながら、皿やら食材やらを引っぱり出し始める。

 

「余計なこと、言いやがって」

 

 提督は小声で言った。陸奥もそれに合わせるように、小声で返す。

 

「いいじゃない。ほんとに、素直じゃないんだから」

「うるせえ」

 

 雑に言い捨てた提督を、陸奥が目を細めて眺める。

 

「そうそう、さっきの生理の話題のときの貴方のお芝居、とても良かったわね。吹雪の緊張も、あれでほぐれたし」

 

 提督は言葉に詰まった。陸奥が身をかがめ、提督の耳もとに顔を寄せる。

 

「──ちょっと、可愛かったわよ」

 

 陸奥の呼気まじりの囁きが、耳をくすぐった。

 

「うるせえ」

 

 もう一度そう言って、提督はそっぽを向いた。

 

 

 ◇

 

 朝食を食べ終えた提督は、執務室の一角に置かれたソファーに体を投げだしていた。すぐそばのひとり掛けのソファーでは陸奥が難しい顔をして、膝の上に置いたノート型の端末を眺めている。吹雪は流しで機嫌よさそうに洗い物をしていた。

 

「なあ陸奥、面談する最初の艦娘だが……」

「ええ、それなのよ」

 

 陸奥は端末を目の前のミニテーブルに置き、画面を提督に向けた。相変わらず一覧表が表示されている。

 

「──吹雪の言っていたとおりに進めるなら、最上位から始めるのよね」

 

 提督は端末の画面を一瞥し、顎を掻いた。

 

「まあ、それが筋だな」

「──ほかの艦娘から、身贔屓だって怒られないかしら」

「構わないさ。もし本当にこいつが精神的に不安定なら、鎮守府の危機だ」

 

 一覧表の最上段、最も高いストレス値を示していた艦娘は陸奥の姉妹艦──長門だった。

 

 

 



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好きなことを

 鎮守府所有のセダンは高速道路に入り、スムーズな加速で本線に合流した。

 運転席の長門は軽くアクセルを踏み込んで車をさらに加速させ、追い越し車線へ進路を変える。しばらく走行したあとで、ペースメーカーになりそうな長距離便のトラックを見つけると、走行車線へと戻ってその後方につけた。

 気負いのない、落ち着いた運転だった。

 

「意外とおとなしい運転だな、長門」

 

 助手席に座っている提督が、声をかけた。

 

「意外と、か」

 

 長門は進行方向から目をそらさずに言った。今日は普段の和洋折衷めいた服ではなく、チャコールグレーのパンツスーツに身を包んでいる。

 

「いや、もっとがんがんスピード上げていくかと思ってた。おまえと陸奥の車が車だからな」

「車を持ちたいと言いだしたのも、()()を選んだのも陸奥だ」

「じゃあ、あいつは相当飛ばすのか」

「私よりは。やたらと周囲の車と張り合いたがるから、悪目立ちしてそうで居心地が悪い」

()()でそれなら、そりゃ目立つだろうな」

 

 ()()とは長門と陸奥が共同で所有する国産のスポーツカーだ。真紅のカラーリングが際立っており、鎮守府内の駐車場に置いてあるだけでも相当に存在感がある。

 艦娘による初めての私有車であり、姉妹艦による自動車の共同購入が当時の鎮守府内でブームになるほどの注目を集めた。おかげで提督は、ローンや保険の保証手続きに奔走する羽目になったのだが。

 

「最近あまり運転してないとか言ってたな」

 

 提督が訊くと、長門は淡々とした口調で答えた。

 

「ああ、すっかりペーパードライバーだった。実を言うと、今朝はちょっと緊張していたぐらいだ」

「にしては、全然なまってる感じがないな」

「そうか? ……まあ、運転は教習のときからそんなに苦手じゃなかったし、性に合ってるのかもな」

 

 自動車を所有する以上は当然だが、艦娘にも免許の取得が可能になっていた。最寄りの陸軍施設で教習と試験を受けたうえで、警察官の監督する適性検査をパスすれば免許証が交付される。ここまでこぎつけるのにも、軍令部や参謀本部、警察との面倒な交渉を経なくてはならなかった。

 

「運転が好きなら、たまには買い物にでも出ろよ。誘ってもつれないって、陸奥がぼやいてたぞ」

「そうか……気を悪くさせたなら、陸奥にはすまなかったな」

「──休みにも、部屋で仕事してるんだって?」

 

 長門は片眉をぴくりと上げた。

 

「海域情報や作戦計画書を眺めているだけだ。仕事ってほどじゃない」

「感心だが、休みぐらいは自分の好きなことに時間を使え」

 

 提督が言うと、前方を見つめる長門の瞳の中に剣呑な気配が揺らめいた。

 

「私が、好きでしていることだ。体も十分に休めているし、とやかく言われる筋合いはない」

 

 憤然とした雰囲気を漂わせながら言った。わずかに口を尖らせるようにして、むっつりと黙り込んでしまう。

 提督は苦笑を噛み殺し、内心で首を振った。

 ──道中は、長くなりそうだった。

 

 

 ◆

 

「──で、部屋にいるんじゃなきゃ、ジムでとり憑かれたようにサンドバッグ殴ってるのよ。ストレス値なんか見なくたって、鬱憤が溜まってるのはわかってたわ」

 

 背後で、陸奥が溜息をつくのが聞こえた。

 提督は執務室の窓際に立ち、すっかり暗くなった屋外の様子を眺めている。100メートルほど離れたところにある工廠の明かりが、つい先ほど消えるのが見えた。室内の壁時計を見ると11時を少しまわっている。明石が一日の業務をようやく終了させたのだろう。

 提督は踵を返し、窓枠に背を預けて寄りかかった。

 

「おまえと長門は、よく一緒に出かけてただろ。最近はどうだ?」

 

 今朝の話し合いで提督が座っていたソファーに、陸奥は脚を組んで座っていた。ひとり掛けのほうには吹雪がかしこまって座り、ふたりの話を黙って聞いていた。

 陸奥が肘掛けにもたれながら答える。

 

「ジムが新設されてからは、全然。あの子、もともとトレーニングが好きだったし、出かけるよりもそっちのほうが面白いのかなって最初は思ってたのよね」

「今のジムができたのは春先だから……だいたい四ヶ月前ってところか」

 

 鎮守府内に新設されたトレーニングジムは、鍛錬好きの艦娘たちから非常に好評だ。ウエイト系や有酸素系のトレーニングマシン、格闘用の練習道具等にくわえてシャワースペースも併設されており、旧来の『トレーニング室』とは名ばかりのガラクタ置き場から格段の進歩を遂げていた。

 陸奥が中空を睨むようにしながら言葉を継ぐ。

 

「貴方と吹雪の関係が始まったのは三ヶ月前よね? 長門の変化とは、同時期と言えば同時期かしら」

「俺たちのこと以外で、長門が悩みを抱えてそうな様子は?」

「ない……と思うけど、確実じゃないわ。私だって、長門の心の中まで覗けるわけじゃないし」

「長門の性格を考えれば、休みに仕事してることぐらいじゃ、それほどの驚きはないが」

「うーん……それはそうなんだけど」

 

 陸奥は肘掛けに頬杖をつき、不満げに顔をしかめた。

 

「最近のあの子、なんだか『らしくない』でしょ?」

「ああ……わかります」

 

 黙って座っていた吹雪が、頷きながら口を開いた。

 

「演習での燃料弾薬の消費とか、食費とか光熱費とか、細かいコスト面をずいぶん気にしてくれてるんです。大淀さんも、仕事がだいぶ楽になったって言ってました」

「言われてみれば、書類仕事をやらせても以前みたいに渋い顔をしなくなったな。不器用なりに、報告書も真面目に書いてるし」

 

 報告書に関しては、きっちりと書き上げられる艦娘のほうが貴重ですらある。大半の艦娘の報告書は子供の感想文のようだったり、私見や脱線だらけだったりするので、提督が『翻訳』を行わなくてはならない。

 長門の場合は、報告書の序盤は非常に克明で詳細な描写がされているのだが、終盤になるにつれ、決まって息切れして簡素な、説明不足の文章になっていく。要するに、作文慣れしていない者が気合いだけを空回りさせている文章であった。

 

「苦手なことにも取り組むようになったのは、いいことだとは思うけどねえ」

 

 陸奥がしきりに首をひねっている。立場としては陸奥は長門の『妹』のはずだが、ときに保護者的な心持ちになるようで、こうした言い方や仕草をすることが少なくない。

 

「ここ最近、なんかこう……引っかかるのよ。雰囲気が、なんというか──」

「寂しそう、です」

 

 吹雪が目の前のミニテーブルを見つめながら、小声でつぶやいた。

 

「寂しそう……」

 

 陸奥は口の中で復唱すると、吹雪に顔を向けた。

 

「どうしてそう思うの? 吹雪」

「あの──長門さん、苦手なんですよね、報告書」

 

 吹雪が提督を見て言った。

 提督は頷く。

 

「あれは、お世辞にも得意とは言えないやつの文章だな」

「苦手なのに一生懸命書いてきて、司令官のところに持ってくるじゃないですか。そのときの司令官っていつも、長門さんに冷たいと思います」

「冷たい? なぜ?」

「いつも『ああ』とか『わかった』とか『そこ置いとけ』ぐらいしか言ってませんよ。『ありがとう』なんて聞いたことがないです」

 

 吹雪が、責めるような眼で提督を見た。

 

「そうだったか……? たまたま忙しかっただけじゃないのか」

「いつも、ですよ。ろくに、長門さんの顔も見ないし」

「……まあ、報告書は艦娘としての仕事の一部だ。あえて礼を言うようなことでもない」

「執務室から出ていくとき、長門さん、いつも寂しそうな顔をしてますよ。かわいそうじゃないですか」

 

 吹雪は妙に食い下がってきた。提督は苛立ちを抑えきれずに言った。

 

「なら、なんでそのときにおまえが言わない。長門に対する俺の態度が気に入らないなら、その場で意見すれば済む話だろうが」

「それは──」

 

 吹雪が言葉に詰まった。

 

「そんなこと、長門の目の前で吹雪が言えるわけないでしょ──馬鹿」

 

 陸奥までもが、提督を糾弾するような視線だった。吹雪が驚いたような表情で陸奥を見ている。

 

「……なんで、俺が馬鹿なんだ」

「どう考えても大馬鹿じゃないの。この朴念仁」

「なぜ吹雪は、長門の目の前で俺に注意できない?」

「それがわからないなら、貴方が女って生きものを全然わかってないってことね。──それと、長門のことも」

 

 陸奥は吹雪に笑顔を向けた。

 

「ありがとう、吹雪。貴女のおかげで、長門の問題、私にはだいたい想像がついたわ。ついでに解決策もね」

「解決策……?」

 

 吹雪がなんとか自分を取り戻して訊いた。

 

「人里離れた温泉宿に、一泊旅行よ」

 

 陸奥は自信たっぷりな表情で首を反らせ、提督を見ながら言った。

 

「温泉? 長門を行かせるってことか」

 

 悪くない考えかもしれない、と提督は思った。長門のストレス値なら、強制的にでも休暇を取らせる必要があったし、命令だと言えば長門の性格なら断れないだろう。しかし一泊という期間ではあまりにも──。

 

「貴方も行くのよ」

 

 陸奥が冷たく言い放った。

 横で茫然としていた吹雪が、とたんに眼を輝かせた。

 

「陸奥さん……それ、最高です……!」

「相手が貴女じゃなくてごめんね、吹雪」

 

 吹雪は微笑を浮かべて首を振った。

 

「気にしないでください。長門さん、きっと喜びますよ」

 

 提督は咳払いをした。陸奥と吹雪が視線を寄こす。

 

「なぜ、俺まで行かなきゃならないんだ」

「貴方がすべての元凶だからよ。ふたりで仕事を忘れて、好きなように愉しんできなさい」

「温泉宿ったって、いったいどこに──」

「あてがあるわ。こんなふうに使えるとは思ってなかったけど」

 

 提督は、二の句が継げなかった。毎度のことだが、陸奥のペースに乗せられている。

 

「司令官」

 

 吹雪が膝の上で手を組み、子供を諭す母のような態度をつくった。

 

「長門さんに優しくしてくださいね。優しく──可愛がってあげてください」

 

 吹雪が言い終えると、陸奥がすっと目を細めた。

 

「──じゃあ、細かいところを詰めましょうか」

「細かいところ?」

「普通に誘ったって、長門は素直に首を縦に振らないわ。乗ってきそうな口実を考えなくちゃ」

 

 

 ◆

 

「大浴場はとても広かったぞ。あれなら十人くらいでも一度に入れる」

 

 宿の浴衣に紺の半纏姿の長門が、座卓のむこうで満足げに言った。

 車内ではずっと不機嫌そうなまま口を開かず、宿に着いた直後も硬い表情のままだったが、浴場から戻ってからは興奮気味だ。

 提督は備え付けの緑茶を急須から湯呑みに注ぎ、長門の前に置いた。

 

「熱いぞ」

「ああ、すまない。──ただ、一般客の迷惑にならないか心配だが……」

「陸奥の話だと、貸し切りにもできるそうだ。もともと部屋数の多い宿じゃないし、軍関係者の利用も多いから、そのへんには融通がきくらしい」

「値が張るんじゃないか?」

「ここの経営者──結構なお歳の女性らしいんだが、陸奥のことをいたく気に入っていてな。艦娘や鎮守府のことはまだご存知じゃないそうだが、相当の値引きを約束してくれたんだと」

「ほう」

 

 長門は湯呑みを両手で持ち、軽く吹いて冷ますと、静かにすすった。

 

「──すごいな、陸奥は。そんな知り合いまでいるとは」

 

 湯呑みを茶托に戻しながら、しみじみと言った。

 

「情報収集の一環で、あいつが勝手に人脈を広げだしたんだ。艦娘であることを隠しながら、よくやるよ。スパイになったほうがいいんじゃないかってぐらいだ」

「陸奥なら、どんな仕事をやったって一流になれる」

 

 長門はうっすらと微笑んで、そう言った。

 陸奥が秘密裡に担当している仕事が、鎮守府外での情報収集だった。いわば諜報活動である。

 提督が陸奥にこの仕事を任せた当初の理由は、要領がよくて社交的だからという単純なものに過ぎなかったが、意外にも非凡な資質の持ち主であることがすぐに判明した。

 面が割れていない軍関係の式典やパーティに何気なく潜り込み、それなりの立場にある高官や重役の家族と何気なくうち解けると、パーティ後にも連絡をとり合うような関係を構築する。そうした伝手(つて)から得られる情報は、軍内における鎮守府の立場を守るために有益で不可欠なものになった。

 そうした活動がスムーズに進むよう、陸奥には一般人としての偽の個人情報が与えられている。勤務先として名刺に記載されている船舶会社は実在のもので、社長が提督とは旧知の間柄だった。もちろん問い合わせがあった場合に備えて、口裏を合わせてある。

 この陸奥の『裏の仕事』については、鎮守府内でも提督以外には一部の艦娘しか存知していない。提督の目の前にいる長門も、そうした艦娘のひとりだった。

 

「しかし提督、()()まで艦娘であることを伏せたまま、というのは無理があると思う。若い女ばかりが二十人、それも海軍関係となれば誰でも勘づくだろう」

「経営者にはいずれ俺から話をつけておく。なにかと世話になるかもしれんしな」

 

 長門は、そうか──と言って、またひと口だけ茶をすすった。湯呑みを置き、湯気をたてている茶の水面を見つめながら、ぽつりとつぶやく。

 

「楽しみだな、慰安旅行」

 

 優しげな眼だった。

 提督は瞬間、呆然とその眼を見入ってしまった。武人然とした佇まいを崩すことのない、鎮守府における長門とは別の艦娘のように見えた。

 浴衣姿の長門は、わずかに膝を崩して横座り気味だ。意外とほっそりとした体つきに、女性らしい丸みが強調されている。普段の服装から感じる逞しさや艤装装着時の物々しさは、微塵も感じられなかった。

 不思議な緊張を感じ、提督はひそかに唇を舌で湿らせた。

 

「……誰が行くかは抽選だからな。艦種別のバランスはとるが、古株も新参も優遇なしだ」

「ああ、べつに私が行きたくて楽しみってわけじゃない。きっと、皆が喜ぶだろうなと思って。──特に、駆逐艦たちが」

「そりゃあ喜ぶさ。それだけに、抽選会は熾烈だぞ」

「違いない」

 

 微笑して、長門が言った。ふと、思い出したように首を傾げる。

 

「本当に、提督は行かないつもりなのか」

「俺が行くとなったら、毎回行ってやらんと不満を言うのが出てくるだろ」

「ああ──それもそうだ」

「だからおまえも、下見で俺と泊まりに来たのは黙ってろよ。バレたら駆逐連中から吊し上げを食うぞ」

 

 長門は小さく息を呑んだ。一拍置いて苦笑気味に吹き出した。

 

「そうだったな。なら、私もくじを引かないほうが──」

「それならそれで問い詰められて吊し上げだ。せいぜい嘘をつく練習でもしておけ」

「……参ったな」

 

 本当に困ったという表情で下を向き、長門は溜息をついた。

 

「なんだって、そう折り悪く免停になったんだ、提督」

「頭の固い警官だったんだよ。同じお国のための奉仕者なんだから、駐禁ぐらい見逃してくれって言ったら、それが余計に頭にきちまったらしくてな」

「まったく……今日に限って陸奥も仕事が外せないなんて」

「いいじゃないか。運転、楽しかっただろう?」

「……うん」

 

 しおらしく頷くと、長門はちらりと上目遣いで提督を見た。

 

「その、車の中で……すまなかった。腹を立てたりして」

「ああ、あれか。俺の言い方も無神経だったからな。気にするな」

「……最近、どうもつまらないことで腹を立てたり、物に当たりそうになるんだ。態度に出さないようには気をつけているんだが」

「いろいろ、疲れてるんじゃないか? 不慣れなことも頑張ってるからな、最近のおまえは」

「え……」

 

 長門が目を丸くした。

 

「書類仕事は苦手だったのに、最近はしっかりやってくるじゃないか。鎮守府全体のことも気にかけてくれているって話も聞いた。ちゃんと礼を言ったことがなかったかもしれんが、感謝している」

 

 小さく頭を下げると、長門が身じろぎした。

 

「そんな、提督に礼を言われるようなことじゃない。仕事……仕事なんだから。私の」

「それはそうだが、おまえがいてくれて本当に助かってるんだ」

「どうしたんだいったい……そんな、あらたまって」

 

 長門は意味もなく部屋を見まわし、時計を見ながら言った。

 

「ゆ、夕食はまだなのかな」

「ああ、もう少ししたら時間だな。そうだ、長門──おまえ酒は苦手だったと思ったが、少しぐらいなら飲めるだろ?」

「え……お酒?」

 

 提督は頷いた。

 

「ビールでいいから、あとで少し飲もう。食事のあとがいいな。俺は食う前と最中には飲まない主義なんだ」

「ビール、か」

「全然飲めないのか? べつに無理しなくてもいいんだが。俺もどっちかというと弱いからな」

「いや、普段は仕事もあるし、飲まないようにしてるだけだ」

「よし、飲もう。酔って、好きなことを話そう」

「……いいだろう。でも少しだけだぞ。明日も私が運転なんだから」

 

 

 ◇

 

 座卓に突っ伏してしまった長門の肩に提督は手を伸ばし、二度揺さぶった。

 

「おい、長門。寝るなら後ろに布団があるから、そこまで行けよ」

 

 長門が小さく呻く。耳を寄せると、眠たくない──とつぶやく声がかろうじて聞きとれた。ふたりでビールの大瓶一本を空けただけだというのに、長門はすっかり酩酊状態だ。

 食事用の奥の間でふたりが夕食をとっている間に、本間には中居たちによって布団が敷かれていた。ぴったりと端を重ねて敷かれた二組の布団を見て、長門は明らかな動揺を見せた。寝る前に片方を奥の間に敷きなおせばいい──という提督の言葉で、なんとか落ち着きを取り戻したが。

 本間の隅に寄せられた座卓の角を挟んで座り、冷蔵庫から取り出したビールをコップについで乾杯した。

 とりとめのない話をしながら、小一時間ばかりビールをちびちびと飲んだ。話題は、過去の作戦のことやほかの艦娘たちのことばかりで、雰囲気こそ悪くはなかったが、お互いの心情に深く踏み込むようなことは挙がらなかった。

 つい先ほどまでは機嫌よさそうに話していた長門だったが、気がついたらこの有様である。

 提督は立ち上がり、声をかけた。

 

「どう見ても、もう寝たほうがいいぞ。ほら、手を貸してやるから」

 

 長門の背後に回って、腋の下に手を差し入れた。そのまま持ち上げようとすると、長門はふにゃふにゃと体を崩れさせ、思うように立たせることができなかった。

 仕方なく、長門の片腕を体の前で折り曲げるようにして補助棒のように持ち、引きずって運ぶことにした。

 

「よっ……と」

 

 長身の長門なだけに、さすがに吹雪よりは重い。だが、引きずるぶんにはそれほど重労働でもない。二歩、三歩と後退する。

 されるがままの長門が突然呻き声を上げ、上体を左右に揺り動かした。

 

「ん……なに、してる……?」

「運んでやってるんだよ。ほら、動くな」

「え……」

 

 長門が顔を上げた。ふたたびうつむき、提督に握られている自分の前腕を確認する。

 一瞬の間を置いて、上体をよじるように暴れさせた。

 

「おい、馬鹿、暴れるな」

「……いや、ちょっと、立てる、立てるから──きゃっ」

 

 慌てて立ち上がろうとした長門が、提督の浴衣の裾を踏んだ。

 バランスが崩れ、もつれ合うかたちで後方に倒れ込む。

 提督の臀部に衝撃が走り、思わず目を閉じた。

 

「……痛ってえ」

 

 畳に尻餅をついた。痺れたような鈍痛があるが、幸いにも尾てい骨は打っていないようだ。

 腹の上に柔らかな重量感があった。

 目を開けると、長門が覆いかぶさるように乗っていた。柔らかな感触は、提督の腹のあたりに押しつけられている乳房のものだろう。

 少女のように大きく目を見開いた長門と、視線が絡んだ。

 

「あ……」

 

 長門が、口を開ける。長くつややかな黒髪が、提督の胸の上に散らばるように広がっていた。

 

「ご、ごめん……提督、大丈夫か?」

 

 紅潮した顔を心配そうに歪めて、長門が言った。なぜだか、愛おしさがこみ上げてくるのを提督は感じた。

 

「ちょっと、尻を打っただけだ。おまえは大丈夫か、長門? 怪我してないな」

「ん、うん……大丈夫、たぶん」

 

 答えながら、長門がゆっくりとうつむいた。下げていった顔の動きが、ぴたりと止まった。

 提督の浴衣が胸のあたりではだけ、地肌が覗いている。

 

「立てるか?」

 

 問いに、長門は答えなかった。じっと、みぞおちのあたりを見つめたままだ。

 

「おい──」

 

 吸い寄せられるように、長門が頭を落としていく。柔らかで温かな長門の頬が、提督の肌にしっとりと押しつけられた。

 

「立てない、かも」

 

 ぽつりと言った。

 長門の豊かな胸の感触が、変わらず下腹にある。早鐘を打つような鼓動がどちらのものなのか、提督にはわからなかった。

 

「……横に体をずらせるか?」

 

 長門は答えなかった。代わりに、提督の胸の上で軽く頭を振る。さらさらと長門の髪が揺れ動いた。

 

「じゃあ……もう少し、こうしてるか?」

「……うん」

 

 口もきかず、そのまま何分も動かないでいたような気がした。

 長門が、ふと口を開く。

 

「こんなの、よくないな……」

「──こんなのって、なんだ」

「あなたと、こうしてること」

 

 長門が言葉を発して頬を振動させるたび、みぞおちのあたりの肌がさわさわと刺激され、くすぐったかった。

 

「なぜ、よくない」

「……ただの部下、だから。私は」

 

 長門の声は、わずかに震えていた。

 

「そのままでいい──それ以上は望まないって、そう……決めたから。決めたのに」

 

 提督の顔の位置からは、長門の表情は見えなかった。まばたきと口の動きだけが、肌を通して伝わってくる。

 

「俺が吹雪を抱いていることを知ったから、そう決めたのか」

 

 長門の頬が震え、息を呑む気配が伝わった。

 

「……ぜんぶ、わたしの勝手だったから、いいんだ」

「よくはない」

 

 腹立たしかった。吹雪に責めるような眼で見つめられた理由が、今になってわかった。

 

「いいんだ、ほんとうに」

 

 長門は震える声で続けた。

 

「──勝手に好きになったんだから、好きなままでいるのも勝手だろうって、そう思った。好きだってことを隠して、ずっと一緒にいようって決めた。一緒にいられるように、頑張ろうって……」

 

 深海棲艦との戦いが終われば、おそらく鎮守府は解散する。艦娘は一般人として新たな生を歩むことになるだろう。軍人である提督とは、あまり交わることのない道だ。解散後もともにいるための方法は、それほど多くない。

 

「長門」

 

 顔を上げた長門の双眸が、濡れていた。

 そっと、口づけする。

 長門の口内は、アルコールの苦みと涙の塩辛さが混じった、複雑な味だった。

 

「提督……」

 

 唇を離すと、長門はきつく目をつぶり、眉根を寄せていた。あらゆる感情が、眉間の縦皺に刻まれている。

 すうっと、涙が目尻からこぼれていく。それを指先でぬぐって、提督は言った。

 

「よく泣く副官だ」

 

 ゆっくりと、長門の表情が泣き笑いのように変化する。

 

「おまえが望むかぎり、そばにいてくれ。おまえは俺の、最高の部下だ」

 

 長門は笑った。心からの笑顔だった。

 

「うん……ずっと、そばにいる」

 

 もう一度、軽い口づけをした。

 唇を離すと、長門は困惑顔だった。

 

「でも、やっぱり()()は、吹雪に──」

「その吹雪に言われたんだ。おまえに、もっと優しくしてやれって。優しく、可愛がってやれって」

 

 長門が目を見開く。

 

「勘違いするなよ。吹雪に言われたからってわけじゃなく、ひとりの男として抱きたいんだ。おまえは最高の部下で──最高の女だから」

 

 紅潮していた顔をさらに赤くして、長門はうつむいた。

 

「もちろん、おまえさえよければ……だが」

 

 長門は顔を上げなかった。やがて、消え入りそうな声で言った。

 

「うん……私も、抱いて、ほしい。優しく、可愛がって……」

 

 

 



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精緻な背中、戦艦と性交 *

 全面檜張りの内風呂は四畳半ほどの広さではあったが、まるで森林の中にいるような濃厚な木の匂いがした。

 外庭に面する一面だけはガラス張りとなっており、昼間の光量ならきっと露天風呂のような趣が出るに違いない──と浴室に入ったときに提督は思った。夜も更け月明かりのない今は、木製の風呂椅子にそれぞれ腰掛けているふたりの姿を薄ぼんやりと映すのみである。

 提督の目の前で、長門は裸の背を向け、胸もとを隠すようにやや前屈みの姿勢になっていた。

 ボディシャンプーの泡にまみれたその肌を、提督は人差し指と中指の背でそっと撫でた。

 泡が滴となって表面を滑り落ちていく。白磁のような──という使い古された形容のふさわしい、造形芸術のなめらかさだった。

 

「きれいな肌だ」

 

 提督が思わずつぶやくと、長門がちらりと振り返った。

 長い髪は頭の上に巻き上げられ、大きめのヘアクリップで留められていた。後ろ姿だけでは、まるで長門には見えない。

 

「そ、そうかな。よくわからないけど」

「人間離れしている」

「……実際、艦娘は人間じゃない。厳密に言えば、だけど」

 

 苦笑の混じった口調で、長門は言った。

 提督は答えず、片手に持っていた泡まみれのスポンジを檜張りの床へと置いた。

 

「まあ、背中はこんなもんか」

「あ、ありがとう。じゃあ流して──」

「次はこれだ」

 

 脇の下から両手を差し入れ、豊かな胸のふくらみを抱えるように持ち上げた。

 

「えっ──ちょ、ちょっと」

 

 重量感と、張りのある柔軟さが手に心地よかった。

 長門は提督の手の動きを抑えるように、慌てて自分の手を添えながら言う。

 

「て、提督……前は、いいから」

「する前に躰を洗いたかったんだろ? 遠慮するな」

「い、一緒に入ろうとは言ってない」

「酔ってると危ないんだ。浴槽で溺死なんてされたら、俺が陸奥に殺される」

 

 乳房を揉み上げながら、手のひらでさりげなく乳首を圧迫した。そのたびに、長門がせつなげに息を詰めるのが伝わってくる。

 

「あっ、あの……」

「どうした」

「なんで、素手で……スポンジは……?」

 

 長門が切れぎれの声で訊いた。

 

「このほうが、気持ちいいだろ?」

「んっ……でも、恥ずかしいから……」

「俺もこのほうがいいんだ。長門の躰、気持ちいいからな」

「……提督も、気持ちいい……? 私の胸、触ってると」

 

 のけぞるような姿勢で、長門が肩越しに振り返って提督を見た。

 

「ああ、最高に気持ちいい。長門のおっぱいなら、何時間でも触っていたい」

「もう……馬鹿、だな」

 

 長門は提督の前腕を愛おしげに撫でた。

 乳首が硬くなってきている。両手の指先で転がすように、先端をゆっくりと撫でまわした。

 

「んっ……ふっ……」

 

 鼻にかかった甘い息づかいを響かせながら、長門は上体をぴくぴくと震わせた。

 提督は右手を下げて、長門の腹部に触れた。胸とは対照的に、固く引き締まっている。

 斜筋と直筋の境目──縦に刻まれたラインを探りあて、指先でなぞった。

 長門が軽く身をよじる。

 

「んっ……」

「ここも、感じるか?」

「……わからない。ちょっと、くすぐったい、かな」

 

 長門はうつむき、提督に触れられている箇所を覗き込んだ。

 

「私のそこ……女らしくない、だろ」

「なぜ」

「筋肉ばかりついて、ごつごつしてるから」

「言うほどじゃない。むしろスラリとしてて、きれいだ」

「……うそ」

「本当さ。ほら」

 

 提督は腰を押し出し、育ちきった陰茎で長門の尻に触れた。ぴくりと躰を震わせて、長門が反応する。

 

「え……そ、それって、()()?」

「こいつは正直なんだ」

「そ、そんなに大きくなるの……? それに、熱いし、硬い」

「おまえを欲しがってるんだ」

「わたしを……」

 

 長門が首を反らせて提督を見た。何かを求めるように半開きになった口を、提督は唇でふさいだ。

 ぬるりとした感触で、お互いの舌先が触れ合った。ちろちろと細かく動かすと、長門も同じように動かして応じた。

 提督は、長門の股間へ手を滑り込ませた。

 潤っている。

 提督は濡れた陰唇の表面を、指の腹で撫でまわした。

 

「あ……あ……」

 

 長門が唇を離し、眉根を寄せて喘いだ。不意に太腿が閉じられ、提督の右手をしっかりと挟み込んでしまう。

 

「──長門」

「ご、ごめん。つい──」

 

 長門は下唇を噛んでうつむいた。きつく目を閉じている。

 やがて、提督の手を締めつけていた太腿の力がゆっくりと弛められた。ためらいがちに両脚が開かれ、膝の間に握りこぶし程度の空間ができたところで止まった。

 

「いいか?」

「うん──優しく、して」

 

 ゆっくりと、外陰部をなぞるように手のひら全体を上下させた。

 

「んっ……」

「どうだ?」

「……むずむずして、変な感じ」

「痛くないな?」

「うん……大丈夫」

 

 提督は左手の指先で、長門の乳首への愛撫を再開した。

 

「あっ……はっ……」

 

 長門が躰を震わせる。

 

「今のところ、長門は胸のほうが好きみたいだな」

「う……うん。先のほう触られるの、ちょっと気持ちいい……」

 

 長門が仰ぐように振り向き、唇を寄せた。

 

「ねえ、キス……したい」

 

 応じて、接吻する。

 ついばむように唇を動かしていると、長門が耐えかねたように舌をつき出して求めた。咥えて吸い、口内で舐めた。ちゅるちゅると唾液の音が響く。

 左手で乳首を転がしつつ、右手で秘所をこすり上げる。

 

「はぁっ……ん……あっ……」

 

 唇を触れさせたまま、長門が嬌声を上げる。

 接吻と愛撫を続けていると、愛液が粘りを帯びてきた。陰唇の感触も柔軟さを増している。

 愛液に濡れた親指を立て、陰核を包皮の上から刺激した。

 

「きゃっ……!」

 

 長門が驚いたような声を上げる。

 

「い、いま、すごくピリって……」

「痛かったか?」

 

 ふるふると首を振った。

 

「う……ううん。痛くは、なかったけど」

「敏感な場所だからな。──続けていいか?」

「う、うん。お願い」

 

 ふたたび包皮の上から陰核に触れた。瞬間的に長門は身を硬くしたが、声は上げずに息を呑んだ。

 ゆっくりと親指を振動させる。

 

「あ」

 

 長門が顔を上げた。

 

「どうした?」

「それ……気持ちいい、かも……すごく」

 

 神妙な表情で前方の壁を見つめている。経験したことのない快感の正体を、なんとか見きわめようとしている様子だった。

 強くなりすぎないよう注意しながら、親指の動きをはっきりとしたものに変える。長門が小さな吐息を漏らした。

 

「……う、ん……きもち、いい……提督に、触られてるところ……」

 

 指だけでなく手のひら、腕を連動させて動かす。長門には大きな動きに感じられるはずだが、親指を支点にしているので、陰核への刺激はさほどでもない。

 

「あ……はぁっ……じんじんする……ねえ、じんじんするの……」

 

 長門が喘ぎ、股間へ伸びる提督の腕にすがりついてくる。もどかしげに腰を動かした。

 

「いい……きもちいいっ……ていとくっ……」

 

 強い力で、長門が提督の腕を抱きしめた。自分の股間へ押しつけるようにして、上下に揺り動かす。

 

「はっ──んんんんっ……!」

 

 長門が前屈みになるようにして躰を短く痙攣させた。陰部も、同時に収縮していた。

 左手に抱えた乳房から、早鐘のような鼓動が伝わってくる。長門は肩で息をしていた。

 提督は長門の躰から離れ、シャワーから温めの湯を出して、お互いの躰についた泡を流していった。

 ひとしきりそうしていると、躰を抱えるようにしていた長門が不意につぶやいた。

 

「すごかった──頭が、真っ白になるみたいで」

「今のは外側でイッただけだから、まだ軽いほうだろう」

「外側?」

「膣の外側を刺激してイッたってことだ。内側でイクのは、もっと快感が深いらしいぞ。聞いた話だが」

「ふーん……ずいぶん手慣れてるんだな」

 

 長門が少しだけ口を尖らせるようにして言った。

 

「なんだ、妬いてるのか」

「べつに……そういうわけじゃないけど」

「なんだか不満そうじゃないか」

 

 提督はからかうような口調で言った。

 

「私が初めてなのに、提督は経験豊富っていうのは、ちょっと不公平だなって思ったんだ」

「経験豊富ってほどのもんじゃない。すぐにおまえにもわかるさ」

 

 ひと通り泡を流し終えたので、提督はシャワーを止めた。

 長門は提督に顔を向け、じっと目を見つめていた。

 

「なんだ?」

「……提督、背中を流してあげようか」

 

 長門がわずかに悪戯っぽい表情で言った。そうした顔の長門を見るのは初めてで、提督は一瞬目を疑った。姉妹艦らしく、どこか陸奥の面影を感じさせる。

 

「あ、ああ……じゃあ、頼む」

「よし。後ろ向いて座って」

 

 提督は素直に従って、反対側を向いた。

 背後でがちゃがちゃと音がする。ボディシャンプーのポンプを押しているのだろう。

 肌と肌をこすり合わせ、シャンプーを泡立てている気配が続く。

 

「い、いいかな……」

「ああ」

 

 唐突に提督の背中へ、突起のある柔らかいふくらみが押し当てられる感触があった。

 

「うっ──」

 

 思わず声が漏れた。

 脇の下から長門の両手が胸に回る。温かい長門の躰が、ぴったりと密着していた。

 

「な、長門……?」

「ど、どうかな? 気持ちいい?」

 

 言いながら、長門は上体を上下に動かした。押し当てられた乳首が、提督の背中をくすぐる。

 

「あ、ああ、気持ちいいが、これは──」

「私の躰、気持ちいいって言ってくれたから……こうしたら、提督が喜ぶかなって」

 

 耳もとで、呼吸をわずかに乱した長門が囁く。

 

「ああ──いきなりでびっくりしたが、気持ちいい」

「ん……よかった」

 

 たっぷりとした乳房の中心で、弾力のある乳首が背中をこする。肌の摩擦とぬるぬるとした泡の感触が渾然となって、なんともいえない快感が背中を包んでいた。

 胸の前では、泡にまみれた長門の両手が、提督の躰の形を確かめるかのように這いまわっていた。

 長門の細い指が、提督の乳首に触れる。くすぐったさに身をよじると、長門が耳もとで囁いた。

 

「提督もここ、気持ちいい……?」

「ああ、でも、もどかしいな」

「もどかしい?」

「もっと下のほうも、触ってほしくなる」

 

 乳首をいじる長門の手が止まった。

 

「もっと下って……」

 

 肩甲骨のあたりに当たる長門の胸の圧力が強まった。肩ごしに、提督の下腹部を覗き込もうとしている。

 長門の右手が、屹立している提督の陰茎におずおずと伸ばされる。亀頭と陰茎の境目に軽く触れた瞬間、長門は大きく息を吸った。

 

「すごい……さっきより硬くて、大きい……」

 

 かすかな指の動きで、雁首を撫でた。

 敏感な部分に指を這わされ、提督は焦れったさに身悶えした。

 

「あっ、ご、ごめん。痛かった?」

「いや、そ、そうじゃない。触られてるだけじゃ、もどかしくて……握って、くれないか」

「う、うん」

 

 長門がこわごわとした様子で陰茎を右手の中に包み込んだ。

 

「こんな、感じ?」

「そう……そのまま、軽く上下にこすってくれ」

 

 長門は頷き、泡にまみれた手でゆっくりと上下にしごきはじめる。

 

「こ、こう……?」

「ああ……いい感じだ。指をもっと動かして、いろんなところを触って……」

 

 長門が従順に、親指や人差し指で亀頭や雁首に刺激をくわえようと試みた。ぎこちない手つきだったが、その拙さがいっそう提督の快感と欲望を増幅させていく。

 思わず溜息が漏れた。

 

「あっ、ご……ごめん。下手、かな」

「いや……逆に、すごくいい……」

「そ、そう?」

 

 長門がふと思い出したように、左手で乳首への愛撫を再開した。

 予想の外からの快感に、提督は思わず身悶えする。

 

「ああ……いいな。長門……上手だ」

「ん……じゃあ、こっちも」

 

 背中に押しつけられていた乳房が、ぬるぬると動きだした。躰のあちこちから共鳴して湧き上がる快感に、提督は完全に翻弄される。

 

「ああ……やばいな、これは……初体験だ」

「へえ……いろんなところを同時に、がいいのかな」

 

 長門は納得するようにそう言うと、提督の首筋に口づけし、ちろりと舐め上げた。ぞくぞくとした快感が、提督の脳髄へ這いのぼっていく。

 陰茎をしごく長門の手の動きが速まった。指の力の強弱を様々に変えてアクセントをつけている。快感に震えながら、提督は長門の飲み込みの早さに舌を巻いた。

 

「長門おまえ……触るの、初めてなんだろ……巧すぎだ」

「ふふふ……提督、すごく気持ちよさそうな顔してる」

「ああ……長門、気持ちいい……気持ちよすぎて……もう……」

「提督、可愛い」

 

 長門はそう言って、提督の頬に口づけした。

 瞬間、提督はしたたかに射精していた。

 最初の一滴が勢いよく飛んで、正面の檜の壁を汚した。続けて、粘度の高い白濁液がびゅくびゅくと吐き出されていく。

 どうかしている──と自分でも思うほどの量が出た。

 

「わっ……こんなに、出るんだ」

 

 手の中で痙攣する陰茎を、提督の肩ごしに見つめながら長門が言った。

 白濁を放出しきった陰茎がゆっくりと収縮していく。

 長門は手を外し、精液の付着した指をしげしげと眺める。不意に、その指先を口に含んだ。

 

「ん……けっこう苦いな。それに、青臭い」

 

 長門はわずかに顔をしかめて言った。

 

「そりゃ、どう考えたって美味いもんじゃないだろ」

「……そうだけど。でも、貴方の味だから──」

 

 長門は横目で提督を見て微笑んだ。

 

「──嫌いじゃない」

 

 失笑する提督を尻目に、長門はシャワーの湯で壁や床を汚した精液を流していった。提督も浴槽から湯を汲み、躰を軽く流した。

 

「よし長門、ここ座れ」

 

 自らの両腿を示して提督は言った。

 

「え……?」

 

 シャワーを止めた長門が、怪訝そうな表情で提督を見る。

 

「いいから、ほら──跨って」

 

 長門はためらいつつも、言われたとおりに跨った。

 大きく脚を開いて正面から向き合っているので、陰部がまる見えになる。

 

「あ、あの……この体勢、恥ずかしいんだけど」

「何をいまさら」

 

 提督は言って長門を抱きしめ、唇を重ねた。

 

「んっ……」

 

 始めは戸惑っていた長門も、次第に舌と唇を使って応じた。

 やがて唇を離して、長門が訊く。

 

「ど、どうしたの、提督?」

「どうしたもこうしたも、欲しいんだよ、おまえが」

「あ……」

 

 下に落とした提督の視線を追って、ふたたび力を得ている陰茎を視界に入れると、長門はさっと顔を紅潮させた。

 

「……男は一度出すと、しばらく性欲が無くなるって、陸奥から聞いたんだけど」

「いかにも、あいつがしたり顔で言いそうなことだ。一般的にはそうだが、そうじゃないときだってある」

「どういうとき?」

「いい女を抱いてるときだ」

 

 提督は長門の首筋に接吻した。軽く吸って、動脈に沿って舌を這わせる。長門の肌の香りが鼻孔を満たした。

 

「あ……」

 

 長門は顔を反らせて小さく喘いだ。

 いっそう強く抱きしめ、胸板に乳首をこすりつけさせるように長門の躰を揺さぶった。

 

「あ……ん……」

 

 長門は提督の肩に手を置き、湧き上がる快感に抗うように目をつぶって眉をひそめた。

 提督が秘所に手を差し込むと、そこはほのかな粘液で湿っていた。

 指先で外陰部をくすぐるように愛撫すると、すぐに淫靡な水音がぴちゃぴちゃと響きはじめる。

 

「いい感じで濡れてきたぞ、長門」

「やっ、恥ずかしいこと、言わないで……」

 

 長門は首を振って言った。

 提督は濡れた秘裂から手を引き、亀頭で撫で上げるようにしてその入口にあてがった。

 つぷり、と亀頭の先端が秘裂の奥に沈みかける。

 

「あっ……も、もう、くっついてる」

「怖いか、長門」

「う……ううん……私も、提督とひとつになりたい」

 

 提督は頷くと、陰茎を挿入する角度を手で調整した。

 ふと、数日前の執務室で、吹雪を同じ体位で抱いたことが脳裏に浮かんだ。

 

「提督……?」

 

 長門が不安そうな声で、手を止めた提督に問う。

 提督は笑顔を作って顔を上げ、言った。

 

「長門、キスしてくれ」

 

 長門はじっと提督を見つめ、ふっと微笑んで唇を寄せた。

 唇が触れ合った瞬間の一拍のち、提督は長門の尻を引き寄せながら陰茎を挿入した。

 

「んっ……あっ!」

 

 唇をわずかに離し、長門が喘ぐ。

 締めつけはきついが、強い抵抗感はなかった。完全に挿入しきると、固く目をつぶった長門に提督は訊いた。

 

「痛くないか、長門?」

「う、うん……痛くはない。すごく、変な感じだけど」

 

 長門は目を開けて視線を落とし、結合部を見た。

 

「あ……ほんとに、入ってる。提督と、繋がってる……」

「少し、動かすぞ」

 

 風呂椅子の上で尻を前後に揺するように動かした。長門の躰もそれに合わせてゆさゆさと揺れる。

 

「あっ、あっ……なかで、うごいてる……」

 

 長門が浮かされたように言った。

 陰茎から伝わる内部の構造は、提督が思わず感嘆の吐息を漏らすほど精妙だった。全体的にはゆったりと陰茎を包みこんでいるのだが、根もと部分と亀頭付近には極端に強い締めつけがある。二段締めと呼ばれる種類の構造なのだろうか。射精したばかりでなければ、それほど長い時間は持続しなかったかもしれない。

 

「あっ──はっ──はぁ、んっ──」

 

 腰の振動に合わせて、長門が甘い声を上げる。快楽の色が濃く、痛みの心配はなさそうだった。

 提督は長門の両腿をしっかりと掴み、上下に持ち上げるような動きも織りまぜた。

 

「んっ──やっ──んっ」

 

 長門が喘ぐ。

 硬くなった乳首が、提督の胸板でこすれた。

 いつの間にか、動きの主体が提督によるものではなく、長門の自律的なものに変化していることに提督は気がついた。

 前後に激しく長門の腰がうねっている。

 

「て、提督……おかしいの……こうしてると、すごく、きもちよくて……」

「それで、いい。そのまま、おかしくなってしまっていいんだ」

「あんっ……いいの……? おかしく、なっちゃって……いいの?」

 

 答えるかわりに、陰茎の先端が内部の天井をこすり上げるように律動の角度を変えた。

 長門がいっそう高い嬌声を上げる。

 

「やぁぁんっ……いいっ、それ、すごくいいのっ……!」

 

 律動を速めた。

 

「やっ、あっ、あっ、だっ、だめっ、も、もう、イッちゃ──」

 

 長門が口を開けてのけぞった。

 

「あっ、ああぁぁ……!」

 

 長門の躰が緊張する。内腿に力が入り、ぶるぶると膣が痙攣した。

 提督は内部でいっそう締めつけられ、爆ぜそうになる。かろうじて耐え、長門から陰茎を引き抜いた。

 解放された瞬間に射精していた。長門の引き締まった上腹部から下を、白く粘った体液が汚していく。

 

「あ……あぁ……」

 

 長門がくたりと脱力し、後方に躰を傾げた。

 提督は慌てて背中に手を回して、長門を支える。

 

「て、提督……きもち、よかった……」

「なによりだな。俺も、よかったぞ」

 

 長門が陶酔したような表情で、腹の上に散った精液に触れた。愛おしげに撫で、下腹部になすりつけるように拡げた。

 

「中で、出されたら、どんな感じかな……」

「危ないことを言うもんじゃない」

 

 提督は肩で息をしながら返した。

 

 

 ◇

 

 汚れた躰を今度こそ丁寧に洗い、水を多めに入れて温くした浴槽にふたりで入った。浴槽は縦に長く、縁の部分にもたれて脚を伸ばしても十分な余裕があった。

 長門はぴったりと提督に躰を密着させ、胸と脚をすりつけて甘えている。

 提督は仰向けになった躰の上に長門を引き寄せ、すべすべとした肩の肌を撫でた。

 長門が提督の首に腕を回し、顔を寄せて頬に接吻した。続けて、顎のあたりに唇をつける。さらに二度三度と場所を変え、音をたてて接吻を重ねた。

 提督は苦笑した。

 

「鎮守府にいるときと、まるで違うじゃないか」

「……今は、休暇だから」

 

 長門は微笑み、提督の首筋に鼻面を押し当てた。普段の峻厳な態度は欠片もない。

 

「提督……その……」

 

 長門はそう言って、提督の腿に自分の脚をすりつけた。

 

「なんだ、もうしたくなったのか」

 

 提督が言うと、長門は顔を伏せて小さく頷いた。上目遣いで提督を見つめてくる。

 

「だめ……かな?」

「大歓迎だ。下半身も賛成してる」

 

 水面下で硬くなった陰茎をちらりと見て、長門がはにかむように微笑んだ。

 

「じゃあ──する?」

「自分で挿れられるか? 上に乗って」

「……うん、やってみる」

 

 ちゃぷり──と水音をたてて、長門が提督の腿に跨った。水中の提督の分身を慎重に手に取り、自らの陰部にあてがう。何度かこすりつけるようにしてから、ゆっくりと腰を沈めた。

 先端が膣内に入りかけたが、押し出されるように割れ目の上へと滑って外れてしまう。

 

「あっ……」

 

 長門はふたたび腰を浮かせて挿入を試みたが、またもするりと上滑りする。

 

「んっ……どうして」

「水圧があるし、粘液が湯で流れるんだ。立って、向こうの縁に手をついてみろ」

 

 長門は釈然としない顔で立ち上がり、後ろを向いた。言われたとおりに縁に手をつく。

 

「こ、こう……?」

「もっと肘を曲げて前屈みにだ。脚を少し開いて」

「え……でも、これじゃ、その……」

 

 提督は長門の背後に跪いた。秘裂と菊座がありありと見えた。

 

「ああ、全部まる見えだ」

「も、もう……恥ずかしいこと、させないで」

 

 そう言いつつ、長門は言われたとおりの姿勢を崩さない。

 提督は股の下から手を挿し入れ、長門の秘所をつるりと撫でた。

 

「やっ、んっ……」

「ああ、やっぱり潤い不足だな」

 

 提督は裂け目の下から口唇を押し当て、音をたてて吸った。

 

「ひゃっ……! て、提督っ……?」

 

 長門が唐突な唇の感触に驚いてか、身をよじって逃れようとする。提督はその両腿をがっちりと掴まえて動きを封じた。

 湯に濡れたその部分は、塩と鉄の混じった温泉の味がした。

 鼻先をこすりつけるようにしながら、舌を前後に回転させ、べろべろと舐めたてる。

 

「ひゃんっ、やっ……あっ……んっ」

 

 長門の両脚から力が抜け、提督が舌を動かすごとにがくがくと震えた。

 膣口の周辺を、唇と舌、ときに鼻の頭を使って刺激すると、長門は敏感に反応して尻をくねらせた。舌先で感じる温泉の味の中に、愛液特有のかすかな酸味が混じる。

 じゅるじゅると大きな音をわざとらしくたてながら吸い上げ、陰唇の間へすぼめた舌を挿し入れると、長門はさらに過剰な反応を見せた。

 

「あんっ……やっ、それ、きもちいいっ……ていとくのした、はいってきてるのっ……!」

 

 内部で舌を回転させ、前後に出し入れし、ときに周辺を舐め上げる。あらゆる動きに長門は全身で快楽を表現し、呼吸を荒くした。

 提督の視界の隅で、長門の菊座がひくひくと痙攣している。提督は秘所からなにげなく舌を外し、その部分をひと舐めした。

 

「ひっ──きゃああああああああ?!」

 

 長門が激しく上体を跳ね上げながら、絶叫した。

 提督は度肝を抜かれ、思わず長門の尻から顔を離した。

 

「なな、なななな……」

 

 浴槽の縁にもたれかかりながら、長門は首だけで振り返ってわなわなと震えている。目が驚愕で大きく見開かれていた。

 

「な、なんだ、いまの……?」

「なにって、後ろの穴をちょっと舐めただけだ。……駄目だったか?」

「だめ──絶対だめ! 本当に無理!」

「わかったわかった……もうしない」

「や、約束だぞ。いくら提督でも、いまのは、本当に無理」

 

 提督は予想外の剣幕になかば呆れながら、長門の秘裂に触れた。

 

「あっ」

「こっちならいいんだろ?」

「う……うん、そっちなら、いい……よ」

 

 陰唇を指で押し広げ、膣内へ中指を挿入する。

 長門が首を反らせて息を詰めた。

 

「んっ……」

 

 内部にも十分な潤いがあり、すっかり提督を受け入れる準備ができている。

 提督は立ち上がり、長門の尻を抱え上げた。

 

「あっ……後ろ、から……?」

 

 提督は答えず、屹立した充血器官を長門の陰部にあてがった。

 

「長門、もっと脚を開け」

「う、うん……」

 

 素直に従って脚を開いた長門に向かって腰を進める。

 

「あっああぁ……はいってきたぁ」

 

 ゆっくりと侵入し、内部の熱い感触を確かめるように動きを止めた。

 

「どうだ?」

「ん……さっきと、違うところ、当たってる……」

「気持ちいいか」

「うん……けっこう、好き、かも……」

 

 提督はおもむろに腰を引いた。内部の肉襞がうぞうぞと陰茎に絡みつくのを感じる。

 

「あっ……ああっ……」

 

 内側をゆっくりと撫で上げられて、長門が鼻にかかった喘ぎ声を上げる。

 結合が外れる直前まで陰茎を引き出すと、ふたたびゆったりとした速度で内部へと送り込む。

 

「んっ、んんん……」

 

 長門が肩をそびやかしながら、喉の奥を鳴らす。均整のとれた背中に肩甲骨が浮き上がり、その形に提督はフェティシズムめいた興奮を覚えた。

 上体を倒して唇を寄せ、肩甲骨に沿った盛り上がりと、その谷間の背中を丹念に舐める。

 

「はぁ……あ……せなか……ぺろぺろされてる……うしろから……挿れられて……」

 

 長門がぴくぴくと全身を痙攣させながら、うわ言のようにつぶやいている。

 なめらかな肌ざわりと、その下の硬い筋肉の感触が、提督の劣情をいっそう煽った。

 躰を起こし、時間をかけての抽送を、幾度も繰り返す。

 気がつくと、長門の腰がくねり始めている。

 

「自分で動いてるぞ、長門」

「んっ……だって、こうするときもちいいからぁ……」

「初めて経験したばかりだってのに、いやらしい奴だ」

「あっ……わたし、いやらしい……?」

「ああ、いやらしいな」

 

 長門が振り返り、横目で提督を見る。

 

「ていとく、いやらしい女、きらい?」

「嫌いなもんか。おまえみたいないい女がいやらしくなってるのは、可愛い」

 

 長門の瞳が煌めき、腰の動きがさらに淫蕩さを増してくねる。

 

「……うれしい……ていとくに可愛いっていわれるの、すき……」

「可愛いぞ、長門」

「あっ、あっ……ていとく、すき……だいすき……」

 

 提督も、腰の動きに速度を加えた。浴槽の湯が波立ち、縁に当たって激しい水音をたてた。

 

「あっ、はぁんっ、ていとくぅ、ていとくぅ」

 

 力を込め、長門の尻に腰を打ちつける。

 長門は苦しげな体勢で、必死に提督を見ようと首を反らせていた。提督は長門の片腕と胸を掴んで上体を引き起こす。

 吸い寄せられるように接吻した。

 お互いに舌を出して舐め合い、絡めた。

 提督は長門の後頭部に手をやり、髪をまとめ上げているヘアクリップを取り去って湯の中に捨てた。

 艶やかな黒髪が一斉にほどけて落ちる。見慣れた長門の姿だが、初めて見る淫蕩な表情をした女がそこにいた。

 接吻をやめ、背後から胸をかき抱くようにして抱きしめると、欲望のままに腰を律動させた。

 長門が首を振り、髪を乱しながら喘ぐ。

 

「ああああっ──いいっ、いいのっ──きもちいいっ!」

 

 絶頂が近い。息を荒くし、無我夢中で腰を振った。

 浴室内に肌のぶつかりあう音が反響している。

 

「あ、ああああぁぁぁ──」

 

 長門が短く叫んでのけぞり、全身を痙攣させた。

 提督はかろうじて残った理性で、陰茎を引き抜く。ほぼ同時に射精し、白く濁った粘液を長門の尻と太腿にぶちまけた。

 尻の曲面に沿って滴り落ちていく白濁を眺めながら、提督は大きく溜息をついた。

 

 

 



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(はしけ)

 船着き場で働く男たちは、手漕ぎボート程度の大きさしかないその小舟を『(はしけ)』と呼んでいた。小さな荷や人を漁船から降ろすのに使うのだと、提督はかつて父親から聞かされたことがあった。

 

 ──艀に乗んじゃねえぞ、坊主。流されっからよ。

 

 いつも酒に酔ったような赤ら顔をした、年かさの漁師の口癖だった。

 

 ──板子一枚下は地獄ってな。深海棲艦なんぞ出なくたって、海は怖ぇもんよ。

 

 そんなこと知ってる──言われるたびに胸の内で返した。誰だって知ってることだ。海は広くて深くて、怖い。

 

 腐りかけた床材が軋む桟橋の途中で、吹雪が歩みを止めた。繋いでいる提督の手を、きつく握りしめている。

 何かを問いたげな眼で、提督を見上げる。

 大丈夫だ──と言うかわりに提督は頷いてみせた。手を繋いだまま、艀の上へとひとりで降りる。

 

 喫水の浅い艀は水面に浮かぶ木の葉のように不安定で、ゆらゆらと揺れた。

 上体をわずかにかがめ、揺れが収まるまで待った。頃合いを見て、手を軽く引いて促す。

 

 繋いだ手の先の長門が、おそるおそるといった様子で桟橋から脚を伸ばす。

 浴衣の裾から覗けた裸足の両足を船底に着いたところで、艀の揺れにバランスを崩してよろめく。

 

 抱きとめた。

 腕の中、長門の紅潮した顔が間近にあった。震えるまつ毛の先に、潤んだ瞳が揺らめくのを、提督は見た。

 唇を寄せ、接吻する。

 

 長門の顔のむこう──艀の隅に、陸奥が脚を組んで腰掛けていた。

 満足そうな笑みを浮かべ、ふたりの接吻を見物している。

 艶めかしい太腿を見せつけるように、わざとらしく脚が組みかえられた。

 

 文句を言うつもりで、唇を離した。

 不意に目眩を感じてよろめき、たたらを踏む。

 艀が、水面を滑っている。

 

 桟橋の上に、吹雪が立ちつくしていた。

 不安げな眼で提督を見ている。

 

 ──吹雪。

 

 呼びかけは、声にならなかった。

 切迫した感情が腹の底に広がっていく。

 手を、確かに繋いでいたはずなのに。

 

 腕の中に、ぴったりと寄り添う長門がいた。

 陸奥がにやにやと提督の顔を眺めまわしている。

 提督は不安に呼吸を荒くしながら、吹雪に向けて手を伸ばした。

 

 声が出ない。

 打ち揚げられた魚のように、口を開閉した。呼吸の音だけが虚しく響く。

 少しずつ遠ざかる吹雪が、悲しそうな眼で提督を見た。

 精一杯に手を伸ばし、あらんかぎりの声で叫ぼうとして、肺の奥から息を絞り出した。

 

 

 

 吐き出した呼気の気配で、提督は目を覚ました。

 暗い部屋の中、提督の胸の上で、長門が静かな寝息をたてていた。

 

 

 ◇

 

「支度、できたか」

 

 提督は、背を向けてかがみ込んでいる長門に声をかけた。コンパクトなサイズのキャリーバッグに自分の荷物を詰めていた長門は、うん──と頷いて提督の顔を見た。

 

「もう出られるが、退室時間は何時なんだ?」

 

 長門はスーツのパンツにワイシャツ姿だった。ジャケットが鴨居のハンガーに掛かっている。

 提督は入り口のほうを振り返って、部屋の壁時計を見た。11時を少し回ったところだった。

 

「いや、チェックアウトはいつでも自由だそうだ。頼めば、昼食も出してくれるらしい」

「へえ……もう一泊いかがですか、なんて言い出しそうだな」

「言ってたぞ。予定外の連泊でも対応できると」

「……ずいぶん柔軟だな」

「その手の要望には慣れてるみたいだったな。──で、どうする」

「どうするって……何を?」

 

 荷造りを終えた長門が、立ち上がって訊いた。

 

「もう一泊したけりゃ、それもできる」

 

 提督の言葉に、長門は小さく息を吸い、一瞬身を硬くした。眉をひそめて首を振る。

 

「仕事があるだろう、私たちには」

「……だな」

 

 提督は座椅子に座り、座卓の上の急須に緑茶の茶葉を入れた。

 

「飲むか?」

 

 長門は頷いて座卓に歩み寄ると、提督に対し角を挟む位置の座椅子に座った。

 提督が湯呑みに緑茶をそそぐのを、無言で眺めていた。

 

「私を抱いたこと、後悔してないか」

 

 差し出された湯呑みの中の緑茶を眺めながら、長門がつぶやいた。

 

「おまえは後悔しているのか? 抱かれたことを」

「──していない」

 

 顔を伏せたまま、そう言った。

 

「にしては、うかない顔だ」

 

 長門は下唇を噛むと、顔を上げた。

 

「私は、貴方と吹雪のことが心配なんだ」

 

 ──吹雪。

 

 今朝の夢の中の、不安で悲しげな吹雪の表情が脳裏をよぎる。夢の内容自体は判然としなかったが、その表情だけははっきりと記憶にある。

 提督が押し黙っていると、長門が続けて言った。

 

「躰を重ねたあとでこんなこと言うなんて、本当に身勝手だとは思う。……でも、吹雪が知ったら許してくれないだろう。私は当然として、貴方のことも」

「言っただろ。あいつは承知している」

「ただの冗談だったかもしれないじゃないか。貴方と私が、本当にこういう関係になるとは思っていなかったのかも──」

 

 提督は片手を上げ、勢い込んで話す長門を制した。

 

「事情を説明してやるから、黙って聞け。最後まで聞いたら、あとは怒るなりなんなり、好きにしろ」

 

 

 

 提督は順を追って話した。

 艦娘のストレス値増大のこと。それが提督と吹雪の肉体関係に起因する可能性が高いこと。解決方法として艦娘と面談し、場合によっては性交を用いると決めたこと。ストレス値の最上位が長門であったこと。下見にかこつけて長門を鎮守府から連れ出したこと──。

 提督が話し終えると、長門は片手で口もとを覆うようにしてしばらく考えこんでいた。

 やがて、顔を上げて言った。

 

「免停の件は? それも作り話か」

「駐禁の取り締まりをくらったのは事実だが、頭の固い警官じゃなかった」

「慰安旅行は?」

「当初はただの口実で済ませるつもりだったが、嘘で終わらせるのはもったいない──って吹雪が言い出してな」

「じゃあ、旅行は本当に?」

 

 提督は頷いた。

 

「そうか……それは、よかった」

 

 長門は満足そうに微笑んだ。提督は拍子抜けした思いで訊いた。

 

「怒らないのか、長門」

「ん……怒ってはいない。あえて言うなら、あっさり騙されたのが悔しい」

「俺はおまえを騙して連れ出し、酔わせて抱いた」

「……それだけ聞くと、ひどい卑劣漢だ」

「事実だ」

 

 長門はゆっくりと首を振った。

 

「私は、貴方に救われた。手段は率直なものではなかったかもしれないが、私が頑なだったのだから仕方ない」

 

 膝の上の提督の手に、長門が手を重ねた。

 

「提督──これから、たくさんの艦娘を抱くことになるな」

「そうと決まったわけでもない」

「決まってる。きっと、そうなる」

 

 提督は長門を見返した。

 長門が提督の手を、包み込むように握って言う。

 

「抱いてしまうのが最善だ──私のように」

「おまえも陸奥も、俺をジゴロかなんかだと勘違いしてるんじゃないのか。セックスで部下をコントロールしようなんて、馬鹿げてる」

「どんなに馬鹿げていても、それが自分の務めなら、貴方はそうする。鎮守府と、艦娘のために」

「俺をそんな聖人だと思うな。──おまえを抱くのだって、自分の務めだからなんて思わなかった。欲望のおもむくまま、ってやつさ」

「構わない。貴方に抱かれれば、それだけで私たちは──」

「きっと俺は、愉しんで艦娘を抱くだろうな。おまえたちに溺れて、甘えて、流されていく」

 

 長門が哀しげに表情を歪めた。唐突に顔を寄せられ、提督は唇をふさがれた。

 短い接吻のあと、わずかに口を離して長門が囁く。

 

「愉しめばいいじゃないか。愉しむのを自分に禁じて女を抱き続けていたら、貴方はいつか壊れてしまう」

 

 長門の声は震えていた。

 眼の前の瞳が潤んで揺れている。

 提督は、強引に長門の唇をふさいだ。荒々しく、お互いを求めて舌を絡め合う。

 ワイシャツの上から長門の胸を手でまさぐった。

 

「ああ……」

 

 長門が熱っぽく喘ぐ。

 提督は欲望で焼き付きそうな頭の隅で、鎮守府に帰るのは夜遅くになりそうだ──と、ふと思った。

 

 

 

 

「長門──俺は、おまえに素っ気なくしたな」

 

 胸の上、素肌にワイシャツを羽織っただけの姿で寄り添う長門に、提督は言った。

 長門が小首を傾げた。

 

「報告書の提出とかで、おまえが執務室に来たときなんかだ。今回の計画を立てているときに、吹雪とそのことで揉めた」

 

 長門は黙って聞いている。

 

「俺の態度が気に入らないならその場で注意しろ──そう言ったら、横で聞いていた陸奥に馬鹿だ朴念仁だとさんざん罵られた」

「……そうか」

「そのことを、考えていたんだが──」

 

 提督は中空をぼんやりと見やった。

 

「吹雪は、おまえの目の前で、見せつけるように俺の女房づらをしたくはなかった──こういうことか?」

 

 長門は少し思案してから口を開いた。

 

「たぶん……そうだろうな。少なくとも、陸奥の言いたいことはそうだ」

 

 提督は小さく鼻を鳴らし、言葉を継いだ。

 

「それなら、おまえが退室してから俺に注意すれば済む話じゃないか? 今さら蒸し返したくはないが」

 

 長門はしばらく黙って提督を見つめていたが、やがて不意に躰を伸ばして頬に口づけした。

 提督は苦笑する。

 

「なんだ、そりゃ」

「貴方がちょっと、可愛く見えた」

「意味がわからん」

「それじゃあ陸奥の言うとおり、もしかしたら馬鹿で朴念仁なのかも」

 

 含み笑いをしながら長門が言った。

 

「答え、教えてくれよ」

「ん……まあ、私が吹雪の立場なら、って話だけど」

 

 長門は提督の胸の上で首を傾げ、若干の間を置いてから続けた。

 

「私が秘書艦で、執務室にほかの艦娘が報告書の提出にやってくる。その艦娘に貴方は冷たい態度で素っ気ない」

「失礼な司令官だな」

「ふふ……まったくだ。しかもその艦娘は、どうも司令官に惚れてるふしがある。かわいそうに。あとで、司令官に注意しなくちゃいけない」

 

 長門は悪戯っぽく微笑んで続けた。

 

「艦娘は悄然として退室する。そうしたら私はもう、貴方の態度を注意するなんていうことが、すっかり頭から消え失せてしまう」

「なぜだ。直前まで思ってたことだろ」

「貴方が、さっきの艦娘への失礼な態度とは全然違う、愛情のこもった優しい眼で私を見ているから」

 

 提督は息を呑んで固まった。

 

「吹雪は立派だ。あとになってからでも、ちゃんと貴方を叱ったのだから。好きな男の愛情を独占し続けられるのに、それで良しとしなかった。──本当に優しくて、強い」

 

 長門は胸の上に顔を横たえ、そっと頬ずりした。

 

「提督、吹雪を離しちゃ駄目だ。彼女は、貴方にとって特別な存在だから」

 

 提督に、言葉はなかった。

 長門がつぶやくように続けた。

 

「帰ったら、すぐに吹雪に会って抱きしめてやって。そして、ふたりで一緒に夜を過ごすんだ。必ず、そうしてほしい……」

 

 

 ◇

 

 提督が扉を開けた先の執務室には、誰もいなかった。隣接している秘書艦用の控室と、自分の私室を確認したが、吹雪の姿は見当たらない。

 出張用のビジネスバッグを床に置き、執務机の椅子に深く腰掛けた。体全体に蓄積している疲労感は、帰りの道中の運転によるものだけではなく、昨晩から今朝にかけての度を越した回数の性交によるところが大きかった。早いところ熱いシャワーを浴びて、ベッドに体を投げ出してしまいたい衝動に提督は駆られた。

 大きく溜息をつき、机の上の書類の山に目を向ける。報告書や作戦計画書が三つの山に分けられて置かれていた。何枚か手に取ってざっと眺めたところ、未決と、既決、重要の三種類に分類されているようだ。既決の山が、ほかの二つに比べて圧倒的に大きい。

 重要と目される数枚の書類を大まかに確認したあとで、未決の書類の束を持ってぱらぱらと繰った。書類から、ほのかな香水の匂いがする。いつも陸奥がつけているものだった。

 なんとなく笑みを漏らしたところで、正面の扉が勢いよく開いた。

 吹雪がいた。呼吸に合わせ、わずかに肩を上下させている。

 

「司令官」

 

 入り口に立ちつくした吹雪は、安心したように笑った。

 

「吹雪、どこにいた」

「すみません、十一駆の部屋です。車が本棟の地下に入っていくのが見えたから、慌てて戻りました」

 

 駆逐艦たちの部屋は、執務室のある本棟とは別の建物にあった。以前は吹雪も第十一駆逐隊の部屋で寝起きしながら執務室まで通っていたのだが、隣に秘書艦用の控室が設置されてからは、もっぱらこちらで生活するようになっていた。

 

「業務は終わったんだろ。謝る必要はない」

「いえ、お出迎えもしないで」

「予定外に遅くなった。帰る時間くらい連絡したかったが、道も混んでたからな」

 

 実際には二日も経っていないが、ずいぶん久しぶりに吹雪の顔を見たようなきがする。

 

「昨日は、十一駆の部屋で寝たのか」

「はい。久しぶりだったし、夜更かししちゃいました」

 

 言いながら吹雪は執務机を回り、提督の横から机の上を覗き込んだ。

 

「もう、ご覧になりました? 昨日からの業務は、陸奥さんが全部やってくれたんです。これの山がまだ未決で、そっちのが──」

「ああ、もう見た。急ぎの用件はなさそうだな」

「はい。念のため、明日でいいから既決の書類にも目を通しておいてほしいと、陸奥さんが」

「わかった。明日片付けよう」

 

 はい、と言って吹雪は頷き、少し口ごもってからためらいがちに訊いた。

 

「あの──長門さんと、どうでした?」

 

 不安そうな上目遣いで提督を見る。

 提督は目をそらし、机の上の書類の山を見つめながら答えた。

 

「ああ、うまくいったよ」

 

 その一言で吹雪は了解したようだった。安堵する気配が伝わってくる。

 

「……長門さん、喜んでました?」

「ああ、とてもな。この旅行は一生の宝物だと」

 

 返事はなかった。

 提督が見ると、吹雪はじっとうつむいていた。

 

「おい……」

 

 吹雪は小さく息を吸い込んで顔を上げる。

 

「……すみません。なんだか、嬉しくなっちゃって。本当に、よかったなって……」

 

 吹雪の顔は、半べそをかいたように歪んでいた。泣くのをこらえているようにも、無理矢理に笑おうとしているようにも見える。

 提督は笑んで、吹雪にむかって小さく頭を下げた。

 吹雪が慌てた。

 

「な……なんですか……?」

「計画を立てていたとき、おまえにきつい言い方をしたな。悪かった」

「そ、そんな……私こそ本当に失礼なことを……」

「いや、おまえが正しかった。長門と話して、それがわかった」

 

 吹雪はひどく恐縮した様子で、きょろきょろと落ち着きなく周囲を見まわした。

 日付も変わろうかという時刻を示す壁の時計に目を止め、取り繕うように慌てて言った。

 

「あっ……あの、もう夜も遅いですし、お休みになっては? お疲れでしょうから」

 

 吹雪にそんな意図はないだろうが、『お疲れでしょう』という言葉が自分の罪を苛んでいるように聞こえた。

 

「……そうだな。今日は運転してきたから、疲れた」

 

 わざとらしく伸びをした。ひどく緊張して、ぎこちない動きだと自分でもわかった。

 

「……おまえも、もう寝るか?」

「あ……はい。その、実は、白雪ちゃんたちが、司令官のお帰りも遅いし、また今夜も十一駆の部屋で寝ないかって……さっきも、お布団の支度をしていたところで」

 

 提督は言葉を失いかけたが、すぐに笑顔をつくった。

 

「そうか、いいんじゃないか。白雪たちも、久しぶりにおまえと過ごせたのが嬉しいんだろう」

「……はい。あの、すみません」

「何を謝ってる。──ほら、白雪たちが待ってるんだろ」

 

 吹雪は何かを言おうと口を開きかけたが、思いなおしたようにつぐむと、頭を下げた。

 

「はい。……おやすみなさい、司令官」

「ああ、おやすみ」

 

 吹雪が顔を上げた。夢の中の、悲しそうな眼ではない。

 

 

 ──夢?

 

 

 頭をよぎった言葉に、その内容を思い出そうとして、提督は記憶の断片を探った。

 

 

 ──吹雪が、遠ざかっていく。

 

 

 眼の前の吹雪が、薄く微笑む。その意味を掴もうとして、提督はよりいっそう思考を混乱させながら、夢の記憶を探り続ける。

 

 

 ──(はしけ)……そう、艀に乗って、それで、何かを……叫ぼうとした。

 

 

 吹雪が後ろを向いた。一歩、足を踏みだし、遠ざかる。

 

 

 ──何を? 何を言おうとした? きっと、大事なことだった。

 

 

 さらに一歩、遠ざかる。

 吹雪の左手が、きつく握りしめられている。

 

 

 ──なぜ、そんなに強く、握りしめている。それじゃ、きっと痛い。吹雪、おまえの、手が。

 

 

 手が。

 

 

 ──手を、掴め!

 

 

 夢の中の自分の叫びが、耳の奥で聞こえた。

 瞬間、立ち上がって足を踏みだし、吹雪の手を掴んでいた。

 吹雪が振り向き、驚いた表情で提督を見る。

 

「し……司令官?」

「悪いが、吹雪──」

 

 吹雪の手が温かかった。間違いなく、現実の感触だ。

 

「今夜は、一緒に寝てほしい」

 

 なんとか、言葉を絞り出した。顔が熱くなっていくのを感じる。

 

「あ、あの……大丈夫ですか? ひどく、お疲れに見えます」

 

 吹雪が窺うように、上目遣いで提督を見た。

 手から、力が抜けていく。

 

「いや……ただ、一緒にいてほしかったんだ……嫌なら──」

 

 離しかけた提督の手を、吹雪の手が追った。握って、指を絡める。

 

「嫌なんかじゃ、ないです。──その、お気遣いしてくれたのかと思って」

「気遣いなんて、できる余裕はない。もうずっと、流されっぱなしなんだ」

 

 ──俺は、艀に乗ってしまった。

 

 自分がどこに流されていくのか、見当もつかない。流された先にあるのは、広く、深い海だ。幼いときの恐怖の対象だった、暗い海。

 

「流されて、ひとりぼっちになってしまいそうで、怖かった」

「大丈夫ですよ。ほら、こうして手を繋いでいるから、流されない──ね?」

 

 吹雪が子供をあやすように言う。

 提督は、吹雪の手をきつく握った。この手を離すまい、と思った。

 この小さな温かい手を握るために、ここに帰ってきた。これからも、帰ってくる。

 

「あ」

 

 何かに気づいたように、吹雪が声を漏らした。

 

「ごめんなさい、忘れてました」

 

 不安が首をもたげ、提督は思わず吹雪の顔をまじまじと見つめた。

 吹雪が提督を仰ぎ見る目を細め、破顔する。

 

「おかえりなさい、司令官」

 

 とびきりの笑顔で、そう言った。

 

 

 



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偽りの華

「おはよう、神通」

 

 呼びかけられた神通は弾かれたように振り向き、提督に向きなおるとすぐに姿勢を正した。

 

「おはようございます、提督。──何か、ご用でしょうか」

 

 微笑を浮かべ、涼やかな声で言った。

 

「いや、べつに用があったわけじゃない。ただ、この時間に本棟の廊下で見かけるのも珍しいと思ってな」

「指令室へ演習計画書の提出に参りました。執務室へもご挨拶にお伺いしようかと思いましたが、早朝でしたので」

「今ぐらいの時刻なら、吹雪が詰めている。たまには執務室にも遊びに来るといい。お喋りでもしよう」

 

 凛とした微笑が、はにかむような少女の笑顔に変わる。

 

「──ありがとうございます。それではお言葉に甘えて、また後日にお伺いさせていただきます」

 

 うん──と提督は頷き、神通をあらためて眺めた。

 一輪の華のように、可憐な艦娘だった。このたおやかな少女の姿と、精強を誇る水雷戦隊の指揮艦である事実は、とても結びつかない。

 

「今日の演習というと──支援砲撃を入れて、一水戦と二水戦で対抗戦だったな。監督役は長門か」

「はい。私たち二水戦は海域防衛の想定です」

 

 穏やかに話す神通の頬に、かすかな赤みが差している。提督は素知らぬふりで話を続けた。

 

「能代を指導しながら隊を指揮するのは、きつくないか? 駆逐艦もひと癖ある連中が多いから、少し心配していたんだが」

「問題ありません。能代は頑張っていますし、ほかのみんなもいい子たちばかりですから」

 

 注意して観察していても、神通の様子に変わったところは見られない。さらに踏み込むべきか、提督はわずかの間で逡巡した。

 

「……神通、おまえ自身についてだが、なにか最近変わったことはないか。悩みとか、困っていることとか」

 

 神通の微笑に、どことなく固いものが混じる。

 

「──いえ、特にございませんが」

「……体調も大丈夫か? 夜眠れなかったり、気持ちが落ち着かないなんてことは?」

 

 神通が、胸の前で自分の右手を包むように握りしめた。

 

「──ございませんが……提督、なにか──」

 

 瞳を揺らがせながら、心細げな声で言った。先ほどまでの態度とは一変している。

 廊下の角のむこうから、おそらくは駆逐艦たちの笑い声がかすかに聞こえた。

 提督は、自分が軽率な質問をしたことを悟った。少なくとも、いつ誰が通るかわからない廊下でする会話ではない。

 

「いや、いい。おかしなことを訊いて、悪かった」

 

 明らかな不安と不審を顔に浮かべたまま、神通は身を硬くしている。

 提督はなだめるように片手を上げて付け加えた。

 

「神通、本当に何もないならいいんだ。……なにか困ったことがあれば、気軽に執務室に来てくれ」

 

 こうした言葉を重ねるほど、神通の疑念は大きくなるだろう──それがわかっていても、喋るのをやめることができなかった。

 神通は目を伏せるようにして、視線を落とした。

 

「……お気遣いに、感謝いたします」

 

 抑揚のない口調でそう言うと、静かに頭を下げた。

 

 

 ◇

 

「馬鹿ね。本当に悩んでる子に、悩みはないかって訊いたって答えるわけないでしょ。前に貴方が自分で言ってたじゃない」

 

 提督のすぐ隣で、執務机になかば尻を乗せるように寄りかかっている陸奥が、心底から呆れたように言った。

 提督は今朝の話をしながら、軍令部に上げる報告書を取りまとめていた。

 書類に視線を戻しても、視界の端にむっちりとした陸奥の太腿がちらつく。もう夕方にさしかかろうかという時間だが、いっこうに能率が上がらない。

 

「とりあえずケツをどけろ。そっちの椅子に座れ」

 

 提督が正面の椅子を万年筆の尾部で指すと、陸奥は肩をすくめた。

 

「いいじゃない、寄りかかってるだけなんだし。──あ、興奮しちゃう?」

「馬鹿言うな」

「男の子は喜ぶんじゃないの? 自分の机に女子が座ってたりすると」

「オナニー中毒の中学生じゃあるまいし」

「下品ねえ。吹雪がいたら、そんなこと言わないくせに」

 

 腕を組んで呆れたように言った陸奥だが、どこか愉快そうな表情だった。

 提督は手に持っていた万年筆を、机の上に置いた。

 

「それより、神通のことだ」

「声をかけたときには、いつもと変わらない様子だった?」

「ああ。だからつい、気軽に訊いちまった。……正直、あそこまで動揺するなんてな」

「ストレス値2位の悩みよ。元凶の貴方に、廊下で世間話をするみたいに言えるわけないわ」

「元凶ってのは、決めつけだろ」

「決まってるわよ。いくら朴念仁の貴方でも、あの子の想いはわかるでしょ。──長門のときとは違って」

 

 提督は言葉に詰まった。今朝の神通の様子を思い出す。提督と話すときは例外なく、いつでも同じように頬を赤く染めていた。

 

「ほんと──自分では感情を上手く隠せてるつもりで、まったく隠せてないのは貴方といい勝負よね。こっちまで恥ずかしくなっちゃう」

「うるせえよ」

 

 投げやりに言って、背もたれに寄りかかる。

 ふと思い出して言った。

 

「──夏祭りのときは、普通だったんだがな」

「夏祭り? ──ああ、そういえば貴方、二水戦と行ったわね。あれってひと月前くらいだったかしら」

「あのときは前線基地から二水戦が戻ったばかりで、ねぎらいも兼ねたご褒美だ。もちろん神通も来たが、慣れない浴衣姿で恥ずかしそうにはしていても、悩んでいる様子じゃなかった」

 

 『夏祭り』とは、鎮守府に近い街で毎年行われている花火大会のことだ。全国的にはそれほど有名でもない地方都市の祭りだが、居並ぶ屋台と露店、鎮守府では見られない雑多な人混みの様子に、二水戦所属の駆逐艦たちは眼を輝かせていた。

 

「貴方の観察眼はあてにならないわ。問題解決能力はちょっと見直したけど」

 

 陸奥が、含みをもたせるような口調で言った。

 

「──そういえば、長門の様子はどうだ?」

「おかげさまで。すっかり態度が丸くなったわ」

「何か嫌味を言われなかったか? 結果的に騙したことで」

「まあ、なんだか言ってたけど。結局のところ好きな人と旅行して結ばれたんだから、嬉しいのは隠せないのよね」

 

 陸奥は、わずかに上体を乗り出すようにして提督に顔を寄せた。

 

「ねえ、そのときのこと聞かせてよ。最初はお風呂場でしたんですって?」

「長門は、そんなことまで話したのか」

 

 提督は呆れて言った。

 陸奥の眼が好奇心で輝いている。

 

「すぐに赤くなっちゃって、ろくに話してくれないの。──最初から気持ちよかったって言ってたけど、本当?」

「長門は、そうだったみたいだな」

「最初は痛いのが普通でしょ」

「おまえたちは人間の常識じゃ測れないところがあるからな。たいして不思議でもない」

「吹雪はどうだったの?」

 

 提督は陸奥を見つめた。陸奥が平然と見返してくる。

 少し間を置いてから、ゆっくりと答えた。

 

「出血はなかったが、最初は痛かったみたいだな。慣れるのはたぶん、早いほうだ」

「ふーん……教えてくれるんだ」

「このことであれこれ詮索され続けたら、面倒だ」

「──私も、最初から感じるかしら。それとも痛がると思う?」

「最初から感じるさ」

「なんで?」

「不慣れなわけないだろ、おまえが」

「実際、不慣れよ。()()は未経験だもの」

「そうは思えないな。ベテランの風格がある」

「……じゃあ、()()()()してみる?」

 

 陸奥の口調は冗談めかしたものだったが、言葉を発したあとの唇がわずかに震えるのを、提督は見た。とたんに陸奥の視線が不安げに揺らいだ。

 かすかに喘ぐように、陸奥が息を吸った。

 瞬間、執務室の扉が開いた。吹雪が慌てた様子で駆け込んでくる。

 

「司令官! 大変です、神通さんが──」

 

 言いさして、ふたりの様子を確認したのか口をつぐむ。駆け込む足を止めそこね、たたらを踏んでつんのめった。

 

「す、すみません。お邪魔を──」

 

 吹雪は体勢を取り戻しながら言った。

 

「勘違いしないで、吹雪。邪魔じゃないわ。──それより、神通がどうしたの」

 

 陸奥が机から離れ、入り口に向きなおって訊いた。

 吹雪は陸奥と提督を交互に眺め、呼吸を整えると口を開いた。

 

「先ほど演習が終了したんですが、神通さんを含む二水戦の約半数に轟沈判定が。神通さんはひどくショックを受けていて──」

 

 吹雪が言いづらそうに表情を歪めた。

 

「──もう二水戦の旗艦を務めることはできないと、監督役の長門さんに辞意を伝えられたそうです。今は川内さんの付き添いで、お部屋で休んでいます」

 

 陸奥が唖然とした表情で提督を見る。

 提督は、今朝自分がしでかした失敗の大きさに打ちのめされ、貼り付いたように椅子から離れることができなかった。

 

 

 ◇

 

「──以上が、演習の推移だ」

 

 小会議室の楕円形のテーブルに広げた海域図から顔を上げて、長門が言った。

 正面に座った提督は腕を組み、小さく溜息をついた。

 

「要約すると、こうか。神通率いる二水戦は隊を割って陽動を仕掛けたが、阿武隈率いる一水戦が乗らずに後退。神通の本隊が追撃に引き出されたところで、一水戦が反転逆襲。二水戦の別働隊は、その間に支援砲撃を受けて立ち往生。本隊の後退も遅れて、無勢の二水戦は各個撃破された──」

「判断ミスのバーゲンセールね」

 

 長門の隣に座っている陸奥が言った。両手でテーブルに頬杖をついている。

 

「監督役として私が見るかぎり、判断ミスは少なくとも3回あった。防衛戦なのに隊を割って陽動を仕掛けたこと。一水戦の後退に釣り出され、これを追撃したこと。無勢の状況で後退の指示が遅れたこと──」

 

 長門が淡々と言った。

 

「明日以降、一水戦と二水戦を交えて『研究会』を行うことになる。二水戦16隻中、轟沈判定が7隻、大破が4隻。小破以下の損傷で乗り切ったのは島風と雪風だけだ」

 

 『研究会』は、実戦形式の演習で轟沈判定が1隻でも出た場合の反省会である。監督役の長門はもちろんのこと、演習に参加していない艦種からも代表者が出席し、問題のあった部隊の指揮艦はかなり厳しい追及を受けることになる。実戦での艦娘の轟沈をなんとしても避けるという、鎮守府の基本理念を体現している慣例だった。

 

「忙しいところ、悪かったな。さがっていいぞ、長門。──ありがとう」

 

 礼を言った提督に、長門は目を細めて微笑んだ。陸奥に軽く頷き、提督の隣の吹雪に目礼して退室していった。

 ドアが閉まると陸奥がからかうような視線を提督に向け、短く口笛を吹いた。

 

「報告しろ、陸奥」

 

 提督はあえて無視して言った。

 

「了解。──まず神通に会ってきたけど、とても話せそうな状況じゃなかったわ。うつむいたまま『申し訳ありません』って繰り返すばかりで」

 

 今朝の神通の、可憐な笑顔が頭に浮かんだ。あまりにも痛ましい。

 

「……ほかの二水戦の連中はどうだ」

「みんな、ショックを受けてる。雪風は泣きじゃくりながら『神通さんは悪くありません』ってすがってきたわ。能代と陽炎は補佐役としての責任を感じて落ち込んでる。島風だけは飄々としてたけど、あの子はあの子なりに心を痛めているわ」

「……まさか二水戦で、こんなことになるなんて」

 

 吹雪がつぶやくように言った。溜息をついて陸奥が続ける。

 

「神通が抜きん出た指揮艦であることが仇になったわ。二水戦の子たちからの信頼が絶大だっただけに、今回の演習での失態が大きな動揺を招いてる」

「ほかの水雷戦隊にも、影響はあるだろうな」

「鎮守府全体に影響があるわ。水雷戦隊の士気が下がれば、空母や戦艦にも不安が広がる。よりにもよって失敗したのが、あの二水戦なんだから」

 

 鎮守府には第一から第四まで、4つの水雷戦隊が常設されている。各隊の旗艦は軽巡が務め、『旗艦代理』の軽巡が1隻、下士官役として隊を引き締める『副艦』の駆逐艦が1隻、計2隻が旗艦の補佐役となる。二水戦の旗艦代理は能代、副艦は陽炎である。所属の駆逐艦たちも含め、『前世』での縁を重視した構成だった。

 二水戦は徹底した訓練による高い練度を誇る部隊で、所属する駆逐艦も島風、雪風の両エース格に加えて朝潮、長波、天津風といった優秀な艦を揃えている。神通の卓越した指揮能力もあり、4つの水雷戦隊の中では最も信頼度が高かった。

 その二水戦が実戦ではなく、演習の結果だけで打ちのめされている。陸奥の言うとおり、鎮守府全体に動揺が広がりかねない事態だった。

 

「吹雪、私が神通に会っている間、部屋の外で川内と話したわよね。どんな感じだった?」

 

 陸奥が正面の吹雪に尋ねた。川内は三水戦の旗艦で、吹雪はその副艦でもある。

 

「それが、意外と落ち着いた様子で……『かわいそうだ』とは言ってましたけど」

「神通の悩みについては何か言ってた?」

「いえ……ただ、私が今朝の提督と神通さんの会話についてお話したら、しきりに『なるほど』と頷いて、合点がいった様子でした」

「何か知ってるわね、その感じだと」

「はい。『神通と話して、うまくいったらあとで携帯に連絡するから』と……」

 

 吹雪はテーブルの端に置いた自分の携帯電話を眺めた。

 

「なら、川内からの連絡待ちね。その口ぶりからすると、悩みについての心当たりがあるってことかしら」

「そうみたいですね。以前から知ってたのか、演習が終わって私たちが部屋に行くまでに神通さんから聞いたのか、どちらなのかはわからないですけど」

「──その、『悩み』って何だ」

 

 提督が言うと、ふたりが揃って視線を向けた。

 

「やっぱり、夏祭りのときに何かあったんじゃない? 貴方が唐変木だからそれと気づかなかっただけで」

「と言われてもな……そもそも花火も最後まで見なかったしな」

 

 吹雪が小首を傾げて思案する。

 

「夏祭りって、ひと月くらい前ですよね。途中で帰ってきたのは、たしかイ級の目撃情報が入ったからですね」

「そうだ。だから、そんなに長い時間一緒にいたわけでもない」

「神通が告白めいたこと言ったりしなかった? それとなく愛情をほのめかしたりとか」

 

 片手の人差し指を立てて、陸奥が訊いた。

 

「いや、神通は終始恥ずかしがっていて、ほとんど俺と口をきかなかった」

「ふたりっきりになることはありました? あのときは、二水戦の駆逐艦がみんな一緒だったはずですけど」

 

 吹雪の言葉に、提督は記憶を探った。

 花火が始まると島風や雪風が興奮して、もっとよく見える場所に行きたいと言いだした。ほかの駆逐艦たちも同調し、皆が先を争うように駆け出して──。

 

「そうだ──駆逐艦たちが駆け出していったんだが、神通は不慣れな浴衣で歩きにくくてついていけなかった。人混みもひどくてはぐれそうだったから、手を繋いで──」

「それよ! あったじゃない、大変なことが!」

 

 陸奥が立ち上がらんばかりに興奮して言った。

 

「いや、繋いだと言っても10分ぐらいの間だけだし、それにあれはむしろ手を『引いた』って感じだったから、そんなに深い意味は──」

「あんたになくても、神通にはあったのよ、馬鹿」

 

 陸奥の口調がずいぶん雑になっていたが、さすがに指摘するのはためらわれた。

 横で聞いていた吹雪がしきりに首をひねっている。

 

「でも、それでストレス値が上がったり、悩んだりするのって変ですよね。むしろ嬉しいぐらいじゃないですか。だって、神通さんは前からその、司令官のことが……」

「わかりやすいぐらいに好意を見せていたものね。──じゃあ、それがきっかけで、なにかほかのストレス要因が引き起こされた?」

「やっぱり、私と、司令官の──」

 

 吹雪が口もとを押さえながら言った。

 

「いや、それなら俺が吹雪の名前を出したときに、もう少し反応があったはずだ」

 

 今朝の会話では、吹雪の名前を聞いても神通に大きな動揺はなかった。

 会議室に沈黙が降りた。

 陸奥が諦めたように椅子の背へ体を預けた。

 

「本当に夜眠れてないだけだったり──なんてことはないわよね。定期検査で数値に表れるはずだから」

「やっぱり、司令官が直接訊いてみるのがいちばんじゃないでしょうか」

 

 吹雪が言うと、陸奥は小さく首を振った。

 

「提督に会ってくれるかしら。たとえ会えたとしても、神通のあの様子じゃ、とても何かを話せそうには思えないわ」

 

 吹雪がうなだれたところで、その脇に置かれた携帯電話が短く振動した。慌てた手つきで手に取り、画面を確認する。

 

「……どうなの、吹雪。川内はなんだって?」

「えっと……これです」

 

 画面を複雑な顔つきで見つめていた吹雪が、テーブルの中央に携帯電話を差し出した。

 陸奥と提督が身を乗り出して覗き込む。

 

『神通が提督とふたりだけで話したいことがあるってよ~ 今夜10時に執務室に行かせるから、提督に準備しとくように言っといて!』

 

 顔を上げると、眉をひそめた陸奥と目があった。

 

「話せるみたいだな」

 

 提督の言葉に、陸奥は疲れきった様子で天井を見上げた。

 

 

 ◇

 

 提督は、私室の光源を間接照明から中央の蛍光灯に切り替えた。陸奥が提督を強引にシャワー室へ押し込んだあとに調整したのだろうが、下心があまりにも露骨すぎる。

 ベッドの脇に、ひとり掛けのソファーが2脚、若干斜めの角度で向かい合うかたちに置かれていた。場所が寝室というのは厭らしいものの、ダイニングのスツールは固くて落ち着かないので、これは許容できる。

 避妊具を収めた枕元の小箱を確認しようとして、思いとどまった。

 心の中で、自分に言い聞かせるようにつぶやく。

 

 ──まず話を聞く。

 

 抱く羽目になったら、その時はその時だ。

 壁に取り付けたインターホンが作動し、吹雪の声が流れた。

 

『司令官、神通さんがいらっしゃいました』

 

 

 

 神通はうつむいたまま、ソファーに腰掛けている。どこか萎れかけの花を連想させる姿だったが、儚げな美しさがよりいっそう際立つように提督には思えた。

 

「神通──」

 

 呼びかけに顔を上げ、神通はどこか怯えたような視線を提督に向けた。

 

「ほかの艦娘に聞かれたくない話でも、ここなら心配しなくていい。執務室で誰かが聞き耳を立てていても、この部屋の音はまったく聞こえないようにできている」

「……お気遣いに、感謝いたします」

 

 神通はわずかに頭を下げ、朝の別れ際とまったく同じ口調で言った。

 

「それで、話というのは?」

 

 提督が言うと、神通は痛みをこらえるような表情で目を閉じた。

 

「……二水戦を辞するお許しを、いただきたいのですが」

 

 絞り出すようにして言う。

 提督はわずかに息を吸い込んだ。

 

「旗艦だけでなく、二水戦自体を?」

「……はい」

「そこまでする必要があるか?」

「私は、二水戦に不適格です」

 

 目を閉じたまま、神通はきっぱりと言い切った。

 その態度は、提督には不可解だった。今回ほど大きなものでなくても、演習での失態はよくあることだ。割合としては少ないものの、研究会での厳しい追及を神通は幾度も経験している。その後の実戦のたびに失態を上回る戦果を上げ、実績を積み重ねてきたのが、二水戦とその指揮艦なのだ。

 明らかに、神通は秘密を抱えている。提督の疑念は、確信に変わっていた。

 

「水雷戦隊を率いるうえで、おまえより優れた軽巡はいない」

 

 感情を殺した声で提督が告げると、神通は膝の上で拳を握りしめた。

 

「お許しは……いただけないのでしょうか」

「おまえが本当のことを話してくれないかぎりは、駄目だ」

 

 神通が、ぱっと目を開けて提督を見た。不安と驚愕の入り混じった眼だった。

 

 ──やはり、知られたくない秘密か。

 

「朝は、中途半端に訊いてすまなかった。おまえはなにか問題を抱えている。そして、それを話す気になったから、今ここに来た──違うか?」

 

 神通の顔から表情が消える。

 ソファーから静かに立ち上がった。

 

「神通?」

 

 提督の問いには答えず、ゆっくりとベッドの端に向かって歩みだす。

 ベッドの際に達すると、背を向けたままたたずんでいた。

 

「──お話しするつもりは、ありません」

 

 唐突に、芯のある声で神通は言った。

 

「言葉では、きっと伝わらない。きっとまた、取り繕った偽ものの私が、偽りを言ってしまう。だから──」

 

 振り向いた。

 凛とした声とは裏腹に、顔を紅潮させている。それは、羞恥によるものなのだろうか。

 

「──お見せして、わかってもらうしかないと……本当の、私の姿を」

 

 提督は鼻腔の奥で、よく知っている匂いを感じた。これは──発情している女の匂いだ。

 

「ご覧になって、いただきたいのです。私がいかに──淫らな女なのかを」

 

 神通がスカートをたくし上げた。

 下着は身につけていない。剥きだしの花弁が、露に濡れて光っている。

 

「私は、提督──貴方を、穢しました。穢し続けているのです。あの日から、毎晩、毎夜──」

 

 唖然とする提督の眼の前で、愛液の雫が一筋、花弁から糸を引いて滴り落ちた。

 

 

 



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指、蜜、乱れる軽巡 *

 ベッドの上の神通が、陰唇に右手を這わせた。左手を後ろにつき、正面のソファーに座る提督へ見せつけるように、膝を曲げて両脚を開いている。

 溢れる愛液で指を濡らし、包皮の上から陰核を撫で回した。

 くちゅ──と秘めやかな水音が鳴った。神通は切なげに、小さく息を吸う。

 

「提督──ご覧、いただけているでしょうか」

 

 羞恥に頬を染めながら言った。

 

「ああ……見えている」

 

 提督は、湧き出る生唾に喉を詰まらせながら答えた。

 神通がぎこちなく微笑を浮かべ、指の動きを速めた。秘めやかだった水音が、はっきりと耳へ届くほどに変わっていく。

 くちゅくちゅ、くちゅくちゅと、リズミカルに非現実的な音が響く。

 

「んっ……はっ……」

 

 断続的に漏れる神通の吐息が、発情で色づいていた。

 

「毎晩、なのか」

「……はい。お恥ずかしい、話ですが」

 

 目を伏せ、消え入りそうな声で神通が答える。

 

「『あの日から』というのは、夏祭りの日のことか」

 

 神通が顔を横にそむけて頷く。眉根を寄せた表情は、哀しげにも、快感に抗っているようにも見えた。

 

「俺と手を繋いだことを考えながら、毎晩そうやって触っているのか」

 

 提督の質問に、神通は苦しげな表情で二度三度と頷いた。指の速度が増し、愛液の音が大きくなっていく。

 

「そう、です……本当に、申し訳ありません……でも、あの夜から、提督の……あの指の感触が忘れられなくて……それから、ずっと……」

 

 神通は自分の言葉に、よりいっそう情欲を刺激されたようだった。上体をわずかに起こし、左手を服の下から下着のない胸もとにもぐり込ませる。

 先端を、撫で回すようにまさぐりはじめた。

 

「……私の躰をくまなく……提督の指で触れていただく……それ、ばかり……」

 

 提督は黙ったまま、神通を見つめた。神通の眼は、提督を見ていない。思いを告白しながら、手指で自分を慰める行為に没頭しきっている。

 

「私は、きっと……んっ……変態、なのです……いつだって、提督に触っていただくことばかり……考え、て……」

 

 呼吸を荒くしながら、神通が独白を続ける。股間に伸びた右手が、陰核を激しくこすり回していた。

 

「今朝だって、そうです……優しいお言葉を、かけていただきながら……はっ……触ってほしい……撫でてほしい……握って、掴んで、摘んで、と……そんなこと、ばかり」

 

 言葉を発するたびに、神通は興奮と快感を高めていた。呼吸を切迫させながら、全身を波打たせるように動かす。

 

「私は淫らで、変態で──嘘つきなのです。だから……だからせめて、提督には、本当の、わたしを──」

 

 切れぎれに言いながら、神通が唐突に上体を反り返らせた。

 

「はっ、んんっ……!」

 

 内腿をきつく閉じ、全身を短く震わせた。

 びくびくと数度、大きく痙攣し、自分の躰を抱きしめるようにして硬直する。

 神通はしばらく、そのままの体勢で天井を見上げていた。

 提督はやがてソファーから立ち上がり、神通のすぐそばのベッドの縁に歩み寄った。ぼんやりとした視線で、神通が見上げてくる。

 提督は右手を伸ばし、神通の頬に触れた。

 

「提、督」

 

 呆けたように、神通がつぶやく。頬は、うっすらと汗をかいて湿っていた。

 

「よく話してくれた、神通。ひとつ訊くが──」

 

 開きかけの神通の唇を、提督は人指し指でゆっくりとなぞった。熱い吐息がかかる。

 

「──想像したのは、指で触られることだけか?」

 

 ほんのわずかだけ、神通は左右に首を振った。提督を見上げる眼が、光っている。

 

「なら、もっと見せてみろ」

 

 神通が提督の手もとを一瞬見て、問うような視線でふたたび見上げた。

 提督が頷くと、目を閉じて指先を咥えた。

 ちゅ──と小さな音をたてて吸う。提督の手を握り込むように片手を添え、指の先端を舌先だけで舐めはじめる。

 柔らかな舌が、指先でちろちろと蠢いていた。

 やがて指の腹に、神通が舌を這わせた。興奮した様子で息を乱し、動物的な表情で顔全体を前後に動かしている。

 指が唾液にまみれていくのを感じながら、提督の胸の中に静かな快感と昂ぶりが湧きあがってきた。

 

「しゃぶれ」

 

 命じると、神通はそれを待ち望んでいたかのように、即座に根もとまでを口内におさめた。口をすぼめて吸いながら、顔を前後させる。

 じゅっ、じゅっ──という唾液の音が響く。前後運動を続けながら、神通は口内で巧みに舌を使っていた。熟練を感じさせるその動きに、提督は興奮の度合いを強めた。

 不意に神通の右手を掴み上げ、人差し指と中指をまとめて舐めた。

 

「んっ──」

 

 神通の口技のペースが乱れた。

 指先から、指の腹、股へと舌を這わせ、手のひらまで舐め上げる。

 甘い、女の味がした。鼻腔が神通の匂いで満たされる。

 神通が、提督の右手に添えていた手を外した。耐えきれなくなった様子で、股間へと差し込み、激しくこすり始める。

 

「んっ……んっ……」

 

 すぐに、くちゅくちゅと愛液が掻き交ぜられる音が聞こえだした。

 提督が神通の指の股を執拗に舐めている間に、神通は自分を慰めながら提督の指をしゃぶり続けた。

 やがて、神通が達した。

 

「んん……!」

 

 ふたたび全身を硬直させて震える。

 提督は神通の口から指を抜き、左手に握っていた神通の手も解放した。

 口を半開きにして陶然としている神通を見下ろしながら、提督は言った。

 

「──服を脱げ」

 

 

 ◇

 

 屹立する陰茎を目の前にして、全裸になった神通がかすかに怯む気配を見せた。

 

「怖いか」

 

 ベッドの上、ひざまずく神通の前に立ち、提督は訊いた。

 神通は魅入られたように陰茎から眼を離せずにいた。かろうじて、首を横に振る。

 

「いえ……思っていたより、ずっと逞しいので、驚きました」

「おまえの、好きにしていい」

 

 息を呑んで、提督を見上げる。

 提督は頷いた。

 神通は陰茎に視線を戻し、やがて意を決したような口調で言った。

 

「──失礼、します」

 

 軽く片手を添えながら、陰茎の先に舌を這わせる。顔を傾け、舌を回転させるようにして亀頭全体をゆっくりと愛撫する。

 ざらついた舌の感触が、快感となって提督の下半身を震わせる。

 さんざん舐め回すと、やがて裏筋へと舌の動きを移した。指の腹と同じように、丹念に、舌で唾液をすりつけていく。

 溢れ出る欲望で、呼吸が乱れた。

 陰茎の下に見える神通の顔は、完全に蕩けきっていた。

 身悶えしながら、提督は口を開いた。

 

「本当はこれが欲しかったんだな、神通」

 

 問われた神通は、舌を使いながら頷いた。

 

「……はい」

 

 答えた神通の吐息に刺激され、陰茎がびくりと震える。

 神通は小さな声で、ああ──とつぶやき、陰茎を口に含んだ。根もと近くまで呑み込み、唇をすぼめて前後に動作する。

 神通の口内で、提督は翻弄された。前後運動につれて裏筋を舌先で撫でられ、ときおり動きを止めては亀頭と鈴口を舌先でくすぐられる。

 神通がおもむろに、右手を自らの股間に伸ばした。提督は目ざとくその動きを見咎めて言った。

 

「駄目だ」

 

 手を止めた神通が、上目遣いで提督を見た。陰茎を咥えたまま、困惑した視線を送る。

 

「触らずに、我慢しろ」

 

 神通は眉根を寄せ戸惑った様子を見せたが、小さく頷くと動作を再開した。

 じゅっ、じゅっ、と唾液まじりの摩擦音が一定のリズムで響く。

 温かい口内に包まれた陰茎が、縱橫に動く舌に絡め取られている。幾度も射精の誘惑にかられた提督だが、そのたびに下唇を噛んで耐えた。

 神通が、もどかしげに腰をくねらせる。哀願するような眼差しで、提督を見つめてきた。しばらく奉仕を続けさせたあとで、提督は神通の頭に触れて行為を中断させた。

 

「横になれ」

 

 当惑した表情の神通に命じて、ベッドに寝そべらせる。神通の太腿側を頭にして、提督も躰を横たえた。

 ふたりが、横向きに向かい合うかたちだ。

 

「て、提督……」

 

 遠慮がちな声で、神通が言った。

 提督の眼の前に、しとどに濡れた秘裂がある。

 無言で腰を押し出し、神通の眼前に陰茎を突きつけた。かすかに息を呑む気配があったが、すぐに柔らかい感触で亀頭が包まれた。

 先ほどとは違うかみ合わせで、神通の舌が亀頭を中心に這い回る。前後運動が始まり、裏筋も上唇でこすり上げられた。

 提督はひとつ深呼吸をしてから、神通の秘裂に接吻した。

 

「んっ……!」

 

 前後運動を止めて、神通がびくりと躰を震わせる。

 引き締まってはいるが、少女らしく愛らしい丸みを帯びた尻を両手で抱えて固定し、裂け目の上からゆっくりと舌を這わせる。

 

「んんっ……んあっ……」

 

 二度三度と舌を往復させると神通が動きを止め、陰茎を咥えたまま喘いだ。

 

「やめるな。続けろ」

 

 提督が命じると、神通は口唇の動きを再開する。

 奉仕を受けながら、提督は神通の秘所を眺めた。愛液が秘裂の外にまで溢れ、内腿まで濡らしている。

 外側の陰唇に沿って、ゆっくりとねぶるように舌を這わせていく。

 

「んっ……んっ……」

 

 神通が苦しげに喘ぐ。陰茎が呼気でくすぐられ、えもいわれぬ快感が走った。

 しばらく秘裂を舐め回したあとで唇をわずかに離し、充血した陰核を舌先でつつく。

 

「はっ……ああっ……!」

 

 たった数回で、神通は陰茎から口を外し躰を硬直させた。全身で短く痙攣する。

 提督は、眼の前の秘裂と菊座がひくひくと収縮する様子をじっくりと観察した。

 しばらく間を置いて休んでいると、神通が弱々しく奉仕を再開した。提督も合わせて、秘裂を口唇と舌で愛撫する。

 

「あっ……んあ……はっ……」

 

 神通が喘ぐ。陰茎への奉仕は、たびたび中断された。

 提督が陰核を責めるたびに、神通はあっさりと絶頂した。絶頂と絶頂の合間に、提督は神通のなめらかな内腿に接吻し、舌を這わせる。少女の肌の甘い香りと、愛液のかすかな酸味の対比が、提督の脳を欲望で灼いた。

 神通の奉仕は、徐々に舌先だけの形式的なものになっていった。

 幾度目かの神通の絶頂のあとで、提督の理性が臨界点に達した。

 神通を仰向けにし、両膝をついて顔の上に跨る。

 

「んっ……ぐ……」

 

 陰茎を容赦なく口内に突っ込んだ。神通は小さく呻き声を上げたが、提督の腰に手を回して受け入れた。

 提督は腰を前後させた。柔らかい口中を、己の硬直で掻きまぜる。

 

「ぐっ……んっ……」

 

 膝で躰を支えてはいるものの、喉奥にまで陰茎を挿入している。

 神通の苦悶に満ちたあえぎ声が聞こえても、腰の動きを抑えることができなかった。

 欲望のまま好き勝手に動作し、やがてそのまま破裂させた。

 精液が、神通の喉奥に大量に吐き出されていく。

 

「んっ……むっ……」

 

 射精の瞬間、神通は躰を震わせたが、喉を鳴らして呑んだ。

 放出しきった提督は息をつき、神通から離れようとした。

 神通が、すがるように追っていた。腰にまわした手に力を加え、陰茎から離れようとしない。

 

「おい──」

 

 提督の声には応えず、萎みかけた陰茎を柔らかく吸った。精液の残滓が尿道口を通り抜けていく快感に、提督は身をよじった。

 吸い尽くしたあとも、神通は取り憑かれたように舌で陰茎を愛撫し続けた。ときおり口を外し、睾丸にまで舌を這わせる。

 

「神通」

 

 提督は躰の下に声をかけた。すでに陰茎は育ちきっている。

 ようやく神通は、提督を解放した。

 躰を神通から下ろし、片脚を掴んで大きく開かせると、股の間に己の下半身を滑り込ませる。

 神通の陰部を、まじまじと見つめた。

 触って確認するまでもない。秘所は、相変わらず大量の愛液で潤いを保っていた。

 片足を肩の上に担ぎ上げ、陰茎の先端を秘裂の入り口にあてがう。いわゆる松葉くずしの体勢だ。

 神通が、提督を見つめていた。

 提督が眼で問うと、小さく頷いて言った。

 

「どうぞ……お願い、いたします」

 

 返事の代わりに、提督は腰を進めて神通を貫いた。

 

「はっ──あああっ──」

 

 膣内はすっかりほぐれきっていて、強い抵抗もなく陰茎が最奥に達した。

 不思議な感覚の内部だった。

 強く締めつけてくるわけではないが、どろどろになった膣壁がぴったりと陰茎に密着している。たっぷりの蜜で満たされていて、半固体のような感触だ。

 ゆっくりと腰を前後させ、亀頭で味わうように膣内を探った。

 

「ああっ……はぁっ……」

 

 内部のあたたかく湿った襞が陰茎にまとわりついて動き、提督はその緩やかな快楽に酔いしれた。

 抽送の速度を上げる。

 

「あっ──あっ──あっ──」

 

 神通の膣内から、愛液がさらに溢れ出してくる。

 じゅぶっ、じゅぶっ、じゅぶっ、という水音が突くたびに響き、神通の嬌声と重なる。

 抱え上げた脚のふくらはぎに接吻しながら、提督は訊いた。

 

「どうだ、気持ちいいか」

「はっ……はい……きもち、いい……です……」

 

 神通が切れぎれに答える。

 

「自分でするのと比べて、どうだ」

「くっ……比べものに、なりません……こんなに、きもちいい、なんて……」

 

 提督は腰をさらに進め、膣内の奥で亀頭を往復させた。

 

「あっあっあっ……そ、そこ……そこ、いいっ……」

「奥が好きか。自分じゃ、触れないとこだな」

「……は、初めて、です、こんな、かんじ……!」

 

 提督は体重を掛けて、より深く、細かく突いた。

 

「あっあっあっあっ……も、もう、だめ、イっちゃう、イッちゃうの……!」

 

 嬌声を上げて、神通が痙攣する。

 

「ああああああっ……!」

 

 絶頂に合わせて膣内が波打ち、陰茎がきつく締めつけられた。

 提督はペースを緩めたが、動きは止めなかった。ゆったりとした抽送を続ける。

 絶頂から自分を取り戻した神通が、ふたたび快楽によって上昇させられていく。

 

「はっ──あっ──やっ──」

 

 嬌声に合わせて、提督は律動のペースを速める。

 

「だっ、だめっ、ま、またイッちゃうから……!」

 

 提督は哀願を無視し、一方的に神通を絶頂させた。それでもなお、機械的な抽送を続ける。

 神通は弄ばれるように何度も上昇させられ、絶頂を迎え、墜落したところをすぐに突き上げられた。

 幾度となくそれを繰り返し、神通が朦朧とするまで提督は律動をやめなかった。

 

 

 ◇

 

 神通の意識が多少はっきりしてきたところで、今度は正面から、あらためて挿入した。

 

「は……あっ……」

 

 躰の下で、神通が甘い吐息混じりの声を上げる。先ほどまでの交わりとは違って、提督は無理に動作せず、腰の圧力だけをゆっくりと変化させた。

 

「あっ……あ……」

 

 顔を横にそむけた神通は、なまめかしく口を開け、断続的な喘ぎ声を上げている。

 美しい横顔だった。

 正面から見たくなって、声をかける。

 

「神通」

 

 呼ばれて、神通は正面を向いた。提督と話すときと同様に、顔を紅潮させている。快楽と羞恥の入り混じった瞳が愛らしい。

 思わず顔を寄せ、唇を重ねた。

 感触は柔らかく、甘い。

 神通が提督の首に手をまわし、すがるように、きつく密着した。

 長い口づけだった。

 提督はふと、これが神通と交わす初めての接吻だったことに思い至った。

 唇を離すと、神通が苦しげな表情で言った。

 

「提督、お願いです、中に……中にください。私のいちばん奥を、提督ので、満たして──」

 

 神通が腰をくねらせる。下半身にねっとりと絡みつく膣壁の感触に、提督は思わず呻き声を上げた。

 

「おねがい、ほしいの、いっぱい、提督のが」

 

 うわ言のように神通がうったえる。両脚を提督の腰にまわし、強く締めつけた。

 

「駄目だ」

 

 陰茎をより強く突き立てながら、冷たく言い放った。神通の顔が、泣きそうに歪む。

 

「やだ、やだ……意地悪、しないで」

「意地悪じゃない──罰だ」

「……ばつ?」

 

 神通が、幼児のように提督の言葉を繰り返す。

 提督は頷いた。

 

「俺に嘘をついたことへの、罰だ。今朝、『悩みはない』と」

「あ……」

「艦娘に嘘をつかれては、俺の務めは果たせない」

「……ごめんなさい……」

「罰として、中出しはなしだ」

「はい……」

 

 神通が、目と唇を固く閉じた。

 提督は律動を続けながら、ふと微笑む。

 

「ただ、約束どおり部屋に来たのは偉かったな。ご褒美だ」

「え……?」

 

 神通が目を見開いた。

 提督は顔を寄せて言った。

 

「──中以外で、どこに出してほしい?」

 

 神通が、大きく息を吸った。

 しばらくして、提督の耳もとで囁くように言う。

 

「顔に──顔にください。提督の熱いのを、いっぱい」

 

 返事代わりに、提督は激しく膣内を掻き交ぜた。とたんに神通が痙攣する。

 

「あっ──あああぁっ──」

 

 波打つ膣壁の快感をなんとかこらえ、陰茎を引き抜いて神通の顔先にかざす。

 爆発して、散った。

 粘る白濁液が、神通の口もとから額まで、幾条もの筋を描く。

 

「あっ……あったかいの、いっぱい……ありがとう、ございます……」

 

 神通はうっとりとつぶやき、亀頭から垂れている精液の残りを、嬉しそうに舐め取った。

 

 

 



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自由奔放+立方格子

 鎮守府本棟の屋上庭園に通じる扉を開けると、湿気を帯びた芝の匂いがした。

 薄暗い踊り場から出てきた提督は、光量の差に目をくらませて額に手をかざす。暦の上では秋だが、日中の暑さは衰える気配もない。

 目を細めて周囲を見まわす。

 階段から少し離れたところにある日よけの下のベンチに、ひとりの艦娘がこちらに背を向けて座っていた。柔らかい芝生を踏んで歩み寄る途中で、それが目当ての艦娘であることがわかった。

 艦娘は背を丸め、膝の上に置いた手もとで何かをいじくり回していた。提督が背後に立っても、艦娘は手もとを動かし続けたまま気づいた様子がない。

 

「おい、川内」

「わっ──」

 

 川内は声を上げて背筋を伸ばした。慌てて振り向き、提督を見て目を丸くする。

 

「提督──びっくりさせないでよ」

「気づかないほうが悪い」

 

 言って、提督は川内の手もとを眼で示した。

 

「ずいぶん熱中してたみたいだが、何やってんだ」

 

 川内は軽く息を吐き、手の中の物体を肩ごしに掲げて見せた。よく見覚えのある、鮮やかに彩色が施された小さな立方体だった。

 

「──ルービックキューブか」

「やってみたら結構難しくてさ。2面までは揃えられるようになったんだけど」

 

 そう言うとキューブをかざし、手の中で転がすように回転させる。青と緑の面だけが揃っているようだった。

 川内は口を尖らせ、手の中の立方体を眺めていた。やがて膝の上に手を戻し、かちゃかちゃと音をたてながらブロックを回転させはじめる。

 提督はベンチの後ろにつっ立ったまま、その様子をしばらく眺めていた。

 

「となり、いいか」

 

 川内は振り返りもせず、黙って尻を横にずらした。

 提督はベンチを踏み越え、川内の横に腰を下ろした。

 日よけの下のベンチは思いのほか涼しく快適だったが、正面の海から吹く風にはどこか秋の気配が感じられた。

 かちゃかちゃと音をたてて、合成樹脂のブロックが回転している。川内とは肩が触れ合わんばかりの距離だが、提督を一顧だにする様子がなかった。

 

「今日は、非番か」

「うん」

 

 キューブをいじりながら、川内が頷いて言った。

 

「提督は、休みじゃないよね」

「ああ、ちょっと手が空いた。もうしばらくしたら、またつまらん書類仕事に戻る」

「ふーん……」

 

 川内は手を止め、キューブをためつすがめつして眺める。揃っているのは依然として青と緑の2面のみで、側面の色は相変わらずばらばらだった。

 

「……これも駄目か」

 

 小声でつぶやいた川内の前に、提督は手のひらを差し出した。

 

「やってもいいか」

 

 川内はちらりと提督の顔を見ると、すぐに手のひらに視線を戻した。

 

「ん……いいよ」

 

 提督の手にキューブを乗せる。受け取ったキューブの表面が、かすかに温かかった。

 

「崩してもいいか」

「うん。もう2面までなら揃えられるから」

 

 提督は底面の青に隣接する側面の色の順番を確かめ、ブロックを組みかえ始めた。記憶の中にある配色とは少し異なっていて、行きつ戻りつしながら配置を調整する。

 

「今日ずっと、これをやってたのか」

「うん。昨日の夜から、だけど」

「夜からって……徹夜か?」

「まあね」

 

 提督はさりげなく腕時計を見た。午後2時を回っている。

 

「眠くないのか」

「へーき。艦娘だし」

「……もしかして、冗談のつもりか」

「そうそう。兵器だからへーき」

 

 提督は苦笑して首を振った。

 側面の下段二列の色が揃った。横目で川内を窺うと、目を閉じて首をそらし、周囲に立ち昇る芝の匂いを嗅いでいるようだった。

 ときおり涼やかな風が吹き、かすかにさざめくような音をたてて芝が揺れる。

 

「平和だねぇ……」

 

 目をつぶったまま、しみじみとした口調で川内がつぶやいた。横目でその様子を見ながら、提督はキューブの上面を揃える作業に移る。

 

「退屈か、鎮守府(こっち)は」

「まあ、ね。……夜戦したいなあ」

 

 大した手間もかからず、上面の色が揃った。だいぶ手が思い出してきている。残りは側面の最上段のみだ。

 川内は変わらず首をそらした姿勢のままだった。形の良い顎と首筋が強調され、性的というよりはどこか精悍な雰囲気を醸している。

 

「金剛さんも赤城さんも、前線に行ってからだいぶ経つよね。もうどれぐらい?」

「赤城は3ヶ月半、金剛が4ヶ月になるな。もう鎮守府に戻したいんだが、連中自身がもう少し前線に留まると」

「タフだなあ、ふたりとも」

 

 川内は空を見上げながら言った。

 前線基地は鎮守府から遠く離れた遠洋、深海棲艦が多数出没する激戦海域近くの小島にある。30隻から40隻程度の艦娘が常駐しており、ほぼ毎日のように制海権を巡っての戦闘が行われている。

 防衛ラインを突破した深海棲艦の攻撃を受けることも珍しくなく、生身の人間が滞在することができないため、ベテランの艦娘が司令代理として現地で直接の指揮を執る。現在の司令代理は金剛で、副司令代理を赤城が務めていた。通常の滞在期間は75日だが、両名ともそれを大幅に超えて駐留を続けている。

 

「四水戦は、もうすぐ帰ってくるの?」

「あと10日ってところだな」

「そっか──那珂に知らせてやろうかな。四水戦の駆逐艦たちが、会いたがってるだろうし」

「……そうだな。あいつも仕事の都合がつくかわからんが、そうしてやるといい」

 

 提督はキューブを回す手を止め、全体を眺めた。すべての面が揃っていた。

 空を見上げたままの川内に向かって声を掛ける。

 

「おい、できたぞ」

「えっ──」

 

 弾かれたように提督に向きなおり、キューブを持った手に顔を寄せる。まじまじと見つめたあと、ひったくるように奪い取って様々な角度から眺める。

 

「──ホントだ。全部揃ってる」

 

 疑わしげに眉根を寄せ、提督を見る。

 

「まぐれ?」

「馬鹿言うな。──じゃあ、崩してみろ。もう一回揃えてやる」

「よーし」

 

 川内ががちゃがちゃとブロックを回転させる。念入りに色の繋がりを切ると、提督に手渡した。

 今度はスムーズに手が動いた。川内はじっと提督の手もとを見つめている。

 数分で、すべての面の色を揃え終えた。

 

「ほらよ、どうだ」

 

 完成したキューブを返すと、川内は顔を輝かせ、提督の顔と交互に見比べながら声を上げた。

 

「すごい……すごいよ! やるじゃん、提督!」

 

 川内が提督の手を取り、座りながら飛び跳ねるように喜んだ。ひとしきり手を上下に振り回されたあとで、提督はわざとらしく謙遜した。

 

「まあ、俺だって将官の端くれだからな。これぐらいは軽い」

「いやいや、すごいって、ホントに。──じゃあ、私も」

 

 川内が適当にキューブを崩し、ふたたび組み換えはじめる。提督は種明かしをしようと口を開きかけたが、まぶしいほどに顔を輝かせている川内を見て口をつぐんだ。

 ブロックの回転する音だけが、ふたりの間に漂っていた。

 川内は自分の手もとを熱心な表情で見つめていたが、唐突に口を開いた。

 

「ねえ、提督」

「なんだ」

「……仕事、たいへん?」

 

 川内は手を動かし続けている。提督は少し言葉に詰まったが、答えた。

 

「おまえたちに比べたら、楽なもんだ。俺は実際に戦うわけじゃない」

「うん。そうなんだけどさ──」

「ん?」

「そっちのほうがたいへんなんじゃないか、って思った。私たちの仕事は命がけだけど、提督は命をかけたくてもかけらんないじゃん」

「まあ……引け目は感じるが。かといって、生身の俺が前線に出ろなんて命令されてもな。命あっての物種だ」

 

 川内は手を動かしながら、小さく笑った。

 

「そりゃそうだよ。私が言いたいのはそういうことじゃなくて──」

 

 手を止め、提督を見た。髪の色と同じ濡羽色の大きな瞳が、提督の姿を映している。

 

「そういうことじゃなくて、なんだ」

「──なんだろう、わかんなくなっちゃった」

 

 自分でも不思議そうに言って、首を傾げる。髪飾りが小さく揺れた。

 

「とりあえず、お疲れ──って感じ」

「なんだそりゃ」

「たまには息抜き、しなよ」

 

 そう言って川内は、提督の肩に手を置いた。提督は小さく笑って返す。

 

「おまえもな。今夜は徹夜するなよ」

「明日はお仕事だからね。夜までやって駄目なら、寝る」

 

 川内がふたたびキューブに眼を戻し、ブロックを組み換える作業を再開する。

 提督はベンチから立ち上がった。川内が手を止め、見上げた。

 

「あれ、もう行っちゃうの」

「ああ、邪魔したな」

「ううん。正直、もう無理なんじゃないかって思ってたから、助かったよ」

 

 提督は軽く顎を引いて頷いた。踵を返す。

 川内に問いただしたいことがあったが、もう気分ではなくなっていた。錆の浮いた階段の扉の前まで歩いていき、振り返ってベンチを見た。

 提督が来たときと同じように、川内は背を丸めていた。

 

 

 ◇

 

 昨日までの晴天が嘘のように、朝から雨が降っていた。日暮れの時刻になって、屋外の電灯の光の中に無数の芯のような霧雨が見える。

 提督は執務室の窓から踵を返し、ソファーに歩み寄って吹雪の隣りに腰掛けた。陸奥が机の上のソーサーにコーヒーカップを戻して言う。

 

「──というわけで、もう神通は完全に立ち直ってるわ。お手柄ね」

 

 提督に向かって微笑んだ。

 提督は溜息をついて背もたれに体を預ける。

 

「どうだろうな。表面上の様子でそう思ってるのも、問題じゃないか」

「この一週間ずっと経過を観察してたのよ。面談もしたし。あなたが神通と夜を過ごしてから、状況は劇的に改善されたわ」

「演習で失敗する前にも、神通は問題を抱えていたはずだ。見抜けたか?」

「それを言われると痛いけど……でも吹っ切れたような様子というか、以前に比べても自信が増した感じになったのは確かよ。──抱いたことは間違いじゃないわ」

 

 一週間前の夜、私室での情交のあと、恐縮する神通に提督はなかば命じるようにシャワーを浴びさせ、明け方まで一緒のベッドで眠った。

 日の出の前に神通は起き出して身支度を整えた。退室する前に提督は『つらくなったら、また来ればいい』と告げた。

 神通は提督を見上げ、しっかりと頷いた。

 抱いたことで神通の何かが変わったのか、提督にはわからなかった。だから陸奥に命じて経過を観察させ、報告させた。

 立ち直った、という陸奥の言葉を鵜呑みにしていいものか、いまだに迷っている自分がいるのを、提督は感じていた。

 

「二水戦の様子はどうなんでしょうか?」

 

 隣りに座る吹雪が陸奥に訊いた。

 

「結束が強まったわね。前は神通に判断を丸投げ気味だったのが、能代や陽炎がリーダーシップを見せるようになったし、駆逐艦たちも自分の意見を口にするようになった。それを神通がしっかりとまとめ上げてる。──二水戦に張りついて訓練を監督している長門も同意見よ」

 

 ここしばらく、長門が執務室に顔を見せていない──提督はぼんやりと思った。普段の仕事に加えて二水戦を見ているためか、最近の長門は多忙そうだった。

 陸奥が続ける。

 

「貴方に抱かれることは、艦娘にとって大きくて、前向きな意味があるのよ。だから、この調子でどんどん関係を拡大していきましょう。実は、次に抱くべき艦娘にも目星がついているのよ。というのも──」

 

 陸奥がノート型の端末を広げ、提督に画面を向けた。件のストレス値のリストが表示されている。

 提督は一方的に話す陸奥に内心で閉口しつつ、リストに眼を向けた。

 

「あの、陸奥さん」

 

 吹雪が声をかけると、陸奥は顔を上げた。

 

「その──司令官は最近お疲れですし、次の艦娘の件は、もうちょっと間を置いてもいいんじゃないでしょうか」

 

 陸奥が少し驚いたような顔で、提督を見た。

 

「疲れてるの、貴方?」

「あー……まあ、それほどでもないんだが」

 

 提督は横目で吹雪にちらりと視線を向けた。

 

「むしろ、いま、これからその話題ってのがな……わかるだろ。そういうことを話したい気分じゃないというか……」

 

 陸奥がはっとした表情になり、慌てた様子でしきりに頷いた。

 

「あ、ああ、そういうことなのね。ごめんなさい、気がつかなかったわ」

 

 陸奥は立ち上がり、急ぎ足でコーヒーカップを流しに持っていった。吹雪がその様子を眺めて訊く。

 

「どうしたんですか、陸奥さん?」

「ええっと……ちょっと用事を思い出して、失礼するわね。コーヒーをごちそうさま」

 

 陸奥はらしくないほど狼狽を露わにして、どたばたと執務室から出ていった。

 吹雪が不思議そうにつぶやく。

 

「どうしたんでしょう……急に慌てた感じでしたけど」

「さあな。気でも利かせたつもりなんだろ。……ま、助かったよ」

 

 提督はひとつ大きく伸びをした。吹雪が心配そうに提督の顔を覗き込む。

 

「でも司令官、本当に……お疲れのように見えますけど」

「疲れちゃいないさ。ただ、神通の件が解決してるかわからないのに、はい次の艦娘です──ってのは勘弁してほしい。流れ作業めいててな」

 

 長門との旅行から帰って以来、吹雪とは毎晩一緒に寝ていた。それでもセックスの頻度が増えたわけではないので、肉体的な疲労はない。

 川内、吹雪と続けて疲労を指摘されたのは、精神的な迷いが表面に出ているためだろう。

 吹雪が遠慮がちに言う。

 

「あの……差し出がましいことかもしれませんけど、長門さんと神通さん、またお部屋に呼ばれますか?」

「ああ、なにかあったら来るように、ふたりには言った」

 

 吹雪が無言でうつむく。言おうか言うまいか逡巡している様子だ。

 

「どうした?」

「あの……司令官からお声をかけていただいたほうが、来やすいんじゃないかと。今はおふたりとも忙しいでしょうから、また後日にでも。──私は、大丈夫ですから」

「──そうだな。いずれ、声をかけてみるべきか」

「はい。すみません、無理を言って」

 

 吹雪が頭を下げた。

 提督は首筋を掻き、陸奥が置きっぱなしにしていった端末を眺めた。なにげなくリストをスクロールさせる。

 ふと思いつき、名前欄を注視しながらリストを下降させていった。

 川内の名前は、下から数えたほうがはるかに早いというほどの下位にあった。ストレス値が高めの艦が多い古参のなかにあって、異質だ。

 

「なあ吹雪、今日、三水戦は砲撃訓練だったんだよな」

「え? あ、はい。ヒトフタマルマルからヒトゴーマルマルまでの3時間ですが」

「川内の様子は、どうだった」

「川内さんですか? えっと……特に変わった様子は。いつも通り、明るい感じでしたけど」

「……ルービックキューブ、やってなかったか」

 

 提督が言うと、吹雪は手を胸の前で合わせ、ああ──と声を上げた。

 

「色のついた四角いおもちゃですよね。集合して訓練開始までの間、ずっとやってましたよ。おとつい、江風ちゃんが遊んでいたのを借りていったんです。ご存知だったんですか」

「昨日、屋上であいつと話したんだ。神通の件について訊きたかったんだが、訊きそびれてな。結局ふたりしてキューブで遊んだだけだった」

「だいぶ揃えられるようになってきたって言ってましたよ。江風ちゃんは、自分が買ってきたのにってぼやいてましたけど」

 

 提督は思わず微笑んだ。なんのかんの言いながら、川内の信奉者である江風がどこか嬉しそうにしているのが眼に浮かぶ。

 

「あいつ、俺が全部揃えてみせたら、子供みたいにはしゃいでな──」

 

 提督の話を、吹雪はにこにこと黙って聞いていた。

 昨日の屋上での出来事を話しているうちに、川内が今もキューブのブロックを動かし続けているのか、気になってきた。

 なぜだか無性に、会って話したいと思った。熱心な視線でキューブと格闘する川内を、横で見ていたかった。

 いつの間にか黙り込んでいる自分に、提督は気がついた。吹雪が困ったように、眉尻を下げて提督を見ている。心の中を見透かされたような気がして、提督は息を深く吸った。

 吹雪は微笑し、霧雨がけぶるように降っている窓の外に顔を向けた。

 

「──そういえばその川内さんですけど、訓練が終わったあとも『部室』に残って、ずっと遊んでましたよ」

「……『部室』、か」

「実は、ちゃんと戸締まりしてくれたのか、気になってるんです。艤装も置いてあるんだから鍵はちゃんと掛けてくださいって、何度言っても、川内さん忘れてるから……」

 

 そう言って、ちらりと横目で提督に視線を送った。

 提督は少し迷ったが、感情を抑えて口を開いた。

 

「──ちょっと、見てくるか。レインコートを出してくれ」

 

 吹雪は嬉しそうに微笑み、大きく頷いた。

 

 

 ◇

 

 『部室』とは、執務室のある鎮守府本棟から見て工廠の陰となる位置、岸壁沿いに建てられた平屋建てのプレハブ小屋のことだ。

 艤装の装着に特殊な設備が必要な出撃時とは違って、帰投時には手作業での取り外しが可能であるため、水雷戦隊の艦娘たちはもっぱらこの海沿いの『部室』で着替えやら休憩やらを済ませている。海側にはドックとなる開口部があり、休憩用に使われている二十畳ほどの空間とはドア付きの薄い壁によって隔てられていた。

 提督が陸側のドアを開けて中に入ると、奥のフロアソファーに腰掛けていた川内が驚いた表情を見せた。

 

「えっ──提督? なんで?」

「見回りだ。明かりがついていたから、まだ艦娘がいるのかと思ってな」

 

 言って、提督はレインコートを脱いだ。土間に置かれたラックのハンガーに掛ける。

 

「少し、いいか」

 

 提督は土間から訊いた。きょとんとしていた川内が、嬉しそうに頷く。

 

「うん! 散らかってるけど、まあ上がってよ。──ちょうど見せたいものがあるんだ」

 

 川内が立ち上がって手招きし、提督を自分が座っていたソファーに座るように促した。

 ふわふわとした感触のソファーへ腰掛けた提督の正面に、ローテーブルがある。その上に、色の揃ったルービックキューブが置かれていた。

 

「おい、もしかして……」

「うん! 揃った!」

 

 川内が勢いよく提督の隣に腰を落とした。それほど大きくもないソファーなので、二の腕や腿のあたりが密着する。

 提督は手を伸ばしてキューブを手に取り、いろいろな角度から眺めた。全面の色が揃っている。

 

「……まぐれか?」

「まさか。じゃあ、試してみなよ」

 

 川内が指をくるくると回して言った。提督はブロックをいくつか回転させ、色の繋がっている部分を切っていった。

 

「ほら」

 

 提督がキューブを手渡すと、川内はしばらく角度を変えてあちこちから見やり、やがて淀みなくブロックを回転させはじめた。

 ものの2分と経たずに色が揃い、キューブが完成する。

 

「はいっ、どうだ!」

 

 川内が両手で、提督の前にキューブを掲げた。満面の笑顔だった。

 

「これは……すごいな」

「でしょ? 苦労したもん」

 

 川内は得意そうに胸を張った。

 

「おまえ、解き方を調べたり、人に訊いたりしなかったのか?」

「してないよ。こういうのは、自力でやったほうが面白くなるから」

「それはそうだが……これを自力で解くやつなんてあまりいないんじゃないか。だいたいは、手順を覚えて揃えようとするもんだ」

「手順?」

「面をひとつ揃えたあとはそれを底面にして、側面の下段二列を揃える。そして上面、最後に側面の最上段って具合に揃えていくのが簡単な解法なんだが、回し方は暗記するんだ。この列をこっちの方向にいくつ回して──って感じにな」

「へえー……金庫のダイヤルみたい」

 

 川内がしげしげとキューブを見ながら言った。

 

「おまえは、どんなふうに考えながら揃えた?」

「うーん……考えてはいないかな。こう回したらこう動くってのが、なんとなくわかるようになったって感じだから」

 

 提督は呆れ半分に苦笑した。『習うより慣れろ』がモットーの三水戦の旗艦らしい流儀だ。

 

「提督も、解き方を暗記してるの?」

「そうだな。覚えたのは……高校のころだったか」

「ふーん……」

 

 覚えた理由は、大したものではなかった。昔遊んだものが解けないのがなんとなく癪だったとか、そんなことだ。手順をネットで調べ、そのとおりに手が動くように訓練した。作業を覚えている間はそれなりに楽しいことのように思えたが、いざできるようになってしまうと、なんとも言えない虚しさがあった。

 

「つまらんよな、そういうやり口は」

 

 提督が言うと、川内はキューブを見ながら首を振った。

 

「楽しみ方は、みんなそれぞれだよ。──それに、終わっちゃえば同じことだし」

「……やっぱり、おまえは夜戦か」

 

 川内は提督に向きなおり、破顔して頷いた。

 

「うん! 夜戦は奥が深いよ」

 

 夾雑物のない川内の笑顔がまぶしかった。提督は笑んで、しみじみと言った。

 

「まったく……変なやつだよ、おまえは」

「よく言われるけど、そんなに変かな」

「悪い意味じゃない。おまえぐらい好きなことにまっすぐだと、今の世の中じゃ『変だ』とか『馬鹿だ』って言われるだけのことだ。艦娘たちの間ですら、そうなんだろう」

 

 川内は提督をじっと見つめた。わずかに首を傾げる。

 

「提督がいちばん、変なやつだよ」

「俺が? なぜ」

「来てほしいなって思うと、急に現れるから」

 

 まっすぐな濡羽色の瞳が、提督の眼を捉えていた。提督はわずかに息を呑み、かろうじて平静をよそおい、言った。

 

「まあ、それが提督の技能のひとつだからな」

「ふふ……そっか」

 

 川内はわずかに笑み、視線を正面に向けた。横顔は妙に大人びていて、不思議なほど理知的に見えた。

 しばらく沈黙したあと、川内は正面を向いたまま言った。

 

「神通のこと……ありがとう」

 

 虚を突かれ、提督はとっさに言葉が出なかった。川内が言葉を継ぐ。

 

「昨日、屋上でも言おうと思ったんだけど、なかなか言えなくてさ。本当に、感謝してるんだ」

「……神通は、もう大丈夫か」

「とりあえずは。でもまた……呼んでやってよ。気が向いたときでいいからさ」

 

 川内が少しはにかむようにして下を向いた。

 提督は川内の横顔に言う。

 

「吹雪にも、同じことを言われたよ。半分叱られたようなもんだ」

「しっかり者だからね、吹雪は。よくわかってるよ」

 

 川内が軽く頷きながら言った。

 提督は少し息を吸い、口を開いた。

 

「なあ川内、実は俺も昨日、おまえに訊こうと思っていて訊けなかったことがあるんだ」

 

 川内が提督に顔を向けた。

 

「なに?」

「なぜ神通を俺の部屋に寄こしたか──だ」

 

 吹雪に送信したメッセージの文面は、提督が艦娘を抱くことを予期しているかのような雰囲気があった。

 

「……今、答えたほうがいい?」

「いや、訊かなくても、もうわかった」

 

 川内が眼を輝かせた。

 

「面白いじゃん、言ってみてよ」

「なんとなく──だな。後先のことなんて、おまえはなにも考えちゃいない」

「……あたり!」

 

 川内は笑った。

 実際のところ、誰よりも鋭く、速く先読みをするのが三水戦の旗艦──川内の特徴だった。その読みの根拠となるのは、言語という制限つきの『思考』ではなく、より単純な『直感』でしかありえなかった。

 提督は肩から力が抜け、膝の間に落とすように深々と溜息をついた。

 

「……提督、やっぱり疲れてる?」

「まあな。ここしばらく、シュールな状況が続いてる」

 

 事実として、軍人として務めていればよかったこれまでの環境とは、完全に状況が一変している。

 横で、川内が軽く溜息をついた。

 

「せっかく全部揃ったのに、そんな顔されると言いにくいよ」

「何を──」

 

 言いながら顔を向けた提督の唇に、柔らかな感触が重なった。すぐ眼の前で、川内の目が閉じられるのを見た。

 唇を離し、川内はにんまりと笑った。

 

「好きだよ……ってさ」

 

 

 



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刹那主義の軽巡、波打つ内側 *

 言葉を失っていると、横に座る川内が首を傾げた。黒く大きな瞳で提督を見つめながら尋ねる。

 

「迷惑、だった?」

「──いや」

 

 提督はかろうじて答え、首を振った。

 正直なところを言えば、突然のことに脳の処理が追いついていないというだけのことだった。笑うべきか、抱きしめるべきか──思考だけが空転している。

 首を傾げたまま、川内が目を細めて微笑んだ。片手を伸ばし、提督の頬に触れる。

 ふたたび、唇を重ねてきた。柔らかい唇のたしかな感触が、提督の無意味な思考を遮断する。

 顔を離した川内は、屈託なく笑った。

 

「……ね?」

 

 発した言葉はそれだけだったが、その意味するところを提督はなんとなく了解し、頷いた。

 川内が満足そうな表情を浮かべ、躰をすり寄せてくる。

 

「じゃあ、くっついていいよね?」

「──ああ」

 

 提督は苦笑を噛み殺して頷いた。

 川内がさらにすり寄り、ノースリーブから覗く肩を胸もとに密着させてきた。目を閉じ、甘える猫のような仕草で肩へと頬ずりする。

 提督は迷ったすえに、腕を背中からまわして軽く肩を抱いた。むき出しの肩はすべすべとした手触りがした。

 川内が目を開け、少し照れたような表情で見上げてくる。

 

「ヤバいね、これ……すっごい緊張する」

「……おまえでも、緊張することあるのか?」

「そりゃ、あるよ。失礼だなあ」

「悪いが、心臓に毛が生えてそうなイメージがある」

「いやいや、生えてないから。今でもドキドキしてるし──ほら、手貸して」

 

 そう言うと、肩を抱いていないほうの提督の手を取り、服の上から自分の左胸に押し当てた。

 服の生地と下着の手触りのむこうには意外と充実した感触があり、提督は軽い目眩を覚えた。

 

「ね?」

「いや……よくわからん」

 

 服の布地ごしには、はっきりとした鼓動は感じられなかった。川内が小さく首を傾げる。

 

「……んじゃ、ちょっと待って」

 

 そう言って素早く腰帯を外すと、服の裾から手を突っ込み、中でごそごそとまさぐりだす。

 肩口に手を差し入れてするりと下着を取り出すと、ソファーの脇に雑に放った。

 

「──ほら、直接」

 

 提督の手を掴みなおし、服の裾から中へと導く。

 されるがままに手を取られた提督は、触れた脇腹のなめらかさに思わず息を詰めた。

 温かく柔らかいふくらみに指が触れた。手のひらを乳房の下──胸の肋骨付近に当てると、小さなポンプがたしかにせわしなく拍動しているのがわかる。

 

「本当だ──速い」

「……でしょ。夜戦の前でも、こんなじゃないよ」

 

 上気した顔を向けながら、川内が言う。どこか、相手を試しているような表情に思えた。

 衝動に逆らえず、提督はふくらみに沿って指を伸ばし先端の突起に触れた。

 

「んっ……」

 

 川内は目を伏せ、喉の奥で小さく声を上げた。拒絶する気配はない。

 先端を転がすように、ゆっくりと人差し指だけで触れる。同時に、手のひらで包むようにふくらみを揉んだ。

 川内は目を閉じ、呼吸のテンポを速めて、その感覚に集中しているようだった。ときおり、切なげな吐息まじりの声を漏らす。

 

「んっ……ふぅ……」

「ここ、気持ちいいか」

 

 提督が指の腹で乳首を押さえながら訊くと、川内は目を閉じたままこくこくと頷いた。

 

「ぞくぞくする。──触り方、上手なんだね、提督」

「いや……適当だ」

 

 川内が目を開けて提督を見た。揺らめく黒い瞳が、熱っぽく煌めいていた。

 

「神通が言ってたよ。触ったり舐めたりするの、提督はすっごい上手だって」

 

 提督は指の動きを止めた。

 

「ずいぶん、あけすけだな。おまえたち、そんなことまで話してるのか」

「あ、神通がぺらぺら話したわけじゃないよ。提督の部屋から戻ってきたときに、私がしつこく質問攻めにしたから」

「一晩中、神通の部屋で待ってたのか?」

 

 そんなことを聞くために──というニュアンスを感じ取ったのか、川内が口を尖らせる。

 

「フラれたら慰めてやろうと思ってたの。すっきりした顔で朝帰りなんてするから、ちょっと腹立ってさ」

 

 川内が悪戯っぽく微笑む。

 

「めちゃくちゃ気持ちよかったって、言ってたよ」

「神通なんだから、そんな言い方はしてないだろ……まあ、満足してくれたならよかった」

「でも驚いたってさ。いつもは優しくて紳士な提督が、別人みたいに荒っぽかったから」

「それはな……正直、調子に乗りすぎた。あとになって後悔してる」

 

 特に罰だの褒美だの言って顔面に射精したのは、我がことながら嫌になる。性交中の熱狂から醒めてしまうと、赤面ものの言動だ。

 川内は口の端で笑った。

 

「嬉しそうだったし、いいんじゃない。提督には前からベタ惚れだったけど、今はもう、めろめろだから」

「……めろめろか」

「うん。重症だったのが、もう手遅れって感じ。──命令口調で、ちょっと乱暴にしてくださるのが本当に素敵でした、とか言ってた」

「そうか……」

 

 提督は息をついた。

 川内が笑み、服の上から提督の手に自分の手を重ねた。

 

「ねえ、もっとして」

「──ああ」

 

 提督は手と指の動きを再開した。川内が心地よさそうに目を閉じ、唇を舐めた。

 

「こういうの、好きか」

 

 提督が訊くと、川内は目を閉じたまま頷く。

 

「うん、気持ちいいし……提督とぴったりくっついてられるってのが、いいよね」

「……神通の話を聞いて、羨ましくなったんじゃないのか?」

 

 提督はなかば冗談のつもりで言ったが、目を開けた川内が意外なほど真剣な表情で頷いた。

 

「うん……羨ましかったよ。私が知らない愉しみを神通が知ってるってのは、負けてるみたいでちょっと癪だよね」

「もしかして、それで俺に好きだって言ってみたのか」

「ん? それは違うでしょ……いや、そうなのかな……でも……」

 

 胸を揉まれながら川内は考え込むようにうつむきかけたが、すぐに顔を上げた。

 

「ま、いっか。今、気持ちいいことしてもらってるわけだし」

「……おまえ、本当に悩まないタイプだな」

「うん!」

 

 川内は嬉しそうに頷いた。

 何も考えていないようでいて、実際の川内の内面には複雑な部分があるのかもしれない、と提督は思った。

 特に神通に対してそこまで対抗意識を持っているのは意外な発見だ。ともに水雷戦隊の旗艦であるという事実も、関係している可能性がある。

 考えながら、指の先で軽く乳首を転がした。

 

「んっ……ねえ、提督──」

 

 呼吸をわずかに荒くしながら、川内が提督の下半身を見つめた。

 

「──こうしてると、提督も興奮……する?」

「そりゃ、するさ。もう、かなり育ってきてるぞ」

 

 答えて、股間に視線を落とした。はっきりとわかるほどに、ズボンの布地が隆起していた。

 川内は提督の顔に視線を戻し、しなをつくるように躰をすり寄せた。

 

「見たいんだけど……いい?」

 

 提督は笑んで、鷹揚に頷いた。

 

「それじゃ、脱がせてくれるか」

「……うん!」

 

 川内は頷き、提督のベルトに手を伸ばした。

 

 

 ◇

 

 川内は上体を折るようにして提督側に乗り出し、そそり立つ陰茎を見つめていた。

 

「どうだ?」

 

 下半身だけ裸の格好になった提督が訊くと、川内は陰茎から目をそらさずに答えた。

 

「……思ってたより全然おっきいし、硬そう。あと、血管浮いてる」

 

 人差し指を伸ばし、茎部をちょんとつつく。陰茎が小さく震えた。

 

「……でも、なんか可愛い」

 

 何がおかしかったのか、含み笑いをしながら繰り返し何度も指先で突く。そのたびに陰茎がゆらゆらと左右に揺れた。

 

「おい、人のもので遊ぶな」

「えへへ……ごめんごめん」

 

 笑って答えると、川内は体勢を戻して提督の肩口に頭を乗せた。

 提督を仰ぎ見て尋ねる。

 

「ね、握ってもいいかな?」

「構わんが……おまえは無茶苦茶をしそうで怖いな。できるだけデリケートにだぞ」

「よし、デリケートね。そういうの得意だから、任せて」

 

 川内は意欲の溢れた表情で手を伸ばし、陰茎をそっと握り込んだ。細い指のやや冷たい感触が心地よく、提督は深く溜息をついた。

 

「握るのは、これぐらいの強さ?」

「ああ……それで、ゆっくりしごいてみろ」

「はい」

 

 妙にかしこまった返事をして、川内は慎重な手つきで陰茎を愛撫しはじめた。手を上下させながら、横目でじっと提督の顔を窺う。

 

「こんな感じ?」

「ああ……上手だな。意外にというか……」

「器用さには、自信あるよ」

「そういや、料理とか書道も得意だったっけな」

「まあね……こうすると、どう?」

 

 雁首の縁に沿って、川内が親指と人差し指を動かした。強弱をつけ、リズミカルにこする。

 

「う……はぁ……」

 

 ほっそりとした手指に敏感な部分を刺激され、提督は喘いだ。川内がくすくすと笑う。

 

「ふふ……声出しちゃって、提督可愛い」

「そこが感じるって、よくわかったな……」

「適当適当」

 

 そう言って顔を寄せ、提督の頬に口づけする。

 提督は川内に顔を向け、唇を重ねた。舌を挿し込もうとすると、すぐに川内も自分から舌を出して応じる。唇と唇の間で、お互いの舌を舐め合うように動かした。

 川内はわずかに目尻を下げ、蕩けた表情で舌を使っていたが、それでも陰茎への愛撫は絶やさない。

 ふと顔を離し、陰茎へと視線を落とした。

 

「あっ……先っぽから、なんか出てる」

 

 手を止め、顔をわずかに提督の股間へと寄せる。

 鈴口に浮かんだ透明な液体の玉に、人差し指で軽く触れた。指を離し、糸を引く様を面白そうに見つめている。

 

「いわゆる、先走り液ってやつだ。カウパー氏腺液ともいう」

「へえ……変なの」

 

 川内は指先に液体をつけてしばらく遊んでいたが、やがて提督に顔を向けた。

 

「ねえ……舐めてもいい?」

 

 アイスクリームでも欲しがるかのような声の調子で言った。提督は、苦笑混じりに頷いた。

 

「──歯を立てないように気をつけてな」

「りょーかい」

 

 楽しげにそう言うと姿勢を変え、ソファーの上に正座するように両脚を乗せた。提督の股間に向けてうずくまるように頭を下げる。

 両手で優しく陰茎を支えながら、先端を口先に軽く含んだ。キスをするように吸い、わずかな音をたてて離す。二度三度とその接吻を繰り返したあとで亀頭全体を口に収め、鈴口に沿って舌先をちろちろと動かした。

 

「ん……あぁ……それ、いいな……」

 

 感嘆する提督の様子を、川内は横目で窺いながら微笑んだ。柔らかな舌先が、徹底的に先端部分を責めたてる。

 ときおり快感の吐息を漏らす提督の様子を、川内は常に横目で観察しているようだった。

 息を乱しながら提督は手を伸ばし、ノースリーブの肩口から川内の胸もとへ侵入させた。形のいい胸のふくらみが、ぴったりと手のひらに収まる。

 川内は陰茎から口を外し、からかうような視線で提督を見た。

 

「胸、触りたいの?」

「ああ……駄目か?」

「ううん、大歓迎。いっぱい、触って」

 

 そう言って川内は、ふたたび亀頭を口に含んだ。

 舌先での愛撫を受けながら、提督は川内の乳房の感触を愉しむ。適度な重量感と柔軟さが好ましかった。乳首をしつこく指先で撫でまわすと、川内は呼吸を荒くした。

 やがて亀頭から口が外され、奉仕の対象が茎部に移った。川内は丹念にその部分を舐めながら、変わらず提督を見つめていた。

 

「ねえ提督」

 

 茎部に這わせる舌の動きを止めて、川内が言った。

 

「……なんだ?」

「胸だけじゃなくて、()も触ってほしいな」

 

 挑むような目つきだった。提督は少し息を吸い込んで言う。

 

「なら、下を脱いで、こっちに躰を向けろ」

「へへ……やった」

 

 川内は陰茎に口を寄せたまま、器用に躰を捻って片手で下着を脱いだ。黒のスポーティなショーツをぽいと放る。

 

「スカートも脱ぐ?」

「いや……まあいいだろう。もう少し躰を横に向けて──」

 

 川内はソファの上に躰を横たえ、片脚を立てるようにして小さく脚を開いた。

 提督は秘所に手を伸ばし、湿ったその中心に指を這わせた。

 

「はっ……あ、ん……」

 

 提督が秘裂を撫で上げると、陰茎に唇を当てたままの川内が甘い声を漏らした。

 愛液で十分に指を湿らせ、陰核をゆっくりと刺激する。

 

「あっ……そこ、いい……」

 

 うっとりとつぶやく川内に、提督は訊いた。

 

「自分で触ったり、しないのか?」

「ん……たまに、するよ。生理前とか、ちょっとムラムラするし……でも、それとこれじゃ、全然違うね」

 

 言って川内は陰茎を口に含み、奥まで呑み込んだ。一定のペースで前後に顔を動かし、唇で茎部をしごく。口内の絶妙な圧力がもたらす快感に、提督は呻いた。神通といい、口技はとても初めてのものとは思えないほどだ。

 ひとしきりその体勢で、お互いへの愛撫を続けていたが、やがて川内が顔をのけぞらせて陰茎を口から外した。

 

「……ねえ提督、もう我慢できないよ……」

 

 そう言って、川内は秘所に伸びた提督の腕をさすった。提督も、射精の欲求をこれ以上抑えてはいられなかった。

 

「挿れるか」

「うん、挿れちゃお挿れちゃお」

 

 川内が躰を起こし、提督の両腿の上に跨った。ふと、動きを止めて言う。

 

「えーと……どうすればいいの?」

 

 提督は笑いをこらえながら、川内のスカートを指で示した。

 

「まず、それを上げろ。よく見えない」

「あ、そっか」

 

 川内が素直にスカートの端を両手でたくし上げる。愛液に濡れた秘所が露わになった。

 

「少し、腰を浮かせられるか」

「こう?」

 

 川内は軽く膝立ちになった。提督は川内の腰を掴んで位置を調整し、陰茎の先端が入り口に触れるようにあてがった。

 

「えへへ……いよいよだね」

「よし。力を抜いて、ゆっくり腰を落とせ」

 

 川内が顔を輝かせながら、腰を下げる。入口が狭く少し抵抗を感じたが、亀頭が収まったあとは、比較的すんなりと膣内に侵入できた。

 

「んっ……」

 

 川内は目を閉じ、下唇を噛んでじっと快感に耐えているようだった。

 

「痛くないか」

「うん……痛くはないけど……これ、ヤバいね」

 

 川内が片目を開け、息苦しそうに言った。

 

「ヤバいって、どんなふうに」

「中の、奥のほう……提督のが当たってるとこだけど……すっごいじんじんする」

 

 川内の膣内は比較的狭く奥行きもそれほどないが、きつすぎるということもなく、動作に不都合はなさそうだった。

 

「動いて、いいか」

「うん……遠慮しなくていいよ。思いっきりやっちゃって」

 

 提督は頷き、ソファーに座ったまま腰を軽く前後に振動させた。

 

「あっ……」

 

 川内が声を上げ、提督の首にすがりついた。

 小さいが弾力の豊かな尻を抱え、上下に揺さぶる。川内の陰核が、提督の恥骨付近に当ってこすれた。

 

「んあっ……ちょっ……それは、ヤバい……」

 

 川内が快感に顔を歪め、肩をすくませるようにして全身に力を入れた。

 不意に、陰茎を包んでいる膣壁が一斉に蠕動(ぜんどう)した。波立つような快楽が、提督の下腹部から脳髄までを一気に貫く。

 提督は硬直した。

 射精してしまわなかったのは、奇跡に近い。背筋を伸ばしたまま深く息を吸い、吐いた。

 突然動きを止めた提督を、川内がいぶかしそうに見ていた。

 

「……どうしたの?」

「いや……ちょっとな」

 

 心を落ち着け、あらためて動作を再開する。川内がふたたび呼吸を荒くし、甘い声を上げはじめた。

 先ほどの蠕動は、偶然だろうか。陰茎に対する締めつけはきついが、特に波立つような動きは伝わってこない。

 

「あっ……ふっ……んあ……」

 

 川内が間欠的な喘ぎ声を上げながら、切なげな眼で提督を見た。首の背後にまわした手を、きゅっと締めて言う。

 

「ね……キスしよ」

 

 目を閉じた川内に顔を寄せ、唇を重ねる。

 瞬間、ふたたび陰茎の周囲が蠕動する感覚が走った。

 提督は慌てて顔を離し、川内をまじまじと見つめた。川内が不思議そうに首を傾げた。

 

「……なに?」

「おまえ、それ、意識しないでやってるのか」

「それ?」

 

 川内が目を丸くして言った。提督は息を吐いて視線を落とし、スカートの布地に遮られた結合部のあたりを見た。

 

「おまえの()()が、急にざわざわと動くんだ。こんなのは、体験したことがない」

「へえー……」

 

 川内が気の抜けたような声を上げながら、腰を揺すった。なにかを思い出そうとするような表情で、腰をかすかに動かしている。

 

「えーと……こう、かな?」

 

 軽い蠕動が起こった。提督は思わず顔をしかめる。

 

「お、おい……」

「あ、わかった。こうだ」

 

 川内は嬉しそうに言って、繰り返し膣壁を痙攣させた。陰茎を包む粘膜の連続した蠕動によって、得も言われぬ快感が突き上がってきた。

 提督はのけぞって、ソファーの背もたれに上体を押しつけた。

 

「だ、だめだ川内……これは、まずい……!」

「へへ……面白いね、これ──」

 

 川内が膣内を細かく動かしながら、腰を前後に揺さぶった。異なるリズムのふたつの波が干渉し、提督の脳髄に伝わる快楽が増幅される。

 耐えることができない。

 

「ちょっと、まってくれ……このままだと、もうイきそうで──」

「いいよ、イッちゃえイッちゃえ」

 

 蠱惑的な笑顔を浮かべた川内が、腰の動きを速めた。

 かろうじて残った理性で腰を掴んで除けようとしたが、即座に反応した川内に両手首を掴まれて封じられた。

 半眼の表情の川内が、小さく首を振った。

 

「だーめ」

「うっ──あっああぁ……」

 

 提督はだらしなく口を開けて呻き、川内の内部へと勢いよく精を放出した。

 

「んっ──」

 

 川内は眉根を寄せて、快楽に耐えた。

 長い射精が終わったのちも膣を蠕動させ、最後の一滴まで容赦なく絞りあげた。

 軽く息をつくと、快感の余韻で呆然としている提督の耳に唇を寄せ、満足げな声で囁く。

 

「はい──私の、勝ち」

 

 顔を離し、誇るように艶然と笑った。

 

 

 



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小さなサプライズ

「吹雪って、今夜はどこで寝てるの?」

 

 ベッドの上で、裸の川内が上体を起こしながら訊いた。

 わずかに汗を浮かせた川内の肌は、提督私室の照明によって橙色に輝いて見えた。

 

「十一駆の部屋だ」

 

 提督は短く答え、川内に背を向けてベッドの縁に腰掛けた。陰茎からコンドームを外し、口を縛ってベッド脇のごみ箱に捨てる。

 提督は無意識に溜息を漏らしていた自分に気がついたが、川内は頓着した様子もなく話を続けた。

 

「いつもは、あっちで寝てるんじゃないんだよね。もしかして、気を遣わせちゃったかな」

「……もしかしたら、そうかもな」

 

 『部室』で川内と交わったあと、私室に場所を移してさらに躰を重ねた。『部室』には一水戦が哨戒から戻る時刻が近づいていたし、一度の交接だけでことを終えるにしては、ふたりとも気持ちが昂りすぎていた。

 執務室の机の上には『十一駆の部屋で寝ます』と書かれたメモがあった。しばらく眺めて、小さなハートマークが遠慮がちに紙の隅に描かれていることに提督は気づいた。

 

「川内、ひとつ訊きたいんだが」

 

 提督は川内に背を向けたまま言った。からりとした川内の声が返ってくる。

 

「いいよ。なんでもどうぞ」

「……おまえ、俺が吹雪と寝ていることは知ってるんだろ」

「うん」

 

 こともなげに、川内は答えた。

 提督は息を吐き、続けた。

 

「その俺と寝て、おまえと吹雪の関係は大丈夫なのか」

 

 長門や神通の場合とは違って、川内を抱いたのは提督としての『仕事』ではない。吹雪がそれを了解しているとしても、川内と吹雪の関係がこれまで通りとはいかないのではないか。

 そのことが、いつまでも頭の隅に引っかかっていた。

 川内の応答がない。

 振り向こうとした瞬間、背後から柔らかく抱きつかれた。提督の胸の前で、川内が腕を交差させている。背中に柔らかな感触があった。

 

「そんなこと心配してくれてたの? 提督も馬鹿だよね」

 

 提督の顔の横で、川内がからかうように言った。身を硬くした提督に構わず、言葉を続ける。

 

「私と吹雪ならさ、そのへんうまくやっていけると思うよ。付き合い長いし、お互いよくわかってるつもりだから」

「……そうだったな」

 

 この場合の『付き合い』というのは、『前世』からの縁のことも意味しているのだろう。艦娘として生まれる以前にも、ふたりは同じ水雷戦隊での時間を共有している。

 

「私と吹雪って、馬が合うっていうかさ……相性いいんだよね。瑞鶴あたりが言うには、私がずぼらだから真面目な吹雪とバランスがいいってことらしいんだけど」

「……吹雪は、おまえに世話になりっぱなしだって言ってたぞ。買い物にも付き合ってやってるんだろ」

「どっちかっていうと、私が無理矢理ついてくんだけどね。ひとりで選ばせると、吹雪は服とか靴とかめっちゃ地味なのしか買わないから」

 

 川内はくすくすと笑った。提督の肩に顎を乗せると、つぶやくように言う。

 

「あんななりでも意外と器がおっきいんだ、吹雪は。きっと提督にも、そのうちそれがわかると思うよ」

 

 そう言って、提督の頬に軽く口づけした。目を細めて笑い、愛嬌を添えて首を傾げる。

 

「だから──もう一回えっちしよ?」

 

 提督は呆れて川内を見た。屈託なく、にこにこと笑っている。

 

「『だから』って、全然理屈が繋がってないぞ」

「そうかな? 上手く繋げたつもりだったんだけど」

 

 川内はそう言って、中途半端な大きさになっている提督の陰茎に手を伸ばした。その手を押さえつけ、提督は言った。

 

「駄目だ。お開きだ」

「えー、なんでー。もっとしよーよ」

「今夜は3回もしたし、明日──というかもう今日だが、俺は朝から仕事なんだ。おまえだって、三水戦の『朝番』があるんじゃないのか」

 

 『朝番』とは、水雷戦隊の日常業務である1日3回の哨戒任務のうち、もっとも早い時間に行われるものだった。最近では鎮守府近海に深海棲艦が出現することはまれであり、哨戒は『お散歩』程度のものであると艦娘たちの多くには捉えられていた。

 

「あ、そっか。忘れてた」

 

 川内は不服そうに鼻を鳴らした。提督の肩に顎を乗せて黙り込む。

 やがて思いついたように顔を上げ、口を開いた。

 

「──じゃあさ、()()また来ていい?」

「今夜? それは、今日の夜ってことか」

「うん。今日は『朝番』終わったらもうまるまるフリーだし、次の日の午前中も空いてるんだ。今夜なら、今よりもっとゆっくりできるじゃん」

 

 提督は頬を掻きながら思案した。

 日付が変わって、今日は金曜だ。提督の仕事に明確な休日はないが、それでも土日、特に午前中には余裕ができる。翌日の起床をさほど心配する必要がないという意味では、川内の言う『今夜』のほうが提督にも都合がよかった。

 しかし、ふた晩続けて川内と過ごすというのは──。

 そこまで考えたところで、不意に川内が提督の耳に顔を寄せ、そよ風のように囁いた。

 

「今夜はさ、思いっきりえっちしよーよ……いっぱい気持ちよくしてあげるから……ね?」

 

 思わず生唾を呑んだ。陰茎を包む快楽が脳裏をよぎる。

 逆らえず、提督は頷いていた。

 

「やった! 今夜だからね。約束よ!」

 

 提督から離れた川内が胸の前で手を合わせ、邪気のない顔で喜びの声を上げた。

 

 

 ◇

 

「──え、それで、川内と寝たの?」

 

 陸奥はパフェのグラスにスプーンを突っ込んだまま手を止め、提督を見た。

 提督は頷く。

 

「そうだ。昨夜、部屋で抱いた」

 

 どこか後ろめたさを感じて、『部室』でも交わったとは言わなかった。

 一瞬だけ驚いたように目を見開いた陸奥は、探るような視線で提督をじっと見つめた。

 

「それって、艦娘のストレスの件とは関係ないのよね?」

「一切、ない。俺のプライベートでの出来事だと思ってくれればいい」

「……ふーん」

 

 相槌をうってグラスに視線を戻した陸奥は、考えこむような表情を浮かべながら、パフェ用の長いスプーンで底に溜まったアイスクリームをつついた。

 提督は陸奥から視線を外し、『間宮』の店内を見やった。

 午前と午後の営業時間の合間ということもあり、奥まった席に座る提督と陸奥のほかに客はいない。厨房の奥から、かすかにテレビの音が聞こえてくる。間宮と伊良湖は気を利かせたのか、提督たちに品を出したあと、観たいドラマがあると言って奥の座敷に引っ込んでいた。

 提督は湯呑みに手を伸ばし、中の緑茶をすすった。

 

 早朝、川内は提督私室のベッドでひと眠りしたあと、吹雪が来る前に自室に戻っていった。

 ほどなくしてやってきた吹雪に、提督は川内を抱いたことを告げた。吹雪はただ一言、わかりました──とだけ言って微笑み、頷いた。そのまますぐ三水戦の『朝番』に参加するために出ていき、戻ってからも川内のことに触れることはなかった。

 ここ数日の報告書の作成が溜まっていて吹雪は忙しそうだったが、表情を見るかぎり機嫌はけっして悪そうではなかった。

 それでも、川内が今夜ふたたび来るということを、提督はなかなか言い出せずにいた。

 

 不意に、陸奥が顔を上げた。

 

「吹雪は、あなたが川内を抱いたことを承知しているの?」

「ああ」

「そう──」

 

 陸奥は目を伏せ、グラスの中の溶けかかったアイスクリームをスプーンですくった。

 

「──なら、私から特に口出しすることはないわ」

 

 そう言って、アイスを載せたスプーンを口に運ぶ。

 提督は軽く背を伸ばした。

 

「てっきり、説教でもされるかと思ってたんだが」

「いろいろ訊きたい気持ちはあるけど、いいわ。勘弁してあげる。貴方が自分から艦娘との仲を深めようとしてくれるのは、いいことだと思うし」

 

 陸奥は話しながら器用にパフェの残りをたいらげると、満足そうに小さく息をついてスプーンを置き、空のグラスを脇によけた。

 提督も陸奥にならい、眼の前の空の丼鉢を机の端に寄せた。

 

「それで、おまえの話ってのは? 例の、次の艦娘の件か」

 

 机に両肘をつき、若干前のめりになって提督は言った。奥の座敷や外にまで話し声が聞こえることはないだろうが、つい小声になってしまう。

 

「そうよ。忙しいところ悪いんだけど、ちょっと急いでもらいたくて」

「何かあったのか」

()()何もないわ。でもタイミング的に、時間がないから」

「……意味がよくわからんな。手短に言えよ」

「──四水戦が前線から戻ってくるわ」

 

 陸奥はそう言って、机の上で指を組んで黙った。

 たしかに、あと一週間で四水戦が鎮守府に帰還する予定だ。規定通り75日間、前線基地での連続勤務が終了する。特に大きな損害や問題の報告も受けていない。帰投予定日の2日前に、交代として一水戦が前線基地に出向くはずだった。

 そこまで考えたところで、提督は息を呑んだ。

 

「陸奥、一水戦の中で特にストレス値の高い艦娘は」

「阿武隈よ。全体だと上から9番目」

 

 陸奥が深く頷いて言った。

 提督は額を手で押さえて呻いた。

 

「よりによって、また旗艦か。──迂闊だった」

「私も吹雪も、気がつくべきだったわ。ここしばらく、いろいろあってみんな忙しかったから」

 

 二水戦の演習での失態から、『研究会』やら訓練の監督やらが普段の業務に加わり、吹雪も陸奥も多忙の日が続いていた。現に、秘書艦の吹雪は今も執務室で報告書や計画書の整理に追われている。

 頭を抱えかけた提督に、陸奥が冷静な口調で言う。

 

「一度前線基地に出てしまえば、原則として75日間は戻れないわ。実戦で二水戦の件みたいなことにならないように、阿武隈には出発前に面談しておくべきだと思うの」

「なぜもっと前に──」

「昨日気がついて言おうとしたら、貴方に追っ払われたんじゃない。──たしかに、無理にでも言っておくべきだったと、あとで後悔したんだけど」

 

 陸奥は一瞬だけ目を伏せたが、すぐに明るい表情で顔を上げた。

 

「でも大丈夫、一水戦の出発日までまだ5日あるわ。貴方なら、ひと晩あればどうにかできるでしょ。立て続けで悪いけど、今夜にでも面談して、あとは──」

 

 そこまで言って、陸奥はいぶかしげな表情で提督を見た。

 

「どうしたの? ずいぶん深刻そうな顔だけど」

「……今夜は、川内と約束がある」

 

 提督の言葉に、陸奥が目を剥いた。

 

「約束って──抱くってこと?」

「そうだ」

「そんな、なんでふた晩続けて川内と」

「それはだな、なんと言うか……」

 

 口ごもる提督の様子に、陸奥が眉をひそめた。提督は逡巡したが、顔を寄せて小声で言った。

 

「具合が良くて……あまり続かないんだ。だから、あいつが満足してないんじゃないかと」

「具合って……何よ。体調?」

 

 提督は顔をしかめ、首を振った。

 

「そうじゃなくて。わかるだろ、ほら、あれの」

「そんな言い方で、私にわかるわけないでしょ。はっきりしなさいよ」

 

 提督は舌打ちした。小声ながら語気を強めて言った。

 

「あいつの『あそこ』の具合が良すぎて、挿れたらすぐにイッちまうって言ってんだよ……! そんくらいわかれよ……!」

 

 驚いた表情で、陸奥が身を引いた。ゆっくりと深呼吸し、唇をわずかに歪めて横を向いた。

 

「なんていうか……サイテー」

「……おまえがはっきり言えって言ったんだろうが」

 

 陸奥は横目で提督をちらりと見た。唐突に軽く吹き出し、笑いを噛み殺すようにうつむく。

 

「なに笑ってんだよ」

「だって、貴方がちょっと顔赤くしてるの、おかしくて」

「恥を忍んで言ったのに、そんなふうに笑われると傷つく」

「ほんと、ごめんね。──でも、その手の問題は、私じゃ助けられそうにないわ」

 

 向きなおった陸奥は、すました顔で言った。

 提督は息を吐いた。

 

「とりあえず、今夜の川内との予定をキャンセルするってのはどうだ」

「それは駄目。夢中になってるものを取り上げられた川内は、ただの駄々っ子よ。騒ぎまわって変な問題を起こされたら困るでしょ」

 

 背を丸め、一心不乱にルービックキューブをいじくり回していた川内の姿を思い浮かべた。たしかに、あの状態の川内から玩具を取り上げることはできそうにない。

 

「となると、今夜は川内を抱いて──」

「そうね。もう当分は必要ないってぐらい、満足させてやらないと」

 

 提督は腕を組んだ。

 

「そうは言うが、やっぱりあいつの『あれ』がなあ……」

「そんなに、すごいの?」

「構造の問題じゃなくて、あいつが自分で動かすんだ。しかも、こっちの反応を面白がってやってる」

「へえー……じゃあ、動かすなって言っても駄目かしら」

「言ってみたんだが、聞きやしない。まあ気持ちいいからいいか──って思ってたが、とんだことになった」

 

 ふたりして腕組みの姿勢になって、黙り込んだ。

 提督は、昨夜の私室での交接を思い出していた。

 川内は、けっして不感症というわけではなく、むしろ内部はかなり敏感そうだった。それだけに感じてくると言いようのない不安を覚え、すぐに提督を絶頂させようとしているのではないだろうか。

 普通のカップルや夫婦なら長い時間をかけて解決する類の問題だが、今夜すぐにとなると、これは難しい。

 不意に、陸奥がつぶやくように言った。

 

「いちおう、今思いついた作戦があるんだけど」

 

 身を乗り出し、提督を小さく手招きした。顔を寄せた提督に、耳打ちするように話す。

 聞き終えた提督は、呆れて陸奥を眺めた。

 

「なんだ、それは。それが作戦なんて言えるか」

「だって、ほかに思いつかないんだもん」

 

 陸奥が口を尖らせる。

 

「そもそも、あいつがそんなの嫌だって言ったらどうにもならんだろ」

「頼むだけ頼んでみなさいよ。もし断られたら……そのときは自分でどうにかするのね」

 

 

 ◇

 

 私室に入るなり、川内が飛びついて接吻してきた。提督の口内に、舌を挿し入れて軽く絡める。

 

「へへ……やっとだね」

 

 唇を離し、瞳を煌めかせながら川内が言った。

 提督は勢いに押されつつも、なんとかその場に踏みとどまった。

 

「シャワーは浴びてきたか」

「うん! 今日はもう午後にすることなくってさー、夕方食堂が開くまで昼寝してたよ」

 

 言いながら提督から離れ、軽やかにステップを踏んでベッドへと飛び込んだ。

 枕に顔をうずめ、健康さで張り詰めた白い脚をばたばたとベッドに打ちつけている。

 提督が歩み寄ると、服の袖を引っ張って引き寄せ、両腕で首にしがみつきながらふたたび接吻した。

 

「提督も、シャワー浴びたね」

 

 提督の首もとに鼻を寄せ、言った。

 

「ああ、ついさっきな」

「べつによかったのに。提督の匂い、好きだよ」

 

 言いながら、川内は提督の服のボタンに手をかけた。その手を、提督は掴んで止めた。

 不思議そうに、川内が見上げる。

 

「今夜はちょっと変わったやり方で始めたいんだが」

「変わったやり方?」

 

 提督は頷いて川内から離れ、部屋の隅の衣装箪笥へと歩み寄った。一番下の引き出しから目当ての道具を取り出し、枕元に戻る。

 川内に向かって掲げるように示した。

 

「これだ」

「それって……手錠だよね」

 

 提督は頷き、枕元に腰掛けた。

 

「もし嫌なら無理にとは言わないが……おまえにつけてもいいか」

 

 銀色に鈍く光る手錠を川内はじっと見つめていたが、やがて上目遣いで提督を見た。

 

「いいよ。面白そう」

「よし。そこに寝っ転がって、両手を頭の上に上げてくれ」

 

 ベッドの頭側、横木の隙間に鎖を通し、川内の両手に手錠をかけた。きつすぎない程度に注意してリングを締める。

 

「これで、痛くないか」

「うん、大丈夫。……ちょっと興奮するね、こういうの」

 

 川内は頭上に視線を向けながら、腕を振ってがちゃがちゃと手錠を鳴らした。

 

「あっ、服脱いでからのほうがよかったんじゃない?」

「いや、とりあえずそのままでいい。……あとは、これもつけてほしいんだが」

 

 提督が手に示したものを見て、川内は目を見開いた。

 

「それって、アイマスク?」

「そうだ」

「手錠に目隠し……そういうの、好きなの?」

 

 川内はからかうように言った。提督は頷く。

 

「隠していたが、実はそうなんだ。もし嫌なら──」

「ううん、全然オッケー。面白そうじゃん。やろーよやろーよ」

 

 川内が拘束されたまま身を乗り出そうとして、手錠の鎖が音をたてて揺れた。

 提督は川内の頭を抱え、アイマスクをつけてやった。

 目隠しされた川内が、きょろきょろと首を振る。

 

「おおー」

「どうだ?」

「全然見えない。なんか……敵に捕まった女スパイって感じ」

 

 川内は口もとに笑みを浮かべ、中空に顔を向けている。提督は、川内の唇の端に軽く接吻した。

 

「ひゃっ」

 

 川内は躰を震わせて声を上げ、口を開けて笑った。

 

「あはは……すっごいびっくりした。これ、やばいね」

「実はもうひとつ、ちょっとしたサプライズがある」

「え? なになに?」

 

 シャワールームの扉へ顔を向けると、内側から小さな頭がこちらを覗いているのが見えた。

 提督が手招きすると制服姿の全身を現し、そろりそろりと歩み寄ってくる。裸足の足音はカーペットに吸われ、ほとんど聞こえない。枕元に立ち、困惑気味の笑みを浮かべている川内に顔を寄せた。

 

「川内さん」

 

 吹雪が言った。

 驚いた川内が上体をひねろうとしたため、手錠の繋がれている天板ごと、ベッドががたりと揺れた。

 

「えっ、え、え……ふ、吹雪……?!」

「はい、吹雪です」

 

 吹雪はにこにこと頷いて言った。

 川内は声のする方向に必死で顔を向けたが、おそらくは何も見えてはいないのだろう。微妙にずれた方向の虚空を見上げている。

 

「なに、なに……どういうこと?」

「あの……驚かせちゃってすみません。怒らないでくださいね。私、おふたりの手伝いに来ただけですから」

「て、手伝い?」

 

 吹雪がしっかりと頷いた。優しげな眼差しで、拘束された川内を見つめながら言う。

 

「川内さんに、本当に満足してもらうためのお手伝いです。今夜は、いっぱい気持ちよくなってくださいね」

 

 

 



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拘束、快感、軽巡、駆逐 *

※ 女性同士の性的な描写を含みます。ご注意ください。


 提督は下着を脱いで吹雪の前に立った。

 屹立した陰茎を見つめる吹雪が息を呑み、口の中で小さくつぶやく。

 

「……もう、こんなに」

 

 触れようと伸ばしかけた手を止め、傍らに拘束されたままの川内を振り返って見た。

 下着姿の吹雪に対し、川内は制服を身に着けたままだった。顔の半分を覆うアイマスクの下に、小さな笑みを浮かべている。

 

「気にしないでいいよ、吹雪」

 

 見つめられた気配を察知してか、川内が言った。

 吹雪は困ったように首を傾げた。

 

「いいんですか、本当に」

「うん、いーのいーの。せっかくの目隠しと手錠なんだから、こういうのもやっておきたいじゃん。なんていうの──お預けプレイ?」

 

 吹雪が提督の股間に視線を戻し、小さく息を漏らした。

 眼の前に立つ提督の両腿に軽く手を添え、膨張した亀頭に唇を寄せて接吻する。提督の意思とは無関係に、陰茎が刺激に反応して小さくはね上がった。

 吹雪は嬉しそうに目を細め、重ねるようにもう一度接吻した。

 

「嬉しそうだな」

 

 提督が言うと、吹雪は照れた様子ではにかんだ。

 

「だって……可愛いんですもん、この子」

 

 そう言って目を閉じて唇を突き出し、ちゅ──と音をたてて接吻する。顔を傾けて小さく舌を出し、亀頭と裏筋の境目をくすぐるように舐めはじめた。

 微妙な快感に、提督は息を吸い込んだ。

 

「ねえ……いま、吹雪が舐めてるの?」

 

 川内が、顔を提督に向けて訊いた。

 

「ああ。嬉しそうに先っちょにキスして、今は裏側を舐めてる」

「気持ちいい?」

「すごくいい。敏感なところをくすぐるのが上手くなった」

 

 生唾を呑んだのか、川内が喉をひくつかせた。

 

「やらしー……。ねえ吹雪、提督のちんちん舐めるの好き?」

 

 意地の悪そうな笑みを浮かべながら川内が訊く。

 背後から問われた吹雪はどう答えたものか逡巡していたが、陰茎に唇をつけたまま小さく頷いた。

 

「吹雪、頷いても伝わらないぞ。ちゃんと言葉にして言ってやれ」

 

 吹雪は陰茎から口を離し、提督を見上げた。

 

「司令官のおちんちん舐めるの、好き──大好きです」

 

 まっすぐに見つめながら言われ、提督は軽く狼狽して視線をそらした。川内が嬉しそうに口もとをほころばせるのが見えた。

 吹雪が片手を添えながら、陰茎を口中に含んだ。あたたかく柔らかい粘膜に包み込まれ、提督は思わず溜息を漏らした。

 吹雪がゆっくりと、上体ごと顔を前後させた。一本に結んだ後ろ髪が揺れる。小さな舌に陰茎をなぞり上げられ、ぞくぞくとした快感が提督の背を這い上った。

 そこまで技巧に長けているとはいえない吹雪の奉仕だが、優しく、包み込む愛情にあふれていた。提督は目を閉じ、首を反らして喘いだ。

 

「いま、吹雪がしゃぶってる?」

 

 川内の声で、提督は引き戻された。

 

「……ああ、そうだ。咥えられてる」

「どう?」

「すごくいい……あたたかくて、柔らかい」

 

 陰茎を含んだまま、吹雪が提督を見上げる。眼だけで微笑んでいた。

 吹雪が少しだけペースを上げ、口内で舌を蠢かせて唾液を絡ませる。かすかに、じゅっ、じゅっと水音が響いた。

 

「ああ、いいぞ……そうやって、音をたてて吸ってくれ」

 

 提督は気持ちが昂ぶっていくのを感じた。吹雪の奉仕の優しさと献身が、どこか焦れったいもののように思えてくる。

 息を荒くして耐えていると、傍らで川内が内腿をこすり合わせているのに気がついた。スカートから覗く白い脚が重ねられ、もどかしげに動いている。

 吹雪もその動きに気づいたのか、口唇での奉仕を続けながら横目で視線を送っていた。

 川内の制服の胸がはっきりとわかるほど上下している。呼吸が荒い。

 吹雪が、川内の太腿に片手をそっと置いた。

 川内が躰を硬直させる。

 陰茎を口で刺激するのと同じリズムで、吹雪が川内の内腿をゆっくりとさすりだした。川内が唇を震わせ、小さく喘いだ。

 

「直接触ってやれ」

 

 提督の言葉に、川内が驚いた様子で顔を上げる。

 吹雪は陰茎から口を離し、川内の下半身に上体を向けた。スカートを軽くめくり、下着の上端から内側に手をすべり込ませる。

 

「はっ──ああっ……」

 

 川内が、息を吸いながら大きく躰をのけぞらせた。

 吹雪は川内の反応の大きさに一瞬驚いて身を引いたが、すぐに微笑み、股間へ差し込んだ手を動かしはじめた。

 提督の耳にも、くちゅくちゅという水音がはっきりと聞こえている。

 

「川内さんたら……すっごく濡れてますよ」

「だって……だってあんな音、こんなすぐ近くで聞かされてたら……」

 

 川内が呼吸を荒くしながら言った。下半身をびくびくと震わせている。

 吹雪は陰茎に視線を戻し、ふたたび口に含んだ。片手で川内を刺激しつつ、口腔と舌で提督を愛撫する。

 あたたかな粘膜にふたたび包まれて、提督は大きく息を吐いた。

 川内が妖しく下半身を波打たせている。吹雪が媒介となって、提督の陰茎から川内の秘所に快楽が伝わっているような気がした。

 吹雪が舌を使い、提督の亀頭の先を舐め回す。

 不意に川内が高い声を上げた。

 

「ふぁっ……ああっ……ふ、吹雪、そこ……きもち、いい……!」

 

 吹雪の手が一箇所で細かく動いていた。陰核を刺激しているのだろう。

 欲望に逆らえず、提督は吹雪の頭を片手で掴んで腰を前後に動作させた。吹雪は小さくくぐもった声を上げたが、逆らわなかった。川内へ指での刺激を続けている。

 提督は加減しつつ、腰を振った。

 淫蕩にくねる川内の腰の動きを凝視しながら、吹雪の頭を凌辱する。

 

「提督、ねえ……気持ちいい、気持ちいいよ、吹雪の指……すっごくいいの……」

「俺も、すごくいい……おまえを見ながら、吹雪の口を犯してる」

 

 吹雪の口内を川内の膣に見立て、さらに強く突く。

 秘所を愛撫する指にその意図が伝わったのか、川内がいっそう躰をのけぞらせた。

 

「あっあっ、やっんっ──そんな、強くしちゃ、だ、め……だめ、だってば……!」

 

 川内と躰のリズムを合わせ、ペースを速めていく。川内をいましめている手錠が揺れ、がちゃがちゃと耳障りな金属音がした。

 

「も、もう、イッちゃう……! イッちゃうよ……!」

 

 川内が大きく口を開けてのけぞり、息を吸った。

 提督も同時に、吹雪の口内で爆ぜた。硬直して軽く締めつける口腔内の刺激と射精の快感に、思わずうめき声を上げる。

 精を放出しつくすと、提督は吹雪の口から陰茎を引き抜いた。

 吹雪は苦しそうに眉根を寄せていたが、喉を鳴らして口内に残った精液を嚥下していった。

 

「大丈夫か」

 

 しゃがみ込んだ提督が訊くと、吹雪は目を細めて頷いた。口もとを手の甲で軽く拭い、呼吸を荒くしている川内に向きなおった。

 

「川内さん」

「……吹雪ぃ、気持ちよかったよぉ……」

 

 川内がアイマスクに覆われた顔を向け、締まりのない口調で言った。半開きの口は涎を垂らさんばかりに緩んでいる。

 吹雪は笑いを噛み殺し、川内の耳もとに口を寄せた。

 

「でも川内さん、今のは『外』ですから。今度は『中』で気持ちよくなりましょうよ」

「え、『中』?」

「はい。『中』のほうが、もっとずっと気持ちいいですよ」

「え、えっと……私、そっちはちょっと、苦手っていうか……」

 

 川内が笑みを引き攣らせながら言った。

 昨夜の交わりの中でも、川内は膣内への強い刺激を避ける傾向があった。快感に慣れていないせいだと提督は思っていた。

 吹雪が川内の耳もとで微笑む。

 

「それじゃ、()()()()()()()()()()()()ですよ。いいんですか」

 

 川内の笑みが硬直する。

 

「私は、負けてなんて──」

 

 絶句した川内に、吹雪がさらに囁く。

 

「神通さんは、司令官に何度も何度も、『中』で気持ちよくしてもらったそうですよ。また、先を越されちゃいましたね──二水戦に」

 

 川内が大きく息を吸い、吹雪に顔を向けてアイマスクごしに見つめるかのようにした。

 吹雪が頷き、やりとりを見つめていた提督にも笑顔を向けた。

 

 

 ◇

 

 提督が避妊具を着けていると、気配を察した川内が声をかけてきた。

 

「提督、律儀だよね。またゴム着けてるの?」

「当然だろ。マナーだよ、マナー」

「マナーって、なんの?」

「妊娠したら、おまえが困るだろうが。当分は夜戦どころか出撃もできなくなるぞ」

「ああ……それはたしかに、やだな」

 

 ベッドの上に正座してふたりの様子を見守るようにしていた吹雪が、横から口を挟む。

 

「でも司令官、前に『艦娘は普通の女性よりも妊娠しにくい』って言ってましたよね」

 

 川内が吹雪に顔を向けた。

 

「そうなの?」

「はい。えーと……膣内の酸性度がどうとか──」

「しにくいらしいとは言ったが、絶対にしないとは言ってない。──それから、教えといて言うのもなんだが、それをあまりぺらぺら話すな」

「あっ──すみません」

 

 吹雪が口もとを手で押さえながら、頭を下げた。

 避妊具を着けた提督は膝立ちで川内ににじり寄り、両脚を抱えて下半身を持ち上げた。すでにスカートと下着は吹雪が脱がせてある。

 秘裂を手でなぞると、潤いがやや足りない感じがした。

 

「ちょっと間が空いたし、だいぶ乾いたな」

「あー……ごめん」

「いや、いいさ。湿らせてやる」

「わっ──ちょっと」

 

 両手で川内の張りのある太腿を押し上げて開き、露わになった裂け目に口をつけた。

 

「きゃっ! やん、あっ……」

 

 陰唇に沿って舌を這わすと、川内が小さな悲鳴を上げた。思いのほか女らしさを感じさせる声に、提督は川内を仰ぎ見る。

 

「なんだ、ずいぶん可愛い声を出すんだな」

「だってぇ……いきなりだから、びっくりして」

 

 横に座る吹雪に提督が視線をやると、熱っぽい視線で川内の顔を見つめていた。付き合いの長い吹雪にとっても、川内の痴態は珍しいのだろう。

 

「暇そうだな、吹雪」

「えっ、あっ──いえ、そんな」

 

 提督に向かって、吹雪は慌てたように両手を振った。

 

「……普段のお礼に、胸でも舐めてやれよ」

「えっ、ちょっ、ちょっと、提督──」

「そうですね……はい」

 

 明らかな動揺を見せながら上体を揺らした川内とは対照的に、吹雪は落ち着いた様子でこくりと頷いて言った。

 川内に向きなおり、上着の裾に手をかける。

 

「ふ、吹雪、ちょっと……」

「失礼しますね、川内さん」

 

 そう言うと、一気に腋まで服をまくり上げた。

 均整のとれた川内の乳房が露出する。ブラジャーはもともと身に着けてきていなかったようだ。

 吹雪が感嘆するように、ひとつ溜息をついた。

 

「川内さんの胸、きれい……」

「べ、べつに、見るの初めてってわけじゃないよね……? お風呂とかで、見てるでしょ」

「はい。いつも、きれいな躰だなぁって──」

 

 言い終わるのに重ねるように、吹雪が川内の胸の先端に口づけした。

 

「や、やっ……あ……んっ……」

 

 いっそう甘い声を上げる川内の胸に口を密着させたまま、吹雪は音もなく乳首を吸っていた。小さく舌を使っているのが、わずかな頬の動きから見てとれた。

 

「どうだ川内、吹雪の舌遣いの感想は?」

「あ……わ、わりと、いい、かも……やさしくて……」

 

 川内がびくびくと躰を震わせながら言う。

 

「……指も、じょうずだったし、すっごいエロい……吹雪って、ほんと、エロいよね……」

 

 提督は少し笑って、川内の股間に顔を埋めた。核心に軽く口づけする。

 

「ひゃっ……! だ、だから、い、いきなりは……や、やめ……あっ……」

 

 川内は脚をばたつかせたが、提督は両腕に力を込め、太腿を押し上げたままの体勢を維持した。

 陰唇に沿って舌を這わせ、ときおり音をたてて吸った。あえて、陰核には強い刺激を与えないようにした。

 

「あっ、あっあっ──吹雪、そ、それも気持ちいい……!」

 

 見ると、吹雪が手で、もう片方の川内の乳首をくすぐっていた。川内は間欠的な喘ぎ声を上げながら、躰を痙攣させるように小さく跳ね上げている。

 提督は愛液を溢れさせはじめた秘所から口を外し、なめらかな内腿をゆっくりと舐め上げた。蛞蝓(なめくじ)が這ったような唾液の航跡をつけながら、川内の肌の匂いを嗅ぎ、味わう。

 川内が切なげな声でうったえた。

 

「ねえ、提督ぅ……焦らさないでよぉ……」

 

 提督は顔を上げた。

 

「どうしてほしいのか、言えよ」

「……お願い、中に挿れて、気持ちよくして……」

「どうしたもんかな。中に挿れると、おまえはすぐに俺をイカせようとするからな」

「し、しないからぁ……ねえ、お願い……」

「俺がいいって言うまで、中をぐにゃぐにゃ動かすのを我慢できるか?」

「う、うん……我慢するからさぁ、早く挿れてよぉ……」

 

 川内が、提督に押さえられたままの腰をくねらせる。愛液が雫になって、尻の割れ目へとこぼれ落ちていった。

 問うような視線で見つめていた吹雪に頷いて合図し、提督は躰を起こした。吹雪が川内の躰から一歩離れる。

 ラテックスに覆われた陰茎を川内の秘部にこすりつけ、愛液をなじませた。

 

「よし、挿れてやるが、動かすなよ。動かしたら、すぐに終わる」

「う、うん……頑張って、我慢する」

 

 両膝を持って脚を大きく開かせた姿勢で、陰茎をあてがった。ゆっくりと腰を沈め、弾力の豊かな膣内に侵入する。

 

「はっ、あああ……」

 

 なかばまで陰茎が収まったところで、いったん動きを止めた。ほんのわずかばかり、断続的な締めつけを感じるが、意図的な蠕動ではない。

 

「偉いぞ、川内。そのままだ」

「う、うん……やっぱり、なんか、じんじんしてる……」

 

 川内の両脚を肩に担ぎ上げてベッドに両手をつき、のしかかるように躰を前方へ傾けた。

 

「はっ──あああぁ──」

 

 正常位のときよりもさらに奥深くへ挿入され、川内が大きく口を開けて喘いだ。

 陰茎がすべて収まりきる前に、奥行きの浅い膣内の行き止まりに達した。亀頭の先端に、少し硬い、凝ったような感触がある。

 

「て、提督……奥、当たってる……」

「痛いか?」

 

 川内がふるふると首を振る。

 

「い、痛くはないけど、へんなかんじで……どっちかっていうと、きもちわるい……」

「すぐによくなるさ」

 

 亀頭を子宮口に押しつけたまま、密着部分にかかる圧力に強弱をつけた。押し込み、解放し、ふたたび圧迫する。

 川内が口をわななかせるように開閉させた。

 

「はっ……ああっ……あ……」

 

 膣内がときおり、間欠的に蠕動する。それでも川内は必死で耐えているようだった。提督は無言で、圧迫と解放のリズムを速めていく。

 

「や、やっぱり、だ、だめ、ていとく、私、おかしくなっちゃう、おかしくなっちゃうから……」

 

 川内が首を細かく振りながら懇願する。それを無視するように、提督はいっそうペースを上げた。

 

「やっ、やっ、だ、だめ……だめ、も、もう抜いて……もう、いいから、おねがい……!」

 

 川内が激しく首を振った。提督は迷い、動きを止めた。

 不意に横から伸びた吹雪の手が、川内のアイマスクを取り払った。

 川内の泣き顔が、露わになった。涙がぽろぽろとこぼれ落ちている。

 吹雪が片手で川内の濡れた頬を撫で、顔を寄せて唇を重ねる。川内はしゃくり上げながら、吹雪の唇を吸った。

 顔を離し、吹雪は川内の頭上に手を伸ばした。鍵で手錠を外しながら、子供を安心させるような口調で言う。

 

「大丈夫ですよ、川内さん」

 

 手錠の片方の輪を外したついでに、吹雪は川内の上着を脱がせた。片手に手錠をぶら下げたまま、裸になった川内が吹雪の肩にしがみつく。

 

「吹雪ぃ……こわいよぅ……」

「大丈夫、怖くなんかないですよ。司令官にぜんぶおまかせしていれば、すぐに気持ちよくなるから」

 

 吹雪はすがりついてきた川内の頭を撫でた。

 川内は顔を上げ、赤くなった目で吹雪を見た。

 

「ほんとに……?」

「本当です。ほら、司令官を見て」

 

 川内が提督に顔を向けた。幼児のような泣き顔に、思わず笑みが漏れる。

 両脚を肩から下ろし、繋がったまま躰を密着させてキスをした。川内が提督の首に両手をまわしてすがりついた。片手に繋がったままの手錠が首筋に触れ、冷たくて固い金属の感触がした。

 

「続けていいか」

 

 提督が訊くと、川内は頷いた。

 

「うん……でも、怖いの。私が、私じゃなくなっちゃうみたいで」

「それでいいさ。ベッドの上でなら、別の自分になるぐらいがちょうどいい」

 

 下半身を押し出すようにして、内部への圧迫を再開した。川内が目を閉じ、息を呑む。

 

「どうだ?」

「うん……やっぱり、怖いけど……でも……」

 

 川内は顔を横に向け、吹雪を見た。

 横座りの姿勢でふたりを見守っていた吹雪が、やわらかく微笑む。

 川内が正面に視線を戻す。

 

「……提督のこと、好きだから……へーき」

 

 提督の眼を見て言った。提督は腰を動かしながら、見つめ返した。

 切なげな表情で、川内が言葉を重ねる。

 

「ずっと、ずっと好きだったよ……だから今、すっごい幸せ……」

「俺も、おまえのことが好きだ、川内」

 

 川内が目を見開く。提督の陰茎を包む膣壁が、ひときわきつく締めつけるように収縮した。

 

「……でも、吹雪のことも、好き?」

「ああ」

 

 川内が微笑み、手錠のついたままの手を吹雪に向かって伸ばす。

 吹雪が、その手をしっかりと両手で握りしめるのが見えた。

 

「あ……」

 

 提督が圧迫のリズムを速めると、川内が全身を緊張させた。

 亀頭の先に伝わる感触に、弾力が増している。わずかだが、膣が蠕動する気配もある。

 

「て、提督……もう、ちょっと、やばいかも……」

「ぎりぎりまで、我慢してみろ」

「でも、でも……これ以上は、壊れちゃうよ……」

「それでいい。壊れたおまえが、見たいんだ」

 

 提督は、腰を押しつける動きから打ち込む動きへと変化させた。尻と太股がぶつかり、湿った音をたてる。

 

「はっ、あんっ、あっ、やっ……」

 

 陰茎への刺激が強まるにつれ、提督は腰の動きを大きく、速いものへと変化せていく。脳裏から射精の欲望を追い出す。

 

「だっ、だめっ……もう、もう、がまんできないよぉ……!」

 

 川内が躰を強張らせた。同時に、膣内が激しく振動を起こす。

 無視して、さらに腰を打ち込み続けた。

 川内が驚いた表情で提督を見る。

 

「なんで、なんで……? わたし、もう、イッちゃって……」

「わかってるよ。もっとイケるだろ、ほら──!」

 

 陰茎で子宮口を強く押し込んだ。川内が上半身をのけ反らせて悲鳴を上げる。

 

「ひゃ──んんんっ! そ、そんなの、だめ、だめだってば──またイッちゃう、イッちゃうから──!」

 

 川内が絶頂するごとに強く、激しく陰茎を打ちこんだ。

 膣内の蠕動を陰茎で感じていたが、一心不乱に抽送を繰り返した。主導的に動き続けることで、逆に快楽を打ち消していた。

 

「おねがい……ゆるして……もう、もう……だめ、だめなのぉ……」

 

 幾度目かの絶頂のあとで川内が切れぎれに懇願してきたが、提督はいっさい耳を貸さずに律動を続けた。

 顔から汗が滴り落ちていくのを感じる。欲望を剥き出しにしているようでありながら、その実、ひどく禁欲的な行為であるのが皮肉だった。

 肩に冷たい感触があって、我に返った。吹雪が手を伸ばし、心配そうな表情で提督を見ていた。

 

「あの……司令官。川内さん、失神しちゃってます」

 

 腰の動きを止めて川内を見ると、顔を横にそむけてぐったりとしていた。片手は吹雪と繋いだままだった。

 提督は大きく息をつき、肩から力を抜いた。

 

 

 ◇

 

 ふたりの女から同時に陰茎を舐められるのは、初めての体験だった。

 立ち上がった提督の前に吹雪と川内が跪き、顔を寄せ合って陰茎の両側から責めたてている。

 川内が唇を離し、煌めく瞳を提督に向けて訊いた。

 

「ねえ提督、気持ちいい?」

 

 吹雪は川内の様子を気にかけることなく、往復させるように陰茎の側面へと舌を這わせている。

 提督は支配感と征服感に心奥を昂ぶらせながら答えた。

 

「ああ……すごくいい」

 

 川内は悪戯っぽく微笑み、舌を伸ばして雁首をぺろりとひと舐めした。

 ぞくりとした快感が下腹部に広がる。

 

「なんかさ……みんなでいけないことしてるって感じがして、興奮するね」

 

 そう言って、一心に奉仕を続ける吹雪をみやり、妖しげな笑みを浮かべて亀頭を正面から咥え込んだ。

 口内で、唾液をたっぷりとまとわりつかせた川内の舌が回転する。舌の表と裏で、亀頭がじっくりとねぶり上げられた。

 吹雪の舌と唇が睾丸に移る。

 

「ああ……」

 

 体験したことのない快感の連鎖に、提督は思わず呻き声を上げた。

 失神から覚めたばかりだというのに、川内はすっかり気力を取り戻している。涙で顔を濡らしたいじらしい姿は、川内自身の中ではなかったことになっているようだ。

 『ふたりで提督を気持ちよくしよう』という川内の提案に少し渋い顔をした吹雪も、今では完全に夢中になっている。睾丸の表面を唇で包んで吸いながら、優しく舌を這わせていた。

 提督は呼吸を荒くし、唇を舐めた。

 川内が口を外し、唇をわずかに裏筋に触れさせたまま言葉を発した。

 

「提督、イキたくなったらいつでもいいよ。私の口の中に出しちゃって」

「ああ……でも、まだいい」

「なんで?」

「あんまり気持ちいいから、このままでいい」

 

 川内が笑った。

 

「じゃあ今夜はもう、ずっとこれ?」

「それも悪くないかもな」

 

 川内が目を細め、平手で提督の鼠径部を軽く叩いた。

 

「やだよ。顎が筋肉痛になっちゃう」

「じゃあ、もっと気持ちよくしてイカせてくれ」

「うん。まかせて」

 

 川内がふたたび亀頭を咥えた。舌が蠢き、提督の敏感な部分を徹底的に責めたててくる。

 吹雪は睾丸から離れ、提督の太腿を裸の胸に抱くようにして接吻を重ねている。

 ふたりの頭を両手で抱え、提督はひとしきり快楽に身をゆだねた。

 唐突に川内が口を外した。

 

「吹雪だけ、まだイッてない」

「え……」

 

 提督の内腿に舌を這わせていた吹雪が、川内を振り返って見た。

 

「なんだ、いきなり」

 

 訊いた提督を一顧だにせず、川内は吹雪の肩に手をかけた。

 

「いま気がついたんだけど、そうだよね」

「えっと……その」

「私はさっき100回くらいイカされちゃったし、提督もその前に吹雪の口でイッたでしょ……あんただけ、全然イッてないじゃん」

「……それはそうですけど、私は、今夜はお手伝いなので──」

「いやいやいや、ひとりだけイッてないとか駄目だよ、それは。許されない」

 

 困り顔で提督と川内の顔を交互に見る吹雪をよそに、川内はしかつめらしく言って頷いた。吹雪の肩に腕をまわして引き寄せ、耳もとで囁くように訊く。

 

「ちなみにあんたさ、どの体位がいちばん好き?」

 

 

 ◇

 

 吹雪は提督に尻を向ける格好で、両手と両膝をベッドについた。濡れた恥部が、露わに光っていた。

 川内が提督の横から手を差し出し、吹雪の秘裂をなぞった。吹雪が、ぴくりと反応して腰を弓なりに反らした。

 

「おおー……いい感じ。舐めながら、こんなに濡らしちゃったんだ」

 

 川内が手を前方につき、吹雪の顔を覗き込みながら言った。提督の位置からは吹雪の表情が見えなかったが、小さく頷いたのはわかった。

 

「よしよし。もう提督も準備オッケーだからね。挿れてもらお」

「──待て、ゴムを着けてからだ。そこの箱を取ってくれ」

 

 提督が枕元の避妊具の箱を指差すと、川内は顔をしかめて振り返った。

 

「このタイミングで? もー醒めるなあ。……いいから、そのまま挿れて、外に出そ」

「しかしだな──」

「大丈夫大丈夫、艦娘は妊娠しにくいんでしょ。ほら、吹雪も早く挿れてほしそうにしてんじゃん」

 

 吹雪は上体をわずかに沈め、腰を掲げた姿勢で振り返り、提督を横目に見つめていた。羞恥に満ちた横顔の中に、期待と欲望が煌めいていた。

 

「……そうだな。外に出せば、いいか」

 

 提督はぼんやりとつぶやき、膝立ちのまま前に進んだ。

 秘裂に亀頭の先をあてがおうとすると、川内が横から手を出した。

 

「ね、私にやらせて」

 

 川内が舌舐めずりして言った。提督が頷くと、嬉しそうにかがみ込み、陰茎に手を添えた。

 ひんやりとした川内の手で狙いを定められ、提督の陰茎の先がゆっくりと吹雪の膣内に沈んでいく。

 

「うん、入った」

 

 川内が満足そうに言った。

 あたたかくてきつい、いつもの吹雪の感触だった。提督は我を忘れ、腰を前方に突き出して内部をえぐった。

 

「はっ──あぁん!」

 

 嬌声を上げて、吹雪がのけ反る。

 小さな尻を両手で抱え、最初から全力で腰を振った。

 理性が吹き飛んでいる。

 川内との交接で禁欲を自分に強いた反動なのか、本能のままに吹雪を求めていた。呆気にとられた川内の表情が視界の隅に入ったが、構っている余裕はない。

 

「あっ、やっ、あっ──し、しれいかん──! や、ん、すごい──」

 

 小さな躰が跳ね上がる。

 提督は吹雪の両肩を掴んで固定し、容赦なく陰茎を打ち込んだ。

 

「あっあっあっ──もう、だ、め──いっちゃ──」

 

 吹雪が躰を小さく震わせるのに合わせ、爆発した。

 なにもかも忘れて、膣内に精を放つ。自分のものとも思えないような唸り声が、食いしばった歯の間から漏れた。

 息を荒くして動きを止めていると、川内が半笑いで声をかけてきた。

 

「い、いや……あんたたち、すごいんだね……びっくりしたよ。提督も、それじゃまるでケモノみたいな──」

 

 川内が言い終える前に、ふたたび腰を動作させた。一度の射精では、硬直は微塵も収まっていなかった。

 吹雪が反応し、腰をくねらせる。

 

「あっあっ……ま、また……すごい──すごいの、しれいかんのおちんちん、きもちいいっ……!」

 

 普段の交わりでは、けっして見られないような吹雪の乱れかただった。川内を引き立てようと強い抑制を自分に強いていたせいか、今になって(たが)が外れてしまっている。

 一度精を放ったせいで、提督は冷静さをわずかに取り戻していた。呆然とする川内の二の腕を掴み、引き寄せて接吻する。

 川内は一瞬だけ戸惑ったようだが、すぐに舌を絡ませてきた。

 唇を離すと、川内は苦笑いしていた。

 

 ──負けたよ。

 

 そう、眼で言っているようだった。

 川内は吹雪の肩を掴み、上体を引き起こした。

 

「あ……川内、さん」

「ほら、吹雪も、提督とキスして」

 

 吹雪が首を反らし、提督と唇を重ねる。離れると、川内がすぐに吹雪の唇をとらえた。

 提督が膣内で果てるまで、そうやってかわるがわる唇を交わし続けていた。

 

 

 ◇

 

 先にシャワールームから出た提督は、下着だけを身に着けると、ベッドに躰を横たえた。疲労感で重くなった頭を枕に埋めると、心地よい眠気が這い上がってくる。

 シャワールームから、女たちの笑い声が水音と一緒に反響しながら聞こえてきた。川内も吹雪も、提督よりはるかに元気そうだ。

 女のほうが強い──提督は目を閉じてそう思った。

 ふと微笑み、無意識にまかせてつぶやく。

 

「幸せだ」

 

 発したその言葉に、自分で驚いた。そして同時に、その響きがひどく空虚なものであるような気がした。

 今ここにある『幸せ』は、ひどく脆い。わずかな衝撃で、簡単に壊れてしまうだろう。

 シャワールームの水音がやんでいた。川内の快活な声が聞こえる。

 裸の肩や背中が徐々に冷えていくのを感じた。シーツを引っ張り上げるようと身を起こしかけたが、思いなおしてふたたび枕に顔を沈めた。

 すぐにふたりがやってくる。あたたかい女の肌に挟まれて眠るのは、とてもいい考えのように思えた。

 提督はひとり微笑んで背を丸め、まどろみに落ちていった。

 

 

 



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あたしの

 阿武隈は落ち着かない気分で、部屋の時計をふたたび見上げた。

 針は、11時30分を指している。

 入室してから、すでに40分が経過していた。11時過ぎには提督が帰ってくるという話だったが、いまだに提督私室のドアが開く気配はない。

 座っていた椅子から無意識に立ち上がりかけ、思いなおしてふたたび腰を落とす。

 深呼吸をいくら繰り返しても、気持ちは落ち着かなかった。

 阿武隈は、眼の前の大きなベッドを眺めた。シーツや枕の清潔な白さと、かすかな陽の匂いが胸の中の不安をいっそう煽る。

 意識しないよう心がけるほど、これからおこなう『務め』の重さが心にのしかかってきた。

 上気した顔面を両手で覆い、きつく目を閉じる。

 

 ──どうしよう……やっぱり、『できます』なんて言わなきゃよかった。

 

 足もとから這い上がった後悔が、阿武隈の内側にゆっくりと広がっていった。

 

 

 ◆

 

 執務室の中を覗き込んだ阿武隈の視界に入ってきたのは、秘書艦用の机で熱心に書類仕事をする吹雪の姿だった。集中しているせいか、開け放たれた入り口に立った阿武隈に気づく様子はない。

 室内のどこにも、提督の姿は見当たらなかった。

 部屋の中央にある執務机の大きな回転椅子は、入り口に背が向けられている。

 阿武隈は入口の扉を軽くノックし、吹雪に声をかけた。

 

「吹雪ちゃん、ちょっといい?」

 

 はっとした様子で吹雪が顔を上げる。

 

「あっ──すみません。気がつきませんで」

「ううん、いいの。──提督、いない?」

 

 吹雪が答えるより先に、執務机の椅子がくるりと回転して正面を向く。

 

「おっ、阿武隈じゃん。なんの用?」

 

 大きな椅子の中に収まるように川内が座っていた。

 阿武隈は思わず顔をしかめる。

 提督の様子を見きわめてから川内と話をつけようと考えていたので、予定が狂った。それでもこのあと、鎮守府内のあちこちを探しまわる手間が省けたのは幸運と言えなくもない。

 

「なんで、あんたがそこに座ってんのよ」

 

 溜息まじりに言った阿武隈に、川内は得意そうな顔をして胸を張った。

 

「提督代理」

 

 いつもの調子で軽口をたたく川内の態度が、今日は特に癇に障る。付き合ってやる気になれず、阿武隈は吹雪に向きなおった。

 どこか心配そうな愛想笑いを浮かべてふたりを見ている吹雪に、できるかぎりの笑顔をつくって訊く。

 

「提督、いないね。ランチ中?」

「いえ、それが──」

 

 言いかけた吹雪に、川内が勢い込んで身を乗り出し言葉を重ねてくる。

 

「それが聞いてよ。朝イチで、いきなり軍令部から呼び出しの電話。朝ごはんも食べずに慌てて出かけ……てったってさ。最近戦果上げてるから妬まれてんのかな?」

 

 阿武隈は川内に顔を向けた。

 

「あんたに訊いてない」

「うへー……おっかないなあ」

 

 おどけたように川内は言うと、椅子に背を預け、軽く勢いをつけてくるくると回転を始めた。

 いっそう腹立たしくなって、阿武隈は言う。

 

「それ、あんたの椅子じゃないんだけど」

「怒りゃしないって」

 

 回転する椅子の上で、阿武隈の苛立ちなどどこ吹く風といった感じで川内が答えた。

 吹雪が、おずおずと口を挟む。

 

「あ、あの、それで阿武隈さん、なにかご用でしょうか……?」

「ああ──そうなの、ちょっと確認したいことがあって」

 

 阿武隈は我に返った。言いながら、持ってきた書類を吹雪に差し出す。

 

「午前中に、一水戦が前線基地へ持っていく装備の最終チェックをしたの。とりあえず必要そうなものを報告書にまとめたから、提督に見てもらおうかなと思って」

「あ、わざわざすみません。どんな感じです?」

「主砲とか魚雷なんかは問題ないんだけど、艤装の細かい部品がね──」

 

 阿武隈が報告書を吹雪に見せながら詳細を説明している間、川内は椅子に乗ったまま窓際まで移動したり、流し近くの冷蔵庫を無意味に開けたりと、落ち着きなく物音をたてていた。正直なところ鬱陶しくて仕方なかったが、阿武隈はその存在を可能なかぎり黙殺した。

 ひと通りの説明を受けると、吹雪は報告書と手もとの端末画面を見比べて頷いた。

 

「──データ上は在庫がありますね。あとで私が工廠に行って、明石さんか夕張さんに用意してもらっておきます。明日の受け取りで大丈夫ですか?」

「構わないけど、もし吹雪ちゃん忙しかったら、あたしが直接工廠に行ってもいいよ?」

「いえ、大丈夫です。工廠にはほかにもいろいろ、連絡しておくことがあるので」

「そう──ありがとう。じゃ、お願いするね」

 

 吹雪と笑みを交わし、背を伸ばす。

 さてあとは問題の──と部屋の中央に視線を向けると、車輪の音を盛大にたてながら椅子に乗った川内が滑ってきた。机にぶつかる直前で勢いよく両手をついたせいで、置かれている書類の山や端末がぐらりと揺れる。

 

「仕事の話、終わった?」

 

 川内が無邪気な瞳を阿武隈に向けた。

 吹雪は苦笑するのみだったが、阿武隈は舌打ちしたい気持ちをなんとか抑えた。

 

「あんたねえ……手伝えとは言わないけど、せめて邪魔するのはやめなさいよ」

「しないしない、邪魔なんて。──それよりさ、今夜私の部屋でゲーム大会やろうよ。阿武隈ももうすぐ前線行きだし、夕張(バリ)さんとか瑞鶴あたりも呼んで壮行会がわりに」

「やんない」

「なんで? 今夜なら一水戦も任務ないでしょ」

「あんたの都合であたしの予定を決めないでくれる? ──それより、あたしのほうこそあんたに大事な話があるの。ちょっと顔貸して」

 

 阿武隈は顎で入り口を指した。

 川内は椅子の上できょとんと目を丸くし、吹雪と顔を見合わせた。

 

 

 鎮守府本棟の側面のドアを開けて、屋外の非常階段の踊り場に出る。

 海からの強い風が吹き、阿武隈は慌てて髪を押さえた。振り返ると、川内が好奇心に眼を輝かせていた。髪飾りをつけた黒髪が風に揺れている。

 

「そんなに、聞かれたくないことなんだ」

 

 髪を風に吹かれるにまかせたまま、川内は楽しげに言った。

 

「『ちょっと顔貸して』って、カッコいいね。私も今度、使ってみよ」

「……真面目な話だから、おちゃらけないで」

 

 阿武隈は目を閉じて溜息をつき、頭の中を整理してから川内を見据えて言う。

 

「──あんたさ、おとつい『部室』で提督に会った?」

「うん」

 

 予想外にあっさりと肯定され、阿武隈は一瞬言葉に詰まった。

 

「……ふたりっきりで?」

「そうだよ」

 

 こともなげに頷いた川内は、手を後ろに組んで阿武隈を覗き込む。

 

「よく知ってるね。なんで?」

「夜、一水戦が哨戒から戻ったら、入り口のところのラックの下がやけに濡れてた」

 

 不思議そうな顔で、川内が首を傾げた。阿武隈は続ける。

 

「ハンガーの下だったから、掛かってたのはたぶんレインコート」

「あの日って一日ずっと雨降ってたし、そんなのべつにおかしなことじゃないでしょ?」

「水雷戦隊が哨戒で着た雨具はドックで脱いで干し場に掛けるし、たいていの艦娘なら普段の移動に使うのはもっぱら傘よ」

「たんに、誰かが濡れたものを干してただけとか」

「……靴が濡れるから、あのラックは濡れもの禁止。あたし、あんたに何度も注意してるよね」

「じゃあ、私がなんか干してたのかも」

「あんたさ、一水戦が哨戒に出る前、みんなの傘を置きに来たあたしと部室で会ったの憶えてない?」

「……そうだっけ?」

「あたしが話しかけても、誰かさんはおもちゃで遊ぶのに夢中で生返事だったからね。──とにかくそのときは全然濡れてなかったんだから、あんた以外の誰かが部室に来て、『なにか』を干していったってことでしょ」

「うーん……なるほど」

「そしてその『なにか』がレインコートだとすれば──」

「そっか……提督って傘使わないもんね。たしかに、なぜかいつもレインコートだわ」

 

 川内は阿武隈に邪気のない笑顔を向けた。

 

「いやいやお見事。ちょっと強引だけど、阿武隈、名探偵じゃん」

「ごまかさないで。ふたりで、なにしてたのよ」

 

 詰め寄るように訊いた阿武隈に、川内は宙を見上げるようにして視線をそらした。

 

「えーと……話とか?」

「とか?」

「あとは……キューブが揃えられるようになったから、それ見せたりして」

 

 阿武隈がじっと見つめると、川内は愛想笑いを返した。

 

「川内、まさかとは思うけど──提督と、()()の?」

 

 困った顔つきになって、川内は頭を掻いた。

 

「ごめん、言えない」

「……言えないってなによ」

「言うなって言われたんで」

「それじゃ言ってるも同然じゃない──馬鹿」

 

 阿武隈は暗い気分になって額を押さえた。

 おとついの夜からずっと、そのことばかり考えていたので、ある程度の覚悟はしていたつもりだったが、やはり胸の中にざわめくものがある。

 

「……なんで、そんなことになったのよ」

「うーん……なんとなく、雰囲気で?」

「悪いと思わなかったの?」

「阿武隈に?」

「吹雪ちゃんに決まってるでしょ、この馬鹿……!」

 

 怒鳴りつけたかったが、阿武隈はなんとか押し殺した声で言った。

 川内はにっこりと微笑んだ。

 

「吹雪なら、べつに怒ってないと思うけど」

「そんなわけ、ないじゃない。あの子のことだから、自分の気持ちを隠したまま身を引こうとしてるのよ」

「ん? 気持ち……?」

「あんた、あれだけあの子と一緒にいて、気がついてないの?」

 

 川内がいぶかしげに眉をひそめる。阿武隈は心底から呆れて言った。

 

「吹雪ちゃん、きっと提督のこと好きよ。隠してても、あたしにはわかる」

「へ……」

 

 川内はぽかんと口を開けて固まっていたが、やがて唐突に、盛大に笑い出した。

 

「ぷあっ──ははははは……!」

 

 文字通り腹を抱えながら、非常階段の下まで聞こえるのではないかというほどの笑い声だ。

 阿武隈は呆気にとられながらも憤然とその様子を眺めていたが、いっこうに笑いやまない川内に業を煮やして言った。

 

「信じてないわけね」

「い、いやいや……信じる、信じる。さすがに信じる」

 

 ようやく笑いを収めた川内が、目尻をぬぐいながら言った。

 

「いやー……言われてみるとありうるね、それ。さすがは名探偵」

「真面目な話なんだけど」

「うんうん、わかってるわかってる。阿武隈は、いつでも真面目」

 

 川内が訳知り顔で頷きながら言った。意地の悪そうな上目遣いで、阿武隈を見る。

 

「じゃあさ、こっちも真面目な話をするけど、阿武隈も提督に会ったほうがいいよ」

 

 大きな黒い瞳に観察するように見つめられ、阿武隈は半歩下がった。

 

「なによ、それ、どういう──」

「とりあえず、ふたりきりでさ」

 

 ふたりきり──という言葉を聞いた瞬間、自分の鼓動が乱れるのを阿武隈は感じた。

 川内が阿武隈を見据えながら続ける。

 

「ふたりきりで会って、話をする──そうすれば、阿武隈にもわかるよ」

「わかるって……なにがよ」

 

 喘ぐように言葉を発した阿武隈に、川内は瞳を煌めかせて薄く笑った。

 

「自分が、自分で思っているような生きものじゃないってことが、よ」

 

 

 ◇

 

 川内から逃げるように踊り場から離れた阿武隈は、本棟の廊下をひとり早足で歩んでいた。

 

 ──馬鹿じゃないの、あいつ。ほんと、馬鹿じゃないの。

 

 ぐるぐると、その言葉が阿武隈の頭の中を巡っている。

 自分勝手な艦娘だということは前からわかっていたが、それでもそれなりに優しいところや道理がわかっているところもあると思っていた。

 それが、他艦(ひと)の大事にしているものを奪っておいて、平然とした顔をしているとは。

 そもそも、吹雪は三水戦における川内の部下なのだ。立場を利用して長年の想い人を横取りしたとすれば、それは同じく水雷戦隊旗艦である阿武隈にとって、許しがたいことのように思えた。

 これは告発であって告げ口ではない──そう胸の内で自分に言い聞かせ、阿武隈は目的の部屋の前に立った。

 『指令室』と書かれたそのドアを二度、短い間隔でノックする。

 

「入れ」

 

 室内から長門の声が聞こえ、阿武隈はドアを開けた。

 

 

 執務室と大して広さの変わらない指令室の一角に、アルミのパーティションで区切られた、応接用あるいは面接用のようなスペースがある。パーティションの内側には、革張りのそれなりに高級そうなソファーが一対、テーブルを挟んで置かれていた。

 指令室には慣れているつもりの阿武隈もこのソファーに座るのは初めてで、どことなく居心地の悪さを感じる。

 対面に座った長門は、いつものように生真面目な雰囲気をたたえたまま、黙って阿武隈の話を聞いていた。

 

「えっと……あたしが調べてわかったことは、以上です」

 

 ひと通りの事情を話し終えた阿武隈は上目遣いに様子を窺ったが、長門は顔の前で両手を組み合わせたまま、なにも言葉を発しようとしない。眉間には深い皺が刻まれ、いつにもまして険しい表情だ。

 憤りや驚きといった反応を示さない長門を見ているうち、阿武隈は不安を覚えて口を開いた。

 

「あっ……あの、あたしとしては、川内を処罰するとか、提督の立場が悪くなるとか、そういうことにはあまり、なってほしくないっていうか──」

 

 無言の長門に見つめられ、阿武隈は黙った。

 

「──この話、ほかの艦娘にはしたのか?」

「い、いえ。川内と話してからすぐにここに来たから、長門さんだけです。部室の一件も、霞や不知火たちを帰らせたあとに、居残ってたあたしが気づいたので……」

「そうか……」

 

 長門は顔を伏せ、深く長い溜息をついた。内面の動揺を見せない長門には珍しいことだ、と阿武隈は思った。

 

「困ったことになったな……」

「そっ、そうなんです。ほんと、あいつにはいつも困らされてて──」

 

 阿武隈は言葉に詰まった。そんなはずはないのに自分が責められているような気分になって、どことなく落ち着かない。

 

 ──なんだろう、長門さん……様子が変だ。

 

 長門はふたたび溜息をつき、組んだままの両手を顔の前から膝に下ろした。

 

「阿武隈の気持ちは理解できるが、私からはどうすることもできない」

「なっ……」

 

 絶句した阿武隈に眼を合わせようとはせず、長門はテーブルを見つめながら言う。

 

「まず前提として……提督と艦娘がそういう関係になるのを禁じた規則は、鎮守府にはない」

「そ、それはそうかもしれませんけど、でも──」

「規則にないのだから、罰するもなにもない……」

 

 そんな──と阿武隈は身を乗り出す。

 

「──そんなの、許されるわけないじゃないですか。指揮される立場の艦娘が、鎮守府の責任者たる提督と、個人的に親しくなるなんて、そんな──」

 

 まとまらない思いをなんとか言葉にしようと焦る阿武隈を、長門は見ようとはしない。

 

「──提督を慕ってる艦娘はたくさんいるだろうけど、みんな、ずっと一線を越えないように我慢してたじゃないですか。それが暗黙の了解だったのに、ひとりの艦娘が自分勝手に抜け駆けするなんて、ありえないです」

 

 自分でも意外なほど攻撃的な気持ちになって、阿武隈は続ける。

 

「規則とかそういうことじゃなくて、あたしはひとりの艦娘として許せないんです。倫理と、責任の問題なんです。それに──」

 

 阿武隈は拳を握りしめた。

 

「──吹雪ちゃんが、かわいそうですよ。ずっと……ずっと、あんなに提督のことを想ってきたのに、それがちっとも報われないで、ほかの艦娘に横取りされちゃうなんて」

 

 長門がゆっくりと顔を上げる。苦りきった表情だが、それでいてどこか、瞳の奥には怯えのようなものが見えたような気がした。

 

 ──怯えてる? なぜ怯えてるんだろう。まるで自分が責められてるみたいな顔して。

 

 阿武隈が見つめると、長門は気まずそうに視線を横にそらした。

 

 ──罪悪感だ。

 

 阿武隈がそこに思い至った瞬間、長門は視線をそらせたまま、苦悩に満ちた表情で口を開いた。

 

「阿武隈の言っていることは……まったくそのとおりだ。ただ、私が思うに──」

「長門さん、ひとつ答えてください」

 

 長門を遮って阿武隈は言った。

 

「──あなたも、提督と()()んですか?」

 

 長門が息を呑んで硬直した。その反応だけで、十分だった。

 思わず立ち上がり、固まっている長門に吐き捨てるように言う。

 

「長門さんまで……いったいどうなってるのよ、これ」

「待ってくれ、事情を──」

「聞きたくありません。あなたには、失望しました」

 

 阿武隈は踵を返し、指令室のドアへと走った。

 

 

 ◇

 

 阿武隈は自室に戻ると、持ってるバッグの中ではいちばん大きなボストンバッグをクローゼットから引っ張り出した。ベッドに置いてファスナーを開き、クローゼットの中の服や小物を片っ端から詰めていく。

 

 ──出てってやる。こんなとこ、さっさと出てって、あたしはもっと……

 

 ボストンバッグは短期旅行程度の容量しかなく、あっという間に満杯になってしまった。ファスナーを閉めようとして、化粧水や乳液といった美容用品、さらにはドライヤーや櫛も入れ忘れていることに気がついた。

 舌打ちして服を抜き出していると、部屋の入り口から不意に声をかけられた。

 

「あらあら、お出かけかしら。ずいぶん荷物が多いようだけど」

 

 腕組みをした陸奥が、ドア枠に寄り掛かるように立っていた。わずかに首を傾げるようにして、興味深げに阿武隈を見ている。

 阿武隈は陸奥を見返して言った。

 

「長門さんに、聞いたんですか? なにがあったのか」

「……まあね。そんなとこかしら」

 

 阿武隈は眉をひそめた。

 指令室で長門から話を聞いて軽巡寮までやってきたにしては、タイミングが早すぎる。そもそも阿武隈がこの部屋にいるともかぎらないだろう。

 あとをつけられた──という可能性が頭をよぎるが、陸奥が自分にそんなことをする理由がわからない。

 陸奥が、ベッドの上のボストンバッグをしげしげと眺めている。

 

「前線基地への荷造り──ってわけでもなさそうね」

「……もう、我慢の限界なんです。あたしは、鎮守府(ここ)を出ていきます」

 

 睨みつけるように言うと、陸奥は軽く肩をすくめた。

 

「そう……行くところやお金のことで困ったら、私の携帯に連絡しなさい。内緒で助けてあげる」

「……止めないんですか」

「貴女が本気で出ていきたいのなら、喜んで応援するわ。ひとりの艦娘が外の世界で生きていくなんて、すごいことだもの。それに──」

 

 陸奥は室内に入り、後ろ手にドアを閉めた。

 

「──貴女の大事な一水戦を放り出すほどの決意なんでしょ? それなら、私が止めたってどうにもならないわ」

 

 痛いところを突かれ、阿武隈は思わず表情を歪めた。

 一水戦は、唯一無二の自分の隊だ。前世からの縁もあったが、阿武隈が艦娘という姿に生まれ変わって得た最良のものが、現在の一水戦だった。

 霞や不知火、第六駆逐隊の面々、そして潮──。

 ふたたびめぐり逢えた仲間と、艦娘として築き上げてきたほとんどすべてを捨ててまで、なぜ自分は鎮守府を出ていこうとしているのか──阿武隈の思考は混乱した。

 

「許せないんです……こんなの、絶対に許せない……」

 

 口をついて出た言葉は、阿武隈自身にも意外なものだった。

 そんなに自分は、吹雪に肩入れしていたのだろうか。他艦(たにん)の恋を成就させるために、すべてを投げうってもいいというほどに。

 それが真実だとは思えなかった。仕事熱心で、どこか抜けたところもある吹雪に好感を抱いているのは確かだが、一水戦の駆逐艦たち以上に親密だったわけではない。

 

 ──じゃあ、なんで……あたしはこんなにムキになってるの……?

 

 泣きそうな思いで、阿武隈は自問した。

 

「貴女って──私に似てるわよね」

 

 陸奥が、唐突に言った。懊悩する内心を見透かすように、黄緑色の瞳がじっと阿武隈をとらえている。

 

「似てるって……どこが、です」

 

 阿武隈は動揺しながら、誘われるように訊いた。陸奥が微笑む。

 

「ひねくれてるところ。わがままなところ。臆病なのに格好ばかりつけて、無様な転びかたをするところ」

「……なんですか、それ」

「要するに──可愛いってこと」

 

 陸奥は素早くウインクした。

 腹立たしいような嬉しいような複雑な気持ちになって、阿武隈は口を尖らせた。

 

「……陸奥さんは、可愛いっていうよりキレイって感じじゃないですか。あたしとは違います」

「そうなのよ。私としては、貴女みたいな可愛い系でありたいと思ってるんだけど、性格の悪さが外面と行動に出ちゃって、そっち路線では勝負できそうにないのよね」

「……キレイ系女子のチャンピオンみたいなひとなんだから、こっちの階級に来ないでください。迷惑ですから」

「ね? そういう小生意気な返しをするところが、私と似てるっていうのよ」

 

 陸奥が華やかに笑った。つられて阿武隈も笑う。

 上手く乗せられているとは思ったが、嫌味にならないのが阿武隈には魅力に思えた。

 小さく首を振り、陸奥を見上げて訊く。

 

「それで、なんのご用なんですか。部屋までつけてきて、ガールズトークで家出を阻止するだけってことはないですよね」

「あら、やっぱりバレてた?」

「隠すつもりもなかったくせに」

 

 陸奥は満足そうに頷いた。ゆったりと歩いて阿武隈の側面から背後にまわる。

 阿武隈の両肩を軽く両手で押さえ、耳もとで囁く。

 

「実は、新しい任務の話があってね」

「新しい任務……」

「そう。大事な大事な、艦娘としての務めよ」

 

 耳朶に触れんばかりの距離に、唇の動きを感じる。

 阿武隈は硬直し、背筋を伸ばして陸奥の囁きを聞いた。

 

「提督を、心身ともに癒やしてほしいの。ま……潔癖な貴女にはできるかどうか、わからなくなっちゃったけど」

 

 

 ◆

 

 顔を覆った手の間から、阿武隈は深い溜息を漏らした。

 自分がこの部屋にいるのは、艦娘として提督を助けるための『仕事』だからであって、けっして川内のような欲望にまかせた行動からではない──何度そう思っても、これからしなくてはならないことの重さは、阿武隈の中でどんどん増していく。

 

 ──陸奥さんの言ってた、()()()()()()()()の話、本当なのかな。

 

 阿武隈はふと、提督のことを想った。

 ほかの多くの艦娘たちがそうであるように、阿武隈もごく自然に、好意以上のものを提督に抱いていた。しかし対象が手の届かないものであるとわかっている以上、それはいつだって憧憬程度のものでしかありえなかった。

 少なくとも、阿武隈自身ではそう思っていた。

 

 ──もう、手が届いちゃう。

 

 そう考えると、阿武隈は恐慌に陥りそうになる。

 陸奥から仕事の内容を聞き、夜の空いた時間を目一杯使って、自室にこもって主にネットでの『予習』に努めた。そうした行為の知識がまったくなかったわけではないし、最初は恥ずかしくて直視できなかった動画やら体験談やらにも、最後にはだいぶ慣れた。

 しかしそれは、あくまで『他人事』としてに過ぎない。

 ()()()を自分が提督におこなうと考えただけで、恥ずかしさに身悶えしそうになる。

 阿武隈は顔を上げ、私室の分厚そうなドアを見つめた。

 

 ──今なら、まだ。

 

 言われたとおりの時間に入室して待ったが、提督がいつまでも帰ってこなかったから、仕方なく自分の部屋に戻った──陸奥に対する言い訳が頭の中で、瞬間的に書き上がる。

 撤退しよう。撤退して、日をあらためればいい。

 性的ストレスなど、考えるほど荒唐無稽な話のようにも思えてくるし、明日もう一度、陸奥に詳しい話を聞いてみたほうがいいような気がした。

 阿武隈は立ち上がり、急ぎ足で部屋の入り口へ向かった。

 眼前で、待ちかねていたようにドアが開く。

 阿武隈の長年の想い人が、そこに立っていた。

 

 

 



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嘘と女、都合のいい軽巡 *

 さして広くない脱衣所に、阿武隈はひとり立ちつくしていた。

 磨りガラスの扉の向こうで蛇口の栓をひねる気配がして、床を叩くシャワーの水音が聞こえだした。

 待つべきか、服を脱ぐべきか、ひどく迷っていた。

 阿武隈は片手で頬を軽く叩いた。顔を上げ、服のボタンに指をかける。

 これは任務なんだ、受け身になっちゃいけない──そう念じて、上から順にボタンを外しはじめる。

 

 数分前、私室の入り口で鉢合わせした提督に、阿武隈はしどろもどろになりながらも、なんとか事情を説明した。

 陸奥から『艦娘の務め』を果たすように言われ、ここで待っていた──と告げると、提督は少し疲れたような表情で溜息をついた。

 阿武隈と眼を合わさずに小声でシャワーを浴びることを告げ、脱衣所へと入っていく。

 どうするべきか迷ったが、結局阿武隈は提督を追った。

 脱衣所の入り口に立った阿武隈を一瞥すると、提督は服を脱ぎ、無言で磨りガラスの向こうに姿を消した。

 普段から不必要なことをあれこれと話すタイプではないが、無口を通り越して邪険さすら感じられる態度だった。

 出かけた先でなにか嫌なことでもあったのだろうか。それともあるいは、自分がここにいることがそんなに気に入らなかったのか。帰ってきた提督には、陸奥が話を通しておくという手筈だったのだが。

 阿武隈の胸の中で、不安が渦巻いていた。

 

 下着も脱いで全裸になると、部屋から持ってきていた自前のバスタオルを躰にしっかりと巻きつけた。

 『背中を流す』とでも言って入れば、いかにもそれっぽい感じだ。

 悪くない──阿武隈はひとつ深呼吸してから、シャワールームの扉を開けた。

 

 提督は入り口に背を向け、頭から湯を浴びていた。

 

「し、失礼します……」

 

 阿武隈が遠慮がちに声をかけると、提督は振り向きもせずハンドルに手を伸ばした。頭上のシャワーヘッドから勢いよく流れ出ていた湯が止まる。

 

「あの……お背中、流そうかと思って……」

 

 提督が、ゆっくりと振り向く。

 髪の先から水滴が滴り落ちている。阿武隈を、わずかに険のある眼で見つめた。

 阿武隈は視線をそらした。提督の顔も躰も、まともに見られそうにない。

 

「脱げ」

 

 低い声で、提督が言った。

 阿武隈は驚き、顔を上げる。提督の顔には内面を窺わせるような表情がなかった。

 

「脱いで、躰を見せろ」

 

 重ねて提督が言う。発した言葉には、拒否することを許さない気配が漂っていた。

 阿武隈は逡巡し、のろのろとバスタオルに手をかけた。

 震える手でタオルの両端を掴むと、目をきつく閉じ、前をゆっくりと開く。

 心臓が早鐘を打っていた。

 緊張して激しく波打つ胸を、提督に見つめられている。それを意識したとたん、頬へ血がのぼって熱くなる。

 不意に、床で水音が鳴った。

 驚いて目を開けると、眼前に提督が迫っていた。

 

「あっ──」

 

 裸の腰に腕をまわされ、引き寄せられる。

 唇が重なった。

 無遠慮な提督の舌が、阿武隈の唇を割って侵入する。

 

「んっ……」

 

 提督の硬い躰に包み込まれ、阿武隈の全身から力が抜けていく。

 提督の舌が、口内でなにかを探し求めるように動きまわっていた。

 阿武隈も口内でおずおずと舌を動かし、それに応えてみる。

 舌先が幾度も触れ合い、複雑に絡んだ。ぬらぬらとしたその感触と、提督の唾液の味に、阿武隈はすぐに酔ったような感覚に陥った。

 口を塞がれる息苦しさが、情欲を駆りたてている。

 気がつくと、バスタオルが床に落ちていた。空いた手を提督の濡れた背にまわし、裸の躰を押しつけてきつく密着する。

 提督の手のひらが、阿武隈の腰から尻にかけての部分に這わされた。ざらざらと荒れた男の手指の感触が、このうえなく愛おしく感じられる。

 阿武隈の下腹部に、硬く熱い突起が触れた。

 

「……あっ」

 

 阿武隈は思わず唇を離して下を向き、息を呑んだ。

 硬直した男根が、阿武隈の顔へと切先を向けていた。禍々(まがまが)しさすら感じるその外形に、無意識のうちに見入ってしまう。

 肩に、提督の手が添えられた。押し下げるように力をこめながら、提督が言う。

 

「床に、膝をつけ」

 

 阿武隈が問うように見返すと、提督は頷いた。眼に、有無を言わせない雰囲気がある。

 当惑しつつ、阿武隈はタイルの床に跪く。落ちていたバスタオルが、ちょうど膝へのクッションがわりの位置にあった。

 間近で見る男根の表面には血管が浮き上がり、生きもののように脈うっていた。先端は粘液で濡れ、(よだれ)のような小さな雫を垂らしている。

 雄そのものの気配を濃厚に発散させているその器官を眼の前にして、阿武隈は目眩を覚えた。

 

「舌を出して、舐めろ」

 

 阿武隈は躊躇しつつ、言われたとおりに舌を差し出し、表面に這わせた。

 提督が深い溜息を漏らす。

 舐めはじめると、阿武隈は取り憑かれたように夢中になった。

 舌の動きを徐々に大胆にしていくにつれて、提督が呼吸を荒くしはじめた。自分が提督に快感を与えているのだと意識すると、心の奥底から興奮が湧き上がってくる。

 あらゆる角度から、余すところなく男根を舐め上げる。口唇での奉仕の技術については少し調べた程度だったが、ずいぶん前からそれを知っていたかのように自然におこなうことができた。

 したたるほどたっぷりの唾液を男根に絡めつつ、右手で陰嚢を下から優しくさする。

 

「う……」

 

 快感に耐えかねた様子で、提督が呻き声を上げる。

 嬉しくなって、阿武隈はいっそうせわしなく舌を這わせ、男根の先端を吸った。

 不意に、提督が阿武隈の二の腕を驚くほど強い力で掴んだ。

 

「立て」

 

 勝手がわかってきたところでもあり、内心では奉仕を続けていたかったが、抗いがたい力で立ち上がらされる。

 提督の眼の奥に凶暴な気配があるのを見てとって、阿武隈は思わず怯んだ。

 

「後ろを向いて、壁に両手をつけ」

 

 怯えを押し殺し、言われたとおりの姿勢をとる。

 提督が阿武隈の上体を片手で押さえ込み、なかば強引に尻をつき出させた。

 恥部が露わになっているのを感じ、阿武隈は羞恥と不安で唇を噛んだ。

 秘裂に沿って、男根がすりつけられる。

 

「あっ……やっ……」

 

 興奮で鋭敏さを増している陰唇を刺激され、阿武隈は思わず声を漏らしてしまう。

 提督は両手で阿武隈の外側を押し広げると、即座に加減なしで男根を挿し込んだ。

 

「んんんっ……!」

 

 阿武隈は声を殺して呻いた。想像していたような甘い感覚ではなく、突き刺すような痛みと内臓を拡げられる圧迫感がほとんどだった。

 提督が震えるような吐息を漏らし、阿武隈の苦痛を慮ることなく動作を始める。

 

「んっ──くっ──あっ──」

 

 壁の冷たいタイルに両手をついて躰を支えながら、阿武隈は苦悶の声を上げる。背後から激しく突き上げられ、つまさき立ちの姿勢でバランスをとるのが精一杯だ。

 提督は容赦なく律動を続け、阿武隈はきつく目をつぶって痛みに耐えた。

 大丈夫、きっと、最初だけだから──必死にそれを、自分に言い聞かせていた。

 やがて唐突に提督が低く唸るような声を上げ、躰を硬直させる。男根が激しく収縮し、阿武隈のなかに熱く粘る液体の感触が広がった。

 抵抗する気力もなかったが、もとより両手でがっちりと尻を抱えられているため逃げようもない。

 諦めて、提督のすべてを受け入れた。

 放出しきった提督は深々と溜息をつき、手の力を緩めて阿武隈を解放する。

 

「あ……」

 

 腰から力が抜け、阿武隈はその場にへたり込むように倒れかけた。

 提督の手が伸び、阿武隈の腰と背中を抱きとめるように支える。

 阿武隈は、提督の顔を見た。なぜだか、泣きだしそうな表情をしていると思った。

 

「……すまん」

 

 提督が言う。

 頬を伝う液体の感触で、阿武隈は自分が涙を流していることに気がついた。慌てて首を振り、提督の首にすがりついて接吻する。

 

「いいんです……これ、嬉し涙だから」

 

 精一杯の笑顔をつくって、阿武隈は言った。

 

 

 ◇

 

 阿武隈はひとり洗い場に残って念入りに躰を清めた。

 自分の躰を簡単に流した提督は、去りぎわになにかを言いたげな表情をしていたが、結局は黙ってシャワールームをあとにした。

 洗い場から出る前に、阿武隈は自分の下腹部をそっと押さえた。出血こそなかったが、いまだに鈍痛とかすかな異物感がある。

 持ち込んだ自分のバスタオルは、床に落ちたせいでびしょ濡れになっていた。

 仕方なく、脱衣所の棚に積まれていたバスタオルで体を拭いた。少し迷ったが、もう一枚取って躰にゆったりと巻きつける。

 これほど暴力的な交わりは、予想していなかった。動揺はしているが、不思議と提督が怖いとは思わなかった。

 提督の、泣き出しそうなあの表情を頭に思い浮かべる。

 

 ──なんだか、かわいそう。

 

 そう考えて、自分の任務を思い出した。

 壊れてしまうかもしれない──と陸奥は言っていた。

 提督を癒やすのが、自分の仕事なのだ。へこんでいる暇なんて、ないはずだ。

 自分を鼓舞するように頬を叩いて気を引き締め、脱衣所の外に出た。

 

 下着姿の提督がベッドの縁に腰掛け、神妙な表情で缶ビールを飲んでいた。脱衣所から出た阿武隈に顔を向け、すぐに気まずそうに視線をそらす。

 阿武隈はつとめて明るい表情をつくって歩み寄り、提督の隣に腰掛けた。

 躰を心持ちすり寄せるようにしながら言う。

 

「あたしも、飲みたい」

 

 提督は考えるように少し間を置いてから、黙って手の中の缶を差し出した。

 阿武隈は若干の緊張を覚えながら受け取って、一口だけ飲む。ビールの苦味が舌の上に広がった。

 

「うー……苦ぁい。やっぱあたしこの味、苦手」

 

 顔をしかめて阿武隈が缶を返すと、提督は小さく笑って受け取り、一口飲んだ。

 

「──俺もだ。正直、それほど美味いもんだとも思えない」

「じゃあ、お風呂上がり、いつも飲んでるってわけじゃないんですか?」

 

 躰をさらに寄せ、少し甘えるような口調で阿武隈が訊く。提督は顔を伏せたまま答えた。

 

「めったにないな。このビールを買ったのも、もう何ヶ月も前だ」

 

 残りを飲み干すと、提督は缶をベッド脇のくずかごに放り込んだ。乾いた音が響く。

 気詰まりな沈黙が降り、かける言葉の選択に阿武隈が迷っていると、提督がつぶやくように言った。

 

「乱暴にして、悪かった」

 

 阿武隈はいたたまれない気持ちで、ベッドに置かれた提督の手に自分の手をそっと重ねる。

 

「ほんとに、いいから、気にしないでください。ちょっとびっくりしたけど……ああいうの、そんなに嫌いじゃないかも、なんて思っちゃったりして」

 

 冗談めかして阿武隈は言ったが、提督は暗い表情のまま顔を伏せていた。

 提督の手を強く握りしめ、重ねて言う。

 

「あのね……あたし、提督の喜ぶことなら、なんでもしてあげる。ちょっとぐらい乱暴なのだって、平気だもん」

「もっと、気持ちよくしてやればよかった」

「ん……じゃあ──」

 

 巻きつけていたバスタオルをほどいて落とす。提督の裸の肩に躰を寄せた。押しつけるだけの胸の大きさがないのが、ちょっとだけ口惜しい。

 

「──今度は、気持ちよくして……ね?」

 

 提督が驚いたように阿武隈を見つめる。

 阿武隈のほうから顔を寄せ、唇を重ねた。

 シャワールームでの接吻とは違い、控えめで優しい提督の舌遣いだった。阿武隈の唇を丹念になぞり、お互いの舌先をノックするようにやわらかく押し合う。

 恋人同士のキス──そんな言葉が阿武隈の脳裏をよぎる。

 唇を離した提督が、阿武隈の胸の間を指の先でそっと撫でた。感嘆するように、しみじみと言う。

 

「おまえの躰は、ほんとうにきれいだ」

 

 跳び上がるほど嬉しかったが、阿武隈はわざと不満そうに唇を尖らせた。

 

「……スタイルには、あんまり自信ないんですけど」

「そんなことはない」

 

 提督が上体を曲げ、阿武隈の胸に顔を寄せた。

 

「ん……」

 

 乳首を口内に含まれて、阿武隈は鼻にかかった声を上げた。提督の舌が、敏感な部分を探るように動いている。

 もう一方の乳首が、提督の親指の下で転がされていた。

 阿武隈は、風呂上がりでわずかに湿った提督の頭髪を愛しげに撫でる。

 音をたてて乳首を吸う提督が、このうえなく可愛いらしい存在に思えた。

 すべてを受け入れてあげたい。ぼんやりと、母親になるというのはこういう気持ちなのだろうかと考える。

 唇を外した提督が床に膝をつき、阿武隈の正面にまわった。含むような視線で見上げてくる。

 阿武隈は躊躇したが、思いきって脚を開いた。

 提督が阿武隈の太腿を肩に担ぐようにして尻を抱え込み、秘所に顔をうずめる。

 

「あっ、ん……やっ……」

 

 提督の口唇で、阿武隈のその部分がぴったりと覆われていた。襞と襞の隙間を、唇で徹底的に舐め上げられる。

 阿武隈が体験したことのない快感だった。

 あまりの快感の強さに、阿武隈が反射的に股を閉じようとすると、提督は腕を太腿にまわして抑え込んだ。

 提督の頭髪が内腿の敏感な部分をくすぐるたび、阿武隈は自分の秘裂に愛液が溢れるのを感じた。それを、提督が音をたてて(すす)る。

 

「んっ……やだ……そんな音たてちゃ……」

 

 こうした哀願が自分と提督の興奮を煽ることを、阿武隈は抜け目なく悟っていた。

 提督が舌をいっそうせわしなく動かし、阿武隈は腰をくねらせて喘ぐ。

 提督の指が、阿武隈の核心を覆う部分を押し上げながら広げた。唇が密着し、きつく吸い上げる。

 電撃のような快楽が、阿武隈の脳を灼いた。

 

「あああっ……! だ、だめ、そこは、だめ……!」

 

 腰をひねって逃げようとしたが、提督は許さなかった。

 細かく回転する舌先に核心を刺激され、阿武隈は躰を反り返らせる。

 すぐに、なにも考えられなくなった。

 阿武隈は生まれて初めて、他人によって絶頂まで導かれた。

 

 

 ◇

 

 ベッドの端に腰掛けた提督に、阿武隈は跨っていた。

 

「痛くないか」

 

 提督は繋がったまま阿武隈を見つめ、優しい声で訊いた。

 避妊具によって隔てられてはいるが、シャワールームのときよりも一体感があり、提督の体温も感じられる。

 涙ぐみそうになりながら、阿武隈は頷いた。

 

「うん、気持ちいい。……提督は?」

「すごくいい。最初から、こうしてやればよかった」

「気にしないで。ちょっと乱暴な提督も……好きだもん」

 

 好きと言ってしまうと、阿武隈は肩から荷が降りたような気がした。

 提督が少し照れたように笑う。その笑みの裏でわずかに曇ったものがあるのを感じて、阿武隈は慌てて提督の唇に接吻した。

 

「ね、提督。どうしたらいちばん気持ちいい? あたしが動いたほうがいい?」

「いや、俺はいいから──」

「おねがい、教えて。提督に、気持ちよくなってほしいの。あたしの躰、めちゃくちゃにしてもいいから」

 

 提督はしばらく逡巡している様子だったが、どうやら阿武隈の眼を見て踏ん切りをつけたらしい。小さな尻を抱え、軽く持ち上げた。

 

「──つらくなったら、言えよ」

 

 阿武隈が頷くと、提督は動作を始めた。

 両手に抱えた阿武隈の尻を上下させながら、自分の腰をわずかに前後に揺する。

 はじめは遠慮がちな雰囲気が漂っていたが、次第に動きが激しくなり、挿入が深くなっていく。

 

「んっ──くっ──」

 

 快楽よりも内部からの圧迫感が強まり、阿武隈は顔を歪めて苦悶の声を漏らした。提督が気遣うように言う。

 

「苦しいか」

「う、うん。──でも、やめないで。もっと、苦しくして」

 

 提督は息を吸い、自棄になったように腰を動かしはじめた。阿武隈の内部を、硬い男根が蹂躙する。

 下唇を噛んで痛みに耐えた。

 薄目を開けて提督の様子を窺うと、すでに阿武隈の顔を見てはいなかった。結合部を凝視しながら、快楽を得るための動きに集中している。

 

「提督、気持ちいい……?」

 

 顔を上げた提督は、表情を歪めて頷く。

 

「ああ。すごく締めつけて、痛いぐらいで……それが、どうしようもなく気持ちいい」

「いいよ……提督。遠慮しないで動いて。あたし、提督の道具だから、好きにして……」

 

 提督の動きがより大きく、力を込めたものに変化する。

 阿武隈の内部に強い痛みがあり、その奥に、かすかな快感の気配が篝火のように揺らめいていた。

 唐突に提督が動きを止め、吠えるように息を吐いた。

 阿武隈の中で男根が収縮し、切なげに痙攣した。

 

「あ……」

 

 篝火が、ふと消えてしまった。

 同時に、痛みと息苦しさがゆるやかに去っていく。

 阿武隈は一抹の寂しさを覚え、小さく息をついた。

 天を仰いだ提督の頬に両手を添え、唇と顎の間に接吻する。

 

「提督……ありがとう」

 

 愛しい男の顔を見つめながら、阿武隈は言った。

 

 

 ◇

 

 阿武隈は提督に後ろから抱かれ、ベッドの中に横たわっていた。

 シャワーを浴びなおして髪も乾かし、スキンケアとブラッシングも終えて完全に寝る体勢ができている。お気に入りのパジャマを持ってきたことだけは、提督が笑いを噛み殺している様子を見て、さすがに用意が周到すぎたかと後悔した。

 

「なあ、阿武隈。ひとつ訊きたいんだが──」

 

 寝たかと思っていた提督が、不意に口を開く。腕に抱かれた体勢の阿武隈は振り向かず、顔をわずかに傾けて答えた。

 

「なに?」

「……おまえ、髪を下ろしているほうが可愛いんじゃないか」

 

 身構えていた阿武隈は、拍子抜けして呆れまじりの溜息を漏らした。

 

「そんなこと、ないです。髪色は派手だけど、あたし、けっこう地味な顔立ちだから」

「さっき鏡の前で髪を梳かしているのを見たら、ちょっとドキッとしたぞ。普通の美少女って感じだった」

「むぅー……もぉ、『だった』って、なに? 今だって、下ろしたままなのに」

 

 拗ねたような口調をつくって、そっぽを向く。本気で怒ったと思われないように、甘えたニュアンスも含めておいた。

 冗談めかした反応が返ってくると思っていたのだが、予想に反して意外なほど真剣な口調で提督は言った。

 

「ああ……だから、今もちょっとドキドキしてる」

「え……?」

 

 阿武隈は振り返ろうと首をひねったが、提督の表情はよく見えなかった。

 提督が阿武隈の首もとに顔を寄せ、続けて言う。

 

「それに、なんだかいい感じの匂いがするな。さっきはしなかったと思うんだが」

「えっと……乳液かな。あたし、いいの使ってて──あっ……」

 

 うなじに唇を這わされ、阿武隈は鼻にかかった声を上げた。ぞくりとした快感が全身に満ちる。

 

「もう……ダメだってば。せっかく塗ったのに」

「知るかよ」

 

 ぞんざいな言い方が、無性に嬉しい。

 落ち着かなげに動かした阿武隈の尻に、硬い突起が触れた。その意外な硬度に驚きつつ、呆れた口調で訊く。

 

「提督、もしかして」

「ああ」

「……したいの?」

「ああ」

 

 阿武隈は少し黙って、考えるふりをした。十分に焦らしてやってから、仕方ないといった感じで頷く。

 

「──いいよ。しよ」

「悪いな」

 

 提督が枕元に置かれた箱に手を伸ばし、避妊具を取り出す。最初に中に出しちゃったんだから今さら──という気もしたが、きっとこれは提督なりの誠意の表れなのだと、阿武隈は好意的に解釈することにした。

 

「あの……服、脱ぎます?」

 

 片腕に抱かれたままの阿武隈が訊くと、提督が首を振る気配がした。

 

「いや、下だけでいい」

 

 言うやいなや提督の手がパジャマのズボンにかかって、下着ごとずり下げられる。

 阿武隈が息を呑んでいる間に、提督の指が秘裂へと伸び、そこが十分に潤っているのを確認した。

 

「んっ……もう、仕方ないんだから……」

 

 言いつつ阿武隈は期待に胸を膨らませ、提督が挿入しやすいように尻をつき出した。

 手早く避妊具の装着された男根の先端が、入り口に密着する。

 

「あっ……入ってくるぅ……」

 

 ゆっくりと、左右の壁を押しわけ、硬い男根が侵入してくる。

 阿武隈の内部に侵入しきったあとも、提督は動作を始めようとしなかった。

 

「……提督?」

 

 いぶかしむ阿武隈の問いに、提督は静かに答える。

 

「こうして、おまえのかたちを味わってるんだ。動かないほうがよくわかる」

 

 言われて、阿武隈は自分の中に留まっている男根を意識した。内部でぴったりと密着しているので、たしかに提督のかたちがよくわかった。

 

「ほんとだ……」

 

 快感が、内部からさざ波のように広がっていく。

 目を閉じ、その感覚に身をゆだねようとした。

 

「阿武隈」

 

 不意に提督に声をかけられ、阿武隈は現実へと引き戻される。

 

「ここを出ていこうとしたってのは、本当か」

「あっ……」

 

 阿武隈は慌てて首を反らせ、提督を見ようとした。

 

「それは、そうだったんだけど……」

「本当なのか」

「あ、あのね、本気でそうしようなんて、思ってなかったの……誰かに、構ってもらいたかっただけ」

 

 提督は黙ったままだ。

 必死で背と首を反らし、阿武隈はやっと提督の眼を見た。じっとなにかを考えこむような、真剣な表情だった。

 

「ごめんね、提督……怒らないで」

 

 阿武隈は提督の腕をさすりながら言いつつ、媚びるように腰を動かした。その部分から伝わる快感の強さに、阿武隈は内心で驚いた。

 

「べつに、怒っちゃいないさ。ただ──」

 

 提督が中途半端に言葉を切る。その声色に、沈んだものを阿武隈は感じた。

 必死で腰を動かす。それが、今の自分にできるすべてだと思えた。

 

「大丈夫、大丈夫だから、提督。あたし……家出なんかしない」

「阿武隈」

「あたし、提督の女だもん……どこに行ったって、それは変わらないから。だから、出ていったりしないの……」

「俺の、女……」

 

 阿武隈は頷き、腰を懸命にくねらせた。

 とろけるような快感だった。

 切れそうな理性をなんとか保ちながら、阿武隈は続ける。

 

「そう。彼女とか、恋人とかじゃなくて。……ときどきでも、提督が、あたしとしたいって思ってくれたら、それでいいの」

「そんなんじゃ、おまえは──」

「嫌なことがあったら、乱暴にしたっていいよ。あたし……そういうのぜんぜん平気だし、提督のためなら、どんなことだって、応えてあげる」

「阿武隈……」

「……だから、キス、して」

 

 提督は息を詰めたのち、阿武隈の顎を片手で支えながら、唇をそっと重ねる。

 しばらく舌を絡ませ合ったあとで唇を離し、震える声で阿武隈は言った。

 

「……お願い、嘘でもいいから、好きだって言って。あたしの名前を呼んで、好きだって──」

 

 提督は一瞬だけ悲痛そうな眼をしたが、すぐに笑んで阿武隈の耳に口を寄せ、それを囁いた。

 快感に全身を震わせながら、阿武隈は目を閉じる。

 この嘘を、いつまでも大事にしていこう──そう、思った。

 

 

 ◇

 

 夜明けの直前、提督の胸の中に顔をうずめるようにして寝息をたてていた阿武隈は、室内のスピーカーから流れるサイレンによって目覚めた。

 提督が跳ね起き、サイレンのあとに続いて流れる大淀の事務的な声に耳をすます。

 鎮守府近海での深海棲艦艦隊の接近を、告げていた。

 

 

 



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休日のリレイションSHIPs

 指令室の椅子の上で提督は目を覚ました。

 いつの間にか居眠りしてしまったようだ。

 眼の前にある大テーブルの上に、鎮守府近海の海域図と軍艦を模した兵棋(へいぎ)が置かれている。

 腕時計を確認すると午後3時5分前で、艦娘たちとの会議を解散してから1時間ほど経っていた。

 視界の端で、斜向かいに座っていた陸奥が顔を上げる。腿の上にノート型の端末が乗っていた。

 

「あら、起きちゃった?」

「ああ……皆は」

 

 提督は周囲を見まわしながら言った。大テーブルのあちこちには置きっぱなしの書類やら筆記具やらが見えたが、艦娘たちの姿はない。

 端末に視線を戻し、キーボードをなめらかに叩きだしながら陸奥が答える。

 

「少し暇になったから食事に行かせたわ。大淀なんて一日何も食べてなかったみたいだし。貴方ももう少し寝てなさい」

「いや……十分だ」

 

 提督は椅子に座りなおし、背を反らして伸びをした。窮屈な姿勢で寝ていたせいか、肩から首にかけてひどい凝りを感じる。

 僧帽筋を揉みほぐしながら、海域図に目をやって訊いた。

 

「寝ている間に、変わったことは」

「長門の艦隊から駆逐ロ級を1隻沈めたっていう報告だけ。敵の本隊からはぐれていた艦よ」

「今日の日没までに長門たちの帰投を完了させろ。水雷戦隊は、とりあえず明日の日没まで現行のローテーションで哨戒を継続。単独行動の敵潜水艦に注意するよう、周知を徹底しろ」

 

 陸奥はキーボードを叩く手を止め、了解──と言って頷いた。

 

「──こっちでドンパチするのも久しぶりだったけど、ちょっと拍子抜けね。午前中で片付くとは思わなかったわ」

「北上に感謝だな。──大井は戻ったか?」

 

 陸奥が端末から顔を上げ、提督を見た。

 

「ついさっき、護衛の敷波と一緒に戻ったわ。艤装がはかなりやられてて、ほとんど廃棄することになりそう」

「そっちはどうでもいい。大井自身はどうなんだ」

「かすり傷だけよ。明石の話だと、一週間ほどの入渠で妖精も戻るでしょうって」

 

 提督は息をついた。

 体を傾け、肩越しに背後の窓から外を眺める。晴れてはいるものの、風が強い。ときおり突風が吹き、指令室の窓ガラスをがたがたと揺らしている。

 近海に出現した敵艦隊の編成は15隻前後といったところだったようだ。まだ潜水艦が潜んでいる可能性はあるが、とりあえず大きな危機は去ったといえるだろう。

 背もたれに体を預け、天井を眺めながら言う。

 

「──で、前線基地とは連絡を取ってみたのか」

「会議が終わったあと、赤城と交信できたわ。敵を素通しして、本当に申し訳ないと」

「原因は」

「どうやら、敵の陽動らしいわね」

「陽動──」

 

 提督は姿勢を戻して陸奥を見た。陸奥はわずかに肩をすくめ、赤城との交信内容の説明を始めた。

 赤城によると、数日前から基地前面の海域で 深海棲艦による攻勢が激しさを増していたらしい。

 前線基地は艦娘が無防備な状態であることも多く、この攻勢に対する必須の対抗措置として基地前面へ戦力の集中がおこなわれた。当然防衛ラインに穴を開けないよう配慮はされていたのだが、配置変更時のわずかな索敵網の乱れを突かれて敵艦隊の侵入を許した可能性が高い──とのことだった。

 提督は腕を組み、ふたたび天井を見上げた。

 

「日に日に小賢しくなるな。化物の分際で」

「見方によっては、抜けてこられた先がうちの海域でよかった──とも言えるんじゃない。ほかの鎮守府の機械化船団じゃ、ここまで早く敵を排除できたとは思えないし。旗艦のル級を沿岸部に近づけてたら、街に被害が出たかもね」

「ま、感謝状は出ないな。苦情は来るかもしれんが」

 

 提督は額を手のひらで押さえ、軽くさすった。睡眠不足のせいか、むくみのような熱っぽい腫れを感じる。

 陸奥が声を落として訊いた。

 

「──軍令部のほうから、何か言ってくると思う?」

「うちの担当海域で防衛ラインを抜かれたのは、事実だからな。民間に被害が出てない以上、責任問題とまではならんだろうが……また呼び出されてから嫌味まじりのお小言かな」

 

 提督が顔を向けると、陸奥は膝の上の端末を畳んでテーブルの上に置いた。神妙な表情を浮かべている。

 

「……昨日の長門の一件もあるし、ちょっと苦しい立場になるんじゃないの」

「べつに、どうってこともない。俺たちが戦果を上げ続けているうちは、連中には嫌がらせぐらいしかできないだろう。嫌味や小言は俺が適当に頭を下げとけばいい」

「慰安旅行の件は? 近いうちにあそこの経営者と貴方が会えるよう、セッティングする予定だったんだけど」

「……しばらく延期だな。後ろめたいところがあるわけじゃないが、あえて動いて連中を刺激することもない」

「李下に冠を正さず、ね。……長門が残念がるわ」

 

 陸奥は黙り込んだ。

 しばらく拳を唇に当ててなにかを考えている様子だったが、やがて提督の眼をじっと見つめてきた。

 

「なんだ?」

「──阿武隈の件でお礼を言ってなかったわ。ありがとう」

「ああ……それか」

 

 シャワールームでの阿武隈の泣き顔が脳裏をよぎる。

 提督は、胸の内に暗い影が差したような気分になった。

 

「どうしたの?」

「なにが」

「表情が暗いわ」

「なんでもない」

 

 強姦めいた交わりには、言い訳のしようもなかった。阿武隈は提督を元気づけようとあれこれ必死になってくれたが、その健気さが逆に自分を(さいな)むような気がしていた。

 言いようのない苛立ちが湧き上がり、無意識に舌打ちを漏らしていた。その音量の意外な大きさに驚き、慌てて口をつぐむ。

 提督がそっと眼をやると、陸奥の眉が悲痛なかたちに歪められていた。提督と視線が合って、陸奥はぎこちなく下を向く。

 

「おまえに苛ついたわけじゃない」

 

 言っておいて、なんとも言い訳がましい言い方だと思った。

 陸奥はうつむいたままだった。

 がたがたと風に揺れる窓の音にまぎれて、わかってるわ──と言う声がかすかに聞こえた。

 気詰まりな沈黙が降りる。

 陸奥が不意に顔を上げた。

 

「ねえ。明日一日、休みなさいよ」

 

 笑顔だった。口調はとってつけたように明るい。

 

「休むって、俺がか?」

「そうよ。ここ数日、いろいろあったから大変だったでしょ。書類仕事は私がやっておいてあげる」

「襲撃の翌日だぞ。司令官が休んでどうする」

「翌日だからこそよ。明日のお昼までには残党狩りもだいたい終わっちゃうだろうし、仕事といえば戦闘詳報の取りまとめと損害の確認でしょ。その手のことなら私が得意だから」

 

 提督が見つめると、陸奥は笑顔で首を傾げた。

 

「二次三次の襲撃がないとも限らんだろうが」

「鎮守府の敷地内にいればいいじゃない。戦闘後の艦娘の様子を見てまわるのだって、提督の大事な務めでしょ?」

 

 提督は思案した。陸奥の言うことは筋が通っているにも思えるが、ここ数年は明確な休みをほとんど取らない生活に慣れきっていたせいもあってか、この状況下で休むということに違和感を拭えない。

 提督が黙っていると、陸奥はテーブルの上で両腕を組んで言った。

 

「この鎮守府でいちばんストレスを溜め込んでるのは、貴方よ」

「……それは、阿武隈を騙すのに使った方便だな」

「嘘にもたっぷり真実を混ぜるのが、人を騙すコツなの。──たまにはサボりなさいよ。(はた)から見たら、貴方、死にそうな顔色してるわよ」

「──ここんとこ、毎晩毎晩頑張りすぎたからな。このペースなら腹上死間違いなしだ」

「そうなったら、いちおう殉職扱いよね。勲章を出すように軍令部に掛け合ってみるわ」

 

 提督は苦笑気味に吹き出し、陸奥も口もとを押さえて笑った。

 溜息をつき、提督は陸奥に言う。

 

「わかったよ。明日はサボる」

「よかった──それじゃ今夜は、吹雪と盛り上がりすぎないようにしなさいよ。おとなしく寝て、明日はそのままお昼までごろごろしてたら?」

「盛り上がらんさ。今夜は水雷戦隊の哨戒があるからな」

「ああ、そっか……なら、吹雪を哨戒から外す?」

 

 提督は首を振った。

 

「あいつ、その手のことには意地でも参加するんだ。──おまえの言うとおり、今夜はおとなしく休むことにするよ」

 

 

 ◇

 

 手のひらが背中をさする感触で、提督は眼を覚ました。

 私室のベッドの上、顔をうずめている布地ごしにやわらかな女の胸の感触がある。

 

「司令官、すみません。私もう、支度しないと」

 

 耳もとで、吹雪が小声で言った。

 提督は構わず小さな躰を抱きしめ、鼻から深く息を吸い込む。寝間着の布地の間から、吹雪のあたたかい肌の匂いがした。

 

「サボれよ、そんなの」

 

 胸に顔を押しつけたまま言うと、吹雪が小さく笑う気配がした。

 

「駄目ですってば、みんな交代でやってるんだから。子供みたいな駄々をこねないでください」

 

 提督の腕から離れて躰を起こそうとする吹雪に、いっそう強くしがみつく。

 

「あと、もうちょっとだけ」

「もう……」

 

 吹雪は呆れた声で言って、提督の頭の後ろをそっと撫でた。

 

「司令官。本当に、もう支度しないと」

 

 どこか寂しげな気配ではあるが、交渉の余地のない口調だった。

 提督はしぶしぶ腕を解き、吹雪から離れた。

 吹雪が手早く着替え、髪を縛る様子をベッドの上でぼんやりと見つめる。

 

「それじゃ、行きますね」

 

 身支度を整えた吹雪が言った。

 提督が無言で頷くと吹雪は微笑み、駆け寄って唇に接吻した。

 吹雪は提督の顔を見つめて小さく笑い、頬にそっと触れた。

 

「司令官……もう。そんな顔しないで」

「……枕が勝手に起きるから、目が冴えた」

「仕方ないじゃないですか。枕にだっていろいろ仕事があるんだから。──長門さんに来てもらいます?」

 

 唐突に長門の名前を出され、提督はなぜだか慌てた。

 動揺を内心に押し殺して言う。

 

「──なんで、長門が出てくるんだ」

「今夜の水雷戦隊は哨戒で忙しいですから。阿武隈さんも神通さんも」

「長門だって昼間は出撃してたんだぞ。今頃は熟睡中だろうよ」

 

 釈然としない表情で、吹雪が首を傾げる。

 提督は顔の前で手を振った。

 

「──ほら、もう行けよ。遅れるぞ」

「あ……すみません。それじゃ、おやすみなさい」

 

 もう一度接吻し、吹雪は小走りで部屋を出ていった。

 提督はひとり残され、いっそのこと起きてしまおうかとも思ったが、なんとなくベッドから降りる気にはなれなかった。

 吹雪がやたらと接吻していったせいか、わずかな気分の昂ぶりを感じる。

 ふてくされたように横になり、意地になって目を閉じた。

 体は睡眠を欲していたのか、すぐに、深い眠りに沈んでいく感覚があった。

 

 

 ◇

 

「今夜からの哨戒……4隻編成で?」

 

 提督の手渡した予定表を眺めながら、川内が言った。提督は頷いて口を開く。

 

「昨日の戦闘で散り散りになった深海棲艦は、今日の午前中までで全部補足して始末できた。これから数日は小規模編成の艦隊で哨戒の頻度を上げ、ほかにすり抜けた敵がいないかをチェックする」

 

 横から紙を覗き込んだ旗艦代理の矢矧が、なるほどね──と言って予定を目で追っていた。

 川内が提督に顔を向ける。

 

「メンバーのローテーションは、こっちで決める?」

「任せる。おまえか矢矧か吹雪のいずれかが、編成に組み込まれていればいい」

「うーん……そういうの苦手なんだよね。矢矧、ちょっと考えてみて」

 

 川内は予定表を矢矧へ押しつけるように手渡し、振り返って背後に視線を向けた。提督もつられてそちらを見やる。

 三水戦所属の駆逐艦たちが、装備の手入れをおこなっていた。

 工廠の建屋の裏手にある、屋根付きの屋外作業場だった。

 戦闘で使用した推進装置や砲身は、海水塩や火薬の(かす)を真水で洗って落とし、必要な部分にグリースを塗りなおしてやる必要がある。また、ちょっとした歪みやへこみが動作不良の原因となるため、水準器などを使って検査もしなくてはならない。

 学生のような外見の駆逐艦たちがこうした無骨な作業をわいわいとおこなっているのは、異様ではあるが一種の微笑ましさをともなう光景であった。

 

「今日ってさ、提督は休みって聞いたけど」

 

 作業中の駆逐艦たちに視線を向けたまま、川内は唐突に言った。深夜か午前の哨戒時にでも、吹雪から聞いたのだろう。

 提督は頬を掻いた。

 

「ああ。実際、昼近くまで寝てた」

「午後から仕事してんの?」

「いいや。一日休みなんだが」

 

 川内が提督に顔を向け、小首を傾げる。

 

「──執務室にいるとついつい口を出しちまって、そのたびに陸奥に睨まれるんだ。それでまあ、吹雪が気を利かせてな」

「はーん、口実つくって追い出してくれたわけだ。てっきり、司令からパシリに降格させられたかと思ったよ」

「呼び方以外で、なんか違いがあるか?」

 

 川内は上体を折るようにして小さく笑った。首を横に向け、矢矧の様子を見る。

 矢矧はふたりの会話が耳に入らない様子で、熱心に予定表に見入っていた。

 体勢を戻した川内は、提督の腕を素早くとって体を寄せた。

 

「おい──」

「矢矧。その編成、適当に考えといて。私、提督と話があるから」

 

 顔を上げた矢矧が、目を丸くしてふたりを見た。背後からも駆逐艦たちの視線を感じる。

 

「川内、おい──」

「いいからいいから──ちょっと顔、貸してよ」

 

 小声で言って、川内が目配せする。

 提督は引っ張られるようにして、建屋の角の先へと連れていかれた。

 工廠の横手には、装備開発用の資材置き場となっている大型のプレハブ倉庫が複数建てられている。

 倉庫と倉庫の間の狭い空間に提督を押し込み、川内はきょろきょろと周囲を見まわした。

 

「よし。あいつら、ついてきてないな」

「なんだってんだ、いったい……」

 

 提督は倉庫の壁に背を押しつけながら言った。距離が近く、川内が躰を動かすたびに髪から爽やかな香りがした。微妙な緊張と、かすかな興奮に似た感覚を覚える。

 川内は微笑み、自分の胸もとに手を突っ込んだ。

 折りたたまれた紙片を取り出して言う。

 

「実はさ、阿武隈の──一水戦のサプライズ壮行会を、水雷戦隊のみんなでやってやろうと思って」

「……サプライズ壮行会?」

 

 川内が大きく頷く。珍しく真面目な表情をしていた。

 

「うん。私ら今まで、そういうのやったことなかったでしょ。前線に出るのなんて、艦娘にとっては日常の一部みたいなもんだし」

「まあ、たしかにそうか──」

 

 艦娘同士、仲が悪いわけではないのだが、普通の人間社会に比べると情緒面で妙にさばけたところがある。同型艦種や姉妹艦、『前世』での繋がり以外で集まりを開くというのは、提督の記憶の中にもほとんど思い当たらなかった。

 川内ははにかみ、下を向いた。

 

「でもなんか最近さ……そういうの、ちょっと寂しいんじゃないかって思ってたんだ。それなりに危険な任務だし、二ヶ月半って、長いといえば長いわけだから」

「それで、壮行会か」

「うん。まずいタイミングで深海棲艦が来ちゃったし、どうしたらいいかちょっとわかんなくて。一水戦が出発する日って、少し延びたんだよね」

 

 提督は頷き、思案する。

 一水戦の出発日は本来からすれば二日後の予定だったが、深海棲艦の襲撃によって一週間延期となっていた。

 

「……まあ、一週間後ぐらいなら大丈夫じゃないか。近海で大きな動きがなければ、の話だが」

「ほんと?」

 

 川内が眼を輝かせる。

 

「その頃には今みたいに24時間哨戒ってこともないだろうし、水雷戦隊が揃う空き時間もつくれるだろ。こっちで調整してやる」

「いいの!?」

「あくまで敵の動きしだいだぞ」

「やったぁ! ありがとう、提督! やっぱり頼りになるなぁ!」

 

 川内は満面の笑みで提督の手を掴み、ぴょんぴょんと飛び跳ねた。

 邪気のない喜びの表現が、なんとも愛らしかった。提督は平静を装って問う。

 

「──それで、それは水雷戦隊だけの参加なのか?」

「え? まあ、そのつもりだけど……あ、提督も来る?」

「俺はいいから、大型艦や天龍たちにも声をかけたらどうだ。それぞれに任務があるから、全員参加とはいかないと思うが」

 

 川内が棒を呑んだように固まる。紙片を持った手で、口もとを押さえた。

 

「そ、そんな大掛かりになっちゃうの……?」

「どうせ集まるなら、呼べるだけ呼んで大勢で──っていうほうが楽しいだろう?」

「そりゃ、そうなったら、すっごい素敵だけど……! でもどうしよう、私、そんなの仕切れそうにないよ」

「陸奥に話を通しておく。あいつは幹事向きだからな」

「うん、うん。そうして。お願いします」

 

 川内が律儀に頭を下げる。提督は小さく笑い、川内の手の中の紙片を指して訊く。

 

「で、その紙はなんだ」

 

 川内が、あ──と気づいた様子で顔を上げた。

 

「これ、神通への手紙。哨戒でお互い忙しいから、壮行会のことまだ言ってないんだ。こういうことやりたいってのいろいろ書いてあるから、持ってってほしいんだけど。たぶん今なら出撃ドックで装備の点検してると思う」

「なんだ、本格的にパシリ扱いだな」

「ついでに、手でも握ってくれば」

「妹を飲み屋のねえちゃんみたいな扱いにするな。──手紙は引き受けた」

 

 提督は、受け取った紙片を制服の内ポケットにしまう。

 

「しかしだな……それぐらいのことで、こんなところに連れ込まなくてもよかったんじゃないか」

「ふーん……?」

 

 川内が顔を寄せ、下から覗き込むようにして見つめてくる。

 

「──もしかして、エッチなことしちゃうかもって期待した?」

 

 川内の眼が、挑発的に煌めいているように見えた。

 提督は溜息をついて言う。

 

「まあ、まったく思わなかったわけでもない」

「ふーん……」

 

 川内は不意に提督の襟首を両手で掴み、強く引いて顔を寄せてきた。

 しっとりとした唇がやわらかく吸う感触があって、すぐに離れる。

 川内は頬をわずかに上気させて微笑んでいた。

 人差し指で提督の胸を、とん──と突く。

 

「すけべ」

 

 上機嫌な調子でそう言って身を翻し、かろやかに駆けていった。

 

 

 ◇

 

「姉さんが、手紙……ですか」

 

 提督の隣に腰掛けた神通は、渡された手紙を見つめて少し驚いたように言った。

 

「そんなに珍しいか? 川内からの手紙は」

 

 提督が訊くと、神通は頷いた。海からの風に吹かれて、前髪がかすかに揺れている。

 

「用があれば直接言いに来るか、携帯電話のメッセージを送ってくるぐらいで……手紙は初めてです」

「そうか……まあ、とにかく読んでみろ」

 

 はい──と神通は頷き、生真面目な面持ちで手紙に眼を走らせはじめた。

 提督はなんの気なしに、正面に植えられているクロマツの枝ぶりを見やった。

 

 岸壁に設置された出撃ドックから、鎮守府の主要施設群とは反対方向の岬に向かって続くクロマツの並木道がある。

 提督が神通を訪ねて入った出撃ドックは、屋内に海水を引き込んでいる構造のせいか底冷えがするほど寒く、薄暗かった。

 哨戒前の点検作業の続きを旗艦代理の能代と副艦の陽炎に任せ、提督は神通をドックの外に誘った。

 用事を済ませるのはドックの出入り口近くでもできたのだが、ぽかぽかと暖かい外の陽気につられ、提督は神通をともなって並木道へと足を向けた。

 他愛もない天気の話などをしながら10分ほど歩き、並木道の緩いカーブの先にあるこの小じんまりとした四阿(あずまや)に行きあたった。

 

 提督は、隣りに座る神通の表情を横目で見た。

 端正で穏やかな横顔は相変わらず儚げで、苛烈な攻撃力を誇る二水戦の旗艦としての要素を微塵も感じさせないものだった。

 ベンチに並んだ神通との間には、こぶしひとつ半ほどの間隔が空いている。その距離に慎ましい親密さが見えたような気がして、提督は神通を愛らしく思った。

 

「……一水戦の壮行会を、したいと」

 

 神通が紙面に眼を落としたまま言った。提督は頷く。

 

「さっき、川内自身の口から聞いた。あいつは水雷戦隊だけでやるつもりだったらしいが、ほかの艦も混ぜてみようという話になってな」

 

 提督は返事を促すように間をおいたが、神通は目を細めて手紙を眺めているだけだった。

 

「神通」

 

 はっとして、神通が顔を上げる。

 

「あ──あの、申し訳ありません。聞き逃してしまいました」

 

 提督は笑んで、先ほどの川内との壮行会についてのやりとりを説明した。

 聞き終えた神通は驚いてか、しばらく口を半開きにしていた。

 

「姉さんが、そんなことを」

「あいつにしては気が利いているよな。──二水戦にも来てもらって構わないか。任務に関してはこちらで調整をつけておく」

 

 提督が言うと、神通は慌てて我に返ったように表情を引き締めた。

 

「はい──もちろん。喜んで参加させていただきます」

 

 座ったまま、折り目正しく神通は一礼した。

 用事が済んでしまった。

 予定では、あと30分ほどで二水戦の出撃準備の開始時刻となる。

 神通を本来の任務に戻すべきだったが、なぜだかそれがひどく惜しい気がした。

 初めて女性と並んでベンチに座ったのは、いつだっただろうか──提督はぼんやりと、そんなことを思った。

 風が吹き、クロマツの枝がざわざわと音をたてて揺れる。

 神通が、あ──と小さく声を上げた。

 

「海が、きれいですね」

 

 眼の前のクロマツの枝の間に、青い海の色が散っていた。秋晴れの陽光が海面に反射され、細かい粒をちかちかと煌めかせている。

 神通がかすかに息を吸い込み、優しげな眼で遠くを見た。

 提督はしばらくためらったのち、思いきって神通の手を握った。

 神通はわずかに躰を強張らせ、提督を見る。

 どちらからともなく指を絡め、きつく握り合った。

 提督は神通をまともに見ることができず、輝く海の粒に顔を向けていた。

 どれくらいの間、そうしていただろうか。

 5分も経っていないような気もするし、とてつもなく長い時間が流れたような気もした。

 つと、言葉が提督の口をついて出る。

 

「俺は、不実な人間だ」

 

 この瞬間を自分は台無しにしようとしている──そう思いながら、提督は言葉を止められなかった。

 

「俺が、おまえや川内以外の複数の艦娘と関係を持っていることは、知っているか」

「──はい。そのように、存じております」

 

 迷いのない声で神通が答える。

 提督は小さく頷いた。

 

「艦娘の情愛を組織の統制に利用している。卑劣で、下衆な行為に間違いないが──」

 

 提督は息を吸ってから言った。

 

「──これを続けなくちゃならない。少なくとも、当分の間は」

 

 握った手に、思わず力が入る。神通がきつく握り返してきた。

 それ以上、何を言うべきかわからなくなった。

 自分で勝手に告白を始めておいて、着地点を見失っている。どんな結論を持ってきても、それは単なる言い訳であり、都合のいいまやかしでしかないように思えた。

 自分は神通に甘えているのだろうか。それとも軽蔑してほしいのだろうか。

 そのどちらでもあるような気がした。

 

「提督」

 

 提督が顔を向けると、神通が唇を重ねてきた。

 神通の唇はやわらかく熱く、控えめに差し出された舌は甘く湿っていた。

 埒もない自分の考えが、どこかに吹き飛んでしまう。接吻はどんな言葉よりも雄弁で、圧倒的な説得力があった。

 顔を引いた神通が、真っ赤になって下を向いた。

 

「──そんなふうに、ご自分を不実だなんておっしゃることはありません。貴方は……誰よりも誠実で、まっすぐで……そして、優しい人です。姉も私も、大事なものをいっぱいいただきました」

「大事なもの……」

 

 神通が顔を四阿の石畳に向けたまま頷く。

 

「姉さんは、提督と……その、深く関わるようになってから、とても優しく、大人になったと思います。この手紙からも、それは明らかです」

 

 提督は苦笑を抑えきれず、首を振った。

 

「俺があいつになにかをしてやれたとは思わない。俺がしたことと言えば、数日前になりゆきであいつを抱いて、そのあとベッドで快楽に溺れたことぐらいだ」

 

 神通が提督を見た。いつもの儚げな雰囲気ではなく、妙に気の強そうな表情になっていた。

 

「姉にとっては、それが大きな意味のあることだったんです。貴方でなければ、姉さんは変えられない。きっと、ほかの艦娘たちにとっても──」

「大きな意味とか、艦娘を変えるとか、そんなふうに思ってるわけじゃない」

「成し遂げたことの大きさは、それを成している本人には往々にして見えないものであるのかと」

「大げさだな。あんまり俺を信じすぎないほうがいいぞ」

「信じます。私ひとりでも」

 

 大真面目な顔をして言う神通がおかしく、提督は少しからかってやりたくなった。

 

「で、おまえのほうにはどうなんだ」

「──えっ?」

 

 神通がきょとんとした。

 

「川内のほうはわかったが、俺はおまえに何を与えてやれた?」

「それは……私には、その……」

 

 神通はしどろもどろになって、真っ赤な顔をうつむけた。

 提督は笑いをこらえ、正面を向いた。

 松の葉に散った海の光を見ながら言う。

 

「また、観に行こう」

 

 視界の端で、神通が顔を上げた。提督が向きなおると、なんのことか──と言いたげな表情で首を傾げる。

 

「花火だ。あのときは人混みを抜けるのに精一杯で、まともに観られなかった」

 

 神通がわずかに息を吸い、すぐに顔をほころばせる。

 提督の手をしっかりと握り、はい──と言って頷いた。

 

 

 ◇

 

 夕暮れどきになって指令室に出向いた提督は、今日一日の艦隊の動きや前線基地との交信について長門から報告を受けた。

 前線では相変わらず深海棲艦の動きが活発になっていたが、昨日の会敵以降に防衛ラインのこちら側で発見された敵艦はない。

 今夜の哨戒で新たな敵が発見されなければ警戒レベルを引き下げてもいいだろう──と、長門は報告をまとめた。

 話しているうちに日は落ち、長門の背後に見える窓の外はすっかり暗くなっていた。

 提督は大テーブルの椅子のひとつに腰を下ろした。

 

「──よし、一日ご苦労だったな。ほかの皆が戻ってきたら、俺たちも飯に行こう」

 

 長門は海域図の乗ったテーブルに両手をついて立ったまま、静かに首を振った。

 

「いや、今はいい。提督は遠慮せず行ってくれ」

 

 長門が微笑んで言ったが、その裏に微妙な(かげ)りがあるような気がした。

 

「どうした、元気ないな」

「いや……べつに。いつも通りだが」

 

 提督は上体を乗り出し、長門の顔を覗き込んだ。

 

「目が赤い」

「えっ……」

 

 驚いた様子で長門が体を引き、目もとに手をかざした。提督は重ねて言う。

 

「充血してるぞ。ちゃんと寝たのか」

「いや、これは」

「──昨夜帰投してから、おまえは非番にしたはずだったな」

「えっと……」

 

 長門が額に手を当てたまま、視線を泳がせた。

 

「おまえ──夜の間も指令室(ここ)に詰めてたんじゃないだろうな。妙高と龍驤を対応役にしたはずだが」

「……すまない。状況が気になって、昨夜はあまり眠れなかった。夜半すぎから、ふたりと一緒にここに詰めてた」

 

 悄然と肩を落として、長門は言った。

 提督は溜息をつく。

 

「命令違反だろ、それは」

「……申し訳ない」

「休むときはしっかり休め。それだって務めの一部だ。ましてやおまえは、ほかの艦娘を引っ張る立場だろう」

「そのとおりだ。言葉もない」

 

 長門は叱られた子供のようにうなだれていた。その姿が妙に可愛らしく、提督はつい笑ってしまいそうになった。

 

「とにかく今夜はしっかり寝ろ。それでチャラだ」

「──わかった。約束する」

 

 大真面目に頷く長門に頷きを返し、提督は声を軽い調子に切り替えて言う。

 

「ところで、昼間に外でぶらぶらしてたら、ちょっと面白そうな企画が持ち上がってな」

「企画?」

「ああ、川内の発案なんだが──」

 

 提督は壮行会の件を長門に語って聞かせた。

 さぞ嬉しそうな顔をするだろうと予想していたのだが、意外にも長門は軽い驚きの表情を見せただけで、かすかな翳りがどこか色濃くなったような気配すらあった。

 

「──そうか。とてもいい考えだと思う。陸奥に言えば、いろいろ段取りをつけてくれるだろう」

 

 明らかに無理をしている雰囲気が、長門の表情にはある。

 提督はじっと様子を観察しながら訊いた。

 

「どうした?」

「どうした、とは」

 

 ぎこちない笑みを見せて、長門は言った。

 

「まだ、表情が暗い」

「そう……かな。寝不足だからじゃないか」

 

 提督は長門を見つめた。長門が気まずそうに視線をそらす。

 しばらく考えてから、提督は言った。

 

「なにか悩みがあったから、眠れなかったのか」

 

 長門は答えなかった。視線を海域図の上の艦船に向けたまま、口をつぐんでいる。

 

「──俺の留守中に、阿武隈ともめたそうだな」

 

 長門が、はっと目を見開いて提督を見た。

 

「それは、違う」

「陸奥は、ただの誤解から生まれた行き違いだからほっといて構わないと言っていたが……何を言われた」

「提督、それは本当に違うんだ。阿武隈からは今朝、丁寧すぎるほどの謝罪を受けた。私たちの間で、そのことはもう解決した」

「じゃあ、本当はなんなんだ」

 

 長門がふたたび口をつぐむ。かなりの間、唇を噛んで迷っているように見えた。

 やがて、ためらいがちに口を開く。

 

「おとつい、軍令部に呼び出された理由──私とのことについて、だったって……」

 

 思わず舌打ちをしそうになって、提督はなんとかそれをこらえた。

 

「陸奥から聞いたのか」

「昨夜、私が問い詰めて聞き出したんだ。陸奥には気にするなと言われたんだが……」

「そのとおりだ。まったく大したことじゃない」

 

 長門は真剣な表情で、提督を見た。

 

「大したことないわけがない。私のせいで、提督の立場が──」

「おまえのせいじゃないし、立場が悪くなるってほどのもんでもない。痛くもない腹を一日じゅう延々と探られただけのことだ」

「腹を探られる……?」

 

 提督は頷いた。

 

「正確に言えば、腹を探るふりで上の連中が圧力をかけてきた。本気で俺を疑ってるわけじゃない」

「なんの、疑いなんだ」

「機密情報の漏洩だとさ。例の宿で、俺が『何者か』に艦娘の情報を売った可能性があると。おまえはその『サンプル』として()()()いかれたらしい」

「艦娘の情報……」

「くだらないよな。身元を明かしてテレビに出ている艦娘までいるってのに、なにが『サンプル』だ。馬鹿馬鹿しい」

 

 提督は吐き捨てるように言って、溜息をついた。

 二日前に軍令部にておこなわれた尋問めいた『調査』を思い出し、自分が熱くなっていることを意識した。少し間をとり、心を落ち着ける。

 

「要するに、ただの嫌がらせだ。いつものように、軍令部内の派閥争いのとばっちりだよ」

「疑いは、晴れた?」

「慰安旅行の下見ということで押し通した。軍令部の上層部にも味方がいないわけじゃないからな。そっちから手をまわしてもらって、この件は落着だ」

 

 実際には落着というより痛み分けのような曖昧な着地をしただけなのだが、そこは表現の問題だろう──提督は無理やり自分を納得させた。

 長門は眉根を寄せ、不安そうな表情を浮かべている。

 

「まだ、納得がいかないか」

「……今は嫌がらせで済んでいても、貴方が彼らの意のままにならないなら、私とのことが致命的な(きず)になるかもしれない」

「させないさ。連中に出し抜かれるほど、俺は阿呆じゃない」

 

 長門は苦悩に満ちた表情で、ふたたびうつむいてしまった。

 提督は椅子から立ち上がった。ゆっくりと歩いてテーブルを回る。

 問うような視線で、長門が茫然と見つめてきた。

 両肩を掴んで引き寄せ、口づけした。

 最初は肩を強張らせていた長門から、次第に力が抜けていくのを感じた。

 唇を離して、提督は長門を見つめた。

 

「ひとつ、おまえに詫びることがある」

 

 瞳を揺らめかせ、長門が先に口を開く。

 

「慰安旅行は、中止──?」

「延期だ。近いうちとはいかないかもしれないが、いつか必ず行かせてやる。逆に燃えてくるじゃないか。意地でも皆を旅行させるぞ」

「提督……」

「旅行ごときに文句を言わせてたまるか。──俺が、おまえたちを守ってやる」

 

 背筋を伸ばして、長門は震えた。

 提督は長門の頭を抱き寄せ、自分の胸に強く押しつけた。

 

「今夜、部屋に来い。一緒に寝よう」

 

 長門が息を詰める。意外にも返事はなく、頷きもしなかった。

 

「嫌か?」

 

 抱く腕を緩めて提督が訊くと、長門はふるふると顔を左右に振った。

 

「そんなことない。でも──」

 

 困り果てたような顔で、長門が提督を見上げる。

 

「でも──なんだ?」

「……貴方が、今夜はしっかり寝ろと」

 

 提督は笑った。

 腕の中の長門は少女のようで、たまらなく愛しかった。

 不思議そうに見つめてくる長門の額を、人差し指で軽く弾いた。

 

「きゃっ……なに」

「いいか。『部屋に来い』ってことと『しっかり寝ろ』ってことには、なんの矛盾もない。俺の部屋で、ふたりしてしっかり寝るだけだ」

「あ……」

「何を期待してたかは、訊かないでおいてやる」

 

 顔をみるみる赤く染めた長門が、恥じいったようにうつむく。

 優しい気持ちになって、提督は長門の背を撫でた。

 

「でもまあ、少しぐらいならいいかもな。あんまり盛り上がりすぎないように気をつけて……で、そのあとお互いを枕にして朝までゆっくり眠る──こういうの、いいと思うだろ?」

 

 耳朶まで真っ赤にした長門が、額を提督の胸にぶつけるようにうずめてきた。

 うん──という小さな声が、胸のあたりから聞こえた。

 

 

 



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ふたり 鎮守府の外で

「で、感想は」

「感想って、なんの?」

「さっきの映画の」

「──ちょっと待って。それより、注文決めた? すぐ決まりそうなら、店員さん呼んじゃうけど」

「もうとっくに決まってるが」

「え、そうなの? まだメニュー見てるから、迷ってるのかと思ったじゃん」

「おまえのほうこそ、まだ決めてないのかと思った。ろくにメニュー見てないだろ」

「もう常連だから、店に入る前から決めてたの。……でも、この新作パフェも美味しそうなんだよねえ」

「よく来るのか、この店には」

「うん」

「映画のあと、ふたりで」

「まあ、だいたいは。──あ、すいませーん。注文お願いしまーす」

 

 

「クリームソーダぁ……?」

「なんだよ。悪いか」

「いや、悪かないけど……提督さんのイメージじゃないよね」

「俺のイメージって、なんだよ」

「なんだろ……エスプレッソとか? 難しい顔で飲んでそう」

「じゃあ、次に来たらそうしてみるか」

「うんうん。あ、ちなみにこの店、ケーキも美味しいからね。そんときには頼んでみれば」

「評判の店らしいな。日曜日とはいえ、この時間帯でも満席とは驚いた」

「これでも空いてるほうだよ。雑誌とかテレビでもよく紹介されてるし」

「周りが若い女性ばかりで、どうにも落ち着かん」

「店員さんたちも美人ばっかりでしょ。さっき注文取りに来た人とか」

「ああ、きれいな子だったな」

「…………」

「おい。自分で話題を振っといて、ふてくされるな」

「あはは、冗談冗談」

 

 

「──で、感想は」

「あ、映画のね。うーん……」

「駄目か」

「いや、駄目ってほどじゃないよ。途中まではけっこう面白く観れてたんだけど……ラストがね」

「気に食わんと」

「ちょっと、取ってつけたようなハッピーエンドじゃない?」

「たしかに強引さは感じたな」

「でしょ」

「でもまあ、あの手の映画にはよくあるエンディングとも言える」

「まあ、そうなんだけどね。……私としては、ハッピーエンドってあんまり好みじゃないから」

「ほう」

「なんか、不自然じゃない? 嘘っぽいっていうか」

「リアリティを感じない、ってことか」

「そうそう、リアルじゃないよ。世の中そんなに、甘くない──って思っちゃう」

「まあ、あんまり悲惨なエンドにして後味を悪くしてもまずいんだろうな。デートで観に来る客層を考えると」

「……そっか」

「おまえみたいな映画通には、そういうのは物足りないかもな」

「べつに、映画通じゃないし」

「そうか? 休みにはよく観に来てるんだろ」

「まあ、そうだね」

「ビデオはどうだ。身分証があるから、レンタルの会員にもなれるだろう?」

「提督さん、今はネット時代だよ。わざわざ街まで借りに来なくても、月額いくらで観られるから」

「ああ、なるほど」

「まあ、提督さんが私たちのクレカつくってくれたおかげなんだけどね」

「感謝しろよ」

「はいはい。サンキュ」

「返事は一回にしとけ」

「はーい」

 

 

「……ねえ」

「ん?」

「これって、デート、かな?」

「まあ、そうなんじゃないか。一般的に言えば」

「……やっぱし?」

「まあ、おまえにとっちゃ俺は代打だからな。相手には不満だろうが」

「んー……どうかな。映画観るだけなら、提督さんとのほうが趣味が合いそう」

「なんだ、姉妹艦なのに趣味が合わないのか」

「映画の趣味は、ね。──エンディングは特に」

「おまえと違って、ハッピーエンド好きか」

「好きなんてもんじゃないよ。もうそれ以外は許さないってぐらい、がちがちのハッピーエンド主義者なんだ、翔鶴姉は」

 

 

 ◆

 

 机の上にあるノート型端末の画面を指で操作し、提督はそこに並んだ名前を確認した。

 

「──順番からすると、次は翔鶴だな」

 

 顔を上げて陸奥に言った。

 執務机の向こう側の椅子に腰掛けた陸奥は、もう一脚の椅子の上へと両脚を投げ出すように置いている。

 提督から顔をそらし、妙に無関心な様子でそっぽを向いて頷いた。

 

「そうね。これでやっと第3位、本来の順番に戻れるわ」

 

 提督は、端末の画面に表示されたストレス値のリストに視線を戻し、あらためて上から順に眺める。

 1位の長門、2位の神通に続く艦娘は、正規空母の翔鶴である。

 上位2名と肉体関係をもったあと、はるかに下位の川内、9位の阿武隈と躰を重ねることになった。阿武隈は前線基地への配属もあって予定を繰り上げたものだが、川内に関しては完全にアクシデント──いわば提督の気まぐれによるものだった。

 提督は陸奥の様子をしばらく窺い、つとめて明るい調子で口を開いた。

 

「なにか、策があるんだろう? だいぶ間も空いたことだし、ここはひとつご高説をお聞かせ願おうじゃないか」

 

 陸奥が提督に顔を向け、どこか冷ややかさを感じさせる眼で見つめてくる。

 そのまま視線をやや上に向け、小さく溜息をついてから言った。

 

「貴方、映画とか観る?」

「──映画?」

 

 陸奥が頷きの代わりに軽く目を伏せた。

 提督は、指先で顎を軽くさすりながら答える。

 

「そうだな……べつに嫌いじゃないが」

「映画館へは?」

「もう何年も行ってないな。……兵学校に入ったばかりの頃は、寮の近所にあった映画館によく行ったもんだが」

「……そう」

 

 陸奥は肘掛けに片肘をつき、額を軽く押さえた。

 

「じゃあ当然、吹雪と一緒に行ったことはないってことよね」

「まあ、そうだな」

「……吹雪と一緒に街に出かけたことは? もちろん仕事じゃなくて、プライベートで」

 

 睨むような陸奥の視線に戸惑いつつ、提督は首を振る。

 

「……いや。一緒に軍令部へ出向いたことはあるが、街に出かけたことはない」

「やっぱりね。ま、それはあとでいいとして──」

 

 陸奥は椅子の上に投げ出していた脚を下ろして座りなおし、組んだ膝の上へ上体を乗り出した。

 

「リストの10位」

 

 短く言われ、提督は端末の画面を眼で追った。そこにある名前を確認する。

 翔鶴型航空母艦2番艦──

 

「──瑞鶴、だな」

「明日の午後、彼女──瑞鶴とふたりで映画を観に行って。終わったら、カフェでお喋りでも。……それ以上のことは、そっちに任せるわ」

「なんだ、それは」

「あ、たぶんこのあと、瑞鶴のほうから貴方にお誘いがくるはずだから」

「待て、もう少しちゃんと説明しろ」

 

 厳しい調子で言った提督に、陸奥はおどけるように肩をすくめた。

 

「だって知らないんだもん、私も」

「おい……おまえが考えたんじゃないのか」

「違うわよ。考えたのは翔鶴。今朝、いきなりむこうから話を持ちかけてきたの」

 

 そう言って陸奥は提督を見やり、小さく首を振る。

 

「翔鶴の意図がわからないから私はあまり乗り気じゃないんだけど、ボスのゴーサインが出たから仕方ないかなって」

「ボス?」

「吹雪に決まってるでしょ。──なに考えてるのかしらね、ふたりとも」

 

 

 ◆

 

「翔鶴姉はねえ、あまり隠しごととかできるタイプじゃないよ」

 

 ひとり分というにはいささか過剰な量のパフェを8割ほどたいらげたところで、瑞鶴は提督に答えて言った。

 提督は、クリームソーダの残りをストローから静かに飲み干す。氷が溶けてしまったせいで、ひどく水っぽい味になっていた。

 ストローから口を離して言う。

 

「それは、おまえが翔鶴の姉妹艦だからそう思うだけじゃないのか」

「いやいや。かなりわかりやすいタイプだし、翔鶴姉」

「このあいだ、陸奥ともそのことを話してたんだが──」

 

 言いながら、提督は空のグラスをテーブルの端に寄せた。

 

「──例の、『随伴艦事件』があっただろ。あのイメージもあって、意外と腹黒なんじゃないかってな」

「ああ、あれ! あれは傑作だよ。もうだいぶ前のことなのに、まだ笑えるもん」

 

 瑞鶴は手に持ったスプーンで提督を指し、いかにもおかしそうに下を向いて笑った。

 笑う拍子で、着ているパーカーの紐が揺れる。今日の瑞鶴は普段の和装ではなく、丈の長いTシャツにパーカー、下はショートパンツに黒タイツを合わせたカジュアルな格好だ。

 

「そういえば、あのときの翔鶴の話相手はおまえだったんだよな。結局、翔鶴に他意はなかったのか」

「ないない、絶対ない。あれは、『随伴艦』の意味を『同じ艦隊の仲間』みたいなもんだと思ってただけ」

「それはまた……」

「あの記事が出たあと、翔鶴姉、加賀さんにめっちゃ謝ってたからね。それこそ土下座しそうな勢いで」

「許してもらえたか」

「いやー、加賀さんも大人だよね。『貴女が本当にそれぐらいの自負で戦ってくれてるのなら、嬉しいことだわ』って」

 

 瑞鶴は加賀の物真似をするように目を伏せ、声のトーンを下げて言った。

 

「なんだ。青葉の書き方だと、現場は一触即発の雰囲気だったとか」

「あれはちょっと誇張しすぎ。あの場にいたみんなが、ぎょっとしてこっち見たのは事実だけど」

「おまえも冷や汗かいただろ」

「ほんっとだよ。なに言い出すんだ翔鶴姉! って感じだった。──でも、あのときの加賀さんのびっくりした顔……!」

 

 瑞鶴はひとしきり、声を押し殺すようにして笑っていた。

 やがて顔を上げ、まっすぐに提督を見つめて言う。

 

「加賀さんも赤城さんも、もうだいぶ長いこと前線だよね。まだ交代させないの?」

「……現在検討中だ」

「私も翔鶴姉も、いつでも行けるよ。順番から言えば、次に前線に出るのは私たちでしょ」

「おそらくそうなるだろうが、戦力バランスの面でいろいろある。赤城はむこうの副司令だしな」

「そっか……まあ、指揮系統のほうは難しいよね。タイミングは、提督さんにお任せするよ」

 

 瑞鶴はグラスの中から、溶けかけのアイスクリームをすくって口に入れた。

 窓の外、アスファルトに反射する昼下がりの陽射しがまぶしい街路を見やって言う。

 

「……もしかしたら、前線との交代前には、もう翔鶴姉とふたり揃っての休みがないかも、か」

「すまないな。翔鶴に急な仕事を入れてしまって」

「あ、ごめんごめん。そういう意味じゃないからね。陸奥さんの手伝いで翔鶴姉が必要なんでしょ? 仕方ないよ」

 

 瑞鶴は取り繕うように言い、手もとのスプーンを見つめた。少し声を落として続ける。

 

「それに……こうやって提督さんと街に来て、一緒に映画観れるのも、そうそうできることじゃないでしょ。来てくれるなんて思わなかったけど……誘ってみてよかった、かも」

 

 眼を合わさずに言った瑞鶴の様子に、提督は思わず笑みをこぼした。

 気配を察した瑞鶴が顔を上げた。かすかに頬を染め、子供のような眼で提督を睨む。

 

「……なによ。なに笑ってんの」

「いや、すまん。なんていうか──」

「なんか、爆撃してやりたくなってきた」

「それだけは勘弁してくれ。民間人を巻き込むのはまずい」

 

 提督はそう言って、ごまかすようにグラスの水をひと口飲んだ。

 瑞鶴が無言で睨み続けていたが、表情にはどこか和んだ雰囲気が感じられ、気詰まりな沈黙ではなかった。

 唐突に、なにかを思い出したように瑞鶴が口を開く。

 

「──そうだ。提督さん、このあとゲーセン行こうよ」

「ゲーセン? なんだ、よく行くのか」

「まあ、たまに? 川内あたりと出かけたときなんかはね。ほら、あいつなにかと勝負したがるから」

「行くのは構わんが、俺はあまりゲームとかやらんから、はっきり言って下手だと思うぞ」

「うん、大丈夫。やりたいのは、クイズゲームだから」

「クイズ?」

「そう。ネットワーク通信でほかのゲーセンにいる人とも対戦できるやつ。川内とかと組んでやっても、ぜんぜん勝てなくて」

「なるほど、そんなのもあるのか」

「艦娘って、鎮守府でテレビはよく見てるから芸能とかアニメには強いんだけどね。あとは理系学問ぐらいかな、みんなができるのは」

 

 偏差射撃や航海技術などで必要とされることもあってか、多くの艦娘が数学や物理にはそれなりに強い。そのほかにも気象や海洋、生理学など、理系寄りの知識に偏る傾向があるのは確かだろう。

 

「社会とか文系学問のジャンルになると、誰とやってもてんで駄目で。──提督さんって、海軍の大学校ですごい優秀だったって聞いたよ? 首席って言うんだっけ」

「俺は首席じゃない。同期で首席だった奴は、今の軍令部でお偉いさんの片腕だ」

「どっちにしろ、インテリなんでしょ? やってみようよ、ふたりで。優勝したことないんだ、私」

「まあ、面白そうではあるな。──いいぞ。やろう」

「よし! じゃ早いとこ、これ片付けちゃうね」

 

 瑞鶴は嬉しそうに声を上げ、パフェの残りにスプーンを突き刺した。

 

 

 ◆

 

 提督の眼に、吹雪は妙にはしゃいでいるように見えた。

 

「──どう思います?」

 

 その吹雪が振り返って訊く。

 何の話題だったかわからず、提督はひとり掛けのソファーに座ったまま、言葉に詰まった。

 

「──すまん。何の話だ」

「もう……明日のデートに着ていく服ですってば。瑞鶴さん、おしゃれにはかなりこだわりありそうだから、下手なものは着てけないですよ」

 

 見ると、クローゼットから提督の服が数着分取り出されて、ベッドのカバーの上に並べられている。

 さすがに海軍の制服は見当たらないが、かなりフォーマル寄りのスーツまで置いてあるのを見て、提督は苦笑した。

 

「そのスーツはない」

「そう……ですか?」

「ドレスコードのあるようなレストランに行くわけじゃないんだ。もっとカジュアルなのでいい」

「あ、じゃあこっちのジャケットなら──」

「吹雪」

 

 端に置かれた服に手を伸ばしかけた吹雪が振り返る。

 

「服をしまって、こっちに来い」

「あの、でも──」

「いいから」

 

 吹雪はベッドの上の服と提督の顔を交互に見ていたが、やがて素直に服をクローゼットに収め、ソファーのすぐ横まで小走りに駆け寄ってきた。

 手を掴み、引き寄せてキスする。

 唇を離すと、提督は自分の膝の上を叩いて示した。

 

「座れよ」

「あの、司令官……」

「いいから、座れ」

 

 吹雪が困ったように眉尻を下げる。

 やがて、失礼します──と小声でつぶやき、横座りの格好で、提督の腿の上におずおずと尻を置いた。

 

「なあ、吹雪」

「はい」

「来週か再来週か、はっきりとは言えないが近いうち、ふたりで、街にでも行かないか」

「え……街に? ふたりって、私と──ですか?」

「そうだ。映画でも食事でも、買い物でもいい。どこでも好きなところに連れてってやる。──要するに、デートだ」

「デート……」

 

 吹雪は目を丸くして提督を見た。

 提督は頷く。

 

「ほかの艦娘のあとになってすまないが、ふたりで、外に行こう」

 

 瞬間、吹雪が顔を輝かせた。

 瞳の奥に喜色がたたえられるのを、提督はたしかに見た。

 が、すぐに吹雪は、咲きかけた笑顔を自分の内側に抑え込んでしまうように、(まぶた)を下ろしていた。

 提督は覗き込むようにして、吹雪の顔を窺う。

 

「吹雪……?」

 

 提督の問いにも、吹雪はじっとなにかをこらえるような表情をしたままだった。

 やがて目を開け、明るい、ふっ切れたような笑顔を向けてきた。

 

「お気遣いありがとうございます、司令官。でも私は、大丈夫です」

「……吹雪」

「秘書艦として、こうしておそばにいられるだけでも、十分すぎるくらい幸せなんです。だから、お出かけに連れて行かれるなら、ぜひほかの艦娘を──」

「吹雪」

 

 強い調子で声を発し、吹雪の言葉を遮る。

 

「俺は……ほかの艦娘にしてやったことを、おまえにもしてやりたいと思ってる。おまえがそういう特別扱いを望まないことはわかってるが……俺は、せめて、そうしてやりたいと思ってるんだ」

 

 まわりくどい言い方をしていると、自分でもわかっていた。

 吹雪は顔を伏せ、ひどく長い時間、逡巡しているようだった。

 居たたまれなくなって、提督が先に沈黙をやぶった。

 

「困らせるつもりじゃなかった。すまない」

 

 吹雪が顔を上げ、申し訳なさそうな眼で提督を見る。

 

「いえ、そんな。……私こそ、ごめんなさい」

「べつに、俺と出かけるのが嫌ってことじゃないよな?」

 

 冗談めかして提督が訊くと、吹雪は懸命に首を振った。

 

「とんでもない……! 誘っていただけて、すごく、すごく嬉しかったです」

「なら、どうして断るんだ。女々しいかもしれないが、理由を教えてほしい」

 

 提督は吹雪を見つめながら言う。

 

 ──そう、理由なんだ。知りたいのは。

 

 それを、ずっと尋ねようと思っていた。

 なぜ、この状況を受け入れていられるのか。なぜ、そんなに笑顔でいられるのか。

 心も躰も、なにもかも知っている艦娘だったはずなのに、いつの間にかその内面にある感情を捉えられなくなっている気がしていた。

 吹雪が、穏やかな眼で提督を見つめ返す。静かに口を開いた。

 

「きっと……私には、責任があるからだと、思います」

「責任? 秘書艦としての──っていうことか」

 

 焦って言った提督に、吹雪は小さく首を振った。

 

「姉としての、責任です」

「姉?」

「私が最初の艦娘だから、みんなの、お姉ちゃんなんです。みんなを差し置いて、姉である私ひとりが幸せになることは、できないんです」

 

 

 ◆

 

 街の河川敷に設置されたジョギングロードを、提督は瑞鶴とふたり、ゆっくりと歩いていた。

 日曜日の、間もなく夕暮れどきになろうかという時間の河原には、あらゆる世代の人間が点在している。

 芝生の上で子供を遊ばせている母親、雑種と思しき中型犬とリードを綱引きしている中学生くらいの少女、スケッチブックを抱えて座り込み、その上でゆったりと手を動かしている老人、階段状の堤防に腰掛けて肩を寄せ合う若い男女──視界に入るそういった人たちの生活の断片を、提督はやわらかい気持ちで眺めていた。

 数年前、深海棲艦の艦砲射撃によって市街地に甚大な被害をこうむった事実も、こうしたのどかな光景からは遠い昔のようにも思える。

 

「街の平和──って感じ?」

 

 提督の視線を読んでか、瑞鶴が言った。

 提督が顔を向けると、邪気のない笑顔を見せる。ゲームセンターを出てから、ずっと上機嫌だ。

 

「まあ、悪くない光景だよな」

「ほんとにね。正義の味方がここにいますよ──って言えれば、もっと気分いいかも」

「よせよせ。こないだの件で苦情を言われるのがオチだ」

「あー……そっか」

 

 瑞鶴は不満そうに、わずかばかり頬を膨らませてみせた。

 先日の深海棲艦の出現騒ぎでは、市街地に対する砲撃射程外においての敵撃破に成功していた。艦娘による防衛ラインの存在しなかった数年前とは違い、予備避難が行われたことによる経済損失を除けば、民間被害は人的、物的ともに皆無である。

 しかしながら、地元マスコミの論調としては、鎮守府による沿岸警備体制の不備を責めるものが少なくない。

 数年前の惨禍の記憶を呼び起こさせ、住民を不安にさせた──というのが、批判的な論調の多くが依拠するところだった。

 

「誰も死なせてないんだから、もうちょっと感謝してくれてもいいのに──って思ったことない?」

「ない」

「ほんとぉ?」

「感謝状をもらったこともあるにはあるが、そういったものを目当てにやって、続けられるような仕事じゃない。──おまえたちの働きは、もう少し認知されるべきだとは思ってるが」

「まーたそういう、かっこいいこと言っちゃって──あ、前から人、来るよ。ほら、こっち寄って」

 

 瑞鶴が提督の肘のあたりに腕を絡め、引っ張って道の端に寄せた。

 前方から、高校生ぐらいの年頃の少年が走ってきていた。すれ違う一瞬、ジャージ姿のその少年が、盗み見るようにさりげなく、瑞鶴に視線を向けていったのが提督にはわかった。

 背後の足音が遠ざかっていっても、瑞鶴は提督の肘から腕を外そうとはしなかった。

 高い位置でまとめた瑞鶴の髪の房が、提督の肩のあたりに触れている。

 腕を組んだまま、瑞鶴がふたたび笑顔を向ける。

 

「こうしてると、カップルっぽかったりするかな?」

「少しばかり年齢差があるから、どうだろうな」

「あ、そうか。前世入れて考えたら、私のほうが全然年上だもんね」

 

 瑞鶴が冗談めかして言った。

 提督は首を傾げて笑い、違いない──と言った。

 

「──ねえ、提督」

「なんだ」

「私たち、いいコンビだったよね、さっきのクイズゲームで」

「まあ、優勝したのは運がよかった」

「ううん、実力だよ。私たちふたりの」

 

 瑞鶴が空いた手で、提督の二の腕のあたりを、ぽんと軽く叩いた。

 

「提督がさ、瑞鶴のことしっかり見ててくれたから、すごくやりやすかったよ」

「そうか? 自分がわかる問題だけ、適当に答えてたつもりなんだが」

 

 瑞鶴は首を振る。

 

「いやいや、けっこう難しいんだよ、ふたりで答えるの。川内とやったことあるけど、もうめちゃくちゃだったもん」

「ああ……わからない問題でも適当に答えそうだな、あいつ」

「ほんと、それ。たまに翔鶴姉とやると、逆に譲り合いみたいになって、これも全然駄目」

「なるほど」

「その点提督は、わかんなくてもちゃんと自分の意見を言ってくれるし、基本瑞鶴に譲ってくれてたでしょ。気が利くなって」

「職業病だな。艦娘のご機嫌をとるのが癖になってる」

 

 提督が言うと瑞鶴はけらけらと笑い、絡めた腕の先、提督の手の甲を平手で叩いた。

 夕日で、河原が茜色に染まり始めていた。

 唐突にジョギングロードは途切れ、ふたりは足を止めた。

 眼の前の河原には背の高い草が生い茂っていて、踏み込んでいくのはさすがにためらわれた。

 

「ここまでか」

「そうみたいだね。……さっきの男の子、いつもここから走り始めてたのかな」

「かもな」

 

 瑞鶴は立ち止まったまま、薄赤色に染まった草むらをじっと見つめていた。

 周囲に人の姿はなく、草むらの上を蜻蛉(とんぼ)の群れが飛びかっている。

 ふと、瑞鶴が言った。

 

「みんな、帰る場所がある」

 

 意外なほど寂しげな声色に、提督は瑞鶴を見た。

 瑞鶴に、表情はなかった。

 

「さっき、河原で見た人たち。みんな、日が暮れたら、自分の家に帰る」

「ああ、そうだな」

「あの男の子も、いつか走るのをやめて、家に帰る」

「そう、かもな」

「日が暮れても、私だけは、自分がどこに帰ったらいいのかを知らない。知らないのに、知ったような顔で歩き続けて、自分のぜんぜん知らないところに、なんとなく行ってしまうんだ」

 

 相槌をうつことができず、提督はただ、黙って瑞鶴を見ていた。

 提督に向かって話しているという感じではなく、心情の無自覚な吐露のように思われた。

 

「意外と、詩人だな」

 

 瑞鶴が提督を見る。

 

「詩人?」

「おまえがな。今のは、詩だろ」

「べつに、詩じゃないよ。ただ、思ったことを適当に言っただけ」

「そういうのを、世間では詩と言う」

「ふーん……」

 

 瑞鶴はぼんやりと言って、ふたたび草むらに視線を向けた。

 幼さと大人びた雰囲気の入り混じったその横顔を見つめながら、提督は訊いた。

 

「おまえ、本は読んだりするのか」

「本って、小説?」

「そうだな。小説とか、文学とか」

 

 瑞鶴は首を振った。

 

「ううん。翔鶴姉はよく小説を読んでるけど、私はせいぜい漫画ぐらい」

「なにか、読んでみたらどうだ。案外ハマるんじゃないか」

 

 瑞鶴が提督を見た。自嘲的な笑みを浮かべている。

 

「私が? そんな、本好きそうなタイプに見える? 伊8(はっ)ちゃんとか沖波ちゃんみたいな」

「そういった典型的なのとは少し違うが、意外と文学的ななにかを感じるな」

「ほんとにぃ?」

 

 瑞鶴が茶化すように言った。

 提督は、あくまで真剣に頷く。

 

「まあ、なんでもいいから読んでみればいい。映画や漫画以外にも、面白い世界があるかもな」

「ふーん……本、か」

 

 瑞鶴は釈然としないような様子ではあったが、小さく数度、頷いていた。

 提督は、右手側の土手に沿って、堤防の上に出る階段があるのを見つけた。

 

「さて、それじゃ行くか」

「どこに?」

「さあな。夕食には、まだちょっと早いか。それでもまあ、ここにつっ立ってるわけにもいかないしな」

 

 瑞鶴は階段を仰ぎ見るように首を向けた。

 しばらくして、提督に視線を戻す。

 

「提督さん、あのさ」

 

 とらえどころのない、内面を窺わせない表情で、瑞鶴が言う。

 

「私、ちょっと、疲れちゃったかも」

 

 提督は思わず眉を寄せた。

 

「疲れた?」

「──うん。けっこう歩いたでしょ。だから、ちょっと疲れた」

 

 河原は1時間も歩いていない。距離にしてせいぜい3キロ前後といったあたりだろう。陸上と海上の違いがあるとは言え、普段から過酷な軍事行動に慣れている艦娘からすれば、まったく問題にならない距離のはずだ。

 若草色の瞳が、提督を静かに見据えていた。

 組んだ腕に、瑞鶴がほんのわずかだけ躰を寄せる。

 肘に触れた柔らかい感触に、提督はようやくその意味するところを了解した。

 ひそかに息を吸い、平静な調子で言った。

 

「──なら、少し休めるところでも探すか」

 

 瑞鶴は夕日の色に頬を染め、提督を見つめたまま小さく顎を引いて頷いた。

 

 

 



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含羞の正規空母、蕩ける媾合 *

 提督の視野の隅で、瑞鶴が着ているTシャツをわずかに上げ、白い下着に指をかけるのが見えた。

 ふと動きを止めた瑞鶴が、睨みつけるような険しい眼を提督に向ける。

 

「──ちゃんと横、向いててよ」

 

 提督は苦笑をこらえて顔をそむけ、大型テレビの埋め込まれた壁を向いた。電源の入っていない黒い画面が、部屋内の様子をぼんやりと映している。

 画面の中の瑞鶴の影が、ベッドに膝立ちのまま肩で息をつく。あらためて下着に指をかけ、思いきった勢いで引き下ろした。

 足首から抜いた下着を布団の下に隠し、Tシャツの裾を神経質に整えてから顔を上げる。

 

「いいよ……こっち、向いても」

 

 どことなく張り詰めた雰囲気のある声に、提督は顔を向ける。

 瑞鶴は硬い表情でわずかに唇を噛み、シャツの裾を両手で引き下げていた。白くほっそりとした剥きだしの両腿の曲面が、ひどく艶かしい。

 提督は片膝をついた体勢で、ベッドの上を前に進み寄って瑞鶴との距離を縮める。

 シャツを握りしめたままの瑞鶴にむかって言った。

 

「上は脱がないのか」

「提督さんも、下、脱いでないじゃない。……べつに、あとでもいいんでしょ」

 

 どこか拗ねたような口調で言われ、提督は仕方なく肩をすくめた。

 すぐ間近──息遣いを肌で感じられるほどの距離に、お互いの躰がある。

 視線が合うと、瑞鶴が小さく息を呑むのがわかった。

 しきりに唇を舐めたあと、うつむき加減に、躰を落ち着かなげに動かしながら提督に言う。

 

「ね、ねえ……提督、さん」

「なんだ」

「もう一回、キス、してほしい。……さっきはあんまり、うまくできなかったから」

 

 恥ずかしそうに言い終えると、瑞鶴は不安をたたえた瞳で提督を見た。

 最初の口づけは、このホテルの部屋に入った直後、どちらからともなく交わしたものだった。

 唇の感触は緊張で固く、お互いの歯が当たる金属質な音だけが妙に提督の印象に残っていた。

 小さく笑って、提督は瑞鶴の華奢な両腕を掴む。

 

「ゆっくりだぞ」

 

 提督が言うと瑞鶴は頷き、(まぶた)を閉じる。

 瑞鶴の二の腕の肌は、シャワーを浴びた直後のせいかしっとりと湿っていて、手のひらに心地よい温かさを感じた。

 唇が重なり、静かな圧力で押しつけ合う。

 提督は舌を差し出し、瑞鶴の唇をそっと撫でた。しばらくすると、瑞鶴は遠慮がちな舌の動きで応じてきた。

 舌粘膜がわずかに触れ合い、唾液にぬめる感触がある。

 小さな舌先を軽く吸い、前触れもなく提督は離れた。

 

「あ……」

 

 わずかに口を開いて舌先を出したまま、瑞鶴が名残惜しそうな声を発する。

 右手の甲で瑞鶴の首もとを撫でながら、提督は訊いた。

 

「まだ、緊張してるか?」

「……うん、ちょっと」

 

 こくりと、瑞鶴は提督を見つめながら頷いた。

 

「……このあと、どうしたらいいの?」

「このあと?」

「だから、このあと──セックス……するんだよね。手順とか、あるんでしょ」

 

 瑞鶴は目をそらし、気まずそうに言葉に詰まりながら言った。

 

「──私、初めてだから……教えてよ」

「べつに、決まった手順なんてないが──」

 

 言いながら右手を下げ、細く艶やかな腿に触れた。ぴくりと瑞鶴が躰を震わせる。

 提督はそっと腿の内側に指をすべらせ、瑞鶴の顔を見つめて訊いた。

 

「触って、いいか」

「……うん」

 

 緊張した面持ちで、瑞鶴が頷く。

 シャツを引き下げていた手から、ほんのわずか力が緩む。いまだ陰になって見えないその部分に、提督は指を差し入れた。

 

「んっ……」

 

 瑞鶴がきつく目を閉じ、喉の奥で小さな声を漏らす。

 予想していたとおり、そこはかすかに熱を帯びているだけで、ほとんど潤いが感じられなかった。

 指先で小さく秘裂を割り、入り口付近をそっと確認したが、そこにも分泌液の気配はない。

 

「うーむ……」

 

 思案しているうち、提督はつい無意識に鼻にかかった小さな声を漏らしていた。

 瑞鶴が敏感に反応し、目を見開く。

 

「な、なに……? 瑞鶴のそこ、なんか変だったりする?」

「いや、そうじゃない。少し準備不足だから、ほぐしてみるか」

「ほぐすって、なにを──ひゃっ」

 

 提督が脚を抱えると、瑞鶴は短い悲鳴を上げて体勢を崩しかけた。

 倒れ込まないよう、すかさず片手で背を支えてやる。

 枕の上へと、静かに瑞鶴の背を下ろした。

 

「大丈夫だな」

「う、うん……びっくりしたけど」

 

 頬を赤くして、瑞鶴はしきりに頷く。

 下半身に眼をやると、シャツの裾がわずかにまくれ上がって秘所が露わになっている。

 気づいた瑞鶴は慌てて脚を閉じ、隠そうとして手を伸ばした。

 提督はその手を掴み、ベッドに抑え込む。

 

「て、提督、さん……」

「見せてくれ」

「む、無理無理無理。恥ずかしいよ……部屋、明るいし」

「見たいんだ」

 

 顔をまっすぐに見つめながら言うと、瑞鶴は眉を寄せ、困ったような表情を浮かべた。

 

「なんで……見たいの?」

「おまえを知りたい」

「知りたいって、そんなとこまで?」

「だからこそ、だよ」

 

 瑞鶴が横を向く。わずかに口を尖らせて黙っていたが、やがて小さく頷いた。

 

「……わかったけど、あとで提督さんのも、見せてよ」

「もちろん」

 

 仰向けの姿勢で、瑞鶴が脚を閉じたまま膝を立てた。

 足もとにいる提督を、眼だけでちらりと見やる。

 提督が頷いてやると、瑞鶴は目をきつくつぶって、ゆっくりと脚を開いた。

 露わになった女性器が、わずかに充血して色みを帯びていた。

 

「ど、どう……? 見えてる?」

「ああ、よく見える。──きれいだ」

「……きれいなんて、そんなことない、でしょ」

「本当に、きれいだ」

 

 提督は差し伸べた人差し指で、静かに秘裂の中央に触れた。

 

「あ……」

 

 つぷり、と指先が肉襞の間に沈む。

 内部には、わずかな潤いが確かに感じられた。

 沈めた指をゆっくりと回転させ、雫をすくうようにまとわりつかせる。

 

「んっ……ちょっと、くすぐったいよ……」

 

 恥ずかしそうに片手を口もとにあてがった瑞鶴が、むずかるような小声で言う。

 提督は指先を沈めたまま顔を寄せ、音をたてて陰唇に口づけした。

 びくん、と瑞鶴の腰が大きく震える。

 

「ちょっ、ちょっと、提督!」

 

 上体を起こした瑞鶴が、驚愕の表情で提督を見る。

 

「なんだ」

「なんだじゃなくて! なにやってんの!?」

「なにって、キスだが」

「キスって……ダメだよ、そんなとこ……!」

「いいじゃないか、べつに」

 

 気楽そうに言って、もう一度口づけする。今度は舌先も少し遣って、陰唇を軽く舐めた。

 

「はっ、や、ん……! ちょっとぉ……ダメだってばぁ」

 

 いやいやをするように下半身を小さく振りながらも、本気で拒絶する気配はない。

 鼠径部や内腿、秘裂の周囲のあらゆる場所に、提督は接吻の雨を降らせた。

 

「きゃっ……もっ、もう、やだやだ、やめてって……こらぁ……んっ……」

 

 怒っているようなはしゃいでいるような、ときに快楽の入り混じった声を瑞鶴は上げた。

 ひとしきりそうやってじゃれたあと、提督がふと顔を上げると、瑞鶴が穏やかな視線を投げかけていた。

 

「──なんだ? にやついた顔して」

「ん……ふふ、提督さん、そんな人だって思わなかったから」

「そんな人って、どんな人だ」

「そんなふうに、ふざけたりする人」

「ふざけてなんかない。俺は真剣だ」

 

 言って、提督は両手で瑞鶴の腿を押し広げ、開かれた陰裂の内側にねっとりと舌を這わせた。

 

「はっ──あ、んっ──」

 

 瑞鶴が大きく躰を反り返らせる。Tシャツがまくれて、くびれた腰と形のいい臍が覗けた。

 提督は裂け目に沿って舌を動かし、ときに陰部全体を口で覆い、吸い、音をたてて舐めた。

 瑞鶴の反応が敏感になってきているのがわかった。

 切れぎれの嬌声を上げながら、腰を上下にくねらせている。

 愛液は提督の唾液混じりになって、秘裂の外側に滴るほどに溢れ出していた。

 

「ね……ねえ、提督さん」

 

 息をきらせた瑞鶴が顔を起こし、言った。

 

「なんだ」

「ま、まだ、挿れなくていいの……?」

「……どうした、気持ちよくないのか」

 

 言いながら、陰核に包皮の上から接吻した。瑞鶴が大きく腰を跳ね上げる。

 

「きゃっ──! き、気持ちいいってば……気持ちよすぎて、怖いくらい」

「なら、なぜそんなことを訊く」

「だって……私ばっかしてもらって、提督さんが」

「──いっちょまえに人の心配してるのか。生意気なやつだ」

 

 提督は重ねて、陰核への接吻を繰り返した。瑞鶴が細かく躰を震わせる。

 

「あっあっあっ……そ、それ、ちょっと、好き、かも……」

「これが好きか。なら、いっぱいしてやる」

 

 そう言ってもう一度、音をたてて口づけする。

 

「んっ……でも、それじゃ提督さんが、気持ちよくなんないでしょ……?」

「なるさ。自分の手と口で女が悦んでくれるなら、男は嬉しいもんだ」

「そ、そうなの……?」

 

 答えの代わりに、提督は瑞鶴の鼠径部に舌先を這わせた。

 吐息混じりの甘えた声を上げ、瑞鶴がもどかしげに腰を振る。

 

「んっ……ね、ねえ、じゃあ、お願いして、いい……?」

「いいぞ。リクエストがあれば、なんでも言え」

 

 瑞鶴は手を伸ばし、提督の頬を愛しげに撫でた。

 

「あの……さっきのとこ、いっぱい、ちゅっちゅして。……なんだかすっごい、気持ちよかったから……」

「任せろ。嫌というほど、たっぷりイカせてやる」

 

 提督は上からまわした手で陰核を露出させ、すっぽりと口で覆う。

 細かく舌を遣いつつ、軟体動物の吸盤のように連続して吸い上げた。

 瑞鶴は躰を反り返らせながら短く叫び、いきなり最初の絶頂に達した。

 

 

 ◇

 

 湯船の中、瑞鶴は華奢な背を向けて、提督の脚の間に座っていた。

 粘る湯を両手ですくい上げてしげしげと眺め、糸をひいて滴る様を見て感心したような声を上げる。

 部屋のアメニティに含まれていた入浴剤の効果によって、浴槽に張った湯はまるでローションのような粘り気を帯びていた。透明なままの湯面から、濃い柑橘系の香りが漂ってくる。

 当初こそ渋い顔をしていた瑞鶴も、今ではこの不思議な入浴感に興味をそそられてきている様子だった。

 提督は躰を起こし、瑞鶴の肩越しに声をかける。

 

「面白いよな、これ」

 

 はっとした瑞鶴が、慌てて両腕を組むようにして胸もとを隠す。膝を曲げて躰に引きつけながら答えた。

 

「う、うん。まあね」

「悪くないだろ、ふたりで入るのも」

「ん……でも、やっぱ落ち着かないよ」

 

 提督は粘る湯面から手を上げ、瑞鶴の二の腕をそっと撫でた。

 瑞鶴がわずかに躰を緊張させる。

 ただでさえなめらかな肌が、入浴剤の効果でよりいっそう摩擦の感じられないものになっていた。

 

「──そんなふうに隠さなくてもいいんだぞ」

「う……べつに隠してるってわけじゃないんだけど」

「まだ、恥ずかしいのか」

 

 瑞鶴は体育座りのような姿勢で固まっていたが、やがて腕をほどいて湯の中に下ろした。

 顎をつき出して胸を反らし、両手を提督の太腿の上に添えるように置いた。

 提督は瑞鶴の躰を抱えるように両腕で抱き、粘液まみれの手のひらで小ぶりな乳房を包み込む。

 

「ん、ふっ……」

 

 瑞鶴が息を漏らす。

 ぬちぬちと粘る音をたてながら、提督はやわらかいふくらみをゆっくりと揉む。手のひらをこする乳首の硬い感触が、情欲を煽った。

 

「ね、ねえ……がっかり、しない?」

「なぜ」

「小さいから、私の胸」

「そう卑下するほどでもない。これはこれで、いいもんだ」

 

 提督は胸を掴んだままゆっくりと躰を後ろに傾け、浴槽の縁に背を預けた。瑞鶴も自然と、提督に体を預けるような姿勢になる。

 羞恥と愛情の入り混じった表情で、瑞鶴が提督を仰ぎ見た。

 

「私の胸、好き……?」

「ああ、好きだ」

「……嘘だぁ。そんなこと言ってほんとは、加賀さんとか陸奥さんみたいな、おっきい胸のほうが好きなんだよ、きっと」

「こういうのは比べてどうこうってもんじゃない。おまえのにはおまえの良さがあって、俺がおまえのを好きなのは本当だ」

「ほんとにぃ?」

 

 瑞鶴がからかうような視線を向けて言う。

 提督は大真面目な顔をつくって頷いた。

 

「俺はベッドの上で、女に嘘をつかない主義なんだ」

「──ここ、ベッドじゃないし」

 

 瑞鶴は顔をしかめて言い、いかにもおかしそうに笑った。

 提督も笑って、瑞鶴の頬に接吻した。柑橘系の湯の匂いに混じって、髪と肌の匂いを嗅いだ。

 指先で、そっと乳首の先を転がす。

 

「んっ……」

 

 瑞鶴が目を細め、小さな声を漏らす。

 

「気持ちいいか」

「うん……気持ちいい。──ありがと」

 

 瑞鶴は乳首をいじられながら、うっとりとした視線で提督を見つめていたが、やがて少し憂いを帯びた表情になって言った。

 

「提督さん……翔鶴姉に、頼まれたんだよね?」

 

 質問は唐突だった。提督は答えに窮し、その動揺が指の動きに表れた。

 瑞鶴が納得したように頷く。

 

「やっぱり、そうなんだ」

「……ひとづてにデートの件を頼まれはしたが、受けたのは俺の意志だ。たとえ頼まれていなくたって俺は──」

「ん、わかってる、わかってる。そんなムキになんなくても大丈夫だよ、提督さん」

 

 妙に余裕のある様子で、瑞鶴が言った。

 顔を前方に向け、ふう──と深い息をつく。

 

「昨日はずっと気持ちが舞い上がってたから、ぜんぜん気にしてなかったけどさ……翔鶴姉、仕事で映画に行けないってなっても、あんまり残念そうじゃなかったなって。提督さんにデートを受けてもらえたって聞いても、そんなに驚いてるように見えなかった」

 

 淡々とした調子で瑞鶴が話す。

 翔鶴に驚きがなかったのは当然だ。吹雪の承認を受けた陸奥からすでに、デートの受諾を約束されていたのだから。

 

「いつ、それに気づいたんだ」

「ついさっき。提督さんがお湯張ってるとき、ひとりでベッドにいたら、急に」

「……おまえには、翔鶴の意図がわかるか?」

 

 提督が訊くと、瑞鶴が悪戯っぽい、皮肉の混じったような眼を向ける。

 

「そんなの決まってるでしょ。──提督さんだよ」

「それは、つまり──」

「そう、瑞鶴とくっつけたいんだよ。そうしたら、私が喜ぶと思ってる」

 

 ある程度、予期していたことだった。それ以外に、納得のいく翔鶴の意図は思いつかなかった。

 瑞鶴がふたたび正面を向き、続ける。

 

「翔鶴姉は、ほんとおせっかいで……馬鹿だよ。責任感だかなんだか知らないけど、いつだって自分のことより瑞鶴のことばっかり。それが理想のハッピーエンドにたどり着く方法なんだって、信じこんでる」

 

 姉としての責任──提督の脳裏に、昨日の吹雪の言葉がよぎる。

 翔鶴にとってのハッピーエンドが瑞鶴の幸せなら、吹雪にとってのハッピーエンドとは──

 

「……ねえ、提督さん。さすがにホテルに行くことは、頼まれなかったでしょ?」

 

 浴室の天井に顔を向け、瑞鶴が訊いた。

 提督は思考から引き戻される。

 

「ああ。頼まれたのは、一緒に映画に行くことと、そのあとしばらく一緒に過ごすこと、それだけだ」

「そう──よかった」

 

 腕の中で、ぬるりと瑞鶴が回転して提督に向きなおった。ぬめった液体に半身を浸けながら、提督の胸に自分の躰を押しつけてくる。

 硬くなった陰茎に、湯の中で腿が艶めかしく触れている。

 

「今ここでこうしてるのは私たちふたりの意志──だよね?」

「……そうだ」

 

 瑞鶴は嬉しそうに微笑み、顔を寄せて提督の唇をふさいだ。

 大胆な動きで、提督の口内に瑞鶴の舌が侵入してくる。

 ぬめった舌が、切実に絡む。

 口づけしながら、瑞鶴が上体を完全に預けてくる。

 まとわりつく温かい粘液を介して、胸と胸、腕と腕とが接着され、ぬちゃぬちゃと粘った音をたてた。

 瑞鶴が火照った顔を離す。

 口もとに、唾液が糸をひいていた。

 妖しく微笑みながら、躰の下にある、屹立した提督の硬直に手を伸ばした。

 湯の中で、茎部を下から上へと、つう──と撫でる。

 

「すっごく大きくて、硬い……」

「おまえを欲しがってる。貫いて、繋がってしまいたい」

「繋がる……」

 

 瑞鶴が顔を寄せる。

 鼻頭同士が触れ合う距離、瑞鶴の熱い息遣いを感じた。

 

「ねえ……繋がっちゃお、ひとつになっちゃお、溶け合っちゃおうよ……私もうこれ以上、がまんできないもん……」

 

 提督のすぐ間近で、潤んだ薄緑の双眸が揺れていた。

 衝動的に、提督は瑞鶴の軽い躰を抱え上げ、陰茎を手探りで秘所へとあてがう。

 あてがった瞬間、奥深くにまで呑み込まれていた。

 

「あ、あああ……はいっ……ちゃった……」

 

 目を細め、口を半開きにして、瑞鶴がうわ言のように言う。

 提督も快感の呻きを上げた。

 温かく、なめらかな膣壁に陰茎が圧迫されている。内部の細かい凹凸が、先端近くのちょうど敏感な部分に当っているのを感じた。

 

「提督さんのあれ、瑞鶴のなかに入ってるよ……すっごく熱くて、いっぱいで……」

 

 粘る湯にまみれた両手で提督の頬を挟み、瑞鶴が熱っぽい口づけをする。

 さんざん提督の口内を舌で探ると、躰のあらゆる箇所を密着させたまま腰を前後させる。

 浴槽内に粘液の波がたち、壁にあたって重量感のある低い水音を鳴らす。

 内と外、瑞鶴の躰の両面を提督は味わっていた。

 全身の皮膚が、舌や性器に似た粘膜組織になってしまったような感覚だ。

 愛液の湯の中に躰を沈め、腕で、脚で、舌で、性器で、お互いの感触を探り合った。

 

「提督さん……きもちいいね、セックス……きもちいいね」

 

 瑞鶴が蕩けた視線で見つめながら、憑かれたようにつぶやく。提督の首にしがみつきながら、幾度も唇を求めてくる。

 

「提督さん、私ね……昨日からずっと、もしかしたら提督さんとこうなっちゃうんじゃないかって、想ってたの」

 

 激しく腰をくねらせながら、瑞鶴が語る。小ぶりながら充実した感触の尻を両手で抱え、自分の腰に打ちつけて提督は応える。

 言葉で返事をする余裕はなかった。

 

「今日もずっと……映画観てても、カフェでおしゃべりしてても、ゲーセンにいても、散歩してても、頭の隅から離れなかったの……もしかしたらセックスしちゃうかもしれない、セックスすることになったらどうしよう、本当は私も、セックスしたいのかもって──」

 

 無言で、提督は激しく腰を突き上げる。

 瑞鶴が言葉を失った。

 波立った湯が、浴槽の外にこぼれ落ちる。

 狂乱の中で、いつの間にか果てていた。

 瑞鶴は提督の肩に顔を伏せ、息をはずませている。

 提督も息をつき、萎みつつある陰茎を瑞鶴から外した。

 

「おい、瑞鶴。大丈夫か?」

 

 声をかけると、瑞鶴がゆっくりと顔を上げた。

 湯と汗に濡れた髪が、顔に張りついていた。にっこりと、満足そうな笑みを見せる。

 

「うん──大丈夫。すっごいね、セックス」

 

 提督は湯に濡れた指を自分の首筋にこすりつけて乾かし、瑞鶴の髪を顔から払いのけてやった。

 感謝の代わりにか、瑞鶴は提督の頬に接吻してくる。

 唇を離すと、少し首を傾げながら言う。

 

「ねえ、今気がついたんだけど……もしかして中で出しちゃった?」

「ああ」

「ほんとは、ダメ──だよね?」

「……すまん。次は、ゴムを着ける」

「次?」

 

 瑞鶴が驚いたように言い、瞳を輝かせた。

 

「もっと、できるの?」

「おまえさえよければ、もちろん。たて続けにすぐは、諸々の事情で難しいが」

 

 瑞鶴は少し照れたような表情で頷き、提督の耳もとに顔を寄せる。

 

「ねえ、次はベッドでしようよ。──今度は私が、提督さんを気持ちよくしてあげる」

 

 

 ◇

 

 提督が伸ばした舌で陰核を優しく刺激すると、躰の上の瑞鶴が甘い声で喘いだ。

 陰茎に熱い吐息がかかり、得も言われぬ快感が股間を走り抜ける。

 顔を挟み込むように置かれている、瑞鶴の両腿から尻にかけてのなめらかな肌の感触を両手で愉しみながら、提督は訊いた。

 

「どうだ、瑞鶴。気持ちいいか?」

 

 躰の上で、瑞鶴が身じろぎした。顔をこちらに向けようとしたのだろうが、自分の躰が邪魔になって当然見ることはできない。

 

「う、うん……気持ちいいよ。気持ちいいけどさ……」

 

 瑞鶴がすべてを言いきる前に、提督は秘裂に舌を這わせ、ちろちろと内部を探るように動かした。反応して、瑞鶴が躰をぴくぴくと震わせる。

 口を離して、ふたたび訊く。

 

「気持ちいいけど──?」

「──気持ちいいけど、なんか納得いかない。なんで私も舐められてるの?」

「いいじゃないか。こうすればお互い気持ちよくて、効率がいい」

「効率の問題!? もう……せっかく私が主導権とれるって思ったのにぃ」

 

 文句を言いながら瑞鶴は陰茎を握りなおして先端を口に含み、唾液を絡ませるように舌を回転させた。

 最初こそ緊張してぎこちない舌遣いだったが、すでにコツを掴んだのか、提督が快感に身をよじるほどにまでなっている。

 提督はふたたび陰核に向けて舌を伸ばし、細かくつっつくように刺激した。

 瑞鶴が反応して陰茎から口を外す。

 

「あっあっあっ……ちょ、ちょっとぉ、そこ、そんなふうに責められたら、また──」

 

 提督が舌の動きをゆっくりとしたものに変化させると、瑞鶴が焦れたように腰を動かす。

 舌を差し出したまま少し離れ、陰核の下で待ち受けてやる。

 瑞鶴はたまらず腰を落とし、提督の舌に陰核をこすりつけるように押しつけ、前後させた。

 

「あっあっ……や、やば……これ、イッちゃう……!」

 

 眼の前で瑞鶴の陰裂と菊座が収縮し、細かく痙攣した。

 秘所から溢れた愛液が雫になって滴り、提督の口もとを濡らす。

 瑞鶴が提督の躰の上にへたり込んだ。陰茎を手にしたまま息を荒くし、かすれ気味の声で言う。

 

「も、もう……これじゃ、提督さん気持ちよくしてあげられないよ……」

「まだまだ精進が必要だな」

 

 言いながら、提督は濡れそぼった瑞鶴の秘裂にそっと人差し指を沈める。

 

「あっ……」

 

 絶頂に達した直後で敏感さを増しているためか、そこに触れただけで瑞鶴は全身を大きく波打たせた。

 ゆっくりと、内部の肉襞の緊張をほぐすように指を前後させた。愛液がとろとろと溢れ出し、指を伝っていく。

 

「あっ……やだ、また、よくなってきちゃう……」

 

 腰を震わせながら瑞鶴が言う。

 敏感で絶頂に達しやすい体質に思えたが、そのぶん回復も早い。連続して、すぐに快感を強めている。

 瑞鶴は陰茎を握った手をゆっくりと上下させ、亀頭へ細かい接吻を繰り返す。

 提督が膣内に挿し入れた指を前後させていると、焦れったそうに鼻にかかった声を上げ、腰を切なげにくねらせた。

 

「ねえ……そんなことするから、瑞鶴、また欲しくなってきちゃったんだけど……」

「欲しいって、なにが」

「だからぁ……挿れてほしいんだってば」

「挿れてるじゃないか、ほら」

 

 入り口付近を掻きまぜるように指を動作させる。ぐじゅぐじゅと、膣が空気混じりのいやらしい音をたてた。

 

「やっ、やぁだ、もう……指じゃなくってぇ」

「指じゃなくて、なんだ? 言えよ」

「だぁから……こっち──提督さんの……ちんちん」

 

 言って、瑞鶴は陰茎を片手で撫で上げながら、鈴口にちゅっと音をたてて口づけした。

 

「もうちんちんが大好きか、瑞鶴」

「うん……だってさっき、すっごい気持ちよかったもん──」

 

 瑞鶴は陰茎に頬ずりをした。

 

「ねえ、いいでしょ……挿れようよぉ、ちんちん……」

 

 提督は苦笑し、頭の横に置いておいた避妊具の小袋を取ると、瑞鶴の横へ放った。

 

「着けてくれるか」

「うん──ありがと……!」

 

 嬉しそうな声を上げ、瑞鶴はいそいそと躰を起こした。

 ぎこちない手つきながら提督の指示を聞き、瑞鶴はなんとか避妊具を着け終えた。

 

「どう、こんな感じ?」

 

 提督の躰から降りた瑞鶴が、ラテックスをまとった陰茎を示しながら言う。

 

「上出来だ。じゃあ、いいぞ」

 

 寝っ転がったまま提督が言うと、瑞鶴は提督の顔と足もとを見比べるようにした。

 

「なにしてる?」

「えっと……どっち向きがいいのかなって」

「おまえの好きなほうでいい」

 

 瑞鶴は口をすぼめて思案していたが、やがて提督に向かい合うようにして、腹のあたりに跨ってきた。

 

「向かい合わせがいいか」

「うん、提督さんの顔見てたいし……それに」

 

 瑞鶴が少し顔を赤らめて、言葉を切る。提督は続きを促した。

 

「それに?」

「その……ちょっと恥ずかしいかなって、後ろ向きだと」

「尻の穴のことなら、今さんざん目の前で見てたから気にならんが」

 

 瑞鶴は顔を真っ赤にして、平手で提督の胸を勢いよく叩いた。

 

「もう、なんでそういうこと言うの! ばか! 大嫌い!」

「あー、すまんすまん。──ほら、挿れなくていいのか、ちんちん」

「……挿れるわよ。まったくもう」

 

 瑞鶴は頬を膨らませたまま躰の位置をずらし、腰を少し浮かせて陰茎を秘裂にあてがう。若干の間が空いてはいたが、そこにはまだ十分な潤いがあった。

 

「こ、こう……?」

「そうだ。そのままゆっくり躰を沈めて」

 

 熱をもった瑞鶴の内部を、提督の硬直が抉っていく。

 

「んっ……ふう……」

 

 眉根を寄せて、瑞鶴が悩ましげな息を吐く。

 風呂での交わりのときより抵抗感があったが、陰茎は膣にしっかりと呑み込まれた。

 提督は瑞鶴のなめらかな脇腹を両手で掴み、尻にかけてのラインをそっと撫でた。

 

「どうだ?」

「うん……お風呂のときより、おっきく感じる……」

「好きなように、動いてみろ」

「はい……」

 

 やがて遠慮がちに、瑞鶴が腰を前後させはじめた。

 その動きにつれ、亀頭部分に絡みついている瑞鶴の内側が、複雑にそのかたちを変化させるのがわかった。

 快感に、提督はそっと溜息を漏らす。

 

「どうだ、瑞鶴?」

 

 訊くと、やや苦しげな表情をしていた瑞鶴が薄目を開け、細かく数度頷いた。

 

「きもち、いいよ。……提督さんは?」

「すごくいい。上手だな、瑞鶴」

 

 瑞鶴は微笑み、提督の胸もとに手を置いた。

 上体を折って顔を寄せてくる。

 唇が重なった。

 瑞鶴は舌を遣わず、長い時間をかけて、ただ唇を吸っていた。

 やがて唇を離して躰を起こし、両手の指を広げて提督に示す。

 

「ね、手繋ごうよ」

 

 応えて両手を重ね、指を絡めてやる。

 瑞鶴は腰を動かしながら、幸せそうな表情で提督を見つめた。

 

「提督さん……さっきの、嘘だからね」

「さっきの?」

「大嫌い──って言ったの」

「──じゃあ、本当は?」

「ほんとは、大好き」

 

 瑞鶴が腰の動きを強調した。前後に加えて、軽く回転するような動作がある。

 

「大好きなの。こんなに好きだって、自分でも知らなかったぐらいに」

 

 言って、瑞鶴は微笑んだ。

 どこか儚げな気配のある微笑みだった。

 提督は思わず、腰を突き上げていた。

 

「あっ、やっ、だめ──ってば、そんな、急に──」

 

 瑞鶴が顔を歪ませ、うったえた。

 構わず、腰が浮くほど突き上げる。

 

「ど、どうしたの……? いきなり、こんな──」

 

 返事の代わりに、握った手に力を込めた。

 瑞鶴が、はっとする。

 強く、握り返してきた。

 繋がって、腰をくねらせる。泣きそうな顔で、必死に提督についてくる。

 気配が満ちていく。

 瑞鶴が目を閉じた。

 

「て、提督、もう、瑞鶴イッちゃいそうだよ……気持ちよすぎて、もう──」

「俺も、すぐだ。すぐに──」

 

 瑞鶴が目を開け、提督を見つめる。

 

「い、いっしょに……ね、瑞鶴、提督さんといっしょがいい……」

 

 頭の中が真っ白になった。

 無意識に腰を大きく突き上げ、爆ぜた。

 瑞鶴が背を反らし、痙攣している。

 我を取り戻した提督は、繋がった手を引くようにして、躰を起こした。

 

「あっ……て、提督さん……?」

 

 驚いてバランスを崩しかけた瑞鶴の背に手をまわして支え、胡座をかくように引き寄せた脚で瑞鶴の尻を安定させた。

 瑞鶴は呆気にとられていたが、やがて愉しそうに笑って、提督の首に腕をまわす。

 口づけをする。

 熱い舌を絡め合い。唾液を交換した。

 唇を離し、提督は思いきって言った。

 

「俺も、好きだ」

 

 いざ言ってみると、意外なほど気恥ずかしさがこみ上げてきた。

 羞恥にうつむき、瑞鶴の細い鎖骨の間に顔を隠す。

 瑞鶴が、提督の後ろ髪に指を埋めるようにして抱きしめてくる。

 薄いラテックスの向こう側にある膣壁が、ひとつ大きく収縮するのを陰茎で感じた。

 

 

 



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恋の檻 文字の空

 提督は、ストレス値の一件を瑞鶴に打ち明けることにした。

 翔鶴のストレス問題について瑞鶴の協力を得るためには、ある程度の情報の共有が不可避であるからだ。

 具体的な数値や順位は明かさず、あくまで艦娘全体の問題という前提で、慎重に言葉を選びながら話を進めた。

 翔鶴が高いストレス値を示していることを告げられても、瑞鶴は大きく表情を変化させることもなく、提督の横に枕を並べて黙って聞いていた。

 ひと通り話し終えた提督が天井に向かって息をつくと、瑞鶴が裸の躰をすり寄せるようにして胸の上に乗り出してきた。

 

「なるほどね。そういうことなんだ」

「……そういうことだ。おまえも姉妹艦として、なにか──」

 

 瑞鶴が人差し指を立てて、提督の話を遮る。

 

「ちょっと待って。その前に確認しておきたいことがあるんだけど」

「……なんだ?」

「翔鶴姉のストレス値が上位だって提督さんは言ってたけど、それってつまり、翔鶴姉より上位の艦娘もいたってことだよね。そっちの件はもう解決したの?」

「それは……まあ、いちおうな」

「どうやって?」

「……面談した」

「誰が」

「俺が」

「ふーん……そう」

 

 瑞鶴は細い眉の片方をぴくりと動かし、探るような視線で提督を見つめた。

 

「──まさか、話を聞いてそれで終わりってことはないでしょ? そんな簡単なことなら、瑞鶴に話を振らないよね」

 

 提督は言葉に詰まる。意外なことに──と言えば失礼ではあるが、瑞鶴の頭の回転が速い。下手な嘘やごまかしは逆効果だろう。

 

「うん、そうそう。正直に言いなよ」

 

 提督の心の動きを読んだように、瑞鶴が駄目を押した。

 お手上げだ──と提督は両手を掲げて示す。

 仰向けのまま上体を起こし加減にすると、傍らの瑞鶴をまっすぐに見据えて言った。

 

「わかった、言うよ。──何人かの艦娘たちとも、()()()()関係になった。それがすべてってわけじゃないが、ストレス値問題というのが大きな契機だったのは事実だ」

「そう……やっぱりね」

 

 瑞鶴が訳知り顔で頷く。ついで、提督を鋭く睨んだ。

 

「提督さんさ、あの馬鹿ともしちゃったでしょ」

「あの馬鹿ってのは、その──」

「そう、おなじみ夜戦馬鹿、『かわうち』さんよ」

 

 提督は目を閉じ、胸の内で溜息をついた。

 抱いた艦娘たちには念のため口止めをしておくのだが、機密保持の観点からすると、どうにも川内が危なかっしい。留守中の阿武隈騒ぎの一因でもあると報告を受けており、奔放かつ正直な性格がどうにも仇となっているようだ。

 瑞鶴が意地悪げな視線で提督を見る。

 

「あいつさ……ここんとこ前より夜戦夜戦騒いでない気もするし、様子が明らかに変な感じだったんだよね。それでこないだの壮行会のとき、ちょっと個人的に観察してたの。そしたら提督さんを見てるときのあいつの眼、まさに『女』って感じでキラキラしてて……ちょっと笑えるぐらい」

「それは……ほかの艦娘から見てもバレバレか?」

「んー……どうだろうね。私はまあ、なんだかんだあいつとは付き合い長いからさ」

 

 提督は溜息をつき、額を押さえて思案した。

 任務上は別行動になることの多い瑞鶴が気づくぐらいだから、三水戦所属の艦娘たちが川内の態度に不審を抱いている可能性は高いだろう。考えてみれば、以前にも旗艦代理の矢矧や駆逐艦たちの前で親しげに躰に触れられたこともあった。

 眉を寄せて悩んでいると、傍らで小さく吹き出す音がした。

 瑞鶴が、眼で笑っていた。

 

「厄介なやつに手を出しちゃったね、提督さんも」

「まったくだ。少し、後悔してる」

 

 提督は苦笑して、首を振った。

 瑞鶴も、鼻を小さく鳴らして笑った。目を伏せたその表情は、どことなく物憂げな気配を含んでいるように提督には見えた。

 

「どうした? 表情が暗いな」

「ん……べつに。提督さんも、仕事、きつそうだなって」

「おまえたちに比べれば、気楽なもんさ」

「……そっか」

 

 瑞鶴はぼんやりとした口調で言った。

 人差し指を提督の鎖骨に沿って往復させている。心ここにあらずといった様子で、自分のその指の動きを見つめていた。

 唐突に顔を上げ、口を開く。

 

「ねえ、提督さん」

「なんだ」

「──私とセックスしたのは、提督としての仕事? それとも自分の意志?」

 

 澄んだ緑の瞳が、提督を捉えていた。

 提督は思わず開きかけた口をいったんつぐみ、深呼吸する。

 瑞鶴を正面から見つめて、口を開いた。

 

「俺の意志だ、と言いきってしまいたい気持ちはある。……が、艦娘のストレス値の件を考えていなかったとは言えないし、翔鶴のことが頭の隅にあったのも事実だ」

「つまり……?」

「──つまり、意志による選択ではあるが、仕事でもある。どちらか片方だけだと断言することはできない」

 

 聞きようによっては冷たい返事だ──言ってからそれを実感し、提督の胸の内に苦いものが広がる。

 予想に反して、瑞鶴はわずかに表情を緩めた。

 ゆっくりと数度頷き、穏やかな眼で提督を見て言う。

 

「提督さん、楽な答え方しないんだね。わざわざ、めんどくさくなるかもしれないこと、言ったりして」

「──ひねくれ者だからな」

「ううん、逆。馬鹿が付くほど正直で、誠実だと思う。……だからみんな、あなたのことが好きになる」

 

 瑞鶴は顔を寄せ、提督の唇の端に口づけした。

 裸の胸と肩を、瑞鶴の髪の先が撫でるように触れていった。

 

「ねえ──」

 

 唇をわずかに離して、瑞鶴が言う。

 呼気が頬のあたりをくすぐって、こそばゆい。

 

「──私と、友だちでいてよ」

「友だち?」

 

 顔を引いて、提督は瑞鶴を見つめた。

 瑞鶴はきまり悪そうに目をそらし、口を尖らせる。

 

「……なによ。そんな変なこと、言った?」

「──友だちか」

「そう、友だち」

 

 瑞鶴は向きなおり、提督の胸の上に頬杖をついて顔を支えた。

 

「友だちが、いいよ。……そうじゃないと、縛られたままだもん」

 

 言った瑞鶴は、遠くを見るような眼をしていた。

 

「縛られたままとは……おまえのことか?」

「私もそうだし、提督さんも。それから……いろいろ」

「いろいろ、なのか」

「うん……いろいろ」

 

 繰り返して言った瑞鶴は、なにか別のことを考えているようだった。

 翔鶴のことか──と訊くことは、ためらわれた。

 結局のところ、瑞鶴が自分から話そうとしなければ、核心となる情報は得られないだろう。

 不意に、瑞鶴が明るい笑顔を向けてくる。

 

「とにかく、友だちのほうが気楽でいいでしょ。たまの休みに映画観て、お茶して、散歩して、それで……ちょっとセックスしたり、イチャイチャしたり」

 

 提督は瑞鶴に合わせ、笑顔をつくった。少し皮肉そうな調子で、言葉を返す。

 

「そういうことを、おまえは友だちとするものなのか」

「提督さんは、ちょっと特別な友だちだもん。……そうね、セックスとかイチャイチャは、お互いの友情の確認ってことで、どうかな?」

「どうかなって言われてもな──」

 

 提督が頬を掻きながら言うと、瑞鶴は無言で躰を押し付けてきた。

 細くなめらかで、柔らかい瑞鶴の全身の感触に、提督は昂ぶりを覚える。

 枕元のデジタル時計のアラームが鳴った。退室時間30分前を示す報せだ。

 提督は眼だけで、瑞鶴に訊いた。

 瑞鶴が頷き、唇を寄せて言う。

 

「もうちょっとだけ……確認しようよ、友情」

 

 提督は笑んで、返事の代わりに素早く瑞鶴と躰を入れ替え、組み敷いた。

 躰の下で、瑞鶴が嬉しそうな悲鳴を上げた。

 

 

 繋がったまま、瑞鶴が提督の首に両腕をまわした。

 腰の動きを協調させながら、熱っぽい眼で提督を見つめて言う。

 

「ねえ……提督さん。翔鶴姉のこと、どうにかしたいんでしょ」

 

 提督は動きを止めず、呼吸を整えてから瑞鶴に訊いた。

 

「なんだ、突然だな」

「うん……ちょっといま、いいこと思いついたの」

「いいこと?」

「うん、とってもいいこと──翔鶴姉の物語を、ハッピーエンドにしてあげる作戦」

「──作戦、だと」

 

 快感に息を乱した瑞鶴が、小さく差し出した舌で唇を舐めながら頷く。

 提督は我知らず息を詰め、その凄艶な表情に見入っていた。

 

 

 ◇

 

 ローテーブルの向こう側で、翔鶴が紙製の直方体のパッケージをうっとりと眺めている。

 提督が持参した、日本酒の箱だ。

 翔鶴が日本酒好きだというのは、三日前の日曜日にホテルで瑞鶴から聞くまで、ついぞ知らない情報だった。

 顔を上げて視線に気づいた翔鶴は、取り繕うように、わずかに照れの混じった笑顔を向けてくる。

 提督も、翔鶴に微笑みを返した。

 

「開けないのか」

 

 訊かれて、翔鶴は慌てて首を振る。

 

「い、いえ──今夜は、そういうわけには」

「なんだ、ほかの連中に遠慮してるのか」

「ええと、あの……」

 

 翔鶴が横を向き、部屋の窓を覆ったカーテンを眺める。厚手の布の向こうに、夜の海の気配がかすかに漂っていた。

 

「──皆さん、夜を徹しての任務中ですし、留守を預かる正規空母は私たち姉妹だけですから」

「任務といってもただの夜間航行訓練だし、おまえが今夜の当直というわけでもない。──べつに、構わんだろうよ」

 

 翔鶴は困ったように口もとを押さえ、パッケージの表書きを眺める。内心の誘惑の声が提督にも聞こえてくるようだ。

 やがて、羞恥と喜びがないまぜになった笑顔で、小さく頷いた。

 

「──では、瑞鶴が戻ったら、少しだけいただくことにしましょう。提督もご一緒に、ぜひ」

 

 仕方ない──といった感じで、提督は首を傾げてみせた。

 翔鶴は嬉しそうな笑顔を見せ、酒の箱を大事そうに両手で元の紙袋に戻した。

 提督は頭を掻き、さりげなく室内を眺める。

 

 五航戦のふたりが暮らすこの部屋は、フローリングされた十帖ほどのワンルームだった。

 艦娘が実際に生活する部屋に足を踏み入れるのは、提督にとってほぼ初めてのことだ。若い女性の部屋特有のふわふわとした雰囲気と香りに、どことなく落ち着かない気分がする。

 壁際にぴったりと並べて置かれているシングルベッド2台が、もともと部屋に備え付けの唯一の家具だった。

 ローテーブルやその下に敷かれているラグマット、翔鶴の背後に見える鏡台、デスク、カーテンの掛かったカラーボックスといった家具は、姉妹ふたりで買い揃えたものなのだろう。

 

 酒をしまった紙袋を小脇に置いた翔鶴が、提督に向きなおる。

 

「提督……先日、無理なお願いを聞いていただいただけでなく、今日このように素晴らしいお土産までいただいてしまって、どのようにお礼を申し上げたらよいか──」

 

 ローテーブルは透明なガラス製であるため、翔鶴が太腿の上で両手を揃えているのが天板越しに見えた。

 見慣れたいつもの和装風の装いをしている翔鶴だが、勤務中とは違って胸当てを着けていない。いかにも女性らしい、瑞鶴とは違った意味でのスタイルの良さが際立っている。

 

「べつに無理なお願いってもんでもなかったし、礼を言いたかったのは俺の本当の気持ちだ。──実に、楽しいデートだった」

 

 翔鶴が両手を胸の前で小さく握り合わせ、嬉しそうに顔を輝かせる。

 

「まあ──本当ですか。あの日は、帰ってきた瑞鶴も、とても嬉しそうにしていたんです」

「あいつが素直に喜んでいる姿は、あまり想像できないな」

「ええ。もちろん、『べつに』とか『普通だった』とか、いつもの強がりを言ってましたけれど。それでもあの子も話したくてうずうずしていたんでしょう──結局どんなデートだったのか、いろいろ話してくれましたよ」

「──いろいろ、話したか」

「はい。それはもう、いろいろと」

 

 純真な笑顔で翔鶴が頷く。

 提督はさりげなくその笑顔を観察したが、裏になにかの意図が隠されているようには見えなかった。

 さすがにホテルの件まで聞いてはいないだろう。仮に聞いていたとして、この邪気のない笑顔を意図してつくれるなら、役者というレベルを超えた腹黒ぶりだ。

 翔鶴は、ローテーブルの隅に置いてある自分の携帯電話を覗き込み、そわそわと操作を始めた。

 

「もう、瑞鶴ったら、すぐ戻るって言ってたのに。──あら、さっきのメッセージは読んだのね? えっと、もう一回……提督さんがずっとお待ちになってるわよ、と──」

 

 独り言をつぶやきながら、翔鶴はぎこちない手つきで画面を操作する。落ち着かなげなその様子は、いかにも妹想いの姉としての愛情に満ちているように見え、愛らしいものだった。

 

「本当に瑞鶴のことが好きなんだな、おまえは」

 

 提督が言うと、翔鶴は顔を上げて提督を見つめ、満面に笑顔を浮かべた。

 

「はい──瑞鶴は、私のすべてですから」

「すべてか」

「すべてです。──あの子のそばでともに生きていけるのが、艦娘となった私の最高の幸せなんです」

 

 理想のハッピーエンド──ホテルの浴室で瑞鶴から聞いた言葉を、提督はふと思い出した。

 瑞鶴のそばで生きていくことが翔鶴の理想であるなら、その瑞鶴と提督を結びつけようとしていることにはどれほどの意味があるのだろうか。

 提督は、持参したもうひとつの紙袋を傍らから取り上げ、ローテーブルの上に置いた。

 

「……これは?」

 

 翔鶴が不思議そうに小首を傾げて訊く。

 

「瑞鶴に、ちょっと頼まれていてな。べつに大したものじゃない」

「……何でしょう?」

「本だ」

 

 翔鶴が首を反らすようにして背筋を伸ばした。目を見開いて、本……と声にならない言葉を発する。

 翔鶴の様子を観察しつつ、提督は続けた。

 

「日曜日、話の流れで、あいつに本を貸してやることになってな。執務室で埃をかぶってたのを何冊かと、あいつが興味をもちそうな新刊を適当に持ってきた」

「それは……ご面倒をおかけしまして……」

 

 顔を引き攣らせて翔鶴が言う。胸の前で、両手の指先がせわしなくこすり合わされていた。

 

「──とにかく、あいつがいれば直接渡してそれで終わりだったが、不在のときにはもうひとつ、頼まれごとがあってな」

「もうひとつ、頼まれごと……ですか」

「本棚に並べておいてくれ、とな。──なんでも、カラーボックスが本棚代わりだって話だったが」

 

 翔鶴の後方にあるカラーボックスを覗き込むようにしながら、提督は紙袋を手に立ち上がった。

 狼狽を露わにしながら、翔鶴が膝立ちになって両腕を振る。

 

「い、いえ、そんな、結構です。それは、私があとで、やっておきますので……!」

「必ず俺が、自分の手で並べるように頼まれたんだ。引き受けたからには、きっちり仕事をこなさせてもらう」

 

 慌てふためくあまり、立ち上がるのもおぼつかない翔鶴の脇を抜け、提督はカラーボックスの前まで歩を進めた。

 幅の広いそのカラーボックスのカーテンは、どうやら手づくりのもののようだった。突っ張り棒をレール代わりにして、プラスチックのリングを取り付けた布が前面に垂らされている。布地は、飛ぶ鶴の模様が入った和風のものだ。

 提督は紙袋を床に置いてしゃがみこみ、カーテンの端に右手を伸ばした。

 瞬間、左の二の腕に柔らかい衝撃を感じる。

 翔鶴が提督にすがりつくようにして、両手で抱きとどめていた。

 

「だめ、だめ……! 提督、そこは、見ないで……!」

 

 翔鶴は提督の制服の前後を握りしめ、必死に顔を振る。

 泣き出さんばかりに崩れかけたその表情に驚きながら、提督はカーテンから手を離した。

 

「どうした、翔鶴」

 

 問われて、翔鶴はふたたび首を左右に振る。

 

「とにかく、だめなんです、提督。そこは、私の──」

 

 提督を見上げた翔鶴が、呆けたように硬直する。

 お互いの顔が、すぐ間近にあった。

 提督は息を呑み、その潤んだ瞳に見とれた。

 自分のものでない、髪の石鹸の香り、体温と鼓動、息遣い──翔鶴のあらゆる要素が、制服を隔てた先から提督の内側へと侵食してくる。

 

「だめ……」

 

 みずみずしい色をした、張りのある唇が動く。

 提督は、わずかな震えを帯びたその動きに見入り、吸い込まれるように自分の唇を重ねていた。

 やわらかい、女の唇だった。

 腰と背に腕をまわし、引き寄せる。

 翔鶴の躰はどこまでも柔らかで、濃密な香りとほのかな体温が、どこまでも提督に女を意識させるものだった。

 唇を離した提督は、翔鶴の目が悩ましげに閉じられるのを見た。

 

「だめ……」

 

 もう一度、翔鶴が言った。

 脱力して崩れ落ちそうな翔鶴を片腕で支えたまま、提督は右手をカラーボックスのカーテンに伸ばす。

 かららら……と乾いた音をたててプラスチックのリングが滑っていく。

 棚の上から2段のほとんどすべてに、本が並んでいた。

 端から題名を眼で追って、提督は理解した。

 すべて、恋愛小説だ。

 実際に中身を読んだことのあるものは、それほど多くない。それでも、著者名、出版社、装丁の雰囲気、そして題名から、匂いたつような恋愛の物語の気配が漂っている。『恋』というそのものずばりの題名の文庫本まであった。

 翔鶴が、提督の肩口に顔を埋めるようにしてうつむく。耳朶まで、顔が真っ赤に染まっていた。

 

「──たかが小説だ、翔鶴。そう恥ずかしがることもない」

 

 言いながら、提督は翔鶴の抑圧を理解する。

 恋に焦がれる本心を抑えつけ、妹の恋の成就を願いつつ、それでもなお恋に惹かれる自分を止めることができなかったのだ。

 檻の中に囚われているかのように、恋という呪いに縛られていた。

 物語の中に自分を遊ばせているその時間だけ、翔鶴の精神は自由であったことだろう。

 提督はふと、恋愛小説の占拠している段の下に、気持ちばかりの漫画本と実用書が並んでいることに気がついた。おそらくこれが、瑞鶴の書棚だろう。

 持参した紙袋から本を掴み出し、一冊ずつ漫画本の隣りに並べていく。

 

「瑞鶴は──」

 

 唐突に、翔鶴が言った。額を提督の肩口に押しつけ、制服に両手でしがみついたままだ。

 

「瑞鶴は、何も言いませんでした。私がこうした小説を読み漁っていることを知りながら、何も言わないでいてくれました」

「そりゃそうだ。誰が何を読もうが、そいつの自由だからな」

 

 提督は本を並べ終え、息をついた。

 左手で、翔鶴の背をさすりながら言う。

 

「──読むだけなら問題ないが、瑞鶴をおまえの物語の主人公みたいに扱うのは、やめたほうがよかったかもな」

 

 翔鶴がはっと顔を上げ、弱々しく表情を歪める。悲しそうな眼で、本棚を見つめた。

 

「私は……私の行動は、あの子の重荷……だったのでしょうか」

 

 提督は少し思案し、首を振った。

 

「重荷にしかならなかった──ってことはないな。少なくともおまえのおかげで、俺と瑞鶴は友だちになれた」

「友だち──」

 

 翔鶴が目を丸くして提督を見る。こうした表情の翔鶴は、瑞鶴よりはるかに幼く見えるような気もして、小憎らしいほど可愛らしい。

 

「──それから結果として、ありがたいことに、俺はこうしておまえとキスすることができた」

 

 翔鶴がいっそう大きく目を見開く。

 提督に抱きついたままの自分の状況を認識してか、あたふたと意味もなく身じろぎを始めた。

 腕のなかで暴れようとする翔鶴を抱きしめつつ、提督は言う。

 

「翔鶴、教えてくれ。──おまえの本当の望みはなんだ。俺はそれを、知らなくてはならない」

 

 翔鶴が動きを止め、提督をふたたび見つめた。やがてその唇が震え、かすれかけた声を発する。

 

「提督、私は……私は、あなたのおそばに、ずっと──」

 

 瞬間、場違いな短い電子音が翔鶴の言葉を中断した。

 音の方向にふたりが顔を向けると、ローテーブルの上で翔鶴の携帯電話の画面が点灯しているのが見えた。

 翔鶴が提督に向きなおり、どうしたら──と言いたげな眼で訊いてきた。

 提督は苦笑して腕を解き、小さく顎をしゃくる。

 弾かれたように翔鶴がローテーブルに取りつき、携帯電話を拾い上げてせわしない指遣いで画面に触れた。

 数秒画面を眺めたあと、困惑した瞳を提督に向ける。

 

「どうした」

 

 提督が訊くと、翔鶴はもう一度画面に眼を落とした。

 ふたたび顔を上げ、曖昧な笑顔を浮かべて言う。

 

「あの……瑞鶴からのメッセージで、その……今夜は軽巡の部屋に泊まるので、こちらには戻らないと──」

 

 携帯電話を胸に抱きしめるようにしてかき抱き、なにかを問いたげな瞳で提督を見つめる。

 無言でうつむいた翔鶴の頬は、ひどく紅潮しているように見えた。

 

 

 



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求める正規空母、貞淑な欲望 *

 前触れもなく、翔鶴が胸の中に飛び込んできた。

 反射的に抱きとめた提督は後ずさり、背後のカラーボックスに背を押し当てるように寄りかかった。

 提督の胸に躰を密着させた翔鶴が、顔を上げる。

 

「提督……ずっとあなたが、欲しかった」

 

 細い声ながら、はっきりとした口調だった。

 抱えこんだ提督の腕の中で、翔鶴の躰がわずかに収縮を繰り返している。呼吸のリズムが速い。

 見上げる翔鶴の唇は、わずかに開いていた。

 提督は、吸い込まれるように顔を寄せた。

 

「んっ……」

 

 唇を重ねたその瞬間に、翔鶴が身を硬くするのを感じた。

 すぐに提督の唇を求めてくる。必死と言えるほどの切実さだ。

 提督が舌を差し出して与えてやると、夢中になって吸いついてきた。

 発情している女特有の熱っぽい気配が、濃厚に立ち昇っている。

 提督もまた、その気配に当てられていた。

 提督は腰を突き出すようにして、硬直した器官を翔鶴の躰へとすりつけた。

 

「欲しいのか」

 

 提督は、唇を離して訊いた。

 翔鶴が息を詰める。下腹にこすりつけられている提督の下半身を、しきりに見やった。

 上目遣いに様子を窺うようにしながら、頷いた。

 提督は翔鶴の手をとり、自らの股間に導く。

 

「あっ──」

 

 隆起したその部分に触れると、翔鶴が驚きの声を漏らした。見開かれた眼に、好奇心か、あるいは期待のような色が浮かんだように見える。

 細い手首を掴んだまま上下させ、ズボンの上からゆっくりと刺激させた。

 いつしか、翔鶴の手の動きは自発的なものに変化していた。

 提督は翔鶴から手を離し、ベルトに手をかけた。

 

「あ──」

 

 翔鶴が視線を上げ、提督を見る。

 

「あの……お手伝い、いたします」

「──ああ」

 

 提督が頷くと、翔鶴は床に膝をついた。提督の手に自分の手を重ねるようにして、ベルトを外す。

 提督は、下着ごとズボンを引き下げた。

 解放された充血器官が、下腹を打たんばかりの勢いで反り返る。

 

「はっ……」

 

 わずかばかり怯えた様子で、翔鶴は身を引いた。

 提督は、床に落ちた衣服から足を抜いた。誇示するように、翔鶴の面前へと剛直を突きつける。

 

「……すごい、ですね」

 

 胸の前で不安そうに両手を合わせながら、翔鶴が言った。視線は陰茎に釘づけになっている。

 

「触ってみろ」

 

 提督が促すと、翔鶴はおずおずと片手を差し伸べる。

 冷たい感触の指が、血管の浮いた茎部に触れた。

 

「ああ……すごい、こんなに硬くて……熱い」

 

 つぶやきながら、翔鶴は優美な指でしきりに陰茎を撫でさする。魅入られたように凝視したまま、視線を外そうとしない。

 雁首のあたりを静かになぞられ、提督の下腹のあたりにもどかしい快感がこみ上げてくる。大きく息を吸い、吐いた。

 翔鶴が、はっとした様子で顔を上げた。

 

「提督」

「ああ……その微妙なぎこちなさが、いいんだ。──おまえは、どうだ」

 

 言葉少なに感想を尋ねる。

 翔鶴が陰茎に視線を戻し、わずかに首を傾げた。片手で触れたまま、愛しげに眼を細めて言う。

 

「すごく……素敵。とっても逞しくて、雄々しくて、熱く脈打っていて……怖いぐらい大きいのに、本当に、きれい」

 

 提督は苦笑し、首を振る。

 

「いくらなんでも、きれいってことはないだろう」

「いえ、きれいです。本当に……男性的で、美しいかたち」

 

 翔鶴が提督を仰ぎ見る。とろんとした、曖昧な視線を寄こしてきた。

 

「あの……口づけしても、構わないでしょうか」

「おまえの好きにしたらいい」

 

 翔鶴は羞じらうように、口もとをわずかにほころばせた。

 ひとつ息を吸うと、両手で大切そうに陰茎を支える。

 目を伏せて唇をつき出し、ちゅ──と秘めやかな音をたてながら、陰茎の先端へと接吻した。

 

「ん……」

 

 翔鶴が、小さな溜息のような、鼻にかかった声を漏らす。

 繰り返し、鈴口とその周辺に唇をつけてきた。

 提督は息苦しさを覚え、小さく呻いた。

 亀頭の先に触れる柔らかな唇の感触がひどく心地いいが、淫靡さや後ろめたさはあまり感じられない。

 どちらかと言えば、崇拝に近い行為にも見える。

 

「……好き」

 

 裏筋の敏感な部分に幾度も接吻を繰り返しながら、翔鶴が小声で言う。

 提督は快感と興奮に息を荒くし、鈴口に液体が(にじ)むのを感じた。

 もどかしさが、苛立ちに変化している。

 片手を伸ばし、豊かな銀髪ごと翔鶴の頭を掴んだ。

 

「口を開けろ」

 

 一瞬の沈黙ののち、翔鶴が従順に提督を迎え入れる。

 唾液であたたかく濡れた口腔内の粘膜に、亀頭全体が包まれた。

 安堵を覚えて、提督は大きく息をつく。同時に、破壊的な衝動がこみ上げていた。

 抱えた頭を引き寄せながら、腰を前方に突き出す。

 陰茎がなかばまで、翔鶴の口内へと挿し入れられた。

 

「んん……っ」

 

 亀頭をきつく締めつける喉奥の感触──同時に、翔鶴がくぐもった声を発した。

 快感は倍加していたが、提督は我に返った。掴んだ手の力を緩めて翔鶴を解放する。

 

「すまん、無茶をしたな」

 

 翔鶴は口もとを拭いながら首を振り、提督を見上げた。

 見つめる眼が、潤んでいる。肩で息をしていた。

 

「いいえ、大丈夫です。わたしは、大丈夫ですから……構わず、してください。今のを、もう一度、最後まで」

「いや、しかし」

「お願い……お願いします、提督」

「……苦しいだろう」

 

 翔鶴が頷く。

 

「苦しいけど、苦しいから、嬉しいの。──あなたで、いっぱいに満たされたいから」

 

 言って、翔鶴は陰茎を握りなおし、先端に唇をつけた。哀願する眼を提督に向けながら、舌先でちろちろと細かく裏筋を刺激する。

 耐えきれなかった。

 翔鶴のなめらかな頬を撫でながら、提督は腰を突き出した。

 待ちかねていたように翔鶴が口を開き、迎え入れる。

 

「耐えられそうにないと思ったら、俺の腿を叩くんだ」

 

 返事の代わりのであるかのように、翔鶴は陰茎を含んだ口を前後させる。大きな瞳が提督を捉えていた。

 提督は翔鶴の後頭部に両手をまわした。銀髪の柔らかな繊維の感触が、手に心地いい。

 ゆっくりと圧力を加えて、少しずつ引き寄せていく。

 なかばまで呑み込んだところで、翔鶴が目を閉じた。

 陰茎の先端が締めつけられ、ふたたび喉奥に達した感覚がある。容赦せず、手と腰に力を加えてさらに押し込んだ。

 

「ん……っ」

 

 翔鶴がくぐもった声を発し、震えた。

 深い皺が眉間に刻まれている。美しい、苦悶の(しるし)だ。

 提督の両腿に添えられていた翔鶴の手に力が加わり、握りしめてくる感触があった。

 先端を絞りあげられる痺れるような快感に、美しい女の口内を蹂躙する背徳的な征服感が上乗せされ、攻撃的な快楽を提督にもたらしている。

 両手で翔鶴の頭をしっかりと抱え込み、前後に往復させる。

 

「んっ……んぐっ……ぐっ……」

 

 喉の奥から、翔鶴が小さな呻き声を上げている。下腹に感じる鼻息も荒い。

 陰茎が、いっそう強く締めつけられていた。

 翔鶴には、舌を遣っているような余裕はない。反射的に歯を立ててしまわないように自制するだけで、精一杯のはずだ。

 提督は腰を細かく前後させる。陰茎をあたたかく包む、ぬめった粘膜の心地よさに、自分を抑えていられない。

 手の中で銀髪が揺れ、煌めいていた。

 気配が這いのぼってくる。

 呼吸を荒くしながら、提督は告げた。

 

「このまま出すぞ」

 

 返事はない。頷くことも、眼で応じることもできない。

 ただ、腿を掴む手に力が込められるのを感じた。

 弾かれるように提督は達し、ほとばしらせていた。

 喉奥で陰茎が収縮し、突き破らんばかりの勢いで精を放っていく。

 翔鶴はぴくりと躰を震わせたが、身を引こうとはしなかった。

 喉奥に挿し込んでいたことが幸いしてか、かえって()せずにすんだようだ。喉を鳴らしながら、提督の精液を呑み込んでいく。

 完全に出し尽くしてしまうまで、提督は翔鶴の頭を抑え込んでいた。

 深く溜息をつき、ゆっくりと腰を引いて翔鶴の口から陰茎を引き抜く。

 瞑目したままの翔鶴が、口の中にある精液の残りを嚥下した。

 

「ありがとう……ございます」

 

 涙の滲んだ目を薄く開け、上気した顔で言った。口の端が、(よだれ)か精液か、粘った液体で汚れていた。

 行為の最中に乱れたのか、服の襟もとが大きく開き、白い下着と深い胸の谷間が覗けている。

 いったんは(しぼ)んでいた陰茎が、ふたたび力を得ていくのを提督は感じた。

 

「──ベッドに行け」

 

 際限のない自分の欲望に驚きを覚えながら、抑えた声で命じていた。

 

 

 ◇

 

 ベッドの上で両手両膝をついた下着姿の翔鶴が、言われたとおりに尻を掲げてみせた。

 

「こ……こう、ですか?」

 

 上体を深く沈めて背を反らすようにしながら提督を振り返り、不安そうに尋ねる。

 翔鶴のすぐ背後、ベッドの脇に立った提督は答えず、黙ったまま眼下の尻へと手を伸ばした。

 

「はっ──あ……」

 

 提督がその曲面の見事な尻をひと撫ですると、翔鶴は溜息のような声を漏らして躰を震わせた。

 翔鶴が下半身に身に着けている下着は、両サイドを紐で結んだ、やや煽情的ともいえるデザインだ。布地の面積も、大胆なほどに少ない。

 意外と肉づきの豊かな尻を両手で引き寄せながら、提督は自分の腰を突き出した。猛った陰茎を、翔鶴の下着の上からこすりつける。

 提督が身につけているのは、前をはだけたワイシャツのみになっていた。

 

「あっ……」

 

 翔鶴が、喜色を含んだ甘い声を上げる。尻に当てられている硬い物体の正体を、すぐに悟ったようだった。

 提督は握った陰茎をなすりつけるようにして、すべすべとした布地の感触と、臀部の柔軟さを愉しむ。

 鈴口から滲み出る先走った粘液が、下着の表面に蛞蝓(なめくじ)の這ったような染みを残していた。

 

「すごぉ、い……硬いの、お尻に、当たる……」

 

 寝具に頬をつける格好で上体を伏せた翔鶴が、独り言のようにつぶやいている。

 提督は空いている手を前方へまわし、下着の中へと滑り込ませた。翔鶴がびくんと下半身を痙攣させ、ひときわ高い声を上げる。

 

「ひゃっ……! やぁっ、ん……」

 

 下着の内側は、はしたなく濡れていた。

 裂け目をなぞり上げる提督の指に粘った愛液がまとわりつき、くちゅくちゅと淫猥な音を響かせた。

 

「もうすっかり準備が整ってるじゃないか、翔鶴」

 

 硬くなった陰核を包皮の上から刺激しつつ、提督は言った。下半身をしきりにくねらせている翔鶴には、その言葉はもう届いていないようだった。

 

「ああっ──そこ、いい……そこ、気持ちいいの──もっと触って……探って」

 

 焦れたのか、翔鶴が自ら股間に片手を伸ばした。秘所を愛撫する提督の指に、自分の指を重ねてくる。

 提督の指が膣内へと押し込まれた。翔鶴はどうやら、膣内部の快感を強く求めるタイプのようだ。

 提督は、翔鶴の尻にひときわ強く陰茎をこすりつけた。

 指で快楽のポイントを刺激しようとしていた翔鶴が、息を呑んで動きを止める。

 上体を前傾させ、翔鶴に躰を重ねるようにして囁いた。

 

「──欲しいんだろう」

 

 提督は腰を上下に揺する。屹立した陰茎が布地に引っかかり、翔鶴の臀部を刺激した。

 口を開けた翔鶴は、呼吸を荒くしている。

 

「欲しかったんじゃないのか、これが」

 

 耳もとで重ねて訊くと、翔鶴は布団に頬を押しつけたまま目を閉じ、こくこくと頷いた。

 

「欲しいなら、ちゃんと自分で言うんだ」

「あ……」

 

 翔鶴が目を開け、提督を振り仰いだ。

 

「お願い……挿れて、ください」

「なにを」

「……提督の、硬いのを」

「どこに」

 

 視線が絡んだ。

 提督が頷くと、翔鶴はすべてを了解したようだった。

 頭で上体を支えながら両手を腰の側面にまわし、下着の紐を引きほどく。

 うっすらと糸を引きながら、小さな布切れが落ちた。

 

「広げて、見せるんだ」

 

 命じられるままに、翔鶴は両手で尻の肉を押し広げる。

 菊座ごと、色づき潤んだ女性器が露わになった。

 涎のようにだらしなく愛液をしたたらせている。

 頭部を布団につけた苦しい体勢のまま、翔鶴が口を開く。

 

「お願い……わたしのいちばん奥に、あなたの硬いのを、ください。……あなたが、欲しいの」

 

 理性の限界だった。

 提督は片足をベッドの上に上げ、翔鶴の腰を両手で抱えて、陰茎をあてがった。

 震える声で、翔鶴が言う。

 

「ああ……ほんとうに……」

 

 亀頭を入り口に触れさせた瞬間、避妊具を装着していないことに思い至った。

 持参はしていたが、脱いだ制服のポケットの中だ。

 構わず、そのまま腰を押し進めた。面倒な気分もあったが、それ以上に、粘膜を直接触れ合わせる行為への魅力に抗えなかった。

 

「あっあっ、硬いの、入ってくるぅ……!」

 

 翔鶴が乱れた声を上げ、布団に上体をつっ伏す。

 大量に分泌されていた愛液のおかげか、膣内への侵入はスムーズだった。最奥まで到達して、提督は溜息をつく。

 陰茎をあたたかく包む内部も素晴らしいが、柔らかい尻の触感がまた極上である。

 こうして背後から結合していると、細身の躰に似つかわしくないほどのそのたっぷりとした質感を味わえる。

 提督は両手でしっかりと臀部を抱え、指先に感じるその肌のなめらかさに驚嘆しつつ、ゆっくりと腰を引いた。

 

「ひぁっ──ああぁぁ……!」

「うっ……」

 

 翔鶴がひときわ高い嬌声を上げるのと同時に、陰茎から痺れるような快感が提督の背を突き抜けていった。

 亀頭周辺に、膣内の肉襞が複雑なかたちで、きつく絡みついている。

 挿入時にはそこまで感じなかった膣壁の抵抗が、引き抜く際には何倍にも増したように感じられた。

 提督は息を落ち着かせると、ふたたび腰を押し出した。

 すんなりと侵入していく。

 最奥に達したところで動きを止め、先ほどよりもさらに慎重に、確かめるようにゆっくりと腰を引いた。

 

「んっ、ううぅぅぅ……」

 

 苦悶に似た喘ぎを、翔鶴が漏らす。

 ぞわぞわとうごめく快楽が、陰茎を包み込んでいた。

 一個の独立した生きもののようだった。

 入ってくる提督を優しく、貞淑に迎え入れておきながら、離れようとすれば切実に追いすがり、淫らな仕草で絡みついてくる。

 提督が快感に包まれるのと同時に、翔鶴もまた深い悦楽の波に引きずり込まれているようだった。引き抜く動作に合わせて、あられもなく乱れ、言葉にならない呻き声を上げる。

 執拗に、慎重に、緩慢なほどの動作を幾度も続けたあとで、提督は翔鶴の耳もとに囁いた。

 

「わかるな、翔鶴? 引き抜くときだ」

 

 ぼんやりとした眼で提督を振り返り、翔鶴が頷く。

 

「……提督のが、すごく感じるところ、引っかかって……わたし、もう──」

「もう駄目なのか? まだ少ししか動いてないぞ」

 

 言いながら、提督は少し速度を上げて腰を引いた。

 

「ああああっ──! だめ、だめ──それ、おかしくなっちゃう!」

 

 翔鶴が悲鳴を上げ、激しく首を振る。

 快感が深いのは提督も同様だが、先ほど放出している分だけ長持ちはしそうだった。

 

「翔鶴、少し我慢できないか? あとで達したほうが快感は深いぞ」

 

 突っ伏したまま、翔鶴はぶるぶると細かく首を振った。額にはうっすらと汗が浮かび、透きとおるように白い肌は紅潮して桜色になっている。

 

「だめ……だめ、わたし……もう、がまんできない、きもちよくなっちゃう……」

「そうか」

 

 言って、提督は最奥で細かく動作を開始した。翔鶴の躰が、びくんと跳ね上がる。

 

「て、提督……わたし、もう……!」

「構わない。好きなだけおかしくなっていいんだ」

 

 一定のリズムで、腰を引く角度を意識しながら動作を続けた。雁首で膣の内壁を引っ掻くように刺激する。

 ベッドの上で、翔鶴が全身を反らして叫ぶ。

 

「ああっ、あああっ──! もう、もうだめっ──! い、く……!」

 

 肩をすくめた翔鶴が、唐突に全身を震わせた。躰のあちこちで、感電したような痙攣が走っている。

 提督は動作を止め、翔鶴が躰を震わせる様子を見つめていた。静かに絶頂の感触を味わわせてやりたかった。

 数分ばかりもそうしていただろうか。痙攣が収束してきたところで、提督は動作を再開した。

 ゆっくりと始めたつもりだったが、翔鶴は過敏さを増している躰を大きく跳ね上げた。

 

「やっ、やだ、提督……! ま、まだ、動いちゃ──」

「駄目だ。気持ちよくなるなら、徹底的に、だ」

 

 提督はベッドの上に乗った。

 抗おうとする翔鶴の両肩を掴んで押さえつけ、躰を固定して抽送を繰り返す。

 速度と激しさが増すように、腰の動きを変化させていった。翔鶴の尻が提督の股に当たって揺れ、爽快な音をたてる。

 

「あっあっあっあっ……また、きちゃう──またきちゃうから……!」

 

 翔鶴が硬直し、躰を震わせる。

 今度は、絶頂にも構わず動作を止めなかった。小刻みな律動をさらに加速させていく。

 

「ああ──ああっ──おねがい、おねがい──こんなの……こんなの、だめ……!」

 

 切れぎれの翔鶴の懇願を、提督は無視する。

 両腕を前にまわし、下着に覆われたままの翔鶴の胸を抱きしめる。

 翔鶴の髪の匂い、汗の匂い、女の匂い──胸いっぱいに吸い込んで、首筋に接吻する。

 陰茎を快楽に包まれながら、無心で腰を振り続ける。

 交わりは、儀式のような敬虔さすら帯びはじめていた。

 

 

 ◇

 

「重くないか」

 

 向かい合って繋がったまま、提督は躰の下に問う。

 枕に頬を押しつけるようにして横を向いていた翔鶴が薄目を開け、すぐに閉じた。

 

「ん……だいじょう、ぶ」

 

 提督は息を吐き、腰から上体にかけてそっと体重を移していった。静かに、翔鶴の弾力ある躰を上から押し潰すように圧迫する。

 

「は……ぁ……」

 

 艶めかしい吐息を漏らした翔鶴が、提督の腰に両手をまわす。より強い密着をせがむかのように引き寄せてきた。

 応じて、提督は腰をゆっくりと突き出していく。ぬちぬちと膣壁を押し分けた陰茎が最奥に達すると、翔鶴は白い喉を反らし、声もなく喘いだ。

 後背位とはうって変わり、静かで穏やかな交わりだった。

 落ち着いた動きであるがゆえに、快感はかえって深まっているのかもしれない。

 胸に押しつけられる翔鶴の豊かなふくらみの柔軟さと、硬く尖った先端の対比が心地いい。

 首筋に、そっと接吻した。なめらかで甘い香りのする肌を、舌先で撫でていく。

 翔鶴が震えた。震えながら息を吸い、言葉を発する。

 

「どうして、ですか……提督」

 

 提督は顔を上げた。

 横を向いたままの翔鶴は、目を閉じている。提督を見ずに、続けて言った。

 

「どうして、そんなに優しくしてくれるの……」

「こういうのは、嫌か」

「ううん……嫌じゃ、ない。嫌なんかじゃない、けど──」

 

 提督はゆっくりとした動作で腰を引き、突き出す。

 突くたびに、枕の上で翔鶴が首を反らす。白い躰に鎖骨の形が、くっきりと浮かび上がる。

 美しい光景だった。

 

「けど──?」

「……わたしみたいな女、あなたに、優しくされる価値なんて」

「いい女だよ、おまえは」

 

 ゆったりとした上下運動を続けながら、提督は言った。

 翔鶴が首を振る。枕にこすれた銀髪が、さらさらと乾いた音をたてた。

 

「わたしは……嘘つき、です」

 

 翔鶴は言葉に詰まり、正面を向いて目を開けた。

 潤んだ両方の瞳から、顔の横へとこぼれ落ちた涙が筋を引く。

 提督は言った。

 

「いいんだ、翔鶴。誰だって、そうなんだ」

「そう、なの……?」

「そうさ。みんな、嘘つきなんだ。俺だって同じなんだ」

「提督も……」

 

 翔鶴が提督の背を抱きしめ、両脚を腰に巻きつけるようにして密着してきた。

 

「私は──自分勝手な女です。いつも嘘をついて、体面を取り繕って……いい顔をしようとばかり」

「いいんだ、翔鶴。本当の自分は、いま、全部吐き出してしまうんだ。ベッドの上でなら、いくらでもわがままになっていい」

 

 提督は腰のリズムを速めた。

 潤いを増した翔鶴の膣から、激しく撹拌される音が響いている。

 翔鶴が提督の間近に顔を寄せる。切迫した眼で見つめてきた。

 

「いいの……? 提督、わたし、わがままになって、いいの……?」

 

 返事の代わりに、提督は全力で腰を叩きつけた。

 マットレスに反発したふたりの下半身が、浮き加減になる。ベッドが激しく(きし)み、音をたてて揺れた。

 翔鶴が強く提督にしがみつき、涙声でうったえる。

 

「ねえ、おねがい……提督、一緒に、気持ちよくなって……今度は、わたしだけじゃ、やだ……」

 

 激しく躰を揺さぶりながら、提督は頷く。言われるまでもなく、快感と興奮が頂点に達しつつある。限界が近い。

 

「ねえ、一緒にいこ……一緒に、いきたいの。お願いだから、わたしの、なかに──」

 

 翔鶴の膣が、うねるように収縮した。

 瞬間、提督は絶頂した。

 快感に、声帯が震えた。()えるような声を発していた。

 尿道口から大量の精液が放出されていく。

 翔鶴は声もなく全身を反り返らせている。

 すべてを絞り出しきってしまうまで、身動きできなかった。

 

「おい、大丈夫か」

 

 提督は肩で息をしながら、翔鶴を揺すった。

 

「ん……」

 

 虚ろな眼を向けてきた翔鶴が、提督の首に手をまわして引き寄せる。

 しっとりと唇を吸い、離れた。

 

「──やっぱり、好き」

 

 そう言って、邪気のない笑顔を見せる。

 幼い笑顔だった。

 つられて提督が笑いかけた瞬間、背後で空気が揺れた。

 振り向くと、部屋の入口に瑞鶴が立ちつくしていた。

 

 

 



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空母姉妹の嘘と夜、私とあなたとわたし *

※ 女性同士の性的な描写を含みます。ご注意ください。


 ぼんやりとした表情の瑞鶴が、ベッドの脇に立ちつくしている。

 

「どうした」

 

 提督は見上げると、静かな口調で訊いた。事前の打ち合わせにない予想外の出来事ではあったが、自分でも不思議なほど落ち着いていた。

 翔鶴は布団で躰を隠し、妹を黙って見つめている。

 問われた瑞鶴は身じろぎせず、眉をひそめた。何かに苛立っているようにも、困惑しているようにも見えた。

 

「わかんない……」

 

 ゆっくりと首を振って、瑞鶴が言う。絞り出すような、か細い声だった。

 翔鶴を見やってわずかに首を傾げ、泣き出しそうに表情を歪ませる。

 

「わかんないの……自分で、自分が」

 

 提督は手を伸ばしていた。震える瑞鶴の手を掴み、有無を言わさぬ力で引き寄せる。

 

「あっ」

 

 強張った瑞鶴の躰を、裸の胸で受けとめた。頭を両腕で包むように抱き、髪の上から撫でる。

 瑞鶴の全身から力が抜けていく。消え入りそうな声でつぶやくのが聞こえた。

 

「ごめん……」

 

 小さな背中が震えていた。

 横から差し出された翔鶴の手が、その背に触れる。幼子をあやすように、繰り返し撫で続けた。

 瑞鶴は、声を上げずに泣いていた。

 

 

 ◇

 

「みっともないとこ見せちゃって、ごめん」

 

 申し訳なさそうに言って、瑞鶴は小さく頭を下げた。ベッドの上に尻をついた割座で座り、手には翔鶴から渡されたグラスを握っている。中身の気つけ代わりの酒は、提督が持参した日本酒だった。

 

「気にするな」

 

 提督はベッドの上で、ズボンに脚を通しながら言った。

 きちんと畳まれたシャツが傍らに置かれている。いつの間に畳んだものか、おそらくは翔鶴の手によるものだろう。

 取り上げようと手を伸ばしかけたところで、瑞鶴が提督を遮った。

 

「ちょっ──ちょっと、待って」

 

 妙に焦った様子で、瑞鶴が言った。提督の手首を掴んでいる。

 

「なんだ?」

「服……着なくていいよ。私、すぐ出てくから」

「──出ていくって、どうして? もう夜も遅いわ」

 

 瑞鶴の斜め後ろに立った翔鶴が、声をかけた。足首近くまでの丈の長い肌襦袢に、濃紺色の薄手の丹前を羽織っている。

 振り返った瑞鶴に微笑むと、ベッドの端へと横座りに腰掛けた。

 

「翔鶴姉、どうしてもなにも……」

 

 瑞鶴は、提督と翔鶴の間で落ち着かなげに視線を往復させた。

 

「──私は、ふたりの邪魔をしに来たわけじゃないから」

 

 気まずそうに言った瑞鶴を、翔鶴が探るような視線で見つめる。

 瑞鶴は下を向いた。

 提督はふたりの会話を黙って聞いていた。

 控えめで、瑞鶴に比べれば気弱な印象もあった翔鶴だが、こうして目の前での姉妹のやり取りを見るかぎり、その印象が誤りであることを提督は悟った。

 翔鶴の眼は、妹の内面を見透かしているようだった。

 

「ねえ瑞鶴──お酒は苦手だったわよね」

 

 訊かれて、瑞鶴は手の中のグラスと翔鶴を交互に眺める。

 

「あ、うん──まあ、あまり」

「もう、酔いがまわっちゃったのかしら。顔が赤いわ」

 

 翔鶴が瑞鶴の頬にそっと指先で触れた。提督の位置からも、確かに紅潮しているように見える。

 触れながら、翔鶴は小首を傾げて言った。

 

「困ったわ」

「困ったって……なんで?」

「あなたが戻ったら、三人でお酒を飲みましょうって、提督と約束したの。──そう、でしたよね? 提督」

 

 翔鶴が顔を向け、意味ありげな視線を投げかけてくる。

 提督は頷いた。

 いぶかしげな表情で、瑞鶴が姉を見つめている。

 

「なら、ふたりで飲みなよ。私はもう行くから」

「駄目よ。三人で、って約束だもの」

 

 言いながら翔鶴は、中身の入ったままのグラスを瑞鶴から取り上げ、ベッド脇のローテーブルに置いた。ふたたび提督を、含みのある眼で見つめてくる。

 

「ごめんなさい、提督。どうやら瑞鶴は、これ以上飲めそうにありません」

 

 瑞鶴が言葉を発しかけるが、翔鶴は片手を上げ、さりげなくそれを制した。

 提督にも、翔鶴の意図するところがなんとなく掴めてきた。

 腕を組み、わざとらしく顔をしかめて言ってやる。

 

「なら、どうする。楽しみにしていた飲み会はお流れか」

「──せっかくですから、べつのことを」

「べつのこと」

「はい」

「それは、三人でできることか」

「はい、三人で。提督と瑞鶴と、それに、私の三人です」

 

 翔鶴は言って、にっこりと笑う。

 瑞鶴が呆れた顔で、笑顔の姉を見つめていた。

 

「翔鶴姉、本気?」

「ええ、本気よ」

「瑞鶴が断らないと思うの?」

「断らないわ。絶対に」

 

 なぜ──とは瑞鶴は尋ねなかった。自分を見つめる姉の視線で、察しがついたようだ。

 肩を落としてがっくりとうなだれる。

 提督は、翔鶴を見て言った。

 

「ひとつ訊いておきたい」

「──はい」

「俺が瑞鶴と寝たことは、承知しているということだな」

「はい。その節は、本当に感謝しております。心からお礼を」

「いつ知った」

「日曜日、帰ってきた瑞鶴の顔を見たときに」

「なんとまあ……初めからか」

 

 提督は呆れ半分に言った。

 うなだれたままの瑞鶴を横目で見やりながら、翔鶴が言う。

 

「帰ってきたときの瑞鶴の顔を見て、私にはすぐにわかりました。ほかならぬ妹のことですし……この子は、隠しごとのできる性格ではありませんから」

「俺は、おまえが気づいていないと思っていた」

「小賢しいようですが、そのようにふるまいました。ふたりのことには、私が口を差し挟んではいけないと思いましたので」

「見事な演技だったな。脱帽ものだ」

 

 翔鶴が、黙って頭を下げる。

 不意に、うなだれていた瑞鶴が顔を上げ、思いがけない勢いで提督に躰を寄せてきた。両手を提督の膝に置き、懇願する眼で見つめてくる。

 

「提督さん、翔鶴姉のこと、誤解しないで。わたしが──瑞鶴が悪いの。翔鶴姉に嘘をつかせたのは、ぜんぶ、瑞鶴がこんなだから──」

 

 目を見開いた翔鶴が腰を浮かせ、何かを言おうとしてか口を開いた。

 提督はさりげなく手を掲げ、それをとどめた。瑞鶴を見て言う。

 

「いいんだ、瑞鶴」

「だけど──」

「いいんだ。嘘は、悪いことばかりでもないさ」

 

 酔いのせいか興奮のためか、瑞鶴は顔を真っ赤にしている。わずかにへの字に曲げられた唇のかたちが、この上なく愛らしく思えた。

 

「人間、誰だって嘘をつく」

 

 人間──と言ってしまってから、それが眼の前の女たちに適切な言葉であるのか、提督は一瞬だけ迷った。

 すぐにその、くだらない思考を頭から追い出す。

 どうでもいいことだ。

 

「……つかれて困る嘘もあるが、大事なのは、嘘をつかないことじゃない。本当に価値があるのは、おまえの言葉を借りさせてもらえば──誠実であろうとすることだ。自分が守るべき何かのために」

 

 姉妹であるお互いのために、ふたりの艦娘は可能なかぎり誠実であろうとした。さまざまな行き違いがあったとしても、それだけは疑うべくもない。

 瑞鶴は唇を噛んで眉根を寄せていたが、やがて、揺れる瞳で提督を見つめながら言った。

 

「……翔鶴姉は、誠実だよね?」

「おまえのためとなると、誰よりも。おまえが翔鶴に対してそうであるのと、同じくらいにな」

 

 提督の膝に置かれた瑞鶴の手から、力が抜けていった。瑞鶴はうつむき、安堵したように大きく息をついた。

 顔を上げると、ひときわ明るくなった声で提督に言う。

 

「ねえ、提督さん──ひとつ訊かせて」

 

 見上げる瑞鶴の眼は、やわらかく煌めいていた。

 

「翔鶴姉のこと──好き?」

「好きさ。……おまえと同じで、ちょっと食えないところもあるが」

 

 瑞鶴は、相好を崩して笑った。振り返って翔鶴を見る。

 横座りに顔をそむけた翔鶴は、羞じらうように頬を染めていた。その表情は、まぶしいものから眼をそらしているかのように、提督には思えた。

 瑞鶴が密着し、顔を寄せてくる。提督の耳朶に唇を触れさせ、からかうような小声で囁く。

 

「そういうカッコつけたこと言ってさ──なんだかんだで、ふたりとも食っちゃったくせに」

 

 瑞鶴が小さく歯を立てて、提督の耳に噛みついた。

 笑いながら、提督は顔をしかめた。

 

 

 ◇

 

 翔鶴と向かい合って唇を重ね、舌を絡ませながら、提督は襟を割って胸もとに左手を差し込む。

 襦袢の下に、翔鶴は下着を身に着けていなかった。

 

「んっ……はっ、ぁ……」

 

 翔鶴が吐息を漏らした。

 提督は豊かなふくらみを手のひらで包み込みながら、じっくりと揉み上げる。なめらかな正絹(しょうけん)の襦袢の生地と、柔らかく張り詰めた乳房に挟まれた手の感触が、この上なく心地いい。

 

「んっ……あっ……」

 

 すでに硬くなっている先端を親指で転がすと、翔鶴は敏感に反応して躰を震わせ、吐息のトーンを高くした。

 硬度を得はじめていた提督の股間を、ズボン越しにそっと撫で上げる感触がある。

 背後から提督の腰を抱くように、瑞鶴が手をまわしていた。提督の裸の背に、衣服を隔てて瑞鶴の胸が強く押しつけられている。

 

「やる気まんまんだね、提督さん。翔鶴姉、可愛いもんね」

 

 提督の首筋に頬をすり寄せながら、瑞鶴が囁く。そよ吹くような息遣いが耳もとをくすぐっている。

 脱がすね──と続けて囁き、瑞鶴の手がズボンのファスナーを下ろしていく。下着ごとズボンを引き下げ、屹立する提督の陰茎を露出させた。

 

「あは……出た出た、元気な子」

 

 嬉しそうに言うと、瑞鶴は陰茎をこすりだす。

 冷たく、繊細な瑞鶴の指先と手のひらが、充血器官の表面を這いまわる

 提督は予想以上に巧みな瑞鶴の愛撫に息を荒くしつつ、丹念に翔鶴の乳房を揉み続けた。

 吸いつくような肉感と、硬くなった先端の対照的な感触が、提督の脳を灼く。

 唇を合わせたままの翔鶴は、すでに顔を蕩けさせていた。薄目を開けた虚ろな表情で、一心に提督の舌を求め続けている。

 提督は空いている右手で、翔鶴の襦袢の裾を割った。

 

「はぁ……んっ……」

 

 上と同様に、やはり下着を着けていない。

 愛液が溢れていた。

 粘つく液体をまとわりつかせ、提督は手のひら全体で陰唇をこねまわすように撫ではじめる。

 くちゅくちゅと淫らな音をたてさせながら、快感の深いポイントはあえて外していた。

 翔鶴が不満そうに顔を歪める。もどかしげな様子で、腰を前後に揺すりはじめた。

 

「翔鶴姉、自分で動いちゃってるね……そんなに気持ちいいの?」

 

 提督の肩越しに覗き込むようにして、瑞鶴が問いかける。話しながら、提督の陰茎を握った手は休ませることなく、一定のペースで前後に動かし続けていた。

 提督の背に押しつけられた胸が、激しく震えている。瑞鶴もまた、興奮しているのは明らかだった。

 翔鶴が切なげに眉を寄せたまま顔を上げ、恨めしそうに提督を見つめて言った。

 

「ねえ、お願い──意地悪しないでぇ」

 

 腰をしきりに揺すっている。提督の手に局部を押しつけ、指を内部へと導こうとする。提督はそれを拒否するように、わずかに手を引いた。

 

「よくないのか?」

 

 言って、提督は指先で陰唇の表面を撫でる。表面だけをくすぐるような動きだ。

 翔鶴が首を振った。

 

「いいけど、ちがうの……わたしのもっと気持ちいいとこ、触ってほしいの」

「どこなのか、言えよ」

「……なかのほう、なかの、手前のとこ」

 

 先ほどまでの姉らしい穏やかな表情が一変していた。口調も舌足らずな、甘えたものに変わっている。

 陰茎をこする瑞鶴の手の速度が上がってきている。呼吸も荒くなり、はっきりとその音が聞こえていた。

 三人ともが、お互いの快楽と興奮を高めている。

 提督は人差し指と中指を重ねるようにして、潤んだ膣内へと没入させた。

 

「はっあ……あぁ……そう、そこ……わたしのいいとこ、そこなのぉ……」

 

 翔鶴が提督の肩にすがりつき、甘ったるい声を上げる。背後の瑞鶴が、唾を飲み込む気配が伝わってきた。

 提督は内部で指を折り曲げ、かすかにざらついたその箇所を、内側から恥骨に押しつけるようにして圧迫しはじめた。

 

「あああぁ──そこ、だめ……だめぇ……!」

 

 即座に翔鶴が甲高い声を上げ、提督に躰を預けてくる。

 口を寄せて舌を差し出すと、待ちかねたようにしゃぶりついてきた。提督の舌をしきりに吸い、舐めまわす。

 提督が指の動きを強めると、翔鶴は声にならない喘ぎを上げるのみになっていった。

 

「翔鶴姉、気持ちよさそう……提督さんの指で、翔鶴姉のあそこ、くちゅくちゅ、くちゅくちゅ、やらしい音たててるよ」

 

 瑞鶴が言う。翔鶴は呼吸を乱しつつ、首を振った。瑞鶴の言葉に反応してか、膣が細かく収縮して指を締めつけてくるのがわかった。

 

「提督さんのおちんちんも、すっごい硬い。翔鶴姉がエッチな声ばっか出してるから、すっかり興奮しちゃって、かちかち」

 

 瑞鶴の指が、雁首のあたりを締めつけるようにしてこすり上げる。絶妙な力加減による刺激だった。

 提督は、思わず快感に呻いた。

 

「あらら、提督さんまで声出しちゃって、気持ちいいの、これ……?」

 

 耳もとで瑞鶴が囁く。提督が頷くと、満足そうに含み笑いをして首筋に接吻してきた。

 翔鶴がふたたび、もどかしげに腰を揺らした。

 瑞鶴に気を取られ、指がおろそかになっていた。

 翔鶴が提督の顔を両手で包むように挟み、強く唇を求めてくる。切なげな眼で見つめながら言った。

 

「ねえ、お願い……もっと、激しく……あなたの指で、わたしのなか、思いっきり掻きまわして……」

 

 提督は翔鶴を見つめ返した。

 

「いきたいのか」

「うん……いきたい。あなたの指で、瑞鶴に見られながら、いきたいの」

 

 提督は翔鶴の腰を抱えるようにして支えた。躰を固定しておいて、膣内の指を激しく上下させはじめた。

 

「ああああぁ……! そう、そういうの、いいの……! わたしのなか、めちゃくちゃになっちゃう……!」

 

 指にこすられた膣壁が、ぐちょぐちょと濁った音をたてる。

 溢れきった愛液が、腕をつたって滴り落ちるほどだ。

 準備ができていなければただ苦痛なだけだろうが、今の翔鶴の躰には痛みすら快楽に変換してしまうスイッチが入っている。

 すぐに、翔鶴は頂点に達してしまった。

 腰をがくがくと痙攣させ、提督の胸に顔を押しつけるようにして倒れ込んだ。

 

「あーあ、翔鶴姉イッちゃった。提督さんは、まだなのに」

 

 瑞鶴が囁く。耳に息を吹きかけるようにして、続けて言う。

 

「提督さんもイキたい? このまま、瑞鶴が手でイカせてあげよっか?」

「ああ……頼む。このまま、おまえの手でいきたい」

「んふふ……うん、いーよ、瑞鶴がしっかり気持ちよくしてあげるから、せーえき、ぴゅっぴゅしちゃおうね」

「ああ……」

「あ、でも、すぐ出しちゃダメだよ。イキそうになったら、できるだけ我慢して。ね?」

 

 されるがままに、提督は頷いた。

 瑞鶴が激しく陰茎をこすり上げる。

 早くも、快楽がこみ上げてきた。

 提督は口で息をしながら、目を閉じて限界まで耐えようとする。

 瑞鶴がからかうように言う。

 

「ふふ、提督さんかわいー。ほら、翔鶴姉も見て。イキそうなのに、すっごい必死に我慢してる顔」

 

 翔鶴が、提督の胸の上から顔を上げる気配があった。ついで、躰が離れる。

 提督が目を開けると、ベッドに這うような姿勢で、翔鶴が陰茎の下から提督を見上げていた。

 微笑んで、陰茎に顔を寄せてきた。

 予想外の快感に提督は震えた。

 瑞鶴の手の中の陰茎を、翔鶴が口に含んでいた。

 

「ナイス、翔鶴姉。ふたりで一緒に、提督さんをイカせちゃお」

 

 手を休めずに、瑞鶴が嬉しそうな声を上げた。

 瑞鶴の手によるリズムで、陰茎の先端が翔鶴の唇と舌にこすりつけられる。自らの意のままにならない快楽が、提督を挟み込んでいる。

 翔鶴は巧みに舌を遣っていた。舌の裏側を亀頭の上部にこすりつけては、すぐに回転させて裏筋を小刻みに舐める。ときおり、唇できつく鈴口のあたりを締めつけてくる。

 提督の内部で急速に快感が高まり、爆発した。

 前触れを告げることもできず、提督は白濁した粘液を翔鶴の顔面にぶちまけていた。

 今夜三度目の射精にもかかわらず、かなり濃く、大量の精液だ。

 翔鶴の眉間から鼻筋、唇にかけてが、粘つく白い粘液にまみれた。

 

「すっごい……いっぱい出たね、提督さん……」

 

 息を荒くしながら瑞鶴が言った。

 端正な顔を白く汚した翔鶴は舌を出し、提督の陰茎の先端に垂れていた精液を舐め取る。

 自分の顔についた白濁も指で集め、口に含む。

 満足そうに微笑み、音を鳴らして指を吸った。

 

 

 

 部屋の内側にある洗面所へと翔鶴が姿を消した。

 待っていたかのようにすぐに、瑞鶴が提督の正面にまわって抱きついてきた。

 首にすがりつくようにして接吻してくる。

 提督は勢いに押されつつ、瑞鶴を両手で抱きとめた。細く締まった躰つきは華奢さを感じさせる外見ではあるが、こうして触れ合うと服の上からでも十分にわかるほど、女としての柔軟さに満ちていた。

 

「ねえ……好き」

 

 唇を離して瑞鶴が言った。

 なぜ部屋に戻ってきたのか──と訊きかけて、提督は言葉を呑みこむ。

 腕の中の瑞鶴が何を欲しているのかは、訊くまでもなく明らかだった。

 瑞鶴がわずかに首を傾げ、申し訳なさそうに眉尻を下げた。

 

「ごめんね」

「──いいさ」

 

 提督は笑みを返し、指の背で瑞鶴の顎を撫でた。

 

「ところで──さっきのは、よかった」

「ん……手でしたやつ? あれ、よかったの?」

「ああ。意外と、責めるのも上手いんだな」

「へへ……ホテルのときだと、瑞鶴が一方的に気持ちよくされちゃったから、ちょっと悔しかったんだ。提督さんが気持ちよくなってくれたんなら、嬉しい」

 

 そう言うと瑞鶴は、提督の頬に接吻した。両側に縛ったまっすぐな髪が揺れ、提督の肩に当たる。翔鶴とは異なる種類のほのかな香りに、提督は放出しきったばかりの情欲が引き起こされるのを感じた。

 

「男のひとが……自分でするときって、ああいう感じなの? 手で握って、ごしごし、って」

「ん? ああ、まあそうかな。自分で握るわけだから、感覚はかなり違うが」

 

 瑞鶴は少し逡巡するように眼を泳がせたあとで、思いきった様子で言った。

 

「あのね……わたし、このあいだ、初めて自分でしちゃった」

 

 提督は瑞鶴を見た。恥ずかしそうに、瑞鶴がうつむく。

 

「ここで、か」

「うん……ここで。隣りに翔鶴姉が寝てたけど、こっそり」

「ふーん……ネタはなんだ」

「ねた?」

「おかずだよ。何を想ってしたか、ってことだ」

 

 瑞鶴は顔をしかめ、提督の胸を平手でぴしゃりと叩いた。叩いておいて、その胸にしなだれかかってくる。

 

「あのね……ホテルのときのこと。提督さん、ほら……瑞鶴の、舐めてくれたでしょ」

「ああ」

 

 瑞鶴は、提督の胸に頬をつけたまま見上げている。提督と眼が合うと、照れたように笑った。

 無意識にか、瑞鶴の両手がスカートの上から太腿の間を抑えつけている。もじもじ動かしながら、続けて言った。

 

「あのときの提督さん、すっごい一生懸命で、なんだか可愛かったなって思ったの。それで、可愛かったなって思ってたら、なんだか、あれ、すっごい気持ちよかったな……って思って」

 

 無言で、瑞鶴を見つめた。

 熱っぽい視線が返ってくる。

 提督はのしかかるようにして、瑞鶴をベッドに倒していた。

 

「あっ……ちょっ、ちょっ、ちょっと待って、まだ準備が──」

「俺が、やってやる」

 

 仰向けに転がしておいて、提督は瑞鶴の下半身に正対するように自らの躰をずらす。

 短いスカートの中へと、顔を突っ込んだ。

 瑞鶴は脚をばたつかせて抵抗しようとしたが、提督は両手で太腿をがっちりと押さえつけていた。

 

「ま、待ってってば……下、脱ぐから──」

「脱がなくていい」

 

 瑞鶴が両手を伸ばして提督の頭を押さえようとするのに構わず、その部分へと顔を寄せた。

 スカートの中は、女の濃厚な気配に満ちていた。

 白い小さな下着の中心には、わずかな濡れあとがついている。その部分へと、強く唇を押し当てて接吻した。

 瑞鶴が腰を震わせて悲鳴を上げる。

 

「ひゃっ──や、やだ、なんで、上から──」

 

 提督は、布地の上から丹念に、舌と唇で瑞鶴の秘裂を探った。ときに唇を強く押しつけるようにしながら、圧迫を加えていく。

 瑞鶴は敏感に反応する。布地のむこうの愛液のぬめりが増していくのが、提督にもわかった。

 

「やっ、ん……ちょっ……も、もう、変態なんだから……」

 

 両手で提督の頭を抱えてはいたが、押しのけるのとは逆の方向、自らの秘部に押しつけるような力の入れ方に変化していた。

 提督は硬くなった陰核を探りあて、下着の上から唇で挟みつけるように刺激を加えた。

 

「んんんっ──くっ、あ、んっ──」

 

 瑞鶴が、苦痛と快楽の入り混じった嬌声を上げた。

 すぐに力を緩めてやり、慰めるようにゆっくりと舐める。瑞鶴は深い溜息をつき、提督の舌の動きに合わせて腰を前後に動かした。

 

「んっ……きもち、いい、よ……そういうの、すき……」

 

 吐息混じりの声で瑞鶴が言う。

 提督は、クロッチ部分の脇の、布と素肌の境い目に舌を細かく這わせた。

 瑞鶴がびくびくと震えながら声を上げる。

 

「あっあっあっ、そこ、すっごい感じちゃう……! だ、め……!」

 

 提督は、下着の縁の部分を軽く咥えて持ち上げ、舌を挿し込んだ。湿った下着の内側に鼻面を突っ込み、秘裂にそって舌を往復させる。

 瑞鶴が激しく躰をよじらせた。

 

「んんんんっ……! いっ、あ……!」

 

 陰核を二度三度と舐めたてると、瑞鶴は高い声を上げて短く痙攣した。細身の躰が、弓なりに反り返っている。

 提督は下着の前を掴むと陰部の脇へと押しのけ、露出した部分へ本格的な舌での愛撫を開始した。

 ぴちゃぴちゃと、犬が水を飲むような唾液の音をたてて秘部を舐める。絶頂したあとしばらくは腰を引き加減にしていた瑞鶴も、すぐに快楽の深い箇所へと提督の顔を誘導した。

 

「はっ……あ……ん……きもち、いい……ていとくさんにぺろぺろしてもらうの、きもちいいの……」

 

 顔を激しく左右に振りながら、うわ言のように瑞鶴がつぶやく。

 ふと、傍らに気配を感じて提督は眼だけを上げて見た。

 ベッドに膝をついた翔鶴が、微笑んでいた。提督と眼が合うと悪戯っぽい表情で人差し指を口に当て、瑞鶴のはだけた胸もとにかがみ込む。

 そっとした手つきで、ブラジャーのフロントホックを外す。瑞鶴の控えめな、均整のとれた胸が露わになった。

 首を反らしたまま、後頭部を枕に押しつけるようにして喘いでいる瑞鶴は、翔鶴の行動に気がついていなかった。

 翔鶴が乳首を口に含んだところで、ようやく瑞鶴は頭を跳ね上げた。

 

「しょ、翔鶴姉……! なんで……!?」

 

 翔鶴が含み笑いをするように、わずかに肩を震わせる。もう片方の乳首にも、手を這わせていた。

 瑞鶴が息を詰める。

 機を逃さず、提督も瑞鶴の陰核を優しく吸った。吸いながら、舌先を蠢かせて転がすように刺激してやる。

 

「はっ、ああぁぁ……だめ、また、イッちゃう、イッちゃうよお……」

 

 甲高く叫びながら、瑞鶴が躰を痙攣させる。

 提督は舌での愛撫を緩めない。瑞鶴がふたたび弓なりに躰を反らした。

 翔鶴が、音をたてて瑞鶴の胸を吸った。顔を上げ、切なげな溜息をついて言う。

 

「可愛いわ……瑞鶴」

 

 その言葉に答えるかのように、瑞鶴の下腹がびくんと大きく脈打った。

 

 

 ◇

 

「このようなものを、お持ちになっていたんですね」

 

 袋から取り出したコンドームを両手でつまむように持って、翔鶴が言った。

 きまりが悪くなった提督は眼をそらし、顎を掻いた。

 傍らで、全裸に剥かれて横たわった瑞鶴が両腕で顔を覆い、呼吸を整えようとしている。幾度となく繰り返し達した余韻が強く残っているせいか、ふたりの会話を聞いている様子はない。

 

「お着けします」

 

 翔鶴は言って、コンドームの精液溜まりの部分を唇に咥えた。

 屹立している提督の陰茎に顔を寄せ、リング部分を被せながらすっぽりと口に含んでしまう。

 翔鶴は唇をすぼめるようにして数度ばかり顔を前後させ、口だけで器用にコンドームを装着させていった。

 どのようにして仕入れた知識なのか。提督は淫猥な行為を見下ろしながら、異常な昂ぶりを覚えていた。

 翔鶴が顔を離し、自らの仕事を検分するように眺めた。

 

「──うまく、できましたでしょうか?」

「ああ……上出来だ。ありがとう」

 

 提督が言うと、翔鶴が顔を傾けて笑った。その前の自分との性交で避妊具を着けようとしなかったことについて、尋ねもせず、責めもしない。

 性欲と勢いまかせだった内心を見抜かれたようで、提督はひどく気恥ずかしい思いがした。

 翔鶴がくすくすと笑いを噛み殺し、膝立ちになって提督の耳に顔を寄せた。むき出しの柔らかい胸が、提督の躰に直接触れる。

 小声で翔鶴が囁いた。

 

「今日はたぶん、大丈夫だから。……わたし毎日、体温、測ってるんです」

 

 提督は苦笑した。翔鶴も明るく笑う。

 やんわりと腰を押されるように誘導され、提督は瑞鶴の前に膝を進めた。

 翔鶴が瑞鶴の枕もとに手をついてかがみ込み、尋ねる。

 

「大丈夫、瑞鶴? 準備ができたけど、もう挿れられる?」

「あ……うん」

 

 顔を覆っていた腕をのけて、瑞鶴が言った。

 

「いつでも、いいよ。私も……挿れてほしい、から」

 

 膝を立て、大きく脚を広げた。

 愛液とも唾液ともつかない液体で、潤んでいた。裂け目からこぼれそうな(しずく)が、涙のようにも見えた。

 提督がラテックスに覆われた陰茎の先を秘裂にあてがうと、瑞鶴が言った。

 

「提督さん──翔鶴姉と、キスして」

 

 挿入を寸前で止めた提督は、瑞鶴の表情を確かめる。なぜだか妙に、切羽詰まった顔をしている気がした。

 

「お願い、ふたりがキスしてるところ見ながら、挿れられたいの」

 

 瑞鶴の口もとが、落ち着きなく震えている。すがりつくような眼で、提督を見ていた。

 視線をたち切り、提督は傍らの翔鶴の腰を抱いて引き寄せる。

 

「あっ……」

 

 短い声を上げ、翔鶴が提督に躰を寄せる。

 すぐに、唇を重ねた。

 提督は目を閉じ、舌を挿し出した。柔らかい唇を強引に割って侵入する。

 わずかばかりの抵抗をしていた翔鶴も、やがて諦めたように提督を受け入れ、口内で遠慮がちに応じてくる。

 提督が唇を離すと、翔鶴は瑞鶴に顔を向けた。

 

「瑞鶴……いいの? ほんとうに」

 

 低い声で問う。

 瑞鶴は、こくりと頷いた。

 その瞬間だった。

 翔鶴が、強い力で提督の首にすがりついてきた。唇を重ね、舌を妖しく動かして提督を求めてくる。

 乳房が形を歪めるほど、提督の躰にきつく押しつけられていた。

 提督は圧倒されていた。

 翔鶴の口内から、全身の肌から、むせかえるような女の熱と匂いが発散している。

 勢いに押されて、わずかに腰を引いた。瑞鶴の秘所に先端を埋没させるようにあてがわれていた陰茎が、滑るように外れてしまう。

 

「あら……」

 

 翔鶴が目ざとく見咎めて、くすりと笑う。手を伸ばして掴み、ふたたび入り口にあてがった。

 提督の耳に唇を触れさせ、囁く。

 

「挿れてあげて」

 

 瑞鶴と、提督の視線が絡んだ。

 複雑な感情が瞳に浮かんでいる。

 瑞鶴が頷く。

 なかば無意識のうちに、提督は腰を進めていた。

 

「んっ……く」

 

 瑞鶴の顔が歪む。

 腰を止めず、提督はひと息に貫いていた。

 濡れ方の著しい膣口とは違って、内部の潤いは十分ではない。瑞鶴の膣内のその狭隘(きょうあい)な構造が、提督の陰茎をきつく、痛みを伴うほどに締め上げてくる。

 提督は思わず、呻き声を上げた。

 

「こっちを向いて──提督」

 

 躰の持つ熱とは対照的な、ひんやりとした翔鶴の手が頬に添えられ、提督の顔を横向かせる。

 淫蕩な微笑みを口もとに浮かべた翔鶴が目を閉じ、小さく舌先を差し出した。

 濡れた光で、煌めいていた。

 提督は反射的にむしゃぶりついた。柔らかく、甘い。

 片腕で、翔鶴の腰を強く抱き寄せる。同時にもう片方の手で瑞鶴の腰を掴み、動作を開始した。

 

「んっ……くっ……あ、はっ……」

 

 顔を歪めたまま、瑞鶴が苦悶の声を漏らす。

 膝を瑞鶴の腿の下に差し入れるようにして腰を上げさせながら、提督は細かく動作する。

 ラテックスを隔てた先の、ぎちぎちとしたきつい感触が、しだいになめらかなものに変化していく。

 

「はぁ、んっ……あっ……やっ、ん……い、あっ……」

 

 瑞鶴の声に、隠しようもない快楽の気配が混じりはじめていた。

 唇を合わせたまま、翔鶴が横目で瑞鶴の様子を窺っている。

 提督は翔鶴の腰を抱いた手を下げ、豊かな尻を鷲掴みにした。

 

「きゃっ──や、もう……」

 

 さすがに驚いて背筋を伸ばした翔鶴が、悪戯な子供をたしなめるような眼で提督を睨む。睨みながらも、いっそう躰をすり寄せてきた。

 媚びの含まれた動きで、自分の胸の先端を提督の胸にこすりつけてくる。

 提督は顔を下げ、乳首を口に含んだ。固くなったその部分を舌で優しく転がし、吸った。翔鶴の甘い匂いが、口腔内に満ちる。

 

「ん……ふふ……」

 

 翔鶴が小さく笑って、提督の頭を髪の上から撫でた。愛しげな手つきだった。

 繋がったままの瑞鶴が、不意に腰を揺すって身悶えした。

 

「んん……ねぇ、もっとぉ……」

 

 わずかに提督の腰の動きがおろそかになっただけで、ひどく焦らされた気分になっているようだ。

 提督は翔鶴の胸から口を外した。

 瑞鶴を抱えなおし、動作を大きく、激しいものに変える。

 背を反らすようにして、瑞鶴の内側の天井を突き上げる。これまでに、瑞鶴の内部では刺激したことのない部分だった。

 

「ひ、あっ……! そ、そこ……すご、い……すごい、きちゃ、う……!」

 

 瑞鶴が首を振った。無意識になのか、提督のリズムに合わせるように腰を動かしている。

 提督は瑞鶴の下腹に、片手で触れた。強くなりすぎないように注意しつつ、外側から、内側の陰茎とで挟み込むように圧迫を加える。

 さらに激しく、瑞鶴は乱れた。

 部屋の外にまで聞こえるのではないかというほどに激しい息遣いで、喘いでいる。

 横から、翔鶴が手を差し伸べてきた。

 愛液に指を濡らし、繊細な手つきで陰核を刺激しはじめる。

 瑞鶴は、わけがわからなくなりはじめていた。ときおり、下肢をびくびくと痙攣させるように動かしている。

 

「ほんとうに、可愛いわ……瑞鶴」

 

 魅入られたように瑞鶴を見つめながら、翔鶴が言った。

 提督に、兆しが這いのぼってきた。

 瑞鶴はすでに、幾度も絶頂を繰り返している。

 提督は、爆発させた。

 動きを止め、陰茎を包む被膜の中に精を放っていく。

 息を整えていると、翔鶴が密着してきた。

 

「提督……今度は、わたしのなかに……なかにまた、ください」

 

 提督は息をつき、翔鶴の光る眼を見つめた。

 

 

 ◇

 

 ふたつの尻が、眼前に並んでいる。

 提督が抱えているのは、より肉づきの豊かな、翔鶴の尻のほうだった。

 秘部に挿し込まれた陰茎が、ぬらぬらと白く濁った愛液にまみれながら前後に出入りしている。

 避妊具を着けていない、剥きだしの状態だ。

 膣の内壁の絡みつく感触の心地よさに、提督は下半身が溶けていくような満足感を覚える。どれほど薄く、密着する素材であったとしても、やはりこの粘膜と粘膜がこすれ合う感覚に勝るものはない。

 挿入直後にすでに一度達してしまった翔鶴は、今は拳を噛むようにして声を押し殺し、必死に耐えている。

 横に並んで膝をついた瑞鶴が、じっと翔鶴のその顔を見つめながら尋ねた。

 

「翔鶴姉、気持ちいい?」

 

 翔鶴はきつく目を閉じたまま、無言で繰り返し頷く。

 瑞鶴が、熱っぽい吐息を深々とついた。翔鶴に比べると小ぶりの、それでも丸みのある可愛らしい尻が、提督の眼前で揺れている。

 提督は手を下げ、瑞鶴の濡れた秘裂に中指を挿し込んだ。

 

「ひゃ、んっ……も、もう、提督さん、いきなりは、ダメだってばぁ」

 

 びくりと瑞鶴が躰を震わせ、振り返って提督を見ながら抗議の声を上げる。

 言いながらも、提督が内部を探るように掻きまわすと、甘えた声を出しつつ尻を持ち上げ加減にしてくる。脚の間に手を差し伸べ、提督の手に重ねるようにして自ら陰唇を刺激しはじめた。

 提督は予告なく、翔鶴から陰茎を引き抜いた。

 

「ん、うぅん……!」

 

 背を反らした翔鶴が、突然の中断にむずかるような声を上げた。

 提督は躰を横にずらし、白濁した愛液に濡れた剛直を、瑞鶴の秘部に突き立てる。

 

「んっ! あっ、ちょ……ダメ、だよぉ……翔鶴姉と、してたんじゃん……」

「おまえはこの体勢でしたこと、なかっただろ。後ろからも試してみたくなってたんじゃないのか」

「んっ、んっ、んっ……それは、そう、だけどぉ……」

 

 背後から提督に突かれながら、瑞鶴は翔鶴に顔を向ける。

 

「ごめんね、翔鶴姉……また、じゃま、しちゃって……」

 

 翔鶴は笑って首を振った。提督を横目でちらりと見やると、瑞鶴に唇を寄せる。

 軽い音をたてて、接吻した。

 瑞鶴は目を丸くしていた。

 ややあって、瑞鶴は自分から唇を寄せた。

 ふたりが、ちゅ、ちゅ──と、繰り返し唇を合わせている。

 粘つくような性愛の雰囲気とは違う、どこか微笑ましさすら感じられる光景だ。

 提督はしばらく、ふたりの妨げにならないよう、律動を控えめなものにしていた。

 頃合いを見て瑞鶴の腰を抱えなおし、ペースを速めた本格的な抽送を開始した。

 きつく締め上げる瑞鶴の膣内の、その最奥を徹底的に突き立てる。

 瑞鶴が、激しく乱れていく。

 

「あっ……あっあっ……! ていとくさんのかたいの、すごく、あたる……おくに、あたるの……!」

 

 勢いあまって達してしまわないように注意をはらいつつ、提督は腰を押しつけるように動作させる。

 瑞鶴が、短く震えだす気配が伝わった。

 すかさず陰茎を引き抜いた。

 引き抜いた刺激で、瑞鶴は達したようだった。尻を掲げたままベッドに突っ伏すと、びくびくと全身を震えさせた。

 そのまま、翔鶴へと提督は矛先を向ける。

 待ちわびていたように提督を迎え入れてきた。

 挿入する際に、愛液と空気が混じりあって卑猥な音をたて、翔鶴の内部が温かく提督に絡みつく。

 加減せず、激しい動作を開始した。

 たちまち、予感が這いのぼってきた。

 すでに今夜は幾度も放出しているというのに、もう長くはもちそうにない。

 背を重ねるようにして提督がそれを告げると、翔鶴は顔を上げて必死に振り向こうとした。

 

「出して……出して、わたしのなかに、いっぱい、あなたを……」

 

 切羽詰まった口調で言って、促すように腰をくねらせる。

 提督は誘われるままに爆ぜた。

 強烈な快感に、意識が遠のきかける。

 

 

 ◇

 

 夜が白みかける時刻になっていた。

 提督の肩口に顔を乗せて、翔鶴が静かな寝息をたてている。

 反対側の肩に、瑞鶴がぴったりと寄り添っている。

 瑞鶴はまだ起きていた。じっと、大きな目で提督を見つめていた。

 

「私ね──」

 

 唐突に、瑞鶴が口を開いた。

 提督が顔を向けると、まっすぐに眼を合わせてきた。

 

「──私、翔鶴姉に提督さんを獲られちゃうじゃないかって、怖くなった。それで、戻ってきたの」

 

 そう言って、提督の肩に口づけする。自嘲するような笑みを浮かべ、続けた。

 

「馬鹿だよね。瑞鶴が自分で、翔鶴姉が提督さんとくっつくように仕向けたのに。笑っちゃうよね」

「──俺は、おまえたちのことを似てない姉妹だと思っていた」

 

 脈絡のない提督の返答に、瑞鶴が眉をひそめる。構わず、提督は続けた。

 

「おまえたちは、そっくりだ」

「……そう? そんなふうに言われたこと、ないよ」

「そっくりだよ」

 

 提督は翔鶴を見た。

 胸の上で、翔鶴は規則的な呼吸音をたてている。不自然なほどに、規則的な。

 

「鶴が狸寝入りか、翔鶴」

 

 言って、提督は翔鶴の剥きだしの尻を軽く叩く。

 翔鶴が目を閉じたまま、口もとをほころばせた。寝たふりを続けながら、提督の胸の上へ手を差し伸べる。

 瑞鶴の手が、応じて差し伸べられた。

 提督の躰の上でふたつの手が重なり、強く、握り合う。

 提督は目を閉じた。

 空母たちが夜通しの任務から帰投するまで、まだ数時間ほどある。帰還の報告は、執務室に戻って受けなければならない。少しでも寝ておいたほうがいいだろう。

 女たちの柔らかい唇が、提督の躰に触れていた。

 

 

 



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大馬鹿

「要するに、浮気ってことでしょ。間違いないわ」

 

 切って捨てるように叢雲がそう言うと、部屋の両側にある二段ベッドから、第十一駆逐隊の面々の視線が集中した。

 叢雲から見て右側のベッドの下段、布団の上で膝を抱えて座っている初雪が、興味を失ったように眼をそらした。

 同じベッドの上段で胡座をかいている深雪は、腕組みをして叢雲を眺めている。叢雲と視線が合うと、何か文句でもあるのか──と言いたげに口を尖らせた。

 逆側のベッドの下段で、ひとりきちんと膝を揃えて座っている白雪が、沈黙を破って言った。

 

「仮に浮気だとして、どうするつもりなの──叢雲」

 

 白雪の表情はいつものように落ち着いているように見えたが、叢雲を見る眼には不安さが滲んでいた。

 叢雲は答えて言った。

 

「私は、抗議しに行こうと思ってる。明日にでも」

「抗議? それって、まさか──」

「そう、執務室に行くつもりよ。あいつに、直接抗議する」

 

 白雪はベッドの上を仰ぎ見て、深雪と顔を見合わせる。

 初雪が、横目で叢雲を見ていた。小さく溜息をついたのが、叢雲にはわかった。

 

「何か言いたいことでもある? 初雪」

 

 叢雲が問うと、初雪は横目で冷ややかな視線を送ってきたが、すぐにまた眼をそらした。

 

「べつに……ないけど」

 

 近頃の初雪は、叢雲が吹雪の話題を出すたびに、いつでもこんな調子だった。ただでさえ愛想がないのが、いっそう無愛想になって怒っているようにさえ見える。

 ベッドの上段で、深雪が口を開いた

 

「でもさ、浮気って決まったもんでもないんだろ? 夜中に執務室に入っていった艦娘が、明け方に出ていったってだけじゃあなぁ」

「それじゃああんたは、ふたりっきりで何をしてたと思うのよ」

「……極秘任務の指令、とか?」

「秘書艦の吹雪をわざわざ部屋から追い出して? ふたりっきりで夜中に何時間も? よっぽど極秘の任務ね」

 

 叢雲が皮肉混じりに言うと、深雪は腕組みをしたまま首をしきりにひねった。

 

「うーん……でも、証拠がないじゃんか」

「状況証拠って言葉、知ってる?」

 

 叢雲の言葉に深雪が顔をしかめたところで、白雪が割り込んだ。

 

「状況証拠で人は裁けないわ、叢雲」

 

 白雪がめずらしく、普段の優しげな細い眉をひそめていた。

 両手を小さく広げ、叢雲は返して言う。

 

「なにも、裁こうだなんて思ってない。そうね……あくまで警告よ。これ以上吹雪の存在を軽んじないように、っていうね」

「吹雪ちゃんの、存在」

「そうよ。あいつと吹雪の関係については、証拠なんて要らないぐらいにはっきりしてる。あなただってそれは認めるでしょ」

 

 白雪は眉をひそめたまま下を向いた。

 叢雲が言い募ろうとした矢先に、深雪がベッドの手すりにもたれながら、上体をなかば乗り出して言う。

 

「それなんだけどさ、そっちのほうだって、べつにそこまではっきりはしてないぜ。──あのふたりって、付き合ってるって決まったもんでもないんだろ?」

「はぁ?」

 

 叢雲は思わず間の抜けた声を上げ、深雪を見上げた。

 

「なに言ってんのよ。あれで付き合ってないとか、ありえないでしょ。あんた、あのふたりの何を見てるのよ」

「いや、ふたりがそれなりに深い仲──深いっていうのかな、なんかあんだろーなー……とは思ってるよ。けど、それでも付き合ってるとは断言できないじゃんか。仕事以外で、デートしてるとかそういうこともないみたいだし」

「深雪……あんた、自分で吹雪に言ってたじゃない。『彼氏がいるやつはいいよな』って。忘れたの?」

「ん……あれはまあ、冗談ていうか──口が滑っただけだっつったじゃんかよ。しつこいなあ、叢雲は」

 

 深雪は口ごもり気味に言って、頭の後ろを片手でわしゃわしゃと掻いた。

 睨みつけるようにベッドの上段を見上げていた叢雲は、白雪の小さな咳払いに視線を引き戻される。

 白雪は顔を上げていた。

 

「ねえ叢雲、一度吹雪ちゃんに話してみるのは、どう?」

「話すって……何をよ」

 

 白雪が小さく頷いて言う。

 

「私たちが今、知っていること、考えていること、そういったのを、ぜんぶ。そうしたら吹雪ちゃんも、私たちに言えなかったことを──」

「駄目よ」

 

 白雪が言い終わるのを待たず、叢雲は首を振って否定した。

 

「駄目って、なぜ?」

 

 白雪だけでなく、深雪と初雪も揃って叢雲を見ていた。

 叢雲は腕組みをして言う。

 

「吹雪がそのことを私たちに話さないのは、あいつに口止めされてるからよ。それなのに私たちが、『こっちが話したんだからそっちも話せ』って具合に迫ったら、あの子は完全に板挟みじゃない。苦しめるだけだわ」

 

 白雪が、無言で床に視線を落とした。深雪は宙を睨むようにして天井を見上げ、初雪は小さく溜息をついて顔をそむけた。

 叢雲は自分に言い聞かせるように言う。

 

「どちらにしろ、私は明日の午後にでも執務室に行くつもりよ。浮気疑惑の一件も含めて、吹雪のことをきっちりするように、話をつけてくる」

 

 

 

 十一駆の部屋から廊下に出た叢雲を、あとに続いて出てきた白雪が呼び止める。

 叢雲は振り返って言った。

 

「なに、まだなにか用?」

「ううん、べつに用ってわけじゃないけど……今夜は、こっちで寝ないのかなって」

「まあね。たまには自分の部屋で寝ないと」

 

 叢雲の本来の部屋は十一駆の部屋の隣り、いわゆる『十二駆の部屋』である。とはいっても艦娘として着任済みの十二駆所属は叢雲だけであり、現状では実質的なひとり部屋となっている。

 半年ほど前から、執務室に隣接する秘書艦用の控室で吹雪が寝起きしだし、それに代わるように叢雲が十一駆の部屋で寝るようになった。『前世』で叢雲が十一駆に所属していた縁もあって白雪が提案し、それに当の吹雪が強く同意したという流れだった。

 使うベッドは白雪の上段、吹雪が使用していたものだ。

 それでも十二駆の部屋には、週に一度は戻るようにしている。使っていないと寝具に埃が溜まりそうな気がするし、自分の所属を完全に十一駆にしてしまうというのにも、どことなく気後れのようなものを感じていた。

 白雪が、叢雲を上目遣いに窺いながら言う。

 

「……怒ってる?」

「べつに怒ってないわ。そもそも怒る理由なんてないし」

 

 実際のところ、白雪たちの態度に若干のもどかしさを感じているのは事実だった。ただ、告げるほどのことではない。

 白雪が目を伏せるようにして、ほんのわずかだけ頭を下げた。

 

「ごめん」

「なんで、あなたが謝るのよ」

「私たち、何もできていないから。叢雲にずっと頼りっぱなしで」

「いいのよ、べつに。──想いは一緒でしょ」

 

 顔を上げた白雪に、叢雲は頷いてみせる。

 

「あなたも私も、それから深雪と初雪も、みんな吹雪のことを応援してるって、わかってる。好きな男とうまく付き合っていってほしいって、そう願ってる。──でしょ?」

 

 叢雲の言葉に、白雪が微笑む。叢雲も微笑み返したが、白雪はすぐにまた目を伏せてしまった。どこか憂いを帯びた様子なのが、叢雲は気にかかった。

 

「どうかしたの──白雪?」

「うん……」

 

 白雪は少しためらったのちに、叢雲を見て言った。

 

「叢雲……本当に、大丈夫? 明日、司令官に話をつけてくるって……」

「ああ──それね。大丈夫よ、ちょっとお灸を据えてやるだけだから。火遊びしたら火傷するってことを、誰かが教えてやらないと」

 

 叢雲は少しおどけたように言ってみせたが、白雪は不安げな表情のままだった。

 

 

 ◇

 

「あんたは大馬鹿者の、浮気者よ」

 

 叢雲が言い放つと、提督は手に持ったマグカップに口をつけたまま顔をしかめた。ひとり掛けのソファーにもたれていた躰を前傾させ、テーブルにカップを置く。カップの中のコーヒーの液面からは、ほのかな湯気が上がっていた。

 

「いきなり、なんだ」

「自分の胸に訊きなさい。心当たりがないとは言わせないわ」

 

 提督は困ったように眉を寄せ、首筋を掻いた。

 

「心当たりとは、浮気のか」

「そうよ。どの艦娘とのことを言ってるのかわからなくて、困ってる?」

 

 叢雲は提督を睨みつけて言う。提督は片手で抑えるような仕草をした。

 

「まあ待て。順を追って話をしよう」

「順を追う? いいわよ。吹雪とあんたはいつから、どういう経緯で、()()()()()()になったのか、聞いてあげる」

 

 提督は顔をしかめた。

 

「手厳しいな」

「男として最低なことをしておいて、それでもみんな優しく接してくれるとでも思ってたの? この愚か者」

 

 叢雲は長ソファーにそっくり反るようにして言った。文句をつけるにしても、ずいぶん居丈高な態度であると自分でわかっていたが、この男と話すときにはいつも、なぜだかこうした話し方になってしまう。

 どことなく馴れ合いめいた雰囲気が出てしまうのが嫌ではあるのだが、艦娘として着任して以来染みついた習慣ゆえに、簡単に変えられそうにはない。

 提督は苦笑し、首を振った。

 

「わかった。俺が大馬鹿者であるとして、おまえの言い分を聞こう」

「浮気のほうは認めないってこと?」

「その様子だと、それなりに確信がありそうだ」

「少し、調べさせてもらったわ」

「なら、否定しても無駄だろうな」

 

 提督は、余裕のある様子でそう言った。

 いつもの馴れ合いになりかけていることを悟って、叢雲は唇を引き締める。

 

「茶化さないで。──つまり、浮気は認めるってことね」

「どうだろうな。複数の艦娘と関係を持ったのは事実だが」

 

 提督はあっさりと言ってのけ、少し間を空けてから続けて言う。

 

「それを浮気と呼んでいいのかは、微妙なところだ」

「……なぜよ」

「俺は、特定の誰かと婚約やら結婚やらをしているわけじゃない」

 

 叢雲は息を呑んで、提督を見つめる。悪びれた様子もなく、提督が見返してくる。

 

「怒ったか?」

「あんたは、わざと私を怒らせようとしてる」

「そうでもない。事実ではある」

「……吹雪は、あんたと付き合ってると思ってるかもしれない。そうやって誤解させたままなら、浮気よ」

「なら、本人に訊きに行け。今もまだ工廠にいる」

 

 提督は、執務室の窓へと軽く顎をしゃくって言った。叢雲の位置からは見えないが、窓の先には工廠の建屋があるのだろう。

 吹雪は朝から、秘書艦として建造の立ち会いで工廠にいるということだった。

 新しい艦娘は現代の基本的な知識とそれなりの運動能力を持たされて建造されるのだが、建造直後は人間に近いこの姿への適応が完了していないのか、歩行すらままならないのが普通だ。新規着任の艦娘の世話をするのが、秘書艦としての吹雪の仕事のひとつである。

 今現在進行中の建造は、午後になってもまだ完了していないようだが、生真面目な吹雪は朝から工廠に詰めて待ち構えているらしい。

 叢雲は息をつき、ふたたび提督を睨んだ。

 

「誰とも付き合ってないから、誰と寝ようが自分の勝手──あんたが言いたいのはそういうこと?」

「俺とその相手の、意志の問題だ。違うか?」

「ずいぶんと、男ばかりに都合のいい理屈に聞こえるわ」

 

 叢雲は横を向いた。腹立たしかったが、ここで怒りを露わにするのは、この男に負けたような気がする。

 

「おまえは俺に、何を言いに来たんだ──叢雲」

 

 問われて、叢雲は提督に向きなおった。重ねて提督が言う。

 

「俺が複数の艦娘と寝ている──それが事実かどうか、ただ確認しに来ただけなのか。言いたいことがあるなら、はっきり言えばいい」

「……吹雪を、正式にあんたの彼女にしなさい。そしてもう、あの子の存在を軽んじるようなことはしないで」

 

 叢雲は絞り出すように言った。提督はしばらく沈黙したのち、答えた。

 

「なぜ──吹雪なんだ」

「なぜ、ですって──」

 

 叢雲は一瞬、我を忘れて大声を上げそうになった。拳を握りしめて、なんとか耐えた。深呼吸をひとつしてから、言う。

 

「それこそ、自分の胸に訊けばいいじゃない。……私は、好き合ってる者同士が付き合うのは、いたって自然なことだと思ってるけど」

 

 提督は黙ってテーブルの上のマグカップを見つめていた。やがて、静かに言う。

 

「もし俺がその要求を断るなら、おまえはどうするつもりだ」

「軽蔑するわ、あんたを」

 

 提督が顔を上げた。

 

「それだけか」

「……私の仲間たちに、あんたが本当はどういう人間なのか、知ってもらわないといけない。それから、上のほうの人たちにも」

「上のほう?」

「そうよ。軍令部や、大本営の人たちにも知らせてやる。軍の機材である艦娘を、ただの司令官にすぎないあんたが、まるで私物のように扱ってるってね。指揮官不適格よ。さぞかし、偉い人がお怒りになることでしょうね」

 

 提督が眉間に皺を寄せ、険しい視線で叢雲を見据える。叢雲は気後れを感じて、口をつぐんだ。

 提督は急に真剣味の増した口調で言う。

 

「ほかの艦娘に話すのは、おまえの好きにしろ。だが、軍令部や大本営はやめておけ。いいように利用されるだけだ」

「え──」

 

 絶句した叢雲に構わず、提督が続ける。

 

「上の連中には、俺たちが何かヘマをやらかすのを手ぐすね引いて待ってるのもいる。セックスに関するスキャンダルなぞは、奴らの大好物だろうよ。俺の首が飛ぶのは当然として、お前たち艦娘の立場までが危うくなる」

 

 叢雲は立ち上がっていた。拳を握りしめたまま、提督に言う。

 

「それはつまり、本当に断るってこと?」

「俺が誰と付き合うかは、おまえに言われて決めることじゃない。吹雪が誰と付き合うのかも、同じことだ」

「そう──それが、あんたの答えね」

 

 提督が静かな眼で、叢雲を見上げてきた。その顔にむかって、叢雲は吐き捨てるように言った。

 

「あんたはきっとまだ、真面目でまともなところがある男だって思ってた。どうやら、私の見込み違いだったようね」

「ご期待に添えず、悪かったな」

「──この、大馬鹿者」

 

 叢雲は提督に背を向け、執務室を出た。

 

 

 ◇

 

 叢雲が見上げた空は、鉛色に曇っていた。

 鎮守府本棟の屋上庭園には、ほかの艦娘の姿はない。晩秋のこの季節でも、晴れた日の昼食時には少なからぬ数の艦娘たちが芝生の上で手弁当を広げているものなのだが、夕刻、日没も間近なこの時間帯に、この空の下ではそのような光景はありようもない。

 叢雲は、階段室の脇にある木製のベンチに腰掛けていた。屋上の出入り口や広い芝生の場所からは死角となっており、ひとりで考えごとをするのには好都合な場所だった。

 空を見上げた目を閉じ、叢雲は幾度目かの溜息をつく。

 

 ──どっちが、大馬鹿者なんだか。

 

 昨夜白雪たちに大見得を切って、執務室に乗り込んだはいいが特筆すべき収穫はなかった。せいぜいが、複数の艦娘との関係を認めさせたことぐらいだ。

 叢雲の想定していた話し合いの流れでは、あの男が浮気の言い訳を何のかんのとしようとして、それを叢雲が一喝し、最終的に吹雪との交際の言質を取りつける──というものだった。

 浮気の一件を徹底的に追及する気など、もとからなかった。上層部への報告の話など、ほとんどその場かぎりのでまかせである。

 抗議の目的はただひとつ、吹雪との交際を認めさせることだった。

 それをあの男が拒否したことで、すっかり頭に血が上ってしまったのだ。

 

 ──ほんと、呆れるくらいの大馬鹿。

 

 叢雲は溜息をつく。その思いが向けられた先は提督なのか自分なのか、あるいは別の誰かなのか、叢雲自身にも判然としていなかった。

 海からの風がひときわ強く吹き、叢雲の色素の薄い銀髪を乱す。

 二の腕を抱え込むようにして、叢雲は身を縮めた。階段室しか遮蔽物のないこの場所は、同じ屋外でも地上よりずっと躰が冷える。

 

「上着、持ってくればよかったわ……」

 

 執務室から自分の部屋に戻らずそのまま屋上に来た叢雲が着ているのは、薄い制服一枚きりだった。今の季節には薄着すぎるだろうかとは思ったのだが、館内は空調が効いていたせいで高をくくっていた。

 実のところ、叢雲は寒いのが苦手だ。艦娘として得たこの躰でひどく不便に感じることのひとつが、気温の変化に敏感すぎるということだった。

 出撃時であれば艤装の効果で、温冷感を含めた諸感覚や身体的欲求が極端に鈍麻されているのだが、生身の今はこうして寒さに身を縮めることになる。

 思考は、さっぱりまとまらなくなってしまった。

 

 ──もう、戻ろうかな。

 

 折り曲げていた上体を、叢雲は起こしかけた。

 その瞬間、両肩にふわりとした布地が触れた。

 振り返ると、叢雲の座るベンチのすぐ後ろに吹雪がいた。いつものようにやわらかく微笑んで、わずかに前屈みの姿勢で立っている。

 叢雲の肩に掛けられたのは、グレーのカーディガンだった。

 

「やっと見つけた、叢雲ちゃん」

 

 そう言うとベンチを跨ぎ越え、叢雲の隣りに腰を下ろす。

 

「吹雪……どうして、ここに」

「どうしてここには、こっちのセリフ。──ほら、ちゃんと袖も通して。風が強いんだから」

 

 吹雪は言いながら叢雲の手を取り、羽織らせたカーディガンの袖に通そうとする。吹雪自身は叢雲の五分袖よりも短い半袖の制服姿である。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ。これ、あんたが着てきたんでしょ。私は平気だから──」

「もう、また無理しちゃって。叢雲ちゃんが寒そうに縮こまってるの、ばっちり見てたからね」

「でも、あんたが」

「私は平気。寒いのには強いから」

 

 吹雪は制服の袖をまくり上げ、二の腕を見せる。たしかに、鳥肌も立っていなかった。

 仕方なく、叢雲はカーディガンの袖に腕を通す。先ほどまで吹雪が身に着けていたのだろう、ほんのりと暖かかった。

 

「──あんた、工廠で仕事だったんでしょ。そっちは終わったの?」

 

 叢雲が訊くと、吹雪は頷いた。

 

「うん、いちおうね。ついさっき、ひと区切りついたから」

「ってことは、新しい艦娘が」

「そう、建造完了──狭霧ちゃんだよ。特型駆逐艦の十六番艦だから、私たちの妹」

 

 心底から嬉しそうな笑顔で、吹雪が言った。

 狭霧──と叢雲は小さくつぶやく。どこか懐かしい響きであるような気がした。おそらくは『前世』で縁があったのだろう。

 上機嫌そうな吹雪の様子を見ていると、叢雲もつられて微笑みそうになる。慌ててそっぽを向き、皮肉な調子をつくって言った。

 

「──その大事な妹をほっぽらかして、こんなとこで油を売ってていいのかしらね。建造されたばかりじゃ、ろくに躰も動かせないんでしょ」

「うん。でも、建造が終わってからずっと天霧ちゃんが付きっきりだから。狭霧ちゃんにぴったり張りついて、暑くないか寒くないか、欲しいものはないかって、ちょっと過保護すぎかもってぐらい」

 

 吹雪は晴れやかに笑って言った。

 特型駆逐艦の十五番艦である天霧は狭霧のひとつ上の姉妹艦で、こちらも艦娘としてはつい先日着任したばかりの新参といえる。

 その天霧にとって狭霧は、艦娘として初めての『妹』だった。

 叢雲はふと、笑みを漏らしてしまった。

 

「私のときのあんただって、同じだったわ」

 

 そう叢雲が言うと、吹雪は照れたようにうつむく。

 艦娘として、叢雲は吹雪にとって最初の吹雪型の『妹』だった。

 殺風景な工廠の建造部屋で目を覚ましたときの、最初に視界に入ってきた吹雪の表情を、今でも叢雲は忘れようもない。

 ベンチに並んだまま、叢雲と吹雪はしばらく視線も合わさずお互いに黙ったままでいた。

 やがて、叢雲から口を開いた。

 

「──それで、私に何の用? あいつに言われて来たのよね」

 

 そう言って叢雲が見やると、吹雪は小さく首を傾げるようにした。

 叢雲は続けて言った。

 

「とぼけないで。あいつから聞いてるんでしょ」

「あいつって……司令官?」

「そう。説得でも頼まれた?」

 

 吹雪は首を横に振った。

 

「執務室にはさっき行ったけど、司令官からは叢雲ちゃんのこと、何も聞いてないよ。私が建造の件を報告しただけ」

「でもあんたは、私を探して来たんじゃ──」

「聞いたのは、初雪ちゃんから。そのあとで、白雪ちゃんからも」

「え……」

「初雪ちゃんが、工廠に来てね。叢雲ちゃんがいろいろ大変そうだから、ちょっと話をしてやってって、それだけなんだけど」

 

 叢雲は言葉を失う。昨夜の初雪の無関心そうな様子からは、想像しにくい話だ。

 

「それで、部屋にいるかなって思って寮のほうに行ったら、白雪ちゃんがいて。やっぱり叢雲ちゃんのこと、すごく心配してた」

「そんなの……」

 

 話があべこべじゃない──という言葉を、叢雲はうまく吐き出すことができなかった。心配されているのは自分ではなく、吹雪だ。

 叢雲は目を閉じ、自分を落ち着かせて言った。

 

「──白雪は、あんたに話したの? 私が執務室に行ったことを」

「うん、聞いた。司令官に抗議しに行ったって」

「……何に対しての抗議か、ってことも?」

「ううん、それは聞かなかった。でも……わかってる。何に対する抗議かってこともそうだし、それを私に知られないようにしてた理由も」

 

 膝の上で握りしめられていた叢雲の手に、そっと触れてくる感触があった。

 

「叢雲ちゃん、ありがとう……それに、ごめん」

「なんであんたが、謝るのよ。あんたは何も、悪くないじゃない」

「ずっと、みんなに話さなきゃいけないこと、黙ってた。みんなが優しくて、それに甘えてた」

「そんなの、他艦(ひと)に話してまわるようなことじゃないわ。あんたが何も言わなくたって、私たちにはわかってた」

「うん……でもね、だからこそ、私はきちんと話さなきゃいけなかったと思う。私がそうしなかったから、叢雲ちゃんにつらい思いをさせた」

「私は、つらくなんか──」

「司令官のことも、誤解させた。司令官がしていることは、叢雲ちゃんが考えたような、そういうこととは違うの」

 

 叢雲は目を開いた。

 いつの間にか、日がほとんど沈みかけている。ふたりの周囲にはすでに、蒼暗い夜の色が落ちていた。

 陰を濃くした吹雪の顔を、叢雲は見つめる。

 叢雲の手を強く握り、吹雪は言った。

 

「私が頼んだことなの──みんなを、抱いてくださいって」

 

 

 ◇

 

 部屋のベッドに躰を横たえた叢雲は、布団の中で幾度目かの寝返りをうつ。

 照明を落とした十二駆の部屋は暗かったが、すでに目が慣れていて、枕元に置いた目覚まし時計の文字盤をはっきりと見ることができた。

 もうすぐ、午後12時になろうとしている。

 屋上から逃げるように部屋に戻ってきてすぐにベッドに入ったのだから、6時間近く横になっていたことになる。動揺のあまり時間感覚が狂っているのかもしれないが、それほど長時間が経っているようには思えなかった。自覚はなかったが、少し寝てしまったのかもしれない。

 

 ──12時。

 

 その事実が、叢雲の胸の内に不安となってこびりついた。

 いっそのこと熟睡してしまって、翌朝になっていればよかった──懊悩しながら、叢雲は枕に顔を押しつける。

 

『どうして?』

 

 屋上で吹雪に問いかけた自分の声が、脳裏に響いた。

 

『どうしてなのよ──吹雪。どうしてそんなこと、頼んだの。そんなのぜったい、間違ってる』

『理由は、いろいろなんだよ。ひと言じゃ説明できないぐらい』

 

 そう答えた吹雪は、どこか遠くを見ているようだった。

 

『──それに、それが間違いだなんて、私は思ってない』

『そんなの……嘘よ。ぜったい、つらいに決まってる。好きな男が自分以外の、ほかの艦娘と寝るのを認めるなんて、そんなこと……』

 

 叢雲はベンチから立ち上がっていた。それ以上吹雪と話していると、自分が何を口走ってしまうかわからなくなっていた。

 吹雪は小さく唇を噛み、眉をひそめて叢雲を見上げてきた。悲痛なものを含んだ眼だった。

 

『だから、わかってほしいの。叢雲ちゃんにも』

『なにが、だからなのよ……! 意味がわかんない──わかりたくもない。あんたが何を考えてんのか、私にはさっぱりわかんない』

 

 叢雲は吹雪に背を向けた。駆け出そうとしたところで、背後から吹雪が言った。

 

『叢雲ちゃん、今夜、執務室に来て。今夜の──12時に。来てくれれば、きっと叢雲ちゃんにもわかる──』

 

 時計の長針が、ぴったりと短針と重なった。叢雲の意識が、暗い室内に引き戻される。

 絶対に行くものか、行ってやるものか──部屋に戻ってきてからずっと、そう考えていた。

 叢雲は布団をはねのけ、ベッドの上で上体を起こす。そわそわと落ち着かない気分で、とてもこのまま寝られそうにはなかった。

 

 ──まさか、吹雪。

 

 叢雲の脳裏に、睦み合う提督と吹雪の姿がよぎる。抱き合って笑いながら、口づけを交わしている。叢雲はきっと、それを部屋の隅で眺めているだけで──

 慌てて顔を覆い、すぐさま頭を掻きむしった。胸の中が、嵐の直前の海のように不穏にざわめいていた。

 立ち上がり、部屋の端にある机の前まで歩いていく。

 椅子には、グレーのカーディガンが掛かっていた。屋上で吹雪に着せかけられたまま、返すのも忘れて部屋に持ち帰ってしまっていたのだ。

 叢雲は大きく息を吐くと、カーディガンを取り上げて机の上に広げた。前のボタンをひとつだけ合わせ、丁寧に全体を伸ばす。

 皺にならないよう注意して袖を折りながら、叢雲は思った。

 ふたりはきっと、執務室の扉に鍵を掛けているだろうと。

 そうであれば、自分は黙ってこの部屋に戻ってくればいい。そのときにはきっと、熟睡できるような心持ちに戻っているに違いない。

 叢雲はほとんど祈りながら、ことさらにゆっくりとカーディガンを畳んだ。

 

 

 ◇

 

 執務室の扉に、鍵は掛かっていなかった。

 呆気なく開いた扉の内側に躰をすべり込ませるようにして、叢雲は照明の落ちた薄暗い室内に足を踏み入れた。そんなに簡単に歩を進められることが、自分でも意外だった。

 

「来たか」

 

 声の方向に顔を向けると、昼間に叢雲が座っていた長ソファーに提督が腰を下ろしている。制服の上を脱いだワイシャツ姿だった。

 オレンジ色の光を放つスタンドが、ローテーブルの上にあった。

 提督はしばらく叢雲を眺めていたが、やがて視線を落とした。手にはなにか、数枚の書類をまとめたような冊子が握られている。

 それをぼんやりと見やった叢雲は、扉を閉めた。なにげない手つきでシリンダー錠を回し、鍵を掛ける。

 

 ──どうして、鍵を掛ける必要があるのよ。

 

 自問しても、当然答えは返ってこない。

 夢の中にいるかのように、自分の行動に現実感がなかった。

 両手で吹雪のカーディガンを抱いたまま、ソファーの端に立つ。

 書類からふたたび顔を上げた提督に、叢雲は言った。

 

「まだ、仕事?」

 

 提督は、いや──と首を振り、書類の束を置いた。いくつか似たような冊子状の束が、テーブルの上にあった。

 

「おまえが来るのかわからなくて暇だったから、なんとなく眺めていただけだ。仕事ってほどのもんじゃない」

「……海域報告書?」

 

 冊子の表紙に印刷された文字を、叢雲は読んだ。

 

「……夜になってもまだそんなの読んでるなんて、あんたはやっぱり、要領が悪いわ」

 

 昼間、この場所に抗議に訪れたときのことを叢雲は思い出す。提督はどことなくぎこちない手つきで書類に押印をしていて、叢雲はしばらく待たされたのだった。

 提督は小さく肩をすくめた。

 

「俺の要領が悪いのは否定しないが、今日の仕事の遅れは秘書艦が悪い。吹雪のやつ、なんだかんだで結局ほぼ一日サボっちまった。そろそろ代役でも募集しなきゃいけない時期なんだろうな」

 

 冗談めかして言った提督に合わせて、叢雲も少し笑う。

 提督が尋ねた。

 

「座るか?」

 

 叢雲は少し迷った。迷った結果、空いているひとり掛けのほうではなく、長ソファーの端に腰を下ろした。提督とはひとり分程度の空間をあけて隣り合っている。

 腕の中のカーディガンを抱きしめ、言った。

 

「……あんたは、そのまま仕事してなさいよ。私は、すぐに帰るから」

 

 しばらくの間を置いて、提督は、そうか──とだけ答えた。書類に手を伸ばしたが取り上げず、表紙の端を指でいじくっていた。

 真横に座る提督を直視することはできなかった。テーブルの天板が、スタンドのオレンジ色の光を鈍く反射させている。

 

「吹雪は……いないの?」

「十一駆の部屋だ。皆に大事な話をすると言っていた」

 

 腕に抱いたカーディガンを、叢雲は見つめた。皺にならないよう気をつけながら折ったのに、強く抱きしめすぎたせいで、(いびつ)()れてしまっていた。

 なぜだかひどく、泣き出したくなった。

 

「あんたは……いいの? それで」

 

 波立つ胸の内を抑えて、叢雲は尋ねた。

 

「どうせ、おまえたちには知られてしまっているんだ。今さら口止めもない」

「口止めのことなんかじゃなくて!」

 

 思わず大声で言ってしまい、叢雲はさらにうつむいた。感情を抑制できない自分が、ひどく無様である気がした。

 

「……そういうことじゃなくて、吹雪のことよ。あんたは、あの子が自分から離れていっても、平気なの? 自分がほかの艦娘と寝るごとに、あの子の心が離れていっても、平然としていられるの?」

 

 言葉の終わりのほうは、声が震えるのを隠すことができなかった。鼻の奥が痺れたように疼いていて、まともに顔を上げることができない。

 提督が、静かな声で答えた。

 

「平然とは、いかないだろうな。俺はそこまで割りきれるタイプの人間じゃない」

「じゃあ……どうしてよ。どうしてあんたは、ほかの艦娘と寝たりするのよ……!」

 

 叢雲は顔を上げた。

 提督が、叢雲を見つめている。瞳の奥に、屋上での吹雪の眼に見たのと同じ悲痛さが、揺らめいていた。

 提督が手を伸ばし、叢雲の頬のあたりを親指でこするようにした。

 初めて、叢雲は自分が涙をこぼしていることに気がついた。

 

「おまえたちに、そんなふうに泣いてほしくない」

「私は──」

 

 泣いてない──と言おうとした瞬間に、提督が叢雲を引き寄せた。ワイシャツの胸に顔を押しつける格好で、抱きとめられる。

 

「悪かったな」

 

 髪の上から叢雲の頭を撫で、提督が言った。

 頷くべきか、首を振るべきか、叢雲はわからなかった。

 ただ、初めて接した男の胸は暖かく、叢雲をこの上なく安心させるなにかが感じられた。

 そっと、ワイシャツの生地の下の感触を確かめるように頬をこすりつける。

 片手だけではなく、両腕でもっと強く抱きしめてほしかった。

 だから、口走ってしまった。

 

「抱いてよ──」

 

 発した言葉の意味に遅れて気づき、叢雲は狼狽する。

 そういう意味じゃない──と言いかけたその瞬間に、提督の腕が叢雲の背にまわされた。ゆっくりと、強く、引き寄せられる。

 

「こうか」

 

 提督が耳もとで問う。

 

「……うん」

 

 頷いた叢雲は、自分がまだ吹雪のカーディガンを両手で持っていることに気がついた。

 恐る恐る、手を離してみる。

 ふたりの躰の隙間を滑り落ちていったカーディガンは、横座り気味になった叢雲の膝の上で、形を乱して広がった。

 叢雲は、提督の胸に両手を添え、上体を預けた。

 心地よさと安堵感が、ゆるゆると全身に広がっていった。

 同時に、名状しがたいもどかしさをも感じていた。このままでは決して満たされない何かが、叢雲の下腹の奥で揺れている。

 顔を上げ、提督を見た。

 提督もまた、叢雲を見ていた。問うような眼だった。

 叢雲は躊躇したが、言うことにした。今度は口走るのではなく、はっきりとした自分の意志で。

 

「抱いて──」

 

 

 



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言えない駆逐、仮りそめの時間 *

「──いいか」

 

 叢雲の入り口にあてがいながら、提督が尋ねる。

 指でずっと触れられていたせいで、その部分はもう十分に濡れていた。

 ソファーの上で顔を横向けたまま、叢雲は頷く。

 顔の表面がひどく火照って、熱かった。

 

「力を、抜いてくれるか?」

「……う、うん」

 

 がちがちに固くなっていることは、叢雲自身にもわかっていた。

 ストッキングと下着を太腿までずらされ、両脚を提督に抱えられている。

 お互いに、ほとんどの衣服を身に着けたままである。裸体でないのがせめてもの救いだが、剥きだしの局部を異性の前にさらけ出しているというそれだけで、叢雲は羞恥で全身に火がついたような思いだった。

 

「緊張してるのか?」

 

 少し笑みを含んだような口調で、提督が言う。

 叢雲は顔を上げようとしたが、眼を合わせることまではできなかった。

 ワイシャツの襟もとから覗く胸のあたりを睨みながら、答える。

 

「仕方、ないでしょ。初めてなんだから」

「──そうだな。つまらないことを訊いた」

 

 こだわりもなく、提督が言う。余裕のあるその態度が叢雲には羨ましくもあり、小憎らしくもある。

 先端を入り口にあてがったまま、硬直はそれ以上侵入してこようとはしない。

 気遣われているのが、心苦しかった。

 叢雲は、深呼吸する。こんなときにまで素直になれない自分が、情けない。

 

「大丈夫だから──挿れて」

「しかし、もっとほぐしてからのほうが、おまえも」

「いいの。痛いのなら、私は、平気だから」

 

 顔を見て、言うことができた。

 その距離の近さに、動悸が速くなる。

 提督の二の腕に手を添え、続けて言う。

 

「だから、来て──あんたの好きなように、動いて」

 

 

 

 挿入直後に感じた痛みは、だいぶ和らいできていた。

 叢雲は拳を噛むように口もとにあてがいながら、顔を横向けている。躰の上で提督が、ゆっくりとした動作を続けていた。

 ときおり提督が、大きな動きで、奥深くに腰を押しつけてくる。

 

「んっ……っ……」

 

 声にならない息が漏れた。

 気持ちいい、ってわけじゃない──叢雲は言い訳がましく思う。

 快感で声を上げたのではなく、躰の内側から強制的に圧迫されたことによる、ただの生理的反応だ。

 押しつけたまま、提督がわずかに腰を回す。

 ちゅく──と、結合部から確かな水音が響いた。

 叢雲は顔をいっそう熱くし、片手で覆い隠す。あまりの恥ずかしさに、とても提督の顔を見ることができない。

 ちゅく、ちゅく、ちゅく──。

 羞恥を煽るように、提督が腰を回し続ける。

 

「やっ……ちょっ、と……だ、め……」

 

 顔をそむけたまま、切れぎれに叢雲はうったえる。

 受けいれられるとは思っていなかったが、提督の動きがゆったりとしたものに戻っていった。

 安堵し、ひっそりと息を吐く。

 乱れかけた呼吸を整えつつ、下半身の結合部に意識を集中させる。提督は、ゆっくりとした前後運動を続けていた。

 苦痛は、かなり薄くなってきている。そのかわり、なにかもやもやとしたものが、膣内の奥に漂っていた。

 叢雲は、ソファーに横顔を押しつける。押しつけて、埋もれてしまいたかった。

 

 ──切ない。

 

 無性に切なくなっていて、やりきれない。

 口を覆った手の中に、幾度も息をつく。

 自分の抱いている感覚の正体が、わからない。その曖昧さが、叢雲には不安だった。

 突然、提督が動きを止めた。荒い息を、ついている。

 

「──すまない」

 

 突然謝られ、叢雲は戸惑いを深くする。

 自分がなにか、気分を損ねるようなふるまいをしたのだろうかと、自問する。

 提督は続けて言った。

 

「もっと、おまえが気持ちよくなるようにしてやりたいんだが──」

 

 提督の顔は、苦々しげに歪んでいた。

 もしかして──と叢雲は下半身に意識を向ける。

 提督は叢雲の内部で、はっきりと硬度を保っていた。(しお)れてしまっているわけではないようだ。男にはそういうことがあると、雑誌か何かの記事で読んだことがあった。

 ためらいつつも、叢雲は尋ねた。

 

「あの……どうしたの? もしかして、私──」

 

 提督は小さく首を振った。

 

「おまえじゃなくて、俺のほうの問題だ。……情けないことに、もう、いきそうで」

「え……」

 

 自嘲気味に、提督は唇を歪めた。

 

「おまえの初めてなんだから、もっと丁寧に長い時間をかけてしてやりたいが、とても、無理だ。こうして止まっているだけでも、あまり耐えられそうにない」

「……それって、よくないこと、なの?」

「いや、よくないことはない。むしろ逆に、よすぎるんだろう。相性も、あるかもしれないが」

「相性?」

「そう。つまり、構造の話だが。すごく、いい。極上と言ってもいい。──入り口はやたらきついくせに、中は柔らかくて……まさに、おまえそのものって感じだ」

 

 叢雲は、首を傾げた。提督が何を言いたいのかよくわからないが、叢雲の躰を褒めているのだろうということは伝わってきた。

 

「要するに──あんたは、私の躰で気持ちよくなってるってこと? それで、早く終わっちゃいそうなのね?」

「そうなんだ。申し訳ないことに」

「──馬鹿ね」

 

 叢雲は提督の頭の後ろに両手をまわし、引き寄せた。肩口のあたりで抱きしめる。上体に提督の重みがかかってきた。

 

「あんたが気持ちよくなってくれてるなら、それでいいわ」

 

 提督の髪に指をうずめながら、叢雲は言った。膣の内部で、提督がひときわ大きくなったように感じた。

 

「好きなように、動きなさいよ。そんなふうに気をまわされるのこそ、私は好きじゃないわ」

「しかし、まだ痛むだろう?」

「少しはね。でも、平気だって言ったでしょ。それに……少しぐらい痛いほうが、いいかも」

 

 叢雲は顔を横向け、テーブルの上にある吹雪のカーディガンを見た。提督と繋がる前に叢雲がそこに置いたのだが、余裕がなかったせいか雑な置かれ方で、片方の袖が端から垂れてしまっている。あとでしっかり畳みなおさないと──と叢雲は思った。

 提督が動きはじめた。ゆっくりと腰を波打たせてくる。

 

「くっ……んっ……」

 

 押し拡げられ、掻きまわされる感覚に、叢雲は息を詰めた。

 さすがに、痛む。

 だが痛みの奥に、なにか甘い感覚がある。

 

「痛いか」

 

 叢雲の耳の近くで、提督が問う。叢雲は頷き、提督の頭をきつく抱いた。

 

「うん……痛い、わ。痛いから、もっと、強くして。痛いの、嫌いじゃない、から……」

 

 応えるように、提督がより強く腰を押しつけてくる。

 苦しさは増したが、それにともなうように、妖しく艶めいた感覚が叢雲の内部に広がっていく。

 

「はぁっ、んっ……そう、もっと、強く、痛くして……痛いの、好き、よ……」

 

 叢雲は、言葉を乱す。

 提督も、息を荒くしていた。腰の動きは攻撃的なほどに、激しくなっている。

 

「くっ──ん、あっ──んっ──」

 

 叢雲は拳を噛む。抑えようとしても、声が漏れていく。

 一心に腰を振り続ける提督にはもう、叢雲を気にかける様子はない。痛みなのか快楽なのか、叢雲にはわからなくなりつつあった。

 突如、提督が前触れもなく動きを止めた。

 その瞬間だ。

 叢雲の内部で、提督が激しく痙攣していた。

 提督が歯を食いしばり、息を強く吸い込む気配がした。

 

「あっ……あぁ……」

 

 叢雲は声を上げる。内部で、提督の硬直が暴れ、震えていた。

 避妊具越しにその気配を感覚しながら、提督を抱きしめる。もっと深く、自分の中にこの男を刻みつけたかった。

 知らず知らずのうちに、提督の首筋に唇を這わせていた。

 男の肌と、汗の味がした。

 

 

 ◇

 

「……こうやっていつも、一緒にシャワーを浴びてるの?」

 

 叢雲が問うと、背後から提督の答えが返ってくる。

 

「いつもじゃないが、終わったあとでなら、たまに」

「恥ずかしがったりは、しない……わよね、みんな」

「そういうことも、あるにはあるが。そのうち、たいていどうでもよくなる」

「そうよね……やっぱり」

「ひとそれぞれさ」

 

 提督は笑うように、そう言った。

 その明るい調子に、自分が気遣われていることを意識して、叢雲はなんとも言えない心持ちになる。泡立てたスポンジを、胸もとで握りしめた。

 背中合わせでなら──などという条件をつけてしまったのは、やはり子供じみていた気がした。

 ソファーの上で躰を離したあと、一緒にシャワーを浴びるか──と提督から言われたときには、素直に嬉しかったのだ。

 嬉しいのに、叢雲はいつものようにそれを覆い隠してしまう。

 

 ──ありがとう、嬉しい。

 

 胸の内で、叢雲はつぶやく。

 それだけのことだ。

 それだけのことを、口にする勇気がない。

 裸を見られるのが怖いのと同じように、自分の気持ちを口にするのが怖い。

 

 ──なんて、半端者。

 

 羞恥心を持つ程度には子供でないくせに、開きなおれるほど大人でもない。

 性行為を経験しただけでは、自分はなにも変わっていないのだ。

 背後では、提督がシャワーの湯で躰を流していた。律儀に約束を守って、叢雲のほうを見ようとはしない。

 提督が湯を止め、ノズルをフックに戻す音がした。叢雲が黙っていれば、このままシャワールームから出て行くだろう。

 それは、嫌だった。自分の気持ちを伝えずに、このまま離れてしまうのは、すべてが無駄になるような気がした。

 手を後ろに振って、提督の手を掴んでいた。無言で握りしめる。

 一瞬の戸惑いの気配のあと、提督が優しく、握り返してきた。

 

「──どうした」

 

 背中を合わせたまま、提督が尋ねる。

 逡巡したが、叢雲は思いきって言う。

 

「──私、まだ、あんたにキスしてもらってない」

 

 言ってしまうと、全身から力が抜けていくような気がした。

 手を引かれて、振り向かされた。

 提督は、優しい眼をしていた。

 肩を抱かれ、唇を重ねられる。

 長い接吻のあとで、顔をわずかに離して提督が言った。

 

「されたくないかと、思っていた」

「そんなこと、ない」

「すまんな。気がつかなくて」

「……鈍いのよ、あんたは」

 

 言って、叢雲は顔を寄せ、提督の顎の横に唇をつけた。この期に及んでも憎まれ口を叩く自分が、嫌になる。

 吹雪なら──と考えてしまう。吹雪なら、もっと自然な愛情の示し方ができるのだろうか。

 ところどころに泡のついた躰を、提督にすり寄せた。

 

「わかりにくい女だって、わかってる」

「──おまえがか」

「そう、私。可愛げがないって、前から思ってる」

「ほう……」

 

 提督は叢雲の顔を覗き込むようにしながら、裸の背を撫でてきた。泡でぬめった肌触りに、叢雲は躰を震わせた。

 

「可愛げなら、あるだろう」

「お世辞はやめて」

「お世辞じゃない。──ほら」

 

 下腹部にこすりつけられる硬い感触に、息を呑んだ。

 見ると、提督が屹立して先端を天に向けている。叢雲はすっかり、目を奪われた。

 

「……なんで、そんなになってんのよ」

「勃っちまったんだからしょうがない。おまえのことを気に入ってるんだろう」

「……馬鹿」

 

 軽口を交わしつつ、まじまじと見つめてしまう。

 先ほどの交わりでは、こんなふうにはっきりとその形を見ることができなかった。感触から想像していたよりもずっと、大きいもののように感じられる。

 

「こんなに……大きくなるものなの? さっきまで、こんなじゃなかったのに」

「ずっとこのままだったら、病気かもな」

「……ほんと、馬鹿」

 

 硬直した触角は、違う生きものであるかのように脈動している。

 見つめているうちに、叢雲の中に好奇心が膨れ上がってきた。

 

「ねえ……触っても、いい?」

「ああ」

 

 おずおずと手を伸ばし、陰茎の中ほどにそっと触れてみた。

 びくん──と大きく陰茎が跳ね上がり、悲鳴を呑み込んで指を引いた。

 含み笑いをする提督を、叢雲は睨みつける。

 

「ふざけないで」

「わざとじゃない。不随意運動ってやつだ」

 

 叢雲は溜息をつき、あらためて陰茎に手を伸ばす。

 指先でおそるおそる触れ、思いきって軽く握り込むと、叢雲が畏れを抱くほどの熱と硬度が伝わってきた。手の中で脈打っている。

 握る手はそのままに、指を蠢かせて軽くさすってみる。

 触っているうちに、慣れてきた。先端付近にはわりと弾力が感じられるのが、意外な発見だった。

 提督が、小さく溜息をつく。

 

「──大丈夫?」

「ああ、気持ちよくて」

「これで、気持ちいいの? 触ってるだけよ」

「いや、上手だ。指が」

 

 提督が言葉を詰まらせた。

 

「──指が?」

「指が、細いんだな──おまえは」

「そう? よくわからないけど」

 

 叢雲はそう言って、小さく笑う。

 指の形が綺麗だというのは、吹雪や白雪からも以前に言われ、ひどく羨ましがられたことがあった。それを自慢に思ったことは今の今までなかったのだが、提督に自分の躰の一部分でも意識させることができて、悪い気はしなかった。

 そっと、空いた手の人差し指で、提督の鎖骨をなぞってみる。胸板に繋がって盛り上がっている部分が男性的で、好ましい。

 鎖骨の硬さと、胸板の弾力──その対比が、もう片方の手で握っている男性器の構造を叢雲に連想させる。

 性的な、昂ぶりを感じた。

 提督が叢雲を見つめていた。

 見上げた叢雲と、視線が絡む。

 自然と唇を寄せ合い、重ねた。どちらからともなく舌を突き出し、絡ませる。

 叢雲の手の中で、陰茎がいっそうの熱と硬度をもっていた。

 唇を離して、ゆっくりと陰茎をこすり上げる。

 

「こういうのが、気持ちいいの?」

 

 囁くように訊くと、提督は切なげに顔を歪めて頷いた。快感に必死に耐えているような様子が、叢雲には可愛らしく見える。

 手を下げて陰茎を握っている姿勢が、窮屈に感じられてきた。

 思いきって、床に跪いてみる。

 堂々と屹立した男根を眼の前にして、叢雲は緊張を押し隠しながら言った。

 

「まったく……慎みってものがないのね、これは」

「さんざん育てておいて、それはひどい」

 

 苦笑混じりに言った提督は、少しだけ余裕を取り戻してきたようだった。

 叢雲は小さく鼻を鳴らし、ふたたび手の中に握り込んで、上下に動かしはじめた。

 作業に、集中する。

 注意深く穏やかな刺激を加えながら、その器官を穴のあくほど見つめた。手のひらへ伝わってくる熱に誘引されてか、無意識に頬を寄せていた。

 

「……すごく、熱いのね、これ」

 

 頬ずりしながら、うっとりと叢雲は言う。同時に、眼の前の陰嚢にも手を伸ばしていた。

 下から支えるように、優しく、表面を撫でてやる。

 提督が呻くように息を吐いた。

 

 ──撫でられるの、気持ちいいのね。

 

 凶悪な雰囲気のある男根部分に比べると、陰嚢のほうは比較的ユーモラスな形状で、愛らしさすらある。

 愛玩するように撫でまわし、口づけし、さらに追い詰めるように舌を這わせる。

 提督が、呼吸を荒くする。

 叢雲もまた、腿の間が熱くなっていくのを自覚していた。両手がふさがっているので、触れて確かめることも、慰めることもできない。落ち着かない気持ちで、太腿をこすり合わせる。

 

 ──ああ、好き。大好きなの。

 

 胸の内で言いながら、男性器のあらゆる部分に舌と指で触れていく。透明な粘液の(にじ)む先端に、幾度も口づけした。

 提督が、叢雲の両肩を掴んだ。

 

「叢雲」

 

 呼ばれて、見上げる。

 微笑むことができた。

 視線を合わせたまま先端の裏側を、舌先でちろちろとくすぐってやる。

 

「叢雲」

 

 ふたたび、提督が呼んだ。切迫した気配が、濃くなっている。

 叢雲は唇をわずかに外し、言った。

 

「もう、だめ?」

「ああ──もう、出てしまいそうで」

「そう……」

 

 満足感を押し隠して、叢雲は意地悪げに笑ってみせる。

 膨らみきっている先端に軽く口づけしてから、言った。

 

「いいわ。出しなさいよ」

「──そのままだと、躰を、汚す」

「構わないわ。出して、汚して」

 

 両手で陰茎を、包み込むように握った。胸の前で、祈るようなかたちに捧げ持つ。

 提督を見上げながら、速度を上げてこすり上げた。

 手の中で陰茎が膨らんだ次の瞬間、爆発していた。

 勢いよく飛び出した滴が顎の先にかかり、さらにより濃い白濁が叢雲の胸に散っていく。

 

「ああ……」

 

 粘った白濁液から発散される熱と匂いに、叢雲は目眩を起こしかける。

 生命を持つもの特有の熱と、匂いだ。

 力を失っていく陰茎を愛おしさをこめて眺め、叢雲はやがて優しく唇をつけた。

 

 

 ◇

 

 提督私室のベッドの上で、叢雲は組み敷かれていた。

 お互いに、衣服は身に着けていない。

 羞恥心はない。

 広げた両手を制された体勢で、唇を重ねている。

 貪っている。

 貪欲に、舌を絡めている。

 

 ──欲しい。

 

 叢雲の頭の中には、その思いしかない。

 この男のすべてを、欲していた。

 肉体のあらゆる部分で繋がって、すべてを吸いつくしてしまいたい。

 シャワールームで見たあの白い爆発を、躰のいちばん奥で受けとめてみたかった。

 叢雲は舌を絡ませながら、しきりに男の唾液を求めている。

 吸って、味わい、嚥下する。

 

 ──()()に比べれば、ずっと甘い。

 

 陶然としながら、叢雲は思った。

 唾液をこんなにも求めるのは、あからさまな代償行為であると、自覚していた。

 

「んん……」

 

 接吻したまま、叢雲は鼻にかかった声を上げた。

 提督の器官の先端が、叢雲の濡れた秘裂をしきりにくすぐっている。

 幾度も触れては押しつけられるのだが、挿入は果たされない。

 

 ──焦らされてる。

 

 それはわかっている。

 わかってはいても、欲望は勝手に燃え上がる。

 押しつけられるタイミングに合わせて腰を上げ、迎え入れようとした。

 提督が敏感に察知し、腰を引いて離れる。

 

「んん……もう……!」

 

 叢雲は顔をしかめた。抗議の意思を込めて、睨みつける。

 

「意地が、悪いのね」

 

 叢雲が言うと、提督は微笑む。いかにも意地悪く笑ったつもりなのかもしれないが、その眼差しのやわらかさに、叢雲は一瞬見とれてしまう。

 すぐに我に返り、唇を尖らせて横を向いた。

 提督はいっそう笑った。

 

「欲しいんなら、言えよ」

「……わかるでしょ。いちいち聞かなくたって」

「わからんさ。俺は鈍いらしいからな」

 

 そう言うと提督は、叢雲の首筋に口づけした。

 

「あ……」

 

 血管を探るように、提督の舌先が動いている。

 唇の触れたところの皮膚から、ぞくぞくとした快感が叢雲の全身に走っていった。

 もういくらも、我慢してはいられなかった。

 提督の耳もとに顔を寄せ、囁く。

 

「ねえ……お願い。欲しいの。あなたが欲しいの。あなたのあれが欲しいの。あなたの硬いのが、ほんとうに欲しいの。あれを、私のなかに、ちょうだい──」

 

 口をついて出る言葉の卑猥さに、自分で驚いていた。

 驚きながら、同時に確かな興奮を感じている。

 自分は淫乱なのかもしれない──と叢雲は思った。

 

「偉いな、叢雲」

 

 提督が叢雲の頭を抱えるようにして、撫でる。全身の肌と肌が触れ合っていて、暖かい。

 心から嬉しくなった。

 裸の、男と女なのだ。

 意地も見栄もない。

 繋がって、ともに快楽を求める。今はただ、それだけだ。

 提督が、ベッド脇にある避妊具の紙箱に手を伸ばした。

 その手を、叢雲は掴んで止めた。

 

「ねえ、それは、嫌」

 

 叢雲は懇願する。

 今度は絶対に、隔てられたくなかった。直接、触れ合いたい。

 

「リスクがある。わかってるか」

 

 提督が叢雲を見て言う。

 叢雲は、提督の腰に手をまわした。

 

「わかってる……けど、お願い。あなたと繋がりたいの。ひとつで、いたいの」

 

 しばらく逡巡したのち、提督は息をついた。

 

「できるだけ、外に出すようにする」

「……うん、ありがと」

 

 頷いて言って、提督を抱き寄せるようにして促す。

 提督が腰を沈めてきた。

 硬直が入り口にあてがわれると、叢雲はすぐに脚を開いて受け入れた。

 

「はっ、あぁぁん……」

 

 分け入ってくる硬い感触に、声を上げていた。自分のものとは思えないような、甘い声だった。

 痺れるような快感と、一体になれた悦びで、泣きそうになる。

 提督が、ゆっくりと腰を前後させてきた。

 

「あっ……やっ……ん」

 

 雁首が膣の内壁をこすり上げる感覚で、叢雲は反応を強制される。

 口もとを片手で覆ったが、声が漏れるのを止めることはできなかった。

 

「可愛いな、叢雲」

 

 叢雲の髪を撫でながら、提督が言った。

 

「んっ……」

 

 叢雲は躰を震わせる。全身が──それこそ髪の先まで敏感になっていて、男の指先や声の刺激だけで達してしまいそうだった。

 男が、唇を重ねてくる。叢雲は応える。

 唇を合わせながら、突き上げてきた。しがみついて、躰を震わせる。

 満ち足りていた。

 この瞬間瞬間には、自分の求めていたすべてがあると、そう思った。

 唇を離して、叢雲は言う。

 

「おねがい、ぎゅって、して」

 

 応えて、提督が叢雲の肩を抱く。優しく、穏やかな力が加えられてくる。

 叢雲は首を振った。

 

「もっと強く、抱いて。痛いくらいに。壊れるくらいに。──今だけでも、私を離さないで」

 

 より強く、密着する。

 男の肩に、叢雲は顔を埋める。

 硬い躰に唇をつけ、声にならない声で言う。

 

 ──あなたが、好き。

 

 やがて、閉じた(まぶた)の裏が白く輝きだし、何も考えることができなくなっていった。

 

 

 ◇

 

 叢雲が頬へと軽く接吻すると、ゆっくりと男は目を開けた。

 

「──起きてたか」

「つい、さっきね」

 

 まだ早朝と言える時刻で、外からの光で部屋がわずかに薄明るくなってきていた。

 男はベッド脇の時計を眺めつつ、頬を掻いている。

 

「いま、なんかしたか」

「なんかって?」

「なんかだよ」

「してないけど──べつに、なんにも」

 

 素知らぬ顔で、叢雲はとぼけてみせた。提督に見えない角度で、ひとり微笑む。

 

 

 起きることにした。

 執務室のソファーに並んで座り、朝食をとる。

 提督がありあわせの材料で手早くつくったサンドイッチと、ドリップして淹れたコーヒーだけの簡素な食事だった。それでも昨日の昼からいっさい食事をとっていなかった叢雲には、これまでにないほど美味しく感じられた。

 本当は和食のほうが好みなんだけど──などと叢雲が言ってみせると、提督は笑った。次は味噌汁でもつくってみるか、と返してくる。

 次、と言ってくれたことが嬉しくて、サンドイッチを口にしながら叢雲は、胸の奥に暖かいものが満ちるのを感じた。

 

「──訊くのを忘れていたが、ミルクと砂糖は入れなくていいのか」

 

 あらかたを食べ終わり、コーヒーを口にしたところで提督が言った。

 

「普段は入れてるけど、今はいいわ」

「入れるなら、持ってくるが」

「いいの。あんたが入れないから、私も入れない」

 

 微笑みながら叢雲は、袖余りの両手で握ったマグカップへ口をつける。

 スウェットの上だけを、提督から借りて着ていた。当然サイズが大きく、ちょっとしたワンピースのように着られてしまったこともあり、それ以外には中に下着を着けているだけだ。剥きだしの両脚が、少し涼しい。

 ブラックのコーヒーは思ったほどは苦くもなく、深い味がした。

 

「昔は、コーヒーに砂糖もミルクも入れずに飲むやつの気が知れない、なんて思っていたな」

 

 提督が言った。

 

「昔って、いつ?」

「高校の頃ぐらいかな。そのあたりから、入れずに飲むほうが多くなった」

「きっかけは?」

「なにも。最初はただ面倒で、苦いのを我慢してそのまま飲んでいた。いつの間にか、甘いばかりなのがそれほど美味いものとは思えなくなった」

「舌が、大人になったのよ」

「どうかな。味に慣れたってだけじゃないか」

 

 提督がカップを口に運ぶ。

 その横顔を見つめながら、叢雲は満たされた気持ちになる。他愛もない会話が、この上もなく幸せだった。

 執務机の上の、電話が鳴った。

 提督が舌打ちをして立ち上がり、机まで歩いていく。

 叢雲は、傍らに置いてあった吹雪のカーディガンを見つめた。夜の間テーブルに置きっぱなしになっていたせいで少し皺ができていたが、食事の前にきれいに畳みなおしたばかりだ。

 

 ──わかってるわ、吹雪。

 

 胸の内でそう言って、目を閉じる。

 借りものの服と、仮りそめの時間だ。

 吹雪は、強いて返せと言うことはないだろう。しかしそれに甘えることだけは、自分に許してはならない。

 屋上で半袖になっていた吹雪の笑顔を思い出す。

 叢雲は微笑んだ。強がってばかりなのは、自分も吹雪も同じなのかもしれない。

 受話器を戻す音がした。それほど長い通話ではなく、提督は幾度か短い相槌をうっていたようだった。

 電話に手を置いたまま、提督が硬い表情をしていた。何かを考え込んでいる。

 不安が、叢雲の胸に差し込んできた。

 声をかけようとした瞬間に、提督が顔を上げた。

 

「悪いが、コーヒーを飲み終わったら着替えて部屋に戻ってくれ。そのうち放送と連絡があるだろうが、これから忙しくなる」

 

 忙しくなる──? 叢雲の心拍が速くなる。

 

「それは、何かあったってこと? 今の電話は──?」

 

 叢雲が問うと、提督は苦いものを噛んだような表情をした。

 

「当直の陸奥からだ。前線基地からの連絡で、金剛や赤城が手ひどくやられたらしい。防衛ラインを抜けて、一両日中にも敵艦隊が近海へ侵入する。──迎撃戦だ」

 

 

 



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出撃命令

 目を開けた提督を、吹雪が穏やかな表情で覗き込んでいる。

 首の後ろに吹雪の柔らかい腿を感じた。執務室で昼食を終えたあと、膝枕をさせたまま寝入ってしまったのだった。

 眼が合って、吹雪が微笑みかけてくる。

 

「お目覚めですか、司令官」

「──悪いな、重かっただろ」

「いいえ、ぜんぜん」

「いつの間にか寝てしまっていたな。もう昼休みも終わる頃合いか」

「はい。あと5分ほどで」

「こんなに寝るつもりはなかったんだがな。ちょっと目を閉じたらこれだ」

「よかったと思いますよ。この一週間、司令官は夜も満足にお休みになれない状況でしたから」

「ようやく、昼寝くらいの余裕はできたってところだな」

「あの……今日は、もう少しお休みになっていても」

「いや──」

 

 提督は躰を起こし、伸びをした。

 

「──そろそろ陸奥が来る。打ち合わせの約束をしてあるんだ」

「あ、今度の作戦の件ですね。私も同席したほうがいいですか?」

「いや、今日は細部の確認だけだから、いい。おまえのほうの午後の予定は?」

「ええと、とりあえず工廠に行くつもりでした。交換用装備の仕上がり個数の確認です。急がなくてもいいよと明石さんはおっしゃってくれましたけど、それなりに数があるそうなので早めにやっておこうかなと」

「なら、そっちへまわってくれ。作戦は明日の午後に最終ブリーフィングがあるから、そのときにおまえも立ち会っておけばいい」

「わかりました。──じゃあ、入り口の鍵、開けてきますね」

 

 吹雪がソファーから立ち上がった。閉めきってある執務室の扉にむかう。

 

「吹雪」

「はい?」

 

 呼び止められて、吹雪が提督を振り返った。

 

「さっきまで、夢を見ていた。昔の夢だった」

「昔……って、いつぐらいの?」

「たぶん、艦娘が20隻も揃ってない時期だな。まだ前線基地もないし、鎮守府もいちばん古い建物だった頃のだ」

「へえ……どんな夢だったんです?」

「それがな──」

 

 提督は、ソファーの背にもたれて息をつく。

 

「全然、誰もいなくなる夢だ。鎮守府のどこを探しても、艦娘たちは誰もいない。皆が勝手に出撃していってしまったかと、俺がひとりでおろおろしてるっていう、そういう夢だった」

「誰も、いなかったんですか……?」

「そう、誰も。たしか陸奥や赤城の姿を探したが、見つからなかった」

「私も、ですか?」

「おまえもだ」

 

 吹雪は振り返った姿勢のまま、提督の顔を見つめていた。やがて、笑顔を向けて言う。

 

「大丈夫ですよ、司令官。誰も、勝手にどこかに行ったりなんかしません。私たちはみんな、ここにいるんですから」

 

 

 ◇

 

 深海棲艦の大規模な反攻が発生してから、一週間が経っていた。

 すでに、近海における敵艦隊の跳梁は終息に向かいつつある。遠洋の防衛ラインは突破されているものの、所属艦娘のほぼすべてを投入した最初の迎撃戦で鎮守府は完勝を収め、制海権を維持することに成功していた。

 ここ数日では、日に数度、小規模の敵艦隊や単独行動の潜水艦相手の小規模な戦闘が発生する程度にまで、近海の状況は落ち着きが戻っている。

 隠れた深海棲艦の一団が密かに拠点(コロニー)をつくりあげている可能性も少なくないために警戒態勢は継続されていたが、戦いの焦点はすでに近海とは異なる海域に移りつつあった。

 

「──大筋はこのままでいい。細かい作戦時刻の変更と、いくつか補足を入れておいた」

 

 提督はローテーブルの上に冊子を置き、ひとり掛けに座る陸奥のほうへと滑らせた。表書きには『前線基地救援作戦 概要』とある。

 昨夜のうちに、陸奥から提出されていたものだった。今朝の明け方近くまで、その作戦計画書の精読と修正作業に提督は没頭させられていた。

 テーブルの上で冊子を開いた陸奥が、前屈みの姿勢でゆっくりとページを繰っていく。

 最後のページまで確認し終えて、陸奥は顔を上げた。

 

「本当に、あまり大きな変更はないようね。長門が一生懸命頑張って作った甲斐があったかしら」

「おまえが手伝ったものだと思っていたが」

「ほんのちょっとアドバイスしただけ。いい出来だったのなら、ちゃんと長門を褒めてあげなさいよ。きっと喜ぶわ」

「そうだな」

 

 提督の短い返事に陸奥は小さく肩をすくめ、作戦書へと視線を落として口を開く。

 

「旗艦は長門ね」

「当然だ。前線の制空権は敵に取られているし、作戦にはそれほど多くの艦娘を割くことはできない。敵の包囲を突破するのに必要な打撃力も考慮に入れて、この作戦の立案者でもある長門が仕切るのが最善だろう」

「なるほどね。あと問題なのは、金剛たちの引き上げのほうなんだけど」

 

 陸奥が思案顔をして言う。

 救援作戦は、二段階で構成されている。

 前線基地への救援艦隊の派遣、敵包囲陣の撃破を作戦の第一段階とすると、第二段階は損傷した艦娘たちの鎮守府への退却を目的としたものである。

 防衛ラインを突破された際の激しい戦闘で、それぞれ前線司令・副司令の任を負っていた金剛と赤城が大破、自力航行が不可能な状態にまで追い込まれていた。

 前線基地の修復設備では、大破した艦娘の損傷に対応することができない。鎮守府まで撤退させ、船渠(ドック)と呼ばれる大型修復施設で手当てを受けさせる必要があった。

 

「金剛と赤城のほかにも、何隻かの艦娘は撤退させる必要があると思うわ。近海防衛のための戦力を考えると、大艦隊を差しむけて護衛させるってわけにもいかないわよね」

「現地の四水戦とは連絡がとれたか?」

「今朝、由良と少しだけ通信したわ。短い時間だったけど、なんとか作戦の概要を伝えることだけはできたかしら。少なくとも、彼女たちが金剛や赤城の護衛役を務めることになるということだけは」

「──それで、由良は?」

「やれます、と。四水戦も相当疲労しているだろうけど、弱音はひと言も吐かなかったわね」

 

 前線基地には現在、阿武隈を旗艦とする一水戦と、由良を旗艦とする四水戦の、ふたつの水雷戦隊が駐留している。

 通常では前線に駐留する水雷戦隊は一部隊だけのはずなのだが、四水戦から一水戦への引き継ぎ作業が遅れていた事情で、深海棲艦の襲撃時には二部隊が前線にいる状況が偶然生まれていた。

 四水戦に所属する艦娘たちからしてみれば、二ヶ月半の前線勤務から解放される直前に激しい戦闘に巻き込まれ、敵の包囲を受けるという不運な事態だった。

 しかしながら基地を防衛するために十分な数の艦娘が現地に揃っていたことは、不幸中の幸いであったと言えるのかもしれない。

 作戦の第二段階の主目的である大破艦の撤収において、現地から近海までの護衛艦隊を四水戦が務めることになっている。彼女たち自身が護衛を必要とするほどのレベルで消耗しているはずなのだが、戦力バランスの関係上、ほかに方法が見つからなかった。

 

「由良と四水戦には申し訳ないが、やってもらうしかない」

「一隻も損なわずに──というのは、今回ばかりは難しいかも」

「それでも、やってもらう。艦娘を失うことはできない」

 

 提督の顔を、陸奥がじっと見つめてきた。

 

「例の話、本当だと思ってる? 沈んだ艦娘は、深海棲艦になってしまうっていう」

「……そういう説もあるってだけだ。前例がないから未検証でもあるしな。検証しようとも思わんが」

「その説を唱えてたのが、艦娘理論の提唱者でもある貴方のお父さんなんでしょ?」

「実際に艦娘を創れたからといって、親父の理論が何もかも正しかったということにはならんさ。言い出した当人が消えちまったのも、吹雪が完成する前だ。どういう根拠があってそんな理屈を言っていたのか、確認のしようもない」

 

 提督は息を吐き、ソファーの背もたれに躰を預けた。

 

「とにかく──こちらからは由良たちの帰路へ可能なかぎりの支援をおこなおう。航空隊と、別方面への陽動だな」

「わかってる。そっちの手配も整えて、明日のブリーフィングまでには概要をまとめておくわ」

 

 陸奥は、持ってきていたファイルに作戦書を綴じ込んだ。

 

「──ところで、金剛と赤城を戻すのなら、その後任を決める必要があるわね」

「ああ、それか」

 

 提督は目頭を揉んだ。昼寝して少しは解消されたとはいえ、昨夜の作業の疲労が残っていた。

 

「司令は長門に引き継がせる」

「まあ、それはそうよね。副司令のほうは?」

「未定だ」

 

 提督は短く答えた。

 実際のところ、後任問題には頭を悩ませている。

 格や実績からすれば現地にいる加賀か金剛型のいずれかに任せるのが適当だろうが、艦娘たちの細かい損傷の程度が掴めていない。場合によっては金剛や赤城と一緒に撤退させることになる。また、彼女たちの前線での滞在日数の長さも、責任ある立場に置きにくい理由のひとつだ。

 となると、鎮守府から後任を選抜する必要があるのだが、これも諸事情により簡単にはいかない。大規模な艦隊運用の経験と能力を有する者というのは、200隻近くいる艦娘の中でも貴重な存在であった。

 視線を上げて、提督は陸奥を窺う。

 てっきり何か文句を言ってくるものと予想していたが、陸奥は押し黙っていた。部屋の窓へと顔を向け、外を眺めている。青空と、太陽の光を反射している工廠の三角形の屋根が、窓からは見えた。

 

「──わかったわ。じゃあその件は、貴方に任せるわね」

 

 陸奥が提督に視線を戻して言った。

 

「早いうちに決めておく」

 

 提督の言葉に頷き、陸奥は軽く伸びをしながらソファーに躰を沈めた。

 

「あーあ……でも、残念だわ」

「なにがだ」

「長門のこと。せっかく、貴方といい感じになってきたってところだったのに」

 

 陸奥はソファーの背もたれに躰を預けたまま、眼だけで提督を見つめてくる。

 

「薬も、やっと最近から()みはじめたばかりだったのよ」

「薬?」

「ピルよ。低用量のね」

 

 こともなげに言った陸奥を、提督は唖然として見つめた。

 

「ピル、だと?」

「そうよ、当然でしょ。セックスしてるんだもの、貴方たち」

「……いちおう、避妊には気をつけてるつもりだが」

「勢いでゴムも着けずにしたことがあるんでしょ。まさか外に出してるからいいんだとか、そういう幼稚な言い訳でもする気?」

 

 提督は絶句した。陸奥はしかつめらしい顔で続ける。

 

「べつに孕ませる覚悟でしてるんなら、私からは文句もないけど。いい大人なんだから、行動にはもっと責任をもちなさい」

「責任、なあ……」

「ま、どっちにしろ、その手の医薬品は正式に仕入れてもらうつもりだったんだけどね。妙高や明石とも、そのことで話をしたことがあるのよ。避妊とは無関係に、女の躰にはいろいろとメリットが多いから」

 

 含むような言い方をして、陸奥が見つめてくる。提督は溜息をついた。

 

「面倒そうな話題だな」

「変なところで純情よね、貴方。セックスのほうは平気なのに生理の話は苦手って、変なの」

「うるさいな」

「なんかトラウマでもあったりするわけ?」

「黙ってろ」

 

 陸奥は肘掛けに頬杖をついて、くすくすと笑った。

 

「まあ、いいわ。こんなところで勘弁してあげる。──ところで、このあとのご予定は?」

「予定? 俺のか。とりあえず、今日は溜まった書類仕事を片付けてしまおうと思ってた」

「書類って、戦闘詳報の取りまとめとか予算の申請書とか?」

「そうだ。こんなときでも、書類仕事はいつものように溜まっていく」

「それ、手伝ってあげてもいいわ。ていうか、私が全部やってあげる」

「なに?」

 

 提督は思わず眉をひそめた。美味しい提案ではあるのだが、言い出したのが陸奥というのが気にかかる。

 悪戯な笑顔を、陸奥は浮かべていた。

 

「で、そのかわりなんだけど──」

 

 手に持っていたファイルを、提督のほうに差し出してくる。

 

 

 ◇

 

「出立前の貴重な休みを邪魔して悪いな、長門」

 

 提督が言うと、長門は窓枠にもたれかかるような姿勢のまま首を振った。

 休みのためか見慣れたいつもの服ではなく、長袖のTシャツにジーンズという私服姿だった。どちらかといえば地味な格好ではあるのだが、それが逆に長門の(ぬき)んでたスタイルを強調してもいる。

 

「することもなくてちょうど退屈していたから、むしろありがたい。わざわざ部屋まで持ってきてくれるとは思っていなかったから、少しびっくりしたが」

 

 長門が視線を動かして、提督の手にあるファイルを示した。

 提督は、カバーの掛けられているベッドに座っていた。膝の上で、作戦計画書の綴じられているファイルを開く。

 

「とりあえず、さっくりと終わらせてしまおう。──こっちに来てくれ」

 

 

 

 長門を隣に座らせ、提出された作戦計画書に対する変更、補足事項を提督は説明していった。

 初めのうちは緊張した面持ちで躰を硬くしていた長門であったが、次第に身を乗りだすように聞きはじめ、説明の終わりにさしかかかる頃には肩が触れあわんばかりにまでなっていた。

 

「──いろいろと細かい修正を入れさせてもらったが、最終的には現場で柔軟に判断していい。艦隊戦なら、俺よりもおまえのほうがよくわかっているはずだ」

「いや、細かく問題を指摘してもらって、本当に助かる。陸奥にもよく言われるが、やはり私の立案では大雑把にすぎる」

「そうでもない。──いい出来の作戦だ。ほとんどおまえひとりで作ったと聞いて、驚いた」

 

 若干の照れを覚えながら提督が褒めると、長門は嬉しそうに微笑んだ。普段の張り詰めた雰囲気からは想像もつかないほどかけ離れた、十代の少女のような笑顔だった。

 提督はぎこちなく視線をそらした。

 

「……ただ、問題がひとつ残っていてな。副司令の後任が決まらないんだ」

「副司令──赤城の後任か」

「金剛たちを撤退させたら、司令はそのままおまえが引き継ぐことになる。が、副司令については適任者がなかなか決まらない。当面は、現地に残る大型艦の誰かに任せることになりそうだ」

「妙高か、龍驤あたりを作戦のメンバーに加えるというのは?」

「妙高は前線から戻ってまだ日が浅い。空母勢については、基地周辺の海域に安全な展開スペースを確保するまでは派遣を控えたい」

「ふむ、なるほどな……」

 

 長門は自分の顎に手を添えて思案しつつ、提督の膝上にある計画書をめくって参加艦艇の一覧を探した。

 

「──たしかに、作戦後の人事については考えが及ばなかった。救援部隊の副艦は長良と球磨にやってもらうつもりだったのだが」

「どちらも小規模部隊の指揮には適役だが、基地の副司令となるとな。裏方や補佐で資質を発揮するタイプじゃない」

「となると、このメンバーからは──」

 

 長門がいっそう身を乗りだして計画書を見つめる。提督の眼の前で、黒髪のひと房が垂れ落ちた。長門はそれを、なにげなく耳の後ろへかき上げる。

 女らしい、清潔な香りがした。唐突に介入してきた性的な気配に、提督はどことなく息苦しさを覚えていた。

 

「──難しいところだな。私も陸奥も、そういう観点ではメンバーを選んでいなかった。だからといって新しい誰かを編成に加えるというのも──」

 

 ひとり話し続ける長門の横顔を、提督は見つめていた。

 端正な薄い唇が動いている。塗られているのはリップクリームだろうか、表面がわずかに艶を帯びた朱の色をしていた。

 手を伸ばし、その唇に親指で触れた。

 長門が、電流を流されたように硬直する。見開いた眼で、提督を見つめてくる。

 引き寄せて、接吻した。

 リップクリームのせいか、どことなく甘い唇だった。柔らかい感触の奥に、緊張した硬い気配が感じられた。

 長い口づけのうちに、長門の唇が提督を求めてくる。遠慮がちではありながら、たしかな動作で提督の舌を要求している。

 

 

 猛りきった提督の陰茎を、長門が口に含んでいた。

 横顔を提督に向けたまま、なだめるかのような慎重さで顔を上下させている。提督の下半身の素肌の上をつややかな黒髪が動きまわり、くすぐったいような感触があった。

 目を伏せた長門が、ぎこちなさの残る奉仕を続けている。こうした行為に、長門は明らかに慣れてはいなかった。

 口もとを隠すように垂れている横髪を、提督は指先でそっと持ち上げた。

 充血した怒張が口内におさまっているさまが、露わになる。

 口を開いた長門の横顔には、輪郭において微妙な乱れが生じていたが、その乱れすらが美しいと思える光景だった。

 提督は、魅入られたように凝視する。

 長門が動きを止め、口から陰茎を外した。困惑したように眉尻を下げ、横目で提督を見ながら言う。

 

「提督──そんなに見つめられるのは、ちょっと」

「恥ずかしいか」

「……うん」

 

 長門は気弱な微笑を浮かべて頷いた。陰茎に眼を戻し、溜息をつく。

 

「しかし……本当に硬いな。怖いぐらいに」

「ここのところ、ご無沙汰だったせいかな。溜まっている」

「そうなのか……吹雪とも?」

「ああ、お互いに忙しかったからな」

 

 茎部を握った長門が、感触を確かめるように二度三度とゆっくりと手を上下させる。優しく穏やかな手つきから伝わる快感に、提督は思わず深く息をついてしまう。

 

「なんだか、つらそうだ」

 

 長門が言う。陰茎を見つめていた。

 

「こんなにぱんぱんに、熱く膨れあがってしまって、かわいそうなほどだ。自分の意思ではどうにもならない──まるで(ごう)のようなものか」

「業、か……それは、いい表現だ」

「あるいは煩悩か。人の奥にある、(ぎょ)すことのできない煩悩」

「らしくもなく、うまいことを言う」

「ふふ……」

 

 長門は笑い、愛おしげに頬をすりつける。

 

「こんなに熱くて硬くて、怖いぐらいなのに……でも、どこか可愛い」

 

 そう言って先端へ軽く口づけすると、長門はふたたび提督を口内におさめてしまう。

 ちゅる──と秘めやかな唾液の音をたてて、亀頭に舌を絡めてくる。

 突然巧みさを帯びてきた口技に、提督は思わず息を詰めた。快感と興奮が、陰茎への血流を一段階増加させたような気がする。

 提督は長門の横顔を見つめながら、奉仕に身を委ねていた。

 唾液の音をたてつつ、長門の口内で舌が生きもののように蠢いている。

 やがて、兆しが背に這いのぼってきた。

 このまま口内で爆ぜさせてしまいたい衝動を懸命に抑えつけ、長門の肩を掴んで行為を中断させた。

「ベッドに上がって、両手をつけ」

 

 命じられた長門が、手の甲で口の端を拭いながら頷く。

 

 

 四つん這いにさせた長門の背後で、提督は膝立ちになる。

 左右によく張った腰を見つめ、手でその質感を確かめながら、ジーンズを下着と一緒に引き下ろした。

 長門の秘所はすっかり蕩けきっていて、粘った透明の分泌液をしたたらせていた。

 提督は両手の親指で、門を押し広げた。糸を引いて、左右に開かれる。

 

「煩悩を抱えているのは、お互い様みたいだな」

 

 露出した粘膜部分に指を這わせると、とろりとした愛液がまとわりついてくる。

 長門がもどかしげに尻を左右に振った。

 

「ふっ、あ、あ……」

 

 背をきつく反らせ、か細く可愛らしい鳴き声をあげる。

 提督は躰を前方へ倒し、長門に上体を重ねるようにして囁いた。

 

「気をつけろ。あまりに遠慮なく声を出すと、外に聞こえるかもしれない」

 

 長門はたちまち耳朶を真っ赤にして目を見開き、細かく幾度も頷いた。

 提督は陰茎を握った。ふたりとも下を露出させただけの中途半端な格好だったが、上を脱いでいる手間が煩わしい。

 手探りで先端を長門の粘膜に押し当て、ひと息に貫く。

 

「……んっ……!」

 

 きつく目を閉じた長門が、息を呑んで躰を震わせた。

 

 

 長門の下半身を押し潰すようにして、腰を動作させている。派手な音をたてないように注意を払ってはいたが、乱れたふたつ分の息遣いと、ベッドがかすかに振動する音は隠しようもない。

 

「んっ……あ……はっ……」

 

 抱きしめた枕に顔を押しつけた長門が、短く喘いでいる。

 提督は、長門の膣内の敏感な箇所に、亀頭をこすりつけるようにして動いていた。柔らかい膣壁が、きつく、甘く、陰茎の根もとと先端の両方を絞りあげるように絡みついてくる。

 早々に、限界が迫っているのを感じた。

 躰を重ねたまま、長門の耳もとに唇を寄せる。

 

「もう、いいか?」

 

 枕の上で長門が懸命に顔を振り向かせ、提督に視線を向けてきた。泣き出しそうに歪んだ表情で、しきりに頷く。

 濡れた唇が動いていた。声にはなっていなかったが、出して──と言ったのがわかった。

 長門が後ろに手をまわし、提督の尻をきつく抑えつけてきた。

 

 ──離れないで。

 

 切実な想いが、手のひらに込められた力の強さから伝わってくる。

 提督はいっそう激しく、無遠慮なまでに長門の内部を探っていく。ベッドが(きし)んだ音をたてていた。

 枕に横顔を押しつけた長門が、だらしないほどに口を開け、声もなく喘いでいる。

 乱れきったその表情を見つめながら、提督は達した。

 

「んっ……くっ……!」

 

 長門が唇を噛み、提督の躰の下で痙攣する。

 膣内のきつい収縮によって、溜まりきっていた精液が、搾り取られるように吐き出されていく。

 下半身から脳髄へと突き抜ける強烈な快感に、提督もまた芯から震えていた。

 

 

 たて続けに、三度交わった。

 三度とも、思うさまに膣内へと精を流し込んでいた。

 充実した思いと同時に気怠い疲労がある。そのままベッドでひと眠りしてしまいたいぐらいだったが、午後の任務を終えた戦艦たちが寮に戻ってくる刻限が近づいていた。

 

「もう、時間なのか?」

 

 時計を気にしている提督の気配を察してか、長門が問いかけてきた。ベッドカバーの上で、お互いに裸のまま躰を寄せ合っていた。

 

「ああ」

 

 提督は短く答え、長門の背を抱く。なめらかで温かな長門の肌の感触が心地よく、離れがたい思いがした。胸もとで長門の髪を撫でつけながら言う。

 

「おまえをもっと、手もとに置いておきたかった。遠くに行かせたくない」

 

 命じる立場の自分がこうした言葉を発するのは、どこか卑怯なあり方のような気がしていた。

 それでも、口をついて出てしまった。

 長門が躰をより密着させ、答える。

 

「……うん。ありがとう」

 

 密着すると離れがたさが増し、それと比例するように愛おしさも膨らんでいた。

 行くな──とまで言ってしまいたかった。

 だが、言葉としてそれを発することはできない。

 口の外に吐き出してしまえば、たちまちそれは嘘になるだろう。長門にとっても提督自身にとっても、その嘘は好ましいものではないはずだ。

 

「提督──なにもそんなに悲愴な顔をすることはない。今生の別れってわけでもないのだから」

「……次は、いつ戻せることになるか。金剛や赤城の状態の詳細が不明だし、運用上の都合でそうそうすぐには交代できないかもしれない」

「大丈夫」

「しかしな──」

「大丈夫だ」

 

 長門が強く、しがみついてくる。豊かな胸が、提督の躰で丸く押し潰されている。

 

「私は、貴方のそばにいられる。どんなに遠くに離れたって、こうして抱き合っていることは、私の心の中に確かなものとして在り続ける」

 

 見上げてくる長門の顔は、曇りのない、晴れやかなものだった。

 

「提督──どんなときでも、私は貴方とともにある。だから私は、大丈夫」

 

 

 ◇

 

 提督は、手持ち無沙汰な思いで執務机の前に座っていた。

 長門の部屋から執務室に戻ってくると、すでに陸奥の姿はなく、だいぶ前に工廠から帰ってきていたらしい吹雪が出迎えの言葉をかけてきた。

 どうやら陸奥は、溜まっていた提督の書類仕事をさっさと片付け終え、ついでに秘書艦としての吹雪の業務まで大いに手伝っていったようだった。

 予定より早く午後の仕事が済んでしまったという吹雪は、執務室に隣接した記録保管室から古いファイルを引っ張り出してきていて、秘書艦用の机で中身の整理にとりかかっていた。

 吹雪と同じく手の空いてしまった提督は、海域情報などを調べるふりをしながら、吹雪の様子を窺っている。

 どうやら、書類整理の作業はあまり(はかど)っていないようだ。

 時系列順に綴じ込まれている書類を項目別に整理しなおしていくだけのはずなのだが、ときおり視線を上げては、さりげなく提督のほうを気にするような雰囲気を発している。

 お互いが、お互いの様子を窺っているのだった。

 気まずい空気に耐えかねて、提督は声を上げた。

 

「なあ、吹雪」

 

 とたんに、吹雪が椅子に座ったまま背を伸ばして提督を見た。

 

「はい──!」

 

 吹雪の返事の声の大きさと勢いに気圧され、提督は一瞬言葉に詰まった。空咳をしてなんとか気を取り直し、告げる。

 

「あのな──実は、長門のところに行ってきたんだが」

「あ……はい。それは、陸奥さんからうかがっています。今度の作戦の、打ち合わせだったとか」

「たしかに打ち合わせは打ち合わせだったんだが、遅くなったのは、その……別の理由があってだな」

「……はい?」

「つまり、抱いてきたんだ。長門を」

 

 吹雪は短く、あ──と声を上げた。少し驚いたような表情で硬直し、二度三度とまばたきをする。

 提督は頭をわずかに下げた。

 

「最初からある程度そうなるつもりで、長門の部屋に行ったんだ。先に工廠に寄って、おまえにひと言知らせるべきだったと思っている。──悪かった」

「いえ、そんな──」

 

 吹雪は躰の前で、広げた両手を振った。やがてなんとか笑顔をつくると、なだめるような口調で言う。

 

「大丈夫、ですから。そんな、お気遣いをいただかなくても」

「気遣いで言ってるわけじゃない」

「ええと、その……」

 

 吹雪は眼を回すようにして、視線を上に泳がせた。

 

「あ──あの、長門さんの様子はいかがでした? 司令官がお部屋に来てくれたのなら、とても喜んでいらっしゃったと思いますけど」

「長門は……まあ、よろこんでくれたんじゃないかと思うが」

 

 頭の中で『悦ぶ』という字を思い浮かべてしまい、提督は慌ててそれを打ち消した。

 

「喜んでいたはずだ。嬉しかったと言っていた」

「そうですか……それなら、よかった」

 

 吹雪は微笑んでそう言うと、顔をわずかにうつむかせた。どこか自嘲するような、憂いを帯びたような雰囲気が、提督は気になった。

 立ち上がり、座ったままの吹雪に歩み寄る。

 見上げてきた吹雪に、なかば強引に唇を重ねた。

 顔を離して、尋ねた。

 

「ほかの女を抱いてきたばかりの男にこんなことをされるのは、嫌か?」

「──いいえ。嫌じゃ、ないです」

「やきもちを焼いてくれたりは、しないのか」

「いいえ、焼きません」

「少しぐらい焼いてくれるほうが、俺にとっては嬉しいんだが」

 

 重ねて言った提督を見つめながら、それでも吹雪は首を振る。

 ほかの艦娘を提督が抱くことについては、吹雪自身が言い出したことだ。それだけに、吹雪はけっして嫉妬めいたことを口にしようとはしないだろう。

 自分の不実さは置いておくとして、吹雪のその強情さと一途さが愛おしかった。だが、吹雪の瞳には依然憂いの気配が残っている。

 

「なあ吹雪。どうしたんだ」

「え──」

「俺が戻って顔を合わせてからずっと、何か言いたいことがありそうな表情だ。やきもちを焼いているわけじゃないなら、ほかに気になっていることでもあるのか?」

「あ……」

 

 吹雪はふたたびうつむいた。ひどく、逡巡している様子だった。

 提督は黙って待った。

 

「あの……司令官。私、お願いしたいことがあるんです。でも、もしかしたら司令官からそのお話をされるんじゃないかと思って、それで」

「お願い? おまえが、俺にか」

「はい──」

 

 吹雪は提督を見上げる。瞳には、吹雪が意を決したときの芯の強さが見えた。

 

「今度の作戦の救援部隊に、私も参加したいんです。長門さんたちと一緒に戦場に行って、みんなを助けたいんです。──お願いです、司令官。出撃の、ご命令を」

 

 

 



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艦娘の恋人

 深夜にほど近い時刻である。

 主照明が落とされた大食堂は薄暗く、提督の眼の前にある大きなガラス窓には、ふたつの影がぼんやりと映っていた。

 昼間であれば港湾の突堤を望むことのできる、窓際のカウンター席だ。

 隣に腰掛けている陸奥が、溜息をついた。

 

「吹雪の件は、たしかに私の責任よ。そのことを否定するつもりはないわ」

 

 そう言って陸奥は、紅茶の入ったカップに手を伸ばす。食堂に常備されているティーバッグとポットのお湯で、陸奥が手ずから淹れたものだ。

 提督は黙ったまま、ガラスに映った陸奥の影を眺めている。

 カップを持ったままの影が、わずかに手を広げて肩をすくめる。

 

「だって──貴方の秘書艦から今の状況を訊かれて、適当なこと言ってごまかすわけにもいかないでしょ? 明日のブリーフィングにだって吹雪はもともと参加する予定なわけだし、貴方から口止めされてるわけでもなかったんだから──」

「わかった、もういい。ここにおまえを呼び出したのは、べつに釈明を聞きたいからってわけじゃない」

 

 ガラスの中で陸奥の影が、拗ねたように提督とは反対の方向を向く。

 

「じゃあ、なによ」

「艦娘としてのおまえの、できうるかぎり客観的な意見を聞きたい。──吹雪が、前線の副司令に適任かどうかだ」

 

 陸奥が、小さく息をつく。

 

「それはもちろん、適任よ。能力的な部分だけで判断するのなら、私の中ではもともと吹雪が最有力候補だったのよ」

「それなら今日の午後、なぜ吹雪の名前を挙げなかった」

「挙げたら素直に、ああなるほど名案だ──って貴方は言ってくれたかしら?」

 

 ガラスに映った陸奥と、提督は視線を交える。判然としない像だが、強気に提督を睨んでいるのがわかる。

 

「──それに、彼女には鎮守府(こちら)でべつの役目があるもの。私なりに考えた結果、安易に名前を挙げるべきじゃないと思ったの。貴方が自分で吹雪を前線に派遣しようと思いたったなら、それはそれで尊重したけれども」

「……適任か」

「この上もなくね。艦隊運用や作戦立案については、貴方のそばで実地で学んでいるし、補給や兵站の重要性も理解している。性格的にも、長門との相性はきっといいと思うわ。前線の仲間を助けたいっていう、強い想いもある。それから……前線に出たことがないっていう負い目も、吹雪にとっては大きなモチベーションのはずよ」

 

 ひと息に話してしまうと、陸奥は紅茶のカップを口に運んだ。

 提督は、思案する。

 陸奥の言うとおり、最古参の艦娘でありながら、吹雪には前線基地での勤務経験がない。

 所属する三水戦はすでに数度の前線派遣を経験しているのだが、そのたびごとに吹雪は隊を一時的に離脱し、鎮守府に居残っている。

 秘書艦という役職持ちであることが、残留の理由であった。

 そのことで吹雪から直接不満を言われたことはないが、内心に忸怩たる思いがあったのは確かだろう。

 三水戦が鎮守府にいる間、吹雪は秘書艦の業務がどれほど多忙であっても、隊の哨戒任務への参加に強いこだわりを見せていた。

 前線副司令に立候補するつもりだったとは、吹雪の性格からして考えられない。作戦への志願は、ひとえに窮地の仲間を助けようという意志の表れに違いなかった。

 自分を納得させるように提督は細かく頷き、口を開いた。

 

「吹雪には明日、ブリーフィングが終わってから支度をさせる。午後いっぱいもあれば、装備の調整と荷造りを済ませられるだろう」

「それってつまり──」

 

 問いかける陸奥の影に、提督は頷きを返した。

 

「三水戦と十一駆は鎮守府に残す。さすがに近海の守備から水雷戦隊をまるごと抜くわけにはいかない」

「吹雪単独で、作戦に追加」

「そういうことだ」

 

 陸奥はカウンターに頬杖をつき、何かを考え込むように下を向いた。

 提督が黙っていると、やがて陸奥は抑えた声で言った。

 

「──いちおう言っておくけど、今の前線の状況だと規定の日数で戻ってこられるとはかぎらないわ。責任ある立場なら、なおさらね。そのことはわかってる?」

「ああ」

「納得、してる?」

 

 提督は、正面のガラス窓からも視線をそらした。腹立ち紛れに中空を睨み、小さく舌打ちをする。

 

「いいか、俺個人の納得なんてそれほど大きな問題じゃないんだ。吹雪が前線に必要な能力を備えた艦娘で、あいつ自身も作戦への参加を望んでいる。ならば、どこに俺の個人的な感情が介在する余地があるっていうんだ。するべきことは、明白だろうが」

「……個人的な感情は、いつだって、どこにでも介在するものよ」

「まさに屁理屈だな。現実として、選択肢はない。迷うだけ時間の無駄だ」

 

 陸奥が黙り込んだ。

 珍しく険しい眼をしてカップの中の紅茶を睨んでいたが、やがて、表情を和らげて顔を上げた。

 

「選択肢なら、あるでしょ」

 

 そう言って微笑み、提督に直接顔を向けてくる。

 

 

 ◇

 

 翌日は朝から鎮守府全体が、どこか浮ついたような雰囲気に包まれていた。

 大規模作戦の直前に特有の、祭りの前日を連想させる空気だ。

 午前中に実施された最終ブリーフィングのあとも提督は司令室に居残り、編成された各分隊の長を務める艦娘たちと、細かい行動指針のすり合わせをおこなった。

 居残り組の防衛割り当てと支援部隊の手配が済み、作戦に参加する艦娘たちの準備がすべて完了したことを提督が確認したのは、日没をかなり過ぎてからのことだった。

 

 

 提督が執務室に戻ってくると、秘書艦用の机に吹雪がいた。

 昨日の夕方と同じように、古い記録ファイルを机の上に広げている。作業に集中しているせいか、提督が入室してきたことには気づいていないようだった。

 提督は、そっと背後の扉を閉めた。

 机の上に開いたバインダーファイルの中身に、吹雪は眼を走らせている。手を伸ばせば触れられる距離にまで提督が至って、ハッと気がついたように顔を上げた。

 

「し、司令官……! いつから、そちらに」

「たったいまだ。──ずいぶんと集中していたな」

「あ……はい。昨日やり残していた書類の整理の続きを。中途半端なままだったので」

 

 立ち上がろうとする吹雪を、提督は手で制した。秘書艦用の机に片尻を乗せるようにして、椅子に座ったままの吹雪と向かい合った。

 

「支度は終わったか」

「はい。十一駆のみんなに手伝ってもらって、なんとか。装備の調整も、白雪ちゃんと叢雲ちゃんがすごく協力してくれて」

「連中は納得してるか? お前が隊を離れて作戦に参加することを」

「大丈夫です。昨日の夜、ちゃんとみんなで話し合いましたから。少しだけ揉めちゃいましたけど……でも最後にはみんな、わかってくれたと思います」

「叢雲だが」

「──はい」

「夕方に食堂の廊下ですれ違ってな。周りの眼もあって話はしなかったんだが、睨まれてしまった」

 

 提督は冗談めいた口調で言ったが、吹雪はわずかに顔を曇らせて目を伏せた。

 

「私も、叢雲ちゃんには叱られました。自分の立場をもっとよく考えなさいって」

「とは言いつつ、おまえの支度には協力した」

「……はい。司令官とあんたが決めることだから、って言ってくれて」

 

 唐突に吹雪は言葉を詰まらせるようにして、黙り込んでしまう。うつむいたまま、何かを考え込んでいる表情をしていた。

 沈黙が降りる。

 微妙な気まずさに提督は視線をそらせ、傍らに置かれているバインダーを見やった。

 

「これは、ずいぶん昔のを引っ張り出してきたんだな」

「えっ……あっ、はい。古いほうからやろうと思ってたので」

 

 提督はファイルを引き寄せ、綴じられている報告書を眺める。

 鎮守府が対深海棲艦用の防衛施設として稼働しはじめて間もない頃に作成された、手書きの哨戒記録だった。よく見慣れた、今と変わらぬ吹雪の文字だ。

 

「たかが近海の哨戒のくせに、金剛と赤城までメンツに入ってるな。ずいぶんと燃費の悪そうなことをしている」

「このときは、まだ艦娘の数が足りませんでしたから。敵がどこにどれぐらい潜んでいるかも、手探り状態でしたし」

「──『哨戒中に敵の小規模船団と遭遇。交戦後、敗走した敵艦の追撃中に敵拠点を発見。彼我の戦力差から損害が拡大、やむを得ず撤退に至る』、か」

 

 提督は概要を読み上げ、小さく首を振る。

 

「子供の戦争ごっこじゃあるまいし、ずいぶんと無謀なことをやったもんだ」

「……このときのこと、私ははっきり憶えています」

 

 吹雪が顔を伏せたまま言う。

 

「敵の拠点でいいようにやられて、ほとんどみんながボロボロの状態で、鎮守府に帰投したんです。逃げてる間はもちろん必死でしたけど、全員無事で陸地に上がったら急に安心して、みんなで笑い合いました。『失敗しちゃったね』なんて言って、それこそ、ぜんぶ遊びだったみたいに」

「着任したばかりの艦娘は皆、自分の命や戦いそのものを軽く考えているところがあるからな。当時はまだ、そのあたりのことを教育する体制ができていなかった」

「はい。それで、みんなでケラケラと笑っていたら、提督が来られて──」

「顔を真っ赤にしていたか」

「いえ、青ざめていらっしゃいました。ほんとうに、お顔が真っ白に見えるほどに」

 

 吹雪が顔を上げて提督を見る。澄んだ瞳に気圧され、提督は息を呑んだ。

 苦笑するふりをして、さり気なく視線をそらす。

 

「──それで?」

「それで、みんな一緒にお叱りを受けました。特に金剛さんと赤城さんは厳しく叱られたので、おふたりともとても小さくなってしまって」

「だから、憶えていたというわけか」

「ええと……ええ、まあ」

 

 吹雪は曖昧に口ごもった。

 金剛と赤城──提督は妙な符合に思いを巡らせる。前線基地で現在の司令と副司令を務める二艦だ。先の戦闘で手ひどくやられたというふたりは、鎮守府へ無事に帰還して笑い合うことができるのだろうか。

 

「あの、ほんとうは、もう少しだけ続きがあるんです」

 

 遠慮がちに、吹雪が言った。

 提督は吹雪に視線を戻し、微笑んで先を促してやる。

 

「私は比較的損害が軽微なほうだったので、明石さんに躰を見てもらったあと、すぐに執務室に戻りました。それで、司令官が私を見るなりおっしゃったんです──」

 

 吹雪がまっすぐに提督を見つめて言う。

 

「『おまえがついていながら、そのざまか』、と」

「それは……八つ当たりだな。腹立ちまぎれに言ったんだろう」

「いえ、怒ってらっしゃるような感じではなかったです。すごく冷静な声で、でも、とても厳しい言い方で……『金剛はすぐに熱くなるところがある。赤城は一見冷静でも、敵の撃破にこだわりすぎる。おまえにはふたりの性格がよくわかっていたはずなのに、どうしてブレーキをかけなかったんだ』と」

「ふたりの性格がわかっていて組ませたのは、どこのどいつだって気もするが」

 

 わざとおどけたように提督は言ったが、吹雪は黙って首を振った。

 

「司令官に叱っていただいて、私は自分がするべきことを何もしていなかったんだって、そのとき気がついたんです。ただの駆逐艦だからとか、ほかの艦娘のほうがもっと強いからとか、そうやって自分に言い訳してちゃいけない、私がみんなのお姉ちゃんみたいなものなんだから、だから、みんなを護らきゃいけないんだって……そう、思ったんです」

 

 吹雪の膝の上で、痛々しく見えるほど強く、両手が握りしめられていた。

 後悔と自責が、提督の腹の底で蠢いている。

 椅子の上で小さくなっている吹雪は、初めて出会ったときよりも、はるかに頼りなげな少女のようにも見えた。

 提督は吹雪の手を見つめながら、言う。

 

「──たったひとりで、何もかもを護れるわけじゃない。おまえが何かを止めようとしたって、それがかなわないときは必ずある」

「はい……わかっています」

「ましてや、おまえは駆逐艦だ。敵戦力を見誤れば、おまえが沈むことになる」

「はい……でも、私は、自分にできることをするつもりです。みんなのためにできることを、なにか、ひとつでも。だから、私は──」

 

 吹雪は提督を食い入るように見つめ、なぜか突然、悲しそうに眉をひそめた。またも、うつむいてしまう。

 提督は目を閉じて息を整えてから、言った。

 

「今夜はもう休もう、吹雪」

 

 吹雪が顔を上げた。何かをためらうような眼をしている。

 提督は、乱雑に書類が散ったままの机の上を眺めた。

 

「ファイルの整理が、まだ終わってないか」

「……はい」

「それが最後だ。片付けたら、もう今日は仕事を上がれ」

 

 吹雪の唇が震える。何かを言おうとしたが、言葉にはならない。

 提督は、静かに言う。

 

「今夜は……一緒にいてほしいんだ。来てくれるか、吹雪」

 

 長い沈黙のあとで、吹雪はそっと頷いた。

 

 

 ◆

 

 駄目だ──と答えた提督の顔を、陸奥が上目遣いで覗き込む。カウンターに両腕を乗せた前屈みの姿勢で、観察するように見つめてきた。

 

「理由を尋ねてもいいかしら?」

「自分でわかっているはずだ。おまえには内地での仕事がある。前線に派遣することはできない」

 

 陸奥が微笑む。

 

「それってつまり、私がやってる『スパイごっこ』のこと?」

「そうだ」

「そんなに大事な仕事になるって、最初に貴方から頼まれたときには聞いてなかったんだけど?」

「それだけの成果を、おまえが自分自身の才覚で挙げたんだ。今では、情報こそが鎮守府の独立性を守る命綱だ。もう、それなしでは」

「なしでは?」

「……おまえたちを護りきることができなくなる。艦娘と鎮守府は、もはや軍内だけでなく財界も巻き込んだ権益争いの構図の中に組み込まれつつある。それを知ることができたのも、おまえが持ってきた外部の情報のおかげだ」

 

 陸奥が窓の外の暗闇を眺め、長い溜息をつく。

 

「……なんだかずいぶん、責任重大なことになっちゃったわね。最初はお遊び半分の副業のつもりだったんだけど」

「すまないが、現状ではおまえの代役がいない。デリケートな仕事であるだけに、適当なやつに任せることはできない」

「私だって、戦闘の現場に出ることはあるのよ。もし沈んじゃったらどうするつもりだったの?」

「わかっている。今はまだ手がまわっていないが、そのうち誰かをおまえの下に──」

 

 提督は言葉を止めた。陸奥が横目で、どこか面白がるような視線を投げかけていた。

 

「まさか、おまえ」

「そのうち、なんて悠長なことを言ってる場合じゃないでしょ。自分のバックアップでもあるわけだし、私が個人的に仕込んで用意したわ」

「勝手なことを……相手は艦娘だな?」

「当たり前でしょ。私の持ってる情報源のステータスと接触の仕方、新規開拓のコツなんかは、おおむね伝えてあるわ。もし私に何かあったら、彼女が自分から後任として名乗り出てくるはずよ」

「俺に無断で、そんなことを──」

「待って。この仕事を本格的に始めたときに、貴方は私に言ったわよね。経費は予算内から好きに使っていい、報告は事後で構わない、私の自由な裁量で仕事を切り盛りできる、と」

「確かに言ったが、それは」

 

 陸奥が人差し指を立てて、提督の言葉を遮る。

 

「後任の育成も仕事のうちよ。私は自分の裁量内だと判断してそれをやった。気に入らないならそう言ってくれれば、私は貴方のやり方に従う」

 

 提督は言葉を失って、茫然と陸奥を見つめる。余裕に満ちた微笑を浮かべた陸奥は、提督の視線を受け止めていた。

 提督は額を抑えて、こめかみを揉んだ。

 

「──いや、それでいい。おまえのやり方のほうが正しい」

「本当に?」

「ああ。金は出すが口は出さない、おまえは鎮守府の利益のために行動する──そういう約束だった」

「信頼してくれる上司がいるのは、ありがたいことね」

「ときどき、おまえに指揮権を乗っ取られるんじゃないかと思うときがある」

「それ、褒め言葉として受け取っておくわ」

 

 息をついた提督を見据えて、陸奥が言う。

 

「──さて、これで貴方には迷うだけの余地が生まれたわけね。吹雪か、私か」

「ずいぶんと、愉しげだな」

「もちろん愉しいわ。ひとが難しいパズルに頭を捻るさまを眺めるのは、本当に愉しいもの」

 

 陸奥は艶然と微笑んだ。

 

「私は明日、いつでも出られるように準備をしておく。たとえ作戦開始の3秒前であったとしても、貴方が吹雪との交代を命じてくれるなら、私は行ける」

 

 陸奥が立ち上がった。提督の肩に手を添え、耳もとに口を寄せてきた。鼻孔を刺激する甘い花のような香水の匂いに、提督は内心で狼狽した。

 囁くような声が、提督の耳をくすぐる。

 

「今夜はじっくり、ふたりで()()()()なさい。貴方たちのこれからの可能性について、をね。後悔することのない決断を、期待しているわ」

 

 

 ◆

 

 ベッドの上で、小さな躰を抱きしめる。

 吹雪の肌はいつもと変わらず温かく、シャワーを浴びたばかりのせいかわずかに湿っていた。シャンプーと石鹸の匂いの下に、どことなく甘い肌の匂いがする。

 唇を吹雪の首筋に押しつけるように這わせながら、吹雪の寝間着を脱がせていく。

 すぐに、ともに全裸になった。

 吹雪が、提督の首にすがりついてくる。寄せ合った頬に、吹雪の顔の熱が伝わってきた。

 

「司令官……」

 

 提督は手を伸ばし、秘所に触れた。かすかな湿り気を帯びてはいたが、潤いというほどには濡れていなかった。

 指で入り口を押し開くようにしながら、空いている人差し指でそっと前庭の部分を刺激する。

 

「はっ──あ……」

 

 吹雪が震えた声を漏らす。

 すぐに、吹雪が溢れさせているのが提督にはわかった。分泌された愛液が指に絡みつき、湿った音をたてている。

 首にすがりついている吹雪と、視線を合わせた。

 髪をほどいている吹雪からは、普段の姿よりも少し幼い印象を受ける。半開きの唇の間で、小さな舌が何かを求めるように、わずかに動くのが見えた。

 提督は下半身を押し込むようにして、吹雪の膝の間へ割って入った。

 濡れた肉の狭間に、みずからの硬直を突き刺す。

 

「は、あっ……!」

 

 性急に侵入された吹雪は短く叫び、躰を反りかえらせる。

 陰茎を締めつけるきつい感触に、提督も小さく呻いてしまう。

 快感よりも痛みが勝るのか、吹雪は眉根を寄せて表情を歪めていた。

 提督がためらいかけたその瞬間に、吹雪が下半身を動かした。

 腰をわずかに浮かせ、提督を迎え入れようとする。

 ほんのわずかな動きだが、健気な仕草だった。

 思わず提督は、呼んでいた。

 

「吹雪──」

 

 唇を引き結んでいた吹雪が、提督を見る。

 微笑んだ。

 目を細めて、笑ってくれた。

 提督の背に両手をまわし、密着をせがむように力を加えてくる。明確な吹雪の意思が、伝わってくる。

 提督は吹雪を胸の中に抱きしめ、動作を開始した。

 深く、深く──吹雪の奥を、芯を、己の触角で探る。

 

 

 激しく叩きつけるように、腰を振っていた。

 吹雪は懸命に、受け入れている。

 己の獣じみた律動を自覚しつつ、提督は制御することができない。

 吹雪を見つめる。顔を歪めつつも、切なげな視線が返ってきた。

 そっと、唇がつき出される。

 求めている。

 応じて、吸った。

 舌を絡める。

 両腕で、抱きしめる。

 いっそう激しく、腰を振った。

 結合させた口内から、混じり合った唾液とともに、乱れた呼吸がこぼれていく。

 前触れもなく、提督は達した。

 痺れるような快感に、思わず声を上げていた。

 密着したまま吹雪を全身で抑えつけ、内部に精をそそぎ込む。

 腕の中で吹雪が、弱々しく、震えた。

 

 

 射精してしまっても、硬度はいっこうに衰えなかった。

 お互いに呼吸が落ち着き加減になるのを待って、ゆっくりと動作を再開させる。

 今度はごく穏やかに、吹雪の反応を見ながら腰を回転させるように動かした。

 放ったばかりの精液と愛液が混じり合い、膣口からくちゅくちゅと秘めやかな音が響く。

 すぐに、吹雪は切なげな吐息を漏らしはじめた。

 

「司令か、ん……」

 

 苦しげに、吹雪が提督を呼ぶ。提督は、吹雪の頭を胸に抱いた。

 小さな手を提督の背にまわし、吹雪がすがりついてくる。

 

「ごめんなさい……わたし……」

「謝るな」

「でも──」

「謝らなくていい」

 

 提督は、強く腰を押し出す。

 

「んっ……」

 

 提督の胸の中で、吹雪が息を詰める。抱きしめた躰から、とくとくとせわしないリズムを刻む吹雪の鼓動が伝わってきた。

 ゆっくりと、柔軟な感触を確かめるように、提督は吹雪の内部を撹拌する。

 少しずつ、提督を受け入れるばかりだった吹雪の様子に変化が生じてきていた。

 自身の快感を高めるために、提督の動きに下半身を協調させている。

 耐えがたいといった表情で、吹雪が深く溜息をつく。

 呼吸のリズムが、乱れていく。切迫した喘ぎが、次第に啜り泣きに変化していった。

 

「泣いてるのか」

 

 提督が尋ねたが、吹雪は無言だった。ただ、額を提督の胸に押しつけてくる。

 

「なぜ、泣く」

 

 重ねて、提督は尋ねた。

 背にまわされた手に、わずかに力が込められる。

 

「ごめんなさい……怖くて」

 

 小声で、吹雪が言った。

 提督はゆったりと動作を続けたまま、重ねて問う。

 

「なにが、怖い」

「わかり、ません……なにもかもが、わからなくなっちゃいそうで」

「怖がることはない」

「でも、怖いんです──ほんとうに、きもちが、いいから」

 

 胸の中で、吹雪が顔を上げて提督を見つめてきた。泣き腫らしたように、目の周りを赤くしている。

 

「きもちがいいから、なにもかも、忘れてしまいそうで……だから、こわい」

「忘れていいんだ。俺とこうしている間は、忘れてしまえばいい」

「だめ……わたし、もう……」

 

 吹雪が語尾を不明瞭に口の中でつぶやいて、目を閉じる。

 提督は強く腰を押し出して、蕩けきった吹雪の最奥を突く。

 

「ああ……」

 

 横を向いた吹雪が、切なげな吐息とともに声を漏らす。

 快感の極限が、近づいていた。

 

 

 思うさまに精を放出したあとの気怠い余韻に浸りながら、吹雪の顔を見つめる。乱れた前髪が、汗で額にはりついていた。

 

「前線に、行ってくれるか」

 

 提督が問うと、吹雪は一瞬だけ泣き出しそうに顔を歪めた。

 すぐに目を閉じてそれをこらえるようにし、絞り出すような声で答える。

 

「支度は、できてます」

「おまえにしかできないことが、たくさんある。長門を助けてやれるか」

「司令官──」

 

 吹雪が目を開ける。揺れる少女の瞳の中に、提督は自分の姿を見た。

 

「ごめんなさい……わたし、わたし──」

 

 提督は苦笑してみせる。謝らなくていい、と重ねて言う気にはなれなかった。

 吹雪が言いつのろうとしてか、口を開きかける。

 瞬間、提督は吹雪を引き寄せて、その口を自分の唇でふさいだ。

 ついばむように唇を探って、離れる。

 

「吹雪」

「──はい」

「愛している」

 

 吹雪が口を半開きにして、呆然とした表情をする。瞳に、さまざまな感情が浮かんでは消えた。

 

「何を今さら、と思われるかもしれないが。情けないことになかなか言うことができなかった。──すまない」

「そんな、私こそ──」

 

 吹雪は言葉を呑み込み、目を伏せた。

 

「──私こそ、情けないです。秘書艦という大事なお仕事をいただいて、司令官をおそばで支えなければいけないのに、それなのに、私は──」

「吹雪」

「──はい」

「おまえは、強い」

 

 吹雪が顔を上げて提督を見る。

 提督は頷いた。吹雪の裸の肩を、手の甲でそっと撫でる。

 

「こんなに小さな躰をしているのに、どこにそんな強さがあるのか。俺も──この鎮守府のありかたも、おまえのようでありたいと思っている」

「司令官、そんな……」

 

 吹雪は困ったような表情で、居心地が悪そうにもじもじと身悶えした。提督は構わず続ける。

 

「俺は──おまえたちとともに生きていきたいと思っている──深海棲艦との戦いが終わったあともだ。そのためには、もっと強くならなければな」

 

 吹雪が目を見開き、ついで顔を輝かせる。月にかかっていた雲が晴れるかのような、気持ちのいい笑顔だった。

 提督は笑って、吹雪の頬を軽くつまんでみる。

 

「いい顔だ。やっぱりおまえは、そういう顔がいちばんいい」

「司令官、ほんとうに……ほんとうに、わたしたちと、ずっと──」

「強くならないとな。今は明確な敵がいるおかげで俺たちも必要とされているが、連中がいなくなれば、とたんに厄介者だ」

 

 あるいはその逆も──と提督は胸の内でつぶやく。いずれにしても鎮守府と艦娘の将来は、そう簡単に順風満帆とはいかないことだろう。

 

「司令官、私、頑張ります……! みんなで、一緒に生きていけるように、私──」

 

 頬をつままれているのを気にかける様子もなく、吹雪が勢い込んで言った。

 提督は顔をうつむけて、ただただ小さく笑う。

 

 

 明け方になって、どちらからともなく目覚めた。

 出立の準備が始まるまでは、まだ時間があった。

 離れがたさから、胸が詰まる。だが、交接を求めはしない。

 これ以上、肉体的に交わる必要を感じなかった。

 裸の肌の一部を触れさせて、ただ見つめ合う。

 それだけで、躰より深いどこかが繋がっている気がした。

 

「司令官」

 

 吹雪が呼んだ。

 提督は、視線を向けて応える。

 やわらかく微笑む吹雪は、朝の薄い光の中で、母のような姉のような、大人びた気配をまとっていた。

 数拍のためらいのあとで、唇が動く。夢うつつに提督は、わずかに震えるその声を聞いた。

 

「愛しています、わたしも──あなたを」

 

 

 ◇

 

 開け放った執務室の窓から、提督は陽光に輝く海原を眺めていた。艦娘たちの残していった幾本もの白い航跡の曲線が、遠目にもはっきりと見える。

 快晴だが、吹く風は露出した肌を刺すかのように冷たい。

 季節はすでに、冬にさしかかりつつあった。

 窓を閉め、屋外の景色に背を向ける。

 仕事はいつものごとく溜まっているのだが、執務机にすぐにとりつくような気分にはなれなかった。

 部屋暖房のスイッチを入れることも億劫で、いい加減にソファーへと躰を投げ出した。

 靴を脱ぎ散らかして横になったところで、室内の空気が揺れた。コツコツと高い足音が、提督のすぐ近くまで来て止まる。

 

「見送り、しなくてよかったの?」

 

 頭の後ろからの声に振り返らず、提督は天井を眺めたまま、ああ──と答える。

 

「──どうして、とは訊かないようにするつもりでいたのだけれど」

 

 背後から聞こえる陸奥の声は、どこか寂しげな気配を含んでいた。

 

「そういう結論になるとは思ってなかった。貴方と吹雪には、もっと自分たちが幸せになれる結論があったはずなのに、なぜ──」

「陸奥」

 

 提督は片手を上げて遮った。

 

「頼みがある」

「……なに?」

「膝枕」

「え?」

「膝枕をしてくれないか。少し、眠いんだ」

 

 長い、沈黙があった。

 溜息とともに、陸奥が言う。

 

「──今回だけ、特別よ」

 

 

 

 吹雪に比べると、陸奥の太腿ははるかに弾力があり、首の後ろに感じる質感が豊かだった。

 頭の位置が少し高いことを提督が告げると、陸奥は、大根足で悪かったわね──と言って提督の額を小突いた。

 

「……ねえ」

「なんだ」

「セックスを体験したら、ものの見方って、変わったりするものなの?」

 

 提督は片目を開けて、陸奥を見た。

 すました顔で、陸奥が見返してくる。

 

「なによ」

「何を言い出すんだ、おまえは」

「べつに。ただ、私には理解のできないことが、世の中にはいっぱいあるんだなって、少し思い知ったから」

 

 そう言って陸奥は、先ほどまで提督が眺めていた窓の外の景色に眼を向ける。視線の先には、変わらず海が広がっているはずだ。

 

「セックスをしたら、今までわからなかった何かが理解できるようになるかって、そう訊きたいのか」

「うん。まあ、そういうことよね」

「ならない」

「あ、ならないんだ」

「ならないな。正確に言えば、少しはわかるようになることもあるかもしれないが、そのぶん見えなくなるものも増える。差し引きゼロか、下手すればマイナスだ」

 

 陸奥が含み笑いをする。

 

「なるほど、上手いことを言うわね。それはきっと、理屈だわ」

「おまえは、理屈が好きだろう」

「うん、好きよ」

「なら、絶対にマイナスだ。わからんことが余計に増える」

「それって、自分の体験から?」

「そうさ。俺も、屁理屈タイプだからな」

 

 陸奥が笑って頷き、腿の上にある提督の頭も一緒に揺れた。

 揺れが落ち着き、陸奥の躰から力が抜けていくのを感じながら、提督は言う。

 

「なあ陸奥」

「なあに」

「おまえは特に人間との付き合いが多いだろうから言っておくが、好きでもない相手とセックスするのはやめておけ。絶対に後悔する」

「ふーん、なるほどね」

「それから、『仕事』で自分の躰を使おうとは考えるなよ。上司として、それだけは禁じる」

「ふふ……了解」

 

 陸奥の手が提督の頬に触れる。意外なほどに、温かい手だった。

 

「優しいところ、あるのね」

「そうなんだよ。意外にもな」

「それに、紳士だわ」

「あまり(おだ)てるなよ。おまえに褒められてると、背筋が冷える」

 

 心地よく、陸奥の腿が揺れる。

 提督はひとつ大きなあくびをした。

 

「眠いんだ。少し、寝るぞ」

「うん」

「15分経ったら起こせ」

「仕事?」

「まあな、いつまでも寝てられるほど、いいご身分じゃない」

「いいえ、いいご身分よ。私の膝枕でお昼寝できるんだもの」

 

 提督は笑みを浮かべ、躰を脱力させた。すでに頭の隅が、眠気で(かげ)ってきていた。

 

「おやすみ、陸奥」

「おやすみなさい、提督」

 

 陸奥のまとう人工の花の香りに包まれて、緩やかに意識を墜落させていく。

 ふと顔を横向けて、なめらかな太腿の肌に頬をすりつけてみる。

 甘い香りの奥に隠れた女の匂いを、確かに嗅いだ。

 

 

 



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第2シーズン
萌芽


 向かい合って、交わっている。

 

 提督の膝の上で、神通がゆっくりと腰を躍らせていた。

 ぬちぬちと、粘った愛液の音がひそやかに響く。

 提督はベッドへ後ろ手に両手をつき、神通の動くがままにさせていた。

 乱れた息遣いと過剰なほどの体温を肌で感じつつ、眺めているだけで昂ぶるものがある光景だった。

 

「はっ……あ……はぁっ……」

 

 漏らされた神通の吐息に、快感の気配が濃い。

 眼の前で、均整のとれた乳房が震えるように揺れていた。

 提督は誘われるままに顔を寄せ、その先端を口に含む。

 

「んっ……」

 

 神通が息を詰める。

 甘い匂いが、提督の口腔から鼻腔までを満たしていった。

 好ましい弾力を唇で確かめながら、その硬く隆起した部分を舌で転がす。

 

「あ……ま、待って……」

 

 神通が提督の肩を抑えながら言った。腰の動きも止めている。

 提督が見上げると、神通は何かに耐えるように眉根を寄せていた。

 

「どうした」

 

 口を神通の胸から外し、提督が尋ねる。

 神通は薄目を開け、切なげな視線を提督に向けて言った。

 

「申し訳ありません……少し、達してしまいそうだったので」

「遠慮をするな。いきそうになったのなら、いってしまえばいい」

「いいえ──遠慮などでは」

 

 微笑を浮かべ、神通は首を振った。汗で首筋に貼りついていた後ろ髪を、手で軽く払う。

 ゆっくりと、動作が再開された。

 ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ──と、接吻に似た水音が、下半身の動きのリズムに合わせて奏でられる。

 

「こうやって、大きな波を、何度も耐えるのが、好きなんです──」

 

 動きながら、神通が恥ずかしそうに言う。

 陰茎に絡みつく膣壁の感覚に、提督は無言で息を呑んだ。

 

「──波に耐えていると、次に達するときが、もっともっと、気持ちよくなれるから……だから、私──」

「探求、熱心だな」

 

 提督はどうにか、それだけを言った。

 神通が首を振る。

 

「いいえ……自分本位、なだけ。気持ちいいのが、好きだから……」

 

 そう言った神通の口の端が、珍しく悪戯そうに上がった。

 提督はその表情に見とれかけ、すぐに自分のほうの終局が近いことを意識した。

 唇を舐め、告げる。

 

「悪いが、神通。俺のほうが限界なんだ。こっちも、自分本位にやらせてもらう」

「──あっ」

 

 提督は片手で神通の腰を掴んだ。前後に揺すりつつ、みずからの腰も上下に遣う。

 

「あっ、あっ……そんな、急に、だめっ……」

 

 神通が表情を乱す。

 

「いやか」

「いやじゃ、ない……やじゃない、けど、そんなの、されたら、わたし、もう──」

 

 神通も髪を振り乱すようにして、腰の前後運動を加速させている。

 陰茎を埋め込んだ胎内のかたちがうねるように変化し、痺れるような強い快感が提督の下半身に広がった。

 腰へ添えた手の親指で、愛液にまみれた肉の芽に触れる。震わせるようにして振動を与え、刺激した。

 神通がびくんと躰を震わせ、声を上げる。

 

「あああっ──! いい、いいっ──それ、すごく──」

「くっ……そろそろ、いくぞ。ぜんぶ、なかにぶちまけてやる」

「あっ──ください──ください、あなたの、ぜんぶ、わたしのなかに──」

 

 瞬間、神通が提督を強く抱きしめる。

 陰茎を包む膣壁が、激しく収縮した。

 提督は放出の快感と同時に、躰を大きく反りかえらせる。

 

 

 

「あの……シャワーをお借りしても、よろしいでしょうか」

 

 明け方になって目覚めるなり、神通が遠慮がちに言った。

 お互いに裸のまま、寄り添って寝ていた。

 提督は枕もとの置時計を見やる。

 季節はすでに冬の入り口で、日の出もだいぶ遅くなってきているのだが、それでもまだ業務開始までにはかなりの余裕がある時刻だった。

 

「構わないが……まだずいぶん早いな。今朝の二水戦は、非番だったはずだが」

「はい……実は、見たい番組がありまして」

「番組。テレビのか」

「はい。民放の情報番組なのですが」

「情報番組──」

 

 提督はようやく事情を呑み込み、言った。

 

「那珂か」

 

 神通が無言で頷く。

 提督は顎を掻きながら尋ねた。

 

「事務所が送ってきた予定表には、何も載っていなかったと思うが」

「短いコーナーですが、急なゲストで出演することになったそうです。昨日の夕方、本人からメッセージがありましたので」

「なるほど。それなら、俺も見ておきたいところだが」

「本棟の娯楽室のレコーダーに、録画予約を入れておきました。のちほどにでも、ゆっくりご覧になられては」

「そうだな、そうしよう。──俺はもうひと眠りするから、シャワーでもタオルでも、好きに使ってくれ」

「ありがとうございます。ご厚意に甘えさせていただきます」

 

 神通は裸の胸をさりげなく腕で隠しながら、上体を起こして一礼した。

 提督は笑って言う。

 

「しかし残念だな。起きなきゃいけない頃合いまで、だらだらと抱き合っていられると思ったのに」

「あ……えっと……」

 

 神通はほんのりと頬を染め、はにかんだ。

 少しためらったのちに、思いきった様子で顔を寄せてくる。

 私も──と神通が、提督の頬の間近で囁く。

 控えめに唇が重ねられる。

 提督は、くらりと脳を痺れさせた。

 性交時の熱が退くといつもすぐに、普段の慎みを取り戻してしまう神通である。こうして自分から接吻してくるというだけで、予想外に大胆な行動だった。

 すぐに真っ赤な顔になって離れた神通はベッドの縁に座り、持参していた襦袢を肌の上にまとう。

 その様子を背後からなんとなく眺めていた提督は、ふと気がついて言った。

 

「そういえば那珂のやつ、四水戦の連中には連絡してやったのかな。せっかくこちらへ戻ってきたことだし、あいつらも()指揮艦の晴れ舞台を見てみたいんじゃないか」

 

 神通が、襦袢を着る手をぴたりと止めた。わずかの間だが、微妙な雰囲気の沈黙があった。

 提督に振り返り、口もとを微笑のかたちにして言う。

 

「それは、どうでしょう。四水戦の一部はまだ入渠中ですし、そうでない艦も、まだ前線での疲れが残っているでしょうから。早朝の番組ですので」

「……そうか。それもそうだな」

「はい」

「興味があれば、録画を観るだろうしな」

「はい。番組のことは、私から四水戦の子たちに伝えておきます」

 

 神通は、わずかに沈黙してから言葉を継いだ。

 

「──それはそうと、由良さんが今日出渠されると聞きおよびましたが」

「ああ。明石の報告では、今夜遅くになる予定だと。損傷は比較的軽微だったから、ほかの連中よりもだいぶ早い」

「今夜、お会いになられますか?」

「そのつもりだ。帰還してきた直後には、ほとんど言葉を交わせなかったしな。出渠があまり遅くなるようなら、挨拶程度しかできないかもしれないが」

「あの、差し出がましいとは存じますが──」

 

 神通は襦袢の襟もとを手で合わせながら、提督に向きなおる。

 

「──ぜひとも、由良さんをねぎらっていただきたいと思っております。今回の救援作戦で、損傷した全艦が帰還できたのも、本当に彼女の力が大きかったかと」

「……そうだな。間違いなく作戦の功労者ではある」

「四水戦の旗艦に就かれてから日が浅いにもかかわらず、立派に務めを果たされました。しっかりと報奨されるべきではないかと」

「なるほど、検討しておこう。公平な扱いになるように努める」

 

 神通は小さく息をつくと目を伏せ、深々と頭を下げた。

 

「ありがとうございます。そのお言葉を聞いて安心いたしました。──このような格好で分をわきまえぬお願いを申し上げましたこと、お許しください」

「いいさ。俺だって同じことを考えていた」

 

 神通は重ねて非礼を詫びると、立ち上がってシャワー室へと姿を消した。

 提督は起こしかけていた上体を脱力させ、後頭部をどさりと枕へ落とす。頭の後ろで両手を組み、天井を見上げた。

 眠気は、どこかに消えてしまっていた。

 

 

 ◇

 

「そう。ご明察のとおり、由良を抱いてあげてって意味よ──それは」

 

 執務机の向こうの椅子に脚を組んで腰掛けている陸奥が、きっぱりと言った。

 提督は机に片肘をつき、こめかみを揉んだ。

 

「やはり、そういうことなのか」

「そういうことよねえ。扱いを公平にするというのは、貴方が自分で言ったんでしょ? まさにそれよ」

「俺は賞罰の話をしただけで、なにも平等に抱いてやろうなんて言うつもりはなかったんだが」

「4つの水雷戦隊の旗艦のうち、神通、川内、阿武隈ときて、由良だけ仲間はずれはまずいわよ。神通が言ってこなかったとしても、たぶん私がこの場で貴方に言っていたと思うわ」

 

 提督は天井を見上げ、溜息をついた。陸奥が笑う。

 

「贅沢な悩みよね」

「由良にその気がなかったら、こんなことを話し合っている意味もないな」

「貴方って実績のわりに自信がないのねえ。──ま、ものは試しで誘ってみなさいよ。由良が応じるなら、それでよし。拒否するにしても、それはそれで貴方がちょっと恥をかくだけでしょ」

「気楽に言ってくれる」

「気楽にやりなさいよ。由良は昔から貴方にお熱だったわけだし、どんなかたちにしろその気持ちに応じてあげるのは、そんなに悪いことでもないでしょ」

「……気になるのは、ストレス値の件が進まないことだが」

 

 提督がそう言うと陸奥は笑みを引っ込め、わずかに唇を尖らせた。

 

「まあ、たしかにね。由良は前回の検査を受けていないからデータがないし、そっちのほうは少し足踏みになるわね」

「そもそも前回のデータ自体が、もうだいぶ古いだろう。次の検査は3ヶ月後だったか」

「だいたい半年に1回の検査だから、そうね。前線から戻って検査を受けていない艦が、由良たち四水戦のほかに、金剛と赤城、それに榛名と加賀」

「前回の検査で上位だった艦のうち、未対処なのは──」

「上位10以内では北上と大井、それから羽黒。4位の叢雲には貴方がご自分で対処してくれたので、助かったわ」

 

 陸奥が冗談めかして頭を下げる。提督は額を掻いた。

 

「由良や金剛たちも含めて重要な戦力ばかりだな」

「そうね。次回の検査までには何らかの対応をしておきたいところだけど」

「……忘れていたが、おまえも6位で未対処だったな」

 

 提督がそう言うと、陸奥は驚いたように目を見開いた。

 

「はぁ? 私のは、もう原因がはっきりしたんだから解決してるじゃない。ていうか今この場で検査してくれれば、私がダントツの1位になる自信があるんだけど」

「というと──」

「長門が前線行っちゃったせいで、代わりに私が『艦隊指揮』やってるでしょ。こういう表立った仕事はもともと私向きじゃないんだから、早く誰かに交代してもらいたいのよ。毎日毎日、仕事終わりにはもうクッタクタで」

「……なるほど」

 

 提督は苦笑する。

 『艦隊指揮』は、鎮守府における現場方面の統括責任者ともいえる役職だ。

 ほぼ丸一日司令室に詰め、鎮守府の担当海域内における哨戒や演習のスケジュール管理、作戦行動中の部隊への細かな無線指示などをおこなう。

 陸奥は長門の補佐としての経験が長く、『艦隊指揮』の職務内容には精通している。だが気をまわしすぎる性格が災いするのか、ほかの艦娘に任せるべき細かい仕事まで自分でこなしており、ここしばらくはオーバーワーク気味であることが提督にも明らかに見てとれた。

 部隊への無線指示は航空管制官に似て、下手をすれば艦娘たちの生死に直結する面もあり、かなりの緊張を強いられる。金剛や長門のような図太さのない陸奥には、むしろ不向きな仕事であるのかもしれない。

 

「無理をさせてすまないな。金剛や赤城が出渠してくればすぐに交代できるところだが、まだ目途もたっていない。榛名と加賀が出てきたら、おまえのヘルプにつけることにする」

「それって、どれくらい先?」

「明石の話では、あと2、3週間はかかるそうだ。多少の前後はありそうだが」

「ま、それぐらいならいいわ。勘弁してあげる」

 

 陸奥は笑って、椅子から立ち上がった。

 

「じゃあ、司令室に戻るわね。妙高に代わりを頼んでおいたんだけど、彼女も艦娘の教育関係の仕事を抱えてるんでしょ? あんまり長い時間外しているのも悪くって」

「妙高にでも龍驤にでも、遠慮なく頼め。どちらも無理そうなら俺に言えばいい」

 

 陸奥は目を細めて提督を一瞬だけ見つめ、すぐに首を振って言った。

 

「強がらないでよ。貴方のほうの後任こそ問題なんだから」

「俺の後任?」

「貴方の秘書艦の後任よ」

 

 

 ◇

 

 鎮守府本棟の娯楽室には大型テレビのほか、将棋や囲碁、麻雀といったボードゲーム類、新聞や雑誌などが置かれている。

 利用する艦娘はそれほど多くない。艦種別の各寮にも多少手狭ではあるが同様の娯楽室があり、ゲーム機などの私物をそちらに置く艦娘が多いためだ。

 提督が入室すると、この夜はめずらしく、テレビ前のソファーに三人の艦娘たちの姿があった。

 長ソファーの上で川内にどういうわけでか組み敷かれている夕立が、真っ先に気づいて声を上げた。

 

「あ! 提督さんっぽい!」

 

 その声に反応して川内が振り向く。躰は相変わらず夕立にのしかかったままだ。

 

「──や、いらっしゃい。めずらしいね、提督がこんなとこに来るなんて」

「めずらしいのはおまえたちのほうだ。何の真似だ、それは」

「見てのとおり、夕立を手籠めに、ね」

 

 答えた川内の下で、夕立が、てごめ──? と首を傾げる。

 

「そう、手籠め。あんたみたいに聞き分けのない悪い艦娘は、こうして、こう──」

 

 川内が片手で器用に夕立の両手を拘束し、空いた手を脇腹へと這わせた。

 

「──うりうりうりうり」

「きゃははははは──やだ、やだ、くすぐったいっぽい!」

 

 悲鳴に似た笑い声を上げた夕立が、しきりに身をよじる。川内は巧みにバランスをとって、両脚と片手で夕立を抑え込んでいた。

 部屋の入り口で立ちつくしている提督へ、別のソファーに腰掛けていた叢雲が声をかけた。

 

「スカウトしてたのよ、本当のところは」

「スカウト? 夕立をか」

 

 提督の問いに、叢雲が頷く。片手に紙パックのジュースを持ち、膝には大判の雑誌を広げていた。モデルが大きく写った写真の雰囲気からして、おそらくはファッション系の女性誌だろう。

 川内と夕立はソファーの上で騒ぎ続けているが、叢雲はさして不快な表情も見せず、我関せずといった様子だ。こうしたやりとりを眺めるのには慣れているのかもしれない。

 

「吹雪が抜けて三水戦(うちら)の戦力が落ちたでしょ。だから、江風みたいに転籍してこっちに来ないかって、隊長が直々のお誘いを」

「そうだよ、夕立ぃ。隊長直々のお誘いなんだぞお。意地張ってないで、おとなしく我が支配下に入るのよ。そしてあんたは私のもとで──夜戦最強の艦娘になる」

 

 芝居がかった口調で川内は言った。夕立が笑顔で激しく首を振る。

 

「やだ! 夕立、由良といっしょがいちばんいいもん! 四水戦でいいっぽい!」

「その強情がいつまで続くかな──ほれ、ほーれほれ」

「あはははははははははははは!」

 

 底の抜けたじゃれ合いを、提督はただつっ立って眺めていた。

 さすがに呆れた表情で叢雲が首を振り、提督を見上げた。

 

「──で、あんたは何の用なのよ?」

「ああ──録画した番組を見ようと思って来たんだが」

「あ、それってもしかして那珂ちゃんの? それな──」

 

 叢雲が言いさした瞬間、夕立に覆いかぶさっていた川内が、ぱっと顔を上げて提督を振り返った。

 

「なに!? 提督まだ、あれ見てないの?」

「ああ。さっきやっと仕事が片づいて時間が空いたんで、それで──」

「よおし! んじゃまたみんなで見るかぁ、我が妹の晴れ姿、栄光の五分間!」

「五分間?」

「ほらほら叢雲、テレビ点けて再生! 提督はここ、ここ!」

 

 身を起こした川内が愉しそうに仕切りながら、自分の隣りを手のひらでバンバンと叩いて示す。唐突に解放された夕立は、キョトンと目を丸くしていた。

 はいはい──と面倒そうにつぶやきながら、叢雲がテーブルの上のリモコンを手に取った。

 

 

 一時間の番組の中で、那珂が登場したのは番組開始から三十分を過ぎてからだった。

 早朝らしからぬテンションで挨拶を済ませた那珂は、海軍主催の軍港公開イベントの告知をおこない、その内容についてのいくつかの質問に、明るい調子で答えていた。

 その後もスタジオゲストとして残ってはいたが、司会からはほとんど話を振られることもなく番組は終了した。川内の言っていたとおり、単独でカメラに抜かれていた時間はせいぜい五分前後というところか。

 

「あらためて見てもやっぱり、那珂ちゃんのあのテンションは早朝にはキツかったんじゃないの。周りの人たち明らかにドン引きだったわよね」

 

 叢雲はリモコンでテレビを消し、そう言った。

 携帯電話を手もとで操作しつつ、川内が応える。

 

「いやいや、那珂はあれで売ってるんだから、司会の人はちゃんとイジってくれないとダメでしょ。そういうキャラってわかっててオファーしてるんだろうからさ」

「海軍イベントの告知をやるから──ってだけだったような気もするけど。那珂ちゃんのギャラ、安そうだし」

「那珂が庶民派アイドルなのは否定しないけどさあ──ほら提督、見て。那珂の非公式ファンブログのコメント」

 

 川内が気安げに提督の肩へ手をかけて、携帯電話を見せてくる。画面に、今朝の番組の感想がいくつか書き込まれているようだった。

 受け取って、提督は読み上げる。

 

「『待望の朝番組ゲストなのにのっけから那珂ちゃんスベりちらしててワイ憤死』」

「ほら、ファンの間でもスベってるって認識じゃないの」

「違う違う、那珂のファンはそういうのも喜んでるんだってば」

「『無能司会が那珂ちゃんに全然話題を振らず絶望した! 那珂ちゃんのファンやめます』」

「これはお約束よね。本気でとる人はさすがにいないでしょ」

「そう、お約束。こういうノリを司会の人も予習しておいてほしかったよ」

 

 不服そうに言う川内へ、提督は携帯電話を返した。

 

「デビューしてまだ一年も経っていないのに、もうファンブログやら、お約束やらができているのか」

「今の時代、テレビなんかに出ちゃえばあっという間だってば。那珂は海軍所属っていうオンリーワンだしね」

「──夕立、おまえの感想は? おまえたち四水戦の元隊長も、ついにバラエティばっかりじゃなく情報番組のゲストにお呼ばれするまでになったぞ」

 

 提督は、同じソファーの川内を挟んだ向こう側へと声をかけた。しどけなく寝そべっている夕立が、川内の膝の上に自分の両脚を預けるように投げ出している。怖いもの知らずの夕立らしい態度だが、川内も平然とそれを許容している。

 満面の笑顔で、夕立は答えた。

 

「那珂ちゃんかわいい! アイドルっぽい!」

「『っぽい』んじゃなくて、正真正銘、本物のアイドルなのよ。那珂ちゃんが聞いたら、夕立、あんた怒られちゃうわよ」

 

 叢雲が軽い調子でそう脅すように言うと、とたんに夕立は表情を不安げに変え、ぽいぃ──と口の中でつぶやいた。

 提督は笑って立ち上がった。

 

「──なんにせよ、那珂の元気そうな姿を見られてよかった。おまえたち、あまり遅くまで騒ぐんじゃないぞ」

 

 川内が提督を見上げる。

 

「あれ、もう行くの? 仕事、終わってたんじゃないの」

「いちおうは終わっているが、これからもう少し、やらなきゃならんことがある」

 

 横で聞いていた叢雲が、ふんと鼻を鳴らした。

 

「……吹雪がいなくなったから、書類仕事だけでいっぱいいっぱいなんでしょ。こいつ、要領が悪いから」

「たしかに、それはあるな。以前はひとりでも大丈夫だったんだが、鎮守府もこれだけの規模になってくると、秘書艦なしですべての書類をさばくのは少し苦しい」

「ああ、だったら──」

 

 川内が思いついたように言う。

 

「──叢雲を使いなよ。吹雪の手伝いをしょっちゅうやってたし、勝手はわかってるだろうからさ」

「なっ……」

 

 目を見開いて、叢雲が川内を見る。

 

「ちょっと待ってよ、私には水雷戦隊での仕事が──」

「それは吹雪だって、そうだったっしょ。ていうか吹雪は副艦やってたから大変だったけど、叢雲はヒラじゃん。どうせ暇でしょ。今は副艦、綾波だし」

「なっ、なっ……ヒラとか暇とか、そんなの、関係ないでしょ。ていうか、旗艦代理と副艦以外、みんなヒラといえばヒラなわけなんだから──」

 

 動揺する叢雲をよそに、川内が提督に目配せする。提督は苦笑して言った。

 

「──そうだな、叢雲が来てくれるなら、俺としてはとても助かる。前に吹雪の手伝いをやってもらったときも、おまえはずいぶん手際がよかったからな」

「えっ……そ、そう? でもまあ、あんたも吹雪もちょっとトロいところあるし、あれぐらい、普通よ、普通」

 

 叢雲は口もとを緩めかけ、落ちつかなげに横を向いた。

 川内がしかめ面で腕組みをして言う。

 

「むう……もしかしたら、叢雲は秘書艦の天才なのかもしれないなあ。といっても、いかにヒラ隊員でも引き抜かれるのは三水戦的に痛手……いやいやしかし、ここはヒラの叢雲にとって大きな成長のチャンス……さらには、ヒラからの出世という喜ばしい──」

「ヒラヒラ言うなっ! ああもう、うっさいわね──やればいいんでしょ、やれば!」

 

 叢雲は大声で言うと、ふん──とそっぽを向いた。

 川内がにこにこと笑って、親指を提督に立ててくる。

 終始キョトンとした顔で蚊帳の外にいた夕立が、まじまじと叢雲を見つめていた。小首を傾げて、言う。

 

「──叢雲、けっこう嬉しいっぽい?」

「ぽくないっ!」

 

 顔を真っ赤にして、叢雲が言う。

 提督がこらえきれずに吹き出すと、川内も腹を抱えて笑った。

 

 

 ◇

 

 執務机の向こう側で、由良は驚いたように目を見張っていた。椅子に腰掛けたまま、背を伸ばして提督を見つめ、二度三度とまばたきを繰り返す。

 提督は尋ねた。

 

「何をそんなに驚いている? いちおう、笑える話のつもりだったんだが」

「あ──ううん、ごめんなさい。ただ、ちょっと、その──」

 

 由良は口ごもり、はにかむような笑みを口もとに浮かべた。

 

「──そんなふうに提督さんが、艦娘たちとの楽しい話をしてくれるなんて、全然思ってもみなかったから、ちょっとびっくりしちゃって」

「思ってもみなかったか」

「うん。完全に予想外。きっと前線での敗戦のお叱りをうけるものだと思って、覚悟を決めてたの」

 

 肩をすくめるようにして、提督に笑いかける。

 主照明が落とされて薄暗い執務室内でも、以前と変わらないその笑顔のやわらかさは、はっきりと感じられた。

 提督はさりげなく視線を外し、手もとの万年筆の丸い胴軸をもてあそびながら言う。

 

「叱れるわけがないさ。由良は今回の作戦の最殊勲、MVPだ。金剛たちが無事に帰還できたのは、おまえの功績が大きい。誰もがそう認めている」

「そんな……それは、由良の力じゃないわ。夕立ちゃんや秋月さんや、四水戦のみんなが頑張ってくれたおかげ」

「なら、同じことさ。四水戦はおまえの隊で、隊の功績はおまえの功績だ。由良は水雷戦隊の旗艦として、立派に務めを果たした」

 

 由良は困惑したように唇を口に巻き込み、うつむいた。暗い中でもわかるほどに紅潮した頬を、両手で挟むように押さえる。

 

「やだ……もう、どうしよう。提督さんにそこまで褒められるの、由良、初めてかも」

「そうか?」

「うん。前はもっと、艦娘を寄せつけない雰囲気もあったから。叱るときにはちょっと怖いな、って思うこともあったし……」

「由良が前線に行っている間、俺は口先ばかりが巧くなった気がする」

「ううん、そんなことないです。本当に優しいのは、前からずっと同じ」

 

 由良はにっこりと笑った。

 提督も机に頬杖をつき、合わせて微笑む。

 しばらく間を置いてから、言った。

 

「前線で、金剛や赤城たちがやられた件だが」

「──はい」

 

 座ったまま、由良が背筋を伸ばした。提督は静かな口調のまま、続ける。

 

「誰かを責めるつもりは毛頭ないが、事の経緯は確認しなくてはならない。前線から帰ってきたメンツの準備が整ったら、『研究会』をやることになる」

「はい」

「金剛と赤城の出渠はもうしばらく先になるだろうから、検証はそれまでお預けだ。いずれにしろ現状では俺も事務仕事の処理で手いっぱいだから、あまり事前の準備を手伝ってやることもできない」

「あ……はい。あの、それって──」

 

 由良は何かを問おうとしたようだったが、途中でやめて口をつぐんだ。

 

「なんだ?」

「……ううん。あの、報告書とか、由良が書いて提出しておいたほうがいいですか?」

「記憶が薄れないうちに、経緯だけでも書きとめておいたほうがいいだろうな。だが、提出はしなくていい。『研究会』に備えておけ」

「はい。了解しました」

 

 由良はそう言って深呼吸し、指を組み合わせた両手をスカートの上に下ろした。

 短いスカートから伸びているその腿の透きとおるような白さが、眼に刺さるようだ。提督は小さく咳払いした。

 

「──『研究会』だが、それなりに覚悟しておいたほうがいいぞ。陸奥やら妙高やらの鬼みたいな連中が、きっと手ぐすね引いて待っているだろうからな。前に二水戦が演習で失敗したときにも、奴らは嬉々として神通を問い詰めまくっていたぐらいだ」

 

 由良は片手で口もとを押さえて笑った。

 

「嬉々としてなんて、きっとそんなことないと思いますけど。おふたりとも責任感が強いから」

「さて、どうだろうか。そうやって由良が余裕を言っていられるのも、今のうちだけかもな」

「提督さんが由良に優しくしてくれるのも、今のうちだけ?」

「そうかもしれない。あとで絞られるのがわかってるから、今だけでも甘い顔をしてやってるんだ」

 

 提督がそう言うと、由良はいっそうくすくすと笑いをこぼす。

 

「──そうなんだ。それじゃあ由良も、今のうちだけでも優しい提督さんに甘えておこうっと」

 

 提督に向けてくる由良の笑顔には、慌ただしい一日で疲弊した心身の安まる思いがした。

 ひとしきりふたりで笑い合ったあとで、沈黙が降りる。

 潮時だった。

 それでは今夜はお開きにしよう──そう言ってやれば、由良とは何事もなく終わる。関係は良好だ。むしろ信頼関係は、以前よりも強固なものになっている気がするぐらいだ。

 だが──。

 一瞬の逡巡のあとで、提督は言った。

 

「なあ──よければ、奥で──狭い部屋だが、一杯だけ、付き合ってくれないか」

 

 腰を浮かせかけていた由良が動きを止め、見つめてきた。

 垣間見えたその瞳の輝きに、提督は眼をそらすことができなかった。

 

 

 



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夢の夜、揺らめく軽巡の匂い *

 由良は琥珀色の液体の残ったグラスをハイテーブルの上に戻し、深く息をついた。

 

「ごめんなさい──由良、もう酔っちゃったみたい」

 

 そう言って目を閉じ、提督の肩に頭をもたせかけてくる。薄暗くしたダイニングの照明のもとで、頬がほんのりと染まっているように見えた。

 ふたりが並んで腰掛けているスツールには、背もたれがない。少し迷ったが、提督は由良の肩へ手をまわしてさりげなく支えてやった。

 由良が力を抜き、提督へ躰を寄せる。その体温と髪の香りに、提督はなんともいえない息苦しさのようなものを覚えていた。

 

「でも、すごくいい香り……なんですね」

 

 提督の肩に頭を乗せたまま、由良が言った。

 意味を測りかねて提督は束の間だけ困惑したが、すぐに眼の前にあるグラスの中身のことだと気づいた。

 

「ああ──ブランデーってやつだ。こうやって誰かにふるまう機会もあるかと思って、買っておいたんだ」

「え、じゃあ、由良なんかのために開けてもらっちゃったの、悪かった、かな……私の舌じゃ、せっかくのいいお酒が」

「そこまで高級品でもない。まあ、海千山千の呑んべえ連中にガバガバといかれるよりは、うぶな由良に飲んでもらったほうが酒もいくらか本望だろう」

「そう、かな」

「そうさ。少なくとも部屋の隅で埃をかぶっているよりは、味わってもらったほうがいい」

「……そう、ですね。それならきっと、嬉しいかも」

 

 由良は、厚いグラスの中の液体を見つめて言った。少し姿勢を戻し、両手でグラスを持って口に含む。

 可愛らしく顔をしかめた由良を眺め、提督は笑って尋ねる。

 

「どうだ?」

「ん……味は、やっぱりよくわからない、です。──ごめんなさい、私、お酒ってビールくらいしか飲んだことないから……」

「いや、俺にもわからんからな。やはり下戸ふたりでは手に余るな」

「……でも、香りは好き。飲んだあとに少しだけ、木の香りがして」

「ああ」

 

 提督は自分のグラスを持ち上げ、ひと口だけ含んだ。

 フルーツの甘さとアルコールの痺れるような感覚が舌にあって、ついでオーク材のようなかすかな香りが鼻へ抜けていく。

 

「なるほど、たしかに木の香りだ。熟成させるときの樽の匂いか」

「──それに、躰が熱くなってくる」

「かなり度数の高い酒だからな。そのせいだろう」

「ううん……きっと、それだけじゃない、から」

 

 由良が提督を見上げて言った。見つめたまま、躰を寄せてくる。

 唇がわずかに開かれている。

 求められていた。

 提督は、唇を寄せて応える。

 

 

 

「──提督さん、由良……ほんとうに酔っちゃった、かも」

 

 由良が言った。両手をぴったりと提督の胸につけて、密着していた。開いた襟もとに、乱れた息遣いを感じる。

 ポニーテールに結い上げた由良の髪の(きわ)を、提督は見つめた。

 この白い肌に舌を這わせ、思うまま舐めまわしたい──下卑た欲求が、提督の内側で抑えがたく膨れあがってきていた。

 

「つらいか」

「……うん」

「座っていられないほどに、か」

 

 由良は提督を見上げ、こっくりと頷いた。頬を紅く染め、瞳を潤ませていた。

 緊張と(よこしま)な期待を押し隠し、提督は告げる。

 

「──寝室へ行こう。歩けるか」

 

 

 ◇

 

「提督さん──由良は、いけないこ、です」

 

 そう言って由良は、前をはだけさせられた提督の胸に口づけする。

 寝室のベッドの上に乗せられてから、由良は提督のシャツを掴んで離そうとはしなかった。

 提督が寄り添って肩を抱いてやると、ぴったりと密着し、いつの間にやら提督のシャツのボタンを外してしまっていた。

 意外な積極性に気圧されて──というわけでもないのだが、提督は由良のするがままにさせていた。

 しっとりとした唇が肌に触れ、わずかに唾液で湿らされるのを感じた。

 由良の呼吸が、浅く乱れている。

 座り込んだベッドに手をついて躰を支えながら、提督は口を開いた。

 

「どうして、いけないんだ」

「ずっと……ずっと前から、こうしたいって想ってたんです。こうやって提督さんの肌に、キス、したいなって」

「想うだけなら、悪いことじゃない」

「そう……想うだけなら、です。今は、もう──」

 

 由良が、提督の乳首に唇をつける。遠慮がちにではあるが、舌先を遣ってきた。もどかしい快感に身悶えしそうになり、提督はひそかに息を吸い込む。

 

「──提督さんの匂い……好き」

 

 言いながら由良は、提督の(わき)に鼻先をすりつけるようにしている。

 高く(くく)られ縛りまとめられている髪が、誘うように提督の二の腕をくすぐっていた。

 提督の下腹近くで、欲望が充血して固まりつつある。

 

「俺も、想っていた──」

 

 制服の隙間から由良の脇腹に手を這わせ入れながら、提督は言った。温かい絹地のような手触りに、感嘆の溜息が漏れる。

 

「──由良の肌に、舌を這わせたいと。這わせて、俺の唾液まみれにさせてやりたいと」

 

 息を呑む気配があって、視線が絡んだ。

 由良が躰を持ち上げ、唇を重ねてきた。

 提督が唇を開いて迎えると、舌が挿し入れられた。

 押し合って、絡みつけられる。

 由良の口内は熱く潤っていて、匂いたつような発情の気配で満ちていた。

 唇をわずかに離して、由良は哀願するように言う。

 

「お願い、いっぱい、して。由良のこと、いっぱい、舐めて」

 

 

 

 強い羞じらいの表情を見せたものの、由良は従順に下着を脱ぎ、提督の顔を跨ぎこした。

 緊張を窺わせるかすれた声で、提督に尋ねてきた。

 

「こう……ですか?」

 

 体重が完全に提督へかかってしまわないよう、由良は注意を払っているようだった。曲げた両膝で躰を支えつつ、躰をわずかに反らせて片手をベッドについていた。空いたもう片方の手で、スカートを押さえている。

 

「前を上げて、見せるんだ」

 

 提督は、スカート内へ差し入れた手を由良の裸の尻に添え、命じた。

 胸の上に乗っている、柔らかく小ぶりな尻がぴくりと震える。

 

「さあ、由良」

 

 なめらかな尻と太腿を撫でながら、提督は促す。手のひらに吸いつくような、素晴らしい手触りだった。

 わずかな躊躇のあとで、由良がスカートの裾をそろそろとまくり上げた。

 眼前に、潤い色づいた秘部が露わにされる。

 見つめた。

 視線で犯し、また自分がそうしていることを由良にも意識させるだけの、十分な間を置いた。

 

「いい眺めだ」

 

 由良の応えはない。ただ呼吸の音だけが、はっきりと聞こえてくるほどに荒くなっている。

 潤んだ秘裂から、愛液の(しずく)がとろりと流れ落ちる。温かく、提督の胸を濡らした。

 

「──それに、由良の匂いもいっぱいだ」

 

 提督の上で、由良が身じろぎする。

 由良自身の躰が陰になって、その表情を下から窺うことはできない。だが、陰部は明白に潤いと熱気を増している。

 提督は顔を横向け、白い内腿に舌を這わせた。

 

「はっ……あっん……!」

 

 刺激に、由良が抑えきれない嬌声を上げる。

 提督はさらに続けて、同じ箇所に幾度も舌を往復させる。繊細な肌理(きめ)とその下にある張りの見事さに、舐めたてながら驚嘆の息を吐いた。

 唾液に薄くまみれた部分からは、由良の甘く蕩けるような肌の匂いが立ち昇っていた。

 軽く頬ずりをし、視線を正面に戻す。

 

「もっと前に、躰をずらしてくれ」

 

 さすがに由良は躊躇した。

 

「で、でも……それは……」

「いいんだ。俺を窒息させるぐらいでも構わない。押し潰してくれ」

「う……」

 

 尻の丸い曲面に、提督はそっと力を加える。

 

「さあ、由良。おまえに奉仕させてくれ」

 

 由良は覚悟を決めたようだった。

 

「失礼……します」

 

 提督の胸から尻が浮かされ、上体ごと躰が前傾させられる。

 濡れた秘裂が、提督の口に押しつけられた。

 ()せかえるような女の匂いを鼻腔に満たしながら、提督は犬のように無心で舌を遣った。

 

「はあっ──あっ──あぁ──」

 

 由良が声を上げて喘ぐ。反射的に腰を浮かせ、逃れようとする。

 提督は由良の骨盤の付近を両手でがっちりと抑え、固定した。

 由良の下半身は細身ながらも、意外なほどに充実があった。太腿に頬を挟まれ息苦しくもあるが、密着する肉体の熱が、不思議な安心感をもたらしてくれる。

 提督は、陰唇をかき分けるようにして舌を回転させた。

 

「ひあっ、やっ、あんっ……」

 

 声を上げ続ける由良の反応をひそかに愉しみつつ、ときに顔を細かく左右に震わせる。上唇や顎を含む口全体、あるいは顔や頭全体まで遣って、由良の陰部を責めたてた。

 不意に鼻先が、硬く(しこ)った部分に触れた。充血した陰核だった。

 

「きゃう、んっ……!」

 

 いちばん敏感な部分を刺激された由良はひときわ高い声を出し、躰を跳ね上げようとした。

 提督は両手に力を込めて抑え、今度は意図的に、その部分へと鼻頭を押し当てる。

 

「やっ、やっあっ……そ、そこ、すごく、感じちゃうから、だ、め……!」

 

 懇願しつつ、ごくわずかではあるが、由良は自分から腰を揺すりはじめていた。

 秘裂の奥から溢れてくる愛液が、提督の顎までを濡らしていた。

 唇を押し当て、じゅるじゅると、下品な音をことさらにたてて(すす)る。

 愛液はとめどもなく、奥からさらに溢れてきた。

 きゅっと、由良が提督を挟んだ太腿を締める。腰の動きが、いっそう大胆になっていた。

 提督は、由良の腰を抑えていた手の力を緩めた。手綱を手放し、女を自由に(はし)らせる。

 

「ああっ……ああ……すき、だいすきなの……由良……あなたが……」

 

 喘ぎにまぎれて、由良が切れぎれにつぶやく。

 由良の片手が、髪の上から提督の頭を抑える。陰部に提督を埋めようとするかのように、由良が押し当ててきた。

 激しく前後に、腰が振られている。

 由良は夢中になって、快楽を貪っている。

 提督もまた、顔を愛液にまみれさせ、これまでに経験したことのない昂ぶりを覚えていた。

 

 

 ◇

 

 ふたりでともに、シャワールームへ入った。

 脱衣所で服を脱ぐ際にはひどく恥ずかしがっていた由良だが、シャワーの前でいざ躰を洗う段になると、中身が替わったように甲斐甲斐しく、姉のような表情で提督の世話をやきはじめ、臆した様子はまったくなくなっていた。

 髪が濡れないよう頭にタオルを巻きつけた由良が、泡立てたスポンジで提督の腋を熱心に磨いている。子供のように腕を上げさせられた提督は、由良の裸体をぼんやりと眺めていた。

 張りのある乳房が揺れていた。やはり、着痩せするタイプなのだろう。着衣の状態からすれば驚くほど豊かな、それでいて均整のとれた躰つきをしていた。

 衝動的に、提督は由良を抱き寄せた。

 

「あっ……」

「なんだか、まどろっこしくなってきた」

 

 そう言って、驚く由良の手からスポンジを取り上げる。片手で、ふたりの躰の隙間へと搾った。

 泡にまみれた手と全身を、提督はなすりつけるように動かした。

 

「……洗いっこ、ですね」

 

 由良が笑顔を向けて、言った。提督の背に手をまわすと、控えめながら自分から躰を遣ってくる。

 ぬるぬると、肌を絡め合う。ボディソープの泡に濡れた由良は、尋常ならざるすべやかさだ。

 提督は憑かれたように、由良の背から尻にかけてを幾度も撫でた。きつく抱き寄せ、押し潰される胸の膨らみとその硬い先端の感触を堪能する。

 提督は夢中になって、全身を激しくこすりつけていた。

 

「んんっ……」

 

 腕の中で、由良が小さな呻き声を上げる。

 瞬間、提督は我に返った。抱き寄せる腕の力を緩めた。

 

「すまん、痛かったか」

「いいえ、ぜんぜん。ただ……ちょっと、その……感じちゃって、声が出ただけ」

「悪かった。由良の躰が気持ちよすぎて、自分のことばかりになった」

「……うふふ、いいんです。由良の躰、いっぱい遣って……ね?」

 

 由良は照れ恥ずかしそうだったが、心底から嬉しそうな顔をしていた。周囲を軽く見渡し、提督を見上げて言う。

 

「……提督さんのお風呂、浴槽がないんですね」

「ああ、造るときに、要らないかと思ってな。それほど広くもないし、シャワーでも十分だろうから」

「バスタブくらいなら、置けるのに」

「湯を溜めるのが面倒だ。躰を洗えればいいだろうと思っていたからな」

 

 事実、自分が風呂好きであるとはあまり思ったことがない。もともとそれほど多汗な体質でもないので、艦娘たちと深い関係になるまでは、自分の臭いについてそれほど気を遣ってはいなかった。

 由良は首を傾けて提督を見つめ、やがて何かを納得したように頷いた。

 

「そうね……提督さんって、そういうひと、ですね」

「そういうひとって、どういうひとだ」

「自分が楽しんだりくつろいだりすることを、後まわしにしちゃうひと」

 

 そう言って由良は、提督の首に腕をまわして抱きついてくる。

 

「さっきだって、由良のほうばっかり気持ちよくしてくれて……もっと、自分勝手してくれてもよかったのに」

「いまは、くつろいでいるさ」

「うん……でも、もっともっと、くつろがなきゃ。提督さんがリラックスしてくれるためなら、由良、なんでもしてあげたいの」

 

 由良が、視線を下げた。硬直しきった提督の局部を見て言う。

 

「ここも、ずっとかちかち──なんですね」

 

 天を向く陰茎に、由良が手を伸ばしてくる。先ほどから躰にあたっていたせいでか、手で触れることには抵抗がなさそうだった。

 赤子に接するような慎重な手つきで撫でながら、由良は目を見張った。

 

「すごい……ほんとうに、こんなに硬くて大きいのが、由良の躰の中に、入っちゃうの……?」

「入ってしまう、だろうな。最初はスムーズにいかないこともあるかもしれないが、女の躰は驚くほど柔軟だから」

「ああ……」

 

 由良が、切なげな溜息をつく。

 

「欲しい、欲しい、早く欲しい……提督さんのこれで、由良、壊されちゃいたい……」

 

 あまりにも大胆な発言に驚き、提督は言葉に詰まった。

 由良が、はっと口を押さえた。

 

「や、やだ。由良、今のは声に出して言うつもりじゃなかったの……! おねがい、今のなし、だから──ねっ、ねっ?」

 

 意識せず胸を押しつけつつ必死にすがってくる由良を押しとどめながら、提督は笑って言う。

 

「お願いされてもな」

「ほんと、おねがい……由良、なにも言わなかったことにして、ねっ?」

「仮に言わなかったとして、思ってたことに変わりはないじゃないか」

「もう……やだぁ。ほんと、恥ずかしい」

 

 由良が、顔を手で覆った。泡のついたままのその躰を引き寄せて、提督は言う。

 

「──とりあえず、躰を流すか。早く欲しがってるのは、由良ひとりだけじゃないかもしれないからな」

 

 

 ◇

 

 ベッドの上で仰向けにした由良の両腿を、提督は鷲掴みにして開かせる。避妊具を装着した陰茎を裂け目に沿って動かし、愛液をなじませた。

 

「さあ、ご褒美だ」

 

 半分おどけて言ったつもりだったが、由良は真剣な面持ちで頷く。

 わずかに気まずくなった空気をごまかそうと、提督は躰を乗り出して由良の唇に口づけした。

 ほどかれた薄桃色の豊かな髪が、枕から布団の上へ流れ散るように広がっている。髪をほどき、一糸まとわぬ姿で横たわる由良は、神秘的といってもいいほどの可憐な美しさであったが、大きく開かれた脚の間を愛液で潤ませているその欲深い光景との対比が、提督の興奮をひどく誘っていた。

 

「提督さん──」

 

 由良が、提督の胸に触れて言う。

 

「由良は、幸せものです。ほんとうに今夜は、夢みたいな夜」

「──喜んでくれているのなら、よかった。……実を言うと、俺は、こういうことにあまり自信がない」

「一生、忘れません。今夜のことは」

 

 提督は頭を掻いた。薄いラテックスを隔てて触れ合ったままでいるお互いの下腹に、視線を落とす。

 

「無粋なものをつけていて、すまないな」

「ううん、いいの。由良も、わきまえないと」

「またいずれ、そのうちに……」

 

 提督は言葉を濁す。この場で避妊の方法やら今後の関係やらを話し合うのは、あまりにも興醒めな気がした。

 提督の首に、由良が腕を絡めてきた。どこか華やいだ、嬉しそうな顔をしていた。

 

「そうですね。またいずれ、そのうちに──ですね」

 

 由良は笑顔でそう言うと、提督に顔を寄せた。耳もとで囁く。

 

「ね……早く、欲しいの。由良、ずっとずっと、待ってたから。だから早く──ご褒美、ちょうだい」

 

 提督は、頭に血がのぼるのを感じた。腰の動きだけで陰茎をあてがい、体重をかけて押し進めた。

 

「ふ、あっ──!」

 

 ひと息に貫いていた。

 膣壁をかき分けて侵入した陰茎が、愛液にぬめった最奥に達する。

 密着の度合いを高めようと、提督は細かく腰を前後させる。

 

「あっ……んっ……はっ……」

 

 由良が首を反らせ、甘い気配の漂う声を上げていた。

 提督は小刻みに腰を動作させながら、尋ねる。

 

「いいか、由良」

「う、うん……いい……すごく、きもちいい……もっと……もっと、強くしても、だいじょう、ぶ」

 

 提督は、左右に開かせている由良の両脚を、肘のあたりに引っかけた。由良の躰をさらに屈曲させ、もっとも深く、きつく密着する体勢を選択する。

 陰茎を深く突き刺し、先端で膣奥の門に圧力を加える。

 

「あっ……んぁっ……! そ、それ、きもちいい……! 奥のほう、すきっ……!」

 

 髪を乱して由良が叫ぶ。

 提督は律動しながら、膣内の愛液の分泌量の多さに驚いていた。けっして広い構造ではないのだが、陰茎の滑りがよく、引っかかりにあまり気を遣うことなく、大きな腰の動きを組み入れることができる。

 ひとしきり突き上げたのち、提督は由良の両脚を閉じさせ、躰の前で抱えるようにした。

 突きは浅くなったが、膣腔が狭く閉じて陰茎への密着感が高まる。

 結合部から、じゅぷじゅぷと愛液が溢れる音が聞こえてきた。

 

「あ、んっ……こ、これも、すき……さっきよりも浅いところ、くちゅくちゅされて、きもちいい……」

 

 揃えて抱えた白い両脚を、提督はしきりに撫で、張りのあるふくらはぎに舌を這わせた。いつまでも舐めていたいと思えるほどの、素晴らしい肌の味と舌触りだった。

 

「あ……由良の脚、ぺろぺろしてくれるのも……好き……」

 

 蕩けたような声で言って、由良が提督を見つめる。律動のペースを緩めているために、由良のほうでも余裕がでてきたようだ。

 

「由良は、なんでも好きなんだな」

 

 脚に頬をすり寄せながら、からかうように提督は言った。由良が笑って頷く。

 

「うん……由良、提督さんがしてくれること、ぜんぶ、好き……だって、大好きなひと、なんだもん」

「ほんとうに?」

 

 提督は由良の左右の足首を掴み、広げた格好で由良の頭の側へと躰を前傾させた。

 

「きゃっ──」

 

 短い悲鳴には頓着せず、足の甲がベッドにつくほどにまで、由良の躰をくの字に折り畳んだ。

 完全に由良を制した体勢で繋がったまま、提督は中腰の姿勢をとった。由良の顔を覗き込むようにして、尋ねる。

 

「こんなふうに、恥ずかしい格好にされても、か」

「……うん、好き」

 

 由良は顔を真っ赤にしていたが、嬉しそうに頷いた。

 

「いっぱい、由良のこと、恥ずかしくして……」

 

 返事の代わりに、提督はゆっくりと腰を落とす。結合部の真上から、陰茎に体重をかけて奥底へと押し込んでいく。

 

「あっあっあっ……これ、深い……すごく奥まで、きちゃう……」

 

 由良は快感で顔を歪め、首を左右に振って言った。

 わずかに腰を上げ、次はさらに深く──卑猥な体勢で、提督は由良の奥を執拗に責める。

 白く濁った愛液が秘裂の前方から溢れ、由良の肌をつたい落ちていく。

 由良は、内側に汁気の多い体質のようだった。避妊具なしでの挿入ならば、温かい愛液に亀頭が包まれる快感はどれほどのものだろうか──下卑た想像をしていることに提督はふと気づき、そのことに対する苛立ちを由良への責めに転嫁していった。

 やがて、由良の躰全体の肌の色が、うっすらと桜色に染まってきていた。

 

「て、提督さん──由良、もう、おかしいの──おかしくなっちゃいそうなの」

 

 泣き顔の由良が、切迫した声でうったえる。

 提督は由良の足首を解放し、姿勢を低くした。躰の密着の度合いをより強めた体位をとる。

 

「おかしくなってしまえ。由良は、俺に壊されたいんだろう」

 

 提督が言うと、由良は息を大きくつき、頷く。

 

「ああ……そうなの、壊されたいの。由良、提督さんに壊されてしまいたいの」

「壊れていい。好きなだけ壊れてしまえ。俺が抱きしめていてやる」

「抱きしめて……キスして」

 

 つき出された唇に、提督は即座に応える。

 唇が重なると、由良は口内に提督を迎え入れてきた。

 とろりとした感触だった。

 舌を絡め、存分に味わい合う。

 律動が速まる。

 肌と肌のぶつかる音に、湿った音が入り交じる。

 終局が近い。

 不意に由良が唇を外し、提督の下で躰を反り返らせた。

 

「い、く……!」

 

 腕の中で、白い躰が波打っている。提督は誘われるまま、精を放った。

 射精を終えて息を大きく吐き出し、由良の首もとへ突っ伏す。

 汗の浮いた由良の肌から、複雑で心地よい女の香りが立ち昇っていた。

 性交のあとで、全身の肌と粘膜が鋭敏になっている。

 発散したはずの欲求がふたたび下腹で凝結していくのを、提督は知覚した。

 夜はまだ、さほども深まってはいない。

 

 

 



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連帯

 秘書艦用の席で、叢雲が大きく背を反らして伸びをしていた。提督の視線に気づくと、取り澄ました表情をつくって姿勢を正す。

 しかしすぐに思いなおしたのか不満そうに眉をひそめ、不躾な視線に対する抗議のつもりでか、執務机のほうに向けて顎をしゃくってきた。

 提督は首を振り、手もとの報告書の束に視線を戻した。書類を一枚繰りながら尋ねる。

 

「疲れたか」

 

 叢雲が小さく鼻を鳴らした。強がった言葉が続くと提督は予期していたが、意外なほどの素直な調子で、そうね──と叢雲は言った。

 

「──なんだか気のせいか、前に手伝いでやったときよりずっと大変になってる感じ」

「それは、気のせいじゃないだろうな」

 

 提督は応じながら、さらに一枚ページをめくった。

 

「ひとりとふたりとでは、勝手も仕事量も当然違う。以前より艦娘の数も増えた」

「それを差し引いてもよ。しかも、まだ午前中が終わるってところなのに」

「今日は金曜だから細かい締めの作業が多い。週末の外出届も今頃になって出すやつが多いから、押印するのもひと仕事だっただろう」

「そうね、腕が疲れたわ。やる前は余裕って思ってたけど、これじゃ吹雪も案外手際がよかったのかもって思えてきたわ」

 

 視線を向けると、叢雲は怠そうに右の手首を回していた。

 

「おまえは初日みたいなものだから、仕方ないだろう。まだまだ新米だ」

 

 提督が冗談めかして言うと、叢雲は口を尖らせて黙った。手首を胸の前で掴んだまま、探るような眼を向けてくる。

 やがて、妙に慎重な口調で言った。

 

「それって明日以降も、私に秘書艦をやらせるつもりってこと? 今日かぎりの臨時だと思ってたんだけど」

「週末、外出するのか?」

「……ううん、べつに」

「特に大きな任務も入ってないだろう? おまえがやってくれればありがたいんだが」

「まあ代行ってだけなら、私はべつに構わないんだけど。えっと……」

 

 叢雲が言葉を濁す。提督は、ふと思いついて言った。

 

「秘書艦手当てなら、週末は少し色をつけてやれるが」

「ばか、そんな心配をしてるんじゃないわよ。……じゃあ、とりあえず陸奥さんに確認してみて。それで、私で大丈夫って言ってくれるなら、明日以降もやってあげていいわ」

「──陸奥には、秘書艦の選出にまで口を出す権利はないぞ」

「いいから、ひとこと確認するだけよ。それが私のほうの条件。──ほら、あんたはそっちの報告書、とっとと確認しちゃいないさい」

 

 しきりに促され、提督は釈然としない思いで報告書に眼を戻した。

 最後の一枚の確認を終え、署名を入れる。他の報告書と一緒にまとめ、大判の封筒に収めた。

 

「それで終わり?」

「とりあえずの分はな。そっちで押印してもらった書類とひとまとめにして、大淀のところに持っていくだけだ」

「待って。外出届に一通だけ変なのがあったから、ちょっと見てもらいたいんだけど──」

 

 叢雲は立ち上がって腕を伸ばし、提督の机に一枚の書類を置いた。押印されていない外出届だった。

 

「全部横文字で書いてあるのよ。しかもこの崩し字、筆記体っていうの? 読めないし、名前欄も空白だしで、手のつけようもなくって」

「フランス語だ。リシュリューだな」

「え、あんたわかるの?」

「いや、ほとんど読めないが、前に似たようなことがあった。日本語が話せても書けないというのは承知しているから、吹雪に伝えるか、せめて英語で書いてこいとリシュリューには言っておいたんだが」

「これ、どうするの?」

「明日の日時は書いてあるが、行き先も交通手段もわからんな。──まあ、却下しておくか」

 

 提督が返した申請書を受け取りつつ、叢雲は眉をひそめた。

 

「却下だなんて、かわいそうよ。吹雪がいないから、誰に伝えていいかわからなかっただけかもしれないのに」

「そうは言っても、読めないからな」

「──なら、私が直接リシュリューさんに聞きに行くわ。この時間なら、もう食堂に来てるかも」

 

 憤るように言った叢雲に、提督は微笑んだ。

 

「それなら秘書艦に任せよう。面倒な仕事で申し訳ないが」

「あんた……もしかして、私がそう言い出すのをわかってて?」

「おまえも吹雪型だってことだな。──少し早いが、食堂に行ったらそのまま休憩にしてくれ」

 

 叢雲は書類を両手に持ったまま、きつい眼で提督を睨んできた。

 

「戻ってくるわよ。お弁当なの」

「弁当──そうか」

 

 提督が応じたあとも、叢雲は立ち去らなかった。不機嫌そうに唇を尖らせたまま提督をしばらく見つめ、やがてそっぽを向いて言う。

 

「いちおうふたり分、あるのよ。……材料、余っちゃったから」

 

 

 ◇

 

 揃った書類を大淀に提出して戻ってきた叢雲と、執務室で昼食にした。ふたり分の弁当を広げたテーブルはかなり前に金剛がお茶会用だと言って勝手に持ち込んできたもので、最近はもっぱら執務室内での食事用に使われているものだった。

 白雪に教えてもらいながら作ったという玉子焼きを箸でつまみつつ、叢雲が言う。

 

「──買い物じゃなくてドライブなんだって。コマさんの軽で」

「コマは明日、任務が入っていたな。出かけるのはリシュリューひとりでか」

「うん。気ままに走らせたいから、どこに行くか決めてないって。──ほんとに承認でよかったの?」

「いいんじゃないか。カーナビがあるから迷子になったりもせんだろうし」

「リシュリューさんにかぎって、迷子はありえないでしょ。なんでも最初からピシッと決めてくる艦娘よ」

「案外ああいうやつのほうが、どこか肝心なところが抜けてたりするもんだ」

 

 言いながら、提督も自分の弁当箱の中の玉子焼きに箸を伸ばした。

 さりげなく見比べてみると、叢雲の弁当箱の玉子焼きのほうが、色合いにおいてもふっくら具合においても、こちらのより格段に見栄えよくできている。教えてもらいながらと言っていたわけだから、どうやら叢雲の食べているほうが、白雪の手によるものなのだろう。

 提督の視線には気づかない様子で、叢雲が言う。

 

「それにしても、執務室の仕事ってほんとに書類だらけなのね。なんとなくわかってはいたけど、ここまでだとは思わなかったわ」

「軍隊というのも、軍政部分では役所仕事と変わらない。軍令にしても報告書や命令書は常に求められるから、いわゆる文書主義というやつだな」

 

 叢雲は箸を止め、提督を見た。

 

「その、軍政とか軍令とかって、結局なんなの? ときどき聞く言葉だけど」

「どこでだ? ときどきというほどには聞かない単語だろう」

「それはまあ……いろいろよ。今だってあんたも言ってたじゃない」

「俺以外から聞くことがあるのか」

 

 追及されて、叢雲は面倒そうに顔をしかめる。箸で弁当箱の縁をコツコツと叩いた。

 

「……だから、艦娘同士だってあれこれ話をすることがあるのよ。この鎮守府の状況とか、上の組織との関係とか。そういうときに少し事情のわかった艦娘がいると、そういう単語が出てくるの」

「なら、その事情通に訊いてみればいいんじゃないか」

「そういうわけにもいかないわよ。みんながなるほどって納得してるときに初歩的な質問したら、なんだかひとりだけ馬鹿みたいじゃない」

「そうか」

 

 提督は相槌を打ちつつ、その場にいた大半の艦娘も言葉の意味がよくわからないままに納得したふりをしている場面を想像した。

 

「──で、軍令と軍政って?」

 

 ふてくされた表情の叢雲が、焦れたように言った。

 提督は叢雲をしばし眺めてから答えた。

 

「軍組織の活動のうち、直接的な軍事行動、つまり用兵や戦術に関わるものが軍令で、財務や人事、装備調達といった組織管理に関わるほうが軍政だ」

「……作戦を立てたり実際に戦ったりするのが軍令で、裏方が軍政ってこと?」

「極端に平たく言えばそんなところだが、細かい点では違う。──例えば兵站に関しては、裏方仕事でありながら軍令部門だといえる。加えて、両者の境界線には曖昧な部分も多い」

「この鎮守府で例えるなら、裏方担当の明石さんや大淀さんも、ときには戦闘訓練もしている──みたいな?」

「なかなか上手い例えだな。おまえ自身もまさに、水雷戦隊という軍令部門に属しているが、秘書艦として軍政分野の業務にも関わることになった」

 

 秘書艦代行よ──と叢雲は短く訂正し、少し思案してから続けて言った。

 

「海軍の軍令部門のいちばん上が、軍令部?」

「陸海両軍の軍政と軍令を統括する大本営を別にすれば、そうなるな。個人の役職というなら軍令部総長だ」

「じゃあ軍政のほうは?」

「海軍省だな。そちらのトップは海軍大臣だ」

「ふーん……」

 

 叢雲はうつむき、何かをじっと考え込むような表情をした。

 ためらいがちに、提督を上目遣いで見る。

 

「それじゃあ──私たちの鎮守府は、その軍令部と海軍省と、どっちを味方にしているの?」

 

 提督は意表を突かれた思いで、叢雲を見つめた。叢雲はばつが悪そうに視線をそらす。

 

「……私が知るべきことじゃないなら、べつに言わなくてもいいけど」

「いや──少し驚いただけだ。おまえたち艦娘の間で、そんなことが話題に上がっているのか」

「まあ……ね。任務や作戦の出どころだとか、私たちの将来の処遇についてとかで、そういう話をすることもあるわ。愚痴とか噂話みたいなものだけど」

「そうか」

 

 提督は箸をいったん置き、緑茶の入った湯呑みを口に運んだ。

 鎮守府をとりまく政治的状況を知る艦娘は、それほど多くはいない。世間的な知識そのものが欠落している艦娘すらいる環境下では、身内に対する事実誤認や過度な反感が広がるのは避けなければならなかった。

 慎重に考えを頭の中でまとめ、口を開いた。

 

「まず──大前提として、軍政と軍令というのは単なる軍組織の機能的な分類であって、本来対立する組織ではない。海軍省も軍令部も、鎮守府と目的を同じくする仲間であり、同胞だ。そのことは、おまえたちには忘れてほしくないと思っている」

「うん」

「そのうえで、おまえたちが現在どういう状況にあるのか、という話だ。まず作戦や任務の遂行に関してだが、この鎮守府もその指揮下にある艦娘たちも、すべて軍令部の指揮管理下ということになっている。これは、ほかの海域を担当する鎮守府や艦艇においても、同じことが言える」

 

 叢雲が頷いた。

 海域哨戒や商船護衛といった日常的な任務の大部分は鎮守府の裁量に任されているが、その成果や得られた情報については、軍令部への報告義務が課されている。

 筆不精の川内に代わって哨戒報告書の作成をおこなうこともある叢雲には、そのあたりの事情はなんとなくわかっていたのだろう。

 提督は続けた。

 

「その一方で、政府ならびに海軍所有の機材としての艦娘の管理は、海軍省の管轄ということになっている」

「……それってつまり、私たちの本当の持ち主は海軍省ってこと?」

「いや、所有権はあくまで総体としての海軍、ひいては政府にあるというのが正式なところだ。例外として、海外艦は所有各国への戦後の技術提供も含めた借款契約ということになっているし、あきつ丸とまるゆは本来は陸軍の所有だ。いずれにしろ海軍省は、あくまで名目上、兵器としての艦娘の管理者というだけにすぎない」

「名目上の……管理者ね」

 

 神妙な顔をして、叢雲がひとり頷く。

 提督は、やや複雑な心境がしていた。話題が話題なだけに仕方がないのだが、艦娘自身の眼の前で、『機材』や『所有権』といった単語を使うことには若干の後ろめたさがある。

 叢雲に不快げな表情や気配が見られないのが、救いではあった。

 

「──おまえたちが実績を上げだしてからは特に顕著だが、艦娘の戦闘能力についての詳しいデータを海軍省はしきりに欲している。鎮守府自体は軍令部の管理下だから、作戦行動に関わる艦娘の情報を軍政側に引き渡すというのは、軍令部の上層部があまりいい顔をしない──とりあえず海軍省にはそういう言い訳で、データの提供はずっとごまかしつづけている」

「……それって、すっごい揉めてそうな状況ってことよね。縄張り争いとか、利権争いとか」

「そういう状況をわざとつくり出している──ということでもある」

 

 叢雲が得心のいかなそうな顔をした。提督は肩をすくめてみせる。

 

「海外や陸軍も含めてだが、俺たちの頭の上でいろんな連中が綱引きしてくれている状況というのが、いちばん都合がいい」

「都合って、何のための都合?」

「深海棲艦との戦いが終わったあとで、おまえたちが自由に生きられる道筋をつくるための、都合だ」

 

 叢雲が目を見開き、つかの間提督を見つめてきた。やがて、顔をわずかにうつむけて小さく笑う。

 

「今だって、みんなけっこう自由にやってると思うけど」

「そうだな。深海棲艦がうっとうしいのを除けば、今の状況もそれほど悪いものじゃない」

「そうよ……悪くないわ」

 

 叢雲は下を向いたまま言った。小さな声ではあったが、叢雲にしては珍しいほどの、素直な感情が滲んでいるような気がした。

 話が一段落し、中断してしまった食事を再開したものかと提督が考えていると、叢雲が顔を上げた。

 

「もうひとつだけ、訊かせて。──この鎮守府の()()()味方って、いるの?」

 

 まっすぐに見つめてくる叢雲に、提督は頷いた。

 

「それほど多くはないが」

「いることはいるのね。例えば?」

「軍令部の第二部という、装備関係の部署の長だな。俺が大学校にいたときの校長で、親父の古い知り合いでもあった。艦娘計画の立ち上げには当初から関わっていて、軍令部内のあれこれではなにかと世話になっている」

「ほかには?」

「そうだな……那珂を預かってもらっている芸能事務所や、地元漁協あたりは味方といえるか。もちろん利害関係込みの相手ではあるが、まったくの欲得ずくというわけでもない──と俺のほうでは思っている」

「ふーん……ちゃんと味方も、いるのね。いつかの艦娘同士の話では、この鎮守府はまったくの孤立無援だって聞いてたから、ちょっと心配だったのよ」

 

 どこか感心したように叢雲が言い、提督は苦笑した。

 

「孤立無援でやっていけるほど、甘くはない」

「援護は必ず、必要なもの? 艦娘が心得として最初に習うことだわ」

「そうだ。海だろうが陸だろうが、ひとりだけで戦うことはできない」

「誰にでも、当てはまることよね」

「そうさ、誰だって──」

 

 提督は言いさした口をつぐんだ。

 叢雲が、いつになく穏やかな眼を向けてきていた。その眼が何を言おうとしているのか、提督がつかみかけた瞬間に、叢雲は微笑んで言った。

 

「それがわかってれば、大丈夫よね。白雪たちもみんな、あんたのことを心配してたけど、どうやら杞憂のようね」

「俺は──」

 

 叢雲は箸を持ち直し、明るい声で言う。

 

「さあ、お弁当を片付けちゃわなきゃ。あんたもしっかり、残さず食べなさいよ。午後もいっぱい仕事があるんだから──でしょ?」

 

 

 ◇

 

 提督が司令室に入っていくと、部屋の中央にある大テーブルの席には龍驤が座っていた。

 机の上の無線機のマイクを手の中でいじくっていたようだったが、提督を認めると明るい表情を向けてきた。

 

「や、いらっしゃい。この時間にはめずらしいね。どしたん?」

 

 提督は手を軽く上げて応じ、司令室内を見まわした。部屋には龍驤のみで、隣りつづきになっている給湯室の奥にも、誰かがいる気配は感じられなかった。

 

「陸奥は外しているのか」

「うん。──ま、とりあえず座りや。飴ちゃんとかお菓子もあるで。あ、お茶入れる? コーヒーのほうがええ?」

 

 立ち上がった龍驤は自分の正面の席を示しつつ、菓子類の盛られた皿を脇から引き寄せた。

 せわしない調子にいささか圧されながら、提督は勧められた椅子に腰を下ろした。

 

「陸奥に少し話があって来たんだ。すぐに戻ってくるようなら待たせてもらうが」

「なにか飲んでたら戻るんちゃう? コーヒー? お茶?」

 

 背後の棚にあったポットと茶道具一式をテーブルに置きながら、龍驤が尋ねる。──お茶をもらおうか、と提督は答えた。

 鼻歌でも出てきそうな楽しげな様子で、龍驤が急須に茶葉を入れる。

 

「陸奥はどこに行ったんだ」

「きみぃ、あんまり焦らんといて。美味しいお茶がよう出せんで」

 

 いかにも煩わしそうに言われて、提督は仕方なく黙った。手持ち無沙汰に、テーブルの上の海域図とその上に置かれている艦艇を模した兵棋を眺めていた。兵棋の横には、艦隊の位置情報の更新時刻が水性のマジックペンで書き込まれている。現在のところ鎮守府近海で民間船護衛や哨戒任務に就いているのは、水雷戦隊も含めて4艦隊だった。

 眼の前に、熱い湯気をたてる湯呑みが差し出された。龍驤はしきりに自分の湯呑みを吹いて冷まし、ひと口すすると、うん──と頷いた。

 

「まあまあやね。ま、安い茶葉やし、こんなもんやろな」

「──陸奥は、2時間もどこに行っている」

 

 へ……と龍驤が口を開ける。提督は海域図を指し示した。

 

「数字の筆跡は上手いこと真似してあるが、書く位置の癖が陸奥とおまえとでは違う。陸奥は船舷中央、おまえは船尾寄りだ」

 

 瞬きして海域図を眺めた龍驤は、呆れた表情で声を上げた。

 

「あらあ……きみ、そういうの細かいなあ。万が一誰か来てもバレんようにしとこ思て、頑張って工作したんやけど」

「偽装は細部が命だな。──で、陸奥は?」

 

 問われた龍驤が、部屋の側面にあるドアのひとつを指差した。

 

「おねんね中、やで」

 

 

 

 ドアの繋がっている先は、休憩室という名の仮眠室だった。

 大がかりな作戦の際には提督や艦娘が司令室に数日詰めることになるのも珍しくはなく、いちいち居室に戻る手間を省くための部屋である。数人が余裕をもって寝られるほどの広さの和室で、布団や寝袋といった寝具一式が室内の押し入れに収納されている。

 

「──で、10分でいいから寝ときってうちが言うたときには、なんやかんや文句言うとったけど。部屋暗くして横になったら、案の定爆睡よ。で、目覚ましはこっそり止めさせてもろたわ」

 

 龍驤は椅子にふんぞり返るようにして語っていた。その悪びれた様子のまったくないところに、提督は呆れるというよりもむしろ関心するほどだった。

 

「──えげつないことをする」

「せやで。生活管理はうちの職分やし、睡眠不足の艦には艦隊指揮なんてさせておけへんから、手段は選んでられんかってん。なんか間違うとるかな?」

「いや、少々強引かもしれんが、それでいい。よくやった」

 

 提督が褒めると、龍驤は得意そうに笑った。

 空母勢としては赤城や加賀、鳳翔と並んで古参艦娘といえる龍驤の鎮守府内での役割は、艦娘たちの生活相談と生活管理であった。要は生活面でのトラブルに対する窓口係ということで、書面に残すほどでもない口論の仲裁や、寮内の備品の交換といった雑用の多い仕事であるのだが、世話焼きの龍驤にとっては自他ともに認める天職ともいえる役割だった。

 

「で──陸奥のやつ、徹夜までして何をやってたんだ」

 

 提督が尋ねると、龍驤は首を傾げた。

 

「なんか、前線と連絡をとろうとしていたみたいだけど。夜中じゅう、ずっと」

「無線でか」

「うん。でもやっぱり、深海棲艦の妨害電波が強くって、あまり繋がらなかったみたいよ。あっちもここしばらくは落ち着いてきたみたいだから、そんなに心配せんでもって感じやけどね」

 

 提督は黙って頷き、思案した。陸奥の懸念は、自分が吹雪たちを前線に追いやってしまったという罪悪感によるものだろうか。

 龍驤が、皿の上の菓子をつまみながら尋ねてくる。

 

「──で、きみの話っちゅうのはなんなん? 起きたらうちが陸奥に伝えといてもええけど」

「いや、仕事のことで少しあってな。そこまで急ぎではないから、起きたあとで構わない」

「あ、そう」

 

 話は、叢雲の秘書艦代行のことに加えて、昨夜由良を抱いた件についてだった。こうした義務めいた『報告』にはあまり気乗りがしなかったのだが、ストレス問題への対処が遅れている現状では、個人的な感情に拘泥してもいられなかった。

 龍驤が、ぽりぽりと音をたてて干菓子を噛んでいた。

 

「ところで、ちょうどうちも、きみに訊いときたいことあったんよ」

「なんだ」

「由良のことなんやけどな──」

 

 提督は思わず目を見開いて、龍驤を見た。

 心の内を見透かされたように錯覚してしまったが、当の龍驤のほうが提督の反応に驚いて固まっていた。

 

「な、なに……どうしたん?」

「いや──べつになんでもない」

 

 提督は平静をよそおって言った。龍驤が不審げな視線を向けてくる。

 

「すごいびっくりした顔してたよ。きみのそういう反応、めずらしいで」

「考えごとをしてて急に話しかけられたから、少し驚いただけだ。由良がどうかしたのか」

「ああ、うん。まあ」

 

 龍驤はいぶかしげに提督を見つめつつ、頷いて続けた。

 

「べつに大したことやないけどね。由良が出渠してきたって聞いたんで、午前中にちょっと会って話をしてきたんよ。したらずいぶん顔が紅くて、こっちの話もあまり頭に入ってないみたいやってん。出渠したばかりなのに風邪でもひいてたんかなって、ちょっと気になっとったんよ」

「──なるほど」

「きみももう会うたんやろ? どやった?」

「その件は了解してる。おそらく、大丈夫だ」

「おそらく……?」

「問題はない」

 

 ぴしゃりとした口調で言った提督だったが、龍驤は納得のいかない表情だった。眉をひそめたまま休憩室のドアを軽く見やり、小さく首を振る。

 溜息をついて、龍驤はつぶやいた。

 

「──ま、きみがそう言うんなら、べつにええけど。うちの領分やない、ってことやろ」

 

 ばつの悪い思いがして、提督は龍驤から眼をそらした。そのまま椅子から立ち上がろうとすると、龍驤が言った。

 

「──お茶、飲んでいってよ。せっかく、うちが淹れたんやし」

「ああ……そうだな。すまない」

 

 提督は腰を落ち着けなおし、テーブルに置かれたままだった湯呑みを手に取った。

 無言でゆっくりと、ぬるくなってしまった緑茶を口に含むようにして味わう。

 ふと、ある思いつきが胸の底に浮かんだ。

 龍驤を見る。

 椅子に斜めに腰掛け、日の沈みかけた窓の外を眺めていた。小柄で幼い容姿ではあるが、不思議な貫禄があった。

 

「──龍驤」

「ん、なに?」

「明日の朝、少し時間をとれるか? それから……妙高もだな」

「へ……?」

 

 龍驤は、大きな目をしばたたかせた。

 

 

 ◇

 

 執務室に戻って、提督は軍令部に上げるための報告書の作成を始めた。

 叢雲は三水戦による哨戒が夕方から予定されていたため、提督が戻る前にすでに退室していた。

 明日の朝のことを考えると少しだけ気は重くなるのだが、同時にどこかすっきりしたものも感じていた。解放感に近いものかもしれない。

 

 ──陸奥は怒るだろうか。

 

 手を止めた提督が暗くなった窓の外を眺めていると、突然、バンと派手な音をたてて執務室の扉が開かれた。

 驚いた提督が顔を向けると、金髪の長身の艦娘が入り口に立っていた。

 

「提督、水くさいじゃない。困ったことがあるなら、どうしてまず真っ先にこの私に相談しないの!?」

 

 煌めく髪を手で払いながら、長身の艦娘──ビスマルクが言った。

 靴音を鳴らしながら歩み寄り、執務机に両手をついた。呆気にとられた提督へ顔を寄せる。

 

「聞いたわよ、秘書艦がいないんでしょう? そういうことだったらこの私、ビスマルクが──」

 

 不敵に笑みを浮かべて、後ろを振り返る。

 

「──すぐに用意してあげたのに。とても優秀な秘書艦をね」

 

 ビスマルクが視線で示した先には、屈託のない笑みを浮かべたプリンツ・オイゲンが立っていた。

 

 

 




※ 本エピソード中で語られている軍組織については、旧日本海軍のものをある程度参考にしてはおりますが、鎮守府の立ち位置など多くの部分で本作独自の創作を取り入れたものとなっております。ご了承ください。


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海と太陽

「司令官──えらいやっちゃで、きみは。ほんまに」

 

 話をひととおり聞き終えたところで、その場の沈黙を破って龍驤が言った。皮肉で言っているのかと提督は問うように見つめてみたが、龍驤は真面目くさった顔で頷きを返してきた。

 

「えらいやっちゃではなく、えらいこっちゃの間違いじゃないのか」

 

 提督が呆れ気味に言うと、龍驤は心外だというふうに眉をひそめ、顔の前で片手を振った。

 

「ちゃうちゃう、ほんまのほんま。皮肉でもなんでもなく、文字どおりの『偉い』っちゅう意味やで。正真正銘、心から誉めとるんよ──ねえ?」

 

 隣りの席の妙高に、龍驤は顔を向けて言った。先ほどからひとり考え込むようにしていた妙高は顔を上げ、提督をまっすぐに見つめて頷いた。

 

「私も、龍驤さんと同意見です。できればもっと早くに打ち明けていただきたかった──というのが本音ではございますが、すべては艦娘と鎮守府を思ってのこと。提督の無私の献身を、わたくしどもが責められようはずもございません」

 

 あまりの仰々しさに、提督はどう反応したものか困り果ててしまった。

 助けを求めて傍らを見やるが、椅子に斜めに腰掛けた陸奥はとり澄ました顔でそっぽを向いている。

 

 ──勝手にやってれば。

 

 そう言いたげな雰囲気を、全身に塗り固めたような態度だ。

 未明──司令室に呼び出した龍驤と妙高がやって来る前に、陸奥にはあらかじめ、艦娘のストレス値問題に関する告白をふたりに対してするつもりだということを告げてあった。

 

 ──貴方がそう決めたのなら、反対はしないわ。

 

 口ではそう言った陸奥だが、態度のほうはずっとこの冷淡さだ。

 仕方なく、提督はふたりに向きなおった。

 

「正直なところ、俺は自分のしたことを、無私とも献身とも思っていない」

「いやいやご謙遜。無私かはともかくとして、献身は間違いないやろ。まさに身を献げる、っちゅうの? きみがいろいろ犠牲を払っとんのは、みんな承知しとるんやで」

 

 意味深長な眼差しを龍驤が向けてくる。犠牲というのはおそらく、吹雪を前線に出征させたことを指しているのだろうと提督は察した。

 艦娘たちのストレス値の件を打ち明けるうえで、発端となった秘書艦との関係にも当然言及せざるをえなかったのだが、個人的な思い入れは極力排除して話をしたつもりだった。

 どうやらそうした表面上のとり繕いは、龍驤には通用しなかったらしい。

 

「──ま、そういう惚れた腫れたの愁嘆場は置いといてやな。うちがいちばん気になっとんのは陸奥、あんたのことなんやけど」

 

 水を向けられ、陸奥が片眉をつり上げるようにして龍驤を見た。

 

「なにかしら」

「さっきから、なんや、やけにふてくされたような顔しとるやん」

「そんなこともないけど」

「ほんまに? んなこと言うて内心では、自分が司令官とこっそり進めてきたプロジェクトを横取りされそうで、ちょっとグツグツきとるんやないの?」

 

 揶揄する口調で言った龍驤を、陸奥が感情の読み取れない瞳で見据える。

 形容しがたい緊張感が室内に満ちたが、やがて陸奥はやわらかく微笑んだ。

 

「提督の献身には及ばないけど、すべては鎮守府と艦娘のため、そう思って私も行動してきた。けっして、功名心や虚栄心のためではないわ」

「つまり、うちらがあんたの『陣営』に入ってきても、べつに気にしたりはせんと?」

「むしろ大歓迎ね。龍驤、貴女は艦娘の生活相談役で、妙高は教育方面の責任者でしょ。鎮守府の事情に詳しいふたりなのだから、提督が貴女たちを引き入れようというのも理解できるわ」

 

 陸奥が微笑みを提督に向ける。

 

「というわけで提督、今後はこのふたりにも、この件で手伝ってもらうことがあると、そういうことでいいのよね?」

「ああ。ふたりが承知すればだが」

「うちはもちろん、手伝うで」

 

 龍驤がテーブルに身を乗り出すようにして言う。

 

「もともとこれは、うちの仕事の領分や。悩み抱えた艦娘がこの鎮守府にぎょうさんいるいうんなら、今までうちのやってきたことが無意味ちゅうことになるやないか。そんなんうちのプライドが許さんわ」

「貴女のそれは、功名心とは違うのかしら?」

 

 陸奥が悪戯っぽく言うと、龍驤は鼻を鳴らして椅子にふんぞり返った。

 

「ちゃうで。これはお仕事に対する真摯なやる気っちゅうもんや。この軽空母龍驤は、半端仕事はけっしてせえへんのや」

 

 提督は龍驤にむかって小さく頭を下げた。

 

「すまないな──恩に着る」

「うんうん、たっぷり着といてや。ボーナス査定のほうでもよろしゅう頼むで」

「そっちは働き次第だが」

「なんやいな、感謝の言葉だけ大盤振る舞いかい。けちくさ!」

 

 龍驤は笑って言った。

 陸奥が小さく咳払いをする。

 

「さて──それでは妙高、貴女はどうするの」

 

 ひとり沈黙を守っていた妙高に視線が集まる。妙高は理知的な瞳で、じっと提督を見つめてきた。

 

「──艦娘はみなわが姉妹、鎮守府は私の唯一の居場所です。そのためとあらばもちろん、この妙高に否やはございません」

 

 そう静かに言って、頭を下げた。

 

 

 龍驤と妙高が退室し、提督は司令室に陸奥とともに残った。

 ストレス値問題への『対処』の合意は取りつけたものの、肝心の提督の躰が空かなければすぐに何かができるというわけでもない。前線からの帰還組の艦娘たちがある程度復帰して、海域の治安と鎮守府内の人事が落ち着くまで、具体的な方策の立案は見送りということになった。

 退室する直前、龍驤はストレス値のリストを四人で共有することを主張したが、提督はこれを却下した。無意識にでも対象への接し方に変化が表れては困る──というのを、その理由とした。

 

「ひょっとして、私に気を遣ってくれたとかじゃないわよね」

 

 艦隊指揮用の海域図の前で支度を整えながら、陸奥が尋ねてきた。

 もうしばらくすれば、早朝の哨戒に出撃する水雷戦隊からの定時連絡が入ってくる時刻になるところだ。

 

「気を遣う必要があるのか」

 

 提督は陸奥の傍ら、アクリル製の海域図と一体になったテーブルの縁に腰掛けながら問い返した。

 陸奥は提督のほうを見ようとはせず、テーブルの上でマーカー類を几帳面に整えつつ肩をすくめる。

 

「さあね。……ただ、私はあのリストの上位だから、龍驤が見たらあれこれうるさそうだと思っただけ」

「騒いだところで心配することもないだろう? おまえには理由があったわけだから」

「心配ってわけじゃないわ」

「俺もおまえに気を遣ったわけじゃない。リストをふたりに見せなかったのは、言ったとおり対象への影響を考慮しただけのことだ」

 

 陸奥は溜息をつき、椅子に深々と腰掛けた。首を曲げて、まだ薄暗い窓の外を見やる。

 

「少しハラハラさせられたぞ」

 

 提督が言うと、陸奥が顔を向けてくる。

 

「それは、龍驤とのやりとりのこと?」

「ああ」

「馬鹿ね。あんな見え見えの挑発に、私がのるわけないじゃない」

「龍驤がおまえを挑発する理由は?」

 

 提督に訊かれて、陸奥は肩をすくめる。

 

「さあね。私が妙な思惑でももってるんじゃないかって、邪推したんじゃないの」

「実際のところ、どうなんだ」

「あっても貴方には言わないわよ」

 

 陸奥は冗談めかして言うと、腕組みをして海域図を眺める。

 

「……すべては鎮守府のため、艦娘のため。その言葉に嘘はないわ。誰にどう思われようともね」

「面白いな。同じようなことを龍驤と妙高も言っていたが、それぞれの意味するところには微妙な違いがあるように聞こえる」

「艦娘だって、みんながみんな同じ思惑で動いてるわけじゃないわ。人間社会でも、他人の思惑というのは、普通はよくわからないものでしょ」

「よくわからん思惑がらみで、ひとつ相談がある」

 

 興味を惹かれたように、陸奥が横目で提督を見る。続けて言った。

 

「昨日だが、ビスマルクが妹分を秘書艦に推薦してきた」

「え──ビスマルクの妹分って、プリンツ・オイゲンのこと?」

 

 怪訝そうに、陸奥が言った。

 

「それはたしかに、意味がわからないわね。秘書艦は書類仕事がメインで、読み書きができない海外艦では使いものにならないって、いくらビスマルクでもわからないわけないでしょうに」

「これで解決だそうだ」

 

 書類鞄から、二つ折りにしていた一枚の紙を取り出して陸奥に渡した。開いて中を見た陸奥が、目を白黒させる。

 

「なに、これ」

「プリンツが書いたものだ」

「それはまあ……わかるけど」

「とうとう手本を見ずに書けるようになったんだと。どうやらプリンツ自身は、それを誰かに報告──というか自慢したくて仕方なかったようだな」

 

 紙に書かれた内容は、カタカナ五十音といくつか短い単語の書き取りをしたものだった。

 「イカ」「バナナ」「サンオイル」と、まったく脈絡の読み取れない単語の書き取りの下に、「プリンツオイゲン」と若干(いびつ)な文字で大書きされている。「リ」は鏡文字のように左右の長短が逆で、「ン」はほとんど「ソ」のようにも見えるが、いちおうは立派に書けていた。

 陸奥が、顔をほころばせる。

 

「そう……オイゲンがこっちの言葉を熱心に勉強しているとは聞いたことがあったけど、こんなに真剣に頑張っていたとはね。ちゃんと褒めてあげた?」

「もちろん。書いた当人じゃないやつまで、ただでさえ高い鼻をいっそう高くしていたようだが」

 

 くっくっ……と陸奥が笑いを噛み殺す。上目遣いで提督を見た。

 

「そういうとこ、あのドイツ戦艦は可愛いらしいのよね。──で、プリンツ・オイゲンを秘書艦に採用?」

「さすがにそこまではな。といってむげに断るのも酷だし、関係各所に(はか)ってみるということで返事を先送りしたが」

「それが賢明ね。ビスマルクにはビスマルクの思惑があるのでしょうけど、あまり彼女のわがままばかりに付き合うわけにはいかないものね。いろいろとバランスってものがあるわけだし」

 

 陸奥が、プリンツの書き取りを丁寧にたたんで提督に返してくる。

 

「秘書艦のことで相談と言うから、てっきり貴方の本命のほうかと思ったんだけど」

「本命?」

「叢雲よ。昨日一日、臨時で使ってみたんでしょ。どうだったの?」

 

 思わず呆れて、陸奥を見つめた。

 

「ずいぶん耳が早いんだな。忙しくてそれどころじゃないと思ってた」

「艦娘の間では、もう結構な噂になってるわよ。ビスマルクは知らなかったでしょうけど。──で、どうなの叢雲は?」

 

 せっつかれるように問われたが、提督は言葉に詰まった。ひとつ咳払いをし、気を取りなおして言う。

 

「あいつは要領がいい。業務にも熱心だし、しばらく継続的に使っていこうとおもっている」

 

 陸奥は机に肘をついて提督を見つめていた。そう──と、短くつぶやくように言う。

 

「叢雲の起用について、おまえの意見を聞いておきたい」

「私の意見なんて。秘書艦の選定はあなたの専権事項でしょ」

「叢雲自身が希望したんだ。とりあえずおまえの意向を確認してからにしてほしいと」

「叢雲が──なるほどね」

 

 ひとり、陸奥が納得するように頷いた。しばらく考え込むような表情で、黙っていた。

 

「──これはあくまで、個人的な見解だけど」

 

 そう前置きしてから、話し始める。

 

 

 ◇

 

 だから言ったでしょ──と言わんばかりに、叢雲がツンと顎をもち上げてみせた。きまりの悪さに、提督はしきりに頬をさする。

 

「すまないな。どう切り出したものかと迷っていて、こんな時間になってしまった」

「まったく……情けないのね。おかげで一日きっちり働かされちゃったわ。せめてちゃんと、昨日と今日の分の手当ては出るんでしょうね」

 

 叢雲はぷいと横を向き、夕陽からの橙色の光が散乱している屋外の景色を見やった。言葉とは裏腹に、その瞳には悄然とした気配がにじんでいるように提督には思えた。

 

「陸奥は──おまえのことを高く評価していた。秘書艦としての適性でいうなら、鎮守府にいる艦娘の中では最も適任かもしれないと」

「そういう陸奥さんこそ、秘書艦やらせたらいちばんデキる艦娘だってのに」

「おまえを正式な秘書艦として採用しないと決めたのは、最終的には俺の判断だ。陸奥はあくまで客観的な意見を述べただけで、それも俺から求められたからで──」

「わかってるってば」

 

 くどくどと言い訳しかけた提督の言葉は、叢雲にぴしゃりと断ち切られた。腕組みをして、意外にも穏やかな表情をしていた。

 

「不採用の理由は私の能力不足じゃなくて、私の艦型(かんけい)のせいなんでしょ。違う?」

 

 提督は、叢雲から顔をそらした。

 

「わかっていたのか」

「最初は──まあ認めるのは(しゃく)だけど、たしかに舞い上がってたかもね。でも、よく考えたらやっぱりマズいかなって。吹雪型──それも同じ十一駆所属の艦娘が、重要な役目を連続で務めるなんて」

「俺は、そんなことに思いが至らなかった。艦娘はみな仲良しで派閥や政治的なものとは無縁だと、そういう能天気な先入観があった」

「派閥ってほどの大げさなものでもないけど。でもまあ、気を遣ったほうがいい状況っていうのは確実にあるわよね。バランスが大事よ」

 

 バランス。

 期せずして、叢雲は陸奥と同じことを言った。

 

 ──三人集まれば派閥が生じると言うわ。艦娘の世界でも同じよ。

 

 早朝、陸奥はそうも言っていた。当然承知していたはずの原理だが、艦娘の世界にそうしたものを持ち込みたくないという勝手な願望が、眼を曇らせていた。

 

「俺は、無神経か」

「女の社会のあり方に無頓着だとは思うわ」

「自分では、わりと気遣いのできるほうだと思っていたが」

「男の世界と女の世界じゃ、気遣いの流儀が違うのね」

「そうかもしれないが──」

 

 そういった無自覚な無頓着さが、吹雪を苦しめていたのかもしれない──提督は言葉を呑み込んだ。

 しかたないわね、といった感じで、叢雲が溜息をつく。提督の拳に、そっと触れてきた。

 提督の人差し指に、叢雲の細く冷ややかな指が絡められる。

 

「あんたのそういうところ……私は、きらいじゃないけど」

 

 顔をうつむかせて、叢雲が言った。

 

「そういう、ところ?」

「そう……そういう、ちょっと抜けてるところ。なんか、いかにも男っぽくて──」

 

 叢雲が見上げてくる。視線が絡んだ。

 自然に躰を寄せ、唇を重ねていた。

 薄い服の生地の下にある叢雲の躰の柔らかさを、提督は確かに感じた。

 少しためらったが、どうせ無神経な男なのだから──と開きなおる。

 背にまわしていた片手を下げ、形よく丸みを帯びた尻に触れた。

 

「あっ……こ、ら……だめ、よ、いまは──」

 

 そう言いつつも叢雲は、躰をさらに密着させてきた。熱っぽい息が提督の首筋をくすぐる。

 提督は指先に意図を込めて、尻のふくらみの谷間に近い部分をなぞり上げた。

 

「ふ、あ──」

 

 鼻にかかる声を叢雲が発したその瞬間、執務室のドアがノックされた。

 一瞬の硬直のあと、弾かれたように叢雲が提督から飛びすさった。秘書艦の机の前まで跳ね戻り、慌てふためいた手つきでバサバサと音をたてて書類の整理を始める。

 提督は内心で苦笑しつつ襟もとを正し、執務机に備え付けのインターホンによる遠隔操作で扉を解錠した。

 顔を覗かせたのは、大淀だった。

 

「提督、よろしいでしょうか?」

 

 入室した大淀は会釈しながらそう言って、傍らの叢雲とも視線だけの挨拶を交わした。

 

「どうした」

「はい。外出中のリシュリューさんなのですが、たった今、私の携帯電話に彼女から連絡がありまして。車が故障したそうです。周囲に人もいない場所で、どうにも身動きがとれなくて困っていると」

 

 提督は、叢雲と顔を見合わせた。

 

 

 ◇

 

 海沿いの高台にある、もともとは観光用に作られていたはずの駐車場だった。

 深海棲艦が近海に跋扈するようになって以来、その立地が逆に(あだ)となって利用客はめっきりと減り、今では備え付けの常夜灯のいくつかが切れてしまっていても放置されているほどに寂れきっている。

 正式にはコマンダン・テストの所有である青の軽自動車が止められている場所は、たいして探すこともなくすぐに見つかった。

 

Desolee(デゾレ)──ごめんなさい。あなたの手をわずらわせるつもりはなかったのだけど」

 

 ボンネットを開けてエンジンルームを覗き込んだ提督の傍らで、リシュリューが言う。細身のジーンズにベージュのコートを合わせた、カジュアルながらもすっきりと洗練された私服姿だ。

 提督は返事の代わりに小さく肩をすくめ、懐中電灯で手もとを照らした。

 

「直りそう?」

 

 リシュリューも提督の横からエンジンルームを覗き込んでくる。首筋あたりにつけている香水だろうか、どこかエキゾチックさを感じさせる芳香がした。

 提督は意識を香りから引き剥がし、車内構造へ集中させる。

 オイル類も含めて簡単にチェックしてみたが、特に異常というほどのものは見あたらない。提督は首を傾げた。

 

「状況からすると、やはりバッテリーが怪しいが」

「変ね。照明ならちゃんと切ってあったんだけど」

「バッテリーそのものがへたっているのかもしれないが……とりあえず繋げてみるか」

 

 スマートフォンに似た形状の機器を提督は足もとのバッグから取り出し、二本のケーブルで車のバッテリーに接続した。

 片手で作業していると、気を利かせたリシュリューが提督の手から懐中電灯を受け取った。作業する手もとを照らして興味深げに眺める。

 

「それは?」

「ジャンプスターター。バッテリーの換わりだ」

「ずいぶんと小さいのね。電話にしか見えないわ」

「便利な時代になったもんだな」

 

 スターターのランプが、赤の点滅から準備完了を示す緑に変わった。

 提督はリシュリューから車のキーを借り受け、運転席に乗り込んでエンジンを始動させてみた。

 

Tres bien(トレ ビアン)! すごいすごい、直ったわ! さすがね!」

 

 始動したエンジンの音を聞くなり、ドアの外でリシュリューが跳ねるようにして喜んだ。

 提督は数回アクセルを踏み込んで空ぶかししたのち、すぐにキーをひねってエンジンを切った。

 リシュリューが目を丸くして提督を見る。

 

Quoi(クヮ)? どうして止めちゃうの?」

「エンジンの回転数が上がったまま下がらない。動かし続ければ、そのうち焼きつく可能性もある。音を聞くかぎり、タコメーターの表示がおかしいわけでもなさそうだが」

「タコ?」

 

 半開きのドアから提督は片足を地面に下ろし、首を傾げているリシュリューに向きなおった。

 

「この車、整備はどうしていた」

「えっと、そうね……あの、シャケンとかいうのには出したって、テストは言っていたけれど」

「車検ではなく、日常整備の話だ。エンジンオイルやバッテリー液は確認していたか? タイヤの空気圧は?」

 

 意識せず、詰問めいた口調になってしまった。リシュリューは不服そうに眉をひそめて腕組みする。

 

「──タイヤの空気圧は、今の故障に関係あるの?」

「整備不良が故障の原因という可能性はある」

「可能性というだけで、責めないでほしいわ」

「おまえを責めているわけじゃない」

 

 溜息をつき、提督は車から出た。潮気まじりの夜の空気が、肌を刺すように冷たくなってきていた。

 鎮守府から乗ってきたセダンを眼で示す。

 

「乗れ。帰るぞ」

「リシュリューの車は?」

「故障がエンジン内部や電気系統だとすれば、この場での修理は無理だ。とりあえず駐めたままにしておいて、明日の朝にでも艦娘か海軍で回収できるよう手配する」

「……しかたないわ。テストには申し訳ないけれど」

 

 リシュリューは肩を落とすようにして言った。

 

 

 ◇

 

 ふたりの乗った車が、海岸沿いの道を進む。

 先行車も後続車も、すれ違う車すらなく、緩やかなカーブの続く暗い道路は、正常な人間社会からそれとなく疎外された空間であるかのようだった。

 助手席のリシュリューは押し黙り、夜の景色が流れていくのをサイドウインドウから眺めている。

 提督は意識的に、運転に集中しようとつとめていた。

 状況が異なれば、夜のドライブを楽しめる道であるに違いない。連続するカーブはそれほどきつくもなく、海辺の景色が変化に富んでいるので退屈することもない。深海棲艦の活動によって、海に近いあらゆる場所が忌避されるようになった以前であれば、さぞかし人気のドライブルートであったことだろう。

 提督の頭の中で、さまざまな艦娘たちの姿がとめどなく浮かんでは消えていた。

 関係の深浅にかかわらず、吹雪や、数時間前には抱き合って接吻していた叢雲でさえも、その顔貌(がんぼう)は皆、等しく(にじ)んでいてどこか不明瞭だった。

 鮮明に思い出せるのは、ひとりひとりの匂いや肌の手触り、唇の柔らかさ、体温、濡れた膣壁が陰茎を包み込んで温かく収縮する感覚──。

 

「あの寂れた駐車場で、何をしていたんだ──リシュリュー」

 

 きりのない思念を振り払うように、提督は言った。深く考えて発した問いではなく、ただなんとなく口をついて出ただけのものだった。

 リシュリューが提督に顔を向ける。空気が揺れ、華やいだ香りが鼻孔まで届いた。提督は、息苦しさのような微妙な緊張を覚えた。

 

「何っていうほどのことでもないわ。海が綺麗に見えそうな場所があったから、ちょうどいいかなって思って」

「ちょうどいい、とは」

「ちょうど、太陽が海に沈むところだったの」

 

 リシュリューはそこで少し言葉を切ってから、フランス語で何ごとかをつぶやいていた。

 提督はほとんど聞き取ることができなかったが、「l'eternite(レテルニテ)」と「soleil(ソレイユ)」という音だけは聞き分けられた。

 顔を前方に向けたままステアリングを操作しつつ、尋ねる。

 

「アルチュール・ランボーの詩か?」

 

 リシュリューの驚く気配が伝わった。

 

「──提督(アミラル)、あなた、フランス語はわからないって言っていたわよね」

「わからんさ。ただその詩については、軍の学校の海外文学の授業で、少しだけ原語に触れたことがあった。なんとなく印象に残る詩だったから、たまたま憶えていただけだ」

「『永遠(レテルニテ)』──この国でも有名なの?」

「俺のような無教養でも知っているぐらいだから、たぶんな」

「アミラルが学んだのは、この国の言葉に翻訳されたものね」

「ああ」

「リシュリューがいま言った一節は、どんな訳なの?」

 

 助手席から身を乗り出すようにして尋ねてくる。

 うろ憶えだが──と前置きし、提督は埋もれかけていた記憶を呼び起こした。

 

  また見つけた

  なにを?

  ──永遠を

  海と 溶け合う 太陽を

 

 そこまで言って、ちらりと横目で反応を窺う。

 リシュリューの金色の瞳が、輝いているように見えた。

 

Interessant(アンテレッサン)……興味深いわ」

「授業ではたしか、訳によって異なる解釈が可能だということだった。今のはどうだ?」

「……なんとも言えないわ。この国の言葉の細かいnuance(ヌュアンス)までは、リシュリューにはわからないもの。──でも、興味深いわね。気に入ったわ」

 

 満足そうに言って、リシュリューはシートに背を預ける。

 車内の空気がどことなく和んだものに変わっているように、提督は感じていた。

 

「ねえアミラル。リシュリューはときどき、不思議に思うことがあるの」

 

 つぶやくように言う。

 

「どうしてわたしは、勉強したこともないこの国の言葉を、話したり聞いたりできるんだろうって。なのに読み書きはぜんぜんできなくて、文化や常識については、まったくの無知。海に沈む太陽を見て、祖国が懐かしい──なんて思うくせに、その祖国の大地に艦娘としてのリシュリューは一度も立ったことがない。それでもフランスの文化や食べ物や街については、自分でも不思議なほどによく知ってる──」

 

 ひと息でそこまで言って、言葉を切った。自嘲気味に続けて言う。

 

「もともと機械そのものだったはずなのに、艦娘として生まれ変わったリシュリューは機械が苦手。大して面白くもないironie(イロニ)よね」

 

 リシュリューは小さく笑った。

 提督も合わせて笑おうとしたが、上手くできなかった。舌で唇を湿らせてから、口を開く。

 

「祖国に関する記憶については、艦船としてのおまえに乗り込んでいた乗組員たちのものである可能性が高い」

「そうなの?」

「誰かひとりの具体的な記憶ではなく、複数人のもつ共有記憶という抽象的なものらしい。艦娘の『建造』では多くの場合、おまえたちの前世である艦船の一部を触媒として利用しているのだが、その触媒に残留している『物質記憶』が、艦娘としてのおまえたちの意識や知識のベースになる。──ということだそうだ」

「物質記憶……」

「言葉がわかることに関しては、そういう翻訳担当の妖精が艦娘の内部にいるのではないか──という仮説がある。艤装がなくても機能していたり、読み書きが翻訳されない理由については謎だが」

 

 ふうん、とリシュリューが鼻を鳴らす。

 

「──アミラルにもよくわからないことがあるのね」

「俺は『艦娘計画』の最初の発案者が残した『公式』を使っているだけだ。その原理を完全には理解していなくても、運用するだけならどうにかごまかしが利く」

「ぜんぜん、アミラルはごまかしてないじゃない。これだけちゃんと答えてくれるのなら、もっと早く訊いておけばよかったわ」

「もっと訊いておきたいことはあるか? 今が機会(チャンス)だぞ」

幸運(シャンス)……たしかに、そうね。なら──」

 

 ふたたび躰を乗り出してくる。

 

「アミラルとリシュリューは上官と部下の関係だけれど、友人にもなれると思う?」

「友人?」

 

 ふと、瑞鶴の面影が頭に浮かんだ。河原をふたりで歩いていたあのときも、詩の話をしたことを思い出す。

 

「まあ……なれるんじゃないか。相性しだいだとは思うが」

「相性、いいかしら──わたしたち」

「どうだろうな。意外とおまえは話せるやつだと、少し思いはじめている。もう少しお高くとまった、扱いにくいやつかと思ってたんだが」

「あら偶然ね。リシュリューも、ちょうどそんなふうに思ってきてるところだったのよ」

 

 そう言うとリシュリューは、ころころと声を上げて愉快そうに笑った。

 ひとしきりそうしていたが、やがて声を低めて言う。

 

「ねえ、ちょっと寄り道してくれない?」

「──もう遅いぞ。どこに行くつもりだ」

「もっと、おたがいの相性を確かめられるところ」

 

 提督が視線を向けると、リシュリューは艶然とした微笑みを返してくる。

 

 

 



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深甚なる情愛、蕩かす高速戦艦 *

 柄にもなく自分が照れているのを、提督は意識した。

 ためらいなく衣服を脱いで下着だけになったリシュリューの後ろ姿に、みずからの意識とは無関係に頬が紅潮していく。

 部屋の隅にあった椅子に服を置いて、リシュリューが振り返った。所在なくベッドに腰を下ろしていた提督を見ると、かすかに笑って言う。

 

「アミラルがあかくなるのは、変よ。初めてなのはリシュリューのほうなのに」

 

 リシュリューは、引き締まった腰に片手をあてて言った。臙脂(えんじ)色の上下の下着に、伸びやかな肢体と白い肌、そして豊かな金髪が()えていた。臆したようなところのまったく感じられないその態度には、みずからの肉体に対する自信がありありと見てとれた。

 提督は首を振った。

 

「なんというか、慣れなくてな」

「もしかして、アミラルもmotel(モーテル)は初めて?」

「初めてってわけじゃないが、こういうあからさまな雰囲気の場所には、あまり馴染みがない」

「そんなにあからさまかしら。思っていたより小ぎれいに見えるけど」

 

 リシュリューが部屋を見渡して言った。

 モーテルあるいはワンルームワンガレージと呼ばれる、一階に車を駐める形式のラブホテルの一室だった。

 カビ臭さを感じるような安宿ではないが、シャワールームがガラス張りであったり、卑猥な道具の自販機が室内に置かれているなど、露骨な性の匂いは隠しようもない。

 なにより馴染めないのは、連れ込んだ女そのものだ。

 上司と部下という仮面を隔ててなら対等以上の物言いもできようものだが、こうして一対一の男女としての立場を意識してしまうと、さすがに気後れがする。

 下着姿になって、非日常めいた高級な美にいっそう磨きをかけたようなリシュリューを、提督は落ち着きなく、それでも意地になって見つめていた。

 視線が合うとリシュリューは微笑み、キャットウォーク上のモデルを思わせるような優雅な足取りで歩み寄ってきて、提督の傍らに立った。

 

「──さ、ぼんやりしてないで、服を脱ぎなさい。それとも、リシュリューに手伝ってもらうのを期待してる?」

「いや……先にシャワーを浴びたものかと考えていたんだが」

 

 きょとんとした表情で、リシュリューが提督を見つめる。

 

「なぜ? それは、あとでいいでしょ?」

「──まあ、おまえが構わないなら」

 

 リシュリューは屈託なく笑うと、提督の肩に両手を置いて言う。

 

「自分が汗臭いんじゃないかって気にしているなら、余計な心配よ。アミラルの匂い、リシュリューにはぜんぜん不快じゃないもの」

 

 

 

 リシュリューは手際よく提督の衣服を脱がしていき、すでにそれなりの硬度を得ていた陰茎があっさりと解放された。

 提督の内心の緊張をよそに、恥ずかしげもなくそそり立ってしまう。

 カーペットに膝をついたリシュリューが目を輝かせ、その屹立ぶりを真正面から見つめていた。

 

C'est beau(セ ボー)……素敵」

 

 うっとりと言って、硬直に優しく両手を添えてきた。唇が先端にむかってつき出され、触れた。

 血流が即座に反応し、力強く脈打ちはじめる。

 手の中の器官が成長していく様子を、リシュリューは面白そうに眺めていた。

 

「すごいわ……こんなに膨らんで、硬くなって」

 

 言って、舌先を繰り出してくる。柔らかな舌が、鈴口周辺の敏感な部分をちろちろと愛撫する。

 たちまち、透明な液が滲んだ。リシュリューの唾液と混じり合い、ぴちゃぴちゃと粘った卑猥な音がたちはじめる。

 

「フフ……」

 

 色素の薄い金の瞳で提督を捉えたまま、リシュリューが含み笑いをした。

 提督が視線をそらそうとすると、すかさず両手首を掴んでくる。

 

「ダメよ、アミラル。こっちを見てなさい」

 

 命じる口調だった。提督は抵抗を諦め、頷いた。

 その瞬間だった。

 亀頭全体がぬるり──と口内に収められていた。

 唐突に倍加した快感に、提督は思わず声を上げそうになった。

 独立した生きもののように蠢く濡れた舌が、亀頭の粘膜のあらゆる部分を探り、貪っている。口腔という手段ではこれまでに体験させられたことのない、甘美な刺激だった。

 恍惚とした提督が大きく息を吐くと、リシュリューは陰茎を口から外し、得意そうに唇を舐めて言う。

 

「いまの、どう?」

「ああ……すごい、すごかった」

「きもちよかった?」

「腰が抜けちまうかってくらいに。どうして、初めてなのにここまで」

「さあ」

「さあって」

「魚は、生まれたときから泳ぎ方をしってるものでしょ。どうして自分は上手に泳げるのだろうなんて、疑問に思ったりはしないわ」

 

 リシュリューは微笑み、ふたたび陰茎に口もとを寄せてきた。軽く頬ずりするように、鼻先を陰茎の間近で左右させる。

 

「いい(にお)い……まさに、男の臭いってところね」

 

 そうつぶやくと、舌を大胆なほどにつき出してきた。側面を遣って、陰茎をゆっくりとなぞり上げる。

 ぞくぞくとした快感が背を這いのぼり、提督は呻き声を上げてしまった。

 くすくすと、リシュリューが小さく笑う。

 

「案外可愛い反応をするのね、アミラル」

 

 嬉しそうに言うと、音をたてて裏筋へ接吻する。

 提督はもどかしい快感に、ひどく焦れた。

 

「リシュリュー──」

 

 呼んでいた。

 リシュリューが、提督を見つめ返してくる。

 

「ぜんぶ、リシュリューが受けとめてあげる──」

 

 ふたたび陰茎が、口内へと収められる。

 ぬめった舌が自在に、絡みついてきた。

 ジュルルルッ──と唾液を絡める派手な音をたて、リシュリューが(すす)りあげる。

 渦巻く快楽に、提督は腰を浮かせかけていた。

 合わせて、リシュリューが根元まで咥え込んでくる。

 絶妙な力加減の唇で陰茎が締めつけられ、ときに緩められる。

 舌が、陰茎のあちこちを挑発するように口内で蠢いている。

 緩やかなウェーブのかかった金髪が、提督の内腿の間で揺れていた。

 

「う……おっ……」

 

 数秒ともたずに提督は限界に達してしまった。

 爆ぜさせていた。

 どくん──と最初の一撃を放つその瞬間、リシュリューが容赦なく、きつく吸い上げてくる。

 自然な放出よりはるかに速く、精液がどくどくと尿道から吸い出されていく。

 あまりの快感の強さに提督は腰を引こうとしたが、リシュリューは許してくれなかった。

 唇をぴったりと陰茎に密着させ、吸引し続ける。

 がくがくと腰を震わせながら、提督は最後の一滴まで搾り出すことになった。

 うっとりとした表情のリシュリューが唇を外し、開いて、舌の上にこんもりと溜まった提督の白濁を見せつけてきた。

 眉を少し苦しげにひそめて、呑み込んでみせる。

 

「──素敵だったわ、わたしの提督(モナミラル)

 

 蠱惑的に笑んで言うと、ベッドにせり上がるようにして膝を乗せてきた。

 虚脱したままの提督の手を取り、みずからの秘所にそっと誘導する。布越しにもわかるほどに、しっとりと湿っていた。

 

「ねえ……リシュリューのことも、素敵にして」

 

 提督の手の上で、せがむように腰をくねらせる。

 

 

 ◇

 

 露わにさせたリシュリューの秘部へ、唇をつける。

 リシュリューもまた、提督の股間に口唇と舌をふたたび用いていた。

 ふたりでベッドに横たわり、お互いの秘所を舐め合っている。

 射精後の陰茎は敏感でくすぐったく、最初のうちは腰が引けていた提督だったが、先ほどとは一転して穏やかで優しげなリシュリューの舌遣いに、十分な硬度を取り戻すのにさほどの時間はかからなかった。

 

「ハァッ……ン……ああ……ンッ……」

 

 提督の舌に反応して、リシュリューが切れぎれの声を漏らしている。熱い吐息が下腹や鼠径部をくすぐり、劣情を煽ってきていた。

 一心に、提督はリシュリューの核心を舐め続けている。

 つるりと硬くなったその部分を舌で愛撫しつつ、眼の前の白い太腿が敏感に反応して震える光景を愉しむ。ときに鼻面や頬を押しつけ、そのなめらかな肌の心地よさも存分に味わった。

 

「アゥ、ンッ──」

 

 陰核を舌で強めに転がしてやると、リシュリューは甲高い声で()いた。予想外の可愛らしい音階に、提督は卑俗な探究心を刺激される。

 陰核に唇で吸いついたまま、しとどに濡れきった眼前の淫裂へ、人差し指の先だけをそっと沈み込ませた。

 

「ン、アッ……」

 

 リシュリューが、口をわずかに陰茎から外して喘いだ。敏感な反応だった。

 提督は前庭で指を振動させ、くちゅくちゅ、くちゅくちゅと、溜まっていた愛液を撹拌する。刺激は強すぎず弱すぎず、陰茎を握る手から伝わる反応を意識しつつ、慎重に与えていった。

 焦らすような提督の指遣いに対抗してか、リシュリューも陰茎の先端へしきりに舌を這わせてくる。互いの性器を舐め合い探り合う水音が、さして広くもないモーテルの部屋の中に響いていた。

 先に言葉を発したのは、リシュリューのほうだった。

 

「ねえ……モナミラル、もう、おねがい……」

 

 唾液で濡らした陰茎に顔をすりつけつつ、リシュリューは腰をくねらせながら言った。

 提督は聞こえなかったふりで、指先で膣壁をもてあそぶ。とろりとした愛液が、秘裂の奥からあふれてきていた。

 リシュリューは苛立ったように、腰を大きく前後に動かした。

 

「おねがい……もう焦らさないで……!」

 

 声量を上げてうったえる。提督は指を引き抜いた。

 

「どうしてほしいんだ」

「わかるでしょ……ほしいの」

「どこに」

「リシュリューのいちばん奥……いちばん深いところに、おもいっきり……突き刺してほしいの……モナミラルの、この硬いのを」

「なら、お願いしろよ」

「……S'il te plait(シル トゥ プレ)、モナミラル、挿れて……ねえ、おねがいだから」

 

 リシュリューは、切なげに長い息を吐いた。従順さの証のように、先端へ短い接吻を繰り返してくる。

 提督は躰を起こした。

 リシュリューの片脚を肩の上に担ぎ上げるようにして、股を大きく押し広げる。とろけきったリシュリューの秘部が、完全に開いて露わになった。

 じっくりとその部分を眺めたあと、提督は硬直をあてがい、リシュリューに視線を向けた。期待に濡れた金の瞳が、見つめ返してくる。

 頷き、沈めた。

 柔軟な内部を割って、腰を進める。

 

「アッ──ンッ、ンンン……!」

 

 リシュリューがおもいっきり首を反らし、枕に後頭部をうずめる。

 提督は最奥に達し、そのこりこりとした部分を陰茎の先端で圧迫しながら、さらに腰を押し出した。

「ファ……ア、ア──」

 

 リシュリューが口を大きく開けて、喘ぐ。端正な顔が乱れ、唇の端から(よだれ)が筋になってこぼれてきた。

 痙攣するように腰が暴れかけたが、提督は自分の下半身でそれをがっちりと押さえ込んだ。陰茎を押しつけたまま、ぐりぐりと、前後へ波立つような動きを加える。

 

「ア、ア、アッ──Je(ジュ)……jouis(ジュウィ)……!」

 

 リシュリューが、さらに躰を反りかえらせた。あまりに切迫した様子に提督が緩めかけると、首を振って涙目でせがんでくる。

 

「ダメ、ダメ……やめないで、もっと、もっと激しく突いて……! リシュリューを殺してしまうくらいに……もっと、メチャクチャに、して……!」

 

 提督は腰を突き出し、応えた。我を忘れて、求め合う。

 

 

 提督は好き放題にリシュリューを突き、リシュリューも好き放題に幾度も絶頂を極めた。

 二度、たて続けに膣内へと精を放ち、三度目には直前で引き抜いた陰茎をリシュリューの口内へ押し込み、残滓を絞るようにして射精した。

 リシュリューはすっかり堪能しきったようで、身も世もないといった具合に仰向けに脱力して横たわっている。

 

「強いのね」

 

 リシュリューが、ぼんやりとした視線を向けて言った。

 提督はなかば枕に顔をうずめたまま、答える。

 

「感化されたんだ。おまえが激しいから」

「激しいのは、嫌い?」

 

 リシュリューが両肘で上体を起こして、尋ねる。豊かだが均整のとれた乳房が、ぷるりと魅惑的に揺れた。

 提督は首を振った。

 

「いや──こういうのも悪くない」

「ゆっくり愛し合うほうが好き?」

「時と場合によるさ。気持ちいいときには、どうやったって気持ちいいもんだ」

「なら、今度はもっとゆっくりじっくりで、試してみない?」

「いまか」

「ウン」

「あんなにしておいて、まだする気なのか」

 

 提督が呆れ気味に言うと、リシュリューは片目をつぶってみせた。

 

「あと一回だけ、いいでしょ? ね?」

「まあ……あと一回なら」

 

 提督は渋るように言ったが、正直なところ、躰はすでにリシュリューの裸体に反応して昂ぶりを取り戻しつつある。一回と口にしておかなければ、自分のほうが際限なくリシュリューを求めてしまいそうで、恐ろしかった。

 リシュリューがベッドの上に身を起こした。

 

「する前に、シャワー(ドゥーシェ)を浴びておきましょ。モナミラルには特別に、このリシュリューが躰を洗ってあげる」

 

 これまでに見せたこともない無邪気な笑顔で、提督の手を取って引っ張る。

 

 

 ◇

 

 シャワー室から出たあと、濡れた躰を拭くのもおざなりに、ベッドの上でふたたび(つが)った。

 提督の上で、リシュリューはゆっくりと前後に腰を動かしている。

 

「──どうモナミラル? これで、気持ちいいかしら?」

 

 紅潮させた顔に微笑みをたたえたリシュリューが、提督の眼を見つめて尋ねてきた。わずかに濡れた毛先が、白い裸体の前で跳ねるように揺れている。

 提督は、下腹と腿に押し当てられている弾力を愉しみながら、答えた。

 

「好きなように動けよ」

「いやよ。今度は、あなたを気持ちよくさせてあげたいの」

「リシュリューが好き勝手に気持ちよくなっているのを見るのが、俺にはいちばん気持ちいい」

 

 リシュリューは口角を上げて笑った。

 前傾し、提督の顔を両手で包み込むように挟んで、唇を寄せてくる。

 

わたしの男(モノム)……わたしの太陽(モン ソレイユ)

 

 芳香に満たされるような、しっとりとして優しい接吻だった。

 間近で見るリシュリューの顔立ちは、整いきった端正な美に加え、目もとと口もとの小さなほくろのおかげで何とも言いがたい柔らかな魅力がある。

 どこか冷淡で高飛車に構えているようでいて、その(じつ)ずいぶんと情の深い女だと、提督は感じはじめていた。

 

「──こういうのは、好き?」

 

 リシュリューが下半身をいっそう強く押しつけ、前後の動きに、細かく左右へ振動させるような動きを加えてきた。

 腰をくねらせながら唇を舐め、眉根を切なげにひそめる。

 こりこりとした膣の最奥部が亀頭に密着し、うねって変化する膣壁の感触とともに、陰茎全体を絡めとるように刺激してきた。

 提督は感嘆の息を吐いた。

 四度も射精したあとでなければ、あっという間に果ててしまっていたことだろう。

 

「ああ……すごく、いい。好きだ。──おまえのほうは」

「リシュリューも、いいわ。……でも、これだと、よすぎるから」

「イキそうか」

「うん……すぐに、イッちゃう……かも」

 

 リシュリューは苦しげに目を閉じていた。腰も、わななくように小刻みに震えている。

 提督は、両手で抱き寄せた。

 結合部とその内部で強く密着したまま、上の口も密着させる。

 とろりとした口内の感触を、お互いの舌で確かめる。

 感覚が溶け合い、ひとつになりつつあった。

 提督は意図を込めて、片手でリシュリューの腰を揺さぶるように愛撫した。口づけしたままのリシュリューが、しきりに頷く。

 言葉を介さずとも、通じ合っていた。

 リシュリューが自制を捨てて、下半身を波打たせる。

 呼吸も鼓動も乱して、提督の上で躰を震わせる。

 震え続けている。

 絶頂を極めたその瞬間に、すぐに次の絶頂を求めて震え続ける。

 永遠に終わることのないような恍惚の連続を、提督は抱きとめていた。

 気怠く蕩けるような快楽が、やがて、どろりとした粘液とともに体外へと吐き出されていく。

 

 

 



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人間の眼

 警備所の詰所から提督が出てくるのを、妙高は運転席でひとり待っていた。

 詰所の前には武装した若い『憲兵』がひとり、見張りとして立っている。『憲兵』とはいっても陸軍所属の『憲兵隊』ではなく、海軍が鎮守府警備のために新設した『特別警察隊』の兵士である。両者とも軍警察機能をもつことには違いがないので、そのあたりの縄張り事情に頓着しない艦娘たちの多くからはもっぱら『憲兵』で通っている。

 若い『憲兵』は生真面目そうに正面を向いて立っているのだが、ときおり妙高のほうへ横目で気にするような視線を送ってきていた。

 おそらくまだ新任なのだろう。近頃世間で噂の、艦娘とかいう存在が珍しくてしかたない──そうした好奇心が隠しきれていなかった。

 エンジンを止めた公用車の運転席に座ったまま、妙高は気づかぬふりを続けていた。

 しばらくして、提督が詰所の入り口から出てくるのが見えた。妙高はすぐにキーをひねってエンジンを始動させる。

 

「待たせたな。行くぞ」

 

 助手席に乗り込み、提督が言った。

 車の発進に合わせて見張りの兵士が律儀に敬礼を送ってきたので、妙高は小さく会釈を返した。提督も大儀そうに片手を上げて応える。

 

「だいぶ、絞られたご様子ですね」

 

 警備所外郭のゲートを抜けて一般の幹線道路へ入ったところで妙高が言うと、提督は小さく溜息をついた。

 

「たかが二日間の出張ごときで、毎度毎度書類だの署名だのやかましいもんだ。そもそもが軍令部での会議に招集されているのだから、そのあたりの事情を斟酌(しんしゃく)してくれてもいいもんだが」

「二日間といえど最高責任者の不在、緊急時の対応は警察隊の皆様も気になるところなのでは」

「近海の情勢はだいぶ落ち着いたし、榛名と加賀もようやく復帰できた。心配はいらんだろうさ」

 

 人気(ひとけ)のない海岸沿いの幹線道路を、ふたりの乗った公用車が走行する。

 制限速度を維持しながら、妙高はステアリングの操作に気を配っていた。姉妹で共同保有している車に比べれば、この公用車にはあまり乗り慣れていない。高速に乗ってしまう前に微妙なクセの違いを把握しておきたかった。

 提督が前屈みになって、暖房のスイッチを入れた。生暖かい風が吹き出してくる。

 少し迷ったが、妙高は尋ねてみることにした。

 

「提督、ひとつお伺いしたいのですが」

「何だ」

「今回の出張、私が同行することになったのには何か理由があるのでしょうか」

 

 前方に視線を向けたまま、訊いた。ガードレールの先に見える海は少々波が高いようだが、空そのものはよく晴れわたっている。

 提督はシートに躰を沈めながら答える。

 

「まずは運転手──と言ったら怒るか?」

「いえ、運転は好きなほうですから」

「休日には妹たちと、よく街に出かけているんだったな」

「はい、たいていは私の運転です。──妹たちも免許は持っていますが、皆それぞれに違った種類の危なっかしさがありまして、どうにも任せられませんので」

「なるほどな。わかるような気もする」

 

 提督はそう言って笑った。

 

「それから──明日の会議で、現場の状況に精通した艦娘が控えていてくれれば助かる。場合によっては議場で発言してもらうこともあるかもしれない」

「それは……緊張しますね」

「なに、いつものおまえの調子で客観的な意見を言うだけでいい。こういう外向きの仕事は初めてだろうが、妙高なら大丈夫だ」

「──ありがとうございます」

 

 微妙な面映(おもは)ゆさを感じながら、妙高は礼を言った。

 あらためて考えてみても、貴重な機会ではある。任務として外部の人間に接触している艦娘となると、広報として芸能活動をしている那珂や、情報収集任務も担当しているらしい陸奥など、数は限られている。あとは──。

 

「そういえば、吹雪さんも以前、軍令部への出張にご同行したことがあるとお聞きしました」

「吹雪自身からか?」

「いえ、陸奥さんからです」

「あいつはまたぺらぺらと……たしかに一度、吹雪を軍令部に連れて行ったことがある。だいぶ昔のことで、そのときは今回みたいな泊まりじゃなく日帰りだった」

 

 泊まり──そのことを意識すると、これまでとは別種の緊張が胸の中に広がる気がした。表面的には平静を装ったはずだが、気まずさが伝染したのか、提督がひとつ咳払いをした。

 

「いちおう言っておくが、部屋はちゃんと別に予約しておいた。あくまで今回は、仕事だからな」

「そうですか……楽しみにしていたのに、残念です」

 

 ことさら真面目くさった調子で妙高が返すと、提督は黙り込んでしまった。小さく笑って続ける。

 

「申し訳ありません、冗談でした」

「……妙高、真顔でそれはやめてくれ」

「失礼いたしました」

 

 妙高が重ねて詫びると、提督は笑いを噛み殺すように首を振った。

 車内の空気はいくらか和らいだものになったが、妙高の胸の奥には固いものがこびりついたままだった。

 

 

 ◇

 

 妙高が初めて足を踏み入れた海軍軍令指揮の頂点たる軍令部の内部は、その重厚な煉瓦造りの外観や警備の物々しさに反して、役所か官公庁の庁舎のような事務処理施設に似た印象が強かった。

 さすがに軍事施設の常で、各部署へのアクセスは警備付きのゲートで制限されており、通行にはその都度身分証の提示が求められた。

 しかしながら将官である提督にはさほど厳しいチェックはおこなわれることなく、妙高もあらかじめ渡されていた随行員としてのIDを示すだけであっさりと通行を許された。

 

「今日のところはとりあえず、お偉方への挨拶回りってだけだ」

 

 到着直後に提督が言っていたとおり、軍令部総長をはじめとした首脳陣の部屋を訪ねてまわるということになった。とはいえ実際に入室して重役に面会するのは提督のみであり、基本的に妙高は受付係や事務員たちのいる控室でただ待つばかりであった。

 職員たちや、あるいは廊下などで提督に声をかけてくる顔見知りらしき軍人たちからは、妙高は単なる随行員であるとしか認識されていないらしく、ほとんど注目を浴びるようなことはなかった。

 ごくまれに、妙に粘つくような視線で妙高の顔や躰を無遠慮に眺めまわす男たちがいた。不快に感じないわけではなかったが、無駄に波風をたてるのも馬鹿馬鹿しく、素知らぬ顔でやりすごした。

 

 挨拶回りの最後に提督が足を運んだのは、『第二部部長室』という札の下がった部屋だった。

 軍令部第二部といえば兵器や備品の調達管理部門である。書類上での艦娘の扱いは原則として兵器であり、その管理を担当する第二部は鎮守府との繋がりが深いということは妙高も聞き知っていた。

 これまでと同様に奥の部屋へとひとり姿を消した提督を、妙高は控室の椅子に座って待った。

 30分ばかり経ってドアが開き、初老の将官とともに提督が室外へと歩み出てきた。老将官の制服に縫いつけられている肩章からすると、階級は中将──これがおそらくは第二部部長であろう。

 椅子から立ち上がった妙高に、提督が声をかける。

 

「たびたび待たせてすまなかったな、妙高」

「いえ、とんでもない」

 

 首を振って答えた妙高を視界に捉えて、中将は目を剥いた。

 

「なんと、妙高だと──?」

 

 驚きの声を上げ、妙高のもとへとつかつかと歩み寄ってくる。

 すぐ間近に立って顔を寄せ、妙高のつま先から頭の頂点まで、躰を隅々まで確かめるように視線を幾度も往復させた。

 恰幅のいい体格に濃い髭面の中将は、ともすれば強面(こわもて)の印象でもあるのだが、まん丸の目がどことなく幼さも感じさせる。

 妙高は姿勢を正したまま困惑し、助けを求めるように提督を見た。提督は妙高に苦笑を返し、中将の後ろから声をかけた。

 

「部長、妙高が困っています。せめて紹介ぐらいはさせてください」

「ん──おお、おお。いや、失敬失敬」

 

 中将ははたと気がついたように顔を上げ、頭を照れたように掻きながらぺこりと下げた。直後に今度は腕組みをして上体を引き、賛嘆の眼差しを妙高に向けてくる。そのせわしなさに、妙高は思わず笑ってしまいそうになった。

 

「いやあ、しかし……美人だなあ、美しいなあ。凜としていて、優雅で、それでいながら力強い芯があって──やっぱり、いい艦なんだよなあ」

 

 誰に言うともなく、しみじみとした口調でつぶやいている。

 提督は妙高と眼を見合わせ、ふたたび中将にむかって呆れたように言った。

 

「私の前で部下を口説かんでもらえますか。お互い公務中でしょうに」

「ああ……いや、うん、すまんすまん。そんなつもりじゃあなかったんだが、ついな」

 

 中将が咳払いをして姿勢を正す。提督は小さく肩をすくめた。

 

「──妙高、軍令部第二部部長、内海(うつみ)中将だ。艦娘計画の発起人のひとりでもあり、鎮守府関連のあれこれでも面倒を見てもらっている」

 

 妙高は丁重に、深々と頭を下げる。

 

「重巡洋艦、妙高でございます。お話はかねがね、伺っておりました。平素のご支援、篤く御礼申し上げます」

「あ、いや……これはご丁寧に、どうも」

 

 中将がふたたび、ぺこりと頭を下げてくる。礼から躰を戻すと、中将は提督に向きなおった。

 

「おい提督よ、貴様、どうしてこのような名艦を外にほっぽり出しておいた? 中に入ってもらえば、武勇伝やらなにやら、積もる話もあったものを」

「艦娘を前にした部長は話が積もりすぎるから、妙高には遠慮してもらったんですよ。前に吹雪と会ったときもそうだったでしょう。我々はお遊びで来ているわけじゃないので」

「ふん……自分だけは毎日好きなだけ(ふね)をひとりじめにできるからって調子にのりおって。そのうちクビにしてくれようか」

「そうなれば部長の嫌いな方々も大喜びですね。私の代わりはご自分で務められますか?」

「それができれば、とっくにそうしとるわい」

 

 親子かあるいはそれ以上に年齢の離れてそうなふたりだが、お互いにどこか気安い口の利き方が心地よい。貴重なものを見られた嬉しさを隠しつつ、妙高は黙って控えていた。

 

「さて──それじゃ、我々はもうお暇しますね。あんまり油を売ってると、約束に遅れるので」

 

 提督が腕時計を見て言うと、中将はわずかに細めた目で、探るように提督を見た。

 

「なんだ、もう今から会うのか」

「ええ。この手のことは早いうちのほうが、先方もいろいろと都合をつけやすいでしょう? あらかじめ約束を取りつけておいたんですよ」

「まあ構わんがね。変なのを引き連れて行かないように気をつけろよ。向こうさんにあまり迷惑をかけんようにな」

「わかってます」

 

 軽く会釈すると、提督が踵を返した。妙高は、失礼いたします──とあらためて中将にむかって丁寧に頭を下げた。

 中将は白髪の濃い髭面に、いかにも人の好さそうな笑みを浮かべて幾度も頷いていた。

 

 

 ◇

 

 妙高の運転で、軍令部をあとにした。

 

「次の角を左」

 

 助手席からの提督の指示に従い、妙高は車を左折レーンに寄せる。信号待ちの間に、尋ねてみた。

 

「提督、行き先を伺っても?」

「ああ……夕食だが、約束があってな。いちおうそれなりの料亭だ」

「料亭」

「料理は美味いらしいぞ。俺もその手の店にはあまり行きつけてないんだが、それなりの相手だし、そのへんのラーメン屋みたいなところで込み入った話というわけにもいかんからな」

「そのような場に、私のようなものが同席してもよろしいのでしょうか」

 

 青信号で車を発進させ、周囲に注意しながらハンドルをきった。すでに陽は落ちかけていて、街の景色は人工灯の硬質な光に覆われはじめていた。

 

「当然だろう。おまえ抜きで飯を食うわけにもいかん」

 

 小さく息をついて、提督は続けた。

 

「今日は、いろいろとすまなかったな」

「何が、です?」

「ほとんど控室で待たせっぱなしだった。退屈しただろう」

「いいえ。初めての場所で、あらゆるものが新鮮でした。退屈などけっして」

「それと……失礼な連中も多かった。おまえのことを変な眼でじろじろと見る」

「ああ、それは──」

 

 妙高は軽く首を振って答えた。

 

「べつに提督がお気にされるようなことでは。私は特に何とも思いませんでしたから」

「組織柄のせいか、品のない連中も多い。不快だったろうが、よく我慢してくれた」

「いえ……そのような」

 

 妙高は否定しながら、横目で提督の様子を窺った。助手席で特に表情を変えることもなく、前方を見つめているようだった。

 将官という立場の提督ではあるが、軍令部内で確固たる地位を確立しているわけではないということは、今日一日、話しかけてくる者たちの態度で妙高にもなんとなく察しがついた。その年若さもあるだろうが、艦娘といういわば『際物(きわもの)』使いであることが、軍内において提督を浮いた存在にしている理由であろう。

 それだけに鎮守府と提督の数少ない味方であり加護者であるはずの中将の存在が、このうえなくありがたいものであるように妙高には感じられた。

 

「提督──中将とは本当に、仲がよくていらっしゃるのですね」

「ん? ああ、長い付き合いだからな。──考えてみれば、中将からもおまえはずいぶんと失礼な感じで眺めまわされていたな」

「まったく不快には感じませんでした」

「あの人は筋金入りの艦船マニアなんだ。自宅の書斎には洋の東西や軍民、年代を問わず、船舶模型がずらりでな。少年時代から続いている趣味だそうだ」

「──なるほど」

 

 中将のあの妙に幼さを感じる態度に、納得がいく気がした。艦娘としての、あるいは女としての妙高の姿よりも艦船としての『重巡妙高』という存在のほうが、中将の眼には大きく映っていたのだろう。

 まさに、憧れの船を前にしてはしゃぐ少年そのものだったに違いない。

 妙高は思わず笑みをこぼし、言った。

 

「こういう言い方は失礼かもしれませんが、中将は愛らしいお方であると思います」

「それならいいんだが──そこの角も左だ」

 

 提督の指示を受け、妙高はゆっくりと車を左折させた。

 緊張感が湧き上がってきていた。

 2回連続で左折──その意味を、妙高は頭の中で噛み砕いてみる。この近辺は完全にオフィス街らしく、目的地の料亭が近いというわけでもなさそうだ。

 ルームミラーとサイドミラーに意識を配り、周囲の車列の景色を先ほどまでの記憶と照合させた。

 

「どうだ?」

 

 唐突に提督が尋ねてくる。妙高は、慎重に答えた。

 

「右後方の紺色のセダンですが、軍令部を出てからずっと我々についてきているような気がします」

「そのようだな」

「いかがいたしましょうか? 中将のお話では『変なの』を引き連れて行かないように、とのことでしたが」

「さて、どうしようか。振り切る方策があるか?」

 

 妙高は思案した。

 どこかで急なUターンなどを試みることもできなくはないが、慣れないこの車両では事故のリスクが高く、確実に振り切れるともかぎらない。

 自分の運転技術を鑑みても、少し手間をかけても可能性の高い方法を採るべきだろう。

 

「車用の出入り口を複数そなえた施設などあれば、それを利用する手があるかと。あるいはドライブスルーに入って相手の出方を窺うか、最悪この車をどこかに乗り捨ててしまうということも──」

「よし。少し先、左手におあつらえむきの立体駐車場がある。そこへ入れろ」

 

 言われたとおりに、駐車場へと乗り入れた。上階へのアクセスは車両用エレベーターではなく、曲がりくねったスロープを昇っていく自走式だ。

 3階──という提督の短い指示に従い、車を進行させる。紺のセダンが妙高たちのあとに続いて入場してくる様子は見えなかったが、万一車間を空けてついてきていたとしても、この見通しの悪さなら妙高たちがどの階で降りたのかすぐに把握することは困難だろう。

 3階の奥で見つけた空きスペースへ駐車し、ふたり揃って車を降りた。同じ階の一角には月極契約らしいスペースが数台分確保されており、そこに停められていた一台の青い軽自動車を提督は指し示した。ポケットから出したキーでロックを解除しつつ言う。

 

「ご苦労だったな。運転は替わろう」

 

 あらかじめ尾行対策が用意してあったということか──周到さに呆れ半分で感嘆しつつ、妙高は助手席に乗り込んだ。

 立体駐車場からは、入ったときとは別の出口から退場した。出口付近に不審な車やバイクは見えず、どうやらうまく振り切ることに成功したようだった。妙高は安堵の息を吐いた。

 提督が前方を見つつ言う。

 

「俺たちがそのへんで飯を食うだけなら連中についてきてもらっても一向に構わないんだが、今回は相手がいることだしな」

「尾行してきた者の素性はご存じなのですか」

「九割がた軍令部、あるいは軍令部の依頼を受けたアルバイトってところか。海軍省の線は薄そうだ」

「軍令部──味方が我々の尾行を?」

「いくら知恵がついてきたとはいっても、深海棲艦が(おか)で俺たちを尾行したりはせんだろう? こういう陰険なやり方は人間特有のやつだ」

 

 提督はときどきミラーに視線を送りながら、ゆっくりと車を走行させている。妙高もそれとなく周囲の様子を窺ってみたが、尾行車らしき影は見当たらないように思えた。

 

「警察が運用している車両追跡システムを使われたら、さすがにこの手も通用しないんだが、海軍の大半の連中がそっち方面には疎くてな。まだまだこういうお茶の濁し方が効く」

「このような準備を以前からなさっていた──ということなのですね」

「この商売の必要経費みたいなもんだ。この車とあの駐車場の契約も、今回でほぼ使い捨てになる。ま、年に一回あるかないか、そんなにキツいってほどの手間でもない」

 

 提督はまっすぐに、目的地の料亭へと車を走らせた。

 料亭は駐車場からして、ほかの客と顔を合わせることのないプライバシーに配慮された造りであった。降りる前に狭い車内で制服を着替えた提督は、一見して海軍関係者であるとはわからないスーツ姿になっていた。

 愛想のあまり感じられない仲居の案内で通された十畳ほどの和室には、すでに先客が待っていた。

 二十代半ばぐらいの年頃に見える、端正な顔立ちをした女性だった。

 

「提督、ご足労いただきまして恐縮です」

 

 案内の仲居が退室したところで女性は立ち上がり、深々と頭を下げてきた。提督が、こちらこそ──と返しながら席を示し、妙高を含む三人はその場に座って落ち着いた。

 卓上にはすでに、豪勢な舟盛りが並べられている。深海棲艦が近海にも跋扈し刺身や寿司の材料となる海産物が高騰している昨今では、かなり贅沢な品だった。

 妙高を見やった女性が、軽く微笑んで会釈をしてきた。柔和そうな表情をつくってはいるが、長門や陸奥にも似た鋭い目もとが印象的だ。艶のある黒髪を、頭の後ろで簡素なお団子に束ねている。

 一般的なスーツ姿ではあったが、独特な緊張感のある雰囲気からして軍関係者であるのは明白であるように思えた。

 

「妙高、こちらは陸軍特殊作戦師団の山木(やまき)陽子少佐だ。陸軍における艦娘関連任務の担当をしていらっしゃる。──つまり、あきつ丸とまるゆの直接の上司ということだ」

 

 お世話になっております──と、陸軍少佐は妙高にむかってあらためて丁寧に頭を下げてくる。

 

「当軍所有の不肖の二艦より、妙高さんのことはよく聞き知っております。文武に優れた重巡洋艦で、鎮守府の皆さんからたいへん慕われているとか」

「いえ、そのような……私のほうこそ、おふたりにはいつも助けられております」

 

 この女性が、あきつ丸がよく口にしている『将校殿』なのだろうか──妙高はひそかに(いぶか)しんだ。切れ者そうな印象ではあるが、思っていたより年若い。さらに女性であること、少佐という階級を考慮に入れれば、艦娘関連任務は陸軍内でもかなり正道から外れた任務として扱われているのかもしれない。

 

「──例の進攻作戦の件だが、どうやら北、ということになりそうだ」

 

 前触れなく、自然な調子で提督が言った。少佐が鋭い眼を向ける。

 

「北、といいますと……つまり北端ですか? 流氷がやって来るこれからの時期に、という気もしますが」

「中将の情報では、すでに現地の基地はほぼ完成しているらしい。明日の会議次第ではあるが、冬の間に艦娘を基地内へ赴任させ、春から進撃開始というのが首脳陣の描いている()だろう」

 

 なるほど……と少佐は視線を落とし、秀麗な眉をわずかにひそめて思案した。すぐに顔を上げて問う。

 

「それで、その作戦に陸軍が一枚噛める可能性というのは──」

「厳寒海域においては、艦娘の海上展開が十分にできないおそれがある。現地までの艦娘の安全な輸送手段と基地周辺の防備に関して、海軍の戦力だけでは心許ない」

「輸送と、基地防衛ですか……防寒具等の手配については?」

「最小限必要なものはこちらでも調達できるが、外套類や糧食関係はあればあるほどありがたい。上からの支給については、あまり期待できないだろうな」

「ふむ──」

 

 しばらく黙考したのち、失礼──と一礼して少佐は立ち上がり、退室していった。

 舟盛りの刺身に箸を伸ばしはじめた提督に、妙高は尋ねた。

 

「進攻作戦というのは──深海棲艦の拠点攻略ということでしょうか。わが国の北端から?」

「そう、一部では以前から噂でな。深海棲艦の拠点潰しと海域制圧を目的とした、艦娘主体の作戦だ」

「新しく建設された基地に艦娘が赴任する、と」

「流氷で海路が閉ざされている冬の間は、艦娘を籠もらせ防衛させる。長門たちのいる南方の前線基地と似たような状況だな。流氷が開けてから他の鎮守府の攻勢と合わせて進撃開始、うまいこと拠点を落としていければ、一気に北太平洋航路を回復できる可能性もある」

 

 妙高は顔をわずかに伏せ、思案した。

 軍令部が主導する艦娘主体の作戦は初めてのことで、それも新基地を建設する力の入れ具合というのは正直驚きだ。自分たちの働きが認められたということの表れでもあり、もちろん喜ばしくもある。

 その一方で、南方からの深海棲艦の反撃が激化しているこの状況下でか、という思いもあった。鎮守府では疲弊した前線要員の艦娘を入れ替えたばかりで、入渠中の金剛と赤城はいまだ復帰できていない。

 鎮守府にとって実質的な二正面作戦となるのではないか──不安に近い感情が胸の奥に渦巻くのを感じ、妙高は思わず眉をひそめた。

 

「──懸念はわかる」

 

 妙高が顔を上げると、提督は箸を置いてこちらを見ていた。

 

「苦しい状況下で、艦娘たちの負担を増やすことになる。だが、同時に大きなチャンスでもある。戦況そのものに対してもそうだが、艦娘の今後に対してもだ」

「──はい」

「勝ちもせず負けもしない程度の要員を送り込んで、なあなあの結果で済ませる手もあるかもしれないが、そういうのは俺たちの戦いじゃない」

「おっしゃるとおりです。深海棲艦を相手に、そうした馴れ合いめいたやり口が通用するとは思えません」

 

 艤装の力もあって艦娘が深海棲艦に優位をとれている現状では勘違いしかねないことだが、基本的には命のやりとりをしている相手なのだ。油断をすれば轟沈する艦娘を出しかねない。

 提督が頷いた。美味い刺身だ──と小声で言って、妙高にも勧めてくる。

 いただきます、と妙高は箸を取った。

 

「──もうひとつ、私には懸念があるのですが」

「何だ」

「そうした作戦の情報を陸軍の士官に流してしまうというのは、提督の脛に傷を抱えてしまうことになりませんか」

「もう傷だらけさ。ひまさらひとつふたつ増えたところで、そう気にすることもない」

 

 こともなげに提督は言って、笑う。

 

「ま、大丈夫だろう。俺たちはこれからの冬の季節に備えて、知り合いの陸軍士官に防寒装備の無心をしただけだ。輸送やら防備やらで陸軍が協力を申し出てきたとしても、それはあくまで連中が勝手にやってることだ」

「その……つかぬことを伺いますが、こちらの少佐はどのような繋がりで艦娘関係の任務に?」

 

 空席を眼で示して、妙高は尋ねた。

 

「内海中将の伝手(つて)だ。知り合いの教え子だとか聞いたな。とりあえずは信用のできる相手だと思っていい。協力要請なんかで、今後はおまえも直接連絡を取り合うことが多くなるだろう」

「聡明そうな方です」

 

 妙高の言葉に、提督は渋い顔をして頷いた。顔を寄せ、声を潜めるようにして言う。

 

「たしかに頭は切れるし、階級のわりには陸軍内でも顔が広い。──が、少しばかり上昇志向が強すぎる女でな。陸奥あたりとは似た者同士で折り合いが悪いかもしれんから、まずおまえに紹介してみようと思った」

 

 思いがけず間近な顔の距離に胸の奥が高鳴ったが、神妙な顔をつくって妙高は頷く。

 そのとき、部屋の障子がすっと開かれ、少佐が姿を現した。

 

「おや、おふたりで内緒話ですか。このあとのご予定の相談でも?」

 

 提督と妙高は思わず揃って背筋を伸ばしてしまう。にこやかな表情で、少佐が席に腰を下ろした。

 

「軍内の知人数名に、簡単な連絡を入れておきました。明日から早速手配にむけて動けそうです」

「そうか……それは助かる」

「ところで提督、個人的にお願いがあるのですが」

 

 少佐が眼を悪戯っぽく輝かせて、提督を見つめる。

 

「──似た者同士、と言われてしまうと逆に気になってまいりました。喧嘩はいたしませんのでぜひとも後日、陸奥さんのほうにもご紹介を」

 

 提督が天を仰いだ。

 少佐が、妙高に向けて愛嬌たっぷりに片目をつぶってみせる。妙高は微笑んで、小さく頭を下げた。

 

 

 ◇

 

 料亭での会談を兼ねた食事を終え、立体駐車場に戻って元の公用車に乗り換えてから、宿泊予定のホテルへ向かった。

 部屋は出発時に提督が言っていたとおり、別々のシングルルームだった。

 妙高は鏡のついた机の前にある椅子にひとり腰掛け、今日一日の出来事をひとつひとつ思い返していた。

 興奮していた。

 新しい場所に行き、新しく会った人間と挨拶を交わして話をした。仕事として車を運転し、味方に尾行される経験をした。陸軍士官の女性と食事をともにし、今後も連絡を取り合うことを約束した。

 ほぼ丸一日を、提督と一緒に過ごした。

 絶対に忘れることのできない、一日だった。

 明日もまだ大事な仕事がある。このまま寝支度をしてベッドに入ってしまえば、今日という一日を綺麗な記憶にしたまま、締めくくることができるだろう。

 しかし──。

 鏡を見る。

 心細そうな自分の顔が映っていた。

 その顔に、出発前日に見た妹──羽黒の顔が重なった。涙を溜めて妙高をきつく睨んできたその眼が、自分の瞳の中に見えた気がした。

 妙高は唇を噛み、椅子から立ち上がった。

 心は決まっていた。

 スーツの上着を脱ぎ、シャワールームに向かう。

 まずは躰を浄めようと、そう思った。

 

 

 

 



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忠誠と、秘する重巡の仕える口 *

 抱いていただけませんか──とつとめて平静をよそおいながら、妙高は言った。

 ベッドの端に腰掛けていた提督が、黙って見上げてくる。制服の上着を脱いだワイシャツ姿で、ネクタイも外した比較的くつろいだ格好だった。

 勧められた椅子に妙高は座らず、提督の前に立ちつくしていた。

 心臓は早鐘を打っていたが、そこまで強い緊張を感じているわけではない。ただ、すべてを見透かすような提督の視線に、なんとも言えない気まずさだけを強く意識していた。

 

「それは、今しがた思いついたことか?」

 

 尋ねてきた提督に、いえ──と首を振る。

 

「昨夜より、心を決めておりました」

 

 昨夜──出張の出発前日に羽黒と話をしたあと、自分ひとりで考えて決めたことだった。それまでは、あの気弱な妹から手痛い反撃を受けるまでは、自分からこのような申し出をすることになるとは思いもしないことだった。

 提督は短く、そうか──とだけ言って黙り込んだ。

 しばらく黙考したあとに、顔を上げる。

 

「理由を、訊いてもいいか」

「理由、ですか」

「そうだ。わざわざ今夜、抱いてくれと頼みに来た理由だ」

 

 妙高は言葉に詰まり、わずかにうつむいた。

 

「お慕い申し上げている──というだけでは、不足なのでしょうか」

「十分な理由だが、あまり妙高らしくないという気もする。ふたりきりになったから今、というムードでもないしな」

 

 ムード──。たしかに、そうした要素はまったく考慮の外にあった。かといって、どのようにしてそういう男女の雰囲気をつくればよいものか、経験のない自分にはさっぱり見当もつかない。

 仕方なく、妙高は顔を上げた。

 

「では申し上げますが、私は忠誠を全うしたいと考えております」

「忠誠──それは俺個人に対する忠誠、という意味か」

「はい。今日一日をご一緒させていただきまして、提督は私のすべてを捧げてお仕えするべき方だという確信を深めました。今夜のこのお願いは、私の忠誠の証であると、そのように受けとっていただければ」

 

 まっすぐに言ってしまうと、緊張がやわらいだ気がした。

 提督はまじまじと、少しばかり呆れたような眼で妙高を眺めていた。やがて、小さく息をついた。

 

「俺に対する忠誠というのは、かなり筋違いである気もするな」

「おっしゃることはわかりますが、私の心持ちの問題ということでございます。ご不快でしたら、今後一切口にはいたしません」

「不快ってわけでもないが──」

 

 提督は困惑したように眉を寄せていたが、やがて失笑して首を振った。

 

「まあ、そういうのもありか。あくまでも俺とおまえは上司と部下、そういうことなんだろう?」

「──はい」

「これからセックスするということも、その上下関係の再確認というわけだ」

「はい。それで結構でございます」

 

 妙高が頭を下げると、提督は自嘲気味の笑みを浮かべた。

 

「逆に、割り切りやすくていいかもしれないな。今さらここで小さい倫理観にこだわるのも、馬鹿馬鹿しい気がする」

「提督の軍人としての倫理に反することでしたら、ご無理にとは申しません」

「いいさ。おまえはいい女だし、最近の俺はどうも、倫理とかいうものの正体が怪しく思えてきていたところだったからな」

 

 どこか投げやりな調子で、提督は言った。

 あまり見慣れない微妙に荒れた雰囲気の提督に、妙高の胸へ不安がせり上がってきた。しかし、今さら引くことはできなかった。

 

「それでは──」

 

 いかがいたしましょう、と伺いをたてようとした妙高の言葉を待たず、提督は雑に顎をしゃくった。

 

「脱げ」

 

 鋭さを含んだ提督の短い口ぶりに、妙高は思わず身を硬くする。

 

 

 ◇

 

 脱いだ衣服を、傍らの椅子に掛けていく。

 下着のみを残した姿になったところで、妙高はベッドに座ったままの提督を見やった。提督はとらえどころのない眼で、こちらを眺めてきていた。

 視線をそらし、ひそかに気合いを入れる。思いきって下着に手をかけ、ひと息に脱いだ。

 一糸まとわぬ姿になる。

 提督は変わらず、言葉を発しようとしない。

 羞恥に顔が熱くなる。躰を隠したくなる気持ちを、ぐっと抑えた。視線が、裸の肌に刺さるようだった。

 

「来い」

 

 提督がすぐ間近を、眼で示した。

 妙高は言われるがままに、提督の前に立つ。

 どこか、意地になる気持ちが湧きあがっていた。臍の下あたりで片手でもう片方の手をきつく抑え、背筋を伸ばし、あえて裸体を晒すようにした。

 提督が、吐息を漏らす。感嘆の吐息のようだった。

 

「たしかに──美しいな」

 

 つぶやくようにそう言うと、妙高の下腹へ手を差し伸べてくる。

 はっ──と、妙高は小さく息を漏らしてしまった。提督の指が、閉じられた両腿の間、秘所の入り口の部分に触れていた。

 

「もう、濡れているな」

 

 言われて初めて、妙高は自覚した。

 常にいくらかの湿り気を帯びている場所ではあるのだが、すでに、触れてきた提督の指を濡らしてしまうほどに過剰に潤っているのが、はっきりとわかった。

 

 ──服を脱いで、少し触れられただけで、こんな。

 

 妙高は狼狽する。より強く腿を閉じようとしても、提督の指は頓着なく、その狭い隙間で濡れた秘裂を(いら)ってきていた。

 自身の内部から、温かく粘るものがいっそう分泌されていく。

 ちゅく、ちゅ、ちゅく──と明白な水音が、提督の指の動きにあわせて(かな)でられた。

 

「んっ……」

 

 妙高は唇を噛んで、下腹(したはら)()くような刺激に耐えようとする。

 毅然と背を伸ばしたままでいるつもりが、前かがみの、腰の引けた姿勢になってしまっていた。閉じられた腿の間で、提督の指が蠢いている。

 どうしようもなく、切なくなってしまっていた。

 

 ──立っているのも、つらい。

 

 目を閉じ、そのことを口にするべきか逡巡していると、内腿をつたう感触があった。膣から溢れた分泌液が一筋、ゆっくりと垂れていく。

 妙高はカーペットの床の上で両足の指をすり合わせるようにして、身悶えした。

 一筋が膝まで垂れ落ち、すぐにまた一筋が、新たにつたっていく。

 とめどなく、自分の意志とは無関係に溢れさせていた。これではきっと提督の手指までも、蜜に(まみ)れさせてしまっているに違いない。 

 水音はすでに、隠しようもないほどだった。ぴちゃぴちゃと、(しずく)が跳ねるかのような音が鳴っている。

 内側まで痺れるような熱い感覚が、下腹を中心に広がってきていた。

 

「は……あ」

 

 妙高は吐息を漏らし、快と羞恥の()い交ぜとなった眩暈(めまい)を覚えた。

 脚から、力が抜けた。

 前方に倒れかけ、反射的に突き出した手が提督の肩に置かれた。

 

「あっ……も、申し訳ございません……」

 

 慌てて謝罪の言葉を口にしたが、下半身に力が入らず、躰を戻すことができない。

 提督は応えない。

 いっさいの変化を表さず、指でくちゅくちゅと音をたてて、妙高の秘部を弄りつづけている。

 提督の顔が、妙高の鼠径部のあたりのすぐ間近にあった。過敏になった素肌に、提督の体温と息遣いを感じる。

 妙高はとろとろ、とろとろと、際限なく溢れさせ、躰の外へと(こぼ)していく。

 快が、深まっていた。

 

 ──いっそもっと、中まで……強く。

 

 そんなことを願った。願うようになってしまっていた。

 指を挿れて、掻き混ぜてほしい。

 ひどく強張り熱をもっているような核心にも、触れてほしい。

 より強い快を求めて、妙高が誘うように腰を動かしたその瞬間、提督は手を引いていた。

 

「あ──」

 

 不意に支えを失い、妙高はカーペットの上にへたり込むように腰を落とした。

 提督がベッドから立ち上がる。

 呆然と見上げる妙高の眼前に、提督が立ちふさがるようなかたちになった。

 提督の股間が、制服のズボン越しにでもはっきりとわかるほどに盛り上がっていた。

 後頭部を掴まれてぐいと引き寄せられ、膝立ちになった妙高の頬に、その強張りが押しつけられる。

 

「ああ……」

 

 妙高は身震いしながら、息を吐いた。

 布地越しに、狂おしい熱と硬度が伝わってくる。

 さりげなく頬ずりしてその感触を確かめ、無言の上目遣いで提督に問いかける。

 頷きが、返ってきた。

 

「──失礼、いたします」

 

 震える手で、妙高はベルトを外していった。

 解放された陰茎が、凶暴なまでの硬度で天を()いた。

 ふたたび後頭部を掴まれ、今度は直に押しつけられる。

 血流、脈動、熱、雄の(にお)い──顔の素肌から、一度にさまざまな情報が妙高の脳裏にまで流れ込んでくる。

 男根の尖端に(にじ)んでいた透明な粘液が妙高の顔へと垂れ落ち、頬を濡らした。

 

「仕えろ」

 

 提督が命じた。

 妙高は従順に、舌を差し出す。

 根元から始めて尖端へと、懸命に奉仕する。こうした行為の具体的なやり方など知りようもないのだが、ただ本能が命じるままに舌を動かし、その剛直に余すところなく唾液を塗り込むことに夢中になった。

 

「もっとだ」

 

 提督の言葉が降ってくる。

 その声色に苛立ちに似た気配を感じて、妙高は(おそ)れを抱いた。

 

 ──申し訳ございません。

 

 心中で許しを乞いながら唇を開き、口内いっぱいに男根を招き入れた。

 顔を前後させ、愛撫する。

 必死の思いで奉仕をおこなう。

 心から、お仕えする。

 内部で舌先を動かし、零れ落ちるほどに唾液を絡ませ、唇で硬直を優しく揉む。

 前後の動きに合わせて、じゅぶじゅぶと、はしたない音がたってしまうのだが、構ってられなかった。

 奉仕を続けながらそっと様子を窺うと、提督は無表情に見下ろしていた。

 妙高の背に、怯えが走る。

 その瞬間だった。三度(みたび)、後頭部を掴まれた。容赦なく、喉奥にまで剛直を押し込んでくる。

 

「──うっ、ぐ……」

 

 呼吸の詰まる苦しさに思わず抵抗しそうになったが、なんとか(こら)えることができた。

 存分に押しつけられたあとで緩められ、ゆっくりと解放される。

 妙高は喉を引き()らせながら男根から口を外し、提督を見上げた。

 提督の眼が、問うてきていた。

 涙で視界を(にじ)ませつつ、妙高は頷いた。そっと、男根の尖端に下唇をつける。

 もう一度、はっきりと頷いてみせる。

 即座に、加減なしの力で硬直を押し込まれた。

 提督が吐息を漏らす。快の気配が濃い、長い吐息だ。

 妙高はきつく目を閉じ、()える。

 先ほどよりも長く奉仕させられたあとで、緩められる。

 その儀式を数度、繰り返した。

 目尻からは涙が零れ、口内には粘った唾が湧いた。だが嘔吐を堪えるのも、鼻だけで呼吸をするのにも、どうにか()れてきていた。

 そう、思った矢先だった。

 両手で鷲掴みされるかたちで妙高の頭が固定され、提督が前後に激しく動作しはじめた。

 

「──!」

 

 声を発しようとしたが、完全に喉が塞がれていて叶わない。

 提督の剛直が、妙高の喉を思うがままに蹂躙してくる。

 抵抗しようにもその(すべ)すらなく、妙高は全身を強張らせたまま、凶暴な行為を受け容れるしかなかった。

 呼吸もできない。

 意識が遠のき、脳内が黒く塗りつぶされていく。

 

 ──死ぬ。

 

 そう思った瞬間に突然、動作が止まった。

 凄まじい勢いで、硬直の内部から何かがほとばしる。

 提督が獣めいた吐息を漏らし、脱力した。

 口中に溢れた生臭い精に()せかけ、妙高は男根から口を外して喘いだ。

 どろりとしたものが、口の端からこぼれ落ちていった。

 呼吸する。

 さらに深呼吸を繰り返して、自分を取り戻すことができた。

 口中に残った精を、思いきって嚥下する。手のひらと太腿の上に零してしまった分もすくい上げ、余さず口に含み、呑みほした。

 ひどく生臭いが、なんとも愛おしい、苦みの強い味だった。

 見上げると、提督と眼が合った。満足そうに数度、頷いてくれた。

 妙高の胸の中に、喜びが湧きあがった。

 硬度を失い、白く濡れそぼった男根が、眼の前にあった。

 

「──お浄めいたします」

 

 尖端にひとつ口づけをして、舌と唇でその汚れを(ぬぐ)っていく。ちゅるちゅると音をたて、精液と唾液の混じった残滓を吸い取る。

 尽くすことが、妙高の悦びになっていた。

 丹念に浄めているうちに、すぐにまた提督が育ちきってしまう。

 その生命力の旺盛さに妙高が圧倒されていると、提督が無言で二の腕を掴んできた。

 立ち上がらされ、ベッドの上に放るように投げ出される。

 倒れ込んだ妙高の足もとに、提督がひざまづいた。

 

「提督──」

 

 かけられた声を無視して、提督が妙高の両足首を掴む。

 加減なく、押し広げられた。

 即座にむしゃぶりついてくる。

 

「あっ……やっ、そんな──」

 

 躰に力が入らず、逆らうことはできなかった。

 音をたてて、(すす)られる。

 唇で陰唇を、愛撫される。

 秘裂に舌を、挿し入れられる。

 核心に甘く、歯を立てられる。

 息つく間もない快と痛みと苦悶の交錯に、妙高はのけ反り喘いだ。

 軽く達してしまった次の瞬間、硬直が強引に秘裂を割って押し入ってきた。

 

「はっ──ああっ──」

 

 躰の内部を圧迫される初めての感覚に、妙高は喉の奥から声を上げた。

 硬直が、妙高を完全に満たしている。

 きつく結合したその部分から、菊座にまで粘液が溢れ落ちている。

 妙高に覆いかぶさる体勢で、提督が動作を開始した。

 ぐっちゅ、ぐっちゅ、ぐっちゅ──力強い律動に合わせて、露骨な水音と、濡れた肌の擦れ合う音と、隙間に入り込んだ気泡の爆ぜる音が綯い交ぜになって、響いている。

 

「はっ──はっ──はっ──」

 

 妙高はただ口を開け、息を吐き出す。

 ぼんやりとした視界が、明滅しているように感じられた。

 苦しい。

 ただ、苦しい。

 それでも躰の奥に、(くすぶ)っている何かが間違いなく存在している。

 燻りは、提督の律動に煽られるように火勢を強め、妙高を内側から()きはじめていた。

 いたたまれなくなって、腰をくねらせる。その拍子に、提督の下腹へと核心をこすりつけてしまった。

 

「あ──あああっ──!」

 

 下半身から電撃のような快感が、一気に脳髄まで(はし)り抜けた。妙高は極め、震えながら躰を目一杯にのけ反らせた。

 提督は一顧だにせず、淡々と律動を続けている。

 喘ぎながら、妙高は提督の躰にすがりついた。汗で濡れたシャツの上から、提督の背を抱きしめる。

 翻弄されていた。

 提督の腰が波打っている。

 快感は外部からでなく、妙高の最奥から湧き出るようにもたらされていた。

 内側から、壊されてしまいそうだった。

 提督の腰に、両脚を絡みつける。

 

 ──わたしは、小舟だ。

 

 妙高は、嵐の中にあった。逆巻く波に持ち上げられ、中空を墜落し、海面へと叩きつけられる。

 幾度も幾度も、上下動を繰り返し、揺さぶられる。

 ただ懸命に、提督にしがみつくしかなかった。

 白いシーツの海の中で、頭の中までもが白くなっていく。

 嵐は、唐突にやんだ。

 遠のいた意識の中で妙高は、胎内で提督がひときわ大きくなり、突き破らんばかりの勢いで爆ぜたのを、うっすらと感覚した。

 

 

 ◇

 

 妙高の傍らで、仰向けの提督が寝息をたてている。

 繰り返し交わり、お互いに幾度も極め、爆ぜさせたあとだった。シーツの下では、ふたりともが一糸まとわぬ姿だ。

 妙高はうっとりと、提督の寝顔に見入る。

 愛おしかった。

 どうしようもなく、愛おしくなっていた。

 以前から抱いていた憧憬や敬意が、愛おしさとしか言いようのないものに変化していることを自覚していた。

 わずかに開いた唇に、指で触れてみたかった。うっすらと髭の浮きはじめている頬を、手のひらで撫でてみたかった。

 まんじりともせず自制していると、股間に疼くものを感じた。静かに指で触れてみると、少し前に浄めたばかりだというのに、もう滲ませてしまっていた。

 

 ──なんて、はしたない。

 

 自分自身を諫めたものの、触れてしまったことでその部分がより熱をもち、かえって欲求が強くなってしまったのを感じた。

 制御できないほどに、つらくなっていた。

 

 ──提督、申し訳ありません。

 

 胸の内で詫び、裸の肩口にそっと唇を寄せる。

 軽く口づけし、こっそりと差し出した舌先で舐め、味わう。鼻の頭をこすりつけるようにして、提督の肌の匂いを嗅ぎながら、指を動かす。

 眠っている提督を気づかいながら、ささやかな指の運びで、みずからを慰める。

 焦れったく、実際に体験してしまった交接に比べればあまりにも物足りない行為ではあったが、それでも薄く甘い快楽に包まれて、妙高はそれなりに幸福を感じていた。

 すぐに達してしまおうとはせず、加減して、できるだけ長い時間揺蕩(たゆた)っていたかった。

 いつの間にか夢中になって、目を閉じてしまっていた。

 開けたその瞬間、提督と眼が合った。

 とたんに頬や耳朶へと血流が集中し、周辺が熱くなっていくのを感じた。

 顔を伏せた妙高に提督が腕をまわし、抱き寄せてくる。

 

「どうした」

「あの──申し訳、ございません。不調法で、お起こししてしまいました」

「いいさ」

 

 腕の中に顔を埋めている妙高の背を、提督は静かに撫でて言う。

 

「足りなかったか」

「いえ、その──」

「言ってくれれば、応えてやれる。遠慮をするな」

 

 提督が顔を寄せ、唇を重ねてきた。

 幸せだった。

 自分が本当に幸せであることを、直感した。涙が零れそうになった。

 唇を離し、提督の胸に寄り添う。この世でもっとも安心できる居場所のように思えた。

 

「意地を張っておりました」

 

 あたたかい胸板に頬をすりつけながら、妙高は言う。

 

「忠誠の証などと、生意気を申しました。私はいつでも格好をつけてばかりで……妹にも、叱られたのです」

「いや──俺も図に乗っていた。どうしてもっと優しくしてやれなかったのか、自分でもわからない」

「提督は、お優しくしてくださいました」

「そんなことはない」

「いいえ、私が望んでいたことなのです。それに──お情けも、たくさんいただきました」

 

 そう言って上目づかいに様子を窺うと、提督が気まずそうに唇を尖らせた。妙高は微笑んだ。

 

「避妊のことは、どうかご心配なさらず。私のほうで備えておりましたので」

「おまえも……()んでいるのか」

「はい。ここ最近では、多くの艦娘が明石さんに処方してもらっています。実はひそかな評判になっておりまして。もちろん体調管理に関する利点からですが」

「周到なことだ」

 

 提督が唇を歪めるようにして笑った。そのどこか太い笑みに、妙高はまたも疼くものを感じた。たまらなくなってしまい、躰をすりつける。

 

「提督、あの──」

「ああ──勿体をつけてすまなかったな。もう、準備はできている」

 

 提督が腰を押しつけてきた。猛りきったものを太腿のあたりに感じ、妙高は息を呑んだ。

 組み敷かれた。

 シーツを剥ぎ、体勢を調えようとしている提督を妙高は見つめる。

 はしたなく、淫らな欲望がせり上がってきた。

 以前からの、誰にも告げたことのない欲望だった。

 普段ならば絶対に口にすることはできないのだが、すでに提督と幾度も交わったことからくる甘えが、妙高を大胆にさせた。

 

「提督、その、ひとつだけ、お願いが」

「お願い?」

「はい……その、体勢のこと、なのですが」

「体勢」

「……はい。あの、今度は、できたら、後ろから……」

「──ほう」

 

 提督が片眉を上げた。妙高は、羞恥で真っ赤になってしまう。

 

「──いいだろう」

 

 提督は笑みを浮かべながら頷き、顎をしゃくった。

 ぎこちなく背を向け、妙高は四つん這いになる。恥ずかしさで顔を上げられなかったが、期待と悦びのほうがまさっていた。

 上体を重ねて、耳もとで提督が囁いてくる。

 

「前からこうやって繋がることに興味があった──そうなんだな、妙高?」

「──はい」

 

 一糸まとわぬ姿で尻を掲げた、この上なくあられもない格好だ。取り繕うことなどできるはずもなく、妙高は正直に頷いた。

 欲望の炎が、躰の芯──下腹の奥で燃えさかっている。

 

「つまり、おまえは犯されたかったわけだ。獣のように、後ろから」

「はい──ずっと私は、提督に犯していただきたかったのです。獣のように──乱暴に、荒々しく……」

 

 ずいぶん前、ふとした瞬間に頭の中に浮かんでしまった妄想だった。

 全裸で四つん這いにされ、お尻の側から犯してもらう。卑猥な言葉を提督からかけられながら、熱くて硬いものを強引に挿し込まれる──。

 以来、自慰をするときには必ず、この妄想を想い浮かべていた。

 言葉ではっきりと肯定してしまうと、興奮がいや増していた。膣からいやらしい汁が──愛液が零れ出て、糸を引いて落ちていくのを知覚した。

 提督が男根の尖端をあてがい、くちゅくちゅと、わざとらしく音をたてて前庭を掻き混ぜてきた。

 

「聞こえるだろう」

「……はい」

「挿れもしないうちからこんなに濡らしてしまって……いやらしい女だ、おまえは」

「いやらしい女なのです、私は。ずっとずっと……このようにされることを望んでまいりました」

「いつも澄ました顔をしているくせに、芯から淫乱な女だ。──めちゃくちゃに犯して、犯しつくしてやりたくなる」

「ああ、提督……どうか、貴方の(しもべ)を、思うままに突いて、犯してくださいませ」

 

 陶然となって妙高は口走り、手を秘部へと差し伸べた。愛液にまみれた男根の尖端をさすり、みずからの入り口を指で押し広げて、(いざな)う。

 提督が一気に、最奥まで男根を押し込んできた。

 

「あああああっ!」

 

 突き抜けた悦楽に、思わず絶叫してしまった。自分でも驚くほどの声が出てしまっていた。

 小刻みに動作しながら、提督が口を寄せてくる。

 

「いい声で()くじゃないか。廊下にまで聞こえてるぞ」

 

 妙高は慌てて口を片手で覆おうとしたが、提督に遮られてしまい、叶わなかった。手綱のように両腕をとられ、強制的に躰を反りかえらされて突かれる。

 ひと突きされるごとに、ああっ、ああっ──と声が漏れた。向かい合って愛されていたときとは異なる箇所を異なる角度で、男根でごりごりと削るようにこすられていた。

 だらしなく開いてしまう口から、唾液が零れていくのを感じる。

 いいように突かれまくっているうちにバランスが崩れ、妙高はベッドの上にくずおれた。

 すっかりほつれてしまったシニヨンの編み込みを、提督が掴む。加減しない力で、妙高は枕に横顔を押しつけられた。

 提督のもう片方の手が、尻を鷲掴みにしている。

 愛液を飛び散らせながら、男根が激しく膣に出入りしている。

 幸せだ。

 力強い雄に犯されるという、女としての究極の幸福だ。

 長い時間、犯されていた。

 やがて提督が何言かを叫び、膣内で盛大に放出させた。

 みずからの子宮が粘つく精液で満たされていく様を妙高は夢想しながら、喜悦に満ちた溜息をゆっくりと吐き出す。

 

 

 ◇

 

 鏡を前に、提督が身支度をしていた。

 ホテルの1階にあるレストランで朝食を済ませたあと、妙高は自分の部屋の片付けを終え、荷物を持って提督の部屋にやってきたところだった。軍令部での会議に備えて提督が身支度をしている間、部屋の入り口近くの少し離れたところで、妙高は黙って控えていた。

 

「おまえにひとつ、訊いておきたいことがある」

 

 身支度をおおむね終えたあたりで、鏡を見つめたまま提督が言った。

 

「羽黒のことだが、実は例のリストの上位にいる。姉として何か気がついたことはあるか」

「──恋の病でございます」

 

 妙高が答えると、提督は目を閉じ、細かく数度頷いた。そうか──と、呟くように言って続けた。

 

「──戦績や行動記録からは、あまり大きな変化は窺えなかったが」

「ともに近くで暮らしている者には明白ではありましたが、かなりの重症です。早晩、艦娘としての務めも満足に果たせなくなってしまうのではないかと恐れ、この出張の前日に話をいたしました」

「……妹に叱られた、と言っていたな」

「はい。愚かにも説教めいたことを言ってしまい、羽黒に睨み返されたのです」

 

 貴女には、その恋を全うする覚悟があるのですか──妙高はそう、口走ってしまったのだった。それで羽黒が想いを振り払えるならそれでよし、本当に覚悟があるのならば、姉としてその恋の成就をどうにか手助けしてやることもできるかもしれない──そんな、都合のいいことを考えていた。

 

「眼に涙を溜めて、羽黒は言い返してきました。『姉さんこそ、覚悟はあるんですか。ずっと自分にすら嘘をついて生きてきて、これからも嘘をついて生きていくつもりなんですか』と。──正直、思いがけず手痛いところをつかれました」

 

 妙高は微笑み、目を閉じた。

 普段は大人しい妹の反撃に激しく動揺していたことが遠い過去のようで、今ならもう、微笑むことができるようになった。

 覚悟はできた。

 これから自分は、全うすることができるだろう。

 忠誠と──もうひとつの想いは、あえて口にする必要はない。かといって、自身にまで秘する気もない。

 ただ、行動するだけだ。自分の想いに忠実に──。

 目を開け、提督を見た。妙高が黙っている間、鏡に映った自身の姿を睨みつけていたようだった。

 

「──羽黒のことは、鎮守府に戻り次第、できるだけ早いうちに対処する」

「お願いいたします。もちろん協力は惜しみませんが、すべて、提督にお任せいたします」

 

 うん、と提督は鏡を向いたまま頷いた。何かひどく居心地の悪そうな、複雑そうな表情で頬を強張らせていた。

 昨夜はあれほど雄々しく交わっていたのに、まだまだ割りきれない思いがあるのだ──と妙高は思った。

 提督の懊悩に関しては、妙高自身にも小さからぬ責任の一端が生じている。

 励ましてあげたかった。

 提督に、歩み寄った。

 両手でその頬に触れて向きなおらせ、躰を伸ばして口づけする。

 長く、真心をこめて、唇を押しつけていた。

 そっと離れて、一礼する。

 

「──失礼いたしました」

 

 提督はしばらく、呆気にとられたような表情をしていた。やがて我に返った様子で苦笑し、首を振って言う。

 

「なあ、妙高」

「はい」

「おまえには、意外と可愛いところがある」

 

 提督は頬を掻いた。その顔がほんのわずか朱く色づいているのに、妙高は気づいた。

 嬉しさを押し隠しながら、とり澄ました顔をつくって背筋を伸ばす。

 

「お互いさま、でございます。それに、意外と──とは心外です」

 

 そう言って、心の中で微笑んでみせる。

 

 

 



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泥舟と残り香

「問題は、誰を総大将にするか──やろ?」

 

 人差し指を立ててそう言った龍驤が、小会議室に集った面々を見渡した。

 陸奥と妙高が、眼だけで様子を窺ってくる。

 提督は龍驤に問い返した。

 

「まずは、言い出しっぺのご存念を窺おうか。北方作戦の指揮艦候補、龍驤殿のご推薦は」

 

 龍驤はしかめっ面をして腕を組み、せやなあ──と言って唸った。北方への侵攻作戦の実施決定を伝えられてから、終始渋面(じゅうめん)を崩さないでいる。

 一方の陸奥は机に頬杖をついた姿勢で、いつものように余裕の表情だ。おそらくは鎮守府外からの独自の伝手(つて)で、何らかの情報を得ていたのだろう──と提督は推測していた。

 腕組みしたまま、龍驤が口を開く。

 

「──そいじゃ、格からいって金剛か赤城」

「二艦とも入渠中だ。それに、南方の前線から戻ったばかりでまた別の前線へというのは、できるだけ避けたい」

「ま、せやろな」

 

 提督が否定すると龍驤は当然のように頷き、続ける。

 

「同じ理由で、最近退院してきたばかりの榛名と加賀も無しと」

「だろうな。ふたりとも体調的な問題はなさそうだが、前線からの復帰組は作戦要員から除外だ」

「──となると四水戦もアウト、と」

 

 独り言のようにつぶやいたのは陸奥だった。龍驤が天井を睨む。

 

「作戦海域が北方やし、『前世』での戦闘経験ってとこを買うなら那智とか足柄あたりもおるけれど」

 

 長テーブルの端で控えていた妙高のほうを、龍驤は眼だけで見やる。少し困ったように、妙高が首を傾げてみせた。

 

「お薦めはいたしかねます。妹たちは戦闘要員としてなら、その意欲も能力も十分だとは思いますが……」

「駄目かな──大将は」

「作戦全体の指揮艦を務めるのは難しいでしょう。現時点ではその器にあらず、と見ていますが」

「器、ねえ」

 

 首をひねった龍驤に、陸奥が片手を差し出すようにして割り込んで言った。

 

「ねえ龍驤、そう言う貴女自身は候補としてどうかしら」

「あ? うち?」

 

 龍驤が目を見開き、驚いた顔をしてみせる。

 

「『前世』においての北方での戦闘経験と艦娘としてのキャリア。それに貴女は指揮能力も性格的な資質も備えていると思うのだけど」

「持ち上げるねえ。盛りすぎちゃう?」

「事実として多くの艦から頼りにされてるでしょう。駆逐艦たちや新任の艦娘たちからは、特に」

「正直なところ言わせてもらうと……気が進まんなあ。上から仕切るのって、案外難しいし」

「あら、下から支えたい感じなんだ?」

「そうそう。縁の下の力持ち、みたいな? ──せやから司令官、うち以外でうまく(かつ)がれてくれそうなお神輿(みこし)、あったりせーへんかなあ、なんて……」

 

 龍驤が提督に問うような眼差しを向けてくる。提督は答えて言った。

 

「実を言うと、龍驤には副司令を頼もうと考えていた」

「ん? 副?」

 

 龍驤は大きな目をぱちくりとし、ついで頬を緩めた。

 

「なんやねん──ってことはきみ、もう大将は決めてあるっちゅうこと?」

「決定ではない。今朝、内々(ないない)に打診だけはしてみたが。おまえたちの意見も聞いて、ほかに有力な候補を見逃していないか確認しておきたかった」

「いま挙げた中には、おらんかった?」

 

 提督が頷くと、龍驤は顎に手をやって首を傾げた。

 

「誰やろ──五航戦はまだまだ大将って感じちゃうやろうし、高雄型もそういう仕切れるタイプとちゃうやろ? 大和と武蔵も実戦不足やし、まさか隼鷹……いやいや、うちが副将でそれはバランス的にありえんわな」

 

 降参や──と、龍驤が両手を広げる。提督が視線を向けると、陸奥も妙高も揃って小さく首を振った。

 提督は告げた。

 

「ビスマルクだ」

 

 沈黙。

 龍驤がぽかんと口を開け、陸奥はわずかに眉をひそめている。

 

「──え、マジ?」

 

 龍驤がどうにか、それだけを言った。提督は頷く。

 

「海外艦の連中も、そろそろ戦力として活用する時期だ。厳寒海域での航行能力も国内艦より良好そうだしな」

「待って──海外艦を前線に出すのは、軍令部がいい顔をしないってことじゃなかった? 諸外国に借りをつくるのがうんぬんって」

 

 机の上で腕を組むようにしながら、提督を見つめて陸奥が言った。

 

「今なら艦娘(ひとで)不足という名目が立つ。軍令部主導の作戦を遂行するには強力な海外艦を多数投入する必要がある──ということで納得させられるだろう」

「ということはドイツ組だけじゃなくて、ほかの国からの艦娘も作戦に参加させるってこと?」

「そのつもりだ。そちらにはまだ打診してないが、イギリス組とフランス組……それに旧ソ連組やゴトランドあたりも主力として考えている」

「イタリア組は?」

「連中は暖かい南洋向きだろう? まあ、もう少し詳しいデータを()ってから検討したいところだな」

「大規模作戦で多国籍艦隊か……初めての試みになるわね」

「──ビス子が大将って、マジ?」

 

 龍驤は呆けた顔をしたまま、同じような言葉を繰り返す。気にとめた様子もなく、陸奥が妙高へ水を向けた。

 

「妙高、貴女の意見も聞いておきたいわ。実際に軍令部での会議に出席もしたわけだし、上層部の反応なんかはどう予測する?」

「そうですね……鎮守府が現状でも手いっぱいになりつつあることは、会議の場でお伝えいたしました。軍令部の方々も、多少の無理は承知のうえで作戦を押し通そうとしている雰囲気があります。それゆえに海外艦の参加は容認されやすいかと。──指揮艦をビスマルクさんにというのは、たしかに少々意外な気もいたしましたが」

 

 妙高が言葉の最後に提督を見やった。こういったときの視線に何か男女の関係を(かも)してしまうことがありはしないだろうかと、出張から帰ったのちに提督は秘かに懸念していたのだが、これまでのところ妙高はそうした感情を完璧に隠蔽している。

 提督は頷いて言った。

 

「海外艦としては最古参でもともとリーダーシップはあるし、艤装の改造後は艦単体としての戦闘能力も申し分ない。少しばかり迂闊なところがあるのが難だが……そのへんは、妙高が言うところの器の大きさの裏返しでもあるからな」

「そうですね。龍驤さんが補佐ということで、その点は安心できます」

「ちょいちょい、ちょい待ちーや!」

 

 勢いよく龍驤は立ち上がり、両手を机について大声を上げる。

 

「なに決定事項みたいに語っとんのや! ビス子が大将の多国籍艦隊、そこにうちが副将って、それめっちゃうちの胃が痛くなるやつやん! てゆーかうちだけアホみたいに苦労しそうな予感するんやけど?」

「縁の下の力持ちなんだろう」

「上が重すぎるわ! 違法建築や! だってあいつら、海外艦同士で絶対ケンカするやろ、ビス子は作戦の細部とか絶対気にせんやろ、それから……あ、海外艦て読み書きできひんやん。書類仕事も全部うちがやるっちゅうことかいな」

「カタカナだけならプリンツが読み書きできるわよ。よかったじゃない」

 

 陸奥が微笑んで言うと、龍驤はぴしゃりと自分の額を叩いた。

 

「っかー……そりゃ助かるわ。作戦要綱に全部カナふっとくよう、軍令部にはよく言うといてや。報告書もプリンちゃんに書いてもらおか」

「そのあたりは書類仕事のできそうな艦をつけてやるから安心しろ。海外艦の連中も、作戦中にいがみ合うほど馬鹿じゃないだろうしな。今朝ビスマルクが言ってたぞ、『泥舟に乗った気で任せなさい』とな。あいつは日本語の言いまわしが達者になった」

「かちかち山やないかい! ビス子の天然エピソードとかもうおなかいっぱいやねん!」

 

 陸奥と妙高が揃ってうつむく。妙高はこらえているようだったが、陸奥は小刻みに肩を震わせていた。

 さんざん文句を言って収まりがついたのか、龍驤はいかにも憤然とした様子で椅子に腰を下ろした。口を尖らせて言う。

 

「──で、うちの当面の仕事は」

「とりあえずは作戦参加メンバーの選出だ。いま言った海外艦も合わせて、30隻から40隻程度の規模を想定している。データ測定用の屋内プールを好きに使って構わないから、寒冷状況での運動データを採りつつ選抜してもらいたい」

「水雷戦隊は連れていけるん?」

「『前世』での戦歴を考えれば一水戦を使いたいところだったが、いないものは仕方ない。二水戦か三水戦、どちらか片方を連れていくことになるだろうな。ビスマルクとおまえで話し合って決めていい」

 

 龍驤は頷き、立ち上がった。

 

「そんじゃあもう、今日から動くで。待機中の艦娘呼んで、どんどんデータ採りを始めてええんやな」

「任せる。命令書なんかの細かい事務については大淀に。現地への輸送と警備については陸軍の協力が得られそうだが、そちらとの連絡は妙高が担当する」

「ビス子にはまだ正式決定と伝えてないんよね?」

「周囲に自慢したくてたまらなそうな様子だったな。おまえから伝えて喜ばせてやるといい」

「はあ……しんど」

 

 退室しようと(きびす)を返しかけた龍驤に、提督は声をかける。

 

「龍驤──おまえにしかできない仕事だと思った。おまえの調整能力にかかっている」

「ん、わかっとるよ。ま、せいぜい泥舟に乗った気でおるんやな」

 

 龍驤は愉快そうに笑い、部屋を出て行った。

 

 

 小会議室に残された三名で、もうひとつの議題に移った。

 

「──羽黒については、明日にでも面談をおこなおうと考えている。そこですっぱり解決──とはならんだろうが、とりあえずは軽く探りをいれてみる程度で」

 

 提督が言うと、陸奥は意外そうに目を見開いた。

 

「めずらしくやる気ね。どうしたの?」

「先日の出張の際に、妙高から大まかな事情を聞いた。ストレスの原因が不明であることだし、おまえを()け者にするわけじゃないが、あまり余計なのを関わらせないほうがいいかと思ってな」

「余計なの、ねえ」

「いや……語弊があった。悪意にはとるな」

「まあ、べつに構わないけど」

 

 陸奥は含みのある視線で提督を眺め、ついで妙高を見やった。妙高は特に表情も変えず、端然と椅子にかしこまっている。

 

「──今日、羽黒は非番だったかしら?」

 

 陸奥の問いに、妙高は頷く。

 

「足柄と連れ立って、街へ出かけました」

「買い物?」

「ええ。ただ……なかば足柄が無理やり連れ出したと言ったほうが正しいかもしれません。最近どうにも元気がないと心配しておりましたので」

「羽黒って、ここのところの戦績は抜群だったわよね」

「ええ。ですから、それはおそらく逆に──ということではないかと、私は考えています」

「ああ、そういう系? なるほど……それは、ちょっと心配ね」

 

 提督はやりとりの意味を掴みかね、(いぶか)しんだ。

 

「戦績が良くて心配とは、どういうことだ」

 

 陸奥が意地悪そうに微笑む。

 

「あんまりこういう内輪の事情を、貴方にぺらぺら説明しちゃうのもどうかと思うのよねえ」

「なんだ、女同士の事情ってやつか」

「艦娘同士の事情ってやつよ。貴方ってしょせん、人間だもの」

「しょせんときたか」

「あら失礼。語弊があったかしら」

 

 意趣返しのような陸奥の言い方に、提督は苦笑した。

 妙高が申し訳なさそうに頭を下げて言う。

 

「──提督、ご説明することは無論やぶさかではございませんし、そこまでご理解の難しいことであるとも思いません。ですが、あくまで羽黒の心情をわたくしどもが推測したものになってしまいますので……先入観をもたれてしまうのも、(さわ)りがあろうかと」

 

 落ち着いた口調で割って入った妙高に、陸奥が同意したように頷く。

 

「そうね。まずは羽黒に会って、話をじかに聞いてみるというのがいいと思うわ。まっさらな状態でね」

 

 釈然としない思いもしたが、ふたりの意見に押されて提督は反論を諦めた。とりあえずは明日の午前中、執務室にて羽黒との面談をおこなうことが取り決められた。

 

「──さて、じゃあ今回の会議はこんなところでお開きかしら。司令室は加賀に任せてきたけど、専業がひとり要るだけでずいぶん楽になったわ」

 

 陸奥がリラックスした様子で、椅子の背に躰を預けながら言う。提督は尋ねた。

 

「加賀の様子はどうだ? 艦隊指揮の仕事は無事こなせているか」

「まあ、ぼちぼちね。さすがに前線帰りだから緊張感が違うわ。──そっちこそどうなの? 秘書艦榛名は」

「こっちもぼちぼちだ。さすがに最初は緊張しているようだったが、仕事の覚えは早い。今日も叢雲にぴったりくっついて、主に工廠関係を研修中だ」

 

 加賀と榛名は、提督と妙高が軍令部へと出張した数日前に、揃って出渠を完了していた。ふたりには復帰直後早々、手薄になっていた部署への配置が提示された。

 近海で哨戒中の艦娘たちを司令室から制御する艦隊指揮と、吹雪の不在で席の空いていた秘書艦である。

 

「でも、ふたりの希望が被らなくてよかったわよね。秘書艦の取り合いになったらどうしようかと思ってたのよ」

 

 余計なトラブルを避ける意味で、加賀と榛名には役職の希望をあらかじめ聞き取りしてあった。そこで利害の衝突が起こりそうな場合には、最悪それぞれの就任を先送りしてしまうことも、提督と陸奥は念のため想定していた。

 幸いなことに加賀は艦隊指揮、榛名は秘書艦をそれぞれ志望し、艦娘としての実績も申し分ないほどに積んできている二艦であることから、すんなりと就任が決定された。

 鎮守府内での反応も、それはしごく当然のことであるとして受け容れられているようで、少なくとも表面的には波風の立つ気配は感じられない。

 

「俺としては、おまえと加賀がうまくやれるかが心配だったんだが」

「は? 馬鹿言わないでよ。長門型にとって、加賀は妹みたいな存在なんだけど」

「ああ──『前世』での縁があったな。しかし今の加賀は、芯から空母って感じの艦娘だからな」

「それはまあ……たしかにね。私は加賀のことであれこれ世話を焼いてあげたいって思ってるんだけど、加賀のほうからの私への態度って、ちょっと冷淡に感じる部分もあるのよね」

「やたらと先輩面をしてくる鬱陶しい戦艦──なんて思われているのかもな」

 

 ふん、と陸奥が鼻を鳴らし、ふくれっ面をしてみせた。

 

「やっぱり、しょせんは人間ね。艦娘の機微ってものがわかってないんだから」

 

 そこまで黙って話を聞いていた妙高が小さく笑い、提督を見つめる。

 

「機微はともかくとして、金剛さんや赤城さんについても復帰後の役割を一考しておく必要がありそうですね」

 

 まったくだ──と提督は頷く。

 解決すべき問題は連綿とやってきて、絶えることがなかった。

 

 

 ◇

 

 提督は執務室に戻り、軍令部に上げる報告書の取りまとめにかかっていた。細かい日常業務については叢雲と榛名ですでに大半を片付けてしまったらしく、かなりの余裕が生まれていた。

 さして急ぎでもない書類仕事を半分ほど終えたあたりで、開け放たれた執務室の入り口へ巫女服姿の艦娘が姿を覗かせた。

 

「あっ──提督、お戻りになっておられましたか」

 

 榛名はそう言って、嬉しそうに笑う。丁寧に一礼して入室し、提督のいる執務机の前までやってきた。胸に抱えていた書類の束を差し出してくる。

 

「ええと……こちらが、工廠の明石さんからの日報になります。特記事項はないそうです」

「置いといてくれ、あとで眼を通しておこう。ほかに明石は何か、急ぎの用件を言っていたか?」

「いいえ、特には。──あ、ただ、寒冷地用の装備の点検や在庫確認についてしきりに気にしていらっしゃいました。近いうちに資料をまとめて提出されるとか」

「ああ、こちらから頼んであったことなんだ。近いうちに新しい作戦が予定されててな」

「新しい作戦……ですか。今度は寒いところなんですね」

 

 榛名が表情を引き締める。提督は首を振った。

 

「榛名がそんなに気負う必要はない。南方からの復帰組は、しばらく鎮守府で留守番だ」

「しかし、それはサポート役ということでもありますから。全力で頑張ります」

 

 両手の拳を握りしめて言う榛名に、そうだな──と提督は笑う。

 

「で、どうだ? 秘書艦の仕事には慣れてきたか」

 

 問われて榛名は破顔し、勢いよく頷く。さらりと長い髪が揺れた。

 

「はい、まだまだ未熟者ですけれども、叢雲さんからとっても丁寧に教えていただいてますので」

「その叢雲は?」

「あ、なんでも三水戦のほうで明日の演習にそなえたミーティングがあるとかで。榛名はひと足お先に戻らせていただきました」

 

 提督はなるほど──と答えながら報告書を適当に切り上げ、万年筆をキャップにしまった。

 

「あのう……提督」

 

 顔を上げると、榛名がどことなく照れたような様子で続けて言った。

 

「その──榛名は今後も、秘書艦のお仕事を続けさせていただけるのでしょうか? ──いえ、あの、もちろん、吹雪さんが帰還されるまでの間、という意味でですけれど」

「続けてもらえれば、こちらとしてはありがたい。榛名は飲み込みがいいし、よほど戦況が逼迫(ひっぱく)して戦力の再編を迫られる状況にでもならないかぎりは、事務方兼任で回してもらうつもりだ。吹雪の席を奪うくらいの気持ちで構わないぞ」

「い、いえいえ、そんなとんでもない。そんなところまでは、とても、榛名には──」

 

 榛名は慌てたように両手を胸の前で振った。しかしすぐに、深々(ふかぶか)と頭を下げて言う。

 

「でも──ありがとうございます、提督。こんなに大事なお役目を任せていただけて、感激しています」

「慣れてくればいろいろと面倒な仕事だぞ。あちこちに行ったり来たりのおつかいばかりだからな」

「あ、いえ、それは全然大丈夫なんですが……」

 

 わずかにうつむくようにして、榛名は羞じらいの気配を(にじ)ませる。

 

「──できれば、その、寝泊まりに秘書艦室のほうを使わせていただくことは可能でしょうか……? 戦艦寮は本棟から少し遠くて、緊急の業務などには対応が遅れてしまいそうなので」

「秘書艦室? そういえばそんなものもあったが──」

 

 提督は椅子越しに首を傾け、斜め後ろにある小さなドアを見やった。執務室の側面、提督私室の入り口と向かい合う反対側の位置に、秘書艦用の控室はある。

 

「──物置に使う予定だった部屋を改装しただけだから、ひどく狭いぞ。空調とベッドだけはなんとか入れられたが、ほかに家具もない」

「いえ──狭いのは大丈夫です! 全然、はい!」

 

 勢い込んで榛名が答える。提督はその声の大きさに少し驚いたが、続けて言った。

 

「洗面所は執務室の隣りのを使えばいいが、風呂がないな……。かつての吹雪みたいに駆逐寮のを使わせるわけにもいかないだろうし──」

「それでしたら、こちらの本棟の一階にあるシャワールームをお借りするつもりでした! ご安心ください!」

 

 眼を輝かせて食いつくような勢いの榛名に提督は圧倒されつつ、頭を掻いた。

 

「そうか……まあ、ゆっくり入浴したいなら戦艦寮に戻ればいいだけのことでもあるしな」

 

 机の引き出しを探り、小さな裸の鍵をひとつ取り出して立ち上がる。

 

「だいぶ開けてなかったから、埃が積もってるかもしれんが」

「あ、ありがとうございます──大丈夫です、自分でお掃除いたしますので!」

 

 榛名は飛び跳ねそうなほどに喜色を見せている。個性的な金剛型姉妹の中では大人しく落ち着いている印象があっただけに、提督には少し意外な心持ちがした。

 後ろに榛名を従えて、秘書艦室の小さなドアの鍵を解除し、開けた。

 出征前に吹雪は片付けを済ませてあり、私物らしい私物の見あたらない、がらんとした小部屋だった。

 空調以外では唯一の家具であるシングルサイズのパイプベッドは剥きだしのフレームのみで、部屋の殺風景さを強調している。ベッドの頭側にある窓に付けられたレースのカーテンだけは、吹雪が設置して残していったものだろうか。

 この部屋を秘書艦室として使いはじめたのは、提督と吹雪が関係をもつようになる時期の直前だ。以後、吹雪は提督私室に寝泊まりすることが多くなり、たまに十一駆の部屋に戻ることがある程度だった。つまり、吹雪が実際にここで寝起きしていたのはほんのわずかな期間にすぎない。

 しかしそれでも、確かな匂いが残っていた。

 提督の鼻腔の奥に染みついていた、かすかに甘い、吹雪の肌の匂いだった。

 記憶が()い交ぜになって、脳裏に押し寄せてくる。

 しっとりと湿る、小さな手。唇。前髪。声帯を震わせる、かすかな息遣い。体温。汗に濡れた肌。

 肌、肌、肌──。

 

「あの、提督……」

 

 後ろから榛名に声をかけられて、提督は我に返った。

 さして長い時間でもないだろうが、鍵を握りしめたまま立ちつくしていた。

 振り返ると先ほどまでの喜色が嘘のように、榛名は悄然と肩を落としていた。眼を伏せたまま、小声で言う。

 

「よくよく考えてみれば、たいへん厚かましい、失礼なお願いをしてしまいました。ですから、やっぱり──」

 

 提督は片手を上げ、榛名の言葉を遮った。

 

「あんまり狭いんで、驚いたか」

「え──? いえ、そうではなく──」

「埃は大して積もっていないようだが、ベッドの布団をしまいこんでいたのを忘れていた。天気が良ければ明日虫干しをしておくから、入れるのは早くても明日の夜になる。それで構わなければ──ぜひ来てほしい」

 

 問われて、榛名は一瞬の間にさまざまな葛藤を覗かせるような複雑な表情を見せた。

 淡い橙色の瞳が、じっと提督の眼を見つめてくる。

 やがて意を決したように、まっすぐに頷いた。

 

「はい──それで榛名は、大丈夫です」

 

 

 ◇

 

 夕刻にさしかかっていた。

 提督はひとり机に向かい、報告書の仕上げに苦吟していた。榛名が来た際に中断した箇所から、いっこうにペンが進まない。

 かたかたと、机の上の筆立てが揺れている。苛立ちが貧乏揺すりとなって現れていたことに提督は初めて気がつき、舌打ちした。

 叢雲が執務室に入ってきた。両手でファイルの束を抱えている。提督を認めると、あら──と小さな声を上げた。

 

「あんたひとり? 榛名さんは?」

「……もうすぐ日暮れだし、することもなくなってたんで先にあがらせた。お前が戻ってくるまではと榛名は言っていたが──べつに構わなかっただろう?」

「うん、いいわ。今日伝えようと思ってたことは、全部終わってたから。あとはまた明日──よいしょ」

 

 どさり、とファイルを秘書艦用の机に下ろす。

 

「それは?」

「ちょっと工廠に寄ってきたんで、明石さんから。いま使ってる主な艤装とか消耗品とかの仕様書の写し。次の作戦で必要な装備を検討するのに、執務室にも同じ資料があったほうがいいだろうからって。いま見る?」

「いや、そっちの書架の空いてるところに入れておいてくれ」

 

 壁面に設置された書架を提督は指差した。はーい、と叢雲は返事をして、ファイルをふたたび抱え上げる。

 

「──ところで榛名さんだけど、秘書艦室使わせてほしいってあんたに言ってきた? いちいち通ってくるの大変だろうから、遠慮しないで使わせてもらったらどうですかって、私が勧めたんだけど」

 

 執務机に背を向けて書架へと歩を進めながら、叢雲が問うてきた。

 提督は後ろ姿を見つめる。薄いワンピースの白い生地の下に浮かんでいる、その小ぶりながら確かな丸みを帯びた腰つきから眼が離せなかった。

 

「ああ……来ることになった」

「よかった。榛名さんすごい遠慮深いひとだから、あんたに言い出せないんじゃないかと思って心配だったのよ。榛名さんが正式な後任で決定?」

「そうかもな」

「ほんと、よかった。これで私も安心して本来の任務に戻れるってものね──よっ……と」

 

 叢雲は話しつつ背伸びをし、書架のいちばん上の段にファイルを収めようと苦労していた。提督は立ち上がった。

 

「あら、ごめん。なんか踏み台みたいのさえあれば、自分でやれるけど」

「いや、いい。こっちももう、業務終了だ」

「ふふ……ありがと」

 

 叢雲からファイルをひとつずつ受け取り、書架に収めていった。

 最後のひとつを収め終わったところで、叢雲と眼を見合わせた。満足そうに、叢雲は微笑んでいた。

 疼くものを感じた。

 これまで似てるとも思ったことのない叢雲の面影の奥に、吹雪のやわらかい笑顔を見た。

 生唾を呑み込み、提督は思わず叢雲の手をとっていた。

 

「え──な、なに」

「来い」

 

 なかば強引に叢雲の手を引き、提督は私室にむかって歩いていった。

 ドアを開け、中に引っ張り込む。

 入るなり両手で思いきり抱き寄せ、唇を重ねた。

 

「んっ──」

 

 叢雲は小さくもがき唇を離そうとしたが、すぐに抵抗する気配を緩めた。

 舌を挿し入れると、とまどいを漂わせつつも受け容れ、ひどく遠慮がちに応じてきた。

 いっそう強く抱き寄せ、舌をさらに絡めようとすると、唐突に叢雲が顔を離した。

 

「ちょ、ちょっと待って、どうしたのよ、急に」

「やりたくなった」

「え──」

 

 絶句して唖然とする叢雲へ、ふたたび唇を重ねる。

 尻の曲面に片手を這わせたところで、叢雲が身をよじった。

 

「ちょっ……駄目だってば、いまは」

「なぜ」

「なぜって、だって」

「もう誰も来ない。来たところで、この部屋の外に声が聞こえることはない」

「だから、そうじゃなくて──」

 

 もどかしそうに口ごもる叢雲を無視して尻のさらに下、腿の付け根の微妙な場所を指先で探ろうとした。ワンピースの薄い布地の奥、下着とは異なる妙な感触があった。

 どん──と、叢雲が提督の胸を両手で突いて密着から逃れる。突き飛ばすほど強いものではなかったが、明確な抗議の意が伝わってきた。

 

「だから、駄目だって言ってるの。……()()()()()()()のよ。悪いけど」

 

 提督は、はっとした。

 叢雲が不機嫌そうに睨みつけてくる。提督は慌て、幾度も言葉を呑み込んだすえに、ようやく絞り出すように言った。

 

「……すまなかった」

「まったく……ちゃんと話を聞いてからにしなさいよ」

「悪い」

 

 提督は恥じ入り、うつむいた。抵抗する叢雲の態度を、甘えの一種だろうと勝手に都合よく解釈してしまっていた。

 叢雲はいつの間にか腕組みし、部屋のドアに寄りかかるようにしていた。

 

「相手次第じゃ大事故、大事件よ。わかってる?」

「ああ……反省している」

 

 提督が神妙に言うと、ぷっ──と叢雲が吹き出す。

 

「どうやら本気で反省してるのね。あんたがそんなにしょんぼり、肩を落としちゃうなんて」

「いや……全面的にこちらが悪かったからな」

「まったく、馬鹿よね」

 

 やわらかい声音で叢雲は言うと、提督に躰を寄せてきた。

 

「ほら、そんな叱られた子犬みたいになってないで、こっち来なさい」

 

 手をとり、私室の奥へと提督を引いていく。

 リビングのソファーに提督を座らせ、自分はその前に(ひざまず)いた。

 

「おい、べつにそんな──」

「いいから」

 

 叢雲が手際よくベルトを解き、提督の下半身を解放する。

 

「ふふ……こっちもしょんぼり、可愛い」

 

 すっかり萎えてしまっていた陰茎を引き出してそう言い、ちょん──と指先でつついた。首を傾げて見つめ、笑い含みに話しかけてくる。

 

「すぐ、元気にしてあげるからね」

 

 尖端を、唇の間に挟まれた。

 ちろちろと細やかに動く舌先が、鈴口をくすぐってくる。挑発的で扇情的な、たまらない舌の動きと力加減だった。

 みるみるうちに育ちきってしまい、手に余るほどになった提督を見つめて叢雲はくすりと笑う。

 

「──ほんと、現金な子」

 

 添えた両手で支えられ、きつく吸い上げられた。

 

「う……」

 

 提督は(うめ)く。

 叢雲はけっして深く口中に含んだり、これみよがしな技巧を凝らしてきたりはしなかった。尖端をそっと(くわ)えたまま、細かく舌先を遣ってくるぐらいだ。

 しかし、包み込むような愛情が横溢(おういつ)していた。

 ときに、ちゅ、ちゅ──という秘めやかな音をたてて、幾度も吸いたてられる。

 叢雲は目を閉じていた。

 提督の切先への、秘かな接吻だ。

 不実な行為と自覚しつつ、提督は吹雪を想ってしまう。吹雪もまた、こうした口での行為をするときにはきまって、尖端への愛おしげなキスを繰り返していたものだった。

 叢雲が、陰嚢の表面をさわさわと優しく撫でている。

 

「は、あ……」

 

 ぞくぞくと腰から背へと這いのぼる快感に、提督は深い溜息を漏らしてしまう。叢雲がくすくすと笑った。

 

「あなたって、これ触られるの、好きよね。前にも気持ちよさそうな声、出てたわよ」

 

 唇の間から発せられる呼気が、濡れた亀頭を刺激してくる。提督はもどかしい快感に呻くのみで、とても答える余裕はなかった。

 叢雲は含み笑いをし、陰茎のさまざまな箇所へと接吻を繰り返してくる。睾丸にさえも、幾度も柔らかな唇が吸いつく感触があった。

 ふたたび、尖端を口内に含まれる。

 先ほどまでよりも少し強めに吸われ、上下の唇で小刻みにしごきあげられた。

 提督は叢雲の肩を掴む。もう終局が近い。

 叢雲はちらりと提督の顔を窺い、すべてを承知しているといった様子でペースを速めた。

 

「う、あ──」

 

 破裂させる瞬間、提督はだらしなく呻いてしまった。大量の精液を、叢雲の口中へと放出させる。

 驚くほど長い射精を、叢雲は静かに受け止めていた。

 最後の一滴まで吸い出しきって、唇が陰茎から外される。

 虚脱しきった提督が我を取り戻してふと気づくと、頬を膨らませた叢雲が困ったように眼でうったえていた。

 手近な棚のティッシュを数枚引き出し、手渡す。

 両手に広げたティッシュの上へ、叢雲がとぽりと白濁を吐き出した。たっぷり盛り上がるほどの量があった。

 まじまじと見つめて、叢雲はつぶやく。

 

「すご……出したわね、いっぱい」

「いや、すまない」

「謝らなくていいわよ。逆になんか嬉しいし」

 

 叢雲は手を揺らして白濁を眺めていたが、やがて鼻先を近づけ、顔を歪めてみせた。

 

(にお)いもまた、強烈ね」

「勘弁してくれ」

 

 提督はティッシュを叢雲から奪うようにして取り、丸めてごみ箱へと放った。白濁した粘液のその量の多さが、自分の不実さと、際限のない欲望の強さとを露骨に示しているようで落ち着かなかった。

 叢雲はその行き先をぼんやりと眺めていたが、やがて提督を見上げて尋ねる。

 

「ねえ……ほかの艦娘って、呑んだりする?」

「あ?」

「だから、みんなは呑むのかって訊いてるの──その、精液」

 

 怒ったように言って、叢雲はぷいと顔をそむける。

 提督は後始末をし、下着とズボンを引っ張り上げた。

 

「まあ……その、呑んでくれと頼んだことはないと思うが」

「つまり、呑むのよね? みんな」

 

 横目で睨みつけられ、提督はやむをえず頷いた。

 

「べつに真似しないでいいからな。不味いだろう」

「たしかに不味いけど、ちょっと惜しいことした気もするのよね……。あんなに、たくさんだったのに」

「わけのわからんこと言ってないで、ほら、立て」

 

 叢雲を立たせて、唇を重ねようと顔を近づけた。叢雲は即座に顔をそむけて拒否する。

 

「──ちょっと、やめてよ。あんたのせいで、口が生臭くなってるんだから」

「気にしない」

「私が気にするのよ、馬鹿。ぜったい駄目」

 

 (かたく)なに拒否されて、提督は仕方なく叢雲の額に口づけした。

 

「──悪かった。それに、ありがとうな」

「うん……いいのよ。たまには」

 

 叢雲は口もとを手で押さえて横を向いていたが、頬をほんのりと染めていた。

 

「ねえ」

「ん」

「いつも中途半端になっちゃって、ごめん」

「おまえが謝ることじゃない」

「今の()()が終わったら、いっぱい……してよね?」

「ああ」

 

 さりげなく背を預けるように、叢雲が躰を寄せてきた。柔らかな銀髪が香り、懐かしいようで新鮮な匂いが、鼻腔を満たした。

 すべやかな細い指が、提督の手に絡んでくる。

 提督は複雑にわだかまる想いを押し殺し、強くその手を握り返す。

 

 

 

 



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(ほだし)

 もとより、物静かで控えめな艦娘である。

 羽黒は入室して最小限の挨拶をしたきり、ほぼ口もきかずに執務机の正面にある椅子に座っていた。

 以前と異なる印象であるのは、上目遣いが特徴的だったあのはにかみが見られず、ただじっと何かに耐えるように目を伏せているからだろうか。

 ただでさえ色白だった肌はいっそうその白さを増して、ほとんど血の気が失せてしまっているようにすら見えた。

 周囲のあらゆるものを静かに拒絶している──そんな頑なさが今の羽黒からは(にじ)んでいるように、提督には思えた。

 

「ここに呼ばれた理由は、妙高から聞いていたか?」

 

 尋ねると、羽黒は視線をうつむけたまま首を振った。提督は手もとのファイルを開き、中に綴じられた資料を見るともなしにめくっていった。

 

「──ここ数ヶ月の羽黒の戦績は、実に見事だ。日常の哨戒や船団護衛の任務中に発生した、いくつかの小競り合い。近海に侵入した深海棲艦に対する迎撃戦と、その後の残党処理。それに先日の基地組の帰還作戦。それらの戦闘記録を総合的に評価すれば、羽黒は文句なしに最殊勲級の活躍──いわゆるMVPというやつだ」

 

 視線を上げて、羽黒の様子を窺う。変わらず、うつむいていた。

 まるで叱責を受けているかのようだ──提督は思いながら、言葉を続ける。

 

「……特に戦功が顕著だったのは、帰還作戦においての働きだ。敵の一団にほぼ単身で突っ込み、複数の敵艦を足止めして四水戦への追撃を阻止している。由良以下の四水戦が大事なく帰還できたのは、この判断によるものが大きかった。艦娘に対する勲章制度があるならば、叙勲されてしかるべきだっただろう」

 

 いえ──と羽黒は小声で言って、わずかに首を振る。

 

「ご命令にはない、私の勝手な行動でした。由良さんたちがご無事だったのは、ほかの艦がそれぞれ頑張ってくれたおかげです」

「無謀な行動の側面があったのは事実だ。──が、流動的に事態が変化する現場においては、そうした行動は『命令違反』ではなく『柔軟な判断』として評価されるべきでもある。戦闘後のレビューでも、羽黒の行動には問題がなかったと結論づけられている。陸奥はこの評価書において、わざわざそれを特記事項として記したほどだ」

 

 提督は書類の一枚を指で示してみせたが、羽黒は視線を向けようとはしなかった。小さく溜息をつき、続ける。

 

「──勲章を与えることはできないが、何かのかたちで(むく)いられるべきだ──ということに陸奥や妙高と話し合って決まった。で、その何かだが……希望を聞いておきたい」

 

 提督が様子を窺うと、またも羽黒は首を振る。

 

「結構です」

「そう言うとは思った。しかし戦功に対する褒賞なしでは、鎮守府全体の士気にも関わる。……どうだ、何でも望みのままとはいかないかもしれないが、いま羽黒がいちばん欲しいものを教えてくれないか」

 

 羽黒が顔を上げ、初めて提督をまともに見た。感情の映らない眼をしていた。

 だがすぐに、また床へと視線を落としてしまう。

 

「……近いうちに、大きな作戦があると聞きました」

「ああ……北方への進攻作戦だ。本格的な進発は春先ごろからだが」

「参加させてください」

 

 床を見つめたまま、羽黒が言う。か細い声だが、固く強張っていた。

 提督は羽黒を見つめつつ、首を振った。

 

「要員選抜の任に就いているのは、ビスマルクと龍驤だ。最終的な決定権こそ俺にあるが、指揮艦の頭越しに特定の艦娘をねじ込むことは、残念ながらできない」

 

 羽黒はしばらく黙ったままだった。

 

「……では、ほかに海上での任務があれば、そちらに」

「褒賞がさらなる任務というのは、さすがにどうだろうか。羽黒は現状でも十分すぎるほどに仕事をこなしている。今日の午後にもたしか、任務があったはずだろう?」

「働いていたいんです──海の上で」

 

 ふたたび顔を上げた羽黒には、やはりひどく頑ななものが滲んでいた。提督が見返しても、視線をそらそうとはしなかった。

 提督は息をついた。検討する──とだけ言葉を返す。

 

 

 羽黒が退出していったあとで、提督はファイルされた資料の一枚一枚に慎重に眼を通していった。

 陸奥の声が、耳の奥に響く。

 

『呆れるほどの勇猛ぶりね。普段のあの子からは想像しにくいことだけど』

 

 早朝、提督へファイルを手渡す際の言葉だ。

 

『実際にどんな戦い方をしているものか、じかに見てみたいものだわ。百聞は一見にしかず、よね』

 

 提督は報告書を丹念に読み返す。

 ひと通り読み終えたあとで、それぞれの報告書から参加艦娘の一覧を抜き出していった。机の上で重ねるように並べ、見比べる。

 ひとりの艦娘の名前を、心に留めた。

 

 

 ◇

 

 羽黒の話だ──と提督が告げると、それまで快活に笑っていた神風はとたんに表情を引き締めた。

 

「羽黒さんが──どうしたんですか」

 

 和装の少女はちんまりと腰掛けていたパイプ椅子の上で、背筋を伸ばして言った。

 駆逐寮にある、生活相談用の小部屋だ。普段は龍驤が仕事場にしていることの多い部屋だが、作戦要員の選抜試験のために今日は朝から不在だった。

 龍驤の机や椅子を勝手に使うのも気が引けたので、提督も神風が座っているのと同じパイプ椅子を引っ張り出し、差し向かいに腰を下ろしている。

 

「どうしたというほどのことでもないが、いくつか気になる点が出てきている。──神風は、任務で羽黒と組む機会が多いな」

「ええ、今日も午後から一緒に出ますけど」

「今日のは『ポイント哨戒』だったな」

 

 神風は神妙な表情で頷く。

 『ポイント哨戒』とは、水雷戦隊による巡回哨戒とは別形式の、威力偵察に似た哨戒任務である。

 巡回哨戒では、常設されている水雷戦隊が近海の巡視をおこなう。

 一方のポイント哨戒においては特定海域へと小艦隊が派遣され、一定時間の周辺監視ののち、鎮守府へと帰還する。

 小規模ながらも高速戦艦や重巡洋艦を主力とした海戦向けの編成で、会敵した場合には撃滅・追跡・退避といった選択が状況に応じて現場の判断でおこなわれる。空振りするケースも多いながら、それなりに戦闘が想定されている任務である。

 随伴する駆逐艦の役割は主力艦の護衛であり、これには水雷戦隊に非所属の、いわゆる無役(フリー)の駆逐艦たちが()てられることになっていた。

 神風型も、こうした護衛任務に就く機会が多い。

 

「普段の哨戒任務、先日の帰還作戦や迎撃戦──いずれでも神風は羽黒の間近にいたはずだ。その戦いぶりを見ていて、どう思った?」

「どうって……勇猛果敢で、抜群の戦果よ。報告書を読めばわかるでしょう?」

「報告書を読むかぎりでは、そのとおりなんだがな。どこか無謀な気配があるように思えた。見方によっては、自暴自棄とさえ。──そう感じたことはないか」

「それは……」

 

 神風は口をつぐむ。何かを逡巡するように、床へと落とした視線を左右にさ迷わせていた。

 提督は続けて言った。

 

「今朝呼び出して話をしてみたが、様子もおかしい。妙に頑なで、壁をつくっているような気がする」

「……悩みがあるんじゃ、ないかしら」

「そういう雰囲気ではあるが、とりつく島がない。望みを訊いてみたが、もっと多くの任務に参加したいとただそれだけだ」

「そう……」

 

 うつむいた神風は、黙り込んでしまう。提督は待った。

 外で強い風が吹き、部屋の窓をがたがたと揺らした。朝から気持ちよく晴れている一日だが、風は強い。沖合ではこれから荒れ模様になるかもしれない。

 神風が顔を上げた。

 

「羽黒さんが悩んでいる──それは前からわかっていた。でも、そのことについて私ができることは、何もないわ」

「何もないのか」

「ないわ。ずいぶん前に、思いきって言ってみたことがあるの。『何かつらいことがあるなら、相談にのります』って」

「それで、羽黒は」

「すごく驚いて、でもすぐ笑って『ありがとう、でも大丈夫』って。その笑顔がすごく申し訳なさそうで、つらそうだったから……だから、私はもう自分からは訊かないようにしようって、そう決めたの。話せないことをしつこく訊きつづけても、羽黒さんを追い詰めるだけだと思うから」

 

 きっぱりと言いきった神風からは小さな(なり)に似合わず、風格のようなものと芯の強さが感じられた。

 提督は尋ねる。

 

「それは、どれぐらい前の話だ」

「はっきり憶えてないけど……半年ぐらい、かな。戦い方まで普通じゃなくなってきたのは、ここ数ヶ月のことだと思うけど」

「やはり普通じゃないか」

「普通じゃないわ。敵と見ればためらいなく突っ込んでいく。羽黒さんはもともと強いけれど、あんな戦い方って……」

 

 神風は顔を曇らせ、唇を噛んで押し黙った。

 提督は、このあとに予定されているという哨戒任務のことを思案した。神風とともに羽黒が参加することになっている。

 

 ──中止させるべきだろうか。

 

 ポイント哨戒の対象海域は、あくまでも諸々(もろもろ)のデータから敵の活性が予想されている海域にすぎない。遭遇戦になる可能性は、半々よりもさらに低いと言える。

 敵と遭遇した際に羽黒が冷静な判断を選択することは、神風の話からするとあまり期待できそうにない。ならば羽黒を哨戒メンバーから外してしまう処置も考えるべきか。しかしそうすることで、羽黒がどのように反応するかは未知数であった。

 

「司令官──羽黒さんから、海を取り上げないであげて」

 

 神風が言った。思案していた提督の表情から、その内容を察したようだった。

 

「今の羽黒さんにとって、海はひとつだけ残された逃げ場なのかもしれない。だから」

「艦娘の安全が最優先だ。話を聞いていたかぎりでは、敵と遭遇した場合に羽黒が冷静な対処をおこなえるとは思えない」

「それなら──私が、(まも)ってみせるから。私が必ず、羽黒さんを護りぬく。絶対に沈ませないし──死なせない」

 

 神風は椅子から立ち上がって言った。両手の小さな拳が、握りしめられていた。

 

「──それが私と羽黒さんの、(きずな)なんだもの」

 

 

 

 ◇

 

「それで出撃を許可したの? 貴方にしては大胆なことね」

 

 小会議室の窓辺に躰を寄りかからせながら、陸奥が言った。

 日没に近い時刻になって、窓の外に見える海がやはり荒れ始めてきている。雨こそ降ってはいないが、屋外では沿岸でもはっきりと体感できるほどに風が強い。

 提督は椅子に腰掛けたまま、白波の目立つ海上を窓越しに眺めながら言った。

 

「出撃させないことにもリスクはある。旗艦として同行するリシュリューにも、羽黒の様子には注意するよう知らせておいた」

「出撃させ続けていれば、リスクは増すばかりよ」

「わかっている。戻ってきたら対処を進める」

「対処って?」

 

 提督は片肘をついて頭を支えつつ、長テーブルの表面を指先で叩いた。

 

「──羽黒のストレスには、根本的な原因があるだろう」

「そうね。妙高は『恋の病』と貴方に言ったんでしょう? それが正しいなら原因は明白だと思えるけど」

 

 陸奥は当然のような顔をして言う。

 提督は溜息をついた。

 

「個人的な悩みを払拭しようとして仕事に打ち込むようになるというのは、外の社会でもありがちな話だが、あまり羽黒の性質に合致するようには思えない。そこが解せない部分なんだが」

 

 ああ──と陸奥が頷く。

 

「それが、人間にはわかりにくい事情ってところ」

「例の『艦娘の事情』ってやつか。妙高が演習の監督から戻ったら聞こうかと思っていたんだが、いま説明してもらえれば話が早い」

「べつに難しいことじゃないわ。──私たち艦娘には艤装があるでしょ」

「ああ」

「艤装を装着することで私たちの躰に起こる変化、当然知ってるわよね?」

「──温冷感や痛覚といった諸感覚の鈍麻、冬眠状態に類似した代謝の低下、身体的欲求の極端な減少、気分の高揚……」

「つまり、それって?」

「……アルコールや麻薬の効果に似ている、ということか?」

 

 陸奥は苦笑し、首を振った。

 

「すごく人間らしい発想ね、それは。……いや、当たらずといえども遠からずかしら。でも羽黒が『艤装依存症』かというと、それは少し違うと思うし」

「手短に言え」

「ごめんなさい。──つまり、艤装は私たち艦娘を、『人間とは少しだけ違う生きもの』に変えてくれる、ということよ。変えてくれるというよりは、()()()()()()という感じかもしれないけど」

「戻してくれる……『前世』の姿にか」

「『前世』での在り方に、かしら。姿形が変わるわけじゃないし、感情や思考だって基本的には同じままよ。でも、なんていうのかしら……艤装をつけて海の上を疾走するあの感じ、あれはすごく……()()()()()()のよ。自分が本当はこうあるべき、っていうのを確認できる」

 

 陸奥は何かを思い出すかのようにしながら語る。

 艦娘たちが鎮守府にて『建造』されたあと、初めて艤装をつけて海に出るときのことを提督は思った。彼女たちは一様に驚き、戸惑いながら、それでも結局は皆、(はじ)けるような笑顔を見せて海面を(はし)る。

 それが、艦娘の本来あるべき姿に戻れた喜びからくる笑顔なのだと言われれば、黙って受け容れざるをえない。陸奥の話には説得力があった。

 

「敵と戦うときにも、似た感覚があるわ。だから地上で悩みを抱えた羽黒が、できるだけ海の上に出ていたい、戦闘していたいと願ったとしても、少なくとも私にとっては不思議な感じはしないわね」

 

 腕組みをした陸奥が、提督を見つめてくる。言葉を待つ姿勢だった。

 提督は、絞り出すように言った。

 

「……羽黒の問題を解決する方法は」

「貴方なら、もうわかっているでしょう。応えてあげればいいだけよ。想いが伝わるというそれだけで、羽黒は救われるはずだわ」

「なんだかな──」

 

 提督は息をついた。

 気が進まないような態度をとっている裏で、それなりに乗り気な自分がいるのが気にくわない。その気にくわないという感情自体が、弁明のようにも感じられる。

 これが自意識過剰というものだ──ということはわかっていたが、なかなか思考の堂々巡りから脱することができなかった。

 陸奥が、穏やかに微笑む。

 

「貴方のそういうところ、可愛いとは思うけれど。──でも、貴方は変わらないといけない。多くの艦娘が提督を頼りにしているこの鎮守府で、日和(ひよ)った態度のままでいることは許されないわ。もっと、大人にならなければ」

 

 おそらくそれが、正論なのだろうとは思った。しかし正論ゆえに、はっきり言われると妙に腹が立つ。

 憤懣を表面に出すかわりに、提督は口走っていた。

 

「そう言うおまえは、大人にならなくていいのか」

 

 陸奥が目をまたたかせた。棒を呑んだように、背筋が伸びたように見えた。

 提督は失言を(さと)り、片手を上げた。

 

「いや、今のは──」

「待って、そこで退くのは(ずる)いわよ。……今のは、私が大人になる手伝いを貴方がしてくれるって、そういう意味、なのよね?」

「いや──」

「イヤなの?」

 

 からかい半分なのかと思えばそういう表情でもなく、陸奥は妙に食いついてきた。

 提督は観念し、小さく首を振った。

 

「嫌じゃない。おまえがそれを望むなら、手伝ってやってもいい」

「──偉そうな言い方」

「手伝わせてもらう──これでいいか」

 

 陸奥は表情を和らげ、横を向いた。口もとがかすかに緩んでいる。

 

「ありがと。でも、今、この時期はやめておきましょ」

 

 横を向いたまま言う。

 提督が黙っていると、陸奥は横目で睨んできた。

 

「なぜだ──って訊きなさい」

「──なぜだ」

 

 陸奥は満足そうに頷く。

 

「私が貴方と寝てないという事実がきっと強みになると、そう思ってるの。だから私が大人になるのはもう少し先の話、ということにしておきましょ。──今は、私より羽黒のことを優先してあげて」

 

 

 

 ◇

 

 夕食は、鎮守府内の甘味処である『間宮』で済ませた。

 食事をしてくる──と告げると、執務室にいた榛名は『何かお作りいたします』と慌てたように言ってきたが、その榛名自身が秘書艦室へ私物を移す作業中でもあり、提督は丁重に断っていた。

 今日は『間宮』が早じまいの曜日で、提督が来たときにはすでに大方の椅子が机の上に上げられ、店主の間宮が伊良湖とともに後片付けに取りかかろうとしているところだった。

 閉店間際のはた迷惑さにもかかわらず、間宮はこころよく食事を用意してくれた。営業時間が正式に決められていなかった時分からの名残で、提督の不意の来店には間宮も伊良湖も慣れている様子だった。

 大半の灯が落とされて薄暗くなった店内、カウンターの一角で、提督は物思いにふけっていた。

 つい先ほどまでカウンターの向こうで間宮が洗い物をしていたのだが、いつの間にか奥の居住スペースへ下がってしまっていた。提督が何か思案する気分のときなど、間宮は以前から異様なほど察しがいい。

 眼の前に置かれた湯呑みの中のお茶が、ほんのりと湯気を上げていた。

 

 ──すっかり、(ほだ)されてしまった。

 

 提督は心中でひとりごちる。

 鎮守府を設立した当初は、艦娘との適切な距離感というものに心を砕いていた。つかず離れず、度を過ぎた情を移すことは絶対にあってはならないと、己を律しているつもりだった。

 それがこの、のっぴきならない現状である。

 すべては、ひとりの艦娘──吹雪と一線を越えてしまったことから始まった。

 自分の指揮する鎮守府を設立し艦娘計画を推し進めるための代償として、軍内でのまっとうな出世コースからは外れ、数少ない部下たちからも引き離されることになった。

 家族と言えるような家族も、今はいない。

 自分の手に残された唯一のものがこの鎮守府であり、艦娘たちだった。

 

 ──『貴方は変わらないといけない』。

 

 陸奥の言葉が脳裏に響く。

 なし崩しに押し流されたままでいるのは、指揮官としてあるべき姿ではない。

 弁明のポーズをとりつつ、やることだけはしっかりやっているというのも、あまりにも無様だ。

 すべての関係をすっぱり終わらせるということも、ひとつの可能性として存在した時期はあっただろうが、すでに選択肢ではない。

 ならば──。

 背後で、カラカラと戸の滑る音がした。

 

「──提督、こちらにいらっしゃいましたか──」

 

 振り向くと、ひどく慌てた様子の榛名がいた。肩で息をしている。

 

「どうした」

「先ほど、哨戒中の部隊が、敵の中規模艦隊と、遭遇しました」

「羽黒の部隊か」

「はい……交戦後、一部の艦が損傷。現在は追撃を(しの)ぎながら、鎮守府近海に向けて撤退中と。陸奥さんと加賀さんが司令室より、即応態勢を整えています」

「損傷したのは」

「羽黒さんのようですが、詳細は未確認です」

 

 提督は椅子から立ち上がっていた。声を聞きつけて顔を覗かせた間宮へ手短かに食事の礼を言い、店を出る。

 

「──申し訳ありません、食堂にいらっしゃるかと勘違いしておりまして、お探しするのに手間取ってしまいました。こちらではないかと、陸奥さんからお聞きして」

 

 付き従いながら、榛名が頭を下げてくる。

 鎮守府の敷地内では、艤装を制御する妖精たちが忌避するために、特別な装備以外の無線機器を使用することができなかった。したがって提督は、外出時以外は電話を携帯していない。

 提督は榛名に首を振った。

 

「行き先を告げなかった俺が悪い。次からは敷地内放送で、『迷子の呼び出し』だな」

 

 榛名が、はっとした顔をする。

 

「忘れていたか」

「失念していました……申し訳ありません」

「お互い、学ぶべきことが多い」

 

 風が止んでいた。

 岸壁に寄せる波音だけが聞こえてくる。

 夜の闇に包み込まれた鎮守府の敷地内は、不思議なほどの静謐さだった。

 

 

 ◇

 

 羽黒が目を開けた。

 焦点の合わない瞳でぼんやりと提督を見つめ、二度まばたきをする。

 眼の中に意思の光輝が戻ってくると、突然慌てた様子で周囲を見まわした。

 

「わた、わたし──どうして──敵は」

 

 起き上がろうとする羽黒の肩にそっと触れ、提督はなだめるように言った。

 

「落ち着け。敵は、もういない」

 

 呼吸を乱した羽黒はしばらく胸を激しく上下させていたが、やがて大きく息をつき、しだいに力を抜いていった。自分がベッドに横たわっている状況を認識し、あらためて周囲を見渡すと、尋ねてくる。

 

「ここは──?」

「医務室だ。羽黒はたぶん知らないだろう? 本格的な船渠(ドック)ができる前のほんの短い期間だけ、艦娘の治療用設備として使われていた部屋なんだ。今では、膝をすりむいた海防艦が消毒薬を塗りに来るぐらいでしか使われないそうだ」

 

 簡素なベッドが10台ほど置かれた、病院の大部屋か学校の保健室に似た雰囲気の部屋だった。明石が工廠の仕事の合間に管理しているらしく、室内は清潔に保たれていて、かすかな薬品の匂いが鼻につく。

 室内灯は大部分を落としてあり、羽黒が横たわるベッドの枕元にあるスタンドだけが薄い光を発している。

 提督は隣りのベッドから枕を取ってきて、羽黒が上体を起こせるように整えてやった。

 自分の着ている作務衣に似た患者衣を見つめながら、羽黒はつぶやいた。

 

「私──どうして」

「哨戒中、敵艦隊に遭遇したことは憶えているか」

「……はい」

 

 羽黒は震えるように、息を吐く。

 

「──数が多いから、早く仕掛けて倒さなきゃって思って……そこまでは」

「攻撃する前に失神させられたんだ。敵にやられたわけじゃなく、味方の──リシュリューの砲撃でだがな」

 

 ぽかんとする羽黒に提督は微笑みかけ、経緯を説明してやった。

 羽黒が電探で敵を察知する直前、同行するリシュリューも自分の偵察機で敵艦隊を捕捉していた。小規模の敵艦隊なら虚を突くことで形勢を握ることも可能だったが、敵後方に空母の気配があった。哨戒部隊の貧弱な航空戦力では、制空権を確保することは不可能だ。

 前衛に足止めされたところで直上を取られてしまえば、護衛を含めて全滅する可能性すらある状況だった。

 とっさの判断でリシュリューは、突撃を敢行しようとしている羽黒へと船体を寄せ、その耳もとで38センチ砲を撃ち放ったのだという。

 本来であれば、艤装の砲撃などいくら間近で撃ったところで、艦娘が失神などするはずもない。だが──。

 

「艤装に宿る妖精は、自分たちで把握していない位置からの砲撃には、ひどく驚くようだ──」

 

 驚きのあまりに、一時的にだが妖精たちは艤装から霧散する。状況が落ち着けばすぐに復帰するらしいが、艤装を装着中の艦娘にとってはそれほど単純な事態ではない。

 艤装は艦船としての在り方を艦娘に呼び起こさせる装置である。生物としてはほぼ人間と同じ構造になってしまっている艦娘たちには、艤装との仲介者たる妖精たちの存在が、その制御と運用に不可欠だ。

 艤装はいわば艦娘の拡張された躰の一部となり、妖精はそこを巡る血液と同様の役割を果たすことになる。

 装備中の艤装に宿っている妖精が一時的にでも急激に減少してしまえば、それは血圧の急降下と似た現象──つまり貧血症状を艦娘にもたらすこととなる。

 

「──リシュリューは以前、ビスマルクに間近で主砲をぶっ放された経験があったらしく、そのときにひどく目を回したことを記憶していたそうだ。無線に応答せず敵中へ突っ込もうとしている羽黒を止めるため、やむを得ず手荒な手段を使わせてもらった──申し訳ないと」

 

 海上で昏倒した羽黒を肩に担いだリシュリューと護衛艦隊は、撤退を開始した。

 砲撃音で察知してきた敵から当然のように激しい追撃を受けたが、護衛艦隊の奮闘もあり、どうにか味方の勢力圏まで逃げ戻ることに成功した。

 陸奥と加賀が配備した迎撃部隊がすでに敵の主力を撃破し、現在は逃げ散った小物の掃討に夜を徹して取りかかっている。

 

「いちばん厄介だったのは、撤退中に寄ってきた敵の潜水艦だったそうだ。リシュリューにむかって放たれた雷撃を受けにいって、神風が損傷した」

「神風さんが──」

「小破程度で、大した損傷でもない。念のため入渠はさせたが、『羽黒さんは絶対に沈ませない』と、胸を張って気炎を揚げていたよ。『(きずな)があるから』ともな」

 

 羽黒はきつく目を閉じ、唇を引き結んだ。苦しげに言葉を絞り出す。

 

「……神風さんは、いつもそう言うんです。私なんかのために」

「羽黒は、絆があるとは思わないのか」

「私にはそんな価値なんて──絆を受け取る価値なんて、ありません」

 

 羽黒は掛けシーツの上で、手を握りしめた。朝に見た、頑ななものが滲んでいる。

 

「絆は、重荷か」

 

 提督の言葉に、羽黒は応えない。ただじっと、握った拳に視線を落としていた。

 

「──絆という字は(ほだし)とも読めるが、そのいずれにしても、元来は馬や犬といった動物を繋いでおくための(つな)という意味だそうだ。大切な生きものが自分から離れていかないようにするための──つまりは(かせ)(いまし)めと同じで、束縛ということに違いはない」

 

 羽黒が困惑げな視線を向けてきた。提督は構わず続ける。

 

「愛情でも友情でも──あるいは忠誠心でも、何かに(きずな)を見出そうとする行為はおしなべて、束縛だ。情を向ける相手に対する束縛であり、同時に自分自身を対象にした束縛でもある。相手の意思は関係ない。ある意味で、ひどく自分勝手な行為だ」

 

 提督は息をつく。その自分勝手な行為でみずからを縛り、ひとりで想い悩んでいたりするのだから始末が悪い。

 

「──気がついたら、誰かに繋がれ、縛られていることに気づく。それが(ほだ)されるということだ。いったん(きずな)という縄で繋がれてしまえば、ひとりで逃げ出すことはできなくなっている。繋いだほうだって縛られて、離れることはできない」

 

 ぺらぺらと話しすぎていると、提督は自嘲する。照れ羞ずかしさをごまかすために、気どった言葉を余計に重ねている自分に気がついた。

 羽黒は幾度もためらうように言葉を呑み込んだあとで、尋ねてきた。

 

「──司令官も、縛られているんですか」

「まさにな。手も足も出ない状態になりつつある」

「軍人としての、束縛でしょうか」

「それもあるが、もう少しましな人間でありたい──という束縛もある。嘘をついてでもおまえたち艦娘を利用する立場にいるくせに、同時に誠実な顔をしていたいとも望んでいる。欲深なことだ」

「欲……」

 

 つぶやいて、羽黒は目を伏せる。握りしめられたままシーツの上に置かれている手が寒々しい。

 提督は、その手に自分の手を重ねた。

 羽黒は身じろぎして提督を見たが、手を引こうとはしなかった。

 冷えていた。

 血の気が引いたように冷たい羽黒のその手を、両手で包み込んだ。

 提督は言った。

 

「──いちばん始末の悪い束縛が、これだ」

 

 唇を寄せ、重ねる。

 不思議なほどに柔らかな、小さな唇だった。

 純粋無垢な、羽黒らしい感触が凝縮されていると感じた。

 いつまでも触れていたいと思ったが、舌先でそっとその感触を確かめるにとどめ、離れた。

 

「──つらい想いに気づかぬふりを続けていた。すまなかった」

 

 羽黒が勢いよく首を振る。乱れて顔にかかる髪を、提督は静かに整えてやった。

 

「司令官──」

 

 震える声で、羽黒が言う。

 

「──今朝のお話ですが、憶えていらっしゃいますか。私のいちばん欲しいものを、という」

「ああ」

「変更させていただいても、大丈夫でしょうか」

「もちろんだ。言ってくれ」

 

 潤んだ瞳が、食い入るように見つめてくる。

 

「もう少しだけ──今夜は、一緒にいていただけませんか。このまま、私に触れていてほしいんです」

 

 提督はベッドの(へり)に腰掛け、羽黒を胸に抱き寄せた。

 背にまわされた腕が、きつく、きつく提督を締めつけてくる。

 

 

 

 



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純情な重巡、教える指と散り咲く白肌 *

 羽黒は明らかに、身を固くしていた。

 背後から抱えるように抱きしめ、提督は耳もとで尋ねる。

 

「緊張しているか」

 

 顔を強張らせたまま、羽黒はこくこくと頷く。揺れた髪から爽やかに甘い香りが漂った。

 提督は指で、羽黒の首筋から鎖骨の狭間までを撫でてみる。

 陶磁のような肌のなめらかさと、冷たさだった。

 胸もとまで指を下ろし、作務衣に似た患者衣の前合わせを割る。

 羽黒は、下着を身に着けていない。海上で気絶した際に潮まみれになっていて、処置するついでに脱がせてしまったと明石と妙高から聞いていた。

 

「あっ、あのっ──あの」

 

 羽黒が声を上げて、提督を振り仰ぐ。いかにも不安げな眼をしていた。

 

「どうした」

「あの、胸には……やっぱり、触るものなのでしょうか」

「──嫌なら、触らないようにしてもいい」

「いっ、いえ、そうじゃないんですけど、その──そういうものなのかな、って思ったので……」

「いきなり()()へ触れるよりは、気分が盛り上がるかもしれない──そう思ったんだが」

「りょ、了解しました……!」

 

 恥じ入った様子で、羽黒はうつむく。

 提督は少し笑って、手をとった。ひんやりとした手だった。

 胸もとに導いてやる。

 

「胸にも、自分で触れてみるか?」

「あ……」

「そのほうが、()()になるかもしれない」

 

 練習──と羽黒は口の中で繰り返し、そして頷く。

 

「はい、やって、みます……私、()()()()()しっかりできるようにならないと、ですから──」

 

 

 ◆

 

 自分は欲求不満なのだと思う──と羽黒は、提督にしがみついたまま言った。

 あまりにも直截(ちょくせつ)な物言いに提督は驚き、返答に詰まる。

 

「足柄姉さんにも、言われたんです──『きっと欲求不満なのよ』って。だから、どうにか自分で解消したほうがいいって」

「足柄……そういえば昨日は、ふたりで買い物に出かけたそうだな」

「はい、姉さんが私を誘ってくれたんです。それであの、いろいろ、アドバイスしてくれて……自分で触れて、すっきりさせればいいじゃないかって」

 

 見上げてくる羽黒の瞳には、羞じらいの気配はほとんど感じられない。

 提督は、いぶかしく思いつつ尋ねる。

 

「それで、足柄はその……『触れる』とかいうことの、具体的なやり方は教えてくれたのか?」

「いえ、それが、訊いてもはぐらかされてしまったんです。どこか、マッサージするみたいに、という感じだそうですけれど」

「その会話をおまえたちは、どこで?」

「えっと、その……レストランでした。ファミリーレストラン、っていうんですか? 家族連れが多く来るような」

 

 提督は首を振った。それはさすがに、はぐらかした足柄の気持ちも理解できる。

 

「あのな……それはたしかにマッサージみたいなものではあるだろうが、触れる場所が、少々デリケートなところだ。──あまり人前でする行為じゃない」

 

 羽黒はぽかんとした表情で、小首を傾げている。

 ふと、唐突に思い当たった様子で目を見開いた。

 息を呑んで赤面し、うつむく。

 それまでベッド脇に座る提督の服の裾にしがみついていたのが、急に意識してしまったようで、手を離して微妙に距離をとる。

 

「それがどういう行為かということは、知ってるか?」

「い、いえ……その、あまり、知りません」

「自分で触れてみたことは?」

 

 羽黒はうつむいたまま首を振る。

 

「あの……お風呂場で躰を洗うときには、ちゃんと、洗うように、してますけど」

 

 ひどく言いにくそうに言った。

 

「……そうか」

 

 気まずいのは提督も同様だった。

 沈黙が降りる。

 やがて羽黒が、意を決したように顔を上げた。

 

「あっ、あの、司令官は──」

「うん?」

 

 羽黒は一度、生唾を呑むようにしてから続けて言った。

 

「──触り方を、ご存じなのでしょうか」

「触り方……?」 

「はい。あの……博識でいらっしゃいますから」

 

 博識──提督は何とも言えない心持ちになった。

 首を振り、気を取り直して答える。

 

「その……なんだ、女が自分をどう触るかについては、あまり詳しくはない。あくまで個人的な経験にもとづく知識というだけなら……まあ、少しは」

「やっぱり、ご存じでいらっしゃるんですね」

「いや、まあ……」

「教えていただけませんか」

 

 羽黒は耳朶まで(あか)くしながら、提督を見つめる。

 

「教えるとは──その、触り方を、か」

「私……本当は、一度だけ、触ってみようとしたこと、あるんです。でも変な気分がして怖かったから……すぐにやめちゃって、だから──」

 

 羽黒は身を乗り出すようにして言う。

 

「だから──教えていただきたいんです。私ひとりだと、きっと、しっかりできないと思うから……」

 

 黒々とした大きな瞳が、提督を捉えていた。

 

 

 ◆

 

 ふたりは、手を重ねるようにして胸を揉む。

 重巡としての羽黒からは幼げな印象を受けることもあるが、肉体の手触りは完全に大人の女のものだ。

 均整のとれた乳房は少女のような張りを残しながら、手に柔らかで心地いい。

 指の腹で乳頭を転がして刺激する仕草を、提督は囁いて教え込む。

 羽黒は素直に従った。

 声を上げて悶えることはないが、こそばゆさに小さく身をよじり、うっすらと顔を紅潮させて羞じらう。

 背徳的な欲望が、提督の中で湧きあがる。

 無垢なものを(けが)していく悦びが、たしかにあった。

 空いた手を伸ばし、羽黒の下穿きの紐をほどいた。

 

「司令官……」

 

 提督を振り仰いだ羽黒が、(とろ)けたような眼を向けてきた。

 もの言いたげに、唇が薄く開いている。

 呼吸が乱れていた。

 提督は黙って、羽黒の下腹(したはら)に手を這わせた。

 眼で尋ねてみると、羽黒はぼんやりと頷きを返してきた。

 提督は無言のまま手を滑り込ませ、その場所に触れる。

 

「は、う……ん……」

 

 羽黒の唇の間から、か細い声が漏れた。

 秘所は小づくりで、他の部分の肌よりほんのわずかだけ温かく、裂け目は湿っていた。

 かすかに粘るものが分泌されつつあるようだが、溢れるほどではない。

 提督が思案していると、羽黒が不安げに見上げてきた。

 微笑んで、接吻する。

 小さく、舌を遣う。

 羽黒の唇が控えめに反応を返してきたところで、離れた。

 

「司令官……?」

 

 どこか物足りなそうに開いた唇へむかって、下穿きから引き抜いた指を提督は差し出してみせた。

 羽黒は不思議そうに、可愛らしく小首を傾げていた。

 しばらく提督の眼を見つめていたが、やがて意図を呑み込んだようだった。

 ためらいがちに、口へと含む。

 目を閉じ、口内でぎこちなく舌を遣ってくる。

 ぎこちなくあっても丁寧で、丹念だった。

 とろとろと指を舐められ、提督は激しく(たか)ぶるものを感じた。

 

「お前の指も──」

 

 囁いて促す。

 おずおずと差し出された手をとって、提督はその細い人差し指を咥えた。

 しゃぶる。

 吸いつくようにして、しゃぶりあげた。

 女の肌の味と匂いが、鼻腔にまで満ちる。まぎれもない羽黒の味だ。

 一心不乱に、指を舐め合った。

 提督の股間には否応なく熱いものがみなぎり、はち切れんばかりになってしまう。

 頃合いを見て羽黒を止めた。

 唾液にまみれたお互いの指を絡めるようにして、秘所へと下ろした。

 先ほどよりも潤いを増した秘裂に提督は触れ、羽黒にも触れさせるようにいざなった。

 

「はっ……んっ……」

 

 甘く切なそうに羽黒は喘ぎ、身を縮こまらせる。

 指の動きを教える必要は、なかった。

 羽黒はみずから秘裂にそって、ゆっくりと指を動かすようになっていた。

 提督もその動きに便乗し、薄い陰唇の片側をなぞり上げる。

 分泌液が粘膜とこすれ合うかすかな音が、下穿きの中にとどまることなく漏れ出てくる。

 羽黒は恥ずかしそうに身をよじり、顔を提督からそむけるようにした。それでも指を休めようとはしない。

 提督は羽黒の耳もとに口を寄せる。

 

「どうだ? 気持ち、いいか」

 

 息を呑んだ羽黒は、無言でひとつ大きく頷く。

 

「──怖くはないだろう」

 

 答えはない。

 返事の代わりにか、秘所で隣り合っている提督の指へ、自分の指を絡めてきた。

 絡ませたまま、濡れた秘裂をなぞりつづける。

 言葉よりも雄弁な返答だった。

 提督は空いた手で、胸への愛撫を再開させた。その手を、羽黒が愛おしげに撫でてくる。

 

「司令官の手……あったかくて……」

 

 やりきれなさの込められた溜息まじりに、つぶやく。

 紅潮した耳朶に提督は唇を寄せ、舌先を這わせた。羽黒は敏感に反応して、震える。

 様子を観察しつつ、包皮の上から陰核に触れてみた。

 はっ──と羽黒が息を詰める。

 ひときわ大きく、身を震わせた。

 

「感じたか?」

 

 尋ねると、羽黒は提督を見上げてきた。二度、頷きを返してくる。

 

「……感じ、ました」

 

 揺れる黒い瞳が、何かを問うように提督を捉えている。

 提督は、指の動きを止めていた。

 落ち着かなげに息をついた羽黒が、唇を小さく噛む。

 焦れた様子で、下半身を動かしてきた。

 

「──どうした?」

 

 提督は表情を消して尋ねる。羽黒は泣き顔になった。

 

「もっと……」

「もっと、何だ?」

「もっと、触って……」

 

 秘所で、羽黒の細指が提督の指を()く。しきりに催促するかのように、腰から下も細かく動いていた。

 提督は首を振ってみせる。

 

「自分で触る練習だったはずだ」

「でも……そこは、やっぱり、怖いんです」

「怖いのに、触ってもらいたいのか」

 

 こくりと、羽黒は頷く。

 矛盾した要求をする自分に戸惑っているような表情だった。

 理不尽な快楽に腹をたてているようにも見えた。

 提督は羽黒の指をとり、誘導した。

 耳孔へ息を吹き込むようにして、囁く。

 

「──さあ、自分で」

 

 羽黒が息を詰める。

 指を重ねて、提督はそっと後押しした。

 

「あ──」

 

 触れる。

 

「あっ……んっ、あ……」

 

 陰核に触れたまま、羽黒が痙攣気味に悶える。

 提督は指を緩やかに震わせて、刺激の方法を伝えてみせる。

 すぐに、羽黒は手管を呑み込んだ。

 後押しするまでもなく、自分の好ましい力加減で陰核をこすりはじめる。

 

「あっ──あ──あ──だめ、これ、すごく……きもちいい……」

 

 羽黒は、誰にともなく言葉を発した。

 提督の胸に頬を押しつけるようにして、顔を反らす。荒くなった呼気が、提督の喉もとをくすぐってきた。

 提督は羽黒を見下ろしつつ、生唾を幾度も呑み込んだ。

 みずからの快楽を無心に追いはじめた女の姿は凄みのある美しさで、神聖さすら感じられた。

 提督は自身の内側で燃えあがる欲望を抑え込み、徹底的に奉仕することに専念した。

 愛液を(こぼ)れさせはじめている秘裂を、指先で(いら)う。

 柔らかな乳房を優しく揉みつつ、ときにその先端をきつく摘まんで責める。

 耳の外縁の軟骨に沿って、舌を這わせる。

 想像力を刺激するために、暗喩の意図を込めて各部位への刺激を連動させた。

 羽黒は、完全に夢中になっていた。

 

「はっ──ん……!」

 

 不意に羽黒が身を固くし、きゅっと躰を縮めた。

 達している。

 目を閉じて躰を痙攣させながら、快楽に()えている。

 提督は秘所から手を引き抜き、震える羽黒を抱きしめていた。

 長く痙攣を続けたあとで、羽黒がゆっくりと脱力していく。

 目を開けて、うつろな視線で提督を見上げてきた。

 唇は震えるばかりで、言葉にならない。

 提督は(ねぎら)うように、自分の唇を重ねてやった。

 

 

 ◇

 

「──男のひとにも、欲求って、あるものなのでしょうか」

 

 提督の腕の中で脱力しきった羽黒が、尋ねてくる。

 乱れていた呼吸はだいぶ落ち着いたが、額にはうっすらと小さな汗の粒が浮いていた。

 患者衣の前を開いてやると、可憐な桜色をした胸の先端が露わになったが、羽黒が気にとめる様子はなかった。

 初めての絶頂の余韻のせいで気にしている余裕がない──とも思えた。

 

「そりゃ、あるさ。現に俺も我慢の限界だ」

 

 提督は眼で、自身の股間の膨らみを示した。羽黒が目を見開いてそれを見やる。

 手をとり、盛り上がったズボンの生地の上から触らせてみた。

 

「すごい……硬くて、熱い……」

 

 さわさわとためらいがちに撫でつつ、羽黒は呼吸を震わせる。

 その部分に釘づけの眼は怯えからか、あるいは好奇心からか、奇妙に揺らめいているように見えた。

 

「──なんだか、苦しそう」

「苦しいな。実際かなり窮屈だ」

「……あの……司令官、その、もしよろしければ……ですけど……」

 

 ためらいがちに、羽黒が申し出る。

 提督はさも意外そうな顔をつくって、先を促した。

 羽黒は羞ずかしそうにうつむいて言った。

 

「私なんかにご遠慮なさらず、どうぞ──ご自分でお触りになられても大丈夫ですから……」

 

 驚いて、提督は羽黒を見る。

 羽黒は頬を朱くして、股間の膨らみを見つめている。

 何かを期待するようなその眼を見て、提督は思い至った。

 

「なるほど──羽黒、おまえは」

「え──?」

「どうやってこれを男が処理するのか、見たいだけだな?」

 

 面白がって、意地悪く言ってみる。

 羽黒は動揺して、顔を伏せる。

 提督は笑った。

 

「──そういうことなら、抜かせてもらうか。いい()()もいることだしな」

 

 

 

 服を脱いで、全裸になった。

 半裸のままの羽黒には、腹這いの上体を預けるように密着させた。

 抱き寄せ、やわらかい乳房と弾力ある乳首を胸板に押しつけさせる。

 髪の、甘い匂いを嗅ぐ。

 しっとりとした背中の肌のなめらかさを、手のひらで確かめる。

 脚をすり合わせ、触れ合わせる。

 羽黒の肉体のあらゆる要素を愉しみながら、じっくりとこすり上げていた。すぐに果ててしまわないように、力は加減している。

 提督の行為を見つめているうちに感化されたのか、羽黒がもどかしげに腰を動かしていた。

 遠慮することはない──と勧めてやった。

 ひどく恥ずかしそうにしながらも、羽黒は指を遣いはじめた。

 下穿きを膝下まで下ろしているので、剥き出しになった小ぶりの尻が可愛らしく左右に動いているのが見える。

 秘めやかな愛液の音がしていた。

 羽黒は鼻をかすかに鳴らしながら、愛おしそうに提督の首もとへすりつけてくる。

 

「すっかり()まってしまったな、羽黒」

「はい……嵌まってしまいました」

 

 提督の肌に鼻先を触れさせたまま、羽黒はぼんやりと答える。

 柔軟な細い躰を抱き寄せ、提督は囁く。

 

「クリトリスがお気に入りなんだろう?」

「くり……?」

「皮に包まれた小さな突起のところだ。いちばん感じやすい。いま、そこを指で(いじ)っているな」

「……弄ってます」

「好きなのか?」

「はい……好き、です……だい、好き」

「気持ちいいから、好きなんだろう?」

「は、い……そうなん、です……指でクリトリスいじるの、きもちよくて……だいすき……」

 

 言葉で、羽黒は快感を高める。快感に溺れている自身を認識し、それが五感をいっそう鋭敏にしていく。

 その様子を観察することで、提督は劣情を掻きたてられる。

 素材としての羽黒の肉体は最高なのだが、陰茎をひとりでこすり上げているだけなのはもどかしく、()れた。

 握った陰茎を、羽黒の太腿にこすりつけてみた。

 

「あっ──」

 

 羽黒が、躰をびくんと跳ね上げる。驚いて視線を下げ、見つめる。

 見られていることを意識しながら、提督は亀頭部分をふたたび、ゆっくりとこすりつけた。

 すべやかな太腿の質感を、もっとも敏感な部分で確かめる。

 先走って尖端に滲んでいる透明な液を、わざとらしくなすりつけてやった。

 幾度も幾度も繰り返し、これみよがしにこすりつける。

 

「ああ……すごい……熱いのが……」

 

 何かに取り憑かれたように羽黒は言った。

 

「わたしも……そういうふうに、したい……」

「なら、遠慮するな」

「……失礼、します」

 

 躰の角度をやや横向きに変え、抱きつくように密着してくる。

 提督の腰骨の張り出したあたりを股で挟んで、秘所をこすりつけてきた。

 遠慮がちな動きが、徐々に大胆になっていく。

 下半身を波うたせるようにして、提督の肌で陰核を刺激している。

 パイプベッドが揺れて、(きし)んだ音をたてていた。

 

「ねえ、きもちいい……これ、すごく……きもちいいの……」

 

 羽黒は眉根を寄せた切実な表情で、提督を見つめてきた。

 見つめ返す。

 愛液に濡れて光る二本の指を、羽黒が提督の前に示してきた。

 口に含んでやった。

 味わう。

 舐めて、細指を味わう。

 舐めまわしつつ、下半身では陰茎を太腿にこすりつけていた。

 羽黒が眼に涙を溜めていた。

 ()えかねたように、唇を重ねてくる。

 羽黒の指を挟んだまま、舌を絡ませ合う。

 唾液が混じり合って、提督の口の端から(こぼ)れていった。

 お互いの腰つきが、意図せず性交時の動きのようになっていた。

 

「──だめ、だめ──わたし、もう──」

 

 唇を離して、羽黒が首を振りながら口走った。

 きつく提督を抱きしめ、痙攣する。

 提督も加減せず陰茎をこすり上げて、果てた。

 羽黒の躰を大きく越えるほどに勢いよく、最初の(しずく)が飛び出していった。

 どろどろに粘った精液が吐き出され、羽黒の白い尻と太腿を汚していく。

 最後の一滴まで絞り出した提督は息をつき、羽黒の腿にこすりつけて尖端を(ぬぐ)った。

 

「司令官、さん……」

 

 羽黒が眼を潤ませたまま、提督を見ていた。

 顔を寄せ、提督の頬に接吻してくる。

 接吻したあとで自分のその行為に驚いたのか、口もとを慌てて押さえた。羞ずかしそうに両手で顔を隠してしまう。

 提督は笑って言った。

 

「気持ちよかったか、羽黒」

「はい、すごく……でもちょっと、なんだか悔しい気も、して」

「悔しい?」

 

 羽黒は頷く。

 

「もっと……ずっとしてたかったのに、すぐに私が──散っちゃったから」

 

 散るとは、絶頂に達するという意味か──提督は羽黒の表現に新鮮な印象を受けた。

 頷いて言う。

 

「やっぱり中で極めないと、だな」

「なか……?」

「ここで、だよ」

 

 提督は羽黒の下腹(したはら)のあたりを、手のひらでさすった。

 羽黒が見つめてきた。

 もはや明白になった期待と好奇心で、黒い瞳が震えている。

 

 

 ◇

 

 提督は脚を伸ばした姿勢で座り、羽黒を跨がらせた。

 小づくりな外観と同様に、羽黒は内部もまた狭隘(きょうあい)だった。奥行きはそれなりにあって、どうにか提督を収めることはできたが、それでも尖端は最奥に達している。

 柔軟でよく湿った膣壁が、茎部をきつく包み込んでいた。

 締めつけは絶妙で、挿入している側への快の度合いは強い。

 

「痛いか」

 

 提督が尋ねると、羽黒は首を振って否定した。

 しかし眉根をきつく寄せた表情は、いかにも苦しげなものだ。

 提督は思案する。

 このまま動作して闇雲に突けば、苦痛を与えるだけだろう。これまでの経験上、最奥それ自体は性感帯ではないだろうという予感もある。

 提督は、自身の背後に両手をついた。

 ゆっくりと上体を後傾させていく。

 肩にしがみついている羽黒の様子を観察しながら、収まりのよさそうな角度を探っていた。

 不意に羽黒が、あ──と小さな声を上げた。

 

「どうした」

「あ……あの、いま、その……クリトリスが、司令官さんの躰にこすれて……」

「気持ちよかったのか」

 

 羽黒は含羞に満ちた表情を浮かべながら、頷く。

 たしかに提督の恥骨のあたりに、陰核が触れていた。

 

「──本当に羽黒は、クリが好きだな」

「恥ずかしい……です。はしたなくて……」

「いいんだ。気持ちよくなってる羽黒は、可愛いからな」

 

 提督が微笑んで言うと、羽黒は耳の先まで朱く染めた。

 

「可愛いだなんて……そんな、私なんか」

「可愛いさ。そうやって恥ずかしがりながらも、腰をしっかり動かしてクリをこすりつけてくるところが、なおも可愛い」

 

 ほんのわずかだけ圧力を変化させる程度にすぎないが、羽黒の腰は密着したまま前後に振れていた。

 羽黒は唇を尖らせる。

 

「……司令官さんの、いじわる」

「嫌われたな」

「ううん……好き……好きだったんです──ずっと、ずっと前から」

「──キスしてくれないか、羽黒」

「はい」

 

 羽黒が嬉しそうに、柔らかな唇を重ねてくる。

 小さな音をたてつつ、優しげな感触の接吻が繰り返される。

 押しつけまいとする気遣いが、健気だった。

 提督は胸を痺れさせていた。

 

「羽黒」

「はい」

「おまえは本当に──可愛い」

「やだ……司令官さん、だからそんな……」

 

 自分の頬を両手で押さえて、羽黒ははにかむ。

 顔では照れながらも、下半身は細かく動作を続けている。無意識の動作だ。

 内側も貪欲に、蠢いている。

 どうやら羽黒は、最適な角度を見つけたようだった。

 動作の意識が陰核から膣内へと移っているのは、提督にもはっきりとわかるようになっていた。

 

「ああ……これは……」

 

 提督は予感し、呻く。

 思いがけず強度を増してきた羽黒の責めに、早くも()えられなくなっている。

 きつく複雑に絡んでこようとする膣壁の快に、抗うことができない。

 余裕を失った提督とは対照的に、羽黒は息を乱しながらも不思議そうに首を傾げている。

 提督は心細くなり、再度、接吻をせがんで唇をつき出した。

 そのわずかな仕草だけで、羽黒は意図を理解する。

 寄せてきた唇を、提督は乱暴に貪った。

 舌を押し込み、絡める。

 零れ落ちてくる唾液を吸って、呑み下す。

 甘美な味に提督がうっとりとしたその瞬間、下腹部の奥から激しく衝き上げてくるものがあった。

 

「うっ……!」

 

 抑えきれず、精液をほとばしらせてしまっていた。

 

「んっ──あ……あぁ……」

 

 唇を合わせたまま、羽黒が切なげに息を吐く。膣で精を受ける初めての感覚に、驚いていた。

 提督は口の端から唾液を零しながら、精液で無垢な内側を(けが)す快感に酔いしれる。

 

 

 ◇

 

 数週間前から羽黒も低用量ピルを()むようになったということは妙高から聞かされていたので、その心配は最初からなかった。

 しかし、自身をまったく制御できなかったことに対しては忸怩(じくじ)たる思いがある。

 幸いにして、ふたたび兆すのにはそう長くかからなかった。

 羽黒は陰茎のめまぐるしい変化に無邪気に驚き、愛おしげな視線を向ける。

 絶頂に達することはできなくても、繋がることへの興味は膨れあがっているようだった。

 もう一度──と同じ姿勢をとろうとする羽黒を、提督は押しとどめた。

 

「せっかくだから、別のを試してみよう」

 

 戸惑う羽黒を後ろ向きにさせた。

 お互い膝立ちのまま密着し、後背位と背面座位を折衷(せっちゅう)したようなかたちを試みる。

 羽黒は不安げに提督を振り返った。

 

「あの──司令官さん」

「どうした」

「これって……お顔が見えないから、その」

「寂しいか」

 

 こくりと、羽黒は頷いた。

 提督は羽黒に覆いかぶさるように顔を近づけ、顎を手で持ち上げてやった。

 

「でも、こうやってキスすることはできる」

 

 重ねた。

 

「んっ……ん……うん……」

 

 羽黒は少し苦しげではあったが、積極的に唇を開いてくる。

 すっかり慣れた様子で、舌を絡ませ合った。

 提督が唾を送り込むと、羽黒は確かに喉を鳴らして呑んだ。

 羽黒の肩から力が抜けていく。

 脱力しきったところを見計らって、提督は陰茎の角度を手で調え、侵入した。

 

「はっ……んん……!」

 

 羽黒が全身を緊張させる。

 そこはよく濡れていて、押し込むのは最初よりもずっと容易だった。

 提督は前方の膣壁へ裏筋を押しつけるようにして、ぐいと突き上げる。柔軟な粘膜を陰茎で割って進む感触が、例えようもないほどの快感だ。

 眉根を寄せた羽黒が、甘く切なげな声を上げる。

 

「ん……! あっ、あ……これ……い、い……」

「こっち側からのも、悪くないだろう?」

「う、ん……ちがうとこ……あたって……」

 

 語尾は曖昧に消え入り、言葉のかたちをとらない。

 陰茎と恥骨で内外から挟むように、膣壁の敏感な部分をこすり上げる。裏筋を遣っているので陰茎に伝わる快感は強いが、射精を繰り返した今でなら長持ちさせられる。

 提督は羽黒の首筋から耳もとまでを、じっくりと舐め上げた。かすかな汗の塩味に、激しく興奮を掻きたてられる。

 

「この体勢のほうが、自由に手も遣えるしな。ほら──」

 

 左手の指で、乳首をくすぐるように刺激する。羽黒はあっさりと乱れて、悶えた。

 

「あ……あっあっ……そ、れ……かんじちゃう、から……」

 

 右手は脚へと下げていき、内腿から鼠径部にかけてをゆっくりとさする。これは当然、焦らしの意図を込めたものだ。

 狙ったとおり、羽黒はもどかしげに躰を揺すった。

 

「や、だ……ちゃんと、さわって……」

「触ってるだろう」

「ちがうの……そうじゃなくて」

「どこを触ってほしいのか、教えてくれないとな」

 

 提督は笑い含みに言った。

 羽黒は腕を後方に上げて、提督の後頭部に手をまわしてきた。

 引き寄せられた耳もとで、羽黒がうったえてくる。

 

「クリトリス……」

「クリトリスを、どうしてほしい」

「……さわって……司令官さんに、クリトリス……いっぱい、さわってほしいの……」

「ほんとうに──好きなんだな」

「うん……すき……司令官さんに、クリトリスさわられるの……すき……だから、おねがい……もっと……きもちよく、して」

 

 その声色と息遣いの妖艶さに、提督は激しく昂ぶる。

 興奮で息を荒らげながら、羽黒の核心へと指を這わせた。

 

「はっ……あっ、あっあっあ……!」

 

 敏感な反応を示して、羽黒が声を上げて喘ぐ。

 律動に合わせ、提督はその部分に集中して指を遣う。

 押しつけてこすり上げ、ときに(つま)んで責めた。

 羽黒が手を重ねてきた。

 繋がったまま、腰をくねらせる。

 もっと──と仕草だけで要求してくる。

 提督は懸命に応えた。

 応えつつ、陰茎を秘裂の奥へと思いっきり打ちつける。

 鼠径部とぶつかる尻の柔らかさがたまらない。

 (とろ)けるような快楽だった。

 不意に羽黒が振り向く。困惑の眼差しを向けてきた。

 

「司令官、さん……わたし……なんだか……」

 

 羽黒の躰に、変化が見られはじめていた。

 ほんのうっすらとではあるが、紅潮が全身に拡がっている。

 気がついてみると、ずっとひんやりとしていた肌までもが、ほんのりと温かくなっているように感じられた。

 自身の変化を自覚して戸惑っているのか、羽黒は泣き出しそうに顔を歪めていた。

 

「おかしいの……司令官さん……わたしの、からだ」

「どこが、どうおかしい」

「なかも、そとも……ぜんぶ……」

 

 腰を自分で動かしながらも、羽黒は上体を崩しかけている。提督は左手で抱えるようにして、胴を支えてやった。

 

「……きもちいいのに、くるしくて……あったかくて……おかしく、なりそう」

「散りそうか」

 

 提督は突き上げながら、問う。

 羽黒は首を振って、髪を乱した。

 

「わかんない……わかんないの……なにかが、わたしのなかから、きちゃいそうで──」

「咲くんだ、羽黒」

 

 確信をもって、提督は告げる。自身の限界の近さも、感じていた。

 羽黒は必死に振り向いて、提督を見る。

 眼から涙が、零れ落ちていた。

 はっきりと頷く。

 

「咲く──咲きます──司令官さん、わたしを咲かせて──」

 

 羽黒が震える。

 全身を震わせている。

 震えながら、腰を動かしている。

 膣内までもが、震えていた。

 すべてが震えつづけている。

 提督は、(こら)えきれなくなった。

 

「羽黒──」

 

 果てる直前に、かろうじて名前を呼んだ。

 すぐに脳裏が白くなって、何も考えられなくなっていった。

 

 

 ◇

 

 一夜明けて、気持ちよく晴れていた。

 医務室から出て、戦況に異常がないことを司令室に寄って確認し、私室に戻ってから(ひる)近くまで寝ていた。

 夜の間には多少の雨風があったようだが、起き出したあとで榛名からそのことを聞くまで、提督はまったく気づいていなかった。

 眠気の残る眼をこすっていると、妙高がくすくすと抑えた笑いを漏らした。

 

「──お疲れさまでございました」

 

 口もとを押さえつつ、含みのある視線で見つめてくる。

 提督はばつが悪くなって、頭を掻いた。

 意味もなく周囲を見渡してみる。

 駆逐寮の一角、昨日神風と面会した生活相談室だ。

 相変わらず龍驤は不在だが、今日は代理として妙高が任務の合間に詰めることになっていた。

 提督がわざわざ足を運んだのには、表向きは状況の伝達のため、実際は別の理由があった。

 

「──で、どうだ」

 

 尋ねると、妙高は目礼するように目を閉じて頷く。

 

「久しぶりに、晴れやかな顔つきでした。まるで今日の陽気のような」

「それは、なによりだが──」

 

 提督は口ごもり、咳払いをして続ける。

 

「──その、なんだ。おまえと羽黒との間に(いさか)いとか、そういうことがなかったか、気になってな」

「あろうはずもございません。どうかされたのですか?」

「いや……この鎮守府の事情については、おまえから羽黒に話したか」

 

 妙高は微笑し、首を振った。

 

「事情など説明されずとも、羽黒は察する子です。鎮守府の事情も、提督のお心遣いも。それに私の──」

 

 口をつぐんで、妙高は提督を見つめる。

 

「私の、何だ?」

「いえ。──とにかく、この件に関しましては、那智と足柄、それにほかの艦娘たちにも当面は秘密にしておこうと、そういうことになりました。羽黒も納得しております」

「──姉妹の秘密、か」

「姉妹の秘密、でございますね。私も少しうきうきしております」

「うきうき……ねえ」

「あの子と姉妹らしい会話ができたのは、久しぶりのことでございましたので」

 

 そう言って、妙高は丁寧に一礼してくる。

 提督には答えようもなく、黙って首を振った。

 顔を上げた妙高が微笑む。

 

「もしよろしければ、こちらに来られたついでに羽黒の顔をご覧になっていかれては? 久しぶりの『授業』の指導で『教室』におりますが、もうすぐ終わるところです」

「そういえば、ずっと休んでいたらしいな」

「ここ数ヶ月、海の仕事にばかりこだわっておりました。それが今朝、あの子のほうから『授業』に戻りたいと。──どうかぜひ、あの晴れやかな顔をご覧になっていってくださいませ」

 

 

 

 提督は、駆逐寮の廊下を歩く。

 『授業』がおこなわれている『教室』は、生活相談室からは逆側の廊下の先にある。

 『授業』とは一般常識や義務教育レベルの学力が身についていない艦娘のためにおこなわれている勉強会であり、その会場が『教室』である。

 対象は主に駆逐艦や海防艦で、指導役は待機中で手の空いている重巡や軽巡が主体となっていた。

 明確な時間割はないが、任務の空いた艦娘たちの予定を責任者の妙高が調整することで成立している。

 どうやら、ちょうど終了のタイミングだったようだ。

 『教室』からぱらぱらと出てきた小型艦たちの一団が、提督の方向に向かって歩いてくる。

 それぞれと適当な挨拶を交わして、提督はすれ違う。

 一団の最後尾に、今朝がた船渠(ドック)から出たばかりの神風がいた。

 歩みを止めず、すれ違いざま額に右手をつけて敬礼してくる。

 礼を言うように小さく頷いたのが、提督にはわかった。

 無帽ゆえに軍紀からは外れているが、提督も小さく右手を挙げて敬礼を返した。

 

 

 羽黒は『教室』で、ひとり黒板を消していた。

 廊下の窓から、提督はその後ろ姿を眺める。

 入って声をかけるべきか、迷った。

 ふと、黒板消しを手に持ったままの羽黒が動きを止めた。

 振り向く。

 提督と眼が合って、驚いた表情を見せる。

 一瞬ののち、笑った。

 花の咲いたような、温かな笑顔だった。

 

 

 



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仕事私事(しごとわたくしごと)

 執務室に入ってきた叢雲は、机で仕事をしていた提督を見て眉をひそめた。

 いかにも不愉快そうな口調で言う。

 

「なに──あんたまだ、仕事してたの。榛名さん、ついさっき出かけていったけど」

「出るのは別行動で、街で落ち合うことになっている。最近、門番連中が何かとうるさいんだ」

「門番って、『憲兵』さんたちのこと?」

「ああ。上のほうにご注進されると、あとあと面倒でな」

「でも、いちおう仕事なんでしょ──あんたと榛名さん」

「まあな」

 

 提督は、机の上に広げた書類へ視線を戻しながら答えた。ペンを走らせて署名をしていると、歩み寄ってきた叢雲が大げさに息を吐いた。

 

「ていうか、なに? まだ着替えてもいないじゃない。まさかその制服で行くわけじゃないでしょうね」

「さすがに着替えるさ。スラックスを穿き替えて、適当なジャケットを着るだけだから5分で済む」

 

 ばん、と小さな手が机を叩く。提督が顔を上げると、叢雲は眉をつり上げていた。

 

「もう選んであるの? その適当なジャケットとやらは」

「いや、まだだが──」

「馬鹿。もうちょっと真面目にやんなさい。あんなに洗練されて上品な格好の榛名さんの隣りに、適当な服のあんたが立ってるとか許されることじゃないわ」

「適当ってのは、適切って意味だが」

「屁理屈をこねない。ほら、もうそれはいいから」

 

 叢雲が、提督の手の中のペンを取り上げる。おい──と言いかけた提督に人差し指を立てて制し、それをそのまま提督私室のドアへと向ける。

 

「合わせだけでも私が見てあげるから、ちゃんとした服を着ていって」

「その前にもう少し書類を片付けておきたいんだが。帰りが遅くなるかもしれない」

「いいの、そっちは私が何とかするから。あんたは、いちばん大事な仕事に集中しなさい」

 

 叢雲が提督の手をとり、無理やり立たせてくる。叱りつけるような調子で言った。

 

「──外で一日一緒に過ごすなら、なおさらよ。デート並みにちゃんと気合いを入れて。中途半端なのは許さないんだから」

 

 

 ◇

 

 街の喫茶店で落ち合った榛名を助手席に乗せ、提督は当面の目的地へと車を走らせていた。

 私服姿の榛名は固い表情で、かしこまって座っている。目に見えて緊張している様子だった。

 

「どこに向かっているか、知っているか?」

 

 提督は軽い調子で尋ねた。隣りで榛名が背筋を伸ばす。

 

「いえ──申し訳ありません、存じておりません」

「そう固くならなくていい。つまり陸奥のほうからは、詳しいことを聞いてないんだな」

「非公式の訪問とだけ……なにか、支援者のような方のところへお伺いするのだろうかと考えていたのですが」

「それでほぼ正解だ。どちらかというと、俺たちのほうが支援者側かもしれないが」

「はあ……?」

「ま、着いてのお楽しみだ」

 

 鎮守府があるのとは違う方向の海岸地区への道に、提督は車を乗り入れた。

 道中で軽く世間話をいくつか振ってみたが、榛名の受け答えは固い。初めての鎮守府外の仕事で、かなり気負っているようだった。

 提督は話を続ける。

 

「──ところでその服だが、前に鎮守府にいたときに買ったのか?」

「はい。以前、金剛姉さまと街へ買い物に出た際に、百貨店のお店で。まだあまり着慣れていないのですが」

「大人っぽくていい感じだな。センスがいいと叢雲も言っていた。あいつはファッション警察だから信用できる」

「あ……ありがとうございます」

 

 榛名の声は、少しだけ弾んでいるように聞こえた。

 信号待ちで車が止まる。

 提督がさりげなく見やると、榛名はスカートの裾を気にしていた。黒のタイツを穿いているので全体的には落ち着いた印象にまとまっているが、丈はわずかに膝上だ。

 

「あの……もうちょっと長いスカートがあればよかったのですが、この格好で先方に失礼には、ならないのでしょうか」

「なに、生脚ってわけじゃないから大丈夫だろう。──そのリボンのついたカチューシャも可愛らしくていい」

 

 はっとした様子で榛名は頭に手をやる。

 

「あっ、これも、ちょっと浮ついた感じになってしまって心配だったのですが、陸奥さんが言うには着けていたほうがいいと……大丈夫でしょうか」

「問題ない、問題ない」

「──やっぱり、こんなときのためにスーツを持っておけばよかったと、後悔しています」

「そういうお堅い場所じゃないんだ。気安い格好のほうが、むこうも安心だろう」

 

 信号が青に変わり、提督は車を発進させる。

 

「先日いろいろといただいてしまってな。そのお礼を兼ねた表敬訪問ってだけだ。非公式のものだし、アポなしでもある」

「あぽなし……?」

「アポイントメント、事前連絡ってことだ」

「連絡なしで訪問を?」

「失礼ではあるが、致し方ない。あらかじめ連絡を入れたりしたら、えらいことだ。俺はまあ構わないが、榛名がな」

「はい?」

「行けばわかるさ」

 

 提督は笑いながら、ハンドルを操る。

 

 

 着いた先は、地元の漁港だった。駐車場に車を止め、敷地内にある漁業協同組合の事務所へと向かう。

 受付で非礼を詫びつつ来訪を告げると、奥の部屋から初老の組合長が姿を現した。

 すでに提督とは顔見知りで、驚きつつもにこやかに歓迎してくる。

 艦娘です──と提督が榛名を紹介したところで、集まってきた組合役員や事務員たちを含め、その場の空気は一変した。

 

「艦娘の方……でいらっしゃいましたか! こんなむさ苦しいところまで足をお運びいただきまして。ささ、奥のほうへどうぞ。ただいまお食事もご用意いたしますので」

 

 後退した額に汗の粒を浮かせつつ、組合長はしきりに頭を下げている。

 提督は、どうかお構いなく──と慎重に告げたが、事務所内は蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。榛名は目を白黒させている。

 熱烈な歓迎を通り越して、熱狂的な崇拝である。

 今朝がた水揚げされたばかりだという魚の刺身と、近所の店へ大慌てで走った事務員が注文したらしい握り寿司を振る舞われたのち、小一時間ほど歓談してから外へ出た。

 

 事務所の外には、人だかりができていた。

 ほとんどが港に偶然居合わせた漁師たちのようだったが、どこにこれほどの数が──と驚くほどだ。

 呆然としている榛名にむかって、最前列のいかにも年季の入った漁師らしい格好の老人が、手拭いを外して頭を下げる。周囲もそれにならい、それぞれ帽子やタオルなどを取って頭を下げた。

 

「今年の秋刀魚(さんま)漁でも、ほんとうに世話になった──」

 

 老年の漁師は、しわがれた声で言う。

 

「──おかげさんでここいらでは、今年は一隻も深海棲艦に沈められることがねえかった。街の連中やマスコミの中には恩知らずもおるらしいが、俺ら漁師はみんな、あんたらに感謝してる。嬢ちゃんがたは、俺らにとっての救いの神さまで、護りの女神さまだ」

 

 周囲の男たちが神妙な表情で頷く。

 榛名は返す言葉もなく、ただ立ちつくすのみだった。

 あのう──と、提督たちの傍らにいた年若い漁師風の男が話しかけてくる。高校を出たばかりぐらいか、あるいは在学中であってもおかしくない年頃に見えた。

 若者は頭を下げ、遠慮がちな上目遣いで榛名にむかって言う。

 

「──よかったらなんですけど、握手、してもらえませんか」

 

 この馬鹿野郎──と叱責する声が、即座に周囲から飛んだ。若者は慌てて首を縮めた。

 問うように見上げてきた榛名に、提督は頷きを返した。

 榛名はその年若い漁師に歩み寄り、その手を丁寧に両手で握った。

 まだあどけなさの残る顔が、輝いた。周囲の漁師たちがざわめき、お互いに顔を見合わせている。

 すいません、よかったら俺も──と差し出されてくる手があった。榛名は笑顔で、快く応じた。

 次々と、手が差し出されてくる。

 若い漁師を叱責した漁師までもが、恥ずかしそうにごつい手を差し出してきた。

 差し出されてくる多くが、ささくれ立って荒れた手だった。

 榛名は、その場にいた全員と握手することになった。

 

 

 見送る人々の姿が見えなくなるあたりまで車が進んだところで、榛名が小さく息をついた。提督は笑って問う。

 

「疲れたか」

「あ、いえ……そういうわけでは。あんなに多くの方々に接することができたのは初めてで、驚いてしまって」

 

 榛名は、後方を気にするようにしながら言った。提督は正面を見たまま言う。

 

「漁業関係の方からは、艦娘への感謝を何らかのかたちで伝えたいと、以前から何度も話をいただいていた。感謝祭だとか懇親会だとか具体的な提案もあったが、管理上の問題があって実現しなかった」

「それでは……このお役目、なおさら榛名でよかったのでしょうか? あまり漁船護衛の任務には参加したことがなかったので、あのようにお礼を言われるのにはどこか気が咎めます」

「そういうのもまた、秘書艦の仕事ってことだろうな。艦娘たちの代表というわけだ」

「あ……」

 

 榛名が姿勢を正す。提督は頷いて言った。

 

「こういうのは初めてで大変だったろうが、いい仕事ぶりだった。俺も、榛名に感謝している」

「いいえ──こちらこそ、ありがとうございます。素晴らしい体験をさせていただきました」

 

 榛名が頭を下げる。

 提督は、言葉の調子を変えて言った。

 

「さてと──ではこのあと、どうするかだな。行きたいところはあるか?」

「行きたいところ?」

「そう、これでもう今日の仕事は終わりだからな」

「えっ……」

 

 榛名が驚いて見つめてくる。提督は笑みを浮かべて言った。

 

「教えていないで悪かったが、あとはずっと自由時間だ。もちろん、空気の読めない深海棲艦が押し寄せてこなければ、だが」

「それは、いいのでしょうか……? 私たちがふたりとも、鎮守府を離れていて」

「たまにはいいだろう。今はだいぶ状況が落ち着いてきたし、陸奥や叢雲もいる。榛名は秘書艦業務が忙しくて、あまり休みをとれていなかっただろう?」

「え、ええ……まあ。でも、榛名は見習いの立場ですので」

「もう一人前だ──で、行きたい場所は?」

 

 榛名の答えはない。

 横目で見てみると、顔を紅潮させて固まっている。

 しばらくは適当に車を走らせておくか──と、提督は内心で苦笑していた。その瞬間、ふと思いついたことがあった。

 

「そういえば、スーツを持っていないと言っていたな」

「え? あ、ええ……こういう外でのお仕事をすることになるとは、思っていなかったので」

「少し遠くだが、ちょっとした知り合いがやっている女性用スーツの店があるんだ。見つくろいに行ってみるか」

 

 榛名が息を呑む。返事を待たずに、提督は続けて問うた。

 

「ちなみに榛名は、電車は好きか?」

「え?」

 

 困惑した榛名の顔をちらりと眺めて、提督は微笑む。

 

 

 ◇

 

 叢雲は、暇をもてあましていた。

 空席の執務机をぼんやりと眺める。

 朝には坦々(たんたん)とこなすつもりでいたのだが、書類仕事があらかた片付いてしまって暇な時間ができると、どうしても余計なことを考えてしまう。

 奥の提督私室のドアに視線を向け、今日幾度目かになる溜息をついて目を閉じた。

 

「ノックノック」

 

 唐突な声に、叢雲はビクリと背筋を伸ばした。入り口の方向へ顔を向ける。

 扉に寄りかかるようにして、陸奥が立っていた。口もとに微笑を浮かべている。

 

「考えごとのお邪魔をしたかしら?」

「……いえ、ちょっと暇で眠くなっちゃって。何かご用ですか」

「ご用ってほどの用でもないけど」

 

 軽い足取りで陸奥がやって来る。

 

「──司令室のほうも、加賀が頑張っちゃうから暇で暇で。ちょっとこちらの様子見がてら、貴女とお喋りでもしようかなって。構わないかしら?」

「どうぞ。退屈してたんで、助かります」

「ありがと」

 

 陸奥は叢雲の前を通り過ぎ、執務机をまわった。提督用の椅子に、遠慮するそぶりをまったく見せずに腰を下ろす。

 座った際に、よいしょ──と小声で言ったのを聞きとめて、叢雲は小さく吹き出した。

 

「え、なに」

「いや──陸奥さんらしくないですよ。座るときによいしょ、なんて」

 

 笑って告げると、陸奥は目を見開き、すぐにつられたように笑いだした。

 

「やぁだ、そんなの聞かないでよ。お婆ちゃんだってバレちゃう」

「なに言ってるんですか、陸奥さんはバリバリ輝いてますってば。まさに女盛り、超女盛りです」

「『超』ってことは、もう盛りが過ぎちゃってない?」

「あ、そうか」

 

 おどけて、叢雲は口もとを押さえた。

 ふたり揃って、けらけらと笑い合う。

 叢雲は、意外な心持ちがした。

 業務や任務以外で、陸奥とはあまり話したことがない。常ににこやかだが隙のない雰囲気で、艦種の違いもあって壁のようなものを感じてもいた。

 だが、こうやって冗談を言って笑い合っていると、プライベートでなら意外とすぐにうち解けられそうに思えた。

 陸奥は機嫌よさそうに、提督用の椅子へと躰を預ける。しみじみとした様子で、深い溜息を中空に吐いた。

 

「──この椅子、本当に座り心地がいいのよねえ。そんなに高級品でもないけど、鎮守府内でいちばんだわ。自分で買うほどじゃないけど」

強請(ねだ)れば、案外くれるんじゃないですか? あいつって、あんまり物欲なさそうだし」

「だめだめ、そういうところ、私には厳しいのよ。『馬鹿言うな』とか『自分で買え』で終わり。叢雲が可愛くお願いしたほうが望みがありそうだけど?」

「私も難しいと思いますよ。なんか『成果を上げれば』、みたいな交換条件出してきそう」

「あ、わかるわ。そういう小狡さがあるのよね、あの男。甘い艦娘には、とことん甘くするようなところもあるんだけど」

 

 そう言って視線を向けられ、叢雲は頷いた。

 

「そうなんですよね──欲しいなんてぜったい言い出さないだろうけど、榛名さんあたりにお願いされたらあっさりあげちゃいそうかも」

 

 なんとなく榛名の名前を挙げていた。

 陸奥がわずかに目を細める。

 

「そう、まさにそういうタイプに弱そうよね。素直で正直でまっすぐなタイプに」

「ですよね……」

 

 叢雲は、さざめくものを感じた。

 自分が素直なタイプではない、ということは以前から意識していたことだ。

 だが、いま引っかかっているのはそれ以外の何かだった。

 小骨が刺さるかのように、胸の奥が痛んだ。

 そのことをあまり直視したくなくて、叢雲はなんとなく机の上のボールペンを指先で弾いて転がした。

 陸奥が、右の手首を返して内側を見る。小さくて綺麗な腕時計をしていた。

 

「そろそろ、むこうの仕事も終わったころかしら」

「むこうって」

「だから、榛名と提督」

 

 叢雲は一瞬言葉に詰まったが、平静をよそおって言った。

 

「えっと……帰りは遅くなるかも、って言ってましたけど」

「そうね。仕事のほうはどんなに手間取っても、今ぐらいの時刻には終わってるはずだわ。だからあとは、ふたりの自由時間」

「へえ……」

 

 そうだったのか──と叢雲は内心で納得する。どうりであの男が終始、気まずそうな表情をしていたわけだ。

 陸奥が脚を組みながら言った。

 

「提督も榛名もここ最近、あんまり休めてなさそうだったから、ちょっと羽でも伸ばしてきなさいよって言ったの。ま、いろいろと都合もよさそうだし」

「陸奥さんが勧めたんですか」

「うん、そうよ」

 

 叢雲は黙った。

 デート並みに気合を入れろとは言ったが、本当にデートだとは想像していなかった。

 

 ──それならそうと言えばいいのに、あの馬鹿。

 

 小さな苛立ちに似た何かが胸中で渦巻くのを、叢雲は感じていた。

 陸奥が、座ったまま上体を傾けて叢雲を覗き込んでくる。

 

「どう思う?」

「なにが、です」

「貴女は、榛名が提督と外でデートしていることを、不平等だと感じている?」

 

 叢雲は、陸奥を見た。叢雲の内心を透かして観察してくるような、冷徹な眼をしていた。

 しばらく見つめ合ったあと、叢雲は目を閉じた。深呼吸して気持ちを落ち着け、言う。

 

「──不平等だとは、思いません。榛名さんは正式に秘書艦なんだから、司令官に同行するのは当然です。それにふたりがあまり休みをとれていないことは私も感じていましたから、いい機会じゃないかと思います」

 

 ふうん、と陸奥が鼻を鳴らす。何か面白がっているような雰囲気を、叢雲は感じた。

 

「じゃあ、羨ましいとも思わない?」

「外でデートできて、っていうことをですか」

「うん」

「それはちょっとは……思いますけど」

 

 仕方なく、叢雲は認めた。

 口先で嘘をつくことは簡単ではあるが、叢雲と提督が躰の関係をもったことを陸奥は知っているような気がしていた。

 艦娘と性的な繋がりをもたざるをえない事情が提督にはあり、そこに陸奥が深く関わっているであろうことは、さまざまな状況や様子から明らかだった。

 こんなところで強がったって意味はない──叢雲はそう思った。

 陸奥が少しだけ表情をやわらかくし、上体を戻した。長い脚を優雅に組みなおす。

 

「貴女ってやっぱり優等生だわ。なんだかんだで吹雪の妹ね。外見は全然似てないのに」

 

 言葉の意味がわからない──叢雲は溜息をついた。

 

「陸奥さんはいったい、何がしたいんですか」

「それって、かなり核心的な問いね。──私はいったい、何がしたいんだろう?」

 

 ふざけているのかと思って見ると、陸奥はそれなりに真剣な面持ちで執務机に頬杖をついていた。考え込んでいる。

 叢雲は言った。

 

「陸奥さんは、鎮守府のことを考えて行動する艦娘だと思ってました」

「それは、そのとおりよ」

「それなら、さっきの質問は何なんです? なんだか挑発というか煽りめいてましたよ。あれで私が、そうだ、不平等だ、って具合に吹き上がったら、鎮守府崩壊にも繋がりかねないと思いますけど」

「貴女の性格上、そういうふうにはならないでしょ」

「じゃあなんで、訊いたんですか」

「知りたかったから。貴女がどういう反応をするのか、どういう眼をするのか」

 

 悪びれもせずに陸奥は言う。叢雲は額を押さえた。

 

「どういう趣味なんですか、それ」

「個人的な趣味でもあるけど、いちおう仕事よ」

「そうしろって、あいつが頼んだ?」

「いいえ、私が自分で自分に課している仕事なの」

 

 陸奥は叢雲をまっすぐに見つめて言う。

 

「私は知らなくちゃならない──私たちが何者かってことを」

 

 

 ◇

 

 初めて乗る電車に、榛名は興奮しているようだった。

 提督は先頭の車両を選んで乗った。平日の昼間ということもあって席はかなり空いていたが、あえて運転席近くに立つことにした。

 子供のように眼を輝かせた榛名が、運転席の様子をかぶりつきで見ている。

 若い運転士は気づかぬふりをしてくれているようだったが、さすがにここまで張りつかれていると仕事がやりにくいだろう。遮光幕を下ろさないでいるのは、そういう規則があるからなのか、あるいは人が好いだけなのか。

 提督は苦笑し、やんわりと榛名に注意した。

 慌てた榛名は躰ごと向きを変えて、運転席から視線をそらす。それでも気になって仕方ないのか、ときおりチラチラと眼を動かしているのが可愛らしかった。

 

「電車は気に入ったか」

 

 提督が尋ねると、榛名は力強く頷いた。

 

「はい、大好きです」

「乗ったことがないのは意外だった」

「お買い物なんかには、金剛姉さまや霧島が車を運転してくれていましたから。ひとりで出かけるときにはだいたいバスで、遠くに行くことがなかったんです」

 

 バスとは、鎮守府の入り口にある警備所──いわゆる『憲兵』たちの詰所から、海軍が鎮守府のために独自に運行している定期バスのことだ。

 一日の運行本数は少ないものの、車両そのものやアナウンスは民間の路線バスと変わらないように偽装されている。市街地に入ってからは実際に一般客も乗車させているのだが、先客が艦娘であると気づかれるようなことはそうそうないだろう。

 榛名がふと、首を傾げて尋ねてくる。

 

「そのスーツのお店には、電車でないと行けないのですか?」

「いや、そんなことはない。ショッピングモールの中にあるから、大きな駐車場もある」

「ではなぜ、こちらに乗り換えられたのですか?」

 

 提督は榛名を見た。

 

「なんとなくな。榛名はこっちのほうが気に入るんじゃないかと思った」

「どうしてです?」

「前に、クレーンが好きだと言っていただろう。そういう乗り物系が好きなのかとな」

 

 榛名は驚いたようだった。

 

「え──言いましたか、そのようなことを、提督に……?」

「直接じゃない。かなり前だが執務室でお前たち姉妹がお喋りをしていたときに、聞こえてきたんだ」

「あ、お茶会のときに……お恥ずかしいかぎりです」

 

 赤面して榛名はうつむく。

 以前はよく金剛型姉妹で休憩を揃えて、なぜか執務室でお茶会が開かれていたものだった。執務室には、金剛が勝手に持ち込んだテーブルが今も置かれている。

 提督は笑って言った。

 

「べつに恥ずかしがるようなことでもない。どうしてクレーンが好きなんだ?」

「変……でしょうか」

「変じゃないさ。だがどちらかというと、男の子の趣味って感じではある。少し意外だった」

 

 ロマンを感じます──と、言っていた榛名の声が頭に残っていた。姉妹たちからの強い同意は得られていなかったようだったが。

 

「俺が思うに、『前世』のことが関係してるんじゃないか。榛名は港のクレーンが見えるところに、かなり長いこと停泊させられていただろう?」

「ああ──言われてみればたしかに、そんな記憶はあります」

「それで、大型機械みたいのが好きになったんじゃないかと思ったんだが」

「どう……なんでしょう」

 

 榛名は提督を見て、首を傾げる。まっすぐな瞳に見つめられて、提督はわずかに息苦しさに似たものを覚えた。

 

「どちらかというと……大きな機械そのものが好き、というわけでもないような気がします」

「ほう」

 

 提督は表情で先を促した。榛名は遠い眼で、流れていく外の景色を見やった。

 

「たぶんですけど、榛名は、誰かが働いている姿が好きなだけだと思うんです。先ほども漁港で、帰りには皆さん集まってこられちゃいましたけど、建物に入る前には船のところで働いている方々の姿が見えました」

 

 提督は頷く。

 漁港としてはもう遅い時間帯だったが、漁船のあたりにはたしかに漁師たちが作業している姿があった。おそらくは、次の漁の支度や船の手入れをしていたのだろう。

 

「ああした光景が、とても美しいものだと感じるんです。誰かのため、あるいは自分自身のために、するべきことを真剣にしている──その姿が尊いものだというのは、人でも機械でも、榛名には同じことのように思えて」

 

 提督は、榛名の整った横顔を見つめる。間近で見るとその整い方は尋常のものではないが、不思議に暖かみがある。

 

「でもそうやって一生懸命やっている人も機械も、その苦労や価値が必ずしも周囲に理解されているとはかぎらないと思うんです。あんなに重いものを支えているのに、傘もささずに雨風にさらされているのに、その頑張りや成果が多くの人に理解されているように思えなくて、だから──」

 

 榛名は横目で提督を見て、すぐにうつむいてしまった。ほんのわずかだけ、その頬が色づいているように見えた。

 

「──だから、言ってあげたいんです。よく頑張ったね、って。あなたの頑張りは、私が知っていました、見ていましたよ、って。それで──その苦労に少しでも寄り添ってあげることができたら、榛名はすごく幸せだな、って……」

 

 榛名は、そのままじっとうつむいたままでいた。

 暖かい気持ちにもなったが、なぜだかいっそうの息苦しさを提督は覚えて、窓の外を見やる。

 

 

 ◇

 

 榛名が嬉しそうに、手に持った紙片を眺めている。

 採寸と各種手続きが終わって渡されていた、スーツの予約票だ。店を出てからもう何度もバッグから取り出しては、広げて見つめている。

 提督は呆れ気味に言った。

 

「そんなに確かめなくても、服はどこにも逃げやしない。予約はデジタルでもできているから、それは無くしたって問題ないと店員も言っていただろう」

 

 顔を上げた榛名は少し照れているようにも見えたが、曇りない笑顔を向けてくる。

 

「ええ。でも、嬉しくて何度も見ちゃうんです。これは、榛名の初めてですから」

「まあ……初めてのスーツがそれなりに嬉しいものであるのは、わからんでもない。自分の給料で買ったとなればなおさらだ」

 

 提督はテーブルに頬杖をついて言った。

 仕事でも使うだろうから金は出す──と申し出たのだが、榛名は頑なに自分で払いたいと主張したのだった。

 記念にもなるのだから自分ひとりのお金で──という言葉に、提督は仕方なく折れた。

 採寸して、細かいデザイン調整までも可能だったが、すべて手作りのフルオーダーではなく、既存の型紙を利用するイージーオーダーという発注形式だった。受注生産とはいえ比較的安価なので、艦娘の給与であれば高すぎる買い物というほどでもない。

 紙を丁寧に折りたたんで大事そうにバッグにしまう榛名を眺めながら、提督はビニール製のベンチシートに深くもたれた。

 スーツの店と同じモール内にあるファミリーレストランに、夕食のために訪れていた。

 時間帯もあって、店内は家族連れや若い男女などでそれなりに混み合っている。もっと静かそうで高級な店も近くにあったが、今日の榛名はこういった賑やかな雰囲気のほうが喜びそうな気がしていた。

 すでに注文は終え、食事が運ばれてくるのを待っている。混み合っているので少しお時間をいただくかもしれません──と、注文をとった小柄な女性店員からすまなそうに告げられていた。

 榛名が『大丈夫です、いっぱいお喋りをして待っていますから』と笑顔で応じ、その店員は目を丸くして驚いていた。

 提督は言う。

 

「せっかくのスーツだが、今日みたいに外に出る仕事はそれほど多いわけじゃない。あまり着る機会はないかもしれないぞ」

「全然、大丈夫です。それならお部屋で着て楽しみますので」

「あの秘書艦用の小部屋でか」

 

 提督は失笑した。あの狭い部屋でひとりスーツを着て悦に入っている榛名を想像すると、微笑ましいものがある。

 榛名も笑って頷いていたが、ふと少し引き締めた顔つきになって言った。

 

「あの、提督──以前からお伺いしたかったのですが」

「何だ」

「榛名はどうして、秘書艦にしていただけたのでしょうか。今でもなにか夢の中にいるようで、あまり現実感がないのですが」

 

 提督は肩をすくめた。

 

「希望をとっただろう? 司令室での艦隊指揮と秘書艦業務と、どちらがいいか。加賀は艦隊指揮を希望したし、榛名は──」

「はい。榛名は秘書艦を希望しました」

 

 まっすぐに提督を見ながら、榛名は頷いて言う。

 

「──しかし、希望したからなれるものとは思ってもいませんでした。秘書艦は重要なお仕事ですし、榛名は叢雲さんのように吹雪さんのお手伝いをしていた経験があったわけでもありませんから。──なにか仕事上の都合とは別のお考えがあって、このような配置がなされたのかなと、そんなふうにも考えたことがありました」

 

 提督は思案する。

 榛名の言うとおり、加賀も含めたふたりの人事には、単純な能力や人手以外に別の要素が絡んでいた。

 最も大きな要素は、近いうちに出渠してくる金剛と赤城を中心とした、鎮守府内でのパワーバランスの問題だった。これは戦艦と空母という大型艦種間でのパワーバランスも絡んでいるうえに、大規模な作戦準備を進めている現状もあり、複雑な部分がある。

 さらに大きな理由として、ストレス値問題がある。

 前線から帰還した艦娘たちのストレス値は不明だが、提督たちが進めている『対処』に対するリアクションが予想できない。

 今後予想される困難な状況に対応するため、金剛や赤城の副艦的な立ち位置の榛名や加賀はあらかじめ味方につけておきたかった。

 陸奥による底意地の悪い言い方を借りれば、秘書艦という役職はそのための『餌』である、という側面もあった。

 提督は溜息をついた。

 

「今はまだ、いろいろと複雑な事情がある──としか説明できない」

「はい」

「だが榛名を秘書艦に任命したのは、そうした事情絡みの思惑ばかりからでもない。今日一緒に行動してみて、あらためてそれがよくわかった」

 

 榛名がまばたきする。提督は続けて言った。

 

「秘書艦というのは、間違いなく日陰の仕事だ。艦娘として華々しく海を駆ける機会は減り、戦果を挙げて称賛されることもなくなる。だがそうやって裏方にまわる役割がなければ、最前線を支えることはできない。そうだろう?」

「──はい」

「そういった日陰の仕事の重要性をわかってくれる艦娘でなければ、秘書艦を任せることはできなかった。そして今日、俺が予想していたよりもずっと深いところで、榛名はそれを理解していると実感することができた。榛名であれば──きっと大丈夫だと、秘書艦を立派に務め上げることができると、俺は思っている」

 

 感極まったように、榛名は目を見開いていた。

 提督は唇をわずかに噛んで視線をそらした。

 この言葉には、嘘はなかった。

 だが同時に、言わずにおこうとしている別の事情があることも事実だった。

 どこまでもまっすぐな榛名に比して、自分がひどく卑小な存在になってしまったかのような思いが提督を捉えていた。

 テーブルの並んだ通路の先に、こちらに向かってくる例の小柄な店員の姿が見えた。両手に、提督たちが注文した料理の皿を持っている。

 提督は葛藤を振り払うようにして、つとめて明るく言った。

 

「──さあ、そろそろ飯が来るぞ。堅い話は抜きにして、まずは食欲を満たそう」

 

 

 ◇

 

 夕食を終えて、ショッピングモールを出た。

 夜の街だった。

 平日の夜だがそれなりの人通りがある繁華街を、提督はゆっくりと歩いた。

 榛名は歩調を合わせて、すぐ横を歩いている。

 夜の()に照らされて、榛名の美しさは艶のある煌めきを帯びてきていた。

 提督はひそかに、片手の拳を握りしめた。

 今日の、最後の仕事が残っている。

 

 ──中途半端は許されない、か。

 

 執務室での、叢雲の言葉を思い出していた。

 意を決した。

 榛名の手をとって、握る。

 顔を見ることはできなかった。

 柔らかでしっとりとした手が、提督の手を握り返してくる。

 その手を引きながら、歩調を少し速めて通りを進む。

 極彩色の、いかにもな装飾の施された建物が目につく界隈にまで来ていた。

 周囲より少しだけ高級感のある背の高いホテルの前で、提督は立ち止まった。

 振り返って言う。

 

「断ってくれても構わない。これは、秘書艦の仕事というわけじゃない」

 

 榛名は真剣な眼差しで提督を見上げ、首を振った。

 

「いえ──榛名でよろしければ、喜んでお(とも)いたします」

「どういう場所なのかは、わかっているな」

「はい」

 

 榛名が躰を寄せ、腕を絡めてきた。服を隔てて、提督の二の腕に柔らかな感触が押しつけられる。

 

「──ふつつか者ですが、どうぞよろしくお願いいたします」

 

 提督は頷き、建物の中へと歩を進めた。

 

 

 



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直情献身の高速戦艦、零れる清濁 *

 提督は目的の部屋のドアを開け、榛名に続いて入室した。

 閉めると、ロックの掛かる音がした。

 退室時に精算するまで外出不可という旨の注意書きが、ドアの内側に貼られている。『休憩』なので、最低2時間は室内に閉じ込められる格好だ。

 靴を脱ぎながら注意書きを眺めていた提督のすぐ後ろから、榛名の声がした。

 

「提督」

 

 振り返った、一瞬ののちだった。

 思いがけない勢いで、榛名が提督の胸へと飛び込んでくる。

 その細い腰を抱きとめた次の瞬間には、唇を重ねられていた。

 驚きのあまり、提督は声を出すことも、目を閉じて唇で応じることもできない。

 榛名は両腕を提督の首の後ろにまわすようにして、すがりついていた。

 閉じられた榛名の目が、提督の視界に大きく映っていた。かすかに揺れる睫毛の曲線が、並外れて美しい。

 榛名が唇を離した。

 

「提督……」

 

 (はしばみ)色の大きな丸い瞳が、まっすぐに見つめてきていた。

 提督は吸い込まれるように、今度は自分から唇を合わせた。

 柔らかな唇の間へ、試すように舌を挿し込んでみる。すぐに扉を開いて、応じてくる。

 意外な積極性だ。

 提督は驚きを覚えつつも、遠慮せず舌を遣った。

 口中から鼻腔までを満たしてくる匂いに、たちまち夢中になる。

 まぎれもない女の匂いだ。

 味わいながら、強く榛名を抱きしめる。

 細身に見えて、服の下にあるのは意外なほどに充実した感触だった。押しつけられる胸のふくらみも、腰から尻にかけての丸みのある曲面も、提督の男としての情欲を駆りたてるのに十分すぎるものだ。

 唇を離し、榛名の首もとへ鼻先を(うず)めて嗅いだ。

 求めている匂いだった。

 日中つとめて意識しないようにしていた、女の甘い肌の匂いだ。

 なめらかな首筋へ、提督は舌を這わせた。

 

「は……あっ……」

 

 わずかに首を反らすようにして、榛名が喘ぐ。提督の頭を抱きしめてきた。

 唾液に濡れた肌から、いっそう濃く榛名の匂いがたち昇る。

 止まれなくなっていた。

 もっと直接的な方法で、匂いの本質を感じたくなっていた。

 入り口近くの狭い通路で、榛名を壁へと押しつける。

 提督はしゃがみこんだ。

 榛名が、提督の肩を抑えるように掴む。羞恥の気配を含む、困惑の視線を向けてきた。

 提督は黙って見上げる。

 しばらくすると、榛名が眼をそらした。

 少し息を吸ってから、小声でつぶやくように言う。

 

「……どうぞ」

 

 羞ずかしそうに眉をひそめ、スカートの裾をたくし上げる。

 提督はもぐり込んだ。

 女の複雑な匂いが充満しきっていて、()せ返るようだ。

 黒いタイツの細やかな編み目に、白っぽい下着が透けている。

 提督は榛名の張り詰めた太腿を両手で抑え、タイツ越しに鼠径部へと頬をこすりつけながら、息を大きく吸い込んだ。

 鼻腔が、匂いで満ちる。

 湿っぽい熱気を、顔の肌全体で感じていた。

 匂いの源を追求する欲望が、いっそう強くなっていた。

 ストッキングごと下着を鷲掴みにし、腿の中ほどまで一気に押し下げる。

 榛名の女の部分が、露わにされた。

 蒸れきって濃厚になったものが、解放される。

 隠しようもなく発情した、雌そのものの匂いだった。

 

「提督、そこは……汚い、ですから……」

 

 スカート越しの頭上から、榛名が小声で言うのが聞こえた。内腿をぴったりと閉じている。

 懇願は拒否を示しているようでいて、同時にどこか甘えたような響きが感じられた。

 提督はスカートの外にある榛名の両手を手探りで掴み、壁に押しつけて封じた。

 暗い内側で、その部分へ眼を凝らす。

 榛名がすでに女の(しるし)を溢れさせている様子を、おぼろげに見てとることができた。

 垂れ落ちている、透明な一筋がある。

 下着のその部分の布地が、はっきりと濡れていた。

 そのさまを目の当たりにして、提督は獣めいた欲望を掻きたてられる。

 愛液の糸を舌で絡め取るようにして、秘部へと口唇をあてがった。

 びくん──と、榛名の腿が震える。激しく身悶えしたが、壁に押しつけられているせいで、逃げることはできない。

 顔をねじ込むようにして、内腿を割った。

 

「はっ……あ……あっ……」

 

 頭上から、押し殺した息遣いが降ってくる。提督は頓着せず、秘裂へ鼻先を突っ込むようにしつつ、舌を用いた。

 濡れて(とろ)けている陰唇から、充血した核心にかけてを舐め上げる。

 肌そのものの甘さに、愛液の酸味が入り混じったものが、口中へと広がった。

 提督は性器全体を口で覆いつくすようにして、激しく吸いたてる。

 

「やっ……ん……そ、んな……」

 

 内腿をがくがくと震わせながら、榛名が声を漏らしていた。

 じゅるじゅると、ことさらに音をたてて(すす)り、辱めようと試みる。

 辱めるほどに、榛名はいっそう女を溢れさせてきた。

 

「あっ……ん……ふぁ……」

 

 榛名の声色と息遣いに、甘いものが交じるようになった。

 一度このまま極めさせるつもりだったが、張りつめた太腿にまで舌を這わせているうちに、提督は焦れてきた。

 早く、(つが)ってしまいたくなっていた。

 充実した肉の狭間に、一刻も早く自分の剛直を埋め込みたくなっていた。

 そう意識しだすと、ただ奉仕を続けるだけでは我慢できなくなっていた。

 スカートの暗室から抜け出る。

 唾液と愛液で汚れた口もとを拭いながら、提督は立ち上がった。

 

「榛名」

 

 見つめながら、呼んだ。

 榛名が熱っぽく色づいた顔を向け、見つめ返してくる。

 提督は榛名の手を引き、硬直した股間の膨らみへと誘導した。

 布地越しに触れさせて、その手を上下させる。

 眼で問いかける。

 瞳を潤ませながら、榛名は強く頷いた。

 

「……お願い、します」

 

 言って、提督の硬直の形を確かめるように、その手を自分から上下させてくる。

 どちらからともなく、唇を重ねていた。

 舌を絡ませ合いながら、提督はベルトを外す。榛名の脚を大きく開かせようとしたところで、ようやく気がついて言った。

 

「下着が、邪魔だ」

 

 中途半端に下ろされたタイツと下着が、まだ膝上にあった。

 慌てた様子の榛名が躰を傾げ、器用に片脚を抜く。

 もう片方の脚も抜こうとするのを提督は制した。

 もう一瞬も、待っていられなかった。

 裸の片脚を小脇に抱えて歩を進め、榛名の股の間へ割って入る。

 引っ張り出した硬直器官を、濡れた柔肉の割れ目にあてがった。

 

「はっ──ん……!」

 

 繋がる瞬間、榛名がきつく目を閉じて息を詰めた。

 陰茎を包み込む熱の度合いと、その締めつけの強烈さに、提督は早くも達しそうになる。動きを止め、唇を噛んで()えた。

 榛名が目を開けて提督を見る。苦しげに顔を歪めつつも、精一杯の微笑みを向けてきた。

 

「提督……」

 

 より強く密着をせがむように、腰へと手がまわされる。

 提督は無言で()き上げ、応えてみせた。

 

「は、あっ……」

 

 榛名が口を開けて喘ぐ。

 その口を、提督はみずからの口でふさいだ。ぬめった舌と舌がぶつかってこすれ合う音が、頭蓋の内側で響いた。

 腰を壁に打ちつけるようにして、榛名を衝き上げる。

 後先を考えている余裕はなかった。

 榛名の内側の、濡れた肉の柔軟さを、夢中になって求めていた。

 提督の躰と壁に挟まれて、榛名の躰がほとんど浮いている。

 両手で提督の首にしがみつき、榛名は言った。

 

「愛しています……提督」

 

 加減せず動き続けながら、提督はその言葉のひとつひとつの音をはっきりと聞いた。

 頭の隅が、冷えていくような感覚を覚えた。

 榛名が熱い息を提督の耳もとに吹きかけながら、続けて言う。

 

「榛名は、とても……しあわせで……」

 

 瞬間、一気に高まった快感が下腹を突き抜けていくのを感じた。

 提督はなかば反射的に、腰を引いていた。

 なぜか、逃げ出してしまっていた。

 外れた拍子に、撒き散らしてしまう。

 榛名へ躰を預けたまま、どくどくと吐き出すにまかせていた。

 心臓が早鐘を打っている。

 中空への射精が、しばらく続いていた。

 ひとまず出しきったところで視線を下に向けると、大量の精が榛名の脚とスカートの裏地に散っていた。

 腿の上を、白く濁ったものがのろのろとつたい落ちていく。

 放心しながら、提督は息をついた。

 頬へと、柔らかな唇があてられるのを感じた。

 優しい感触だった。

 

 

 ◇

 

 バスタオルを躰に巻いた榛名が、甲斐甲斐しく提督の躰を洗う。

 クリップで後ろ髪をくくり上げているので、どこか別人のような印象でもある。(いなづま)の髪型に少し似ていた。

 浴室は透明なアクリルで仕切られているのみで、それを隔てた寝室側のすぐそこにはキングサイズの巨大なベッドが鎮座していた。

 洗い場と浴槽を合わせても二畳程度のこぢんまりとした浴室で、腰を下ろせるような椅子も無い。ふたりでいると、ひどく手狭に感じられる。

 スポンジの類が浴室内に見当たらず、榛名は素手でボディソープを泡立て、提督の躰をさするようにして洗っていた。

 正面に向かい合って立ち、榛名は泡にまみれた両手を、提督の胸へ丹念に這わせている。背中側はすでに洗い終えていた。

 榛名からは、健気さが溢れていた。

 普段は見せることのない、首筋から肩にかけてのなだらかな曲線が美しかった。

 

「榛名──」

 

 提督が呼ぶと、榛名が顔を上げる。曇りのない丸い瞳に見つめられ、提督は軽い気まずさを覚えながら言った。

 

「──さっきはスカートを汚してしまって、すまなかった。不注意だった」

 

 頭を下げた提督に、榛名は慌てた様子で両手を振った。ほっそりとした指先から、白い泡の粒がわずかに散る。

 

「そんな──全然、全然大丈夫でしたから。裏地ですし、汚れたというほどのものでは」

「染みにならなかったか?」

「ええ、仰られたように水で洗ってみたら、すぐに落ちましたので。あれって……血と、同じなんですね」

「血?」

 

 聞き返した提督に、榛名は頷く。気がついたようにはっとして、提督の躰に泡をこすりつける作業を再開し、続けて言った。

 

「前に、戦闘で血のついた服をお湯で洗ってしまって、駄目にしちゃったことがあったんです。金剛姉さまに、血は水じゃないとダメって教えられて」

「ああ──蛋白質だからな。熱で固まるんだ」

「ええ、そのようです。それで、似てるんだなって」

「血と──あれが、か?」

「はい」

「体液だから主成分が共通しているってだけだろう。べつに似てはいない」

「そう……ですか?」

「まったく、似てないな」

 

 釈然としない様子で首を傾げて提督を見つめた榛名だったが、すぐに提督の躰を磨く作業へ集中を戻した。

 榛名の息遣いと躰の熱を、湯で濡れた素肌に感じる。

 髪と肌から漂ってくる、甘い香りにも刺激されていた。

 提督はひそかに上を向いて、嘆息した。

 いつの間にやら下腹部がすっかり育ちきり、猛ったかたちになってしまっていた。

 裸にバスタオルを巻いただけの榛名の、強調されたその躰の曲線と、普段と違った髪型と、そして肌に感じる手のひらのなめらかな感触と、興奮を誘ってくる要素が多すぎた。

 できるだけ平静を装おうとしていたのだが、意識してしまえばもう収めることはできない。

 当然、榛名も気がついていた。

 しばらく視線を落として見つめていたが、やがてうっすらと紅潮した顔を提督に向けて尋ねてくる。

 

「あの……こちらは、同じ、この石鹸で大丈夫……なのでしょうか? こすってしまって痛くなったりは、しませんか……?」

 

 妙に生真面目なその口調が、少し可笑しかった。提督は肩から力が抜けるのを感じた。

 

「やたらに力を入れたりしなければ大丈夫だが……試しに、こっちを使ってみるか」

 

 提督は近くのラックから、小さなプラスチックのボトルを取り上げた。旅行用サイズのシャンプー程度の大きさで、透明なボトルだ。

 オリーブオイルのような色合いの粘液が、中に入っている。

 

「それは……?」

「ローションの試供品らしいな。サービスの一種なんだろう」

 

 提督はノズル式の蓋を開け、榛名の両手へ、ボトルの三分の一ばかりの量を出してみた。香りこそ異なるが、その粘度までがオリーブオイルのようだった。

 榛名は不思議そうにその粘りを手の上で確認していたが、やがて躰をかがめるようにして、提督の下腹部にその手を寄せた。

 とろとろとした液体が、榛名の繊細な両手から提督の硬直した陰茎へ、ゆっくりと絡みつけられていく。

 榛名は粘液を落とさぬように注意しながら、壊れものを扱うかのような慎重な手つきだ。

 茎部から始まって、その尖端、裏筋や雁首へも、粘液に濡れた榛名の手と指が這わされる。ことさらに優しい手つきで陰嚢とその裏側へも塗り込められ、思わず深い息が漏れてしまった。

 

「提督……いかがですか?」

 

 ぬちぬちと粘った音をたてつつ、陰茎と睾丸の表面で両手の指を動かしながら、榛名が上目遣いで尋ねてくる。

 提督は唇を舐め、答えた。

 

「すごく、いいな……きもち、いい」

「気持ちいい、ですか?」

「ああ……きもちいい。じつに、きもちいい」

「……ふふ」

 

 語彙の乏しくなった提督の反応を見て榛名は嬉しそうに小さく笑い、それを隠すようにうつむいた。

 ちらちらと提督の表情の変化を探りながら、敏感な部分をさりげなく指でくすぐってくる。憎らしいほどに気が利いていた。

 筒状にした片手で茎部をさすりつつ、もう一方の手の指で亀頭や裏筋、ときに睾丸の裏側の敏感な部分を優しく刺激してくる。

 さすがに全体的な手つきとしては(つたな)さもあるのだが、それでも悶絶しかねないほどの快感が提督の下腹を走り回り、びくびくと脚を震えさせ、息を荒らげてしまっていた。

 榛名が顔を伏せ、くすくすと笑った。

 愛しさと同時に、腹立たしさに似たような妙な感情が、提督の中で膨れあがってきた。

 両の二の腕を掴んで上体を起こさせる。

 驚いた榛名へ、強引に唇を重ねた。

 

「ん……」

 

 榛名が鼻にかかった甘え声を漏らす。

 一瞬の戸惑いののちに、すぐに提督を受け容れてきた。柔らかい口中の甘美な感覚を、提督は遠慮なく味わう。

 榛名の両手は陰茎から離れず、休みのない奉仕を続けている。

 空気に触れて粘度を増したローションと、尖端から先走って滲んできた津液(しんえき)が混じり合い、くちくちと音を立てている。

 唇から離れた提督は、榛名の頬や耳朶、首筋へと接吻した。

 

「あ……」

 

 榛名が陶然と喘ぐ。

 肌のすべやかさと、その下に隠されてある柔軟さに、提督は魅せられ、惹きつけられていた。

 膨れあがった欲望を抑えず、榛名の躰のバスタオルを剥いだ。空のバスタブへ投げ捨てる。

 豊かでありつつも均整のとれた、女としての完璧な肉体が露わになった。

 榛名は顔を朱く染め、身をわずかに縮こまらせたが、奉仕の手を引いたり休めたりすることはなかった。

 胸のふくらみへ、提督は残ったローションの大半をふりかけた。

 そのオレンジがかった緑の粘液を、なめらかな肌へ両手で塗り込めるように伸ばしていった。

 張りつめた乳房が、手のひらに心地よくすべって揺れた。

 

「は、うっ……ん……」

 

 榛名が切なげに声を漏らす。

 乳首が硬く尖ってきていた。提督はその弾力を指先で確かめ、ときに指の股に挟んでさらに刺激を与えてやった。

 切なげに身悶えしつつも、榛名は懸命に提督への奉仕を続けている。

 軽く握ってみると、ぬめった乳房がぷるりと揺れ、提督の手の中から逃げた。

 その感触と様子が可笑(おか)しくも心地よく、提督は幾度も同じ動作を愉しんでしまった。

 

「──たまらないな」

 

 思わず言葉にして発してしまって、提督は咳払いをした。すっかり上気した様子の榛名が、二度まばたきをして不思議そうに見つめてくる。

 提督は釈明するように言った。

 

「いや、榛名のこれが、気持ちよくてな」

「これ……?」

「おっぱいがな」

「……おっぱいが?」

「そう、おっぱいが」

「……榛名の、おっぱいは……提督の、お気に、召しました……?」

「ああ。榛名のおっぱいは気持ちよくて、最高だ。極上だ」

 

 開き直っておっぱいおっぱいと言い合っていると、どうしようもなく笑えてきてしまった。

 榛名も笑っている。この上なく嬉しそうでもあり、ひどく羞ずかしそうにもしていた。

 両手でさすり続けている陰茎に視線を落とした榛名は、ためらいながら口を開いた。

 

「榛名は……提督の、これが……好き、です」

「……これ?」

 

 意地悪く訊き返すと、榛名はうつむいた。耳朶まで真っ赤に染めている。

 

「あの……提督の……おち、おちんちん、が……」

 

 小声でどうにか言った。消え入りそうな声だった。

 提督は嬉しくなって、榛名に囁く。

 

「ちんちんが、お気に召したか」

「はい……」

「好きなのか」

「はい、榛名は……おちんちんが……大好き、なんです。とっても硬くて、あったかくて……力強いから……」

 

 榛名が見上げてきた。見つめ合った。

 ふたたび、手の中の陰茎に視線を落とす。わずかに呼吸が早くなっていた。

 榛名は唐突に、提督の前で膝を折った。

 立っていられなくなったか──と提督は思ってしまったが、明らかにそうではない。

 ローションで色づいた榛名の乳房の先端が、同じ色に染まった陰茎に触れていた。榛名がなんとも言えない表情で見上げてきた。

 提督はその意図するところを察し、バスタブの(へり)に腰を下ろした。

 陰茎がちょうど胸の谷間に来るように、座り具合を調節した。

 膝立ちになった榛名が両手で胸を寄せ、陰茎を挟み込む。

 

「お、う……」

 

 思わず声が漏れた。

 膣や口内とは異なる、柔らかな圧迫感に包み込まれた。初めての体験だ。

 榛名は上体を揺するようにして、上下に動く。

 すべすべとした乳房の肌がローションでぬめって、亀頭を両側面から心地よくこすり上げてきた。

 榛名の乱れた呼吸が、提督の腹部にかかる。

 乳房を両手で寄せながらの不自由な体勢での動作なので、かなりきつそうではあった。

 上目遣いで榛名が尋ねてくる。

 

「いかが、ですか……提督……? 手でするみたいに、上手くは、できないですけど……」

「いや、気持ちいい──俺も初めてだが、すごく、いいな……これは。榛名に包み込まれていて温かいし、柔らかい」

「んっ……ふふ……嬉しい、です」

 

 榛名が躰を動かしながら、微笑む。

 提督は残りのローションをすべて、陰茎と谷間の密着部分にそそぎ込んだ。いっそう潤滑になった榛名の肌の質感を、亀頭全体で感じる。ときおり鼠径部にこすりつけられる乳首の弾力も、アクセントとしての刺激に富んでいた。

 

「なあ……俺は気持ちいいから嬉しいんだが……榛名のほうは、大変なだけじゃないのか」

 

 提督は、息を切らしかけている榛名を気遣って言った。

 榛名は笑顔のまま首を振る。

 

「ううん……榛名も、こうするの……好き、なんです。提督が、気持ちいいって……それだけで」

 

 榛名はうつむき、谷間から尖端を覗かせた陰茎を見つめる。

 

「こうしてると……おちんちん……すごく、近くに感じられるから……好き……大好き」

 

 愛おしげに榛名はそう言って躰を沈めると、唇をつき出し、鈴口へと接吻した。

 ちゅ──と音をたてて柔らかい唇が接した瞬間、提督は先走りが尿道口から溢れ出るのを感じた。榛名が唇と舌で、すぐにそれを舐め取る。

 榛名──と、快感に()えながら、提督は呼んだ。榛名が顔を上げる。

 

「はい」

「──いっぱい唾を、垂らしてくれないか」

「えっ……」

「もっと、ぬるぬるにしてほしい。ローションなんかよりも、ぜんぶ榛名に包まれてしまいたい」

「でも……」

「榛名の唾なら、汚くなんかない」

 

 しばらく榛名は視線を泳がせていたが、やがてうつむいた。

 ためらいながらも、小声で言った。

 

「では……失礼します」

 

 口の中で唾を溜めるようにしたあと、遠慮がちに、谷間へと垂らした。

 榛名の端正な唇の間から、白く泡だった唾液のかたまりがとろりと垂れ下がる。そのさまに提督は、激しい興奮を覚えた。

 陰茎と乳房がこすれるたびに、くちゅくちゅと撹拌される水音がたつ。

 唾液は温かくぬめって、背徳的な興奮をもたらした。

 榛名は動作を続けながら、ときおり慈愛を込めた表情で、さらなる唾液を密着部分に垂らし落としてくる。

 尖端から漏れる津液や残ったローションと混じり合って泡立ち、谷間から溢れて榛名の胸のふくらみを濡らす。

 白い肌が、てらてらと輝いていた。

 潤滑さが増したことで、提督も腰を細かく動作させられるようになった。榛名の柔軟な肉の感触を、肌のぬめりを、陰茎全体で堪能する。

 

「おちんちんさん……大好き……一生懸命で、可愛い」

 

 昂ぶった榛名がつぶやいて、亀頭に接吻する。さらに舌を差し出し、裏筋の敏感な部分をちろちろと舐めまわしてきた。

 とたんに、陰茎の根元から快感が突き抜けていくのを提督は感じた。

 いく──と口にしようとした瞬間、激しく射精してしまっていた。

 間欠泉のように精液が噴き出し、榛名の唇に、鼻に、眉間から額に、そして前髪にまで飛び散っていく。

 白濁した粘液が、榛名の整った面差しを存分に汚していくさまを、提督は快感に呻きながら呆然と眺めていた。

 吐き出し終えて、息をついた。

 榛名の顔のあちこちに、白い固まりが垂れている。

 うっすらと目を開けて微笑んだ榛名が、ふたたび鈴口にむかって唇を寄せた。

 きつく残滓を吸い出され、快感が尿道内を走り抜ける。

 提督は背を反らし、さらに呻き声を上げた。

 こくりと、榛名が小さく喉を鳴らした。

 

 

 ◇

 

 ベッドでうつ伏せになった提督の背を、隣に座った榛名が()している。

 部屋に用意されていた揃いの白いバスローブを、ふたりは身に着けていた。

 提督は携帯電話の通話を切って、枕元に置く。

 浴室から出たあと、部屋の電話でフロントへ連絡して、プランを「宿泊」に変更していた。

 それにともない、鎮守府の妙高へいくつかの指示を連絡したところだった。

 鎮守府の門番である『憲兵』たちの監視の眼をごまかすための方策と、明朝に榛名の迎えを手配するものだ。さすがに連れ立って鎮守府に帰るような大胆なことはできない。

 妙高は態度や声色に含みをもたせるようなこともなく、細部について手短かな確認をしただけだった。

 提督は胸に抱いた枕へ顎を埋め、息をついた。

 

「かなり、()ってらっしゃいますね」

 

 榛名が背を圧しつづけながら言った。電話でのやり取りは聞こえていたはずだが、特に気にした様子もない、明るい口調だった。

 

「──そうか?」

「はい。固くて揉みごたえがあります」

 

 榛名の指が、腰の付近へと移る。凝っている自覚はなかったが、圧されている部位が心地いいのは確かだ。

 着ているバスローブのやや厚めのタオル地を隔てて、榛名の細い指先の圧力が感じられた。

 

「上手だな」

 

 提督が呻くようにつぶやくと、榛名は小さく笑って言う。

 

「じつは金剛姉さまにも、誉められるようにまでなりました。『マッサージはもう、榛名がいちばんグッドね』って」

「姉妹で、マッサージを?」

「ええ。以前から、ときどき。金剛姉さまとは船渠(ドック)にいる間も、部屋が一緒でしたので」

「なるほどな」

 

 船渠の内部は、ちょっとした温泉施設のようになっている。艦娘の修理施設ではあるが、中で実際に仕事をするのは妖精たちで、人間である提督は立ち入ることができない。

 必要な材料さえ揃えておけば、食事や入浴、床の支度まで、すべて妖精が勝手に世話をしてくれる。たとえ対象の艦娘が気絶していようが、問題はない。

 個室にすることも可能だったはずだが、金剛と榛名はあえて同部屋にしていたということだろう。

 

「金剛の様子は、どうだ」

 

 腰を圧されながら提督は尋ねた。榛名は手を休めず、訊き返してくる。

 

「どう──とは?」

「前線を破られたことを、気に病んではいなかったか」

「それは……はい。お叱りを受けてしまうのではないかと、ひどく不安そうにしていて」

「俺に叱られると?」

「ええ。提督のご期待に添えなかった、きっと失望させてしまった──と。出渠して提督にお会いしても、どのような顔を向けたらいいのかわからない、とまで」

「金剛がそこまで言うのなら、敗戦がそうとう(こた)えたか」

「──榛名にも、責任の一端はあります」

「そのへんの戦術的な問題や責任の有無については、とりあえず陸奥や妙高に任せてある。金剛や赤城が出てきてから、皆でしっかり検討すればいい」

「はい」

 

 神妙な声で榛名が返事をする。

 提督は枕に顔をなかば埋めたまま息を大きく吸い、吐き出す。告げるべきことを、告げる必要があった。

 

「──叱られたり、失望されたりするんじゃないかとビクビクしているのは、俺のほうなんだがな」

「提督が、金剛姉さまにですか?」

「そうだ。それから、榛名にもな」

「榛名に──なぜです?」

 

 提督は枕の上で、顔を榛名の方向へと横向けた。思いきって言った。

 

「今日、ここで榛名としたようなことを、ほかの複数の艦娘たちともしているからだ」

 

 榛名の表情は、窺うことができなかった。変わらず提督の腰を圧しつづけている。

 提督は尋ねた。

 

「知っていたか?」

「──いえ」

「そのわりに、驚かないな」

「それは……知っているかと言われれば、そうではなかったのですが──提督がそのようにされているのは、どこか自然なことのように感じられましたので」

「自然、か」

 

 自嘲しかけたところで、榛名の手が肩へと移ってきた。提督は顔をうつむける。

 優しい手つきで揉みほぐしながら、榛名が尋ねてきた。

 

「提督にとって()()は、お役目ということなのでしょうか」

「──難しいところだな。役目ということにして、自分の欲望を満たそうとしているだけだという気もしている。どちらにしても、榛名の気持ちを利用させてもらったことは確かだ」

「榛名は、榛名自身の意志でここに来ました」

「そういう反応をするだろうと、わかっていてしたことだ。汚いやり口だと怒ってくれていい」

 

 榛名が、揉む手を止めた。

 

「汚いなんて思いません。()()が提督のお気持ちからのことでしたら、榛名にはとても嬉しいことです。お役目からだということでしたら、それは尊くもあることです──提督が鎮守府のために、戦ってくださっているということなのですから」

 

 聞いたことのない榛名の強い口調に、提督は驚きを覚えていた。

 顔を上げたが、首筋を抑えられたままなので振り向くことはできない。背後を意識しつつ、言葉を発する。

 

「実際に血を流して戦っているのは、おまえたち艦娘だ。俺じゃない」

「いいえ──提督こそが、私たちのために戦ってくださっているのです。それは、何も知らない榛名にだって、ずっと前からわかっていたことです」

 

 榛名がまっすぐな物言いをするほどに、自分の歪み具合を思い知らされるような心持ちがした。

 言いようのない苛立ちに似た感情が、胸の奥から湧き上がってくる。

 

「──俺がしていることは、おまえたちを(けが)す行為だ。それだけは間違いない」

 

 そう吐き捨てるように告げた、次の瞬間だった。

 柔らかで温かいものが、背に押しつけられていた。

 躰を重ねて、榛名の両腕が提督の肩にまわされている。

 

「──それなら、榛名は進んで(よご)れます。提督につらい戦いをさせているのに、榛名ばかりがきれいなままではいられません」

 

 榛名の温かい頬が、首筋につけられている。

 提督は絞り出すようにして言った。

 

「……つらいとか、戦いとか、そういうのじゃ、ない。これは俺の、単なる欲望から始まったことだ。欲望のまま、おまえたちを(よご)しつづけているだけのことなんだ」

「いいんです。(よご)してください。榛名をいっぱい、提督で汚してください。ずっとずっと、どこまでだってお伴していたいんです。だから、榛名を──私を、あなたの欲望で、いっぱいに満たして」

 

 何も返すことができなかった。

 強靱な芯のある健気さにうたれながら、その躰の熱と柔軟さを、首筋の肌と背中で感じていた。

 しばらく、そのままでいた。

 鎖骨のあたりに触れている榛名の手を握り、提督は言った。

 

「マッサージは、終わったのか?」

 

 首の後ろで、榛名が少しだけ笑うのを感じた。

 

「……まだどこか、必要でしょうか?」

「ああ」

 

 提督は、榛名の上体とベッドに挟まれたまま躰を反転させ、仰向けになった。

 バスローブの前を開く。

 どんな状況でも正直な反応をするそれが恨めしくも恥ずかしくもあったが、開き直る気持ちにもなっていた。

 榛名がちらりと見やって、微笑む。

 

「すごく……凝ってらっしゃいます」

 

 手を伸ばして握り込みながら、そう言った。

 優しく上下にさすられて、提督は呻いた。短い間で、榛名は格段に扱いを上達させている。

 榛名はリズミカルに手指をしならせながら、尋ねてきた。

 

「いかがです……? 榛名は指で、気持ちよくできているでしょうか……?」

 

 返答の代わりに、提督は唇を求めた。快感に呼吸が乱れ、わずかに喘いでしまう。

 すぐに榛名が反応して、重ねてきた。

 唾液の音をたてつつ、唇と舌を求め合った。

 互いに貪り合っているうちにたまらなくなって、提督は榛名のバスローブを開いた。

 こぼれる乳房へ、唇をつける。

 

「あっ……ん、んっ……」

 

 提督が乳首をきつく吸いたてると、榛名は躰を震わせて鳴いた。

 目を閉じ、唇で甘く噛み、舌をじっくりと回転させる。

 女の味が口いっぱいに広がって幸せな心地となり、提督は幼子のように榛名に甘えた。

 片手で提督の頭の後ろを撫でる榛名からは情愛と母性が溢れていたが、同時にもう一方の手の指先で、提督の男の部分を巧みに刺激してくる。

 裏筋を人差し指の腹で軽くこすり上げられ、提督は快感に息を荒らげながら乳首を吸った。

 横座りしている榛名の股の間に、手を差し入れる。

 

「あっ……ん……」

 

 濡れて、ひくついていた。

 視線を合わせる。

 榛名は切なげに眉根を寄せながら、頷いた。

 これ以上ないほどに、お互いが求め合っているのがわかった。

 導いてやると、榛名は素直に提督を跨いだ。

 

「ん……んっ──」

 

 苦しげに表情を歪めてはいたが、榛名はしっかりと腰を沈めてきた。

 陰茎が収まる。

 提督は深く、息をついた。

 入り口近くの壁際で交わったときには気づかなかったことだが、内部の締め上げ方と膣壁の感覚が絶妙だ。

 ちょうど亀頭の当たる箇所が極端に狭くなっていて、少し抽送を繰り返しただけで絡みつくように密着してくる。

 その粘膜の微妙なざらつき具合も、提督の敏感な部分へ繊細な快感をもたらしている。

 粘膜と粘膜の、直接の接触でなければ味わえない快楽だ。

 枕元に用意してあった避妊具のことを、提督は今さらながら思い出した。

 

「提督……これ、すごく……」

 

 榛名が恍惚とした表情を向けながら、言葉に詰まった。腰が、震えるように動いていた。

 

「いいのか」

 

 こくりと、榛名が頷く。

 

「提督のおちんちんの……張りだしているところが……榛名の、いいところ、引っ掻くみたいに……当たってて……」

 

 雁首で、膣内の性感帯を刺激している。

 ふたりで揃って、生の交接の快感に震えている。

 提督はすっかり、内部へそそぎ込む気になっていた。

 榛名の膣内を満たすことで、その健気さに応えてやりたかった。

 それで孕ませてしまうようなら、それでも構わないとさえ思っていた。

 軽く催促するように手で腰を揺すると、榛名がゆっくりと前後に動かしはじめた。

 唇を噛んでうつむき、どこか苦痛に耐えるような表情にも見える。

 提督は親指を遣って、陰核をさすってやった。

 

「は、んっ……! そ、こ……だ、めぇ……」

 

 榛名が拳を噛むようにして言って、提督の上に倒れ込んできた。抱きとめてやる。

 半端に着ているお互いのバスローブが邪魔で、脱ぎさった。

 肌と肌を密着させて抱き合いながら、接吻する。

 唇を触れ合わせたまま、提督は尋ねる。

 

「駄目なのか?」

「ん……だって……きもちよすぎるから……」

 

 榛名は、提督の唇のあちこちに接吻しながら答えた。

 

「……あなたに……尽くせなくなっちゃう……」

「尽くそうなんて、思うな」

「だって……」

「榛名はただ、求めればいい。俺が全部、くれてやる」

 

 提督は榛名の腰を抱き、きつく密着させながら腰を衝き上げた。

 みずからの恥骨で陰核を刺激しつつ、硬直で深いところを探る。

 提督の顔の上で、榛名が口を開ける。

 

「あ……! ああ……! そ、れ……ほんとに……きもち、いい、から……!」

 

 快に()えかねるように榛名は身をよじったが、提督は抱きしめて逃がさなかった。

 開いた榛名の口の端から、唾液の(しずく)が垂れ落ちている。

 提督は舌を差し出し、それを舐め取った。

 榛名も、提督の舌を舐める。腰を自分から、さまざまな方向へ動かしはじめている。

 ふたりして、獣になりつつあった。

 ただひたすらに快を求めて、ふたつの口で互いを貪り合う。

 提督の内側から、衝き上げてくるものがあった。

 榛名の尻を両手で鷲掴みにして、上下に叩きつけさせる。

 あられもない声で、榛名が叫んだ。

 提督は腰を反りかえらせるようにして、精を吐き出した。

 密着したまま、榛名の内側に容赦なくそそぎ込み、満たす。

 榛名も躰を痙攣させている。

 快の深さは強烈で、気が遠くなるほどだった。

 提督は長い射精を終え、腰を外した。

 外れた拍子に、泡だった白濁が榛名の秘部から溢れて、とろりと垂れ落ちるのが見えた。

 提督の躰の上で、榛名は完全に脱力している。

 呼吸を乱しながらも、耳もとで囁いてきた。

 

「……愛して、います……提督……」

 

 提督は、榛名の汗に濡れた頬へと口づけして、その言葉に応える。

 

 

 



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ダイヤモンド・ハート

 海を見ていた。

 黒くさざめく、茫漠とした海だ。

 空には月も星もなく、夜の闇が濃い。

 鎮守府から放たれる人工の()だけが、揺れる海面をときおり、かすかに煌めかせていた。

 その艦娘は食い入るように、漆黒の先を見つめていた。

 だが艤装を外した状態の眼では、空と海の境目を判別することすらかなわなかった。

 風が、艦娘の背後から強く吹きつけていく。

 岸壁で砕けた波の無数の飛沫が、秘めやかな音をたてて足もとのコンクリートを濡らす。

 艦娘は、少女の名前をつぶやくように呼んだ。

 呼んで、遥か遠く、南の戦場を思う。

 発した言葉はすぐに、黒い波と風の隙間に消えていった。

 行ってしまった少女の面影も、過ぎ去った戦場の風景も、いずれも脳裏で明確な像を描くことができなかった。

 眼前にはただ、無感情な暗黒の海が広がっている。

 冷たく吹きすさぶ風の中で、艦娘はひとり、立ちつくしていた。

 

 

 ◆

 

 報告書を読み終えた提督は溜息をつき、片手でこめかみを揉んだ。

 顔を上げると、秘書艦の席で書類整理をしていたらしい叢雲と視線が合った。どうやらしばらく前から、こちらを見ていた様子だった。

 叢雲は小首を傾げるようにして尋ねてくる。

 

「あたま、痛いの?」

「いや」

「とすると、悩みごとか」

「いまのが、そんなに深刻そうに見えたか」

 

 叢雲は机の上で両腕を組み、口をすぼめた。

 

「べつに。ただ、さっきからずっと溜息ばかりだから。いかにも悩んでるみたいなポーズまでするし」

 

 提督は首の後ろを掻いた。最前の一回はともかく、読んでいる途中で自分が溜息をついていたことは意識していなかった。

 机の上に置いた報告書の薄い束──『略報』を一瞥する。

 少し考えてから叢雲を手招きした。

 叢雲は眉をひそめる。

 

「なに?」

「いいからこっちに来てくれ──椅子ごとだ。ちょっと話がある」

 

 怪訝そうな表情で叢雲は立ち上がり、自分の椅子を押してくる。

 提督はすぐ横に座らせ、『略報』を手渡して言った。

 

「これが何か知っているか」

「『略報』ってやつでしょ。なんだか、演習の報告書とかいう」

「そうだ。演習報告書にはもうひとつ別に、『詳報』というものがある。ふたつの違いについては?」

「えっと……あんまり。ただ、二種類あるってことだけ」

 

 叢雲は首を傾げていた。提督は頷き、続ける。

 

「実戦演習後に二種の報告書を作成するのは、その演習における『監督役』の仕事だ。うちで『監督役』を多く務めているのが、以前は長門、今では陸奥や妙高といったあたりだが、今朝おこなわれた演習については、そのふたりが出張だったので──」

「榛名さんが初めての『監督役』だったのよね。それはさすがに知ってる。今日は朝からずっといないし、昨日も、すごくそわそわしてたから」

「緊張していたな」

「うん。書類仕事を押しつけることになってごめんなさいって、昨日の終わり際に謝られたわ。律儀よねえ──こっちの仕事より、むこうのほうがキツいでしょ?」

「自分以外の艦娘を評価し、報告する役目だ」

「うわー……ぜったいやりたくない」

 

 叢雲は顔をしかめて言い、『略報』の表紙を眺めている。

 

「『略報』の内容はその名のとおり、演習経過の概要と、結果の速報だ。これは演習終了後の数時間以内に提出される」

「つまり、これが今朝のね。あんたが司令室から持ち帰ってきた、頭痛の種」

 

 『略報』を掲げる叢雲に、提督は苦笑いで頷く。

 

「『詳報』は今、榛名が司令室に籠もって作成中だ。『略報』よりも詳細な戦闘経過や各艦の動き、戦術的な分析などをまとめたものになる」

「提出期限とか、あるの?」

「基本的には数日以内に提出してもらうことになるが、演習規模や日程次第でまちまちだな」

「今回は?」

「とりあえず明日の日没まで、としておいた」

「短くない? 榛名さん初めてなのに、かわいそうでしょ」

「実際、急いでるからな。日程が詰まっているんだ」

「そっか、『作戦艦隊』だから……」

 

 そういうことだ──と提督は頷く。

 

「まあ、榛名の報告書作成能力はなかなかのものだ。今回も問題ないだろう」

「さすが、私の榛名さん」

「おまえのだったか」

「そうよ。だって同じ、執務室勤務の仲間だもの」

 

 叢雲は本当に自慢げな表情で、鼻を高くしてみせる。

 提督が榛名との出張から帰ってきて二週間あまりが経っていたが、実際に叢雲と榛名は以前よりずっと親密であるように見える。

 妙なライバル意識などが生まれなかったことに、提督は内心で安堵していた。

 

「では、おまえの榛名が作成した報告書の中身を見てみるか──開いてみろ」

 

 叢雲は素直に、膝の上でページを開いた。提督はさりげなく覗き込み、開かれているのが演習概要の項であることを確認した。

 

「そこにもあるとおり、今回の演習における参加艦隊はビスマルク率いる『作戦艦隊』と、仮想敵艦隊の役割を担う『対抗艦隊』だ。演習の主目的は『作戦艦隊』の練度養成であり、『対抗艦隊』は普段組むことの少ない艦同士、つまり寄せ集め艦隊的になるように、あえて構成した」

「でも旗艦は瑞鶴さんだし、ほかにも戦艦や軽空母のひとたちが入ってるから、けっこう──ていうか、けっこうどころじゃなく強そうなメンバーだけど」

「連携は期待できないが、個々の戦闘能力が高い艦を揃えた。そういうのも深海棲艦にありがちな特徴を想定している」

 

 なるほどねえ──と叢雲がつぶやく。

 演習の作戦内容は簡単な説明のみにとどめ、提督は演習結果のページを開かせた。

 読んでみろ、と叢雲を促す。叢雲は膝に視線を落として読み上げはじめた。

 

「──『作戦艦隊:D敗北。中大破判定多数につき。所期の作戦目的はいずれも未達成ながら、轟沈判定を出さなかったこと、交戦海域からの撤退を完遂させた事実を評価』」

 

 叢雲が顔を上げる。

 

「つまり、ビスマルクさんたちがボロ負けってこと?」

 

 提督は頷く。

 

「『作戦艦隊』は正式な結成から二週間で演習三連敗、いまだ勝ち無しだ」

「それがあんたの、溜息の理由?」

「演習でなかなか勝てない、というだけなら新結成の艦隊にはままあることだ。ページをめくってみろ」

 

 報告書の最後のページだった。叢雲が読み上げる。

 

「『特記事項:演習終了後、作戦艦隊旗艦と構成艦数名との間で口論が発生したとの報告あり。大事には至らずとのこと。継続して詳細を調査』──これって」

 

 叢雲が提督を見る。

 

「──喧嘩? ビスマルクさんと、相手は誰だかわからないけど、複数か」

「榛名に報告したのは、おそらく龍驤あたりだろうな。大事には至らずとあるから、取っ組み合いにまでは発展しなかったということだ」

「こういうのって……どうなの?」

「どうとは?」

「なんか、処罰されるとか?」

「実際に手が出ていれば、鎮守府内の軍規違反で懲罰会議だ。命令不服従であれば、司令に対する報告義務が旗艦にはある」

「ただの口喧嘩、ってだけなら?」

「程度次第だが、基本的には当事者間の問題ということだろうな」

「この、ビスマルクさんたちの場合?」

「監督役の榛名が調査中としている。それを待ってから、だな」

 

 叢雲は目を伏せた。頬のあたりが、わずかに引き締まったようだった。

 表情を観察しながら、提督は尋ねる。

 

「心配か?」

 

 叢雲はちらりと提督を見つめ、少しふてくされたように眼をそらした。

 

「……それはまあ、そうでしょ」

「ビスマルクと、そんなに親しかったか?」

「そこまでじゃないけど……心配して当然でしょ。同じ艦娘仲間だし、ビスマルクさんは旗艦になってすごく張り切ってるのは知ってたから」

「ビスマルクのことが好きか?」

「は?」

 

 何を問うのか、と叢雲は呆れたような表情をする。

 

「──それ、関係ある?」

「関係はある。大事なことだ」

「なんで」

「おまえは秘書艦であり、しかもビスマルクとそれほど親しくないからだ」

 

 叢雲は困惑した様子で、眉を歪めるようにして提督を見ていた。だがやがて首を振り、秘書艦手伝いよ──とつぶやくように言った。

 

「──けっこう、好きだと思う。初めて会ったときはなんだかプライドがやたら高そうとか思ったけど、実際はわりと気さくで優しいし。こっちの文化にも興味もってくれて、最近なんだか妙に馴染んでる感じもあるし」

「いいやつだと思うか」

「うん」

「そうか。それならいい」

 

 満足して頷いた提督に、叢雲は不審そうに首を傾げる。

 

「そんなこと聞いて、役に立つの?」

「十分だ」

「意味わかんない」

「ま、そのうちにな。──ところで、これから少し留守番を頼めるか」

「留守番って、執務室(ここ)の? いいけど……あんた、どっか出かけるの」

「少し仕事ができた。鎮守府内にいるが、日没までには戻る」

 

 叢雲は手もとの『略報』と提督の顔を見比べるようにした。やがて、頷く。

 

「ひとつ、訊いていい?」

「なんだ」

「どうして、この報告書を私に見せる必要があるの? 演習のこととか作戦艦隊のこととか、そういった内情を私が知ってもしょうがないと思うんだけど」

「さっきも言った」

「え?」

「おまえは秘書艦だ。俺や榛名が知っている情報は、できるだけ共有しておいたほうがいい」

「──秘書艦、手伝い」

「どっちでもいいさ。これからしばらく、陸奥や妙高は鎮守府外での活動が増える。何らかの事情で俺が指揮を執れなくなった場合、鎮守府の軍政を回すのはおまえと榛名の仕事だ」

「そんなこと、ありえないでしょ」

「備えておけ」

 

 提督は立ち上がった。部屋を出て行きかけて、ふと思い出して言う。

 

「そうだ──もし榛名がここへ来たら、今日はあまり無理せず早めに上がるように行ってくれ。『詳報』は多少なら遅れても構わないと」

「そうね。今日は榛名さん、早朝からだもんね」

「それもあるが、今夜は榛名も気になっているだろうからな。早く行って様子を見ておきたいはずだ」

 

 叢雲が首を傾げた。提督は続けて言った。

 

「今夜は、金剛が出渠予定なんだ」

 

 

 ◆

 

「すっかり、マッサージがうまくなったネ」

 

 ──そうでしょうか。

 

「もう比叡より上手ヨ。力加減が、とってもグッド」

 

 ──いえ、榛名はまだまだです。

 

「でも明日には、ここを出ちゃうネ」

 

 ──出渠前検査の結果しだいですが。

 

「ダイジョーブ。榛名はもう、ベストコンディションね」

 

 ──でしょうか。

 

「ねえ、榛名」

 

 ──はい。

 

「榛名はここを出て、どんな任務をしたいデス?」

 

 ──任務、ですか?

 

「ウン」

 

 ──それはもちろん、榛名に命じられたものを、全力で。

 

「それは、榛名がしなきゃならないこと。わたしがきいてるのは、榛名がしたいこと」

 

 ──榛名が、したいこと。

 

「したいことデス」

 

 ──……では、また姉さまの指揮下の艦隊で。

 

「榛名」

 

 ──はい。

 

「榛名は──比叡や霧島もそうデスが、わたしにはもう、じゅうぶん尽くしてくれたネ。これからはもう、自由ヨ。もっと早く解放してあげたかったネ」

 

 ──いえ。榛名が姉さまとともに前線に残ったのは、榛名自身の意志でした。そのことに後悔など。

 

「榛名」

 

 ──はい。

 

「榛名は、秘書艦の仕事をしてみたくないデス?」

 

 ──秘書艦。

 

「そう。榛名は、榛名のいちばん大事なひとのいちばん近くで、尽くてみたくないデス?」

 

 ──しかし秘書艦は、吹雪さんが。

 

「そうネ。でも、きっとブッキーひとりじゃ大変デス。テートクに頼んで、ブッキーのアシスタントにさせてもらうといいネ」

 

 ──そんな。とんでもない。

 

「アシスタントじゃイヤ?」

 

 ──そうではなく。榛名は未熟者ですので、そのように重大なお役目は。

 

「榛名」

 

 ──はい。

 

「わたしやブッキーに遠慮してばっかりじゃ、ダメ。これは榛名自身の、ハートの問題だから」

 

 ──ハート……心、ですか。

 

「そう、こころ。榛名は、自分のこころをもっと大事にしてほしい。私たちはもう、鋼鉄だけでできている存在じゃ、ないのだから」

 

 ──姉さま。

 

「イエス?」

 

 ──お気持ちが大事なのであれば、金剛姉さまこそ。姉さまこそが、あの方のいちばんお近くに。

 

「榛名」

 

 ──はい。

 

「わたしがどうするのかは、わたしが決めること」

 

 ──はい。

 

「だから、榛名にも、榛名がどうするのかを自分で決めてほしい。わたしのあとをただついてきたり、誰かに遠慮ばかりしたりするのではなく」

 

 ──はい。

 

「榛名は、いいコね。すごく、いいコ。だからこそ、心配」

 

 ──……はい。

 

「もっとワガママでも、ダイジョーブ。それでなにかが壊れるほど、この鎮守府はヤワじゃないネ」

 

 ──姉さま。

 

「イエス」

 

 ──まだ自分がどうしたいのか、榛名には、はっきりとわかりません。わからないのです。

 

「そう……」

 

 ──ですが、明日ここを出たら。

 

「出たら?」

 

 ──榛名は、そのとき、その瞬間の榛名自身の心に、正直でありたいと思います。榛名にできうるかぎり、正直に。

 

「正直に」

 

 ──はい。今は、それだけをお約束します。

 

「グッド。それでいいネ」

 

 ──ありがとうございます。

 

「ねえ、榛名」

 

 ──はい。

 

「マッサージはもう、榛名がいちばんグッドね。明日から、寂しくなるデス」

 

 ──またすぐに、毎日してさしあげます。

 

「そうネ……ほんのちょっとだけの、お別れネ」

 

 

 

 ◆

 

 理解できない──という表情で、アーク・ロイヤルが提督を見つめてくる。隣りの席のウォースパイトは対照的に、澄ました顔で紅茶のカップを口に運んでいる。

 イギリス艦たちが「ラウンジ」と呼ぶ、お茶会用の談話室だった。

 正確にはもともと談話室などではなく、海外艦寮の単なる空き部屋のひとつにすぎない。 新築の海外艦寮にはまだまだ未使用の区画が多く、ほぼ固まって居住している各国ごとに、好き勝手な用途で利用される部屋が存在するようになっていた。

 「ラウンジ」も、そうした部屋のひとつだ。

 

「アドミラル──私には理解できない」

 

 アークが、提督の想像していたそのままを口にした。

 

「──いったい、更迭とはどういうことなんだ。納得のいく説明をしてほしい」

 

 問われて、提督は肩をすくめてみせる。

 

「更迭というのは、平たく言えばクビという意味だが。翻訳の妖精が不調か?」

「言葉の意味などを訊いているのではない!」

 

 語気荒く言ったアークが、拳で机を叩いた。

 卓上に置かれたアークと提督の分の紅茶が、カップの中で揺れる。カップに口をつけたままのウォースパイトがわずかに眉をひそめ、隣席の僚艦を無言で見やった。

 アークはひとつ大きく息をつき、気持ちを落ち着けるようにしてから続ける。

 

「──私が訊いているのは、ビスマルクが旗艦を更迭されるとは、いったいどのような理由があってのことだと、そういう意味だ」

 

 言葉を短く切りながら話す。そうやって冷静であろうと努めているようだった。

 

「俺は『更迭の可能性がある』、としか言っていないが。まだ確定の話じゃない」

「それにしても、だ。我々の艦隊は編成されたばかりじゃないか。一度も実戦投入されぬまま旗艦が交代など、聞いたことがない」

 

 アークは同意を求めるように隣席を見た。ウォースパイトはかすかに微笑み、眼だけで頷きのような気配を返す。提督の視点からは曖昧な態度にしか見えなかったが、アークはそれで十分な同意を得られたといった様子で視線を戻し、提督の返答を求めるように見つめてきた。

 提督は、椅子に反りかえるようにして言った。

 

「まず、結成からの期間は関係ない」

 

 アーク・ロイヤルの空色の瞳を正面から見つめ返す。

 

「──むしろ連携や戦術が固まりきっていない今のうちのほうが、更迭に踏みきりやすいということでもある。それなら実戦投入前のほうが、被害がなくて好都合なぐらいだ」

「しかし、しかし──たった3回の演習の結果で?」

「まあ、仕方のないところだ。演習で結果を出せないのなら、実戦でも勝つ見込みは薄い」

 

 提督は他人事のように言って、いかにも高級そうなカップに手を伸ばした。湯気の立つ紅茶へ口をつける一瞬前に、アークの険しい表情が眼に入った。

 気づかぬふりでカップを傾ける。

 

「……ずいぶんと冷たい言い方をするのだな、アドミラル。ビスマルクを作戦艦隊の旗艦に推したのは貴方だと、そう聞いていたのだが」

「それだ。推薦したのが俺自身だから、ビスマルクが結果を出してくれないことには上層部への受けも悪くてな。やつがここまで駄目なようなら、いっそ今のうちに──」

 

 提督はカップを置き、舌を鳴らしながら人差し指で首を切る真似をする。芝居がかっていると自分でも感じられたが、駄目押しに片目までつぶってみせた。

 

「──とまあ、そういうことでな。悪いがこっちもクビがかかってるんだ」

 

 アークの表情が露骨な不快と怒りで歪む。軽蔑の視線に素知らぬふりをしながら、もう一度カップを手に取った。ウォースパイトにむかって尋ねる。

 

「香りが深くて美味いお茶だな。やっぱり高い茶葉を使っているのか?」

 

 ウォースパイトは特に表情を変えず、わずかに小首を傾げるのみで答える。

 

茶葉(リーヴズ)はそんなに高いものじゃないわ。ブレンドをちょっと工夫しているだけ。今日のは、ダージリンベースにアッサムを少し。オータムナルだからミルクで割るのもいいのだけど、気分でストレートに」

「言ってることはよくわからんが、コクがある」

「それがオータムナルってこと」

「秋摘みという意味か」

「そうそう」

 

 ふたりの会話をよそに、アークがフンと鼻を鳴らして横を向く。腕組みし、苦々しげに顔を歪めて言った。

 

「こんなに不快なアフターヌーン・ティーは初めてだ」

 

 その一瞬、ウォースパイトが無言で提督に微笑みを投げかけてきた。明確にアークの眼を盗んでの、共犯者の微笑だった。

 すぐに表情を消し、臍を曲げた僚艦へ顔を向ける。

 

「アーク──失礼なことを言うものじゃないわ。せっかくアドミラルに来ていただいたのに」

「べつに来てくれと頼んだわけでもない。勝手に()ざってきただけじゃないか」

 

 アークは自分の言葉でいっそう憤懣を募らせたのか、提督にきつい眼差しを向けてくる。

 

「──私は、貴方のことをもう少しまともな……上官だと思っていた。自分の推挙した部下を護ろうともせず、保身に汲々(きゅうきゅう)とするような下劣な人間だとは見抜けなかった」

「手厳しいな。能力不足の旗艦を更迭することは、そんなに下劣なことなのか」

「おい──」

 

 アークのまなじりが、怒りの形に釣り上がる。

 挑発へアークが上手くのってきてくれたことに、提督は若干の安堵を覚えた。

 

「それはビスマルクへの侮辱か。ならば許さんぞ」

「どうしたんだ。ずいぶん熱くなってるな」

「当然だ」

「解せないな──おまえたちはもともと、仇敵同士のはずだろう」

「それは貴方たちが言う『ゼンセ』でのことだ。今は違う。艦娘としてのビスマルクは私の僚艦であり、友だ。侮辱は看過できない」

 

 アークは唇を引き結んでいる。

 きかん気の強さが好もしかったが、提督は呆れたふりで頭を掻きながら言う。

 

「結構なことだが、結果がすべてだ。実戦で仲間を沈めてしまう前に、もう少し見込みのありそうな旗艦に交代させる必要がある。──なあ?」

 

 そう言って提督は、ウォースパイトをじっと見つめた。

 ウォースパイト自身はその視線を無表情に受けとめていたが、怪訝な顔で様子を窺っていたアークが突然、狼狽を露わにした。

 その意味するところに気がついたようだ。

 

「馬鹿な……そんな、馬鹿な話があるか」

 

 震え声で言ったアークを、提督は横目でちらりと見やる。

 

「そんなに驚くような話か? 格からすれば、ウォースパイトは旗艦として十分にふさわしい。前々からおまえたちイギリス艦は、艦隊の中心としての活躍の機会を欲しがっていただろう?」

「しかし、それは──」

 

 アークはしきりに眼を泳がせ、提督とウォースパイトを交互に見る。

 提督は身を乗り出すようにして、ウォースパイトに尋ねた。

 

「どうだ、ウォースパイト。今はまだ非公式な段階だが、次の演習あたりから旗艦を務めてみる気はあるか?」

 

 ウォースパイトの作りものめいた白皙(はくせき)の顔からは、いかなる感情も読み取ることができなかった。透き通るような淡い碧眼が、提督をじっと捉えていた。

 

「──申し訳ないけれど、お断りするわ」

 

 長い沈黙のあとで、ウォースパイトは静かに言った。口もとにはかすかな笑みが浮かんでいる。

 

「なぜだ。せっかくの昇任のチャンスだぞ」

「アドミラル──アークがさっき言ったけれど、ビスマルクは私たちの友よ。私たち王国海軍(ロイヤル・ネイヴィー)はけっして、窮地の友を見捨てたりはしない。ましてや、自分の昇格(プロモーション)に利用するなど」

 

 アークが、小さく息をついた。安堵の気配があった。提督へ強気の視線を向けてくる。

 

「さて、それで──どうするつもりだ、アドミラル? 別の艦娘に旗艦の話を持っていくか?」

 

 提督は困った表情をつくり、顎の先を撫でた。

 

「いや、まさか断られるとは思っていなかったからな。まあ、艦隊内にほかの候補がいないわけでもないが」

「ハ! 誰が受けるものか。我ら作戦艦隊の結束は固い──旗艦ビスマルクのもとでな」

 

 アークは勝ち誇ったような表情で立ち上がる。

 

「私はこれで失礼する。──ウォースパイト、悪いがここの後片付けを頼む」

「それはいいけど。アーク、どこへ?」

 

 見上げて尋ねるウォースパイトにアークは答えず、去り際に提督を冷たい眼で一瞥すると足早に部屋から出て行った。

 ウォースパイトはしばらく、叩きつけるように閉じられたドアを眺めていた。やがて、提督にむかって言う。

 

「どこに行ったと思う?」

「さあな」

「わかっているのでしょう?」

「わからんが。そう言うおまえはどうなんだ」

 

 提督は、少し冷えてぬるくなった紅茶に口をつける。ウォースパイトがやわらかく笑って言った。

 

「ビスマルクのところね。今朝の演習後の口論のことを謝りに行ったんだわ。アドミラルも、そのことを知っていたでしょ」

「どうだったかな」

「もともと、そういう狙いね」

 

 答えず、提督はひと息に紅茶を飲み干した。

 ウォースパイトは構わず続ける。

 

「ねえ、ひとつ聞かせてほしいのだけど」

「なんだ」

「旗艦の(オファー)、私が受けていたらどうするつもりだった?」

「どうせ受けやしないだろう」

もしも(イフ)の話よ」

 

 提督は溜息をついてウォースパイトを見た。邪気のない表情だ。どうやら純粋な好奇心で尋ねているらしい。

 もう一度、大きな溜息をついてから言った。

 

「──なんのかんの理由をつけて、旗艦の話はお流れになったことにする」

「理由って?」

「なんでもいい。イギリス嫌いの上層部から難癖をつけられたとか、そんなもんだ」

「それで私は、ビスマルク指揮の作戦艦隊にそのまま?」

「いや──自分のほうがリーダーにふさわしいと一度でも思わせてしまったら、もうチームには残せない。やはり適当な理由をつけて、作戦艦隊からは外す。──騙しうちで悪いが、旗艦はまた後日、別の艦隊で、だ」

「じゃあ、さっきの話を受けてたら、私とアークのふたりとも作戦艦隊から外れることになったのね」

「いや、そのときはイギリス艦すべてだ。ネルソン、ジャーヴィス、ジェーナスを含めた全員を外す。戦力としては痛いが、結束にわずかでも(ひび)が入れば、そこから隊が割れる。新編成の艦隊は壊れものだ。不安要素を残すことはできない」

 

 ウォースパイトは目を見開き、提督を見つめる。感心したように二度、深く頷いた。

 

「やっぱり……貴方は外交官(ディプロマット)ね、アドミラル。なかなかのものよ」

「本場のお国柄からの、お褒めの言葉と受けとっておこう」

「演技は下手だけれど」

「よく言われる。どこで気づいた」

「艦娘と話しているときの貴方は、こんな仕草、絶対にしたりしない」

 

 控えめに指で首を切る動作をしてみせ、ウォースパイトはいかにもおかしそうに笑った。

 提督は舌打ちし、立ち上がった。

 

「邪魔したな。美味い紅茶だった」

「もう行ってしまうの?」

「あまりのんびりしていると、日が暮れる。まだ用事があるんでな」

「ネルソンはトレーニングから戻らないし、ジャーヴィスたちはお昼寝から起きてこないし、私ひとりでお茶会だわ」

「すまない。またいずれな」

 

 ウォースパイトは肩をわずかにすくめ、目を伏せる。

 

「……アークだけど、本気でアドミラルのことを嫌いになったわけじゃないわ。彼女は頭に血がのぼると、すぐに周りが何も見えなくなるから」

「俺のことなど、どうでも構わない」

「貴方の真意と誠実さには、アークもいつか気がつく。きっと、そういったものが見えるようになる日が来る」

「また、いずれな」

 

 提督はウォースパイトに背を向け、ドアへと向かった。

 

 

 ◆

 

 ──ここは。

 

「わたしの、秘密の場所」

 

 ──秘密の場所。

 

「イエス。ここって、じみーに鎮守府の建物からは見えにくくなってるデス。このカゲにこうしてると、ぜんぜん、わたしたちがここにいるってわからないネ」

 

 ──あの、すみません。

 

「イエス?」

 

 ──どうして秘密の場所を、私なんかに。

 

「それは、あなたが」

 

 ──私が。

 

「泣いてたから」

 

 ──泣いては、いません。

 

「泣いてたヨ。こころの中で。私には見えていたヨ」

 

 ──……。

 

「わたしは、こころの中で泣きそうになったとき、ここへ来るデス。誰にも、涙なんて見せられないから」

 

 ──どうして、見せられないんですか。

 

「もしわたしが泣いていたら、あなたはどう思いマス?」

 

 ──きっと、驚きます。

 

「デショ? だからヨ」

 

 ──驚かれては、いけないんですか。

 

「わたしが泣いてみんなを驚かせるのは、ダメ」

 

 ──なぜ。

 

「結束に、(きず)がつくから」

 

 ──瑕。

 

「そう、瑕ヨ。それはちいさな、ちいさな瑕かもしれない。でも、ダメね」

 

 ──なぜ、ですか。

 

「みんな、わたしを頼りにしてるから。わたしの妹たちも、新しく入ってくる艦娘たちも、そしてテートクも、みんな」

 

 ──でも、それでも泣きたくなるときはあるんですね。

 

「イエス。もう、毎日」

 

 ──毎日、ですか。

 

「毎日ヨ」

 

 ──どんなことで、泣きたくなるんですか。

 

「……」

 

 ──すみません、失礼なことを。

 

「ウウン、そうじゃないノ。じつは、わたしにもよくわからなくて」

 

 ──わからない。

 

「ウン。なんで自分が、こんなにも泣きたくなるのかわからない。『前世』ではこんなこと、なかったはずヨ」

 

 ──それは、なんだか当然みたいな気もしますけど。

 

「ナゼ?」

 

 ──今の私たちには、心がありますから。鋼鉄のからだのときには、無かったものです。

 

「こころが」

 

 ──はい。心が。

 

「フム……こころがあるから、毎日、泣きたくなる。──なるほどデス」

 

 ──いえ……よく考えると、なんだか浅はかだったかもしれません。

 

「ウウン。きっとこれは、真理ヨ。──あなたは、するどい」

 

 ──そんなこと、ないです。

 

「あなたが泣く理由も、こころがあるから──デショ?」

 

 ──……私のは、もっと、単純です。

 

「単純?」

 

 ──私は、役立たずなので。

 

「そんなこと、ない」

 

 ──司令官もそう言って、あるいはただ笑って、否定してくださるんです。でも、でも……実際に、私は何の役にも立っていない。役立たずの艦娘です。

 

「そんなこと、ない。ぜったいにちがう」

 

 ──……。

 

「役に立てないことを泣くコが、ほんとうに役に立たないなんてこと、あるわけない。あなたは、あなたが思うよりもっと、ずっと強い。あなたの中には、強くて硬い、芯がある。わたしには見える」

 

 ──そんなふうには、思えないです。

 

「あなたは強い艦娘ヨ。信じなさい──ブッキー」

 

 ──ブッキー?

 

「あなたの呼び名ヨ。吹雪だから、ブッキー」

 

 ──はあ。

 

「吹雪ってブリザードね。名前も強そうネ」

 

 ──いえ、完全に名前負けです。私なんて、みぞれぐらいです。

 

「なかなか面白いジョークね」

 

 ──ほんとうにジョークなら、よかったんですけど。

 

「ブッキー」

 

 ──はい。

 

「あなたは強くなるヨ、きっと。それまでは、わたしが」

 

 ──金剛さんが。

 

「あなたを護るヨ。だれかにいじめられたり、できないことがあったら、すぐわたしを呼ぶデス。わたしがかならず、助けてあげるから」

 

 ──……金剛さん。

 

「イエス?」

 

 ──それじゃ、あべこべですね。戦艦が駆逐艦を護るなんて。

 

「フフ……いいノ。いつか強くなったブッキーが、きっとわたしを助けてくれるデス」

 

 ──そんな日が、来るでしょうか。

 

「来るヨ。わたしはずっと、待ってるから」

 

 

 ◆

 

 香水の匂いがする──と言って、叢雲が眉をひそめた。

 執務室へ戻ってきた提督が、留守中に提出されていた報告書や入った連絡などの伝達を受けている最中だった。

 傍らで見上げてくる叢雲の視線に、提督は動揺した。

 

「いや、これは──」

 

 弁明しかけたところで、叢雲が人差し指を立てて制する。しばらく思案顔をしていたが、やがて思いついたように言った。

 

「──リシュリューさんでしょ」

「あ……え」

「ちがう?」

「いや……そうだが」

「やっぱりね。この繊細なフローラル系の香り。ぜったい、私たち有象無象が使ってるような安物じゃないもの。陸奥さんは今日は外で仕事だし、作戦艦隊の中であんたと絡みがありそうな艦娘だと──って考えたら、リシュリューさんしかいないって思ったわ」

 

 叢雲は得意げに顎を上げて言った。提督は気まずい思いで、咳払いをする。

 

「なあ、べつに、話をしてきただけだ」

「話をしただけで、香水の匂いがつく?」

「それは──」

「キスは?」

「あ?」

「キスしたのかって訊いてるの」

「何を言ってるんだ」

「答えなさいよ」

「……した」

 

 言葉少なに憮然と答えた提督を見て、叢雲が吹き出す。

 提督はいっそう憮然とするほかない。

 

「──ごめん、ごめん。めずらしくあんたが狼狽(うろた)えてるから、ちょっと意地悪したくなっただけ」

「本当に、話をしてきただけだ。その場の流れでリシュリューから強引にキスされたが、それだけだ」

「もう、わかったってば。私に言い訳しなくていいから」

 

 叢雲の表情は、意外なほどにやわらかかった。上目遣いで尋ねてくる。

 

「話の仕方にもいろいろある──そういうことでしょ?」

「──まあな」

「リシュリューさんにはキスしてあげて、甘い言葉を囁くのが上手い方法ってことね」

「甘い言葉は囁いちゃいないが……情にはうったえてみた。なんだかんだで、あいつはそういうのに弱そうだからな」

「首尾は上々?」

「ビスマルク指揮下で連中が本当にまとまってくれるかは、次の演習を見てからだが、とりあえずはな。こちらの思惑についてはリシュリューも承知だろうが、ストレートに『頼む』と言われたら断れないタイプだ」

「作戦艦隊のほかの艦娘にも、その手?」

「いや、いろいろだな。なだめたりすかしたり……騙したり」

「騙す?」

「俺が敵になってしまうのが手っ取り早い、というパターンもある」

「ああ、そういう」

「それなりに恨みも買ったと思うが、憎まれ役を引き受けるのも俺の仕事のうちだからな」

「ふーん……」

 

 叢雲は口を尖らせ、鼻を鳴らした。宝石のように大きな瞳で、じっと、見つめてくる。

 

「……なんだ?」

 

 尋ねたが、叢雲は答えない。

 困惑した提督が眼をそらしかけたところで、頬へと手が伸びてきた。

 叢雲が背伸びするようにして、顔を寄せてくる。

 唇が重なっても、提督は目を閉じることができなかった。

 

「……おつかれ、さま」

 

 離れるなり、叢雲は優しげな眼差しでそう言った。

 提督は胸の奥に、ひどく息詰まるような、苦しい何かがせり上がってくるのを感じた。こらえて、唇を噛んだ。

 叢雲が、ついと眼をそらす。

 

「なによ。変な顔して」

「──いや」

「言っとくけど、レア、だからね……私のこういうの」

「ああ」

「ま、業務のうちだし。冴えない顔した司令官を、秘書艦がねぎらってあげるのも」

 

 叢雲は少し振り向いて、秘書艦の机を見やった。

 

「──私じゃ、吹雪ほどには役に立てないと思うけど」

「そんなことは、ない」

「事実よ。実際に今日、あんたがしてきたようなこと、私や榛名さんには真似できないと思うもの」

 

 言っている意味がよく掴めず、提督は叢雲を見つめた。叢雲は執務机に寄りかかり、その視線を受け流すように天井を見上げる。

 

「あんたが今日、あちこち歩きまわってやってきたのは、作戦艦隊をビスマルクさんのもとで結束させることでしょ?」

「まあ、そうだな」

「なんていうんだっけ……メンタルコントロールってやつ?」

 

 少し息を継ぎ、首を傾けて提督を見る。

 提督が黙っていると、小さく肩をすくめて続けた。

 

「そういうのって、吹雪がいるときには、あんたの代わりにやってたことなんでしょ? ちがう?」

「……あいつに、艦娘を騙させたりしたことはない」

「そりゃ、やり方は違うわよ。でも目的は同じでしょ。私たち艦娘が、心をひとつにできるように、そういうケアをするってこと。──吹雪はなにかにつけて、落ち込んでたり悩んでたりする艦娘のところへ行って話をしていたわ。そういうのって、あんたの指示だったんじゃないの?」

 

 提督はしばし言葉を失い、やがて黙って首を振った。

 秘書艦としての吹雪にさせていたことは、報告書や指令書の受け渡しであるとか、立ち会いであるとかの、特に重要というわけでもない煩雑な業務が大半だった。

 執務室外で仕事をさせた際、ときおり妙に帰りの遅いことが気になったりもしたが、仲のいい艦娘と立ち話でもしているのものだと思い込んでいた。

 叢雲は呆れたように息をつく。

 

「──ってことは、吹雪が自主的にやってたんだ。あの子、基本的に気は小さいのに意外と物怖じしないところあるのよね。相手の艦種だとか国籍だとか、わりと関係なく話すし。──前に榛名さんとも話したことがあるんだけど、吹雪のああいうところはなかなか真似できないねって」

「俺は……吹雪がそんなふうに動きまわっていることは知らなかった。今日の作戦艦隊へのケアについても、必要が生じたから動いただけのことだった」

「いなくなってわかるありがたさ、よね。相手がいるうちに、ちゃんと感謝しとかないと」

「……ああ」

「でも、吹雪の場合は難しいか。あんたにバレないように動いてたんだし。──見えないところで支えられてたってことよね」

 

 提督は立ちつくしていた。

 知悉(ちしつ)していると思い込んでいた鎮守府と、最も身近にいたはずの吹雪の行動と、その両面で、自分がまったくの無知であったことを、いま初めて知った。

 呆然としている提督の胸を、叢雲が笑って軽く叩いた。

 

「ほら、ぼんやりしてないで。あんたが留守中の報告、だいたい終わったけど、いい?」

 

 提督は、叢雲から手渡された報告書や届出書類の束をずっと持ち続けていたことに、あらためて気がついた。ああ──と、かすれた声で答えて、書類を執務机の上へと置く。

 叢雲が微笑んだ。

 

「それから最後に、榛名さんのことね。ちょっと前に、こっちの仕事が気になったみたいで顔出してくれたんだけど」

「ああ──今日はもう、仕事を上がるように言ってくれたか」

 

 陽はもう、沈みきっていた。窓の外、港湾の遠く、海へ突き出た防波堤の先端で、小さな灯台が緑色に瞬いている。

 

「うん、言ったけど、いいですって」

「いいです?」

「つまり、いつも通り9時に上がりますってこと。金剛さんは榛名さんが大役を任されていることを喜んでくれるだろうからって。出渠の付き添いなんかで仕事を放り出したりしたら、そっちのほうが叱られちゃいますって笑ってたわ」

「──そうか」

「それから……榛名さん今夜、私の部屋に泊まるから」

「なに?」

 

 提督が思わず聞きなおすと、叢雲はいっそう得意そうに微笑んだ。

 

「だから、私の部屋、十二駆の部屋のほうでお泊まり──女子会ってやつ? 榛名さんとは前から話してたのよ。ふたりでゆっくりのんびり、お喋りしたいねって。お互いそれなりに艦娘歴長いけど、秘書艦やる前はほとんど話したことなかったし。今夜はちょうどいい機会だから」

「……それは」

「そう、そういうこと。あんたと金剛さんのこと、気を遣ってくれたのよ。……べつに、プレッシャーに感じてほしくはないんだけど」

 

 提督は二の句が継げず、黙って叢雲を見つめた。透明な笑顔で、叢雲が言う。

 

「金剛さんの出渠は、ちゃんとあんたが迎えなさいよ。──その、いい匂いがついた上着は着替えてからね」

 

 

 

 ◇

 

 鎮守府港湾の外縁部から突き出た細長い防波堤を、提督は歩いていく。

 月の無い、暗い夜だった。

 海は時化(しけ)の気配を(はら)んで、せわしなく波音をたてはじめていた。

 風も出ている。

 ぼんやりした光を発する足元灯のおかげで、気をつけて歩いていれば、不意に海中へ転落してしまうようなことはない。

 防波堤の先端には、緑色の光を数秒おきに発する小さな白い灯台があった。

 その灯台の傍らに、長い髪をなびかせて立つ人影がおぼろげに見える。

 巫女装束に似た、見慣れたその服の袖が、ぱたぱたと音をたててはためいていた。

 

「金剛」

 

 手を伸ばせば触れるほどの距離まで来て、提督は呼んだ。

 人影が、ゆっくりと顔を振り向かせる。

 その表情は闇になかば溶けかかっているかのように朧げで、判然としなかった。

 

「テートク……」

 

 波と風の音に消え入るような、金剛の声だ。

 提督は、巫女服から素肌が剥き出しの肩を見つめた。

 

「この季節に寒々しいな、その格好は。艤装を長く着けすぎて、冬の寒さを忘れたか」

 

 コートを脱いで、裸の肩を覆うようにかけてやる。

 金剛はただ、呆然としているようだった。

 提督は照れ隠しに、訊かれてもいない説明を始める。

 

「予定時刻を過ぎても姿を見せないから、工廠の明石に連絡したんだ。そしたら、とっくにおまえは出渠してるって言うじゃないか。それで、もしかしたらここに来ているんじゃないかと思ってな」

 

 見上げる金剛の唇が、震えたように見えた。わずかに息を吸い込む気配のあとで、尋ねてくる。

 

「どうして、ここ、だと」

「以前、おまえがひとりになりたそうなとき、ここへ歩いて行くことがあったのを思い出した」

「知って、いたノ……?」

 

 久しぶりに聞く、独特の訛りが利いたアクセントに、思わず笑みが漏れた。提督は頷いて答える。

 

「いつもうるさいぐらいに目立ってばかりの金剛の姿が見えなくなれば、気になる。この突堤を歩いていくおまえの姿を、いつか執務室の窓から見かけたことがあった」

 

 金剛は、かすかに笑ったようだった。

 

「テートクは……なんでもお見通しネ」

 

 いや──と提督は首を振る。

 

「俺は何も見えていなかった──そのことは今日、あらためて思い知ったところだ」

 

 金剛が首を傾げる。

 提督はそれ以上何も言わず、金剛の隣りに並んで立った。

 冷たい風の中で眼を凝らしたが、見えるのは黒い海の、不気味なうねりだけだった。

 

「なにを、眺めていた」

 

 びゅう──と音をたてて、背後の陸地から沖合にむけて強い風が抜けていく。

 乱れた長い髪が、金剛の顔にかかった。金剛は手で払いのけようともせず、吹かれるにまかせていた。

 

「……ブッキーが、行ってしまった先。わたしがかつて、戦っていた海」

 

 提督は、乱れる髪の間に垣間見える金剛の横顔を凝視する。記憶の中にある、いつでも凜々しく明るく、太陽のような艦娘は、ひどく哀感に満ちた表情をしていた。

 吹雪の出征のことを、金剛はいつ、誰から聞いたのだろう──提督はぼんやりと、そんなことを思った。

 だが、それを尋ねることが、なぜだかひどく、億劫になっていた。

 提督が黙っていると、金剛は震える声で続けて言った。

 

「──でも、もう、わたしにはなにも見えない。戦っているときには、はっきり見えていたものが、今は見えない。なにも、見えない……!」

 

 金剛は唇を噛む。悔しげに、黒い海を見つめる。

 

「鎮守府の幸せ──みんなの幸せ──どうして、わたしは負けてしまったノ……! 勝ち続けていれば、きっと、きっと護り続けることができていたのに……テートクも、ブッキーも、みんな……」

 

 言葉をかけることが、できなかった。

 初めて見る、激情を露わにした金剛の姿だった。

 提督はきつく、拳を握りしめていた。

 憤ろしさとしか表現しようのない感情が、胸のいちばん奥で渦巻いていた。

 それを意識した瞬間に、憤ろしさは激流のように噴出し、提督の全身を震わせるほどの情動へと変化していった。

 それは明白に、怒りだった。

 金剛に対する怒りではない。

 自分自身の無知と、無力さと、この状況を招いた怠惰さへの怒りだった。

 気がつくと手を伸ばして金剛の両肩を掴み、引き寄せていた。

 ウールのコートの下に感じる金剛の肩は、不思議なほどに柔らかかった。

 強引に、唇を重ねた。

 唇に小さな痛みを感じた。強く急激に押しつけたあまりに、自分の歯で上唇を切ってしまったようだった。

 かすかに鉄臭い血の味に、金剛の柔らかな唇の表面についていた(しお)の味が混じる。

 金剛の口内へ、舌で割って入った。

 とろりと潤んだ唾液の、言いようのない甘い香りと味を感じた。

 唇を合わせているうちに、自分の激情が徐々に鎮まっていくのがわかった。

 離れる。

 金剛が見上げてくる。

 提督の唇へと人差し指を伸ばし、傷口にそっと触れる。

 細い指の先端に、くすんだ血が滲んでいるのを提督は見た。

 その手を掴んで、握りしめる。

 金剛の指はすっかり冷えきっていて、凍えていた。

 

「俺が──護る。俺が見せてやる」

 

 感情にまかせて、提督は言った。

 金剛が提督を見上げ、強く、手を握り返してきた。

 握り合った手を、繋がったその部分を、ふたりが見つめる。

 ふとそこに、濡れた、冷たい感触があった。

 ふたりの指の境目に、氷の欠片(かけら)が挟まっていた。

 ぽつ、ぽつ──と氷が、指や手の甲へ落ちてくる。

 氷晶だった。

 暗闇の中で、どういうことか、その六角形の結晶の形まではっきりと見えていた。

 白く透明な小さな柱が、ふたりの体温で溶け、消える。

 提督は、金剛を抱き寄せた。

 強く抱きしめて、言う。

 

「戻ろう──ここは、冷えてくる」

 

 胸の中で、やがて金剛が、小さく頷くのがわかった。

 

 

 

 



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リターニー・ガール高速戦艦、歓天喜水の創愛 *

 シャワーを浴びていくか──と尋ねると、数秒間の沈黙が返ってきた。

 私室の入り口から数歩室内に入ったところで、金剛は硬い表情のまま立ちつくしていた。

 提督は笑って、クローゼットから取り出したタオルをその濡れた頭にかぶせた。

 

「冷えただろう? この時期にそんな薄着で、雨にも濡れて」

 

 固まっている金剛から、貸していたコートを脱がせてやった。表面についていた細かい水滴を払ってポールハンガーに掛ける。

 防波堤から鎮守府本棟に戻ってくるまでの短い間で、降りはじめの雪は本降りの氷雨に変わり、ふたりを頭から濡らしていた。

 提督はシャツが躰に張りつき、コートを着ていた金剛も巫女服の裾が雨水を含んでしまっている。

 

「シャワーって、テートクの部屋におフロ、あるんデース……?」

 

 金剛が提督を上目遣いで見ながら言った。

 濡れた髪先から水滴が落ちている。

 提督はタオルで挟み込むようにして髪を拭いてやった。

 

「おまえが前線に出たあとな、この鎮守府では大きな改装があった」

「改装」

「鎮守府のいくつかの建物を改築したんだ。この部屋はそのついでだな」

「それで、こんなホテルルームみたいに」

「小綺麗になっただろう? 風呂については、いつまでも艦娘用の浴場を深夜に借りるというのもさすがに不便すぎたからな。少しばかり贅沢だが、シャワールームをつけさせてもらった」

 

 金剛は室内を物珍しそうに見まわしていた。

 執務室回りは、改装によって大きくその体裁が変わった。

 私室自体は改装以前から備わっていたものだが、デザインと施工を担当した明石がひときわ気合を入れて建設系の妖精を使役したため、きわめて瀟洒(しょうしゃ)な仕上がりとなった。

 

「──ほかには、工廠も建屋を大きくしたし、資材用の倉庫も新築した。艦娘たちの生活棟も大きく改装して、棟をいくつか増やした。気がつかなかったか」

「ウーン……見てなかった、デース」

「ま、すぐにわかるだろう。以前におまえたちが暮らしていた生活棟は、今は駆逐艦の寮だ。戦艦のほとんどは別棟の個室に入っている」

「個室……」

「とりあえず金剛の部屋もそちらに用意してあるが、気に入らなければほかに移っても構わない。あとで案内する」

 

 金剛がうつむいていた。

 どうした──と提督が声をかける前に、金剛はポツリとつぶやいた。

 

「みんな、変わっちゃった……デース」

 

 少し硬い微笑みに、寂しげな眼をしていた。

 提督は金剛の肩に手を置いた。つとめて明るい口調を意識して言う。

 

「すぐに慣れる。どうせ変わったのは、外面(そとづら)ばかりだ」

「ソトヅラ」

「中身は変わりようがないってことだ。まあ、少しばかり新顔が増えたが」

「ニューフェイス──新しいコたち?」

「そっちは明日からでも適当に顔を合わせていけばいい。きっと皆、喜ぶだろう。なにしろ、伝説に会えるのだからな」

 

 金剛が不思議そうな顔をして小首を傾げる。提督は微笑みかけた。

 

「おまえのことだよ。まだおまえを見たことのない艦娘でも、この鎮守府にいる全員が、前線をずっと支えつづけていた金剛という指揮艦の存在を知っている。艦娘たちの間では、まさに生ける伝説だ」

 

 棒を呑んだような表情で、金剛が固まった。呆気にとられて開いた口から、エ……という小さな声が漏れ聞こえてくる。

 

「変化にはすぐに慣れる。百戦錬磨の艦娘であるおまえが皆の前で明るくふるまっていてくれれば、士気の面で大いに助かる。できるか?」

「ウン……ダイジョーブ」

「近いうちに大きな作戦もある。金剛にも少し働いてもらいたい仕事ができた。──頼りにしてるからな」

 

 タオルの上から、金剛の頭を撫でた。

 金剛は泣きだしそうなほどに表情を崩し、すぐにそれを隠すかのように抱きついてきた。

 懐かしい感触だった。

 

「落ち着いたか」

「──ウン。アリガト」

「なら、早くシャワーを浴びてきたほうがいい。すっかり躰が冷えているぞ」

 

 金剛が少し躰を離して、提督の濡れたシャツを引っ張った。唇をすぼめて言う。

 

「テートクのほうが、濡れてるネ」

「俺はいい。こんなんでも海軍の端くれだからな。この程度で寒いとかぬかしていたら、兵学校も初日で落第だ」

「でも──」

「いいから。──ああ、おまえがシャワーを浴びているうちに洗濯機を回しておくから、いま着ている濡れた服は、脱衣所の編みカゴの中にな」

 

 提督は金剛の背を押すようにしてシャワールーム前の脱衣所まで連れて行った。

 どこか複雑そうな表情をしていた金剛も、最後には折れて先にシャワーを浴びることを納得した。

 扉を閉める直前に、振り返ってきて言った。

 

「テートクがいちばん、変わっちゃったネ──」

 

 

 

 ◇

 

 濡れた服をTシャツに着替え、ふたり分の洗濯物を入れた洗濯機の動作設定も終えた。

 提督は手持ち無沙汰な思いでベッドに寝っ転がっていた。

 洗濯機のモーターの作動音にまぎれて、シャワールームの水音がかすかに聞こえてくる。

 暖房が少し強すぎるのか、エアコンから吹き出してくる生暖かい風がどこか気持ち悪くもあったが、立ち上がってリモコンを手に取るのが億劫だった。

 仰向けのまま、提督は目を閉じた。

 つい最前に抱きついてきた金剛の柔軟な躰の感触が、胴に残っていた。

 かつて金剛が鎮守府にいた頃の、さして遠くもない昔のことを思い出そうとする。

 ほかの艦娘たちの前ではやたらと抱きついてきては提督を困らせ、それを愉しんでいるふうでありながら、一対一の場面では妙にキッチリと一線を守るのが金剛という艦娘のふるまい方だった。

 吹雪とは特別に仲がよく見え、まるで保護者であるかのようにふるまうこともしばしばだった。

 その吹雪と肉体関係をもったうえ、鎮守府全体に関わる混乱をもたらしてしまったことをどのように打ち明けたものか──瞑目して頭を悩ませている提督の(まぶた)の裏に、失望と軽蔑の眼で見つめてくる金剛が浮かんできた。

 提督は顔をそむけて、その視線から逃れようとする。

 

 

 ハッとして、目を開けた。

 すぐ間近で金剛が両手で頬杖をつき、ニコニコと笑っていた。

 ベッドサイドのカーペットの上に腰を下ろした金剛は、提督の貸した白のTシャツと黒いハーフパンツ姿だった。

 提督は目をこすって壁の時計を見た。日付がすでに変わっている。

 おそらく30分以上、寝入ってしまっていたことになる。

 

「──すまない」

 

 かすれた声で、提督はどうにかそれだけを言った。

 金剛は頬杖をついたまま、提督を見ていた。

 

「ドーして謝るデース?」

「おまえをほったらかして寝ていた」

「ノープロブレム、ネ。さっきシャワーからアガッてきたばかりだし、テートクのレアなカワイイ寝顔、見れたデース」

 

 金剛は変わらず笑みを浮かべていた。

 ふと、金剛の雰囲気がいつもと異なっているような気がした。どこか、少しだけ(おさな)いような、より柔らかな印象に感じる。

 少し見つめて、普段なら頭の後ろにある、特徴的な髪の編み込みが下ろされていることに気がついた。

 長い付き合いだが、髪を下ろした金剛を見たのは初めてのことだった。

 提督はベッドの上で上体を起こし、変わらずベッド脇に腰を下ろしている金剛と向き合った。

 30分ばかりで目を覚まして幸運だったと思った。

 寝ている間で、金剛に出て行かれてしまっていても文句を言えない状況だ。

 

「──よかった」

 

 心底から安心して言った。

 金剛は驚いたように、パチパチとまばたきをした。

 

「ファッ? ナニが?」

「いや、なんというか──おまえがどこかに、行ってしまわなくて」

「ドコかって、ドコに? わたし、まだマイルームの場所もしらなかったヨ」

「いや……」

 

 曖昧に、提督は言葉を濁した。

 ひとりで寝てしまっていたことを過剰に悪がるのも、その言葉の裏で下心を表明しているようできまりが悪い。

 もちろんシャワーを浴びさせている時点で、下心があるのは明白ではあるのだが。

 金剛がやわらかく微笑んだ。

 

「ダイジョーブ。ひと晩中でも、テートクの顔を見ていたデース」

「……物好きだな」

「ウン……スキ」

 

 見つめてくる視線の中に、感情が込められていた。

 提督は吸い寄せられるように顔を寄せ、金剛は目を閉じた。

 唇が重ねられる。

 防波堤のときのような、激しい、血の味のする接吻ではなく、どこまでも柔らかな感触の、ほのかに甘く香るキスだった。

 

「……また、シちゃったネ」

 

 金剛がうつむいて笑い、言った。

 照れ笑いだった。頬が赤くなっている。

 提督は金剛の髪を撫でた。

 

「──下ろしたんだな」

「アー……ウン。チョット迷ったけど、シャワーのときにヘアウォッシュして。──ジツはテートクがスリーピングのあいだ、こっそりドライヤー借りちゃったネ……エヘヘ」

 

 照れ隠しにか顔を伏せて笑い、金剛は舌を出した。提督は首を振り、それでよかったと告げた。

 丹念に髪を撫でつづける。

 乾かしたばかりなのだろう、まだほんのりと温かかった。

 

「──なあ、金剛」

「イエス?」

「今夜、一緒にいてくれと言ったら」

 

 大きな目をさらに大きく見開き、金剛は唇をわななかせた。

 下げた視線をあちこちにさまよわせたあとで、提督を上目遣いで見た。

 

「それって……メイク・ラヴ、する、ってコト?」

「そうだ」

 

 うつむいたまま、かなりの間、黙っていた。

 やがて、耳朶まで赤くした顔でコックリと頷き、ウン──と小声で言った。

 次の瞬間には、飛びつくように抱きついてきた。

 提督の耳もとに口を寄せ、消え入りそうな声で言う。

 

「でもプリーズ、クラくして……見られるの、ハズカシイから」

 

 

 

 ◇

 

 室内灯のオレンジ色の光のもとで、金剛の肢体は輝いて見えた。

 すでにハーフパンツを脱がせた金剛の下着の中に手を差し入れ、提督は愛撫を続けていた。

 首に、金剛が両腕ですがりついてきている。

 直接の愛撫を始めてからいくらも経たないうちに、その部分からぐっしょりと溢れてきているのがわかった。火傷するかと錯覚するほどの熱を帯びている。

 

「ハ、ンッ……ア……ン……」

 

 耳もとで、金剛が息とも声ともつかない喘ぎを発していた。

 膣からはとめどなく愛液が溢れ、指をつたってシーツに(しずく)が落ちている。

 金剛の温かな髪の芳香と、耳朶をくすぐる呼気に提督は情欲を刺激されていた。

 

「よく濡れているな」

 

 指での愛撫を止めずに提督がそう囁くと、金剛はとろんとした表情を向けてきた。頬がひどく紅潮していて、まるで酩酊しているかのような様子だ。

 

「エ……そう、なの……?」

「もうびしょびしょだ」

「ヤッ……ン……よく、わかんない、デース……」

 

 金剛は喘ぎながら、舌足らず気味に答えた。紅潮したその耳に唇を寄せ、提督は囁いた。

 

「ほら、音、聞こえるだろ」

 

 下着の中で提督は、指の腹を陰唇にこすりつけた。

 くちゅくちゅと粘った水音が秘めやかに、しかしはっきりと響いて聞こえた。

 金剛が息を呑み、背を丸めるようにして縮こまる。

 

「ノゥ……プリーズ、テートクゥ……」

「嫌か?」

 

 尋ねつつ、手の動きは止めない。本気で拒否しているわけでないのは明らかだった。

 金剛は愛撫に反応して吐息を漏らしながら、提督の胸へこすりつけるように頭を左右に振った。

 

「ウウ、ンッ……ヤじゃ、ない……ケド」

 

 金剛の顔も躰も、秘部も、すべてが烈しい熱を発していた。

 提督は細かく指先を動かし、入り口を(いら)った。

 ちゅくちゅくちゅくちゅく……と、さらに明白な水音をたてながら、濡れた陰唇が指にまとわりついてくる。

 金剛の腰が切なげに震えはじめていた。

 テートク、テートク──と、腕の中の金剛がうったえかけてくる。

 

「どうした」

「おねがい……ネぇ、おねがい……もう、ハズカシいから、ダメ……」

 

 金剛は目を潤ませて提督を見上げてきた。

 愛撫を続けたまま、提督は金剛の耳もとに唇を寄せて囁く。

 

「──気持ちがいい、だろう」

「ウン……イイの、とっても、イイの……だから……」

「恥ずかしがらなくていい。そういう金剛の姿を見て、俺も興奮している」

「ホント……? テートクも……?」

 

 熱っぽい視線を受けて、提督はズボンの下で膨れあがっている自らの股間を金剛の太腿に押しつけた。

 金剛が下を向いた。驚きに目が見開かれる。

 

「ア……」

「な」

「ウン……おっきくなってる……スゴい」

 

 しばらく金剛は太腿を微妙に動かし、提督の硬直の感触を探るようにしていた。

 やがて意を決したような眼で手を伸ばし、ズボンの生地の上からその膨らみに触れた。

 

「アァ……」

 

 金剛が溜息混じりの声を上げる。

 切なげな眼で凝視しながら、硬直に添えた手のひらをゆっくりと上下に動かしはじめた。

 硬い、遠慮がちな動きだった。

 布地越しということもあって、快感よりももどかしさのほうが上回っている。

 生唾を呑み込み、提督は言った。

 

「直接、触ってくれ」

 

 金剛の返答を待たず、ズボンとパンツを雑に脱ぎ捨てて下半身だけ裸になる。

 臆面もない硬直を露わにした。

 金剛が目を丸くして見つめている。

 提督は金剛の手首を掴んで引き、茎部の根元からその中ほどまでにかけてを愛撫するよう導いた。

 柔らかくほっそりとした手指が上下し、脈打つ充血器官の形を確かめていく。

 

「こ、こう……?」

 

 提督をチラリと見て、金剛が尋ねてきた。

 

「ああ──上手だ」

 

 答える声が震え、かすれた。

 清純なものを(けが)しているという背徳感が強く、それがさらなる欲望を煽りたてていた。

 安心したように、金剛が笑顔を向けてくる。

 躰を伸ばすようにして唇を重ねてきた。

 舌を差し出してやると、金剛は控えめに吸った。

 提督は再び、秘裂を指で断ち割った。

 

「アッ……ハゥ、ン……」

 

 重ねた唇から、金剛が甘い声を上げる。

 いいかげんに邪魔になってきた金剛の下着を、提督は空いている手で押し下げた。金剛はわずかに腰を浮かせてくねらせ、積極的に協力して脱いだ。

 露わになった互いの下半身を片手で愛撫しつつ密着し、深い接吻を交わす。

 舌が複雑に絡み合っている。

 金剛の口内はその膣内と同じように、(とろ)けた熱でいっぱいだった。

 濃く粘る唾液から、興奮と発情の味がしていた。

 金剛の舌と唇の感触に、提督は強い衝動を覚えた。

 一度それを自覚してしまうと、もう抑えることはできなくなっていた。

 提督は躰を起こした。

 仰向けに寝ている金剛の、その顔の真横に膝立ちになる。

 

「オゥ……」

 

 凝視して、金剛が息を呑んだ。

 提督は怒張を握りしめ、腰をつき出した。

 瑞々(みずみず)しい唇へ、すでに透明な粘液を滲ませていた先端を無遠慮に()りつける。

 

「ン……」

 

 亀頭の動きにあわせ、金剛が唇を尖らせてキスのかたちをつくった。

 やがて実際に、チュ、チュ──と、控えめな音をたてて吸ってきた。

 快感に震えながら、提督は腕を伸ばして秘裂への愛撫を再開した。

 不自由な姿勢ながら陰核を中心に指先で撫でまわしていると、すぐに金剛が自ら快を求めて腰を動かしはじめた。

 唇の隙間からほんのわずかにだけ差し出された舌先が、鈴口をちろちろと刺激してくる。

 提督は衝動のままに、金剛の口内へと陰茎を押し込んだ。

 

「ン……クッ」

 

 金剛が小さく呻き、苦しげに眉根を寄せた。

 しかし、拒まない。

 逆に、口を開いて提督を迎え入れた。

 提督は思わず、感嘆の言葉を漏らしてしまう。

 

「ああ──最高だ」

 

 口内は期待したとおりに熱く湿っていた。

 そのうえさらに提督に快を与えようと、金剛が唇と舌で奉仕を加えてきた。

 陰茎に血流が巡り、力強く脈打ちはじめる。

 提督は腰を前後に揺すりはじめた。金剛の頬の内側の粘膜に、亀頭を思いきりこすりつける。

 極上の快楽だった。

 陰茎を突き上げ、端正な顔立ちを内側から歪めてみせる。

 強烈な征服感と背徳感があった。

 身勝手な快感に、提督は躰の芯から震えていた。

 一方で金剛は健気だった。

 歯を立てぬよう配慮しながら、絞るように唇で茎部を締めてきている。

 さらに口内では、さりげなく裏筋に舌を這わせてきた。

 献身的だった。

 そのように尽くしながら、もどかしげに腰を振って愛撫を求めてきていた。

 

「もっと……もっと、イジッて」

 

 腰の動きで陰茎が外れてしまった際に、そう懇願してきた。

 秘部にある提督の指に自分の指を重ね、強く圧迫してくる。

 尽くすことで、金剛のほうでも欲望を駆りたてられているのだった。

 提督はさらに深く、金剛の口内へ陰茎を突き挿した。

 金剛の腰が淫らに動く。

 提督は一気に興奮の頂点へ達した。

 ぞくぞくとした快感が腰の後ろを這い上り、粘度の高い液体が尿道をほとばしっていく。

 

「イくっ──イくぞ、金剛──!」

 

 叫んで、射精していた。

 その瞬間、金剛の口から離れてしまった。

 美しい顔へ、思いきりぶちまけることになった。

 勢いよく、放出していた。

 唇、頬、鼻筋へ、粘度の高い白濁が無遠慮に散る。

 ひとしきり出しきって、提督は深く息をついた。

 終えたとたんに、罪悪感が押しよせてきた。

 金剛は大量の精液に顔を汚されたまま、仰向けに横たわっている。Tシャツに包まれた胸が大きく上下していた。

 

「すまん──」

 

 提督はサイドボードの上にあったティッシュ箱から数枚を引き出し、金剛の顔を拭こうとした。

 金剛が微笑み、それを押しとどめた。

 顔の白濁の一部を指ですくうと、まじまじと眺める。

 

「──ワーゥ。ドロドロ、デース」

「調子にのって悪かった。いま、拭くから」

「ン……ノー、ノープロブレム、ネ」

 

 金剛は指先を口に含んだ。わずかに顔をしかめる。

 

「──おい」

「ナンデース?」

「そんなことをしなくていい。不味いだろう」

「ンー……そんなに、マズくないヨ。スッゴく、ニガいケド」

「苦いのを我慢しなくていい」

「イイの。だって、スキ、なんだモン。──ゼンブ、テートクのテイストだから」

 

 金剛は顔に散った精液をぬぐい取っては口に運び、嚥下しつづけた。そのさまを提督は呆然と眺めていた。

 

「もしかしたら……オイシイ、のかも。クセになりマース」

 

 精液の大部分を舐めつくしたあとで無邪気に微笑んでそう言い、音をたてて指をしゃぶった。

 下半身をしどけなく剥き出しにしたままの金剛の、そのどこか得意気な様子を見ているうちに、提督はまた自分の内部に何かが兆してくるのを感じた。

 気がつくと、のしかかって金剛の顔を跨いでいた。

 

「ファッ──テートク!?」

 

 驚きの声を上げる金剛に構わず、愛液に濡れた秘部へとむしゃぶりつく。

 さらに何ごとかを言っていたようだが、耳に入らなかった。

 充実した肉づきの太腿を顔で強引に押し割り、唇をつけ、音をたてて(すす)った。

 

「ア、ウ……ンッ……アアッ……!」

 

 高い喘ぎを発しながら、金剛は身を(よじ)ってわずかに抵抗する様子を見せた。

 しかし提督の顔を挟みつける太腿の力はすぐに弱まり、甘えた迎合の気配を滲ませはじめた。

 提督は秘裂を丹念に舐めた。秘部の熱を、顔全体で感じた。

 金剛が、顔の上に乗せられた陰嚢へ舌を這わせてきている。皺と皺の間まで舐めつくそうとするような懸命さだった。

 

「ハッ、ハッ、ハッ……」

 

 金剛の荒い息遣いが聞こえる。呼気が陰部をくすぐっていた。

 獣のように、互いの性器を貪り合った。

 提督は視線を下げ、自分の下半身を見やった。

 金剛の表情を窺い知ることはできなかったが、形の良い顎をこちらに向け、必死に舌を伸ばして陰茎を舐めようとしているのが見えた。

 もう、止まることができなくなっていた。

 提督は陰茎を手で支えて角度を変え、金剛の口内に挿し入れた。

 加減せず思いきり突き立てる。

 本能のままに、金剛の顔の上で腰を振った。

 狭い喉奥で亀頭が圧迫され、たちまち絶頂の気配が湧き上がる。

 夢中になって金剛の膣内に舌を挿し入れ、掻き回した。

 立ちこめる女の匂いを鼻腔に満たしながら、提督は金剛の喉奥へと精を放った。

 

 

 

 ◇

 

 本交に至らぬまま、ふたりして汗やら何やらにまみれてしまったので、シャワーを浴びることにした。

 先に顔や口内だけを洗いたいと主張する金剛に背を押されるようにして、提督はひとりシャワールームへと入った。

 熱い湯を頭から浴びた。

 躰の中に張り詰めていたものが、溶けて緩んでいくような気がした。

 浴びているうちに、背後で戸がカラカラと音をたてて開いた。

 髪を頭の後ろにくくり上げた、一糸まとわぬ姿の金剛が入ってきた。その肢体のあまりの優美さに提督は呆け、思わず見とれた。

 

「ダーメ。そんなに、見ないで」

 

 金剛が素早く躰を寄せてきて、提督の目を両手でふさぐようにした。

 密着することになった。

 弾力のある胸が、提督の躰に直接押しつけられている。

 

「わかった──こうか。これなら見えない」

 

 提督は金剛を抱きすくめた。

 どこまでも柔らかい躰を、両腕で抱え込んだ。

 金剛はウン──と小さく答えて、提督の背に両手をまわしてきた。

 そうやって抱き合って、ふたりでともに湯を浴びた。

 金剛の二の腕の肌の表面を、球になった無数の湯の滴がコロコロと流れていく。その信じがたいほどの張りを、提督は自分の指で触れて確かめ、思わずつぶやいた。

 

「おまえは──綺麗だ」

 

 金剛が提督を見た。じっと見つめたあとで、ふっと微笑んで言う。

 

「どうしたノ? テートクが、オセジなんて」

「お世辞なんかじゃない。初めて会ったときから、ずっと思っていたことだ。──おまえは、綺麗だ」

 

 金剛の瞳が揺れた。提督の背にまわした手に力が込められ、より強く密着してくる。

 

「初めて、そんなふうにホメられたデース……テートクに」

「悪かった」

「ノーノー、イイの……わたしはゼンブ、ワカってた、から」

 

 そう言って顔をすり寄せてくる金剛を、提督はただ抱きしめる。

 抱きついてくる金剛をこのように抱き返せるようになるまで、ずいぶんと長い時間がかかったものだった。

 

「……でもテートクって、意外とワイルドなのネ。それはチョット、驚いたデース」

 

 胸に頬をすりつけたまま、金剛が言った。先ほどの交わりのことを言っているのだとわかった。

 

「何度も調子に乗って悪かった。どうも、自分で歯止めが利かないことがある」

「でもあーいうテートクも、わたしはスキ」

「いや、もうちょっと抑えないとな。受け容れられてることに甘えているのは、よくない」

「ストレス、たまってるデース?」

「ああ……たまってるのかもしれん。いろいろと」

「ウン。タマッてる、タマッてる」

 

 金剛は上機嫌そうに言っていたが、唐突に顔を上げ、厳しい眼で提督を見た。

 

「ネー、テートク。バスタブがないの、ダメヨ」

 

 提督は言葉に詰まった。何の話だ、と問おうとしたところで、金剛が先回りして言う。

 

「ココ、シャワーしかないデショ。そんなじゃ、ダメ」

「ああ……風呂に湯を溜めるのはなんか、面倒な気がして、な」

「ちゃんとリラックス、大事ネ。毎日くつろがないと」

「前にも誰かに言われたな。まったく同じようなことを」

 

 あれはたしか、由良だったろうか。自分がくつろぐことを後回しにしているとかなんとか──。

 ぼんやりと考えていると、金剛の視線に気がついた。探るような眼をしていた。

 

「ダレに?」

 

 提督は失言を悟った。思わず視線を泳がせるが、金剛が詰め寄るように重ねて問いかけてくる。

 

「ブッキー?」

「いや」

「じゃあ──榛名?」

「……いや、別の艦娘だ」

 

 提督は緊張し硬くなっていたが、金剛はどこか意地悪そうな眼で提督を見て、表情を緩めた。

 

「テートク」

「ああ」

 

 声が上擦ってしまう。金剛は笑いをこらえているようだ。

 

「ゼンブ、わかってるって言ったでショ。()()()()()でわたし、怒ったりしないデース」

「……実際のところ、どこまで知ってるんだ」

「ンー……ホントは、榛名とのコトだけ。ジツはきのう、ドックにいたとき、明石を通して榛名から手紙(レター)、もらったネ──」

 

 視線を上向けるようにして、金剛が説明する。

 手紙には、吹雪たちが金剛たちと交代で前線の任に就いたこと、榛名が秘書艦を務めるようになったこと、そして提督と男女の関係に至ったことが書かれていたという。さらに、提督と艦娘たちとの関係に多少の変化があったとも。

 

「変化──それだけか」

「ウン、それだけ。テートクは、艦娘とのコミュニケーションのやりかたが変わったって」

「もっと具体的なことを、説明してほしいか」

「今は、ノー。それはテートクや、それぞれの艦娘の大事なプライベートでショ? ホントに知る必要があるときまで、わたしはノータッチがベター、ネ」

 

 金剛はそこで、少し遠くを見るような眼をした。

 

「でも──ヒトツだけ教えて。ブッキーは、しあわせそうだった?」

 

 提督は息を吸った。いったん目を閉じ、心を落ち着けてから答える。

 

「──俺の眼には、そう見えた。そして今も、幸せかどうかは知らんが、艦娘として充実しているのは確かだろうな。──あいつは、強くなった」

 

 金剛は顔を伏せた。伏せる一瞬前に泣きだしそうな顔をしたように見え、提督は案じて覗き込もうとした。

 金剛は顔を上げ、弾けるような笑顔で勢いよく提督に口づけしてきた。

 唇と頬に、幾度も接吻を繰り返してくる。

 しばらくしてようやく落ち着き、言った。

 

「アリガト、テートク。テートクも、強くなったネ」

「そうか?」

「ウン。──とくにココが、ストロング」

 

 金剛の片手が下へと伸びる。すでに硬直しきっていた陰茎に手のひらを添え、上下にさすった。

 力加減が格段に上達している。

 提督は快感に呻いた。

 

「あんなに出したのに……ソゥ・ハード」

 

 うっとりと陰茎を見やりながら、金剛が言う。先端に滲んでいた透明な液を指先で絡め取り、繊細な手つきで亀頭を撫でまわす。

 ゾクゾクと痺れるような快感があった。

 金剛が提督の耳に囁く。

 

「ネ……舐めさせて。テートクのアレ、また、わたしのクチの中にほしいの……」

 

 金剛の顔を見る。羞じらいの色が濃いが、それでも挑むような眼で見つめ返してきた。

 欲望が羞恥を上回っているようだった。

 提督は金剛の秘部に手を差し入れた。

 湯とは明らかに異なる、粘った液体で濡れている。

 口淫ではなく、いっそ──という思いを視線に込めて見つめ、眼だけで訊いたが、金剛は首を振った。

 

「テートク……ソーリィ。わたし……初めてのメイクラヴは、ベッドで、が、いいデース……」

 

 上目遣いで提督を見て、申し訳なさそうな表情で言う。

 提督は金剛の背を撫でた。

 

「そうだな。最初はやっぱり、ベッドの上でだな」

「ウン……!」

「だが、それなら」

「ソレなら?」

「俺も、また金剛のを口で舐めたい。指と舌で、おまえの腰が抜けるほど気持ちよくさせてやりたい」

 

 金剛が羞じらった。顔を伏せて頷き、人差し指で陰茎をひと撫でする。

 

「じゃあ、順番、ネ」

「ああ」

「わたしからで……オーケィ?」

「おまえが舐めるほうか」

「ン」

「よし、頼む。たっぷり唾を絡めて、舌をいっぱい遣ってくれ」

 

 あからさまなその要求に、金剛は微笑みで応えた。

 提督の前にひざまづき、腰を抱いてきた。

 一気に奥まで含まれて、興奮と快感が頭頂部まで突き抜けてくる。

 金剛は言われたとおりに舌を激しく遣いながら、口内のあらゆる部位で提督に快を与えてきた。

 自ら進んで、頬の内側をも駆使していた。

 ジュッ、ジュッ、ジュッ、ジュッ……と、金剛の頭の前後の動きに合わせて、リズミカルな水音がシャワールーム内に響きわたった。

 提督はつま先に力を込めて()えていたが、すぐに限界がやってきてしまった。

 金剛の頭を掴んで動きを抑制しようとしたが、許してはくれなかった。

 唇できつく提督を絞りあげつつ、いちばん敏感な部分を舌でくすぐってくる。

 提督はだらしない声を漏らし、金剛の口内へ、三度目だとは思えないほどの大量の精を放った。

 金剛は目を閉じ、コクリと喉を鳴らしてそれを嚥下していった。

 

 

 金剛の喘ぎは、ほとんど叫びにまで変わっていた。

 最前とは一転して提督が金剛の前にひざまづき、指と舌で秘部を刺激していた。

 剥き出しにした陰核を舐めながら、中指一本を膣内に挿し込んでいる。

 中指の腹で愛撫しているのは、膣内の手前側の内壁、わずかに硬くコリコリとした部分だ。

 すぐに、そこが最も弱い部分であることが提督にはわかった。

 

「ダメッ、ダメ──! テートク、そこ──スゴく、ヘンになっちゃう──」

 

 声を上げ、首を左右に振りながら金剛が懇願している。

 躰もガクガクと震えていた。

 壁のタイルに背を預けていなければ、すでに床にへたりこんでしまっていたかもしれない。

 乱れに乱れる金剛をよそに、提督はあくまで冷静なペースで刺激を与えつづけた。

 完璧なバランスで充実している金剛の下半身が、このうえなく尊いものに思えていた。

 崇拝の想いを込めて、鼠径部や太腿にも口づけをする。

 張り詰めた太腿が、好ましい弾力で提督の唇を押し返してくる。

 

「テートクゥ……」

 

 金剛が提督の髪を指に絡め、愛おしげに頭の地肌を撫でた。

 わずかに腰をくねらせている。

 催促の動きだった。

 陰核への接吻を再開してほしいと、そう求める仕草だ。

 提督は胸の内で軽く詫びて、陰核へ唇を戻した。

 

「アッ、アッアッ……それ、イイ……! スゴく、イイの……」

 

 ひときわ高い声を上げはじめた金剛の膣内が、複雑に形を変えている。

 どこまでも柔軟で、熱く、潤いに満ちた内部だった。

 沈めた指が愛液の海に絡みとられているようで、ただ挿し込んでいるだけでも尋常でない快感を提督に与えてくる。

 指ではなく陰茎をこの海に挿し入れ、思うがままに掻き交ぜるさまを夢想してしまう。

 たて続けの放出を終えたばかりにもかかわらず、また痛いほどに陰茎が力を取り戻していた。

 欲望に急きたてられるようにして、提督は指の動作を速めた。

 とたんに、金剛の乱れが(はげ)しさを増した。

 

「アンッ──ヤ、ヤダ、それ、ダメッ──キちゃう、キちゃうから……!」

 

 指と舌で、表と裏の両側から挟み込むようにして性感帯を責めたてる。

 提督の眼の前で、金剛の下腹が踊るようにうねりはじめた。

 

「ダメ、ダメダメダメッ──クる、クる──もう、キちゃう……!」

 

 金剛が声をひときわ高くして叫んだ。

 次の瞬間、秘裂から透明で温かい飛沫が噴き出していた。

 勢いよく散って提督の顔や腕を濡らす。

 提督は驚いたが、愛撫の動作は止めずに続けた。

 やがてちょろちょろとタイルに垂れ落ちるにようにして、漏出はさほども長続きせずに終わった。

 完全に虚脱した表情の金剛が、タイルの床へとへたり込むようにして腰を落とした。

 

 

 

 ◇

 

「ゼッタイ、だれにも言わないでヨ」

「ああ、言わない」

「榛名にも、だからネ」

「言うもんか」

「ウウ、どうして、あんな……」

 

 裸の躰を大きめのバスタオルに包むようにして、金剛はベッドの上に座り込んでいる。

 ふくれっ面をしていた。

 シャワー室で虚脱状態から回復し、脱衣所で躰を拭いて寝室に戻ってくるまでの間じゅうずっと、金剛はろくに口をきいてくれなかった。

 寝室に戻って、提督から渡されたよく冷えたペットボトルの水を飲んで人心地がついたのか、ようやく表情がわずかに緩んだ。

 どうやら腹をたてているというわけではなく、漏らしてしまったことを単に恥じているだけのようだった。

 

「あれはたぶん、潮吹きってやつだ」

 

 提督はベッドサイドから、なだめるように話しかけた。

 

「あまり詳しくはないんだが、興奮が高まると、そういうこともままあるらしい」

「よくあるコト、なの? みんな、そーなる?」

「いや、どうかな……俺については、実際に見たのは初めてだったが」

「ウウー……!」

 

 顔を真っ赤にして、金剛はうつむいてしまう。

 提督は苦笑を押し殺した。

 

「べつに恥ずかしいことなんかじゃない。むしろそれだけ感じてくれたってことなんだから、俺は嬉しい」

「でも、だって、テートクは自分がなったワケじゃないから、そんなコトいえるデス……。あんなの、わたし──」

「俺たちだけの秘密だ」

「──ヒミツ」

「そう。ふたりだけのな」

「ンー……」

 

 表情はまんざらでもないといった感じのところまできていたが、唐突に金剛はプイと背を向けてしまった。わざと拗ねてみせているのだと、提督にはすぐにわかった。

 大きく溜息をついて、金剛のいるベッドの中央まで這っていった。

 金剛のすぐ後ろに密着して座り、バスタオルの上から抱きしめた。

 

「悪かったな。また調子にのって、やりすぎてしまった」

「……ウウン、テートクが悪いコト、ないヨ」

「ああいうことをされるのが嫌なら、もう二度としないと約束する」

「ウウン。ヤじゃない。ゼンゼン、ヤじゃなかったヨ」

「気持ちよくなってくれたか」

「ウン。すごく、ヨかった……ハッピーだったヨ、わたし……」

 

 金剛が提督の前腕に触れ、撫でさすった。

 提督は、金剛の髪と肌の匂いを嗅いだ。

 長い間それを求めていたのに、ずっと気づかぬふりをしていた匂いであるような気がした。

 金剛の顎にそっと触れて振り向かせ、唇を重ねる。

 柔らかく、濡れていた。

 

「アイ・ラヴ……」

 

 金剛がつぶやく。

 提督は金剛がまとっていたバスタオルを剥ぎとった。提督自身の腰に巻いていたタオルは、すでにほどけて落ちている。

 

「テートク……」

 

 金剛が後ろ手で、提督の股間に触れた。

 完全に猛りきっていた。

 このように幾度も射精をたて続けに重ねられるような精力が自分に備わっているとは、提督はまったく思っていなかった。

 艦娘という生きものは、交わった男の機能をも高めるものなのだろうか。

 提督は頭を振った。雑念を振り払って金剛に密着する。

 すべすべとして丸い金剛の尻に己の硬直を押しつけ、こすりつけた。

 金剛は座った姿勢のまま、自ら小さく腰を動かして提督に応じてきた。

 

「ネエ……むね、さわって」

 

 そう言って金剛は、提督の手を自分の乳房に導く。

 遠慮せず、欲望にまかせて揉んだ。

 手に余るほどの大きさでありながら、途轍もない張りと弾力がある。

 揉んでいて飽きるということがありえそうになかった。

 

「こういうふうに揉まれるの、好きか」

「ウン……スキ。ダイスキ」

「ここは?」

 

 すでに硬くなっている乳首を、指先で弄んだ。

 

「アッ……ン、スキ……」

 

 金剛は敏感に反応して、ビクビクと躰を震わせた。

 吐息に切なげなものが濃く混じりはじめていた。提督が下方を見やると、内腿をしきりにすり合わせているのがわかった。

 しばらく気がつかないふりで焦らしてやろうかとも思ったが、提督のほうが我慢の利かない状態になっていた。

 

「なあ、金剛……そろそろ」

「ン……」

 

 見上げてくる金剛の顔が、完全に(とろ)けていた。

 

「そろそろ、どうだ」

「メイク、ラヴ……?」

「ああ、そうだ。メイクラブだ。俺はもう、早くしたくてたまらなくなってる」

 

 目を潤ませた金剛が、しきりに頷く。

 

「しヨ、しようヨ……わたしも、もうガマン、できないの」

 

 提督は金剛の足もとにまわった。

 ぴったりと閉じている金剛の両膝に触れて、促した。

 

「開いてくれるか」

「ウン……」

 

 自分から曝け出すのを、提督は待った。

 強く羞じらいつつも、それでも金剛の表情にははっきりとした期待の色が見えていた。

 ゆっくりと、門が開いた。

 薄朱(うすあか)く色づいたその部分が、明るい電灯の下で露わにされる。

 とろとろに潤っているのが、ひと目でわかった。

 提督は金剛の両膝を掴んで、さらに大きく、限界まで広げさせた。

 無数の愛液の糸をひいて、陰唇がぱっくりと口を開ける。

 過剰な潤いが(あふ)れて、(こぼ)れた。

 尻の割れ目をつたって落ちていき、シーツの上で小さな染みをつくる。

 提督の視線を、金剛はもう拒まない。逆に、食い入るように提督の股間を見つめていた。

 その視線を追って、提督は自分もまた、亀頭の先端から透明な粘液をシーツへ(したた)らせていることに気がついた。

 視線が交錯し、互いに共犯者であることを知った。

 自分たちが、欲望に忠実な牡と牝であることを自覚する。

 提督は腰を進めて陰茎の裏側を秘裂へと押しつけ、上下にこすった。

 

「ンッ……」

 

 金剛が切なげに眉をひそめ、唇を噛む。

 くちゅくちゅと、ふたりの粘液がこすれて音をたてている。

 

「ネェ……テートク、はやく……はやくして……!」

 

 ベッドについた提督の二の腕を掴んで、金剛が急かして求めてきた。

 提督は一度下半身を引き、腰の動きだけで先端を秘裂にあてがった。

 あてがった次の瞬間に、沈んで、ひとつになっていた。

 

「アウゥ……!」

 

 喉を反らせた金剛が、獣めいた声をその奥から絞り出す。

 提督も同時に呻いていた。

 熱く粘る愛液の深みに、陰茎が溶けている。

 脳を()くような快感が、結合部から這い上ってきた。

 何度も射精したあとでなければ、挿れた瞬間に射精してしまっていたかもしれない。

 横を向いて目を閉じた金剛が、すでに小さく断続的に痙攣していた。

 提督は息を大きくついて若干の冷静さを取り戻してから、動作を始めた。

 

「アッ──アッ、アッ、アッ……」

 

 突かれるたびに、金剛が喘ぐ。その声と同じリズムで、陰茎を咥え込んだ膣壁からジュブジュブと卑猥な音が発されていた。

 きつく締めつけるのではなく、包み込んでまとわりついてくる蜜壺だった。

 想像以上の柔軟さと熱に、脳髄が痺れている。

 提督の口の端から涎が落ちた。

 自分がだらしなく口を開けっぱなしでいたのを、それでやっと気づく始末だった。

 唾液の落ちた先に、金剛の乳房がある。

 仰向けの状態でもさして潰れずに凜とした形を保っている双丘が、野放図に揺れていた。

 その谷間に、提督は顔を(うず)めた。

 頬で、弾力を愉しむ。

 さんざんに愉しんだあとで、硬く尖った先端を口に含み、ひたすらに舐め、唇で挟みつけて甘く圧迫した。

 金剛が震える声を発した。

 

「テートク──もっと──もっと、つよく──」

 

 提督の頭をかき抱いてくる。

 求めに応じて、歯を立てた。

 金剛はきつく提督の髪を掴み、苦痛と快楽の入り混じった()き声を上げた。

 苦痛が勝りだす限界で解放すると、金剛は切迫した様子で接吻を求めてきた。

 即座に応じる。

 舌と舌を、大胆に絡める。

 提督が唾を落とすようにして送り込むと、金剛は待ちかねていたかのようにそれを啜って、呑み込んだ。

 もっと、もっと──言葉にはせず、舌と唇の動きだけでそうせがんでくる。

 さらに唾液を送り込みながら、提督は激しく腰を振った。

 完全に密着したまま、提督の躰の下で金剛も全身をくねらせている。

 ふたりがひとつになって、快楽を求めて踊っていた。

 終局は、唐突に訪れた。

 愛液の海が狭まって、陰茎を絞りあげてきた。

 離れることはできなかった。

 提督は痙攣し、金剛の内部にどくどくと精を放っていく。

 すべてを、中にそそぎ込んだ。

 出しきったあとで、提督はようやく息をついた。

 

「……すまない、出すときには離れるつもりでいたんだが」

 

 金剛は汗に濡れた全身を波打たせるように揺らして呼吸しつつ、首を振って微笑んだ。

 躰を起こそうとする提督を、四肢すべてで引き留めてきた。

 足首で腰を後ろから押さえつけられ、提督は金剛の内部に留まらせられる。

 

「……ダメ」

 

 腰が動き出していた。

 金剛の微笑みが、泣き笑いのように見えた。

 幾度も絶頂に達していながらまだ貪婪(どんらん)に欲している。

 すぐに、提督の下半身に硬直が戻ってきた。

 金剛の柔らかな下腹に叩きつけるようにして、腰を上下させた。

 濡れた肌と肌がぶつかり合って、烈しい音をたてる。

 ほどなくして、金剛が大きくのけぞった。

 

「アアッ──クる、クるッ、キちゃう──!」

 

 叫びながら、これまでで最も激烈に躰をわななかせた。

 痙攣とともに金剛が脱力していった。

 今度は逆に、提督のほうに余力があった。

 繋がったまま躰を起こし、ぐったりとしている金剛の腰を支えて、容赦なく突く。

 突く。

 無心に突いた。

 されるがままの金剛も、やがて意識を取り戻した。

 すぐに提督の動きに合わせはじめる。

 提督は徐々に、仰向けに近いところまで上体を反らせていった。

 金剛も腰を支点にして上体を反りかえらせているので、ふたりの結合の形は大きく開いたVの字のようになった。

 膣内のいちばん敏感な部分に、亀頭が直撃する角度だ。

 たちまち、金剛は烈しく乱れた。

 言葉として意味をなさない叫び声を上げながら、腰を振っている。

 頭の中が真っ白になった。

 膣内の急激な収縮に誘われて、提督は精を放っていた。

 腰をつき出して、絞り出す。

 接合部から、白く泡だった愛液とも精液ともつかないものが、どろりと溢れ出てきた。

 提督は、意識朦朧としている金剛の躰を起こしてやった。

 休む気にはならなかった。

 繋がったまま対面座位をとり、汗まみれの背を両腕で抱いて支える。

 濡れた肌が煌めく金剛の頬に、唇をつけた。

 金剛がぼんやりと目を開ける。

 視線を下げ、自分がまだ提督と繋がっていることを認めた。

 

「テートク……わたし」

「ああ」

「わたし、また、モらさなかった……? キモチヨすぎて、ワケがわからなくなって」

「大丈夫だ」

「アァ、ヨかった……」

「仮にそうなってたとしても、なんの問題もない」

「ノー……それは、ダメ。それだけは、ダメ」

「まあ、よく頑張ったな。偉いぞ」

 

 提督は笑って、腰をまろやかに動かしはじめる。湿った撹拌の音が、秘めやかに響いた。

 金剛が驚いて目を見張った。

 

「また……?」

「ああ、もう一回」

「スゴい、ネ」

「つき合ってくれるか」

「ウン……!」

 

 心から嬉しそうに、金剛は頷いた。

 密着して抱きしめ合って接吻を重ねながら、互いに腰を揺すり合う。

 結合が解けてしまう心配をしなくてすむ体勢で、安心してともに快感に揺蕩(たゆた)うことができた。

 

「このポジション……スキ」

 

 金剛がキスをしながらつぶやいた。先ほどまでと違って緩やかな交媾(こうこう)であるためか、わずかに顔を紅潮させているぐらいで意識は明瞭だった。

 

「……テートクは、ズルいネ」

「なぜ」

「だって……こんなスゴいの教えられたら、わたしもう、テートクから離れられないヨ」

「じゃあ、離れなければいい」

「……でも」

「でも?」

「テートクは、ほかの艦娘にも、こーいうこと、するんデショ?」

「ああ」

「ムー……!」

 

 金剛が唇を尖らせる。腰の動きが少しだけ速くなった。

 

「……ネ、テートク」

「ああ」

「イッパイ、して。わたしだけじゃなくて、ほかのコたちにも」

「それを望む艦娘がいるのならな」

「ウン──アリガト」

「だが今は、金剛だ」

「フフ……そうネ。いまは、テートクとわたしが、愛し合ってるとき」

 

 金剛がやわらかく笑った。穏やかで、晴れやかな笑顔だった。

 腰の動きをさらに速め、提督に強くしがみついてくる。

 

「ソーリィ……テートク」

「どうした」

「わたし、もうキちゃいそう……もう、すぐ」

「好きなように動いていい。おまえに合わせる」

「ありがとう、テートク……大スキ」

 

 軽いキスをして、金剛が目を閉じた。息を整え、下腹に意識を集中させるようにして(はし)りだす。

 提督も(まぶた)を閉じた。

 腿の上で踊りはじめた金剛の尻を、両手で支える。

 間もなく訪れる強烈な快楽の瞬間を想って、胸の内で溜息をついた。

 

 

 

 



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設定資料集
設定資料 ── 艦娘たち


艦娘関連の設定集です。
第37話『ダイヤモンド・ハート』までの内容に関わる記載がありますので、本編未読の方は閲覧にくれぐれもご注意ください。


★ 水雷戦隊

 

 

 

 鎮守府に常設されている水雷戦隊は4つ。

 

 

 

 隊長として旗艦、副隊長として旗艦代理と副艦の、3つの役職が置かれている。

 

 軽巡洋艦が旗艦と旗艦代理を、駆逐艦が副艦を務めるのが基本的な構成。

 

 旗艦代理は、旗艦が非番や修理などで不在の場合の隊長役。

 

 副艦は旗艦の補佐役であり、歩兵小隊における下士官(軍曹)の役割に近い。

 

 前世での艦歴、隊の特性、艦型、交友関係、能力、相性などを考慮して所属艦が決められている。

 

 

 

 近海での任務は、1日3回の海域哨戒や民間船の護衛など。

 

 状況に応じて小規模編成などに分割されることもある。

 

 日常業務が多く艤装の取り外し等が煩雑であるため、水雷戦隊の隊員たちは「部室」と呼ばれるプレハブ小屋を帰還時の着替え場所として利用している。

 

 

 

 

 

・第一水雷戦隊(鎮守府 → 南方前線基地)

 

  旗艦:阿武隈

 

  旗艦代理:霞

 

  副艦:不知火

 

  主な所属艦:第六駆逐隊(暁・響・雷・電) 潮

 

 

 

・第二水雷戦隊(鎮守府)

 

  旗艦:神通

 

  旗艦代理:能代

 

  副艦:陽炎

 

  主な所属艦:雪風 島風 朝潮 長波 天津風

 

 

 

・第三水雷戦隊(鎮守府)

 

  旗艦:川内

 

  旗艦代理:矢矧

 

  副艦:吹雪 → 綾波

 

  主な所属艦:第十一駆逐隊(吹雪・白雪・初雪・深雪・叢雲) 綾波 敷波 江風

 

 

 

・第四水雷戦隊(南方前線基地 → 鎮守府)

 

  旗艦:那珂 → 由良

 

  旗艦代理:

 

  副艦:秋月

 

  主な所属艦:夕立

 

 

 

 

 

 ※最新話までに名前の挙がった艦娘・駆逐隊のみ記載

 

 

 

 

 

★ 授業

 

 

 

一般常識や義務教育レベルの学力が身についていない艦娘たちのためにおこなわれる勉強会。

 

駆逐寮の一角にある「教室」と呼ばれる部屋が会場となっている。

 

教育対象は主に駆逐艦や海防艦。

 

指導役には、待機中で手の空いている重巡や軽巡が充てられることが多い。

 

時間割は明確に定められてはいないが、現在の教育責任者である妙高が参加者たちのスケジュールの調整をおこなっている。

 

 

 

 

 

★ 艦娘たちの現在地

 

 

 

 最新話時点で所在の判明している艦娘・部隊。

 

 会話中に名前が挙がったのみの艦娘も記載。

 

 括弧内は主な役職など。

 

 水雷戦隊の詳細なメンバーについては上記参照。

 

 

 

◎鎮守府

 

 ・榛名(秘書艦)

 

 ・叢雲(秘書艦手伝い)

 

 ・陸奥(情報)

 

 ・龍驤(生活)

 

 ・妙高(教育)

 

 

 ・加賀(艦隊指揮)

 

 

 ・大淀(経理事務)

 

 ・明石 夕張(工廠)

 

 ・間宮 伊良湖(甘味処)

 

 ・赤城(入渠中)

 

 

 ・第二水雷戦隊(旗艦:神通)

 

 ・第三水雷戦隊(旗艦:川内)

 

 ・第四水雷戦隊(旗艦:由良)

 

 

 ・翔鶴 瑞鶴

 

 ・金剛

 

 ・那智 足柄 羽黒

 

 

 ・リシュリュー コマンダン・テスト

 

 ・ビスマルク プリンツ・オイゲン

 

 ・ウォースパイト アーク・ロイヤル ネルソン ジャーヴィス ジェーナス

 

 ・ゴトランド

 

 

 ・あきつ丸 まるゆ

 

 ・北上 大井

 

 ・神風

 

 ・天霧 狭霧

 

 ・隼鷹

 

 ・天龍

 

 

 

◎北方作戦艦隊

 

 ・ビスマルク(旗艦)

 

 ・龍驤(副艦)

 

 ・リシュリュー

 

 ・ウォースパイト アーク・ロイヤル ネルソン ジャーヴィス ジェーナス

 

 

 

◎南方前線基地

 

 ・長門(司令代理)

 

 ・吹雪(副司令代理)

 

 ・第一水雷戦隊(旗艦:阿武隈)

 

 ・球磨 長良

 

 ・比叡 霧島

 

 

 

◎鎮守府外

 

 ・那珂(広報活動)

 

 

 

 

 

 

 

★ ストレス値リスト

 

 

 

 提督たちが端末を通して確認しているもの。

 

 各種検査の測定値をもとに算出されている心理的ストレスの値だが、検査当日の個人事情による変動が大きいとされる。

 

 個々の艦娘の測定データに関して、本来の閲覧権限は提督と秘書艦、明石のみ。

 

 

 

 1 長門

 

 2 神通

 

 3 翔鶴

 

 4 叢雲

 

 5 羽黒

 

 6 陸奥

 

 7 

 

 8 

 

 9 阿武隈

 

10 瑞鶴

 

 

 

 上位10以内に北上、大井の名前あり。

 

 

 

 

 

 

 

 



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