鬼神の紡ぐ淫靡な夢 (桒田レオ)
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手始めに

 駒王学園。元々女子高であったが、最近になって共学になったという経歴を持つ。

 中々の高偏差値を誇る私立高校だ。

 この高校には、名物教師なる存在が一名いる。

 

 体育教師、天城(あまぎ)奈落(ならく)

 

 筋骨隆々の褐色肌は健康的で、身体能力は抜群。

 浮かべる笑みは温和そのもので、その甘いマスクはどんな頑なな女性も蕩けさせてしまう。

 

 駒王学園には帰国子女が多く、お嬢様も多いので、男性に求められる偏差値も高めなのだが……

 そんな彼女達を虜にしてしまうくらい、完璧な男性だ。

 

 奈落は放課後、駒王学園でも変態と名高い三人組を職員室に呼び出していた。

 理由は彼等が変態と呼ばれている時点で察することができるだろう。

 女子剣道部の着替えを覗いたのだ。

 

 女子剣道部員に竹刀やモップでボコボコにされた後、連行されてきた三名。

 ふてくされた表情で奈落の前に待機していた。

 

「あのな、お前達……何度も言うようだが、俺は別にその変態性を治せと言っているわけじゃない。人に迷惑をかけるな、と言っているんだ」

 

 奈落の諫言を聞き、少々申し訳なさそうにする三名。

 普段は女子に対し剥き出しの性欲を、イケメンに対して呪殺せしめんほどの殺意を抱く変態三人組も、奈落に対しては頭が上がらなかった。

 

 何を隠そう、三人を庇いながらも根気強く注意をする教員は、奈落以外いないのだ。

 

 奈落はイケメンでモテモテという、三人組にとっては最も憎悪すべき存在だ。

 しかし、三人組は彼に恩義と、それ以上に申し訳なさを感じていた。

 

「そんな顔ができるのなら、これ以降、覗きとかの行為はするんじゃない。いいか? 覗きは犯罪なんだぞ? 俺も、もうそろそろ庇いきれなくなる。……わかるな?」

 

「「「はい……」」」

 

 シュンとする三名。

 奈落は彼等の頭を順番にくしゃくしゃと撫でる。

 

「よし。もし我慢できたら、俺の秘蔵の品をくれてやる」

「「「ひ、秘蔵の品!!?」」」

「詳細を説明しなくても、わかるよな?」

 

 秘蔵の品とは所謂AVのことである。

 

「ちゃんと我慢出来たらやる。内緒だからな? 家で見るんだぞ?」

「うぉぉぉぉぉ!!! 頑張る!! 先生!! 俺頑張るぜ!!」

 

 三人組は一気に上機嫌になる。

 奈落は苦笑しつつも、温和な眼差しを彼等に向けていた。

 奈落が男子生徒にも慕われる理由は、ここにある。

 彼等の目線に立ち、決してその在り方を否定せず、自然と正道に導いていく。

 奈落の教師としての在り方は、教員達からも手本にされていた。

 

「よし、じゃあ、今日は帰れ。俺は女子剣道部にもう一度頭を下げてくる。お前達は明日でいいから、ちゃんと謝っておくんだぞ?」

「……はい」

 

 渋面ながらも頷いた三人組を確認し、奈落は職員室を出た。

 

 

 ◆◆

 

 

 放課後。夕暮れ時。

 女子剣道部は奈落の謝罪を慌てながら受け取った。

 そして、解散。

 

 奈落は手を振って彼女達の帰宅を見守る。

 最後の一人が帰ったのを確認し、ふと、後ろへ振り返った。

 

「せんせ……♪」

「早く早く♪」

 

 剣道部員の村山(むらやま)片瀬(かたせ)だ。

 彼女等は女子更衣室から奈落に手招きをしていた。

 彼女等の手招きに応じ、奈落は女子更衣室の前までやってくる。

 

「なんだ? 俺は男だぞ? 女子更衣室には入れない」

「もうっ、いけずな事を言わないでください。ほら……」

「一緒に楽しみましょ、せんせ♪」

 

 女子高生とは思えないほど淫靡な笑みを浮かべる二人。

 奈落はフッと口角を吊り上げる。

 

 その笑みは、この世の者とは思えない邪悪なものだった。

 しかし、既に発情している彼女達は、その邪悪な笑みすらも、都合の良いように脳内で変換する。

 彼女達はバケモノを容易に巣の中に入れてしまった。

 

 

 ◆◆

 

 

「う゛あ゛あ゛ッッア゛! ひぃぃぃぃぃッ、おおおおッ!! あーッッ!!!!」

 

 その声は最早人間の声ではない。獣の悲鳴だった。

 ブラウン色のツインテールを激しく振り乱す村山。

 彼女は背後から猛烈なピストンを受け、自我を喪失しかけていた。

 その顔はクシャクシャで、視点は安定していない。

 彼女は波涛の如く押し寄せる快楽に意識を持っていかれないよう、耐えることに専念していた。

 

「ふぅぅぅぅッッ、ウ゛う゛ッッ」

 

 少しでも気を抜けば、意識が飛ぶ。

 村山は必死に歯を食い縛る。

 

 自分の膣内を余すことなく掻き混ぜる長大な肉棒。

 焼けた鉄棒の如く熱く、硬いソレを感じるだけで、村山は何十回目からわからない絶頂を迎え、それを奥歯で噛み締める。

 

「ぅア゛!!?」

 

 直後、村山の視界が真っ白になる。

 肉棒を回されたのだ。

 先端が銛の如き形をしているソレは、村山のGスポットどころか、膣内全てを引っ掻きまわす。

 ただでさえ絶頂して締まっている膣肉が、無理やり解される。

 

「ヒ、ィッ!!? ィアアア゛ア゛ア゛オ゛ッ!!!!!」

 

 最早、村山も限界。

 

 その時、ズンッッと、肉棒が村山の子宮口をブッ叩いた。

 

「ァ゛………ッッッ」

 

 村山は全身に迸る快楽で気をヤりながらも、悟る。

 締めが、くる。

 

「----------------------ッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 村山は、絶叫とも呼べる悲鳴を上げた。

 濁音を響かせ、村山の子宮に注がれる白濁液。

 外まで音が聞こえるほどの勢いで放たれるソレは、村山の子宮を瞬く間に満たす。

 

「ア゛ア゛ア゛ア゛ッッヒッ、オオオオオオッ!!!? ヒィィィィィィアアッッ!!!!」

 

 高校生にしては大きなバストを鷲掴みにされ、覆いかぶされ、ピッタリと密着される。

 がっちりホールドされて逃げられなくなった村山は、ただ押し寄せる快楽の津波を受け止めるしかなかった。

 

 一分後。

 

「ァ……ヒィ、ヒ……ア、ゥ」

 

 完全に馬鹿になった村山は、虚ろな表情で倒れていた。

 そのお腹は妊娠したかのようにポッコリと膨らんでおり、だらしなく開いた秘所からはドロドロと白濁液を垂らしている。

 

 彼女の乱れる姿を最後まで見ていた片瀬は、淫靡に瞳を潤ませていた。

 彼女の座っている場所は、彼女自身の愛液でビショビショになっていた。

 

「お前も滅茶苦茶にされたいのか、片瀬……?」

 

 そそり立つ肉棒を眼前に突き付けられる。

 片瀬は恍惚とした表情で頷き、ソレを頬張った。

 

 

 ◆◆

 

 

「アアアアアアアア゛ア゛ア゛ア゛ッッ!!!!!!!! アーッッ!! アーッッ!!!!!」

 

 種付けプレスをされる片瀬は、ただただ淫靡な悲鳴を上げることしかできない。

 そのまま最後の一突きをされ、山芋のようにドロドロした白濁液を注がれる。

 

「-----------------ッッッ!!!!! ィアアアア゛ア゛ア゛ッ!!!!!!」

 

 雄の腰に足を回し、自ら子種を飲み込んでいく片瀬。

 一分後には村山と同じく馬鹿になって横たわっていた。

 

「……」

 

 激しい交尾を終えた奈落は、ジャージの懐から煙草を取り出し、ジッポ―で火を付ける。

 そして、紫煙を吐き出した。

 

「やっぱ人間は脆い。たった一回で馬鹿になる。が、すぐにアホ面を晒すのが、中々に面白い。やめられんな、この遊びは」

 

 奈落の口から漏れる言葉には途轍もない邪気が含まれていた。

 霊的な耐性が無いものが聞けば、それだけで発狂してしまうレベルだ。

 何より、呟きの内容が内容だった。

 

 まるで人間を、女を、玩具のように見ている……

 

 そんな、最低最悪の屑野郎の如き呟きを、平然と放ったのだ。

 

 奈落は窓から外を覗く。

 既に日は落ち、宵闇が空を覆う。

 孤高に浮かぶ月を眺めて、奈落は静かに口角を歪めた。

 

 その体に黒い邪気が纏わりつき、頭から二本の巨大な角が生える。

 三白眼の周囲に赤色の優美な紋様が浮かび上がる。

 

 その姿は、まさしく鬼。

 

 そう、彼は人間ではない、鬼なのだ。

 それも、ただの鬼ではない。

 

 ありとあらゆる力の頂点に立つ存在。力という概念の原初。

 闇を纏う者、魑魅魍魎の始祖。

 

 鬼の原点であり、神。

 

 鬼神、大禍津童子(おおまがつどうじ)

 

 無限の龍神や赤龍神帝に匹敵する力を持ちながら、その存在が殆ど知られていない、幻の妖魔。

 その気になれば世界を滅ぼせる彼は、しかしそんな退屈な事をしようとはしない。

 彼は知っている。

 力の概念の具現化である自身が、力を競う「戦い」という概念を楽しめないことを。

 故に、快楽を貪るのだ。

 悪鬼羅刹、魑魅魍魎の頂点として。

 悪辣に、外道に、淫靡に。

 雌を誑かしながらも、その全てを「玩具」として割り切る。

 

 誰も彼に抗えない。

 しかし、誰も不幸にならない。

 不幸になっても、自覚できない。

 

 彼が関わった後には、偽りの平和だけが残る。

 胸糞悪く、吐き気を催す、偽物の幸福。

 

 彼の魔の手は無論、美しい容姿を持つ悪魔の娘達にも伸びる。

 彼の立場は、何も教師だけではない。

 楽しむために、最高の立場で、最高のシチュエーションを準備する。

 

 それが、奈落という屑の在り方なのだ。

 

 

「クククッ……アーア、女ってのは誑かせば誑かすほど醜くくなって、面白ぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読者の皆さま方。はじめまして、屑野郎です。

まずはこの小説を読んでいただいたことに多大な感謝を。
一癖も二癖もある主人公と物語ですが、楽しんでいただけたのなら、作者はそれだけで幸せです。

※ 尚、情事中心に物語を進めていきますが、情事の無い物語の場合、タイトルの最後に★を付けさせていただきます。

では、次回予告を。

次回は朱乃です。
お楽しみに。




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姫島朱乃

 逢魔時。

 駒王町の南方にある山の麓には、小さな神社が佇んでいる。

 石造りの階段を上りながら、褐色肌の偉丈夫――奈落は紫煙を吹かしていた。

 濃い紅色の陽光が、彼の背後に影を作り出す。

 

 その影は、邪悪な異形の形をしていた。

 

 階段を登り終えた奈落。

 その頬先を、冷たい風が吹き抜ける。

 彼は立派な鳥居を潜った。

 静謐な空気を醸す本堂。

 

 奈落は携帯灰皿に煙草を押し込め、遠くに視線を投げる。

 その先には、箒で境内を掃除している美しき巫女がいた。

 

 年の頃十代後半ほど。

 歳不相応な妖艶さを纏う、不思議な少女だった。

 その妖艶さは主に白い小袖から溢れ出ようとする豊満な乳房から漂ってくる。

 浮かべる笑みは優美であり、まるで男性を誑かす淫魔の如し。

 されど清楚な巫女装束と未だ幼さの残る顔立ちが、妖艶さを程々に抑えている。

 

「……ぁ」

 

 少女は奈落を見つけると、花が咲いたように微笑む。

 

「お待ちしておりました。天城先生」

「待ったか? 姫島」

「いいえ……」

 

 少女は瞳を潤ませる。

 その様はやけに扇情的だった。

 

「もう春とはいえ、日が沈めば冷え込みます。中へどうぞ」

「おう」

 

 少女に誘導され、奈落は本堂の横にある小さな屋敷へと歩を進めた。

 

 

 ◆◆

 

 

 少女は奈落を屋敷に入れた瞬間、その胸板に寄りかかる。

 蕩けた瞳で奈落を見上げ、そして唇を吸い取る。

 

「ふゥ、ン……ちゅ、ハァ」

 

 舌を絡め、唾液を吸い上げる。

 

 滾る情欲に身を委ねる少女の横顔には、既に年相応の幼さなどなかった。

 男に焦がれ、抱かれることを求める。

 雌の貌である。

 

「あア……奈落さん……」

 

 愛しき男の名を呼び、少女はその頬を撫でる。

 奈落は彼女のか細い腰に腕を回し、引き寄せた。

 

「どうした朱乃? ……もう、我慢できないのか?」

「だって、もう四日も貴方を感じてない。……私、どうにかなってしまいそうでした」

「安心しろ。今夜はお前だけの奈落だ」

「……ッ」

 

 奈落の低く、甘いボイスは少女――朱乃の脳髄を焼き焦がす。

 彼女は奈落の手を引き、広間まで連れてきた。

 広間には既に布団が敷かれている。

 

 朱乃は奈落を押し倒し、その上に跨った。

 

「うふふ……今夜、貴方は私だけのもの……私だけを見てくれる……それだけで、心が満たされますわ」

「小悪魔みてぇな面をしやがって……Sな方の性格が疼いたか?」

 

 奈落が苦笑すると、朱乃は淫靡に微笑む。

 

「ええ。四日も放って置かれたんですもの。私がどれだけ貴方を愛しているのか……少し教育してあげないといけませんわ」

「おお、怖い怖い」

 

 奈落はそう言いながらも、口角を歪めていた。

 

 

 ◆◆

 

 

 姫島朱乃が奈落と出会ったのは二年前。

 彼女がまだ駒王学園に入学したばかりの頃だ。

 

 現在、朱乃はオカルト研究部の副部長を務めているのだが、当時はオカルト研究部という部活は無く、創設する段階であった。

 

 朱乃は人間ではない、悪魔だ。

 正確には、他種族から悪魔へ転生した「転生悪魔」と呼ばれる存在だ。

 悪魔は大半が冥界に棲息しているが、最近は人間界に支配領域を伸ばしつつある。

 

 朱乃の主人であり親友――リアス・グレモリーは、魔王より命を受けた。

 

「人間界で学生をしつつも、人間界の文化を学び、そして駒王学園、ないし駒王町の管理をするように」

 

 リアスの付き添いとして、朱乃は駒王学園に入学したのだ。

 

 名家出身であり数々の学問を修めてきたリアスであるが、まだ十六歳。子供だ。

 彼女は責任感による緊張で、思う様に動けないでいた。

 

 当時の朱乃はリアスを支えるため、必死に努力しようとした。

 が――如何せん、どうすればいいかわからなかった。

 

 そんな時。

 リアスに命を下した魔王であり彼女の実兄――サーゼクス・ルシファーが、彼女等のサポート役として一名の補助員を派遣した。

 

 それが奈落だ。

 

 奈落は冥界に所属する凄腕の外交官。

 京都を支配する京妖怪との和平会談を成功させた経歴を持つ。

 

 奈落が来てからというもの、駒王町の管理が一気に楽になった。

 オカルト研究部という隠れ蓑を作るよう提案したのも彼だ。

 

 しかし朱乃とリアスは当初、奈落と距離を置いていた。

 男性にあまり免疫を持たない彼女達は、ある意味男らしい奈落が苦手だったのだ。

 

 特に朱乃は男性に対して拒否反応に似たものを持っていた。

 男は信用できない。

 自分の体を卑猥な視線で舐め回す。

 何よりも、平気で約束を破る。

 

 幼少期、母の死と共に刻まれたトラウマは、今も彼女の心の傷として、ありありと残っていた。

 

 だが、奈落は朱乃が知っている男性とは違った。

 誠実で、謙虚で、何より優しい。

 彼の温和な笑みを、朱乃は何時の間にか目で追うようになっていた。

 

 奈落は決して朱乃の心の領域に踏み込まず、外から話しかけた。

 話の内容も妙な勘繰りを入れない、他愛もないものだった。

 

 朱乃が拒絶の意思で造り上げた城塞が、徐々に崩壊しはじめた。

 

 二年生に進学する頃には、朱乃もリアスも奈落にべったり依存していた。

 当の奈落はリアス達が土地の管理に慣れてきたので、彼女達の進学を機に冥界に帰ろうとした。

 が、二人は断固反対した。

 リアスはサーゼクスを説得。

 我儘姫の我儘により、奈落は駒王学園の教師でオカルト研究部の顧問、そしてリアス・グレモリーの特別講師となった。

 無論、外交官としても働いているが、リアスとその眷属の補助が主任務となっている。

 

 リアスも中々酷いが、朱乃の奈落に対する執着は常軌を逸していた。

 拒絶の壁を抜けた先にある朱乃の感情は、重たい恋慕と敬愛だ。

 

 朱乃は男性を拒絶しながらも、その実、誰よりも男性の庇護を欲していた。

 朱乃は既に、奈落無しでは生きていけない状態になっていた。

 

 彼女の奈落への依存を決定付けたのは、彼女の過去を聞き、その背中に生える堕天使と悪魔の翼を見た時の、奈落の反応だった。

 

『天城先生……どうですか? 堕天使と人間のハーフとして誕生し、悪魔に転生した私は、両方の種族の翼を持つ半端者になってしまったのです。……醜いでしょう? 本心を仰ってください。貴方の言葉なら、私はどんな内容でも、受け止めてみせます……』

 

『……綺麗じゃねぇか』

『え……?』

 

『濡羽色の翼に、漆黒の翼。……堕天使と悪魔、全ての魅力を兼ね備えた、お前らしい翼だ』

『……ッ』

 

『俺は好きだぜ。お前のこの翼。……他の奴が何て言おうと、俺はこの翼が好きだ』

 

 その日、朱乃は大泣きし、そして誓った。

 この人の女として一生を終えようと。

 

 だから、これから先、朱乃は奈落の全てを受け入れる。

 奈落の女であれるのなら、どんな無茶でもやってのける。

 たとえ奈落が最低最悪の下種であったとしても……朱乃は彼を慕い続ける。

 

 恋は人を盲目にする。

 

 哀れな悪魔の娘は、鬼神の紡ぐ甘美な悪夢にどっぷりと浸かってしまった。

 

 

 ◆◆

 

 

「ふゥ、ンンっ、ア、アッやっ! くぅゥッッ」

 

 朱乃は奈落に覆いかぶさりながら、自ら腰を振って、淫らな舞を踊っていた。

 鋼鉄の如き肉棒が子宮の入り口を容赦無く叩くので、既に何回も達しているのだが……

 

「おし、おき、ですッ……私以外の女に、アアッ! 夢中になっ……たァ!?」

 

 ビクンと、大きく痙攣するものの、朱乃は気丈にも表情を崩さない。

 そう、彼女は嫉妬しているのだ。

 奈落が他の女と情事を営むことに。

 奈落の視線が、言葉が、他の女に注がれることに。

 

 朱乃は奈落が多数の女性と関係を持っていることを知っている。

 奈落の性格も知っている。

 だから、「やめろ」とは言わない。

 しかし、嫉妬するなと言うのは、無理な話だった。

 

 当の奈落は腕で枕を作りながら、自身を濡れた瞳で睥睨する朱乃に苦笑する。

 そして、唐突に起き上がり、朱乃を組み敷いた。

 

「きゃっ」

 

 驚く朱乃。

 その目と鼻の先で、奈落は蠱惑的に瞳を細める。

 

「嫉妬か……お前らしい」

「……っ」

 

 頬を膨らまして、ぷいっと横を向く朱乃。

 その仕草は子供っぽくて、奈落の嗜虐心を刺激する。

 奈落は朱乃の顎先をつまんで振り向かせ、その唇を奪う。

 

「ン、んっ……ふぅ、んんっ♪」

 

 舌を吸われた朱乃は、すぐに表情を蕩けさせる。

 奈落が唇を離せば、銀の糸が引いて落ちる。

 名残惜しそうにする朱乃に、奈落は甘い声で告げた。

 

「ごめんな。最近かまってやれなくて」

「……寂しかったです」

「今幸せにしてやる」

 

 奈落は自分のモノを、朱乃の秘所にあてがう。

 

「今からお前のMっ気を全力で刺激してやる。……さぁ、交尾の時間だ」

 

 朱乃の綺麗な喉がゴクリと鳴る。

 

 今から自分は犯される。

 この強く逞しい雄に、獣のように……

 そう考えただけで、朱乃の膣肉はわなないた。

 

 

 ◆◆

 

 

「アアアアアッッッ!!!!!!! アーッッ!!!! アッア゛ア゛ーッッ!!!!!!!!」

 

 絶叫とも言える嬌声が小屋の外まで響き渡った。

 朱乃は奈落に覆い被され、激烈なピストンを受けていた。

 朱乃の純白で餅のような柔肌を、奈落の褐色で屈強な肉体が押し潰す。

 卑猥に歪み密着した柔肌は、パンパンと太皷のように打ち鳴らされる肉の音と共に桃色に染まる。

 

 朱乃は既に理性が飛んでいるのに、奈落の腰にきっちり両足を回していた。

 自分を貪り食らう男の首に手を回し、朱乃はただ、淫らな悲鳴を上げていた。

 

 唐突に、奈落は朱乃の子宮口を貫く。

 そして、直接子種を仕込んだ。

 卑猥な濁音と共に押し寄せる快楽のスパークに、朱乃の意識は彼方へ飛んだ。

 

「ア゛ーッ!!!!!! ぅア゛!!! いッ……ひぃぃぃぃぃぃぃッ!!!!!!!! オオオ゛ッ!!!!!?」

 

 品性の欠片のない大声を上げ、痙攣する朱乃。

 長い長い放精が終わった後、そこには阿保面を晒す雌が横たわっていた。

 妊娠したかのように膨らんだ腹。

 形の変わった秘所からは、ドロドロと白濁液を垂れ流している。

 

 奈落はその有様を見て心底愉快そうにすると、その膨らんだ腹を手で押し潰した。

 

 

 

「!!!? ッッ!!!!!!? ウア゛゛アッ!!! でてる!? でてりゅゥゥ!!!!! だめェ!!! これ、だめ゛ェェッ!!!!!! おがじぐなる゛ゥゥゥゥゥゥッッ!!!!!!」

 

 

 

 朱乃は暴れるが、強烈過ぎる快感に全身を痙攣させる。

 数十秒後、奈落の子種を全て吐き出した朱乃は、ダラしない表情で舌を出していた。

 

 駒王学園の二大お姉様の一角、大和撫子の見本。

 異性同性に関わらず魅了する姫島朱乃が、このような馬鹿面を晒しているなど……誰も考えまい。

 

「よし、じゃあ二発目行くぞ。……っておい、朱乃?」

「アヘェ、アッ、アーッ、オ゛……ァッ」

 

 朱乃は完全に駄目になっていた。

 奈落は大きな溜息を吐く。

 

「脆すぎだろ……せめて三回くらいさせろよ。悪魔と堕天使って淫乱種族のハイブリットだろうが」

 

 奈落は朱乃の頭を叩く。

 だが返ってくるのは返事ではなく呻き声だった。

 奈落は肩を竦め、この部屋に浄化妖術をかけた。

 

 

 ◆◆

 

「ん……っ」

 

 早朝。

 朱乃は目を覚ます。

 重たい眼を擦ると、胸元に違和感を感じた。

 見てみると、奈落が自分の胸に顔を埋めていた。

 

「起きたか?」

 

 奈落は顔を上げる。

 そして、不満そうに頬を膨らました。

 

「この阿呆。一発で気絶しやがって」

「し、仕方ないじゃないですか。あんな、精液を押し出すなんて……反則ですっ」

「今度はもうちょい頑張れよ」

「~っ」

 

 朱乃は申し訳なさと恥ずかしさで赤面する。

 奈落は奈落で既に切り替えて、朱乃のモチモチの超乳を堪能していた。

 指を埋めればどんどん沈む。

 朱乃の餅のような柔肌の中でも、特に柔らかい。

 

「あッ、んあッ、やぁッ、奈落さ、んんッ、そんな駄目ぇっ あッ」

 

 揉んで引っ張って、先端をこねて。

 一通り楽しんだ奈落は、身体を動かして朱乃と同じポジションで寝そべる。

 そして、彼女を抱きしめた。

 

「……まぁ、気持ち良かったぜ。またやろう」

「……ありがとうございます。今度はもっと、頑張りますからね♪」

 

 朱乃は子供のように笑いながら、その厚い胸板に頬ずりする。

 

 そして、決心した。

 何時か、彼を満足させられる女になると。

 何時か、彼の心を、本当の意味で射止めてみせると。

 

 

 

 

 

(ほんと、都合の良い女だよなぁ……)

 

 

 

 

 

 奈落はというと、のほほんとした面で内心下種な感想を浮かべていた。

 

 

 

 

 




次回は白音と黒歌です。
お楽しみに。




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白音&黒歌

 塔城小猫は駒王学園のマスコットキャラだ。

 白髪の美少女である。

 小学生と見紛うほど小柄で、冷たい色合いの黄金の瞳は、彼女の性格を顕著に物語っていた。

 基本的に無口無表情。

 他者とは一定の距離を取る。

 

 彼女は白髪を揺らしながら、屋上に続く階段を上がっていた。

 その表情は何時もよりも柔らかい。

 両腕に大量の菓子パンを抱えた小猫は、屋上に辿り付く。

 

「おう、来たか」

 

 貯水タンクの上で煙草を美味そうに吸っている大男。

 奈落だ。

 

 小猫は菓子パンを風呂敷に包み、背負って貯水タンクを登る。

 奈落の前までやってくると、その膝の上にすっぽりと収まった。

 

「こんにちは。奈落先生」

「煙草が吸い難い」

「捨ててください」

「我儘な奴め」

 

 奈落はそう言いながらも煙草を携帯灰皿に押し込める。

 そして、小猫の綺麗な白髪を撫でた。

 

「♪」

 

 小猫は気持ちよさそうに目を細める。

 その頭に唐突に白色の猫耳が、お尻に二本の尻尾が生える。

 奈落は「おいおい」と苦笑した。

 

「誰か来るかもしれねぇだろ」

「大丈夫です。気配でわかりますから」

「あっそ」

 

 小猫は猫又と呼ばれる妖怪だ。

 現在はリアス・グレモリーの配下として悪魔に転生しているが、猫又の特性が消えることはない。

 

 小猫は朱乃同様、過去にトラウマがあり、他者と距離を取る傾向があった。

 しかし、奈落には懐いている。

 

 小猫には両親の記憶がない。

 物心が付く前に捨てられたからだ。

 だから、もしも父親がいたら奈落のような感じなのだろうな……と小猫は思っていた。

 

 小猫は単純に、奈落の人柄を好いていた。

 そしてそれ以上に、彼の纏う雰囲気に懐かしさを覚えていた。

 

「ッ」

 

 だが小猫は、この懐かしさを否定した。

 奈落は違う、と。

 好き勝手に暴れ回った挙句に自分を捨てた姉とは違う、と。

 

「どうした、険しい顔して。無表情のお前が、らしくねぇな」

「……いえ、なんでもありません」

「そうか」

 

 奈落はそれ以上追求しない。

 小猫は内心感謝した。

 奈落が意識しているか、していないのか、小猫にはわからない。

 

 だが小猫は、奈落とのこの距離感が好きだった。

 互いに深く詮索せず、ただ触れ合う。

 

 それがただ、幸せだった。

 

(逞しい肉体……それに、この匂い)

 

 奈落の体臭は雄特有の濃い匂いだが、甘くて、爽やかだ。

 この匂いが小猫は大好きだった。

 隠れ匂いフェチである小猫は、この匂いで軽く発情していた。

 

(やっぱり私、奈落先生のこと……)

 

 そう考えれば考えるほど、小猫は自分の想いを自覚していく。

 奈落を父親としてでは無く、一人の異性として意識している。

 

 そして、同時に考える。

 

 奈落のことを好きな女性は何人いる?

 リアス、朱乃……数えればキリが無い。

 

(私は……勝てるの?)

 

 小猫は自分に女としての魅力は無いと思っている。

 今までは、ソレを大して気にしなかった。

 が、今は違う。

 

 奈落に女性として見てほしい。

 子供ではなく、一人の女として。

 しかしこの体型では、どれほど背伸びをしようが滑稽に見えてしまう。

 

 小猫は今まで、これほどまでに自分の幼児体系を恨んだことはなかった。

 

(奈落さんはきっと、部長や副部長のようなスタイルの良い人が好きに決まってる。子供っぽい私なんて……。でも……っ)

 

 小猫は絶対に譲れなかった。

 奈落という存在を、誰にも渡したくなかった。

 奈落は自分のものだ、という我儘に近い感情が小猫の心中に渦巻いていた。

 

 それは、過去のトラウマから来る焦燥だった。

 また大切な存在がいなくなる。

 心の底から愛した存在が、遠く離れてしまう。

 その恐怖が、小猫を呷り駆り立てた。

 

 瞬間、小猫の胸がドクンと高鳴った。

 

「……っ?」

 

 違和感を感じた小猫は、首を傾げる。

 

 突然動悸が速くなり、それが一向に治まらない。

 全身が火照ったように熱くなりはじめる。

 

 何より、奈落の匂いが何時より何十倍も芳香に思える。

 何時の間にか、小猫のパンツはぐっしょりと濡れていた。

 

「~っっ」

「どうした? 小猫?」

「すいません。体調不良なんで、保健室に行ってきます」

 

 小猫は速足に去って行く。

 奈落は小猫がいなくなった事を確認し、ニヤリと笑った。

 

「猫又の発情期か……そろそろ食べ頃か?」

 

 

 ◆◆

 

 

 奈落の自宅は駆王学園近くの高層ビルだ。

 自宅で紫煙を吹かしながらラムを呷っている奈落。

 

 ベッドの上には、和服を着崩した妖艶な美女が座っていた。

 和服を着るにはあまりにも豊満すぎる肢体。

 それを惜しげもなく晒しながら、美女は嗤う。

 

「へぇ、白音が発情期ねぇ~。にゃんだかんだ言って、あの子も雌なんだにゃ~♪」

 

 美女の名は黒歌。

 何を隠そう、小猫の実の姉であり、トラウマの根源。

 転生悪魔でありながら主を殺し逃亡した、最上級のはぐれ悪魔だ。

 

 白音という名前は、小猫の本名である。

 そして、意味深な言葉を呟く彼女に奈落は問う。

 

「心配じゃねぇのかよ。姉として。俺に発情するってのはどういう意味か、わかってんだろ?」

「勿論♪ でも、逆に幸せなんじゃない? 奈落の女になれる……女にとって、これ以上の幸せはないでしょ」

「あの体格で交尾しても大丈夫なのか?」

「普通なら死ぬわね。でも、そこは鬼神・奈落様がご都合主義でどうにかしてくれるって信じてるにゃん♪」

「ハッ。……まぁ、セックスする時にソッチ系の妖術はかけてやらぁ。……だが、仲直りの機会は自分で作れ」

「だいじょーぶだいじょーぶ。だって、姉妹の愛なんかより、奈落への愛を共感できたら、仲なんて勝手に修復されると思うから~♪」

「楽観的だな。まぁ、そういう考えは嫌いじゃねぇ。俺も、面倒臭ぇことは嫌いだからな」

 

 奈落の言葉に、黒歌は怪訝そうに眉を顰める。

 

「にゃー? じゃあ何で奈落は、女を堕とすのに妖術とか能力を使わないの? 使えばちょちょいのちょいじゃん」

「好きなゲームはな。チート使ってクリアするよりも、自分の腕でクリアしたいんだよ」

「あ~、成程ね~」

「それに……雑な味付けになっちまうんだよ」

「? どゆこと?」

 

 首を傾げる黒歌に、奈落は嗤いながら説明する。

 

「女はちゃんとした味付けを施せば施すほど、美味くなる。高慢な奴には絶望を。純真な奴には偽りを。孤独な奴には愛情を。適切な調理を施して、その女の魅力を最大限に引き出してやる。そして、魅力が最高潮に達した時、食らう。……ようは料理みてぇなもんだ。妖術や能力に任せると、その辺が雑になる。それにさっきも言ったが、俺は過程を楽しみたい派だ」

「ふぅ~ん」

 

 黒歌は唇に手を当てて、何やら思案する。

 奈落はラム酒を呷って、熱い吐息を吐いた。

 

「ねぇねぇ、じゃあさ~?」

「?」

「私を強姦して、アンタの肉奴隷にしたのは、調理の内に入るの?」

 

 黒歌は無邪気に、されど妖艶に笑う。

 奈落は唇を歪めた。

 

「……さぁな、忘れた」

「ひっどーい。でも……そんな冷たいところも素敵♪」

 

 黒歌はぴょんとベッドから飛び降り、奈落の前に座る。

 そして、奈落の下腹部をまさぐり始めた。

 

「何してんだ」

「え? フェラしてあげようと思って」

「別に頼んでねぇぞ」

「私がしたいのよ。アンタに犯された時の事思い出したら、凄くムラムラしたから」

「……お前、俺の肉奴隷を自称しながらかなり自由に動いてるよな」

「注意しないアンタが悪いにゃん」

 

 黒歌はべっと舌を出す。

 

「それに奈落、好きでしょ? 私のザラザラの猫舌でフェラされるの」

「……まぁ、な」

 

 奈落は笑う。

 黒歌もニシシと笑った後、奈落の肉棒を両手で包み込んだ。

 

 

 ◆◆

 

 

 その頃、奈落の部屋の前で。

 白髪の美少女が、荒い吐息を堪えながらドアノブに手をかけていた。

 

 塔城小猫である。

 

 彼女は発情期になった瞬間、奈落の前から姿を消した。

 そして、授業を受けようとしたが思考が正常に回らず、早退。

 それから先程まで、ずっとオナニーをしていた。

 

(交尾したい……ッ。交尾したい交尾したい交尾したいッ。奈落さんの子供を産みたいッッ)

 

 理性を本能が踏みにじる。

 猫又としての習性が、血が、雄の子種を欲していた。

 

(でも……ッ、こんな、夜這いみたいな……ッ)

 

 小猫のほんの僅かに残った理性が、ドアノブから手を引かせる。

 しかしまた、ドアノブに手をかける。

 小猫はそのままドアを押してしまった。

 

(あい、た……?)

 

 鍵がかかってると、小猫は思っていた。

 そして、奈落の困惑した声さえ聞けば理性は戻ると、そんな都合のいい期待をしていた。

 だが、そうはならなかった。

 

 奈落の家に入れる。

 小猫の理性が、音を立てて砕けた。

 

「ふゥ、ふゥゥ……ッ」

 

 奥歯を噛みしめながら、一歩一歩、奈落の部屋を進んでいく小猫。

 廊下を歩いて行くと、リビングに繋がるであろう扉が少し開いていた。

 中から、奈落の匂いがする。

 しかしもう一つ、嗅ぎ慣れた匂いがあった。

 

「この、匂い、は……?」

 

 少し開いた扉から、こっそり中の様子を覗く小猫。

 そこには奈落と……和服を着た黒髪の美女がいた。

 

「おねえ、様……?」

 

 放心する小猫。

 巡るめく思考の数々は、しかし二人が行っている情事によって中断される。

 

「ん、チュ……ハァ、あむっ」

 

 黒歌は奈落のそそり立つ肉棒を、美味そうにしゃぶっていた。

 自分の顔ほど長いソレを、黒歌は隅々まで丹念に舐め上げ、頬張っている。

 

「……ッッ」

 

 小猫はその光景に釘付けになった。

 

「ん、んぐゥ、う゛っ、ふゥゥッっ」

 

 黒歌は奈落のモノを根元まで飲み込み、喉奥でシゴく。

 奈落は気持ちよさそうに笑いながら、一言呟いた。

 

「出すぞ」

 

 瞬間、奈落は小猫の元まで聞こえるほどの勢いで精を解き放った。

 黒歌は大きく痙攣するが、その後、ゴキュゴキュと喉を鳴らして、放たれたものを嚥下する。

 暫くして、黒歌は奈落のモノから口を離した。

 

「ぷはぁッ……何時も思うけど、凄い量……全部は飲み込めないにゃんッ」

 

 黒歌は口元や胸元に付着した白濁液を、まるで毛繕いのように舐めとる。

 その光景を凝視していた小猫だったが……

 ふと、彼女の元に奈落の精液の臭いが運ばれてきた。

 

「ッッ!!!!? ~~~~~~ッッッ!!!!!!!」

 

 小猫の意識が一瞬、飛んだ。

 大声を上げそうになるが、歯を食い縛り必死に堪える。

 その代償に、股から噴水を吹き散らした。

 

(ア゛……ッ!? な、なに゛、このにおい゛……ッッ!?)

 

 小猫の思考回路がグチャグチャになる。

 小猫は混乱しながらも、その匂いの元を本能で察した。

 

(もしかして、これが……雄の種の、にお、い……?)

 

 黒歌が美味そうに飲み干す、あの白いジャムのような液体。

 

 あれが、精子。

 子供を作る、元。

 

 それがわかった瞬間、小猫の顔が一気にダラしなくなる。

 視界が安定せず、涎まで垂らす始末だ。

 堪えきれなくなった小猫は、そのまま部屋に乱入しようとした。

 その時――

 

「――!!」

 

 黒歌と、目があった。

 黒歌はニヤリと笑うと、視線を外して奈落にしなだれかかる。

 

「ねぇ、奈落ぅ……私、フェラだけじゃ満足できないにゃん。コ・レ・を……私のココにぶっ刺して、あつーいあつーい子種を、奥に注いで欲しいにゃん……」

「そうか……なら仕方ねぇ。お望み通りにしてやるよ」

 

 そこから先は、まさに獣の交尾だった。

 

「にゃぁぁぁぁぁぁん!! あっあっア゛ーーーーッ!!!! 奈落ゥ!! そこ!! ソコ気持ちいいにゃぁぁぁァッ!!!」

 

 バックから激しく突かれる黒歌は、淫らな悲鳴を上げて乱れ狂う。

 その小柄な体躯に似合わない巨乳が上下に激しく揺れ、肉を打ち付け合う大きな音が響き渡る。

 

「にゃッア゛!!!? おァ゛、イッ!!? ァア゛ッ!! カリで壁こすん、の゛ッ、反則ゥゥゥゥ!!!! に゛ゃああああんッッ!!!!」 

 

 黒歌は既に、小猫のことなど忘れていた。

 しかしそれは、小猫も同じだった。

 ただただ、目の前の交尾に夢中になっていた。

 そして、無我夢中で自分の秘所をまさぐっている。

 小猫の胸に巡る想いはただ一つ。

 

 羨望――

 

(アアッ……羨ましいッ。なんでお姉様が、奈落さんと……ッ、私だって、奈落さんのあの肉棒で、おマ〇コズボズボしてほしいのにぃ……ッッ)

 

 羨望を嫉妬に変換し、それでも秘所をまさぐる指を止めない小猫。

 その足元には既に水溜りができており、指もふやけきっている。

 が、彼女はお構いなしにオナニーを続ける。

 

「奈落ぅ!! 出すの!!? 出すんでしょ!!? 出してェェェェェッッ!! あたしを孕ませてェェェェェッッ!!!!!」

 

 叫ぶと同時に、絶頂する黒歌。

 奈落は彼女の背中に覆いかぶさり、大量の吐精を始めた。

 生々しい音を立てて、一滴も漏らすことなく、黒歌の一番奥に放ち続ける。

 

「―――――ッッ!!!!! ―――――――――ッッッッ!!!!!!!!!!!」

 

 絶叫を上げて身じろぎする黒歌を、奈落は抑え付ける。

 暫くして。

 放精を終えた奈落は、ゆっくりと肉棒を引き抜いた。

 敏感になっている膣肉を引っ張り出されて、黒歌は数度痙攣する。

 

 ズボリと音を立てて、引き抜かれる肉棒。

 瞬間、ドロリとゲル状の白濁液が、だらしなく開いた黒歌の秘所からゆっくりと垂れ落ちた。

 

「にゃぁぁ、んン……ッッ。奈落、やっぱりケダモノにゃァ♪ こんな交尾知ったら、もう普通の交尾なんてできないよォ……ッ」

 

 艶やかな、されども、まるで恋する乙女のような表情で奈落を見上げる黒歌。

 奈落は彼女の求めるものを察し、その唇を奪い、舌を絡める。

 奈落の唾液を味わった黒歌は、余韻に浸りながらも、半開きのドアに視線を投げた。

 

「出てきなよ。白音……。もう、我慢できないんでしょ?」

 

 少しの間が開く。

 そして、ゆっくりとドアが開かれた。

 そこには、気丈な表情をしながらも、股下をはしたなく濡らした小猫が立っていた。

 

 

 ◆◆

 

 

「どうして……お姉様が、奈落さんと……ッ」

 

 小猫の問いを、黒歌は淫靡に笑ってのけた。

 

「そんな事が聞きたいの~? 素直になりなよ白音ぇ。本当は、交尾したくて仕方ないんでしょ。奈落と♪」

「ッッ」

 

 普段の小猫なら、間違いなく激怒していただろう。

 現に、今も小猫は腸は煮えくり返りそうになっている。

 しかし、それよりも奈落の逞しい肉棒に視線がいった。

 

 二回射精を終えて尚全く衰えを見せない雄々しきマラを見て、小猫はゴキュンと、生唾を飲み込んだ。

 

「白音。私はな~んにもしないにゃ。白音がしたいよーにすればいいにゃ。お姉ちゃんはここで観察してるから♪」

「ッ」

 

 キッ、と小猫は黒歌を睨む。

 が、すぐに視線が奈落のモノに戻る。

 

 小猫はワナワナと口をわななかせた後、首を振った。

 そして、頭を抱える。

 

(ダメだ……ッ、ダメだダメだッ! これ以上進んだら、引き返せなくなるッ、後戻り、できなくなる……ッ)

 

 理性ではなく、本能が察していた。

 一度アレの味を知ったら、二度と戻れなくなる……

 

 立往生する小猫。

 すると、奈落が立ち上がり小猫の元まで歩み寄る。

 小猫は後ずさるが、奈落の歩幅は容易に小猫との距離を縮めた。

 

「我慢するなよ……」

 

 聞きなれた低く、甘い声音。

 それを聞いただけで、決意が大きく揺らぐ。

 

「ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァア……ッッ!!」

 

 小猫は吐息を荒げながらも、最後の抵抗をしてみせた。

 小猫がここまで抵抗するのは、黒歌も意外だったのだろう。

 瞳を丸めている。

 だが、最後は妖艶に笑った。

 

「大切なものがあるんだね、白音。守りたいものが……でもね。もう手遅れにゃん♪ 奈落、もう一言、とびきり甘い囁きをお願い♪」

 

 無情の一言。

 奈落は小猫の頬に触れる。

 そして、愛おしげに撫でた。

 

 小猫は肩を震わせながら、奈落を見上げる。

 最後の一欠けらの理性が、必死に堪えているのだろう。

 しかし彼女の瞳は、もう我慢できないと訴えていた。

 奈落は一言、囁く。

 

 

「孕ませてやるよ、小猫」

 

 

 

「ッッ……ア゛ッ」

 

 

 

 

 塔城小猫の理性が今、完全に崩壊した。

 

 

 ◆◆

 

 

 まず小猫は、奈落のモノを頬張った。

 美味そうに美味そうにしゃぶって、喉奥まで咥え込んで、しごき上げる。

 早々に放たれた奈落の精を、一滴も溢さず飲み干す。

 その後、普段の彼女からは考えられないような、だらしない笑みを浮かべた。

 

 ベッドに座る奈落の上に、小猫が跨る。

 何十回にも及ぶオナニーにより準備が整った膣内は、しかし奈落のモノを挿入するにはあまりに小さすぎた。

 だが奈落は気を遣わない。

 容赦なく子宮口を貫き、小猫の膣を余すことなく蹂躙する。

 ポッコリお腹を膨らました小猫は、歯をガチガチ鳴らしながら、何度も何度も気をヤっていた。

 

 

 

「にゃァァァァァァァァんッ!!!!!! オ゛ッオ゛ーッッッ!! ほォォォオッッ!!?  オ゛ッッ!!! ァッひィィィィィィィィィィッッ!!!!!!!!!!」 

 

 

 

 奈落は華奢な小猫の体を容易に持ち上げ、お構いなしに本気ピストンを叩き込む。

 一生分の快楽を何十回も経験している小猫は、白目を剥きかけていた。

 そして、そんな二人の光景を、黒歌は指を咥えながら見つめている。

 

「すっご……ッ。いいなぁッ……こんなの見せつけられたら、また疼いてきちゃうじゃんッ」

 

 奈落は射精の間際、小猫を壊れるくらい強く抱きしめた。

 そして、子種を爆発させた。

 

「ア゛ア゛ア゛ーッッ!!!!! ア゛ーーーーーーーーーーーーッッッ!!!!!!!!!」

 

 小猫は濁音交じりの絶叫を上げて、派手に潮を撒き散らした。

 あまりに強大な快楽に、正気を失い暴れる小猫。

 しかし奈落の怪力が、それを許さない。

 その小さな子宮に、大量の子種が注ぎ込まれた。

 

 

 長い吐精を終え、奈落がモノを引き抜く。

 入りきれなくなった白濁液が、とめどなく溢れ出てきた。

 遂先ほどまで綺麗な形をしていた小猫の秘所は、ぽっかりと穴が開き、卑猥に歪んでいた。

 

「ゥオ゛オ゛ッ、ア゛、アヘェ~ッッ……アアアッッ」

 

 横たわり、アへ顔を晒す小猫。

 そんな妹を無視して、黒歌は奈落の袖を引っ張った。

 

「ねぇ奈落……もう一度……しよ?」

 

 涙目で懇願する黒歌。

 奈落は歪な笑みで応じた。

 

 




次回はリアスです。
お楽しみに。



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リアス・グレモリ―

 放課後。

 奈落は夕暮れが差し込む窓を背後に、保健室のベッドの上に座っていた。

 

「ふゥゥ、むゥ、ちゅゥ、あむッ……♪」

 

 奈落の怒張したモノを無我夢中にしゃぶっているのは、紅髪の長髪を靡かせる美少女だった。

 卑猥な形をした亀頭を頬張りながら、スカイブルーの双眸を蕩けさせ、奈落を見上げる。

 懇願の意思を見せるその双眸に、奈落は口元を歪めた。

 

「出すぜ、飲め」

 

 奈落の言葉を聞いて美少女は嬉しそうにし、奈落のモノを喉奥まで飲み込む。

 瞬間、噴水のような射精が始まった。

 

「ッッッ、グッ、ンン……ゴキュ、ンンッ、ンッ」

 

 美少女は吐き出される子種を一滴残さず嚥下する。

 喉をゴクゴクと鳴らして、ジャムのような精液を胃に落とし込む。

 

 最後まで飲み干した美少女は、尿道に残っている精液を卑猥な音を立てて吸い上げた。

 最後の一滴まで吸い取ると、美少女は口に含んだ精液を奈落に見せる。

 確認した奈落は、小さく頷いた。

 美少女は口を閉じ、白濁液を本当に美味しそうに飲み込む。

 

「ン、ンン゛ッ、~~~~ッッ、ハァァっ、ハァ、ハァ……ッ♪」

 

 生臭い吐息を吐き出しながら、全部飲んだと言わんばかりに舌を垂らす美少女。

 奈落はそんな彼女の頭を、愛おし気に撫でた。

 

「~~♪♪」

 

 紅髪の美少女――リアス・グレモリーは、嬉しそうに瞳を細める。

 奈落の雇い主であり、駒王町の領主。

 冥界の貴族である旧七十二柱のグレモリー一族が次期当主たる女傑が、何故このような雌犬に成り果てているのか?

 

 ◆◆

 

 

 遂最近まで。

 

 リアスは奈落を誰よりも信頼していた。

 自分の弱点を的確に指摘し、時に叱咤しながらも、正確に導いてくれる。

 奈落がいる限り、どんな事件にも対処できる自信があった。

 

 リアスは奈落を一人の男性として慕っていた。

 プライベートに限るが、奈落は自分を一人の女の子として見てくれる。

 それが、とても嬉しかった。

 

 しかし、リアスは突如、奈落に強姦された。

 奈落は嗤いながら、三日三晩、リアスを犯し続けた。

 リアスは最初こそ悲鳴を上げて抵抗したが、奈落の怪力に抗うことができず、ただ犯され続けた。

 そして、三日目には自らの意思で奈落の腰に両足を回していた。

 

 リアスは大いに恥じた。

 目先の快楽に溺れた己を。

 何より、強姦されるまで奈落の本性に気付けなかった無能さを。

 

 リアスを強姦している最中に、奈落は言った。

 

「恋慕する相手に裏切られて、絶望する……お前のその表情が見たかったんだ」と――

 

 リアスは奈落を恨んだ。

 奈落は今迄自分を騙して、誑かして。

 信頼と恋慕を培ってきたのだ。

 強姦するその日のために。

 数年間ずっと。

 

 

 リアスは生まれて初めて、本気で他者を殺したいと思った。

 今迄は「邪魔をする者を消す」程度の事しか考えたことのないリアスは、初めて憎悪という感情を知った。

 

 翌日、リアスは奈落の自宅を奇襲した。

 母から受け継いだ消滅を司る魔力で、奈落という存在そのものを消滅させようとした。

 

 だが、リアスは大きなミスを犯した。

 一つ目、強姦を含めた出来事を誰にも知られたくない故に、単身で奈落に挑んだこと。

 二つ目、奈落の実力を見誤ったこと。

 そして三つ目。自分の身体が、既に奈落に屈服しかけていることに気付けなかったこと。

 

 リアスはまたも犯された。

 今度は徹底的に、だ。

 三日三晩とは言わず、リアスの心身が完全に堕ちるまで、その子宮に子種を叩きつけられた。

 

 結果、リアスは堕ちた。

 

 絶望は幸福に。

 屈辱は、快楽へと変化した。

 

 リアスは悟った。

 これが、悪魔の女の在り方なのだと――

 強き雄に侍り、本能の赴くままに身をよじらせる。

 肉欲に従い、ただただ堕落する。

 

 地位も、名誉も、誇りも。

 肉欲を満たすための手段でしかない。

 

 リアスは悪魔の女の本懐を教えてくれた奈落に。

 これから一生を捧げる御主人様に、全裸で土下座し、その爪先に忠誠の口付けを交わした。

 

 

 ◆◆

 

 

 と言っても、公ではリアスと奈落の関係は変わらなかった。

 オカルト研究部で活動している時も、リアスは奈落を部下として扱った。

 

 それは全て、奈落の指示である。

 何故か。

 

 外交官としての信頼が地に落ちるからか?

 いいや、奈落の妖術を以てすれば幾らでも誤魔化せる。

 理由は他にあった。

 

 奈落はリアスという女を旨みを最大限に引き出したかったのだ。

 

 リアスはやはり、我儘で高慢な女が似合う。

 その魅力を損なうことを、奈落は良しとしなかったのだ。

 

 自分と二人きりの時だけは、従順な性奴隷へ変わる。

 そのギャップを、奈落は愉しんでいた。

 

「ハァ、ハァ……ッ♪」

 

 奈落に頬を撫でられ、リアスはだらしなく舌を垂らした。

 熱い吐息を漏らすその様は、まるで発情期の雌犬だ。

 

 リアスもまた、奈落との関係を楽しんでいた。

 御主人様を普段は部下として扱えることで、生来の高慢さが満たされる。

 そして、元・部下に絶対服従を誓うという屈辱が、新たに芽生えたマゾっ気をゾクゾク刺激した。

 

 リアス・グレモリーという誇り高い少女は、もうこの世界の何処にもいない。

 いるのはリアス・グレモリーという少女を演じている、ただの雌犬だ。

 

 奈落はリアスだったものを見下し、クツクツと喉を鳴らす。

 

「アア、今のテメェは、最高にそそるぜ。数年間テメェを傍で見てきたからこそ、今のその醜態が哀れで、滑稽で……笑えてくる」

「アァ……ッ♪」

 

 奈落の嘲りの言葉すら、リアスにとってはご褒美でしかない。

 奈落は三白眼を細めて、雌犬に笑いかけた。

 

「気分が良い。お前の願いを一つ聞いてやろう。何をして欲しい?」

 

 雌犬は即答した。

 

「御主人様の肉棒で思いっきりオマ〇コ掻き回して欲しいですっ。……滅茶苦茶に犯してほしいですゥッ♪♪」

 

 雌犬は奈落の足に縋り懇願する。

 奈落は満足そうに頷き、そのまま雌犬に覆い被さった。

 

 ◆◆

 

 奈落はリアスに覆いかぶさって、まずは一回。

 それだけでくしゃくしゃのアへ顔になったリアスを、今度は上に乗せて容赦なく突き上げる。

 

 

「オ゛オ゛オ゛ッッ!! オ゛ォォーーーーッッ!!!! ほ、オ゛ッ、ア、ア゛ッッ!!!? ア゛ア゛ア゛ーーーーーーーーーーーッッッッ!!!!!!!!!」

 

 

 背中を弓なりに曲げて、濁音交じりの嬌声を上げるリアス。

 一方、奈落は涼し気な表情でリアスの超乳を揉んでいた。

 朱乃とはまた違う瑞々しい弾力を楽しんでいる。

 奈落は不意を突くように、ぷっくり膨らんだ乳首を指の腹でこね回した。

 

 

「ア゛ッッ!!!? ぞ、ぞんな、今乳首ッ、敏感だ、がらァッ!!!!!! イィッッ!!!!」

 

 リアスは歯を食い縛り、意識が飛びそうになるのを耐える。

 リアスは既に数十回の絶頂を迎え、七度ほど気絶を堪えていた。

 

 奈落は下腹部に込み上げる快感を把握すると共に、リアスの様子を分析する。

 

(出そうだ。だがリアスはあと二回……いや、この調子だと一回で駄目になるか? このままだと消化不良で終わっちまう。……ふむ)

 

 奈落は今までの膨大な経験を生かし、一番満足できる選択をした。

 

「出すぞ」

 

 奈落はそう言って、リアスの肩を掴んで落とす。

 ズンッッ、と音が鳴り、リアスは奈落のモノを根元まで飲み込んだ。

 

「……ァ゛ッッ」

 

 リアスの意識が途絶えた。

 同時に大量の精が注がれる。

 気絶したリアスを両手で支えながら、奈落は構わず射精を続けた。

 意識が途絶えているにも関わらずリアスの膣肉は良く締まり、子宮は美味そうに子種を飲み込んでいた。

 

 射精の途中で奈落は腹筋を使い、起き上がる。

 自分の胸に倒れ込むリアスを無視して、安産型の尻を鷲掴んだ。

 そして、膣内を全て削り取るような猛烈なピストンを始める。

 

 

 

 

「オ゛……オ゛、ァ? ァ……ィア゛!!!?  ア゛ッッ……ァァァァァァアアアアア゛ア゛ア゛ッッ!!!? ごじゅじんザマァッ!!!! 止めでぐだざい!! お願いじまずゥゥゥゥアアアアアッ!!!!! ごわれるゥゥゥゥッッ!!!!!! じぬゥッッ!!! イギじぬゥゥゥゥッッッ!!!!! ~~~~~~~~~~~ッッッッ!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 リアスがぶっ壊れても、奈落はお構いなしに腰を振っていた。

 

 ◆◆

 

「ア゛アア~~~ッッ、ヘヒィッッ……ア゛、ァア゛ア゛ーーーーーーーーーーーッ♪」

 

 妊婦のように腹を膨らませるリアス。

 ベッドの上で横たわる彼女は、セックスが終わった後も絶頂を繰り返していた。

 その横で、奈落は紫煙をくゆらせている。

 

 すると、保健室の扉が開かれる。

 扉の前には朱乃と小猫が佇んでいた。

 

「あらあら、何時までも部室に来ないと思ったら……」

「……っ」

 

 頬に手を当て苦笑する朱乃。

 無言で頬を膨らます小猫。

 奈落は頭を掻いた。

 

「悪ぃな、少し熱くなってた」

 

 小猫はズカズカと足音を立てて、奈落の元へ歩み寄る。

 彼女は奈落の横に座ると、その腕に抱きついた。

 

「部長だけズルいです。私とも交尾してください……ッ」

 

 小猫は潤んだ瞳で奈落に懇願する。

 すると、反対側に朱乃が座った。

 

「あらあら、小猫ちゃんだけズルいですわ。ねぇ……奈落さん。私も……ッ」

 

 奈落の腕にもっちりとした胸肉を押し当て朱乃は囁く。

 奈落はやれやれと肩を竦めた。

 

「ったく。しゃあねぇな。……テメェ等、纏めて可愛がってやるよ」

 

 その言葉を聞き、二人は表情は蕩けさせ、シーツを愛液で濡らし始めた。

 奈落は堪えきれずに、嘲笑を溢した。

 

 

 

(アア……本当にテメェ等は、どうしようもなく馬鹿で、哀れで、醜くて、救いようがねェ……)

 

 

 

 奈落と交わった女は最後には必ずこうなる。

 奈落に全てを捧げる、従順な雌奴隷になるのだ。

 

 朱乃も、小猫も、リアスも、互いに思うことはあった。

 どういう理由で彼に惚れ、どういう経緯で身体を重ねたのか。

 

 しかし、同時に思うのだ。

 どうでもいい、と。

 

 彼女達にとって、奈落の女であることが最優先事項であり、絶対なのだ。

 奈落に可愛がってもらえるのなら、それ以外はどうでもいい。

 地位も、名誉も、友も、家族すらも……

 奈落以外の存在は、事象現象すらもどうでもよくなる。

 もしも奈落がいなくなれば……彼女達は絶望し、自殺するだろう。

 

 そう、彼女達の在り様はまるで麻薬にハマる中毒者だった。

 現実と夢の区別がつかなくなり、最終的には夢に溺れる。

 麻薬の齎す甘美な悪夢が、苦しい出来事で満ちている現実を否定させる。

 

 しかし、もしも彼女達が事実を知っても、現状は変わらないだろう。

 彼女達は好きで悪夢を見ているのだ。

 好きで自分の首を絞めているのだ。

 彼女達にとって、それが幸福なのだ。

 既に、手遅れだった。

 

 

(甘美な悪夢を見続けな。……その醜態で、俺の暇をすり潰せ)

 

 

 奈落。

 その在り方、まさに意思を持つ麻薬。

 悪辣に、卑劣に、傲慢に。

 女を堕落させていく。

 

 悪夢は終わらない。

 まだ、始まったばかりだ。

 

 

 

 

 





次回は原作の一巻分をスピーディーに消化します。
そして、リアス、朱乃、小猫との4Pです。
次回で原作一巻分を終わらせ、二巻に入る準備を致します。








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リアス・朱乃・小猫 ※一巻完結

 駆王学園で変態三人組として悪名を轟かす青年、兵藤一誠。

 彼は先日、悪魔へと転生した。

 最愛の彼女に殺されるという、一生モノのトラウマを抱えて。

 

 一誠を悪魔として転生させたのは、一誠が通う駒王学園のマドンナ、リアス・グレモリ―だった。

 彼女は一誠の中に眠る強大な力を見抜いていた。

 

 神器(セイクリッド・ギア)。

 聖書に記されし唯一神が、人類の無限の可能性を増幅させるために造り上げた兵器。

 

 一誠の中に眠る神器は、その中でも最上級の一品。

 世界に十三品しか確認されていない神滅具(ロンギヌス)の一つだった。

 

 名は赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)

 この籠手には過去、世界中で暴れ回った強大なドラゴン、赤龍帝・ドライグが封印されている。

 この籠手の宿主は、ドライグの力の一部を使用できるのだ。

 内容は、力を増幅させる「倍化」。そして、増幅させた力を他者へ渡す「譲渡」。

 自在に使いこなせるようになれば、最強の存在である神仏を倒せる可能性がある――破格の武具だった。

 

 リアスは一誠を悪魔へと転生させた当日、混乱する彼に自宅で待機するよう促した。

 そして翌日、オカルト研究部に呼び出した。

 リアスはまず、一誠の命を勝手に蘇らせた事を謝罪した。

 そして、ある提案を持ちかけた。

 

 自分の眷属として、悪魔として、欲望のままに生きてみないか? と。

 

 欲望のままに生きる、と言っても、ある程度制約はある。

 中世ヨーロッパの貴族社会に似た悪魔社会は、現代社会とはまた違った面倒臭さがある。

 しかし、悪魔社会ならではの利点もある。

 例えば、ハーレムを築けるとか。

 弱肉強食を是とし、尚且つ少子化が進んでいる悪魔社会は、一夫多妻制を容認していた。

 

 リアスは一誠の性格を予め調べておいた。

 一誠は兎も角、性欲が強い。

 リアスは女性とハーレムという言葉を強調しつつ、一誠を巧みな話術で誘導した。

 

 だが、もしも、一誠が断った場合。

 リアスは一誠を殺して、悪魔の駒と赤龍帝の籠手を回収するつもりだった。

 

 他種族を悪魔に転生させ、自分の配下にできる悪魔の駒。

 神仏に対抗できる可能性を秘める神滅具。

 一誠本人よりも、この二つに価値があった。

 

 眷属にした悪魔をほんの数日で殺したとなれば、リアスの上級悪魔としての評価は下がる。

 だが、破格の性能を誇る神滅具を魔王に献上すれば、話は別だ。

 

 プラマイゼロ。

 一誠が自分の眷属になっても、ならなくても、リアスには損は無かった。

 

 一誠は一誠で、そんな彼女の思惑を全く見抜けなかった。

 欲望に忠実な彼は、二つ返事で快諾した。

 リアスは一誠の興奮する表情を見て、彼が全く考えていないことを理解した。

 ある意味、悪魔以上に欲望に忠実なその姿に、苦笑を浮かべることしかできなかった。

 

 

 ◆◆

 

 

 一誠は欲望に流されつつも、やはり心の内に闇を燻っていた。

 悪魔に転生した事についてではない。

 一誠は彼女「だった」少女の優しい笑顔を思い浮かべ、胸を痛めていた。

 だがその悲哀は、オカルト研究部の特別顧問であり、彼女の部下である男性によって解消された。

 

 奈落だ。

 

 奈落は一誠がリアスの眷属になった日の夜、彼を教室に呼び出した。

 二人で机の上に並んで座り、満月を見つめていた。

 奈落はふと、一誠に呟く。

 

「彼女に殺されたんだってな」

「……はい。でも、大丈夫っすよ! もう気にしてません! 俺、これからハーレム王になるために頑張りますから!!」

「強がるんじゃねぇよ」

「っ」

 

 一誠は唇を噛みしめる。

 

「お前、俺に自慢してくれたよな。彼女ができたんだって。可愛い彼女ができたんだって。俺、この人を幸せにするんだって。……俺は嬉しかった。馬鹿な息子に嫁ができたような、そんな気持ちになった」

「……ッ」

「だから、な? ……俺は今のお前を、見てらんねぇんだよ」

 

 奈落は一誠の頭を引き寄せる。

 

「泣きたい時は泣けばいい。涙を流して、悲しんで……前に進むのは、それからでいい」

「……~~~~ッッ」

 

 一誠は堪えきれず、大粒を涙を流し、奈落の胸に抱きついた。

 小学生のように泣きじゃくりながら、溜めていた悲しみを爆発させる。

 

「おれ゛ッ、絶対にッ、あのコを幸せにじようとおもっだッ!」

「ああ」

「あの笑顔を、守りだいど、本気で思った゛ッ!」

「ああ」

「でもッ、あのコは、俺のこどを嘲笑いながら、ほんどうに楽じそう、ごろじ……~~~~~~~~~ッッ!!」

 

 一誠はそれ以上、言葉を紡ぐことができなかった。

 奈落は一誠が泣き止むまで、その頭を撫でていた。

 

 

 ◆◆

 

 

 一誠は泣き終えた後、恥ずかしそうに頬を赤らめた。

 

「……すいません、奈落先生。俺……」

「いいんだよ。……また泣きたくなったら、俺ん所に来い。愚痴でも何でも聞いてやるからよ」

 

 ニカっと笑う奈落に、一誠は思わず瞳を潤ませた。

 一誠は男として、純粋に尊敬の念を抱いた。

 

(どうして学園の女達が奈落先生を慕ってるのか、わかった気がする。……俺がもし女だったら、確実に惚れてた)

 

 一誠は胸に手を当てる。

 彼はハーレムを築く夢の他に、もう一つ夢を見つけた。

 

「奈落先生!」

「ん?」

「俺……奈落先生みたいなカッコいい男になる!! それが、俺のもう一つの夢だ!!」

 

 一誠は太陽のような明るい笑顔を浮かべる。

 奈落はきょとんとした表情をするが、すぐに柔和に微笑む。

 

「頑張れよ」

 

 一誠は頭をくしゃくしゃと撫でられる。

 一誠は子犬のように瞳を細め、もう一度笑った。

 

 

 ◆◆

 

 

 教室を出て行った一誠。

 すると、ベランダの方から金髪の美青年が出てきた。

 

「相変わらず、お優しいですね。奈落先生」

「当たり前だろう。生徒は子供みてぇなもんだ」

「……ふふふ」

 

 金髪の美青年、木場裕斗は頬を緩める。

 彼はリアス・グレモリ―の眷属であり、一誠とは同級生だ。

 

「じゃあ、僕は兵藤くんの帰路を隠れながら護衛します」

「ああ、頼んだ」

「……あの」

「?」

 

 木場は奈落の手を見た後、恥ずかしそうに頬をかく。

 

「いいえ、何でもありません」

「……」

 

 奈落は木場の気持ちを察して、頭をくしゃくしゃと撫でる。

 

「撫でてほしいならそう言え」

「……恥ずかしいんですよ。男の子ですから」

 

 そう言いながらも、嬉しそうにはにかむ木場。

 木場もまた、奈落のことを尊敬していた。

 彼に何度も支えられた木場は、奈落のことを父親のように慕っていた。

 

「……じゃあ、いってきます」

「おう」

 

 

 ◆◆

 

 

 木場が去って数分後。

 奈落がベランダで紫煙を吹いていると、リアスが現れた。

 

「御主人様……本当にコレでよかったのですか?」

「何だ、不満かリアス」

「いえ、御主人様の命令は絶対です。ですが……幾つか質問してもよろしいですか?」

「いいぜ」

 

 リアスは奈落の命令には逆らわない。

 逆らえないのではなく、逆らわない。

 しかし疑問点を幾つか感じたので、それを聞いた。

 

「では、まず一つ。……何故堕天使共を駆王町で野放しにしているのですか? 侵入を確認した時、御主人様は「泳がせておけ」と仰いました。その真意を知りたく存じます」

 

 それを聞いた奈落は、煙草を咥えながらリアスに振り返る。

 

「確かに、駒王町を管理しているお前からすれば「堕天使が領地に侵入しているのに対処できなかった」という失態が今後の評価に繋がってくるだろう。だがそれは「侵入していたのに気付けなかった場合」だ。予めわかった上で野放しにしているとなると話は違ってくる。既にこの一件はサーゼクスに報告した。ある交渉も踏まえてな」

「交渉、ですか?」

「そうだ」

 

 奈落は紫煙を吐き出しながら続ける。

 

「領地に堕天使共を侵入させた俺達にも非はあるが、そもそも堕天使共が悪魔の領土に無断で入ることが間違ってる。堕天使共の首領、アザゼルは能天気な神器オタクだが、だからこそ、余計な争い事は避けたいと思ってる奴だ。そんな奴が、この一件を知ればどうなるか……」

 

 リアスは成程、と頷きながらも問う。

 

「その者達がスパイ、という可能性は……」

「領地に侵入した瞬間、俺達に気付かれるような馬鹿共がスパイなわけねぇだろ。流石のアザゼルも、そこまでの馬鹿をスパイにはしねぇ筈だ」

「これは堕天使数名による独断犯行であると?」

「十中八九間違いねぇ。動きも用心している割に、詰めが甘い。……何だか、どうしようねぇ阿呆のニオイがぷんぷんするぜ」

 

 奈落は卑屈に口の端を歪める。

 

「そんな阿呆共の失態に加え、部下を御しきれなかった統率者としての責任を、アザゼルは背負うことになる。言い訳しようが無駄だ。証拠はバッチリ撮ってある。イッセーの彼女の写真を幾つか焼き増ししておいた。コイツがこの一件に関わっていることは確定的だ」

 

 奈落は懐から数枚の写真を取り出し、リアスに渡す。

 写真には、黒髪の美少女が写っていた。

 

「大方、たまたま見かけたイッセーに神器が宿っていることを知って、念のためにと殺したとか、そんな感じだろう。わざわざアイツの彼女を演じた辺り、中々イイ性格をしてやがる」

 

 愉快そうに笑う奈落。

 リアスは写真を全て確認した後、奈落に返す。

 そして一旦脳内の情報を整理し、新たなに生まれた疑問を奈落に聞く。

 

「では、御主人様はこの事件を材料に、アザゼルと交渉なさるおつもりなのですね?」

「そうだ」

「一体、どのような内容の交渉を?」

「貸しを作るのも悪くねぇが……今回は慰謝料を請求する。で、俺は慰謝料にあるモノを要求しようと思ってる」

「あるモノ、とは?」

「人工神器だ」

「!」

「さっきも言ったが、アイツは神器オタクで神器について色々研究している。その成果が最近出始めたらしい。それが人工神器だ。ソイツを慰謝料代わりに数品ほど貰う」

「そんな貴重な品を、今回の案件程度で渡たすでしょうか?」

「問題無ぇ。これで足りなくても、揺すぶるネタは沢山ある」

 

 奈落の言葉にリアスは一旦安心し、そして思案するように顎を擦る。

 

「それにしても、人工神器ですか……初耳です」

「俺の奴隷……いや部下か。まぁ、お前は奴隷って単語のほうがわかりやすいだろ。この情報はソイツ等から回ってきた。まず間違いねぇ」

「堕天使勢力にも手を伸ばしていたんですね。それも、外部に漏れていない情報を知っているともなれば、かなり位の高い存在を……」

 

 リアスの言葉に、奈落はクツクツと喉を鳴らす。

 リアスは敬愛の眼差しを奈落に向けた。

 自身の御主人様がどれほど強大な力を持っているのか――改めて理解したのだ。

 

「手札はゴマンとある。本気になりゃ、幾らでも良案を出せる。が……この案が一番面白いと俺が判断した」

 

 奈落はリアスの頬を撫でる。

 リアスは肩を震わせた後、頬を赤らめだらしない表情になる。

 

「なぁリアス……お前は最善の案と俺が楽しめる案……どっちを選ぶ?」

 

 リアスは即答した。

 

「勿論、御主人様が楽しめる案ですぅ」

「よし……いい子だ」

「~♪」

 

 頬を撫でられ、リアスは嬉しそうに瞳を細めた。

 

 

 ◆◆

 

 

 翌日。

 休日だったので、一誠はリアスから眷属達を改めて紹介された。

 姫島朱乃、塔城小猫。

 いずれも駒王学園でも有名な美少女で、アイドル顔負けの可憐さを持つ。

 そして、木場裕斗。

 

 一誠は以前まで、イケメン死すべしと憎悪を募らせていた。

 しかし、奈落のような男になりたいと夢を抱いてから、視野が広がっていた。

 

 どうしてイケメンはイケメンなのか? 何故女性にモテるのか?

 まずは身嗜み。

 一誠はイケメンは皆清潔感に気を遣っていることがわかった。

 そして、性格。

 真のイケメンは女性だけでは無く、男性にも優しいことがわかった。

 

 憎悪によって狭まっていた視野は、夢によって広がった。

 

 一誠は何故自分がモテないのかを理解する。

 ダラしなくて、自分勝手で、性欲旺盛。

 それはモテないな――と一誠は自嘲した。

 

 一誠は木場と握手を交わし、そして誓う。

 何時かお前を追い抜いてみせると。

 それまでは、心の中で師の一人とさせてもらうと。

 

 それから一誠は、リアスに悪魔の生活方法や生業を教えてもらい、帰宅した。

 道中、公園で黄昏ているシスターがいたので、話しかけた。

 振り返ったシスターは、プラチナブロンドの長髪が美しい美少女だった。

 一誠は思わず見惚れてしまった。

 

 それから色々と事情を聞くと、シスターは人生に絶望し、今夜死のうと考えていた。

 一誠はそんな事はさせまいと、シスターに人生の楽しさを知ってもらうために、ショッピングモールを一緒に歩いて回った。

 

 一誠は思っていた。

 奈落や木場が同じ状況であったら、そうする筈だと。

 困っている人に手を差し伸べる筈だと。

 先日、奈落に助けられたばかりの一誠は、今度は自分が誰かを助ける番だと息巻いていた。

 

 シスターの名前はアーシア。

 彼女は一誠と触れ合い、一緒に歩き回る中で、徐々に笑顔を取り戻していった。

 最後には本当に楽しそうにしていた。

 が、夕暮れを見た瞬間、泣きそうな表情になり、一誠に頭を下げた。

 

「本当にありがとうございました」

 

 そう言って去ってしまった。

 その時、一誠は見てしまった。

 走り去る彼女の瞳から、涙が零れるところを。

 

 一誠は彼女を、アーシアを追いかけようとした。

 しかし、止められた。

 止めたのは木場だった。

 

 木場はリアスの命令で、一誠をずっと監視していたのだ。

 彼は一誠を諭した。

 あのシスターは、君を殺した堕天使に関与している可能性が高いと。

 何より、一誠はリアス・グレモリーの眷属であり、行動の一つ一つに責任を伴わなければならないと。

 一誠の行動はリアスの評価、そして今後の一誠自身の人生に大きく関わってくるのだと。

 

 一誠は、ならどうすればいいんだと叫んだ。

 どうすれば、泣いていたあの子を助けることができるのか。

 一誠の頭にはそれしかなかった。

 

 木場は一変して、柔らかい声で説明した。

 まずはリアス・グレモリーに連絡する。

 そして、指示を待つ。

 もし許可を貰えれば、行動できる。

 

 一誠は急いでリアスに教えて貰った緊急用の電話番号を使った。

 

 

 ◆◆

 

「ああァ……ンン、ハァぁ♪」

 

 その頃、オカルト研究部に最近造られた特別室ルームでは、淫靡な宴が幕を上げていた。

 特大ベッドの上に、全裸で寝そべる奈落。

 リアス・グレモリ―はその上に跨り、奈落のモノをゆっくりと挿入した。

 

「奈落さぁん……っ」

 

 奈落の右腕に抱きつき添い寝している朱乃は、猫なで声で奈落にキスを迫る。

 奈落は彼女の柔らかい唇を奪い、舌を絡め、吸い上げた。

 朱乃は蕩けた表情で、奈落の舌を味わっていた。

 

「むぅ……」

 

 奈落の左腕に抱きつく小猫は、自分だけ何もできない状況に不満そうにする。

 彼女は奈落に振り向いて欲しいと言わんばかりに、彼の首筋をペロペロ舐める。

 猫又特有のザラザラした舌は、奈落の意識を削ぐには十分過ぎた。

 奈落は朱乃とのキスを中断し、小猫に振り返る。

 

「くすぐってぇぞ。小猫」

「私も見てください」

「我儘だな。以前と全く変わらねぇ……だが、それがいい」

 

 奈落は小猫の唇に軽いキスを被せた後、その小さな胸を舐め上げる。

 

「ふにゃぁ……♪」

 

 小猫は全身を駆け巡る快感に甘い声を漏らした。

 奈落はそのまま、その小さな胸を可愛がる。

 ほんのり桃色に染まった先端を吸い上げてやれば、小猫は背中を反らして痙攣した。

 

「御主人様ァ……♪」

 

 リアスは悩まし気に腰を回して、涙目になる。

 早く奈落に突き上げて欲しいと、視線で訴えていた。

 

 リアス、朱乃、小猫は、奈落と同じく全裸で彼に奉仕をしていた。

 すっかり奈落の中毒になった三人は、たとえ部活の最中であろうと、奈落を求めるようになっていた。

 

 奈落は嗤い、自分に跨るリアスの頬を撫でる。

 リアスは愛おしそうに、その手にすり寄った。

 

「朱乃、小猫」

 

 奈落の意図を察した二人は、不満げにしながらも一旦離れる。

 奈落は腕を広げて、リアスを出迎えた。

 

「おいで、リアス」

「アア、御主人様ぁ……♪」

 

 リアスは嬉しさに表情を綻ばせ、奈落にしなだれかかる。

 その逞しい筋肉を直に感じ、リアスは熱い吐息を漏らした。

 

「……初っ端からガチでいくぞ。気絶するなよ?」

「~っ」

 

 耳元で囁かれる、甘く低い声音。

 リアスはその言葉を聞いただけで、一度達した。

 

 奈落はリアス尻を両手で鷲掴む。

 リアスは奈落の首に腕を回した。

 瞬間、ズンッと鈍い音を響かせ、奈落のマラがリアスの子宮口を貫いた。

 

「ア゛ッ……オオッッ」

 

 リアスは品の無い喘ぎ声を漏らす。

 彼女の秘所から愛液が垂れ、奈落のモノを濡らす。

 

 奈落はリアスを強引に犯した。

 まるで使い捨てのオナホを扱うように、激しく、荒々しく腰を振るう。

 人間の女なら、すぐに壊れてしまうだろう。

 だがリアスは悪魔であり、類稀なる名器を持っていた。

 しかし、奈落の齎す快感に耐えられるかと聞かれれば、答えはノーだ。

 

「ァァァアア゛ア゛ア゛ッッ!!!! ン゛ア゛ア゛ッ!! 御主人様ァァァぁッ!!!!  好きィ!! 好きでずゥゥゥゥゥッ!!!!!」

 

 リアスは嬌声を上げながら、奈落に想いを告げる。

 奈落はリアスの弱点……子宮口の手前の膣肉を、カリ首で削るように擦る。

 

「ンヒィィっ!!!? そこッ、ダメェェェェェェッッ!!! ~~~~~~~~~~~ッッ!!!!!!」

 

 悲鳴を上げるリアスの口を、奈落はキスで塞ぐ。

 そのままリアスの奥を何度も突き上げ、そして大量の精を解き放った。

 

「ッ!!!? ーーーーッッ、~~~~~~~~ッッ♪♪」

 

 奈落の胃に嬌声を吐き出しながら、リアスは絶頂する。

 その表情は実に幸せそうであり、そして壊れていた。

 長い長い放精を終え、奈落が唇を離す。

 すると、リアスは熱い吐息を漏らしながら、新鮮な酸素を求め始めた。

 奈落は自分の首元で大きく息を吸っているリアスの頭を、優しく撫でる。

 

「御主人、さまァ……♪」

 

 リアスは瞳をとろんと潤ませ、奈落に擦り寄った。

 

「好きぃ、好き好きィ……一生付いていきますぅ♪」

 

 リアスは自分にこれだけの多幸感を与えてくれる男に、完全に依存していた。

 その横顔に、グレモリ―家次期当主たる女傑の面影は全く無い。

 リアスは奈落の首筋にお礼のキスの雨を降らせると、彼の上から離れようとする。

 膣内から奈落のモノを、ゆっくりと引き抜いた。

 

「ふァ……んんゥ♪」

 

 奈落のモノが抜けたリアスの秘所からは、ドロドロと白濁液が垂れ落ちる。

 灼熱のマグマの如き子種が膣肉にこびり付き、流れ出る感覚に、リアスは背筋を震わせた。

 その様子を見て、朱乃は頬に手を添えて微笑む。

 

「あらあら、リアス。折角奈落さんに出して貰ったのに、そんな風に吐き出して……勿体ないですわよ」

 

 朱乃はリアスの秘所に顔を近付ける。

 そして、垂れ落ちる白濁液を舐め取った。

 

「んひィ!? あ、朱乃……ッ! 今は敏感になってて……ふぁぁぁン!!!」

 

 朱乃はリアスの秘所ごと、白濁液を舐め取る。

 そして、奥からも溢れ出る子種をも吸い取った。

 卑猥な音を出して吸い上げ、舌を入れて丹念に舐め取る。

 

「ダメぇ!! 奥のッ、吸い取っちゃッ……イッちゃう! またイちゃうか、らッッ…………ンア゛!! ~~~~~~~~!!!!」 

 

 歯を食い縛って絶頂に耐えるリアス。

 朱乃は顔を上げて、リアスの顎を手ですくう。

 そして、口の中に入れた白濁液を見せつけた。

 朱乃の視線は蠱惑的で、どこか嗜虐心に満ちていた。

 

「っ」

 

 リアスは表情を顰め、朱乃の唇を奪う。

 朱乃の唇を奪うというより、口の中の白濁液を取り返していると言ったほうが正しいだろう。

 自分に注がれた愛しい男の子種を取られたというリアスの焦燥感を、朱乃は感じ取った。

 朱乃は瞳を細めながら、口に含んだ子種をリアスの喉に流し込む。

 

「ッ!?……ンンっ♪」

 

 リアスは最初こそ驚くが、朱乃に舌を絡め取られ、問答無用で白濁液を嚥下させられることに快感を覚えていた。

 暫くして、二人は互いの唇を離す。

 銀の糸が二人の舌から淫靡に伸びてゆき、そしてシーツに落ちた。

 朱乃は妖艶に笑う。

 

「うふふ……今のリアス、とっても可愛かったわ。奈落さんから注いで貰った子種を返して貰って、嬉しかった?」

「……っ」

 

 頬を朱に染め、朱乃を睨むリアス。

 しかしその姿は弱々しく、何時もの気勢は何処にもない。

 嗜虐心を刺激するその姿に、朱乃は自身のSっ気がゾクゾクと刺激されるのを感じた。

 

「ああ……本当に、可愛い。もっと苛めたくなっちゃう」

「やッ……朱乃、やめっ……ああッ♪」

 

 朱乃に組み倒され、されるがままになるリアス。

 

 その頃、奈落は起き上がって小猫を可愛がっていた。

 自分の腕の中で幸せそうにしている小猫の頭を撫でる。

 

「ふにゃぁ……♪」

 

 小猫は熱い吐息を漏らし、お尻から生える二本の尻尾を振っていた。

 小さな舌で奈落の胸板を舐めながら、もっと可愛がって欲しいと催促する。

 

「可愛い奴め……」

 

 奈落は小猫を抱きしめる。

 小さく柔らかい小猫の身体が、大きく逞しい奈落の腕に包まれる。

 全身で雄を感じた小猫は、それだけで達しそうになった。

 

「……奈落さん」

「ん?」

「私も……奈落さんのことを、御主人様って呼んでいいんですか?」

 

 上目遣いで懇願する小猫。

 奈落は口角を緩め、頷く。

 小猫はとろんと表情を惚けさせた後、呟いた。

 

「御主人様ぁ……♪」

 

 その言葉を発した瞬間、小猫は全身を震わす。

 猫又の本能が、悪魔の雌としての本能が、何より小猫の意思が、歓喜していた。

 心身が同調し、完全に堕ちた小猫は、ただ奈落と交尾することを求めていた。

 

 その瞬間――――机に置いてあった携帯が鳴る。

 ここで、一誠から電話がかかってきたのだ。

 だが、それに気付けたのは奈落だけだった。

 

「朱乃、お願いっ、やめ……んんっ♪」

「うふふ」

 

 朱乃に乳房を揉みしだかれ、リアスは指を咥えて耐えている。

 小猫は奈落の膝の上で発情していた。

 誰も、電話の音が耳に入っていない。

 

 奈落は肩を竦め、携帯を妖力で引き寄せる。

 画面を開くと「兵藤一誠」の名前が書いてあり、奈落は思案した。

 

(成程……この電話番号とタイミング。イッセーが堕天使の一件に首を突っ込もうとしてるな。となると……)

 

 奈落はほんの数秒で一誠の状況を察し、ボタンを押す。

 

「もしもし、奈落だ」

『あっ、奈落先生! リアス先輩は、部長はいますか!?』

 

 奈落は横目でリアスを見る。

 リアスは朱乃に苛められ、今まさに絶頂していた。

 とても電話に出れる状態ではない。

 

「すまんな。今リアスは忙しい。変わりに俺が指示を出そう。この番号でかけてきたってことは、相応の状況なんだろう?」

『助かります!』

 

 一誠は奈落に現状を説明した。

 奈落は脳内で予め描いておいた未来の一つと重なり、ほくそ笑む。

 

「よし……ならお前等は教会へ向かえ。リアスが戻ってきたら、俺から伝えておく」

『ありがとうございます!!』

「あと、戦闘準備はしなくていいぞ」

『……どういうことですか?』

 

 怪訝な声音で問う一誠。

 奈落は淡々とした調子で告げた。

 

「お前、殺し合いをした経験は? もしくは誰かを殺した経験は?」

『……っ』

「そういう事だ。人外の戦いはスポーツじゃない。殺し合いだ。学生のお前は十分に肉体と精神の鍛錬を積んでから……」

『でも俺……行かなきゃいけないんです!!』

『……まぁ、お前はそういう性格だからな。その熱さは嫌いじゃないが、うん……帰ったら精神鍛錬を中心にしなきゃな』

 

 でないとすぐにくたばるぞ? お前は雑魚なんだから。

 奈落はそう言おうとして、口を閉じた。

 

「ともかくだ。さっき戦闘の準備はしなくてもいいって言っただろう? あれは既に準備が整っているから言ったんだ」

『準備、ですか?』

「ああ、堕天使が潜伏している場所も、戦力も、こっちでちゃんと把握してる。更に潜伏している場所に、俺の私兵を向かわせている。そいつ等は……」

 

 ここで奈落は、顔を無理やり別方向に向かされる。

 

「っっ」

 

 小猫が風船のように頬を膨らませていた。

 自分を無視して電話を続ける奈落が気に入らなかったのだろう。

 小猫は怒りのこもった視線を携帯に向ける。

 そして、一誠には聞こえないように小声で奈落に告げた。

 

(早く切ってください)

(今イッセーと大切な話をしてんだよ)

(どうでもいいです。……私の夢を、邪魔しないでください)

 

 小猫は電話を切ろうとする。

 だが、奈落は小猫から携帯を遠ざけた。

 そして、彼女の唇を奪う。

 優しく、蕩かすように舌を絡め、唾液を飲ませる。

 数秒して、小猫はふにゃふにゃの顔で奈落の胸板に力無く寄りかかった。

 

「ふにゃァ……♪」

 

 取りあえず満足した小猫の頭を一撫でし、奈落は一誠との電話を再開する。

 

『奈落先生?』

「すまん。少しな……で、だ。既に堕天使の所に俺の私兵を向かわせたって話だよな」

『はい』

「そいつ等は俺の右腕と左腕だ。すこぶる腕が立つ。もうそろそろ終わってる頃だろう。お前と木場は教会へ向かうだけでいい。教会の前にそいつ等が待機している筈だ。そいつ等の外見は、神父服の男と和服の女だ。お前が助けたい女の子も救助しているだろう」

『!』

「行ってこい。イッセー」

『はい! ありがとうございます!』

 

 電話を切り、奈落は溜息を吐いた。

 目の前で、雌が三匹、扇情的な姿で自分を誘っているのだ。

 

「にゃぅぅっ……御主人様ぁ。もう、我慢できないですぅ……♪」

 

 小猫は四つん這いになり、奈落にその小振りなお尻を突き出していた。

 

「奈落さぁん……私も、いっぱい可愛がってください♪」

 

 朱乃は寝転んで、淫靡な笑みを浮かべながら両手を広げている。

 

「今夜は私達をたっぷり愛してくださいませ、御主人様……♪」

 

 リアスは前のめりになって、奈落を上目遣いに見つめていた。

 奈落は口角を歪めて、立ち上がる。

 そうして、三人の元へ向かっていった。

 

 この日、オカルト研究部がある旧校舎から、艶やかな悲鳴が絶えることはなかった。

 

 

 ◆◆

 

 

 時刻は夜になっていた。

 一誠達の目的地である教会の前にて。

 白髪の青年と、浴衣を着崩した美女が待機していた。

 

 白髪の青年は神父服に身を包んでいた。

 蛇を連想させる三白眼。

 額に幻想的な角を生やし、瞳の周りを赤い紋様が奔っている。

 そして、手に持つ日本刀は禍々しい呪詛を撒き散らしていた。

 青年が刀を虚空に消すと、角と紋様が消える。

 

 浴衣を着崩した美女――黒歌は、その様子を眺めて肩を竦めた。

 

「その力……使う必要あったの?」

 

 その問いに、白髪の青年は両手を広げる。

 

「無かったな。……だがまぁ、折角旦那から貰った力だ。たまにゃ使わねぇと、勿体無ぇだろ」

「ふ~ん。……まぁでも、アンタみたいな雑魚がここまで強くなるなんて、流石奈落にゃん」

「おうおう、旦那が褒められるのは当たり前だが、そこで俺ちゃんを馬鹿にするのは意味わからねぇぞ。この糞ビッチ」

「うっさいにゃん。キチガイ神父」

 

「……」

「……」

 

「ンだとテメェ駄肉ゴラァ!!」

「やんの!? 喧嘩なら買うわよ!?」

「いい度胸だ馬鹿猫!! どっちが格上かわからせてやらぁ!!」

「調子乗ってんじゃないわよ糞餓鬼ィ!!」

 

 取っ組み合いの大喧嘩をはじめる二人。

 髪を引っ張ったり、頬を引っ張り合ったりしている。

 すると、一誠と木場が到着した。

 

「……アンタ達は?」

 

 一誠は問う。

 木場は一誠の前に出て、静かに闘志を身に纏わせた。

 二人は取っ組み合いを中断し、一誠達に自己紹介をする。

 

「ハロー。俺ちゃんはフリード・セルゼン。君達だね。旦那が言ってた悪魔の少年達って」

「勝手に話を進めるなキチガイ神父。……にゃにゃ、私は黒歌。よろくね~ん♪」

 

 勝手に話を進めようとした白髪を青年――フリードを押しのけ、黒歌はウィンクする。

 一誠は彼女の、着崩した浴衣から零れそうな豊満な乳房に目が行く。

 が、直後に頭をブンブン振った。

 

(モテる男になるんだろう俺!? オープンスケベはモテないぞ!? 煩悩退散煩悩退散……!!)

 

 自身の性欲と必死に戦う一誠。

 その初々しい反応が面白かったのだろう。黒歌は妖艶に笑った。

 フリードは押しのけられた事で額に青筋を立てつつも、一誠達に告げる。

 

「教会内でコソコソやってた堕天使達は俺達が懲らしめておいたから。あとはあの子の保護を頼める?」

 

 フリードが教会の入り口の前を指さす。

 入り口の前には、金髪の美少女シスター、アーシアがいた。

 アーシアは一誠を確認した後、涙を流して彼に駆け寄る。

 

「イッセーさん!」

「アーシア! ……よかった」

 

 一誠はアーシアを抱きしめる。

 アーシアも一誠の背中に手を回し、笑顔をこぼしていた。

 

「んーんー♪ 感動の再会ってやつだねぇ~♪」

「……」

 

 フリードは顎を擦って上機嫌になるが、黒歌は逆に、哀しそうな表情をしていた。

 

「……本当に、ありがとうございます」

「ありがとうございます……っ」

 

 一誠とアーシアは頭を下げる。

 木場も頭を下げて、彼等はこの場を去って行った。

 

 フリードは黒歌の横顔をチラリと確認した後、卑屈に笑う。

 

「どうした糞猫、そんな顔して」

「……ううん、何でもないにゃん」

 

 言葉を濁す黒歌に、フリードは告げる。

 

「可哀想、とか思ったのか? 旦那の齎すあま~いあまい悪夢にどっぷり浸かってるアイツ等が」

「……違うわよ」

「じゃあ何だよ」

 

 黒歌は三人が去って行った方角に瞳を細める。

 

「私達は奈落の本性を知っていて、現実こそ本当の悪夢だと断じて、それを楽しんでる。でも、あの子達は違う。自覚してない……」

「いいんじゃね? それで幸せなら」

 

 フリードは口を半月に歪ませた。

 

「自覚しないまま悪夢を現実だと勘違いして。真実を知らずに偽りの幸せを本当の幸せだと勘違いして。そんで一生を終える。それでいいじゃねぇか。幸せなら。……幸せならそれが一番だ」

「でも……」

 

 黒歌は胸を痛めていた。

 奈落の悪夢に喜んで浸かっている自分達には、同情の余地はない。

 しかし……穢れを知らないあの少年少女達が、今から自分達の所へ堕ちてくると思うと――いたたまれなかった。

 フリードは黒歌の横顔を見て、肩を竦める。

 

「余計な事考えんじゃねぇよ。……あまり考え過ぎると、夢から覚めちまうぞ」

 

 フリードの言葉を聞き、黒歌は思い出す。

 妹が奈落に溺れ、堕ちていく姿を。

 単なる雌に成り果て、嬌声を上げる様を。

 

「……っ」

 

 あの時、黒歌は何もしなかった。

 何故か? 

 悪夢を見ていたからだ。

 とてもとても甘い、悪夢を。

 

「旦那に結果報告すんぜ。俺ぁさっさと、捕まえた堕天使共と楽しみてぇんだ」

「……うん」

 

 黒歌はそれ以上、考えるのをやめた。

 考えれば考えるほど、現実に引き戻されるから。

 自分が嫌いになるから――

 

 だから、悪夢に浸ろう。

 現実から目を逸らそう。

 何も考えずに、快楽を貪ろう。

 それが、幸せなのだから。

 

 冷たい夜風が頬を掠め、黒歌は空を見上げた。

 今宵の月は、凍えるほど冷たい青色だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回はグレイフィアです。
特別編ということで、奈落とグレイフィアの出会いと馴れ初めを書いていきます。





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特別編 グレイフィア

 四大魔王のリーダー格であり「紅髪の魔王」の異名を持つサーゼクス・ルシファー。

 彼には愛妻がいる。

 彼の眷属の証である悪魔の駒、その中でも最高の力を宿す女王の駒を保有し、且つ悪魔という種族の女性の中で最強クラスの実力を持つ女傑――

 

 名を、グレイフィア。

 

 彼女は普段、夫の給仕や雑務に勤しんでいる。

 が、今日は休暇を貰い、夫の実家であるグレモリー家に訪問していた。

 理由は、夫サーゼクスの実母であり、彼女義母にあたる女性、ヴェネラナに「ある相談」をするためだ。

 

「……」

 

 小さな庭園で。

 極上の紅茶と茶菓子が目の前に置かれても、グレイフィアは手を付けようとしない。

 今、彼女の表情は複雑なものだった。

 

 そんな表情をしていても、彼女の美しさが陰る事は無い。

 滑らかな銀髪はそよ風に乗って優雅に靡き、怜悧な双眸は彼女の元来の色香を更に際立たせる。

 白磁のように白く透き通った肌。

 服の上からでも確認できる豊満すぎる胸と見事な腰の括れは、彼女が極上の雌であることを暗に物語る。

 普段はメイド服を着ているが、今の私服姿もまた魅力的だった。

 

「そう。貴女が、ねぇ……」

 

 彼女から「ある相談」を受けた義母、ヴェネラナは艶やかに微笑んだ。

 

 彼女もまた、グレイフィアに勝るとも劣らない美女だった。

 リアスと瓜二つの容姿をしているが、髪は紅色では無く亜麻色。

 何より全身から滲み出る色香は、リアスと比べ別格だった。

 

 グレイフィアは彼女の、全てを見透かすような微笑を見て、更に表情を険しくさせる。

 

「おかしいでしょうか……?」

 

 グレイフィアが小さな声音で問うと、ヴェネラナは悪戯っぽく小首を傾げる。

 

「身体が疼いて、お腹の底がウズウズしちゃうことが?」

「っ」

 

 グレイフィアは羞恥で頬を染めた。

 その初心な反応が面白かったのだろう、ヴェネラナは口に手を当ててクスクスと笑う。

 

「恥ずかしい事じゃないわ。悪魔とは本来欲深き生き物。七罪の一つに「色欲」が含まれているように、悪魔と性欲は切っても切れない関係。旧四大魔王の筆頭、ルシファー様の妻であり最も偉大なる女性悪魔、リリス様も性に奔放だったわ。……女性悪魔にとって性欲は、食欲や睡眠欲と変わらないのよ。何も恥じる事は無いわ。……ただ、個体差はあるけどね。歳を取れば取るほどに強くなる者もいるし、子供を産んでから急に強くなる者もいる。……貴女はどうなのかしらね? グレイフィア」

 

 ヴェネラナの問いにグレイフィアは震えつつも、恭しく頭を下げる。

 

「申し訳ございませんっ。その事に付きましては、何卒……っ」

「ふふふ。いいのよ、無理に言おうとしないで。一応、プライバシーですものね」

 

 ヴェネラナは優雅に紅茶を飲み始める。

 

「貴女のように自分の意思と性欲が噛み合わない女性悪魔はかなり多いの。恋人や亭主がいたら、他者と不用意に肉体関係を結べないでしょ? かと言って、人間のソレより何十倍も強い悪魔の性欲は、自慰程度じゃ治まらない」

 

 ヴェネラナはティーカップを起き、頬に手を当てる。

 そして、悩まし気に溜息を吐いた。

 

「大戦前の混沌時代や大戦の最中なら、色々好きにできたのだけれど……戦争も終わって法も設備されて、平和な世界になった今の冥界じゃあ、中々勝手が効かないのよねぇ。困りものです」

 

 ヴェネラナの瞳が妖しく輝く。

 グレイフィアは、彼女の言動や動作に淫靡な気配を感じ取った。

 まるで、何人もの男と一夜を共にしてきたかのような……

 

「っ」

 

 グレイフィアはその思考を無理やり中断させる。

 義母に対して、あまりに失礼だったからだ。

 

「でも、だからこそ、悪魔の女性達の救済措置が生まれたのよ」

「救済措置、ですか?」

「そう……貴女、「一夜の夢」という団体をご存じで?」

「……はい。セラフォルー様が経営している女性専用の風俗店ですよね」

 

 サーゼクスの秘書を兼任しているグレイフィアは、冥界で活動する組織団体を全て把握していた。

 

 一夜の夢。

 女性専用の風俗店であり、従業員は全員凄腕の男娼。

 社長は四大魔王であり多方面の事業で成功を収めているセラフォルー・レヴィアタン。

 情報管理、安全性も完璧で、獣姦や触手プレイなどのマニアックな性癖にも対応している。

 今冥界の女性達……特に御婦人の間で、大変な人気を誇っていた。

 

 グレイフィアも正直、この組織にかなり興味を持っていた。

 だが如何せん、グレイフィアは既婚者であり一人息子を持つ身。

 なので、羨望するだけに留めていた。

 

「一夜の夢には私、大変お世話になっているの。一夜の夢のシステムに関してはご存じで?」

「一応は」

 

 何だかんだ言いつつ、詳細をちゃんと調べているグレイフィア。

 

 一夜の夜は会員制だ。

 会員は出資額によってグレートを上げることができる。

 ブロンズ、シルバー、そして最高ランクのゴールド。

 ゴールド会員ともなれば好みの男娼を指名でき、更に先約をオールスルーできる。

 だが、ゴールド会員になるには相応の財力が必要であり、冥界でも貴族レベルの大金持ちでなければ成れないといわれている。

 

 そして、男娼にもランクが存在する。

 一つ星、二つ星、そして最高ランクの三ツ星。

 大方の女性は一つ星で満足できるとされている。

 三ツ星ともなれば、数ヵ月先まで予約が一杯。且つそのテクニックは、あらゆる種族の女性を満足させるという。

 

「実はね。お世話になっていると言ったけど……私のほうがどっぷりハマっちゃってて。私、ゴールド会員なんです」

 

 ヴェネラナはお茶目に舌を出しつつ、懐から金のカードを取り出す。

 グレイフィアは驚愕のあまり固まってしまった。

 

「……そ、そうですか」

 

 必死にポーカーフェイスに努めるグレイフィア。

 ヴェネラナは金のカードを手元でクルクルと回しながら、妖艶に嗤う。

 

「私が仲介に入れば、三ツ星クラスも貴女に回せるわ。……どう?」

「そ、それは……っ」

 

 グレイフィアは途端に動揺する。

 その視点は安定しない。

 

(ううう……っ。どうしましょう。……でも、やっぱり……もうっ)

 

 実はグレイフィア、かなり性欲が強い。

 息子を生んだ後、一層強くなった。

 最近は日に数十回自慰をしなければ精神が安定せず、仕事もロクにできない。

 唯一の頼みである夫、サーゼクスも魔王としての業務が忙しいのと、更に一人息子ができた満足感により、幾ら誘ってもかまってくれない。

 

 一人息子が生まれて数年以上――

 グレイフィアは我慢してきたが、そろそろ限界だった。

 

「貴女の意思がどうかはわからないけど……貴女の身体は苦しそうよ。現に貴女の身体、結婚前よりも魅力的になってる。胸も大きくなってるし、腰付きも魅惑的……」

 

 ヴェネラナはグレイフィアの身体を舐め回すように見定めた後、告げる。

 

「大丈夫よ。一夜だけの夢だから……誰も咎めはしないわ」

「……っ」

「では……返事をお聞かせ願えるかしら?」

 

 ヴェネラナに正面から見据えられ、グレイフィアは息を詰まらせる。

 グレイフィアは内心、夫と息子に、本当に、本当に申し訳無いと謝罪しつつ――――口を開いた。

 

「よろしく、お願いします……っ」

 

 真っ赤に染まった顔を隠すように頭を下げるグレイフィア。

 それを見てヴェネラナは満足したのだろう、満面の笑みで頷く。

 

「自分の欲に正直なのは良い事だわ。それが悪魔の本来の生き方なのだから。……そもそも結婚だなんて、人間みたいなことをしているのが可笑しいのです。……まぁ、愚痴はいいですね」

 

 打って変わり、ヴェネラナは穏やかに微笑む。

 

「貴女は今迄頑張ってきた。私の息子のために。何より冥界のために。だから私は、貴女に最高の夢をプレゼントする義務があります」

 

 ヴェネラナは懐から一枚の名刺を取り出す。

 その名刺には「ジョーカー」という名前と、電話番号とメールアドレスが書かれていた。

 

「ジョーカー……一夜の夢が誇る最高の男娼よ。予約は十年先まで一杯。ゴールド会員でも指名できない時があるわ。でも私、彼とはプライべートで仲良くさせて貰っているの。我儘の一つくらい、聞いて貰えると思うわ。……予約が取れたら、後で連絡を入れるわ」

「……わかり、ました」

 

 グレイフィアはしどろもどろな返事を返す事しか出来なかった。

 数時間後、グレイフィアの携帯に一件のメールが届いた。

 ヴェネラナからだった。

 

 予約が取れた、との事だった。

 

 三日後の2時に下記のアドレスをクリックすれば、一夜の夢の娼館の一室に転移できる。

 グレイフィアは緊張と、そして未だ自覚できていない期待で、生唾を飲み込んだ。

 

 

 ◆◆

 

 

 三日後、一夜の夢の娼館の一室にて。

 グレイフィアは険しい表情でベッドに座っていた。

 

(来てしまった……)

 

 グレイフィアの胸の中で渦巻くのは、疑問。

 これで本当にいいのだろうか? 肉欲に身を委ねて、本当に――

 

「……~っ」

 

 グレイフィアは頭を抱える。

 彼女は今更になって後悔していた。

 一時の肉欲に流され、最愛の夫を裏切った事を。

 

「……そう、今なら引き返せるわ。男娼さんには悪いけど、キャンセルして貰いましょう」

 

 自分に言い聞かせる様に頷くグレイフィア。

 すると、扉が開かれた。

 グレイフィアはもう一度頷き、やって来た男娼に視線を向ける。

 

「いらっしゃいませ。ようこそ一夜の夢へ」

 

 慇懃に頭を下げる大男。

 逞しい褐色の肉体に、野性的ながらも小奇麗な顔立ち。

 漆黒の長髪はポニーテイルにして結われていた。

 

「ッ」

 

 グレイフィアは瞳を見開いた。

 グレイフィアは、彼の事を知っていた。

 何せ彼は……

 

「奈落……?」

「……お前、グレイフィアか?」

 

 数少ない友人であり、飲み仲間だったからだ。

 

 

 ◆◆

 

 奈落とグレイフィアは友人関係だ。

 数年前に奈落が冥界の外交官に就職した頃から交友があり、今ではプライベートに限るが、互いにタメ口を聞くほどの仲だった。

 一緒に飲みに行く飲み仲間でもあり、仕事の愚痴を語り合いながら最後は酔い潰れてしまうグレイフィアを介抱するのが奈落なのだ。

 グレイフィアにとって奈落は夫の次に親しい異性であり、そして夫以上に自分の弱さを知る男だった。

 

「私服で一瞬気付かなかったが……ふ~ん。まさか、お前がねぇ~」

 

 奈落はベッドに座り、ニヤニヤと笑う。

 

「何よ? おかしい? ねぇ?」

 

 グレイフィアは羞恥で頬を染めながら、奈落にヘッドロックを仕掛け、拳で頭をグリグリと抉る。

 グレイフィアの豊満な胸がこれでもかと奈落の顔に押し付けられているが、ヘッドロックが完璧に極まっており、奈落からすれば只事ではなかった。

 

「痛い痛い!! 極まってるから!! 悪かったって!!」

「……ふんっ」

 

 グレイフィアは鼻を鳴らし、ヘッドロックを解除する。

 そして、奈落の横に座った。

 

「貴方こそ、こんな所で何してるのよ? セラフォルー様直属の外交官で、最近リアス達の特別顧問になったばかりの筈でしょ?」

「セラ様にどーしてもと頼まれてな。断れないから始めた。そしたら何時の間にか……な」

「ふーん」

 

 グレイフィアは奈落に懐疑の視線を向ける。

 ジト目で睨まれ、奈落は唇を尖らせた。

 

「何だよ、その目は」

「一夜の夢は超凄腕の男娼が集うと聞くわ。中でもジョーカーは三ツ星を超える最高の男娼。……貴方、そんなテクニックをどこで磨いたの?」

「処世術だ。それに、外交官としての裏技術の一つなんだよ」

 

「ふーん」

 

「……その目をやめろ」

 

 奈落は呻き声を上げる。

 グレイフィアは奈落を暫くジト目で睨んでいたが、やれやれと肩を竦める。

 

「まぁ、深くは聞かないわ」

 

 グレイフィアは一変して表情を柔らかくし、奈落の肩に寄りかかる。

 

「正直に言うとね……凄く怖かったの。こういう店に入ったの初めてだったから。……帰ろうとも思ったわ」

 

 そう言うグレイフィアの様子を奈落は確認し、そして控えめに告げた。

 

「サーゼクス様への誘惑は、駄目だったのか?」

「……ええ」

 

 グレイフィアの瞳が憂いで潤む。

 実はグレイフィアは、奈落にたびたび夫とのセックスレスについて相談していた。

 奈落は彼女に、男が喜びそうな仕草や言葉などをアドバイスしていたのだが……

 

「そうか……」

「……」

 

 両者の間に沈鬱な空気が生まれる。

 グレイフィアの表情はどんどん暗くなり、しまいには軽く鬱が入りはじめた。

 

「……」

 

 奈落はそんなグレイフィアを見かねたのだろう、不意打ち気味に彼女のほっぺを引っ張った。

 

「ふにゃ……?」

 

 普段から真面目な表情をしているグレイフィア。

 その顔が横に伸び、驚愕の表情で更に面白くなっている。

 奈落は笑いながら、グレイフィアのほっぺを弄りはじめた。

 

「ちょ、ちょっほ、やへなさひよ……!」

「ハッハッハ」

 

 奈落は一通り遊び終えた後、苦笑して、グレイフィアの額を指でつつく。

 

「そんな顔すんな。折角の美人が台無しだぜ?」

「……っ」

 

 グレイフィアは頬を朱に染めた。

 心を見透かされ、尚且つ気遣われた。

 グレイフィアは羞恥心を抱いたが、それ以上に――嬉しかった。

 

 夫は、自分の気持ちをこんなに察してくれない。

 だが、目の前の男は違う。

 

 奈落は出会った時からそうだった。

 グレイフィアの感情を機敏に読み取り、さり気なく気を遣う。

 彼女が落ち込んだ日には飲みに行こうと誘い、彼女が酔い潰れるまで愚痴を聞く。

 

 グレイフィアは彼を最高の友人だと思っている。

 しかし、最近は――違う。

 今もだ。

 奈落を友人としてでは無く、一人の異性として――

 

「……!?」

 

 グレイフィアは突如として、顔から湯気を吹き出す。

 顔はリンゴのように真っ赤になり、口をワナワナとさせていた。

 

「どうした? グレイフィア?」

 

 奈落に至近距離で小首を傾げられ、グレイフィアは激しく動揺する。

 

「な、何でもないわ! そ、それよりも! お酒を飲みましょう! ここはお酒とか出してるかしら!?」

「あ? まぁ、出してるが……」

「じゃあ一緒に飲みましょう! 久々に貴方とお酒を飲みたいわ!」

 

 グレイフィアの慌てぶりに奈落は驚きつつも、肩を竦めて酒の準備を始めた。

 

 

 ◆◆

 

 

「サーゼクスの奴! 私が際どい衣装とかで誘っても全く気付いてくれないのよ! 言葉で伝えても駄目なのよ!? どう思う!?」

「あの方も鈍感だなぁ」

「でしょ!? そうよ、もう……ッ。だから私がこういう店に来ちゃうのよ!! 全部あの人のせいなんだから!!」

 

 グレイフィアは完全に酔っぱらっていた。

 愚痴を目一杯吐き捨てると、頭を押さえ、天井を見上げる。

 

「でも、あの人は幸せそうだし……。何だか、私が一人でこうして悩んで、苦しんで、酒に呑まれてるのが……馬鹿みたいじゃない……ッ」

 

 グレイフィアが泣きそうになる。

 奈落は彼女の肩をぽんぽんと叩いた。

 

「あの方は冥界を平和にした。魔王としちゃ優秀なんだろうが……奥さんを満足させられないんじゃ、男として失格だな」

 

 奈落の言葉を聞き、グレイフィアは瞳を潤ませる。

 

「ねぇ奈落……正直な感想を聞かせて」

「何だ」

「私って……女としての魅力が無い?」

 

 上目遣いで奈落に問うグレイフィア。

 今の彼女は、何時もの慇懃で冷静な姿を見ている者ならば想像もできない、弱々しい表情をしていた。

 奈落は「大丈夫だ」と笑う。

 

「お前は、俺が見てきた女の中でも三本指に入るくらい魅力的だ」

「本当に?」

「ああ」

「本当に本当に?」

「ああ」

 

 グレイフィアは未だ納得できないと言いたげだった。

 彼女は不意に、奈落に見せつける様に胸元をチラつかせる。

 奈落は瞳を丸めた後、顔を逸らした。

 

「おい……冗談はやめろって。試してるのか? ここで一番の男娼をしてる俺が太鼓判を押すんだぜ? 自信持てよ」

「信用できない。サーゼクスはそう言いつつ、私を抱いてくれなかったわ」

「あの方は魔王として色々働いてる。忙しいんだろうよ。本心は俺と一緒で、お前を可愛いって……」

 

「私も働いてるわ!! でもあの人は……最近私に「可愛い」の一言も言ってくれないの……ッッ」

 

 グレイフィアは遂に堪えきれなくなったのだろう。ポロポロと大粒の涙を溢し始める。

 奈落は気まずそうに頬をかいた。

 

「……わりぃ。お前、相当追い詰められてたんだな」

「……ッッ」

 

 グレイフィアは奈落の胸に抱きつき、泣き始めた。

 奈落は彼女が泣き止むまで、背中を優しく擦っていた。

 

 数十分後。

 奈落はグレイフィアが泣き止んだのを確認し、囁きかける。

 

「今夜はもう帰れ。オーナーには俺から言っておく。今日は俺と一緒に酒を飲んで愚痴を語り合った。……それでいいじゃねぇか」

「……」

 

 グレイフィアは奈落の厚い胸板に顔を埋めながら、想う。

 

 どうして彼は、こうも優しいのだろうか――と。

 悪酔いして、散々愚痴を吐いて――なのに、嫌な顔一つしない。

 

(嫌な顔の一つくらいしなさいよ。でないと、もっと甘えちゃうじゃない……)

 

 グレイフィアは堪えきれず、口元を綻ばす。

 

(……ああ、どうしよう。もっと甘えたい……)

 

 実はグレイフィア、昔から「誰かに甘えたい」という願望を持っていた。

 しかし、幼い頃から目上の存在には従順に、後輩からは慕われたグレイフィアは、彼等の期待に応えるにつれて自分のイメージを固められてしまった。

 

 常に礼儀正しく冷静沈着。どんな事柄も完璧にこなす理想の女性。

 

 彼等の期待に応えるために、グレイフィアは本心を押し殺し、理想の女性で在り続けた。

 それで、彼等は満足したのだろう。

 しかし、グレイフィアは違った。

 誰かに甘えたくて甘えたくて仕方なかった。

 

 グレイフィアは思っていた。

 夫は違うと。

 夫だけは違うと。

 本当の自分を見てくれると――

 しかし――違ったのだ。

 

 もしかしたら、恋がかつての自分の目を盲目にしたのかもしれない――

 

 グレイフィアは最近、そう思い始めていた。

 何故か? 居たからだ。

 自分の気持ちの機微を察し、存分に甘えさせてくれる、理想の男性が。

 

 タメ口で喋っても、馴れ馴れしく接しても、愚痴を聞かせても、嫌な顔一つしない。

 陽気に笑って、甘えさせてくれる。

 

 彼女は何時しか、彼に依存し、そして恋心を抱くまでになっていた。

 

(……でも、これ以上は迷惑よね)

 

 グレイフィアは奈落に抱かれたいと思っていた。

 

 夫の事を忘れたい。

 夫に意趣返しをしたい。

 自分の肉欲を満たしたい。

 

 何より、彼の事が好きだから――

 

(……駄目よ。これ以上は、迷惑をかけてしまう)

 

 自分は夫と息子を持つ身。

 そんな女に本気で慕われたら、流石の奈落も顔を顰めるだろう。

 だから、グレイフィアは自重する。

 

 奈落に嫌われるのは嫌だから。

 彼に嫌われたら、もう甘えられる存在がいなくなるから。

 

(だから……っ)

 

 グレイフィアは顔を顰め、必死に願望を押し殺す。

 奈落は、そんな彼女の様子をずっと見ていた。

 だからこそ、彼女を優しく抱きしめた。

 

「……奈落?」

 

 グレイフィアが顔を上げると、奈落は柔和に微笑んでいた。

 

「一夜の夢は、女性に最高の夢を届けるのが仕事だ。……だからここは、夢の世界なんだよ。難しい事は考え無くていいんだ」

「っ」

「甘えたいなら存分に甘えろ。……俺ぁ、お前の全てを受け止めてやるからよ」

「……~っ」

 

 グレイフィアは瞳をトロンと蕩けさせた。

 

 全てを受け止めてくれる。

 彼は、自分の想いを、全て――

 グレイフィアは甘い声で、懇願するように、奈落に告げた。

 

「奈落、お願い…………抱いてっ」

 

 奈落は何も言わない。

 ただ、彼女に唇を被せた。

 触れるだけのソフトキスだったが……

 

「……っ」

 

 グレイフィアは嬉しそうに瞳を細めた。

 奈落はそのまま、彼女をゆっくりと押し倒した。

 

 

 ◆◆

 

 

 ポニーテイルに結われたグレイフィアの髪を解く。

 何時も纏められているグレイフィアの髪は、解くと背中にまで届いた。

 

 奈落は次に、上着を脱がす。

 下着の色は黒で、大人びたグレイフィアらしい色合いだった。

 

 そして、ブラに支えられる見事な乳房。

 リアスや朱乃も超える巨乳に、奈落は思わず感嘆の溜息を漏らした。

 

 その後、奈落は流れるように彼女の衣服を脱がしていく。

 あっと言う間に下着一着の姿になったグレイフィア。

 

 腰の括れ、お尻の張り。

 奈落が今迄抱いてきた女の中でも最上級の代物だった。

 

「……っ」

 

 当のグレイフィアは肩を震わせ、恥ずかしそうにしている。

 奈落は逸る心を抑え、彼女の頬を撫でた。

 

「何も考えるな……俺に任せておけ」

 

 そう言われ、グレイフィアは奈落の瞳を見つめながら、コクリと小さく頷いた。

 

 奈落はまず、グレイフィアの緊張を解きほぐすために愛撫をした。

 キスに始まり、慣れてくれば乳房をブラの上から撫で、揉む。

 ブラの上からでもわかる圧倒的質量に、奈落は驚きながらも愛撫を続けた。

 

「ん……ふぁぁッ♪」

 

 グレイフィアは思わず甘い吐息を漏らす。

 この時点でわかる、夫との違い。

 隔絶した技術の差と、その繊細な技に見合わない大きな、男らしい手。

 グレイフィアの意思は未だ慣れていないが、彼女の悪魔の身体は、既に反応していた。

 

 奈落は頃合いだと思い、パンツの上からグレイフィアの線をなぞる。

 すると、指先がシットリと濡れた。

 指を擦ると、卑猥に伸びていく。

 

「~っっ」

 

 それを見たグレイフィアは、リンゴの様に顔を真っ赤にした。

 奈落は苦笑し、彼女の唇を奪う。

 羞恥心を和らげつつ、繊細な愛撫を続けた。

 

 数十分ほど経っただろうか。

 奈落の愛撫を絶え間なく受け続けたグレイフィアの肉体は、既に交尾の準備を整えていた。

 

「ハァ、ハァ、ハァ……ぁッ♪」

 

 パンツは既にぐしょぐしょ。

 肌も薄桃色に染まり、乳房の先端はピンと尖っている。

 何よりその表情は、発情している雌のソレだった。

 

 しかし、まだ早い。

 そう奈落は判断する。

 今度は、グレイフィアの下着の中に指を入れた。

 

「!!?」

 

 グレイフィアは驚くが、それよりも早く、奈落が外れかけたブラを掻い潜り、乳房の先端を口に含む。

 

「ひぁッ!」

 

 驚愕の嬌声を上げるグレイフィア。

 しかし奈落は止まらない。

 その太い指で、既に解れているグレイフィアの膣肉を更に柔らかくする。

 同時に豊満な乳房を楽しむように甘噛みする。

 

「んぁァ! やァん! 駄目ッ、なら、くぅ……ッ♪ んあっ!」

 

 グレイフィアは自分の膣内を解す奈落の指を止めようと手をかけるが、乳房から襲ってくる電撃のような快感に全身を震わせた。

 

 奈落はこの後、更に数十分、入念に愛撫を重ねた。

 その結果――――

 

「ひぅぅ……アッ♪」

 

 弱々しく肩で息をしながら、口元を手で抑えるグレイフィア。

 彼女の膣内は何時でも交尾ができると言わんばかりに、わなないていた。

 

「……ッ」

 

 グレイフィアは奈落を見つめる。

 その情欲に潤んだ瞳は、奈落のモノが欲しくて欲しくて堪らないと訴えかけていた。

 

「……そうだな。もうそろそろだな」

 

 奈落はグレイフィアの頭をくしゃりと撫でると、正面へやってくる。

 そしてズボンを脱ぎ、モノを開放した。

 

「……あっ♪」

 

 グレイフィアは驚愕しつつも、嬉しそうに声を上げる。

 自分の顔以上の長さのあるソレは、ただ大きいだけではない。

 離れているのに伝わってくる熱さと硬さは、まるで鍛え抜かれた業物だった。

 

「それで沢山の女性を満足させてきたのね……」

「まぁな。……後、俺の精液は俺が許可しない限り、妊娠は絶対させない。だからナマでも大丈夫だ。あとは、な……」

「?」

 

 奈落は頬を掻いた後、真剣な表情になり、告げる。

 

「コレの味を知ったら……もう他の男とセックスしても、満足できなくなるぞ?」

 

 それは、暗に夫とのセックスでは満足できなくなる、と告げていた。

 グレイフィアは一瞬考えるが――

 発情した思考と出来上がった肉体が、思考を中断させた。

 

「いいの。今夜は……一夜の夢だから」

 

 グレイフィアは微笑んで、両手を広げる。

 

「だから、今夜は私を一杯愛して…………奈落♪」

 

 愛を込めて呟くグレイフィア。

 奈落は嗤うと、グレイフィアに覆い被さった。

 

 

 ◆◆

 

 

 奈落のモノが膣内に入った瞬間、グレイフィアは悟った。

 先程の奈落の忠告の、真の意味を……

 

 そもそも形が違った。

 歪な形をした先端が膣肉を全て引っ掻きながら、すぐに夫の届かない所までやって来る。

 そして尚も先に進み、最奥――子宮の入り口まで到達した。

 コツンと、入り口を叩かれる。

 

「~~~~~~ッッ!!」

 

 それだけでグレイフィアは達してしまった。

 きゅうきゅうと膣内が締まり、更に奈落のモノの形、熱、硬さを感じさせられる。

 

「あ゛……んぁぁッ♪」

 

 たった一突きで膣内を全て満たされ、そして形を変えられてしまった。

 グレイフィアは脳髄を焼く快感に身を大きく捩らせる。

 少し動いただけで、また達してしまいそうだった。

 

「大丈夫だ。安心しろ……。ゆっくりいくからな」

 

 奈落はグレイフィアの首元で囁く。

 奈落の逞しい肉体に直接抱かれる事で、安心感を得たグレイフィア。

 彼女はただ、彼が齎す快楽を享受することに専念した。

 

 まず奈落はゆっくりと、モノを引き抜く。

 その歪な先端が膣肉に引っかかり、外へ押し出そうとする。

 グレイフィアは耐え切れずに嬌声を上げた。

 

「ああんッ♪ やッ……ふぁァっ!」

 

 秘所の入り口一歩手前までモノを引き戻した奈落は、再びゆっくりとモノを押し進めていく。

 実にスローペースだった。

 だがこの間にも、グレイフィアは何度も達していた。

 そのせいで膣内は常に締まり、愛液が大量に溢れ出してシーツを濡らしている。

 

「ハァ、ハァ、ハァ……ッ♪」

 

 二度目の深い挿入。

 この短い間に、グレイフィアは長い人生で最大級の快感を体験していた。

 彼女は思う。

 

(もしも普通にセックスしたら、私……どうなっちゃうんだろう……)

 

 普通に腰を振る。

 しかし、奈落のモノで普通に腰を振るわれると……

 

「……ッア゛ッ♪」

 

 グレイフィアは想像しただけで達してしまった。

 奈落は、自分のモノを絶えず締め付けるグレイフィアに苦笑をこぼす。

 

「相当溜まってたのか……それとも相性がいいのか」

 

 奈落は寝そべるグレイフィアの頬を撫でる。

 グレイフィアは奈落の顔を見た途端、表情をトロトロにし、彼の首に手を回した。

 

「奈落……奈落ぅ♪」

 

 まるで甘えん坊の子供のように、奈落の唇を奪うグレイフィア。

 自ら奈落に舌を絡ませ、唾液を吸い始める。

 そうして唇を離した後、グレイフィアは奈落の頬に自分の頬を摺り寄せた。

 

 奈落は口角を緩め、その背中に手を回す。

 そして、ゆっくりと腰を動かし始めた。

 

「はァ♪ ああんっ! んんっ、やっ……はゥん♪」

 

 グレイフィアは実に気持ち良さそうに喘ぎ声を上げる。

 ふと、彼女は奈落を見つめる。

 その瞳に、懇願の意思を込めて。

 

「奈落ぅ……お願い……っ」

「?」

「愛してるって、言ってぇ……ッ。今だけは、私を愛人だと思ってほしいの……っ。私も、今だけは貴方の事を、本気で好きになるからァ……っ」

 

 グレイフィアの言葉に奈落は頷き、その耳元で囁く。

 何時もの甘く、低い声で。

 

「好きだよ。グレイフィア……」

「っっ」

「大好きだ。愛してる。……お前はどうだ?」

「うん、うんッ……奈落、私も好きィ……っ。大好きィ♪」

 

 グレイフィアは本当に嬉しそうにすると、お返しとばかりに奈落の耳元で囁く。

 奈落は少し、腰を振る速度を速めた。

 

「ん、んッ、やッ♪ ああッ♪」

「グレイフィア。もうそろそろ出る。一応、外に出すか?」

「やぁっ!」

 

 グレイフィアはすかさず奈落の腰に両足を回した。

 

「中に出してッ、貴方を一杯感じさせてっ」

「……わかった」

「♪」

 

 グレイフィアは安心して笑顔になる。

 そうして奈落は、グレイフィアの中に子種を放出した。

 

「ッッ!!」

 

 グレイフィアは一瞬、視界が暗転した。

 自分の子宮に注ぎ込まれる熱いマグマのような白濁液は、圧倒的熱と質量を持っていた。

 その威力は子宮の奥を叩きながら一気に中を満たし、尚も収まらない。

 みっちりと詰まった膣内に逃げ場はなく、注がれる子種はどんどん子宮に溜まっていく。

 

 

「あァ!! ァァアーーーーーーーーーーーーーーーッッ!!!!!!」

 

 

 グレイフィアは今迄出した事も無い嬌声を張り上げた。

 経験した事のない絶頂が、何度も何度も襲ってくるのだ。

 

「ふァァ!! ア゛……オオッ、オオ゛ンッ、ンオ゛♪」

 

 あまりの快感に下品な嬌声を上げてしまうグレイフィア。

 しかし、今の彼女に恥じる余裕などない。

 そのままグレイフィアは、一分近く奈落の射精を受け止めた。

 

 一分後。

 グレイフィアは妊娠したかのようにお腹を膨らませ、だらしなく開いた秘所からドロドロと白濁液を垂れ流していた。

 

「オ゛、ンア゛、ア゛……ホォぉッ♪」

 

 アヘ顔を晒しながら痙攣するグレイフィア。

 性交が終わった後も、彼女は何度も絶頂していた。

 

 

 ◆◆

 

 

 情事の後、グレイフィアはシーツで身体を隠し、ベッドに横になっていた。

 その顔は羞恥で染まり、両手で頬を覆っている。

 

(は、恥ずかしいッ。あ、あんな下品な顔を見られちゃうなんて……ッッ)

 

 あまりの快楽で晒してしまった顔の事をグレイフィアは恥じていた。

 穴があったら潜りたいと思いつつ――グレイフィアは思う。

 

 初めて知った。

 セックスがこんなに気持ちいいものなんだと。

 夫の時とは比べものにならない満足感に、グレイフィアは羞恥心を程々に収め、その心地良さに浸っていた。

 

 そして、自分を満たしてくれた男は優々とスーツに着替えていた。

 グレイフィアは苦笑する。

 自分は腰が砕けて動けないのに、彼はまだ余裕そうだと。

 満たすだけ満たして貰って、彼は満足していないようだった。

 しかし、彼は表情に一切出さない。

 振り返ると、グレイフィアの頬を愛おしそうに撫でた。

 

「お疲れさん。……大丈夫か?」

「……ええ」

 

 グレイフィアは頷き、甘えるように彼――奈落の手に頬を摺り寄せる。

 奈落は微笑んだ後、今度は彼女の頭を撫でる。

 

「じゃあ、俺は行くぜ。仕事があるからな」

 

 奈落は踵を返す。

 

「……っ」

 

 グレイフィアは途端に悲しそうな表情をして、彼に手を伸ばす。

 しかし、その手を自分の意思で引かせ、彼の背中に告げる。

 

「奈落っ」

「ん?」

 

 首だけ振り返る奈落に、グレイフィアは本音を押し殺し、笑いながら告げた。

 

「今夜はありがとう。……また、甘えに来てもいいかしら?」

「……いいぜ。でも俺は人気だから、正規の方法だとキツいぜ?」

「いいのよ。ちゃんとゴールド会員になって、貴方を指名するから」

 

 そんなグレイフィアに、奈落は大きな溜息を吐く。

 

「な、何よ……」

「まだ気を遣ってやがるな」

 

 奈落はグレイフィアにカードのような物を投げ渡した。

 受け取るグレイフィア。

 そこには、ジョーカーの名刺とは違う携帯番号とアドレスが書かれていた。

 

「俺の個人的な番号とメアドだ。好きな時に呼べ」

「……え? 奈落……?」

 

 困惑するグレイフィアに、奈落は陽気に笑いかけた。

 

「俺とお前の仲だろう? 金を払う必要なんてあるかよ。……何時でも甘えに来い。存分に甘やかしてやらぁ」

 

 ニシシと笑って、奈落は去って行く。

 グレイフィアは暫くして、涙を溢し始めた。

 

「ズルいわよ、バカ……。こんなの、本気になっちゃうじゃない……っ」

 

 グレイフィアは泣いているが、実に幸せそうな顔をしていた。

 この日から、グレイフィアは奈落の事を友人としてではなく、男として見るようになった。

 

 

 

 

 

「……ア~ア、マジでチョロいなぁ、悪魔の女ってのは。寝てやるとすぐに蕩けちまう。ホント、情けねェ。……クックック、これからどんどん堕としてやるからな、グレイフィア」

 

 

 

 

帰り道。

奈落はクツクツと喉を鳴らしながら、煙草を吹かしていた。

月明りに映し出されるその影は、異形のバケモノの形をしていた。

 

 

 

 

 




次回から二巻突入です。


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橙色の雛鳥 ★


今回の話に情事シーンはありません。注意してください。


 空亡

 

 

 大禍津童子の他にも「常闇之皇」「天中殺」「闇之太陰」「妖怪皇祖神」などの異名を持つ。

 百鬼夜行、魑魅魍魎の始祖であり原点。妖怪の最強種である鬼の神。

 無限の龍神、赤龍神帝に並ぶ、最強の頂に居座る存在。

 絶対強者であり、頂点捕食者。

 司る概念は「力」と「闇」。

 齎すは暴力と恐怖。

 

 日本神話における神世七代後の三貴神の時代に突如として現れ、世界中を恐怖のどん底に叩き落した。

 一説では、それ以前の時代から存在していたとされているが――問題はそこではない。

 問題は、この鬼の神により世界中の神話勢力が壊滅的被害を被った事だ。

 

 百戦錬磨の戦神も、絶対的な力を持つ主神も、全知全能の力を持つ始祖神も。

 鬼神の圧倒的暴力に、成す術無く蹂躙された。

 一度は全神話勢力が結託し、鬼神一名を討滅するために立ち上がった。

 しかし、腕の一振りで薙ぎ払われた。

 

 圧倒的暴力。

 

 その規格外の力の秘訣は、彼の司る概念にあった。

 力――そう、力だ。

 争う際、優劣を決める要素は何か?

 信念? 正義? 愛?

 違う、力だ。

 

 綺麗事は力で押し通すものであり、正義は力の強い者だけが語る事ができる。

 力があれば、理想を現実に変える事も可能だ。

 

 争い事において最も必要とされる概念、「力」。

 その具現化である彼に争いを挑むという事が、そもそも間違いなのだ。

 

 同格である無限と夢幻でさえ、彼には勝てない。

 同格とは種族としての格であり、力の大きさではないからだ。

 

 空亡は「力」という概念そのもの。

 無限の龍神は、所詮「無限」を司るに過ぎない。

 赤龍神帝は、所詮「夢幻」を司るに過ぎない。

 

 力とは強さであり、強さとは力。

 戦闘は力が強い者が勝ち、力の弱い者が負ける。

 

 空亡は戦闘における純粋な強さでは、無限と夢幻を遥かに凌駕していた。

 それはもう、比較する事すら烏滸がましい程に――

 

 そして、彼がもう一つ司る概念――闇。

 名状し難いこの概念。

 ただ言える事は、皆彼を、鬼神を畏れたという事だ。

 

 最後の最後までかすり傷一つ負うこと無く、横暴の限りを尽くした空亡。

 彼は突如として、現在の京都にあたる場所で眠りについた。

 

 理由は「生きる事に、暴れる事に飽きたから」。

 

 そのあまりに横暴な所業の数々に。

 最後は溜息を吐きながら戯言を吐いた事に、殺意を抱いた存在は、憎悪を抱いた存在はゴマンと居た。

 しかし、言える存在がいなかった。

 理由は単純だ。

 

 鬼神が、怖かったのだ。

 

 彼が深く眠ったと同時に、全世界の神仏が結託し、京都の地に強力無比な結界を施した。

 もう二度と、鬼神が目を覚まさない様に――

 

 そして神仏達は、彼に関する記載を残す事を、世界的に禁止した。

 空亡という存在は、初めからいなかった。

 そう、神仏達は彼という存在を世界から抹消したかったのだ。

 その恐怖を、二度と思い出したくないから――

 

 しかし、彼が振りまいた「闇」の種は完璧であった筈の聖書の神の勢力に影響を及ぼし、結果、堕天使を生む事になった。

 聖書の神の勢力だけではない。

 世界中の神仏や精霊が負の感情を抱いた事により、その分霊たる存在――悪魔が生まれた。

 そして、封印されても尚、彼の身から溢れ出す闇と妖力は、妖怪という種族を生み出した。

 妖怪の逸話が京都に集中しており、また京都がパワースポットに認定されているのは、空亡の漏れ出す力によるものだ。

 彼は今も、密かに妖怪の間で「絶対の神」として崇められていた。

 

 人間界でいう悪魔とは、キリスト教により世界中の神仏、または精霊が乏しめられる事で生まれた存在である。

 しかしその素性は、神仏や精霊の負の意思が具現化し生まれた存在だ。

 その負の存在を抱かされる要因を作った存在が、空亡なのだ。

 

 空亡は妖怪だけではない。堕天使や悪魔――謂わば、全世界の魔に属する存在の祖なのだ。

 

 

「……」

 

 

 北欧神話の宮殿にて。

 とある戦乙女(ヴァルキリー)は戸惑っていた。

 彼女はオーディンが最も信頼を置く戦女神であり、戦乙女達を統べる大隊長を勤める傑物だ。

 

 彼女は先日、オーディンの秘蔵の書籍から空亡の記載を発見してしまった。

 そして、考えたのだ。

 

 もしもこの様な存在が実在するなら――

 もしも、このバケモノが封印から抜け出したら――

 この世界はどうなるのだろうか?

 

 戦乙女は堪えきれず、謝罪と共にオーディンに質問した。

 

 長い髭を蓄える老人の如き容姿をした男性――オーディンは、左目に嵌め込まれた義眼を妖しく輝かせながら、彼女に告げた。

 

「ふむ……見てしまったものは仕方ない。……して、お前さんは空亡の何が知りたいんじゃ? 答えられる範囲で答えてやるぞぃ」

「……まず、これは仮定の話です。……空亡の封印がもし、解かれていたのなら……世界はどうなりますか?」

 

 

「破滅一直線じゃろうな」

 

 

「ッ」

 

 戦乙女は息を飲み込む。

 オーディンがポソリと、まるで当たり前だと言わんばかりに呟いたからだ。

 

「あ奴がその気になれば戯言を数回呟くだけで世界は、宇宙は滅びる。その力は反則も反則――出鱈目じゃ。じゃがな、あ奴の真に恐ろしい所は力では無い」

「……と、言いますと?」

「性格じゃよ」

 

 オーディンは笑う。

 だが、杖を持つ手は小刻みに震えていた。

 

「空亡の性格を一言で表すと、最低じゃ。卑屈で、傲慢で、陰湿で――世の全ての悪を凝縮しても、あそこまで醜悪な性格にならんじゃろう。ある意味、悪鬼羅刹、魑魅魍魎の神として相応しい性格じゃ」

「……そんなに、極悪非道なのですか?」

「む……どうした?」

 

 オーディンが首を傾げると、戦乙女はその生真面目な面に疑問を浮かべていた。

 

「正義と悪は表裏一体だと、私は思っています。……正義から見れば敵対者は悪なのかもしれませんが、悪は自分達の事を正義と思っている筈です。ようは見方の違いだと思います。……この世には、正義しかない。――私はそう思っています」

「ホッホッホ……いいのぅ。若いというのは。世界を綺麗に見る事ができて」

「――違うのですか?」

「いいや、そうとも言えんよ。そもそも、正義や悪に絶対はない。正義や悪に限った事ではないが、この世界に絶対なんてものは無い」

「……」

 

 オーディンの深い言葉を、戦女神は飲み込み、身に染み込ませた。

 

「じゃがな、中にはいるんじゃよ。どうしようもない、万人が見れば万人が「悪」と答える。そんな――吐き気を催す邪悪が」

 

 オーディンは瞳を細める。

 

「誇りも無ければ愛もない。正義も悪も満遍なく蹂躙する。己の快楽を貪るために他者を平気で貶め、苦しむ姿を嘲笑う。人間を、神魔霊獣を、まるで虫ケラの様に弄ぶ。それが、空亡という男じゃ。あ奴は――世界の敵、邪悪の権化じゃ」

「……ッ」

 

「そして――この世に完璧なものなどない」

「……?」

 

 ぽつりと呟いたオーディンに、戦乙女は首を傾げる。

 オーディンはそのまま続けた。

 

「全知全能の神にも弱点はある。どんな存在にも、欠点はあるんじゃ。空亡の場合は――あ奴は強過ぎた。力という概念の及ぶ全ての事柄において勝利を約束されておった。絶対強者であり頂点捕食者。完璧に近い強さを持つ。それ故に、性格は最低じゃった」

「……」

「その天井知らずの強さの代償は、地底知らずの邪悪さじゃった。……ホッホッホ、無限も夢幻も可愛いもんじゃわい。儂等に直接的な害は無いんじゃからな。……じゃがな、あ奴は違う。あ奴が生きているだけで、世界は破滅へと近付いていく」

 

 オーディンは戦乙女に視線を向ける。

 緊迫した面持ちの彼女に、ニヤリと笑ってのけた。

 

「じゃから、もしも空亡は封印から解き放たれた時は、全世界の神仏が結託し、神々の黄昏を始める予定じゃ。儂もその時のために優秀な戦士を集めておる。まぁ……封印が解かれないのがベストじゃがな。だから、全世界の神話勢力が、空亡を封印した祠を適度に見回りしておる。今のところ、問題無しじゃ。……という訳じゃの。もうええか?」

「……はい。ありがとうございました」

 

 戦乙女は頭を下げ、それ以降、空亡に対する内容でオーディンに質問をしなかった。

 

 彼女は信じていた。

 オーディンは普段こそおちゃらけているが、やる時はやる御方だと。

 故に、空亡の封印が解かれる事はないだろう――と。

 

 そんな――楽観的な思考の末、戦乙女は空亡の事を忘れたのだ。

 

 オーディンは、いいや、神仏は知らない。

 既に空亡――奈落が封印から抜け出している事を。

 世界に対して認識阻害の幻術をかけ、自分の存在を欺いている事を。

 

 奈落は魔術神と名高いオーディンを軽く超えるレベルの妖術を行使できた。

 神仏達は油断したのだ。

 その油断が、奈落を相手には致命的過ぎた。

 

 だから――もう遅いのだ。

 奈落が封印から解放された時点で、幸せな世界は崩壊へのカウントダウンを刻み始める。

 

 しかし、奈落がいる事で幸せになる存在も、またいる。

 奈落は、正確に言えば世界を崩壊させるのではない。

 世界を包み込むのだ。

 

 

 甘美なる悪夢によって――

 

 

 過去に暴力を振るう事に飽きた鬼神は、暗躍する事に愉悦を覚えていた。

 その技術力と交渉力で、まずは冥界を悪夢で覆う。

 世界への進出は、それからだった。

 

 

 ◆◆

 

 

 その日は雨だった。

 灰色の空からしとしとと降り注ぐ冷たい滴。

 外に出れば吐く息は白く染まり、指先を凍えさせる冷たさは、総じて気分を滅入らせる。

 

 そんな日。

 褐色肌の美丈夫――奈落は、自宅のマンションの一室で、スマホを弄っていた。

 部屋の灯りは付いておらず、曇天の気味悪さをより強調していた。

 

「ふぅん……ライザー・フェニックスか。そう言えばあの餓鬼、リアスの婿候補だったな」

 

 グレイフィアからのプライベートメールを見て、低い声で呟く奈落。

 その後、醜悪に口を歪めた。

 

「将来嫁さんになるかもしれない女が肉奴隷に堕ちてるって知ったら、どんな顔するだろうなァ……」

 

 下劣、非道、悪辣。

 どんな侮蔑の言葉を並べても、彼の纏う邪気の前には霞んでしまう。

 他者の不幸は蜜の味、絶望は甘露。

 奈落という男は、他者の絶望に快感を覚える真性のサディストだった。

 

「リアスの醜態を見せるのは簡単だが……しかし、結果が見えているのはつまらんなぁ。少し捻ってみるか」

 

 彼にとって他者がどう絶望するかを考えるのは、まるで今夜の料理の献立を考えるかのように気軽なものだった。

 

「そうさな……ライザーだけじゃなく、リアスも苛めるか。アイツは確か……ライザーの事を嫌っていたな。じゃあ――ライザーとの会話中にバイブでも仕込ませるか」

 

 顔を手で覆い、醜悪な笑みを押える奈落。

 

「リアスの奴、マゾ気質の変態だからな……羞恥で頬を染めながらも、ビクビク肩を震わせそうだ。……うん、いいな。メールと代物を転送しておこう」

 

 リアスに簡素なメールを送り、指パッチンで代物を転送する奈落。

 返信は――ない。

 当たり前だ。

 リアスにとって、御主人様(奈落)の命令は絶対なのだから。

 

 きっと今頃、驚愕と、そして惨めな自分を想像して快感で打ち震えている事だろう。

 奈落はクツクツと喉を鳴らした。

 

「婚約者の醜態を知らず、我が物顔で寄り添う焼き鳥クンは……アア、俺の雌奴隷かそれ以上に哀れで、滑稽だぞ」

 

 奈落は視線を自分の下半身に向ける。

 そこでは、中華風の髪型――シニョンで髪を結った、目付きの鋭い美女がいた。

 彼女は奈落のモノを美味しそうに頬張っている。

 

 彼女の名前は雪蘭。

 

 そして、よく見れば近くのベッドの上で二人の女が全裸で横たわっていた。

 

「はァ、ヒッ、ホオ゛、オ゛……ッ♪」

「もっと、もっと苛めてくだしゃいィ……♪」

 

 青髪を特徴的な結い方で纏めた小柄な少女は、快楽の余り意識を失っている。

 そして、頭に包帯を少々巻いた短髪の、気の強そうな女性は戯言を呟いていた。

 二人共、腹を膨らませ秘所から大量の白濁液を垂らしながら、だらしないアヘ顔を晒している。

 

 二人の名前は、ミラとカーラマイン。

 

 先の雪蘭を含め、彼女達はライザー・フェニックスの眷属悪魔達である。

 そして、彼のハーレム要員だった。

 

「ちょっと色目を使った程度で女を寝取られるなんて――不甲斐ないにも程があるぜ。同じ男とは思いたくねぇなぁ」

 

 奈落はそうぼやきながら、自分のモノに奉仕をする雪蘭の頭を撫でる。

 

「なぁ、お前の主は……俺以上に、お前を満足させてくれるか?」

 

 雪蘭は、奈落のモノを頬張るのに夢中で返答しない。

 しかし、首を横に振ってその意思を示した。

 

 奈落は嗤うと、モノから精を吐き出す。

 雪蘭は奈落のモノを根元まで頬張り、放出される子種を嚥下した。

 ゴクゴクと音を鳴らしながら胃に落とし込む。

 最後まで飲み込むと、熱い溜息を漏らし、その後にモノを綺麗にするため舌で掃除を始めた。

 

 奈落はスマホに視線を戻し、ある事に思案を巡らせた。

 

「フム……そういえば、ライザーの妹――レイヴェルだったか。アイツはまだ気づかねぇのか? 折角周囲を固めて、目の前で尻尾まで振ってやってるのに。――まぁいい。アイツはメインディッシュだ。アイツでフェニックス家の女は完全攻略できる」

 

 意味深な言葉と共に、呟かれる最後の内容。

 それの意味する事はつまり、ライザーの妹以外のフェニックス家の女は、全員奈落の魅せる悪夢に夢中になっているという事だ。

 

「っと、もうそろそろか? ライザーとリアスの会合は」

 

 奈落は雪蘭の頭をぽんぽんと叩き、離れさせ、ジーパンを履く。

 今日は休日だ、私服でもなんら問題無い。

 お気に入りのシャツとサングラス、ブーツを確認する。

 

「よし、じゃあ、外面を作らねぇとな。オカルト研究部の奈落。それと――グレイフィアも来るから、友達の奈落。……ああ、ライザーとも一応知り合いの設定だったな。面倒くせぇ……」

 

 奈落は偽りの自分の設定を脳内で整理し、顔に手を当てる。

 一瞬だが、その顔は――異形のバケモノになった。

 だが、すぐに戻る。

 

「さて」

 

 奈落は振り返り、三人を見据える。

 

「お前等。俺があっちに付くまでにライザーと合流しとけよ」

 

 ベッドに横たわっている二名の返事はない。

 だが、聞こえているだろう。

 しかし雪蘭は――物欲しげに、瞳を潤ませていた。

 その瞳は、奈落のモノを頬張っただけでは満足できないと訴えていた。

 奈落は乾いた笑い声をあげる。

 

「……クハハ、いい目をするじゃねぇか。ええ? 使い捨ての雌奴隷の癖によォ」

 

 奈落が歩み寄り、雪蘭の顎をすくう。

 そして口に指を入れると、雪蘭は瞳をトロンと蕩けさせた。

 

「……しかたねぇな。一発だけしてやるよ」

「♪」

 

 雪蘭は本当に嬉しそうに、瞳を細めた。

 

 

 ◆◆

 

 

 傘をさして、駆王学園の旧校舎へやって来た奈落。

 丁度兵藤一誠と合流して、二人は会話を交えながら木造りの階段を上がっていた。

 

「イッセー。今日の件は聞いてるか?」

「はい。部長の婚約者が来るんですよね?」

「そうだ。……そこで、オカルト研究部の特別顧問として、お前に忠告しておく」

「?」

 

 首を傾げる一誠。

 奈落は階段を一段一段上がりながら告げた。

 

「悪魔って種族は貴族社会を形成してる。血筋や上下関係を何よりも重んじるんだ。……まずは敬語を忘れるな。何時もより丁寧な言葉遣いを意識しろ。お前が無礼な態度を取れば、お前の評価だけじゃない。グレモリ―眷属全員の評価が下がるんだ。――仲間の評価が下がったら、嫌だろ?」

「……はいっ。俺、頑張ります!」

「よし」

「っ」

 

 奈落に頭をくしゃくしゃと撫でられ、一誠は嬉しそうにはにかむ。

 奈落は頷き、階段を上がる。

 

「……」

 

 一誠は前に進む奈落を観察する。

 最近、一誠はファッション雑誌を見たり、街で見かけたイケメンを観察したりして、勉強をしていた。

 時には同じ眷属であり、昔は仇敵と恨んでいた木場裕斗にアドバイスを貰う程だ。

 

 遂最近まで、エロに全ての情熱を注いでいた一誠。

 女子更衣室の覗きを敢行するほどの、有り余る情熱。

 その方向性を少し変えてやれば、一気に良い方へ傾いた。

 

 しかし、覗きやセクハラ発言などで地に落とした評価が覆る事はない。

 一誠は後悔こそすれ、立ち止まらず、前を見る事にした。

 

 何年かかってもいい。

 今の評価を覆し、絶対に――目の前の男の様に格好良くなる。

 

 一誠は決意を胸に、奈落を凝視していた。

 

「……?」

 

 階段を上がり終えた奈落は妙な視線を感じ、まだ階段を上がっていた一誠を見下ろし、小首を傾げる。

 

「っ」

 

 その色香に、一誠は頬を赤くした。

 胸が高鳴ってしまった。

 

(……いやいや! 駄目だろ!? 考えろ俺! 何故胸が高鳴った!? 何だ今の色気は!?)

 

 一誠は思考を巡らす。

 奈落の格好はジーパンに白いシャツという簡素なもの。

 目を見張るものと言えば、胸襟にかけたサングラスと履いている高そうなブーツ。

 

 シャツの合間から見えるのは、逞しい筋肉。

 鍛え抜かれた、されど無駄の一切無い、男として理想の肉体。

 

 顔立ちは体躯の割に端正で穏やか。

 

(……今の色気の秘密は、服装や身体、顔立ちじゃねぇ。……そうか! 仕草か!)

 

 奈落の仕草は、一つ一つが計算されていた。

 しかも、既に身に沁み込ませていて、意識せずとも出来るようになっている。

 

 元のスペックが凄まじいのに、仕草で更に磨きをかけている。

 

(……ハァ)

 

 一誠は改めて、奈落と己の格の違いに落ち込んだ。

 しかし、それと同時に――憧れた。

 

(本当のイケメンって、男までドキッとさせるのな~)

 

 乾いた笑みを浮かべた後、一誠は頭を横に振るう。

 それは、弱気な自分を吹き飛ばす動作だった。

 

(弱気になるな! 前に進め! 俺は必ず……この人みたいになるんだ!!)

 

「……どうした? イッセー」

「いえ、何でもありません!」

「そっか。なら行くぞ」

「はい!」

 

 目指すべき存在が――理想の存在が傍にいる。

 その事に一誠は感謝しつつ、階段を上がり、理想の隣に並んだ。

 

 

 ◆◆

 

 

 オカルト研究部の部室にて。

 奈落と一誠が到着すると、既に他のメンバーが揃っていた。

 木場と小猫はソファーに座り、朱乃はリアスの隣に佇んでいる。

 そして――最奥の専用椅子に座るリアス。

 彼女は奈落を確認すると同時に立ち上がった。

 

「奈落……」

「どうした? リアス?」

「……ライザーが来るまでに、少し話したい事があるの。外へ行きましょう」

「んー? 何だぁ? ここじゃ駄目なのか?」

「ッ」

 

 リアスはキッと奈落を睨む。

 奈落はクツクツと喉を鳴らすと、肩を竦めた。

 

「そう睨まないでくれよ。今日は一段と機嫌が悪いな? 望んでもいない婚約者が来るからか? それとも――別の理由があるのか?」

「……いいから、外に出なさい。重要な話なの……わかってるでしょ?」

「はいはい。朱乃、俺の紅茶を淹れておいてくれ」

「かしこまりました」

 

 朱乃の微笑を確認した奈落は、次に小猫に視線を移す。

 

「小猫」

「?」

「後で俺も茶菓子食べるから、少し残しておいてくれよ」

「……善処します」

 

 と言いながらも、小猫は茶菓子を頬張っていた。

 奈落は溜息を吐きつつ、リアスと部室の外へ出た。

 

 二人が出て行った後、一誠は安堵の溜息を吐いた。

 

「部長、すげぇ怖かった……」

「あはは。まぁ、婚約者との仲が仲だからね」

 

 木場は苦笑する。

 

「「……ッ」」

 

 朱乃と小猫は部室の外に続く扉に、一瞬――嫉妬と羨望の眼差しを向けたが、すぐに元に戻った。

 

 

 部室の外にて。

 リアスは顔を真っ赤にしながら、弱々しく奈落に問うた。

 

「あの……御主人様。本当に、コレを付けたまま……」

 

 短いスカートをまくり上げるリアス。

 黒色の際どいパンツを履いている。

 そして、秘所には――先程奈落から届いたバイブを装着していた。

 

 リアスが羞恥で震えていると、奈落は何時も生徒に向けるような、穏やかな笑みを浮かべた。

 

「嫌か?」

「ぁ……う」

「そもそも――お前の意見なんて聞いてないぞ? リアス」

 

 奈落はリアスの顎を掬い上げ、本性である歪な笑みを向ける。

 

「いいから付けてろ。……もしバレなかったら、褒美をくれてやる。褒美の内容は――お前の望むモノだ」

 

 リアスの脳内に浮かぶ、自分の欲しいモノ。

 それは、一つしかない。

 

 リアスは途端に瞳を潤ませ、甘い声を漏らした。

 

「……はぃ、御主人様。私、頑張りますぅ……♪」

 

 雌の貌になったリアスを確認し、奈落は不気味に瞳を細めた。

 

 

 ◆◆

 

 

 部室に戻り、小猫と一緒に茶菓子を頬張る奈落。

 リアスの婿候補、ライザーが来るまで残り十五分。

 

 ここで、部室の床に魔方陣が浮かび上がった。

 その魔方陣は、悪魔の中でも最上級の格を示す代物――魔王、ルシファーの紋様だった。

 

 現れたのは――それはそれは美しい、銀髪のメイドだった。

 リアス以上に整った顔立ち、豊満な乳房。そして――滲み出る色香。

 真面目な面持ちから放たれる怜悧な雰囲気とは裏腹に、その色香は男児を誘う魔性のモノだった。

 

 一誠は見惚れると同時に、生唾を飲み込んでしまう。

 

 銀髪の美女はその場で恭しく一礼した。

 

「皆さま、御機嫌よう。……今回、リアス様とライザー様の仲介役に任命されました、グレイフィアです」

「久しぶりね。グレイフィア」

「お久しぶりです、リアス様。お変わりない様で、安心いたしました」

「……ええ。まぁ、ね」

 

 リアスは少し言葉を濁す。

 グレイフィアは眉をピクリと上げたが、それ以上追求はしなかった。

 彼女は眷属達を見渡し、一誠を見つけると、再度一礼する。

 

「はじめまして。兵藤一誠様。私、四大魔王の一角、サーゼクス・ルシファー様の女王をしております。グレイフィア・ルキフグスと申します」

「!!? ま、魔王の、女王……ッ!!?」

 

 一誠もある程度、悪魔社会についての勉強をしている。

 冥界のトップ、四大魔王――その女王。

 未だ未熟な一誠でも、目の前の女性の格の高さは理解できた。

 リアスは彼に補足説明をする。

 

「女性悪魔でも三本指に入る強さを誇る女傑よ。そして――サーゼクス・ルシファー様は私の実兄。つまり、グレイフィアは私の義理のお姉様」

「えええっ!!!?」

 

 一誠がオーバーリアクションで驚くと、グレイフィアは瞳を閉じ、慇懃に告げた。

 

「普段からサーゼクスのメイドを務めております。今回の案件につきましては、リアスの義姉ではなく、サーゼクス様の眷属として接しさせていただきます」

 

 一誠は、彼女のあまりに礼儀正しさに少々慌ててしまう。

 それを見て奈落が苦笑していると――ふと、彼とグレイフィアの視線が合った。

 

「っ」

 

 グレイフィアは少々頬を染めるだけで、表情は崩さない。

 

「……」

 

 奈落は肩を竦めるだけで、何も言わなかった。

 

 

 ◆◆

 

 

 十五分後。

 部室にもう一つの魔方陣が浮かび上がった。

 リアスは指パッチンで茶菓子と紅茶を片付ける。

 奈落を含めた眷属達も立ち上がった。

 

 穢れなき炎を吹き出し現れたのは、金髪のキザな男性だった。

 

 年の頃二十代前半ほどか。

 服装は赤いスーツで、胸元を大胆にはだけさせている。

 ワックスで固めた金髪といい、どこぞのホストの様な出で立ちだった。

 

「ふぅ……人間界に来たのは久しぶりか? 相変わらず、空気の不味いところだ。――で、愛しのリアスは……」

 

 金髪の男性――ライザーは周囲を見渡す。

 婚約者を見つける前に、奈落と目が合ってしまった。

 

「げッ……」

 

 ライザーは露骨に嫌そうな顔をして視線を逸らす。

 奈落はニヤニヤと笑みを浮かべた。

 

「……おーっ、いたいた。久々だな、リアス」

「そうね。できれば会いたくなかったけど……」

 

 リアスが不快そうに眉を顰める。

 ライザーはおどける様に肩を竦めた。

 

「そんなつれない事を言うなよ。今回はお前との婚約について、話をしに来たんだ」

 

 ライザーはチラリと、奈落に視線を移す。

 

「……なるべく早めに終わらせたい。ゆっくりと寛いでいこうと思ったが、気が変わった」

 

 ライザーに睨まれても、奈落はニヤニヤするだけだ。

 彼はライザーに丁寧語に喋りかける。

 

「どうしましたか? ライザー様。俺が余程気に入らないと、先程から視線が訴えかけておりますが」

「やめてくれ。……アンタに敬語を使われると、無性にイラつく」

「では、敬語をやめても?」

「ああ。好きにしてくれ」

 

 そのやり取りを見て、一誠を含めたグレモリ―眷属は首を傾げる。

 ライザーと奈落は、一体どんな関係なのだろうか――と。

 

 奈落はライザーから了承を貰うと、パッと明るく笑う。

 

「じゃあライザー。お前、仕事は何時来るんだ?」

「ッ……」

「無断欠勤を続けるのはどうかと思うぞ? 先輩として、見逃せないな」

「だ、黙れ!! 俺は……あそこでは働かん!!」

「なら、何故完全にやめない?」

「~ッッ」

 

 ライザーは頭を掻いた後、奈落に指差し、大声で告げる。

 

「俺は今修行中なんだ! クッソォ!! 今に見てろ!! すぐに二つ星、三ツ星になって、お前を蹴落としてやるッ!!」

「ハッハッハ」

「後で吠え面かくなよ!!」

 

 凄い剣幕のライザーと、軽く笑う奈落。

 

 

『?』

 

 

 この場にいる一同は、その会話の内容がわからなかった。

 唯一、ただ一人を除いては――

 

「いで!!」

 

 唐突に、奈落は悲鳴を上げる。

 グレイフィアが彼の頬を引っ張ったのだ。

 

「奈落……貴方、リアス様の婚約の話をしてるのに、そんな内容の会話をするのはやめて頂戴」

「いでででででっ!! グレイフィア!! いてぇって!!」

「ライザー様も、どうかご自重ください。リアス様の婿殿として、あまりに不謹慎です」

「……あ、ああ、すまない」

 

 ライザーは諫められた事よりも、グレイフィアの奈落に対する対応に驚いていた。

 それは、グレモリ―眷属も同じだ。

 特に朱乃と小猫は、瞳を見開いていた。

 

 ただ唯一、リアスだけは、奈落とグレイフィアの関係を知っていた。

 

「奈落とグレイフィアは同僚で、親友同士よ。だから――ああして気軽に頬を引っ張れる訳ね」

 

 リアスは目を細める。

 その瞳の奥には、羨望と――それ以上の憎悪が燻っていた。

 それは、朱乃と小猫も一緒である。

 

 彼女達の頭の中は、ソレで一杯だった。

 だが、一誠だけは違う。

 彼は考えた。

 

(奈落先生とライザーは仕事仲間? まぁそれはいいとして、グレイフィアさんが諫めるって……二人は一体、どんな仕事をしてるんだ?)

 

 奈落とライザーの仕事。

 それは、今冥界のご婦人方に最も人気が高い娼館「一夜の夢」で、男娼を務める事だ。

 ライザーは当時自信満々で就職したものの、一つ星――最下級ランクにもなれず、プライドをボロボロにされ逃げ出したのだ。

 どうやら現在、修行中の様だが――

 

 そして、奈落はライザーの先輩であり、グレイフィアはその娼館について知っている。

 だからこその、先程の会話だ。

 普通であれば、知らなくて当然。

 

 故に、まだ冥界の知識に関して朧げな一誠が知らないのは、当たり前だった。

 

 

 ◆◆

 

 

 ライザーとリアスは取りあえず席に付き、話し合った。

 が、リアスは彼との婚約話を断固拒否していた。

 

「だから、さっきから言ってるでしょう。ライザー。私は、貴方とは結婚しないって」

「俺とは結婚しない――という事は、誰か意中の相手がいるのか?」

「貴方には関係無い事よ……!!?」

 

 リアスはビクリと肩を震わせた。

 ライザーは首を傾げる。

 リアスの頬は赤くなり、漏れる息が熱くなり始めた。

 

「どうした? リアス」

「いいえ……何でもないわ。続けましょう」

 

 リアスは拳を震わせながらも、表情を変えない。

 何故、リアスの様子がおかしくなったのか?

 

 理由は簡単だ。

 リアスの秘所に潜んでいるバイブが起動したから。

 

 彼女の様子を見て、奈落は内心ほくそ笑んだ。

 

(おーおー、頑張るねぇ。「弱」は耐えられるか? それにしてもセラの奴、えっぐいもん作りやがる。絶対こういう場面を想定して作っただろ、コレ)

 

 奈落はリアスに渡した商品の詳細を思い出す。

 

 セラフォルーの持つ会社の一つ、アダルト用品専門会社「ラブトラップ」で発売されている商品の一つ。

 本人、または第三者の意思のみで起動ができる遠隔操作タイプで、電池は不要。魔力などの神秘の力で駆動する。

 また操作も簡単で、何よりどれだけ出力を上げても外部に一切音が漏れないというステルス設計が特徴。

 

 そして「ラブトラップ」の商品に共通しているのが、どんな女性も満足させる事。

 セラフォルーの持つもう一つの企業、冥界随一の娼館「一夜の夢」で収集したデータを参考に、あらゆる種族の女性を満足させる事ができるよう、随所に工夫が凝らされていた。

 

 その破格の性能を体験する前に、既に奈落は苦笑を漏らしていた。

 

「……ッ、ッ」

 

 リアスは唇を噛みしめ耐えている。

 未だ出力は「弱」。まだ二つ上の段階が存在する。

 

「……と、ともかくよ。婚約の話は無し、という事にしましょう? 貴方は、眷属に沢さ、んん……っ、女性を、囲んでいるでしょう?」

「……確かにそうだが、それとこれとは話が違う。純血の上級悪魔同士の婚約は、体裁的にも非常に重要なんだ。君は三男坊の俺と違って、次期当主だろ? それくらい察してくれ」

「でもね、ライザー。三男坊の、貴方だからこ……っ、そっ……わかる、筈よ。自由に恋愛をする事の、尊さ、を……」

 

 ライザーはリアスの言葉に納得しながらも、流石にリアスの様子がおかしいと思い、会話を中断させる。

 

「おいリアス。本当にどうした? 気分が悪いのか? さっきからおかしいぞ? お前」

「いえ……ちょっとね。気分が、ぁ……っ、あまり、良くないのよっ」

「……?」

 

 ライザーは疑問を抱きながらも――内心欲情していた。

 何せ、今のリアスは恐ろしく扇情的なのだ。

 頬を上気させ、瞳を潤ませている。

 薄桃色に染まる肌といい、まるで発情している様だった。

 

 リアスの状態が芳しくないと悟ったグレイフィアは、リアスの肩を撫でながら問う。

 

「リアス様、ご無理はなさなさらないよう。……少し休みますか?」

「いえ、大丈夫よグレイフィア……私はっ」

 

 リアスはチラリと奈落を見る。

 奈落は頷き、バイブの駆動を止めた。

 

(まぁ……潮時だな。バレたら面倒だが、妖術で何とでも誤魔化せる。が――俺は今、現実という遊戯を楽しんでいる。そこら辺は尊重してぇ。それに、見たいもんは見れたしよぅ。……リアス。テメェの羞恥と快楽で身悶えする顔は、中々にそそられたぜ)

 

 奈落は内心嗤う。

 

 リアスはバイブが止まった事を悟ると、大きく深呼吸をした。

 その後、頬をパンパンと叩いて、表情を引き締める。

 

「ごめんなさい。……もう大丈夫よ。体調はやっぱり優れないけど、貴族悪魔として、グレモリ―家次期当主として、無様な姿を見せる訳にはいかないわ」

 

(ハッ、よく言うぜ。命令されてとは言え、バイブ突っ込んで感じてただろ。無様を通り越して阿呆だぜ?)

 

 奈落は内心でリアスを嘲笑った。

 

 

 ◆◆

 

 

 その後、両者の意見は噛み合わず、最終的にレーティングゲームで決着をつける事になった。

 奈落は皆に悟られない様、小さな溜息を吐く。

 

(話し合いで決着がつかない。だから暴力で優劣を決めよう――か。わからなくはねぇが、つまんねぇな)

 

 そもそも、奈落にとってリアスの婚約話など、どうでもよかった。

 たとえリアスが結婚したとしても、奈落の雌奴隷である事に変わりはないからだ。

 そしてライザーでは、決してリアスを満足させられない。

 

(まぁそれでも、こんな毛も生え揃ってねぇような雛鳥にリアス(雌奴隷)をやる気にはならねぇ。……徹底的にグレモリ―眷属を強化するか)

 

 奈落は楽しそうに唇を歪める。

 

(そうさな。じゃあ、一人一人を魔王クラスにまで強化するか。……クククッ、いいねぇ。面白そうだ♪)

 

 奈落が色々企てていると、ライザーがリアスに自慢げに告げる。

 

「リアス。君の下僕はたったの五名。だが俺の所は――十五名、フルメンバーが揃っているぞ?」

 

 瞬間、ライザーの背後にフェニックスの魔方陣が浮かび上がり、そこから焔と一緒に彼の眷属達が現れる。

 全員が美少女美女であり、一誠は思わず瞳を丸めた。

 

「……ッッ」

 

 そして背を向け――静かに泣く。

 

(チックショウ、ハーレムかよ羨ましいッ。……我慢しろ俺、泣くな! ……でも羨ましいッッ)

 

 そんな一誠を尻目に、ライザーはリアスを見下す。

 

「正直に言って、君じゃ俺には勝てない。俺達は正規のレーティングゲームを何度もこなしているプロだ。それに比べ君達はアマチュア――結果は目に見えている」

「それでも、やるわ。私は――私と、下僕達の力を信じてる」

「ふぅん……」

 

 ライザーは思う。

 何処からその自信が沸いてくるんだ――と。

 

 それでも、口には出さなかった。

 ライザーにとってこのレーティングゲームは、非常に美味しかったからだ。

 

 何せ、アマチュア軍団を倒しただけで見目麗しい嫁が貰える。

 上級悪魔としての箔も付き、実家にも貢献できる。

 良い事ずくめだった。

 

 将来の自分を想像し、ほくそ笑むライザー。

 彼は知らない――

 

 

『……っ』

 

 

 自分の眷属達が、ある一名を除いて奈落に熱い視線を向けている事を。

 奈落が微笑を向けると、数人が頬に手を当て、熱い溜息を漏らした。

 

「……ッ」

 

 しかし、彼女達の中で唯一、奈落に向ける感情が違う存在がいた。

 向ける感情は、侮蔑と――それ以上の憎悪。

 金髪をドリルのように巻き、ツインテールにした美少女。

 

 ライザーの妹、レイヴェル・フェニックス。

 彼女は、まるで親の仇でも見るような視線を奈落に向けていた。

 

(♪)

 

 奈落は思わずガッツポーズを取りそうになる。

 それを必死に我慢した。

 

 何せ、漸く引っかかったのだ。

 フェニックス家の、メインディッシュが。

 

 様々な思惑が蠢く中、グレイフィアがライザーとリアスの間に入る。

 

「では、お二人共、レーティングゲームで決着をつけるという事で、よろしいですね?」

「ああ」

「ええ」

 

「それでは――レーティングゲームは二週間後に。詳細は後日、伝えますので」

 

 

 こうして、ライザー・フェニックスとリアス・グレモリーの婚約騒動は、レーティングゲームで決着をつける事になった。

 

 

 ◆◆

 

 

 ライザーはフェニックス家の別荘に帰ってきた後、紅茶を啜っていた。

 

「今回は本当に運が良い……しかし油断はしない。俺はプロだ。相手がアマチュアであれ、徹底的に叩きのめす」

 

 ライザーが纏う闘志は相当なものだ。

 やはりプロというだけはあり、心の持ち様が違う。

 

「……」

 

 そんな兄の隣に座り、妹のレイヴェルは顔を俯かせていた。

 

「……ん? どうしたレイヴェル? 元気が無いぞ」

「……あの、お兄様」

「?」

 

 レイヴェルは瞳を潤ませて、兄に問う。

 

「奈落様の事を、どう思いますか?」

「……」

 

 ライザーは表情を険しくするが、暫くするとソファーにどっさりと寄りかかる。

 

「いけすかない奴だよ。仕事内容は言えないが、俺の上司であり、先輩だ。あの飄々とした面に一発パンチを入れてやりたい」

 

 そう言いながらも、ライザーは穏やかな笑みを浮かべた。

 

「だがな……俺は、憧れているんだよ。アイツに。アイツは俺が欲しいものを持っている。妬ましくもあるが――それ以上に、尊敬している」

「ッ」

「まぁ、言葉には絶対出さないけどな」

 

 ライザーが語り終えると、レイヴェルは立ち上がり、部屋を出ようとする。

 

「どうしたレイヴェル」

「……いえ、少し外の空気を吸いたいと思いまして。人間界の空気はとても汚かったですから」

「そうか……もう日が沈む。長い時間は出るなよ?」

「はい……ありがとうございます」

 

 レイヴェルは儚く微笑んで、部屋の外へ出た。

 

 

 自室のベランダで。

 レイヴェルは魔力で形成された夕暮れを眺めながら、憂鬱そうに息を吐いた。

 

「……私が、頑張らなきゃ。なんとかあの男の素性を掴んで、魔王様に密告しなきゃ」

 

 レイヴェルは知ってしまったのだ。

 奈落という男の本性を。

 

 あの日――奈落はレイヴェルの実の母とセックスをしていた。

 レイヴェルは驚きで声を上げることすらできなかった。

 

 何故、母が奈落とセックスしているのか――

 そして、何故母はあんな嬉しそうに抱かれ、嬌声を上げていたのか。

 

「……お母様は、催眠薬か幻術で操られているに決まってる。お母様とフェニックス家の名誉のためにも、私が……私が頑張らなきゃ!」

 

 レイヴェルは両の拳を握る。

 あの男の真実を暴き、然るべき判決を下してやる――そう決意して。

 

 だがその決意とは裏腹に、レイヴェルを彩る夕暮れは逢魔と呼ぶに相応しい、不気味な様相をしていた。

 

 

 

 ◆◆

 

 

 同時刻。

 人間界は曇天のせいで日が下りてこず、鉛色の空が広がっていた。

 ぽつぽつと降り注ぐ雨の中、傘をさしながら奈落は歩く。

 

(さぁて、今の状況を整理しようか。まずは……ライザーとその眷属とのレーティングゲーム。ぶっちゃけ興味無ぇんだが……グレモリ―眷属を魔改造する楽しみが増えたって事で良しとしよう。アイツ等は数年以上、俺の「表の手駒」として動いて貰う算段だからな。予定より半年ほど早いが……まぁ、大して支障はねぇ)

 

(次は――そうだ。レイヴェル・フェニックス。アイツはかなりの上玉だから念入りに堕としてやろうと思ったのに、中々誘いに乗って来ねぇからイライラしてたんだが――あの反応を見るに、食い付いたな)

 

 そう、奈落はあえて、レイヴェルの周囲での暗躍を甘くしていた。

 レイヴェルは最近になって漸く気付いたのだ。

 それが良い事なのか、悪い事なのか――言うまでもない。

 

(クククッ――アイツの調理方法はもう決めてるんだよ。まずは苦痛と絶望をよく漬け込んで、恐怖と憎悪で膨らませてから、快楽で一気に炒める。そうして美味しくなった所に最後の逃げ道を添えて……アア、涎が出ちまうぜ)

 

 奈落は口角が勝手に歪んでいくのを抑えられない。

 レイヴェル・フェニックス。

 彼女が掴んだ奈落の尻尾は……例えるなら、アンコウの疑似餌だ。

 

 レイヴェルが自信満々に掴んだその尻尾は、鬼神の胃袋に直結していた。

 

「……ん?」

 

 唐突に、奈落の携帯が鳴る。

 メールだ。

 宛先人は――グレイフィアだった。

 

『三日後にアザゼルとの交渉について打ち合わせしましょう。あと……また甘えさせて』

 

「……ヤベェ、マジで緩んだ口角が治まらねぇ」

 

 奈落は口元を押えながら返信する。

 内容は、勿論OKだ。

 

 そうして、奈落はマンションに着いて自分の部屋の前に立つ。

 鍵は既に開いていて、靴は学生用のものが一つ。

 傘を立てかけ靴を脱ぎ、リビングに向かえば――ベッドの上に、紅髪を靡かせる女がいた。

 

「御主人様ぁ……私、我慢しましたっ。でも、さっきから疼いて、疼いて、仕方ないんですぅ……早くご褒美をください……っ」

 

 舌を垂らしながら、切なげに懇願する女――リアス・グレモリ―。

 奈落は彼女の元に歩寄り、その頬を撫でた。

 

「よぅし、よくやったな。約束通り、褒美をやろう」

「♪」

 

 リアスは嬉しそうに、奈落の手に頬をすり寄せた。

 奈落は指を鳴らす。

 すると、部屋のカーテンが締まった。

 

 

 雨音が響く。

 

 

 冷たい滴は身体を冷たくしていく。

 灰色の空は、心を濁らせていく。

 

 

 雨は、未だ止まない。

 

 

 

 

 

 




次回はレイヴェルです。
お楽しみに。


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レイヴェル・フェニックス

 レイヴェル・フェニックスは自室に引き籠り、最近かき集めた資料を纏め上げていた。

 その資料は全て、奈落に関するモノだ。

 

「……」

 

 レイヴェルは複数の資料を見合わせ、思考をフル回転させる。

 資料は冥界のデータベースを中心に、フェニックス家独自の保有データ、外部のデータからも取り寄せていた。

 

 レイヴェルは奈落という男の正体に、一歩ずつ近付いていく。

 

 奈落の素性。

 出身地は京都で種族は妖怪。中でも最強種の鬼。

 戦闘力は不明で、戦闘をしている姿を見た存在はいない。

 

 京都で就職活動中に四大魔王の一角、セラフォルー・レヴィアタンに見い出され、外交官に推挙された。

 その後、天性の才能で出世を続ける。

 最終的に京都の妖怪勢力と、冥界の同盟の橋渡し役となる。

 その功績を認められ、セラフォルー直属の外交官に任命された。

 

 ここでまず――レイヴェルは違和感を覚えた。

 何故、四大魔王ほどの存在に見い出されたのか? 

 その経緯は? 理由は?

 それがどのデータベースにも記載されていない事に、レイヴェルは不信感を抱いた。

 

 次に、奈落の仕事。

 彼はセラフォルー直属の外交官の他にも、リアス・グレモリーの特別顧問。

 更には歌手、ファッションモデルなど、合計十数件にも及ぶ仕事を並行して行っている。

 

 これに関しても、レイヴェルは疑問を覚えた。

 これは奈落本人に関してではない。

 確かに数十件の仕事に就いている事は凄まじいが、「奈落には才能がある」。その一言で片付ける事ができた。

 

 問題は就職先の企業。

 その企業が全て、セラフォルーが発案した事業なのだ。

 

 しかし、セラフォルーの部下なのだから彼女が立案した事業に関わっているのは不思議では無い。

 普通ならそう考えるだろう。

 だがレイヴェルは違った。

 彼女は事象を隅々まで見通す慧眼を持っていた。

 

 レイヴェルは考えた。

 

(そういえば最近、セラフォルー様の事業が一気に拡大したような?)

 

 引っかかる。

 早速資料を漁り、奈落に関する情報の時系列と照らし合わせると――何と、奈落がセラフォルー直属の外交官となった時期と重なった。

 

「ッ」

 

 まだ確証はない。

 だが間違いなく――裏がある。

 レイヴェルは確信した。

 

 切っ掛けを掴み、資料漁りに没頭するレイヴェル。

 彼女が次に目を付けたのは――娼館「一夜の夢」だ

 

 恐らく、セラフォルーが持つ事業で最も成功している企業。

 所属する男娼は、共に冥界随一の腕前。

 その名は冥界の外部にまで広まっている。

 特に元来性欲が強い女性悪魔――中でも貴族の御婦人方の間では、凄まじい人気を誇っていた。

 

 ここに、奈落の秘密が隠されている。

 レイヴェルの直感がそう告げていた。

 

 しかし、一夜の夢は情報を外部に殆ど漏らさない。

 その詳細は普通の方法では絶対に入手できない。

 

 しかし、レイヴェルは「一夜の夢」に関する資料を入手していた。

 その経路は――

 

「ライザーお兄様は隠しているつもりでしょうけど、私は貴方の眷属であり、妹ですよ?」

 

 ライザーのデータベースだった。

 レイヴェルは申し訳ないと思いつつも、ライザーのデータベースをハッキングしたのだ。

 

「パスワードが簡単過ぎるんですよ。我が兄ながら、将来が心配ですわ」

 

 溜息を吐きつつも、レイヴェルは一夜の夢に関する資料に目を通す。

 

 男娼のランキング、一つ星から三ツ星まで。

 会員のランキング、ブロンズからゴールドまで。

 

 その他の詳細に目を通すが――目立った情報は無い。

 

 男娼の名簿も確認するが、ライザーの名前はあっても、奈落の名前はなかった。

 

(あの男は絶対にここに所属している筈……っ)

 

 予測の域は出ない。

 だが、ここに奈落に関する手掛かりがある筈――

 レイヴェルは何度も資料を読み直した。

 

(……あ)

 

 レイヴェルはふと、思い出した。

 今、彼女が見ているのは会員のランクを示すカードの一覧表だ。

 

(そう言えばお母様……見知らぬカードを大事そうに所持していましたわ。確か色は――)

 

 金、ゴールドだ。

 形状、色、共に目の前の資料に映されている写真と一緒。

 これの意味する所は、つまり――

 

(お母様は、一夜の夢でも最高レベルの会員……!?)

 

 レイヴェルは驚愕と共に落胆を覚える。

 あの絢爛優美で気丈な、誰よりも聡明な母が――

 

「……い、いいえ。誰にでも性欲は存在しますわ。特に悪魔の女性は、他の種族とは比べ物にならないほど性欲が旺盛。お母様は普段しっかりしている分、ここでストレスを発散しているのでしょう。……そうに決まっていますわ」

 

 レイヴェルは自分を無理やり納得させる。

 まだ動揺を残しつつも、彼女は思案を巡らせた。

 

(であれば、あの男はやはり一夜の夢の会員という可能性も……? それならお母様と、その……セックスを、していた理由も頷けますわ)

 

 過去の出来事に納得しつつも、レイヴェルは奈落への警戒心を緩めない。

 当たり前だ。

 彼に対する疑問は、未だに払拭されていない。

 

 ――いいや、それ以前に、だ。

 レイヴェルは奈落という男に、途轍も無い恐怖を抱いていた。

 初めて会った、あの日から――

 

(あの男の笑顔。初めて会った時、寒気がしましたわ。アレは、本性を隠すために徹底的に作り上げた偽りの仮面。……それに、あの目)

 

 奈落の目。

 その深奥に潜む「闇」を垣間見た時――レイヴェルは心臓が止まるかと思った。

 彼女は自分がまるで、食卓の上に置かれている料理になった様な錯覚を覚えたのだ。

 目の前にいるのは、舌なめずりしながらフォークをナイフを持つ、巨大な悪鬼。

 

「っ……」

 

 レイヴェルは勝手に震えだす身体を抱きしめる。

 その目尻には涙が浮かんでいた。

 

 レイヴェルには才能がある。

 奈落という男の危険性を察し、僅かな資料でその正体に近付く。

 その慧眼は、軍師として天性のものだ。

 

 それもその筈。彼女は覇の資質を有していた。

 武力と知力で天下を奪る――覇王。

 その才を十全に発揮させる――いわば、王佐の才。

 

 未だ眠っている才。

 その才が、大警鐘を鳴らしているのだ。

 

 あの男は危険だ――と。

 

 力の象徴たる覇王を支えられる傑物が、恐怖を抱く。

 多少ならまだしも、最初から敗北を認めるなど――ありえない事だった。

 

 しかし、今回は相手が悪かったとしか言いようがなかった。

 

 何せ、覇王とは武「力」と知「力」で天下を統べる存在。

「力」という概念を司る鬼神――大禍津童子は、謂わば覇王の中の覇王。

 畏怖の念を抱くのは、当然の事であった。

 

 レイヴェルは未だ、自身の才能と奈落の正体に気付く事ができない。

 だから彼女は、闇雲に走り、そして怯える事しかできなかった。

 

 

 ◆◆

 

 

 翌日。

 レイヴェルは最低限の寝食を済ませ、昨日の様に資料と睨めっこをしていた。

 

 すると、部屋の扉がノックされる。

 

「誰?」

「イザベラでございます。眷属一同で例の資料の収集を終えたので、報告もかねてやってきました」

「わかったわ。入ってきて」

 

 レイヴェルがそう告げると、彼女の実質的な護衛であるライザー眷属の面々が入ってきた。

 総勢十三名。全員、美貌と力を兼ね備えたライザー自慢の尖兵達だ。

 彼女達の顔を見て、レイヴェルはライザーのだらしない顔を思い浮かべる。

 

(はぁ……ライザーお兄様、どうせ私をコレクション感覚で眷属にしたんでしょうね)

 

 溜息を吐きつつ、レイヴェルは全員が揃った事を確認する。

 

「それで、結果はどうだったの?」

「ええ。有益な情報は資料として纏めました」

 

 眷属を代表して、短髪に赤のメッシュを入れた男勝りな女性――イザベラが告げる。

 

「その前に、レイヴェル様に報告しなければならない事がございます」

「何? あの男に関わる事?」

「無論です」

「じゃあ、続けて頂戴」

 

 レイヴェルは瞳を閉じて静聴する姿勢をとる。

 イザベラは――甘い声音で告げた。

 

 

 

「私共は――寝取られています」

 

 

 

「…………は?」

 

 イザベラの突拍子もない発言に、頓狂な声を上げてしまうレイヴェル。

 しかし、イザベラの表情を見て――言葉を失った。

 

 イザベラの表情は、蕩けた雌の貌だったのだ。

 彼女の後ろに控えている眷属達も同様だ。

 

「私共だけではありません。フェニックス家の女達は女中も含め――あの御方の雌奴隷なのです」

「……ちょ、ちょっと待って。イザベラ。冗談は止めてくださいまし。そんな――」

 

 そう言いつつも、レイヴェルの脳内に浮かぶのは――あの男の邪悪な笑み。

 王佐の才を持つレイヴェルだからこそ、意思が納得するより先に脳が結果を出す。

 

 そしてその回答は、正解だった。

 

 

「そんな事はありえない――か? お前はとっくに答えを導き出しているんだろう? なァ? レイヴェルよぅ」

 

 

「ヒッ!!」

 

 レイヴェルは思わず尻餅をついた。

 彼女の目の前に、褐色肌の美丈夫が現れたのだ。

 イザベラの背後にいた彼は、口を半月状に歪ませる。

 

「な、なんで貴方が……!!?」

「聞いてどうする?」

 

 褐色肌の美丈夫――奈落はイザベラの肩に腕を組む。

 イザベラは恍惚とした表情で彼に寄りかかった。

 

「~ッッ」

 

 レイヴェルの意識は混乱する。

 しかし彼女の脳は、無情にもどんどん答えを導き出していく。

 

 何故奈落がいるのか? 彼女達が案内したのだろう。

 何故彼女達を含めたフェニックス家の女性達が奈落に魅了されているのか? あの日の母の貌を思い浮かべれば容易に想像は付く。

 

 何故、奈落が彼女達とともに自分の目の前にいるのか――?

 

「ヒっ、ぃ……ッ」

 

 未来の自分を想像してしまったレイヴェルは、尻餅を付いたまま後ずさる。

 その顔を、恐怖と絶望に染め上げて――

 

「アア……いいぞ。お前は予想以上に聡明な女だ。冴え渡る頭脳で答えを導き出せても、未熟な精神は納得できない。自分でも制御できなくなった感情――それすらも塗り潰す圧倒的恐怖と絶望。その顔は最高にソソるぜ。……だが安心しろ。今から俺達が、あまぁい悪夢を見せてやる。恐怖も絶望も、快楽で染め上げてやる」

 

「い、イヤ……ッッ、来ないでッ、誰か! 誰か助けてッ!!」

「誰も助けに来ねぇよ。誰も……な」

 

 奈落は囁き、ライザーの眷属達に合図を送る。

 彼女達は喜んで頷くと、レイヴェルに歩み寄った。

 その表情は、喜悦で歪んでいた。

 

「大丈夫ですよ? レイヴェル様。一緒に……甘い悪夢を見ましょう?」

「私達も手伝います故……」

 

 

「~~~~~~~~~~~~~~~っっ!!!!!!!!」

 

 

 レイヴェルは堪え切れずに悲鳴を上げる。

 だが、誰も助けに来ない。

 奈落がこの一室のみを別空間に転移、固定したのだ。

 

 信頼していた護衛達は、既に悪鬼の操り人形――

 

 レイヴェル・フェニックス。

 彼女はこれから体験する事になる。

 真の恐怖と絶望を。

 そして、それすら塗りつぶす――圧倒的快楽を。

 

 

 ◆◆

 

 

 数時間後。

 

 奈落はベッドの上に座り、紫煙を燻らせながら思案に耽っていた。

 

 奈落は素直に感心していた。

 レイヴェル・フェニックスという少女に。

 随所にヒントを散りばめたとは言え、彼女はそれをものの数日で回収した。

 その才覚は、奈落の予想を良い意味で裏切った。

 

(将来、優秀な手駒になるかもな……)

 

 奈落は背後で横たわるレイヴェルに振り返る。

 

 

 

「ハッ、オオオ゛……ッ♪ 絶対、に……ひィィッ♪ ゆる、ひゃないぃ……ッ♪」

 

 

 

 身体は完全に屈服しているのに、精神は未だ折れていない。

 その証拠に、だらしないアヘ顔を晒しながらも敵対の意思を見せている。

 膨らんだ腹から破瓜の血が混じった白濁液を垂らし、レイヴェルは総身を震わせていた。

 

(強靭な精神力。並の女なら堕ちてもおかしくない程度には犯したつもりだが……。未だ幼さは残るが、潜在能力はかなりのものだ。丹念に鍛え上げれば、持ち前の慧眼とも釣り合い――化けるかもな)

 

 奈落は煙を吐き出し、ニヤリと嗤う。

 ただの暇潰しで抱いた女が、とんだ掘り出し物だった。

 

(これは、味付を変更をしなきゃな。こんな良物をただの雌奴隷に堕とすのは勿体無ぇ)

 

 奈落が思案を続けていると――複数名の女性が彼に抱きつく。

 ライザーの眷属達だ。

 

「奈落様ぁ……私達にも、お情けをくださいましぃ……♪」

「もう、貴方のモノでなければ満足できないのです……っ」

「ほら、奈落様……お申し付けの通り、今日一日下着を履かずに過ごしましたよ……?」

「奈落さまぁ……♪」

 

 猫撫で声で身体を擦りつけて来る女達に、奈落は卑屈に笑った。

 

「仕方ねぇなぁ。まぁ……お前等はよく働いた。結果を出した奴隷には、ちゃんと褒美をやらねぇとな」

 

 その言葉に、全員の表情がトロトロになる。

 この日――ライザーの眷属全員がボテ腹で失神するまで、甘い悪夢が終わる事は無かった。

 

 

 ◆◆

 

 

 数日後。

 

 レイヴェルは自室の特大ベッドの上で、一糸纏わぬ姿で座っていた。

 その顔を羞恥に染め上げて。

 

「……屈辱ですわッ」

 

 万感の恥辱を以て、レイヴェルは吐き捨てた。

 フェニックス家の現状に気付けなかった事。

 奈落の齎す快楽に溺れかけた事。

 何より、奈落の手の平で踊らされていた事に――

 

 無知蒙昧な自分自身に、レイヴェルは激しい怒りを覚えていた。

 

「奈落……あの男のセックステクニック。アレでフェニックス家の女性を陥落させたのね。悔しいけれど……凄まじいですわ。アレを何度も味わえば、性欲の強い女性悪魔なんか――。何より、この私を完璧に躍らせたあの手腕……成程、セラフォルー様も堕とされていると見て間違いありませんわ。だとすると、私では端から勝ち目は無かった……」

 

 恥辱と憤怒で掻き乱されながらも、冷静に奈落という男を分析するその在り方は――まさしく才女。

 

 レイヴェルが相手が凄まじい強敵である事を把握し、思案を巡らせる。

 

「頼りになる存在は無し、腕力では勝てない。知力でも到底及ばず。……四面楚歌とはこの事ですわね。でも――私は負けない。フェニックス家の誇りにかけて。何より、私自身の誇りにかけて」

 

 絶望的な状況であるが、レイヴェルの闘志が消える事はなかった。

 その不屈の精神力は、不死鳥の名を冠するに相応しいものだ。

 

「できる限りの事はしましたが――今はコレに全てをかけるしかありませんわ」

 

 レイヴェルはベッドから離れた場所にある物置きに隠した、小型ビデオカメラに視線を移す。

 冥界産の高度なビデオカメラだ。

 レイヴェルは僅かな合間を縫って、母の部屋から拝借したのだ。

 

「私が犯されている映像を魔王様に渡せば、あの男を追放する事ができる。――筈です」

 

 問題が一つある。

 それはその映像が、レイヴェルが犯されているという内容で無ければならない事。

 無理やりに、それはもう強姦の様に。

 

 だから――感じてはいけないのだ。

 喜んでは、いけないのだ。

 

 それでは、ただの情事の映像になってしまうからだ。

 

「……いいえ、大丈夫ですわ。今迄、私は何度もあの男の責めに耐えてきた」

 

 と、言いつつも――聡いレイヴェルはわかっていた。

 自分の肉体が、既にあの男の虜になっている事を。

 心と体が、噛み合っていない事を。

 

「……ッ」

 

 もう間も無く訪れるであろう快楽を予感し、歓喜で勝手に震える体を、レイヴェルは抱きしめた。

 好きでも無い男に抱かれるのに――悪魔の肉体は喜んでいた。

 

 レイヴェルは今、髪を下ろしている。

 何時もは縦ロールのツインテールにしている髪は、少々の癖を残して背中に流れ落ちている。

 小柄な肉体。しかし中々に豊満な乳房が、背徳的な魅力を醸し出している。

 童顔だが、意思の強そうな少し太めの眉をくの字に曲げ、羞恥で頬を赤らめる姿は――否応無しに扇情的だった。

 

 すると、部屋に続く扉が開かれる。

 そこにはやはりと言うべきか、あの男がいた。

 

「何だ? 準備万端ってか?」

 

 愉悦を隠さず口元を歪める男――奈落に、レイヴェルはキッと鋭い視線を向ける。

 そして、鼻を鳴らして顔を逸らした。

 

「フンっ、早くしてくださいまし。私は貴方に抱かれる時間を一秒でも短くしたいのです」

「そう言いながらも正直に抱かれるあたり――やはり聡いな」

「貴方に褒められても、全く嬉しくありませんわ」

 

 そう言いつつも、レイヴェルは内心で思う。

 何度も抱かれるにつれて、この男への恐怖が薄れていた。

 未だ憎悪はしているが、抱かれる事に嫌悪感はない。

 むしろ、自分の身体に多大な快楽を齎してくれることに――

 

「~ッッ」

 

 レイヴェルはそんな自分を認めたくなくて。

 自身の身体を抱きしめながら、もう一度、奈落を睨みつけた。

 

 

 ◆◆

 

 

 レイヴェルは奈落に頬を撫でられ、ベッドに寝かされる。

 そして、キスをされた。

 

「ふゥ……んンっ♪」

 

 最初は嫌だったキスも、今では仕方ないと割り切り、受け入れている。

 その理由を、レイヴェルは考えなかった。

 考えれば答えが出る。

 その答えを知れば、もっと自分が嫌いになるから。

 

 レイヴェエルは思う。

 今夜は悪夢を見ているのだ、と。

 

 だから、それに抗える限り抗おう。

 レイヴェルそう、胸に誓った。

 

「まだ固いな。……いいや、わざとか?」

「だ……黙りなさいっ」

「クククッ。そういう初心な反応も、またいい」

 

 奈落はレイヴェルに愛撫を始める。

 歳不相応の乳房に手をかけ、その唇を再度奪う。

 

(この男……やっぱり、上手い……ッ♪)

 

 レイヴェルの意識が無理やり蕩かされる。

 奈落の舌に自分の舌を絡め取られ吸われると、全身の力が抜けた。

 大きいと言えど未だ青い果実である乳房を、痛みの与えないギリギリのラインで弄られる。

 

 数度同じ事を繰り返せば、レイヴェルの瞳はトロンと潤み、力んだ身体が柔らかくなる。

 

 レイヴェルは知っている。

 これから一時間ほどかけて、丹念に愛撫される事を。

 それこそが、一番の問題である事を。

 

 愛撫で開発された身体でセックスをされれば、恐らく耐えられない。

 また醜態を晒してしまう。

 それでは、ビデオカメラを設置した意味がない。

 

 だからレイヴェルは、体が出来上がる前にセックスしてしまおうと考えた。

 

「ねぇ、奈落様……もういいから、いたしましょう?」

「何を?」

「その……セックスを」

 

 レイヴェルは羞恥の余り顔を逸らす。

 奈落はレイヴェルの表情を見て、ニヤリと笑った。

 

「……何か企んでるのか?」

「……そんな筈ないでしょう? この悪夢を早く終わらせたいだけです」

 

 そう言いながらも、レイヴェルは内心、激しく動揺していた。

 

(何なのこの鋭さは!? 経験則? 勘? ……ともかく、これ以上下手な発言はできない……ッ)

 

 レイヴェルは一筋、冷や汗をかく。

 しかし、表情には一切出さない。

 

「……」

 

 奈落はレイヴェルの瞳の奥を見る。

 その目は、まるでレイヴェルの心の底を見透かす様な――気味の悪い色をしていた。

 

(成程ね。こりゃぁ……何かあるな。……まぁ、いいさ。そういうスリルも込みで、今回は楽しむとしよう)

 

 奈落は内心嗤う。

 

「……兎も角だ。お前はまだ慣れてねぇから、愛撫はしなきゃならん。文句言うな」

「ッ」

 

 レイヴェルは奈落を睨む。

 奈落はクツクツと笑った。

 

(さぁて……セックスを楽しみながら、間違い探しでもするか)

 

 奈落の、この異常とも言える勘の鋭さ。

 それは、彼が外交官である事に由来している。

 

 奈落は外交官になる際、外交官に必要な技術を一通り体得、極めた。

 その中に視線や呼吸、表情筋の動き、仕草、雰囲気などで相手の心を読む技術があった。

 

 奈落のソレは、最早相手の心を見透かすレベルに達している。

 的中率の高さといい、殆ど読心術だ。

 

 つまり――奈落の前で下手な嘘を付くのは、自殺行為である。

 

 

 ◆◆

 

 

「ひぅゥ♪ あッ♪ やァッ、んんゥ♪」

 

 レイヴェルは自分の指を噛みながら、全身を駆け巡る快感に耐えていた。

 奈落の太い指がレイヴェルの膣肉を解し、弱い部分を執拗に引っ掻く。

 

 数十分して、奈落が指を引き抜くと、その指に糸を引く液体が纏わり付いていた。

 

(この男……ッ、私がイキそうになる直前で何度も止めてる。それも意図的に……。フラストレーションを溜めているのね……ッ)

 

 熱い吐息を漏らしながら、未だレイヴェルの思考は澄んでいる。

 しかし、それももう、もたない。

 奈落のモノが己の秘所にあてがわれた時、レイヴェルは内心で覚悟を決めた。

 

(絶対に、耐えてみせる……ッ。それで、この悪夢も、今日でお終いですわッ)

 

 レイヴェルの膣内に、奈落のモノが挿入される。

 レイヴェルの膣内は彼女の意思とは関係無く、抵抗せず奈落のモノを受け入れ、嬉しそうにわななく。

 

(私の身体まで、敵という事なのね……ッ。最後の味方は、私の意思一つ……ッ)

 

 正常位から奈落のモノを根元まで飲み込んだレイヴェルは、堪えきれずに喘ぎ声を上げる。

 

「んァ……ひぅん、アァっ♪」

 

 レイヴェルは口元を押え声を押し殺そうとするが、その前に奈落が彼女に覆い被さり、動きを制限する。

 今、レイヴェルに出来る事は、奈落の背に手を回し唇の力のみで嬌声を堪える事だけだった。

 

「う、ァっ♪ ひぁぁッ♪ あんっ♪ んぅっ、ふぅぅ……ッ♪」

 

 必死に堪えるレイヴェル。

 喜ぶ身体を意思で捻じ伏せ、喘ぎ声を飲み込む。

 奈落はその様子を観察しながら、今度は体位を変えた。

 レイヴェルを四つん這いの状態で待機させ、後ろから挿入する。

 そして、荒馬の如き猛烈なピストンを始めた。

 

「んア゛ア゛!!? ア゛ッ! ひィィィィィッ!!!! 待って、くださいま、しィ……ッ♪ オオ゛ッ♪ ほォォッ!!!」

 

 唐突な攻めにレイヴェルの意識が飛びかける。

 しかし、歯を食い縛って耐えてみせた。

 

(ダメ、ダメよォ……ッ♪ 耐えるのッ、でないと、カメラを設置した意味、がァ……ッ♪)

 

 圧倒的快楽に脳髄を焼き焦がしながら、レイヴェルはカメラをチラリと見る。

 

 

 

「へェ……なぁるほど。そういう事か」

「……へ?」

 

 

 レイヴェルは唐突に持ち上げられる。

 挿入された状態から、両足から股下を掬い上げるようにして持ち上げられた。

 背面立位。立ちバックとも呼ばれる。

 

「オオ゛ッッ♪」

 

 自分の体重で奈落のモノが最奥まで到達し、堪えきれず嬌声を上げるレイヴェル。

 本来この体位は男性側に相当な筋力を要求するが、奈落に限ってそれは無問題だ。

 

 奈落はそのまま方向を変える。

 その方向は……

 

「!!?」

 

 レイヴェルの痴態が、ビデオカメラに全て映っていた。

 顔も、乳房も――そして、結合している部分も。

 

「あ、貴方……一体なに、を……」

「カメラを仕掛けるその気概は認めるが、俺相手にそういう初歩的な策略は効かねぇよ。……そんな甘い考えを抱いたテメェには、少しお仕置きをしてやる」

 

 ズン、と、奈落のモノがレイヴェルの子宮口を抉り抜く。

 

「ウ゛ァ!!?」

 

 レイヴェルが総身を震わす。

 が、奈落は構わず猛烈なピストンを始めた。

 

 

「いっひィィィィィィィィッッ!!!!!? いァァッ!!!! や、やめでェェェェっ!!! お願いィィィィっ!!! ウア゛ア゛ッ!! オオ゛ンッ!!」 

 

 

 レイヴェルは奈落に懇願する。

 しかし圧倒的な快楽に押し流され、だらしない声を上げていた。

 

 

「イグッ!! いやァ!! イギだぐないッ!! イギだぐないィィィッ!!!! ~ッッ……ンア゛ッッ!!? ア゛ア゛ア゛――――――ッッッッ!!!!!!! い゛やァァァァァァァァッッ!!!!!!」

 

 

 カメラに届かんばかりの盛大な潮を吹き上げ、絶頂するレイヴェル。

 奈落はタイミングよく、溜まった精を解き放った。

 

 生々しい音を立て、レイヴェルの子宮に注がれていく白濁液。

 マグマの様にドロドロとした子種をこれでもかと放出され、レイヴェルは獣の如き嬌声を上げた。

 

 

 

「ホオ゛オ゛ッ!!? オ゛~~~~~ッッ!! くひィッッ、ア゛ア゛ンッ!!」

 

 

 

 その声に、威厳も誇りもない。

 奈落がその長い吐精を終えるまで、レイヴェルのだらしない嬌声が止む事はなかった。

 

 

 数分して。

 奈落はベッドにレイヴェルを放り、隠されたカメラを探し始める。

 発見すると、レイヴェルの所まで戻り、彼女に語りかけた。

 外交官らしい、紳士な口調で――だ。

 

「どうですか? レイヴェル様。天にも昇らんばかりの快楽だったでしょう?」

 

 その優しい声音が、嫌に耳に残る。

 

 当のレイヴェルは仰向けに寝転がり、だらしなく股を開いていた。

 すっかり奈落の形に変形した秘所からは、音を立てて精液を吐き出している。

 そしてその顔は、貴族悪魔の令嬢とは到底思えない、完璧なアヘ顔だった。

 

 

「ひァッ♪ よく、もぉ……ッ♪  アア気持ちいい゛ッ♪ 絶対に、焼き殺して、やるぅッ♪ ふォッ、おち〇ぽ凄いぃッ♪ わだしは、負けない、ン、だがらァ♪ ……は、ハへェェ~ッ♪」

 

 

 威厳と肉欲が混じり合い、支離滅裂な事を囁くレイヴェル。

 その痴態をカメラ越しに眺めた奈落は、心底愉快そうに唇を歪めた。

 

 

 ◆◆

 

 

 後日。

 奈落は最後の仕上げと確認をするために、レイヴェルの部屋へ訪れた。

 部屋に入ると、昨日と同じ様に髪を下ろし、一糸纏わぬ姿で待機しているレイヴェルがいた。

 

「遅いですわよ」

「何だ? 待ちきれなかったか?」

「減らず口は程々にしてくださいまし」

 

 目の前まで歩み寄ってきた奈落に、頬を膨らますレイヴェル。

 彼女はそのまま、奈落のズボンに手をかけた。

 

「おいおい、どうした?」

「どうせ今日も私を犯すのでしょう? なら早くしてください。コレが終わったら、ライザーお兄様の訓練のお手伝いをしなければいけないのですから」

 

 そう言いながらも、奈落のそそり立つモノを見て瞳をトロンとさせるレイヴェル。

 奈落は思わず口角を吊り上げた。

 その表情を確認したレイヴェルは、唇を尖らせる。

 

「勘違いしないでくださいまし。私は完全に屈服した訳ではありません。何時か必ず、貴方を追放してみせますわ! ですが、今は力がありません。大人しく言う事を聞いてあげます……ッ」

「おう、そうかいそうかい」

「……何ですかその顔は。言っておきますけど、誇り高いフェニックス家の令嬢である私を堕とせるなんて、考えないでくださいね!」

 

 そう言うと、奈落のモノを美味そうに頬張り始めるレイヴェル。

 気丈な表情は何処へ行ったのか――完全に雌の貌になっていた。

 

(完成だ……若鳥のステーキ、ツンデレソース仕立て――ってか?)

 

 奈落は喉を鳴らす。

 精神は完全に堕とさず、しかし身体を完璧に屈服させた。

 

 これから先、レイヴェルは奈落に反発しながらも、肉欲に溺れていくのだろう。

 しかし、その智賢の才が埋もれる事はなく――

 

 奈落は将来優秀な手駒になるであろう少女の頭を、優しく撫で上げた。

 

 

 

 

 

 

 




次回はグレイフィアです。
それでは。





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グレイフィア・ルキフグス

 駆王町の隣町にて。

 ショッピング・モールの前で、銀髪の美女が佇んでいた。

 ショッピング・モールを通る人々は、否応無しにその美貌に釘付けになる。

 彼女は悩まし気な表情を浮かべているが、そんな表情すら、溜息を吐いてしまう程に美しかった。

 

 彼女――グレイフィア・ルキフグスは、表情に出ている様に悩んでいた。

 彼女は現在、ある男と待ち合わせをしていた。

 親友であり、そして今は浮気相手である――奈落だ。

 

 正直に言えば、グレイフィアは喜んでいた。

 奈落と会える事を。

 奈落にまた甘えられると思うと、グレイフィアは自然と口元が緩むのを抑えられない。

 

 しかし、だ。

 グレイフィアは悩んでいた。

 

 自分が依存している事に、奈落が迷惑だと思っていないか――と。

 

 自分は夫と子供を持つ身。

 そんな女に依存されたら、迷惑ではないか?

 

 本当は、無理して自分に合わせてくれているのではないか――?

 

 グレイフィアは考える。

 奈落に嫌われるのだけは嫌だった。

 だから、もしも嫌われるのであれば――以前の関係のままでいい。

 高望みはしない。

 だから――嫌われたくない。

 

 聡明で真面目な彼女は、だからこそ現実と欲望の間で立ち往生する。

 グレイフィアは待ち合わせ場所に来てから、ずっと悩んでいた。

 

「あれ? 待ち合わせの時間間違えたか?」

 

 グレイフィアが顔を上げると、褐色肌の美丈夫――奈落がいた。

 私服姿の彼は、苦笑を浮かべていた。

 グレイフィアは弾かれる様に頭を横に振った。

 

「いいえ。私も今来たところよ」

「そうか、よかった。なら、早速相談をするか。場所は――何時もみたいにホテルでいいか?」

「え、ええ……」

 

 グレイフィアは曖昧な返事をしながら思う。

 そう言えば、今日は堕天使の総督・アザゼルとの交渉について相談をしに来たんだ、と。

 

「じゃ、行こうぜ」

 

 奈落に誘導され、横を歩くグレイフィア。

 

(そう……今日は相談がメインでいいじゃない。甘えるのは、程々でいいわ)

 

 グレイフィアは自分にそう言い聞かせて、本心を押し殺す。

 

「……」

 

 奈落はそんな彼女の表情を見て、考えている事を察したのだろう……小さく肩を竦めた。

 

 

 ◆◆

 

 

 とあるホテルの一室にて。

 グレイフィアと奈落は対面して座り、アザゼルとの交渉の打ち合わせをしていた。

 

「ふむ……成程、サーゼクス様はアザゼルに対してそういうもんを求めている訳な」

 

 煙草を咥えながら書類に目を通している奈落。

 その表情は真剣そのもので、時折吹かせる紫煙は彼の男の色香を際立たせた。

 

「……」

 

 グレイフィアはそんな奈落の様子を、トロンとした表情で見つめていた。

 

「ん? どうしたグレイフィア」

「……い、いえ。何でもないわ」

「……」

 

 灰皿に灰を落しながら瞳を閉じる奈落。

 何か考えているようだ。

 

 数十分後。

 打ち合わせが終わり、奈落はベッドに座り、グレイフィアを誘う。

 何時もであればグレイフィアは奈落に抱き付き、子供の様に甘え始めるのだが――

 

 グレイフィアは奈落の膝の上に背を向け座り、静止した。

 奈落は苦笑する。

 

「……どうした? 今日はやけに消極的だな。久々に会ったら気恥ずかしくなったか?」

「……そんなんじゃないわよ」

 

 唇を尖らせるグレイフィア。

 奈落はやれやれと肩を竦め、彼女の頭を撫でた。

 

「まぁた余計な事考えてるだろ」

「……考えてない。今日はそういう気分なの」

「お前は仕事で嘘を付くのは上手いが、プライべートじゃ下手糞だ」

「……ッ」

 

 グレイフィアは頬を朱に染め、ついと顔を逸らす。

 

「……バカっ、バカ奈落」

 

 まるで思春期の多感な女の子だ。

 これが、普段誰にも見せないグレイフィアの素の姿だった。

 

「……」

 

 奈落はそんな彼女の様子を見て、一計を案ずる。

 

「よし。なら一つ、遊戯でもするか」

「遊戯?」

「そう、名前は……「恋人ごっこ」だ」

「……」

 

 グレイフィアは振り返り、ジト目で奈落を睨む。

 

「何よソレ」

「嫌か?」

「……まぁ、別にいいわよ」

 

 誠に遺憾である――という表情をしながらも、グレイフィアは内心大喜びしていた。

 恋人ごっこ。つまり、恋人のフリをする。

 その意味する所は、奈落に合法的に甘えることができるという事だった。

 

(やった! でも、程々によ。抑えなきゃ……抑えなきゃ)

 

 はしゃぎながらも、理性でセーブをかけてしまうグレイフィア。

 そんな彼女の心の底を見透かしているかの様に、奈落はふぅと小さな溜息を吐いた。

 

 

 ◆◆

 

 

「――で、何をすればいいの?」

「お前は何もしなくていい。俺がお前を甘やかす……それだけだ」

「ッ」

 

 その低く甘い囁きに、思考が蕩かされそうになる。

 それでもグレイフィアは、強気な笑みを無理やり作ってみせた。

 

「そう……なら、私はじっとしてるわ」

「それでいい」

 

 奈落は微笑すると、自分の膝上で座るグレイフィアを正面に向かせる。

 そして、真正面から、グレイフィアに囁きかけた。

 

「……好きだよ。グレイフィア」

「ッ」

「お前の総てが好きだ。容姿も、性格も――その愛らしい感情も」

「~ッッ」

 

 グレイフィアは羞恥と、それ以上の嬉しさで顔を真っ赤にする。

 必死に堪えてはいるが、口元が緩むのを抑えられていない。

 奈落は更に追い打ちをかけた。

 

「お前とこうして正面から向き合うと――もう、我慢できそうにない。その唇を、奪ってもいいか?」

「……っ」

 

 グレイフィアが小さく頷くと、奈落は彼女の唇を奪った。

 奈落は震えるグレイフィアを解きほぐす様に、甘く優しい口付けを交わす。

 舌を入れるとグレイフィアは身体を震わせるが、舌を絡め取られ表情が見るからに蕩けた。

 

 愛のこもった口付け。

 

 何時の間にか、グレイフィアは両手を奈落の首に巻きつけていた。

 そしてその舌は、奈落の舌に絡まり始める。

 熱い息を交換し合い、互いの唾液を味わい、もう一度深く舌を絡め――離れた。

 

「ハァ……んぅっ」

 

 グレイフィアの表情は、既にトロトロになっていた。

 彼女は先程の強気な態度とは一変し、弱々しい声音で奈落に告げる。

 

「やめてよぅ……っ。こんなに甘やかされたら……我慢できなくなるからぁ……っ」

 

 そう言う彼女の唇に、奈落は軽く唇を合わせる。

 その後、微笑しながら告げた。

 

「何で我慢する必要があるんだ?」

「……え?」

「俺はな。お前の我儘を聞くのが好きなんだ。甘えられる事を望んでいるんだ。だって――それがお前の、本当の姿だから」

「ッ」

 

「だから、な……? 我慢する必要なんてないんだよ。俺の前だけは――本当のお前でいてくれ」

 

「~ッッ」

 

 グレイフィアは顔を俯けた。

 

 グレイフィアは我慢した。

 奈落に迷惑がかかるかもしれないから。

 彼に嫌われるのは耐えられないから。

 だから必死に我慢した。

 

 しかし、奈落からそう言われると――もう、我慢できない。

 

 グレイフィアは俯いたまま、消え入りそうな声で彼に問う。

 

「……本当に、いいの?」

「ああ」

「後で嫌だって言っても……遅いからね」

「ああ」

「……ッッ」

 

 グレイフィアは顔を上げる。

 潤んだ瞳に上気する頬。

 熱い吐息を吐く彼女は、極めて艶やかで、そして扇情的だった。

 グレイフィアは何時もと全く違う、甘ったるい声音で、奈落に懇願した。

 

「奈落ぅ……ちゅー。ちゅーして欲しい……っ」

「はいよ」

 

 奈落はグレイフィアに、触れるだけのソフトキスをする。

 しかしグレイフィアは、嬉しそうに瞳を細めた。

 

「次は、頭、なでなでしてほしい……」

「わかった」

 

 奈落はポニーテイルにされたグレイフィアの髪を解き、隅々まで撫でてやる。

 すると、グレイフィアは頬をだらしなく緩めた。

 

 それから数十分間、グレイフィアは奈落にベッタリと甘え続けた。

 奈落は最終的に押し倒され、グレイフィアの成すがままにされた。

 自分の腹に跨り、胸板に頬を摺り寄せる彼女を見て、奈落は苦笑を漏らしていた。

 

「奈落ぅ♪ 好きィ、好き好きィ……っ」

 

 今のグレイフィアには、抑制するものがない。

 我慢する必要もない。

 だから彼女は、幼児退行でもしたかの様に奈落に甘えまくる。

 

「奈落ぅ……次は、その……っ」

「……したいのか?」

「……うんっ♪」

 

 グレイフィアは子供みたいな満面の笑みで頷く。

 奈落はそのまま、彼女と体位を入れ替えた。

 

 

 ◆◆

 

 

 奈落はまず、グレイフィアをゆっくりと可愛がった。

 一糸纏わぬ姿となった彼女を、まるで割れ物を扱う様に、繊細に愛撫する。

 グレイフィアは何度も、軽い絶頂を繰り返した。

 

 三十分が経過し、やっと愛撫が終わる。

 奈落は正常位から、ゆっくりと挿入した。

 

「んッ……ふァぁ♪」

 

 グレイフィアは甘い喘ぎ声を漏らした。

 奈落のモノは、グレイフィアの膣内を余す所無く満たした。

 

 奈落は激しく動かない。

 ゆっくりと腰を動かす。

 グレイフィアは緩慢で、されども確かな快感を得ていた。

 

 しかし、彼女は疑問を覚えていた。

 何故、こんなにもゆっくりと、優しくしてくれるのだろうか――と。

 夫と同じ様に、自分を貪る様に腰を振るえばいいのに。

 情欲を受け止める覚悟はできているのに――

 

 グレイフィアは堪らず、奈落に告げた。

 

「ねぇ……奈落」

「?」

「貴方のしたいようにすればいいのよ? 我慢しなくても、いいのよ?」

 

 彼女の言葉に、奈落は苦笑した。

 そして、その頬を愛おしそうに撫でる。

 

「言っただろう? 今日はお前を甘やかすって。……お前は何時も周囲に気を遣ってる。だから今日は、俺がお前に一杯気を遣ってやる」

 

 奈落はグレイフィアにキスをする。

 甘いキスを受けて、グレイフィアは固い表情を緩めた。

 

「お前は性欲が強いが、ガッツリとしたセックスは嫌いだろう? お前は甘えたがりだ。だから、一杯甘えられるよう、ゆっくりとセックスしてやるからな」

「っ……~っ♪」

 

 グレイフィアは羞恥と、それ以上の嬉しさで、表情をくしゃくしゃにする。

 こんなにも自分を気遣ってくれる男に、抑えきれないほどの愛を感じたのだ。

 

「……ありがとう、奈落……っ」

 

 溢れる愛を言葉にして、グレイフィアは微笑んだ。

 奈落は彼女の首筋にキスの雨を降らせると、ゆっくりと腰を動かし始める。

 

「あっ♪ んっ、あんっ♪ ひぅゥッ♪」

 

 奈落のモノは、グレイフィアの膣内を余すところなく解きほぐす。

 動作は遅いのに、訪れる快感は莫大。

 グレイフィアは軽い絶頂を何度も経験していた。

 彼女は何も考えずに、この一時に身を委ねようとした。

 全身から力を抜き、頭を枕に落そうとすると、奈落は彼女の後頭部をそっと支える。

 

「……ぁっ」

 

 何気ない気遣い。

 それだけで、グレイフィアの表情がふやけた。

 嬉しくて、嬉しくて――

 彼が恋しい余り、その気持ちが――独占欲へと変わる。

 

 グレイフィアは、奈落の首筋に顔を近付ける。

 そして首筋にキスをしてから、ちゅうちゅうと音を立てて吸い始めた。

 その不可解な行動に、奈落は首を傾げる。

 

「ん? 何してんだ?」

「貴方、凄くモテるだろうから……マーキングしてるのよ。……貴方は、私の男だって……っ」

「ほぅ」

 

 グレイフィアは、奈落がまだ友人だった頃の勝気な笑みを見せた。

 

「ふふふ……ザマぁみなさい。これで当分、女を抱けないわよっ」

「……ったく」

 

 グレイフィアからしたら、してやったりと思っていたのだろう。

 しかし奈落は微笑した後、溜息交じりに彼女に告げた。

 

「本当に可愛いなぁ……お前は」

「はわっ!?」

 

 グレイフィアはボンと、顔から湯気を吹き出した。

 奈落は面白そうに笑って、追撃を行う。

 

「初々しい反応しやがって……マジで可愛い」

「ッッ」

「照れるなよ。顔を見せてくれ。……その羞恥に濡れた、可愛い顔を」

「~ッッ」

 

 思わぬ反撃を受けて、グレイフィアは堪らず震える。

 かと思うと――突如、奈落の首筋に噛みついた。

 かなり本気の噛みつきに、奈落は涙目で悲鳴を上げた。

 

「いでででで! いたいいたい!!」

「がぶーッッ」

 

 グレイフィアも涙目で、奈落の首筋をガブガブする。

 一通り噛みついた後、グレイフィアは首筋から離れた。

 

 そしてポソリと、消え入りそうな小声で呟く。

 

「…………ぁ、あまり」

「?」

 

 奈落が首を傾げると、グレイフィアは真っ赤な顔を逸らして、視線をチラチラと奈落に向けた。

 

「あまり、本気で可愛いって言わないでッ。その、言われ慣れてないから、凄く……恥ずかしい……~ッッ」

 

 最後らへんで羞恥の極みに達したのだろう、口をアウアウさせるグレイフィア。

 普段の彼女からは想像もできない、小動物の様な愛らしさに、奈落は思わず苦笑をこぼす。

 

「……ったく、ナチュラルでこれなんだから、参っちまうぜ」

 

 奈落は震えるグレイフィアの額にキスをすると、その耳元で囁く。

 

「……好きだよ、グレイフィア」

「……ぁぅぅっ」

「仮初の恋でいい。それ以上は欲しない。でも……今だけは、いいよな?」

 

 奈落の問いに、グレイフィアは小さく頷き、囁く。

 

「わたしも……貴方が好きっ。だから、今だけは……私を……っ」

「ああ」

 

 奈落はグレイフィアを抱きしめ、ピストンを再開する。

 グレイフィアの膣内は、絶え間なく締まり続けていた。

 経産婦とは思えない締め付けの良さに、奈落も堪えきれなくなり、グレイフィアに告げる。

 

「もう、出すぞ?」

「うん……っ、だして。貴方で一杯、満たして……ッ」

 

 奈落の首に両腕を回すグレイフィア。

 奈落はそのまま、精を解き放った。

 灼熱の如き子種が子宮を満たすたびに、グレイフィアは嬌声を吐き出す。

 

「ああッ! んアアッ!! あッひィッ♪ イッちゃう、イッちゃうっ! ……アアッッ!! ~~~~~~~~ッッ♪♪」

 

 総身を震わせるグレイフィア。

 彼女の両足はきっちりと奈落の腰に回され、その子種を一滴残らず搾り取る。

 グレイフィアは脳髄に奔る電流の様な快感に、何度も嬌声を上げていた。

 

 ◆◆

 

 

 情事の後、グレイフィアは奈落の腕枕の中で心地良さそうに横たわっていた。

 

「気持ち良かったか?」

 

 奈落に問われ、グレイフィアは恥ずかしそうに頬を膨らませた。

 

「言わなくても……わかるでしょ?」

「ははは」

「……もうっ」

 

 文句を言いたげなグレイフィア。

 しかしそんな表情は一瞬。

 すぐに嬉しそうに彼に抱きつく。

 

 ふと――彼女の脳裏に、夫と息子の笑顔が浮かんだ。

 

「っ」

 

 彼等を裏切っている事に、罪悪感を抱く。

 が、目の前の愛しい男の温もりを感じると――途端に泡の様に消え去ってしまった。

 

(……そうよ。これは夢……一時の夢だから)

 

 グレイフィアは瞳を閉じて、愛しい男――奈落へ擦り寄る。

 夢が終われば、辛い現実が待っている。

 だから、今だけは――この甘い夢に浸りたい。

 

 グレイフィアは何も考えず、目先の幸せを享受していた。

 

 一方奈落は、そんな彼女の様子を眺めながら、内心ほくそ笑んでいだ。

 何の事はない、何時もの奈落だ。

 

(いい感じに仕上がってきたな。コイツは悪魔としてもかなり優秀。雌奴隷に堕とすのもアリだが――コイツはそれ以上に、極上の一品。この味を損なう位だったら、雌奴隷に堕とす必要はねぇ)

 

 奈落は、グレイフィアという女性をかなり気に入っていた。

 故に、他の要素のために彼女の魅力を損なう事を良しとしなかった。

 恋人ごっこ、などという回りくどい真似までして彼女の魅力を引き出したのは、そのためだった。

 

(絶望や恐怖なんて味付けも必要ねぇ。甘えたがりと人妻特有の背徳感。これだけで十分美味い。……グレイフィアという女そのものが、極上の一品。だから、このままでいい。このまま――)

 

 

 甘美な悪夢を見続けろ。

 

 

 奈落はグレイフィアに見えない様、ひっそりと唇を歪めた。

 

 

 

 

 

 

 




次はアーシアです。
それでは。




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アーシア・アルジェント

 アーシア・アルジェントは嘗て「聖女」と崇められていた。

 

 アーシアはその身に「聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)」なる神器を宿していた。

 種族問わず外傷を完治させるこの神器は、まさしく神の御業。

「聖女」の二つ名は、瞬く間に世界へ広まった。

 

 アーシア・アルジェントは純粋無垢だった。

 他者の言葉を鵜呑みにしてしまう。

 あからさまな嘘も、本気で信じてしまう。

 

 故に、教会の者達に利用された。

 甘い言葉で誑かされ、唯一神の教えこそが絶対だと教え込まれた。

 小さな教会へと閉じ込められ、怪我を負った信者達の治療を専念させられた。

 アーシアは、信仰心を集める装置として仕立て上げられたのだ。

 

 普通であれば、気が狂うだろう。

 しかし彼女は耐えた。

 

 アーシアは、本当に優しい少女だった。

 自分が苦しんでも、それで他者が救われるのなら、それでいい。

 彼女は本気でそう考えていた。

 

 自分は幾ら傷付いてもいいから――だから、他者の傷付く姿は見たくない。

 自分を頼ってくる存在を、見捨てられない。

 傷付いた心を、抱きしめてあげたい。

 

 その穢れなき慈愛の心は、まさしく聖女。

 

 だが、本当に残酷な話ではあるが――

 

 純粋な存在は、欲に塗れた存在に都合の良いように利用されるだけなのだ。

 

 それが世の常。

 世界の歴史を紐解いていけば、紛れも無い事実である事が確認できる。

 

 世界は純粋な存在に厳しい。

 世界は――欲に塗れた存在に優しい。

 

 だから、お伽噺では純粋な存在――正義が勝つのだ。

 夢物語だとわかっていても、憧れてしまうのだ。

 

 だって、幸せになるのは、何時だって欲望に塗れた存在だから――

 

 話は変わり。

 人間という種族は悪魔に勝るとも劣らぬ、欲深い種族だ。

 種族の繁栄のために一体どれだけの生命を滅ぼしてきた? どれだけ母なる星を穢してきた?

 

 中でも唯一神教なる集団は常軌を逸していた。

 愛を尊べ、などとほざきながら、自分達の信じる唯一神教を広める、という名目の下に数えきれない悪行を働いてきた。

 他宗教の神々を悪魔と断じ、乏しめてきた。

 他宗教の巫女を魔女と断じ、処刑してきた。

 

 自分達の宗教が絶対だ。それ以外の宗教は悪だ。信じない者は異端者だ。

 

 これだけならまだしも、自らが信じる神の威光を利用して商いを始めるのだから、もうどうしようもない。

 

 しかし、唯一神教の信者達は知らない。

 唯一神教の隠された真実を。

 その真実は酷く残酷で、しかし日頃の行いを鑑みれば当然の報いであると言えるほど滑稽で。

 信者達が聞けば間違いなく発狂する――そんな内容だった。

 

 しかし、唯一神教の真実など、今はどうでもいい。

 問題は、アーシア・アルジェントが「魔女」として教会から追放された事だ。

 

 彼女は怪我をした悪魔を治療してしまった。

 悪魔は唯一神教において、最も忌むべき存在。

 そんな存在を治療してしまった。

 教会は、そんな彼女を決して許さなかった。

 

 魔女の烙印と共に追放されたアーシアは、それでも後悔はなかった。

 悪魔であるとは言え、目の前で血を流し、助けを求めていた。

 治療をした事に、悔いはない。

 

 彼女にとって種族という枠組みは些細な問題だった。

 傷付いた存在は、等しく助ける。

 

 アーシアは今迄、教会の教えを破った事はなかった。

 しかし、これだけは譲れなかった。

 

 結果として、アーシアは路頭に迷った。

 途中、堕天使の郎党に拾われた。

 最終的には、神器を抜かれて殺される事になった。

 

 アーシアは、日本のとある地方にある駒王町という街で、最後の時間を過ごしていた。

 すると偶然か必然か、一人の青年と出会った。

 兵藤一誠と名乗る青年は、アーシアの事情を聞くと、必死になって人の温もりを教えた。

 

 別れの時間がやってきた際、アーシアは思わず泣いてしまった。

 

 やはり、嫌だった。

 死にたくない。

 やりたい事は沢山ある。

 

 同年代の友達と他愛のない話をしたり、食事をしたり――

 家族と一緒に過ごしたり。

 

 そんな平凡な日常すら送れなかった彼女は、だからこそ、最後にソレを求めた。

 死ぬ直前になって、自分の本心を知る事ができた。

 だから、アーシアは後悔した。

 

 だが、彼女は救われた。

 異形の神父と、妖艶な猫又の美女によって。

 

 その後、彼女は駒王町の管理者であり上級悪魔、リアス・グレモリーの庇護下に置かれる事になった。

 リアスはアーシアに、教会や堕天使の追手から身の安全を保障する。代わりに自分の眷属にならないか? と提案を持ちかけた。

 リアスもまた、アーシアの神器を欲していた。

 

 しかし彼女には、教会の者達の様な腐敗した欲は無かった。

 アーシアという存在を肯定し、純粋に欲深く、悪魔らしく、彼女を求めていた。

 

 アーシアは二つ返事で応答した。

 助けて貰った恩義に報いるため。

 何より、死ぬ直前で気付く事ができた、本当に欲しいものを手に入れるために。

 

 アーシアは、悪魔へと転生した。

 

 ――聖女が魔女に貶められ、最終的には悪魔へと転生する。

 これ程皮肉な話は、滅多にないだろう。

 しかし、アーシア・アルジェントの真実を知る者が見れば、教会の者達と悪魔、どちらが真に「悪魔」なのか――

 最早、言うまでもない。

 

 

 ◆◆

 

 

 早朝。

 教会での習慣が抜けず、日が昇る前に目覚めてしまうアーシア。

 彼女は少し大きめのベッドの上から起き上がる。

 重たい瞼を擦りながら、身支度を整え、駒王学園の制服に着替える。

 そして、自分の部屋を出た。

 

 登校するにはまだ早い時間帯。食事もまだ済ませていない。

 彼女は隣の部屋で立ち止まり、合鍵を使い部屋へと入った。

 

 靴を脱いで廊下を進むと、リビングに辿り付く。

 広いリビングの中央にある、大きいソファー。

 その上で、褐色肌の美丈夫が横になり、うたた寝をしていた。

 顔に書類を被せ、いびきをかいている。

 

「もう……風邪を引きますよ。奈落さん」

 

 アーシアは苦笑すると、近くから毛布を拾ってきて、彼の身体にそっと被せた。

 それから吸殻の山を作る灰皿を捨てて、空になった酒瓶を片付けて。

 一通り掃除を終えると、料理を始める。

 冷蔵庫にある食材を適当に見繕い、簡単な朝食を作っていた。

 

 暫くして。

 奈落が目を覚ますと、既に机の上には朝食が並んでいた。

 彼が起きるまで待っていたのだろう、座って待機していたアーシアは、見惚れる様な微笑を零した。

 

「おはようございます。奈落さん」

「……何時も悪ぃな。アーシア」

「いえ、奈落さんには本当にお世話になっているので、これくらいはさせてください」

 

 アーシアはそう言った後、途端に美麗な眉をへの字に曲げた。

 そして、指を絡めながら奈落に問う。

 

「あの……もしかして、迷惑でしたか?」

 

 心配そうに上目遣いをする彼女に、奈落はフッと表情を緩め、その頭を撫でる。

 

「いや、助かってる。ありがとうな」

「……えへへっ」

 

 嬉しそうにはにかむアーシア。

 奈落は早速食卓に着き、いただきますと両手を合わせる。

 そして、朝食を口に運んだ。

 

「んーっ、美味い。前までコンビニの弁当だったからなぁ。温もりを感じる」

「奈落さんがお望みなら、何時でも作りますよ」

「嬉しいねぇ。こんな出来の良い嫁さんが欲しいもんだぜ」

「っ……」

 

 奈落の「嫁に欲しい」という発言に、アーシアは頬を赤く染める。

 奈落はそんな彼女を知ってか知らずか、美味そうに朝食を頬張っていた。

 

 

 ◆◆

 

 

 アーシアはグレモリ―眷属になると、戸籍上では奈落の娘になった。

 グレモリー眷属は全員高校生であり、それぞれ家庭の事情がある。

 社会人で且つ自分のマンションに住んでいる奈落が、保護者には最適だったのだ。

 

 アーシアは駒王学園に入学、徐々に一般社会について勉強を始めた。

 

 アーシアの目に映る全てが未知であり、鮮度を帯びていた。

 教会での質素な暮らしが霞んでしまう程だ。

 

 日本の人間達は、老若男女問わず、自由に生きていた。

 食べたい物を食べ、寝たい時に寝る。

 生きたい様に、生きていた。

 

 その在り方は、まるで大空を羽ばたく鳥の様だった。

 かつての自分が籠の中に閉じ込められている様だと、アーシアは苦笑をこぼした。

 

 学園生活も順風満帆だった。

 アーシアは持ち前の優しい性格で、早々にクラスに馴染んだ。

 現在では友人と呼べる女子が数名いる程だ。

 

 オカルト研究部の面々も皆優しい。

 アーシアは多幸感に包まれ、ただただ笑顔を浮かべていた。

 

 学園生活を終えて、部活動を済ませると、アーシアは奈落の部屋で勉強をする。

 一刻も早く一般常識を身に着け、グレモリ―眷属の役に立つためだ。

 奈落はアーシアの隣で、彼女の欠落した一般常識の補完に勤しんだ。

 

 アーシアは当初、男性に対する免疫が殆ど無かったので、緊張により体を強張らせていた。

 しかし、奈落の温和さと誠実さに親しみを覚え、今ではすっかり懐いていた。

 

 最近では、私生活がずぼらな奈落のために、料理の勉強をしていた。

 未だ不慣れな部分もあるが、奈落は「美味しい」と言って食べてくれる。

 それが嬉しかった。

 

 また、奈落の普段は真面目な大人なのに、私生活になると一気にだらしなくなるそのギャップに、アーシアは愛らしさを覚えていた。

 

 生来真面目なアーシアはきっちりと勉強を終えると、夕食を作る。

 奈落と夕食を食べた後、他愛ない雑談と問答を繰り返していた。

 

「……奈落さん。私、こんなに幸せでいいのかなって、時折思ってしまうんです」

「何言ってんだ。幸せが多くて損する事は無いだろう。余ってんなら、分けてやればいいのさ」

 

 奈落の言葉には、奈落の人生と、それにより培った価値観が込められていた。

 アーシアは奈落に質問し、返ってくる答えを聞くのが好きだった。

 

「信者の方々に向けられていた愛と、奈落さんやグレモリー眷属の皆さん、学校の皆さんから向けられる愛が、違う様な気がするんです。何故でしょうか?」

「それは、教会の奴等が聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)を愛していたからだろう。アーシア・アルジェントはあくまで付属品。だが俺達は違う。アーシア・アルジェントを愛している。聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)はあくまで付属品だ。……まぁ、リアスは少し違うだろうがな。でも俺は、お前の事を愛しているぜ」

「……本当ですか?」

「ああ。信じられないか?」

 

 奈落はアーシアの頭を優しく撫でる。

 アーシアは気持ち良さそうに目を細めた。

 奈落の手は大きくて、温かい。

 目を開けると、柔和な笑みを向ける彼がいた。

 

 アーシアは指をモジモジと絡めはじめる。

 

「あの、奈落さん。その……っ」

「ん? ……ああ」

 

 奈落はアーシアの気持ちを読み取り、両手を広げる。

 

「おいで」

「……お、おじゃまします」

 

 アーシアは奈落に背を向け、体重を預ける。

 奈落は彼女を優しく抱きしめ、頭を撫でた。

 

「はわわ~っ」

 

 アーシアは本当に幸せそうに表情を緩ませる。

 まるで主人に可愛がって貰っている子犬の様だ。

 

 アーシアには、両親の記憶がない。

 優しい人達だった、としか覚えていない。

 年端もいかない頃に教会に引き取られて以来、ずっと孤独に過ごしてきたのだ。

 

 だからこそ、人肌の温もりに焦がれていた。

 それを自覚できたのは、遂最近。

 多くの人に触れ合う事で、気付く事ができた。

 

 中でも奈落との触れ合いは、アーシアに例え難い幸福感を与えた。

 奈落の温かさは、朧げな記憶の中にある両親のソレにそっくりだったのだ。

 

 自分の事を本気で愛してくれる、親愛の温もり。

 

 アーシアは思う。

 これが、本当の愛なのだと。

 信者達から教わった愛は、偽りだったのだと。

 

 今、確かに自分を包んでくれる温かさを享受しながら、アーシアは表情を蕩けさせた。

 

 

 ◆◆

 

 

 後日、駒王学園で。

 午前中の授業が終わり、アーシアはお弁当を片手に教室を出た。

 奈落と一緒に昼食を取ろうとしているのだ。

 

「~♪」

 

 上機嫌で階段を下りていくアーシア。

 職員室の前まで赴くと――奈落が数名の女子生徒に囲まれていた。

 

「天城せんせーっ、一緒に昼食たべよー♪」

「あっ、ずるーい! 奈落せんせっ♪ 私と一緒に食べよ?」

 

「お前等なぁ……昼食を一緒に取るのはいいが、距離感が近過ぎる。離れろ」

 

 奈落は苦い顔をしながらも、女子生徒達と一緒に食堂へ向かっていった。

 

「……っ」

 

 その様子を遠くから見ていたアーシアは、悲哀に満ちた表情をした。

 ふと――彼女の胸にチクリとした痛みが走る。

 

「……?」

 

 アーシアは首を傾げた。

 胸に手を当てると、鋭い痛みを確認できる。

 未だ治まらない。

 

(あれ? 何でしょう……この痛みは?)

 

 アーシアはこの痛みの正体を知らない。

 それが「嫉妬」だと、理解できなかった。

 アーシアは今迄、嫉妬を抱いた事など無かったからだ。

 

「……??」

 

 アーシアは更にモヤモヤとした感情を覚える。

 この痛みが何なのか――知りたくなったアーシアは、三年生の教室へと向かった。

 

 

 ◆◆

 

 アーシアは三年生の教室まで赴き、ある女性を呼んだ。

 オカルト研究部部長でありグレモリ―眷属の主、リアス・グレモリ―だ。

 

 アーシアはリアスに相談したい事があると申し出た。

 するとリアスは、屋上で昼食を取ろうと提案した。

 

 屋上で。

 今日は快晴なので、温かい日差しの下でお弁当を突く事ができる。

 

「で、相談というのは?」

「それが……っ」

 

 アーシアは、先程感じた痛みについて説明をする。

 形容し難い痛みを感じた、と。

 

「私、おかしいんです。胸がズキズキして、苦しくて――」

「……ふむ、詳しく聞かせて頂戴」

 

 アーシアはリアスに詳細を話した。

 

 曰く、奈落が他の女子生徒と会話しているのを見てから、その痛みが発生した。

 今も、その手の話題になると胸が痛み始める。

 

 これらを踏まえ、纏め上げると、リアスは成程と合点した。

 アーシアは涙目になりながらリアスに問う。

 

「あの……これは病気なのでしょうか?」

「いいえ。でもそうね……ちょっと確かめさせて」

「?」

「アーシア。もしも奈落が、知らない女性と手を繋いでいたら……どう思う?」

「ッ」

 

 まただ。

 アーシアの胸に、鋭い痛みが走った。

 

「胸が、痛いです。リアス先輩……っ」

「やっぱり。……わかったわよ。貴女の胸の痛みの原因が」

「本当ですか!?」

「ええ。それは――恋煩いよ」

 

「こい、わずらい?」

 

 アーシアは首を傾げる。

 リアスは弁当を箸で突きながら、彼女に告げた。

 

「つまり、貴女は奈落の事が好きなの。一人の男性としてね」

「!!?」

 

 ボンと、顔から湯気を吹き出すアーシア。

 

「そそそ……っ、そんにゃことは……ッ!!?」

「自分の気持ちを改めて整理してみなさい。ゆっくりでいいから」

「……ッ」

 

 アーシアはリアスに言われた通り、自分の気持ちを整理する。

 

 奈落といると、凄く落ち着く。

 奈落が笑顔だと、自分も嬉しくなる。

 奈落が他の女性に意識を向けると……嫌な気持ちになる。

 

 奈落がもしも、自分の事を「好き」だと言ってくれたら――

 

「へぅぅ……ッ」

 

 アーシアは顔をリンゴの様に真っ赤にした。

 一般常識に疎い彼女でも理解できた。

 自分が、奈落の事を好きな事を――

 

 彼女にとって、これは初恋だった。

 

「どうやら自分の気持ちを理解できたようね。それじゃ、今夜にでも誘っちゃいなさい」

「な、何をですか?」

「セックスよ」

「せ、せっくしゅ……ッ!!!?」

 

 アーシアは羞恥の極みに達し、もう一度顔から湯気を吹き出した。

 

「ででで、でも部長ッ。せっく……性交というのは、その、子供を育む時じゃないと、してはいけない行いなのでは……?」

 

 アーシアは謙虚なシスターだった。

 そして唯一神教は、性に関する事情にうるさい。

 性行為は子を育むための神聖な行為であり、それ以外で行う事は悪徳である。

 幼少期からそう教えられてきたアーシアは、キスの経験すら無かった。

 

 リアスは肩を竦めると、お惣菜を食べていく。

 

「アーシア。悪魔という種族はね。欲深い種族なの。だから、セックスくらい普通にするものよ」

「そ、そうなのですか……!?」

「ええ。私も御主人様……こほん。奈落には凄くお世話になっているから」

「本当ですか!!?」

「え、ええ……」

 

 アーシアの鬼気迫る返答に、若干引いているリアス。

 

 アーシアの胸に、またしても鋭い痛みが走った。

 奈落とリアスがセックスをしている。

 その事実が、アーシアの胸を疼かせた。

 

 痛む胸を押えるアーシアを見かねて、リアスは言った。

 

「人間の常識に縛られては駄目よアーシア。貴女はもう悪魔なんだから。欲望に素直に、したい事をしちゃいなさい」

「……ふぇ?」

「セックスしたいなら、しちゃいなさい」

「~ッ!!?」

 

 アーシアはまたしても顔を真っ赤にする。

 本当に初心な子ね……と、リアスは内心溜息を吐きながら続けた。

 

「奈落は凄くモテるわよ。……悠長にしてると、置いていかれるかもしれないわ」

「!!!」

 

 アーシアは弾かれた様に顔を上げた。

 奈落がモテる。

 不思議と納得できた。

 だが、その事実を肯定できない。

 

 アーシアの胸に、先程の痛みとは違う、モヤモヤとしたドス黒い感情が蠢いた。

 

 リアスはその負の感情を敏感に読み取り、薄っすらと笑った。

 

「アーシア、幸せっていうのはね。祈りを捧げて手に入れるものじゃない、自分で掴み取るものなのよ。貴女も悪魔の端くれなんだから……それくらいしてみせなさい」

「……」

「返事は?」

「……へ? は、はい!! が、ががが、頑張りましゅッ!!」

 

 アーシアのたどたどしい返事を聞き、リアスはうんうんと満足げに頷いた。

 

「よろしい。じゃあ、ちょっとアドバイスをしてあげるわ。奈落を誘う時はね、――こういう格好をして」

「ふぁ!!? そそそ、そんな格好を――ッッ」

「で、こんな台詞を言ったら――たぶん、イケるわ」

「~~~~~~ッッッッ」

 

 耳まで真っ赤にして、声にならない悲鳴を上げるアーシアを、リアスはあくどい笑みで見守っていた。

 

 

 ◆◆

 

 

 放課後。

 教師としての職務を早々に終わらせ、帰路に就いていた奈落。

 自分のマンションに到着し、欠伸を漏らしつつも部屋の鍵を開けようとする。

 

「……」

 

 奈落は部屋の中に見知った気配を感じた。

 アーシアだった。

 

(今日は部活動をしなかったのか?)

 

 オカルト研究部はまだ活動中の筈だ、と奈落は思案する。

 暫く考えて――

 

(まぁ、いいか。俺も顧問をしているが、呼ばれない限りいかねぇし)

 

 適当な理由で思考を放棄し、奈落は扉を開ける。

 すると、玄関の前でアーシアが待機していた。

 

 

 ――裸エプロンで。

 

 

「あ、あの……っ。奈落さん。お、お、おかえり、なしゃい……ッ」

 

 白くきめ細やかな肌を真っ赤して、アーシアは声を振り絞った。

 

「…………」

 

 奈落は呆然とした。

 その後、溜息交じりに頭を掻いて――そして、アーシアを抱きしめた。

 

「な、な、奈落しゃん……!!?」

「そんな格好されると、我慢できねぇじゃねぇの。男として」

 

 奈落は低い声で囁き、アーシアをお姫様抱っこする。

 そして、自分の部屋に赴き、彼女をベッドの上に座らせた。

 

 奈落は彼女の目線で屈み、その瞳を見据える。

 

「アーシア。お前は未だ常識に疎いが、男に柔肌を見せたらどうなるか――それ位の事は知ってる筈だ」

「……はい」

「俺も男だから、お前がそういう格好してると我慢できなくなる。でもな? ……今なら引き返せる。一度そういう関係になると、俺はお前を子供としてじゃなく、女として見る様になる。……それでもお前は、一線を越えようと思うか?」

 

 奈落の問いに、アーシアは迷う事なく頷く。

 

「奈落さん、私……奈落さんの事が、す、す……好き、なんです……っ」

「……そうか」

「私、誰かを好きになった事が無くて、初めてで。でも一般常識に疎いから、どうしたらいいのか、わからなくて……」

「……」

「それでも私は、奈落さんの特別になりたいんです。奈落さんは、私に「本当の愛」を教えてくれました。愛してるって……言ってくれました。私も、同じ気持ちです。だから……こんな不器用な形ですけど、この気持ちを知ってもらいたかったんです……ッ」

 

 アーシアは途中からポロポロと涙を溢していた。

 初めて好きな人ができた。

 初めて嫉妬という感情を覚えた。

 彼女は今も、感情を抑えきれず、流されている。

 

 しかし、好きという気持ちは紛れもなく本物で――

 

 この告白は、不器用ながらも真っ直ぐな、彼女らしい告白だった。

 

「アーシア……」

「っ」

 

 奈落はアーシアの頬を撫でる。

 アーシアは恐怖で肩を震わせた。

 

 怒られるかもしれない。

 嫌われるかもしれない。

 自分の告白に全く自信が無かったアーシアは、だから途中で涙を流してしまったのだ。

 

 ――やっぱり、こんな事、やめておいたほうがよかった。

 以前の関係のままでも、よかった。

 

 早々に後悔し始めるアーシア。

 だが、奈落の顔を見て――そんな考えは全て吹き飛んだ。

 

 奈落は本当に柔らかい微笑を浮かべて、アーシアの涙を拭った。

 

「ありがとう。こんな純真な告白を受けたのは初めてだ。俺も――お前を愛している」

「っっ」

「でも、いいのか? ――俺は悪魔ではないが、悪魔の様な男だぞ?」

 

 アーシアは瞳を潤ませ、頭を横に振った。

 

「……いいんですっ。私はそれでも――貴方が好きだから……っ」

 

 アーシアは儚く微笑む。

 奈落は釣られて微笑むと、ゆっくりと、彼女に口付けをしようとする。

 初心なアーシアは頬を赤く染める。

 だが最後には、瞳を閉じて彼の口付けを受け止めた。

 

 

 ◆◆

 

 

 奈落は人一倍恥ずかしがり屋なアーシアを気遣い、まずはその緊張を解す事に徹した。

 アーシアを膝の上に置いて、優しく抱きしめる。

 背中を擦りながら、時折キスを交わした。

 

 最初は震えていたアーシアは、三度四度と奈落とキスを交わす内に表情を蕩けさせた。

 固まった体は柔らかくなり、徐々に熱を持ち始める。

 

 何度目かわからないキスを交わすと、アーシアは初めて奈落と舌を絡めた。

 

「ふぅ……んんっ♪ はぁ……ァっ」

 

 唇を離すと、アーシアは熱い吐息を漏らす。

 奈落を見つめるその瞳は胡乱で、またキスをしたいとねだっている様だった。

 

 奈落は彼女の要望通り、もう一度キスをする。

 その際に自然にエプロンを脱がした。

 

「あ、ぅぅ……っ。やっぱり、恥ずかしいです……っ」

 

 男の前で肌を見せるという羞恥に、やはり耐えられないアーシア。

 男を知らない純白色の肌。まるで絹糸の如し。

 窓から注がれる月光を浴びて輝くプラチナブロンドの長髪は、彼女を神秘的な魅力で包み込んだ。

 確かな膨らみを持つ乳房は繊細で、初夜に弄る程の感度を持っていない。

 故に、弄る場所と言えば、秘所しかなかった。

 

 だが、アーシアは緊張で固まってしまっている。

 だから奈落はもう一度、彼女の緊張を解す事にした。

 

 数十分程して――

 アーシアの緊張が解れる。

 すると、いよいよ愛撫も本番になる。

 

 しかし、既にアーシアの肉体は情事の準備が整いつつあり、秘所からは愛液が漏れ始めていた。

 奈落の指がそっと、アーシアの秘所を撫でる。

 すると、アーシアは顔を真っ赤にしながらも、指を噛んで耐えた。

 彼女は奈落を、完全に信頼していた。

 彼の成すがままに、身を委ねていた。

 

 奈落が指を滑らかに動かす。

 秘所からトクトクと溢れる愛液を潤滑液とし、入り口から解していく。

 

 もしもアーシアが人間のままだったら、もう少し時間と手間が必要だったかもしれない。

 しかし彼女は、悪魔に転生している。

 欲望に忠実な悪魔の肉体は、奈落の愛撫を嬉々として受け入れる。

 

「……??」

 

 まるで自分の身体とは思えない感覚と、それ以上の多幸感に、半ば混乱するアーシア。

 そんなアーシアの頬にキスの雨を振らせながら、奈落は彼女の膣内を解し始める。

 アーシアは何度も痙攣し、その小さな唇から可愛らしい嬌声を漏らした。

 

「あ、ぅぅん♪ はぁ、あっ♪ ひぅゥっ……♪」

 

 暫く続けると――奈落はよしと頷く。

 そして、半開きとなったカーテンを閉じ、部屋の電気も完全に消灯させた。

 これはアーシアに対しての、奈落なりの配慮だった。

 奈落のモノは、初心な彼女には少し刺激が強過ぎる。

 

「奈落さん……?」

「アーシア、お前は初めてだから、色々と気遣わせてくれ。――大丈夫だ、俺の顔は見える」

「……はいっ。奈落さんにお任せしますっ」

 

 アーシアは健気に微笑んだ。

 

 ◆◆

 

 

 アーシアの膣内に、奈落のモノが入り込む。

 乙女の純潔を失った痛みは然程無かった。

 事前にしておいた愛撫と、何より奈落の技術の賜物である。

 奈落は焦らすと返って痛むので、一気に奥まで挿入したのだ。

 

「ふぁ……あッ♪」

 

 お腹の奥まで奈落のモノを感じ、アーシアは身震いした。

 未知の感覚に恐怖を抱くも、奈落はすかさずアーシアを抱きしめた。

 

「暫く、このままでいような」

「……はいっ♪」

 

 アーシアは嬉しそうに表情を綻ばせる。

 奈落が、自分を気遣ってくれる。

 何より、奈落と今、一つになれている――

 それがただ、嬉しかった。

 

 暫くすると、アーシアの膣内が奈落のモノに馴染み始めた。

 悪魔の肉体が早々に奈落の精を欲し始め、疼く。

 アーシアは身動ぎする。

 すると、奈落のモノが膣肉を擦り上げた。

 

「ひんっ♪」

 

 小さな悲鳴の様な喘ぎ声を上げるアーシア。

 脳髄に直接叩き込まれた快感に、アーシアは表情をトロトロにした。

 奈落は彼女の準備が整った事を悟り、ゆっくりと腰を動かし始めた。

 

「あ、あっ♪ 奈落、さん……んあっ♪ やぁん♪」

 

 アーシアは何も考えられなかった。

 奈落が齎してくれる快楽に、早々に溺れていた。

 元来快楽とは無縁だった彼女は、初めて知る本物の快楽に飲み込まれていた。

 

「ん、ふぅん……っ♪」

 

 奈落はアーシアの唇を奪うと、彼女の膣内をカリで擦り上げた。

 

「ふぅっ!? んんんッ♪ はぁ、ァ……ッ♪ やっ♪ あ、ああッ♪」

 

 奈落の腰を振るペースが、段々と上がってくる。

 アーシアはゾワリと背筋を抜ける予兆に似た快感に、身を震わせた。

 

「奈落さん、なんかッ……きそうですッ♪」

「俺も出すぞ、アーシア」

「はい……っ。奈落さんの……全部、私に注いでくださいっ♪」

 

 聖女の如き微笑で、両手を広げるアーシア。

 奈落は彼女に覆いかぶさり、最後の一突きで子宮口を開くと、最奥に精を解き放った。

 瞬間、アーシアも絶頂した。

 

 

「んアッ♪ ア―――ッッ、ひゥゥ♪ あッあ♪ ~~~~~~~~~~ッッ♪♪」

 

 

 アーシアは淫らな、されど可憐な嬌声を上げた。

 ドクドクと音を立てて、アーシアの子宮が精で満たされていく。

 アーシアは何度も何度も絶頂しながら、嬉しくて涙を流していた。

 

 奈落の放精が終わり。

 アーシアは未だナカに感じる奈落を、お腹の上から愛おしそうに撫で上げていた。

 

「妊娠はしない。が――まぁ、それでも、気持ちは伝わったか?」

 

 奈落はアーシアの額にキスをする。

 アーシアは涙を流しながら、奈落を抱きしめた。

 

「はい。十分ですっ。……大好きです、奈落さん……っ」

 

 アーシアは思った。

 悪魔に転生して良かった、と。

 だって、こんな素晴らしい男性と出会う事ができたのだから――

 

 

 ◆◆

 

 

 その後、奈落は隣で小さな寝息を立てるアーシアを眺めながら、紫煙を吹かしていた。

 

「奈落……しゃん……むにゃむにゃ」

 

 アーシアは実に幸せそうな寝顔をしていた。

 奈落はそんな彼女の寝顔を、凍える様な冷たい瞳で見下ろしていた。

 

 アーシアの生い立ち、性格、言動――

 その純真無垢な心、損得抜きで他者を思いやる慈愛の精神。

 

 奈落はそれら全てに――憫然たる感情を抱いていた。

 

(苦痛と我慢の連続。……現実は辛かったろう)

 

 奈落はアーシアの頬を撫でた後――口を半月状に歪ませた。

 

(でも安心しな。お前を、甘い悪夢で包み込んでやるからよォ……)

 

 鬼神は嗤う。

 哀れなり、無垢なる聖女よ。

 故に悪夢で包み込んでやろう。

 幸せにしてやろう。

 

 歪んではいるが、その慈愛の心は本物だった。

 

 さて――ここで一つ、疑問を解決しよう。

 アーシアは何故、奈落に「本当に愛して貰っている」と勘違いしたのか?

 

 そもそも、勘違いではないのだ。

 奈落は、アーシアの事を本気で愛していた。

 アーシアに限った事ではない。

 リアスや朱乃といった雌奴隷も、その他の肉便器も、女に限らず男達も――

 奈落は皆、愛していた。

 

 ――――矮小な存在として。

 

 愛は愛でも、形が違う。

 目線が違う。

 彼は鬼神。絶対強者であり頂点捕食者。

 彼にとって人間や悪魔は、我々で言うところの蟻なのだ。

 

 我々が蟻を対等の存在として愛さない様に、奈落も人間や悪魔を対等な存在として愛さない。

 矮小な存在として、慈しみながら愛でる。

 

 そう、我々はよく知っている。

 自分達が虫や動物に向ける――愛の形を。

 

 しかし、その「愛」は紛れもなく本物だ。

 傲慢不遜だろうが、歪んでいようが、「愛」である事は紛れもない事実。

 

 奈落は、心の底から愛していた。

 矮小で、醜悪で、情けなくて、傲慢で、世間知らずで、命知らずで、滑稽で、救いようのない――そんな、どうしようもなく哀れな存在を。

 侮蔑し、嘲笑し、差別し、蔑みながらも――愛していた。

 

 故に、アーシアは騙された。

 奈落は「愛」だけをアーシアに伝えたのだ。

 愛の「形」は見せなかった。

 持ち前の外交官の技術によって。

 だから、アーシアは騙された。

 

 これから攻略されていく女性は、例外なく彼に騙されていくのだろう。

 奈落の愛の形を知らず、愛だけを見せられて、彼を慕ってしまうのだろう。

 しかし、気付いた時には既に手遅れ。

 身も心も奈落に依存してしまい、奈落がどんな男であろうが、許容してしまう。

 

 だから――駄目なのだ。

 奈落に関わっては。

 気に入られたら最後、甘い悪夢に溺れる事になる。

 

「……そうだ、そろそろ行くか」

 

 ふと、奈落は何か思い出したのだろう。

 ベッドから立ち上がり、スーツに着替えた。

 

 

 ◆◆

 

 

 その頃、駒王町のとある公園で。

 時間帯は深夜。外灯で朧げな視界だけが保たれている。

 そんな公園の敷地内で、一人の青年が呻き、苦しんでいた。

 

 高級なローブに身を包んでおり、如何にも位の高そうな出で立ちだ。

 温和そうな糸目と端正な顔立ちが愛らしいが、今は脂汗と焦燥で醜く歪んでいる。

 

「何故だァ……僕の、僕のアーシアが……ッッ」

 

 彼の名前は、ディオドラ・アスタロト。

 貴族悪魔の中の貴族悪魔、元七十二柱の一角、ディオドラ家の次期当主だ。

 リアスと同じ位を持つ高貴な御子息が、何故縁も無い駒王町の公園でもがいているのか――

 

 それは、彼がアーシアの一連の事件と深い関わりがある――いいや、黒幕だからである。

 

 ディオドラはその温和な外見とは裏腹に、信心深いシスターを堕とす事に喜びを得る外道だ。

 彼はアーシアに目を付けた後、故意に怪我をして、彼女に治療を施して貰った。

 

 悪魔を治療する。

 

 この事実を意図的に造り出し、彼女を魔女に仕立て上げて教会から追放したのだ。

 

 ――この真実が意味する所とは、つまり、アーシアは最初から最後まで欲に塗れた存在に翻弄されたという事だ。

 

 彼女の、純真無垢な心を。

 清らかな慈悲の心を。

 教会の信者達は、悪魔は、世界は――最後まで凌辱したのだ。

 

 この真実を知れば、普通の感性を持つ者は涙を流すだろう。

 なんて可哀想な少女なんだ――と。

 

 しかし、彼女は最後の最後に、幸福を手に入れた。

 その幸福は歪んでいるが――他の誰にも。

 そう、世界すらも手が出せない、絶対の幸福(悪夢)だった。

 

 

「これはこれは、ディオドラ・アスタロト様。この様な場所で如何されましたかな?」

 

 

 慇懃な声音で、彼に問いが投げかけられる。

 その色香の籠った低い声の主を誰よりも知っているディオドラは、憎々しげに振り返った。

 

「奈落ゥ……ッッ」

「おお。怖い怖い。私めが何か粗相を致しましたでしょうか? その端正なお顔をそこまで醜く変貌させるのです。余程の事を致してしまったのでしょう」

 

「とぼけるなッ!!!! アーシアは僕の女だぞ!! それを、お前はァ……!!」

 

 ディオドラは当初、堕天使に殺されたアーシアを悪魔の駒で転生させようとした。

 絶望の淵に立たされた彼女を甘い言葉で誑かし、自分に依存させようと目論んでいた。

 しかしその計画は、奈落の配下であるフリードと黒歌によって阻止された。

 

 計画に支障が出て動揺したディオドラ。

 だが最終的には落ち着き、リアスと相談して自分の眷属の補欠と交換させようと企んでいた。

 

 その相談前夜に――ディオドラは見てしまったのだ。

 アーシアが他の男に抱かれ、幸せそうな表情をしているところを。

 

 その顔に、ディオドラは見覚えがあった。

 何度も見てきた。

 目と鼻の先で。

 

 その顔は本来、自分がさせる筈の顔だった。

 

 ディオドラは激高し、その部屋に押し入ろうとした。

 しかし、その部屋には結界が張られており、一切干渉出来なかった。

 どれだけ叫ぼうとも、泣こうとも、アーシアは気付いてくれない。

 

 だが、アーシアを抱いていた男は、ディオドラの存在に気付いていた。

 彼はアーシアを抱きながら――心底愉快そうに舌を出していた。

 

「ああ……それは申し訳ございません。私、勘違いをしておりました。ディオドラ様はてっきり、唾を付けておいた女が寝取られる事に性的興奮を覚える御方だと思っておりましたので」

 

 柔和な笑顔でそう言う目の前の男――奈落に、ディオドラは果てしない怒りを覚えた。

 

「そんな訳ないだろうッ!! アアァ……僕のアーシアを、よくも穢してくれたなァ……ッ!!」

「おや? では私の見間違いでしたかね? 私が情事をしている最中、ディオドラ様のモノがずっと膨れていた様に見えたのですが……」

 

 クスクスと、侮蔑を交えた笑みを溢す奈落に、ディオドラの堪忍袋の緒が切れた。

 

 

「ッッッッ!!!!!! 奈落ゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!!!!!!!!!!」

 

 

 ディオドラが魔力の塊を生成する中――奈落は醜悪に口元を歪めていた。

 この日を境に、ディオドラは行方不明となった。

 捜索隊が出動しているが、行方は未だ掴めていない。

 ディオドラがどうなったのか――それを知る者は、世界に一名しかいない。

 

 

「屑は屑でも、俺のほうが一枚上手だったか?」

 

 

 鬼の神は嗤う。

 

 彼は、愚劣かつ蒙昧な人間や悪魔達を愛している。

 その愛し方は歪なれど、人間や悪魔達に文句を言う資格は無い。

 だって、彼等も同じ様な事をしているのだから――

 

 虫を飼育箱に入れて、餌をやり愛でる様に。

 動物を動物園に閉じ込めて、可愛いと愛でる様に。

 

 愛でられる側の気持ちを一切理解しようとせず、自分勝手な愛を注ぐ。

 あくまで自分が中心で、愛でられる側の事情など全く考えない。

 

 彼も一緒だ。

 

 料理と称して女達に自分好みの味付けをする。

 時に慇懃に、時に親しみやすく、仮面を被り、その下で嘲笑っている。

 

 自分が楽しむ事を前提に、格下の存在を愛でる。

 だから―――

 

 人間も、悪魔も、彼と大して変わらない。

 

 

 

 

 そう、全ては―――自己満足な愛故に。

 

 

 

 

 

 

 




次回予告を。

次回は、二巻分の纏め話です。
グレモリ―眷属の魔改造、原作キャラクター達の心理描写など、色々と書きたい事があるので、上編、中編、下編と分けさせていただきます。
オリジナルキャラも登場予定です。

そして、情事のシーンが無いので注意してください。
情事が無いなら読みたくない、という方は、ここから三話分飛ばしてください。






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原作二巻分 上 ★

この話には情事シーンがありません。注意してください。


 奈落はリアスの鮮やかな紅髪を見ると、思い出す。

 彼女の中に宿る消滅の力と重なり、嫌になるほど鮮明に――思い出す。

 

 かつて、奈落は世界中で暴虐の限りを尽くした。

 全知全能の主神すら蹴散らした彼だが、唯一倒せなかった男がいた。

 

 バアル・ハダド。

 

 嵐と雷を司る天地の支配者。

 カナン・フェニキアを始め、エジプト、メソポタミアに至るまで広く崇拝された天空神にして豊穣神。

 太陽神、戦神、予言神としての性質を併せ持つ。

 カナン地域では主神であり、旧約聖書『イザヤ書』『エレミヤ書』にも異教神バアルとしてその名が記された。

 ゼウス、インドラにも見られる、稲妻を掲げる雷神というスタイルは彼が発祥だ。

 

 彼は英雄神として、実妹の女神二名と一緒に奈落と最後まで戦った。

 奈落は当時、鬱陶しい奴等だと多大な憎悪を抱いていた。

 が、今となれば憎らしくも愛おしい、永遠のライバルである。

 最近では一緒に居酒屋に行って毒を吐き合う飲み仲間だ。

 

 そんな彼が何故、リアスと関係しているのか――

 

 それは、彼の経歴に由来している。

 バアル・ハダド――

 

 そう、彼はバアル家と密接な繋がりがあるのだ。

 バアルだけではない。

 旧魔王ベルゼブブとも隠し切れない関係がある。

 

 ベルゼブブとバアルは、元を辿れば彼の分霊が闇に閉ざされた冥界で時代を下るにつれ神性と光に対する耐性を失った存在なのだ。

 つまり彼は、悪魔達の祖神の一角なのである。

 

 鬼を中心とした妖怪の祖神である奈落。

 そして、悪魔の中でもとりわけ強力な二柱の祖神であるハダド。

 

 これを見れば、彼が如何に強力な神で、そして何故奈落と対等の戦いを演じる事ができたのか、理解できるだろう。

 

 バアル家に伝わる滅びの魔力は、ハダドの「滅びの理」が退化したモノだ。

 物質を消滅させるのが限度の滅びの魔力と違い、滅びの理は事象、概念をも消滅させる。

 悪魔の超越者、サーゼクス・ルシファーは旧ルシファーの十倍以上の魔力を保有し、更には本性は人型の滅びのオーラであるが、それでもハダドの因子を他よりも数パーセント多く宿していたに過ぎない。

 

 彼の髪は、それはそれは美しい緋色だった。

 その消滅の力は、奈落を以てしても油断できないほど強力だった。

 

 リアスを見ていると、彼の面影と重なる。

 比べる事すら烏滸がましい程、差があると言うのに――

 しかもリアスの紅髪は、グレモリ―家からの遺伝だ。

 偶然が偶然を呼び、この様な形になった。

 

 奈落は以前の飲み会で彼が呟いた言葉を思い出す。

 奈落は彼に問うたのだ。

 

 冥界を、三勢力を悪夢で覆い尽くすが、別に構わないよな?――と。

 

 すると、彼は冷笑しながら呟いた。

 

 

 

 ――――お前の戯れに弄ばれるのであれば、所詮その程度の存在だったという事だ。

 

 

 

 彼もまた、奈落と同じ目線で世界を見ていた。

 バアル家は自身の分霊であるが、所詮虫や畜生と同じ。

 何の思い入れも無い。

 滅びるのであれば、勝手に滅べばいい。

 

 そもそも、ハダドは今の世界に絶望していた。

 取るに足らない矮小な存在――唯一神。

 彼が広めた宗教が、今最も栄えている事を、誰よりも嘆いていた。

 

 奈落はふと、アーシアの笑顔を思い出した。

 謙虚で純真なあのシスターは、教会の面々は、知らないのだ。

 

 唯一神の真実を――

 

 かつて、奈落と互角に戦うハダドの雄姿に憧れた小さな神がいた。

 当時は名も無かった彼は、どうすればハダドの様な神になれるか、考えた。

 最初は努力した。

 しかし、大して力も無い彼はハダドの様な英雄神には成れなかった。

 色々な方法を試した。頑張った。

 しかし、結果は出なかった。

 ハダドへの憧れは、次第に憎悪へ変わった。

 

 彼は、一つの良案を思いついた。

 人間の力を借りる。

 信仰心を糧に、神仏としての格を上げる。

 今最も栄えている人間を味方に付ける。

 

 彼は各神話の暗黙の了解である「信仰心の独占の禁止」を破り、人間達を扇動した。

 人間達に他宗教を乏しめさせ、滅ぼさせた。

 自分の手は一切汚さずに――

 

 各勢力の神仏は彼の領域に押し寄せ、問い詰めた。

 しかし彼は、「人間が勝手に始めた事だから」とシラをきった。

 そして、彼を信仰する信者達は、ハダドの支配するカナン地方にまで侵攻した。

 

 彼は畏れた。

 もしハダドの機嫌を損ね、殺意を向けられたら――

 信仰心で力を付けた今でも、勝てる気がしない。

 

 故に彼は、ハダドの分霊である悪魔・バアルに目を付けた。

 ハダドの宗教や在り方を乏しめつつも、実際に戦うのは悪魔のバアルだった。

 馬鹿にしているのも悪魔のバアルだと言い張り、最終的にはハダドの宗教を滅ぼした。

 

 そうして彼は人間社会で最も栄え、最も権威ある神になった。

 彼は自らを「唯一絶対の神」と名乗り、人間の繁栄と衰退を担った。

 

 つまり――唯一神という存在は、自分の力じゃ何もできない、非力な癖に悪知恵だけは働く、傲慢且つ陰湿な糞野郎だったのだ。

 

 唯一神に散々侮辱されたハダドは、それでも軽蔑するだけで、彼を滅ぼそうとはしなかった。

 滅ぼす気すら失せる程、幻滅したのだ。

 雑草(人間)を介してしか自分を乏しめる事ができず、相対し面と向かって文句も言えない弱虫に、ハダドは矛を掲げる気すら湧かなかった。

 

 最も、既に亡き存在ではあるが――

 

 彼は先の三大戦争の際中、二天龍と呼ばれる強大なドラゴンに引き裂かれ、その致命傷と無茶な行動の数々が祟り、消滅してしまったのだ。

 

 奈落はハダドと酒を酌み交わす度、その話題で盛り上がった。

 

 唯一絶対の神と名乗りながら、その狡猾で陰湿な所業の数々。

 そして、哀れな最後。

 その死を悲しむの存在は、創造物である天使以外にいなかった事。

 むしろ、世界中の勢力が両手を上げて喜んだ事。

 

 何より、彼の死を知らぬまま天に祈りを捧げる、無知蒙昧な信者達。

 

 奈落とハダドは、侮蔑と哀れみを嘲笑に変え、酒の肴にしていた。

 

「……クククッ」

 

 奈落は喉を鳴らす。

 唯一神の「本当の真実」を知る数少ない存在として。

 改めてその真実を思い返し、醜悪な笑みを抑えきれなかったのだ。

 

「聖書の神さんよォ。アンタ、唯一神なんぞ名乗っていたが、やってた事は俺と大して変わらねぇぜ? 卑屈で、傲慢で、自己中心的で――クックック。……あ~あ、惜しいなァ。アンタが活躍してた頃、俺ぁ封印されてからよ。もしも封印されてなかったら、泣きじゃくるまで弄り倒してやったのに……」

 

 奈落はケラケラと、不気味な嗤い声を上げた。

 

 

 ◆◆

 

 

 見渡す限りの――紅蓮の荒野。

 煌々と輝き燻る焔に包まれた世界。

 

『……』

 

 この世界の主たる紅蓮の龍帝は、来客の気配を感じ取り、その重い頭を持ち上げた。

 視線の先には、黒い浴衣と白い着流しを涼し気に着こなす、褐色肌の美丈夫がいた。

 彼はカラン、カランと下駄を優美に鳴らしながら、龍帝の元まで歩み寄る。

 

『……久しいな、鬼神よ』

 

 重厚なその声に親しみを込めて、龍帝はエメラルドの瞳を細めた。

 褐色肌の美丈夫も、普段殆ど見せない、心の底からの笑みをこぼす。

 

「久しぶりだなドライグ」

 

 美丈夫――奈落は途端に眉を顰め、落胆を交えた溜息を吐いた。

 

「何故三大勢力「程度」に封印された? お前は俺が認めた数少ない存在なのによぉ……」

『すまんな。お前の名まで穢してしまうとは……天龍ともあろう存在が、地に堕ちたものだ』

「いいんだよ。……それよりも聞かせろ。どういう経緯で封印された? お前に限って「負けて封印された」って事ぁ無いだろ?」

『……非常に恥ずかしいが、お前を落胆させる訳にもいくまい。正直に話そう』

 

 紅蓮の龍帝、赤龍帝ドライグは過去を思い返す。

 

 かつて無限の龍神を除き、最強を誇った二匹のドラゴン――二天龍。

 魔王や神仏すら凌駕する力を持つ彼等は、「二天龍」と呼ばれる事を大層嫌った。

 

「天」を名乗るのは俺だけでいい。

 お前は邪魔だ。

 

 互いに蔑み合い殺し合った。

 その喧嘩の余波は天変地異と成りて、地球を揺るがした。

 世界中の勢力は彼等を抑え付けようとしたが、その強大な暴力の前に成す術無く蹂躙された。

 

 結果、世界中の勢力は彼等を放置する事に決めた。

 彼等はただ喧嘩をしているだけ。

 直接的な被害はない。

 精々人間の国が一つか二つ、滅びるくらいだ。

 

「それ位ならまぁいいだろう」

 

 全勢力の意見は一致した。

 

 そして、三勢力による大戦争。

 悪魔、天使、堕天使が引き起こしたこの戦争に、二天龍は乱入した。

 理由は――

 

 喧嘩をしている最中にたまたま転がり込んだだけだ、別に他意はない。

 だから、お前等の喧嘩を邪魔するつもりは無いから、勝手にしてろ。

 

 そんな感じだった。

 三勢力の面々も彼等から戦意を向けられていない事を知り、一安心した。

 

 だが忘れてはいけない。

 彼等の喧嘩の余波を――

 

 彼等が喧嘩をするだけで万の悪魔が吹き飛び、億の天使が消滅した。

 その余波は世界を震撼させ、周囲に存在する生命体を一切合切滅ぼした。

 

 暴力の化身、ドラゴン。

 その在り方を体現するかの様に、二匹は暴れ回った。

 

 三勢力は流石に不味いと彼等を説得しようとするが、聞く耳持たず。

 暴力で抑え付けようにも、彼等の暴力に勝てる筈がない。

 

 結果、彼等が去るまで戦争は中断する事になった。

 その様は、まるで台風が過ぎ去るのを怯えながら待つ人間達。

 しかし、仕方ない。

 戦争という暴力の極地を行っている今は、暴力の王とも呼べる彼等に逆らえない。

 

 しかし、転機が起きた。

 二天龍は互いに本気で殺し合った事により、疲弊し始めたのだ。

 このチャンスを逃すまいと、天使達の創造主であり唯一神教の主神、唯一神が畳みかけた。

 悪魔達の王、四大魔王も立ち上がり、戦場は大混乱となった。

 

 堕天使の総督はと言うと、巻き込まれたくないので、ちゃっかりと観戦していた。

 

 二天龍は喧嘩に横やりを入れてきた馬鹿共に怒り狂い、蹂躙の限りを尽くした。

 衰弱していると言っても、最強のドラゴン達だ。

 唯一神は引き裂かれ、四大魔王は踏み潰された。

 だが最後の最後で、喧嘩の疲労とダメージが祟った二天龍。

 彼等が倒れると、瀕死の唯一神は最後の力を振り絞り、彼等を神器に封印した。

 

 これが、事の顛末だ。

 褐色肌の美丈夫――奈落は「成程」と相槌を打つ。

 

「馬鹿だな、お前等」

『言うな。今思い返しても、中々に恥ずかしい……』

「でもまぁ安心したぜ。あんな虫共にやられたとあっちゃぁ……お前達を見限んねぇといけねぇからなァ」

 

 ゾワリと、ドライグの全身を悪寒が走り抜けた。

 口元を半月に歪める目の前の男。

 

 鬼神。

 彼は二天龍どころかドラゴンの神すらも超える、暴力の体現者。

 いいや、暴力という概念そのものなのだから。

 

 ドライグは生唾を飲み込みながらも、しかし苦笑を作り、彼に皮肉を投げかけてみせた。

 

『しかし、お前もどうした? その虫共と楽しそうに戯れているそうではないか。昔とは大違いだな』

 

 ドライグの皮肉に奈落はきょとんと瞳を丸めると、面白おかしそうに笑った。

 

「クハハッ。いいねぇ……俺の正体知ってて真正面から皮肉を垂れるなんざ、お前等くらいだぜ」

 

 機嫌良さそうに笑った後、奈落は彼に説明した。

 

「俺も昔は幼かった。虫を潰す事が楽しかったんだよ。プチプチ潰すのがな。だが今は違う。甘い悪夢を見せながら、その反応を見るのが面白い。……人間で言う所の飼育だな。虫を飼って愛でる感じだ」

『ハハハ、そうか……。俺も安心したぞ。昔と変わらんようで』

 

 ドライグは知己の邪悪さを懐かしんだ。

 しかし一つ疑問が浮かんだので、それを彼に問う。

 

『しかし、何故正体を隠す? お前は力の頂点……いわば、覇王の中の覇王だ。その気になれば世界を統一できるだろう? そうした方が自由に愚物を愛でる事ができるのではないか?』

 

 なのに何故――

 ドライグの疑問に、奈落は頭を横に振る。

 

「それじゃぁつまらねぇだろ? ドライグ。自分の思い通りになる世界なんざ、面白くもねぇ」

『……』

「困難があって、危険があって、面倒があって――だからこそ、楽しいのさ」

『……クククッ、成程。確かにそれはそうだな』

 

 ドライグは喉を鳴らしながら納得した。

 奈落はニヤニヤ笑いながら、彼に告げる。

 

「だから――今代のお前の宿主を、少し改造してもいいか?」

 

 大胆で、且つ破綻した発言。

 しかしドライグは何の反応も見せず、淡泊な返事を返す。

 

『好きにしてくれ。いいや、むしろとことん改造してくれ。あの脆弱な人間を、赤龍帝と名乗れるくらいにしてくれ』

「任せろ。歴代最強の赤龍帝にしてやるよ。……で、だ。それも含めて、お前と交渉がしたい」

『交渉? 頼み事では無くか?』

「ああ。頼み事にしちゃぁ随分とデカい内容だからな。それに見合った対価を払おうと思ってる」

『……フム。で、内容は?』

「それはな……」

 

 奈落は悪辣な笑みを浮かべながら告げる。

 その内容を聞いたドライグは、エメラルドの双眸を大きく丸めた。

 

『……正気か?』

「ああ、そんくらいしねぇとあのカスは強くなれねぇ。でも「コレ」が成功すれば……アイツは化ける」

『ふぅむ、確かにな。だが、そんな無茶をして、宿主は大丈夫なのか?』

「大丈夫だ、俺がアシストする。だが俺のアシスト以上に、お前の協力が必要不可欠なんだよ。……どうだ?」

『……』

 

 ドライグは暫く瞑目する。

 

『対価を聞こう。話はそれからだ』

「お前を神器から開放してやる」

『!!!!』

 

 ドライグは思わず立ち上がる。

 

『本当か!!?』

「おう。最近、アザゼルの糞餓鬼から人工神器をちょろまかしてな。……ったく、この条件を提示するために、色々と面倒臭ぇ手順を踏む羽目になったんだぜ? まぁ、それ以外にも理由はあるんだが――そんな事はいい。で、どうだ? これからも神器の研究を進めて、お前を百パーセント解放できるようにするぜ?」

『……』

「ああでも、解放するのは宿主が死んでからだぜ? 宿主は悪魔だ。一万年は生きる。……で、もう一つ要求があるんだよ。宿主が死ぬまで、俺と情報を共有し、何か問題があれば協力して解決する。……ようは、遊び仲間にならないか? 見返りとして、宿主を歴代最強の赤龍帝にしてやる。互いの仲も取り持とう」

 

 奈落は嗤いながら、ドライグに囁きかける。

 

「なぁドライグ、俺と一緒に遊ばないか?」

 

 

 

 ――――きっと楽しいぜ。退屈はさせねぇからよ――――

 

 

 

 悪鬼の囁き。

 ドライグの脳内に、波紋の如く響き渡る。

 ドライグは……陽気に頷いた。

 

『俺もただ暴れるのには飽きていた所だ。――お前との戯れは、退屈しなさそうだ」

「カッカッカ……じゃあ、決まりだな。これからよろしく頼むぜ」

『応』

 

 二人はまるで、遊ぶ約束を交わした小学生の様な、無邪気な笑みをこぼした。

 

 

 ◆◆

 

 

 グレモリ―眷属とライザー眷属のレーティングゲームの日程が決まった。

 約二週間後だ。

 これに伴い、グレモリ―眷属は学園を休学し、集中強化合宿を行う事になった。

 

 とある田舎にある別荘で。

 リアスの私有地である此処で、強化合宿が行われる。

 

 今回のメンバーはグレモリ―眷属一同に顧問として奈落も同伴していた。

 奈落は別荘に付いたメンバーに部屋に荷物を置くよう伝え、早々に大広間に呼び出した。

 

 私服姿の奈落はサングラスを取り、用意したボードを引き寄せる。

 グレモリ―眷属はそれが見える様、目の前で待機していた。

 

「それじゃ、今回の強化合宿の内容を説明する。今回の強化合宿は、俺が中心に指導していく事になった。リアスと相談した結果だ。リアスからも了承は得てる。……じゃあ、この二週間の内容を大まかにボードに描いていく」

 

 奈落は慣れた動作でペンを走らせる。

 あっという間に、ボードに日程表が描かれた。

 

「今回の合宿、一日目はメンタルケアだ。各自、修行に入る前に心の在り方をしっかり持って欲しい。精神状態は修行の成果に大きく関わってくるからな。目標だったり、精神的な安定だったり。で、二日目から本格的な修行がスタートする。俺の予想だが、四日から六日で終わる予定だ」

「あのーっ」

 

 一誠が挙手をする。

 その表情に、ありありと疑問の色を浮かべていた。

 他のメンバーも、リアス以外は同様の表情である。

 奈落は頷いた。

 

「わかってる。メインの修行がそんな短い期間で大丈夫なのか――だろう?」

「はい」

「これに関しては問題無い。ほれ」

 

 奈落が指をパチンと鳴らすと、グレモリ―眷属の目の前に砂時計の様な器具が現れた。

 

「それは疑似空間装置だ。知己から拝借して、独自に改良した。この装置の中には広大なステージが広がってる。そして、この中で100年過ごしたとしても、現実世界じゃ一日も経たない」

 

 それを聞き、グレモリ―眷属は目を丸めた。

 一日を100年に引き延ばす装置。

 そんな夢の様な装置があれば――

 

「四日……四百年もありゃ十分だろう?」

 

 グレモリ―眷属に異論は無い。

 二週間という修行期間の短さだけがネックだった今回の強化合宿、それが早々に解決されたのだ。

 

「で、残り一週間はグレモリー眷属同士の交友関係を深めてもらいたい。お前達はこれからずっと一緒に過ごしていく面々だ。親愛は信頼と同義。仲の良さは、そのまま連携の良さに繋がる。チームの総合的な戦力を上げるため、そして四百年の修行の疲労を癒すため。何より、現実世界の時間の流れになれるために、一週間は丸々休みを入れる。……異論はあるか?」

 

 グレモリ―眷属は頭を横に振るう。

 奈落は満足げに頷いた。

 

「よし、じゃあ各自別荘を確認しつつ、心の準備をしておく事。俺は隣の部屋にいる。一人ずつ呼び出すから、呼ばれたら来てくれ。じゃあまずは……朱乃、お前からだ」

「かしこまりました」

「それじゃあ、解散!」

 

 奈落がパンと手を叩き、作戦会議はお開きとなった。

 

 

 ◆◆

 

 

 朱乃と、次の小猫に関しては、さして苦労は無かった。

 

 奈落は朱乃に、「堕天使の力を受け入れろ。雷と光を合わせた雷光を使え」と言った。

 朱乃は二つ返事で頷いた。

 過去へのトラウマ? 父への因縁?

 そんなもの、目の前の愛しい男からの命令の前には霞んでしまった。

 

 次に小猫。

 既に黒歌ともある程度仲良くなっているので、彼女と一緒に説得した。

 容易だった。

 

 次は、リアス・グレモリ―。

 彼女は奈落の忠実な僕であり、特に精神状態を弄る必要もなかった。

 奈落は今後の予定を話しつつ、早々に切り上げようとした。

 何せ、次のアーシアの後に控える二名――

 木場裕斗と兵藤一誠には、最もメンタルケアをしなければならないからだ。

 

「僕のメンタルケアって、どんな内容なんでしょう?」

 

 奈落に呼ばれた木場は微笑みながら小首を傾げた。

 奈落は肩を竦め、哀しみを込めた笑みを溢す。

 

「お前は本当は今のままでいいんだが――予定が変わった」

「?」

「――なぁ、裕斗。お前、復讐を忘れた訳じゃねぇよな?」

 

 瞬間、木場の目付きが変わる。

 普段の柔和な瞳からは想像も出来ない、凍て付いた眼光だった。

 

「……ええ、忘れませんよ」

「悪ぃな。お前のトラウマを撫で上げるような真似をして。だが、これがお前のメンタルに深く関わっている。これ無しではお前の劇的なパワーアップは図れない。それを理解してくれ」

「……わかりました」

 

 木場裕斗。

 彼は嘗て、教会に聖剣使いの候補として集められた孤児の一人だった。

 彼を含めた孤児達は、辛い訓練と実験に耐えた。

 彼等には夢があった。

 皆で聖剣を使える様になって、世界を平和にしよう。

 聖書の神様のために頑張ろう。

 そうした決意の元、日々努力を惜しまなかった。

 

 しかし、この「聖剣計画」の首謀者であるバルパー・ガリレイと呼ばれる神父は、人の命を消耗品程度にしか見ていない外道だった。

 彼は聖剣を扱える因子の研究に没頭していた。

 今回の実験は、因子の適正を持つ孤児達を研究材料にしていた。

 

 しかし実験は失敗。

 孤児達は聖剣を扱える因子を獲得したが、それは微々たるもので、聖剣を扱える基準をクリアしていなかった。

 バルパ―は舌打ちしつつも、考えた。

 そして、ある案を思いついた。

 

 足りないのなら、足せばいい。

 聖剣を扱える因子を融合して、扱える基準値にすればいい。

 

 聖剣を扱える因子は、いうなれば人体の一部。内臓の様なものであり、抜けば人体に多大な後遺症を残す。

 しかしバルパ―にとって、そんな問題は些細なものだった。

 

 元々モルモットとして集めた子供達。

 身寄りもなく、将来性が無い事も発覚した。

 ならば、犠牲になって貰おう。

 人類の進化には、尊い犠牲が付き物だ。

 

 故に君達は死ね。死んで次代の供物となれ。

 

 バルパーは毒ガスで子供達を皆殺しにした。

「皆殺しの大司教」の異名を取るにたる所業だった。

 

 しかし、バルパ―は一名の少年を取り逃がしてしまった。

 当時イザイヤという名だった少年は、しかし微量の毒ガスが体内に回ってしまい、最後は倒れてしまった。

 

 その日は冬空だった。

 極寒の山の中。しんしんと降り注ぐ粉雪が、イザイヤの体温を無慈悲に奪っていく。

 

 鼓動がどんどん小さくなる。

 イザイヤは死を覚悟した。

 

 だが彼は偶然にも、リアス・グレモリ―なる少女に拾われ、悪魔として転生した。

 彼は木場裕斗と改名し、リアスに忠誠を誓った。

 それと同時に、ひっそりと、もう一つの誓いを立てた。

 

 あの外道神父、バルパ―・ガリレイを許さない。

 必ず殺すと。

 仲間達の仇を取ると。

 そして、自分達の犠牲で成り立つエクスカリバーなる穢れた聖剣を、絶対に許さない、と。

 

 奈落は懐から煙草を取り出し、慣れた手付きで火を付ける。

 そして、紫煙をフゥと吐き出すと、裕斗に告げた。

 

「お前が初めて過去を話したのは、リアスでも朱乃でもない。俺だったな……」

「……そうですね」

 

 裕斗は薄く微笑んだ。

 実は裕斗、リアスや朱乃よりも先に奈落と出会っていた。

 裕斗はリアスの眷属になってからも、頑なに心を開かなかった。

 そんな彼を見かねたリアス。そして彼女の兄であるサーゼクスが、裕斗にある男を紹介した。

 それが奈落だ。

 

 人間不信に陥っていた当時の裕斗は、奈落にだけは心を開いた。

 彼から一般常識を学び、悪魔としての作法を教えられた裕斗は、奈落の事を本当の父親の様に想い、慕っていた。

 だが――

 

 復讐に関しては、話が別だった。

 

「……で、僕にどうしろと言うんですか? 奈落さん。復讐を忘れろ、とでも? 生憎僕は――」

「おいおい、早とちりすんじゃねぇよ」

 

 奈落は眉を顰める。

 裕斗はてっきり、復讐なんて馬鹿な真似は止せ、などと言った常套句を吐かれると思っていた。

 

「復讐なんて馬鹿な真似は止せ……なんて台詞を、俺が吐くとでも思ったか?」

「……っ」

「復讐なんて何も生まない……なんて台詞を、主人公気取りの餓鬼が吐く事が多いが、俺は違うと思ってる」

 

 奈落は紫煙を吐き出しながら告げた。

 

「復讐は復讐を生む」

「ッ」

「悪意を、悲しみを、憎しみを生む。そうして新たな復讐の物語が始まる」

 

 

 ――だが、それがどうした?

 

 

「関係あるかンなもん。知るかボケ。いいか? 復讐ってのは暴力の極地だ。腕力で、権力で、財力で、憎い相手を完膚無きまでに叩きのめす行為だ。――所詮この世は弱肉強食。弱い奴は強い奴の餌になる。弱けりゃ死んで当然。それが嫌なら強くなりゃあいい」

 

 

 ――何? 暴力は、殺しは究極の犯罪だって? 阿呆が。

 

 

「お前等は日常的に生き物を殺し食らってるじゃねぇか。お前等の食ってるもんは生き物の死骸を上手に加工したもんだろう? 殺すという過程を業者に任せて、結果を金を払い買っている。胃に落とし込んだ時点で同罪だ。それを毎日してんだろう? ええ? それとも何だ? 人間と家畜は違うってか? 虫や動物は、植物は、人間様とは格が違うって? 笑わせんじゃねェ」

 

 

 ――命は皆等しく平等だ。

 

 

「そして、平等な筈の命に無理やり格を刻み込む概念。それが「力」だ。現代になって、人間の力の概念は暴力から財力と権力へと移り変わった。だが根底は変わってねぇ」

 

 

 ――それによォ。復讐した後はスッキリするだろう? 満足感を得られるだろう? それで充分じゃねぇか。

 

 

「結果の伴わない行動に意味は無ぇが、結果が伴うなら話は別だ。腹を満たすために家畜を殺す様に、満足感を得るために憎い相手を殺す。二つとも同じ「殺し」だ。同じ「結果」だ。それにお前の復讐相手、バルパ―・ガリレイは、今も誰かを殺してるかもしれねぇ「皆殺しの大司教」の二つ名を持つイカレ野郎。お前以外にも奴を恨んでる存在は沢山いるだろう。殺せば幸せになる存在が大勢いるだろうな。……カハハ、ほぅら、もう一つ大義名分が出来たじゃねぇか」

 

 

 木場裕斗の精神が――汚染されていく。

 底無しの悪意と、世界の真実を見せられて。

 

 暴力と暗黒の化身たる鬼神の甘言に、呑み込まれていく。

 

 瞳から生気を失った裕斗。

 このままでは、完全な復讐鬼に堕ちてしまう。

 グレモリ―眷属の騎士、木場裕斗では無くなってしまう。

 

 堕ちる寸前。

 奈落は立ち上がって、彼を抱き寄せた。

 

「……っ」

「心配すんな。俺がいる。お前が道を踏み外しそうになったら、俺が止めてやる。だから……お前はお前の道を往け。己の過去と決着を付けろ。……決着を付けた後は、グレモリ―眷属の騎士、木場裕斗としてまた新しく歩き始めればいい。――安心しろ、イザイヤ。俺はずっと、お前の隣にいる」

「……~っっ」

 

 裕斗は正気に戻った後、大粒の涙を溢し始めた。

 彼は思った。

 

 大丈夫。

 この人が隣にいて、背中を押してくれる。

 だから、一刻も早く己の過去と決着を付けよう。

 この人と、グレモリ―眷属のために。

 木場裕斗として、生きていくために。

 

 そのために、もっと力を付けなければ――

 

 裕斗は奈落の背中に手を回し、静かに泣く。

 彼には見えなかった。

 自分を抱きしめる男の唇が、半月に歪んでいるのを――

 

 

 ◆◆

 

 

 裕斗のメンタルケア(洗脳)を終えた奈落は、次に兵藤一誠を呼んだ。

 奈落は一誠に関して、裕斗ほど苦労しないと確信していた。

 何故なら――一誠は自分と似た性質を持っているからだ。

 

「イッセー」

「はい!」

 

 一誠は瞳をキラキラさせながら返事をする。

 まるで主人に懐く子犬だ。

 一誠の奈落に対する好感度は既にマックスであり、もう身体から「尊敬してます」オーラが溢れていた。

 

「一応聞くが、お前はハーレム王になりたいんだよな?」

「後は、奈落先生の様なカッコイイ男になりたいです!」

 

 両の拳を握る一誠。

 奈落は苦笑しながら、何本目かわからない煙草を咥える。

 

「嬉しいが、今回は「ハーレム王になりたい」って夢について、色々と纏めたい」

「……と、言いますと?」

「お前がどんなハーレムを目指しているのか、そこら辺をキッチリしておきたいんだ」

 

 と言いつつも、奈落は既にわかっていた。

 一誠がどの様なハーレムを欲しているのか。

 奈落は煙草に火を付け、紫煙を燻らせながら一誠に問う。

 

「じゃあイッセー、質問だ」

「はい!」

 

 

 ――お前は「女性」が好きなのか? それとも、「女性の胸」が好きなのか?

 

 

 

「!!!!」

「どっちだイッセー? 正直に答えてくれ」

「……ッッ」

 

 一誠は既に、結論を出していた。

 しかし、その結論を口に出すことを躊躇った。

 何故なら、その結論は――

 

 奈落は甘い声で、一誠を安心させる。

 

「大丈夫だ。どんな答えでも、俺はお前を軽蔑しない」

「……ほ、本当ですか?」

「ああ」

 

 奈落が頷くと、一誠は消え入りそうな声で呟いた。

 

「……じょ、女性の胸です……っ」

「ふむふむ、そうか」

「だ、だって……俺童貞ですし。おっぱいも揉んだ事も無ければ、キスもしたことありませんし。女性の本当の魅力なんてわかりません。それに――」

 

 一誠は彼女「だった」黒髪の美少女を思い出す。

 今でも思い返せば、胸が締め付けられる様な痛みが走る。

 彼女に裏切られた事により、一誠は女性に壁を作る様になった。

 友達としては問題無い。

 だが一歩進んだ関係になる――そう考えると、体が竦む。

 あらゆる事に未経験で、そして多感な時期に起きた、不良の事故。

 

「元々おっぱいしか眼中に無かったのに、あの一件で更にそうなっちまったって訳か?」

「……はいっ。でも、これってやっぱり駄目……ですよね?」

「ん?」

「今は想像できませんけど……やっぱりハーレムを築くなら、心身共に魅力的で甲斐性もあって、女性を全員満足させられる様な男にならなきゃ――」

 

 

 

「何で女を満足させにゃならん。何で女を第一に考えにゃならん」

 

 

 

「……へ?」

 

 一誠は頓狂な声を上げる。

 奈落は心底不思議そうに告げた。

 

「お前の人生だ。お前が主人公だろう? 女に捧げるもんじゃねぇだろう?」

「……で、でもっ」

「おっぱいが好きでいいじゃねぇか。スケベでいいじゃねぇか。それがお前だ。兵藤一誠という男だ。文句を言われるなら、文句を言われなくなる位強くなればいい」

「……」

「自分を殺すな。最低限の礼節さえ弁えればいい。後は好き勝手に生きろ。――俺自身、そうしてる。生きたい様に生きてる。酒を飲んで、煙草を吸って、女と寝て。……日々を楽しく過ごしてる」

「ッ」

 

 

「俺の様な男になりてぇんだろう? だったら、まずは自分を誇れ。イッセー」

 

 

「……はいッ!! わかりました!!!!」

 

 一誠は大きく頷く。

 その瞳には、先程まで揺蕩っていた迷いや遠慮と言った感情が無かった。

 綺麗さっぱり、消え去っていた。

 何のことはない、以前の、オープンスケベだった一誠に戻っただけだ。

 しかし、奈落という男を目標にしている分、節度や礼儀などはしっかりしている。

 彼は成長しつつも、過去の情熱を取り戻したのだ。

 

 奈落はうんうんと頷き、指を立てる。

 

「よし。もしキッチリ強くなれたら、とっておきの娼館に連れてってやる」

「しょ、しょしょしょ、娼館!!? 俺未成年ですけど、いいんですか!!?」

「悪魔に未成年も糞もあるかよ。俺はソッチ系の仕事もしててな。滅茶苦茶可愛い淫魔(サキュバス)が経営してる店を知ってんだよ。全員おっぱいたゆんたゆんだぜ?」

「~ッッ」

 

 一誠は拳を握り、全身を震わせる。

 

「この修行でちゃんと成果を出したら、連れてってやる。だから――頑張れよ」

「はい!!!! 頑張りますッッ!!!!!」

 

 元気の良すぎる返事を聞き、奈落は満足そうに煙草を吸う。

 

 そう、兵藤一誠はこれでいい。

 これが、兵藤一誠という青年なのだ。

 エロくて、おっぱいが大好きで、単純で、快活で。

 その在り方はある意味で男らしく、そして……ドラゴンの雄に通じるモノがあった。

 

 奈落は美味そうに紫煙を吸い込んだ。

 

 

 

 

 

 

 




オリジナルキャラが二名、登場します。



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原作二巻分 中 ★

この話には情事シーンがありません。注意してください。


 グレモリ―眷属の強化合宿、二日目。

 奈落は昨日と同じく、グレモリー眷属を広間に呼び出した。

 

「さぁて、今日から本格的な修行がスタートする。が、その前に色々と前置きがある。まずは、一つ発破をかけておこう」

 

 奈落は実にのほほんとした調子で告げた。

 

「過程に拘るな。結果だけを追求しろ。どんな過程であろうが、結果を出せば全て良しだ。例えば期末テスト。どれだけ勉強しても点数を取れなかったら意味が無ぇだろ? 赤点を取って「一杯勉強しました!」って言っても誰も納得しねぇだろ? ……この世は結果が全てだ。そして、戦場ではそれが最も顕著に現れる。負ければ死ぬし失敗すれば死ぬ。敗北は即ち死だ。だから、どんな方法を用いても勝たにゃいかん。愛も、誇りも、平和も、勝ってから語るもんだ。死んだら口は動かせねぇだろう?」

 

 奈落の言葉に、全員が生唾を呑み込んだ。

 彼の言葉は世界の真理――その一部に触れるものがあったからだ。

 

「と、こんなもんだ。つまり、これからお前等には滅茶苦茶強くなって貰うって事だ。鍛錬は危険だが、強大な力を手に入れるためにゃそんぐらいしなきゃな。だが安心しろ。危険な修行だからこそ、俺が付いてんだ。お前等はただ修行に打ち込めばいい。他は全部、俺に任せておけ」

 

 グレモリ―眷属の面々は力強く頷いた。

 彼等は奈落を完全に信頼していた。

 

「よし、意思の統一ができたな。じゃあ次のお題に入る。お前等の修行を効率化するために、色々と準備したもんがある。それを紹介する」

 

 奈落の言葉に、一誠が首を傾げた。

 

「先日見せてくれた装置以外にも、何かあるんですか?」

「ああ。まずは――そうさな、裕斗、イッセー。これを飲め」

 

 奈落は持っていたペットボトルを二本、それぞれに投げる。

 

「それはスポーツ飲料だったが、俺の血をちょっぴり混ぜた」

「血、ですか?」

「ああ、俺は鬼。ドラゴンに並ぶ戦闘種族だ。鬼の血は飲めば成長速度が著しく上昇する。修行をする上で欠かせない一品だ」

 

 鬼の血。

 巷でも高額で取引されている高級品だ。

 強くなりたい存在は、こぞってこの品を求める。

 

 しかし、忘れてはいけない。

 奈落はただの鬼ではない。

 鬼の神様、鬼神だ。

 その効果が一体どれ程のものなのか――

 木場と一誠は知らない。

 

 鬼神の血は、成長速度を上昇させるだけではない。

 肉体と魂の格を飛躍的に向上させる。

 例えば、この血を蜘蛛が一滴飲んだとする。

 すると巨大化し、且つ凶暴になり人間を襲い始める。

 つまり、飲むだけで強大な力を得る事ができるのだ。

 

 一誠と木場は、飲料水を飲む。

 すると、自分の肉体に凄まじい力が流れ込んでくるのを体感した。

 漲る体力、活性化する細胞。

 まるで進化でもしたかの様な感覚を二人は覚えていた。

 驚きで言葉を出せない二人を一旦放置し、奈落は女性陣に告げる。

 

「女性陣には既に似たものを与えている。やはり血を飲むのは抵抗があるだろうからな」

 

 奈落が微笑むと、女性陣は揃って頬を朱色に染めた。

 奈落は内心ほくそ笑む。

 

 彼女達は血と同等か、それ以上の効能がある「液体」を日頃から摂取していた。

 奈落の子種である。

 口内から、膣内から奈落の子種を注がれている彼女達は、既に悪魔と呼ぶには烏滸がましい程の力を得ていた。

 最も、奈落自身が意図的に作用させなければ効能は発揮されない。

 奈落は手駒として使えると判断した女性にのみ、効能を発揮させる。

 

 無論、そのような事を木場と一誠が知る由も無い。

 

(さて、第二段階に入るか……その前に)

 

 奈落は一誠の左腕を注視する。

 するとタイミング良く、一誠の左手が輝き始めた。

 

「うぉ!!?」

 

 一誠は驚愕の声を上げる。

 その左手には、ドラゴンの腕の如き籠手が装着されていた。

 

『やっと出て来れた。……宿主が進化したおかげだな』

 

 籠手に嵌められたエメラルドの宝玉が輝くと、荘厳な男性の声が聞こえてくる。

 声の主は自己紹介を始めた。

 

『はじめまして、だな。宿主、そして悪魔諸君。俺の名はドライグ。これから共に歩んでいく仲だ。よろしく頼む』

 

 グレモリ―眷属は皆、ドライグの事を知っている。

 だからこそ、驚いていた。

 

 二天龍。

 魔王や神仏すら超える力を持ったドラゴンの王。

 世界最強の一角を担う存在達。

 その一角である、赤き龍帝。

 

 そんな存在が、律儀にも自分達に挨拶をしてくれたのだ。

 リアスは冷や汗を流しながら、頭を下げる。

 

「こちらこそ。これから共に歩む事ができ、光栄の至りです」

『ハハハ、そう固くなるな。何時もの調子で構わん』

 

 陽気に、されど厳かな雰囲気を崩さないドライグ。

 彼の意思はふと、奈落に向いた。

 

『そこの男も、これからよろしく頼むぞ』

「ああ。よろしく頼む」

 

 この時だけ、二人の声音は何処か――笑いを堪えているようにも聞こえた。

 だが、グレモリ―眷属一同はドライグの登場とその威圧感で、気付く事ができなかった。

 

「さて、じゃあ第二段階だな」

 

 奈落は指をパチンと鳴らす。

 瞬間、この屋敷一帯の時間の流れが――停止した。

 何の事はない。奈落の誇る妖術の一つだ。

 鬼神にとって、時間を停めるなど造作も無い事なのだ。

 

 今この場で動いていられるのは、奈落とドライグだけだ。

 

『そう簡単に時を停めるな。簡単に見えるではないか』

「実際簡単だからな。俺にとっちゃ」

 

 奈落は肩を竦めながらグレモリ―眷属に歩み寄る。

 そして、一人一人の額を指で小突き始めた。

 

『何をしているのだ?』

「情報を流し込んでいる。俺は既にコイツ等の成長した姿をイメージ出来てる。だからより効率的に成長できるように、予め脳内データをインプットしてんのさ。で、緩い鍵をかけておく。コイツ等には修行を始める前に、各々に製作しておいた修行データを渡す。そのデータ通りに修行をしていけば、鍵が徐々に解けていく。そうすればあら不思議、一週間後にゃ魔王クラスの悪魔達が誕生してる……って仕組みよ」

 

 奈落の話を聞き、ドライグは溜息交じりに言った。

 

『随分と優しいな。いいや、少し甘やかし過ぎではないか? わざわざ道標を作ってやるなんて。……今時の言葉で言うと、「ご都合主義」というやつか。そんなに寵愛を授けるとは、随分とその蝙蝠達に肩入れしているじゃないか。ええ? 鬼神殿』

「将来俺の手足になる、可愛い可愛い手駒だからな」

 

 奈落は不気味に嗤う。

 彼のグレモリ―眷属に対する「愛」は、親愛でも情愛でもない。

 圧倒的強者の座から捧げる、慈愛だ。

 故に彼等に、身の丈に合った成長など期待していない。

 成長の過程にも全く興味は無い。

 ただ、自分好みに仕上がってくれればいい。

 奈落はそう考えていた。

 

 それはまるで、ガラスケースにいる昆虫を愛でる人間の様。

 昆虫にもっと格好良くなって欲しいから、可愛くなって欲しいから。

 餌を選別したり、ケースの中の装飾を変えたりする。

 昆虫の意思など全くお構いなしに。

 

 ただただ、一方的な愛情。

 

 ドライグはそれを理解している。

 故に、乾いた笑い声を上げた。

 

『愛の形も千差万別、という事か。お前を見ていると、色々と考えさせられる』

「俺の愛は形が歪だが、愛である事に変わりはねぇ。それにコイツ等は幸せになってる。強さを手に入れる事で更に幸せになれるだろう。俺の愛は自分勝手で独善的だが、しかしコイツ等を幸せにしている。良い結果を出してる。故に文句はあるまい?」

『……クックック。本当に、いい性格をしているよ。お前は』

 

 その気になれば暴力と恐怖で世界を支配できるのに、わざわざ世間に合わせて行動している。

 しかし、その歪んだ愛は隠さない。自重もしない。

 むしろ、世間を上手く利用して――愉しんでいる。

 そう、遊んでいるのだ。

 

 奈落は最後に、一誠にデータを注ぎ終えるとドライグに告げた。

 

「イッセーには肉体の扱い方を中心に打撃系の格闘技を少々、つまりドラゴンの戦闘に最も適したデータをインプットした。後は頼むぜ。大丈夫か?」

『ああ。任せておけ。……ところで、例の「改造」はどうする? 今日にでも始めるか?』

「よろしく頼む。精神状態は安定してる。毎日俺の血を飲ませるから、ある程度の無茶もできる筈だ。後は、特別講師を準備した」

『特別講師……? 俺やお前以外にドラゴンに精通している存在がいるのか?』

「まぁな」

『五大龍王……しかし大半が表舞台から姿を消したと聞いている。邪龍も殆ど滅ぼされたと聞いたが……』

「お前は良く知ってるだろう。俺の女で、お前やアルビオンと同格の邪龍だよ」

 

 それを聞き、ドライグは「ああ」と納得した。

 

『成程。あの女か……』

「今回は一誠の師匠にソイツを付ける。一緒に頑張ってくれや」

『全く、最強クラスのドラゴンを師匠にでき、更には鬼神の加護を授かるとは、今代の宿主は幸運だな』

「俺達から見れば幸運だわな。だが、他の奴から見ればどうなのか――」

『俺達には関係あるまい。そもそもお前、そんな事一切興味無いだろう?』

「ハッハッハ」

 

 奈落は陽気に笑った。

 

 

 ◆◆

 

 グレモリ―眷属一同は瞳をパチクリさせた。

 彼女達は時が停められた事も、記憶を刷り込まれた事も知らない。

 奈落は先ほどの位置に戻っていた。

 

「よし、じゃあ最後に、お前等のために集めた特別講師達を紹介する」

 

 奈落の言葉にグレモリ―眷属達は曖昧な頷きを返す。

 全員が一瞬違和感を感じたが、特に何も無かったので、思考を中断させた。

 

 奈落の合図で入って来たのは、三名。

 内二名が手を振る。

 

「うぃ~っす。久しぶり~」

「はろはろ~♪」

 

 白髪の神父に、浴衣を着崩した妖艶な美女だ。

 一誠とアーシア、そして木場は、彼等に頭を下げた。

 

「この前はどうもありがとうございましたッ」

「ありがとうございましたっ」

「もう一度、お礼を」

 

「いいっていいって! 俺ちゃん達は仕事でやっただけだから!」

「気にする必要は無いにゃ~♪」

 

 陽気に笑う二名。

 彼等はグレモリ―眷属の前に赴き、一度自己紹介をした。

 

「初めましての方は初めまして。俺ちゃん、フリード・セルゼンっていいます。元・エクソシストですけど、今は旦那の部下として働いています。今後、顔を合わせる機会もあると思うんで、そん時はどうぞよろしく」

「私は黒歌。白音……あ~、小猫の実姉にゃん♪ よろしくね~♪」

 

 軽い調子の挨拶。

 グレモリ―眷属も頭を下げる。

 リアスと朱乃は、特に何も言わない。

 

 そう、本来であれば――

 リアスは黒歌を糾弾するべきなのだ。

 何せ彼女は、過去に小猫を見捨てたのだから。

 

 黒歌は当時、王であった上級悪魔を殺し逃亡した、はぐれ悪魔。

 その後、小猫は姉の所業を全方位から避難され、一度心を閉ざした。

 

 本来であれば、リアスと黒歌の対立は免れない。

 しかし、黒歌と小猫は既に和解していた。

 故に、リアスから言う事は何もない。

 では何故、二人は和解できたのか?

 

 同じ男を好きになり、同じ悪夢を見ているからである。

 

 話を戻す。

 全員は最後の一名に視線を向けた。

 

 瞬間、全身が総毛だった。

 絶世の美女。

 身長はグレモリ―眷属の誰よりも高い。180センチほどだ。

 服装は黒のスーツ一式。その上から黒のロングコートを羽織っている。

 立ち姿がしっかりとしており、肉感というか、質量を感じさせる。筋肉質なのだろう。

 

 黒髪はロングで、背中辺りでくくられている。

 顔立ちはリアスや朱乃を優に勝る至高の造形。

 しかしその瞳の鋭さと纏うオーラが、彼女を「恐怖」の二文字で彩る。

 瞳の色はサファイアの様な蒼穹。だが猛禽類を連想させるほどに鋭い。

 纏うオーラは雄々しくも禍々しさが秘められており、臆病な者が見れば悲鳴を上げるだろう。

 

 何より、グレモリ―眷属一同は、反射的に彼女に跪きそうになった。

 悪魔の因子が――彼女に膝を折ろうとした。

 

 どうして悪魔の因子がそう叫ぶのか――グレモリ―眷属達はわからなかった。

 故に、彼女の纏う凶暴なオーラによるものだろうと、全員は結論付けた。

 

 彼女は恭しくお辞儀をする。

 

「お初にお目にかかります。グレモリ―眷属の皆様方。私、千冬(ちふゆ)と申します。種族はドラゴン、性別は雌です。以後、よしなに」

 

 グレモリ―眷属の皆は、思わずお辞儀を返してしまう。

 奈落は口を開いた。

 

「さて、じゃあ修行を始める。リアスと朱乃、小猫は黒歌が担当。裕斗はフリード、イッセーは千冬だ。俺は全員を見る。修行内容は後で資料を渡す。各自、その資料の内容に従う様に。以上、解散!」

 

 奈落は手を叩く。

 一同は頷き、各々の修行を始めた。

 

 この一週間後、グレモリ―眷属は変貌する。

 一名一名が魔王と同等かそれ以上の力を持つ、若手悪魔とは到底呼べない強者に。

 

 ――ところで、千冬と名乗ったドラゴン。

 何故グレモリ―眷属達は、彼女に屈服しかけたのか?

 それは、彼女の素性に関係している。

 

 黒い龍(ディアボロス・ドラゴン)

 またの名を、邪龍王。

 かの二天龍と肩を並べた、邪龍達の女王。

 

 本名を――サタン。

 

 嘗てハダドと同等か、それ以上に聖書の神に疎まれた、最強最悪のドラゴン。

 旧四大魔王に忠誠を誓わせ、冥界を支配していた、魔王の中の魔王――魔神である。

 

 故に、悪魔という種族は彼女に逆らえない。

 無条件に忠誠を誓ってしまう。

 

 グレモリ―眷属の面々が屈服しなかったのは、彼女がオーラを極限まで抑えていたからだ。

 本来であれば跪き、そして顔を上げる事もできない。

 

 現存するドラゴンでは、無限の龍神オーフィスを除いて最強。

 戦闘技術、戦闘経験に関してはオーフィスを凌ぐ。

 イッセーの師匠に、これ以上適した存在はいなかった。

 

 

 ◆◆

 

 

 一週間後。

 修行を終えたグレモリ―眷属は、互いに無事強くなれた事を喜びつつ、再度友好関係を深める事にした。

 皆で屋敷周辺を散歩したり、修行の苦労話を愚痴ったり、ボードゲームで盛り上がったり。

 元々眷属という括りで繋がっている彼女達は、ものの数日で元の関係を取り戻した。

 今は更に親睦を深めている最中だ。

 

 一週間と四日目。

 時刻も夜になり、女性陣は露天風呂に入っていた。

 

「時差ボケも大分戻ってきたわね」

「ええ。今私達が学生だと思うと、凄く不思議な感じですけど」

 

 リアスと朱乃は湯に浸かりながら苦笑する。

 アーシアは彼女達の横で気持ち良さそうに湯を堪能しており、小猫はぷかぷかと浮いていた。

 

「ところで皆。もうそろそろ、互いの成長を確かめ合わない?」

「……どういう意味? リアス」

 

 リアスの言葉に朱乃が首を傾げると、彼女は妖艶に笑った。

 

「ほら、私達って四百年近く歳を取ったでしょ? 人間なら死んでしまうけど、私達は悪魔。一万年は生きるし、容姿を自由に変化させられる。今は全員、学生時代の容姿に設定してるけど――」

「……ああ、成程ね。なら、リアスは何年後の容姿が見たいのかしら?」

 

 つまり、リアスは成長した皆の容姿を見てみたいのだ。

 これもまた、悪魔ならではの楽しみである。

 

「十年後でどうかしら? それ位が、女性として最も魅力的になる年齢だと思うのだけれど」

「いいですわね。アーシアちゃんと小猫ちゃんも、一緒に遊んでみない?」

「ふぇ? 私は別に構いませんよ?」

「大丈夫です」

 

 皆の了承を確認し、リアスは嬉しそうに頷く。

 

「じゃあ、皆で一斉に変身しましょう。せーの……」

 

 瞬間、四名の美少女は、絶世の美女に変わった。

 

 リアスと朱乃は元々色気に溢れていたのに、更に色気が増した。

 胸の大きさと言い腰の括れと言い、学生時代の比では無い。

 正に、魅惑的な熟女だった。

 

 アーシアは元の清純さを保ちつつ、美しい女性に変貌していた。

 聖女では無く、聖母と言った方がしっくりくる。

 胸も一段と大きくなり、母性に満ち溢れていた。

 

 小猫は元々短髪だったのが長髪に変わり、胸も一段と大きくなっていた。

 小柄な身体なのは変わらないのが、それがまた危険な魅力を醸し出させている。

 その美しさは彼女の姉、黒歌に通じるものがあった。

 

「あら、皆綺麗になるのね~っ」

「うふふ、アーシアちゃんも立派になって」

「リアスお姉様も朱乃お姉様も綺麗です~っ。小猫ちゃんも凄く魅力的になって」

「後十年したら、この肉体が手に入る……よしッ」

 

 それぞれ喜び、笑い、楽しそうにしていた。

 すると、更衣室から二名の女性が現れた。

 千冬と黒歌だ。

 

「……む? 皆様。成長した姿をしておりますね。大変お美しいです」

「にゃ~んッ♪ 白音ちょ~美人になってるじゃ~ん! お姉ちゃんにそっくりだよ~!」

 

 千冬は賛辞の言葉を述べ、黒歌は妹の成長に大はしゃぎしていた。

 しかし、グレモリ―眷属の女性陣は驚きで固まっていた。

 彼女達の視線は、千冬の肢体に注がれている。

 

 スタイル抜群で且つ均整がとれている。

 しかしそれは、リアスも朱乃も一緒だ。

 彼女達の視線を釘付けにしているのはソコではない。

 

 筋肉だ。

 

 男の様にガチガチという訳ではない。

 が、一目見れば筋肉質である事がわかる。

 特に腹筋。

 薄く割れ目が入っているソレは、女性から見ても格好良かった。

 

「……??」

 

 千冬は不思議そうに首を傾げながらも湯を浴びる。

 そして、黒歌と一緒に湯に入った。

 

 グレモリ―眷属一同は考える。

 千冬は、奈落に一番気に入られている女性だ。

 奈落の態度でわかる。

 奈落の彼女に対する態度が、明らかに違うのだ。

 

 グレモリ―眷属は上手く言い表せない。

 しかし、なんとなくではあるが――

 

 愛の「形」が、違う様な気がしたのだ。

 

(もしかして、御主人様って筋肉質な女性の方が好みなのかしら?)

(戦士系の女性が好み、という事ですかね?)

(う~っ)

(……それなら、私にも勝機がある)

 

 それぞれ思惑を巡らせる。

 が、それらは全て勘違いである。

 しかし「愛の形が違う」というのは正解だった。

 

 奈落は千冬を対等な存在とはいかなくても、女として「普通」に愛していた。

 その愛の形は、情愛であり親愛だ。

 しかしリアス達に向けられている愛の形は、侮蔑を交えた慈愛だ。

 

 その違いを、グレモリ―眷属の女性達は最後まで気づけなかった。

 

 すると、アーシアは緊張した声音で千冬に告げる。

 

「あ、あのっ、千冬さん!」

「む、どうされましたか? アーシア様」

「あ、あああ、あのっ、奈落さんに……その、えっと」

「?」

 

 アーシアは顔を真っ赤にしつつも、頑張って最後まで言う。

 

「奈落さんに好かれる方法とか、知ってたら、教えてくださいっ!!」

 

 彼女の発言に、他のグレモリ―眷属も便乗する。

 

「私も是非聞きたいです」

「ご教授、お願いできますか?」

「お願いします」

 

 四名に頭を下げられ、千冬は瞳をパチクリさせつつも、最後にはフッと表情を緩めた。

 

「何の事はありません。どんな形であろうと、それが愛であるなら、あの方は受け止めてくれますよ。笑顔でね。……どんなに拙くても、不器用でも、優しく包み込んでくれる筈です」

 

 そう、奈落は慈悲深い。

 向けられた愛には必ず応える。

 そして、どんなに矮小で醜い存在も受け入れる。

 

 その慈愛は、ある意味で唯一神を凌ぐものだ。

 人間とは比べものにならない。

 

 人間は虫と交わらない。

 言葉も交わさないし、導こうともしない。

 醜くければ、より一層嫌悪する。

 卑下するならとことん卑下し、最終的には殺す。

 それが人間で言うところの、普通の感性だ。

 

 しかし彼は違う。

 どんな存在も愛でる。

 幸せにし、最高の夢を見せる。

 ライバルを散々穢した俗物たる神も「愛い」と笑ってのける。

 

 本来であれば、その愛は世界を包み込み平和にできるほど偉大なものだ。

 しかし、忘れてはいけない。

 彼は鬼の神であり、魑魅魍魎の神――つまり魔族の頂点だ。

 

「悪」という概念は、彼から始まった。

 

 彼は目的があって悪事を成すのでは無い。

 存在そのものが「悪」。

 故に、その行動の全てが「悪」に繋がってしまうのだ。

 

 呼吸をする様に他者を殺し。

 食事をする様に女を寝取り。

 慈しむ様に悪夢を見せる。

 

 金や権力が欲しいから。世界を救いたいから。

 そのような目的が無い。

 彼はただ――生きているだけなのだ。

 

 万人が見れば、万人が「悪」と答える――絶対悪。

 人間に限らず、神魔霊獣の負の感情――その根源であり、概念そのもの。

 それが、奈落なのだ。

 

 故に、彼の愛は全て歪んでしまう。

 どんなに尊い愛でも、存在そのものが「悪」な故に、歪んでしまう。

 彼が齎す幸せは、全て悪夢と成ってしまう。

 

 殊更厄介なのが、奈落が自身の愛の歪みを理解していて、「世界の常識」を弁えている事だ。

 彼は世界の常識を守りながら、悪事を働く。

 

 常識を守りながら悪事を働く。

 この矛盾の意味する事とは―――

 

 結果として皆を幸せにしているが、その過程は吐き気を催すほど邪悪であるという事である。

 

 そして最後に、彼は愚物を愛しているが、それと同じくらい自分を愛していた。

 故に欲望を抑え付けないし、我慢もしない。

 

『自分を愛せない奴に、他者を愛せる筈が無い』

 

 そんな、嫌悪感を抱く程、筋の通った思想を抱いて。

 

 千冬は奈落の在り方を完璧に理解しているので、グレモリー眷属に告げたのだ。

 奈落は、どんな形であろうと、それが愛であれば受け入れると。

 それが、奈落という男の在り方なのだと。

 

「なんなら、私の愛の形をお教えしましょうか? 参考になれば良いのですが……」

「いや、やめておいた方がいいにゃん千冬ねぇちん。皆ドン引きするから」

「そうだろうか? 仮にも皆様方は魔族。それなりに歪んだ愛の形も受け入れてくれると思うが」

「元妖怪で現悪魔の私でも、千冬ねぇちんの愛にはドン引きにゃん。ねぇちんの昔の部下も、何か言ってなかった?」

「……そうだな。うむ。やめておこう」

 

 嘗て、同じ話をした時の旧四大魔王の青ざめた表情を思い出し、千冬は口を閉じた。

 

 彼女の愛は、「殺し愛」だ。

 好きだから、引き裂く。

 慕っているから、踏み潰す。

 愛しているから――殺す。

 

 愛情を、暴力でしか表現できない。

 異常も異常。

 しかし彼女の種族を視野に入れれば、納得もできる。

 

 彼女は暴力の体現者、ドラゴン。

 中でも凶暴凶悪な事で有名な邪龍だ。

 

 頭のネジが数本外れた者が多い邪龍の中でも、彼女は極めて理知的で冷静だった。

 第一印象は――だが。

 彼女は邪龍達の女王であり、邪龍という存在の極致。

 故に当然、頭のネジが外れている。

 

 彼女は自分が邪龍である事を誇りに思っていた。

 故に邪悪であらんと、暴力的であらんとした。

 あらゆる悪逆を嬉々として成し、女子供老人であろうが口の端を歪めて皆殺しにした。

 それが邪龍王という存在の在り方だった。

 

 愛している。だから殺す。

 本気で殺す。

 貴方を尊いと思っているから、好きだから。

 だから私の流儀で、私の全てをぶつける。

 それで貴方が死んでしまったのなら、それまでの事。

 でも安心して欲しい。貴方の事は忘れないから。

 貴方の肉も内臓も、骨も、食らって、血肉にするから。

 

 彼女は今迄何名もの男に恋し、そして殺してきた。

 しかし後悔の念は無かった。

 だって、本気で愛せたのだから。

 全力で行った末の結末に、彼女は一切の悔いを残さなかった。

 

 しかし、出会ってしまったのだ。

 自分の殺意()を笑顔で受け止めてくれる存在と。

 彼は自分の愛の「形」を理解しながら、それでも「愛い」と受け止めてくれた。

 そして、幾ら本気で愛そうとも、彼は余す事無く受け止めてくれた。

 何より、邪龍としても、女としても、愛して貰えた。

 

 故に彼女は彼に――奈落に絶対の忠誠を誓っているのだ。

 愛しても愛しても倒れない、不屈の、そして絶対の――常闇の君主に。

 

 その話を以前聞いた黒歌は、全身に悪寒が突き抜けた事を覚えていた。

 惚気話をする彼女は、何時も冷静な彼女からは考えられないくらい、蕩けた顔をしていた。

 しかし内容は、どうしても理解できない、異質且つ異常なものだった。

 

 理解できない――というのは、生物にとって一番の恐怖なのだ。

 故に黒歌は、彼女に愛の「形」をグレモリ―眷属達に教えるな、と言ったのだ。

 そしてそれは、正しかった。

 

 ほっと胸を撫で下ろす黒歌。

 しかし次の瞬間――感じた。

 

 途轍もなく莫大で、されど静謐な神気を。

 この優美で冷淡な気を知っている黒歌は、温泉に入っているというのに冷や汗を掻いた。

 

「……」

 

 一方サタンは、仇敵の気配を感じ取ったのだろう。険しい表情をしていた。

 空を見上げるその瞳は何時にも増して鋭く、歯ぎしりを起こす口元から犬歯を覗かせていた。

 

(サタンねぇちん……ヤバくない? アイツ、奈落にちょっかい出すかも……)

(……いや、いい。誠に遺憾ながら、あの堕神と主様は友人関係。我々がどうこう言う話ではない)

(……)

 

 念で会話を終えた後、黒歌は猫耳をしおしおとさせた。

 奈落が心配なのだ。

 何せ、今感じ取った気配は――奈落と唯一互角に戦った、異教の神のものだったからだ。

 

 黒歌は夜空を見上げる。

 輝く月はそのままだ。

 だと言うのに、先程まで五月蠅いほど鳴いていた虫達の鳴き声が、ピタリと止んでいた。

 静寂が、この屋敷を包み込んでいた。

 

 

 ◆◆

 

 

 屋敷の外にある中庭で。

 昔からの着慣れた黒浴衣に白着流しをはためかせ、奈落は先程まで自作の白桃酒を飲んでいた。

 そして今は、口の端を吊り上げながらある男に視線を投げかけている。

 

「よォ。久々だな――ハダド」

 

 ハダド――そう呼ばれた美男は、ゆったりと瞼を開いた。

 覗かせるのは金色の双眸。

 艶のある緋色の長髪を靡かせる姿は、男の奈落をも感嘆させる程に美しい。

 高貴な、されど豪勢でも無いローブを纏っている彼は、一歩一歩、歩を進める。

 すると、彼の足元から花や草木が生え、そして一瞬で枯れていく。

 隠しても隠し切れない、彼の豊穣神の権能の現れだった。

 

 彼は奈落の横に座り、ゆらりと微笑む。

 全知全能の神すら造り出す事は不可能であろう、端正過ぎる顔立ちがふわりと緩んだ。

 

「久しいな。朋よ」

「丁度お前と話をしたいと思っていた。……自作の白桃酒だ。飲むか」

「貰おう」

 

 奈落は指を鳴らしてもう一つ杯を準備し、ハダドに手渡す。

 薄く濁った白桃酒を注げば、ハダドは優美に呷った。

 

「……美味い」

「最近、美味い酒を造れる奴がめっきり減った。自分で造った方が幾分マシだ」

「神代の時代が終わり、人間は科学と己の技術のみを頼りにしている。あまり期待してやるな」

「ハッ」

 

 奈落が鼻で嗤うと、ハダドが黄金の酒瓶と杯を二つ出す。

 

「出向いておいて土産の一つも無いというのは些か無礼だろう? ディオニュソスの葡萄酒だ。毎度ウガリットの酒では飽きると思ってな」

「気が利くじゃねぇか。ギリシャ神話最高のワインたぁな」

 

 ディオニュソス。

 オリュンポス十二神の一柱だ。

 豊穣、ワイン、酩酊を中心に、ブドウ栽培・祝祭・狂気・同性愛・異性装・転生・演劇等などを司る。

 彼の作るワインは人間を狂乱させるほど美味であり、神仏を中心とした人外からは最高級のブランドものとして愛されていた。

 

 黄金の杯に注がれるワインの香りを堪能し、喉に流し込む奈落。

 その後、熱い溜息を吐いた。

 

「美味い……」

「それは良かった」

 

 頬を緩めるハダド。

 しかし奈落は、訝し気に彼を睨んだ。

 

「で、何の様だ?」

「何、お前を少しからかいに来ただけだ。お前の歪んだ顔は、俺の嗜虐心をそそる」

「ほざけよ皮肉屋。ぶっ殺すぞ」

「生憎、俺は最高位の豊穣神でな。生死という概念そのもの故、死にたくても死ねないのだよ」

 

 嘗て最も偉大な神であったハダドは、様々な神仏の起源になった始祖神の代表格だ。

 天空神、豊穣神、太陽神、戦神、予言神、いずれの分野においても最高位の権能を保持している。

 

 ニヒルに笑いながら肩を竦める彼に、奈落はフンと鼻を鳴らした。

 

「そう邪険にするなよ、朋よ。お前と語らい酒を飲むのは、俺の数少ない楽しみでな」

「……」

「故に寂しかったのだぞ? 最近俺を誘わず、愚物共と戯れているだろう。……妬いてしまうな」

 

 艶のある声で囁くハダド。

 奈落の背筋に悪寒が走った。

 その様子を見て、ハダドはクツクツと喉を鳴らす。

 

「テメェ……」

「本当に良い反応をするな、お前は」

 

「……」

「……」

 

 奈落がゴスンとハダドの頭にチョップを食らわす。

 すると、ハダドはすかさず奈落の脇に拳を叩き込んだ。

 ゴスゴス、ドスドスと、打撃の応酬を始める二名。

 端から見れば戯れている様に見えるが、その一撃一撃は魔王クラスを木っ端微塵に出来る威力を内包していた。

 

「俺に似た容姿の小娘を抱いた気分はどうだった? 是非教えて欲しいものだな」

「ほざけ。俺の可愛い可愛い手駒を、テメェみてぇな根暗野郎と一緒にすんじゃねぇ」

 

 二名は毒を吐き合いながら、高度な打撃合戦を繰り広げる。

 すると、来訪者が現れた。

 赤髪にエメラルドの瞳を持った、精悍な男性だった。

 その容姿には、何処か兵藤一誠の面影を残している。

 彼を見たハダドは、奈落との喧嘩を止めて口の端を歪めた。

 

「ほぉ……どういう方法を用いたのかは知らんが、神器から抜け出せたのか? ドライグ」

「完全に、とは言えん。だが相棒――今代の宿主を徹底的に『改造』したおかげで、肉体を借りて外に出る事が可能になった。俺が出ると容姿が激変してしまうから、ほんの僅かしか面影は残らないがな」

「成程。そのオーラは、悪魔とドラゴン。それに――」

 

 ハダドは奈落に視線を投げかけ、嗤った

 

「中々良い趣味をしているではないか。奈落」

「暇潰しでしてみたんだが、意外に面白くてな。興が乗った」

「クックック」

 

 ハダドは喉を鳴らすと、席に座り直す。

 そして、ドライグに手招きした。

 

「今は小さき朋よ。今宵は良い月だ。鬼神もいる。一緒に酒を飲まないか?」

「飲もうぜドライグ。コイツと二人きりだと、気持ち悪くてしゃあねぇ」

 

 二名の誘いに、ドライグは頭を掻いた。

 

「最強の始祖神と無敵の鬼神からの誘いか……乗らない訳にはいかぬよな」

 

 ドライグは苦笑しながら、二名の元へ歩みを進めた。

 

 

 

 

 

 

 








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原作二巻分 下 ★

この話には情事シーンがありません。注意してください。


 レーティングゲーム開始直前。

 ステージは若手のグレモリ―眷属に配慮され、駒王学園に設定されていた。

 

 ライザー眷属の陣営にて。

 王たるライザーは眷属達と作戦を確認し、既に臨戦態勢に入っていた。

 

 その中で、レイヴェルだけが険しい表情をしていた。

 彼女は密かに奈落から警告を受けていたのだ。

 

『怪我したくなかったら早々に投了(リザイン)しておきな。お前だけでもな』

 

 その言葉に、レイヴェルは不満を抱く。

 

(……奈落様の忠告。どういう意味かしら)

 

 レイヴェルは自慢の王佐の才で、戦況を把握する。

 グレモリ―眷属とライザー眷属。普通に戦えばライザー眷属が勝つ。

 総合戦力、戦闘経験、更にはフェニックスの涙(フェニックス家の特産品である超高性能の回復薬)という秘蔵の品。

 ライザー眷属が負ける可能性は、万に一つも無い。

 

 更にグレモリ―眷属の個別資料も確認していたレイヴェル。

 個々の潜在能力は凄まじいものだが、まだまだ経験不足。

 いわば原石であり、現段階ではライザー眷属の脅威足りえない。

 

 レイヴェルはそう結論付けていた。

 

 しかし、奈落のあの言葉。

 もしも本当なら、グレモリ―眷属が相当強化されているという事になる。

 

(ありえない……たった二週間で出来る事なんて限られていますわ)

 

 どんなに効率的な修行をしても、二週間で成長できる幅は限られている。

 

 そもそも修行をしていない場合もあるのだ。

 悪魔とは元来、己の才能と感性のみで戦う生き物。

 

(反則技? 八百長? それとも――) 

 

 様々な観点からこの試合を見据えるレイヴェル。

 だがやはり、グレモリ―眷属がライザー眷属に勝てるビジョンが浮かばない。

 

 結婚騒動の延長線とはいえ、この試合は公式のレーティングゲーム。

 不用意な手段を用いれば、評価を下げるのはグレモリ―眷属の方だ。

 

(……考え過ぎ、ですわね)

 

 レイヴェルは肩を竦めた。

 

「どうした? レイヴェル」

「いいえ。何でもありませんわ」

「そうだ。お前から何か案はあるか?」

「特にありません。ライザーお兄様が何時も通りの試合をすれば、勝利は早々に見えてきます」

「そうか……そうだな」

 

 ライザーは頷く。

 そう、何時も通りにすれば勝てる。

 何の不安も無いのだ。

 

『所定の時間になりました。これより、グレモリ―眷属とライザー眷属のレーティングゲームを始めます』

 

 審判のグレイフィアのアナウンスが聞こえてくる。

 ライザー眷属は転移魔方陣の光に包まれた。

 

(……もしかすると、私を揺さぶる甘言だったのかもしれませんね)

 

 レイヴェルはやれやれと溜息を吐いた。

 

 彼女は至らなかった。

 相手が四百年も修行し、更に激烈なドーピングの施された――

 

 魔王クラスの集団である事を。

 

 いいや、彼女で無くとも至れる筈がない。

 僅か二週間で若手悪魔を魔王クラスにまで引き上げる事が出来るのは、『力』が何たるかを誰よりも理解している――鬼神、奈落しかいないのだから。

 

 

 レイヴェルは奈落がどんな存在か、未だ知らない。

 

 

 ◆◆

 

 

 数分後。

 レイヴェルは痛烈に思い知る事になった。

 奈落の言葉の、真の意味を。

 

『ライザー様の兵士、二名。リタイアです……』

 

 グレイフィアのアナウンスが無情に流れる。

 しかし、グレイフィアもまた、驚愕を隠しきれないでいた。

 何せ、リタイアした兵士が吹き飛んだのだ。

 

 場外まで。

 

 嫌な音を響かせ、場外を突き抜けたのだ。

 あの音は、確実に命を断つ音だった。

 

「……」

 

 レイヴェルの目の前に佇むのは、全ての元凶。

 白髪の美女だ。

 男性用の白いチャイナ服に身を包んでいる。

 容姿的年齢は二十代半ば。

 チャイナ服の上からでもわかる豊かな胸。すらりとした四肢。

 レイヴェルの目から見ても、美しいと驚嘆せしめる程に魅力的だった。

 

 レイヴェルは我が目を疑った。

 何せ彼女は――未だその年齢に達していない筈だからだ。

 

 塔城小猫

 

 彼女は二撃、拳打を放った。

 一名に一撃ずつ。

 その威力は、規格外という言葉が最も当て嵌まった。

 

「残り三名ですか……てっきり正面から総力で押し潰してくると思ったのに。ハズレですね」

 

 無表情で、淡々と現状を把握する小猫。

 レイヴェルも他の二名も、唖然としていた。

 予想を遥かに超える事態に、思考が停止しているのだ。

 

「……では、早々にケリをつけましょう」

 

 小猫はスッと拳を構える。

 ユラリと、彼女の総身からオーラが漂った。

 

「!!!」

 

 レイヴェルは悟った。

 彼我の実力差を。

 目の前にいる女性は自分達では到底敵わない、バケモノである事を。

 

「皆さん、逃げ……ッ」

 

 

「遅いです」

 

 

 まず、騎士の女性に一撃。

 勁のこもった踏み込み、震脚で瞬時に距離を詰め、肘撃(肘での一撃)。

 鳩尾にモロに入った騎士はふっ飛び、木々を捻じ伏せ終着点の体育館を半壊させた。

 

「ぁ……っ」

 

 もう一名。

 兵士の女性が反応した時には、既に遅い。

 肘撃から流れる様な動作で背面での体当たり、鉄山靠。

 兵士は辛うじて防御を固めたが、その防御ごと粉砕された。

 彼女もまた、遥か彼方まで吹き飛んでいった。

 

「……さて、最後は貴女です。ライザー様の妹君」

「……ッッ」

 

 レイヴェルは思わず後ずさり、そして尻餅を付いた。

 大地を砕く程の踏み込み。そして一撃必殺の拳打。

 博識な彼女は知っていた。

 

 八極拳。

 中国拳法でも随一のパワーを誇る拳法。

 放たれる拳打の一撃一撃が必殺の威力を誇る。

 

 レイヴェルの脳が、勝手に現状把握を始める。

 

 彼女が八極拳を習得しているというデータは存在しなかった。

 しかし、二週間でこのレベルの八極拳を習得できるとは考え難い。

 

 コンマ数秒の間に現状把握に勤しむレイヴェルの脳に、恐怖の言霊が響き渡る。

 

「貴女は以前の婚約騒動の際、御主人様に不躾な視線を送っていましたね……」

「!!!」

 

 レイヴェルは奈落に調教される前。

 ライザーとリアスの婚約騒動の際に、奈落を親の仇でも見るような目で見ていた。

 その事を、小猫は覚えていた。

 

「御主人様は何とも思っていない様ですが……私は不快でした。凄く、物凄く不快でした。この鬱屈を晴らせる機会が巡って来たと思うと、感謝の念を禁じ得ません」

 

 バキバキ、と片手の指の骨を鳴らしながら拳を握りしめる小猫。

 その金色の瞳に渦巻く、途方もない殺気に――

 レイヴェルは思考を全て中断させ、泣きながら、大声で告げた。

 

 

投了(リザイン)しますッッ!!!!!」

 

 

 恥も外見も無い。

 目前に迫る殺意と暴力に、レイヴェルは唯一の手段を取ったのだ。

 場外に消えていくレイヴェル。

 

「……」

 

 小猫は心底不快そうに眉を顰めながら、空を見上げる。

 

「こちらは完了しました。朱乃さん。後はお願いします」

 

 

 ◆◆

 

 

 遥か上空で。

 小猫の声を聞き取った朱乃は、クスクスと微笑む。

 

「小猫ちゃん、随分とご機嫌斜めですわね。……さぁて、じゃあ、私もお仕事を致しましょう」

 

 彼女は小猫とは違い、学生時代の容姿のままだ。

 服装は巫女服。

 その背には、悪魔と堕天使の翼が生えていた。

 

『以心伝心』

 

 朱乃は瞳を閉じる。

 すると、彼女の脳内にレーティングゲームの会場が全て映し出された。

 そして、会場で動く全ての存在の位置と、脳内で考えている内容が入ってくる。

 

「……ライザー眷属の皆様方。相当動揺していますわね。まぁ、開始早々に五名も撃破されては、ねぇ。それも、若輩者の集団に」

 

 朱乃は苦笑しながらも、瞳は閉じたままだ。

 そのまま、空いている手を天に掲げる。

 

「では、そのまま終わらせてしまいましょう」

 

 朱乃の宣言と共に、何処から共なく雷鳴が轟く。

 空気が砕け、裂ける音が会場全域に響き渡った。

 

「では最初は――――

 

 

『3000万ボルト・鳴神』

 

 

 刹那、会場に落雷が数本、迸る。

 極大の稲妻は空気を切り裂き、ライザー眷属達にピンポイントで直撃した。

 

『……ライザー様の騎士一名。僧侶一名。兵士五名。リタイアです』

 

「あらあら……3000万ボルトは流石に大きすぎたかしら?」

 

 朱乃は困った様に頬に手を当てる。

 これでも、朱乃は手加減した。

 威力もそうだが、雷に光を混ぜて「雷光」にしなかった。

 雷単体での一撃だった。

 

 しかし、たとえ悪魔でも3000万ボルトは致命傷になりうる。

 10万ボルトでも人間にとってはオーバーキル。確実に殺す事が可能だ。

 3000万ボルトともなれば、歴戦の上級悪魔であろうと無事では済まない。

 

「やってくれたわね……ッ」

「あらあら」

 

 よろめきながらも羽ばたいてきた女性に向かって、朱乃はクスクスと微笑んだ。

 

「これはこれは、ライザー様の女王殿。流石に貴女はしぶといですわね」

「当たり前よ……ッ」

 

 と言いながらも、女王は秘策であるフェニックスの涙を使ってギリギリ回復したのだ。

 フェニックスの涙が無ければ、リタイアしている。

 

「この雪辱。万倍にして返してあげるわ……」

「できるものなら」

 

 優美に微笑む朱乃。

 女王は得意の爆撃魔法で、朱乃の周囲を起爆した。

 中級悪魔であれば、木っ端微塵に出来る威力だ。

 手加減はしていない。

 先程の意趣返しだった。

 

「何処を狙っておりますの?」

「!!?」

 

 背後から声が聞こえて来た。

 女王は振り返る。

 すると、背後で優雅に羽ばたく朱乃がいた。

 

「私はここですよ? もう一度放ってみてはいかが?」

「こんの……ッ」

 

 女王は苛立ちを乗せて爆撃を放つ。

 しかし当たらない。

 全く当たらない。

 

 朱乃は目にも止まらない速さで瞬間移動していた。

 優々と背後を取られる。

 女王は焦燥で、徐々に理性を失っていった。

 

「アァ!!!」

 

 渾身の爆撃が――直撃した。

 やった、そう確信した女王。

 しかし……

 

「わざと当たってあげたのも気付かないなんて……弄り甲斐がありますね。貴女は」

 

 そこには、右半身を吹き飛ばされながらも微笑を絶やさない朱乃がいた。

 女王は戦慄する。

 吹き飛ばした筈の朱乃の右半身が、雷の粒子となって戻ってくるのだ。

 あっと言う間に、朱乃は全快になった。

 

「生憎、私に物理攻撃は一切通じません。それに――先ほどから貴女の攻撃は全て読めていますの」

「そ、そんな……! 「そんなのありえないッ!!」……!!?」

「うふふ」

 

 自分が言おうとした言葉を先に言われ、女王は唖然とした。

 朱乃は微笑を絶やさず、手を掲げる。

 

「貴女は少し耐久力があるみたいだから、もう少し威力を上げても大丈夫ですわよね? ……フェニックスの涙が無くても、耐えてくださいね?」

 

 朱乃は彼女がフェニックスの涙を使って回復した事を知っていて、尚もその様な言葉を告げる。

 優美な微笑が、蔑みの冷笑へと変わった。

 

「さようなら。爆弾女王(ボムクイーン)様」

 

 

「おのれ……ッッ、おのれェェェェェェェェ!!!!!!!」

 

 

 甘美な悲鳴を聞きながら、朱乃は瞳を閉じる。

 

 

『一億ボルト――建御雷(タケミカヅチ)

 

 

 瞬間、黄金の稲妻が轟き落ちる。

 その雷光は、会場の隅々にまで行き届いた。

 

 

 ◆◆

 

 

 ライザー・フェニックスは動揺を隠しきれなかった。

 それでも、勝利するためにグレモリ―眷属の陣地に奇襲を仕掛けていた。

 彼はアマチュアでは無い。

 どの様な事態に陥ろうとも、勝利する。

 この大前提を見誤る事はない。

 

「クソッ……」

「……」

 

 ライザーは堪えきれず舌打ちを漏らす。

 戦車の女性はその様子を見て、やるせない想いを抱いていた。

 

 彼女の肢体は既に奈落のモノだが、その忠誠心は枯れていない。

 動揺を必死に噛み殺す主を見て、彼女も唇を噛み締めていた。

 

 簡素な罠を抜けていくと、グレモリ―眷属の陣地である旧校舎に辿り付いた。

 旧校舎の前には、兵藤一誠と木場裕斗。アーシア・アルジェント。

 そして、リアス・グレモリ―が佇んでいた。

 

 その堂々とした在り様。

 ライザーは苦渋の顔を、必死に笑顔で覆う。

 

「強くなったな。リアス……いいや、強くなり過ぎだ。この二週間で何をした?」

「修行よ。内容は少し特殊だけど、ね……」

 

 ライザーと戦車が臨戦態勢を取る。

 すると、一誠と裕斗が構えた。

 しかしリアスは、眷属達を手で制した。

 

「……どういうつもりだ。リアス」

「生憎、この子達はまだ調整段階なのよ。もしもの時は戦うけど……この戦況なら、必要無いわ」

「舐めてくれるな。……俺と横に控えている戦車は、俺の眷属内でも最強の戦力を誇るんだぞ?」

「知ってるわ。それを踏まえて、必要無いと判断したのよ」

 

 リアスの言葉に、ライザーはこめかみに青筋を立てた。

 彼女の言葉が虚勢で無い事はわかっている。

 だからこそ、腹立たしかかったのだ。

 

 以前まで若輩者だった小娘に、コケにされる。

 男としての、大人としての、矜持がズタズタにされた。

 

 ライザーは勢い良く焔を吹き出し、闘志と怒気を剥き出しにする。

 

「婚約者だからと言って、その無礼は見過ごせん。……少々痛い目を見て貰うぞ」

 

 その言葉に、リアスは小さく鼻で笑う。

 そして一歩、前に出た。

 

「部長……」

「僕達は大丈夫ですよ?」

「いいえ。奈落の言いつけを守りなさい。無理な行動は控えるよう言われたでしょう?」

「「……」」

 

 一誠と木場は渋々引き下がる。

 前に出たリアスは、ゆっくりとライザー達に手を掲げた。

 

「正直ね。こんなお遊戯は早く終わらせたいの。この後に、何よりも幸福な時間が待ってるから……」

 

 リアスは蕩けた表情でそう囁きながら、手に消滅の魔力を収束させる。

 その魔力は、一般的に知られる消滅の魔力とは決定的に違った。

 一般的な消滅の魔力の色は、紅と黒。

 しかし今リアスの手に収束している魔力の色は――眩い程の亜麻色だった。

 

 

「だから、ね? 消えて?」

 

 

 リアスは微笑を溢しながら、消滅の魔力を解き放つ。

 ライザーは、彼女の消滅の魔力の真相を解明した。

 が、それと同時に亜麻色の閃光に包まれた。

 

 バシュンと、簡素な音が鳴った。

 

 余波も無い。

 しかしリアスの前方、扇状数百メートルが跡形も無く消滅していた。

 森が、大地が、丸ごと飲み込まれたかの様な。

 まるで初めから、そんな光景であったかの様な――

 

 そんな、異常な光景だった。

 

『ら、ライザー様の戦車。一名リタイア」

 

 ここに来て、グレイフィアは初めて動揺を声音に出した。

 無理もない。リアスの今の力は、消滅の魔力の中でも異例だったからだ。

 

「……その魔力ッ」

 

 戦車はリタイアしたが、ライザーは健在だった。

 炎と風、そして不死を司るフェニックス家の純血であるライザーは、消滅した程度では死なない。

 彼は憎々し気にリアスを睨んだ。

 

「破滅の極光……ッ。バアル家の血筋でも過去、数名しか宿せなかったといわれる消滅の魔力の亜種を、何故君が……」

 

 破滅の極光。

 消滅の魔力の亜種、突然変異とも呼ばれている。

 その威力は、一般的に知られる消滅の魔力の数十倍。

 あまりの威力に、食らった対象は自分が消滅した事すら気付けないという。

 

 現在、その魔力を宿した存在はたったの三名。

 その内の一名が、リアスの実母――ヴェネラナだった。

 

 リアスは小首を傾げながら言う。

 

「お母様が宿しているんですもの。私が宿しているのは、然程不思議ではないでしょう?」

「馬鹿を言うな!! 直系で継げる力で無い事は歴史が証明している!!」

「でも、今貴方を消滅させたのは紛れもなく破滅の極光だったでしょう?」

「ッ」

 

 ライザーは奥歯を噛み締める。

 リアスは瞳を閉じた。

 

「でも、この力だけで貴方を完全に倒すのは骨が折れそうね。フェニックス家の不死の力は精神力に直結してるから、心を折らない限り何度でも蘇るのでしょう? 貴方は今、怒りで高揚状態になってるから、この程度じゃ倒れないでしょうね。……ハァ、フェニックスというのは厄介ね」

 

 溜息を吐くと、リアスは背後に手を回す。

 

「だから、私も出し惜しみはしないわ。本気で屈服させてあげる……」

 

 リアスが取り出したのは、旧式の二丁拳銃だった。

 豪勢な意匠の施された二丁を見て、ライザーは目を大きく丸めた。

 

「何故、君がその銃を……ッ」

「お母様から頂いたのよ。フフフッ……」

 

 リアスは銃に破滅の極光を込める。

 そして、放った。

 

 只でさえ馬鹿げた威力の破滅の極光が超圧縮され、光線として放たれた。

 その威力は素で放たれるのとは訳が違う。

 

 ライザーは一撃目こそ避けるが、二撃、三撃目を避けられない。

 そのままマシンガンの如き光線の連射を浴びた。

 

 リアスは敢えて急所を外していた。

 痛みをより感じさせ、ライザーの精神力を削いでいるのだ。

 地道だが、確実な方法だった。

 

 ライザーはガリガリ精神力を削られ、眩暈を起こす。

 体勢を立て直そうにも、二丁拳銃から放たれる極光の豪雨に成す術を持たない。

 ライザーは堪え切れず、悲鳴の様な声で宣言する。

 

 

「キャスリングッ!!!!」

 

 

 すると、ライザーが転移する。

 代わりに、ライザーの陣地で待機していた最後の眷属である戦車が現れた。

 

 戦車は成す術無く光線の嵐に晒され――直撃寸前で自動的に退場した。

 

 

 ◆◆

 

 

 その頃、本来の駒王学園の旧校舎にて。

 部室で寛ぎながらレーティングゲームを観戦している奈落は、機嫌良さそうに唇を歪めていた。

 

「うっわぁ……エグいわー。相手さん可哀想だわー」

「にゃ~ん? 心にも思って無い事言うんじゃないわよ。糞神父」

「心外だぜ糞猫。マジで同情してんだぜ? ほんのちょっとな」

 

 奈落の横で観戦しているフリードと黒歌。

 フリードは奈落に聞く。

 

「なぁ旦那。あの手駒達にどんな強化したんだい?」

「ア? そうだな。黒歌は携わってたが、お前は裕斗に付きっきりだったもんな」

「そうなんスよー」

 

 奈落はラムをグラスに注ぎながら、説明を始める。

 

「まず、全員四百年間みっちり修行を詰ませた。俺が造り出した多種多様な敵と戦わせて、戦闘経験は超一流。その点を踏まえて説明する」

 

「最初は小猫。八極拳を極めさせた。後は劈掛拳、心意六合拳、形意拳、八卦掌、太極拳なんかの中国拳法を一通り。妖術と仙術も超一流にした。猫又特有の聖なる炎「火車」も体得させた。しかし小猫は姉の黒歌より妖術と仙術の才能は一歩劣る。が、格闘の才能は上だ。出来上がったのは近接寄りのオールラウンダー。近距離がメインだが、妖術で遠距離でも戦え、仙術でのサポートもできる。「火車」の力で対魔族に強い。だがアイツの真価は「圏境」だ。森羅万象と一体化し気配を極限まで薄める、一種の透明化だな。物理、魔法での探知が不可能、結界も通り抜ける。気配の遮断率は相手が触られても気付けねぇレベルだ。この「圏境」を用いた闇討ちと、どんな戦況でも十全の働きが出来る万能性が小猫の真骨頂。しかし……今回は殆ど見せ場が無かったな」

 

「次に朱乃。コイツは女王の特性を遺憾無く発揮させた。戦車の特性で雷撃の威力を底上げ、最大10億ボルトを叩き出せるようにした。次に騎士の特性で速度の強化。朱乃はインターバル抜きで雷速で移動できる。電磁波で反射神経を鋭敏化させてるから、アイツが本気になれば魔王でも捉えられねぇだろう。最後に僧侶の特性。これは俺の妖術を独自にアレンジした「以心伝心」を極めさせた。以心伝心は謂わば読心術。朱乃の電磁波を読み取る力も合わせて、その効果範囲は半径数十キロに及ぶ。要するに都市一帯の範囲が朱乃の攻撃範囲って事だな。以心伝心で相手の位置や感情を完璧に把握して、落雷を落す。近寄られても雷速で距離を取ればいい。ついでに常時雷化してるから物理攻撃を無効化できて、薙刀術も達人クラスにしたから近接戦闘も難なくこなす。眷属の最強格たる女王に相応しい、完璧な戦闘力だな」

 

「最後にリアス。母親のヴェネラナからの遺伝が少しあったから、それを利用して破滅の極光を習得させた。これだけでも十分なんだが、ヴェネラナに頼んで専用の二丁拳銃を持たせた。この二丁拳銃の持ち主はヴェネラナの父親――つまりリアスの爺さんだ。コイツは元々、消滅の魔力を微量しか宿していなかったらしい。それを補うために専用の二丁拳銃を作って、それに消滅の魔力を込めて圧縮する事によって威力を上げていたんだと。そのおかげで、爺さんは歴代バアル家でも最高クラスの攻撃力を誇っていたみたいだ。消滅の魔力の突然変異である破滅の極光に、専用の二丁拳銃。まさに鬼に金棒ってわけよ。ついでに蹴り技中心の格闘技を少々。しかし、リアスに必要なのは戦闘力じゃなくて王としての采配だ。小猫や朱乃と違って戦闘力を強化するだけじゃなく、戦術や軍略。そして帝王学を先行させた。もしも魔王になっても何ら問題無い程度になってる」

 

「「……」」

 

 奈落の説明を最後まで聞いたフリードは引いており、黒歌も改めて内容を聞いて引いていた。

 

「強化しすぎじゃないスか?」

「私も改めて思った。下手したら魔王倒せるでしょ。あの子達」

 

「お前等よりマシだろ?」

 

 奈落にそう言われ、二人は肩を竦める事しか出来なかった。

 何せ、その通りだったからだ。

 

「裕斗とイッセー、アーシアはまだ成長段階だから、後々のお楽しみだ。最も、木場だけはフリードが知ってるだろうがな」

「うっす。凄いっスよ木場きゅん。あともう少しであの子達に負けず劣らずのバケモノになりますわ」

 

 奈落は満足げにラムを呷る。

 黒歌は彼の横顔を眺めながら、不意に質問した。

 

「ねぇ奈落」

「何だ」

「どうしてこんな面倒な事をするの?」

「……どういう意味だ?」

 

「だって、こんな子供遊びみたいな戦闘、奈落が出ればすぐに片付くじゃん。フェニックス家の坊ちゃんも魔王達も、奈落なら言いくるめる事ができるでしょ?」

 

 彼女の純粋な疑問に、奈落は溜息を吐く。

 

「……ったく、お前には前に説明しただろう?」

「過程を楽しみたいってやつ? でもそれは女を口説く時でしょ? 奈落、基本的に面倒事は嫌いって言ったじゃん」

 

 奈落は一口ラムを含むと、黒歌に笑いかける。

 

「あのな? 餓鬼同士の喧嘩に大人が割り込んでどうすんだよ。確かに割り込むのは簡単だが、そんなの格好悪いだろう? 『俺強いんだぜ!』って自慢しても、周りが餓鬼だったら滑稽を通り越して阿呆だぜ? だから餓鬼を育てるんだよ。それが大人ってもんだ」

 

 それに――と奈落は付け足す。

 

「俺は女も好きだが、男も別に嫌いじゃねぇぜ? 俺に愛を向けてくるんなら、どんなに無知蒙昧な奴でも加護を与えてやる。女は抱いて満足させて、男は褒めて満足させる。……愛し方が違うだけだ」

 

 黒歌は瞳を見開いた後、ニヤリと笑った。

 

「何だかんだ言って、奈落って凄く優しいよね。愛の形が歪なだけで」

「勘違いだろ?」

 

 クツクツと喉を鳴らす奈落は、レーティングゲームの観戦に意識を移した。

 

「そぅら。もうそろそろケリがつくぞ。リアスには奥の手を授けてるからな……」

 

 

 ◆◆

 

 

「クソッ!!! クソがァ!!!!」

 

 新校舎を拠点にしていたライザーは、苛立ちのあまり椅子を蹴り上げた。

 

「何だ、何なんだアレは……ッッ」

 

 ライザーは今迄に何度もレーティングゲームを経験した。

 負けた事もあった。

 が、それは相手が友好関係を結んでいる有力貴族だったからであり、八百長で負けてやったに過ぎない。

 本来であれば、全てのゲームで勝利できた。

 

 しかし、今回は違う。

 完璧に、実力で負けていた。

 グレモリ―眷属の強さは、まるで試合映像で見る最上級悪魔の眷属のソレだった。

 

「実力を隠していたのか!? レイヴェル!! ……っ」

 

 何時も自分に助言をしてくれる賢い妹は、もういない。

 ライザーは思わず顔に手を当てた。

 

 瞬間、ゾクリとライザーの背筋に悪寒が奔った。

 

 ライザー本人では無い。

 ライザーの中に眠る悪魔の因子が、危機を感じたのだ。

 ライザーは教室の窓から外を見る。

 

 すると、遥か遠方――旧校舎の上空に、リアスが浮遊していた。

 

「ライザー。貴方は仮にも私の婿候補だった男。だから、最後は全力で消し飛ばしてあげる」

 

 リアスの手の平に、破滅の極光を凝縮されていく。

 稲妻状の投擲槍を形どったソレは、尚も破滅の極光を注がれている。

 色合いが段々と、亜麻色から見惚れる様な緋色に変化していった。

 

 すると、次第に次元が歪む音が響き始める。

 空間も軋み始めた。

 

 莫大過ぎる魔力量に、フィールドが悲鳴を上げているのだ。

 その魔力量は前ルシファーの十倍以上の魔力量を誇るサーゼクスと同等か、それ以上だった。

 そんな途轍も無い魔力の殆どが、あの一本の投擲槍に注がれている。

 

 ライザーは恐怖の余り、引き攣った笑みをこぼした。

 そして、思い出した。

 

 大王バアル家と旧魔王ベルゼブブ家の祖神であるバアル・ハダド。

 最強の始祖神である彼が扱う神格武装が、二つある。

 一つは龍殺しの矛、アイムール。

 そしてもう一つが、赤き稲妻の異名を誇る投擲具――ヤグルシ。

 

 伝承では、嘗て数十億の天使がウガリットに攻めてきた事を鬱陶しく思ったハダドは、この武具を開放した。

 他宗教の神話を配慮して本気で手加減したのだが――

 

 その威力は七つの世界(宇宙)を滅ぼしても尚余りあったという。

 

 それに比べれば、リアスの槍など贋作も贋作。

 劣悪に等しいが――

 原型が原型故に、馬鹿にならない。

 

 そして偶然か、リアスと偉大なる始祖神の面影が――重なった。

 

「さようなら、ライザー」

 

 リアスは赤き稲妻を投擲する。

 瞬間、グレイフィアの動揺を隠しきれないアナウンスが木霊した。

 

『ライザー眷属の王を自動退場させます! 尚、待機している上級悪魔、並びにサーゼクス様の眷属は結界の強化に全力を注いでください! また、会場に携わる皆様は衝撃への対処を……!!』

 

 ライザーの目の前に、真紅の黎明が訪れる。

 ライザーの心が、「恐怖」の二文字で完全に埋め尽くされた。

 

 最早、ライザーはこの恐怖を一生克服できないだろう。

 

 ライザーが退場すると同時に、フィールドが崩壊を始める。

 リアスの放った投擲槍「疑似・赤き稲妻」は、フィールドを覆っていた結界を容易く突き抜けた。

 

 結果として、リアスの「疑似・赤き稲妻」は本州と同程度の面積の空間を丸ごと抉り取った。

 その後、半日に渡って2000メートル四方に渡る次元の狭間に繋がる穴を開け、周辺の環境を激変させた。

 天変地異が幾重にも起こり、人間界に影響を及ぼす程の威力を叩き出した――規格外の一撃。

 

 この試合を以て、グレモリ―眷属の勇名は冥界全域に知れ渡る事になった。

 間違い無く若手№1の実力を誇り、その力は既に最上級悪魔すら凌駕する――

 異端の中の異端、規格外であると。

 

 

 ◆◆

 

 

 一方、奈落達は――

 

「うっひょ~♪、マジかよ。凄ぇ威力だな!」

「奈落、もしかしてコレって……」

「ああ、あの糞野郎の武具の一つを模倣させた。本家に比べれば爪楊枝みてぇなもんだが、悪魔達のレベルで言ったら破格だろうよ」

 

 奈落が鼻歌交じりに煙草を吸う。

 すると、彼の背後に魔方陣が二つ、形成された。

 紋様は――四大魔王、レヴィアタンとベルゼブブのものだ。

 

 出て来たのは、魔法少女のコスプレをした美少女と、緑髪の美男だった。

 コスプレ美少女は奈落を発見するなり、満面の笑みで抱きつく。

 

「御主人様~!! 会いたかった~☆」

「おう、セラか」

 

 四大魔王の紅一点、セラフォルー・レヴィアタンは小柄な体躯を活かし、奈落の膝上を独占する。

 小柄なのにも関わらず豊満な肢体をこれでもかと奈落に摺り寄せていた。

 ツインテールにされた黒髪から甘い香りが漂ってきて、奈落は思わず瞳を細めた。

 

「どうした? サーゼクスから事情を聞きに行けとでも言われたか?」

「うん☆、その通りだよ☆」

「察しがいいですね。奈落様」

「セラだけじゃなく、お前も来るたぁ珍しいじゃねぇか。ええ? アジュカよぅ」

 

 奈落はニヤリと嗤う。

 

「また欲しいもんでもあるのか?」

「鬼神の血を少々。アレはやはり研究のし甲斐がある。後は最近人工神器の研究を終えたという報告を頂いたので、その資料を貰いに来ました」

「好きに持っていけ。その代わり、セラと一緒に冥界の管理は任せるぜ」

「お任せください」

 

 奈落とアジュカは、一種の同盟関係だった。

 奈落が珍しい研究材料を提示する代わりに、アジュカが冥界の情報を操作する。

 相互、利害一致の良き関係だった。

 

 アジュカはサーゼクスの親友であるが、それ以上に未知を解き明かす事に興味津々だった。

 典型的な技術屋気質であるアジュカにとって、友情など二の次。

 そんなものよりも、奈落の提供してくれる未知の物質の方が何倍も興味があった。

 

 悪魔は己の欲求、本能に極めて忠実な生き物である。

 そして、それはセラフォルーも変わらない。

 

 奈落に一番最初に調教された女性悪魔であるセラフォルーは、彼の上司という名目上、その暗躍に一番手を貸していた。

 彼女はアジュカと違い、他の女性達と同様、奈落の手駒である。

 

「で――サーゼクスには、どんな風に言われてきたんだ?」

「グレモリ―眷属の異常とも言える成長の真相を知りたいと」

「そうさな。流石に魔改造をしすぎたか? ……調子に乗り過ぎたな。適当に冥界――いいや、世界に暗示をかけておくから、気にすんな」

「かしこまりました」

 

 アジュカは優美にお辞儀をする。

 セラフォルーはまるで子犬の様に奈落にゴロゴロ懐いていた。

 

 そんな中――黒歌だけが険しい表情をしていた。

 セラフォルーが奈落に甘えている事に嫉妬している訳では無い。

 彼女はサーゼクスという男に、途轍も無い憎悪を抱いているのだ。

 

 何せ、彼の法設備の拙さ、発言の甘さによって、黒歌は妹と一緒に主である上級悪魔に迫害された。

 最終的には主を殺して逃亡せざる得なかった黒歌は、未だその事を根に持っていた。

 

「何だ黒歌、凄ぇ顔してるぜ? ……あぁ。お前、サーゼクスに恨み持ってたな」

「まだ名前を聞いただけで吐き気を催すにゃん。セラフォルーちゃんやアジュカちゃんは、自分の欲暴に忠実で、自分のしたい事をしてる。だから別にいいにゃん。だけどアイツは違う。平和を謳う聖人君主を気取っておいて、何もできてない。法設備も穴だらけ。ただ外面が良いだけにゃん……」

 

「……クハハッ。違ぇんだよ。黒歌」

「??」

 

 黒歌が訝し気に首を傾げると、奈落は嗤いながら告げた。

 

「アイツは法設備ができねぇんじゃねぇ。しようとしねぇんだ」

「……どういう事?」

「そのまんまの意味さ」

 

 奈落は新しい煙草に火を付ける。

 

「アイツは名声が欲しいんだ。聖人君主の名が欲しいだけなんだよ。それ以外はどうでもいい。名声さえ手に入れば、他がどうなろうが知ったこっちゃ無ぇのさ」

「……ッッ」

 

 黒歌は虚しさのあまり、瞳を潤ませた。

 

「そんな、そんな事のために、私は……妹を裏切ったの?」

「裏切ったのはお前の意思だろう? お前も悪い」

「ッ」

 

 黒歌は奈落を睨みつけるが、奈落は平然と黒歌を睨み返す。

 暫くして、黒歌は大きな溜息を吐いた。

 

「そうね。私も悪いにゃん。……でも奈落、聞かせて。サーゼクスの真意を。アイツはどうして、聖人君主として名声を高めようとしてるの? 別に悪魔らしく、魔王らしくすれば名声なんて幾らでも手に入るじゃん。何でわざわざ、こんなエグい方法を取るわけ?」

「アイツは、自分がエグい事をしてるなんて思って無ぇよ」

「……ハァ?」

 

 

「アイツはな。自分が可愛くて可愛くて仕方無ぇんだ」

 

 

 奈落は嗤いながら紫煙を吐き出した。

 

「聖人君主である自分は素晴らしい。慈悲深い自分は素晴らしい。悪魔の個体数を増やして存亡の危機を救っている自分は素晴らしい。妻一筋でハーレムを築かない誠実な自分は素晴らしい。家族想いな自分は素晴らしい。……何をするにも、何を成すにも、自分を賛美するため。家族も、魔王という地位も、世界すらも、素晴らしい自分を彩るための舞台装置に過ぎない。……究極の自己愛の塊。それが、サーゼクスって男の真理だ。……聖人君主なんて甚だしい。アイツは誰よりも悪魔らしい男なんだよ」

「~ッッ」

 

 黒歌の全身に鳥肌が立った。

 嫌なほど納得できてしまったからだ。

 

 サーゼクスは、第一印象こそ理想の王様だ。

 しかし彼の敷いている法則は穴だらけ。

 結果として悪魔の個体数を増やせてはいるものの、黒歌達の様に迫害されている存在や、無理やり転生させられた存在が多数確認されている。

 

 そもそも、死んだ存在を蘇らす事ができる悪魔の駒は、生命の真理を冒涜する禁忌の品だ。

 死んだ魂は本来、神話勢力がバランス良く分け合っている。

 だから、勝手に魂を蘇らせられると帳尻が合わなくなるのだ。

 

 特に冥界の下にある冥府――そこの主神・ハーデスは、来訪する筈の魂を横取りされ、相当に憎悪を募らせていた。

 それは他の勢力の死神も一緒である。

 

 世界の均衡が崩れるのだ。

 生と死のバランスが均等で無くなるのだ。

 悪魔達の転生制度は悪魔達に利があるだけで、人間を含めた全ての種族にとって害悪でしかなかった。

 

 だがもしも、サーゼクスは悪魔の駒にきっちりとした制度を設備し、各勢力とのコンタクトも入念に取っていれば、ここまでの事態にはならなかっただろう。

 しかし、サーゼクスはしなかった。

 何故か?

 

 先程から説明している通り――自分の名声以外はどうでもいいいからだ。

 聖人君主の名さえ掲げる事ができれば、それ以外はどうでもいいのだ。

 

「うげェ……気持ち悪いっスね、そのサーゼクスって悪魔。総合的な屑さで言ったら旦那とどっこいどっこいなのに」

「ハッハッハ! 言うじゃねぇかフリード!」

「でもどうしてスかね? 旦那はあんま胸糞悪くねぇ……むしろ清々しさすら覚えるんスけど。サーゼクスは聞いてるだけで胸焼けがしてくる」

「自覚してるのと、してないの違いじゃねぇか?」

 

 奈落は可笑しそうに笑った。

 

「アイツは自覚してねぇ。己が自己愛の塊だって。俺と大して変わらねェ屑だって事を理解してねぇ。ようは自覚して物事を成してるか、自覚せずに物事を成してしまってるか。その違いだろ」

 

 奈落は煙草を咥えながら言う。

 

「だが、サーゼクスはちゃんと結果を出してる。悪魔という種族を救ってる。だから俺はアイツを必要以上に貶さねぇよ。……アア、愛いなぁ。誠実に生きているつもりが、実はその行動の全てが自己愛を満たすためだなんて。自己愛の塊である己を自覚できていないその無知蒙昧さが、実に可愛らしい。クククッ、抱きしめてやりたいくらいだ。だがまぁ……俺の可愛い手駒が随分世話になったみてぇだ。その内お礼を言いに行かなきゃな」

 

 黒歌は奈落に頬を撫でられる。

 暫し呆然とした黒歌だが、次の瞬間甘ったるい声を上げてその手に頬を摺り寄せた。

 

 彼女は思った。

 この男に全て任せよう、と。

 この男なら、きっと殺すよりも残酷な方法で、サーゼクスを苦しめてくれる筈だと。

 

「さて、レーティングゲームが終わって一段落ついた。頑張った手駒達にゃご褒美をやらねぇとな。……フリード。何か欲しいもんはあるか?」

「お金が欲しいっス!」

 

 奈落は懐から小切手を取り出し、フリードに投げる。

 

「ソレに好きな金額を書け」

「やっほーい! 旦那愛してるぜ!」

 

 満面の笑みで小切手にサインするフリード。

 

「黒歌、何か欲しいもんはあるか?」

「サーゼクスに絶望を……って思ったんだけど」

「そんなもん、俺が勝手にしてやる」

 

 黒歌は――蕩けるような笑みをこぼした。

 

「じゃあ、一杯愛して欲しいにゃぁ♪ 愛しい雄の温もりを、もっと感じたいから……」

 

 奈落の腕に抱きつく黒歌。

 豊満な胸をこれでもかと押し付ける。

 

「次は……アジュカは渡してるな。セラ。お前は何が欲しい?」

「黒歌ちゃんと一緒で☆ 最近会えなかったから、溜まってるんですよ……?」

「ハッハッハ、安心しろ。気絶するまで可愛がってやらぁ」

「~♪」

 

 美女二人に擦り寄られ、奈落は身動きが取れない。

 彼はそのまま首を傾かせた。

 

「サタン」

「ここに」

 

 奈落の背後に音も無く現れた黒髪の美女、サタン。

 奈落は彼女に問う。

 

「お前もイッセーの修行を手伝ってくれた。褒美をくれてやる」

「いえ、御身の貴重な時間を私如きに裂いては……」

「いいんだよ。俺がしてぇんだ。……久々に、可愛がってやろうか?」

 

 ニヤリと笑う奈落に、サタンは頬を朱に染めた。

 

「……御身から寵愛を頂けるというのであれば、是非」

「決まりだな」

 

 奈落は瞳を閉じる。

 

「グレモリ―眷属にも褒美をやって、ライザーの眷属達も慰めてやって…………やる事ぁ多いが、面白いから問題無し」

 

 口の端を歪める鬼神。

 彼の暗躍は、徐々に深みを増していく。

 

 冥界は、既に悪夢で覆われようとしていた。

 しかし、果たして冥界だけで済むだろうか?

 この鬼神が、冥界という小さな世界で燻るだけで終わるのか――

 

 否、断じて否。

 

 悪夢の真相を完璧に理解した時――

 その時がこの物語の終焉であり、そして、本当の悪夢の始まりなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 




次回からエロ回です。
お疲れ様でした。

次回はガブリエルです。
それでは。



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ガブリエル

 神代の時代。

 天界一の美女であるガブリエルは、疑問を抱いていた。

 唯一神に創造された天使達の中でも最も「愛」の造詣が深い彼女は、愛の在り方について、疑問を抱いていた。

 

 愛に絶対はあるのか?

 愛に真実はあるのか?

 

 唯一神の左側に佇みながら、様々な種族の「愛」を見てきたガブリエル。

 純粋な愛もあった。一方的な愛もあった。偏屈な愛もあった。

 

 ガブリエルは己の父である唯一神の「愛」に、僅かな疑問を抱いていた。

 彼は信仰してくれる人間達に加護を与えていた。

 愛とは尊いものであり、穢れ無きものだと教えていた。

 

 その事について、ガブリエルは異論は無かった。

 むしろ、素晴らしい事だと思っていた。

 

 ただ――疑問はあった。

 彼の言葉の節々に、嫌なものを感じたのだ。

 

 まるで、心の奥底を隠している様な。

 上辺だけの言葉の様な。

 

 そんな、不快感を感じたのだ。

 

 ガブリエルは唯一神の真実を知らなかった。

 彼が元々は小さき神であり、条約を破ってまで力を手にした卑怯者だと、知らなかった。

 

 ガブリエルは唯一神の創造物でありながら、独自の理論を持つ事を許されていた。

「愛」という重要なキーワードを託されている彼女は、唯一神と二人三脚で宗教を広めていた。

 

 だからこそ、抱いた疑問。

 募る懐疑心。

 

 しかしガブリエルは、それでも唯一神を慕った。

 どんな嫌な気配がしても。

 ガブリエルにとって、唯一神は父親だった。

 

 ある日、ガブリエルは見てしまった。

 それが――彼女の生涯を大きく左右する事になった。

 

 数多の神群を相手に、単身で暴れ回る鬼神。

「絶対悪」の御旗を掲げ、一切合切を蹂躙するバケモノ。

 

 原初の暴力。

 大禍津童子――空亡。

 

 数億の天使達が、余波だけで消滅する。

 昨日まで笑いあっていた同士が、泡沫に消える。

 

 ガブリエルは恐怖した。

 ただただ、恐怖した。

 

 しかし、鬼神の表情を見て――不意にも、胸がトキめいた。

 

 残虐非道な行いをしているのに。

 殺戮の限りを尽くしているのに。

 

 鬼神の顔は、まるで無邪気な子供の様な笑顔だった。

 

 まるで、玩具で遊んでいる子供だった。

 玩具で全力で遊んで、愛でて――

 だから、壊れてしまう。

 遊び過ぎた玩具は、壊れてしまう。

 手加減を知らない子供によって、ガラクタにされてしまう。

 

 鬼神の暴虐は、まさしくソレだった。

 加減を知らないから。

 全力で遊ぶ。

 全力で愛する。

 

 彼は、愛する(壊す)事を恐れていなかった。

 全力で愛した末の結果だからと、肯定していた。

 

 鬼神は惚れ惚れする程、晴れやかな笑顔をしていた。

 阿鼻叫喚の地獄の中心にいる彼の笑顔は、ガブリエルの胸を高鳴らせた。

 

 ふと、彼女は横に座する唯一神を見た。

 

 彼は怯えていた。

 顔面を蒼白にし、総身を震わせていた。

 

 唯一神は未だ、神群に属していない。

 属せるだけの功績を、残せていない。

 だから、戦場に出ない。

 

 いいや、仮に神群に属したとしても、唯一神は鬼神と戦わない。

 この臆病な神が、暴力の権化に立ち向かう筈がない。

 

 ガブリエルは怯える唯一神を見て――失望した。

 

 何故彼の愛を理解する事ができない?

 何故彼の愛を、肯定してやれない?

 

 確かに鬼神の愛し方は歪んでいた。

 しかし、その愛は本物だった。

 

 何故導こうとしない?

 何故、諫めの言葉をかけてやらない?

 

 怖いからか? 理解できないからか?

 唯一神を名乗っておきながら、尊大な立ち振る舞いをしておきながら。

 理解できないものを前にすれば、怖気づくのか?

 

 ガブリエルは自分の父の器の小ささに、心底侮蔑の念を抱いた。

 

 唯一神は、そんなガブリエルの心情を察していた。

 創造主である彼は、ガブリエルの負の感情を理解していた。

 

 しかし、彼女を堕天させる事ができなかった。

 何故か?

 理由は二つある。

 

 一つ。ガブリエルには強大な力を分け与えているからだ。

 

『受胎告知の天使』

『復活の天使』

『慈悲の天使』

『復讐の天使』

『死の天使』

『黙示の天使』

『真理の天使』

『エデンの園の統治者』

 

 ざっと上げても、これだけの役割を担うガブリエル。

 それを果たすだけの力を、彼女は持っていた。

 ガブリエルを堕天させたとしても、彼女の役割を引き継げる天使が存在しない。

 

 そして、もう一つ。

 これが一番重要だ。

 彼女を堕天させれば、唯一神は自身の器量の狭さを認める事になるからだ。

 ガブリエルは天使としての規則を犯したわけではない。

 唯一神の情けなさに失望しただけだ。

 

 適当な理由を付けて堕天させる事はできる。

 しかし、プライドだけは天よりも高い唯一神は断じてそれをしなかった。

 

 考えてみてほしい。

 自分の生んだ子供が、自分の情けない姿に失望したのだ。

 叱れるだろうか? 

 それは出来ない筈だ。

 己の弱さを必死に誤魔化そうとするその醜態は、情けなさを更に助長させるだけだ。

 

 だから唯一神は、彼女を見返してやろうと努力した。

 結果として、自身の宗教を人間社会で最も繁栄させた。

 

 しかし、ガブリエルはそれまでの過程を全て見ていた。

 唯一神の隣で。

 

 鬼神が封印されるまで待ち、ハダド本人では無く分霊と争い。

 挙句の果てには暴力で「愛」を説いた。

 

 その暴力に愛は無く、ただ自分の宗教を広めたいから、邪魔者を消すための暴力だった。

 あの鬼神の振るった暴力とは、全く違う。

 

 結局、唯一神は最後まで、彼女の敬愛を取り戻す事はできなかった。

 死に際、多くの天使達に涙を流されながら、息を引き取ろうとしていた唯一神。

 彼は唐突に、涙を流した。

 

 それは、多くの子供達を置いていく事の悲しみでは無い。

 死に往く自分にすら、冷たい瞳を向けるガブリエルに対してだった。

 

 唯一神は絶望したまま、消滅した。

 

 

 ◆◆

 

 

 時が過ぎて。

 ガブリエルは唯一神が消滅する前から掲げていた課題を、未だに解決できずにいた。

 

 愛に絶対はあるのか?

 愛に真実はあるのか?

 

 まず、ガブリエルは「愛」の尊さ、そして偉大さを、あの鬼神から教わった。

 どんな存在でも全力で愛するべきだと学んだ。

 

 しかし、ガブリエルが所属している唯一神教は、制限があり過ぎた。

 異教徒は駄目、悪魔は勿論駄目。

 寵愛を授けるのは唯一神教に所属している信者、またはそれに準じる清い存在のみ。

 

 ガブリエルは窮屈さを感じていた。

 だが同時に、この宗教に対して一種の関心を覚えていた。

 少数の限られた存在を導くのに、この宗教ほど適した制度は無かったからだ。

 

 しかし、ガブリエルは「否」と答えた。

 ガブリエルは、限れた少数の存在だけを愛するのを拒否した。

 

 彼女は、この世界に生きる全ての存在を愛したいと願っていた。

 しかし、それは果てしなく難しい課題だった。

 

 生物に限らず、同じ種族でも、善悪の価値観はまるで違う。

 その全てを愛する事は、非常に難しかった。

 特にガブリエルは純粋な存在、天使であるため、悪を愛する心も、愛し方もわからない。

 悪を悪のまま、愛する事ができない。

 

 であれば、どうすれば悪を愛する事ができる?

 どういう風に、悪を愛すればいい?

 ガブリエルは煩悶していた。

 

 そんな彼女の脳裏に、ふと鬼神の情景が浮かび上がる。

 彼は、善も悪も満遍なく愛して(壊して)いた。

 それは、ガブリエルの志す平等愛の一つの答えだった。

 

 しかしガブリエルは、肯定を拒否した。

 確かに鬼神が掲げていた平等愛は、素晴らしいものだった。

 だがその愛の形は一方的で、結局の所、愛した者達は幸せになっていなかった。

 

 そう、これがガブリエルの最大の課題だった。

 

 愛した結果、愛した存在が幸せになるのか?

 愛した事で、愛した存在が幸せになるのか――?

 

 結果を、伴う事ができるのか?

 

 今のガブリエルでは結果を伴うどころか、全てを愛する平等愛さえ困難だった。

 

 ガブリエルの理想は遥か高みに位置していた。

 善も悪も限りなく愛する平等愛。

 それでいて、善も悪も幸せになって貰う。

 

 理想が高くなり過ぎて、現実味を帯びなくなってくる。

 

 現在、天界にあるガブリエルの部屋で。

 ガブリエルは椅子に座り、今日何度目かわからない溜息を吐いた。

 

「考えれば考える程、理想は高くなる。考えれば考える程、現実を見せられる」

 

 ガブリエルは何百冊目かわかないメモ帳をそっと閉じた。

 そして、思案に耽る。

 

 やはり、全ての存在を愛する事はできなのか?

 限られた存在を愛する事に専念した方がいいのか?

 

 ガブリエルは瞳を閉じた。

 そしてふと、呟く。

 

「……鬼神様が今も活動されていたのなら、この課題の答えを導き出していたのでしょうか?」

 

 鬼神。

 彼はガブリエルの理想に最も近かった存在だ。

 もしも彼が生きていたのなら、ガブリエルの理想を完成させていたのかもしれない。

 

「……でも、まぁ、今更ですよね」

 

 ガブリエルは小さく肩を竦めた。

 

 

 ◆◆

 

 

 ある日、ガブリエルは気付けば見知らぬ一室に佇んでいた。

 豪勢なソファーの上に座っていた。

 

 目の前には、紫煙を燻らせる褐色肌の美丈夫。

 ガブリエルは未知の状況よりも、目の前の男性に釘付けになっていた。

 

 何せ彼は、ガブリエルの理想に最も近付いた男だからだ。

 

「よォ。初めましてだな。ガブリエル殿」

 

 柔らかく微笑む美丈夫。

 その身から溢れる邪気を隠し切れていない。

 いいや、隠すつもりも無いのだろう。

 

「……空亡様」

「ほゥ。天界一の美女に名前を覚えて貰っているたぁ光栄だな。……ん?」

 

 美丈夫は首を傾げた。

 

「何故俺の本名を知っている? 唯一神教が発展したのは俺が封印された後の筈だ。唯一神の創造物であるお前が、何故俺の真名を知っている?」

「それは、貴方が活躍していた頃、既に我々は創造主の手によって生み出されていたからです」

「……」

 

 空亡――今は奈落と名乗っている。

 彼は瞳を丸めると、顎を擦り思案を始めた。

 

「……つまり、俺が活動していた時に、既に唯一神は存在してたって事か。しかし何故だ? 過去の神群の中にそれらしい存在は見かけなかったぜ」

「その時は、まだ創造主の力が微弱だったのです」

「……成程ね」

 

 奈落は数回頷くと、肩を竦めた。

 

「まぁ、唯一神の事なんざどうでもいいんだよ。俺はお前に興味があんだ。ガブリエル。大層な別嬪さんじゃねぇの。……気絶するまで愛してやりてぇなァ」

 

 奈落が瞳を細める。

 邪気は一層濃度を増し、天使であるガブリエルにとって毒になり始める。

 しかし、ガブリエルは奈落の瞳を注視していた。

 彼女は、奈落の瞳の奥底にある「愛」を見逃さなかった。

 

「気絶するまでと言いますと? 以前の様に、破壊愛では無くなったという事ですか?」

「……」

 

 奈落は咥えていた煙草を落とす。

 それほどまでに驚愕したのだ。

 

「へェ、これはまた……」

 

 奈落は驚愕を隠さなかった。

 落ちた煙草を灰皿に投げ込むと、彼女を興味深げに観察し始める。

 奈落の、ガブリエルを見る目が変わった。

 

「誰に教わったでも無く、自分で導き出したのか? ……俺の本質を」

「はい。貴方には「平等愛」の本質を教わりました」

 

 奈落はまた驚愕する。

 彼はまさか、目の前の女がそこまで考えているとは思わなかったのだ。

 

「……プッ。アッハッハッハッハッハ!!」

 

 奈落は上機嫌だとばかりに大笑いし始めた。

 腹を抱えている。

 

「小心者が作った木偶人形。中でも能天気な生娘だと思いきや……なんのなんの!! 大層なタマじゃねぇの!! ハッハッハッハッハ!!」

 

 一頻り笑った後、奈落は邪気をサッパリ消し、快活な笑顔を作った。

 

「気に入った。俺の本性を知っても怯まない胆力。何より、その愛への探求心。……とんだ掘り出し物だぜ」

「……では、私からも質問してもよろしいでしょうか?」

「勿論だ。今は最高に気分が良い。何でも答えてやろう」

 

 奈落は嬉しそうに、グラスに注がれたラムを飲み干した。

 

 

 ◆◆

 

 

 奈落はガブリエルの問いに全て答えた。

 何時、封印を抜け出したのか?

 現在は何をしているのか?

 

 ガブリエルは奈落が現在している事について、気になったワードを呟いた。

 

「甘美な悪夢……」

 

 ガブリエルが真面目に思案している。

 その表情を、奈落は面白そうに眺めていた。

 

 甘美な悪夢。

 その内容は、ガブリエルの不意を突くものだった。

 

 過程は奈落の好きな様にする。

 その内容は、多様な悪意に満ちていた。

 洗脳から強姦まで、挙げればキリが無い。

 その全てが、吐き気を催す邪悪そのものだった。

 

 しかし、結果として全員を幸せにしていた。

 皆が奈落に依存し、崇拝し、酔い痴れる。

 

 彼等の有様は、まさしく麻薬に溺れる中毒者。

 奈落が見せる悪夢に魅せられて、辛い現実を否定し始める。

 悪夢に夢中になって、気付いた時には既に手遅れ。

 奈落無しでは生きていけなくなっている。

 

 ガブリエルは理解すればするほど、不快な気持ちになった。

 理解できない。理解したくない。

 

 しかし、結果として全員が幸せになっていた。

 ガブリエルが理解できなくとも、この事実が揺らぐ事はない。

 

 ガブリエルも不本意ではあるが、世界が結果だけを求めている事を理解している。

 だから、しっかりと結果を出している奈落に、思う様に言葉を紡げなかった。

 

 しかし、これだけは言いたかった。

 

「もっと別の愛し方はできないんですか? 破壊愛で無くとも、そんな愛し方は……あんまりではないですか?」

 

 奈落なら、もっと別の愛し方ができる筈だ。

 一方的に愛を叩き付けるのでは無く、結果として皆を幸せにできるようになった彼ならば――

 ガブリエルはそう思っていた。

 

 しかし、奈落の回答はあまりに、あまりに呆気無かった。

 

「そういう愛し方しかできねぇんだ」

 

 簡素でいて嘘偽り無い言葉に、ガブリエルは思わず息を飲み込んだ。

 

「騙して、誑かして、蔑んで、見下して、嘲笑って。俺はそういう愛し方しかできねぇ。だって俺は「悪」という概念そのものだから。愛がいくら純粋でも、形にすると歪んじまう」

 

 奈落は何処か悲しそうに瞳を細めながら、煙草を咥え、火を付けた。

 

「でも、それでも俺は愛してんだ。総てを。俺はこの愛を隠したくねぇ。我慢したくねぇ。だが俺の愛は油断すると対象を壊しちまう。駄目にしちまう。昔はそれでも良かった。が、今は違う。……愛しているから壊したくねぇ。幸せになって欲しい。独りよがりの愛は、もう御免だ。だから、封印されている最中に悩んだ。悩んで、悩み抜いて……その結果出た答えが、「甘美な悪夢」だ」

 

 奈落は紫煙を吐き出すと、薄く微笑む。

 

「確かに天使のお前から見たら、俺の愛の形は歪だろうよ。吐き気を催す邪悪だろうよ。だがな……これが俺の精一杯の答えなんだ。俺の出来る、唯一の愛し方なんだよ」

 

 その答えに、ガブリエルは――耐え難い悲しみを覚えた。

 

 慈愛の心は本物なのに、形にすると歪んでしまう。

 ガブリエルはそんな経験をした事がなかった。

 もしも自分がそうだったら――想像するだけで、ガブリエルの総身が震えた。

 

 しかし、だからこそ――ガブリエルは奈落に敬愛の念を抱いた。

 

 邪悪であっても、その愛は本物だから。

 だから悩んで、悩んで。

 悩み抜いた末に、一つの回答を出した。

 そして、彼はその答えに揺るぎない自信を持っていた。

 

 その尊さと誇り高さに、ガブリエルは一人の女として、敬愛の念を抱いていた。

 

「……!!」

 

 ガブリエルは顔を逸らし、頭を横に振るう。

 

(いけません……! そんな、私は……ッ)

 

 危うく染められそうになった自分自身を叱責しつつ、ガブリエルは顔を上げる。

 すると、奈落が彼女の顎を掬い上げた。

 

「……なんなら、経験してみるか? 俺の愛を」

 

 妖艶に嗤う奈落に、ガブリエルの胸が不用意にトキめく。

 ガブリエルは駄目だとわかっていながらも――

 コクリと、頷いてしまった。

 

 奈落は彼女の唇を優しく奪うと、そのままソファーに押し倒した。

 

 

 ◆◆

 

 

 それから、三週間の時が過ぎた。

 天界、ガブリエルの自室で。

 

「……」

 

 ガブリエルはベッドの上に仰向けに寝転んでいた。

 最近、彼女は奈落と頻繁に出会い、逢い引きを続けていた。

 もう何度も体を重ねていた。

 

 天界で第二位の地位に佇むガブリエル。

 しかし流石に、欲望のままに情事をすれば堕天する。

 だが奈落ご自慢の妖術で、ガブリエルは種族を天使に固定されていた。

 そのおかげで、ガブリエルは後顧の憂い無く奈落と体を重ね合えていた。

 

 奈落の愛を何度も経験した結果――

 ガブリエルは、自分が本気で愛されている事を理解した。

 その情熱を何度も叩き付けられ、ガブリエルは実際に何度も達した。

 

 情事。

 それは、子を作る為の行為。

 ガブリエルはそう信じていた。

 が、最近では違う側面を見出していた。

 

 男と女が愛し合う行為。

 その中で最も情熱的で、最も愛を確かめ合う事ができる行為。

 

 子を育むだけに非ず。

 意思を持つ存在のみに許された、もう一つの愛の交わし方。

 

 ガブリエルは以前まで、情事は汚らわしいものだと思っていた。

 しかし今や、ガブリエル本人が夢中になっている。

 今日もまた、ガブリエルは奈落と出会う約束をしていた。

 

「……」

 

 ガブリエルは奈落の事を思い出す。

 彼の顔、声、雰囲気。

 その総てが、愛おしい。

 思い出すだけで、顔に熱が溜まる。

 動悸が早くなる。

 息苦しくなる。

 

 これが「恋」である事を――ガブリエルは理解していた。

 そして、この恋が最近芽生えたものでは無く、奈落と出会ったあの日から始まっていた事も――

 

「……全く、天使失格ですね」

 

 ガブリエルは思わず自嘲の笑みを零した。

 

 

 ◆◆

 

 

 今日は雨だった。

 丁度、季節が春から夏に変わろうとしている――梅雨の時期だった。

 

 奈落のマンションで。

 奈落がソファーで寛ぐ目の前で、ガブリエルは佇んでいた。

 

 ガブリエルの服装は、彼女が身を清める際に着用する神格礼装だった。

 胸や秘所を隠す布地は最低限。

 頭には白百合の花飾りが添えられていた。

 

 少しウェーブがかかったクリーム色の長髪。

 トロンと零れそうな、サファイア色の瞳。

 人類では決して到達できない至高の造形の顔立ち。

 肢体は女体の黄金比を体現しており、艶やかさを通り越して神々しい。

 

 特に乳房は、女神を以てしても嫉妬の念を抱かせずにいられない極上の一品だった。

 大きくて、形も完璧で、見ただけで弾力と柔らかさを兼ね備えている事がわかる。

 

 ガブリエルは、その自己主張の激しい胸をか細い両腕で挟みながら、羞恥に身を捩らせていた。

 何せ、この神格礼装は唯一神にすら見せた事が無かったのだ。

 第三者に見せるのは、奈落が初めてである。

 ガブリエルが上目遣いで奈落を見つめれば、奈落は邪気と慈愛を交えた瞳を向けた。

 

「……っ」

 

 ガブリエルは奈落の双眸の奥に潜む「真実」を理解していた。

 奈落は総てを愛しているが、その愛は脆弱な者共に向ける絶対強者のソレだった。

 情愛や親愛では無く、慈愛。

 

 しかし、それは唯一神も一緒だった。

 基本的に、絶対的な力を持つ存在の愛とはそういうものである。

 

 故に、重要なのは愛の「本質」ではない。

 大きさでも、形でも無い。

 愛した事で、愛した存在が幸せになるかだ。

 

 ガブリエルは奈落の膝上に跨り、しなだれかかる。

 すると、奈落は彼女の美髪を撫でた。

 ガブリエルは気持ち良さそうに瞳を細めた後、彼の唇に自分の唇を重ねる。

 卑猥な音を立てて舌を絡め合い、互いに唾液を交換し合う。

 ガブリエルは奈落に舌を吸われ、総身を震わせながらもその首に両手を回していた。

 

 暫くして。

 奈落はガブリエルの胸を、心地良さそうに揉んでいた。

 ガブリエルは指を噛んで、訪れる快感の波に耐えている。

 

 今迄誰にも揉ませた事がない、その至高の乳房。

 しかし今や、幾度も奈落に揉み解され、立派な性感帯となっていた。

 

「ぁっ、んん……っ♪」

 

 ピクンと肩を震わせるガブリエル。

 上気する頬、潤む瞳。

 奈落はそんな彼女を眺めながら、ふと呟いた。

 

「ソドムとゴモラ」

「……?」

「旧約聖書の「創世記」に登場する悪徳の都だ。……お前はよく知ってんだろう」

 

 嘗て、死海の南側に巨大な商業都市があった。

 ソドムとゴモラ。

 この町は堕落し、退廃していた。

 特に性の乱れが凄まじく、同性愛なんて序の口。強姦、近親相姦、スワッピング、獣姦まで――。

 人々は畜生の如く、直接的な快楽を貪り、酔い痴れていた。

 

 それに憤慨した唯一神は、この街を滅ぼす事を決意した。

 一度は信心深い男に説得され思い止まったが、ソドムとゴモラに清き者が十名もいないと知ると、一世帯の信者達を逃がし、全てを滅ぼした。

 硫黄と火の雨を降らし、住民達を街ごと焼き尽くしたのだ。

 

 ガブリエルは今でも覚えている。

 何せ彼女は、唯一神の隣で、彼が憤慨する姿を見ていたからだ。

 無論、ソドムとゴモラの腐敗していた有様も。

 

「今のお前なら、ソドムとゴモラの住民の気持ちが、少しはわかんじゃねぇか?」

「それは……ふぅん♪」

 

 乳房の先端を指でこねられ、ガブリエルは嬌声を上げた。

 

「目先の快楽に溺れる、それの何が悪いんだ? 快楽を得る事の何が罪なんだ? 楽しい事や気持ちいい事をしたい――それは生物の本能だろう? そして、楽しい事や気持ちい事は個々で違うものだ。趣味や価値観が違う様に」

 

 奈落はガブリエルの胸を揉みしだきながら続ける。

 

「ソイツ等にとって、ソレが幸せなんだ。いいじゃねぇか、それで。なのに何で、唯一神は自分の価値観を押し付けた? 無暗やたらに反対した? 放っておけよ。構ってやるなよ。ソイツらは幸せなんだから。……まぁ、俺も一緒の事はしてる。自分の幸せのために他者を自分の色に染めてる。でもな? 俺は結果を出してる。唯一神はどうだ? 違う幸せを示してやったか? アイツは、ソドムとゴモラの住民が気に食わないから、汚らわしいから、滅ぼしたんだろう? ……ふざけろよ。愛も糞もねぇ。……反吐が出る」

 

 奈落は心底不快そうに三白眼を細める。

 

「せめて、愛してやれよ。どんな形でもいいから。憎悪が沸いて殺意が沸いて、最終的に殺す事になったとしても……愛情を込めて、殺してやれよ。……慈愛を嘯くんなら、それくらいしてやれよ」

 

 ガブリエルは瞳を見開く。

 彼女は快感で絶頂しかけながらも、何とか奈落の手を止めた。

 そして、熱い溜息を漏らしながら彼に言う。

 

「……不可解、ですっ」

「何がだ?」

 

 ガブリエルは蕩けた瞳に涙を溜めながら、奈落に問うた

 

「何故貴方は、そこまで多大な愛を抱きながら、世界を愛さないのですか……? 貴方は力という概念そのもの。愛の形がどうであれ、貴方が本気になれば、世界を幸せで包み込むなど容易い筈です。なのに何故、しないのですか……?」 

 

 そう――奈落はその気になれば、妖術で世界を甘美な悪夢で包み込む事ができた。

 その指をパチンと鳴らせば、済む話だった。

 正義も悪も、人間も悪魔も、例外なく生きとし生ける総べの存在が幸せになれる。

 ガブリエルの夢が、歪なれど叶うのだ。

 

 なのに、彼はそれをしない。

 ガブリエルは、不可解でならなかった。

 

 自分と同じ愛を抱いているのに。

 自分よりも遥かに慈悲深いのに――

 

 何故彼は、世界を幸せにしないのか?

 ガブリエルは、問わずにはいられなかった。

 

 しかし、奈落の返答は以前と同じ様に、簡素なものだった。

 

「そんなの、破壊愛と変わらねぇじゃねぇか。愛を一方的に押し付けてるだけだろう? 確かに、結果的に幸せにしているかもしれねぇがな」

「……」

 

 ガブリエルは奈落の首筋を――甘噛みした。

 それは、彼女の精一杯の敵意の表れだった。

 

「どうした?」

「嘘を、吐いていますね?」

「……」

「本音を仰ってください……」

 

 ガブリエルに真っ直ぐ見つめられ、奈落は――ケラっと笑った。

 

「つまらねぇだろ? 皆幸せでも、俺は幸せじゃねぇ。……俺は総てを愛しているが、それ以上に自分を愛してる。……楽しみたいんだよ。遊びたいんだよ」

「ッ」

 

 極めて自己中心的。

 奈落という男は、総てを愛する事ができる「慈愛」を持っているが、それと同等以上の「自己愛」も持っていた。

 

「……」

 

 ガブリエルは思う。

 彼は生まれながらに『絶対悪』だ。

 だからこその、強烈な自己愛。

 

 自己愛と慈愛。

 相反する愛を抱えながら、目の前の男は悩む事無く、誇らし気に生きていた。

 

 ガブリエルはその在り方に、恋慕の感情を更に強めていた。

 同時に、彼の真相をもっと知りたいと思っていた。

 奈落という男をもっと知りたいと、思っていた。

 

 奈落はそんなガブリエルの心情を察し、微笑んだ。

 

「知りたいか? 俺という存在の在り方を」

「……はいッ」

 

 ガブリエルは決意を込めて頷く。

 奈落はまるで歌謡を紡ぐ様に、己の在り方を語り始めた。

 

 

「自己愛と慈愛を悪意で絡めて、最初に出来上がったのは破壊愛だ。だが愛した存在が幸せにならない、その結果に納得できなかった。悩んで悩んで、最後に到達したのは甘美な悪夢。過程で自己愛と悪意を満たして、結果で慈愛を満たす。男も女も、正義も悪も、関係無ぇ。総てを愛してる。だから、幸せにする」

 

 

「……~ッ」

 

 ガブリエルは打ち震える。

 

 奈落は本当に愛しているのだ。

 生きとし生ける総ての存在を。

 

 ガブリエルは一瞬、思ってしまった。

 何も考えず、彼の愛に身も心も染められたい――と。

 

 ガブリエルは奈落の目と鼻の先まで顔を近付ける。

 吐息がかかるその距離で、ガブリエルは愛おしい益荒男を見つめながら問うた。

 

「では――貴方は自分と同じく、自己愛に満ちた存在を愛せますか?」

「同族嫌悪しながらも、結果を出してんなら褒め称えよう」

 

「貴方は、殺意を抱いて向かってくる存在を愛せますか?」

「邪魔なら消すぜ? だが、その殺意を全て受け止めた後に、愛を込めて殺してやろう」

 

「貴方は……老婆を愛せますか?」

「朽ちていくその有り様を憐れみながらも、愛おしいと囁こう」

 

「貴方は――全身が焼き爛れ醜くなった存在を愛せますか?」

「その醜態を嫌悪しながらも、膿が出たら拭いてやろう。蛆が沸いたら取ってやろう。そして――抱きしめよう」

 

「……っ」

 

 ガブリエルは瞳を潤ませ、唇を噛みしめる。

 そして、奈落の頬を撫でた。

 

「何故、貴方は……そんなにも「愛」を抱く事ができるのですか? 何で……どうしてっ」

 

 ガブリエルは涙を流し始めた。

 彼女は自分の不甲斐なさに涙したのだ。

 

 奈落は、どれだけ歪んでいようが総てを愛する事ができている。

 なのに、自分はそれができない。

 理解できた存在しか愛する事ができない。

 

 ガブリエルは自分の器量の狭さが情けなくて――涙を流していた。

 

「どうしたら……貴方の様になれるんですか?」

 

 消え入りそうな声で、ガブリエルは問う。

 すると、奈落は彼女の涙を拭いながら、優しく微笑んだ。

 

「何で、俺になろうとする? お前はお前だろう?」

「……っ」

「純粋で、健気で、恥ずかしがり屋で。でも人一倍頑張り屋で。……総てを愛したいけど、愛せなくて。それを理解できていて、だから煩悶している。それが、ガブリエルという女だろう?」

 

 奈落はガブリエルの頬を撫でる。

 

「――俺は、そんなお前が愛おしい」

 

 奈落はガブリエルの額にキスをしながら告げた。

 

「俺は、お前達のありのままの姿が愛おしいんだ」

 

 まるで無知な子供を諭す様に、奈落は続ける。

 

「妖術で洗脳して最高の夢を見せる? 自分を神として崇めさせて、教えを遵守させる? ……駄目なんだよ。それじゃあ。個性を殺しちまってる。……確かに、俺は洗脳に近い事をしてる。だが、強制はしてねぇ。あくまで個人の意思を尊重してる。俺に服従している女は、自分の意思で服従してるんだ。アイツ等がもしも謀反を起こそうと思えば、何時でも起こせる。もし本当に謀反を起こしたんなら、俺はまた愛してやって、服従させるだけだ。……服従している姿も、反抗している姿も、すべからく愛おしい」

 

 奈落はガブリエルの髪を、指で梳く。

 

「だから、お前もお前でいればいい。服従したかったらすればいいさ。恨みたかったら、恨めばいい。殺したかったら、殺しにかかればいい。お前の全てを受け止めてやる。お前の長所も短所も肯定して、その上で――愛してやる」

 

 

「……~ッッ」

 

 

 ガブリエルは耐え難い熱に犯された。

 全身から湧き上がるその熱の正体は、狂おしい程の敬愛と情愛だった。

 

 ガブリエルはもう、何も考えられなかった。

 何も考えたくなかった。

 

 ただ、目の前の男の色に染められたかった。

 

「奈落様ぁ……」

 

 ガブリエルは甘い声で喘ぎ、奈落の頬に擦り寄る。

 

「お願いします……私を染め上げてください。無知で狭量な私を、貴方の色に染め上げてくださいまし」

 

 子犬の様に懐くガブリエルに、奈落は何時もの、甘く低い声音で問うた。

 

「それが……お前の望みなのか?」

 

 その問いに、ガブリエルは迷い無く頷いた。

 

 ガブリエルには迷いが無かった。

 いいや、迷い、悩む事を放棄したのだ。

 

 自分が狭量な女だと認めた。

 そして、そんな自分を本気で愛してくれる男を見つけた。

 

 ガブリエルは天使としてでは無く、女としての幸せを選んだのだ。

 そして、辛い現実から目を逸らしたのだ。

 

 

 ◆◆

 

 

 ガブリエルは先程よりも情熱的に、奈落を求めた。

 彼の唇を貪り、唾液を嚥下する。

 奈落にその安産型の尻を鷲掴みにされれば、淫靡な悲鳴を隠す事無く張り上げた。

 

 奈落はガブリエルの秘所に指を入れ、弱い場所を指先で擦った。

 ガブリエルは何度も絶頂を繰り返した。

 最初は歯を食い縛って耐えていたが、五度目の絶頂で耐えられなくなり、奈落に抱きつきながら痙攣し、嬌声を吐き出した。

 

「ふぁッ、あああッ! んんッ♪ あッ……うぅんっ♪ はぁ……ハァっ」

 

 全身を駆け巡る快感が治まると、ガブリエルは奈落に身体を預ける。

 奈落は彼女の桃色の唇に吸い付く。

 すると、ガブリエルは嬉しそうに瞳を潤ませた。

 

「……もう、大丈夫か?」

「はぃ……申し訳ありません。未だ慣れなくて……」

「仕方無ぇさ。元々は天使だったんだ」

 

 ガブリエルは未だ性行に対して抵抗感を持っている。

 以前まで淫らな行為を毛嫌いしていたのだ。

 その価値観が変わるのは、時間がかかる。

 

 しかしガブリエルは、今この時、覚悟を決めていた。

 

「あの、奈落様……」

「ん?」

「……っ」

 

 ガブリエルは息を一度飲み込んで――

 そして、奈落の頬を撫でながら告げた。

 

「私を、本気で愛しては頂けませんか?」

「…………」

 

 奈落は敢えて、「本気で愛しているぜ?」とガブリエルを茶化さなかった。

 彼女の誠意を尊重しつつ、奈落は告げる。

 

「ちゃんと行動で示して欲しい。そういう事か?」

「はい……貴方の愛が本物だという事はわかっています。ですが、貴方は気を遣ってくださっている。私が壊れない様に。……私を壊したくないからでしょう? それも「愛」なのでしょう?」

 

 ガブリエルは涙目で、奈落に懇願した。

 

「それでも……本気で、愛しては頂けませんか?」

「……壊れるかもしれないぜ? それでもいいのか?」

 

 ガブリエルは迷う事無く頷く。

 

「私が貴方に出来る事が……これくらいしか無いのです。……本気で愛して貰っているのに、私は……っ」

 

 ポロポロと、涙を流し始めるガブリエル。

 彼女は自分の情けなさに、再度涙を流していた。

 

 奈落は苦笑して、ガブリエルの涙を拭う。

 

「本当に健気な女だな。お前は……」

 

 奈落はガブリエルの柔らかい頬を甘噛みすると、彼女のへそを指でなぞる。

 そして、呪文を囁いた。

 

『鬼神の淫呪』

 

 すると、ガブリエルのへそに刻印が刻まれる。

 ガブリエルが瞳を瞬かせると、奈落は優しい声音で告げた。

 

「この刻印はな。俺の精液を快楽に変換する代物だ。……本気で俺に愛して欲しい。そう言った女には、コレを刻む」

 

 奈落はガブリエルの髪を撫でて――妖艶に嗤う。

 

「本気で愛してやる。お前を俺の色で染め上げて、俺のモノにしてやる」

 

 その言葉に、ガブリエルは本当に嬉しそうに微笑んだ。

 

「はい……っ。私を、貴方だけのモノにしてくださいっ」

 

 鬼神は、久々に本気で女を愛する事にした。

 

 

 ◆◆

 

 

「う゛ア゛ッッ!! ひィッ、イ゛……ッッ!!!! ゥア゛アアアアァッッ!!!!!!」

 

 

 ガブリエルは美声に濁音を交え、淫らな悲鳴を上げていた。

 バックから激しく突かれ、三十回目かの絶頂を経験している。

 

「ヒィィッ♪ ンオ゛ッ!? ほォオッ!! ンア゛ア゛ア゛ッッ!!!! ヒィィィッッ!!!!」

 

 ガブリエルは絶頂を繰り返す。

 しかし奈落は、一切手心を加えない。

 子宮の最奥を何度も叩き、大量の精を注ぎ続ける。

 

 野生の荒馬でも、もう少し落ち着いた性行をするだろう。

 それ程までに、激しい情事だった。

 

「なら、ぐ……ッッ、ざまァァァァァ!!!!!!! もっと!!!! もっど愛じでェェェェェェェッ!!!!!!!」    

 

 ガブリエルは恥じらいどころか理性も投げ捨て、唯々奈落の齎す快楽に溺れる。

 髪を振り乱しアヘ顔を惜しみなく晒すその醜態に、四大天使としての威厳は皆無。

 

 奈落は一度、大きく腰を引く。

 奈落の歪なモノはガブリエルの膣肉を容赦なく削り、引きずり出す。

 

「ォ!!? オ゛オンッ!!  キッッ~~~~~~~~~~~~ア゛ア゛゛ン!!!」

 

 入り口まで削り取られ、ガブリエルは全身を震わせた。

 奈落はそのまま、勢い良く腰を打ち付ける。

 奈落の長大なモノがガブリエルの子宮口を容易く貫いた。

 

「……ア゛ッッ」

 

 ガブリエルは白目を剥く。

 奈落は大量の吐精を始めた。

 卑猥な音を立てて注がれる白濁液は、ガブリエルを容易く絶頂させる。

 

 何度も、何度も。

 

 

「ィッひィィィィィィィッッッ!!!!!! オ゛オ゛オ゛ッッ♪ ア―――――ッッッ!!!!!!」

 

 

 ガブリエルは怒涛の快楽に耐え切れず、暴れ回る。

 しかし奈落は覆い被さりきっちりとホールドして、余す事無く精を叩き込む。

 ガブリエルは乳房を鷲掴みにされる。

 卑猥に歪んだ乳房から、母乳が漏れ出した。

 

 ガブリエルは獣の如き嬌声を張り上げながら、それでも両足できちんと踏ん張っていた。

 

「は、ひィィ……ッッ、まだ、出て……ッッ、んアッ♪ んア゛ア゛~ッッ♪」

 

 ガブリエルは心底幸せそうな顔をして、気絶した。

 

 

 情事は未だ終わらず。

 性豪である奈落が満足できる情事が、一夜にして終わる筈が無い。

 

 奈落はベッドの上に仰向けになりながら、ふと窓の外を見た。

 差し掛かる朝陽。

 奈落は低い声で呟く。

 

「何度目の朝だ……?」

 

 食事も取らず、睡眠も取らず、今の今迄快楽を貪っていた奈落。

 これが四度目の朝陽――四日目である事を、彼は把握していなかった。

 

 そして、ガブリエルは奈落の上に跨り、自ら激しく腰を振っていた。

 

「ふぁァッ!! あんッ! んあ゛ッ!! ひぅぅ……ッ♪ ああンッ♪」

 

 ガブリエルは艶やかな表情で、奈落を見下ろす。

 その豊満な乳房が上下し、膣肉が奈落のモノを激しく締め上げる。

 未だ剛健な奈落のモノに子宮を貫かれ、ガブリエルは瞳を閉じて痙攣した。

 

 そのへそに刻まれた淫呪は一層輝きを増し、ガブリエルの快感に呼応して輝く。

 

「奈落、様ァ……っ」

 

 ガブリエルは一旦腰を止め、奈落に潤んだ瞳を向ける。

 その瞳は、もっと奈落に愛されたい、滅茶苦茶にされたいと訴えかけていた。

 

 清廉潔白な天使は、もう何処にもいない。

 しかし僅かに残った恥じらいが、色香と成りて奈落の情欲を駆り立てる。

 

 奈落は腹筋で起き上がり、ガブリエルを抱きしめ、キスをする。

 ガブリエルは心底幸せそうに奈落のキスを受け入れると、彼を求めるように抱き付いた。

 

 奈落はそのまま彼女に覆いかぶさる。

 体勢が逆転した。

 また、激しい激しい情事の始まりである。

 

 

「あァアッ!! アーッッ!!!! ふぁぁン!!! ンア゛ア゛――ッッッッ!!!!!!!!」

 

 

 奈落はガブリエルに覆い被さり、激しいピストンを叩きつけていた。

 所謂種付けプレスというやつだ。

 奈落の逞しい肉体に容赦なく圧迫されるガブリエル。

 彼の長大なモノに貫かれ、悲鳴の様ない喘ぎ声を上げていた。

 

「ひィィィん!!! ひンっ! ひィあッ! あッあッア――ッッッ!!!!!!」

 

 理性など既に飛んでいるであろうに、ガブリエルはその両足を奈落の腰に回していた。

 パンパンと肉同士を打ち付ける音が響く。

 それと一緒に、ガブリエルの愛液が飛び散る音が聞こえる。

 

 

「イクッ!! イクイクイグゥ!!!! イっちゃう!!!! ―――んァッ! ア゛ッ♪ ~~~~~~~~~~~ッッッッ!!!!!!!!」

 

 

 獣の如き嬌声を張り上げ、絶頂するガブリエル。

 同時に、奈落が大量の精を放出した。

 暫くは、ガブリエルの悲鳴が止む事は無かった。

 

 奈落が射精を終えると、荒々しく呼吸をするガブリエル。

 すると、唐突に奈落がピストンを再開した。

 ズンと重厚な音を立てれば、ガブリエルの淫らな悲鳴が空気を切り裂く。

 

 

「んオ゛おっ!! おッ……ひィィィィィィッッ!! イッぢゃう!! またイッぢゃうゥッ!! これバカになるッ!! バカになりゅゥゥゥゥゥッッ!!!!!」

 

 

 奈落はガブリエルの悲鳴を聞きながら、種付けピストンを続けた。

 

 七日目の朝。

 奈落は漸くスッキリしたので、立ち上がり、煙草を咥える。

 火を付けて紫煙を吐き出せば、妖艶な笑みを溢した。

 

「久々にガッツリとセックスしたぜ。最近消化不良だったからな。……ありがとうよ、ガブリエル」

 

 優に三桁を超える射精を終えてやっと満足した奈落は、ベッドに横たわるガブリエルを見下ろした。

 

 

「はへェ~ッッ、うァッ♪ ンオ゛~ッ♪ ア゛~ッッ♪」

 

 

 くしゃくしゃのアヘ顔を晒すガブリエル。

 へそに刻まれた鬼神の刻印は、処理が間に合わない程の精を注がれ輝き続けている。

 お腹はポッコリと膨らんでいた。

 そして、その見事な乳房から母乳を吹き出している。

 

 

 ガブリエルは幾度も絶頂しながら、忘我の彼方を彷徨っていた。

 

 

 ◆◆

 

 

 数時間後。

 奈落はソファーに座りながら、書類に目を通していた。

 

「~ッ♪♪」

 

 彼の膝上に跨り、首筋に擦り寄るガブリエル。

 全身からラブオーラを滲み出し、純白の羽をパタパタと揺らしている。

 

 ガブリエルは完全に奈落に色に染め上げられ、そして服従していた。

 本人はソレに、多大な幸福感を抱いていた。

 

「ガブリエル」

「何でしょう? 御主人様♪」

 

 奈落に名前を呼ばれると、ガブリエルは満面の笑みで応えた。

 御主人様と呼べと命令したか? と奈落は内心疑問に思いながらも、悪い気は全くしないので、保留にする。

 

「お前に頼みがあるんだ。……聞いてくれるか?」

「何なりとお申し付け下さい」

「じゃあ……天界の情報を俺に流してくれ。同時に、天界の動向を俺の意思に合わせて操作してくれ」

「御主人様のご命令とあらば、喜んで」

 

 ガブリエルは真面目な表情で答えると、今度は甘えたい子犬の様な、庇護欲をそそる表情に変わる。

 

「その……っ」

「?」

「これからも、御身の寵愛を頂きたく……」

 

 頬を赤らめるガブリエル。

 奈落は、快活な笑顔を浮かべた。

 

「お前は俺の可愛い可愛い手駒だ。これからもずっと、可愛がってやる」

「……~ッッ♪」

 

 ガブリエルは本当に嬉しそうに奈落に抱きつく。

 奈落は彼女を抱き止め、その頭を撫で回した。

 

 

 

 

 




次回はヴェネラナです。
お楽しみに。



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ヴェネラナ・グレモリ―

 ヴェネラナ・グレモリー。

 グレモリー家現当主、ジオティクス・グレモリーの妻にして先代のバアル家当主の腹違いの子。

 戦闘力は折り紙付きで、今も尚武勇伝として語り継がれている。

 更には商業面においても非凡な才を発揮するという欠点無しの傑物である。

 品行方正、貞淑な女性。

 家内以外にも関係者から絶大な信頼を置かれていた。

 

 しかし、彼女は根っからの「悪魔の女性」だった。

 

 ヴェネラナが現役だった当時。冥界は力こそが全てだった。

 暴力で捻じ伏せ、欲望のままに貪る。

 平和もなければ、秩序もない。

 強者こそが全てであり、弱者は餌となるだけ。

 

 当時の七十二柱の悪魔は「貴族」とは名ばかりの徹底的な暴力主義者達だった。

 現代において落ち着きを見せているのは、現役を退いた当時の悪魔達が保身に走っているからである。

 

 同族で戦争を起こしては、天使や堕天使に喧嘩を吹っ掛け、人間を誑かす。

 聖書でも書かれている通り、悪を成す魔族。

 それが悪魔だった。

 その時代で、ヴェネラナは青春時代を送っていた。

 

 彼女はバアル家歴代史上最高の才能(魔力)を宿していた。

 バアル家は魔王に次ぐ権威を持つ、悪魔の世界でも特に尊い家系。

 腹違いの娘であるが、当時の冥界は力こそが全て。

 ヴェネラナにとっては、良き時代でもあった。

 当時、ヴェネラナを「女の癖に生意気だ」と襲い掛かり犯そうとする悪魔は五万といた。

 ヴェネラナはその全てを蹂躙してきた。

 

 ヴェネラナは当時から、性に奔放な女だった。

 

 調子に乗っていたのに蹂躙され、それでも尚己の美貌に股間を膨らます情けない男達。

 彼等を組み敷き、その泣きっ面を拝みながらセックスをするのが当時のヴェネラナの遊びだった。

 暴力と欲望の渦巻く冥界では、生半可な快楽では絶頂できない。

 正常位(普通のセックス)では満足できないのだ。

 

 ヴェネラナは何千、何万もの悪魔と身体を重ねた。

 悪魔以外にも人間、妖怪、精霊、堕天使とも交わった。

 多くの雄の子種を膣に流し込んだ。

 しかし、彼女は孕まなかった。

 悪魔は出生率が低い事で有名だが、ヴェネラナほどの回数をこなせば流石に孕む。

 だが彼女は孕まなかった。何故か? 孕みたいと思わなかったからである。

 孕む価値すらないと、肉体が断じたのだ。

 弱い雄の種を拒否したのである。

 当時のヴェネラナは、真の意味で絶頂を体験した事がなかった。

 

 何時しか彼女は性に快楽を求めることを諦め、戦闘のみに明け暮れた。

 しかしそれでも満足できない。蹂躙だけで終わってしまう。

 次第に戦闘をする事すら億劫になった。

 生きる意味を見い出せず、女垂らしとほざき調子に乗っている男達を組み敷いては、情けない声を上げる様を見届ける日々。

 

 その男達の中に、たまたま将来の夫であるジオティクスがいた。

 男としては全く頼りない、己を満足させてくれない、そこら辺で何時でも拾えそうな雄だった。

 が、その誠実さには惹かれるものがあった。

 だから、結婚した。

 しかしそれは、ある目的のためでもあった。

 

 子育て

 

 一説によれば、子育ては女としての幸せと苦労を一気に体感できるという。

 暇を持て余していたヴェネラナにとって、丁度いい暇潰しだった。

 なんとか苦労して妊娠し、最初に生まれたのは悪魔の超越体。

 悪魔の常識を覆し、冥界に変革を齎す事を約束された傑物だった。

 故に、退屈だった。

 優秀な子。自分が育てなくても勝手に育っていく。

 子育てのし甲斐がない。

 

 長男、サーゼクス・グレモリーは母の本心を知らずに立派に成長し、最終的には冥界の英雄となった。

 天使、悪魔との間に起こった大戦争。その後の旧魔王派と新魔王派の戦争。

 それらを乗り越え、新たな魔王となった。

 

 息子が冥界を平和な世界にした。

 サーゼクスの政策はヴェネラナから見てかなり穴だらけであったが、彼女はあえて無視していた。

 息子の成した事なのだから、咎を追うのも息子の役目。

 それで指摘されて成長できればそれでいいし、死ぬなら死ねばいい。

 自分の教育不足というなら、是非も無く肯定する。

 だって、適当に育てたのだから。

 

 ヴェネラナは息子に対して、一般的な母親の愛情を抱いていなかった。

 

 ヴェネラナは暇なので、もう一人子供を作った。

 今度は娘だった。これが手のかかる娘で中々に楽しめた。

 男と女でここまで育て方が違うのかと、最初は楽しんでいたのだが……

 慣れてしまった。つまり飽きてしまった。

 一人育て終えた事で、ある程度耐性がついてしまったのだ。

 ヴェネラナは、また暇になってしまった。

 

 母親として、ヴェネラナは最低な存在である。

 腹を痛めて生んだ子供を暇潰しの道具としか見ていない。

 しかし、彼女は悪魔だ。

 人間とは根本的な価値観が違う。

 ヴェネラナは欲望に忠実で自己中心的な、典型的な悪魔の女性であった。

 

 最も、普段は隠しているのだが。

 夫に合わせた結果、淑女としての仮面が様になっていた。

 

 

 ◆◆

 

 

 そして、今から始まるのは夏の思い出。

 原作開始から一年前、心身共に乾いていたヴェネラナは、その時初めて潤い、恋をした――

 

 ヴェネラナは冥界で最近話題のリゾート施設で暇を持て余していた。

 長女であるリアスはもう高校生。

 子育てに見切りをつけたヴェネラナは、いよいよ退屈を紛らわす手段がなくなっていた。

 事業にも手を出しているが、大した娯楽にならない。

 ヴェネラナは面倒事でもいいので、もっと刺激的なナニカを求めていた。

 

 行動できれば行動しているが、ヴェネラナの立場がそれを許さない。

 現魔王の母でありグレモリー家当主の嫁。

 彼女の立場が、自由を許さない。

 

(ハァ、結婚なんてしなければよかったわ。結局のところ自分を縛っただけ。大して面白くもなかったし)

 

 子育てや夫との営みでまともな「愛」を知る事はできた。

 元々腹違いの忌み子として生まれ、まともな愛情など与えられなかった幼少時代。

 そして荒廃した青春時代。

 壮絶な過去を経験した彼女にとって、それらは新鮮だった。

 しかし、有り大抵な愛情など今更過ぎた。

 まともな愛ではヴェネラナは満たされなかった。

 

(こうして遊びに来たはいいものの――ハァ、目の前にうろつく若い雄に食い付けないなんて、どうにかしてるわ)

 

 ヴェネラナはサングラスの奥で鬱屈げに瞳を細める。

 ビーチチェアに体重を預け、身体を伸ばした。

 今、彼女はリゾートプールで休憩している。

 あわよくばナンパされ、逆に食い散らかしてやろうと思っていたのだが――

 

(流石に顔バレしてるわね。ア~ア、勿体ぶるんじゃないわよ。黙っといてあげるから、ただのヴェネラナとして相手してあげるから、かかってきなさいよ。大歓迎よ。今なら車でもホテルでも付いていってあげるから)

 

 際どい黒ビキニをズラせば、豊満な乳房がこぼれそうになる。

 性欲を持て余していた男性悪魔達の視線が一気に集まるが、彼女の素性を知ってすぐに顔を逸らす。

 皆、ヴェネラナ・グレモリ―を恐れているのだ。

 

(……全く、情けない。魔王の母だから? 貴族悪魔だから? いいからさっさと攫っちゃいなさいよ。昔なら立場や経歴なんて関係無かったのに――全く、転生悪魔に人間が多いからって感化され過ぎなんじゃない? 古き良きあの時代が懐かしいわ)

 

 と、好き勝手ほざきながらも、自分もまた時代の流れに囚われていることに気付く。

 ヴェネラナは自嘲の笑みを抑えきれなかった。

 

(このまま乾いたまま朽ち果てていくのかしら――それなら、最後くらい派手な火遊びをしたいわね)

 

 適当に目に付いた男を襲ってしまおうか――そんなロクでもない事を考えたヴェネラナ。

 ふと、彼女を大きな影が覆った。

 視線を向けると、一名の男が立っていた。

 

「なァ、アンタ、暇そうだな。どうだ、俺と一緒に遊ばねぇか? 退屈はさせねぇからよぉ」

 

 褐色肌の健康そうな大男だった。

 筋肉質な肉体、鋭い双眸。滲ませるオーラは成程、女と遊ぶ事に慣れている。

 種族は――鬼、だろうか?

 ヴェネラナですら初見では判断できなかった。

 気を隠すのが上手い。

 しかし微かに感じる妖怪の気と、二メートルを超える逞しい身体から、鬼であると予想できる。

 

 もしそうであればかなりの上物だと、ヴェネラナは内心でほくそ笑んだ。

 鬼は下級のものでも中級悪魔以上の戦闘力を持つ生粋の戦闘民族。

 そして酒と喧嘩と女をこよなく愛する、悪魔以上に欲望に忠実な種族。

 周囲の雰囲気を無視して敢えて一人でやって来た辺り、相当に自信があるのだろう。

 喧嘩と床、両方の。

 ヴェネラナは妖しく笑った。

 

「あら? 嬉しいわ。丁度暇してたのよ。遊び相手になってくれる? 坊や」

「坊やねぇ」

「あら? おかしかったかしら?」

「いいや、アンタからすれらそんじょそこらの男は坊やなんだろうよ」

「そう?」

「大体、歳のこと云々で揉めるのは野暮ってもんだぜ。アンタがババァだろうが生娘だろうが関係ねぇ。……わかるだろう? 言いたい事は?」

 

 上手く周囲に見えない様に屈みながら、ヴェネラナの頬を撫で、乳房に指を這わせる。その淫らな指使いに、ヴェネラナのスイッチが入った。

 

「いいわぁ……積極的な雄は大好きよ」

「ノリノリだな」

「でも誘っておいて降参は無しよ? 貴方が嫌だって言っても、跨って搾り取ってあげる」

「肉食系だな。溜まってるのか?」

「ここ数年ご無沙汰だったのよ。発散させて」

「喜んで」

 

 二人は熱い吐息を隠すように唇を重ねた。

 

 

 ◆◆

 

 

 近くにあったラブホテルで二名は激しく交わった。

 情欲に身を委ね、まるで獣のように互いの身体を貪り合った。

 

 三日は経っただろうか。

 ヴェネラナはまるで生娘のように男の成すがままに抱かれていた。

 一日目は優勢だった。しかし二日、三日目と続けていても男のペースが一向に落ちず、むしろ上がる。

 ヴェネラナは、跨る側から跨れる側に回ってしまった。

 

「ねぇ……ちょっと休憩しない? 寝食も取らずに、もう三日目よ……?」

 

 男はヴェネラナの柔らかく敏感な胸を下から上へ舐め上げた。

 

「ひぁッ♪ ああッ、んっ♪」

 

 喘ぎ声を漏らす彼女に、普段の毅然とした雰囲気は無い。

 一匹の、魅惑的すぎる雌だった。

 熟れた肢体は引き締まっているようでマシュマロのように柔らかく、亜麻色の長髪から濃い女の匂いを発する。大きすぎる胸、括れた腰、貪りたくなる尻。

 これでも二児の母親なのだ。

 

「フフッ……ミイラ取りがミイラになっちゃったわね……っ」

 

 ヴェネラナは男に抱きつき、自分に跨らせる。

 男は微笑むと、再度ヴェネラナの熟れた肉を貪り始めた。

 

 

 ◆◆

 

 

 ヴェネラナは初めて知った。名も知らない男に教えて貰った。

 性交の気持よさを。

 全身に快楽という名の電流が奔り止まらない。

 何も考えられない。考える暇すらない。

 ただ与えられる快楽を受け止め、似合わない声を上げる事しかできない。

 

「ああ゛ンッ!! イッちゃう!! またイッちゃぅぅぅぅッ♪♪」

 

 ヴェネラナの熟れた肢体が逞しい筋肉に押し潰される。

 抗えない、貪られる。まるで肉にでもなったような気分だった。

 獰猛な肉食獣に食い散らかされるような――

 それでも、腹の奥から伝播する快楽は至上。

 男に首筋を吸われれば喘ぎ声は更に高く、そして掠れた。

 

「アァァぁッッ!! ンぁァッ♪ こんな、の……ッ、知らない! こんな気持ちいいの……ッッ♪ ァァん!! 狂っちゃうッ♪ ――ッア゛!!? ~~~~~~~~ッッッ♪♪ ひィん!! らめ……ッ、らめェェェェッ♪♪」

 

 絶頂した回数を数えるのは億劫だった。

 常にイって、それでも男は止まらない。

 口では「駄目」と言っているが、本心は逆だった。

 快楽で鬱憤を塗りつぶし、ぶち壊す。

 

 バックから覆いかぶされ、激しく突き上げられると本能が訴えかける。

 孕みたい、と。

 こんな獣の様な交尾をしていると、堪えきれなくなる。

 

「ひぃぃンッ♪ はげしッ…………ンア゛!! ああ゛ン! あッあッあ゛ーーーーッッ!!! アーーーーッッ!!!!」

 

 上から体重をかけられ、身動きの取れない状態で。

 鋼鉄のような肉棒を叩きつけられ、抉られる。

 

「もっと!! もっと貪ってェェェェ!!! 何もかも忘れさせてッ! 貴方の色に…………染め上げてェェェェェッッ!!!!!!」

 

 髪を振り乱し、雌の香りを撒き散らしながら、ヴェネラナは本能に任せ叫んだ。

 その後、何度も何度も貫かれ、垂れた胸を揉みし抱かれ、ヴェネラナは吠えた。

 

「ッッ♪♪ ア゛ッッ♪ いッ……って、るゥ!! ッ!! ッッ♪♪ ゥア゛! ア゛ーーーーーーーーーーーッッ!!!!!!!!!」

 

 歯を食い縛って耐えるが、堪えきれない。

 よがり狂うヴェネラナに対して、男は全く気を遣う様子もなく猛々しい突きを放ち続ける。

 ヴェネラナは男が絶頂が近いことを悟り、首をもたげ男の耳を甘噛みした。

 

「ああッ♪ 素敵♪ 貴方、今迄会ったどんな男よりも素敵よッ……大好きッ♪」

 

 男の肉棒がヴェネラナの最奥を貫いた。子宮口を抉り抜かれ、直接子種を注がれる。卑猥な音を立てて、勢い良く放出されるマグマの如き白濁液。

 子宮にこびり付く白濁液は今迄受けたどのものよりも濃く、ヴェネラナの卵子を催促した。

 脈打つ子種の存在を感じ取ったヴェネラナは、今日最大の絶頂を迎えた。

 

 

「ア゛ッ!!!? ~~~~~~~~~~~ッッ!!!!! ィア゛ア゛ッ!! オオ゛ッ♪ ぅア゛ッ♪♪ ア゛~~~~~ッッ♪ ひッ……ッ♪ ひぃぃぃぃぃぃッッ!!!!!!!!!! アッ♪ アーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッ」

 

 

 乳房を鷲捕まれ、根元まで腰を押し付けられて。

 ヴェネラナはシーツを掴みながら、濁音交じりの絶叫を上げた。

 

 

 ◆◆

 

 

 果てて、果てて、果てた。

 五日目の朝、ヴェネラナは煙草を吸う男の腕の中で、幸せそうに瞳を細めた。

 溜まった鬱憤が解消され、残ったのは言葉にし難い余韻。

 そして、己を満たした雄への狂おしいほどの情愛。

 もっと早く出会いたかった。

 貴方と結婚したかった。

 そんな戯言を呟くたびに、男はヴェネラナの厚い唇を奪った。

 

「ねぇ……名前、教えてよ。まだ聞いてない」

「俺もアンタの名前は知らねぇ」

「知ってるでしょう? 知っていて、声をかけたんでしょう?」

「……」

「いけずな人……」

 

 男はヴェネラナに何度目かわからない口づけをする。

 情欲に任せた乱暴なキス。ヴェネラナは嬉しそうに受け止めた。

 暫くして、唇を離す。

 ヴェネラナの顔に陰りができた。

 

「もう、帰らなきゃいけない……」

「良い夢を見れただろう?」

「醒めたくない」

「我儘だな」

「ねぇ、貴方、私のところで働かない? 厚遇するわよ」

「嫌だね」

 

 首筋に甘噛みされ、ヴェネラナは喘ぎ声を上げた。

 

「なら、連絡先だけでも教えて……?」

 

 ヴェネラナは男の手に指を絡める。まるで失恋を恐れる乙女だ。

 男は放りだしていた服から名刺を取り出し、差し出す。

 

「客人として来たら、また可愛がってやるよ」

 

 ヴェネラナが名刺に夢中な間に男は着替えを始める。

 着替え終わった彼の背中に、ヴェネラナは告げた。

 

「そう、貴方が、最近セラフォルーちゃんの部下になったっていう……」

「くれぐれも内緒にしてくれよ」

「奈落……私、貴方のこと本気で好きになっちゃった」

「また会えたら可愛い声で喘がせてやる」

 

 ヴェネラナの額にキスをして、男――奈落は去って行った。

 その背中を、ヴェネラナは熱い眼差しで見送った。

 

 

 ◆◆

 

 

 その後、ヴェネラナは宣言通り奈落をほぼ独占できるほど、娼館「一夜の夢」に入り浸った。

 ヴェネラナは生涯の中で一番幸せな時間を過ごしていた。

 

「あの……おかしいでしょうか? やはり」

 

 ヴェネラナは、息子の嫁であるグレイフィア・ルキフグスから相談を受けていた。

 ヴェネラナの唇が淫靡に歪む。

 

「貴女には息子がお世話になってるから、特別に紹介してあげるわ。……最高の男を」

 

 息子が世話になっているなど、単なる建前だ。

 意中の男のポイントを稼ぎたいだけである。

 

(奈落……貴方の逞しい身体に抱かれると考えただけで、もう……濡れてきちゃう)

 

 ヴェネラナは下腹部を指でなぞった。

 

 





次回は三巻のプロローグです。

※活動報告で次回の更新内容、おおまかな更新日程などを報告しています。





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聖剣使いと世界の情勢 ★

この話には情事シーンがありません。注意してください。


 季節が夏に移り変わろうとしていた。

 梅雨が明ければ生命達が一気に盛んになる。

 青く、騒がしい季節の始まりだった。

 

「御主人様……っ」

 

 クリーム色の髪を揺らす絶世の美女が、甘い声で囁く。

 愛しき男の胸板に寄り添い、頬を染める。

 漏れる吐息を塞ぐように、唇が被さった。

 女――ガブリエルは嬉々として受け止める。

 

「久々だな」

「待ちきれなくて、どうにかなってしまいそうでした……っ」

 

 切なげに囁き、黄金の天翼を揺らすガブリエル。

 神格礼装を纏う彼女は神秘の権化と呼ぶに相応しいが、同時に女の艶やかさも漂わせていた。

 

「今日は俺も休日だ。めいっぱい可愛がってやる……」

「ああ……っ」

 

 その低く甘い声を聴くだけで、ガブリエルの脳髄が蕩けた。

 愛しき雄に抱かれる幸せは、何にも代えられないものであった。

 

 その時である。

 男――奈落のスマートフォンが鳴った。

 奈落は片手で応対する。

 通話を求めてきたのは――リアス・グレモリ―であった。

 

「どうした? 今日は休日で、今は取り込み中だ。緊急の案件じゃなけりゃぁ――」

『申し訳ありません。緊急の案件です』

「聞こう」

 

 リアスの声音から感じ取れる焦燥に、奈落も切り替えた。

 曰く、教会から派遣された聖剣使い達が緊急で交渉を求めているそうだ。

 成程、と奈落は納得し、リアスに告げる。

 

「わかった。すぐに向かう。俺が向かう間に、その聖剣使い達からできる限り情報を引き出せ。恐らく――いいや、十中八九阿呆だと思うから、あんま落胆すんなよ?」

『そんな事がわかるのですか?』

「仮にもこの土地の主であるお前にアポ無しでの面会所望、幾ら三勢力の仲が悪いと言っても限度がある。察しろ」

『……かしこまりました』

「だが、くれぐれも丁重にな。阿呆は阿呆でも、面倒な阿呆だ。可愛がってやれ」

『かしこまりました』

 

 通話が切れる。

 奈落は笑った。

 

「お前んところの勢力は随分とアレな奴等を派遣したな? ええ?」

「存じ上げません。教会と天界は繋がっているように見えて希薄な関係です。彼等が祈り、私達が祝福する。その間には大きな隔たりがあります。それは今は亡き主が計ったものですが、彼等もまた望んでいます」

「つまり、お前達は今回の一件には手を出さないと?」

「ミカエルは静観すると言っていました。この事件は人間の問題だと」

「それが堕天使組織の幹部コカビエルが主犯格であり、魔王の妹の領土付近で発展するとしてもか?」

「はい。今のトップはミカエルであり、彼がそうすると決めたのです」

「ふむ……」

 

 奈落は内心思案する。

 

(聖剣ねぇ。コカビエルは戦争狂を謳う馬鹿だと聞く。そんな奴が聖剣――神の作った玩具に興味を抱くか?――ああ、聖剣と魔王の妹を材料にして戦争をするつもりか?)

 

「まぁ――ともかくだ。今回の事件は立場上、俺は関わんなきゃいけねぇ」

「……であれば、私が」

「お前は天界の№2だろう?」

「しかし――」

 

 この至福の時間を妨げられるのは我慢ならない。

 エクスカリバー、堕天使、そんなものどうでもいい。

 そう言うガブリエルは完全に奈落の齎す悪夢に酔い痴れていた。

 奈落は嗤うと、彼女の額にキスをする。

 

「安心しろ。すぐに戻って来る。それに、時間は妖術で幾らでも引き延ばせるからよ」

「……っ」

「良い子にして待ってたら、何時もより情熱的に愛してやる。約束だ」

 

「はい♪ ガブリエルは良い子にして待っています♪」

 

 頬を膨らましていたかと思えば一変、本当に嬉しそうにするガブリエル。

 奈落は彼女の頭を一撫でして、部屋を出た。

 

(天界一の美女はチョロいなぁ……まぁ、そこが可愛いんだが。今度少し苛めてみるか)

 

 唇を歪めながら腕時計を見る奈落。

 駒王町まで約五分。奈落がたらたらと歩いている間に、さて、聖剣使い達はどれだけ踊ることができるのか。

 彼は楽しみで仕方なかった。

 

 

 ◆◆

 

 

「それで? アポも無しに面会なんて、余程の案件なんでしょう?」

 

 駒王学園、旧校舎の部室にて。

 リアスは何時もの椅子に座り、目の前に佇む聖職者二名に視線を向けた。

 一名は青髪を短く切ったクールな女子。もう一人は栗色の髪をツインテールにした女子。

 どちらも美少女だ。人間の中でも高いレベルである。

 

 しかし彼女らの纏う雰囲気は、お世辞にも友好的とは言えなかった。

 そのせいか、部室の四方をグレモリ―眷属が囲んでいる。

 朱乃はリアスの隣に控えていた。

 皆、何時でもリアスを守れるようスタンバイしている。

 

 聖剣使い達が語る。

 聖剣エクスカリバーの事件の顛末を。

 教会が保持していたエクスカリバーが三本奪われ、奪った主犯格がこの町付近に潜伏している。

 主犯格の名は、コカビエル。

 嘗て天使、悪魔、堕天使の間で起こった三大戦争で活躍した古の猛者。

 堕天使組織「神の子を見張る者」の大幹部だ。

 

 自分達はエクスカリバーを取り返しに来た。だから一切邪魔をするな。

 

 そう、彼女達は傲慢に言ってのけた。

 

「……」

 

 リアスは驚いて、まばたきをした。

 まず、アポ無しの面会を求めた事に対して。

 そして、会ってみれば礼儀作法を知りませんと言わんばかりの態度に。

 リアスだけではない、グレモリー眷属も皆呆れていた。

 

 一誠に限っては、なんだか過去の自分を見ているようだと微妙な表情をしていた。

 リアスと奈落に出会ってなければ、自分もああいう風な態度を取っていただろうなぁ、と。

 しかも二人組の内、一名は幼馴染ときた。

 栗髪のツインテールの子だ。

 一誠は、内心で悪いとは思いながらも彼女達を反面教師にしていた。

 

 木場に関しては、黙っている。

 目の前に家族が殺された元凶が、エクスカリバーがあるのに、落ち着いている。

 落ち着き過ぎている。

 それは、木場の目的がエクスカリバーではなく、エクスカリバーに心酔している狂信者だからだ。

 この事件に彼は絶対に関わっている。関わっていないにしても、関わりに来る。

 そう、木場は確信していた。

 だから、虎視眈々と狙っている。

 激情を発さず、溜め込んでいる。

 

 リアスは重そうに口を開く。

 

「……言いたい事は沢山あるけど、まず、貴女達は本気で言っているの?」

「何がだ?」

 

 心底と言った風に首を傾げる青髪の美少女――ゼノヴィアに、リアスは冷や汗をかきながら問う。

 

「堕天使コカビエルからエクスカリバーを奪い返すことよ。――まさか貴女達二人で、なんて言わないわよね?」

「そうだが、問題があるのか?」

「冗談じゃあ……ないのよね?」

「無論だ。悪魔に通じるジョークなど覚えていない」

 

(貴女達の存在そのものがジョークみたいなものなんだけど……)

 

 リアスは引き攣る頬を隠す事ができなかった。

 奈落から事前に聞いていたが――正直、ここまで馬鹿だとは思っていなかったのだ。

 

(堕天使コカビエルは古から名を残す歴戦の猛者、堕天使の最上位格、魔王に次ぐ実力者。そんな相手に聖剣を持つ程度の少女が戦う? ……ああ、本気ね。その目は本気なのね)

 

 コカビエルは本気を出せば目の前の二名を瞬く間に殺せる。それくらいの実力がある。

 相手は山の二つ三つ簡単に消し飛ばせる火力と、百戦錬磨の戦闘経験がある。

 力ですら勝てない。技でも勝てない。

 

 ではどうすれば勝てると?

 勝てない相手から、どうやってエクスカリバーを奪い返すと?

 

 リアスは侮蔑を交えて囁いた。

 

「死ぬわよ。貴女達」

「それも織り込み済みだ。まぁ、死ぬなら奪われたエクスカリバー三本は破壊させてもらう、堕天使の手に渡るくらいなら破壊してしまえと教会からの命令でね。私達は、そうだな、いわば、ジャパニーズ・カミカゼみたいなものだよ」

 

 神風特攻隊のことを言っているのか。

 

(貴女達はそんな大層なものじゃないわ……ただの犬死によ。自分達が命をかければ堕天使幹部に対抗できるとでも? 彼女達を送った教会上層部の気が知れないわ……いいえ、待って。もしかしたら、彼女達は教会の戦士を名乗るスパイという可能性も……)

 

 一週回って勘繰りを入れ始めるリアス。

 しかし、スパイでもここまで馬鹿な発言はしないと、妙な結論に至った。

 リアスは頭痛を覚えた。

 

(まるで――そう、一昔前の私を見ているみたいだわ)

 

 彼女達は視野が狭まりすぎている。

 目の前の事しか考えていない。

 何より、己の力を過信している。

 それは過去に魔王の妹として、グレモリ―家次期当主として必死に生きていた自分と重なった。

 

(――ああ、無情ね)

 

 リアスは奈落にリアス・グレモリ―を壊された。

 巨大な快楽によって押し潰された。

 しかしそれによって、リアスは新たな視点でこの世界を見れるようになっていた。

 

(この世は悪夢よ。真面目に生きるのなんて馬鹿馬鹿しい……だけど悪夢だとわかっていれば、成程、これ以上に愉悦な事はないわ)

 

 主人の齎してくれる快楽に溺れながら、この世を嘲笑う。

 なんと楽しいことか、なんと愉快なことか。

 リアスは唇を歪めた。

 

 彼女は既に――手遅れだった。

 彼女だけではない。

 朱乃も、小猫も、その他の女達も。

 皆、甘美なる悪夢の虜になっていた。

 

(ええ、そうよ、救ってあげなきゃ。この子達を)

 

 リアスはふと思った。

 それは傲慢であり一方的。

 彼女達を理解せず、理解しようともせず。

 己の中で完結させ、己が思う幸せを押し付けようとしていた。

 

(御主人様に紹介しましょう。御主人様ならきっと、哀れな彼女達を幸せにしてくれる筈……)

 

 リアスは最悪の答えを出した。

 考えうる限りで、最悪の答えを。

 

(安心して。貴女達を今、現実から解放してあげるから)

 

 リアスは慈愛に満ちた笑みを浮かべる。

 その笑みは、彼女の兄であるサーゼクス・ルシファーに似ていた。

 そして、奈落にも似ていた。

 

 情が深い、愛を尊ぶ血筋であるグレモリ―家。

 リアスはサーゼクスに似て自己愛が強く。

 そして、奈落に染め上げられた事で歪んだ慈愛にも目覚めていた。

 

 

 奈落の手駒として、リアスは本当の意味で覚醒した。

 

 

 ◆◆

 

 

 その後、リアスは彼女達に「堕天使とつるんでいないか?」と勘繰られるも、諭すように否定した。

 リアスの柔らかくなった態度に聖剣使い達は疑問を覚えたが、交渉を無事終えた事の安堵が勝り、この場を去ろうとした。

 入れ違いで奈落がやってくる。が、聖剣使い達は挨拶もせずに去って行った。

 奈落は肩を竦め、部室へ入る。

 

「……お前等、よく頑張った。ずっとあんな調子だったんだろう? 特に木場。偉いぞ。アイツ等から漂うエクスカリバーの気配。話題もソッチ系だっただろう?」

「僕は大丈夫です」

 

 木場は一変して柔和に微笑む。

 彼にとって復讐を成す事は通過点であり、後腐れなく奈落とグレモリー眷属と歩んで行くためのものだった。

 だから、余計な感情を周囲に振り撒かない。

 奈落が頭を撫でると、木場は気恥ずかしそうに頬をかいた。

 

「で――リアス。早速聞きたい。俺は俺で独自の情報網がある。一応は知っているんだが、お前が聞き、吟味した内容を聞きたい」

「ええ。わかっているわ。それとね……奈落」

「何だ」

「……あの子達をお願い(・・・)したいのだけれど、いいかしら?」

 

 リアスは妖艶に笑う。

 奈落は瞳を見開くが、最後には不気味に笑ってみせた。

 奈落は手駒の成長を素直に喜んでいた。

 そして、紹介された新しい素材。

 その調理方法を考えながら、リアスの話を聞いていた。

 

 

 ◆◆

 

 聖剣使いと呼ばれる二名は駒王学園を離れ、商店街を歩いていた。

 

「ひゃー、怖かったね~ゼノヴィア」

「む?」

 

 栗毛をツインテールにした美少女、紫藤イリナが呟けば、青髪の美少女、ゼノヴィアが首を傾げる。

 

「ああ、確かに若手悪魔最強と名高いグレモリ―眷属一同に囲まれてはな」

 

 以前、奈落は「グレモリ―眷属は最初から破格の才能を持っていた」と世界を改竄した。

 それにより、世界そのものがグレモリー眷属の異常な成長を「元からそうだった」と勘違いしていた。

 

「だが怖気づくとは情けないぞ?」

「ううん、違うの」

「?」

「最後にチラって見たでしょ? 褐色肌の男の人」

「ふむ、そういえば……眷属ではなさそうだったが。奴がどうしたんだ?」

「すっごく怖くなかった?」

「いいや、別に」

「え~!? なんか横切った瞬間背筋が凍ったっていうか、見ちゃいけないものを見ちゃったみたいな!」

「そんな訳あるか」

「そんなぁ! イリナちゃんの勘は当たるんだぞ!」

「お前の勘が当たった実例が無い以上、信用できない」

「ぶ~っ」

 

 ふて腐れ、むくれるイリナ。

 そんな彼女を無視して、ゼノヴィアは天を仰ぐ。

 

「大いなる父と、慈愛に満ちた天使の方々が期待してくださっているのだ。醜態を晒す訳にはいかない」

 

 ゼノヴィアは拳を握り、戦意を漲らせた。

 

 

 ◆◆

 

 

「とまぁ、聖剣使い達はヤル気らしいぞ」

「知りません♪」

 

 ガブリエルは天翼をパタパタとさせながら奈落に擦り寄る。

 奈落は彼女の髪を撫でながら、内心嘲笑した。

 

(知りません、か……仮にも天界の№2だろうに。少し堕とし過ぎたか? あの聖剣使い達には同情するぜ。神が既に死んでいて、愛の天使が快楽の虜になってるんだからなぁ)

 

 しかしだ。と、奈落は不気味に笑った。

 

(事実を知った時の絶望した顔は楽しみで仕方が無い。最近は優しい顔を使ってばかりだったからな。聖職者は強姦すると昔から相場が決まっている。じわじわ嬲ってから堕とそう。あーそうだな、今時の言葉でいうと「くっころ」からの「アヘ顔ダブルピース」だったか?)

 

 奈落は更に思案を続ける。

 

(聖剣使い達はそれでいいとして、問題はコカビエルだな。リアスには魔王達に連絡するよう命令したから、明日にでも魔王が精鋭を寄越して来る筈だ。……予想だが、グレイフィアとセラフォルーだな。妹を守るためという理由で嬉々として来るだろう。まぁ、戦力としては申し分ないな)

 

(さて……こっちは準備ができてる。表のほうも、裏のほうもな。ならコカビエルのほうはどうだ? そもそも単身で三勢力に戦争を吹っ掛けるなんて馬鹿な真似、切れ者と名高いアザゼルが許すとは考え難い。強行手段に出たとしても、無理やり抑えられるのが妥当……であれば――内通者がいるか。堕天使勢力んところにいる複数の奴隷からの証言じゃあ、自陣からの裏切り者はコカビエル一名だとのことだった。他所から集めた情報も一致している。となれば――外からか。何処のどいつだ? コカビエルを誑かしたのは。そうさな、黒幕は頭が良いようでお馬鹿さんだ。あまりにも粗が目立つ。――ぱっと考えた辺り、北欧のロキか? 頭が良いが視野が狭い。三勢力を憎んでいるという点で、十分に可能性がある)

 

(そもそも、この問題を放っておかねぇ存在がいる。帝釈天とハーデスだ。あの糞餓鬼共は絶対に調査を入れてくる。三勢力への脅迫の材料をゲットするためにな。アイツ等は悪知恵が働く。そして、三勢力を憎んでいると聞く。……後は、俺の調査も入れてくるだろう。俺、というより黒幕の調査か。三勢力――特に冥界の裏に潜んでいる存在にアイツ等は薄々気付いている筈だ。それが鬼神だというのはわかっていないだろうが、な)

 

(俺も随分好き勝手にしてるからな。幾ら小細工しようがアラは出る。世界の改竄をしても、やはりズレが生じる。それら不明な点の源になる存在を探れば、意外なほど簡単に俺まで辿り付ける)

 

(それもまた、いい。それを楽しんでこそだ)

 

「御主人様……?」

「……ああ、すまんな。約束だ。今日は気を失うまで可愛がってやる」

「~♪」

 

 ガブリエルが嬉しそうに擦り寄る。

 奈落はふと良案を思いついた。

 

(コイツがアヘ顔ダブルピースしてる写真を撮っておこう。聖剣使い達の絶望に役立つ筈だ)

 

 仮にも聖剣を賜っている存在。ガブリエルの顔くらい一度は見た事があるだろう。

 そもそも、この聖なる神気を聖職者が見間違う筈はない。

 だからこそ――価値がある。

 

(――アア、楽しみだ)

 

 奈落は愉悦を隠し切れずに嗤った。

 

 

 

 

 




今回の内容は原作三巻を改めて読んだ後に書きました。

コカビエルがどうやってアザゼルの目を欺いたのか。
三勢力の冷戦状態の拮抗を破るほどの事態を前に、世界各地の勢力がどう動くのか。

これらの点を「この小説の中で」理由付けしてみました。
なので随所に原作と違う点があります。

次回はゼノヴィアとイリナです。
それでは。


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紫藤イリナ ゼノヴィア

 夜。奈落は自室で酒を嗜みながら資料に目を通していた。

 その資料は今日訪れた聖剣使い二名の個人詳細である。

 

「別にこれと言った過去は無し。ただ聖剣を使えるから聖剣使いになったってところか」

 

 グラスに注がれたラムを口に含みながら資料をめくる。

 

(しっかし青髪のほう……ゼノヴィアだったか? ああいうタイプは何人か抱いたことがある。勘の域は出ないが……恐らくは大きな欲望を抱えているだろう。それを神への信仰で抑え込んでいるとみた。こういった手合いの女は素っ気ない態度とどこかソワソワした雰囲気が目立つ。そんで……本当の快楽を教えてやれば即堕ちる)

 

 資料をめくり、次は相方である紫藤イリナの詳細に目を落した。

 

(コイツはコイツで純粋無垢っていうか、能天気っていうか……信仰心は高いようだが、少しつついてやればすぐ堕ちそうだな。相方ほどチョロくはないだろうが、甘言と快楽で誘導してやれば問題無い)

 

 一通りの詳細と精神力を把握した奈落は、資料を投げ捨て煙草をくわえる。

 紫煙を吐き出しながらテレビを付けた。

 

(今日中に強姦を……と思っていたが、コレじゃあ味気なく終わっちまうな。強姦の醍醐味はどれだけ反抗してくれるかだ。タフな女じゃなきゃつまらねぇ。レイヴェルくらい強気で高飛車じゃなきゃな。教会の女だからって期待したんだが……どうやらハズレを引いちまったみてぇだ)

 

 考え事をしながらチャンネルを変える奈落。

 

(と言っても容姿は上の下くらい、中々なんだよなぁ。信仰心もあるし、苛めればイイ顔をするだろう。だが如何せん、チョロそうだ。……予感じゃなくて、確信だ。アイツ等とすれ違った時、雌の匂いがした。豊潤な……。旧校舎に来る前に自慰をしてきたな? 相当溜まってんだろう。互いにな)

 

 奈落は嗤う。

 

(そりゃ、二十歳に満たない歳で命のやり取りの場に投げ出されて、教会のしきたりで欲望を制限されてりゃあ、な。性欲なんざ嫌でも溜まる。人間ってのは知能を持った獣みてぇなもんだ。精神を擦り減らし、制限をかけられりゃあ生存本能が疼く。アイツ等相当長い期間戦士をしてるみてぇだし、万年発情期なんじゃねぇの? 発育も良かったしなァ)

 

 奈落は顎を擦る。

 

(しっかし教会によっちゃあ厳しいところもある。自慰なんて許さねぇってところもあるだろう。……背徳的な行為に酔い痴れているのか? だとしたらチョロさ二倍がけだな)

 

 奈落は一旦切り上げ、次の課題の解決に入る。

 

(本題に入ろう。アイツ等をどう調理するか、だ。素材は上々。しかし脆さが目立つ。ただの強姦だと調理過程を楽しめない可能性が高い。だが、しっかりと反抗してくれる可能性はある。強姦は強姦でも、手法を考えなきゃな――)

 

(こっちの手札は、俺のスペックにガブリエルの痴態が映った写真。そして聖書の神が既に死んでいるって事実か……。聖書の神の死とガブリエルの写真、こいつらをどう有効活用するかだな)

 

 奈落は楽しそうに考える。まるで今夜のこんだてを考える主夫のようだった。

 

(快楽に堕ちる寸前まで強姦。放置――からのガブリエルの写真。止めに聖書の神の死……んー、スタンダード過ぎる。他に良い案はねぇかなぁ)

 

 ふと、奈落の視界にテレビ番組が入ってくる。

 内容は、催眠術の実体験というものだった。

 

「……へぇ、催眠術ねぇ」

 

 女を堕とす過程も楽しみたい奈落は催眠術をあまり用いない。

 しかし――

 

(強力な催眠じゃなくても、工夫して用いれば――)

 

 奈落の頭の中で、ポンポンと良案が浮かんでくる。

 調理の工程が最後まで掴めた頃には、口角が不気味に吊り上がっていた。

 

「よし、決まった。早速行こう」

 

 奈落は煙草を灰皿に押し付け、部屋を去る。

 この時、ゼノヴィアとイリナの運命が完璧に決まった。

 

 

 ◆◆

 

 

 ゼノヴィアは胡蝶のように夢の中を羽ばたいていた。

 それはゼノヴィアの願望――いいや、欲望が叶う夢。

 正気であれば真っ先に否定したであろうが、意識があやふやな夢の中ではただ身を任せることしかできない。

 己を余す事なく満たしてくれる、逞しい雄。

 その腕に抱かれ、愛の言葉を囁かれ、抱いてもらう。

 謙虚なクリスチャンであろうと、日々努力してきたゼノヴィア。

 最近旺盛になった性欲が、こうして夢の中に出てきたのか――そう、ゼノヴィアは胡乱に考えていた。

 そして、夢の中でなら――と、開き直って男との行為に没頭した。

 

 強い男との子供を生みたい。

 それが、ゼノヴィアの密かな願望だった。

 しかしそれは最近になって出来た夢。

 教会でも屈指の厳しさを誇るカトリックでは、結婚し子供を成すのも一苦労。

 

 夢の中で己を抱いてくれている男は、理想そのものだった。

 優しく、強く、逞しい。

 こんな男に抱かれ、子を産める。何よりも幸せだった。

 

 夢でいい。

 夢の中だけでいいから――

 私の本音を聞いてくれ。

 本当の私を、受け止めてくれ。

 

 男はその願いに答えるかのように、ゼノヴィアを抱いた。

 時に優しく、時に激しく愛され――

 ゼノヴィアは何度も絶頂し、女としての幸せを身体に刻み付けられた。

 

 

 彼女は後に知る事になる。

 これが正夢であることを。

 

 

 ◆◆

 

 

 ゼノヴィアは目覚めた。相方である紫藤イリナの呼びかけによって。

 まどろみは未だ続いていた。叶わない幸せの余韻に浸っていたいと思っていた束の間、周囲の景色が寝床としていた教会跡地で無い事に気付き動揺する。

 精神が覚醒したと同時に、イリナと自身の状況にも気づいた。

 全裸である。

 イリナも顔を赤くしていた。

 現在、特大ベッドの上で二人して佇んでいる。

 イリナに詳細を聞くも、わからないとの事だった。

 

 ゼノヴィアは考える。

 敵の罠に落ちたか、あるいはこれも夢なのか。

 しかし意識は覚醒しているし、感覚も鋭敏化している。

 夢ではない、という事がわかった。

 

 同時に全身に残る、気だるさと甘ったるい余韻。

 まるで長風呂でのぼせてしまったような感覚に、ゼノヴィアは再度疑問を覚えた。

 全身に残る快感の波――そして疼く下腹部。

 ゼノヴィアは羞恥を覚えながらも、現状把握と割り切り、イリナにその事を打ち明けた。

 すると、イリナも同じ様な症状を覚えていた。

 彼女は言った。

 

「素敵な人とセックスをしている夢を見たの……冒涜的かもしれないけど、その……っ」

 

 イリナは顔を真っ赤にして、口をもごもごとさせる。

 ゼノヴィアも同じような夢を見ていた。

 ここまで互いの症状が一致していると、これはもう第三者の介入以外にありえなかった。

 そしてその第三者は、機会を計ったかのように現れた。

 

「よぅ。はじめましてだな。教会の聖剣使い達」

 

 空間を裂いて現れた、褐色肌の大男。

 その声に奇妙な懐かしさを覚えながらも、ゼノヴィアは敵意と殺意を剥き出しにした。

 

「何者だ貴様……私達に何をしたッ!!」

「何って、ナニに決まってるじゃねぇか。覚えてねぇか? ああ……お前等からすれば、夢みてぇな感覚なんだろう」

「……まさかッ」

「あれは正夢だ。相手は俺な。いやぁ、中々に気持ち良かったぜ。ごちそうさん」

 

 暫しの合間があった。

 二人が現状を理解する時間だ。

 自分達が何をされたのか――

 あの夢は何だったのか? 身体に残る余韻はなんなのか?

 理解した。

 理解したと同時に――二人の表情が憤怒に染まった。

 

「……殺してやるッ!!!!!」

「許さないッッ!!!!」

 

 ゼノヴィアもイリナも血相を変えて立ち上がろうとする。が、足腰に力が入らず尻餅を付いてしまった。二人は己の身体が思い通りに動かないことに驚愕を隠し切れなかった。

 

「無理すんな。三日三晩抱き続けてやったんだ。体力は底をついてる。カッカッカ、人間にしちゃあ体力あったほうだぜ。流石教会の戦士。鍛えてるだけある。アソコの締まりも一級品だった」

「「ッッ」」

「そう睨むなって。昨日まで散々俺に抱きついて喘いでたじゃねぇの。寂しいぜ」

「催眠術か何かで私達を洗脳したんだろう!! そうでなければ、誰が貴様のような男とッ!」

「御明察。でも催眠術にかかったお前らが悪い。よがり狂ってたお前等は本当に可愛かったぜ。ちゃんとビデオカメラで残してるから、後で見せてやるよ。いやぁ、処女も頂いちまって、悪いなァ」

 

 あくどい笑みを浮かべる奈落に、ゼノヴィアとイリナは何も言えない。言葉が出ないほど憤慨していた。唇を噛みしめ、目尻に涙を浮かべるその表情。屈辱の極みと言わんばかりに奈落に殺意を向ける。穢された身体を労わるように抱きしめるその様は、奈落が望んだ光景だった。

 

「アア……いいぜ。その顔だ。その顔が見たかったんだ。それを見るために催眠術なんて姑息な方法を使ったんだ。無駄にならなくてよかったぜ」

「お前が、死ぬほど憎い……ッッ」

「殺してやるッッ」

「今のお前等の言葉は全て、俺にとって心地いい音色だ。もっと怒れ、憎め、泣いてもいいぞ?」

 

 ケラケラ笑いながらソファーに座る奈落。イリナは激情に駆られながらもふと、奈落の顔を思い出した。

 

「あなた……昨日駒王学園ですれ違った」

「そうだ。オカルト研究部の特別顧問で、グレモリ―眷属の特別講師をしてる。奈落だ。よろしくな」

「これは――あの紅髪の女悪魔の指示か?」

「そうさな。ま、指示がなくてもするつもりだったが」

「こんな事がまかり通ると思うなよ。異変に気付いた教会がすぐに増援を……」

「それは無いな」

「何故断言できる」

「お前等を三日三晩犯したが、それは特別な空間の中でだ。特別な空間ってのは此処な。ここは時間の流れが極端に遅くてなぁ。一ヵ月居ても現実世界の一分に満たない」

「そんな馬鹿な!!」

「嘘よ!」

「信じるも信じないもお前等の自由だ。で、これが嘘だったとしても、お前等――本当に増援が来ると思ってんのか?」

「何を、言って……」

「悪魔の領地に無断で入って好き勝手ほざいて、堕天使組織の大幹部と戦う。そんなお前等が行方不明、もしくは死亡しました。当然だろう? 教会もそれはわかっている。お前等は使い捨ての駒なんだよ」

「それは……ッ」

「グレモリーの領土に無断で侵入し揉め事を持ち込む。グレモリー側からすれば殺す理由はそれで事足りる。元来、冥界と教会との仲は最悪だ。会った瞬間殺しても罪には問われない」

「嘘よ……ッ」

「人間の価値観を持ち込み過ぎた。そして、礼儀と常識を欠いた。お前らが死ぬ理由はそれで十分だ」

 

 絶望で顔面を蒼白にする二人。しかし奈落は温和に微笑んだ。

 

「安心しろや。殺すなんて勿体ないこたぁしねぇ。俺の手駒にしてやる」

「誰がなるものか」

「死んでもお断りよ」

「また洗脳かけて抱いちゃうかなー?」

「「ッッ」」

「冗談だ。洗脳で都合の良い女になったお前等を抱いても、正直あんま気持ちよくねぇんだよ。人形としてるのと一緒だからな。だから、正気を保ってるお前等と楽しみてぇのよ」

「……下種が」

「絶対に嫌よ」

「ハッハッハ」

 

 奈落は懐からスマホを取り出す。そして、保存していたある写真を見せた。

 

「話は変わるけどよ。コレ、誰だかわかるか?」

「……!!!?」

「まさか……ッッ」

 

 二人は驚愕する。

 その神聖な美貌と神気を聖職者が見違える筈は無い。

 しかし写真に写る彼女は、だらしない顔でダブルピースをしていた。

 

「四大天使で唯一の女。いやぁ、天界一の美女ってのはチョロいな」

「貴ッ、様ァァァ!!!!」

「よくも、ガブリエル様を……どうして、どうやって!!?」

「ガブリエルの抱き心地は最高だ。何時までも抱いていたいほどに」

「クソ……クソォ!!!」

「こんな時に、なんで力が入らないのよォ……目の前に、大天使様を穢した怨敵がいるのにぃッ」

「ハッハッハ」

 

 彼女達の心底悔しそうな反応を見て、奈落は愉快愉快と笑った。写真一枚でこんなにイイ顔をさせられるなんて、撮っておいてよかったと心から思った。

 そして、立ち上がる。

 

「大丈夫だ。お前等もすぐにこうなる」

「「!!」」

「反応は期待通りだ。だがまだ足りねぇ。溜まった鬱憤を晴らさせてくれよ。最近イイ子ぶっててストレスが溜まってんだ。もっと絶望した顔を見せてくれ。ほら――」

 

 鬼神が嗤いながら近付いてくる。

 二人は恐怖で全身を震わせた。

 

「く、来るな! 近寄るなッ!!」

「誰か、誰か助けて……ッ!」

 

 力の入らない身体で必死に逃げようとする二人。

 しかし無情にも、距離はすぐに縮められた。

 

 鬼神の宴が本格的に始まった。

 二人は無情にも強姦された。

 泣き喚いても、鬼神は止まらない。

 泣きじゃくって懇願しても、鬼神は嗤うだけ。

 

 犯され続ける内に、恐怖と絶望は薄れていく。

 幾日も経つと二名の身体は女の喜びを覚え、卑しく男を求めるようになっていた。

 しかし、その心はまだ――

 

 

 ◆◆

 

 

 一週間は経っただろうか。

 紫藤イリナは別室に移された相方の身を案じつつも、今からやってくる男に対して恐怖と憎悪を募らせていた。

 

 艶やか栗色の髪はツインテールにされ、くりりとどんぐり型の瞳が愛らしい。

 絹地のように白い肌はモチモチで、高校生にしては発育の良い肢体を誇っている。

 リアスや朱乃ほどではないが、胸部の膨らみは異性の目をくぎ付けにしてしまうだろう。

 

 人間でこれほどまでの美貌を誇るのは珍しい。クリスチャンでなければアイドルをしていても何ら不思議ではない。

 その可憐な顔立ちは普段、天真爛漫な笑顔が咲いている。しかし今は奈落好みの恥辱の面が貼り付いていた。

 

「どうしてこんな事に……私はただ、大いなる父のために頑張ってただけなのに」

 

 目尻に涙が浮かぶ。謙虚に尽くしてきた筈なのに、この仕打ちはあんまりだとイリナは絶望に暮れていた。

 

「その大いなる父ってのは薄情もんだな。お前みたいな可愛い娘の危機に駆けつけないなんて」

「ッ」

 

 やって来た。下着をつけることも許されないイリナは胸と秘所を隠す。逃げようにもこの大きなベッドの上から逃げられなかった。

 何かの術が働いているのだ。

 

「俺は何人もお前みてぇな謙虚なクリスチャンを犯してきた。が……一度も助けに来なかったぞ。主とやらは、とんだ寝取られ好きだな」

「主の悪口は許さないわよ!!」

「お前が言う主とやらが実在するのなら、この状況は何だ? 何故助けに来ない。謙虚な信徒の危機だぜ?……ああ、もしかしたら、主と呼ばれる存在はこの世に存在しないかもしれないな」

「そんな事!!」

「証明できるか? 主が居るという事実を、お前は証明できるのか?」

「ぁ……っ」

「今迄犯したシスターの中で誰も証明できなかった。誰もだ。神魔霊獣の跋扈するこの世界で、謙虚な信徒達に一度も顔を見せない神――いるのかね? そんな神が」

「そ、れは……」

「俺は真実を知っている。だが言うつもりはない。言えばお前の絶望した顔を拝めるだろう。だが今はそんな気分じゃない」

 

 奈落はベッドに座りイリナを引き寄せる。そして、その形の良い顎を指ですくった。

 

「ッ」

 

 イリナは顔を真っ赤にし、視線を逸らす。この男に何十回も抱かれ、イリナの身体は既に別の意思を持っていた。この男に抱かれると思うと、勝手に喜んでしまうのだ。

 そんな己の身体が、イリナは何よりも恨めしかった。

 

「まだそういう表情ができるのか。存外しぶとい。だが――」

 

 

 今日で終いにしよう。

 

 

 奈落はそう言って、イリナの唇を奪った。

 

 

 ◆◆

 

 

「あぁッ♪ んんゥ……♪」

 

 思わず漏れた嬌声を必死に堪える。その時の表情が奈落を滾らせている事をイリナは理解していた。

 正常位から熱く固い肉棒でナカを蹂躙される。好きでも無い男に抱かれているというのに、肉体は歓喜に打ち震えていた。

 

「もう俺無しじゃ生きていけないんじゃないか?」

「そんな、こ、とォ……っ♪」

 

 奈落のモノはイリナの膣内を全て満たしていた。少し動かすだけでナカが全て擦られる。それだけで背筋に電流の如き快楽が奔った。

 

「身体は正直だ」

「もう、やめてぇ……っ、お願い、しますっ。これ以上は、私ぃ……♪」

「堕ちろ堕ちろ。快楽に溺れ、主に背を向けろ」

「いやぁ……ッ」

 

 漏れ出す甘い吐息。それを奈落は唇で塞ぐ。

 最初は拒絶したイリナだが、しまいには無抵抗になってしまう。

 彼女はそれどころではないのだ。

 落ちてはいけない断崖の先で、理性という名のバランスを取っている。

 それだけで、精一杯だった。

 奈落は唇を離した後、低い声でささやく。

 

「……俺なら、お前を満たしてやれる。お前の望む全てを叶えてやれる」

「嘘よ、信じない……ッ」

「なら、今お前を満たしているのは誰だ?」

「ああんッ♪」

 

 最奥を小突かれて、思わず喘いでしまうイリナ。抗おうと動かした腕は奈落の首に巻きつき、逃げようと曲げた足は奈落の腰に絡みついた。

 

「どうした? 来るか? こっちへ」

「……うううッ」

 

 まだだ、まだ理性は残っている。今の言葉が無ければ危なかったが、まだ抗える。

 その反応が面白いのだろう。奈落はクツクツと喉を鳴らした。

 

「お前は本当に謙虚なクリスチャンだ。今まで抱いてきたクリスチャンの中では一番保った。おかげで予想以上に楽しめた」

「ッ」

「……だが今日は、お前が存分に喘ぎ狂う様が見たい」

 

 イリナの背に手を回し、首元にキスをする奈落。

 

「少し本気を出す……壊れてくれるなよ」

 

 そこからは、一方的な蹂躙だった。

 イリナという若く瑞々しい肉を貪り食らう、鬼神。

 今迄の行いが児戯に思える程の荒々しい性行。

 交尾、と言ってもいいだろう。

 イリナの精神はたちまち崩壊した。

 頑強な理性が、暴力的な快楽に押し潰される。

 イリナの支えになっていたクリスチャンとしての記憶が、消えていく。

 

 

 

 

「アーーーーーーーーーーーーッ!!!!! アッアッアァっ!! ンあァッ♪ ひんッ♪ いぃイッ♪ アッーーーーーーーーーーーー!!!!!!」

 

 

 

 獣のような喘ぎ声を上げること以外、行動を許されなかった。考えることすら許されない。

 紫藤イリナという少女がどんどん塗り替えられていく。

 謙虚なクリスチャンではなく、一匹の牝に堕とされていく。

 

「ン、ンンンンンンッ♪♪ ンーーーーーーーーーーーッッ♪♪」

 

 最後に、本当に最後に残った理性。

 それがイリナを押しとどめた。

 唇を結び、必死に嬌声を押しとどめている。

 しかし、奈落は彼女に止めを刺した。

 

「んむゥ!?」

 

 イリナにキスをして、無理やり口を開かせる。

 逃げる舌を舌で絡め取り、たっぷりとねぶる。

 唾液を流し込みながら頭を押さえる。

 

 イリナの脳髄が焼き焦げた。

 彼女は何度も、何度も絶頂を繰り返した。

 キスをしながらの性行はイリナの弱点であり、一番快感を与える行為だった。

 

 暫くして――

 奈落が唇を離すと、イリナの表情は激変していた。

 瞳は愛おしそうに奈落を見上げていて。

 申し訳なさそうに、されど嬉しそうに言い放つ。

 

「がん、ばったァ♪ わたひ、がんばったァ! でももう、無理、限界ィ……アアアアッ♪ 無理ィ♪ こんなの、抗えないよォッ!! 全部、全部どうでもよくなっちゃうのォォッ!!!!」

 

 口に出してしまってはもう手遅れ。理性は完全に崩れ去り、後に残ったのは肉欲に溺れる淫乱娘だった。

 

「いるかどうかわからない主よりもッ、目先の快楽のほうがいいのォ!! ああんッ!! ンアアッ♪ やッアアアアアアアアアアッ!!!!!!!!!」 

 

 奈落は正直になったご褒美だといわんばかりイリナの弱点である下腹部の溝を擦り上げる。

 イリナは背をのけ反らせて絶頂した。

 

「イッ―――――ッッ♪♪ アアアアアアアアアアッッ!!!!!!」

 

 奈落のモノを痛いほど締めつけるイリナの膣肉。子宮の入り口は奈落の子種を欲し、先端に吸い付いていた。奈落は身を捩らせ悶えるイリナを抱きしめる。

 逃げられないようにした後、溜まった性を放出した。

 ビュルビュルと卑猥は音を立てて注がれる白濁液は、イリナの子宮を満たし卵子を取り囲む。

 受精するかしないかの瀬戸際で、イリナは立て続けに絶頂を迎え込んだ。

 

「~~~~~~~~~~~~~~~~ッッッッ!!!!!!!!!!! んひィィッッ♪ オオ゛ッ! オ゛ッ♪♪」

 

 獣のような嬌声を上げるイリナに、謙虚なクリスチャンの面影はどこにもない。

 長い長い放精を受け止め、腹を孕んだように膨らませるイリナ。

 奈落はモノを引き抜いた。

 

「んひィッ♪」

 

 奇声とともに膣内から収まりきらなかった白濁液が溢れかえって来る。

 ジャムのように濃厚な白濁液は、イリナの秘所に粘り付いて離れなかった。

 イリナは焦点の合わない瞳で天井を見上げ、戯言のように呟いた。

 

「アッ♪ 負けちゃっ、た……でも、きもちィィ……♪ 幸せェッ♪」

 

 

 ◆◆

 

 

 別室にて。

 ゼノヴィアは疼く肢体を抱きしめ、必死に理性を保とうとしていた。

 少しでも油断すれば後戻りできない。

 そう彼女は確信していた。

 

 ゼノヴィアもまた、イリナと同じく美少女だった。

 スカイブルーの髪はショートにそろえられ、前髪には緑のメッシュが入っている。

 キレの長い双眸の色はエメラルドで、その輝きは意志の強さが反映していた。

 ボーイッシュな雰囲気を纏いながらも、その肢体は魅惑的な女性のもの。

 スタイルの良さだけで言えばイリナ以上で、十七歳とは思えない発育の良さである。

 無駄な贅肉も一切付いていない。教会で長年戦士をしているだけはある。

 イリナがアイドルのような可憐さであれば、彼女はファッションモデルのような美しさだった。

 

 何時もは悠然と、クールな表情を崩さないゼノヴィア。

 が、今は恥辱で頬を赤く染め上げている。

 その様は、奈落をもって「扇情的」と言わしめた。

 

「よォ。難しい表情をしてんな。悩みなら聞くぜ?」

 

 異空間から現れた褐色肌の美丈夫。

 ゼノヴィアは憎悪で我を忘れそうになった。

 が、何とか平静を保つ。

 自分達に恥辱の極みを経験させている男が、目の前にいるのだ。

 何時もであれば問答無用で斬りかかっているのだが、それはできない。

 ゼノヴィアは精一杯不敵な笑みを作って言ってみせた。

 

「相談に乗ってくれるというのであれば……私に施した術式を解いてくれないか?」

「お前は、獰猛な獣に「檻から出して欲しい」と言われて、おいそれと鍵を渡すのか?」

「ハッ……どっちが獣なんだか」

「ふふん」

 

 奈落は嬉しそうに微笑むと、ゼノヴィアの隣に引き寄せる。そして優しく問うた。

 

「お前にかけた妖術は二つ。わかるか?」

「……三つでは、ないのか?」

「ああ」

 

 ゼノヴィアはキスをされる。

 力では抗えない。なので、ゼノヴィアはなし崩れに受け止めることしかできない。

 

 ゼノヴィアの身体が反応し始める。一週間、彼に抱かれ続けた事で彼女の身体は女の悦びを知ってしまった。

 全身に熱が回り、頭がクラクラする。

 ゼノヴィアは必死に正気を保ちながら、彼の問いについて考えた。

 

 奈落がゼノヴィアにかけた妖術は二つ。

 しかし、ゼノヴィアは三つだと思っていた。

 

 ゼノヴィアは、解答を出すことが恐ろしくなった。

 もし、奈落の出す解答が予想と一致していたら――

 

(そんな筈は、ない……ッ)

 

 己の予想を頑なに否定するゼノヴィア。

 彼女はゆっくりと答え始めた。

 

「まずは、私の身体能力を下げただろう……」

「正解だ。お前の身体能力は同じ年齢の少女くらいに下げてる。例え俺が一般成人くらいの力しか持っていなくても、お前は抗うことはできない。……正解できたご褒美だ」

 

 ゼノヴィアは首筋を甘噛みされ、乳房を撫でられる。

 思わず出てきそうになった嬌声を必死に堪え、彼女は訴えた。

 

「やめろ……っ」

「でも身体は正直だ」

「うぁっ♪」

 

 乳首をこねられ、喘ぎ声を出してしまった。

 そのまま引っ張られ、弄られる。

 声を抑えようにも、抑えられない。

 

「ひぁ、あッ♪ くそォ……ッ♪」

「さて、一つ目は正解できたな。二つ目は?」

「はぁッ……ふぅっ、二つ目、は……」

「わかっているんだろう?」

「っ」

 

 ゼノヴィアは口を噤む。

 言いたくなかった。

 何故なら、この答えが正解なら、自分はどうしようもない女であることを証明してしまうからだ。

 

「自覚しているんだろう? さぁ」

「い、嫌だ……」

「正直になれ。己の本性を否定するな。お前は今、何を望んでいる?」

「私、は……ッ」

「俺のコレが、欲しいんじゃないのか?」

 

 奈落のソレが視界に入り、ゼノヴィアは思わず生唾を呑み込んだ。

 自分の顔ほど長いソレは、硬くて熱い。

 ゼノヴィアは唇を震わせる。

 

「そ、そんな筈は、ない……っ」

 

 そう言いながらも、ゼノヴィアの口の端から涎がこぼれ出た。

 これで突かれ、抉られた時の快感を思い出したのだ。

 ゼノヴィアの意思とは関係無く、股の下から蜜が溢れはじめる。

 

「さぁ、二つ目だ。俺がかけた妖術は――?」

「……こ、このベッドに……」

「ベッドに?」

「私が出られないよう、結界術を、組み込ん、だ……」

「正解だ」

「う、嘘だ……お前はあと一つ、妖術をかけているっ」

「何だ? その妖術とは?」

「私に、魅惑(チャーム)の呪いをかけただろう? もしくは、私の性欲を著しく高める――」

「本当に、そう思うか?」

「ッ」

「そうなら、お前はとっくに俺の虜になっている。それはお前が、一番自覚しているんじゃないか?」

「違うっ、私は、こんなにはしたない女じゃ……っ」

「はしたない女なんだ。お前は」

 

 奈落はゼノヴィアに覆いかぶさる。

 秘所に当てがわれた奈落のモノを凝視し、ゼノヴィアは息を荒くした。

 

「犯すのか……私をっ」

「ああ」

「また、よがり狂わせるのか……?」

「ああ」

 

 今、セックスをすれば確実に堕とされてしまう。

 自分を強姦し、嘲笑った男を、好きになってしまう。

 だからゼノヴィアは――精一杯、笑みを作ってみせた。

 

「私は……教会の戦士であり、聖剣の担い手だ。そう簡単に、堕ちはしないッ」

「そうか。それは楽しみだ」

 

 奈落はモノでゼノヴィアの膣肉を掻き分けた。

 

 

 ◆◆

 

 

「あぁあッ!!ア―――――ッッ!!!! ふぁッ、アッ♪ だめェェェェェッ!!!!」

 

 何十分後か――

 ゼノヴィアはバックから激しく突き上げられていた。

 襲いかかる快楽の荒波に叫び声を上げることしかできないでいた。

 

「わたしは、クリスチャンでぇ……ッ♪ 絶対に屈したりは……ンああッ!! アアンッ♪ アッア――――!!!!」

 

 腰を掴まれ安産型の尻に肉棒を叩きつけられる。

 ゼノヴィアは何度も絶頂を繰り返していた。

 

「くそぉ、クソ、ォ……ッ♪ 気持ち良すぎるッ、なんで、こんな……ッ♪ こんな奴なんかにィィィィィィ!」

 

 気持ちいい。

 その事実を、既に認めてしまっていた。

 だからこそ、何故自分を気持ちよくしてくれているのがこんな男なのか――

 それが嫌で、ゼノヴィアは嬌声と悲鳴を交え吠えていた。

 

「ふぁぁッ♪ だ、めェェェェッ! 乳首、つねっちゃ、やァんッ♪」

 

 ゼノヴィアは背を弓形にのけぞらせる。

 奈落はゼノヴィアの引き締まった腹を抱え、持ち上げた。

 上体だけ上がったゼノヴィアの唇を吸い上げながら、ピストンを続ける。

 ゼノヴィアの表情がみるみる蕩けていく。

 

「はァ、ん、ちゅう♪ ふむぅ……っ♪」

 

 口ではどうこう言いながらも、ゼノヴィアは自ら舌を絡めていた。

 流された唾液を嬉しそうに呑み込み、逆に自分の唾液を流し込む。

 唇を離した時、ゼノヴィアは思わず言ってしまった。

 

「大丈夫、今だけ、今だけ、だからァ♪ ああッ!! もうッ! 我慢の限界なんだッ! こんな気持ちいいことを知っては……抗いきれないィッ!!」

 

 ゼノヴィアは自分に言い聞かせ、自分から腰を打ちつけ始める。

 今この時だけは、セックスに夢中になると宣言してしまう。

 

「ああああンッ!!!! いいッ♪ きもちいィィっ!!! はァん♪ アアアッ♪ アッアッア――――――――ッッ!!!!」

 

 抗うことをやめたゼノヴィアは性に貪欲な獣だった。

 今まで教会の教えを尊守することで性欲を押え込んでいたゼノヴィア。

 バケモノとの戦いで日に日に溜まるストレスと、危険な高揚感。

 比例して魅惑的な肉付きになるが、男と寝ることは許されなかった。

 自慰で抑えるも、それすらも背徳的な行為であり――

 

 しかし、当時の彼女はその小さな背徳感に快楽を覚えていた。

 そんな彼女が、奈落との性行を知ってしまっては……

 もう、後戻りできない。

 今まで溜めてきたものを開放するかのように、ゼノヴィアはよがり狂った。

 

 何度もイって、何度もナカに出されても、満足できない。

 しまいにはゼノヴィア自身が奈落に跨り、腰を振っていた。

 

「あアッ!! きもちぃぃ♪ すごぃぃぃぃッ!! せっくすって凄いィィィィッ♪♪」

 

 繋いでいる奈落の指が己の指に絡みつく。

 奈落の顔を見ると、何故かとても恋しくなって――

 ゼノヴィアは蕩けた表情で、彼の胸板に寄り添った。

 

「お前が、好きになってしまぅ……♪ 大嫌いなのに、憎たらしいのにぃ……ッ、お前の子を、産みたいと思ってしまうぅぅッ!!」

 

 ゼノヴィアは奈落に蕩けた顔を近付ける。

 すると、愛おしさが倍に膨れ上がり思わず口づけしてしまう。

 ゼノヴィアが己の意思でキスをしたのは、これが初めてであった。

 

「こんなにナカに出されてぇ……っ、もう、デキてるかもしれない。でも、まだ欲しい……ッ♪ お前の、貴方の子種が欲しいッ♪」

 

 ゼノヴィアは奈落の身体に密着する。

 そのまま腰をグリグリと押し付けた。

 子宮の入り口が、奈落の先端に吸い付いていた。

 

「出してェ♪ 私を、孕ませてくれェ……♪」

 

 瞬間、機を見計らったかのように奈落の射精が始まる。

 卑猥な音が立ち、ナカに注がれる濃厚な白濁液。

 満たされいく感覚に、ゼノヴィアは気をやりかけた。

 

「アアア゛ッ!!!! 出て、りゅゥッ♪ 出してェェェェ!!! もっとォ!! 私を、壊してくれェッ!! 貴方のものにしてくれェェェェェッ!!!」

 

 叫びながら絶頂するゼノヴィア。

 長い射精の間、ゼノヴィアは常に獣の如き喘ぎ声を上げていた。

 

 射精が終わり――

 ゼノヴィアはしかし、名残惜しそうに瞳を潤ませせていた。

 荒い吐息は熱く、汗を吸い取った青髪からは少女特有の甘い香りが漂う。

 

「……こんなに幸せなことを知ってしまったら、もう、戻れないな……ッ♪」

 

 そう言いながらも、ゼノヴィアは嬉しそうに奈落に擦り寄った。

 

 

 ◆◆

 

 

 イリナとゼノヴィア、二名が完全に堕ちた事を確認した奈落は、改めて二名を可愛がった。

 二名を両腕で抱きながら、まどろんでいる。

 

「強姦っつっても、少し緩すぎたか……まぁだが、最初のほうの表情で満足できた。コイツ等のできる絶望は味あわせてもらったさ。……ふぁぁ、眠くなってきた」

 

 奈落は改めて、二名の表情を確認する。

 二名は嬉しそうに奈落に抱きついていた。奈落は満足そうに頷き、気を抜いて、眠りに付こうとする。

 

 瞬間である。

 イリナとゼノヴィアが、奈落の目を潰したのは――

 

 イリナが左目、ゼノヴィアが右目。

 それぞれ容赦の無い指突で奈落の目を抉った。

 二名はすぐに立ち上がり、止めを刺しにいく。

 イリナは跨って喉ぼとけに脛蹴りを、ゼノヴィアは心臓に踵落としを落す。

 

 刹那の攻撃への転化。

 二名の瞳には殺意も憎悪もない。

 ただ戦士として、暗殺者として、確実に目の前の男を殺そうとしていた。

 

 しかし――――

 

「いやぁ、嬉しい誤算だ」

「「!」」

 

 奈落は上体だけ起こし二人を抱きかかえた。

 彼の目は無傷だった。柔らかい眼球とはいえ、鬼神の肉体を人間が傷つけられる筈は無い。

 二人は暴れるも、身体能力を制限されてしまう妖術のせいで思うように動けない。

 今の攻撃も、最低限の力で的確に放ったものなのだ。

 こうして捕らえられると、どうすることもできない。

 

 奈落は嬉しそうに――本当に嬉しそうに笑った。

 

「堕とした筈だ。完全に――だが、違和感はあった。あまりにも呆気なさすぎるとな。しかし、俺はお前等の個人情報を思い出して、「この程度の女達だったんだな」と割り切った。その結果がコレだ」

 

「堕ちたは堕ちた。だが、わざと堕ちたんだな。あえて抗わず、快楽の泥沼に沈んだ。相方と遭遇できる、その時まで」

 

「相方を確認した事で泥沼から無理やり這い出て、言葉も交えず攻撃に転化する。互いを相当に信頼しているとみた。いや、それでも……あっぱれだ。一度浸かれば二度は無いと自負していた俺の甘美な悪夢。まさかお前達のような小娘に破られるたぁな」

 

 奈落は二人をベッドに投げる。

 二人は奈落を睨み付けた。

 その瞳には殺意が迸っているが、しかし同時に「どうしようもない期待」に潤んでいた。

 無理やり快楽の沼から戻ってきたのはいいが、やはり堕ちた代償は大きかったのだ。

 

「いいぜ。何度でも堕としてやる。だから何度でも這い出てこい。その度に愛でてやろう……」

 

 イリナに手を伸ばす奈落。イリナは抵抗できずにいた。

 イリナの意思がそうでなくても、身体は既に奈落のものになっていた。

 イリナはゼノヴィアに視線を投げかける。救援を求めていた。

 

 しかし、ゼノヴィアもまた、何もできなかった。

 

「ぁ……う」

 

 手を伸ばすだけ。

 相方のピンチに、手を伸ばすことしかできない。

 イリナは絶望する。

 

 一度歪んでしまった針金が元の形に戻らないように。

 歪んだ心は、完全には戻らない。

 

「いや、あァ……っ♪」

 

 イリナは怒張した奈落のモノを無抵抗に受け入れた。

 

 

 ◆◆

 

 

「あ、アアッ♪ いやァァァァァっ!!! お願い、こんな、ぁアアンッ!!!」

 

 イリナはバックから上半身を抱きかかえられ、激しいピストンを受けていた。

 目の前にいるゼノヴィアに、その痴態が全て見られていた。

 

「ゼノヴィア、見ないでェ……ッ、お願い、ぃぃンッ♪ ううンッ♪ あ、ア―――ッ!!!!!!」

 

 羞恥と屈辱、それ以上の快楽によって奔放される相方。

 それを見て、ゼノヴィアは動くことができなかった。

 

「堕ちるゥ……ッ♪ いやァ、相棒が、見てるのに……ッ♪」

「興奮してるのか?」

「そんなこと、ない……あァッ♪ ダメェ!! 腰、グリグリ回さないでェ!! おかしくなっちゃゥゥ!!!」

 

 背をのけ反らせ喘ぐイリナ。

 奈落は器用に両手を使い、片手で乳房の先端を、もう片方で秘所の蕾を摘み、捻る。

 

「ッ!!? ~~~~~~~~~~~~~~ッッ♪♪」

 

 絶頂で痙攣するイリナ。

 数十秒にも渡る連続の絶頂。潮が吹き、ゼノヴィアの足元を濡らす。

 絶頂が終わった後も、肩を震わせているイリナ。

 天を仰ぐその顔は、恍惚でクシャクシャになっていた。

 

「ご、ごめん……ゼノヴィアぁ……ッ、私、駄目だったよ……一度は戻ったけど、もう……戻れないッ、こんな気持ちいい事を知っちゃったら、もう……ッ♪」

 

 イリナの気持ちを、ゼノヴィアは痛いほど理解できた。

 理解してはいけないのに、理解できてしまった。

 

 その後、イリナは一時間近く犯された。

 その柔肌を揉みし抱かれ、程よい乳房を吸い取られ。

 抱きしめられ、熱い子種を何度も注がれていた。

 

 イリナは堕ちてしまった。深い深い、快楽の沼の底へ。

 全てを捨てたイリナの表情は、しかし幸せそうであった。

 捨てたのではない、解放されたのだ。

 そんな顔をしていた。

 

「アアッ!! イッちゃう!! またイッちゃうぅ!!!」

「外がいいか?」

「ナカぁ!! ナカがいいのぉ!!! 気持ちいからァ!! 孕んでも、いいからァッ!!」

 

 奈落に組み敷かれ、一滴残らず精を注がれるイリナ。

 絶叫に似た喘ぎ声をあげ総身を震わす相方は、実に幸せそうな顔をしていた。

 雄に組み敷かれる雌の喜びを、全身で表現していた。

 

 長い長い射精を終えた後、イリナは妊婦のような腹を奈落に撫でられていた。

 卑猥な音を立ててこぼれ出る精液。その余韻に浸り、イリナは表情をとろけさせていた。

 

「はぁ、アアん♪ あ、あ~~~~ッッ♪」

 

 余韻だけで絶頂しているイリナ。

 その様子を、片時も目を離さず見ていたゼノヴィア。

 彼女の手は、無意識に己の股下へと伸びていた。

 掌がビチャビチャになる程に、彼女は相棒の有り様に興奮していた。

 

「さぁ、次はお前の番だ」

「……ぁぁ、主よ」

 

 最後に残ったクリスチャンの心が、ゼノヴィアにその台詞を呟かせた。

 

 

 ◆◆

 

 

 何故、神のために生きてきたのだろう?

 何故、神のために強くなったのだろう?

 何故、剣を振るっていたのだろう?

 

 奈落に抱かれている時、刹那であるがそんな事を考えたゼノヴィア。

 齎される莫大な快楽に狂ってしまいながら、彼女は考えずにはいられなかった。

 

 神のために戦っても、幸せにはなれなかった。

 だがしかし、神のために戦っていたからこそ、この快楽を知ることができた。

 この、暴力的な快楽を。

 

 出会い、されてきた仕打ち。

 その全てがどうでもよくなってしまう。

 

「アアッ!! もっと!! もっと穢してくれ!! 私のことを、汚してくれェ!!!」

 

 正常位から突き上げられる度に込み上げる幸せ。

 この幸せのためならば、全てを捨てたってかまわない。

 ゼノヴィアは本気でそう思っていた。

 

「女としての幸せが、こんなにも、凄いなんて……ッ♪ あああッ!!! ふぁァン!!!」

 

 奥を突かれると、思い知らせれる。

 己が女であることを。

 

 鍛え上げた鋼の肉体は、その頑強さを維持しながらも女の喜びを知ってしまった。

 奈落に抱かれた途端、だらしない柔肉へと成り果ててしまった。

 汗ばみ更に柔らかくなった肢体は、逞しい筋肉に押し潰される。

 

「もう、貴方無しでは、生きていけないッ♪ 貴方だけの剣士に……いいや、女でありたいッ! こんなだらしない私を、貴方は……アアアッ!! ひぃんッ♪ アん!」

 

 ゼノヴィアは怒涛のピストンを受ける。

 何度も果てる気持ち良さを刻み込まれた肉体は望外の喜びに打ち震える。

 

「~~~~~~~~~~~~~ッッ♪♪」

 

 締まる膣内。ゼノヴィアの子宮は奈落の子種を欲し疼いていた。

 奈落は最奥を尽き、お望みのモノを注ぎ込む。

 腰を打ち付け、固定し、一滴も外に逃さない。

 全てナカに注ぐ。

 

「はひィ!? ヒっ……ゥゥ~~~~~~~~~~~~ンッッ♪♪」

 

 悶え、それでも意識を保ち、奈落の精液を受け止めるゼノヴィア。

 全て受け止めた後――ゼノヴィアは吐息を漏らしながら、甘ったるい声で呟いた。

 

「貴方こそ我が主……我が御主人……一生、お仕えしますっ♪」

 

 身も心も染められてしまったゼノヴィア。

 今の彼女には、雌の貌が本当に似合った。

 ゼノヴィアは自分の本性を――欲望を理解し、快楽を齎してくれる男に忠誠を誓った。

 

 

 ◆◆

 

 

 数日後。

 奈落は自室で、リアスに電話をかけていた。

 

「……ああ、そうだ。中々に美味かったぞ。予想以上だった。……ああ、教会の連中は気にしなくていい。お前は準備を整えることに集中しろ」

 

 ソファーに寄りかかっている彼の下半身には、二匹の雌犬が群がっていた。

 全裸で首輪を付けられた女達は、卑しく奈落のモノを求める。

 甘噛みし、熱い息を吹きかけ、卑猥な音を立てて吸い上げていた。

 

 彼女達がつい昨日まで謙虚なクリスチャンだったと、誰が信じようか。

 しかし、彼女達にとってはどうでもよかった。

 強姦され、惨めな仕打ちを受けて、精神的に追い詰められて――

 散々な目にあったが、最終的には幸せなので、どうでもいい。

 

「奈落さまァ……ッ」

「御主人……構ってくれないと、寂しくて泣いてしまうぞ……?」

 

 長電話を終えた奈落に、二人は涙目を向ける。

 首輪に付いた鈴が、チリンと鳴った。

 奈落は二人の髪をくしゃりと撫でる。

 

「そんな顔をすんな……今日も可愛がってやる。その代わり、俺の手駒としてこれから活躍して貰うからな?」

「はいっ、お任せください! 頑張りますよ♪」

「御主人のためなら、私は神すら斬ってみせるぞ♪」

 

 撫でてくれる手に甘える二人。

 

 紫藤イリナ。

 ゼノヴィア。

 

 彼女達は奈落の新たな戦力(手駒)になった。

 

 





次回はグレイフィアです。
では。



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グレイフィア・ルキフグス

 グレイフィア・ルキフグスは複雑な心境に苦渋の表情を隠し切れなかった。

 四大魔王筆頭であり夫、サーゼクス・ルシファーから緊急指令が下った。

 

 実妹、リアス・グレモリーの領地付近で臨戦態勢に入りつつある堕天使組織の大幹部、コカビエルから彼女を守れ。

 

 この命を受けたのはグレイフィアだけではない。四大魔王の紅一点、セラフォルー・レヴィアタンもだ。

 彼女の妹、ソーナ・シトリーもまた、リアスと同じ町で学生をしていた。

 

 グレイフィアにとってリアスは可愛い義妹だ。たとえ彼女達が若手最強と謳われる強力な悪魔だとしても、堕天使幹部となれば話は違う。

 もしもの場合に備え、守りに行くのは当然の事だ。

 

 更にこの事件は三大勢力の関係に亀裂を生じさせる可能性が極めて高い。

 コカビエルの動向次第――いいや既に、三勢力の間で疑心が爆発しつつある。

 この事件を迅速に解決させることも勿論重要だが、何よりその後が肝心だった。

 事と次第では、三勢力の冷戦時代が終わる。

 また、戦争が勃発してしまう。

 

 兎にも角にも、この事件は今後の冥界を左右する重大な内容だった。

 

 なのにも関わらず、グレイフィアは別の事で頭が一杯だった。

「ある男」への恋慕の情を隠し切れずにいたのだ。

 

 グレイフィアは恋を煩っていた。

 命令を受けた時、まず抱いた感情は歓喜。

 愛しき男に会える口実が出来た――と真っ先に思ってしまったのだ。

 

「これ以上は……駄目よ」

 

 グレイフィアはアルコールで思考がぐしゃぐしゃになりながらも、はっきりと呟く。

 現在、出発を明日に控えたグレイフィアは自室で酒に入り浸っていた。

 自棄酒である。

 

(いくらあの人が――奈落が甘えさせてくれるからって、それに入り浸っていては駄目よ。こうして酒に入り浸っているのと一緒じゃない……)

 

 酒は意思を持たない。

 しかし奈落は意思を持つ。

 彼がいくら「迷惑じゃない」「好きでやっている」と言っても、限度がある。

 己がどういう女で、どういう立場であるのかを、グレイフィアはよく理解していた。

 だから、わかるのだ。

 奈落に入り浸っている最たる理由は――辛い現実から目を背けるためだと。

 酒に入り浸る理由と一緒だった。

 

(こんな女に、奈落に愛して貰う資格なんてない。自分を慰めるために浮気するような最低な女に……。でも――)

 

 グレイフィアは灼けた胸を擦る。

 過剰なアルコール摂取で心拍数が上昇しているが、それだけではない。

 奈落を想うだけで、胸が高鳴るのだ。

 

(この想いは、本物よ……。ええ、それだけは確信してる)

 

 だからこそ。

 グレイフィアは頭を抱え、うなだれた。

 

(ああ、だから駄目なのよ私は……既婚者なのよ。夫もいて、子供もいるのよ。自覚しなさいよ。これじゃあ一昔前の悪魔と変わらないじゃない。サーゼクスと結婚する際に誓った筈でしょ。そんな悪魔を、冥界を変えていこうって)

 

 胸に刻んだ誓約。

 それが今、グレイフィアをがんじがらめに縛っていた。

 その鎖は重く、頑丈で――

 

(ああ、なんでこう――鬱陶しく感じて)

 

 ――グレイフィアは咄嗟にワインを豪快にあおった。

 酒で無理やり思考を飛ばしたのだ。

 

「……ッ、ハァぁッッ」

 

 赤ら顔で、グレイフィアは酒臭い溜息を吐く。

 ――痛い。心が、痛い。

 酒ではもう誤魔化しきれない。

 

 こんな時、何時も自分の背中を擦ってくれた男がいた。

 彼について、今グレイフィアは煩悶している。

 そう――

 

「昔からそうよ。昔から私は――」

 

 何時もは周囲に流されて、成すがままになって。

 悩んだ時には、既に手遅れ。

 大事なものを失う。

 

 最初は正直に話す強い心。

 次は可愛かった弟。

 最後は――漸く出会えた運命の人。

 

「…………~~~~~~~~~~~~~~ッッ」

 

 グレイフィアは頭をくしゃくしゃと掻く。

 銀髪を振り乱す。

 おかしくなりかけたグレイフィア。

 

 そんな自分を無理やり抑え込む様に、彼女は横にあった氷水をがぶ飲みする。

 もう一杯入れて、次は頭から豪快に被って――

 

 冷えた頭と、狂ってしまった自分。

 それを自覚しながら、彼女は冷たい――本当に冷たい声音で呟いた。

 

 

「もう、終わりにしましょう。本当に――」

 

 

 ある決意を胸に抱いたグレイフィアは、目尻に涙を溜めながら目元を覆った。

 

 

 ◆◆

 

 

 翌日。

 駒王町にやってきたグレイフィアは一先ずセラフォルーと別れた。

 妹の様子を確かめに行くと、セラフォルーは足早に去って行った。

 

 グレイフィアは直接その足で、奈落の棲んでいるマンションに向かった。

 奈落には事前にメールで「この時間に今後の相談をしに向かう」と送っていた。

 

 奈落の部屋の前まで辿り付いたグレイフィア。

 インターホンに指を伸ばす。

 その指は、震えていた。

 

「……ッ」

 

 空いた手で震えを無理やり押え、インターホンを押す。

 すると、部屋の中から褐色肌の大男が出てきた。

 

「よぉグレイフィア。久々だな」

「ぁッ」

 

 グレイフィアは途端に目頭が熱くなり――それを微笑で誤魔化した。

 

「…………ええ、そうね。奈落」

 

 グレイフィアは隠しきったつもりなのだろう。

 しかしその微笑に憂いがあったのを、奈落は見逃さなかった。

 

「…………」

 

 奈落は静かに彼女を部屋の中に案内した。

 

 

 ◆◆

 

 

 奈落が淹れてくれた珈琲を飲みながら、グレイフィアは今後の打ち合わせを淡々とこなした。

 業務に没頭することで、素顔を隠す。

 慣れているのだろう。

 この時だけは、何時も通りのように見えた。

 奈落も奈落で、口を出さない。

 

「……よし、終わったな」

 

 一通りの書類に目を通した。

 奈落は書類を机の上に置き、珈琲を一口含む。

 そして、グレイフィアの目を見つめた。

 

「お前は俺のところに来る度に、何か悩みを抱えてくるな」

「…………」

「今度は何だ? 何でもいい。言ってみろ」

「…………」

「ハァ、何も言ってくれねぇと、わからねぇぞ?」

 

 嘆息する奈落。

 グレイフィアは視線を下げたまま、か細い声で告げた。

 

「……あのね。奈落」

「何だ」

「…………ッ」

 

 グレイフィアは膝に置いた拳を震わせる。

 恐怖で今にも逃げ出したい思いを必死に堪えながら、彼女は言った。

 

 

 

「もう、終わりにしましょう――私達の関係を」

 

 

 

 ◆◆

 

 

 グレイフィアの発言に、奈落は大きな反応をしない。

 冷静に、続きを催促した。

 

 

「そうさな。まず、どういう経緯でそういう結論に至ったんだ?」

「だって……」

「だって?」

「貴方に迷惑が、かかる……」

「俺は迷惑じゃない」

 

 きっぱりと告げる奈落。

 グレイフィアの表情が歪んだ。

 

「……ごめんなさい。駄目なのよ……」

「何が」

「私がもう、耐えられないの。貴方に甘えることに。……今までにこんな幸せを体験したことがなかった。だから、溺れちゃうの。自分がどんな立場にいるのかも忘れちゃう。……自分がどんな女で、誰の女であるかも」

「……」

「私は周囲の期待に応えて、それで満足してきた。そして、サーゼクス・ルシファーの妻……息子もいるわ。貴方に幸せにしてもらう度に、ソレが私の心を縛るのよ。最初は縄だった。でも次第に鎖になって……最後には頑丈な茨のツルになったわ」

「……」

「だから、ごめんなさい奈落……ッ」

 

 グレイフィアは、ポロポロと涙をこぼしはじめた。

 我慢している。

 それでも瞳から溢れる滴は止まらない。

 

「貴方の事、愛してる。本当よ。でも、駄目なの……。私を縛っているものがその想いを許さない。そして、私自身が耐えられない」

「……」

 

 

「ごめんね、奈落。貴方には何時も何時も、迷惑をかけて……ッ」

 

 

 グレイフィアは奈落から視線をそらさない。

 それが彼女の最後のケジメだった。

 

 グレイフィアは耐えられなかったのだ。

 自分を縛るものに。

 奈落の、優しさに。

 

 今の発言が一方的なのは重々承知している。

 奈落にとんでもない迷惑をかけている事は、わかっている。

 それでも、グレイフィアは――

 

 

 もうこれ以上、こんな惨めな女を最愛の友に抱かせたくなかった。

 

 

「……わかった」

「ッ……」

 

 奈落の簡素な一言に、グレイフィアの肩が震えた。

 途方もない絶望感がグレイフィアを襲う。

 

 もう、奈落に愛して貰えない。

 抱きしめて貰えない。背中を撫でて貰えない。

 その温かい愛情を、受け取ることができない。

 

 グレイフィアの涙が勢いを増す。

 が、それを手で拭う事で必死に誤魔化した。

 そして、どれだけ浅はかなのだと己を叱責する。

 

(そう、よ……これが、私のしてきた行いの報い……漸く気付いた、自分が、どうしようもない女だって……)

 

 総身を包むこの絶望こそ、今迄の報いなのだと――

 グレイフィアは無理やり納得しようとした。

 しかし、やはり悲しくて、辛くて――グレイフィアは嗚咽を漏らしてしまう。

 

「う゛っ……うゥ……ッ」

 

 駄目だと自分に言い聞かせても、止まらない。

 悲しみが止まらない。

 そんな彼女に対して、奈落は強い語気を込めて呟いた。

 

「ならこっちも、相応の対応を取る」

「……え゛っ?」

 

 奈落は泣きじゃくるグレイフィアを抱き寄せる。

 そして、その逞しい腕で彼女を包み込んだ。

 

「なら、く……?」

 

 グレイフィアの銀髪を、優しく撫でる。

 奈落は力強く宣言した。

 

「お前は今日から俺の女だ。お前の意思なんか関係無ぇ。無理やり俺の女にする」

「っ」

「冥界にも、サーゼクスにも、息子にも、過去にも……お前は渡さねぇ。お前は俺だけの女だ」

「あァ……ッ」

 

 グレイフィアは嬉しくなる。

 しかし同時に、怒りを覚えた。

 優し過ぎる、親友に――――

 

「駄目よ奈落……ッ、どうして貴方は、悪役になろうとして……損な役を買おうとして、私なんて、救わなくていい……っ、これは、報いだから……貴方は……」

「黙ってろ」

「ッ」

「誰にも渡さねぇ、俺の親友にして愛おしい女……」

 

 その額にキスをして、奈落はあやすように告げる。

 

「はじめからこうすりゃぁよかった。そうすりゃぁ、お前をこんなに苦しませずに済んだのに」

「……~ッ」

「グレイフィア」

 

 奈落のグレイフィアの顎をすくう。

 涙と鼻水でクシャクシャになったその顔を見て、しかし気にせず、微笑んでみせた。

 

「俺の女になれ。冥界にも家族にも過去にも、お前は渡させねぇ。絶対に幸せにしてやる――約束だ」

「……ぅ、ぅぅッッ」

 

 グレイフィアは酷い顔をした後、俯く。

 

「わたし、本当に優柔不断な女で……周囲の目を気にしちゃって」

「これからは俺しか見れねぇようにしてやる」

 

 気軽に笑ってみせる奈落。

 

「夫と息子がいて……ッ」

「略奪愛だ。お前を奪ってやる」

 

 力強く呟いて。

 

「甘やかされると、ずっと甘えちゃう。……それでも、いいの? 四六時中あなたの事を考えちゃって、嫉妬もしちゃって。凄く、面倒くさくて……」

「そういうお前が好きになったんだ」

 

 何時もみたいに豪快に笑ってみせる奈落。

 沈んだ彼女を何時も慰めてくれた、あの笑顔だった。

 

 グレイフィアを縛る茨が、ほどけていった。

 枯れていくのだ。グレイフィアの心を縛る効果を無くして。

 彼女の、溢れてしまった想いを押えるものが無くなっていく。

 

 グレイフィアは見惚れるような笑みをこぼした。

 

「奈落……貴方が好き……大好きよ」

「ああ」

「私を貴方だけの女にして。貴方だけの、グレイフィアにして……ッ」

 

 キスを交わす。

 二名は自然とベッドに倒れかかっていた。

 

 

 ◆◆

 

 

 本来であれば、そう、本来であれば。

 グレイフィアの葛藤はもっと続いても不思議ではなかった。

 夫と子、冥界における重要なポジション、過去、その他諸々。

 彼女を縛るものはかなり大きい。

 それら全てを捨てる事は、中々に難しい。

 

 想いの力――そう言えば簡単だろうが、実際は違う。

 

 グレイフィアは悪魔だ。

 今でこそサーゼクスにかなり影響を受けているが、彼女は根っからの悪魔の女性だ。

 

 ヴェネラナを思い出して欲しい。

 性に奔放で、我が強く、そして自己中心的――

 まさしく悪魔。

 グレイフィアは生粋の悪魔であり――そしてヴェネラナと同等以上の性欲を抱え込んでいた。

 更にあろうことか、彼女はそれを自覚していなかった。

 いいや、できなかったと言うべきか。

 代々ルシファーに仕えるルキフグス家の長女として、我を押える事を強要された。

 それに慣れてしまい、そのまま己の本性を知らぬまま生きてきたのだ。

 奈落と出会い、抱かれ、女としての幸せを知るまで、彼女は己の内に潜む莫大な性欲を理解していなかった。

 

 しかし、理解してしまえば話は早い。

 彼女は一見理知的だが、その思考の方向性はヴェネラナに非常によく似ている。

 つまり――

 

 愛しき雄のためなら、夫や息子を、果てには冥界までも、平気で裏切る事ができるのだ。

 それが肉体だけではなく心まで満たされたのだから、もう止められない。

 

 奈落は目覚めさせてしまったのだ。

 銀髪の、いやしい、女悪魔を。

 

「奈落ゥ♪ ならくゥッ♪ ふぁぁっ! あんっ! あっああンッ! ふぅぅぅんッ♪」

 

 グレイフィアは正常位から愛しき男を抱きしめる。

 全て委ねる。

 

 グレイフィアは本当に、本当に嬉しかった。

 救われる――救済という言葉の意味を、悪魔である彼女は初めて理解した。

 その救い方は強引で。まるで子供の我儘のようであったが――

 彼女は確かに、救われたのだ。

 

 奈落の愛に本気で向き合うことができる。

 それが彼女にとっては、何よりも嬉しかった。

 

「好きィ♪ 奈落、愛してるッ……愛して、る、ぅぅぅッ♪ ~~~~~~~~~~ッッ♪♪」

 

 幸せの絶頂。

 100を超える豊満なバストが張りと共に揺れ、細い腰が痙攣する。

 グレイフィアはだらしない顔を晒しながら、しかし溢れんばかりの幸せを体現していた。

 

「はぁ、ハァ、ハァァ……♪」

「今日は一段と感じやすいな。グレイフィア」

「だってェ……っ」

 

 頬を撫でられ、グレイフィアは表情を蕩かせる。

 冷徹な鉄面皮も、苦悩に満ちた面も、不安で泣きじゃくる顔も、今はない。

 本当に幸せそうなグレイフィア・ルキフグスが、そこにはいた。

 

「貴方に愛して貰える。貴方の愛を正面から受け止められる。それだけで、本当に、幸せなの……ッ」

「可愛いなぁ、本当に」

「ああっ……嬉しいっ」

 

 奈落の言葉の一つ一つで心が温まり、満たされる。

 そして、彼の女であるという自覚を強めていく。

 

 グレイフィアの膣内は痛いほど引き締まり、奈落を欲していた。

 絹地のような肌は薄桃色に染まり、汗の滴がくびれた腰を伝う。

 銀髪から女性特有の甘い香りを漂わせ、奈落を更に魅了しようと躍起になっている。

 

「奈落ぅ……♪ ああ、奈落ぅ……♪」

 

 グレイフィアは奈落の背中を、首を、胸板を、腹筋を、撫でまわす。

 もう触れないと思っていたものが、目の前にある。

 彼女は嬉しくてどうにかなってしまいそうだった。

 奈落は微笑んでグレイフィアにキスをする。

 

「ふむゥっ、ちゅ、ぱぁ、ならくぅ、もっとぉ♪」

 

 グレイフィアはキスが好きだった。

 簡素だが、言葉よりも確かな愛情表現であるこの行為を好いていた。

 

 心を縛る茨は、もう無い。

 全て枯れ落ちた。

 

 しかしまた、ふとした拍子に蘇ってくるだろう。

 だがグレイフィアは思う。

 今度は、自分で断ち切れる。

 それでも自分を愛していると言ってくれた男がいるから――

 彼のためなら、どこまでも強くなれる。

 

 奈落はグレイフィアとのキスを終えると、その見事な乳房に手を沿えた。

 経産婦とは思えないほど張りと瑞々しさ。

 先端は桃色で、とても一人の子供を育てたものではない。

 

 抑えていた性欲と共に肥大化した乳房は、グレイフィアの性感帯だった。

 奈落は無遠慮に先端を口に含む。

 

「ふぁァっ!!」

 

 一層高い嬌声を上げたグレイフィア。

 奈落は先端を甘噛みし、吸い、舌で転がす。

 もう片方の乳房を揉んでやれば、ずっしりとした重量感が掌に伝わった。

 マシュマロのように柔らかく、もみしだけば指に吸い付く。

 中身はずっしりと詰まっており、それでも鍛え抜かれた体幹により形が崩れることはない。

 

 ガブリエルが天界一の乳房を持つというのであれば、グレイフィアは冥界一の乳房を持つだろう。

 当のグレイフィアは、あまりの快感に気をやりかけていた。

 

「ひぃぃン! 吸っちゃ、らめぇぇッ! アッ、ふぁぁぁン!」

 

 胸だけで達してしまったグレイフィア。

 奈落は満足し、口を離す。

 そして、荒い息を吐くグレイフィアの首筋を舐め上げた。

 

「ハァ……うぅん♪」

「グレイフィア。今からお前にあるものを刻もうと思う」

「……?」

「これを刻むと俺の精液が快楽に変換される。まだ射精していないからいいが、お前でもニ、三度受け止めるのが限界だろう?」

 

 奈落はグレイフィアの下腹部に指を這わせる。

 グレイフィアのへそに、特殊な紋様が刻まれた。

 鬼神の淫呪である。

 

「お前は俺のものだって証だ」

「……♪」

 

 奈落のものになった。

 その事実が、グレイフィアの表情を蕩かせた。

 

 

 ◆◆

 

 

「アア、ア゛ッ!!!! ふぁぁぁぁぁん!!! あっアーッ! ひィィんッ!!!」

 

 グレイフィアは子宮に注がれるマグマのような白濁液に絶頂を抑えきれなかった。

 本来であれば、数度の射精でグレイフィアの子宮は満ぱんになってしまう。

 奈落の射精量は一度で女を駄目にする。

 だからこその鬼神の淫呪である。

 これのおかげで、性欲の強い女であれば何度も奈落とセックスできた。

 

「アッ――――――アッアッアッ!! ア゛――――ッッ!!!」

 

 正常位からの猛烈なピストン。

 所謂種付けプレスというやつだ。

 獣のような交尾。

 グレイフィアも獣のような喘ぎ声をあげている。

 両者ともに、今は獣に成っていた。

 

 グレイフィアの背中に奈落の手が回る。

 しっかりと身体を固定された。

 

「ッ」

 

 出される。濃く熱い子種が。

 あのドロドロの、快感の元が。

 そう思った矢先に始まる放精。

 マグマのようなものがグレイフィアの奥に勢いよく打ち注がれる。

 濃厚過ぎる子種。

 奈落は腰を打ち付け、一滴残らずグレイフィアに注ぎこんだ。

 

「ひぃぃぃんっ!! あっ!! らめぇぇぇっ!!! そんな腰、密着してぇ、射精したらっ、気持ち良くて、イッちゃうぅぅぅぅぅぅぅッ!!!!!!」」

 

 グレイフィアは叫びながら絶頂した。

 長い長い放精が終わった後、グレイフィアは熱い息を吐き、呼吸を整える。

 

 暫くした後、彼女は奈落に甘えはじめた。

 

「奈落ゥ……奈落ぅ♪」

 

 彼の首に甘噛みをするグレイフィア。

 キスをし、唇を舐め、髪の匂いを嗅ぎ、逞しい肉体に擦り寄る。

 隠れ甘えん坊なグレイフィアは、これだけでもセックスと同程度の快感を覚えていた。

 

 今度はバックだった。

 グレイフィアは、まるで荒馬に犯される雌馬になった気分だった。

 容赦なく子宮に叩きつけられる肉棒。

 喘ぎ声を上げることで精一杯だ。

 

「奈落ぅ♪ 奥、ゴリって、抉っちゃぁぁぁぁン!!! ひィあッ! ア――ッッッ!!!!!!」

 

 肉を打つ音が止まったかと思うと、今度は射精が始まる。

 量も濃さも変わらない。いいや、むしろ多くなっている。

 腹の奥から突き抜けてくる快感にグレイフィアはシーツを掴んで絶叫した。

 

「出てる! 奈落の、あついのがっ、あぁぁぁぁぁああん!!!!! はぁ、あああっ!! イクッ、イクイク―――ッッッッ♪♪」

 

 喘ぎ声が木霊する。

 全身を震わせるグレイフィア。

 射精が終わるまで、グレイフィアははしたない悲鳴を上げ続けた。

 

 

 ◆◆

 

 

 日が昇った後も、グレイフィアと奈落は互いの肢体を貪り合っていた。

 時計の針が八時を指した頃に、ようやく火照りが冷めた。

 奈落は自分の腕の中に収まっているグレイフィアに笑いかける。

 

「やっと落ち着いたな」

「あら? 私はまだ物足りないけど」

「付き合ってやってもいいが、今はそうはいかねぇだろう。色々と忙しい」

「残念ね」

「今度勝負してみるか? 根を上げた方が負けっていう」

「いいわよ。負けないから」

「あー、でも鬼神の淫呪でフェアってわけにもいかねぇのか?」

「コレが無かったら何回もできないから、気にしないで。でも、コレ込みでも負けない自信があるわよ?」

「ほーぅ」

「フフフッ、正直になった私を舐めないで。まだまだイケるわ」

 

 お預けをくらった雌豹のように、グレイフィアは奈落の頬をねっとり舐め上げた。

 その妖艶な仕草に、性欲だけならヴェネナラ以上かと奈落は瞳を細めた。

 

「もう冥界にも帰さねぇぞ」

「何を今更……私を自分のものにするって言ったのは貴方でしょう? 責任は取ってもらうわ。嫌って言っても離れないから」

「ハッハッハ」

「フフッ」

「お前には話す事が多い。まずは俺の正体や在り方を教えなきゃな」

「いいえ、その前に」

「?」

 

 奈落は小首を傾げる。

 グレイフィアは満面の笑みを浮かべていた。

 それはもう、花が咲いたような笑みだった。

 

「貴方、何人の女を虜にしているの? どれだけ魅了しているの? 人数、種族、名前。その全てを正確に、嘘偽りなく教えなさい」

「何でだよ」

「それによって私の行動が変わってくるから」

「別に後でも――」

「いいから、教えなさい……ね?」

「お、おう」

 

 

「私は貴方のもの。なら、貴方は私のモノ。……フフフ、ちゃぁんと周りの関係を把握しておかないと、ね……」

 

 

 グレイフィアの瞳には重く暗い愛情が渦巻いていた。

 奈落は辛うじて苦笑を浮かべた。

 

 脳裏で、外道な思考を巡らせながら。

 

 

◆◆

 

 

(ヤンデレっぽいな……まぁいいか)

 

(本当なら人妻特有の背徳感をもちっと味わっておきたかったんだが……コイツ、メンタル弱いからなぁ。もうそろそろ限界だったみてぇだ)

 

(アーア、今日で表情筋が馬鹿になっちまった。臭ぇ台詞も吐いちまったし)

 

(マジで面倒な女だった。が……それ以上に楽しめたぜ。俺にここまでさせる女なんて、そうはいねぇ)

 

(おめでとう――お前は正式に俺の玩具(おもちゃ)になった)

 

(この極上の素材、今からどう調理するのか楽しみだ)

 

(安心しろ……俺はお前が好きなんだ。愛している。そこら辺の蟻や有象無象の馬鹿と同じくらいに)

 

(絶対に幸せにしてやる。幸せだとしか思えないほど悪夢に浸からせてやる。だから、いいだろう? 幸せにしてやるんだから、俺が幾らお前を弄ったって)

 

(俺もお前も幸せになる。問題はあるまい。全て丸く完結だ)

 

(だって、俺のものになりたいと――そう願ったのはお前自身なんだから)

 

 




真面目な話ですが、グレイフィアの実弟さんは本当にアレな方なので、グレイフィアも少なからずソッチの気があるんじゃないかという独自解釈です。


次回は――ソーナです。
お楽しみに。



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決戦前夜 ソーナ・シトリー

本編が長いので、興味の無い方は飛ばして貰って構いません。
後半に情事のシーンがあります。


 早朝。生徒会室にて。

 まだ登校してきている生徒は少ない。

 生徒会もまだ活動していないのだが、既に生徒会長はやってきていた。

 

「……」

 

 紫苑色の双眸が眼鏡の奥で冷たい輝きを灯す。黒髪をショートで揃えた、如何にも生真面目そうな美少女。

 彼女の名前はソーナ・シトリー。由緒正しき貴族悪魔の家系、シトリー家の次期当主だ。

 学園では支取蒼那(しとり・そうな)と偽名を用いている。

 

 彼女は机に乗せた膨大な資料に目を通していた。

 その資料は学園に関わるものではなく「とある計画」の詳細だ。

 自らも携わる将来的な計画に一切の綻びが起きないよう、彼女は神経を研ぎ澄ませていた。

 

 ふと、生徒会室の扉がノックされる。

 

「はい。どちら様でしょうか?」

 

 蒼那は資料を異空間にしまい立ち上がった。

 扉の近くまで赴くと、聞きなれた男の声が聞こえてくる。

 

「奈落だ」

「奈落先生ですか……」

 

 ホッと安堵の溜息を吐く蒼那。

 

「少し時間いいか?」

「ええ。かまいませんよ」

 

 蒼那がそう言うと、褐色肌の大男が入って来た。

 天城奈落(あまぎ・ならく)。駒王学園の体育教師だ。

 彼もまた、蒼那と同じく人間ではない。

 種族は鬼。本来の職業は冥界所属の外交官。今は訳あってリアス・グレモリー達の特別講師をしている。

 セラフォルー・レヴィアタンの腹心としても有名だ。

 

 セラフォルー・レヴィアタン。本名はセラフォルー・シトリー。

 何を隠そう、蒼那の実の姉である。

 歳は相当離れているが、出生率が低く寿命が長い悪魔社会において、身内で十年百年の年齢差があるのはそう珍しいことではない。

 

 姉の部下という事で、蒼那は学園に入る前から奈落と面識があった。

 蒼那にとって、彼はとても特別な異性だ。

 その証拠に、何時もは仏頂面とも称されるその顔はふにゃりと和らげている。

 

「悪いな。業務の最中だったか?」

「いえ。大丈夫です。それよりもどうしたんですか? こんな早朝に」

「まぁ、色々とあるんだがな。取り敢えず、お前の元気そうな顔と、周囲に巡らされた過保護な魔法結界を見て安心した」

 

 安心した、と言いながら苦笑する奈落。

 蒼那は眉をへの字に曲げた。

 

 昨日、実姉であるセラフォルー・レヴィアタンが蒼那の部屋に押し掛けてきた。

 今回のコカビエルの案件が大変重大である事は、蒼那自身重々承知である。

 だが、まさか姉がやってくるとは思っていなかったのだ

 

 いいや、彼女のシスコンぶりをよく知る蒼那は無論、予想していたのだが……

 姉は仮にも魔王という立場。やって来ないだろうとも思っていた。

 

 現在、蒼那の周囲には魔王特製、超高密度多重障壁が展開されていた。

 一般人には目視できないが、奈落には目視できる。

 その防御性能は、セラフォルーの蒼那に対するシスコンっぷりが如実に表れていた。

 

「愛されてんなぁ」

「愛にも限度があります。昨日は抱きついて来てあまり眠れませんでした。全く……」

 

 そう言いながらも、蒼那は心底嫌がっているわけではない。

 対照的な姉妹であるが、その仲は大変良かった。

 

「まぁ、いいじゃねぇの。姉妹仲が良いってのは大変喜ばしいことだ」

「それで苦労するのは私だけではないと思いますが?」

「今はあの方の傍から離れてる」

「羨ましいポジションです」

「ハッハッハ」

 

 奈落は笑う。

 

「じゃ、放課後に旧校舎でな。……決行日は明日だ。パパッとカタをつけるぞ」

「こちらも準備は整っています」

「頼もしい限りだ」

 

 奈落は彼女の頭をくしゃりと撫でた。

 

「ん……っ」

「またな」

 

 微笑んで、去って行く奈落。

 蒼那は暫く呆然と立っていたが……

 

「……っ」

 

 奈落に撫でられた髪の毛を触り、幸せそうに瞳を細めていた。

 

 

 ◆◆

 

 

 蒼那――ソーナ・シトリーが奈落と出会ったのは、年齢でいうと中学生くらいの頃だった。

 丁度思春期であり、その頃のソーナは魔王である姉と自身を比べてコンプレックスを抱いていた。

 

 明朗快活で天真爛漫な姉は何時も輝いていた。

 そんな姉が何よりも誇らしく、大好きだったが……

 彼女の妹だと思うと、途端に己の凡庸さに絶望してしまうのだ。

 姉ほどの魔力もなければ才能もない。

 内気な性格なので、社交的にもなれない。

 

 生まれながらの天才肌な姉と違い、ソーナは秀才――つまり、努力をしなければ才能が開花しないタイプだった。

 

 ソーナは思った。

 ではどれだけ努力すればいい?

 どれだけ努力をすれば己の才能は花開く?

 将来では駄目なのだ。今咲いて欲しいのだ。

 でなければ、この劣等感が消えることがないから。

 

 大好きだった姉にも辛く当たってしまう。

 そんな自分が、どんどん嫌いになっていった。

 

 思春期特有の難しい感情。

 両親も、無論姉であるセラフォルーも解決できなかった。

 唯一と言っていい友であるリアス・グレモリ―も同じような事で悩んでいる。

 相談できる相手は一人もいない。

 

 そんな時に家庭教師として選ばれたのが、当時セラフォルーの部下になったばかりの奈落だった。

 ソーナは予め、彼の話を耳にしていた。

 遂最近結ばれた日本妖怪勢力、裏京都と冥界の同盟。

 その橋渡し役となった凄腕の外交官。

 

 姉の片腕的存在である彼に、ソーナは密かに憧れを抱いていた。

 しかし同時に心配で、怯えていた。

 優秀な姉(上司)と比べられないか、失望させてしまわないか――

 一度考えると、その事ばかり考えてしまう。

 しまいには会いたくなくなってしまった。

 

 しかし、一度会ってみるとそれらの不安は全て吹き飛んだ。

 彼は温和で、誰よりも優しかった。

 当時、他人の心情に敏感になっていたソーナ。

 だからこそ、奈落の温かさ――愛を瞬時に見抜いてみせた。

 

 彼は、ソーナを魔王の妹として見なかった。ソーナ・シトリーとして見た。

 ソーナの内にくすぶる悩みも真面目に聞いて、「だったら周囲を見返してやりましょう」と温和に微笑んだ。

 ソーナはすぐに彼に懐き、まるで実の兄のように慕った。

 

『妹様、歴史の本を読み聞かせるのはかまわないのですが……私の膝の上でもよろしいのですか?』

『いいのです! 私はコレがいいのです!』

『そうですか……全く、甘えんぼうさんですね』

『~♪』

 

『私は将来、奈落のお嫁さんになりたいです!』

『妹様……流石にそれは無茶ですよ』

『奈落は……誰か好きな人がいるんですか?』

『いいえ、特に好きという方はいません。これからも現れないでしょう』

『私じゃ……嫌ですか?』

『そういう訳では……』

『やっぱり、お姉様のほうが……』

『全く……そうやってすぐにセラ様と比べる。貴女も十分魅力的ですよ』

『でも……! 私は奈落に、一番認められたくて……』

『……アア、可愛い。そんな愛くるしいと、私のモノにしたくなる』

『っ!?』

『フフフ、冗談ですよ』

『も、もぉ~!! 嬉しかったのにぃ!!』

『ハッハッハ』

 

 奈落にだけ見せる素顔があった。

 奈落にしか言えないことがあった。

 

 彼を誰にも渡したくなかった。姉にも、渡したくなかった。

 ソーナは何時の間にか、奈落のために努力をするようになっていた。

 何時の日か奈落に、一人の女性として見て貰えるように。

 

 同時に、姉とのわだかまりも無くなってきた。

 彼女に素直に甘える事ができるようになっていた。

 大好きで、尊敬できる姉に本心を語ることができていた。

 

 姉のシスコンぶりが増長すれば、奈落がそれを嗜める。

 その何気ない日常が、ソーナにとって一番の宝物だった。

 

 そうしていく内に、ソーナの夢が確固とした形になっていた。

 最初は奈落のために努力していた。

 しかし次第に変わっていった。

 奈落とセラフォルーの隣に立ちたい。彼等と一緒に歩みたい。

 冥界の外交の最先端を担う二名と、何時の日か――

 

 ソーナは努力を怠らなかった。

 遊ぶ間も惜しんで勉学に没頭した。

 苦手だったコミュニケーション能力も、学友と友情を結ぶ事で鍛えていった。

 

 ソーナの才能はみるみる開花していった。

 気付けば同世代の中では抜きんでた知識と観察眼を習得していた。

 しかし、だからこそ、見えてはいけないものまで見えてしまった。

 

 奈落とセラフォルーが何かよからぬ事を企んでいるのだ。

 あまりに動きが不自然すぎる。

 詳細不明の密談から始まり、多様な商業の発展、改革。

 

 ソーナは歴史について詳しかった。

 特に人間の文明の栄華、衰退について。

 彼等の動向による周囲の状況の変化は、文明が動くことの兆しだと気付いてしまったのだ。

 

 まだ中学生だったソーナに気付けたのだ。

 他の勢力の策略家や戦略家達が気付かない筈はない。

 しかし、気付けなかった。

 奈落とセラフォルーの暗躍は殆ど完璧だった。

 しかし、セラフォルーがソーナの周りでだけ謀を甘くしたのだ。

 

 まるで、早く気付いてくれ。こっち側に来てくれ、と誘っているかのように――

 

 当時のソーナはそこまで頭が回らなかった。

 彼女は困惑し、何より心配していた。

 最愛の男性と姉が、遠くへ行ってしまう。

 自分が辿り付けない、遥か遠くへ――

 そんな気がしてならなかった。

 

 嫌だった。

 二人にだけは、置いて行かれたくない。

 ずっと傍にいたい。

 

 だからソーナは、わざわざ奈落とセラフォルーに時間を取ってもらい、その事を打ち明けた。

 勘違いだったらそれでいい。

 しかし勘違いではないと、ソーナはどこかで確信していた。

 

 ソーナの話を聞いた奈落とセラフォルーの反応は対照的だった。

 奈落は瞳を丸め。

 セラフォルーは蠱惑的に唇を歪めていた。

 

『……セラ様。まさか』

『んふふーっ♪ 何かな奈落くん♪』

『図りましたね?』

『何の事かなー? 私わからなーい☆』

『とぼけないでください。妹様は聡明とはいえ、我々の計画に単独で辿り付くことは不可能です。……誘導しましたね?』

『いやーん☆ 違うよ! ソーたんが優秀だったからだよ! 私はちょこっと、ちょこーっとヒントをあげただけでー☆』

『ハァ……』

 

 奈落は顔を手で覆う。

 二名だけで会話を進めていた。

 ソーナは思わず叫んでしまう。

 

『私に! 私に隠し事はしないでください!!』

『『……』』

『お二人が何を企んでいるのか、その内容まではわかりません。検討がつきません。でも……でもぉっ』

 

 ソーナは思わず紫苑色の瞳から涙を溢れさせた。

 

『お二人がどっか行ってしまいそうな気がして……心配なんですッ』

『『……』』

『お願いです……私を、置いていかないでッ』

 

 泣きじゃくってしまうソーナ。

 そんな彼女を、セラフォルーは優しく抱きしめた。

 

『ごめんねソーたん……でも大丈夫、安心して。私は貴女の事を、絶対に置いていったりしないから』

『ッ』

『だって、最愛の妹だもの。貴女を置いてどっか行っちゃうなんて、考えられないよ……』

『お姉様ぁ……』

 

 姉の温もりを感じ、思わず抱き付いてしまうソーナ。

 奈落はその様子を見ながら悩んでいた。

 

『ねぇ、奈落ちゃん。……私は、大丈夫だと思うの』

『早すぎると思います。彼女はまだ若すぎる。もう少し精神を安定させてから』

『それじゃぁ駄目なの。ソーたんは真面目で正義感が強い。何より、一度精神が安定すると揺るがないと思うの。そうなると……コッチ側に引き込むのは難しくなる』

『……』

『今なら確実に引き込める。この子の常識を改めて、方針を定めてあげられる』

『……必死ですねセラ様。珍しいですよ。あなたのそんなに焦っている表情は』

 

 奈落が瞳を細める。

 すると、セラフォルーは苦笑した。

 

『だって……この子とだけは一緒にいたい。ずっと、ずぅぅっと、一緒に居たい』

『お姉様……』

『だから、ね? 奈落ちゃん』

 

 セラフォルーはソーナの愛おしそうに抱きしめながら、奈落に告げた。

 

『この子に、夢を見せてあげて……とても素晴らしい、夢を』

『…………わかりました』

 

 奈落は頷く。

 セラフォルーはソーナを離した。

 奈落が腕を広げると、ソーナはおずおずと彼の腕の中へと入っていく。

 

『遅かれ早かれ、貴女にはコッチ側に来てもらう予定でした』

『コッチ側……?』

『今からお話しますよ。我々が企てている計画も、私とセラ様の関係も――私の本性も』

 

 優しく微笑む奈落。

 しかしその瞳は暗闇よりも深く、濁っていた。

 

 ソーナは恐怖を抱いた。

 しかしそれよりも、奈落とセラフォルーの真相を知りたいという気持ちが勝っていた。

 

 奈落はソーナにゆっくりと語り始めた。

 嘘偽りなく、全てを――

 

 ――――そうして今、支取蒼那という女性がいる。

 彼女は全てを知っていた。

 奈落とセラフォルーが企んでいる計画も、二人の関係も、そして、奈落という男の本性も――

 

「私は……後悔していません。お姉様と貴方と一緒にいられる、なら私は――たとえ悪夢であろうが、受け止められます」

 

 ソーナは奈落とセラフォルーが企てている「とある計画書」を改めて確認した。

 一通り脳内で整理すると、書類をしまいホッと一息つく。

 彼女もまた、この計画に関わっていた。

 ソーナの緻密さ、隙の無さは奈落とセラフォルーを大いに助けていた。

 

「ええ、それがたとえ、第三者から見たら悪夢であったとしても……」

 

 ソーナは先ほど奈落に撫でられた髪に触れる。

 こぼす微笑は、複雑な心境を露わにしていた。

 

 

 ◆◆

 

 

 放課後。

 旧校舎、オカルト研究部の部室にて。

 グレモリ―眷属一同と、シトリー眷属を代表してソーナ、そして奈落が顔を合わせていた。

 

「明日の深夜にコカビエルと一戦交える」

 

 奈落が淡々とした口調で切り出す。

 

「相手は堕天使組織の大幹部。歴戦の猛者だ。だが俺は安心している。お前達が負けることはない。そう確信しているからだ」

 

 奈落の言葉を聞き、一同は頬を緩める。

 奈落の発言は世辞ではない。そして彼女達もまた、彼の期待に全力で応えようとしていた。

 

「今回の戦闘はグレモリ―眷属を中心に立ち回る。特に――裕斗、イッセー」

「「はい」」

「お前達は最近仕上がったばかりだ。その力を試すのにコカビエルはいい相手になるだろう。裕斗、イッセー。お前達はこれから先、グレモリ―眷属の火力の要になる。前哨戦だ。華々しく飾ってくれ」

「「わかりました!」」

 

 二人は力強く頷く。

 

 兵藤一誠。その身に滾る雄々しいオーラ、最早数ヵ月前とは別人。

 肉体は暴力を振るうのに最適化されていた。

 度重なる鍛錬と実戦により骨格は変質し、それを良質な筋肉で覆っている。

 身長や容姿は変わっていないが、その体重は優に100キロを超えていた。

 

 木場裕斗。彼もまた、別人のように洗練されている。

 兵藤一誠ほど肉体に変化はないが、やはり纏う雰囲気が違っていた。

 ステータスも以前とは比べものにならない。

 

 余談であるが、兵藤一誠は煩悩をある程度抑えたことと鍛え上げた屈強な肉体により、女子生徒からよく声をかけられるようになった。

 ラブレターが下駄箱に入っている、告白をされる、なんてことはザラだ。

 

 今、イッセーに春が訪れていた。

 

 話は戻って――

 

「今回はイッセーと裕斗を中心に戦ってもらうが、他のグレモリ―眷属にも無論戦闘に加わって貰う。相手はコカビエルだけとは限らない。有事に備え、警戒を怠るな。リアス。小猫と朱乃を用いて常に有利な戦況を作り出せ。戦場を支配してみせろ」

「かしこまりました」

「小猫と朱乃はリアスの指示に従うように」

「わかりました」

「了解いたしました」

 

 最後に――そう言って、奈落は金髪の美少女、アーシアに視線を向けた。

 

「アーシア」

「は、はい」

「お前もまた、最近調整を終えたばかりだ。……しかし、まだ実戦が怖い。というのであれば、無理に参加しなくてもいい。どうする?」

「私は……大丈夫です。きっと、皆さんのお役に立てると思いますっ」

「そうか……よし、この機会にその力を試すんだ。期待してるぞ」

「はい!」

 

 アーシアは嬉しそうに頷く。

 奈落は頷き、次の説明に入った。

 

「戦場はここ、駒王学園だ。先日来たグレイフィアがレーティングゲームの疑似ステージをアジュカから預かってきた。それを学園に溶け込ませて異空間にする。異空間はグレモリ―眷属の火力に対応できる特別頑丈なものだ。魔王クラスの一撃でもビクともしない。だからグレモリ―眷属は余計な事を考えずに全力で戦え。駒王町への被害は考えるな」

 

「その他の情報は……まぁ、色々あるんだが、それは俺とソーナで対処する。お前達、ソーナの眷属が特別仕様なのは知ってんだろう? レーティングゲームに出場できない代わりに極めて実戦に特化している。諜報と暗殺のエキスパート達だ。ソイツ等がコカビエルの動きを常に監視してる。コカビエルのほうも色々と考えてるみたいだが……アッチから動くことはここ数日間無いだろう。だからこっちから仕かける」

 

「コッチから誘い出せばアッチは嬉々として向かってくる。逆に誘い出さなければ、何時までも準備をしている。リアス――明日の深夜二時に駒王学園を中心に町全体に殺気をばら撒け。アイツ等にとってその行動は中指立てて挑発してるのと同じだ。絶対乗って来る。のこのことやってくれば戦闘開始だ。タイミングやら細かな調整は今夜グレイフィアと相談しろ」

 

「よし。作戦会議はこれで終了だ。明日に備え、各自コンディションを万全に備えておくように。明日は休学しても構わん。各々の体調管理を最優先してくれ。以上」

 

 奈落は一通りの説明を終えると、リアスを手招きする。

 リアスは小首を傾げながらも、奈落の元までやって来た。

 奈落はリアスに耳打ちする。

 

(グレイフィアのやつだが……色々と拗らせてるみたいだ。気ぃ付けろ)

(おまかせください。例え義姉様でも……負けませんっ)

(いや、勝ち負けじゃなくてだな……まぁいい。この戦いが終わったら全員にご褒美を考えてるから、頑張れよ)

(本当ですか!? 頑張りますっ!)

(その意気だ)

 

 リアスの頭をぽんぽんと撫でた後、奈落は手を叩く。

 

 

「よし、それじゃ――解散!!」

 

 

 ◆◆

 

 

 帰り道。

 夕暮れを背にしながら蒼那と奈落は一緒に帰宅していた。

 

「申し訳ありません。姉様がどうしても貴方に会いたいと駄々をこねて」

「まぁ、セラ様の我儘は今に始まったことじゃない。気にするな」

 

 二人は学園と同じノリで会話をする。

 あくまで学園での二人の関係は教師と生徒なのだ。

 

「……もうそろそろですかね。ここまで来れば生徒に目撃される事もないでしょう。監視の気配もありません。口調を戻しましょう」

「では妹様、帰宅しながらコカビエルの件について、改めて打ち合わせをいたしましょうか」

「……奈落、その口調はやめてください。貴方の本性を知ってからは背筋に寒気が奔る」

「酷いです。妹様の反抗期再来です。しくしく」

 

 泣き真似をしながらも口元が歪んでいる奈落。

 蒼那は彼のお尻を思いっきり引っ張った。

 

「いてぇ!!」

「もう昔の関係ではないのですよ。今は立場が逆転しています。貴方は私の主人であり、私は貴方の手駒です」

「そう言う割にはお前、口調が殆ど変わってねぇじゃねぇか。昔気質が抜けねぇのはどっちだ?」

「ッ」

「まぁ、別にどうでもいいがな。どんな口調でも構わねぇさ。なんなら本当に反抗してくれたって構わないぜ?」

「何を今更……」

「お前に反抗されると本格的にヤバいからな。計画が全て知られてる。何より頭が回る。敵には回したくねぇ。だが――それもまた面白い。いい暇潰しになりそうだ」

「貴方に反抗したとして、私に何か得があるのですか?」

「得が無くても生物は行動できる。損得抜きで動く奴ってのは、この世界にゃぁゴマンといる」

「少なくとも私は違います」

「ハッ、可愛くねぇ奴」

「やっぱり裏切りましょうか?」

「態度変わり過ぎだろ」

「貴方に嫌われるくらいなら裏切ります」

「単純な女。聡明な癖に馬鹿だ。……だが、そんなお前が愛おしい」

「♪」

 

 奈落の腕に絡みつく蒼那。

 奈落は不気味に笑った。

 

 この二人の関係は一言では言い表せない。

 酷く歪んでいて、しかし確かな絆で結ばれていた。

 

「話の続きだ。どうだ? コカビエルの動向は」

「眷属達からは、特に状況が動いたという報告は来ていません」

 

 蒼那の眷属は――メタな発言になるが、原作とは違う。

 蒼那の眷属は超一流の諜報員と暗殺者で構成されている。

 参謀として活躍するために、彼女は己の暗躍を最大限に引き出せる人材を眷属にしたのだ。

 

 本来、そのような眷属選出は実家であるシトリー家が許さない。

 眷属は王の品格を表す。

 暗殺者で構成された眷属など、恥晒しもいいところだ。

 

 だから蒼那は未だ眷属は一人も選んでいないと両親に申告していた。

 悪魔の生は長いので、じっくりと決めていきたいと。

 蒼那の両親は、セラフォルーと奈落の説得もあって渋々納得した。

 

 故に蒼那は、若手悪魔のレーティングゲームに参加していない。

 しかし――もしも出れたとしても、相手になる眷属は若手にもプロにも存在しない。

 互角に勝負できるとすれば、今の強化されたグレモリ―眷属くらいだろう。

 それ程までに蒼那の眷属は凶悪な戦闘力を誇っていた。

 

 戦闘力――というよりも戦略的価値のある「戦力」と言ったほうがいいのか。

 東洋の忍、風魔服部伊賀甲賀を始め、世界に名だたる殺し屋暗殺者達。

 その中でも特に優秀な存在だけを引き抜いた蒼那の眷属は、まさに世界最強の暗殺者集団だった。

 

「明日までにコカビエル側が戦力を増強させる事はない、そういう事だな」

「はい」

「だが、アイツ等も結構な戦力を集めたな。コカビエルを中心にはぐれエクソシスト、下級から上級のはぐれ悪魔。傭兵を数団体に魔獣数百体」

「それだけなら良かったのですが……」

「北欧神話のロキ、フェンリル。冥界の神ハーデスの手駒として最上級死神の代表格プルート。他、下級から上級までの死神団体。アジアの戦神帝釈天からは英雄の子孫を名乗る集団。内、神滅具持ち三人」

「厄介ですね」

「そうさな。ハーデスと帝釈天の手駒は絶対にちょっかいをかけてくる。堕天使と北欧の戦力だけでも相当なもんだってのに……特にフェンリルと神滅具持ちがな」

「……」

「俺達も動く。ロキとフェンリル、ハーデスと帝釈天の部下達はこっちで抑えるから、お前はグレイフィア、セラフォルーと一緒にグレモリー眷属のサポートを頼む」

「わかりました」

 

 相手側の想像を絶する戦力を鑑みて、それでも蒼那は冷静に、一言口にした。

 

「……奈落」

「?」

「そもそも貴方がその気になれば、すぐに終わるのではないですか?」

「ああそうだな」

「何故力を使わないのですか? 何故私達に戦わせようとするのですか?」

「面白いから」

「……」

「蟻の集団を踏み潰すのは簡単だ。だがつまらねぇ。アレだ。ゲームでレベル上げすぎると無双しちまって一気につまらなくなるやつ。だから武器とか弱体化させたり仲間に戦わせるんだ」

「ふざけてますね」

「ふざけてるんだ。争いは同レベルの存在の間でしか起こらない。この争いを「娯楽」として楽しみたい俺は、だから力を使わないんだ。でも真面目だぜ? 頭使ってる。力を使わないからって手を抜いてる訳じゃない。「真面目にやらない」と「本気を出さない」はまるで意味が違う」

「言い換えれば、真面目にふざけているのですね」

「ハッハッハ! その通りだ! 真面目にふざけてるんだ!」

 

 奈落は笑うと、仏頂面の蒼那の頭をポンポンと叩く。

 

「貴方が本気を出してさえくれれば、時間もとれて、一緒にいれる時間が……」

「被害が出る、負傷者が出る、とかそういう考えに至らない時点で、お前も中々に染まってきてるな」

「……」

「まぁ、安心しろや。時間なんて幾らでも作ってやる。俺達は人間じゃねぇ。時間は後から腐るほど余ってきやがる。でもな? 楽しみってのはその場でしか起こらねぇ、価値のあるもんなんだよ。起こそうと努力しても起こらねぇ場合がある。だからこそ、起きた時は全力で楽しむんだ」

「……」

「それによぉ」

 

 奈落は瞳を細める。その瞳の奥底に、無限の闇を燻らせながら。

 

「俺が全部できる。俺が全部解決させられる。そしたら――お前等の価値が無くなる」

「!」

「一人で何でもできるから誰も必要無い。――あんまり行きすぎると、誰も愛せなくなる。お前等のことがどうでもよくなっちまう。自己愛が勝っちまう」

「……」

「そしたら昔の俺に逆戻りだ。なまじ慈愛がある分、お前等を徹底的にぶち壊して愛し尽くしてやるだろう。その果てには何も残らない。満たされて、それでも泣いている俺がいる」

「……」

「今の俺は空亡じゃねぇ。奈落だ。あの頃の俺とは違う。なァ、だから――」

 

 空亡は蒼那を引き寄せる。そして、暗い愛情を込めて呟いた。

 

「俺に愛させてくれ。遊ばせてくれよ。馬鹿で脆弱なお前達を愛おしいと囁き続けたいんだ……だから、俺をふざけさせてくれ。本気にさせないでくれ。真面目に、真面目に遊んでやるから……な?」

 

 蒼那は暫し無言でいて――その後、奈落の腕を抱きしめた。

 まるで、彼を安心させるように。

 

 奈落に共感できる存在はこの世界に存在しない。

 その思想を理解できる存在も限られている。

 

 だから、深く考えては駄目なのだ。

 奈落と相対する際、彼の言葉や思想ではなく「感情」を見なければならない。

 

「……」

 

 奈落は瞳に柔らかさを帯びさせると、彼女の頭を一撫でして歩き始めた。

 

 

 ◆◆

 

 

 蒼那の自宅は奈落の棲む高層マンションだ。

 自室の前で、奈落を伴いやってきた蒼那は警戒心を強める。

 ドアノブに手をかけようとすると、勝手に扉が開かれた。

 

「おかえりソーた~ん!!!」

「近所迷惑です。離れてください」

 

 突如抱きついてきた美少女を引きはがそうとする蒼那。

 美少女はどこかソーナと似ているが、まるで正反対のイメージを抱かせた。

 黒髪は長髪でツインテール。紫色の瞳はくりりとどんぐり型。

 小柄なのに体形は女性らしく、凹凸がハッキリとしている。

 何よりも、雰囲気。

 ソーナが「静」であれば、彼女はまさしく「動」と言えた。

 

 ラフな私服を着た美少女――セラフォルー・レヴィアタンは、最愛の妹にキスをしようとしながら、しっかりと言い訳をする。

 

「このマンションは奈落ちゃんが殆ど貸し切ってるから大丈夫☆ 住んでる人なんて殆どいないし~♪」

「わかりましたから離れてください。キスをしようとするのもやめてください」

「いや~!! 枯渇したソーたん成分を補充するにはキスしかないの!! いいからキスをされなさい!! お姉ちゃん兼魔王命令です!!」

「横暴が過ぎます。奈落、お願いします」

「はいよ~。はいはいセラ様~、妹様が困っているから離れましょうねー」

 

 奈落にひょいと掴まれ、持ち上げられるセラフォルー。

 小柄な彼女はすぐに足が地面に付かなくなり、不満だと言わんばかりにバタバタ暴れた。

 

「こらー!! 奈落ちゃん! 上司に向かってなんだねその態度は! 許さないぞ! 減給しちゃうぞ!」

「流石魔王様、横暴ここに極まれりですね。いいから部屋に入りますよー」

「離して~!!」

 

 奈落につままれた状態でセラフォルーは部屋へと入っていく。

 蒼那は頭痛のする頭を押さえながら、奈落の背に続いた。

 

 

 ◆◆

 

 

 その後、奈落はセラフォルーに今回の作戦について説明した。

 蒼那はというと、セラフォルーに抱きつかれて身動きが取れなくなっている。

 流石は魔王。その腕力は伊達ではない。

 ほっぺにキスを何回もされて、蒼那の顔色は青くなっていた。

 

「うんうん☆ ソーたん成分が補充できたよ☆」

「そうですか……何よりです。落ち着いて話を聞いて貰う代わりに我が身を犠牲にする。ええ……これしかなかったのです」

 

 自分に言い聞かせるように呟く蒼那。

 奈落が淡々と説明する中、蒼那はずっとセラフォルーに甘えられていた。

 

 端から見ると蒼那が姉でセラフォルーが妹に見える。

 しかし、こんな姉だから真面目な妹になったのだ。

 

「セラ様。ちゃんと話を聞いていましたか?」

「大丈夫だよ☆ ちゃんと聞いてたから☆」

「そうですか。では結構です」

 

 奈落はセラフォルーを疑ったりしない。

 彼女は自由奔放だが、正真正銘の天才である。

 妹に甘えながら話を聞くなど造作もない事だ。

 

「ねぇねぇ、奈落ちゃん……」

「?」

「ソーたん成分は補充できたし、次は……御主人様に可愛がってもらいたいなぁ」

 

 立ち上がり、奈落にしなだれかかるセラフォルー。

 蒼那は眉を顰め、奈落はやれやれと肩を竦めた。

 

「本当に自由奔放な御方ですね、セラ様」

「やぁん、もう主従ごっこはいいから……セラって呼んで?」

 

 奈落に擦り寄るセラフォルー。

 先程の子供のような無邪気さはどこへ行ったのか、今は娼婦の如き艶やかさを表している。

 

「……っ」

 

 蒼那はと言うと、頬をぷくーっと膨らませていた。

 自分に散々抱きついていたかと思うと、今度は目の前で好いている男に言い寄る。

 しかも自分を挑発するかのような流し目付きだ。

 まさしく悪魔の如き女。

 蒼那は彼女が実の姉だというのに、怒りを隠せないでいた。

 

「ねぇ、御主人様ぁ……」

 

 セラフォルーが甘ったるく囁く。

 その囁きは男の本能を直接刺激する。

 しかし奈落は、

 

「お前の相手は後でしてやる。……今は、ソーナを可愛がりてぇ」

「!」

「えーっ……」

 

 立ち上がり、蒼那をお姫様抱っこする。

 

「な、ならく……っ?」

「最近かまってやれなかったからな」

「で、ですが、その……決戦は明日ですよ? 前夜にそんな……」

「時間なんていくらでも引き延ばせる。……それとも、嫌か?」

「……っ」

 

 蒼那は眼鏡の奥で瞳を潤ませる。

 その瞳には困惑と、それ以上の期待が込められていた。

 

「……私で、いいのなら」

「よし、決まりだ。じゃーなセラ。暫く暇を潰しておけ」

「むぅぅッ……むぅぅぅッ~!!」

 

 頬を膨らまし精一杯不満をアピールするセラフォルー。

 奈落は蒼那を部屋へ連れて行った。

 

 

 ◆◆

 

 

 制服のボタンを外していく蒼那。

 ブラのホックを外し終えた彼女は、ほんのりと頬を染めた。

 月光を背に弱々しくベッドに佇む蒼那は、女神と比喩しても過言ではないほど美しかった。

 

 蒼那は自分の体形に自信がない。

 スレンダーと言えば聞こえはいいが、胸は控えめで、全体的に脂肪が少ない。

 同世代のリアスや朱乃と比べると女性としての魅力に悩まされていた。

 

「リアスや朱乃はあの歳ではありえないほどスタイルがいい。だから気にすんな」

「でも……」

「それに、俺はお前のしなやかな体付きは大好きだぜ」

「っ」

 

 抱き寄せられた蒼那は、たまらず愛しい男の胸板に擦り寄る。

 ほんのり香ってくる雄の匂いで、蒼那は頬を自然と緩めてしまう。

 好いた男の匂いは、女にとって何よりの芳香であった。

 

「貴方に抱かれて、ただ幸せになればいい。……そうありたい。けど」

「?」

 

 蒼那の唐突な言葉に奈落は首を傾げる。

 蒼那の表情は、奈落から確認できなかった。

 

「それは結局、与えて貰った幸せ。私達はまるでおやつに集まる子供のよう……そんな自分達が情けなくて」

「……」

「慈愛。貴方の愛は全て上から下へと注ぐ慈悲の愛……誰も、誰も貴方と対等な立場になれない」

「……」

「奈落、貴方は――」

 

 蒼那の言葉を遮るように、奈落は彼女を抱きしめた。

 

「あまり深く考えるな……夢から覚めちまうぞ?」

「……ッ」

 

 蒼那は顔を上げる。

 紫苑色の瞳には、涙が溜まっていた。

 

「貴方とお姉様の隣に立ちたかった。でも結局……貴方の隣には立てなかった。気を遣って貰って、愛して貰って……幾ら頑張っても、貴方の足を引っ張ることしかできない」

「……」

「私には力が無い。才能もない。どう足掻いても……貴方を孤独にさせてしまう」

「こんな面倒臭い男だ。嫌いになってもいいんだぜ?」

「嫌、絶対に嫌です。私が貴方が好き。夢は叶わなかったけど、好きという気持ちは変わりません。私は足掻き続けます。……貴方に少しでも愛して貰えるために。見捨てられないために」

「見捨てるかよ。こんな一途なイイ女を」

「本当に?」

「本当だ。俺の事を愛してくれる存在を、俺は無碍に扱わねぇよ」

「……なら、一つだけお願いをしてもいい?」

「何だ」

 

 蒼那は奈落の頬を撫でながら、上擦った声で言う。

 

「今だけは私を慈愛の対象と見ないでください。他の存在と一緒にしないで……ソーナ・シトリーを見てください。ソーナ・シトリーだけを、愛してください。……今、この時だけでいいですから」

「……ああ、わかった」

 

 奈落は蒼那の唇を奪う。

 舌を濃厚に絡めた後、その薄桃色の唇を舐めて、舌を離す。

 胡乱な瞳をする蒼那に、奈落は微笑みながら告げた。

 

「今だけはお前の事しか考えない。……約束だ」

「……ありがとう、奈落っ」

 

 蒼那は本当に、本当に嬉しそうに笑った。

 

 

 ◆◆

 

 

 十分なほど愛撫を受けた後、蒼那は奈落のモノを受け入れた。

 未だ慣れない奈落の大きいモノは、蒼那の腹の奥を圧迫する。

 しかしそれは最初だけで、奈落に優しく腰を動かして貰っていると、快楽が生まれてくる。

 

「あっ……んんっ、奈落ぅ♪」

「大丈夫か?」

「ええ、気持ち良くなって、きて……はぁぁッ♪」

 

 正常位から抱きしめられ、蒼那は安堵と快感の混じった溜息を吐く。

 何だかんだ言いつつ、好いた男に気を遣って貰うというのは幸せだった。

 

 奈落の正体を知っているからこそ。

 奈落がどれ程の女達から慕われているか知っているからこそ。

 

 今だけは自分を愛してくれると言った彼への愛おしさが増していく。

 今だけは、この男は自分だけを見てくれる。

 そう思えば自然と肉体は悦び、快感の熱を帯びていく。

 

「幸せです……こうしている時が、私は一番幸せっ」

 

 微笑む蒼那の唇を、奈落はついばむ。今度は頬を甘噛みした。

 桃色に染まった頬は柔らかく、同時に漏れ出した蒼那の小さな嬌声は奈落の情欲を掻き立てた。

 腰を回しトントンと奥を突くと、蒼那の口から普段出さない可愛い声が聞こえてくる。

 

「あっあっ、んんっ♪ や、ぁっ♪」

「ソーナ。体位を変えるぞ」

「……ええ」

 

 蒼那は奈落に抱きしめられ、背中を向けさせられる。

 そうして、奈落の胸板に寄りかかる形になった。

 奈落は蒼那の腹に手を這わせ、もう片方の手で乳房を撫でる。

 蒼那の乳房は控えめだが、それでも一般の女子高生と同等かそれ以上の大きさだ。

 

「あっ……♪」

 

 奈落の固いモノが背中に当たり、蒼那は思わず声を出す。

 熱く固いソレは、とても奈落の肉体の一部とは思えない。

 

 奈落は蒼那のナカにそれを挿れる。

 膣内を分けて入って来るソレに、蒼那は背中を震わせた。

 

「ああっ! ふぅん、ん~ッ……あっ、奥、一番奥にぃ……♪」

 

 根元まで収まった。

 挿入しただけでイキかけた蒼那。

 彼女の首筋を甘噛みしながら、奈落は腰を動かし始める。

 徐々に速く、徐々に強く。

 

「あッ……ひィっ、ぅんっ、んア! あッ! ああんッ!」

 

 奈落は蒼那を抱き寄せる。

 そして激しく攻め立てた。

 

「あッ!? ア―――――ッ!!!! なら、くぅんッ♪ 激し過ぎま、すぅぅッ! ンアアッ!! ひぅぅっ!」

 

 奈落の首に手を回し、必死に抗議する蒼那。

 しかし奈落は嫌だと言わんばかりに片手で蒼那の乳首をこね、もう片方を秘所にあてがい蕾を刺激する。

 

「そ、そんなッ、卑怯ですッ、弱点を両方攻撃するなんて、アアンッ!! アっ、奈落ぅ、それ以上は、本当に、ぃ、イッて……ッ♪」

 

 腰を震わせる蒼那。

 奈落は蒼那の奥を突き続ける。

 

「イクッ、駄目、イッちゃ……ああッ!! イクイ……くゥッ!! んあッ!! あッ!!! ひぅ、うあッ!!」

 

 全身を駆け巡る電流に痙攣する蒼那。

 しかし奈落の腰使いは止まらない。

 

「な、ならく……? あッ、ああんッ!! あッ!? だめ、駄目です! 今イッたばかりで、ひぅんッ! おかしくなっちゃい、ますぅッ♪ だから、ぁぁぁッ!! ア――ッ!!!!! ンっンっ、ふぁぁッ! やぁぁッん♪ らめ、らめぇッ! おかしくなっちゃいますぅぅぅッ!!!!」

 

 立て続けに二度、三度の絶頂を迎え、蒼那は嬌声を上げることしかできないでいた。

 

「あああッ!! 奥に、コツンコツンってぇッ♪ 馬鹿に、なっちゃうぅぅッ!! ぁぁぁんっ!! あっひィィィィっ!! んんんッ♪ ~~~~~~~~ッッ♪」

 

 のけ反り、全身を震わせる蒼那。

 嬌声を何とか堪えた蒼那だったが、その顔は快楽に蕩けていた。

 彼女は涎を垂らしながら奈落に首を傾ける。

 

 奈落は蒼那の唇を塞ぎ、漏れ出す涎を全て吸い上げた。

 そのまま覆いかぶさり、根元までみっちり挿入すると、ベッドが軋む勢いで腰を叩きつける。

 

「ンンンッ!!! ンーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッ♪♪」

 

 蒼那の嬌声は全て、奈落の胃に吐き出される。

 ふと、唇が離れた。

 その瞬間に奈落の精が放出される。

 

 奈落は蒼那の脇腹から肩にかけて、内側から抱きかかえた。

 片手をベッドに付けしっかりと固定し、腰を深く打ち付ける。

 

「ア゛ーーーーーーーーーーッッ!!!!! 出てるぅッ♪ ナカに一滴残らず、注がれてるぅぅぅぅぅッ!!!!!!!」

 

 か細い蒼那の身体をしっかり抱きしめ、射精を続ける奈落。

 この体勢からは逃げられない。

 蒼那の子宮はすぐに満タンになり、それでも尚注がれる。

 

「あつぃぃっ♪ こんなにドロドロしたの、子宮の奥に叩きつけられたら、またイッ……ッ♪ アッ! んゥ゛~~~~~~~~~~~~~~~ッッ♪♪」

 

 痙攣する蒼那。

 奈落の射精はその後、暫く続いた。

 

 放精が終わった後、蒼那は奈落のモノを舐めて綺麗にしていた。

 蒼那の秘所から、奈落の子種がドロリと音を立ててこぼれだす。

 

「ん、ちゅ♪ はぁ、はむぅ……♪」

 

 蒼那は夢中になって奈落のモノを掃除していた。

 その後、奈落を上目遣いで見上げ、見惚れる様な笑みをこぼす。

 

「ふふふっ、大好き……♪」

 

 普段、姉にすらも見せない年相応の少女の顔をする蒼那。

 奈落に頬を撫でられると、彼女は気持ち良さそうにその手に擦り寄った。

 

 

 ◆◆

 

 

 奈落は疲れて寝てしまった蒼那に浄化の妖術をかけた後、一服していた。

 ベッドに座って紫煙をくゆらせていると、彼の手に何かが被せられる。

 蒼那の手だった。

 彼女は眠っている。無意識なのだ。

 

「奈落……お願い……頑張るから、置いて、いかないで…………」

「……」

 

 奈落は三白眼を細める。

 

「安心しな。お前も他の女も、置いてきぼりさ……」

 

 奈落は紫煙を吐き出す。

 

「嫌だろう? だから悪夢でうやむやにしようとしてるのに……お前はずっと、正気のままだ」

 

 奈落は蒼那の手を優しく握った。

 

「姉ちゃんみてぇに、単純だったらよかったのにな……」

 

 奈落は最後に蒼那の頭を撫でる。

 そして立ち上がり、部屋を去った。

 






次回はセラフォルーです。
では。


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決戦前夜 セラフォルー・レヴィアタン

本編が長いので、興味の無い方は飛ばして貰って構いません。
後半に情事のシーンがあります。


 今から数十年ほど前。

 悪魔、天使、堕天使による大規模な戦争が終結した直後だった。

 ルシファーを筆頭にした歴代魔王の血筋と、圧倒的な力を持つサーゼクス達の間で戦争が勃発。

 理由は両勢力の主義の違い。

 サーゼクスはこれまでの悪魔の歴史を否定し、新しい冥界を作るために蜂起。

 血筋と暴力を重んじるルシファー筆頭の悪魔達はこれに反抗した。

 

 この戦争は数年単位で続いたが、結果として戦力で勝っていたサーゼクス側が勝利した。

 ルシファーを始めとした悪魔達は冥界から撤退。

 サーゼクスは新たな魔王となり、冥界の法律を一から改変した。

 

 しかし、この戦争の裏には陰謀が隠れていた。

 

 戦争が終結する直前――

 敗北の色が濃厚になった歴代魔王の一派は撤退の準備を始めていた。

 彼等は諦めていなかった。

 何時か冥界に舞い戻り、栄華を誇れる時がくる。

 そう信じていた。

 その夢を託せる存在を、サーゼクスの傍に残していた。

 

「……では、頼みましたよ。セラフォルー」

「うん☆ 任せてよカテレアちゃん! ちょっと時間はかかっちゃうだろうけど、必ず迎えに行くから!」

 

 褐色肌の美女の手をきゅっと握るセラフォルー。

 褐色肌の美女――魔王レヴィアタンの血を受け継ぐ女性、カテレアは涙を流しながら、親友の手を握り返した。

 

「……親愛なる我が友よ。貴女に魔王と、偉大なる祖神方の加護があらんことを」

「カテレアちゃん達も上手く隠れてね。あんまり無理はしないでね……っ」

 

 二名は抱きしめ合う。

 四大魔王の紅一点、最強の女性悪魔、冥界の外交官代表。

 誰も彼女をスパイだと疑う者はいなかった。

 

 

 ◆◆

 

 

 セラフォルーは冥界の変革など望んではいなかった。

 自由に、怠惰に、本能的に生きれる以前の冥界を愛していた。

 

 法律。それは弱者を守る盾。

 弱者にとって必要不可欠なものであるが、強者にとっては枷でしかない。

 法律()は生まれながらの強者であるセラフォルーにとって、唾棄すべき異物であった。

 

 その異物を作ったのは己よりも天才であるサーゼクス・ルシファーだった。

 彼は何を考えているのか、自分から法律に縛られに行ったのだ。

 セラフォルーは当初彼をマゾか何かかと疑った。

 

 しかし真相はすぐに判明した。

 サーゼクスは弱者から称賛される己に酔い痴れていた。

 良き行いをしている自分は素晴らしい。平和を尊ぶ自分は素晴らしい。

 誰かを愛しているようで、誰も愛していない。

 自分しか見ていない。

 

 究極の自己賛美。

 

 ルシファー。

 傲慢の名を襲名するのに、これ程相応しい存在はいないだろう。

 更にサーゼクスの実家、グレモリ―家は愛を尊ぶ家系。

 皮肉にも程がある。

 セラフォルーは冷笑を堪えきれなかった。

 

 だがその自己賛美がまかり通るほどの力を誇っているのもまた事実。

 前ルシファーの十倍以上の魔力。それを扱えるだけの才能。

 魔王は魔王でも、他とはレベルが違う。

 

 サーゼクスを慕う者達は今迄虐げられてきた弱い悪魔達。

 逆に強い力を持つ悪魔達――貴族悪魔の面々は彼を嫌悪していた。

 

 セラフォルーは旧魔王派のスパイである。

 彼女はサーゼクスの隣に佇みながら着実に計画を進めていた。

 貴族悪魔達の意見を通しやすくしたり、面倒な法案を反対したり。

 

 セラフォルーにとって、自分と家族、親しき者達以外はどうでもよかった。

 ただの他者。関わりの無い存在。

 だからどうなろうと構わないし、知ったことでは無い。

 

 弱者は死ぬ。それが世の真理。

 弱肉強食こそ、森羅万象が定めたただ一つの原則。

 それを綺麗事や詭弁で覆い隠すのは弱者の十八番。

 特に人間が愛し、尊重するものだ。

 

 お手々繋いで仲良しごっこ。裏では腹の探り合い。

 人間も悪魔も根っこは変わらない。

 人間が仲良しごっこをする理由は弱いからだ。

 一人では生きていけない。だから他人の手を借りなければいけない。

 

 だから、今の冥界がセラフォルーは本当に気に食わなかった。

 自分よりも強き存在が、あろうことか弱者の味方になっているのだ。

 しかもただの自己満足。

 

 どうしても排除したい。

 サーゼクスを潰したい。潰さなければならない。

 悪魔としての矜持を持たず、己の魔性すらも自覚しないまま、自己賛美に浸る。

 悪劣ここに極まれり。

 必ず絶望を味あわせてやると、セラフォルーは胸に誓っていた。

 

 ここで話が変わるが――

 原作ではセラフォルーは旧魔王派のスパイでは無い。

 ここまで冷酷ではない。

 

 なら何故、ここまで変貌しているのか――

 それは、この物語の歴史に深く関係している。

 

 冥界は嘗て一匹のドラゴンによって統治されていた。

 いいや、冥界に居座る「彼女」に悪魔達は平服していた。

 

 サタン――またの名を「黒き龍(ディアボロス・ドラゴン)

 

 邪龍王の異名を持つ最強最悪のドラゴン。

 かの二天龍と肩を並べた邪龍達の女王。

 

 彼女は冷酷に無慈悲に、敵対する全てを鏖殺した。

 サタンにとって冥界は寝床であり、元々棲息していた悪魔達は彼女を王と讃えた。

 悪魔は彼女の齎す狂気に感化され凶悪性を高めていた。

 

 この時代が冥界の最盛期であったと、セラフォルーは確信していた。

 悪魔という種族が最も悪魔らしく生きていた時代。

 絶対的な恐怖を感じ、他者にも感じさせる。

 自他共に恐怖を味わう。

 生の無情さ、下らなさを実感する。

 

 当時のセラフォルーは十代ほどの少女だった。

 サタンに憧れ、彼女の様になりたいと願っていた。

 命を捨てる覚悟で弟子入りを志願した時もあった。

 生憎弟子にはなれなかったが、給仕として少しの間傍に居た事はあった。

 セラフォルーはサタンの隣で、その在り方を見てきた。

 

 聖書の神との戦いが激化する最中、彼女は「飽きた」と呟きそのまま冥界を去って行った。

 当時の冥界の慌てぶりは半端では無かった。

 セラフォルーも泣き叫んだほどだ。

 緊急で四天王と呼ばれていたルシファー、ベルゼブブ、レヴィアタン、アスモデウスが「四大魔王」として君臨する事で、勢力としての体面は保つ事はできた。

 が、冥界の栄華はこの時確実に終わっていた。

 

 セラフォルーの最終目標として、サタンを冥界に呼び戻す事があった。

 そこに在るだけで悪魔を悪魔らしくさせる。

 悪魔の王足りえるのは彼女しかいない。

 

 しかしそうなると、やはりサーゼクスの存在が邪魔になってくる。

 サーゼクスの力は強大。

 誰かしらの助力は必須。

 そのためセラフォルーは各地を奔走した。

 

 セラフォルーにとって当時一番の助っ人は、同じ四大魔王であるアジュカ・ベルゼブブだった。

 サーゼクスの親友であり同じく悪魔の超越者。

 その気になればサーゼクスを倒せるかもしれない。

 しかしアジュカは乗り気では無かった。

 

 サーゼクスが親友だからとか、そんな理由ではない。

 アジュカにとってサーゼクスが統治している今の冥界は居心地がいいのだ。

 だからセラフォルーへの協力は最低限だった。

 

『君が今よりも良き環境を用意してくれるか、夢中になるような研究材料を提示してくれる――そうでもない限り、そちら側に付く気にはなれないな』

 

 面倒臭い男であるが、彼の考えには共感できるものがあった。

 彼もまた、自分の欲望に重きを置いた悪魔らしい悪魔だったからだ。

 

 もう一人の魔王、ファルビウム・アスモデウスに関してはあまり信用していなかった。

 極度の面倒臭がりな癖に頭の回転が異常に速い。

 彼もアジュカと一緒で今の冥界のほうが居心地がいいという理由でサーゼクスの味方になっている。

 面倒を極端に嫌う彼はセラフォルーの本性を知った瞬間、本気で殺しにかかるだろう。

 交渉材料が不足している時に弱みを見せるのは危険だった。

 

 当時、セラフォルーの味方は少なかった。

 バアル家を中心とした貴族悪魔達がサポートしてくるとは言え、決定力に欠けていた。

 世界には悪魔の他にも様々な魔族が存在しているが、助力は期待できなかった。

 

 京都の妖怪勢力は、人間を脅かす程度で満足している。中には過激派も存在するが、戦力としては今一つ。

 ルーマニアの吸血鬼達は排他的。交渉の席にすらありつけない。

 北欧の霜の巨人の団体、ゾロアスターのダエーワ、インドの羅刹や阿修羅などは、そもそも悪魔とは別次元の高位存在。

 

 しかし、霜の巨人や羅刹などの高次元存在の力が必要なのもまた事実であった。

 妖怪や吸血鬼から幾ら助力を請うても、超越者であるサーゼクスを倒せる可能性は低い。

 アジュカやファルビウムを満足させる交渉材料もまた、そういった高次元の存在が協力してくれれば解決できる。

 

 セラフォルーは考えた。

 今持つ手札で、交渉を持ち込める高位の霊格がいるのか?

 悩んだセラフォルーだが、意外にも早く見つけることができた。

 

 霊格の中でも最高位を誇る存在、神仏。

 全知全能を権能を誇る彼等は、名実共に最強種だ。

 そんな神仏にも格が存在する。

 悪魔にも下級から中級、上級、最上級、魔王とランクがあるように、神仏にもランクが存在した。

 その中で、魔王――否、サーゼクスやアジュカと同じ様に「規格外」「超越体」と称される神仏達。

 

始祖たる異教の神々(ジェネシック・ディヴァイン)

 

 神代の時代、その最初期に活躍していた異端の神々。

 メソポタミア、ウガリット、エジプト、ゾロアスター、アステカにそれぞれ存在している。

 その力は無限の龍神や赤龍神帝にも引けを取らない。

 今現在、全員が現世から距離を置いているためその実体が疑われているが、確かに存在し、もしも顕現すれば世界強者ランキングが一気に変動するといわれている。

 

 彼等の類似点は、皆聖書の神に乏しめられた事だ。

 それほどまでに恐れられたのだ。

 

 彼等の中には、悪魔の始祖的存在がいる。

 例えばフェニックス家の始祖として、エジプト神話の最高神アメン。

 

 当時のセラフォルーが目を付けたのは、冥界で最も尊ばれる神。

 旧魔王ベルゼブブと大王家バアルの祖神。

 

 バアル・アダドだ。

 

 嵐と雷を司る天空神にして豊穣神。天地の支配者。

 太陽神、戦神、予言神としての性質を併せ持つ。

 神代の時代、『とある災害』と激闘を繰り広げた最古の英雄だ。

 

 バアル家はこの神を熱心に崇拝している。

 礼拝を毎日欠かさず行い、月一で盛大な宴を行い崇め奉る。

 バアル家以外にも信仰する悪魔は多かった。

 

 彼の力を借りる事ができれば現状を覆すことなど造作も無い。

 冥界全土で信仰されている神の威光を前には、あらゆる行為が認められるだろう。

 セラフォルーはバアル家の現当主、そして初代当主にその旨を伝えた。

 しかし、彼等の表情は苦かった。

 

 その目論見は既に行われていたのだ。

 サーゼクスが魔王となった日から、ずっと。

 だが効果はまるでないという。

 

 バアル・アダドはバアル家の前に一度も顕現していなかった。

 アダド以外の神々もだ。

 アメンを始め、様々な神々が反応を示さないでいた。

 

 これを聞き困り果てたセラフォルー。

 彼等の内、一柱の力でも借りる事ができれば現状はひっくり返るのに――。

 それは極めて難しいようだった。

 

 大人しく別の案を考えようとしたセラフォルー。

 そんな彼女の元に信じられない来客が訪れた。

 

 月も凍える冬の季節。

 セラフォルーはベランダで夜風に当たりながら、焦燥する気持ちを落ち着かせていた。

 

「大丈夫よ……次の案を考えればいい。焦らずいかなきゃ……」

 

 そう自分に言い聞かせるセラフォルー。

 ふと、ベランダに謎の存在が舞い降りてきた。

 その存在を目視した瞬間、セラフォルーの魂が慄いた。

 

 鮮やかな緋色の髪に金色の双眸。

 非の打ちどころのない完璧な顔立ち。

 彼はセラフォルーに向かい優雅に一礼した。

 

「お初にお目にかかる。貴殿と少し話をしてみたいと思ってな――セラフォルー殿」

「アダド……様?」

 

 自然とその名が口から出た。

 彼の前にして、その名を間違える悪魔が居る筈はなかった。

 

 セラフォルーは尻餅をつく。

 目の前に現れたのは、バアル家と旧ベルゼブブ家の祖神――バアル・アダドだった。

 

 

 ◆◆

 

 

「ど、どどど、どうぞ、粗茶ですが……ッ」

「気を遣わないでいい。前触れなく現れたのは俺だ。こちらに非がある」

「そ、そ、そのような……ッ」

 

 セラフォルーは出来うる限りのもてなしをした後、片膝を付き頭を垂れた。

 アダドは苦笑する。

 その横顔すらも美しかった。

 悪魔は容姿が優れている者が多い。

 が、彼を前にすれば総じて醜いと思える。

 美の極致、その先に彼は存在していた。

 

 美貌一つでこの格差。

 冷や汗を流すセラフォルーだが、アダドは首を横に振るう。

 

「礼を尽くす必要も無い。俺は愛すべき土地も信徒も奪われた哀れな神だ。崇めるにはあまりに情けないだろう」

「!! それはッ!!」

 

 セラフォルーは思わず顔を上げた。

 アダドは、悲しそうに微笑んでいた。

 

「貴殿等の気持ち、素直に嬉しいよ。俺を未だ神と崇め奉ってくれるのだ。しかし――」

 

 俺はもう、この世界に見切りをつけてしまったのだ。

 アダドの声はとても美しく、とても冷酷だった。

 込められた感情は絶望、憤怒、憐哀、憎悪。

 

「ぁ……」

 

 セラフォルーは悟った。

 彼には助力を仰げない。

 彼は既に「世界」を見限っていた。

 

「俺以外の古の神々もそうだ。だから……あまり「ちょっかい」をかけてくれるな」

 

 アダドはその双眸に厳しい色を灯す。

 

「それに――貴殿等の最近の所業は目に余る。悪魔の駒だったか? あれは駄目だ。生命の理を踏み躙っている。悪魔は生殖能力が低いから個体数を増やす、その方針に異論は無い。だが方法があまり拙過ぎはしないか? 迷惑を被っている存在が数多くいる。特に死者の世界は混乱している。死者すらも転生させられる悪魔の駒は、冥界の神々にとって唾棄すべき代物なのだ」

「ッ」

 

 セラフォルーは顔を俯ける。

 言い返す言葉が無かった。

 全て身内の仕出かした行いだった。

 

 セラフォルーの反応を見て、アダドは頬をかく。

 

「……すまない。つい爺臭く説教をしてしまった。いやはや……歳を取るのは嫌なものだ」

 

 苦笑するアダド。

 

「今日、貴殿の前に現れたのは説教を聞かせるためではない。助言をするためだ」

「……助言、でございますか?」

「神託と言えば格好が付くのだが、今の立場だと助言と言ったほうがいいだろう」

 

 アダドは微笑む。

 

「貴殿の力になってくれる存在に心当たりがある。強力な存在だ。俺に匹敵するほどのな」

「!!」

「もしも味方に付ける事ができたら、アイツ以上に頼れる存在はいない。……それに、貴殿とアイツの相性は良さそうだ。後は貴殿の器量次第」

「そ、その御方の名前は――」

 

 アダドは一拍置いた。

 

 

「――空亡。またの名を大禍津童子。神代の時代の最初期に暴虐の限りを尽くした災悪の権化。魑魅魍魎の始祖――鬼神だ」

 

 

 ◆◆

 

 

 セラフォルーは思案に耽っていた。

 アダドは既に去っているが、それでも仄かな神気が部屋を満たしている。

 その神気はとても悪魔の始祖とは思えないほど静謐で、上品なものだった。

 

 アダドが何か企んでいる事をセラフォルーは察していた。

 彼は悪魔を憐れみ、世界に絶望している。

 

 セラフォルーは想う。

 きっと、アダドは世界の未来一つ、その切っ掛けを己に与えたのだと。

 その未来は想像に難くない。

 渾沌と絶望、狂気と快楽が蠢く暗黒時代。

 魑魅魍魎の主の封印を解くとは、つまりそういう事だ。

 

 

 アダドは――そのような時代が訪れる事を期待しているのかもしれない。

 

 

 ◆◆

 

 

 日本一の霊脈スポット、京都に隠された真実。

 これを知る存在は神仏を除いて殆どいない。

 そして、神仏達はこの真実を全力で隠蔽していた。

 

 京都の地下深くには一匹の鬼が封印されている。

 彼から溢れ出す妖気は霊脈すらも創造してしまう。

 京都に霊脈が多い理由はこの鬼にあった。

 

 鬼の名は空亡。またの名を「大禍津童子」。

「常闇之皇」「天中殺」「闇之太陰」「妖怪皇祖神」などの異名を持つ。

 百鬼夜行、魑魅魍魎の始祖であり原点。

 無限の龍神、赤龍神帝に並ぶ最強の頂に居座る存在。

 絶対強者、頂点捕食者。

 司る概念は「力」と「闇」。

 齎すは暴力と恐怖。

 

 かつて、この鬼神は森羅万象を破壊しようとした。

 彼に抗える存在は最強種と名高い神仏のみ。

 世界中の神仏達は連合を組み、彼を滅ぼそうとした。

 

 しかし、神仏の総力を以てしても鬼神を滅ぼす事はできなかった。

 隙を見計らい封印するので精一杯だった。

 その封印地こそ、京都。

 

 鬼神は今も尚、深い眠りについている。

 世界を滅ぼす、その時まで――

 

 

 ◆◆

 

 

 数日後。セラフォルーは京都の地に足を運んでいた。

 魔王としてでは無く、一名の悪魔として。

 

 あらかじめ調べた鬼神の情報から封印場所を逆算。

 しらみつぶしに捜索する。

 冥界代表の外交官の権限をフルに活用し、世界中から情報を取り寄せた。

 そのおかげか、ほんの数日で鬼神の封印場所を見つる事ができた。

 

 その間に何十名もの妖怪を氷漬けに(口封じ)したのだが。

 

 封印場所は名も無き山の洞窟。

 山自体に厳重な隠蔽術式が施されており、祠に関しては何柱もの神仏が編んだ強力な結界が展開されていた。

 本来であればセラフォルー程度の存在が解ける代物ではない。

 しかし、セラフォルーは鍵を持っていた。

 アダドから託された封印解除の刻印だ。

 掌にコレを描き、結界にかざせば驚くほど容易に解除される。

 

 この結界を張った神々の中で、アダドが一番力を使っているのだ。

 結界の解き方も、アダドが一番知っている。

 

 世界各地の神仏にバレる事なく封印を解除できたセラフォルー。

 真下へと続く粗削りな石階段を見下ろす。

 

「……ッ」

 

 入り口手前なのにわかってしまう。

 この洞窟の奥に、邪神が居座っている。

 

 ここまで違うものなのかと、セラフォルーは生唾を呑み込んだ。

 アダドのように静謐な神気はない。

 ただただ邪悪。

 例えるなら、そう、全身氷水に浸かるような感覚。

 指先を動かすことすら億劫になる。

 

 漏れ出す邪気でコレなのだ。

 正面から相対できるのか? 

 セラフォルーは不安になりながらも一歩一歩階段を下りていく。

 

 程なくして最奥へと辿り付いた。

 最奥には厳かな屋敷が立っていた。

 何故屋敷が立っているのか? セラフォルーは疑問に思う。

 だが、考えてみればわかる事だった。

 

 鬼神の無聊を慰めるための、せめてもの計らい。

 鬼神は厳密に言えば封印されているのではない、眠っているのだ。

 その気になれば封印から抜け出せる。

 だからこその屋敷。

 鬼神をその気にさせないための、小さな計らい。

 

「ここに、鬼神様が……」

 

 セラフォルーは呟く。

 そのまま一歩、踏み出そうとしたが――

 

「おい貴様――何者だ」

 

 背後から声をかけられる。

 それだけでセラフォルーは失禁しかけてしまう。

 突然声をかけられた事への驚きは勿論、声に含まれた殺気が尋常ではなかったのだ。

 セラフォルーでなければ気絶していた。

 

「……悪魔か? 懐かしいな」

 

 凛とした女性の声。

 セラフォルーはこの声を知っていた。

 忘れる筈もなかった。

 何故ならこの声の主は、セラフォルーが唯一憧れた魔神のものだったからだ。

 

「……サタン、様?」

「……その童顔、セラフォルーか。何の用だ」

 

 和服を着崩した黒髪の美女、サタンは尻餅をつくセラフォルーを見下ろした。

 

 

 ◆◆

 

 

「何故、貴女様がここに――」

「話す義理は無い。お前は私の給仕だった。それだけだ」

「ッ」

 

 憧れていた女性にこう言われると、流石に傷付くものがある。

 しかしサタンはこういう女性であることを、セラフォルーはよく理解していた。

 だからこそ、何故彼女がここにいるのかがわからなかった。

 

「二度目だ。何の用だ?」

「……」

 

 サタンは眉を顰める。

 彼女は一見冷静に見えて凄まじく激情家だ。

 過去に機嫌を損ねて首を飛ばされた悪魔は数知れず。

 給仕として傍に居た経験があるからこそ、セラフォルーは慎重に言葉を選んだ。

 

「空亡様に、会いに来ました」

「…………そうか、勝手にしろ。あの方も珍しい客が来たと喜んでいる。くれぐれも失望させてくれるなよ」

「ッ……!?」

 

 セラフォルーは瞳を見開く。

 サタンは空亡の事を「あの方」と呼んだのだ。

 

「ついて来い」

 

 歩き出すサタン。

 その背中を慌てて追うセラフォルー。

 

 暫くすると屋敷の奥に到着した。

 奥には――男が佇んでいた。

 

「ッッ」

 

 セラフォルーがわかったのはそれだけだった。

 胸の奥底から溢れ出る狂気に理性を溶かされる。

 

 顔も見ていないのに。一目見ただけなのに。

 

 魂が蝕まれる。

 悪魔の魂が歓喜していた。

 破壊衝動、淫欲、怠惰、強欲、憤怒――

 あらゆる負の感情が掻き立てられる。

 

 セラフォルーは息苦しさのあまり、その場で膝を付いた。

 

「魔族の王、その頂点に立つ方を前にして無様な姿を晒すか。立ち上がれ。曲がりなりにも魔王だろう」

 

 サタンの声を聞き、震える足に喝を入れるセラフォルー。

 しかし、立ち上がれない。

 その紫苑色の瞳には涙が溜まっていた。

 

 何としてでも立たなければならない――

 でなければ、サタンに殺される。

 セラフォルーが必死にもがいていると、男がサタンに告げた。

 

「苛めてやるなよ。こいつは俺の客人だぜ」

「……失礼しました」

 

 跪くサタン。

 男は肩を竦めると、セラフォルーに優しく語りかけた。

 

「悪ぃ、女の躾けが行き届いてなかった俺に否がある。まぁ、ゆっくりしてってくれや」

 

 部屋を、いいや洞窟全体を満たしていた邪気が収まる。

 セラフォルーは漸く男の顔を見る事ができた。

 

 褐色肌の偉丈夫。

 黒髪はポニーテール。筋骨隆々の肉体。

 妖艶に笑うその笑顔に思わず見惚れてしまうセラフォルー。

 

 男は立ち上がり、セラフォルーに歩み寄った。

 セラフォルーは慌てて片膝を付き、頭を垂れる。

 

「と、唐突な訪問。誠に申し訳ありません。私の名はセラフォルー・レヴィアタン。四大魔王の一角、レヴィアタンの名を襲名している者です」

「空亡だ。よろしくな」

 

 男――空亡はその場で座り、セラフォルーの顎をすくう。

 

「くく、空亡、様……?」

「はは~ん、これが悪魔か――力は弱いが容姿は中々。俺に影響を受けたっていうより「神仏達の分霊」って側面が強ぇみたいだな。聖書の神、だったか? 話は聞いてるぜ、随分好き勝手に暴れたみてぇだな。お前達がソイツに憎悪を抱くのは、恐らくご先祖様達の影響だな。……それにしても――へぇー、ふぅ~ん、ほほぉ~、ははぁーん」

 

 興味深そうにセラフォルーに触れる空亡。

 ほっぺをむにむにしたり、髪を撫でたり、お腹や足を触ったりする。

 セラフォルーは羞恥とくすぐったさで身をよじらせた。

 

 不意に、空亡はセラフォルーの首筋に顔を寄せる。

 

「すんすん……おお、匂いも女っぽい」

「やっ……空亡さま、恥しいです……っ」

「ハハハ、許せ。少し興奮しているんだ。悪魔って存在を初めて知った。うん……思った以上に面白い素材だな」

「素材……ですか?」

「ああ……いい玩具になりそうだ」

 

 不気味に笑いながらも、優しくセラフォルーの頬を撫でる空亡。

 セラフォルーは何故か心地よさを感じていた。

 明らかに見下されているのに、玩具にされそうなのに――不思議と嫌ではない。

 何故か。

 

「可愛いなぁ……愛おしいなァ。壊しちまうには勿体ない」

 

 柔らかい声音で囁く空亡。

 

(アア……そうか、この方は――私を、私達を、愛してくれているんだ)

 

 セラフォルーは理解した。

 温もりの正体は、愛だった。

 純粋な――愛情。

 

「ァ……ッ」

 

 セラフォルーは総身を震わせる。

 胸に満ちるこの感情――

 

 己よりも遥かに格の高い男が、自分なんかを愛してくれる。

 

 幸福。

 至福。

 

 セラフォルーは空亡の指をきゅっと掴み、切なげに囁いた。

 

「空亡様ぁ……私、貴方に相談があってここにやってきたんです。貴方にどうしてもお願いしたい事があって……」

「何だ? 今は気分がいい。何でも聞いてやろう……」

 

 空亡は顔を近付ける。

 セラフォルーは瞳を蕩かすと、唇を寄せた。

 そうして、二名は熱いキスを――

 

 

 ◆◆

 

 

 

「その後、三日三晩に渡って愛し合った私と御主人様は意気投合。冥界で暗躍する現在に至るのです!! ちゃんちゃん☆」

 

 

 

「最後適当だなオイ」

「えーっ、だって過去の話つまらなーい☆」

「テメェが話し始めたんだろうが。てか誰に喋りかけてんだよ? ソッチには誰にもいねぇぞ」

「私のファン達☆ ごめんねー☆ 今から御主人様とラブラブセックスタイムに入るからねー☆」

「意味わからねぇ……」

 

 空亡――奈落は呆れる。

 彼の膝上に乗っているセラフォルーはきゃっきゃと子供のように騒いでいた。

 余程奈落に甘えられるのが嬉しいのだろう。

 

 ソーナとの情事の後、奈落はセラフォルーを可愛がっていた。

 セラフォルーは本当に嬉しそうに奈落に抱きついている。

 

「ねぇ御主人様ぁ、早くセックスしようよぉ……♪」

 

 そう言って奈落の首筋をいやらしく舐め上げるセラフォルー。

 奈落はやれやれと肩を竦めた。

 

「ほんと、気まぐれな奴」

「御主人様にだけは言われたくなーい☆」

「言ったなコイツ」

「きゃー☆ 襲われる―☆ 犯されちゃうー☆」

 

 ベッドに放られたセラフォルーだが、実に嬉しそうだった。

 

 

 ◆◆

 

 

 普段のセラフォルーはかなり子供っぽい。

 しかし奈落に抱かれている時の彼女は、まさしく悪魔の女の面目躍如。

 その乱れっぷり、淫らな声で喘ぐ様は、種族関係無く雄共の本能を掻き立てる。

 

「やぁぁッ!! あッ、ああんっ!! 御主人さまァ♪」

 

 正常位から抱かれながら、セラフォルーはその逞しい首に両腕を回した。

 

 肉欲に溺れ、恍惚と表情を蕩けさせる。

 多大な性欲を余す性(さが)を背負う悪魔の女にとって、心身共に満足させる雄は何よりも魅力的に映った。

 

 少なからず悪魔の誕生の所以となった奈落。

 肉体の相性はバッチリだった。

 そうでなくとも、種族問わずあらゆる女性を満足させられる彼のモノと技術(テク)は、悪魔の女性にとって何よりも得難きものだった。

 

「ふぁぁぁんっ!! やぁ、ぁぁッ!! あっ、うぅん!! イ、クぅッ、イっちゃうっ!! イッ……~~~~~~~~ッッ!!!!」

 

 背中をのけ反らせ、絶頂するセラフォルー。

 潮を吹きながらも歯を食い縛り、全身に伝わる快楽の電流に耐えて見せる。

 

 奈落のモノでの絶頂は、他の絶頂とは訳が違う。

 膣肉を締め上げる事により彼のモノの形が、硬さが、ハッキリとわかってしまうのだ。

 彼とのセックスに慣れていない女は、イッた瞬間気絶する。

 

 荒い吐息を漏らすセラフォルーを奈落は抱きかかえる。

 絶頂で痙攣している膣肉を解し、掻き乱す。

 セラフォルーは耐え切れずに絶叫した。

 

「ア――――ッ!!!!! アア゛ンッ!!! んひぃィ!!!! そんな、今イッたばかりで……やぁァん!!!!」

 

 小柄な肢体は奈落に押し潰される。

 マシュマロのように柔らかい乳房は奈落の胸板と擦れ、歪に形を変えていた。

 奈落は腰を深く打ち付ける。

 セラフォルーは徹底的に犯す。

 それはまさしく交尾だった。

 

 肉を打つ音が部屋中に響き渡る。

 それと同じくセラフォルーの嬌声が木霊する。

 齎される莫大な快楽に、セラフォルーは虚しく翻弄されていた。

 

「ひぃぃぃン!! 奥、突かれて……ッッ、イッちゃ、うぅぅ~~~~~~~ッッ♪♪」

 

 セラフォルーが何度絶頂しようと、奈落は全力で彼女の弱点を抉り、穿つ。

 

「アッ――――――ッッ!!!! 御主人、しゃまァァっ!!!! もうっ、ダメェェェェェェェ!!!! しんじゃぅゥッッ!!!!」

 

 何度目かわからない絶頂を迎えて、顔をクシャクシャにするセラフォルー。

 

「もうそろそろいいだろう。出すぞセラフォルー」

「んぁェ……ッ?」

 

 ピストンが止まり、セラフォルーは表情を呆けさせた。

 しかし、奈落の放精が始まった事で目を覚ます。

 

「ア゛ッ!?  うァッ!! ッ!!! ア――――ッッ!!!!!!!!!!」

 

 

 濁音交じりの悲鳴を上げて、盛大な潮を吹くセラフォルー。

 卑猥な音と共に注がれる子種。

 奈落のものが脈打つたびに、セラフォルーは声を上げて絶頂した。

 

 長い長い吐精――

 

 奈落がモノを引き抜くと、セラフォルーは力無くベッドに横たわった。

 腹の底に刻まれた鬼神の淫呪が淡く輝く。

 ドロリと濃厚な白濁液は淫呪によって快楽に変換されていた。

 セラフォルーは総身を震わせ、今も絶頂を続けている。

 

「うァッ♪ ンンッ……♪ ふぅッ♪」

 

 片手で顔を覆い隠し、唇を噛んで震えているセラフォルー。

 奈落はその手をのけて、セラフォルーの顔を覗いた。

 

「だらしない顔」

「は、ひぃぃっ♪ 御主人様の、ばかぁ……ッ♪」

 

 その顔は確かにだらしなかったが、実に幸せそうであった。

 

 

 ◆◆

 

 

 その後、現実時間での朝が訪れる。

 気絶しては交わり、気絶しては交わりを繰り返したセラフォルーは漸く満足したのか――

 ベッドで奈落と一緒に眠り、その腕に嬉しそうに擦り寄っていた。

 

「やっぱり御主人様は最高の男ね☆ もう大満足☆」

「そりゃよかったな。俺としても、寝るだけで満足してくれるお前は余計な事を考えずに済む。楽だぜ」

「だってそういうキャラで売ってますから☆ 私は♪」

 

 セラフォルーは奈落の腕に不相応に豊満な胸を寄せる。

 

「御主人様に都合の良い女――ただの奴隷。御主人様に楽をさせてあげられて、一緒に暗躍できる都合の良い女。――でも、これも一つの愛の形だよね☆」

「ハッ、よくもまぁぬけぬけと。お前も俺の事を利用してんだろ?」

「いいじゃないですかー☆ 私は冥界を自分好みにアレンジできて、性欲も解消できる。御主人様は冥界という遊び場で自由に動けて、私以外の女とも寝る事ができる。互いに利害は一致してるし、問題は無いでしょう?」

「そうだな。お前は男に媚びるのが上手い。流石、悪魔の女」

「も~☆ 褒めても何も出ませんよ~☆」

 

 二人とも笑顔だ。

 しかしその笑顔はどこか歪だった。

 互いに利用し(愛し)合う関係。

 これも愛の形の一つなのだろう。

 

「ソーたんもグレイフィアちゃんも、もうちょっと気軽になればいいのに~♪ 男と寝る時は深く考えずに快楽に没頭するのが一番気持ちいいって今度教えてあげようかな?」

「個々で愛の形ってのは違うもんだ。料理の味が同じじゃねぇようにな。俺はそれを楽しんでんだ。余計な事すんな」

「了解でーす☆」

 

 軽く会話を済ませた後、奈落はセラフォルーに問う。

 

「で? どうだ? 計画のほうは」

「順調も順調ですよー♪ 冥界の商業は大分改革できました☆ 財政面は殆ど掌握したと言ってもいいでしょう☆ 割合的に七割くらいかな? でも十分! 最近は一番重要な政治面に力を入れてましたからね!」

 

「右翼――じゃなかった、貴族派の方達には殆ど話を付けてきました☆ 旧魔王派の皆も頑張ってくれましたから☆ あっちはあっちでなんと、リゼヴィム様を招き入れる事に成功したみたいです! 正統なルシファーの血筋を引く方で、悪魔世界の超越者の一角☆ 凄いですよねー!」

 

「つー事は……もうそっちは準備を終えたって事か」

「はい☆ 何時でも始められますよ☆ 御主人様のほうはどうですか?」

「俺も何時でもいけるぜ」

「やったぁ☆ 遂に進める事ができるんですね――計画を」

 

 セラフォルーは唇を歪める。

 奈落も嗤った。

 

「ああ――この一件が終わったら始めようぜ。冥界の変革を」

「はい☆ 冥界を私達好みの素晴らしい――暴力と淫欲が支配する世界に変えましょう♪」

 

 物語はこれを機に大きく動き始める。

 鬼神と嫉妬を司る魔王は、既に下準備を終わらせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 





今後の展開として、三巻分を終えご褒美回(既存のヒロイン全員)を挟んでから、新章に突入するつもりです。

次回から三巻分の消化に入ります。
情事シーンが無いので、興味の無い方はご褒美回までお待ちしていただけるとありがたいです。

では。


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原作三巻分 1 ★

この話には情事シーンがありません。注意してください。


 時間帯は深夜。

 

 数日前からか、駒王町近辺の山岳に謎の要塞が現れていた。

 この要塞こそ堕天使組織の大幹部、コカビエルと北欧のトリックスター、ロキの拠点である。

 神秘の力で創造されたこの城は神秘を解さない人間では目視できず、存在すらも感じ取れない。

 

 要塞の壁上で。

 駒王学園を見据えながら、コカビエルとロキは会話を交えていた。

 

「戦支度のほうはどうだ。堕天使の幹部殿?」

「念を入れるに越した事は無い。もう数日は欲しいな。……だが、あちらから来れば話は別だ。戦争なら何時でもできる」

 

 豪勢なローブに身を包んだ白肌赤目の魔人、コカビエル。

 精霊を連想させる青き神仏、ロキ。

 月明りに照らされる彼等はやはり神秘の体現者。禍々しくも神々しい。

 

 ロキはふと、失笑を漏らした。

 

「この町の風景を見てつくづく思うよ。人間も堕落したものだ。西暦が始まり神秘の時代は終焉を迎えた。2000年という僅かな時間で、よもやここまで神秘に対する恩恵を失う事ができるとは……」

「俺の元主――聖書の神の思惑が絡んでいるのだろう」

「ほぅ?」

「他宗教の神を乏しめる事で自身の神格を徹底的に高めた神だ。狡賢く、しかし知恵が回る。己が世界の中心として居座れる環境を着々と作っていたのだろうな」

「その結果がコレと?」

「ああ。しかしアイツは一つミスを犯した。「自分が消滅する」という未来を想定していなかった。その結果が現代だ。アイツが未だ存命であったのなら、世界の色もまた違っていただろう」

「世界中聖職者だらけか?」

「そういう事だな」

「ハッ――それは無いな」

「何故……そう言い切れる?」

 

 鼻で笑うロキに、コカビエルは疑問符を浮かべた。

 ロキは嗤う。

 

「流石にあのような駄神に世界の中心に立たれてはな。他の神話勢力も黙っていないさ。我々北欧も然り。お前の言う通り、もしも聖書の神が未だ存命であったのなら、今頃世界中は火の海――神々の黄昏の真っ最中だ」

「……」

「いいや、その前に古の神々から懲罰が下るか? であれば、聖書の神が消滅したのは偶然では無く必然だ。どの道、現代まで存在しなかっただろう。……あ奴はあまりにも、他の神を馬鹿にし過ぎた」

「古の神々――『始祖たる異教の神々(ジェネシック・ディヴァイン)』か。俺は誕生したばかりの頃、数度目にしただけだったな」

「俺はよく知っているよ。……正直、あれだけの力を誇りながら何故聖書の神を野放しにしたのか、今でも疑問が尽きない。俺はオーディンから止められていたとは言え……他に理由があるのか?」

「それは本人達に聞いてみないとわからないな」

「一度聞いてみたいものだよ。我々北欧と同等かそれ以上に乏しめられた者達の、当時の心境とやらを――」

 

 

「ならば教えてやろうか――?」

 

 

 コカビエルとロキは同時に振り返る。

 背後の段差に腰かけていたのは、緋色の髪を靡かせる絶世の美男だった。

 

「面と向かい相対せず、信者の影に隠れ、好き勝手に雑言を吐いたかと思えば、危機が迫ると自分は悪くないと宣う。……その様な愚者に掲げる刃を、我々は持ち合わせていなかった。古の神々は神であると同時に誇り高い戦士であり、英雄だった」

 

 金色の双眸に過去の情景を思い浮かべているのだろう。

 女神すらたじろぐ美貌が憤怒に歪む。

 

「しかし、我々は信じていた。あの神が愚か者である事を人間ならわかってくれる。そう――信じていた」

 

 その声には、万感の悲哀が込められていた。

 裏切られた神々の慟哭が滲んでいた。

 

「――これ以上は語るに及ばず。現代の様相が全て物語っている」

 

 緋色の美神。

 古の神々の中でも最も偉大なる存在。

 

 バアル・アダド。

 

 突如現れた別格の存在に、コカビエルとロキは身動き一つ取れなかった。

 指先一つ動かせない。

 口を動かそうとしても、開かない。

 異常極まる現状に二名は滝の様に冷や汗を流していた。

 

「――そう緊張するな」

 

 アダドが囁く。

 それは一種の許可だったのだろう。

 二名の硬直が解けた。

 

「い……ッ!!」

 

 コカビエルは思わず尻餅を付いた。

 彼にとってアダドは生涯のトラウマだった。

 幼き日、目の前で数多の同胞を消滅させられた。

 古の英雄の威光は、今もコカビエルの胸の中に恐怖として刻み込まれていた。

 

「何用だ……バアル・アダドッ」

 

 ロキは辛うじて問いを投げかける事ができた。

 コカビエルの様に戦意を喪失しなかったのは、彼が曲がりなりにも神だからだろう。

 それでも冷や汗の量は倍になっている。

 

 古強者である最上位の堕天使。

 北欧にその悪名轟くトリックスター。

 この二名にここまでの反応をさせた存在は、しかし優雅に足を組んでみせた。

 

「何、貴殿等の奮闘をこの目で拝みたかっただけだ。他意は無い」

「……嘘偽りは無いか?」

「ああ」

「この土地の領主――グレモリ―の娘はバアルの因子を受け継ぐと聞いているが?」

「ほぉ、詳しいな。確かにその通りだ。しかし手を出すつもりは無いよ」

「確証は?」

「俺が悪魔のバアルに一度でも加護を与えた事があるか?」

「…………」

「信じられないと言うならそれで結構。……なんだ、そう怒るなよ。ロキ。神の気まぐれさ。お前もよくするだろう?」

 

 悪戯っぽく微笑むアダド。

 ロキは眉間に皺を寄せた。

 

「……何があっても邪魔はしないでくれ。これは今後の歴史に多大な影響を及ぼす重大な戦争だ。歴史の転換期を迎えるための火種でもある」

「それはそれは――見物のし甲斐がある。楽しみにしているよ」

 

 アダドは虚空へと消えていく。

 彼が完全に消えた事を悟ると、ロキは肩を大きく落とした。

 

「古の神々め……ッ」

「……ロキよ。本当に大丈夫なのか?」

「……奴は気紛れ屋だが、誇り高く嘘は付かない。奴絡みで今回の件に関わって来る事はないだろう」

「そうか……」

「現状、相手方の戦力にも変化は無い。少々予定外だったが、このままいくぞ。――なんだ、怖気づいているのか? コカビエル」

 

 ロキが挑発的にそう言うと、コカビエルは怒ったような、飽きれた様な、そんな笑みをこぼした。

 

「――いや、すまんな。先程の情けない姿、近い戦争の場にて払拭してみせよう」

「その意気だ。期待しているぞ」

 

 

 ◆◆

 

 

 同時刻。

 ロキの作った要塞――所謂「神殿」を山の麓から覗いている集団がいた。

 中でも漢服を羽織った男性――曹操は双眸を細める。

 

「今、ほのかに神気を感じなかったか?」

「そうか?」

 

 彼の問いに豪勢なローブに身を包んだ青年――ゲオルクが首を傾げる。

 

「俺の魔術では感知できなかったぞ? 勘違いではないか?」

「……」

 

 ゲオルクの言葉に曹操は唇を引き結ぶ。

 何か不満があるようだ。

 

「先ほどから胸騒ぎがする。何だろうな――英雄の魂もそうなんだが、特に神器がな」

「聖槍がか?」

「ああ。まるで――」

 

 何かに怯えているようだ。

 

 曹操は己の体内で眠っている最強の神滅具が鳴いているように思えた。

 それは怯えであり、同時に宿主に警告している様でもあった。

 

 今迄の会話を聞いていたのか、隣にいた巨漢と美女が嘲笑する。

 

「何だ? 怖気づいたのか? お家に帰って研究ごっこの続きでもするか?」

「珍しいわね。貴方がそんな抽象的な発言をするなんて」

 

 巨漢、ヘラクレス。

 美女、ジャンヌダルク。

 二人の発言に曹操は眉をへの字に曲げた。

 

「怖気づいてなどいないさ。それに、抽象的な発言などではない。神器が確かに何かを訴えかけているんだ」

「カカカッ! 眉が富士山みたいになってんぞ!」

「可愛い~♪」

「お前等……いいだろう。一から説明してやるからよく聞け」

 

「はいはい、そこまで。三人共、今は任務の最中だ。喧嘩なら後にしてくれ」

 

 剣呑な雰囲気の間に割って入った白髪の優男。

 横には無口不愛想な少年。

 

 二人に仲裁され、三人は渋々引き下がる。

 白髪の優男――ジークフリートはやれやれと肩を竦めた。

 無口不愛想な少年――レオナルドも呆れ気味だ。

 

 遠目からチームの様子を眺めていたゲオルクは苦笑する。

 

「しっかりしてくれよ曹操。仮にもリーダーだろう?」

「わかっている」

 

 そう言いながらも、眉の富士山が消えない曹操。

 ヘラクレスとジャンヌは必死に笑いを堪えていた。

 

「俺達英雄派は天帝・帝釈天の先兵だ。此度の戦争、あくまで情報収集が目的だが、出れる機会があれば出るぞ。――欲を言えばリアス・グレモリ―の身柄が欲しい。交渉材料になるし、研究材料にもなる」

 

「最後めっちゃ私欲混ざってるやん」

「交渉材料と研究材料を一緒にしちゃ駄目よ富士山ちゃん♪」

 

「…………………あくまで血や皮膚をサンプルとして頂く程度だ。勘違いするな。交渉材料こそ真の目的。リアス・グレモリ―でなくても、眷属を数名拉致できれば十分だ」

 

「でも、グレモリ―眷属って確か若手悪魔最強だったよね? 実力は全員魔王クラスだとか」

 

「正面から戦闘するつもりは無いさ。俺達は人間。――英雄というのは時に狡賢いものだ」

 

「当分は様子見だろう?」

 

「ああ。俺達以外にも暗躍している勢力がいる。――冥界の神ハーデスの手先。死神の団体。こっちにも警戒しつつ、慎重に行くぞ」

 

 彼等は英雄派。

 英雄の魂を受け継ぐ精強な人間達であり、希少な神器、または神滅具を宿す戦闘集団である。

 

 

 ◆◆

 

 

 駒王学園、運動場の中心で。

 グレモリ―眷属を含めた冥界の戦力が集結していた。

 奈落もまた、サタン、フリード、黒歌を連れている。

 

「さて、いよいよ決戦だ。お前等、あんま気負わなくていいぞ。今回の一件、事件としては重大だが戦争としては大した事が無い。パパッと終わらせる。いいな」

 

 グレモリ―眷属は頷く。

 奈落は全員の様子を確認し、満足そうに頷いた。

 

 ふと、フリードが一誠と肩を組む。

 

「イッセーくん、コレ終わったら冥界で一発ヤリに行かね? 俺ちゃん良い店見つけたんだよ」

「マジっすか!」

「マジマジ♪ 最近出来た店なんだけどさ。めちゃんこ可愛いハイエルフとダークエルフがいるんだよ」

「うぉぉぉぉ!! ハイエルフ!? ダークエルフ!?」

「ちな、一誠ちゃんはどっちが好み?」

「ハイエルフです!! おっぱいは!? おっぱいは大きいんですかッ!!?」

「もち、たゆんたゆんだぜ♪」

 

「ぬぉぉぉぉぉぉッ!!!! 滾ってきたァァァァァ!!!!」

 

 煩悩は一誠のモチベーションを飛躍的に向上させる。

 フリードは楽しそうに笑いながら、隣に居た木場も引き寄せた。

 

「木場きゅんもどうよ? 一緒に楽しもうぜ~?」

「え? 僕もですか?」

「木場! 三人で行こうぜ! 桃色の楽園へ! おっぱいパラダイスへ!!」

「……じゃ、じゃあ」

 

 苦笑しながらも了承する木場。

 フリードは二名と肩を組みながら快活な笑顔を浮かべた。

 

「よっしゃ♪ 俺が全部奢ってやっからよゥ。パパッと終わらせてお楽しみといこうや」

「うっす!」

「ありがとうございます」

 

 一誠と木場は嬉しそうに笑う。

 その様子は先輩に激励される後輩達のようであった。

 

 一方。黒歌のほうはグレモリ―眷属の女子達と楽しそうに会話していた。

 

「いや~っ、楽しみだね~♪ コレが終われば奈落がご褒美くれるって♪」

「ご褒美……」

「白音……ご褒美の内容、知りたい?」

「はい。勿論です」

 

 この話を聞いていたリアス、朱乃、アーシアの行動は早かった。

 

「黒歌、私にも聞かせて頂戴」

「私もお願いしますわ」

「わ、私も……っ」

 

 その後、ご褒美の内容を聞かされた一同。

 彼女達は更にテンションを上げ、その日を待ち遠しそうにしていた。

 

 最後に奈落。

 グレイフィア、セラフォルー、ソーナと最終的な打ち合わせを行っていた。

 

「――以上だ。グレモリ―眷属のサポート、任せるぜ」

「任せて頂戴」

「頑張りますよ御主人様♪」

「ご安心を。貴方は貴方の役割を果たしてください」

「おうさ」

 

 頷く奈落。

 ふと、グレイフィアは奈落の浴衣の襟が緩んでいる事に気が付いた。

 彼女は咄嗟に直しに向かう。

 

「ん? どしたグレイフィア」

「襟、緩んでるわよ」

「おろろ?」

「だらしないわね。全く……」

「ハハハ、すまんな」

 

 グレイフィアは呆れた様な、しかし嬉しそうに襟を正す。

 

「はい。これで大丈夫」

「サンキュー」

 

 グレイフィアは唐突に、奈落の袖を引き寄せ唇を奪った。

 触れるだけのソフトキス。

 

「……いってらっしゃい。奈落」

「……ああ。いってくる」

 

 奈落は微笑み、踵を返す。

 彼の背を、グレイフィアは穏やかな表情で見送っていた。

 

 しかしながら、グレイフィアの背後にいる姉妹は衝撃で氷漬けになっていた。

 

(な、なな、なんですとー!!? グレイフィアちゃんは今最も精神が不安定な筈なのにー!!?)

(まさか、これが……人妻の余裕!?)

(!!? 未婚者と既婚者の違いはここまで出るの!!?)

(むぅ……グレイフィア様、恐るべしッ)

(く~ッッ、流石永遠のライバル。女としても超一流ねッ)

 

 姉妹で対抗心をメラメラ燃やす中――

 グレイフィアは何も考えず、蕩けた表情で奈落を見送っていた。

 

 未婚者と既婚者の差が出たのか?

 違う。もっと別の物を二名は感じていた。

 

 グレイフィアの雰囲気が違う。

 以前の彼女とは何かが違う。

 

 二名はソレが気になって仕方無かった。

 

 

 ◆◆

 

 

 奈落は校門をくぐりながら可笑しそうに笑う。

 

「グレイフィアの奴、吹っ切れやがったな。……何があったんだ?」

 

 奈落の背にフリード、黒歌、サタンが続く。

 

「一誠くんも木場きゅんも可愛いな~ッ、まるで弟ができたみてぇだ」

「わかるわかる♪ 私も沢山妹ができたみたいで楽しいにゃん♪」

「……」

 

 フリードと黒歌がはしゃいでいる。

 サタンは肩を竦めるだけだ。

 

「……よし。テメェ等、仕事の時間だ」

 

 奈落の言葉を聞いて、三名の雰囲気がガラリと変わる。

 仕事のスイッチが入ったのだ。

 

「フリード。フェンリルを躾けてやれ。犬畜生の分際で生意気だとな」

「了解っす」

「黒歌。ロキのクソガキを叩きのめせ。お前は俺が育てた妖術使いだ」

「まっかせて~♪」

「サタン。死神の団体を始末しろ。堕天使組織から来るであろう増援にも話を付けておけ。出来る限り穏便にな」

「かしこまりました」

「俺は帝釈天の先兵、英雄派と遊んでくる。どれ――人間の英雄は初めてだ。古の神々みてぇにとは言わねぇが、それなりに期待してる」

 

 奈落は不気味に嗤うと、首を回した。

 

 

「さぁて――行くか」

 

 

 後に、歴史の転換期の「前」に勃発した事件として、この戦いは後世に伝えられていく。

 しかし、奈落達の活躍が記載される事は無い。

 彼等は、歴史の闇に隠れる存在だからだ。

 





次回はグレモリ―眷属VSコカビエル(堕天使団体)です。
一誠と木場のパワーアップの内容を公開します。
お楽しみに。



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原作三巻分 2 ★

この話には情事シーンがありません。注意してください。


 駒王学園、新校舎の屋上にて。

 特殊フィールドの設置を終えたグレイフィアは、夜風に靡く銀髪を掻き上げホっと安堵の溜息を吐く。

 その様子を眺めていたセラフォルーが、自然な流れで問うた。

 

「ねぇねぇ、グレイフィアちゃん」

「?」

「何かあった? 雰囲気がイイ感じだよ?」

 

 セラフォルーの問いに、グレイフィアは微笑する。

 

「助言を貰ったのよ……」

「へぇ~っ、誰から?」

「内緒」

「え~!? いいじゃん!」

「駄目よ」

「ケチ~!!」

 

 頬を膨らますセラフォルー。

 聞き耳を立てていたソーナも、静かに肩を落とした。

 グレイフィアは苦笑しながらも、助言をくれた恩師を思い出す。

 

 彼女に助言を与えた存在は誰でもない、奈落の傍に最も長くいた存在。

 奈落に最も近い女性――サタンだ。

 

 数日前、グレイフィアは奈落の全てを知った。

 奈落の本性、正体、その在り方、現在行っている事。

 

 グレイフィアは煩悶した。

 生来真面目な気質の彼女は、細部まで考え込むきらいがあった。

 

 そんなグレイフィアに、サタンが告げたのだ。

 

『深く考えるな、グレイフィア。熟考するのは良い事だが、し過ぎると自身を蝕む事になるぞ』

 

『私は、お前みたいに真面目では無い。が、色々考え込むタチでな。昔は殺戮衝動や破壊衝動で色々悩まされた』

 

『愛しても殺す事しかできず、焦がれても壊す事しかできない。それでも、誰かに愛して貰いたくて……だが、こんな私を受け入れてくれる存在は誰一人としていなかった。神仏でさえもだ』

 

『何時しか愛そのものが苦痛になって、世界なんてどうでもよくなって――生きる意味を見いだせなくなった』

 

『そんな時に、あの方と出会ったんだ。最初は自分を殺して欲しかった。せめて殺されるのなら邪悪の権化と名高い男に殺されたいと、そんな些細な想いだった』

 

『しかし――運命の出会いというものはあるものだ。私は初めて愛して貰えた。畏怖でも嫌悪でもない、初めて、愛して貰えたんだ』

 

『あの方は私の歪な愛を受け止めてくれた。受け止められるあの方も、狂っていた』

 

『話を戻そう。では私達はどうすればいいのか? どんな形でもいい。あの方を愛せばいいんだ。どんな愛し方でも、あの方は受け止めてくれる』

 

『お前はあの方をどうしたいんだ? グレイフィア。あの方をどういう風に想い、どういう風に愛したいんだ?』

 

『私はな――本当は、お前達が非常に目障りだ。愛されようと思えば誰からでも愛して貰えるお前達が、私の唯一の君から寵愛を授けられる。たまらなく不快なんだ。今すぐ皆殺しにしたい』

 

『私にはあの方しかいないのに、あの方しか愛せないのに……』

 

『じゃあ、私はどうしているのか? 単純だ。本気で嫉妬し、本気であの方を殺しにかかっている。私だけを見て欲しいから。私だけを愛して欲しいから』

 

『何だかんだ言いつつ、なぁなぁにされてしまうのだがな――そこが憎らしくも愛おしい。だが私は諦めていないぞ。あの方は私の君だ。誰にも譲らん』

 

『これくらいの我の強さを見せてみろ、グレイフィア。あの方には気を遣わなくていい。合わせなくてもいい。理解しなくても――いい。己が想う事を口にし、想う事を成せ』

 

『……お前は、甘い悪夢に溺れて満足する程度の女なのか?』

 

 魂の根底まで歪んでいて、狂っていて。

 しかしサタンは、グレイフィアに対して確かな愛を以て助言をした。

 

 グレイフィアはその助言を無碍にしなかった。

 悟れたのだ。

 自分が奈落に示すべき愛の形を。

 

 グレイフィアは隣で頬を膨らますセラフォルーに内心謝る。

 

(ごめんなさいね……サタン様から助言を貰ったと知れば、貴女嫉妬しちゃうでしょうから)

 

 グレイフィアは今でも信じられなかった。

 あのサタンから助言を貰えるなんて――

 

 でも、わかった事がある。

 何故サタンが、奈落に一番気に入られているのか――

 強さでも、容姿でもない。

 手に余る程の、我の強さ――

 

 グレイフィアは心の中で、サタンに感謝の言葉を述べた。

 

(ありがとうございます、サタン様……私、大丈夫です。これで漸く――奈落の事を本当の意味で愛せそうです)

 

 グレイフィアは薄っすらと口角を歪める。

 

(私はね、奈落……そんなに都合の良い女じゃないの。人一倍嫉妬して、人一倍面倒くさい女なのよ――今度、わからせてあげるわね)

 

 燻る嫉妬の業火を、グレイフィアは胸の奥にそっと仕舞い込む。

 ふと、ソーナのほうを見た。

 

(……ソーナさんには、後で相談すべきかしら)

 

 彼女もまた悩んでいる事を知っているグレイフィアは、そう考えるのであった。

 

 

 ◆◆

 

 場所は駒王学園から離れて。

 奈落は背後についてきているサタンに問うた。

 

「お前だろサタン。グレイフィアに助言をしたのは?」

「過ぎた行為であった事は自覚しています」

「いいんだよ。別に怒っちゃいねぇ。俺も好き勝手してるんだ。お前にも、アイツ等にも、好き勝手する権利がある」

「……私もですか?」

「おいおい、お前が一番好き勝手してるだろう。冷静に見えて、一番激情をぶつけてくるだろうが」

「お好みでしょう?」

「まぁな。手に余るくらいのほうが燃える……って、珍しいな。お前がそんな冗談を言うなんて」

「いえ……私に似た激情を持つ女がいまして。少しだけ共感できたのです」

「グレイフィアか……うはぁ、マジかよ。アイツって結構……うはぁ」

「嫌ですか?」

「怖さ半分、楽しみ半分」

「……非常に苛立ちました。今夜は覚悟してください」

「おいおいマジかよ。お前の地雷って唐突だよな」

「更に苛立ちました」

「今夜は勘弁してほしい」

「逃がしませんよ」

 

 そう言いながらも、楽しそうに笑っている二名。

 背後で歩いているフリードと黒歌は思った。

 

((会話がぶっ飛んでるなぁ……))

 

 しかし口には出さない。

 サタンが怖いのだ。

 奈落よりサタンの方が怖いのは、二名が良く知っていた。

 

 

 ◆◆

 

 

 神殿で駒王学園の様子を眺めていたコカビエル。

 彼は肌で感じ取った。

 得体の知れない、強者の気配を。

 瞬時に連想したのは――魔王。

 しかし首を横に振るう。もっと格上だ。

 悪魔の中でも異次元と称される――悪魔の超越者。

 

 しかし、悪魔の超越者と目される三名はこの場にはいない。

 では、何者なのか――

 

 コカビエルはすぐに理解し、獰猛に嗤った。

 

「そうか――リアス・グレモリ―。そしてその眷属達……お前達は、その若さで至っているのか……!」

 

 情報以上。それは嬉しい誤算。

 歴戦の戦士であるコカビエルは、気迫のみで相手の総力を理解する。

 

 血潮が煮え滾っていた。

 過去の大戦から幾星霜、乾ききった血肉が潤う。

 この感覚に、コカビエルは無意識に口角を吊り上げていた。

 

(……アア、懐かしい。恐怖と狂気。我が身が喜んでいる。……本物の戦場が、待っている……ッ)

 

 胸に燻る激情をコカビエルは抑えきれなかった。

 その様子を隣で眺めていたロキは、ふっと嗤う。

 

「まるで狂戦士(ベルセルクル)だな。……行って来い。コカビエル。先陣は任せたぞ」

「応。楽しんでくる。しかしこれは戦争だ。ロキ、お前も己の役割を忘れるんじゃないぞ」

「ああ、わかっている……」

 

 ロキは苦笑する。

 彼はコカビエルの在り方を勘違いしていた己を密かに恥じていた。

 

 コカビエルは戦闘狂ではない。戦争狂だ。

 目先の戦闘に執着していない。

 集団戦、軍略、その他全てを含めた「戦争」を愛している。

 つまるところ、コカビエルは昂っているようでその実、ロキよりも冷静だった。

 

 突撃していくコカビエル。その背に我先にと続く配下達。

 下級からの上級の堕天使。魔獣、はぐれ悪魔。傭兵など――

 

 数百は下らない戦士が出撃する様を眺めながら、ロキはクツクツと喉を鳴らした。

 

「……俺の観察眼は昔からアテにならんな。神話でも証明されている」

 

 自嘲の笑みをこぼすと、ロキは踵を返した。

 

 

「汚名を払拭するとしよう。……北欧の誇るトリックスターの実力。とくと拝ませてやる」

 

 

 ロキは背後に控えていた灰色の巨狼――フェンリルの頬を撫でた。

 

 

 ◆◆

 

 

 コカビエルの一団は駒王町の上空を駆ける。

 駒王町の人間を皆殺しにしながら前進してもいいのだが――

 そうすると、後々厄介な存在に目を付けられる。

 

 神仏だ。

 

 日本の八百万の神々。

 彼等と相対するのは現時点では避けたいコカビエル達。

 戦力が十全とは言えない今、中途半端な戦力で出来る事をする。

 その出来る事とは、リアス・グレモリ―とその眷属の殺害だった。

 

 魔王の実妹とその眷属達。実力、評価共に折り紙付き。

 されど戦争を経験した事のない雛鳥。

 気迫十分、殺気莫大。

 予想以上であるが、まだ範疇の内。

 

 ロキの魔術を中心とした様々な隠蔽魔術により音無く、気配無く夜空を駆けるコカビエル一団。

 ふと、コカビエルは疑問を覚えた。

 相手に攻めて来る気配が無いのだ。

 進軍中は団体としての綻びが生じやすい。迎え撃つにこれ程の機会は存在しないだろう。

 コカビエルは冷静に考えた。

 

(迎撃には出ない――となると籠城戦か。戦力差を鑑みれば模範解答ではあるが――少々つまらん。それ程の気迫を放てるのだ。戦闘力は折り紙付きだろう? 基本通りにしても勝てないのが戦争というものだ)

 

 色々考えるが、最終的には思考を停止した。

 

(まぁいい。我々は先陣だ。相手の守りを切り崩し、活路を開く。それ以外は求められていない。死者が出るのは当たり前)

 

 コカビエルは自分の身すらも、戦争を動かすための一駒としか考えていなかった。

 

(俺が死んでも戦争は始まる。これ程の事をしでかしているのだ。例え俺達が惨敗したとしても、三勢力の仲が険悪になるのは必定。更に北欧の神まで関わっているのだ。各勢力の不満が爆発する)

 

(一回だ。一回の戦争でいい。それで――神秘同士の世界大戦がはじまる)

 

(三勢力はすぐに滅ぼされるだろう。それでいい。それこそ、俺が真に望んでいるもの。我が命を以てして憎むべき魔王と天使長、そして同胞であり仇敵、アザゼルを絶望の淵に追い込む事ができるのなら――)

 

 コカビエルは瞳に狂気を宿す。

 彼は戦士として生き、戦士として死ぬ筈だった。

 しかしその前に戦争は終わってしまった。

 

 彼は平和な時代には必要ない存在だった。

 戦争しかできない。戦い殺す事しかできない。

 

 戦場を失った戦士の孤独。葛藤。

 コカビエルは三勢力の現状への不満と共に、それらを爆発させようとしていた。

 

「……往くぞ。この命、燃やし尽くす。せめてリアス・グレモリ―。お前の首だけでも冥土の土産として貰っていくぞ!」

 

 

 真紅の瞳から血の涙がこぼれ出た。

 それは歓喜であり、同時に哀しみでもあった。

 

 

 ◆◆

 

 

「コカビエル――貴方が何を想い、戦争を起こそうとしているのか。私には理解できないし、する気も無いわ」

 

 

「疾く死になさい。ただただ無様に。意味もなく」

 

 

「私の、私達の愛のために、その命を捧げなさい」

 

 

 悪魔の王――その在り方をコカビエルは見た。

 己の快楽のために他に犠牲を強いる――まさに悪魔。

 己の魔性を自覚し、それを愛し、更に高めんとしている。

 

 コカビエルは歓喜した。

 倒すべき敵がいる。倒さなければならない魔王がいる。

 

 状況は劣勢を極めていた。

 駒王学園の陣地にて強力無比な結界に閉じ込まれた瞬間、蹂躙が始まった。

 数百の軍勢が、塵芥の如く消えていく。

 

 武仙と成った小さき戦車は一切の気配無く魔獣を葬り。

 雷神の化身と呼べる妖艶な女王が、稲妻を以てはぐれ悪魔と傭兵を溶かしていった。

 

 決着はすぐに訪れる。

 しかし、だからかな――コカビエルは笑みを抑えられなかった。

 

 苦境。圧倒的不利。

 これこそ、コカビエルが求めた真の戦場だった。

 

「リアス……グレモリぃぃぃぃぃぃッッ!!!!」

 

 怒りはない。哀しみも無い。

 コカビエルの目には、魔王を超えた紅髪の魔女だけが映っていた。

 

 渾身の力で光の槍を創造する。

 全長二十メートルを優に超える超槍。

 込められた光力は絶大。単純な威力ですら山脈を削り、海を蒸発させる。

 光を弱点としている悪魔が食らえば、魔王であろうがタダでは済まない。

 

 コカビエルは超槍をリアスめがけて投擲する。

 彼の培った心技体が込められた、第三次宇宙速度を優に超える光槍。

 

 リアスはそれを眼前にして尚、優雅な笑みを崩さなかった。

 

 バキン、と豪快な音が響き渡る。

 光槍が叩き壊された音だった。

 

 リアス・グレモリ―の前には薄い茶髪を揺らめかせる青年が立っていた。

 いいや、青年ではない。戦士だ。

 コカビエルの渾身の光槍を「ただの裏拳」で粉砕した。

 紛れも無い超一流の戦士である。

 

 彼――兵藤一誠は淡々とコカビエルに告げた。

 

「兵士を無視して王に手を出すなよ。アンタを殺すのは俺だ」

「……青年。名は?」

「兵藤一誠。リアス・グレモリ―の兵士だ」

「コカビエルだ。良い、良きかな。戦の作法を弁えている。若く強健。良き戦士也。――それにそのオーラ、赤龍帝と見た」

「……」

 

 一誠は無言を貫く。

 その瞳に宿すのは烈火の如き闘志。身から滲み出るは暴力的なオーラ。

 それら全てを完全に掌握しているが故に、纏う空気は静寂だった。

 

 コカビエルは記憶から彼の個人情報を探ろうとする。

 が、途中で放棄した。

 好敵手を前にして、一々考える時間が勿体ない。

 

「兵藤一誠。禁手《バランス・ブレイク》には至らないのか? 神器使いの最終奥義、貴様なら体得しているだろう。赤龍帝の籠手は神滅具の一つだ。至れば相当パワーアップするだろうに」

「する必要がない」

「……?」

 

 コカビエルの眉が吊り上がる。

 舐められていると思ったのだ。

 しかし一誠は首を横に振る。

 

「勘違いするな。アンタは強い。ああ、かなり強いよ。でも、俺の禁手は他とは別物なんだ。世間一般でいわれる禁手には――既に至ってる」

「……!!!!」

 

 コカビエルは一誠の言葉から真実を素早く導き出す。

 しかしソレは、とても実践できる内容では無かった。

 

 コカビエルは改めて一誠を注視する。

 一誠の肉体――いいや魂から溢れる莫大なオーラ。

 悪魔とドラゴン。割合的に1:9.

 その在り方はまるで――人型のドラゴンだ。

 

「まさか貴様……籠手の主。赤龍帝ドライグと同化したのか!!?」

「俺は元々とんでもない雑魚でな。そうでもしないと強くなれなかった。だから生前の肉体を全て捨てて、悪魔の因子も最低限にして、ほぼ全てをドラゴンの肉体にしたんだ」

「ありえない!! そんな事をすれば所有者は必ず死ぬ! 神器の知識に疎い俺でもわかる!!」

「でも、実際できた。兄貴――ドライグの加護。そして――恩師の助力のおかげで」

 

 実際、今の一誠は奇跡の権化であった。

 常識的に考えて、不可能なのだ。ドライグと同化するなど。

 神器の中に封印されているドライグと一誠の間には隔絶した壁がある。

 未だ不可解な点の多い神器という代物。そこまで深入りした実験を成功させるなど、どう考えても不可能。

 

 しかし、奈落というイレギュラーがそれを可能にする。

 鬼神の血、ドライグと直接的な意思疎通。

 何より――以前、アザゼルから拝借した人工神器のデータ。

 これが鍵になった。

 

 以前、レイナーレ一同の不始末を黙認する事を条件にアザゼルから拝借したデータ。

 それが、今の一誠を誕生させる鍵となった。

 

「であれば、お前は既に人間でも悪魔でもない。その容姿は――」

「ドライグの兄貴と恩師のおかげで、仮初の容姿を維持できてる。それでも、筋肉や体重とかは誤魔化しきれない。……俺は四六時中禁手状態だ。仮初の容姿が無くなれば、赤い鎧を纏った龍人になる」

 

 一誠は構えを取る。

 それ以上の問答を否定する様に――

 

 左手は爪の如く前に突き出し、右拳は腰の付け根に置いて力を溜める。

 仮想空間で何百年もかけて編み出した、一誠だけの戦闘スタイルである。

 

 勝負は一瞬だった。

 光速で間合いを詰めた一誠。

 渾身の正拳突きでコカビエルの腹部を貫き、五臓六腑を粉砕する。

 

 コカビエルは決して油断していなかった。

 一誠があまりに早過ぎた。

 

 激痛と衝撃で動きが止まったコカビエル。

 一誠は瞬時に彼を蹴り上げ、上空高くに打ち上げる。

 そして、左手を掲げた。

 

「術式開放――倍化×10。条件解放だ。食らえ、神殺しの閃光を」

 

 一誠を中心に想像を絶するオーラが発生する。

 深緑のオーラは規格外の高密度エネルギーであり、広がるだけでフィールドを破壊していった。

 

 そう――これは本来、禁じ手の中の禁じ手「覇龍(ジャガーノート・ドライブ)」の状態でしか発動できない対神仏攻撃。

 神を滅する武具を象徴する奥義。

 

 ロンギヌス・スマッシャー。

 

 コカビエルは上空で瞬時に体勢を立て直す。

 

「何というパワー! ……これは抗いきれんか! ならば仕方なし!!」

 

 コカビエルは自身のスペックでは一誠の攻撃に耐え切れないと判断し、奥の手を発動する。

 保険で作成しておいた強固な防御魔術。それを何重にも展開した。

 この防御魔術はコカビエルがこの戦争のために編んだ特性仕様。

 たった一つで核弾頭の直撃に耐えられる。

 如何にロンギヌス・スマッシャ―と言えど、完璧に防御できる筈――

 

 しかし、それは無意味であった。

 

Penetrate(ペネトレイト)

 

 一誠が呟く。

 そのままロンギヌス・スマッシャ―は放たれた。

 ロンギヌス・スマッシャ―は幾重にも展開された防御魔術を悉く「透過」し、コカビエルに直撃した。

 

「その、技、はぁぁぁぁぁァアッ!!!!?」

 

 赤龍帝ドライグの生前の能力。

 あらゆる攻撃、防御を透過させる力だ。

 

 今の一誠はドライグの現身である。

 流石に生前のドライグよりは数段劣るが、その戦闘力はグレモリ―眷属の中でも飛び抜けている。

 彼はまさしく、小さな赤龍帝であった。

 

 

 ◆◆

 

 

 魔王の全力の攻撃にも耐えられる特殊フィールドが崩壊していく。

 サポートに徹していたグレイフィア、セラフォルー、ソーナが直ちにフィールドを修復したが、ロンギヌス・スマッシャ―の威力がありありとわかる光景であった。

 

「……」

 

 コカビエルが落下してくる。

 本来であれば原型を留めていない筈だが――堕天使の翼でギリギリ軌道線から離れたのだろう。

 瀕死な事には変わりない。

 今や上半身を残すのみで、翼も全て消滅していた。

 

 無残な姿なコカビエル。

 しかし憑き物がとれたかのような晴れ晴れとした笑顔を浮かべていた。

 満足したのだろう。

 彼は己を追い詰めた戦士に賛辞の言葉をかける。

 

「見事だ、小さき赤龍帝。しかもまだ成長していると見える。……今後が楽しみだ」

「…………」

 

 一誠は何も言わず、一人の戦士の死を見届けていた。

 黙して語らず。良き戦士だ。コカビエルは満足そうに頷くと、今度はリアス・グレモリ―に視線を向ける。

 

「終ぞ貴様の首は取れなかったが……それでよかったのかもしれんな。貴様なら俺の、俺達の悲願を成就してくれるかもしれん」

「貴方の悲願を知らないのに、勝手に託されてもね……」

「察しているだろう、聡き娘よ。今の三勢力の有様を、貴様なら理解している筈だ」

「……」

「俺の様な存在がいる。忘れるな」

「……」

「フハハッ……今生ともこれで別れか。最後に良き戦ができた。敗戦ではあったが、悔いは無い。満足だ。……これからは地獄でお前達の様子を眺めるとしよう。……さらばだ。世界を変える異端児達よ」

 

 コカビエルは塵となって消えていく。

 彼は最後まで戦士として生き、死んでいった。

 リアスは彼の死に様を目に焼き付けた。

 

「ええ……わかるわよ。貴方の伝えたい事は。貴方みたいに苦しんでいる存在がいる。現状に不満を持っている者達が沢山いる。……わかっているわ」

 

 それでも――そう呟いて、リアスは冷たい笑みをこぼした。

 

「これから先、私も貴方達もあの方に愛して貰える。それぞれに合った愛し方をして貰える。だから、私の意思なんて関係無いの。全ては、常闇の君主の意のままなのだから――」

 

 リアスは囁くと、コカビエルの消えた場所を見つめ、静かに頭を垂れた。

 

 

「さようならコカビエル。誇り高き古の戦士。……貴方の事、忘れないわ」

 

 

 最後にリアスは一名の悪魔として、貴族として、コカビエルに最大限の敬意を払った。

 

 

 ◆◆

 

 バルパ―・ガリレイは新校舎の片隅で最終実験を行っていた。

 

 彼は聖剣エクスカリバーの完成させるためにコカビエルに協力していた。

 コカビエルは過去に強力な聖剣使いと相対した経験から、多少なりとも聖剣に興味を持っていた。

 最も、コカビエルにとってはエクスカリバーも戦争を盛り上げるための一要素でしか無かったのだが――

 

 バルパ―は違った。

 彼はコカビエルの真意を察していて尚、協力していた。

 

 理由は、一人の男の夢――いいや、野望だった。

 

 バルパ―はかつて、聖剣使いになりたかった。

 しかし聖剣を扱える適正が無かったので、夢は叶わなかった。

 

 だが彼は諦めなかった。

 戦士から研究者に転身し、エクスカリバーを徹底的に研究した。

 非人道的な行いをしてまで、エクスカリバーという聖剣を調べ尽した。

 

 結果、聖剣使いには「因子」と呼ばれる特殊な「才能のようなもの」が存在し、それさえ宿していればエクスカリバーを振るえる事を証明した。

 

 因子は繊細であり、宿している存在から抜き取れば宿主は死ぬ。

 しかし、因子自体に支障は無い。

 因子は全く別の存在に宿す事もできる。

 

 この因子と呼ばれるものが、聖書の神が作った兵器――神器に似た性質を持っている。という所まで、バルパ―は解き明かした。

 

 今夜はその成果を出す時である。

 研究は最終段階に入っていた。

 

 今、バルパ―の元に集っているエクスカリバーは三本。

 

 天閃の聖剣(エクスカリバー・ラピッドリィ)

 夢幻の聖剣(エクスカリバー・ナイトメア)

 透明の聖剣(エクスカリバー・トランスペアレンシー)

 

 因子は、過去に実験体達から抜き出した良質なものが多数。

 

 本来であれば、この実験に向けて良質な被験体を一つ準備したかったのだが――

 生憎、コカビエルに戦争の準備で駆り出され用意できなかった。

 

 そこで、バルパ―は己自身を実験体にする事にした。

 並走して研究していた肉体を超強化する劇薬を準備。

 これを服用し、同時に因子を宿す。

 最後にエクスカリバー三本を統合、実際に手に持って振るえるかどうかを確認をする。

 

「クククッ……」

 

 被験体を準備できなかったから、仕方ない。

 そう自分に言い聞かせながらも、バルパ―は歓喜の笑みを抑えられないでいた。

 

 やっと振るう事ができるのだ。

 自分の手で、憧れのエクスカリバーを。

 見ているだけは嫌だった。

 この手で振るいたかったのだ。

 

 その願いが、叶う。

 人生の全てを賭した宿願が、今――

 バルパ―は待ちきれなかった。

 

 しかし、実験の終盤間際に大問題が発生した。

 バルパー・ガリレイは困惑していた。

 

「この、戦争狂共め……ッ」

 

 バルパ―は、あろうことか味方である筈のコカビエルの配下達に困惑していた。

 何故か?

 大将であるコカビエルが討ち死にした途端、殆どの配下、賛同者がその場で自決したのだ。

 笑顔で。

 

 この戦争は、兵士達の一夜の夢だった。

 平和な時代では生きられなかった哀れな者達の、最後の晴れ舞台だった。

 

 絶望していた自分達を救ってくれた大将、コカビエル。

 彼が死んだとあらば、すぐに元へ駆けつけよう。

 笑顔で心の臓を捧げよう。

 

 バルパ―には理解できなかった。

 彼は兵士ではない。

 故に、苦渋の表情で吐き捨てた。

 

「理解に苦しむ、全く以て……度し難い馬鹿共だ」

 

 時間稼ぎもできない無能共め――

 そう付け足すバルパ―に、ふと声がかけられた。

 

「貴方には理解できないだろう。戦場を失った兵士達の絶望を。研究者であり、それ以前に倫理を踏み躙った貴方には――彼等の誇り高さは、一生理解できない。無論、僕にもね」

 

 金髪の剣鬼が、その双眸を憤怒で濡らしていた。

 美貌の青年剣士は、ゆっくりとバルパ―に歩み寄る。

 

「邪道に走ってまで夢を諦めず、追いかけ続け、結果叶えようとしている――その事に関しては、素直に尊敬できるよ。以前の僕だったら貴方と聖剣という存在を全否定していただろうけど、成長した今なら、少しだけ冷静に物事を見る事ができる」

 

 認められている。

 しかしバルパ―は、滝のように冷や汗を流していた。

 彼の言葉に込められた怒りが尋常では無かったのだ。

 

「覚悟を決めていた筈だ、バルパ―・ガリレイ。叶わぬ夢を叶えるために代償にした者達の、報復を」

「……君は、イザイヤか?」

 

 バルパ―が問うと、イザイヤ――木場裕斗は苦笑した。

 

「はい。お久しぶりです先生。そして――さようなら。同胞達の仇、とらせてもらいます」

「ハッ――ハハハッ、そうか! 逃げ切ったのか君は! あの致死性の毒ガスから! そして悪魔に転生して私の前に立っているのか! 全く、運の良い子だ! 愛おしよ!」

 

 バルパ―の眉間に数本の血管が浮き出る。

 肉体を超強化する劇薬の効果が今、出てきたのだ。

 同時に筋肉が膨張し、神父服がはじけ飛ぶ。

 

 上半身を露わにしたバルパ―は、二倍ほどの大きさになった手で統合されたエクスカリバーを握った。

 七本ある内の三本とは言え、その聖なるオーラは凄まじい。

 上級悪魔程度であれば瞬時に消滅させられるだろう。

 

「君は本当に運が良い、イザイヤ。君に見て貰い、直に体験してほしい。このエクスカリバーの凄まじさ、素晴らしさを。――君達のおかげで、私はエクスカリバーを振るう事ができるんだ。ああ――感謝してもし足りないくらいだよ」

 

 柔らかい笑みで告げるバルパ―。

 彼は心の底から、イザイヤ達に感謝していた。

 

 自分の夢のために犠牲になってくれて、ありがとう。

 

 そう言う彼に、イザイヤは思わず苦笑した。

 

「……どこで狂ってしまったのか、いいや元々狂っていたのか。ここまで行かれると、怒りも冷めてしまいそうですよ」

 

 イザイヤは静かに得物を取り出す。

 それは金色の刀身を持つ日本刀だった。

 刀身は雷光の様に煌いているが、同時に科学的な物質を彷彿させる――異質な様相だった。

 

「皮肉なものです。僕の宿していた神器――魔剣創造。それが奈落さんに改造されて、僕の写し鏡として具現化した。――ソレが、貴方の持つ聖剣の紛い物だなんて」

「何だね、その刀剣は――」

 

 バルパ―は戦慄する。

 彼は科学者であるからこそ、イザイヤの持つ刀剣の輝きを看破した。

 しかしソレは、この世で最も残酷で危険なものだった。

 

「まさか――核分裂、放射能光か!!?」

破滅の聖剣(エクスカリバー・ガンマレイ)……。貴方が求めた輝き、そして僕達を殺した化学物質の一種。……貴方を殺すのに、これ程相応しい武器は無いでしょう?」

 

 木場は刀剣を軽く振るう。

 放たれたのは死の閃光。

 バルパ―は咄嗟にエクスカリバーでガードするが、それは間違いだった。

 彼もそれを悟るが、既に手遅れだった。

 

 核分裂により発生した爆光は、あらゆる物質を瞬間的に消滅させる。

 射線上に居たバルパ―はエクスカリバーごと蒸発、消滅した。

 閃光は尚止まらず、新校舎を容易く両断し、融解させる。

 

 仮にバルパ―が避けられたとしても、死は免れなかった。

 掠っただけで放射能が体内を巡り、細胞の一つ一つを死滅させていただろう。

 

 掠っても致命傷。直撃は即死。

 木場の得物は美しいが、残酷な威力を内包していた。

 

「……もう、終わりか。……復讐っていうのは、こう……虚しいものだね」

 

 木場は夜空を仰ぐ。

 消滅したバルパ―から出てきた、数多の因子。

 それは、今は亡き仲間達のものだった。

 木場は静かに祈りを捧げる。

 

「どうか、安らかに眠ってくれ……」

 

 心の底からの願いは、彼の偽りの聖剣に奇跡を吹き込んだ。

 因子と、消滅した三本のエクスカリバーの残滓。

 それらが木場の得物に溶け込んだのだ。

 それだけではない。どこからともなく飛んできた四本のエクスカリバーも取り込まれていった。

 

 木場の得物――破滅の聖剣が、進化を遂げた。

 木場は複雑な表情をする。

 

「……共に歩み、そして己の過去を忘れるな。――そう、言い聞かされているみたいだ」

 

 木場の瞳から、静かに涙がこぼれた。

 

「うん……大丈夫。僕は忘れないよ……僕は木場裕斗であり、イザイヤであり――聖剣使いになりたかった男の子だ」

 

 木場は目を閉じる。

 涙は、暫く止まりそうになかった。

 

 

 ◆◆

 

 

 その頃、アーシアは――

 

 

「……アーシア」

「はい部長! 私は何時でも大丈夫ですっ!」

「……ごめんなさい。今回は出番無さそう」

「ふぇ?」

「イッセーと裕斗が強過ぎるのよ」

「そ、そんな~~っ!!」

 

 

 彼女の初陣はまだ先になりそうだ。

 

 

 

 




サタンの過去、グレイフィアの吹っ切れ、一誠と木場の強化内容、などなど。

今回は話を進めつつ、大小色々な伏線を回収しました。
最後のアーシアは、作者も最後に気付いてしまって、「あちゃー」となってしまいました。

次回はフリードvsフェンリル。黒歌vsロキです。
二名の能力や性格を掘り下げていきたいですね。

以上です。



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原作三巻分 3 ★

この話には情事シーンがありません。注意してください。


 グレモリ―眷属が決着を付ける少し前――

 フリードと黒歌は奈落とサタンと別れ、駒王町内をぶらついていた。

 閑散とした大通りを抜けていく。

 

「オイ」

「?」

「足引っ張んじゃねぇぞクソ猫」

「それはこっちの台詞にゃん、クソ神父」

「……ア?」

「ん?」

 

「……」

「……」

 

 互いの眉間に青筋が立つ。

 

「上等だ、任務の前にその小奇麗な顔ボコボコにしてやろうか?」

「さっすがキチガ〇、言動も下品だわ。あー汚い流石汚い。ちょっと離れてくれない? キチガ〇が移るから」

 

「…………」

「…………」

 

「堪忍袋の緒が切れたぜ、このクソビッ〇がァ!!!!」

「それはコッチの台詞にゃんクソガキィ!!!!」

 

 二名は取っ組み合いの大喧嘩を始める。

 二名は奈落とサタンの前では基本冷静だが、彼等がいなくなった途端にこのザマだった。

 

 フリードと黒歌は恐ろしく仲が悪い。

 犬猿の仲。水と油だ。

 

「マジでキメェんだよ!! 語尾に「にゃん」なんてつけやがって!! キャラ付けのつもりかアア゛ン!!?」

「神父じゃないのに神父服着てるイカレポンチよりマシにゃん!! 全世界の神父様に謝れイ〇ポ野郎!!!!」

 

「あんだとクソアマァァァァァァァ!!!!!」

「いっぺん死ね!! ファッキン!!!!」

 

 取っ組み合いはみるみるデットヒートしていき――

 数分後、互いにボロボロになっていた。

 

「今から仕事だからな……俺ちゃんは優しいから、今日はこの辺で勘弁してやるぜ……ッ」

「こっちの台詞よ、ハァ……ハァ」

 

 二名は肩で息をしながら、一旦落ち着く。

 

「で? テメェは大丈夫なのかよ。相手は曲りなりにも神仏だぜ」

「ハァ? 余裕よ。アンタは?」

「ワンちゃんはワンちゃんでも伝説のワンちゃんだからなァ」

「マジで戦えば余裕でしょ」

「余波で地球がぶっ壊れる」

「そうよねー。神仏とそれ以上の魔物相手だと、どーしても地球が危ないもんねー」

 

 黒歌は溜息を吐く。

 そして――

 

「ああ、そうそう」

 

 ニヤリと笑い、フリードに言った。

 

「ねぇ、ちょっと良い案あるんだけど」

「あん? 俺ちゃんが囮になるとか、そういう糞みてぇな案じゃなかったら聞くぜ」

「何言ってんの、アンタに囮の価値なんてないし。自惚れんじゃないわよ」

「あー、ぶっ殺してぇなぁこの糞ネコ……」

「アンタにとっても、私にとっても、得な作戦よ」

「……端的に」

「最低限の力でロキとフェンリルぶっ殺せる」

「乗った」

 

 フリードは目を光らせる。

 

「旦那はフェンリルを躾けてやれって言ったが、ありゃあの場の雰囲気で言っただけだ。俺達のやりたいようにやりゃいい。結果さえ出せば旦那は満足する」

「へぇ、わかってるじゃん。奈落の性質」

「何年あの方の傍にいると思ってんだ。お前より付き合い長いぜ」

「私は妖怪だからね~、しかも猫だし? あの気紛れっぽさとか邪悪さとか、色々共感できるものがあるんだよね~」

「ハン……共感とかどうでもいいわな。俺ぁ金さえ貰えればいい。金さえあれば、女も酒も美味い飯も全て思いのままだ」

「アンタ、本来の力を出せばお金なんていらないんじゃない?」

「ばっか、俺は元・人間だ。人間らしくこの世界を楽しみてぇんだよ」

「あっそ」

「しっかし、戦闘は別に面白くねぇし、面倒臭ぇ。できればさっさと終わらせてぇな」

「戦闘が面倒臭いってのはマジで同感にゃん。とっとと終わらせましょ」

「おう。で、作戦は?」

「あのね……」

 

 黒歌はフリードの耳元でこそこそ話す。

 

「こしょこしょ、ほにゃららほにゃらら」

「ほぅほぅ」

「なんとかかんとか、ぱんぱかぱん」

「成程……」

 

 全部聞き終った後、フリードは不気味に笑った。

 

「中々イイ案じゃねぇか、それでいこう」

「じゃ、よろしく~♪」

 

 互いにハイタッチを交わす。

 二名は基本的に仲が悪いが、ここぞという時のコンビネーションは抜群だった。

 

 

 ◆◆

 

 

 神仏

 

 最高位の霊格であり、西暦以前に地球を支配していた最強種。

 存在そのものが一つの世界であり、等身大の宇宙。

 最下級の神仏ですら、その身に複数の宇宙を内包している。

 質量的に、現世の生命体が勝てる存在では無い。

 超新星大爆発の直撃ですら、髪の毛が揺れる程度で済む。

 全知全能の権能を持ち、全ての情報を知り、全ての能力を行使できる。

 その在り方は、最早「人型の法則」と言っても過言ではなかった。

 

 神仏の中で等級配分を行うと、ロキは中級に値する。

 中級とは言え、その力は地球上のあらゆる生物を一瞬で死滅させられる。

 

 指を鳴らし、致死の呪文を発動。地球という小さい星を覆えば済む話だ。

 

 では、何故そうしないのか?

 他にも沢山神仏がいるからだ。

 

 ギリシャ、北欧、日本、ケルト、エジプト、インド、ゾロアスター、アステカ、中国。

 ざっと上げただけでも、コレだけの神話体系が存在している。

 

 そして、神仏達は皆気性が荒い。

 傲慢で自己中心的。元来不老不死なので、生死の概念もあっさりしている。

 

 ようは相当にタチの悪い性格をしている、という事だ。

 

 故にトリックスターと名高いロキですら、不用意な真似はできなかった。

 したとすれば、何が起こるかわからない。

 

 ここで、一つの疑問が生まれる。

 全知全能である筈のロキが、何故他の神仏の動向を知れないのか?

 全知全能であれば、知れない筈はないのだが――

 

 理由は、全知全能という権能の本質にある。

 全知全能はいわば神仏の格、権威。

 故に格が高ければ高いほど、密度と齎す範囲が拡大する。

 

 ロキは中級。魔術が少々得意とは言え、その本質は極々一般的な神仏。

 なので戦神、主神、始祖神と言った、自分より高位の神仏に対して全く歯が立たない。

 また、イレギュラーな存在――主にドラゴンに対しても同様だ。

 力の権化であるドラゴンは、魂の格だけで神仏に匹敵する。

 最も、それ程の強さを持つドラゴンは極々少数なのだが――

 

 話を戻して。

 グレモリ―眷属が幾ら魔王に匹敵する集団であろうとも、所詮は悪魔。

 神仏とは格が違う。

 

 グレモリ―眷属が全員で本気を出せば地球――いいや、太陽系くらいは消滅させられるだろう。

 しかし、その程度で神仏は倒せない。

 最低でも単一宇宙を消滅させる力が無ければ、神仏を打倒するのは不可能なのだ。

 

 唯一、兵藤一誠だけが神仏を打倒できる可能性を秘めている。

 本体であるドライグと比べれば数段劣るスペックとは言え、既に下級の神仏クラス。

 更に倍化を重ねる事で強くなれる。

 そもそも、本体であるドライグが上位ランクの神仏を軽く蹴散らせる規格外のバケモノなので、他のグレモリ―眷属とは土台が違う。

 

 現在、コカビエル達とグレモリ―眷属が戦っている。

 コカビエルの敗走は時間の問題だろう。

 その間に、ロキは己の考えを纏めていた。

 

(……グレモリ―眷属の面子は「元から」強かった。私の全知の知識がそう示している)

 

 ここに来て、奈落の世界改竄の権能が働く。

 神仏であるロキにすら、この権能は有効だった。

 

(ううむ……やはり、少し不可解だな。この違和感……俺以上の格を持つ存在が関わっている可能性が極めて高い)

 

(そうだとすれば誰だ? 悪魔に肩入れする存在など皆目見当がつかん。以前であれば――サタンか。しかし奴は数百年前から行方不明になっている)

 

(やはり、バアル・アダトか? しかし、奴からは言質をとっている。とすれば――他の古の神々か? アメン――いいや、奴の分霊であるフェニックス家に、そういった兆候は見られない。ならば――テスカトリポカか? しかし、奴と関わりのある悪魔の家系は存在しない)

 

(ううむ……わからん。誰だ。誰なんだ。悪魔の、冥界の背後にいる強大な影は、一体――)

 

 冥界の最近の動きを鑑みるに、必ず裏で暗躍している存在がいる。

 

 ロキはそう確信していた。

 しかし、いざ考えてみれば、それが誰なのかが全くわからない。

 

(現代において、力を供給してくれる存在を失った悪魔、天使、堕天使は大幅に力を失った。悪魔であればサタン。天使、堕天使であれば聖書の神。全盛期の三種族は、上位の者なら下級クラスの神仏に匹敵する戦闘力を誇っていた。が、今やその上位の者ですら都市や大陸を破壊する程度の力しか出せないでいる。それでも、悪魔にはサーゼクス・ルシファー。アジュカ・ベルゼブブという古の神々の因子を多少受け継いでいる存在が。天使と堕天使には聖書の神が残したシステムが、それぞれ在るおかげで、ギリギリ勢力としての体裁を保っている状態だ)

 

(うーむ…………)

 

 ロキはもどかしさを感じていた。

 今の感情を表すなら――

 

 犯行現場があって、そこで間違いなく犯行が行われているのに、犯人がわからない。

 微々たる証拠があるのだが、どれも犯人を特定するには不十分。

 

 まるで「自分を見つけてみろ」とでも挑発されているようで、ロキは非常にムカついていた。

 

 ロキ本人が冥界に赴き調査をする、というのもアリだった。

 しかし神仏という立場上、それは極めて難しい事だった。

 今となってはどうでもいい話だが――

 

(……やはり、考えてもわからんな。こうなれば、徹底的に燻りだすしかない。今回はそのためにやってきたのだ)

 

 ロキの真の目的。

 それは今、冥界で暗躍している強大な影を力づくで表に出す事だった。

 強行作戦である。

 

(その強大な存在とグレモリ―眷属が密接に繋がっている可能性は極めて高い。なにかきな臭いんだ、グレモリ―眷属は。そうでなくとも、神仏が出張る事態を見逃す程馬鹿な奴でもあるまい)

 

(オーディンには悪いが、嫌な予感がするんだ。多少ゴタゴタになってでも、この問題は解決しなければならない。そう、俺の勘が告げている。俺は観察眼はからっきしだが、勘だけは働くんだ)

 

 自嘲しつつ、ロキは城壁に舞い降りる。

 

(保険で我が最高傑作である息子、フェンリルを連れてきた。究極の神仏殺し、相手が神仏だと想定して連れてきた。そうでなくとも、色々と保険はかけてある。相手が複数であろうとも、問題は無い)

 

 ロキは不敵な笑みを浮かべる。

 死角は無かった。

 そう――

 

 彼が考えられる範囲では。

 

 彼の頭上で次元の割れ目が生まれ、そこから白髪の神父と猫又の美女が現れる。

 ロキは瞬時に察知したが、駄目だった。

 すぐに攻撃しなければならなかった。

 

 しかし、それも無理な話だった。

 ロキは寸前まで察知できなかった。

 何せ、彼等はロキと同等かそれ以上の力の持ち主だからだ。

 全知全能の権能が働かなかった。

 

 猫又の美女――黒歌がしてやったりと囁く。

 

 

「封印術式、神威顕現――羅刹王ラーヴァナ」

 

 

 瞬間、ロキの神仏としての権能が全て無効化された。

 

 

 ◆◆

 

 

 羅刹王ラーヴァナ。

 ラークシャサ(羅刹)族の王であり、偉大なる蛮族の王。

 羅刹は破壊と滅亡を司る魔神であり、その王であるラーヴァナは絶大な権威を誇る。

 中でも特筆すべき点は、「神仏の権能を全て無効化する」という力。

 世界最強ランクの上位陣を独占するインドの神々を以てしても、この力は無効化できない。

 

 つまり、対神仏において無敵の力なのだ。

 

 黒歌はこの権能を妖術、魔術の併用で疑似的に再現、発動した。

 彼女の術式の効果範囲では、神仏の権能は全て無効化される。

 

 チェックメイトだった。

 

「……この権能、インドの羅刹王のものだな。神話勢力でも禁忌中の禁忌とされている力――羅刹王は現在封印されている筈だ! 貴様、羅刹族の手先の者か!? それともインド神話の刺客か!!」

「全部ハズレ♪」

「……フン、侮るなよ小娘。俺が保険も無しに戦争に赴くものか。我が最高傑作の牙、その身を以て味わえ!! フェンリル!!!!」

 

「あー、ワンちゃんなら相方がボッコボコにしてるわよ。もう終わったんじゃない?」

「何だと!!?」

 

 驚愕するロキの背後から現れたのは、巨大な狼を引きずってくる青年神父だった。

 巨狼は細い紐で雁字搦めにされており、全身を斬り刻まれて瀕死の状態だ。

 

「フェンリル!? そんな馬鹿な!!」

「結構早かったじゃん、クソ神父」

「そりゃあな。動けねぇ相手を斬り刻むなんざ朝飯前よ」

「……!!!!」

 

 ロキはフェンリルを注視する。

 その身を縛る細い紐に、見覚えがあった。

 

「グレイプニル……ッッ、何故貴様等が所有している!!」

 

 グレイプニル。

 北欧神話に伝わる魔法の紐。伝承でもフェンリルを縛る際に用いられる。

 その繊細な外見に関わらず、数多ある神格武装の中でもとりわけ頑丈な拘束具だ。

 

「その拘束具は北欧神話の武器庫に保管してある筈だ!! 貴様等本当に……」

「はいは~い。慌てない慌てな~い。仮にもトリックスター、悪戯の神様でしょ? 何時も悪知恵に使ってる頭で、よ~く考えるにゃん♪」

 

 ロキが無抵抗なのを良いことに、彼の顔をその豊満な乳房に埋める黒歌。

 ロキは動揺しながらも、必死に頭を回転させた。

 

(どういう事だ……!?)

 

「制限時間は10秒、はい! 10~、9~、8~♪」

 

(クソッ……頭が混乱していて考えを纏められん! この動揺の極致で何を考えろと!?)

 

 ロキは狼狽する。

 が、今は考える事しかできない。 

 彼はまず、謎の存在二名の正体を探る事にした。

 

 しかし――

 

(……駄目だ。全く見当がつかん。こ奴等は絶対に生来の神仏ではない。なら、この力はなんだ? 神父服――聖書の神? いいや違う。和服の女……日本神話、高天原の類か? いいやこの邪気、天津神といよりも国津神、それも祟り神に近い。しかし猫耳? ……猫又? いいや、猫又は妖怪。神霊ではない。そもそも羅刹王の権能を限定的に行使できたのだ。インド神話との繋がりが――だがそれを言うならグレイプニルの説明が)

 

 全知全能の権能を失った今、ロキの思考速度、思考回路は人間と同程度だ。

 いいや、普段から全知全能という「ご都合主義」に頼っている分、一般人よりも頭が回らない。

 

 権能を失った神仏など、人間に劣る俗物でしか無かった。

 

「3~、2~♪」

 

 タイムリミットが迫る。

 それでも、ロキは考え続けた。

 

(そもそもこ奴等が冥界で暗躍している黒幕とは限らない。――だとすれば)

 

 あと10秒。

 あと10秒あれば、もしかしたら「それなりの解答」を導き出せたのかもしれない。

 だが、時間切れだった。

 

「はい、終了~♪ お疲れ様にゃん。フフフッ……必死に考えるアンタの顔、すっごく滑稽だったにゃん。神仏だなんて結局は権能頼りの俗物だってよ~くわかったにゃん♪ ……私達と変わらないのね?」

「ッッ」

「にゃはは! そう怒らないでよ。必死に考えたアンタには、最後に答えを教えてあげる♪」

 

 黒歌は妖艶に笑いながら、自身の権能を開放する。

 いいや、権能というよりも、疑似的な神格の開放か――

 

 黒歌とフリードの目の下に、真紅の隈取りが浮かび上がる。

 同時に黒歌の額に幻想的な一本の角が、フリードの額に二本の角が、それぞれ現れる。

 溢れ出すオーラは漆黒。

 ただ暗く、力強い。

 

 

「…………ッッ」

 

 

 その神気――いいや、邪気は、神仏達の恐怖の象徴だった。

 嘗て、那由他を超える神仏を赤子の手を捻るが如く蹂躙した、災厄の権化。

 

「……アア、そうか。抜け出していたのか。何時からだ……京都の封印から何時、抜け出していた……空亡ッッ」

 

 ロキは問う。

 この場にいない魔族の始祖たる男に、万感の憎悪を以て。

 彼は自身の身が崩壊していく事すら、どうでもよくなっていた――

 

(オーディン……いいや、他の勢力の神仏でもいい。気付いてくれ。……鬼神が、あの原初の暴力が、復活している。このままでは、世界が――――)

 

 黒歌の編んでいた対神仏崩壊術式が完成する。

 アカシックレコードに直接干渉するこの術式は、ロキの存在そのものを「無かった事にする」。

 あらゆる文献、あらゆる記憶から「ロキ」という神格が消え、世界が都合の良いように改竄された。

 

「……んにゃ、神仏の崩壊術式はやっぱり疲れるにゃー。しかもこのロスタイム。中級で10秒って――実戦じゃ使えないにゃん」

「フェンリルはどうするよ?」

「ペットにしちゃえば? 奈落の記憶刷り込めば、本能的恐怖で良い子になるでしょ。パシリに使えるし」

「いいのかよ、そんな適当で」

「奈落はコイツ等を「殺せ」とは命令してないにゃん」

「……」

「やるべき事をしたら、自由に行動してもいい。それがアイツの方針よ」

「よくご存じで」

 

 フリードは瀕死のフェンリルの頭に手を当て、己の邪気を流し込む。

 瀕死であるにも関わらず、フェンリルは絶叫を上げた。

 

 黒歌はその様子を眺めた後、凝った全身を解すために伸びをする。

 

「んーんっ、これで任務は完了。ああそうだ、グレイプニル送ってくれた北欧の女神と戦乙女(ワルキューレ)達にありがとメール送っとこ」

「めっちゃ気になんだけどよ、北欧関連のツテってお前個人の?」

「ううん、奈落繋がり」

「旦那ァ……マジで見境無いな。北欧神話の女に手ぇ出すかね、普通」

「北欧程度で収まると思ってんの? あの慈愛馬鹿が」

「……マジ?」

「知りたい? 奈落の虜になってる女神全員の名前」

「いや、いい」

「はいはーい」

 

 フリードは溜息をつくと、気絶したフェンリルを異空間に転送し、踵を返す。

 黒歌もソレに続いた。

 

「アーア、いいなぁ。俺も紹介してもらおっかなぁ、女神サマ」

「やめといたほうがいいわよ。容姿は最高だけど、性格マジでヤバいから。女神って」

「アバズレばっかか」

「正直、そこら辺の堕天使や淫魔のほうがマシよ。アンタ、女神サマのメンタルケアとかできんの?」

「むりぽ」

 

 フリードは懐から煙草を取り出し、口にくわえる。

 紫煙を吐き出した後、ゆっくりと去って行った。

 その背を追いかけながら、黒歌はふと振り返る。

 

「北欧を含め、各神話勢力の奈落の文献を見たんだけどさ――アンタ(神仏)達、奈落を勘違いしすぎ。アイツはアンタ達が思ってるほど邪悪じゃないわよ。全知全能の権能が通じないから恐いんでしょうけど――。権能なんかに頼らず、その目でちゃんと見て、話してみれば? 女神たちはわかったんじゃない? たぶん……ね」

 

 ロキが消滅した場所にクスリと笑いかけ、黒歌は去って行く。

 二名の戦いは戦いではなく、ただ一方的な殺戮であった。

 

 フリードと黒歌の正体。

 それは、奈落から直接加護と力を与えられた従属神。

 魂そのものを変成させられ、疑似的に神格まで押し上げられた偽神である。

 

 聖書の神でいう、天使のようなものだ。

 加護を与えられた眷属達。

 

 ただし、二名に加護を与えているのは世界最強の鬼神である。

 その力は上級神仏を凌駕し、最上級の神仏に比肩していた。

 

「ねみぃ」

「さっさと奈落に報告しよ、そしたら念願のご褒美タイムにゃん♪」

 

 夜風が強くなってきた。

 満月が綺麗だ。

 

 この戦争も、もう直終わる。

 

 




尚、神仏に関わる設定はこの作品のオリジナルです。
原作とは違います。
ご了承ください。

また、この設定のため世界最強ランキングが変わっています。
サーゼクス(悪魔の超越体)がたとえ本気をだしても、ギリギリ8桁くらいです。

次回は今夜、投稿します。
作者も早くご褒美タイムに突入したいのです(真顔)



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原作三巻分 4 ★

この話には情事シーンがありません。注意してください。


 死神の団体は静かに闇の中を進んでいた。

 枯れたローブを纏い、髑髏の仮面を被る団体の進行は不気味の一言に尽きる。

 

 神仏の眷属である彼等は、下級でも最上級悪魔に匹敵する戦闘力を誇る。

 彼等は気配を文字通り「殺し」て、目標であるグレモリ―眷属の元へ向かっていた。

 

 この団体の長はハーデスの腹心である最上級死神、プルート。

 聖書でいうミカエルの如き存在だ。

 

 彼はハーデスより命令を授かっていた。

 冥界の影に隠れる黒幕を暴いてこい、と。

 

 ハーデスもまた、勘付いているのだ。

 冥界で暗躍している謎の存在の事を。

 

 ハーデスは冥界の悪魔達を「カラス」と蔑んでいる。

 ハーデスだけでは無い。死を司る神仏達は、皆悪魔を嫌悪している。

 悪魔の駒なる異物を作成し、それを乱用している現魔王に対して、怒りを爆発させつつある。

 

 悪魔の駒は、神仏以外のあらゆる種族を悪魔に転生させられる。

 それどころか、死者すらも蘇らせ、現世に留める事が可能だ。

 

 生と死のバランスは、常に一定を保たなければならない。

 光と影、陽と陰。

 生者が増えれば、それだけ死者を増やさなければならない。

 

 森羅万象の理の一つ、陰陽のバランス。

 等身大の宇宙と呼ばれる神仏達は、総じてこの理を管理する使命を持っている。

 

 悪魔の駒による被害は、深刻になりつつある。

 他の神仏達は未だ様子見をしているが――ハーデスは違った。

 陰険でありながらその実、誰よりも真面目で使命感溢れる彼は、悪魔の駒という異物を嫌悪していた。

 他の神仏が悠長にしている間に、できる事がある筈だと、数多の策を労していた。

 

 ハーデスは過去に、再三忠告したのだ。

 サーゼクスに。

 

 それ以上はやめておけ。

 お前達のしている事は生命の理に対する反逆であり、冒涜だ――と。

 

 しかし、サーゼクスは無視した。

 上っ面だけの綺麗な理由を並べて、忠告を無視したのだ。

 

 ハーデスは既に、サーゼクスを含めた悪魔達を見限っていた。

 元々、森羅万象に悪魔という種族は必要無い。

 悪魔は多様な神仏達の分霊が神性を失い、退化した存在。

 要は神仏の垢。汚れ。

 掃除しても、森羅万象に影響はない。

 

 しかし、垢は垢でも一つの命を宿す存在。

 彼等を滅亡させるには、それに足る理由が必要だった。

 他勢力の神仏達を説得できるだけの材料。

 その収集に、ハーデスは執心していた。

 

 ハーデスは既にチェックメイト寸前まで来ていた。

 しかし、不穏分子が存在する。

 それが、今回のプルート達の案件

 冥界の影に隠れている、得体の知れない何かを探る。

 

 計画を確実に遂行したいハーデスは、不穏分子の存在を決して許さなかった。

 

 団体を先導しているプルート。

 道中、一名の女性が立ち塞がった。

 彼女は魔術回線で、誰かと通話をしていた。

 本来であればそのまま素通りするのだが――プルートはしなかった。

 できなかったのだ。

 プルートは進行を止め、臨戦体勢に入る。

 

 少々乱雑に伸びた黒髪。

 スカイブルーの双眸は、異様な鋭さを以てプルート達を射貫く。

 殺気も、敵意もない。

 しかし、その眼光に込められた威圧感は死神達に本能的恐怖を感じさせた。

 

 神仏に関わりのある存在ならば、彼女の真名を違える筈はない。

 聖書の神に最も忌み嫌われた、魔王を統べる魔神。

 かの二天龍と同格と謳われた、邪龍達の女王。

 

 サタン。

 

 彼女は死神の団体を一瞥し、通話を続ける。

 

「……我が君。やはり死神の団体は、ハーデスは、チェックメイトに手をかけているようです」

『そりゃ面倒だ。殲滅したとしても色々ややこしくなる。関わってんのはハーデスだけじゃあないだろうしな』

「如何なさいますか?」

『予定変更だ。ハーデス達と交渉する。コッチ側に引き入れるぞ。交渉を頼む。出来る限り穏便にな』

「かしこまりました」

 

 通話を終え、魔術を解くサタン。

 彼女はプルートに話しかけた。

 

「この一団の長は、貴様で間違いないか?」

「……はい。しかし驚きましたよ。行方不明になったと伺っておりましたが――サタン様」

「その声、魂の質――プルートか。見違えたぞ」

「貴女に褒めて頂けるとは、光栄の至りです。ですが、今は和気藹々と話せるような空気ではない――そう解釈いたしますが?」

「貴様等と矛を交える気は無い。当初は違っていたのだがな」

「――と、言いますと?」

「貴様の主君と話がしたい。今すぐ退散し、主君に伝えろ。『悪魔、堕天使、天使の三勢力の拮抗を正し、森羅万象の理を通す。数日以内に、こちらからそちらに赴く』とな」

「……わかりました。貴女と敵対する事は避けたい。ハーデス様も同じでしょう。……ですが一つ、聞いてもよろしいでしょうか?」

「何だ」

「……貴女が、冥界の影で暗躍する黒幕ですか?」

「……いいや、私はただの僕だよ」

「は? 貴女が……しもべ?」

「加えて伝えろ。『これは常闇の君主の、鬼神様の意である』と」

「……!!!?」

「くれぐれも内密にな。私と我が君……両方を敵に回したくはないだろう?」

「…………かしこまりました。では、いずれ」

 

 死神の団体が消えていく。

 この世界から存在を殺し、時間という概念を殺し、直ちに帰還したのだ。

 

「さて――」

 

 サタンは髪をかき上げ、背後に振り返る。

 

「盗み聞きは感心せんな。貴様等が堕天使の増援で無ければ、八つ裂きにしていたところだ」

「バレていたか……」

「バレていないとでも思ったのか? だとしたら、今代の白龍皇は随分と傲慢だ」

 

 物陰から出てきたのはダークシルバーの短髪を揺らす美青年と、彫の深い顔立ちをした大男だった。

 

 今代の白龍皇、ヴァーリ・ルシファー。

 堕天使幹部でも随一の武闘派である、バラキエル。

 

 二名は堕天使組織「神の子を見張る者」の増援だ。

 銀髪の美青年こと、ヴァーリは肩を竦める。

 

「これでも本気で気配を殺していたんだ」

「未熟だ。千年修行してから出直して来い」

「邪龍王と名高いアンタにそう言われると、そうしたほうがいいのかもしれないな」

「……アルビオン。お前の今代の宿主は私の逆鱗を撫で上げるよう、アザゼルから命令されたのか?」

 

 静かに、低い声で。

 サタンはヴァーリの体内に宿っているドラゴンに問う。

 途端に、ヴァーリの背中から機械的な光翼が出現し、狼狽した声音で告げた。

 

『すまない。今代の宿主は破格の才能を宿していてな。少々傲慢な気があるのだ』

「……情けない」

『面目ない』

 

 彼は白龍皇アルビオン。

 二天龍の片割れであり、最上級の神仏すら超えるドラゴンの王。

 赤龍帝ドライグのライバルだ。

 

 彼が封印されている神器、白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイディング)

 その所有者であり、今代の白龍皇と呼ばれる存在が銀髪の青年――ヴァーリ・ルシファーだ。

 

 彼はサタンにクスリと笑いかける。

 

「随分な物言いだな。傲慢なのは一体どっちだ?」

「…………」

 

 

 ――――何だと?

 

 

 サタンの声が、絶対零度の気を帯びた。

 アルビオンは慌てて宿主を諫める。

 

『やめろヴァーリ!! 冗談が通じる相手じゃない!!』

「冗談じゃないさ、アルビオン。邪龍達の女王、実在するとは思わなかった――是非手合わせしてみたい」

『……!!? お前、わざと挑発したな!!』

「こんな安い挑発で乗ってくれるとは、手間が省ける」

 

 口角を吊り上げるヴァーリ。

 隣に佇んでいたバラキエルは驚愕で硬直していた。

 

 サタンは――――

 

 一瞬でヴァーリとの間合いを詰める。

 1ナノ秒にも満たない間に懐に入り、首を締めた。

 その埒外な握力に、ヴァーリは膝を折るしかない。

 

「!!? ガッ……ァッ!!!?」

 

 気付いた時には既に手遅れ。

 呼吸困難で身動きが取れない。

 もがき苦しむヴァーリに、サタンは顔を近付けた。

 

 

 

 ――――殺すぞ

 

 

 

 たった一言。

 その一言に、サタンの激情が全て込められていた。

 抑えに抑えている殺意と狂気が、碧眼の奥で煮えたぎっていた。

 ヴァーリは顔面を蒼白にし、その場でへたり込む。

 

「……すまない。彼は戦闘要員として連れてきたんだ。精神面の未熟さから来た非礼、ここに詫びよう」

 

 バラキエルは頭を下げる。

 サタンは暫く無言だったが、髪をぐしゃぐしゃと掻くと、一度大きく深呼吸した。

 

「ふぅ――――すまない。こちらも大人げなかった」

『……すまなかった。宿主の教育ができていない俺に否がある』

「痛み分けといこう。アルビオン。交渉を持ち込む身として、私もあまりに無礼だった」

 

 互いに謝罪し、話を戻す。

 

「先ほどの死神達との会話、どこまで聞いていた?」

『途中からしか聞けていない。詳細を頼む』

「わかった。お前達にも関係ある事だ。近日中にそちらの首領、アザゼルと面会がしたい。面会するのは私の主だ」

『お前の――主? お前に、主がいるのか?』

「ああ」

『……考えられん。そんな存在が――』

「いるだろう、アルビオン。この世界に一名――魔族の始祖たる、常闇の君主が」

『!! そうか――そういう事か』

 

 アルビオンは納得したようだ。

 

『わかった。アザゼルにはしっかりと伝えておく。アザゼル以外には話さないほうがいいな?』

「ああ、話が早くて助かるぞ。……そこの堕天使も、上手く落ち着かせておいてくれ」

 

 サタンはバラキエルに視線を向ける。

 バラキエルは、狼狽しきっていた。

 思い出してしまったのだ。

 古の時代に暴虐の限りを尽くした、鬼神の顔を。

 

『ヴァーリとバラキエルはこちらでどうにかする。アザゼルも、数日は精神が不安定になるだろうから、できれば日を置いて欲しい』

「わかった。我が君にそう伝えておこう」

『我が君、か……お前も変わったな、サタン。以前より一段と柔らかくなった。同時に、美しくもなった』

 

 感慨深げに言うアルビレオンに、サタンは苦笑する。

 

「柔らかくなった、か……先ほどの醜態の後だ。どうにもな」

『以前のお前だったら間違いなくヴァーリを殺していた』

「世辞はいい。早く宿主達を連れていけ」

『……ほら、ヴァーリ……ってああ、駄目だ。完全に怯えている』

 

 全身を震わせ、万感の恐怖を以てサタンを見つめるヴァーリ。

 サタンは彼を一瞥し、踵を返した。

 

「才能は歴代最高だ。しかしまだ若い――慢心せず、鍛錬に励み、礼儀を弁えろ。……こちらも、大人げなかった。悪かった」

 

 短く告げ、サタンはこの場を去って行った。

 

 

 ◆◆

 

 

 一方、奈落はというと――

 交渉を終えたサタンと呑気に通話していた。

 

『……我が君、こちらは終わりました』

「おうサタン。お前、ちょいとキレただろ? 怒気がここまで伝わってきたぜ」

『面目次第もございません』

「それでも、ちゃんと自制できたみたいだな。偉いぞ、後で思いっきり可愛がってやる」

『……期待、しています』

「ハッハッハ」

『それで、そちらは大丈夫ですか? 確か帝釈天の先兵――英雄派と呼ばれる人間達ですよね?』

「ああ、それな……」

 

 

 ――もう終わっちまったよ。

 

 

 奈落は周囲を見渡す。

 そこには、人間だった肉塊達が散らばっていた。

 骨や臓物が撒き散らされており、原型を留めていない。

 男も女も子供も、皆一様に死んでいた。

 

「英雄派――英雄の魂を受け継いだ人間達。ちょいと可哀想だった。ご先祖様の偉業にコンプレックスを抱いちまってて、だから英雄の子孫なんて名乗ってたんだ」

『……貴方の望む英雄ではなかったと?』

「まぁ、それはどうでもいいさ。しかし――」

『殺してしまわれたのですね』

「……うんにゃ。慰めてやろうと思って抱きしめたら「ぷちっ」と潰れちまった。ちょっと感情が高ぶって、力の加減を間違えたみたいだ。――アレだな。人間や悪魔の女を抱く時みてぇに、めちゃくちゃ手加減しなきゃ駄目ってことだな。反省した」

『本当に反省していますか?』

「結果的に慰めてやれたんだ。死んじまったけど――ま、しゃあねぇよな。次に生かすさ」

『……左様ですか。では、神器は回収しましたか?』

「おう。大当たりだ。聖槍を含めた神滅具三つに凡庸神器三つ、魔剣帝グラム他魔剣数本。良い収穫だ」

『聖槍ですか。一説によれば、聖書の神の意思が宿っているらしいです』

「それなんだがな――どうにも反応がない。さっきから振ったり凝視したりしてんだが、てんで反応がねぇんだよ。本当に最強の神滅具なのか、コレ?」

 

 奈落は聖槍――黄昏の聖槍(トゥルー・ロンギヌス)を振り回す。

 しかし反応はない。

 ただの槍のようだ。

 

『ソレは神を滅する武具、その頂点に君臨する宝具です』

「コレが? 神仏を? 冗談でもタチが悪いぜ。コレで殺せる神仏なんざ下級がいいところだ。それも、使い手が相当優秀じゃなきゃな」

『聖書の、あの小賢しい神が作った武具です。あの神よりも上位の神を殺せる筈がありません。作った神が神ですから』

「カッカッカ、辛辣だな。しかしその通りだ」

 

 ふと、奈落は目先の建物の屋上を見る。

 そこには緋色の髪を靡かせる美神が佇んでいた。

 バアル・アダドである。

 

 奈落は彼に聖槍を掲げた。

 アダドは唇を歪めて、酒を飲む仕草をする。

 奈落は笑って頷いた。

 

 その後、虚空に去って行ったアダドを見つめつつ、奈落はサタンに言う。

 

「そうさな。まずは最近蓄えた神器の知識でコイツを解体して、中にある筈の聖書の神の意識を引きずり出す。そんで――アダドと酒の肴にする」

『……その時は、他の古の神々も呼んだほうがいいでしょう。盛り上がるかと』

「そうだな、ハッハッハ! アイツ等に囲まれた聖書の神を想像すると愉悦で腹が捩れる! どうだ、お前も参加するか?」

『いいえ、その神には私、金輪際近付きたくありませんので』

「そっか。残念だ。ああ、後ガブリエルにも密かに合わせてやろうかなぁ……クククッ。今のアイツを知ったらどんな反応するだろうなァ」

『我が君よ。本来の目的を忘れていませんか?』

「おおっと、そうだった。まぁ、聖槍は色々弄った後にガブリエルに託す。そんで、堕天使勢力とハーデスの勢力とも話を付けて――」

『残るは冥界のみですね』

「準備はセラフォルーが整えた。外堀も埋められる。……決行日は、アイツ等にご褒美を与えた後だ」

 

 奈落は歩き始める。

 駒王学園はすぐ傍で、そう時間はかからない。

 

『私も、楽しみにしています』

「今夜じゃ物足りないってか?」

『それとこれは話が別です』

「ハッハッハ。まぁ、楽しみにしとけ。じゃ、後でな』

『はい。では――』

 

 通話を終える。

 すると丁度良く、駒王学園に到着した。

 特殊フィールドは既に解かれており、グレモリ―眷属を含めた者達がグラウンドで集まっている。

 

 彼女達は奈落を見つけると、嬉しそうに手を振った。

 奈落は頷き、労いの言葉をかける。

 

「お前等、よくやった。成果は後々聞かせて貰う。その後の書類提出なんかは俺とグレイフィアに任せておけ。冥界上層部への報告もきっちりしておく。お前達は――」

 

 旅行の準備をしろ。ご褒美タイムだ。

 南の島でバカンス、2週間。早めの夏休みだ。

 

 奈落の宣言に、リアスも、朱乃も、アーシアも小猫も、嬉しそうにはしゃいだ。

 セラフォルーに至っては踊っている。

 ソーナは態度には出さないが、嬉しそうで――

 グレイフィアは不気味な笑みを浮かべていた。

 

 黒歌とフリードが戻って来ると、黒歌は女性陣と水着の話で盛り上がり――

 フリードは、一誠と木場と一緒に「冥界の美女美少女・バイキングツアー」なるものを企画していた。

 

 皆が皆、楽しんでいる。

 奈落は満足そうに頷いた。

 

「メリハリってのは重要だよな」

 

 彼もまた、バカンスを楽しみにしている。

 グレモリ―眷属が、他の女達が、どういう風に成長し、どういう想いを抱いているのか。

 好きならそれでよし、嫌いならそれでよし、嫉妬しているならそれでよし。

 各々の心境の変化を楽しもうと、奈落は微笑んだ。

 

 

 堅苦しい話はコレでお終い。

 次回からは、南の島でバカンスタイムである。

 

 

 ◆◆

 

 

 尚、今夜の事件はコカビエルのその郎党が起こした事件として、粛々と処理された。

 ロキ、フェンリル、その他の存在は最初から「関わっていなかった」。

 同時刻、「オーディンが対黄昏用の最終兵器として作った魔獣」、フェンリルが行方不明になったが、原因は明らかになっていない。

 

 この事件は三勢力の戦士達の不満の爆発として一時期問題になったが、後に起きた「歴史の転換期」に埋もれる事となる。

 

 

 





これで原作三巻分は終了です。
お疲れ様でした。

次回から南の島でバカンスです。
早めの夏休みですね。

登場するヒロインはグレモリ―眷属を中心に、黒歌、セラフォルー、ソーナ、グレイフィア、ゼノヴィア、イリナ。
隠しヒロインでレイヴェル、ガブリエル、ヴェネラナ。

ヒロインが多いので書けるかどうかわかりませんが、書けるようであれば新規でロスヴァイセとエルメンヒルデを加えます。

最初はリアスから書いていきます。
以上です。



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常夏の思い出編 始動 リアス・グレモリー

 燦々と降り注ぐ陽光は、無限の活力を与えてくれる。

 さざ波の音と共に運ばれてくる潮の香りは、心に安らぎ与えてくれる。

 ヤシの木が揺れ、砂浜が白銀色に輝く。

 

 

「海だーッ!!!!」

 

 

 ここは、グレモリ―家が所有するとある南国島。

 今日から二週間、彼女達がめいっぱい楽しむ場所である。

 

 

 ◆◆

 

 

 リゾートホテル、その他娯楽施設が充実したこの島で過ごす二週間は、恐らくあっという間だ。

 故に女性陣は、共通の想い人と一緒にいる時間を割り振りした。

 無駄な争いを防ぐための措置である。

 

 初日は、リアス・グレモリ―だった。

 

「~♪」

 

 彼女はビーチパラソルで出来た日陰の中で、優雅に寛いでいた。

 シートを引き、うつ伏せになりながら鼻歌を歌っている。

 

「最近、御主人様に甘えられなかったから……今日は一杯甘えちゃう」

 

 声を弾ませるリアス。

 サングラスを額にかけ、頬杖をつくその様は歳不相応に妖艶だ。

 うつ伏せであるが故に寄せられた胸は、窮屈そうに自己主張していた。

 十代ならではの張りのある肌は、炎天下の熱をも弾き返す。

 

 しかし、乙女の肌というのは繊細なものだ。

 特に闇の眷属である悪魔は、日光に対してあまり耐性を持たない。

 

 だからこそ、ケアが必須となる。

 

「日焼け止めのオイルを塗って貰いつつ、御主人様と親密なコミュニケーションを……フフフッ♪」

 

 その時の光景を思い浮かべ、頬を緩めるリアス。

 彼女はビーチで遊んでいる面々を眺めつつ、御主人様――奈落が来るまで待っていた。

 

 五分。十分。

 しかし、来ない。

 

 基本的に女性のほうが着衣にかかる時間は長い筈――

 既に殆どの女性陣が現れているのに、唯一の男性である奈落がいないのは、どうもおかしい。

 リアスは怪訝に思った。

 

 ハッと何かに気付いたリアスは、ビーチに居る面々を確認した。

 一名だけ、何処にも見当たらない。

 自身の懐刀であり、雷光の巫女の異名を冠する、あの女が――

 

「朱乃……ッ」

 

 リアスは瞬く間に立ち上がり、更衣室まで駆けた。

 

 

 ◆◆

 

 

 更衣室の裏側。

 蝉時雨が辺りを包み込み、木漏れ日も相まって幻想的な雰囲気を作り出していた。

 

「奈落さぁん……」

 

 純白のビキニと共に腰にパレオ(巻きつけるスカート)を巻きつけた美少女、姫島朱乃。

 彼女は甘い声音で奈落の名を囁くと、その手を自身の胸へと押し付ける。

 マシュマロの如く柔らかい乳肉は、奈落の厳つい手によって容易く歪んだ。

 

 朱乃の肢体は、胸に限らず何処をとっても極上の感触を誇る。

 悪魔と堕天使、人間。三種族の女性の良いところだけを厳選したかの如き、理想の肉体だった。

 

 きめ細やかな指で奈落の胸板をなぞった彼女は、溜まらず熱い吐息を漏らす。

 滲み出す色気は、最早十代のものではない。

 しかし甘えん坊な性分をどうしても隠し切れなくて……そのアンバランスさが、朱乃という少女の魅力を更に際立たせていた。

 

「私の番は明日……でも、もう我慢できないの。ねぇ、お願い……甘えさせて?」

 

 涙目で懇願してくる朱乃に、奈落は苦笑する。

 

「皆で決めたんだろう? 守らなくていいのか?」

「ほんの少しだけ……抱きしめて、キスしてくれるだけでいいから……」

「……」

 

 奈落は朱乃を引き寄せる。

 その逞しい腕に包まれた朱乃は、望外の幸せに瞳を蕩けさせた。

 

「奈落さん……っ」

「朱乃」

 

 互いの顔の距離がどんどん縮む。

 重なり合う、その寸前に、リアスは彼等を発見した。

 

「朱乃ッ!!!! 駄目よ!!!! いくら貴女でも、それは許さないわ!!!!」

 

 リアスは最近高まったカリスマ性を完全崩壊させた。

 涙目で、子供の様に駄々をこねる。

 

「だめだめだめぇ!! 御主人様は今日は私の御主人様なのぉ!! 絶対に駄目なのぉッ!!」

 

 完全にカリスマブレイクしたリアス。

 奈落も朱乃も瞳を丸める。

 暫くして、奈落は苦笑して、朱乃の唇ではなく額にキスした。

 

「順番は守らないといけねぇみたいだ。朱乃……また明日な」

「……わかりました」

 

 朱乃も苦笑混じりに納得し、この小さな騒動は収束した。

 

 

 ◆◆

 

 

 奈落はリアスに無言で手を引かれ、旅館へとやって来ていた。

 

「おいリアス、海で遊ばないのか? せっかく水着を着たんだろう?」

「……」

 

 リアスは応じない。

 ズカズカと足音を立てながら階段を上がっていく。

 奈落は頬を掻きつつ、余計な事を言わず彼女に付いていった。

 

 着いたのはリアスの個室だった。

 部屋に入るとリアスは扉にロックをかけ、更に数百の封印術式を編み付ける。

 超越者クラスの高魔力を、これでもかと無駄使いしていた。

 

 リアスは居間で奈落を押し倒す。

 力負けはしない奈落だが、今回は大人しく従った。

 

 尻餅をついた奈落に、リアスはすかさず抱きついた。

 その胸板に顔をこすりつける。

 

「……ひどいです」

 

 消え入りそうな声で呟くリアス。

 

「今日は私だけを見て欲しいのに……御主人様に個別で愛して貰える機会なんて、滅多にないのに……」

「……ごめんな、リアス」

 

 奈落はリアスを優しく抱きしめた。

 リアスは瞳を潤ませる。

 

「私だって、女の子です。御主人様の愛の僕でありたい、けど……まだ、未熟なんです」

「……」

「愛を向ける事自体はかまわないのです。女だろうが、男だろうが、その者に適した愛情を向けるのが貴方様ですから……」

 

 でも……と、リアスは顔を上げる。

 その瞳は期待と不安、相反する感情によって揺れ動いていた。

 

「私も敬愛しているのです、貴方を。女としても魔族としても。だから、今日この時だけは……」

「そうか……」

 

 奈落は微笑む。

 

「正直、ここまで心酔されるとは思ってもいなかった。思い返せば、お前との出会いは最悪で、途中まで最高で、また最悪になって――でも今は、上限が見えない」

 

 奈落はリアスの耳朶を甘噛みする。

 小さな喘ぎ声を上げる彼女に対し、奈落は囁いた。

 

 愛と、それ以上の悪意を以て――

 

「なぁ、傲慢で高飛車だったお前は壊れちまったのか? ――――リアス・グレモリー」

 

 嘲りと愉悦に満ちた、おどろおどろしいささやきに……

 リアスは表情を恍惚とさせた。

 

「はぃ……っ、リアス・グレモリーという女は、既に壊れてしまいました……ここにいるのは、貴方の忠実な雌奴隷……ただの、リアスですっ」

 

 壊れてしまった自分が、何よりも誇らしくて。

 壊してくれた殿方が、何よりも愛おしい。

 

 奈落の愛の体現者、悪夢に溺れた代表者として、リアスほど相応しい女はいなかった。

 

 

 ◆◆

 

 

 色香を主張する黒のビキニが、ハラリと敷布団の上に落ちる。

 リアスは物欲しそうに奈落の腰を寄せた。

 奈落はその意思を汲んで、リアスと濃厚なキスを交える。

 

 互いに舌を絡め、唾液を交換しあう。

 呼吸が苦しくなっても、リアスは奈落を求め続けた。

 この苦しみすら、幸福に思えてしまうのだ。

 主人が与えてくれるもの全てが、リアスにとって至上の宝だった。

 

 抱きしめられる心地よさも、無理やり犯される苦痛も。

 リアスは等しく、愛を感じる事ができた。

 

「ふぅ、ん、ハァ……ふぁ、ァ……ッ……♪」

 

 唇を離すと、リアスは物干しそうに舌を伸ばす。

 酸欠で脳が麻痺しているにも関わらず、その情欲は一層高まるばかりだった。

 

「……もう濡れてるじゃないか。いやらしい」

「あ……♪」

 

 秘部はしっとりと湿っていた。

 奈落が筋をなぞるように指を這わせる。

 リアスは背筋を震わせた。

 その太い指に撫でられるだけで、彼女は達しそうになった。

 

「んアッ……御主人、さまぁッ」

 

 太股を擦り、奈落の指を挟みこむリアス。

 奈落の指が、水っ気を帯びた。

 汗と、それ以上の愛液のせいだ。

 

 興奮で薄桃色に染まりつつあるリアスの肢体。

 扇情的なソレを奈落は愛撫の延長戦として撫で上げる。

 首を、背中を、脇を、尻を、足を。

 爪先に至るまで、リアス・グレモリーという女を愛する。

 

 ふと、その瑞々しくも張りのある乳房を口に含んだ。

 

「ひぅゥンッ♪ アッ、やァァっ!」

 

 敏感になっている肉体でも、特に繊細な部位を攻めらた。

 リアスは悲鳴に近い嬌声を上げる。

 奈落はその花びらの様に綺麗な乳輪を味わうように舌でなぶる。

 すぐに立った先端を、まるで乳飲み子のようにしゃぶっていた。

 

「アッ、ひぃィ!! 御主人サマっ、そんなに吸っちゃ……はァぁん!!」

 

 リアスは額に手の甲を当て全身を震わせる。

 口に含まれていないもう片方の乳房は、指で愛撫されていた。

 先端をこねられ、爪先でつつかれる事で、リアスの喘ぎ声は一層高まる。

 

「ひッッ……駄目ッ! いっちゃう、イッちゃいますゥゥ!! 待って、御主人様、ァッ!!!! ッ……ッ!! ~~~~~~!!!!」

 

 潮を吹き、盛大に果てるリアス。

 今のは大きかった。

 背中を弓の様にしならせている。

 

「……ッッ♪ ハァ、ハァ、ハァぁ……ッ♪」

 

 絶頂の余韻に抗えず、リアスは布団に横たわる。

 しかし奈落は「まだだ」と言わんばかりに、彼女の秘所に指をあてがった。

 

「!!? 御主人様、少しだけ、休憩を……ッ」

 

 次の言葉を、リアスは紡げなかった。

 奈落の唇で塞がれたのだ。

 既に出来上がっていた秘所は、驚くほど容易に奈落の指を受け入れる。

 弱い部分をかきとられ、リアスは絶叫と共に達した。

 何度も、何度も。

 

「~~~~~~~~~~~~ッッッッ!!!!!!!」

 

 彼女の叫び声が外に漏れることは無い。

 全て、奈落の胃の中で消化される。

 この後、数十分に渡り、奈落の愛撫は続いた。

 

 

 ◆◆

 

 

 数十分の愛撫は、リアスの理性を蕩かすには十分すぎた。

 

「ハァ……ふぅ、んんッ、くァ、あ……ッ♪」

 

 だらしない格好で全身を痙攣させているリアス。

 呼吸をするだけで、その体に快感という名の電流が迸る。

 

 奈落はそんな彼女に覆いかぶさった。

 その火照った頬にキスをし、甘い声で囁く。

 

「可愛い……丹念に食らってやる」

 

 奈落のモノがリアスの秘所にあてがわれる。

 徐々に入ってくるソレに、リアスは過敏に反応した。

 

「アッ、ア……御主人様のモノ、がァ……ふぁ、ァァあっ!!!」

 

 ほぐれた膣内は奈落のモノを難なく包み込む。

 それどころか、愛おしそうに締めつけた。

 

 奈落のモノがゆっくりと膣肉をかき分ける。

 そして、リアスの子宮口にキスした。

 

「ォ……オオ゛っ♪ ン、ア……っ、イぃッ♪♪」

 

 だらしない声が漏れる。

 リアスは歯を食いしばった。

 そんなリアスの唇に、奈落はキスの雨を降らせる。

 すると、辛うじて見せていた気丈な面が呆気なく蕩ける。

 次には小鳥の様に唇をすぼめる少女がいた。

 

「好きィ……愛していますッ、御主人、様ァ……ッ♪」

 

 言葉に連動し、リアスの膣肉がわななく。

 彼女の下腹部に刻まれた紋様――鬼神の淫呪が淡く輝いた。

 

「もっと私を貪ってください……貴方になら私、壊されても構わないッ……貴方の愛の糧になれるのなら、私は……っ」

 

 熱に浮かされているリアス。

 奈落は微笑んで、彼女の紅色の長髪を梳いた。

 紅……赤よりも濃く、鮮やかな髪。

 若々しく、甘酸っぱい女の香りが室内に充満する。

 

「壊れないだろう? リアス。今のお前なら、俺の愛に耐えられる筈だ。……俺の可愛い可愛い雌奴隷。俺の期待を……裏切ってくれるなよ?」

 

 奈落に期待されている。

 リアスは身震いした。

 

「はいっ……注がれる愛に、必ず応えてみせます……愛しき、マイマスター……っ」

 

 リアスは本当に幸せそうに微笑む。

 奈落はそんな彼女を力強く愛し始めた。

 

 

 ◆◆

 

 

 部屋を満たしていく、淫靡な香り。

 絶えず響き渡る嬌声は、まるで獣の様だった。

 

「アア゛ン!! アッア――ッッ!!!! ぅア゛ッ! オオーッっ♪♪」

 

 バックから激しく腰を叩きつけられ、リアスは気絶しかけていた。

 張りのある尻は鷲掴みにされている。

 それでも形が崩れないのは、若さ故か。

 足腰はガクガクと震えている。

 枕を抱きしめ必死に意識を保っているが、その瞳は胡乱としていた。

 

 奈落は腰を回してリアスの膣肉をかき回す。

 濁音混じりの悲鳴が木霊した。

 奈落は次に、ゆっくりとモノを引き抜く。

 その際、リアスの尻をずらして膣肉の右側――リアスの弱い部分をカリで引っ張る。

 

「ヒィっ!! ィッっ♪ 御主人ザマ、そごっ♪ ォォオッッ!! 責めない、でェェェッ!!!!」

 

 紅髪を振り乱すリアス。

 奈落は彼女の上半身を持ち上げた。

 プリンの様に柔らかい乳房を揉みしだきながら、乳首をつねる。

 並行して、抜いたモノをゆっくりと挿入した。

 

「はヒィィっ!! 死んじゃうぅぅッ!!!! アア゛ア゛ッッ!!!!」

 

 潮を吹き散らすリアス。

 暴れる彼女を無視して、奈落は荒馬の様に腰を振るった。

 リアスはただ、吠えた。

 

「オ゛―――――ッッ!!!!!!!! ァア゛ッ! オオンッ!! ォ、ッッ~~~~~~~ア゛ア゛゛ンッッ!!!!!!! ア゛~~~~~~~~!!!!!!」 

 

 叫ぶことしかできない。

 彼女は既に80回以上も絶頂し、現在も達し続けていた。

 体力的にも精神的にも、限界だ。

 

「イグ、イグイグイグッッ!!!! 御主人ザマぁ!!!! ずい、ませェんッ!!!! もう、私ぃ……げんか、オオッ! オン!!  オ~~~~~~~ッッ!!!!!」

 

 奈落も悟る。リアスがそろそろ限界であることを。

 途端に、彼は腰を力強く打ち付けた。

 先端で子宮口を無理やり押しこじあけ、濃ゆい白濁液を放つ。

 

「ゥア゛ッ!!!? ヒッっ!!!!! 出てりゅゥ!! 御主人様の、ア゛ッ!! ~~~~ッくゥゥんッ!! ヒぃア!!! ア~~~~ッ!!!!! イグぅ!! イクイクッ~~~~アア゛――――――――ッッッッ!!!!!!!!!!」

 

 マグマの様にドロリと濃く、何よりも熱い子種。

 ソレが鬼神の淫呪によってリアスの体内に溶け込む。

 必死に堪えていたリアスだが、全身に染み渡る快楽に耐えられなかった。

 

「んオ゛ッ! ほォ、オ゛っ♪ イ、イグの、とまらな――ァッ、ンひィィィッ!!!! もう、死んじゃうッ!! アア゛!!! 子宮、たたかれ、ひィィィん! ひンっ! ひィッ! アッ、アァァッ!!!! ア゛~~~~~~!!!!!」

 

 逃げようとするリアスを、奈落は無理やり押さえ込む。

 その見事な乳房を掴み、母乳が出るほど搾り上げた。

 

「ンオ゛ォ~~~~~~~~ッッッッ!!!!!!!」

 

 何度も絶頂するリアス。

 それでも射精は止まらない。

 女の腹を大きく膨らませる奈落の射精は、数分に渡り続く。

 

 その射精が終わるまで、リアスの悲鳴が止むことは無かった。

 

 

 ◆◆

 

 

 数時間後。

 

 蝉時雨の声が、静かになった。

 ヒグラシの鳴き声だった。

 陽光も橙色に染まり、風も冷たくなっている。

 

 日が暮れていた。

 

 和装の部屋の中で、リアスは地平線に沈む太陽を眺めていた。

 寄りかかれば、愛しい男の胸板がある。

 リアスはソレに甘える様に擦り寄った。

 

 二人共、ゆったりとした和服を着ていた。

 風鈴の音が、両者の火照った身体を冷ましてくれていた。

 

「暫く、こうしているか」

「はい……」

 

 リアスは嬉しそうに微笑む。

 しかしふと、表情を陰らせた。

 

「……申し訳、ありません」

「何がだ」

「……貴方の愛を受け止めると言ったのに、受け止められませんでした。こんなに、気を遣ってもらって……」

 

 リアスは数回しか奈落とセックスできなかった。

 それを気にしているのだ。

 奈落は思わず苦笑する。

 

「本気でセックスした」

「え?」

「俺の本気のセックスは性愛を司る女神ですら途中でダメになる。それを最後まで耐えて、それも数回行えたんだ。……凄いんだぜ」

「……そう、なのですか?」

「ああ、だから誇れ。お前は女神達より俺を満足させた」

 

 世辞ではない。奈落は本気で満足している。

 それがわかったリアスは、嬉しさのあまり抱きついた。

 

「……まだ、夜があります。また、貴方を満足させたい」

「幸せもんだな、俺ぁ」

 

 笑う奈落。

 リアスは瞳を潤めると、その胸に顔を埋めた。

 鼻腔に広がる、爽やかな雄の香り。

 

 彼女は幸福に包まれながら、胸の中で決意する。

 

(貴方は以前、おっしゃいました。「俺は世界を統べるつもりはない」と……)

 

(それでも、私は思わずにはいられないのです。貴方こそ、この世界を統べるべき王だと)

 

(神仏達が見放し、人間の価値観が横行するこの世界。……一度、「愛」を知るべきだと思います)

 

(まずは冥界から、次は三勢力。そしてゆくゆくは……世界を)

 

(正義も悪も、光も闇も、弱者も強者も、分け隔てなく愛する事ができる貴方なら……)

 

(私はもっと沢山の者に知って貰いたいのです。貴方の愛を)

 

(お許し下さい御主人様……貴方の意思に背く愚行を。……しかし、そんな私すら貴方は愛してくださるのでしょう)

 

(……アア、尊き我が君。貴方こそ至高の御方。この身、髪の毛の一本残らず、貴方様のものです)

 

 リアスは心酔するがままに奈落に寄りかかる。

 

 悪魔の中でも特に珍しい、愛を尊ぶ家系――グレモリー。

 その次期当主たる少女は、慈愛を嘯く鬼神に改めて絶対の忠誠を誓うのだった。





お久しぶりです。
無事更新できてよかったです。

今章、「常夏の思い出編」は上記の様に一人ずつ丁寧に掘り下げていく予定です。

次回は朱乃です。
それでは。


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常夏の思い出編 姫島朱乃

 二日目は朱乃が奈落を独占できる日だった。

 

 早朝、リアスと一緒に眠っていた奈落は、朱乃にこっそりと起こされる。

 手招きされたので、奈落は布団から起き上がった。

 その際に、隣で眠っているリアスに掛け布団をかけてやる。

 リアスは笑顔ですやすや眠っていた。

 

 朱乃に手を引かれ、奈落は廊下へと出た。

 急かされているようで、一応理由を聞いてみる奈落。

 すると朱乃は振り返り、子供の様に頬を膨らませた。

 

「意地悪な事を言わないでください」

「すまんすまん」

 

 苦笑してポンポンと頭を撫でてやれば、朱乃は唇を尖らせる。

 

「全くリアスったら……扉に厳重な封印術式まで施して……解くのに凄く時間がかかりましたわ」

「いいじゃねぇか。ああいう小さい独占欲は年相応っていうか……可愛らしい」

「私も同じですよ! 今日は誰にも譲りませんからね!」

 

 朱乃はプリプリ怒りながら奈落を引っ張っていく。

 奈落はなすがまま、彼女について行った。

 

 途中で、奈落は朱乃に問う。

 

「で? 何処に行くんだ?」

「露天風呂です。まずは昨夜の疲れを癒してもらい、次にその身を清めてもらいます」

 

 その言葉に、奈落は目を丸めた。

 

「身を清めるって……お前とリアスは仮にも主従関係だろう? いいのか、そんな言い方」

「プライベートでは対等です。それに、貴方に関する事柄では全てライバル関係ですから」

「……ま、好きにしな。でも、互いに後悔のないようにな」

「……」

 

 のらりくらりと返す奈落に朱乃は眉をひそめると、そのお尻を抓った。

 

「いって、何すんだよ」

「何を他人事みたいに仰っているんですか? 私もリアスも、貴方を取り合っているんですよ?」

 

 非難の流し目を向ける朱乃。

 奈落は目を細めた。

 

「俺のスタンスは変わらねぇよ。お前もリアスも、それ以外の女も、愛してやる。そんだけだ」

「……」

 

 朱乃の非難の眼差しが更に強くなる。

 

「あまりに度が過ぎると落雷を落としますよ。10億ボルトです」

「受け止めてやるよ。そんくらい、可愛いもんだ」

「……バカっ、今日は他の女の事なんて忘れさせてやるんだからッ」

 

 一層不機嫌になった朱乃は素の口調に戻っていた。

 彼女は乳房を押し付けるように奈落の腕を抱くと、足早に先導していく。

 奈落は嫉妬する彼女の横顔を「可愛い」と笑いながら、露天風呂までついて行った。

 

 

 ◆◆

 

 

 早朝の露天風呂は格別だった。

 なにせ、地平線から顔を出したばかりの朝陽を拝みながら湯に浸かる事ができるのだ。

 

 二人は身体を洗った後、湯に浸かった。

 白い濁り湯を手で掬いながら、奈落は呟く。

 

「いい湯だ。ウチにも欲しいもんだな」

「旅行だから、余計に気持ちよく感じるんですよ。日常になってしまったらありがたみが薄れてしまいますわ」

 

 朱乃は苦笑する。

 彼女は今、奈落の胸に寄りかかっていた。

 ゆったりと寛いでいる。

 余程安心するのだろう。

 

 奈落はふと、朱乃の束ねられた髪を解いた。

 湯に垂れ落ちた長髪は濡羽色で艶やかに輝いている。

 毎日丹念に手入れしているのだろう。

 奈落は愛おしそうに、その黒髪を梳いた。

 

「お前の髪はやはり綺麗だ。好みだぜ」

「奈落さんは黒髪が好みなんですか?」

「まぁな、一応日本出身だ。同郷の女の髪の色が感性にクるんだろう」

「ふふふ……好きなだけ堪能してください。私の髪も、身体も、心も、貴方だけのものですから」

 

 朱乃は艶やかに笑う。

 そして、奈落の手を自分の胸に誘導した。

 奈落の指に柔らかい乳肉が当たる。

 指先が表面を滑るだけで卑猥に歪むこの乳は、男を惑わす極上の一品だった。

 

「いい胸だ。とても十代とは思えないな」

「これでも気にしているんですよ? 男性の視線を釘付けにしてしまいますから」

「お前はそれで興奮してそうだな」

「まぁ……っ」

 

 朱乃は振り返って頬を膨らます。

 奈落は彼女の唇を奪った。

 朱乃の唾液は甘い、まるで極上の蜂蜜だ。

 いくらでも飲めてしまう。

 奈落が舌を絡め取って唾液を吸い上げれば、朱乃の肩が小刻みに震えた。

 

「あ、ふぅ……んんっ♪」

 

 朱乃の表情が目に見えて蕩ける。

 濃厚なキスを終え、奈落は唇を離した。

 すると、朱乃は物欲しそうに糸引く唾液へ舌を伸ばす。

 

「キスで誤魔化すなんて……悪い方」

「嫌いになったか?」

「ううん、大好きっ♪」

 

 朱乃は奈落に抱きつく。

 マシュマロのような肢体が奈落の全身を包み込む。

 奈落ははやる欲情を抑え、朱乃の耳を甘噛みする。

 

「……お前は男をその気にさせるのが上手い。無自覚なんだろう。才能だな」

 

 奈落の手が朱乃の乳房に伸びる。

 優しく揉んでいるのに、朱乃の乳房は縦横無尽に形を変えた。

 奈落の指に吸い付いて、全く抗おうとしない。

 

「んんっ、ぁ……はぁん♪」

 

 朱乃は可愛らしい嬌声を漏らした。

 奈落はそのまま、朱乃の乳房を弄ぶ。

 先端を指の腹で転がしたり、引き伸ばしたり。

 遊んでいるが、その技術は女を喜ばせるためのものであり――

 朱乃はビクビクと身体を震わせた。

 

「あ、んんッ♪ 奈落、さぁんッ、そんな、強く……ひぅぅっ、アッ……~っ♪」

 

 軽く絶頂してしまう朱乃。

 しかし奈落は止まらない。

 彼女の乳首を、思いっきり抓り上げた。

 

「ぃぃッ! アァ!! ヒッ……~~~~~~~~~~~ッッ♪♪」

 

 痛いのに、快楽に変わってしまう。

 マゾな朱乃にとって、この程度の痛みは快感でしかなかった。

 

「はぁ、ハァァ……奈落さん、はげし……っ」

 

 朱乃は奈落に潤んだ瞳を向ける。

 奈落は、彼女の桜色の唇を指でなぞった。

 朱乃はその指を口に含み、上目遣いで奈落を見つめる。

 

 まるで、これから先の行為に期待しているようだった。

 奈落は笑う。

 

「……続きは、部屋でしよぜ」

「……奈落さぁんっ」

 

 朱乃は甘ったるい声を上げて、奈落の首に両手を回した。

 

 

 ◆◆

 

 

 朱乃の部屋にて。

 それはまさしく、獣のまぐわいだった。

 奈落は一切手加減せず、朱乃を犯していた。

 犯していると表現できるほど、激しく彼女を愛していた。

 

 朱乃もまた、奈落の愛を受け止めていた。

 何時もの余裕の笑みを浮かべられないほど快楽で気をやっているのに――

 その表情は実に幸せそうだった。

 

 発情した牝の淫らな声が室内に木霊する。

 

「ヒィィッ♪ オ゛ッ! ンオォッ!! アッアッア゛~~~~~~~~~~~~ッッ!!!! ヒィィィッッ!!!! オオ゛ンッ!!」

 

 その声に可憐さは無く。

 その顔に凛々しさは無く。

 

 朱乃は背面駅弁という激しい体位で犯されていた。

 両足を持ち上げられ、地に足が付かない状態で突き上げられている。

 豊満すぎる乳房は縦横無尽に揺れ、汗の雫が飛び散る。

 

「ひぅぅッ!! ならく、さぁん!! コレだめェェェェ!!! 気持ちよすぎてッ、ヒィッ♪ 飛んじゃう!! ァア゛ッ!! まだイクッ、イっちゃう!! イグイグッ……ッア゛!! ア゛~~~~~~~~~~~~~ッッ!!!!!!」

 

 朱乃の秘部から潮が吹き出る。

 悲鳴に似た嬌声を上げる朱乃を、奈落は問答無用で突き上げ続けた。

 肉と肉が打ち合う卑猥な音が響き渡る。

 

「そん、なァァ!! もう何度もイって……ッ♪ もう、駄目ぇェェェェ!!! 死んじゃうぅぅぅ!!!! イキ死んじゃうゥゥッッ!!!!!」

 

 朱乃が幾ら抗議の声を上げようと、奈落は一向に止まらない。

 荒々しく腰を動かし、朱乃の最奥を何度も貫く。

 

「オオ゛ッ! ほォ、オ゛ッ♪ ヒッ、ィ……ッッ♪ まだイグ……もう、駄目ェ、お願い、もう……ッ!! 私ィ!!!!」

 

 朱乃が気絶しかける瞬間――奈落は腕の力を抜く。

 すると、支えを無くした朱乃の身体は自重で腰を落とした。

 奈落の怒張に最奥を抉られて、朱乃は大きく仰け反る。

 

 瞬間、射精が始まった。

 卑猥な音を立てて朱乃の子宮を満たしていく白濁液。

 その量と濃さに、朱乃は悲鳴を上げた。

 

「ィ、ア゛ッ……ア゛~~~~~~~~~~~~~~~~ッッッッ!!!!!!!! ヒィ、イッッ♪♪ オオンッ♪ ほっ、オ゛オ゛――――――――――ッッ!!!!!!!」

 

 朱乃がいくら暴れても、みっちり収まった怒張が抜ける事はない。

 そのまま一滴残らず注がれる。

 数分の間、朱乃の悲鳴が途絶える事はなかった。

 

 射精が終わり。

 妊婦のように腹を膨らました朱乃は力なくベッドに崩れ落ちた。

 秘所からは受け止めきれなかった奈落の精子がドロリと溢れてくる。

 既に奈落の形に変わった入口は、ヒクヒクと痙攣していた。

 

「オッ♪ はひィっ、ア……はァァ~~ッ♪」

 

 朱乃は快感のあまり忘我の彼方を彷徨っていた。

 しかし、セックスはまだ始まったばかりだ。

 この後、朱乃は何度も何度も犯された。

 

 

 ◆◆

 

 

 時刻は既に夜になっていた。

 雄と牝の匂いが混じり合って窓の外へと流れていく。

 冷たくなった潮風も、部屋にこもる湿気によって霧散された。

 

 ねっとりとした湿度を誇る部屋の中で、二名は夢中になって愛し合っていた。

 互いに汗だくになっても熱気が冷める事はない。

 正常位で舌を絡め合いながら深く繋がっている。

 唾液を交換する卑猥な音と、呼吸の際に微かに漏れる喘ぎ声がやけに大きく聞こえた。

 

「ふぅ、んんっ……はぁ、ァ……ッ♪」

 

 舌を離した朱乃は、とろけた表情で奈落を見上げた。

 満天の星明かりによって照らし出された彼女の横顔は、ただただ美しかった。

 湿気を吸い取った艶やかな黒髪は、奈落の肌にしっとりとはり付く。

 その柔らかい肢体は更に柔らかくなっていた。

 

 奈落はふと、朱乃の自慢の乳房を口に含む。

 先端を甘噛みし、吸い上げた。

 乳房の裏側に舌を伸ばせば、甘露な汗が溜まっている。

 その汗も吸われ、朱乃は甘い嬌声をあげた。

 

「やぁんっ、奈落さん、あっ……ふぁ、ぅぅんっ♪」

 

 朱乃は恥ずかしそうに身を捩らせた。

 その後、満面の笑みで両手を広げる。

 

「来て、奈落さん……っ」

 

 その言葉に奈落は無言で目を細めた。

 朱乃は優しく抱きしめられ、深く挿入される。

 確かな快楽が、朱乃の全身を駆け巡った。

 

 奈落の腰の動きはゆっくりだが、朱乃は堪らず大きな喘ぎ声を漏らした。

 奈落のモノを何時も以上に感じるのだ。

 子宮の入口を突かれ、ギリギリまで引き抜かれる。

 それを繰り返され、朱乃は小さな絶頂を繰り返していた。

 

「アッ、ンアッ♪ はァ、ぁッ、奈落さん、奈落、さぁん♪」

 

 朱乃の言葉を聞いて、奈落は何故か苦笑した。

 彼は朱乃の耳元で囁く。

 

「他人行儀だな……さん付けはやめてくれよ」

「ッ」

「奈落って、呼んでくれ」

「~ッ」

 

 朱乃は堪らなくなり、大きく絶頂する。

 キュウキュウと膣を締めながら、真っ赤な顔で呟いた。

 

「卑怯よ……ばかぁ。でも、大好き、大好きよ……奈落っ」

 

 口づけを交わすと同時に、奈落の射精が始まった。

 朱乃は涙を流しながら、最愛の雄の「愛」を受け止めた。

 

 

 ◆◆

 

 

 朱乃の額に汗の雫が伝う。

 全身が火照り、気を抜けば上せそうなのに――朱乃は幸せいっぱいに微笑んでみせた。

 

「……幸せっ」

「そりゃよかった」

 

 奈落はそんな彼女を抱き寄せて、額にキスをした。

 朱乃は嬉しそうに身悶えた後、その胸に擦り寄った。

 

(……本当に、幸せです。でも、貴方はどうなの? 奈落)

 

 言葉には出さない。

 朱乃は奈落の胸に顔を埋めながら、表情に一抹の陰りを見せた。

 

(わかってるわ……貴方がどういう存在で、どういう風に私を見ているのか)

 

 奈落は慈愛を嘯く鬼神である。

 万物の頂点に立つ彼は、あらゆる存在に平等の愛を捧げている。

 

 そう、平等――

 

 彼にとって朱乃も道端の草も、同じく愛でる対象なのだ。

 同じくらい愛している。

 

 気に入っている、気に入っていないの差はあるだろう。

 だが、「慈愛」――この絶対の軸がブレる事はない。

 

 これはサタンでも覆せない、一種の法則だ。

 サタンは一番愛されている様に見えるが、やはり他と変わらない。

 

 朱乃は唇を引き結んだ。

 

(それでも私は……やっぱり貴方が好き)

 

 彼以外ありえないのだ。

 彼しかいないのだ。

 彼にだけ、愛して欲しいのだ。

 

 朱乃の独占欲もまた、強いほうだった。

 

(だから、私考えたのよ……)

 

 傍にずっと居て、徐々に「親愛」を芽生えさせていこう。

 唯一の存在とはいかないまでも、大切な存在になりたい――

 

 朱乃は奈落が好きだから、奈落にも自分を好きになって欲しかった。

 それは朱乃が親愛を――家族の温もりを欲しているからかもしれない。

 

 母を失い、父とは疎遠になってしまったから……

 

(どれだけ時間がかかってもいい……貴方に「大切な女性」として見てもらうために、これからも努力するわ)

 

 尽くす。

 尽くして、尽くして――最後に、振り向いて貰いたい。

 

 そんな少女のような甘い幻想を抱き、朱乃は潤んだ瞳を閉じた。

 

 

 ◆◆

 

 

 奈落は朱乃を抱き寄せながら考えていた。

 

(なる程……朱乃の気持ちは大体わかった)

 

 奈落はその瞳に暗い輝きを灯す。

 

(俺に真っ当な愛を向けてもらいたい……か? 無理だぜそんなの。俺とお前らじゃあ「価値観」が違いすぎる。俺はお前らの気持ちを「理解」できるが、「共感」はできねぇ。……でもまぁ、奇跡が起こるかもしれねぇし? それに賭けてみるのもありなんじゃねぇの?)

 

 鼻で笑いながら、奈落は今後の計画と周りの女達の関係を纏めていく。

 

(計画――冥界を貴族主義と弱肉強食主義の混じりあった混沌の世界に戻す。この計画を進める理由は、単純に俺が楽しみたいからだ)

 

 ようは、奈落は次の「遊び場」を準備しているのだ。

 もっと面白く、もっと沢山の愚物を愛する事ができる、自分だけの箱庭を。

 

(グレモリー眷属を含めた女達も、次のステージに登りつつある。俺という存在を知り、愛され、さてどういう思想に至るのか――従順になるのか、愛を求めるのか、嫉妬するのか……楽しみだな)

 

 ふと、奈落は殺気のようなものを感じた。

 それは朱乃からではなく、部屋の扉の奥からだった。

 視線を向けると、そこには――

 

 銀髪の女悪魔がいた。

 グレイフィアである。

 

 彼女は唇を噛み締め、涙を流していた。

 その身には、憎悪と嫉妬をグチャグチャにかき混ぜたドス黒いオーラを渦巻かせている。

 

 奈落は思わず苦笑した。

 

(おいおいマジかよ……ヤベェなアレ、完全に病んでるぜ。元々そっちの気はあってみてぇだが、まさかここまでとはな……今までどれだけ自分を隠してたんだ? ……クククッ、サタンが共感した理由がわかった気がするぜ)

 

 奈落は嗤いながら、朱乃の額にキスをし、頬を撫でる。

 朱乃はまるで飼い猫のようにうっとりとしていた。

 

 グレイフィアの殺気の濃度が高まる。

 

(よくもまぁ、俺にピンポイントで向けてきやがる……これは、もうちょい挑発したほうが面白そうだな)

 

 奈落は朱乃を更に可愛がる。

 グレイフィアにもっと激情を曝け出して欲しいから――

 その成果もあり、グレイフィアの嫉妬と憤怒は最大限に達した。

 

 明日の順番は丁度グレイフィアだ。

 ……想像を絶する愛し合いが、始まろうとしていた。

 

 

 

 




まずは、大変遅れました。申し訳ございません。
作者は殺人的猛暑に四苦八苦しておりました。
皆様も、熱中症や夏風邪にはお気を付けくださいね。

次回はグレイフィアです。
頑張って書きますね。
では。


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常夏の思い出編 グレイフィア

 とある女悪魔は、本心を押し殺す事を常としていた。

 代々魔王の補佐を務める名家に生まれた彼女は、幼少の頃より従者としての心得を叩き込まれた。

 

 そのせいで、女は「本心を出す」という事を知らなかった。

 本人は知っているつもりだったが、実は知らなかったのだ。

 

 仮面を被る事が当たり前。

 我慢するのが当たり前。

 

 本心を出す事は恥ずべき事。

 周囲や夫の理想の女であり続ける事が、彼女にとっての常識だった。

 

 女は満足していた。

 満足しているつもりだった。

 

 本音を出すという行為がどれだけ清々しいものなのか――

 彼女は知らなかった。

 

 ある日、女は自分の本音も「愛おしい」と言ってくれる男に出会った。

 最初は溺れるだけ溺れた。

 未知の快感を与えてくれる男にのめり込んだのだ。

 

 しかし、次第に情けなくなって、責任感に押し潰されて――

 何より、本音が漏れ出した自分自身に戸惑ってしまい――泣いてしまった。

 それても、男は女を抱きしめた。

 

 女はその時、初めて知った。

 本当の愛というやつを。

 

 彼女が隠していた本性は暗く、濁っていた。

 もしかすると、彼女は無意識にソレを理解し、恥じていたのかもしれない。

 

 しかしもう彼女を――グレイフィアを縛るものは存在しなかった。

 

 

 ◆◆

 

 

 早朝、奈落の部屋で。

 朝陽はその眩さをカーテンで二重に隠され、扉は封印術で厳重に閉鎖されていた。

 

 そして、奈落自身も拘束されていた。

 両腕と両足を魔術で縛られ、銀髪の女に嬲られている。

 

 女は奈落に跨り、その結われた黒髪を粗っぽく撫でた。

 

「この髪もっ」

 

 銀色の瞳を憤怒で濡らし、彼の鋭い双眸を舐め上げる。

 

「この目もっ」

 

 荒い息遣いのまま、舌を頬まで伸ばし、唾液をつける。

 

「この肌もッ」

 

 彼の逞しい胸板に手をかけ、爪を立てる。

 

「この肢体もッ」

 

 最後に顎をすくい、凍えるほど冷たい声音で告げた。

 

「その心も、全て私のもの、私だけのもの……ッ。他の女なんかに渡さない。貴方は全部、私のもの……ッ」

 

 銀色の双眸を暗い愛で濁らせて、グレイフィアは奈落に言い聞かせた。

 奈落はこの状況を楽しんでいるのか、笑っていた。

 

「ああ、今日一日はお前の奈落だ。不満か?」

「一日だけ? 他の日は?」

「俺はお前だけのものじゃない。それに、俺はお前以外の女も愛してる」

「……ッッ」

 

 総身を憤怒で震わせたグレイフィアは、奈落の首に噛みつき歯を立てる。

 奈落の頑強な肉体は傷付かないが、そんな事グレイフィアにもわかっていた。

 

 奈落は片目を閉じる。

 

「落ち着けってグレイフィア。どうした? 独占欲が爆発したか?」

「…………」

 

 グレイフィアは答えない。

 彼女は暫くして、奈落の首筋から口を離した。

 

「……ごめんなさい。取り乱したわ」

 

 グレイフィアはポニーテイルに結われた銀髪を鬱屈げに掻き毟った。

 

「未だに制御できないよ、自分自身を……今までずっと押し殺してたから、抑え方がわからないの」

「……」

 

 奈落はかけられた拘束を無理やり外す。

 そして、グレイフィアの着崩れた浴衣を整えてやり、その背を擦った。

 

「いいんだよソレで、思いっきり激情をぶつけて来い」

「……」

「実を言うとな? お前のそういうところを見れて嬉しいんだぜ。友達の時でも見せてくれなかったからな」

「~~ッッ」

 

 グレイフィアは銀色の瞳に涙を溜め、頬をハムスターの様に膨らませた。

 そしてそっぽを向く。

 

「わかったわ。貴方、朱乃さんの時わざと誘ったのね。……バカッ、おたんこなすッ、貴方なんて知らないッ」

「おおっと、バレちまった。そう拗ねんなって」

「話しかけないで。今私は凄く怒ってるの、幾らなんでもタチが悪すぎるわ」

 

 静かに怒っているグレイフィアに、奈落は苦笑する。

 

「最近わかったんだがよぉ、俺はタチの悪いツンデレらしくてな。愛してくれる女ほど苛めたくなっちまうらしい」

「…………小学生みたいね」

「何だと?」

 

「だってそうじゃない! 好きなら好きでそのまま伝えなさいよ! 何で意地悪するの!」

「そりゃ、俺も色々拗らせてんだよ!」

 

「面倒くさい男ね!」

「頭にブーメランぶっ刺さってるぞ!」

 

「何ですって!?」

「やるか!?」

 

 互いの頬を引っ張り合う。

 暫くして、二人は互いの伸びきった顔を見て吹き出した。

 

 ツボに入ってしまったのか――

 二人は暫く腹を抱えて笑っていた。

 

 グレイフィアは涙を拭いながら言う。

 

「久しぶりよ、こんなに笑ったのは……ッ」

「まるであの頃みてぇだな。お前の愚痴を聞いてよォ、絡まれてよく喧嘩したなァ。だが、楽しかった」

 

 奈落の言葉にグレイフィアは目を瞬かせた後、徐々に表情を蕩かせる。

 

「何言ってるのよ、奈落……っ」

 

 グレイフィアは奈落を押し倒す。

 そして、その豊満すぎる乳房を押し付けながら艶やかに囁いた。

 

「あの頃より進んでいるでしょ? 私達の関係は……」

 

 グレイフィアはそのまま奈落の唇を奪う。

 奈落も、彼女の首に手を回した。

 

 二人は貪る様に濃厚なキスを始めた。

 

 

 ◆◆

 

 

 互いに遠慮は無かった。

 恥ずべきところは総て曝け出した。

 隠すものなど何もない。

 

 故に、二人の愛し合いは熱かった。

 

「……私も、んんッ♪ もっと、勉強しなきゃ……ッ」

 

 グレイフィアは甘いため息を吐く。

 奈落に浴衣を剥がされ、全身を愛撫される事十五分。

 グレイフィアは完全にスイッチが入っていた。

 

 桃色に染まった肌を指先で撫でられ、グレイフィアは肩を震わせる。

 奈落は微笑んだ。

 

「お前が本気で勉強したら危ないかもな……クククッ、何時か俺を涙目にしてくれ」

「言ったわね、絶対……うぅン♪ 後悔させてやるんだから……」

 

 グレイフィアはそう言いながら、今持てる全てで奈落に気持ち良くなってもらおうと、敷布団にその身を転がせる。

 

「きて……奈落」

 

 奈落は静かに頷き、その極上の女体に覆いかぶさった。

 逞しい両腕に抱かれ、首筋を甘噛みされる。

 グレイフィアは鳴いた。

 

 子供の腕ほどある奈落のモノは、既に蜜で濡れているグレイフィアの秘所にすんなり収まった。

 異物感は無い。

 グレイフィアは表情をふやけさせる。

 彼女の腹に描かれた淫呪が輝きを増した。

 

「あ……はァァ……ッ♪」

 

 震えるグレイフィア。

 彼女の額にキスをしながら、奈落はその銀髪を縛る紐を解く。

 

 純銀の絨毯が布団の上に散らばった。

 奈落はソレを丁寧にかき分けながら、グレイフィアを抱きしめる。

 

「あっ……はぁン、あぁ……ッ」

 

 最初は小さく、ゆっくりと腰を動かす。

 グレイフィアの膣内は処女の様に強く締まり、奈落を容易に離さない。

 蜜もとめどなく溢れ出てきて、部屋の中を濃厚な雌の匂いで満たす。

 

「奈落ぅ……っ」

 

 グレイフィアは銀色の瞳を潤ませ、奈落を見上げる。

 腰を悩ましそうに回し彼の劣情を誘うその様は、まるで情婦だった。

 

 奈落でなくとも激しい情欲の念に駆られる。

 奈落は彼女の望み通り、激しく腰を動かした。

 

 彼女のか細い背中に手を回し、100を超えるバストを自身の胸板で押し潰す。

 

「ア~~~ッッ!!! 奈落ゥ!! もっと、激しく私を犯してェェッ!!!!!」

 

 グレイフィアは歓喜の嬌声を上げた。

 奈落の腰にシッカリ両足を回し、更に激しく突くよう催促する。

 子宮の入り口は奈落の先端が当たる度に吸い付いてきた。

 

 愛液と汗で部屋が蒸されていく。

 グレイフィアが盛大に達する度に、奈落は体位を変える。

 

 バックから激しく突かれると、グレイフィアは発情期の猫の様に鳴き喚いた。

 

「あぁンッ!! アッ~~~~~~~!!!!」

 

 安産型の尻は奈落の指に吸い付く。

 最奥まで貫けば、グレイフィアは弓形に背を反らさせた。

 

 恥肉がキュウキュウと奈落を締め上げる。

 奈落は背後から、彼女の横顔を覗き込んだ。

 

「あっ、はァ……ッ♪ 奈落ぅ……ッ♪」

 

 銀色の瞳は快感でトロけていた。

 彼女は舌を伸ばし、奈落にキスをねだる。

 奈落はその舌を甘噛みし、唾液を吸い上げた。

 

 キスを終えると、グレイフィアはまた達する。

 悲鳴を押し殺しながら、背中を震わせていた。

 

「~~~~~~~~~ッッ♪♪」

 

 奈落はそんな彼女を見下ろすと、再度攻め始める。

 今度は桃色の乳首を両方抓り、下に伸ばした。

 

「ひぃ! ぃッ!! 乳首、抓っちゃだめぇぇぇぇぇ!!! イグッ、まだイッちゃう、イッ~~~~~~~~!!!!!!!!!」

 

 何度目かわからない絶頂を、その身に刻むグレイフィア。

 盛大な潮を吹き、ガクガクと身体を震わせていた。

 

 奈落はそんな彼女の耳元で、そっとささやく。

 

「出すぞ」

「……! うんッ♪ 出してっ、奈落の子種、一杯頂戴っ♪ 私の卵子、溺れさせてぇッ♪」

 

 奈落はグレイフィアに腰を強く打ち付ける。

 キッチリ固定した後、余人の想像を絶する、それはもう、鬼の如き射精を始めた。

 

「アッ!!? ア゛~~~~~~~~~~ッッ!!!!! 熱いのが、奥にぃッ♪ 勢いよくッ、ビュクビュクってぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!」

 

 子宮を瞬く間に満たす精液は濃厚で熱い。

 圧倒的雄の根源であるこの精は、淫呪や妖術が無ければ一発で女を孕ましてしまう、ある意味危険な代物だった。

 グレイフィアも理解している。

 

 淫呪が無ければ、孕んでいる――と。

 

 子宮を満遍なく満たされて尚、注がれる熱い子種に、グレイフィアは叫ばずにはいられなかった。

 

「アァ!! すごィィっ♪ まだ、出て……あアンッ! はぁぁッ♪」

 

 グレイフィアの腹に刻まれた淫呪が淡く輝く。

 その度に精液は消化され、快感に変換されていた。

 

 長い長い射精が終わり――

 暫く肩で息をしていたグレイフィア。

 

 彼女はふと寝返りを打つ。

 そして、奈落に秘所を見せつけた。

 未だ消化しきれていない精液がコポリとこぼれ出す。

 

「奈落ぅ……もっと、もっと一杯、愛してぇ……♪」

 

 甘ったるい声で催促されれば、奈落も否と言えない。

 

 二人は再度重なり合った。

 嬌声は果てる事なく、日が沈んでも尚止まない。

 

 二人はそのまま、時間一杯まで愛し合った。

 

 

 ◆◆

 

 

 翌日の早朝。

 グレイフィアは奈落の逞しい腕に寄り添いながら、幸せそうにしていた。

 奈落は煙草を吸いながら、グレイフィアに問う。

 

「……なぁ、グレイフィア」

「?」

「お前は今、幸せか?」

 

 その問いは、色々な含みがあった。

 奈落はグレイフィアの精神状態を確認しようとしていた。

 

 グレイフィアは特に表情を変えず、あっけらかんに答える。

 

「幸せよ」

「ほぅ、意外だな……少しは迷うかと思ったが」

「どうして?」

「まだサーゼクスとミリキャスに未練を残してるだろう?」

 

 夫のサーゼクスと息子のミリキャス。

 彼等に未練が無いかと言えば、嘘になる。

 

 グレイフィアはしっかりと頷き肯定した後、それでも否と答えた。

 

「確かにそうだけど……二人と居るより、貴方といた方が幸せなのよ。だから、問題無いわ」

「それは、今まで我慢してたからか?」

「それもあるけど……正直、どうとも言えないわね」

「?」

 

 奈落が首を傾げると、グレイフィアは苦笑した。

 

「薄情な事だけど、あまり心が痛まないのよ。夫と息子を裏切るなんて最低の事なのに……」

「理由はわかるか?」

「まだハッキリしてないけど……取り敢えず、悪魔だからって事にしておいて」

「ハッ……まぁ、一番的を射てるわな」

 

 奈落は笑いながら紫煙を吹かす。

 今度はグレイフィアが、彼に問うた。

 

「私も質問していい?」

「なんだ?」

「……同じ様な質問よ」

 

 グレイフィアは少しの悲しみを込めて聞く。

 

「貴方は、後悔した事がないの?」

「……」

「貴方の生き方は、沢山後悔しそうだから……」

 

 奈落の歪んだ性質を知ったからこそ、グレイフィアは知りたかったのだ。

 奈落の口から、本心を聞きたかったのだ。

 

「正直に話して……」

「……」

 

 奈落は紫煙を吐き出しながら、そっと目を閉じた。

 

「……あるさ。後悔なんて、数えきれないほどした。俺にも青い時代があったんだ。あの時は暴力で愛を訴えて、壊して、それで無理やり自分を納得させていた」

「ッ」

「他の神仏に馬鹿にされて、嫌悪されて、憎悪されて。それでも誰かを愛したくて、でも愛して貰えなくて……後悔と苦難の連続。あの時は、数えきれないほど泣いたもんだ」

 

 過去を思い出しながら、奈落はその暗い双眸を細める。

 しかし、「だからこそだ」と彼は拳を握った。

 

「今はどんな奴にも正面から、堂々と「愛」を謳える。甘美なる悪夢――この解答に、俺は胸を張れる。例え狂っている、頭がおかしいと言われても」

 

 そう言って、奈落はグレイフィアに笑いかけた。

 

「俺は俺自身と万物への愛を貫く。どっちも捨てねぇ。どっちも本気だ。そのためならどんな努力もする。どんな存在であっても、どんな事であっても、俺ぁ笑って受け止めると誓ったんだ」

 

 グレイフィアの銀髪を撫でて、奈落は言う。

 

「お前も一杯後悔して、悩んで、そうして「俺の傍にいる」と決めてくれたんだろう? なら俺は、お前を絶対に幸せにしてやる。約束だ」

 

 慈愛溢れる笑みを浮かべ、そう約束してくれる奈落。

 グレイフィアは思わず口元をおさえ、大粒を涙をこぼした。

 

 どんなに狂っていても――彼の想いは本物だった。

 薄っぺらい綺麗事よりも、胸を深く突いた。

 

「ええ……っ、どこまでも付いて行くわ、貴方に……ッ」

 

 グレイフィアは誓った。

 死ぬまで――いいや死んだ後も、彼の傍に在り続けようと。

 恋愛以上の感情を以て、二人の絆は再度結ばれた。

 

 





更新、大変遅くなりました。申し訳ありません。
なろうの方では執筆できていたのですが、こちらはどうも不調で……
ですが、こうして更新できて本当に良かったです。

これからは定期的な更新をしていけるよう、努力していきます。

次回はアーシアです。
では


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常夏の思い出編 アーシア・アルジェント

 昼頃に、奈落はアーシアに呼ばれた。

 今日は彼女の番だった。

 

 アーシアは笑顔で奈落の手を引いていた。

 目的地はビーチ。

 

 彼女の今の格好は白ビキニにシャツを羽織り、麦わら帽子を被るというラフなものだ。

 奈落は若干困惑しながら問う。

 

「いいのか? アーシア。外でゆっくりするなんて……気を遣わなくてもいいんだぞ?」

 

 アーシアは振り返り、笑顔で言う。

 

「奈落さん、疲れていると思うので……ゆっくりさせてあげたいんです!」

「……」

「それに私、奈落さんと一緒にいれるだけで、幸せなんです……っ」

 

 純真無垢な笑顔で言うアーシア。

 奈落は思わず目を細めた。

 

 歪な愛を向けられる事には慣れている。

 洗脳に似た忠誠心にも、遠慮しがちな親愛にも、違和感を感じない。

 

 しかし、ここまで純粋な愛を向けられると……その眩さに、思わず目を細めてしまうのだ。

 

 愛を謳う鬼神は、純真な愛に弱い。

 それは、自分には絶対に出来ない愛し方だからだ。

 

 

 ◆◆

 

 

 砂浜にビーチパラソルを立て、二人はゆっくりと寛いでいた。

 

 奈落はアーシアに膝枕をしてもらっていた。

 静かに呼吸をしている奈落の黒髪を、アーシアは愛おしそうに撫でている。

 彼女は奈落に告げた。

 

「奈落さん……」

「ん?」

「体調は、大丈夫ですか?」

 

 アーシアが心配そうに瞳を潤ませていた。

 奈落の身を案じているのだ。

 奈落は微笑する。

 

「大丈夫だ。体力には自信がある」

「……そうですか。でも、無理だけはしないでくださいね」

 

 頬を撫でられる奈落。

 そのくすぐったさと温かさに、思わず身動ぎした。

 

 アーシアの包容力は、奈落を以てしても安らぎを覚えてしまう。

 その聖母の如き慈しみは、彼の荒んだ心を癒していた。

 

「……んんっ」

 

 思わず唸る奈落。

 瞼が異様に重たいのだ。

 そういえば、ここ数日睡眠をとっていなかった。

 

 アーシアは柔らかい笑みをこぼす。

 

「寝ても大丈夫ですよ」

「……いいのか、アーシア」

「はい。ゆっくり休んでください……ずっと、傍にいますから」

 

 奈落は霞む視界にアーシアを収めながら、消え入りそうな声で呟く。

 

「……ありがとう、アーシア」

 

 そう言って、すぐに眠りについた。

 すぅすぅと寝息を立てる奈落。

 その頬を、アーシアは愛おしそうに撫でていた。

 

 砂浜に上がる波の音は静かで――

 潮風も、二人を優しく包み込んでくれていた。

 

 

 ◆◆

 

 

 夜。

 南国の夜空に瞬く星々。

 七色の輝きに照らし出されているアーシア。

 敷布団の上で横になる彼女は、性欲も失せるほど可憐だった。

 

「一緒に寝ましょう、奈落さん。今日はゆっくり休みましょう」

 

 聖女の微笑。

 有無を言わさぬ包容力は意識しているのか、していないのか――

 そんな事を考えながら、奈落は苦笑した。

 

「アーシア」

「?」

 

 小首を傾げるアーシアの金髪を、奈落は撫でる。

 絹地の様に滑らかで、かつ煌いているプラチナブロンドの長髪。

 

 撫でられて気持ちいいのか、エメラルドの双眸が細くなる。

 頬はマシュマロの様に柔らかくて、触ると指を離せなくなる。

 

 指に頬を摺り寄せる彼女の仕草がまた愛らしくて――

 奈落は思わずアーシアを抱き寄せた。

 

「奈落さん……?」

 

 きょとんとするアーシアを自身の胸に寄せ、奈落は言う。

 

「アーシア……お前がたまらなく愛おしい。抱いてしまいたい」

「っ……でも、奈落さん」

「俺がそう望んでいるんだ……駄目か?」

 

 首を傾げる奈落。

 アーシアは頬を朱に染めて、コクリと小さく頷いた。

 

 

 ◆◆

 

 

 奈落はアーシアを丹念に愛撫する。

 優しくキスをし、秘部を指で撫でる。

 決して乱雑にはしない。

 

 手に収まるサイズの乳房は、しかし十分な柔らかさを秘めていた。

 桃色の先端を指先で転がしてやれば、アーシアは可愛い喘ぎ声を上げる。

 

「あっ♪……んんっ」

 

 小さく肩を震わせる彼女。

 段々と瞳を蕩かせていく。

 雪を思わせる真っ白な肌も、次第に熱を帯びてきた。

 

 奈落はアーシアと深いキスを交える。

 舌を絡め、唾液を吸う。

 

 それに懸命に応じるアーシアが、また可愛くて……

 奈落はついつい、夢中になってしまう。

 

 長い長いキスを終えた後、奈落はアーシアの首筋に舌を這わせる。

 

「ふぁ……ぁ♪」

 

 喘ぐアーシア。

 奈落はアーシアを「まるで自分の女だ」と誇示するかのように、その首筋にキスマークを付けた。

 

 アーシアは奈落を抱き寄せ微笑む。

 

「大丈夫ですよ奈落さん、私は、ずっと奈落さんの傍にいます……」

 

 そのまま奈落を誘導し、自分に覆い被らせる。

 そして囁いた。

 

「いっぱい、愛してください……私も、いっぱい愛しますから」

 

 奈落は無言で応じた。

 まるでのめり込むかの様に、アーシア・アルジェントを愛し始めた。

 

 正常位から彼女を抱きしめる。

 アーシアの秘所には既に蜜が溜まっており、難なく奈落を受け入れた。

 

「はぅんっ……あっ♪」

 

 最奥を小突かれ、アーシアは甘い嬌声を漏らした。

 奈落はそのままトントンと、奥を突いてやる。

 

「やっ、あっ、あぁ♪ 奈落、さぁん……っ♪」

 

 アーシアは気持ちいのだろう、奈落のモノを柔らかく包み込む。

 そのか細い手を奈落の首に回し、彼が動きやすいよう微妙に体位をずらした。

 

 奈落はアーシアの背中に手を回し、首筋を甘噛みする。

 アーシアは堪らず喘ぎ声を上げた。

 

「あぁん♪ んぁっ、あんっ♪」

 

 奈落は普段獣の様に女を犯すが、アーシアにはしない。

 アーシアがそれを望んでいないから――

 

 何より、奈落は怖いのだ。

 少しでも本気を出したら壊れてしまいそうな程、彼女は繊細だから――

 

 それでも、奈落は満たされていた。

 お互い気を遣っているが、不思議と苦痛はない。

 互いを思い遣り、慈しむ。

 その心地よさに、奈落は浸っていた。

 

 アーシアの声に艶が増す。

 奈落は問いかけた。

 

「イキそうか?」

「はぃ……っ、いき、そうです……くぅん♪」

 

 奈落のモノを感じ過ぎてしまい、今すぐに達してしまいそうなアーシア。

 奈落はアーシアに顔を近付ける。

 アーシアは嬉しそうに彼にキスをした。

 互いに瞳を閉じる。

 

 そうして始まる、奈落の射精。

 抑え気味だが、それでもアーシアを絶頂に導くには十分過ぎた。

 キスを終えたアーシアは、自分の膣を満たす子種を全身で感じ始める。

 

「はぁぁっ♪ 奈落さんのがァ、いっぱい入って……あぁンッ!」

 

 ビクビクと痙攣するアーシア。

 そんな彼女の額に、奈落はキスを降らせた。

 

「ふぁ、ぁ……っ♪」

 

 アーシアは幸せそうに瞳を閉じた。

 

 

 ◆◆

 

 

 深夜。

 十分愛して貰ったアーシアは、奈落にもう一度休むよう進言した。

 奈落は渋々といった様子だったが、それでもアーシアが膝枕をするとすぐに眠ってしまった。

 

 スヤスヤと寝息を立てる奈落の黒髪を撫でるアーシア。

 身長二メートルを超す鬼を撫でる金髪の美少女は、まるで本物の聖女のようだった。

 

「……私は貴方に救われました。だから、これからは貴方の聖女でありたいんです」

 

 奈落の在り方、その全てをアーシアは理解できなかった。

 しかし、奈落が苦労しているはわかった。

 笑っている様で、我慢している事が多い事にも気づいた。

 

 本人は自覚している。

 していて、殆ど他者に弱みを見せない。

 

 アーシアは思った。

 自分が奈落の癒しになろうと。

 そのために、これから生きていこうと――

 

「……貴方の安らぎは私が守ります。貴方には、笑顔でいてほしいから……っ」

 

 心から愛する人の幸福を願い――

 アーシアは奈落の額にキスをふらせた。

 

 

 





少し短いですが、彼女の性質を鑑みて「着飾らないほうがいい」と判断した結果です。
ご了承ください。

次回はレイヴェル。
アーシアとは真逆の物語になりそうです。

では


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常夏の思い出編 レイヴェル・フェニックス

 レイヴェル・フェニックスは奈落の事を嫌悪していた。

 憎悪していると言っても過言ではない。

 無理矢理犯され、純潔を散らされたのだ。

 むしろ当然と言える。

 

 しかし、レイヴェルは戸惑っていた。

 憎悪の端っこで理解できない感情が渦巻いているのだ。

 狂おしいほど憎んでいるのに、その感情がストップをかけている。

 

 自分でもわからないその想いに、レイヴェルは苛立っていた。

 だから、今夜ハッキリさせようとしていた。

 

 奈落にもう一度抱かれればわかる筈――そう信じて。

 

 

 ◆◆

 

 

 その暗黒色の瞳は深く、しかし濁っていた。

 その艶やかな黒髪は見惚れてしまうほど綺麗な濡羽色だった。

 

 小麦色の肉体は力の象徴。

 彼が最強である事の証明。

 

 レイヴェルの胸に憎悪の炎が燻る。

 彼を見ているだけで狂いそうになった。

 

 ベッドで寝かされ、今から犯されると思うと、全身に鳥肌が立つ。

 同時に、快感を覚えた自分の身体に対して嫌悪感を抱く。

 己の肉体の浅ましさに、レイヴェルは吐き気を覚えた。

 

 彼女は目前の男に囁く。

 

「奈落様……貴方は嫌がる女を抱いて、満たされるのですか?」

 

 レイヴェルの問いに、奈落はその濁った双眸を細めた。

 そして嗤う。

 

「ああ、満足だ。俺はお前を愛して満たされている。お前も俺に愛され、少なからず快楽を得ている」

「ッッ」

「そして、そんな表情をできるお前が、また愛おしい……」

 

 レイヴェルの綺麗に整えられたロールの金髪を撫で、奈落は言う。

 

「無理やり犯され、純潔を散らされた……お前が憎悪を抱くのは正しい。そうでなくちゃいけない。いいや、そうであって欲しいんだ。レイヴェル・フェニックス、俺の事を都合良く解釈するな。俺の負の部分を否定しろ。俺は、お前のそういう所が愛おしいんだ」

「何を、言って……」

 

 絶句するレイヴェルに、奈落は歪んだ願望を曝け出す。

 

「俺の愛は歪んでる。だからこそ、否定されなきゃならねぇ。嫌悪されなきゃならねぇんだ。なのに、他の女は全員俺の愛を肯定してくれている。……駄目なんだよ、それじゃあ。駄目なんだ」

 

 レイヴェルは目を丸めた。

 彼は、自分に憎悪して欲しいと言っているのだ。

 そのままでいいと、言っているのだ。

 

 レイヴェルは震えた声で呟いた。

 

「歪んでいます……貴方は、狂ってるっ」

「そんなの、俺が一番理解してる。……しかし、嬉しいな。面と向かって俺に「歪んでいる」と言えるのはお前くらいだ。愛おしい……もっと魅せてくれ、お前の想いを。どんな感情であれ、喜んで受け止めてやる」

 

 レイヴェルは恐怖と絶望で震えた。

 

 しかし、何故だろう――彼を見ていると、胸が締め付けられるのだ。

 レイヴェルは思わず涙を流した。

 

「……その涙は、何だ?」

 

 彼女の涙が恐怖から来るものではないと、奈落は見抜いた。

 だからこそ、不可解でならなかったのだ。

 

 涙を拭われ、それでも大粒の涙をこぼし、レイヴェルは言う。

 

「貴方はっ……苦しくないのですか? 憎悪を向けられて、平気な筈がありませんっ。奈落様……貴方は我慢してるっ、見ていて、痛々しいのです……っ」

 

 レイヴェルは漸く己の気持ちに気付いた。

 奈落の事を憐れんでいたのだ。

 

「泣くのを我慢している子供を見ているようで……我慢、できないのです……ッ」

「……」

 

 レイヴェルは聡明だった。

 だからこそ、奈落が真に相手の絶望を望んでいない事を見抜いていた。

 

 本当に望んでいるのであれば、わざわざ時間を取ったりしない。

 他の女性達も既に壊れている。

 

 それでも、そうしないと自分の負の感情を抑えられないから――

 その負の感情を彼自身、誰よりも嫌悪していて、だから否定して欲しくて――

 

 考えれば考える程、レイヴェルは涙が止まらなかった。

 生きているだけでこんなに辛そうにしている男を、レイヴェルは見た事がなかった。

 

「真摯に生きてるのに、憎悪されて……辛くないんですか?」

 

 レイヴェルは再度問う。

 奈落は……しかし、温和な笑顔を浮かべていた。

 

「それが「生きる」って事だ」

「……!!」

「誰かに否定されても、自分を貫く。だから「生きてる」って言えるんだ。……俺は、自分から逃げねぇ。俺は俺を愛している。……自分を愛せねぇ奴に、他の奴を愛する事なんて絶対できねぇからな」

「ッ……」

 

 頬を撫でられ、レイヴェルは頬を朱に染めた。

 その碧眼を情愛で蕩かせながらも、彼女は唇を噛みしめる。

 

「卑怯です……貴方はそうやって、女性を堕としていくのですね」

 

 レイヴェルはベッドに横たわり、その豊満な乳房を腕でたくし上げた。

 そして告げる。

 

「犯してくださいまし、奈落様……このままでは、貴方の事を好きになってしまう。その前に……私をメチャクチャにしてください。そうすれば、私は――」

 

 レイヴェルが全て言い終える前に、奈落はレイヴェルの唇を奪った。

 以前まで我慢していて口付けも、今や甘く感じ――

 

 レイヴェルはその身を奈落に委ねた。

 

 

 ◆◆

 

 

 奈落はレイヴェルを犯した。

 彼女が望む様に、激しく犯したのだ。

 

 正常位から容赦の無いピストンで奥を抉られ、レイヴェルは嬌声を上げた。

 

「ひぃィッ! 奈落、様ァ!! んア♪ ッアあッ!! アーーーーーーーーッ!!!!」

 

 未だ十代なのにもかかわらず、レイヴェルの肢体は女として既に完成していた。

 程よい巨乳に括れた腰。ムッチリと大きな尻。

 抱き心地は最高だった。

 

 レイヴェルは幸福を感じていた。

 耐え難い幸福だった。

 今迄出会った誰よりも器が大きい男に愛して貰えているのだ。

 至上の快楽だった。

 

 しかし、彼女はそんな自分を否定したかった。

 彼は最悪の魔王であり、災厄の権化。

 己を犯し、貶めた男。

 

 許してはいけなかった。

 生涯をかけて、憎悪しなければいけなかった。

 

 そうしなければ、レイヴェルは己を誇れなくなる。

 レイヴェル・フェニックスとして、胸をはれなくなる。

 

 何より――奈落の愛した気高い女でなくなってしまう。

 ただの都合の良い女になるのは嫌だった。

 

 彼に恥じて欲しい。

 己を犯した事を、もっと後悔して欲しい。

 

 奈落に犯されている時、レイヴェルはふと気づいた。

 奈落が自分の後頭部に手を置いているのだ。

 それは、手入れしている髪の毛が痛まない様にするための細やかな気遣いだった。

 

「~ッッ」

 

 そんな事をされると、胸がキュンキュンしてしまう。

 好きになってしまう。。

 

 レイヴェルは情愛に浮かされ囁いた。

 

「奈落さまぁ……っ、もっと、もっと愛してェ……ッ」

 

 今だけ、今だけでいいから――

 この愛に正直でいさせて欲しい。

 ただの女の子でいたいと、レイヴェルは強く想った。

 

 奈落はレイヴェルを愛し尽くす。

 濃密なキスを交えて、彼女を抱きしめる。

 レイヴェルは嬉々として嬌声を上げた。

 

「アアッ! 奈落さまァ!! イクっ♪ ああイッッ! ~~~~~~~~~ッッ♪」

 

 総身を痙攣させるレイヴェル。

 しかし奈落の腰は止まらない。

 わななく秘肉を、その剛直な肉棒で掻き回す。

 

「ふぁぁッ!!! ア~~~~~~ッ!!!! ヒィっ♪ イッ! 奈落、様ァァァっ!!!!」

 

 盛大な潮を吹き、よがり狂うレイヴェル。

 奈落の腰に足を回し、自らも腰をゆする。

 

 奈落はレイヴェルの耳元で告げた。

 

「出すぞ。しっかり受け止めろ」

「……はぃぃッ、一杯、出してッ♪ 私を染め上げてェ!!!!」

 

 トロ顔で催促され、奈落は堪らず射精する。

 最奥で放出された精。

 レイヴェルの子宮は、嬉々としてソレを飲み込んだ。

 

 彼女は甘い悲鳴を上げる。

 

「アあッ♪ ンアアッ!! 入ってるゥ!! 奈落様のがァ!!! ひぃぃッ!!! イ~~~~~~~~~ッッ♪♪」

 

 歯を食い縛りながら、絶頂の連続に耐えているレイヴェル。

 膣肉が痛いほど奈落のモノを締め上げ、最後の一滴まで搾り取る。

 

 射精が終わった後――レイヴェルは奈落と濃密なキスを交えていた。

 互いに無言で、ただただ舌を絡め合う。

 

 言葉はいらない。

 互いに求めていた。

 

 レイヴェルは奈落の首に両手を回し、彼と舌を混ぜ合わせる。

 その瞳に、溢れんばかりの愛を湛えながら――

 

 

 ◆◆

 

 

 夜が明けるまで愛し合った二名は、抱き合いながら残りの時間を過ごしていた。

 下ろされたレイヴェルの長髪を、愛おしそうに撫でている奈落。

 レイヴェルは消え入りそうな声で囁いた。

 

「貴方が嫌いです……」

 

 レイヴェルは彼の厚い胸板に顔を埋めた。

 

「大きくて、優しい貴方が大嫌い……でも、そんな貴方を愛してしまった自分が、もっと嫌いです……ッ」

 

 震えているレイヴェル。

 奈落はその背中を無言で撫でてやる。

 

 レイヴェルはすすり泣いた。

 彼女は密かに、己の生涯を見据えてしまった。

 

 これから自分は、この男のために生きていくのだろう。

 この男を、生涯愛し続けてしまうのだろう。

 

 覇王を支えし王佐の才を持つ少女は、最悪の魔王に恋をしてしまった。

 

 これからずっと、後悔していく。

 死せるその時まで、ずっと――

 

 その不安を拭い去る様に、レイヴェルは奈落に強く抱きついた。

 

 

 





次回はゼノヴィアです

では


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常夏の思い出編 ゼノヴィア

更新が遅れてしまい、申し訳ございません。
今回はゼノヴィア単体で、当初構想していた内容と別になっています。
ご了承ください。


 輝く南洋の陽の下で明るい蒼の短髪、その先端に入れた緑のメッシュが揺れる。

 十代の柔肌は過酷な鍛錬で引き締められているものの、女性としての魅惑的な発育は抑えられない。

 出来上がるのは、男にとって垂涎の肉体。

 むっちりと、しかし締まるところは締まった健康的な肢体は否応無しに男共の視線を吸い寄せる。

 

 が、生憎この場に男共はいなかった。

 唯一人を除いては。

 

 その男も、今はこの場にいない。

 青髪の美少女、ゼノヴィアは気兼ねなく巨大な木刀を振るっていた。

 袈裟懸け、逆袈裟と繋いで織り成せば踏みしめた砂浜が舞い上がる。

 白のビキニという簡素な格好が肉体の可動域を一層広げ、鍛錬に力が入る。

 

 女特有の甘い汗が滴り落ちた。

 一心不乱に己を鍛える少女の横顔は凛々しく、愛おしさすら覚えてしまう。

 

(我が主に相応しい剣士になる……私は私のやり方で、御主人様の寵愛を獲得するッ)

 

 ゼノヴィアは一般的な「女性らしさ」というものを理解できない。

 最低限綺麗である事はできるが、それ以上は理解できないのだ。

 元来、教会の戦士として剣を振るい続け、それに満足していた女だ。

 同じ年の少女達にも色々な意味で負けている。

 

 しかし、ゼノヴィアは気負っていない。

 こんな自分でも「愛おしい」と囁いてくれる男がいるからだ。

 

 であれば、余計な事は考えず己を追求し続ける。

 単純だが、それが彼女の魅力でもあった。

 

「鍛錬に熱心なのは結構だが……」

「!!」

 

 声を聞き取ったと同時にゼノヴィアは木刀を引き、主に対して片膝を突く。

 褐色肌の大男、奈落は苦笑した。

 

「わざわざ頭を下げなくていい」

「いえ、これが私の忠誠心です」

「そうか、ならいい。お前の好きにしろ」

「ハッ」

 

 深く頭を下げるゼノヴィアに、奈落は悪戯っぽく小首を傾げた。

 

「今日はお前の時間なんだが……どうする? 鍛錬に集中するか?」

「……ッ、それは」

「俺としては、忠誠心溢れる下僕を可愛がりたいんだが……」

「あァ……ッ」

 

 頬を撫でられ、ゼノヴィアは一気に表情を蕩けさせる。

 そして喘ぐ様に囁いた。

 

「不肖ゼノヴィア。御主人様の寵愛を頂きたく存じます……」

「わかった」

 

 奈落は微笑んでゼノヴィアを抱き寄せた。

 

 

 ◆◆

 

 

 近くのビーチパラソルで。

 鍛錬の熱で柔らかくなったゼノヴィアの肢体を奈落は丹念に愛撫する。

 その身に染み込んだ甘い汗を舐めて、形の良い臀部を揉み崩した。

 

「あァっ♪ 御主人様ァ、ひぅぅンっ♪」

 

 聖剣を豪快に振るう凛々しき剣士の面影は、既に消えている。

 トロトロの表情で総身を震わすゼノヴィア。

 その股下には既に蜜が溜まっていた。

 

「……エッチな下僕だ。もうこんなに濡れてる」

「あぅっ」

「いいぜ。可愛がってやる。隅々までな」

「あっ♪ 奈落さまぁ……っ」

 

 ゼノヴィアは奈落のものを物欲しげに見つめる。

 雄々しいソレはゼノヴィアを女に変えた愛しき凶器だ。

 彼女はみずから股を広げ、白ビキニを脱ぎ捨てる。

 そしてトロトロになった秘部を奈落に見せつけ、懇願した。

 

「卑しい私に、どうか罰という名のご褒美を……っ。この身を犯し、貪ってください……っ」

「まだだ」

「ひぅうッ! あアっ♪ 指でェ♪」

「前準備はちゃんとしないとな」

「アッ、奥、掻き回されッ……アッ、アアアッ!! 駄目です奈落様! イクッ……すぐにイッちゃうッ」

 

 太い指でナカを掻きまわされ、ゼノヴィアは総身を震わす。

 奈落はトドメとばかりに彼女の弱点である腹の底を撫で擦った。

 

「ヒィィッ♪ イクッ、イグイグッ……アア゛ッ!! イグぅ!!! ~~~~~ッッ♪♪」

 

 背中をのけ反らして痙攣するゼノヴィア。

 奈落は彼女の開いた唇を甘噛みし、舌を絡めた。

 

 ゼノヴィアは恍惚とした表情で奈落の唾液を嚥下した。

 

 

 ◆◆

 

 

 ゼノヴィアはバックから激しく突き立てられるスタイルが好きだった。

 己が「女」であり「下僕」である事を改めて理解できるからだ。

 

「ひぃぃッ♪ 奈落さまぁッ!! もっと、突きまわして……滅茶苦茶にしてくださいッ!! もっとぉ!!」

 

 屈強な筋肉に押し潰され、ゼノヴィアははしたなく達していた。

 もう何度達したかわからない。

 それでも奈落は容赦なくゼノヴィアの最奥を突き続ける。

 ゼノヴィアの嬌声が掠れた。

 

「アア゛っ!! ア゛~~~~~ッ!!!! イクッ♪ 駄目なのにぃ♪ イグ、またイグ~~~~~ッッ♪」

 

 奈落の長大なモノを締め付け、盛大な絶頂を遂げるゼノヴィア。

 声にならない悲鳴を上げて痙攣する彼女に対し、奈落は「まだだ」と腰を振り続けた。

 

「奈落、さまァァァァ!!!! もう駄目、死んじゃいますッ! イキ死ぬッ!!! ダメェ!! これ以上は、あああンッっ!!!!」

「なら出すぞ、受け止めろ。全部だ」

「~ッッ♪♪」

 

 絶対的な命令にゼノヴィアの膣肉が戦慄く。

 奈落は腰を一層深く打ち付けると、特濃精液をぶちまけた。

 

「アァンっ!! でてるぅッ!! 中に濃ゆいのがァ!! ンアア゛ッ!! ア゛~~~~~~~~~~!!!!!」 

 

 ゼノヴィアは獣の様な悲鳴を上げてのたうち回る。

 奈落はドロドロの、それこそゼリーの様な精液を何リットルもゼノヴィアの子宮に注ぎ込んだ。

 濁音を立てて注ぎ込まれ、ゼノヴィアは悲鳴を上げる事もできずに快楽で痙攣する。

 

「ッッ♪♪ ~~~~~~~~~~~~ッっ♪♪」

 

 数分ほどしてか。

 奈落は膣内を掻きまわしながらモノを引き抜いた。

 

「ひんッ♪」

 

 ゼノヴィアの秘所から、ドロリと白濁液が溢れ出る。

 首をもたげた彼女は快楽でクシャクシャになった表情で奈落を見上げた。

 

「奈落、しゃまぁ……ッ♪ すごいッ♪ 幸せェ……ッ」

 

 神などいなくてもいい。

 元々、生い立ちでなった聖職者だ。

 捨てる事に未練が無かったと言えば嘘になるが、それでも後悔は無かった。

 

「大いなる父より、貴方様のほうが素敵です……奈落さまァ……♪」

 

 己に女を刻み付けた屈強な肉体と精力に。

 絶対的な悪と底無しの慈愛を同居させるその精神に。

 ゼノヴィアは戦士として忠誠を誓い、女として屈服したのだ。

 

 快楽でドロドロになった視界で、ゼノヴィアは歪に笑う奈落を見つめる。

 

「そんな短絡的なところも大好きだぞ――ゼノヴィア」

「はぃぃ♪ どうかこの愚かしい私を、最後まで、お傍に……っ」

「アア、壊れるまで可愛がってやる」

 

 冷たい言葉と共に優しく頬を撫でられる。

 その違和感に気付くも、深く考えようとはせず、ゼノヴィアは快楽の沼に落ちて行った。





なろうでオリジナル小説の執筆にハマってしまった結果、こちらの投稿をないがしろにしていました。

これからはちょくちょく時間を見て執筆していきたいと思っています。
次回はイリナです。

では


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常夏の思い出編 イリナ&ガブリエル

 栗色のツインテールが揺れる。淫靡な雌の香りが南洋の潮風と混ざり合い、独特の匂いを生んでいた。

 十代の瑞々しい肢体は何度も抱かれる事で柔らかくなり、男の肌に吸い付くようになっている。まるで娼婦のソレだ。可憐な笑顔が似合う顔立ちも、今は望外の快感で蕩けきっている。

 紫苑色の双眸を濡らして、少女は何度も喘ぎ散らしていた。腹の奥でこすれる剛直は絶妙なポイントを突いてきて、たまらない。少女――紫藤イリナは思わず叫んだ。

 

「ならぐ、さまぁァッ!!!! イグっ♪ イクイクッ……~~~~~~アアア゛ッ!! ンひぃっ!!! ッッ~~~~~~♪♪」

 

 全身を大きく痙攣させて男――奈落にしがみつくイリナ。正常位から組み敷かれ怒濤のピストンを見まわれていた彼女は、数十度の絶頂の末に漸く解放された。奈落の肉棒が卑猥な音と共に引き抜かれれば、思わずといった様子で喘ぎ声を漏らす。

 

「ひんッ……はぁぁ、ア~ッ♪」

 

 忘我の彼方を彷徨っているイリナ。そのアヘ顔は実にだらしなく、しかし男の劣情を煽ってくる。天真爛漫ながら謙虚なシスターであった彼女は、奈落の奸計にはまり色欲を覚え込まされ、こうして立派な雌奴隷に成り果てていた。

 

 それでも、彼女は幸せで満たされていた。そのだらしなくも幸福に満ちた横顔を覗いて、奈落は冷笑をこぼしながらタバコをくわえた。

 

 

 ◆◆

 

 

 紫藤イリナはしかし、少しだけ悩みを抱えていた。それは贅沢な、とても贅沢な悩みである。

 

 自分達だけこんな幸せになっていいのだろうか? もっと沢山の人たちに、この幸せを知って欲しい。

 

 根底が歪まされている。なのである意味、狂った悩みであった。皆奈落の色に染まればいい、そしたら幸せになれる――そう心から思っていた。しかも彼女自身、本気で悩んでいるのだから手に負えない。

 

 イリナは元々博愛主義者だ。プロテスタントに入ったのは家族の――父の影響が強いが、元々正義感が強い少女である。教会に入って信者のために働く事に幸せを見いだしていた。

 

 根底が歪まされていても、魂までは穢れていない。奈落もそれを望まなかった。イリナという少女の本質までは染めなかったのである。だからこそ、彼女は悩んでいた。真剣に考えていた。

 

 そんなイリナに奈落は助言をした。ガブリエルのところに行ってこい――と。イリナは最初恐れ多いと断ったが、いいから行ってこいと無理矢理ガブリエルの部屋に連れこまれた。

 

 そうして現在がある。現在、二人で対面している状態だった。奈落は既にいなくなっている。

 イリナは奈落の肉奴隷となった今でもガブリエルを尊敬していた。だからこそ、どのような態度を取っていいかわからないでいた。奈落の顔を立てるべきか、ガブリエルを敬ったほうがいいのか――

 

 そんな彼女の姿を見て、ガブリエルは苦笑した。

 

「いいんですよ、イリナさん。落ち着いてください。貴女の悩みはおおむね理解しているつもりです」

 

 浴衣を着ているガブリエル。以前より明らかに色気を増していた。男を知ったからだろうか――天界一と謳われる乳房は更に大きく、柔らかくなっている。優に100センチは超えているだろう。ウェーブがかかった金髪から香る白百合の香りは同性であるイリナさえも惚けさせた。

 

 彼女はイリナに慈愛に満ちた微笑みを向ける。

 

「今、私達が包まれているこの幸福をもっと沢山の方に知って貰いたい――そう思っているのですね?」

「は、はい……、その、図々しい願いでしょうか?」

「まさか……素晴らしい心がけですよ。自分の幸せを他者にも分けてあげたい……そう思える心が大切なのです」

 

 ガブリエルはイリナの前までやってくると、両手で優しく抱き寄せる。その豊満過ぎる乳房に包まれながら、イリナはガブリエルのお告げを聞くことになった。

 

「今、奈落様はある計画を実行しようとしています。それが成功すれば、世界は一度混沌に満ちあふれるでしょう。しかし、だからこそです。皆、奈落様の愛の尊さを知る事ができるでしょう――どのような愚者であれ、奈落様のもたらす慈愛の素晴らしさを理解できる筈です」

「それは、一体どのような……」

「フフフ……」

 

 ガブリエルは意味深に微笑みながらイリナに耳打ちする。告げられた内容にイリナは瞠目した。あまりに凄まじい内容であったからだ。もしもソレが実行されたら、文字通り世界が混沌で満たされる。

 しかし――

 

「ソレが――世界の在るべき姿なのかもしれません。私はそう、思ってしまいました」

「ええ、そうなのです。イリナさん。正確には世界を混沌に陥れるのではなく、元ある形に戻すだけなのです。今の中途半端な現状を、奈落様は正しく整理するだけなのです」

 

 ガブリエルは更に微笑を深める。一種の狂気が垣間見えた。

 

「だから、天界側にも改革が必要です。今の天界では世界を是正できない。……それにあたり犠牲が多く生まれますが、改革には犠牲がつきものです。……私の言葉の意味がわかりますか?」

「はい、ガブリエル様」

「イリナさん……貴女は本当に聡明な子です。これからも奈落様を愛する者同士、仲良くしていけたら幸いです」

「そんな……! 恐れ多いですっ。でも、何か問題があれば仰ってください! 誰でも無い、ガブリエル様の願いですから!」

 

 互いに歪んでいる者同士、気が合うのだろう。

 ガブリエルはイリナの発言に嬉しそうにはにかんだ後、次には照れた様に頬を掻いた。

 

「その、ですね……イリナさん。早速なのですが……」

「はい! 何でしょう!」

「あの……」

 

 ガブリエルは正直にイリナにお願いした。

 

 

 ◆◆

 

 

「で、何だこの状況は?」

 

 奈落はやれやれと肩を竦め、下腹部を見下ろす。ソコには己の浴衣の袖を下ろして一物に群がる女達――ガブリエルとイリナがいた。ガブリエルはぺろりと舌を出す。

 

「イリナさんにお願いして、混ぜて貰ったんです。予定の日までどうしても我慢できなくて……」

「ガブリエル様のお願いなんです、奈落様……駄目ですか?」

 

 イリナに涙目で懇願されて、奈落は苦笑しながら応答した。

 

「お前が良いなら俺はいいぜ。でも安心しろ、お前の事はキッチリと満足させてやる」

「奈落さまァ……♪」

 

 猫の様にすり寄るイリナの頭を、奈落は愛おしそうに撫でる。その後、少々拗ねているガブリエルの頬を誘う様に撫であげた。

 

「奉仕の仕方を教えてやれ、ガブリエル」

「……はいっ♪」

 

 ガブリエルは満面の笑みで応じた。

 

 

 ◆◆

 

 

 奈落の逞しいモノをガブリエルは自慢の乳房で挟み、すり込む。自在に形を変えるマシュマロ。もたらされる極上の柔らかさと質感に、奈落も片眉を上げていた。ガブリエルは熱い吐息を漏らしながら言う。

 

「こうして……んんぅ♪ 挟みながら先っぽを甘噛みすると、御主人様は喜ぶんですよ」

「は、はぃ……っ」

 

 曖昧な返答だった。イリナはガブリエルの奉仕に見入っていた。天界一の乳房を用いたパイズリはまさしく圧巻。あの奈落のモノを殆ど包み込んでいる。それでいて、先端を舌でねぶって吐精を誘っているのだ。恐ろしいほど慣れている。

 

「あ……っ」

 

 イリナは気付く。ガブリエルの股下から蜜がこぼれていた。ガブリエルもまた期待しているのだ。発情した様子で奈落の一物をしゃぶっているその横顔に、普段の清楚さや天然さはない。淫乱な雌となったガブリエルを、イリナはただ拝むことしかできなかった。

 

「はふぅ……イリナさん、貴女も参加しませんか?」

「へ? でも私……」

「ほら、一緒に……」

「~~っ」

 

 イリナは顔を真っ赤にしながらも浴衣を脱ぎ、乳房を露わにする。ガブリエルと比べれば見劣りしてしまうものの、十分に実っていた。イリナは遠慮がちではあるが、奈落のモノに先端をこすり合わせる。

 

「ああんっ♪」

「そう、その調子で……不慣れでも、御主人様は喜んでくれますよ」

「あっ、奈落様の、御主人様のもの、硬くて……コレで、私達を……うぅんっ♪」

 

 イリナは既にスイッチが入ってしまったのだろう、奈落のモノを横から舐め上げる。ガブリエルは微笑むと、奉仕を再開した。美女美少女からの熱烈な奉仕に、奈落は褒美をくれてやる。

 

「出すぞ、飲め」

「「はいっ♪」」

 

 まずガブリエルが先端を頬ばり、迸る白濁液を飲み干す。ゴクゴクと音を立てて、一滴残さず嚥下する。その様子をイリナは羨ましそうに見つめていた。ガブリエルが唇を離すと、すかさずイリナが咥える。彼女もまた、恍惚とした表情で奈落の液を飲み干していた。

 

 暫く経っただろうか……一滴残らす飲み干した二名は、下腹部に刻まれた淫呪を淡く輝かせていた。その表情は蕩けきっており、意識も朦朧としている。そんな彼女達を奈落はベッドへと運んでいった。

 

 本番はコレからである。

 

 

 ◆◆

 

 

「ひィィィん!!! ひンっ! アアっ!! ア~~~~!!!! あッあッア――ッッッ!!!!!!」

 

 正常位で組み敷かれ、怒濤のピストンを受けているガブリエル。その様子を、イリナは堪らなそうに見つめていた。肉同士の重なり合う音とともに愛液が飛び散る。ガブリエルの表情はイリナからは見えない。が、きっと凄まじい貌をしているのだろう。

 

「ひぃぃンッ♪ やァ! アア゛ッ♪ ああ゛ン! あッあッあ゛ーーーーッッ!!! アーーーーッッ!!!!」

 

 獣の如き嬌声を張り上げるガブリエル。しかし奈落の腰使いは荒さを増すばかり。ガブリエルの最奥を尽き、抉る。ガブリエルの悲鳴が掠れた。

 

「オッ、オ゛~~~~~~!!!! ひぃい、ァアア゛!! イクッ!! イクイクイグゥ!!!! ――――!!!? ~~~~~~~~~~~ッッッッ!!!!!!!!」

 

 

 奈落の射精が始まる。ガブリエルはそれこそ、本人かどうかわからない悲鳴を上げていた。ドクドク、ビュルビュルと音を立てて注ぎ込まれる特濃の白濁液。ガブリエルは両脚を盛大に痙攣させていた。

 彼女を抱きしめ念入りに種付けした奈落は、漸く彼女を解放する。

 

 

「ア゛~ッッ♪ あへェっ、はァァ~~~~~ッ♪♪」

 

 クシャクシャの表情で目を剥いているガブリエル。ぽっかり空いた秘所から白濁液が垂れ出てきていた。

 

「ッッ」

 

 イリナはごきゅりと生唾を飲み込む。今から自分もああなる。そう思うだけで膣の疼きが抑えられなかった。奈落はイリナを抱き寄せる。イリナは惚けた表情で奈落に寄りかかった。

 

 

 ◆◆

 

 

「アアアッ!! 駄目ぇっ♪ イッちゃう!! こんなのすぐイッちゃうよ~ッ!!!! やぁぁぁ!!!! ア゛~~~~~~~~~~!!!!!! イクイクイクぅッ!!!!」

 

 ガブリエルと同じく正常位から獰猛に腰を落とし込まれ、イリナはあえなく果ててしまっていた。それでも奈落の腰は止まらない。達したイリナに追い打ちをかける。

 

「ンひィッ!!? 奈落様ァ!! イッてる!! もうイってますからァ!!!! だからァッ!!! とまってェェェェッ!!!」

 

 無情の連続ピストン。痙攣した子宮口を亀頭で抉り擦られ、イリナは絶え間ない絶頂を経験していた。

 

「ならく様ぁ!! ふぁァ!! ひィ、ィ!!!! アア!! イクイクイク……ッッ♪ またイクッ、凄いの、来るぅッ――――――――ッッ!!!! ア゛アアアァァァァッッ!!!!!!!! ア゛―――――――ッッッッ!!!!!!!!」

 

 

 濁音交じりの嬌声。それは絶叫だった。そうして解き放たれる、奈落の精。濃厚で熱い子種はイリナの子宮をすぐさま満たして暴れ回る。イリナは奈落の背中に爪を立てて、止まらない絶頂に淫靡な悲鳴を上げていた。

 

 暫くして、奈落のモノが引き抜かれる。 

 

「ふァァ、ひぅぅンッ♪♪ あつい……っ♪ やけどしそう、ですぅ……ッ♪ んあ、アァん♪」

 

 奈落の形に変わった秘所からドロリと子種が溢れ出す。イリナは恍惚とした表情で股を開き、己が様を見下ろしていた。

 

 

 ◆◆

 

 

「んちゅ、はぁ、ちゅ♪」

「あむぅ、ちゅ、ぱぁ♪」

 

 自分達を忘我の彼方に追いやった愛おしき一物を丹念に掃除しているガブリエルとイリナ。彼女達の髪を奈落は愛おし気になで上げた。

 

「天界の事は任せる。ガブリエル、イリナ、頼んだぞ」

「はいっ♪」

「ガブリエル様と一緒に頑張りますっ、御主人様ぁ♪」

 

 二人の応答に、奈落は満足げに頷いた。

 

 

 





遅れて申し訳ありません。少し駆け足で物語を進めたいと思っています。
次回は黒歌&小猫、そしてヴェネラナです。悪魔側の進展も同時に掘り下げていきます。

では


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常夏の思い出編 黒歌&小猫&ヴェネラナ

 大禍津童子(おおまがつどうじ)。真名を空亡。太古の昔に世界を恐怖によって支配した黒き鬼。悪鬼羅刹の頂点。龍神と肩を並べる絶対強者「鬼神」である。史実では明かされていない原初の神話大戦、ラグナロクでは世界中の神仏と単身互角に渡り合ってみせた。正確には蹂躙してみせた――か。一部の超越神を除いて、彼に対抗できる存在などいなかった。

 

 彼が齎した恐怖が、神仏の分霊――すなわち悪魔を生み出した。そして封印された後に漏れだした妖気が妖怪になった。日本を一つの霊脈にまで改築したのは彼である。

 

 彼こそ魔族の始祖。故に魔族――特に悪魔や妖怪に対して絶対的な命令権を持つ。闇を司る種族は、闇という概念そのものである彼に逆らえない。

 

 そんな想像を絶する怪物が封印から解き放たれているという事実を知る存在は意外にも少ない。知ったとしても既にどうしようもない所まで来ている。鬼神の慈愛――という名の汚染は、世界の情勢を変化させる寸前まで来ていた。

 

 

 ◆◆

 

 

 塔城小猫こと白音は裾の短い白浴衣姿で、奈落にしなだれかかっていた。その厚い胸板をザラザラの猫舌で舐め上げながら懇願する。

 

「奈落さん……いいえ、御主人様……私も、お姉様みたいに貴方の眷属になりたいですっ」

 

 二本の尻尾を「きゅっ」と奈落の腕に巻き付ける。猫耳をしおらしく畳ませて上目遣いしてくるので、奈落は苦笑しかできないでいた。

 彼女とは反対側で、その豊満な乳房を奈落の肩に乗せながら姉が妹を諫める。

 

「白音~っ、アンタにはアンタの役割があるの。とっても重大な役目よ? 不満なの?」

 

 黒い浴衣から魅惑的な肢体をこぼれさせ、黒歌は頬を膨らませた。しかし白音もまた頬を膨らます。

 

「お姉様ばかりズルいですっ、私はもっと御主人様と深い関係になりたいんですっ」

「言っておくけどね白音! 奈落の眷属になるって事は!」

 

 黒歌が本格的に怒りそうになったところで奈落は彼女を抱き寄せる。そして甘い声音で諫めた。

 

「妹の事が心配なのはわかるぜ、でも怒るのはよくねぇ。折角仲良くなれたんだからよ」

「っっ」

 

 奈落は今度は白音を抱き寄せる。

 

「白音。コイツはな、お前の事が心配で堪らないんだよ。だから怒ってるんだ」

「……意味がわかりません」

「俺の眷属になるには相応のリスクを伴うって事だ。俺の加護を受け入れられる器になるために、一体どれだけの苦痛に耐えなきゃならないと思う?」

「……っ」

「成功率は1%以下だ。コイツとフリードはソレをクリアした」

 

 白音は申し訳なさそうに俯いた。何故姉がそんな無茶をしたのか――考えるといたたまれなかったからだ。

 自分も苦しんだ。だが姉も苦しんだ。今ならわかる。だからこそ――

 

「もっと話し合いが必要みてぇだな。いいぜ、午前中は空ける。ゆっくり話し合えよ」

「「……」」

「お前等が本当に仲良くなった姿を見せてくれ」

 

 微笑まれ、頭をくしゃくしゃと撫でられる。黒歌と白音は複雑な表情をするも、しかし嬉しそうに金色の瞳を潤ませていた。

 

 

 ◆◆

 

 

 部屋を出た奈落は暇そうに旅館内をほっつき歩いていた。

 

「……他の女を可愛がっても、アイツ等拗ねるだろうし。さて、どうやって暇を潰そうか」

 

 そんな時、懐に入れていたスマホが鳴る。宛先人は――ヴェネラナからだった。

 

『一夜の夢の誇る男娼、ジョーカーさん。今暇かしら? お話があるの。今後の冥界についての、ね』

 

 文面を見た奈落はふむと顎を擦った後、ゆっくりと頷いた。

 

 

 ◆◆

 

 

 冥界のグレモリー家の領土は本州をまるまる収められるほどの敷地面積を誇る。中でも実家の城は壮大であった。中世ヨーロッパの王族を彷彿させる。貴族悪魔としての格をありありと表していた。

 

 現当主と夫人の寝室にて。呼び出された奈落は何とも微妙な表情をしていた。亜麻色の長髪を揺らしてリアス似の美熟女、ヴェネラナは小首を傾げる。

 

「どうしたの?」

「呼び出す部屋を考えろよ」

「いいじゃない。私と貴方の仲でしょう?」

「その格好は何だ?」

「似合うでしょ」

 

 特大のベッドで横たわるヴェネラナはセクシーネグリジェを着ていた。これでもかと魅惑的な肢体を晒している。熟れた身体から放たれる色香は想像を絶するもので、奈落以外の男であれば今頃飛びついているだろう。

 

 ヴェネラナは艶やかに唇を撫でる。

 

「今日はオフなのよ。グレモリー家の夫人としてでは無く、単なる女悪魔として扱って欲しいわ」

「冥界の今後について話があるんじゃなかったのか?」

「もう、つれないわね……」

 

 ヴェネラナは寝返りを打つと、打って変わって冷酷な声音で話し始める。

 

「貴族悪魔、特に七十二柱を含めた新旧名家達には話を付けたわ。概ね賛成よ。大王家の初代頭首の演説が良かったのかしら? アレは貴方の指示?」

「そうだ。あの男は俺の計画と共通した思想を持ってる。利害の一致ってやつさ」

「恐ろしいわね……貴方がしようとしている計画で、一体どれだけの転生悪魔が追放されるの?」

「お前ら貴族悪魔の眷属か奴隷にでもなればいいんじゃね? 元々「そういうもん」だろ? 転生悪魔ってのは」

 

 冷酷に笑う奈落。ヴェネラナはクスクスと嗤った。

 

「そうね。でも、それだけの改革をするって事は、当然反感も生まれるわ。どう対処するつもりかしら? お手並みを聞かせて欲しいわ」

「わかってるだろ、お前なら」

「貴方の口から聞きたいのよ」

 

 奈落はやれやれと肩を竦める。

 

「三勢力で人員が足りてないのは何処だ?」

「堕天使勢力ね」

「堕天使勢力はどんな種族だろうが受け入れる、違うか?」

「転生悪魔でも受け入れてくれるかしら?」

「させるんだよ。いいや、そうしなきゃ戦力が拮抗しない様に他の二勢力をいじくる」

「それができるからこその策ね。普通なら想像もできないわ」

 

 全貌がどんどん見えてきた。奈落の計画の内容が――

 

「天界はどうなるのかしら? あちらも天使を創造できないから困っている様だけど……」

「それは今後のお楽しみだ。あっと驚くぜ」

「期待させて貰うわ。悪魔の方は……」

「魔王の入れ替えだ。旧魔王ルシファーの血を受け継ぐ正統後継者、リゼヴィムを魔王に置いて、貴族体勢を主とする悪魔の本質を取り戻す。アジュカやセラフォルーは大臣枠だ。ファルビウムもな」

「あら? あの子を説得できたの。意外ね、てっきり抗うものかと思ってたけど」

「それこそ見当違いだ。アイツは頭が良い。どっちに付いたら死ぬのか――それを教えてやった」

 

 奈落はベッドに座り、ヴェネラナに手招きする。ヴェネラナは笑顔で抱きついてきた。

 

「旧魔王派を取り込んで、京都の妖怪勢力とも同盟を組ませて、貴族悪魔の始祖である超越神を何柱かバックに待機させる。これで十分だろ? 戦力は今後リアス達が補う。お前らは超越神の加護と「ある魔力供給源」で何不自由無い生活が送れる」

「完璧ね。完璧過ぎて怖い。まるで箱庭――おもちゃ箱だわ」

「そうさ、三勢力は俺のおもちゃ箱。だから綺麗に整頓してるんだ」

「傲慢ね……でも、そういう所も愛しいわ。男らしい」

 

 ヴェネラナは潤った唇を奈落の唇に被せる。奈落は応じると、そのまま彼女を押し倒した。

 

 

 ◆◆

 

 

「アアアッ!!!! ア゛~~~~~~!!!!!! ぁァン!! 奈落ゥ! もっと、もっと突いてぇェっ!!!!」

 

 バックから激しく突かれ、ヴェネラナは昇天していた。熟れた肉を無残に貪られ、快感でむせび鳴いている。背中から押しつぶされて、子宮の入り口を無理矢理開かされる。そうして膣内を蹂躙されれば、ヴェネラナは全身を大きく震わせて潮を噴き出した。歓喜の悲鳴が木霊する。

 

「ひぃィッ♪♪ ~~~~~~~~っっ!!!! あっはァっ♪ アんッ!! アア゛ンっ!! はひィっ♪ やっぱり違うっ♪ あの人のと全然違うぅぅぅぅッ♪ アアイクッ!! イクイクイク~~~~~~ッ!!!!」

 

 ベッドのシーツを掴んで連続で絶頂するヴェネラナ。今居る場所が夫との寝室である事がより一層快感を増大させる。この背徳感が背筋をゾクゾク駆け巡るのだ。たまらないのだ。

 

 ヴェネラナの熟れた乳房を背後から鷲掴み、種付けを開始する奈落。濁音を立てて放たれる特濃白濁液にヴェネラナは下品な叫び声を上げた。

 

「オ゛ッ、オ゛~~~~~ッ!!!! アアア゛~~~~~~~~~~~~~ッッ♪♪」

 

 長い長い射精。ヴェネラナの膣肉がウネりにウネリ、奈落のモノを締め上げる。注がれる精を一滴足りとも逃さないとばかりに飲み干していく。

 そうして獣同士の交尾が終われば、ヴェネラナは疲れ果てて横たわった。夫婦の寝室を満たしているのは雌の淫臭と雄の匂い。

 

 肩で息をしているヴェネラナの乳房を奈落は鷲掴む。ヴェネラナは悲鳴を上げて母乳を噴き出した。奈落は笑って乳房を貪り始める。

 

「うめぇ」

「ひぃん♪ 奈落ぅっ、らめぇっ♪ 今はァ……っ♪」

 

 痙攣しながらも顔を蕩けさせているヴェネラナ。淫靡な時間は暫く続いた。

 

 

 ◆◆

 

 

 南洋の島にある旅館に帰ってくると、黒歌と白音が涙目で頬を膨らませていた。奈落は自分の非を認め、為すがままにされた。

 

「お仕置きです、奈落さんっ」

「この匂いはヴェネラナさんかにゃ~? 私達を放っておいて他の女と寝るなんて流石奈落! この馬鹿! 阿呆! おたんこなす! 許さないんだから!」

 

 猫又姉妹に問答無用で怒張を舐め上げられる。ヴェネラナの匂いを丹念に舐め取られる。ザラザラとした猫舌は他の女とは違う快感をもたらした。先端から漏れる先走りの臭いを嗅いで、二名は途端に金色の双眸を蕩けさせる。

 

「あっ……♪」

「奈落ぅっ、まだ濃いの溜め込んでる……♪ にゃああ♪ こんなの反則にゃぁ♪」

 

 猫又姉妹は勝手に自慰を始める。床にポタポタと蜜が垂れ落ちた。奈落は二名の頭を猫耳ごと撫で上げる。

 

「俺にチャンスをくれよ。お前らを一杯満足させてやるから」

「「……ッッ」」

 

 二名は互いに視線を合わせると、蠱惑的に唇を舐め上げる。そうして浴衣を脱ぎ始めた。発情スイッチが本格的に入ったのだ。

 

 

 ◆◆

 

 

 小猫の未発達な肢体では本来、奈落とは交尾できない。筈なのだが――ソコは奈落の妖術(ご都合主義)でどうにかなる。と言っても、奈落の剛直を小猫が耐えられるかと言いえば――難しい話である。頑固な女神でさえ屈服させる奈落のモノは凶悪の一言に尽きる。小猫は毎度、激しすぎる交尾のため気絶を繰り返していた。

 

 今もそうである。

 

「にゃぁぁぁぁぁぁん!! あっあっア゛ーーーーッ!!!!」

 

 腹をぽっこり膨らませ、絶叫を上げている小猫。奈落は自分に跨がる彼女の美尻を鷲掴み、容赦なく突き上げていた。

 

「御主人様ァ!!!! らめぇッ!!!! これ以上はァァァァァァ!!!!」

「イケ、お姉ちゃんと同じ様にイッちまえよ」

「に゛ゃああああんッッ!!!!」

 

 白髪を振り乱し潮を吹き散らす小猫。そのすぐ横では腹をぽっこり膨らませ何度も絶頂している黒歌がいた。既に貪られてしまったのだ。トロトロの貌で痙攣を続けている。

 そして、白音もまた限界だった。

 

「オ゛ーーーーーーッ!!!! イグゥ!! まだイグぅ!!!! 御主人しゃまァァァァ!!!! 私、もう……ッッ♪♪ ひぃぃッ!!!!」

「そうか? もう満足か」

 

 奈落は平然とした様子で射精を開始する。小猫の腹が更に膨らんだ。ビュルビュルと卑猥な音が漏れ出す。小猫は吠えた。

 

「~~~~~~~~~~~~~ッッ!!!!! ア゛ーーーー!!!! イグイグイグぅぅぅぅぅ!!!! に゛ゃあああああん!!!!! アア゛~~~~~~~~!!!!」

 

 背中を弓なりに反らせる彼女を抱きしめ、念入りに奥まで注ぎ込む。数分に渡る射精が終わった後に解放されれば、小猫はだらしないアへ顔で横たわった。

 

「あへェッ、あ、はアア゛~ッッ♪ んオ゛、オ……ッ♪」

 

 部屋を包み込む濃密な淫臭を、奈落はタバコの紫煙で上書きした。

 

 

 ◆◆

 

 

 その後、気絶しては犯され、また気絶してを数回繰り返して、漸く猫又姉妹は満足した。

 小さな寝息を立てている妹を膝枕しながら、黒歌は奈落にしなだれかかる。

 

「最高の悪夢ね、文句無しにゃん♪」

「最初の頃は浮かない表情だったってのに、今は幸せそうだな」

「うん♪ 幸せ♪ 悪夢でも何でも良い、妹と一緒に愛しい人の傍にいれる――ソレだけで十分なの」

「そうか……」

 

 奈落は慈愛に満ちた表情で黒歌の頭を撫でる。黒歌はまるで子猫の様に金色の瞳を潤めた。

 





昨日ぶりですが、投稿です。駆け足ではありますが、ご了承ください。
次回は八坂&九重です。それが終われば――この話にも終わりが見えてきます。


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悪夢の始まり 八坂&九重

 これは、本編が始まる前日端。セラフォルーが奈落こと空亡を解放した事で起こった悲劇であり喜劇。京都の妖怪勢力が何故、彼の暗躍に手を貸しているのか――その真相が明かされる。

 

 

 ◆◆

 

 

 嫌に胸騒ぎがした。京妖怪の首領であり九尾の狐である女傑、八坂は胸の奥底で這い回る悪寒に煩悶していた。

 

 霊脈スポットの守護位置であり妖怪達の都、裏京都にある荘厳な屋敷で。八坂は唇を噛みしめていた。今すぐ手を打ちたい。しかし何に手を打てばいいかわからない。だが絶対に何かが起こる。

 その絢爛たる美貌を苦渋で歪めていた。

 

 肩まで伸ばされた黄金色の髪。煌びやかな冠を付けており、丸い眉は今は嫌悪で顰まっている。その身を包み込んでいるのは豪華な装束。意図せず溢れ出させている色気は国を傾けられる魔性の妖女故か――未亡人である事も重なり、想像を絶する色香を放っていた。

 

「妖怪って種族は俺の分霊らしいが……如何せん、雑魚ばっかだな。つまんねぇ」

「……!? 何奴じゃ!」

「でもお前は違うらしい。セラフォルーと同格――とまではいかねぇが、玩具としては十分だな」

 

 目の前に闇が生まれ、そこから褐色肌の大男が現れる。

 

「あっ……ああッ、そんな……なぜッ」

 

 八坂は絶望する。創造主の帰還を、しかし八坂は素直に喜べなかった。何故なら彼女は平和な京都を愛しているから――創造主は破壊と闇を司る生粋の魔王だから。

 

「どうした? そんな怯えて。安心しろ、優しく可愛がってやる。壊れない程度にな」

 

 鬼神――空亡は邪気のままに唇を歪めた。

 

 

 ◆◆

 

 

「空亡様……何故、封印は……」

「世界中の神仏によって厳重に封印された筈……ってか? アホくせぇ。あんな封印、抜けだそうと思えば何時でも抜け出せた」

「っ」

「俺がいねぇ間に随分と世界は変わったなァ。ええ?」

 

 八坂は跪く事しかできなかった。深く頭を下げ、平服する事しかできない。

 

「お、お望みは何でしょうや……貴方様の無聊を慰めるためならば、いかなるものも準備しましょう」

 

 そう述べつつ、八坂は各神話の主神クラスに如何にコンタクトを取るかを考えていた。このままでは不味い。平和な京都が乱されてしまう。取り返しのつかないレベルにまで、グチャグチャにされてしまう。ソレを避けるために、八坂はまず空亡の機嫌を全力で伺う姿勢をとった。

 

「…………俺の機嫌を取りたいか? 狐の娘。時間を稼げば他の神々がどうにかしてくれると?」

「そ、そのような!!」

「お前の考えている事は手に取るようにわかる。何せ俺はお前らの神だからな。意思疎通ができる。本人の意思とは関係無く……な」

「ッッ」

 

 失念していた。彼は妖怪の神。最上位とはいえ妖怪のくくりから抜け出せない八坂は、彼に絶対に抗えない。あらゆる意味を含めて、だ。

 八坂は謀っていた計略を捨てる。が、諦めてはいなかった。裏京都の領主として確固たる覚悟の元、空亡に願い出る。

 

「我等が始祖、空亡様。どうかご慈悲を――あらぶるその暴威をどうか、鎮めてはくださりませぬか? 私に出来る事であれば何でもいたします。故にどうか、京の平和だけは――ッ」

「……ならお前の身を差し出せ。俺の無聊を慰めたいのだろう。お前がその身で慰めろ」

「…………貴方様がソレを望むのであれば」

 

 空亡は意地悪く笑う。

 

「死んでいるとは言え、契りを交わした男がいるのにか? 今もその男を愛しているのにか?」

「はい。妾は裏京都の主、私情は挟みませぬ」

「嘘付け、今一瞬娘の事を思い浮かべたろ」

「…………」

「お前が慰めにならなければ、娘を犯す。だから全力で俺を楽しませろ。なァ……八坂」

「……かしこまりました」

 

 絶対に譲らない。如何にこの身が穢れようとも、愛する民と――娘だけは絶対に汚させない。八坂は毅然とした面持ちで顔を上げた。

 

 

 ◆◆

 

 

「ア゛……オオッ、オオ゛ンッ、ンオ゛♪」

 

 

 敷かれた布団の上で、八坂は無様にも絶頂を繰り返していた。たった数時間の営みだったにも関わらず、八坂は完全に空亡の女にされてしまった。誇りがあった。自負があった。あの人以外の男で感じる筈がないと、そう信じて疑っていなかった。

 

 それがどうだ? このていたらくである。八坂は蕩けきった表情で忘我の彼方を彷徨っていた。想像を絶する快感――空亡のモノはそれはもう凶悪で、八坂の理性を一瞬で奪ってしまった。強引に犯されても身体の隅々にまで巡る至上の快感。途中まで我慢していたものの、最後にはだらしない喘ぎ声を上げていた。

 

 空亡は嘲笑を浮かべる。

 

「だらしねぇ、でも気に入った。テメェはこれから俺専用の奴隷だ。これからも可愛がってやるよ」

 

 空亡の発言を、しかし聞き取れる程の余裕が八坂にはなかった。

 

 

 ◆◆

 

 

 それから幾日も八坂は犯された。気付けば一時の快楽に溺れた己に絶望し、自責の念に駆られつつも今度はああならないようにと戒める日々。しかし犯されれば最後には溺れてしまう。空亡のモノが凶悪過ぎるのだ。そしてテクニックもまた憎いほど高い。八坂は既に弱点を全て把握されていた。

 

 正直逃げたかった。自分が自分で無くなってしまうようで、何より娘と亡き夫に合わせる顔がなくて――しかし京都の民を守るために、逃げる訳にはいかなかった。段々と底なし沼にはまっていく事を察しながら――

 

 今宵もまた、八坂は空亡にその身を差し出す。羞恥で顔を真っ赤にしながら、嫌悪の念は最早隠しきれない。敷き布団の上で一糸纏わぬ姿になっている彼女を、空亡は強引に抱き寄せた。

 

「イイ身体だ。肉付きもいい。男を知って子供を産んで、元から色気は上々だった。今はもっと良いぞ……好きでもない男に抱かれても、身体は素直に反応してやがる」

「ッッ」

「その表情がたまらない」

 

 空亡は八坂の唇を強引に奪う。一瞬、その舌をかみ切ってやろうとも思ったが、そうはいかない。大人しく受け入れる。

 

「~っ、っ♪ ~~ッッ♪♪」

 

 強引に舌を絡められる。なのに感じてしまう。不快に思わなければならないのに――空亡の言うとおり、身体は正直になっていた。空亡を男として認めてしまっている。それがあまりに不甲斐なくて――八坂は涙を流した。

 

「ぷはぁ……オイオイ悲しむなよ。感じてる癖に。いい加減素直になったらどうだ?」

「…………」

「ソレともコレが恋しいのか?」

 

 空亡は下腹部に視線を下ろす。八坂はソレを見て顔を真っ赤にすると、プイと視線を逸らした。その反応に空亡は嘲笑を浮かべる。

 

「強情な女――いいぜ。今日もたっぷりと愛してやる」

「ッッ」

 

 不快極まる――そう思っていても、八坂の秘所からは蜜が垂れていた。

 

 

 ◆◆

 

 

「アア゛ンっ!! アッアーーーーーーッ!!!! ア゛~~~~~~ッッ!!!!!」

 

 正常位からまさしく鬼の如きピストンを落とし込まれ、八坂は喘ぎ声を上げる事しかできなかった。空亡の事を不快に思っていても、もたらされる快楽は本物。幾ら気丈でいようとも、身体が反応してしまう。

 

「お願い、もう、許して……ンア゛っ!! アアンっ!! ひんッ♪ ひぃぃんッ♪ いやァァァァァ!!」

 

 許しを請うても止まってくれない。八坂は泣きながら、それでも嬌声を張り上げていた。グチュグチュと卑猥な音が鳴り響く。熟れた肢体はしかし完全に空亡の虜になっており、その逞しい肉体に吸い付いて離れない。膣肉も痛いほど締まっていた。

 

 それでも、八坂の意思は折れなかった。コレだけは譲らないと、必死に耐えていた。

 

「ん……ならやめようか」

 

 空亡は途中で腰を止め、モノを引き抜く。八坂は「へ?」と、思わず頓狂な声を上げた。

 

「だから止めるって言ってんだよ」

「……そ、そうですか……~っ」

 

 一瞬後悔の念がよぎった事を必死に否定する八坂。空亡は唐突に、障子の奥へ声をかけた。

 

「だらしない母親の代わりにお前が俺を慰めろ、九重(くのう)

「はい、空亡様♪」

 

 障子を開き、一糸纏わぬ姿で出てきた我が子に――八坂は真の絶望の表情を見せた。

 

 

 ◆◆

 

 

「そんな……ッ!! 話が違うではありませぬか!! 空亡様ッ!!」

 

 同じ色の髪と瞳をした可憐な美少女が、空亡のモノを愛おしそうにしゃぶり始める。結い上げた金髪を掻き上げ、丹念に母の愛液を舐め取り始めた。

 

 八坂は立ち上がろうにも先程の性行の余韻のせいで力を出せない。そんな八坂のていたらくに、空亡は冷笑を向けた。

 

「俺は約束を守ったぜ。コイツから求めてきたんだ」

「何を、言って……」

「お前が無様に喘ぐ姿を見て、耐えかねたんだとよ。自分が代わりに抱かれるから、代わりに母を許してやってくれと……健気だねぇ。泣けるねぇ。愛だねぇ。でも所詮雌は雌だ。しかも餓鬼な分、素直だからいい。すっかり俺色に染まって、今じゃ自分から抱かれにくるくらいだ」

「そんな!! そんな筈はッ!!」

「なぁ九重? どうだ?」

 

 空亡の問いに、九重はモノを頬張るのを中断してニパっと笑った。

 

「はい! 九重は大変感動しております! 空亡様の「めすどれい」になれて、この上無き幸せでございます! もっと九重を愛してくだされ!」

「クククッ、良い子だ九重。今日は存分に愛してやる」

「~ッ♪」

 

 頭を撫でられ、九重は気持ちよさそうに目を細めていた。唖然としている八坂。

 

 九重はぷにぷにの幼女体型を晒す様に空亡のモノを自分の秘所にあてがう。そして満面の笑みをこぼした。

 

「母上、空亡様は妾が満足させます故……安心してくだされ♪」

 

 幻術や催眠術などではない。我が子は完全に墜ちていた。

 

「ッッッッ」

 

 八坂の中で、何かが切れる音がした。それは理性の琴線だった。

 

 

 ◆◆

 

 

「アアッ♪ 空亡様ぁっ、空亡様ァ♪ アアン! イイ!! もっと奥、突いてください! あの人じゃ届かなかった場所、もっと突いてくださいましぃ!」

 

 空亡に跨がり、淫らに腰を振るう一匹の雌狐がいた。それが裏京都の主だと住民達は誰も思うまい。空亡はその大きすぎる尻を鷲掴んで奥を突き上げた。

 

「アアン!! ア゛~~~~~~!!!! イク!! イクイクイク!! ~~~~~~ッ!! っ! ッ♪♪ はぁぁ、アーーーーーーーっ♪♪」

 

 蕩けきった表情で絶頂の余韻に浸る八坂。最早彼女は壊れてしまっていた。元々限界だったのだ。唯一の支えである娘が墜ちてしまったせいで、完全に壊れてしまった。

 今の八坂は裏京都の主ではない。ただの淫乱な雌狐である。

 

「もっと! もっと情けをくださいませ、空亡様……♪ この身、この心、全て貴方に捧げまする……どうかお情けを、空亡さまァ♪」

「いいぜ。今日でお前は完全に堕とす」

 

 空亡は八坂を抱き寄せ、完全に固定する。そして寝たまま猛烈なピストンを始めた。八坂はよがり狂う。

 

「ひぃィッ!! アッアーーーーーーーー!!!!! ンアア゛~~~~~~~!!!!! 空亡、様ぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 盛大な喘ぎ声を上げる八坂の唇を唇で塞ぐ。八坂はふやけた表情で舌を絡ませてきた。遂先程まで感じ取れた嫌悪の念は無い。空亡は八坂の後頭部を抱きしめ、ラストスパートに入った。

 

「だめぇぇぇぇっ!!!! 空亡さまァ!! イグ、イグイグイグ…………~~~~ッッ♪♪」

 

 八坂は必死に耐えるも、次に放たれた大量の白濁液に意識を飛ばす。雄叫びの様な喘ぎ声を上げた。

 

「~~~~~~~~~~~~~ッッ!!!!! ア゛~~~~~~~~~~!!!! アア゛ァーーーーーーーーッッ!!!!! イグゥ!!!! イグゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!!」

 

 がっちりホールドし、最後の一滴まで残らず注ぎ込む。盛大に痙攣する八坂は、しかし雌の臭いを撒き散らして最後の最後まで絶頂を繰り返していた。

 数分ほど経ったか――空亡は八坂を解放する。八坂は腹を妊婦の様に膨らませながら、戯言を囁いていた。

 

「ホォォっ、オ゛~~~~~~ッッ♪♪ だめぇ、止まらな……オホォっ♪」

 

 何度も何度も痙攣を繰り返す八坂。その様を最後まで見届けた娘の九重は、辛抱堪らないといった様子で空亡に抱きついた。

 

「空亡様ぁっ、妾にも慈悲をくだされっ。気絶するまで愛してくだされ……っ」

 

 空亡は笑って九重の額にキスを被せた。

 

 

 ◆◆

 

 

 そうして八坂、九重親子は完璧に陥落した。空亡――奈落に絶対の忠誠を誓う雌奴隷として、妖怪勢力を率いるに至ったのだ。今の裏京都は奈落の統治下にあり、冥界の悪魔勢力と同盟関係を結んでいる。これをキッカケに奈落の魔の手が冥界に伸びる事になるのだが、ソレこそが本編の始まりである。

 

 

 物語は前日端を終え、そして終幕へと向かう――――甘美なる悪夢が現実となるのだ。

 





次回で本編はラストです! 駆け抜けていきます!


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エピローグ 終わりにして始まり 甘美なる悪夢


※サーゼクスのヘイト要素がキツイ場面があります。注意してください


 旅館で休息を取っている奈落は、両脇にセラフォルーとソーナを侍らせながらゆったりとした口調で告げた。

 

「そろそろ始めるかァ」

「もう準備は整っていますよ、御主人様☆」

「はい。後は例の「変換」を終わらせれば全てが動き出します」

 

 天真爛漫な姉は、その可憐な童顔と不釣り合いな豊満な乳房を押し付ける。妹はクールな印象と裏腹に、甘える様に奈落に擦り寄っていた。奈落は両者の頭を撫でると、置いていた純白の着流しを羽織る。

 そうして立ち上がり、ソーナに問うた。

 

「ソーナ」

「?」

「裏切るなら今だぞ、今ならまだ間に合う」

「…………」

「俺は止めねぇ。姉ちゃんにも口出しさせねぇ。お前の好きにしろ」

「……見くびらないでください、奈落」

 

 ソーナは不敵に微笑んで眼鏡を押し上げる。

 

「今生、貴方とお姉様の傍にいると誓いました。貴方達が嫌だと言っても付いて行きます。覚悟など、とっくにできていますとも」

「……そうか」

 

 奈落はフッと笑うと、そのまま歩き始める。

 

「俺は行ってくる。何人か連れて行くぞ。お前等は準備のほうを頼む」

「わかりました☆」

「了解です」

 

 遂に始まる。奈落が推し進めていた計画――箱庭計画が。

 

 

 ◆◆

 

 

 その晩、サーゼクス・ルシファーは悪夢にうなされた。最愛の妻であるグレイフィアが「何者か」に抱かれて、恍惚とした表情をしているのだ。その「何者か」が自分ではないのは一目瞭然だった。何故なら、グレイフィアのあんな幸せそうな表情を一度たりとも見た事なかったからだ。あんなに甘えて、淫らな表情をする彼女を見た事なかった。

 

 悪夢はサーゼクスを苦しめる様にグレイフィアの心情を掘り下げていく。グレイフィアはサーゼクスに甘えたかった。もっと自分を見て欲しかった。しかしサーゼクスは振り向かない。いくらアプローチをしても、見向きもしない。だから――本当の自分に気付いてくれた「ある男」に惹かれるのは、至極当然であった。

 

 徐々に二人の距離が縮まる。最愛の女性が他の男に夢中になっていく――妻が寝取られる、これ程の悪夢は存在しないだろう。サーゼクスは耐え切れず、絶叫を上げて目を覚ました。

 

「グレイフィアッッ……グレイフィアッ!!!!」

 

 隣で寝ている筈の愛妻は――いない。気分転換の旅行に出かけている最中だった。

 

「~~~~ッッ、私は、なんて不誠実な男なんだ。グレイフィアが私意外の男に靡くだなんて……」

 

 己の不義を呪うサーゼクス。しかし何処からともなく聞こえてきた嘲笑に即座に臨戦態勢をとった。魔法で魔王装束に着替え、何時でも本気を出せるようにする。

 部屋の奥には、褐色肌の大男が佇んでいた。

 

「……奈落くん? 何故……」

 

 彼は同僚のセラフォルーの腹心であり、冥界の誇る凄腕の外交官だった。

 

「流石ですよ、サーゼクス様。自分の妻は絶対に裏切らない、何故なら自分が愛しているから――とても傲慢だ。ルシファーの名を冠するのに、貴方ほど相応しい存在はいないでしょう」

 

 痛烈な皮肉を交えて、奈落はクスクスと笑う。サーゼクスは瞠目した。彼の横に銀髪の美女がいたからだ。私服姿で、恍惚とした表情で奈落の腕にしなだれかかっている。

 誰でもない、最愛の妻だった。

 

「グレイフィア……これは一体、どういう事だい?」

「見ての通りよ、サーゼクス。夢の中で確認したでしょう? 私はもう彼の女なの。彼以外愛せない」

「……ドッキリにしては随分不快な内容だ。君にはミリキャスという子供がいる。そして魔王の妻でもあるんだ。訂正するなら今だよ」

「安心なさい、サーゼクス。貴方はもう魔王ではなくなるのだから」

「…………」

 

 サーゼクスは奈落を射殺さんとばかりに睨み付ける。

 

「幻術でもかけたのかい? 奈落くん。幾らセラフォルーの部下でも、許されない事があるよ」

「他の男であれば、アア、その言及に対して誠実に答えてやらんでもなかった。俺が寝取ったんだと開き直ってやる事もできた。でもなァ……お前は駄目だ、こんな中途半端な愛し方をしたら、そりゃ寝取られる。自分だけ満足して、「愛してやった」と思い込んで、コイツの想いを蔑ろにしているお前に、幻術だのどうこうホザく権利はねぇ」

「何を……言ってるんだい?」

「ある意味、平等なのかもしれねぇ。お前は最愛の妻にも、冥界の民にも、同じ様な事をしてる。それで幸せになった奴はいるだろ。だが苦しめられた奴も同じ数いる。お前はソイツ等を無視してる。ソイツ等の事を知っているようで「適当に対処すればいい」と思ってる」

「………………」

「見え透いてるんだよ、サーゼクス。自己愛の塊。お前は「万民を愛している良き王」、そんな自身に酔い痴れている究極のナルシスト野郎だ。……俺と同レベルの、どうしようもない屑野郎だ。だから常識人気取ってんじゃねぇよ。反吐が出る。同族嫌悪ここに極まれりだ」

 

 それでも、と奈落は微笑んで見せる。

 

「一定人数は幸せにできてる。自分も幸せになっている。両立している点は素晴らしいと思うぜ。どっちも大切だもんなァ。…………でも、もう終わりだ。お前のおもちゃ箱、俺が貰うぜ」

「……君は、どうやら私の逆鱗に触れてしまったようだね。私が愚王だと、そういいたいのかい? 私がどれだけ苦労していると……!!」

「仕事放り出して妹に甘えに行く余裕があるんだろ? それとも身内贔屓は関係無いってか?」

「~~~~~~~~ッッ」

「やめようぜサーゼクス。テメェの行動は全部墓穴掘ってる。……今夜だ、テメェが溜めに溜めた負積を返済する時がやって来た」

 

 奈落が頭上を見上げると、異空間に穴が空いて亜麻色のツインテールが揺れた。緑のメッシュが入った青髪も現れる。イリナとゼノヴィアだった。空間転移してきたのだ。

 

「御主人様ぁ、掃討終わりました♪」

「楽だったぞ、我が君。魔王の眷属という事で期待していたんだが、この程度とは」

 

 サーゼクスの前にドチャリと落とされる肉塊共。それはサーゼクスの自慢の眷属達――だったものだ。最早見る影もない。悪魔の生命力のおかげで辛うじて息があるが、ほぼ死に体だった。

 

「私の眷属が……ウソだ。こんなことは、ありえない……ッ!!」

 

 サーゼクスの眷属は全員魔王クラスの実力を持つ強者の中の強者である。しかしそれは、悪魔という枠組みの話だ。既に悪魔という種族を超越している二名にとって、彼等を蹂躙する事は準備運動にもならなかった。

 

「お前等、自己紹介しろ。これから「長い間お世話になる」サーゼクス様だ」

「はじめまして、サーゼクス様! 紫藤イリナです! リアスさんの騎士を担当しています!」

「ゼノヴィアだ。リアスの戦車を担当している。覚えなくてもいいぞ」

 

 サーゼクスは眼を見開く。彼女達がリアスの眷属? という事はリアスは――様々な考えが巡る。しかしサーゼクスはそれよりも、目の前の超越者に驚愕を隠し切れないでいた。

 

「デュランダルに……黄昏の聖槍(トゥルー・ロンギヌス)ッッ」

 

 青髪の美少女、ゼノヴィアが携えている二振りの得物。神々しい聖槍と聖剣は共に最上位の聖遺物であり、特に聖槍は神滅具の中でも最強と謳われる真の神殺しだった。

 

 ゼノヴィアは奈落から聖槍を与えられ、異空間で何百年も修行した末に超一流の戦士へと進化していた。完璧に聖槍ロンギヌスと聖剣デュランダルを使いこなせている。右手に槍、左手に剣を携えた独特の闘法はゼノヴィアのパワー重視の想いの表れ。現に彼女はグレモリー眷属内でも一誠を除けば最強の物理戦闘力を誇る。特に魔族に対しては一誠以上の攻撃力を叩き出せる、まさしく魔族キラーであった。

 

 そしてイリナは――

 

「……私は、悪夢でも見ているのか? 神滅具を二つ宿しているだと?」

 

 イリナは舌を出して予め両手に神滅具の波動を形成していた。それは無謬の霧と幾億の魔獣の波動。そう、絶霧(ディメンション・ロスト)魔獣創造(アナイアレイション・メーカー)。上位神滅具であり、それぞれ結界系、創造系で最強を誇る。イリナの多才さを存分に発揮できる組み合わせ、彼女はどんな局面でも対応できる変則万能アタッカーである。

 

 そもそもだ、神器を二つ以上宿せないのは世界共通の認識である。彼女はその認識外の存在だった。

 しかし奈落は兵藤一誠を小型のドライグにまで改良している。二つの神滅具を一人に与える事など、実は造作もなかった。

 

 だがサーゼクスはこれで何を勘違いしたのだろうか、確信してしまったようだ。

 

「ありえない! それこそありえない! 故にコレは夢だ! 君の幻術なんだね!? そうさ、私の自慢の眷属達が殺され、妻が寝取られるなんて――」

「ならそのまま悪夢に溺れて死ね。安心しろや、テメェの魂は再利用してやる」

 

 奈落はサーゼクスを妖力で引き寄せると、その首を圧倒的な握力で締めあげる。片手で優々と持ち上げられ、サーゼクスは成す術無くもがき苦しんだ。

 

「ガぁ! アア……ッ!!?」

「テメェとその眷属共にはこれからの冥界全体の魔力――人間でいうところの電力、動力源になってもらう。なァ幸せだろ? 本当の意味で冥界の民達ために活躍できるんだ。俺からの「愛」を込めたラストプレゼント、受け取ってくれ」

 

 もっとも、転生悪魔はほぼ追放だが――。最後まで凶悪に笑んで、奈落はサーゼクスを動力源へと変換していく。眷属だった肉塊と混ぜ合わせて、良質な「魔力電池」を形成していく。サーゼクスは憤怒と絶望で吠えた。

 

「こんな、こんな事がァ!!!! 私は、皆のためにィィィィィィ!!!!」

 

 そんなサーゼクスを無様だと鼻で笑って、グレイフィアは吐き捨てた。

 

「さっさと死になさい。この偽善者」

「…………ッッッッ」

 

 サーゼクスは最後に真の絶望を味わった後、光球型の魔力電池へと変換された。

 

 

 ◆◆

 

 

 冥界の改革が始まって数ヵ月ほど経ったか――堕天使組織「神の子を見張る者(グリゴリ)」は三勢力の一角として、多大な影響を受けていた。連日訪れる転生悪魔や新体制に付いていけない悪魔達を匿う事で精一杯。幸い食料問題は従来の科学力で補えるものの、問題は他の二勢力――冥界と天界の勢力図の劇的な変化だった。

 

 まずは冥界。新魔王にルシファーことリゼヴィムが就いた事で一昔前の貴族体勢に戻った。弱肉強食と貴族主義が入り交じった混沌社会。コレを望んでいた悪魔は存外多く、純血悪魔の殆どが賛同した。結果、転生悪魔や人間社会に馴染んでいた悪魔達は追放、または隷従を余儀なくされる。

 反乱軍も結成されたが、レーティングゲームのトップランカー達で結成された連合軍と裏京都の妖怪勢力、更には冥府の神ハーデス直属の武闘派死神部隊によって「無理矢理」鎮圧された。

 他勢力が介入する事態もあったが、魔王直属の親衛部隊「D×D」が全て撃滅。このD×Dは元グレモリー眷属であり、一名一名が魔王を超えた超越者クラスの戦闘力を誇る。下手をすれば神話勢力とも互角に渡り合える悪魔勢力の切り札だった。

 

 だが、そんな悪魔社会を揺るがす火種もまた確認されている。白龍皇ヴァーリ・ルシファーと最強の邪龍クロウ・クルワッハが手を組み、反乱軍の若き将軍だった獅子王サイラオーグ・バアルと元・王子ミリキャス・グレモリーを冥界の外へ逃がしたのだ。彼等の存在は後々、冥界を揺るがす災いの大火となるだろう。その背後にはかの無限の龍神も確認されていた。彼女(?)が何を思ってヴァーリ達に手を貸すのか――その真相は現在調査中である。

 

 また、兵藤一誠の子供達を自称する集団も現れていた。彼等のバックには夢幻の真龍の存在が確認されており、上記の勢力同様危険視されている。

 

 そして重大なのは天界勢力。冥界勢力の劇的な進化に対応すべく神のシステムの完全復旧を決行。結果、神器に変わる武具「聖具(イノセンス)」と唯一神に匹敵する力を得た女神ガブリエルが誕生した。他の四大天使は今後の天界を彼女に託し、システム復旧を決行。その代償で消滅した。最も、彼女が奈落の雌奴隷である事を知る者は冥界側にしかいないのだが――

 聖具はガブリエルの洗礼を受けた聖職者しか扱えないが、その分従来の神器よりも強力で、対魔族に対する攻撃力もすこぶる高い。人間側の新たな切り札として大活躍していた。また、神のシステムの完全復旧によって天使という存在が超強化を果たし、上級天使以降は神仏クラスの戦闘力を発揮できるようになっていた。

 

 二勢力の劇的な変化に堕天使勢力はどうする事もできなかった。冥界の様にバックに多数の勢力もなければ、天界の様にシステムの恩恵を受けることもできない。結果、両勢力の流れ者を匿いながら中立の立場を貫くしかなかった。

 

 乱されるだけ乱されたが、その分綺麗に整頓された。天使は天使らしく、悪魔は悪魔らしく、堕天使は堕天使らしく、世界の秩序も神々の不満も、全て解決された。新たな時代を築く基盤が出来上がる。

 

 これら全てが一名の鬼の掌の上の出来事である事を、知る者は少ない。知ったとしても絶望するだけだ。この世界は、鬼神の無聊を慰める箱庭と化したのだから――

 

 

 ◆◆

 

 

 奈落は駒王町、駒王学園の旧校舎でタバコを吹かしていた。

 物語はここから始まったと言っていい。スタートこそもっと早かったが、本格的に始動したのは此処からだった。だからこそ感慨深いものがある。既に古き時代は終わり、新しき時代に突入しようとしていた。ソレを自分で望んだとは言え、古き時代が嫌いだったワケではない。むしろ十分に楽しませて貰い、感謝の念を抱いているほどだ。

 

 今夜は三勢力による秘密の会談がある。冥界、天界、堕天使勢力の各トップが集い、今後の関係を話し合うのだ。最も、冷戦が終わるわけではない。各々の領地と主張をハッキリさせるだけだ。

 それに奈落も参加する。D×Dの顧問であり、魔王ルシファーの懐刀として。

 

 彼がタバコを吸っている傍らで、銀髪のメイドが夜風を浴びていた。彼女は問う。

 

「一誠君達、主力メンバーを修学旅行に行かせて良かったの? 裏京都との交流を深めるためとはいえ……」

「アイツ等の本分は学生だ。それを楽しんで貰わなきゃな。たった三年しかない青春なんだ。謳歌して欲しい」

「優しいところがあるのね」

「俺はいつも優しいだろ?」

「言うわね」

 

 銀髪のメイド――グレイフィアがクスクスと笑えば、奈落もつられて笑う。

 

「……これが、貴方の望んだ世界なの?」

「半分正解だ。俺も望んだが、お前達の望んだ世界でもある。両方叶えたこの歪な箱庭で……これからも楽しませてもらうさ」

 

 奈落は夜空に浮かぶ満月を眺めながらグレイフィアに笑いかける。

 

「なぁ? そうだろう? 度の過ぎたシスコンとはいえ、実の弟を元夫と一緒の魔力電池に変換したお前は、この世界(悪夢)を楽しんでるんじゃないか?」

「……ええ。そうね。そうかもしれない」

 

 グレイフィアは冷笑をこぼす。五月蠅い弟は既に偽善者と同化し、冥界の民達を支える魔力となっていた。以前の彼女であれば考えられないが、今の彼女は違う。歪んでいる。

 

 そんな時、宵闇から黒髪の美女が現れた。サタンだ。彼女は珍しい客人を連れている。緋色の長髪が美しい超越神。バアル家とベルゼブブ家の始祖――奈落の生涯のライバル。

 

「久しいな、黒き鬼。順調そうで何よりだ」

「アダドか……」

 

 奈落は苦笑する。グレイフィアは後ろに下がり、恭しく礼をした。アダドは奈落の横に並ぶ。

 

「皮肉なものだ。神々が望んだ三大勢力の在り方を、神々が最も憎む鬼神が成すとは……」

「不満か?」

「いいや、俺個人としては大満足だよ。これからはバアル家とベルゼブブ家の祖神として、ほどほどに関わっていくさ。なに、心配するな。お前の歪んだ慈愛の邪魔はせんよ」

「邪魔したらぶん殴ってやる」

「おお怖い怖い、だが久々にお前と殴り合うのも悪くないかもしれないな」

 

 ニヒルな調子を崩さない超越神に、奈落はやれやれと肩を竦めた。アダドはその美しすぎる金眼を細めて、鬼神に問う。

 

「これからどうする? 俺たちは悠久の時を生きる超越者だ。時代は勝手に変わっていくぞ。お前の箱庭もすぐに崩れ去る。所詮、うたかたの夢だ」

「夢でいいんだよ。悪夢でいいんだよ。それで満足してる奴がいる。俺も含めてな。……今が楽しめりゃ、それでいい」

「…………」

「むしろ、崩壊を望んでいる節すらある。俺を憎む奴、打倒したいと願う奴は多い。それでいい……それでこそだ。俺の事を誰が殺してくれるのか、楽しみで仕方無い。ソイツ等を最期まで愛してやれたのなら――アア、笑って死ねる」

「……そうか」

 

 アダドは微笑む。しかしサタンとグレイフィアは険しい面持ちをしていた。させない、絶対にさせない。この悪夢は絶対に崩させない。奈落を愛する女性として、邪魔者は一切排除する。

 そんな彼女達の気持ちを背中で察して、奈落は柔らかく微笑んだ。

 

「幸せだな――今も、これから先も、俺は満足できるんだろう。どうかこの時間よ永遠なれ――できれば俺の、この腐りきった慈愛を魂ごと滅ぼしてくれる存在が現れる事を願う」

 

 サタンは歯ぎしりする。彼を()すのは自分であると歪んだ愛を燻らせ、告げた。

 

「貴方を殺し、愛し尽くすのは誰でも無い。私です。お忘れ無き様――」

「ああ、だから横取りされないよう、俺もお前も、注意しないとな」

「ッ」

 

 そんな時、グレイフィアが端末を見て告げる。

 

「奈落、三大勢力の会議の前に不穏な動きを見つけたわ。白龍皇と獅子王――そしてレーティングゲームの覇者、皇帝ディハウザー・ベリアルが確認されてる。京都の方では別次元の赤龍帝の子孫を名乗る存在が現れたらしいわ」

「いいねぇ、わかった。リゼヴィムとガブリエル、アザゼルには俺から伝えておく。京都のイッセー達にも俺から指示を出す」

「……遊び癖は、ほどほどにしなさいよ」

「わかってるって」

 

 ケラケラと笑うと、奈落は紫煙を満月に吹きかけた。そうしてタバコを屋上から落とし、踵を返す。

 

 

 

「さぁて、新しい時代も早速動き始めた……きっちり、楽しませて貰うぜ」

 

 

 甘美なる悪夢は未だ終わらない。新しい時代と共に世界中へ浸透していく。ゆっくり、ゆっくりと――

 奈落はこれから起こる全ての出来事を楽しみ、愛するのである。

 

 

 悪夢よ、永遠なれ。

 

 

 ――――鬼神の紡ぐ淫靡な夢、これにて終幕。

 

 

 

 《完》

 




まずは一年半、本当にお世話になりました。この作品を読んでくれた皆様に多大な感謝を。鬼神の紡ぐ淫靡な夢、本編完結です。ラストは駆け足どころか打ち切りレベルのスーパーダッシュでしたが、ご了承ください。

本編の続きは、皆様のご想像にお任せします。ヴァーリやサイラオーグがどう奈落に対抗するのか、父母を奪われ復讐の鬼と化したミリキャスはどうなるのか、無限と夢幻の真意とは――など、色々考察していただければ、作者としてこれ以上の幸せはありません。

今後の予定といたしましては、なろうの方で連載中のオリジナル作品の執筆に集中したいと思っています。活動報告にURLを貼っておきますので、興味のある方は是非。 

そして、この作品もコレで終わりでは無く、番外編「アカメが斬る!」編の連載を考えています。投稿こそ未定ではありますが――投稿した場合は作者の好きなヒロイン、エスデスとクロメ、レオーネの三名しか書きません。あくまで番外編なので、物語も深く掘り下げません。

長くなりましたが、もう一度――皆様、本当にお世話になりました。また何処かでお会いしましょう。


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