どらごんたらしver.このすば (ろくでなしぼっち)
しおりを挟む

第1章:このぼっち娘に友達を!
第1話:ろくでなしのチンピラ冒険者


「『インフェルノ』」

 

 上級魔法『インフェルノ』。地獄を想起させるその大火を受ければただの人間なんて消し炭だ。

 だから彼女は自分の勝利を確信していた。愚かにもたった一人立ちふさがった少年が業火へ飲み込まれていくのを見て。

 正確には勝利という言葉は正しくないのかもしれない。何故なら彼女はまだこれが勝負だとは思っていなかったのだから。単なる露払い……障害とすら認識していなかった。

 

 

「よっ……と。出会い頭に魔法とはさすが魔王軍。容赦ねえな」

 

 

 業火が切り裂かれ、飲み込まれたはずの少年が無傷で出てくるまでは。

 

 

「でも、俺に炎の魔法を使うとか舐めすぎだろ」

 

 少年は業火を切り裂いた()を肩に抱えながら彼女に話しかける。

 

「…………あんた、もしかしてこの国の王族?」

 

 彼女は思う。魔王の娘である自分が放った上級魔法を受けて、傷一つないこの少年は何者なのかと。

 

「質問に質問で返しやがって…………まぁ、その質問で俺が聞きたいことはわかったから別にいいけどよ」

 

 ため息を付いて、槍を担いだままの少年は続ける。

 

「王族なわけねぇだろ。なんで王族が敵の大将とその親衛隊の前に一人でのこのこやってくんだよ」

「じゃあ、あんたは一体……?」

 

 王族であれば彼女も納得はいかずとも理解は出来た。人間とは言え各国の王族の中には魔王軍の幹部クラスに迫る力を持っているものもいる。今代でそれほどの力を持っている王族はあの勇者の末裔の武闘派王族くらいしか彼女は知らないが、ただ自分が知らないだけだろうと。

 少年は()()で『チート持ち』という可能性もないし、眼こそ紅いが『紅魔族』という可能性もない。一番高いのは『アクシズ教徒』の()()と言う可能性だが、流石のアクシズ教徒も魔法を跳ね返す事はあっても、上級魔法が直撃して無傷ということはないだろう。

 

 そんな非常識な存在はやはり王族、もしくは──

 

(──待って……金髪で、槍使い……?)

 

 可能性を模索していく中で彼女は少年の正体に思い当たる。

 

 

 鳶色の瞳をした金髪の槍使い。

 

 

 それは彼女がこの国へと攻めることになった時、父や他の幹部から警戒するように言われた男の特徴であり、目の前の少年の特徴とも一致する。

 

「そうか……、あんたが最年少ドラゴンナイトなのね。思ってた以上に若くて気づかなかったわ。使い魔のシルバードラゴンも傍にいないし」

「お前も俺と似たような歳だろうに何いってんだか。それにミネアがいないのはお前らのせいだろ。一般兵と主力を分けて攻めるなんて面倒なことしやがって。お陰で頭倒してお帰り願おうって作戦なのに、ミネアと分かれて戦うはめになるとか」

 

 魔王軍の一般兵は彼女よりも先に進軍している。一般兵とは言っても、魔王の娘である彼女の初陣に付いてきた彼らは精鋭であり、並の兵士や冒険者では相手にならない。今回の進軍はテレポートを使った奇襲作戦のため数こそ少ないが、彼女の能力と合わせれば十分過ぎる戦力だ。

 雑兵を一掃し、王国側の主戦力を疲弊させたところで自分や親衛隊が出て止めを刺す。それが彼女の作戦だったが……まさか相手の最大戦力が初手で出てくるとは彼女も思っていなかった。

 

「それとミネアは使い魔じゃねぇ。俺の相棒だ」

「どっちでもいいわよ、そんなの。……あんたを倒せばこの国は落ちたも同然だって聞いてる。殺させてもらうわよ」

 

 想定外では合ったが、この状況は彼女にとっては都合がいい。少年を倒せればこの国を落とすのは容易だ。そしてこの国を落とせば、この地を足がかりにあの勇者の末裔の国を支援する国を一つずつ落とすことも出来るだろう。

 

 仮に落とせなくても、かつての『氷の魔女』と同等の賞金が掛けられてるこの少年を倒せれば戦果として補って余りある。

 

「…………4対1とか卑怯じゃね?」

「魔物使いである私が使い魔と一緒に戦って何が卑怯なのかしら?」

 

 目の前の少年は魔王軍幹部クラスの力を持っていると彼女は聞いているが、彼女自身も魔王軍幹部であり、親衛隊も彼女の強化を受ければ魔王軍幹部クラスの力になる。数だけなく力的にも4対1の差があった。

 

「というより、あんたはなんで一人で来たの? あんたほどじゃないにしても魔王軍幹部に挑むなら上級の騎士や冒険者が付いて当然でしょ? そうじゃないにしてもドラゴン使いがなんでドラゴンを連れてないのよ」

 

「しょうがねぇだろ。俺以外の冒険者や兵は命が出るまで出撃禁止されてる。俺とミネアのどっちかが足止めしなきゃ街が滅ぶし、揃って足止めしてもジリ貧だ」

「…………王国は何を考えてるの?」

 

 魔王軍が攻めてきているのに兵には出撃を禁止する。正気の沙汰とは思えなかった。

 

「さぁな…………俺に死んでほしいんじゃねぇの」

 

 どうでもいいと、あるいはそんな扱いには慣れているとばかりに少年は言う。

 

「無駄話はこれくらいにしようぜ。ミネアに掛けた『竜言語魔法』が解ける前にお前を倒さねぇといけねぇからよ」

 

 少年は肩に担いでいた槍を構え、彼女を真正面に見据える。

 

「多少力を持ってるからと言って人間風情が調子に乗るんじゃないわよ。人に味方する上位ドラゴンがいなくなった今、あんたら人類は私たちに滅ぼされる以外の道は無いんだから」

 

 昂ぶる彼女の戦意に応えるように、あるいは少年の闘気から守るように、親衛隊は彼女の前に出てそれぞれの武器を構える。

 

「そうだとしても黙ってやられる理由にはならねぇよ。くそったれな王と貴族が治める国だが、市井に居るのは良いやつばっかなんだ。……それに、一応姫さんを守るのが俺の仕事だしな」

 

 

 

 それが彼がただ一人ここに立つ意味だった。

 

 

 

「魔王軍次期筆頭幹部────。……一応、あんたの名前も聞いとくわ」

 

 戦いが始まろうとする中、魔王の娘は礼儀として名乗りを上げ、相手にもそれを求める。

 彼はそんな相手の律儀さに少しだけ楽しそうな笑みを浮かべて口を開いた。

 

「俺は──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ダスト?……ダストってば!」

 

 聞き慣れた声。耳元で叫ばれるその音と体を揺すられる感覚に俺の意識は夢の中から浮上していく。

 

「ううん…………リーンか?」

 

 日は高いのか、目を開けようとすると眩しい。なんとか薄く目を開ければ胸の薄いパーティーメンバーの姿があった。

 

「やっと起きた……ダスト、あんた何でこんな所で寝てるの?」

「ダスト? ダストって誰だよ。俺は……」

 

 上半身を起きあげながら考える。夢の最後に答えた俺の名前はそんな変な名前じゃなかったはずだ。そう、俺の名前は──

 

()()()。……あんた絶対寝ぼけてるでしょ?」

 

 呆れ顔で大きなため息をつくリーン。

 

「…………悪い。夢と現実がごっちゃになってたわ」

 

 そこでやっと夢から完全に覚めた。

 

 

 俺の名前はダスト。職業は戦士で得物は長剣の冒険者。

 

 趣味はギャンブルとナンパ。

 好きなものは酒とサキュバスサービス。

 特技はマッチポンプと無銭飲食。

 この駆け出し冒険者の街アクセルを取り仕切るイケメン冒険者と言えば俺のことだ。

 

 ……よし、ちゃんと現状認識できるし頭の中もすっきりしてきたな。

 

 

「ほんとしっかりしてよ。……で? もいっかい聞くけど、なんでこんな所で寝てるの? 凄い通行の邪魔なんだけど」

 

 こんな所と言われて周りを見渡してみれば、俺が寝ていた所は街の大通りの真ん中らしい。周りから奇異の視線向けられていた。

 ……まぁ、道の真ん中で寝てるバカがいれば誰だって気になるよな。

 

「おい、お前ら。何見てやがんだ、見せもんじゃねぇぞ」

 

 だからと言ってそれに遠慮して縮こまる俺じゃないが。

 俺のガンつけにびびったのか、それとも俺の悪評を知ってるのか。足を止めて俺に視線を向けてた奴らは全員蜘蛛の子を散らすようにしていなくなる。

 

「ふぅ……これでよしっと」

「いや、普通に立ってここから立ち去ればいいでしょ。なんで全方位に喧嘩売るのよ」

「何言ってんだよリーン。冒険者なんてものは舐められたら終わりだろうが」

「人間として終わりかけてるあんたにそんなこと言われても困るんだけど…………今更だからどうでもいいか」

 

 どうでもよくねぇよ。お前は俺のこと何だと思ってんだ。

 

「……体が普通に動くようになったら折檻だからな覚えとけよ」

「? もしかしてあんた身体動かないの?」

「そーだよ。だから別に俺は寝てたわけじゃねぇ。気絶してたんだ」

 

 話しているうちに何でこんな所で寝ていた……もとい気絶していたのかも思い出してきた。

 

「なーんか、ろくでもない話になりそうな気がするんだけど……」

「言っとくが俺は何も悪くねーからな。悪いのは全部あのぼっち娘だっての」

 

 思い出したらムカムカしてきた。とりあえず話聞きたいって言うリーンに全部愚痴っちまおう。

 

 

 

 

「はぁ……また失敗かよ。やっぱ普通のナンパじゃだめだな。絡まれてる所を助けて惚れさせる作戦でいかねーと」

 

 日課のナンパ。今日は珍しく正攻法でナンパしたが、そこそこ美人だった女にはため息ついて逃げられてしまった。

 いつものようにナンパしようと手伝ってくれる都合のいいやつを探して──

 

 

 

「──ちょっと待って」

「あん? なんだよリーン。話の腰をいきなり折るんじゃねーよ。まぁ俺がナンパしてるのがショックな気持ちは分からないでもないが」

「いや、あんたがナンパ三昧なのはどうでもいいんだけどさ。なんでナチュラルにマッチポンプしようとしてんの?」

「何でと言われても……そっちの方が女の反応がいいからに決まってんだろ」

 

 普通にナンパしてたら10秒以内に逃げられるけどこの方法なら30秒は話を聞いてくれる。

 

「……ちなみにあんたがナンパ成功した回数は?」

「…………話を続けるぞ」

 

 はぁ……一度でいいからナンパ成功しねぇかなぁ。

 

 

 

 

 

「お? さみしんぼのクソガキじゃねぇか。ちょうどいいとこにきたな」

 

 ナンパを手伝ってくれる知り合いを探して歩く俺の前に、見知ったぼっち娘が通り掛かる。

 

「……………………」

 

 そのぼっち娘ことゆんゆんは俺の声が聞こえなかったようにスタスタと通り過ぎ──

 

「って、こらクソガキ。無視して行こうとすんじゃねぇよ」

 

 ──ようとした所を、俺に肩を掴まれてこっちを向く。

 

「クソガキって呼ばないで!」

「いきなり街中で叫ぶなよ親友。常識知らずにも程が有るぞ。ぼっちのお前が世間の常識に疎いのは仕方ねえかもしれないけどよ」

 

 ゆんゆんは肩に掛けた俺の手をパシンと払い除けて、見るからに怒っている。ちょっと声を掛けただけだってにこの反応とか、こいつは世間の常識ってものをもっと知るべきだろう。

 

「ろくでなしのチンピラに常識知らずとか言われたくないんですけど! あとダストさんとは親友でも友達でもありません! 知り合いも辞めたいです!」

 

 クソガキ呼ぶなと言ったり親友呼ぶなと言ったりわがままな奴だ。

 

「せっかく声をかけてやったのに無視しようとしやがって。爆裂娘がエルロード行ってて一人で寂しいだろうって気を利かせてやったってのに」

「べ、別にめぐみんやイリスちゃんに会えないからって寂しくなんてないですよ! 私には他にも友達いますから!」

「ふーん……お前に爆裂娘以外のダチがねぇ。良かったじゃねぇか。なんだよ、今からそのダチの所に向かうのか?」

 

 だとしたら見逃してやらないこともない。こいつのぼっちっぷりは俺が同情するレベルだし、ダチと遊ぶ約束があるならそっちを優先してやろう。

 

「えっと、その……向かう予定と言うか向かう予定だったというか行ったけどそのまま帰ってきちゃったというか…………」

 

 ごにょごにょと訳の分からない事を言うゆんゆん。

 

「あー……めんどくせぇな。結局お前は今暇なのか? 暇じゃねぇなら酒代くれたら見逃してやってもいいぞ」

「暇…………ですけど。ていうか、暇じゃないにしてもなんでダストさんにお酒代をあげないといないんですか」

「金がね―んだよ。俺は酒が飲みたい。でも金はない。そこにぼっちで金を遊ばせてる奴がくる。どうせ使わないんだからと俺に酒を奢らせる。……な? 単純な理由だろ?」

「ダストさんの思考回路が人として終わってることだけはわかりました。とりあえず言えるのはただの知り合いのお酒を奢る理由なんてないです」

「とかなんとか言って、いつも最後には酒代くれるし俺が無銭飲食しようとしたら代わりに払ってくれるよな。だからお前の親友は止められねぇ」

 

 土下座したらあたふたしながら酒代をくれるし、一緒に飯食べた時に俺が無銭飲食で逃げようとしたら店員に頭を下げて金を払ってくれる。

 

「お酒代は土下座してるダストさんのせいで周りに注目されて恥ずかしいからです! 無銭飲食も一緒に食べてたら逃げなかった方に請求が行くのは当然じゃないですか!」

 

 そんなこといちいち気にしてたら冒険者なんて務まらねぇと思うんだがなぁ。どうにもこいつは冒険者って言うには押しが弱すぎる。うちの貧乳ウィザードを少しは見習ったほうがいい。

 

「まぁ、そのへんは今はどうでもいい。んなことより暇ならちょっと手伝えよ」

「……嫌です。どうせダストさんのことですからろくでもないことに決まってます」

「ああ? 話も聞かないでなんでろくでもないことだって分かるんだよ。実はこの街に潜入してる魔王軍に痛い目見せる作戦に付き合えって話かもしれないだろ?」

 

 実際はただのナンパなんだが。

 

「例えそうだとしても最終的にろくでもないことになるのは分かりきってるんで…………というか、自分の行動を少しは考えてみてくださいよ。私の反応は当然だと思うんですけど」

「考えろと言われてもな……」

 

 うーん…………やっぱこいつの胸は大きいんだよなぁ。顔もかわいいし性格もぼっちで凶暴な所以外は悪くない。なんでこいつ俺の守備範囲外なんだよ。もったいねぇ。

 

「あの……? ダストさん? 本当にちゃんと考えてますか? なんだか視線がいやらしいというか思いっきり胸を見られてる気がするんですけど……」

 

 胸を隠すように腕を交差させるゆんゆん。けどこいつの大きな胸はそれで隠せるはずもなく、逆に強調するような形になる。

 

「うん……やっぱお前の身体はエロいわ。守備範囲外のクソガキのくせに。いいぞぼっち娘。もっとやれ」

 

 守備範囲外だから手を出す気にはならないが、目の保養にはなるからな。

 

「またセクハラですか! いつもいつもいい加減にしてください! というか、ちゃんと考えてくださいよ!」

「分かった考える。で、考えたがどうして断るんだよ?」

「一秒たりとも考えてないじゃないですか! というか本当に分からないんですか!?」

 

 怒りと羞恥で顔を真っ赤にして叫ぶゆんゆん。 

 

「そんな叫ぶなよ。ほら、小さなガキンチョに変な目で見られてんじゃねぇか」

 

 こんだけ街の往来で叫べば当然注目を集める。たいていの奴らは関わり合いになりたくないと早足でいなくなるが、好奇心の強いガキはまっすぐにこっちを見ていた。

 

 

 

 そしてついでにガキの母親らしき人物が『シッ見ちゃいけません、あれがチンピラダストよ』と教えていた。

 

 

 

 …………………………

 

 

 

「おいこら待て。なんで俺が変な目で見られてんだよ」

 

 少なくともこの場じゃ意味不明に喚いてるゆんゆんのが非常識だろ。

 

「日頃の行いって奴ですね」

 

 何故か勝ち誇ったような笑みのゆんゆん。殴りたいこの笑顔。

 

 

『ママー、それじゃあのお姉ちゃんは?』

『シッ見ちゃいけません。あれはチンピラダストや頭のおかしい爆裂娘と親友だという恐ろしい子よ。最近ではアクシズ教徒のプリーストとも仲がいいし……魔王軍の幹部とも友達だとか』

 

 

 

 …………………………

 

 

 

「あああああああーっ!」

「おい、こらクソガキ! いきなり殴りかかってくんじゃねぇ! いてェって! 本当のこと言われて八つ当たりしてんじゃねぇよ!」

 

 遠慮なく殴ってくるゆんゆんを止めようと身体をつかむ。

 

「きゃっ! どこを触ってるんですか!『ライト・オブ・セイバー』!」

「魔法までつかってんじゃねえよ! ヘタしたら死ぬだろうが!」

「大丈夫です! ダストさんは何度ボコボコにしても一度も死んでないじゃないですか!」

 

 このぼっち娘は頭おかしいと思う。

 

 

 

 

 

「──って、感じでそこからは魔法飛び交ういつものつかみ合いの喧嘩になってよ。惜しくも負けちまった俺はここで気絶していたというわけだ」

 

 話を終えて俺はため息をつく。人に話せたからかムカムカした気持ちは大分収まっていた。

 

「魔法飛び交うってあんた…………上級魔法食らってよく無事だったわね?」

「あん? 無事じゃねぇよ。無事じゃねぇから気絶してんだろうが」

「いや……まぁあんたが魔法食らっても気絶で済むのはいつものことだから別にいいけどさ」

 

 上級魔法って言っても杖もなければ詠唱省略もしてるから威力は普通の中級魔法くらいだったからな。むしろ身体強化して飛んでくる拳のほうが痛かった。……あのぼっちアークウィザード、接近戦も普通に行けるから困る。

 

「けど、おとなしそうなあの子がねぇ…………あんた一体全体普段あの子にどんなことしてんの?」

「別にいつもお前にやってることとそんな変わらねーよ。ま、あいつは腕が立つからそっち方面で利y……有効活用させてもらってはいるが」

「あー……うん。大体分かった。そりゃ遠慮もなくなるわ」

 

 話が早くて助かるが、一体全体何が分かったんだ。

 

「別にあんたがどうしようもないろくでなしのチンピラなのは今更だからいいけどさ、真面目そうなあの子を悪い道に引き込むのだけはやめなさいよ?」

「分かってるっての。ちょっと詐欺に付き合ってもらって一緒に留置所入るくらいのことしかしねぇから安心しろ」

「なんにも分かってないじゃん! この人でなし!」

 

 体が動くようになるまで、耳が痛くなるほどリーンに怒られる俺だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話:お人好しのぼっち娘

「……なにやってんだあいつ?」

 

 今日の夢の中でお世話になろうと貧乏店主さんを一目見にやってきた俺は、ウィズ魔道具店の前でそわそわと歩き回るゆんゆんの姿を見つける。

 

「何してんだよ、無駄に発育のいいぼっち娘」

 

 そう声をかけられたゆんゆんは一瞬ビクリとした後、俺の顔を見て『なんだダストさんか……』と大きくため息をつく。

 …………おい、なんだとはなんだよ。冒険者のくせに近くに来るまで気づかなかったことといい、こいつにはいろいろと教え込まないといけないかもしれない。

 まぁ、とりあえず今はこいつの変な行動を聞くか。 

 

「……で? お前は何してたんだ? ウィズさんの店の前をうろうろして。営業妨害か? そんなことしてもどうせウィズさんの店にお客さんなんて来ないから意味ないと思うぞ」

 

 少なくとも俺がウィズさんの顔を見に来た時に客がいた覚えはない。……サキュバスの店の常連にはよく会うけど、あいつら別に客じゃないし。

 …………というか、なんでこの店潰れないんだろう。バニルの旦那が来る前に潰れてなかったのが不思議でならない。

 

「ダストさんじゃないんですからそんな嫌がらせしませんよ!」

「失礼なことを言う奴だな。俺だって別に誰かれ構わず嫌がらせするような陰湿なやつじゃねーぞ。ムカつくやつには正々堂々と喧嘩売ったり架空請求送りつけたりはするが」

 

 少なくともウィズさんみたいな優しい美人さんに嫌がらせなんてしない。

 

「道歩いてる人に自分からぶつかって治療費払えとか言うチンピラさんにそんなこと言われても信用ならないんですが…………あと、架空請求は陰湿すぎるんで後で通報しときますね」

「それは嫌がらせじゃなくて小遣い稼ぎって言うんだよ。それだって誰かれ構わずじゃなくて金持ってそうなやつをちゃんと選んでるぞ」

「なお悪いですよ!」

「お前が俺の酒代とかメシ代とかサky……喫茶店代とかくれればそんなことしなくても済むんだがな。つまりお前が小遣いをくれないのが悪い」

「…………この人もう一生牢屋で過ごしててくれないかな」

 

 サキュバスサービスを毎日頼めるならそれも悪くないかもしれない。

 

 

 

「話がそれたな。嫌がらせじゃねーならなんでうろうろしてたんだ?」

「べ、別にウィズさんの所に遊びに来たけど、いきなりきて迷惑じゃないかなぁと入るに入れなくてそのまま帰ろうかなと悩んでたわけじゃないですよ?」

「…………お前、もしかしてこの間もそんな感じで何もせずにそのまま帰った所だったのか?」

 

 考えてみればあの時こいつが歩いてきた方向はウィズ魔道具店のある方だった。

 

「………………そ、そんなことないですよ?」

 

 どもってる上になんで語尾上げて疑問形になってんだよ。……ったく、本当こいつはどうしようもねーな。

 

「ま、優しい俺はぼっちの悲しい習性には触れないでおいてやるよ」

「どこに優しい人がいるんですか? 私の前にはろくでもない金髪のチンピラさんがいるだけですけど」

「…………お前は引っ込み思案のくせに言いたいことはほんとズバズバ言うよな。そんなんだからぼっちなんだぞ」

「いえいえ、流石にここまで容赦なく言えるのは友達になりたくない相手だけですから」

 

 俺以外にもわりと毒舌だったりするくせに。あれもしかして無意識なのか。

 

「まぁお前とはいずれ決着をつけるとしてだ……ゆんゆん、今暇なんだな?」

「決着なら既についてると思うんですが…………暇ですけどなんですか? ダストさんに何を言われようとダストさんのやることに協力はしませんよ? むしろ邪魔しますよ? あ、やっぱり邪魔するのもろくな目に合わなそうなので無関係でいたいです」

「よし、じゃあクエストに行くぞ。ジャイアントトード討伐で当分のサキュ……もとい宿代を稼ぐ」

「人の話聞いてますか? ……と言うか、宿代とか言ってどうせすぐお酒飲んで消えるんですよね」

 

 失礼な。サキュバスサービス代だけは計画的に運用してるっての。ギャンブルに負けようがリーンに借りた金を返せと言われようがサキュバスサービス代だけは手を出さない。

 

「……どっちにしろダストさんのクエストに付き合うとかありえないので関係ないですが」

「ごちゃごちゃ言ってねぇで行くぞ。ほら、まずはウィズさんの店で買い物だ」

 

 俺は金ないからウィズさんの顔見るだけだけど。

 

「ちょっ……ダストさん! 人の服引っ張らないでください! 行きますから! ほ、ほんと引っ張らないで、この服脱げやすいんですから!」

 

 …………このぼっちは優等生ぶってるくせになんでそんな無駄にエロい服着てんだろうなぁ。

 

 

 

 

「…………何をニヤニヤしてんだよぼっち娘。無駄に気持ち悪いぞ」

 

 街を出てジャイアントトードが繁殖している所まで向かう中。なにかを思い出してるのかにへらとした笑いを浮かべるゆんゆんに俺は話しかける。

 

「ほら、さっき私ウィズさんに言われてたじゃないですか、ダストさんみたいなどうしようもないチンピラのクエストを手伝ってあげるなんて偉い、友達として誇らしいって」

「どうしようもないチンピラ云々はお前の返しであって、ウィズさんは友達のクエスト手伝うなんて偉いですねって言ってただけだけどな」

 

 別に友達として誇らしいとかも言ってない。こいつ頭の中でどんだけ拡大解釈してんだ。

 

「ダストさんは心が汚いから……ウィズさんの心の声が聞こえないんですね」

 

 そんな自分に都合のいい幻聴が聞こえるようになるなら心が汚くていい。…………というかこいつ爆裂娘に長いこと会えなくてちょっとぼっちがやばいことになってねーか。

 

 

 

「お、第一ジャイアントトード発見。ゆんゆん、『カエル殺し』を使ってみろよ」

 

 そんなゆんゆんにわりとドン引きしながら歩いていたら、のんきに歩いているジャイアントトードの姿を見つける。

 俺の言葉の前にゆんゆんも気づいていたのか、ウィズさんオススメの魔道具『カエル殺し』を取り出していた。

 『カエル殺し』はジャイアントトード討伐に行くと言ったら是非とウィズさんが薦めてきた魔道具だが…………まぁ、値段設定以外はまともそうなので買ってきた。どうせ金払うのはゆんゆんだし、喜ぶウィズさんを見てゆんゆんも喜んでたし。

 …………もうこいつがあの店のガラクタ全部買い取ればいいんじゃねーかな。

 

「はい。あ、ダストさんはここで待っててくださいね。爆発すると危ないですし。私も設置したらすぐ離れますから」

 

 そう言ってカエル殺しを片手に俺から離れてジャイアントトードの近くへ行くゆんゆん。

 普段ぞんざいな扱いしてくるくせにこういう時は素直に忠告してくる。なんだかんだで世話焼きなのはゆんゆんの本質なんだろう。…………それ以上に凶暴性を持ってるのも本質だと俺は睨んでるが。

 

「これで設置よしと……あとはさっさと離れ……って、え?」

 

 ぴょんぴょこと動く『カエル殺し』をジャイアントトードの前に置いたゆんゆんはその場をすぐに離れようとした。したが…………

 

「おー地中から1、2、3……数えるのもめんどくさいくらい出てきたな」

 

 離れるのを邪魔するように地中から次々とジャイアントトードが出てゆんゆんを取り囲む。

 

「なんでこんなに出てくるんですか!?」

「そりゃ、『カエル殺し』がうまそうだからだろう」

 

 ウィズさんが商品説明でもそう言ってたし。

 

 そうこう言ってる内に一匹のジャイアントトードが『カエル殺し』を食べて爆発四散する。が、出てきたジャイアントトードの数を見れば焼け石に水だ。

 

「…………殺すのより呼び寄せる数のほうが多いって欠陥品じゃね?」

 

 誰だよこんな頭の悪い商品作ったのは。そんな頭の悪い商品を買いとっておすすめしてる残念な店主も店主だが。

 

「そんなこと言ってないで早く助けに来てくださいよダストさん! 流石に私一人じゃこの数は……っ!」

 

 身体強化をしておっきなカエル相手に大立ち回りをしているゆんゆんだが流石にあの数のカエル相手に詠唱をしながら戦うのは厳しいらしい。四方八方すぐ近くを囲まれてなきゃ『インフェルノ』でも使えば一発なんだろうが、今の状況じゃ範囲系の魔法は使えない。魔法を放った後に後ろからパクリとやられたらおしまいだ。

 

「助けてやってもいいが…………助けて欲しければ金を貸してくれ。最近リーンが金を返せとうるさいんだ」

「この状況で金の無心とかどんだけクズなんですか!?」

「人の足元を見れるときはとことん見るのが冒険者ってもんだ」

「そんな冒険者はあなたくらいです!」

「いや、カズマだったらもっと足元見るだろ」

「……………」

 

 否定はできないらしい。まぁカズマは鬼畜なことにかけてはアクセルの街では他の追随をゆるさないとバニルの旦那お墨付きだからな。流石は俺の悪友だ。

 

「もういいです! こんな時のためにウィズさんがマジックポーションを安くでくれたんです! 前は自分まで麻痺しちゃいましたけど改良版のこれなら……」

 

 そう言ってマジックポーションを飲み干して詠唱を始めるゆんゆん。

 

「『パラライズ』!」

 

 マジックポーションで強化されたゆんゆんの魔法が発動しジャイアントトードたちの動きが完全に止る。

 

「おう、すげぇな。……で、落ちはやっぱり自分まで麻痺してると」

 

 誰も動かなくなった戦場にスタスタと歩いてきた俺は空になったマジックポーションの取説を読む。

 

「なになに……『パラライズの威力と効果範囲を問答無用で強化するマジックポーションです。以前のバージョンより効果時間を改良しています』。…………頭おかしいんじゃないのか? この道具製作者」

 

 ついでにそんなものを買い取っておすすめしてる貧乏店主も。以前に使っててまた自分まで麻痺してるぼっち娘も。

 

 

 

 

「ま、ゆんゆんのおかげでジャイアントトードも楽にたくさん倒せたしこんだけ買い取ってもらえりゃ当分は宿代に苦労しないな。ありがとよ親友。報酬は倒したジャイアントトードの数で計算して分けるのでいいよな」

 

 動けなくなったジャイアントトードをスパスパと切り倒した俺は未だに動けないゆんゆんにそう言う。ちなみにキルレートはゆんゆん3、俺20。

 

「じゃ、ゆんゆんまたな。俺は今からちょっとサky……喫茶店に行ってくるから」

「この状況で一人だけ帰る気ですか!? せめて私が動けるようになるまではいてくださいよ!」

「動けるようにって……いつ動けるようになるんだ?」

「……分からないです」

「じゃ、そういうことで。心配しなくてもクエスト完了の報告はしとくからよ」

 

 そうすればギルドの職員がジャイアントトードを引き取りに来るだろうし、その時にも動けないようだったら回収してもらえばいい。俺はウィズさんに夢のなかで会うのに忙しいからさっさと帰らせてもらうことにする。

 

「…………分かりました。甚だ不本意ですけど私を街までおんぶしてください」

 

 本当に不本意そうにゆんゆんはそう言う。

 

「嫌だっての。なんで俺が14歳のクソガキをおんぶして帰らないといけないんだ。お前動けないからおんぶするのもめんどくせぇし」

 

 俺の守備範囲は15歳以上だ。14歳のゆんゆんはお呼びじゃない。腕に力入らない相手をおんぶするというのも手間だ。

 だけど……

 

「まぁ、俺は受けた恩を忘れないのとパーティーメンバーには優しいことを自負している男だ。次のクエストも手伝ってくれるならなんとかしてやらないこともないかもしれないな」

 

 今回の儲けは結構なもんだし、こんだけ楽に稼げるならその投資をするのも悪くはない。

 

「……本当にダストさんって最低の屑ですね。分かりました。次だけですからね」

 

 大きな溜息をつくゆんゆん。

 

「こういう状況じゃバニルの旦那はもっとえげつない要求すると思うぞ。いるのが俺でよかったな……よっと」

 

 ゆんゆんの肩とスカートの端に手をやってそのまま自分の胸のあたりまで持ち上げる。

 

「な、なな……なんでお姫様抱っこなんてしてるんですか!?」

「あん? おんぶはめんどくせぇからしょうがねぇだろ。それとも肩に背負えばいいか?」

「そっちのほうがいいですよ!」

「…………まぁ、お前がそれでいいならいいが…………お前のスカートの短さじゃパンツ見えるぞ」

「………………このままでお願いします」

 

 …………本当、こいつはなんでこんな服を着てんだろうなぁ。

 

 

 

「けど、ほんとお前って無駄に発育いいよなぁ……これでクソガキじゃなけりゃ文句ないんだが」

 

 すぐ近くで揺れる胸を見ながら俺は思う。まな板のリーンより出るとこほんと出てるし、かなりエロい。

 ………そうだ、ゆんゆんの年齢を17歳にして夢のなかに出てきてもらうというのはどうだろうか。よし、そうしよう。サキュバスサービスに不可能はない。

 

「なんだか身の危険を感じるんですが…………私襲われたりしないですよね?」

「14歳のクソガキで親友で動けない相手を襲うほど俺は落ちぶれちゃいねーよ」

 

 というよりそこまで溜まってない。サキュバスサービスは街の平和を守ります。

 

「いつもセクハラばっかりしてくるくせに…………あとダストさんは親友じゃありませんよ。ただの知り合いです」

「おう、ただの知り合いでパーティーメンバーだ。一時的とはいえよろしく頼むぜ親友」

 

 何が面白かったのかゆんゆんはクスッと吹き出した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話:引きこもりのぼっち娘

「ったく……ゆんゆんのやつ、『めぐみんいなくて暇なんで里帰りしてきます』って言っていなくなったくせに、帰ってきても連絡の一つもよこさねぇ。クエスト手伝うって約束はどうなったんだ」

 

 あのジャイアントトード討伐からはや一週間。あの後里へ向かったゆんゆんがアクセルに帰ってきたという噂を聞いた俺は、ゆんゆんの泊まる宿へとやってきていた。

 

「しかも帰ってきてからは部屋に引きこもりっぱなしとか……ぼっちの上に引きこもりとか救いようがねぇぞ」

 

 宿屋の主人にゆんゆんのパーティーメンバーだと言っても信じてもらえなかった(多分ゆんゆんがぼっちすぎて仲間が出来るとは思ってなかったんだろう)が、教えないとぶん殴るぞと脅したらゆんゆんの様子は教えてもらえた。運んだ飯こそ食べてるみたいだが部屋からは全く出ていないらしい。

 引きこもってても飯が出てくるなんていい身分なことだが、あいつには俺のクエストを手伝ってもらわないといけない。引きずり出してでも連れ出すことにしよう。

 

 

「おし……ここだな。……おい、ゆんゆん! 引きこもってねぇで俺に金を貸せ! それが嫌なら約束通りクエストに行くぞ!」

 

 ゆんゆんの部屋を見つけた俺は、バンと鍵のかかってるドアを蹴飛ばして中へと押し入る。

 そうしてそこで俺が見たのは――

 

 

「はい、アンちゃん、今日のご飯だよ? 一緒に食べようね」

 

「オイシイ、アリガトウ、ユンユン」

 

 

 ――安楽少女にご飯を分け与えてるゆんゆんの姿だった。

 

 

 

「………………おい、ゆんゆん。お前そいつがなんなのか分かってんのか?」

 

 安楽少女のことは俺も知っている。俺の実家の近くにもこいつらはいた。下手なモンスターよりもゆんゆんみたいなぼっちには危険なやつだ。

 

「はい?……って、ダストさん!? いつの間にここに…………って、ドアがなんか壊れてるんですけど!?」

「そんなことはどうでもいいんだよ! そいつが安楽少女だって分かってるのかって聞いてんだ!」

「そ、それはもちろん、アンちゃんが安楽少女なのは知ってますけど…………でもアンちゃんはいい子なんですよ? ほら、私と友だちになってくれたんです」

「バカかお前は。そうやって自分の餌を捕まえるのがそいつらの習性だって分かってんだろ?」

「そうですけど…………だ、だけどアンちゃんは私を餌にするつもりないんですよ? アンちゃんは自分の実を食べさせようとしないんです。一緒にごはんを分けて食べてるだけなんです」

 

 たしかにそれならゆんゆんが死ぬことはないだろうが…………。なるほど、この安楽少女の目的が分かった。

 そういう事なら俺もご相伴にあずからせてもらおう。

 

 

「あのな、ゆんゆん。分かってると思うが街の中に許可のない魔物を連れ込むのは重罪だぞ? その中でも安楽少女は街中での危険性がトップクラスに高いからバレたら実刑は免れない」

「な、なんですか……ダストさんのくせになんでそんな正論言うんですか」

 

 俺のくせにってなんだよ。喧嘩売ってんのかこのぼっち娘は。

 

「……ちっ。……お前が爆裂ロリっ子に長いこと会えなくて寂しがってるのは分かるけどよ、だからって犯罪はまずいだろ」

「…………今舌打ちしませんでした? あと犯罪はまずいとかダストさんにだけは死んでも言われたくないんですけど」

 

 …………まぁ、俺も言ってて白々しいとは思うけどよ。このぼっち娘は本当言いたいことはズケズケいいやがるな。

 

「とにかくだ……俺はお前を犯罪者にはしたくない。だけどロリっ子に会えなくて寂しがってるお前がダチになってくれた安楽少女と離れたくないって気持ちは分からないでもない」

「…………ダストさん。あなたにそんなこと言われても全然嬉しくないどころか『カースド・ライトニング』を唱えたくなるんですけど……この気持ちは一体何なんでしょうか?」

 

 反発心とかそんなんじゃねぇの。

 

「……とにかくだ。俺はこの安楽少女と話して本当に害意のないやつなのか確認するからよ。お前はちょっと部屋からでろ」

 

 いろいろと言いたいことはあるがここで爆発させたらご相伴に預かることは出来ない。部屋をめちゃくちゃにしてやりたい衝動を我慢してゆんゆんにそう言う。

 

「そんなこと言って私がいない間にアンちゃんを経験値にするつもりなんですね! 人でなし!」

「なんでモンスターを倒して人でなし扱いされなきゃいけないのか分かんねぇが…………少なくとも今の俺にこいつを殺す気はねぇよ」

 

 殺したらゆんゆんが色んな意味でめんどくさいことになるのは間違いないし。殺すつもりなら最初から問答無用で経験値にしてる。

 

「とにかく出て行けよ。じゃないと話をする前にギルドに報告しちまうぞ」

「っぐ……わ、分かりましたけど……アンちゃんに変なことしたら駄目ですからね? 絶対ですよ?」

「わーってるよ。心配しなくてもちょっと話をするだけだ」

 

 俺の言葉に無理やり自分を納得させたのか。しぶしぶと後ろ髪を引かれながらゆんゆんは部屋を出て行った。

 

 

「……コロスノ?」

 

 ゆんゆんがいなくなり怯えた様子をみせて安楽少女。

 

「殺さねーからその片言やめろ。てめーらが普通に話せるのは知ってんだ」

「…………っち、めんどくせぇな」

 

 演技しても無駄だと本性を見せる安楽少女。……相変わらずいい性格してる魔物だよ。

 

「言っとくけどあの子を殺す気はないよ。だからあんたが心配するようなことは何もない」

「心配? 何を言ってるんだお前は」

「……え? あの子が心配だからあたしと話すって話だったんじゃ…………」

「ああ? 何で俺があんな生意気なクソガキのためにわざわざそんなことしないといけないんだよ?」

「じゃあ、一体全体あんたは何のためにあたしと二人きりで話そうなんて……」

 

 

 

「そんなもん決まってんだろ。俺も一緒にヒモ生活させろ。俺にも何もしなくてもご飯が出てくる生活味合わせろよ」

 

 

 

「…………………………えー」

 

「おい、なんだよドン引きした顔しやがって。お前と俺は同類だろうが」

 

 こいつがゆんゆんを殺そうとしないのはそれが理由だ。ゆんゆん殺して養分にするよりゆんゆんの金で餌を持ってきてもらうのが楽だと判断したってわけだ。

 

「同類かもしれないけど……えー……これと一緒とかちょっと……」

「とにかく。ギルドに報告されたくなければ俺も一緒にゆんゆんに養ってもらうように言え」

 

 そうすればゆんゆんはダチができる俺と安楽少女は何もしなくてもご飯が食べられる。誰もが幸せになれる関係だ。

 

「あー……うん。あたしが間違ってたよ。ゆんゆんが小金持ちだとしってヒモになろうとしたけど、やっぱりモンスターなんだから騙して殺して養分にしないといけないよね。ヒモになるってことはモンスターの誇りを捨ててこんな男と一緒になるということなんだから」

「おい、何を改心してんだ。ヒモでいいんだよ。俺とお前でゆんゆんに飯をたかるんだ」

「ありがとうゴミクズ男。これからはモンスターの誇りを胸に冒険者を騙して養分にしていくよ」

 

 何故かすっきりとした笑顔で言う安楽少女。

 おかしい……こんなはずじゃなかったのに……。

 

 

 その日の夜、ゆんゆんは泣きながら安楽少女を元いた場所に帰したらしい。

 

 

 

 

 

 

「……って、ことがあったんだよ。バニルの旦那」

 

 翌日、俺はギルドの片隅で相談屋を開いてるバニルの旦那に事のあらましを相談する。ゆんゆんは安楽少女もいなくなったのに未だに引きこもったままだ。

 

「ええい、勝手に相談されても金のないチンピラ冒険者に答える義理はないわ」

「そう言わないでくれよバニルの旦那。旦那だってゆんゆんが引きこもったままだと金づると労働力が減るだろ?」

「……はぁ、仕方あるまい。こうして絡まれてたらおちおち仕事もできん。一度だけ見てやるゆえ、それが終わったらさっさと帰るがいい」

 

 大きくため息を付いて見通す力を使うバニルの旦那。

 

「しかし汝ら2人は無駄に見通しづらくて困る…………ふむ、世界最大のダンジョンの地下十階で見つけた卵をプレゼントするが吉。行き帰りは貧乏店主にでも相談するがいい」

「おいおいバニルの旦那。駆け出し冒険者の街にいる俺が世界最大のダンジョンの地下十階になんていけるはずないだろ」

 

 この街じゃ腕利きの冒険者だと評判の俺だが、それはあくまでこの街での話だ。この街でさえ俺より強い奴はそれなりにいる。サキュバスサービスは街の男を強くします。

 

「助言はしてやったので後は知らん。そもそもアクセル随一のチンピラが何故いっちょまえに人の心配などしておるのか不思議でならん」

「え? 心配はしてないぞ? どうせさみしんぼのゆんゆんのことだ。そのうち寂しくなって部屋から出てくるだろうし」

「……やはり我輩の目に狂いはなかったか」

「ただ、早くゆんゆんから金を借りるかクエストをクリアして金を稼がないとリーンに金を返せねぇんだよなぁ」

 

 最近リーンに会っても無視される。金を借りたいのに金を返さないと話もしてくれないらしい。パーティーメンバーに冷たいことこの上ない。

 

「……汝のろくでなしっぷりは相変わらず見ていて清々しいな。悪魔でもそこまで自分中心に考えられるものは少ないというに」

「そんなに褒めないでくれよ旦那。流石の俺も旦那にはいろいろ負けるしよ」

 

 照れるぜ。

 

「ま、バニルの旦那にせっかく助言もらったんだ。なんとかしてみる」

 

 世界最大のダンジョンか……。挑むならいろいろ準備しないといけないな。

 

 

 

 

 

 

「ふーむ…………これをゆんゆんにプレゼントするのか…………」

 

 ダンジョンから帰ってきた俺はその手にある卵に頭を悩ます。

 

「これを売れば一財産どころの話じゃないんだがなぁ……」

 

 苦労して手に入れた卵。それはブラックドラゴンの卵だ。ドラゴンの中でも希少な種族のドラゴンの卵となればいくらの値がつくか想像もつかない。最低でも億単位の値になるはずだ。

 

「まぁ、どんなに落ちぶれてもドラゴンの卵を売ることはしねーけどな」

 

 それをしてしまえば俺は本当の意味で()()()になっちまうだろうから。

 クズでチンピラな俺の譲れないものの一つだ。

 

 

 

 

「……もったいねーけど、俺が持ってても仕方ないもんだしゆんゆんにやるか」

 

 ゆんゆんの部屋の前。そこに来るまでの間に散々悩んだ俺は、結局卵をプレゼントすることにした。

 もともとそのつもりでわざわざ危険な目に遭うの覚悟で世界最大のダンジョンに挑んだわけだし、ぼっちのゆんゆんにプレゼントするものとして人より寿命の長いドラゴンの卵はこれ以上ないものだろう。

 

「てわけでゆんゆん入るぞー」

 

 そんな葛藤と一緒にゆんゆんの部屋のドアを蹴飛ばして中に入る。

 

「何がてわけで、何ですか! 女の子の部屋にいきなり入ってこないでください!」

 

 今度はちゃんと俺が入ってきたの気づいたのか、ゆんゆんは怒った様子で立ち上がる。

 ……怒った理由は作ってたトランプタワーが崩されたからじゃねーよな? なんかゆんゆんが座ってた机に不自然に散らばるトランプがあるけど。

 

「ああ? 女の子だと? 発育が良いだけのクソガキが色気づいてんじゃねーぞ。17歳になってから出直してこい」

 

 17歳のゆんゆんにはお世話になりました。

 

「……何でこの人他人の部屋に押し入ってこんなに強気なんだろう…………って、ダストさんだからか」

 

 よく分かってんじゃねーか。

 

「…………まぁいいです。それで一体全体私に何の用ですか? 用を済ませて早く帰ってもらいたいんですけど」

「おう、一言多いのは気になるが喜べゆんゆん。お前にプレゼントがある」

「ダストさんが私にプレゼントって…………架空の請求書とか要りませんよ? あ、警察に通報する時に証拠で使えそうなんて一応もらっとこうかな」

 

 …………やっぱこいつに卵やるのやめようかな。

 

「ったく……まぁいい。ほら、ブラックドラゴンの卵だ。親が産んだばかりだから生まれるまで少し時間がかかるだろうが」

 

 そのまま帰りたくなる気持ちを抑えて俺はゆんゆんに卵を渡す。

 

「あなたは誰ですか!? こんな高価でまともなものをダストさんが人に上げる訳ありません! あ、分かりましたバニルさんですね! 人をからかうのもいい加減にしてください!」

 

 …………やっぱ、やらなきゃ良かった。

 

「おう、クソガキ表にでろ。人が苦労して手に入れたもんせっかくプレゼントしてやってるってのに……泣いて謝っても許さねぇからな」

 

 引っ叩いてひん剥いてやる……。

 

「おかしい……そのチンピラっぷりは確かにダストさんです。…………もしかして本物ですか? 悪いもの食べたんですか? 駄目ですよ道端に落ちてるものを食べちゃ」

 

 このさびしんぼっちはほんとどうしてくれようか。

 

「あー…………もうとにかくさっさと受け取れ。でもって引きこもってないで俺のクエスト手伝え」

「あ……そういえば、クエストを手伝うって約束でしたね…………。ごめんなさい、アンちゃんのことで一杯で忘れてました」

「別にいいけどな。……まぁ、悪いと思ってんなら金を貸してくれればそれでいい」

「いえ、それはありえませんけど…………お詫びに約束の一度だけじゃなくて、何度かクエストを手伝うくらいはします」

「おう、そうしてくれ。あと気が変わったら金貸してくれてもいいからな」

 

 てかホント金くらい貸してくれよ……。お詫びはいいから金をくれよ……。ゆんゆんが最近引きこもってたせいで酒どころかまともな飯も食ってねーんだよ。……最近は俺がきたら料金先払にしろって無銭飲食も出来ねーしよ。

 あー……酒飲みてぇなぁ……。

 

「ど、どうしたんですかダストさん? いきなり落ち込んで……この卵のこともありますし、少しくらいなら貸しても――」

「――本当か親友! やっぱ持つべきものは親友だな! 流石俺の親友は太っ腹だぜ!」

「少しですからね少し! 後ダストさんは親友じゃありません! 友達の友達です!」

 

 どうやら知り合いから友達の友達程度には認めてもらえたらしい。

 




友達の友達=知り合いor知り合い未満


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話:素直じゃない爆裂娘

――めぐみん視点――

 

 

「お頭様お頭様。少しいいですか?」

 

 我が盗賊団の秘密k……もといアジト。ソファーに沈んでいた私に下っ端1号のアイリスが話しかけてきた。

 

「なんですか? いい加減その指輪を私に取り上げられる決心がついたんですか?」

 

 その小さな指にはめられた安っぽい指輪。高貴な彼女には不釣り合い過ぎるそれに苦々しい思いを感じながら私は言う。

 

「……まだそれを言うんですか。たとえ相手がお頭様であろうとこの指輪は絶対に渡しませんよ」

「……まぁ、そうでしょうね」

 

 仮に自分が指輪をもらった立場として、アイリスが王女の立場からそれを寄越しなさいと言おうと絶対に渡しはしないだろう。

 だからと言って納得できるわけでもないので、こうして事あるごとに寄越せと言ってしまうのだが。

 

「その件じゃないならどうしたんですか? またセシリーお姉さんがエリス教徒に嫌がらせをして留置所にいれられたんですか? 言っときますが私はもう引き取りに行くのは嫌ですよ」

「それはまだ大丈夫です。今日のセシリーお姉さんはまだ起きてきていません」

 

 既にもう昼を過ぎているのだが。盗賊団は別にいいとしてもプリーストとしての仕事は何もないんだろうか。あれで一応アクシズ教団アクセル支部の支部長のはずなんですが。

 ……まぁ、アクシズ教徒の生態系なんて考えるだけ時間の無駄ですね。

 

「じゃあ、なんですか? 言っときますが『あれ』に話しかけろと言うんでしたら全力で拒否しますよ」

「さ、流石に『あれ』呼ばわりは酷いんじゃ…………いえ、要件は確かにそれなんですけど」

 

 そう話す私とアイリスの視線の先にいる『あれ』……もとい、ゆんゆんはなんだか見たこともない大きな卵を幸せそうに撫でていた。

 …………たまに思い出したようにニヘラと笑うのがなんだか気味が悪い。

 

 

 

「…………あれ、何の卵かわかりますか?」

 

 強い魔力を持った卵というのは分かりますが……。

 

「多分、ドラゴンの卵じゃないかと…………私も前に本で見ただけなので自信はないですが」

「…………なんであの子は最低でも一つ数千万もするものを持っているんですか」

 

 ぼっちでお金の使いみちがないにしても、流石にそこまでの蓄えはなかったはずだ。

 

「私に聞かれましても…………。ドラゴンの卵というものは基本的に市場には出回りません。ドラゴン牧場で孵化させられて人に慣らされてから市場に出回るからです」

 

 そう言えばじゃりっぱも隣国のドラゴン牧場から買ってきたという話でしたか。

 

「ですので、仮に卵の状態で買おうと思えばどんな竜種の卵でも億単位のお金が必要です。数千万というのは冒険者がダンジョン等で運良く見つけて売る時の値段ですね」

 

 億単位……単独で大物賞金首を倒せばそれくらいのお金は稼げるかもしれないですが……。

 

「それに、市場には出回りませんから買うとしたら独自のツテが必要ですね」

「あ、それでゆんゆんが卵を買ったという線はなくなりましたね」

 

 ぼっちのあの子がそんなツテを持ってる訳ありませんから。

 

「実際、貴族や大商人と言った人たちの中でもそういったツテを持っているのは一部ですからね……。それ以外の人にくるドラゴンの卵売りますという話は十中八九詐欺らしいですし。多分、ダンジョンかどこかで見つけたんじゃないでしょうか」

 

 うちにその詐偽の狙い撃ちにされているのがいるんですが、どうにかならないですかね。

 

「ただ最近は野良ドラゴンが生息しているダンジョンやフィールドが殆ど無いんですよね。野良ドラゴンを見かけるのはエルロードの金鉱山のように、どこからかやってきて棲みついたという話がほとんどです。なのでただでさえ希少な野良ドラゴンのそのまた希少な卵を見つけるとなるとお兄様並の幸運が必要な気が……」

「それもう不可能って言ったほうが正しいんじゃないですか」

 

 あの男の幸運値は魔王軍幹部が驚愕するレベルですから。

 

 

 

「けれど、王族であるアイリスがドラゴンの卵を見たことがないというのは意外ですね。王族であればツテを用意するのも簡単なのではないですか?」

「ベルゼルグにはドラゴン牧場がありませんから言うほど簡単ではありませんよ。無理をすれば確かにどうにかなるかもしれませんが……わざわざ高いお金を払って卵で取り寄せる理由はありませんね」

 

 この国の王族のこういう質実剛健なストイックさは嫌いになれない。

 

「それにドラゴン使いのいないこの国では高いお金を払ってドラゴンを取り寄せてもお金に見合った戦力にはなりませんからね。紅魔族の方やお兄様のような変な名前の方たちの報酬を増やしたほうがよっぽど有意義なお金の使い方です」

「そうなのですか?」

 

 ドラゴンは最強の生物。戦力としてみればかなりのものになると思うのですが。

 

「ドラゴンといえど生まれてすぐに最強という訳じゃありませんから……10年くらいじゃグリフォン並で実際に最強の生物と言える威風を持つのは20年くらい経ってからなんですよ」

 

 まぁ、確かにじゃりっぱが最強の生物と言われても首を傾げますが。

 

「では、その20年くらいたったドラゴンを取り寄せればいいのでは?」

「その頃になりますと値段が羽上がりますし、苦労して取り寄せてもドラゴン使いがいないと割とすぐに死んでしまうんですよね」

「さ、最強の生物とは一体……?」

 

 我が爆裂魔法ならともかくアイリスの爆裂もどきでも一撃でしたし割とがっかりなんですが……。

 

「ステータスは凄く高いんですが知能が普通の魔物より高い程度なので……引き際を間違ってしまうんですよね。魔王軍の親衛隊クラスが数人いれば割と簡単に狩られてしまいます」

「ロマンの欠片もありませんね。……そう言えば、アイリスが倒したあのドラゴンは何年くらい生きたドラゴンなのでしょうか?」

「知能はそれなりに高そうでしたが人語を解してる感じでもなかったので……多分100年くらい生きたドラゴンかと」

「100年生きて一撃とは……」

 

 ドラゴンが想像以上に弱いのかアイリスが規格外に強いのか。

 

「流石にアクアさんの補助魔法がなければ一撃では無理だったと思いますよ。それにララティーナが盾になってくれたからこそ全てを一撃にかけられたわけですし」

「ふっ……勝ちました。私ならアクアの補助なし詠唱なしで一撃でしたよ」

「……お頭様はいろいろおかしいので比べないで下さい。……とにかく、あのドラゴン相手なら実践経験の少ない私一人だと苦戦したと思いますし、けして弱い相手ではありませんよ」

 

 それでも一人では勝てないとは言わないんですねこの子は。聖剣の力と王族のステータスを考えれば当然かもしれませんが。

 ……実践経験をつめばこの子はどれほど強くなるのでしょうね。

 

「しかし……何て言うか、アイリスに物を教えられるとなんだか変な感じがしますね」

 

 いつもは世間知らずなアイリスにいろいろ教える立場なだけに。

 

「あのですね、お頭様。一応私は王族でして……小さい頃からたくさん勉強してるんですよ」

 

 王族が英才教育を受けているのは分かってはいるんですがこうイメージ的にというか……。

 

「それに、ドラゴンのことは重点的に教えられましたからね」

「? 何故ですか?」

 

 最強の生物とはいえ単なる魔物の事を王族が詳しく学ぶ必要があるんだろうか。

 

「だって……魔王軍との戦いが始まった当初、戦いの鍵はドラゴンとドラゴン使いが握るだろうと言われていましたから」

「言われていた……? 今は違うのですか?」

 

 

 

「はい。……私達人間が上位ドラゴンに見捨てられた時から、それは違ってしまいました」

 

 

 

 

 

「ねぇ、めぐみん、イリスちゃん。二人ともさっきから何の話をしてるの?」

「ゆ、ゆんゆん!? い、いつからそこにいたのですか!?」

 

 見捨てられたとはどういうことか。それを聞こうと口を開く前に、いつの間にか私達の傍へやってきていたゆんゆんに話しかけられる。

 変な笑みで上の空だったからと油断していた。まさかアイリスが王族であることとか聞かれてしまったんじゃ……。

 

「いつからって言われても、ついさっきだけど……」

「そ、そうですか……(なら、アイリスが王族であることは聞かれてないみたいですね)」

「(そうみたいですね。……ですが、なぜお頭様は私の正体を隠すのですか? ゆんゆんさんなら話しても問題ないと思うのですが)」

「(何をバカなことを言っているのですか。このぼっち娘は常識人を自称してる面倒くさい子なのですよ。あなたの正体を知ったら更に面倒くさいことになるのが目に見えています)」

 

 まぁ、本当は気づいているのかもしれないし、気づいていても頭のなかで考えるのを拒否してるだけの気もしますが。追い詰められたら開き直る子ではありますが基本的には小心者ですからね。王族を義賊とは言え盗賊団に巻き込んでるなんて事実、この子は認められないでしょう。

 

「何を2人で内緒話してるの? ……めぐみんがエルロードから帰ってきてからこっち、二人共距離が近いよね。言い争いしてるのもよく見るし。もしかしてイリスちゃんも王女様の護衛についていってたりしたの?」

 

 またこの子は判断に困ることを言いますね。やっぱり頭じゃ気づいてても心が認めないとかそんな感じなのかもしれない。

 

「別にあなたに話せないことを話してるだけですよ。なので気にしないでください」

「その言い方で気にしないと無理に決まってるじゃない! ねぇ、めぐみん! 私達親友なんだよね!? 私に話せなくてイリスちゃんに話せることってなんなの!?」

「あなたに話せないことはあなたに話せないことですよ。親友であることは認めてあげないこともないですから聞かないでください」

「…………まぁ、親友だからこそ話せないこととかあるだろうしね」

 

 ……そこで納得してしまうんですか。この子は相変わらずチョロいですね。

 

「(お頭様。ちょうどいいので今、卵のことを聞いていただけませんか?)」

 

 ちょんちょんと私を振り向かせてアイリス。

 ……そう言えばいつの間にかドラゴン講義になってましたが、そういう要件でしたか。

 

(…………けど、聞きたくないですね)

 

 このぼっち娘、そわそわしててどう見ても卵のことについて聞いてほしそうにしていますし。こちらから素直に聞くというのもなんだか負けたような気がする。

 呆けてたくせにこっちに来たのも多分私達がドラゴンのことについて話してたからでしょうし。

 

「納得しましたか? では、私はまだイリスと話すことがありますので。ゆんゆんは向こうへ行っててください」

「そ、そんなこと言わないでもいいじゃない。ほら、めぐみんだって私に聞きたいことあるんじゃないの?」

「ありませんよ」

「う、嘘だよね……? さっきだって、話の内容はよく聞こえなかったけど『ドラゴン』って単語出てたし…………ね? 聞きたいことあるでしょ?」

「ありませんよ。…………たとえ仮にあったとしても、私からは絶対に聞きませんよ」

 

 この子の態度でそう決めた。

 

「…………………………」

「…………………………」

 

「……分かったわよ。ねぇ、めぐみん、イリスちゃん。この卵のことについて聞いてくれない?」

 

 勝った。

 

 

 

「全く……聞いてほしければ最初からそう言えばいいでしょうに。あなたは相変わらず意地っ張りですね」

「ねぇ、めぐみん。それあなたが言う? 言っちゃう?」

「…………正直この場ではお頭様のほうが意地っ張りというか……大人げないと思います」

 

 うるさいですよ。

 

「それで? 結局その卵は何なんですか?」

 

 勝負に勝ったこともあってか私は素直に卵のことを聞く。アイリスの講義で微妙に世知辛い現実を知ってしまったがドラゴンはドラゴン。最強の生物という称号は紅魔族の琴線に大いに触れる。

 

「やっぱり気になってたんじゃない…………んふふー、気づいてるみたいだけど、これはドラゴン、それもブラックドラゴンの卵なんだって!」

「ブラックドラゴン……確か上級の竜種のドラゴンでしたか。あらゆる竜種の中で1番凶暴な性格をしているという話でしたね」

 

 アクアが前にゼル帝がブラックドラゴンになるのだけは嫌だと喚いていた気がする。

 

「ドラゴンは卵の時に与えられた魔力次第で竜種が変わったりしますから、本当にブラックドラゴンが産まれるかは分かりませんが…………ブラックドラゴンは凶暴でほとんど卵を産んだりしませんから、もし本当にブラックドラゴンが産んだ卵ならいくらになるか…………ギルドで売却しても2億エリスは堅いんじゃないでしょうか」

 

 アイリスの反応。…………どうでもいいですが、この子は億単位の金銭感覚は普通に持ってるのですね。串焼きの相場とかは分からないくせに。

 

「…………それ、本物なんですか?」

 

 アイリスの言葉を信じるなら、この卵は希少どころの話じゃない。

 

「私も疑ったんだけど…………感じる魔力的にドラゴンじゃなくても凄い生き物の卵なのは確かだと思う」

「凄い魔力を感じても生まれてくるのはただのひよこという可能性はありますよ」

 

 いえ、ある意味ゼル帝も凄い生き物なのは確かですが。

 

「まぁ、ブラックドラゴンかどうかはともかくイリスの見立てでもドラゴンの卵みたいですし、ドラゴンの卵なのは確かなのでしょうが…………どうしてそんなものを持ってるんですか?」

 

 結局一番聞きたいことはそれだ。他はなんとなく聞かなくても分かるが、それだけは本当に想像がつかない。ブラックドラゴンの卵だと言うなら尚更だ。

 

「………………言えない」

「…………はい? 今なんて言いました?」

「だから…………言えない」

「…………あれだけ聞いてほしそうにしといて、肝心な所でそれとか喧嘩売ってるんですか?」

「だ、だって……! (ダストさんにもらったとか言っても多分信じてもらえないし、信じてもらったとしてもダストさんに貰ったものを大事に抱えてるとか…………言えるわけないじゃない)」

「なんですか? 聞こえないんですが」

 

 ごにょごにょとして一体何を言ってるのか。…………カズマがいれば読唇術で分かったかもしれないんですが。

 

「とにかく言えないの! そ、それよりもめぐみん知ってる? ドラゴンってすっごく頭良くて人が喋ってることも分かるんだって」

「知ってますよ。イリスとその話をしてましたから」

 

 本当に分かるようになるのは最低でも100年くらいかかるのが普通らしいですが。

 

「すごいよね! しかも大きくなったら人の姿にもなれるんだよ? そうだよね、イリスちゃん」

「えっと…………はい。確かにドラゴンは大きくなったら人化の術を覚えるそうですね。(……4、500年くらいしたらの話ですが)」

 

 ……アイリスが小声で言った言葉は聞かなかったことにしよう。

 

「…………まさかとは思いますが、あなたは生まれてきたドラゴンを育てて友達になろうとか、そんなことを思ってるわけじゃないですよね?」

「…………そうだけど、悪い?」

「いえ……悪いとは言いませんが……」

 

 カズマが言うにはボールが友達だという奇特な人もどこかにいるみたいですし。それに比べればドラゴンと友達というのは普通かもしれない。

 …………うん、この子はボールどころか植物と友達というアレな子ですからむしろ健全になってますね。

 

(私にはよく分からない感覚ですけどね……)

 

 元人間であるウィズや、100歩譲って普通に話せるバニルと友達になるというのはまだ分かる。けど、言葉を交わせない相手と友達になるというのはよく分からない感覚だ。ペットや使い魔として大事にするというのなら分かるのだが。

 

(…………あの男なら分かるのでしょうか?)

 

 もしもあの男の正体が本当にアレなのだとしたら。ゆんゆんの気持ちを分かってやれるのかもしれない。

 …………いや、分からないか。あの男だし。どうせ本当にアレだとしてもドラゴンのことなんて道具としか思ってないに違いない。良くて使い魔やペットと言ったところだろう。

 

 

 

 

「……ところで、生まれてくるドラゴンの名前は決まってるのでしょうか?」

 

 あの男のことは今はどうでもいいと、私は頭の中から追い出し、ついでに話題も変える。

 

「決まってないけど…………私がちゃんとつけるからね?」

 

 先んじて牽制するとはやっぱりゆんゆんも成長してるのだろうか。なんだか最近はチョロいだけのぼっちじゃなくなってる気がする。

 

「親友からのお願いです。一生で一度でいいからドラゴンの名付け親になってみたいのです」

 

 けれど親友からのお願いといえば流石に断れないはず。さっきも親友という言葉で誤魔化せましたし。………………じゃりっぱにはごめんなさい。

 

「もう……めぐみん? 親友って言葉はそんな風に便利に使ってちゃ駄目だよ? じゃないとろくでもないチンピラ冒険者になっちゃうんだからね」

 

 なん……だと…………。バカな、あのぼっちで友達がほしいと泣いてた構ってちゃんが…………いえ、別に悪口じゃないですよ? 里でのゆんゆんを客観的に見たらそうだよなぁってだけで。

 …………本当にこの子は成長してるのだろうか。そうだとしたら少しだけさb――

 

「――エクスプロージョン!」

「めぐみん!? いきなり叫んでどうしたの!? というか、今日はもう撃ってるから撃てないのは分かってても爆裂魔法を叫ばれたら心臓に悪すぎるからやめて!」

「……すみません。いえ、本当にただちょっと叫びたくなっただけですから」

 

 ですのでアイリス。そんな部屋の隅っこにいないでこっちに帰ってきなさい。私が悪かったですから。

 

 

「いきなり叫び出すとか……本当にもう、めぐみんはしょうがないんだから……」

「あなたにだけは言われたくありませんよ」

 

 だいたい何で私が叫ぶはめになったと…………いえ、まったくこれっぽっちもゆんゆんは関係ありませんが。

 

「何をいきなり頭をブンブン振ってるのめぐみん? ほら、イリスちゃんがさっきいきなり叫んだのも相まって変なもの見る目してるよ?」

「い、いえ、ゆんゆんさん。私はけしてそのようなことは……! た、ただその……お頭様? 必要でしたら王都でも腕利きのプリーストをご紹介しますよ?」

 

 ……本当に爆裂魔法を唱えてあげましょうかこの子達は。

 

「うちには運と頭に目を瞑れば世界最高のアークプリーストがいますから必要ありませんよ。……まったく失礼にもほどがありますよ」

「今のめぐみんの発言に比べたら全然失礼じゃないと思うけど…………って、あっ! もうこんな時間!?」

 

 時計を見て驚いた声を上げるゆんゆん。

 

「ごめん、めぐみん。私今からちょっと行かないと行けないところがあるんだ。それでお願いがあるんだけど、この卵に魔力を込めるように温めててくれない?」

「はぁ……まぁ、魔力も回復してきたところですし別に構いませんが…………どこに行くのですか?」

 

 卵をゆんゆんから預かりながら私は聞く。

 

「えーっと……単なるクエストだけど」

「冒険ですか!? ゆんゆんさん、私も一緒に行ってもいいでしょうか?」

 

 クエストと聞いて目を輝かせるアイリス。…………エルロードで十分冒険したでしょうにこの子は。

 

「だ、ダメだよ! イリスちゃんをあんなのに付き合わるわけにはいかないから!」

「そう……ですか…………残念です」

「ま、また今度皆でクエストに行こうよ! ね? セシリーさんとかクリスさんとかも一緒にさ!」

「そう……ですね。はい、その時を楽しみにしていますね」

 

 アイリスが納得したのを見て安堵の息をつくゆんゆん。

 ……しかし、ゆんゆんが『あんなの』と表現するとは……一体全体何をするんだろうか。それとも、誰かと……?

 

「と、とにかく時間だから行くね!」

 

 そう言って慌てて出ていくゆんゆんを見送る。一応私もアイリスもいってらっしゃいと言ってあげたのだがあの様子では気付いてないだろう。

 ……あの子はもう少し自分が周りに気にかけられてることに気づいていいと思う。

 

「ところでお頭様。1つお願いがあるんですが」

「なんですか? 今の私は卵を温めるのに忙しいので何かしろと言われても出来ませんよ」

 

 しかしドラゴンですか……ドラゴンスレイヤーの称号にも憧れますがドラゴンを使い魔にするというのもいいですね。……ゆんゆんよりも魔力をたくさんあげれば生まれた時に私を主だと認めるとかないですかね。

 

「いえ、その……私にもドラゴンの卵を温める作業をやらせてもらえないかと……」

 

 目を輝かせてアイリスは言う。

 好奇心の塊のアイリスが……しかもたくさん勉強したというドラゴンの卵を前にしたらそう思うのは当然かもしれない。

 ですが……。

 

「嫌ですよ。……どうしてもと言うならその指輪を私に貸してください。大丈夫ですよ、ちゃんと後で返しますから」

「うぅ……お頭様のいじわる! 出来るわけないじゃないですか!」

 

 恋敵にはちょっとだけいじわるをしてしまう私だった。




一応このあと温めさせてあげたそうです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話:クエストの帰りに

「なぁ、ゆんゆん。少し相談があるんだがいいか?」

 

 クエストを終えた帰り道。今日も今日とてゆんゆんと一緒に高難易度のクエストを楽にクリアした俺は隣を歩くゆんゆんにそう話しかける。

 

「はい? グリフォンとの一騎打ちで疲れてるんで明日にでもして欲しいんですが…………ダストさんは後ろで応援してただけだから元気有り余ってるでしょうけど」

「そう言うなよ。俺は下級職の戦士だぜ? グリフォンやマンティコア相手にして戦ったら下手したら死んじまう」

 

 ヒュドラにぱくっと殺られた記憶もまだ新しい。

 

「だったらもう少し難易度低いクエスト選びましょうよ……」

「大丈夫だ。お前はこの街でも1、2を争う冒険者だ。グリフォンくらい一人でも余裕だろう」

「なぜでしょう……褒められてるはずなのにダストさんに言われるとイラッとくるんですが」

 

 もう少し人の言葉を素直に受け取れないのかこのぼっち娘は。人がせっかくおだてて利y……やる気出してもらおうとしてるってのに。

 

「一応言っとくが、お前がこの街で1、2を争う冒険者だって意見には何も嘘はねーぞ」

 

 冒険者に限らなきゃバニルの旦那やらウィズさんがいるし、俺の見立てじゃ最近よく見かけるイリスとか言ったロリっ子もこいつより強い気がする。

 それでも、冒険者という枠組みの中で見ればこいつは一番って言ってもいい実力者だ。……カズマパーティーはいろいろ判定しづらいから除外してるけど。

 

「そ、そうですか? そこまで言ってもらえるならダストさんに言われても少しだけ嬉しいですね」

 

 少しだけ恥ずかしそうにはにかむゆんゆん。……一言多いのは目をつむってやろう。

 その代わり明日もマンティコア討伐で頑張ってもらうが。

 

 

 

「それで相談なんだがな」

「あ、はい。相談ってなんですか? まさかこの間貸したお金もう使い切ったんですか? 一応言っておきますけど前のお金返してくれるまでは貸しませんよ?」

 

 …………どっかのまな板と同じようなこと言いやがって。

 

「流石にまだ全部は使い切ってねーよ。……今日リーンに金返す予定だからそれでなくなるけど」

「あの……? それってつまり、私から借りたお金でリーンさんにお金を返すつもりなんですか?」

「? だとしたらなんだよ」

「……いえ、ダストさんはダストさんなんだなぁと」

 

 なんでこいつは呆れたような顔してんだろう。俺が珍しく人に金を返そうとしてるってのに。

 

「ま、とにかく金の相談はまた今度だな。クエストの報酬も入るし一時は大丈夫だ」

 

 ゆんゆんがクエストを手伝ってくれてる間なら返す金以外で困ることはなさそうだし。

 

「じゃあ、なんですか? ダストさんが私に相談することなんてお金のことと女性のことしか思い浮かばないんですが」

 

 ……本当にこいつは俺のことなんだと思ってるんだろう。

 

「よく分かったな。俺がしたいのは確かに恋愛相談だ」

 

 まぁ、それで当たりなわけだが。……実際俺もこいつに相談することなんて金と女の事くらいしか思い浮かばないんだよな。

 

「はぁ…………つまりナンパもといマッチポンプするから手伝えって話ですか? 嫌ですよもう」

「恋愛相談って言っただけでなんでそんな話になんだ。…………あとその生ごみを見るような目はやめろ」

「この間、クエストだって言って騙してナンパの手伝いやらされたからじゃないですかね。…………相手の女性に警察呼ばれてお説教されたのはショックでした」

「……その件は正直悪かった。次はちゃんとうまくやるから安心しろ」

 

 ぼっちのこいつに絡み役をやらせたのが間違いだったんだよな。今度手伝わせる時はサクラとかやらせよう。

 

「反省! 謝罪はいりませんから反省してください! しかもなんで私が付き合う前提なんですか!?」

「そりゃ、親友だからだろ」

「ダストさんは親友なんかじゃありません! 友達の知り合いです!」

 

 ……あれ? 前より好感度下がってね?

 

「ふぅ…………それで? ナンパじゃなければなんですか? 女の子紹介しろって言われても紹介できるのはアクシズ教徒のプリーストくらいですよ」

「アクシズ教徒のプリーストねぇ……アクアの姉ちゃんといい留置所でよく会う女といい恋愛対象として見れる気は全くしねーからいらないな」

 

 どっちも見た目は文句なしなんだが…………まぁアクシズ教徒なんてどいつもこいつもそんな感じだから、ゆんゆんの紹介できるってプリーストも同じ感じだろう。

 

「失礼ですよダストさん。だいたいダストさんはちょっと年齢が離れてるだけで守備範囲外とか言ったり贅沢言い過ぎなんですよ。少しは身の程をわきまえないと本気で一生彼女出来ませんよ?」

「大きなお世話だよ毒舌ぼっち。…………というか最近お前の毒舌本気で酷くねーか?」

「ダストさんの口の悪さに比べたら可愛いものだと思いますけど」

 

 一理ある。

 

「それに、前にもいいましたけどここまで遠慮なく言えるのはダストさんくらいですから。他の人にはちゃんとしてますよ」

 

 まぁ、本当にそうなら別に問題ないんだけどな。こいつは無意識で毒はくことがあるから安心できない。

 

「なんですか? もしかして私の事心配してるんですか?」

「だとしたらなんだよ?」

 

 また大きなお世話ですとでも言うつもりじゃないだろうな。

 

「いえ、ちょっと意外だなって……。本当に心配してもらわなくて大丈夫ですよ。心配してくれてありがとうございます」

 

 …………急に素直になってんじゃねーよクソガキが。調子狂うだろうが。

 

 

「まぁ、別に心配とかはしてねーよ。これ以上毒舌酷くなったらダチが増えるどころか逃げ出すんじゃないかって思っただけで」

「私の感謝の気持ちを返してください」

 

 早とちりしたのはお前だからな。俺は謝らないぞ。

 

 

 

「って……待て。一体全体何の話してんだよ。恋愛相談だよ恋愛相談! お前の毒舌っぷりなんてどうでもいいっての」

「本当に私の感謝の気持ちを返してください。…………恋愛相談と言われても、ダストさんに紹介できる女の人はいないってことで結論出たじゃないですか」

「だからそれがそもそも違うんだよ。今日の俺は別に女の子紹介してくれって相談したわけじゃねーんだ」

 

 こいつがナンパだの女の子紹介だの早とちりしただけで。

 

「…………え? ナンパ手伝えとか女の子紹介しろとかいう話以外でダストさんが私に恋愛相談…………?」

 

 おう、気持ちは分からないでもないがその信じられないものを見る目はやめろ。

 

「俺もこんなことをお前に相談するのはどうかと思うんだがよ。他に相談できそうなやつがいねーんだよ」

 

 キースは論外。テイラーも恋愛事じゃ頼りにならない。リーンは……まぁ、置いとくとして。

 

「うーん…………一応真面目な話みたいですね。いいですよ、友達の知り合いとは言え知らない間柄じゃありません。相談を受けましょう」

 

 そこは普通にダチだと認めていい場面だと思うんだが。…………こいつ友達が欲しい欲しい言ってんのに本当俺のことはダチだと認めないな。爆裂娘やバニルの旦那は良くて俺はダメとか割りと謎なんだが。流石の俺もあの二人と比べたらまともな自信があるぞ。……いや、本当にあの二人よりかはまともだよな……?

 

「上から目線なのが気になるが、受けてくれてありがとよ。実はだな、最近夢を見るんだよ」

「夢……ですか?」

「ああ、同じ相手の夢ばかり見ててな…………もしかして俺はそいつのことが好きなんじゃないかと思ったんだ」

「同じ人の夢を見る…………なんだかダストさんらしくないロマンチックさですが……確かにそれは恋かもしれません」

 

 まぁサキュバスサービスでお願いしてんだから見るのは当たり前なんだがな。

 

「それで夢に出てくるという人はどんな人なんですか?」

「そうだな…………とりあえず胸とかは結構大きいな。ルナとかウィズさんよりは小さいけど」

 

 アクアのねーちゃんよりは大きいし、ララティーナお嬢様とだいたい同じくらいか。

 

「いきなり答えるのが胸の大きさとかさすがダストさんですね……」

「後は歳が17歳位で黒髪で赤い目をしてる」

「黒髪で赤い目ってことは紅魔族ですね。見た目はわかりましたけど性格はどんな感じなんですか?」

「生真面目で凶暴」

「……それって一緒に成り立つんですか? まぁ紅魔族は売られた喧嘩は買う主義の人多いですしそういう意味じゃ凶暴なのかもしれませんが」

 

 主義とか関係なく俺の知ってる紅魔族は全員凶暴だけどな。

 

「それでどうだ? 恋だと思うか?」

「これだけの情報で何を判断しろというのかわかりませんが…………とりあえず恋じゃないと思います」

 

 やけに自信満々に言い切るな。

 

「その心は?」

「よくよく考えたらダストさんの話なんですから単なる性欲でしょう」

 

 ………………なるほど。

 

「…………あれ? ここ俺怒らないといけない場面のはずなんだけど何で俺は納得しちまってるんだ?」

 

 何故か怒りの感情は起きず、むしろもやもやしたものが晴れた気分だ。

 

 

 

「……正直ダストさんのそういうチンピラらしい底の浅いところ嫌いじゃありません」

「おう、俺もゆんゆんのそういうぼっちになるのも納得な毒舌嫌いじゃないぜ?」

 

「…………………………」

「…………………………」

 

「『カースド・ライトニング』!」

「いっつもいっつも人をボコボコにしやがって! 今日こそ土の味わわせてやる!」

 

 晴れた気分を吹き飛ばし、しっかりと怒らせてくれたぼっち娘と、俺はいつものようにつかみ合いの喧嘩を始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「――で? 約束してた時間からこんなに遅れちゃったと」

 

 リーンの泊まっている宿の部屋。金を返しに来た俺は、遅れた理由をちゃんと話したのに何故かジト目で見られていた。

 

「そうだよ。あの凶暴ぼっち、クエストの集合には遅れてくるわ、喧嘩売ってくるわで時間を無駄に消費させられたんだ。俺は悪くない」

 

 悪いのは全部ゆんゆんだ。

 

「まぁ、あんたが金返しに来るってだけでも天変地異なんだし、大幅に遅れてきたくらいはいっか。あんたが悪くないかどうかは置いといて」

 

 置いとくなよ。実際今回はそんなに俺は悪くないはずだぞ。

 

「とにかくだ。約束の時間には少しばかり遅れちまったが、借りてた金少しだが返すぜ」

 

 まぁ、俺が悪くないって言ってもこいつが素直に認めるとも思えないし。一応は金を借りてる身だからと言いたいことは飲み込む。

 

「ほいほい……ん、確かに10万エリス返してもらったよ」

 

 金を確認して受取るリーン。

 

「って言っても10万エリスじゃ全体の20分の1しか返せてないからね? ちゃんと残りも返してよ?」

「ケチケチしやがって。元はといえばお前が勝手に俺のヒュドラの討伐報酬をカズマたちにあげたから金を借りるはめになってんじゃねぇか」

 

 2000万という高額の報酬が入っていれば俺は今頃毎日昼夜問わずサキュバスサービスにかよい起きたらナンパを繰り返す日々を送っていただろう。

 

「そのままダストに入っててもすぐ使い込んでなくなってた気がするけどね」

 

 否定はしない。

 

「ま、残りもゆんゆんと高難易度クエストこなしてさっさと返してやるから待っとけよ」

 

 高難易度クエストをこなしていってる内にゆんゆんの俺に対する好感度が上がって友達以上親友未満くらいになれば200万エリスくらいならポンと貸してくれるはずだ。

 

「へー……あんたがまじめにクエストこなしてお金を返してくれるなんて思ってなかったよ。これもあの子のいい影響かな」

「おい、リーン。ゆんゆんはお前が思ってるようなやつじゃないぞ?」

 

 都合のいい勘違いはそのままにしといて都合の悪い勘違いは解いておくことにする。

 

「って言うと?」

「ゆんゆんはまず凶暴だ。こっちが少し下手に出ればすぐに殴りかかってくる」

「……あんたが下手に出ることなんて想像できないんだけど」

 

 金を借りてる相手には少しは優しくしてんだろ。お前含めて。ゆんゆんもクエスト手伝ってくれてるしかなり優しく接してやってるぞ。

 

「次にお前らはゆんゆんを孤高のアークウィザードだとでも思ってるのかもい知れないが、あいつはただのぼっちで友達いないだけだ」

「それは知ってる。……というか仮面の人やあんたがぼっちぼっち言ってるから知ってるんだけど」

 

 ……俺はともかく、旦那は流石に酷いよなぁ……公衆の面前で友達がほしいのかとか大声で言っちまうんだから。

 

「最後にあいつは夢のなかじゃエロい」

 

 17歳のゆんゆんは最高でした。

 

「夢ってなんの話よ。……最後はよく分かんないけど、殴られるのはあんたが悪いだろうし、人付き合いが苦手なのは可哀想だけど別にあの子が悪いってわけじゃないじゃん」

「んだよ、リーンもゆんゆんのこと少しは分かってるじゃないか」

「あの子があんたや仮面の人と付き合い始めてから良くも悪くも今までと違った噂が流れてくるようになったからねぇ…………ま、確かに孤高のアークウィザードって感じじゃないけど悪い子じゃないのは変わらないよ」

「人をいきなり殴ってくるのにか?」

「だからそれはあんたが悪いって」

 

 いや確かに俺が悪い場面もあったかもしれないが……ゆんゆんが短気だった場面も多い気がするんだが……。

 

「前にも言ったが……そんだけ分かってんならリーンがゆんゆんの友達になってやれよ。年も近いんだし」

「確かにあの子とはあんたの被害者同盟ってことで仲良くなれそうな気はするけど……」

「おい、どっちかというと俺はお前らの暴力の被害者なんだが」

 

 街中でぽんぽん魔法ぶつけてきやがって。俺やララティーナお嬢様じゃなけりゃ大惨事だってことこいつらは分かってんだろうか。

 

「寝言は寝て言って。……一回断ってるから今更友達っていうのも言いづらいのよね」

「ああ、あれか…………さすがの俺もドン引きだったしな」

「あれもあんたが悪いんだからね?」

 

 いや、あれだけは絶対俺は悪くない。なんでもかんでも俺のせいにしてんじゃねーぞ。

 

「……でも、ダストのくせになんであの子にはそんなに優しいわけ?…………もしかして好きとか?」

 

 何でもかんでも遠慮なしに言ってくるリーンにしては珍しく、少しだけ聞きづらそうに聞いてくる。

 ……こいつは一体全体何を考えてるんだろうか。()()()のことなんて欠片も好きじゃないくせに。

そもそも、ゆんゆんを好きだとか見当違いにも程が有る。俺があいつに絡んでやってる理由だってこいつはちゃんと知ってんだろうに。

 

「別に打算無しで優しくしてるわけでもないし17歳のゆんゆんならともかく14歳のクソガキを好きになるとかありえないんだがな……」

「17歳のゆんゆんって何よ」

「……ま、そんな打算とか抜きで俺が優しくしてるように見えるんならあいつが一時的とはいえ俺のパーティーメンバーだからだな」

 

 恩がある相手とパーティーメンバーにだけは優しくしようってのが俺のモットー(酷い目にあわせないとは言ってない)だ。

 ちなみにカズマとかバニルの旦那とか、俺が認めた相手には優しくするのはもちろん酷い目にもあわせない。

 ……認めた相手でもパーティーメンバーなら酷い目に合わせてもいいかなぁと思ったり、そのあたりは結構適当ではあるが。

 

「ふーん……ま、確かにあんたってパーティーメンバーを見捨てることだけはしないよね。カズマたちとのパーティー交換で初心者殺しに襲われても一人も見捨てなかったみたいだし。……そうでもなきゃあたしもテイラーもとっくの昔にパーティーから追放してるけど」

 

 …………あのことを思い出させんなよ。どんだけ苦労したと思ってんだ。

 

「後はまぁ……ゆんゆんには今回金を貸してもらったことだしその礼も兼ねて優しくしてんだよ」

「女に借りた金を女に借りて返すとか……クズにもほどがあると思うんだけど」

 

 生ごみを見るような目を俺に向けるリーン。

 ……あ、ゆんゆんが俺が金返すって聞いた時にした微妙な顔はこれが理由か。

 一つ女心を学んだ俺だった。

 

 

 

 

 

 

――ゆんゆん視点――

 

 

「バニルさんバニルさん。ちょっと見通してほしいことあるんですがいいですか?」

 

 ギルドの片隅。相談屋はもうすぐ店じまいなのか、ゆっくりと後片付けをしていると、友達に私は話しかける。

 

「心の中でまで友達言うのをどもるぼっち娘が我輩に相談とは珍しいな。まぁ友達であるからして特別料金の10万エリスで占ってやろう」

「ぼったくりにもほどがありますよ!?……払いますけど」

 

 友達で特別とまで言われたら仕方ない。

 

「(……このぼっち娘は爆裂娘や金髪のチンピラ以外には相変わらずチョロいのだな。……いやあの二人にもなんだかんだで利用されてるあたりチョロいのだが)」

「なにか言いましたか? バニルさん」

「いや、なんでもない。それで我輩に相談というのはそのトカゲの卵のことでよいか?」

「あ、はい。流石バニルさん話が早いです。このドラゴンの卵、このまま育ててたら何ドラゴンになるかなぁと気になりまして」

 

 私の手元にはダストさんから貰った卵。クエストの帰りに盗賊団のアジトに寄ってめぐみんから返してもらってそのままここに来た。

 私がアジトに行った時、卵はイリスちゃんが温めていて、起きてきたセシリーさんが私にも温めさせてと暴れているのをめぐみんが抑えていた。

 ……別に温めさせるだけなら問題ないのだけれど、セシリーさんに温めさせたらそのまま持ち逃げしてどこかに売ってきてしまいそうで怖い。多分めぐみんもそう思ってセシリーさんを抑えてたんだろう。

 クエストの帰りに冗談でセシリーさんをダストさんに紹介するとか言ったけど、実際問題あの二人はお似合いなんじゃないだろうか。自由すぎるというか……根っからの悪人ではないけれど悪人すら呆れさせるような頭の痛い行動ばかりしてるところとかそっくりだ。

 

「ふむ……卵を産んだのはブラックドラゴン、そしてその後魔力与えてるのはアークウィザードの汝か。このまま育てればブラックドラゴンが生まれるであろうな。どこぞの駄女神にでも魔力を与えさせればホワイトドラゴンになる可能性もあるが、アークウィザードである汝は無属性の魔力を与えるゆえ最初のブラックドラゴンの影響で種族は決まるであろう」

「えっと……めぐみんとかイリスちゃん、セシリーさんに長く温めてもらったらどうなるんでしょうか? あ、イリスちゃんとセシリーさんのことバニルさん知ってましたっけ?」

 

 イリスちゃんの名前を出した所でなんだか難しい顔をするバニルさん。

 

「別に見通す力を使えばその程度分かるから良いのだが。……汝は不幸の星の下にでも生まれておるのか?」

「一体全体何を見通しちゃったんですか!?」

「いや……まぁ、気づいてないのならそのままでいい。気づかなければきっと幸せでいれるであろう」

 

 その言い方だと私が何に気づいてないのか凄く気になっちゃうんですけど……。

 

「それで、爆裂娘と自称チリメンドンヤの娘と暴走プリーストが卵を温めた場合であったか。爆裂娘の場合は汝と変わらぬが、後の二人に温めさせればホワイトドラゴンが産まれる可能性が高いであろう」

「そうなんですか。んー……だったらイリスちゃんに温めてもらったほうがいいのかなぁ」

 

 イリスちゃんに温めてもらえばホワイトドラゴンになるって話なら、そうした方がいいのかもしれない。

 

「なんだ、汝はブラックドラゴンが生まれてくるのが嫌なのか?」

「はい。だってブラックドラゴンってなんだか凄く凶暴だって話じゃないですか」

 

 少しだけドラゴンについて調べたけど、ブラックドラゴンはその戦闘力とかは随一だけどその凶暴性凶悪性も随一だとか。

 

「凶暴さなどどこぞの自称駄女神に比べたら可愛いものである。まぁ、汝がホワイトドラゴンにしたいという気持ちも分からぬでもないが…………少なくとも盗賊団のアジトで温めさせるのはやめた方が良いであろう」

「え? 何でですか?」

 

 これからもダストさんとクエスト行かないといけない時はアジトでめぐみんかイリスちゃんに預けようと思ってたんだけど。

 

「我輩の見通す目によると、このままアジトで温めさせているとなんちゃってプリーストがやらかすと出た」

「さ、流石にセシリーさんも仲間のものを売り払ったりはしないですよね……?」

 

 いろいろとやらかす人ではあるけど、悪人ではないことを私は知っている。

 

「悪意はないのだがな…………とにかくやらかしてしまう可能性が恐ろしく高い。…………どんなやらかしをするか聞きたいか?」

「いえ……いいです」

 

 聞いても疲れるだけですし。実際に起きてないことでセシリーさんの評価を下げたくもない。…………というか、なんとなく想像つくし。

 

「まぁ、仮にブラックドラゴンが生まれてくるとしても、あのろくでなしのチンピラに任せればなんとでもなるであろう」

 

 ダストさんに任せたら売り払われそうで怖いんですけど。……というか、なんでダストさん? あの人なんかドラゴンに詳しいんだろうか。全然そんなイメージないんですけど。

 

「ふむ……ブレスに関しては汝の影響を受けているようだな。雷属性のブレスを吐くようだ。これはもう変わるまい」

「雷属性って…………私が関係してるんですか?」

「何を言っている『雷鳴轟く者』よ」

「なんでそれをバニルさんが知って…………って、そういう人でした!」

「悪魔だがな」

 

 にやりと笑うバニルさん。剥ぎ取っていいですかね、その仮面。

 

 

「それとバニルさん、お願いと聞きたいことがあるんですけどいいですか?」

 

 最初は聞きたいことだけだったけど、アジトで温められないとなるとお願いしないといけないこともある。

 

「言っておくが、卵を温めて欲しいというお願いはお断りである。我輩……というより悪魔は神の次にそのトカゲが嫌いゆえ」

「嫌いって……どうしてですか?」

 

 かっこいいのに。

 

「神々との幾度にも渡る戦争…………その決着がつかぬのはそのトカゲの上位種たちが幾度も邪魔してくるからである。神々と我々悪魔両方を相手取ってな」

「神々と悪魔両方を相手にって……上位種のドラゴンってそんなに強いんですか!?」

「キラキラした目で見るななんだかんだで紅魔族の血が流れている娘よ。上位種のトカゲ自体は今の我輩と同格かそれより落ちる程度であるし、地獄であれば我輩の方が断然強い。数も多いわけでないゆえ我々悪魔だけでも本来であれば十分対応できる。……我輩よりも長く生きているという龍帝ともなれば創造神や悪魔王をつれてこないと無理だろうが……そもそも今まで創造神や悪魔王が戦争に出た記録はないし龍帝もそういう存在がいるという噂だけだ。そうなるのは『聖戦』……神と悪魔の最終戦争が起きる時だけだろう」

 

 『聖戦』かぁ……私には想像もつかない戦いだけど、この子は大きくなったらそれに関われるくらい強くなるのかな?

 

「なんだか凄い壮大ですね。……でも、上位ドラゴンよりバニルさんたちのほうが強くて、ドラゴンの数も多くないのにどうして両方の勢力を相手取れるんですか?」

「それはだな、トカゲ共は卑怯にも人間を連れて我々の戦争を邪魔しに来るのだ」

「人間って…………流石にそんな人知を超えた戦争に人を連れて行っても役に立たないんじゃ……」

 

 勇者とか言われる人でもバニルさんに勝てる所は思い浮かばない。目の前にいるバニルさんでさえそうなのに、地獄にいるバニルさん本体に戦える人間なんて想像もつかない。

 

「そうか。汝はまだ知らぬか。ならば覚えておくがよい。『ドラゴン使い』そしてその上級職である『ドラゴンナイト』はトカゲ共の力を何倍にも高める。ドラゴン使いとともに戦う上位種のトカゲは文字通り最強だ」

「『ドラゴンナイト』? ドラゴンナイトってあのドラゴンナイトですか?」

 

 めぐみんたちがエルロードに行く前に探した、元貴族で凄腕の槍使いさんの職業で、イリスちゃん曰く超レア職業のドラゴンナイトなんだろうか。

 

「少なくとも他のドラゴンナイトを我輩は知らぬ。人の身でありながらトカゲを最強の存在へと昇華させ、自らもトカゲの力を宿しトカゲとともに戦う……上位種のトカゲと契約できるのであれば間違いなく最強の職業、それが『ドラゴンナイト』である」

 

 どういう職業かはイリスちゃんの話だけではよく分からなかったけど、バニルさんの話を聞く限り神魔の戦争を左右するくらい凄い職業らしい。

 そんな超レア職業に最年少でなって、その上隣国でも1番の槍の使い手って…………私達が探していた人は本当に凄い人だったみたいだ。もし見つけても流石に仲間になってもらうのは無理だったろうなぁ……。

 

「ところでバニルさん。なんだか凄そうな話なのに、バニルさんがトカゲトカゲ言ってるんで凄さがいまいち実感できないんですけど」

 

 やっぱりドラゴンって言って欲しい。

 

「そんなこと我輩に言われても……嫌いなものは嫌いなのだから仕方あるまい。あの自称駄女神とでさえドラゴン嫌いについては喧嘩しながら一晩語り合っても良いくらいだ」

 

 どんだけ嫌いなんですか。……というかアクアさんは自称女神ですけど、別に自分で駄女神とは自称してませんからね?

 

「……って、あれ? もしかしてアクアさんもドラゴン嫌いなんですか?」

 

 語り合ってもいいって。

 

「嫌い……というよりは、怖がっておると言ったほうが正しいやも知れぬがな。大戦を経験しておる悪魔や神々であればドラゴン使いとともにいる上位ドラゴンの強さはトラウマとして植え付けられておるゆえ」

「そうなんですか……」

 

 …………ん? あれ? なんだかバニルさんの話だとアクアさんが本当に女神だと言ってるような…………。

 いや…………流石にそれはないよね。何かの言い間違いか私の勘違いに決まってる。

 

 

「とにかくそのトカゲの卵は貧乏店主にでも温めさせるがいい。どうせ客の来ない店で暇してるか余計なことして借金増やしてるかのどっちかだ」

「まぁ、そういう理由なら仕方ないですね。ウィズさんに頼みます。それと聞きたいことなんですが……」

 

 私が盗賊団やダストさんとクエストに行くときはウィズさんにお願いすることにして、私はもう一つの話題へと移す。

 

「ふむ、何故あのろくでもない人でなしの穀潰しでどうしようもないチンピラゴミクズ冒険者がトカゲの卵などという高価で貴重なものを自分にくれたのか聞きたいのか」

「いえ……そこまで酷くは…………ありますけど。確かに聞きたいことはそれです」

 

 お金がないないと人にお酒をせびってくるダストさんがなぜ一つ数千万以上するドラゴンの卵をタダでくれたりしたのか。……クエストを手伝わされているが、どう考えてもその価値に見合った労力とは思えない。

 

「実はあのチンピラに相談を受けてな。『ゆんゆんが引きこもってるからどうにかして元気させたい』と。それで我輩はトカゲの卵をプレゼントしてやるといいと言ってやったのだ。そしたらあの男は世界最大のダンジョンに乗り込み見事トカゲの卵を手に入れてきた。……その後は汝の知っての通りである」

「そんな……この卵がそんなに苦労して手に入れたものだったなんて…………私なら普通の犬とか猫とか植物でよかったのに…………」

 

 こんなに高価なものを私のために苦労して手に入れてくれるなんて…………私はもしかしたらダストさんのことを勘違いしてたかもしれない。ダストさんの『親友』という言葉には嘘はなく本当に私のことを大切に思って――

 

「まぁ、実際プレゼントするのは何でも良かったのだが、あの男はトカゲの卵以外は全て汝にプレゼントする前に売っぱらってしまうのでな。理由があって売れないトカゲの卵しかプレゼントできるものがなかったのだ」

 

 ――るはずはないらしい。やっぱりダストさんはどうしようもないろくでなしのチンピラだ。

 

「極上の悪感情大変美味である。汝ら二人と一緒にいれば何もしなくても悪感情が味わえてありがたい」

 

 …………友達はやっぱり選んだほうがいいかもしれない

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話:この健気な娘に友達を!

――ゆんゆん視点――

 

 

「そういや、ゆんゆん。少し聞いていいか?」

「はい? マンティコアとの一騎打ちで疲れてるんで明日にでもして欲しいんですが…………ダストさんは後ろで応援してただけだから元気が有り余ってるでしょうけど」

 

 クエストを終えた帰り道、ギルドまであと少しという所。後ろを歩くダストさんの言葉に私はそう返す。

 グリフォンとの一騎打ちよりかはマシだったけど、マンティコアもグリフォンに近い力を持った魔獣だ。解毒ポーションを用意してるとは言えマンティコアの毒を食らうのは危ないし、体力や魔力的にはそこまで消耗してないけど精神的には結構疲れてしまった。

 ……ダストさんが盾役ちゃんとしてくれたら結構楽だったと思うんだけどなぁ。この人下級職の戦士だって言ってサボってるけど、タゲ取りして私の詠唱の時間稼ぐくらいは余裕な気がする。このチンピラさんは避けるのが無駄に上手いから私も喧嘩の時に魔法とか当てるの苦労するし。

 

「……悪かったよ。今日は俺の奢りでギルドで飯食っていこう」

 

 そんな私の考えてることが顔に出てたんだろうか。ダストさんはなんだかバツの悪いような感じでそう言う。

 ……一体全体何を考えてるんんだろう? これくらいのことで悪かったとか思うような殊勝な人じゃないと思うんだけど。

 また何かろくでもないことを考えてて私が不機嫌だと都合が悪いとかそんな感じかな。

 

「私が一人で頑張ったクエストの報酬で奢られてもお得感皆無なんですが…………ダストさんが奢ってくれるなんて天変地異の前触れとしか思えないですし」

「…………とりあえず報酬をルナから受け取ってくるから先に座っといてくれ」

 

 ちょうどついたギルドの入り口。私の警戒した言葉に苦虫を踏み潰したような顔をしたダストさんは、そう言って中へと入っていく。

 

「…………本当に何を考えてるのかな?」

 

 なんだかダストさんらしくないなぁと思いながら。その様子が少しだけ気になった私は素直にその言葉に従うことにした。

 

 

 

 

「それでダストさん。聞きたいことってなんですか?」

 

 一通り飯の注文を終えた所で私は話を切り出す。

 

「ああ、別に大したことじゃねぇんだが、あのドラゴンの卵がどうなってるかと思ってな。様子とか名前を決めたかどうかとか聞きたくてよ」

「え? それが聞きたかっただけなんですか?」

「だとしたらなんだよ」

「いえ……別にだからどうという話はないですけど」

 

 ……てっきりまたお金なくて貸してほしいとかそんな話だと思ったんだけど。このチンピラさんが下手に出るのってだいたいお金と女性が絡んだときだけだし。

 

「様子なら昨日バニルさんに見てもらいましたよ。今の調子だと雷属性のブレスを使うブラックドラゴンが産まれるみたいです」

 

 とりあえず盗賊団の集まりやダストさんに付き合わないといけない時はウィズさんが。それ以外の時は私が卵を温めるという話になった。その場合だとまず間違いなくブラックドラゴンが産まれるというのがバニルさんの話だった。

 

「ブラックドラゴンか…………。なぁ、ゆんゆん。生まれそうってなった時は俺を呼べよ?」

「えー……ダストさん生まれたドラゴンの子を奪って売り払ったりしそうなんですけど……」

 

 まぁ、売り払うなら幼竜よりも卵の時のほうが高いみたいだから本当にそうするとは思わないんだけど。

 ただ、なんていうか理屈ではしないと分かってても感情的には全く信じられない。…………根っからの悪人ではないって分かってはいるんだけど、だからなんだというくらいには碌な目に合わされてないし。例外は本当に卵のことくらいだ。

 

「…………まぁ、どうなってもいいというなら知らねぇが」

「ふふっ……嘘ですよ嘘。そんなにふてくされた顔しないでください。一応ダストさんからプレゼントされたものですからそんな礼知らずなことはしません」

 

 まぁ、だからこそその例外のことに関してだけは少しだけ譲歩してもいいのかなって気持ちはある。この人に甘い態度をとってもつけあがるだけなのは分かっているけど。

 ……私の言葉にちょっとだけ残念そうな顔をしたダストさんを見ると、そんな気持ちが強くなってしまった。

 

「……ふてくされてなんかねぇよ」

「やっぱりふてくされてるじゃないですか。……あ、後一応ドラゴンの子の名前は決めてますよ。バニルさんにドラゴンの話を聞いてて閃いたんです。もしかしてダストさんもドラゴンに名前つけたかったんですか?」

 

 ちなみにめぐみんはまだ名付け親になるのを諦めていないらしい。決めたと言っても諦めないって本当どうなんだろう。

 

「いや……ちゃんと考えてるならそれでいい。ドラゴンの名前は人と違って変えられない。その名前で何百何千という時を過ごすんだ。変な名前つけられたら可哀想だからな」

「…………もしかしてダストさんってドラゴンについて詳しいんですか?」

 

 今の口ぶりといい、昨日のバニルさんの話で出てきたことといい。なんだかそんな雰囲気がある。

 

「別に詳しくはねぇよ。これくらいは常識だし。ま、年の功だ。クソガキよりはいろいろ知ってるかもな」

「それじゃ、ドラゴン使いとかドラゴンナイトって知ってますか?」

「………………それくらい誰でも知ってるだろう。……っと、そうか。この国には紅魔族がいるからお抱えはいねぇのか」

「知ってるんですね。バニルさんとの話の中で気になったんですけど上位種のドラゴンは魔王軍の幹部クラスなんですよね? それでドラゴン使いはその力を何倍にも強化する。……そんな人達がいるならなんで魔王軍に攻められる現状はないと思うんですけど」

 

 今現在魔王軍と正面切って戦っているのはこのベルゼルグの国だけだ。それは国境が魔王軍の領地と接しているのがこの国だけという理由はもちろん、魔王軍と真正面から戦えるような精強な騎士や冒険者がこの国にしか揃っていないからだと聞いている。他の国は物資や精鋭を送ることでその支援をしているという話だけど、バニルさんの話が本当なら上位ドラゴンをつれたドラゴン使いの人たちが送られてきていれば戦況が膠着している今はないと思う。

 

「ま、実際そうだな。……いや、そうだった、が正しいか」

「どういうことですか?」

「ゆんゆんの言った通りだ。上位ドラゴンを連れたドラゴン使いなら魔王軍の幹部相手にも優位に戦える。上位ドラゴンと契約できるようなドラゴン使いは少ないが、それでも各国のドラゴン使いが集まってベルゼルグに協力してれば魔王軍と戦えばとっくの昔に戦いは終わってただろうよ」

「……実際はそうならなかったんですね」

 

 この国ではドラゴン使いやドラゴンナイトという職業の人を見たことがない。いないということはないんだろうけど本当に数えるくらいなんだろう。

 

「ドラゴン使いは国の最高戦力だ。それこそ上位種をつれたドラゴン使いともなればその一組だけでその国の半分以上の戦力を意味する。……それが失われるのを恐れた王族や貴族は温存したのさ。魔王軍を倒した後……国同士の戦争を見越して」

「でも、最初はそうだったにしてもこれだけ魔王軍に攻められてるなら国も改心するんじゃないですか?」

 

 そういう理由で戦力を出し惜しみするのは納得はできなくても理解は出来る。でもつい最近まで魔王軍に押されていた状況でも出し惜しみていたのはどういうことなんだろう。この国が落ちれば他の国も危ないだろうに。ドラゴンとドラゴン使いがどんなに強くても国という広大な範囲を全て守りきるのは出来ないのだから。

 

「はっ、ねえよ。王族や貴族ってのはどいつもこいつも糞ばっかりだ。この国はララティーナみてーな貴族もいるし、あったことはねーが王族は割りと好感持てる。だが他の国はひでぇもんだぜ。最悪民はどうなろうと自分たちさえ助かればそれでいいって奴らばっかりだからな。それに改心したとしてももう手遅れだ。そんな国に呆れ果てた頭のいい上位種のドラゴンたちはみんないなくなっちまった。ドラゴン使いとの契約を破棄しいなくなったやつ、ドラゴン使いとともにいなくなったやつ…………今じゃどの国にも上位ドラゴンはいねぇ。ドラゴン使いこそ変わらずお抱えしてるがそれと契約してるドラゴンは良くて中位種、下位種のドラゴンがほとんどだぜ」

 

 そう言えばめぐみんのエルロードの土産話だと、あの国は王族貴族がギャンブルに遊び呆けて財政破綻寸前だったんだっけ。それを魔王軍のスパイが立て直してあげていたそうとか。

 …………うん、ダストさんの言ってる意味とは違うんだろうけど、他の国の王族や貴族がろくでもないだろうなっていうのは想像がつく。一応エルロードの王子様は改心したという話だけどその前は魔王軍と取引しようとしていたみたいだし。

 

「でも、お抱えってそういう意味なんですね。それでこの国には紅魔の里があるからドラゴン使いのお抱えはいないと」

「あの里は色んな意味で頭おかしいからな……中位種と契約したドラゴン使い分隊と同じくらいの戦力はある。単純なステータスだけでみれば魔王軍幹部8人を同時に相手してもお釣りが出る計算だ。…………ほんとに人間なの? お前ら」

「これでも紅魔族なんで売られた喧嘩は買ってもいいんですからね?……けど、ドラゴンとドラゴン使いのコンビがそんなに強いならなんでこの国はドラゴン使いをお抱えしないんですかね? 紅魔族や『チート持ち』って言われる人たちがいるから必要には迫られてないのかもしれませんけど」

 

 戦力はいくらあってもいいと思うんだけど。他の国から派遣してもらえないならベルゼルグの国自身がドラゴン使いをお抱えするってことはないんだろうか。

 

「そのあたりはまぁこの国にはもともとドラゴンがいなくてドラゴン使いもいなかったってのが一番の理由だな。ベルゼルグの元は遠い昔の勇者が作った国らしいし」

「? まぁ、そうですね。その後比較的穏やかに周辺の村や里を吸収して領土を増やしていったって話ですけど」

 

 なお比較的穏やかな領土拡大だけれど、その方法はその村や里が困ってる魔物や敵対国を武力で排除することで取引として行ったというのがイリスちゃんから聞いた話。…………この国の王族ちょっと武闘派すぎませんかね。実際それだけ強い王族が率いる国に庇護されるのは魅力的ではあるんだろうけど。

 

「で、そこで問題なんだが、ドラゴン使いがそもそもレアな職業だってのは知ってるか?」

「ドラゴンナイトが超レアな職業だってのは聞いていますけど……ドラゴン使いもそうなんですか?」

 

 まぁ、簡単になれるんだったらもう少しこの国でも知られて良さそうではあるけど。

 

「ドラゴン使いもプリーストと同じでステータスがあっても適正がなきゃなれないクラスだからな。ぶっちゃけドラゴン使いの適正持ってるやつはプリーストの適正持ってるやつの10分の1くらいだ。ドラゴンナイトはその適正持ってる上でソードマスター、クルセイダー、アークウィザード、アークプリーストになれるだけの高いステータスが必要だから超レア職業だって言われてるんだ」

 

 ……上級職4つを極めたら勇者になれるとか里の言い伝えにあるんですけど、ドラゴンナイトは勇者の職業なんですかね?

 

「とりあえず、ドラゴン使いとドラゴンナイトが凄い珍しい職業なのはわかりました。でも、それだけなら少ないだけでもう少しいてもいいと思うんですけど」

 

 ドラゴンナイトは難しいかもしれないけどドラゴン使いはいても良さそうな気がする。

 

「そうだな。なりにくい職業ってだけならもっとドラゴン使いはいただろうさ。…………1番の問題はドラゴン使いはドラゴンいなけりゃただの一般人と変わらねーとこなんだよ」

「………………えー」

 

 なんだろう、ここまで散々凄そうな感じだったのに、そう言われると凄い残念な職業に思えてくる。

 

「ただでさえドラゴン使いになれるやつは少ないのに、ドラゴンいなけりゃ意味のない職業。しかもドラゴンは買うとしたら恐ろしく高い値段になる。…………貴族が運良くドラゴン使いの適正持ってりゃなろうかなって感じのクラスなんだよドラゴン使いってのは」

 

 ……まぁ、普通の冒険者にはドラゴンなんて買えませんよね。

 

「でも、だったら国がドラゴンを買って上げてドラゴン使いになりたい人に支給してあげればいいんじゃないでしょうか?」

「まぁ、実際ドラゴン使いが憧れの職業として知られてる国じゃそういう制度があるな。ドラゴン使いやドラゴンナイトには資格を与えて、その資格に見合った国の保有するドラゴンと契約の機会を与える」

「じゃあ、この国もそういう制度を作ればいいんじゃないですか?」

 

 既にある制度なら真似すればいいのに。

 

「この国の財政事情なんて俺は知らねーけどよ。多分そうするだけの金がねーんじゃないか?」

「…………なんでしょう、なんだか凄くロマンのない話になってしまった気がします」

 

 ドラゴンナイトのくだりはなんだか興奮したんだけどなぁ。

 

「……そうだ。ダストさんはこの街に最年少でドラゴンナイトになった凄腕の槍使いの方がいるって噂を知ってますか?」

 

 どうやらダストさんはドラゴンやドラゴン使いのことについて私よりも詳しいみたいだし。なんだかんだで顔の広い人だから知ってそうな気がする。

 イリスちゃんは多分他の街に行ったと思ってるみたいだし、めぐみんもあんまり乗り気じゃない。私もイリスちゃんと同じような感じではあるんだけど…………それでも、こうして聞いてしまうくらいにはあの話はロマンチックだった。ドラゴンナイトという職業がどれだけなるのが困難なものか知ってその気持ちは更に強くなっている。

 

「俺は――」

 

「――大変よ! 大変なのよ! 大事件なの!」

 

 私とダストさんが話してる横を見覚えのある青い髪が通り過ぎ、その髪の持ち主はお仕事終了時間間際のルナさんの机を叩いてそう叫ぶ。

 

「お、落ち着いてくださいアクアさん。一体全体どうしたんですか?」

「これが落ち着いてられるもんですか! ゼル帝が攫われたのよ!」

 

 その瞬間、少しだけ緊張が走っていたギルドに元の空気が流れた。『ああ、なんだあのひよこか』と。

 ……アクアさんあのひよこを本当に溺愛してるからなぁ。

 

「緊急クエストよ! 緊急クエストを出してちょうだい!」

「は、はぁ……まぁクエストを出すのはいいですけど…………アクアさんでも駄目な相手なんですか? それとクエストを出すとしたら報酬はいくらいくらい出せますか?」

「あいつら変な道具でジャイアントトードを操ってるのよ。あのカエル相手じゃ手も足も出なくて…………それと、報酬はその…………5000エリスくらいでおねがいします」

 

 人間相手の奪還クエストで5000エリスかぁ…………普通にジャイアントトードを買い取って貰ったほうが儲かりそう。

 

「一応その条件でクエスト出すのはいいですが…………サトウカズマさんにお願いして報酬金をもっと用意しないと誰も受けないと思いますよ?」

「そんな暇ないわよ! ジャイアントトードと一緒だから移動速度は遅いけどカズマさん説得してたら流石に逃げられちゃう!」

「そうかもしれませんが……現状ここでやれることはありませんし、頼んでみたらどうですか?」

「うぅ……分かった」

 

 ルナさんの言葉におちこみながらアクアさんはギルドを急いで出て行く。…………どうしよう? 私が受けてこようかな?

 

「あれ? ダストさん、いきなり立ってどうしたんですか? お手洗いですか?」

 

 そんなことを思ってたら、私よりも先にダストさんが立ち上がる。

 

「ゆんゆん。俺はちょっと行ってくるから。……帰っててもいいが、できればちょっとだけ待っててくれるか? すぐ帰るから」

「は、はぁ……まぁ一人遊びは得意ですから別にいいですけど……どこに行くんですか?」

「緊急クエストだよ」

 

 ……緊急クエスト?

 

「え!? あのアクアさんのクエストをダストさんが受けるんですか!?」

「…………だったらなんだよ?」

 

 ジト目をしてダストさん。

 

「また何か悪いものでも食べたんですか? ダメですよお金がないからって道に落ちてるものを食べちゃ」

「お前帰ってきたらマジで覚えとけよ。そのエロい服ひん剥いてやるからな」

 

 ……よかった。いつものチンピラさんなのは変わらないらしい。ダストさんがまともだとなんだか落ち着きませんからね。

 

「ダストさんがあのクエストを受けるというのは謎すぎるんですけど、そういう話だったら私もクエスト手伝いますよ」

 

 アクアさんが困っているなら助けてあげたいし。

 

「いや…………俺一人で十分だろうからお前はここで待ってろ」

「……え? いつも私にクエストの戦い任せっぱなしのダストさんが一体何を言ってるんですか?」

 

 やっぱりこの人なにか悪いものを食べたんじゃ……。

 

「俺も本当はそうしてーんだが…………いいから、待っとけよ。一人遊びは得意なんだろ」

 

 そう言うダストさんはガシガシと頭を掻いていて、なんだか言いたいことが言えなくてもどかしい……そんな様子だった。

 

「まぁ、そこまで言うならおとなしく待っておきますけど。……えっと、頑張ってきてください?」

「おうよ。……疑問系じゃなければ完璧な見送りありがとよ」

 

 …………やっぱり今日のダストさんはなんだか変だなぁ。

 ルナさんの元へ向かうダストさんの背中を見つめながら私はそんなことを思っていた。

 

 

 

――ダスト視点――

 

 

「てわけでルナ。その緊急クエスト受けるからよこせ」

 

 クエスト板に緊急クエストと手描きで書かれた紙を貼ろうとしていたルナに俺は手を出す。

 

「…………なにか悪いものでも食べましたか? ダストさん」

「どいつもこいつも俺を何だと思ってんだよ! いいから胸揉まれたくなければさっさと寄越せ」

 

 ゆんゆんといいルナといい。そんなに俺が金にならないクエスト受けるのがおかしいのかよ。

 …………自分でもおかしいと思うけど。

 

「誰も受けないようなクエストですから特に断る理由はないからいいんですが…………似合いませんよ?」

「大きなお世話だ。……一応、アクアのねーちゃんは俺の命の恩人だ。困ってんなら助けねーと俺のモットーに反するんだよ」

 

 ひよこをドラゴンだって言い張ってるのに思うところはあるが、あのひよこをアクアのねーちゃんが大事にしてるのには変わりない。

 ただでさえ俺はそういう話にだけは弱いってのに、それが命の恩人が大事にしてるペットだって言うなら助けるしかねーだろ。

 

「そのモットーかなりガバガバですよね。――はい、クエストの受注処理完了しました。冒険者『ダスト』さん、ご武運をお祈りいたします」

 

 ルナの社交辞令な応援の言葉を受けて、俺はギルドを出てアクアのねーちゃんの報告があった場所へと向かった。

 

 

 

 

――サイドA:ゆんゆん視点――

 

 

「ダストさん、本当にどうしたのかな?」

 

 アクアさんの緊急クエストを受けるだけでもおかしいのに、一人でいこうとするなんて。いつもなら私が行きたくないと言っても無理やり連れて行こうとするのに。

 

「……本当に悪いものでも食べたんじゃないかなぁ」

 

 目の前に広がる美味しそうな料理を前にしながら私はそんなことを呟く。

 そう疑ってしまうくらいには今日のダストさんは色々とおかしかった。

 

「…………一人で料理に手を付けるのもなんだかさみs……もとい申し訳ないんですよね」

 

 本当に珍しく、あのダストさんが奢ってくれると……一緒にご飯を食べようと言ってくれた。それなりに交友のある相手に奢ってもらいごはんを一緒に食べるというのは私にとってうれs……もといほんのちょっとだけ楽しみだった。…………いやいや、別に楽しみでもないけど。相手に不満がありまくるけど。

 

「……どうしたの? えーと……ゆんゆんだっけ? いきなり頭を振り回したりして」

「べ、別に自分が流石にちょろすぎるとか思ってなんかないですよ!?」

 

 いきなり声をかけられたことにびっくりした私は言わなくてもいいことを口走ってしまう。

 

「って、え? リーンさん? 私に話しかけてくれたんですか?」

「そ、そうだけど…………話しかけちゃまずかった? なんだか悩んでるみたいだったし」

 

 ……傍から見たら私って独り言喋って頭をブンブン振り回してたおかしな女だったんじゃないだろうか?…………リーンさんに話しかけてもらえてよかった。あのままだったら私はめぐみん並に頭のおかしい紅魔族として有名になっていたかもしれない。

 

「ありがとうございます……リーンさん。リーンさんのお陰で私は救われました」

「ごめん、ちょっと何言ってるかわからない」

 

 ごめんなさい。恥ずかしすぎてちょっと混乱してます。

 

「……けど、あたしの名前覚えててくれたんだ。一度しか話したことないよね? それにしてもほとんど話してないのに」

「リーンさんのことならよくダストさんに話を聞いてますし………………わりと衝撃的だったので」

 

 ゆんゆんと友達になってくれ→え? やだよ、何言ってんの? のコンボは正直きつかったです。

 

「…………ごめん」

「い、いえ! いいんですよ! 私だってダストさんの紹介で友達になれって言われたら警戒しますし! それより、リーンさんもよく私の名前覚えてくれてましたね。すごく嬉しいです」

「ああ、まぁ最近のダストの話はゆんゆんのことばっかりだしね。……ゆんゆんが金貸してくれたらお前に金返せるだの、ゆんゆんは凶暴だの、ゆんゆんはぼっちだの…………ほんとそんな話ばっかだよ」

 

 今度ボコボコにしてもいいですかね。

 

「それよか、ゆんゆんってたくさん食べる系なの? なんか二人分くらい並んでるけど」

「あ、実は――」

 

 私はリーンさんに珍しくダストさんが奢ってくれると言って一緒に食べるところだったこと、そしてダストさんは食べる前に一人でアクアさんのクエストに行ったことを説明する。

 

「ふーん……てことは、もしかしてゆんゆん、ダストが帰ってくるの待ってるの?」

「えと……その…………まぁ、一応」

「健気だねぇ…………じゃあさ、ダストが帰ってくるまで少し話しない?」

 

 ダストさんが座るはずだったはずの場所にリーンさんが座ってそう言う。

 

「あ、はい。私なんかで良ければ」

「そ、よかった」

 

 そう言って可愛く微笑むリーンさん。

 

(可愛い人だなぁ…………でも私よりはやっぱり『大人』って感じがする…………)

 

 年はそう変わらないと聞いているけど、確かにこの人と比べたら私は『クソガキ』かもしれない。……って、あ。

 

「ん? どしたの? あ、もしかしてこれゆんゆんが食べる予定だった?」

「い、いえ、私の注文したのはこっち側なんで大丈夫です」

「そっか。なら良かった」

 

 …………ダストさんの食べる予定だった料理だけど、きっとそういうことが許される仲なんだろう。

 

「なにか聞きたいことでもあるの?」

 

 マジマジと見てしまっていたのかリーンさんがそう聞いてくる。

 

「あ、いえ…………そ、そうだ。どうしてダストさんはアクアさんのクエストを受けたのかなって」

「あー……まぁダストは一度アクアさんに助けられてるからね。ほんとに意外だけどダストってそういう恩は忘れないのよ」

「意外すぎて信じられないんですが…………」

「気持ちは分かる。でも実際あれで自分が受けた恩は返そうとする奴ではあるのよ。金貸してたらちょっとだけ優しくなるし。…………ほんとちょっとだけだけど」

 

 話を進めながらもリーンさんはダストさんの頼んだ料理をどんどん平らげていく。…………いいのかなぁ。

 

「……ほんと、ゆんゆんって優しい子だね。あんなダメ男待ってるなんて。食べててもいいんだよ? あいつって口では文句言っても実際は気にしてないし」

「あ、いえ……その……」

 

 言い返そうにも言葉がでない。いや、出なくて正解か。もしも言葉が出てもそれはきっと言い訳にしかならなかっただろうから。

 

 

 

 

「…………うん。この子ならあのバカの言葉関係なく、なってもいいかな」

 

 何かに納得したのだろうか。柔らかい笑みを浮かべたリーンさんが一つ頷き続ける。

 

 

「ねぇ、ゆんゆん。あたしと友達になろっか」

 

 

「はい。……………………はい!?」

「? どったのゆんゆん。そんなに驚いて」

「だ、だだ…だって! と、友達って……!?」

「うん。友達になろうって言ったんだけど。…………とりあえず深呼吸でもして落ち着きなよ」

 

 え? 本当に? 私の聞き間違いじゃないの?

 そんなことを考えながら、すぅはぁと何度も深呼吸してから私は口を開く。

 

「なんで私なんかと……」

「なんでって…………じっくり話してみたらゆんゆんがいい子だったからだけど」

「いい子だなんてそんな…………私なんて里では変わり者扱いでしたし…………良くて普通だと思うんですけど」

 

 めぐみんとかと比べれば確かにいい子な自信はあるけど……それはあくまで相対的でしかないと思う。

 

「んー……本当に聞いてた通りの子だなぁ。……ん、やっぱりあたしは友達になりたいな。ゆんゆんが嫌だって言うなら諦めるけどさ」

「そ、そんなわけありません! 私もリーンさんとと、友達になりたいです!」

「そっか……なら良かった。それじゃ、今からあたしとゆんゆんは友達ってことで」

 

 こくこくとリーンさんの言葉に私は強く頷く。

 …………これ夢じゃないですよね?

 

 

 

 

「それじゃ、あたしはそろそろ帰ろっかな。もう少しゆんゆんと話したい気もするけど……それはいつでもできるしね」

 

 ごちそうさまと綺麗にダストさんが頼んだ料理を平らげたリーンさんはそう言って席を立つ。

 

「あ、はい。リーンさん、話し相手になってもらってありがとうございました」

「ううん、こっちこそ。…………今度は一緒にご飯食べようね」

 

 そう言って手を振りギルドを出ていくリーンさんを私も手を振って見送る。

 

「『今度は』……か。えへへ…………」

 

 その言葉の意味に頭を溶かされた私は自分でも顔が緩みきってるのが分かった。

 

 

 

 

 

――サイドB――

 

「……あれだな」

 

 くすんだ金髪を持つチンピラ――周りからはダストと呼ばれている青年――は得物の長剣に手をかけて呟く。

 クエストの目標、自称女神が大事にしているひよこを盗んだ集団が、ジャイアントトードを引き連れて街道から外れた場所をゆっくりと移動していた。

 

(相変わらずバニルの旦那の占いは正確だな。……んじゃ、行くか)

 

 頭のなかで手順を確認しながら目標へと迫る。手順と言っても策と呼べるものは何もない。今のダストに遠距離攻撃手段はないし、気配を消す手段もない。夜に紛れて奇襲する……突撃するだけだ。

 

「まずは一匹」

 

 集団の1番外側を跳ねて歩くジャイアントトードの後ろ足の筋を切る。その動きが止まったのを確認した瞬間に次の目標へとダストは動いていた。

 

「て、敵襲だ!」

 

 ダストの存在に気づいた男が叫び、その動きを止めようと武器を構えながらその前へと出る。

 

「準備も終わってないのに前に出てくんじゃねーよアホ」

 

 ダストは男の存在に足を止めることなく、勢いそのままに男の顔を殴って横を駆け抜ける。

 

「2匹目」

 

 駆け抜けた先、目標である2匹目のジャイアントトードを1匹目と同じように無力化したダストは少しだけ状況を確認する。

 

(まだ、俺の存在に混乱してるな。今のうちにカエルを全部やっとかねぇと)

 

 駆け出し冒険者のカモとして知らられるジャイアントトードだが、それは対策さえしていれば危険がほぼないからだ。ジャイアントトードは基本的に鎧など堅いものを着込んでいれば飲み込もうとしない。だから駆け出しであってもジャイアントトード相手なら一方的に攻撃することが出来る。

 ダストも軽鎧ではあるが着ているため、本来であればジャイアントトードに飲み込まれることはほぼないが、今回のジャイアントトードは変な魔道具で操られているということだった。したがって鎧を着込んでいても飲み込まれる可能性は十分以上にあり、複数のジャイアントトードに囲まれた時の厄介さは前にゆんゆんが証明している。

 

「てめぇ! 俺らが天下に轟く『八咫烏』だって――」

「――知らねーよ。そんな名前」

 

 『八咫烏』だと名乗った男をさっきと同じように殴り飛ばしたダストは、またジャイアントトードを無力化するために動き出した。

 

 

 

 

 

 

「良くもやってくれたな…………ジャイアントトードをやったことといい俺らを殴ったことといい……高く付くぞ」

 

 八咫烏の男。この集団のリーダーは後ろにメンバーを並べてダストに相対する。そのメンバーの半数くらいはダストに殴られた跡か、顔が腫れたり青くなってるのが月明かりの中でも見えた。

 

「別にジャイアントトードは殺してねーぞ。生きてるから治療したらまた戦えるだろうよ」

「治療? なんでそんな面倒なことをするんだ。この魔道具があればカエルどもはいくらでも言うことを聞かせられる。手間だが治療するよりも安く済むし簡単だ」

 

 石のようにも見える怪しげな光を放つ魔道具をダストに見せつけながら、八咫烏のリーダーは侮蔑の笑みを浮かべて言う。

 

「あー…………やっぱ殺さないで正解だったのか」

「? 何を言っている。俺の話を聞いていなかったのか? 俺たちの報復を恐れて殺さなかったんだろうが、そんなことよりも殴ったことを後悔するんだな」

「てめーらみたいな奴らに操られて死ぬなんて可哀想すぎるからな。本当殺さなくてよかったぜ」

 

 これが魔獣使いの操る魔獣であれば、ダストは必要なら殺したかもしれない。けれど、今回の相手は魔獣使いではなく、魔道具でジャイアントトードを操っているという話だった。それを聞いた時から、ダストはジャイアントトードを殺さないと決めていた。……この集団が恐らくは自分が最も嫌う手合だと想像していたから。

 

「いいこと教えてやるよ。俺はお前らみたいな自分のために戦ってくれるやつを道具扱いする奴らが貴族と同じくらい嫌いなんだよ」

「ちっ……正義の味方気取りか。お前ら相手は一人だ! やっちまえ! 警備屋の本領を見せてやるぞ!」

「正義の味方ねぇ…………俺には似合わねーことこの上ないな」

 

 自嘲気味に笑って、ダストは迫りくる八咫烏の男たちに長剣で応じた。

 

 

 

 一閃。ダストの剣撃に腹を切られて八咫烏の男が一人倒れる。致命傷ではないが、治療をするまではまともに動けないだろう。

 だが、それと同時にダストの身体のあちこちに無数の刃物傷ができる。

 

(……やっぱり、意地はらねーでゆんゆんでも連れてくるんだったか)

 

 そうすればどっかのまな板がうるさいだろうと思いながらも、ダストはそう考える。命には代えられないと。

 

 すでに八咫烏の半数はダストの手によって倒されている。けれどダストの身体にも数え切れないほどの矢傷や切り傷が出来ている。致命傷となる傷は一つもないが、致命傷でないだけで放置すれば危ないような傷は多々見られた。

 

(ちくしょう……目が霞んできやがる……)

 

 痛みと血を流した影響か。ダストの視界が光に関係なく点滅する。それでも、迫ってくる敵の剣から目をそらすことはなく、返しの刃でまた八咫烏の男を倒した。

 

(……よえーな、俺)

 

 一人で十数人を相手にして戦う。それが出来るだけでも十分強いという意見はあるかもしれない。実際、八咫烏の男たちは目の前の金髪の男のしぶとさに怖さを覚えてきている。

 けれど、それくらいは出来て当然なのだ。このダストという青年はレベルだけはこのベルゼルグの国でも上から数えたほうが早いほど高い。高くてもレベルが20~30ほどの八咫烏の男たちなら十数人相手にできるくらいのステータスは当然ある。

 

(避けるだけなら幾らでもできるんだ……でも、攻撃すればやっぱダメだ)

 

 それだけのステータスがあるのにこうして死にかけているのは、ダストという剣士がレベルに比べれば弱すぎるからだ。剣士としての技量を見るならそれこそ八咫烏の面々と同じくらいだろう。ゆえに、数の差で少しずつだが傷を増やしていく。

 

(……下手に槍なんか使うんじゃなかったな)

 

 思い出すのは世界最大のダンジョンに挑んだときのことや、駆け出しの槍使いに槍を教えてやったときのことだ。あの時の感覚に引っ張られて長剣での戦いの感覚がズレてしまっている。

 

「こ、こいつ何を笑ってやがるんだ……」

 

 ダストの様子に八咫烏のリーダーは気味悪がって距離を離す。

 

「? 俺は笑ってんのか?」

 

 ダストにはそんな自分の様子はわからない。傷の痛みと血を多く失った影響は体の感覚を鈍らせている。

 

「くくっ……そっか、俺は笑ってんのか」

 

 今度は自覚してダストは笑う。ダストが後悔だと思っていた考えは全く逆の感情だったらしい。それを気づいたダストは危機的な状況にも関わらずなんだか楽しくなってしまった。

 

「こ、こいつマジで頭おかしいんじゃないか。……おい! お前ら引くぞ! 倒れてる奴ら回収して馬車に乗れ!」

 

 ダストのしぶとさといきなり笑いだした不気味さに相手していられないと思ったのか。八咫烏のリーダーは部下にそう命じて撤退に移る。

 

「待て、お前ら……その前にひよこを……っ」

 

 逃げる相手を追おうと足を前に踏み出すが、ダストの足はその体重を支えることが出来ずに倒れる。

 血が抜けすぎて力の入らない身体をやっとのことで立ち上げたときには八咫烏の姿はどこにもなかった。

 

 

「くそっ……クエスト失敗かよ。情けねぇ……」

 

 大きな岩にその身体を預けながらダストは毒づく。

 

「アクアのねーちゃんになんて言えばいいんだ……」

 

 自分の大切にしてるものを奪われそうになる苦しみをダストは強く知っている。それが完全に奪われてしまった苦しみになる所をダストは見たくなかった。

 

「ポーション飲んで回復したら追わねーと……って、あ…れ……?」

 

 カランと音を立てて地面に回復ポーションの入った瓶が落ちる。ダストはそれを拾おうと腕に力を入れるが、手のひらを向けて地面に落ちたまま動かない。

 

「…………やっぱ、意地なんてはらなきゃよかったなぁ」

 

 腕が動かず回復ポーションが飲めない。その事実にダストの意志は折れてしまった。ここでなんとしてでも生きてやると強い意志を持っていたのならおそらくダストの腕は動いた。けれど、もともとダストというチンピラはそういった意思が弱い。適当に生き、自由に生きるだけの存在だ。死に対してもそれは同様で死んでしまうならそれでもいい、むしろ――

 

 

 

「――あなたに女神アクアの祝福を『ヒール』」

 

 薄れ行く意識の中で、ダストは自分に回復魔法が掛けられていることに気付く。誰だと閉じてしまっていた瞼に力を入れて目を開く。そこには、

 

「…………なんだよ、留置所のなんちゃってプリーストじゃねーかよ」

「流石にここでその反応はお姉さん傷ついちゃうんですけど。留置所の金髪のお兄さん?」

 

 留置所でよく会うダストの顔なじみの姿があった。

 

「それより、どう? お姉さんの『ヒール』は? 結構効いたでしょ?」

「おう……割りとびっくりしてる。お前本当にプリーストだったんだな」

 

 細かい傷が多かったからか。なんちゃってプリーストの『ヒール』によってダストの傷はほとんど治っている。失った血こそ回復していないが、体に力は入るし危ない状況は一気に脱していた。

 

「今まで信じてくれてなかった事実にお姉さんびっくりなんですけど」

「むしろ留置所の常連になってる自分の行動鑑みて信じられてると思ってるお前に俺がびっくりだよ」

 

 ダストがこの残念プリーストに会うのは留置所の中でばかりだ。そんな状況で信じろと言われる方が難しい。……アクシズ教徒ということも知ってるので、ありえるかもしれないと思ってもいたが。

 

「ま、いいや……助けてくれてありがとよ。礼はまた今度留置所の中で会ったらするぜ」

 

 回復ポーションを口にしながらダストは力を入れて立ち上がる。全快とは言えないが、八咫烏を追ってひよこを取り戻さないといけない。

 

「礼はこちらがするほうよ、金髪のお兄さん。……アクア様の大事にしているひy……ドラゴンを助けられたのはあなたの助力のおかげです。この場では教団を代表して感謝を。近日中には最高司祭ゼスタ様からの感謝状と御礼の品が届くでしょう」

 

 なんちゃってプリーストはいつものふざけた様子を潜めて、アクシズ教団アクセル支部の支部長として恥ずかしくない作法で感謝の念を伝える。

 下げたその頭の上にはこの場では誰よりも大きな魔力と態度をしたひよこ……キングスフォード・ゼルトマン、通称ゼル帝の姿があった。

 

「…………やっぱお前らもアクアのねーちゃんの正体に気づいてんのか」

 

 ゼル帝が助けられている事実に安堵の息をつきながらダスト。

 

「さぁ? 何の話かお姉さんには分からないわね。……でも、気づいてるのはお姉さんや金髪のお兄さんだけじゃないでしょ?」

「…………そうだな」

 

 自称女神の正体についてはダストだけでなく勘のいい冒険者であれば大体気づいている。それだけあの自称女神のアークプリーストはアクセルという街に馴染んでいた。

 

「ま……感謝状とかそういう堅苦しいものはいらねーよ。……俺も受けた恩を返してるだけだしよ」

 

 この程度のことですべての恩が返せたとダストは思っていない。だから、これからもあの自称女神が困っていれば力を貸すだろう。

 恩は忘れず、仲間は大切にする。それがどうしようもないチンピラでクズを自認するダストの譲れないものだから。

 

「お姉さんも金髪のお兄さんがまともなこと言っててびっくりなんですけど。お兄さん変なものでも食べちゃったの?」

「そのネタはもーいい」

 

 普段の自分の行動を考えればそう思うのも当然だとはダスト自身も分かってはいるが。だからといって会う人全員に同じ反応されれば辟易もしたくなる。

 

「……ま、とにかくだ。感謝ってんなら傷を治してもらっただけで十分すぎんだよ」

 

 むしろ、借りを作ってしまったとダストは思っていた。形はどうあれ、このプリーストにも命を救われた。その恩はどこかで返さないといけないと。

 

「いいえ、アクア様のために命をかけたあなたの功績はこの程度で済まされるものではありません。名誉アクシズ教徒になってもおかしくない……それほどの貢献です」

「頼みますからそんな恐ろしいものに俺をしないでください」

 

 思わず敬語になってしまうダスト。

 

「…………では、私が出来ることを一ついえ……いくらでも聞くというのはどうでしょう? お姉さん、わりとお兄さんのこと気に入ってるから、体を捧げろという命令とかでも大丈夫よ?」

「悪いが14歳以下のクソガキとアクシズ教徒は守備範囲外なんだ」

「おかしい……金髪のお兄さんからちっとも照れ隠しの気配を感じないんですけど」

 

 照れ隠しなんてしてないから当然だとダストは思うが、それを言ったら面倒なことになるだけなので話題を変えることにする。

 

「あ、そうだ。なんでもいう事聞くんだったらお願いがあるんだけどいいか?」

「なになに? お姉さんアクセル支部の支部長になってから結構自由に使えるお金あるからどんな願いでも叶えられるわよ?」

 

 それは本当に自由に使って良いお金なんだろうか。そんな疑問がダストの頭のなかに浮かぶが、スルーしてお願いを口にする。

 

「ゆんゆんってぼっちの冒険者知ってるか? そいつのダチになってやってくれねーか? 悪いやつじゃねーのは保証するからよ」

「? ゆんゆんさんってあの紅魔族でぼっちのゆんゆんさん? もうお姉さんあの子と友達なんですけど」

「…………アクシズ教徒ともダチとかあいつの交友関係どうなってんだ」

 

 ゆんゆんの友達を思い浮かべてダストは少し苦い顔をする。……根っからの悪人はいないがどいつもこいつも色物ばかりとか本当にどうなってるのか。

 

「まぁ、友達だって言うなら話は早いか。……あいつに自分たちがダチだってこと確認したことあるか?」

「? え? 友達って確認するようなものなのかしら? お姉さん疑問なんだけど」

「普通はそうなんだろうけどなぁ……あいつにとっちゃそういうもんらしい」

 

 ダストから見ればゆんゆんはそれなりに友達がいる。けれどゆんゆんからみればゆんゆんに友達はほとんどいない。

 

「ってわけだ。今度あったときにでも『おねえさんたち友達だよね』とでも言ってやってくれ」

「それはもちろん大丈夫なんだけど…………やっぱり金髪のお兄さんおかしいわよ? もっと『ヒール』かけてあげようか?」

「おう、なんでも言う事聞くって言ったよな? お前ちょっと服脱げ。ウィズさんの店で外れない首輪買ってきて街中を散歩してやる」

「ちょっ……流石のお姉さんもそんな上級者プレイは無理よ? ゼスタ様なら喜んでやるかもしれないけど、私はまだその域には……!」

 

 街へ向かって逃げるプリーストを追いかけてダストもまた走っていく。馬鹿騒ぎが出来るくらいにはダストの体には力が戻ってきていた。

 

 

 

――ゆんゆん視点――

 

 

 

「なーにをふやけた顔してやがんだぼっち娘。こっちはわりと疲れてんのに」

 

 頭に何か温かいものが載ったと思ったら聞き慣れてしまった声がかけられる。

 

「あ、ダストさんお疲れ様です。クエスト大丈夫だったんですか?」

「おうよ。お前の頭の上にいる奴がその証拠だ」

 

 頭の上からはぴよぴよという鳴き声からは卒業しつつあるひよこの声。……うん。アクアさんの大事にしてるひよこのゼル帝だ。

 

「てわけで、ゆんゆん、俺は疲れたから飯食って…………って、俺の飯がねぇんだが…………」

「わ、私は別に食べてないですよ?」

「あー誰も疑ってねぇよ。ゆんゆんがそういうことできる奴じゃねぇのは知ってるし…………ん、ちゃんとリーンのやつ来たみたいだな」

「? ちゃんと?」

 

 まるでリーンさんがくることが予定通りのようなダストさんの言葉に私は首を傾げる。

 

「まぁ、リーンのことは置いといて…………ゆんゆん、お前に頼みがあるんだが、いいか?」

「……ダストさんの頼みとか言われると身構えるんですけど、一応聞くだけはします」

「別に悪いことじゃねぇよ。俺は疲れたしアクアのねーちゃん相手する元気はねぇからよ。そのひよこをアクアのねーちゃんに返してやってくれ。そろそろアクアのねーちゃんがカズマの説得を失敗して泣きながら来る頃だろうから」

「それくらいならまぁいいですけど……」

 

 ダストさんの頼みの中じゃまともなほうだし、奢ってもらってる手前それくらいならいいと思う。

 

「ああ、後、そのひよこを取り戻したのはゆんゆんってことにしとけ」

「……え?」

「アクアのねーちゃんはそのひよこ溺愛してるらしいからな。そのひよこを助けたって言えば友達にくらいなってくれるんじゃないか?」

「え? え?」

「ほら、アクアのねーちゃんが案の定涙目で来たぞ。…………大丈夫だ、あのねーちゃんは俺と似たようなチンピラだが根は素直で単純だ。……きっかけさえあればお前ならすぐ仲良くなれる。……ちゃんと友達になりましょうって言うんだぞ?」

 

 ほら、とダストさんは私の背中を押してアクアさんの前に立たせる。アクアさんは私の頭の上にいるひよこに気づいて――

 

 

 

――ダスト視点――

 

 

「ったく、リーンのやつ。人の飯全部食いやがって」

 

 遠慮なしにも程が有るだろう。

 

「まぁ、今回は許してやるか」

 

 俺は手元にあるリーンの置き手紙を見る。

 

『ゆんゆんと友だちになった。貸し一つだからね』

 

 俺の視線の先ではアクアのねーちゃんに抱きつかれて困ったような嬉しそうな顔をしてるゆんゆん。

 

「一日でダチを二人……いや三人も作るとかぼっちのくせに生意気だな」

 

 俺は冷めたゆんゆんの飯を下げてもらい、新しく3人分の飯を――

 

 

 

「ねぇねぇ、金髪のお兄さん。私の分のご飯も注文してほしんですけど」

「…………お前の分は奢らねーぞ。むしろアクアのねーちゃんの分もお前が払えよ」

 

 

 ――もとい、いつの間にか隣にいたプリースト含めて4人分の飯を注文するのだった。




ちなみにカエルを操ってた変な魔道具ですが、元はあらゆる魔獣を操る神器だという裏設定が。(アルダープの持ってたやつとはまた別)担い手じゃないのでジャイアントトードしか操れない魔道具になってますが。
クリスが回収して湖に一時的に封印していたものをどっかの駄女神がきれいな石だと持ち出して酒の場でうっかり落としたのを情報収集をしていた八咫烏のメンバーが拾ったという。
つまり今回の事件が面倒になったのはどっかの駄女神のせいです。カエルさえいなければアクアは八咫烏のメンバーくらい余裕で殴り飛ばせるんでそもそもクエストすら発生しません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話:このドラゴンの子どもに祝福を!

「……また、お前か」

 

 留置所。ちょっとやらかした俺が入って反省していろと看守に連れてこられた牢屋には既に見飽きた残念プリースト。

 

ほひーはんもはつほんはへふ?(お兄さんもカツ丼食べる?)

「何言ってるか分かんねーから飲み込んでから喋れ」

 

 牢屋で無駄に美味しそうなもの食べてる女に俺はため息を付いた。

 

 

 

「んぐもぐ……つーかなんだよこれ。この留置所こんなに美味しい食いもんあったのかよ」

 

 残念女と同じもの食わせろと看守に喚いて持ってきてもらった食い物。『カツ丼』とか言うらしいがこんなに美味しいもの食べたのはカズマがエリス祭の時に出してたYAKISOBA以来だ。

 この留置所にはもう何年も通ってるって言うのに今までなんで出さなかったのか。看守の野郎は今度外であったら因縁つけて喧嘩売ってやろう。

 

「ふふーん、このカツ丼はうちの名誉アクシズ教徒が留置所や取調室にカツ丼はないのはありえないって作ってもらったんですって。つまり今あなたがその美味しいカツ丼が食べれてるのは女神アクアのお導きなのよ」

「へー……アクシズ教徒はろくなことしないイメージしかないがたまにはいいことするんだな」

 

 女神アクアの導きかどうかは置いといてその名誉アクシズ教徒には感謝してもいいかもしれない。

 

「ところでお兄さんはどうして留置所に入れられたの?」

「まぁ、ちょっとばかしナンパ失敗しちまってな」

 

 具体的にはいつもナンパに付き合わせてる知り合いにもう限界だと警察にチクられた。……あいつには今度暇な時にジャイアントトードの卵を送りつけてやろう。

 

「そういうお前は…………まぁ、どうでもいいか。どうせいつもと一緒だろ」

「あのね? その台詞はどちらかというと私の台詞だと思うんだけど。お兄さんこそ大体喧嘩しただのナンパ失敗しただの無銭飲食しただの同じような理由で入ってくるじゃない」

「失礼なやつだなお前は。少なくとも無銭飲食じゃ最近捕まってねーぞ」

 

 ここ1年位はもう俺に先払い以外で飯を出してくれる店がないからな。

 

「……なんだかお兄さんから私達と同じ匂いがするんだけど。ねぇ、お兄さんもお姉さんと一緒にアクシズ教に入らないかしら?」

「その勧誘台詞何度目だよ。俺みたいな品行方正な冒険者を変人集団に誘うんじゃねーよ」

「…………うちの教団でもお兄さんと同じくらいアクシズ教の教義に忠実に生きてる人って、お姉さんみたいな支部長クラス以上だと思うんだけど」

 

 同じようなことをバニルの旦那にも前にも言われた気がするんだが。実は悪魔とアクシズ教徒は似たもの同士じゃねーの?…………それは流石に悪魔に失礼か。

 

「というかお前は俺にお姉さんだって自称してるくせに呼び方はお兄さんって呼ぶよな。結局お前って俺より年上なのか?」

 

 こいつとはもう1年以上留置所で会う中だが、考えてみれば俺はこの女の歳を知らない。年齢どころか性別すら感じさせない残念さで興味持てなかったからだが。

 

「んー……お兄さんの年齢知らないから確かなこと言えないけど多分年上かしら? お兄さん呼びしてるのはお姉さんがお兄さんの名前聞いてないからってだけよ」

「あー……そう言えば俺もお前の名前知らねーな」

 

 なるほど。微妙な違和感の正体が分かった。年齢どころか名前知らなければこんな風にもなるか。

 

「ところで看守。少し聞きたいことがあるんだがいいか?」

 

 一つ疑問みたいなものが解けた所で、俺はもう一つ気になってることを牢屋の外で頭を痛そうにしている看守に聞くことにする。

 

「……そこは普通にその女と互いに自己紹介する場面じゃないのか。……聞きたいこと? そのカツ丼の値段なら800エリスだが」

 

 金取るのかよ。そんな金俺持ってねーぞ。…………まぁ、金は迎えに来たリーンかゆんゆんにでも払わせればいいか。

 

「いや、そんなことはどうでもいいんだけどな。なんで俺が牢屋に入れられる時にこの女と一緒に入れられるのかなって。一応こいつも女なんだから一緒に入れるなら男じゃなくて女にしろよ」

 

 俺もこいつも留置所にお世話になる回数が多いとは言え、毎回のように同じ牢屋に入ってるのには何か理由があるんだろうか。

 

「そのプリーストと女を一緒に入れる……? 恐ろしいことを言う男だな。……まぁ、一度そのプリーストと同じ牢屋に入れられた女冒険者は二度と悪いことはしませんと泣いて誓っていたから極悪人の女なら考えないでもないが」

「…………何したんだよお前」

「えへへ……可愛かったからちょっと」

 

 …………この女、性別関係なしなのか。ゆんゆんはこいつと友達で大丈夫なんだろうか。

 

「ま、そういうことか。だからこいつとの相部屋は俺みたいな男だけなんだな」

 

 そういう理由なら仕方ない。我慢しよう。

 

「『俺みたいな』というより、その女と相部屋になるのは貴様だけだぞ? 貴様以外の奴を一緒に入れれば男女関係なく精神を病むからな」

「本当にお前何してんだよ!?」

「だって……入ってきた男の子がすっごく可愛かったら襲いたくなるし、全然好みじゃない男にエッチな目で見られたらへし折りたくなるし、エリス教徒だったら断罪したくなるわよね? お姉さんはちっとも悪くないと思うの」

 

 わよね? とか同意求められてもそんなのはお前だけだとしか言いようがない。…………いや、多分アクシズ教には他にもいるんだろうけど。

 カズマの奴がこいつらどうにかしてくれねーかな。多分これあいつがどうにかしないといけない問題だ。保護者の保護者的な意味で。

 

「てか、だったらなんで俺はこんな危険人物と一緒に入れられてんだよ?」

「貴様ならその女と一緒に入れても特に問題がないからに決まっているだろう」

「いや……普通に別々にしろよ。問題児ばっかのアクセルとは言え一つくらい専用の牢屋あってもいいだろ」

 

 一緒に入れたら精神病むような自由過ぎるやつは隔離しろ。

 

「そんなことしたら我々監視側が病んでしまう」

「この女本当にろくでもねーな!」

 

 流石アクシズ教徒。伊達に最狂集団の名を欲しいままにしてない。

 

「何を他人事の言ってるのか知らないが貴様もその女と似たようなものだぞ」

「いや……確かに俺もろくでもなしなのは認めるけどよ……流石にこれと一緒にされるのはちょっと……」

「……それもそうだな。すまない」

 

 俺と看守の間に妙な連帯感が生まれる。……今度こいつと外であったら喧嘩した後に酒でも飲もう。……こいつの奢りで。

 

「まぁとにかくだ。その女は貴様と一緒にいればあまり被害を出さない。だからその女が問題起こしたときは貴様を適当な罪で捕まえ……」

「……おい」

 

 最近妙に捕まりやすいと思ったら。

 

「あー、ごほん。そろそろ交代の時間だな。貴様らも反省しているようだし迎えが来たら自由に出ていいように伝えておこう」

「おいこら待て。逃げようとしてんじゃねーよ。反省しないといけないのは俺らじゃなくてお前らじゃねーか!……くそっ、マジで逃げやがった」

 

 俺の同情とか共感とか返せよ。

 

「ふふっ、お兄さんったら策士ね。私と二人っきりになろうと言葉巧みに看守のお姉さんを誘導するなんて」

「お前と二人っきりになってどうするんだと本気で問いたい」

 

 守備範囲外どころかセクハラすらする気がない女相手と二人っきりになっても面倒なだけだってのに。

 

「ん……あー、でもあれか。一応二人っきりの時に聞こうと思ってたことはあったな」

 

 看守には聞かれたらまずくて、今までここじゃ聞けなかったことが。……外でわざわざこいつに会いに行くとかまずないし、この機会に聞いとこう。

 

「なにかしら? 悪いけどお姉さんのスリーサイズはトップシークレット事項よ。聞きたければ今すぐこのアクシズ教入信書に……って、ああっ!?」

 

 ゴミを綺麗な紙吹雪へと変えてスッキリとした所で俺は疑問を口にする。

 

「結構前の話になっちまうけどよ、アクアのねーちゃんのひよこ……今は雄鶏が誘拐されたことあったろ」

「ゼル様は雄鶏じゃなくてドラゴンだけど、そんなこともあったわね。半年くらい前だったかしら」

 

 もう、そんなになんのか。まぁ、ゆんゆんにやったドラゴンの卵がそろそろ孵化するってバニルの旦那も言ってるし、それくらいの時間経ってて当然か。

 

「あの時、お前はどうやってひよこを助けたんだ?」

 

 俺はやた……なんとかって奴らをひよこを奪還する前に逃してしまった。だが、目の前の女は俺の知らない間にひよこを助け出し、ついでに俺の命まで救った。 

 

「どうやってって言われても…………お兄さんが暴れてる間にこっそり馬車の中を探させてもらっただけだけど」

「俺を囮にしたってわけか」

 

 そんなところだろうとは思っていたが。……ただ、俺は戦ってる間にこいつの存在に気づかなかった。もともと俺自身は気配探知とか得意じゃないし、あんだけ劣勢だったら気づかないこともあるかもしれないが…………俺も隙があれば馬車の中に入ってひよこだけさらっていけないかと、馬車の方に意識を向けてただけに違和感がある。

 

「囮って言い方は人聞きが悪いと思うの。私はあの神敵たちをつけてゼル様奪還の機会を伺ってただけよ? そこにお兄さんがタイミングよくやってきてくれただけなんだから」

「タイミングよくねぇ…………ちなみに俺が来なかったらどうするつもりだったんだ?」

 

 違和感はあるが、そのあたりのことを聞いてもこの女が答えてくれるとも思えない。…………案外あっさり答えてくれそうな気もするが、その答えがどうであれ俺にとってこいつは変な女プリーストに変わりはないのだからわざわざ詮索しなくてもいいだろう。

 

「んー……寝静まった頃に見張りに見つからないようにどうにかするつもりだったわよ? もしそれが難しいようでも、連中が向かってる先がアルカンレティアの方向みたいだったしどうにでもなったと思うわ」

 

 ……アクシズ教団の総本山にアクアのねーちゃんが大事にしてるひよこを奪った連中がのこのこと向かってたのか。…………よかったな、やたなんとか。俺に襲撃されてなきゃお前ら吊るされてたぞ。

 

 

 

「ねぇねぇ、お姉さんも聞きたいことがあるけどいいかしら?」

「あん? なんだよ聞きたいことって。…………あと、密かに体を近づけてくんな」

 

 残念女のくせになんだか甘い匂いがして…………って、これ女の匂いじゃなくて普通に甘い菓子とかの匂いじゃねーか。緊張して損した。

 

「あの時のお兄さんの戦いを見てても思ったんだけど、お兄さんってなんで戦士なんかやってるの?」

「…………どういう意味だよ?」

 

 まさかこいつ俺の正体に気づいて……。

 

「だって、あれだけしぶといんだからクルセイダーになるだけのステータスはあるわよね? 一応一撃で相手を倒してたしソードマスターにもなれると思うんだけど」

「……ああ、そういうことか」

 

 実際この女の言う通り俺はなろうと思えばクルセイダーにもソードマスターにもなれる。一応アークウィザードにだってなれるはずだ。素質がないからアークプリーストにはなれないにしても、そういった上級職になれるくらいのステータスは確かにある。それなのになぜ戦士なんて下級職についてるかと聞かれれば……。

 

「さぁな…………。いろいろ理由がありすぎて自分でもよく分からねーや」

 

 リーンやテイラー達の強さに合わせてパーティーバランス取るためだったり、中途半端に強い職に就くくらいなら戦士のほうが良いって気持ちが理由だったり。他人に説明するとなるといろいろと面倒くさい。

 

「ただ言えるのは……俺みたいなチンピラ崩れには上級職なんて似合わねーってことだな」

 

 他人に言っても問題ない理由じゃ、多分それが1番大きい。

 

「俺がクルセイダー……聖騎士なんてなってみろよ? それだけで笑えるっての」

 

 というか自分で想像してみると少し気持ち悪いレベルだ。

 

「そうかしら? お兄さんって自由気ままに生きてるだけで根は割りと普通だからありだと思うんだけど。そういう所がめぐみんさんに似てて私は好きなんだから」

「…………俺が爆裂娘に似てるとか勘弁してくれ」

 

 俺はあんなに頭おかしくねーぞ。

 

「めぐみんさんもきっと同じことを言うわね。…………というか、お姉さんの好きって言葉に少しも動揺してないのはどういうことなのかしら?」

「どういうこともなにもそういうことだよ」

 

 15歳以下のクソガキとアクシズ教徒は守備範囲外(セクハラしないとは言ってない)だからな。というか、こいつの好きって言葉には親愛しか感じられないし。男女の情愛じゃなけりゃ動揺する理由は全くない。

 

(…………というかこいつがまともに恋愛してるところなんて想像できないしな。男女構わずセクハラばっかりしてるイメージしかない)

 

 看守の話とか俺との話とか合わせたイメージだが……多分そんな間違ってない気がする。

 

「何故かしら……お兄さんから凄い失礼なことを考えられてる気がするわ」

「別に失礼なことは考えてないぞ。お前が恋愛するなんてありえないよなって思っただけだ」

「…………何故お兄さんは、そんなに素敵な笑顔でそんなに酷いことが言えるのかしら。お姉さんだって女の子なのよ?」

「俺より年上とか既に20超えてんだろ? 既に行き遅れてるくせに女の子とか……っ……くくっ……おい、俺を笑い死にさせる気かよ」

 

 流石アクシズ教徒。伊達に宴会芸の神様を崇めてないな。笑いのレベルが高すぎる。

 

「……。ねぇ、お兄さん。今私達が二人きりなのは覚えてるかしら?」

「くくくっ……ん? だからなんだよ?…………ってか、お前流石に近づきすぎだ。暑苦しいから離れろよ」

 

 幽鬼のように動く残念女は、俺の言葉に従わず、離れるどころか密着してくる。

 

「ふふっ……捕まえたわ。最後に男の人にセクh……可愛がったのはいつだったかしら? 最近は可愛い女の子ばっかりだったからちょっと新鮮ね」

「お、おい。お前何を言って……って、こら人のベルト外そうとしてんじゃねーよ!」

「心配しなくても大丈夫よ。お姉さん上手だから痛くなんてしないわ。…………ちょーっと恥辱で死にたくなるような目にあわせるだけよ」

「本当お前らアクシズ教徒は男も女も変わらねーな! おい! 看守! 誰でもいいからこの女止めろ!」

 

 抵抗むなしく俺のズボンが脱がされそうになる。そんな状況で俺の声に反応してか走ってくる足音。

 その足音の持ち主は牢屋の前にたどり着き、中の状況に一瞬息を呑んで……そのまま大きなため息を付いて続けた。

 

「…………なにしてるんですか。ダストさん、セシリーさん」

 

 足音の持ち主、ゆんゆんはゴミを見る目をして俺らを眺めていた…………。

 

 

 

 

 

「聞いてゆんゆんさん! この男が嫌がる私を無理やり……!」

「お前本当にふざけんなよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ? ドラゴンがもうすぐ生まれそうだって? 旦那の予知じゃ明後日くらいじゃなかったか?」

 

 街道。牢屋を出た俺は隣を歩くゆんゆんが迎えに来た理由を聞いていた。……ちなみにあの残念プリーストはゆんゆんに出して貰えずに今なお牢屋の中だ。

 

「そうなんですけど…………まぁ、流石のバニルさんでも予知が外れることがあるんじゃないですか?」

「俺が知る限りじゃなかったはずだけどなぁ」

 

 見通せなかったことはあっても外したことはなかったと思うんだが。……中途半端に見通しづらくて見誤ったとかだろうか。

 

(……それにしてもどうして見通しづらいのかとか分からねーし…………考えても無駄か)

 

 旦那の予知が外れた理由は気になるが今ここで考えても分かることでもない。一旦そのことは頭の外へと追い出す。

 

「それで、ドラゴンが生まれそうだから俺を迎えに来たのか」

「はい、一応そういう約束でしたし、バニルさんにも生まれる時はダストさんに任せたほうがいいって言われてましたから」

「旦那にねぇ…………」

 

 やっぱ、旦那には俺のこと知られてんのか。…………旦那には頭上がらねーな。

 

「あと、ダストさん以外にも卵を温めてもらった人とかバニルさんとか呼んでますよ。結構人数が多くて私の宿の部屋だと狭そうだったんで、アジt……もといイリスちゃんの別荘に集まってもらってます」

「…………お前が宿の部屋に入り切らないほどの人を呼ぶだと……?」

「一番驚いているのは私ですからダストさんは驚かないでいいです」

 

 それもそれでどうなんだ。

 

「具体的に呼んだのは誰なんだ?」

「ダストさん以外だと、めぐみんにイリスちゃん、バニルさんとウィズさん。後はアクアさんですね」

 

 ゆんゆん入れても7人か。確かに宿の部屋に集まれば微妙に狭そうな気がするが。…………こいつやっぱ友達少ねぇなぁ。

 

「し、仕方ないじゃないですか! リーンさんは今日は王都の方に転送屋利用していないですし、クリスさんもこの街にいなかったんですから!」

「あーはいはい。別に何も言ってねーから言い訳しなくてもいいぞぼっち娘」

「い、言い訳なんてしてないですよ! というかぼっち娘言わないでください!」

 

 ぼっち娘をぼっち娘と呼んで何が悪いのか。めんどくさいやつだな。

 

「でもよクソガキ。だったらなんでお前はあの残念プリーストを出してやらなかったんだ? あれでも一応お前の友達なんだろ? 友達を多く見せるくらいは役立つだろ」

「セシリーさんはその…………流石にバニルさんとウィズさんに会わせるわけには…………あとクソガキ言わないでください。私だってもう15歳なんですから」

 

 あの残念プリーストは生粋のアクシズ教徒だからな。バニルの旦那はもちろんリッチーらしいウィズさんにも会わすのはまずいか。

 

「15歳以下なんてクソガキだろ。クソガキをクソガキ言って何が悪いんだ」

「何が悪いのか分からないのが悪いですよ! というか前は14歳以下がクソガキだって言ってたじゃないですか! 適当に変えないでください!」

 

 細かいことを気にするやつだな。

 

「別に適当じゃねーぞ。俺の年齢が今は19だからな。それより4つも下な15歳なんてクソガキに決まってんだろ」

「…………つまり、私はいつまで経ってもダストさんにとってはクソガキで守備範囲外ってことですか?」

「まぁ、そうなるな」

 

 エロい体してるから目の保養にはなるが、本格的に手を出そうとは思わない。

 …………で? こいつはなんでガッツポーズなんてしてんだろう。ぶん殴られたいんだろうか。

 

 

 そんなやり取りをしながら。俺とゆんゆんはイリスとかいうロリっ子の別荘へと急いで向かった。

 

 

 

 

 

 

 

「ドラゴンの誕生に立ち会えるとは……紅魔族として胸を高まらせずに入られません。感謝しますよゆんゆん」

「そっか、めぐみんはゼル帝の誕生には立ち会えなかったのよね。まぁ、私もあの時はそこの木っ端悪魔がうるさくてまともに立ち会えなかったんだけど…………というかいい加減ゼル帝返しなさいよ」

「未だにこの雄鶏をドラゴンと言い張る駄女神はいっそのこと哀れである。いい加減認めてそんな偉そうな名前でなく唐揚げとでも改名するがよい」

「ば、バニルさん、アクア様を挑発するのはやめてください!」

「そうですよ、ハチベエ。そんな失礼な態度を取っては……。申し訳ありませんアクア様。ハチベエは気のいいお調子者ですが、けして根が悪いものでは……」

「プークスクス。ハチベエとか超受けるんですけど。変な仮面してる道化悪魔にはぴったりね。ぷーくすくす」

「ええい、放せ二人とも。この女とは決着を付けねばならん。そもそもこんな残念な自称駄女神を様付けなどする必要ないわ」

 

 イリスとか言うロリっ子の別荘だという屋敷。アクセルの街で一番大きいその屋敷に集まるのはゆんゆんとその友達。

 頭のおかしい爆裂娘、自称女神のアクシズ教徒、魔王軍元幹部の仮面の悪魔、実はリッチーらしい貧乏店主、自称チリメンドンヤの孫娘。

 …………おい、ゆんゆん。友達は選んだほうがいいぞ。色物しかいないじゃねーか。

 

「しかし、ゆんゆん、話には聞いていましたが本当にあの悪魔と友達になってしまったんですね。…………友達は選んだほうがいいと思いますよ」

 

 後ろで旦那とアクアのねーちゃんが光線飛び交う喧嘩をしてる中。ウィズさんとロリっ子がその喧嘩を必死で止めようとしてるのもスルーして爆裂娘はそんなことをゆんゆんに言う。

 ……人が思ってても言わなかったことを。お前こそ選んだほうがいい友達筆頭のくせに。

 

「えっとね、めぐみん。確かにバニルさんは人をおちょくるのが生きがいでお金に汚いけどそれ以外は結構まともだから」

 

 ……旦那をそれ以外はまともだといえるこのぼっち娘はどういう感覚してんだろう。そして旦那は良くて俺はダメというゆんゆんの友達基準が本当に謎すぎる。

 

「まぁ、あの悪魔には一応借りのようなものなきにしもあらずなのでゆんゆんが納得しているなら私は何も言いません。…………ところでダストは何をしているのですか?」

「あ、うん。なんでもドラゴンの凶暴な本能を生まれる前に封印してるんだって」

「はぁ……確かに攻撃性の強いドラゴンが生まれる時にはそういう処理をするのが普通とは聞いたことがありますが…………ダストにそんな器用なことできるとは思えないのですが」

 

 おい、俺にそんな胡散臭いものを見る目を向けるな。

 

「……ったく、別に本能の封印くらい手順知ってたら誰でも出来るっての」

 

 そりゃスキルを覚えてたら楽なのは確かだが。ちゃんとやり方を覚えてたらスキル無しでも誰でも出来る。

 

「あ、ダストさん。封印の処理は終わったんですか?」

「おうよ。卵から生まれた時に自動的に封印がかかるようにした。後は生まれるのを待つだけだな」

 

 その生まれるのも本当にもうすぐって所だ。殻を破ろうとする音が休み無しに聞こえてくる。

 

「…………やっぱりダストがあれなんですかね」

「……んだよ爆裂娘。さっきから変な目で俺のこと見やがって」

「まぁ、話の真相はともかく、ダストがどうであろうと私にはどうでもいいことですが。…………ゆんゆんが知ったらどんな反応するかは気になりますね」

 

 俺の疑問を無視して、爆裂娘はなんだかよく分からないことを呟いている。

 

「おい、ゆんゆん。爆裂娘の様子がおかしいんだが…………大丈夫なのか?」

「大丈夫じゃないですか。めぐみんは大体いつも様子というか頭がおかしいですよ」

「…………それもそうだな」

 

 頭のおかしい爆裂娘の心配なんてするだけ無駄か。

 

「…………やはりゆんゆん。あなたはそのチンピラとお似合いだと思いますよ。お幸せに」

 

 そうとびっきりの笑顔で言うめぐみんに

 

「頭がおかしいって言ったのは謝るからそれは撤回して! それだけは何があってもありえないから!」

 

 ゆんゆんは悲壮さが混じった表情で否定の声を上げた。

 

 

 

 

 

「バニルさんバニルさん、ドラゴンの子、何ドラゴンが生まれてくるんでしょうか?」

「馬鹿ねウィズ。女神である私が神聖な魔力を与えたのよ? 仮面悪魔に聞かなくてもホワイトドラゴンが生まれてくるって分かりきってるじゃない」

「……まぁ、駄女神がどんな反応するかが楽しみでここにいるようなものであるからして、我輩は生まれるまで黙っておくことにしよう」

 

 ……俺も封印の処理の中で分かっちまってるけどアクアのねーちゃんがうるさそうだから黙っておこう。

 

「ところでお頭様。さっきからアクア様やハチベエが互いに女神とか悪魔とか言っていますが……」

「イリスは知らないでしょうが、庶民の間では女神と悪魔になりきって喧嘩するのが流行っているんですよ。だから気にしないでいいのです」

「そ、そうなのですか……? 女神を名乗るのは恐れ多いですし悪魔を名乗るのも不吉だと思うんですが……。やはり世間は私の知らないことばかりですね」

 

 それで騙されるのか。あのロリっ子相当世間知らずだな。ララティーナお嬢様以上じゃねーか?

 

 

 

「そろそろだな。おい、ゆんゆん。ドラゴンの卵にお前の魔力を与えてやれ。多分それで勢いついて出てくるから」

 

 卵を破ろうとする音が一旦止んだのを確認して俺はゆんゆんにそう助言する。今ドラゴンの子は殻を破る最後の力を溜めるために休憩しているところだろう。魔力の塊であるドラゴンに魔力を与えればその力が溜まるのは早くなるはずだ。そしてその役割はもっとも長い間卵に魔力を注いでドラゴンが馴染んでいるだろうゆんゆんが最適だ。

 …………本当はドレインタッチできてゆんゆんの次に魔力を注いでいたウィズさんが最適解だったりするが、それは流石に空気読んで言わない。

 

「は、はい……いよいよだと思うと緊張しますね」

 

 本当に緊張しているのだろう。卵を抱き上げたゆんゆんの手は震えている。

 そんなゆんゆんが魔力を与えるのを見守りながら、女性陣は緊張と興奮が混じった様子でその瞬間を待った。

 

 そして皆に見守られる中――

 

 

『ぴぎぃ?』

 

 

 ――殻を破り、ブラックドラゴンの子どもが生まれた。

 

 

「こ、これがドラゴンの誕生ですか。そして黒き鱗に赤き瞳とは…………紅魔族の使い魔に相応しいドラゴンですね」

「お頭様! 本当にブラックドラゴンですよ! 凄い……ブラックドラゴンなんてドラゴン牧場では育てられませんし……その誕生を見れるなんて王族であっても一生に一度あるかないかなのに」

 

 その誕生に素直に感動している様子なのはロリっ子二人。…………金髪ロリっ子の方はなんか感動する所間違ってる気もするが。

 

「なんでよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

「フワーッハッハッ! 駄女神の悲鳴が心地よいわ!」

「えーと……アクア様? 一応、私もアンデットの王リッチーですので…………私が魔力与えてた時間が長かったせいだと思います。ごめんなさい」

「ウィズぅぅぅうう!…………はぁ、まぁいいわよ。この性悪悪魔のせいだったら浄化させてるとこだけど。思ったより凶暴そうでもないし」

 

 ロリっ子二人に比べて大人組……というかアクアのねーちゃんはうるさい。凶暴じゃないのは俺がちゃんと本能封印してるからだってのに、相変わらずこの自称女神は人の話を聞いていない。

 

 

 

「おい、ゆんゆん。呆けてないでそいつに名前をつけてやれ。そいつはお前が死ぬまで…………いや、その子孫まで何百何千という時を共に過ごしてくれる『友達』だ」

 

 騒ぐ外野も気にせず、陶然とドラゴンを抱くゆんゆんに近づき俺はそう口にする。

 ……そう、ドラゴンは友達だ。家族でもいいし、相棒でもいい。人が接し方さえ間違えなければドラゴンはそれに応えてくれる。

 だから俺は悩んだ末にゆんゆんにドラゴンの卵を渡した。

 

 友達を求めるゆんゆんの気持ちにドラゴンが応えてくれると俺は知っていたから。

 根は優しく世話焼きなゆんゆんならドラゴンを大切にしてくれると信じられたから。

 

 

 

「はい。…………この子の名前は『ジハード』……ね? いいかな?」

 

 

 

 ゆんゆんの問いかけに『ジハード』はぴぎゃぁと嬉しそうな鳴き声を上げる。

 

「ジハードね…………かっこいい名前じゃねぇか。ジハードはメスみたいだが……まぁドラゴンだしかっこ良くて問題ねーな」

「そうですか? かっこいい名前なら『ちょむじろう』とか『かずま』とかいろいろあるでしょう」

「「めぐみん(ロリっ子)は黙ってて(ろ)」」

「私のネーミングセンスに文句があるなら聞こうじゃないか」

 

 喚いてるネーミングセンスがあれな紅魔族は無視するとして……

 

「なぁ、アクアのねーちゃん。いろいろ思う所はあるかもしんねぇけどさ。ジハードのこと祝福してやってくれねぇか?」

 

 バニルの旦那に殴りかかろうとするのをウィズさんに抑えられてるアクアのねーちゃんに俺はお願いする。

 

「仕方ないわねぇ……まぁゼル帝の最初の子分だしね。ちゃんと祝福してあげるわ」

 

 …………最強の生物ドラゴンが雄鶏の子分か。

 

 

 

「ドラゴンの子『ジハード』の誕生と、この素晴らしい出会いに『祝福』を!」

 

 

 




実質的なプロローグ終了です。どらごんたらしなのにドラゴンいないとかいうタイトル詐欺状態はやっとおさらばです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話:見習い主とドラゴンバカ

――ゆんゆん視点――

 

「んぅ……ダメだよめぐみん……私達女の子同士だよ……んにゃむにゃ…………ん? うーあー…………夢かぁ」

 

 目を開ければ見知った天井。私は今さっきまでの光景が夢だったということを理解する。…………まぁ、冷静に考えればあんな夢ありえないんだけど。私とめぐみんがその……あれなことするなんて。

 

「隣にめぐみんが寝てるわけじゃないし完全に夢だよね。…………って、あれ?」

 

 ベッドにある空白。自分の横に広がる風景に私は違和感を覚える。少し考えればその違和感の正体はすぐに分かった。寝る前と今でそこにある風景が変わっていたから。

 

「……ハーちゃん?」

 

 一緒に寝ていたはずの使い魔。ブラックドラゴンのハーちゃんがいなくなっていた。

 

 

 

 

「いつかやるかもと思ってたけどこんなに早く行動に移すなんて……」

 

 ハーちゃんがいないと気づいた私はスキルを発動させて冷静にいる場所を探した。

 『使い魔契約』のスキル。バニルさんに教えてもらったそのスキルは、契約を結んだ使い魔の大まかな感情や意志を察することが出来て、離れていてもどこにいるのかをすぐに探すことが出来るすぐれものだ。

 かつては多くの魔法使いや魔獣使いが使っていたという話だけど、今ではアークウィザードやモンスターテイマーの人でも使う人はほとんどいない。特に魔法使いの間では使い魔を飼っているなんて物語の中での話になってるし、こんなに便利なスキルがあるなんて私は知らなかった。便利なのにどうして廃れたのかをバニルさんに聞いたらモンスターを従えるだけならもっと効率の良いスキルがあるからとか。

 

 そんな感じで覚えたスキルのおかげでいなくなったハーちゃんの場所はすぐに分かった。と言うよりスキルがなくてもすぐに見つけたと思う。だってその場所は私がハーちゃんが生まれてからずっと警戒していた所だったから。

 

「まぁ、馬小屋にいるってことは売り払うとかそういうつもりじゃないとは思うけど…………人の部屋に入って人の使い魔連れていくとか普通に犯罪だよね。本当にダストさんはどうしようもない人だなぁ」

 

 ハーちゃんが生まれてからこの一週間。ダストさんがドラゴンのこと好きらしいってのは薄々と言うか普通に分かってたことだ。わざわざ安い宿から私が泊まっている宿の一階にある馬小屋に停まるようになったのも、私一人じゃハーちゃんの面倒見きれるか心配だからって話だし。

 多分今回も私みたいにハーちゃんと添い寝がしたくてハーちゃんを連れて行ったんじゃないかと思う。だからと言ってそれが許されるかと言われたら全然違うけど。

 

(せめて一言でも言ってくれたら………………日頃の恨みから普通に断るだろうけど……ハーちゃんの匂いが移った枕を貸すくらいはしたのに)

 

 勝手に連れて行かれたんじゃ情状酌量の余地ははない。ハーちゃんのことで色々世話になってるけどそれはそれこれはこれ。私がハーちゃんの主だってことをダストさんにはっきり言わないと。

 

「ダストさん? 入りますよ?」

 

 こんこんと宿側にある馬小屋の扉を叩く。ダストさんが泊まっている馬小屋の区画は宿に一番近い所だから起きているならこれで気付くはずだ。

 

「…………物音もしないですしやっぱり寝てるみたいですね」

 

 スキルではっきりと感じるハーちゃんの気配と馬小屋から物音がしないこと。想像通りダストさんはハーちゃんと添い寝してるんだろう。…………私は起きたらすごい虚しさを感じたと言うのに羨ましい。

 

「まぁいいです。寝てるならハーちゃんを取り返して帰るだけですし」

 

 ダストさんと朝早くから喧嘩してたら宿の迷惑になる。文句をいうのは朝ごはんを食べてからでもいい。

 そんなことを思いながら私は静かに馬小屋の扉(馬小屋なので当然鍵なんてない。というか外からだと扉って言えるのもないし)を開ける。

 

 

 そこには想像通りハーちゃんと添い寝が出来て幸せそうな――

 

 

「…………ダストさん? うなされてるんですか?」

 

 

 ――姿なんてどこにもなかった。

 

 

 

 

 悪夢でも見ているのか。ダストさんは苦しそうな息を上げ、うわ言のように何かを喋っている。

 そして肝心のハーちゃんはそんなダストさんを慰めるように汗や涙を舌で舐め取っていた。

 

(…………涙?)

 

 あのどうしようもないろくでなしのチンピラさんが涙を流している状況に私は夢でも見ているんじゃないかという気持ちになる。

 そしてもしもこれが現実なら私が見てはいけないものなんじゃないかと、ぐるぐると混乱している頭でそれだけは思った。

 

(このまま見なかったことにして出ていったほうがいいよね……?)

 

 冷静に考えてもそれが正解に思えた。

 普段のダストさんを考えればこんな様子を見せたいなんて思わないはずだ。リーンさんならともかく、クソガキだと言っていつも馬鹿にしている私にこんな姿を見せたいはずがない。

 そして何より、私にはここで踏み込む理由がない。この人にはいつもくだらないことに付き合わされてばかりで酷い目に合うことばっかりだし、恨みこそあれ恩なんて――

 

 

 

『……で、だ。お前ら、年近いだろ? リーン、よかったらこの生意気なのと友達になってやってくんねえ?』

 

『ほら、アクアのねーちゃんが案の定涙目で来たぞ。…………大丈夫だ、あのねーちゃんは俺と似たようなチンピラだが根は素直で単純だ。……きっかけさえあればお前ならすぐ仲良くなれる。……ちゃんと友達になりましょうって言うんだぞ?』

 

『おい、ゆんゆん。呆けてないでそいつに名前をつけてやれ。そいつはお前が死ぬまで…………いや、その子孫まで何百何千という時を共に過ごしてくれる『友達』だ』

 

 

 ――ないこともないけど。それでも、ここで踏み込むまでの理由にはならないと思う。むしろ中途半端に恩があるからこそ、ここで見ないふりをするのが正しく思えた。

 

 

 だから私は帰る。

 

 

 

 

「…………ダストさん、起きてください。あなたに言わないといけないことがあります」

 

 

 

 

 もしもこの場所に大切な使い魔の姿がなければきっとそうしていた。

 

 

 

(仕方ないよね。だってハーちゃんがこの人を助けようとしているんだから)

 

 大切な使い魔がそうすることを望んでいて、けど大切な使い魔は生まれたばかりでどう助ければいいか分からない。ならどうすれば助けられるか、それを教えてあげるのが主としての役目だと思う。

 そしてそれは同時に友達としての役目でもあると思うから。私はここで踏み込む。

 

 

 

「っ……ミネア、待ってろ……俺がすぐに――――になって迎えに行くから」

 

 ミネアって誰だろう? 女の人の名前だけど。迎えに行くって許嫁か何かなんだろうか。…………モテないっていつもナンパばかりしてるダストさんにそんな人いるわけ無いか。

 ダストさんのかすれかすれのうわ言にそんな感想を抱きながら。私は声だけでは起きないチンピラさんの身体を揺らして本格的に起こそうとする。

 

「ほら、起きてくださいって。もう朝ですよ」

「ぅ……母さん……?」

「誰が誰のお母さんなんですか。寝ぼけてないでさっさと起きてください」

 

 普段クソガキ言ってる相手を母親と見間違えるとかどんだけ寝ぼけてるんですか。

 

「…………なんだ、守備範囲外のクソガキで身体だけはエロい生意気ぼっち娘か」

「起こしてくれた相手に言う一言目がそれですか!?」

 

 まだ半分寝ぼけてるっぽいのになんでそんなにスムーズに憎まれ口が叩けるんだろう。

 …………普段から本当にそう思ってるからとかだったらこの人との付き合い方を考えないといけない。

 

「てかなんでお前がここにいるんだよ。馬小屋とはいえ人の借りてる部屋に入るのは不法侵入だぞ」

「ダストさんにだけは言われたくないんですけど……って、そうでしたその話をしたくてわざわざダストさんを起こさないといけないんでした」

 

 もともとその話をするために着たわけだし。

 起こしたことはハーちゃんのためだし、うなされていたことについて踏み込む理由はやっぱり私にはない。

 

「あん? 話ってなんの話だよ。お前にわざわざ朝早くから起こされてまでするような話は思い浮かばないんだが」

「とぼけないでくださいよ。ハーちゃんを私の部屋から勝手に連れていったことは分かってるんですからね」

「は?…………確かにさっきからジハードが俺の回りを嬉しそうに飛び回ってるが…………お前が連れてきたんじゃねーのか?」

 

 あれ? なんだか本当に意外そうな顔だ。ダストさんに腹芸なんて出来るはずないし、本当にここに連れてきたのはダストさんじゃないんだろうか?

 

「違いますよ。私は起きたらハーちゃんがいないのに気づいて探したんです。そしたらここにハーちゃんがいたからダストさんが勝手に私の部屋に入って連れて行ったんだろうなって……」

「その状況でなんで俺を疑うんだよ。お前紅魔族のくせに栄養が胸にばっか行って知力足りないんじゃねーか?」

 

 呆れた表情でそんなことを言うダストさん。

 

「むぅ……ドラゴンが好きなどうしようもないチンピラさんがいて、いなくなったドラゴンがその人のもとにいるんですよ? 疑って当然だと思うんですけど」

 

 普段呆れされてばかりの人にそんな態度をされたら紅魔族として喧嘩を買わないといけない気になるけど、今は原因究明が先だ。カースド・ライトニングをぶつけるのはダストさんの見解を聞いてからでも遅くない。

 

「ジハードはお前と一緒に寝てたんだろう? 羨ましすぎるから死んでくれ。だったら戦士の俺にはお前の部屋に入るのは無理だろ。もしくは俺も一緒に寝させろ。誰かを疑うなら俺よりも解錠スキルか『アンロック』覚えてるやつにしろよ」

「話が入ってきにくいんで願望を途中で挟むのは止めてください。…………実行犯的にダストさんが無理なのは言われてみればそうですけど、誰かを脅してダストさんがやらせたんじゃないんですか?……お金で雇ったということはないですけど」

 

 実行犯じゃないからと言ってダストさんの疑いが晴れる理由にはならない。

 

「なんでお金で雇った線はないって断言してんだよ」

「え? 誰かを雇えるくらいのお金をダストさん持ってるんですか? だったら私に借金返してくださいよ」

「…………誰かを脅してやらせたって可能性の話だったな」

 

 都合の悪い話になったらすぐ話を逸らすのはダストさんの悪癖だと思う。…………いや、それくらいこの人の悪癖の数々の中では可愛いものだけど。

 

「そりゃ入らせる部屋がそこらの一般人ならともかく、頭のおかしい爆裂娘やアクシズ教徒のプリーストと友達のお前の部屋だぞ? 俺に脅されたくらいで入るには割に合わなすぎるだろ」

「人の友だちを魔獣や悪魔みたいに言わないでください。…………今回の件でダストさんが潔白だというのは納得しましたけど」

「…………納得してるお前も十分酷いからな」

 

 いや……うん。だって……。…………これ以上考えるのはやめよう。

 

「でも、だったら一体誰が私の部屋からハーちゃんを連れて行ってわざわざダストさんの部屋に……? もしかしてダストさんに恨みを持った人がダストさんを陥れようと……陥れようと……? 既にこれ以上ないくらい落ちきってる人を陥れても仕方ありませんよね」

 

 謎は深まるばかりだ。

 

「おう、ちょっと表出ろ。クソガキの分際で年上の男に舐めた口聞くのもいい加減にしろよ」

 

 ダストさんの戯言はスルー。今はハーちゃんを連れて行った犯人を見つけるのが先だ。…………喧嘩は後で買ってさっきバカにされた恨みは晴らそう。

 

「一体全体誰がハーちゃんを連れて行ったんだろう。動機を持ってる人がダストさんくらいしかいなくてダストさんには状況的な証拠がある。これが噂の迷宮入りですか?」

「何が迷宮入りだよ。少し考えればなんでジハードがここにいるかくらい想像つくだろ。これだから胸だけ成長してるぼっち娘は……」

 

 あとで覚えててくださいね。絶対黒焦げにしますから。

 

「ジハードを連れて行くやつが誰も居ないけど、ジハードがここにいる。……普通に考えればジハードが自分でここまで来たって分かりそうなもんだろ」

 

 …………はい?

 

「ついに頭がおかしくなりましたかダストさん。……いえ、初めて会った時から頭はおかしかったですけど、それはあくまで欲望に正直なだけだと思っていたのに」

「人のこと頭おかしいやつ扱いしてんじゃねーよクソガキ! 頭がおかしいのはお前の親友の爆裂娘だけで十分だ! ……ったく、信じられないならジハードに聞けばいいだろ。使い魔契約してるならジハードのいいたいことだいたい分かるだろ?」

「あのですね、ダストさん。確かに使い魔契約のスキルのおかげでハーちゃんの気持ちとかは大体分かりますし、私の意志も大体伝えることは出来ますけど、流石にそこまで複雑なことを理解させて聞くことは出来ないです」

 

 スキルで分かるのは『お腹が減った』とかそういうレベルだし、私が伝えられるのも『あれを攻撃して』とかそういう大雑把なレベルだ。

 

「あー…………なるほど。お前と俺の間で見解の相違が出るわけだ」

「? 何を納得してるんですか? 微妙に馬鹿にされてる気配もするんですけど」

「馬鹿にはしてねーが呆れてはいるな。スキルなんかに頼りっきりだから気づいてないんだろうが、ご主人様としては失格言われてもしかたねーぞ」

「な、なんなんですか。ご主人様失格ってどういうことですか」

 

 確かに私はドラゴンの知識について足りないところがある。それでなぜだかドラゴンの知識を持っているダストさんに不本意ながら何度か助けてもらったのも認める。

 それでも私なりにハーちゃんのことを大事にしてる自信はあるし、ダストさんも意外だけど知識がないことで私を馬鹿にしたりすることはなかったのに。

 それなのにどうして今ここで私は今までで1番のダメ出しをされているんだろう。

 

「何でも何もねーよ。お前、ジハードのご主人様のくせしてジハードが俺達の言葉を理解してることにも気づいてね―のかよ」

「理解って…………え? 長く生きたドラゴンが人の言葉を理解するのは知ってますけど…………ハーちゃんはまだ生まれて一週間ですよ?」

 

 早く理解するようにならないかなとは生まれる前から願ってたけど。

 

「一週間だが理解してるもんは理解してるんだからそれでいいだろ。普通のドラゴンじゃ100年以上生きてやっと人語を解するが…………まぁ、ジハードは紅魔族のお前を始めとしてウィズさんやらアクアのねーちゃんと言ったこの世界でも有数の魔力持ってる奴らに温められて生まれたドラゴンだからな。知力が普通より高く生まれることもあるかもしれない」

「…………そうなの? ハーちゃん」

 

 私の問にダストさんの回りを飛び回っていたハーちゃんが嬉しそうにキュィと鳴いて返事をする。…………スキルで感じるハーちゃんの意志も肯定だ。

 

「そっかハーちゃん私の言ってることちゃんと理解してるんだ。…………それなら確かに自分で内側から鍵を開けて外に出るくらいは出来るよね」

 

 どの程度の理解かはまだ分からないけど、多少なりとも一週間で人の言葉を理解していることから相当賢いことは分かる。鍵の仕組みや扉の仕組みくらい分かってて器用に開けることくらい出来るんだろう。

 

「……確かに私がハーちゃんのことちゃんと理解してあげれてなかったのは認めます。でも、ご主人様失格だって言われるほどじゃないと思うんですけど」

 

 これが一年以上気づいてなかったって言うなら確かにご主人様失格かもしれないけど。私だってまだハーちゃんの主になって一週間なんだから。

 

「確かに気づいてなかった事自体は仕方ねーかもな。俺もそれだけだったらご主人様失格とまでは言わねーよ。知識や経験はまだまだだが、お前なりにジハードを大切にしようってのは分かってるしな」

「だったらどうして…………」

「お前がやる前からジハードが理解できないって決めつけてたからだよ。…………ドラゴンってのは可能性の塊だ。その可能性を主であるお前が信じてやらないでどうするんだ」

 

 言われて考える。

 確かにダストさんが言った事を私は否定できない。でもそれはハーちゃんのことを信じられなかったというより……。

 

「…………ぼっちのお前のことだ。自分の気持ちを相手に伝えるのが苦手だってのは理解してやる。だけどな、それを理由にして言い訳すんなら本当にご主人様失格だからな」

「っ……」

 

 何でこの人は……普段は馬鹿でアホで呆れる言動しかしないのに、ハーちゃん……ドラゴンのことになると真剣で鋭いことを言うんだろう。

 ここまではっきりと……それも真正面から言われてしまえば誤魔化すことが出来ない。…………こんなどうしようもないチンピラさんの言葉でも素直に受け取らないといけないなんて凄い納得がいかないのに。そういうことがこの一週間でも何度かあった。

 

 

「えっと…………ハーちゃん? その……ごめん、ね……?」

 

 流石のハーちゃんも私が何を謝ってるのか分からなかったんだろう。人と同じように首を傾げて困惑の感情を伝えてくる。

 

「きゃっ……もう、ハーちゃん、くすぐったいよ」

 

 でも、私が落ち込んでいることは分かったんだろうか。慰めるようにして私の顔を舐めてくれる。

 …………うん。この子になら自分を出すことを怖がる必要なんてないのかもしれない。

 

「ちっ……イチャイチャしやがって……。おい、ゆんゆん用はもう終わっただろ? 俺はもう少し寝るからお前らもさっさと自分の部屋に帰れ」

「あ、はい。それと今日のことなんですけど……」

 

 確かにもうダストさんなんかに用はないしここにいる理由はない。…………というかいろいろあってちょっと気まずいし。

 ただ、この後、今日の予定については確認しておきたかった。

 

「分かってる。バニルの旦那の所に付き合えって話だろ。もともと俺から勧めた話でもあるしちゃんと覚えてるから安心しろ」

「そうですか……よかったです」

 

 ダストさんに付き合ってもらって良かったというのはなんだか凄い不思議というか落ち着かないことだけど。バニルさんに言われた通り、ドラゴンのことに関してはダストさんは頼りになる…………というより、その部分に関してだけは信頼してもいいんじゃないかというのはこの一週間、そして今回のことで理解した。今回バニルさんのところへ行く用事を考えればダストさんに付き合ってもらえるのは不本意ながら心強い。

 

(それ以外のことは相変わらずと言うか……怒ったり呆れたりすることばっかりだけどね) 

 

 

 

 どうしようもないろくでなしだけどドラゴンのことだけは頼りになるチンピラ。それが今の私のダストさんに対する印象だった。

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ……バニルさん、もう限界です。確かに私はリッチーですから死にません。たとえお砂糖とお水しかもらえなくても働けます。だけどたまにはもっとお腹に残るものを食べさせてください。具体的に言うとたんぱく質をください。そうすればもっとお仕事がんばれますよ」

「汝にはむしろ頑張ってなど欲しくないのだが…………まぁ、仕方あるまい。汝がそろそろそんなことを言うと思って串焼き屋に余った肉を貰ってきている。我輩の人徳によりただで貰ってきたものゆえ遠慮なく食べるがよい」

 

 小さな鐘の音を鳴らして入ったウィズさんのお店。リッチーな店主さんとバイトの大悪魔さんは二人でなんとなく楽しそうに話していて、私が来たことに気付かず話を続けている。

 

「…………そんなこと言ってまた私の前で美味しそうに食べるつもりじゃないですよね? バニルさんがそんなに素直にくれるなんてちょっと信じられないです」

「我輩も鬼ではない。昨日の汝は珍しく赤字を出さずに大人しくしていた。……店を開いているのに冷やかしだけで一人も客が来なかったのもどうかと思うが、それでも汝にとっては大きな前進だ。その褒美だと思うが良い」

 

 …………なんというかいろいろ突っ込みどころのある会話だなぁ。バニルさんは鬼じゃなくて悪魔ですよねとかすごく突っ込みたい。

 そんなことを考えていたらバニルさんはポケットの中から袋に入ったお肉のようなものを取り出してウィズさんへと渡す。

 

「…………あの? バニルさん。これどう見ても生肉なんですが…………普通串焼きって焼かれてるものですよね?」

「串焼き屋に余った肉を貰ったと言ったが別に誰も串焼きをもらったとは言っておらん。文句があるなら捨ててくるがよい」

「だ、誰もいらないなんて言っていませんよ! ちょっと期待したものと違っただけで十分うれしいです!……あぁ、でもどうしよう……うちにはタレなんてものあるわけありませんし、塩コショウもなければ塩すら……。調味料であるのは砂糖だけですし………………砂糖?」

 

 塩コショウくらいいくらでも私が買ってきますからその選択肢を本気でありか考えないでください。というか串焼きくらい私に言ってもらえばいくらでも買ってきてきますから。

 …………あぁ、でも私が買っていったらバニルさんが奪ってウィズさんの目の前で美味しそうに食べて二人分の悪感情を美味しくいただく未来しか見えない。

 

「ところでバニルさん、一つ気になることを聞いてもいいですか?」

「何を遠慮することがあるのだ。我輩と汝の仲であろう。1つと言わずいくらでも聞くがよい」

 

 うわぁ…………バニルさんすごいいい笑顔だ。経験上あれは絶対ろくでもないことを考えている。言うなればごちそう(悪感情)を前にした時の顔。

 

「では遠慮なく。…………この生肉バニルさんのポケットの中から出しましたよね? 『カースド・クリスタルプリズン』で作った氷の箱の中じゃなくて」

「うむ、我輩のぬくぬくポケットの中でしっかりと保存しておったぞ」

「…………このお肉、余った肉だと言っていましたが、もしかしなくても」

「うむ、腐りかけゆえ商品にならないものを串焼き屋の店主よりもらってきた」

「……………………袋の中から凄い臭がするんですが、一体全体いつもらってきたんでしょうか?」

「一週間くらい前だな」

「どう考えても腐りきってるじゃないですか!」

 

 ある程度予想してたけどこれは酷い。いつも砂糖水だけで生きてる人にこの仕打はないと思う。…………いや、前提条件が何よりもおかしいけど。

 

「なんだ気に入らないのか? これでも大変だったのだぞ。匂いにつられてカラスにまとわり付かれて追い払うのに苦労した。危うくカラススレイヤーの称号を失うところであったわ」

 

 …………そこまでしてウィズさんからかいたかったんですね。

 

「まぁ、汝がいらないというのであれば仕方あるまい。その肉は野良ネロイドにでも食べさせてこよう。よこすがいい。……ムシャムシャ」

「少しもったいない気がしますけどしょうがn…………って、何を美味しそうに食べてるんですか!?」

「見ての通りの串焼きである。今日の朝、ゴミを捨てに行った帰りに串焼き屋の店主に『いつもカラスを追い払ってくれてありがとう』ともらったのだ。少し冷めているがタレが染み込んで美味しいぞ」

「私の前で美味しそうに食べたりしないって言ったじゃないですか! 悪魔は嘘をつかないんじゃないんですか!?」

 

 悪魔は嘘をつかない。そう言えばそんなことを前にホーストとかいう悪魔が言ってたような…………あれ? 微妙に違った気もするけど。

 

「ふむ……確かに悪魔は基本的に嘘をつかぬが、嘘を言えないわけでもない。口約束だけとしても『契約』は破らぬがな」

 

 そういう所はある意味人間よりよっぽど律儀なんですよね悪魔って。曲がりなりにもバニルさんと友達をやれているのはそういう所があるからだと思う。

 …………ウィズさんとの今のやり取りを見ていると友達を続けて大丈夫なのかと本気で考えさせられるけど。

 

「そうなんですか? それなら仕方な…………仕方なくないですよ!」

「そもそも我輩は別に嘘などついておらぬぞ。我輩は汝の問いに『鬼ではない』と答えただけだ」

「そんなのただの屁理屈じゃないですか! バニルさんの鬼! 悪魔! 人でなし!」

 

 あまりの扱いに限界だったんだろうか? ウィズさんはそこまで言ったと思ったらそのまま私の横を通り抜けて店を出ていってしまう。

 

「だから我輩は鬼ではないと…………。ふーむ、少しばかりやりすぎてしまったか。あれは『見通す力』で未来が見えぬゆえ、反応を予測できぬのが面倒だな」

 

 ウィズさんにあげるつもりだったんだろう、隠していた串焼きを持て余しながらバニルさんは嘆息する。

 

「……だったら、からかったりしなければいいじゃないですか」

 

 そんなバニルさんにため息を付きながら、私はハーちゃんと一緒に近づいていく。

 

「なんだチンピラごときに使い魔の主としてダメ出しされたぼっち娘ではないか。来ていたのか」

「それだけ高性能な見通す目を持ってて気づかないなんておかしくないですかね!?」

 

 ダストさんなんかにダメ出しされたとか誰にも知られたくなかったのに……。

 

「そんなこと言われても、気づかなかったのは本当に気づかなかったのだから仕方あるまい」

「あの……? からかうのはバニルさんの趣味だから仕方ないですけど、そういう時はちゃんとトーンを変えるというか、いつもみたいに悪い笑みを浮かべて言ってくださいよ。そんな風に普通に言われたら本当に気づかれなかったかと思うじゃないですか」

 

 最初は気づかなかったかもしれないですけど、流石に今の今まで気づかないとか……。

 

「…………そうだな、次からは気をつけよう」

 

 だから本当にそんな思わせぶりな言い方はやめてくださいよ!

 

 

 

「さて、ぼっち娘にとって悲しい現実の話はここまでにして商談に移るとしようか。確かそのトカゲの能力を見通して欲しいという件と取り寄せたドラゴンフードの売買の件であったな。ドラゴンバカなチンピラと一緒に来るという話だったが先に進めてもよいのか?」

 

 話の調子を変えてバニルさん。からかいモードから商売人モードに移ったみたいだ。

 

「えーっと…………ダストさんならちゃんとここにいるじゃないですか」

 

 少しだけ気まずさを感じながら私は左手に掴んでいる物体を指差す。

 

「…………はて、我輩の殺人光線を受けた貧乏店主のような物体しか見えぬのだが、まさかそれがあのチンピラとでも言うつもりなのか?」

「はい…………。ちょっとむしゃくしゃしてていつもの喧嘩でやりすぎてしまって……」

 

 カースド・ライトニングの威力の調整をちょっと間違えてしまった。

 

「…………汝は本当にそのチンピラには遠慮がないというか容赦がないというか…………ある意味あの爆裂娘より遠慮がないのではないか?」

「んー……言われてみればそうですね。ダストさんになら別に嫌われても全然困りませんし、遠慮する理由がないですからね」

 

 それにダストさんに遠慮なんてしてたらどんどん利用されるだし。色んな意味で遠慮なんてやってられない。

 

「まぁそのあたりはどうでもよいか。その黒い物体がどうしようもないチンピラなのは分かったが、そのまま商談を進めてもよいのか?」

「…………回復ポーションを買わせてください。適当にかけてたらそのうち復活すると思いますんで」

 

 ダストさんって戦士の割には魔法防御力高いし、見た目は酷いけど実際はそうでもないはずだ。

 

「まいどあり。…………では商談を始めようか。我輩としては先にドラゴンフードの売買の話をしたいのだが」

 

 ダストさんに回復ポーションを掛け終わった所でバニルさんはそう言って商談を進める。

 

「そっちはダストさんと一緒に進めたほうがいい気がするんで先にハーちゃんのことを見通してもらえますか?」

 

 私にはドラゴンフードの良し悪しなんて分かりませんし。

 

「ふーむ…………。とりあえずブレスに関しては卵の時に見通した通り雷属性のブレスを使うようだな」

 

 雷属性ってことは『サンダーブレス』かぁ。威力はともかく『ライトニング』とかと同じような形で使えそうかな。

 

「それと二つの固有スキルを持っているようだな。…………だがこれは…………」

「? 固有スキルってなんですか?」

 

 なんだか難しい顔をしているバニルさんに私は聞く。

 

「うむ、固有スキルというのはその名の通りブレス能力以外でそのトカゲが持っている固有のスキルのことだ」

「もしかしてその固有スキルというのはとても珍しくてハーちゃんは凄い特別なドラゴンなんですか!?」

「ええい、暑苦しいからそんなキラキラした目で聞いてくるでない、変な名前の一族の血を引く娘よ。…………別にトカゲが固有スキルを持っていることはそう珍しい話ではないし、3つくらいなら固有スキルを持って生まれるトカゲもいたりする。別に固有スキルを二つ持ってる事自体はないこともない程度の話だ」

 

 そうなんだ……少しだけ残念というか…………ハーちゃんが凄いドラゴンだったら邪神を使い魔にしてるめぐみんにも自慢できたかもしれないと思ってしまった。

 もちろん凄かろうが凄くなかろうが私にとってハーちゃんが大切な使い魔だというのは何も変わらないけれど。それはそれ、これはこれ。めぐみんに対するライバル心はいろいろと複雑だ。

 

「んー……でも、固有スキルを二つ持ってることがそこまで珍しくないのならなんでバニルさんはさっきから難しい顔をしてるんですか?」

 

 気のせいかなとも思ったけど、やっぱりバニルさんはなんだか難しい顔をして私と話しながらも思案している様子だ。

 

「覚えている固有スキルが最高の組み合わせというべきか最悪の組み合わせというべきか……。卵を温めていたあれとあれの影響だというのは分かるが…………。とりあえず、その治りかけの黒い物体で1つは実演させるとしよう」

「黒い物体ってダストさんですか? これ以上ダストさんを痛めつけるとかでしたら流石の私も止めますよ?」

 

 不本意ながらハーちゃんはダストさんに懐いてる気がするし、そんなダストさんをハーちゃんに傷つけさせるのは可哀想だ。

 

「その逆のことをさせるのだから安心するがよい。ぼっち娘よ、そのトカゲにチンピラの傷を治すよう命令するのだ」

「傷を治す……? ハーちゃん、そんなこと出来るの?」

 

 私の問いに応えるように、ハーちゃんはダストさんの傷ついた身体を小さな舌で舐めていく。すると、回復ポーションで治りかけていたダストさんの身体の傷が舐めたところからどんどんと治り消えていった。

 

「バニルさん、これってもしかしなくても……」

「うむ、回復魔法。それがそのトカゲが持つ固有スキルの1つである。…………どっかの自称女神が魔力を与えた影響であろうな」

 

 アクアさんはプリーストとしての能力は文句なしで高いからなぁ。その影響を受ければ確かに回復魔法くらいは覚えるのかもしれない。

 

「っ……ん? ここはウィズさんの店か? 何で俺はこんなところに……」

 

 左手に引っ張られるような感覚を感じてみてみれば、掴んでいたダストさんが身じろぎをしてその目を開けていた。

 

「起きたか。最近ドラゴンと触れ合えてご機嫌なチンピラよ」

「お、バニルの旦那じゃねーか。奇遇だな……って、ウィズさんの店だから奇遇でもなんでもないか。旦那はなんで俺がこんなところにいるか分かるか?」

「それは汝の右にいるバレぬよう手を放そうとしているぼっち娘に聞けば分かるのではないか?」

 

 バニルさんの言葉にビクッとしてそろりと放そうとしていた手を掴み直してしまう。

 

「ゆんゆん……? あー……そういやまたゆんゆんと喧嘩したっけか。それで惜しくも負けちまって気絶したのまでは思い出したわ」

 

 いえ、全然惜しくはなかったですけどね。私の圧勝でしたよ。

 

「…………で? 人のことぼろぼろにしたぼっち娘さんよ。何で俺はお前に掴まれてここにいるんだ?」

「ほ、ほら、今日は一緒にバニルさんのところに行ってくれるって話でしたし、今朝確認しても分かってるって言ってくれたじゃないですか」

 

 ジト目でみてくるダストさんの視線から目をそらしながら、私はそう答える。

 

「それは喧嘩してボロボロにされる前の話だろうが! 普通ボコボコにした相手をその日のうちに自分のことに付き合わせるかよ!」

「私もちょっとどうかなぁとは思いましたけど、喧嘩売ってきたのはダストさんですしいつものことだから別にいいかなぁって」

 

 それにダストさんは連れてこなければ連れてこなかったで多分文句言ってくるし。………………この人本当に面倒くさいなぁ。

 

「…………ま、男に二言はねーからいいけどよ。今度喧嘩する時は俺が勝つからな」

 

 面倒くさい上に懲りない人だなぁ……。

 

「それよりぼろぼろになってたのを治してくれたのバニルの旦那なのか? どっかの凶暴ぼっちは手加減なしに上級魔法撃ってきたから結構ひどい傷だったと思うんだが」

「半分はそうであるな。ぼっち娘が割高で買った安い回復ポーションを汝に使ったのは我輩だ」

「別に割高で買った覚えはありませんよ!?」

「半分ってことはもう半分は違うってことか。もう半分はなんなんだ? 旦那」

「後の半分はどこかの友達いないぼっち娘の使い魔の能力である」

「と、友達いないなんてことないですよ! というか二人共、人のことをぼっちぼっち言わないでください!」

 

 私にだって里になら友達それなりにいますし、アクセルにだってそれなりに友達できたんですからね。

 

「へー……ってことはジハードの固有スキルは回復魔法か。回復系の固有スキル持ってるドラゴンは多いけど、他人にも使えるってなると少し珍しいな」

「? 回復系の固有スキル自体は珍しくないんですか?」

 

 人間だと回復系のスキル使えるのは私が知ってる限りだとプリースト系の職業の人かそこから教えてもらった冒険者の人だけなのに。

 

「ジハードが回復魔法使えるならどっかの身体がエロいのだけが取り柄のぼっち娘にボコボコにされても安心だな」

「それは困るな。うちで数少ないまともな商品である回復ポーションを買うものが一人でもいなくなれば、どこかのお金を余らせているぼっち娘にでも割高で買ってもらわねば店が潰れてしまう」

 

 ……………………

 

「分かりましたよ。ダストさんのことをボコボコにしたのは謝りますし、回復ポーションも割高で買いますから。…………だから、私を無視して話を進めるのは止めてください」

 

 あと、私の事ぼっちぼっち言うのも二人がかりで言われると地味にへこみます。

 

「最初っから素直にそう言っときゃいいのに。本当可愛くねーガキだぜ。今度酒奢れよ」

「紳士として知られる我輩としたことが何やら強請ったようになってしまったな。ぼっち娘よ、無理して割高で買う必要はないのだぞ。…………ところで話は変わるのだが、うちの貧乏店主が勝手に売れると言って買い集めたガラクタの数が少し洒落にならない在庫になっていてだな……」

 

 …………なんで私はこの人達に頼ろうって思ってしまったんだろう。

 

 

 

 

 

「……で? なんだっけか、ドラゴンが回復系の固有スキルを覚えてるのが珍しくないってのが聞きたいのか」

 

 一通りウィズさんが仕入れた魔道具を買わされた後。ダストさんが話を再開する。

 

「はい。回復スキルって結構レアなイメージなんですけど、ドラゴンだとそうじゃないんですか?」

「まぁな。もともとドラゴンってのは傷の治りは早い。魔力の塊って言われてるだけあって生物でありながら精霊のような魔力の集合体に近い性質を持ってるんだ。だから魔力さえ十分ならその回復は人間のそれとは大きく違う。だからそれがスキルといえるくらい異常な回復能力となったドラゴンはそう珍しくはないんだ」

 

 なるほど。精霊は攻撃しても魔力が減るだけで傷が出来ないって話も聞いたことあるし、それに近い性質をドラゴンが持ってるなら回復が早いって言うのも納得だ。

 

「というか、回復スキル持ちのドラゴンならお前だって見たことあるだろ」

「え?…………あっ、クーロンズヒュドラ!」

 

 大物賞金首クーロンズヒュドラ。あの亜竜は確かに恐ろしいくらいの自己再生能力を持っていた。

 

「ジハードの回復魔法は流石にクーロンズヒュドラの自己再生ほどの回復量はないだろうが、他人にも使えるって点はヒュドラよりも勝ってる。魔力やそれを扱う技術が上がれば回復量もあがるだろうし……ジハードが上位ドラゴンになった時が恐ろしいくらいだな」

「つまり私の使い魔は大物賞金首よりも将来的には凄いドラゴンになるんですね!」

 

 これはめぐみんにも自慢できるかもしれない。それに大物賞金首よりも凄いとか紅魔族の琴線に凄い触れる。

 

「まぁ、回復能力的にはそうだし、亜竜のヒュドラよりも純血のドラゴンであるジハードのほうが最終的に単純な能力は高くなるってのは確かにそうなんだが…………あの大物賞金首は自己再生スキルよりももう一つの固有スキルが厄介だったから一概にジハードのほうが凄いとは言えないんだよな」

「クーロンズヒュドラにもう一つ固有スキルですか? 自己再生以外に何かありましたっけ?」

 

 戦った時に厄介だと思ったのは自己再生くらいだったんだけど。

 

「ドレイン能力…………あのヒュドラは土地から魔力を吸い取る固有スキルを持ってたからな。そのスキルがあったからあの亜竜は普通よりも大きくなるのが早かったようだし、潤沢な魔力で自己再生能力もたくさん使えた。どっちか片方だけならあのヒュドラは大物賞金首とまでは言われてなかったろーよ」

 

 クーロンズヒュドラってそんな能力まで持ってたんだ。カズマさんの説明じゃ自己再生能力くらいしか説明されなかったし知らなかった。

 …………というか、なんでこの人はそんなこと知っているんだろう。調べれば簡単に分かることだろうけど、普通そんなこと調べない。やっぱりこのチンピラさんはドラゴンバカなんだろうか。

 

「そのことなのだがな、ぼっち娘にドラゴンバカと思われているチンピラよ。そこの使い魔だが…………ドレイン能力を持っているぞ? しかもドレイン能力としてだけなら完全にあの大物賞金首よりも上位互換のものを」

「「……え?」」

「その黒いトカゲの二つ目の固有スキル。それは相手の生命力と魔力を奪い、時には逆に分け与える……リッチーの使うドレインタッチと同じスキルだ」

 

 つまり私の使い魔は大物賞金首よりも凄いってこと……?

 

「キャー! ハーちゃん凄いよ! ハーちゃんってば可愛いだけでも最高なのにすっごく賢くて、その上能力も凄いなんて!」

 

 ハーちゃんの前足を掴んで一緒にぐるぐると回って喜びを表現する。ハーちゃんもそれが楽しいのか、それとも私が喜んでるのが分かっているのか、使い魔契約のスキルで喜びの感情が伝わってくる。

 可愛いドラゴンってだけでも私にはもったいない使い魔なのに、それだけじゃなくて人の言葉もわかるくらい賢くて、大物賞金首にも負けない潜在能力を持ってるなんて。

 

 

「…………なぁ、旦那。流石にやばくねーか?」

「うむ。駄女神とポンコツ店主の影響なのは見通す力を使わずとも分かるが、この二つの能力を持った純血のドラゴンとなれば…………下手すればあの機動要塞をも超える史上最悪の賞金首が生まれかねないであろう」

 

 喜んでいる私とハーちゃんとは裏腹に、バニルさんとダストさんはなんだか別世界のように難しい顔をして話している。…………朝も思ったけど、ダストさんって真面目な顔が本当に似合いませんね。別に変な顔ってわけじゃないし、むしろいつものチンピラ顔よりはかっこいいんだけど、イメージと合わなすぎる。

 

「なぁ、ゆんゆん。俺と約束してほしいことがあるんだがいいか?」

「なんですか改まって。ダストさんに真面目な顔されるとなんだか背中が痒くなっちゃうんですけど」

「このクソガキは本当に口が減らねーな!」

 

 それはわりとこっちの台詞だと思います。

 

「すみません、ちょっと本音が漏れてしまいました。……それで、ダストさん、約束というのは?」

「お前は後でちゃんと謝罪の意味を調べろよ。全然謝れてねーからな」

 

 ダストさん以外の相手ならちゃんと謝罪出来ますけどね。ダストさん相手だとまぁ…………私に限らず誰でもこうなると思う。

 

「ま……お前の毒舌な生意気っぷりは置いといて真面目な話だ。…………ジハードを戦わせる時は絶対に俺と一緒にいるときだけにしろ」

「なんでですか? やっと私にもいつも一緒に戦ってくれる大切な友達ができたのに、どうしてそんなこと言うんですか?」

 

 やっぱりまだボコボコにしたことを根に持ってるんだろうか。それともぼっちはぼっちらしくしてろということなんだろうか。

 

「一人で戦うのが嫌なら爆裂娘でも残念プリーストでもリーンでも誘えばいいだろ」

「誘うって…………それができたら苦労しませんよ!」

 

 誘われて一緒に誰かと戦ったりというのは結構増えたけど、自分から誘うとなると今でも凄い難易度が高い。だからこそ誘うまでもなくいつも一緒なハーちゃんと戦えるのは私にとってすごい大きいことなのに。

 

「お前の悲しいぼっちの習性は分かってやらないこともないが、それとこれとは話が別だ。…………いいからとにかく約束してくれ」

「見通す悪魔が助言する。ぼっち娘よ、チンピラと約束するがよい。そうするのが汝と汝の使い魔のためだ」

「…………理由を話してくださいよ。そうじゃないと納得できません」

 

 ドラゴンのことに関しては間違ったことを言わないダストさんに、契約を重んじるという悪魔のバニルさんがそこまで言うってことは、きっと約束した方がいいんだとは思う。

 でも、だからといって頭ごなしに言われただけで納得できるはずもない。…………大切な使い魔で友達のことで、知らないままに約束なんて出来るはずないのだから。

 

「単純に危険なんだよ。ジハードの能力は」

「確かにハーちゃんの能力が凄いってのは分かりましたけど…………危険って何でなんですか?」

 

 回復能力とドレイン能力。確かに凄いけど、それがどうして危険って話になるんだろう。ハーちゃんは賢くて私の言うこと聞いてくれるし、本能を封印されてるのもあるだろうけど、凄く大人しいのに。

 

「多分お前はその凄いってのもちゃんと分かってない。亜竜のヒュドラと違って純血のドラゴン……それも上級種のブラックドラゴンがドレイン能力を持ってる意味がどういう意味か本当に分かってんのか?」

「えっと…………相手から魔力を奪えればいくらでも回復魔法やブレス攻撃ができるってことですよね?」

「それだけじゃない。純血のドラゴンならどのドラゴンでも持ってる特性、それは魔力を持っていれば魔力を持っているほど強くなる。亜竜のヒュドラならどこかで肉体的な制約がかかるが純血のドラゴンならそれがないに等しい。……ジハードがドレイン能力を使えば本当にどこまでも強くなるんだよ」

「それは……」

 

 それは本当に凄いって言葉で片付けていいんだろうか?

 

「た、確かにハーちゃんが凄いって言葉じゃ収まらないくらい凄いのは分かりました。でも、だからと言ってハーちゃんを危険な存在みたいに言うのは止めてください」

 

 ハーちゃんはこんな私でも主だって認めてくれる優しい子なんですから。

 

「俺だってジハードが可愛くて賢いのは分かってるし危険な存在だって言うのは本当は嫌なんだよ。それでもこれは言わなきゃいけないことだ」

「…………どうしてですか?」

 

 嫌だというのなら。ハーちゃんの優しさを知っているのなら。どうして危険だと言うんだろう。

 

「どこまでも強くなる。だけど、その強さをどこまでもジハードが制御できる訳じゃない。幼竜のジハードじゃ中位ドラゴンくらいの力を振るおうとすれば暴走しちまうだろう。……その先はヒュドラどころかデストロイヤーすら凌駕する史上最悪の賞金首の誕生だろうな」

「もしそうなった時は人にはどうにもできぬ。恐らくは天界から神が派遣されて滅ぼされることになるであろう。むしろそこで終われたら幸運なほうだ。滅ぼせなかった場合の未来はこの世界にとどまる話ではなくなる」

 

 バニルさんの補足はちょっと壮大過ぎて把握しきれないけど、ダストさんの話だけで十分に危険性は分かった。というよりハーちゃんのためを思うならダストさんがいようといまいと戦わせるのは止めたほうがいいんじゃないだろうか。

 そんなことをダストさんに聞いてみると。

 

「力の扱い方を学べば暴走の可能性は低くなるし、そのためなら能力も含めて実践で戦ったほうが効率的だ。俺が目を光らしてたら絶対に暴走なんてさせねーし。お前もジハードと一緒に戦いたいって気持ちは変わらねーんだろ?」

 

 そう言って私にまた約束を迫ってくる。

 自分がいたら暴走させないなんて言う謎の自信はともかく、言ってきた事自体はまともだし、一応とは言え私の気持ちも汲んでくれている。

 …………ここで撥ね退けたら子供みたいだよね。

 

「分かりましたよ。約束します。ハーちゃんと一緒に戦いたい時はダストさんを呼ぶ。…………それでいいんですよね?」

「上出来だ。ま、俺が無理な時はバニルの旦那でもいいんだろうが…………旦那は基本的に忙しいからなぁ」

「うむ。未だにまとまった資金が溜まらぬゆえ相談屋をやめられぬし、貧乏店主一人にこの店を任せていればすぐに潰れる。カラススレイヤーとしてカラスを追い払うのも毎日かかせぬし、行き遅れ受付嬢の愚痴を聞かねばならないときもある。我輩めっちゃ忙しいぞ」

 

 …………この悪魔さん、本当に地獄の公爵なんですかね?

 

 

 

 

 

「お、流石旦那だな。頼んでたドラゴンフードをちゃんと取り寄せてくれるなんて」

「少しばかり苦労したが未来の大手取引先を作るためなら当然のことである。今は取引量が少ないがあのドラゴンが大きくなれば食べる量は膨れ上がる。10年後が楽しみだ」

「下位ドラゴンの成長期はすごい量を食べるからなぁ。まとめ買いにして多少安くなるにしても金額は凄いことになる。…………ま、ドラゴンがいればそれくらいのお金はすぐ稼げるから別に問題はないだろうけど」

「というわけでぼっち娘の代理人よ。単価はこれくらいでどうだ?」

「旦那ー? 流石にそれはぼったくりすぎだろ? 旦那には俺もゆんゆんも世話になってるし多少は多く手数料取ってもらってもいいけどよ、この単価じゃ成長期は払いきれない。せめて……このくらいだな」

「ふーむ…………また絶妙な所を」

「一応、旦那が得してゆんゆんが損しすぎないところだと思うんだが……」

「確かにこれくらいが妥当と言ったところか。…………妥当すぎてつまらぬ。こうなるから汝が起きる前にぼっち娘とドラゴンフードの売買契約を結んでおきたかったと言うのに」

「ま、そのあたりはゆんゆんにウィズさんが仕入れた品を買わせればいいんじゃないか? ドラゴンフードのこと以外は別に俺は何も口だす気はないし」

 

 

「何ていうか…………ダストさんって本当にドラゴンのことは詳しいんだなぁ」

 

 店の窓によりかかりながら。バニルさんとドラゴンフードの売買契約を話しているダストさんを見ながら私はそんなことを呟く。

 

「ハーちゃんには凄い優しかったり…………ドラゴンのことになると人が変わるっていうか。……ハーちゃんもダストさんには妙に懐いてるし」

 

 はぁ、と大きなため息をつく。そんな私をどうしたのと言った瞳でハーちゃんが見つめてくるが、その純粋な瞳が今はなんだか辛い。私はその視線からそらすように身体を振り向かせて窓の方へ向く。

 

「あ……」

「…………何してるんですか? ウィズさん」

 

 そして何故か窓の外から店内を見ていたウィズさんと目があった私は窓を開けて声をかける。

 

「いえ……そのですね? ちょっとバニルさんと喧嘩をして店を出たんですけど…………ほとぼり冷めたらなんだか帰りづらくて」

 

 喧嘩? あれはウィズさんにとっては喧嘩だったんだろうか? 私にはそうは見えなかったんだけど。

 …………というか、私はウィズさんが出ていったところに出くわしてたんですけど。…………本当にバニルさん含め気づかれてなかったんだろうか。

 

「どうせ、バニルさんがいつもみたいに酷いことをしたんじゃないんですか? ウィズさんが気を使う必要はないと思うんですけど」

 

 少なくともあれはバニルさんが悪いと思う。

 

「そうなんですけど…………よくよく考えたら店を出ていくほどでもなかったかなって。ゆんゆんさんの言う通り『いつも』のことですから」

 

 それはそれでどうなんだろう。あんな扱いをいつもされたら私なら耐えられない気がする。

 

「それにバニルさんは平気で酷いことをする悪魔ですけど、酷いことだけをする悪魔じゃありませんから。……よくよく考えたら今日のパターンは上げて落として上げる、悪感情の回収と次の悪感情回収への繋ぎのパターンだったのに上げて落とされた所で私が逃げちゃうのはバニルさんにとって予想外だったんじゃないかなって」

「すみません、ウィズさんが何を言ってるのかよく分からないです」

「ふふっ……そうですね。私も自分で何を言ってるかよく分からないです。ただ、その……私もバニルさんの友達としてまだまだだなぁって」

 

 ウィズさんの言葉。その意味は私にはよく分からなかったけど、感じている気持ちは今の私と一緒なんじゃないかってそう思った。

 

「……そういう時、ウィズさんはどうするんですか?」

「そうですね……とりあえず謝ります。そしてたくさん話して相手のことを理解できるように頑張るんです。相手にふさわしい自分になれるように」

「…………そうですよね。それしかないですよね」

 

 うんと、ウィズさんの言葉を胸に刻んで頷く。

 ハーちゃんの主として、友達として今の自分が相応しくないというのなら。相応しい自分になるために頑張るしかない。

 そのためならどうしようもないチンピラであろうとも認める所は認めて知識や経験をもらっていくのも必要だ。

 

 そう思ったらなんだかもやもやしていた気持ちが嘘のようになくなり、自然と安堵のため息が出た。

 

「ところでゆんゆんさん。バニルさんとダストさんって凄い仲がいいですけど、実はあの二人が付き合ってるということはないですかね?」

「…………ウィズさんって意外に恋話とか好きですよね」

 

 なんだか目を輝かせているウィズさんに気づかれないよう私は小さくため息を付いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話:最初の一歩

「ゆんゆん入るぞー……って、なんだよ鍵かかってんじゃねーか」

 

 朝。ゆんゆんを迎えに来た俺は鍵のかかった扉にそれを阻まれる。

 

「中でなんかバタバタしてるみてーだし、起きてるのは起きてるみたいだな」

 

 なんか『ハーちゃん開けちゃダメ!』とか言ってるゆんゆんの声が聞こえるし。

 

「さて……どうするかね」

 

 俺が取れる選択肢は――

 

 

1:ジハードにお願いをして鍵を開けてもらい部屋に入る

2:扉を蹴飛ばして部屋に入る

 

 

 

「――てわけだ。ゆんゆん入るぞ」

 

 少し考えた俺は扉を蹴飛ばして部屋へと入る。いくら俺に懐いているとはいえ主人のゆんゆんに開けるなと言われていたら、ジハードも鍵を開けることはないだろう。となればアンロックも解錠スキルも使えない俺には扉を蹴飛ばして部屋に入るしか方法はない。

 

「きゃっ!? な、なな……何が『――てわけだ』なんですか!? 女の子の部屋にいきなり入ってこないでください!」

 

 着替え途中だったのかゆんゆんは小さな悲鳴を上げた後、服で体を隠すようにして文句を言ってくる。

 

「はっ、守備範囲外のクソガキがいっちょ前に色気づきやがって」

「だったら私の事そんないやらしい目で見ないでください!」

「まぁ、それはそれ、これはこれ。お前身体はエロいし顔は悪くないからな」

 

 実際に手を出す気にはなれないが、目の保養にはなる。それにサキュバスサービスで頼む夢の内容の参考にはなるし。

 

「それに俺は入る前に入るぞって声かけただろ。いきなりでもなんでもないぞ」

「問題はそこじゃないですよ! 扉を壊して入ってきたのが問題なんです!」

「はぁ? 鍵がかかってるなら俺が入るには扉壊すしかないだろ。俺は盗賊でも魔法使いでもないんだぞ」

「いえ……そもそもなんで入らないって選択肢がないんですかね……?」

「せっかく人が迎えに来てやったってのに部屋にも入れず外で待たすつもりなのかお前は? 常識知らずにも程が有るぞ」

 

 ゆんゆんが今日ジハードと一緒にクエストやりたいと言ったから俺はわざわざ早起きしてやってきたと言うのに。

 ……けして俺がドラゴンと一緒に戦うのが楽しみで待ちきれずに来たわけじゃない。年上の男としての甲斐性ってやつだ。

 

「とりあえず世間一般的な常識では女の子の部屋に許可もなく扉を蹴飛ばして入ってくるような男性は問答無用で留置所行きだと思います。なので常識知らずなのはダストさんの方ですね」

「ちっ…………しゃーねーな。だったら今回はどっちも常識知らずだったってことで手を打ってやるよ」

 

 こんなことで喧嘩してる時間がもったいない。俺としては早くジh……ゆんゆんとクエスト行って金を稼ぎたいんだから。

 

「…………この人なんでこんなに自信満々で上から目線なんですかね?」

 

 俺としてもゆんゆんみたいなぼっちが年上の男相手に遠慮なしに色々言ってくるのは謎なんだがな。

 

 

 

 

 

「とりあえず無駄話はこれくらいにして、さっさと着替えろよ」

「だったら早く出て行ってください」

 

 着替えを急かす俺にゆんゆんはジト目でそう返してくる。

 

「おー、ジハードは今日もかわいいな。よしよしっと」

 

 そんなゆんゆんはどうでもいいので置いとくとして。俺の回りを嬉しそうに飛び回るジハードを捕まえて頭をなでてやる。きゅぅんと鳴く声が可愛い。

 あー……やっぱドラゴンはいいよなぁ……かっこいいし可愛いし。俺もジハードと一緒に添い寝とかしてーなぁ。

 

「人の話聞いてくださいよ! 着替えられないから早く出て行って!」

「あんまり大きな声出すなよ。ジハードが怖がってる」

 

 主人の大きな声にびっくりしたのか、少しだけビクついているジハードを宥めながら俺はゆんゆんに注意する。

 

「………………ダストさん、ハーちゃんには甘いですよね。チンピラのくせに」

「そりゃ、ジハードはかっこいいし可愛いからな」

 

 猫可愛がりするのも仕方ないだろう。ジハードの可愛さに触れれば誰だってそうなるはずだ。ならないやつは折檻してやらないといけないレベル。

 

「というかハーちゃんもハーちゃんで私よりダストさんの方に懐いてるような……」

 

 訝しげというか不満げな表情でゆんゆん。……ったく、そんなことも分からないから俺みたいなチンピラにダメ出しされるんだよ。

 ダチに対してもそうだが、ゆんゆんはそういうところに対する自信が圧倒的に足りない。そこさえどうにかなればダチももっと出来るだろうしジハードの主としても及第点上げてもいいんだが…………。

 

「んなこたーねーよ。俺とゆんゆんどっちを選ぶかって言われたらゆんゆんを選ぶだろうさ」

 

 俺はジハードの祖父みたいなもんでゆんゆんはジハードの母親みたいなもんだ。甘やかしてくれる方によく懐いているように見えても本当に自分を大事にしてくれてる方はちゃんと分かってる。

 …………俺がどれだけ今のゆんゆんが羨ましいか、こいつはきっと全然分かってないんだろうな。

 

 

 

 

「で? お前はいつになったら着替え終わるんだ? グズグズしてると俺が着替えさせるぞ」

「いいからさっさと出て行ってください! 『カースド・ライトニング』!」

 

 ゆんゆんから放たれた黒い稲妻に吹き飛ばされて俺の体は部屋から押し出される。バタンと鍵の壊れた扉もしまり、閉めだされてしまった。

 

「いてて……相変わらず容赦ねぇなぁ」

 

 ゆんゆんと出会ってからもう1年以上経ってるってのに、あのぼっち娘は出会った頃と全然変わらない。ダチは多少増えたみたいだけどぼっちな雰囲気がなくなる様子は全然ないし、俺に対しては口を開けば憎まれ口ばっかりだ。未だに俺のことをダチじゃなくてただの知り合いだって主張してるし、出会った頃と俺とゆんゆんの関係はほとんど変わってない。

 

「……っと、いつもわりぃなジハード」

 

 ぺろぺろとジハードが舐めたところの傷が綺麗に消えていく。ジハードの今の治癒能力じゃ大きな怪我はなおせないだろうが、これくらいの傷なら十分な効果がある。

 もちろん、上級魔法をくらってこれくらいの傷で済むのは、俺がどっかの変態クルセイダーほどじゃないにしても魔法抵抗力が高いことと、一応あれでもゆんゆんが手加減して撃ってくれてるわけだからだが。…………ただ、ジハードに回復魔法の固有スキルがあるって分かってから微妙に手加減が雑になってる気がするのは俺の気のせいだろうか。

 

(…………ま、変わったとしたら、やっぱジハードが生まれたことか)

 

 俺とゆんゆん二人の関係は特に変わってはいない。けど今はジハードがいる。ジハードを含めた3人(二人と一匹)の関係はそもそも前までなかったものだから、それに関してはある意味大きく変わったと言ってもいいのかもしれない。

 

「ダストさん? いつまで寝てるんですか? そこで寝てたら宿の人に邪魔ですからさっさとクエストに行きましょう」

 

 着替え終わったらしいゆんゆんは部屋から出てきてそういう。

 

「……誰のせいで寝るはめになってんだよ」

「ダストさんの自業自得だと思いますけど」

 

 否定はしない。しないが…………やっぱこいつ可愛げないよなぁ。少しは年下らしく年上を敬う気持ちとかみせてくれないもんかね。

 

(…………いや、そうなったらそうなったでなんか気持ち悪いな)

 

 こいつが可愛くなった所で守備範囲外なこいつに手を出す訳じゃないし。エロい身体を見て楽しむ分には今のままでも特に問題はない。

 そう考えれば今まで毒舌ばっかだった相手からいきなり敬われる方が違和感がすごい気がした。

 

「まぁゆんゆんの毒舌は今更だしいいか。今日もリーンに返す金を稼ぐために(ゆんゆんが)頑張りますか」

 

 そんなことを考えながら俺は治癒をしてくれたジハードを撫でて、そのまま立ち上がる。

 

「……なんか小声で酷いこと言いませんでした? ……そういえばリーンさんとこの前ショッピングに行った時ダストさんがお金を返してくれないって嘆いてましたよ?」

 

 歩きだした俺の横に並ぶゆんゆんの顔は少しだけ楽しげだ。リーンと一緒にショッピングに行ったときのことを思い出してるのかもしれない。

 

「一度はちゃんと全部返したというのにあいつは…………まぁその後すぐ借りたけど」

 

 まさか税金でリーンに返した後に残った金を全部取られるとは思ってなかった。

 

「ちなみにダストさん。私は一度もダストさんにお金返してもらった覚えがないですからね」

「………………ジハードは今日もかっこいいなぁ。よしよし」

「ハーちゃんを誤魔化すのに使うのはやめてください。誤魔化せてませんし」

 

 誤魔化してなんてないぞ。そんなことより俺にとってはジハードを撫でることのほうが大事なだけだ。けして返す気がないわけじゃない。

 

「…………とりあえずクエストに行こうぜ。お金の話はまた今度な」

「まぁ……ダストさんですし(期待してないんで)いいですけど。今日はアクアさんとウィズさんの店で紅茶を飲む約束してますし」

 

 やっぱりなんだかんだでこいつもダチが増えてるのは確かなんだよな。アクアのねーちゃんやらイリスってロリっ子やら。金髪碧眼の暴走プリーストとか。

 

「ま、それなのにぼっちな印象が全然なくならないからぼっち娘なんだけどな」

「なんでいきなり私ぼっち娘とか言われてるんですか? 喧嘩売ってるんですか?」

「売ってねぇからさっさと行くぞ凶暴ぼっち」

 

 俺は事実を確認しただけだしな。

 

「売ってます! どう考えても喧嘩売られてます!」

 

 なんか喚いてる凶暴なぼっち娘と可愛くてかっこいいジハードと一緒に。俺達はひとまず宿で朝食を取ってからギルドへ向かうことにした。

 

 

 

 

 

「へっへ……嬢ちゃん、エロい体しt……エロい体はしてないな」

「エロい体はしてないが可愛い顔してんじゃねぇか。一緒にいい所行こうぜ」

 

「喧嘩売られてるのかな? というかあたし忙しいからキミたちのナンパには付き合ってられないよ」

 

 ギルドへの道。早道をしようとちょっとした路地へと入った所。ジハードを可愛がる俺たちになんだかチンピラみたいな声と呆れた声が聞こえてくる。

 

「ダストさんダストさん! ナンパです! ダストさんみたいなナンパしてる人がいます!」

「失礼なこと言ってんじゃねぇよクソガキ。俺はあんなチンピラ見てぇなナンパはしねぇ。ここで颯爽と助けに入って惚れさせるナンパならするが」

 

 何事かと見てみればどうやら男二人が盗賊風の格好をした女をナンパしているらしい。

 あんな風に絡んでも女に煙たがられるだけだって分からないのかねあのチンピラたちは。ナンパレベルが低すぎるな。

 

「それはナンパじゃなくてマッチポンプだって何回言えば認めるんですかね。とにかく助けに入りますよ!」

「おう、確かにここで助けに入れば彼女にはならなくても一発くらいならやらせてくれるかもしれねぇしな」

 

 いつものマッチp……ナンパと同じような状況だ。上手く行けばもしかするかもしれない。

 

「……いえ、それはないと思いますよ?」

 

 夢くらい見させろよ。

 

 

「というわけでそこまでです!」

 

 ゆんゆんの台詞とともにナンパ二人とナンパされてた女の子の間に入り込む俺たち。

 俺はなんかやる気が削がれて適当だが、ゆんゆんはなんだか格好つけて女の子を守るように立っている。なんだかんだでこういう場面で活き活きしてるのはこいつが紅魔族の血が流れている証拠なんだろう。

 

「あん? なんだ? 可愛くてエロい子とチンピラっぽい金髪と…………ドラゴン?」

「お、おい、もしかしてこいつら冒険者ギルドで注意するよう言われた『レッドアイズ』じゃねぇか?」

「黒髪紅眼の紅魔族に金髪紅眼のチンピラ……最近飼いだしたって言う黒い体に赤い目のチビドラゴン…………確かに言われたとおりだ」

 

 ん? なんだこいつら。俺らのこと知ってんのか。

 

「あの……ダストさん? なんですか?『レッドアイズ』って」

「俺が知るかよ。お前がこういうことに首突っ込んでばっかだから悪評が広まったんじゃねーか?」

 

 むしろ俺が聞きたい方だっての。

 

「詐欺だろうがマッチポンプだろうが自分の目的のためなら手段を選ばない奴ららしいぜ」

「もしかして俺達のナンパを利用してまな板の子を口説くつもりなんじゃ……」

 

 

「完全にダストさんのせいの悪評じゃないですか!」

「それに毎回付き合ってるからゆんゆんも共犯にされてんだな」

「付き合ってません! 私は毎回止めようとしてるだけです!」

 

 止められてないけどな。……ま、ギルドで俺のこと気をつけろって新人冒険者とかに喚起するのなんて今更だし、爆裂娘にバニルの旦那といったこの街でもあれな連中とよく絡んでるこいつが注意を促される方になっててもおかしくはない。……というかゆんゆんも街中で上級魔法を結構な率で使ってるし普通に問題児だしな。

 

「じょ、冗談じゃねぇ! この紅魔族の子は魔法で人をボコボコにするのも厭わないって聞いた! 命がいくらあっても足りねぇよ!」

「あ、待て! 俺を置いてくな!」

 

 そう言って二人のナンパ男は一目散に逃げていく。

 

「待って! 私がボコボコにするのはダストさんだけですから! 他の人間の人ならちゃんと手加減しますから!」

 

 ……うん。やっぱりこのぼっち娘はいろいろおかしいわ。

 

 

 

「ってわけでお嬢さん無事か?…………あん? なんだよパンツ剥かれ盗賊じゃねーか」

 

 ナンパ撃退してお楽しみの助けた女の子とご対面してみれば。いつぞやのカズマにパンツ剥かれて泣いて帰ったまな板盗賊。名前は確か……クリスとか名乗ってたか。

 

「その呼び方はやめてくれないかな!? ラ…じゃなかった、ダストは相変わらずチンピラやってるんだね」

 

 ………………

 

「そうでもないぞ。最近の俺は大人しいってことでルナに心配されてるくらいだ」

 

 まぁ、捕まったらどっかの残念プリーストと留置所に会う羽目になりそうだし、捕まってる間はジハードに会えないから極力犯罪ごとは控えてるだけだが。

 

「こんなこと言ってますけど、ダストさんのチンピラっぷりは全然変わってないですよクリスさん。相変わらず口は悪いですし、他の人に迷惑かけることが少なくなっただけで私に迷惑かかることが増えてるだけです」

 

 否定はしない。

 

「……ゆんゆん? なんでキミはそんな人と一緒にいるの? キミはこの街でも数少ない常識人なんだから友達は選んだほうがいいよ」

 

 こいつが常識人になるとかこの街はもう駄目かもしれない。…………というか、このクリスも言うほど()()()じゃない気がするんだがな。

 

「……っと、こうしちゃいられないんだった。早くカズマに会いに行かないと。それじゃまたね、ゆんゆん、ダスト」

 

 そう言って手を振りながら走ってカズマの屋敷の方へいなくなるクリス。忙し(せわし)ないやつだな。

 

「えへへ……『またね』って言われちゃいました」

「……それくらい誰でも言うから喜ぶなよボッチー」

 

 喜び顔のゆんゆんと呆れ顔の俺を見てジハードは不思議そうに顔を傾げていた。

 

 

 

 

 

 

「なぁ、ゆんゆん。本当にグリフォン退治なんてするのか? ジハードと初めて一緒に戦うんだしもう少し弱い……一撃熊くらいの討伐クエストで良かったと思うんだが」

 

 グリフォンが棲みついたという丘への道を歩きながら。俺は意気揚々と歩くゆんゆんにそう話しかける。

 内容は今からしようとしている討伐クエストのこと。グリフォン討伐についてだ。

 

「グリフォンならいざとなったら私一人でもなんとかなるしいいじゃないですか。それにもう受けてしまったんですから、もし今から断れば失敗扱いでペナルティ料払わないといけないですよ?」

「それはそうなんだがな……」

 

 実際ゆんゆんは一度苦戦しながらもグリフォンを一人で倒している。心配しすぎと言われたら確かにそうなんだが……。

 

「ほら、ダストさん、そんなこと言っているうちにグリフォンが住んでいる丘につきましたよ。…………グリフォン、普通に丘の先で寝てますね」

「…………ま、ここまで来て帰るって選択肢も確かにないか。ただ、仕掛ける時は慎重にしろよ」

 

 眠っているグリフォンの大きさは民家並。間違いなく成獣だ。グリフォンの成獣ともなれば中級から上級の冒険者がパーティーでやっと勝負になるかというレベルの難敵だし、ドラゴンと言えど10歳に満たない程度の下位ドラゴンでは狩られる対象になる。魔獣の中では最強クラスと言っていいだろう。

 

「はい、分かってます。…………でも、ハーちゃんと一緒に戦うって言ってもどう戦えばいいんですかね?」

「…………やっぱ今からでもいいからグリフォン討伐はやめとこうぜ」

 

 不安になるようなこと言いやがって。…………いや、多分ゆんゆん自身も不安なのか。だから俺なんかに聞いてくる。

 

「基本的にドラゴンの武器といえば巨大な身体と硬い爪と牙、そして何よりブレス攻撃だ。見りゃ分かると思うが前者は今のジハードじゃグリフォンには通用しない」

 

 民家並みのグリフォンに対して今のジハードは俺らよりも小さい。犬みたいな大きさだ。そんな差があれば身体を武器にした攻撃がどうなるかなんて少し考えるだけでも分かる。かと言って……。

 

「ということはブレス攻撃ですね! ハーちゃん、『サンダーブレス』!」

「って、人の話は最後まで聞け!」

 

 やっぱこいつ緊張してるだろ!

 

 俺の制止が間に合うわけもなく。ゆんゆんの命令を受けたジハードは眠っているグリフォンへと向けて雷のブレスを吐く。ゆんゆんの使う雷撃魔法と同じくらいの速さで向かうブレスは俺らとグリフォンとの間を一瞬で駆け抜け、グリフォンの額へとぶつかっていった。

 

「…………あの、ダストさん? グリフォンさん、全然ダメージ受けてる風がないんですが。しかもなんだか起きてお怒りの様子なんですが」

「まぁ……気持ちよく寝てるところにビリビリされたら怒って当然なんじゃねーの?」

 

 誰だって怒る。俺だって怒る。

 

「そうじゃなくて! ハーちゃんの攻撃効いてないですよ!?」

「誰もジハードのブレスがグリフォンに効くなんて言ってないだろ。むしろジハードのブレスも今の威力じゃグリフォンには効かないだろうって言う前にお前が先走ったんだよ」

 

 このぼっち娘は緊張したりしてるとわりと先走るところがあるみたいだからなぁ。追い詰められると開き直れる奴でもあるんだが、こういう中途半端な緊張感が苦手なやつだってのはこの1年でよく分かっている。

 …………そこまで分かってるのに言い方間違えた俺に責任あるきがしないでもないが、俺は悪くない。

 

「とにかく今は逃げて体勢立て直すぞ。……とりあえずお前が緊張抜けないと使いものにならないってわかったし」

「使いものにならないってダストさんにだけは言われたくないですけどね!」

 

 怒って一直線に向かってくるグリフォンから離れるように俺らは横へと走って逃げる。

 

「あー……やっぱグリフォンって移動速度も速いんだよなぁ……これじゃすぐに追いつかれるな」

 

 あの巨体でなんであんなに速く動けるのか。ドラゴンと一緒で魔力使って空飛んでるのは分かるんだが、実際に見ると怖すぎる。

 まぁ、ドラゴンならグリフォン以上の大きさでグリフォンよりも数段早く飛べるんだがな。全くドラゴンは最高だぜ。

 

「なんでダストさんはそんなに余裕なんですか!?」

 

 これくらいの修羅場は数え切れないくらい踏んできてるしなぁ。まぁ、今の俺じゃこのままだと死にそうだけど。

 

「そりゃ、俺だけなら絶体絶命だけどジハードがいるからな。負ける気はしないぜ」

「そのハーちゃんの攻撃が効かなくてピンチなんですけど!?」

 

 この状況でどうすればいいかなんて、頭のいいこいつならすぐに分かりそうなもんなんだけどな。やっぱり緊張してると使い物にならないってか…………パーティーでの戦闘に慣れてなさすぎる。自分が指示して戦うって立場になれてないんだろう。スイッチが入っていれば話は別なんだろうが、今のゆんゆんはまだただのぼっち娘モードだ。

 ……もう、めんどいからジハードだけ連れて逃げようかな。そしたらぼっち娘のこいつは普通にタイマンでグリフォンに勝つ気がするんだが。

 

「な、なんですか、その顔は。なんだかろくでもないことを考えてる気がするんですが――きゃっ!」

 

 俺の顔を見ながら走るなんて器用なことをしていたからか。ゆんゆんは足を引っ掛けてその場で転んでしまう。

 

「ちっ……あのバカ……! おいゆんゆん! 後はなんとかするからテレポートでもなんでもいいから逃げろ!」

 

 転んだ獲物を見逃す理由なんてグリフォンには当然ない。獲物をゆんゆんへと定めたグリフォンはその鋭い爪で引き裂こうと振りかざしてゆんゆんへと迫る。

 

「え……あ…………っ!? ハーちゃん来ちゃダメ!?」

 

 迫る爪からゆんゆんを守るように、ジハードは小さな体をゆんゆんとグリフォンの間へと投げ出す。その体格差は歴然としていて、ただぶつかるだけでもジハードの身体は粉々に砕けるかもしれない。

 

「ダメッ! ハーちゃん!」

 

 そんなジハードをゆんゆんは身体に抱き込み守ろうとする。自分を守ろうとしてくれた相手をけして殺させまいと。

 …………そんなことしても自分ごと死ぬだけだってのに、本当に馬鹿なやつだ。

 

 

 だけど…………俺はそういうバカは嫌いじゃない。

 

 

 

(距離は……間に合う、だが真正面から受けても俺じゃ止められない)

 

 衝突地点。そこへと加速しながら俺はその瞬間をイメージする。どっかの変態クルセイダーと違って俺の防御力は常識の範囲内。家ほどの大きさのグリフォンの衝撃を止められるはずがない。

 だけど、何も出来ないほど無力でもない。たとえどんなに弱くなっていようと、この程度の状況で愛すべき馬鹿を見捨てるような修羅場はくぐってきていないのだから。

 

「ゆんゆん! 左に逃げろ!」

 

 声をかけ、ゆんゆんが指示通りに左に逃げたのを確認して俺は長剣を上段に構える。

 

 当然だが家ほどの大きさがあるグリフォンが相手なら今更多少逃げた所で逃げられるはずがない。むしろ体勢を崩してしまう分、その場所で身を固めていたほうがマシかもしれない。

 一応ゆんゆんはソロならトップクラスの冒険者。それくらい分かっていないはずがない。それでも俺に従ってくれたということは――

 

「おらっ! 吹き飛んでろ!」

 

 構えた長剣を走ってきた勢いを乗せてグリフォンの鷲の顔の横へとぶつける。どんなに剣が下手くそだろうと一応はそれなりにレベルのある冒険者。巷で一応凄腕だと言われている俺の斬撃はグリフォンの軌道を元から斜めへと逸らす。

 だが、それだけだ。グリフォンの顔に傷はできている。だがそれでグリフォンの戦闘力が落ちるかと言えば違うだろう。俺の予想通り、一度身体を止めたグリフォンは今度は俺目掛けて襲ってくる。

 俺もそれに応えるようにグリフォンへと向かって走る。勢いを付けられれば俺に向かってくるグリフォンを止めるすべはない。だとしたら勢いを付けられる前に接近して戦う他生き残る道はなかった。

 

(…………ったく、今の俺にグリフォンとタイマンなんて自殺行為だっての)

 

 グリフォンとの打ち合いの中で俺の身体には幾重にも傷ができている。特に爪で貫かれた腹の傷は致命傷に近い。大して打ち合っていないのに流石グリフォンと言うべきか、俺が弱すぎると思うべきか。

 そんな状況だったがまぁ、死ぬ気はしなかった。

 

「『カースド・ライトニング』!」

 

 こんな状況でいつまでもスイッチの入らないような弱い女なら、俺はドラゴンの卵を渡したりなんかしないのだから。

 

「ダストさん、大丈夫ですか!?」

 

 ゆんゆんの魔法にダメージを受けたのだろう。俺を殺そうと躍起になっていたグリフォンは一旦下がって警戒するように俺達から距離を取る。

 それを見たゆんゆんがジハードを連れて俺の元へとやってくる。

 

「無事か?」

 

 ゆんゆんの問いには答えず、俺はそう聞く。

 

「え……? あ、は、はい! 私はダストさんに守ってもらえましたから無事です! それよりダストさんの方が――」

「――はぁ? 誰もお前が無事かどうかなんて聞いてねーよ。ジハードは無事かって聞いてんだ」

 

 それくらい分かりそうなもんだが。

 

「…………………………そうでした。この人はどうしようもないろくでなしのチンピラでドラゴンバカでした。……ハーちゃんはもちろん大丈夫ですよ」

 

 そうでしたそうでしたとなんか繰り返し呟いてるゆんゆん。

 

「んで? 後は任せても大丈夫か?」

 

 流石にこれ以上戦うのはきつい。

 

「大丈夫ですよ。ダストさんはハーちゃんに回復魔法をしてもらっててください。後は私一人でなんとかしますから」

「それじゃ俺が怪我までした意味がねーだろ。ここまで来たんだ、ジハードの力を使って勝て」

 

 そのための道筋はもう見えてんだ。

 

「でも、ハーちゃんじゃグリフォンにダメージを与えることは……」

「まだ使ってないジハードのスキルが有るだろ。……ドレインスキル。あれならグリフォンが相手でも致命打になる攻撃になる」

 

 魔力の塊と言われるドラゴンであればその吸収速度は本家リッチー並のはずだ。ドレインタッチが使えるだけの下手なアンデッドよりもジハードの吸収速度のほうが速い。それだけドラゴンとドレインスキルは相性が良すぎるのだ。

 

「だ、ダメですよ! そんな危険なことハーちゃんにはやらせられません!」

 

 まぁ、当然だな。そのままジハードのドレインタッチしろだなんて死ねと言ってるようなもんだ。だから、そこでゆんゆんの出番なわけだ。

 

「なぁ、ゆんゆん。お前はドラゴン使いでもなけりゃ魔獣使いでもない。使い魔を上手に操って戦うのがお前の仕事じゃないんだ。その上で使い魔と一緒に戦いたければ…………頭のいいお前ならここまで言えば分かるよな?」

 

 言うことは言ったと俺は座り込む。流石にこの傷で立ちっぱなしはきつい。それでもこれから歩み始める主従の姿を見ようと前だけは見た。

 

 

 

「そっか…………私は魔法使いだから…………。ハーちゃん、行こう? 私達の初めての連携をチンピラさんに見せてあげよう」

 

 俺の前にゆんゆんは立ち、ジハードはその横に並んで飛ぶ。

 その姿に何か危機感を覚えたのだろうか。様子をうかがっていたグリフォンは弾けるようにしてこちらへと襲ってくる。

 

「『カースド・クリスタルプリズン』」

 

 そのグリフォンの翼がまず凍らされた。魔力を使って飛んでいるとは言え翼がなければ飛べないのだろう。グリフォンは揚力を失って地べたへと落とされる。

 

「『カースド・クリスタルプリズン』」

 

 それでもなお足を使い向かってくるグリフォンに、ゆんゆんはまた魔法で前足を凍らせる。

 

「『カースド・クリスタルプリズン』…………行って、ハーちゃん。『ドレインバイト』」

 

 まともに動けなくなったグリフォンに止めとばかりに後ろ足を凍らせたゆんゆんは、ジハードに最後を任せる。

 身動きの取れなくなったグリフォンの首筋へとジハードは噛み付き、その魔力と生命力を根こそぎ吸い取っていく。

 

 そうして、皮のような身体だけを残してグリフォンは息絶えたのだった。

 

 

「…………やっぱりドラゴンにドレイン能力は反則だな。えげつない」

 

 ジハードに回復魔法をかけてもらいながら。俺は今見た光景を思い出す。…………うん、わりとえぐかったな。

 冒険者ならこれくらい慣れっこだが、一般人が見たら卒倒するかもしれない。

 

「やっぱりハーちゃんは凄いドラゴンなんですね。10秒位でグリフォンが干物になっちゃいましたよ」

 

 干物言うな。…………確かに干物みたいだけど俺は食いたくないぞ。

 

「その上魔力を吸えば吸っただけ強くなるんですよね。なんだかハーちゃん私達より大きくなってますし」

「ま……それが純血のドラゴンが持つ特性だからな」

 

 と言っても、普通はドラゴンに直接魔力を与えるなんて出来ないし有名無実な特性なんだが。本来はせいぜい卵の頃に魔力を多く与えたら生まれた時強く生まれる程度の話だ。

 その特例はそれこそあの大物賞金首であるクーロンズヒュドラくらいで、そのヒュドラも亜竜だったから限界があった。

 その限界が純血のドラゴンであるジハードにはないってのを考えれば本当にチートもいいところだろう。

 

(……だからこそ気をつけないといけねーんだけどな)

 

 ゆんゆんにも言った通り際限なく強くなると言ってもそれを制御できるかどうかは別の話だ。もしもジハードが自身の力を制御できなくなったら。その力がゆんゆんに向けられたとしたら……。

 

「どうしたんですか? ダストさん。変な顔して。傷が痛むんですか?」

「変な顔なんてしてねぇよ。どう見てもイケメンだろうが」

「え……? イケメンとか本気で言ってるんですか?………………え?」

「おい、その可哀想なものを見る目はやめろ! さすがの俺も心が折れて泣くぞ!」

 

 このぼっち娘は本当に口が減らない。ジハードを助けるためとは言え一応こいつもついでに助けたんだからもうちょいいい感じの言葉をかけてくれてもいい気がするんだが。

 

「ふふっ。そうそう、ダストさんには今みたいなチンピラ顔が似合ってますよ。変に悩んだ顔なんて似合いません。……ハーちゃんもそう思うよね?」

 

 ジハードも同意するような声を上げる。

 

「……チンピラ顔ってマジでなんだよ」

「ダストさんがいつもしてる顔ですよ」

 

 くすくすきゅきゅとゆんゆんとジハードが笑う。

 

「……ま、いいけどよ」

 

 そう楽しそうに笑われると怒る気も失せる。

 

 

 本当はこんなこと悩むことでもなんでもない。俺はその解決手段を持ってんだから。本当はジハードのためにもそうしてやりたい。でもそれを日常的にしてしまえばきっと俺は――

 

 

「――ほひ、はひひへんは(おい、なにしてんだ)

 

 いきなり人の頬をつまんできやがって。

 

「だから、そんなふうに悩んだ顔しないでって言ってるじゃないですか。ダストさんがそう言う顔してたらこっちの調子が狂うんですから」

「……ちょっとまじめに考えただけでこれかよ」

「日頃の行いってやつです」

「そうかよ…………ったく。じゃあ、そろそろ帰るか。ジハードのおかげである程度傷は治ったしよ」

 

 まぁ、今はまだ悩まないでもいいのかもしれない。ジハードの持つ危険性はちゃんとゆんゆんも分かってる。なら、俺が目を光らせていれば滅多なことは起きないはずだ。今はまだこのままで……。

 

「…………少なくとも彼女ができるまではこの街にいたいからな」

「はい? ダストさんなにか言いました?」

「アクセルの街は最高だよなって言っただけだ」

 

 

 

 彼女も出来ずにサキュバスサービスがあるこの街から離れるのだけはごめんな俺だった。

 




変人揃いだけどそれに目を瞑ればアクセルは最高の街(行き遅れ女性に対して以外)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話:ろくでなし二人

「つつっ……やっぱジハードの回復魔法じゃ大きな傷は治りきらねーな」

 

 グリフォン討伐クエストからの帰り道。街中を歩く俺は頭の上を飛んでるジハードから回復魔法を受けていた。だが、小さな傷こそ治ったものの大きな傷、特にグリフォンに爪で貫かれた腹の傷はいくら回復魔法を受けても治る様子がなかった。

 

「大丈夫ですか、ダストさん。あんまり痛むようでしたらアクアさんに治してもらったほうがいいんじゃ…………ちょうど今日はこの後アクアさんとウィズさんの店で会う約束してますし、一緒に行きますか?」

 

 そんな俺の横を歩くゆんゆんは珍しく素直に心配そうな様子を見せてそんなことを言う。

 ……こいつもいつもこんな感じなら少しは可愛げがあるんだけどなぁ。

 

「あー……アクアの姉ちゃんか。ただでさえ借り作ってるからあんまり世話にはなりたくないんだよな」

「? そうなんですか? むしろゼル帝ちゃんの件でダストさんが貸しを作ってる方だと思うんですけど。…………というか、リーンさんから聞いてはいましたけど、貸しとか借りとかをダストさんって本当に気にするんですね。すごく意外です」

 

 やっぱこいつ可愛げないわ。あと、ゼル帝ちゃんって凄い違和感のある呼び方やめろ。

 

「いろいろあんだよ。あの雄鶏の件はゆんゆんが助けたことになってるから借りを返したことにはならないし。…………そもそも何で俺がお前みたいなクソガキにかm――」

「? 私がどうかしたんですか?」

「……いや、なんでもねーよ」

 

 …………別に()()はこいつに言うことでもないか。言ってもこいつは俺に余計なお世話ですって言うに決まってるし。

 

「んなことより、お前の最後の魔法凄かったな。『カースド・クリスタルプリズン』三連発。詠唱破棄であれは凄いんじゃねーか?」

 

 グリフォンの動きを完全に止めてたし。

 

「そ、そうですか? でも、あれって凍らせてはいますけど冷気はそれほどでもないんですよ? あくまで一時的に固定させるのだけが目的で冷たさだけならカズマさんのフリーズの方が上なくらいで。もちろんちゃんと詠唱すれば冷気も伴いますけど、今日のあれじゃグリフォンにダメージはほとんど与えられてないと思います」

 

 なるほどな。冷気を捨てることで詠唱破棄による魔法の不安定さを軽減したのか。

 

「あの状況でジハードと一緒に戦うって意味じゃそれで問題ねーよ。初めての連携ってのも考えれば90点位上げてもいいな」

 

 本当、こいつは土壇場になれば強い。その土壇場の強さがいつも発揮できればジハードの主として一人前だと認めていいくらいだ。

 

「あ、ありがとうございます。ダストさんに褒められてもいつもは全然嬉しくないですけど、ハーちゃんとのことで褒められるのは素直に嬉しいです」

 

 …………なんでこのぼっち娘は毎回毎回一言多いのかね。照れて顔赤くしてるのはちょっとだけ可愛いのにもったいねー。

 

 

 

「あーっ! なんだかゆんゆんさんと金髪のお兄さんが甘酸っぱい雰囲気出してる!!」

「「…………………………」」

 

 そんな感じで歩いていた俺らの前方からする甲高い声。その声の主が誰かちらりと確認する俺とゆんゆん。

 その声の主が想像通りのあれだと確認した俺らは――。

 

「あれ? ハーちゃんの大きさが元に戻ってますね」

「回復魔法ずっとしてたから魔力を吐き出しきったんだな。おいジハード、もう無理すんな。後は回復ポーションか何かでどうにかするからよ」

 

 ――何も見なかったことにした。

 

「ねえ、なんで二人共私のことを無視するの? お姉さんが2人のいい雰囲気を邪魔したことを怒ってるの? でも、仕方ないじゃない。ゆんゆんさんにも金髪のお兄さんにも私という運命の人がいるのに、2人でイチャイチャするなんて。浮気はいけないことなのよ?」

 

 見なかったことにした何かが俺らの横に並んで何か訳の分からないことを言っているがスルー。

 …………いや、本当にこいつが何を言っているかマジで分からない。こんな奴のこと留置所で一緒になったならともかく街中であったなら無視するに限る。

 

「あの……セシリーさん? 私とダストさんがイチャイチャなんてするはずないのもそうなんですが、いつ私がセシリーさんの運命の人になったのかとか、浮気はいけないとかどの口が言うんですかとかいろいろ突っ込みどころがありすぎるんですが……」

「バカっ! なんで無視しねーんだよ!」

 

 ちょっとツッコミどころありすぎること言われたくらいで釣られてんじゃねーよ!

 

「あっ……。で、でもしょうがないじゃないですか! ダストさんとイチャイチャしてるなんて思われるのは正直我慢できませんし! それに、話しかけたのに無視されるって凄い辛いんですよ! ダストさんならともかくセシリーさんにそんな対応するのは流石に可哀想かなって……」

「俺ならともかくってなんだよ俺ならともかくって。どう考えてもこの節穴プリーストに比べれば俺のほうがまともだろうが。それに俺だってお前みたいな毒舌ぼっちとイチャイチャしてるなんて思われたくねーっての」

 

 それでもこの残念プリースト相手するよりかはマシだと思ったからスルーしてたってのに。こいつのぼっち経験とお人好しっぷりを舐めてたわ。スルーじゃなくて逃げ出すべきだったか。

 

「ねぇ、二人共お姉さんに何か恨みでもあるのかしら? 私なんていなかったみたいにされて目の前でイチャイチャされると流石のお姉さんも悲しくて泣いちゃうわよ?」

「「誰もイチャイチャなんてしてねーよ(ません)っ!」」

「…………やっぱりお姉さんちょっと泣いていいと思うの」

 

 そんなこと言って本当にしくしくと泣き出す残念プリースト。

 …………たまにちら見してわざとらしくまた泣き始めるのが凄いうざい。

 

 

「それでゆんゆんさんと金髪のお兄さんは2人で何をしていたの? デートだというのならお姉さんも混ぜてほしいんだけど」

 

 泣くのに飽きたのか、残念プリーストは横から覗き込むようにして俺らにそんなことを言ってくる。…………ちっとも目が赤くなってねぇ。やっぱり嘘泣きじゃねーか。

 

「何してたっていうか、単なるクエストの帰りだよ。ギルドで報酬もらったあとは解散するだけだ。……こんなクソガキとデートなんてありえねーよ」

「それは間違いなく私の台詞ですからねダストさん。というかそう言うならいつものセクハラやめてくれませんかね?」

 

 だからそれはそれ、これはこれ。恋愛対象にならないこととセクハラ対象にならないことはまた別だ。…………横を歩いてるこのプリーストは恋愛対象にもセクハラ対象にもならないが。

 

「金髪のお兄さんばっかりゆんゆんさんにセクハラするなんてずるいと思うの。私にもゆんゆんさんをセクハラする権利はあるはずよ!」

「別にダストさんにもそんな権利はありませんから! セシリーさん、それ以上近づいてこないでください! なんだか身の危険を感じます!」

 

 なんだか手をわきわきさせてゆっくりとゆんゆんに近づいていく残念プリースト。このまま見逃せば間違いなくこの女の魔の手によってゆんゆんはエロいことをされてしまうだろう。

 

 止めるべきか見逃すべきか

 

 

1:止めない

2:見逃す

 

 

 ………………このまま見逃すか。

 少しだけ考えて俺はそう結論を出す。というか考えるまでもなく俺がゆんゆん助ける理由ないし。このまま見逃せば間違いなく無駄にエロい光景が見れるしむしろ見逃す以外の選択しない。

 

「せ、せせ、セシリーさん!? 一体どこを触って……っ! って、なんでダストさんは親指立てていい笑顔してるんですか!? 見てないで助けてくださいよ!」

 

 そんなこと言われても、こんな光景前にして止められる男がいるはずない。見た目だけはぐうの根も出ない美少女2人(片方は行き遅れだけど)の絡み最高だわ。見てみれば街中で広げられるそんな風景に俺以外の男たちも親指立ててるし。

 

「やっ…だめっ……そこは…っ、本当にダメっ……んっ………………」

「ふふ……ダメとか言いながら身体は正直ねゆんゆんさん」

 

 お、おお……? いけ、残念プリースト、そこだもっとやれ。

 

「んっ…あっ………………って、本当にいい加減にしてください!」

 

 そこで堪忍袋の緒が切れたのか。ゆんゆんは自分にセクハラの限りを尽くしていたプリーストは投げ飛ばす。

 …………綺麗な一本背負いじゃねーか。やっぱこいつ体術も侮れねーな。

 

「正座してください」

「ゆ、ゆんゆんさん? 美少女にお仕置きされるのも悪くはないんだけど、少しだけ休ませてくれないかしら、綺麗に投げられたから怪我はないけどちょっとだけ目が回って……」

「正座してください」

「は、はいっ!」

 

 跳ぶようにしてゆんゆんの前に正座するプリースト。……元気いっぱいじゃねーかよ。

 

「…………何を他人事みたいに見てるんですかダストさん。あなたも一緒に正座してください」

「はぁ? 何で俺まで正座しなきゃなんねーんだよ」

「正座してください」

「……お、おう。正座してやるからそんな怖い目でみんなよ」

 

 しぶしぶとプリーストの横に座る俺。くそっ、この格好地味にきついな。誰だよ正座なんて座り方考えたやつ。

 

「セシリーさん。言い訳があるなら聞きますけど、何かありますか?」

「だって……金髪のお兄さんばっかりずるいと思うの。可愛い女の子はみんな私のものなんだからお姉さんにもゆんゆんさんにセクハラする権利があるはずだもの」

「…………素直に謝ったら、正座十時間コースは許そうと思ったんですが」

「ごめんなさい。お姉さんもちょっと悪乗りしすぎました」

 

 おう、清々しいまでの土下座だな。この土下座なら雪精をいじめても冬将軍が許してくれるに違いない。

 

「ダストさんも何か言い訳がありますか?」

「はぁ? 言い訳も何も何で俺まで正座させられてんのか分かんねーっての」

 

 ゆんゆんの目が人殺しそうな目してたから従っただけだ。

 

「…………まぁ、ダストさんですしね。女の子の微妙な気持ちを分かれというのが無謀でしたね」

 

 はぁ、と大きなため息をつくゆんゆん。本当にこいつは何を言いたいんだろうか。

 

「おい、残念プリースト。お前にはゆんゆんが何を言いたいか分かるか?」

「金髪のお兄さんったら馬鹿ね。ゆんゆんさんはお兄さんに助けてもらいたかったのよ。お兄さんなら助けてくれるって信じてたのに裏切られてゆんゆんさんは傷心中なのね」

「まじかよ…………いつの間にか俺はゆんゆんのフラグを立てちまってたのか」

 

 いやぁ……モテる男は辛いぜ。これで守備範囲外のクソガキじゃなければ宿屋に今すぐ連れ込むってのに。

 

「…………二人共正座二十時間コースがお望みですか?」

「「ごめんなさい」」

 

 二人して土下座。

 

「まったくもう…………。別に最初からダストさんが助けてくれるなんて欠片も思ってないですよ。ただ、ダストさんに恥ずかしい所見られたのが恥ずかしすぎて誤魔k…………なしです。今のは聞かなかなかったことにしてください」

 

 なんだ、ただの照れ隠しかよ。…………照れ隠しで正座させるとかほんとこのぼっち娘可愛くねーな。

 

「ごほんっ。…………そんなことよりお二人に聞きたいことがあるんですけど」

 

 わざとらしく咳払いをしてゆんゆん。

 

「何かしら? ゆんゆんさんと私の仲よ。なんでも聞いてちょーだい?」

「答えたら正座やめていいなら答えてやるよ」

「あ、お兄さんずるいわよ! ねえ、ゆんゆんさん、私も答えたら正座やめてもいいかしら? お姉さん的には美少女からのお仕置きも悪くはないんだけど、もっと雰囲気のある所でしたいのよ」

「…………まぁ、答えてくれたら正座やめてもいいですよ。といっても、聞きたいことと言っても大したことじゃないんですが」

 

 ただの照れ隠しの照れ隠しで聞こうとしてるだけだもんな。

 

「その…………お二人とも、どうしてお互いを名前で呼び合わないんですか? セシリーさんとダストさんって、私2人のこと何度か呼んでますよね?」

 

 あー…………そのことか。確かにゆんゆんがこの女のことを『セシリー』って呼んでるのは知ってるし、この女がいる前でゆんゆんが俺のことを『ダスト』って呼んでるのは確かだ。不思議に思うのも仕方ないかもしれない。

 

「だって、お姉さん、金髪のお兄さんの名前教えてもらってないもの」

「そうだな。俺もこの残念プリーストの名前を教えてもらった覚えはないわ」

 

 まぁ、だからといって自己紹介しあったわけでもなければ他人に紹介されたわけでもないわけで。わざわざ名前を呼ばないといけない理由もない。

 …………というか、覚えにくいんだよ『セシリー』って名前。3日くらいしたら毎回忘れてるから残念プリーストでいいやってなったんだよな。

 それに……こいつの名前は『セシリー』じゃなくて他にあるんじゃないかって、何故かそう思っちまうんだよな。だからこそ俺はこいつの名前を覚えられないんじゃないかってそんな気もする。

 

「だったら、今ここで自己紹介しあってくださいよ。そしたら正座やめてもいいです」

 

 …………ま、何か確信があるわけでもなし。凶暴なぼっち娘の機嫌が取れるなら別に拘るほどのことでもないんだが。

 

「あーっ……俺の名前はダストだ。セシリー……だっけか。よろしくはしないが、今度会っちまった時はそう呼ばせてもらう」

「ふふっ、お兄さんは相変わらず素直じゃないのね」

 

 いや、多分お前に対してだけは100%正直に生きてると思う。

 

「私の名前はセシリー。よろしくね()()()()

 

 ……………………

 

「おい、どうして君付けなんだよ。お前基本的にさん付けだろうが」

 

 こいつは年下でもさん付けが普通だし、目上のやつなら様付けするやつだったはずだ。

 

「え? だってダスト君って君付けした方が喜ぶでしょ?」

「ああ? 何を根拠に。そもそも今まで俺を君付けしたような女は一人も…………」

「いなかったの?」

「…………2人くらいしかいねーよ」

 

 しかもそのうち一人は母親だし。

 

「…………なんだかダストさん顔がお赤くなってませんか? もしかして、ダストさんって甘えさせてくれるお姉さんタイプに弱い……?」

「そ、そんなことねーよ!」

「…………ダスト君?」

「おう、クソガキ。ふざけんのも大概にしろよ。ぶっ飛ばすぞ」

「んー……やっぱり赤くなってますね。これはもしかしてダストさんに対する切り札を得たんじゃ…………リーンさんにも教えてあげよっと」

「それは本当にやめろ!」

 

 あいつに君付けとかされたら…………マジで頭上がらなくなりそうじゃねーか。

 

「あれ…………? ここはダスト君とお姉さんがいい雰囲気になるシーンじゃなかったのかしら? どうしてダスト君とゆんゆんさんがちょっといい雰囲気になってるの?」

「悪いがそんなシーンはどこにもないしこれからもない。あと別にゆんゆんともいい雰囲気になるとかもありえない」

 

 あくまでこのぼっち娘はセクハラ対象。

 

「珍しくダストさんと同意見ですね…………って、ダストさんその血どうしたんですか!?」

「ん? あー…………腹の傷がやっぱ塞がってなかったか」

 

 ダラダラとは流れていないが止まらない血は俺が正座している地面を赤黒く濡らしていってる。

 

「えーっと……、は、ハーちゃん、回復魔法を!」

「やめとけ、ジハードはもう魔力使い切ってるし、いくらやっても今のジハードじゃ治せねーよ」

 

 今のジハードは魔力効率が悪すぎる。まぁ、生まれてから一週間ちょっとって考えれば逆に少しの傷くらいなら治せるだけで驚きなんだが。

 

「なんでそんなに冷静なんですか!? このままじゃダストさん死んじゃいますよ!?」

「いや……これくらいの傷じゃ死なねーよ。ウィズさんの店で回復ポーション買えばなんとかなるだろ」

 

 安い回復ポーションは全部使っても治らなかったから少しは高いの買わないといけないけど。…………まぁ、グリフォン討伐クエストの報酬に比べれば安いもんだ。

 

「むしろ、なんでおまえはそんなに慌ててんだよ。これくらいの傷冒険者の俺らにしたら慣れっこだろ」

 

 こいつがいくら凄腕のアークウィザードって言っても全く怪我をしないなんてことはないはずだ。後衛職だから俺みたいな前衛職ほど怪我をするわけじゃないだろうが、ソロで戦ってきた以上無傷でずっと過ごしたなんてことないはずだ。ゆんゆんの若さと今のレベルを考えればこれくらいの傷も経験せずに来れたとは思えない。

 

「それは……そう…………ですけど…………」

 

 俺の言葉にゆんゆんは落ち着いたのか返す言葉がないのか。慌てていたのから一転して黙り込む。自分でもどうして慌てていたのかわからないのかもしれない。

 

「ふふっ……ゆんゆんさんは本当に優しい子なのね。あの素直じゃないめぐみんさんが親友だって言うだけはあるわ」

 

 そう言ってセシリーは正座から立ち上がり…………立ち上がり…………?

 

「おい、お前何を遊んでんだよ」

 

 正座の姿勢から中途半端に起き上がらせて、そっから動こうとしない。

 

「…………ごめんなさい、足が痺れて立ち上がれないの。30秒だけ待っててもらえないかしら?」

 

 …………おう、待っててやるからさっさとしろよ。…………俺も、足崩しとこう。大事な場面で立ち上がれないとかかっこ悪すぎる。

 

 

 

「ふふっ……ゆんゆんさんは本当に優しい子なのね。あの素直じゃないめぐみんさんが親友だって言うだけはあるわ」

 

 取り直しのように。セシリーはそう言って正座から立ち上がりゆんゆんの前へとやってくる。

 

「あの…………さっきのはなかったことにするんですか……?」

「さっき……? 何のことかお姉さんには分からないわね」

「おいこらゆんゆん。お前は鬼かよ。ちょっといいこと言おうとカッコつけようとした所であれだぞ? 普通なら今すぐ逃げ出したいだろうに、それをなかったことにして話を始める勇気をお前は台無しにするきか」

「お兄さんもちょっと黙っててくれると嬉しいわね!」

 

 ちっ……留置所でさんざん迷惑かけられた仕返しをしようと思ったってのに。まぁ、いいか。今度会った時に今のことで憂さ晴らししよう。

 

「お姉さんはその場を見ていないからただの推測なんだけど、金髪のお兄さんの傷はゆんゆんさんを庇って出来た傷なんじゃないかしら?」

「…………はい」

「いや、誰もゆんゆん庇って傷なんて受けてないぞ。俺が庇ったのはあくまでジハードだっての。だれがゆんゆんみたいな生意気なガキを――」

「――ダスト君はちょっと黙っててって言ったわよね?」

「…………おう」

 

 分かったよ黙ってればいいんだろ黙ってれば。だから満面の笑顔なのに目が全然笑ってないとか器用なことすんな。

 

「自分を庇って傷ついた相手を、照れ隠しとは言えそれを忘れて正座なんてさせちゃった。…………そのことに責任を感じてゆんゆんさんは慌てちゃったのね」

「…………そう、かもしれないです」

 

 なるほどなー。…………そんなこと気にしてたら冒険者なんてやってられねーだろうに。お人好しにも程が有る。

 …………それとやっぱこのプリーストは侮れないというか、妙に鋭い所あるし油断ならねーな。単なるアホなら適当にあしらっときゃいいんだが。アクシズ教徒ってのは狂ってるだけで頭が悪いわけじゃないってのが面倒な所だ。特にこのセシリーって女はその面が強い。

 

「じゃあ、ゆんゆんさん、自分がどうすればいいか分かるわよね?」

「はい。…………というわけでダストさん。アクアさんの所が良いですか? ウィズさんの所が良いですか?」

 

 自分の気持ちが分かってスッキリしたのか。ゆんゆんはいつもの調子を取り戻してそう聞いてくる。…………少しだけ俺に対していつもより優しい気がするのは気のせいだろうか。

 

「そうだな…………やっぱアクアのねーちゃんに借り作るのはあれだしウィズさん所が良いな。ポーションを奢ってくれるんだよな?」

「はい、最高級のポーションを買いますね」

「うんうん、そうそう、それで…………って、違うと思うの!! ねぇ、ゆんゆんさんもダスト君もどうして普通にポーションを買いに行くって話になってるの!?」

 

 俺が立ち上がった所でセシリーはさっきまでのゆんゆんと同じように慌てた様子でそう聞いてくる。

 

「? そりゃこの傷そのままにしてたらまずいからな。流石に治療くらいはするぞ」

 

 死にはしないと言ったが、放ったらかしてたら流石に死ぬし。

 

「いえ、治療するのは当然だと思うの。でも、ほら……? ポーションを買いに行かなくても治療は出来ると思うの?」

「えっと……ハーちゃんの回復魔法のことですか? 見てたかどうかはしらないですけどハーちゃんの回復魔法じゃ治りきらなかったんですよ。だからいい回復ポーションを買いに行かないといけないんです」

 

 というか、その話はセシリーも聞いてた気がするんだが。なにをこの残念プリーストは言ってるんだろう。

 

「いいわ、二人共落ち着いて話をしましょう」

 

 落ち着くのはそっちじゃねーかな。

 

「ねぇ、ゆんゆんさん、ダスト君。私の職業が何か覚えているかしら?」

「えーっと…………セシリーさんは盗賊だったような…………」

「何言ってんだよゆんゆん。一応こいつは残念プリーストだったろ」

 

 それくらいは流石に覚えといてやれよ。いや、信じたくない気持ちもわかるけど。

 

「ダスト君正解! いえ、別に残念はいらないんだけど……。と、とにかくお姉さんはプリーストよね?」

「そーだな」

 

 だから何だという話だが。…………いや、こいつが何を言いたいかくらい流石の俺もゆんゆんも分かってはいるんだが。

 

「プリーストが何をする職業なのかは二人共知ってるわよね?」

「えーっと…………アクシズ教徒のプリーストの仕事ってなんでしたっけ? セシリーさんっていつも寝てるかお酒飲んでるかところてんスライム食べてるかエリス教徒に嫌がらせしてるか可愛い女の子にセクハラしてるかのどれかしか見たことないんですけど」

 

 このプリースト本当ろくなことしてないな。本当どうにかしろよカズマ。

 

「確かにそれも大事な仕事だけど…………ほら、基本的にプリーストにしか出来ない仕事があると思うの」

 

 それを大事な仕事だと認めるのかよ。もうだめだこいつ。早く誰かなんとかしてくれ。

 

「あー…………そういうことですか。セシリーさんはダストさんに回復魔法をかけてあげたいんですね」

「そう、それ! お姉さん回復魔法には凄い自信があるのよ」

 

 まぁ、俺が死にかけてた時にこいつに助けてもらったこともあるし、こいつの回復魔法なら確かにこれくらいの傷ならすぐ治るんだろうがな。

 

「…………でも、だったら普通に何も言わずにダストさんに回復魔法をかけてあげたらいいんじゃないですか? 別に私は止めませんよ?」

 

 結局そこなんだよな。何を遠回りして言ってんだろうか。

 

「ほら、そこは『助けてセシリーお姉ちゃん』ってゆんゆんさんに言って欲しくてね?」

 

 …………欲望に正直だなぁ。流石アクシズ教徒。

 

「たまに思うんですけど、セシリーさんってダストさん並みのろくでなしですよね」

「おう、流石の俺もここまでは酷くはねーぞ。こいつに比べれば俺はまともなはずだ」

 

 このアクシズ教徒に比べれば俺はまともだって断言できる。

 

「それはないです」

「それはないと思うわ」

 

 …………断言できるはずだ。

 

「とにかく、お姉さんとしてはゆんゆんさんに『助けてセシリーお姉ちゃん』って可愛くポーズを取って言って欲しいのよ!」

「そこまでする理由が私には全く無いんですが…………ダストさんが今すぐ死ぬって言うなら1時間くらい考えた後にお願いするかもしれないですけど」

 

 そんな状況で1時間も考えられたら俺死んでるだろ。というよりウィズさんの店かアクアのねーちゃん所に行ったほうが絶対早い。

 

「そんなこと言わないでゆんゆんさん! お姉さんどうしても可愛い女の子に可愛く頼られてみたいのよ!」

「それもうなんだか趣旨変わってませんかね!? ダストさんを助けるって話じゃなかったんですか!」

「それはそれ、これはこれ。私にとってはどっちも大切なのよ!」

 

 …………この茶番いつまで続くんだろうな。流石に付き合いきれないんだが。

 

「ん、ジハードどうした? お前も流石に付き合いきれないのか?」

 

 俺の頭に乗ってきたジハードは退屈そうにあくびをしている。ジハードも俺と同じような感じらしい。

 

「そうだな。俺らは先に帰るか。ギルドで報酬受け取った後にウィズさんの店に行こうぜ。それでこの際だから回復魔法の練習するか」

 

 ウィズさんに協力してもらって魔力を供給してもらいながら、魔力の効率的な使い方を教えてあげよう。

 そう考えるとこの傷もちょうどいい傷だな。

 

 

 

 

 

「ゆんゆんさんお願い! 友達として一生のお願いよ!」

「と、友達の一生のお願い……!? そ、そこまで言われたら仕方ないですね…………って、あれ? ダストさんとハーちゃんはどこに…………?」

「いなくなってしまったものは仕方ないわゆんゆんさん。それよりも今すぐ『助けてセシリーお姉ちゃん』って――」

「…………はぁ、私も帰ろうっと。そろそろアクアさんとウィズさんの店に行く時間ですし」

「あれ? ゆんゆんさん? どうしたの? わたしはいつでも抱きしめる準備はできてるわよ? ねぇ、どうして私に背を向けて歩きはじめてるの? ねぇ……って、走った!?」

 

 

 

 

 

 ゆんゆんがウィズさんの店に来たのは、ちょうど俺の傷がジハードによって全部治された頃だった。

 …………茶番に最後まで付き合わないで本当に良かった。




セシリーお姉さんはダスト並みのろくでなしだと思います。
あとダスト並みになんか謎の有りそうなキャラな気がします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話:喧嘩するほど

――サイドA:めぐみん視点――

 

「お頭様、是非ともお耳に入れておきたい話があるんですが……」

 

 どっかのプリーストに居座られて、来る度に小汚くなっていくその屋敷。どっかのぼっち娘には『ここってアジトじゃなくてただのたまり場だよね』とか言われようが紛うことなき我が盗賊団のアジトにて。

 爆裂魔法を撃ったいつもの倦怠感でソファーに沈む私に、約束無しで呼び出されたアイリスがそう話しかけてくる。

 

「なんですか下っ端ナンバー3。あなたを呼び出すために撃った爆裂魔法で疲れているのです。話があるなら一眠りした後にしてください」

「あの……お頭様? 自分で呼び出しておいて、呼び出した相手を放って置くのは流石に酷いと思うのですが……」

「そうですか? うちのクルセイダーはわりと喜びますよ? 高貴な身分の人間はみんなそういう扱いを望んでいるのでしょう?」

「王族や貴族を何だと思っているのですか!?」

 

 何だと思ってるかと聞かれても……。

 

「ドMの変態じゃないんですか?」

「違いますよ!……そ、それは確かに王族や貴族の中には性的嗜好が歪んだ人が多いのも確かですが……全員が全員ララティーナのような嗜好を持っているなんてことは……」

「そうなのですか。それは素直に謝りましょう。…………しかし、イリスから性的嗜好とかそういう言葉が出てくるとなんだか新鮮ですね」

 

 ドMの変態の意味もちゃんと分かったみたいですし。純真培養で育ったはずのアイリスがそういうことの知識があるのはなんだかすごく意外だ。

 

「…………3割ほどはお頭様の()()だと思いますよ」

「なるほど。私が先輩としていろいろ教えてあげた()()()ですか。残りの7割はなんですか?」

「3割はお兄様とララティーナの二人でしょうか」

 

 あの二人を見てたらそうなりますか。あの二人は純粋な子供には絶対に見せられないようなやり取りを普段から平気でやってますからね。エルロードへの旅路から先、結構な間あの二人のやり取りを見る機会はあったでしょうし。

 一応アイリスの前だと自重はしていたはずですが、自重したくらいでまともになるかと言われたらそんなわけもなく。

 …………カズマとダクネスにはこのことは黙っておいてあげますか。全てじゃないとは言え自分たちのせいでアイリスが俗世に汚れてしまったと知れば本気で落ち込みそうです。

 

「あぁ…………小さい頃私を可愛がってくれたララティーナはどこに行ってしまったのでしょうか」

「多分、その頃からダクネスの本質は変わってないと思いますよ」

 

 今でも真面目にやっていれば完璧な令嬢ですし。あの男といるとダメな本質がよく表に出てきてしまうと言うだけで。

 

「それより、残りの4割は何なのですか?」

 

 私やあの二人の他にこの子に影響をあたえるような人物は思い浮かばないのですが。

 

「…………クレアです」

 

 …………四六時中アイリスと一緒にいる変態がそう言えばいましたね。

 

「最近のクレアはなんだかおかしいんです。私がお風呂に入っている時自分も入ってこようとしたり……ど、同性同士で愛し合うこともあるんですよとか講義の中で教えてきたり……」

「今すぐクビにした方がいいですよ」

 

 冗談抜きで。姫様付きの護衛がそれとか流石にまずいでしょう。

 ダスティネス家に並ぶ大貴族の令嬢が王女に手を出したとかいう国が傾きかねない事件が起きる前に手を打ったほうがいいんじゃ……。

 

「そ、それ以外のところでは普通に優秀ですし……私がなんだかんだでここに遊びにこれるのはクレアがお目こぼししてくれてる面もあるので。…………お兄様の所に行こうとしたら全力で止められるんですが」

「いい護衛ではないですか。これからも雇い続けるべきです」

「いきなり言ってることが変わっていませんか……?」

 

 いや、まぁ教育的に考えればカズマに会わせないというのは間違っていないと思いますよ。……会わせようとしないのはそういう理由からではないでしょうが。

 

「それで? 結局何を私に話したいんですか? 今ならちょっとだけ聞いてもいいですよ」

 

 思わぬ所に私の恋路の協力者がいると分かったことですし。

 

「なぜお頭様は勝ち誇ったような顔をしているのでしょうか……」

「おや、それは失礼。ポーカーフェイスを自称する私としたことが」

「そのような自称は初めて聞いたのですが。お頭様はクールに見えて実際話したらアレですし、ポーカーフェイスからは程遠いような……」

「大きなお世話ですよ! あなた最近私に対する遠慮とかなくなり過ぎじゃないですかね!?」

 

 どっかのぼっち娘も遠慮しなくなってきてるんですが、この子もそれに負けていない。……最初の頃の何をするにも新鮮そうに私に色々聞いて頼ってきたこの子はどこへ行ってしまったのか。一体誰の影響で――。

 

「私の遠慮がなくなっているとしたらそれはお頭様の影響が1番だと思います」

 

 ――そうですか、私のせいでしたか。なら仕方ありませんね。

 

「…………まぁ、いいです。それでお頭様に聞いて欲しい話なのですが、実は例の最年少ドラゴンナイト様の詳しい話を仕入れてきたんです」

「最年少ドラゴンナイト? ああ、あの槍使いの話ですか。お姫様との真相が分かったんですか? それなら少し興味があります」

「お姫様との真相……? それはもう以前私が話したと思うのですが」

 

 いえ、あれは王族や貴族の令嬢が勝手に噂しているだけの話だったでしょう。

 

「んー……じゃああまり興味ないんですが。それでその最年少チンピラナイトがどうかしたのですか?」

「ち、チンピラナイト?…………えっと、最年少ドラゴンナイト様なんですが、クレアも探しているみたいで、私がレインより聞いた話よりも詳しい話が聞けたのです」

「? あの変t……ダスティネス家に並ぶ大貴族のシンフォニック家の令嬢が何のために探すんですか? 婿探し……なんてことはないですよね」

 

 貴族や王族が才能あるものの血を取り入れようとする事はよくあることではありますが、ダクネスやクレアといった大貴族であれば勝手に周りからそういう話がやってくる。変な血を入れるわけにもいかないから上流になっていくほど保守的になっていく傾向があるらしい。むしろ王族や下級貴族のほうがそういう話に積極的だったりするというのを以前ダクネスが話していた気がする。

 下級貴族は成り上がりたくて優秀な血を入れたいというのは分かりますが、なぜ王族が乗り気なのか。……まだ強くなるつもりなんですかね。今でも既にアレなんですが。

 

「はい、クレアは私の護衛役の仕事の他に軍事の相談役としての仕事にもついているんです。それで隣国で英雄だった最年少ドラゴンナイト様を我が国に騎士として正式に招きたいみたいですね」

「はぁ……槍の腕が凄いのは認めますが、それだけでわざわざ招き入れる必要はないと思いますよ。イリスの話では確かドラゴンナイトの資格を奪われたので今はそれ以外の職についているのでしょう?」

 

 超レア職業だというドラゴンナイトについている上で国1番の槍使いだった男なら確かに招き入れる価値があるかもしれませんが。この国には『チート持ち』と呼ばれる冒険者や紅魔族がいることですし。凄腕の槍使いをわざわざ探して招き入れる必要があるとは思えない。

 

「あの…………お頭様の口ぶりだと最年少ドラゴンナイト様に会ったことがあるように聞こえるのですが」

「気のせいですよ」

 

 まぁ、十中八九あの男なんでしょうが。別に確認したわけじゃありませんし。仮にあの男がそうだとしても、最年少ドラゴンナイトとしてのあの男と話したことなんてありませんしね。

 

「そう…………ですか? それならよいのですが。……お頭様の質問ですが、確かに最年少ドラゴンナイト様は隣国でドラゴンナイトとしての資格を奪われました。なので隣国ではギルドで転職しようとしてもドラゴンナイトにはなれません。ですが、この国であれば話は別です」

「? それは、この国であればドラゴンナイトになれるということですか? いまいちそのあたりの話は分からないのですが」

 

 ギルドや国の罰で強制転職と、転職禁止の罰があるというのはよく聞く話だ。特に盗賊職が盗賊のスキルを冒険以外の悪行で使った場合などに刑されることが多いらしい。最年少ドラゴンナイトとやらもそんな感じでドラゴンナイトにはなれないと思っていたのですが……。

 

「はい。もともと転職禁止の刑はギルド側が発する場合と国がギルドに頼み発する場合があります。前者であれば例え国が変わろうと禁止された職へと就くことはかないません。けれど後者の場合であれば、国が変わればギルドで普通に転職を行うことが可能です。最年少ドラゴンナイト様は後者でしたのでこの国であれば好きに転職ができるのです」

 

 なるほど。そういうことであれば最年少ドラゴンナイトをわざわざ招き入れる価値がありますか。

 

「?…………ですが、そういうことならなぜあの男はドラゴンナイトをやっていないのでしょう?」

「やっぱりお頭様は最年少ドラゴンナイト様に会ったことがあるんですね!?」

「気のせいですよ。ちょっと言い方を間違えただけです」

「…………本当でしょうか? では、どうして最年少ドラゴンナイト様がこの国でドラゴンナイトをやっていないと知ってるのですか?」

 

 ちっ……細かいことを気にする下っ端ですね。

 

「別に知っているわけじゃないですよ。ただドラゴンナイトなんて超レア職業についていたらすぐに見つかるだろうと思っただけです」

「それは…………確かにそうですね。お頭様の疑問ですが、ドラゴンナイトをやっていないのはおそらく契約しているドラゴンがいないからだと思います。…………ところで今舌打ちはしませんでした?」

「気のせいです。……契約しているドラゴンがいないというのはどういうことですか?」

「クレアの話では最年少ドラゴンナイト様が契約していたドラゴンは国の保有している中位ドラゴンだったそうです。ドラゴンナイトの資格が取り上げられれば契約は破棄され、国の保有へとまた戻りますから」

 

 そしてドラゴンがいなければドラゴン使いはただの一般人。ドラゴンナイトと言えどドラゴンと契約していなければ普通の上級職についていたほうが戦力的にも上ということですか。…………何故かあの男は下級職の戦士なんかやってますけど。戦士なんて中途半端な職に就くくらいならカズマみたいに初級職の冒険者やってたほうがマシだと思うんですけどね。

 

「イリス、少しあなたに聞いてみたいことがあるのですが。その最年少ドラゴンナイトが槍も普段は使わず職業も上級職ではなく下級職をやってるとしたらどんな理由を思いつきますか?」

「…………やっぱりお頭様は最年少ドラゴンナイト様に会われたことがあるんじゃ……?」

「そうですけど、そんなことはどうでもいいじゃないですか。質問に答えてください」

「そうですか気のせい…………って、本当に会われたことがあるのですか!?」

「ただの言葉の綾です。気にしないでください。とにかく質問に答えてくださいよ」

 

 興奮気味のアイリスをあしらいながら私は答えを促す。考えれば考えるほどあの男がやってることはチグハグだ。

 …………こうなるからあまりあの男のことについては考えないようにしていたと言うのに。

 

「何が言葉の綾なのか全然わからないのですが…………お頭も後でちゃんと答えてくださいね? 仮に槍すら使ってないとすればそれは自分の正体がバレるとまずいと考えているということだと思います」

「そうでしょうね」

 

 それくらいは考えなくても分かる。というよりそうじゃないのに使ってないとすれば単なる舐めプだ。…………槍を使うことが嫌になる出来事が会った可能性もあるでしょうが、そんなセンチメンタルな男にはまったくもって見えない。というか、初心者の冒険者に普通に槍使ってましたし精神的な理由で使ってないことはまずないだろう。

 

「そして正体がバレるのがまずいとしたらどこからか追われているという可能性ですね」

「追われている……? 一体全体あのチンピラを誰が追うのですか?」

「もう突っ込みませんからね。後で絶対教えて下さいよ。…………例えば魔王軍とかになら追われている可能性はありますよ。最年少ドラゴンナイト様はかつてこの国にいた『氷の魔女』と呼ばれた凄腕のアークウィザードとほぼ同額の懸賞金を魔王軍に掛けられていたという話ですから」

「なんですかその『氷の魔女』というアークウィザードは。私を差し置いてそんなかっこいい二つ名を持っているアークウィザードがいるんですか」

 

 私にも何かかっこいい二つ名がないでしょうか。

 

「お頭様は既に魔王軍に『頭のおかしい爆裂娘』として懸賞金が掛けられているという話ですよ。もしもお頭様が魔王軍戦線の最前線に向かったりしたら真っ先に狙われると思うので気をつけてくださいね」

「私の二つ名それですか!?」

 

 もっとあるでしょう! 『終焉をもたらす破滅の魔女』とかそんな感じのかっこいい二つ名が!

 

「そんなことを私に言われましても…………文句があるなら魔王軍の方へ言ってもらわないと」

「…………そうですか」

 

 まぁ、今度魔王軍と戦うことがあれば思いっきり爆裂魔法を食らわしてやることにしましょう。

 

「それで、その『氷の魔女』とやらは今何をやっているのですか? 最強の魔法使いを目指す身としては高名な魔法使いには是非とも勝利しておきたいのですが」

 

 アクセル最強の名はどこかの鬼畜な男に取られてしまいましたが、アクセル最強の魔法使いの座は今も私のままなことですし。その氷の魔女とやらに勝てば世界最強の魔法使いの座もそう遠くはない気がする。

 

「さぁ……私が生まれたばかりの頃に活躍していた魔法使いの方らしいので詳しいことは」

「なんだババアですか。それなら老衰で私より先に死ぬでしょうし無理して戦うことありませんね。私の勝ちです」

 

 また戦わずして勝ってしまいましたか。

 

「お頭様の謎理論は置いておきましょう。…………最年少ドラゴンナイト様の話だったはずなのですが。どうしてお頭様やお兄様と話しているとすぐに脱線してしまうのでしょうか」

「そんなこと知りませんよ。ええっと…………ああ、最年少ドラゴンナイトが魔王軍に懸賞金が掛けられているという話でしたか」

 

 それでドラゴンいなくて弱くなってる相手を殺して一攫千金を狙うやつに追われていると。確かに正体を隠す理由で筋は通っていますね。

 

「魔王軍以外であの男を追う可能性がある所はいますか?」

「魔王軍以外だと特には……。最年少ドラゴンナイト様が元いた国は追放した形で追う理由はありませんし」

「そうなのですか? 例えばあの男がお姫様の婚約指輪を盗んで持っていったとか、国の保有してるドラゴンを拐かして連れて行ってしまったとか」

「確かにそれだけのことをすれば追われる可能性はありますが…………最年少ドラゴンナイト様は人格者だと伺っていますし、その可能性はないと思いますよ(…………お兄様ではないですし)」

 

 なるほど、通りであの男が正体隠してるわけです。隣国に追われていたからですか。多分あの男のことですから姫様の指輪やドラゴンを売り払ったりしたのでしょうね。いろいろと得心しました。

 

「ところで今小声で聞き逃せないことをいいませんでしたか? 下っ端」

「気のせいですよ、お頭様」

 

 …………この子は本当に一筋縄じゃいかなくなりましたね。

 

 

 

 

 

「めぐみーん……ダメだった、セシリーさんどうやっても起きないわ」

 

 二階から階段を降りてきながらゆんゆん。

 …………小汚くなっていく屋敷をどうにか当人に掃除させようと思いましたが無理でしたか。それとも私には遠慮なくなってきたとは言え基本的に引っ込み思案なゆんゆんに起こさせようとしたのが間違いでしたかね。

 

「それより二人共、何の話をしてたの? なんだか二階までキャッキャ楽しそうな声が聞こえてきて私凄い寂しかったんだけど」

 

 そんなことくらいで寂しがらないでくださいよ。相変わらず重いというかめんどい子ですね。

 

「ゆんゆんさん、いいところに来られました。最年少ドラゴンナイト様の話をしていたのですが、なんだかお頭様は食いつきが悪くて……」

「え!? 最年少ドラゴンナイトの人の話をしてたの! 聞きたい聞きたい!」

 

 そう言ってゆんゆんはアイリスに迫って話を促す。アイリスもそんなゆんゆんの反応が嬉しいのか、楽しそうに私にした話をもう一度繰り返していく。

 

(…………私も、最年少ドラゴンナイトの正体があれだと気づかなければ少しは楽しめたのかもしれないですがね)

 

 気づいてしまったのだから仕方ない。姫様と本当は何が会ったのかは気になりますが、その人物像には全く興味が持てなくなりましたし。どんな人物か込みで想像して楽しんでいる二人とは前提が違いすぎる。

 

(しかしゆんゆんの食いつきよう…………もしも最年少ドラゴンナイトの正体があれだと気づいたらどんな反応を示すのか)

 

 姫様との真相同様、それは少しだけ興味がある。

 

 

「ところで下っ端。結局あなたが私たちに耳に入れたいという話は何だったんですか? あの白スーツが最年少ドラゴンナイトを探しているって話しか聞いてないのですが」

 

 アイリスとゆんゆんの話が一段落ついたところで私はそう聞く。いろいろと回り道をしただけで、最年少ドラゴンナイト自体に関する情報と言えるのはそれだけだ。

 

「あ、はい。それでクレアの話ですが、やはり最年少ドラゴンナイト様はこの街にいる可能性が高いということでした」

「それは本当なのイリスちゃん!?」

「まぁ……そうでしょうね」

 

 興奮するゆんゆんに対して私はどうでもいい感じで返事する。…………うん、知ってたらこんな反応になっても仕方ないですよね。

 

「結局新情報といえるほどのものはありませんか。名前でも知れたらまだ情報としてありでしたが」

 

 この街にいるという話ももともとあった話ですし。

 

「クレアは最年少ドラゴンナイト様の名前を知っているような感じでしたけどね。…………教えてくれそうなところで今日の呼び出しがありましたので」

「そういうことなら仕方ありませんね。次に呼び出すまでに聞き出しといてください」

 

 正直私は興味ありませんが…………まぁ、嬉しそうにしているアイリスを見るかぎり指示を出してよかったのでしょう。…………ドラゴンを飼いだしてからこっち最年少ドラゴンナイトへの興味が増しだしてるゆんゆんも喜ぶでしょうし。

 

 そんなことを考えながら。2人が楽しそうに話す声を子守唄に私は限界になった眠気に身を任せるのだった。

 

 

 

 

 

――サイドB:バニル視点――

 

「相変わらずウィズの淹れる紅茶は美味しいわね。ねぇウィズ、こんな儲からない店なんて畳んで家に来なさいよ。ウィズなら家でメイドとして雇ってもいいわ」

「そんな、アクア様、恐れ多いです! 私なんかの淹れる紅茶なんて普通です」

 

 今日も今日とて。暇を持て余している自称女神が我輩のバイトする店でくつろぎポンコツ店主と茶番を繰り広げている。

 ……また小僧たちと一緒に旅に行ってくれないものか。できればポンコツ店主も連れて行ってくれれば最高であるが、せめてこの凶暴モンスターだけでもいなくなってもらわねば仕事にならん。

 

「本当ウィズって謙虚よね。どうしてそこの変な仮面の悪魔と仲がいいのか不思議だわ」

 

 その仲がいい理由をちゃんと話してやったのに途中で眠りこけてたのは貴様であるが。…………泣いて頼まれてもウィズとの昔話はもうしないと決めてある。

 

「あはは…………バ、バニルさんもあれで結構いい所があるんですよ? 確かに悪魔ですからいろいろ変なところはありますけど」

 

 汝にだけは変とか言われたくないのだがな、働けば働くほど赤字を生み出す奇特な才能を持つ店主よ。

 

「ふーん……ウィズって本当優しいわよね。こんな木っ端悪魔を庇うなんて。アンデッドにしておくのがもったいないわ」

「本当にバニルさんにもいいところはあるんですよ? 近所ではカラススレイヤーのバニルさんとか言われて評判いいですし。相談屋も結構お客さんが来ててこの店の稼ぎよりも多いくらい評判が良いんです」

 

 貧乏店主よ、笑顔で言っておるが、後半のそれは全然笑い事ではないからな? 駄女神ではないが本当に小僧の家にでもメイドとして送り出したくなる。

 

「へー……じゃあカラススレイヤー、お菓子持ってきなさいよ。あんた近所や相談屋で評判いい悪魔なんでしょ? そんなすばらしい悪魔だったらお客さまにお茶に合うお菓子くらい持ってきて当然よね?」

「我輩の見通す目を持ってしても『お客さま』の姿などどこにも見えぬのだが。見えるのは毎日毎日来てるのに買い物せずお茶だけ飲んでいく…………世間ではなんと言ったか。確か…………そう、『乞食』と言われるものであったか」

 

 

「「……………………………………」」

 

 

「『セイクリッド・エクソシズム』!」

「華麗に脱皮!」

 

 

 閑話休題

 

 

「駄女神が来ると本当にろくなことにならぬ。うちのポンコツ店主がまた消えかかっておるではないか」

「それウィズを盾に取ったあんたのせいじゃない。人のせいにすんじゃないわよ」

 

 はて、ウィズを盾に取ったのは確かに我輩だが、それに気にせず浄化魔法を使ったのはこの駄女神だが。

 

「まぁ、ウィズが浄化されちゃったら寂しいけど、それはそれで新しい人生やり直せるから悪くはないからね」

 

 我輩の考えてることが分かったのか、そんなことを言ってくる駄女神。

 後半は自分勝手な神らしい考え方だが前半はどうか。…………この駄女神、地上に降りてきて人に毒されすぎである。神としても人としても中途半端というか。

 

(女神アクアと言えばあの悪名高いアクシズ教徒の首魁にして、創造神が最初に産んだ4柱の神の一柱。格だけで言えば我輩と同格だと言うのに)

 

 同時にその頭と運の悪さから出世できず、同期の他の三柱が神々を率いて我ら悪魔と戦う立場なのに対して、中途半端な地位にしか付けない残念な女神として有名ではあるが。

 

「まあ、そんな歳ばかり無駄に食ったババア女神のことはどうでもよいか。ウィズには砂糖水をやって回復させておくゆえ、貴様はさっさと帰るがよい」

 

 しっしと、犬を追い払うように手を振って駄女神を帰そうとする。

 

「言われなくてもウィズが起きてないんじゃ用はないし帰るわよ…………って、言いたいんだけど、あんたに聞きたいことあったのよね」

「なんだ、あの雄鶏の美味しい調理のしかたでも聞きたいのか。我輩の見通したところ照り焼きにするが吉と出ておる。さっさと帰って小僧に調理してもらうがいい」

「やめなさいよ! 最近本当にカズマさんのゼル帝を見る目が怖いのよ! あんた、冗談でもカズマさんにそんなこと言ったら塵も残さず浄化してやるからね!」

 

 小僧に最近雄鶏が煩くて朝眠れないからどうにかしてくれと相談を受けているのだが。…………そのことは黙っておいてやるとしよう。その代わり今度小僧から相談を受けたらさっさと照り焼きにするがよいと言うが。

 

「ではなんだ。答えたらさっさと帰ると約束するのであれば答えてやるゆえ、さっさと質問するがいい」

「…………この店にずっと居座ってやろうかしら」

「そうなった時はあの手この手で嫌がらして鬼畜な保護者に泣きつかせてやるゆえ覚悟するがよい」

 

 制限されているとは言え本体で来ている上位神相手では流石の我輩も土塊で出来た仮の姿では分が悪いが、それは正攻法で行った場合だ。嫌がらせして泣かせるくらいであればむしろこの体のほうがいろいろ都合がいい。

 

「…………まぁ、いいわ。今日は暴れた後だし、見逃してあげる」

「ふん、それで? 聞きたいこととは何だ。行っておくが貴様の未来を見通せと言われても我輩には無理である」

「別にそんなこと頼まないわよ。私の未来が明るいことは木っ端悪魔に見通されなくても分かっているし」

 

 その自信がどこから来るのか謎である。我輩が知る限りでもこの駄女神は泣いてばかりなのだが。

 

「で、聞きたいことはあれよ。ほら、ゆんゆんって最近あのチンピラとよく一緒にいるじゃない? だから、付き合ったりする未来があるのかなって」

 

 …………本当、これは我ら悪魔の天敵である神なのであろうか。俗世に染まり過ぎなのだが。

 

「…………仮に付き合う未来が見えたらどうするのだ?」

「それは、ゆんゆんはいい子だしあんなチンピラにはもったいないから別の男を勧めるわよ」

「なんだかんだであの金髪のチンピラと貴様は話があって仲は悪くなかった気がするのだが」

 

 だいたいエリスの胸はパッド入りだとかエリス教徒はパッド率高いとかそんなことばかり話しているようだが。

 

「それはそれ、これはこれよ。ダストと話をするのはうちの教徒と話してるような気持ちになってそんなに嫌いじゃないけど、ゆんゆんはもっといい人がいると思うのよ」

 

 この駄女神に言われるとはあの男も相当である。

 

「ふむ……まぁ、あの2人のことは我輩も知らない仲ではないゆえ見通してやろう」

 

 あの2人は無駄に実力があるゆえ、二人一緒に見通すとなると無駄に骨なのだが…………まぁ、出来ないこともないはずだ。この駄女神やウィズの未来を見通せとなれば不可能であるが、ぼっち娘とドラゴンのいないチンピラくらいならなんとかなるだろう。

 

「ふむふむ…………これは…………ほぉ…………」

「なになに? 何が見えたのよ、一人で納得してないで教えなさいよ」

「うむ…………何も見えんな」

「ふっざけんじゃないわよ! 見えないなら見えないで無駄に意味深な反応すんじゃないわよ!」

「別にふざけてるわけじゃないのだが。2人が付き合う未来を見ようとして見えないということは相当なことである」

 

 基本的に我輩の眼は見通せる未来の中で1番可能性の高いものから順に見通していく。だがそれは一番高い可能性だけしか見通せないわけではない。可能性があるものであれば全て見通せるし、そういう未来が見たいのであれば、そういう未来へと繋がるまでの道筋を見通せるのが我輩の見通す力だ。

 だから、どんなに可能性が低くとも可能性があるのなら2人が付き合う未来を見ようとすれば見れるはずなのだが……。

 

「ふーん…………ってことは、あの2人が付き合うことはありえないってこと?」

「見えないということはそういうことであろうな」

 

 今のあの2人が我輩以上の実力者ではない以上、見通せないということはそういうことだ。例外は我輩自身が深く関わることであるが…………まさか我輩含めた3人で付き合うことになるから見通せないとかそんなオチではあるまいな。

 

「うーむ………………ん? 駄女神よ、我輩の見通す力に一つだけ2人が付き合った先の未来が見えたのだが」

「そんだけ見通す力使って一つだけってことは相当可能性低いのね。少しだけ安心したわ。……で? どんな未来なのよ」

 

 ふーむ……これは駄女神に言ってもよい未来なのかどうか。駄女神の言う通り相当可能性の低い未来ではあるのだが。

 …………まぁ、言ってしまうか。この未来を我輩の胸の内だけで終わらすのもなんだか気持ちが悪い。

 

 

「うむ、なんだかよく分からんが、ぼっち娘が魔王になっておったぞ」

 

 

「なにそれ? 何かの冗談?」

「冗談ではないが我輩に聞かれても何も答えられん。過程も何も見通せずその未来だけぽつんと見えておるゆえ」

 

 だからこそ気持ちが悪いのだ。こんな見え方をしたのは長いこと存在してきて初めて…………ん? まて、そういえば、あのドラゴンが生まれたときも……。

 

「駄女神よ、我輩はちょっと考えることが出来たゆえ、さっさと帰れ」

「なによー、ゆんゆんが魔王化するとか私もすっごい気になるんですけど」

「お土産に貧乏店主がまた勝手に仕入れたゴm……もとい『カエル殺し』をくれてやる」

「しっかたないわねー。これは貸し1だからね。次来た時はちゃんと美味しいお菓子用意しときなさいよ」

 

 仕方ないとか言いながらゴミを嬉しそうに受け取ってる駄女神。…………こんなゴミで喜んで帰ってくれるならいくらでもくれてやるのだが。

 あと、むしろたまには貴様が菓子折りでやってこい。

 

 

 そんな感じで駄女神を追い払った我輩はウィズに砂糖水を与えるのも忘れて思案にふけるのだった。




喧嘩しても仲がいいめぐみんとアイリス
喧嘩ばかりして仲良さそうに見えるときもあるけどやっぱり仲が悪いアクアとバニル

喧嘩するほど仲がいいというのは当てはまる場合と当てはまらない場合の両方あります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12話:微妙な気持ち

「というわけで彼女がほしい」

「……帰っていい?」

 

 冒険者ギルドの酒場。俺の前には呆れた顔の貧乳魔法使いが一人。

 

「そう言うなよリーン。今日は俺の奢りだからよ」

 

 この間のグリフォン討伐報酬のおかげで少しだけ懐が潤ってることだし。

 ……明日は残った金で久々にギャンブルしてくるか。でも、この街じゃギャンブルって言ってもしけてるからなぁ。あー……俺もエルロードいきてーなぁ。もしくはこの街にもカジノとかできればいいんだが。

 

「金貸してる相手に奢られても反応に困るんだけど。…………はぁ、大事な話があるって言われたから来たってのに。――あ、お姉さん注文いいですか?」

 

 反応に困るとか言いながら思いっきり注文してんだがこの貧乳娘。

 

「ご注文を繰り返します。『大若蛙の唐揚げ』に『一撃熊の手の姿煮』。お飲み物に『地獄ネロイド』。デザートは『アクシズ教団のアレ』でよろしかったでしょうか?」

「あ、それでお願いします」

「全然よろしくねーよ! ジャイアントトードの唐揚げ以外法外な値段じゃねーか!」

 

 唐揚げも拘りのジャイアントトード使ってるやつみたいで千エリスと割りと高いのに、他の奴は1万エリス超えてやがる。…………というかアクシズ教団のアレってなんだよアレって。

 

「あんた奢ってくれるって言ったじゃん。無理だっていうならあたしは帰るよ」

「っぐ…………人の足元見やがって」

 

 ここでリーンに帰られたら相談できねーし…………まぁ、払えない額じゃないし仕方ねーか。

 …………これで相談した結果が散々だったら覚えとけよ。

 

「というわけでお姉さんよろしくー。ダストは何頼むの?」

「あー……俺は大蛙の唐揚げ定食にでもするか。飲みもんは酒だったら何でもいーや。酒持ってきてくれ」

 

 メニューを眺めながら俺はボリューム美味しさ安さに定評のある初心者冒険者に人気の定食と、酒を頼む。

 最近はジハードと一緒にいること多くて酒飲むの自重してたし、たまには酔っ払うくらい酒を飲ましてもらうか。

 

「申し訳ございません、お客様へお酒は出せません」

 

 そんな感じでうきうきしてたのにウェイトレスは冷たい目をしてそんなことを言う。

 

「はぁ? なんだよ、金の心配か? 一応今日は金持ってるから心配すんな。もし足らなかったらここにいるリーンかゆんゆんとかいうぼっちに請求すればいいから」

「あんた奢るって言ったのに何いってんの?」

 

 リーンの分の飯は奢るが自分の分を他人に払わせないとは言ってないだろ。だからリーン、そのゴミを見るような目はやめろ。ただでさえウェイトレスの目が妙に冷たくてぞくぞくしてるってのに。どっかのお嬢様みたいな性癖が目覚めたらどうしてくれんだ。

 

「いえ、代金の問題は別に何も。あなたの場合は料金を先払いしてもらうだけなので」

 

 ……ちっ、最近はここじゃゆんゆんと一緒に食べること多くて後払いでも許されてたんだが、リーンと一緒じゃ無理か。まぁ、リーンはゆんゆんと違って俺の分まで素直に払ってくれるたまじゃねーし仕方ないが。…………いや、ゆんゆんも別に喜んで払ってるわけじゃねーけど、あいつは店のこと考えて払っちまうお人好しだからな。そのあたりも店側も分かってるから許されてるんだろう。

 

「じゃあなんで酒出せないってんだよ」

 

 金の問題じゃねーってんなら客に注文したもの出さないとかどういうことだよ。

 

「この間あなたがこの店で酒を飲んだ時に問題を起こした件数が500件を超えたので…………ギルドの方からあなたにお酒を出す禁止令が出たんです。なのでギルドから許しが出るまではあなたはこの国だけでなく他の国でもギルド系列の店でお酒を飲むことは出来ません」

「はぁ!? ふざけんじゃねーぞ! 俺が一体全体何をしたってんだよ! ちょっと酒飲んでいい気分になってただけだろうが!」

 

だと言うのにこの店どころか他の街や国でもギルドじゃ酒飲めないとか横暴にも程がある。

 

「そのちょっといい気分のままにウェイトレスや他のお客様にセクハラの限りを尽くしてることが問題なんですが。…………私だけでもお尻を触られたりスカートをめくられたり、酷い時はガーターベルトを脱がされたり……………………あの、すみません、死んでもらえませんか?」

「うわぁ…………あんたの酒癖悪いのは知ってたけど、そこまでしてたんだ。…………死んだほうがいいんじゃない?」

「わーったよ! 酒は諦めるからその生ゴミ見るような目はやめろ!」

 

 …………というか、酒飲んだ時の俺はそこまでしてんのか。尻を撫でたりくらいは覚えてるが、ガーターベルトを脱がすとか。覚えてないのが残念で仕方ない。

 

 

 

 

「で? 何の話だったっけ?」

 

 氷点下の目をしたウェイトレスに俺とリーンの飯を運んできて後。高い飯を幸せそうに食べながらリーンはやっと本題に入ってくれる。

 

「だから、俺が彼女欲しいって話だよ」

「あー…………そういえばそんな話だったね。…………正直面倒なんだけど、相談に乗らなきゃダメ?」

「別にいいがその場合はちゃんと飯代は自分で払えよ」

 

 というより既に代金は俺が払ってるからその分俺に渡せよ。

 

「ちぇっ……仕方ないなぁ。正直ダストの恋愛云々なんてどうでも良すぎるんだけど」

「お前に取っちゃそうかもしれないが俺にとっちゃ死活問題なんだよ」

 

 もしこの街を離れることになった時に彼女がいなければ俺はどうやって性欲を処理しないといけないのか。目の前でパクパク美味しそうに飯食ってる女は俺が手を出そうとしたらダガーでちょん切ろうとするアレな女だし。ナンパが一度も成功したことがない俺じゃ行きずりの女とってわけにもいかないだろう。そうなると風俗しかないわけだが…………サキュバスサービス知ってると風俗なんかに金使うの馬鹿馬鹿しいんだよなぁ。

 

「死活問題とか言われてもへーそうなんだ、としか。……あ、この一撃熊の手美味しい。ねぇ、ダストもう一つこれ頼んでいい?」

「…………後で覚えとけよ。というか、そんなに食ったら太るぞ」

「熊の手ってなんか美容にいいとか聞いたし大丈夫なんじゃない? というわけでお姉さんこれと同じやつもう一つお願いします」

 

 人の金だと思いやがって。というか美容とか関係なしにそんなに食ったらマジで太るぞ。

 

「…………そんだけ遠慮なしに頼んでんだから相談乗ってくれるんだよな?」

「ま、飯の代金がわりに聞くだけは聞いてあげるけど」

 

 仕方ないなぁとため息をつくリーン。

 その態度に折檻してやりたい気持ちが湧くが今は相談のほうが大事だ。頭のなかでリーンのほっぺを思いっきり引っ張りながら俺は話を切り出す。

 

「そうか。じゃあ相談なんだがな………………俺に女の子の友達を紹介してください」

「え? やだよ。何いってんの?」

「………………なんでだよ?」

 

 頭のなかで『生意気なこと言うのはこの口か』とリーンのほっぺたを限界まで引っ張りながら。俺は感情を押し殺してそう聞く。

 

「だって、ダストとか紹介したら友達の縁切られそうじゃん」

「ふざけんなよ! このまな板娘が! 人が下手に出てたら調子乗りやがって! 表出ろ!」

 

 飯食えなくなるまでそのぷにぷにしたほっぺたを引っ張ってやる!

 

「あ、一人だけダストに紹介できそうな友達いたかな」

「犬と呼んでくださいリーン様」

「…………あんた、プライドとかないの?」

 

 そんなもんで彼女ができるなら苦労しない。

 

「それで、俺に紹介できる女の子はどんな子なんだよ」

「えっとね…………まず、胸がそこそこ大きいかな」

「おう、さすがリーン俺の好み分かってんじゃねぇか」

 

 やっぱ胸の大きさは大事だよな。小さくてもそれはそれでいいもんだが、大きい方が揉んだ時に楽しいし。

 

「それで、顔はこの街でも上から数えたほうが早いくらい可愛くて、性格もこの街で一番と言っていいほど優しくて常識人」

「顔は良くても性格残念なのが多いこの街でそんな理想的な女性がいるだと……」

 

 カズマパーティーの女たちを筆頭に見た目だけはいい女が多いこの街。ただ蓋を開けてみれば顔の良さなんて色んな意味で可愛く見えるアレな性格なやつばかりなだけで……。本当にそんな女がいるならちょっと本気で口説いてもいいかもしれない。

 

「後は、髪は黒で目は紅い15歳で巷じゃレッドアイズの切り込み隊長だって噂の」

「ゆんゆんじゃねぇか!」

 

 期待して損した。

 

「えー……どう考えてもあんたにはもったいない女の子なんだけど、何が不満なのさ?」

「容姿は確かに悪くねぇよ。性格もまぁ確かにこの街じゃまともなほうだろうさ。……でも、15歳とか守備範囲外。あと人のことボコボコにしてくるし」

 

 見た目がいいのは認めてるし性格も生意気な所に目を瞑れば悪くない。だけど流石に4歳下を恋愛対象にすんのは無理がある。…………セクハラはまぁするし夢の中じゃ17歳のゆんゆんにお世話になってるが。

 

「…………ま、いいけどさ。そんなこと言っててゆんゆんに彼氏が出来たとかなったら悶えるくせに」

「……まぁ、それも否定はしねぇよ」

 

 勘違いだったとは言えリーンの時だってそうだったんだから。

 

「……もう、この際贅沢は言わねぇ。リーンでいいから付き合ってくれ」

 

 胸に目を瞑ればこいつの容姿も悪くないし、性格も生意気な所に目を瞑れば悪くない。何よりこいつは一応俺の守備範囲内だし。

 

「嫌に決まってんじゃん」

 

 そんな俺の妥協案をバッサリと切り捨てるリーン。

 

「…………なんでだよ?」

「だって、あたしは好きな人いるし。なんでダストと付き合わなきゃならないのさ」

「…………そうかよ」

 

 結局俺に彼女は出来なそうだ。

 

 

 

「あ、きたきた。うーん……最近はこれ食べるのも一苦労なんだよね。昔は飽きるくらい食べたんだけど」

 

 リーンに笑顔でデザートを持ってきたウェイトレスが俺に氷点下の目を一瞬だけ向けていなくなる。

 …………あの冷たい目をしたウェイトレスが俺にガーターベルトを脱がされたのかぁ。覚えてないことなのになんだが胸がドキドキしてくる。もしかしてこれは恋なんだろうか。

 

「ねぇ、ダスト。あたしの話聞いてんの?」

「ん? ああ、聞いてるぞ。お前の胸はもう大きくならないから諦めろ」

「聞いてないし…………いや、別にどうでもいい話だから聞いてなくてもいいんだけどさ…………そのいやらしい目をウェイトレスにずっと向けてたら店から追い出されるよ」

 

 …………それは困るな。ほどほどにしとくか。

 

「ん? お前の食ってるそれ…………」

 

 リーンの食ってるデザート。『アクシズ教団のアレ』とやらを前に俺は妙な引っ掛かりを覚える。

 

「? どったのダスト。もしかしてダストって『ところてんスライム』知らないの? もしかしてダストの故郷にはなかったとか?」

「いや、別にそんなことねーよ。というか『ところてんスライム』は俺の故郷の国が発祥だし。特に貴族や王族の女性の間じゃ人気でよ……俺の母さんもよく食ってたな」

 

 というかあの国で俺の周りにいた女はところてんスライムばっかり食ってた気がする。

 

「ふーん…………じゃあ、何をまじまじと見てるの? 今でこそご禁制の品で手に入りにくいけど、珍しいものじゃなかったでしょ?」

「いや…………ところてんスライムの匂いを最近どっかでよく嗅いでるなぁって」

 

 どこだっけか。ご禁制の品だし俺自身は別に好きでもないから嗅ぐ機会なんてそうそうないはずなんだが…………割りと頻繁に嗅いでる気がするし、ついこの間も嗅いだような…………。

 

「…………あ、セシリーか」

 

 あの残念プリーストからしてる菓子みたいな甘い匂い。ところてんスライムだったのか。

 

「? セシリーって誰? 女の人?」

「おう、一応性別上は女のプリーストだな」

 

 だから何だというのがあの女だけど。

 

「…………なによ、あたしに相談しなくても普通に女の知り合い居るんじゃん。そっちに相談でもナンパでもすればいいのに」

「なんだよ今更嫉妬か? だったら俺が付き合ってって言った時に素直に――」

「――いや、それはありえないけど」

 

 ……最後まで言わせろよ。

 

「ただ…………その…………なんていうか…………分かるでしょ? あんたみたいなのでも一応は仲間なわけだし…………こう…………微妙な気持ちになるというか」

 

 まぁ、分からんでもない。こういうのは好きとか嫌いとかそういうもんじゃないもんな。リーンも俺と同じようなもんなんだろう。

 だけど……。

 

「…………言っとくが、そのセシリーってのはアクシズ教徒だぞ? それでも微妙な気持ちになるか?」

「あ、全然そんな気持ちなくなった。そっかぁ……アクシズ教徒かぁ…………それならあんたと間違い起こっても問題なさそうだしいっかな」

 

 …………あれ? 微妙な気持ちになってたのってそういう理由?

 

 

 

 

 

 

「そんなはずないわ! あのドラゴンはキョウヤが一撃で倒したはずだもの!」

「そうよ! そうよ!」

 

ギルドの受付。俺とリーンが座ってる席から見える所で、槍を背負った女と盗賊風の女がルナに絡んでいた。

 

「あ、いえ別に以前のクエストの結果を疑っているというわけではないのです。ミツルギさんたちからの報告はなかったとは言え、それ以降にドラゴンの目撃報告がなくなったのは事実なので。シルバードラゴンなので恐らくは別のドラゴンなのでしょうが、最近またギルドに目撃報告がありまして。以前にも討伐クエストを受けたミツルギさんたちのパーティーに確認をお願い出来ないかという話です」

「う……でも、今はキョウヤとは別行動だし、二人でドラゴンにあう可能性があるとか……」

「……あの時も私達何もしてないしね」

 

 

 

 

「ねぇ、ダスト。あの話って……」

「分かってる。ちょっと行ってくる」

 

 リーンをその場に残して俺はルナのところに行く。

 

「おい、ルナ。そのクエスト俺が受けるが問題ねぇよな?」

「はぁ、まぁ確認さえしてきてくれるなら誰でも問題無いですよ。…………ただ、確認クエストなので報酬はそこまで高くないのですが大丈夫ですか?」

「それでも一撃熊の討伐クエストくらいの報酬はあんだろ。十分だ」

 

 まぁ、ドラゴンに会う可能性を考えれば危険に見合った報酬じゃないのは確かだが。いないってのを確認するだけでも報酬がもらえる確認クエストじゃそれも仕方ない。

 

「確かにミツルギさんたちが受けられないのでしたらダストさんたちが適任かもしれませんね。(……ですがいいんですか? ドラゴン関係のクエストとなるとあなたを探している人たちの目に触れられる可能性がありますが)」

「(まぁ、大丈夫じゃねーの? そこまであの国も魔王軍も暇じゃねーよ)」

 

 小声で聞いてくるルナに俺も小声で返す。

 

「(てーか、そういや思い出した。お前ロリっ子共に俺の正体ばらしやがっただろ?)」

「(? 何の話ですか?)」

 

 本当に何の話かわからないのか首を傾げるルナ。…………くそっ、可愛くとぼけたふりしても許さねーぞ。

 

「(あ……もしかして、金髪で凄腕の冒険者としてダストさんを紹介した件ですか? でもあれはギルドとの契約は関係ないのでは……)」

 

 …………マジでルナのやつ気付かず紹介したのかよ。いやまぁ、俺がギルドとの契約をした時、こいつはまだ受付嬢見習いだったし詳しいこと知らなくても仕方ないんだろうけど。

 

「まぁ、いいか。とにかく問題ねーならそのクエスト俺とゆんゆんで受けるわ」

 

 終わったことを今更あーだこーだ言っても仕方ない。反応見る限りどっかの爆裂娘やらパンツ取られ盗賊には俺の正体がバレちまってるみたいだが、あいつらは言いふらすタイプでもないだろう。今はそれよりもドラゴンだ。

 

「ちょ、ちょっと、いきなり出てきて何言ってんのよ!」

 

 ルナと話がまとまったと思ったら、槍を背負った女がそう文句を言ってくる。

 

「お前らが受けるかどうかを悩んでるから俺が受けるって言ってるだけだろうが。それともお前らが受けるのか? それならそれで別にいいぞ」

 

 こいつらが行く前にこっそり先に探しに行くだけだし。

 

「………………こ、今回は忙しいからそのクエスト譲るわ」

「キ、キョウヤのレベルに追いつくまでモンスター狩りで手一杯だものね」

 

 こいつらホント魔剣のいけすかねぇ兄ちゃんいねぇと何も出来ねぇんだな。まぁ、ドラゴン関係のクエストなんて冒険者の中でもトップクラスの奴らじゃなきゃ受けるだけ無謀だし妥当な判断なんだが。

 

「てわけだ、ルナ。そのクエストは俺とゆんゆんで受ける」

「了解です。冒険者パーティー『レッドアイズ』のクエスト受注処理完了しました。ご武運をお祈りします」

 

 ……いつのまにそれ俺らの正式名称になったんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

――ゆんゆん視点――

 

 

「それでいきなり呼び出されたわけですか…………明日じゃダメだったんですか?」

 

 アクセルの街の近くにある山脈の奥深く。周りを警戒しながら私はダストさんにそう聞く。

 

「そんなに警戒して歩かなくてもいいぞ。得意じゃねーが今日は俺がちゃんとやってやる。ジハードと俺がやりゃ十分だからよ」

「…………またなにか悪いものを食べましたかダストさん」

「その反応はもう良いって言ってんだろうが! ……ったく、お前の言う通り明日でも良かったんだが、ちょっと俺的に急ぎたくてよ。だから少しだけ悪いと思ってんだよ」

 

 …………ダストさんがそんな気遣いをしてるなんて明日は槍でも降るんじゃないだろうか。やっぱり悪いものでも食べたのかもしれない。もしくは……。

 

「急ぎたいって何か理由があるんですか?」

「…………別にそういうわけでもねーよ。ただの気まぐれだ」

 

 そう言ってるけど、今のダストさんは妙に焦ってる気がする。なんだか話をしてても心ここにあらずというか…………言うなれば、そう、変な顔をしている。

 

(こうして真面目な顔をしているとなんかかっこいいというか品があるような感じだけど…………ダストさんがそんな顔してるとすごく変)

 

 私の知らない人が隣りにいるような気がしてすごく落ち着かなくなる。

 

「けどみたらしさんたちって凄いですね。エンシェントドラゴンって凄い強そうなのに討伐したとか」

 

 落ち着かない気持ちを誤魔化すように私はさっきの話の中で気になった事を質問する。

 

「ちゃんと報告してねーみたいだし、多分エンシェントドラゴンを倒してなんかいねーよ。ドラゴンを倒したって言うのは多分本当だろうけど」

「つまり、ドラゴンを倒したけど、それはエンシェントドラゴンじゃなかったってことですか? どうしてそう思うんですか?」

「エンシェントドラゴンっていったら上位ドラゴンの中でも最上位に位置するドラゴンだ。種族ではなく途方もない時間を過ごしたドラゴンに与えられる称号みたいないもんなんだが、その大きさは王城と比べてもまだ大きいほどだって言われているし、本気のブレスは爆裂魔法にも匹敵するとか言われてる。……そんなやつが駆け出しの街のすぐ近くにいるとも思えないし、あの魔剣がどんなに凄くとも一人で勝てるような相手じゃねーよ」

 

 王城よりも大きい相手と一人で剣で戦うとかたしかに無理ですね。

 

「それで報告してないのも考えれば勘違いだったと思うわけですね」

 

 ギルドの人が冒険者カードを見ればどんなモンスターを倒したかはっきり分かるから。

 

「でも、ちゃんと報告しなくてもいいものなんですか? 普通討伐クエスト受けたらちゃんと報告しないと失敗扱いでペナルティもらったりしますよね」

「ドラゴン討伐クエストには報告義務はねぇよ。失敗する可能性が高いクエストだしペナルティもない。というより失敗したら帰ってこれない可能性が高いクエストだからな」

「…………やっぱりドラゴンって生き物としての格が違うんですね」

 

 この間苦労して倒したグリフォンだってそんな特例措置はない。それだけドラゴンという存在が特別ということなんだろう。

 

「まぁ、最強の生物だからな。そりゃ個体差はあるだろうが種族としてみれば最強の生き物なのは間違いねぇよ」

 

 隣を飛んでるハーちゃんもいつかはそんな存在になるのかな。

 

「ところで目撃されたって話のドラゴンはシルバードラゴンなんですよね? どんなドラゴンなんですか?」

「どんなドラゴンって言われてもな…………取り敢えず言えんのはシルバードラゴンはすごい綺麗なドラゴンだってことだな」

「綺麗…………ダストさんにそんな風に思う感情があっただなんて意外ですね」

「なんとでも言え。あいつを前にしたら誰だってそういう感想を思い浮かべるに決まってんだよ」

 

 …………あいつ、ねぇ。

 まぁ、ダストさんのドラゴンバカは分かりきってることだし、それに限って言えば綺麗とかいう感想を持つのも不思議ではないんだけど。

 

「それと、シルバードラゴンもブラックドラゴンやホワイトドラゴンほどじゃないにしても珍しいドラゴンだな。希少さだけなら黄金竜と同じくらいだ」

 

 黄金竜ってめぐみんたちがエルロードで倒したっていう、凄い買取価格がつくっていう? 素材としてはまた違うんだろうけど、そんな希少なドラゴンよりもハーちゃんは珍しいドラゴンなんだ。………………本当に何でこの人はそんなドラゴンの卵を私に無償でくれたんだろう。

 

「ま、希少さなんてどうでもいいさ。どんなドラゴンでもドラゴンってだけで十分過ぎる価値があんだからよ」

 

 …………この人は本当にドラゴン好きというか、ドラゴンのことになると別人みたいにまともになる。

 いつも今みたいなことを言っていたらこの人の評価ももっと違うものになっているだろうに。

 

 

「それにドラゴンは竜種よりも生きた年月のほうが重要だ。上級の竜種でも100年も生きてない下位種じゃ上位種の亜竜には勝てない。……まぁ、あのクーロンズヒュドラですら中位種のドラゴンだし、今じゃ机上の空論なんだけどな」

 

 クーロンズヒュドラでも中位種なんだ。

 

「ダストさんは……」

 

 どうしてそんなにドラゴンのことを詳しいんですか、と。そう聞きたい気持ちがある。認めたくないけれど、この人のドラゴンの知識に助けられたことは多いから、その根源がどこから来たのか聞いてみたい。

 

「? どうしたよ、言いにくそうな顔しやがって。いつもみたいに毒舌混じりで遠慮なく聞きたいこと聞けよ」

 

 でも、今の私はそれを聞くことが出来ない。いつも適当なことしか言っていないこの人はドラゴンのことに関してだけはどこまでも真摯だから。私が持っている興味という理由じゃ、それに応えられないから。

 

「…………ダストさんは、今から確認しようとしてるドラゴンに心あたりがあるんじゃないですか?」

 

 だから、私はそれだけを聞いた。興味ではなく既に私が確信を持っていることで、ダストさんもまた気づかれているだろうと思っていることを。

 

「…………ああ。ここにいるのはシルバードラゴンのミネアって名前の中位ドラゴンだ」

「……どういう関係か聞いたら教えてくれますか?」

「…………俺の友達だよ」

「そうですか。それじゃ早く見つけてあげないといけないですね」

 

 もっといろいろ聞きたいという気持ちがある。でも同時にそれ以上のことを聞くのが怖いという気持ちもあった。

 真摯さに応えられないという理由とは別にある私の感情。それはなんだか不安という感情に似ている気がして…………私はそれ以上踏み込まないということで自分を納得させた。

 

(そういえば『ミネア』って、ダストさんがうなされていた時に言ってた名前だよね)

 

 それも合わせて考えればダストさんの言葉に誤魔化しや嘘はない。今は取り敢えずそれだけでいい気がした。

 

 

 

 

 

『グォォォオオオ』

 

 低く唸るような鳴き声。声のした方向を注視してみればくすんだ銀のウロコを持ったドラゴンが岩陰から顔を出している。

 

「ミネア!」

 

 その姿を見たダストさんは一直線に走りだしてドラゴンのもとに行く。

 

「ハーちゃん、私達も行こう?」

 

 遅れて私とハーちゃんもダストさんの後を追う。

 

「良かった、無事だったんだな!…………って、こら、人の顔を舐めるな!」

 

 ダストさんは文句を言いながらも嬉しそうにドラゴンの大きな頭を撫でている。

 ミネアと呼ばれたドラゴンもまた気持ちよさそうにダストさんの撫でる手に任せていた。

 

(……ハーちゃんに向けてる笑顔と一緒)

 

 ダストさんらしくない普通の青少年みたいな笑顔。それはきっとドラゴンだけに向けられるもの。……私が知ってて、そしてほんとうの意味では知らない顔。

 その顔を私はハーちゃんと一緒にダストさんが撫で終えるまで眺めていた。

 

 

 

 

「……それで? 結局ミネアさんはどうするんですか?」

 

 撫で終えた後。なんだかまだ撫でたりなそうな顔をしているダストさんに私はそう聞く。

 

「…………どうしたら良いと思う?」

「質問に質問を返さないでください」

 

 そんなこと私に聞かれても。私は確認クエストに付き合っただけですし。

 

「とりあえず、この場所にいたらまた目撃されて討伐クエストが発生しかねない。てわけでここからどっか別の所に移動させないといけないんだが……」

「アクセルの街に連れ帰る訳にはいかないんですか?」

 

 これだけダストさんに懐いてたら大丈夫な気がするんだけど。

 

「それができりゃ苦労しないというか…………こいつもお尋ね者だしなぁ」

 

 くぅぅんと鳴くミネアさん。………………大きいのに可愛い。私も後で撫でてみようかな。

 

「だったら、ひとまず紅魔の里に行きませんか? あの里ならドラゴンの一匹や二匹連れて行っても喜ばれるだけですよ?」

 

 ミネアさんがどこから追われてるかは分からないけど、あの里ならどんな勢力からも守れるはずだ。たとえベルゼルグの王様であってもあの里が望まない事を強要は出来ないんだから。

 …………私はそんな里の族長の娘。私がお父さんに頼めば、ミネアさんを匿うくらいはしてくれると思う。

 

「…………いいのか?」

「?……いいって何がですか?」

「いや……ゆんゆんがそれでいいなら助かる。一旦ルナにクエストの報告したらミネアと一緒に紅魔の里に飛ぼう」

「?……はい」

 

 …………って、あれ? 紅魔の里にミネアさんとハーちゃんとダストさんを連れて帰る?

 ……………………………………………………………ダストさんを連れて紅魔の里に帰る?

 

「あれ!? なんかこの後の展開が読めたんですけど!?」

 

 今更撤回するわけにもいかず気づくのが遅い私だった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13話:ろくでなしでドラゴンバカな友達

「よくやった! ゆんゆん! 流石は私の娘だ!」

 

 紅魔の里。中央に位置する大きな家で、俺とゆんゆんは紅魔族の族長……つまりはゆんゆんの父親と相対していた。

 

「まさか2匹もドラゴンを使い魔にして帰ってくるとは…………もう世代交代しないといけないかもしれないな」

「い、いや、あのね、お父さん。使い魔なのはハーちゃん……ここにいるブラックドラゴンだけで外にいるドラゴンさんは違うから」

 

 興奮気味というか感動している親父さんにゆんゆんは宥めるようにして説明する。

 

 ゆんゆんの説明通り、ミネアは庭で俺達の話が終わるのを待っている。夜だというのに子どもやら大人が、狭そうにして庭に収まるミネアの姿を遠巻きに見て興奮していた。

 ……ガキどもが近づいてきてミネアの綺麗な体に触れないだろうな。今のところ大人たちが危ないと止めているが、その大人たちもどこか触れたそうな雰囲気出してるから不安だ。

 

 …………別に触れてもミネアが嫌じゃないなら問題ないんだけどな。俺でさえまだ満足にミネアと触れ合ってないのに羨ましいって気持ちさえ無視できれば。

 

「なんだ、そうなのか。だが、魔法使いが使い魔を持つ事が廃れた今、ドラゴンを使い魔にするとなれば偉業と言ってもいい。この里のアンケートでも使い魔にしたい生き物ランキング不動の1位はドラゴンだからな」

 

 通りで外にいる奴らが興味津々なわけだ。紅魔の里……頭のおかしい集団だと聞いていたが、なかなかどうして話がわかる奴らだな。少しだけならミネアに触っても良いかもしれない。

 

「それに、まさかこの方を伴侶として連れてくるとは思ってもいなかったが…………」

「ダストさんが伴侶とかありえないから!…………って、あれ? お父さん、ダストさんのこと知ってるの?」

「ダスト? 何を言っているんだ、この方は――」

「――おおっと、俺としたことが名乗りが遅れたぜ! 俺の名はダスト! アクセルの街を牛耳ってる冒険者だ。巷じゃチンピラのダストだのろくでなしのダストだの言われてるがよろしく頼むぜ」

 

 話がまずい所へと向かっていることに気づいた俺は慌てて名乗りを上げて親子の会話に割り入る。

 …………ミネアのこと考えてたら反応が遅れちまった。この親父さんと会ったらこういう展開になることは分かっていたはずなのに。 

 

「きゃっ……もう、ダストさんいきなり叫ばないでくださいよ。夜ですし近所迷惑ですよ」

「…………ふむ、ダストさんか。どうやら私の勘違いのようだ」

 

 いきなりの声にゆんゆんはいつもの迷惑そうな顔を俺に向け、族長は少しだけ意外そうな顔をして頷いた。

 なんとか誤魔化せたというか、族長には俺の意図が伝わったか。……別にゆんゆんにならバレても問題ないっちゃ問題ないんだが隠せるのなら隠しておきたい。もしバレたらゆんゆんが落ち込むのは目に見えてるし、落ち込んでるゆんゆんの面倒臭さは半端ないし。

 

「そうだよ、ダストさんはただのチンピラなんだから『方』なんて呼ばれる人じゃないよ」

「おい、こらぼっち娘。人をただのチンピラ呼ばわりしやがるんじゃねーよ。自分で言うのはいいがお前みたいな凶暴ぼっちに言われるとムカつくぞ」

 

 こっちが珍しく気遣ってやっているのにそれとか。

 

「あ、すみません。ダストさんはすごいチンピラでしたね。流石自覚のあるチンピラは格が違いますね」

「最近はちょっとおとなしいと思ってたがやっぱり毒舌クソガキじゃねーか! 表出ろ!」

「それはこっちの台詞です! 最近はちょっとだけまともなんじゃないかなって勘違いしてましたけどやっぱりダストさんはろくでなしのチンピラです!」

 

 二人して立ち上がり決着をつけようとミネアの待つ庭へと向かう。

 

「……きみたち仲いいね。お父さん置いてけぼりで寂しいんだけど」

「「仲良くなんてない! 勘違いしないで(くれ)!」」

 

 掛けられた言葉に俺達は揃って否定の声を上げ、

 

「…………やっぱり仲いいじゃないか」

 

 そんな俺達を見て族長は寂しそうにため息を付いた。

 

 

 

 

 

 

「族長、ゆんゆんは眠ったのか?」

 

 喧嘩して決着を付けた(今回は惜しくも俺が負けた)後。ゆんゆんは疲れが出たのか眠そうにうとうとしていた。それを見た族長は容赦なく『スリープ』をかけてゆんゆんを部屋へと連れて行った。…………ジハードも一緒について行っちまったのが少しだけ寂しい。

 

「ええ、よく眠っていますよ」

「そうか…………悪いな。親子でもっと話したかっただろうに」

「いえいえ、あの子が元気そうにしてる様子がみれただけで十分ですよ。それに今は妻があの子についています。あれもあの子と触れ合う時間が必要でしょう」

「ゆんゆんのお袋さん……いたのか。全然出てこないから父子家庭なのかと思ってた」

 

 もしかして俺が気に入らないから出てきてないとかそういうことだろうか。

 

「妻は極度の男性恐怖症でして……知らない男の人がくるといつもこんな感じなのです。それ以外は普通の紅魔族なのですが」

 

 男性恐怖症で普通の紅魔族。なんてーかゆんゆんを数倍面倒くさくした人っぽいな。

 

「というか、族長はよくそんな人と結婚できたな」

 

 攻略難易度やばいだろ。

 

「苦労はしましたが……惚れた弱みというものですよ」

 

 はっはっはと笑う族長は本当に幸せそうだ。

 …………羨ましいな。紅魔族同士なら価値観が違って大変なんてこともねーだろうし。ゆんゆんの母親だ、それはもう美人さんなんだろう。

 

「けど、ゆんゆんのやつ、あれくらいの喧嘩で疲れるとは思えないんだが、なんか他に疲れることしてたかね」

 

 ミネア探しに行く時に警戒して歩いてはいたけど、冒険者じゃそれくらい慣れっこのはずだし。むしろぼっち冒険になれてるあいつにしたら軽いもんだろう。

 

「テレポートは魔力と質量と魔法抵抗力でその負担が決まります。魔力の塊であるドラゴンを2匹も……そのうちの一匹は中位種のドラゴンをテレポートさせたんです。さすがのあの子も限界に近かったというか…………よく成功させたものです。私が思っている以上にあの子は成長しているようだ」

「あー……テレポートってそういうもんなのか。定員が4人で魔力消費が結構大きいってことくらいしか知らなかったわ」

 

 考えてみれば分かることではあるが。何でもかんでも飛ばせるならテレポート最強すぎるし、魔法抵抗力を高めればテレポートで飛ばされるのに対抗できるってのはそのあたりで決まるんだろう。

 

「まぁ、あいつが成長してるって話は確かにそうだな。俺が初めてあいつとあった時と比べても大分強くなってるぞ」

 

 初めてあった時も孤高(笑)のアークウィザードとしてアクセルじゃ有名な実力者ではあったが、今はその頃よりも数段強い。……というよりあいつの親友を始めとして数少ない友人連中がどいつもこいつも強い奴らばっかりで、強くならざるをえないってのが本当のとこだが。

 

「それは分かりますよ。テレポートのこともそうですし、得意の得物ではないとは言えあなたを喧嘩で圧倒できるほど強いのですから」

「べ、別に圧倒なんてされてねーぞ。今日の喧嘩も紙一重の敗北だったっての」

「…………いえ、それ流石にないかと」

 

 正直な反応ありがとよ!

 

「しかし、強さもそうですが、あなたと喧嘩をしているあの子を見て少しだけ安心しました。引っ込み思案だったあの子が遠慮なしに言い合える相手はめぐみんくらいしかいませんでしたから心配してたんです」

「そうか。あれで俺以外にも言いたいことはズケズケ言うやつだから安心していいぞ。なんだかんだでアクセルの街でも友達はそれなりにいるし」

 

 その友達はどいつもこいつも問題ある気がするが。

 

「……そうですか。里でこそ認められましたがこの里以外であの子がうまくやっていけるか心配だったので、それは本当にうれしいです」

 

 穏やかな笑顔で族長。

 紅魔族ってのはおかしな感性してるって言うが、こういう所は普通の奴らと変わらないんだな。親の心ってのはどこであっても変わらないのかもしれない。

 

「これで、あなたがゆんゆんを貰ってくれれば何も心配はなくなるのですが」

「…………貰うってどういう意味だ?」

「もちろん結婚していただけないかと、そういう意味ですが」

 

 …………直球だなぁ。からかわれるくらいなら覚悟してたが、ここまで真剣に言われるとちょっとだけ驚く。族長とは初対面ではないとは言え、前に一度会っただけだ。ゆんゆんがはっきりと否定してるのにそう言われるとは思っていなかった。

 

「悪いが年が離れてて守備範囲外だ。……それにいいのかよ? 族長の娘にこんな得体のしれないチンピラを薦めて」

 

 ゆんゆんは一応族長の娘で本人も族長になることを望んでる。その夫になる男となればいくら変人の里と言っても得体のしれない男はまずいだろう。ゆんゆん自身がそれを望んでいるのなら話は少し変わってくるが。

 

「むしろあなたの才能と実績を考えれば紅魔の族長という地位は釣り合わないと思いますよ。自慢の娘ですが、族長の地位と合わせたとしても今はまだあなたに釣り合うほどではないでしょう」

「言ったろ? 今の俺はアクセルの街のただのチンピラだっての。…………ゆんゆんは俺なんかじゃ釣り合わないいい女だ。年が離れてなきゃとっくの昔に手を出してる」

 

 そして間違いなく撃退されてる。あいつ嫌なことははっきり嫌だって言うタイプだし。

 

「そうですか…………あの子はあなたにそれほど評価されるほどの女性になりましたか。では、あの子が大きくなれば貰ってくれる可能性があるということですね?」

「ねーな。4歳下とか一生守備範囲外。なので諦めろ。…………つーか、この話マジでやめよーぜ? 俺もゆんゆんもそんなつもりは全然ねーからよ」

 

 あくまであいつは俺に取っちゃセクハラ対象だし、恋愛対象とかそういう風に見るつもりは全然ない。ゆんゆんに至ってはジハードのことがなければ今すぐ縁を切りたいくらいだろう。未だに俺のこと知り合いだって言い張ってるし。

 

「ふーむ…………そうなると、何の話をしましょうか。あの子の最近の様子を聞いても良いのですが、それはあの子本人から聞きたいことですし」

「俺としちゃ族長と奥さんの夫婦の営みの話とかドラゴンの話とかしたいんだが」

「前者は流石にお断りします。後者はあなたにいろいろドラゴンのことを教えてもらえるならありですが…………今回は、私とあなたが初めて会った時の話をしませんか?」

 

 …………ま、そんな流れになる気はしてたけどよ。

 

「もう何年前になるんだっけか。あの国で俺が死にかけてたのを族長が率いる紅魔族が俺を助けてくれたんだったな。…………あの時は世話になった。感謝する」

「ピンチに現れるのは紅魔族の特権ですから礼なんていりませんよ。それにあなたが時間を稼いでくれたから私達も間に合ったのです。だからお互い様というものでしょう」

「…………まぁ、あんな国でも魔王軍に落とされればこの国も厳しくなるからな。そういう意味じゃ礼はいらないんだろうが…………やっぱり礼くらいはさせてくれ。ミネアを始めとして、あの国で俺が守りたいものを守れたのはあんたらのおかげだ」

 

 ミネアや俺に良くしてくれた町の人達、ついでにあいつ。糞ったれな貴族共はどうでもいいというかむしろ死んでくれだが、たとえ自分が死んでも守りたいものが守れたのは紅魔族のおかげだった。

 

「そうですか、では素直に感謝を受け取りましょう。…………ところで、気になるのですが、どうしてあなたは今『ダスト』さんをやっているんですか?」

「……何でって聞かれると面倒だな。一から話すと長いんだが…………聞きたいか?」

「ええ、是非とも」

 

 ……別に面白い話じゃないんだがな。

 

「ま、ミネアのこと頼むわけだし事情知ってた方がいいか。あれは俺が族長たちと初めてであってから一月くらいしてからのことだったか――」

 

 

 

 

「――なるほど。そういうことがあったのですか。苦労されたようだ」

 

 一通りの話が済んで。族長は労るように俺にそう言ってくれる。

 

「ま、あの頃は何度死のうかと……何度復讐してやろうかと思ったもんだが今はわりと楽しくやってるよ」

 

 この楽しい今が終わってしまうのが怖くなってしまうくらいには……な。

 

 

 

 

 

「……っと、そうだ。族長。ブラシとタオルかしてくれねぇか?」

 

 話も一段落したことだし、俺はやりたいことをやらせてもらおう。

 

「いいですが……寝ないのですか? もう良い時間だと思うのですが」

「眠いけどその前にミネアの体を綺麗にしてやんねーと。あいつのせっかく綺麗な鱗がくすんじまってるから」

 

 磨いてやらないと気になって眠れやしねー。

 

「…………やはりあなたはいい男だ。娘は何が不満なのか」

「俺が言うのも何だが……多分ドラゴン関係以外はただのチンピラなところじゃねぇかな」

 

 本当自分で言うのもなんだけど。

 

「…………真顔で言われると心配になるんですが……冗談ですよね? 娘任せて大丈夫ですよね?」

「冗談じゃねーが大丈夫だ。ゆんゆんは俺の親友だからしっかりと利y……もとい面倒見てやるから」

「頼みますよ!? 『利y』とか聞こえなかったことにしますからホント頼みますよ!?」

 

 放任主義だか過保護だかよく分からないゆんゆんの親父さんだった。

 

 

 

 

――ゆんゆん視点――

 

 

「お父さんおはよう」

 

 台所でお母さんが料理してる懐かしい雰囲気を感じながら。私は居間で読書をしているお父さんに挨拶をする。

 …………読んでる本のタイトルに『紅魔族英雄伝 第二章』とか書かれてる気がするのは私の見間違いだろうか。…………見間違いにしとこう。

 

「おはよう、ゆんゆん。よく眠れたか?」

「うん。……私、いつの間に寝たんだっけ?」

 

 疲れてたのかな? ダストさんといつもどおり喧嘩したのまでは覚えてるけどその後の記憶はあやふやだ。

 

「うとうとしていたから仕方ないだろう。ちゃんと私が(スリープで)寝かせつかせたから安心しなさい」

「うん。なんだか聞き逃せないこと言った気がするけどありがとう」

 

 まぁ、別に無理やり眠らされるくらいはいいんだけどね。……夜中に目が覚めたらお母さんが隣で寝てたのにはびっくりしたけど。

 

「そういえばダストさんはどこで寝たの?」

「…………結局、夜通しだったみたいだね。明け方近くまで音が聞こえてたから」

「? 何の話?」

「庭に出れば分かるだろう。…………ただ、静かにね」

 

 庭って何の話だろうと思いながら玄関を出る。そうしたらお父さんの言ってた意味はすぐに分かった。

 

「……ダストさん、ずっとミネアさんの体を綺麗にしてたんだ」

 

 ミネアさんのくすんでいたはずの鱗が朝陽に照らされ白く輝いている。そしてダストさんはと言えばミネアさんに体を預けて幸せそうに寝ていた。

 

「くすっ……ダストさんでも寝顔は可愛いんですね……えいえい」

 

 思わずぷにぷにとほっぺたを突っついてしまう。

 

「おいこら、ゆんゆん……」

「っ! だ、ダストさん起きて――」

 

 いきなりの声に突っついてた指を後ろに隠す。

 

「――ダチは選んだほうがいいぞ……むにゃむにゃ」

「って、寝言ですか。驚かせないでくださいよもう……」

 

 驚かされた腹いせに少しだけ強くほっぺたを突っつく。なんだか寝苦しそうにしてるけど気にしない。

 

「というか、どんな夢見てるんですか?」

 

 ダストさんの夢の中で私はどんな風なんだろう。さっきの寝言にどう応えただろう。ここにいる私なら……

 

「……ダストさんがその台詞を言わないでくださいって……そう言うだろうなぁ」

 

 そこまで口にして気づく。

 

「そっか……私、ダストさんのことちゃんと友達だって認めちゃってるんだ」

 

 どうしようもないろくでなしだけどドラゴンの事になると真剣になるこのチンピラ冒険者のことを私は嫌いじゃないらしい。

 

 

 

 

「ダストさん、すぐにアクセルに帰るのも味気ないんで紅魔の里を案内しましょうか?」

 

 朝食を食べ終えた後、眠そうな顔をしているダストさんに私は提案する。

 ミネアさんを預けるという話自体はもう済んでるから、今すぐアクセルに帰っても問題はないんだけど。ハーちゃんの卵を貰ってからだと里帰りするのは初めてだし。久しぶりに里の雰囲気を味わってからアクセルに戻りたい気がする。

 友達に里を案内するというのは私の夢の一つだったし、一応友達だと認めてしまったことだしダストさんを案内するのも悪くない気がする。リーンさんを里に呼んで案内する時の予行演習にもなるし。

 

「あん? 俺はこの後見た目だけは綺麗なのが多い紅魔族をナンパしまくる予定なんだが……」

「……紅魔の里でナンパとかただの自殺行為ですよ?」

 

 流石に命までは取られないと思うけど…………。

 

「……ま、親友がせっかく故郷を案内してくれるっていうんだ。好意に甘えるとするか」

「日和りましたね。……一応言っときますけど、ダストさんは親友じゃありませんよ、ただの友達です」

「はいはい、いつもの返しありがとよ。いい加減認めてもいい…………って、ん?…………友達?」

 

 骨が喉に詰まったような顔してるダストさんを横目にしながら、私はお父さんに話しかける。

 

「というわけでお父さん。これからちょっとダストさんと里を歩いて回ってきます」

「デートするのはいいがあまり遅くなり過ぎないようにな。子作りは結婚してからだぞ」

「デートじゃ…………って、いきなり何を言ってるの!?」

 

 デートってくらいはからかわれるの予想してたけど、子作りとか直球過ぎてドン引きなんだけど。

 

「族長、年上としてクソガキとデートするくらいはいいが流石にエロいことするとなると俺にも選ぶ権利があるぞ」

「ダストさんも大概失礼ですね! というかダストさんに選ぶ権利とかないですから!」

 

 アクセルの街でナンパ振られ記録更新中のダストさんに選ぶ権利とか本気でないと思う。

 

「そうか……じゃあ、デートだけなら夜までには帰ってくるな。夕飯は準備しておこう」

「おう、明日には帰る予定だから夕飯は豪華に頼むぜ」

「……厚かましいにもほどがありますからねダストさん」

 

 はぁと私は大きなため息を付いた。

 

 

 

 

 

「おや、ゆんゆんじゃないか。ドラゴンの子と年上の男を引き連れて歩くとは出世したものだね」

 

 ダストさんとハーちゃんに紅魔の里を案内していたら懐かしい声がかけられる。

 

「あるえ! 久しぶり」

 

 めぐみんと同じ眼帯をした元クラスメイト。私の中の紅魔族のイメージそのままの少女、あるえ。

 私の数少ない友達と言える少女の声に私は喜びながら応えた。

 

「ああ、久し振りだね。……それにしてもゆんゆんがドラゴンを使い魔にして男と一緒に帰ってきたと聞いた時は半信半疑だったけど、本当だったとはね」

「なんか勘違いしてる気もするけど…………説明するのもめんどくさいからもういいかな」

 

 ドラゴンを使い魔にして一応男であるダストさんと一緒に帰ってきたのは本当だし。こうなることは昨日の時点で分かってたことでもあるし。

 あるえ以外にもこんな感じで何人に話しかけられたことか。…………まぁ、内容はともかくたくさんの里の人に話しかけてもらったのは割りと嬉しいんだけど。

 

「おい、ゆんゆん。この痛い眼帯してる胸の大きい子を紹介してくれ」

「……私の同級生ですよ?」

「なんだ守備範囲外のガキか。…………でも、この胸の大きさは…………うーむ」

 

 なんか悩んでるダストさんはとりあえず無視することにする。

 

「あるえは最近どうしてるの?」

「別に以前と変わらないよ。ああ、でもこの間書き上げた『紅魔族英雄伝 第六章』は最高傑作だった」

 

 ……うん。あるえはほんとに相変わらずらしい。

 

「そういえば、ふにふらさんとどどんこさんどこにいるか知らない? 結構歩いて回ってるけど会えてないんだ」

 

 この街で数少ないあるえ以外の友達の二人。前に里帰りした時はすぐに会えたんだけど、今回は探しても探しても見当たらない。

 

「ああ……ふにふらとどどんこか…………」

 

 何故か沈痛な面持ちをするあるえ。と言っても紅魔族のお約束みたいなものなので心配は特にしない。

 

「どどんこなら自分探しの旅に出たよ」

「……そ、そうなんだ」

 

 …………アイデンティティがないの気にしてたからなぁ。

 

「そしてふにふらは弟と駆け落ちしていなくなった」

「……………………」

 

 わりと本当に重かった!?

 

 

 

 

 

「――と、一応これで里は一回り出来ましたかね」

 

 あるえと別れた後も里の案内を続け、今はもう夕暮れだ。

 

「どうですかダストさん? 紅魔の里の感想は」

「ま、ほんと変な里だな」

「否定はしません」

 

 私も変だと思ってますし。

 

「……でも、良い里だ。人は多くねーが活気に溢れてる。きっとここで暮らせば楽しいだろうな」

「……はい。私もそう思います」

 

 昔の私ならともかく、今の私ならそう自信持って言える。この里は良い里だ。この里の長になりたいという思いは以前よりも強い。

 

「そうだ、この里を案内してもらったお礼だ。俺も一つゆんゆんを案内してやるよ」

「はい? 案内ってどこにですか? 今から遠くには行けませんよ?」

 

 夕飯の時間も近い。今から行けるところとなるとオークの集落くらいなんだけど…………流石のダストさんといえどそんな自殺志願者みたいなことはしないよね。

 

「そんなに時間はかからねーよ。むしろ一瞬で行ける所だ」

「一瞬? ダストさんは戦士ですからテレポートとか使えないはずですし一瞬で行ける所って……?」

 

 何かのなぞなぞだろうか。

 

「ばーか、何を考え込んでんだよ。俺らがここに来た理由思い出せばすぐに分かるだろ」

「むぅ……分からないから考えてるんじゃないですか。ダストさん意地悪です」

 

 今更なことだけど、この人は本当に性格がねじ曲がっている。

 

「これくらいのことでむくれてんじゃねーよ。せっかくとっておきの場所案内してやろうってんだからよ」

「…………結局その場所ってどこなんですか?」

 

 ジト目で睨む私の何が面白いのか、一通り大笑いしたダストさんは、人差し指を上に向ける。

 

「…………上?」

「そうだ…………空の上にお前を案内してやるよ」

 

 

 

 

 

「ふわぁ……空を飛ぶってこんなに気持ちよくて…………こんなに綺麗な景色が見れるんですね!」

 

 ミネアさんの大きな頭に乗って私はダストさんと夕日の浮かぶ空を飛んでいた。ハーちゃんはそんな私たちの横を一生懸命な様子で飛んでいる。

 

「最高だろ! 空の上は!」

「はい! こんなに気持ちいいのは、こんなに開放感があるのは生まれてから一番かもしれません!」

 

 そう思えるくらいに空は広くて……そこを飛ぶという開放感は今まで感じたことがないほど素晴らしい。

 この景色と空をつかむ感触を前にしたらちっぽけな悩みなんてすぐになくなりそうだ。

 

「おし! じゃあ、少しだけ速く飛ぶからな! しっかり捕まっとけよ!」

 

 ダストさんがミネアさんの角を掴んでいるため、私は飛ばされないようにダストさんの体にしがみつく。

 

(……他に掴まるところないんだから仕方ないよね)

 

 ダストさんの意外と鍛えられた体と体温の暖かさを感じながら私はそう思う。

 

「……よかった、ダストさんを友達だって認めて」

 

 認めてなければきっと私は下りた後に微妙な気持ちになってたと思うから。

 …………友達だって認めたから私は今素直にこの光景を楽しめる。

 

「なにか言ったか!?」

 

 風の音で聞こえなかったのかダストさんはそう叫ぶ。

 

「なんでもありません! それよりもっと速く飛べないですか!?」

「おう! 度胸あるじゃねーか! ミネア! 全速力だ! 派手に飛ばせ!」

 

『グォオオオオオ!』

 

 加速する速度に吹き飛ばされないよう私は友達の背に強く抱きついた。

 

 

 

 

 

――ダスト視点――

 

「族長。わりぃがミネアのことよろしく頼むぜ。まぁこの里とドラゴンを相手にちょっかい出してくる馬鹿はいねーと思うが」

 

 翌日。アクセルへと帰る時間。ミネアの頭を撫でながら俺はゆんゆんの親父さんにそう頼む。

 

「分かっていますよ。魔王軍だろうがどこかの国の正規軍だろうがミネアさんは守ります。なんてったってドラゴンはロマンですからね」

 

 やはりこの里の人間は分かってやがる。

 

「それじゃ、お父さん。私もアクセルの街に行きますね。……ほら、ハーちゃんも挨拶して」

 

 ゆんゆんの挨拶の後にジハードもぴぎゃあと鳴く。

 

「ゆんゆん、いつでも帰って来なさい。お前が望むならいつでも私は族長の座を渡そう。今のお前なら里の皆も認める」

「ううん、お父さん。私はまだまだだって思う。何か、誇れることを成し遂げたら……その時こそ私は胸を張って帰ってくるよ。…………里帰りはテレポートも覚えたしちょくちょくすると思うけど」

「そうか……なら私はその時を楽しみに待っていよう」

 

 族長はゆんゆんの言葉には嬉しそうに笑い、そして俺の方を向く。

 

「ダストさん、ミネアさんの力が必要になった時はすぐに言ってください。…………娘を頼みます」

 

 俺は頷き――

 

「『テレポート』!」

 

 ――ゆんゆんの魔法で紅魔の里をあとにした。

 

 

 

 

「ふぅ……帰ってきたな」

 

 アクセルの街。平和そうな町並みを前に俺はそう口にする。

 一日二日空けただけだってのに随分と久しぶりな気がするのはなんでなんだろうな。

 

「うーん……何ででしょう。私も帰ってきたって気がします。紅魔の里でも帰ってこっちにきても帰って……なんだか不思議な気分です」

 

 ゆんゆんも俺と同じような気持ちなんだろうか。安堵の表情の中に疑問の色を乗せて待ち行く人を見ていた。

 

「お前は紅魔の里の人間でもあって同時にアクセルの街の住人でもあるってだけだろ。1年以上この街に住んでたら染まって当然だ」

 

 俺と知り合ってからだけでもう1年以上。その前からこいつはこの街に住んでいたことだし下手すれば2年近くこの街にいるはずだ。

 ぼっちで引っ込み思案なこいつが友達だといえるやつがそれなりに出来る位の時間は過ぎた。…………2年近く経ってるのにこの街で出来た友達が下手すれば一桁しかいないってのは置いといて。

 

「そうですね…………確かにここはもう私の第二の故郷です」

「おう。俺にとってもここは第二の故郷だ」

 

 第一の故郷に戻れないのを考えればある意味ここが唯一無二の故郷だって言っていい。

 …………駆け出しの街が自分のホームになるとか、昔の俺に言っても信じねーだろうなぁ。

 

「……って、あれ? ダストさんってアクセル出身じゃないんですか? それじゃあもとはどこに――」

「――あ、いたいた。ラ……じゃなくて、ダストだったよね。探したよ。一体どこに行ってたのさ」

 

 ゆんゆんが何かを聞こうとするのに被せられるようにして、なんかまな板っぽい声がかけられる。

 

「あん? なんだよパンツ剥かれ盗賊じゃねーか。俺になんか用か?」

「その呼び方はやめてって言わなかったかな!? えっと……この街じゃダストくらいにしか頼めないことがあってね。……てわけでゆんゆん、悪いけどダストを借りてくよ」

 

 そう言ってパンツ剥かれ盗賊こと、別名まな板のクリスは俺の服を引っ張って歩いて行く。

 

「おい、こらちゃんと歩くから引っ張るな! わりぃ、ゆんゆんまたな!」

「…………あ、はい。ダストさん、また明日」

 

 クリスに連れて行かれる中、何故か寂しそうなゆんゆんの別れ際の顔が気になった。

 

 

 

 

「……で? なんだよクリス。俺に用ってのは」

 

 喫茶店にて、水を飲みながら俺はクリスにそう聞く。

 

「なんでそんなに不機嫌なのさ。……もしかしてゆんゆんとの逢引邪魔されたから怒ってんの?」

「あいつとはそんなんじゃねぇよ…………ただ、ちょっと別れ際の顔が気になってるだけだ」

 

 本当にそれだけだ。クソガキと話してるのをいきなり邪魔されて不機嫌になってるなんてことは断じてない。ないったらない。

 

「……素直じゃないなぁこのチンピラ君は」

「ない胸をさらに凹まされたくなければさっさと要件言え。カズマの女といえど容赦はしねぇぞ」

「ちゃんと胸あるから! あと助手君とはそんな関係じゃないから!」

 

 俺の見立てじゃこいつの胸ってパッドしてるんだが。本当に女性らしい膨らみあるんだろうか。後、助手君ってなんだ。カズマのことか。

 

「……こほん、それでお願いなんだけどね」

 

 叫んで周りの客に注目されたのが恥ずかしかったのか。小さく咳払いをしてクリスは続ける。

 

「これはダストというか……君の正体の方にお願いなんだけどね」

「……悪いがそういう話なら帰るぞ」

「待って! もしダストに断られたらゆんゆんに頼むことになる…………話だけでも聞いてくれないかな?」

 

 帰ろうとする俺の服を慌ててつかみ。クリスは困った表情でそうお願いしてくる。

 

「…………ちっ、まな板は性格悪い奴しかいねぇのか」

「胸の大きさは関係ないよ!? 確かにゆんゆんのことをだしにするのはちょっと卑怯かもしれないけどそれだけ切羽詰まってるんだよ!」

 

 どっちかというと切羽詰まってるのは胸がまな板な方な気がするのは気のせいだろうか。…………言ったら殺されそうなんで流石に言わないけど。

 

「へいへい、……で? 話だけは聞いてやるから話を進めろよ」

「いや、うん。こっちが頼んでる方だから仕方ないんだけど、ここまで上から目線で色々言われるのはアクアせn……アクアさん以来だなぁ」

 

 俺の態度が珍しいのか。どう反応すればいいか困ったように頬の傷跡をかいているクリス。

 …………ふーむ、やっぱり()()なのかねぇ。()()だとしたら俺はどんなに面倒でも頼みを聞かないといけないんだが。

 

「まぁ、それはいいか。えっとね、まずあたしと助手君がやってることなんだけど――」

 

 クリスは自分とカズマが世間を騒がしてる銀髪盗賊団(断じて仮面盗賊団ではない)であること。神器と呼ばれるものを集めていて、それを持っているのは大体悪徳貴族のために義賊のようなことをやっていることを説明した。

 ついでにめぐみんがその正体に気づいてよくついてくるようになったことや、めぐみんが作った銀髪盗賊団の支援組織にゆんゆんやらセシリーにイリスとかいうロリっ子が入っていることも。

 

「……それで、その銀髪だか仮面だか知らんがたった2人の盗賊団+おまけが俺に何のようなんだよ。2人でイチャイチャしながら盗賊でも義賊でもやってりゃいいじゃねーか」

 

 爆裂娘がついてくるようになったならイチャイチャすんのは難しいかもしれないが。どっちにしろ俺には何も関係ない。

 

「実はこの前、王都にいる悪徳貴族の所に神器を盗みにはいろうとしたんだけど…………なんだか銀髪盗賊団が有名になりすぎたみたいでね? あたしと助手君でも侵入できないくらい警備が厳しくって……」

「王城で大暴れしたっていう銀髪盗賊団が入れないってなると相当だな」

 

 かm……銀髪盗賊団と言えば割りと大物な賞金首だ。恐らくは捕まえて罰則を加えるというより、捕まえて国の戦力として雇用したいがための賞金なんだろうが。

 その仮m……もう仮面でいいか。仮面盗賊団が入れないとなると王城よりも厳しい警備体制ということになる。

 

「というわけでダストには警備の陽動をお願いしたいんだ」

「何がというわけだこのまな板盗賊が。そんなもん二人いるんだからどっちか片方がやればいいだろうが。もしくは爆裂娘に爆裂魔法撃ってもらえ」

 

 陽動には最適だろあの魔法。…………一人でやったら確実に捕まるけど。

 

「めぐみんの爆裂魔法は論外というか最後の手段だから置いとくとして。あたしも助手君も一人で戦うのには向いてないよ? 助手君はなんか満月の夜になると絶好調になるけど、それでもあの数相手するのは無理だと思う」

「カズマなら何とかすると思うけどなぁ…………でも、あいつは自分からそんな危険な目にあおうとする奴でもねぇか」

 

 カズマはやるときはやる男だが同時にやる気を滅多に出さない男でもある。本気を出せば歴史に名を残すようなどでかいことするんじゃねーかと思ってるんだが。

 

「…………で? そんな危険な役目を善良な一般市民である俺に頼みたいと」

「善良な一般市民がどこにいるか分からないけどとりあえずはそういうことだよ」

 

 ふーむ…………まぁ、言いたいことは分かったんだが少しだけ腑に落ちないな。

 

「…………何で俺なんだ? 囮なら下部組織に入ってるっていうゆんゆんとかイリスとかいうロリっ子に頼めばいいじゃねーか。喜んでやると思うぞ」

 

 セシリーはまぁ、あれだから頼めないってのは分かるけど。

 

「貴族の屋敷には警備の傭兵の他にドラゴンがいてね、ゆんゆんじゃちょっと相性が悪いから」

 

 魔力の塊って言われるドラゴンは魔法抵抗力が恐ろしく高い。下位ドラゴンならゆんゆんでも倒せないことはないだろうが、それはタイマンの時の話だ。周りに凄腕の傭兵が入るって言うなら確かに危険だろう。

 

「じゃあイリスってロリっ子だな。あいつならドラゴンだろうが傭兵だろうが敵じゃないだろ」

 

 持ってる剣も魔剣の兄ちゃんの魔剣に劣らない魔力持ってるし、立ち居振る舞いから相当高度な戦闘技術を叩き込まれてることが分かる。…………同時に凄腕の騎士や冒険者が持つ凄みみたいなのは感じないから実戦経験はそんなにないだろうとも思ってるが。

 

「あの子を囮として使うとか絶対にありえないから!」

「お、おう…………分かったからそんな悲壮な顔すんな」

 

 なんなんだよ。あのロリっ子に何があるってんだ。金髪碧眼だから貴族の出だってのは分かるがララティーナお嬢様に比べたら可愛いもんだろうに。

 

「とにかく、条件を考えたらダストが適任だったの。助手君もダストならまぁいいかって言ってたし」

「カズマが? あいつって俺のことそんなに信頼してたっけか」

 

 俺としては悪友だって思ってるし気の置けない仲であることも確かなんだが。……あいつもゆんゆんと同じで俺のことダチとは認めないしな。

 

「あー……うん。ある意味じゃ信頼してたよ」

「その反応はろくでもない意味の信頼っぽいな…………まぁいいけど」

 

 どうせ俺の扱いなんてどこでもそんなもんだ。

 

「……その悪徳貴族は王都にいるって言ったよな?」

「うん、そうだよ」

 

 ここまでのクリスの話をまとめて、自分にメリットがないかを考える。

 そして少し考えれば自分がどうすればいいか答えは出た。

 

「…………よし、分かった。やってやるよその陽動の役。どうせやるなら盛大にな」

 

 場所が王都であると言うなら大局的に見ればそう悪い話でもない。

 

「いいの?」

「ああ。ただ、その代わりといっちゃなんだがよ……この仕事が終わったら――」

「――駄目だよ! そういうのは『フラグ』なんだよ!」

「お、おう…………じゃあ、その話はまた終わった後にでも」

 

 フラグってなんだよと思ったがクリスの剣幕がすごいのでとりあえずそうしとく。

 

「まぁ、なんだ。クリス様には死んだ時に世話になったからな。一度くらいは手助けしてやるよ」

「え? ダスト、今なんて……」

 

 

 別れてすぐだがさっそくミネアの力を借りることになりそうだった。




ここまで友達だと認めてなかったという衝撃の事実。
まぁ、ダストだから仕方ないですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14話:この悪徳貴族に天罰を!

「よ、カズマにクリス。待たせちまったみてーだな」

 

 クリスに頼まれた日から二日後。王都の待ち合わせ場所にはコソコソとしてる悪友冒険者とまな板盗賊の姿があった。

 ベルゼルグの王都は昔ちょっと来ただけだったから少しばかり迷っちまったが、待ち合わせ時間にはギリギリ間に合った…………はずだ。

 

「遅いぞダスト。土壇場になって逃げたんじゃないかとちょうど話してた所だ」

「そうは言うがなカズマ。それだったらもう少し分かりやすい所を待ち合わせ場所にしよーぜ。お前らと違って俺は王都にそんな来てないんだからよ」

 

 路地裏の路地裏とか、王都に住んでる人間でも迷いかねない所を待ち合わせ場所にした方にも問題があるだろ。そりゃ、お尋ね者の気持ちは分かるからしょうがないのも分かってるが。

 

「だったら俺とお頭と一緒に来ればよかっただろ?」

「んなこと言われてもな…………いろいろこっちにだって準備があるんだよ」

 

 アルカンレティア経由で王都に来た二人と違い、俺はゆんゆんに送ってもらって紅魔の里経由で王都に来た。カズマの言う通り二人と一緒に来れば迷うことはなかっただろうが、その場合は自分の目的どころか、囮としての役割すら果たせないから本末転倒だ。

 

「準備? そういえばなんか金髪がいつもよりキラキラしてるような…………準備ってまさかそれのことか?」

「それも含めてではあるんだが……まぁ、気にすんな。どうせこの仕事終わったらまた脱色するしよ」

 

 というかこの金髪も紅魔の里でちょちょいと魔法でしてもらっただけだし天然ものの輝きはない。ただ、夜の暗さの中であれば本物と見分けはつかないはずだ。 

 

「貴族の屋敷に忍び込むってのにそんな目立つ髪でいいのか?…………って、ダストは陽動だからそれで良いのか」

「ま、そういうこった。カズマとクリスが目的達成するくらいまではちゃんと警備を引きつけといてやるから安心しろよ」

「本当に大丈夫か? 警備はなんか凄腕の傭兵がやってるみたいだし、貴族が飼ってるドラゴンまでいるんだぞ? 確かにダストがそれなりに腕が立つのは認めるけど、あくまでそれなりだろ?」

 

 実際いつもの俺じゃ無理だろうな。だからこそ準備が必要だったわけだし。

 

「あー、まぁ助手君。本人が大丈夫だって言ってるんだから信じてあげなよ」

「このチンピラを信じて良いのかは疑問なんだが……お頭がそう言うなら信じるか。…………ダストなら捕まってもそのうち何事もなかったように帰ってくるだろうし」

 

 おい、悪友。流石にそれは冷たすぎねーか?

 

「あはは…………ま、ダスト。こんなこと言ってるけど助手君なりに心配しての言葉だから許してやってね?」

「おう、カズマはツンデレだからな」

「仮に俺がツンデレだとしてもただの知り合いにデレる理由はないんだが」

 

 はいはいツンデレツンデレ。…………カズマの顔が完全に何言ってんだこいつ状態の真顔なのは気にしない。

 

 

「んで? 揃ったことだしそろそろ行くのか?」

 

 既に街は寝静まっている時間だ。警備しているのが凄腕の傭兵であるというなら、これ以上タイミングを遅くしても難易度は変わらないだろう。

 

「あー……俺たちもダストが来たらそのまま行くつもりだったんだがな。まぁ、そろそろ帰ってくるだろうからもう少し待っててくれ」

「あん? 帰ってくるって誰がだよ。カズマにクリスがいるし、俺が来たんだから全員揃ったんじゃねーのか?」

 

 俺以外にも誰か助っ人頼んでんのか?

 

 

 

「ふふっ……助っ人の分際で私を置いていこうとはいい度胸ではないですか」

 

 そんな俺の疑問に答えるようにして頭上から掛けられる声。そういえばそんなことをクリスが言っていたなと思いながら、俺は声の持ち主に当たりをつけながら上を向く。

 

「――真打ち、登場」

 

 向いた先。屋根の上にはなんだか盗賊っぽい露出の多い服を着た爆裂娘がかっこつけたポーズを決めていた。

 

「おい、めぐみん。気が済んだらさっさと降りてこいよ。トイレ行ってから長いと思ったら、トイレから普通に返ってくるのが恥ずかしくて、出るタイミング伺ってたんだな。…………正直、その登場のほうがトイレより恥ずかしいと思うんだが」

「ちょっ、カズマ! 何をいきなりバラし…………じゃなくて、紅魔族はトイレなんて行きません!…………ちょっとお花を摘みに行っていただけです。なのでトイレトイレと連呼しないでください」

「そのネタまだ引っ張るのか? 幽霊騒ぎの時に一緒にトイレに行った仲だってのに」

 

「一緒にトイレって…………」

「めぐみんってそこまで大胆だったんだね……」

 

「そこのチンピラと盗賊! 違いますからね! 別に一緒にトイレに入ったとかそういうことはないですよ! というかそこまでいったら私がただの痴女みたいじゃないですか!」

 

 今のお前の格好は十分痴女みたいだろと思ったが、流石にそれはかわいそうだから口に出さない。

 

「いや、今のめぐみんの格好も十分痴女っぽくないか?」

 

 カズマ、お前……。

 

「これは私とアイ…………イリスで考えた盗賊っぽい服です! そんなふうに見ないでくださいよ!」

 

 ふーん……あのロリっ子とねぇ。…………あれ? ゆんゆんは一緒に考えてないのか?

 

「大体、私の今の服が痴女っぽいならクリスのいつもの格好なんて完全に痴女じゃないですか!」

「あたしに飛び火はしないでもらえると嬉しいかな!?」

「お頭は男に間違われたりするからセーフ」

「何がセーフなのか全然わからないんだけど!?」

 

 …………こいつら仲いいなぁ。

 

 

「ところでよ、路地裏とは言え屋根の上に登ってるやつと一緒になってこんだけ騒いでたら流石に衛兵に見つかって怪しまれると思うんだがどうよ?」

『?……おい、お前たち! そこで何をやっているんだ?』

 

 俺の懸念とほぼ同時に、路地裏の入り口の方から衛兵が俺らの姿を見つけて声をかけてくる。

 当然ながら今の状況で衛兵に取り調べなんかされたらまずいわけで……

 

「「「そういうことは早く言えよ(言ってくれないかな)(言ってください)!」」」

 

 騒いでた三人に何故か俺が怒られながら。俺達はその場から逃げ出したのだった。

 

 

 

「全く……めぐみんとダストのせいで酷い目にあったな」

「まだ言いますかこの男は。どちらかと言えば乙女の照れ隠しにあんなセクハラまがいのデリカシーのない返しをしたカズマの方が原因だと思いますよ。なので悪いのは私じゃありません、カズマとダストです」

 

 なんかもう帰りたくなってきたんだが。なんで俺が悪いのは前提みたいになってんだよ。

 …………まぁ、いつものリーンやゆんゆんの俺に対する扱いに比べたらまだマシだからいいけど。

 

「けど……聞いてはいたけど本当に爆裂娘を連れて行くのか? 言っちゃ何だが、王城より厳しい警備のとこに連れて行くならあのロリっ子は役立たずだろ」

 

 衛兵から逃げる時の体捌きとかを見る限り隠密に向いているようには見えない。

 

「それはそうなんだけどね。でも……たとえ何かできなくても付いていきたいってめぐみんの気持ちも分からないでもないから」

「甘いもんだな。クリスもカズマも」

 

 まぁ、俺はただの助っ人だし、本職二人の決定に異を挟むつもりはない。正直なことを言えば俺は俺の目的を果たせればいいから、2人に爆裂娘がついていって盗賊団としての目的が果たせなくても問題はないし。

 

「そうでもないよ。流石に今回はめぐみんをあたしたちと一緒に連れてけないってのは助手君もめぐみんも分かってる」

「はぁ? じゃあ、あのロリっ子はただの見送りかよ」

 

 王都まできてただの見送りってのもすげーな。

 

「見送りじゃないよ? ただ、あたしたちと一緒に潜入するのは無理だからダストと一緒に陽動をしてもらおうかなって」

「……………………は?」

 

 あの爆裂魔法しか出来ないロリっ子と一緒に陽動する…………?

 

「ダストもめぐみんの爆裂魔法は陽動に最適だって言ってたし何も問題はないよね」

「問題ありまくりだろ。爆裂魔法を撃つにしても撃たないにしても結局俺は爆裂娘を守りながら陽動を成功させないといけないってことじゃねーか」

 

 もともと俺は誰かを守りながら戦うなんてことが1番苦手だ。というのも一緒に戦う相棒が自分よりもずっと強かったから、俺はそれに追いつこうとして必死で…………誰かを守ろうと思ったら危険から遠ざけることしか出来ない。

 

(…………だから俺にあいつの護衛役なんて最初から無理だったんだよ)

 

「? どうしたのダスト。なんか難しい顔して。そんなに嫌だった?」

「…………いや、別になんでもねーよ。嫌は嫌だけど、陽動の方なら無理なハンデでもないしな」

 

 今さら過ぎ去った後悔に言い訳なんてしても仕方ない。俺はあいつらと一緒にいることを決めて、そのために今ここにいるんだから。

 

「そう? まぁ、キミが本気出すならそれくらい余裕だよね」

 

 …………正直、本気の本気って意味じゃ久しぶりすぎてまともに戦えるかは自信ないんだけどな。

 

「はい、というわけでダストの分の仮面。ドラゴンっぽいので良かったんだよね」

「おう、流石はクリス様。分かってんじゃねーか。仮面盗賊団の名は伊達じゃねぇな」

 

 俺が今回の仕事を受けることにしてクリスに出した条件の一つ。ドラゴンの仮面を受け取ってつける。

 ……うん、目の部分が広く開いてるタイプだから視界もそこまで狭まらないな。これなら戦うのに問題なさそうだ。

 

「仮面盗賊団じゃないから! 銀髪盗賊団だから!」

 

 なんかまな板が喚いてるのは無視。そろそろ忍び込むにはいい時間だし、また騒ぎすぎて衛兵に目をつけられたらやってられない。

 

「よし、じゃあお頭に兄貴、俺とおまけが陽動するからその間に目当てのものをさっさと盗み出してくれ。危なくなったらとっとと逃げるから急いでな」

「おい、誰が誰のおまけなのか詳しく聞こうじゃないか。私は正式な仮面盗賊団の一員ですよ? むしろ単なる助っ人のあなたの方がおまけですよ」

 

 なんかまな板が喚いてるのは無視。…………というかまな板しかいないなこの盗賊団。もうまな板盗賊団に改名しろよ。

 

「仮にも年上のダストに兄貴とか言われても嬉しくないんだが…………めぐみんのことは頼んだぞ、子分」

「助手君といい助っ人君といい、お頭言われてもちっとも尊敬されてない気がするのは気のせいかな…………ま、助っ人君とめぐみんもしっかり頑張ってね」

 

 そうして銀髪盗賊団+助っ人(+おまけ)の作戦が始まる。

 

 

 

 

「おーい、誰か開けてくれー」

 

 カズマたちと別れた俺は堂々と悪徳貴族の館の門をたたく。

 

「陽動とは言え、こんなに真正面から行ってもいいんですか? 逆に相手にされない気がするんですが」

「だろうな。ま、誰か一人でも来てくれたらそれでいいんだよ」

 

 俺の後ろにいるめぐみんはバニルの旦那の仮面のようなものをつけて杖を構えている。

 …………もしかしてこの頭おかしい爆裂娘は最初っから爆裂魔法を撃つつもりだったんだろうか。いや、捕まるの前提なら確かに悪くない手なんだが、それだと俺の目的が全然果たせないからされても困る。

 

「というか、あなた得物はどうしたんですか? 実は素手での戦闘のほうが得意とかどこかのドMなお嬢様みたいなことはないですよね?」

「そんな名前が無駄に可愛いお嬢様みたいな事実はないから安心しろ。…………ま、お前にはどうせ、俺の正体バレてるしな。別にいいか。……ミネア!」

 

 紅魔の里から俺を王都まで送り届け、そしてその後は俺の上空をずっと飛んでいるミネアに声をかける。

 

「ただ、俺の正体をバラすのはやめろよ。俺はまだあの街から出たくはね―んだ」

 

 ミネアから落とされた槍を手に構え、俺はめぐみんにそう頼む。

 

「別に言うつもりは最初からないんですが…………ゆんゆんにも黙っているのは何故ですか? あの子は基本的にぼっちですし誰かにバラすことなんて出来ないでしょうに」

「わざわざバラす理由もないからな」

 

 バレた時はバレた時だが…………それまでは今のままでいい。

 

「――っと、来たか。傭兵さまのお出ましだぜ」

 

 他愛のない話をしていたら門の向こうから冒険者のような武装をした男…………恐らくはこの屋敷の警備を任されているという凄腕の傭兵たちの一人がやってきているのが見えた。

 

「……こんな時間に何ようだ」

 

 門を開けずに俺らを警戒しながら問いかける傭兵。

 

「おう、警備の傭兵さんか。世間を騒がす銀髪盗賊団がやってきましたよ」

「金髪にドラゴンの仮面をした男に、黒髪に変な仮面をしたおt……女?…………とにかく、手配の2人とは違うようだな」

 

 おい、ロリっ子。男に間違われそうになったからって前に出ようとすんな。

 

「……陽動か。屋敷の警備を厳重にしろ!」

 

 流石は凄腕の傭兵さん。それなりに修羅場はくぐり抜けてるのかこっちが陽動だとさっさと見ぬいた。…………まぁ正面からやってくる盗賊なんていねぇし気づいて当然なんだが。

 

「…………どうするんですか? むしろ警戒させただけで、あっちの邪魔をしたんじゃ。今からでも爆裂魔法を撃ちましょうか?」

「いや、こっから先は本気出して陽動するからロリっ子はとりあえず後ろで見てな」

 

 陽動だと気づかれて無視されるなら、陽動だと気づかれても無視できないくらい暴れればいい。

 それが出来るだけの力が今の俺にはある。

 

 

 

「そうですか…………では、『最年少ドラゴンナイト』の実力をゆっくり見学させてもらいましょうか」

「おう、その実績が伊達じゃねーってとこ見せてやるよ」

 

 数年ぶりに俺は『ドラゴンナイト』として戦いを始めようとしていた。

 

 

 

 

「さてと……傭兵さんは門を開けてくれねーみたいだし、勝手に開けさせてもらうか」

 

 一閃。俺は槍を振りぬいて門を真っ二つにしてこじ開ける。

 

「なっ…………!?」

 

 俺達の動きを警戒していた傭兵も、まさか鉄の門を真っ二つにされるとは思っていなかったのか。分かりやすいくらいに驚いている。

 一方、俺の後ろにいるめぐみんはと言えば特に驚いた様子もなく、むしろなんで傭兵が驚いているのか不思議そうな顔をしていた。

 

 ……まぁ、紅魔族ならライト・オブ・セイバーで余裕だし、ララティーナお嬢様も素手で鉄の門くらいならこじ開けかねない。この頭のおかしい爆裂娘の周りじゃ、これくらいのことなら出来るやつが多いんだろうな。

 

「驚いてるとこ悪いけどよ…………こっちに増援送ってもらわなくて良いのか? 今の俺なら今この場にいる警備くらいすぐに終わらせちまうぞ」

 

 ドラゴン使いやドラゴンナイトの持つ固有の能力。それは契約したドラゴンの力を強化し、そしてその契約したドラゴンの力を借り受けること。ドラゴンナイトとして上空にいるミネアの力を借りてる今の俺ならこの程度の数の警備なら何の障害にもならない。

 …………あぁ、この万能感は本当に久しぶりだ。

 

「増援だ! 全力でこの侵入者を排除するぞ!」

 

 流石は凄腕の傭兵と言ってやるべきか。驚きを見せていたのは数秒ですぐに俺たちへの警戒度を跳ね上げ増援を呼ぶ。

 

「ミネアは……必要ねーな。あいつじゃ殺しちまうだろうし」

 

 増援を呼ばれたことで陽動としての役目は果たした。盗賊としての仕事は2人がうまくやるだろう。となれば後は後ろのロリっ子を守りながらこっちの目的を果たすだけだ。

 

「殺しちゃいけねーのは面倒だが……ま、なんとかなるか」

 

 悪徳貴族に雇われてるとは言え、この傭兵たちが何か悪いことをしたわけでもない。流石に殺しはまずいだろう。殺さないで無力化するってなるとかなり面倒だが…………そのあたりはこの陽動を受ける時点で分かってたことだ。仕方のないことだと割り切る。

 

(槍の腕は全盛期の頃と比べれば訛っちまってるが……まぁ、良いハンデか)

 

 ドラゴンナイトとしてドラゴンの力を借りることに関してはあの頃と変わらない。そうであるなら槍の腕が訛っているくらいならどうとでも出来る。

 

「……でも、これが終わったら槍の訓練も隠れてやらねーとなぁ」

 

 正直、ここまで槍の腕が落ちてるのはショックだ。あの国で王国一と言われた俺の槍の腕前がこの程度だというのは捨てたはずのプライドが疼く。

 …………ミネアも帰ってきたことだし、その隣にいつでも戻れるよう、腕を磨かないといけない。

 

「(……ま、今はこの槍の腕でなんとかしますか)『速度増加』『反応速度増加』」

 

 『竜言語魔法』。ドラゴン使いとドラゴンナイトにのみ許された竜の魔力を借りて使う魔法。攻撃魔法や回復魔法などいろいろ種類があるが、ドラゴン使いは強化魔法を好んで使い、契約したドラゴンの真の力を引き出す。

 そしてその上級職、ドラゴンナイトであればその強化を自分にも使いドラゴンと並んで戦う事ができる。

 ドラゴン使いは自分の身体に強化をかければ身体の方が耐えられないが、ドラゴンナイトなら耐えられる。それが同じドラゴンの力を借りる二つの職を分ける大きな違いだった。

 

 そして俺が使った二つの竜言語魔法『速度増加』と『反応速度増加』は俺がよく好んで使う魔法だ。効果は自分の動きが速くなることと、相手の動きが遅く感じるようになること。その二つを同時に使えばどうなるかと言えば――

 

 

 

「――馬鹿な……100人いる我が傭兵団がたった一人に全滅だと……」

 

 まぁ、そうなる。もともとレベルだけは傭兵たちの2倍位はあったし、その上でこっちは中位ドラゴンであるミネアの力を借りて、訛っているとは言え得意の得物で戦っている。もともと力の差があったところでこっちが2倍の速さで動いて、向こうは実質2分の1くらいの速さでしか動いてないとなればどんだけ数が集まっても負けるほうが難しい。

 …………あくまで、この程度の相手たちであればの話だが。

 

「あんたが団長さんか? 心配しなくても手加減したから死人は出してねぇよ」

 

 基本的には武器を破壊して、それでも向かってくるような命知らずなら四肢の腱を切って。

 …………思った以上に槍の腕が鈍ってたから、ちょっと手加減間違えてほっといたら致命傷なやつもいるかもしれないが、…………ま、まぁすぐにプリーストに見てもらえば大丈夫だろう。

 

「これほどの力を持って金髪……? まさかジャティス王子…………? いや、あの方は今前線にいるはずだし、何よりその瞳の色が違う」

 

 俺の正体が何者なのか考えているのか、傭兵団の団長は考えに耽っている。…………この様子じゃ、俺の正体は知らないみたいだな。まぁ、この国じゃ噂になった程度だろうし、それももう数年前の話だ。今も噂があるアクセルならともかく王都じゃ知らないやつのほうが多いだろう。

 

「思ってたよりも強かったですね。もしかしたらアイ……イリスと同じくらい強いんじゃないですか? まぁ、私の爆裂魔法には遠く及びませんが」

「お前の爆裂魔法は色々頭おかしいから比べるんじゃねーよ」

 

 無詠唱で爆裂魔法撃てるとか自爆覚悟でやられたらこいつに勝てる人間なんていないっての。

 

「てーか、あの金髪のロリっ子は今の俺と同じくらい強いのか。だとすると相当いい家系の貴族なんだな」

 

 中位ドラゴンの力を借りてその上強化魔法まで受けてる俺と同じくらい強いとか。流石勇者の国ベルゼルグ。槍の腕が衰えてるとは言えあの国じゃ最強だって言われてた俺と同じくらい強いロリっ子がいるとか。

 

「…………そうですね、イリスはすごく良い家系の子ですよ」

「おい、なんでお前は目を逸らして言ってんだ?」

 

 クリスの反応といいあのロリっ子に一体全体何があるってんだ。

 

 

 

 

 

 

「何をしている! 貴様らには高い金を払っているのだ! たった一人の侵入者くらいさっさと殺してしまえ!」

 

 耳障りな怒鳴り声。見れば身なりは良い小太りの男が屋敷の方から歩いてきていた。……なるほど、あれが悪徳貴族か。

 

「…………なんだか、ダクネスを狙っていたあの男を思い出しますね」

「奇遇だな爆裂娘。俺もちょうど思ってた所だ」

 

 見た目といい話し方といい。アルダープの野郎にそっくりだ。

 

「し、しかし……この男の実力は並みではありません……おそらくは魔王軍幹部クラス……我々では何人集まっても勝負にならないかと」

 

 

「…………なんてことを言われてますが、数多の魔王軍幹部を屠ってきた私に言わせてもらえば、そんなにあなたが強いとは思えないのですが」

「そうだな。槍の腕が鈍ってる俺が魔王軍幹部クラスはねーよ。竜言語魔法の強化込ならステータスだけなら近いものがあるかもしれないが」

 

 あいつらが本当に怖いのはステータスの高さじゃないし。

 まぁ、何人集まっても勝負にならないって評価は俺も正しいと思うけどな。そんな俺でも勝ち目がないのが魔王軍幹部クラスってだけで。

 

「ええい、役に立たん傭兵どもめ! もういい! ドラゴムよ、この侵入者を八つ裂きにしてしまえ!」

 

 傭兵の煮え切らない言葉にしびれを切らしたのか。悪徳貴族は庭で眠っていたドラゴンを起こす。起きたその体はこの前倒したグリフォンよりも数段大きく、見るものを圧倒する巨体だ。…………と言ってもミネアと比べれば一回り以上小さい。下位種のドラゴンだな。

 

「どうしますか? そろそろ私の爆裂魔法の出番ですか? 撃ってもいいですか?」

「お前の爆裂魔法じゃドラゴン殺しちまうだろーが。下位ドラゴンくらいなら俺一人でもなんとかなるから後ろで見てろ」

 

 うずうずしてるめぐみんを抑えて俺はドラゴンの方へ出る。

 

 

『ギャオオオオオオオオオオオオオオオオ!』

 

 

「こんな貴族でも飼い主だもんな。守ってやろうと必死なのか」

 

 ドラゴンのブレス攻撃をよけながら俺は思う。

 下位ドラゴンってのは基本的に知能は犬並だ。普通の生き物よりは賢い程度。ジハードのように人と意思疎通できる知能をもった個体なんてほとんどいない。だからどんな悪人であろうと飼い主には従う。

 

「悪いな…………ホントは傷つけたくねぇけど、流石に無傷じゃドラゴンは止められねぇ。『筋力増加』」

 

 竜言語魔法で更なる強化を自分にしてドラゴンへと突撃する。

 

(狙うのは四肢にそれぞれある魔力の中枢点……そこを穿てば終わる)

 

 魔力の塊と言われるドラゴンは仮に人間のように腱を切られようがその程度なら魔力を使って問題なく動くことが出来る。だが、魔力の中枢点と呼ばれる所を突けば話は別だ。魔力の流れが乱れ、その動きも阻害される。

 

 なんて言えば簡単にできそうだが、竜の皮膚の固さを穿てるだけの力と、その中枢点の場所を知らなければ出来ないから、普通できるのはドラゴン使いかドラゴンナイトくらいだ。新たなドラゴンと契約するために殺さないでドラゴンを倒さないといけないから磨かれた技術であって、それ以外の人間なら普通に戦ったほうが断然勝率が高い。

 

「少しの間動けねーだろうが、我慢しといてくれよ……っと」

 

 四肢にある魔力の中枢点。それを魔力を込めた槍で順番に穿つ。すると狙い通りにドラゴンはその身体を支えることが出来ずに地面へと倒れた。

 

「さてと…………もう隠し玉はいねーよな?」

 

 槍を肩に抱えながら俺は腰を抜かして倒れてる悪徳貴族に近づく。

 

「く、くるな! か、金ならいくらでも払うから、来ないでくれ!」

「お、そうか。なら欲しいもんがあるんだがいいか?」

「なんでもやる! やるから命だけは助けてくれ!」

 

 ほんと貴族ってのは調子がいい。さっきまで殺してしまえと言っていた相手に命乞いかよ。

 

「じゃあ、そこのドラゴン、俺にくれるか?」

「ば、馬鹿な……そのドラゴンにいくらの金をかけたと思っている! 私の全財産の半分以上をつぎ込んだんだぞ!」

 

 …………なんでこういう奴らってのは何でもかんでも金で価値を測ろうとすんのかね。金なんてものそれこそギャンブルに使えば一夜で全部なくなるもんだってのに。

 

「なぁ、糞貴族。俺はお前みたいな貴族がこの世で一番嫌いなんだよ。それこそ、何回殺しても飽きたらないくらいにはな。……もう一度聞くぜ? そこのドラゴン俺にくれよ」

 

 コクコクと頷く悪徳貴族。

 ……脅しすぎたかね。可哀想だとは欠片も思わないが。

 

「わりぃな……傷つけちまって。まぁ、ドラゴンの生命力なら大丈夫だと思うが」

 

 応急手当をしながら俺はドラゴンに語りかける。

 

「もしも、ここにいたいって言うならここにいてもいいぞ。……でも、こんな小さな庭じゃなくてドラゴンには大空を駆けていて欲しいんだよ、俺は」

 

 こんな小さな庭で番犬のような扱いを受けているなんてドラゴンには似合わない。

 

 

 

 

 

「そこまでだ!」

 

 静止の声に振り向いてみればどっかで見た白スーツの女の姿。そしてその後ろへと続くのは――

 

「流石にやりすぎたんじゃないですか? 数えるのも面倒なくらい騎士やら冒険者がうじゃうじゃいるんですが」

「そっちどうとでもなるからいいんだが…………魔剣の兄ちゃんまでいんのはちょっとやばいな」

 

 めぐみんの言うとおり白スーツの後ろには王国の騎士やら冒険者やらがずっしり。そして白スーツのすぐ後ろには魔剣の勇者様……たしかみたらしとかそんな名前のやつの姿があった。

 …………こうなるようにと派手にやったんだが、魔剣の兄ちゃんまでくるのはちょっと予想してなかったな。存在を忘れてたから仕方ないっちゃ仕方ないが。

 

「? みたらしさんがどうかしたのですか? あの人は確かに強いという話ですが私やうちの鬼畜男に負けていますし、イリスと同じくらい強そうなあなたならどうにかなるでしょう」

「無茶言うなっての。今の俺じゃあいつに勝てる気がしない」

 

 ステータスって意味なら総合的には俺のほうが上だろう。だがずっと怠けてきた俺と最前線で戦い続けるみたらしじゃ戦闘技術に差がありすぎる。勝負にはなるだろうがタイマンでも負ける確率のが高い。

 

「そうなのですか? 意外と強かったのですね魔剣の人」

「カズマたちが魔王軍幹部を倒し始めるまで、人類側はずっと綱渡りを続けていたんだ。その泥沼の中で頭角を現し名前が売れた魔剣の勇者様が弱いわけねーだろ」

 

 まぁアクセルで喧嘩した時まで俺は知らなかったし、ついさっきまで存在忘れてたけど。

 

「じゃあ、どうするのですか?」

「ま、カズマに頼まれたしな。俺がなんとかしてやるからお前は爆裂魔法をいつでも撃てるように準備しとけ」

 

 無詠唱で爆裂魔法を撃てるこいつに準備が必要なのかは謎だけど。

 

「どうにかするって…………まさか、爆裂魔法で騎士や冒険者を皆ごr――」

「ただ逃げるだけだからそんな物騒な考えはゴミ箱に捨てとけよ」

 

 ここまで騎士や冒険者が来たなら俺の目的は多分果たせる。となれば、ここに留まっている理由なんて一つもない。

 …………盗賊してる二人には悪いが、危なくなったら逃げるって言ってるしな。

 

 

「ここに倒れている傭兵たち、そしてドラゴンまで……これを全て貴様たちがやったのか?」

 

 白スーツの女が前に出てそう疑問を投げかけてくる。魔剣の兄ちゃんはその少し後ろで既に魔剣を抜いて構えている。

 ……こっちはやりあう気なんて欠片もないんだからその殺気向けるのやめてくれねーかな。

 

「俺がやったとも言えるし俺だけの力じゃないとも言える……ま、ミネアの力を借りて俺がやったっていうのが正しいか。あ、このちみっこいのはただのおまけでなにもしてねーぞ」

 

 合図をして上空にいるミネアを俺の横へと降ろす。その突然現れた巨体と威容に騎士や冒険者たち恐れおののいている様子が見えるが俺は構わずその頭を撫でて可愛がる。

 こんなに可愛いってのに何を怖がってんのかね。…………あと、爆裂娘、ちみっこいって言われたことかおまけと言われたことがどっちが気に障ったか知らねーが背中をドスドス殴るのはやめろ。お前だけ置いていってもいいんだからな。

 

 

「貴様、ドラゴン使いか。……まて、ドラゴン使いだと?」

 

 白スーツは俺とミネア、両方に目をやり、そして何かに気づいたかのように息を呑んだ。

 …………都合がいいな。この場で一番偉いやつが俺のこと知ってるなら俺の目的は確実に果たせる。

 

「さてと……俺らはそろそろ御暇させてもらうぜ? お頭たちは流石にもう目的を達しただろうし銀髪盗賊団の助っ人としての役目は果たしただろう」

 

 本格的に逃げるタイミングだと俺は空気読まないでドスドスしてる爆裂娘に合図をして準備をさせる。合図の意味はわかったのかめぐみんはドスドスしていた右手で杖を構え、そして左手でドスドス殴るのを再開した。

 …………こいつ本当おいてってやろうか。

 

「シルバードラゴンを連れた金髪の槍使い……? まさか、貴様は……いや、貴殿は『ライン=シェイカー』か!?」

「さーてな。一時はこの王都にいるから捕まえられたら教えてやるよ」

 

 ま、本当に一時も一時、夜が明けるまでくらいの話だけどな。ただその意味をどう捉えるかはこの場にいるモノ次第で、そしてどう捉えようとも、俺がこの王都にいるという噂は生まれる。

 

「その仮面の奥の鳶色の瞳を見れば間違いない! ミツルギ殿、すみませんあの者を捕まえてください! 貴様らもミツルギ殿の援護を頼む! あの者をこの国に引き込めれば魔王軍との戦いに終止符を打てるかもしれない!」

 

 流石は魔剣の勇者様。白スーツの言葉を最後まで待たずに捕縛しようとこっちへと突っ込んでくる判断の速さは流石だ。後ろの騎士や冒険者がもたもたしてる間にこっちとの距離を半分にまで縮めてる。

 もしもこの兄ちゃんの得物が剣じゃなくて弓とかなら捕まっちまってたかもな。

 

「ロリっ子!」

「誰がロリっ子ですか! あなたまで巻き込んで撃ってもいいんですよ!」

 

 軽口を叩きながら放たれる最強の攻撃魔法。人が持てる最高にして最大の攻撃手段は夜空に月よりも強い光となって爆風を巻き起こす。

 

「おっしゃ、ナイスだロリっ子。逃げるぞ」

「ちっ……外しましたか」

 

 なんか物騒なことを言ってる動けない爆裂娘を片手で回収、俺はミネアの頭に乗ってすぐに飛ばせる。ミネアは俺が指示を出さなくても下位ドラゴンの身体をしっかりと持っていてくれた。

 

「そんなこといってちゃんと俺は巻き込まないようにして、その上で魔剣の兄ちゃんたちの方へは爆風だけ行くように調整したんだろ? さすがは頭のおかしい爆裂娘だな」

 

 慌てている騎士たちや静かにこっちを睨んでいる魔剣の兄ちゃんを眼下において飛び去りながら。爆裂魔法をそこまで調整しているこのロリっ子に純粋な敬意を示す。

 

「誰が頭のおかしい爆裂娘ですか!…………まぁ、私にかかればそのくらいチョチョイのチョイです。もっと素直に褒めてもいいのですよ?」

「お前を褒めすぎたら調子乗って大変になるからこれ以上は無理だ。カズマにでも褒めてもらえよ」

 

 パーティー交換した時の悪夢を俺はまだ忘れてねえからな。

 

「ところでダスト。そろそろ普通にドラゴンの背に乗せてくれませんかね? 腕引っ張られるのが凄い痛いんですが」

「ドラゴンの背っての特等席なんだよ。簡単に乗せることはできねーな」

「……そんなこと言って力が入らない私を背に乗せるのが面倒だって思ってるだけじゃないでしょうね?」

「それもある」

 

 むしろ、それが一番の理由だ。…………ま、ドラゴンの背が特等席で俺が認めたやつしか乗せたくないってのも本当だけどな。

 

 

 

 

 

――クレア視点――

 

「すみません、クレアさん。逃してしまいました」

「いえ……私が指示をだすのが遅れましたし……弓を持った騎士たちがもっと早く反応していれば止められたかもしれません。ミツルギ殿が気に病むことではないですよ」

 

 レインを連れてきていればまだ可能性はあったかもしれないが……終わったことを言っても仕方がない。ミツルギ殿は自分のやることをきちんと果たしたが我々が不甲斐なくて逃してしまった。その事実は変わらない。

 

「ところであの男は何者なんですか?……その、一緒にいた黒い髪の娘には心当たりがあるんですが」

「奇遇ですね、私もあの爆裂魔法使いには心当たりがあります」

 

 まさか、あのアイリス様の気晴らしの場所であるあの集まりにあの男まで所属したのだろうか。なんにせよ、めぐみん殿には今度あった時に探りを入れなければ。

 

「それとあの金髪の男ですが……ミツルギ殿はアクセルで仲間探しをしたりすることがありますよね。でしたら聞いたことがあるのではないですか。『最年少ドラゴンナイト』で『凄腕の槍使い』の噂を」

「…………仲間から聞いたことがありますね。そうですか、あの男が」

「『ライン=シェイカー』。最年少でドラゴンナイトになり、その上王国一と言われるほどの槍の腕前を持った隣国の英雄。数年前に歴史の表舞台から消え、今なおその実力を求める国や恐れる魔王軍から探し続けられてる……それがあの男です」

 

 そして貴族や王族の令嬢からは悲恋でありながらロマンチックな物語の登場人物として噂されている。

 

「…………それほどの人物が何故盗賊の真似事を?」

「分かりません。ただ…………あの盗賊団ならまぁ、ありえないこともないのでは、と」

 

 …………一国の王女が盗賊団に所属して下っ端と言われている状況を考えれば普通にありえるのではないだろうか。もともとあの街には最年少ドラゴンナイトがいるという噂があったことであるし。

 

「どちらせよ、あの男の話では一時は王都にいるという話。ひとまず王都にて賞金をかけて捜索することにします」

 

 この『一時』という言葉が厄介だが。……まぁ、どういう意味で捉えたとしても結局捜索しなければなるまい。そうすれば王都に『最年少ドラゴンナイト』がいるという噂が流れるだろうが…………それが向こうの狙いだとしてもこっちにはどうしようもない。

 

(最年少ドラゴンナイト『ライン=シェイカー』か。あの男といいアイリス様といい、何故あの盗賊団にはこれほど実力者が集まるのだろうか)

 

 まるで神のイタズラのようだと私は思った。

 

 

 

 

 

 

 

――ダスト視点――

 

「悪い悪い。遅れちまったな」

 

 貴族の屋敷から逃げ出した俺とミネアとおまけは一旦王都を出た。そして貴族が飼っていたドラゴンを山で野生に返してから集合場所に戻ってきた。

 あのドラゴンが今後どんな道を歩むかはしらないが、その道が誇りと幸せに満ちたものであることを願っとく。…………できればどっかのドラゴン使いと契約でもしてくれりゃいいんだが。まぁ、それは高望みってものだろう。たとえ冒険者に狩られる運命だとしてもあんな貴族のもとで飼い殺しにされるよりかはずっといいのだから。

 

「お、おい、めぐみん大丈夫か? なんだか凄い青い顔してるけど」

「…………大丈夫ですよ。このチンピラには今度爆裂魔法食らわすって決めましたから」

 

 おう、普通に死ぬからやめろ。俺はカズマと違って次死んだら終了なんだよ。

 てーか、ちょっと腕掴んで空を飛び回ったくらいで大げさだろ。

 

「まぁ、カズマあれだ。とっととこのロリっ子背負うの変わってくれ。こいつ背負って帰るのはお前の役目だろ」

 

 俺はしょうがなく背負っていた爆裂娘をカズマへ移す。しょうがねぇなぁと言いながらカズマは素直に爆裂娘を背負っていた。

 

「けど、ダストもよく無事だったな? めぐみんが爆裂魔法撃たないといけないくらい追いつめられたのによく逃げられたもんだよ」

「無事じゃねぇよ。傭兵100人いるわドラゴンまでいるわ…………イケメンなドラゴンナイトの人が助けてくれなきゃ逃げるどころか死んでたぜ」

 

「「ぷっ……」」

 

 おい、何笑ってんだよまな板ども。

 

「白スーツとカツラギが探してた『ライン=シェイカー』って人か。……何で助けてくれたんだ?」

 

 落ちそうになるめぐみんを背負い直しながらカズマ。…………しっかしまぁ、爆裂娘の幸せそうな顔なこと。

 

「さあな……どっかのパッド神の日頃の行いが良かったんじゃねぇの?」

「助手君どいて! そいつ殺せない!」

「お頭! 誰もお頭の話はしてないから落ち着け!」

 

 俺に襲いかかろうとするクリスをめぐみん背負いながらもなんとか押しとどめるカズマ。…………片手で背負って片手で押しとどめてって器用なことするな。

 

「あ、ドサクサに紛れとどこ触ってるんだよ! セクハラ禁止って言ったじゃないか!」

「い、今のはわざとじゃないって!」

「カズマ? 『今のは』ということはわざとしたこともあるということですか? まったく……私やダクネスに対してのセクハラだけでは飽き足らないというのですかこの男は」

「今のはただの言葉の綾だからお前も本気で怒るな! いてててっ……ちょっ、まじで肩が外れるからそれ以上力入れるのはやめろ!」

 

 イチャイチャしだした鬼畜な悪友とまな板たちに俺は溜息をつく。………………ああ、彼女欲しいなぁ。まな板に囲まれてる今のカズマが羨ましいとは全然思わないけど。

 

 

 

「……っと、そうだ。おいクリス。この話受ける代わりにお願いがあるって言ったの覚えてるよな?」

 

 カズマたちのイチャイチャが終わった所で。俺はそろそろいいかと今回手伝ったもう一つの理由を切り出す。

 

「あ、うん。あたしができることならなんでもするよ。……えっちぃ事以外なら」

「俺は別にどっかの鬼畜冒険者と違ってダチの女に手を出すほど鬼畜じゃねぇから安心しろ」

「おい待て、その鬼畜冒険者って俺のことじゃないよな? 俺だってそこまで鬼畜じゃないぞ」

 

 何を言ってるんだ仮面の悪魔に鬼畜のカズマさんとお墨付きもらっといて。

 

「…………確かにそういうタイプの鬼畜ではないのは確かなんですが、この男はむしろそれより鬼畜なことを平気でするんですよね」

「前にも聞いたかもしれないけどなんでめぐみんはそんな人のこと好きになっちゃったかな。ダクネスは仕方ないけど。…………あ、それとダスト。あたしと助手君は別にそんな仲じゃないからね」

「頼むからそういう話は俺のいない所でやってくれ!」

 

 …………また、イチャイチャ始めやがった。終いには泣くぞこら。

 

「それで? 結局ダストがお願いしたいことってなんなの?」

「はぁ…………まぁ、別に大したことじゃねーんだがな――」

 

 ため息を付いた後。俺はクリスにちょっとしたお願いをした。

 




知ってる方がほとんどだと思いますがシェイカーというのは『どらごんたらし』の主人公の名字だったりします。知らなくて気になった方は原作者HPに掲載中の『どらごんたらし』を読みましょう(布教)。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第15話:このさみしがりやな娘に友達を!

――ゆんゆん視点――

 

 

「ダストさんダストさん、この前ダストさんがミネアさんとでかけた日に王都では銀髪盗賊団が出たらしいですよ。しかも今回は『ライン=シェイカー』っていう最年少ドラゴンナイトさんも一緒だったらしいです」

 

 ギルドの酒場。運ばれてくる料理を待ちながら、私はイリスちゃんから聞いた話をダストさんにしてみる。

 

「ふーん……ライン=シェイカーねぇ。この街にいるって噂だったが王都に移ったのか」

 

 興奮気味に話してる私とは対照にダストさんは興味が無いんだろうか。頬杖をつきながら欠伸までしていた…………って、あれ?

 

「もしかしてダストさんって最年少ドラゴンナイトさんの名前を知ってたんですか?」

「あん? それくらいこの街に長くいるなら知ってるやつのが多いっての。まぁ、最年少ドラゴンナイトが『ライン=シェイカー』ってのは知ってても得物が槍だってのまでは知らないやつも多いだろうがな」

 

 そう言えば、前に私達が最年少ドラゴンナイトさんを探してた時は金髪で凄腕の槍使いを探してたっけ。もしかして普通に元最年少ドラゴンナイトの人を探せば名前くらいはすぐに分かったんだろうか。

 

「けど、最年少でドラゴンナイトになった上に王国一の凄腕の槍使いとか本当にすごい人ですよね。……どんな人か会ってみたいなぁ」

「最年少ドラゴンナイトって言っても元貴族なんだろ? どうせ性格悪い残念男だぜ」

「えー、そんなことないですよきっと。友達を置いて女の人についていったり、友達を足に使っといて肝心の目的の場所には連れて行ってくれないような薄情な人じゃなくて優しい人だと思います」

 

 最年少ドラゴンナイトさんはお姫様のお願いを叶えるために英雄としての立場を捨てるくらいの人だし。目の前の性格悪いチンピラさんとは全然違うはずだ。

 

「……前者はともかく後者は悪かったよ。謝るから機嫌直せよ」

「ふーんだ……謝られても許しません」

 

 そっぽを向く私に面倒そうなため息をつくダストさん。

 自分でも今の自分は面倒だなって思う。

 

(でも……私はもう、ダストさんを友達だって認めてしまったから)

 

 だからこれくらいの文句は許されても良いはずだ。……友達に置いていかれることは凄く寂しいことだから。

 

「ったく……このさみしんぼっちはすぐに機嫌悪くするから困るぜ」

「機嫌悪くするようなチンピラさんが悪いと思いますけど。……そういえば、どうしていきなり昼食に誘ってきたんですか?」

 

 たまにクエストの帰りにご飯誘ってくれることはあるけど、ご飯だけに誘われたことは考えてみればない。だからこそ自分が怒ってる相手の誘いにほいほいのっちゃったんだけど。

 

「ん? まぁ、そろそろ来るからだろうから気にすんなよ…………っと、ごちそうさん」

「来るって……誰か来る予定なんですか?…………って、何で一人だけ食べ終わっちゃってるんですか。一緒にご飯食べるって言うから来たっていうのに」

 

 こっちはまだ注文した料理も来てないんですけど。

 

「んだよ? もしかして俺と一緒に飯食いたかったのか?」

「…………一人で食べるよりかはマシですから」

 

 たとえ相手がどんなに性格の悪いチンピラさんであろうとも。一人で食べるよりは何倍もマシだ。

 まぁ、贅沢を言うならめぐみんやイリスちゃんと食べたいんだけど。

 

「お前……最近妙に素直だよな。なんだよ? もしかして俺に惚れたのか?」

「すみません、そういう笑えない冗談はやめてもらえますか?」

「おう、真顔で言うのやめろ。ちょっと傷つくだろうが」

 

 そんなこと言って実際は全然傷ついてないくせに。セクハラこそしてくるダストさんだけど、本当に手を出そうとしてきたことは一度もない。守備範囲外という言葉に嘘はなく、私のことをそういう対象としては見てないというのはこれだけ付き合っていれば分かっていた。

 

「なんかお前のその顔ムカつくな。なんつーか、俺のこと見透かしてるような…………あ、リーンに似てやがんのか」

「まぁ、私やリーンさんに限らずダストさんと長く付き合ってたら誰でもこんな顔するようになると思いますよ?」

 

 チンピラっぷりにさえ慣れてしまえばこれほど分かりやすい人もいないと思う。

 

「よし、お前ちょっと表出ろ。どっちが上か思い知らせてやるからよ」

「嫌ですよ。もうそろそろ料理届くと思いますし。そんなに喧嘩したければ壁とでも喧嘩してきてください」

「…………お前、本当リーンに似てきやがったな」

「リーンさんにはダストさんのあしらい方とか教えてもらってますからね」

 

 そういう所で似てくるのは当然だと思う。

 

「何を教えてんだよあいつは……」

「曲がりなりにもダストさんと付き合っていくには必須の技能ですし、リーンさんには本当感謝しています」

 

 本当にリーンさんと友達になれたのは幸運だった。

 

「お前らは俺を何だと思ってんだよ!?」

「どうしようもないろくでなしのチンピラなドラゴンバカさんですかね」

 

 穏やかな言い方するとそんな感じだと思う。

 

 

 

「あはは……キミ達って仲良いのか悪いのかよく分からないよね」

「…………やっと来たか。遅いぞクリス。お前らが早く来ないからぼっち娘の毒舌に無駄にストレス溜まったじゃねーか」

 

 適当に話をする私達に笑いながら近づいて来るのはクリスさん。そしてそのすぐ後ろには……。

 

「一応約束通りの時間だと思うんだけど…………ま、いっか。ごめんごめん。……ほら、ダクネスもちゃんと挨拶しなよ」

「や、やあ、ダストにゆんゆん。今日はお、お招き…あ、ありがとう」

 

 めぐみんのパーティーメンバーであるダクネスさんの姿があった。

 ……なんか声が震えてるというか、見る限りに顔が強張ってるけど、緊張しているんだろうか?

 かくいう私もいきなりの来客にちょっと緊張してるんだけど。……クリスさんにしてもダクネスさんにしても、盗賊団とかめぐみんを通じてそれなりに付き合いはあるんだけど、あんまり話したりはしてないからなぁ。

 

「? 何を緊張してんだよララティーナお嬢様。俺もゆんゆんも別に知らない顔じゃねーだろうが」

「私をララティーナとよぶな!……だって、仕方ないだろう? 今日は私とクリスがゆんゆんと――」

「あー、ごめんねダスト。なんだかんだでダクネスもぼっち属性だから」

「そうか、ぼっちなら仕方ねーな」

「それで納得できるのか!?」

 

 なんだろう、ダクネスさんから私と同じ匂いがする。

 

 

「ま、お前らが来たんなら俺はもういいよな? クリス、後は頼んだぞ」

 

 そう言ってダストさんは席を立ち上がり、そのままギルドを出ていこうと歩き出す。

 

「ダストさん、行くんですか?」

「…………お前は、もう少し自分に自信持てよ。お前ならそれだけでいくらでも友達できるだろうからよ」

 

 思わず呼び止めた私の頭をぽんとなでたと思ったら、ダストさんはすぐにギルドを出ていってしまった。

 

 

 

 

――サイドA:ダスト視点――

 

(しっかしまぁ…………ララティーナお嬢様も意外と可愛いとこあんだな)

 

 あれでも大貴族の令嬢。社交性はあるはずだし、実際冒険者の奴らと話す時も性癖除けばまともだ。だからこそ今回の話に適任だと思ってたんだが……。

 

(……ま、そのあたりはクリス様がしっかりやってくれるか)

 

 ゆんゆん(あいつ)もなんだかんだで少しは成長してるはずだしなんとかなるだろう。

 

「けど…………このあと何するかね。クエストする気分じゃねーし、ジハードも今日はぐっすり寝てて起きないみてーだし…………暇だ」

 

 思わず口に出してそう言ってしまう。今更あいつらの所に戻るのも格好付かないし…………久しぶりにナンパでもするか?

 

「では、少し私に付き合っていただけないでしょうか? 『ダスト』様」

 

 そんな俺の呟きを拾って、待ち構えてたかのように掛けられる声。

 

「……ん? そろそろ誰かが来る頃だとは思ってたがお前が来たのか金髪のロリっ子」

 

 確か名前はイリスとか言ったか。白スーツの女とどっちが来るかと思ってたがこっちが来たんだな。

 …………薄々気づいてたがこのロリっ子相当上級の貴族か。あれだけの騎士や冒険者を指揮していた白スーツの女が護衛についてるくらいだし。クリスやめぐみんが変な反応してたのもそれなら説明がつく。

 

「その様子では私がどのような要件で来たか分かっておられるのですね」

「ま、お前とあの白スーツの女にはちょっと接触しすぎてたしな。爆裂娘と一緒じゃなければまだバレなかった可能性もあるだろうが……」

 

 冷静に考えれば気づいて当然なだけの手がかりは残っている。

 

「…………ひとまず場所を移しませんか? 私としてもこれからする話は他の方に聞かれたくないのです」

「それもそうだな。……喫茶店にでも行くか?」

 

 ああいう店は座る場所や時間帯さえ間違えなければ人に聞かれたくない話をするのに適している。

 

「そうですね…………それもいいのかもしれませんが、今回は街の外にしませんか? 街中ですとクレアにすぐ見つかってしまう気がするので」

「あの怖い白スーツの姉ちゃんか。ま、そういうことならいいぜ」

 

 移動に時間がかかるのが難点だが……どうせ今日の俺は暇している。

 

「ただ、もしモンスターに襲われた時はちゃんと俺のこと守れよ? ジャイアントトードやはぐれ白狼くらいならなんとかするが初心者殺しやグリフォンの相手は無理だからな」

「任せてください。私、戦うことは得意ですから」

 

 カズマみたいなロリコンならすぐに落ちそうな笑顔で、金髪のロリっ子はやる気(殺る気)満々でそう言った。

 

 

 

 

「『エクステリオン』『エクステリオン』――『セイクリッド・ライトニングブレア』!…………ふぅ、これでゆっくりとお話ができますね」

「お、おう……」

 

 チャキンと聖剣を鞘に収めて振り向くイリス。その何事もなかったかの様子に俺はドン引きしながらもなんとか声を出して応える。

 

(何が俺と同じくらい強いだよ爆裂娘のやつ。普通に今の俺の本気より強いじゃねーか)

 

 グリフォンを瞬く間に倒すとか。ステータスだけならミネアの力を借りた俺もそう変わらないだろうが、その戦闘技術と得物の差は比べるのも馬鹿らしい。

 というか、最近グリフォンがこの街の近辺に流れ着きすぎだろ。爆裂娘たちがグリフォンとマンティコアのクエストを消化してからこっち、野良グリフォンが出没しすぎだ。一種の空白地帯みたいなもんなんだろうが…………そのうちアクセル周辺のモンスター分布にグリフォンが追加されかねない。

 

「さてと……話を始める前に、改めて名乗らせていただきましょうか」

「あん? 名前はイリスじゃねーのか。たしかそう呼ばれてたよな」

 

 ゆんゆんの話の中によくイリスって名前は出て来るし。めぐみんやクリスも確かそう呼んでたはずだが。

 

「この街では確かに私はチリメンドンヤの孫娘イリスと名乗っていますが本当の名前は違います。…………あなたと同じように」

「…………本当の名前ってのは?」

『ベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・アイリス』。それが私の本当の名前です」

 

 ベルゼルグっておい…………この国の王族じゃねーかよ。通りでアホみたいに強いわけだ。

 

「……あなたのお名前もお聞かせ願えますか?」

「俺の名前はダストだ。昔はまぁ……『ライン=シェイカー』って呼ばれてたが」

 

 今も冒険者カードに乗ってる名前は『ライン=シェイカー』ではあるが、そっちの名前を使う気は今のところない。あいつと一緒にいると決めてからの俺はダストで間違いないのだから。

 ……このさい冒険者カードの名前も変えたいんだけどなぁ。名前の変更は聖職者になって名前を新たにもらうとかそういうのじゃない限り出来ないのが難しい所だ。おかげで俺やララティーナお嬢様みたいに偽名で冒険者したければギルドに金払って協力してもらわないといけない。

 

「……あまり、私の正体に驚かれてないのですね」

「十分驚いてるっての。……まぁ、相当高貴な血筋ってのは薄々気づいてたことだし、貴族や王族の相手すんのも慣れてるからな」

 

 だから驚く以上に得心したってか、いろいろ腑に落ちてなかった所が解消出来たって気持ちのほうが大きいのも確かだ。

 

「やはりあなたが最年少ドラゴンナイト様なのですね」

「ま……ここに来て否定はしねーよ」

 

 その称号は捨てたものだから心情的には否定したいところだが。

 

「でしたらこの国の王女としてお願いします。どうかこの国の騎士として魔王軍と戦っていただけないでしょうか?」

 

 青い瞳でまっすぐに俺を見つめて。アイリスは真摯に願ってきた。

 

「…………答えを出す前に聞いてもいいか?」

 

 その瞳から目をそらしながら。俺は質問する。

 

「俺の正体に気づいたやつ。王国側じゃどれだけいる?」

 

 その答え次第で俺の今後の行動が決まる。

 

「気づいたのは私一人です。……おそらく今後気づくのも私一人ではないでしょうか」

「ホントかよ…………ほら、あの白いスーツの女とか気づかないほうがおかしいと思うんだが」

「それはそうなんですが…………あの様子では気づかないと思われます」

 

 ダストの時に何度かあって追い掛け回されてるし、この間も普通に会話したんだぞ? なんで気づかないんだよ。

 

「気づかないって思う根拠はなんだよ?」

「えっと…………ですね。あまりこの話はしたくないといいますか、先方の名誉のために名前は伏せますが…………とある魔法使いの方にクレアが最年少ドラゴンナイト様の正体をしつこく訪ねまして」

 

 …………とある魔法使いってどう考えてもあいつか。

 

「…………それで?」

「魔法使いの方は『よくよく考えたら私があの男を庇う理由などないじゃないですか』とおっしゃいまして…………」

「…………おう」

 

 あいつには今度ジハードを噛みつかせて一日一爆裂出来なくしてやろう。

 

「ダスト様の正体をクレアにバラしたのですが、クレアは『あんなチンピラがシェイカー殿であるわけないだろう』と笑い飛ばしまして…………まぁ、その…………そんな感じなのです」

「…………俺が言うのも何だが、この国大丈夫なのか?」

 

 いや、本当に俺が言うのもなんだけど。騎士を指揮してたあたり一応お偉いさんだろ?

 

「言わないでください…………クレアは基本的には聡明なのですが、自分より下と見たら見下す悪癖があって…………きちんと力を示せば認める柔軟さもあるのですが」

 

 ようは少しでも俺がまともなところを見せていればバレてたかもしれないってことか。

 

「それでダスト様。お答えをお聞かせ願えますか? どうかこの国で一緒に魔王軍と戦ってください」

「…………お前はいい目をしてるよな。この国の王族はどいつもこいつもそんな目をした奴らばっかだ。…………ほんとあの国の王様に爪の垢飲ませたいぜ」

「? お兄様……ジャティスお兄様やお父様と会われたことがあるのですか?」

「一度だけな。俺がドラゴンナイトになってすぐの頃一緒に戦ったことがある」

 

 その時の功績と最年少ドラゴンナイトの実績から俺はあいつの護衛になったから、本当にその一度きりだったが。この国で曲がりなりにも俺の噂が流れてるのはその時のことも理由の一つだろう。

 

「では……また一緒に戦っていただけるでしょうか?」

 

 その瞳は本当に真っ直ぐで澄んでいて……貴族や王族が嫌いと言ってはばからない俺をして好意的に捉えざるを得ない光がある。

 

 ミネアが戻ってきた今、もしも俺が一人だったらきっとこの誘いに乗っていた。

 もしも俺があの国から逃げ出してから最初に出会ったのがジャティスやこいつだったのなら魔王軍と戦っていた今もあっただろう。

 

 だけど……それは全部仮定の話だ。俺の答えは最初から決まっている。

 

「悪いが俺はもう国のために働く気はないんだ。『騎士』になんか絶対なりたくねーし、自分から魔王軍と戦いに行く気もない。…………ジャティスや国王のおっさんには悪いが、一緒に戦うことはねーよ」

「…………どうして、と聞くことは許されるでしょうか?」

 

 どうして、ね。いろいろと理由はあるが、それを全部ひっくるめて言うなら……。

 

「俺が『ダスト』だからだよ」

 

 俺はもう最年少ドラゴンナイトの『ライン=シェイカー』なんかじゃない。ただの街のチンピラ『ダスト』だ。

 

「こんなどうしようもないチンピラには魔王軍と戦う理由なんてねーし、戦って生き残るだけの力もない。そもそもが見込み違いなんだよ」

 

 今の俺が戦線に参戦しようが大局は変わらない。俺に強化されたミネアは確かに戦場で最強かもしれない。でも今の俺はその隣で戦えるほどの力はない。すぐに死んじまうのが落ちだ。

 

「…………本当の理由は話してくれないのですね」

「別に嘘は言ってねーんだがな……」

 

 確かにそれが一番の理由ではないが。どちらにしても今の俺が『ダスト』だからって言葉に全部込められている。それを一から説明する気は確かにない。

 

「……で、だ。俺がこの国で騎士として戦う気はない。それはどれだけ言葉を重ねても変わらない。その上でお願いと言うか取引がしたいんだが……」

 

 断っておいて虫の良い話だとは分かっているがしないわけにもいかない。どうせ俺はどうしようもないろくでなしなのだからと開き直って切り出す。

 

「ダスト様の正体を隠していて欲しいという話でしょうか? 別に最初から誰かに伝えるつもりはありませんよ。あなたほどの経歴の持ち主が名と実力を偽りはじまりの街にいる……その意味は分かっているつもりです」

「そう言っててあっさりばらしたらしい爆裂娘(魔法使い)がいたみたいだけどな」

 

 いや、まぁ確かにあいつには俺の正体隠す義理なんてないから仕方ないけどよ。

 

「いえ……本当に安心してください。めぐみんさんもクレアの質問がしつこすぎて答えてしまっただけです。私にそこまで強く質問できる人はこの国にはいませんし、たとえされてもベルゼルグの名にかけてバラしません」

「まぁ……別にお前のこと信じてないわけじゃないんだがな」

 

 ゆんゆんの話の中でこのロリっ子がどういう奴かは分かってるつもりだ。筋の通らないことをするタイプじゃないだろう。

 

「ただ、それじゃ俺の気がすまねーんだよ。ここでお前の好意に甘えたら俺はお前に借りができちまう。……ただでさえ最近借りを作っちまったやつが多いからそれは避けたい…………って、なんだよその意外そうな顔は」

「いえ…………その…………ゆんゆんさんから聞いていた話から伺える人物像とは大分違いまして…………」

 

 あいつは俺のことなんて話してるんだよ。……いや、だいたい想像つくけどよ。

 

「とにかくだ。お前が俺のこと黙っててくれるってのはありがたい。だけどその代わりになんか俺にやって欲しいことを言ってくれ。可能な限りなんとかしてやる」

 

 だから取引。今回のことを貸しでもなく借りでもない形で終わらせる。そんな自分本位でろくでもないお願いだ。

 

「…………難しいですね」

「まぁ、こんなチンピラに頼むことなんてないか」

 

 なんてったってこいつは王族。望めばたいていのことは叶ってしまう。そんなやつが街のチンピラなんかに頼むことなんてそう思い浮かばないだろう。

 

「いえ……色々ありすぎて困っているんです。例えばドラゴンの背に乗せてほしいとか、お姫様との逃避行中の話を教えてほしいとかあるのですが……どれか一つとなると…………」

 

 …………前者も後者もできれば勘弁してほしいんだが。あんまりあいつのことは思い出したくないし。

 

「…………決めました。あの……私に戦いを教えてもらえませんか?」

「はぁ? 戦いって俺がお前に何を教えんだよ。ぶっちゃけお前今の俺より強いだろうが」

 

 それに今の俺は曲がりなりにも剣を使って戦ってるが、人に教えられるほどじゃない。槍ならともかく聖剣使いのこのロリっ子に教えられること何てほとんどないだろう。

 

「戦闘技術という意味では確かにそうかもしれません。私は小さい頃から魔法に剣術にいろいろ教わってきましたから」

 

 今でも十分小さいけどな。……まぁ、そう言えるだけの間叩き込まれてきたんだろう。王家の才能を余すところなく開くために。

 

「ですが……私は『戦い』を知りません。お兄様やお頭様のように『冒険』をしたことがない…………今の私では本当の強敵が現れた時にお兄様は頼ってくれません」

「…………そういうことか」

 

 俺がこいつに感じていたこと。このロリっ子はたしかに強いが、それを裏付ける『凄み』がない。実戦経験が圧倒的に足りない……もしくは実戦経験があっても自分が圧倒的に有利な状況でしか戦ったことがないんだろうとは思っていた。

 そういう奴は自分よりも弱い相手であれば問題なく勝てるが自分より強い相手になると全力を出せず負けてしまうことが多い。…………戦場じゃ1番死にやすいタイプだ

 

(つっても……このロリっ子より強い敵なんて数えるほどしかいねーだろうし、そんな相手に王族をぶつけるはずもない)

 

 だから問題なんてないはずなんだが…………それなのにこうして頼んでくるのは王族としての強さを求める性か。あるいは……。

 

「……ま、いいぜ。そういうことなら俺でも教えられることはあるだろうしな。お前が納得するまでお前を鍛えてやるよ」

「本当ですか!?」

「おう、まぁ大したことは教えられないだろうけどな」

 

 それにこれは俺にとってもそう悪い話じゃない。訛ってしまった槍の腕。それを鍛え直す相手にこのロリっ子はうってつけの相手だろう。

 

(…………けど、それじゃ借りを返したことにはならねーな)

 

 自分にも得のある話じゃ当然そうなる。結局、このロリっ子にも借りを作ることになりそうだった。

 

 

 

 

 

 

――サイドB:ゆんゆん視点――

 

(……自分に自信を持つなんて…………それができたら苦労しないのに)

 

 去っていくダストさんの背中を見つめながら。私は服をぎゅっと掴んで不安な気持ちを誤魔化す。

 

「おい、クリス。あの男は誰だ。私の知っているダストはもっとこう…………残念なふうにクズなチンピラだぞ」

「あー……まぁ、なんかいいことでもあったんじゃないかな。もしくはなにか悪いものでも食べたとか」

「なるほど……悪いものを食べたと考えればあの様子も頷ける」

「…………事情知らなければあたしもそう思うあたり人徳だなー」

 

 なんか失礼なことを言ってるダクネスさんとクリスさん。ダストさんの評価はどこでも同じらしい。

 

 

 

「さてと……あたしたちのご飯も来たしそろそろ本題にはいろうかな。…………さっきからダクネスもゆんゆんも話さないであたしばっかり喋ってるし」

「……すみません」

「すまない……」

 

 クリスさんたちのご飯が来るのを待ってる間のやり取りを思い出して私は顔を俯けながら謝る。

 けど、私はいつものことと言ったらいつものことだけどダクネスさんはどうしたんだろうか。めぐみんやカズマさんと一緒にいる時のダクネスさんはもっと堂々としていた気がするんだけど。

 

「そ、それで私に用事というのはなんですか?」

 

 ダクネスさんのことを考えてたら少しだけ気が紛れたのか。なんとか気を取り直した私はそう話しかける事ができた。

 

(…………けど、私に用事って本当に何なんだろう?)

 

 もしかしてギルドでトランプタワーを作るのは迷惑だからやめてほしいとかだろうか。

 それともバニルさんと友達ということがバレて悪魔と友達なんて魔女の所業と裁判に掛けられるんだろうか

 はたまた…………って、ダメダメ。どうしてこう悪い方悪い方に考えちゃうんだろう。めぐみんとかダストさんが傍にいる時はもっと前向きになれてる気がするのに。

 

(…………うん。とにかくもっと前向きに考えないと)

 

 暗いことばっかり考えてたら暗い顔になってしまう。クリスさんもダクネスさんも心優しい人たちだって事は知ってる。だからもっと楽しいことを考えてもいいはずだ。

 たとえば……そう。私とと、友達になって欲しいとかそういう話をしにきたんじゃないだろうか。

 

「うん。その用事なんだけどね。ねぇ、ゆんゆん。あたしとダクネスと友達になってくれないかな?」

「そうそうこんな感じで………………って、え!!? 友達って私とですか!?」

「他に誰がいるのさ?」

 

 ダクネスさんもクリスさんの言葉に頷いている。……え? これ夢じゃないの?

 

「で、でも、どうしていきなり友達になんて話になるんですか?」

 

 もしかしてこれは壮大なドッキリなんじゃ…………。

 

「あー……実はダストに頼まれたんだよ。手を貸す代わりにゆんゆんの友達になってくれないかって。それでせっかくだからってことでダクネスも連れてきたんだ」

「…………そうですか。ダストさんに頼まれて」

 

 …………結局そうだ。私は自分で友達なんて作れはしない。バニルさんの時もアクアさんの時もそして今も。お膳立てされた場がなければ私なんて……。

 

「確かにダストの言う通りかもね。ゆんゆんはもっと自信を持つべきだと思うよ」

「そうだぞゆんゆん。確かに私もクリスもダストの提案でこうしてこの場にいるが、この場に来ようと思ったのは相手がゆんゆんだからだ」

「ダクネスの言う通りだよ。あたしもダクネスもゆんゆんとなら友達になりたいって思ったからダストの提案に乗ったんだ。……というよりあたしは今結構ショックなんだからね? あたしとしてはもうとっくにゆんゆんと友達になってたと思ってたのに」

 

 うつむいていた顔をあげる。目の前には少しだけ強張った顔をしたダクネスさんと、いたずらっぽい笑みを浮かべたクリスさんが優しい眼差しで私を見ていてくれた。

 

「…………本当に私()()()でいいんですか?」

 

 その優しい眼差しに勇気を出して私は聞く。本当はこんな質問をするなんて相手に失礼だって分かっているけど…………不安な気持ちの中にいる私はどうしてもその答えを聞きたかった。

 

「本当はここはお説教しないといけないんだろうけど…………それは友達になってからでもいいかな。……キミ()いいんだよ、ゆんゆん」

「むしろその質問は私のほうがするべきだろう。ゆんゆんこそ私のようなへn…………何をするクリス。いくら私がドMの変態だからといっていきなり太ももを抓られても困るぞ」

「嬉しそうな顔でそう言われても説得力ないんだけど!? というか、ダクネスちょっと空気読もう? じゃないとこれから一ヶ月の間ララティーナって呼んじゃうよ?」

「…………最近その恥ずかしい名前で呼ばれるのも慣れてきたというか、少しだけ嬉しく感じるようになってきたんだが……クリス、どう思う?」

「とりあえず黙ってればいいと思うよ。…………あ、ごめん、謝るからその嬉しそうな顔やめて。普通に喋ってお願いだから…………って、ゆんゆん? 何を笑ってるの?」

「っっ……ご、ごめんないさい……二人のやり取りが面白くて……」

「べつに漫才をやってるわけじゃないんだけどなぁ……」

 

 ぽりぽりと顔の傷跡を掻きながら。クリスさんは困ったようにそう言う。

 

「まぁ、いいじゃないかクリス。おかげで私もゆんゆんも緊張が解けたようだし」

「…………ま、それだったらいいんだけどね。それで、ゆんゆん。納得はできたかな?」

「えっと…………はい。まだ、少し本当にいいのかなって気持ちはありますけど…………」

 

 この二人が本当に私と友達になりたいと思ってくれていることは信じられる。

 ほんの少しだけ不安というかしこりのようなものが残っているのは否定出来ないけれど……。

 

「なぁ、ゆんゆん。まだ少し引っかかっているようだが、これくらいのことはなんでもないことなんだぞ?」

 

 そんな私の様子に気づいているんだろうか。ダクネスさんはそう言って続ける。

 

「友達の紹介で友達が増える。それはどこにでもある普通の話だ。そんなに身構えることじゃない」

「……それ、さっきまで緊張してたダクネスが言っても全然説得力ないんだけど。……ま、確かにダクネスの言う通りよくあることだよ」

 

 そっか……ダストさんは友達だから、その紹介で友達になっても何もおかしいことはないんだ。

 

「クリスさん、ダクネスさん。どうか私と友達になってくれませんか?」

 

 そう思った私はすんなりとその言葉が言えた。

 

「うん。改めてよろしくね、ゆんゆん」

「こちらこそよろしく頼む」

 

 こうして私にまた友達が2人も増えた。

 

 

 

「しかし、ダストにあんなまともな所があるとは驚いたな。てっきりたんなるヘタレたチンピラだと思っていたんだが……」

 

 一緒に楽しくご飯を食べ終えて。代金を払おうとカウンターに並ぶ私達三人は、無駄にカッコつけて去っていったダストさんの話をしていた。

 

「まぁ、あれでこの街じゃ1、2を争うくらいに過去に色々あったみたいだからねぇ…………チンピラやってるのは素だろうけど」

「ダストさんのチンピラはもうどうしようもありませんね。……でも、あれでドラゴンにはすごく優しいんですよ。ハーちゃんダストさんに撫でられるとすごく嬉しそうな声で鳴きますし」

「あのチンピラにそういう面が…………意外過ぎるな」

「まぁそうだろうね」

 

 そうこう話している内に私達の会計の番になる。

 

「それと……本当にたまーにですけど友達にもちょっとだけ優しいです。……あ、ここは私が払いますね」

「ダメだよ、ゆんゆん。こういうのは割り勘ってのをするのが友達なんだから。ね? ダクネス」

「…………お前、私にはいつも奢ってと言ってなかったか?」

「それはそれ、これはこれ。3人以上の時はいつも割り勘してたじゃん」

「そもそも3人以上で食べることが少なかっただろう…………全くお前は調子のいいやつだ」

 

 ため息をつくダクネスさんはでも同時に楽しそうで…………この二人が本当に親友なんだなってことを実感させられた。

 私もこの二人の間に少しでもはいっていけるように頑張ろう。

 

「先に帰られた金髪の男性の代金と合わせて1万500エリスになります。…………お会計はどうなされますか? 別々に勘定することも出来ますが」

 

「「「…………………………」」」

 

 ウェイトレスの言葉に絶句する私達。私も二人もせいぜい1500エリス分くらいずつしか食べてないのにこの値段……。

 

「ねぇ、ゆんゆん。誰が友達にちょっとだけ優しいって?」

「あの男……カッコつけていなくなったくせに食い逃げか……」

「えっと…………その…………さっきの言葉聞かなかったことにしてください…………」

 

 

 今度会ったら色んな意味であのチンピラの友達にはお礼をしようと決める私だった。




しっかりダストの分まで払っちゃうゆんゆんはお人好しが過ぎます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第16話:木漏れ日の昼下がり

「ラインは本当にドラゴンが好きだな」

 

 目付きの鋭い、えてして人相が悪いと評されるだろう男が、俺の頭をくしゃくしゃと撫でる。

 

「うん!だってドラゴンは強くて格好よくて可愛いから!俺、絶対父さんみたいなドラゴン使いになるんだ」

 

 あぁ……これは夢だ。そんなことは考えるまでもなくわかる。

 

 この夢はもう何度も繰り返し見たものだし、人相が悪いのにいつも楽しそうに笑っている目の前の男はもうどこにもいないのだから。

 

(早く……起きねーと……)

 

 今見ているこの幸せな夢はまだいい。だが、この夢はすぐに悪夢へと変わる。

 

「あらあら、お父さんみたいなドラゴン使いになりたいなんて大きく出たわね。ラインのお父さんはこの国唯一のドラゴンナイトで、王国一と評判の槍使いよ?」

 

 起きないといけない。分かっているのに俺の意識はこの光景から離れようとしない。……いや、離れられるわけがないのかもしれない。たとえこの先の結末がどうであろうと、この光景は数少ない両親との幸せな思い出なのだから。

 そんな感傷が俺みたいなチンピラにまだ残っているというのは最高に滑稽だが。

 

「うぅ……でも、父さんみたいな強面のろくでなしが母さんみたいな美人で優しい人と結婚出来たのは凄いドラゴン使いだからだろうし……」

「おい、こら息子」

「俺も母さんみたいな多少変な名前でも美人で優しい人と結婚したいんだ」

「ライン君? その何も考えないで喋る癖やめようっていつも言ってるよね?……女好きな所といい本当どこかの誰かさんにそっくりなんだから」

 

 ため息をつく母さん。その輪郭は既にぼやけていて思い出せないが、その髪と瞳が綺麗な黒色だったことだけは覚えている。

 

「いや……ラインのこの思ったことを素直に言う口の悪さはどう考えても母さんの――」

「『カースド――」

「土下座して謝るんで雷撃も氷漬けも勘弁してください!」

「もう…………ライン君? ライン君はお父さんみたいなろくでなしになっちゃだめなんだからね?」

 

 母さんの言葉にコクコクと頷く俺。普段は優しい人だが、家族に怒る時だけは本当に容赦がない人だった。

 

「ごほん……まぁ、母さん。そう無理な話でもないんじゃないか?」

「? 何の話?」

「ラインが俺のようなドラゴンナイトになるという話だよ」

 

 土下座をやめて父さんは続ける。

 

「ラインが俺の子どもってだけなら難しいかもしれないが、母さん……この国一番の魔法使いの子どもでもあるんだ。案外俺なんかよりずっと早くドラゴンナイトになるかもしれんぞ」

「うーん……確かに才能はありそうだし私の息子ってだけなら信じられるんだけど…………お父さんと同じろくでなしの血筋だからなぁ。私みたいなお目付け役がいないと怠けて才能ダメにしちゃうんじゃないかな」

「…………信用されてないなぁ、息子」

「この場合は信用されてないのは父さんじゃね?」

「…………可愛くねーなぁ、息子」

 

 人相は悪いのにそうやって不貞腐れている様子は子供っぽくて……大人と子供が同居している、そんな印象の父親だった。

 

 

 

「よし……そろそろ休憩はいいな。もう少し槍の特訓するか? それともモンスター相手でレベル上げするか?」

「レベル上げ」

「……即答だな息子。ぶっちゃけ俺らドラゴン使いにはレベルなんて大して意味ねぇから、槍の特訓させたいんだがな……ま、モンスター相手の戦い方覚えるのも大事だしいいけどよ」

「それじゃ『魔物寄せ』使うわね」

 

 魔道具によって呼び寄せられる魔物。それを横目にしながら父さんは俺の頭を乱暴になでながら。

 

 

「いいか、ライン。これだけは覚えとけ。『子は親を超えなければならない』。お前がどんなろくでなしになろうと構わない。だが、この言葉だけは絶対に忘れるな」

 

 それは、戦うこと以外はまともに教えてくれなかった父さんが唯一俺に教えてくれた教訓。俺が一番つらかった時期を支えてくれた言葉。

 

「さーてと……んじゃ、ライン、俺達の戦い方をよく見とけよ。――ミネア、休憩終わりだ。いつまでも寝てねぇでお前も準備しろ。母さん、よってきた敵はどんな感じだ?」

「敵感知の魔法に引っかかる感じじゃ見えてるだけね。つまりグリフォンとドラゴンゾンビとマンティコア2体」

「…………いやまぁ、このあたりのモンスターの分布じゃ確かにありえない組み合わせじゃないんだが…………やりすぎただろ? 母さん」

「大丈夫大丈夫。この国一番の竜騎士様とその相棒のドラゴンならこれくらい余裕余裕」

「……倒すだけならともかくラインにとどめを刺させるために手加減しねぇといけないんだぞ? このレベル上げ考えたのは母さんなんだからちゃんと援護してくれ」

「別に私が考えたわけじゃないんだけどなぁ……ま、お父さんをサポートするのが私の仕事だからいいけど」

 

 

 

 俺はもう父さんの顔なんてほとんど思い出せない。声もあやふやならきっと話し方だって正確じゃない。

 だけどその背中……ミネアと一緒に並び立つその後姿だけは今でも鮮明に思い出せる。

 

 その姿に憧れた。

 その背中に追いつきたいと願った。

 

 ただのチンピラとなった今にして思えばどこまでも滑稽な幼いドラゴン使いの夢。

 

 

 

(…………さっさと起きろよ、俺)

 

 これから先はもっと滑稽で嗤うしかない光景が続くって分かっているんだから。

 

 

 

「…………セレスのおっちゃん、これ……何……?」

 

 夢が変わる。暗い家の中で俺は二つの指輪渡そうとする兄弟子にそう問いかけていた。

 

「…………それが何か、ラインが一番分かっているだろう」

「……『双竜の指輪』…………」

 

 シェイカー家に代々伝わる二つで一つの役割を果たすマジックリング。

 …………両親(ふたり)が肌身離さず互いに一つずつつけていたはずのものだ。

 

「…………なんで?」

 

 それがどうしてここにあるのかと幼い俺は聞く。…………そんなこと聞くまでもなく分かっているはずなのに。

 

「……とある大物賞金首にお前の両親は襲われたそうだ。戻ってきたのはミネアとこの二つの指輪だけだ」

「意味……わかんねーよ…………父さんと母さんが…………あの二人がやられるわけないだろ?」

「…………勝てないと思ったあの2人はどうにかしてミネアだけでも逃がそうとしたんだろうな。……お前がドラゴン使いになるためにはミネアは……ドラゴンは絶対に必要だから」

「…………ミネアは?」

「今は竜舎にいる。傷だらけだが治療も終わってるし命に別状はないってよ」

 

 そこまで聞いて幼い俺は兄弟子から指輪を受け取って竜舎に走り出す。

 

「ライン! お前の面倒は俺が見る! 心配すんな、俺だって下級だが貴族のはしくれでドラゴン使いだ。不自由はさせねーよ。それにあの2人に頼まれてるからな。2人にもしものことがあったら俺が代わりにお前を立派なドラゴン使いにしてくれってよ!」

 

 その兄弟子の申し出を受けたのはいつだったろう。一週間か二週間か。ミネアと一緒に帰ってくるはずのない両親を待ち続け……ろくに飯も食わなきゃ寝ることも出来なくて死にかけた後だったのだけは覚えている。

 

(…………ああ、本当に嗤えるな。ここで死んどけばよかったのによ)

 

 これから先に起こることと今を思えば本当にそう思う。

 

(ま……悪いことばかりでもなかったけどな…………)

 

 短かったけど姫さんと過ごした日々は悪くなかったし、()()()に出会ってダストになったことも後悔はしてない。……最近はわりと生きてて楽しいしな。

 

 

 

 

「ん……んぅ…………」

 

 次の夢へと引っ張られそうになる意識を俺は無理やり覚醒させようと、瞼に力を入れて目を開けようとする。

 

「あ、ダスト君、起きた?」

「…………姫さん?…………ちっ、まだ夢の中かよ」

 

 でも……まぁ、いいか。姫さんの夢ならもう少しなら付き合っても……。

 

「ダスト君、もしかして寝ぼけてるの?」

「あん? 夢の中なんだから寝ぼけてて当然だろ。相変わらずおかしなこと言う姫さんだな」

「おかしなこと言ってるのはダスト君だと思うんだけど……お姉さんのこと誰かと勘違いしてない?」

 

 勘違い? こんだけところてんスライムの匂いさせてる女なんて俺は母さんと姫さんしか知ら…………って、あれ?

 

「…………なんだよ、セシリーじゃねえか」

 

 紛らわしい匂い漂わせやがって。

 

「流石のお姉さんも膝枕してる相手にため息されたら傷つくんだけど…………これはもう責任取って結婚してもらうしか……」

「ふぁーあぁ…………ねみぃ…………もう少し寝るか」

 

 流石に嫌な夢の続きは見ないだろう。

 

「おーい、ダストくーん? 流石のお姉さんも完全スルーは予想外なんだけどー?」

「しらねーよ……いいから寝かせろよ。昨日の夜遅くて寝不足なんだよ……」

 

 だからこうして木の下で昼寝してるってのに。…………なんでこのプリーストが膝枕してるかはしらないけど。

 

「寝不足? なになに? エッチな話?」

「うぜぇ…………なんでいきなりそんな話になんだよ」

「え? だってダスト君って私と同レベルの変態さんじゃない? 寝不足って言ったらそういう話になると思うのよ」

「変態なのは否定しねーがお前と同レベルってのは死ぬ気で否定してやる」

 

 というか仮にも性別女だったらもっと慎み持てよ。

 

「私以上の変態…………もしかしてダスト君はゼスタ様クラス……?」

「ねーよ! 何で俺がお前以上の変態になんだよ!?」

「だってダスト君って私を裸にして首輪つけて散歩させようとしたことがあったじゃない? さすがのお姉さんもドン引きだったわよ?」

 

 …………………………

 

「で、何でお前は俺を膝枕なんてしてんだよ?」

「ダスト君って本当誤魔化すの下手ね」

 

 うるせーよ。あと、あれのこと考えてもこいつのほうが絶対変態だって。

 

「んー……膝枕の理由って言われても、ダスト君が硬そうな所で寝てるから膝枕してあげたってだけよ?」

「暇人かよ……」

「だって最近めぐみんさんもアイリスさんもアジトに来ること少なくって…………ゆんゆんさんは定期的に掃除しに来てくれるけど」

「いや、お前の本職はプリーストだろうが。プリーストの仕事しろよ」

 

 というかゆんゆんは何してんだ。このプリースト甘やかしたらろくなことならないんだから自分で掃除くらいさせろよ。で、俺の借りてる馬小屋の掃き掃除する回数をもっと増やせ。

 

「でも、ダスト君。プリーストの仕事って何をすればいいのかしら? アクシズ教団の例のアレを売る仕事とエリス教会に喧嘩を売りに行く仕事ならちゃんとやってるけど」

「そんな仕事はネロイドにでも喰わせて一緒に飲んじまえ」

「お姉さん的には食べさせるなら生きのいいところてんスライムに食べさせてから頂きたいわね」

「……てーか、ところてんスライムも取扱禁止なの考えれば犯罪スレスレというかアウトの行為しかしてないじゃねーか。それを仕事とか言うのはやめろよ」

 

 一応アクシズ教徒の教義の中にも犯罪はまずいって内容があっただろ。『犯罪じゃなければなんでもやっていい』とかそんなの。…………別に犯罪やったらダメって内容じゃねーな。

 

「それはダストくんにだけは言われたくないんだけど…………ダスト君マッチポンプを仕事と言って何度も捕まってるわよね?」

「記憶にないな。ゆんゆんか誰かと勘違いしてるんじゃないか」

 

 あいつは確かマッチポンプ詐欺で捕まってたよな。

 

 

 

「ダスト君って本当ろくでなしよね」

「ま……お前には言われたくないけどな」

 

 俺がどうしようもないろくでなしのチンピラだってのは間違いない。

 

「でも…………初めてあった時に比べたら凄くいい笑顔をするようになったかな」

「あん? お前と初めてあったときって言ったら留置所だっけか。…………別に変わったきはしねーんだが」

 

 あの頃と違ってジハードとミネアがいるし、そういう意味じゃ笑うこと増えてるかもしれないが。こいつとあった時から俺はダストとして好き放題してるし。

 

「うん……確かに変わって変わって……でも、本質的な所は全然変わってないわね」

「いや…………マジでお前が何言ってるか分からねーんだが。つーかお前が俺の何を知ってんだよ」

 

 ただの友達の友達のくせに人のこと分かったようなこと言いやがって。

 

「ダスト君が『――たがり』なのは知ってるわね」

「………………やっぱ俺お前のこと苦手だわ」

 

 そのことは誰にも言ったことがないってのに。

 

「そう? お姉さんはダスト君のこと好きよ」

「そうかよ」

「…………………………」

「………………………?」

 

 何をこいつは似合わない真面目な顔して俺のこと見つめてきてるんだ? 凄い気持ちわr……もとい気色悪いんだが。

 

「ねぇ、ダスト君」

「なんだよ」

「…………そろそろセシリーお姉ちゃんに惚れた?」

「お前そのいきなり訳の分からないこと言い出す癖マジでやめろ」

 

 毎回毎回反応するのに苦労してんだからな。

 

「あの……? 一応でもこんな美少女が好きだって告白してるのよ?」

「しらねーよ。一応の上に美はともかく少女じゃねー守備範囲外に告白されたからってなんだってんだ。つーか、お前のその告白はいつものことだろうが」

 

 その後何も言わずに見つめてきてたのだけが謎なだけだ。

 

「おかしいわ…………マリスに教えなきゃ最近パッドを付け始めたことを街中にバラすわよと脅して教えてもらった告白方法なのに……ミステリアスな雰囲気から告白したらどんな男でもイチコロというのは嘘だったのかしら?」

「あの処女プリーストが男の扱い方知ってるわけねーだろ。適当だ適当」

 

 てかあの貧乳プリースト、パッドをつけ始めたのか。キースに今度教えてやろう。

 

「てかだな。そもそもお前は守備範囲外だって何度も言ってるだろうが。クソガキとアクシズ教徒にどんなに情熱的に告白されようが俺にとっちゃ問題外だっての」

「そんなこといってさっきからダスト君太もも撫でてきてるわよね?」

 

 ただしセクハラしないとは言ってない。いや、本当こいつも見た目だけは悪くないんだよな。自分からセクハラする気はないけど膝枕までされてる今の状況だと触ってもいいかな程度には思ってしまう。

 

「まぁ、あれだ。もう少し言うなら仮にお前がアクシズ教徒じゃないにしてもお前の好きって言葉じゃ揺さぶられないと思うぞ」

「どうして?」

「だってお前いろんなやつに好きだ好きだ言ってるけどそれ全部親愛だろ? 恋愛的な意味で言われてないなら別になんとも思わねーよ」

 

 こいつが示す愛情は親愛と敬愛と性愛だけだ。恋愛なんてもの欠片もない。

 

「…………私、ダスト君のそういう所苦手だわ」

「そりゃ両思いだな」

 

 俺もこいつの妙に鋭い所は苦手だし……ってさっき言ったよな。

 

「けど、ダスト君って童貞なのにそういう乙女の機微がちゃんと分かるのね。ちょっとだけ意外だわ」

「おいこら待て。誰が童貞だ誰が。勝手に決めつけてんじゃねーぞ」

「お姉さんダスト君のそういう強がりな所は好きよ?」

 

 ぐぬぬ……本当に童貞じゃないってのに。…………夢の中じゃ百戦錬磨だっての。

 

「今ダスト君から邪悪な気配を感じたんだけど…………もしかしてお姉さんに内緒で悪魔に関わることやってないわよね?」

「お前らアクシズ教徒のセンサーはどうなってんだよ!?」

 

 こいつの前じゃサキュバスサービスのことを思い浮かべるのはやめたほうが良さそうだ。

 

「まぁ……あれだ。俺は乙女心なんて全然分かんねーけどよ。『好き』って言葉が親愛か恋愛かどうかくらいは分かるんだよ」

「乙女心より普通そっちの方が難しいと思うんだけど……お姉さんの『好き』って言葉を親愛だと見破ったのなんてダスト君くらいよ?」

 

 お前は親愛と一緒に性愛も混ぜてやがるからな。普通混ぜないもんを混ぜてるから誰だって勘違いするわ。俺がそれを勘違いしないのは……

 

「…………親愛の言葉を勘違いして痛い目に二回くらいあってるからな。流石に三回目は勘弁だ」

 

 ……二回目の時は危うく性別変わりかけたし。

 

「んー…………なんだろう、このダスト君からする勘違いしてるのを勘違いしてるような微妙な雰囲気は」

 

 何でこいつは可哀想なものを見るような目を俺にしてるんだろうか。

 

「つーか……お前のせいで完全に目が覚めちまったじゃねーか。今日の夜も遅くなりそうだからもうちょい寝たかったってのに」

「そう言えば、さっきそんなこと言ってたわね? エッチなことじゃないなら何の用事があるの?」

「何って言われるとすげー説明がしづらいんだが……」

 

 ちゃんと説明するとなると俺とイリス(ロリっ子)の正体を話さないといけないし。

 

「簡単に言うならちょいと良家のお嬢様に家庭教師をしてんだよ」

 

 ロリっ子に特訓してほしいってお願いを叶えるため。俺は自分の槍の訓練がてらあのドラゴンスレイヤーと模擬試合のようなことをしている。

 夜にレインとかいう女が迎えに来てロリっ子が待つ所に連れて行かれるから、訓練が白熱すれば自動的に睡眠時間が削れてしまう。

 

(聖剣なし魔法なし身体能力低下でようやく互角とかあのロリっ子狂ってるよなぁ)

 

 なにをどうやったらあの歳であの域になるのか。俺は槍を使ってて武器の利があるっていうのに、こっちが押され気味なのはなんといえばいいのか。

 ハンデありとは言え自分と互角に戦ってくれる相手が珍しいのか向こうは喜んでるみたいだが。…………おかげで毎回のように白熱して睡眠時間削れるのはそろそろなんとかしたい所だ。

 

「ふーん…………夜が忙しいのはわかったんだけど、その分朝を遅くすればいいんじゃないかしら? ダスト君別に早起きキャラじゃないわよね?」

「早起きキャラってなんだよ……。いや言いたいことは分かるけど。…………俺としてもゆっくり寝たいんだがな、あのぼっち娘がクエスト行きましょうと起こしてきやがるんだよ」

「ぼっち娘って…………ゆんゆんさん?」

「そ、あの毒舌ぼっち娘」

 

 人が気持ちよく寝てるのも気にせずいつまで寝てるんですかと起こしてきやがる。

 前は俺が構ってやらなきゃ俺のとこにくることなんて殆どなかったのに、最近は妙に干渉が多い。まぁ、汚くしてたら馬小屋の掃除とかもしてくれるし、文句を言える立場じゃないんだが。

 

「……最近お姉さんの所にもゆんゆんさんが来て、朝起こしてくれたり朝食作ってくれてたりするんだけど…………お姉さんの所だけじゃなかったのね」

「…………あいつは本当何やってんだ」

 

 どんだけお人好しなんだよ。世話焼きなのは知ってはいたが。

 

「ついにお姉さんの魅力にゆんゆんさんが惚れちゃったのかなと思ってたんだけど…………ダスト君の所にも行ってるってことは――」

 

 まぁ、あいつの友達に対するスタンスが変わったってことだろうな。今までは遠慮して友達でも自分から関わっていけなかった所がなくなったと。お人好しの世話焼きのあいつならそうなるのも分からないでもない。

 

「――二股ということね!」

「想像通りの台詞をありがとよ。お前は本当ブレねーな」

 

 こいつと話してると真面目に物を考えるのが馬鹿らしくなるわ。

 

 

 

 

「な、なな……っ! 何をしてるんですか!?」

「ん? なんだよぼっち娘じゃねーか。お前こそこんな町中でいきなり叫んでどうしたんだよ」

 

 驚いたような叫び声に目を向けてみれば、妙に顔を赤くしているぼっち娘とそれに付き従うジハードの姿。

 

「それはこっちの台詞ですって! ダストさん、セシリーさん、こんな町中で一体何をやっているんですか!?」

「何って言われてもな…………一応昼寝……か?」

 

 寝れてないけど。

 

「お姉さんはダスト君に膝枕してるだけね」

「とぼけないでください!」

 

 俺とセシリーの回答に納得がいかないのか。さっきよりも顔を赤くしてゆんゆんは叫ぶ。

 

「おい、残念プリースト。あのぼっち娘は何をあんなに怒ってるんだ?」

「んー……お姉さんにもよく分かんないわね。ただ、あれは単純に怒ってるというより同時に恥ずかしがってる雰囲気よ」

 

 恥ずかしがる……ねぇ。今更街中で叫んだことが恥ずかしかったんだろうか。けど、どっちにしろ最初に怒って叫ぶ理由が謎だな。

 

「というわけだ。ぼっち娘。お前が何を言ってるか全然分かんねーから、ちゃんと説明してくれ」

「ちゃ、ちゃんと説明って…………セクハラするのもいい加減にしてください!」

 

 セクハラ? なんで怒ってる理由説明しろって言ったらセクハラになるんだ?

 

「あ…………お姉さん、ゆんゆんさんが恥ずかしがってる理由わかったかも」

「お、マジかよ。何だよ分かったんならさっさと教えろよ」

 

 というか、もしかして怒っていることより恥ずかしがってることの方が主題なのか。

 

「えー……でも、恥ずかしがってるゆんゆんさん可愛いし……説明してもらってもっと恥ずかしそうにしている様子が見たいわ」

「お前に頼んだ俺がバカだったよ」

 

 ゆんゆんはこいつと友達で本当にいいんだろうか。

 

「まぁいいや。この変態プリーストは当てにならねーからゆんゆん、お前が何で怒ってるか教えてくれ」

「…………もしかして、本当にダストさん気づいてないんですか?」

「気づくと言われてもな…………マジで俺は昼寝してただけだぞ」

 

 なのになんで叫ばれたりセクハラ言われないといけないのか。

 

「…………だ、だったら自分の両手が今どこにあるのかちゃんと確認してください」

 

 はて? 俺の両手?

 

 右手。セシリーの尻。

 左手。セシリーの下乳。

 

 ふむ…………。

 

「よく分かんねーな。おいぼっち娘。何がどう悪いのかちゃんと説明してくれよ」

「その顔完全にわかってますよね!? というか、気づいたんならすぐやめてくださいよ!」

「やめるって言われてもなあ……俺は別に昼寝してるだけだし……なぁ? セシリー」

「そうよね。私もダスト君も別に変なことしてるつもりはないもの。ちゃんと言葉にしてもらわないと分からないわ」

 

 セシリーはわざとらしいくらいにニヤニヤしてそんなことを言う。多分俺の顔もそんな感じだ。

 

「こ、このろくでなし二人は…………わ、分かりましたよ……ちゃんと言いますから、言ったらすぐに止めてくださいね」

 

 そう言って覚悟を決めたのか。うぅ、と呻いた後に続ける。

 

「ダ、ダストさん。こんな町中でエッチなことは止めてください。……お、お尻や胸からすぐに手を離して……」

「「ごちそうさん(ごちそうさま)」」

「…………何で私こんな人達と友達になっちゃったんだろう」

 

 満足気な俺たちにゆんゆんは魂の抜けたような顔してそんな今更なことを言っていた。

 

 

 

「いやー……しっかしマジで無意識だったな。太もも撫でたあたりくらいまでは自分の意志でやってたんだが」

 

 ぽよんぽよんとセシリーの胸を押して遊びながら。俺は自分の無意識にちょっとだけ驚いていた。

 

「ぁん……もう、ダスト君ったら、女の子の胸はあんまり強く押しちゃダメよ?」

「お前はもう女の子って歳じゃないだろ。だからセーフ」

「セーフ……じゃないですよ! 止めてっていったのにさっきより酷くなってるじゃないですか!?」

 

 そんなこと言われてもなぁ……。

 

「意識して触ってみると触り心地が良すぎてやめられないんだよ。お前も触ってみるか?」

 

 この残念プリースト。性格は残念を極めているが体と顔は全然残念じゃない。

 

「結構です!」

「まぁ、お前は自前のがあるもんな。触りたきゃ自分の触ればいいか」

 

 このプリーストのよりも大きくて立派なのが。

 

「セクハラにも程がありますよ!?」

 

 ……流石にこれくらいにしてやるか。あんまり怒らすとゆんゆんは明後日の方向に吹っ切れちまうからな。魔法が飛んでこない内にからかうのは止めとくか。

 

「あら? もうお終いなの?」

「おう、また今度気が向いたらな」

 

 多分気が乗ることはないと思うが。なんてーか…………一旦離れてみるとやっぱこいつにセクハラする気なんて全然起きないんだよな。不思議だ。

 

「おう、よしよし。ジハードは相変わらず可愛いな」

 

 俺がセシリーから離れて起き上がった所で。ゆんゆんの傍にいたジハードが飛んできてじゃれついてくる。

 

「あー……やっぱジハードの触り心地は最高だなぁ…………ミネアにも負けてないぜ」

 

 その黒い宝石のような体を撫でながら俺はその感触にひたる。…………あぁ、もうずっとジハードを撫でていたい。ジハードも嬉しそうな声あげてるし別にいよな。

 

「この人……さっきまで女の人にセクハラしてたと思ったら、いきなり無邪気に人の使い魔を撫で始めてるんですけど…………なんなんですか…………」

「ダ、ダスト君? なんだか幸せそうだけど、そんな堅い鱗に覆われてる体より、お姉さんのおっぱいのほうがさわり心地いいわよね?」

「あん? ふざけたこと言ってるとぶっ飛ばすぞ。ジハードのさわり心地の方がいいに決まってんだろうが」

 

 比べることすらおこがましいっての。

 

「うん…………この人女好きだけどそれ以上にドラゴンバカでしたね。まぁ、ハーちゃんが嫌がってないみたいだから好きにさせますけど」

「そ、そんな……お姉さんのパーフェクトボディ以上の触り心地なんて…………」

「嘘だと思うならお前も触ってみるか? ちょっとだけならジハードも許してくれると思うし」

 

 あんまりジハードをゆんゆんや俺以外に触らせたくはないんだが…………まぁ、胸と尻を触った分くらいは許してやろう。

 

「ハーちゃんの許しも大事ですけどその前に主である私の許しも得てくれませんかね。…………聞いてないみたいですしもういいですけど」

 

「そうっとだぞ? あんまり強く撫でるとジハードが嫌がるからな」

「分かったわ。…………っ、嘘、何この触り心地…………堅いのに妙に弾力があって……まるで柔らかい宝石みたい……!」

「すげーだろ? この柔らかさは生まれて2、3年のドラゴンにしかねーからなぁ。それ以降もまた格別のさわり心地ではあるんだが」

 

 まぁ、なんにせよドラゴンの触り心地は最高ってことだ。その中でもジハードとミネアの触り心地は至高。

 

「これは悔しいけどお姉さんの負けを認めるしかないわね…………ねぇ、ダスト君。もっと強く撫でていいかしら?」

「ちっ、しゃあねぇな。俺がドラゴンのちゃんとした撫で方を教えてやるよ。そしたらジハードも嫌がらねぇだろうしよ」

 

 俺と同じように夢心地でジハードを撫でているセシリー。ドラゴンの魅力に気づいたのならそれを無下にするというのも可哀想だろう。

 

 

「あー……私の使い魔人気者だなぁ………………いいなぁ」

「ん? 何してんだよぼっち娘。そんなとこに突っ立ってないでこっち来てお前も一緒にちゃんとした撫で方覚えろよ」

 

 ゆんゆんの撫で方は丁寧ではあるんだがおっかなびっくりって感じで撫でても撫でなくてもあんまり変わんない感じなんだよな。そんなんじゃジハードも喜びきれないし、ゆんゆんもジハードの触り心地をちゃんと楽しめない。いい機会だからちゃんと教えてやろう。

 

「えっと…………私も一緒でいいんですか?」

「はぁ? なんか一緒じゃダメな理由でもあんのか?」

 

 何故か来たそうにしてるくせに来ようとしないゆんゆん。

 

「だって……お二人って付き合ってるんですよね? 恋人同士がイチャツイてる所に入っていくのはなんだかなぁって」

 

 ……………………

 

「おい、あのぼっち娘ついにぼっちをこじらせて頭おかしくなったんじゃないか?」

「うふふ……お姉さんとダスト君の熱い関係がついにバレちゃったみたいね」

「ダメだ。最初から頭おかしいこいつに聞いた俺がバカだった」

 

 学習能力ないな俺。こいつにまともな会話を求めるとか。

 

「あ、あれ!? その反応付き合ってないんですか!?」

「いや……むしろ何でお前は付き合ってるだなんて思ったんだよ」

 

 俺とこいつの間にそんな雰囲気なんて欠片もないだろうが。

 

「だって……街中であんなエッチなことしてたんですよ? セシリーさんも嫌がってる様子じゃなかったですし…………」

「いや……この女がセクハラされて嫌がるわけ無いだろ?」

「む、失礼ねダスト君。私だってセクハラされて嫌な相手くらいいるわよ。可愛い女の子やカッコイイ男の子とダスト君ならいつでも歓迎だけど」

 

 ま、こんなやつだからな。嫌がってないから恋人同士だなんて考えるなんてバカバカしすぎる。

 

「で? なんでかっこいい男と俺を別のカテゴリで言った?」

「そんなことを私に言わせたいの?…………ダスト君のえっち」

 

 …………やっぱこいつとまともに会話しようとするほうが間違ってるな。

 

「てわけだ。俺とこいつは恋人同士だなんてありえないからさっさとこいよ。俺もこいつもお前の友達なんだから遠慮する理由はねーだろ? むしろ俺に取っちゃ友達の友達のセシリーが遠慮するなら分かるが」

 

 ジハードの主はゆんゆんなんだから、セシリーなんかよりずっと学ぶ権利と義務がある。

 

「え? ダスト君お姉さんのことそんな風に思ってたの? 友達以上恋人未満の甘酸っぱい関係だと思ってたのは私だけ?」

「間違いなくお前だけだから安心しろよ守備範囲外。…………ん? 何を笑ってんだよゆんゆん」

 

 こっちに歩いてきながら。ゆんゆんは肩を震わせて笑っている。

 

「いえ…………っっ……すみません。なんだか楽しいなぁって」

「はぁ? お前もわけわかんないやつだな…………まぁいいや。んじゃ、講義始めてやっからそこに座れ」

 

 何が楽しいのか分からないゆんゆんを座らせ、

 

「ねぇ、ダスト君! せめて友達! 友達になりましょう! これだけ付き合ってて友達の友達なんてあんまりだと思うの!」

「あーはいはい。ジハードが怯えるからあんまり騒ぐんじゃねーよ。友達くらいなら認めてやるから静かにしろ」

 

 うるさい残念プリーストを黙らせて、

 

「うし、じゃあまずはドラゴンの撫で方の歴史から説明始めるぞ――」

 

 平和な昼下がりの中、講義を始めるのだった。




どんな過去があろうとダストがろくでなしのチンピラなのは変わらないです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第17話:二人の関係

 刃もないただの木剣。本来なら殺傷能力なんてほとんどないはずの訓練の用の剣が、当たりどころが()()()()()()死にかねない威力を持って俺に迫ってくる。

 

(っ……ほんとこのロリっ子は狂ってるな!)

 

 その一撃を紙一重で避けながら俺はアイリス――この模擬試合の相手――の強さを改めて実感する。

 

「流石ですね、今のを避けるなんて」

「槍使いが自分の間合いより内側に入られてる時点で褒められるもんじゃねーよ」

 

 続けてくる斬撃に近い打撃の波を穂のない槍で弾きながら、俺は防戦一方の今の状況に歯噛みして答えた。

 

(剣に対する槍の優位性はその間合いの広さだ。その優位性を簡単に譲ってたら話にならねぇ)

 

 魔法も何もない武器のみの戦いではどうやって自分の間合いで戦うかが一番重要だ。槍の間合いで戦えば剣は勝てないし剣の間合いで戦えば槍は勝てない。そして、その自分の間合いに持っていくのは間合いの長い方が簡単だ。

 

(集中しろ……ライン(昔の俺)なら息をするより簡単にできたはずだ)

 

 何年もサボっていた俺があの頃と同じように戦えるなんて都合のいい話はない。だが、死と隣り合わせで駆け抜けたあの日々が全てなかったことになるなんてこともないはずだ。

 

 月日に埋もれたその残滓を掘り起こし、かつての自分を可能な限り再現する。

 

「……切り替わりましたか。少しずつ早くなっていますね」

「本当は槍持った時点で切り替えて―んだがなっ!」

 

 剣と槍。互いの間合いを見定めた俺は、ロリっ子の攻撃を大きく弾き、後退する。

 

「仕切り直し…………ここからが本番ですね」

「俺は最初っから本番なんだけどな…………ま、たしかにお前にとっちゃここからが本番か」

 

 互いの間合いの外で。楽しそうに笑うアイリスに冷や汗をかきながら。一つだけ大きく息を吐いて槍を構え直す。

 

「こいよ。少しは楽しませてやる」

 

 一段階スピードを上げて迫ってくるアイリスを構えた槍で迎えて。俺は自分の間合いを維持するのだけに集中して打ち合いに応じていった。

 

 

 

「だーっ……また負けかよ」

 

 その場に自分の体を投げ捨てながら。模擬試合の結果に俺は悔しがる。

 

「こんなことならもう少しくらい『槍修練』スキルにポイント振っとくんだったか」

 

 『修練』系のスキルはその武器を使用した時の威力や命中率を上昇させる効果がある。ポイントを振れば振るほど効果が上がるそのスキルに俺はライン時代に1ポイントだけ振っていた。

 

「……その話、今でも信じられないのですが。王国一と言われた槍の使い手のダスト様が、『槍修練』スキルにほとんどポイントを振っていないなんて……ぃっっ」

「アイリス様、口の中も切られてるんですか? 回復ポーションを塗りますから口を開けてください」

「れ、レイン! 口の中は後で鏡を見ながら自分でするから! というより、もう普通に飲ませて!」

 

 治療をしてくれているレインにアイリスは顔を赤くして抗議している。口を開けて薬塗ってもらう所を他人に見られるのが恥ずかしいんだろうか。

 まだまだロリっ子なんだから気にすることね―だろうに。まぁ、今が成長期みたいだし1年後は結構大人の体になってそうではあるが。

 

「ダメですよアイリス様。怪我をそのままにして帰ってクレア様に気づかれたら大変なことになります。…………大変なことになるのはダスト殿でしょうし、別にいいような気はしますが」

 

 おいこら。

 

「それに回復ポーションは確かに飲んでも効果はありますが、塗ったほうが少量で効果が高いんです。戦闘中ならともかくそんな無駄遣いはダメですよ。……この回復ポーション一ついくらすると思ってるんですか」

「…………はーい。……はぁ、なんだか最近レインが前よりも口うるさくなった気がします」

「それはアイリス様が以前よりもわがままをおっしゃられることが増えてるからですからね」

「……お兄様の所に家出をしようかな」

「泣いてお願いしますからからそれだけはやめてください!」

 

 …………どこの国の姫様付きも変わんねーんだなぁ。少しだけ親近感わくし助け舟出してやるか。

 

「アイリス、さっきの話だが、俺が『槍修練』のスキルにポイント振ってないのがそんなに不思議か?」

「あ、はい。凄腕と言われる武器使いの方はたいていその武器の修練スキルを多く振っておりますので。ミ……ミタラシ様も確かそうでしたし」

「ミツ……ルギ殿ですよアイリス様。ミツルギキョウヤ殿です。なんですかそのなんだか美味しそうな名前は」

 

 え? 魔剣の兄ちゃんの名前ミタラシじゃなかったのかよ。爆裂娘もみたらし言ってたしそっちが正しいと思ってた。……あー、でもあの白スーツの女はミツルギとか呼んでたような気もしないでもない。

 

 ……………………まぁ、どうでもいいか。魔剣の兄ちゃんは魔剣の兄ちゃんだ。

 

「確かに修練スキルにポイント振れば確実に腕前は上がるし、たくさん振れば国一番の腕前になるのも簡単だろうな」

 

 レベル上げの時間を考えなきゃすぐに腕前上がるし。初期ポイントが多いやつなら冒険者カード作った時点で凄腕と言われる武器使いになるのも可能だろう。

 どんなに訓練しても攻撃が当たらないクルセイダーでも修練スキルにポイントを振ればすぐに攻撃が当たるクルセイダーに早変わりだ。

 

「だがな、修練スキルを取らなきゃ凄腕になれないなんてことはない。……ちゃんと時間かけて特訓して、多くの実戦を経験すればその腕前はちゃんと上がるんだよ」

 

 よっぽどその武器を使う才能がないとかじゃない限り。つまりララティーナお嬢様は諦めろ。まともに戦いたければ大剣修練スキルにちゃんとポイント振れ。……あの不器用さだと大剣修練スキルにポイント振るのにも余計にポイント消費しそうだけど。

 

「ま、スキルシステムってのは結局補助具みたいなもんだ。スキルを取ればそれが確実に出来るようになるってだけで、なくてもできるやつは出来る。スキルによって難易度はぜんぜん違うけどな」

 

 簡単なもので言うなら料理スキル。あれば美味しい料理が作れるがなくても美味しい料理を作るやつは作る。ただ、スキルなしで美味しい料理を作るやつは長年料理を続けている事が多い。

 逆に難しいのは魔法系のスキルか。あれも理論上はスキルなしでも覚えられるが、覚えるには膨大な知識と魔法を操る感覚を自分で掴まないといけない。もう少し体系が整理されたらスキルポイントなしでも2、3年の修行で覚えられるようになる時代がくるかもしれないが……今の時代じゃ素直にスキルポイントに頼ったほうが現実的だ。

 

「スキルを取ればすぐに腕前が上がるし、しかもどんなに怠けても腕前が下がるなんてことはない。……ホント便利なもんだぜこのシステム」

 

 一体全体誰がなんのために作ったのかね。冒険者カード自体は人間が作ったと聞いてるが、その作った人間は間違いなくまともじゃない。

 

 

 

「ポイントを振らなくても腕前が上がるというのは分かりました。ポイントをほとんど振らずに王国一の槍使いと言われるほどになるとは、相当訓練されたのですね」

 

 アイリスの治療を終え、俺の横にやってくるレインを見ながら。俺はアイリスの質問に答える。

 

「訓練はぶっちゃけそんなしてねーな…………おい、レインのねーちゃんよ、なんでそんなに離れて座ってんだ。それじゃ治療しにくいだろ?」

「………………近くに座ったら毎回セクハラされるのでダスト殿とはこの距離が最適だと学習しました」

 

 しっかりしてるねーちゃんな事。そういうところも含めて割りと好みの女だ。貴族じゃなければ本格的に口説くんだが。

 

「訓練をしていない…………では、それだけダスト様が槍使いとしての才能に溢れていたということですか」

「……才能があった事自体には否定しねーが、それだけで王国一になれるほどあの国は甘くねーよ」

 

 あの国は兵の数こそ少ないが兵の質は悪くない。流石に一兵卒まで下がればこの国の兵士には負けるだろうが指揮官クラスやその直属くらいまでなら負けていない。特に最上位クラス、ドラゴン使いとドラゴンナイトのみで構成された騎竜隊は局地戦では無類の強さを誇る。

 上位ドラゴンがいなくなった今、その強さは全盛期の半分以下まで落ち込んじゃいるだろうが、それでも人類側が持つ最強の部隊のはずだ。

 だっていうのに、その部隊が魔王軍と戦い続けているこの国に派遣されず遊ばされてるあたり、あの国の糞っぷりが分かる。風のうわさじゃ最近は魔獣使い、モンスターテイマーの雇用も推し進めてるらしいし、本当何を考えているのか。

 

「ダスト殿はアイリス様と戦っている時や、何か考え込んでいる時は別人のような顔になりますよね。いつもそうしていれば多くの女性に慕われるでしょうに」

「なんだよ、俺に惚れたのか?」

「そういう笑えない冗談はちょっと……。すぐにチンピラ顔に戻られなければ少しは考えるんですが」

 

 どっかのぼっち娘にも言われたがチンピラ顔ってマジで何なんだよ。

 

「レイン、私としてはレインがダスト様と付き合ってこの国に引き抜いて来れたら嬉しいんですが……レイン、そっちの方面で籠絡とかやってみませんか?」

「しませんよ! というか誰ですかアイリス様にそんな事を教えたのは!?」

「お兄様ですね」

「…………アイリス様、そろそろあの人やあの人が教えたことは忘れてくれませんか?」

「マジ無理ですね」

「…………本当恨みますよカズマ殿」

 

 そもそも本人の前で籠絡しろとか言ってどうすんだよ。……知ってても美人に迫られたら引っかかりそうではあるが。

 

「けど、本当カズマってロリコンだよなぁ……爆裂娘といいアイリスといい、ロリに手を出す率高すぎだろ」

 

 本人はロリコンじゃないと否定してるが。まぁ、ララティーナお嬢様ともいい雰囲気なってるみたいだし拗らせてないだけマシか。

 

「お兄ちゃんをロリコン扱いしないでください! マジぶっ飛ばしますよ!」

「お、おう…………。おい、このロリっ子やばくね?」

 

 お姫様としてこの言葉遣いはまずいだろ。

 

「…………これでも私が元の言葉遣いに戻るように頑張ったんです。おかげで普段は割りとまともなんですが、怒ったりするとこれなんです」

「誰の影響でって……カズマの影響以外ないか。あいつもろくなことしねーな」

 

 流石俺の悪友。アクセル随一の鬼畜冒険者なだけはあるぜ。

 

 

 

「…………あれ? レイン、私たちは一体何の話をしてましたっけ?」

「…………なんでしたっけ? もう、ダスト殿がまともな顔をするから忘れたじゃないですか」

「それ本当に俺のせいか? どいつもこいつもとりあえず俺のせいにしとくかみたいなスタンスは何なんだよ」

 

 レインみたいな基本的にまともなやつにまでそんな扱いされるとちょっとへこむぞ。

 

「? ダスト様はそういう扱いをされると喜ぶんじゃないんですか? セシリーお姉さんにそう教えてもらったのですが……」

「あの残念プリーストか……」

 

 今度あったらどうしてくれよう。………………本当どうしてやればいいのか。あの女生半可なことじゃなんでも喜びそうだから困る。まじで首輪つけて散歩でもさせるしかないかもしれない。

 

「まぁ、いいや。何の話って俺の槍の腕前の話じゃなかったか?」

 

 それが何故か二転三転するというか、脱線しまくってるけど。

 

「そうでした。才能だけじゃ王国一になれないのなら、特訓はほとんどせずにどうやって王国一に……」

「決まってんだろ。実戦だよ。……気を抜いたら一瞬で死ぬような実戦続きで、生き残るためには腕を上げるしかなかったんだよ」

 

 もちろん、最初に振っていた『槍修練』スキルと、両親健在の頃に教えてもらった事が技術が前提ではあるんだが。それを伸ばしていったのは間違いなく実戦の日々だ。

 

「死ぬような……? ダスト様は中位ドラゴンと契約されていたのですよね? 中位ドラゴンと契約されているドラゴン使いが死にかける戦いとなるとそれこそ魔王軍幹部や大精霊クラスの相手しかないような……」

「ん? ああ、そういや言ってなかったっけか。両親が死んでから俺は契約するドラゴンがいない時期があってよ。ドラゴンがいないドラゴン使い状態で国から出されたクエスト消化してたんだ」

 

 本当あの頃は明日死ぬんじゃねーかっていつも思ってたな。

 

 『ドラゴン使い、ドラゴンいなけりゃただの人』

 

 ドラゴンのいないドラゴン使いとか本当に何の能力もないからな。むしろ全職業中唯一基本ステータスに制限がかかる職業だし、ドラゴンいない状態だと間違いなく最弱。ドラゴンナイトになればステータス制限はなくなって全体的に少しだけ上昇するからドラゴンいなくても多少はマシだけど。

 

「ドラゴンいなけりゃ竜言語魔法も使えないし本当槍一本が俺の武器だったからなぁ。一緒に戦う仲間もいないのにそれだけで白狼の群れを相手にしたりマンティコアやグリフォン相手にしてたら…………あれ? 何で俺死んでないんだ?」

「「それはこっちの質問です」」

 

 だよな。まぁ、聞かれてもどうして生き残ったかなんて分かんねーんだけど。

 

「まぁ、あれだ。とにかく死ぬような目に国に合わされ続けた俺は、はれてドラゴンナイトになる資格を得てミネアと契約。最年少でドラゴンナイトになって王国一の槍使いって呼ばれるようになったってわけだ」

 

 だからまぁ、才能があった事自体は否定しないが、才能だけでなれたとは言えない。というより才能がなくてもあの日々を生き残れるなら、誰だって国一番の槍使い位にはなれるんじゃねーかな。才能ゼロなら多分途中で死ぬけど。

 

「最年少ドラゴンナイト様…………話は聞いていましたが、まるで冗談のような方なんですね」

 

 まぁ、俺も昔の俺は冗談みたいな存在だと思うが…………。

 

「お前にだけは言われたくないぞロリっ子」

 

 実戦経験がほとんどないのにアホみたいに強いこいつにだけは本当に言われたくない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぁ~あぁ…………ねみぃ……帰り着いたらさっさと寝るか」

 

 レインにテレポートでアクセルに送ってもらった後。馬小屋への道を歩きながら俺は大きな欠伸をする。

 

(やっぱ遅くなるんだよなぁ……はぁ、明日のゆんゆんとのクエストサボりてぇなぁ……)

 

 でも、ジハードとのふれあいの時間も欲しいんだよなぁ…………ゆんゆんだけクエストにいかせてジハードは俺が預かるとか出来ねーかな。

 

 そんなことを考えながら。俺は眠たい足を引きずってなんとか借りている宿の馬小屋へとたどり着く。

 

「あ、ダストさん、やっと帰ってきました。もう少しで今日の『夢』はキャンセルになるところでしたよ」

「…………もう、そんな時間かよ。悪かったなロリサキュバス。待たせちまったみてーで」

 

 帰り着いた殺風景な馬小屋には、そこに似つかわしくない可憐さと少しの淫靡さを漂わせる幼い少女の姿。俺らあの店の常連からは新人ちゃんだのロリサキュバスだの呼ばれているサキュバスの姿があった。

 

「別にいいですよ。今日の私の担当さんはダストさん以外は鬼畜の常連さんだけでしたし」

「またカズマの奴来てんのかよ。最近多くねーか?」

 

 またこの宿に泊まりにきてんのか。アクアのねーちゃんがいるからあの屋敷じゃ頼めないのは分かるんだが…………こんなに頻繁に外泊してて怪しまれないだろうな。

 

「なんでも最近焦らしプレイばっかりだそうで……夢を見なきゃやってられないと」

「……カズマも苦労してんなぁ」

 

 もしかしたらその苦労の原因は、俺がララティーナお嬢様をけしかけた事に少しあるかもしれないが。

 

「ちなみに今日のカズマの夢の内容は?」

「いつも言ってますけど、そのあたりは守秘義務があるんです。破ったら地獄に送還されちゃいます」

 

 流石は安心安全のサキュバスサービス。客のプライベートはきっちり守ってやがる。

 

「しっかし地獄ねぇ……サキュバスはバニルの旦那の領地に住んでんだっけか」

「そうですよ。クイーン様のもとでたくさんのサキュバスたちが住んで働いています。……ちなみに、地獄に強制送還されたサキュバスはクイーン様に恐ろしい罰を与えられるとか」

「ちょっとその罰を詳しく教えてくれ」

 

 サキュバスクイーンがやる罰とか絶対エロいだろ。

 

「…………ダストさんって本当自分の欲望に正直ですよね。悪魔の私が感心しちゃうレベルって凄いと思いますよ」

「それ絶対褒めてないよな?」

「いえ、褒めていますよ? その生き方は悪魔の理想そのものです。バニル様がダストさんの事を気にいっているのも多分そのあたりがあるんじゃないでしょうか」

「…………褒められてんだろうが全然褒められてる気がしねぇ」

 

 実際俺がそうして生きてるのは間違いないから否定はできないんだが。

 

「ふぁー……まぁいいや。さっさと寝るから『夢』はよろしく頼むぜ」

 

 藁に敷かれた白布の上に疲れた体を預け、俺はロリサキュバスに一日の最後の楽しみを頼む。

 

「それは仕事ですからもちろんですけど…………また、同じ夢でいいんですか? ここ最近ずっと同じ夢ですよね?」

「気持ちいい夢ならなんだっていいしな。シチュエーション考えてリクエストするのも面倒だし、かと言って新人ちゃん言われてるお前に今からおまかせすんのもあれだし」

 

 このロリっ子はまだサキュバスとしちゃ未熟って例の店の店長が言ってたからな。

 

「これでも最近は腕を上げてるんですよ? 鬼畜の常連さんとかムッツリの常連さんとかは結構いろんな状況の夢をリクエストされますから、私も色々勉強させてもらってるんです」

「ふーん……カズマとテイラーがねぇ…………あいつらが見ている夢を見せてもらうとかは…………出来ねぇんだよな」

 

 サキュバスが勉強になるという夢の内容。男としては非常に気になる。…………まぁ、同じ男だから大体分かる気もするが。

 

「はい、守秘義務違反ですからね。そんなに気になるのでしたら本人に内容を聞き出してください」

「そうするか」

 

 教えてくれるかどうかはしらねーけど。まぁ、教えてくれなければバニルの旦那に付き合ってもらって見通す力使ってもらおう。

 

「それでは、今日の夢はいつもと同じ『17歳のぼっち娘とのイチャラブ』で宜しいですか?」

「おう、それで頼むわ」

「…………でも、あの怖い魔法使いさんってあと1年位で本当に17歳になりますよね? その時はどうするんですか?」

 

 あいつももう16だもんなぁ。確かに1年経てば17になる。

 

「その時は普通に『18歳のぼっち娘とのイチャラブ』になるだけだから心配すんな」

「いえ、別に心配してるわけじゃないんですが…………いまいちダストさんとあの怖い魔法使いさんとの関係がよく分からないです」

「奇遇だな、俺もよく分からねーわ」

 

 あいつとの関係は色々混ざりすぎて何が何だか分からない。強いて言うなら『ダチ』なんだろうが……それもなんかしっくりこないんだよな。

 

「まぁ、あんな守備範囲外のクソガキのことはどうでもいいや。じゃなロリサキュバス。俺は寝るわ」

 

 そう言って俺はさっさと目を閉じる。このまま起きてたら夢の途中でゆんゆんに起こされる事になりかねないし。

 

「はい、おやすみなさいダストさん。いい『夢』を」

「おう、おやすみ…………くぅ……」

 

 途切れかけの意識でなんとかおやすみを返して。疲れた体はすぐに俺の意識を『夢』の中へと連れて行ってくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ダストさん、起きましたか? おはようございます」

 

 外から差し込まれる朝の光に起こされて。目を開けた俺の視界に入ってくるのは大きな胸とぼっち娘の顔。頭に感じる藁とは違う柔らかい感触も合わせて考えればこれはあれか。膝枕か。

 

「おはよう……何をしてるんだ?」

「何って……膝枕ですよ」

「いや……なんで膝枕してるのかを聞いたんだが……」

 

 まぁ、いいか。いつものことと言ったらいつものことだ。

 

「えっ!?」

「? どうかしたのか?」

 

 そんなに驚いた顔をして。

 

「い、いえ…………なんでも…………。その……ダストさん? 私っていつもこんなことしてましたっけ?」

「はぁ? そんなこと聞くまでもないだろ?」

 

 聞かなくても自分が一番良くわかってるだろうに。そういう意味じゃいつもと様子が違うのかもしれない。

 

「けど本当こうしてみるとゆんゆんって顔と体だけは完璧なんだよなぁ……性格が生意気で歳が守備範囲外じゃなければ本当俺の理想の女だわ」

「えっと……どうしたんですか、いきなり? ダストさんが私のこと褒めるなんて……」

「? ゆんゆんのいない所じゃわりとゆんゆんのことは褒めてるぞ?」

 

 生意気だし俺に対しては毒舌ばっかだから本人に直接褒めることは少ないが。リーンとかとゆんゆんのことについて話す時はわりと褒めてる気がする。

 

「…………もしかしてダストさん、気づいてますか?」

「? もしかして俺が気づいてるって気づいてなかったのか? 旦那」

「…………通りで汝の反応がおかしかったわけだ」

 

 ゆんゆんの顔でため息を付いて。バニルの旦那は話し方を変える。

 

「どこで気づいたのだ? 少なくとも見た目は完璧のはずなのだが」

「うーん……どこって言われると難しいんだが…………なんとなくだな」

 

 たとえばゆんゆんなのにジハードが一緒にいないこととか。たとえばゆんゆんからジハードの匂いがしないからとか。そんなことが重なってゆんゆんじゃないなって判断したに過ぎない。

 

「…………汝のドラゴンバカっぷりを忘れておったわ」

「そんなに褒めるなよ旦那」

 

 俺のドラゴンバカっぷりなんてまだまだだっての。

 

「というか、そういう旦那こそ俺が気づいてるってなんで分からなかったんだ? 旦那の見通す力があれば余裕だろ?」

 

 それくらいすぐに分かりそうなもんなんだが。

 

「ふーむ……前にも言ったやも知れぬが、汝やぼっち娘はどこぞの駄女神やポンコツ店主程でなくとも見通す力が効きにくい。表層意識を読み取るくらいであれば容易だが無意識で思っている事を読み取るとなると面倒なのだ」

「ふーん……見通す力もそんなに万能じゃないんだな」

 

 まぁ、面倒なだけでちゃんと読み取ろうと思えば読み取れるんだろうけど。

 

「そういや、なんで俺やゆんゆんは見通す力が効きにくいんだ? 未来を見通すならともかく無意識を読み取るのが阻害されるくらいに俺やゆんゆんが強いとは思えないんだが」

 

 まぁ俺はレベルだけは高いし、ゆんゆんも優秀なアークウィザードであるのは確かなんだが。ただ、アクアのねーちゃんやウィズさんほど旦那の実力に迫ってるとは全く思えない。

 

「うむ……だから、汝ら2人に見通す力が効きにくいのは強さ以外にも何か理由があると睨んでおるのだが……」

「その理由がわからないのか」

「一応仮説はある……が、現状はその程度であるな」

 

 なんとなく当たりはつけてるけど確証は全く無いってところなのか。

 

「ま、いいや。旦那ならそのうち答えを見つけるだろうし、その時に教えてもらえばよ」

「我輩の想像通りであれば汝に協力を頼むやもしれぬ。分かった時は汝にも教えよう」

 

 旦那が俺に協力を頼むねぇ……。逆は結構あるけど頼まれたことは一度もないよな。それだけ旦那にとって大事なことが関わってるんだろうか。

 

 

「ん…………そういや頼むっていや、俺も旦那に頼んどきたいことがあったんだ」

「ほぉ……この地獄の公爵にして七大悪魔である我輩に頼み事か。ちゃんと対価は用意しているのだろうな?」

「えーっと…………俺に対する貸しじゃダメか?」

 

 対価って言われても今の俺は大したもの持ってないからなぁ。

 

「我輩と汝の仲だ。別に構わぬが…………汝への貸しが結構溜まってきておるが大丈夫か?」

「大丈夫じゃねーけど…………というか、旦那が借りを返す機会作ってくれないのも問題だと思うぜ?」

 

 契約を大事にする悪魔への借りというのは言葉以上に重い。旦那は軽く言っているが、もしも俺が借りをなかったことにしようとすれば、()()()命を落とす。

 

「まぁ、悪魔との契約の意味をちゃんと分かっている汝であれば大丈夫であろう。頼み事を言ってみるといい」

「恩に着るぜ旦那。…………結局借りを返す機会については触れないあたりになんか嫌な予感がするけどよ」

 

 旦那のことだし本気で俺が嫌がることはさせないとは思うが。

 

 

「それで頼みというのは何なのだ? 我輩が今つけているぼっち娘の皮を譲って欲しいと、そういう頼みか?」

「守備範囲外のクソガキの皮もらってもなぁ……」

 

 守備範囲内なら是非とも貰いたいんだが。

 

「そうか……汝であればぼっち娘に化けて女湯に堂々と入りたいなどと考えていると思ったのだが……」

「旦那、後でゆんゆんの皮を譲って貰うことについて相談な」

 

 その手があったか。女同士なら警戒も薄いだろうしいつもよりセクハラも捗りそうだ。旦那天才かよ。

 

「汝のそういう所は好きにならざるをえない」

「俺も旦那のことはドラゴンの次くらいに好きだぜ」

 

 本当、旦那と一緒にいると楽しいことばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ちなみに。俺が旦那に本命のお願いを終えた所で、本物のゆんゆんが来てしまい、『ゆんゆんに化けてセクハラ作戦』は実行の前段階で失敗に終わるのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第18話:デリカシーのないチンピラ

「ふざけんな! なんでミネアを連れていくんだよ! ミネアは家のドラゴンだろ!」

 

 幼い俺はミネアの前に立ち、下卑た笑みを浮かべる男に叫ぶ。

 

「知っていますよ。ですが今は非常事態……魔王軍との戦争中なのです。上位ドラゴンがいない今、最高戦力である中位ドラゴンを遊ばせているわけにはいかないのですよ」

「遊ばせるって……ミネアは俺と契約するんだ。国のために働けって言うなら働くからそれでいいだろ」

 

 両親が命懸けで俺に残してくれたドラゴン。俺にとって相棒であり家族であるミネアを連れていかれまいと幼い俺は必死だった。

 

「面白いことを言いますね。国の最高戦力である中位ドラゴンを何の実績もない10歳の子供と契約させる? そんなドラゴンを殺してしまうような危険を犯すくらいなら遊ばせていた方がましですよ」

「どうやってもミネアを連れていくってのかよ……っ!」

「最初からそう言っていますが?」

 

 短いやり取りの中で幼い俺は理解してしまう。ミネアを連れていかれるのを止められないと。

 目の前の貴族が言っていることは暴論ではあるが理屈は通っている。その理屈を国が正論として認めてしまっているのであれば、それを覆すことは難しい。

 口八丁に振る舞えば、この場は追い返して時間を稼ぐことは出きるかもしれない。だが、出来るのはそれまでだ。国の正論に何の実績もない子供の正論では結果は見えている。

 

「……ミネアは国の保有ドラゴンになるんだよな?」

「そうなりますね」

 

 俺の故郷の国において。ドラゴン使いはその実績に応じて国が保有するドラゴンと契約する機会が与えられる。

 

「だったら俺が実績を……国が無視できないくらいの功績をあげれば、ミネアと契約できるはずだ」

 

 連れていかれるのが止められないのなら。俺とミネアがまた一緒にいるためにはそれしかない。……馬鹿な――まだあの国の貴族の悪辣さを知らなかった――俺はそう考えた。

 

「そうですね、ドラゴンナイトにでもなれば認めるざるを得ないんじゃないですか」

「……だったらすぐだな。俺のステータスならあともう少しでドラゴンナイトになれる」

 

 この時の俺のレベルは15。力のステータス以外は既にドラゴンナイトになれるだけの水準を満たしていたし、力も20レベルになるまでには届くだけの高さがあった。

 

「ほぉ……それは凄いですね。ドラゴン使いの素質を持ったものはステータスが著しく低いのが特徴だと言うのに。流石はあの男の息子と言ったところですか。…………まぁ、この国でドラゴンナイトになるにはそれだけじゃ資格が足りないのですが」

「……資格?」

「? 知らなかったのですか? この国において『ドラゴンナイト』の職に就くには資格が必要なことを。具体的には『ドラゴン使い』の職に就いてる状態で国が指定したクエストを500件達成することで資格を得ます」

「……なんでそんな制限があるんだよ」

 

 500という数が多いのか少ないのかは分からないが、すぐに達成できる数でないのは確かだ。

 

「普通に考えれば当たり前の話だと思いますがね。『ドラゴン使い』はまだ弱点が多く対処が可能ですが『ドラゴンナイト』には弱点などなく強大な力を持つ。そんな職になんの制限もつけないなど正気の沙汰ではありませんよ。力を悪用されれば盗賊などよりも多大な損害を国に与える」

 

 この貴族のことは殺したいほどに恨んでいるが、この言葉だけは今も返す言葉を持たない。むしろ何の制限もなしに就けるベルゼルグが異常だと俺自身思っている。

 

「……だったら俺が契約できる国のドラゴンはいるのか?」

「先程と同じ言葉を返しますが……なんの実績もない10歳の子供に契約させるドラゴンなど下位ドラゴンでもいませんよ」

「…………じゃあ、俺がミネアと契約するにはドラゴンのいない『ドラゴン使い』として500のクエストをクリアしろってことか?」

「そんな無理をしなくても15にでもなれば下位ドラゴンとなら契約させてあげますよ。一応はあの男の息子ですし、才能もあるようですからね」

「5年も待てるかよ……っ!」

 

 ミネアは俺にとってただの使い魔なんかじゃない。大切な相棒で家族だ。両親が死んですぐのこの頃の俺にしてみれば5年という時間は耐えられるものじゃなかった。

 

「なら、槍一つを武器にして『ドラゴンナイト』の資格を満せばいいでしょう。資格を満たせば年齢を問わずこのドラゴンとの契約を認めてあげますよ。……ドラゴンと契約しているドラゴン使いを前提としたクエストを500も生きてやり遂げられるとは思いませんがね」

「それでも…………ミネアと早く一緒にいる方法がそれしかないのならするだけだ」

 

 

 

 それから俺は何度も死ぬような目に遭いながら『ドラゴンナイト』としての資格を得るために戦い続けた。そして2年半という月日の末に『ドラゴンナイト』になってミネアとも契約を結ぶことが出来た。

 

 だが今にして思えば、滑稽なことこの上ない。死ぬような目に遭いながらあの国の言うことを聞き続ける必要なんてどこにもなかった。

 …………結局俺はあの国を捨てて逃げ出すのだから。だったらこの時点で逃げ出してた方がミネアとずっと一緒にいれただけマシだ。

 

(……もし、本当にここで逃げ出してたら俺はもう少しマシな自分だったのかね)

 

 こんなチンピラとしてでなくドラゴン使いとして過ごす今があったんだろうか。

 

(……でも、その俺はきっと()()()()とは出会ってないんだろうな)

 

 それは少しだけ寂しいかもしれない、と俺は思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ダストさん! 朝ですよ、起きてください!」

 

 俺の意識を浮上させようとする聞き慣れた声。

 

「…………あと1時間寝かせてくれ」

 

 だが藁の上に敷かれたシーツの感触と朝の肌寒い空気は俺に二度寝をしろと猛烈に誘惑し、浮かびそうになる意識をまどろみの中へと引きずり込む。

 

「私だけだったら寝かせてもいいですけど今日はテイラーさんたちも一緒ですよ。起きないとリーンさんが何て言うか……」

「知らねーよ…………あいつがなんだってんだ」

「そんなこと言ってリーンさんが怒ったらたじたじになるのダストさんじゃないですか」

「すぅ……その時はその時だ。とにかく今は寝る…………くぅ」

 

 頭の片隅じゃなんかまずいなと思っているが、今の俺の意識の大半は夢の中だ。適当に返事して全力で二度寝に励む。

 

「駄目です起きてください! って、タオルどれだけ強く握りしめてるんですか。ハーちゃんごめん、引っ張るの手伝って」

 

 俺に心地よい温もりを与えていたタオルが二人分の力で引き剥がされる。

 

「うぅ…………さみぃ…………」

「寒いんだったら起きてくださいよ…………というかダストさんの寝間着ボロボロですね。そんなだから寒いんじゃないですか? 買い換えればいいのに」

「寝間着なんて買う金ねーんだよ……ぐぅ……」

「一応最近はクエストちゃんとやってるのになんで金欠なんですか…………って、本当いい加減起きてください!」

 

 声の主は本格的に俺を起こそうと、遠慮なしに体を揺さぶってくる。だが、この程度で素直に起きるほど俺は甘くない。

 と言うよりここまでくると起きたらなんか負けな気がするし。

 

「『カースド――」

「――分かったよ。起きりゃ良いんだろ起きりゃ」

 

 暴力に屈して。ふぁ~とあくびをしながら起き上がれば見慣れた――出会った頃と比べれば大人びてきた――ぼっち娘の顔がすぐそばにあった。

 

「おはようございます、ダストさん。よく眠れましたか?」

「遠慮なしに起こしといてその台詞は喧嘩売ってるぞゆんゆん。昨日寝るの遅くてもうちょい寝ときたかったのによ。…………ま、おはようさん」

 

 ただでさえ馬小屋生活でよく眠れない環境で夜も遅いってなると朝は本当にきつい。そんな状況で遠慮なしに起こされたりしたら不機嫌にもなる。

 

「遅いって…………何をしてたんですか?」

「別に日課の鍛錬に少し興が乗っちまっただけだよ」

 

 半年前から始まったアイリスとの模擬試合。最近じゃ俺の槍の腕も大分戻ってきて試合が長引くようになってきている。最初の頃はアイリスに弱体化系の魔法をかけてなんとか戦えてたのが今じゃそれなしでも勝負になるあたりライン時代の7~8割くらいは戻ってきていると思っていいのかもしれない。アイリスに借りを作らないために始めた模擬戦だが、やはりというか俺にも得する部分が結構あった。

 …………アイリスが自分は聖剣あり、俺はミネアの力借りてる状態で本気で戦いましょうとか言った時は本気で頭抱えたが。

 

「鍛錬って…………ダストさんまたセクハラですか?」

「……なんでセクハラになんだよ?」

「それを私に説明させようとするとか…………そんなだからダストさんは未だに童貞なんですよ」

「絶対お前の思考回路がエロいだけだと思うんだが。……というかなんで俺が童貞だって知って……いや、別に俺童貞じゃねーからな」

 

 夢の中で百戦錬磨の俺は童貞じゃないはずだ。………………はずだ。

 

「キースさんがダストさんは童貞だってこの前教えてくれましたよ?」

 

 あいつはあとで一発ぶん殴ろう。

 やっぱテイラーはともかくキースもゆんゆんと引き合わせたのはまずかったか。なんだかんだで俺やリーンと付き合いが長くなってきたの考えれば、ゆんゆんもあいつらとダチになって損はないと思ったんだが。

 

「まぁ、ダストさんって信じられないくらい女の人にモテませんし、そうだとはずっと思ってましたけど」

「お前もお前で本当口が減らねーな!」

「むしろ最近は増えてる気がしますね」

 

 全くもってその通りなんだが、なんでこのぼっち娘はそんな台詞を笑顔で言ってるんだろうか。こいつ本当俺に対して遠慮なくなりすぎじゃねーかな。

 …………最初から俺に対してはなかったような気もするけど。

 

 

 

「まぁ、さっさと着替えていくか……リーンが怒るとめんどくせぇし」

 

 俺はボロボロの寝間着を脱いで冒険服に着替え始める。

 

「きゃっ……なんでいきなり脱いでるんですか!?」

「だから着替えるって言ってんじゃねぇか」

 

 人の話ちゃんと聞けよ。

 

「着替えなら私が出て行った後にしてくださいよ!」

「別に見られて減るもんでもねぇし……」

 

 守備範囲外のクソガキに見られたからってなんだってんだ。

 

「私が恥ずかしいんです!」

「はっ……16のクソガキがいっちょ前に色気づきやがって」

「そう言うならいつもセクハラしてくるのもやめてくれませんかね!……まぁ、ダストさんに今更口説かれても困惑するだけだからいいですけど」

「心配しなくても4つ下のお前を口説くなんてこと一生ないから安心しろよ。……ほら、着替えるの待っててやるからさっさと出ていけよ」

「うーん……確かに安心なんだけど同時にムカムカするこの気持ちは何なんだろう」

 

 微妙に苛立った様子で馬小屋を出て行くゆんゆん。

 

「…………生理か?」

 

 ボソリと呟く俺に外から飛んできた黒い雷が直撃した。

 

 

 

 

――ゆんゆん視点――

 

「なんでダストさんってあんなにデリカシーが無いんでしょう」

 

 微妙に苛々した気持ちが残りながら私はクエストの場所への道を歩く。

 

「そりゃ、ダストだからじゃないか?」

「……デリカシーがあるダストというのも違和感あるな」

 

 そんな私のつぶやきを隣を歩くキースさんとテイラーさんが拾ってくれた。

 

「…………納得してしまいました」

 

 そうだよね……ダストさんだからデリカシーがなくて当然なんだよね。

 

「…………納得されるダストも可哀想だなぁ」

「日頃の行いだろう。キースも気をつけろよ」

「ああ、ゆんゆんにデリカシーのない男だと思われるのは勘弁だからな」

 

 いえ、既にもうキースさんのデリカシーの無さはダストさんと同レベルですよ?

 とは思ってても口には出さない。私は大人な女性で毒舌なクソガキなんかじゃないんだから。

 

「でも、本当キースさんって話に聞いていたとおりの人ですよね」

 

 初めてリーンさんに会った時、自分と仲良くするのは止めたほうがいいって言っていた理由を、私はしっかりと実感していた。

 

「…………聞いてた通りってのはダストやリーンが俺について話してたことか?」

「? そうですけど」

 

 そもそも私が普段話すのは盗賊団のみんなとダストさんとリーンさんくらいだし。その中でキースさんのことを話すのはその2人に決まっている。

 

「おい、テイラー。もしかしなくてもゆんゆんの俺に対する好感度、ダスト並みに落ちてねーか?」

「知らん。だとしたら自業自得だろう」

「えっと…………流石にダストさんよりはマシですけど…………どうしてそう思ったんですか?」

 

 話に聞いていたとおりと言っただけなのに。

 

「そりゃ、あの2人が俺について話すことがまともなはずないからな」

 

 …………まぁ、確かに。キースさんことを話す2人は『悪いヤツじゃないんだが』って頭につけてるだけで散々ないいようでしたね。実際その通りだからあれなんですけど。

 

「実際キースはダスト並みにあれなやつだから仕方ないだろう。…………ちなみに俺のことについて2人は何か言っていたか?」

「えっと…………二人共テイラーさんは頼りになるって言ってましたね」

 

 ちょっとムッツリスケベな所はあるけど、そこは男だから許してやれとはダストさん。

 

「…………俺とテイラーで差がありすぎないか?」

「日頃の行いだ。悔しかったら反省しろ」

 

 ……反省したくらいでダストさん並みのチンピラがどうにかなるとは思えないなぁ。

 

 

 

 

「っと、そうだリーン。『あれ』また頼むわ」

「えー……別にしなくてもいいじゃん。『あの』噂は王都の方に移ったんだし」

「それはそうなんだが……最近は『あの』ことを知ってるやつが増えてるしよ。金はちゃんと払うから頼むぜ」

「金払うとか言って毎回ツケにしといてよく言うよ」

 

 

 

 前を歩く二人の会話。指示語が多いが2人はちゃんと意味が通じているらいしい。

 

「……ダストさんとリーンさんってお似合いですよね。付き合ったりしないんでしょうか?」

「ダストとリーンが? ……ないよな? テイラー」

「……まぁ、ないだろうな」

 

 私の言葉にキースさんとテイラーさんは揃って否定する。

 

「どうしてですか? お互いのことよく理解してますし、良いカップルになりそうですけど」

 

 ドラゴンのこと以外はチンピラなダストさんが、リーンさんのことは結構心配してたりするし。リーンさんもダストさんへの対応だけ他の男の人と違う気がする。だから、二人共憎からず思ってるんじゃないかなって思うんだけど……。

 

「だって……なぁ?」

「ああ……リーンは『ライン=シェイカー』が好きだからな」

「ライン=シェイカーさんってあの最年少ドラゴンナイトのライン=シェイカーさんですか?」

 

 今は王都の方にいるって噂だけど前はこの街にいたらしいし、会ったことがあるんだろうか。

 

「ああ、そのライン=シェイカーで間違いない。俺達は会ったことがないが昔色々あったそうだ」

「…………そんな人が好きなんじゃ確かにダストさんに勝ち目はないですね」

 

 ダストさん可哀想……。正直ダストさんの相手をしてくれる女の人なんてリーンさんくらいだし、リーンさんがダメならダストさんは一生童貞さんのままなんじゃ……。

 

「でも、そんな凄い人が相手だったらリーンさんの失恋の可能性も高いですし、ダストさんにもチャンスはあるんじゃないですかね」

 

 噂を聞く限りライン=シェイカーさんは多くの女性に慕われてるって話だし、その中からリーンさんが選ばれる可能性は低い気がする。例の話のお姫様や、今隣を歩いている相手を選ぶんじゃないだろうか。

 

「お、おう……そう……だな」

「…………あ、ああ」

 

 そんな私の言葉に何故かぎこちない返事をする2人。

 

「? どうしたんですか? 二人とm…………」

 

 どうしてそんな返事をしたのかは前を見ればすぐに分かった。

 

「おう、ゆんゆん。誰がこんなまな板をおこぼれで貰うって? 怒らないから言ってみろ」

「ゆんゆん? あたしたち友達だよね?…………だから誰の失恋の可能性が高いか言ってみて? 怒らないから」

 

 いつの間にか前を歩いていた2人が私を挟み込むようにして隣を歩いている。その顔は清々しいほどの笑顔なのに目が全然笑っていない。

 

「既に怒ってるじゃないですか! 謝ります! 謝りますから笑顔で近づいてくるのやめてください! って、キースさんもテイラーさんも逃げないでください! ハーちゃんも何で一緒に離れてるの!?」

 

 薄情な友達と使い魔に見捨てられた私は、怒った友人2人にほっぺたをつねられながらこちょこちょされるという生き地獄を味わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――ダスト視点――

 

「……ったく、ゆんゆんのやつ大きなお世話だっての」

 

 クエストが終わり、ゆんゆんたちと別れた俺は隣を歩くリーンにそう愚痴る。

 

「あはは…………まぁ、今回のことに関しては同意してあげる。たとえあたしがライン兄にフラれたとしてもダストと付き合うとかありえないしね」

「へいへい……俺だってできればお前みたいなまな板じゃなくて胸とか大きいやつと付き合いたいっての」

「モテないくせに高望みしちゃって」

 

 どうせ誰とも付き合えないなら理想くらい高く持ってもいいだろ。妥協して誰かと付き合えるなら妥協するけど。

 

「あ、でもあのアクシズ教徒のプリースト……セシリーさんだっけ? あの人ならダストでも付き合えそう」

「見た目は文句ないが……妥協するにしてもあれはちょっと……」

 

 それにあいつは多分付き合おうとかそういう雰囲気見せたら遠ざかっていくタイプだ。…………エロいことするだけの関係なら行けそうな気はするが。

 

「あの人付き合いだしたら尽くしてくれるタイプな気がするんだけどねー」

「それは分からないでもないが」

 

 あいつの女神アクアへの信仰っぷりを見てたらそう思える。……ま、だからこそ難しい気がするわけだが。

 

 

 

「ん……おい、リーン。鍵開けてくれ」

 

 目的地。リーンの泊まる宿の部屋について。鍵のかかった扉を前にして俺はリーンに頼む。

 

「ほいほい、――『アンロック』。ほら、入って」

 

 魔法で鍵を開けたリーンが先に部屋に入り、俺を招き入れる。

 

「……本当便利だよなぁ、魔法って」

「そう思うなら魔法使いになればいいのに。あんたって確かあたしより魔力と知力高かったよね?」

「まぁ……知力はともかく魔力だけはゆんゆん以上にあるし、アークウィザードになれるだけは確かにあるんだがな」

 

 母親の影響なんだろうが、何気に俺のステータスで一番高いのが魔力の値だったりする。レベルが追いつかれたら流石に負けるだろうが現状ならゆんゆんよりも魔力が上だ。…………戦士やってる俺には無意味過ぎることだが。

 

「もったいないよね。使わないならあたしに分けて欲しいんだけど」

「お前が俺と付き合うって言うなら分けてやらないこともないぞ」

「あ、じゃあ無理だ」

 

 即答しやがってこのまな板娘……。

 

「それに今はジハードちゃんがいるし魔力切れの心配もほとんどなくなったしね」

「本当魔法使いにとっちゃ便利すぎるよなドレインタッチ」

 

 それを自前で出来る高位の魔法使いとかリッチー怖い。

 

「残魔力気にせず魔法使えるようになったらから最近レベル上がるの早いんだよね」

「キースとテイラーにもちゃんと経験値回せよ? レベル差が付きすぎるのはいろいろ危険だからな」

「…………それ、ダストが言う? 今でもあたしより倍以上レベル上のくせに」

「まぁ……それはそれだ」

 

 実際俺のレベルが高すぎるからうちのパーティーはいつまで経っても駆け出しの街を出られない。

 まぁ、今となってはサキュバスサービスがあるから出たいとも思わないんだが。

 

 

「ま、いいや。ほら、ダスト。ここに座って」

 

 いろいろ話している間に準備が終わっていたのか。俺はリーンに促されて椅子に座る。

 

「悪いないつも」

「良いよ別に。このために貴重なスキルポイント使ったんだから」

 

 リーンは俺の後ろに立ち、魔法の詠唱を始める。…………これでリーンの胸が大きければ肩のあたりに胸が当たるラッキーイベントが起きたかもしれないが残念ながらまな板ウィザードでは望むべくもない。

 

「なんか失礼なこと考えられてる気がするんだけど気のせい?」

「別にリーンってまな板だよなって改めて実感しただけだ」

「…………加減間違えて白髪になっちゃったらごめんね」

「悪かった! 謝るからいつもどおりちょっと金髪がくすむくらいで頼む!」

 

 20歳で白髪とか勘弁だぜ。

 

「はぁ…………ほんとダストって口が減らないよね」

「ま、それは俺のアイデンティティだからな」

 

 姫さんの護衛をやってた頃はかしこまった話し方を強要されたこともあったが…………基本的にはいつだってこんな感じだった。

 

「……なんだかんだでライン兄も素だと口悪かったし、そういう所は変わらないのよね」

「…………正直な話なんだがな。俺の正体を知ってて、どうしてお前がそんなに『ダスト』と『ライン』を別人扱いするのか分からねぇ」

 

 俺の正体を知ってる奴らのほとんどは『ダスト』と『ライン』を同一視している。『ライン』という槍使いが『ダスト』というチンピラに偽装して過ごしていると。そんな中で徹頭徹尾別人として扱っているのはリーンと俺くらいだ。

 

「全然違うよ。あたしの知ってるライン兄は……あたしの大好きなライン兄は口は悪くても優しくて、ちょっと三枚目な所もあるけどかっこ良くて……それで誰よりも強い男なんだから。

 それに対してダストは……あたしの大嫌いなダストは口は悪ければ性格も悪いし、完全な三枚目でかっこいいところなんて全然ないし……ちょっと腕が立つと思ったら油断して簡単に死んじゃうし。

 ……ほら、ぜんぜん違うじゃん」

「…………そうかよ」

 

 ラインに関しちゃ美化入ってる気がするがダストに関しちゃその通りなんで否定はできない。

 

「……でも、最近のダストはなんだかライン兄に戻ってきてる気がする……ゆんゆんのおかげかな」

「どうだろうな。俺自身には自覚なんてねーけど……一番俺を見てきたお前がそう言うならそうかもしれねぇ」

「うん……絶対そうだよ」

 

 今更俺みたいなチンピラが『ライン』に戻れるとも思えないし、戻りたいとも思っちゃいないが……リーンが言うならそうなんだろう。

 

 

 『ダスト』になった俺をずっと見てきたリーンが言うなら。

 『ライン』が『ダスト』になった理由のリーンが言うなら。

 

 

 

「ね、ダスト。あたしがライン兄と会った時のこと覚えてる?」

「…………忘れるわけねーだろ」

「そっかな? だって、もう7年も昔のことだよ?」

「もう、そんなになるのか…………」

 

 7年。それだけの時間が経てば確かに何かを忘れるには十分過ぎる。

 

「だけど、やっぱり忘れるわけねーよ」

 

 

 ミネア以外全てを捨ててきた俺を救ってくれた少女との出会いを。

 他の全てを捨ててでも『ダスト』になろうと決めた少女の願いを。

 

 

 ――――忘れられるわけがない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第19話:魔王軍幹部

――7年前――

 

 

「あーあ……これからどうするかね」

 

 いろいろあって……本当にいろいろあって俺はあの国を出ることになった。

 

(……『出ることになった』とか綺麗に言い過ぎか。俺はあの国を捨てて逃げ出したんだ)

 

 今頃、俺のことがセレスのおっちゃんに知られている頃だろうか。

 …………シェイカー家が取り潰しになった原因を作り、何も言わずにミネアを連れてこの国を捨てる俺を、親代わりだった兄弟子はどう思うのか。

 

「……そんな心配そうな声するなよミネア。お前がいてくれたら何があっても大丈夫だからよ。俺はお前がいてくれたらそれでいいんだ」

 

 俺を乗せて飛ぶミネアの頭を撫でながら。俺は偽りのない本音を語る。

 ……偽りなんてないはずだ。俺はミネアと一緒にいるためにずっと頑張ってきたのだから。

 

「……なんでそんな悲しそうな声するんだよミネア」

 

 その悲しそうな声は俺の心を見透かしているようで、ばつが悪くなる。

 

 

 

 だから、それに気づいたのはある意味必然だったのかもしれない。

 

 

 

「…………あれは、どう見ても魔王軍だよな」

 

 気分を紛らわそうと見下ろした大地。そこに蠢く『アンデッドナイト』と『ポイズンスライム』の群れ。軍として見るなら小規模から中規模って所だが、自然発生する野良の群れとして見るなら数が多すぎるし、動きが整然としすぎている。特に本能的な動きが多いとされるスライム系モンスターでこれは異常だ。

 

「懲りずにまたあの国を落としに来たってとこか。…………魔王軍の勝利は揺るがねーのに勤労なことだ」

 

 あの国が落ちれば確かに戦略的な意味は大きい。

 魔王軍と勇者の国の戦い。それが曲がりなりにも戦いになっているのは一方面だけに戦線が集中しているからだ。もしもあの国が落とされて戦いが二方面になれば持って半年と言ったところだろう。

 

(だけど……『騎竜隊』っていう最強の部隊があるあの国を狙うのは何でなのかね)

 

 確かにあの国には魔王軍と正面切って戦う戦力はない。『騎竜隊』は人類側の最強戦力の一つだが、それはあくまで局地戦での話。戦線が長く広がる全面戦争になれば勝ち目はないし、そもそも『騎竜隊』は魔王軍幹部との相性も悪い。

 だが、ベルゼルグが健在な限り魔王軍は大軍で攻めることが出来ず、精鋭同士の戦いになるならあの国はある意味ベルゼルグ以上に落とすのが厄介な国だ。あの国を狙うくらいなら同じくベルゼルグの隣国で戦力なんてないに等しいエルロードを狙えばいいと思うんだが……。

 

(…………まぁ、どうでもいいか。俺にはもう関係のない話だ)

 

 あの国を捨てた俺には眼下に広がる魔王軍なんて何も関係ない。このまま何も見なかったことにして飛び去ればいいだけだ。

 

 

 

 

 

「お前ら、魔王軍だよな? 悪いがここから先に行かせるわけにはいかねーな」

 

 …………なのに、何で俺は魔王軍の前に降り立ってるんだろう。

 

「シルバードラゴンに金髪の槍使い…………当たりだな」

「みたいだな。……おい、さっさと終わらしちまえ」

 

 ドラゴンを連れて降り立った俺を見ても驚いた様子はなく、2人の指揮官らしい男たちは何かを話している。

 そして、黒ずくめの鎧を着ている方が右腕で()()()()()()()()て、左手で俺を指差し――

 

「汝に死の宣告を。お前は一週間後に――」

「――『状態異常耐性増加』!」

 

 ――『それ』が発動する前に目の前の首無し騎士(デュラハン)が何者かを理解した俺は、間一髪で自分の状態異常耐性をあげる。ミネアの力を借りている俺はもともと状態異常耐性がクルセイダー並に高いが、そんなもの簡単に超えてくるのが目の前のデュラハンだ。

 

「ふむ……レジストされたか。流石は最年少ドラゴンナイトと言ったところか」

「手を抜いてんじゃねーよベルディア。一週間なんてけちなことしねえで、一ヶ月後くらいに伸ばせばお前の死の宣告なら耐性抜けただろうが」

「そうは言うがなハンス。期限を伸ばせば確かに成功率は上がるが、それだけ解呪される可能性も上がる。それに今の手応えだと一ヶ月でも成功するかどうかは微妙な所だ」

 

(『チート殺し』ベルディアと『死毒』のハンスだと……!)

 

 俺は自分の選択が完全に間違っていたことを理解する。やっぱり何も見なかったことにして飛び去るのが正解だった。もしくは恥も外聞なくあの国に逃げ帰って『騎竜隊』と一緒に戦うか。必要最低限の竜言語魔法は俺にもミネアにもかけて強化してるが、それだけで楽観できるような相手ではないのだ、この魔王軍幹部の2人は。

 

「そんなこと言ってウィズが結界破って来た時のことがトラウマになってるだけだろ?」

「そ、そんなことはないぞ。いや、確かに死を目前にした人間の破れかぶれは油断ならないと思っているが」

「やっぱり怖がってんじゃねーか。心配しなくても今の魔王城の結界を破れるやつなんていないから、安心して死の宣告バラまきゃいいのによ」

「べ、別に怖がってるから前線に必要最低限しか出ないとかそんなことはない。ただちょっと部屋でごろごろしたり、ボーリングするのに忙しいだけだ」

「なお悪いじゃねえか。…………真面目に魔王軍幹部やってんの俺とシルビアだけなの本当なんとこしろよ爺。シルビアのやつも『死魔』に顔をいくつか喰われてから目に見えて弱体化してやがるしよ」

 

 …………本当に、こいつら俺の思ってる2人なんだよな? 魔王軍幹部で億単位の賞金がかかってる人類の敵。話聞いてるとなんか普通のおっさんたちっぽいんだが。いや、内容はちょっと情けないだけで物騒なんだけど。

 

「お前とシルビア以外は魔王城に引きこもってばかりだからな。引きこもってないやつも温泉回りしてたりだし。シルビアもシルビアで美形ばかり食おうとしなければさっさと力を取り戻せるだろうに」

「全くもって同意だが、そう思うならお前もちゃんと働け。……魔王の娘(嬢ちゃん)が筆頭幹部になるって聞いた時は楽できると思ったのによ。どっかの誰かと引き分けちまってからは修業が忙しいって言って前線に出ようとしねえし」

 

 …………どっかの誰かって誰だろうなぁ。

 

「というわけでどっかの誰かさんよ。後数年は俺が中心で働かないといけなくなったんだ。責任取って死ね」

 

 あー、はい。やっぱり俺ですかそうですか。

 

(…………今からでも飛んで逃げるか?)

 

 不可能か可能で言えば可能だろう。ベルディアとハンスに基本的には飛び道具や飛行能力はない。精々ハンスがスライムとして自分の体の一部を投げてくるくらいか。ミネアに乗って逃げ出せれば逃げ切ることはそこまで難しくないはずだ。

 

 

「はぁ…………なんでこう、俺は貧乏くじばっかり引いちまうのかね」

 

 そんな理屈に反して。俺は槍を構え、二人の魔王軍幹部に改めて向き合う。

 

「ミネアは、アンデッドナイトとポイズンスライムたちを頼む。一緒に戦えれば良いんだが…………正直あの二人を相手にするには相性が悪い」

 

 ドラゴンとドラゴン使いのタッグは最強の組み合わせだ。ドラゴンはドラゴン使いの強化で強くなるし、ドラゴン使いもドラゴンの魔力を借りて強くなる。だからこそ一緒に戦えば敵なしに思えるかもしれないが、一概にはそう言えない。

 ドラゴンとドラゴン使い、その互いに補助しあう能力と反して、一緒に戦うには体格が違いすぎるのだ。だからこそ、大きな相手と戦うのであれば一緒に戦ってもその力を十分に発揮できるが、小さな相手……人形程度であればそうはいかない。

 人形程度を相手にするのであれば、それぞれ別の相手と戦うか、素直にドラゴン使いは下がって竜言語魔法での援護に徹するか。そういった方法が取られる。

 だが、今回の2人を相手するにはミネアは相性が悪い。ベルディアの剣技やハンスの毒は強化されているミネアの防御力や状態異常耐性を抜いてしまう。

 それでも俺が戦うよりかは勝率は高いだろうが、ミネアをそんな危険に付き合わせる気はない。これは俺のわがまま…………いや、単なる気まぐれなのだから。

 

「そんな恨めしそうな目をすんなよミネア。心配すんな、俺は一人で戦うのに慣れちまってるからよ」

 

 それに、数の差で言うなら魔王の娘と戦った時のほうが厳しかった。その時と比べれば数が半分になってるし、なんとかなるだろう。

 

(…………なんて自分を騙せれば気が楽なんだけどな)

 

 ステータスだけだった魔王の娘とその親衛隊と違い、この2人はそれに経験が伴い、厄介な特性まで持っている。俺以上に多くの死線をくぐり抜けてきた2人を相手に、一人で戦えば負けるのなんて見えている。

 

(それでもやるっきゃねーよな)

 

 何故やるしかないのか、なんてことは考えない。そんなことを考えても俺は答えられないのだから。

 

「ほぉ……一人で立ち向かうか。……ハンス、手を出すなよ。死したとは言え元は俺も騎士。同じ騎士を相手に2対1で戦うことなどできない」

「ちっ……また悪い癖が出やがったか。……好きにしろ。だが、さっさと殺せよ? ドラゴンが戦い始めれば目立つ。邪魔が入る前に終わらせろ」

 

 ミネアがアンデッドナイトやポイズンスライムの元へ向かうのを幹部二人は見逃して。一人残った俺を前にしてそんなやり取りをしている。

 

「……ミネアを見逃していいのか?」

 

 二人のやり取りを見る限りハンスの方は俺とは戦わないようだ。だとすればミネアの方を相手にするのが普通だと思うんだが……。

 

「あん? お前を殺しちまえばあのドラゴンはただの中位ドラゴンだろ? わざわざ強化されてる今を相手する理由なんてねえよ」

 

 何を当たり前のことを言っているんだという風にハンス。

 

「……ま、手を出さないって言うなら有り難いからいいんだけどよ」

 

 その冷静な状況判断能力や、倒されるだろう魔物たちの命を何とも思ってない様子には薄ら寒いものを感じずにはいられないが、これはチャンスだ。2対1ならともかく、1対1ならまだ生き残る芽はあるかもしれない。

 ……ハンスがこの状況にリスクが少ないと判断していることを思えば、その芽は小さすぎるものだろうが。

 

 

 

「それじゃあ始めるとするか、最年少ドラゴンナイト。遊んでやろう」

 

 剣すら持たず、こいこいと手招きするベルディア。その余裕に頭に血が上りそうになるが、今は冷静さを失う訳にはいかない。

 一度だけ大きく息を吐いた俺は、自分の最速を持ってベルディアへと迫り突きを繰り出す。

 

「速いな。だが、真っ直ぐ過ぎる」

 

 並の相手であれば一撃で終わる……たとえグリフォンであろうとも形勢を決めるだろう一撃をベルディアは最小の動きで避け、地面に挿していた大剣を返しの刃で寄越してくる。

 

「だろうな……っ!」

 

 避けてからのカウンター。その動きを読んでいた俺は、大剣に槍の穂を合わせて弾き、その勢いを利用して大きく距離を開ける。

 

(一応最初の目的通り、相手の間合いは掴めたが……今の反応、相当厳しいな)

 

 今の突きは隙きの多いものだったしカウンターがくること自体は予想できていた。だが、剣を構えていなかった相手からの、しかも予想していたカウンターを防ぐのにギリギリというのは相当厳しい。

 

(下手には攻められねぇか……)

 

 槍は総じて見れば剣よりも優れた武器だ。間合いや突きの鋭さ、切り払いの速さなど、有利な点は多い。だが、一つ。防御の点で見るなら槍は剣に劣る。攻防優れた武器である剣に比べて、槍は攻撃に傾いている。つまり、自分より勝るやつを相手にするのであれば極力攻撃を受ける側になってはいけない。

 

(間合いを維持して戦えば、戦えないことはないだろうが……一撃を入れられるイメージがないな)

 

 ベルディアの大剣の間合いより、一応俺の槍の間合いの方が長い。ただ打ち合いをするだけなら続けることができそうだ。問題はそれじゃいつまでも勝てないってことだが。

 

「っ……話には聞いてたが、魔王軍幹部ってのは本当化け物じみてやがるな」

 

 それでもただ立っているだけという訳にはいかない。勝ちの目が見えなくとも、勝ちの目を探すために。俺はベルディアの大剣と打ち合いを始める。

 

「その歳でこの腕前…………貴様も十分化物だろう。たかが13歳の子供がウィズと同額の懸賞金を掛けられていると聞いた時は半信半疑だったが……魔王の娘(お嬢)を倒したことといい、俺の『死の宣告』をレジストしたことといい、確かにそれだけの実力はあるようだな」

「……魔王の娘は別に倒せてねーよ。相打ちだった」

「向こうはそう思っていないようだがな。実際、国を落としに行って戦果が敵の最高戦力と相打ちでは実質敗北だろう」

「…………なんか、恨まれてそうだな、魔王の娘に」

 

 さっきのハンスの話と合わせるとそんな感じだ。

 

「魔王軍筆頭幹部…………次期魔王の初陣に黒星をつけたのだ。当然恨まれるだろう」

 

 …………嫌だなぁ…………あいつとまた戦うとか考えたくないんだが。あの時はまだ魔王の娘に実戦の経験とかそういうのが足りてなかったみたいだからまだ勝負になったけど、次戦う時はそんなものなくなってそうだし。

 

「まぁ、そう気にすることでもない。貴様は今日ここで死ぬ。…………殺さねばなるまい」

「別にお前らならいつでも俺を殺せるだろ。そんな無理して殺さないでもいいんじゃねーか」

 

 そんでもって今日の所は俺とミネアを見逃してくれて、ついでにあの国を狙うことも延期してくれたら最高なんだが。

 

「今の貴様ならたしかにいつでも殺せるだろう。だが、未来は分からない。……正直驚いている。本気ではないとは言え、俺とこれほどの間打ち合える人間など数えるほどしかいなかったというのに」

 

 …………さっきまで余裕見せてたくせに、いつの間にかその余裕(ゆだん)なくなってやがる。こっちはまだ全然勝ちの目が見えてないってのに。

 

「というわけだ。貴様がまだ俺の手に負える今で殺してやろう。…………1対1でこれを使うのは随分久しぶりだ」

 

 何かがくるのを察した俺は打ち合いをやめて大きく距離を離す。だが――

 

「――判断は悪くない。だが、遅いな」

 

 ()()からの声。その声が届く前に、俺の体は頭部(かせ)のなくなったベルディアによって複数の傷がつけられる。

 

「ふむ……仕留め損ねたか。1対1で仕留め損ねたとなると…………もう覚えてないな」

 

 感心している様子のベルディア。興味深そうな……あるいは楽しそうとも言えるベルディアに反して、俺は心底焦っていた。

 

(…………完全に超えられた)

 

 自分の速さを。自分の予想を。

 

 頭部を投げることでデュラハンであるゆえのハンデをなくしたベルディア。その動きは、俺の対処できる速さを完全に超えていた。致命傷こそ避けられたが、次も避けられるかは分からない。続けられればどこかで終わるのは目に見えてた。

 

「…………こっちは攻撃当てられる気がしないのに、向こうは確実にこっちを削ってくる。これ詰んでねーか?」

「詰んでるな」

 

 …………そんな簡単に言わないでくれませんかねベルディアさん。いや、実際詰んでるんだろうし質問したのは俺だけど。

 

「抵抗しないなら苦しまずに殺してやるがどうだ? 勝負の決まった戦いをネチネチと続けるのは性に合わないのだが」

「…………まだ、決まってねーよ。手はないわけじゃない」

 

 確かに最初に決めた勝利条件を満たすって意味なら詰んでる。

 だが、勝利条件を変えるのなら、勝てないことはない。

 

(…………でも、それは最後の手段だ)

 

 今はまだ諦める時じゃない。ハンスも言っていたがドラゴンが戦っているのは目立つ。誰かが助けに来てくれる可能性は0じゃないのだ。騎竜隊の誰か…………セレスのおっちゃんあたりが来てくれるならまだ可能性は残っている。

 

「そうか…………なら、俺は苦しまず死ねるよう、本気で行ってやろう」

 

 

 

 

 そこから先は一方的な戦いになった。俺は攻撃を当てることが出来ず、相手は確実に俺の命を削ってくる。

 だが、それでも俺は一縷の望みをかけて致命傷だけは避けることを…………時間を稼ぐことを繰り返した。

 

(…………他力本願なことこの上ないけどな)

 

 でも、それはある意味それはドラゴン使いの本質だ。一人では何も出来ない……ドラゴンと一緒になって初めて意味を成す、それがドラゴン使いという存在なのだから。

 

「楽しいな最年少ドラゴンナイト。人間相手にここまで粘られたのは初めてだ。その槍の腕、かつての勇者、ベルゼルグ2代目国王に迫っているのではないか」

「楽しいのはお前だけだろうが首無し騎士。…………もしも、俺が最強の槍使いだと言われたベルゼルグの2代目国王と同じくらい強けりゃとっくの昔にお前を倒してるよ」

「ふっ……ちがいない。だが、お前が今のまま強くなっていけば、そうなる可能性もあるだろう。勇者となり魔王を倒す…………貴様にはその可能性がある」

 

 ベルディアはそれを本気で言っているのだろう。だからこそ、俺を殺そうと本気で来ている。

 

「…………強くはなるかも知れねーな。だけど、俺が勇者になることはない。俺がなれるのは――」

 

 続けたはずの言葉。だがそれは声にならず、ただひゅうひゅうという息の漏れただけの音になる。

 

「ちっ……外したか。おい、ベルディア止めを刺せ。どうせ放っておいても俺の毒で死ぬだろうが、こいつはドラゴンナイトだ。万一がある」

 

 俺の心臓を狙ったんだろうか。外したというハンスの腕は俺の右胸を貫いている。その上、触れただけでも死ぬと言われるハンスの毒が俺の体を蝕んできていた。

 

「…………ハンス。手を出すなと言ったはずだが」

「文句は言わせねーぞ? 俺も言っただろうが、さっさと終わらせろと。てめぇがチンタラやってるから時間切れなんだよ」

 

 そう言ってハンスが指差した先には俺らに向かって飛んでくるミネアの巨体。俺が時間稼ぎをやっている間にミネアはアンデッドナイトやポイズンスライムたちを倒したらしい。

 

 その巨体からは想像できない速さで近づいてきたミネアは、その速さを殺さずにハンスを大きな爪で攻撃する。

 

「ちっ…………こうなるからさっさと仕留めろって言ったってのに」

 

 俺の体から腕を抜いて。ハンスはミネアの攻撃を避け、ベルディアと並んで俺らから距離を取る。

 

「ベルディア、2人がかりでさっさと殺すぞ。ここまできて取り逃がしたんじゃ爺やオカマになんて言われるか。向こうも二人になったんだ文句はねーよな」

「…………分かっている」

 

 

(…………ああ、もう終わりだな)

 

 この傷は致命傷だ。胸に風穴が空き、死毒まで食らったんじゃ、今すぐ治療を始めても生き残る芽はないに等しい。

 

(…………だから、もう仕方ないよな)

 

 たとえ今すぐに助けが来たとしても俺は死ぬ。……ミネアと一緒に生き残るという勝利条件はもう満たせそうにない。

 なら、もう勝利条件を変えるしか俺達が勝つ事はできない。

 

「……ミ、…ネア。おまえ……『竜言語魔法』がきれかかってるじゃねーか……」

 

 掠れそうになる声に力を入れて。俺はミネアに語りかける。

 …………これが、最後の話になるのだから、情けない様子は見せられない。

 

「『筋力増加』……くふっ…『速度増加』――」

 

 何度か血を吐きながらも、俺は一つずつ自分が覚えている『竜言語魔法』をミネアにかけて強化していく。

 

「おい、ベルディア。何を突っ立って見てやがる。中位ドラゴンでもドラゴン使いに強化されたら上位ドラゴン並だ。掛け終わる前にさっさと殺すぞ」

「そう思うなら自分で行けばいいだろう。俺は止めはしない。だが、俺はその必要性はないと思うぞ」

「ああ? てめぇ、何を言って……」

 

 

「よし……これでいいな…。ミネア、俺が戦ってい…る間にちゃんと逃げろよ? 強化されてるお前一人なら…逃げられるはずだか…らよ……」

 

 全ての強化を終えて。俺は最後にそう言ってミネアの頭を撫でてやる。

 あー……やっぱりミネアのさわり心地は最高だ。できることならずっと撫でていたかった。

 

「ハンス。二人がかりだ。あの男を全力で殺すぞ。……油断はするな」

「? お前ら狂ってんのか? せっかく強化したドラゴンは戦わせなかったり、正々堂々いつもうぜえくせにいきなり物分りいいこといい出したり」

「言っただろう、俺は『死を目前にした人間の破れかぶれ』を恐れていると。もう一度言うぞハンス。油断はするな。すれば喰われるのはこっちだ」

「…………分かんねえな。あんな死に体の何を怖がってんだ」

 

 

「……じゃあな、ミネア。…今まで…ありがと、…よ」

 

 最後の別れを済ませて。俺は魔王軍幹部の二人へと向かって前に出る。

 

「……『筋力増加』」

 

 流れでる血と毒によって力の入らない体を竜言語魔法で無理やり動かす。

 

「…『速度増加』『反応速度増加』」

 

 本来なら戦えるはずのない体で俺は駆ける。ただ1つの勝利条件――ミネアが生き残る――を満たすために。

 

「『状態異常耐性増加』『自然治癒増加』」

 

 一撃でも多く。一秒でも長く。ただそれだけを思って死にゆく体を動かし続ける。

 

 

「――――っ――――っ!」

「――――」

 

 驚愕するハンス。

 笑っているベルディア。

 

(…………ダメだな。もう耳が聞こえねーや)

 

 まぁ、別にもう聞こえなくてもいいか。どうせやることは何も変わらない。

 

 

 

 ベルディアの大剣が俺の腕を切り裂く。だが腕は落ちていない。返しの刃でベルディアの体を槍で貫く。

 ハンスの手が俺の肩を掴み毒が広がる。だが動きに影響はない。返しの刃でハンスの腕を切り落とす。

 

 

 本来なら致命傷……戦いを決めるはずの二人の攻撃。だが、今の俺を止めるものにはならない。

 死ぬことを前提にした竜騎士がこの程度の攻撃で止まるはずがない。

 

(…………どうせ、ミネアは逃げねーだろうしな。ミネアのために少しでもダメージ与えねーと)

 

 逃げろと言ったのに逃げない相棒の姿を横目にしながら。俺は命と引き換えにして魔王軍幹部へ攻撃を当てていく。

 

(本当は一緒に戦いたいだろうに、ちゃんと理解して待っててくれる。本当、俺には過ぎた相棒だったぜ)

 

 生き残って欲しいという俺の気持ちを。今の俺と一緒に戦っても邪魔になるだけということを。あの俺の家族であり相棒であるドラゴンは分かってくれている。

 

 

 だから、俺は今、命を賭けられる。

 

 

 

――――――

 

「はぁ……はぁ……やっと倒れやがった」

「だから言っただろう、死を目前にした人間は手強いと」

「死にかけただけで人間が全員こいつみたいに強くなられてたまるか。ちっ……腕生やすのも楽じゃねえってのに」

 

 悪態をつきながらハンスは切り裂かれた腕を生やす。デッドリーポイズンスライムであるハンスであれば傷をすぐ治すことが出来るが、それには多くのエネルギーを使う。消耗具合という意味ではハンスもベルディアも変わらない。

 

「……まだ息はあるようだな。どうする? シルビアに持って帰れば喜びそうだが」

「俺の毒を食らってる時点で食えるわけねーだろ」

「いや、割とあいつ好みの男だろうと思っただけだが」

「考えたこっちが寒くなるような事言うのはやめろ!……ったく、まだ息があるならさっさと殺しちまえよ。その死に体いつ動き出すか分かんねえから怖い」

「そうだな。本当ならもっと正々堂々と戦い決着をつけたかったが…………ここで情けをかけるのもこのドラゴンの騎士に失礼だろう。あのドラゴンも待っていることだしな」

「…………あのドラゴンはなんで待ってるんだ?」

「さあな。主の命令をギリギリの所で破らないためかもしれないし…………あるいは、まだこの男が起き上がると思っているのかもしれない」

 

 唸る巨体に2人はまだ戦いが続くことを理解していた。同時に危険は去ったとも。

 強化されているあのドラゴンは確かに強敵だが、いずれその効果はなくなる。二人で戦うのであれば効果がなくなるまで時間を稼ぐのも容易だ。

 

 

 2人のその考えはある意味正しかった。ラインという少年が稼いだダメージは少なくはないが、ミネアだけで押し切れるほど大きなダメージではない。

 

 

 

 だがそれはある可能性を考えなかった時の話だ。

 

 

 

「『セイクリッド・ハイネス・エクソシズム』!」

 

 強烈な退魔魔法。並の悪魔やアンデッドでは余波だけで消えかねない魔法を、ラインへ止めを刺そうとしていたベルディアは紙一重で避ける。

 

「最上級の退魔魔法だと…………てめえなにもんだ?」

 

 危うく浄化されそうになって荒い息を吐いているベルディアに変わって、ハンスは魔法を放った男に問う。

 

「初めまして魔王軍の皆さん……と言っても2人だけのようですが。わたくし、アクシズ教団、アークプリーストのゼスタと申します」

「…………ゼスタ? ゼスタだと!?」

 

 その名前に更に荒い息になってるベルディアに変わって、ハンスが驚きの声を上げる。

 

「こと、戦闘において、アクシズ教団で私以上のアークプリーストはいないと自負しております。――以後、お見知りおきを」

 

 

 

 ラインが命をかけて稼いだもう一つのもの――時間――は、アクシズ教、ひいては人類最強のアークプリーストを間に合わせ、形となった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第20話:出会い

――――――

 

「アクシズ狂団のナンバー2……既に次期最高司祭の座が決まってる大物が何でこんなところに居やがる。てめえらの本拠地はベルゼルグの国だろうが」

 

 最大限の警戒をして。後ろにベルディアを庇いながら――実際はベルディアが隠れてるだけだが――ハンスは乱入者に問う。

 

「おや、私の事をご存知でしたか。魔王軍幹部……その中でも高い賞金を懸けられているあなたに知られているのは光栄ですね」

 

 言葉とは裏腹に、少しも目が笑っていない様子で乱入者であるゼスタは答える。

 

(……俺らの正体はバレてるか。めんどくせえな)

 

 ドラゴンに倒された魔王軍の残骸やベルディアの姿を見れば、ハンス含め彼らの正体は想像ができる。ハンス自身、ラインにすぐバレるようにと軍の編成をしていたのもあって、面倒であると同時に仕方ないとも思っていた。

 

「なぜ、ここにと言う質問ですが、面白い噂を聞いたのであの国に布教に向かっていたのですよ。その途中で派手に戦っている気配に気づいたまでです」

「ちっ……単なる偶然かよ」

 

 あの国の切り札である『騎竜隊』や領土が接している紅魔族の邪魔が入る可能性はハンスも考えていた。だからこそベルディアにいつもの神聖魔法耐性特化の鎧ではなく魔法やブレス耐性特化の鎧をつけさせ、邪魔が入っても有利に戦えるように備えていた。だと言うのに実際にきたのは人類最強クラスのプリースト。備えが裏目に出たと言わざるをえない。

 

「偶然……とは言えないかもしれませんがね。私が聞いた噂を考えれば必然かもしれません。…………まぁ、こうして間に合ったのはアクア様のお導きでしょうが」

 

 後ろに庇うラインをちらりと見て。ゼスタは敬愛する女神に感謝する。

 

「間に合った? まさか、そのガキを助ける……いや、助けられるつもりなのか?」

 

 ゼスタの実力を考えるなら確かに死にかけているものを助けるのは簡単だ。仮に死んだとしても蘇生魔法で生き返すことも可能かもしれない。

 だがそれはハンスの毒に侵されていない時の話だ。毒をどうにかしない限り回復魔法も蘇生魔法もすぐに意味をなくしてしまう。そしてハンスの毒を浄化するのには途方もない労力と時間がかかる。たとえ人類最強のプリーストであろうとも一人でどうしようもない。それこそ女神本人でも来ない限り魔法でどうにかすることは不可能だった。

 

「可能性はあると思っていますよ。その少年が噂のドラゴンナイトであるのなら」

「……そうかよ。だったら無駄な足掻きでもするんだな」

 

 ゼスタの言うとおり、単純に毒からの回復という意味ではラインが助かる可能性はある。本来なら致命傷どころか即死していないとおかしいラインだが、戦場から離脱さえできれば生き残る芽はまだ残っているのだ。だからこそ、ハンスは早くラインに止めを刺したかったのだから。

 

(だが、これはチャンスだな。ここで最年少ドラゴンナイトとアクシズ狂の次期最高司祭を殺せれば()()が決まる)

 

 単純な戦力として見ても人類最強クラスの2人を倒せるのは大きい。その上ゼスタに限って言えばアクシズ教団の次期最高責任者。現在アクシズ教最高司祭である人物は余命数年もないと言われている。そんな状況で次期最高司祭であるゼスタがいなくなればアクシズ教団はまとまりを失うだろう。それどころか色んな意味で我の強いアクシズ教徒たちなら自分たちで争って内部崩壊する可能性も大きい。紅魔族に並んで厄介なアクシズ教団が機能しなくなれば魔王軍の勝利は確定する。

 そして、虫の息のラインを助けるためには流石のゼスタと言えど無詠唱の回復魔法では効果は見込めない。最上級の回復魔法をきちんとした詠唱のもと行使するとなれば隙が出来る。シルバードラゴンのミネアがそれを守ろうとしてもハンスとベルディアの二人がかりなら余裕で殺せる。

 

「おいベルディア。いつまで後ろに隠れてやがる。そろそろ遊びは終わらせるぞ」

「べ、別に隠れてるわけではない。ただ……そう、お前の背中に見惚れていただけだ」

「気持ち悪いこと言ってるとお前の相手はゼスタにさせるぞ」

「頭下げるから勘弁してくれ」

 

 そう言って抱えていた自分の頭部を地面に転がすベルディア。

 

「ふーむ…………ウィズとかウォルバクならこの視点だと絶景なんだがなぁ……ハンス、ちょっと美少女に化けてくれないか?」

「蹴飛ばすぞこの変態アホ騎士が!」

 

 カッコつけてラインと一騎打ちをしていたり、ゼスタの登場に怯えていたりと、いろいろ忙しいやつだとハンスは思うが、実際余裕を見せられるくらいには彼らにとって状況はいい。ゼスタがラインのことを見捨てていれば油断ならない状況だっただろうが、今の状況でラインを助けようと回復魔法の詠唱を始めればゼスタはすぐに死ぬだろう。

 遊んでいるようにみえるベルディアが頭部を地面に下ろしたのも、ゼスタが詠唱を始めたら最速で切るための準備なのだ。

 

(…………だが、待て。何かを見落としてねえか?)

 

 今の状況でゼスタが回復魔法を詠唱し始めればハンスたちが勝つ。これは間違いない。

 ゼスタが回復魔法をせず戦い始めても多少苦戦はするだろうがハンスたちが勝つだろう。戦いの途中でラインは死ぬだろうし、ミネアの強化も遠からず解ける。消耗していることを考えても負ける可能性は1割あるかないか。

 

 冷静に状況を判断するなら誰にだって分かる状況だ。それをゼスタが理解していないはずがない。

 

 

 

「ベルディア! 今すぐゼスタを切れ!」

「? 待て、切るのはちゃんと回復魔法の詠唱だと確認してから――」

「ちっ、だったら俺が行く!」

 

 見落としていた可能性。それに気づいたハンスはゼスタに向かって走る。だが――

 

「――『スピードゲイン』。……一歩、遅かったようですね」

 

 ()()()の魔法。ゼスタによって速度上昇の支援を受けたミネアがハンスの前に立ちふさがる。

 

「ベルディア! 俺がドラゴンは抑えるから、ゼスタを殺れ!」

「分かっている!」

 

 ハンスの速さでは今のミネアを抜くことは出来ない。状況を理解したベルディアはラインを圧倒した速さをもってゼスタに迫る。

 

「『パワード』『プロテクション』」

 

 だが、追加の支援魔法を受けたミネアはハンスの妨害を振り切り、ゼスタにベルディアを近づかせない。

 

 

 

 

 

「ふむ……少し心配でしたがちゃんと効果はあるようですね。宗派が違えば支援魔法の効果が重複することは周知のことですが、竜言語魔法による強化にもその法則は当てはまるようです。……では、綺麗なドラゴンさん。少しの間頼みますよ」

 

 

 竜に護られた聖人は自身に使える最上級の回復魔法を丁寧に詠唱を始める。

 

 

「ベルディア、作戦変更だ。先にドラゴンを殺すぞ」

「…………すまんな。お前の意図を汲むのが遅れたせいで」

「謝るんじゃねえよ。お前が謝ったら俺まで謝らねえといけなくなる。あの時点でお前がすぐに動いてもギリギリ……俺が気づくのが遅すぎたのもあるからな」

 

 

 魔王の幹部たる2人は立ちはだかる竜を前に自身の打った悪手を実感する。

 

 

「グルルルルルアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

 竜は。()()()を待ち我慢し続けた竜は。傷つき押されながらも短くも長い()()()までの時間を稼ぐ。

 

 

 そして――

 

 

「――――『セイクリッド・ハイネス・ヒール』!」

 

 

 ――竜の騎士はまた戦場に立ち上がった。

 

 

 

 

――ライン視点――

 

「…………何で俺死んでないんだ?」

 

 意識失った時はもう死んだ気持ちだったんだが。毒で体が死にそうなほど痛いのと、ミネアがハンスとベルディア相手に戦ってなければ天国かどこかだと思ってる所だ。

 

「…………まぁいいか。生きてて体が動くなら戦うだけだ」

 

 ミネアが俺の言いつけ守らないで戦ってるし。あいつが俺が生きているのにそんな真似をしているってことは、両方生き残れる可能性が出たってことだ。

 

「まさか、戦うつもりですか? というか、何故立ち上がれるんですか? 見える傷や生命力は回復させましたが、ハンスの毒はまだ体を蝕んでいるままのはずです。動く度に……動かなくても激痛が走っているのでは?」

「ん? もしかしてあんたが助けてくれたのか。体も物理的にちゃんと動くようになってるし耳も聞こえる。凄いなあんた」

 

 死にかけてた俺を一人でここまで回復させるとか。ベルゼルグの最前線にもこんなレベルのプリーストはいないってのに。どっかの教団のお偉いさんかね。

「いえ、だからですね――」

「あ、悪い。後でちゃんと礼はするからよ。今はミネアの所に行かせてくれ。あいつが2人相手に戦ってるのに俺が後ろで見てるわけにはいかねーんだ」

「…………まぁ、いいです。うちの教徒以外でこれほど無茶が出来る人間がいるのは少し驚きですが。……微力ながら、一緒に戦わせてもらいますよ」

「大丈夫……って、聞くまでもなく大丈夫そうだな」

 

 ドラゴンとドラゴン使いが一緒に戦う戦場に付いてこれるかと聞こうかと思ったが愚問だった。本当何者なんだろうこのおっさん。ミネアがいつもより強くなってるっぽいのもこの人のおかげだろうし。

 

 

 

「ベルディア、退くぞ」

 

 俺と謎のおっさんがミネアの横に並んだ所で。ハンスは攻撃の手を止めてベルディアにもやめさせる。

 

「ハンス、確かに状況は悪くなったが、それでもまだこっちが有利のはずだ。あの2人をやれるチャンスをみすみす逃すのか?」

「そうだな。確かにまだ俺らのほうが優勢だ。6:4で俺らが勝つだろうよ」

 

 ……まぁ、そんな所だろうな。俺の体はハンスの毒で体力削られていく一方だし定期的に回復してもらわないといけないだろう。そして謎のおっさんがどんなに凄腕のアークプリーストだとしても、最上級の回復魔法を人の身で何回も使えるとは思えない。状況は好転したが逆転はしてないのだ。

 

「なら――」

「ベルディア。冷静になれ。()()も負けるんだ。魔王軍幹部である俺らが、だ。戦術的に見れば有利に見えるかもしれないが戦略的に見れば……9割以上勝利が確定してるこの戦争単位で見ればマイナスどころの話じゃねえんだよ」

「だとしてもだ。死に体のはずの身でまた立ち上がった竜騎士を前に逃げるなど――」

「――ベルディア。俺とお前は同じ魔王軍幹部。同格だ。だがこの場における指揮官は誰だ? 命令を聞け」

「……………………分かった」

 

 …………通りで幹部の中でも高い賞金がかけられるわけだ。徹底的なリスクとリターンの把握に戦術的だけではなく戦略的な視点も持っている。その上ベルディアにある甘さのようなものがハンスには全くない。相性で言えば俺はベルディアよりもハンスのほうが戦いやすいが、どちらに怖さを感じるかと言われればハンスのほうが格段に怖い。

 

「最年少ドラゴンナイト! この場は引き分けということにしておく。次に会った時に決着をつけよう。腕を磨いておくがいい」

「次に会う機会とか勘弁してくれ。俺はもうお前らみたいなのと戦いたくねーよ」

 

 なんか次にベルディアと戦ったりしたらあっさり死にそうな気もするし。

 

「一時はこの国攻めるのは中止だぞ。嬢ちゃん含めて魔王軍幹部が2度もテレポートでの侵略を失敗してんだ。次はベルゼルグを攻め落としてからだろうな」

 

 そういうことなら、この国からはなれても大丈夫か。多少無理してもこの国に接してる紅魔の里に厄介になろうと思ってたんだが。追手もあるかも知れねーし死にかけてる体が治ったらベルゼルグの国を転々とするかね。ミネアと一緒にとなると目立つから一所に留まることはできないし。

 

「おや、逃げるのですか。私としては魔王の下僕などここでしばいときたいのですが。まぁ、今回はラインさんに免じて見逃すとしましょう」

 

 ……あれ? 俺、この人に名前言ったっけ? まぁ、中位種のシルバードラゴン連れてる槍使いなんて俺くらいだし分かるか。

 

「…………ゼスタ。てめえらアクシズ狂団は俺が絶対に潰してやる」

「では、その時があなたの最後ですね。……女神アクアのご加護がある限り我らアクシズ教団が滅ぶことなどないのですから」

 

 ………………ゼスタってあのゼスタかよ。なんでこんな大物がこんな所うろついてんだ。

 

 

 

「ところでハンス。別れが済んだのはいいがどうやって帰るんだ? テレポートの術者はドラゴンに殺されたみたいだが」

「歩いて帰るしかねえだろ。紅魔の里の方行けばシルビアがいるはずだし、なんとかなる」

「…………それ、紅魔族の領域を越えないといけないということか?」

「………………どっかで休憩してからなら大丈夫のはずだ」

 

 そんなやり取りをしながらハンスとベルディアは本当に歩いて帰っていく。…………魔王軍幹部も大変なんだなぁ。可哀想とかは全然思わないけど、その後姿には哀愁を感じずにはいられない。

 

 

「…………で、だ。ゼスタ……様? ちょっといいか?」

「なんですかラインさん。そんな他人行儀に。私とあなたの仲ではないですか。気軽にゼスタきゅんと呼んでもらって構いませんよ?」

 

 俺とあんた会ったの今日が初めてだよな? というか仮に長い付き合いだとしてもこのおっさんを君付けとかありえないと思うんだが。…………まぁ、そのあたりは今度ツッコもう。

 

「…………そろそろ倒れていいか?」

 

 いい加減限界だった俺はゼスタにそう言って意識を手放していく。

 自分の体が倒れていく感覚を感じながら、俺は次起きた時も生きていればいいなとなんとはなしに思っていた。

 

 

 

 

――――

 

「よくここまで立っていられたものです。ハンスの毒は本来なら即死級……流石はドラゴン使い、その中でも一握りのドラゴンナイトに最年少でなっただけはあるということですか」

 

 ゼスタは自分の半分も生きていないだろう少年がその域にあるという事実に感心する。イレギュラー……世界のバグとも時に言われるドラゴン使いの中でもこのラインという少年は特殊のようだ。

 

「さて、ドラゴンさん。一緒にあの国へ連れて行ってもらえますか? あの国のプリーストたちと力を合わせればハンスの毒と言えども解毒は可能でしょう」

 

 流石にハンスの体の一部を浄化するともなれば厳しいかもしれないが、単なる毒であるなら体中に毒が回っているとしても時間をかければ大丈夫のはずだ。…………即死級の毒が体中に回っているのに未だ生きているというのは本当にドラゴン使いは規格外もいいところだろう。

 

「? どうしたんですか、ドラゴンさん。唸った声を出して」

 

 既に治療の段取りを考えていたゼスタは、ミネアが動こうとせず、それどころか警戒するような声を出しているのに気づく。ミネアは中位種のドラゴンであり、人語を解するだけの時を過ごしているので、ゼスタの言っていることが理解できないということはないのだが。

 

「…………まさか、あの国に帰る訳にはいかないということですか? それは少し困りましたね」

 

 ゼスタの予想が当たっていたらしくミネアは唸り声をやめる。だが、仮説が当たったからと言って状況は変わらない。ラインを確実に助けるためには近くの国でアークプリーストの協力が必要だ。そういったことは当然ミネアも分かっているだろう。だというのにそれを選ばないということは――

 

「――それがあなたの相方の望みということですか」

 

 ゼスタは知らない。

 ラインがミネアと一緒にいるために国を捨てたということを。たとえ自分が死ぬとしてもミネアと一緒に少しでもいることを選ぶ人間だということを。

 ただ、ラインとミネアにとってそれが意味のある意地だということは理解した。

 

「……ここに、うちの最高司祭が一年という年月をかけて生成した聖水があります。本来は魔王軍に対する切り札として持ち歩いているものですが…………これを飲めば、ハンスの毒でも浄化することができるでしょう」

 

 アクシズ教団の最高司祭。戦う力こそ失われて久しいが、その信仰力……プリーストとしての能力だけは未だにゼスタ以上のものがある。その最高司祭が一年という長い期間をかけて作った聖水ともなれば魔に属するものは全て浄化する力を持つ。

 

「ですが、それでも浄化するまで最低でも3日…………毒が浄化されるまでに彼の生命力が尽きれば死にます。ドラゴン使いはドラゴンの生命力を借りれるとは言え、ハンスの毒の影響力を考えればあなたの生命力を足してもギリギリ足りるか足りないか。あなたとラインさん共倒れする可能性が高いです」

 

 ゼスタ自身が一緒についていけば助かる可能性は大きく上がるが…………そうすればきっとラインとミネアの前提を満たしてやることができない。王都の方から飛んできているドラゴンの姿を見ながらゼスタはそう思う。

 

「それでもいい…………なんて聞くまでもありませんでしたね。ラインさんは本当にいい相方を持ったものです」

 

 ミネアの覚悟は聞くまでもない。なら、ゼスタとしても貴重な聖水を使うことに否はなかった。命をかけて願いに準じて生きる彼らにゼスタは強い共感を覚えているのだから。

 

「私の魔力ではあと2回が限度ですが、最後に回復をします。それが終わったらあなた達はすぐに逃げてください。こちらに向かってきているドラゴン使いは私の方でなんとかしますから」

 

 最上級の回復魔法。ゼスタはそれをラインとミネアに一度ずつ使う。ついでに自分の手持ちのポーションを全部ラインの懐へといれてやった。ラインが目覚めればそれを使うことで少しは生命力を回復できるだろう。……ドラゴンの生命力に比べれば微々たるものだろうがないよりはマシだ。

 

「……少しだけ魔力が残っていますね。では、もう一つだけ魔法を。――あなた方に女神アクアの祝福がありますように『ブレッシング』」

 

 最後に全魔力を込めて祝福を贈り。ゼスタは小さな英雄と美しき竜を見送った。

 

 

 

 

 

 

――ダスト視点――

 

「っ……」

「あ、お兄さん起きたの?」

 

 身体の痛みに起こされて俺は薄っすらとまぶたを開ける。

 

「おまえは…………、っ!」

「駄目だよ! 身体を動かそうとしたら! まだ凄い熱なんだから!」

 

 見れば俺は服を脱がされ濡れたタオルで冷やされていた。……この眼の前の少女が看病してくれていたんだろうか。

 

「本当は街に連れて行ってプリーストの人に見てもらったほうがいいんだけど…………連れて行こうとしたらそこのドラゴンが吠えるから」

「…………ミネア」

 

 少女の言葉に見てみれば共に戦ったドラゴンの姿が。ただ、その姿はからはいつもの覇気が感じられず、魔力も見るからに落ち込んでいる。

 

「…………なぁ、嬢ちゃん、ここがどこか教えてくれるか」

「むぅ……そんなに歳も違わないのに嬢ちゃんなんて呼ばないでほしいな。あたしはリーンって言うの。……それで、ここだけど、アクセルの街の近くの洞窟だよ」

 

 アクセル…………確かベルゼルグにそんな名前の街があった気がする。ということはミネアは俺が気を失った後、ここまで飛んできてくれたのか。

 

(ハンスの毒は…………まだ少し残っているか)

 

 ゼスタのおっさんが何かをしてくれたのだろう。今も毒が浄化されている感覚はある。だが、既に俺もミネアも限界だ。毒が消えるまで生命力が持つかどうかは微妙な所だ。ミネアだけは俺のことを見捨てさせれば助かるだろうが…………可能性がある限りミネアが俺のことを見捨ててくれるとは思えない。

 

「ねぇ、お兄さんって貴族なの? 金髪だし、こんな大きなドラゴンを連れてるし。……目が碧眼じゃなくて赤いから純血じゃないんだろうけど」

「…………今の俺の目は赤いのか?」

「うん。綺麗な……鳶色っていうのかな?」

 

 たしかに俺の目はミネアの力を使って戦っている時は赤くなる。だが、普段は母さん譲りの黒い目だったはずだ。

 

(…………戦っている時と同じか、それ以上にミネアが力を分けてくれているってことか)

 

 気を失ってからどれだけの時間が経っているかは分からないが、ミネアの消耗具合を見る限り1日以上は間違いなく経っているだろう。それだけの間魔力と生命力を与えられていたとしたら、何か影響が出ているかもしれない。ありそうなのは目の色が鳶色のまま戻らないとか、魔法抵抗力が異常に高くなっているとか。実際歴戦のドラゴン使いにはそういった症状が出ているやつも多い。

 …………あとは有り余る生命力の影響か、無駄に性欲が高くなるとか。そんな話もあったな。

 

「……リーンって言ったか。おm……君は一人か?」

「うん。そうだよ。薬草を摘みに来たら洞窟の中からなんか声がするから覗いてみたらお兄さんがいたんだ。……あと、言いにくいならお前でもいいよ」

「一人で薬草を積みに…………ってことは、お前はその歳で冒険者なのか」

 

 このあたりのモンスターの分布は知らないが、最弱のモンスターであっても一般人には脅威だ。いくら勇者の国とは言え一般人がモンスター相手に普通に戦えるとは思えない。

 

「え? そんなわけないじゃん。冒険者なんて儲からない職になんでつかないといけないの?」

「は? 冒険者や騎士じゃないと街の外はモンスターがいて危ないだろう?」

「他の所は知らないけどアクセルの周辺は魔物が狩り尽くされてて逆に魔物を見つけるのに苦労するくらいだよ。今の時期はジャイアントトードもほとんどいないし。だから危険なんてないよ?」

「…………そんなところもあるのか」

 

 魔王軍に侵攻され、人口が減り続けているこの世界にそんな平和なところがあるのかよ。

 

「けど、冒険者じゃないってことはリーンは一般人なんだろ? 何の目的があって俺を助けたんだ?」

「? 傷ついてる人がいたら助けてあげるのはふつうのコトでしょ?」

「………………そうだな」

 

 思い出してみればあの国でも王や貴族はどうしようもないクズばっかりだったが、市井には優しい人たちが多かった。ゼスタにしたって見ず知らずだった俺を助けるために魔王軍幹部相手に命をかけてくれた。……国に裏切られたからって疑心暗鬼になりすぎだろ俺。あの国が腐ってたのなんて最初から分かってたろうに。

 

「? リーン。そこにある回復ポーションはお前が持ってきたのか?」

「え? それはお兄さんの服を脱がした時に出てきたやつだよ?」

 

 ……ってことはゼスタのおっさんがくれたのか。何から何まで世話になっちまってるな。

 

「お兄さんが苦しそうにしてる時に何個か使っちゃったんだけど…………もしかしてダメだった?」

「ダメじゃねーけど……使ったってどうやって使ったんだ? 寝てる俺に使うのは面倒だったろ?」

「えーっと…………塗って使ったんだけど、ダメだったかな?」

「ダメじゃねーけど…………もったいないな」

 

 回復ポーションは基本的に二つの使い方がある。飲む方法と塗る方法だ。飲む方法では生命力を回復しやすく、塗る方法では外傷を治す効果が高い。今回の俺は外傷はないし飲んだほうが効果が高いんだが…………まぁ、眠ってる相手に飲ませるのは難しいしそこまで望むのは酷か。

 

「残ってるポーションは3つか…………少し足りないな」

「ごめんなさい…………勝手に使っちゃった分は弁償するから」

「そんなことはしなくていい。ってか俺はそんな鬼畜そうに見えるか?」

 

 口は悪いが、そこまで性格ねじ曲がってるつもりはないんだが。

 

「えっと…………ちょっと怖そうには見えるかな?」

 

 …………そういや姫さんにも最初は怯えられてたっけ。父さん譲りの人相の悪さはどうしようもなさそうだ。

 

「でもでも、ちょっと怖そうだけど、それ以上にかっこいいというか……うん。あたしはお兄さんの顔好きだよ?」

「………………褒めても何も出ないからな」

「あ、恥ずかしがってる様子はちょっと可愛いかも。お兄さんってかっこいいのにもしかして女の人に免疫ないの?」

「……うるせえよ」

 

 俺の回りにいる女なんて姫さんとミネアくらいだったし。市井じゃ確かにモテてた気はするが、それは上辺だけの付き合いで、こんんなにまっすぐ言われたことなんてない。

 

「…………って、そういや、俺の持ち物はどうしたんだ?」

「ポーション以外はそっちの方に置いてるよ」

 

 リーンの指差す方を見れば俺が持ち出した荷物が洞窟の壁の横に置かれている。……槍はもちろん、俺が逃げ出す時に持ち出した金目の物も全部あるな。

 

「お前、あれ持って逃げようとか思わなかったのか? あれを売れば少なくとも1年は遊んで暮らせるくらいの価値はあるんだぞ?」

 

 ミネアも俺の看病をしてくれた相手だ。それくらいは目を瞑るだろう。

 

「むぅ……お兄さんだって失礼だね。あたしって、そんなに意地汚く見える?」

「…………まぁ、見えないわな。どう見ても人畜無害なガキだ」

 

 そもそもそうでもなきゃ死にかけの看病なんてしない。

 

「だから、あたしはガキじゃないってば。もう11歳なんだよ?」

 

 十分ガキじゃねえか。……まぁ、思ったより歳の差はないけど。姫さんに比べればガキにも程がある。

 

「じゃあ、大人で優しいリーンに頼みがあるんだがいいか?」

「? なに?」

 

 俺のおだてに見るからに期限良さそうにしているリーン。やっぱりまだ子供じゃねーかな。

 

「そこにある金目のもの全部持っていっていいからよ、それで回復ポーションを買ってきてくれないか? ここにあるポーションだけじゃ足りそうにないからよ」

「えっと…………それこそいいの? 帰ってこないかもしれないよ?」

「その時はその時だ。別に恨んだりもしねえよ」

 

 リーンが助けてくれなきゃどうせ死ぬんだ。なら信じる他ないし、裏切られたからって恨むのも筋違いだろう。

 

「うん、信じてくれるならもちろん行くよ。でもさ…………その前にあたしに言うことないかな?」

「言うこと? なんで俺が死にかけてるか、とかそんな話か?」

 

 話せば長くなるからそういうのは元気になってからにしてもらいたいんだが。

 

「違うよ。…………本当にわからない? 『お兄さん』」

「…………そうか。まだ名乗ってなかったな。俺の名前は『ライン=シェイカー』だ。リーン、よろしく頼む」

 

 信頼する相手に名乗らないってのは失礼すぎたな。

 

「『シェイカー』? 変な名前だね。苗字みたい」

「ああ、この国は名前が後だっけか。名前はライン、姓がシェイカーだ。ラインって呼んでくれ」

「ライン兄……だね。うん。分かった。ライン兄、安心してね。ライン兄が元気になるまではあたしがちゃんと面倒見るんだから」

 

 そう言って張り切るリーンの笑顔。全然似ていないはずなのにそれが何故か姫さんの笑顔に重なって見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ライン兄、食料持ってきたよ」

 

 やってきたリーンの姿に俺は槍の訓練の手を休める。

 

「いつも悪いななリーン」

「ううん。ライン兄の面倒はあたしが見るって言ったもん。当然だよ」

「その約束は俺が元気になるまでだったろ? 俺はもう大丈夫だぞ」

「えー……じゃあ、あたしがライン兄の面倒みたいからでいいよ」

 

 そう言って恥ずかしそうに笑うリーン。

 

 

 

 リーンと出会ってもう一ヶ月の時が過ぎた。目が覚めてから二日後には危険な状態は脱し、リーンの看病が良かったのか一週間後には自分で動けるようになった。

 それからさらに一週間、リーンに手助けしてもらいながらリハビリした俺は、このあたりのモンスター相手なら余裕を持って倒せるくらいには回復した。…………ちなみにミネアはハンスの毒が抜けきった次の日には元気に飛び回っていた。ドラゴンの生命力はむちゃくちゃすぎるというか、魔力と生命力が回復しただけで元気になる当たり人間とは構造が違いすぎる。

 

 元気になったからにはいつまでも洞窟ぐらしというわけにもいかない。というより気が滅入るので森の奥にあった廃屋を軽く修理して隠れ家にして住み始めた。水とかは何とかなるが食料などはリーンに最初に渡した金目の物を使って準備してもらってる。

 さっきはからかうように言ったが実際は凄く助かっている。森のなかでは水はともかく食料を準備するのは面倒だ。サバイバルするスキルは持っているが、狩りはともかく採集するのは性に合わない。それにこのあたりの生体もそこまで詳しくないから毒を持ってる生き物を食べたりしたら面倒だ。……いや、ハンスの毒食らっても生き残った俺が今更食中毒を怖がるのもあれなんだが、毒持ってる生き物食べるのってなんか嫌だし。なんでも気にせず食べる悪食のドラゴンのようには流石になれない。

 

 

 

「面倒みたいって……物好きなやつだな」

「むぅ……物好きなんかじゃないもん、好きな人の面倒を見たいってのは女の子の願いとしては普通だよ」

「…………それが、一番物好きだっての」

 

 何を思っているのか。リーンは事あるごとに俺のことを好きだと言ってくる。正直俺みたいなドラゴンバカを好きになるとか正気とは思えないので、助けた相手を好きになるとかそういうあれだろうと思っている。つまりは一過性のもので、俺がいなくなればすぐにでも忘れるんじゃないだろうか。

 

「え? だってライン兄って貴族なんでしょ? 付き合えたら玉の輿じゃん」

「貴族じゃねぇよ。『元』貴族だ。『シェイカー家』は取り潰しになったからな」

 

 両親が死んで最後の俺までいなくなれば再興の芽もない。まぁ、家とか土地の財産は縁の深いセレス家に相続されるだろうこと思えばまだ救いがある。

 

「うーん、それでも貴族特有の顔立ちの良さは変わらないし、口は悪いけどなんだかんだで優しいし……年頃の少女としては意識せずに入られないよ」

「…………そうかよ」

 

 特段優しくした覚えはないがそこまで言われて嬉しくないわけもなく。子供っぽいとは言え美少女と言ってもいい容姿のリーンにそう言われれば気恥ずかしさもある。

 

「ちょっ、ライン兄! 髪をぐしゃぐしゃにするのやめて! せっかくセットしてきたのに!」

 

 そんな想いを誤魔化すために。俺は柔らかいリーンの髪をグシャグシャにしてやるのだった。

 

 

 

 

 

 

「さてと……もうすぐ暗くなる。リーン、そろそろ帰れよ」

「あ、うん。そだね。また明日来るよ」

 

 楽しそうに話すリーンに相槌をうち、たまにからかってやるだけの時間を過ごして。俺は夕陽の気配を感じて、楽しい時間に終わりを告げる。

 

「食料は今日持ってきてもらったし、一時は来なくても大丈夫だぞ?」

「そうだけど、あたしが来たいからくるの」

「……ま、俺も来てくれたら嬉しいから止めねぇけど」

 

 ミネアがいればそれだけでいいと思っていたが、人と言葉をかわすというのは思っていた以上に重要だった。リーンがいない時間の物寂しさに俺はそれを強く実感していた。

 

「えへへ……よかった。なら明日もくるからね」

 

 嬉しそうな顔で手を振り帰っていくリーン。

 

「…………こんな生活があとどれだけ続くかね」

 

 今のところリーン以外の人間に見つかってはいないし、あと1年位は続けられるかもしれない。だが、それ以上となると難しいだろう。お尋ね者の俺とミネアは追手から逃げるように金を稼ぎながら場所を転々としていかないといけない。もしくは思い切ってベルゼルグの王家に騎士として雇ってもらうか。どちらにしろリーンと一緒に過ごせる時間は終わる

 

 

 

『きゃああああああああっ!』

 

 リーンの悲鳴。俺は考えるのをやめ、すぐに槍を持って隠れ家を出る。

 

「一撃熊か……!」

 

 隠れ家を出てからわりとすぐ近く。リーンとそれを襲う一撃熊の姿を見つける。

 

(リーンに聞いた話じゃこのあたりにこのレベルのモンスターはいないはずだってのに)

 

 その地域のモンスター分布にいないはずのモンスターが出現するというのはありえない話ではない。だがそれは同時になんらかの異常の副産物としてだ。よくあるのは凶暴で強大な存在に棲み家を追われて出現するということだろうか。最強最悪の賞金首、デストロイヤーが接近する時などによく起こる現象……らしい。

 

「間に合えよ……!」

 

 原因も気になるがそれは今は後回しだ。『速度増加』の竜言語魔法を自分にかけてリーンの元へと急ぐ。

 

「ライン兄!」

 

 俺の姿に気づいたのか、リーンが安堵の声で俺の名前を呼ぶ。……まだ一撃熊の方が俺より近くにいるっていうのに気が早いことだ。

 

 

 まぁ、この距離なら一撃熊がリーンを害するより俺が一撃熊を倒すほうが早いのは確かだが。

 

 

 

「ふぅ…………大丈夫かリーン? 怖かったろ」

 

 一撃熊を逆に一撃で倒して。俺は振り向いてリーンに声をかける。

 ドラゴンのいないドラゴン使いの時は苦労して倒した覚えのある一撃熊だが、今の俺はドラゴンナイト。ステータス制限がなくなりミネアの力まで借りてる俺の敵じゃない。

 

「うん。大丈夫。……でも、怖くはなかったよ。ライン兄が助けに来てくれるって信じてたし」

 

 …………………………

 

「ちょっ、だからやめて! 髪ぐしゃぐしゃにしないで!」

 

 だったらお前もそのこっ恥ずかしい台詞やめろ。童貞にその台詞はきく。

 

「もう……ライン兄って乱暴なんだから…………」

「おうよ。だからこんな男好きにならないほうがいいぞ」

「うーん…………無理かな。だってかっこよくて優しくて、それでいてこんなに強い人なんてあたし他に知らないもん」

「…………買いかぶりすぎだろ」

 

 俺よりかっこいいやつなんていくらでもいるだろうし、優しいやつなんてそれこそ巨万(ごまん)といる。そして自分の無力さを俺はついこの間実感したばかりだ。

 

「ううん。ライン兄よりかっこ良くて優しい人なら多分いると思うけど…………かっこ良くて優しくてこんなに強い人なんて見つからないよ」

 

 それでも、そう思うリーンの言葉に嘘はないんだろう。たとえそれが幻想に過ぎないにしても、リーンにとってそれが真実なのだ。だとするなら、その幻想を俺がいなくなるその日までは守ってやりたいと思う。それが戦うこととドラゴン以外は何もない俺が出来る唯一の恩返しだと思うから

 

「――って、だからライン兄! あたしの髪をグシャグシャにするのはやめて!」

 

 恥ずかしいから照れ隠しはするけどな!

 

 

 

 

 

 そんな感じで過ごすリーンとの日々。

 いつまで続くのか――いつまで続けられるのか。そう思い始めていた頃。

 

 

「ライン兄お願い助けて! このままじゃ、アクセルの街が滅んじゃうの!」

「リーン? そんなに慌ててどうしたんだ?」

 

 

「炎龍がアクセルの街に向かってきてるの!」

 

 

 その日々はリーンの知らせにより終わりを告げられた。




強いゼスタ様を書いてるとアクアのおかしさがよく分かります。
あれで本来の女神の力は制限されてるとか……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第21話:この猛々しい精霊に終炎を!

『大物賞金首』

 

 それは人類種の天敵たちの総称だ。いずれも強大な力を持つ存在で、その力と人類に対する敵対度合により賞金額が決められている。ついこの間戦ったベルディアやハンスも億単位の賞金が懸けられた大物賞金首だ。あいつらの強さと厄介さは経験した通り。大物賞金首と呼ばれる奴らはどいつもこいつもそんな奴らばかりと思っていい。

 『炎龍』はそんな大物賞金首の中でも特に高い賞金の懸けられている存在だ。最強最悪の大物賞金首と呼ばれる『機動要塞デストロイヤー』や、明確な人類の敵対者である『魔王』ほどではないが、何度も討伐が試みられながらも失敗し、多くの街が滅ぼされた点では変わらない。

 

 デストロイヤーが『最強』の賞金首で、魔王を『最恐』の賞金首だとするなら、炎龍は『最凶』。

 火の精霊であるサラマンダーを多数引き連れ、自らの思うがままに行動し、行った先々を火の海にして滅ぼす炎の権化。

 

 

 

 

 

「……で? なんで、そんな危険な奴の相手を俺が出来ると思ったんだ?」

 

 戦いの準備を整えながら。俺は不安そうにしているリーンにそう聞く。

 

「だって、ライン兄ってドラゴンのこと詳しいでしょ?」

「炎龍はドラゴンじゃねぇよ。そう見えるだけで実際は精霊……火の大精霊だ」

 

 大精霊ともなれば最低でも上位種のドラゴンクラスの実力を持つ。つまりは魔王軍の幹部かそれ以上の相手だ。炎龍といえば冬の大精霊と同格の力を持ちながら、凶暴な性格で慈悲はない。その炎の息に飲まれればただの人間なんてかけらも残らず燃え尽きる。無効化されないだけまだデストロイヤーよりマシだが大精霊である炎龍が相手じゃ魔法の効果も薄い。デストロイヤー討伐が無理ゲーなら炎龍討伐は無茶ゲーだ。

 

「……じゃあ、ライン兄でも無理なの?」

「いや……、俺なら……、俺とミネアなら可能性がある」

 

 可能性があるって言っても高いとは言えないものだが……。それでも上位種のドラゴンがいなくなった今、人類側で炎龍と戦える可能性があるのはミネアと契約する俺くらいだろう。

 魔王軍なら魔王の娘が他の幹部と一緒に戦えば有利に戦えるだろうが……あいつらは結界があるからデストロイヤー同様に炎龍はスルーしてんだよな。

 

「勝率はともかく炎龍は俺らでなんとかする。だけど、問題は回りのサラマンダーだな。炎龍相手じゃ流石に俺一人で戦うのは無理だ。ミネアと一緒に戦うことになる。だが、そうなるとその間サラマンダーを相手にする奴がいない」

「それなら街の冒険者が頑張るって言ってたよ。というか炎龍相手でも引く気はないみたいだった」

「……駆け出しの街の冒険者に任せて大丈夫か……?」

 

 というか、根無し草の冒険者が普通の街一つ守るために命をかける……? ギルドが緊急クエストを出そうが勝ち目のない戦いからは逃げるのが冒険者って生き物だと思ってたんだが、アクセルの街の冒険者は違うんだろうか。

 

 

 

「それより、ほんとにお前もくるのか? 森の中にいたほうが安全だぞ」

 

 準備を終えて。小屋の外に出てミネアを呼んだ俺は、ついて来ようとするリーンに忠告する。

 

「一緒に戦えないのはしょうが無いにしても、自分の住んでる街がどうなるかを見届けられないなんて嫌だよ。……ライン兄にお願いしといて自分一人だけ安全なところにいるなんてできない」

「…………俺はお前に危険な目にあってほしくないんだがな」

 

 絶対に勝てるなんて言えない相手だ。その影響力を考えるなら勝てたとしても周りに被害が出る可能性が高い。

 

「だけど……自分が生まれ育った街がどうなるか見届けたい。その気持ちもわかる」

 

 国を捨てた俺が言うのも白々しいかもしれないが……捨てたからこそその気持ちは痛いほど分かった。

 

「お前とお前の住んでる街は俺が絶対に守ってやる。……だから見届けろ」

 

 たとえ俺が勝てないとしても、それだけは絶対に成し遂げてやるから。

 

「ありがとう、ライン兄。…………信じてるからね」

 

 俺はこいつに命を救われたのだから。その命をかけてリーンとリーンが大切にするものを守る。

 俺を信じて安堵の笑みを浮かべるリーンに、俺は心の中でそう誓った。

 

 

 

 

「ね、ねぇ、ライン兄。掴まる所ってないの?」

 

 ミネアの頭に乗り込んで。俺の後ろに座るリーンはこれから飛ぶことが怖いのか手を彷徨わせながらそう聞いてくる。

 

「……俺の背中くらいだな。ミネアの角掴むのはリーンの体格じゃ無理だろうし」

 

 仮に前に座らせて角を掴まえさせたとしても、リーンの力じゃ体を安定させることはできないだろう。だったら俺が角を掴んでリーンには俺に掴まってもらうのが1番安全だ。急ぎじゃなければ他にも方法はあったかもしれないが……。

 

「ライン兄の背中…………抱きついていいの?」

「おう、掴まっていいぞ」

「えへへ……うん。じゃあ抱きつくね」

 

 何故か嬉しそうな様子でリーンは力を入れて俺に掴まってくる。……こいつ状況分かってんのかね? 今から俺は死地に向かうってのに。

 

「? ねぇ、ライン兄。顔赤くなってない?」

「…………気のせいだろ」

「そうかなぁ…………今も赤くなってる気がするんだけど」

 

 …………抱きつきながら上目遣いすんのマジでやめろ。俺まで今の状況忘れそうになるだろうが。

 

「……とにかく準備はいいな? 飛ぶぞ?」

「うん。炎龍がアクセルに来ちゃう前に行かないといけないもんね」

 

 状況を本格的に忘れていないみたいなのは何よりだ。

 俺はミネアに合図を出して空を飛ばせる。目的地は冒険者たちがアクセルを守るために作ったという最終防衛ライン。そこにリーンを下ろしてから俺は炎龍の元へ向かう。

 

 

 

「……しっかしまぁ、やっぱリーンはお子様だなぁ。こんだけくっついてるのに全然胸の膨らみを感じないとか」

「ライン兄今の状況ちゃんと分かってるの!? それにあたしは今から成長期だもん! これから大きくなるんだから!」

 

 なんか大きくならない気がするけどな。

 空を飛ぶ風の音に負けないくらいの声で恥ずかしがって怒るリーンを宥めながら。俺は全速力でミネアを飛ばせるのだった。

 

 

 

 

「さてと…………ここまででいいか? というか、流石にこっから先へは連れてけねえぞ」

 

 最終防衛ラインよりアクセルの街に近い場所で。リーンを下ろした俺は周りを見渡しながらそう言う。

 …………最終防衛ラインって言っても防衛線は二つだけか。しかも最終防衛ラインの方には冒険者でも騎士でもないような男たちの姿もある。前線の面子がどんな奴らかはここからじゃ分からないがあまり期待はしないほうがいいかもしれない。

 

「でも、ここからじゃ、ライン兄が戦ってる様子が……」

「我慢しろ。炎龍だけならともかくサラマンダーまでいるんだ。俺がサラマンダーの相手できないってこと考えればここでも近すぎる」

「じゃあ……サラマンダーがみんな倒されたらもっと近づいてもいいの?」

「まぁ……俺が戦ってる所が見える場所くらいならいいんじゃねえの」

 

 実際は駆け出しの冒険者にサラマンダー全部倒せるとは思えないんだが。こうでも言っておかないとリーンは納得しないだろう。

 

「…………うん、分かった。でも、ライン兄。だったらサラマンダーが全部倒されるまで絶対に負けないでよ? あたしの知らないところでライン兄が死ぬなんて絶対イヤなんだから」

 

 分かっている。心配するな。そう返そうと口を開くが、リーンのその真っ直ぐ過ぎる瞳を――何故か姫さんに重なる面影を――見ると口が止まってしまう。

 数秒の後。やっとのことで返せた言葉は、言おうと思っていたこととは全く違うものになっていた。

 

「なぁ、リーン。この戦いの結末がどうであれ、俺はもうここにいられないと思う」

「…………え?」

 

 まずい、と思う。だが、一度開いた口は閉じることなく言葉を続ける。

 

「ミネアと一緒に戦うってことは俺が『ライン=シェイカー』だと宣言するようなもんだ。俺がここにいると知れれば魔王軍やあの国の追手に狙われるだろう」

 

 魔王軍幹部を二度も退けた俺を魔王軍が見過ごすとは思えない。そしてあの国も姫さんこそ快く送り出してくれたが、王を含め俺をよく思っていない勢力が権力を掌握している。

 

「…………ここにいれば俺はリーンを危険に晒すようになっちまうんだ」

 

 姫付きの護衛なんてやってはいたが、俺はもともと守るための戦いが得意じゃない。だからこそ姫さんは俺にあんな約束をさせたのだろうから。

 

「だったら……だったら、あたしもライン兄と一緒に連れてってよ!」

「そりゃ無理だ。冒険者でもないやつをずっと守り続ける自信は俺にはない」

 

 そしてそれは冒険に出たとしても一緒だ。むしろそっちの方が危険は多いかもしれない。

 

「……お前は、器量いいんだし普通の幸せを掴めるよ。俺なんかさっさと忘れたほうがいい」

 

 俺と一緒になってもきっと幸せになれない。……俺が住んできた世界とリーンが住んでいる世界は違いすぎる。

 

「それでも……それでもあたしは――」

「――悪い。そろそろ行く。先行してきたサラマンダーの姿が見えてきた」

 

 リーンの話を遮って。俺はミネアを飛ばせる。実際に戦う前に前線で戦う冒険者たちの様子を見てこないといけない。

 

「ライン兄! 絶対に帰ってきてね!」

 

 それは、俺が死ぬことを心配しての言葉か。それとも戦いが終わった後俺がそのままいなくなることを心配しての言葉か。

 

(…………リーンのこんな顔初めてみたな)

 

 考えてみればリーンとはまだ出会ったばかりだ。当たり前だがリーンの事は知らないことのほうが多いんだろう。

 …………別れる直前にそんな事気づいてもどうしようもないってのに。

 

 

「おう、お前とあの街は絶対守ってやる。命を懸けてもな」

 

 だから俺はリーンの言葉(帰ってきて)にそうとしか返せなかった。

 

 

 

 

 

「あんたらがこの街を守るって冒険者か。…………なんで、こんな街にいるんだ? あんたらの身のこなしから見るにかなり高レベルの冒険者だろ。王都で戦ってて不思議じゃないレベルの」

 

 前線へと来た俺は防衛線を固める冒険者にそう声をかける。

 

「この街に守りたいものがあるのさ。それこそ命をかけてでも恩を返さないといけないものがある。……だから、俺たちゃこうしてここにいるのさ」

「守りたいものってなんだよ」

「坊主にゃまだ早いな。もう少し大きくなったら教えてやるよ」

 

 なんか気になるんだが…………まぁ、高レベルの冒険者がいるのは嬉しい誤算だ。サラマンダーの相手は任せても大丈夫そうだな。

 

「坊主こそなにもんだ? こんな大きなドラゴン見たことねぇ。ドラゴン使いか?」

「ドラゴン使いじゃなくて俺はドラゴンナイトだよ」

「ドラゴンナイトだと? ドラゴン使いの上級職って噂の? 初めて見たぜ……しかもその若さでとは、坊主ほんとに何もんだ?」

「気にすんなよ。俺はただの通りすがりだ。この戦いが終わったらいなくなる」

 

 自分の言葉に何故かリーンの泣きそうな顔が頭をよぎるが、それに蓋をして続ける。

 

「それより、炎龍の相手は俺とミネア……このドラゴンに任せてくれ」

「…………正気か? 相手はあの炎龍だぞ? いくらドラゴンナイトとは言え自殺行為だろう」

 

 まぁ、実際そうだろうけど…………炎龍相手に一緒に戦えるやつがいないんだから仕方ないだろう。ここにいる奴らがどんなに強かろうと炎龍相手じゃ一瞬で溶けるだけだ。自殺行為と言われようが俺とミネアだけで戦うしかない。

 

「ま、心配すんなよおっさん。炎龍の強さはちゃんと分かってるし、その上で簡単に負けるつもりもないからよ」

 

 少なくともリーンとあの街を守るって勝利条件は絶対に満たす。

 

「それに…………俺は証明しないといけねえからな」

「? 証明って何をだ?」

 

 

「ドラゴン使いと一緒に戦うドラゴンは最強だってことを…………あの炎龍倒して証明してやるよ」

 

 

 

 

 

 

 

「さてと……お見えになったぜ。ミネア。『炎龍』……火の大精霊のお出ましだ」

『ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』

 

 俺の言葉か見えた炎龍に反応してか、ミネアは威嚇の声をあげる。

 前線からも離れた場所で。俺達と炎龍は対峙しようとしていた。

 

「……準備はいいな? 分かってるとは思うが本気の本気で行くぞ」

 

 ミネアにも自分にも竜言語魔法による強化は全てかけた。今の俺達は上位種のドラゴン並の力を持っていると言っていい。

 それでも、今回の相手は油断すれば一瞬で殺られる……そんな相手だ。

 

『……………………』

 

 炎龍は俺らを視界に入れても吠えない。もしかしたら声など出せないのかもしれない。

 ただ、極熱のブレスを挨拶代わりとばかりに俺らに向かって吐く。その炎は地獄の炎(インフェルノ)すら可愛く思えるような凶暴な炎熱。そのブレスをくらえばただの人間だろうが、凄腕の冒険者だろうが炭すら残らない。

 

 

 

 それを俺はミネアの魔力を乗せた槍で切り開いた。

 

 

『………………?』

 

 俺とミネアのことを塵とでも思っていたのだろうか。自分のブレスを無傷で乗り越えた俺たちに炎龍は首を傾げている。

 

「……この程度で不思議がってんじゃねぇよ。ミネアは『炎』のブレスを使うシルバードラゴンだ。この程度の炎じゃ俺らは殺せない」

 

 それが俺らが唯一人類側で炎龍と戦えるという理由。炎のブレスを使うミネアは炎属性に大きな耐性を持っていて、それはその力を借りて戦う俺も同様だ。竜言語魔法による強化も含めれば、直撃さえしなければ耐えることが出来る。

 ……まぁ、直撃すりゃ俺は大やけどだろうしミネアも無傷とは言えない。それでも、俺らくらいの耐性がなきゃ余波だけで消し炭になるのを考えればまだ炎龍との相性は悪くないのだろう。

 

(炎属性の上位ドラゴン並の火耐性がねぇと戦いの舞台にすら立てないとか……大精霊ってのはほんと化け物じみてやがる)

 

 炎龍が大精霊の中でも冬の大精霊に並んで強大な力を持っているってのもあるんだろうが。

 …………炎龍も冬の大精霊みたく慈悲のある存在ならこんな苦労しなくてよかったんだけどなぁ。

 

 

『…………!』

 

「またブレス来るぞ! ミネアは飛べ!」

 

 炎のブレスを切り裂くなんて言う一歩間違えれば即戦闘不能な綱渡りを何度もする気はない。周りへの影響を考えながらも基本的にブレスは避ける方針で行く。

 そして俺とミネアが離れれば標的は2つ。避ける回数も半分になるため、気は抜けないが反撃のチャンスは増える。

 

「おら! よそ見してんじゃねぇ!」

 

 炎龍がミネアへブレスを吐いた隙を狙い、俺は炎龍の首筋を魔力のこもった槍で切り裂く。

 大精霊である炎龍にはリッチーなどと同様に単純な物理攻撃はほとんど効果を見せない。魔法剣などを持たないのなら『魔力付与』を使って武器を魔力で強化することは必須だ。…………炎龍の場合『魔力付与』で武器を強化してないと武器自体が溶けるし。

 

(手応えなんてあってないようなもんだな……!)

 

 切り裂いた炎龍の首筋からは血などでない。精霊はドラゴンと同じく魔力の塊と言われているが、ドラゴンとは全く違う点がある。それはドラゴンは一応生物として扱われるが精霊は生き物ですらない…………ある種の概念に近い存在だ。だから殺せば終わるという話じゃない。魔力がなくなるまで滅ぼさなければこの存在は終わらない。

 

(……そのうえ、滅ぼしてもいずれまた人の想念が集まって復活するとかチートだよなぁ)

 

 また炎龍として復活するか、あるいは炎の魔神あたりの姿を取るか。それは分からないが、できれば今度は冬の大精霊のように慈悲のある存在として復活してもらいたい。

 まぁ、それもこれも俺がちゃんと炎龍を倒せたらの話か。

 

 

 ………………倒せんのかなぁ。改めて考えてみると無謀としか思えなくなってきたんだが。

 

 

 

「っと、ブレスが効かないと思ったら今度は爪か」

 

 炎龍の巨体から放たれる爪での攻撃を俺は槍の先で受け流す。

 

「ミネア!」

 

 炎龍が受け流されて体勢を崩した先。そこにはミネアが勢いをつけ向かってきていた。

 

『…………!』

 

 勢いそのままに炎龍へと吸い込まれていくミネアの爪。魔力の塊と言われるドラゴンの爪は俺の槍同様――それ以上に――全てを切り裂く特性を持っている。

 炎龍の巨体をしてもミネアの爪での攻撃は効いたのか。初めて苦悶のような表情を見せた。

 

『グゥッ!』

 

 藻掻くようにして暴れる炎龍はバンッ!と尾をミネアにぶつける。苦し紛れとは言えその巨体からくり出される尾の勢いは、続けて攻撃しようとしたミネアの身体を大きく吹き飛ばした。

 

 「しっぽまで武器とか…………まぁ、基本的にはドラゴン相手にすると考えりゃいいか」

 

 吹き飛ばされながらも体勢を整えて飛行に戻ったミネアの無事を確認しながら。俺は炎龍の攻撃方法やその特性を頭のなかでまとめる。

 

 

 基本的に炎龍の攻撃方法は炎を使うドラゴンと一緒と考えていい。つまりは俺がこの世界で1番よく知っている攻撃方法と一緒だ。尾による攻撃だけは予想外だったが、ミネアの様子を見る限り、爪やブレスでの攻撃と違い一撃必殺の威力はないだろう。…………俺が食らったら多分無事じゃすまないが。

 防御の面はかなり厄介そうだ。生物じゃないから急所はない上に、俺やミネアの攻撃を受けても消耗している様子はない。ミネアの攻撃を受けた時の反応を見る限り効果がないというわけじゃないんだろうが、その耐久力――魔力の塊である炎龍は魔力そのものがそれに当たる――は思った以上に多そうだ。

 

 攻撃手段がドラゴンと同じであるならどれだけ力量に差があっても2対1という数の差でなんとか戦える。問題は炎龍の魔力が先に尽きるか俺とミネアの気力か魔力が先に尽きるか。……それでいて、こっちは一撃じゃ倒せず、向こうの攻撃は俺に当たれば一撃必殺。ミネアも爪や牙での攻撃受ければやばい。

 

「…………やっぱ、逃げたほうが賢かったなぁ」

 

 でも、ここには俺以外にも命をかけてるものがいる。近くには俺を信じて待っている奴がいる。

 そして、俺はドラゴンナイトだ。ドラゴンとともに戦いドラゴンが最強だと証明するものだ。なら、たとえここで死のうとも逃げる訳にはいかない。

 

 俺が負けるのはかまわない。だがミネアは負けさせない。

 

 

「こいよ、『炎龍』。大精霊ごときが『最強の生物(ドラゴン)』に勝てると思ってんじゃねーぞ」

 

 自分が逃げ出したい気持ちごと炎龍を挑発して。俺は終わりの見えない戦いへと挑んでいく。

 

 

 

――リーン視点――

 

 はぁ、はぁという自分の息が煩い。胸は爆発するんじゃないかというくらいに痛く動いているし、道じゃない所を走ったせいか足が引きずりたくなるくらいに痛い。

 あたしの身体はかつてない酷使をされて早く休め、せめて歩けと叫んでいる。

 

「ライン兄…っ……ラインにい……っ!」

 

 そんな身体の叫びを無視してあたしは走り続ける。命を懸けて守ってくれると言った人の元へ。……でも、帰ってくると言ってくれなかった人の元へ。

 

「嬢ちゃん、そっちは行っちゃダメだ!」

 

 サラマンダーと戦い、そして全てを倒しきった冒険者の一人があたしに制止をかける。でも、それは声だけで身体は動いていない。それはそうだろうと思う。サラマンダーと冒険者たちの戦いは半日にもかかった。明るかった日も既に落ちきり夜になっている。命を懸けて戦った冒険者たちにそんな気力も体力も残っているはずがない。むしろ、暗がりを走るあたしに気づいた冒険者は余裕があったほうだ。

 

(行かないと……! 見届けないと!)

 

 少しずつ近づいてきた緋色の光。今も戦いが続く場所まであたしは走り続ける。

 

 

 だって、その時を見届けなければあたしは絶対に後悔するから。

 だって、今行かないとライン兄があたしの前からずっといなくなる気がするから。

 

 

「きゃっ……はぁ、はぁっ……ごめん、なさい……っ」

 

 暗がりの中必死に走り続けたからか。あたしは前にいた人の姿に気づかずぶつかってしまう。

 

「ふむ? 我輩としたことが興味深い事に気を取られすぎていたようだ。こちらこそ謝ろう野菜好きの娘よ」

 

 あたしがぶつかった人は大分大きな人みたいだ。暗くて顔はよく見えないけど、今のあたしとは見上げるような身長差がある。

 

「……って、あれ……?」

 

 ふらりと、頭から血が引き下がる感じがしたかと思うと、そのまま地面が近づいてきた。

 

「おっと…………ふむ、貧血のようだな。無理して走りすぎたようだ」

「何を冷静に言っているんですか――さん! 早く、このポーションを飲ませてあげてください」

 

 地面にぶつかる寸前に。あたしの身体は大きな体の人に受け止められる。女性の人も一緒にいるらしく、何か2人であたしのことについて話しているみたいだけど、朦朧としている意識ではその内容は入ってこない。

 

「魔道具店を開こうというものがそう簡単に商品をあげてどうするのだ?」

「多分、私は困っている人がいればいつもこうすると思います。――さんのためにお金稼ぎも頑張りますけど……」

「はぁ…………もういい、飲ませるゆえさっさと寄越せ」

 

 冷たい瓶の感触が唇に当てられたかと思うと、そこから苦味のある液体が私の口の中に入ってきて、そのまま喉を通っていく。

 

「…………流石ですね――さん。普通そんなふうに飲ませたら吐き出させちゃうと思うんですけど」

「我輩を誰だと思いっているのだ。これくらい我輩の――力で余裕である」

 

 あたしが飲まされたのは回復のポーションだったらしい。苦しくて動けないと叫んでいた身体は落ち着きを取り戻し、もう一度あたしの意志に応えてくれる。

 

「ありがとう、お兄さん、お姉さん。このお礼はいつか絶対するから!」

 

 立ち上がったあたしは、お礼もそこそこにまた走り始める。ライン兄が戦っている場所はもう見えるところまで来ていた。

 

 

 

 

 

――ライン視点――

 

「ハァ…ハァ……、そろそろ限界じゃねぇか? 炎龍さんよ」

 

 炎龍の爪を避け、返しの刃でその眼に槍を突き刺す。すると一瞬だけだがその巨体が薄くなった。

 

(……もう少しだが、俺もミネアも限界だ)

 

 終わりは見えているが、それ以上にこっちの限界が来ている。魔力はギリギリ、気力はとっくに限界を超えていた。それでも戦えているのは一人ではなく二人で戦っているからに過ぎない。

 

「っ!? しまっ!?」

 

 疲労からくる思考に飲まれて出来てしまった隙を炎龍は見逃さなかった。その牙が俺の身体を引き裂こうと迫ってくる。

 距離的にミネアは間に合わない。炎龍は凄絶な笑みを浮かべ――

 

『…………!?』

 

 ――その巨体は黒き稲妻を受けて俺の身体の前で止まった。

 

「ミネア! 一気に行くぞ!」

 

 何が起こったのかは分からないが、これが最後のチャンスだ。自分に残った魔力すべてを使い切る覚悟で、俺とミネアは炎龍へ最後の攻撃へと移る。

 

「っ! っ! っ! よっと!……ミネア!」

 

 槍の得意技である突きを三発食らわせ、大きく切り払いまでくらわせた俺は一旦炎龍から距離を取った。

 

『ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』

 

 その間を埋めるように、ミネアは爪と牙を炎龍の身体へと突き刺さす。そのまま炎龍の身体を痛め続け、動かないように固定をした。

 

「これで正真正銘最後だ! 頼むから終わってくれよ……!」

 

 持てる魔力――ミネアの持つ魔力も含め――すべてを槍の先に集め炎龍へと突進。その巨体の真中を止まることなく最後まで突き抜けた。

 

 

 

 パァンと音がなり、炎龍の巨体が消え去る。その代わりにあたりは火の粉のような色の淡い光が降り注いだ。

 

「……形をとる前の火の精霊か。綺麗なもんだな」

 

 夜の暗闇の中で光るそれは幻想的なものがある。それがあんな怖い存在になるってんだから世の中不思議なもんだ。

 

「……不思議といや、あの黒い稲妻はなんだったんだ?」

 

 上級魔法の『カースド・ライトニング』だろうってのは分かるが、大精霊の魔法防御力を抜けるような魔法なんて紅魔族でも一人で使えるやつはいないだろう。それこそ魔王軍幹部でも上位の実力者ならあるいはってレベルだ。

 

「……ま、誰でもいいか。助けてくれてありがとよ」

 

 誰だか知らない実力者に俺は感謝の気持ちを送った。

 

 

 

――――

 

 

「バニルさんバニルさん。凄いですね。本当に炎竜を倒してしまいましたよ。何者なんでしょうか? あの少年」

「知らぬ。忌々しいトカゲと一緒にいるということはドラゴン使いかドラゴンナイト…………中位種のトカゲを連れて倒せたのだからドラゴンナイトだろうが、この距離からでは我輩でも見通せぬ」

 

 リーンを助けた2人――魔王軍幹部の中でも上位の力を持つ人畜無害の悪魔とリッチー――は、ラインたちの戦いを見届けて、その結果に大小違いはあれど驚いていた。

 

「バニルさんでも簡単に見通せない実力者のいる街ですか……。決めましたよバニルさん。本当は温泉のある街が良かったんですけど、この街に店を建てようと思います。……ここは思い出の街でもありますしね」

「そうか、では見送りはここまでということだな」

 

 夢をかなえるため。悪魔との約束を守るため。店を出すと魔王城を出ることにしたリッチーを、バニルと呼ばれた悪魔は見送りに付いてきていた。……見送りというよりも付添人と言ったほうが正確かもしれないが。

 

「はい。ありがとうございましたバニルさん。店が出来たら遊びに来てくださいね。頑張ってダンジョンの建築資金をためますから」

「……見通す力を使わずとも結果が見えているゆえ、そのうち我輩がバイトに来るかもしれん。汝に任せていたらいつまで経っても金が貯まらぬだろうからな」

 

 『氷の魔女』と呼ばれていた人間時代ならともかく、今のリッチーはどこか抜けているというか、一言で言うならポンコツ気味だ。先程リーンを無償で助けた様子を考えても商売に向いているとは考えられない。その上致命的なまでに商品を選ぶセンスが無いのを考えれば…………バニルの出番はそう遠くないうちに来るだろう。

 

「心配しなくても大丈夫ですけど……バニルさんと一緒に働くのも楽しそうですね。魔王さんにはお礼を言っててください」

「この残念リッチーに宝をたかられずにすんで魔王も喜んでいるだろうが……とりあえずよろしく言っていたと伝えておこう」

 

 そんな心配をよそに脳天気に言うリッチーにバニルは心の中でため息をつく。そして少なくともリッチーの言う一緒に働く日々が退屈しない日々になるのだけは見通す力を使わずとも確信できた。

 

「っと、そうでした。バニルさん。もうこれは私には必要ないものなので預けておきますね」

 

 そう言ってリッチーがバニルに渡したのは彼女が愛用している魔法の杖だ。『氷の魔女』と呼ばれた冒険者時代から使っているもので、紅魔族が作った最高傑作の杖らしい。

 

「いらぬというのなら売れば開店資金の足しになるだろうに……なぜ、わざわざ我輩に預けるのだ」

「だって、店主の私にはもう必要ないものですけど、魔法使いとしての私には必要なものですから。……私が魔法使いに戻らないと行けない時が来たら返してください」

「ふむ……そういうことなら預かろう。まぁ、汝が魔法使いに戻る日など来ないほうがよいのだろうがな」

 

 ただ、いずれそういう時が来るだろうことはバニルにも予感があった。……許せないと思った存在がいた時、彼女はきっと魔法使いに戻るだろう。

 

 

「それじゃ、バニルさんまた会いましょう」

「ああ、駆け出しリッチーあらため駆け出し店主よ、また会おう」

 

 再会の約束をして。友である2人は別々の方向へ歩み始めるのだった。

 

 

 

 

 

――ライン視点――

 

「ライン兄!」

 

 ドンっと、小さな身体がぶつかり、限界だった俺の身体は倒れる。それでも、その少女が傷つかないよう抱きとめることだけは意地でもした。

 

「何でお前がここに……って、サラマンダーも倒されたのか」

 

 炎龍との戦いに必死で気づいてなかったがサラマンダーも全て倒されたらしい。つまり、この街の危機は去ったということになる。

 

「よかった……、ライン兄が無事で…………」

「あたりまえだろ? 俺は最年少でドラゴンナイトになった天才だぜ? これくらいの相手なら余裕だっての」

「……嘘つき。最後油断して死にそうになってたくせに」

 

 よく見てんじゃねぇか。実際あの黒い稲妻の助けがなきゃ俺は死んでたし、余裕なんてもの最初から最後までなかった。

 

「でも、ライン兄が強いって、…………誰よりも強いのは分かったよ」

 

 言葉とともにぎゅうっと俺に抱きついてくるリーン。

 

「……惚れなおしたか?」

「ライン兄の馬鹿。ここまで惚れさせといていなくなるとか……ホント馬鹿」

「悪い……」

 

 軽口に返されたのは悲しみとも怒りとも言えない感情。

 

「ねぇ、本当にどうにもならないの? あたし、ライン兄と離れたくないよ……」

「それは……」

 

 出来ないことはないかもしれない。今回の炎龍討伐の報酬を使えば冒険者ギルドに都合をつかせてある程度の口封じもできるだろう。その上で俺が『ライン』であることをやめれば……。

 本気で過去と決別するのなら――

 

「出来ないことはない。……でも、きっとそうして一緒にいる俺はリーンの好きな俺じゃなくなる」

 

 ドラゴンナイトであることをやめ、槍も使ってないとなれば俺が『ライン』であると気付く奴はいないだろう。この国では俺の顔は知れ渡ってはいないのだから。

 だが、そうすればきっと俺は腐っていくだろう。大好きな相棒と一緒に過ごせず、思うように戦えない日々は、俺をリーンの好きなかっこ良くて優しく強い『俺』ではなくする。

 自分らしく自由に生きる。あの国を出る時に決めた俺の願いは、ミネアと一緒じゃなければその輝きを失うだろうから。

 

 

 俺は今の俺のままじゃいられない。

 

 

「――それでも、いいか?」

 

 それでも……リーンが望むのなら。俺の命の恩人が俺と一緒にいることを望むのなら。

 

「うん……どんなライン兄でもいい。あたしはライン兄が好きだから」

 

 リーンのそばにいることを選ぼう。リーンが望む限り……リーンに見捨てられないかぎり。

 

「ああ……分かった。一緒にいるよ」

 

 

 

 それがどんなに苦しい日々であろうとも、俺は『ダスト』になろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――リーン視点:今――

 

 ホントはね、ダスト。あたしにダストのことを嫌いだなんていう資格ないんだよ? だって、あたしは知ってる。ライン兄がダストになったのはあたしのためだって。

 あたしに誰かの面影を重ねているだけだとしても、あたしの願いでダストになったのは変わらない。だから、どんなに呆れることが多くても嫌いになるなんてことは出来ない。

 

 でも……ドラゴンが大好きなライン兄にとってドラゴンと触れ合えない日々は。凄腕の槍使いとして名を馳せたライン兄とってなれない長剣で思うように戦えない日々は。あたしが想像している以上に苦痛の日々だったんだろう。そんな日々はライン兄を疲弊させ腐らせ本当に『ダスト』にしていった。

 

 それを止めないといけないのはあたしだった。でも、あたしにはそれが出来なかった。……だから、あたしにはダストを好きだなんて言える資格がなくなった。

 あたしと一緒にいるなんてことを選ばなければ、きっとダストはもっと自由で楽に生きられただろうから。大好きなドラゴンとも別れる必要がなく、出会った頃のライン兄のままでいられたはずだから。

 

 

 

 あたしが好きと言っていいのは思い出の中のライン兄だけ。ただそれだけの話。

 

 

 

「……ね、ダスト。もしもゆんゆんが好きならあたしは応援するからね」

 

 だってあの子はあたしがしたくても出来なかったことをしてくれたから。

 

「だから別にゆんゆんとはそんな関係じゃねぇって言ってんだろ。体と顔は悪くないがあんな生意気な守備範囲外のクソガキは問題外だっての」

「うん、知ってる。ダストもゆんゆんもお互いに友達だとしか思ってないって」

 

 少なくとも今はまだ。何もなければこのままずっと。それでも、何があるか分からないのが恋だ。それに……。

 

「でも、ダストってもしゆんゆんに告白されたら凄い悩むでしょ?」

「………………ノーコメントで」

 

 あの子はある意味であたしと同じだから。あの子が本気で願ったのなら、その願いをダストが『守備範囲外』という言葉だけで捨てられるわけがない。

 仲間は大事にし、恩は忘れない。それだけはいつまで経っても変わらない。だからあたしはダストのことを見捨ててあげられないのだから。……まだ一緒にいてもいいのだと思ってしまうのだから。

 

「……ま、流石にそんなことありえないと思うけどね」

 

 それがあたしの予想なのか願望なのか。それは自分でもよく分からなかった。

 




過去編終了です。シリアスが続いたので次からしばらくは日常編になります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第22話:チョロい

「彼女がほしい」

「そうですか。帰っていいですか?」

 

 ギルドの酒場。俺の目の前には呆れ顔のボッチーが一人。

 

「まぁ、そう言うなよゆんゆん。今日は俺の奢りだ」

「いえ、お金をいつまでも返してくれない相手に奢られても…………嬉しいのは嬉しいですが複雑ですよ」

 

 嬉しいのかよ。相変わらずチョロすぎて心配になる。

 

「まぁ、ダストさんは仮にも友達だって認めちゃってるんで恋愛相談くらいは乗りますよ。でもまともな恋愛相談になる気が全くしないんでやっぱり帰ってもいいですか?」

 

 …………こいつほんとに俺のこと友達だと思ってんのか?

 

「まぁ、ゆんゆんの口が悪いのは今更だから置いとくとして……」

「ダストさんに口が悪いとか言われたら死にたくなるんですが……」

「さっきからなんなの、お前。反抗期なの? それとも喧嘩売ってんの?」

 

 こっちが下手に出てるときくらいはまともな対応しろよ。

 

「喧嘩を売ってるつもりはないんですが……ダストさんにそういう話題出されるとムカムカするといいますか……」

「なんだよ。嫉妬か?」

 

 まぁ、俺みたいなイケメンとこれだけ一緒にいれば惚れないほうが難しいかもしれないが。残念ながらこいつは守備範囲外だし、惚れられても困るだけなんだよなぁ。

 

「いえ、ダストさんのナンパに付き合わされた時の酷い目を思い出してるだけです」

 

 そんなこったろうと思ったよ!

 

「そもそも、何をどう勘違いしたら嫉妬してもらえるなんて思えるんですか?」

「勘違いってお前……。俺みたいな強くてかっこいい奴が傍にいたら惚れちまうのが女ってもんだろ?」

 

 だというのになんでこの目の前のボッチーはさっきから俺のことを生ごみを見るような眼をして見てるんだ。

 

「あのですね、ダストさん。ダストさんの顔がそれなりに整っているのは認めないこともありません。真面目な顔をしているときはちょっとだけかっこいいなって勘違いしちゃうことありますし」

「お、おう……そうだろ?」

 

 勘違いってのは引っかかるが、意外と俺の顔はゆんゆんの中で高評価なのか。意外すぎて動揺しちまったじゃねーか。

 

「でも、顔以外の身だしなみは人として最低限レベルでだらしないですし、顔はそれ以上にだらしない表情してるので、ダストさんの見た目は総合的にはマイナスです。多分、私以外に聞いてもダストさんの見た目に関する評価は変わらないと思います」

「お、おう……そうなのか」

 

 …………何で俺は貶されてるのに安心してんだろう。

 

「それとダストさんは確かにこの街じゃトップレベルで強いですよ? 喧嘩してるときに無駄によけられてイラッとすること結構ありますし、真面目に一緒に戦ってくれる時は頼もしいなって思うことあります」

「お前は一言多くないとすまない病気にでもかかってんのか」

 

 褒めるならもっと普通に褒めろよ。……多分マジで普通に褒められたら気持ち悪いって言っちまうけど。

 

「ただ、別に私より強いってわけじゃないので強さ自体に魅力を感じるかと言われたら……。それに普通の人にとって見ればダストさんみたいなチンピラが無駄に強いのってマイナス要素にしかなりませんよ?」

「いや、たとえチンピラでも強い男に守ってもらえば惚れるもんじゃねーのか? 悪漢から守ってもらえば『素敵! 抱いて!』って普通なるだろ?」

 

 だからこそ俺はそんな状況を作ってマッチp……ナンパするわけだし。

 

「そういう考え自体ちょっとあれですけど、裏声は本当に気持ち悪いのでやめてください。……確かに、下心無しで守ってもらえたなら多少はときめくと思いますけど、ダストさんの場合最初から下心しかないですし、悪漢から守ってもらっても、次の瞬間にはダストさんという悪漢に狙われるだけだから意味ないですよね」

「お、俺だっていつも下心だけで動いてるわけじゃねーよ」

 

 多分。ちょっと今そういう状況で動いた時のことを思い出せないだけで。純粋な善意で人助けしたことくらいおそらくある。

 

 

「え? 今更私に見栄なんてはらなくていいですよ? ダストさんがどんなにろくでなしでもこれ以上評価下がったりしませんし」

 

 ……なんで、こいつはいきなり優しい顔して……って、違うな。これは俺を憐れんでる顔だ。

 

「まぁ、結論を言うと、ダストさんがかっこよくて強いことを少しは認めないことはないですけど、それを余裕で台無しにするチンピラさんなので、嫉妬することなんて一生ないと思います」

「ぐぬぬ……お前最近チョロいのかチョロくないのか分かんなくなるな。出会った頃の俺に簡単に騙されてた純粋なゆんゆんはどこに行ったんだ」

「そんな私はバニルさんとダストさんに出会って割りとすぐに死にました」

 

 まぁ、俺や旦那と曲がりなりにも友達やってるならチョロいままじゃいられないか。

 

「今の私は友達って事を引き合いに出されない限り騙されたりなんてしないですよ」

 

 前言撤回。やっぱこいつチョロいわ。というか何も進歩してねえ。いや、友達って言葉に弱いと自覚してるだけ進歩してるのか……?

 

「それに友達って言われても何でもかんでも言うこと聞くって訳でもないんですからね。ちゃんと嫌なことは嫌って言えるんですから」

 

 そんな当たり前の事をなんでこのボッチーはどや顔で言ってるんだろうか。しかも押しの弱いこいつの場合、嫌って言ったとしても本当に断り切れるかどうかは微妙なところだ。

 ……やっぱこいつは、一人にしてたらまずいな。俺や旦那、爆裂娘やリーンがちゃんと目を光らしててやんないと、どんな悪い奴に騙されて利用されるか分かったもんじゃねぇ。俺が言うのもあれかもしれないが、俺よりも性質の悪い人間なんていくらでもいる。アルダープの野郎みたいな悪徳貴族なんていくらでもいるし、人間のくせに魔王軍に与してるような奴だっている。

 

「なんつうかあれだな……俺に心配されるって、お前のチョロボッチーっぷりヤバイな」

「変な造語は止めて! というかダストさんに心配されるって心外にも程があるんですけど!」

「心外とか言われてもな。俺がそう思ったのは本当なんだから仕方ねーだろ。嫌だったら友達たくさん作ってそのぼっちっぷりを治せ」

 

 友達増えてもこいつのぼっち気質が根本的になくなる気はしないが。それでも多少はましになるだろう。こいつのことをちゃんと見ていてやれる奴が増えてくれれば少しは安心できるしな。

 

「……なんで私ダストさんにダメ出しされてるんですか? 元々はダストさんが私に相談あるって話だったはずなのに」

「むしろそれは俺が聞きたい。なんでゆんゆんのぼっちっぷりなんていう今更過ぎる話題を飯奢ってまでしないといけねーんだ。早く俺の恋愛相談にのれよ」

 

 というか、もうこれだけゆんゆんの心配してやったんだから飯奢る必要ないよな。むしろ金持ってるゆんゆんが奢るレベルのはず。

 

「なんで相談持ちかけた方がこんなに偉そうなんですかね?……まぁ、大人な女性の私は広い心で受け流して相談のってあげますけど」

「本当に大人な女性は自分のことをわざわざ大人なんて言わねーぞクソガキ。お前は身体だけは文句無しでエロく成長してるけどそういうガキっぽい所は変わんねーな」

 

 ……本当見た目だけは完璧に成長したよなぁ。初めてあった時も十分過ぎる豊満な身体だったが、それから2年以上たった今は更に成長している。年齢や中身を知らなければ土下座してエロいことしてくれと頼んでいるくらいだ。

 

「むぅ……またクソガキって……。別にダストさんに女性扱いされないのは構わないですけど、子供扱いされるのだけは納得いかないです。ダストさんのほうがよっぽど子供っぽいのに」

 

 頬を膨らませて拗ねるゆんゆん。そういう所がガキっぽい言われるんだよ。…………こいつの見た目でやられると可愛いというか妙な色気も感じるが――

 

「――って、待て俺。見た目に惑わされるな。こいつは見た目はともかく中身は生意気で暴力的なぼっち娘だ。守備範囲外のこいつに色気なんて感じてどうする。俺はロリコンじゃねーんだぞ」

 

 カズマと違って。

 

「んー? あれ? もしかしてダストさん私にドキドキしちゃったんですか? まぁ、私みたいな大人な女性の魅力はダストさんみたいなモテない男の人には刺激が強すぎるから仕方ないですけど」

 

 …………うぜぇ。さっきまでむくれてたくせに、ニヤニヤしやがって。自分の魅力なんて全然理解してないだろうがお前。本当に理解してるんならいつもの無防備さをどうにかしろ。

 

「そういうわけでダストさん。相談したいなら今ですよ? 今の私はちょっとだけ機嫌がいいのでいつもより親身に応えちゃいます」

「……おう、じゃあよろしく頼むわ」

 

 正直調子乗ってるゆんゆんに相談するとか軽い屈辱なんだが……そんなプライドより今は彼女が出来ることが大事だ。

 

「それでダストさん。彼女がほしいって好きな人でもできたんですか? それともいつもみたいに何でもいいからエロいことできる都合のいい女がほしいって話ですか? 前者なら友達として手伝わないこともないですよ」

「えっと…………人聞き悪いってツッコミは置いとくとして後者ですが、どうか相談に乗っていただけないでしょうかゆんゆん様」

 

 机に頭を付けてお願いする俺。

 

「こんなプライドないサイテー男と友達な私っていったい……」

 

 なんでゆんゆんが泣きそうになってんだよ。泣きたいのは年下のぼっち娘に頭下げてまで相談してる俺だろ?

 

「…………まぁ、ダストさんが最底辺のチンピラだという事実を再認識した上で話を続けましょう。後者の話だと私には友人を紹介するくらいしか出来ませんよ?」

「まぁ、それでいいんでお願いします。選り好みとかしないんでお願いします。いい加減彼女がほしいんですお願いします。もう一人で寝るのは嫌なんだよ! お願いします!」

 

 ルナみたいな行き遅れになるのは勘弁だし、キースに童貞だってバカにされるのもいい加減我慢ならないんだよ!

 

「必死過ぎてドン引きなんですが…………。とりあえず私が紹介できる女友達って言ったら……あるえはどうですか?」

「あの巨乳の子か。ゆんゆんと同じ年なら守備範囲外。却下」

 

 確かにあの巨乳は一考の価値があるが…………でも、4つ下とか無理。というかそれでいいならとっくの昔にゆんゆんに手を出してるっての。

 

「選り好みしないってさっき言いましたよね? 私と一緒であるえももうすぐ17ですし、4歳差くらい気にならないと思うんですけど」

「しょうがねぇだろ、守備範囲外は守備範囲外なんだから。17歳以上なら何も文句言わないんでお願いします!」

 

 この際見た目や性格には目をつぶる。…………流石にオークみたいなやつは勘弁だが。

 

「17歳以上ってなると…………クリスさんやダクネスさんは?」

「カズマの女だろ。却下というかダチの女に手を出すほど俺は鬼畜じゃねぇよ」

 

 クリスの方はいまいち読めないが、カズマが1番仲良い男なのは間違いないしな。…………別にリーン以上のまな板に興奮できるか心配なわけじゃないし、どうせ紹介されるなら他の女の方がいいとかそんなこと思っているわけじゃないぞ。

 あと、ララティーナお嬢様はカズマの女じゃなくても勘弁してくれ。あんな変態相手に出来るのはカズマくらいだから。

 

「…………その顔は裏でろくでもないこと考えている顔ですね。まぁ、ダクネスさんは最近カズマさんといい感じだってめぐみんも言ってましたし、クリスさんもダストさんみたいなチンピラを相手にするとは思えないから本気で紹介する気はなかったですけど」

 

 だったらなんで名前出したんだよ。…………って、そうか。こいつの女友達って言ったらそもそも選択肢ないに等しいのか。

 …………あれ? 俺相談するやつ間違えてね?

 

「他に17歳以上の人ってなるとセシ――」

「――却下だ却下。16歳以下のガキとアクシズ教徒は守備範囲外だっていつも言ってるだろうが」

「まだ最後まで言ってないじゃないですか…………いえ、まぁそう言うだろうなとは思ってましたけど」

 

 だったら最初から言うんじゃねえよ。

 

「でも、実際セシリーさんくらいしかダストさんのこと好意的に見てる女の人いませんよね?」

「いや、仮にそうだとしてもあれはないだろ…………もう少しでいいからまともな人にしてくれ」

 

 それにあいつは好意的であってもあくまで親愛でしかない。恋人にするとかなると多分1番難易度高いぞ。

 

「うーん…………そうなるとウィズさんですかね?」

「ウィズさんはその…………ウィズさん自身に文句は全く無いんだがな? よくよく考えて見ればウィズさんと付き合ったらバニルの旦那がついてくるだろ?」

「まぁ、そうなりますね」

「バニルの旦那は嫌いじゃないし、付き合ってて楽しいんだが、一緒に暮らすのはちょっと……………………」

 

 ちょっとというか大分きつい気がする。仮に俺がウィズさんと付き合ったりしたら毎日のように旦那にからかわれて悪感情を食べられることだろう。旦那と一緒にからかう立場なら望む所だが、からかわれる立場となると……。

 

「…………そうですね。ウィズさんは流石に駄目ですね。というかウィズさんはよくバニルさんと一緒に暮らせますよね」

 

 まぁ、ウィズさんは天然入ってるからな。バニルの旦那がツッコミに回ること多いし。

 

「というわけでダストさん。私がダストさんに紹介できる女の子はリーンさんしか残ってないです。でもリーンさんはライン=シェイカーさんが好きみたいなんでダストさんに勝ち目はないです諦めてください。というかもう彼女作るの自体諦めたほうがいいんじゃないですか?」

「今日のお前の毒舌いつもより酷くねぇか?」

「ダストさんに対してはだいたいいつもこんな感じな気がしますけど」

 

 一理ある。

 

「はぁ………………彼女欲しいなぁ」

 

 やっぱ相談する相手間違えたなぁと思いながら。どうしよもなさそうな願望をため息と一緒に吐露する。

 

「そんなに欲しいんですか?」

 

 そんな俺を見てゆんゆんはどこか不思議そうな表情で聞いてくる。こいつも年頃だろうに、俺の恋人求める気持ちが分からないんだろうか。

 

「ああ。…………ゆんゆんは彼氏欲しいとか思わねぇのか?」

「今のところ特には…………ちょっと気になる人はいますけど」

「へぇ、誰だよ」

 

 親友兼保護者としては少し気になる。こいつの男っ気のなさは異常だからな。というか、爆裂娘相手に百合ってるんじゃないかと疑ってるレベルだし。そんなこいつが彼氏が欲しいかと聞かれて気になる人はいるって言われれば興味が湧くのも仕方ない。

 

「ライン=シェイカーさんですよ。噂を聞く限り、強くてかっこいい人みたいですし。あのリーンさんが恋い焦がれる人ですから結構気になってはいます。流石に恋とかそういうのじゃないですけどね」

「…………ちっ。どいつもこいつもラインライン。そんないい男じゃねぇっての」

 

 リーンのやつといい、なんで『ライン』に拘るんだよ。そりゃ『ダスト』に比べたら――

 

「男の嫉妬は見苦しいですよダストさん。そりゃダストさんはラインさんに比べたらゴミみたいなものだから悔しい気持ちも分かりますが……」

「いい加減表出ろこのクソガキが! 人が大人の余裕で許してやってたら調子乗りやがって!」

 

 たとえ本当のことでも言っていいことと悪い事あるって分からせてやる!

 

「なんだか今日の私はむしゃくしゃしてますんでいいですよ。その喧嘩買います。ダストさんなんかより私のほうがずっと大人だってことを思い知らせてあげます」

 

 

 ――というわけで。

 

 

「レッドアイズのお二人には街中での魔法や武器を用いた喧嘩をしたペナルティとして一週間の奉仕活動か刑務所生活をお願いします」

 

 満面のお仕事笑顔でそう告げてくるルナ。

 

「奉仕活動とかめんどいな…………ゆんゆん、一緒に刑務所ぐらしと行こうぜ」

「嫌ですよ! ああ、やっぱりダストさんの恋愛相談になんか乗るんじゃなかった!」

 

 心底後悔したゆんゆんの叫びは、ギルドの喧騒の中でも強く響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

「…………ダストさん。質問いいですか?」

「あん、なんだよ質問って。飯の注文の仕方をもう一度レクチャーしてもらいたいのか?」

 

 まぁ、ここでの飯の注文の仕方はコツがいるからな。下手だとまずい飯しか出てこねえし。前にゆんゆんが来た時は恥ずかしがってやらなかったが、今回はゆんゆんも美味しい飯が食いたくなったのかね。

 

「そんなこと教えてもらわなくていいですというか、せめて私といる時は恥ずかしすぎるんでやめてもらいたいんですが…………」

「じゃあなんだよ? ここでやることと言ったら飯食うことと寝ることくらいだぜ? ああ、でも二人いるならトランプくらい出来るな」

 

 こいつのことだ。どこに行くにも一人遊びの道具くらい持ち歩いてるだろうし。

 

「え!? 一緒にトランプしてくれるんですか!? じゃ、じゃあ『大富豪』とかどうですか?」

「『大富豪』? どんなゲームだよそれ」

 

 聞いたことないゲームだな。紅魔族特有のゲームか?

 

「えっとですね――」

 

 はてなマークを浮かべる俺に得意げにゲームの説明をするゆんゆん。

 

「なんだよ『大貧民』のことかよ。ベルゼルグにもあったんだな」

 

 こっちの国に来てからはガキ臭いゲームなんてやってなかったから知らなかったぜ。

 

「『大貧民』……? えっと、同じゲームだとしたらなんでついてる名前が真逆なんですか?」

「知らねえよ」

 

 あの国で広めたやつが『大貧民』呼びをしていて、ベルゼルグで広めたやつは『大富豪』呼びをしていたってのは分かるが。

 

「つーか、2人でやって面白いか……?」

「ひ、一人でやった時はつまらなかったですけど、めぐみんに泣きついて一緒にやった時は100倍楽しかったですよ」

「…………分かった分かった。一緒に遊んでやるからもうお前のぼっち話はやめろ」

 

 一人でどうやって大貧民をプレイしたのかは少しだけ気になるが、それ以上にいたたまれなくなるから聞きたくない。

 

「ま、牢屋の中じゃ本当娯楽なんてないに等しいからな。どんなにつまらないトランプ遊びでもないよりましか」

「そうですね、牢屋の中って本当に…………って、聞きたいことはそれですよ! なんで私達留置所に入れられてるんですか!?」

 

 思い出したかのようにしてゆんゆんはそう叫ぶ。さっき言ってた聞きたいことってそれかよ。……一緒にトランプしてやるって言っただけで忘れるとか、どんだけ誰かと遊ぶことに飢えてやがんだ。

 

「なんでと言われてもな……そんなもん看守にでも聞けよ」

 

 ちょうど、ゆんゆんの叫びに何事かと睨んできていることだし。

 

「い、いえ……そこまでして聞きたいわけじゃないんですけど……」

 

 その看守の視線に気づいたのか、声を小さくして身体を縮こまらせるゆんゆん。…………なんでこいつはここで小さくなっちまうのかねぇ。俺や爆裂娘相手するみたいにもっと堂々と出来れば友達だってもっと増やせるだろうに。

 

「そ、その……私達って奉仕活動するってことでルナさんに伝えましたよね……?」

 

 看守に話を聞かれたくないのか、口を寄せてこしょこしょとゆんゆん。……別にそれくらい普通に聞けばいいのに。逆に疑われるぞ。

 

「まぁ、そうなんだが……ギルドと公権は協力関係にはあるが指揮系統は違うからな。問題を起こした俺らをここの連中が捕まえたくなった理由があるんだろ」

 

 奉仕活動でお咎めなしってのもあくまでギルド側が責任持って冒険者に温情を与えるってだけの話だし。公権側が俺らを捕まえたいと言ってくればそれを断る権利はギルドにない。

 

「捕まえたくなる理由……? ま、まさかダストさんまた何か悪巧みを考えてるんじゃ……」

「またってなんだよまたって。人を年中悪巧みしてるみたいに言うんじゃねえよ」

 

 こう言っちゃ何だが、最近の俺は留置所に捕まることなかったんだぞ。

 

「てか、そういう理由だったらお前がここにいる理由がないだろ」

 

 俺が悪巧みしてるからってことならこいつが一緒に捕まる理由にはならない。……まぁ、こいつが共犯になって捕まるってことは結構あるし、一緒くたにされて捕まった可能性はあるが……同時にこいつの善良性も知られてるから何もしてない状態で捕まえるとも思えない。

 どっちにしろ俺も悪巧みしてるわけじゃないわけで、ゆんゆんの懸念は的外れなわけだが……。

 

「そ、それは……その……私がいるのは…………うぅ…………ダストさんのバカ」

 

 何でこのぼっち娘はもじもじしてんだ? というか、何で俺今罵られたんだよ。

 

 

「そ、それじゃあ、どうして私たちは捕まっちゃったんですか? 悪巧みしてるわけじゃないならギルドでの奉仕活動で良かったと思うんですけど」

「まぁ、あれだ……俺たちが捕まったのは俺たちには理由がないんじゃねえか?」

 

 そう考えればこの状況に説明がつく。ようは警察は俺たちを捕まえたくなったところでちょうど俺らが問題を起こした。だから捕まったんだろう。

 

「えっと……意味が分からないんですが……」

「分からないほうがいいぞ。国家権力ってものを信じていたいならな……」

 

 俺はもう二度と信じないって決めてるが。

 

「そう言われると気になるというか怖くなるというか……」

「ま、気にすんなよ。それより、トランプやるんだろ?」

 

 実際気にしても仕方のないことだ。だったらあーだこーだ言ってる暇があったら遊んでいたほうがいい。

 

「そうですね! ……えへへ……友達と一緒にトランプって1年ぶりくらいです」

「…………おう、トランプくらい誘えばいつでもやってやるから」

 

 だからそれくらいのことで喜ぶな。こっちが悲しくなる。

 

「てわけだ、看守! 酒持ってきてくれよ酒! 素面でゲームやっても盛り上がらねえからよ」

「出せるか馬鹿者! ……くっ、あのプリースト対策で呼んだが、やはりこのチンピラも面倒過ぎる……」

 

 本音漏れてるぞ看守。…………つうか、やっぱりあいつ絡みかよ。

 

「あ、あの……ダストさん。今日一緒に遊んでくれるお礼に外に出たらお酒奢りますから、今は……」

「ちっ……しゃあねえな。そこまで言うなら奢られてやるか。良かったな看守」

「いや、別に良くも悪いもないが…………貴様、その娘に奢らせるためにわざと騒いだのではないだろうな?」

 

 そんなことは9割くらいしかないぞ。

 

「んじゃ、ゲームを始めるか。シャッフルは任せていいんだよな?」

「任せてください! 一人遊びで極めた私のカード捌きはプロ顔負けなんですから!」

 

 そう言ってカードをシャッフル始めるゆんゆん。マジでプロ顔負けと言うか……カジノのディーラーみたいなカードシャッフルをしてやがる。

 

 …………正直本格的すぎてちょっと気持ち悪い。

 

 

 

 

 

 カードシャッフル以外は普通に『大貧民』をして遊ぶ俺とゆんゆん。……2人でする『大貧民』が普通といえるかどうかは微妙だが……。

 

「『革命』だ」

「『革命返し』です!」

「じゃあ『革命返し返し』」

「なんの――」

 

 ……まぁ、普通にやってたらありえない大技の応酬は少しだけ楽しいかもしれない。相手の手札が完全に読める時点でゲームとして成り立ってるかどうかは微妙な所だが。

 

「…………何やってるの? ゆんゆんさん、ダスト君」

 

 そんな俺らの牢屋の中に入ってきたのは自称美人のプリースト。アクセルの街じゃ俺と並んで問題児扱いされてるセシリーだ。

 

「あん? 見てわかんねーのかよ『大貧民』だ『大貧民』」

「あ、うん。やっぱりそうなのね。…………2人で『大貧民』するとか正気なのかしら? 2人とも何か悩みがあるならアクシズ教徒の美人プリーストとして名を馳せているお姉さんが聞くわよ?」

 

 ………………すげぇ憐れんだ目をしてるんだが。いや、気持ちは分からないでもないが、こいつにそんな目を向けられると思うと凄いムカつく。

 

「セ、セシリーさん! ダストさんは私の遊びに付き合ってくれただけですから! いつものダストさんはともかく、今日のダストさんは正気ですよ!」

「お前もお前でいつもの俺が正気じゃないみたいな言い方はやめろ! というか、それだとお前は正気じゃないことを認めることになるがいいのか!?」

「いい加減私だって一人遊び関係の私が普通じゃないことくらい分かってますよ! それが認められるくらいには大人になりましたし、友だちもできたんですから!」

「………………おう、そうか」

 

 そんなこと叫ばれても。俺は憐れめばいいのか、喜べばいいのか、どっちだよ。

 

「…………あの、すみません。今の私の言葉は忘れてください。それが出来ないならせめてその生温かい目はやめてください……」

 

 自分の叫びを冷静に考えて後悔しているのか。さっきまで楽しそうに遊んでいたのが嘘のように気落ちしているゆんゆん。

 まぁ、俺だけじゃなくセシリーや看守にまで変な目で見られてたら気落ちするか。

 

「(おい、残念プリースト。お前のせいだぞ。この空気なんとかしろよ)」

「(ふふっ……つまりここはアクシズ教徒流美少女慰め術の出番ということね)」

「(あ、やっぱいいわ。お前は黙ってろ)」

 

 アクシズ教徒流って時点で嫌な予感しかしないし。…………というか絶対ただのセクハラだろ。

 

「まぁ……そのなんだ…………せっかくセシリーも来たんだ。三人で『大貧民』やろうぜ」

 

 何で俺がぼっち娘の機嫌治そうとしてんだろうと思いながらも。俺は小細工もなく単純にそう提案する。

 

「うぅ…………ダストさんに気を使われるとか軽い屈辱なんですが…………」

「お前とは一生トランプなんてやってやらねぇ」

 

 人がせっかく気を使ってやったのにその反応とか。

 

「ふふっ…………今のは謝りますから機嫌直してくださいよダストさん」

 

 何で俺が機嫌直す方になってんだよ。気落ちしてたのはお前の方だろうが。

 …………ま、こいつが憎まれ口叩けるってことはいつもの状態に戻ってるって証拠でもあるんだが。

 

「ありがとうございます。たとえダストさんでも友達に気を使ってもらえるのは素直に嬉しいです」

「おう。一言多いのは気になるが感謝しろよ」

 

 俺が気を使うなんて百年に一度あるかないかだからな。

 

「ダスト君ってツンデレ君よねえ……ゆんゆんさんのこと大事に思ってるならもっと素直に表現すればいいのに」

「おう、お前の千倍くらいは確かにゆんゆんのことは大事だぞ」

 

 そんなことはいまさら言うまでもない。

 

「だ、ダストさん……!? どうしたんですかいきなり! 熱でもあるんですか!?」

「なんてったってゆんゆんは俺の金蔓だからな。大事じゃないわけがない」

 

 今日だって酒奢ってくれるって約束してくれたし。

 

「あ、いつものダストさんだ。よかったぁ……熱はなさそうですね」

 

 お前も俺の友達を認めるならこれくらいの流れくらいは読め。リーンなんて俺が何も言わなくても察するぞ。

 

「…………なんていうか、二人共すっかり仲良しさんなのね。お姉さんちょっとだけ嫉妬しちゃうかも」

 

 相変わらずこのプリーストの考えは読めないな。何をどう考えたら今の流れで俺とゆんゆんが仲良しだなんて発想になるのか。そりゃ、ダチなのは確かだが、今の流れはそれを疑うだろ?

 

「えへへ……まぁ、私とダストさんが友達になっちゃったのは確かですね。すっごく不本意ですけど」

 

 ……ま、ご機嫌になってるゆんゆんを見ればわざわざそれを突っ込もうとは思わないが。

 

 

 

 

 

「すぅ……すぅ………んぅ……」

 

 セシリーの太ももに頭を載せ、膝を丸めてすやすやと眠っているゆんゆん。

 三人で『大貧民』をやった後。散々楽しんだゆんゆんははしゃぎすぎて疲れたのか、うつらうつらと船を漕いでいた。

 それを見たセシリーは自分の太ももに誘導、今の状況が出来上がったというわけだ。

 

「ふふっ……可愛いものね。こんなに美人さんに成長したのに。出会った頃と変わらない純粋さを持っているなんて……ちょっと卑怯なくらいよね」

「そいつのはただガキっぽいだけだろ。……おい、看守。毛布持ってきてくれ。3人分な」

 

 本当、こいつは子供っぽいというか…………襲う気はないとは言え、男のいる部屋で無防備で寝すぎだろ。見ようと思えば簡単に下着見れるんだぞ。

 

「そう思うならダスト君はなんでゆんゆんさんと友達になったの? 本当に金蔓だからとかは言わないわよね?」

「それも理由の1つなのは本当だぞ」

 

 もちろんそれだけではないが。

 

「一番の理由はジハードだな。ジハードの事が心配だからご主人様のこいつの面倒見てるってのが大きい」

 

 今日は紅魔の里でミネアと遊んでいるらしくゆんゆんの傍にジハードの姿はないが。ジハードの存在がゆんゆんのことを気にかけさせる一番の理由なのは間違いない。

 

「じゃあ、ジハードさんが生まれる前……卵もなかった頃からゆんゆんさんに絡んでたのは何でかしら?」

 

 …………あの頃か。

 

「…………綺麗だって、思っちまったんだよ」

「え?」

 

 思い出すのは暗闇を切り裂いた強い光だ。

 

「…………なんでもねえよ。そんな昔のことは忘れたっての」

 

 実際、始まりはどうあれ、今の俺とゆんゆんには関係のない話だ。

 

「ダスト。毛布だ。3枚でよかったのだろう?」

「おう、ありがとよ…………って、やっぱ薄いな」

 

 看守から毛布を受け取るが、ちゃんと確認するまでもなくその薄さが分かる。牢屋の難点は枕の硬さこの毛布の薄さだよなぁ……まぁ、馬小屋よりはマシだけどよ。

 

「ダスト、お前に言っても仕方のないことだろうが…………できればその娘は大事にしてやれ」

「あん? いきなりどうしたんだよ」

 

 看守のやつが珍しく真剣な表情で俺のことを見てやがる。いつもは適当というかいろいろ諦めた表情をしているのに。

 

「お前は今回、その娘と一緒に牢屋に入れられたことを不思議に思わなかったか?」

「はぁ? まぁ、おかしいとは思ったが……どうせ俺とゆんゆんにセシリーの面倒を見せようと思っただけだろ?」

 

 ゆんゆんまで必要なのかとは思ったが……ゆんゆんまで入れば俺含め制御がし易いだろうと判断したんじゃなかったのか。

 

「確かにお前はそこの残念プリーストの面倒を見せようとわざと捕まってもらったが、その娘は違う。……というより我々も流石に善良なものを自分たちの都合で捕まえたりはしない」

 

 善良じゃなければ自分たちの都合で捕まえていいのかよ。

 

「その娘は『例えダストさんでも一人で牢屋に入るのは寂しいだろうから』と、そう言ってお前と一緒に牢屋に入ることを選んだ。…………その気持ちに少しは報いてやれ」

「そんな理由で牢屋に入るとか…………本当このぼっち娘はお人好しだな」

 

 そんなお人好し加減でよく冒険者なんてやってられるもんだ。

 

「つっても、ゆんゆんが勝手にやったことだろ? それに報いてやれ言われてもどうしろってんだ」

 

 看守から背を向けてゆんゆんとセシリーの傍まで毛布を持って近づく。

 

「あー……やっぱり下着見えてんじゃねえか。本当こいつは無防備すぎるな」

 

 それを隠してやるように俺はゆんゆんに毛布をかけてやる。

 

「って、このバカ。短いんだから包まるんじゃねえよ」

 

 だが、寒かったんだろうか。ゆんゆんはかけてやった毛布を自分で引き寄せ、上半身を包ませる。……結果として隠してやった下着は見えたままだ。

 

「ったく…………しょうがねぇなぁ」

 

 どっかの鬼畜男と同じようにつぶやきながら。俺はもう一つゆんゆんに毛布をかけてやって下着を隠してやる。

 

「…………おい、なんだよセシリー。そのニヤニヤした顔はやめろ」

「んー? お姉さんは微笑ましいと思ってるだけよ? 別にニヤニヤなんてしてないわ」

 

 この状況じゃどっちも一緒だろうが。

 

「ちっ……ほら、お前もさっさと寝ちまえ。格好がきついんだったら俺が変わってやる」

 

 セシリーに毛布を投げつけて俺はそう言う。

 

「んふふ……ダスト君って案外ゆんゆんさんに負けず劣らずチョロいわよね。優しくされることになれてないのかしら?」

「うぜぇ…………お前明日になったら覚えとけよ」

 

 今騒いだらゆんゆんが起きちまうから何にもできないが、起きてしまえばこっちのもんだ。折檻してやる。

 

「楽しみにしてるわ…………ふふっ」

 

 本当覚えとけよ……そのにやけ顔を戻らなくなるくらい引っ張ってやるからな。

 

「ダスト、追加の毛布だ。サービスで貸してやる」

 

 ばふっと俺の頭にかかる薄い毛布。振り返ってみればセシリーと同じようにニヤニヤしている看守の姿が――

 

 

「あー……マジでうぜぇ」

 

 

 

 旦那に借りを作ってでもこいつらに嫌がらせをしようと決める俺だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第23話:夢の中で

「アイリス、ここ20回くらいの模擬戦の勝敗覚えてるか?」

 

 いつものアイリスとの特訓。模擬戦と表現するにはちょっとばかし物騒な戦いが始まる前に。俺は気になっていたことをアイリスに質問する。

 

「ええと……私が12勝7敗1引き分けですね。なのでダスト様の戦績はその反対になります」

「ふーむ……ただの棒きれ同士の戦いじゃ拮抗してきてるってところか」

 

 特訓始めて最初の頃はアイリスに弱体化の魔法かけてそれでも全敗だったが、今はそのデバフもしていない。剣士としての自分から槍使いの自分への意識の入れ換えもすぐに出来るようになったし、順調に勘を取り戻せていると言っていいのかもしれない。それでも負け越してるのは単純に戦士としての俺よりアイリスの方がステータスが断然高いからだろう。

 ……俺これでもレベル50越えてんだけどなぁ。下級職の戦士とはいえ、レベルが30代のアイリスのほうがステータスが上って本当どうなってるんだ。ベルゼルグの王族のデタラメっぷりは知ってたつもりだが、その中でもアイリスの潜在能力は歴代で上位な気がする。

 

(つっても、その潜在能力もこのまま模擬戦続けてるだけじゃ開かねぇよな……)

 

 俺が順調に槍の腕を取り戻せていると言っても、そろそろ今の模擬戦だけじゃ上達しない域に来ている。それはアイリスの剣の腕も一緒で、ステータスの制限をなくした頃から剣技の上昇は見られなくなった。

 俺にしてもアイリスにしても、ここから剣や槍の腕を伸ばしたいのなら特殊な状況下での特訓か、多くの実戦を経験していくしかないだろう。才能や()()()だけでは至れない場所はどうしてもある。

 スキルポイントを振れば剣や槍の腕を伸ばすことも容易だろうが、俺なら『竜言語魔法』、アイリスなら聖剣や王族限定のスキルにポイント使ったほうが強くなれるからあまり効率的とはいえない。

 

 そもそも、この特訓を始めた理由は単純な強さを上げるためじゃないしな。

 

 

「というわけだ、アイリス。お前魔法解禁して戦っていいぞ」

「はい? えーと……ダスト様? ちょっと何をおっしゃっているのか分からないのですが……」

 

 俺が色々考えて出した結果にアイリスは目を丸くしている。

 

「逆になんで分からないのか分からねーぞ。単純に模擬戦でお前は魔法使っていいって言ってるだけだろ?」

 

 そこに何の疑問が挟まるんだ。

 

「いえ、それは分かっているのですが…………何でそんなことをいい出したのかマジイミフです」

 

 まだ治ってないのかよその喋り方。おい、レイン。そこで頭抱えてないでさっさと矯正してやれ。王族がこの喋り方は国際問題に発展しかねないぞ。

 …………まぁ、姫さんの奔放さに比べれば可愛いものだが。

 

「もともとこれは私が逆境でも十全に戦えるようにと始めた特訓……ですよね? 弱体化の魔法をしないようにしだした時も少しおかしいと思ったのですが……」

「ああ、そういう意味か。お前は自分が逆境に立って特訓すると思ってたんだな」

「? そうではないのですか?」

 

 首を傾げるアイリスにそういや説明してなかったかと頭を掻きながら。俺はどう説明してやろうかと頭のなかで言葉をまとめる。

 

「実際、逆境の状況を作って特訓するのが有効なのは確かだ。実戦に比べれば効率は格段に落ちるが逆境下で実戦とか危なすぎるのを考えればお前にやらす訳にはいかないしな」

 

 危険をなしに逆境下での対応力を身につけるなら訓練でそういう状況を作ってやるしかない。……アイリスが普通だったなら俺もそう思っただろう。

 

「ではなぜ……?」

「んなもん、お前が天才すぎるからに決まってんだろうが」

 

 正直こいつと特訓してるといろんなことがアホらしくなる。それくらいにアイリスの持っている才能は規格外だ。

 

「ええと…………ありがとうございます? それで、それと特訓と何が関係あるのでしょうか? マジちんぷんかんぷんなんですけど」

「お前の言葉遣い聞いてると俺の頭の中がちんぷんかんぷんだよ。……じゃあ、一から説明してやるか」

 

 レインと同じように痛む頭を抑えながら。俺は一つずつ説明を始める。

 

「第一に。これが1番大きな理由なんだが……お前を逆境下に置くのが面倒過ぎる」

 

 言うまでもなくアイリスは強い。アイリスにデバフをかけて俺にバフをかければ確かに逆境にはなるだろうが、それは中途半端な逆境だ。特訓で逆境下での対応力を鍛えようと思うならそんな中途半端な逆境はほとんど意味がない。

 となると、俺がドラゴンナイトとしてミネアの力を借りなければ十分な逆境は作れない。だが毎日のように転職繰り返してミネアを呼び出してとなると流石に現実的じゃない。いくらギルドが隠してくれているとは言え、俺の正体を訝しむ奴も出てくるだろう。今はまだアクセルの街を離れる訳にはいかないし、それはできるだけ避けたい。

 

「第二に。訓練とは言えお前を不利な状況に落として戦うとなるとお前のお付きが怖い」

 

 レインじゃない方にそんな特訓してるとバレたら…………絶対ろくなことにならない。あいつ以外もベルゼルグの国王とかアイリスのこと猫可愛がりしてるし。

 ……前に一緒に戦った時とか娘自慢うざかったんだよな。というか基本的に実戦に出ないアイリスに聖剣持たせてるとか親ばかにも程がある。

 

「第三に。……ぶっちゃけお前の天才具合なら俺の戦い方を吸収して逆境での戦い方も学べるだろ」

 

 というか、実際学べてる。槍の腕が戻るに連れて俺が勝つ試合が増えてきたが、その中でアイリスは負けそうな状況でしなきゃいけない戦い方をしっかりと実践していた。

 最初は俺もミネアを呼ばないといけねえなと思っていたが、それを見てその必要はないと方針を変えた。むしろ下手に逆境作って特訓するより今のままの方が効率良いなと思ったくらいだ。

 

「とまぁ、こんな理由なわけだが……何か質問はあるか?」

 

 質問されても答えられるかどうかは知らないが…………分からない質問があったらレインにでも投げよう。そもそも俺が教師役みたいなのやってるのがおかしいわけだし。

 

「ええっと…………では二つだけ」

「おう、なんだ? なんでも答えてやるぞ」

 

 俺はともかくレインならきっと答えてくれるはずだ。

 

「一つ目なんですが……、相手が逆境の状態でも学べるなら、何故今まで私は逆境での戦い方を学べていなかったのでしょうか?」

「なんだそんなことか。それくらいは気づいてると思ってたんだけどな」

 

 まぁ、こいつの場合それが『普通』だったんだろうな。どんなに賢くても比較するのが0と1だけなら気付けることも気づけないか。

 

「単純な話だよ。お前に戦い方を教えてた奴ら……この国でもトップクラスの騎士なんだろうが……そいつらがお前を倒そうと本気で戦ってたことなんてあったか?」

 

 模擬戦という形すら滅多になかったんじゃないかと俺は思っている。そりゃそうだろう。アイリスはこの国の姫。それを守るのが仕事の騎士が本気で――怪我をさせるつもりで――アイリスと戦えるはずがない。騎士でなくともこの国出身なら姫様を傷つけるとなるとかなりの抵抗があるはずだ。

 となると、騎士以外……冒険者でできればこの国出身以外のもの。そんな相手を一国の姫の教育係にするとか正気の沙汰じゃない。

 

「なるほど……ダスト様のように私を遠慮なく傷つけてくれる相手は確かにいませんでしたね」

「おうよ。お前のことを容赦なく叩けるのは俺くらいだからな感謝しろよ」

 

 カズマのやつもアイリスには妙に甘いらしいからな。バニルの旦那もアイリスには甘いし。…………こいつ甘やかしてないの俺と爆裂娘だけなんじゃねえか?

 

「ダスト殿の場合はもう少し手加減してほしいといいますか…………治るとは言えアイリス様の顔に傷がつく度にどれだけ私の心臓が縮まる思いをするか少しは想像してもらいたいのですが……」

 

 なんかレインが向こうで呟いているのが聞こえるがスルー。正直レインの立場になって考えれば心底同情するが……そんなこと気にしてたらアイリスの特訓相手なんて務まらないからな。

 …………今度酒でも奢って愚痴でも聞いてやるか。

 

 

「で? もう一つの質問ってのは何だ?」

「はい。魔法を解禁とおっしゃられましたが…………本当に大丈夫ですか? 木剣と違って魔法は当たればマジヤバですよ」

「お前の喋り方のほうがマジヤバだよ。……そのあたりは実際に見せたほうが早いな」

 

 アイリスの懸念は普通に考えれば最もなものだが……俺には当てはまらない。

 

「何でもいい。攻撃魔法を俺に向けて撃ってみろ。手加減はいらない。……あ、でもレインを巻き込まないように気をつけろよ? そこまでは流石にカバーしきれないからな」

 

 アイリスから軽く距離を取り、穂のない槍を構える。

 

「ええと……じゃあ、レインは私の後ろに回ってください。……本当に手加減はいらないのですか?」

「二度手間になるだけだからな。むしろやめてくれ。それに俺はどっかのドMお嬢様ほどじゃないが魔法抵抗力が高い。仮に直撃しても爆裂魔法以外じゃ即死はしないと思うぞ」

 

 …………爆裂魔法でも死なないあのお嬢様は本当どんな腹筋してるんだろうか。

 

「それでは遠慮なく……レイン、準備はしていてくださいね。――――」

 

 止めるなら今ですよと言わんばかりのゆっくりとした詠唱。聞きなれないこの詠唱は……ゆんゆんが言っていたあの魔法か。爆発魔法クラスってなると少しは気合入れないとヤバそうだな。

 

「――『セイクリッド・ライトニングブレア』!」

 

 アイリスに紡がれ完成した魔法。それは白い稲妻となって放たれる。

 暴風と共に迫るその稲妻の範囲は点ではなく面。『ライトニング』という名前が含まれているが、その範囲はインフェルノなどの広範囲魔法に近い。……それでいてライトニング級の速さで迫ってくるのだから普通の相手は逃げられず耐えるしかないだろう。

 

 そんなベルゼルグの王族の理不尽さを象徴するような魔法を――

 

 

「よっと。……っっ、やっぱミネアの力借りてなきゃ無傷とはいかないか」

 

 ――俺はいつものように切り払った。

 

 

「「…………はい?」」

 

 主従で目を丸くする2人。なんかそんな反応久しぶりに見るな。

 

「あの…………ダスト様? 今、何を……?」

「何って言われてもな…………魔法を切ったんだよ」

 

 あとは切った後、魔力で魔法の通り道を作って直撃を避けただけだ。

 

「…………魔法って切れるものなんですか?」

「魔法剣とかの魔力の通ってる武器や『ライト・オブ・セイバー』なら切れるな」

 

 イメージとしてはリッチーや大精霊を切ってるようなものだ。あいつらにダメージを与えられるのならタイミングを合わせれば魔法は切れる。……リッチーや大精霊にダメージを与えるレベルってなるとちょっとやそっと魔力がこもってるくらいじゃ無理だけど。

 

「ダスト様が持ってるのはただの長い木の棒ですよね……?」

「ただの長い木の棒ではあるが『魔力付与』しときゃ魔法切る分には普通の槍と変わんねーよ」

 

 どうせ俺の魔力は無駄に高いくせに使いみちがこれしかないから全力で魔力込められるし。

 

「…………薄々分かってましたが、ダスト様も大概化物ですね。全盛期のあなたはどれほど強かったのですか?」

「ちょうど今の聖剣持ったお前くらいじゃねーか。ドラゴンの力も借りてない自力でそんだけ強いお前のほうがよっぽど化物だと思うが」

 

 死ぬ気で戦い続ける日々を送り、ミネアの力を借りた俺が強いのは当然といえば当然だ。だが、アイリスは未だに実戦経験は片手で数えるほどしかない。

 ……正直才能に差がありすぎて嫉妬する気すら起きない。ま、俺の場合、自分と契約したドラゴンが最強だったら強さに関して他はどうでもいいってのもあるんだが。

 

「私からすればお二人とも十分化m……いえ。なんでもありません」

 

 流石にレインは自重したか。流石に自分が仕える姫様を化物呼ばわりはまずいもんな。俺は別にアイリスに仕えてるわけでもなければこの国出身でもないから気にしないけど。

 

「というか…………お二人に高レベルのプリーストの方をつければ魔王も倒せるのでは?」

「駄目です! 魔王を倒すのはお兄ty……いえ、なんでもないです」

「まぁ、状況次第じゃ確かに倒せるだろうが興味ねぇなぁ」

 

 倒せる状況に持っていくのが何より大変だし、そもそも俺には魔王を倒す資格がない。

 

「アイリス様が何を言いかけたかは後でゆっくり質問するとして…………ダスト殿が興味ないというのは意外ですね。魔王を倒せばお金だろうと女性だろうと思うがままですよ?」

「そりゃ魔王討伐報酬は欲しいけどよぉ……ぶっちゃけその労力にあった報酬じゃねーだろ? 俺は楽して儲けたり女にモテたいんだよ」

 

 魔王倒すなら世界の半分くらいは欲しい。むしろ魔王に世界の半分くれるって言われたら迷わず魔王に加勢するし。

 

「ダスト殿のそういう俗物な所を見ると安心するようになったのですが……この気持ちは何なのでしょう?」

「それは恋だな」

 

 間違いない。

 

「いえ……残念ながらそれはないと思いますよ? レインはお金を持っている人が好きなんです」

「誤解のある言い方はやめてくださいアイリス様! 確かに私はお金に多少困ってはいますが、それだけで男性を選んでいたりしませんから!」

 

 …………なんだろう、レインにまた共感を覚えてしまった。金に困ってたり姫に困らされてたりなんか境遇がかぶるんだよなぁ。

 

「…………ダスト殿からの視線に何故か屈辱を感じるんですが。とにかく、ダスト殿には魔王討伐の意志はないんですね」

「まぁ、魔王は勇者が倒すものって相場が決まってるからな。勇者になれない俺には土台無理な話だよ」

 

 だから資格がない。

 

「勇者になれない……? それはどういう意味なのですか、ダスト様」

 

 不思議そうに聞いてくるアイリス。レインも同じ気持ちなのか俺が口を開くのを待っている。

 俺が勇者になれない理由なんて言うまでもない気がするんだけどなぁ……。

 

 

「決まってるだろ? 俺が勇者になれないのは、俺が『ドラゴン使い』だからだよ」

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ダストさんお帰りなさい。お待ちしてましたよ」

「よぉ……ロリサキュバス。お仕事おつかれさん」

 

 アイリスとの特訓が終わり疲れた足で帰った馬小屋。そこにはいつもと同じように俺に夢を見せるために待っているロリサキュバスの姿が…………って、あれ?

 

「…………なんでお前村娘の格好してんだよ? お前いつも仕事の時はサキュバスの格好してたよな?」

 

 今のロリサキュバスの格好は普段街の中を歩いている時の格好と変わらない。

 

「はい。だってお仕事時間外ですからね。もう今日の私の営業時間は終わってますから」

「あー……そうなのか。悪いな時間外に仕事させちまってよ」

 

 わざわざ俺のために残業してくれるとは…………今度またこいつに男のイロハを教えてやるかね。

 

「いえいえ、別に謝ることはありませんよ? 別に私残業するつもりはありませんから」

「え?」

「というわけでダストさん。キャンセルした分の返金です。契約で1割は私が貰ってますけど……一応確認しますか?」

 

 そう言ってロリサキュバスは風俗代としては安すぎる貨幣の入った封筒を渡してくる。

 

「いやいや……返金とかどうでもいいっての。…………は? キャンセル?」

「どうでもいいんですか? お客さんが返金を受け取らない場合は全部もらっていいことになってるんですけど……本当にいいんですか?」

「ああもう返金返金うるせえな! とりあえず受け取るからキャンセルがどういうことがちゃんと説明しろ!」

 

 封筒を乱暴に受け取って俺はロリサキュバスに説明を促す。

 

「説明しろって言われても……契約した時間を過ぎてもダストさんが寝てなかったから自動でキャンセルになっただけですよ? 悪魔の契約は絶対ですからね」

 

 そういや前に遅くなった時ももう少しでキャンセルになる所だったとか言ってたか。……アイリスとの特訓も魔法を使い始めたからか大分長引いちまってたもんな。仕方ないか……。

 

「いやいや! そんなことで納得できるわけねーだろ! ジハードとのふれあい以外の俺の唯一の楽しみなんだぞ!」

「唯一の使い方微妙に間違ってません? と言うかダストさん、夜中にそんな大声で叫んじゃダメですよ?」

 

 これが叫ばずにいられるかっての。

 

「よし分かった。取引をしよう」

「残念ながらあの店で働くサキュバスは仕事以外で男性の精気を頂くことは禁じられているんです。破ったら地獄に送還なんですよ」

 

 はい取引終了。取り付く島もないとはこのことか。

 

「私も残念なんですよー? ダストさんの精気は生きが良くて美味しいから結構楽しみにしてるのにお預けなんて。……まぁ、今日はカズマさんの精気も頂いたんでお腹すいてないからまだいいですけど」

 

 カズマ最近マジで多すぎねえか? 話聞いてる限りじゃ爆裂娘やララティーナお嬢様と一線越えるかどうかのとこまで来てるって感じらしいのに。…………そんな状況で一線越えずにうろついてたらそりゃ溜まるか。

 

「正直お前が楽しみにしてたとか空腹かどうかとかどうでもいいんだけどよ……マジで夢見れねえのか?」

 

 マジでそれは困るんだが…………。まあ、明日はクエストの予定入ってないし、仮に見れなくても最悪ではないか。

 

「次夢を見せる時、なんだか間違ってオークに襲われる夢を見せてしまう気がします」

「マジで謝るんでそれだけはやめてください」

 

 潔く土下座。

 

「まぁ、お仕事なんで本当にそんなことはしませんけど。…………そんなに夢が見たいんですか?」

「まぁ……明日が休みだから、いつもに比べればまぁ別にいいかって気もする」

 

 と言っても見たい物は見たい。良い夢見ながら寝たいって気持ちはいつだってあるからな。

 

「…………(やっぱり、『良い夢』を見ないとちゃんと眠れないんですね)」

「あん? なんか言ったか?」

 

 なんか小声で言ってた気がするが。

 

「いえ……良い夢がみたいんでしたら一応方法はありますよ?」

「詳しく」

「あの……いきなり近づいて来ないでください。ダストさんの顔って直近でみると結構怖いんですから」

 

 おう、微妙に傷つく事言うのはやめろ。というか悪魔が人の顔怖がるってどうなんだ。

 

「方法は二つです。一つはお店に今から行ってアンケートを書く。私が時間外なだけで勤務している先輩は普通にいますからそっちと契約すれば夢を見せてもらえます」

「……あのお店ってこんな時間でもアンケート書きに行けたのか」

 

 基本昼しか行ったことなかったから知らなかったぜ。

 

「本当はダメなんですけどね…………そこは私が口添えをすればなんとか」

「もう俺はお前しか指名しない。一生ついていくぜロリサキュバスの姐さん」

「ダストさんに姐さん呼ばれても全然嬉しくないのでやめてください。……ただ、この時間帯に頼むとなるといつもの二倍くらい代金がかかると思うんですが……ダストさんお金持ってます?」

「…………出世払いでいいなら」

 

 明日の分のサキュバス代は持ってるがその2倍となると……さっき返金で帰ってきたお金足しても足りねえな。

 

「じゃあこの話はなかったということで」

「いやいや、お前が取ったキャンセル手数料を俺にくれればきっちり足りるんだよ」

「そうですねー。というわけでこの話はなかったということで」

「お前は鬼か!」

「悪魔ですよ?」

 

 うぜえ!

 

 

「それでこっちが本命の方法なんですが。ダストさんさえ良ければ私がただで夢を見せてあげますよ?」

「…………何を考えてやがる?」

 

 ただで良い夢を見せてくれる? そんな虫の良い話があるはずがない。

 

「ダストさんって妙なところで警戒心見せますよね。……別に仕事以外で夢を見せる練習がしたいなって思っただけですよ。だからダストさんの希望通りの夢を見せるって訳にはいかないですけど……ちゃんとエッチな夢を見せますから」

 

 そういうことか。ま、確かにこいつは技術的に足りないし実践的な練習が有用なのは言うまでもないからな。そういう話ならただでも違和感はないか。

 

「じゃあ頼んでいいか? お前におまかせってのはちょいとばかし不安があるが……背に腹は代えられねえ」

「なんか言い方に納得行かない所もありますが…………任せてください! 今までで1番エッチな夢を見せてあげます!」

 

 

 そうして俺は床につき、夢の中へと落ちていく。その夢の中で出てきた女は――

 

 

 

 

 ――サキュバスの格好をしたロリサキュバスだった。

 

 

「おいこら待て」

「だ、ダストさん? どうしたんですか? 今夢を始めたばかりですよ?」

 

 飛び起きた俺にびっくりしたのか。夢を見せていたらしいロリサキュバスは目を白黒させている。

 

「お前ふざけてんのか?」

「ふざけてるって……一体全体何の話ですか?」

 

 首を傾げているロリサキュバス。マジでわかんねーのかよこいつは。

 

「お前、エッチな夢を見せてくれるって言ったよな?」

「言いましたけど…………まだ始まったばかりでエロくなかったって言われても困りますよ?」

「始まったばかりとかそういう問題じゃねえよ。なんで出てくる女がお前なんだよ。欠片もエロくない女が相手じゃどんなシチュエーションでも無意味だろうが」

 

 サキュバスを出すにしてもロリサキュバスじゃなくてあの店のリーダーやってる姉ちゃんとかそっちを出せよ。ロリサキュバスとか誰得だよ。

 …………カズマとかのロリコンなら得するか。俺はロリコンじゃないから得しないけど。

 

「…………………………………………分かりました。そうですよね。ダストさんにはもっと女性らしい体つきの女の人が良かったですよね。忘れてました。次はちゃんとやりますから」

「お、おう? やけに物分りが良いじゃねえか。次こそ頼むぜ?」

 

 

 そうしてまた俺は眠りにつき夢の中へ。その夢の中で待っていたのはむっちりとした身体の――

 

 

 

 

 

 ――メスオークだった。

 

 

 

「そんなこったろうと思っったよ!」

 

 飛び起きた俺はロリサキュバスを文句を言おうとその姿を下がす。

 

「って、いねえし。あいつ逃げやがったな」

 

 そりゃそうか。あんな夢見せといて素直に待ってるとかドMを疑う。

 

「絶対許さないからな。見つけ出して折檻してやる」

 

 どうせ夢を見ないのなら夜は長い。朝になるまでにロリサキュバスを捕まえてやろうと俺は馬小屋を飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぁぁぁああ。あぁ……ねみぃ」

 

 大きな欠伸をして。俺は閉じそうになる意識を少しでも覚醒させる。と言っても徹夜の身にそれは焼け石に水らしく眠気が覚める様子はない。

 

(実は隣の馬小屋に隠れてましたーとか反則だろロリサキュバスの奴。こっちは街中探し回ってたっていうのに)

 

 疲れ果てたのとアホらしい事実に怒りもどっかに行ってしまって、結局見つけたロリサキュバスはほっぺたを戻らなくなるくらい引っ張ってやるだけで許してやった。何故かロリサキュバスは不満げだったが…………俺の寛大な処置の何が気に食わなかったのかが分かんねえ。

 

『クゥ?』

「おっと……悪い悪い。せっかくジハードの手入れしてんのに上の空は失礼だったな」

 

 パンパンと自分の頬を叩いて意識に気合を入れる。せっかくゆんゆんからジハードを強だt……借りてきたんだからこの時間は大切にしねえと。

 

「しっかしジハードも大きくなったなぁ」

 

 ジハードと俺がいるのはアクセルの街中にある公園。その木陰に入りながら俺はジハードの身体をタオルやブラシを使って綺麗に手入れをしていた。

 

「もう大型の白狼より大きいんだよなぁ……そろそろゆんゆんと同じ部屋で過ごすのは無理かもしれねぇな」

 

 この調子で大きくなれば来年には部屋の大きさ的にはともかく部屋の扉を通るのは厳しくなる。

 

「ま、その時は俺の泊まってる馬小屋にくればいいから安心しろ」

 

 くぅぅんと嬉しそうに鳴くジハード。大きくなっても可愛いやつめ。ブラシでワシャワシャしてやろう。

 

「ま、流石にあと3、4年したら馬小屋も無理になるだろうしいろいろ考えねぇとなぁ」

 

 ドラゴンには加速度的に大きくなる時期がある。所謂下位種と呼ばれる時期だ。幼竜期から下位竜期に入れば下手な一軒家を押しつぶすような大きさにすぐになってしまう。そうなるとどんなに大きな家でも家の中で買うというのは不可能だろう。

 いっそのことカズマの屋敷の庭に屋根のない小屋とか作らせてもらうか。

 

「……もしくは、あと3、4年したらゆんゆんは紅魔の里に帰ってるかもしれねぇし、それなら何も問題ないか」

 

 ゆんゆんはいずれ紅魔の里に帰るだろう。実力的には既に紅魔の里でもトップクラスのはずだ。あとは何か功績をあげればゆんゆんは胸を張って紅魔の里に帰れる。そうなればジハードの大きさの問題なんてどうにでもなるだろう。あの里では中位種であるミネアだって問題なく暮らせているのだから。

 

「…………帰っちまうんだよなぁ」

 

 その時俺はどうするだろうか。アクセルの街に残って見送るか。それとも一緒に紅魔の里についていくか。それとも……。

 

「あっちにはミネアもいるんだよなぁ。足(テレポート)もいなくなってジハードもいなくなると俺はまたドラゴン欠乏症にかかっちまう」

 

 それはわりとマジで避けたい。

 

「でも紅魔の里じゃリーンやテイラーを連れて行くにはちょっと厳しいよなぁ。……それに紅魔の里にはサキュバスサービスねぇし」

 

 それもわりとまじで避けたい。

 

「いっそのこと行くなってお願いしてみるかねぇ…………あ、駄目だ。何言ってんだこいつって目をして俺を見るゆんゆんが想像できた」

 

 というよりほかが想像できない。爆裂娘あたりが頼めば聞いてくれる気もするが……あいつがそんなこと言うはずもないし、紅魔の長になりたいって言ってるあいつを引き止めるのもなんか違う気がする。

 

「あー……ジハードと離れたくねぇなぁ……ドラゴンと一緒にいてぇ。…………あと彼女も欲しい」

 

 ………………ドラゴンの彼女とか出来ねぇかなぁ。上位種のドラゴンなら人化できるし。ドラゴンハーフでも可。

 

「………………美人な上位ドラゴンや可愛いドラゴンハーフを侍らしてるドラゴン使いがいたらぶん殴りたい。ジハードもそう思うだろ?……って、あれ」

 

 俺の手入れが気持ちよかったのかいつの間にかジハードは寝ていた。

 

「気持ちよさそうに寝てんなぁ。…………ふぁ~……あー、俺もねみぃな。手入れも終わったし俺も寝るか」

 

 流石に意識を保っているのも限界だ。やることやったし俺も当初の予定通りジハードと一緒に眠らせてもらおう。ジハードと一緒ならサキュバスたちに頼らなくとも『良い夢』を見れるだろうから。

 

「ちょっと、身体を借りるぜ、ジハード」

 

 傍にいるだけでも十分だが、せっかくなのでピカピカに磨いたジハードの身体を枕にさせてもらう。鱗は硬いが体温は高くもなく低くもない感じで気持ちがいい。というかこの感触が俺は大好きだった。

 

 

 

 

――ゆんゆん視点――

 

 

「ダストさんってほんとドラゴンの事になると真剣になるというかドラゴン馬鹿というか……私だってちゃんとハーちゃんのこと綺麗にしてるのに」

 

 ダストさんが行くと言っていた公園に向かいながら私は愚痴る。

 

 今日の朝いつものようにダストさんが私の宿の扉を蹴り開けて入ってきたと思ったらハーちゃんを見て『おいこら、ゆんゆん。ジハードの手入れが足りねぇんじゃねぇのか。ちょっと見てらんねぇから俺が手入れしてくる』とか言ってハーちゃんを連れて行ってしまった。

 

「というか、絶対あれ自分が手入れしたいだけだよね」

 

 ダストさんの人間性は疑いまくってる私だけど、ドラゴンに対する愛情愛着だけは疑う余地なかったりする。ダストさんにとってのドラゴンは、めぐみんにとっての爆裂魔法と同じくらい大切なものだと理解していた。

 

「あ、いたいた。ダストさん、ハーちゃん…………って、寝てるじゃないですか」

 

 公園の木陰には気持ちよさそうに寝ているどうしうようもないチンピラさんと可愛い使い魔のドラゴン。

 いつかうなされていたのが嘘のようにその寝顔は安らかで、深い眠りについているのが分かった。

 

「しかもダストさんってばハーちゃんを枕みたいにして………………羨ましい」

 

 最近はハーちゃんがベッドに入り切らなくて一緒に寝れてないし、私だってハーちゃんと一緒にお昼寝したい。

 

 

 

「…………でもダストさんも寝てればわりと可愛げあるというか……やっぱり顔は整ってるんですよね」

 

 普段は性格の悪さがにじみ出てるし、目つきも悪いから可愛げあるなんて感想出てこないけど。顔のパーツが悪くないのだけは認めざるをえない。

 

「ゆんゆん……頼む、行かないでくれ…………むにゃむにゃ」

「また寝言ですか。…………いい加減出演料もらいますよ」

 

 朝起こしに行った時なんか私でいかがわしい事してるような寝言を何度か聞いている。それを問い詰めたらお前じゃなくて17歳のゆんゆんだからとか訳の分からないこと言ってたけど。

 

(けど行かないでくれって、どういう意味だろう?)

 

 ダストさんの前から私がいなくなろうとしてる夢でも見てるのかな? だとしたらそれは――

 

「…………ダストさん、そんな夢見ないでくださいよ」

 

 ――私が紅魔の里へと帰る夢なんだろう。そんな時が来るのは分かっているけど、今の私はあまり考えたくない。

 

「そうか……ありがとな、ゆんゆん……むにゃむにゃ……」

「……むぅ、人が微妙な気持ちになってるのに気持ちよさそうに寝ちゃって」

 

 夢の中の私はなんて答えたんだろうか。ダストさんは穏やかな寝顔をしている。その寝顔を見ていると、私も夢の中の私と同じように答えられたら良いのになと、なんとなく思ってしまった。

 それはきっと私が選んではいけない選択肢のはずなのに。

 

 

「…………私も寝ようかなぁ」

 

 このまま考えているとなんだか気落ちしそうな気がする。ダストさんのことを考えてそうなるのはなんだか負けた気分になるので何も考えないで済むようにさっさと眠ってしまいたい。

 それに木陰でドラゴンを枕にして寝るのはすごく気持ちよさそうだ。幸いなことに大きくなったハーちゃんにはダストさんに枕にされててもまだキャパシティがあるし……隣で寝ても大丈夫だよね。

 

 大変嬉しくてイラッとすることに、私はダストさんにとって守備範囲外のクソガキらしいので襲われる心配もないし、安心して眠ることが出来る。むしろダストさんのほうが起きたら私が隣で寝ていてびっくりでもするかもしれない。

 

「よいしょっと……それじゃ、お休みハーちゃん」

 

 ダストさんをずらして空いたスペースに私は寝転ぶ。ハーちゃんの感触を味わいながら目を閉じると、ごとんと何かが小さく落ちた音がした。

 

(……ダストさんの頭がハーちゃんから落ちた音かな?)

 

 そこまで考えた私は自分には関係ないことかと切り捨てて、そのまま意識を手放していった。

 

 

 

――ダスト視点――

 

 

「…………このクソガキ」

 

 頭の痛みと冷たい地面の感覚に目を覚まして見れば、俺がさっきまで寝てた場所で気持ちよさそうに寝ているぼっち娘の姿が。

 

「ま、いいけどよ」

 

 今日はジハードを貸してもらった立場だ。蹴飛ばして起こしたい感情は飲み込む。

 

「はぁ…………これで俺の守備範囲内なら襲ってやるのにな」

 

 それが出来ないのを分かってるからこのぼっち娘は安心した表情で寝てんだろう。

 

「ま、俺も寝足りねぇし、もう一眠りするか」

 

 このぼっち娘に腹を立てても睡眠不足がなくなるわけじゃない。わざわざゆんゆんを起こして眠気が覚めるよりかは、このまま眠気に任せて眠ってしまったほうが良い。スペース自体は空いてるからゆんゆんが一緒に寝ても別に問題はないだろう。

 

「よいしょっと……これでよし。じゃあジハード。またよろしく頼むぜ」

 

 ゆんゆんを端っこに追いやり、空いたスペースをゆったりと使って俺は眠りにつく。ごとんと何かが小さく落ちた音がしたが、どうせゆんゆんがジハードから落ちた音だろう。俺には関係のないことなので俺はそのまま――



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第24話:男運が最悪です

「おい、ルナ。ちっとばかし賭けをしねえか?」

「ギルドを出禁にしますよ?」

 

 ギルドの受付にて。いつもと同じように忙しくしていたルナは俺の言葉ににっこりと笑顔でそう返す。

 ……お仕事笑顔もここまで来ればスキルみたいなもんだな。目が全然笑ってねえのに綺麗な笑顔をしてやがる。

 

「そんなつれねえこと言うなよルナ。俺とお前の仲じゃねーか」

「私とダストさんの仲と言われましても……私がギルドで働き始めた頃にダストさんもこの街で冒険者始めたってことくらいじゃないですか」

 

 そう考えればルナとの付き合いもなげーな。俺が冒険者始めた頃の受付で残ってんのはもうルナくらいだし、リーンは1年間魔法学校行ってて一緒に居れなかった時期もあるから、付き合いだけならこの街でルナが1番長いのか。

 俺が冒険者になってからって考えればもう7年だか8年経ってる。…………そりゃ、ルナも行き遅れだって焦るわけだ。いなくなった受付嬢は他の街で寿退社してるって話も聞くし。

 俺ももうすぐ21でルナはそれよりも2歳くらい歳上なわけだから…………もうすぐ賞味期限切れるな。

 

「…………なんだかダストさんに憐れまれてるような気がするんですが」

「別に憐れんでるわけじゃねえよ。お前もそろそろ行き遅れだって笑えなくなる年齢だなって思っただけだ」

「ギルドでダストさんに賞金懸けますよ?」

「マジで謝るんでやめてください」

 

 ただでさえラインの方にも魔王軍から億単位の賞金懸けられてるって話なのに、人類側からも賞金懸けられてたら俺の住める場所なくなるじゃねえか。

 

 

「……はぁ。まぁ、ダストさんのデリカシーのなさは今更だからいいですけど。次言ったら本当に懸けますからね?」

「お、おう……気をつけるぜ」

 

 今更だからいいとか言いつつ最終通告してんじゃねえよ。思いっきり気にしてんじゃねえか。

 

「それと、ダストさん。最近『マジ』って言葉を使いすぎじゃないですか? 元からバカっぽい喋り方なのに更に頭悪そうになるから止めたほうがいいですよ?」

「マジかよ? 別にそんなつもりはねえんだが…………って、あ……」

 

 い、今のはノーカンだろ。

 

「自覚がないということは相当ですね……。誰かダストさんの周りにダストさんより酷い喋り方をする人いましたっけ。キースさんもダストさんと似たような感じですけど、それだったらもっと前から影響されてますよね」

「…………まぁ、ここ1年位『マジ』って言葉を印象的に使う奴とわりと頻繁に会ってるのは確かだ」

 

 そうか……あの王族娘の喋り方に影響されてたか。基本的に丁寧な喋り方なのにたまに頭おかしい喋り方になるから印象に残ってるんだろうな。……と言うかルナ。俺とキースの喋り方がデフォで酷いみたいな言い方はやめろ。

 

「原因が分かったなら気をつけたほうがいいですよ。お節介かもしれませんが。……はい、ということでダストさんお疲れ様でした。次の方どう――」

「――勝手に話を終わらせようとすんなよ。話の本題に入ってないだろうが」

「あの……後ろを見ていただけますか? ダストさんの無駄話に付き合ってる暇はないんですが」

 

 さっきから後ろに並んでる奴らの視線が痛いのは確かだが、俺がその程度のことを気にするやつだとでも思ってるのか。

 

「だったら、さっさと俺の本題に付き合えよ。賭けをしようぜ賭け」

「いえ……あのですね? ダストさんがいつも正気じゃないのは知っていますが、ギルドの受付に賭け話を持ってくるとかどういう神経を持ってるんですか?」

「別に金銭がかかる賭けをしようって話じゃねえから堅いこと言うなよ。忙しそうにしてるお前の息抜きになればって思って提案してんだからよ」

 

 なんだかんだでルナには俺の正体隠しでも世話になってるからな。報酬はギルドに払っているとは言えルナ本人にも少しは恩返ししてやろうって思っての行動だ。

 

「今この瞬間もダストさんのせいで仕事が忙しくなっていってるんですが…………。はぁ、分かりました。とりあえず懸けの内容を言ってみてください。内容次第じゃ聞かなかったことにしてあげますから」

「おう、流石ルナ。婚期を遅らせてまで冒険者の相手してるだけあって話が分かる……ぜ…?」

 

 ニコニコと笑顔のままのルナ。だが長年冒険者をしてきた勘が、その笑顔に最大級の危険があると伝えてくる。

 

「とりあえず、話を聞く前に…………後ろに並んでいる方たち、ダストさんを好きにしていいですよ? ギルドは見なかったことにしますんで」

 

 ぽん、と肩に手を置かれて振り返ってみれば厳つい顔をした冒険者の姿。そいつ以外にも無駄にレベルが高いアクセルの冒険者たちが指を鳴らして――――

 

 

 

 

「……し、死ぬかと思ったぜ…………というか、アクアのねーちゃんが通りすがらなかったらマジで死んでたぞ」

「ダストさんがこの程度のことで死ぬわけないじゃないですか。ダストさんのしぶとさは私も冒険者もよく知ってますよ」

 

 そんな嫌な信頼いらねえ……。

 

「それに、いい加減後ろに並んでいる人たちのイライラが限界だったみたいですからね。さっき解消させてなければもっと酷い目にあってたと思いますよ?」

 

 ルナの言葉の真偽はともかく、俺をボコボコにしてくれた冒険者たちは気が済んだのか、別の受付の所に並んだり、俺が話を終えるまで酒場の方で飯を食ったりと散らばっていた。冒険者たちをあしらうことにかけてはこの街でバニルの旦那の次に上手いルナがそう言うなら、それは本当なんだろう。

 

「だとしてもだな……お前ならもうちょい穏便に事を済ませられただろ?」

「さあ……少なくともさっきの私はダストさんの心無い言葉にイライラしててそんな方法は思い浮かびませんでした」

 

 ……いろいろ言いたいことはあるがここは俺が納得してやるか。実際俺やルナみたいなやつにとって恋人いないってのは死活問題だし、そこをからかわれたら怒るのもしょうがない。

 

「それで、ダストさん。結局賭けって何をしたいんですか?」

「やっと本題か。まぁ、ちょっとしたゲームみたいなもんなんだがな。俺とお前でどっちが先に恋人出来るか勝負しようぜ」

「…………。それで、賭ける物は何でしょうか?」

「ん? なんだよ、やけに物分りがいいな」

 

 そんなバカな勝負やりませんとか言うかと思ったんだが。どうにかおだてたり挑発して賭けに乗らせようと思ってたのに策が無駄になったじゃねえか。

 

「単刀直入言うぜ。俺が勝ったらお前の大きな胸を揉ませろ」

 

 最近ゆんゆんの胸の成長が酷い。無駄にエロく成長してて、その上無防備だから手を出すつもりがない俺でも目に毒だ。昔は目の保養になるくらいでちょうど良かったんだが、最近は手を出したくなるようなエロさというか。

 守備範囲外で毒舌娘のあいつにそんな感じで悶々としてるのはなんか負けた気がするので、あいつと同じくらい大きなルナの胸を揉んでそれを解消したい。

 

「なるほど。私が勝った場合はダストさんは何をしてくれるんですか?」

「…………本当に物分りがいいな。なんだよ、何を考えてるんだ?」

 

 勝負の内容も賭けの対象もルナが激怒しそうなものだってのに。いや、簡単に受けてくれるならこっちとしては楽でいいんだが…………なんか企んでそうでちょっと怖い。

 

()()何も考えていないですよ? 変なことを考えてるのはダストさんじゃないですか」

「……まぁ、いいか。俺が負けたら何でも一つ言うこと聞いてやるよ」

 

 どうせ、今更ルナに恋人ができるわけもない。俺も本当の恋人は出来る気がしないが、一日恋人くらいならロリサキュバスあたりをおだてときゃ演技で付き合ってくれるだろう。最悪セシリーを付き合わせりゃいいし、勝負は勝ったようなもんだな。

 

「分かりました。その条件でダストさんの勝負を受けます。…………本当にいいんですよね?」

「あん? こっちから持ちかけたんだ、いいに決まってんだろ。むしろルナのほうが本当にいいのかよ。負けて嫌だって言っても俺が勝ったらそのでかい胸揉ませてもらうからな」

「…………、まぁ、そこまで言ってもらえるとこっちとしても気が楽です。ダストさんのろくでなしっぷりの良さはこっちの良心が全然痛まないことですね」

「良心? おい、ルナ。お前何を言って――」

 

 ルナの少しだけ申し訳無さそうな顔。こいつがこんな顔をしている時はろくなことにならないと長い付き合いから分かっている。カズマをおだてて仕事させてるときとかもこんな顔しているから間違いない。

 

「――ふむ? 最近ぼっち娘の色香に惑わされて悶々としているドラゴンバカではないか。奇遇であるな」

「べ、別にあんな守備範囲外のクソガキに悶々となんてしてねえし……って、旦那か。奇遇だな、いつもの相談屋か?」

 

 振り向いてみれば怪しい仮面をした大悪魔。バニルの旦那の姿があった。

 

「いや、今日は相談屋は休業中である」

「そうなのか? だったらギルドに一体何のようが……」

 

 多分この街にいる連中は全員忘れているだろうが、バニルの旦那は一応魔王軍の元幹部だし、幹部をやめた今も公爵級の大悪魔であることは変わらない。人間に害をなす性質じゃないだけで基本的に冒険者ギルドとは敵対関係じゃなきゃおかしいんだが……そんな様子は本当ないよなぁ。

 

「なに、我輩の恋人に呼ばれた気がしてな。こうして参上したというわけだ」

「………………はい? 旦那に恋人?」

 

 色恋沙汰って意味じゃ俺やルナ以上に鈍感で気配のない旦那に恋人? 一体全体誰だよそれ。ウィズさんあたりならまだ分からないでもないが、その姿はギルドにないし。

 

「というわけでダストさん。紹介しますね。私の一日恋人をやってもらっていますバニルさんです。……賭けはこれで私の勝ちですね」

 

 隣に並んだバニルの旦那をそう言って紹介するルナ。紹介された旦那はいつもの人の悪感情を楽しんでいる時の顔をしていて――

 

「――って、そういうことかよ。流石にそれは反則じゃねえのか……」

 

 通りでルナが賭けを普通に受けてたわけだ。旦那の見通す力で俺が賭けをしかけてくることから、ここまでの流れを予想してたってことか。

 勝てると思ってただけに……ルナの胸を揉めると楽しみにしてただけにこの結果は残念すぎる。全部旦那の手のひらの上かよ……。

 

「うむうむ。汝の悪感情も美味であるな。……ふむ? 何故か行き遅れ受付嬢からも悪感情を感じるのだが、これは一体どうしたことか」

「いえ、気にしないでください……。一日だけとは言え恋人ができて喜んでいる自分に絶望しているだけなので」

「絶望までされると我輩好みの悪感情じゃなくなるのだが……。まぁ、汝であればそのうち本物の恋人ができる。そう気落ちしなくてもよかろう」

「…………本当ですか? ちなみに、それはどんな方でしょうか?」

「うむ、我輩の見通す目によるとそこのチンピラと付き合っている汝の姿が…………冗談であるから、その絶望の感情はやめるがよい」

 

 俺と付き合う未来があったら絶望ですかルナさんよ。

 

「だったら、ちゃんと私の未来を見通してくださいよ。できればイケメンでお金があって優しくて強い方とどうやったら付き合えるかを教えてください」

「ふーむ……行き遅れ受付嬢が行き遅れじゃなくなったら極上の悪感情の供給源がなくなってしまうのだが…………まぁ、見通すだけはしよう」

 

 乗り気ではない様子でルナの顔をマジマジと見る旦那。

 

「ふむふむ…………ふむ?……………………。どうしたことか、本当に超低確率でこのチンピラと付き合っている未来しか見えないのだが。控えめに言って汝の男運は最悪であるな」

「やっぱり聞かなければ良かったああああああああああっ!」

 

 バンと受付の扉を開けて外へと飛び出していくルナ。

 なんつーかあれだな……。

 

 

「「「「これは酷い」」」」

 

 

 俺以外の騒動を見守ってたやつも旦那の衣着せない言い方に苦言を呈す。たとえ本当にそんな未来しか見えなかったとしても、そこら辺はぼかして伝えるべきだろ。

 

「バニルさん!」

 

 あんまり酷いと思ったのか、酒場で働くウェイトレスがバニルの旦那に詰め寄る。ルナはギルドの人気者だし、仇を取ってやろうってことだろう。

 

「よりによって、唯一見えた未来がこのチンピラと付き合う未来なんて酷すぎます! ルナさんに一生独身でいろってことですか!?」

 

 なんでだよ。むしろ俺と付き合える未来があるのが唯一の救いだろ。

 …………なんで周りもウェイトレスの言葉にうんうん頷いてんだよ。

 

「そこのチンピラにガーターベルトを脱がされたことのあるウェイトレスよ。汝も見通す力を持っているのか? 汝の言うとおり我輩としてはあの行き遅れ受付嬢には一生独身でいてもらいたいのは確かである」

 

 ………………なんつうかあれだな。

 

「旦那はやっぱり悪魔なんだな」

 

 俺も含め、ギルドの想いが一致した瞬間だった。

 

 

 

 

「というわけで受付嬢の一日恋人改め一日受付嬢のバニルである。受付嬢との賭けに負けたチンピラよ。汝は受付嬢の言うことを何でも一つ聞かなければならないのだったな」

「……確かに賭けには負けたけど、それはまた今度だろ。ルナのやつエスケープしたからいねえし」

「そんなこともあろうかと、我輩はちゃんと男運最低な受付嬢から汝への願いを聞いておる」

「…………やっぱり全部旦那が仕組んだことだったんじゃねえか」

 

 見通す力反則過ぎねえか。

 

「はて、我輩には汝が何のことを言っているのかさっぱりであるが。……とにかく、汝への願いはとある塩漬けクエストの消化である」

「塩漬けクエスト? 前に爆裂娘の妹が来た時に全部消化しなかったか?」

「あれからもう一年以上経っているのだ。新たな塩漬けクエストが出来ていても仕方あるまい」

 

 そう言われてみりゃそうか。特に最近はグリフォンみたいな凶悪なモンスターがアクセル周辺に出没するようになってるし、ゆんゆんやたまに来る魔剣の兄ちゃんが受けてなけりゃそれが塩漬けになってたりするのも仕方ない。

 

「ま、ゆんゆんに任せりゃいいだけだし塩漬けクエストの一つや二つくらいなら余裕だしいいか」

 

 最近はジハードとの連携も取れるようになってるし、今のゆんゆんなら大抵のクエストは余裕だろう。俺が援護するならグリフォン3体くらいまでならどうにかできるはずだ。

 

「それで、具体的なクエスト内容を見せてくれよ旦那」

「やけに乗り気であるな」

 

 クエストの紙を渡しながら旦那。

 

「最近金欠が酷いからな。高難易度のクエストなら報酬も高いだろうし、受けなきゃいけないなら真面目に受けるさ」

 

 サキュバスサービス代くらいはちゃんと確保しときたいしな。

 

「なになに……『丘に出没する未確認モンスターの討伐。モンスターのランクは推定B-』か」

 

 B-ランクってことは一撃熊よりは強くてグリフォンよりは弱いってとこか。これで報酬が100万エリスって……チョロいなおい。ゆんゆんが一人いれば余裕じゃねえか。

 

「なんでこれが塩漬けになってんだ? この街の冒険者ならB-のモンスターくらい狩れる奴らいるだろ」

 

 サキュバスサービスのおかげかこの街の冒険者たちのレベルは無駄に高い。レベル30代のやつもチョロチョロいるし、40代のやつも少ないがいる。税金騒動の後は金欠の冒険者も増えているし、こんな美味しいクエスト塩漬けにならないと思うんだが。

 

「一日受付嬢の我輩に聞かれても……そのあたりのことは詳しくは聞いておらぬ。1つ言えるのは塩漬けには塩漬けの理由があるだろうということだ」

 

 この内容が本当なら塩漬けになる気がしねえんだけどなあ。少し気になるのは未確認のモンスターってとこだけど。あとはわざわざルナが俺を指名してきたってとこもか。

 

「旦那の見通す力で何か分からねえか?」

()()を持っていくが吉。ぼっち娘と一緒に行くが吉。……教えられるのは今回はそれだけであるな」

 

 得物……つまり槍を持っていけってことか。ゆんゆんと一緒に行くことは最初から決めていたが。

 

「教えられるのがそれだけってどういうことなんだ?」

「これ以上教えたら汝は間違いなくこのクエストを受けない。それは我輩としても困ることなのだ」

「困る……? もしかしてこのクエストを俺達が受けることで見えた未来が旦那にとって好ましいものだってことなのか」

 

 だから俺らにクエストを受けて欲しいと。…………でも、クエストの全容教えたら受けないってどういうことだよ。やっぱり旦那はこのクエストがなんで塩漬けになったのか分かってるんじゃないのか。

 

「今はまだなんとも言えぬ。だからこそそれを見極めるためにも汝にはこのクエストを受けてもらいたいのだ」

 

 旦那にしては歯切れの悪い言い方だな。本当に旦那自身分かってないのだろうか。

 

「ま、旦那にそこまで言われたら断るわけにも行かねえか。俺とゆんゆんでそのクエスト受ければいいんだな」

 

 明日はリーンたちともクエスト一緒にする予定だったが……それは別の日に回すか。あいつらを連れて行くのは危険な気がするし、冒険者としての勘がこのクエストを後回しにすることが危険だと告げている。

 

 

 

「さてと……ま、賭けの話はこんなところか。とにかく明日ゆんゆんと一緒にクエスト受けてくるぜ」

 

 できれば槍を使う事態にはなりたくないが……もしもの時はそうも言ってられないのかね。

 

「そうか、では素直な汝には一つだけ助言をしてやろう。『牢屋に逃げ込むことは凶、女に助けを求めるが吉』。今日これからの汝の運勢を決める言葉ゆえ、覚えておくがいい」

「…………なんか、すげえ嫌な予感がするが、分かった。助言感謝するぜ旦那」

 

 

 旦那の助言に嫌な予感を感じながらギルドに出る。そいつに遭遇したのはその次の瞬間だった。

 

 

 

 

「ダストさんを好きにできると聞いて飛んできました!」

 

 

 

 

 

 

「リーン俺を匿ってくれ!」

 

 ガンと鍵の掛かった宿のドアを蹴り破り。リーンの部屋へと押し入った俺は開口一番そう頼む。

 

「どったのダスト? あんたがそんなに慌ててるなんて珍しいね。とりあえず壊したドア代は借金に追加しとくから、そこ締めてくれない?」

「お、おう……。…………俺が言うのも何だが、いきなり部屋に入られてその冷静な反応はなんなんだ」

 

 壊れたドアを元の場所にはめながら。何事もなかったように野菜スティックをかじってるリーンに俺は聞く。

 

「本当あんたが言うことじゃないね。冷静も何もあんたの破天荒っぷりにいちいち驚いてたら心労で倒れちゃうじゃん」

 

 一理ある。……いや、それにしてもこいつの反応はおかしい気がするけど。

 

「で? 匿ってくれってどうしたの? ゆんゆんを怒らせて追われてるとか?」

「あん? あのぼっち娘を怒らせたからってなんだってんだ」

「いや……あんたあの子怒らせて大体ボコボコにされてるじゃん」

「まぁ、毎回紙一重で負けちまってるのは認めざるを得ないが、だとしてもあいつから逃げる訳無いだろ」

 

 あんなクソガキに舐められるのもあれだし。喧嘩売ってくるなら正々堂々と受けるっての。

 

「紙一重ってなんだっけ? まぁ、確かにあんたの性格からしてゆんゆんから逃げるってのはないか。……ん、そこ座っていいよダスト」

「ありがとよ。……てーか、リーン。お前行儀悪すぎんぞ」

 

 椅子に座った俺とは対照に。リーンはベッドに寝転び、野菜スティックをかじりながら本を読んでいる。

 

「ダストにだけは言われたくないんだけど。あんたたまーにあたしやゆんゆんの保護者っぽいこと言うよね」

「なんだかんだで俺はお前らより歳上だからな。頼れる兄貴分としちゃ妹分の心配くらいはするっての」

 

 だと言うのに世間じゃリーンやゆんゆんが俺の保護者みたいに扱われてるのはなんなんだろう。

 

「まぁ、あれだ。お前もルナみたいに行き遅れになりたくなけりゃ男の前で位は行儀よくしとけよ」

「むぅ……本当ダストにだけはそんなこと言われたくないんだけど。それにダストの前以外ならあたしはちゃんとしてるし」

「俺の前ならちゃんとしなくていいってなんだよ」

 

 俺だって男だろうが。

 

「だって、あんたって口でなんて言ってても、実際は行儀悪かったくらいで印象悪くしないでしょ?」

「…………まぁ、俺個人の意見でいいなら行儀なんて糞食らえだからな」

 

 人間自由に生きるのが1番だ。自分を殺して生きるなんて馬鹿のすることだと本気で思う。ただ、自由に生き過ぎたら俺みたいになっちまうから、リーン達はそうならないよう小言が出ちまうんだろうな。

 

「それで、結局誰から匿えばいいの、ダスト。言いたくないなら別に言わなくてもいいけどさ」

「…………言いたくないから黙秘で」

 

 口にだすのも気分が滅入るからな。

 

「あ、ダストの反応で大体分かった。んー……いいよ匿ってあげる。その代わり、明日のクエストの帰りにご飯奢ってよね」

「助かる。だけど明日のクエストの帰りは無理だな……ってか、明日のクエストは延期だってお前らに言おうと思ってたんだ」

 

 本当にB-ランクを倒すだけのクエストなら大丈夫だろうが、旦那が俺に槍を持って行けというクエストだ。正直嫌な予感しかしない。そこにリーンやキースたちを連れて行きたくはなかった。

 

「延期って……なんで? まさかまた何か妙なこと企んでるんじゃ……」

「別に何も企んでねーよ。ちょっと厄介なクエストを受けることになってな。明日は俺とゆんゆんだけでクエスト受けたほうがいいと思っただけだ」

「…………なんで? 厄介なクエストだって言うなら人手があったほうがいいよね?」

「あー……言い方間違えたか。厄介ってか単純に危険そうなクエストなんだよ」

 

 B-討伐クエストだとしても、テイラーはともかくリーンやキースの実力不足は否めない。それ以上の難易度のクエストになるかもと思えば例え槍を使ったとしても守りきれると自信を持って言えなかった。

 

「…………危険なクエストでもゆんゆんは連れていくの?」

「そりゃ、あいつは俺より強いしな。連れていけるなら連れて行くっての」

 

 仮に槍を使って戦ったとしても俺はゆんゆんに勝てない。そう断言できるくらいにはあいつの魔法使いとしての技量は高い。

 

「ねえ、ダスト。やっぱり匿ってあげる条件変える。明日、あたしもクエスト連れて行ってよ」

「はあ? お前話を聞いてなかったのかよ。明日のクエストは危険だって言ってるだろうが」

 

 なのになんでこいつはわざわざ危険に飛び込もうとしてるんだ。

 

「いいから。連れて行ってくれないなら匿ってあげないからね」

「……わけわかんねえな。どっかのドMなお嬢様じゃねえんだから避けれてる危険は避けろよ」

「…………だって、それじゃなんであたしが――」

「――とにかく、お前を連れて行くのはなしだ。匿ってくれねえなら別の所に逃げるさ」

 

 けどどこに逃げるかねぇ…………旦那の助言だと女に助けを求めろだったか。

 そんなことを考えながら俺は部屋の窓を開け、2階から飛び降りようと足をかける。

 

「ダスト! あんたが何を言おうとあたしは絶対ついていくからね!」

 

 そんなリーンの言葉には何も返さず、飛び降りた俺は次の逃亡先を思い浮かべながら走り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

「てわけだ、ゆんゆん。助けてくれ」

 

 リーンの部屋同様にゆんゆんの部屋のドアを蹴飛ばして入った俺は、部屋の主に助けを求める。

 

「何が『てわけだ』なのか全然分からないんですが……。と言うかこの人何度人の部屋のドアを壊したら気が済むんですか。誰が修理代を払ってるか知ってるんですかね」

「そんなことはどうでもいいから匿ってくれよ」

 

 というか文句あるならお前もリーンみたいに借金に上乗せしろよ。多分返すのはずっとあとになるだろうが。

 

「…………追い返そうかなぁ。でも追い返したら追い返したで後が煩そうなんだよなぁ」

 

 よく分かってんじゃねぇか。

 

「…………分かりました。とりあえず話を聞いて決めます。それで何から匿えばいいんですか? ダストさんがそれだけ怖がるってことはグリフォンとかマンティコアクラスのモンスターに追われてるんですか?」

「は? なんで俺がグリフォンやマンティコアを怖がらねぇといけねぇんだよ。俺はクーロンズヒュドラですら恐れず前に出る男だぜ」

 

 前に出た結果パクっとやられちまったけど。

 

「それ、ただのドラゴン好きで感覚麻痺してるだけじゃないですかね」

 

 ……まぁ、それは確かにあるかもしれないが。人生終えるならきれいな姉ちゃんの上かドラゴンの腹の中がいいって決めてるくらいだし。

 

「でも、確かにドラゴンの迫力に慣れてるダストさんがグリフォンやマンティコアに怯えることはないですね。……戦ったらあっさり殺されるからもう少し危機感持ったほうがいいと思いますよ」

「あっさりは殺されねぇよ!…………ちょっとくらいは善戦するはずだ」

 

 多分。

 

「ダストさんのその無駄なプライドと素直さは結構好きですよ。……モンスターの線はないとすると警察やギルドの職員でしょうか? またしょうもないことして追われてるんですか?」

「失礼なやつだな。お前は。俺はそういう状況になったら潔く捕まって牢屋の中で我儘言って悠々自適な生活を送る男だぞ」

 

 今回も旦那の助言さえなければ1番に留置所に逃げ込んでいるくらいだ。

 

「……そうですね。ダストさんはどうしようもないチンピラだから警察やギルドの職員なんか怖くないですよね。…………となると、怒ったリーンさんあたりですかね」

「それは確かに怖い。けど、あいつだったら俺は逃げられずに既に捕まってるはずだ」

 

 あいつ、俺の行くところ完全に把握してるしなぁ。

 

「…………お手上げです。結局何から逃げてるんですか?」

「えっとだな…………一言で言うならストーカーだ」

「良かったですねダストさん。ダストさんをストーカーまでしてくれるほど愛してくれる人がいるなんて」

「人事だと思いやがって! ほんと怖いんだよ!」

 

 多分あの恐怖に並ぶのはオークの集団に追われる時くらいだろう。

 

「はぁ……ダストさんがそんなに拒否反応示すなんて……そんなに顔が悪いんですか?」

「いや……まぁ、貴族だし顔は悪くないな」

 

 ……うん、顔立ち自体はそんな悪く無いんじゃねえな。

 

「はぁ…………じゃあ、性格が酷いんですね」

「いや……まぁ、貴族のわりには性格悪くないんじゃねぇか」

 

 ……うん、性格自体はそんな悪く無い。……………………性癖が貴族特有の最悪さがあるが。

 

「顔も悪く無くて性格も悪く無い…………一体全体何が不満なんですか」

「…………性別かな」

「………………ダストさん。匿ってあげますからドア閉めてください」

「うぅ…………恩に着るぜゆんゆん」

 

 安堵でちょっと涙目になってる気がする。

 

 

 

「けど、一体全体なんで貴族の人がダストさんなんてチンピラを好きになったんでしょうか。…………その、同性を好きになるにしてももうちょっとまともな人がいるでしょう」

「そんなもん俺が聞きてぇよ。俺はあんな奴と話したことなかったしよ」

 

 ……もしかしたら、俺の正体を知ってるのかもしれない。一部の古参の冒険者やルナを始めとしたギルドの職員は俺がライン=シェイカーであることを知っている。知った上で黙っていてくれてるから俺はこの街にいられるわけだが、だからと言って完全に人の口に戸は立てられない。

 

「まぁ、ダストさんはなんだかんだでこの街じゃ有名人ですもんね」

「…………有名じゃなくていいんで普通の女の子に好かれたい」

 

 ほんとに。男じゃなければこの際なんでもいいから。

 

「んー……こうしてみるとダストさんって紅魔の里じゃ結構モテそうですよね」

「え? マジで?」

 

 紅魔の里でナンパしてたら成功しまくってたのか。

 

「はい。紅魔族じゃないのに眼の色が赤っぽいって、なんかかっこいいじゃないですか。それにあの里じゃ美人で性格のいい占い師が穀潰しのニートと付き合ったりするあたり、女性の男の趣味は悪いですよ」

「おい、お前それ俺を好きになるような奴は趣味が悪いって言ってねぇか?」

「言ってますけど…………そうでもなきゃ、ダストさん好きになるとかありないですよね?」

「…………………………一理ある」

 

 言い返せねぇじゃねぇか。

 

「くすくす…………まぁ、でもいつかダストさんの良さを分かった上で好きになってくれる女の子が現れるといいですね。友達として祈ってますよ」

「…………俺の良さってなんだよ」

 

 俺的にはイケメンで強い所だと思っているが、それはこの間こいつに全否定されたし。

 

「……………………ドラゴンには優しいところ?」

「…………他には?」

「………………………………ないですね」

「………………どうせ俺なんかを好きになるのは変なやつだけだよ」

 

 ラインならともかくダストみたいなチンピラを好きになるやつなんていねえよなそりゃ。あれだけナンパ失敗してたら流石に薄々気づいてるっての。

 

「ほら! ドラゴンハーフの女の子とかなら可能性ありますよ!」

「慰めなんていらねぇよ! そんな夢みたいな出会いがあるわけねぇだろ! そんな出会いがある奴なんか魔獣に吊らされて死んでしまえ!」

 

 上位ドラゴンがいなくなったこの世界でドラゴンハーフの存在がどれだけ希少だと思ってんだ。

 

「大丈夫ですって! ミネアさんとかハーちゃんとは仲いいじゃないですか。上位種になれば人化して可愛い女の子になりますよ!」

「ミネアやジハードが上位種になる頃なんか俺はとっくに死んでるわ!」

 

 ミネアはあと100年くらい、ジハードに至っては200年から300年くらい先の話だ。生きてたらそれもう人間やめてるっての。

 

「……え? 私、ハーちゃんが人化できるようになるまで生きるつもりなんですけど…………」

 

 リッチーにでもなるつもりなのか、このぼっちーは。実際にリッチーになったウィズさんもいるし、実力的にも不可能ではないのが怖いところだ。

 

「…………はぁ、ま、ほんともう慰めはいらねぇよ。どうせ俺はこのまま童貞のまま死んでいくのさ」

「まぁ、そうですね」

「そこは否定しろよ!」

 

 なんで普通に頷いてんだよ。

 

「だって慰めはいらないって言ったじゃないですか」

 

 もうやだこのぼっち娘。ほんとに友達だって思ってくれてんのか? いい加減俺でも泣くぞ?

 

「でも、なんだかんだでリーンさんがダストさんと付き合いそうな気はするんですけどねぇ」

「まぁ……ありえない話ではないんだろうが」

 

 あいつがラインを好きだっていうのなら、俺がラインに戻れさえすれば付き合えるってことだ。

 ……本当、そんな日が来ればの話だが。

 

「…………、でも、もしそうなったらリーンみたいなまな板じゃなくてもっといい女捕まえられるんじゃねぇか?」

 

 胸が大きくて性格もいい美人に惚れられる可能性もあるんじゃないだろうか。ライン時代の俺はモテモテで魔剣の兄ちゃんに負けないくらいだったし。それこそ選り取り見取りのハーレムを築くことも――

 

「なにがもしそうなったらなのか分かりませんが、とりあえずリーンさんに報告しときますね」

「土下座するんで黙っててくださいお願いします。ただの出来心だったんです」

 

 一瞬の躊躇いもなく土下座を行う俺だった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第25話:ありえないこと

――ゆんゆん視点――

 

 

「はぁ…………こうなる気はしてたけどよ…………本当お前らはしょうがねえな…………」

「もう、ダストさんその台詞何度目ですか? もう少ししたらクエストの現場なんですからいい加減気持ちを切り替えてくださいよ」

 

 私の少し前を歩いて愚痴っているダストさんに私は少しの気まずさを感じながらそう返す。

 

「そうよ、ダスト。今更言っても仕方ないんだから」

「…………はぁぁぁぁぁ。ゆんゆんはまだ悪いと思ってそうだがリーンは開き直りすぎだ。お前クエストが終わったら折檻だからな」

 

 私の隣を歩くリーンさんの言葉にダストさんは大きすぎるため息をつく。

 

「べーっ。ダストなんかに折檻されてやるもんですか」

「おっし、いい度胸だ。クエストが終わったらなんて悠長なこと言わず今すぐ折檻してやる」

 

 そうしてくるくると私の周りを回って追いかけっこをする2人。…………やっぱりこの2人仲良いなぁ。

 

 

 ダストさんが持ってきた塩漬けクエスト。ダストさんは私とハーちゃんだけを連れて行くつもりだったみたいだけど、この場にはリーンさんの姿もある。……まぁ、私がダストさんが秘密にしていたクエストの集合場所をリーンさんに教えちゃったからなんだけど。

 

(一応謝ったけど…………ダストさんには今度何かお詫びしないといけないかな……)

 

 ダストさんがリーンさんやテイラーさんを連れて行こうとしなかったのは危険な目に遭わさないためだってのは分かっている。それなのに連れてきちゃったのはリーンさんが私に頼んできた時凄く真剣な様子だったのと、私のテレポートでリーンさんを逃がせば最悪の事態は避けられると思ったから。

 ……そのあたりのことをダストさんに言ったらお前は何も分かってねえってため息つかれたんだけど、一体私は何を分かってないんだろうか。ただ、その後は不機嫌そうにグチグチ言いながらもリーンさんの同行許してくれたし、私の考え自体は間違ってはいないんだと思う。その上で私が気づいてないことがあるんだろうけど。

 

 なにはともあれ、ダストさんに悪い事しちゃったのは確かだから、今度ご飯でも奢ってあげようかな。…………なんか、最近ダストさんと一緒に食べる時は奢ってばっかりな気もするけど。

 

 

 

「ふぅ……やっと追い払えた。ほんとダストってしつこいんだから……」

 

 ダストさんとの追いかけっこを終えて。リーンさんはまた私の隣を歩き始める。

 

「それだけダストさんにとってリーンさんが大事なんじゃないですか? ダストさんって自分が興味あるもの以外は凄くあっさりしてますし」

 

 どうでもいいことでもすぐ怒るダストさんだけど、その怒りはわりとあっさりとしていることが多い。反面、ドラゴンのこととかダストさんが本当に大事にしていることについては執着を見せる。

 

「…………ゆんゆんもダストのことだいぶ分かってきたね」

「これだけ一緒にクエストとかやってたら流石に分かりますよ」

 

 ハーちゃんのことでもお世話になっちゃうこと多いし。迷惑をかけられっぱなしだった出会った頃と比べればダストさんがどういう人間かは大体分かってきていた。

 どうしようもないろくでなしのチンピラなのは間違いないけれど、ドラゴンのこととか意外と良いところもある。

 いい部分で悪い部分が挽回出来るかって言われたら違うけど、それ言ったらめぐみんやバニルさんもあれだしね……。

 

「でも、ダストさんって私が初めてであった頃と比べたら大分大人しくなりましたよね」

 

 私と出会った頃のダストさんはすぐ喧嘩売ったり無銭飲食してわざと留置所に潜り込んだり……本当ろくでなしを極めていた。それがハーちゃんが生まれた頃くらいからだろうか。そういったことがなくなったとは言わないけど、段々と少なくなっていったのは間違いないと思う。…………その分私と喧嘩する頻度や私に奢らせる頻度は上がってる気がするけど、それ含めても前よりは少なくなっている。

 

「ん……やっぱりゆんゆんもそう思う? でも、ゆんゆんと出会った頃もマシになってたほうなんだよ。カズマと出会った頃なんてもっと酷かったんだから」

「…………もしかしたら、その頃のダストさんのこと知ってるかもしれません。私がめぐみんと初めてアクセルに来た時ダストさんみたいな人を見た気がします」

 

 最近思い出したけど、ダストさんみたいなチンピラがどこかの誰かに因縁つけて喧嘩して返り討ちに合ってた覚えがある。

 …………そういえば、あの頃は『ライン=シェイカー』さんの噂話も聞いていたような…………なんで忘れてたんだろう。

 

「悪魔騒ぎ解決したのゆんゆんたちだったっけ。……うん、その頃のダストが一番酷かったね。それがカズマとパーティー交換して酷い目にあったり、ゆんゆんにたs…ゆんゆんや仮面の人と出会ったり、ジハードちゃんが生まれたり……そんなこんなでわりとまともになったね」

「まともになってあれって酷いですね……」

「それは言わないでゆんゆん……」

 

 多少まともになったと言っても相変わらずお金や女性関係は酷いからなぁ。

 

 

「……本当不思議ですよね。リーンさんみたいな可愛くてまともな人がダストさんみたいなろくでなしとパーティー組んでるのって。テイラーさんも不思議といったら不思議なんですけど」

 

 キースさんはまぁ…………うん。なるべくしてなったというか類は友を呼ぶってやつだと思うけど。

 

「テイラーはキースの幼馴染で冒険者やるために2人でこの街に来たみたいだからね。キースがダストと意気投合しちゃって成り行きで一緒にパーティーに入ってもらったのよ。それなのにリーダー的なこともやってもらって…………本当テイラーには頭上がらないわ」

 

 まじめなテイラーさんだからなぁ。ダストさんとキースさんに囲まれたらリーンさんが大変だと思ってパーティーに入ったんじゃないかな。

 

「それで、リーンさんはなんでダストさんとパーティーを組んでるんですか? 話を聞く限りキースさんやテイラーさんより先にダストさんとパーティー組んでるんですよね」

「…………聞きたい?」

「はい」

 

 割と凄く。

 

「えーと……そうね…………。あたしが冒険者するために魔法学校行ってたのは知ってるよね?」

「はい、1年位通ってたんですよね」

 

 そこで中級魔法を覚えたという話を前に聞いたことがある。

 

「そそ。一応卒業はできたんだけど先生に冒険者やるにはまだ実力不足だから実力のある経験者とパーティー組めって言われちゃってさ。それで一人で冒険者やってて一応凄腕だって噂になってるダストがギルドで紹介されたのよ」

「…………よく、その紹介でダストさんとパーティー組もうと思えましたね」

 

 確かに実力があるのは私も認めているけど。そんなものを台無しにするくらいには中身が酷いし……。

 

「ギルドにも泣きつかれたからねぇ……問題ばっかり起こすダストに首輪つけたいって」

「ああ、なるほど……」

 

 リーンさんいい人だから、ギルドに頼まれたら断れないか。

 …………新人の女性冒険者にダストさんの面倒頼むとかギルド追い詰められすぎじゃないですかね。

 

「……納得した?」

「はい。そういう流れなら仕方ないですね」

 

 私もルナさんに泣く泣く頼まれたらダストさんみたいな問題児でもパーティーにするの断れない気がするし。

 

「ほっ……ならよかった」

「んー……でも、もう一つ質問いいですか?」

「な、なに?」

 

 ? なんかリーンさんが焦ってるようなきがするけど気のせいかな。

 

「いえ、そもそもなんでリーンさんが冒険者になろうと思ったのかなって」

 

 冒険者なんて仕事は基本的に儲からない。何故かこの街じゃ大物賞金首を討伐する機会があってその原則に当てはまらないけど。

 それこそギルドの職員でもやってるほうが堅実だし、リーンさんみたいな器量良しの優しい人がわざわざ危険な冒険者になる理由が思いつかない。

 

「あ、そっちか。ん……一言で言うなら好きな人のためかな。そのために魔法学校まで行って冒険者になったんだ」

「リーンさんの好きな人って言ったら……ライン=シェイカーさんですか?」

 

 最年少ドラゴンナイト。隣国の英雄である凄腕の槍使い。私も何度か探したことのあるライン=シェイカーさんをリーンさんが好きという話は、この前テイラーさんたちに聞いている。

 

「そ。ライン兄。ライン兄の冒険についていけるくらいに強くなりたかったからあたしは冒険者になったの」

「『ライン兄』? もしかしてリーンさんってラインさんと知り合いなんですか? その話し方だと単純に憧れてるってわけじゃないんですよね?」

 

 ライン兄と呼んでるってことはそれなりに交流があったんだと思う。

 

「そだね。一応ライン兄が死にかけてたのを助けたのがあたしだったんだ」

「命の恩人ってわけですか……」

 

 なんだろう、そんな出会から恋が芽生えるとか凄いロマンチックな気配がする。

 

「そうなるのかな? でも、ライン兄には『炎龍』を倒してこの街を守ってもらってるし、とっくの昔にその恩は返されてるんだけどね」

「炎龍って、あの『炎龍』ですか!?」

 

 火の大精霊が数年前に倒され現在不在なのは知っていたけど、まさかそれを倒した人がラインさんだったなんて……。もしかしてラインさんは上位種のドラゴンと契約してるんだろうか。それなら確かに大精霊相手でも負けないかもしれない。

 

「あたしとライン兄の関係はそんな感じかな」

「……確かに、そんな凄い人の冒険に付き合うなら強くならないと難しいですね」

 

 『最凶』を冠する四大賞金首の一角を倒すとか……噂でも凄いというのは分かっていたけど、こうして実績を聞いてみればもはや化物みたいな人だ。

 ……どんな人か会ってみたいなぁ。最凶の大精霊を倒した竜騎士とか紅魔族の琴線に凄い触れる。お姫様との話やリーンさんとの話も聞いてみたいし。

 

 

「……ねぇ、ゆんゆん。話は変わるんだけどさ」

 

 陶酔していた私に少しだけ言いにくそうな感じでリーンさん。

 

「自分のせいで好きな人に辛い想いさせてるとしたらどうする?」

「えっと……ごめんなさい。質問の意味が抽象的すぎてなんて答えたらいいか……」

 

 ラインさんのことで悩んでいるのだろうとは思うけど。

 

「あー……じゃあ、例えばの話なんだけどさ。自分が好きな人と一緒にいたいって言ったせいで、好きな人が自分の生きがいを我慢して辛い思いをしないといけないとしたらどう思う?」

 

 ? あれ、今度は質問の意味はわかるけど、誰のことを言ってるか分からなくなった。ラインさんの話だと思ってたけど……ラインさんはリーンさんと一緒にはいないし、違う人の話なのかな。それとも本当に例えばの話なだけなのか。

 

「えっと……一つ聞きたいんですけど、好きな人と一緒にいたいというのは自分の願いでも、その願いを叶えるかどうかは好きな人自身に決められるんですよね?」

 

 リーンさんの質問の意図はよく分からない。けれどその表情は真剣そのもので……その気持ちに少しでも誠実に応えるため、私は頭を悩ませる。

 

「それは…………そう、かな」

「……だったら、私はきっと嬉しいと思います」

「……どうして?」

 

 

「だって、好きな人は生きがいよりも自分を選んでくれたってことじゃないですか。……すごく大切にされてると思いますよ」

 

 

 

 めぐみんで例えるなら一緒にいるために爆裂魔法を我慢してくれるってことだ。私のためにそうしてくれると考えれば凄く嬉しい。

 もちろん、めぐみんに我慢させていることへの後ろめたさはあるけど、爆裂魔法よりも私を選んでくれたことに変わりはないのだから。

 後ろめたさばかりを気にして嬉しいと思わないのは何か違うと思う。

 

「そっか…………そうだよね」

 

 胸に手を当てて小さく頷くリーンさん。…………私の答えでよかったのかな? 少しでもリーンさんの悩みが晴れていればいいんだけど。

 

「ありがとう、ゆんゆん。ゆんゆんと出会えて、友達になれて……ほんとに良かった」

「そ、そんな! 私こそリーンさんと友達になれて本当に良かったです!」

 

 リーンさんがいなければ私はまだダストさんに振り回されてる気がするし。そんなことを抜きにしてもリーンさんのように優しくて()()()な人が私の友達なのは今でも夢じゃないかと思っているくらいだ。

 

「そっか。お互いそう思ってるならあたしたちは親友だね」

「親、友……」

 

 かつてここまで誠意を持って私を親友と言ってくれた人がいただろうか? いや、いない。…………めぐみんは素直じゃない恥ずかしがり屋だからしかたないけどね。

 ダストさんは言うまでもなくあれだけど。

 

「……ごめん、もしかして嫌だった?」

「そんなことないですよ! 私とリーンさんは親友です!」

 

 

 というわけで私に二人目の親友ができた。

 

 

 

 

「なーにを変な話をしてんだよリーン」

「わっ、こらダスト! あたしの髪をぐしゃぐしゃにすんのやめなさいっていつも言ってんでしょ!」

 

 前を歩いていたダストさんがいつの間にかリーンさんの横に立って、頭を回すようにして髪を撫で……てないですね。リーンさんの言うとおりぐしゃぐしゃにしている。

 

「わるいわるい。どうもお前の髪をぐしゃぐしゃにするのは気持ちよくてな」

「悪いって思ってるならやめなさいよ馬鹿ダスト!」

 

 あーだこーだ言ってる二人。リーンさんは怒ってる様子だけど、なんだか楽しそうで……。

 

(やっぱりダストさんとリーンさんってお似合いだよなぁ……)

 

 でも、リーンさんはラインさんが好きで…………やっぱりダストさんが可哀想だな。今回のこともだけど、ダストさんはリーンさんのことすごく大事にしてるのに。

 

 

 ……でも、あれ? そういえばさっきのリーンさんの話って――

 

 

 

「――ゆんゆん! 気を抜いてんじゃねえ!」

 

 強く私を呼ぶダストさんの声。その声に私は思考を戦闘に切り替える。

 

「『カースド・ライトニング』!」

 

 無詠唱で発動させた黒い雷撃はダストさんたちを襲おうとしていたモンスターを貫き、4つある足の一つを抉る。

 モンスターはそのダメージに黒い翼を羽ばたかせてダストさん達から距離を取った。

 

(間に合った……。でも、あの魔物なんなんだろう? 見たことのないモンスターだけど)

 

 私が気を抜いていた間に奇襲してきたモンスター。ぱっと見た感じだとグリフォンのような姿をしている。けれど少し気をつけてみればその異常さはすぐに分かった。

 

「ダストさん、あのモンスターなんなんですか? その……いろいろ混じってるように見えるんですけど」

 

 少し離れてしまっていたダストさん達のもとに駆け寄り、私は気味の悪いそのモンスターについて聞いてみる。

 

「……あの混ざりようはグロウキメラだろうな」

「グロウキメラって……魔王軍幹部だったシルビアと同じ?」

 

 紅魔の里を襲った魔王軍幹部シルビア。『魔術師殺し』を吸収し紅魔族を追い詰めたあの幹部の種族も確かグロウキメラと言われていた気がする。

 

「シルビアみたいな強い意志と理性を持ってるわけじゃないみたいだがな。ただあらゆる生物を吸収して力にする存在って意味じゃ同じだ。……見てみろ、再生能力持ちのモンスターも取り込んでるみたいだぞ」

 

 ダストさんの指差す方を見てみれば、千切れかかっていたはずのグロウキメラの足が見る見るうちに元に戻っていく。

 

「見た感じグリフォンやマンティコアを取り込んでそうだし、再生能力まで持ってるなら最低でもA-ランク……下手すりゃAランクもありえるぞ」

 

 ダストさんのその言葉を聞いて私はすぐに詠唱を始める。

 

「――――ごめんなさい、リーンさん。『テレポート』!」

 

 最強ランクの魔獣であるグリフォンですらBからB+ランクのモンスター。A-ランクとなれば今の私でも一対一じゃ苦戦するだろうし、Aランク相手じゃ負ける可能性のほうが高い。

 そんな相手だとするならリーンさんを守りながら戦う余裕はない。リーンさんの気持ちを考えれば苦しいけれど、命には変えられない。

 

 

「…………やっぱ、こうなったか」

「すみません、ダストさん。リーンさんを危険な目にあわせてしまって」

「リーンが危ない目にあったのはリーンのせいだろ。謝ることじゃねえよ」

「でも…………ダストさん、今怒ってますよね?」

 

 いつものチンピラらしい底の浅い怒り方ならなんとも思わないけど、今のダストさんは深く静かに怒ってる。

 

「確かに怒っちゃいるが…………どっちにしろ謝ることじゃねえよ。……で、どうする? 下手すりゃAランク相当のモンスターだ。一旦撤退するのも手だぞ?」

 

 Aランクのモンスターと言えば中位ドラゴンや、上級悪魔クラスのモンスター。かつて私が手も足も出なかったアーネスと同格の相手だと思っていい。

 

「……戦います。今ここで逃がせば別の冒険者の人達が危険です」

 

 でも、私もあの頃と比べれば強くなった。たとえアーネスが相手でも善戦は出来ると思う。ハーちゃんもいるし勝てる可能性もあるんじゃないだろうか。

 

「…………そうかよ。ま、お前ならそう言うだろうと思ってたが」

「? あの……、ダストさん? 私変なこと言っちゃいましたか? さっきより怒ってるような気がするんですけど」

「そうかもしれねえが、今は気にすんな。……つーより、そろそろくるぞ」

 

 こちらを警戒して動いていなかったグロウキメラが、翼を広げこちらへ向かってくる準備をしている。

 ダストさんの言うとおり、悠長に話している余裕はなさそうだ。

 

「ダストさんは下がっていてください。私とハーちゃんで戦います」

 

 相手をAランクのモンスターだと考えるならダストさんに前衛をやってもらうのは危険だ。自分の身を守るくらいなら大丈夫だろうけど、私を守りながら前衛をやってもらうのは厳しいと思う。

 

「…………やっぱお前はそう言うよなぁ…………はぁ」

 

 ……本当なんなんだろう。ダストさんはなんだか怒りを通り越して呆れたような顔をしている。

 

「ま、俺は死なねえように頑張るから、ゆんゆんも頑張ってくれ。今回あのモンスターに止めをさせるのはゆんゆんだけだろうからな」

「? ハーちゃんのドレインバイトじゃダメなんですか?」

「あのレベルのモンスターになれば流石に抵抗されるだろうし、抵抗されてる間にジハードがグロウキメラに喰われる可能性あるぞ」

 

 ダメみたいですね。……これは本格的に私一人でどうにかしないといけないか。

 

 

 

「『カースド・ライトニング』!」

 

 先手必勝。今にも飛びかかって来そうになっていたグロウキメラに向かって私は黒い稲妻を放つ。

 先程と同じように雷撃はグロウキメラに風穴を開けるが、その穴は瞬く間に閉じてしまう。

 

(さっきより回復が早い……。思った以上に再生能力が高いんだ)

 

 こうなってくると『カースド・ライトニング』等の点の攻撃は有効そうじゃない。『ライト・オブ・セイバー』等の線での攻撃でも止めはさせないと思う。

 そうなってくると『インフェルノ』とかの広範囲攻撃だけど……Aランクのモンスターに止めをさせるほどの威力があるかは自信がない。

 

「なら……『ライト・オブ・セイバー』!」

 

 私が使える魔法に決定打がないのなら、それらを組み合わせて決定打にするしか無い。

 『ライト・オブ・セイバー』で出来るだけ細切りにして、至近距離からの『インフェルノ』で焼き尽くす。

 

「っ……この距離じゃ浅くしか切れないんだ」

 

 『ライト・オブ・セイバー』は伸びる光剣だ。術者の力量次第でなんでも切り裂くと言われる威力を持った魔法だけれど、距離が伸びるに比例して威力を落としていく。今の私の実力じゃグロウキメラを切り裂くにはもっと近づかないといけないらしい。

 

 いくつもの魔法を受けて私が敵だと完全に認識したのか。グロウキメラはダストさんの方には目を向けずに私に一直線に向かってくる。

 私もグロウキメラに向かいながら、『ライト・オブ・セイバー』を放ち、その有効範囲を見定める。

 

「切れた……っ! この距離なら……いける!」

 

 三度目の『ライト・オブ・セイバー』がついにグロウキメラの翼を切り裂く。グロウキメラが走れば2秒もかからない距離だけど、この後『インフェルノ』を至近距離で放たないといけないと考えればちょうどいい。私は四度目の『ライト・オブ・セイバー』を縦横無尽に走らせてグロウキメラの身体を切り刻む。

 切り刻まれたグロウキメラは動きこそ止まっても再生をすぐに始めている。10秒もしないでまた襲い掛かってくるはず。

 

 

 私はその再生が終わる前に焼き払おうと、詠唱をしながら近づき、灼熱の炎を――

 

「『インフェルノ』!」

 

 

 

 ――解き放てなかった。

 

 

 

 

「…………え?」

 

 再生するグロウキメラを前にして私は呆けてしまう。

 

「魔力切れ…………?」

 

 冷静に自分の中に残る魔力を探ってみれば、確かに『インフェルノ』を発動させるには魔力が足りない。

 『カースド・ライトニング』2発。『ライト・オブ・セイバー』4発。そして『テレポート』1回。

 上級魔法を無詠唱や詠唱省略で連発したり、上級魔法よりも消費魔力が多いとされる『テレポート』を使っていれば魔力切れになるのも考えてみれば当然だ。

 勝つことを……ハーちゃんやダストさんを守ることだけを考えていた私は、そのことに今の今まで気づくことが出来なかった。

 

 

 呆けていても時間は過ぎていく。再生を終えたグロウキメラは無力となった私を喰らおうと大きな口を開ける。

 残った魔力や持っているマナタイトで反撃しようかと考えるけど、それで出来る反撃はせいぜい中級魔法。グロウキメラを一瞬止められるかどうかも怪しい。

 ……どうせ止められないのなら、グロウキメラに食べられたところでありったけの魔力とマナタイトでグロウキメラの体内から魔法を放ったほうがハーちゃんやダストさんを守れるよね。

 近づいてくるグロウキメラの恐怖に私は目を閉じる。それでも必ず一矢だけは報いようと心のなかで『ライトニング』の詠唱を唱え続けその時を待った。

 

 

 けど、いつまで経ってもその時は来ない。

 

 

「――ったく、お前は何でもかんでも自分でやろうとしすぎなんだよ」

 

 呆れたような、けれど、どこか優しさを感じる声。

 

「ダスト……さん?」

 

 その声に目を開けて広がる風景は、怖いグロウキメラの姿ではなく、見慣れてしまった金髪のチンピラさんの後ろ姿。

 けど……なんだろう? その姿に何処か違和感を覚える。

 

「お前はもっと自分を大切にしろ。友達のために頑張るのはお前の美徳だが、行き過ぎたらただの自己犠牲だ。……お前はもっとわがままになっていいんだよ」

「…………あ、分かった。ダストさん、なんで槍なんか持ってるんですか?」

 

 いつもの長剣じゃなくて槍を構えてるから違和感覚えたんだ。

 

「お、おう……俺、今ちょっといいこと言った気がするんだがそれはスルーか?」

「はい。そっちは後でリーンさんに教えて一緒にからかうので今はスルーです」

「お前割と余裕あるな!」

 

 余裕あるのは多分ダストさんがまともなこと言ったおかげですよ。似合わなすぎて冷静になっちゃったとかそんな感じです。

 

「それで、なんで槍持ってるんですか? 割りと構えが堂に入っててイラッとするんですけど」

 

 槍を構えてるダストさんの姿は隙きがなく、不覚にもかっこいいと思ってしまった。ダストさん相手にそう思ってしまうのは負けたような気がするので本当にやめて欲しい。

 

「助けに入った相手にその反応はおかしいよなぁ!?」

 

 助けに…………って、あれ? グロウキメラが細切れになってる。なんか私がライト・オブ・セイバーで切ったときよりも細かい気がするんだけど。

 

「…………手品ですか? ダストさんいつのまに大道芸人にクラスチェンジを……」

「してねえよ! なんでお前この状況でいつもよりボケてんだよ!」

 

 いえ、ボケないとなんか本当に負けた気分になっちゃうんですよ。だから悪いのは無駄にかっこよく助けに入ったダストさんです。

 

「そんなことより、本当、どうしたんですか、その槍。さっきまでは持ってなかったですよね?」

 

 槍なんか持って歩いてたら流石に気づくと思うんだけど。

 

「あー……そのあたりはあんま気にすんなよ。ちょいと通りすがりの悪魔に槍を借りただけだから」

「通りすがりの悪魔に槍を借りるってどんな状況ですか。絶対ウソですよね。そもそもなんでダストさんが槍なんか使って――」

「――待て、ゆんゆん。話は後だ。分かっちゃいたがこのキメラ死んでねえ」

 

 見れば細切れになっているグロウキメラがまた再生を開始している。それもさっきよりも早い……というよりこれ再生するのどんどん早くなってないかな?

 

「これ、どうやって倒せばいいんでしょう……。ここまで細切れにしても再生するならもう手のうちようがないですよ」

「お前がやろうとしてたことを実践すりゃなんとかなるだろう。細切れにするのは俺がしてやるから、お前は『インフェルノ』で焼き払え」

「えっと私は魔力切れで……って、そっか。ハーちゃんがいるんだ」

 

 ダストさんが前衛で守ってくれるならハーちゃんに魔力を分けてもらえる時間がある。

 

「そういうこった。さっきの戦いもジハードに魔力分けてもらいながら戦ってたら勝ててだろうにお前は……」

「むぅ…………分かってたなら教えてくれれば良かったじゃないですか」

「いや、流石にジハードの力も借りずに戦うとは俺も予想してなかったし。もしもの時の準備で俺も忙しかったしな。……実際はちゃんとお前が気づいときゃそのもしももなかったんだが」

 

 確かにこのグロウキメラは再生能力は凄いけど他はA-ランクで落ち着いてる。私が冷静にハーちゃんと一緒に戦えば勝てない相手ではなかったと思う。…………こわいのは、グロウキメラは急成長する種で、時間が経つたびに手に負えない化物になっていくことなんだけど。

 

 

(けど……本当にダストさんの槍の腕はいったい……?)

 

 ハーちゃんの魔力を分けてもらいながら私はグロウキメラを細切れにし続けるダストさんを観察する。

 それで分かったのはダストさんの槍の腕は相当高く、グロウキメラを細切れにしたのは槍を持ったダストさんで間違いないということ。普段長剣で戦っている時より数段動きがいいということが分かった。

 

「行きます、ダストさん離れて下さい!」

「おう、……って、離れる前に撃ってんじゃねえよ!」

 

 今度はちゃんと『インフェルノ』が発動し、その炎が細切れになったグロウキメラを灰に変えていく。その端っこでダストさんが炎に追われて文句言ってる気がするけどスルー。……というか、この人今『インフェルノ』を槍で切ってませんでした?

 

 

 

 

『その少年は素晴らしいドラゴンナイトの才を見せ、槍を使わせれば王国一、――』

 

 

「ふぅ……流石にもう再生はしないみたいだな。このレベルの相手に実戦で戦ったのは久しぶりだから緊張したぜ」

 

 

『そして、生まれながらにドラゴンに愛され、――』

 

 

「お、ジハードもお疲れ。――っっ、こら、ジハード、くすぐったいからそんなに顔を舐めんな」

 

 

 

『――その方は古くから続く貴族に見られる金髪だそうです』

 

 

 

 

 

 

 ………………………………

 

 

(いやいや、流石にそれはありえないよね……)

 

 確かに()()だとすればいろんなことに説明がつく。けどそうだとしても私の知ってるこのチンピラさんが、イリスちゃんやリーンさんの話の中のあの人とはどうやっても繋がらない。

 

「……ん、お前の髪引っ張るのなんか面白えな。リーンの髪の毛ぐしゃぐしゃにしてる時みてえだ」

 

 そんな私の葛藤をよそに、びよんびよんと私のおさげをひっぱって遊んでいるチンピラさん。

 

「…………うん、やっぱりないですね」

「なんかよく分かんねぇがお前に今凄いバカにされてる気がするんだが」

「気のせいですよダストさん。むしろ馬鹿なことを考えてたのは私なんですから」

 

 このどうしようもないチンピラさんが最年少ドラゴンナイトの天才だなんて…………本当に私も馬鹿みたいなことを考えてしまった。

 金髪で凄腕の槍使いでドラゴンに好かれてるのは確かだけど、それだけで繋げてしまうのは安直に過ぎるというものだよね。

 

「人の顔見ておっきなため息ついてんじゃねぇよ! てかやっぱお前さっきから俺を馬鹿にしてんだろ!」

 

 いつものように怒るチンピラさんを見て私はもう一つ大きなため息を付き――

 

「だから気のせいですって。それより、早く帰りましょうよ。きっとリーンさんが心配して待ってるんですから」

 

 

 ――何故か広がる不安な感情を飲み込んだ。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第26話:きまぐれ

「よっ…、ととっ……はわわっ…!」

 

 

「……なにやってんだあいつは」

 

 大きな荷物に小さな体を翻弄されている奴を見つけて。俺はため息を一つついて駆け足で近づく。

 

「ほれ、半分持ってやるからよこせ」

 

 そう言って俺は小さな体の持ち主――ロリサキュバス――が持っていた荷物の半分を少し強引に受け取る。俺にしてみれば軽いものだがこいつみたいな子供体型には厳しい量の荷物だろう。

 

「あ、ありがとうございm……って、ダストさん!? ダメですよ! それはお店でお客さんに出す品物なんですから! 返してください!」

「まるで俺がひったくりしたような反応はやめろ! さすがの俺もちょっといいことしたのに留置所入れられるのは納得しねえぞ!」

 

 道行く連中が警察呼ばなきゃとか言ってるし、割りと洒落になってない。

 

「……え? もしかしてダストさん、私の荷物を持ってくれようとしたんですか?」

「そうだが……」

 

 なんでこいつは信じられないものを見たような顔をしてんだ。

 

「あ、もしかして何か悪いものでも食べたんですか? ダメですよ、人間は食中りってのをするんですから」

「そのネタはもういいと言っただろうが……」

 

 なんで俺の周りにいる奴は、俺がちょっといいことしたらそんな反応すんだよ。

 

「じゃあ、ダストさんは正気なのに善行を?…………槍でも降るんでしょうか」

「降らねえよ! お前らは俺をなんだと思ってんだ!」

 

 リーンといい、ゆんゆんといい、俺の周りにいる奴……とくに女どもは俺の事を悪魔かアクシズ教徒だと思ってんじゃねえだろうな。

 

「悪魔より悪魔らしい人だとは思ってますね。……実は上級悪魔だったりしません?」

「しねえよ……」

 

 本当にそう思ってんのかよ。流石の俺もバニルの旦那に比べたら普通だぞ。

 

「はぁ……なんか荷物持ってやる気が失せて来たんだが……」

 

 なんで気を遣ってやったというのに悪魔みたいとか言われなきゃならないんだ。

 

「ぁ……ごめんなさい。意外すぎることとはいえ、失礼でしたね。その……持ってくれるなら凄く嬉しいです。ありがとうございます」

「おう、一言多いのは気になるが、素直に謝ったから良しとしよう。感謝しろよ」

 

 ゆんゆんのおかげで一言多いのは慣れてるしな。

 

 

 

「それで、ダストさん。どうして荷物を持とうだなんて思ったんですか?言っておきますけど、流石に荷物持ってもらったくらいじゃ店の割引は出来ないですよ?」

 

 並んで歩きだした所で。ロリサキュバスは不思議そうな顔をしてそんなことを言う。

 

「なんで見返り前提なんだよとお前のほっぺた引っ張って聞いてやりたいとこだが……別にそんなこと期待してねえよ」

 

 そりゃサービスしてくれるんなら喜んで受けるが、リーダーの姉ちゃんならともかく、新人ロリのこいつにそんな権限あるとか思えないしな。

 

「じゃあ、私の女としての魅力に魅了されちゃったんですか?」

「お前の女としての魅力……?」

 

 ロリコン限定の魅力があるのは認めるが、それを女の魅力とは認められないぞ。

 

「なんで本気で不思議そうな顔をしてるんですか! 最近は私の人気も急上昇で『エロい』ってたくさん誉められてるんですからね!」

「ロリコンが多いんだな、この街」

 

 ルナが行き遅れてる原因ってサキュバスサービスじゃなくて、案外そっちなんじゃねえか?

 

「……なんだか、ダストさんに私の魅力を分からせるのは無理のような気がしてきました」

「そうでもないぞ。お前がリーダーの姉ちゃん並にむちむちになりゃいくらでも魅了されてやるよ」

 

 子供体型なだけで顔自体は文句なしだし。

 

「私があそこまで成長する頃にはダストさん死んでますよ……」

 

 今現在で俺の数倍生きてるって話だもんな。立派に成長する頃には確かに俺は寿命か。

 ……こいつには、幼い身体のわりに妙に色気を感じることもあるし、成長した姿なら実際魅了されそうなんだがな。なんで俺の回りにいる女は守備範囲外だったり成長不足だったりともったいない奴ばかりなのか。

 

「なんかこう、一気に成長する方法とかねえのか?お前が成長した姿を一目でいいから見てみたいんだか」

「見るだけなら夢の中なら見せられると思いますよ?」

「それも悪くはないんだが、ゆんゆんでそれやっちまってるからなぁ……」

 

 有り難みがないというか、有り難みがなくなるというか。

 

「現実でとなると……ダストさん並に良質な精気をたくさん貰えれば成長が早くなるかもしれないですね。私がこの歳で残機が増えたのもダストさんの良質な精気を毎日のように貰えたからでしょうし」

「たくさんって言うとどれくらいだ?」

「ダストさんの精気100年分?」

「死んでるじゃねえか!」

 

 仮に生きてるとしても、じいさんになってまで精気絞られてる自分はあまり想像したくねえぞ。

 

「いえ、100年分というのは普段の悪影響与えない範囲での量ずつの話で、限界ギリギリまで吸っていいなら5年くらいでいけます」

「それ途中で死なねえか……?」

 

 死なないにしてもまともに冒険出来る気がしないし、そこまでやって5年というのも地味に長い。

 

「大丈夫ですよ。ダストさん並に良質な精気をくれる人がいれば負担は減ります」

「……俺並に良質な精気を持ってるやつお前は知ってんのか?」

「……知らないですね。ダストさんの精気って、先輩達からダストさんの担当やってるの羨ましがられるレベルですし」

 

 ダメじゃねえか。

 

「他になんかいい方法ねえのか?」

 

 別にないならないでそれでいいんだが。

 

「んーと……悪魔使いの方が私と契約してくれれば、与えられる魔力を利用して一時的に大きくなれるかも……?」

「なんだよ、いい方法あるじゃねえか」

 

 疑問形なのが少し不安だが、100年分の精気を集めるよりかは現実的だ。

 

「でも、悪魔使いの方が行う召喚契約って指名式にしてもランダム式にしても地獄にいる悪魔が基本なんですよね。バニル様みたいに本体が地獄にいるとかならまだ対象になるみたいですけど、私含めてサキュバスは本体で来てますし」

「めんどくせえな……」

 

 つまりこいつが悪魔使いと契約をしたければ一旦地獄に帰らないといけないってことか。

 

「てか、サキュバスって本体で来てんのか。旦那みてえに仮の姿か何かだと思ってたんだが」

「下級悪魔のサキュバスが仮の姿で来れるわけないじゃないですか。来れたとしてもまともに動けないですよ」

「…………意外にペナルティ大きいんだな」

「地獄の管轄世界である魔界ならそこまで大きなペナルティでもないんですけどねー。地獄からこの世界に魔力を送るのはすごく大変なんです。だからバニル様は私達の憧れなんですよ」

 

 仮の姿だってのに旦那はアホみたいに強いからな。

 

「でも、弱くなるのになんで旦那は仮の姿で来てるんだ? そりゃ、旦那の目的考えればそこまで強くある必要はねえのかも知れねえが」

 

 旦那はこの世界でトップクラスに強い。だが、最強ってわけでもない。冬将軍クラスの大精霊を相手にするなら流石の旦那も勝てないはずだ。アクアのねーちゃんみたいなイレギュラーは置いておくにしても、ゼスタや紅魔族と言った奴らに複数で挑まれれば死ぬ可能性はゼロじゃない。

 

「それは本体で来てもこの世界で本当の力は全然発揮できないからじゃないでしょうか」

「? 本体で来てもペナルティはあるってことか?」

 

 魔力を送るのが大変だから弱くなるって理屈はわかるんだが、本体でもそういうのがあるのか。

 

「これは悪魔に限った話じゃなく、神とかでも一緒なんですが、強すぎる力はこの世界では抑制されるんですよ。それも力が強ければ強いほど加速度的に」

「つまり……バニルの旦那クラスに強い存在は仮の姿できても本体で来てもそんなに強さは変わらないってことか?」

「本体出来たほうが強いのは間違いないと思うんですけどねー。ただ、本体が完全に滅せられる可能性があることを考えれば仮の姿のほうが安心ですよね」

 

 まぁ、仮の姿を潰されても本体は平気だもんな。

 

「じゃあ、本体で来てるサキュバス達は死んだらそこで終わりってことか」

 

 そう考えればこいつらは凄い危ない橋を渡ってんだな。

 

「そこが少しややこしい所なんですが、本体でこの世界に来ている悪魔も基本的には死んでも地獄に帰るだけなんですよ」

「…………もしかして、残機か?」

「……ダストさんってたまに鋭いところを見せますよね。そうです、この世界に来ている悪魔は基本的に残機を1つ以上……2回以上殺されないと死にません。そして、召喚された悪魔であれば残機を一つ失った時点で、そうでない悪魔も残機を全て失えば地獄へ帰るように契約しているんです」

 

 残機を複数持つ悪魔は珍しいと言われているが、裏を返せば一つ持っている悪魔は珍しい訳じゃないんだろう。というより、人間から見れば残機を1つ殺されて地獄に帰ったか、本当に殺されたかなんて分からない。複数持ってる悪魔ならすぐにこの世界で復活することがあるから残機持ちだと分かるだけだ。

 

「でも、そう聞くと本体でくるデメリットはそんなないように思えるな」

「実際ないですよ? オーバーキルされたら残機とか関係なく完全に死んじゃう事以外は……」

「…………なんだかんだでお前には世話になってる。怖いやつに殺されそうになったときは遠慮なく言えよ」

 

 だから、そんなうつろな目をしてんじゃねえよ。見てるこっちが痛々しい。

 

「じゃ、じゃあ……最近銀髪の盗賊風の格好をした男の人や金髪碧眼のプリーストの服着た女の人に、仕事に行く途中襲われたりするんですが…………」

「…………そういう話はカズマにでもしろ。俺の管轄外だ」

「助けてくれるんじゃないんですか!?」

「いや、助けたいのは山々だが…………あいつら相手に守りきる自信ないし」

 

 その点カズマならなんだかんだで何とかするだろう。

 

「だいたい、仕事行く途中ってことは見つかるほうが悪いだろ。どうせ飛んで移動したり、サキュバスの服来て宿に向かってんじゃねえのか?」

「ぅぐ……。た、確かにそうですけど……、飛ぶのはともかくサキュバスの服を着ていくのはお客さんを喜ばすためだからやめられないですよー」

「どうせ大体のやつは寝てるだろうに……」

 

 寝てたら格好なんて何着てても変わらない。

 

「でも、たまにカズマさんとか起きてますし……カズマさんサキュバスの服を気に入ってるみたいですから……」

「…………やっぱりあいつロリコンじゃねえか?」

 

 そりゃ俺もサキュバスの服はエロくて好きだが、こいつが着るって考えるなら村娘の服でもそんな変わらない。

 

「…………ダストさんもロリコンさんになればいいのに」

「天地がひっくり返ってもねえな」

「じゃあホモになってください」

「なんでだよ!?」

「ダストさんがホモになれば幸せになる人が増えると思うんですけどねぇ」

 

 それは俺が女にセクハラしなくなるからという意味だろうか。…………ホモになったら男にセクハラするようになるだけじゃねえのか? いや、真面目に考えるのも馬鹿馬鹿しいけど。

 

 

 

 

「とにかく、お前は結局ロリコン好みの体型のままってことか。この世界にいる悪魔と直接契約する方法はねえのか?」

「ない……ことはないんですが…………」

「その反応は難しいのか?」

 

 ロリサキュバスは下を向いて考え込んでいる。だいぶ考え込んでるのか、持っている荷物の中身が落ちたのに気づいていないくらいだ。

 

「…………技術的にはそこまで難しくないんですが、リスクを考えるとかなり難しいです」

「ふーん……まぁ、とりあえず言ってみろよ。そのリスクもなんとかする方法あるかも知れねえし」

 

 それこそバニルの旦那ならなんとかする方法知ってるかもしれないしな。

 

「じゃあ、言います。その方法は『真名契約』って言うんですが……」

「『真名契約』?…………あー、前にどっかで聞いたことがあるな」

 

 いつだっけか。だいぶ前だしダストになってからじゃねえな。てことはライン時代だが…………あの頃の記憶は姫さんやミネアのこと以外は殆ど覚えてないからなぁ。

 

「『真名契約』はその名前の通り悪魔の真名を使った契約です。必要なのは契約者が悪魔の真名を知っていることと。それさえ満たしていれば眼の前にいる悪魔となら『真名契約』を誰でも結べます」

「…………本当技術的には簡単だな」

 

 多少の手順はあるだろうが、それは別に難しくないんだろう。誰でもと言うにはステータス的な制限もないんだろうし。

 

「……で? リスクはなんなんだ?」

「…………ダストさんは、普通の召喚契約がどういうものか知ってますか?」

「専門じゃねえから詳しくは知らねえが…………悪魔に契約の代償を提示するんだろ? で、悪魔側が代償が気に食わなかったりそもそも召喚主が気に食わなかったら殺して召喚をなかったことにすると」

 

 だから悪魔使いは悪魔の召喚にあたって綿密な計画を立てるし、契約に失敗しても命だけは助かるように逃げ道をたくさん用意する。

 

「『真名契約』の代償は『真名を他の誰にも話さない』で固定されているんです。そしてその代償を守っている限り契約者には絶対服従で殺すことも出来ない」

「…………そりゃ、リスクどころの話じゃねえな」

 

 普通の召喚契約であれば絶対服従なんてことはない。あくまで代償に見合った範囲で力を貸したりするだけだ。絶対服従の契約をするのであれば悪魔の持つ力に応じて膨大な代償を払わないといけない。それが『真名契約』なら真名を話さないという誰でも簡単に払い続けれるものでいいという。

 

「しかも、真名を知られていれば悪魔側に拒否権がないんです。だから悪魔は人に真名を知られることを何よりも忌避します」

「そういや、店のサキュバスたちも『ロリサキュバス』やら『サキュバスリーダー』やら呼ばれてるだけで名前で呼ばれてる所見たことねえな」

 

 サキュバス同士で話している所でも『リーダー』やら『新人ちゃん』呼びで固有名詞が出た覚えがない。『真名契約』というものがロリサキュバスが言った通りのものなら当然かも知れないが。

 

「ん? じゃあ、旦那の名前も偽名なのか?」

「そのはずですよ? と言っても悪魔の真名は自分と自分を作ってくれた悪魔しか知らないのが普通ですからバニル様の真名は知らないですけど」

「そうなのか。じゃあお前らも偽名を名乗ればいいのに…………って、あれ? お前今さらっと凄いこと言わなかったか?」

 

 自分を作ってくれた悪魔……?

 

「下級悪魔は自分で仮の名前を付ける権利を持たないんです。上級悪魔以上なら名乗れるようになりますけど、それ以外の悪魔なら誰かと契約してその人に名付けてもらうとかしないと」

「…………なんつうか、悪魔も大変なんだな」

「そうですよー…………はぁ、自由に偽名を名乗れる人間さんが羨ましいです」

 

 おう、そんな意味ありげな視線を向けんな。いや、確かに俺はこいつにしてみれば羨ましがられる立場なのかも知れねえが。

 

 

 

 

 

「あれ? ダスト君? ダスト君がゆんゆんさんや、あの魔法使いの子以外と一緒にいるなんて珍しいわね」

「あん? セシリーじゃねえか。別に俺はゆんゆんやリーンとばっかり一緒にいるわけじゃねえぞ。ルナにちょっかいかけるのも日課だし、このロリっ子とは割りと一緒にいる」

 

 後ろから掛けられる声。振り返ってみればアクセルの街が誇る破戒僧。アクシズ教団アクセル支部長のセシリーの姿があった。

 …………こいつもアクシズ教徒の中じゃ割りとお偉いさんなんだよな。こんなやつが出世できるって本当あの教団はどうなってんだろう。

 

「(……で、ロリサキュバス。なんでお前は俺の後ろに隠れてんだ?)」

「(さ、さっき話した金髪碧眼のプリーストってこの人のことなんですよー。あんまり顔を合わせたくないんでダストさんお願いします)」

 

 あー……やっぱりさっきの話はセシリーのことだったか。となると銀髪の盗賊の格好した男ってのはクリスのことで良さそうだな。てか、この街で見かける銀髪なんてクリスくらいだし。

 世の中広いようで狭いもんだな。

 

「で? なんか俺らに用なのか? なんかおっきな荷物持ってるみたいだが」

 

 キャリーバッグって言ったか? カズマやら旦那やらが絡んでるらしい旅用の大きな荷物入れをセシリーは引いて歩いている。

 

「あ、うん。これは別に関係ないんだけどね。――はい、可愛いお嬢さん。荷物落としてたわよ」

 

 ひょこっと俺の後ろに顔を出して。そこに隠れているロリサキュバスの持つ大きな袋に、さっき落ちた荷物を入れてやるセシリー。

 …………わざわざ拾って追いかけてきてくれたのか。こいつはいろいろ頭おかしいし欲望に正直すぎるが、やっぱり悪人ではないんだよな。

 

「ひぇっ…………あ、ありがとうございます」

「いえいえ。……んー、なんかお姉さんのこと怖がられてるみたいだけど、お姉さん何かしちゃった?」

「べ、別に怖がってるとかそんなことは…………」

 

 そう言いながら何度もちらりと俺の方を見るロリサキュバス。その目が助けてください言ってる気がする……のは気のせいじゃないんだろうな。

 

「おい、セシリー。あんまり近づいてやんな。そいつは女性恐怖症なんだよ」

 

 一つだけため息を付いて。俺は適当にロリサキュバスへ助け舟を出す。

 

「女性恐怖症? 女の子なのに?」

「そうだ。そいつは生まれつきの男たらしでな。男に囲まれて男を手玉に取ることに生きがいを感じてるんだ」

「…………こんなに可愛い顔をして凄いのね」

「おうよ、そんな小さいなりしてんのに多くの男を魅了してるみたいでよ。さっきも『エロい』って褒められてて人気あるって自慢してたくらいだぞ」

「ひ、人は見かけによらないのね。流石のお姉さんもびっくりだわ」

「全くだ」

 

 ……で? ロリサキュバスさんよ。なんでお前俺の足を蹴ってんだよ。せっかく助け舟出してやってんのに。それに女性恐怖症以外は別に嘘でもないだろ。

 

「…………ダスト君もこの子に手玉に取られてるの?」

「いや、俺はロリコンじゃねぇから全然」

 

 おう、蹴るの激しくしてんじゃねえよ。そんなに激しくしてたらまた荷物落ちるぞ。

 

「くすくす……でも、仲良いのは確かみたいね」

 

 そんな俺らの様子の何が面白かったんだろうか。セシリーはまるで微笑ましいものを見る顔をしている。

 

「仲良いってか……ま、腐れ縁なのは確かだが」

 

 感覚的には妹みたいなもんか……? それ言ったらゆんゆんやリーンも当てはまる気がするが。…………でもこいつ一応俺よりもずっと歳上なんだよな。

 

 

「そんなことより、お前そんな大きな荷物持ってどこ行くんだ?」

 

 ロリサキュバスとの関係について深く聞かれたら色々面倒だ。あの店のことなしにロリサキュバスのこと説明すんのは面倒この上ない。早々に話を切り替える。

 

「あ、うん。ちょっとアルカンレティアまでね。馬車での旅になるからちょっと長い間留守にするわ」

「アクシズ教徒の総本山か。何しに行くんだ?」

 

 アクシズ教徒の総本山、水と温泉の都アルカンレティア。……今は温泉なくなって水の都アルカンレティアだったか。町並みはすげえ綺麗って話だから一度行ってみたいんだよな。ゼスタにもあの時のことお礼言いてえし。

 

「なんでもゼスタ様が問題起こして捕まったみたいでね」

 

 …………いや、うん。アクアのねーちゃんを例外にすりゃ、あのアクシズ教徒の最高責任者だしな。そりゃまともなやつじゃないのは想像付いてたが…………。

 一応命の恩人で、ハンスやベルディアに立ち向かう姿は結構格好良かったからなんかがっくりくる。

 

「問題って、一体全体あのおっさんはなにをしたんだ?」

「うん。なんでもエリス教徒のプリーストと衛兵への度重なるセクハラがついに限度を超えちゃったみたいで。裁判起こされて有罪判決」

「ほんとがっかりだよ!」

 

 セシリー以上の変態とは聞いていたが……。

 

「そのゼスタって方もダストさんにだけはがっかりされたくないと思いますよ?」

「さっきから後ろに隠れてるくせにそんな所だけ反応すんじゃねえよ!」

 

 お前を一応庇ってやってるのになんで後ろから刺されないといけないんだ。

 

「うんうん。その子の言うとおり。ダスト君だってセクハラばっかりでいつ捕まってもおかしくないじゃない」

「お前にだけは絶対言われる筋合いねえからな……」

 

 大体最近の俺がセクハラしてんのなんてゆんゆんとルナくらいだぞ。あいつら相手ならちゃんと加減分かってるし捕まるわけがない。

 

 

「まぁ、捕まった原因はどうでもいいか。とにかくお前はゼスタの罪を軽くしようと署名活動でもしに行くのか」

 

 どんなやつであれ教団の最高責任者だ。いないとなると困るだろう。早く出てこれるように何かしに行くに違いない。

 

「ううん。ゼスタ様の代わりの最高責任者を決めるための選挙をするみたいだからそれに参加しに」

「…………あ、うん。そうだよな。お前らアクシズ教徒だもんな」

 

 普通の思考回路をしてないからこいつらはアクシズ教徒になったわけで。

 

「というわけでダスト君。今度会う時の私はアクシズ教団次期最高司祭のセシリーお姉ちゃんよ」

「そこまで自信満々に言われると本気でそうなりそうだからこええな……」

「ふふーん、実際私の敵になりそうなのってトリスタンくらいだもの」

 

 トリスタンとかいう人もセシリーと同じくらいおかしいやつなんだろうか。……こんなやつが複数人いるとかアクシズ教徒怖い。

 

「つーか、そんだけ野心持ってる奴らがいてよくゼスタは最高責任者を長いこと務められてたな」

 

 最高司祭になってからもう4年、次期最高司祭として実質的な最高責任者になってからなら7年位か。クセのあるアクシズ教徒をそれだけの間まとめて上に立つってのは普通できるもんじゃない。

 

「…………あの方のアクア様に対する信仰心とプリーストとしての実力だけはみんな一目置いているから。あとついでに変態性も」

「そのついではいらねぇ。…………ま、アクアの姉ちゃんを抜きにすりゃ人類最高のアークプリーストだろうしな」

 

 …………人類最高のアークプリーストがセクハラで裁判起こされて有罪判決か。もう、人類は魔王軍に滅ぼされたほうがいいんじゃねぇか?

 

「まぁ、選挙をするって言っても、なんだかんだでゼスタ様が選挙期間中に牢屋から出てきて、結局ゼスタ様が最高責任者を継続って形になる気もするんだけどね」

「もしかしてお前らは…………」

「ん? どうしたのダスト君?」

「…………いや、なんでもねぇ」

 

 ゼスタが早く出たいと考えるように、盛大に選挙をしようとしてるなんて考えすぎか。こいつらは俺と一緒でただ自分に正直に生きてるだけなんだから。

 

「それで? 結局いないってどれくらいの間いないんだ?」

 

 別にいなくなるのは構わないが()()()も近い。俺としてはどうでもいいが()()()の事を考えるならこんな奴でもいたほうが嬉しいだろう。

 

「んーと……2週間から3週間くらいかしら?」

「…………おい」

 

 完全に()()()を越えてんじゃねえか。

 

「というわけでダスト君。私は()()()()不参加になっちゃうわ。埋め合わせは絶対するからよろしく言っておいて」

「はぁ……しょうがねぇな。ちゃんと()()は用意しとけよ?」

「分かってるわ。アルカンレティアでちゃんと探しておくから。…………ダスト君にもお土産欲しい?」

「いらねえからさっさと行ってさっさと帰ってこい」

 

 時期外れなくらい遅れたら微妙な感じになるんだからよ。

 

「ん、分かったわ。でも……ふふっ」

「なんだよ、変なふうに笑いやがって」

 

 お土産いらないってのがそんなに面白かったのか?

 

「だって、あんなに捻くれてたダスト君が随分素直になったなあって、凄く嬉しいんだもの」

「…………うぜぇ。旅に出るならさっさと行っちまえ」

 

 お前に俺の何が分かるってんだ。ただの腐れ縁のプリーストのくせに。

 

「確かにそろそろ馬車が出る時間ね。……じゃ、またねダスト君。そっちの可愛い子も」

 

 そう言ってセシリーは手を振って馬車の止まる場所へ向かって走っていく。

 

「ふぅ……怖かったぁ……」

「この貸しは高く付くからな。あのプリーストの相手はただでさえ疲れんだからよ」

 

 セシリーの姿がなくなって。俺の後ろから出てきたロリサキュバスは安堵の息を付いている。

 

「分かってますよ。流石に店の料金をサービスみたいなことは出来ませんけど、この前みたいに精気を貰うのなしで夢を見せるくらいならします」

「…………次は真面目にやれよ?」

 

 ちゃんとエロい女を夢に出してもらわないと礼にはならない。

 

「あの時もちゃんと真面目にやろうとしたんですけどねー……はぁ」

 

 真面目にやって自分を夢の中に出すとかどんだけこいつは自分に自信があるんだ。

 ……でも、こいつって別に自信過剰とかそういうタイプじゃねぇ気がするんだがな。

 

「それより、ダストさんってあのプリーストの人のこと苦手なんですか? なんだか凄い押されてた気がするんですけど」

「まぁ……苦手は苦手だな」

 

 あいつを相手にするといつもの調子が出ない。別に嫌いってわけじゃないし、自由に生きているあいつの生き様は割りと好きですらある。ただ、ああいうタイプに俺は強く出れない。

 

「何か理由でもあるんですか?」

「……思い出すんだよ。ああいう自由で奔放過ぎる女を見てるとな」

「それって――」

「――うし、店についたな。どうする? 中まで運べばいいか?」

 

 話して歩いている内にサキュバスの店までつく。

 

「……それじゃあ裏口までお願いします」

「了解」

 

 話を途中で切られたからか、妙に不機嫌そうなロリサキュバスに気づきながらも。俺はそれに気づかないふりをして荷物を運んでいく。

 

 

「よし、じゃあもういいよな? 帰るぞ」

「あ、はい。ありがとうございました」

 

 持っていた荷物を下ろして俺は肩を回す。そんなに重たくないとは言えそれなりの距離を歩いたからか微妙に肩がこっている。

 …………もう少しだけ恩返ししていくか。

 

「ひゃぅっ! だ、ダストさん? いきなりどうしたんですか?」

「んー……やっぱお前の肩もこってんな。次の買い出しはロリコンなやつでも捕まえて荷物全部持ってもらうようにしとけよ」

 

 ロリサキュバスの小さな肩を指でほぐす。俺と同じようにこってるその肩を揉んでいると悪魔って言ってもサキュバスは人間とそんな変わらないんだなと、なんとはなしに思う。

 

「ど、どうしたんですかいきなり? ダストさんにいきなりこんなことされると裏があるんじゃないかって疑うんですけど」

「別に裏はねぇよ。今日のはただのきまぐれだ」

 

 この間のグロウキメラ討伐クエストで。俺がゆんゆんを助けに入れたのはこいつが槍を持って後ろから付いてきてくれたからだ。手伝ってくれた理由にバニルの旦那の存在があるとは言え、助かったことに変わりはない。

 だから、きまぐれでこれくらいの恩返しはしてもおかしくはない……よな。

 

「きまぐれ……ですか? なら、きまぐれで足の方のマッサージも……いたっ!」

「調子に乗ってんじゃねえぞ。そういうのはお前にマッサージするのが役得とか思うロリコンにでもたのめ」

「うぅ……なんだかんだで私に魅了されたのかなって思ったのに……」

 

 デコピンされた額を抑えて。恨めしそうな顔をしているロリサキュバス。

 

「だから俺はロリコンじゃねえって言ってんだろ。悔しかったらさっさと大きくなるんだな」

 

 

 でもまぁ、こいつはずっとこのままでもいいのかもしれない。

 怒って頬を膨らませているロリサキュバスを見ながら、俺はそんなことを思っていた。

 




荷物が落ちているのに気づいても自然にスルーするダストさんのクズポイント。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第27話:それが理由

――ゆんゆん視点――

 

「……何をしているのですか、ゆんゆん」

「っ!…………って、なんだめぐみんかぁ。もう、驚かせないでよ」

 

 後ろからの声に驚いたけど、振り返ってみれば親友兼ライバルの少女。頭のおかしい爆裂娘と魔王軍でも評判らしいその姿に私は安堵の息をつく。

 

「なんだとはなんですか、失礼な反応ですね。……というか、なんですか? 人の格好を上から下まで観察して。この格好がなにかおかしいんですか?」

 

 今日のめぐみんはいつもの魔法使いの格好ではなく白系統のラフな格好をしている。里にいた頃は同じような服ばっかりだったのに最近はおしゃれというか、クエストの時以外はいろんな種類の服を着ているみたいだ。

 めぐみんの性格からしておしゃれに気を使うとか思えないから、カズマさんにプレゼントとかされてるのかな。それともカズマさんの気を引こうとおしゃれに目覚めた……?……里にいた頃のめぐみんを知っているからかあんまり想像できないなぁ。いや、最近のめぐみんが凄い女の子やってるのは認めざるをえないんだけど、昔からのイメージは簡単にはなくならない。

 

「べっつにー。おかしいなんてことはないし、里じゃ孤高の天才を気取ってためぐみんが随分女の子らしくなったなぁとかも思ってないよ?」

「なんですか、そのにやにやした顔は。馬鹿にしてるんですか? そもそも、格好を言うならあなたの方が私よりずっとおかしいじゃないですか。いつもいつも黒っぽい服ばかり着て。しかも里の頃と比べると露出も多いですし。前から言おうと思ってたんですが、あなた里を出て痴女にでも目覚めたんですか? 教育に悪いので里に帰ってもこめっこには近付かないでくださいね」

「そこまで言う!? からかったのは謝るからもうやめて!」

 

 私も黒っぽい服ばっかり着てるなぁとは思うし、露出多いかなって気にしてるけど。でも、黒系統以外の服を自分で選ぶ自信なんてないし、黒系統の服でがっちりした服だと友達に存在を気づいてもらえない気がするから仕方ないじゃない。

 

「ふっ……また勝ってしまいましたか」

「いつのまに勝負になったのよ……」

 

 いつもの手帳に勝敗記録を取るめぐみんにため息を付いて。口喧嘩だといつまで経っても勝てなそうだなと思う。かと言って爆裂魔法しか使えないめぐみんとまともに魔法勝負出来ると思えないし、勝てそうなのは体術と女としての魅力くらいかな?……前者はともかく後者はまた痴女とか言われそうだからこっちから勝負は挑めないけど。

 

(……別に今は里にいた頃ほど勝負を挑もうとは思っていないけどね)

 

 昔の私にとって『勝負』は一種のコミュニケーション方法だったけど、今は別にそれだけに頼らなくてもいい。最近はそこまで集まっていないけどめぐみんと遊びたければ『盗賊団』があるし、少ないとは言えイリスちゃんとかリーンさんみたいな友達も増えた。

 

(でも、それとは別にいつかはちゃんと『勝負』をして…………勝たないといけないよね)

 

 紅魔の長になるものとして。いつまでも同級生に負けてはいられない。めぐみんがどれだけ凄い魔法使いなのかは分かってるつもりだし、今の私では魔法使いとして勝てないことも自覚している。それでもいつかは絶対に勝つ。

 

 めぐみんは私にとって超えなければいけない『壁』だ。

 

「……なんですか、ニヤニヤしたり嫌そうな顔してたかと思えばいきなり真面目な顔になって。一体全体何を考えているんです?」

「うん。めぐみんは『壁』だよねって、改めて考えてた」

 

 そんな私のある種の敬意を込めた言葉を受けて、めぐみんはなぜだかピキリと音がなりそうな感じで固まる。

 

「ふ…ふふっ……真面目な顔して何を考えてると思ったらそれですか。なんですか、私の事憐れんでいるんですか? それとも痴女と言われたことを根に持ってるんですか? ええ、確かに私はあなたに比べれば壁ですよ。それどころか最近無駄に成長しているイリスに比べても壁でしょうね。流石にクリスよりかは大きいですがこめっこ並の壁です。むしろこめっこにすら負けてるかもしれません。……人を妹以下の絶壁扱いとか言うじゃないですか」

「誰もそんなことは言ってないよね!? そもそもなんで胸の話になってるの!?」

 

 今にも爆裂魔法の詠唱を始めそうなめぐみんの様子に私は必死になって否定する。確かに勘違いしそうな言い方をした私も悪いけど、後は全部めぐみんの自爆じゃないの。

 

「え? 胸の話じゃないのなら私が壁とはどういう意味ですか?」

「…………あ、ごめん。やっぱり胸の話で良かった。……うん、めぐみんの胸は壁みたいだよね」

 

 ……改めて聞き直されると本当の事は言いにくい。というか恥ずかしすぎる。

 

「上等ですよぼっち娘! なんですか、胸が大きいことがそんなに偉いんですか!? だったらその大きい胸をさらけ出して街中を歩き回って自慢すればいいじゃないですか!」

「きゃーっ、きゃーっ! 脱げる! 本当に脱げちゃうから!」

 

 私の服を剥ぎ取ろうとする力に必死に抵抗する。小さいとはいえ私よりもレベルが高いめぐみんの力は侮れない。単純な力や体術て負けるとは思わないけど、服を介しての引っ張りあいとなればそのアドバンテージは微々たるものだ。

 ……というより、脱げやすい私の服で引っ張りあいすると考えるなら、脱がそうとしてるめぐみんの方が有利かもしれない。

 

「脱げればいいんですよ! むしろ脱げろ!」

「ほ、本当やめて! 見えちゃう、下着見えちゃう!」

 

 必死の抵抗むなしく、露出の多い私の服は段々とはだけてくる。今のまま抵抗していれば遠からず私の下着姿は白日のもと晒されしまう。

 こうなったら、魔法を使ってでも……っ!

 

「『カースド――」

「なんですか、魔法ですか? そっちがその気なら私も『エクス――」

「わーっ、わーっ! 分かった、謝るから! 全部私が悪かったから! だから脱がすのも爆裂魔法もやめて!」

 

 街中で爆裂魔法を撃とうとする親友に全面降伏をして。

 私はなんでめぐみんが頭のおかしい爆裂娘と呼ばれているのか、改めて理解した。

 

 

 

 

 

「本当、めぐみんったら……めぐみんには常識がないの?」

 

 街中で女の子の服を脱がそうとしたり、爆裂魔法を撃とうとしたり。前者はともかく後者は大惨事じゃ済まないと思うんだけど。

 ……いや、前者も私がこの街に居られなくなるし冗談じゃ済まないんだけど。

 

「別にこれくらい紅魔の里じゃ日常茶飯事じゃないですか」

「変人しかいないあの里でも流石に里の中で爆裂魔法撃とうとする変人はめぐみんしかいないと思う……」

 

 まぁ、あの里なら実際に爆裂魔法を撃たれてもテレポートで逃げて何事もなかったように里の復旧始めるんだろうけど。

 

「私だって流石に爆裂魔法を普通に撃つ気はなかったですよ? 空に向かって撃って爆風で攻撃するつもりでした」

「なんでドヤ顔なのよ……」

 

 確かにめぐみんの爆裂魔法の制御力を考えれば私以外に人的被害を出さないのかもしれないけど。だからと言って街中で爆裂魔法を撃とうとする非常識さは変わらない。

 

「それに魔法を使うにしても、テレポートで逃げたり私を飛ばすんじゃなく、攻撃魔法を使おうとするあたりあなたも十分変人ですよ。上級魔法を街中で撃つのは犯罪なんですからね」

「あー……うん。全くもって正論なんだけど、めぐみんにだけは言われたくない」

 

 本当に爆裂魔法を街中で何度か撃っているめぐみんに比べれば、私なんて可愛いものだと思う。というよりどっかのチンピラさんを止めるためには中級魔法だけじゃ威力が足りないし。

 

「まぁ、何だかんだであなたも紅魔族の一員と言うことですね」

「それは否定できないのが悔しい……」

 

 いや、あの里の事は好きだし、あの里の長になるんだから否定しても仕方ないんだけどね。

 

 

「それで、結局あなたは何をしていたのですか? 私には誰かをストーキングしてるようにしか見えなかったのですが」

「………………い、いやだなぁ、めぐみん。なんで私が尾行なんてしないといけないの?」

「何でもなにも、あなたは以前友達に会おうと意味もなく路地裏を徘徊するというストーカー予備軍な行動をしていたそうじゃないですか。なのでついにぼっちを拗らせて直接的に友達をストーキングしてるのかなと」

「何言ってるのよめぐみん。そんな理由で尾行なんてするわけないじゃない。だってそれじゃ友達と偶然会えない」

 

 見つからないように追いかける尾行と、偶然会うためにウロウロするのは全然違うと思うんだけど。

 

「いえ、ですからその偶然を必然にするためにですね。家や宿から出てきた友達を密かに追いかけ、街中で偶然会ってもおかしくない場所に行ったら偶然を装って出てきて出会いを演出しているのかと」

「………………さ、流石の私もそこまで拗らせてないわよ」

「あなた今ちょっといいなって思いませんでしたか?」

「………………そんなことない」

「思いっきり目を泳がせてるじゃないですか」

 

 でも、そっかぁ……そうすれば()()に友達と()()出会えるんだ。

 流石にしないけどね。……昔の私なら分からないけど。

 

「まぁ、別に理由はどうでもいいですか。それよりも誰をストーキングしてるのか気になります」

「だから誰も尾行なんてしてないから!」

 

 そんな私の叫びを無視して、私が覗いていた壁の先に顔を出すめぐみん。

 

「んー? 誰をストーキングしてるんですか? 少なくとも私が知っている顔はないのですが」

「え? さっきまでそこでナンパしてたのに……って、あっ!?」

 

 追っていた背中が道の先、遠くに見える。いつの間にかあの人は日課を終えていたらしい。

 

「ごめん、めぐみん!また今度ね!」

 

 次に向かうところは大体想像がつくけど、ここまで来て 見失うのも馬鹿馬鹿しい。最低限の挨拶を済ませて私は走り出した。

 

 

 

 

 

 

「おい、ルナ。なんか割のいい仕事くれよ。金がねーんだよ、金が」

「……この間のグロウキメラ討伐クエスト、最初の提示額の倍支払いましたよね? ゆんゆんさんと山分けをしてたとしても数日で使い切れる額じゃないと思うんですが」

「二等分じゃなくて三等分だからな。つーかA-ランク以上のモンスター相手にあの報酬は安すぎんぞ」

「初期報告のB-ランクの情報を元に作られたクエストですから。倍の報酬を払ったのだけでも異例ですよ?

 ダストさんの言うとおりA-ランク以上のグロウキメラだと分かっていれば一千万エリス以上の報酬は確定、報告にあった再生能力を考慮すればAランク相当と判断して5千万エリス以上のクエストになっていたかもしれませんが」

「…………やっぱ一旦撤退してギルドに報告してから倒しゃよかったぜ」

 

 

 ギルドの酒場。その柱の陰に隠れながら。私はギルドの受付でルナさんに絡んでいるチンピラさんの様子をうかがう。

 

「なんですか、誰をストーカーしているかと思えばダストじゃないですか」

「うん、実はそうなんだけど…………って、めぐみん? どうしてここにいるの?」

 

 私と同じようにひょこりと柱から顔を出すめぐみんにそう聞く。当然のようにいるけど、私ちゃんとめぐみんに挨拶して別れたよね?

 

「誰をストーカーしているか気になると言ったでしょう。しかも寂しがり屋のあなたが自分の方から話を終えてまで追いかける相手です。こっちも追いかけて確認するに決まっています」

「…………本当、めぐみんって里にいた頃と比べると変わったよね」

 

 むかしのめぐみんは個人主義で爆裂魔法と食べること以外はどうでもいいって感じだったのに。

 

「それはお互い様だと思いますけどね。…………で、なんであのチンピラを尾行なんてしてるんですか? ついにあの男に惚れましたか?」

「めぐみんって頭いいはずなのにバカとしか思えない発言をするよね。やっぱり紅魔族一のバカなの?」

 

 私がダストさんに惚れるとか。……それは確かに槍を持って助けに入ってくれた時はちょっと格好いいなと思ったような気がしないでもないけど、それにしてもあれに惚れるとかない。

 

「うるさいですよ紅魔族一のぼっち娘。……じゃあ、なんであの男を尾行なんてしてるんですか?」

「…………そんなの、私のほうが聞きたいわよ」

 

 だって、そうだ。ダストさんを尾行する理由なんて何もない。あの人はただのチンピラで、尾行してまで調べるようなことは何もないんだから。

 

「ま、分からないのなら分からないでいいですよ。カズマが起きてくるまで暇なので私もあなたの理由の分からない尾行に付き合っていいですか?」

「もうお昼過ぎてるんだけど……カズマさんまだ寝てるの?」

「寝てますね。借金がなくなってからこっち出不精なのは今更ですが、最近はそれに輪をかけて怠けてますからね。控えめに言ってぶっころりー並のニートですよ」

 

 カズマさん……。アクセルで1番の鬼畜ってだけで他はまともだと思ってたのに……。いや、お金は数え切れないくらい持ってるし働く必要ないのは確かなんだろうけど。

 

 

 

「ま、今更もらった報酬で騒いでも仕方ねえか。で? なんか割のいい報酬はねえのかよルナ」

「そうですね……基本的にクエストの難易度に対して報酬がいいのは依頼者のいる個人クエストですが、そっちの方は大体がダストさんお断りって指名されてるんですよね。ダストさんが受けるとすればゆんゆんさんかリーンさん、どちらか保護者が一緒でと」

「それなりに高い報酬だと危険があるしリーン連れてけねぇんだよなぁ。かと言って今回に限っちゃゆんゆん連れてくのも気が乗らねえし……」

「ギルドクエストならダストさんお一人でも受けられますが……この間のクエスト含め基本的に難易度に対して報酬は低いですからね。割がいいといえるクエストはジャイアントトード討伐クエストくらいです。ただ、あれも本当に駆け出しの冒険者の方が困るんで乱獲は認められませんが」

 

 

「相変わらずあのチンピラはお金に困っているようですね」

「うーん……たしかに相変わらず金使いが荒いけど、少しはマシになってた気がするんだけどなぁ」

 

 少なくとも数日で70万エリスも使い切るような事は最近はなかったはずだ。

 

「じゃあ何か欲しいものでもあるのかもしれませんね」

「やだなぁ、めぐみん。ダストさんが欲しいものがあるからってお金貯めたりするわけないじゃない」

「そうなのですか? まぁ、アクセル随一のチンピラ言われてるあの男がそんな殊勝なことするイメージはたしかにありませんが」

 

 例外はドラゴン関係のことだけど…………ついこの間もハーちゃんに特製ブラシをプレゼントしてたし、流石に連続ではないと思う。

 

 

 

「割のいいクエストはやっぱねえか。じゃあ、多少難易度は高くていいから報酬がいいクエストくれよ」

「では、グリフォンの討伐クエストを200万エリスでどうですか?」

「グリフォン討伐で200万は安すぎねえか……。つーか、最近グリフォン討伐クエスト多すぎだろ」

「そうですね。ギルドの上層部でもそろそろアクセル周辺のモンスター分布にグリフォンを追加するかどうか検討中です」

「グリフォンが生息するとか駆け出しの街として不味すぎるだろ。まぁ、どっちにしろ俺一人じゃグリフォンに勝てないしそのクエストはパス」

「そうですか? あなたが本気を出せば余裕だと思うんですが。ダストさんの言うとおり、駆け出しの街周辺にグリフォンが出没するのは好ましくありません。早く討伐したいのでお願いできませんか?」

 

 

「グリフォンの討伐ですか……。あの男が受けないのでしたら私が受けましょうかね。今日はまだ一日一爆裂も終わっていないことですし。そろそろカズマも起きる時間ですから。…………って、どうしたんですか、ゆんゆん。なんだか微妙な顔をしていますが」

「ん……? 微妙な顔って?」

 

 別に変な顔してるつもりはないんだけど。

 

「いえ、屋根を登ったらいきなり梯子を外された子供のような顔をしていますよ」

「んー…………気のせいじゃない? だって、私がそんな顔をする理由どっかにある?」

「…………ま、あなたが気の所為と言うならそういうことにしておきますか」

 

 ? 本当、めぐみんは何を言っているんだろう。

 

 

「もうちょい報酬を弾んでくれるならグリフォン討伐クエスト受けてもいいぜ? 俺一人じゃ無理だろうが、手伝ってくれるあてがないわけでもねえし」

「はぁ……そう言われましても、ギルドからこれ以上報酬金を上げることはできませんよ」

「別に金はいい。その代わりお前のでかい胸を揉ませろよ。どうせ独り身で持て余してんだろ?」

「本当にギルドで賞金懸けますよ」

「おうおう、俺がそんな脅しに…………すんません、マジで謝るんで賞金首リストに追加するのはやめて下さい」

 

 ためらいなく土下座して謝っているダストさん。ギルドの受付でそんなことをやっているのは凄く目立つし、凄く情けない。

 

「ゆんゆん、あなた……」

「ん? どうしたのめぐみん。もしかして私また変な顔している?」

 

 今の私はダストさんの行動に呆れた顔してるだろうし、変って言ったら変かも。

 

「いえ……いつものあなたの顔ですよ」

「そう? ま、めぐみんにはいつも呆れさせられてたし、めぐみんが見る顔としてもいつもの顔かもね」

「おい、ぼっち娘。それはどういう意味かはっきり言ってもらおうか。そもそも呆れるという意味ではむしろあなたのぼっちっぷりの方が――」

「――あ、めぐみん。ダストさんがギルド出ていっちゃうみたい。追いかけるよ」

 

 ルナさんやルナさんがセクハラされて怒っている冒険者から逃げるように、ダストさんはギルドを出て行く。

 

「ああ、もう! あなた、人の話を聞かずに自分勝手な所、あのチンピラに似てきたんじゃないですか!?」

 

 仮に私がそう変わっているとしても、そんな影響を私に1番与えてるとしたらめぐみんだと思うけどね。

 出ていくダストさんの背中を追いかけながら、私はそんなことを思っていた。

 

 

 

 

 それからも、私とめぐみんは密かにダストさんを尾行し、そのチンピラの所業を観察し続けた。流石に街中とかでは会話を拾うことまではできなかったけど……。

 

 

「あれは、ア……こほんっ、イリスのお付のまともな方ですね。あの2人知り合いだったんでしょうか?」

「そう……かな? 確かにあの女の人の方から話しかけてたけど…………逆ナンとかじゃない?」

「確かにレインは微妙に行き遅れてますが、流石にあんな男を逆ナンしないといけないほど落ちぶれてはいないと思いますよ」

「いやいや、ダストさんって顔だけは悪くないし、きっと実態を知らずに逆ナンしちゃったんだよ」

「あの様子はそんな風には見えませんけどねぇ……」

 

 綺麗で落ち着いた女性がダストさんと妙に親しげに話しているのを目撃したり、

 

 

「あの男、小さな女の子の荷物をひったくりましたよ」

「何普通に言ってるのよめぐみん。流石にもう尾行してる場合じゃ……」

「おや? なんだか、普通に並んで歩き出しましたね。もしかして、荷物を運んであげてるのじゃないでしょうか」

「めぐみん……ダストさんがそんな普通の人みたいなことするわけないじゃない」

「いえ……私もそう思いますが、様子を見る限りそうとしか……」

「じゃあ、きっと何か変なものでも食べたんだよ」

「なるほど。正気じゃないなら納得です」

「でも……あの子ってどこかで会ったことあるような……」

「奇遇ですね。私もどこかで会ったような気が……」

 

 どこかで見たことのある女の子や旅姿のセシリーさんと楽しげに話をしているダストさんを目撃したり、

 

 

「思いっきり鼻の下を伸ばしてますね」

「まぁ、ウィズさんは女性から見てもきれいな人だしね。ダストさんみたいな女好きなら鼻の下を伸ばしてて当然かも」

「………あなた、微妙に嬉しそうですね。嫉妬でもするんじゃないかと思っていたんですが」

「めぐみん……何をどう考えたらあの人に嫉妬するなんて考えが出るの? 何か変なものでも食べたんじゃない?」

「本気で哀れみの目を向けないでくださいよ! 流石にあの男と同列扱いは納得しませんよ!?」

「いやぁ……割りと似た者同士じゃないかなって最近思ってるんだけど」

 

 情けないくらいウィズさんに鼻の下を伸ばしているダストさんを目撃したり、

 

 

「あ、リーンさんだ」

「……何やら小言を言っているように見えますね」

「内容は聞こえなくても大体想像つくなぁ……」

「あ! ナデポですよナデポ! イケメンにしか許されないナデポをダストがやってます! 通報しないと!」

「どこに通報するのよ……。それにあれは撫でてるんじゃなくてグシャグシャにしてるだけだし……」

「あ……ファイアボール撃たれましたね」

「本当……ダストさんって懲りないんだから……」

 

 いつも通りリーンさんにやられてるダストさんを目撃したり、

 

 

「どうでもいいですが、あの男が会ってるのが女性ばかりなのはどういうことなんですか?」

「ダストさん女好きだからね」

「それだけじゃ説明がつかないくらい女性の知り合いが多い気が……って、またギルドに戻ってきましたね」

「あー……じゃ、次はバニルさんの所かな」

「……みたいですね。………………気のせいか、今日1番あの男が楽しそうに見えるんですが」

「ダストさんってバニルさんの事がドラゴンの次に好きらしいし、いつものことだよ」

「バニルもバニルで妙に楽しそうに見えるんですが……」

「バニルさんってダストさんの事『ダスト』って名前で呼んだりするしね。バニルさんもダストさんの事この街で2番目くらいに好きなんじゃないかな」

「そんなどうでもいい上に微妙な気持ちになる事実、知りたくありませんでしたよ……」

 

 いつも通りバニルさんとイチャイチャしているダストさんを目撃したりした。

 

 

 

「暗くなってきましたね。いい加減カズマも起きているでしょうし一爆裂してこないといけません。私はそろそろ抜けさせてもらいますよ」

「こんな時間に爆裂魔法とか本気で迷惑だから街からたくさん離れてからしてよね」

 

 伸びをしながらそんなことを言うめぐみんに、私はジト目をしながらそう返す。

 

「夜に浮かぶ爆裂魔法はそれはもう綺麗なものなんですよ?」

「だからなんなのよ……」

 

 花火としてあがる爆発魔法が綺麗なのは知ってるけど、爆裂魔法は綺麗とかそんなの考える前に普通に命の危険覚えるから。

 

「あなたも爆裂魔法を覚えれば私の気持ちが分かりますよ」

「ウィズさんも覚えてるし、()()()も覚えてたから私も爆裂魔法覚えたい気持ちはあるけど…………流石にポイントが足らなすぎるわよ」

 

 ポイント不足を解消できるなら覚えるのも悪くないと思う。今の私なら里を出た頃のめぐみんくらいの威力なら爆裂魔法撃てる魔力はあると思うし。

 

「族長の娘権限でスキルアップポーションをたくさん作ってもらうというのはどうですか?」

「スキルアップポーション一本の値段知っててそれは流石に無理」

 

 いや、あの里なら割と簡単に作れるのも知ってるんだけど。それにしても爆裂魔法を覚えられるだけのスキルアップポーションを金額で計算すると…………うん、これ以上考えるのはやめよう。

 

「残念です。まぁ、爆裂魔法を覚えたくなったらいつでも言って下さい。ポイントさえあればすぐに教えてあげますよ」

「いつになるかは分からないけど考えとく」

 

 まぁ、上級魔法も覚えられたしテレポートも覚えた。『ライトニングブレア』とか最上位の属性魔法を覚えたい気もするけど、そこまで行くと趣味の域だし、無理して覚える必要はない。同じ趣味ならポイントをためて爆裂魔法を覚えるのも確かに悪くはないと思う。

 …………まともにやってたら覚える頃にはおばあちゃんになってそうな気がするけど。

 

「あなたはまだストーカーごっこを続けるのですか?」

「んー……そろそろダストさんと約束してた時間だし一旦宿に帰ろうかな」

「約束ですか?」

「うん、ちょっとお詫びにご飯を奢る約束してて」

 

 グロウキメラ討伐クエストにリーンさんを連れて行ったお詫びだ。

 

「…………あなた、あの男にいいように利用されてるんじゃないですか?」

「……そうかもね。否定はできないけど」

 

 ご飯を奢らされることは多いし、クエストに付き合わされることも多い。客観的に見れば私がダストさんに利用されているというのは否定できない。

 

「だったら――」

「でも、それだけじゃないから。だから、私はあの人と『友達』なんだよ」

 

 あの人と一緒にいてマイナスを被ったことが数え切れないのは確かだ。でも、マイナスだけだったわけでもない。

 

「それに……里にいた頃、ダストさん以上に私をいいように利用してた子と『親友』やってるからね」

「…………卑怯ですよ。そんな風に言われたら私には何も言えないじゃないですか」

 

 バツが悪そうに、あるいは不貞腐れた様子でそんなことを言うめぐみんは何だか可愛くて――

 

「ちょっ! なんですか! 人の髪をグシャグシャにするのはやめて下さい!」

 

 ――どこかの誰かがするのと同じように、めぐみんの髪をグシャグシャに撫でる私だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ダストさん、ハーちゃんのことくれぐれもよろしくお願いしますよ?」

「分かってるって。というか、ドラゴンのことに関して言えばこの街一番の男に何を心配してんだ」

 

 ギルドの酒場。約束通りダストさんに夕食を奢っている私は今日からのことを心配する。

 

「だって、ハーちゃんは女の子じゃないですか。童貞のダストさんに襲われないか心配で心配で……」

「お前は俺を何だと思ってんだよ!? 上位種になって人化してるならともかく竜の状態で襲えるか!」

 

 心配というのは私の可愛い使い魔であるハーちゃんのことだ。

 ハーちゃんもすくすくと大きくなり、流石に私と同じ宿で寝泊まりするのは流石に難しくなってきた。仕方がないので宿の一階にある馬小屋の方で飼うことになったんだけど、その事を相談したらダストさんが夜の間は自分がハーちゃんの面倒を見たいと言ってきた。

 ハーちゃんも一人で寝るよりは懐いているダストさんと一緒のほうがいいだろうとその話を受けたんだけど………ダストさんにはリーンさんを襲ったという前科があるらしいので油断はできない。

 

「ったく……そんなに心配だったらお前も馬小屋で寝るか?」

「んー…………それも悪くないかもしれませんね」

 

 ハーちゃんと一緒に寝れるというのはかなり魅力的だ。どうせダストさんは私を襲うことはしないだろうし。

 

「…………お前、俺のこと全然男として見てねえな」

「何を今更なことを言ってるんですか?」

「まぁ、確かに今更かもしれねえけどよ……それにしてもだな……」

「それに、ダストさんだって私の事そういう対象だとは思ってないじゃないですか」

 

 散々セクハラはするくせに、肝心なところでは全然女として扱ってくれていないのはダストさんの方だ。

 

「…………まぁ、お前は顔と身体だけは俺好みに成長したが、中身と年齢はクソガキのまんまだからな」

「そういうことです。…………私ももう少しで17歳ですし、中身はダストさんなんかよりずっと大人なんでクソガキ扱いは全然納得できませんけど」

「自分が大人だって主張するとか思いっきりガキの反応じゃねぇか。そんなんだからお前は中身ガキ言われんだよ」

「…………別にダストさんに大人の女扱いされても全然嬉しくないですしいいですけどね。……いいんですけど、この無性にダストさんを殴り倒したくなる気持ちは何なんでしょうか」

 

 クソガキ扱いされてきたことは今となってはそこまで否定する気はない。だって、もしも私がダストさんの守備範囲内だったのなら、きっとダストさんと友達になんてなれなかったから。

 でも、これからもダストさんにクソガキ扱いされると考えると……。

 

「…………このぼっち娘、相変わらず凶暴だなぁ」

 

 …………どうしよう、ほんと殴りたい。

 

 

 

「ん?ゆんゆん、カエルの唐揚げ食わねぇのか? だったらもらうぞ」

 

 怒りを抑えてた私の唐揚げをひょいと取って食べるダストさん。

 

 

 ………………………………

 

 

「おいこら! 俺のステーキを勝手に食べんじゃねぇ! あ、全部食いやがった! このクソガキ表にでろ!」

「こっちの台詞ですよチンピラ冒険者! 毎回毎回負けてるくせに懲りない人ですね! いい加減実力差を理解させてあげます!」

 

 

 ダストさんの喧嘩を買いながらも私は思う。この街に修行から帰って来てすぐの頃、私がこんなに賑やかな夕食を取るなんてこと想像もしなかった。親友であるめぐみんは既にパーティーを見つけていて、引っ込み思案の私はその輪にお邪魔することも出来ず、一人寂しく夕食を食べる毎日だった。

 

「お! いつもの喧嘩か? うしっ、お前ら賭けをしようぜ! 俺はダストが負けるに1万エリス!」

「……俺はゆんゆんが勝つに2万エリスだ」

「んじゃ、あたしもテイラーと一緒で」

「では我輩は――」

「「「――見通す悪魔さんの賭けへの参加はご遠慮ください」」」

「だったら私はダストが勝つ方にこの体を――」

「――はいはい、ダクネスは黙っていようね。というか、ダクネス、助手k……カズマにしかなぶられたりしないって心に決めてたんじゃないの?」

 

 それが今はこんなに騒がしい。食べてる相手に不満はあるけど……それでもあんな寂しい食卓に比べればずっとマシだ。

 

(…………もう、あんな食卓は嫌だなぁ)

 

 

 私は願う。

 

 

「くそっ、どいつもこいつも俺が負けると思いやがって。……おい、ゆんゆんこうなりゃ八百長だ。お前わざと負け――」

「――るわけないですよね? 『カースド・ライトニング』」

「だよなぁ!」

 

 

 この騒がしい食卓がいつまでも続くことを。

 

 

「くっ……このぼっち娘まじで凶暴すぎだろ。なんで喧嘩しながら笑ってんだよ?」

「仕方ないじゃないですか。…………だって、楽しいんです」

 

 

 本当に。本当に。

 

 

「上等だよ凶暴ぼっちが! その笑顔のまま土の味を覚えさせてやるぜ!」

「出来るならどうぞ。…………出来ないと思いますけどね」

 

 

 

 そう願っていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第28話:この泣き虫ぼっちに悪友を!

――ゆんゆん視点――

 

「めぐみん、今日はありがとね」

 

 夕暮れの街で。私は今日一緒にいてくれた相手にお礼をする。

 

「一緒に遊んだだけでなんでお礼までするんですか。相変わらずあなたは重いですね」

「そう……かな?……そう……かもね」

 

 でも、今日めぐみんと一緒にいれた事がどれだけ救いになったか。重いと言われてもお礼を言いたくなる気持ちは抑えられそうもない。

 

「……あなた、やっぱり何かあったんですか? 路地裏でウロウロしていましたが。最近のあなたはそんな奇行するくらいならあのチンピラやリーンと一緒にいたのに」

「別になにもないよ。……うん、何もなかったんだよ」

 

 本当にこの一週間何もなかったんだから。

 

「何もないって……まさか――」

「――それより、めぐみん。帰らなくていいの? もう夕飯の時間だと思うんだけど」

「……ええ、そうですね。…………どうですか? たまにはあなたも私達の家で一緒に夕飯を食べたりしませんか?」

 

 言葉を遮った私に何か気づいたのか。めぐみんはいつもなら絶対に言わないようなことを言ってくる。

 …………本当、めぐみんはいつもは鈍いのに、こんな時だけ鋭くて…………優しいんだから。

 

「ううん、いいよ。今日はダストさんと一緒にご飯を食べる約束をしてるから」

 

 一週間以上前にした約束だけど。今日は絶対にこの日は空けとけとあの人に言われた日。ダストさんは本当は明日が良かったみたいだけど、明日は私が里に戻る予定だからと譲歩してもらった日。

 

「なんだ……そうですか。そういう事は先に言ってくださいよ。誘った私が馬鹿みたいじゃないですか」

 

 小さな声で心配して損しましたとめぐみん。

 

「うん、ごめんねめぐみん。それと誘ってくれてありがとう」

 

 私にはこうして心配してくれる親友がいる。だから、大丈夫。たとえ、この後何が起きても…………何もなかったとしても、この暖かさがあれば。

 

「だから、別に礼を言うほどのことじゃないですよ。……しかし、あのチンピラはなんだかんだでゆんゆんの友人をやってるんですね」

「うん、いろいろイライラすることもあるけど、ちゃんと私の友達をやってくれてた……ううん、くれてるから」

 

 大丈夫。大丈夫。

 

「そうだ、めぐみん。なんならめぐみんが私達と一緒に食べない? もちろん奢るわよ?」

「何がもちろんなのか分かりませんが…………すみません、夕飯はカズマと一緒に食べたいんです。あの人は何も言ってくれませんが、最近何か頑張っているみたいですから。せめて帰る場所としてご飯を作って待つとダクネスと一緒に決めました」

 

 ……大丈夫。絶対大丈夫なんだから…………。

 

「ところで、ゆんゆん。あなた、明日はどうするんですか?」

「うん、明日は里に帰る予定だけど」

「朝起きてすぐですか?」

「流石に朝ごはん食べてからだとは思うけど…………何かあった?」

 

 言っていて、もしかしたら今日の夜には里に帰るかもしれない、そんな考えが頭をよぎる。でもそれはあってはいけないもしもだ。

 

「いえ、明日の朝いるんだったら別に今日言う必要はないですね。今日はダスト達と楽しんで来るといいですよ」

 

 ……これは期待していいのかな?

 

「それと、もしも堪えられないような事があったなら私の所へ来て下さい」

「……堪えられないような事って?」

「さぁ、それを決めるのはあなたですよ。では、また明日。……今日はもう会わなくて済むことを祈ってますよ 」

 

 そう言ってめぐみんは振り返りもせず去っていく。

 

「……敵わないなぁ」

 

 自分の強がりを見抜いてくれた親友兼ライバルの後ろ姿を、私は見えなくなるまで見送り続けた。

 

 

 

 

 

「ゆんゆん様ですね。お待ちしておりました。席に案内します」

 

 ダストさんと約束していたギルドの酒場。ハーちゃんと一緒にダストさんの姿を探す私に、ウェイトレスのお姉さんがそう話しかけてくる。

 

「え?席に案内って……もしかしてダストさん予約してたんですか?」

 

 もう一度酒場を見渡すけどダストさんの姿はない。それなのに待っていたと言われ席に案内するってことは予約していたってことのはずだ。

 

「はい、あのゴミ男……もといダスト様の名前でパーティーコースを予約していますよ」

「パーティー……」

 

 明日──私の誕生日──を前にしてそれが意味することは……。

 

 

「ねぇ、ハーちゃん。私は期待していいんだよね?」

 

 案内された席に座って。そこに並ぶ5人分のパーティー料理を前にして。私以外に誰もいないその宴席に不安を覚えながら、私は使い魔に問う。

 

「だって、ダストさん本当は明日がいいって言ってたもんね。私の誕生日にパーティーを開きたかったってことでいいんだよね?」

 

 昔の私だったらきっと信じられなかった。友達が自分のために誕生日パーティーを開いてくれるなんて。それが夢にまで見た光景だからこそ、私はそんな幸運を信じられなかっただろう。

 でも、今は違う。私はダストさん、リーンさんやテイラーさん、キースさんとも友達だって胸を張って言えるから。だからそれがただの幸運じゃなく、現実としてありえるものだって信じられる。

 

「………………信じて、いいんだよね……?」

 

 私のすがるような言葉にハーちゃんは答えない。ただ無垢な瞳で私のことを見つめ続けていた。

 

 

 

 

「あの……次の料理を持ってきたいのですが……」

 

 気まずそうな様子でウェイトレスの人がそう伝えてくる。パーティーのコース料理。当然今テーブルの上にある料理だけが全てではないんだろう。

 けれど、一つも料理に手を付けられていないテーブルには次を持ってくるスペースなんてない。持ってくるには今ある料理を下げるしかないけれど……。

 

「…………すみません、あともう少しだけ待って下さい」

「……あと1時間で店は閉店の時間なんですが…………」

 

 既にギルドでクエストを受け付けられるような時間は過ぎている。…………私が席についてからは2時間経った。

 でも、そこに広がる風景はいつまで経っても変わらない。あるのはたくさんの料理を前に待ち続ける私と、そんな私を見守ってくれる使い魔の姿だけ。

 

「お願いします……きっともう少ししたら来ますから……」

「……本当にそう思っているんですか?」

「どういう、意味ですか……?」

「いえ、過ぎた言葉でした。ただ、こちらも仕事ですので料理だけは出させてもらいますね。……そうですね、もうこんな時間ですし新しいお客様も少ないでしょうから、隣の席に料理を出させてもらいます」

「…………ご迷惑おかけします」

 

 小さくなってそう言う私になんとも言えない顔をして、ウェイトレスのお姉さんは料理を取りに厨房へと向かう。

 

 そうして運ばれてくる料理には目もくれず、私はギルドの入り口を見つめて待ち続ける。

 『わりぃ、遅れちまった』と全然悪びれない様子の友達がやってくるのを祈りながら。

 

 

 

 そうして、そのまま1時間が経った。

 

 

 

 

 

「これは、全員揃ったら出すように言われていたんですが……」

 

 閉店の時間を過ぎて。ウェイトレスのお姉さんがそう言って持ってきたのはホールのケーキ。大きすぎるというわけではない、けれど一人で食べるにはとても大きい、17本のろうそくが飾られた普通のショートケーキ。

 

「……………………」

 

 本当なら私はそのケーキの登場に泣いて喜んだと思う。だって、それは私の誕生日を一日フライングして祝うために作られたものだろうから。

 だけど、今はその登場に何も言うことが出来ない。

 

 

 だって、ここには祝ってくれる『人』が誰もいないから。

 だって、それは小さい頃行った『一人だけの誕生日パーティー』の再現だから。

 

 

「……最低ですよね」

「ぇ……?」

 

 ケーキを持ってきてくれたウェイトレスのお姉さんは小さく、けれどはっきりと呟く。

 

「あの男、本当に最低です。あなたの誕生日パーティーをすると聞いた時は、天変地異の前触れかと思いましたが、同時にほんの少しだけ見直したのに……こんな手の込んだ嫌がらせをするなんて」

 

 違う。あの人は確かに筋金入りのチンピラだ。いろいろと呆れたことばっかりのあの人だけど、『意味のない嫌がらせ』をするような人じゃない。

 自分に得があるなら相手が嫌がることでもやるような人間のクズだけど、自分に得がないのに相手に嫌がらせして喜ぶほど終わってもいない。

 得もないのに嫌がらせをする場合はあの人が心底嫌っている相手の場合だけだし、友達である私にそんなことをして喜ぶ人じゃない。

 

 

(それとも、『友達』だって思ってたのは私だけだったってこと……?)

 

 あの人は私のことを親友だとかダチだとか言っていたけど、本当は金蔓としか思ってなかった……?

 

「違います! 今日はきっとたまたま都合が悪くなっただけで…………来るんです! 絶対、遅れてもあの人は来ます! 嫌がらせでこんなことする人じゃないんです!」

 

 自分が思ってしまったことも否定するように私は叫ぶ。

 だって、そうだ。もしも認めてしまえばきっと私は『堪えられない』。

 

「……そう、ですか。なら、あなたはあの男を待つんですか?」

「待ちます。ダストさんが来ることを。あの人が私の友達と一緒に来てくれることを」

 

 それは私に残された最後の強がり。最後の希望。

 それが出来なくなった時、私は堪えられなくなってめぐみんの言った通りになる。

 だからせめて、今日という日が終わるまではそれを貫き通す。

 

「……そうですか。本当なら閉店の時間なので帰ってもらわないといけないんですが、そういう事なら無理に帰ってもらうことは出来ませんね」

 

 はぁ、と大きなため息を吐いてウェイトレスのお姉さんは続ける。

 

「私たちは一通り掃除を終えたら帰ります。料理については明日片付けますからそのままでいいです。ただ、戸締まりだけはどうにもなりませんから、待っていられるのは裏で仕事をしているルナさんが帰るまでです。多分ちょうど日付が変わる頃までだと思いますが、それでも大丈夫ですか?」

「十分です。…………我儘を言ってすみません」

 

 

 そして、私の16歳最後の夜は更けていく。

 

 

 

 

 

 

「どうしてこうなっちゃったのかな……」

 

 しん、としたギルドの中。裏ではまだルナさんがいるらしいけど、表にはもう私とハーちゃんの姿しかない。

 そんな中でこの一週間の出来事を思い出す。

 と言っても、思い出せる事はほとんどない。だって、そうだ。この一週間、ダストさんは一度も私と一緒にご飯を食べていない。一度もクエストに誘ってくれてない。…………街であっても、一度も私に話しかけてくれてない。

 そんなダストさんの変化と時を同じくして、街でリーンさんやテイラーさんを見かけることがなくなった。それどころか、宿を訪ねても会うことが出来なかった。

 

「やっぱり、私みたいなクソガキより大人な女性がいいのかな……」

 

 最近この街にやってきたプリーストのお姉さんは聖女のように扱われている。ダストさんも最初は気に入らないって言っていたのに今ではよくそのプリーストの人の回りにいる。……一度だけプリーストの人と一緒にいるダストさんに話しかけたけど、適当に返事をしただけで、プリーストの人とすぐにいなくなってしまった。

 

「それともやっぱりあのプリーストのお姉さんに何か秘密が…………カズマさんはなにか知ってそうだったけど」

 

 昨日の深夜にカズマさんに助力を請われて幾つか魔法をかけたけど、何か最近の街の様子がおかしいことについて知っているようだった。

 めぐみんが最近カズマさんが頑張っていると言っていたのは、そのあたりが関係しているんじゃないかって思う。

 

「ダストさんがいつものダストさんなら今頃、私を巻き込んで異変の原因に痛い目を合わせてたのかな」

 

 もう何年前になるんだろうか。ダストさんと出会ってすぐの頃、悪質な警備会社をダストさんは詐欺をして痛い目を見せていた。

 アクセルを牛耳っていると自称するダストさんにとって、アクセルの街で好き勝手する輩はよっぽど気に入らなかったんだろう。詐欺とは言え効果的に警備会社を追い詰めていく様子はほんの少しだけ感心するものがあった。

 結局は途中で警察に捕まって追い出すまではできなかったけど。…………私もそれに巻き込まれて一緒に捕まっちゃったけど。

 

「それでも…………今の状況よりはよかったな」

 

 捕まって牢屋に入ることになったあの時は泣きそうになってた気がするけど、こんな寂しい食卓に比べたらずっとマシだ。

 だって一緒に捕まった時、あの人はすごくうるさくて……寂しがる暇なんてなかったんだから。

 

(……そうだ、私は寂しくなかったんだ)

 

 ダストさんと一緒にいる時、私は怒ったり呆れたりばかりだったけど…………それでも寂しくなかったんだ。

 

 

 

 静かな空間に日付が変わったことを告げる時計の音が響く。それは待ち続けると決めたタイムリミット。きっとそう遠くない内にルナさんも戸締まりをしにやってくる。

 

 だからもう、私は認めないといけない。会えなかったリーンさん達はまだ分からない。けれど、あの人はもう友達とは──

 

「──大丈夫、大丈夫。だって私にはめぐみんがいるんだから」

 

 イリスちゃんだっているし、バニルさんやクリスさんたちがいる。リーンさんたちだってきっと遠くに旅に出てるだけだ。だから、たった一人くらい友達がいなくなったって……。

 

(………………本当に?)

 

 本当に大丈夫なの? 友達だって思ってるのは私だけじゃないの? 今友達だって思ってくれても心変わりしないって言える? 3年間ダチだってずっと一緒にいてくれたダストさんが友達じゃなくなるのに? みんながそうならないって言えるの?

 

(めぐみんだって、私の事心配してくれたけど、私を1番にはしてくれなかった……)

 

 カズマさんを待ちたいと言って私よりも──

 

「ね……ハーちゃんはいなくならないよね? 私を1番にしてくれるよね……?」

 

 その先を考えてしまう前に、私は愚痴をずっと聞いてくれた使い魔にそう聞く。質問は冷静に考えなくても最低のものだったけれど。

 一つでも確認出来るものがなければ、私はめぐみんのもとにさえいけなくなってしまうだろうから。

 

「きゃっ……もう、ハーちゃんくすぐったいよ」

 

 そんな私の最低の質問に応えるように、ハーちゃんはぺろぺろと私の顔を舐めてくれる。特に目の下辺りから頬を舐めてくれて、涙が拭われる感触はくすぐったいと同時に気持ちよかった。

 

 

 

 ………………涙?

 

 

 

 

「私、今泣いてるんだ……」

 

 いつから流れていたんだろう。いつの間にか私は泣いていたらしい。

 

「だめっ……このくらいのことで泣いてたら……っ」

 

 裾を使って涙を拭う。けれど、何度拭っても涙は止まらなかった。裾はぐしょぐしょになり、涙を拭うことすら出来ない。

 なんで、こんなに泣いてしまうんだろうと思う。友達がいないのなんて今更だ。一人で誕生日パーティーをしたことだって何度もある。

 それなのに、私がこうして泣き続けるのは…………

 

 

「…………そっか、友達が()()()()()のは、私初めてなんだ」

 

 寂しくて悔しくて悲しくて。私は初めて友達を失ったことに泣き続けた。

 

 

 

 

「? ハーちゃん? どうしたの?」

 

 すくりと4つ足で立ち上がったハーちゃんを私は不思議がる。

 けれどそんな私の疑問に応えることなく、ハーちゃんはそのまま外へと出て行ってしまった。

 

「あは……あはは…………私、ハーちゃんにまで見捨てられちゃった……?」

 

 信じたくはない。でも、今の私にはそうとしか思えない。

 

「また私、ぼっちになっちゃったんだ…………」

 

 そうじゃない。大丈夫。……そう強がることは、もう私にはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

──ダスト視点──

 

 

「……なぁ、バニルの旦那。どうしてゆんゆんは泣いてるんだ?」

 

 バニルの旦那に無理やり連れてこられて。見せられた光景に俺は疑問を浮かべる。

 

「汝があの寂しがり屋な娘を放ってあのなんちゃってプリーストにつきっきりだからだろう」

「だってそれは……セレナ様には恩があるから……」

 

 だから仕方ない。恩を返すまで俺はセレナ様に従わないと……。

 

「……汝はどうしようもないチンピラだと言うのに人に恩義だけは感じるのだな」

「そんなことはどうでもいい。なんでゆんゆんが泣いているんだ?」

 

 ゆんゆんが泣いている理由。それは少し考えれば分かりそうな、それどころか旦那が教えてくれたような気がするのに分からない。

 ただ、ゆんゆんが泣いている姿を見ていると焦燥感だけが募っていき、同じ質問を繰り返してしまう。

 

「では、はっきりと言おうか。あのぼっち娘が泣いているのは汝の言う『セレナ様』とやらのせいだ」

 

 ゆんゆんが泣いてるのがセレナ様のせい? そんなはずはない、だって、セレナ様はクエストの報酬の分け分をくれた恩人だ。ゆんゆんへのプレゼントを買うお金がなかった俺はそれが本当に助かって、プレゼントをやればゆんゆんも喜んでくれるはずで…………

 

 

 …………じゃあ、なんでゆんゆんは今泣いてるんだ?

 

 

「……悪い、バニルの旦那。ちょっと詳しく教えてくれるか。あのエロい体してるねーちゃんが何者で…………なんで俺がゆんゆんを泣かせちまったのかを」

 

 割れるように頭が痛むのを無視して。やっと捕まえたこの違和感の正体を教えてくれるよう、俺はバニルの旦那にお願いした。

 

 

 

 

「そうか、あのクソアマはダークプリーストで、俺は『傀儡』って状態異常にかかってたのか」

 

 バニルの旦那にいろいろと説明してもらうごとに頭痛と違和感はなくなっていった。全部を理解した今はさっきまでが嘘のように頭の中がすっきりしている。

 

「ありがとよ、旦那。バニルの旦那のおかげで正気に戻れた」

 

 全てを知って……ゆんゆんを泣かせちまった原因があのダークプリーストにあると知って、俺にかかっていた『傀儡』の状態異常は完全になくなった。知らなければずっとあのままだった可能性を考えれば、旦那には感謝してもしきれない。

 

「ここで汝を正気に戻したほうが商売的に美味しいと見通しただけのことである」

「そんなこと言って、旦那もゆんゆんが泣いてんのを見てられなかっただけじゃねぇのか。なんだかんだで旦那もゆんゆんのダチだよな」

 

 旦那がゆんゆんに対して俺と同じような気持ちを持っているかどうかは知らない。けれど、旦那とゆんゆんは間違いなくダチだ。悪魔である旦那とダチというのはある意味契約に近い。……つまり、契約を遵守する悪魔にとってダチが泣いているなんてのは見過ごせる状況じゃないのだ。

 

「汝は相変わらず馬鹿なのか頭が回るのか分からぬな」

「馬鹿でいいぜ旦那。…………少なくとも今回の俺は間違いなく馬鹿だからよ」

 

 原因があの女にあるとしても、結局ゆんゆんを泣かせちまったのは俺自身だ。本当に馬鹿すぎる。

 

「では、汝はこれからどうするのだ?」

「そんなもん見通す力使わなくても分かるだろ?…………盛大に八つ当たりしてくるさ」

「…………行くのか」

「ま、あのクソアマにはでっけぇ貸しがあるし文句の一つや二つ言ってこねぇと」

 

 俺にゆんゆんを泣かさせた落とし前はつけてもらわねえと。

 

「そうだろ? ジハード」

 

 俺の横で待っているジハードもそのために…………ゆんゆんを泣かした大元に文句を言うために来たんだろうから。

 

「そうか……では、汝にあの不良プリースト対策の素晴らしい商品をオススメしようか」

「……凄いいい笑顔してんな、旦那」

 

 ペンダントのようなものを出した旦那の顔は清々しいまでの笑顔だ。こんな時の旦那はこの後の展開を見通す力で完全に読み切っている時のもので…………俺が絶対旦那好みの悪感情とお金を出してくれると確信しているときのものだ。

 

「うむ、これはいつものようにポンコツ店主が仕入れた品なのだが、使い方によっては使えなくもない優れものでな。『────』という効果の商品でお値段なんとたったの80万エリス」

「はいはい俺の全財産全財産」

 

 ゆんゆんのプレゼント買うために貯めた金だが…………まぁ、いいか。考えてみりゃ俺はジハードをプレゼントしてる時点で一生分のプレゼントをゆんゆんにやってるような気もするし。

 

「つーか、旦那。そのペンダント。使い方によってはってのは多分相手にペンダントを付けて使うって事なんだろうけどよ…………その場合は同じ魔法が込められたスクロールでいいよな?」

 

 あの魔法のスクロールは確か40万か50万エリス。高いっちゃ高いが効果を考えれば一つか二つくらいは持ってても損ではない。……ま、ゆんゆんと一緒なら全然いらないスクロールだが。

 

「うむ。ゆえにこの商品を作った者は間違いなく頭がおかしい。そんなものを喜んで仕入れるポンコツ店主は狂っているとしか思えぬ」

 

 と言ってもそんな頭がおかしくて狂った商品が今の俺にとっては切り札というか……目的を達成するのに最適だから世の中どうなるか分からない。

 

「ま、死んで目的が達せられないってのも締まらねえしな。買うぜ、旦那」

「まいどあり。……あのぼっち娘のことは我輩に任せるがいい。汝は汝のやるべき事をなせ」

 

 最後にもう一度だけ泣き続けるゆんゆんの姿を目に焼き付け。ペンダントを受け取った俺はジハードと共に落とし前をつけさせに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よぉ、セレナの姉ちゃん。相変わらず冒険者侍らせて楽しそうだな」

 

 もういい時間だってのに一体全体何をしていたのか。この街では高レベルの冒険者達に自分を護らせながら歩く目当ての女を見つけて、俺はそう声をかける。……あの冒険者たちの中に俺もいたかと思うと死にたくなるな。

 

「あら? ダストさんではないですか。先程の仮面の方とのお話は終わったんですか?」

 

 一瞬ビクリと震えてから。声をかけたのが俺と気づいたセレナは安堵の息を吐いてそう聞いてくる。……俺以外の何かを警戒してんのか? こんな時間に出歩いていることも含め何かあるのかもしれない。

 

「おうよ。おかげさまで頭もスッキリしたからよ。…………ちょっと話をしようぜ?」

「………………ええ、分かりました」

 

 俺の様子に気づくものがあったんだろう。一瞬苦々しい顔をしたセレナは、けれどその顔をすぐに偽って話に応じる姿勢を見せる。

 

「ただ、ダストさん。お話をするのは構いませんが、横で唸ってるドラゴンは下げてもらえないでしょうか。怖くてゆっくり話もできません」

「はっ……そんなこと微塵も思ってねぇくせに、性悪ダークプリーストが」

 

 護衛の冒険者に囲まれ、いざとなったらそいつらをけしかければ最低でも逃げることくらいは出来ると思ってんだろう。

 

「ダークプリースト? ダストさん、一体全体何の話を……。(ちっ、なんで傀儡が解けてんだ? バニルの野郎がバラしたとしても、完全に解けるはずないんだが……)」

「お察しの通り全部バニルの旦那に聞いたから隠さなくていいぞ。……で、回りの冒険者にそのまま聞かせてもいいんだったら話を続けるが」

「…………少しだけこの方と二人で話したいので下がっててもらえますか? (……『傀儡』が解けた理由もはっきりしねえし、念には念を入れとくか。バニルに話を聞いてるならあたしをいきなり殺したりはしないだろうしな)」

 

 クソアマの指示を受けて話が聞こえなくなるくらいには下がる冒険者達。大人しく言うことを聞くその姿はまるで人形かゾンビのようだ。相当『傀儡』が進んでいるんだろう。

 

「それで、ダストさんお話というのは何でしょうか? お金を恵んで欲しいというのであればお金を上げますよ。(……持ち金いまねぇけど)」

「一応言っとくが俺に傀儡かけようと思っても無駄だぞ。てめぇにはでっけぇ貸しがあるからよ。……あと、そのいい子ちゃんの演技もムカつくだけだからさっさとやめてくれればいいんだがな」

 

 ボソボソと小さな声で喋っているのが素なんだろう。素がそれだと分かってみるといい子ちゃんしてる演技は本当に気に食わない。

 

「そうですか。では、あなたをムカつかせたいので話し方はこのままで。……バニルの野郎にはどうにかして邪魔させない契約させないとめんどくせぇな」

 

 このクソアマ本当いい性格してんな。こんなにムカつくやつはアルダープの野郎以来だ。

 

「それで、一体全体チンピラクズさんは一体何のようなんですか? ゴミのくせに正義感振りかざしてやってきたんですか? 今はカズマ様の嫌がらせで忙しいから…………お前みたいな雑魚の相手する暇ねぇんだよ」

 

 最後に殺気を込めてセレナは俺を睨みつけてくる。

 

「まぁそう言うなよ。取引をしようって来たんだからよ。俺の忠告を聞いてくれればお前の正体はバラさないでおいてやる」

「取引? 何故あなたみたいな雑魚と取引をしないといけないんですか? ……駆け出しの街でいきがってるだけのチンピラなんて指先ひとつで殺せるんですが」

 

 その言葉に多分嘘はない。ドラゴンナイトであるラインならともかく、ただの戦士であるダストは『デス』で死ぬ。セレナは今の俺くらい本当に指先一つで殺せる。

 

「殺したきゃ殺せばいいぞ。ただ、その場合はお前も一緒に死ぬことになるだろうが」

「はったりだけは得意みたいだな。なに? あんたもあたしと一緒で復讐と傀儡の神の信徒だっての?」

 

 そんなはずはないと笑い飛ばすセレナ。俺もそんな邪教に入る気はサラサラない。

 

「別に。俺が死んだらこの魔道具が発動するってだけの話だよ。自分を殺した相手を転移させるこの魔道具がな」

 

 本当何を考えてこの魔道具の製作者は作ったんだろうか。発動が自分の死を前提にするとか誰が使うというのか。魔物にでも無理やりつけて殺せばテレポートの代わりとして使えないこともないが、その場合は旦那にも言った通りテレポートが込められたスクロールでも使えばいい。

 全魔力と生命力を消費して相手を飛ばすから、確かに普通のテレポートやスクロールのテレポートよりも転移させる力が強いのは確かだが……。

 

「…………その頭の悪い商品はウィズが仕入れやがったな。転移ってどこに転移だよ?」

「マグマ溢れる活火山の火口の真上らしいぞ」

「……いいでしょう、それで忠告とは何ですか?」

 

 苦々しい顔を隠そうともせずセレナ。

 

「簡単だよ。俺のパーティーメンバーに手を出すな。リーン、テイラー、キース、ゆんゆん……こいつらに手を出さなければ他の冒険者達には黙っておいてやる」

 

 それを約束するのなら俺はこの性悪ダークプリーストをどうこうするつもりはない。文句だけははっきり言わせてもらうつもりだが、それだけだ。

 

 この女と決着を着けるのは()()()がやるだろうし()()()がやるべきだ。

 

「ちっ……あの紅魔族のアークウィザードは近々傀儡にしようって、いろいろ準備してたのによ…………まぁ、いいです。その取引受けましょう。……感謝してくださいね?」

「しねぇよ。言っただろ。てめぇにはでっけぇ貸しがあるって。一生かかってもてめぇみたいなクソアマには返しきれない貸しがよ」

「あなたみたいな金もないただのチンピラに借りを作った覚えはないんですが」

 

 本当に何を言っているのか分からない様子でセレナはそう言う。

 

「ま、お前みたいなクソアマには分かんねぇだろうな……」

 

 あの国の貴族やアルダープみたいな奴らには想像もつかないんだろう。

 俺だってクズでチンピラだが、それでも恩義は忘れないし仲間は大切にする。

 どんなに腐ってもそれだけは変わらない。

 それが変わっちまったら俺は大嫌いな奴らと一緒になるから。

 きっとリーンにだって見捨てられちまうだろうから。

 

 

 

 

 

 

──ゆんゆん視点──

 

 

「何を泣いているのだ友達を寝取られた娘よ」

「ぐすっ…………その呼び方で私が泣いてる理由全部説明されてませんかね」

 

 服のまだ比較的濡れてない所を探して涙を拭う。いつもと同じ胡散臭さ全開で来てくれた友達に情けない涙は見せたくなかった。

 

「…………バニルさんは正気なんですよね?」

「我輩を誰だと思っているのだ。地獄の公爵を務める大悪魔、バニルである。たとえ相手が創造神であろうが我輩の正気を奪うことはかなわぬ」

「バニルさんって最初からある意味正気じゃないですもんね」

 

 人をおちょくることにかけては右に出るものがアクアさんしかいない大悪魔だ。こういう時の安心感は凄い。

 

「失礼なことを言っているのに全く悪いと思ってない毒舌娘よ。汝の思っている通り我輩クラスの存在ともなれば状態異常に対する耐性は鉄壁クラスだ。いわゆる魔王軍幹部クラス以上に状態異常は効かないと思っていい。……汝がもし魔王討伐へと向かうのなら覚えておくと良いだろう」

「そうなんですか。教えてくれてありがとうございます」

 

 魔王討伐なんて勇者じゃあるまいし考えたこともないけど。…………そうなれたらいいなぁとか憧れたことはあるんだけどね。憧れはあくまで憧れだ。

 

「それでバニルさん。私に何か用ですか? その……ダストさんから何か言伝を貰ったとか……?」

「残念ながら、あのチンピラ冒険者から汝への言伝など貰ってなどおらぬ」

「そう……ですか。まぁ、そうですよね」

 

 いい加減認めないと。ダストさんはもう友達じゃないって。いつまでも引きずって暗くしてたら今いる友達まで失くしかねないんだから。

 

「出来ぬことを延々と自分に言い聞かせて自らを騙そうとする娘よ。汝に面白いものを見せてやろうと思うのだが、どうだ? 見に行かぬか?」

「面白いもの…………ですか? バニルさんが面白いと思うものってたいていろくでもないものな気がするんですが…………」

 

 人の悪感情を美味しくいただくのが趣味のバニルさんにとって面白いものは、たいてい人間側にしてみれば残念なことが多い。

 

「心配せずとも今回は汝にとっても面白いものである……いや、汝にとっては嬉しいものかもしれぬな」

「私が嬉しい……? バニルさんがどうしてそんなものを私に……」

 

 バニルさんとは友達だけど、それは悪魔との付き合いらしいものだ。つまりは対価をバニルさんは求める。近所で評判が良いらしいけど、それらも全てバニルさんにとって益があるからやっていることだと私は知ってる。だからこそこの胡散臭い仮面の悪魔さんを信用できるんだけど。

 

「なに、遠い将来我輩の夢を叶えるための布石ゆえ汝が気にすることではない。……では行こうか」

 

 そう言って歩き出す大きな背中を私は疑問符を浮かべながら追いかける。

 

 

 

 その先で私が見たもの。

 

 

 

 

「俺の寂しがりやな親友を一人にさせてんじゃねぇよ!」

 

 それは今日──正確には昨日──、私が待ち続けた人が怒っている姿。私と喧嘩してる時とは比べ物にならない真剣な表情で例のプリーストのお姉さんに怒りをぶつけている。

 その怒りの理由はきっと考えるまでもない。

 

「どうだ、寂しがり屋な娘よ。…………面白い光景ではないか?」

「そうですね…………これは確かに面白くて…………すごく嬉しい光景です」

 

 

 だって、あのダストさんが私のために怒っている。

 こんなの笑うしかない。

 

 

 

「俺の親友を泣かせてんじゃねぇ!」

 

 

 …………こんなの泣くに決まってる。

 

 

 

 

 

 

「さっきぶりであるな、アクセル随一のチンピラ冒険者よ」

 

 セレナさんとの話を終えてこっちに向かってくるダストさんにバニルさんはそう声をかける。

 

「バニルの旦那……って、ゆんゆんも一緒かよ!?……もしかして、さっきのやり取り見てたとか言わねぇよな?」

 

 私の泣いてる姿に気づいたのか、ダストさんのそばにいたハーちゃんは飛んできて、私の涙をまた拭ってくれる。

 ありがとね、ハーちゃん。私のためにダストさんと一緒に怒ってくれたんだよね。

 

「我輩は近所で評判のいい紳士であるため、たとえ真実がどうであろうとも黙っておいてやろう。…………そこの寂しがり屋なチンピラの親友も黙っているであろう?」

「それ完全に聞いてるって言ってるようなもんだよなぁ!? ていうか一番聞かれたくない奴に聞かれてたら黙ってられても意味ねぇよ!」

「ほぉ……これは良いことを聞いた。では野菜好きのまな板魔法使いにこのことを面白おかしく――」

「――なんでもしますから黙っててください!」

 

 2人のいつもと変わらないやり取りに私は涙を流しながらもくすくすと笑ってしまう。

 

「なーにを笑ってやがんだよ親友。こっちはわりと命がけだったってのに」

「だって、2人があんまりにもいつもどおり過ぎて……くすくす……」

「……ま、いいけどよ」

 

 仕方ないなとばかりに大きな溜息をつくダストさん。

 

「あ、でもダストさん。これだけは訂正させてくださいね」

「あん? 何をだよ」

「ダストさんは私の親友なんかじゃないですよ」

 

 だってそうだろう。私の今感じてる気持ちは親友に対するものとは全然違う。

 

「……そうかよ」

「はい。ダストさんは私の大切な悪友ですから」

 

 でも、親友に対するものと同じくらい大切な気持を表したくて、私はそう表現する。

 それが、この気持を表すのに正しいかは分からないけれど。それでも『悪友』という言葉はなんだかしっくりする気がした。

 

「ま、確かに親友ってよりかはそっちの方が俺ららしいか。……じゃ、改めて。さっきのことはリーンには黙っててくれよ悪友」

「それとこれとは話が別ですよダストさん。……こんな面白い話を親友に黙っていられるはずないじゃないですか」

「お前本当いい性格になりやがったな!」

 

 

 

 私は願う。

 

 

 

「あ、そうだダストさん。今日が何の日かもちろん覚えてますよね?…………今なら一番乗りですよ?」

「ああ? 一番乗りってなんの話……って、ああそういう意味か」

 

 

 

 この騒がしくて楽しい日々がいつまでも続くことを。

 

 

 

「なに? お前俺に最初に言ってもらいたいのか? デレ期ってやつか」

「バニルさん、ダストさんがまた頭おかしいこと言ってるんですけど大丈夫でしょうか?」

「おそらく『傀儡』の影響がまだ残っているのであろう。生温かい目で見てやると良い」

「ダストさん可哀想…………」

「俺別に変なこと言ってねぇよなぁ!? ってか、その目は地味に痛いからやめろ!」

 

 

 

 本当に。本当に。

 

 

 

「それで、ダストさん。…………言ってくれないんですか?」

「ちっ……なんだよ本当に。お前がそんなに素直だと調子狂うだろうが」

「別にいいじゃないですか今日くらい。一年に一度の日なんですし」

「ま、それもそうか。……ゆんゆん──」

「──ぼっち娘よ誕生日おめでとう。……おっと、これはどうしたことか。誕生を一番乗りで祝ってやったと言うのに我輩好みの悪感情が2人からするのだが」

「…………ま、そんなオチだろうと思ったよ。ゆんゆん、誕生日おめでとさん」

「えと…………はい。なんか納得行かないオチですけどありがとうございます」

 

 

 

 

 願い続ける。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第29話:悪友として

『ゆんゆん、誕生日おめでとー!』

 

 ウィズ魔道具店。セレなんとかさんとのやり取りを終えた後、バニルの旦那に連れてこられたその場所で。

 パン、パンという祝砲とともに祝福の声があがる。

 

「え? え?」

 

 扉を開けてすぐの声に、祝福された本人は何が起こったのか……何が起きているのか分からないという顔をしていて、

 

「ほらほら、ゆんゆん。こっちこっち」

 

 そんなゆんゆんの背中を最近姿を見なかったリーンが押して行く。

 ゆんゆんが連れて行かれた席には同じく姿を見なかったテイラーとキースの姿もあって……俺が守ろうと思った奴ら全員が揃っていた。

 

「……そっか。旦那、()()()くれたのか。…………ありがとな、旦那」

 

 その光景に安堵しながら、俺は隣に佇む仮面の悪魔に感謝の言葉を伝える。

 

「別に今回のことで礼はいらぬ。悪魔として当然のことをしたまでだ」

「でも、()()ではあるんだよな?」

「うむ、これは汝への()()である」

 

 分かってた事だが、でっけえ借りだよなぁ。何をして返すことになるんだか。

 

「お疲れ様でした、バニルさん、ダストさん。準備は出来てますから二人も座ってくださいね」

 

 パタパタとエプロン姿でやって来てそう言うのはウィズさん。

 

「準備って……あの料理全部ウィズさんが作ったのか?」

 

 ゆんゆんの誕生日を祝うためだろう。ウィズ魔道具店はいつもと様相を変えてテーブルが並べられている。そのテーブルの上に載っているのはギルドのパーティーコースに負けないような美味しそうな料理の数々。これを一人で作るとなると相当手間だと思うんだが。

 

「リーンさんにも手伝ってもらいましたよ。凄く調理が上手くて助かっちゃいました」

「…………え? あいつって料理できたのか?」

「はい、手際良かったですよ」

「意外だ……」

 

 リーンが料理してるとこなんて見た覚えがない。俺と一緒で宿屋暮らしだし作る機会がないってのもあるんだろうが。

 

(……いや、一度だけあいつが料理したもの食った覚えがあるか)

 

 まだ俺がラインだった頃。怪我が治って森に隠れて住んでいた時に。確かあの時の料理は──

 

「──何をしてんのよ、ダスト! あんたもさっさと座りなさいよ」

「ああ、うるせえな! 人が考え事してる時くらい静かにしろよ!」

 

 リーンの声に考えを中断されて。俺は文句を言いながらも旦那の隣に座る。

 ……いつの間にか旦那もウィズさんも俺を置いてってるし。

 

「静かにしろって、ダストにだけは言われたくないんだけど。あんたほど無意味にうるさいのってそうそういないでしょ?」

「そうでもないぞ。お前の隣にも座ってる」

 

 おう、そこでニヤニヤしてるお前だからなキース。

 

「つーか、なんだよ、キース。ニヤニヤしやがって」

「いやぁ……久しぶりにダストとリーンのやり取り見たなって」

「だからなんだよ?」

 

 久しぶりだろうがなんだろうがどこにニヤニヤする要素があるってんだ。

 

「だってよ、この一週間リーンの寂しそうな姿と言ったらなかったからな。なぁ、テイラー」

「…………いや、別にそこまで寂しそうでもなかっただろう」

「はぁ? お前もリーンが寂しそうって言ってた──」

「──キース? これ以上余計なこと喋ったら──」

「──はい、すんませんした。だからリーン、その杖はしまえ。詠唱しようとすんな!」

 

 あー、こいつらの馬鹿なやり取り見んのも久しぶりだなぁ。なるほど、ニヤニヤする気持ちも分からないでもねえな。

 

「本当に…………。ダスト、勘違いしないでよね? あたしが寂しそうにしてたのはゆんゆんに会えなかったからなんだから」

「だろうな。別に勘違いなんかしねえよ」

 

 リーンが俺のことなんとも思ってねえのは思い知らされてるし。リーンが好きなのはあくまで過去の俺であって今の俺じゃない。

 

「…………なら、いいけど」

「なんだよ、その不満そうな顔は。本当に勘違いなんてしてねえから、機嫌治せっての」

 

 リーンが怒ったりしてるとこっちが落ち着かねえんだからよ。

 

 

 

「バニルさんバニルさん。これが甘酸っぱい青春ってものなんでしょうか?」

「うむ、行き遅れ店主をやっている汝には一生縁がないものだな」

「バニルさん、ちょっと表に出ましょうか。久しぶりに本気で殺り合いましょう」

「フハハハ! 魔法使いの汝ならともかく腑抜け店主の汝が我輩と勝負になるとでも……、おい、ポンコツ店主よ、我輩から魔力を奪うでない。その調子で吸われたら身体を維持できなくなるではないか」

「それが目的ですから」

「よし、分かった今回は我輩が謝ろう。出会いがなさすぎる上に、たまにある出会いは大体ろくでもないオチになる汝をそのことでからかうのは我輩も大人気なさ過ぎた」

「それ本当に謝ってますか!? というより、ろくでもないオチになるのは大体バニルさんのせいじゃないですか!」

 

 旦那ー? 人が機嫌取ってるのをネタにして人をからかうのはやめてくんねーかな。

 

「つーか、これゆんゆんの誕生日を祝うためのパーティーなんだよな?」

 

 全然そんな雰囲気ないんだが。

 

「いいですよ、ダストさん。私、みなさんが話しているの見るの好きですから」

「いや、だからっつってな……主賓はお前だろうが」

 

 確かに今のゆんゆんは楽しそうにしてるし嘘はないんだろうが…………。

 

「……ねぇ、テイラー。ダストってもしかしてまだおかしいままなんじゃない? ダストがまともなこと言ってるんだけど」

「ありえるな。……まぁ、おかしくなったダストの発言は確かにもっともだ。先にパーティーを始めたらどうだ?」

 

 人がまともなこと言ってたらおかしくなってるってのはどういうことだよ……。

 

「それもそだね。ダストは後でアクアさんに診てもらおうか。……でも、パーティー始めるにしてもケーキがまだ来てないんだよね」

「あん? ここまで料理準備してんのにケーキは用意してないのかよ? 来るってどっかからか持って来るのか?」

 

 真夜中のこんな時間に仕事してるやつなんていないだろうに。

 

「うん、よく分かんないけど仮面の人が用意するって言ってたから」

「旦那?」

 

 旦那は別に何か持ってきてる様子はなかったし、今もウィズさんからかって遊んでるんだが……。

 

「すみません、少し遅れました。もう始めていますか?」

「ん? ルナじゃねぇか。こんな時間に何しに……」

 

 カランカランと音を鳴らして店に入ってきたのはギルドの看板受付嬢。ウィズさんと並んで美人なのに行き遅れていると評判のルナだ。

 

「……って、それ、もしかしてケーキか?」

「はい、バニルさんに頼まれまして。……流石に向こうの料理を持ってくるのは無理ですが、このケーキくらいは食べてもらいたいはずだって」

 

 …………別に俺はそんなこと気にしないんだがな。

 

「ダストさん、どうせバニルさんのことです。ゆんゆんさんがロウソクの火を吹き消すのを横取りして悪感情を美味しく頂くつもりですよ。そのためには少しでも思い入れのあるケーキの方がいいと判断したんじゃないですか?」

「ネタバレ店主よ。我輩の今日一番の楽しみを奪うとは我輩に何の恨みがあるというのだ」

「いえ……あの…………それ、本気で言ってますか? あ、本気で言ってますね」

 

 旦那は平常運転みたいですね。…………今日は疲れてるし旦那の相手はウィズさんに任せるか。

 

「ま、何はともあれありがとよ、ルナ。どうだ? お前も一緒にゆんゆん祝ってかねえか?」

「そうしたいんですが、明日も仕事ですので…………」

 

 受付嬢が眠そうにしてるわけにもいかないか。

 

「そう言うな、世界でも有数の我輩好みの悪感情を燻らせている受付嬢よ。明日……というか今日の仕事であれば我輩がまた代わろう。どこぞの空気の読めない店主のせいで悪感情を食い損ねたのだ。代わりに汝の良質な悪感情を存分に味あわせてもらいたいのだが」

「ようするにバニルさんに私の愚痴をこぼせって、そういう話ですか? ……まぁ、バニルさんが代わりに仕事をしてくれるんだったらいいですね。私もゆんゆんさんを祝わせてもらいます」

 

 そう言ってルナは俺と旦那の間に座る。

 

「うし、じゃあケーキも来たことだし始めるとするか」

 

 

 そうして始まるゆんゆんの誕生日会はつつがなく進んでいく。

 ……途中ロウソクの火をバニルの旦那が吹き消そうとしたりしたが、そのあたりは予定通りウィズさんとルナが止めたから問題なかったということにしておこう。

 酒が全員に入ってるからか、真夜中なのに近所迷惑じゃないかと言うくらい盛り上がり、ゆんゆんを祝ったり、各々楽しんでたりしている。

 

 

「なんで私のところにばかり厄介な問題が来るんですか。受付をしてるのは私だけじゃないのに。おかげで他の人は帰れるのに私だけ毎日毎日日付が変わる時間まで仕事ですよ」

「うむうむ。それだけ汝があらくれな冒険者たちの信頼を得ているということだろう。愚痴であれば我輩がいくらでも聞くゆえ、これからも頑張るがよい」

「………………ところでバニルさん。バニルさんに愚痴を聞いてもらうようになってから私に難題が来ることが増えたんですよね」

「ほぅ、それは不思議な事もあるものだな」

「どこかの金髪のチンピラさんに相談したら、『旦那なら見通す力使ってルナに難題行くように調整しそうだよな』とか言ってたんですが…………心当たりありません?」

「ふむ、もしや汝は我輩を疑っておるのか? こうして汝の愚痴を聞く汝にとって一番の理解者と、アクセル随一のチンピラ冒険者。どちらを信用するかなど考えるまでもあるまい」

「ええ、こういう場面で嘘をつかず論点を変えて誤魔化そうとするバニルさんのことは凄く信頼していますよ」

 

 

「テイラーさん、どうでしょう? この商品、お買い得だと思いませんか?」

「思わないです。…………いえ、確かにウィズさんほどの魔法使いがオススメするのであれば、品質に間違いはないのでしょうが……」

「そうです、品質は最高品質なんです。だからこの『どんなに重たい防具でも軽々装備できるアクセサリー』を買いませんか?」

「いえ……だからいらないです。確かに使いようによっては悪くないでしょうが、副作用で『その場から一歩も動けなくなる』のはちょっと……。けどリーンとかの魔法職であれば使いみちがありそうですね。場合によっては買っても──」

「それは難しいですね。このアクセサリーはクルセイダー専用装備なので」

「──やっぱりいらないです」

 

 

「なぁ、ゆんゆんって本当に恋人いないのか?」

「いませんけど…………えっと、やっぱりこの歳でいないっておかしいですか?」

「いや、別に歳は関係ないけどよ、ゆんゆんみたいで可愛くて性格もいい子が恋人いないのは不思議ではある」

「か、可愛いって…………別に私なんて普通……うん。普通ですよ」

「そんなことないって。だからさ、今度一緒に──」

「──はいはい。キース、あんたゆんゆん口説くのは勝手だけどさ、それにしても時と場合考えなさいよ」

「なんだよ、リーン。お前はダストの相手でもしててくれよ」

「それ無理。あのドラゴンバカはいつもの発作みたいだし。……とにかく、キース。今日はゆんゆんの誕生日会なんだから下心はほどほどにしときなさいよ」

「そんなこと言ってもよー。こういう機会でもないと俺がゆんゆんと仲を深める機会ないじゃねーか。いつもはリーンかダストが間に入るし。こういう場所で二人きりで出かける約束したいんだよ」

「ダスト2号のあんたをゆんゆんと二人きりなんて許せるわけ無いでしょ? ゆんゆんと出かけたいならあたしかダストも一緒ね」

「1号は普通にゆんゆんと2人でクエスト行ったりしてるじゃねーか。なんで俺はダメなんだよ」

「そりゃ、ダストはあんたと違ってゆんゆんに本気で手を出す気はないし。それにダスト相手ならゆんゆんも嫌なことは嫌ってはっきり言えるからね」

「リーンさん、守ってもらえるのは嬉しいですけど、キースさんと2人でクエスト行くくらいなら大丈夫ですよ」

「……そう? キースってダストと違って女の扱いも知ってるから、ゆんゆんが騙されないか心配なんだけど」

「リーンの人聞きの悪い言い方はスルーするとして……ゆんゆん、本当に俺と一緒にクエスト行ってくれるのか?」

「はい。そうですね、グリフォン討伐クエストなんかどうでしょうか? 私が詠唱してる間、グリフォンを引きつけてもらえれば凄く助かるんですが……」

「あ、やっぱり俺にゆんゆんと一緒にクエストは無理だわ」

「テイラーと一緒ならちょうどいいんじゃない? それならあたしも止めないけど」

「……その流れは結局リーンもダストもついてくる流れだろ。いつもと一緒じゃねえか」

 

 

 まぁ、そんな感じでそれぞれパーティーを楽しんでいる。

 

 そんな中で俺が何をしてるかと言ったら……

 

「あー……やっぱジハードは可愛いなぁ……。もう一緒に寝泊まりしてる仲なんだし、俺のとこの子にならねえかなぁ……流石に無理か」

 

 ジハードにご飯を食べさせたり、頭を撫でてやったり。とにかくジハードを可愛がっていた。

 美味しそうにご飯を食べる様子や、頭を撫でられて気持ちよさそうにしてたり、本当ジハードは可愛い。こんなに可愛いドラゴンとこれから毎日一緒に寝れるとか俺は幸せ者だろう。

 

 

「あれ? ジハードもしかして眠いのか? 確かにもうこんな時間だもんな」

 

 頭を撫でられ気持ちよさそうにしているジハードの目蓋が今にも閉じそうになっている。ジハードが眠そうにしている時の兆候だ。

 

 ジハードはその稀有すぎる固有能力の影響か、普通のドラゴンよりもよく眠る傾向がある。回復魔法は別に問題ないんだろうが、ドレイン能力はドラゴンにとって負担が大きいらしい。その負担の反動が長い睡眠という形で出てるのではないかというのが俺と旦那の見立だった。

 

 そんなジハードがこんな真夜中に眠そうにしているのは当然と言えば当然だろう。むしろ、よくここまで起きていたと言うべきか。

 

「ってわけで、ウィズさん。ちょっと奥の部屋貸してもらえねえかな? ジハードと一緒に寝かせてもらえるとありがたいんだが」

 

 かくいう俺も眠気が限界に近い。リーンやテイラー達はこのパーティーに向けて仮眠してたんだろうが、俺は状態はともかく普通に生活してたわけだし、精神的にも結構疲れてる。美味しい料理を適度に食べて満腹になってるしジハードと一緒にぐっすり眠りたい所だ。

 

「いいですよ。……と、言いたいところなんですが、貸せそうな部屋が私の部屋しかないんですが、いいですか?」

「そりゃ、ウィズさんが問題ないなら俺は問題ないけど…………旦那の部屋とかないのか?」

 

 本人が問題ないなら喜んで借りるところではあるが、普通男に自分の部屋を貸すだろうか?

 

「バニルさんの部屋は魔道具の倉庫と一緒になっていまして…………慣れない人が入ったら爆発する可能性があるのでちょっと……」

 

 なにそれ怖い。

 

「ま、ベッドを借りるわけでもないしウィズさんの部屋でいいか。ありがたく使わせてもらいます」

 

 借りてる馬小屋に帰るって手もないわけじゃないが、パーティーが終わる前に帰るのも少しだけ気が引ける。仮眠してくるってだけでもリーンに文句言われそうなのに、ガチで帰るってなると小言言われそうだしな。

 

「? ベッドを借りないって……もしかして床を使うんですか? 私は別に気にしないんでベッドを使ってもらっていいですよ」

 

 嫌じゃないじゃなくて気にしないってあたりにウィズさんの俺への好感度が透けて見えるな。

 

「だって、ベッドを使ったらジハードと添い寝が出来ないじゃないすか。考えるまでもないっつーか……」

 

 ふかふかベッドとジハードとの添い寝なら絶対に後者に決まってる。

 

「……バニルさんから聞いてはいましたが、ダストさんって筋金入りのドラゴンバカですね」

「そんなに褒めないでくれよ、ウィズさん。俺のドラゴンバカっぷりなんて大したことないからよ」

「いえいえ、そこまで一つのことに熱を上げられるのは素直に凄いと思いますよ。……ゆっくりジハードちゃんと仮眠して来て下さい」

 

 そうしてウィズさんの許可を得て、俺はジハードと仮眠を取りに行く。

 

「……バニルさん、『ドラゴンバカ』って褒め言葉なんですか?」

「言葉の意味など場所と時代によっていくらでも変わるゆえ、はっきりとしたことは言えぬ。だが少なくともあの天然店主と底抜けのドラゴンバカにとっては褒め言葉らしいな」

「そういうものですか……。というか、ダストさんってドラゴンが絡んでいると割りと無害なんですよね。できればドラゴンハーフ、難しければクォーターの人に心当たりありませんか? ダストさん対策で受付に雇いたいんですが」

「心当たりはないが、見通す力で探すのは構わぬぞ。無論占う代金は払ってもらうがな」

 

 ……なんか後ろで凄い気になる話をルナと旦那がしてる気がするが、今はジハードが優先だ。

 後ろ髪を引かれながらも俺はウィズさんの部屋にお邪魔し、ジハードと共に眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

「ライン兄、美味しい?」

 

 小さなリーンが、サンドイッチを食べる俺を期待を込めた瞳で見ている。

 

「普通」

「普通!?」

 

 そんなキラキラした瞳に応える事もなく、俺は素直すぎる答えを返した。

 

「うぅ……頑張って作ったのに『普通』って……」

「でも、初めて作ったんだろ? 上出来じゃないのか?」

 

 卵の殻が少し混じっててたまにジャリって音がするけど、リーンが作ったサンドイッチは食べられないような味じゃない。

 

「上出来じゃダメだもん。『美味しい』って言ってもらいたいもん」

「そうか、ならもっと練習しないとダメだな。言っちゃ何だが、一応俺も元貴族で美味しいもんは食べ慣れてるからよ」

 

 同時に極悪な環境での生活も経験してるから、不味いもんも食べ慣れてるが。

 

「分かった。絶対上手くなってライン兄に美味しいって言ってもらうもん」

「おう、頑張れ。楽しみにしてるからよ」

 

 

 それから、リーンが俺に自分の手料理を持ってくることは一度もなかった。俺はあの日のことなんてリーンは忘れてるんだろうと思ってたが、今日の料理は──

 

 

 

「あ、ダスト。起きた?」

「ん……リーン? どうした? ゆんゆんをちゃんと祝えって小言言いに来たのか?」

 

 夢から覚めて。目を開いてみれば隣りには夢で見た少女の成長した姿があった。

 ……こうしてみるとリーンも出会った頃とすれば大きくなったよなぁ。胸はあの頃から殆ど変わってないけど。

 

「別にそんなこと言わないわよ。ゆんゆんが寂しそうにしてたら話は別だけど」

 

 ま、俺もあいつが寂しそうにするんだったら起きてただろうしな。

 

「じゃ、何しに来たんだ?」

 

 他に俺なんかやらかしてたっけか。最近は無銭飲食もしてないし割りと大人しくしてるつもりなんだが。

 いい加減金返せという話だったら土下座しよう。

 

「…………ありがとね、ダスト」

「……は? ありがとうって……別に俺お前に感謝されるようなことした覚えねえぞ?」

 

 文句が来るのを身構えていたのに。リーンの口から出たのは感謝の言葉。

 ゆんゆんにならまだ感謝されるのも分からないでもないが、今回俺がリーンに何かしたわけじゃねえのに。

 

「仮面の人に聞いたよ。あんた、自分があたし達を守れない状況になったら、代わりに仮面の人にあたし達を守ってくれるように契約してたって」

 

 契約の内容を他人に話すってありかよ旦那。いや、別に黙ってると確認したわけじゃないし文句言える立場じゃねえけどさ。

 ……ゆんゆんに化けてセクハラ作戦に目が眩んで確認を怠った俺が悪いか。

 

「……別に、頼んだだけだ。大したことじゃねえよ」

「嘘つき。よく分かんないけどあの仮面の人って凄い悪魔なんでしょ? 契約してってなると凄い代償取られるはずだよ」

「かもな」

 

 今はまだ『借り』という形だが、いつかそれを『代償』として払わないといけない時が来るだろう。

 

「分かってるなら、なんでそんな契約したの?」

「んなもん、言うまでもないだろう」

 

 契約したのがバレた時点で言ってるようなものだ。

 

「それを、言って欲s…………ううん、やっぱりなんでもない」

「なんだよ、途中で言うのやめやがって。変なやつだな」

「うっさいばーか。あんたにだけは変なやつとか言われたくないし」

「はいはい。……本当、可愛げのないやつだぜ」

 

 リーンが言おうとした言葉。それはきっとラインには言えてダストには言えないものなんだろう。

 

 だから、俺はそれを口にすることはない。

 だから、俺はそれを心のなかで呟く。

 

 

 俺は、お前らを何があっても守ってやりたかっただけだ。

 

 

「ん……もう夜が明けるね。そろそろパーティーもお開きかな?」

「だな。俺もそろそろ起きるか」

 

 それを口にすることは出来ない。けど──

 

「……そういや、リーン。お前も料理作ったんだってな」

「え、あ、うん。そう……だけど? もしかして何か問題あった?」

 

「いや……美味しかった。そう言いたかっただけだ」

 

 ──これくらいは、俺が言っても許されるよな。

 

「…………ばーか、あんたに美味しいって言われても全然嬉しくないし、わざわざ言わなくてもいいのに」

「そうかよ」

 

 褒めてやったってのにリーンの台詞は相変わらずそっけない。

 

「でも…………ありがと」

 

 だけど、今はそれでいいのかもしれない。少なくとも今、こいつは笑顔でいられているんだから。

 

 

 

 

 

「なあ、ゆんゆん。今日は予定あるのか? ないんだったら一緒に遊ばないか? 友達としてゆんゆんをもっと祝ってやりたいんだ」

「キースの下心丸出しの誘いはともかく、確かに俺もゆんゆんをもう少し祝いたいな。この一週間辛い時間を過ごさせてしまったようだし、友達としてもう少し埋め合わせをしたい」

「う、うーん……キースさんの誘いだけだったらなんか怖いんで断るんですが、テイラーさんにもそう言われたら……」

 

 リーンとジハードを連れて。ウィズさんの部屋を出てみれば、地味に玉砕されてるキースと純粋に友達として遊びに誘ってるテイラーの姿。

 誘われている本人はと言えば友達2人からの誘いに迷っている様子。

 ……ったく、あいつは本当しょうがねえな。

 

「あ、リーンさん、ダストさん。起きてきたんですね。……そうだ、リーンさんもダストさんも一緒に遊んでもらえますか? それなら、迷わないで済むんですが」

「もちろんあたしは問題ないけど。ダストは?」

「問題ないわけねえだろ。おい、ゆんゆん、お前今日は里に帰るって話だったろ」

 

 だからこそ、俺が計画した誕生日パーティーは昨日だったわけで。

 

「はい、その予定だったんですが、別に帰ると連絡してるわけでもないので。明日でもいいかなあと」

「ダメだ。少なくとも今日中に一回は帰れ。それから戻ってきた後なら一緒に遊んでやってもいい」

 

 里帰りを延期しようとするゆんゆんを俺はそう言ってやめさせようとする。

 

「ダストさんがそう言うなら、そうしますけど…………どうしてダストさんは私にそこまで里帰りして欲しいんですか?」

「そんなことも分かんねえからお前はいつまで経ってもクソガキ言われんだよ」

「えぇ……なんで私ちょっと聞いただけでクソガキ言われないといけないんですか? リーンさんは理由わかります?」

「あー……まぁ、なんとなくは」

 

 親ってのは子供の成長を1番楽しみにしてるもんだ。誕生日という節目の日。その日に自分が成長した姿を親に見せてやるのは子供の義務ってものだろう。

 

「──という事をそこのチンピラは考えているようだな」

「なるほど……ようは親孝行してこいってことですか」

「旦那ー? 人の考えてること勝手にバラすのやめてもらえねえかな?」

 

 契約をバラしたことといい、俺のプライバシーは旦那の中でどうなってんだ。

 

「美味しい餌の元であるが、何か問題があるのか?」

「問題ありまくりだし、わざわざ心のなかで思ったことに答えなくてもいいから……」

 

 旦那はやっぱり平常運転らしい。

 

 

「ま、とにかく分かったんだろ? さっさとロリっ子の所行ってから親孝行してこい」

 

 いつまでも親がいるなんてことはねえんだ。出来る時にしとかねえと後悔すんのは自分だからな。

 

「はい。めぐみんにあってからちゃんと親孝行してきます。それで、その……その後は……」

「わーってるよ。そうだな……朝はやることあるから無理だが、昼以降なら一緒に遊んでやるよ」

 

 言いにくそうにしてるゆんゆんの言葉を先取りして。俺はさっさと行けとばかりに手を振る。

 

「はい! それじゃ、ハーちゃんいこ? みなさんもまた後で!」

 

 そう言ってジハードを連れて元気いっぱいに店を出て行くゆんゆん。

 

「いってらっしゃーい。……で、ダスト。あんた朝に用事って何かあんの?」

「用事っていうか……ま、ちょっとばかしカズマの所行って小遣い稼いでこようと思ってな」

 

 あのクソアマに痛い目合わせるには、あいつに協力すんのが1番だからな。俺自身の目的は果たしちゃいるが、気持ち的には全然納得してないし。

 俺にゆんゆんを泣かさせた分はきっちり痛い目にあってもらおう。

 

「あんまり悪いことはしないでよ? 困るのはあたしやゆんゆんなんだからさ」

「大丈夫だって。やるのは精々楽しい噂を流すくらいだからな」

 

 どんな噂を流すかはカズマと話し合って決めるが。いやぁ……本当楽しみだな。

 

「うん……その顔はろくでもないこと考えてる顔だね。まぁ、今回は止めないけど」

 

 リーンのお許しも出たことだし、いろんな奴に声かけて盛大にやらせてもらおう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「っし……綺麗になったな。んじゃ、寝るかジハード」

 

 夜。セレナとのやり取りから始まり、誕生日パーティーや、カズマとの打ち合わせ、適当にゆんゆんと遊んでやったりと、本当にいろいろあったその日の終わり。

 最後に一緒に眠るジハードの体をタオルやブラシで綺麗にし終えた俺は、その黒の鱗が月光を反射してるのを見て満足する。ジハードも嬉しそうな声を上げてるし我ながら上出来だろう。

 

「本当はワックスがけまでした方がいいんだろうけどなぁ……でも流石に毎日それは金がねぇ……」

 

 サキュバスサービス代に手を出せばワックスがけまで出来そうなんだがなぁ。でもそうしたら流石にたまるというか、ジハードの横で自分でするわけにもいかないし。ジハードはまだ幼竜とはいえ、人の言葉を理解できるくらいに賢くて、女の子なのだから。

 ……というか、『ジハードにも穴はあるんだよな……』とかいう状況にはなりたくないのでジハードにはワックスを我慢してもらおう。

 

「臨時収入があったらワックスがけまでしてやるからよ」

 

 頭をなでてやるとジハードは藁の上に敷いたシーツの上の方を陣取って横になる。

 

「ありがとなジハード。…………おやすみ」

 

 枕になってくれたジハードに感謝の言葉を告げ、俺は大好きな感触に包まれながら目を閉じた。

 

 

 

 

 

──ゆんゆん視点──

 

 

「(ダストさーん、起きてますかー?)」

 

 小さな声でそう呼びかけながら。私は抜け足差し足でダストさんとハーちゃんの眠る馬小屋に入る。

 

「寝てるみたいですね。それじゃ、おじゃまして…………よいしょと」

 

 すやすやと眠ってるのを確認して、いつかのように私はダストさんの体をシーツの端っこの方へとずらす。

 

「うん、やっぱりハーちゃんの感触は最高ですね」

 

 そうして出来たスペースに横になった私は、硬いのに柔らかい、そんな不思議な感触のハーちゃん枕に骨抜きにされていた。何度か経験してるけど、この感触は本当に最高としか言いようがない。ダストさんが夢中になるのも分かる。

 

「くすっ……やっぱりダストさんの寝顔は可愛いですね」

 

 横でスヤスヤと眠っているダストさんの寝顔を観察しながら、私はそんなことを思う。いつもはチンピラ顔で可愛げが欠片もない人だけど、眠っている時だけは可愛いという印象がある。

 ……年上の男の人の寝顔を見てそう感じるのは凄い失礼なんだろうけど、そう思ってしまうのは思ってしまうんだからしょうがない。

 

「でも…………やっぱりドキドキはしないんですよね」

 

 こんなすぐ近くに男の人が眠っているというのに。それどころかその横で私も眠ろうとすらしているのに。

 それなのに私の胸はちっとも高鳴らない。それどころか変な安心感というか、……ダストさんの横は落ち着いてしまう。

 

(だからやっぱりこのダストさんに向けてる感情は恋なんかじゃないんだよね)

 

 恋ってもっとドキドキしてハラハラするものだと思うから。だから、私がダストさんに向けているこの感情は大切な『悪友』に対するもので正しいはずだ。

 

「ダストさんのそばにいると、怒って呆れてばっかりだけど寂しくないんです。なんだか落ち着いて……ほんの少しですけど楽しいんです」

 

 だからこそ。

 

「ダストさんが私の知らないダストさんの顔をしていると不安になるんです。どこか知らないところへ行ってしまうんじゃないかって…………きっと、先にいなくなるのは私なのに」

 

 自分勝手だなって思う。自分はいなくなることを決めていて……それでいて相手にはいなくなって欲しくないだなんて。

 

「そんな私でも……ダストさんの悪友でいさせてください。ダストさんに泣かされて、ダストさんをボコボコにして」

 

 呆れて喧嘩して……そんな仲でいさせてください。いつか来る終わりの日まで。

 

「ダストさんの正体をいつまでも認められない私ですけど…………ダストさんがダストさんだってことは知っていますから」

 

 どうしようもないチンピラだけどドラゴンのことが大好きでちょっとだけ仲間にも優しい人だって。

 

 

 

 

「ふわぁ~……んぅ、やっぱりダストさんと一緒だとすぐ眠くなっちゃいます」

 

 自分の気持ちを再確認したら、徹夜明けの眠気が一気に襲ってきた。一人だと今日の興奮と寂しさで全然眠れそうになかったのに。

 

「今度、めぐみんやリーンさんと一緒に寝てみようかなぁ」

 

 でも、そうしたら私は夜通し話してる気もする。きっと楽しくて興奮しちゃうだろうから。

 

「おやすみなさい、悪友さん、ハーちゃん」

 

 明日は絶対にダストさんより早く起きよう。

 目を閉じてすぐに訪れたまどろみの中で、私はそう強く思う。

 

 

 だって、隣に潜り込んで眠っているのがバレるのは恥ずかしすぎるから。

 

 

 

 

──ダスト視点──

 

 

「ダストさん、まだ起きてるんですか?」

 

 すやすやという寝息を聞きながら。俺はやってきた小さな姿にもうそんな時間かとため息をつく。

 

「悪いなロリサキュバス。今日の夢はキャンセルだ。文句なら人の寝床に勝手に忍び込んできたこいつに言ってくれ」

 

 セレナに操られてた時はサキュバスサービス受けるって考えなかったし、久しぶりの今日は楽しみにしてたってのになぁ。

 

「この人いきなり上級魔法使ってくる怖い人だから無理ですよー。カズマさんのところのめg……アークプリーストの人ほどじゃないですけど」

「アクアのねーちゃんが女神ってことは知ってるから別に隠さないでいいぞ。てか、冒険者の間じゃ結構知られてることだしな」

 

 最初の頃は頭の可哀想な自称女神という評価のアクアのねーちゃんだったが、今じゃ本物の女神だと信じている冒険者は多い。それだけ、あのねーちゃんがこのアクセルの街に馴染んでいるという証拠だった。

 …………だからこそ、セレナのやったことはあいつの逆鱗に触れたし、セレナに心底ムカついてる俺が決着をつけるのをあいつに譲ったんだが。

 

 

「とりあえず今夜は帰りますけど……大丈夫ですか? この一週間ご利用なかったですし結構溜まってるんじゃないですか?」

「あー……まぁ大丈夫だな。不思議と今日は落ち着いてるわ」

 

 本当自分でも不思議だが、性欲がたまりすぎてきついって感じは全然しない。普通一週間もご無沙汰なら溜まるもんなんだが…………性欲の代わりにドラゴン欲を満たしたからかね?

 

「本当に大丈夫ですか?……隣にこんな可愛い子が寝てたらダストさん襲っちゃいません?」

「それはないから安心しろよ。俺からこいつに手を出すことはねぇから」

 

 セクハラはしても本気で手を出すつもりは欠片もない。……つーか、最近はセクハラすんのもあんまり気乗りしないんだよな。しなけりゃしないでなんか負けた気になるから無理やりセクハラしてるけど。

 

「毎日毎日この人の夢を見たいってアンケートに書いてるのにですか? 隣に寝てて手を出さないとか凄い変な話ですよね」

「だから何度も言ってるだろ? 俺はロリコンじゃないんだよ。4歳年下や見た目ロリに手を出すほど俺は落ちぶれちゃいねえ」

 

 夢で見てるのは3歳年下のゆんゆんであって、隣で男を全く警戒せず寝ている守備範囲外じゃない。

 

「えっと…………多分この街で1番落ちぶれてるチンピラさんが何を言ってるんですか?」

「なんでお前は本気で不思議そうな顔してんの?」

 

 喧嘩売ってるなら喜んで買うぞ。

 …………でも、こいつとガチで喧嘩したらサキュバスサービスは受けられないわ男性冒険者は全員敵に回すわで踏んだり蹴ったりなんだよな……。

 もしかしてサキュバスって男性冒険者の天敵なんじゃないだろうか。

 

 

「とりあえず、今日はもう帰りますね。それでは常連さん、またのご利用をお待ちしております」

「おう、次からはこのぼっち娘が潜り込んできても無視して寝てるからよ。よろしく頼むぜ」

 

 改まって挨拶をするロリサキュバスにそう返すと、ロリサキュバスは何が面白いのかクスクスと笑う。

 

「それと…………お帰りなさい、ダストさん」

「……ああ、ただいま」

 

 今度は静かに微笑んで。ロリサキュバスはゆんゆんを起こさないように静かに馬小屋を出て行く。

 その姿が見えなくなるまで見送ってから、俺は一つだけ大きく息を吐いた。

 

「早く寝ねーとな……」

 

 ぶっちゃけ、隣で眠るゆんゆんの存在は凶悪だ。目を開ければ無防備な姿を晒してるし、目をつぶってもすやすやという寝息や、甘い香りを漂わせて俺の眠りを阻害してきやがる。

 

「今日の夜は少しだけ長くなりそうだな……」

 

 でも、それくらいは別にいいのかもしれない。どうせ明日の朝はゆんゆんより遅く起きないといけないし……今日これから見る夢は幸せなものだろうと、不思議と確信できていたから。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第30話:それはまだ選べない

「よぉ、ルナ。相変わらず忙しそうだな」

 

 ギルドの受付終了時間間際。早いやつはもうギルドの酒場で夕飯を食べている時間に。ギルドの看板兼行き遅れ受付嬢のルナは、冒険者の相手こそしてないものの書類を前に忙しそうにしていた。

 

「そうでもありませんよ。バニルさんに釘を差してから目に見えて厄介な案件が減りましたし。今日はちょっと残業したくらいで帰れそうです。……今からダストさんが面倒な話をしなければ、ですが」

 

 やっぱ、旦那がルナに面倒な仕事回るように動いてたのか。旦那は好みの悪感情を得るためなら割とえげつないからなあ。同時にその好みの感情の関係上やりすぎないってか、潰れないように妙に優しい時があるのも確かだが。

 ただ、最近は俺とセレなんとかさんのやり取りをゆんゆんに見せたり、旦那らしくない動きがあるのはなんなんだろうか。旦那が俺に頼みたい言ってたことと何か関係あるのかね。

 

「別に面倒な話をしに来たわけじゃねえよ。仕事が早く終わんなら一緒に酒でも飲まねえかって誘いに来ただけだ」

「やっぱり面倒な話じゃないですか。そういうお誘いはよくありますけど、毎回断るの結構面倒くさいんですよ?」

 

 行き遅れと有名ではあるがなんだかんだで一番人気の受付嬢だ。この街の冒険者たちがサキュバスサービスのおかげでがっついてないとはいえ、ルナを狙ってるやつは結構いる。

 

「誘いがあるんだったら受けりゃいいのに。なんで断ってんだよ?」

「仕事が忙しいんですよ……。ゆっくりお酒なんて飲んでる暇ないのに、それほど仕事を忙しくする原因の冒険者の方に誘われても無理して付き合おうという気には……」

「……お前も大変なんだな」

 

 ルナにしてみりゃ自分を苦しめてる原因が何食わぬ顔で口説いてるって話なのか。そりゃ行き遅れだと旦那に愚痴ってるルナでも断って当然か。

 

「そういうことならやっぱ無理か?」

「はい、申し訳ないですが……」

「全然申し訳ないとか思ってないくせによく言うぜ」

 

 ま、別にダメで元々誘ってみただけだしいいけどな。ルナを誘ったのはついでみたいなもんだし。

 

「まぁ、ダストさんと2人で飲んで噂されるのは嫌ですからね。どこかの見通す悪魔さんにも凄くからかわれる未来しか見えませんし」

「あー……前者の何が嫌なのかは分かんねえが後者はすっげぇ分かるな」

 

 ルナは旦那のお気に入りだし間違いなくからかって羞恥の悪感情を搾り取ってくることだろう。

 

「つっても、別に今回はお前が来ても二人きりってことはねえけどな」

「あ、もしかしてゆんゆんさんやリーンさんも一緒なんですか? それなら多少なら付き合ってもいいかもしれませんね」

「いや? あいつらは別にこないはずだぞ」

 

 少なくともあいつらを飲みに誘った覚えは俺にはない。

 ……何故か、視界の端にゆんゆんとリーンが柱の陰に隠れながら俺の様子を伺っているのが見えるが。

 

「はぁ……じゃあ、キースさんとテイラーさん辺りが一緒ですか? テイラーさんだけなら付き合ってもいいですが……」

「残念ながらキースもテイラーも今日はさっさと寝るってよ」

 

 つまりはサキュバスサービス。

 

「となると……カズマさんやセシリーさんのどちらかですか? カズマさんはともかくセシリーさんは苦手なので遠慮したいんですが」

「お前、カズマを調子に乗せて働かせるの巧いもんなぁ…………。あのプリーストは俺も苦手だから安心しろ。ちなみにどっちも違うがな」

 

 てか、カズマはともかくセシリーと約束して飲みに行くとかドMじゃなきゃしない。

 

「他にダストさんが懇意にしてる人といえば…………例の小さな子ですか?」

「あいつに酒を飲ませるとか犯罪臭しかしねえな……」

 

 いや、ロリサキュバスが俺より歳上なのは分かってんだけどな。見た目的にと言うか……うん、想像するだけでやばい。家飲みならともかくギルドとか店じゃ無理だろ。

 

「……降参です。結局誰なんですか?」

「別にクイズしてたわけじゃねえんだがな。多分お前の知らない女だし」

 

 ギルドや街の中でちらっと見たことはあるかもしれないが、名前を知ってるほど関わり合いがあるとは思えない。

 

「…………女? ゆんゆんさんやリーンさん以外の女の人がダストさんと一緒にお酒を飲む約束をしてるって…………どう考えても美人局じゃないですか」

「何をどう考えたら美人局になるのかはっきり言ってもらおうか。ことと場合によっちゃ折檻してやっからよ」

 

 ゆんゆんの服以上に脱げやすそうなその服をひん剥いてやる。

 

「えぇ……ダストさんがゆんゆんさんと仲良くしてる時点でアクセル七不思議に数えられてるのに、これ以上ダストさんに女性の知り合いがいるなんて信じられないんですが……」

「えぇ……って、こっちがえぇ……なんだが。なんで俺とゆんゆんが仲良いだけで不思議がられてんだよ。俺みたいなイケメンに女が集まってくるのは当然だろうが」

 

 集まってくる女の殆どが微妙に俺の好みから外れてたりするが。

 

「…………ソウデスネ。それで一体全体どこでその女性の方と知り合ったんですか?」

「なんで片言なんだよとツッコミ置いとくとして……どこでって言われると説明がめんどくせえな……」

 

 説明するとなるとあの武闘派王女のことも説明しなきゃなんねえし。ロリサキュバスの事を誤魔化すのより言い訳考えるのが面倒だ。

 

「まぁ、別に無理してまで聞きたいとは思わないからいいですが…………もし、私が行かなければその女性と二人きりなんですか?」

「多分、そうなるな。誘ったのはそいつだけだし、もともと俺の奢りでそいつの愚痴を聞いてやるって話だからよ」

 

 愚痴る場に上司を連れてくるとは思えないし、俺の知らないやつを連れてくるとも思えない。十中八九2人で飲むことになるだろう。

 

「…………女性と2人きりの状況が作れそうなのに、なんで私を誘ったんですか?」

「ついでだからお前の愚痴も一緒に聞いてやろうかって思っただけだよ。たまにはお前も旦那以外に愚痴りたいだろ?」

 

 それにあのねーちゃんはルナと相性良さそうだし、2人で愚痴りあえばストレスの発散が捗りそうだと思ったんだがな。

 

「なるほど。それではダストさん。そろそろ本音をどうぞ」

「ドラゴンハーフの受付を雇うという話がどうなったか教えてくれ」

「内緒です。……話は以上ですよね? 仕事の邪魔なのでさっさと飲みにでも行って下さい」

 

 いつもの三割増しなお仕事笑顔でルナに追い返されて。俺は仕方なく酒場のカウンターの席に向かった。

 

 

 

 

「……ったく、ルナのやつ。人があんだけ下手に出てんだからちょっとくらい教えてくれてもいいだろうに」

 

 カウンターに座って、俺は大きなため息をつく。

 この間ルナが旦那に話してたドラゴンハーフかクォーターの受付を雇いたいって話、どうなったか聞いてみたかったんだけどなぁ。

 

 ドラゴンハーフは人の姿になれる上位ドラゴンと人間との間に生まれる存在だ。ドラゴンが上位種になるにはどんなに早くても300年以上かかると言われている。そんな長い年月を生き抜いた上位ドラゴンと人間が結ばれる例なんて本当に稀有なことだった。

 上位ドラゴンがこの世界に存在していた時ですらそんな感じだったのに、今は上位ドラゴンが存在していない。

 上位ドラゴンと中位ドラゴンが揃っていなくなるという天災が起きてから100年。ミネアのような中位ドラゴンすら稀有とされる状況が続いていた。

 そんな状況じゃ新しくドラゴンと人間が結ばれることもあり得ないわけで、人間より寿命が長いとはいえ当時いたドラゴンハーフももうじいさんばあさんになってる。受付嬢を出来るくらい若いドラゴンハーフってなるとハーフ同士の子供に限られるから……もう稀有とかそういうレベルじゃないな。

 

 なぜ上位ドラゴンと中位ドラゴンがいなくなったかについては諸説あるが、一番有力な説は愚かな人間に呆れて見捨てたというもの。

 お伽噺のぼっち魔王が退位して今の魔王に代替わりした時。本格的に侵攻を始める魔王軍に対して、各国は勇者の国ベルゼルグに全てを任せ、何も協力をしようとしなかった。各国が協力して上位ドラゴンとドラゴン使いという最強の戦力を投入すれば魔王軍との戦いは終わっていたはずなのに。

 そんな、自国の事しか考えていない王族や貴族に呆れて頭のいい上位ドラゴンが見捨てて居なくなったというのは確かに説得力がある。実際俺も前まではそう思っていた。

 だけど……

 

(……本当に俺たちは見捨てられちまったのか?)

 

 確かに王族や貴族と言った奴らはクズばかりだ。比較的まともなこのベルゼルグでさえアルダープみたいな野郎がいたのを考えればその腐敗っぷりは分かるだろう。

 それでもあいつらを……ジハードとゆんゆんを見てると思う。俺やミネア以外でもあれほどの絆を結んでいる奴らがいる。王族や貴族がクズで溢れていようと、それを理由にして本当にドラゴン達が全ての人間を見捨てるのだろうかと。

 

 

「相変わらず、何か真面目に考えてるときは別人のようですね、ダスト殿」

「ん? レインか。時間通りだ……な…?」

 

 約束の相手、王女の付き人をやっているレインの声に振り返った俺は、その姿を見て言葉を失う。

 

「な、なんですか、ダスト殿。その信じられないものを見るような顔は。自分でも似合わないのは分かっていますから、出来ればあまり大袈裟な反応はやめてもらえると有難いのですが……」

 

 普段俺と会うときにレインが着ているのはぼさっとした感じの魔法服だ。そのせいか、顔立ちは整っているしスタイルも悪くないのにイメージとしては地味めの美人といったところだった。

 だか、今のレインが着ているのは黒のワンピース。派手すぎるとは思わないが、普段のレインなら絶対につけないって断言出来るくらいにはいろいろ装飾されてる(ついてる)し、いろいろ露出している(出ている)

 

「確かに似合っちゃいねーな」

 

レイン自身が持つ魅力や雰囲気と今着ているワンピースはお世辞にも合ってるとは思えない。レインが自信なさげにしてるのもあるんだろうが、服に着られていると表現した方がいい。

 

「そ、そうですよね……。それなのにイリス様もクレア様も悪乗りされて……」

「でもいつもより可愛いんじゃねえか。いつもは綺麗ってイメージだが、今日のレインは可愛く見えるぜ」

 

だが、だからこそと言うべきか。服に着られているレインはそのアンバランスさからかいつもよりも可愛く見える。アイリスや白スーツが着せたのならナイスだと言いたい。基本的には綺麗所が好きな俺だがこういうギャップは大歓迎だ。

 

「……そ、そうですか? それなら恥ずかしいのを我慢して着てきたかいがあります」

「ま、取り合えず座れよ。何を頼む? 今日は俺の奢りだからな、好きに頼めよ」

 

 そう言って隣に座ったレインにメニューを渡す。

 

「奢りって……本当にいいんですか? ダスト殿はいつもお金に困ってるイメージなのですが」

「否定はしないが今日は大丈夫だ。ま、男が奢るって言ってんだ。黙って奢られるのがいい女ってもんよ」

 

 例の件でカズマに結構な小遣い貰ったからな。ギルドの酒場じゃ一晩で使いきるのが難しいくらいだから大丈夫だろう。

 

 

「……あんなこと言ってるけど、どう思う? ゆんゆん」

「いつもどうにかして私達に奢らせようとしてるくせに……」

 

 いつの間にか近くのテーブル席に座ってるリーンとゆんゆんが恨み言言ってる気がするがスルー。あいつらは本当何やってんだろう。

 

 

「それじゃ……このネロイド割を頼んでいいですか?」

「おう、いきなりそれとは結構飲める口だな。俺は……クリムゾンビアでいいか。おーい、ベル子、注文いいかー?」

 

 頼むものを決めて俺は近くを歩いていたウェイトレスを呼び止める。

 

「……そのベル子って、もしかして私の事ですか?」

「おうよ。ガーター娘とどっちがいいか悩んだが、こっちの方が可愛いだろ?」

「取り合えず死んでもらえませんか? という感想は置いときまして、注文があるならとっととお願いします」

 

 そう言いながら俺にガーターベルトを脱がされた事があるらしいウェイトレスはゴミを見るような目で俺を見ている。

 可愛い名前着けてやったのに何が不満なのか謎だ。

 

 

「ダストさんのデリカシーのなさって凄いですよね。どうやったらあんなにデリカシーをなくして生きていけるんでしょうか?」

「人としていろいろ大事なものなくしてるんじゃない? もしくは最初から人間じゃないとか」

 

 お前らのその遠慮のない物言いもデリカシーないからな。後で覚えとけよ。

 

「このねーちゃんにはネロイド割を。俺にはクリムゾンビアだ。つまみは適当にオススメ持ってきてくれ」

「承りました。ネロイド割と水ですね。おつまみはコックにお任せで。一先ず以上でよろしいですか?」

「全然よろしくねーよ。なんでクリムゾンビアが水になってんだよ」

 

 前に変な女がバイトしてた時に酒が水になって出てきたことはあったが。…………今思えばバイトしてたのアクアのねーちゃんか。

 

「ゴミクズ男……もといダストさんにお酒は出せませんので……」

「あー……そういやギルドの罰則で俺に酒は出せないとかそんなこと言ってたな」

 

 まだそれ続いてんのかよ。最近の俺は無銭飲食もせずマジで大人しく生きてるってのに酷い話だぜ。

 …………まぁ、無銭飲食してないのはジハードの事があってゆんゆんがお礼代わりに飯を奢ってくれてるからだけど。

 

「いえ、ギルドの罰則はもう解除されたんですが、個人的に出したくないなぁと」

「いい加減にしねえとガーターベルトまた脱がすぞ」

 

 人のことゴミクズ男言ったり言いたい放題すぎんだろ。

 

「そ、そんな脅しには屈しませんよ?」

「単なる脅しだと思うなら別にそれでいいけどな」

「ぅぅ……確かにこの男はやると言ったらやる男だし……かと言ってお酒を飲ませても『すてぃーるすてぃーる』言って脱がそうとしてくるし……。出稼ぎに来て早三年、お母さん勇者の国は危険がいっぱいです……」

 

 なんでベル子は泣きそうな顔して遠い目をしてんだよ。なんか俺が苛めてるみてえじゃねーか。

 

「その……ダスト殿? 今日はそのあたりにしませんか? ベル子さんもきっと悪気はなかったんですよ」

「いや、悪気がないならなお悪いんだが……」

 

 俺になら何言ってもいいとか思ってんじゃねえだろうな。

 

「うぅ……」

 

 もう一度ベル子の様子を見るが、泣きそうになってるのは演技……ってわけでもなさそうか。

 ……ったく、リーンやゆんゆんならこの程度で泣いたりしねえのになぁ。めんどくせぇ。

 

「……わーったよ。今日の所はレインに免じて酒は諦めてやる。その代わりクリムゾンネロイド持ってこい」

「……いいんですか?」

「よくねーけど、ベル子に泣かれても困るしな」

 

 リーンやゆんゆんが近くにいるしルナもお仕事笑顔でやってくるだろう。面倒なことになるのは目に見えてる。

 それに、今日はレインの愚痴を聞いてやるって話だ。別に俺が飲む必要性はないし、ベル子が泣いちまったらレインも居心地がくなっちまう。

 

「ってわけだ。注文は以上だからさっさと持って来い」

「……分かりました」

 

 俺の言葉にベル子はまだ何か言いたそうにしていたが、結局言葉が見つからなかったのか、そう言って厨房の方へ戻っていく。

 

「わりぃな、レイン。雰囲気悪くしちまってよ」

「いえ、ダスト殿と一緒に飲むと決まってからこれくらいは普通に予想していたので」

 

 気にしてないのはいいんだが、それはそれでどうなんだ。

 

「何ていうか……ダスト殿は不器用ですよね。多少なりとも器用に振る舞えばもっと生きやすいでしょうに」

「かもな」

 

 昔も今も。俺の生き方はどうも極端過ぎる。かと言って今更今の生き方を変えようとも思えない。昔に戻るのは絶対勘弁だし、カズマみたいに要領よく生きられる気もしないからな。

 自分に正直に、自由に生きていくだけだ。

 

「だからこそ、ダスト殿の良さは近くでずっと一緒にいる方にしか分からないんでしょうね」

「俺の良さ……ねぇ。なんだよ? レインにはそれが分かるってか?」

「全部を分かっているとは言いません。でも……真剣に戦っているときのあなたが凄く格好いいのは知っていますよ?」

 

 そう言ってレインは潤んだ瞳で俺を見つめてくる。

 

 

1:これ行けるんじゃね?

2:あー……そういうことか。

 

 

 ただでさえ好みの女。それがいつもと違った格好をしていて、その上こんな感じで見つめられてたら、普通はクラっと来るよな。

 

「そういやレイン。今日はなんでいつもと違う格好してるんだ? なんかイリスやクレアがどうの言ってたが」

「…………嫌ですよ、ダスト殿。今は他の女性の話は……」

「前にイリスがなんか言ってたよな。色仕掛けで籠絡がどうのこうの」

「……………………」

「……ま、無理すんなよ。今日はそういうの含めて愚痴を聞いてやっから」

 

 本当、レインは苦労してんなぁ。姫さんに振り回されてた頃の俺を思い出すぜ。

 

「はぁ…………失敗ですか。女性慣れしてないダスト殿なら私でもいけるかもしれないと思ったのですが……」

「実際前までの俺なら余裕で陥落してたかもな」

 

 前までならレインの様子がおかしいのには気づいてもそのままコロッと行ってただろうな。

 

「前までって…………何かあったのですか?」

「あー…………まぁ、そのことについてはノーコメントで」

 

 どっかのぼっち娘が毎晩潜り込んでくるお陰で女の色香に耐性出来たからな……。ゆんゆんは俺が気づいてないって思ってるらしいし、あいつが近くにいるこの状況じゃ話せないけど。

 

「ま、俺のことはどうでもいいだろ。色仕掛けしてこいってのがイリスの命令か?」

「命令……と言うほどでもないのですが、私がダスト殿と飲みに行くと知ると、私が着ていく服を選んだりして、それとなくそのような願望を呟いてまして……」

 

 生真面目なレインは主の願いを叶えようと無理して頑張ったってわけか。

 

「本当、大変でしたよ……。私が男の方と飲みに行くと知ったクレア様も一緒になって服を選び始めて…………私は着せ替え人形にされた気分でした」

「そりゃご愁傷様。……ま、イリスと白スーツの気持ちも分からないではないけどな」

「分からないでもないというのは?」

「レインは素材はいいのにいつも地味めな服着てるだろ? 式典とかじゃちゃんとした服着てんだろうけどさ。もっとおしゃれすればいいのにってあいつら思ってたんじゃねえか?」

 

 今回着ている服は変化球気味だが素材の良さはちゃんと伝わるようになってる。選ぶ方も楽しんでただろうなって伺える服だ。

 

「なんにせよ、好きでもない男を口説かねえといけないとか本当苦労するな」

 

 自分の身になってみれば本当勘弁して欲しい話だ。仕事でカズマパーティーの女やセシリーを口説けとか言われたら絶対前金だけもらって逃走するぞ。…………いや、別に俺はあいつらほど酷くないけど。

 

「そっちの方は大変は大変ですが、そこまで嫌というわけでもないので別に……」

「え? レインって俺に惚れてたのか?」

 

 いつの間に俺はフラグを立ててたんだ……。

 

「いえ、女としてダスト殿に惚れているということは欠片もないんですが……」

 

 そう断ってからレインは俺の耳元に顔を近づけて続ける。

 

「(最年少ドラゴンナイトで王国一の槍使いであったダスト殿の才能は貴族として欲しいんですよ。あなた自身を引き込めれたら1番ですが、それが無理なら子供だけでもという貴族や王族はこの国に限らず多いのは知っていますよね?)」

「…………本当、貴族ってのは嫌なもんだな」

 

 俺がラインだった頃。まだ成人もしてない俺にそういう見合い話がたくさん合ったってのは知ってる。親代わりだったセレスのおっちゃんがそういうの全部断ってたらしいし、姫さんの護衛役になってからは大分少なくなったって話だったが。

 あの国を捨てて在野に下った俺がラインのまま過ごしてたらそういう面倒な話ばっかりだったんだろうな……。

 

「でも、レインは前、そういう色仕掛けで籠絡はしないって言ってなかったか?」

 

 なのになんで今さらアイリスのお願いを聞いたのか。

 

「前と今ではメリットとデメリットを比べてどちらに傾くかが違いますから。…………一応、今日の私の言葉に嘘はないんですよ?」

 

 そう言ってレインはいたずらが見つかった子供のような様子で微笑んでいる。

 ……あれ? なんだ、この空気。これはもしかしてもしかするのだろうか。苦節21年、ついに童貞を捨てる時が――

 

 

「わーっわーっ! 駄目ですってリーンさん! ギルド内で『ファイアーボール』はダメです!」

「止めないでゆんゆん! あの調子乗って鼻を伸ばしてるダストの顔が死ぬほどムカつくのよ!」

「気持ちは凄くわかりますけど! 私も気を抜いたら『カースド・ライトニング』唱えそうになるくらいにはムカついてますけど! 本当にやっちゃったら留置所にいれられちゃいますよ!」

 

 ……後ろが騒がしいな、おい。ルナはさっさとあいつら追い出せよ。ギルド内で魔法使おうとしてる問題児がいるぞ。 

 

 

「ダスト殿……」

 

 後ろが騒がしいのも気にせず。レインは隣りに座る俺をまっすぐに見つめて…………見つめて?

 

「ダスト殿、向こうに座っているぺんぎんの着包みに見覚えがあるのですが……」

「そっちかー。…………ああ、ゼーレシルトの兄貴のことか。やっぱ気になるよな」

 

 一心に見つめていたのは俺じゃなくて俺を挟んで向こうのカウンターに座ってるぺんぎんの着包み……もといゼーレシルトの兄貴らしい。

 

「ゼーレシルトって……やっぱり残虐公……ゼーレシルト伯なんですか? 領地から姿を消して行方不明と聞いてましたがこんな所でなんでお酒を飲んで……」

「不思議だよな。悪魔だから酒なんて飲んでも酔えないだろうに」

 

 というか、ぺんぎんの着包みが酒飲んでる姿はシュールすぎる。

 

「悪魔って、……え? ゼーレシルト伯って悪魔だったんですか?」

「え? 何を今更なことを言ってんだ? ララティーナお嬢様から何も聞いてねえの?」

「ダスティネス卿は悪魔だと知っていたのですか!?」

 

 あれー? これもしかしてバラしたらまずかったのか?

 えー? だって、ゼーレシルトの兄貴って普通にウィズさんの店で店番してたり、サキュバスサービスの番人みたいな感じで悪質な客に空中コンボ決めたりで全然隠れてる様子なかったんだが。今みたいに酒場で黄昏れてることも多いしよ。バニルの旦那みたいに公然の秘密みたいな感じだと……。

 

「えーっと…………今のは聞かなかった事に出来るか?」

「…………するしかありませんよ。ダスティネス卿が黙っていたことを告げ口のような形で伝えることは私には」

「すまん……」

 

 つまりはアイリスやクレアに対する隠し事が増えるわけで…………レインの心労の原因を増やしちまったか。

 

「お待たせしました。ネロイド割お一つとクリムゾンネロイドをお一つ。おつまみの若蛙の唐揚げはお詫びのサービスです」

「お、唐揚げはサービスかよ。ありがとなベル子。……っし、とにかくレイン。今日は飲め。飲んで嫌なこと全部吐き出して忘れちまえ」

 

 微妙に嫌な空気が流れた所でちょうどベル子が酒とつまみを持ってきてくれたことだ。

 レインにはたくさん飲んでいっぱい愚痴をこぼしてもらうとしよう。

 

 

 

 

「ダストどの~、きょうはありがとうございました~」

「お、おう。……本当に大丈夫か? 一人で帰れるのかよ?」

 

 飲み会を終えて。ギルドの外でレインを見送りに来たわけだが、レインは完全に酔っ払ってるらしく千鳥足だし呂律もなんかおかしい。

 

「だいじょうぶですよ~。てれぽーとでびゅ~んですから~」

「いや、それはそうなんだがな……」

 

 こんな状態でテレポートが成功するんだろうか? スキルで習得している以上、魔力さえ足りてるなら成功するはずだが……。

 

「だすとどのはやさしいですね~……そんなふうにいつもしてたらもっとモテてるとおもいますよ?」

「俺が優しくすんのは俺自身が気に入ってる相手だけだよ。誰にでも媚び売るのは好きじゃねえんだ」

 

 カズマ然りバニルの旦那然り。レイン含めて、俺は自分が気に入った相手には優しくしようと思う。そうしたいって心の底から思えるんだから、そうしない理由なんて何もない。

 ムカつくやつには喧嘩売るし、気に入ったやつには出来るだけよくしてやる。ただそれだけの話だ。

 

「でも、ほんとうにすきなあいてにはいじわるしちゃうんですよね~」

「……お前、本当酔い過ぎだろ。さっさと帰って寝ろ」

「はい~。きょうはほんとうにありがとうございました。たのしかったですよ~。──『テレポート』」

 

 呂律が回らない口でちゃんと詠唱を唱えきって。レインはテレポートを発動させて姿を消す。

 

 

 

「…………あいつらは、まだ酒場にいたよな」

 

 レインの言葉に何かを思ったわけじゃないが、リーンとゆんゆんがまだ酒場で飲んでいたことを思い出す。

 

「酒無しでつまみだけだとちょっと足りねえな…………あいつらと一緒にちょっと食ってから帰るか」

 

 本当になんとはなしにそう思った俺は、またギルドの中へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー……酔ったレインは色っぽかったなぁ……」

 

 テーブル席に座って。野菜炒めをを食べながら俺はさっきまで一緒に飲んでいた相手のことを思い出す。

 いつもはしっかりしてる女が、慣れない服を来ていることや酔ったことでいろいろと隙きができている姿は今思い出してもエロい。

 

「はぁ……結構今日は雰囲気良かったし行けそうな気もしたんだけどなぁ。……胸を揉んでみてぇなぁ」

 

 あの様子なら多分レインは本心では嫌でも『嫌がり』はしないだろう。ただ、理由が理由なだけに手を出す訳にはいかない。貴族のゴタゴタに巻き込まれるのは本気で勘弁だし、そんな理由で女に手を出すとか俺が嫌いな貴族そのものだからな。

 

「なぁ、リーン、ゆんゆん。どうやったら女の胸って揉めるんだ?」

 

 というわけで俺は一緒のテーブルで飯を食ってる二人にそう聞いてみる。守備範囲外と成長不良とはいえ性別上は一応女。いい方法知らないだろうか。

 

「…………。リーンさんの服って可愛いですよね。いろんな服を着てるのにどの服もセンス良いです」

「…………。ありがと、ゆんゆん。ゆんゆんの服も可愛いけど、いつも同じ系統の服ばっかりだもんね。たまには白系統の服とか来てみたら? きっと似合うよ」

「白…………でも、私そっち系の服を自分で選ぶ自信ないです」

「だったらあたしが一緒に選んであげるよ。ゆんゆんって可愛いしそれに似合う服選ぶのとかすっごく楽しそう」

 

「…………お前ら完全無視とか酷くね?」

 

 俺の問いを完全無視して女子トーク広げる仲間2人に俺はジト目をする。俺がレインと飲んでた時は後ろであーだこーだ反応してたくせに、ちゃんと話しかけた時は無視するとかどうなってんだ。

 

「「……………………」」

「やっぱ無視してていいからその生ごみを見るような眼はやめろ! 二人一緒だときつい!」

 

 ゆんゆんとリーン。それぞれと二人でいる時は割と見る視線ではあるが。同時にとなると想像以上の攻撃力がありやがる……。

 

「はぁ……最近は少しマシになったと思ったけど、ダストはホントどうしようもないね」

「はい……たまにいいとこあるなと思ってたらこれです」

 

 うんうんと頷きあう2人。

 何でお前らそんなに理解しあってんだよ。最近お前ら仲良すぎて怖いわ。主に俺の天敵的な意味で。

 

「それで、話は戻るんだが……胸を揉んでみたいんだよ。なんかいい方法教えてくれ」

「話戻すんだ……」

「リーンさん、あれですよ。これ多分話聞いてオチまで付けないと延々と繰り返すパターンですよ」

「めんどい事この上ないんだけど……ダストだししょうがないか」

「まぁ……ダストさんですしね……」

 

 だから何でお前らはそんなに2人で分かり合ってるんだよ? 俺だけなんか仲間はずれにされてる気分なんだが。

 

「それで? 胸を揉みたいってなに? 自分の胸でも揉んどきゃいいじゃん」

「一理ありますね」

「一理ないからな!? ついでに優しさが微塵もないぞ!」

 

 というか女の胸だって最初に言ってるだろうが。

 

「このチンピラめんどくさい」

「まぁダストさんですからね、仕方ないですね」

「…………お前ら流石に俺の扱いひどすぎね?」

 

 俺の扱いが悪いのはベル子しかりこいつらに限った話じゃないが。それにしてもこいつら2人の俺の扱いはおかしい。

 

「いや……あんたのさっきの発言ほどじゃないと思うけど」

「むしろセクハラで訴えないだけ優しいと思います」

 

 それは一理ある。

 

「あんたが童貞こじらせてるのは今に始まった話じゃないけどさぁ……本当ダストのデリカシーってどうなってんのよ?」

「ああ? 俺は別に童貞じゃねえぞ? 自慢じゃないが、俺は夢の中じゃ数多の胸を揉んできた男だからな」

 

 18歳のゆんゆんを始め、ドラゴンハーフの少し年下の女の子とか凄い美女に人化した上位ドラゴンとか金髪碧眼の魔獣さんとか…………本当にたくさんの胸を揉んできた。サキュバスサービスには足を向けて寝れない。

 

「……本当にかけらも自慢じゃないですね」

「だっていうのに、俺は未だ現実で胸をもんだことがないんだよなぁ……夢と現実どっちの感触が素晴らしいのか比べてみたいんだが」

 

 何故俺みたいなイケメンが未だ経験がないのか謎すぎる。

 

「「夢のほうが素晴らしいから比べなくていいよ(です)」」

 

 だからなんでお前らそんなに息ぴったりなんだよ? いい加減俺疎外感で泣くぞ? 泣き虫ぼっちになるぞ?

 

「はぁ……つまり、あんたはとりあえず、夢と現実どっちがいいか知れればいいわけね。だったら、さっきの女の人に頼めば? なんかいい雰囲気だったみたいだけど」

「諸事情によりレインは無理。…………くそぅ……あんないい女なのに……マジでいけそうだったのに……」

 

 なんでレインは貴族なんだよ。…………貴族じゃなかったらそもそも俺なんて歯牙にもかけそうにないけど。

 

「別にレインさんに限らなくてもダストさんって女の人の知り合い結構いるじゃないですか。さっきもウェイトレスの人ともなんか楽しそうに話してましたよね」

「ベル子と楽しそうに話してるようにみえたならいいプリースト紹介してやんよ」

 

 散々罵倒されて、ちょっと言い返したら泣かれそうになって……踏んだり蹴ったりだったろうが。

 

「プリーストと言えばセシリーさんがいたじゃないですか。前普通に胸を触ってましたし、揉むくらいさせてくれるんじゃ?」

「なにそれ、ゆんゆん。それあたし初耳なんだけど。なに? ダスト、あのプリーストの人とそんな仲だったの?」

「…………俺にだって選ぶ権利くらいある」

 

 確かに顔も身体も悪くないのは認めるがな…………あいつの胸を揉むって想像しても欠片も興奮しねぇ。

 

「はぁ……あんたモテないくせになんでそんな文句ばっかりなのよ?」

「女に関しちゃ妥協したら負けだと思ってる」

 

 父さんみたいなろくでなしでさえ母さんみたいな名前が変な事以外完璧な美人と結婚できたんだからな。俺だって妥協せずに求め続ければ最高の女と付き合えるはずだ。

 

「あんた多分一生童貞だわ。はぁ……仕方ないっか。ごめん、ゆんゆん。悪いけどこいつに胸揉まれてくれない? 多分こいつ揉ませてあげないとこの調子でずっと文句たらたらだからさ」

「いえいえ……ここはダストさんと付き合いの長いリーンさんの出番ですよ」

「何が悲しくてクソガキとまな板の胸を揉まねぇといけねぇんだ。お前らの胸揉むくらいなら自分の胸揉んだ方がマシだろうが」

 

 揉むならやっぱレインくらいいい女の胸だよなぁ。ゆんゆんは身体はレイン以上にいいが守備範囲外でダメだし、リーンは胸以外は悪くないが肝心の胸が論外過ぎる。

 

「……帰ろっか、ゆんゆん。明日は一緒に服を見に行こうよ」

「……帰りましょうか」

 

 そう言って本当にいなくなる2人。

 

「あれ? ツッコミねえのか? こう……怒って喧嘩オチとかそんなのないのか?……おーい」

 

 呼んでも2人が帰ってくることはなく、俺の呼びかけは虚しく酒場に響く。

 

「あの……もう閉店の時間なんですが…………お勘定いいですか?」

「お、おう? ベル子か。勘定ってもうそんな時間かよ」

 

 見回してみればもう客で残ってるのは俺だけのようだ。まぁ、ギルドの受付時間が終わってからレインと飲みだして、それが終わった後からリーンとゆんゆんと食べだしたんだしそりゃそんな時間にもなるか。

 

「いくらだ? まぁ野菜炒めしか頼んでないからそんなしねえだろうが……」

 

 レインと飲んだ分は既に精算してるし。

 

「えーっと……三人分で4万エリスですね」

「………………三人分?」

 

 それってもしかしなくてもあいつらの分も入ってるってことか?

 

「えっと…………都合が悪いならダストさんの分だけの精算もできますが……」

「…………別にいいぜ? 払えねえことはねえしな。今日くらいはあいつらを奢ってやるよ」

 

 特にいつもはゆんゆんに奢ってもらってることだしな。金がある時くらいは奢ってやってもいいだろう。

 

「ところでベル子。俺も悪いっちゃ悪いんだけどよ……そんなに怯えないでくれねえか? そんなふうにオドオドしてたらなんか俺が悪い事してるみてえじゃねえか」

 

 代金を払いながら俺はそうベル子にお願いする。

 実際俺が脅したのも悪いんだろうが、いつも冷たい目をしてくるベル子に怯えられてるとこっちの調子が狂うからな。

 

「だから、いつもみたいに言いたいこと言ってくれ。言われたら俺も多少は言い返すだろうが、本気でお前を害する気はねえからよ」

 

 酔ってたらその保証はないし、酔ってなくても多少のセクハラはするかもしれないが……力づくでどうこうするつもりはないからな。

 

「何故でしょう優しい言葉の裏側でろくでもないことを考えられてる気がします……」

 

 そう言ってベル子は大きく深呼吸をしてから続ける。

 

「それでは、遠慮なく言わせてもらいます。……私にはフィーベル=フィールって言う名前がちゃんとあるんです。ベル子なんて変な呼び方しないで下さい」

「やっぱりベル子じゃねえか」

 

 フィーベルならベル子ってあだ名おかしくねえだろ。

 

「違います! 愛称で呼ぶにしても普通はフィーの方です! 実際故郷じゃフィーって呼ばれてました!」

「はいはいベル子ベル子」

 

 しっかしフィーベル=フィールね……。昔はよく聞いた名前と名字だな。この国じゃ貴族以外は名字持ってないし、ベル子が貴族のようにも見えない。つまりは……。

 

「ところでベル子。お前の言う故郷って隣の国だろ? なんでこの街にいるんだ?」

 

 もしかして俺が知らない間にあの国でなんかあったのか?

 

「…………よく分かりましたねとか、なんであなたにそんなこと言わないといけないんですかとかいろいろ言いたいことありますが…………。出稼ぎにきてるだけですよ。ベルゼルグの方が賃金がいいから」

「ま、確かにあの国よりはベルゼルグの方が稼ぎやすくはあるな」

 

 それにあの国は貴族と市民の貧富の差が激しい。俺にはあんまり関係のなかったはなしだが、別の国に出稼ぎに出る奴が多いってのも聞いたことはあった。

 

「だけど、なんでこの街なんだ? 稼ぐだけなら王都のほうが仕事多いし賃金もいいはずだぞ」

 

 ベル子も見た目は悪くないし、王都でもいい感じで働けると思うんだがな。

 

「確かに最近はそれもいいかなと思っていますね。元々私がこの街で働き始めたのも最年少ドラゴンナイト様に会えるかもしれないって思ったからですし。前はこの街にいたって噂でしたが、今は王都にいるって噂ですから」

「……………………」

「あ、最年少ドラゴンナイト様のことは知ってますか? 私の故郷の英雄で『ライン=シェイカー』という名前なんですが」

 

 …………ここでその名前が出てくんのかよ。

 

「……やっぱり知りませんか? 私がこの街に来た時はそれなりに噂も聞けましたけど最近は全然聞きませんしね……」

「いや、名前くらいなら知ってるぞ。俺が冒険者始めたのはルナが受付始めた頃と大体一緒だからな。その頃は確かに最年少ドラゴンナイトの噂が結構されてた」

 

 あの頃は俺が炎龍を倒してすぐの頃だったから。ギルドの隠蔽のお陰で俺がそうだとバレることは少なかったが、噂自体は嫌というほど聞いた。

 

「……で? ベル子はその最年少ドラゴンナイトとやらを追っかけてこの街に来たのか?」

「はい。ダストさんは知らないでしょうけど、最年少ドラゴンナイト様は私の故郷の国では本当に凄い英雄だったんですよ。私と同じくらいの歳の子はみんな最年少ドラゴンナイト様に憧れているんですから」

「へー」

「なんですか、その適当な反応は! 本当に凄いんですよ! なんて言ったってあの魔王軍筆頭幹部、通称魔王の娘を契約したドラゴンとたった2人で退けた実績があるんですからね!」

「あー、はいはい凄い凄い」

 

 憧れの最年少ドラゴンナイト様がバカにされてると感じてるのか。どんどん怒っていくベル子を適当にいなしながら俺は思う。

 

(やっぱり、過去は捨てられねえのかねぇ……)

 

 結局求められるのは今のチンピラの俺じゃなくて過去の名前と実績だ。冷静に考えれば当然ではあるんだろうが、少しだけそれに寂しさというか虚しさを感じてしまう。

 別にラインがどうの言われてるだけで、ダストがいらないと言われてるわけじゃないのに。

 

 

(でも……あいつだけは『ダスト』がいいんだっけか)

 

 俺がラインの顔をしているのを嫌がって、俺がラインであることを認めないだなんていう物好きがいる。

 

 

「なぁ、ベル子。俺はどっちを選べばいいんだろうな?」

「いきなり何の話ですか!? と言うか、私はベル子じゃなくてフィーベルです! 呼ぶならフィーって呼んでくださいよ!」

 

 ダストとライン。もしくは誰かと誰か。

 当然ながらその答えがベル子から返ってくることはなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第31話:ご飯とお土産とプレゼント

「すぅ……ダストさんのバカぁ、人でなしぃ…ろくでなしぃ……女ったらしぃ………どらごんたらしぃ…………」

「寝言でまで人の罵倒とかどうなってんだこの毒舌ぼっちは」

 

 最後は別に悪口でも何でもないが。あと、女ったらしには是非ともなりたいがどうやったらなれるんだろう。

 

(あんだけ怒ったというか呆れた感じで帰ったくせに、結局いつも通り潜り込んでくるのな、こいつは)

 

 隣で幸せそうにすやすや眠っているゆんゆんにため息をつきながら俺はそんなことを思う。

 本当毎晩のように潜り込んでくるがどんだけ一人で寝るのが寂しいんだか。こんなんでジハードが生まれてくるまでどうやって過ごしてたんだろう。

 もしくはそれだけジハードと一緒に寝たいんだろうか。それなら確かに仕方ないが。

 

「……あれ? ダストさん、今日は起きてるんですね」

「ん……ああ、ロリサキュバスか。そっか、もうそんな時間なんだな」

 

 いつものように、夢を見せに来てくれたロリサキュバスは俺が起きていることに少しだけ不思議そうな顔をしている。

 最近はアイリスとの特訓もないし、隣で寝てるゆんゆんの存在にもなれたしで普通に寝てたからな。今日に限って起きてるのはちょっとばかし不思議か。

 

「また何かあったんですか?」

「別になんかあったわけじゃねえんだがな…………ちょっと考え事だよ」

 

 昔のことを思い出したり、今の自分の現状を整理したり……柄にもなくそんなことを考えてたら寝そびれちまった。

 

「ダストさんが考え事……。今度はどんな手口で詐欺をするんですか?」

「ほっぺた死ぬほど引っ張ってやるからお前ちょっとこっち来い」

 

 俺が考え事している=詐欺ってどういうことだよ。

 

「ダストさんほっぺた引っ張る時は本当に手加減してくれないから嫌ですよー。それに、そんなことしたら隣で寝てる人が起きちゃいますよ?」

「ちっ……確かに幸せそうに寝てるジハードを起こしちまうのは可哀そうだな……」

「あ、そっちなんですね……。ゆんゆんさんは起きても大丈夫なんですか?」

「大丈夫も何も、別にこいつが起きても俺は痛くもかゆくもねえし」

 

 わざわざ起こしたり、気付いてることを伝える気はないが、自分が肩身の狭い思いをする理由まではない。起きたら面倒なことにはなりそうだがそれはそれだ。

 

「そういう所は相変わらずナチュラルでクズいんですね。最近はちょっとまともになったなぁって思ってたんですけど」

「んー……それ、カズマにも言われたんだけどよ。最近の俺って前よりまともになってんのか? 別になんか変わった気はしないんだが」

 

 ジハードと一緒にいるために留置所に入るような真似は出来るだけ避けてるのは確かにあるんだが。捕まらないことならわりとやりたい放題してるし。自分が前と何か変わったような自覚は全くない。

 

「生ゴミが燃えないゴミになったくらいにはまともになってる気がしますよ?」

「マジで日中どっかであった時は覚えとけよ」

 

 その時こそお前の無駄にもちもちのほっぺたを引っ張り倒してやるからな。

 

 

「それで、すぐに眠れそうですか? 眠れそうにないなら今日の夢はキャンセルになっちゃいますけど……」

「……微妙だな。ま、そこまで溜まってるわけでもねえし無理して見る必要もねえんだが」

 

 サキュバスに頼らなくても最近は夢見がいいしな。もちろんエロい夢が見れるならそれに越したことねえが。

 

「じゃあ、キャンセルってことですか?」

「そうするか。寝よう寝ようってしたら逆に寝れなそうだしな」

「そうですか…………」

 

 俺の言葉に目に見えて落ち込んでいるロリサキュバス。

 

「何をそんなに落ち込んでんだよ。別にキャンセルになったの初めてじゃねえだろ?」

「……だって、今日のお仕事ダストさんしか入ってなかったんですよ? それがキャンセルということは私はご飯抜きってことじゃないですか」

「あー……なるほど。そういやサキュバスにとっちゃこれは食事だったな」

 

 だからこそ普通の風俗に比べればはした金でサキュバスのサービスが受けられるわけで。サキュバスにとっての一番の対価は精気の方だ。

 

「ん? でもじゃあ休みのときとかどうしてるんだ? 仕事=食事なら仕事休んだら飯抜きだよな?」

「非番の日は他のサキュバス……先輩たちから精気も分けてもらえるんですよー。でも仕事が取れないサキュバスはごはん抜きなんです……」

「…………世知辛いな」

「はい…………精気が慢性的に足らなければ餓死して地獄に送還されちゃいますし……」

 

 華やかに見えるサキュバスの世界も実状は苦労にまみれているらしい。

 

「仕事取れないようなサキュバスだと地獄でも苦労しそうだよな」

「……それに関してはあんまり心配はいらないというか、一応地獄ではサキュバスクイーン、女王様のもとにいる限り、働かなくても餓死することだけはないので」

「? よく分かんねえが、働かなくても食べるもんには苦労しねえのか。じゃあ、なんでお前らは働かないと食べていけない地上にわざわざ来てるんだ?」

「それはもちろん地上の精気の方が凄く美味しいからですよ。地獄でも美味しい精気を貰う方法はないわけじゃないんですが、私みたいな下っ端サキュバスには絶対無理ですし」

 

 なるほどな。サキュバスにとっちゃ精気ってのは食事であり同時に娯楽でもあるのか。多少危険があって苦労があるとしてもそういう理由なら地上に出てくるのも理解できるな。

 サキュバスに限らず悪魔が召喚契約以外で地上にやってくるのはそういう理由なのかもしれない。

 

「というわけでごはん抜きは悲しいんですよ。別に1日2日抜いたくらいで餓死するなんてことはないですけど……」

 

 不満そうというか悲しそうというか。とにかく微妙そうな顔をしているロリサキュバス。

 まぁ俺らにして考えるなら美味しい酒や料理を前にして御預けされてるようなもんだから無理もない。

 

「あー……じゃあ、俺の精気吸うか?」

「え? 夢のキャンセルをしないでもらえるんですか?」

「いや、夢の方はキャンセルってか、すぐに寝れそうにないから無理だけどよ。精気だけ吸わねえかって」

「…………じゃあ、一緒ですよ。前にも言ったと思いますけど、あのお店で働くサキュバスは仕事以外で精気を吸うのを禁止されてるんです」

「分かってるって。だから、『仕事として』俺の精気を吸わねえかって聞いてんだ」

 

 仕事以外で精気を吸うことが禁止されている。契約を遵守して生きる悪魔にとってそれは絶対だろうし、もしも破れば恐ろしい罰が待ってたりするのかもしれない。

 だが、『仕事』が『夢を見せる事』と限定してるとは限らない。限定していないのであれば『仕事』とは自分の行動に対して対価を貰えること全てが当てはまる。

 

「多分なんだが、あの店が仕事以外で精気を吸うことを禁止してるのは、冒険者との信頼関係のため、サキュバスがやりすぎないためだろ?」

 

 サキュバスが本気で誘惑すれば並の男性冒険者じゃ抗うことは出来ない。だから仕事以外で精気を吸う事を禁じて、仕事という契約でのみ精気を吸うことを許可し、その共存関係を維持する。

 

「俺がお前に何かしらの対価を払って『同意』を示して『仕事』として精気を吸うことにすれば大丈夫なんじゃないのか?」

 

 悪魔はそういう契約の抜け道が大好きだ。契約を遵守する悪魔だからこそ、そういう抜け道を利用するのが巧い。自分たちが作った契約であるなら、それこそそういう抜け道を用意してそうなもんなんだが……。

 

「…………確かに『仕事』としてなら夢を見せなくても精気を吸って大丈夫そうですね。取引したお金の分しか精気を吸えない決まりがあるんで、際限なくとはいかないですけど」

「やっぱりな」

 

 そういう決まりがあるなら抜け道を利用するのも見越しての禁止なんだろう。ロリサキュバスが知らないだけで他のサキュバスは普通に利用してそうだな。長くあの店で働いていたら自分で気づくなり冒険者に教えてもらうなりで、知ることになる抜け道なんだろう。

 ロリサキュバスはあの店じゃまだ新人に近い立ち位置だし、気づいてなかったみたいだが。 

 

「……いいんですか? ダストさんには全く得がない話ですよ? むしろ、お金を払って貰わないといけないから損をするのに…………」

「金ならカズマに貰った金がまだ結構あるから大丈夫だ」

 

 レインにゆんゆんやリーンまで奢ったがまだ結構な額が残ってる。

 

「ま、お前にはなんだかんだで世話になってるからな。飯抜きは流石に可哀想だからお前にも奢ってやんよ」

 

 いろいろ世話がかかるやつではあるが、こっちも同じくらいは世話になってる。

 

「…………そんな感じですぐお金使うからダストさんっていつもお金に困ってるんじゃないですか?」

「そうだな。じゃあ反省してやっぱ今の話はなしだ」

「ごめんなさい。本当はお腹ぺこぺこなんです。ここまで期待させてお預けは許してください」

「最初からそう言っときゃいいんだよ」

 

 俺の回りにいる女はどうしてどいつもこいつも一言多いのか。

 

 

「えっと……それじゃあ、指を貸してもらえますか?」

「指? まぁ別いいが」

 

 隣りに座ったロリサキュバスに向けて手を差し出す。

 

「では、いただきまーす……はむっ」

 

 そう言ってロリサキュバスは差し出した手を自分の口元に持っていき、そのまま俺の人差し指を咥える。

 チロチロと舌で舐められる感覚と吸われる感覚を指に感じて凄くくすぐったい。同時に俺の中から何かがロリサキュバスに流れていく感覚もあるが、指に感じる感覚に比べれば微々たるものだ。

 

「…………お前、何してんだ?」

「ふぁにって……んっ、……精気をもらってるますけど」

 

 一旦指から口を離してロリサキュバス。

 なんでこいつは『そんなこと聞くまでもないじゃないですか?』みたいな顔してんだ。

 

「お前、いつも客からそんな風に精気をもらってたのか?」

「いつもはお客さんを起こしちゃいけないから出来ませんよー。いつもは手で触れて貰ってます。先輩たちから貰う時はこうしてますけどね」

「…………じゃあ手で精気をもらえよ」

「出来ないことはないですけど…………こっちの方が吸うの早いですし、精気の美味しさも段違いで味わえるんですよ」

 

 『だから、ダメですか……?』みたいな顔してこっちみんな。

 

「はぁ…………ほれ。分かっちゃいたことだが、サキュバスって言うか、悪魔の感覚は人間とはぜんぜん違うんだよな」

「はむぅ……ふぉーれすねー。……んぅ、やっふぁり、らすとしゃんのせいきはおいしいれすね」

 

 マジでくすぐったいから咥えながら喋るのはやめろ。

 

 

 

「はむはむ……んゅぅ…んぅ……ふぁぁ」

「……………………」

 

 …………やっぱこれエロいよな。

 

 別にただ指を咥えて舐めたり吸ったりしてるだけだと言うのに。それをやってるのがちんちくりんなロリサキュバスだと言うのに。

 美味しそうにそれをやっているロリサキュバスを見ると妙なエロさを感じてしまう。

 流石はサキュバス……こんなちんちくりんでもここまでエロさを隠し持っているとは侮れない。

 

 

「だけど、こんだけエロいのにサキュバスって『女』じゃないんだよな」

 

 バニルの旦那やゼーレシルトの兄貴がよく言っている『悪魔に性別はない』という台詞。それを信じるなら下級悪魔であるサキュバスも性別がないということになるはずだ。

 

「ぅ……また否定も肯定もしにくいことを言いますね……」

「? その口ぶりは『女』じゃないわけでもないのか? でも、旦那や兄貴が嘘言ってるとも思えねえし…………実はサキュバスって悪魔じゃないのか」

「そんなわけないじゃないですか。正真正銘サキュバスは悪魔ですよー。ただ、『女性』じゃないと言うと語弊があるんです」

 

 悪魔に性別がなくて、サキュバスは悪魔で、でもサキュバスは女じゃないわけじゃない。謎掛けか何かか?

 

「えっとですね…………バニル様やゼーレシルト様のおっしゃる通り悪魔が本質的に性別を持たないのは間違いありません。と言うより、基本的には上位の悪魔に作られる悪魔に性別は必要ありませんからね」

「…………前にも聞いた気がするが、割と重要な事実をサラッと言うのやめろ」

 

 前に旦那に聞いた時、分裂するわけじゃないとか言ってたし、性別がない以上悪魔が増える方法は『自然発生』か『創作』、『転生』のどれかだろうと想像はついてたが。

 ロリサキュバスの話を信じるなら基本的な悪魔は『創作』で生まれるってことで良さそうだな。『自然発生』や『転生』で生まれる悪魔がいたりする可能性はあるのかもしれないが……まぁ、そのあたりは今は関係ない。

 

「多くの悪魔にとって性別は必要ありません。だから性別がない」

「……そういうことか。本質的に悪魔は性別を必要としない。けど、男を相手にするサキュバスには『女』があったほうが何かと便利だもんな」

「そういうことです。私達サキュバスやインキュバスと言った夢魔はその性質的に性別を持っています。また、上位の悪魔の方でも求める悪感情によっては後天的に性別を取得する方がいたりします」

 

 つまりは悪魔にとって性別はオプション的なものなのか。翼があるとか角があるとかそんな感じで性別を持っていると考えればいいのかもしれない。

 

「でも、そういう話ならなんでお前は微妙な顔してたんだ?」

 

 素直に女ですって言っときゃいいのに。

 

「想像がついているのかもしれませんが、悪魔にとって性別は個性です。そして悪魔が持てる個性はその階級によって制限があります。…………下級悪魔の中でも群を抜いてサキュバスやインキュバスが弱いのは最初から性別を獲得してるからなんですよ」

 

 真っ向勝負をするのなら駆け出し冒険者にすら負けるのがサキュバスだ。……真っ向勝負じゃないなら上級の冒険者すら手玉に取ったりするけど。

 ロリサキュバスはサキュバスの中でもバニルの旦那に特筆して憧れているし、強い旦那に対して弱い自分とその理由に思うところがあるのかもしれない。

 

「……とりあえず納得はできましたか? だったらまた精気を吸わせてもらいたいんですけど……」

「おう、よく分かったぜ。ほれ、ちゃんと味わって吸えよ」

 

 はむっとまた俺の指を咥えて精気を吸い出し始めるロリサキュバスを見ながら俺は少し考える。

 

(……後天的に性別を得ることが出来るなら旦那も一応『男』になることが可能ってことか?)

 

 本質的に性別を持ってる俺らとは感覚は違うんだろうが、理論上はそうだよな。

 このことをルナやウィズさんが知ればどういう反応を示すのか。それは少しだけ楽しみかもしれない。

 

 

 

「んっ…………ああ、もう料金分の精気を吸っちゃったんですね…………」

「ん? 思ったよりも早かったな」

 

 俺が旦那やルナのことを考えてる内にロリサキュバスは精気を吸い終わったらしい。指から吸えば速いとは言ってたが、もともと吸える量が少ないんだろう。

 

「はい……冒険者の人に負担をかけられないから通常料金だとこれだけしか吸えないんです……」

 

 …………凄く物足りなそうな顔してんじゃねえよ。本当にしょうがねえな。

 

「はぁ…………。今日だけだからな。金が許す限り吸っちまえ」

「……いいんですか?」

「いいも悪いもねえよ。お前さんは悪魔だろうが。悪魔ってのは欲望のままに生きるのが美徳だってされてんだろ? だったら俺の都合なんて考えないで、いいって言われたら喜んで吸っときゃいいんだよ」

 

 旦那なら絶対にそう言う。

 

「ダストさんって本当悪魔より悪魔っぽい考え方してますよね。…………だからバニル様と仲良くしてもらえてるのかなぁ」

「さあな。ま、少なくともお前が立派な悪魔になりたきゃもっと俺を見習ったほうがいいぞ」

 

 ロリサキュバスは悪魔って言うには身体も態度も小さすぎるからな。

 

「悪魔のお手本になる人間っていろいろ終わってる気がするんですけど…………」

「人間をお手本にしなきゃいけない悪魔もいろいろ間違ってる気がするがな」

「ふふっ……それもそうですね」

 

 そう言って花のように笑うロリサキュバスはやっぱり全然悪魔っぽくない。こいつはうまれる種族を間違えてんじゃないだろうか──

 

 

 

 

「とりあえず、今はお言葉に甘えて、おなかいっぱい吸わせてもらいますね」

 

 

 

 

 ──なんてことを思ってた俺を殴ってやりたい。

 

「ふぅ……こんなにお腹いっぱい精気を吸ったのは初めてです。ダストさんありがとうございます」

「嘘だろ……あんだけあった金がサキュバスサービス1回分しか残ってないとか……。お前の辞書には手加減って言葉がないのか?」

「ありますけど、ダストさんが好きなどけ吸っていいって言ったんじゃないですか。今さらそんな事言われても困りますよ」

 

 欠片も困ってない様子で、むしろ満足そうにぽこりと膨らんだお腹を撫でているロリサキュバスを見て俺は確信する。

 こいつは正真正銘の悪魔だ。腹ペコは可哀想だなんて同情なんてする必要なかった。

 

「でも、まさか本当にお腹いっぱいになるまで精気を吸えるとは思ってませんでした。お金はともかくサキュバスがお腹いっぱいになる精気は普通の成人男性5人分くらいですから」

「5人分つっても、元が影響でないくらいの量での話だろ? 別にそれくらい余裕だろ」

「いえ、死ぬまで吸ったとして5人分です。私はまだ未熟ですし普通のサキュバスより吸える精気は少ないですが、それでも普通の人ならとっくの昔に死んでるくらい精気を頂いたんですが……ダストさん平気そうですよね」

「全然平気じゃねーよ。明日からどうやって暮らしていけばいいんだ」

 

 一応明日は午後からゆんゆんとクエストの予定入れてるけど。その金はギャンブルに全部つぎ込む予約してるし。

 

「……本当に平気そうですね。やっぱりダストさんって人間じゃないんじゃ……」

「体の方も一応妙にだるいぞ。金がなくなったことに比べればどうでもいいレベルだが」

 

 というか、やっぱりってなんだ、やっぱりって。俺は正真正銘人間だっての。

 

「精気も普通の人に比べて凄く美味しいですし、精気の量は人としておかしいレベル……。普通の状態じゃありえないと思うんですけど」

「理由はどうでもいいだろ。お前らサキュバスにとっちゃ俺が都合のいい餌ってだけだ」

 

 多分、前に死にかけた時、ミネアの魔力や生命力を限界まで与えられ続けた影響だろうが。俺の目が普段から赤くなってるのと同じ理由だろう。

 

「それもそうですねー。これでダストさんがカズマさん並みにお金持ちだったら最高だったのに……」

「おう、俺は金なんて持ってないから今度からたくさん精気を吸いたい時はカズマに頼めよ。多分あいつは今みたいな吸いかたしたら喜んで精気と金を提供してくれるぞ」

 

 あいつ否定してるけどロリコン気味だからな。ロリサキュバスにさっきみたいな吸いかたされたら死ぬほど喜ぶに違いない。

 

「夢じゃなくても喜んでもらえますかね? それなら、カズマさんには恩がありますしやりたいですけど……」

「そこは心配しなくても大丈夫だろうよ。少なくとも嫌がる男はいねえだろうし」

 

 ロリサキュバスは成長が未熟なだけで見てくれが悪いわけじゃないからな。喜ぶかどうかはロリコンかどうかが影響してくるが嫌という男はいないだろう。

 

「ただ、そういう吸い方を他の男にもしてるってのは内緒にしとけよ?」

「? どうしてですか?」

「男ってのは自分が女にとって特別でありたいって思うもんだからな。独占欲って言っちまってもいいのかも知れねえが」

 

 別に男に限った話じゃないかもしれないが、少なくとも男ってのはそんなところがある。

 

「えっと…………私サキュバスですよ? 流石にそんな風に思うのは難しいんじゃ……」

「お前は見た目は清楚系ロリだし経験少なさそうだからな。サキュバスって言ってもそういう幻想抱く男はいるぞ」

 

 常識的に考えれば男の性を吸って生きるサキュバスに独占欲ってのも馬鹿な話ではあるんだが、男はそういう所は都合よく解釈しちまうもんだからな。むしろサキュバスだからこそ独占したいって思っちまうのが男だろう。

 

「そういうものなんですか。…………私にとっては皆さん大切なお客さんなんですけどねー」

「そういう職業意識も大事なんだろうがな、男を相手にする仕事してんだから男心を手玉に取るくらいはしないと一番にはなれねーぞ」

 

 むしろサキュバスってのはそういう悪魔のはずなんだが……この街に住むサキュバスだからなのか、こいつだけなのかは微妙だがいろいろズレてんだよなぁ。

 

「勉強になります」

「でも、実際お気に入りの客とかいねえのか?」

「精気が美味しいですしいつも指名してくれるからダストさんはありがたい常連さんだとは思ってますよ?」

「いや、そういう話じゃなくてだな…………精気とか仕事とかそう言うの抜きにしての話だ」

 

 商売女と客の恋愛話って結構聞くんだがな。寝てる相手に夢を見せるだけのサキュバスサービスでそんな話が生まれるかどうかは微妙な所だが。

 

「そういうのを抜きにすると判断基準が殆どなくなっちゃうんですが…………それだとカズマさんですかね。さっきも言いましたけど恩がありますから」

「仕事に失敗して退治させられそうになった所を助けてもらったんだっけか。カズマは普段はアレだけどやる時はやる奴だからなぁ」

 

 そうでもなきゃあの問題児3人を抱えて生きていけるはずもない。俺がカズマの立場だったら3日で失踪してる自信がある。

 

「ま、カズマなら文句ねえな。うまくいった時はご祝儀よこせよ」

「なんでそんな話になってるのかとか、なんでダストさんが保護者面してるんですかとか、なんで私がご祝儀渡す方になってるんですかとか、ツッコミきれないんですが……」

 

 きっちりツッコミいれてんじゃねえか。相変わらず無駄に律儀なやつだ。

 

 

 

「はぁ……なんかお腹いっぱいなのも相まって疲れてきました。一旦お店に帰って報告もしないとですし、そろそろ帰りますね」

「おう、そうか。…………マジでその金全部持って帰るのな」

 

 俺のほぼ全財産が……。

 

「えっと…………悪魔の契約は絶対なので返せはしませんけど、何らかの形で還元しますから…………もしかしたらサービスとは別の契約を結んでもらうかもしれませんけど」

「金が返ってくるならなんでもいいからマジで頼むぞ……」

 

 別にすかんぴんなのは今に始まった話じゃねえが、一応いい事したはずなのに金が一気に無くなるのは納得出来ないからな。

 

「善処します。……じゃあダストさん、またのご利用お待ちしてますね」

「金がねえからすぐに利用できるかどうかは微妙だけどな……ま、善処はしてやるよ」

 

 俺の言葉に気まずそうな苦笑いを浮かべながら。ロリサキュバスは月明かりの中を飛んで帰っていく。

 あいつは前に飛んでる所をセシリーやクリスに見つかって痛い目見たとか言ってた気がするんだが学習しないんだろうか。セシリーがアルカンレティアに行っててアクセルにいないとは言え神出鬼没のクリスはいるかもしれないのに。

 

「…………ま、俺が気にすることでもねえか」

 

 横で幸せそうに眠ってるゆんゆんの存在と一緒だ。いちいち気にしてたらろくに寝られもしねえ。

 

「つーか、こいつは本当にぐっすり眠ってやがるな」

 

 叫んだりはしてないとは言え普通に喋ってたんだが。どんだけ熟睡してんだか。男の隣でこんだけ熟睡とか隙がありすぎだろ。

 

「…………、俺も寝るか」

 

 守備範囲外の寝顔をいつまでも見てても仕方ない。ロリサキュバスに精気を思いっきり吸われた影響かいい感じに疲れてるし、ジハードの最高の感触もある。今眠ればきっといい感じに眠れるだろうしな。

 

「じゃ、おやすみさん。明日は起こすの頼むぞゆんゆん」

 

 朝起きれなかったら、ゆんゆんに飯を奢ってもらえないし、金のない今の俺じゃ死活問題だ。

 俺のためにちゃんと起こせよ、ゆんゆん。

 

「んぅう……やっぱりこの人ろくでなしですぅ……くぅ……」

 

 妙に的確なゆんゆんの寝言を子守唄代わりにしながら、俺は深い眠りについていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそぅ……ゆんゆんのやつ人のこと起こしていかないとか人でなしかよ」

 

 何か金になりそうなことがないかと街を歩く俺は、薄情にも俺を起こさなかったぼっち娘の愚痴をこぼす。

 昨日のことを根に持ってるのかどうかはしらないが、おかげで俺は朝飯をまだ食えていない。と言うよりもう昼に近い時間でこのまま行けば昼飯すら抜きになっちまう。

 午後からはゆんゆんとクエストの約束してるし夕飯はゴネればなんとかなりそうだが、飯抜きでクエストはきつい。

 

 ちなみに、なんとか残ったサキュバスサービス代を使えば朝昼と言わず3日分の飯代くらいにはなるが、当然使う気はない。

 

「ゆんゆんさんの何が人でなしなの? ダスト君」

「おう、聞いてくれるか。…………って、ダスト『君』だと……?」

 

 俺を君付けで呼ぶやつなんて20年超えた俺の人生の中でも3人しかいない。一人は死んでるし一人は故郷にいるから、今ここで呼ぶ可能性があるやつは旅に出てたあいつしか……。

 

「ただいま、ダスト君。お姉さんに会えなくて寂しかった?」

「なんでお前帰ってきちゃったの?」

「流石にその反応はお姉さん酷いと思うの!」

 

 振り返って目に入った想像通りの姿。金髪碧眼の暴走プリーストセシリーに俺は大きなため息をつく。

 

「ねえ、ダスト君。なんで私はため息までつかれてるのかしら? 真ヒロインの帰還なのよ? 泣いて感動する場面だとお姉さん思うんですけど」

「場外ヒロインが何を言ってんだか……。俺の真ヒロイン枠はミネアとジハードだけで埋まってるからお前の入る所はどこにもねえぞ」

 

 ネタ枠が帰ってきたからってどこで泣けばいいんだ。

 

「だいたい、お前は別に俺の真ヒロインじゃないだろ。爆裂娘のところ行って来い」

「もちろんめぐみんさんの真ヒロインでもあるけど、ダスト君の真ヒロインでもあるつもりよ?」

「…………ちなみにお前が真ヒロインやってるやつ全員上げてみろ」

「めぐみんさん、ゆんゆんさん、イリスさん、ダスト君にミツラギさん……まだ続くんだけど全部言わないとダメ?」

「言わなくてもお前のダメさは分かったからもういい……つーか、一人名前間違えてんぞ。魔剣の兄ちゃんの名前はミツラギじゃなくてミタラシだろ」

「そうだったかしら? ん……とりあえず覚え直したらわ。魔剣の勇者様の名前はミタラシさんね」

 

 ったく、真ヒロインを自称するならちゃんと名前くらい覚えといてやれよ。

 

「……で、お前マジで帰ってきちゃったのか」

「うん。アルカンレティアでの用事は全部済ましてきたわよ」

 

 確かこいつはゼスタが捕まったからその代わりの最高司祭を決める選挙に行ってたんだっけか。

 

「結果はどうだったんだ?」

「無事次期最高司祭の座を勝ち取ってきたわよ。トリスタンは強敵だったわね……」

「マジか…………」

 

 こいつが次期最高司祭とかアクシズ教徒大丈夫…………に決まってんな。ゼスタの時点であれだったみたいだし。

 

「? でも次期最高司祭がこっちに戻ってきて大丈夫なのか? アクシズ教団の取りまとめ役いないとまずいんじゃねえのか?」

「ああ、それは大丈夫よ。あっちの取りまとめはゼスタ様がちゃんとしてくれてるから」

「…………は? ゼスタが捕まって代わりの最高司祭が必要だから選挙したんじゃなかったのかよ」

「そのつもりだったんだけどね。ゼスタ様ったら裁判長をトリスタンのパンツで買収して裁判で無罪になっちゃったのよ」

「そのアクシズ教徒の裁判長は今すぐにクビにしろ」

 

 というか、どんな司法取引だ……。

 

「? よく裁判長がアクシズ教徒だって分かったわね」

「アクシズ教徒じゃなければ逆に絶望だからな……」

 

 アクシズ教徒以外にそんな司法取引に乗るやつがいるとは思いたくない。

 

「ちなみに裁判長は女性だから安心してね」

「欠片も安心できねえよ!」

 

 流石に女とか予想g…………いや、俺の目の前に居るやつ考えたら予想できてしかるべきなのか…………もうやだアクシズ教徒。関わり合いになりたくなさ過ぎる。

 

 

「ま……とりあえず、ゼスタが復帰できたんならひとまずアクシズ教団は大丈夫そうだな」

 

 あんな奴らでもいなければ魔王軍が調子に乗るからな。現状優勢を保っているとは言えアクシズ教団と紅魔族がこの国を守ってると言っても過言じゃないんだから。

 …………あいつらがいるから執拗に魔王軍が攻めてくるという話も聞いたことはあるがそれは今は考えない。

 

「そうね。ただ、トリスタンが自分のパンツを勝手に取引に使われて怒ってクーデター起こしてるのが少し心配だけど」

「もうお腹いっぱいだからもうアクシズ教団の話はしなくていいぞ…………」

 

 というか、そういう状況でなんでこいつは普通に帰ってきてんだろうか。…………聞いたら『いつものことだもの』とか言いそうだから聞けないけど。

 

「つーかあれだ。旅から帰ってきたんだったら俺に渡すもんがあるよな?」

 

 もうさっさとお土産貰ってこいつとの話は終わりにしちまいたい。久しぶりにこいつのテンションは流石にきつい。

 

「んふふー、もちろん用意してるわよ。本家アルカンレティアで作られた最高品質の──」

「──言っとくがアクシズ教の入信書とかいらねえからな。貰っても投げ返すぞ」

「…………ダスト君はボケ殺しだと思うの」

 

 恨めしそうな顔して紙束もとに戻してんじゃねえよ。マジでそんなゴミをおみやげ言うつもりだったのか。

 

「んー……でも他のお土産で面白そうなもの特にないんだけどいいかしら?」

「おみやげに面白さなんて求めんのはガキだけだからいいっての。そうだな……なんか食いもんねえか?」

「それならお姉さん用に買ってきてた『ところてんスライムネロイド味』と『温泉まんじゅう改め聖水饅頭』があるわよ。どっちがいい?」

「甘いもんはそんな好きでもないからな……ネロイド味ならところてんスライムでいいぞ」

 

 いいもん買ってきてんじゃねえか。

 

「…………でも、ダスト君。聖水饅頭もすっごい美味しいと思わない?」

「食ったことねえから知らねえよ」

「じゃあ食べてみるべきじゃないかしら。きっと感動すると思うわ」

「…………お前、自分がところてんスライム食べたいから饅頭勧めてるだけだろ?」

 

 おう、全然誤魔化せてないから口笛吹きながら視線そらすな。

 

「ったく……だったら最初からどっちがいいとか聞いてんじゃねえよ」

 

 はぁとため息を付きながら俺は饅頭の方を受け取る。

 

「んぐ…………でもまぁ、そこまで甘いわけでもねえしまずくはねえな」

 

 どこらへんが聖水なのかは全然分からねえけど。それいったら温泉まんじゅうもどの辺が温泉か分からねえしどうでもいいが。

 

「でしょでしょ。お姉さんとしてその美味しさを是非とも知ってほしくて聖水饅頭をお勧めしたのよ? けして自分がところてんスライムを食べたかったからじゃ……」

「……やっぱこの饅頭返すからところてんスライムの方よこせよ」

「あ、謝るから! 見栄をはったのは謝るから! お姉さんからこの子を奪うのだけはやめて! この子は私の生きがいなの!」

「悲壮な声出してんじゃねえよ! なんか俺が悪い事してるみてえだろうが!」

 

 まぁ、客観的に見ればシスターが必死に守ろうとしている物を強奪しようとしているチンピラの図なんだが。

 実際はシスターのほうがアレ過ぎるし、街の連中も『ああ、あの破戒僧が帰ってきたのか』と遠巻きに見てるだけなので問題はない。

 

 

「はぁ……はぁ…………ダスト君、お姉さん強引なのも嫌いじゃないけど、こういうのは場所を選んでするべきだと思うの」

「はぁ…ふぅ…………うるせえよ。ただちょっとお前の大切なものを奪おうとしただけだろうが。誤解を招きそうな言い方するんじゃねえ」

 

 ところてんスライム争奪戦は防衛側の勝利で終わって。肩で息をしながらも軽口を叩くセシリーに俺はそう返す。

 …………くそぅ、別に本気でところてんスライム欲しかったわけじゃねえが、女に負けるとは。この街の女はどうしてこうどいつもこいつも手強いんだ。

 

「ダスト君の言い方のほうが何だか卑猥な気がするのは気のせいかしら……」

 

 それはお前の心が汚れてるだけだ。

 

 

「とりあえずお土産の件はこれでおしまいでいいわよね? だったらお姉さんがいなかった間に何か変わったことがなかったか聞きたいんだけど」

「お前がいなかった間に起きたこと?…………………………………………別に何もなかったぞ」

「その間は思いっきり何かあったって言ってない?」

 

 まぁ、思いっきりあったのは確かだが…………セレなんとかさんのことはこいつには言いたくねえしなあ。

 あの女がアクアのねーちゃんを泣かしたってセシリーが知ったらどんな行動に出るか。というかこいつがこの街に残ってたら俺もカズマも苦労しなかったんじゃないかという予感まである。下手すりゃアクシズ教徒総動員でセレなんとかさんが吊るされてたんじゃないだろうか。

 

(まだ、カズマが苦労してんだったら話しても良かっただろうが、この間一応解決してるしな)

 

 カズマの活躍?によってセレなんとかさんは今アクセルの牢屋の中だ。近いうちに王都に移送されるって話もある。一応は終わった話をわざわざ蒸し返すことはないだろう。

 ……話せばこいつが本気で怒るのは目に見えてるし、こいつにそんな顔はさせたくないからな。

 

「んー…………ま、いいかな。ダスト君が話さないってことは話さなくても問題ないってことなんだろうし」

「そうだな。むしろ話したら問題起きそうだから聞かないでいてくれ」

 

 ……本当ろくでもないことになりそうだからな。

 

 

「それじゃ、ダスト君。そろそろ行くわね。めぐみんさんとかゆんゆんさんとかにも挨拶してこないと」

「おう、さっさと行けよ。…………ただ、爆裂娘はどうでもいいがゆんゆんには多少大人しく接しろよ」

 

 いきなりお前のハイテンションは体に毒だからな。

 

「もちろんめぐみんさんにもゆんゆんさんにも大切に接するつもりよ?……んー、でも、私がいなかった間にもしかして結構面白いことあった?」

「面白いこと? いや、別に面白いことは特になかったと思うが」

 

 セレなんとかさんの事は今思い出しても胸糞悪いしな。

 

「そっかそっか。それじゃその辺りはゆんゆんさんに聞いてみようかな。それじゃあねー」

 

 最後に小さく手を振ったと思ったら。セシリーはそのまま嵐のように去っていく。

 本当、息をつく暇のない女なこった。

 

「…………まんじゅう美味えな」

 

 とりあえず朝飯と昼飯の代わりが出来たのだけはありがたい。本当に久しぶりだがあの暴走プリーストが役に立ったな。

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせしましたダストさん」

「おう、もぐ…むぐ……。ゆんゆんおせぇぞ…………って、お前は誰だ!?」

 

 饅頭をかじりながらクエストの集合場所で待っていた俺に掛けられるゆんゆんっぽい声。

 ゆんゆんかと思って振り返ってみれば、いつものゆんゆんの姿はなく、代わりにいるのは白いワンピースをきたセミロングの美少女。

 

(ここまでドストライクな見た目の女はゆんゆん以来だな……)

 

 あいつは苦労してナンパしたと思ったら守備範囲外でがっくりきたけど。この女の子はゆんゆんとはまた違う方向で完璧だ。

 でも、なんでこんなにかわいい子が俺に声かけてきたんだ? 俺の名前も知ってるみたいだし。

 

「誰って……私ですよ。何を言ってるんですかダストさん」

「『私』ちゃん? 紅魔族並に変な名前だな。まぁ、可愛いからいいけど」

 

 母さんも名前は変だったし名前が変なくらいは目を瞑るぞ。

 

「だから私ですって! ゆんゆんですって! ふざけてるんですか!?」

 

 …………ゆんゆんだと?

 その言葉に俺はもう一度謎の美少女の容姿を観察してみる。

 

 白いワンピースの服…………こんな服を見たことはないが、そういや昨日リーンとゆんゆんが白いワンピース買いたいとかそんな話してたか。

 セミロングの髪…………いつもの編んでる髪を解いて伸ばせばこれくらいの長さになりそうではある。

 目鼻立ち…………うん、目の色といいよく見ればゆんゆんっぽい気がする。

 胸の大きさ…………あ、これゆんゆんだわ。

 

「…………なんだ、ゆんゆんかよ。可愛い子と出会えたと思ったのに」

 

 お前は俺をどれだけ期待させた上で残念がらせるんだ。バニルの旦那かよ。

 

「なんであからさまにため息つかれてるのか分からないんですけど……」

「というか、なんでそんな格好してんだよ」

「あ、今日の朝リーンさんと買い物に行って選んでもらったんです」

「いや、あのな? お前、今からどこ行くか分かってんの?」

 

 ゆんゆんの格好を改めて見るがピクニックすら行くのに苦労しそうな服装だ。そんな服で今からどこに行こうとしているかと言えば……

 

「どこって…………討伐クエストですよね?」

「そう、それ。討伐クエストなんだよ。…………で、なんでお前はワンピースなんて動きにくい服で来ちゃったの?」

 

 杖を持ってる様子もないし。……流石にナイフくらいは服の下に持ってると思いたいが。

 

「だって、リーンさんに選んでもらった服可愛かったんです。ちょっと恥ずかしいけど女の子として可愛い服着たいのは当然ですよ」

 

 女の子としてとかどうでもいいから。冒険者としてすごい間違ってるから。

 

「……まぁ、一撃熊やグリフォンくらいならジハードがいりゃ済むし別にいいけどな…………服が汚れても知らないぞ」

「大丈夫です。服が汚れるのは全力で阻止します」

 

 いや、だったら着てくるなと。

 

「それよりダストさん、私に何か言うことないですか?」

「言うことと言われてもさっさと着替えて杖持ってこいよとしか言うことないんだが……」

 

 魔法使いが杖持ってこないとか舐めてるにも程がある。術者の技量にもよるとはいえ一般的には威力が半減するって言われてるのに。

 

「それは嫌です。……ほら、私に何か言うことあるんじゃないですか?」

「普通に拒否ってんじゃねぇよクソガキ。お前冒険者なめてんのか」

「ダストさんこそ女の子舐めてるんじゃないですか? そんなんだから童貞なんですよ」

 

 なんでこいつは怒ってる様子なんだ? 俺別に間違ってること言ってねえよな?

 

「もう……私は、私の格好に対する感想が聞きたいんですよ」

「なんだよ、だったら最初からそう言えよ。…………お前討伐クエストに行くのにその格好とか頭おかしいんじゃねえの?」

「『カースド・ライトニング』!」

 

 ドゴンと言う音とともに俺の後ろにあった木に黒い大穴ができる。……杖なし詠唱省略でこの威力とはやるじゃねぇか。

 

「……まぁ、ダストさんにそういう女の子の機微分かれって言うのが無謀ですしね。私の格好似合ってますか?……可愛いですか?」

 

 大きなため息を付いてそう聞くゆんゆん。

 

「なんだ、そういう話かよ。そんなもん可愛いに決まってんだろ。お前は見た目だけなら満点だし、リーンの服のセンスも100点だ。可愛くならないほうがおかしい」

 

 14歳の時点で俺の審美眼に合格出されたゆんゆんだ。そっから成長した今は見た目だけは本当に完璧だと言っていい。

 見た目だけは。

 

「……………………え? なんでそんな普通に褒めてるんですか? あなた本当にダストさんですか?」

「ダストさんだが…………なんだよ、なんか文句あんのか」

 

 せっかく人が褒めてやったってのに。

 

「いえ…………ダストさんにこう、まっすぐ褒められると調子が狂うといいますか…………そんな感じで女の子ナンパしてたら、ダストさん彼女が出来てると思うんですけど。顔立ちはわりと整ってますし、ダストさんの悪評を知らなければ騙される人もいるんじゃ」

 

 ところどころに棘があるのは気のせいか?

 

「俺は正直な男だからナンパするときも思ったことしか言ってねぇよ。お世辞とかは苦手だからな」

 

 というか、そういうのはもうほんとやりたくない。レインにも言われたがそういう所を器用に生きられれば楽なのは分かってるんだがそれ以上に嫌気がする。

 俺にはお世辞なんかよりマッチポンプのほうが性に合ってるんだろうな。

 

「あー……つまり可愛いとかそういうこと言ってすぐにエロいことしたいって言っちゃうタイプですね」

「…………そ、そうだな」

 

 …………ナンパの時はエロいことしてくれって言ってただけな気がする。そうか、流石に可愛いとかくらいは言うべきなのか。

 

「そっか……でも、私ってダストさんから見ても可愛いんですね」

「見た目だけはな」

 

 性格は可愛げが全然ねぇけど。何より守備範囲外だから手を出す気にはならないし。

 

「そっかそっか…………それじゃ、クエストに行きましょうか」

 

 そう言って笑うゆんゆんは本当に可愛くて…………

 

「…………なんでお前俺の守備範囲外なんだよ」

 

「はい? なにか言いました?」

「さっさと行くかって言っただけだよ」

「そうですか?…………ちなみダストさん。この服ダストさんのプレゼントってことになってますから。ありがとうございます」

「はあ?」

 

 こいつ今何を言った?

 

「いえ、ダストさんだけ私に誕生日プレゼントくれなかったじゃないですか。そのことをリーンさんが言ったら『この服をダストからのプレゼントってことにしとけば? あいつの借金につけとくから』って」

「それはプレゼントって言っていいのか……?」

「あ、でもダストさんが嫌だったら『私からのプレゼントってことにする』ってリーンさんは言ってましたよ?」

 

 ロリサキュバスの件がなけりゃ服の1つや2つ別にどうってことなかったんだがな……。

 

「いや……ですか?」

「…………嫌じゃねえから困ってんだろうが」

「はい? 今なんて……?」

「好きにしろって言ったんだよ難聴系ヒロイン」

「難聴系ヒロインってなんですか!?」

 

 いろいろ理不尽な現実と騒いでる面倒なゆんゆんを大きなため息で流して。俺は吐いたため息の代わりに饅頭を口に突っ込み、

 

「…………やっぱ饅頭美味えなぁ」

「人が話してる時に何を食べ──むぐっ!?」

 

 ついでにうるさいゆんゆんの口も饅頭で塞ぐ。

 

「あ、このお饅頭美味しいですね。アクセルじゃ見たことないお饅頭ですけどどこで買ったんですか?」

「セシリーのお土産だな。そういやあいつお前にも会いに行くっつってたがお前は何を貰ったんだ?」

「…………アクシズ教の入信書でしたね」

「お前アレ貰ったのかよ。…………まだ饅頭残ってるが食うか?」

「……いただきます」

 

 饅頭を食べてまた笑顔になっているゆんゆんを見て思う。

 やっぱりこの世界はままならないことばかりだと。

 

 

 

 

 

 

────

 

「セレスディナが捕まったようだな」

 

 ベルゼルグの城にも負けない大きな城にある部屋の中で。訪ねてきた父の言葉に彼女は苦笑とともに返す。

 

「みたいね。ま、死んではいないみたいだし、あの子のことだからなんだかんだで大丈夫だとは思うんだけれど」

 

 ただ、と彼女は思う。セレナ……セレスディナがあの街の攻略を失敗するとは思っていなかった。直接的な戦闘力こそ幹部には劣るものの、彼女の能力の厄介さは魔王軍の中でも指折りだ。最前線や王都ではなく駆け出しの街の攻略に失敗するのは誤算だった。

 

(『幸運のチート持ち』……思った以上に厄介なのかしら?)

 

 彼女は女神から幸運のチートを貰ったと思われる冒険者のことを思案する。彼女が警戒をしていたのは数多の幹部を葬ってくれた頭のおかしい爆裂魔と化物のような回復魔法と神聖魔法を使いこなす謎のアークプリーストだった。

 だからこそ彼女たちを無力化もしくはこちらに引き込めるようにセレナを送ったわけだが……形だけのリーダーだと思っていた幸運のチート持ちにセレナは捕まってしまったらしい。

 『幸運』なんて命中率や成功率には多少影響するにしても威力には全く影響しない要素。彼が冒険者である限り脅威にはなりえないと思っていたが、少しは上方修正しないといけないだろう。

 と言っても自分や父を倒せるような存在とはやはり思えない。搦手はなかなかにやるようだが、搦手で倒せるほど自分たちは甘くないのだから。

 むしろ彼女が警戒するのは──

 

「ねえ、父さん……いえ、魔王様。少しお願いがあるのだけれど」

「ふむ……それは娘としてのお願いか? それとも魔王軍筆頭幹部としての提案か?」

「両方かしらね。……今度の大規模侵攻作戦。ベルゼルグの王都とアクセルの街へのテレポートによる同時侵攻。元の作戦だと私は王都の方だったけれど、アクセルの方に行かせてもらえないかしら?」

「アクセル? 確かに王都の方は実質的には囮、最高戦力であるお前をアクセルに行かせる事は理にかなっているが…………あの街にお前の敵はおるまい。ベルゼルグの王女の強さに興味があると言っていたではないか」

 

 確かに彼女としてもベルゼルグ初代の再来と言われる聖剣の王女には興味がある。けれど今、いやあの時からずっと再戦しようと思っていた相手を見つけたかもしれないのだ。

 

「セレナの報告にあったのよ。『下位ドラゴンをつれた金髪紅眼の変なチンピラに絡まれた』って。あの街とベルゼルグの王都、どっちの噂が正しいか判断しかねてたんだけど…………私の勘が()()()だって言ってるのよね」

 

 

 幾たびの戦場で白星を重ね続ける魔王軍筆頭幹部、通称魔王の娘。チート持ち、アクシズ教徒、紅魔族と言ったベルゼルグの最高戦力でさえ、彼女が出陣した戦で勝利したことはない。

 そんな魔王になるのも近いと言われる彼女が唯一白星を取れなかった汚点。

 

「過去の清算が出来るチャンスを逃せるわけないわ」

 

 初陣にてドラゴンとたった2人で自分を退けた今代最強の槍使いにしてドラゴン使い。

 

「『ライン=シェイカー』……魔王軍最大の脅威は私が倒す」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第32話:このチンピラ冒険者に転職を!

──ゆんゆん視点──

 

「…………どうしよう」

 

 ギルドの酒場。料理とついでにダストさんを待ちながら私は手の中にあるものを見て頭を悩ます。

 

「里の召集命令…………行かなきゃいけないよね」

 

 クエストが早めに終わり、大衆浴場に入ってから宿へと一旦帰宅して、白のワンピースに着替えた私は、自分へと手紙が届いてるのに気づいた。その内容は――

 

「――王都へ魔王の娘率いる魔王軍主力が襲撃予定を立てている。里の外にいるものは一時帰郷し、その後王都へ救援に向かう……か」

 

 外に出ているものを召集するなんてタダ事じゃない。魔王の娘が初陣で隣国へと精鋭率いて攻め入った時でも、こんなことはなかった。

 

「紅魔の里の長を目指してる私がこれを無視する訳にはいかない…………いけないんだよね」

 

 これは里の決定だ。その決定を無視するものを誰が長と認めるだろう。悩む必要なんてない。考えるまでもない。私はこの召集に従う…………そうでなければならない。

 あれだけ苦労して手に入れた族長になる資格と、子供の頃からの夢。それを無駄にする、少なくとも遠ざけでしまう選択肢を選ぶわけにはいかないんだから。

 

 

「何を変な顔してんだよ悪友」

 

 いつの間に来たんだろうか。私の気づかないうちに後ろを取っていたダストさんは、ひょいと、私の持っていた手紙を取り上げる。

 

「なになに…………。ふーん、里の召集命令か」

 

 読み終えたダストさんが手紙を机の上におく。

 

「はい…………」

「で? お前は何を悩んでんだよ。お前の夢を考えりゃ、考えるまでもねぇだろ」

「悩んでなんかないですよ。悩んでなんかないですけど…………この街にも魔王軍の襲撃があるって話を聞いたんで…………それが心配なんです」

 

 捕縛されたという例のダークプリーストからの情報によれば王都への襲撃に合わせてこの街へも襲撃があるという。それが本当なら、里の召集に従えば私はこの街を守れないということになる。

 

「はっ……お前一人いなかったくらいでどうにかなるような街じゃねぇよ。里に帰って、王都で暴れてこい。そうすりゃお前はきっと里の長として認められる。…………お前にはそれだけの実力があんだからよ」

「ダストさんは…………ダストさんは、それでいいんですか?」

「いいも悪いもねぇよ。悪友が夢を叶えようとしてんだ。アクセル随一のチンピラ言われてる俺でも、その後押しくらいするさ」

「そう…………ですか」

 

 だったら、どうして寂しそうな顔をしているんですか、ダストさん……。

 

 

「その手紙、この街の紅魔族にも見せねぇといけねぇんだろ? とりあえずお前の親友のロリっ子に見せてきたらどうだ?」

「めぐみん、二軍の補欠って書かれてるから怒りそうだなぁ……」

 

 爆裂魔法の威力は凄いけど、相手が魔王軍の主力であることと魔王の娘の能力を考えれば爆裂魔法一発では形勢を変えるほどではない。

 里の人達は今のめぐみんの本気の爆裂魔法を知らないからそう考えるのも無理はないのかもしれない。

 

「とりあえず、明日の朝めぐみんと森で待ち合わせするために手紙出してきますね」

「………………は?」

「? なんで、ダストさん『こいつ何言ってんだ?』みたいな顔してるんですか?」

「こいつ何言ってんだ? って思ってるからそんな顔してんだよ」

「?? 私、なにか変な事いいましたか?」

 

 ダストさんがめぐみんに見せてこいって言ったのになんで不思議そうな顔をしてるんだろう。

 

「…………じゃあ、質問。なんで森で待ち合わせすんだ?」

「え? だって、アポを取らないと家には伺えませんし、呼び出した方が早いじゃないですか」

 

 お邪魔してもいい大義名分……もとい、やむにやまれぬ事情がある時以外はお邪魔する前にアポを取るのが常識だ。特にめぐみんの所はめぐみん以外にも住んでいる人がいるわけだし。

 手紙を出して家に来てもいいという許可をもらうのを待ったりするよりは、森に呼んだ方が話が早く済むと思うんだけど……。

 

「なんで行けねえんだよ。友達の家くらい普通に行けよ……」

「え? ……………………いいんですか?」

 

 そんな友達みたいなことして。…………あ、友達だからいいのか。

 

「で、でも…………いきなりだと驚かれるかもしれないですし、やっぱり手紙は出しますね」

 

 そして、今度から家をアポなしで訪ねていいかめぐみんに聞こう。

 

「お前、相変わらずぼっち病治ってねぇのな」

「ぼっち病ってなんですか!?」

「ぼっちが罹る(かかる)という難病だ。罹ると祭とかパーティーに自分なんかが行ったら盛り下がるよねって言い訳して行かなくなる」

 

 …………心当たりがありすぎて心が痛い。

 

「お前、毒舌は誰に対してもわりと遠慮ねぇのに、そういうのは親友相手でも遠慮すんのな」

「だって…………嫌われたくないんですよ」

 

 相手が悪いことをしたならそれを指摘するのは『相手』のためだ。だから私はなんだって言える。でも『自分』のために相手へと接するのはどうしても怖い。

 

「お前、俺には全然遠慮しねぇから、とっくに治ったと思ってたぜ」

「だって…………ダストさんは私が何をしても変わらないじゃないですか」

 

 最初、私はダストさんになら嫌われてもいいと思っていた。なんだって言えたし、遠慮なんてしなかった。

 でも、ダストさんは私が何をしても変わらなかった。どこまでいってもどうしようもないチンピラだった。

 

「だからダストさんは例外なんです」

 

 周りに沢山人がいて注目されてるとかでもない限り、私はダストさんになんでも言えるしなんでもやれる。

 私がこの人にしたいことを私は我慢しない。だってそれが『悪友』って関係だと思うから。

 

「はぁ…………まぁ、いいけどよ。親友の家にくらい遠慮せず行けるようになれよ」

「ど、努力します…………」

 

 気にせず行けるようになりたいなと思う私だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──で? お前は結局この街に残ることにしたって? ……お前はほんと馬鹿だよ、馬鹿」

「もう、そんなに何度も言わなくてもいいじゃないですか」

 

 それから数日後、ギルドの酒場で。お酒を飲むダストさんに、めぐみんと話し合った結果を伝えた私は、何故か馬鹿馬鹿と連呼されていた。

 確かに今回の自分の選択はどうかと思うけど、普段馬鹿な行動しかしてないダストさんに言われると釈然としない。

 

「馬鹿に馬鹿って言って何が悪いんだよ馬鹿。…………王都への救援行かないとか、お前紅魔の族長になりたかったんじゃねぇのかよ」

 

 めぐみんに後押ししてもらったとはいえ、私が自分で考えて決めた答え。それはこの街に残ってみんなを守るということ。

 つまりは、紅魔族の招集は無視するということで、確かに紅魔族の族長を目指すものとしては暴挙とも言えることだし、ダストさん以外には馬鹿と言われても仕方ない選択かもしれない。

 

「別に族長になることを諦めたわけじゃないですよ。確かに道は遠くなったかもしれないですけど…………紅魔の里は実力主義もとい成果主義……というかかっこよければなんでもいい所なんで、今回のマイナス以上の成果をあげればきっといつかなれますよ」

「だといいけどよ……」

 

 試練を合格して手に入れた族長の資格を取られることはないとはいえ、今回のマイナスは他の資格者たちのことも考えれば確かに小さくない。それを払拭するとなるとダストさんが懸念してるように大変なのは間違いないと思う。

 それでも、私はこの選択を後悔なんかしない。友達を守りたい、それは紅魔の族長になりたいと思う気持ちに負けないくらい、確かな想いなんだから。

 

「あんな事言ってるけど、ダストのやつゆんゆんが残ってくれて嬉しがってんだぜ」

「ダストは素直ではないからな」

「なんだかんだで、ダストはゆんゆんのこと好きだもんねぇ…………ま、あたしもゆんゆんが残ってくれて嬉しいけど複雑な気持ちは一緒なんだけどさ」

「うるせえぞ、そこのパーティーメンバー3人。ただでさえ酒が入って頭が回らねぇってのに、外野がうるさくしてんじゃねえよ。……あー、マジで飲まなきゃやってらんねぇぜ」

 

 リーンさんたちの言葉に文句を返してから、ダストさんはクリムゾンビアをジョッキ1杯一気飲みする。

 この話を始めてからそこまで時間経ってないのにもうジョッキで5杯飲んでるけど、流石にペースが速すぎないだろうか。なんか()()()みたいになってるけど。

 

「……んだよ、ぼっち娘。人が怒ってんのにニヤニヤしやがって」

「え? ニヤニヤって、私今笑ってます?」

 

 そんなつもりはないんだけど……。ダストさんの言うとおり、怒られて喜ぶ理由なんてダクネスさんじゃないし私にはない。

 釈然としないとはいえ、ダストさんが本気で私のために怒ってるのは流石に分かるし、笑うのは失礼だとさえ思ってるのに。

 

「笑ってるって―か…………なんか嬉しそうにしてるからムカつくんだよ」

「嬉しい?……そう言われてみればそんな気分な気もしないではないですね。…………なんでそんな気持ちなんでしょう? 日頃ダストさんに迷惑かけられっぱなしだから、ダストさんが不機嫌になってることで他人の不幸は蜜の味(シャーデンフロイデ)に目覚めちゃったんですかね?」

 

 そうだとしたら嫌だなぁ…………ダストさんに影響されすぎて私悪い女になっちゃったんだろうか。

 

「最近の俺はむしろお前に迷惑かけられ……いや、もう慣れたからいいけどよ。とにかく、言うほどお前に迷惑かけた覚えねーぞ。ジハードの面倒見てんのも考えればお前は俺に借りがあるレベルだろうが」

「そう言えばそうですね。……………………あれ? え? あなた本当にダストさんですか? なんで私に迷惑かけてないんですか?」

「お前いい加減にしねえとマジでぶっ飛ばすぞ」

 

 えー……人に迷惑をかけないダストさんってそれもうダストさんじゃないんじゃ……。

 

「ゆんゆんって毎日のようにダストにご飯を奢らされてた気がするんだけど……」

「ゆんゆんの中じゃそれはもう迷惑でもなんでもないんだろう。……慣れとは恐ろしいものだ」

 

 あ、やっぱりダストさんはダストさんだった。むしろ、ダストさんを奢ることに違和感がなくなってた私がやばいかもしれない。

 …………まぁ、ハーちゃんのことでお世話になってるのは確かだし、別に嫌ではないんだけど。

 

 

「…………。なぁ、ゆんゆんが嬉しがってる理由なんて傍から見ればわかり易すぎんだが、当人たちは気づかないもんなのか?」

「ダストは女心が全然だから気づかなくても無理はないだろう」

「ゆんゆんはまぁ……友達少なくてそういう経験が少なそうってのもあるし、ダストに()()思われてるから嬉しいってのを認められないのもあるんじゃない?」

 

 なんで私親友に友達少ないとか言われてるんですかね?

 

「なるほどなー。…………ダスト死なねえかな」

「聞こえてんぞー、キースー。……ったく、これじゃ見世物みてーじゃねえかよ。…………おい、ベル子! もう1杯持ってきてくれ!」

 

 近くを通り過ぎようとしたウェイトレスを呼び止め、ダストさんはまたお酒を注文する。

 

「ダストさん、流石に飲み過ぎじゃないですか? もうすぐ会議が始まるのに……」

 

 今日ここに入るのはいつものようにご飯を食べるためだけじゃない。王都の襲撃と同時に行われるというこの街への魔王軍の侵攻。その対策会議をするためにギルドへと冒険者が集まってきていて、私達も一応その一員だった。

 と言っても、ダストさんやキースさんが真面目に会議に参加するはずもなく、テイラーさんやリーンさんもこういう場で強い主張をするタイプでもない。必然として話し合いの主流とは離れた酒場の席に座っていた。

 

「そんなもん知るか。たかだか魔王軍がこの街に攻めてくるってだけの話だろうが。この街は大精霊だろうが魔王軍幹部だろうが機動要塞だろうがなんでも退けてきた。魔王の娘が王都に向かってんなら万に一つもこの街が負けることなんてねぇよ。…………たとえ、ゆんゆんがいなくてもな」

 

 確かにダストさんの言うことも分からなくはない。駆け出しの街と言いながらもこの街は魔王軍幹部であるデュラハン『ベルディア』を討伐し、あの最強最悪の賞金首とまで言われた『デストロイヤー』さえ破壊に成功している。

 めぐみん……もといカズマさんパーティーの活躍が大きいとは言え、この街の冒険者たちのレベルが妙に高いからそれらは成し遂げられたんだと思う。

 常勝と恐れられる魔王の娘が王都へ向かうというのであれば、確かにこの街が負けるというイメージは思い浮かばない。それは仮に私がこの街に残らず王都へ向かったとしても変わらないだろう。

 

「それならそれでいいんですよ。私はこの街に住む友達を守りたいだけですから」

 

 必要とされたいという想いはある。でも、今はそれ以上に友達を守るために戦いたい。

 自分でも馬鹿だと思う選択だけど、それでも今私は後悔してないんだから。

 

 

「お前はそれでいいかもしれねえけどな。それじゃ俺が納得できねえんだよ。…………俺の大切な悪友の夢を遠回りさせるなんてことはよ」

「え? ダストさん今なんて──」

 

 難しい顔をして何かを呟いたダストさんだけど、その言葉を私は聴き逃してしまう。聞き返そうと口を開くが、

 

「──さて、冒険者の皆様に集まって頂いたのは他でもありません。この街に、魔王の軍勢が襲撃に来るとの噂についてです」

 

 ちょうどそのタイミングで会議が始まった。雰囲気的に何か大事なことを言った気がするんだけど、会議が始まり周りが静かになった状況で会議と関係のない話をするのは気まずい。

 あとで聞いたらダストさん教えてくれるかな……。

 

 

 

 私がダストさんの顔色を伺っている間にも、ルナさん進行で魔王軍襲撃に対する会議は進む。最初に現状の説明から始まり、その後対策を話し合っていく。冒険者の中から様々な案が挙げられるが、その中にこれはと言えるようないい案はない。

 それでも会議に参加している人たちに絶望の色がないのは、ダストさんの言うとおり、この街には今以上の絶望を撥ね退けた実績があるからなんだろう。

 

「魔王退治!?」

 

 そんな雰囲気の中、会議の流れとは別に大きな声がする。見てみれば王都でも有名な魔剣の人……確かミタラシさんがカズマさんの胸ぐらを掴んでいた。話を聞いた感じだと、どうやらアクアさんが一人で魔王退治に向かったらしい。

 

 ミタラシさんはアクアさんが心配だとすぐに追いかけようとするけど、ルナさんを始めギルドの職員の人達はミタラシさんが街の防衛から抜けると困ると止める。

 

「おい、行かせてやれ!」

 

 そんな言葉から始まり暴言を吐いていくのはダストさんだ。暴言を止めようと一瞬思うけど、アクアさんが心配な私はミタラシさんのような実力者がアクアさんを追ってくれるのは嬉しいので止めるに止められない。

 ……というか、この状況でダストさん止めると私に注目集まりそうで恥ずかしい。

 

 

 

 そうしてなんだかんだでミタラシさんはアクアさんを追うことになったらしい。その前提でルナさんたちも話をすすめる。

 

「冒険者のみなさーん! 今から班分けをします──」

 

 班、分け…………?

 

 ルナさんから発せられた言葉に私は数々のトラウマを蘇えらせる。

 そのトラウマは私なんかと班が一緒になったら気まずいよね、私は一人で防衛にあたった方が効率もいいよねという気持ちにさせ…………あ、これがぼっち病なんですねダストさん。

 

 私が固まっている内にダストさんたちはもう少し離れた場所で班分けを待っていた。私もそこに行こうとするけど、

 

(いつものダストさんなら無理やりにでも連れて行くのに、私に声もかけなかった。……やっぱり怒ってるのかな?)

 

 そう考えると、ダストさん達のそばに行くに行けない。でもめぐみんたちがアクアさんの救出に向かう以上、防衛に当たる冒険者パーティーで私が輪に入れるのはダストさんたちくらいで…………結局悩んだすえに私はダストさんたちからほんの少しだけ離れた場所に立った。

 

 ぽつんと一人で立つ私は、ちらちらと、リーンさんたちに仲間にしてほしいと視線を向けるけど、リーンさんやテイラーさんは苦笑していて、キースさんは妙に楽しそうな顔をしている。

 ダストさんは私の様子を見て大きくため息をつくと、面倒くさそうな顔をしながら私のそばまで来る。

 

「あ、ダ、ダストさん。私も一緒に──」

 

 ここで遠慮したらきっとダストさんは本当に仲間に入れてくれない。そんな確信があった私は勇気を振り絞って『一緒に戦わせて下さい』とお願いしようとして、

 

「──おい、何やってんだよ。ここはお前のいる所じゃねーから」

 

 けれど、その願いは口にする前に拒絶された。

 

「あ、あの……。──」

 

 それでも、と口を開こうとするけど、ダストさんの『王都に行って来い』という言葉を無視したのは私で、そんな私が自分の願いだけ都合よく言ってしまっていいのだろうか。

 

「──ご、ごめんなさい…………」

 

 そう思ってしまった私は、結局それ以上自分の想いを告げることができなかった。ぺこぺこと頭を下げてダストさんから離れようとする。

 ダストさんには遠慮しない、そう決めてたはずなのに……それが守れない私はきっと悪友失格だ。

 

 

 仕方がないと、後ろ髪を引かれる想いで私はダストさんに背を向けてトボトボと歩き出す。

 けれど、どれだけ私は未練がましいんだろうか。本当に後ろ髪を引かれているように、私は後ろへ引っ張られる錯覚を感じて──

 

 

「どこ行こうってんだよ。お前の居場所はあそこだろうが」

 

 

 

 ──その言葉と一緒に強く引っ張られた私は、それが錯覚じゃないことに気づいた。

 ダストさんはさっきと同じ面倒そうな顔をしながら、でもしっかりと私の手を掴んで連れていく。

 

 一瞬、一緒に戦ってくれるのかと思ったけど、すぐにそれは違うことがわかった。

 だって、私が連れて行かれるのは防衛戦には参加しない、めぐみんやミタラシさんが集まっている所だったから。

 

「ダストさん………………?」

 

 どうしてここに連れてきたのか。分からないと首を傾げる私に、ダストさんはため息を付いてから話し始める。

 

「お前はこの街で、一、二を争うぐらいの実力を持つ冒険者だろ。そこのいけ好かない魔剣の兄ちゃんと、なんちゃって紅魔族じゃない、本物の紅魔族であるお前が手を組めば、案外魔王相手にも良い勝負が出来るんじゃないのか? お前、ちょっとクソ迷惑な魔王のとこまで行って、俺達の代わりに一発かましてこいよ」

 

 それはつまり、私にめぐみん達と一緒に行けってこと……?

 

「こいつらだけじゃ、どうにも心配だからな。アクアのねーちゃんを連れ帰って来るだけならいいが、どうせろくでもない事に巻き込まれるに決まってる。なんちゃってアークウィザードじゃない、本物のアークウィザードなお前が着いて行ってやれ。……ま、お前はテレポートが使えるんだ。いざって時には最悪一人だけでも帰って来い」

 

 ダストさんの言いたいことはよく分かる。確かにめぐみんたちはトラブル体質だし、一緒に行って助けたいって気持ちはある。テレポートが使える私が行けば、いざという時の選択肢が増えるし、この街の防衛よりもきっと私が必要とされると思う。

 でも、それじゃあ何のために王都へ行かなかったのか。守りたい対象であるめぐみんたちがいなくなるとは言え、他にもリーンさんを始めとして私が守りたい対象はこの街にいるのに。

 

 そんな私の気持ち伝わったんだろうか。それとも最初からその言葉を言うと決めてたんだろうか。私にだけ聞こえるような小さな、けれどはっきりとした声でダストさんは続ける。

 

 

 

「……お前は『友達』を助けに行ってこい。この街にいる『友達』は俺が代わりに絶対守ってやる」

 

 

 

 

 そして私は、魔王討伐へ向かうことになった。大切な友達を助けるため、大切な悪友の後押しを受けて。

 

 

 

 

──ダスト視点──

 

「ダストさん!」

「あん? どうしたよ、ゆんゆん。さっさと行かねーと、魔剣の兄ちゃんが待ちくたびれちまうぜ?」

 

 頭のおかしい爆裂ロリっ子と話を終えたゆんゆんがジハードとともに走ってくる。

 

「はい、なので少しだけ。…………私が旅に出てる間、ハーちゃんのこと、預けます」

「なんでだよ。ジハードがいりゃ大分戦闘が楽になるだろ」

 

 ジハードの能力は回復能力とドレイン能力。アクアのねーちゃんと合流できるなら回復能力はいらないかもしれないが、ドレイン能力は魔法使いにとってあるかないかは大きい。

 魔力切れを気にせず戦えるならゆんゆんはミタラシよりも活躍できるだろうに。

 

「そうですけど……ダストさんが本気で戦うにはドラゴンが必要ですよね? でも、ミネアさんを連れてきたらバレちゃうんですよね?」

「みとm……気づいてたのかよ」

 

 それは俺がドラゴン使い……ライン=シェイカーだと認める言葉。気づかれてたの自体は分かっていたが、このタイミングでそのことを告げてくるとは予想外だ。

 

「さぁ、どうなんでしょう。ただ言えるのは……私にとってダストさんはどこまで行ってもダストさんだってことです」

「そうかよ…………。分かった、ジハードは預かる。その代わり約束しろ。必ずこの街に帰ってくるって。…………俺とジハードに仇討ちなんてさせるんじゃねぇぞ」

 

 ゆんゆんにはああ言ったが、こいつが一人だけ逃げて帰ってくるなんてことはありえない。むしろ自分を犠牲にしてでも友達を逃がすのがこいつだ。

 本当を言うなら行かせたくない。こんな危なっかしいやつを眼の届かない所に行かせるなんて心労のもとだ。

 それでも、行かせない訳にはいかない。王都での活躍を逃したこいつが、族長レースを勝ち抜くには魔王討伐メンバーという称号を手に入れるしかないのだから。

 なんだかんだでカズマ達は魔王を倒して帰ってくるだろう。となればチャンスは今しかない。

 

「はい、約束します。だから、ダストさんも約束してください。この街を……私と私の友達が帰る場所を守るって」

「俺が本気出せばそれくらい余裕だから安心しろよ。…………ほら、行け。クソ迷惑な魔王に一発かましてこい」

 

 そう言って俺はゆんゆんを見送る。

 最後にゆんゆんが俺に見せた笑顔。あの様子ならきっとあいつはちゃんとやり遂げて帰ってくるだろうって信じられた。

 

「…………問題はむしろこっちか」

 

 余裕だと思ってたが、ミタラシやゆんゆんだけじゃなく、カズマパーティーもいないとなれば、この街を守るのはちょっとばかし厳しいものがある。一般兵だけならともかく、準幹部クラスがくれば対抗できる奴が現状いない。モノホンの幹部は残りの人数的に来ないだろうが、だからこそ準幹部クラスが複数くる可能性が高い。

 

「…………ま、俺が本気だすなら別に問題ねえか」

 

 アイリスとの特訓で槍の腕は大分取り戻してる。ライン時代に比べればそれでも訛っちまってるだろうが、槍の腕だけで戦おうとしなければ、準幹部相手ならお釣りが出るだろう。

 

 

 守るって約束したからには本気の本気…………本領を発揮しねえといけねえよなあ。

 

 

 

「てわけでルナ。忙しいとこわりぃが、『転職』頼むわ」

 

 いろいろと覚悟を決めて。俺は忙しそうにしてるルナに冒険者カードを渡す。

 

「…………いいんですか? 魔王軍や隣国に知られる可能性高いですよ」

「別にいいさ。カズマたちが上手くやれば俺を狙うのはあの国だけになるだろうからな」

 

 面倒な相手が一つだけになるならなんとかあいつらを守りきれるはずだ。そもそも、賞金が懸けられてる魔王軍はともかく、あの国が今でも俺のこと狙ってるかは微妙だし。

 

「それに俺のパーティーメンバーはもう、守られるだけの奴らじゃねぇからよ」

 

 あいつらだっていつまでも駆け出しなわけじゃない。俺の事情や例のアレ(サキュバスサービス)があって旅立ってないだけで、今のテイラー達なら俺抜きで戦っても次の街で十分戦っていけるだけの実力はある。

 

「だから、もう大丈夫だ。……もう、ギルドとの契約も破棄しようと思ってる。今まで隠してくれてありがとよ、ルナ」

「……いえ、別にお礼を言われることはしていませんよ。正直ダストさんがろくでなしすぎて、正体を思い出すことなんて殆どありませんでしたし」

「俺の演技が完璧過ぎたんだな」

「……………………えーと、はい。わーダストさんの演技すごいですねー。私すっかり騙されちゃいましたよー」

「おう、俺が悪かったからそのムカつく棒読みはやめろ」

 

 俺も言ってて流石にねえなと思ったけど。仮に俺がダストにならなかったとしても、ろくでなしなのはきっと変わらなかったからな。主に父さんがそうだった的な意味で。

 あの国の束縛から逃れ、姫さんという暴走列車から開放された俺がろくでなしになるのはもう運命と言って問題ないだろう。

 …………というより、俺がここまでろくでなしになった原因の半分以上は姫さんな気もする。いい意味でも悪い意味でも。

 

「それで、転職するのは()()でいいんですよね? ただ、その場合は契約するドラゴンがいないと…………って、それは大丈夫みたいですね」

 

 俺の隣で眠そうにしているジハードを見てルナは頷く。冒険者カードの操作して転職の作業を始めた。

 

「ま、ジハードだけでも大丈夫だろうが、念には念を入れてミネアも呼ぶけどな」

 

 ゆんゆんの気遣いには悪いが、もう俺が正体を隠す必要はない。となればミネアと離れている理由もなくなるわけだ。

 あいつとの約束を守るため本気の本気で戦って…………冒険者らしく旅に出るだけだ。

 

(……問題はこの街を出たらサキュバスサービスが受けられねえことなんだよなぁ)

 

 結局彼女なんて出来る気配欠片もないし。ロリサキュバスにサキュバスの出張サービスとかサキュバスの店の支店とかねえか聞いとくとしよう。なければリーンにスキルアップポーションを貢いででもテレポート覚えてもらって、いろいろ溜まったらアクセルの街に戻れるようにしときたい。

 問題はスキルアップポーション代だが、多分ギルドとの契約破棄でいくらかは返ってくるだろうし、炎龍の討伐報酬と破棄された契約期間を考えればリーンのレベルと合わせてちょうどテレポートが覚えられるくらいだと思う。

 テレポート覚えるくらいなら上級魔法覚えたいとリーンは拗ねるだろうがそこはエロのためだ。仕方ないだろう。……そもそも俺がサキュバスサービスに頼らないといけないのアイツのせいだし、責任取ってもらわねえと。

 

「なら、本当にあなたが本気で戦ってくれるんですね。…………この街の切り札が本気で戦ってくれるのなら、安心できます」

「あん? 切り札はカズマパーティーじゃねえのか? もしくは魔剣の兄ちゃんとか」

 

 カズマパーティーとかはアクセルのエースって言われてるの聞くけど、俺が切り札とか言われた覚えねえぞ。

 

「ミツルギさんはこの街の所属かと言われたら微妙ですし、カズマさんたちも戦力や実績は申し分ないんですが、安心して任せられる戦力かと言われたら…………」

 

 ……まぁ、あいつらは確かに自信持って切れる札じゃねえわな。噛み合えば恐ろしいくらい力を発揮するが、トラブルメーカーで簡単に崩壊しそうな危うさあるし。色んな意味でカズマ次第なパーティーだ。

 ま、だからこそ今回は大丈夫だって信頼もしてんだが。

 

「だからこそ、この街の古参の冒険者やギルドにとっての切り札はあなたです。…………あれだけ問題起こしても王都の牢屋に移送させられなかったのは、こういう時のためなんですから本当に頼みますよ」

「上げたと思って下げるのはやめてくれねーかな」

 

 いや、あんだけやりたい放題してて、なんだかんだで留置所から出てこれるのはそんなこったろうと思ってたが。

 

「──はい。『転職』終わりました。あなたはこれより『ドラゴンナイト』です」

 

 そうこう話している内に俺の転職は終わったらしい。ジハードとはまだ契約できてないし、ミネアは紅魔の里で遠くにいるため大きく何か変わった感覚はないが、それでも『戦士』だった頃と比べれば全体的にステータスは上がっていることだろう。

 ここからミネアやジハードの力を借りれるなら、幹部じゃない魔王軍相手に遅れを取るわけがない。

 いや、遅れをとる訳にはいかないといったほうが正解か。

 

 

 なぜなら俺は──

 

 

「炎龍からこの街を守った英雄の活躍を期待しますよ。……『ライン=シェイカー』さん」

「おう、任せろ。ドラゴンと一緒に戦えるんだ。魔王軍ごときに負けるわけがねえ」

 

 

 ──シェイカー家のドラゴン使い。ドラゴンと共に生き、共に戦い、ドラゴンが最強だと証明するものだから。

 

 

「それに、負けたらどっかのぼっち娘が煩そうだしな。そういう意味でも負けるわけにはいかねえよ」

 

 

 そうすることでしか悪友との約束が守れないのなら。()()()としても、そうあることに否はない。

 

 

 ラインとしての理由もダストとしての理由も。ここで負けるわけにはいかないと言っている。

 使命と約束とサキュバスサービスのため、俺は俺の持てる力すべてを持ってこの街を守ろう。

 

 

 

 

「ところでクズデレのダストさん、もといラインさんにこんな手紙が来てるんですが…………」

「クズデレってなんだよ……って、その手紙についてる印どっかで見たことあるんだが……」

 

 ルナが机に出した封のされた手紙。その封にされている印にはどうも見覚えがある。主に魔王軍が立てる旗とか、魔王軍の付けてる鎧とか兜とか、そんなところで。

 

「…………魔王軍から俺への手紙? しかもこのタイミングとか嫌な予感しかしねえんだが…………」

「奇遇ですねダストさん。私もこの手紙を見なかったことにして存在を忘れたいくらいには嫌な予感がしますよ」

 

 俺の冒険者としての勘だけじゃなく、ルナのギルド受付嬢の勘がそう言ってるなら間違いなくろくなもんじゃねえな……。

 

「なぁ、ルナ。この際その手紙燃やしちまわねえか? 俺もお前も見なかったことにしたいんだしよ」

「そうしたいのは山々なんですが…………そうしたら更に大変なことになる気がするんですよ…………」

「だよなー…………」

 

 重い溜息をついて俺はルナから手紙を受取、無駄に固く封をされた手紙を取り出す。そこに書かれていた内容は──

 

 

 

『あんた、ぶっ殺すから。あんたとあんたと契約するドラゴンだけ連れて()()まで来なさい。こなかったら全力でアクセルを潰すから──』

 

 物騒な内容と、妙に可愛らしい絵で描かれたアクセル周辺の地図とそこに矢印で示された()()の位置。

 そして最後に書かれた手紙の送り主の名前は──

 

 

『────魔王軍筆頭幹部より』

 

 

 

 

 

「…………なぁ、ルナ。急に俺逃げ出したくなったんだけどダメか?」

「駄目です。というか、あれだけカッコつけてたくせに今更何言ってるんですか?」

「だよなー……」

 

 

 余裕だと思っていた魔王軍の襲撃。どうやらそれは正真正銘命がけの戦いになりそうだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第33話:戦いの準備

 フィーベル=フィールという少女にとってアクセルの街は異邦の地だ。彼女の故郷は隣国にある村であり、アクセルには出稼ぎに来ているにすぎない。5年近くはアクセルにいるため多少の愛着はあるが、この街の為に命をかけるほどでもなかった。

 だから、今回魔王軍の襲撃がくると聞いたときは長期の休みを貰って実家に帰り、騒動が収まるまでだらだらしようかと考えていたくらいだ。

 

(なのに、なんで私は今死にそうになってるんですかね!?)

 

 心の中で叫びながらフィーベルはアクセルの街中を走る。後方には彼女()を追いかける魔王軍指揮下の魔族の姿があった。

 

「お姉ちゃん! もういいよ、わたしだけ置いて逃げて!」

 

 フィーベルに手を引かれて走る、7歳位の少女に見える子がそう叫ぶ。

 

「ここまで来て出来るわけ無いですよ! あともう少しでテレポート禁止エリアだから頑張って下さい!」

 

 

 王都への襲撃と同時に行われるアクセルの街への魔王軍の襲撃。その尖兵はテレポートにより街の各所へ直接現れた。とある理由によりそれを予見していた冒険者ギルドは、予め町の中央部にテレポートでの転移を禁止するエリアを作成。避難をしなかった一般市民をそこに集め、一部の騎士や冒険者()にて防衛を行っていた。

 フィーベルも早々に避難をしていれば文字通り難を逃れられたはずだったが、街に残った理由、ある男への接触をギリギリまで試みている途中で、親とはぐれて迷子になっと主張する子を保護。小さな体格の子との移動は思った以上に時間がかかり、今の魔王軍に二人して追いかけられるという状況が生まれていた。

 

「ここを曲がれば──」

 

 1つ角を曲がれば冒険者たちが守るエリアが見える場所まで来て。フィーベルは荒い息を吐きながらも安心する。

 魔王軍の兵は未だ追いかけてきているが、距離的にはなんとか逃げ切れる。普段馬鹿な行動しかしてない冒険者たちだけでは心もとないが騎士もいる。魔王軍とは言え一般兵相手なら自分たちを守ってくれるだろう。

 そんなフィーベルの考えは、

 

「──グリ……フォン?」

 

 角を曲がった先で待ち構えていた最上位の魔獣の姿に打ち砕かれた。

 

 

 

(逃げ……ないと……)

 

 グリフォン。幻獣とも時に言われるB+ランクの魔獣。その巨体は普通の民家ほどの大きさがあり、上級の冒険者でもパーティー単位で命がけで戦う相手だ。襲われれば一般人のフィーベルは一瞬で肉塊になる。そんな存在が見上げるほど近くにあった。

 

「お姉ちゃん止まっちゃダメだよ! 早く逃げよう!」

 

 そう言って小さな手がフィーベルの手を引っ張る。だが、フィーベルの体は凍ったように動かない。

 

(あの時と一緒です……)

 

 フィーベルをその場に縛り付けるのは小さい頃のトラウマだ。

 彼女の故郷の村で、ちょうど今手を引く子と同じくらいの見た目の歳に。村を定期的に襲ってきていたグリフォンに同じように襲われたことがあった。その時感じた絶望をまたフィーベルは感じている。

 

(あの時は確か、お姉ちゃんが命がけで戦って時間を稼いでくれて……そして──)

 

 フィール家は代々魔法使いを排出する家系だ。家を継いだ兄や女性の身で騎士になった姉を始め優秀な魔法使いが多い。フィーベル自身には魔法の才能はなかったが……。

 

「それでも、あの時のお姉ちゃんみたいに、この子を守らないといけないよね」

「お姉ちゃん……?」

 

 自分に戦う力はないけれど。それでも見ず知らずの女の子を守るために命を賭けようと。フィーベルは覚悟を決めてグリフォンに対峙する。それが()()()()()あの時死ぬはずだった命を救われた者の義務だと。

 

「でも…………どうしてこのグリフォンは襲ってこないんでしょう?」

 

 襲ってくればその身を盾にしようとくらいは覚悟したフィーベルだが、グリフォンが動き出す様子はない。むしろ後ろから追ってきている魔王軍の方がフィーベルを焦らせるくらいの固まりっぷりだ。

 

(…………考えてみれば、このグリフォンは最初から動こうとして──)

「──? 何やってんだよベル子」

 

 フィーベルの思考を遮って、グリフォンの巨体の向こうから顔を出すのはこの街一番のチンピラと言われる金髪の冒険者。

 

「そんなところで遊んでたら危ねえからさっさと向こうの防衛エリア行けよ」

「だ、誰のせいで私が危ない目に……! というか、何度も言ってますがベル子はやめて下さい! 私の名前はフィーベルです!」

「はいはいベル子ベル子。ま、向こうから魔王軍も来てるみたいだしさっさと終わらせるかね。…………多分そっちは俺が対応しなくても良さそうだが」

「? 何言ってるんです? と言うかダストさん。このグリフォン、さっきから動かないんですけど、ダストさんが何かしたんですか?」

 

 ダストとフィーベルが普通に話し合いを始めてもグリフォンが動き始める様子はない。息はしてるし死んでるということはないはずだが……。

 

「んー? 俺が怖くて動けないだけじゃねえの? つうか、お前らがいるの気づいてからこっち、少しでも動いたら殺すつもりだったしよ」

「はい? あの……グリフォンですよ? 魔獣というカテゴリでは間違いなく最強のグリフォンが恐れて動けないのなんてそれこそドラゴンくらいで……それを街のチンピラのあなたがいつでも殺せるみたいな……」

 

 そこまで言ってフィーベルはダストが持っている得物がいつもと違うことに気づく。そしてフィーベルが接触して問いただそうと思っていた相手がダストだと思いだした。

 そして、フィーベルの思い至ったそれが正しいのであれば、確かにこの男はグリフォンくらいいつでも殺せる実力を持っている。

 

「グロいから向こう向いとけばいいぞベル子。冒険者なら慣れっこだが一般人が見たら卒倒してもおかしくないからな」

「馬鹿にしないで下さい! それくらい大丈夫なんですから!」

「そうかよ。どうなっても知らないぞ、っと……『速度増加』『筋力増加』──」

 

 ダストが戦う姿を目に焼き付けようと。フィーベルは槍を構えるダストの姿に目を凝らす。

 

「──はい、終了っと」

 

 だが、目を凝らしていたはずなのにその瞬間を見ることは叶わなかった。気づけばダストは自分のすぐ傍まで来ていて、その後ろではグリフォンが倒れている。『次の瞬間には』。フィーベルにはそう表現するしかない過程でグリフォンは倒されていた。

 そしてその倒されたグリフォンは、生きてはいるようだがおびただしい迄の血を吹き出していて……

 

「……う、気持ち悪いです…………」

 

 その光景にフィーベルはふらりと体を揺らす。大丈夫と言ったがフィーベルには刺激が強すぎたらしい。

 

「っと……。だから向こう向いとけって言っただろうが」

 

 そんなフィーベルの体をダストは軽く支える。

 

「うぅ……屈辱です…………」

 

 普段セクハラされたり面倒かけられてるダストに助けてもらうというのはフィーベルにとって相当バツが悪い。忠告を無視して軽くとは言え自分が迷惑をかけた現状は穴に入りたいくらいの失態だ。

 自分だけならともかくその失態を自分が助けようとしていた女の子にも見られると考えれば──

 

「──って、あれ? あの子は……」

 

 自分と手を繋いでいたはずの子が傍にいないことに気づいてフィーベルは焦る。

 

「きゃああああああああああああ!」

 

 少女のような悲鳴。見ればフィーベルと一緒にいた子が追ってきていた魔王軍の兵に追い詰められ今にも襲われそうになっていた。

 

「げっへっへ……お嬢ちゃん可愛いじゃねえか。おじさんとちょっといいことしないかい?」

「この魔王軍の兵隊さんロリコンです! きっと私はこのまま連れ去られて調教されてメイドにされちゃうんです」

「ふっふっふ……確かに私はロリコンだ。…………というか、キミよく私が考えてることわかったね?」

「きゃー! キャー!」

 

 

「ダストさん! 何を傍観してるんですか!? 早くあの子を助けてあげて下さい! このままじゃあの子ロリコンに人に言えないことされちゃいますよ!?」

「はぁ? 何を助けるってんだよ。巻き込まれたくねえし終わるまでお前もここで見とけ」

「このゴミクズ男……! 本気で言ってやがりますね! いいですよ! 私が助けてきます!」

 

 つまらなそうにロリコン兵と少女に見える子とのやり取りを見てるダストに心底呆れて。やっぱりあの人なんかじゃないと思いながらフィーベルは走り出す。

 

「さて……拉致る前に脱がせて味見をさせてもらうとしよう」

「ふぇぇぇ! お姉ちゃん助けて! このままじゃ私脱がされて──」

「大丈夫ですよ! 私がそんなことさせませんから!」

 

 そんな話をしている間にもロリコン兵は少女服を手をかけそのまま脱がせていく。そしてその幼い身体が──

 

「──バニルさんに変身しちゃう!」

「「…………はい?」」

 

 ──さらされることはなく、幼い身体から大柄のスーツ姿の男が飛び出してきた。

 

「華麗に脱皮! フハハハハハハ、魔王軍に襲われるか弱い少女だとでも思ったか? 残念、元魔王軍幹部の大悪魔にしてギルドの相談屋のバニルさんでした! おお、ロリコンからの悪感情は言うまでもないが、そこの正義のヒロインに酔っていた『お姉ちゃん』からも素晴らしい悪感情であるな。美味である」

「「えー…………」」

 

 敵であるはずのロリコン兵と一緒になって放心するフィーベル。

 

「だから、終わるまで一緒に見とけって言ったのに……」

 

 そんなフィーベルにため息を付きながら、ダストはロリコン兵を一撃のもとに伏せる。

 

「なんだ、クズデレのチンピラではないか。忙しそうであるな」

「まぁな……こっちは死なないために奔走中だぜ。旦那は随分楽しんでるみたいだな」

 

 楽しそうなバニルに比べ心底疲れている様子のダスト。

 

「うむ。人間に比べれば美味しくないが、魔王軍兵士の悪感情も久しぶりであれば楽しめるというものだ。それにどんなに悪感情を搾り取っても近所付き合いに悪影響が及ばないというのもいい」

「本当、楽しんでんなー……。まあ、旦那のお陰でなんとか勝負になってんだから文句も言えねえけどよ」

 

 街の各所に直接敵が現れる。その恐ろしさは言うまでもない。どのタイミングでどれほどの敵がどこに現れるのか。それが分からなければ戦いを始めることすら出来ない。

 その圧倒的不利を有利に変化させたのがバニルの『見通す力』だ。いつ誰がどこに現れるのか。その情報さえあればテレポートでの奇襲などただの案山子でしかない。

 バニルの協力を得るためにとある受付嬢が生贄に捧げられ悪感情を搾り取られる未来が確定したがそれはそれ。戦端はアクセル側の優勢で終わろうとしている。

 

「それより、汝はなぜあの幼女が我輩であったと気づいたのだ? 今回はぼっち娘の時と違いドラゴンの匂いなど関係ないだろうに」

「あいつと戦う前に出来るだけ敵を狩っときたいからよ。感覚器と魔力探知の能力を『竜言語魔法』で上げてんだ。どんなに隠そうと旦那の強すぎる魔力なら気づけるぜ」

「ふむ……そういうことか。それで首尾はどうなのだ?」

「一応、最低限は集められたんじゃねえかな。本当はもう少し集めときたかったが…………、野良のモンスターが魔王軍の襲撃を察してかはどうかはしらねえが見当たらなかったのは誤算だったぜ」

 

 フィーベルには意味の分からない話をする2人。ただ一つだけ彼女にも意味の分かる単語があった。

 

(『竜言語魔法』? じゃあやっぱりダストさんがあの人なの……?)

 

 魔王軍の襲撃があると分かってからこっち、ギルド内でまことしやかに噂される話。

 それはアクセル随一のチンピラであるダストが最年少ドラゴンナイト、彼女の祖国の英雄ライン=シェイカーであるというもの。

 

「そろそろ、あいつの所に行かねえとやばいよな、旦那?」

「うむ、アレに我輩の見通す力は効かぬが性格は知り尽くしておる。気の短いあやつのことだ、本格的な襲撃が始まる前に行かねばそのまま攻め込んでくるに違いあるまい」

「そうなったら当然俺らに勝ち目はねえよな?」

「仮に我輩が一緒に戦ったとしても難しいであろう。……犠牲が出てもよいのであればそうなっても最終的には勝つであろうが」

「アクアのねーちゃんがいない今それは避けてえんだよなあ。俺みたいに一度死んでて次の蘇生が出来ないやつも結構いるし」

「であれば、行くしかあるまい」

「やっぱそうなるか。…………ま、しゃあねえ。死ぬ気で時間稼いでくるとしますかね」

 

 そう言って気合を入れた顔は、フィーベルの知るチンピラのダストとは似ても似つかない。

 

「つーわけでベル子。俺はもう行くからお前はさっさと防衛エリアに行けよ。……旦那、悪いけどベル子を送ってってくんねえか?」

「ふむ……それくらいであれば美味しい悪感情をくれたことだ。引き受けよう」

「つーかすぐそこだしな。…………ん? どうしたベル子。なんか言いたそうな顔してるが」

「あの…………えっと…………、ん…………そ、そう言えばどうして防衛エリアなんて作って一般人を残したんですか? よくよく考えてみれば街に襲撃が来るのに戦えない一般人を残す意味ってないですよね?」

 

 一般人を守るとなればそれだけ貴重な戦力をそこに割かなければならない。タイミングの分からない奇襲であれば仕方ないが、戦場になると分かっている場所に一般人を残した理由は何なのかとフィーベルは聞く。

 

「ん? ああ、そりゃ囮にするためだな。囮を使わずに真正面から向かっていったら冒険者の犠牲が増えすぎる」

「囮って…………確かに冒険者の方の命も大事ですが、そのために一般人の命を危険に晒すなんて……」

 

 酒場の方で働いているとは言えフィーベルはギルドの職員。そういう考えは受け入れにくかった。

 

「危険になんて晒してないんじゃねえか? むしろあそこは今どこよりも安全だろうよ」

「? 確かに騎士や冒険者に守って貰ってるでしょうが、危険なのは変わりないですよ」

「いいや、安全だろうよ。……なあ、旦那?」

「うむ、見通す悪魔も断言しよう。心配せずともあそこいるものたちが危険に晒されることはあるまい」

「は、はぁ…………バニルさんがそこまで言うのでしたらそうなのでしょうが…………一体全体何を根拠に?」

 

 不思議がるフィーベルに、

 

 

「この街最強の魔法使いがあそこを守ってるからな」

 

 

 ダストは自信満々でそう言った。

 

 

 

 

 

「『カースド・クリスタルプリズン』」

 

 上空から襲い来る魔王軍の兵は全てを凍らす冷気に飲まれ、地に落ちそのまま砕け散る。

 

「な、何故あなたがここにおられるのですか……!?」

 

 一人生き残った魔王軍の兵は、自分たちを全滅させようとする()()に問う。

 

「知らなかったんですか? 私はこの街で魔導具店をしているんです」

「そんな……では、あなたは…………」

「はい、今この瞬間はあなた達の敵ですよ。…………戦えない人たちを襲おうとしたあなた達の中立にはなれません」

 

 魔王軍幹部、かつて『氷の魔女』と魔王軍に恐れられたアンデッドの王は、形だけの……けれど憎くも思っていない部下たちにそう宣言する。

 

 魔王軍幹部の中でも上位の実力を持つウィズだが、その役職に反して人類の敵対者ではなかった。魔王城を守る結界の維持に協力をしているだけであり、人に仇なす存在ではない。

 そして同時に魔王軍の敵対者というわけでもなかった。彼女の立場は言うなれば人類と魔王軍における中立。その戦いを静観する立場だ。

 

 ただ一つの条件。魔王軍が戦えない一般人を襲わないという場合に限って。

 

 

「1つ質問があります。一般人を襲おうとしたのは魔王の娘さんの指示ですか?」

「いえ……あの方は戦えないものは無視しろと」

「では、あなた方は独断で?」

「はい………………だって仕方ないじゃないですか。可愛い幼女がいたら襲って連れ去りたくなるのはロリコンの性です」

「そんな性はゴミ箱に捨てて下さい。というかアレだけ襲ってきた魔王軍みんなロリコンですか!?」

「そうですね」

 

 うわーと、ドン引きするウィズ。襲ってきた魔王軍は数えるのが面倒なくらいはおり、そろそろ魔力の補給をしなければいけないかと考えていたくらいだった。それが全てロリコンだと考えれば魔王軍は本当に大丈夫なのだろうかと心配にもなる。

 そして同時に魔王城で自分があまり女性として見られていなかったのはそんな理由だったとのかと納得していた。

 

(…………私に寄ってくる男性の方ってベルディアさんくらいでしたもんねえ)

 

 ロリコンなら仕方ないと、けして自分に女性としての魅力がなかったわけじゃないとウィズは微妙に自分を励ます。

 

「それで……ウィズ様? ここで謝ったら見逃してもらえるとかないでしょうか?」

「そうですね……有用な情報も貰えましたし、もう襲ってこないというのであれば、いいですよ」

 

 某堕天使の件以来、失い気味だった女性としての自信を、多少なりとも取り戻してくれたと、ウィズは機嫌よく見逃すことにする。

 

「は、はい! ありがとうございます!」

「魔王の娘さんによろしく言っていてくださいね~!」

 

 飛び去っていく魔王軍の兵をそう言って見送り、ウィズは一つ息を吐く。魔王の娘が指示していないのであれば今後ここを襲ってくる敵はほとんどいないだろう。ここまでは計画通りだ。

 

 

「ウィズさん! ご無事ですか!?」

「はい、どうにか。騎士様の方も問題はありませんか?」

 

 駆け寄ってきた若い騎士にウィズはそう確認する。

 

「はい、こちらも問題ありません! というより、私みたいな新米の騎士相手に様付けなどやめて下さい! ウィズさんのような高名な元冒険者の方に比べれば自分など……!」

「そう卑下しないで下さい。騎士になって市井の人を守ろうとする意志はご立派ですし、騎士になるにはそれ相応の実力がないといけないんですから」

「こ、光栄です!」

 

 褒められて嬉しがる新米騎士をウィズは微笑ましく思う。この場を守っている騎士や冒険者たちは本当に新米騎士や駆け出し冒険者と称すべき人たちだけだ。

 騎士は実力は多少あるが実戦経験がほぼないし、冒険者たちは多少の実戦経験はあれど圧倒的に実力が足りない。仮に魔王軍とぶつかれば高確率で死んでしまう者たちだろう。

 そんな彼らが街を見捨てず、命をかけて戦おうとこの場にいるのだ。それを好ましく思わないわけがない。

 

「それでウィズさん。どうしましょうか? この場はウィズさんがいれば大丈夫そうですし、我々も前線へと行ってもよろしいでしょうか?」

 

 冒険者でもないウィズだが、この場の指揮を全て任される立場にある。

 

「そうですね…………今はまだ動くべきではないと思います。一応は追い払えましたが、また来ないとは限りません。次も私一人で対応できるかは分かりませんから」

「そう…………ですか。先輩たちが前線で戦っているのに自分達は実質待機……歯がゆいです」

「お気持ちはわかります。ですが、戦えない人たちを危険に晒すことは万に一つでも避けないといけません。どうか堪えてください」

 

 ウィズにも新米騎士の気持ちはよく分かる。けれど、それを許してしまえばやはりこの人たちは死んでしまうだろう。

 それを避けるための囮作戦…………『戦おうとする戦ってはいけない人達』を守るための作戦なのだから。

 

「きっと、あなた達が戦う番が来ますから、それまでは……」

 

 それはきっと今回の戦いではない。けれど、守ろうとする意志のあるこの人達にはいずれ訪れる番だ。そこまで導くのが人生の先輩としての自分の役割だろうとウィズは思う。

 

 

(人生の先輩と言っても私はまだ20歳ですけどね)

 

 

 ただし、そこだけは譲れない恋の出来ない乙女なウィズだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大きな扉があった。

 

(この先に魔王がいるんだ……)

 

 その先に待つ存在に怯えそうになる心をゆんゆんは気合で抑える。その扉はダクネスにより今にも蹴り開けられようとしており、怯えている暇などなかった。

 

(約束は守るからね、めぐみん)

 

 そう思いゆんゆんが手に持つのは、親友から大事に使えと言われ渡されたマナタイトだ。その最高品質のマナタイトの感触を感じながら、ゆんゆんは扉が開くその瞬間を待つ。

 

(ダストさんとの約束を守るために使うんだから……大事に使うことになるよね)

 

 ゆんゆんはマナタイトを使い開幕いきなり魔王へと先制するつもりでいた。大事に使えと言ったのに開幕いきなり使うとなれば親友は確実に怒るだろうと思うが、それでもゆんゆんの中に開幕で使うことへの否はなかった。

 

 悪友との約束。確実に魔王へと一発かますには仕方がないのだ。

 

(ダストさん……私も約束を守ります。魔王を倒して皆で帰ってきますから。だから、ダストさんもどうかリーンさんたちを、アクセルの街の皆を守ってください)

 

 魔王の間の扉が開く。いきなりダクネスへと上級魔法がいくつも飛んでくるが人類最硬を誇る聖騎士はそれを物ともしない。

 そのまま文句を言いながら魔王の間へ突撃するダクネスに続き、ゆんゆんを含めた魔王討伐メンバーが入っていく。

 

 そして、魔王らしき人物が喋ってるのを確認したゆんゆんは、

 

「『インフェルノ』――――――――ッッッッ!!」

 

 唱えていた魔法をそれ目掛けて一発ぶちかました。

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃ旦那、俺は行くな。…………ミネア!」

 

 ダストの呼びかけに応じて現れるのは白銀の竜。最年少ドラゴンナイトの相棒として各国に知れ渡った中位種のシルバードラゴンだ。ダストは家屋より少し上を浮遊するその背中に、壁を走って飛び乗る。

 

(やっぱり間違いない、ダストさんはあの人なんだ!)

 

 その姿に確信をしたフィーベルは、さっき言えなかったことを、……ずっと言いたかったことを口にするべく大きく息を吸って叫ぶ。

 

 

「ライン様! あの時はありがとうございました!」

 

 

 幼いころフィーベルが姉と一緒にグリフォンに襲われた時。姉が時間を稼いだからといって、7歳だったフィーベルが一人で逃げられるはずもなく、姉が力尽きるのと同時に彼女も死ぬはずだった。

 その運命を変えたのがライン=シェイカーという当時10歳の少年だった。

 

 槍一本を武器にして巨大なグリフォンへと挑む少年の姿をフィーベルは今でも覚えている。

 別にその姿が格好良かったなんてことはないし、圧倒されるほど強かったというわけでもない。むしろ戦ってる姿は不格好だったし、姉が援護したとは言えグリフォンに勝てたのが不思議と思える程度の強さでしかなかった。

 それでも、フィーベルはその姿に強いあこがれを抱いた。自分とそう多くは歳が変わらないように見える少年が命がけで戦う姿には心を打たれた。

 

「私は……、あなたに救われた人たちは皆、今もあなたを応援していますから!」

 

 ライン=シェイカーは隣国の英雄だ。けれど、それには『元』がつくし、国を捨てた英雄とも言われていた。フィーベルの祖国では反逆者扱いされ、公の場ではその名を口にすることも許されない。

 それでも、フィーベルの祖国において、ラインの存在は市井の者たちの憧れだった。

 それはきっと最年少ドラゴンナイトという雲の上のような存在だったからでなく、『ドラゴンのいないドラゴン使い』という役立たずの代名詞のような存在でありながら、命がけで人々を救った姿を皆が覚えているからだろう。

 ライン自体はただ、ミネアと一緒にいるためとはいえ、その姿は多くの人の心に感銘を与えた。フィーベルもその一人だ。

 

 

「だから、待っています! あなたが帰ってくることを!…………姫様と一緒にあの国を変えてくれる日のことを!」

 

 それは、フィーベルの祖国で多くのものがラインへと願うこと。『英雄の帰還』。

 

 そんな隣国の者たちの代弁とも言える願いを聞き、ダストは、

 

「……悪いなベル子。その願いは俺には叶えられそうにねえわ。……ねえとは思うが姫さんに会ったらよろしく言っといてくれ」

 

 それだけを言って、ミネアを飛ばせて戦場へと向かっていく。

 

 

「…………………………なんですか。なんなんですか」

 

 ダストがいなくなり、バニルと2人だけになったその場所で。フィーベルは肩を震わせて憤る。

 

「なんですか、そんなに今のチンピラやってる生活がいいんですか? あれだけの実力があるのにそれを無駄にしてセクハラばっかりやってる今がいいんですか!? やっぱりあの男は最低です! ゴミクズ男です!」

 

 本気で憧れていただけにフィーベルの落胆は大きい。あの国で過ごす市井の者にとってラインは希望だったのだ。

 奔放すぎてやることなすこと無茶苦茶で、けれど心優しい姫様と、それを支える最強の竜騎士である英雄。彼らであればあの国の腐った支配層を変えてくれるんじゃないかと、そう信じていたのに……。

 

「…………なんですか、バニルさん。何が面白いんですか?」

 

 口元を歪め笑っているようにみえるバニルに、不機嫌なフィーベルは突っかかる。

 

「いや、なに。汝の悪感情もどこぞの行き遅れ受付嬢ほどではないが美味だと思ってな。どうだ? 我輩にその溜まりに溜まった愚痴をこぼしてはみぬか?」

「愚痴を聞いてもらえるなら確かにありがt…………でも、ルナさんのあれを見る限りこの悪魔さんを信用して本当にいいのかな……?」

「心配せずとも本当に愚痴を聞くだけだから安心するがいい。というより、ギルド公認で行き遅れ受付嬢で遊b……もとい、受付嬢から悪感情を搾り取る許可があるのだ。わざわざ新たな悪感情を作ったりはせぬ」

「あー…………じゃあ、その、聞いてもらえますかね、私の愚痴を」

 

 お世話になっているギルドの先輩がこれから大変そうだと思いながらも、フィーベルはダストへの愚痴をバニルへこぼしていくのだった。




準備回&伏線回。

次回第1章クライマックス。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第34話:この因縁の戦いに決着を!

「待たせちまったみたいだな。…………お前が魔王の娘でいいんだよな?」

 

 魔王の娘が手紙で示した場所。かつて俺とミネアが『炎龍』と死闘を繰り広げたその場所で。

 ミネアから降りた俺は、その場に待っていた()()()()()()の面影を残す女に確信しながらもそう確認する。

 

「あの時のシルバードラゴンに金髪の槍使い…………なんか髪がくすんでる気がするけど、面影は残ってるしあんたが最年少ドラゴンナイトで間違いないわね」

 

 互いに面識があるとは言え、それはもう何年も前の話だ。その時俺は13だったし、魔王が年老いてから生まれたという魔王の娘も俺とそう変わらない歳に見えた。

 それから大きく成長した今、面影を残しているとは言え、互いに()()だと確信できるのは、それだけあの日の戦いが強く記憶に残っているからだろう。

 

「来るのが遅いから逃げたかと思ってたわ」

「逃げられるわけねえだろ。お前がアクセルに来たらこっちが必敗だ。勝つにはお前の挑発に乗ってここで止めるしかねえ」

 

 魔王や魔王の娘が持つ特殊能力。それは配下にいる存在の超強化だ。その強化を受ければゴブリンですら中級冒険者パーティーと戦えるようになる。それこそ親衛隊クラスが強化を受ければ幹部クラスだ。

 そんな能力を持つ魔王の娘が本格的に戦端が開かれたアクセルに現れれば、()()()()()()()()()()()()()()、その被害は甚大だろう。今戦ってる騎士や冒険者は全滅に近い被害をうけるはずだ。

 そうなりゃ、あいつと街を守ると約束した俺にしてみれば完全に負けになる。

 

「まぁ、そうよね。私が軍を率いて戦えば流石のあんたでも勝ち目はないものね。勝負の見えた戦いに興味はないし、あの戦いの清算にもならない。……そのためにこうして戦いの場を整えたんだから、数で押しつぶすなんて興ざめだわ」

「過去の清算ねぇ…………ようはあの戦いの再現をしようってんだろうが…………その割にはお前の取り巻き増えてねえか?」

 

 恐らく親衛隊……強化を受ければ幹部並みの力を持つ存在が魔王の娘の後ろに5人も控えている。前に戦った時は3人しかいなかったんだが…………幹部クラス6人とか無理ゲーすぎないか?

 

「魔物使いが配下を増やすのは普通でしょ? それ含めて私の実力なんだから。文句があるならあんたも他のドラゴン連れてきていいのよ? と言っても中位種以上のドラゴンじゃなきゃ私と戦うには役者不足でしょうけど」

「ま、そうかもな」

 

 魔物使いやドラゴン使い相手に一緒に戦う魔物やドラゴンが増えて文句言うなんて筋違いにも程がある。

 

「しっかし……なんでお前は俺がここにいるって分かったんだ? 俺はお前が王都を襲撃すると聞いてて安心してたのによ」

 

 王都には紅魔族が結集してるらしいし、チート持ちと言われる冒険者たちもいる。魔王の娘の能力を加味してもちょっとやそっとじゃ負けない戦力が揃ってるはずだし、何より王都にはアイリスがいる。はっきり言って負けるのを想像するほうが難しい。

 

「セレスディナ……セレナからの最後の報告でドラゴンを連れた金髪紅眼のチンピラに絡まれたって聞いたのよ。……王都とこの街にいるって噂、最近は王都にいるって噂のほうが大きかったから向こうに行こうと思ってたけど、セレナの報告でこっちだって私の勘が言ったのよね」

 

 ……魔王の娘をこの街に呼び込んだのは俺ってことかよ。セレなんとかが魔王軍だってことは分かってたしもう少し慎重に動くべきだったのかね?…………って、そんなの無理に決まってるよな。

 今でも最低限の慎重さを持って行動したと思ってるし、あいつが泣かされたのに正体バレ恐れて動かないなんて考えができるならダストなんてやってねえんだ。

 

 それに、どうせ魔王軍が襲ってくるのが変わらねえなら、ここで魔王の娘を追い返せれば全部チャラだしな。

 

 

「その顔…………気に食わないわね。自分が負けるとは欠片も思ってない。…………確かに私はあんたに一度負けたけど、あの時と私が一緒だって思ってるなら、そんな甘い考えは捨てたほうがいいわよ」

「流石にそんな甘い考えは持ってねえよ。常勝無敗……俺以外の相手には必勝だったらしいからな」

 

 ま、その連勝記録も今日で終わる運命だったみたいだが。アクセル()に来ても王都(アイリス)に行っても結果はきっと一緒だった。

 

「…………そろそろ始めましょうか。そのふざけた顔を今すぐ叩き潰してあげる。本当は、あんたが降り立ってからずっと戦いを始めたくて仕方なかったの。私の初陣に泥をつけたチンピラを今すぐ倒して過去の清算をしたい……そうしないと私は魔王の座を父から心置きなく受け継げないんだから」

「魔王の座ね…………その魔王は今頃勇者に倒されてるかもな」

 

 距離を考えればちょうどあいつらが魔王城にたどり着いてる頃だろう。

 

「ありえないわね。例え魔王城にたどり着いても、『デストロイヤー』や『炎龍』さえ破れない結界を人間が破れるはずもない。その結界を破れたとしても、その先には幹部最強の魔法使いが城を守ってる。……まかり間違って城への侵入を許したとしても、あの城には親衛隊がたくさんいるのよ? 父の強化を受けた彼らを倒せる勇者なんか私はあんたしか知らない」

「そうか? お前も知ってんじゃねぇのか。『サトウ・カズマ』……あいつが今、魔王討伐に行ってんだよ。あいつならきっと魔王ぐらいさらっと倒しちまうぜ?」

 

 たしかに魔王城の守りは鉄壁だろう。筆頭幹部である魔王の娘が軍を率いていなくなってると言っても、それを補って余りある戦力が魔王城に揃っているのは間違いない。

 人類と魔王軍の戦い。その形勢が逆転し、人類側が優勢になったが、それは魔王軍の攻め手が減っただけであり、その守り手は人類側が劣勢だった頃と何ら変わってないのだから。

 

 ……それでも、俺はあいつらが魔王を倒して来ることを疑っていない。

  

「ベルディアに始まりハンスにシルビア、ウォルバクまで倒したっていう冒険者のこと? 確かに彼は幸運のチート持ちで搦手はなかなかにやるようだけど……最弱職である限り彼自体に魔王を討伐するような力はないわ」

「確かにあいつは弱いかもな。少しは強くなったとはいえ、単純な強さでいえば魔王はもちろん、ただの親衛隊にも負けるだろうさ」

 

 というより単純な強さを比べるなら初心者殺しや一撃熊にも負けるだろう。流石にゴブリンやコボルトには負けないだろうが、それも群れで襲われればどうなるかは分からない。

 

「それでも、俺はあいつにだけは勝てる気しねぇんだよ。やることを決めたあいつにだけはな」

 

 

 あいつはやると決めたことは必ずやり通す。やる気を出したあいつが魔王なんかに負けるはずがねぇ。

 

 

 

 

「それともう一つ。お前は俺のこと勇者だって言ったが、俺が勇者になるわけねえだろ?」

「なに? あんた自分がただのチンピラとでも主張するつもり?」

「まぁ、それもあるっちゃあるが…………そもそも俺は勇者の定義には欠片も引っかからねえんだよ」

 

 だから俺が勇者になるなんてありえない。

 

「勇者の定義? そんなのただの魔王の天敵でしょ?」

「それも間違っちゃいねえけどな」

 

 魔王がその役割を果たすことが出来るのは勇者に倒された時だけだろうから。

 

「『勇者』ってのは、ただ強いやつに与えられる称号じゃねえ」

 

 ただ強いやつだけの奴に与えられる称号はよくて『英雄』だろう。

 

「じゃあ、『勇者』はどんなやつのことを言うのよ」

 

 

「『勇者』ってのはな、足りない実力を知恵と勇気と幸運で補って偉業を成し遂げた奴に与えられるべき称号なんだよ」

 

 だから今代の勇者は……魔王を倒すのはあいつ以外ありえない。

 『勇者』なんて称号が誰よりも似合わないあいつが、きっと誰よりもふさわしい存在だから。

 

「…………ふーん。ま、あんたの決めた定義はどうでもいいわ。問題はなんでその定義にあんたは自分が当てはまらないとか言ってるのかよ」

「決まってんだろ。俺はドラゴン使いだ。最強の生物の力を借りて一緒に戦う存在だ。…………最強が最強以外に負けるわけねえだろ?」

 

 当たり前のことをやってるやつに『勇者』の称号が与えられるわけがない。だから俺がなれるのはせいぜい『英雄』だろう。

 

(……その『英雄』もダストになった今じゃ失格だろうけどな)

 

 どっかのウェイトレスの願いを断って曇らせた俺が『英雄』なんて名乗れるはずがないんだから。

 

 

 

 

「……無駄話はこれまでね。いい加減あんたの命をもらうわ」

「んだよ、そんなに怒んじゃねえよ。ちょっと俺がお前に負けるわけ無いって言っただけだろうが」

 

 殺気立つ魔王の娘と親衛隊達を前に、俺はいつもどおりの表情で挑発を続ける。

 

(つっても、会話でこれ以上時間引き伸ばすのは限界か……)

 

 口車に乗って時間を無駄にしてくれるか、もしくは挑発に乗って猪突猛進してくれれば楽だったんだが、そう上手くは行かないらしい。

 魔王の娘達は怒りを冷静に闘気へと変えて戦いを始めようとしている。

 

「なぁ、戦いを始めるのをもうちょい待つとか出来ねえか? もう少し待っててもらえりゃ役者が揃うからよ」

「役者? よく分からないけど、流石にこれ以上待ってる余裕はないの。今回の作戦に失敗は許されない……あんたを倒して早くあの街を落とさないといけないんだから」

「ま、そうだろうな……」

 

 この対峙は魔王の娘の意地で行われているにすぎない。戦って負けるならともかく、戦わないうちから失敗させる訳にはいかないだろう。

 俺に負けが許されないように、形勢が押され始めている魔王軍も作戦の失敗は許されない。

 

 

 

「それじゃ、準備はいいかしら? シェイカー家のドラゴン使い。あんたを倒して、私は過去の清算と魔王軍最大の脅威を排除するわ」

「魔王軍最大の脅威ならもう魔王城に向かってるぞ、魔王軍の魔物使い。……ま、帰ったら父親が倒されてるお前に同情する気持ちがないわけじゃねぇが……来る火の粉は振り払わせてもらうぜ」

 

 

 たとえどんな相手であろうとも、この街を守るのが約束だから。

 

 

 

 

「ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」

 

 咆哮とともに、先制を決めたのはミネアだった。事前の計画通りに魔王の娘以外を突進で吹き飛ばし、そのまま親衛隊相手に格闘戦を始める。

 

「ふーん、あの時の再現ってわけ? ま、あんたが私に勝てるならこれが一番勝率が高いわよね」

 

 その様子を面白そうに見ながら魔王の娘は俺の刺突を()で受け流してそう言う。

 

「お前さえ倒せりゃ親衛隊は親衛隊でしかねえからな。当然の選択だ」

 

 魔王の娘が言うとおり、これは俺が初めてこいつと戦った時の再現だ。

 

 あの時、俺は魔王の娘とその親衛隊を、ミネアは多数の精鋭を相手に一人ずつ戦っていた。ミネアの方はまだ優勢を保ってたみたいだが、俺は時間が経つごとに傷が増え、ミネアが倒しきって合流するまでは保たない状況だった。

 その状況を変えたのは族長……ゆんゆんの父親が率いる紅魔族だ。援軍にきた彼らがミネアが相手にしていた魔王軍たちの精鋭を引受、自由になったミネアは俺と合流した。

 そして合流したミネアに親衛隊の相手を任せ、俺は力はあれど経験の少なかった魔王の娘を倒し、なんとか追い返すことに成功した。

 ……倒したと言ってもこっちもその後すぐ倒れて意識を失ったし、俺は相打ちだったと思っているが、魔王の娘が唯一白星を上げられなかった戦いという意味では恨まれても仕方ないのかもしれない。

 

 そんな状況の再現ともなれば、過去の清算を目的にやってきた魔王の娘が乗らないはずもない。人間と同じ程度の大きさしかない魔王の娘や親衛隊を相手にするとなれば、俺とミネアが一緒に戦うのは難しいし、こっちとしても好都合だった。

 

「そうね、私を倒せるなら正解だわ。倒せるなら──ね!」

 

 刺突を受け流した後の魔王の娘の返しは強烈だった。槍で受けた俺をそのまま吹き飛ばし、体制を崩した所にお返しとばかりに連続で刺突を繰り出してくる。

 

「っく……てか、なんでお前が槍使ってんだよ。お前の武器前は鞭じゃなかったか?」

 

 その鋭い刺突をなんとか避けながら、俺は戦闘を始める前の想像との違和を聞く。

 

「そうね、今でも鞭のほうが得意よ。剣でも槍でも一通りの武器は使えるけど」

「鞭のほうが得意なのに、なんで槍使ってんだよ?」

「決まってるじゃない。…………相手の得意分野で勝負して叩き潰す。これ以上に楽しいことってないでしょ?」

 

 それは今代の魔王の逸話の一つ。剣士には剣で圧倒し、魔法使いには魔法で圧倒してその格の違いを見せつけたという。……次代の魔王にもその血はしっかりと受け継がれているらしい。

 

(けど……マジで口だけじゃねえな。この槍の腕ならあの頃の俺でも苦戦したぞ)

 

 つまりは、あの頃より腕が訛ってる俺じゃ勝てる見込みが薄いレベル。アイリスと特訓して訛った腕を叩き直してなきゃ既に致命傷を受けてるかもしれない。

 他の武器もこれと同じくらい使いこなしてて鞭はそれ以上だって言うなら…………何だこの化物。配下の超強化だけでも頭おかしいレベルだって言うのにあらゆる武器を使いこなす上、確かこいつは魔法も使えたはずだ。

 魔王の娘率いる魔王軍を倒すには魔王の娘の討伐が必須なのに、その本人がアホみたいに強い…………そりゃ魔王の娘が出陣した戦いは必勝だわ。紅魔の里が一度魔王軍に占拠されたと聞いた時は耳を疑ったが、こいつが出てるんならそりゃそうなると思える。

 

「けど、あのシルバードラゴン、前より大分強くなってない? 幹部クラスを5人相手に戦えるなんて、ドラゴン使いの強化を受けているにしてもただの中位ドラゴンとは思えないわ」

「ミネアはこと格闘戦においちゃドラゴンの中でもトップクラスだからな。多数を相手に負けないように戦う事にかけちゃ右に出るやつはいないぜ」

 

 ミネアは固有能力など特殊な力はないが、大振りな戦いをする傾向のあるドラゴンの中じゃ珍しく、隙のない戦いをする。正直俺よりも誰かを守るのが巧いくらいだ。

 

「あの強さはそれだけじゃ説明つかない気がするけど……」

 

 もちろん種はそれだけじゃないが……。それをこいつに説明するつもりはない。

 

「……ま、それはあんたを倒した後に問い詰めましょうか。…………けど、あのドラゴンに比べてあんたは弱くなったわね。正直がっかりだわ」

「そりゃ悪かったな。お前と違って俺は英雄なんてやめて楽しく暮らしてたからよ。鈍ってて当然なんだよ」

 

 がっかりしたと言いながらも、魔王の娘は手を弛めることなく激しい攻撃を続けてくる。俺はそれを避けて払い受け流して耐えるが、傷は少しずつ増えていっているし、こちらから攻撃を仕掛けるチャンスが掴めない。

 

「そう。じゃあさっさと終わらせてしまいましょうか。正直鈍ったあんたを倒しても嬉しさ半減だけど……魔王軍筆頭幹部としての仕事をさせてもらうわ」

 

 その言葉と同時に魔王の娘は俺から距離を取る。そして省略気味ながらもその口から紡がれるのは魔法の詠唱。それもこれは──

 

「──『ライトニングブレア』!」

 

 最上位に属する属性魔法の一角。『カースド・ライトニング』を越える密度の雷撃は一条の光となって俺に直進してくる。

普通の人間ならこの魔法一発で消し炭になる威力を持った魔法だが、竜言語魔法で魔法抵抗力を増加してる俺には致命傷になりえない。俺は()()()()()()魔法を切り払おうとして──

 

「──っ、そこか!」

 

 ()()()を思い出した俺は、魔法への対処を捨てて、雷撃の光に紛れて奇襲をしてきた魔王の娘の刺突を払う。

 

「へぇ……今のを避けるんだ。決まったと思ったんだけど」

「今の戦法を使う奴とちょっと前まで特訓しまくってたからな……」

 

 魔法を解禁したアイリスの即死コンボだ。何度これに負けたことか……。

 

「ふーん…………ま、致命傷は避けたみたいだけど…………傷が浅くないわけでもないわよね?」

「っ……」

 

 魔法抵抗力が増加している俺には魔法は致命傷にはならない。だが、直撃して無傷なわけでもない。最上位の雷撃魔法を食らったダメージはけして小さくないし、体が痺れて感覚も鈍っている。

 

 

「さて……あんたとドラゴン。どっちが先にやられるかしらね?」

 

 そう言って、魔王の娘は残酷なほど綺麗に笑った。

 

 

 

 

「──私の勝ちね、ドラゴン使い」

 

 倒れた俺に槍を突きつけて。最初から()()まで俺を終始圧倒した魔物使いは、自分の勝利を宣言する。

 俺はもうまともに動けないほどのダメージを負っているし、ミネアもそう遠くない内に倒れるだろう。ここからの逆転は普通に考えれば不可能。

 例えウィズさんやバニルの旦那が助けに来ても確実に押し返せるとは言えない戦力差なのだから。そう思うのも無理はない。

 

「?……なに? 何であんたこの状況で笑ってるの?」

「いや…………俺もバカなことしたよなって思って」

「そうね。生き残りたければあんたはとっとと逃げるべきだったのよ。それだけ弱くなってるくせに私の前に現れるとか命知らずにも程が有るわ。…………っ、だから何がおかしいの?」

 

 死にかけてる俺が笑ってるのが気に障るのか。魔王の娘は綺麗な顔を歪ませて詰問してくる。

 

「くくっ……いや、俺がバカなことしたってのはそういうことじゃねえんだ」

「じゃあ、何がバカだって言うのよ」

 

 今にも俺を殺しそうな魔王の娘に、俺は変わらず笑い続けて答える。

 

 

 

「お前がこの程度の強さしかないのが分かってたら、わざわざ苦労して死にかける必要もなかったのになって」

 

 

 

「は? あんた何を言って────っっっ!?」

 

 俺を問い詰めようとした魔王の娘は、自分に向かって来る極大の雷撃に気づき紙一重で避ける。

 

「い、今のはな──」

 

「ゴルルルオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

 

「──に…………?」

 

 

 大地を震わす咆哮。それを発した存在を見て魔王の娘は驚愕にその顔を染める。

 

 

「遅かったな、ジハード。ま、ギリギリだがセーフはセーフだ。…………俺は大丈夫だから、とりあえずミネアのとこに行ってくれ」

 

 かつての炎龍並の巨体で降り立ったジハードを撫でてやって。俺は今なお戦い続けるミネアの元へ向かわせる。

 

「じょ、上位ドラゴンですって……!? ありえない! 上位種のドラゴンは俗世に呆れて世界の狭間に引き込んだはず! 今地上にいるドラゴンが上位種になるには何百年という時間が必要なはずなのに!」

「ジハードは上位ドラゴンじゃねぇよ。下位ドラゴンさ。……と言っても確かに今のジハードは上位ドラゴン並の魔力はあるだろうが」

「ど、どういうこと……?」

 

 今の状況も忘れたように、魔王の娘はありえない状況を前にただただ疑問符を浮かべている。

 

「ま、ここまで来たら俺の勝ちは揺るがねえし教えてもいいか。もともと終わったら教えるつもりだったしな」

 

 ゆんゆんが前に『説明は敗北フラグなんですよ』とか訳の分からないこと言ってたような気がするが、これは種明かしのうちだし大丈夫だろう。というか紅魔族が学校で習ってることは俺には理解不能過ぎるしスルーだ。

 …………なんか母さんも同じようなこと言ってた覚えがあるが、変な名前だったことといい紅魔族だったんだろうか。目は黒かったけど髪は紅魔族と一緒で黒髪だったしよ。

 

 

「お前、クーロンズヒュドラは知ってるか?」

「この街の近くの湖に住んでた大物賞金首でしょ? 亜竜だし強さはそうでもないけど固有能力が厄介で討伐が面倒なやつ。数年前に頭のおかしい爆裂魔が倒したって聞いたけど」

 

 魔王軍じゃクーロンズヒュドラの件はそういうことになってんのか。実際とどめを刺したのはあのロリっ子だが…………カズマやララティーナお嬢様、そして何より俺の勇敢な活躍があっての勝利だと言うのに、爆裂娘一人の手柄にされるのはなんか面白くねえな。

 

「じゃあ、そのクーロンズヒュドラの固有能力が何かは知ってるか?」

「…………、一体全体それが今の状況と何の関係があるの? 確か、再生能力と土地から魔力を吸収する能力の2つ…………って、まさか!?」

「そう、そのまさかだ。ジハード……あのドラゴンは相手の魔力や生命力を奪う力を持ってる。さて、ここで問題だ。魔力の塊である純血のドラゴンがそんな力を使えばどうなると思う?」

 

 亜竜であったクーロンズヒュドラはその成長に物理的な限界があった。だが、純血のドラゴン……魔力の塊と言われ、生物でありながら精霊と同じような性質を持っている純血種がドレイン能力を使えば?

 

「…………際限なく強くなる……? でも、そんな力を下位ドラゴンが持っても……ううん、例え中位ドラゴンであっても暴走するだけじゃ」

「だろうな。魔王軍から魔力を集めさせはしたが、ジハードだけであれだけの力を制御するのは不可能だろうよ」

 

 だからこそ、俺は口を酸っぱくしてゆんゆんにジハードを戦わせるのは俺がいる時だけにしろと言い聞かせてたんだから。

 

「だから、俺が制御してる。ドラゴンとドラゴン使いにある魔力の繋がりを利用して、ジハードの中で暴れ狂う魔力を抑えてる。……結構これ、大変なんだぜ? 魔力の制御だけでもきついのに、魔力が増えるに連れてブラックドラゴンの凶暴な本能まで大きくなるからな」

 

 実は魔力の制御よりそっちの方がきつかったりする。仮に『本能回帰』を使ってジハードの本能を開放したら俺でも扱いきれるかどうか不安な程度にはやばい。

 

 

「とりあえず最低限の種明かしは済んだ…………ああ、そう言えばあと一つだけ伝えとかないといけないことがあったか」

「…………何よ」

「ジハードは回復魔法を使える。……ほら見てみろよ、ミネアの傷も完全に治ったぞ」

 

 ミネアと合流したジハードは回復魔法を使い傷ついたミネアを完全に癒やす。そしてそのままドレイン能力を使いミネアに自分が魔王軍から集めてきた魔力を分け与え始めた。

 

「ジハードの能力の説明が終わったところで、もう一つ問題だ。魔力を奪ったドラゴンと、そこから魔力を分け与えられたドラゴン。上位種並の魔力を持ったドラゴンが二匹いるんだが…………これをドラゴン使いやドラゴンナイトが強化したらどうなると思う?」

「っ…………」

「てわけだ。お前らの勝ち目は今ここで俺を殺すしかない。ミネアとジハードが俺の竜言語魔法で強化されたら万に一つも勝ち目がないからな。……お前に俺を殺せたらいいな?」

「っっ!! 舐めるんじゃないわよ! この死に損ないっ!」

 

 

 激昂して襲ってくる魔王の娘を冷静に見つめながら、俺は()()()を使用する。そして──

 

 

 

 

「──俺の勝ちでいいよな? 魔物使い」

「…………この、化物。ふざけんじゃないわよ。何よその力……」

 

 無傷の俺に倒れ伏す魔王の娘。先ほどとは全く逆の状況に魔王の娘は悔しそうな表情で俺を睨みつけている。

 

「ま、確かにジハードの能力は規格外過ぎるよな。魔力を吸収してどこまでも強くなるとかそれなんてチートだよ」

「確かにあのドラゴンの固有能力もおかしいけど…………それだけの力を涼しい顔して制御してるあんたが一番の化物よ」

「お前にだけ……もといお前にも化物言われたくねえけどな」

 

 どっかの王女様といいお前が言うな感がやばい。どう考えてもお前らのほうがチートだからな。

 

「…………一つだけ聞いていいかしら? 何で、あのドラゴンを最初から連れてこなかったの? 魔力を奪うにしても私達から奪えばいいだけの話でしょ?」

「だから言っただろ、それは俺がバカだったって。……俺はお前らの強さをもっと高く見積もってたんだよ。普段のジハードは下位ドラゴンどころかまだ幼竜と言える段階だ。お前ら相手に守りきれるか自信がなかったんだよ」

 

 実際はこの程度の相手なら俺とミネアならジハードを守りながら戦えた。常勝だという実績にビビりすぎてたってわけだ。

 ……いや、ジハードの能力なければ余裕で殺されてるレベルの相手ではあるんだがな。瞬殺さえ防げればジハードの回復魔法でどうにか出来るってだけの話で。

 

「…………殺しなさいよ。殺さなきゃ私はあんたをいつまでだって狙い続ける」

「殺す……ねぇ。まぁ、確かに殺したほうが色々安全なんだろうが……」

 

 俺を狙い続けるという言葉に嘘はないだろう。俺だけの安全を考えるならここで殺す以外の手はない。だが……。

 

「なぁ、なんで俺がわざわざジハードの説明して、()()()まで見せたと思ってんだ? お前に俺を狙うのが勘定に合わないって理解させるために決まってるだろ」

「それくらいわかってるわよ! それでも、私はあんたが許せない。一度ならず二度までも私に黒星をつけたあんたを許せるはずがない。大体、何であんたは私を殺そうとしないのよ」

「一番の理由は、お前を殺した後の復讐が怖いんだよ」

 

 魔王軍筆頭幹部。次期魔王であるこいつを殺せば魔王軍が復讐に来るのは間違いない。カズマたちが魔王を倒したとしても、むしろ倒した場合のほうが破れかぶれに魔王軍が襲ってくる可能性は高い。

 その復讐が俺だけに向かうならいいが、リーンやテイラー、ベル子に危険が向かうのは避けたい。

 つまりは、魔王の娘には魔王軍の統率をして俺は襲わないように制御してもらいたいわけだ。だからこそ殺さずに実力差を見せつけて、俺を襲うのはやるだけ無駄だと思わせようとしたわけだが…………

 

「ふん、だったら無意味ね。私は絶対にあんたを殺す。たとえ今勝ち目がないとしても、勝ち目が出るまで強くなってみせる」

「…………みたいだな」

 

 この調子だと宣言通り襲ってくることだろう。…………はぁ、男相手ならともかく綺麗なねえちゃん相手にこの手は使いたくなかったんだがな…………。

 

「ところで話は変わるんだがな。実はお前の親衛隊はまだ生きてるんだが」

 

 ミネアとジハード。上位ドラゴン級の力を持ったドラゴン2頭に倒された親衛隊だが、まだその生命は失われていない。というより、ミネアにもジハードにも絶対殺すなとお願いしたし生きててもらわないと困る。

 

「…………だから?」

 

 

「あいつらの命が惜しければこっちの言うこと聞いてもらおうか」

 

 

「………………………………………………………………あんたそれ完全に悪役の台詞だけど分かってる? セレスディナとかが凄い言いそうな台詞よ?」

「分かってるよ! 分かってるからその生ゴミを見るような目はやめろ! 仕方ねえだろ! お前を納得させるにはこれしかもう方法ねえんだからよ!」

 

 どいつもこいつも俺のことゴミのように見るんじゃねえよ!

 

「はぁ…………まぁ、あの子達の命を助けてくれるなら多少は交渉に乗っていいけれど…………あんたを襲わないって話なら難しいわよ? きっとあの子達だってリベンジの機会を望んでいるでしょうから」

「ま、そうだろうな。そこまでは俺も言わねえよ。ただ、俺の回りにいるやつを狙うのはなしだ。それさえ守れば不意打ちだろうがなんでもしてくれ」

 

 それなら最悪俺が死ぬだけで済む。あいつらを襲わないって確約してくれんならこいつを全力で守ってやってもいいくらいだ。

 

「…………そんなことでいいの? あの子達の命を守ってくれるならもっと大きな代償でも……」

「マジか!? じゃあそれプラスで俺の童貞貰ってくれ! いい加減卒業したいんだ!」

 

 俺もいい加減行き遅れだってルナを笑えねえ年齢だからな……。流石に魔王軍の筆頭幹部を恋人とかには出来ないだろうが、一回くらいならエロいことやっても皆許してくれるだろう。むしろ美人な女とエロいことやれるチャンスを逃すとか怒られるレベル。

 

「…………こんなのに負けたのって信じたくないんだけど」

「なんだよ、もっと大きな代償でもって言ったのはお前だろうが。お前みたいに美人とエロいことするチャンスなんて俺にはもう二度とねぇかもしれないんだぞ? というわけでお願いします!」

 

 最近ナンパが失敗するのがほんときついんだよ……。サキュバスサービスで解消すんのにも限界があるしよ。

 

「……そこまで熱烈に口説かれると、わりと新鮮でいいかなぁって気持ちもしないでもないんだけど…………後ろの彼女さんが怖いからやめとくわ」

 

 後ろの彼女?

 

「ダスト? あんた敵の大将口説くとか本気で言ってんの?」

 

 いつの間に来ていたのか。そう言って笑顔で青筋浮かべてるのはリーン。近くには苦笑してるキースとテイラーの姿もある。

 

「あれ? お前らがここにいるってことは…………そうか、街の方も勝ったんだな」

 

 まぁ、負けるとは思っていなかったが、随分早かったな。もしかして俺が想定してた以上にウィズさんの方に敵が引っかかったのかね。もしくは旦那が何かした可能性もあるか。

 

「そうだけど…………話そらそうとしてもダメだからね?」

「話しそらすというか……そもそも、俺が童貞な理由の半分はお前だろうが。お前が俺を受け入れてくれたらとっくに俺は童貞卒業してたわけで…………お前にだけは文句言われる筋合いねえと思うんだよ」

 

 というか、リーンにちょん切られそうになったトラウマで一時ナンパすら出来ない時期があったし、むしろ今すぐ責任取ってもらいたいレベルだと言うのに。

 

「だって、たとえライン兄が相手でもあんな性欲だけで抱かれるとか嫌だもん! もっと、こう、雰囲気作って欲しいし! かといってダストに雰囲気作られても微妙だし!」

「お前、ほんとめんどっくせぇな! だったら今だけラインになってやるよ! だったら文句ねえだろうが!」

「べーっ! ライン兄はそんなこと言わないもん! ダストになんか抱かれてやるもんですか!」

 

 あーだこーだと俺とリーンは言い合う。

 ……ったく、こいつは本当可愛げがねえ。あった頃のリーンはあんだけ可愛かったってのに。誰の影響かはしらねえが性格悪くなってんじゃねえか?………………多分キースの影響だな、間違いない。

 

「あー……ダストにリーン。痴話喧嘩してるとか悪いんだけどよ…………魔王の娘逃げたけどいいのか?」

「「え?」」

 

 キースの言葉にさっきまで魔王の娘がいた場所を見れば何もいない。当然のように親衛隊の姿もなくなっていた。

 テレポートも使えんのかよあの魔物使い。今頃は王都の方の魔王軍の主力と合流でもしてるかもしれねえな。

 

「キース、ダストはあのライン=シェイカーが正体なんだ。普段バカそうにしてるのは仮の姿で、今もわざと見逃したに決まってるだろう」

 

 おい、テイラー、そう言うならその笑いをこらえたような顔やめろ。おまえがむっつりだってこと街中にバラすぞ。

 

「ま、多分あの性格じゃ約束は守るだろうしな。別に逃げられても問題ねえよ。…………おい、なんだよお前ら。別にこれは負け惜しみじゃねえぞ、本当だぞ」

「はいはい、そういうことにしといてあげるから……くすくす」

 

 おいこらリーン。そもそもお前が邪魔するから俺は童貞捨てるチャンス逃したの分かってんのか? 笑ってんじゃねえよ。

 

「はぁ……まぁいい。勝ちは勝ちだ。街に帰ってカズマたちが魔王倒して帰ってくるのゆっくり待とうぜ」

 

 なんとなく魔王の娘とはまたどこかで会える気がする。口説くのはその時でいいだろう。

 …………てか、命狙うって宣言されてるし嫌でも会うことになるんだろうなぁ。めんどくせぇ。

 

 

 

 

「けどゆんゆんが帰ってきたら魔王討伐のメンバーかぁ…………なんだか遠くの存在になっちゃう気がするなぁ」

 

 街へとゆっくりと歩きながら。リーンは少しだけ寂しそうな様子でそんなことを言う。

 

「そんなことはねぇだろ。あいつが魔王討伐くらいで変わるんだったらとっくの昔にぼっちなんかやめてるさ」

「……それもそだね。ゆんゆんはあたしの親友でいいんだよね。たとえ、離れ離れになっても……さ」

「ああ…………悪いな、俺の冒険に付きあわせて」

 

 この戦いが始まる前にパーティーメンバーには俺の事情を話している。そして戦いが終わった後この街から旅に出ることも。

 

「いいよ……ライン兄の冒険についていくためにあたしは冒険者になったんだから。……ゆんゆんと離ればなれになるのは少し寂しいけどね」

「そうか。…………キースやテイラーも、本当にいいのか? 旅に出たらあの店には流石に毎日は行けないぞ」

 

 ロリサキュバスに聞いたらサキュバスの貸し出しサービスなんてものはないらしい。他の街に同じような店もないって言うし…………本当きつい。

 救いはスキルアップポーションをリーンにがぶ飲みさせてテレポートを覚えさせられたことくらいか。それでもリーンの魔力を考えればテレポートを頻繁には使えないしアクセルに帰ってこれるのは最低限になる。

 くそぅ……ジハードがうちの子になってくれればそんな心配しなくて済むというのに。もう俺とドラゴン使いの契約したんだしゆんゆんの使い魔やめて俺のとこの子にならねえかなぁ。

 

「まぁ、他の街にも普通の娼館くらいはあんだろうし…………俺はダストと違ってわりとナンパ成功するしいいぜ」

「…………大丈夫だ、問題ない」

 

 キースのムカつく台詞はまぁ後でしめるとして……テイラー、そんな全然大丈夫そうじゃねぇ顔で言うんじゃねぇよ。俺よりきつそうじゃねぇか。

 

「ま、旅に出るのは一週間後だ。そのころにゃカズマたちも帰ってきてるだろうし、ちゃんとお別れをして行こうぜ」

 

 

 

 一つの大きな戦いが終わり、この街と……そしてゆんゆんとの別れが近づいていた。




次回で第1章は終了です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終話:この素晴らしいぼっち娘に友達を!

「よぉ、旦那。景気はいいか?」

 

 ギルドの片隅で。いつものように相談屋を開くバニルの旦那に俺はそう声をかける。

 

「見れば分かるだろう。閑古鳥である。魔王が倒されて一週間、どこもかしこもお祭り騒ぎで相談屋は見向きもされぬ」

「それもそうか。ギルドの酒場とか道具屋とかすげえ景気良さそうなんだけどな」

 

 俺の見立通り、カズマ達はきっちり魔王を倒して帰ってきた。その報告にこの街はもちろん国中が沸いてるわけだが、その波は相談屋には来ていないらしい。

 

「てか、旦那はいつまで相談屋やるんだ? 確か店の家賃払うのに困って相談屋始めたんだろ?」

 

 ウィズさんの作った赤字を埋めるために始めた相談屋らしいが、ついこの間カズマが莫大なお金を店に落としていったらしい。そのお金に比べれば相談屋で入る収入なんて微々たるものだし、旦那ならそのお金を転がして更に稼ぎそうなもんだが。

 …………まさか、またウィズさんに使い込まれたとかそんなオチじゃねえよな?

 

「心配せずとも小僧から回収したお金ならちゃんと我輩が管理しておる。…………もはや貧乏神と化して来ているポンコツ店主に紙一重で使い込まれるところであったが」

 

 ……相変わらず苦労してんなー、旦那。流石にウィズさんを貧乏神扱いは酷いけど。せめて貧乏リッチーくらいにしとけばいいのに。

 

「じゃあ、なんでまだ旦那は相談屋やってるんだ?」

「ふむ……確かに収入目的では相談屋をやる意味は薄い。()()が始まれば貧乏魔導具店はもちろん相談屋の収入などとは比べ物にならないくらいのお金が毎日のように入ってくるだろうからな」

 

 ()()……ねえ。もしかして旦那がたまに言ってた()()がついにこの街に出来るんだろうか。だとしたら少しだけ惜しいな。

 

「それでも、我輩は相談屋を続けるであろうな。何故ならこの店は我輩にとって大切なこの町の住人たちとの触れ合いの場なのだから」

「あー……なるほど。お金目的じゃなくて悪感情目的なのな。考えてみれば相談屋やってれば愚痴っぽい話はたくさん聞けるだろうし。旦那なら解決したと思った所でぬか喜びさせることも簡単だろうしな」

 

 そりゃ、お金関係なく旦那がやめるわけねえな。悪感情抜きにしても情報収集的な意味で相談屋続ける利点は大きいだろうし。

 

「…………汝は本当に人間なのか? 普通そこまで悪魔の考えを理解する人間などおらぬのだが」

「そんなに褒めるなよ旦那。敬愛する旦那のことだ、分かって当然だろ?」

 

 悪魔の考え方自体はロリサキュバスに聞いたりしてるからわりと理解しやすいのもあるんだろうが。

 

「確かに悪魔としては褒めたつもりだが、それを褒め言葉として受け取る汝はやはり人間として終わっておるな」

「かもな」

 

 この街に来た頃と比べりゃ自分でも腐りきってるのは分かる。でも、まぁそれでもいい。今の俺は『ライン=シェイカー』じゃなくてただの『ダスト』なんだから。ラインだったらこうして旦那と楽しく話せなかっただろうし、むしろラインのままじゃなくてよかったぜ。

 

「『戻る』つもりはないのか? 例のガーターウェイトレスには汝のことで散々愚痴られたのだが」

「どっちの意味での『戻る』なのかは分かんねえけど、どっちの意味でも『戻る』気はねえな。隠す気ももうねえけど」

 

 俺がライン=シェイカーであることは街中に知れ渡ってるし、ミネアと一緒にいる以上、別の町に行こうが俺がラインだとはすぐバレるだろう。だからもう隠すことはしない。けれど、今更ラインとして生きれるとも思えない。

 だから、俺がラインに戻ることもないし、この国から出ていくことはあってもあの国に戻ることはない。

 

 

 俺はきっとこのまま堕ちた英雄として一生を終える。

 

 

 

「……ま、俺はそろそろ行くぜ、旦那。次に会えるのはとりあえず一週間後くらいかね?」

「そうか…………今日は汝たちの出発であったな」

 

 カズマたちが魔王を倒して一週間。今日は俺のパーティーがこの街を出て冒険に出る日だ。

 金がすっからかんになったがリーンにテレポートは覚えさしたし、ちょくちょく帰ってくるつもりではあるが。それでも毎日のように会っていたこれまでとは違ってしまうだろう。

 だから今、俺はこうして旦那に別れの挨拶をしている。…………ま、話してる内容は全然関係のないものだったけど。俺と旦那の話なんだからこんなもんだろう。

 

「そうだ、旦那。ちょいと俺の未来を占ってくれねえか?」

「別に構わぬが……代金はちゃんとあるのだろうな?」

「それはないから今回は『借り』ってことで」

「…………まぁ、よいか。そう遠くない内に汝には『借り』を返してもらうつもりであるしな」

 

 ため息を付きながらも旦那はそう言って俺の未来を占ってくれる。…………けど、『借り』を返すつもりはあるが、一体全体どんな方法で返すことになるのかね。考えてみれば結構な借りを旦那に作ってる気がするが。

 

「ふむ……これまで汝にはいくつかの選択肢があった。今とは違う選択をした汝は違いはあれど幸せな一生を終えたことだろう」

 

 選択肢ねえ…………そんなんあったっけか。まあ、人生選択の連続だしそういう意味じゃ当然あったんだろうが。

 

「…………もしかして、俺は選択間違えたからもう不幸な人生しかないとか、そういう話か?」

 

 あの国飛び出す選択した時点で人並みの人生諦めてるから今更だけどよ。

 

「そういう話ではない。話ではないが…………確かに我輩が見える汝の人生の終着は()()()()()()での()()()()()である」

 

 うぇぇ……遠くない未来ってことは少なくとも寿命は全う出来ないってことか。近い未来って言い方じゃないから1年以内じゃないとは思いたくないが…………2、3年くらいは覚悟しといたほうがいいのかね。

 

「故に、汝がその未来を回避するには我輩が見ることの叶わぬ未来を実現するしかない」

「? そう言えば、前にも旦那がそんな話してたっけか。じゃあ、そのよく分からない未来を目指して頑張ればいいってことか?」

 

 旦那も人が悪いな。死ぬ未来の話からするとかよ。…………いや、旦那は悪魔だから人が悪いも何もねえけど。

 

「その方が我輩にとっても都合が良いし、是非ともそうしてもらいたいのだが…………残念ながら、それを決めるのはもう汝でも我輩でもない」

「……俺が死ぬのも生きるのも決めるのは俺でも見通す悪魔様でもない? じゃあ、一体全体誰が?」

「汝の恋人である」

「ふーん…………俺の恋人がねぇ………………って、は!? 俺の恋人!? え!?  俺に恋人とかできんのか!?」

「出来る……はずだ。汝の死の未来からの逆算であるゆえ、それがいつかは正確には分からぬが」

 

 てことは遠くない未来よりかは近いうちに出来るってことだよな。え、マジかよ。俺に恋人なんて一生できないと思ってたのに。

 

「で、それは誰なんだ? 当然美人なんだよな!?」

「うむ。誰かは言えぬが美人であることは保証しよう。そして汝の守備範囲の女性であることも」

 

 てことは、ゆんゆん以下の年下やアクシズ教徒、あとはロリサキュバスみたいなロリ体型じゃない美人ってことか。なんだよ俺勝ち組じゃん。

 

「喜んでいる所悪いが、恋人ができても汝がその後死ぬ可能性があるのは変わりないのだからな」

「分かってるって。でもまあ、少なくとも童貞のまま死ぬわけじゃないって分かっただけでも十分だ」

 

 正直、それだけは心残りだったからなあ。

 

「てわけで、旦那いい未来を占ってくれてありがとうよ。この借りは必ず返すから待っててくれ」

「うむ、別にいい未来を占った覚えはないが、借りは近いうちに返してもらうことにしよう。次に汝が帰ってきたときには()()も完成させておくゆえ、楽しみにしておくがよい」

「おう、それに関してはマジで楽しみにしてるぜ」

 

 これからの冒険と、帰ってきた時の楽しみを餞別としてもらって。俺は旦那との一先ずの別れをすませた。

 

 

 

 

 

「えーっと……次は誰に挨拶していくかね。ルナとかベル子は昨日のパーティーで挨拶済ませてるし……」

 

 昨日の夜はカズマパーティーとかゆんゆんとか、この街の冒険者集めて送別会だった。ギルドの酒場でやったからルナとかベル子にも挨拶する機会はあった。と言っても、ベル子にはあの日以来無視されてるし挨拶できたか言われたら微妙なんだが。

 ルナには最後に世話になったと話しかけようかとも思ったが、さっき見たらいつものように受付嬢の仕事を忙しそうにしてるからやめといた。

 …………魔王が倒されて平和になったはずのこの世界でなんで受付嬢のあいつが忙しいんだろうか。やっぱり旦那の仕業かね。

 

「てなると、やっぱサキュバスの店か」

 

 あの店には散々世話になったし、ロリサキュバスに金の件はどうなったと聞かないといけないしな。

 

「あれ? ダスト君じゃない。どうしたの? そんな旅に行くような荷物持って」

 

 特徴的な俺の呼び方。その声に俺はドキリとしながら振り向く。

 

「お、おう……セシリーじゃねえか。旅に行くようなも何も冒険に出るからこんだけ荷物持ってんだよ」

 

 『サキュバスの店』って単語が聞かれてないことを祈りながら、俺はそう答える。そもそもが女には絶対秘密の店だし、その中でもアクシズ教徒のこいつに聞かれてたらヤバすぎるんだが……。

 

「冒険? なになに? アルカンレティアにでも行くの? ならお姉さんも一緒について行ってもいい?」

「行かねえし、行くとしても何でお前まで連れて行かなきゃならないんだ」

 

 こいつと一緒に冒険とか考えるだけでも頭痛い。

 

「えー、でもお姉さんって回復魔法使えるしいると便利じゃない?」

「便利かもしれないが、どう考えてもメリットをデメリットが上回ってるじゃねえか……。トラブルメーカーはいらないぞ」

「トラブルメーカーって…………それ、ダスト君が言う? お姉さんが言うのもなんだけどダスト君ってお姉さん以上のトラブルメーカーだと思うんだけど」

「俺は別にいいんだよ俺は。それに俺がお前以上のトラブルメーカーなんてことも絶対ねえよ」

 

 こいつに比べればダストになった俺でも善良な市民になるレベル。暴走列車みたいな女だった姫さんでもこいつに比べれば可愛いもんだ。

 こいつ並みにあれな女なんて俺はカズマパーティーの女たちくらいしか知らないぞ。

 

「たまに思うんだけど、ダスト君って私にだけ冷たくない? ツンデレ君なの?」

「お前にデレる予定はねえから少なくともツンデレじゃねえな」

「おかしい……ちっとも照れ隠しの雰囲気を感じないんですけど……」

 

 うーん、と首を傾げてるセシリーの様子を見て俺はバレないように小さくため息をつく。この調子ならサキュバスの店のことは聞かれてないっぽいな。

 

「ま、いっか。そのうちダスト君も私にデレて『セシリーお姉ちゃん好き、抱いて!』って言ってくれることだろうし」

「ぜってえねえよ。つうかなんで俺が抱かれる方になんだよ」

「え? でもダスト君はヘタれ受けだって皆言ってるわよ?」

「おい、誰だそんな根も葉もないこと言ってるやつらは」

 

 俺はヘタレじゃないしむしろ攻めのほうが好きだぞ。

 

「そうなの? じゃあ、お姉さんのこと優しく抱いてね? お姉さん痛いのは嫌よ?」

「おう、心配しなくても俺に女を痛くして喜ぶ趣味はねえ…………って、だからお前にエロいことする予定は欠片もねえからな!」

 

 少し前ならともかく、今は俺に恋人出来るって分かってるし。こんな守備範囲外の女を抱く理由なんてない。

 

「残念。ま、お姉さんにはダスト君以外にもいっぱい運命の人がいるからいいけどね」

「その台詞を何ら恥ずかしげも後ろめたさもなく言えるお前のメンタルはすげえな……」

 

 本当、いい性格してる女だぜ。

 

 

 

「それじゃ、俺はもう行くぜ」

 

 そろそろサキュバスの店に行かねえと出発の時間に遅れそうだしな。

 

「行くってサキュバスの店に?」

「おう、そうだ…………ぜ…………?」

 

 え? こいつ今なんて言った?

 

「ダスト君って随分あのお店にお世話になってたみたいだもんね。旅に出るなら挨拶したいか」

「…………あのー、もしかしなくても、セシリーお姉さまはあの店のことをご存知で?」

「なんでダスト君敬語なの? それはもちろん知ってるわよ。例の小さい女の子がサキュバスの格好して飛んでるの何度も見かけてるし」

 

 おい、こらロリサキュバス。不用心にも程があるだろ。

 

「じゃあ、あの店のことを知って何でお前は見逃してんだ?」

 

 悪魔を見たら親の仇のように叩き潰すのがアクシズ教徒だと思ってたんだが……。

 

「私達が悪魔を見逃す理由なんてそう多くないと思わない?」

「…………そういうことか」

 

 アクアのねーちゃんがあの店のことは見逃してるからこいつらも見逃してるってことか。頭のおかしい集団だが、女神アクアへの忠誠心ってか敬愛っぷりだけは純粋な奴らなんだよな。

 

 

「さてと……憂いもなくなったことだしマジで俺は行くぜ。運が良ければまた会うこともあるだろうよ」

「うん。……ねえダスト君。最後に一つだけ聞いていい?」

「ん? なんだよ」

 

 いつになく真剣な表情のセシリー。その真っ直ぐな眼差しに動揺しながらも、俺はいつもの調子を装ってそう返す。

 

「ダスト君は好きな人が出来たの?」

 

 いつものセシリーでも聞きそうな質問。けれど、やっぱりその表情は別人じゃないかと思うくらい真剣そのもので……。

 

「…………好きなやつは別にいねえよ。ただ……」

「ただ?」

「守りたいって……心の底から思える大切な奴らなら出来たよ」

 

 だからもう、俺は槍を使うことを躊躇わない。あいつらを守るためなら姫さんとの約束を破る事にならないだろうから。

 

「そっか…………。うん、それならいいのかな。…………いってらっしゃい、ダスト君。ばいばい」

 

 そう言って手を振り俺を見送るセシリーの表情は妙に寂しそうで、でもどこか嬉しそうで。俺は何故か梯子を外された子どものような気持ちでその場を去るのだった。

 

 

 

 

 

「どったの、ダスト。なんだか難しそうな顔してるけど」

 

 ギルドのある通りにて。待ち合わせ場所にきたリーンに開口一番そんなことを言われる。

 

「別になんかあったわけじゃねえんだが、なんか座りが悪くてよ……」

 

 思うことは2つ。妙な態度だった別れ際のセシリーとサキュバスの店であった不可解な会話だ。

 

(セシリーのことはこの際どうでもいい。あいつのことは考えても無駄だろうし。でも、サキュバスたちのあの口ぶりは……)

 

 別れの挨拶に行ったサキュバスの店で。俺は目的の一人だったロリサキュバスと会うことが出来なかった。そのことについて聞いたら……

 

(『あれ? 知らないのですか?』だもんなあ。あの口ぶりだと俺に関係する事であの店にいなかったんだろうが……)

 

 それがなんなのか皆目見当がつかない。サキュバスの姉ちゃん達に聞いても面白そうな様子ではぐらかせられるだけだったしよ。

 

「ふーん? ま、なんでもいっか。ダストは難しい顔してくらいがちょうどいいしね」

「おう、まるで俺がいつもはバカそうな顔してるような言い方はやめてもらおうか」

「バカそうというか、バカな顔?」

「ぶっ飛ばすぞ」

 

 いつものやり取りに俺は大きなため息をつく。

 ま、今ここで考えても仕方ないことか。俺に関係してることならそのうち分かるだろうし、関係してないならそれこそ考えても仕方ない。

 

「それじゃ行くか。そろそろテイラーやキースも向かってる頃だろうしな」

 

 そう言って俺はリーンを連れて歩き出す。テイラーやキースは街の入口の方で待ち合わせしてるし、遅れて待たせるのもテイラーに悪いだろう。キースはどうでもいい。

 

 

 

 

「ゆんゆん、今、パーティーメンバーはいないんだよな? ぜひ俺達のパーティーに入ってくれ!」

「何言ってんのよ。ゆんゆんは私達の女の子パーティーに入るに決まってるんだから、むさ苦しい男はさっさと諦めなさい」

 

 ギルドの建物の前を通った所で。中からそんな男や女の声が響いてくる。

 

「えっと……その……お誘いは嬉しいんですが私は──」

 

 覗いてみれば、そこには冒険者達に囲まれオロオロとしているゆんゆんの姿。どうやら魔王討伐メンバーのゆんゆんがパーティーに誘われてるらしい。

 前までは一人が好きだと思われてスルーされてたが最近は俺やリーンとよく一緒にいたからな。誤解が解けたのと魔王討伐という功績、そしてパーティーメンバーだと思われてた俺達がいなくなることでゆんゆん争奪戦が起こってるのか。

 

「いいの? ダスト。ゆんゆんに挨拶していかないで」

「別にいいだろ。別れの挨拶は昨日したし」

 

 ぼっちのあいつがあんだけチヤホヤされてんだ。わざわざそれを邪魔するほど俺も野暮じゃねえ。

 

「ま、ダストがいいんだったら別にいいけどね」

「いいんだよ。…………ゆんゆんへの恩返しはこれで済んだな」

 

 

 俺をヒュドラから救い出してくれた命の恩人に友達をつくる。それがぼっちなあいつへの一番の恩返しになると、そう思ったから俺はいろいろやってきた。今囲まれているように、魔王討伐を果たしたゆんゆんにはもう俺が何もしなくても人が寄ってくる。この街にはゆんゆんの親友である頭のおかしい爆裂娘やバニルの旦那もいるから、本当に変なやつからは守ってくれるだろうし、魔王討伐メンバーともなればいつでも紅魔の里に戻って長として認められることも可能だろう。

 

 もう、ゆんゆんに俺は必要ない……むしろ邪魔なんだ。

 

「ふーん…………ほんと、ダストって素直じゃないよね。ライン兄はもうちょっと素直だったと思うんだけど」

「うるせぇよ、長いドラゴン欠乏生活で性格ネジ曲がったんだよ」

 

 大体、ぼっちに友達作るのが恩返しになると考えるとか傲慢にも程があるしな。俺の性格がネジ曲がっちまってるものはもうどうしようもないだろう。

 

「ま、そういうダストはわりと嫌いじゃないんだけどねー。口ではなんだかんだ言ってその気持ちは全部顔に正直に出てるからさ」

 

 うぜえ、ニヤニヤしてんじゃねえよ。

 

「……というか、お前こそゆんゆんに挨拶しに行かなくていいのか?」

「誤魔化したね。……んー、あたしはいいよ。昨日ちゃんと今後の事話したし」

 

 ま、今生の別れってわけでもないしな。一週間もすりゃまた会えるんだから別にいいか。

 ………………一週間ジハードに会えないのはきついなあ。その代わりミネアとはこれからずっと一緒だから悪いことばかりでもないが。

 

「そうかよ。……んじゃ、行くか。キースとテイラーももう待ってる頃だろ」

「そだね。あたしらが着く頃には()待ってるかもね」

「……じゃな、ゆんゆん」

 

 未だにオロオロしているゆんゆんに遠くから別れを告げて。俺はリーンと一緒に歩き出した。

 

 

 

 

「おい、ダスト、おせぇじゃねぇか。どんだけ待ったと思ってやがる」

「キース、まぁそう言ってやるな。もしかしたらリーンがダストに告白して遅れたかもしれないじゃないか」

「え!? リーンさん本当ですか!? 告白するなら親友である私に相談してくださいって言ったじゃないですか」

「しないしない。ちょっと戻ってきたって言ってもダストはまだダストのままだし。…………もうちょい、戻ったなら考えてもいいけど」

 

 

「…………………………おい」

 

 

 街の入り口。そこで待っていた()()と俺と一緒に来たリーンが楽しく話し始めるのに俺は待ったをかける。

 

「どうしたんですか? ダストさん。ジャイアントトードがアクアさんのゴッドブロー食らったみたいな顔してますよ」

「それどんな顔だよ…………じゃなくてなんでゆんゆんがここにいるんだよ!」

 

 いるはずのない悪友の姿に俺は叫ぶ。

 

「なんでって…………あれ? もしかしてリーンさんから私も一緒に冒険に出るって聞いてないんですか? 昨日の夜、リーンさんと話し合ってそう決めたんですけど」

「リーン……?」

「いやぁ……ゆんゆんと離ればなれになるのが辛いダストを見てるのが面白くて面白くて…………ごめんね?」

「ごめんじゃねぇよ! というかごめん言うなら笑ってんじゃねぇ!」

 

 人が辛そうに…………いや、別に全然辛くなんかなかったけどな!

 

「大体ゆんゆん、お前さっきまでギルドにいただろ。何で先にここにいんだよ」

「それはもちろんテレポートで飛んできたんですよ。時間通りでしたよ?」

「そういえばお前もテレポート使えるんだったな……」

 

 つか、ジハードいるから魔力消費の大きいテレポートでも気軽に使えるし。なんだよこのチート主従。

 

「…………で? お前もついてくるってマジなのか?」

「はい。んー……それじゃ、もう一度経緯を説明した方が良さそうですね」

 

 

 

 

 

──前夜・ゆんゆん視点──

 

 

「そうですか…………あのチンピラたちと一緒にこの街を出るのですね」

 

 リーンさんたちの送別会の後。リーンさんと話し合い一緒に冒険に出ることを決めた私は、そのことを伝えにめぐみんのもとに来ていた。

 

「うん。族長になる前にもっといろんな街とか見回って見たいと思ってたから、ちょうどいい機会かなって。めぐみんは旅にでたりはもうしないんだよね?」

「そうですね…………私の好きな人は魔王を退治してもあれですから。……というより、魔王を退治してから出不精に磨きがかかっている気がします」

 

 まぁ、カズマさんはもう魔王討伐で一生遊んで暮らせるくらいの報奨金貰ってるはずだしいいのかな。私もパーティーメンバーとして結構な額を貰ってるけど、一対一で魔王を倒したカズマさんはそれとは桁が違うし。

 

「しかし、ゆんゆんがいなくなると寂しくなりますね……」

「そんなこと言って私がいなくなったら魔王城へテレポートして爆裂魔法食らわせるのができなくなるから困るって思ってるんじゃないの?」

 

 あれから一週間毎日魔王城に爆裂魔法を放つという嫌がらせに付き合わされた私はそれを疑う。

 

「まぁ、それもある…………いえ、それが一番大きいのは否定しません」

「言い直してまで肯定しなくていいからね!?」

 

 本当にもうめぐみんは爆裂バカなんだから……。ダストさんのドラゴンバカっぷりといい勝負だと思う。

 

「でも……、大切な親友と離れ離れになって寂しいというのは本当ですよ」

 

 そう言って湿っぽい表情で言うめぐみん。こんなめぐみんを見るのは長い付き合いの中でも本当に数えるくらいしかない。

 本当に私との別れを寂しがっているのが分かって…………私はちょっとバツが悪くなる。

 

「あー……その、めぐみん? なんかいい話っぽくなってるから言いにくいんだけどね?…………私は毎日この街に帰ってくると思う」

「…………はい?…………あ、テレポートを使うつもりですか!?」

 

 流石はめぐみん、話が早い。

 

「うん。実はリーンさんもテレポートを覚えられたみたいでね? 2人もテレポート使える人がいると結構、融通がきくというか…………朝だったらめぐみんの魔王城への爆裂参りも付き合えると思う」

 

 ハーちゃんがいるから魔力切れの心配もしなくていいし。旅をしながらこの街に帰ってくるというのもわりと現実的だ。というより拠点を持ってる冒険者パーティーではテレポートを使ったこの冒険はわりと一般的らしいし。

 

「真面目な気持ちになって損しました。そういうことだったら別に私に言う必要もなかったじゃないですか」

「ううん、私は言ってよかったなって思うよ。めぐみんがちゃんと私の事親友だって思ってくれるってまた実感できたから」

「……この子は本当に厄介になりましたね。誰の影響……って、言うまでもなくあのチンピラですか」

「うーん…………まぁ、ダストさんの影響も大きいけどめぐみんの影響もかなり大きいと思うよ?」

 

 というか、こうしてみるとめぐみんとダストさんってすごく似てると思う。ダストさんのドラゴン好きを爆裂魔法に変えて言葉遣いを丁寧にすれば大体めぐみんになる気がする。

 

「もうぼっちで私に泣きついてたゆんゆんはいないのですね……」

「泣きついてはいないよ!? ……めぐみんに泣かされた思い出はたくさんあるけど」

 

 めぐみんに泣かされた数はダストさんとは比べ物にならない。……というか、あれ? むしろダストさんのほうがめぐみんより優しくしてくれてるんじゃ…………。

 ……うん、あんまり深く考えるのはやめよう。

 

「まぁ、せっかく旅に出るのです。いろんな街で友達を作ってくるといいですよ」

「出来るといいけどなぁ…………まぁ、私も欲しいし頑張ってみる」

 

 そうして私はめぐみんとのお別れをすました。『また明日』という言葉とともに。

 

 

 

──ダスト視点──

 

 

「──というわけで、ダストさん。私もダストさん達の旅に付き合って、見聞と友達を増やそうと言う話になったんです」

 

 一通りの事情を聞き、ゆんゆんが一緒にいく経緯は分かった。分かったが…………

 

「ぼっちのお前が行く先々で友達作れるか……?」

 

 この街ならゆんゆんの人となり知ってる奴多いし、変な虫追い払う奴らがいるからいいけど。多少はマシになったとは言え人見知りでぼっち気質なこいつが友達作るのは難易度高くねえか?

 

「私一人なら難しいかもしれません。でもダストさんと一緒なら作れる気がします。……手伝って貰えませんか?」

 

 ほんの少しだけ心配そうな表情でゆんゆんはそう言う。それはきっと出会った頃のこいつには絶対言えなかった台詞で……どれだけの想いを込めて言った台詞なのかは少し考えれば分かる。

 

「だってさ、ダスト。あんたの大切な悪友はまだまだ友達足りないって。……手伝ってあげなきゃ、あんたのモットーに反するよね」

 

 答えなんて分かりきってるよねとばかりにリーンが笑いながら言う。見てみればキースもテイラーもニヤニヤしながら俺たちを見ていた。

 

「ちっ……しょうがねぇな。ほんと、このぼっち娘は俺がいなきゃダメだな!」

 

 本当に仕方がないやつだ。…………そんな悪友に頼られて嬉しがってる俺も仕方ないやつなのかもしれないが。

 

「それは、わりと私の台詞だと思いますよチンピラさん。…………それじゃ、いざ冒険に行きましょうか!」

 

 ゆんゆんに手をひかれ冒険の第一歩を踏みながら俺は一つ旅の目標を決めた。

 

 

 この憎たらしくも素晴らしいぼっち娘に──




第1章完です。次からしばらくは幕間となります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間
バニルカジノ


「……話には聞いちゃいたが、マジで出来てやがる」

 

 目の前に広がる巨大な施設を前に、俺は半分呆れながらそう言葉を漏らす。

 

「あんたは一週間アクセルに帰ってないからびっくりするのも仕方ないかもねー。……って、一日一日完成していくのを見ていたあたしでも正直この光景信じられないんだけどさ」

 

 俺と同じような表情をしてそう言うのはリーンだ。

 俺はあの国を警戒してこの一週間は冒険先に泊まっていたが、そんなのが関係ない俺のパーティーメンバー達は、ゆんゆんやリーンのテレポートを使ってアクセルに毎日のように帰っていた。そんなリーンにしてもこの光景はやはり馬鹿げているものらしい。

 

「ま、なんだっていいじゃねえかよ、ダスト。出来ちまったもん出来ちまったんだ。だとしたらやることは一つだろ?」

「……正直、ダストやキースをここで遊ばせるのに不安がないと言ったらウソになるが……まぁ、今日の営業開始に合わせて最近はまじめに働いていたことだ。今日くらいは羽を伸ばしてもいいだろう」

 

 興奮が隠し切れない様子のキースに、珍しく緩いことを言っているテイラー。

 

「……それもそうだな。今日の為にきっちり軍資金を稼いできたことだ。全部使い切る……いや、10倍にする勢いで遊びまくってやるぜ!」

 

 そう意気込んで俺はその施設ーバニルの旦那が一週間で作った巨大なカジノーの中へと入っていった。

 

 

 

 

 

「外も外で凄かったが中はマジで凄いな。エルロードのカジノにも負けてねえんじゃねえか」

 

 入って広がる光景に俺はそんな感想をもつ。姫さんの暴走に付き合わされてエルロードのカジノに行ったことがあるが、そのカジノと比べてもこのカジノは遜色のない豪華さだ。金と魔法の力のゴリ押しで作ったんだろうが、それにしても一週間で作ったとは信じられない。

 恐らくはウィズさんの魔法の力が大きいんだろうが……なるほど、旦那が夢を叶えるためにウィズさんが必要だと思うわけだ。

 

「確かに凄いが内装なんてどうでもいいだろ。なあテイラー、こっから先は自由行動でいいよな?」

「ダメと言ってこの状況でお前やダストが止まるのか?……さっきも言ったが今日くらいは羽を伸ばせばいい」

 

 リーダーの許可を得て、キースは喜びながら走っていく。向こうにあるのは…………ルーレットか。あいつってわりと要領いいから結構稼いできそうだな。

 

「テイラーはどうするの?」

「俺はポーカーでもして時間を潰しているさ。リーンとダストはどうする?」

「あたしはよく分かんないしスロット? でもやってる」

 

 テイラーにポーカーはハマり過ぎだな。大勝はしないだろうけど大負けもしないだろ絶対。

 リーンはこういう所じゃまだまだお子ちゃまだしガチャガチャやって楽しんどきゃいい。

 

「……で、黙ってるけどダストは何するの?」

「あん? カードカウンティングとかできそうならブラックジャックでもやるんだが、旦那が作ったカジノがそんな甘いわけもねえしなあ……適当に見て回るわ」

 

 一発狙うならルーレットかスロットだがどっちも運要素でかいからなあ。ことルーレットに関しちゃ投げた後に掛けられるなら『竜言語魔法』で確実に当てられるんだが、それやったら多分旦那にバレて追い出されそうだし。

 魔法やスキルでのズルはバレなきゃ合法だが、それを見逃すほど胴元も甘くない。……カードカウンティングみたいに魔法やスキルを使わないズルっぽい方法は結構使えるカジノもあったりするが。

 

「じゃあ、ここで解散か。帰りは各自で自由に。…………ただ、明日もクエストを受ける予定だから、遅くはなりすぎないように気をつけてくれ」

「うん、分かった。……ね、ダスト。あんた行く所決めてないなら最初はあたしに付き合いなさいよ。コインの買い方とかよく分かんないしさ」

「めんどくせーなー……そんなもん受付とかそこらへんを歩いてるバニーの姉ちゃんに聞けばいい…………って、分かったよ。分かったからそんな不機嫌そうな顔すんじゃねえ」

 

 そうして、俺はキースやテイラーとは別れ、今にも魔法を唱え始めそうなリーンに手を引かれ歩き出した。

 

 

 

 

「……で? お前俺の手を引いて歩いてんのはいいが、どこ行けばいいか分かってんのか?」

「………………そういうことは早く言ってよ」

 

 前を歩いていたリーンが不満そうな、あるいは恥ずかしそうなそんな微妙な顔して振り向いて止まる。

 

「つっても、俺もどこでコイン買えばいいか知らねえんだけどな」

 

 多分入り口にあった受付で買えたんだろうが、リーンに連れられて結構歩いたし戻るのもめんどくせえなあ。景品の交換所ならともかくコインを買うだけなら近くにもあるはずだが、初めて来る……というか今日できたばかりのカジノでそれがどこにあるか知ってるわけもない。

 

「じゃあ、どうするの? 入口にあった受付に戻る? あそこならコイン買えそうな気もするし」

「分かってんのなら最初からそうしろよ…………ってかお前実は結構興奮してるだろ」

「ぅぐ…………だって、カジノとかきたことないし、思った以上に楽しそうなんだから仕方ないじゃない」

 

 ま、俺の手を引いて歩くなんていつものこいつなら絶対しないだろうし、そんなこったろうとは思ったが。……つうか、いつまでこいつはつないでるつもりなんだろう。

 

「お前って変な所で子供っぽいよな。まあ、小うるさいリーンよりかはそういうリーンのほうが可愛かった頃のお前みたいで好きだけどよ」

「っ……。ど、どうせ今のあたしは可愛くないですよー。ベーっ」

「顔真っ赤にしてそんな憎まれ口叩いても全然痛くねえぞ」

 

 たまには素直になればいいのに。本当こいつはめんどくせえな。

 

「まあリーンが素直じゃねえのは今更だしどうでもいいや。それよかさっさとコイン買わねえと」

「素直じゃないって意味じゃあんたも割といい勝負だと思うんだけど…………で、結局どこで買うの?」

「分かんねえよ。だからそこらへん歩いてるバニーに…………って、あのバニーいい体してんな。あのバニーの姉ちゃんに聞こうぜ」

 

 顔は一瞬で見てなかったが今すれ違ったバニーの姉ちゃんは胸が大きかった。後ろ姿もそそるし。

 

「…………やっぱダストはないね、うん。ライン兄じゃないと」

 

 なんかリーンが呟いてるがスルー。今度はこっちが手を引いてバニーの姉ちゃんの後ろを追いかける。

 

「おい、そこのバニーの姉ちゃん。ちょっと聞きたいことがある…………んだが……?」

「あ、はい、なにか御用で…………しょう……か…………?」

 

 呼び止めた俺と振り返ったバニーが二人して固まる。そんな二人をよそにリーンが呑気そうに口を開いた。

 

「あれ? ゆんゆんじゃん。なんか用事があるって言ってたけどカジノでバイトだったんだ。へぇー……うん、ゆんゆんのバニーガール姿も似合ってるね」

「似合ってると言うか似合い過ぎと言うか…………はぁ、これでゆんゆんでさえなければ全力で口説くというのに。マジでお前なんなの? 俺の胸のときめきを何回奪えば気が済むんだよ。いい加減責任とって俺にエロいバニーの姉ちゃん紹介しろよ」

「ふ、二人してそんなジロジロ見ないでくださいよ! 本当この服恥ずかしいんですから!」

 

 そう言って腕で胸を隠すようなポーズを取るゆんゆんだが、相変わらず全然隠せてないと言うか、むしろ強調するような形になってる。守備範囲外のくせになんでこいつはこんなにエロいんだ。つうかもうこれ痴女だろ痴女。

 

「で? 何でお前は恥ずかしがってるくせにそんな痴女みたいな格好してんの? いや、聞かなくてもだいたい想像つくが」

「ち、痴女じゃありませんよ! というかバニースーツは立派な仕事着ですから! 全国のバニーさんに謝って下さい!」

「ごめんなさい。……で、やっぱりバニルの旦那に頼まれたのか?」

「全然心がこもってない気がするんですが…………まぁ、いいです。はい、バニルさんに開店の日は混むだろうからどうしてもと言われて……」

 

 確かに大盛況だもんな。この街じゃ見ないような顔も結構いるしベルゼルグ中……もしかしたら国外からも人がきてるかもしれない。

 

「けど、本当にゆんゆんのバニーさん姿可愛いなあ。それだったらあたしも着てみたいかも」

「はっ、リーンがバニースーツなんか着ても胸がなさすぎてずり落ち…………ってて! お前こら手をゴリゴリすんのはやめろ!」

 

 レベルもそれなりに上がってて無駄に痛いんだよ!

 

「えっと…………お二人はデートですか?」

「え? 何言ってるのゆんゆん。あたしが何でダストとデートをしないといけないのよ」

「おう、こらマジでありえないみたいな反応やめろ。地味に傷つくだろうが。…………ゆんゆんが、デートかって聞いたのはお前がいつまでも俺の手を握ってるからだろ」

「あ、なるほど。…………あんたがいつまでもあたしの手を離さないから勘違いされたじゃない」

 

 ぽいっと投げ捨てるように俺の手を離すリーン。…………勘違いも何も繋いできたのお前からだった気がするんだが俺の気のせいじゃねえよな?

 

「まあ、リーンはガキだからな。手を繋いでてやらねえとすぐ迷子になっちまうし仕方ねえよ」

「はあ? それ言うならあんたのほうが子どもだし。迷子になるのはあんたの方でしょ?」

「ふーん…………じゃあ、やっぱりお前のほうが俺の手を離さなかったことになる気がするがいいのか?」

「ち、違うし、今のは言葉の綾と言うか…………もう! ダストなんて知らない!」

 

 口喧嘩に負けたのが悔しかったのか、単純に恥ずかしかったのか。リーンは逃げ出すようにしてその場を離れる。

 …………まあ、ああは言ったがあいつもガキじゃねえし一人でもなんとかなるか。流石にこの人混みの中を追いかけるのは面倒だ。

 

「ダストさんって本当デリカシーないですよね。そんなだから女の人にモテないんですよ?」

「うるせえぞぼっち娘。お前の毒舌だって似たようなもんだろうが。たとえ本当のことでも言っていいことと悪いことあるんだぞ」

「…………本当のことだって認めちゃうんですね」

 

 今更そこ否定しても俺がモテない事実は変わらねえからな……。それに旦那曰くそのうち彼女出来るみたいだし、モテなくても希望はある。

 

「しかしまあ、お前結構大変じゃねえか? その格好だとかなりの男に口説かれてんだろ?」

「ど、どうしてそれを……」

「そりゃ、そんだけエロくて可愛けりゃ男が黙ってるわけもねえだろ。この街にいる連中なら旦那や爆裂娘の存在知ってるからそう手を出そうとは思わねえだろうが、他の街からも結構人が来てるからな」

 

 俺だってゆんゆんじゃなけりゃ一も二もなく口説いてるところだ。

 

「はい…………さっきもしつこいナンパさんに口説かれて大変でした…………めぐみんとダクネスさんがちょうど通りかかって追い払ってくれましたけど」

「あの二人も来てんのか。じゃあカズマやアクアのねーちゃんもきてんのかね?」

「アクアさんはルーレットの方で見ましたね。なんか大負けして借金作ったみたいでバニルさんに連れて行かれてましたけど」

 

 …………なにしてんだよアクシズ教徒の御神体。悪魔に連れて行かれる女神とか情けなさすぎるだろ。

 

「カズマさんはまだ見ていませんね」

「ふーん……カズマなら幸運だしカジノで楽しんでそうなイメージだが」

「カズマさんはもう一攫千金手に入れてるようなものですし、興味が無いんじゃないですか?」

「そんとこかねえ」

 

 お金があるなしにカジノで勝つのは楽しいと思うんだけどな。まぁ、負ける可能性も考えればやらないって選択肢も普通にあるか。

 …………でも、なんだろう。今カズマがカジノに来てないことになんか嫌な予感がするんだが。

 

 

「うし……じゃあ、俺はそろそろ行くか。コイン買いたいんだが近くで買える所はどこだ?」

「ええっと……あっちの方ですねちょっと歩けばすぐ見えるので分かるかと」

「あんがとよぼっちバニー。……お前も、あんま無理はすんじゃねえぞ。面倒な客に絡まれたらすぐに回りに助けを求めろ。騒ぎが起きればすぐ旦那がどうにかしてくれるだろうからよ」

 

 こいつは多少成長したとは言え初対面の相手には押しが弱いからな。俺や爆裂娘みたいな相手なら強気で出れるんだが。

 …………まぁ、本気で嫌なことにはちゃんとノーと言える強さはあるし、力づくでこいつをなんとか出来るようなやつもいないからもしもの心配はしてないんだが。

 多少の嫌なことは我慢しちまうからこいつは目が離せないんだよな。あと、相変わらず友達という言葉には弱いし。

 

「今この瞬間も私のことぼっちとかいう面倒なチンピラさんに絡まれてるんですが助けを求めたほうがいいですかね?」

「おう、今だったら強くてかっこいいダスト様が助けてやるから旦那の手を煩わせる必要もないしオススメだぞ」

「ぷっ……じゃあ、本当に困ったことがあったらダストさんに助け求めますからちゃんと来てくださいね。バニルさんは助けてはくれますけど、代償求められたりするから面倒ですし」

「代償言うなら俺だってただで助けたりはしねえぞ?」

 

 俺はそんな安い男じゃねえからな。

 

「ハーちゃんを1時間撫でる権利で」

「なにか困ったことあればすぐに俺を呼べよ。どんな些細なことでもいい」

「たまに思うんですけどダストさんのそういうドラゴンバカな所結構好きですよ」

「そんなに褒めても何も出ねえぞ」

「うん……そういう所は本当めぐみんにそっくりですよね」

「ぶっ飛ばすぞこら」

 

 俺があんな頭のおかしいのとそっくりとか悪口にも程が有るぞ。

 

「その反応はめぐみんに失礼だと思いますけど…………私にしてみたらめぐみんにそっくりというのは褒め言葉なんですよ?」

「それはそれでおかしいだろ……」

 

 こいつ爆裂娘のこと好きすぎんだろ。

 

「はぁ…………まあいい。じゃな、ゆんゆん。テイラーも言ってたが明日はクエストだからな。程々の所であがらせてもらえよ」

「はい。それじゃあダストさんも、何かあったら呼んでくださいね。一応仕事ですから、相手しますので」

「そんなこと言って知らない奴らばかりで心細いんじゃねえか?……ま、俺は適当に歩いているからまた見かけたら声かけてやるよ」

 

 そうして俺は無駄にエロいゆんゆんと一旦別れを告げて。教えてもらったコイン販売所へと向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

「………………で? お前はこんな所で何してんだよルナ」

「………………聞かないで下さい」

 

 ゆんゆんに教えてもらったコインの販売所。そこで待っていたバニー姿の受付嬢に俺の言葉に遠い目をしてそう答える。

 いつもの服も大概エロいが、こいつのバニー姿もゆんゆん同様反則だな。胸がこぼれないのが不思議でたまらない。

 

「そう言えばお前、ギルドからバニルの旦那に売られたんだっけか。大変だなー」

「欠片も同情の色がない声で大変言われてもイラッと来るんでちょっと黙っててもらえませんか?」

 

 だって、俺にしてみればルナのバニー姿見れて感謝しかねえし。本当バニルの旦那は最高だぜ。

 

「そういやルナ。俺が来る前にリーンの奴はこなかったか?」

「それならついさっき。…………なにか怒ってるような感じでしたけど、ダストさんがまたなにかしたんですか?」

「べっつにー。ま、ちゃんとあいつが来たならそれでいいぜ。それよか俺にもコインくれよ」

 

 ルナに会えたならある程度説明も受けただろうし、リーンは心配しなくても良さそうだな。ルナは初心者をそのままにしてるようなやつじゃねえから。

 

「コインを売るのは構いませんが、ちゃんとお金はあるんですか? 100エリスで1バニルのレートですが」

「バニル……ってのがカジノ通貨か。まあこの日のためにグリフォンとかマンティコアとかクエストで乱獲したし金なら割と余裕あるぞ」

 

 ミネアの力も借りて大人気ないくらい稼いだ。

 

「バニル通貨からエリス通貨への交換はできるのか?」

「それは不可ですね。バニル通貨は景品とのみ交換できます。景品リストを見ますか?」

 

 頷いてルナから景品のリストを受け取る。見た感じエリス換算で見るなら1割増しの値段って所か。旦那にしては温い設定だな。

 王都でも簡単に手に入らないレベルの武器とかあるし目玉はそっちかね。一番高い景品は…………

 

「…………サキュバス?」

 

 目を擦ってもう一度景品リストを見るがその文字は見間違いないらしい。2番めに高い景品と比べても2つくらい桁が違う値段と一緒にその文字があった。

 

「おい、ルナ。この景品ってどこにあるんだ?」

「ああ、それですか? 普通の景品は入口の景品交換所にあるんですが、それだけは地下の特別保管庫にいるみたいですね。…………ダストさんも気になります?」

「そりゃ、気になるだろ男としては」

 

 特にこの街にいる男性冒険者連中は散々世話になってることだし。

 

「ですよねぇ。でも、私が聞いた話ですとそのサキュバスさんは子どもみたいな体型という話ですよ? ダストさんの好みからは大分外れるんじゃ……」

「ぶっちゃけサキュバスなら体型はどうでもいいが…………って、幼児体型だと?」

 

 そんなサキュバス俺は一人しか知らないんだが…………まさかあいつじゃねえよな?

 なんかこの間会えなかったことといい、凄いそんな気がしてるんだが。

 

「会いたいならバニルさんに相談すればどうですか? 今は確か支配人室に入るはずですし、ダストさんなら会えると思いますよ」

「そうすっか。じゃ、ルナまた後でコイン買いに来るぜ」

 

 そう言って俺はコイン販売所を離れる。

 

 

 さて、支配人室はどこかね。またゆんゆんでも探して案内でもさせるか。

 

「あれ? ダストさんじゃないですか? ご来店ありがとうございます」

「ん? ああウィズさんお疲れ様です…………ってうぉ!?」

 

 ほわほわとした声に呼び止められて。振り向いた俺はそこにあった姿に心底驚く。

 

「? どうかしましたかダストさん」

「いえ……なんでもないです……」

 

 ただただ眼福です。ウィズさんバニー最高すぎる…………ここは天国か?

 

「そ、それよりウィズさんもカジノの方で働いてるんすね。魔導具店の方にいるのかなと思ってたんですけど」

「はい。だってバニルさんだけこんな楽しいことしてるなんてずるいじゃないですか。それに魔導具店の出張所もここに作ってもらって…………景品の買取とかたくさんあって結構繁盛してるんですよ?」

 

 …………それマッチポンプじゃね?

 

「それに高純度のマナタイトとかもちゃんと売れてて私の見る目はやっぱり間違ってなかったって証明されてるんですよ」

「あー……まぁ、確かにウィズさんが選ぶ品は品質自体は最高品質ですしねえ」

 

 王都でなら売れそうな商品はたしかに前から結構あった。…………カエル殺しとかの高品質なゴミは誰が買うの皆目見当がつかないが。

 何はともあれウィズさんが幸せそうで何よりだ。嬉しそうに動いてるからか胸がポヨンポヨンしてて俺も幸せだし。

 

「それでダストさん、さっきからなにか探してるようでしたけどなにかお困りですか? もしかしてゆんゆんさんを探してるとか?」

「あいつにならさっき会いましたよ。今は旦那のところに行こうと思って誰か案内してくれる人いないかなって」

「そういうことなら私が案内しましょうか?」

「それは是非」

 

 ウィズさんの申し出を受けて俺はその隣を歩く。…………横から見る胸も最高じゃないですか。どっかのまな板ウィザードも少しは見習ってくれねえかな。

 

「? どうかしましたか? 何か私についてます?」

「はい、それはもう大きなものが…………って、いやなんでもないです」

 

 危ない危ない。ゆんゆんやルナはともかくウィズさんにセクハラはまずいからな。ウィズさんは癒やしで聖域。

 

「? そうですか? …………あ、ここが支配人室ですよ。中にバニルさんがいるはずです」

「ありがとうございます。ウィズさんも一緒に入っていきますか?」

「私は仕事があるので……魔導具店の方も見てきたいですし」

「そうですか。それじゃまた」

「はい、ゆっくりしていってくださいね」

 

 そう言って手を振っていなくなるウィズさんを見送る。…………最後まで眼福だったわ。あれで行き遅れだってんだから世の中分かんねえよなあ。

 

 

「旦那ー? 入っていいか?」

 

 こんこんと支配人室の扉を叩く。

 

「なんだ、チンピラ冒険者ではないか。来るだろうとは思っていたが早かったな」

 

 ドアが開き、入れと旦那が招き入れてくれる。そのまま来客用のソファーに案内された。

 

「来るだろうって思ってたってことは要件はお見通しなのか」

「うむ。本来の職に戻った汝の未来を見通すことは出来ぬが、それくらいなら力を使えずとも分かる」

 

 まぁ、多分俺が旦那の立場でも分かるしな……。

 

「じゃあ聞くけど、景品にあるサキュバスってもしかしなくてもあいつか?」

「うむ、汝がロリサキュバスと呼んでいるあのひよっこサキュバスで間違いはない」

「やっぱりかー……」

 

 そんな気はしてたけど…………何してんだよあいつ。

 

「なんであいつが景品になってんだ? まさか旦那が無理やり…………なんてことするわけねえか」

 

 旦那はあの店を庇護する契約をしている。悪魔である旦那がそれを破ることはありえない。店員を無理やり景品にするなんてことはないはずだ。

 

「そのあたりはあれに直接聞くほうがよいだろう。汝も会う許可を貰いに来たのだろう?」

「ああ、後は一応あいつを助ける方法とな」

 

 あいつには世話になった。完全にあいつの自業自得ならスルーするが、望まぬ形でそうなったなら助けてやりたいとは思う。…………別にあいつを景品としてもらえたら旅先でサキュバスの夢見れるとかは全く思ってない。ちゃんとあの店に帰…………1ヶ月位は借りててもいいよな、恩人なわけだし。

 

「助ける方法は唯一つ。あれを買い取れるだけのバニルを稼ぐことだ。そういう契約のためそれ以外の方法で助けることは出来ぬ」

「あの額をか……? あんなのカズマ並の幸運ねえと無理だろ」

「そうでもあるまい。汝であれば確実にカジノで稼ぐ方法を持っているはずだ」

 

 そりゃあるけど……それはほとんどイカサマみたいなもんで…………

 

()()()()だ。これ以上は我輩の口から言えることは何もない」

 

 それはつまり、今夜だけはイカサマしても見逃してくれるってことか? ロリサキュバスを助けるためだけなら。

 

「…………いいのか? あの値段ってことはそれなりに元手がしたってことだろ?」

「確かに安くはなかったが、あの値段が妥当というほど高かったわけでもない。……誰でも買えるような値段にするわけにはいかなかっただけだ」

「…………旦那って本当庇護下にある奴らだけには優しいよな。そういう契約なんだろうけどよ」

 

 ウィズさんとかルナにもその優しさを分けてやればいいのに。

 

「分かっているならわざわざ言う必要もないだろう。……さっさと行くがよい。文字通り桁違いの値段にしたとは言え、買える可能性が0というわけではないのだからな」

「別に助けるって決めたわけでもないけどなー。ま、助けるならたしかに急いだほうがいいか。旦那、特別保管室ってのはどこに?」

「そこの扉の先の階段を降りていけばある」

「了解。じゃ、旦那とりあえず行ってくるわ」

 

 奥の方の扉を開け、そこにあった下り階段の降りていく。その先には無駄に硬そうな扉があった。

 

「ん? 鍵は掛かってねえのか。不用心だな…………って、俺が来るの分かってるって言ってたか」

 

 それに入口が支配人室のあそこしかないのも考えれば別にわざわざ鍵を掛ける必要もないか。

 

「だ、誰ですか? ……って、ダストさん!?」

「おう、暇そうだなロリサキュバス。久しぶり」

 

 高そうな景品に囲まれて小さくなっているロリサキュバスを見つけて。俺は何故か安堵しながらそう声を掛ける。

 

「暇とかそんなんじゃないですよぅ…………うぅ…………ついに売られていくのかとビクビクしてるのに」

「それなんだけどよ、お前なんで景品になんてなってんだよ。多分どっかの商人に商品にされてそこを旦那に買い取られたとかそんな流れは読めてんだが」

 

 旦那はそういうとこシビアだし、悪魔として単純に助けるという訳にはいかないから景品にしてるってのは分かる。でも、そもそもなんで商人に商品にされてかが分からない。あの店にいる限りそんな風にはならないはずなんだが……。

 

「…………それ、ダストさんが聞いちゃいます?」

「あん? 俺がなにか関係あんのかよ?」

 

 …………そういや、一週間前、旅に出る時に店に行ったら、他のサキュバスたちの態度がおかしかったか?

 

「ありますよー。……だって、私、ダストさんに恩返しするために店を辞めたんですから」

「…………は? 店辞めた? 俺に恩返しするために?」

 

 何いってんだこいつは。

 

「何で『なにいってんだこいつは』みたいな顔してるんですかー。ダストさんがサキュバスサービスの貸し出しサービスがないって聞いて絶望してたからどうにかしようと思ったのに」

「い、いや……確かに貸出ないって聞いた時は軽く絶望したけどよ…………何でお前が店辞めるって話になるんだよ」

 

 それとこれとは全然話が別だろ。

 

「店を辞めないとダストさんの旅についていけないじゃないですか。ちょっとした冒険なら休みをもらってでも大丈夫ですけど、本格的な冒険についていくとなると、辞めないとついていけませんし……」

 

 つまり、こいつは俺の冒険に付いていくつもりで店を辞めたのか。

 

「……で、その恩返しってのは?」

「前にたくさん精気とお金を貰ったじゃないですか。契約なのでお金は返せないですからその代りにって」

 

 確かにお金どうにかして返して欲しいとは言ったが…………。

 

「それでロリサキュバス。とりあえず建前はわかったが本音は?」

「ダストさんの精気美味しいですし、たくさん吸えるからに決まってるじゃないですか。ダストさんは私達サキュバスの美味しいご飯です。ダストさんが旅に出て、貸出サービスがないか探してるって話を知られた時は大変だったんですよ。先輩たちも店を辞めてダストさんの旅についていきたいって人がたくさん出て」

 

 美味しいご飯扱いってこら…………いや、サキュバスにしてみれば全然間違ってないんだろうけどよ。

 

「お店さえ辞めればお金とか関係なくたくさん精気吸えますし、ダストさんって強いらしいですしちゃんと守ってもらえる。…………本当この座を勝ち取るために苦労したんですよ? いえ、くじ引きで決めただけですけどね」

 

 全然苦労してねえなこいつ。

 

「で? 俺の旅についてくるために店を辞めたのは分かった。なんで商品にされたんだ?」

「店をやめるために一旦地獄に帰ったんですよ。そこでクイーン様に会って契約を終了して野良悪魔になったんですけど…………そこで商人さんに召喚されて……」

「商品にされたと。……お前悪魔だったら人間手玉に取るくらいしろよ」

「女の商人さんだったから無理ですよー。男の人だったらまだ出来ることあるかもしれないですけど」

 

 サキュバスは男相手ならそれなりに強いが女相手だとやれること少なすぎるからな。

 

「はぁ…………そういうことなら仕方ねえか。半分は俺が理由みたいだし助けてやるよ」

「え? でも、私って凄い値段つけられてるんですよね? こうなったらカズマさんが私を買ってくれるしかないかなーって思ってたんですけど」

「俺が放っておいてもあいつがなんとかしそうではあるがな。ま、今回は俺に任せとけ」

 

 あいつが買い取っても流石に連れて帰るのは無理だろうしな。

 

「任せるって……本当に大丈夫なんですか?」

 

 首をかしげるロリサキュバスに

 

「大丈夫に決まってるだろ? 最年少ドラゴンナイト様に不可能なことはあんまりないんだぜ」

 

 俺は自信満々でそう答えた。

 

 

 

 

 

「──というわけでルーレットでサクッと稼いできたぞ」

「えー……あれから一時間しか経ってないんですけど……本当に稼いじゃったんですか?」

 

 ロリサキュバス引換券をルーレットで稼いだ大量のバニルと交換してきて。また特別保管庫にやってきた俺はそう言ってロリサキュバスを立ち上がらせる。

 

「旦那にイカサマ許されてたからな。『竜言語魔法』ありならルーレットで外すほうが難しい」

 

 ジハードとかミネアが近くにいないしいつもほどの精度があるわけじゃないが、それでも『反応速度増加』を使えばルーレットでどこに落ちるかくらい予測できる。

 

「…………ダストさんってもしかして本当に凄いんですか?」

「俺は別に凄くねえがドラゴンの力は凄いな」

 

 最強の生物の名は伊達じゃない。

 

「とりあえずここから出るか。……って、流石にその服のまま出るわけにも行かねえな」

 

 ロリサキュバスの服はまんまサキュバスの服だ。流石にこのまま出るわけにも行かないだろう。……端数のバニルコインが残ってるしそれで適当な服でも買ってくるか。

 

「なあ、ロリサキュバス俺はちょっと景品交換所に……って、どうかしたか? なんか言いたそうな顔してるが……」

「えっとですね……ダストさん。私はこの場所で景品としていました。そしてダストさんはその私を正規の方法で手に入れた……そうですよね?」

「イカサマで稼いだコインだが……まぁ、そうだな」

 

 少なくともコインも稼がずこいつを連れて行こうとしてるわけじゃないしな。

 

「つまり、私は今、ダストさんの()なんです。私を自由にする権利があります」

「……それで?」

「え? いえ……だから…………その…………私に夢を見させたりとか何でもさせられるんですよ? ダストさんが望むなら真名契約だって拒めないんです」

 

 真名契約……確か悪魔の真名を聞いてそれを話さない限り悪魔を使役できる契約だっけか。

 

「そのお前を自由にする権利ってのは絶対に使わねえといけないのか?」

「そういう契約で商品になりましたから……」

 

 つまりは、その権利を使わないといつまで経ってもこいつは景品のままってことか。

 

「なぁ、建前とは言えお前は一応俺のために捕まってこうして景品になったんだよな?」

「はい、一応そうなります」

 

 なら、話は簡単だ。

 

「前にどっかの誰かにも言った気がするんだがな…………俺は自分のために動いてくれるやつを()扱いすんのが一番嫌いなんだよ」

 

 それはドラゴン使いとしての誇りだ。

 

「だから、今お前を好きにしろってんなら、それはダチでいい。旦那とゆんゆんみたいな関係を俺と結んでくれ」

 

 それはきっと契約と言うにはあまりにも不出来なものだろうが。でも、こいつを物扱いしないためには仕方ない。

 

「ダストさんって…………よく分からない人ですね」

「そうか? だったらちょうどいいな。俺とダチになってちゃんと勉強しろ」

 

 この程度の人間の機微が分からないようじゃサキュバスの道を極めるのは無理だからな。

 

「ふふっ……はい、それじゃこれからは仲間として、友達としてお願いします、ダストさん」

 

 こうして馴染みの店の店員が俺の友達になった。

 

「って、仲間って、もしかしなくてもお前も旅についてくるのか?」

「はい、最初からそのつもりでしたし…………さっきの話もそういう話でしたよね?」

「…………そういやそうだったな」

 

 ついでに旅にもついてくるらしい。いや、毎日アクセルに帰れない俺には凄いありがたいんだけどな。…………ゆんゆんは喜びそうだがリーンが何ていうか不安だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――

 

「このカジノだね、悪魔を景品にしてるカジノは」

「そうらしいですね。…………マジで行くんですかお頭」

「今更何を言ってるの助手くん。悪魔を景品にするなんて恐ろしい事するのは悪魔しかいないよ。滅ぼさないと」

「でも、せっかく俺の街にカジノができたんですよ? エロいバニーさんもいるらしいし……」

「だから何?」

「いえ、なんでもないです……はぁ……こうなったらお頭に何言っても一緒ですもんね」

「まぁ、助手くんあたしも鬼じゃないからね。今回は名一杯楽しんでいいよ。楽しんで楽しんで荒稼ぎしちゃおう。きっとエリス様も応援してくれるよ」

「…………マッチポンプ」

「何か言った?」

「何も言ってないです。はぁ、エリス様もこういう所は本当アクアに似てると言うか……」

「流石に先p……じゃなくてエリス様とアクアさんを同列扱いは酷いんじゃないかな!?」

「正直対悪魔やアンデッドならアクアのほうがマシと言うか…………アクシズ教徒と同レベルな気が…………」

「アクシズ教徒の人っておかしな人達ばかりだけど、悪魔やアンデッドに対する態度だけは素晴らしいよね」

「…………そうですねー」

 

 

 

 その日。謎の盗賊団に真正面から襲われたバニルカジノは一夜にして破産した。




銀髪盗賊団がコインを荒稼ぎする

景品を全て根こそぎ頂く

ウィズが景品を全て現金で買い取る

買取値段間違ってたてへぺろ

バニル式殺人光線


バニルさんは泣いていい


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ゆんゆんとジハード

「あ、ダストさんおはようございます。そろそろ朝ごはん出来ますからハーちゃんと一緒に座っててくださいね」

「お、おう……?」

 

 宿の食堂。ジハードと一緒に馬小屋から出てきた(入ってきた)俺は、何故か厨房で料理をしているゆんゆんにそう声をかけられた。

 この宿は食事のサービスこそないが、併設の食堂で金を払えばいつでも飯を食える。いつもはゆんゆんも俺と一緒に飯を注文して食べる立場なんだが、なんであいつは今料理なんてしてるんだろうか。

 

 

「お待たせしました。……? どうしたんですか、ダストさん。バニルさんに化かされた時みたいな顔してますけど」

 

 食堂のテーブルに座って待つ俺に出来た料理を持ってきたゆんゆんはそんなことを言いながら俺の正面に座る。

 なんかトラブルがあって厨房手伝ってんのかと思ったんだが、このまま飯食うみたいだし違うのか。

 

「いや、なんでお前自分で料理作ってんだ?」

「? ……ああ、そのことですか。なんでも食堂のコックさんが里帰りらしくて、今日から一週間は食堂がお休みみたいなんです」

 

 俺ら以外に人の姿が見えないのはそういう訳か。

 

「なるほど。だけど、じゃあなんでお前は料理なんてしてんだよ」

「休みの前に使いきれなかった食材があるみたいで、保存の効く食材以外は自由に使っていいみたいなんです。自分ひとりだけならともかくダストさんも一緒なら作った方がいいかなって」

「つまり、俺に手料理を作って食べさせたかったと、そういうことか」

 

 守備範囲外とはいえ、見た目は完ぺきな女にそう言ってもらえるなら多少は嬉しいな。

 

「いえ、いつもダストさんにご飯奢らされてますし、二人分の食事代を払うよりかは自分で作った方がいいって思っただけですよ」

 

 知ってた。

 

 

 

「あ、ハーちゃんにはもうご飯食べさせてくれてるんですね。ありがとうございます」

 

 美味しそうにドラゴンフードを食べているジハードを撫でながらゆんゆん。

 

「礼なんていらねえよ。俺がジハードに食べさせたかったから食べさせただけだからな」

「ですよね。知ってました。私も自分で食べさせてあげたいですし」

 

 ドラゴンが美味しそうに飯を食ってるのを見るのは至福の時間だしな。ドラゴンの世話をしたことがあるやつなら誰でもそう思うに違いない。

 

「ん……んだよ、結構美味えじゃねえか」

 

 派手さのない普通の朝食だが押さえる所は押さえてる。何ていうか、食べてて安心する味だ。

 

「そうですか?…………うん、確かに美味しいですね。朝食を作ったのは久しぶりだから少し心配だったんですけど」

「お前も基本的には店で食ってるもんな。てか、こんだけ上手いってことは里にいた頃は結構料理してたのか?」

「えっと……まぁ、欠食児童に勝負を挑むために毎日料理してた気はします。…………流石にお母さんが作った料理を賭けの対象には出来ませんし」

「? よく分かんねえがお前のことだからどうせ爆裂娘関連でなんかあったのか」

「そんなところです」

 

 まぁ、理由なんてどうでもいいか。重要なのはこいつが美味い料理作れるってことだ。

 …………見た目完璧なこいつが作った美味しい料理ならなんか金稼ぎにも使えそうだな。こいつのバニー姿エロかったしなんかコスプレでもさせて料理させときゃ多少ボッタクリの値段でも売れまくるんじゃねえか?

 

「またろくでもないこと考えてませんか?」

「いや、そんなことはねえぞ。カジノもなくなったし清く正しく金を稼ぐ方法を考えてただけだ」

「本当ですか……? ダストさんがそんなこと言ってもちっとも信用出来ないんですけど」

「あん? 最近の俺は悪いことなんもしてねえだろうが」

 

 むしろ魔王の娘を追い払ってこの街を守ったんだし、もっと褒められてもいいはずだぞ。………………てか、あれ? マジでおかしいな。誰にもこの街を守ったことを褒められた覚えがねえぞ。

 

「そういえばそうですね。口が悪いのと私に事あるごとにご飯を奢らせてくる所以外は悪いとこありませんね」

「そうだろ? だからお前ももうちょっと俺を信用しろよ」

「私に奢らせることは欠片も悪いと思ってなさそうなあたりダストさんですよね」

 

 別にいいだろ飯を奢ってもらうくらい。悪友なんだからよ。金に余裕がある時は俺もたまに奢ってやってるし。

 いや、金があってもすぐに使い潰す俺にそんな余裕がある時がほとんどないというのは置いといて。

 

 

「お金といえば……ダストさんがカジノで買い取ったあのサキュバスの子はどうしてるんですか? てっきりダストさんの部屋にでも連れ込んでるかと思ったんですけど」

「ロリサキュバスか。あいつならリーンが面倒見てるみたいだな。こんな小さい子を馬小屋で寝かせるなんて信じられないって言って」

 

 悪魔が風邪引くとは思えないし、ゆんゆんの言う通り俺の泊まってる馬小屋かその隣にでも泊まってもらおうかと思ってたんだがな。俺もあいつも金持ってないし、夢を見せてもらうのにもちょうどいいから。

 

「あー……なるほど。リーンさんの立場ならそう言いますよねぇ。……それより、意外だったのはダストさんがあの子のことサキュバスだってバラしたことです。なんで私達に教えたんですか?」

「ん? そりゃ、あいつも俺らの仲間になるみたいだし、仲間内で隠し事するわけにはいかねえだろ」

 

 それにロリサキュバスがあの店辞めたって言うなら、店のことを女たちにはバラさないっていう男同士の約束にも反しねえし。

 

「仲間……そっか、あの子も仲間になるんだ。仲間……なかま…………リーンさん以外の女の子の仲間…………ふふ……」

「おーい……ゆんゆん? 何考えてるか想像はつくが危ない顔してんぞ帰ってこい」

「はっ!? べ、別に仲間だったらアイスクリームの食べさせあいっこしても大丈夫だよねとか思ってませんよ!?」

「はいはい、それくらいはしていいから妄想はそのくらいにしとけよ」

 

 あいつ微妙にゆんゆんのこと怖がってた気がするけど、まぁそれくらいなら大丈夫だろう。どうせリーンも一緒だろうし。

 

「え? いいんですか? じゃ、じゃあお風呂で流しあいっことかそういうのも……?」

「…………まぁ、いいんじゃねえの」

 

 そこまで行くと仲間というかダチじゃなきゃダメな気がするが。まぁ、ロリサキュバスがそれを受け入れるならそれはもうダチと言っていい間柄だ。

 ゆんゆんが受け入れてもらえるかどうかは知らん。

 

 

 

「ところでダストさん。あの子のことはなんて呼べばいいんですか? ダストさんはロリサキュバス、キースさんとかは新人ちゃんって呼んでますけど」

「あいつの呼び方なぁ…………まぁ、お前らは『ロリーサ』でいいんじゃねえの? あいつに名乗れるちゃんとした名前はねえみたいだし」

 

 悪魔の真名は他人に教えられないし、下級悪魔であるロリサキュバスにはバニルの旦那やゼーレシルトの兄貴のような仮の名前もない。仮に俺がロリサキュバスと真名契約をしてたらちゃんとした名前を名付けないといけないみたいだが、ただのダチで仲間になっただけだし適当でいいだろう。

 

「ロリサキュバスだからロリーサって…………適当すぎませんか?」

「実際適当だけど可愛いからいいだろ」

 

 少なくともゆんゆんとかめぐみんとかよりはおかしくない。

 

 

 

「ふぅー……ごちそうさん。割と美味かったぞゆんゆん」

 

 というかアクセルに来てから食べた朝食の中じゃ一番かもしれない。

 

「お粗末さまでした。やっぱり例えダストさんが相手でも褒められたら嬉しいですね」

「お前は相変わらず一言多いな……」

 

 褒められて嬉しいなら素直にそれだけ言っときゃいいのに。

 

「そういや、今日はお前何をするんだ? クエストは休みだが、また爆裂娘と散歩か?」

「えっと……それは今日はないと言うか……目標見つかるまで私の出番はないと言うか……」

「? お前いつも爆裂娘とテレポートでどっか行ってたよな? なんかあったのか?」

 

 いつもなら朝飯食べたらすぐに爆裂娘が来て一緒にテレポートでいなくなるんだが。

 

「何かあったと言うか……何かがなくなったと言うか…………えっと、とりあえず詮索はなしにして下さい」

「まーたあのトラブル娘は何かやらかしたのか。流石頭のおかしい爆裂娘の称号は伊達じゃねえな」

 

 まぁ、カズマパーティーの女たちは何もやらかしてないときのほうが異常だし今更なんだが。

 

「と、とにかく! 今日は特に用事はありませんね」

「そうか。お前がどっかに行くんならジハード連れてミネアと遊ぼうかと思ってたんだが」

 

 一緒にいれるようになったミネアだが、基本的には相変わらず紅魔の里で過ごさせてもらっている。冒険にはそこから飛んできてもらって一緒に戦ってるわけだが、休日とかはテレポートで跳ばしてもらって俺の方から里へ向かうことが多かった。

 

「残念ながら今日は私がハーちゃんのブラッシングをさせてもらいますからね。……というか、最近ダストさんばっかりハーちゃんと遊んでてずるいです」

「お前が爆裂娘とどっか行くことが多いのが悪い。基本的にジハードは放って置いても寝てるだけだし手のかからない方ではあるが……」

 

 それでもいつもそんな扱いしてたら寂しがるし、代わりに俺が面倒見てやってると言うのに。

 

「まぁ、ダストさんがいるからハーちゃんを置いていけるというのは確かにあるんですけどね……。特にめぐみんとの爆裂散歩はハーちゃんが爆裂魔法に怖がるから連れていけませんし」

「…………。ま、そのあたりを今更俺が何か言う気はねえけどよ」

 

 使い魔の契約でジハードの感情は察することの出来るゆんゆんがそう言うんだ。ジハードが怖がってることに間違いはないだろうし、その考えが主として絶対に間違ってるとも言えない。

 ゆんゆんとジハードは主従だ。その道を歩みだした2人に周りがその関係をとやかく言うわけにもいかない。道を踏み外してない限り、その関係を決めるのは主従2人であるべきだ。

 

 

「そうですか? …………ん、そう言えばハーちゃんで思い出したんですけど、私、リッチーになろうと思うんですよ」

「…………は? お前、いきなり何を言い出してんだよ」

 

 なんでジハードの話をしてていきなりリッチーになるだなんて話に………。

 

「だって、ダストさん前に言ったじゃないですか。ハーちゃんが上位種になって人化できるようになる頃には自分は死んでるって。私はどうしてもハーちゃんとお話してみたいですし、そうなればもう寿命がなくなるリッチーになるしかないですよね」

「そういう事か。……いや、言いたいことは分かるがお前馬鹿だろ」

 

 使い魔と話したいからリッチーになりますとかリッチーの大安売りにも程が有るぞ。ヴァンパイアに並ぶアンデッドの王だぞ。どっかの魔導具店の店主さん見てたらそんな存在とは全然思えないけど。

 

「そんなに友達と話したいって願いはおかしいですか? ダストさんが言ったんですよ。ハーちゃんは……私や私の子孫といつまでも一緒にいてくれる『友達』だって」

「お前のその願いは間違ってねぇよ。間違ってねぇが…………お前がリッチーになるのは無理だよ」

「どうしてですか? 一応これでも私は魔王討伐に参加したアークウィザードですよ? それに実際にリッチーになったウィズさんもいますし、不可能じゃないと思うんですけど」

「そうだな。お前の言ってることは何も間違ってねぇ。間違ってねぇが…………やっぱ、お前は馬鹿だよ」

 

 実力的な意味や方法的な意味じゃ確かにゆんゆんがリッチーになるのは不可能じゃない。きっちり準備してからやれば確かにリッチーになれる可能性はかなり高いだろう。だが、ゆんゆんの想像にはその後がない。

 誰よりも寂しがり屋なこいつがリッチーとして在り続けるなんて無理に決まってんだろ。

 

「……とにかく、ジハードとどうにかして話せるようには俺がするから、リッチー化は諦めろ」

 

 簡単には諦めないかもしれないが、どうにかして説得しないといけない。……こいつが寂しそうな顔して泣く姿なんて俺は二度と見たくねえんだ。

 

 

 

 

「あ、本当ですか。じゃあ、リッチー化は諦めますから、ハーちゃんと話せるようにする件よろしくお願いしますね」

 

 

 ……………………………………。

 

 

「……おい、お前リッチーになる気なんて最初からなかっただろ?」

 

 簡単にどころか、悩む素振りすら見せないゆんゆんに俺はジト目を向けてそう聞く。

 

「え? そんなことないですよ? あー、ハーちゃんと話したいなぁ……ダストさんがどうにかしてくれないならリッチーになるしかないなぁ」

 

 わざとらしい棒読みでそんなことを言うゆんゆん。

 

「…………お前、性格悪くなってねぇか?」

「そうだとしたら間違いなくダストさんのせいだから自業自得ですよ。……それに、こんなふうに自分本位でお願いできる相手なんてダストさんくらいです」

「……お願いがあるなら普通にしろよ」

「そんなこと言って私が普通にハーちゃんとお話したいって言ってもめんどくさがって聞いてくれないですよね。ダストさんがクズデレなのを私はよく知ってますから」

「クズデレってなんだよ…………」

 

 言いたいことはなんとなく分かるのが悔しい。

 

 

「それでダストさん。…………私のお願い、聞いてもらえますか?」

 

 さきほどまでの小悪魔のような自信のある態度とは変わって、おどおどとして少し心配した様子でゆんゆんは聞いてくる。

 

(…………ったく、このぼっち娘はほんとどうしようもねぇな)

 

 俺には遠慮しないって言ってたが、それでもここまで自分のためのお願いをしていいのかは不安だったんだろう。

 その上でこうしてお願いしてきたのはそれだけジハードと……『友達』と話したいという気持ちが大きかったってことだ。

 

「わーったよ。男に二言はねぇ。ジハードと話せるように俺がなんとかしてやる」

 

 ジハードは下位ドラゴンだがこっちの言ってることが分かるくらいには賢い。バニルの旦那あたりに相談すれば可能性はあるかもしれない。

 

「だからよ…………こんなことぐらいでおどおどしてんじゃねぇよ、悪友」

 

 これくらいのお願いじゃ、お前からもらった恩は全然返せないんだからよ。

 

 

 

──ゆんゆん視点──

 

 

 ダストさんは私が何でおどおどしてるのか分かってないんだろうな。

 

 私がどうして人にお願いするときにおどおどしちゃうのか。それはお願いした相手に嫌われたくないから。

 だから簡単なお願いや相手にも得があるお願いならそこまで悩まずできるけど、自分勝手なお願いになればなるほど私はおどおどしてしまう。

 

 

 ダストさんが私にとって嫌われたくない相手になったことを。

 嫌われることが怖くても、ダストさんなら嫌わないでいてくれるって信じられたことを。

 

 そんな私の葛藤をダストさんはきっと分かってない。

 

 

 でも、それでいいと思う。

 

 そんな察しのいい人だったら私はきっとダストさんと友達にはなれても悪友になんてなれなかっただろうから。

 どんなに察しが悪くても、私を泣かせる人がいたら怒ってくれる人だって私は知ってるから。

 

(めぐみんもダストさんも自分は私の事泣かしてばっかりなのにね)

 

 でも、私が泣かされてたら怒ってくれるって信じられる。

 

 

 だから──

 

 

「はい。信じてますよ、ダストさん。あなたがどうしようもないチンピラだって事実と同じくらいには」

 

 

 ──私はこうしてこの人に甘えてしまうんだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

──ダスト視点──

 

「──てわけなんだよ、バニルの旦那。嘘だとはわかってるけどゆんゆんをリッチーなんかにするわけにはいかねぇからよ。なんかいい方法ねぇか?」

「相変わらず金は持ってない上に相談屋をやってない時間に相談に来られても困るのだが…………」

 

 ウィズ魔導具店。まだ開店前のその店内で。ぱたぱたと掃除を行っていたバニルの旦那は俺の話にそう言ってため息をつく。

 

「……まぁ、よいか。()()が来るとしてもまだ先の話であろうし、あのぼっち娘をリッチーなぞにするわけにもいかぬ。少しくらいなら相談に乗ってやろう。相談の報酬は汝への貸しである」

 

 

「あのー……一応、私リッチーなんですけど…………『なんか』とか『なぞ』とか言われると地味に傷ついちゃうんですが……」

 

 

「旦那に結構借り作っちまってるなぁ。溜めると怖いんだが。……言っとくけど俺に金はねぇから期待しないでくれよ?」

「誰も万年金欠のチンピラに金の期待なぞしてないから安心するが良い。……それで相談というのは確かあのぼっち娘をリッチーにしたらポンコツ店主と同じ残念リッチー街道まっしぐらだからどうにかしたいという話でよいのか、ダスト」

 

 

「バニルさん? 喧嘩売ってますか? …………って、あれ!? なんかバニルさんが普通にダストさんの名前呼んでるんですけど!」

 

 

「ええい、そこのポンコツリッチーさっきからうるさいぞ! 今日の晩ごはんは奮発して水飴を食べさせるゆえ黙っておれ」

 

 カウンターから俺達の話にいちいち反応をしめすウィズさんに旦那はそう言う。

 

「水飴は嬉しいですけど誤魔化されませんよ! 長い付き合いの私だって片手で数えるくらいしか名前で呼ばれたことないのに!」

 

 水飴が嬉しいってどんな生活送ってんだよウィズさん…………。

 

「我輩が名前を呼ぶのは我輩が認めたもののみである。人間時代の武闘派店主は我輩が初めて認めた人間であるため名前で呼ぶのも吝かではないが、今の汝は我輩が稼いだ金をすべてガラクタに変える穀潰しではないか。強いのは認めているが名前を呼ぶのは気が向いた時だけになるのは仕方あるまい」

「う……それを言われると言い返せないです」

 

 全部ガラクタに変える穀潰しって言われて言い返せないって…………バニルの旦那も苦労してんなぁ。

 

「でも、それじゃあどうしてダストさんのことは名前で呼ぶんですか?」

「このチンピラは性格こそあれだがトカゲと一緒に戦えば我輩を倒し得る実力者である。間抜けではあるがこれで頭の回転は悪くない。本人は万年金欠ではあるが我輩に儲け話を持ってきてくれることもある。ぼっち娘と一緒にいれば我輩好みの悪感情を勝手に作ってくれる。…………まだ他にもあるが、説明が必要か?」

「…………もういいです」

 

 どうせ私なんかといじけてるウィズさん。……どちらかというと俺がいじけたいんだけど。

 

「あー……ウィズさん? バニルの旦那がウィズさんより俺を認めてるってことはないから安心してくれよ。旦那は俺のことを本当の名前で呼んだことはないからよ。それにわざわざ俺をダストって呼んだのだってきっとウィズさんをからかいたかったからだぜ?」

 

 バニルの旦那がこの街で1番認めてるのはウィズさんだ。そんなこと見通す力なんかなくても分かる。

 

「悪友に察しが悪いと評価されてるチンピラごときが我輩を見通したような風に言いおって…………呪いで汝を女に変えても良いのだぞ」

「土下座して謝るからそれだけはやめてくれ!」

 

 一瞬の躊躇いもなく俺は土下座する。…………バニルの旦那を怒らすのはやめよう。

 

「そっかぁ……バニルさん私にかまって欲しかったんですね」

 

 ふふっ、と嬉しそうに笑うウィズさん。

 

「そこのポンコツ店主は水飴没収である。ついでに飲まず食わず寝ずで1週間働くがよい」

「死にますよ! ……いえ、リッチーだから死なないですけど。謝って黙りますから許してください!」

 

 バニルの旦那つえぇなぁ……。一応バニルの旦那はアルバイトでウィズさんが店主だった気がするんだけど。この力関係おかしくね?

 

 

 

「あむあむ」

 

「さて、いきおくれ店主は水飴食べさせて黙らした。本題に入ろう。…………なぜ本題に入るまでにこんなに時間がかかるのだ」

「バニルの旦那が素直じゃないからじゃねぇかな」

 

 美味しそうに水飴を食べるウィズさんを横目に見ながら俺とバニルの旦那は本題に入る。…………ウィズさん可愛いなおい。

 

「それで本題はあの最近ぼっちじゃなくなってきたぼっち娘が使い魔の下位トカゲと話したいということだったか」

「それ以上ドラゴンをトカゲと呼んだらバニルの旦那相手でも戦争だぜ。……まぁ話はそれであってる。なんかいい方法ねぇかな。使い魔と話せるくらいに意思疎通出来るスキルとか上位種になってないドラゴンを人化させるスキルとか」

 

 バニルの旦那はリッチー化の秘術も知ってたらしいし、いい方法を知ってる可能性は高いはずだ。

 

「ふむ……前者に関しては今ぼっち娘が使っているであろう使い魔の契約以上のスキルはあるまい。あれは必要最低限の意思疎通はできるし普通はそれで満足するのだが……」

「あのボッチーは満足しないわがまま娘なんだよなぁ」

 

 ほんとに手のかかるやつだ。

 

「あのさみしがりやな娘が我儘を言ってる相手は汝くらいの気がするが…………。後は竜を人化させるスキルであるが、あれなら竜に関するスキルであればなんでも覚えられるドラゴンナイトであれば覚えることは可能であろう。汝が覚えてあの下位種に代わりにかけてやればよい」

「…………わりと簡単に解決策が出てきたな」

 

 簡単すぎてなんか落とし穴がありそうなんだが。

 

「ふむ……女心の察しが悪いくせにこういう所で察しが良い童貞男よ。汝の懸念する通り問題点が二つある」

 

 だよなー。

 

「一つはスキルポイントの問題。人間である汝が覚えようとすれば人化のスキルはどんなに才能あるものでも50ポイントは使うであろう」

「今の俺のレベルって55なんだが…………こっから50ポイント稼ぐの無理じゃね?」

 

 大精霊を倒したり魔王軍幹部クラスを複数一度に相手したり、修羅場をくぐってくぐってやっと上がったレベルだ。魔王が倒されてわりと平和になったこの世界でこれ以上レベルあげるのは相当苦しい。

 

「あむあむ…………あ、ダストさん、それなら私がレベルドレインしましょうか? 私の『不死王の手』のスキルならレベル下げられますよ。運が悪いと麻痺ったり猛毒にかかったりしますけど…………ダストさんなら即死しなそうですし大丈夫ですよね?」

 

 水飴を美味しそうに食べながらそんなこと言ってくるウィズさん。

 

「ということである。スキルポイントのことに関してはそれでよかろう。レベルを上げなおせばスキルポイントはその分溜まっていく。3回ほどレベルをあげなおせば50ポイント位はすぐ溜まるだろう。ドラゴンナイトである汝ならドラゴンさえいればレベルによるステータスなど誤差であるし弱くなる危険もない」

 

 そのレベルドレインする時が危険みたいなんだが……。

 

「心配せずともこの店は解毒のポーションなどもしっかりと扱っておる。安心するが良い」

「その台詞のどこで安心すればいいんだよ旦那……」

 

 流石はバニルの旦那。きっちり商売しやがる。

 

 

 

「それでもう一つの問題点ってなんなんだ?」

 

 スキルポイントのことはまぁ不安はあるけどなんとかなりそうだ。もう一つの問題点というのが気になる。

 

「ドラゴンナイトであれば竜に関するスキルを全て覚えられるといったが、人化のスキルなどは爆裂魔法同様使えるものに教えてもらわねば覚えられぬ」

「ドラゴンの人化が使えるって言ったら…………上位ドラゴンしかいないよな?」

「そうなるな。竜は上位種になれば自然と人化のスキルを覚える。というより人化のスキルを覚えるのが上位種になった証と言ってもよい」

「……でも、今はまだこの世界に上位ドラゴンは生まれていないはずだ」

 

 ある日を境に上位ドラゴンと中位ドラゴンがまとめていなくなったこの世界で。上位ドラゴンが生まれるのはまだ100年は先の話だ。

 つまり、この世界には人化のスキルを使えるドラゴンはいない。

 

「それなのだがな、実はつい最近魔王が倒されたという事実を受けて一匹の上位種がこの世界に帰ってきたらしい。…………ちっ」

「まじかよ。運がいいな。…………ドラゴン嫌いだってのはゆんゆんから聞いてたけど、そんな舌打ちまでしなくてもいいじゃねぇかよ旦那」

「こればっかりは仕方あるまい。ただの上位種ならともかく、帰ってきたのが神魔大戦の時に散々我輩の邪魔をした奴ゆえ」

「へぇ……地獄にいる旦那の本体を相手に戦えるとかドラゴン使いの強化を受けてるにしてもすげぇな」

 

 地上にいる旦那は仮の姿で、本来は更に強い。七大悪魔の第一席、地獄の公爵って称号は伊達じゃないのだ。

 

「いや? あの忌々しい竜はドラゴン使いと共に戦ってなどおらぬぞ」

「…………は? いやいや、流石に上位ドラゴンでもドラゴン使いのアシスト無しで旦那と戦うとか無理だろ。ドラゴンは最強の生物だけど最強の存在じゃないんだからよ」

 

 ドラゴン使いと一緒に戦うドラゴンは最強だって俺は証明してみせるけど。

 

「ふむ…………あれはただの上位種ではない。上位種の中でも上位の存在…………巷じゃ『エンシェントドラゴン』とか偉そうな称号を受けていたか」

 

 

 …………………………。

 

 

「エンシェントドラゴンって言ったらあれか? 体の大きさが城と同じくらいでかいという?」

「うむ」

 

「ただのブレス攻撃が爆発魔法と同じくらいの威力があってそれを連発するとかいう?」

「うむ」

 

「本気のブレス攻撃なら爆裂魔法と同じくらいの威力があってそれを何発撃っても魔力切れ起こさないとかいう?」

「うむ……まぁ、その噂話で大体あっておるな。この世界で振るえる力を考えればそんなものであろう」

 

 つまり制限を受けてその強さなのか…………。

 

「俺はそんな相手から人化のスキルを教えてもらわないといけないのか……」

 

 機嫌損ねたら消し炭になりそうだなぁ。

 

「うむ、戦って強さを認めてもらえば教えてくれるだろう」

 

「え?」

「ん? どうしたチンピラ冒険者よ。ジャイアントトードが駄女神のゴッドブローを食らったような顔しおって」

 

 なんなの? その表現流行ってるの?

 

「……じゃなくて! 戦うって誰とだ……?」

「そんなものあの無駄に大きな身体の忌々しいエンシェントなんちゃらである」

「無理に決まってんだろ! 一瞬で死ぬわ!」

 

 そこまで人間やめた覚えはない。というか魔王軍幹部クラスや炎龍が可愛く思えるような相手と戦うなんて考えたくもない。

 

「心配せずともあれも手加減くらいはするであろう。なにより竜が自らの知識や力を与える相手と戦うのは、魔王が勇者に倒されるというのと同じくらい大きな役目である。戦わずして力を授けられることはあるまい」

 

 ……そんなもんなのか。いいじゃん別に戦わなくても力くれて。魔王も別に勇者じゃなくて神様とか幹部の裏切りで倒されてもいいじゃん。

 

 

 

 

「──まぁ、納得は行かないけど俺がどうすりゃいいかは分かったよ旦那。借りはいつかちゃんと返すぜ」

 

 エンシェントドラゴンがいる場所等を教えてもらい相談を終えた俺はそうバニルの旦那に言う。

 

「言われずともちゃんと返して貰う予定は立てているから安心するがよい。汝たちには我輩の夢を叶えるためやってもらいたいことがあるゆえ」

 

 汝『たち』……?

 

「ま、こまけぇことはいいか。んじゃ、バニルの旦那、ちょっとエンシェントドラゴンと戯れてくるぜ。…………あと、ウィズさんにもう少しまともなもん食わしてやろうぜ」

 

 じゃないと栄養失調で死ぬぞ。……リッチーだから死なねぇけど。

 

「たまには串焼きの屋台の店主に腐りかけの肉をもらって食べさせておるから安心するがよい」

 

 ……リッチーといえどドラゴンやドラゴンハーフじゃねぇんだから腹壊すだろ。

 

「……ま、こまけぇことはいいか」

「細かくありませんよ!? ダストさんもバニルさんの私に対する扱いが酷いことなんとか言ってください!」

 

 水飴食べ終わったらしいウィズさんがそう叫ぶ。

 

「言ってもバニルの旦那が聞くとは思えねぇし…………ウィズさん、強く生きてくれ」

 

 ある意味もう死んでるけどな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──ゆんゆん視点──

 

 

「うーん……ダストさんがハーちゃんと一緒にいなくなってもう一週間ですか。流石に少し寂しいですね」

 

 ダストさんに相談したあの日。バニルさんから何か聞いてきたらしいダストさんはハーちゃんを連れてどこかへ行ってしまった。すぐに帰ってくると思っていたけど、予想に反してもう一週間も経った。

 ダストさんとハーちゃんとミネアさんがいないだけで冒険はリーンさんたちと普通に続けてるし、夜寝る時もめぐみんやリーンさん、ロリーサちゃんと一緒に寝させてもらってるからそこまで寂しくなかったけど、一週間ともなると流石に寂しい。

 

「……早く帰ってこないかな、ハーちゃん」

 

 大切な使い魔のドラゴンが早く帰ってくるのを祈って私はベッドに横になり布団をかぶる。今日はめぐみんはカズマさんに夜這い仕掛けるから無理と一緒に寝るの断られたし、リーンさんも今日は実家の方に帰るらしいので一人で寝ないといけない。……流石にロリーサちゃんを呼ぶ勇気はまだなかった。

 

 

 

「起きてるかーゆんゆん」

 

 そんな煩悶とした思考の中に漂っていると、バンというドアが蹴飛ばされて開く音と一緒に、聞き慣れてしまったチンピラの声が届く。

 

「……ダストさん、朝はまだ許せますけど夜にそれは警察に突き出されても文句言えないですよ」

 

 大きなため息を付きながら私は起き上がって魔道具の明かりをつける。壊れた扉の所には少しだけ懐かしさを感じる金髪のチンピラさんと黒い髪に赤い目をした幼い女の子の姿があった。

 

 

 

 …………幼い女の子?

 

 

 

「ダストさん!? あなたはロリコンじゃないところだけが美点だったのにどうして幼女を誘拐してきちゃったんですか!? しかも紅魔族とか…………親に見つかったら殺されますよ!」

「誰も誘拐なんかしてねぇよ! それに……紅魔族? 今の俺はただの人間なんか怖くねぇぜ」

 

 そう言ってなんか虚ろな笑いをするダストさん。…………よっぽど怖い存在とでも会って来たんだろうか。

 

「誘拐じゃないって……ならどこからそんな可愛い子を連れてきたんですか?」

「んだよ……まだ分かんねぇのかよ。……ほら、察しの悪いご主人様のとこに行ってやれ」

 

 そう言ってダストさんは女の子の背中を優しく押す。

 背中を押された女の子はそのままトトトと少しおぼつかない足取りでベッドに座る私の所に走ってきて──

 

「あるじ、ただいま」

 

 ──そんな言葉とともに私の胸に飛び込んできた。

 

 ……あるじ?

 

「もしかして…………ハーちゃん?」

 

 艶やかな黒い髪は確かにハーちゃんの鱗の色に似てる。その赤い瞳も紅魔族の紅い瞳よりも深みのある赤だ。

 

「はい、じはーど…です」

「本当にハーちゃんだなんて!」

 

 きゃーと私は喜びハーちゃんを抱きしめる。肌も白いしぱっと見れば紅魔族の女の子にしか見えないから気づかなかった。

 

「あるじ……くるしい……」

「あ、ごめんなさい。……大丈夫?」

 

 抱きしめる力を緩めてそう聞くとハーちゃんはこくんと頷いた。…………可愛い。

 

「気をつけろよー。今のジハードは魔力こそ変わらねぇが硬い鱗も無ければ爪や牙もない。身体能力は見た目よりちょっと上なくらいだ。上位種の人化ならそんなことねぇんだろうけど、下位種を俺が人化させてるからな。高レベル上級職のお前が本気で抱きしめたら潰れるぞ」

 

 ダストさんはそばによってきてそう言う。

 

「流石にそんな馬鹿力じゃないですよ!…………でも、一応気をつけます」

 

 魔法職だから大丈夫だとは思うけど…………確かに普通の一般人より力が強いのは確かだ。

 

「そうしてくれ。……それでジハード。ご主人様に言いたいことがあるんじゃなかったか?」

 

 そうなの? と私は胸の中にいるハーちゃんに首を傾げる。

 

 

「あるじはわたしがまもる。たとえあるじがしんでもそのしそんまで……わたしがしぬまでずっといっしょにいる。…………あるじ、だいすき」

 

 

「ハーちゃん……」

 

 純粋で真っ直ぐな好意。私の回りには素直な人が少ないせいかその好意は私に大きな衝撃を与える。

 

「なんだよゆんゆん。泣いてんのか」

「泣いてなんか…………いえ、こんなの泣くに決まってるじゃないですか。大好きな使い魔にこんなに愛されてるって知れば」

 

 誤魔化せないくらい涙が流れてることに気づいた私は開き直る。

 

「ほんと……お前は泣き虫だな」

 

 そう言ってダストさんはぽんぽんと私の頭を撫でる。

 

「ありがとうございます、ダストさん。…………苦労しましたよね?」

 

 ダストさんの格好を見ればその苦労は分かる。鎧はボロボロでもはや原型を留めてないし冒険者服もあちこち千切れてる。ドラゴンと一緒に戦うダストさんの強さは認めてるだけに、そんなダストさんがここまでボロボロになる苦労となると想像を絶する。

 

「ま、少しだけトラウマ出来ちまったのは否定しねぇが…………手に入れたもんに比べりゃ安い苦労だよ」

 

 そうため息混じりに笑ってダストさんは私が泣き止むまで頭をなでてくれた。

 

 

 

「さてと……俺はそろそろ下の馬小屋借りて寝るか。店主のやろう起きてるかね」

 

 一つ伸びをしてダストさんはそう言う。

 

「大丈夫じゃないですか? さっき煩くしてたから多分イライラして起きてますよ」

「それもそうだな。…………じゃ、ジハード、今日からはゆんゆんと一緒に寝ることになる。ちゃんとこいつを守ってやってくれ」

 

 そう言ってハーちゃんの頭をなでてダストさんは部屋を出ていこうとする。

 

「?……おい、ジハード。服を放してくれ」

 

 ダストさんの服をハーちゃんは掴み、放してと言われても放さない。

 

「…………らいんさまは、いっしょじゃないの? いつもはさんにんいっしょ」

「な……!?」

 

 ハーちゃんの言葉に私は慌てる。ダストさんとハーちゃんが寝てる所に私がお邪魔してるのは内緒なのに……!

 

「あー……ジハード? それは寂しがりやのお前のご主人様が一人寝に耐えられなくて潜り込んできただけでお前が一緒に寝てやったら俺は必要ねぇんだよ」

「って、あれ!? ダストさん私が潜りこんでるの気づいてたんですか!?」

 

 そんな様子全然見せてなかったのに!

 

「…………一番最初で気づいてるっての。お前が気づかれてないと思ってるみたいだから調子合わせてただけで」

 

 普段察しが悪いくせにこんな恥ずかしいことは気付くなんて…………!

 

「てわけだ。ジハード、服を放してくれ。…………ジハード?」

 

 ダストさんの言葉を受けてもハーちゃんは服を放そうとしない。

 

「らいんさまもいっしょがいい。らいんさまもわたしがまもりたい。…………だめ?」

 

 うるうると涙目で言うハーちゃん。

 

 ……………………

 

 

「ダストさん、仕方ありません、一緒に寝ましょう!」

「簡単に懐柔されてんじゃねぇよ! このダメご主人様が! 使い魔のしつけもご主人様の仕事だろうが!」

「それを言ったらダストさんだってドラゴンナイトとしてハーちゃんと契約してるんだから一緒ですよ! それに私にはこんなに可愛いハーちゃんのお願いを無下にすることなんて出来ません!」

 

 ただでさえ大切な使い魔なのに幼い女の子の姿でお願いされるとか反則です。

 

「気持ちは分かるけどよぉ……。……ま、いつものことと言っちゃいつものことか。床で寝るからなんかかけるもん寄越せ」

「? 別に床で寝なくてもいいんじゃないですか。私のベッド大きいからちっちゃなハーちゃんを含めた三人なら余裕ありますよ」

 

 一緒に寝てたのを気づかれてたことと比べれば恥ずかしがることでもない。私が恥ずかしかったのは黙って潜り込んでたことだし。

 

「…………お前、俺のこと全然男だって思ってねぇだろ?」

「え? 何を今更なことを。というかダストさんだって私の事女の子だって思ってないですよね?」

 

 ダストさんは男とかそう言うの以前に『ダストさん』ってグループに入っちゃってる感がある。

 

「まぁどんなに可愛くてもクソガキじゃ守備範囲外だからなぁ…………ま、お前がいいならいいか。ジハード、一緒に寝ようぜ」

 

 ダストさんの言葉にハーちゃんはコクリと頷く。…………しぐさがいちいち可愛い。抱きしめて眠りたい。

 

 

 

 

 

「うぅ……ハーちゃんがダストさんの方に寄って行ってしまいました」

 

 私、ハーちゃん、ダストさんの順番でベッドに並んで寝ているけど、ハーちゃんは明らかにダストさんの方に寄って眠っている。

 

「お前があんだけ言ったのに強く抱きしめるからだろうが。自業自得だっての」

「うう…………ダストさんに正論言われた…………死にたい」

「ジハードが寝てなきゃ表に出させてるとこだぞ毒舌ぼっち」

 

 顔は見えないけど、ダストさんがどんな顔して言ってるか分かってしまい私は笑う。

 

「……そういえば、今私とダストさんが喧嘩したらどっちが勝つんですかね?」

 

 戦士で長剣を使って戦ってたダストさん相手なら負ける気がしないけど、ドラゴンナイトとして槍を持って戦うダストさんに勝つビジョン思い浮かばない。

 

「どっちでもいいだろそんなもん。……どっちが勝っても俺とお前の関係は変わんねぇよ」

「……それもそうですね」

 

 ダストさんは私の悪友だ。ただの知り合いが友達を経て変わってきた大切な。強いのがどっちかだなんてことで変わるような関係でもない。

 

(…………でも、ここから変わらないのかな?)

 

 私とダストさんの関係。それはきっと簡単には壊れないものだと思う。でも、不変のものかと言われたら首をかしげる。

 だって、私は知り合いだった時も友達だった時も、ダストさんとそれ以上の関係になるなんて夢にも思っていなかったのだから。

 

 

 壊れないし、壊れてほしくはない。けど、変わらないし、変わってほしくはないのかと聞かれたら分からない。

 ただ、分かるのは……

 

(……今はこのままでいいかな)

 

 未来がどうかは分からないけれど。少なくとも今はこの距離感が心地いい。死ぬまでずっとこの関係を続けてもいいと思えるくらいには。

 

 

 

 

「ところでダストさん。一つ質問いいですか?」

「んあ? なんだよ、俺はもう寝たいんだが」

 

 少し寝ぼけた声のダストさん。でもこれだけは聞いとかないといけない。

 

 

 

「ハーちゃんって、元のドラゴンの姿に戻れるんですか?」

 

 

 

「………………………………あれ? そういやドラゴンハーフは竜化を覚えないとドラゴンの姿になれないんだっけ?………………もしかしてそれもスキルなのか?」

「ダストさん、とりあえず結論をどうぞ」

「多分、このままじゃ戻れない」

「どうにかする方法は?」

「人化のスキルを覚える方法と同じ手順踏めば大丈夫……のはずだ」

「よかった…………大丈夫なんですね」

 

 ハーちゃんのかっこいい姿も好きなだけに私は安堵する。

 

「全然大丈夫じゃねぇよ! それってつまりもう一度あれと戦うってことだろ! しかも今度はジハード抜きで! 無理! 絶対無理!」

「…………一体全体なにと戦ってきたんですかダストさんは」

 

 ドラゴンと一緒に戦うダストさんに勝てる相手なんて私はバニルさんくらいしか知らない。ダストさんが本人が言うにはカズマさんにも多分負けるって言ってたけど。そんなダストさんがここまで半狂乱になる相手って……。

 

「『エンシェントドラゴン』…………地獄にいるバニルの旦那の本体と同格の相手だよ。…………なぁ、ゆんゆん。ジハードが今はまともに戦えないから背に腹は代えられねぇ。お前も一緒に……」

 

『エンシェントドラゴン』……? エンシェントドラゴンってあの……?

 

「無理ですよ! 私もあれからいろいろ調べましたけどエンシェントドラゴンに人間の魔法なんて効くわけないじゃないですか! 効くとしたら爆裂魔法ぐらいでそれも一発食らっただけじゃ全然ダメージのうちに入らないないっていう!」

 

 上位種以上のドラゴンと魔法使いの相性は最悪だというのにその中でもさらに歳を重ねて強くなったエンシェントドラゴンとか…………うん、無理。

 

「大丈夫だ! 相手はすげぇ手加減してくれるし! ゆんゆんが囮になってくれたらなんとかなる! 大丈夫だ。ちょっと爆発魔法クラスのブレス攻撃を連発するだけだから魔王討伐メンバーのゆんゆんなら避けられる!」

「それを聞いて大丈夫じゃないのを確信しました!」

 

 手加減してそれとか…………もう普通の人間が戦う相手じゃないですよ。それこそ伝説に残るくらいの人じゃないと。

 

 

「んぅ……あるじ、らいんさま、うるさい。……はやくねよ?」

 

 私達が騒いでたせいか先に寝ていたハーちゃんが起きたらしい。

 

「……とりあえず、ダストさん。この件は明日の朝起きてからしましょう」

「おう……多分こうなること気づいてたバニルの旦那にも文句言いてぇしな」

 

 多分あの仮面の悪魔さんは『極上の悪感情大変美味である』とか言ってさらに私達から悪感情絞りとると思いますけどね。

 

「それじゃ……ハーちゃん、ダストさん。おやすみなさい」

「おやすみ、あるじ、らいんさま」

「おう、おやすみ」

 

 

 ハーちゃんとダストさんのおやすみという言葉を聞き届けて私は目を瞑る。ただ……大切な使い魔と言葉をかわすことが出来たという興奮は私を簡単には寝かせつけてくれなそうだった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

どらごんたいじ 前編

「うーっし……じゃあ、名前呼ぶから返事しろよー」

 

 エンシェントドラゴンが棲む山の麓。俺はエンシェントドラゴンと戦うために集めたパーティーメンバーを見回しながらそう呼びかける。

 

 

「一人目、友達増えたのにぼっち感がなくならない永遠のぼっち娘、ゆんゆん!」

「ダストさん、この戦い終わったら覚えててくださいね」

 

 満面の笑顔で青筋立ててるゆんゆん。器用なことしやがる。

 

 

「二人目、頭もおかしければネーミングセンスもおかしいまな板ウィザード、めぐみん!」

「今ここで私が頭がおかしい事を証明してもいいですか? 撃ってもいいですか?」

 

 満面の笑顔で爆裂魔法の詠唱を始めるめぐみん。おい、カズマ早く止めろ。

 

 

「三人目、自称女神という痛い人、運もなければ頭も足りないチンピラプリーストのアクアのねーちゃん」

「チンピラにチンピラ言われるとか心外なんですけど。というか私ちゃんと女神なんですけど。しかも本来の力取り戻して絶好調のすごい女神なんですけど。カズマさんカズマさん、あのチンピラをゴッドブローで吹き飛ばしてもいいかしら」

 

 満面の笑顔でシャドーボクシング始めるアクアのねーちゃん。おい、今のねーちゃんの力は洒落にならねぇからカズマ早く止めろ。

 

 

「四人目、ララティーナお嬢様」

「私をララティーナと呼ぶな! と言うかなんだ、ちょっと期待してたのにこの仕打は何だ!」

 

 だってお前名前で呼ぶ以外は褒めても貶しても喜ぶだけじゃん。

 

 

「五人目、魔王退治しても結局やるのはパーティーメンバーの尻拭い。持って生まれた幸運をドブに捨ててる鬼畜男、カズマ!」

「何で俺こんなところにまできてこいつらの尻拭いしないといけないんだよ…………」

 

 そりゃ、カズマ以外にこの三人扱える奴がいないからだろ。

 

 

「六人目、質の高いガラクタを買わせれば右に出るもののいないポンコツ店主、働けば働くほど赤字を生み出す穀潰し。残念リッチーのウィズさん!」

「…………この口上言わせてるの誰か分かりました。ダストさん、ごめんなさい」

 

 ウィズさんは癒やし。

 

 

「七人目、名前を覚えてもらえない噛ませ犬。…………何でお前ここにいんの? カツラギ!」

「僕の名前はミツルギだ! というか呼んだのは君だろう! アクア様が困っていると聞いたから来たというのに…………あと僕は噛ませ犬じゃない」

 

 そんなこと言ってカズマに勝ったこと一度もないくせに。まぁ魔剣の攻撃力は凄いから一撃くらいはいれてくれるのを期待しよう。

 

 

「八人目、…………金もなければ性格も悪い、女にモテないことにかけてば右に出るもののいない童貞。ドラゴンいなけりゃただのチンピラこと俺、ダスト」

 

 …………何で俺、自分で自分をこんな貶さなきゃいけねぇんだよ。

 

 

「九人目、強くて賢くかっこいいゆんゆんの忠実な使い魔にして友達。今は可愛らしい少女の姿から元の姿に戻れないドラゴン娘、ジハード!」

「……らいんさま、はずかしい」

「最近彼女が出来ると聞いてそれがいつかとそわそわしているチンピラよ、話が違うではないか」

 

 ジハードに酷いこと言うくらいなら俺は死を選ぶ。俺のドラゴン愛を舐めんな。

 

 

「十人目、強くてかっこいアクセルの街の人気者。全てを見通す大悪魔バニルの旦那」

「まぁ、十分に悪感情を味わえたからよしとするか。約束通りあの忌々しいエンシェントドラゴン退治に力を貸してやろう」

 

 …………もうこの口上だけで俺疲れたんだけど。あと退治とか無理だから。戦うだけだから。アクアのねーちゃんが攻撃寄りのタイプならなんとかなったかもしれねぇが。

 

 

「あとは俺の相棒のシルバードラゴン、ミネア。以上のメンバーでエンシェントドラゴンと戦う」

 

 テイラーたちはお留守番だ。流石にあんなのと戦うのにあいつらは連れていけない。

 

 

「そういや、魔剣の兄ちゃん。あの取り巻きの2人はどうしたんだよ」

「フィオとクレメアは置いてきた。ハッキリ言ってこの戦いにはついてこれそうもない」

 

 酷いこと言うなおい。たしかに事実だし、もし連れてきてもここで留守番させただろうけど。

 で、なんでカズマは嬉しそうにマツルギの肩叩いてんの? ミツラギもなんか嬉しそうだし。実はお前ら仲良しさんなの?

 

 ……つうか、あの取り巻き2人そんな名前だったのか。どっちがフィオでどっちがクレメアなんだろう。

 

 

 

 

「それよりダスト。うちの問題児3人がやる気満々だからしょうがなくついてきたけど、流石に過剰戦力じゃないか?」

 

 いろいろと納得してないような感じのカズマ。……まぁ、エンシェントドラゴンをよく知らなきゃそう思うよなぁ。

 

「過剰戦力どころかわりとこれでギリギリというか…………エンシェントドラゴン相手にたった十人程度で挑むとか無謀にもほどがあるぜ」

 

 ジハードがまともに戦えない今、本来の力を取り戻したアクアのねーちゃんがいなければ勝負にもならない。本当はこのメンバーにアイリスやゼスタを加えて戦いたいレベルだ。

 

 …………誰だよゆんゆんを囮にしたらどうにかなるって馬鹿なこと言ったやつ。

 

 

「佐藤の言う通りだと思うけどね。エンシェントドラゴンなんて僕がいれば十分だよ。わざわざアクア様の手をわずらわせる事もない」

 

 なんか自信あり気でそんな事を言うミツラギ。そういえばこいつ前にエンシェントドラゴンを倒したって勘違いしてたんだっけ。多少ドラゴンのことを調べればエンシェントドラゴンを倒したとかありえないってきづくはずなんだけどな。

 この国は元々ドラゴン使いがほとんどいないのもあってドラゴンに関する情報が少ないし、カズマやミルツギみたいな変な名前でチート持ちと呼ばれる連中は常識に疎い所がある。仕方ないっちゃ仕方ないだろうが、今の認識のままエンシェントドラゴンと戦わせるわけにもいかねえよな。

 

「あー……この場でちゃんと分かってないのはお前ら2人だけみたいだから説明しとくか」

 

 特に魔剣の兄ちゃんはドラゴン舐めすぎててムカつくしな。

 

 

 

「いい機会だ。とりあえずドラゴンの強さの目安から講釈してやるぜ」

 

 いきなりエンシェントドラゴンの強さを言っても想像つかないだろうし。

 

「まず前提として、ドラゴンは下位種、中位種、上位種の3つのランクに分けられる。生まれてから100年未満なら下位種、100年以上なら中位種。中位種が更に長い年月をかけて完全に自我に芽生えて人化できるようになれば上位種。うちのドラゴンで言えばジハードは下位種、ミネアは中位種だ」

 

 ……まぁ、ジハードは下位種って言うにはいろいろ規格外すぎるんだが。

 

「下位種は人間で言うなら赤子から成人するまで……15歳くらいまでってとこか。知能はちょっと賢い動物並だが身体はどんどん大きくなるし、どんどん強くなる。と言っても、魔剣の兄ちゃんなら倒すだけなら余裕だろう……ムカつくけど。ロリっ子の爆裂魔法なら100年近く生きた個体でも一撃で倒せる。それくらいの強さだ」

 

 

「…………何で僕はムカつかれてるんだ」

 

 ドラゴン好きとしてはドラゴン舐めてる奴に余裕で勝たれたらムカつくんだよ。

 

 

「そんで次に中位種。人間で言うなら成人した後か。体の成長は止まりはしないが下位種の頃と比べれば緩やかになる。ただ、下位種の頃と比べて魔法への防御力や抵抗力が格段に上がっていくのがこの頃だ。知能も上がってブレス攻撃の威力も上がる。リッチーみたいに魔力の伴わない単なる物理攻撃が効きづらくなるのもこの頃だな。成り立ての中位ドラゴンが魔王軍の親衛隊や側近より少し強いくらいだ。忌々しいことだが魔剣の兄ちゃんなら苦戦はしても倒すことは可能だろうな。バニルの旦那ならドラゴンの素材とろうとか変なこと考えなきゃ余裕で倒せる。魔法使い系は相性が悪いからゆんゆんが勝てるかどうかは微妙、ウィズさんなら苦戦はしても勝てるだろうが。頭のおかしいロリっ子の爆裂魔法なら1発から2発あれば倒せる」

 

 

「…………何で僕は忌々しいとまで言われないといけないんだ」

「まぁ、そう怒るなよキョウヤ。ダストはドラゴンが好きみたいだし」

「僕の名前はミツルギだ!…………あれ? 佐藤、今僕のことをなんて呼んで……」

「そうか、名前間違って悪かったよカツラギ」

 

 お前らやっぱ仲いいだろ。

 

 

「話すすめるぞー。それで上位種の話だが、上位種になればドラゴンという種族として完成したって言っていい。魔法は苦手な属性以外は無効になるしそもそもの魔法防御力が桁違いに高いから魔法を使って戦うものにとっちゃ天敵だ。鱗の硬さも世界最硬クラスで魔力のこもってない攻撃で傷つけることはかなわない。魔力のこもったその爪牙はどんな存在相手でも引き裂く事が可能だし、ただのブレス攻撃が上級魔法並の威力。上位種になったばかりでもそれくらいの強さを誇る、それが上位ドラゴンだ。強さは上位種になったばかりでも魔王軍幹部クラス。今の魔剣の兄ちゃんじゃまず勝てない。……その魔剣を使いこなせりゃ話は別だがな。ウィズさんでも勝とうと思えば相打ち覚悟。なり立ての上位ドラゴンでもタイマンで確実に勝てるってなると冬将軍とかの大精霊かバニルの旦那クラスの大悪魔くらいだな」

 

 ちなみに今のアクアのねーちゃんなら負けることはまずないが、有効な攻撃手段もないから勝てもしない。

 

「冬将軍ってそんなに強かったのかよ…………」

 

 なにかを思い出してるのか青くなってるカズマ。

 

「そりゃ冬将軍は大精霊の中でも別格だしなぁ。雪精いじめなけりゃ出てくることもないし、間違って倒してもきちんと謝れば許してくれる。ほんと慈悲深い存在だからそんなに怖がる必要ないが」

 

 四大賞金首の一角だった炎龍と同格でありながら、2億エリスという賞金額で収まっているのはそういうことだ。大精霊という枠組みの中でも炎龍や冬将軍は1つ頭抜けている。

 ちなみに大悪魔の中でも爵位や本体で来ているかどうかでこの世界での強さは違う。爵位で言えば文句無しでバニルの旦那が1番だが本体で来ているわけじゃないため、この世界においては旦那より強い悪魔がいたりする。

 

 

「そんじゃ最後にエンシェントドラゴンだ。さっきドラゴンは上位種になれば種族として完成するって言ったが、別に上位種になったらそれ以上成長しなくなるわけじゃない。年を経るごとに身体も魔力もどんどん大きくなる。その成長に限界はない。そんなドラゴンが途方も無い時を過ごし、人知を超えた存在になったのを『エンシェントドラゴン』って称するんだよ。その格は今のアクアのねーちゃんや地獄にいるバニルの旦那と同格と言っていい」

 

「ちょっとまて、今なんて言った? そんな凄そうな奴とアクアが同格……?」

 

 カズマはもう少しアクアのねーちゃんの凄さを分かってもいいと思うぞ。……まぁ、アクアのねーちゃん自身がそれを分からせたくないってのもあるかもしれねぇが。

 

 

 

 

「さーてと……カズマとマツルギがエンシェントドラゴンの強さを少しでも分かったみたいだしそろそろ行くか」

 

 一緒に戦う仲間たちを見回して俺はそう言う。

 

「ダストさん、行くのはいいんですが、ミネアさんの強化はしていかないでいいんですか? ハーちゃんも回復魔法とドレインタッチくらいはできますしアクアさんから魔力をもらっていったほうがいいんじゃ……」

「まぁ、ゆんゆんの提案はもっともと言っちゃもっともだが……」

 

 

「ねぇ、カズマ。なんで私皆から魔力タンクみたいな扱いされてるのかしら。ゆんゆんにすらそう思われてるって結構ショックなんですけど」

「安心しろよ。お前はただの魔力タンクなんかじゃない」

「カズマ……!」

「お前は立派な魔力タンク兼回復役兼宴会芸要員だよ」

「だれかこのヒキニート無一文にして捨ててきて」

 

 

「……アクアのねーちゃんもああ言ってることだし、こんだけ戦力集めたんだ。そこまですることないだろ」

 

 カズマとアクアのねーちゃんの漫才を横目にしながら、俺はゆんゆんにそう言って断り、

 

「そう…………ですか?」

「ほら、さっさと行くぞ。お前の親友が待ちきれなそうにしてる」

 

 その背中を押してロリっ子の所に押しやって話を終わらせた。

 

 

 

 

 

「……わりぃな、ミネア。不甲斐ない相棒で」

 

 パーティーの最後尾を歩きながら俺は小さな声で隣を歩く相棒に謝る。

 

「今の俺じゃ、お前を最強の存在だって証明できねぇ」

 

 前回、エンシェントドラゴンと戦うために限界まで二匹の竜を強化した影響か、それともレベルドレインを繰り返した影響か。今の俺はドラゴンの魔力を制御する力が極端に不安定だった。ドラゴン自身がもともと操れる程の強化でなければおそらく暴走させてしまう。

 ミネアはかろうじて上位種ギリギリの力までなら操れるだろうが俺は中位ドラゴン程度の力しか借りれない。エンシェントドラゴンと戦うのにこれじゃ心許なすぎる。

 

「……それでも、ジハードをあの姿のままにしとくわけには行かねぇからな」

 

 時間が経てば俺の力も元に戻るだろう。だが、その間ジハードをそのままになんてしておけない。ジハードが望んで人の姿を取っているとしても、選択肢がある上で選んだそれと、選択肢がない上で選んだそれじゃ意味が全然違うのだから。

 

「汝がまともに戦えぬ穴を埋めるために我輩まで出てきたのだ。そう不安になる必要はなかろう」

 

 少し前を歩いていたバニルの旦那が歩く速度を緩めて俺に並ぶ。

 

「まぁ、バニルの旦那がいてくれるのは心強いし…………カズマも来てくれたしな。あいつがいるなら大丈夫だと俺も思うぜ」

「汝はやけにあのヘタレ鬼畜冒険者を評価しているな。何か理由でもあるのか」

「俺がカズマを評価すんのはそうだな…………あいつは自分の身の丈ってのを知ってるんだよ」

 

 カズマは自分が強くないことをよく知ってる。

 

「知ってる上であいつは自分のできることを最大限やってきた。魔王軍幹部や最悪の大物賞金首を倒す立役者になり、ついには魔王まで倒しちまった。あいつの事を運がいいだけだのパーティーメンバーに恵まれてるだけだの言う奴がいるが、俺はそうは思わねぇ。そんなこと言う奴は運がいいだけの最弱職になって魔王を倒してみろってんだ。あの個性の塊の三人に信頼されてまとめてみろってんだ」

 

 俺にはそんなこと絶対できねぇ。……だから俺はあいつにだけは勝てる気がしねぇんだ。

 

 

「ところでバニルの旦那。最終確認なんだが、ジハードをドラゴンの姿に戻すはエンシェントドラゴンに竜化のスキルを教えてもらうしかないんだな?」

「うむ。ドラゴンハーフの竜化と純血の竜の竜化は違うゆえ、ドラゴンハーフに教えてもらっても一時的な竜化にしかならぬ。人化はバフとは原理が違うゆえ駄女神にも解除はできぬ」

 

 結局下位種を人化させるの自体イレギュラーなのだからもとに戻すのもイレギュラーに頼るしかないってことらしい。

 

「ま……しょうがねぇよな。それじゃドラゴン退治ならぬドラゴン対峙と行くとするか」

 

 そうして俺らはどらごんたいじに向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

『ほぉ……先日のドラゴン使いの他にもどこかで見た顔がいるな』

 

 山頂にて。王城よりも大きなドラゴンの姿のままに、エンシェントドラゴンは人の言葉で大気を震わす。

 

 

「カズマカズマ。こんなに爆裂魔法を撃ったら気持ちよさそうな生き物は初めてです。あれに好きなだけ爆裂魔法を撃ってもいいんですよね?」

「ダストの話じゃ爆裂魔法くらいしかまともなダメージ入らないらしいしいいんじゃないか。最近の宴会芸の女神様は絶好調らしいから魔力切れは起きないだろ」

「これ以上魔力タンク扱いされると流石に温厚な私もキレるんですけど。あと私は宴会芸の女神じゃなくて水の女神だって何度言ったら分かるのかしら。カズマさんやっぱり転生の時に頭パーになったんじゃ……」

「わりとそれはお前のほうなんじゃないかと疑ってるんだが……。ところで、そこのお嬢様は何をハァハァ言ってるんだ? あ、やっぱいい。聞いた俺が馬鹿だった」

「見ろカズマ、あの大きな爪と牙を。あんな爪と牙に襲われれば流石の私も引き裂かれるだろう……どうしようカズマ! 興奮してきた!」

「引き裂かれたら致命傷だろうがこのド変態クルセイダーが! いいからお前は黙ってろ!」

 

 

 ……緊張感ねぇなぁ。まぁ、カズマパーティーだから仕方ねぇか。

 

 

「久しいな。あいも変わらず図体と態度のでかいトカゲよ」

『バニルか。図体はともかく態度のでかさだけは貴様に言われる筋合いはない。……仮の姿で我の前に現れるとはよほど死にたいと見える。仮の姿とはいえ残機を全て消されれば本体の方にも影響は免れぬというのに』

「フハハハハハハハ! トカゲごときにくれてやる命など残機といえど一つもないわ! そうか、トンチンカンなこと言って我輩を笑い殺す気か。危うくトカゲの術中に嵌まるところであったわ!」

 

 

 ……もう少し仲良くしてくれねぇかな。ドラゴン好き兼旦那の友人として複雑なんだけど。

 

 

『……まぁいい。それでシェイカー家のドラゴン使いよ。今日は我にどんな用で来たのだ。そなたは前回もう我に会うことはないと言っていたと思うが』

「実際会うつもりはなかったんだけどなぁ……」

 

 ドラゴンは好きだし生きる伝説とも言えるエンシェントドラゴンは尊敬もしてる。ただ、わりと本気でトラウマ作られてるからできれば会いたくないというのが本音だ。

 

「エンシェントドラゴン、頼みがある。俺に純血のドラゴンが使う、竜化のスキルを教えてほしい」

 

 それでも、ジハードのためだから仕方ない。

 

『ふん……我の申し出を受け、我と契約していればすぐに教えてやれたものを』

「俺の相棒はミネアとジハードで手一杯だからよ。こいつらそれぞれが俺には過ぎた相棒だってのに」

『たしかにその下位種はいずれドラゴンの帝王になる可能性もあるが、所詮は下位種。そなたがいなければ暴走するだけの存在であろう』

 

 

「ねぇねぇカズマさん。あのドラゴン聞き捨てならないこと言ったんですけど。ドラゴンの帝王になるのはうちのゼル帝なんですけど。というかジハードはゼル帝の子分なんですけど」

「はいはい、後でちゃんと聞いてやるから黙っときましょうねー」

 

 

「それを言ったら俺だって同じだ。……こいつらがいなけりゃ俺だってただのチンピラなんだよ。だから──」

 

 

「──エクスプロージョン!」

「ちょっ……めぐみん! なんかダストさんが無駄にいいこと言いそうな雰囲気だったのに!」

「すみません、待ちきれませんでした。というわけでカズマ。魔力が切れたのでアクアから魔力を移してもらえますか」

「はいはい。ダスト、悪いがうちの問題児たちがそろそろ限界みたいだから早めに頼む」

 

 

 

「…………えっと、なんかいろいろすんません」

 

 爆裂魔法食らってもぴんぴんしてる様子のエンシェントドラゴンに俺は謝る。というかカズマ、お前も一緒に謝れ。そいつらの保護者はお前だろうが。

 

『よい。口上をいくら重ねても結論は一つだ』

 

 エンシェントドラゴンは王城よりも大きな身体を起き上がらせ、そして告げる。

 

 

『我の知識と力を求めるものよ。欲しくば我に認められるだけの知恵と力を示すが良い。…………具体的に言うと我の生命力を3割削ればいいぞ』

 

 

 ……なんでこう、この世界ですごい力を持った奴らはお茶目というか、大事な場面で締まらないんだろうなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

『小手調べだ。……この程度で死んでくれるなよ』

 

 かつての炎龍のブレスに勝るとも劣らない極熱のブレスがエンシェントドラゴンから吐かれる。

 

「「『カースド・クリスタルプリズン』!」」

 

 そのブレスは上級魔法を操る2人――ゆんゆんとウィズさん――によって凍らされた大気の壁にぶつかりその威力を減衰、アクアのねーちゃんの火耐性をあげる支援魔法を受けたララティーナお嬢様にぶつかったところで霧散した。

 

 

「うん……? これくらいのブレスならアクアの支援魔法を受けた私なら耐えられる。…………わざわざ、魔法使い2人を壁を作るのに割かなくても――」

 

 そんなお嬢様の疑問に答えるかのように極熱のブレスがお嬢様を襲う。続けるように2発3発と。

 

「おい、ダクネス。エンシェントドラゴンは爆発魔法並の炎のブレスを連発するから流石にアクアの回復が追いつかないって作戦会議でダストが言ってたろ。…………お前、興奮してまともに聞いてたなかったな?」

 

 爆発魔法並みのブレスを2発まともに食らってもわりと平気そうなお嬢様に呆れ顔でカズマが言う。

 

「そんなことダストは言ってない」

「言ったろ」

「じゃあ、聞いてない」

「聞けよ!」

 

 ……カズマ、頼むからそのお嬢様の手綱は握っとけよ。わりとまじでお嬢様が倒れたら戦線崩壊だから。興奮して勝手に突っ込んだりしたらお前の責任だからな。

 

 

「でもダストさん。あの様子なら私達が壁を作らなくてもダクネスさんは耐えられるんじゃ」

 

 隣りにいるゆんゆんが2発目の魔法を待機状態にして聞いてくる。

 

「実際普通のブレスの連発ならどんなに連発されてもララティーナお嬢様とアクアのねーちゃんのコンビなら耐えられる。こっちだって攻撃するから相手の攻撃が止む時間があるからな。ただ、爆裂魔法並の本気のブレスがあるって考えたらララティーナお嬢様のダメージは最小限に押さえて、体力は上限に近い所を維持しときたいんだよ」

 

 あのお嬢様なら本気のブレス食らっても死ぬってことはないだろうが気絶はわりとありえるからな。

 

「(……というのは建前で本当はゆんゆんさんを危険な目に合わせないための作戦なんですよね? 爆裂魔法が使える私はともかく、ゆんゆんさんが上位ドラゴン以上と戦うとなればライト・オブ・セイバーで接近して戦うしかありませんから)」

 

 こそこそとウィズさんが耳打ちしてくる。……こそばゆい。

 

「……ダストさん、戦闘中に何を鼻の下伸ばしてるんですか。ウィズさんもダストさんは童貞なんですからそんなに顔近づけたら勘違いして惚れられちゃいますよ」

「別に鼻の下なんて伸ばしてねぇよ」

 

 多分。

 

「ゆんゆんさん心配しないでください。むしろ私とバニルさんは応援してるんですから!」

「あの……ウィズさん? 何を心配しないでいいのか、ウィズさんとバニルさんが何を応援してるのか全然分からないんですが…………」

 

 奇遇だな、ぼっち娘。俺もウィズさんが何を言ってるのか全然分からねぇ。

 

 ……ウィズさんのなんか好奇心に満ちた顔がむかつく。

 

 

「──『エクスプロージョン』! どうですか、カズマ。今の爆裂魔法は何点ですか?」

「うーん……90点ってとこかな。ナイス爆裂だけど今のめぐみんならもっといい爆裂魔法撃てるだろ」

「言いますねカズマ。いいでしょう、カズマに最高の爆裂魔法をみせてあげますよ。……というわけでアクアから魔力を早く移してくさい」

「ね、ねぇ、めぐみん? その最高の爆裂魔法を他人の魔力で撃つことに疑問はないのかしら? さっきから結構な魔力が奪われてて怖いくらいなんですけど……」

「ありませんよ。大切な仲間の魔力で撃つ最高の爆裂魔法……感動の展開じゃないですか」

「それ、最後の一発だけならともかくこう何発もされたら感動も何もないんですけど! やっぱり魔力タンクな扱いされてるだけなんですけど!」

「うるさいぞアクア。この作戦受け入れたのはお前だろうが。……というかポンプ役やってる俺のが魔力タンクやってるお前よりいろいろ思うところがあるってのに」

「だって、流石にあのドラゴン倒すってなるとめぐみんの爆裂魔法に頼るしかないのは確かだし……」

「そういや、なんでアクアはあんなのと戦おうと思ったんだ? めぐみんとダクネスはともかくお前は俺と一緒で戦いたい理由なんてないだろ」

「相変わらずカズマさんは物知らずねー。もう転生して何年にもなるのに。いい? 上位種以上のドラゴンってのはね、自分が認めるだけの力を人が示したら何でも一つ願いを叶えてくれるの。そのドラゴンが叶えられるだけの範囲でだけどね」

「へぇ……そんなもんなのか。…………で? お前は何を願うつもりなんだ?」

「決まってるでしょ。ゼル帝をドラゴンの帝王にしてもらうのよ!」

「……お前もういい加減ゼル帝が雄鶏だと認めろよ」

「ちなみにカズマ。私はあのドラゴンに一日一回爆裂魔法を撃ち込ませて欲しいと願うつもりです。最近標的にしてた魔王城が爆裂魔法で壊れてしまったのでいい標的がなくなったんですよね」

「……まぁ、一発くらいなら大丈夫そうだしいいか…………って、魔王城に爆裂魔法ってそんなことしてたのかよ!? しかも壊れた!?」

 

 

 ……ほんと、頼むからトラブルメーカーたちの手綱は握っとけよカズマ。

 

 

「フハハハハハ! エンシェントトカゲよ! 長い休戦期間で大分弱まってるのではないか!」

『ふん。そう言う貴様こそ牙が抜けたと聞いているが。人の世を恐怖のどん底に陥れた大悪魔が今じゃ嫌がらせが生きがいの残念悪魔になったとな』

 

 憎まれ口を互いに叩きながらバニルの旦那とエンシェントドラゴンは爪と拳をぶつけあう。

 

『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』

 

 その逆の腕の方へ空から突撃するのはミネア。

 

『中位種とはいえ、やはりドラゴン使いの強化を受けたドラゴンは厄介だな。バニル一人ならとっくの昔に土に返してるものを』

 

 それぞれがエンシェントドラゴンを牽制するように動き、その本気の一撃が片方に向かないようにして前線を持たせる。

 

『しかし、この前戦った時はもっと強い力を持っていた覚えがあるが……』

「戦いの最中に考え事とは余裕であるな。死にたいのは我輩ではなく貴様であったか」

『ぬかせ。地獄にいる貴様ならともかく、仮の姿である今の貴様に我を殺せる力などあるか。今も我の生命力をまともに削れているのはあの紅魔の娘の爆裂魔法のみだ』

 

 その爆裂魔法にしてもあんまり効いてる気がしないんだが……あと何発撃ちこめばいいんだ。

 

 

「なぁ、アクア。お前は今全てを見通す目持ってんだろ。あのドラゴンの生命力って今どんだけ削れてんだ」

 

 俺と同じ疑問を持ったのかカズマがアクアのねーちゃんにそう聞く。

 

「うーん……5%位? めぐみんの爆裂魔法がフライングもいれて5発だからちょうど爆裂魔法1発で1%くらい削れてる計算ね」

「………………アクア、お前熱でもあるのか? ちゃんと計算できてるってお前らしくないぞ」

「いい加減天罰食らわせるわよヘタレニート」

「しかし私の爆裂魔法でも1%しか削れないのですか…………」

「馬鹿ねめぐみん。私と同格の存在をたった100発で葬り去れるのよ。人間がそんな力を振るうなんて爆裂魔法ってほんと壊れてるわ」

「むしろ俺はお前を倒すのに爆裂魔法100発も必要なのに驚きなんだが……」

「はい決定。カズマさんは私が許すまで一発芸が必ず滑る天罰が下ったわ」

「やっぱり宴会芸の神じゃねぇか」

 

 

 お前らが攻撃の要なんだから真面目にしろよ。ほんと頼むから。

 

 

 

「『ルーン・オブ・セイバー』!…………くっ、何故切れないんだ」

 

 バニルの旦那とミネアがエンシェントドラゴンと打ち合ってる下。エンシェントドラゴンの大きな足を切ろうとしてその硬い鱗に阻まれて失敗するミツラギの姿があった。

 エンシェントドラゴンに完全無視されてんじゃねぇか、何やってんだあいつ。

 

「しょうがねぇな。ゆんゆん、ウィズさん。ちょっと行ってくる」

 

 今の俺はこのパーティーじゃ1番ステータス低いからあんまり前に出たくないが、遊撃担当として今のカツラギの状態は見過ごせない。

 

「一人で大丈夫ですか、ダストさん。私も一緒に……」

「お前がここから離れたらすぐに黒焦げだぞゆんゆん。俺はミネアの力借りてて火属性の耐性上がってるからなんとか耐えられるけど」

 

 曲がりなりにもエンシェントドラゴンとこれだけの人数が戦えているのはアクアのねーちゃんの結界があるからだ。要所要所に結界を張り、そこに来たブレスを逸らし受け流すか、受け流しきれない部分をダクネスの所で霧散させているのが、ゆんゆんやミツラギが無事な理由だ。

 ……まぁ、俺もブレス直撃したら黒焦げだけど、ゆんゆんとかは余波だけで黒焦げになりかねないからな。誰だよゆんゆんなら囮出来るとか言ってたやつ。

 

「……分かりました。気をつけてくださいね?」

「ああ。お前もあんまり油断すんなよ。ブレスを受け流すのに特化した結界だから貫通系の攻撃されたら抜かれる可能性が高い。結界の中だからって絶対の安地じゃねえんだから」

 

 本来の力を取り戻したアクアのねーちゃんでも、エンシェントドラゴンの攻撃を完全に受け止められるような結界は張れない。正確にはこの人数をカバーするだけの範囲ではだが。

 …………やっぱエンシェントドラゴンもアクアのねーちゃんも狂った能力してんなあ。流石伝説級のドラゴンと能力だけは最上位の女神。この世界では制限を受けてるらしいのにこれだからやばいわ。

 

 

 

 

 

「おい、勇者様よ。何を遊んでんだよ」

 

 なんとか黒焦げにならずにミツラシのもとにたどり着いて。俺は一つだけ息を吐いてそう話しかける。

 

「遊んでなんかない。というか君に勇者様言われると馬鹿にされてる気しかしないからやめてくれ」

「じゃ、魔剣の兄ちゃん。その魔剣でなんで切れないのか不思議か?」

「ああ。この剣に切れないものなんてないはずなのに……」

 

 悔しそうな様子のミツルキ。実際今まで当たって切れなかったものはなかっただろうし、悔しいだろうな。

 

「はっきり言うとだな、今の魔剣の兄ちゃんの剣撃にはエンシェントドラゴンを倒すだけの魔力になってないんだよ」

「そんなはずはない。この魔剣グラムにはもともとすごい魔力が込められてるし、スキルで僕の魔力も込められてる」

「あー……言い方が悪かったな。魔力量自体は問題ない。というか兄ちゃんの魔力がなくてもその魔剣自身の魔力で十分すぎる魔力量はある。ただ、『ある』だけじゃエンシェントドラゴンの鱗は切れない」

 

 魔王軍の幹部クラスくらいまでなら特に問題はないが、上位の神々や公爵級の大悪魔レベルになれば話は別だ。

 

「魔力を込めるだけじゃなくてそれを制御するんだ。イメージとしちゃ魔力自身を剣の形にしてその魔剣と重ねる。それができりゃエンシェントドラゴンの鱗でも切れる」

「…………口だけで言われても想像しづらいな」

「ま……そうだよな」

 

 仕方ねぇか。あんまり本調子じゃないからやりたくないんだが。

 

「よく見とけよ」

 

 俺は槍の穂先に魔力を集め、その集めた魔力自身を何よりも鋭く切れる刃にする。そしてその刃を持って俺はエンシェントドラゴンの鱗を少しだけ切り裂いた。

 

「やってることは上級魔法のライト・オブ・セイバーに近い。あれも、術者の力量次第じゃなんでも切り裂くからな」

「なるほど……理屈とイメージは分かった。…………でも、いきなり出来るのかな」

 

 小さく不安の声を漏らすミタラギ。…………しょうがねぇな。これだけは言いたくなかったんだが。

 

「あのな、魔剣の兄ちゃんよ。何で俺がわざわざお前さんを呼んだと思ってる。忌々しい限りだがな、その魔剣はドラゴンにとっちゃ天敵とも言えるもんなんだよ。その魔剣を使いこなせりゃ本当に切れないもんは何もねぇ」

 

 その魔剣を初めてみた時から気に入らなかったんだ。その剣に込められた魔力を使いこなせればどんなドラゴンでも倒せてしまうだろうと分かってしまったから。

 

「お前さんはその魔剣の担い手なんだろ。アクアのねーちゃんにその魔剣を託された勇者なんだろ。……だったら、使いこなせなきゃ嘘だろミツルギ」

 

 この勇者様はほんとに気に食わないことだらけだが、それでもその魔剣の威力と魔剣に対する想いだけは信用してんだ。俺のドラゴンに対する想いには負けるだろうけど、それに近いものは持ってるってな。

 

「…………君は出会った頃と変わったね。今なら君がライン=シェイカーだって言われても信じられる」

「まぁ、お前さんと出会った頃からカズマに出会うくらいまでが1番腐ってた気はするけどよ」

 

 ミタラギにそんな分かった風に言われるとムカつく。やっぱりこいつとはどこまで行っても馬は合わなそうだ。

 

「じゃ、後は頼むぜ。……その魔剣を使いこなせればエンシェントドラゴンもお前さんを無視できなくなる。ミネアとバニルの旦那と協力して前線を持たせてくれ」

 

 馬は合わないが、その実力だけは信用している。コツさえ掴めばこいつはちゃんと自分の役目を果たしてくれるだろう。

 

「任せてくれ」

 

 自信に溢れたその言葉は、そう信じるに足るものだった。

 

 

 

 

 

「これで前線は安定するな…………この調子で行けばなんとかなりそうか」

 

 ゆんゆんとウィズさんの所に戻った俺は戦況を分析する。今のところはかなり順調だ。ロリっ子の爆裂魔法も既に10発は打ち込んでるし、アクアのねーちゃんのおかげで攻撃を受けるメンバーの体力も安定してる。

 

「……ダストさん? 調子悪いんじゃないですか? 顔色悪いですよ」

「……気のせいだろ」

 

 問題があるとしたら俺くらいか。まさかちょっと見本見せるだけでこんだけ気分悪くなるとは……今日の俺は絶不調もいいとこらしい。一時はミネアの魔力を借りるのもやめとかないと。

 

 

『ふむ……少しばかり本気を出しても良さそうだな』

 

 エンシェントドラゴンはそう言ってブレスをためる。爆裂魔法並と言われるエンシェントドラゴンの本気のブレスがこようとしていた。

 

「ゆんゆん! ウィズさん!」

 

「「『カースド・クリスタルプリズン』!」」

 

 俺の指示と同時に二人は待機させていた魔法を発動させる。それからすぐに吐かれたブレスはできた氷の壁にぶつかり、少しだけその威力が減衰、ダクネスに直撃して霧散する。

 

「んくぅ……はぁはぁ……流石はエンシェントドラゴン…………私をここまで傷つけるとは…………だが、私はこの程度では沈まんぞ。もっと撃ってこい!」

「…………かっこいいセリフだけどダクネスが言ってるとその裏側が見えて残念すぎるな」

 

 おいカズマ。お前の言葉でララティーナお嬢様喜んでるだろ。放置しとけ。

 

『ふむ……これも耐えるか。なら少し趣向を変えてみるか』

 

 その言葉とともにエンシェントドラゴンの巨体が一瞬にして消える。

 

 

『少しばかり気絶してもらおうか、紅魔の娘よ。『カースド・ライトニング』』

 

 …………違う! 消えたんじゃなくて、人化したのか!

 

 それに気づいた時には既にエンシェントドラゴンの放った黒い稲妻が俺の隣にいるゆんゆんへと向かってきていた。

 

「ダストさん!?」

 

 結界を貫き飛んでくる最速の魔法に、今の俺じゃゆんゆんをとっさに突き飛ばすことしか出来ず──

 

 

「これ……死んだ、かな……」

 

 

 ──勢い余ってゆんゆんの居た場所へと躍り出てしまった俺の体はその中心に風穴を空けられた。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

どらごんたいじ 後編

――ゆんゆん視点――

 

 

「なんで…………なんでなんですか……っ」

 

 私は目の前に広がる認められない光景に『なんで』を繰り返す。

 

「なんで私をかばったりしたんですか……っ」

 

 きっと私はエンシェントドラゴンの雷撃を食らっても致命傷にはならなかったはずなのに。

 

「なんで、ダストさんがこんなにダメージを受けてるんですか……っ」

 

 ドラゴンと一緒に戦うダストさんは私なんかよりも魔法防御力が高いはずなのに。

 

「なんで……、なんで何も喋ってくれないんですか……っ!?」

 

 私がこんなに呼びかけてるのに……どうして、いつもの乱暴な言葉を返してくれないんですか。

 

「約束したじゃないですか……私にたくさん友達作ってくれるって」

 

 冒険だってまだまだ全然してないのに。ハーちゃんとも喋れるようにやっとこれからなのに。

 

「…………私とハーちゃんに仇討ちなんてさせるつもりなんですか?」

 

 仇討ちなんてさせるなって言ったのはダストさんなのに。

 

「なんで…………なんですか…………」

 

 

 

 

「お、おいアクア。なんか雰囲気がやばいことになってるけど大丈夫だよな? お前がいるんだからダストが死んでも生き返って『あー、死ぬかと思った』って感じでオチを付けられるんだよな?」

「…………あのね、カズマさん。あのチンピラはクーロンズヒュドラの時に一度死んで生き返ってるの。二度目の蘇生は出来ないわ」

「出来ないって…………お前、俺の時は散々ゴリ押しして生き返らせてるだろう」

「それはカズマさんだから出来ることなのよ。カズマさんが選んだチートが私だったからとか、運以外は並で面白いステータスしてるからとか。……生き返ったほうが面白そうだからカズマさんは生き返れるの」

「じゃあ、ダストは…………」

「あいつが本当にただのチンピラならどうにかなったかもしれないけど……あいつは強すぎる。今はまだ辛うじて生きてるみたいだけど、死んだらそこで終わりよ」

 

 

 そう、ダストさんは一度死んでる。リーンさんに聞いた話だけれど、あのクーロンズヒュドラとの戦いの中、無茶をしてヒュドラに食べられたらしい。()()に助け出された後、アクアさんに蘇生されて事なきを得たってことだけど、この世界において蘇生が許されるのは本来一度きり。特例らしいカズマさんはそれに当てはまらないけれど、ダストさんはその本来の理の内にいる。

 もしもここでダストさんが死ねば……

 

「だったら、今すぐ治療を……!」

「今の状況じゃ無理よ。あいつの治療に向かったらダクネスが死んじゃう。流石のダクネスもまたドラゴンの姿に戻ってるエンシェントドラゴンのブレスを回復無しで受け続ければ耐えられない。……ゆんゆんには悪いけどダクネスとダストだったら私はダクネスを選ぶわ」

 

 

「……どうしようもないのか」

『負けを認めればいい。そうすれば我は戦いをやめ、そなたらを見逃そう。……我に挑みし対価はもらうが』

「…………対価?」

『死にかけているドラゴン使い。その男は我が認めるだけの才能がある。我はもう少しすればこの世界を離れ旅に出るが、その旅にその男を連れて行きたいのだ』

「ま、それもありかもね。死ぬよりかはマシでしょうし。……どうする? カズマさん」

「どうするったって、そんなの負けを認め──」

 

 

「──嫌です!」

 

 

 冷たくなっていくダストさんの身体を抱きしめながら私は叫ぶ。

 

「ダストさんが死ぬのは嫌です! でも……ダストさんと離ればなれになるのも嫌なんです!」

 

 

 死んでしまうよりかは確かにマシかもしれない。

 でも、離れ離れになれば一緒に冒険ができない。

 一緒に夕飯を食べることも出来ない。

 ハーちゃんの教育方針で喧嘩することも出来ない。

 

 

 可能性がある限り、私はダストさんと一緒にいれる未来を諦めたくない。

 

 

「お、おい、ゆんゆん。そんなこと言ってもこのままじゃダストは死んで……」

 

 そう困った顔で言うカズマさん。

 

 

「らいんさまは、わたしがしなせません。わたしもあるじとおなじきもちです」

 

 危険だからと離れた場所で、でも『もしも』の時のために控えていたハーちゃん──私の可能性──がダストさんの治療を始める。

 

 

「小僧! ダストを死なせることは我輩が許さん! だが、トカゲ風情にダストをくれてやるとこも出来ぬ。そのどうしようもないチンピラにはまだやってもらうことがあるのだ」

 

 エンシェントドラゴンとぶつかり合いながらバニルさんはカズマさんに叫ぶ。

 

「ダストは言っておったぞ、汝がいればどうにかなるだろうと。ダストのどうにかなるという言葉はここで負けるなどというつまらぬ結果ではないはずだ」

 

 

 

 

「カズマ。少し無茶なお願いをしてもいいでしょうか?」

「……なんだよめぐみん」

「ダストが死んでしまう前にエンシェントドラゴンを倒したいんです」

「そりゃ、少し無茶なお願いじゃないな。凄い無茶なお願いだ」

「……ダメ、でしょうか?」

「その無茶なお願いの理由次第だな」

「ゆんゆんが、引っ込み思案のあの子が、ここまで自分本位なわがままを言ったのは初めてなんです。私はそのわがままを叶えてあげたい。……あの子は私の親友ですから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ったく…………しょうがねなああああああああああああああ!! おい、アクア! 戦いが終わればどんな状態でもダストを助けられんだよな!?」

「もちろんよ。死んでさえいなければ死体だって生き返らせてみせるわ。女神の本気舐めんじゃないわよ」

「ありがとうございます、カズマ。…………それでこそ私の好きな人です」

 

 

 そうして、無謀な戦いが私の我儘から始まった。

 

 

 

「ウィズ! 10個しか持ってきてない最高品質のマナタイトだ! それで爆裂魔法撃ってくれ!」

 

 カズマさんはそう言ってマナタイトが入ってる袋を私達の方に投げてくれる。

 

「ゆ、ゆんゆんさん、これ本当に最高品質のマナタイトですよ。…………使ってもいいんでしょうか? 後で請求とかされませんよね?」

「…………今、わりとシリアスな状況なんでつべこべ言わず撃ってください。もしも請求されたら私が一生かかっても返しますから」

 

 貧乏性のウィズさんにとって小さな家を買えちゃうそれを使うハードルが高いのは分かるけど。

 

「……分かりました。ゆんゆんさん、ダストさんを必ず助けましょうね」

 

 そう言ってウィズさんは私達の前に出て爆裂魔法の詠唱を始める。

 

「カズマさん! 私は何をすれば……!」

 

 ダストさんを抱きしめてるだけだと不安でどうにかなってしまいそうで、私はカズマさんに指示を求める。

 

「ゆんゆんはダストが死なないようにしててくれ。心臓マッサージとか人工呼吸とか」

「聞いたことはありますけどやり方はよく分からないです!」

 

 プリーストに頼らない蘇生の方法とは聞いてるけど。

 

「学校で応急手当の訓練しなかったのかよ!?」

「……あのね、カズマさん。ここ異世界だからね? 元いた世界とは違うんだからね? というか心臓マッサージも人工呼吸も転生者が伝えただけで詳しいやり方とか知ってる人ほとんどいないわよ?」

 

 なんかショックを受けてる様子のカズマさんと呆れ顔のアクアさん。…………結局私は何をすればいいのかな?

 

「心臓マッサージは…………やり方知らないなら逆に危ないか。ダストの息が止まってたりしたら鼻つまんで口から息を吹き込んでくれ。後はジハードの手伝いだ」

 

 カズマさんの指示を受けて私はダストさんの息を確認する。

 

「よかった…………息はしてる」

 

 身体は今も冷たくなっていってるけど微かに息はしている。…………ダストさんはまだ生きてるんだ。

 

 

 

 

「あるじ……きずはふさぎました」

 

 ハーちゃんの言った通り、さっきまでダストさんに空いていた穴は綺麗になくなってる。でも……。

 

「傷は塞がってるのにどうして……?」

 

 ダストさんは目覚めない。それどころか息も今にも止まりそうなくらい弱くなっている。

 

「わたしじゃ、きずはふさげても『きのう』のかいふくができないんです」

 

 つまり、このままじゃダストさんはやっぱり死ぬってこと……?

 

「ハーちゃん、戦いが終わるまで……アクアさんが来るまでなんとかダストさんを死なせない方法ってないの?」

「わたしのせいめいりょくをちょくせつながします」

 

 そっか、今も失われているダストさんの生命力をハーちゃんのドレインタッチを使って外から補填すれば……。

 

「けど……わたしのせいめいりょくだけじゃ、さいごまでもちません…………」

「私の生命力を奪っても足りない……?」

 

 ダストさんに生命力を流し始めたハーちゃんに私は聞く。

 

「…………はい」

 

 私とハーちゃんだけじゃ足りないとすると戦ってる誰かから生命力を貰わないといけない。ダストさんを連れて結界の外に行くのは不可能に近いし、もし誰かから貰うとしたらこっちに来てもらわないといけないんだけど……今戦ってる人たちにそんな余裕が有る人はいない。

 戦いを止めずにもらえるのは同じ結界内にいるウィズさんだけど、一応アンデッドであるウィズさんにドレインタッチを使っても生命力は貰えない。

 …………もしかして、詰んでる?

 

「やっぱりわがままなんて言っちゃいけなかったんでしょうか……」

 

 そうしていれば少なくともダストさんは死なずに済む。今からでも戦いをやめ──

 

 

 ──ガブッ

 

 

 …………ガブッ?

 

「って、ミネアさん!? なんで私の頭噛んでるんですか!? 痛いんですけど! すごく痛いんですけど!」

 

 悩んでいる間にいつの間にか飛んできていたミネアさんに頭を噛じられ、私は涙目になって叫ぶ。

 

「……はぁ、……はぁ…………い、いきなりなんなんですか…………というか、ミネアさんは前線で戦ってたはずじゃ……?」

 

 なんとか抜けだして息をついた私は頭をかしげる。

 

「ぼっち娘よ。その中位種のトカゲはバフが切れてるわ、ダストが倒れてからは注意力散漫だわで邪魔なだけだ。そっちで生命力でも何でも絞りとるがいい」

 

 私の疑問に答えるように前線で戦うバニルさんが叫んでくる。

 

「そっちは大丈夫なんですか?」

 

 ミネアさんがこっちに来た理由は分かったけど、前線は大丈夫なんだろうか?

 

「我輩を誰だと思っている。トカゲの相手をするくらいトカゲの力を借りるまでもない」

「バニルさんは別に心配してないですけど。ミタ……ミツルギさんは大丈夫なんですか?」

 

 バニルさんは殺しても死ななそうだしあんまり心配はしていない。でもミt……ミツルギさんは魔剣がどんなにすごくても防御力に関してはあくまで凄腕の冒険者レベルのはず。その魔剣もさっきまで通らず苦戦してたみたいだし。

 

「この剣の本当の力にも慣れてきたから大丈夫だよ。今の僕ならそのドラゴンの代わりまでできる。……それに、その男に借りを作ってしまった。返す前に死なれては困るからね」

 

 そう言いながらミツラギさんは確かにバニルさんと協力してエンシェントドラゴンに攻撃をし、前線を持ちこたえさせている。ブレスはアクアさんの支援魔法や結界によって防げるにしても、爪や尾での攻撃を受ければ掠っただけでも致命傷のはずなのに……。

 もしかして、ミタラシさんって私が思っている以上に凄い人なんだろうか? ダストさんに魔剣の扱いのコツを少し教えてもらっただけでここまで強くなるなんて、近接戦闘のセンスだけで言えばイリスちゃんや槍を使うダストさんにも負けてないかもしれない。

 

 

「私とハーちゃんとミネアさん…………なんとか足りそう?」

「…………ぎりぎり」

「…………ぎりぎりかぁ」

 

 それでも首の皮一枚は繋がった。後は限界まで……足りなければ限界以上に命を注ぐだけだ。

 そうすれば、きっとめぐみんたちが、私の友達がなんとかしてくれるはずだから。

 

 

 

 

 

 

 

「今のでめぐみんとウィズ合わせて28発目……ラスト一発ずつだ! 頼むぜめぐみん、ウィズ。最高の爆裂魔法を見せてくれ」

「言われるまでもありません。……ウィズ! 最後は同時発射で行きましょう! ちょうどいい機会です、私の爆裂魔法が1番だということをカズマに見せてあげます! ……というわけですカズマ。もっと魔力をください」

 

 既に十分すぎる魔力を受け取ってるはずなのに…………めぐみんの負けず嫌いと爆裂魔法への愛はいつでも変わらない。

 

 

「ど、どうしましょう、カズマさんからもらったマナタイトは使いきってしまいましたし、かと言って私の魔力は小競り合いで減ってて爆裂魔法使えるかどうかは微妙な域に……」

 

 めぐみんの同時発射という言葉に焦ったのかオロオロしてるウィズさん。『カースド・クリスタルプリズン』を何度か使っているからか、爆裂魔法使える魔力が残ってるかどうかは微妙らしい。

 

「……魔力が、たり…なけれ、ば……はぁ、はぁ……私から、奪って…ください」

「何を言ってるんですか、ゆんゆんさん! 今のあなたはただでさえ生命力が足りてないのに、ドレインタッチなんか使われたら本当に死にますよ!?」

「でも、このままじゃ…………ダストさんが…………」

 

 私もハーちゃんもミネアさんももう出せる生命力は出し尽くした。今は命を削ったロスタイムだ。この時間はもう長くは続かない。めぐみんとウィズさんが次撃つ爆裂魔法までが物理的な限界になる。…………めぐみんが2発撃つのを待てばダストさんは死んでる。

 

 だったら、たとえここで私が死んででも、ウィズさんに爆裂魔法を撃ってもらって戦いを終えてもらったほうが100倍マシだ。

 私の我儘で続けたこの戦い。ダストさんが死んで終わる結末なんて死んでも認められないんだから。

 

「だからと言って──」

「──ウィズ! 我輩の仮面だ! 受け取れ!」

 

 ウィズさんの言葉にかぶせるように前線で戦っているバニルさんが『自分の』仮面をウィズさん元へ投げてくる。

 

「…………これ、どうしろっていうんでしょうか?」

「……被れ、ってことじゃ、……ないですか」

「いえいえ、この仮面からドレインタッチで魔力を奪えってことかも──」

 

 

「──何をしているのですかウィズ! もう待ちきれませんよ!」

 

 被るのに拒否反応を示してるウィズさんにめぐみんの催促の声。

 

「分かりました! 分かりましたよ! 被ります! …………呪われててつけたら剥がせないってことはないですよね……?」

 

 それ、バニルさんの本体だからバニルさんの気分次第だと思いますよ。

 

 

――――――

 

 

 

「めぐみんさん! 行きますよ!」

 

 地獄で公爵を務める大悪魔の魔力を借りる、アンデッドの王。

 

「やっとですか、待ちくたびれましたよ!」

 

 四大元素の水を司る上位神の魔力を借りる、ただひとつの魔法だけを追い求めた魔法使い。

 

「「『黒より黒く 闇より暗き漆黒に 我が深紅の混淆を望み給う──』」」

 

 相反する力を借りる二人は声を重ね詠唱を始める。

 

 

 

『舐められたものだな…………それとも、そなたは見捨てられたのか?』

「ドラゴンが……あなたがどれだけ凄い存在かはもう十分すぎるくらいに分かってますよ」

 

 古の龍に相対するのは女神に魔剣を与えられし転生者。

 

「それでも僕がここに一人で立ってるのは舐めてるからでも、見捨てられてるからでもありません。それが勝つために必要だからです」

 

 神々が作りし竜殺しの魔剣、ただひとつを武器にしてその瞬間までの時間を稼ぐ。

 

 

 

「「『──覚醒のとき来たれり──』」」

 

 

 

「ダクネス! 今までで1番大きなブレスがくるわよ! 多分、めぐみんたちの魔法が撃たれるより少しだけ早いわ!」

「分かっている。たとえこの身が燃え尽きようとも、お前たちのもとにブレスは届けさせん」

 

 身も心も不器用な、けれどその硬さだけは人類最硬を誇る騎士。

 

「まぁ、私の結界がなければ余波だけでめぐみんは黒焦げなんだけどね」

「い、いろいろと台無しだな……」

「でも、結界で耐えられるのはダクネスのおかげ。……信じてるわよ」

 

 女神が誇る最強の盾と鎧は、女神の加護を受け、古龍のブレスがくるのを前に一歩も引かない。

 

 

 

「「『――無謬(むびゅう)の境界に落ちし理 無形(むぎょう)の歪みとなりて現出せよ!──』」」

 

 

 

(……息をしてない?)

 

 この場ではきっと誰よりも普通な、強さと弱さをかね合わせた少女。

 

(生きてください、ダストさん…………私はまだあなたとやりたいことがいっぱいあるんです)

 

 死の瀬戸際にいる悪友が手の届かない所へ逝ってしまわないように、その口から息を吹き込む。

 

 

 

「「『──エクスプロージョン!!』」」

 

 完成し、二者から同時に放たれるのは、神を殺し悪魔を滅ぼしうる最強の攻撃魔法。

 あらゆるものを破壊するその魔力爆発はエンシェントドラゴンへと二つ同時にぶつかり、今日一番の衝撃を起こす。

 

 

 

『…………あと一歩、足りなかったな。爆裂魔法をあと一発我に撃ち込んでいれば、その男が死ぬ前に負けを認められたものを……』

 

 声に悲しみを含ませエンシェントドラゴンは言う。

 

「そうか。あと一歩か。…………なら、ぎりぎり間に合ったな」

 

 『潜伏』を解き、エンシェントドラゴンの前に姿を現すのは、運以外は普通のステータスをした最弱職の男。

 

『その光…………そうか、そなたが──』

 

 

「──『エクスプロージョン』――――ッッ!」

 

 

 最後のマナタイトを使い、魔王を倒したその魔法を解き放った──

 

 

 

 

 

 

 

 

──ダスト視点──

 

「ほら、いい加減起きなさい」

 

 ぺしぺしと遠慮無く自分の額が叩かれる感触。

 

「っ……アクアのねーちゃん……か。また世話かけちまったみてぇだな」

 

 それに起こされ目を開けてみれば、青い髪をしたチンピラな女神の姿があった。意識を失う前、目を開けたらパッドの女神様がいることを予想していたんだが、どうやら俺の予想は外れたらしい。

 …………実はアクアのねーちゃんが天界に遊びに来てるだけで、近くにエリス様がいるのかとも一瞬思ったが、周りを見渡す限り意識を失う前にいた場所と変わっていない。間違いなく生き延びられたようだ。

 

「別にこれくらい感謝されることでもないわよ。あんたが感謝しないといけないのはそこで寝てる子たちね」

 

 アクアのねーちゃんの言葉に横を見てみればミネアが横たわっている。そのお腹の辺りではゆんゆんとジハードも仲良く眠っていた。

 

「あんたを助けるために限界越えて生命力を消費してたからね。リザレクションかけてあげたから少ししたら目を覚ますだろうけど、それまでは眠らしてあげてちょうだい」

「そうか。……またこいつらに借りを作っちまったな」

 

 ただでさえこいつらには返しきれないくらいのものを貰ってるっていうのに。

 

「限界と言えば、あんたも最近()()超えたでしょ? それの反動は私でも治せないから、元に戻るまでは無茶しないほうがいいわよ」

「あー……そっちが原因だったのか。今のアクアのねーちゃんでも治せないのか?」

 

 レベルドレインとどっちが原因かと思ってたが、俺とドラゴンたちだけでエンシェントドラゴンに認められる時の無茶が俺の不調の原因だったらしい。

 

「蘇生の後の後遺症と一緒だから。魂の方の損傷でこっちの世界じゃどうしても治せないのよ。魂だけでエリスの所に行けば治せるでしょうけど」

「それどう考えても死んでるよな」

 

 ま、元に戻るって話だし、時間経てば治りそうなのが確信できただけでもましか。ヒュドラに食べられてから蘇生して調子悪かった時と感覚が似てたから、そのうち治るだろうとは思ってたが。

 

「しっかし、アクアのねーちゃんがなんか頭良さそうなこと言ってると違和感すげーな」

 

 頭弱いだけで、知識には関係ないのは分かってんだが…………って、しまった。流石にこの言い方は助けてくれたってのに失礼だよな。アクアのねーちゃん怒るんじゃ……。

 

「…………じゃ、私はエンシェントドラゴンにお願い言ってくるから」

「……って、あれ? 怒んねえのか?」

「…………別に。今日は見逃してあげるだけよ。次同じこと言ったら聖なるグーを喰らわしてあげるからね」

 

 そう言い残してアクアのねーちゃんはエンシェントドラゴンの所に向かっていく。

 

「んー? 怒ってるのは確かみたいだが……なんだったんだ?」

 

 いつものアクアのねーちゃんなら言い返すくらいはすると思ったんだが……。

 

「アクア様は優しい方ですから。…………ダストさんのことをすぐに助けてあげられなかったことを気にしてるんですよ」

「ウィズさん。……すぐに助けられなかったって言っても、あの時の状況考えれば当然じゃないですか?」

 

 アクアのねーちゃんが俺を助けようとすればすぐに戦線が崩壊したはずだ。それくらいにはアクアのねーちゃんが戦いの要だったし、俺以外の誰かが死ぬ可能性もあった。知らない仲じゃないとはいえ、知ってる仲程度でしかない俺を助けなかったくらい気にすることでもないだろうに。

 

「それでも気にするから、アクア様は女神様なんですよ」

「…………そんなもんすかねぇ」

 

 なんにせよ、アクアのねーちゃんにはまた借りを作っちまったな。何かで借りを返せればいいんだが。

 

 

 

 

 

 

 

「カズマ! あなたという人は……! 紅魔族を差し置いて1番美味しい見せ場をもっていくとはいい度胸じゃないですか!」

「わ、悪かったよ。俺もあくまで保険で唱えてただけで、めぐみんから見せ場を奪うつもりはなかったんだって」

「……本当ですか? カズマはなんだかんだで美味しい所を持って行きますから信用ならないんですが。今回だってウィズに10個あるマナタイトを9個しか渡さずに1個隠し持っていたみたいですし」

「…………。そんなことよりめぐみん。俺の爆裂魔法の点数はつけるとしたら何点だ?」

「……露骨にごまかしましたね。威力とかそういうのを見れば50点も行かないですよ」

「まぁ……そうだよなぁ」

「でも、演出的には100点です。…………だから本当に悔しいんですが」

「……悪かったよ。夕飯のプリンやるから機嫌直してくれ」

「2個ですよ。…………後、あーんも付けてくれたら許します」

 

 

「フハハハハハ! エンシェントトカゲが我輩に負けを認め、我輩の命令に従うと思えば笑いが止まらぬわ!」

 

『…………別に勝敗に関しては拘らないが、我は貴様の願いなど叶えないぞ。何故悪魔の願いを叶えねばならないのだ』

 

「…………なんだと? それでは我輩は何のためにこんな辺境に来たのだ!? どこぞの盗賊団とポンコツ店主のせいで破産したカジノを再建する足がかりにと来たというのに」

「プークスクス。受けるんですけど! 何でも見通すとか偉そうなこと言ってる木っ端悪魔が無駄骨折るとか超受けるんですけど!」

「駄女神の分際で我輩を笑いおって…………」

「負け惜しみが心地いいわ。というわけでエンシェントドラゴン。うちのドラゴンであるゼル帝をドラゴンの帝王にしてちょうだい」

 

『同じことを二度も言うのはアレだが…………。何故女神の願いを叶えねばならないのだ。我が叶えるのは我に力を認められし人間の願いだけだ』

 

「なんでよー! 叶えてくれないんだったら何で私がこんなに苦労しないといけなかったの!? けっこう大変だったんですけど! 支援魔法かけたり回復したり結界はったりカズマさんにドレインタッチで魔力奪われたり大活躍だったんですけど!」

「フハハハハハハハハハハ! 目論見は少し外れたが駄女神の悲鳴が聞けたことで満足するとしよう」

「上等よ! 性悪悪魔! フルパワー女神様である私に喧嘩売るなんていい度胸じゃない!」

「どんなに力が強かろうとそれを扱うのが頭と運が残念な女神であれば怖くないわ! 見通す悪魔が断言する。貴様は我輩の嫌がらせを受けて鬼畜な保護者に泣きつくであろう」

 

 

 

 

「…………旦那も命がけでアクアのねーちゃんからかうなよ」

 

 後ろに守るものがいないなら旦那が倒されるとは思わないけど。

 

 

「ん…………ダスト……さん?」

 

 声に振り向いてみれば。瞼をこすりながらゆんゆんが身体を起こしていた。

 

「お、ゆんゆん目が覚──」

「──ダストさん!」

 

 目が覚めたかという言葉は、その途中でゆんゆんに体当たりを食らい、その上締め付けを受けることで中断される。

 

「おい馬鹿、いてぇって。締め付けてくんじゃねぇよ」

「馬鹿はどっちですか! ダストさん、あなたもう少しで死ぬところだったんですよ!」

「?……おい、ゆんゆん。お前もしかして泣いてんのか?」

「…………どうして、私をかばったりしたんですか?」

 

 質問に質問で返してんじゃねえよ、このぼっち娘が。

 

「どうして言われてもな…………気づいたら動いてたとしか」

 

 エンシェントドラゴンの魔法がゆんゆんに向けられてるのに気づいたら、いつの間にか俺の身体が動いてて……。その次に気づいたら俺に大きな穴が空いてた。

 …………ほんと死ななかったのが不思議で仕方ない。

 

「……そんなの、ダストさんには似合いませんよ。チンピラのくせに」

「うるせぇよぼっち娘。一応は助けられたんだからお礼の一つや二つしやがれ」

 

 ……なんて、こいつらに命を助けられた俺が言える台詞じゃねぇか。

 

「……お礼なんてしませんよ」

 

 だよな。

 

「ダストさんが死ぬかもしれない……そう思った時私がどれだけ胸が締め付けられる想いをしたと思ってるんですか。怖くて……本当に怖くて。自分が許せなくて、悲しくて。……寂しくて。こんなに苦しい思いをしたの初めてだったんですよ」

「…………悪い」

「そんな言葉じゃ許しません。……ゆる、うぅっ……ゆるさない、……んですからぁ……うぅぅっ……あぁああああああああっ!」

「…………やっぱ泣いてんじゃねぇかよ」

 

 抱えていたものが決壊したのか、嗚咽を抑えられなくなったゆんゆんの頭を撫でて落ち着かせようとする。

 

(……ほんと、こいつには借りを作ってばっかだな)

 

 借りを返そうとしているのにどんどん借りが増えていく。俺はこいつに借りを全部返せる日が来るんだろうか。

 

 

 

「……ねぇ、ダストさん」

「あん? どうしたよ。落ち着いたんだったらそろそろ離れて欲しいんだが……」

 

 俺達を見るロリっ子の不機嫌そうな目とウィズさんの生暖かい目が痛いから。

 

「責任…………取ってくださいね?」

「責任?……責任って何のことだよ」

 

 借りは作っちまったが責任取るようなことは別にしてない気がするんだが……。

 

「や、やっぱりなんでもないです!」

「?……そうか」

 

 ゆんゆんが何を言ってるのか全然分からないが、旦那曰く俺は女心の察しが悪いらしいので考えるだけ無駄だと納得する。

 

 

 

 

 

「ところでダストさん。恋人と悪友だったらやっぱり悪友のほうが大切ですよね?」

「…………ぼっちこじらせてるお前がそう思うのは仕方ねぇが、恋人できたら相手にそんなこと絶対言うなよ」

 

 このぼっち娘の恋人になる奴は苦労するだろうなと思う俺だった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

冒険者の休日

──リーン視点──

 

 

「ダスト、ゆんゆん入るよー?」

 

 ダストとゆんゆんが泊まってる宿の部屋の前。あたしはダストが死にかけて帰ってきたという話を聞いてお見舞いに来てあげていた。

 一週間くらい急にいなくなってやっと帰ってきたと思ってたらまたすぐにいなくなって……今度は死にかけて帰ってくるとか。本当ダストは……。しかもいつの間にか馬小屋からゆんゆんの部屋に住むとこ変わってるし。

 

「ダストー? ゆんゆんー?」

 

 ドアをノックするが部屋の中から返事はない。……話し声は漏れてきてるから間違いなくふたりともいるんだけど。

 

「ん……鍵かかってないし…………。いっか、開けようっと」

 

 ゆんゆんには鍵が空いてたら自由に入っていいと言われてるし、ジハードちゃんは賢いけど女の子としての恥じらいとかそういう機微はまだ薄い。一応ノックはしたし扉を開けて中の様子を伺うくらいはいいはずだ。

 ダストは……ダストだしどうでもいいか。

 

 

 

「だからいらねぇって言ってんだろ!」

「もう、ダメですよダストさん。病み上がりなんですからちゃんと栄養のあるもの食べないと。ほら口開けてください。あーん」

 

 

 

「…………何してんの? あんたたち」

 

 ドアを開けて飛び込んできた光景に半分絶句しながらあたしは聞く。

 

「お、リーンいいとこに来た! このぼっち娘どうにかしてくれ! いらねぇっていってんのに無理やり食べさせようとしてきやがる!」

「あ、リーンさん。リーンさんもダストさんを説得してください。ダストさんってば大怪我して治ったばっかりなのにせっかく作った栄養食食べないっていうんですよ」

 

 ステレオであたしに助けを求めてくる二人。

 

「あー……うん。だいたい事情は分かった。………………珍しくダストが正しい」

「なんでですか!?」

 

 あたしの言葉に納得がいかないと叫ぶゆんゆん。……いや、流石にあーんはないでしょあーんは。ダストも言葉足らずなところはあるけどさ。

 

 

 

「そっか……ダストさんは食べないって言ってるんじゃなくて私に食べさせてもらわなくていいって言ってたんですね。それならそうと早く言ってくださいよ」

「お前の行動が突飛すぎて俺も慌ててたんだよ。俺は悪く無い」

 

 今回ばかりはダストがホント正しい。

 

「というか、いきなりどうしたのよゆんゆん。ダストなんか適当にパンでも食べさせときゃいいのに」

「……お前も大概失礼だよな」

 

 ダストがジト目で見てくるけどスルー。

 

「ダストさんのことちゃんと看病してあげたいって思ったからですよ。ちゃんと栄養のあるものを作って食べてもらって、汗をかいてたら拭いて着替えさせて、眠たそうにしてたら子守唄を唄ってあげて……そうしたいって思ったんです」

 

 どうしようこの子大まじめに言ってる。

 

「おい、リーンこいつは誰だ。俺をボコボコにするのが趣味のゆんゆんがこんなこと言う訳がねぇ。こいつは偽物だ」

「間違いなく本物のゆんゆんだからとりあえずダストは黙ってて」

 

 気持ちは分かるけど。むしろダストが言わなかったらあたしが偽物だって言ったかもしれないレベルで分かるけど。

 

「あの……私がダストさんの看病をしたいっていうのそんなに変でしょうか?」

「「変」」

 

 ゆんゆんの問いにあたしとダストの答えが重なる。

 

「そ、そう……ですか。そうですよね……私みたいなぼっちが友達の看病したいなんておこがましいですよね……」

 

 いや、面倒見のいいゆんゆんが悪友とはいえ友達の看病したいってのはおかしくないんだけどね? それが友達とか悪友に対する『それ』とは違いすぎるだけで。

 友達至上主義のゆんゆんならもしかしたら普通なのかもしれないけど。どっちにしろ普段のダストに対するゆんゆんの態度を見てたら違和感感じるのは仕方ない。…………というかこの子はまた微妙に勘違いしてるし。

 

「ねぇ、ゆんゆん。一つ聞きたいんだけどさ。ゆんゆんがダストの看病したいのは悪友ってだからだけ?」

 

 悪友というだけでここまでするんだろうか? だとしたらあたしはゆんゆんのぼっち力を舐めていたことになる。

 

「えっと……確かにそれが1番大きな理由ではありますけど……。ただ今回はダストさんが私をかばって死にかけたのも大きいかもしれません」

 

 …………ダストのくせにかっこつけちゃって。

 

「それを言うならお前だって俺を助けるために死にかけただろうが。ジハードが今も眠り続けてるくらい消耗してるのと同じかそれ以上にお前も消耗してるはずだぞ。お前のほうこそ看病が必要なんじゃねぇか?」

 

 言われてみればゆんゆんの顔色もダストと同じくらいには悪い。

 

「私なんかのことはどうでもいいんです。今はとにかくダストさんが良くなってもらわないと……」

「あー……うん。なんとなくゆんゆんの気持ちはわかったよ。看病に関してはゆんゆんもジハードちゃんもあたしが看るからいいとして、とりあえずは──」

 

 あたしはダストの耳に顔を近づけ囁く。

 

「(ゆんゆん、あんたが自分かばって死にかけたのトラウマになりかけてるから、あんたがどうにかしなさいよ)」

 

 それだけではないようだけど、ダストみたいなチンピラに異常なくらい献身的になってるのはそのためだろう。

 

「どうにしかしろってお前──」

「──てわけで、あたしはちょっと出て行くからうまくやりなさいよ」

 

 そう言って部屋を出ようとするあたしにダストがなんか文句言ってるけど聞き流して部屋を出てドアを閉める。

 

 

 

 気づかれないように静かにドアの横の壁に寄りかかって座り、数分そのまま待っていると、部屋の中からゆんゆんが大きな声で泣く声が聞こえてきた。

 

(……ま、ダストにしたらうまくやったかもね)

 

 女心なんて欠片も分かってないわりには、ちゃんとあの子を泣かせてあげられたんだから。……いや、流石にトラウマと全く関係ないことで泣かしてるとかないよね? あったらダストをぶっ飛ばしてやらないといけないけど。

 

(とりあえずダストがうまくやったと仮定すれば、ゆんゆんは元に戻るはず)

 

 多少時間はかかるかもしれないけど、ダストを適当に扱いながらダストに甘えて言いたいことを遠慮無く言うゆんゆんに戻るはずだ。……少なくとも表面上は。

 

(でも……前と全く同じって感じじゃないっぽいよねぇ)

 

 あたしがダストに顔を近づけた時、ゆんゆんは一瞬だけ寂しそうな顔をした。

 

 いつからあるかは多分ゆんゆんにも分からないその感情。それが恋愛感情とか言われるものだと自信はなくとも『かもしれない』程度には自覚してる。自覚した理由がダストが死にかけたからかそれとも他に何かあったからかはあたしには分からないけど。そうでもなきゃ『あーん』なんてことしない。というか出来ない。

 

 

(……あんなチンピラ好きになるとかゆんゆんも趣味悪いなー)

 

 一つため息を付いて立ち上がる。いつの間にかゆんゆんの泣き声は収まってるからそろそろ頃合いだろう。

 

「ダスト、ゆんゆん、入るよー」

 

 いろいろと思うところはあるけど、今はゆんゆんとジハードちゃんの看病をしてあげないといけない。ダストは……まぁ余裕があったら面倒見てあげよう。

 

 あたしはそんなことを考えながら、ダストとゆんゆんのいる部屋へとまた入っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

──ダスト視点──

 

「まだちょっと体は怠いが……ま、寝てるほどでもねえな」

 

 立ち上がり伸びをした俺は、自分の体調を確認する。ついでとばかりにリーンに看病されて3日。戦うのはまだきつそうだが、街を出歩く程度なら無理なくやれそうだ。

 

「つーわけで、リーン、ゆんゆん。俺はちょっくら街ぶらついてくるわ」

「あ……、それなら私も一緒に──」

「ダメに決まってるでしょ? ゆんゆん、まだ顔色悪いし」

 

 ベッドから起き上がろうとするゆんゆんをリーンが手で制してまた寝かしつける。

 

「つーわけだ。お前はまだ寝とけ。……リーン、悪いがそのぼっち娘のことは頼むぞ。ジハードもそろそろ目が覚めておかしくない頃だしよ」

「はいはい。ダストに言われなくてもゆんゆんとジハードちゃんのことはちゃんとお世話するって」

「うぅ…………ダストさん、無茶しちゃダメですよ? 今のダストさんはただのチンピラ以下まで弱ってるんですから、いつもの調子で喧嘩売ったりとか──」

「おい、リーン。このうるさいの黙らせろ」

「ほいほい。ゆんゆん、あーんして?」

「──んぐっ……むぐもぐ………んっ…。なんか二人共私の扱い雑じゃないですか!?」

 

 固形の栄養食を無理やり口に突っ込まれたゆんゆんが食べ終えてからそう叫ぶ。

 

「だって……なあ?」

「うん。だって今のゆんゆんいつもの数倍面倒だし」

 

 ほっといたら小言をいつまでも喋り続けるからな。心配してくれてんのは分かるんだが、毒舌ぼっちのこいつの言い方だと微妙にイラッとしたりするし。

 3日前に比べればそれでも多少はマシになってるんだけどな……。

 

「とにかく、お前はゆっくり養生しとけ」

 

 今のゆんゆんの状態は体が弱ってて精神に影響が出てるのもあるんだろう。元気にさえなればいつものちょっと小言がうるさいくらいのゆんゆんに戻るはずだ。

 ……結局うるさいのは変わんないのか。

 

「……分かりました。でも、ダストさん──」

「リーン」

「はい、ゆんゆん、あーん」

「──まだ何も言ってないじゃないですか!?」

 

 どうせ言うに決まってるからな。

 

 そうして、俺はリーンとゆんゆんがわちゃわちゃしてるのを横目にしながら部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 

「……で、街を出歩けるようになって一番に来るとこがここなんですか? ダストさん」

「むしろここ以外のどこに行くんだ」

 

 サキュバスの店。一応喫茶店の体裁を整えているこの店にきた俺は、何故かウェイトレスをしているロリサキュバスに呆れ顔で接客されたいた。

 

「まぁ、ダストさんは筋金入りの変態さんですもんね……」

「そうかあ? 俺の性癖なんてノーマルな方だろ」

 

 多少性欲が強いのは認めないこともないが。変態だと言われるほどじゃないはず。

 

「女湯覗いて捕まったのは何回でしたっけ?」

「そんなもん数えてるわけ無いだろ」

「何でこの人自信満々なんですかね…………いえ、サキュバスとしてはダストさんみたいな人有り難いんですけどね? ただ、よくそんな感じで人間さんの社会を生きていけますよね」

「人間社会に溶け込みまくってるサキュバスに言われると含蓄があるな」

 

 旦那といいサキュバスといい悪魔は俺よりも人間社会に溶け込んでるよな。……きぐるみ悪魔(ゼーレシルト)の兄貴すらこの国で貴族やってたって話だし。

 …………悪魔がどうこうってよりこの街この国が緩いだけな気がしてきた。

 

「つーか、何でお前がここにいるんだよ。お前この店辞めたんじゃなかったのか?」

 

 俺らの冒険に付いていくために店を辞めて野良悪魔になったって話だったと思うんだが。

 

「辞めましたよー。だからやってるのはウェイトレスのバイトだけです。夜のお仕事はやってないというか任せてもらえません」

「なんかそのあたりシビアなんだか緩いんだかよく分からない契約がありそうだな。バイトって報酬はなにもらうんだ?」

「精気が主でお金も少々ってところですね。ダストさんが倒れて精気が貰えなくてお腹ペコペコなんですよ。キースさんやテイラーさんの精気だけでも餓死ってことはないと思うんですが……」

「死なねえならそれで我慢しろよ」

 

 そもそも、こいつがこの店で働いてた時でも一晩に何人も客取ってた様子はなかったし。

 

「……ダストさんが悪いんですよ? 私に美味しい精気をあんなに食べさせて……私、お腹いっぱい精気をもらわないと満足できない体になっちゃったんです」

「知らねえよ。いや、確かにお前には毎日のようにたくさん精気与えちゃいるが」

 

 俺は好きなだけ吸っていいって言ってるだけで自重せず吸ってるのはこいつだし。悪いとか言われても欠片も俺に責任ねえよ。

 あと、そういう台詞はもっとむちむちした姉ちゃんになってから言ってくれ。ロリサキュバスみたいなストンストンに言われても微妙だから。

 

「でも、そんなにお腹いっぱい精気吸いたきゃ適当に男捕まえりゃいいんじゃないか? カズマとかなら店通さなくても夢さえ見せてくれりゃ精気吸わしてくれんだろ」

「無理ですよー。サキュバスは縄張り意識が強いんです。この街は店のサキュバスの縄張りですから、勝手に手を出したら怒られちゃいます」

「悪魔なんだからそこで我慢せず自由にすんのが美徳なんじゃねえのか?」

「…………バニル様並に強ければそういう選択肢もあるんでしょうけど、この街のサキュバス全員敵に回したくはないですし、それに私は自分の縄張りさえ守れれば満足ですからね」

 

 ロリサキュバスの縄張りって―と、俺やキース、テイラーか。……ん? サキュバスは縄張り意識が強くて俺はロリサキュバスの縄張りってことは……。

 

「もしかして、お前的に俺がこの店を利用するのって……」

「当然アウトですよ?」

「だよなー」

「というか、なんでわざわざこの店に来たんですか。私に言ってもらえればお金なんて払わなくても夢を見せるのに」

 

 まあお金的にも義理的にもロリサキュバスに頼むのが正解ってのは分かってんだけどなあ。

 

「でも、たまにはロリ体型じゃなくて色っぽいねーちゃんにエロい夢を見せてもらいたいんだよ」

「これ以上私の体のことロリ体型言うなら泣きますよ?…………はぁ……まぁ、ダストさんがどうしてもって言うならこの街にいる時くらい店を利用するのを見逃さないことはありませんが……」

「お、マジか? 流石ロリサキュバス。話が分か──」

「──はむっ。……んー、でもまだダメですね。精気が凄く薄いです。まだ本調子じゃないみたいですし、止めておいたほうがいいですよ?」

「おいこらロリサキュバス」

「ん? どうしたんですかダストさん」

 

 俺の指から口を離して首をかしげるロリサキュバス。

 

「どうしたも何も…………お前、そういう吸い方は人のいる前じゃするなって言っただろうが」

 

 いつもはそう吸わせてるとは言え、他にも客がいるのに見られたらどうすんだ。俺がカズマみたいなロリコンだって噂流れて綺麗なねえちゃんが寄ってこなくなったらどうしてくれる。

 

「大丈夫ですよ? 周りのお客さんが見てないのは確認済みです」

「だとしてもだな……」

 

 はぁ……まぁ、いいか。周りに見られてないなら嫌がる理由も別にねえし。

 

 

「ダストさん、早く元気になってくださいね? 私、ダストさんの精気たくさん吸いたいの我慢してるんですから」

「わーってるよ。ダチにひもじい思いさせるのもなんだからな。さっさと良くなるように養生するさ」

 

 ま、あと1日2日もすりゃ全快するような気はしてんだがな。ジハードが目を覚ます頃にはこいつに腹いっぱい精気吸わせても大丈夫だろう。

 

「よろしくお願いします。…………ところでダストさん」

「ん? なんだよ?」

「…………なんでさっきから私の頭なでてるんですか?」

「特に理由はない」

 

 人化したジハードと似たような位置に頭があるから撫でちまってるだけだ。

 

「ところでロリサキュバス」

「……なんですか?」

「そろそろ飯食いに行きたいんだが、金が無い。貸してくれねえか?」

「…………多分、サキュバスの頭を撫でながらお金貸してなんて言ったのダストさんが史上初ですよ?」

 

 大きなため息を付きながらも、なんだかんだで金を貸してくれるロリサキュバスだった。

 

 

「というか、この店を利用するつもりだったならご飯食べるくらいのお金はあるはずじゃ……」

「俺がサキュバスサービス代をメシ代で崩すわけ無いだろ?」

「いえ、だから店に頼まなくても私が………………いえ、もういいです。ええ、本当にもういいですよーっだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら? ロリコンのダストさんじゃないですか。お久しぶりですね」

「おう、久しぶりだなルナ…………って、待て。何で俺がロリコンなんてことになってんだよ」

 

 冒険者ギルド。酒場で飯を食いと来た俺は、その前に久しぶりにと受付嬢のルナに顔を出しに来ていた。

 本当に久しぶりだってのに何でいきなりロリコンだなんて……。

 

「だって、バニルさんのカジノで荒稼ぎしたと思ったらそのコインほぼ全てを小さなサキュバスの子を買い取るのに使ったんですよね?」

「…………あいつが仲間になった経緯を客観的に見るとそうなるのか」

「あと、ダストさんが小さな子に自分の指を吸わせてる所や小さな子の頭を撫でて幸せそうにしてるという目撃情報が」

「しっかり見られてんじゃねえかよ!?」

 

 何が見てないのは確認済みです、だ。ガバガバじゃねえかよ。…………多分後半の頭なでて幸せそうにしてるってのはジハードの頭撫でてるときのことだろうが。

 

「……目撃情報は真実、と。ダストさんもカズマさんみたいなロリコンさんだったんですね。少し意外です」

「……俺は自業自得な部分もあるからいいが、カズマをあんまロリコン扱いすんのはやめてやれよ? 爆裂娘も最近は胸以外ならロリ脱却してるし」

 

 あいつわりとロリコン言われるの気にしてんだからよ。俺は根も葉もない噂だから気にしないけど。

 

「…………ダストさんも以前何度かカズマさんのことをロリコン扱いしてませんでしたか?」

「記憶にねえな。あいつは魔王を倒した勇者様だぞ? 過去未来現在そんな失礼なこと言うわけ無いだろ。なんてったって俺はあいつがやる男だとひと目見た時から見抜いてたからな」

「ダストさんとカズマさんの出会いは、カズマさんにダストさんが難癖つけて絡んでたことだと記憶してますが」

「そんなことよりルナ。お前に聞きたいことあるんだよ」

「誤魔化しましたね」

 

 うるせえな。そんな昔のこと蒸し返すことねえだろ。もう何年前の話だよ。

 

「で、聞きたいことなんだが…………結局ドラゴンハーフの受付雇うって話どうなったんだよ」

「ああ、それですか。結局見つかりませんでしたね」

「…………まじかー」

 

 エンシェントドラゴンに会えたことだし次はドラゴンハーフにも会ってみたかったんだけどなあ。やっぱ見つかんねえか。

 

「そもそも、元がダストさん対策で雇おうという話でしたしね。ダストさんたちがこの街でクエスト受けることはほぼなくなりましたし、そこまで必要性にも迫られてないので」

「俺対策ってのが意味不明だが…………そうかー…………」

 

 わりとマジで残念ではあるが……しょうがねえのかもな。はぁ…………会いたかったなぁ…………ドラゴンハーフ…………。

 

「あの……そんなに落ち込まれると何か悪いことしてる気分になるので止めてもらえませんか? ダストさんのそんな態度見てるとこちらの調子も狂うので……」

「そんな事言われても残念なもんは残念だから仕方ねえだろ」

 

 ドラゴンは俺の生きがいなんだぞ。

 

「…………まぁ、ドラゴンハーフは無理そうですが、時々それに近い受付を雇う予定はありますから元気だして下さい」

「? なんだよ、クォーターでも見つかったのか? それに時々ってなんだ?」

「今は秘密です。…………先に言ったら凄いうるさそうなので」

「なんだそりゃ」

 

 まぁ、ドラゴンに関係する受付に会えるならなんでもいいか。

 

「うし……そろそろ俺は飯食ってくるかな。じゃな、ルナ。強く生きろよ」

「…………他人事のように言うダストさんが憎い。ダストさんやゆんゆんさんという遊び相手がいなくなった分、バニルさんのからかいが全部こっちに来てるのに」

 

 …………本当、強く生きろよルナ。

 

 

 

 

 

 

 

「ラ……ごほん。ダストさんじゃないですか。死んだと思ってたんですが生きてたんですね」

 

 酒場で注文しようとウェイトレスに声をかけたらいきなりそんな言葉が返ってきた。

 

「マジで死にかけてきた俺にその台詞はわりと洒落になってないぞベル子。……あと、別に呼びたきゃラインって呼んでもいいぞ」

 

 別にもう隠してるわけでもないし、ダストよりラインとしての俺を先に知ってるならそっちの方が自然だろう。

 それにベル子が言ってた話から察するにこいつフィールの姉ちゃんの妹っぽいしなあ…………あの人には騎士時代に世話になったし、兄弟子で後見人だったセレスのおっちゃんと同じくらい頭のあがらない相手だ。

 

「…………いいです。あなたはライン様じゃなくてゴミクズ男なダストさんだって思い知りましたから」

「そうかよ。ま、俺の呼び方なんてなんでもいいや。飯食いに来たんだ。注文いいか?」

「それはもちろん酒場ですからいいですが…………ちゃんとお金持ってますか?」

「何を心配してんだよ。最近の俺は無銭飲食なんてしてなかっただろうが」

 

 だいたいゆんゆんに奢らせてたし。それに今回はちゃんとロリサキュバスからお金貰ってる……あれ? 貸してもらったんだっけか。

 ……まぁ、いいか。貰ったことにしとこう。

 

「その顔はまたクズいこと考えてますね…………。お金を持ってるのは確かみたいですし深くは関わり合いになりたくないので聞きませんが。それで、注文は何にしますか?」

「うーん……なんか精のつく食べ物はあるか?」

「それでしたらカミツキガメの串焼きとかどうですか? 少し癖がありますけど美味しくてオススメですよ」

 

 串焼きかぁ……。

 

「……なぁベル子。それ持ち帰り用に包んでもらえるか?」

「ベル子じゃないですが……持ち帰りですか? まぁ、出来ますよ。ただ、食べながら歩いたり、食べた後の串を道端に捨てたりはしないでくださいね」

「ガキにするような注意すんな。心配しなくてそんな事しn…………いや、別にガキじゃねえし食べ歩きくらいよくねえか?」

 

 というか冒険者なら食べ歩きくらいして当然だろ。

 

「それではご注文はカミツキガメの串焼きでよろしかったでしょうか?」

「普通にスルーしてんじゃねえよ」

 

 そしてそのゴミを見るような目をやめろ。

 

「……ま、それで頼む。それを二人分だ」

「カミツキガメの串焼きを二人前ですね。…………余計なお世話かもしれませんが、太りますよ?」

「マジで余計なお世話だな! 別に一人で食うつもりねえよ!」

 

 何で俺の周りにいる奴らはどいつもこいつも口が悪いんだ……。

 

 

 

 

 

 

 

「帰ったぞー……って、あれ? リーンはいねえのか」

 

 宿の部屋に帰ってみれば、そこにいるのは眠り続けているジハードと横になってるゆんゆんだけ。世話をしてたはずのリーンの姿はない。

 

「あ、ダストさんお帰りなさい。リーンさんならさっき帰りましたよ? 私も今日でだいぶ良くなりましたし、もう大丈夫だからって」

「ま、ジハードは寝てるだけだし看病いらねえからな。ゆんゆんが大丈夫ならいいか」

 

 普通の人間が寝たきりならいろいろ大変なんだろうが、そのあたりはドラゴン。人化してても全く手がかからないのは楽だ。……てか、ドラゴンは個体によっては平気で100年単位で寝続けたりするからな。手がかかったら俺みたいなドラゴンバカでもなきゃ面倒見きれない。

 リーンもこの三日間なんだかんだで看病してくれたことだし、少しはゆっくりする時間が必要だろうしな。

 

「そんなことよりゆんゆん。お土産だぞ。カミツキガメの串焼きだってよ。精がつくらしいしお前も食べろ」

 

 良くなったって言葉に嘘はないみたいだが、まだ全快って感じでもない。こいつが元気ねえと困るし、食べて精をつけてもらわねえと。

 

「……えーとですね。ダストさん、実は私本当についさっき晩御飯をリーンさんと食べたんですよ」

「おう。…………で?」

「お腹いっぱいなんですが?」

「知らねえよ。食え」

 

 冷めないほうが美味いだろうって急いで帰ってきたんだぞ。

 

「うぅ……ご飯食べた後にまたご飯とか太っちゃいますよ……」

「どうせお前は食べたぶん全部胸に行くから心配すんなよ」

「セクハラはやめてください!……って、なんですか? なんで串焼きを私に近づけて……」

「そりゃ、嫌がるお前に無理やり食わしてやろうかと。ほれ、口開けろよ、あーんしろ、あーん」

「そ、そんなこと恥ずかしくてできるわけないじゃないですか!」

「…………、それお前が言うのか?」

 

 ついこの間、同じように俺に食わそうとしたのは誰だよ?

 

「う……そ、それはおかしくなっていたと言うか魔が差したと言うか……」

「おかしくなってたって自覚はあるのな」

 

 なら、本当に回復したって思って良さそうだな。

 

「というより、ダストさんも恥ずかしがって嫌がってたじゃないですか! なんでいきなりこんなこと……」

「んなもん仕返しに決まってんだろ」

 

 どんだけ俺が恥ずかしかったと思ってんだ。……ま、それに食べさせてもらうのはあれだったが、食べさせるのは思ったより恥ずかしくないってのもある。

 そもそも守備範囲外のクソガキで妹分みたいなゆんゆんだ。世話を焼く方なら別に抵抗ないしな。

 

「ぅぐぅ……(こ、これはどうしたら……。普通に考えたら恥ずかしすぎるし無理なんだけど、ダストさんに食べさせてもらいたいような気もするし……!)」

 

 …………何言ってるかは聞こえないけど、なんかすげえ混乱してるな。大丈夫なのか?

 

「そんなに嫌だったら無理して食べなくてもいいぞ?」

 

 二人分食うのは結構きついってか、一人分食う食欲も微妙だからリーンにもつまんでもらおうと思ってたくらいだが……ま、どうにかなるだろう。

 

「えっと……嫌じゃないと言うか、嫌だけど嫌じゃないから困ってると言うか…………あの、ダストさんは私に食べてもらいたいんですか?」

「ん? そうだな。食べてもらいたいな」

 

 ……うん。やっぱ改めて考えてもこの量一人で食うのはきついわ。いや、だからってお腹いっぱいだ言ってるゆんゆんに食べさせるのもどうかとは思うんだが…………。

 

「じゃ、じゃあ……あ、あーん」

「…………お前口開けて何してんの?」

「食べさせてくれるんじゃないんですか!?」

「いや……マジであーんするとは思ってなくて…………やっぱお前おかしいんじゃね?」

 

 やっぱり回復してないんじゃ……。

 

「~~っ! 誰のせいでおかしくなったと……!」

「誰のせいって……まぁ、俺が死にかけたせいでお前も死にそうになったのは分かってるが……」

「分かってない! ダストさん分かってないですよ!」

「? 俺が何を分かってねえってんだよ」

 

 なーんか、話が噛み合わねえな。昼みたいな体調崩してておかしくなってる感じとは違うんだが……。

 

「それが言えたら苦労しませんし、そもそも私もよく分かってないんだから言えるわけ無いですよ!」

「なるほど、お前がおかしくなってるのは分かった。とりあえずこれ食って元気出せ。ほれ、あーんしてやるから」

 

 既に面倒なくらい元気な気がするけど。

 

「その態度絶対面倒になって……んぐっ!?」

「どうだ美味いか? 美味いだろ?」

「んっ……うぅ……美味しいです。……美味しいですよ? 美味しいですけど、これ私が想像したあーんじゃ全然ないですよぉ」

「だったら素直に口あけりゃいいのに」

 

 別にゆんゆんが口開けたところで自分が食べるなんて意地悪は2回に1回くらいしかしねえし。つーか、こいつは一体全体どんなあーんを想像したんだろうか。

 

「それが出来たら苦労しませんよ!」

「ふーん……もぐむぐ……ん、よく分かんないけどお前苦労ばっかしてんな」

「普通に食べてないでくださいよ!? というかそれ私の食べかけです!」

「二人分ちゃんとあるから心配すんなよ。てか、そんなに食べたいなら俺の分まで食うか?」

「そこじゃないですよ! あー、もう! ダストさんのバカ! 鈍感! ろくでなし!」

 

 

 荒ぶるゆんゆんに適当に串焼きを食べさせながら。騒がしい休日の夜が更けていった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ゆんゆんの里帰り

「ダストさん、少しお願いがあるんですけどいいですか?」

 

 宿の食堂。用意された朝食に手を付けながら、対面に座るゆんゆんがそう話しかけてくる。

 

「なんだよ。言っとくが俺に金はねぇぞ」

「それは言われなくても知ってますから。というかいい加減前に貸したお金返してくださいよ……」

 

 あーあー、おかしいないきなり耳が遠くなった。

 

「別に今返せとはいいませんから耳塞ぐのはやめてください」

「ちっ……だったら、最初からそんな話すんじゃねぇよ。飯がまずくなるだろ」

「…………ダストさんのわりとドン引きなチンピラぶり久しぶりに見ましたね」

 

 おう、俺もお前のその生ごみ見るような目は久しぶりに見たな。

 

 

 

「……で? 金の話じゃなきゃ俺に何のお願いだよ」

 

 またジハードと話したいって時みたいな無茶振りじゃねぇよな……。

 

「別に大したお願いじゃないですよ。ちょっと紅魔の里に帰ろうと思うのでミネアさんで送ってくれないかなぁって。ハーちゃんも昨日目が覚めましたし、お父さんに紹介しようと思って」

 

 話の中に自分の名前が出たのが気になったのか、ゆんゆんの横でパンをはむはむしてるジハードが首を傾げる。

 相変わらずジハードは死ぬほど可愛い。早く俺の子になんねえかな。

 

「そういや人化出来るようになってからはまだ里帰りしてねぇのか。でも紅魔の里ならリーンに送ってもらえば一瞬だろ」

 

 ゆんゆんは今テレポートの登録先がアクセル・冒険のセーブ先・エンシェントドラゴンの棲む山頂の3つだから自力じゃ飛べないが、代わりにリーンが紅魔の里や王都を登録してる。

 

 

 ──余談だが、なぜゆんゆんがエンシェントドラゴンの棲家を登録してるかは、例の頭のおかしい爆裂娘がエンシェントドラゴンにしたお願いが理由であり、そのお願いのせいで旅に出るはずだったエンシェントドラゴンもこの世界に留まっているらしい。

 マジでエンシェントドラゴンを爆裂魔法の的にするとかあのロリっ子は頭おかしい。

 

 

「いいじゃないですか別に。また空を飛ぶ感触を味わいたいんですよ」

 

 そういうことか。空を飛ぶのは気持ちいいからな。分からないでもない。

 

「ま、俺も今日は暇してるからいいぜ。送ってってやるよ。リーンたちも暇なら誘ってやるか」

 

 ジハードの件で最近あいつらと俺はほとんど一緒に冒険してねぇからな。俺もゆんゆんも体調戻ったし明日から冒険復帰する予定ではあるが。

 

「キースさんとテイラーさんは今日は一日寝てるって言ってましたよ」

 

 キースとテイラーはいい夢を一日中見るつもりか。ロリサキュバスのおかげでお金は気にせずいい夢を好きなだけ見れるんだよな。

 …………どうしよう、俺もそうしてぇ。

 

「リーンさんはロリーサちゃんと王都の方に行くって言ってました。ロリーサちゃんの服を選んであげるって」

「そういやロリサキュバスは同じような服しか持ってねえもんな。……でも、あいつら二人で大丈夫か?」

 

 行き帰り自体はリーンがテレポートで王都とアクセルを登録してるから大丈夫だろうが。王都の中で変な奴に絡まれたりしないだろうか。

 

「あの二人なら大丈夫じゃないですか? リーンさんはいつもダストさんやキースさんみたいなチンピラを相手にしてますし、ロリーサちゃんもダストさんの相手に慣れてます。王都の変人さんくらいダストさんに比べればかわいいものですし、適当にあしらえますよ」

「おう、喧嘩売ってるなら買うぞ。そろそろお前に土の味を覚えさせてやろうと思ってたところだしな」

 

 今の俺は泣く子も黙るドラゴンナイト。下級職の戦士だった時とは格が違う。上級職とはいえ後衛のアークウィザードに喧嘩で負けるはずがない。

 

「別に喧嘩なんて売ってないですが……でもミネアさんが飛んで来るまで少し時間かかりますしね。いいですよ、ドラゴンのいないダストさんなんて怖くないですから喧嘩売ってあげます」

「上等だぼっち娘。表出ろ」

「喧嘩するなら街の外ですからね。街中で喧嘩したらルナさんに怒られますから」

 

 ふっ……そんな余裕ある態度してられるのも今の内だからな。

 

 

 

 

 

「ちくしょう…………魔法まで使うとか卑怯だろ」

「大人気なく先に槍を使ったのダストさんじゃないですか」

 

 口に広がる土の味に顔をしかめながら俺は飛んできたミネアの頭を撫でる。

 考えてみれば超レア職業とか言われてるドラゴンナイトって言っても、ドラゴンの力借りれない状態なら戦士とステータス補正はほとんど変わんねえんだよなあ。戦士では上がらない魔力とかも一応上がるけど、喧嘩には全然関係ないし。

 ステータスにマイナス補正かかるドラゴン使いに比べたら凄い上がったように錯覚するけど、ドラゴンのいないドラゴンナイトなんて下級職と同じようなものだ。むしろ専用スキルが使えない分初級職の冒険者の方がマシの可能性もある。

 

「もう少し早くミネアが来てくれればゆんゆんに土の味を覚えさせられたっていうのになぁ」

 

 その分、ドラゴン使いもドラゴンナイトもドラゴンがいる時の強さは他の追随を許さないが。というか最強の生物と言われるドラゴンのステータスを借りれるだけでもチートだってのに、竜言語魔法の万能性はどう考えても狂ってる。

 

「その上ドラゴンの力まで借りるつもりだったとか大人気なさすぎますよ。というかそんなことになったらすぐに降参しますから」

 

 はぁ、と大きな溜息をつくゆんゆん。

 

(……ま、でももうトラウマは大丈夫みてぇだな)

 

 俺に向かっていつも通り魔法を放てるんならもう大丈夫だろう。痛い目を見たかいがあったってもんだ。

 …………もう少し早くミネアが来てくれたらいつもボコボコにされてる恨みも晴らせて一石二鳥だったんだが。

 

「って、あれ? ダストさん、ミネアさんの角にロープなんてつけてどうしたんですか?」

「ん? ああ、これか。俺とゆんゆんの二人だけなら俺が角掴んどきゃそれでいいんだがジハードもいるからな。片手でもしっかり掴める所用意しときたいんだよ」

 

 片方の角だけ掴んでたらバランス崩すが、両方の角にロープを結んどきゃ片手でもバランスを取れないことはない。

 

「危ないんでしたらハーちゃんには竜化してもらって飛んできてもらうって手もありますけど……」

「いや、いい。ミネアにもそんな速く飛ばさせないしな」

 

 ジハードは目覚めたばかりだし無理はさせられない。竜化して長距離飛ばすのはやめた方がいいだろう。

 

「ってわけだほら。行くぞ」

 

 準備を終えて。俺達が乗れるように頭を下げてくれたミネアを撫でた俺は、ジハードを抱きかかえてミネアの頭に乗る。

 

「ゆんゆんは前みたいに俺に捕まっとけよ……って、何固まってんだ?」

「…………なんでもないです。ちょっと想定外なことがあっただけで」

「? よく分かんねえけど、問題ないならさっさと乗れよ」

 

 何故か固まってるゆんゆんに俺はそう言って促す。

 

「……いいなぁ」

 

 しぶしぶと俺の背中に抱きつきながら、羨望の声をあげるゆんゆん。

 

「いいなぁって、もしかして俺がジハード抱きかかえてるからか? お前はいつも寝るときジハード抱きかかえてんだろうが。俺にもたまにはジハード分を補給させろよ」

 

 いつもは俺が羨ましがる立場なんだからこういう時くらい譲ってくれてもいいだろ。

 

「…………もういいです。早く飛んでください」

「そりゃ言われなくても飛ぶが……って、おいこらゆんゆん。捕まっとけとは言ったがあんま強く締め付けんじゃねぇよ」

 

 高レベル上級職にやられたら痛いっての。……というかマジでこの力で抱きしめられたらジハード潰れるから気をつけろよ。

 

 

「まぁ、いいか。ミネア出発だ」

 

 強く締め付けられるのは痛いが、背中の感触はわりと幸せだし。流石のゆんゆんも里につくまでずっとこの力で締め付けるのは疲れて無理だろうしな。

 

 そんなことを思ってる内に、ミネアは力強く羽ばたいて、瞬く間に制限のない空へと飛び立つ。

 ドラゴンの背に乗り飛ぶこの高揚感は何度経験しても色褪せない。

 

「やっぱり空の上ってのは最高だな! ゆんゆんもそう思うだろ?」

「思いますよ。思いますけど…………うん。なんかむしゃくしゃしてるんでダストさん、派手に飛ばしてください」

「だから飛ばしたら危ねぇって言ってんだろ。紅魔の里についてジハード降ろしたらおもいっきり飛ばしてやるからそれまで我慢しろ」

 

 前の時もそうだったがゆんゆんは結構な飛ばし屋だな。ジハードがゆんゆんを乗せて飛べるようになったら苦労するかもしれない。

 

「…………思った通りの状況なのにこのむしゃくしゃする気持ちはホントなんなんでしょう」

 

 なんだか納得してない雰囲気を漂わせてるゆんゆんと、可愛くお利口にしているジハードと一緒に。俺はミネアに乗って紅魔の里へと文字通り飛んで行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「らいんさま……じぶんであるけます…おろして」

「ダメだっての。ジハードまだ本調子じゃねぇし、2本足で歩くのもまだ慣れてねぇだろ? 転んで痛い目にあわせたくねぇんだよ」

 

 紅魔の里。ミネアから降りた俺はジハードを抱っこしながらゆんゆんの家への道を歩く。

 

「もしかしたらハーちゃんは恥ずかしがってるんじゃないですか? なんだか里の人たちに見られてますし。ハーちゃんはまだ女の子としての意識はないですけど、褒められたり注目されたりしたら恥ずかしがりますよ」

 

 隣を歩くゆんゆんの言葉。確かにそんな感じではあるが…………ご主人様に似たんじゃねぇか、それ。

 

「でも下ろすのもなぁ……抱っこが嫌ならおんぶか?」

「抱っこよりはマシかもしれないですけど…………。そうだ、私とダストさんでハーちゃんの手を握ってあげれば転ばないですよ」

 

 なるほど。それなら確かに転ぶのは防げるな。流石は紅魔族、伊達に高い知力してない。

 

 

 

「あれ? お父さんだ。どうしたのかな? なんか慌てて走ってきてるけど」

 

 ジハードと手を繋ぎながら歩く俺とゆんゆんの所に向かって、族長であるゆんゆんの父親が走ってくる。

 

「里の者に言われてきたが…………まさか本当だったとは…………」

 

 走ってきた族長は俺たち……特にジハードの姿を見てなんか驚愕していた。

 まぁ、ドラゴンが人化してる姿なんて見たことないのが普通だし驚くか。しかも下位種の人化なんて普通はありえないしな。

 

「よぉ、族長。いつもミネアが世話になってるな」

「ラインさん……あなたにも言わなければいけないことがありますが、今はとりあえずゆんゆんです」

 

 そう言って族長は、紅魔族には似つかわしくない真面目な表情をしてゆんゆんに向き合う。

 

「ど、どうしたの、お父さん。紅魔族が見せ場以外でそんな真面目そうな顔してると空からジャイアントトードが降ってくるよ」

 

 何それ怖い。なんなの? お前ら紅魔族は宴会芸の神様でも信仰してんの?

 

「ゆんゆん、お前には2つ言わないといけないことがある。1つはこういう大事なことはもっと早く報告をしないといけないということ」

「え、うん。だから一応こうして報告に来たんだけど…………でも、そんなに大事なことかな?」

 

 まぁ、別に族長とかに影響することではないよな。俺やゆんゆんにとっちゃジハードが人化出来るようになったことは大きいことだが。

 

「大事なことに決まってるだろう。そして2つ目だが…………よくやった! ラインさんとの子どもを作ってくれるとは、この里も安泰だ!」

 

 …………何言ってんだ? このおっさん。

 

「…………はい? 何言ってるのお父さん? ついにボケちゃった?」

 

 ゆんゆんも俺と同じように族長が何言ってるか分からないらしい。

 

「いやぁ……ラインさんも人が悪い。その子の年齢を見る限り初めて里に来た時にはもう娘との子どもがいたのでしょう。ラインさんもゆんゆんも意外と演技派だ。すっかり騙されていましたよ」

 

 …………あー、なるほど。ジハードが俺達の子供だと勘違いしてんのか。ジハードは人化してたら黒髪で赤い目してるから知らなければ紅魔族にしか見えねぇもんな。それにしてもゆんゆんの子供ってのはともかく俺との子供ってのはねぇけど。

 

「えっと……お父さん、喜んでるみたいな所悪いんだけど、この子は私達の子供じゃないよ。この子はハーちゃん。いつも連れて来てる私の使い魔のドラゴンだよ」

 

 ゆんゆんも俺と同じで族長が何を勘違いしたのか分かったらしく誤解を解きに入る。

 

「はっはっは。ここまで来て隠そうとしなくてもいいだろうゆんゆん。その子はどう見ても紅魔族の子供だし、その子と手を繋いで歩く姿は仲睦まじい親子にしか見えなかったぞ」

「わ、私とダストさんとハーちゃんが仲睦まじい親子だなんて…………」

 

 なにをくねくねし始めてんだ、このぼっちーは。

 

「あのなぁ、族長。前にも言ったが俺にだって選ぶ権利はある。なんでこんな……こんな…………あー…………うん、クソガキを選ばないといけないんだ。守備範囲外だっての」

 

 ゆんゆんは守備範囲外。いかにバニー姿がエロかったり、背中に幸せな感触を感じようと、それが変わる訳じゃない…………はずだ。

 

「クソガキって言わないでもいいじゃないですか。私だってもう17ですよ」

「はっ……それ言ったら俺だってもう21だっての。…………21だよもう」

 

 旦那を疑うわけじゃないが本当に俺に彼女とか出来るんだろうか……。この歳になって彼女いないとどうしても不安になってしまう時がある。

 どっかの受付嬢のことを思い出せば多少マシかと持ち直しはするが。

 

「と……とにかく! 4歳下は変わらねぇからな。守備範囲外のクソガキなのは変わらないんだよ」

「……………………ダストさんの馬鹿。そんなんだからいつまでも童貞で彼女出来ないんですよ」

「おまっ……人が気にしてることはっきり言いやがって……っ! クソガキじゃなけりゃ犯してるとこだぞ!」

「クソガキクソガキっていい加減にしてください! ダストさんよりたった4年遅く生まれたってだけじゃないですか!」

「4年も遅く生まれりゃクソガキだろ! 悔しければ俺が次に歳取るより早く18歳にでもなってみろ!」

「出来るわけないじゃないですか! ダストさんのいじわる!」

「出来ないんだったらお前はやっぱりクs…………おい、族長。その生温かい目はやめろ。なんかすげぇムカつくから」

 

 ウィズさんもたまに同じような目を俺らに向けてるが……男にされるとイラッと来るな。

 

「おや、これは失礼。……まぁ、あれですね。私が誤解していたのはよく分かりましたよ」

 

 ……ゆんゆんと口争いしてただけなのに分かったのか? ジハードを目の前で竜化させたりとかしなくていいのかね。

 

「いろいろと言いたいことはありますが一言だけ。……ゆんゆん、頑張りなさい」

「えっと…………うん。お父さんが何を言いたいのか分かるような分からないような微妙な感じだけど頑張るよ」

 

 

 よく分からない会話をしながらも、親子で理解し合ってる姿は何故か強く印象に残った。

 

 

 

 

 

「さてと……族長に挨拶は済んだし俺は帰るか。俺は帰りもミネアだがゆんゆんはどうする? 泊まって行くか?」

 

 一応明日から冒険再開だし準備のために俺は一旦アクセルに帰ったほうがいいだろう。魔法使いのゆんゆんはそう準備することは多くないし、テレポートですぐに帰ってこれるしで、泊まって明日の朝合流でも問題はないが。

 

「んー…………もう少し空を飛ぶ感触を味わいたい感じですね。私も一緒に帰りますよ」

「そうか、じゃ一緒に帰るか」

 

 俺としてもゆんゆんが一緒なら飯の心配しなくていいから有り難いしな。

 …………別に、また背中の感触が幸せになりそうだなとかは全くこれっぽっちも考えていない。

 

「てわけだ。族長、俺らはもう帰るが、問題ないか? 親子でなんか話すことあるならゆんゆんは置いていってもいいぞ」

「なんでダストさんが私の行動決めてるんですか……。帰るって言ってるんですからお父さんが何言っても帰りますからね」

「お前相変わらず変な所で意地っ張りだよな」

 

 別に無理して帰る必要ないんだし、父親の話聞いてから帰るかどうか改めて決めてもいいだろうに。

 

「その子は昔からそうですよ。親にも滅多に我儘を言わない子でしたが、自分が決めたことだけは決して譲ろうとしないのです」

「お前……ぼっち娘なだけじゃなくて頑固娘でもあったのか……めんどくさすぎだろ」

「め、面倒くさくなんてないですよ!」

 

 ま、良く言えば芯が強いとも言えるか。引っ込み思案で人に遠慮してばっかなこいつにそういう面があるのはちょっと面白いな。

 

「そういうわけでダストさん。娘に怒られたくないので今日はここで見送ることにします。……馬に蹴られたくもありませんしね」

「馬? ……まぁいいや。じゃあここでお別れか。また休みになったら遊びに来るぜ」

 

 ミネアは相変わらずここで世話になってることだし、ちょくちょく来ることになるだろう。ミネアは呼んだら飛んでくるとは言え、街や村の中に中位ドラゴン入らせられるのなんてこの里くらいだからな。

 

「ええ、是非来て下さい。ゆんゆんも、次はもっとゆっくり出来る日に来なさい」

「うん、そうする。お母さんにもまた来るからって、よろしく言っておいて」

 

 そんなゆんゆんの返しに苦笑しながらも、族長は手を振って俺らを見送ってくれた。

 

 

 

 

「しかしまぁ……お前マジでよかったのか? せっかく里帰りしたってのに母親にも会わないでそのままとんぼ返りで」

 

 先ほどと同じようにジハードと手を繋いで歩く俺は、ジハードの反対側の手を繋いでいるゆんゆんにそう聞く。

 目的だった人化したジハードの紹介は一応出来たとは言え、本当にそれしかしてない。せめて家にくらい顔だしても良かったと思うんだが。

 

「私だってお母さんに会いたかったですよ。でもダストさんがすぐ帰るって言うから……」

「すぐ帰るって言っても顔合わせる間くらいは待っててやるっての」

 

 ゆっくりする時間はないが急いで帰らないといけない訳でもない。ゆんゆんが母親と会って話をするくらいの余裕は当然あった。

 

「…………え? ダストさんが待っててくれる……? 他人の都合とか全く考えず自分の都合だけで生きてるダストさんが……?」

「お前は一人でテレポートで帰れ。俺はジハードとミネアに乗って帰るから」

「ごめんなさい。謝りますから私も乗せて下さい」

「……ったく、お前の中じゃ俺はどんな奴になってんだ。そもそも、今回の里帰り自体、お前に頼まれて付き合ってるんだろうが」

 

 休日を潰してやってるんだからもっと俺に感謝してもいいだろうに。

 

「それに関しては本当にありがとうございます。ただ、今回のお願いもハーちゃんと一緒なら喜んでついてくると思いましたし、利害の一致というか…………もしもハーちゃんがいなくても私の里帰りに付き合ってくれました?」

「…………付き合うぞ」

「じゃあ、ミネアさんで飛んでいくんじゃなくてテレポートで跳んでいくだけだったら?」

「……………………」

「そういうことです」

 

 なんでこいつは『分かってますよ、ダストさんの事は』みたいな感じでしたり顔してんの?

 

「……いやいや、そもそもテレポートで跳んでいくなら俺は必要ないだろ。お前だってテレポートで帰るだけなら俺に付き合わせる理由ないし、その仮定は意味なくねえか?」

 

 その仮定が間違ってるとは言わないが。

 

「そうでもないですよ? 単なる里帰りでもダストさんに付き合ってもらう理由はあります」

「? なんだよその理由って」

 

 ドラゴンに乗って空を飛びたいって事以外の理由なんてあるのか?

 

「…………内緒です。言ったらなんかダストさんに負けた気分になっちゃいますし。どうしてそう()()のかは自分でもどこから来てるのか分からないですから」

「なんだそりゃ」

 

 でも、()()って事は感情的な理由ってことか? 感情的な理由で俺に付き合ってほしいって…………ダメだ、よく分からん。

 

「……って、うん? どうした、ジハード」

 

 繋いだ手をくいくいと引いて、ジハードは言う。

 

「わたしは、らいんさまといっしょにいたい、です。それがりゆうじゃ、だめ……?」

「ダメなわけ無いだろ。ジハードが望むならいくらでも一緒にいてやるぞ」

 

 繋いだ手とは反対の手で、俺はジハードの頭を撫でてやる。

 本当ジハード可愛すぎるんだけど、何でこの子俺のドラゴンじゃねえの? というかもう、今の言葉で実質俺のドラゴンにしていいよな。

 

「……で? 何でお前はむすってしてんの?」

「別にむすってなんてしてません。ただちょっと、ハーちゃんは反則だなぁって思っただけです」

「なんだそりゃ」

 

 まぁ、確かにジハードの可愛さは反則級ではあるが……それでむくれるはずないし…………本当最近のこいつは訳が分からん。死にかけて紅魔族のおかしさに目覚めたんじゃないだろうな。

 いや、別に紅魔族はセンスがおかしいのと、それに人生かけてるのが狂ってるだけでそれ以外は普通なんだけどな。

 

 やっぱ紅魔族っておかしいわ。

 

 

 

「──で、ミネアのとこまで着いたわけだが…………結局、家に帰らなくてよかったのか?」

 

 霊峰『ドラゴンズピーク』。紅魔族がノリで名付けたドラゴンなんて全く棲んでいなかったその山の一角。族長が嬉々として作ったというミネアの棲み家についた俺は、ゆんゆんにもう一度そう聞く。

 

「ここまで歩いてきてその質問もどうなんですか?……いいですよ、また次の休日に来ますから」

「そうか? ま、お前がいいってんなら俺がどうこう言うことでもねえか」

 

 俺なんて実家に8年位帰ってないしな。……いや、既に実家があるかどうかも分かんねえし、あったとしても帰れないけど。

 

「んじゃ、乗るか。乗り方は行きと一緒でいいよな?」

 

 ミネアに伏せをしてもらいながら一応俺はそう確認する。

 

「それなんですけど…………私をダストさんの前にできませんか?」

「あん? 俺がゆんゆんにしがみつけってか?」

 

 それは流石にかっこ悪すぎんだろ。慣れてないゆんゆんがロープでバランス取れるかも微妙だし。

 

「そ、そうじゃなくてですね……こう、ロープとか持ってバランス取るのはダストさんのままで、抱きかかえるみたいな感じで私を支えてくれないかなーって」

「ジハードはどうすんだよ?」

 

 俺の後にしがみつくだけでも人化してるジハードは大変だ。

 

「ハーちゃんは私が抱きかかえますから。前からハーちゃん、私、ダストさんの順で乗りたいんですよ」

 

 ……まぁ、なんとなくゆんゆんが言ってる状況かは分かった。行きよりゆっくり飛ばせばそう危なくもないだろうし出来ないことはない。

 

「だけど、なんでそんな風にしたいんだ?」

「だって、空を飛ぶ感触は味わっても、空を飛んだ景色をまだ見てないです」

「……それは確かにもったいねぇな」

 

 前に広がる景色が俺の背中だけってんなら空の気持ちよさの半分しか味わってない。

 

「しょうがねぇな。ま、夕飯までにはなんとか間に合うだろうし、ゆんゆんのお願い聞いてやるよ」

「ありがとうございます、ダストさん」

「別に礼はいらねぇよ。大したことじゃねぇし」

 

 空を飛ぶ素晴らしさと、それを与えてくれるドラゴンの凄さを分かってくれればそれでいい。

 

 

 

 

「ダストさん、もう少し強く抱きとめてくれませんか? このまま飛ぶと少し怖いです」

「お、おう」

 

 ゆんゆんの望み通りの順番でミネアに乗り、俺は右手でロープを持って左腕で抱きしめるようにゆんゆんの体を支えていた。

 ……この左腕をもう少し強くしろってか。

 

「どうしたんですか? ダストさん何か緊張してません?」

「緊張って……なんで緊張しないといけないんだよ」

 

 俺が緊張する理由なんて何もないはずだ。

 

「ほら、これだけ近づけば私の女性としての魅力に気づかざるを得ないじゃないですか。童貞のダストさんには刺激が強すぎるんじゃないかなぁって」

「……それ言ったらいつも同じベッドで寝てる時点で今更だろ。本当にそういう意味じゃ緊張してねぇよ」

 

 こいつが可愛くてエロい体してんのなんてとっくの昔に気づいてる。

 

「その割にはなんか身体が強張ってる気がするんですけど?」

「本当に緊張とかそんなんじゃねぇよ。ただ……」

 

 ただ、気を抜いたらこいつのことを強く抱きしめてしまいそうになるのを抑えてるだけだ。

 

「ただ……なんですか?」

「………………なんでもねぇよ」

「そうですか。…………まぁいいです。ほら、とにかくもっと強く抱きとめてくださいよ。痛いくらい強くして大丈夫ですから」

 

 人の気持ちも知らねぇでこいつは…………。それとも知ってて言ってんのか?

 

「これくらいでいいだろ。これ以上力入れたら俺も疲れるし」

「んー…………もう少し強くてもいいんですけど。そういうことなら仕方ないですね」

 

 多少なりとも力を込めて支えたからか、ゆんゆんは安心したような表情でそう納得する。

 ……男に抱きしめられてる状態でそんな表情してんじゃねえよ。

 

「お前さぁ……そういう態度俺以外の男にすんのやめろよ? 強く抱きしめろとか俺以外の男に言ったら襲われても文句言えねぇんだからな」

 

 俺だって守備範囲外じゃなけりゃ襲ってるところだ。

 

「む……ダストさんまでめぐみんと同じようなこと言うんですか? 私だって誰かれ構わずこんなこと言いませんよ。わたしはそんなにチョロくありません」

 

 俺みたいなチンピラに言ってる時点で欠片も信用出来ない台詞なんだが……。

 

「……なんか全然信用されてない気がするんですけど……違いますからね! 私そんなにチョロくないですからね!」

「あー……そうだな。お前はチョロくなんかねえよな。信じてる信じてる。信じてるからとりあえず帰るぞ」

 

 まともに相手したら面倒になりそうな気配を感じた俺は、ゆんゆんの言葉を流してミネアに指示を出して空へと飛ぶ。

 

「その投げやりな態度は何ですか!? そんなに信用出来ないならダストさんが私を変な男から守ってくださいよ!」

「守ってやる守ってやる。……ほら、そんなことよりお待ちかねの空の景色だ。ゆっくり飛んで行くからしっかり楽しめよ」

「なんか納得いかないんですけど……。でも、いいです。確かにこの光景の前なら『そんなこと』ですし」

 

 騒いでいたのが嘘のように。初めて見る制限のない空の上の光景を、ゆんゆんは陶然とした表情で受け止めている。

 

「凄いだろ? 空の上の景色は。すげぇだろ? ドラゴンはこの大空を我が物にして飛ぶんだぜ?」

 

 だから俺はドラゴンに憧れるんだ。

 

「…………この光景、また見たいです」

「もう少しすりゃ、ジハードもゆんゆん乗せて飛べるようになるさ」

 

 今でも無理すればゆんゆん一人くらいは乗せて飛べるくらいの大きさはある。あと1年か2年……そう遠くない未来の話だ。

 

「それじゃ……それまではダストさんが私にこうしてこの光景を見せてくれますか?」

「毎日じゃなければな」

 

 別に、ゆんゆんとこうして空を飛ぶことは嫌じゃないから。だからきっと俺は、こいつが望むなら応えてやるだろう。

 

「約束ですよ」

 

 

 小さな約束を交わして。少しずつ赤くなっていく空をゆっくりと飛び、俺達はアクセルへの帰路をたどっていった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ダストとゆんゆん 前編

──ゆんゆん視点──

 

 

「『エクスプロージョン!』……はぅ」

 

 

「相変わらずめぐみんの爆裂魔法はすごい威力だよね。……相変わらず撃ったら倒れるけど」

 

 山全体を震わすような爆裂魔法を撃った親友兼ライバルは、満足した表情をして完全無欠に倒れている。

 

「一応今は手加減して撃てば倒れないこともないのですよ?」

「だったら手加減して撃ってくれないかなぁ……めぐみんの身体は小さいほうだけどおぶって帰るのけっこう大変なんだからね」

 

 髪を伸ばし、綺麗な女性と言えなくもないくらいには成長しためぐみん。同年代の女の子の中では小柄な方だけど、軽いと言えるほど小さくはない。

 毎日背負って街中を歩くのはそれなりに大変ではあった。

 

「嫌ですよ。手加減して撃ったらなんか消化不良でむしゃくしゃするんです。それこそ街中でぶつかった人に片っ端から喧嘩を売ってしまうくらいには」

「……なんで私の親友と悪友はこんなに喧嘩っ早いんだろう」

 

 リーンさんもあれで結構手が出るの早いからなぁ……主にダストさんとキースさん相手だけど。

 

「類は友を呼ぶってやつじゃないですか。……って、いつまで見てるんですか。いい加減起こしてくださいよ」

 

 倒れながら偉そうに文句をいう親友に一つため息を付いて私はその身体を背負う。

 

「それじゃテレポートで帰るよ、めぐみん」

「ええ。……それではエンシェントドラゴン、また明日お願いします」

 

 背中にいるめぐみんが私達の目の前にいる爆裂魔法の標的を見上げながら言う。

 

『……いい加減飽きてくれてもいいのだが。我といえどそなたの爆裂魔法は痛いのだ。……具体的に言うと人化してる時に箪笥の角に小指をぶつけたくらいに』

 

 確かにそれは地味に痛い。めぐみんの爆裂魔法受けてそれで済むのは凄いとしか言いようがないけど。

 

「お断りします。というかなんですか、私の爆裂魔法を受けてそれだけとか喧嘩売ってるんですか。いつか命の危機を感じるような爆裂魔法を食らわしてあげますよ」

 

 めぐみん、これ絶対本気で言ってるなぁ……。普通に考えたら人間には不可能なはずなんだけど、めぐみんの才能と負けず嫌いな性格を考えたらいつか本当に達成しそうで怖い。

 

『楽しみにしておこう。……ところで発育のいい方の紅魔の娘よ』

「? なんですか、エンシェントドラゴンさん」

「発育が『いい方』ということは『悪い方』がいるということですね。おい、発育が悪い方の紅魔族がどこにいるか聞こうじゃないか。というかなんでゆんゆんも普通に返事してるんですか! いつもは私が勝負を挑まれてますがこっちから喧嘩を売ってもいいんですよ!」

 

 なんか後ろでライバルが叫んでるけどスルー。どうせ力入らなくて何も出来ないし。

 

『我への願いを言っていない人間はそなただけだ。いつまでも保留にされてはドラゴンの名折れだ。なんでもいい、我に願うが良い。我の力で叶えられることであれば叶えよう』

「なんですか、ゆんゆんはまだ願いを言ってなかったのですか?」

「うん……特にお願いしたいことってないし」

 

 以前の私だったら『友達がほしい』ってお願いしてたんだろうけど。そのお願いを叶えてくれる人はもう別にいる。

 

「なんでもいいと言ってるんですから適当に言えばいいじゃないですか。カズマなんかエンシェントドラゴンの爪を貰ってましたよ。それを売り払って魔王討伐報酬と同じくらいのお金を手にしてました」

 

 ドラゴンの素材ってすごいお金になるらしいからなぁ。しかもエンシェントドラゴンってなるといくら出しても構わないって人いるんだろう。

 ……というかカズマさんあなた今どれだけお金持ってるんですか。

 

「えっと…………本当にどんなお願いでもいいんですか?」

 

 まぁ、爆裂魔法の的になって下さいなんていう頭のおかしいお願いをこうして律儀に叶えてくれてるのを考えれば、本当に可能であればどんな願いでも言っていいんだろうけど。

 

『構わぬ。不可能であれば不可能と言おう。……と言っても、我に不可能なことなどあまりないが。具体的に言うと20個しかない』

 

 むしろその不可能な20個が気になる……。

 

「ゆんゆん、もしも願い事か思い浮かばないのでしたら私の願いを代わりに叶えてもらいませんか? 実はドラゴンの角は最高品質の杖の素材になるらしくてですね……」

「うん、めぐみんが喋ると話がややこしくなるからちょっと黙っててね」

 

 背中でなにおー! と騒ぐめぐみんはいつものことだからどうでもいいけど、願い事は本当にどうしよう。正直私が今欲しいものとか言われても全く思い浮かばない。

 逆に不満に思ってること解消するお願いをしてもいいのかな?

 

「それじゃあ──」

 

 そこまで考えた私は、一つだけ思い付いた願い事が叶えられるかどうかだけ聞いてみた。

 

 

 

 

 

 

「ゆんゆん……本当にあんな願いをエンシェントドラゴンにするつもりなんですか?」

 

 アクセルの街。カズマさんの屋敷に向かう私に背中にいるめぐみんがそう囁くように聞いてくる。

 

「んー……どうだろう? なんとなく思い浮かんだお願いがあれだっただけで、本当にお願いするかどうかは分からないよ」

 

 ダストさんに対するこの気持ちが何か。私はまだ分からない……ううん、自信が持てないから。

 

(めぐみんなら、私のこの気持ちが『そう』なのか分かるかな?)

 

 だってめぐみんは、カズマさんのことを『そう』だとはっきりと言っているから。

 

 

 

「ねぇ、めぐみん。私ってダストさんのことが好きなのかな?」

「……はい? いきなり何を言い出してるんですか?」

 

 勇気を出して聞いたのに親友の反応は冷たかった。

 

「えっと……だから、私ってダストさんのことが好きなのかなぁって……」

「すみません、質問の意図が読めません。一体全体あなたは何を言いたいのですか?」

「だから、私がダストさんのこと好きなのかなって!」

 

 何が言いたいも何もそれが聞きたいだけなのに。

 

「……ゆんゆん、あなたは馬鹿ですか? 街中でそんなこと叫んで」

 

 気づけば周りの人たちは叫んだ私の事を興味津々といった感じで見ている。そして私が何を叫んだかといえば……。

 

「あ、あ…あ……わあああああああああ!」

 

 街の人達の視線に耐えられなくなった私は、カズマさんの屋敷まで一直線に走って逃げだした。

 

 

 

 

「──しかし、ほんとうにそのままの意味でしたか。何かの謎かけかと思ったんですが」

 

 カズマさんの屋敷の庭。めぐみんを降ろして息を整える私にめぐみんはそう言う。

 

「謎かけって…………どうして謎かけなんてしないといけないのよ」

「それくらい突拍子もない質問だったんですよ」

「……やっぱり私がダストさんの事好きかもしれないって意外すぎる?」

 

 私が里にいる時言ってた好きなタイプとダストさんって真逆だもんね。

 

「いえ、意外も何も私はゆんゆんはダストみたいなタイプと付き合うと思ってましたし。驚いたのは未だに好きかどうかも分かってなかったことですよ」

「…………、そんなに私ってダストさんが好きそうに見える?」

「見えるというか、恋愛感情無しにあんな態度を取ってるなら私はゆんゆんに『尻軽女』の称号を与えないといけません」

「そこまで酷くないよね!? ねぇ、めぐみん冗談だよね!?」

 

 ダストさんに対する私の態度はあくまで悪友に対してのものだし。

 

「ゆんゆんは『尻軽女』の称号を手に入れた」

「手に入れてない! 手に入れてないから!」

 

 ダストさんといいめぐみんといいなんで私をチョロいとか尻軽にしたがるの!?

 

 

「尻軽女ではないというのでしたらやはりダストのことが好きということですか?」

「えっと……まぁ、そうなんじゃないかなぁとは思う」

 

 ダストさんを救うためにキスまがいのことをしたけど嫌じゃなかった。それを理由に責任をとってもらおうと自然と思った。

 

 ……確かにこれで好きでも何でもなかったら尻軽言われても仕方ないかもしれない。

 

「何か引っかかることでもあるのですか?」

「うん。恋愛ってドキドキするものなんでしょ? でも私ダストさんと一緒に寝てても全然ドキドキしないんだよね。すぐ傍にいても落ち着いちゃうの。この前だってダストさんに後ろから抱きしめてもらったけどドキドキとかしないですごく落ち着いちゃって、もっと強く抱きしめて欲しいって…………なに? めぐみん、なんでそんなに不機嫌そうな目をしてるの?」

 

 めぐみんが何か言いたそうに私をジト目で見ている。

 

「惚気話がしたいなら壁にでも話しかけてくださいよ」

「壁は相槌うってくれないから嫌だよ! というか別に惚気話してるつもりなんてないから!」

「……相槌うってくれれば壁でもいいんですかこの子は。というかあれですか? 私は相槌をうってくれる壁ですか? そうですか、私の胸は壁みたいですか。いい度胸です。いい加減あなたとの自称ライバル関係にも飽き飽きしてきたところです。決着を付けましょう」

「誰も胸の話はしてないから! めぐみん落ち着いて! 最近何かあったの!?」

 

 流石にこの流れで胸の話になるのはおかしい。なにかトラウマになるようなことがあったんじゃ……。

 

「――はっ!…………す、すみません。この間カズマに夜這いを仕掛けた時のことを思い出していました。もう大丈夫です。話を続けましょう」

 

 ……何があったか気になるけど何があったかなんとなく分かるから聞かないでおこう。多分聞いても誰も幸せにならない。

 

「というかカズマにちょっと文句を言いたくなってきたので結論から言いましょう。…………あなたのそれは『恋愛感情』ですよ」

「そう…………なの? もしかしてめぐみんもカズマさんに対してドキドキしたりしないの?」

 

 世間一般で言う恋愛感情ってものは実は嘘だったんだろうか。

 

「いいえ、ドキドキしますよ。いつもというわけではないですが、少なくとも一緒のベッドで寝たり抱きしめてもらった時は凄くドキドキします」

「え? それじゃ何で私は…………」

 

 私のこれが恋愛感情だって言うならなんで私はダストさんにドキドキしないんだろう。

 

「単純な話です。ゆんゆん……手を出してない所を見ると意外にもダストもなんでしょうが……、あなたには下心がないんですよ」

「下心?」

「はっきり言うならエロいことするつもりがないと言っているんです。……想像したことすらないんじゃないですか?」

「だってダストさんって私の事守備範囲外のクソガキだっていつも言ってるし。童貞で彼女いないっていつも嘆いてるのに私には全然手を出してこようとしないし…………想像できるはずないよ」

 

 始まりがそうだったからか、考えてみればダストさんをそういう対象で見たことがない。それが長く続いたせいか次第に男としても見なくなっていった。

 それが変わったのは本当にここ最近。エンシェントドラゴンさんと戦ってダストさんが死にかけた時からだ。それにしてもダストさんの私への扱いが全然変わらないから、エッチなことをするなんて想像は完全に頭の外だった。

 

「基本的に思考がエロいゆんゆんが意識しないとは……相当あの男はゆんゆんのことを女としては扱ってなかったのですね」

 

 可愛いとかエロいとかは言ってセクハラはしてくるけど、同時に子供扱いもしてきて……ちゃんとした女としては全然扱ってくれないんだよね、ダストさんって。

 

「ところで、めぐみん? 基本的に思考がエロいってどういうことなの?」

「里にいた頃ただバイトしてただけの私が援助交際してると勘違いしたのはどこのどなたでしたかね?」

「うん、ごめん。謝るから先に話を進めよう?」

 

 ……でもあれはめぐみんの言い方も紛らわしかったと思うんだけどなぁ。

 

「今日も勝ち……と。で、話って何の話でしたっけ?」

「いつも思うけどめぐみんの勝ち判定はゆるゆるだよね。負け判定は厳しすぎるくらいなのに。……話はドキドキしないのにこれが恋なのかなぁとか、ダストさんが私のこと子供扱いばっかりで女としてはちゃんと扱ってくれないとか、そういう話だよ」

「ああ、そうでしたそうでした」

 

 うんうんと頷いてめぐみんは続ける。

 

「私だってカズマとそういうことをするつもりがないならドキドキはしませんよ。爆裂魔法を撃ってカズマに背負ってもらって帰る時、私はドキドキしません。ただ凄く落ち着いて……自分の全てをカズマに預けたくなるんです」

「…………、その気持ち、分かる気がする」

 

 

 ダストさんに頭を撫でてもらった時、私は凄く落ち着く。

 ダストさんに抱きしめてもらった時、私はダストさんに全てを委ねたくなる。

 

 きっとめぐみんが言ってる気持ちはそれと同じだ。

 

 

「ゆんゆん、想像してみてください。あの男と子供を作ると決めた上で、あなたがさっき惚気話でした行動をするのを。…………ドキドキするのではないですか?」

 

 ダストさんと子作りする? その上で一緒のベッド寝たり、強く抱きしめてもらう?

 

 

 ……………………………………………………

 

 

「ああああああああーっ!!」

「ゆんゆん!? いきなり木に頭をぶつけだしてどうしたんですか!? やめてください! 庭の木が折れるでしょう!」

 

 そんなこと言われても何かにぶつけないと恥ずかしくて私死んじゃう!

 私馬鹿なんじゃないの!? 同じベッドで寝るとか! 強く抱きしめて欲しいって言うとか!

 

「というかもういっそ殺して!」

「ああもう、この子は本当にめんどくさいですね! 今更自分がしてきたことの恥ずかしさに気づいたんですか!──カズマ! ダクネス! 来てください! この頭のおかしいぼっち娘を取り押さえますよ!」

 

 

 

 どうしようもない恥ずかしさに悶えながらも理解する。

 

 

 私はあのチンピラ冒険者のことが好きなのだ、と。

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ……おでこ痛い……」

 

 トボトボと街中を歩きながら私は膨らんだおでこを擦る。カズマさんのヒールで擦り傷は治ったけど、途中で抜け出したせいか腫れまでは治っていない。

 

「でも、あれ以上あの場所に居続けるのは無理……」

 

 屋敷の木を頭でへし折り、バインドを使われるまで暴れた私が、素直に治療を受け続けるのはいろいろ恥ずかしすぎる。木は絶対に弁償するとだけ言い残して逃げ出すのも仕方ないと思う。

 

「でも、そっか……私はダストさんが…………あぅぅぅ……」

 

 意識してしまえばもうダメだった。きっと今私の顔は真っ赤になっている。今すぐにでもベッドの中に潜り込んで悶たい。

 

(でも、ダストさん今日は一日部屋で寝てるって言ってたし……)

 

 今の状態でダストさんに会うのは無理過ぎるし部屋には帰れない。

 というか、なんで私はダストさんと一緒の部屋なんだろう。どう考えてもおかしい。

 

 

「はぁ……今更どうしようもないか。こうなったら落ち着けるまでリーンさんの所に…………っ!」

 

 そこまで口にして私は思い出す。

 

 私が好きだと認めてしまった人のもう一つの名前を。

 そして、その人のことを好きだと公言していた人がいたことを。

 

 

 選択肢は二つ。気づいてしまったこの気持ちを諦めるか。それとも──

 

 

 

 

 

 

 

 

「リーンさん、今大丈夫ですか?」

 

 リーンさんの泊まる宿の部屋。今はロリーサちゃんと一緒に住んでるというその扉をノックをして私は返事を待つ。

 

「ほいほい、ん? どったのゆんゆん?……って、ほんとにその頭のたんこぶどうしたの?」

「頭のたんこぶに関しては聞かないでください……」

 

 思い出したらリーンさんの部屋の扉を破壊しそうになるんで。

 

「そ、それより、大切な話があるんです。今、大丈夫ですか?」

「? まぁ、野菜スティック齧ってるだけで暇してるからいいけど。とりあえず入りなよ」

 

 リーンさんに促され、私は部屋に入る。

 

「あれ? ロリーサちゃんはいないんですね」

「うん、ダストとかキースの所行った後は喫茶店でバイトしてくるって」

「そ、そうですか。それならちょうど良かったのかな」

 

 リーンさんの口からダストさんの名前が出て一瞬心臓が跳ね上がる。

 けど、ロリーサちゃんがこの場にいないのは有り難い。今からする話は出来れば2人きりでやりたかったから。

 

 

「それで、大事な話って何?」

 

 ベッドに二人並んで座った所で。リーンさんがそう聞いてくれる。

 正直自分からは話せる気がしなかったのでありがたい。

 

「リーンさん…………私、リーンさんに謝らないといけないことがあるんです」

「謝らないといけないこと?」

 

 なんだろうと首を傾げるリーンさん。きっと私がリーンさんに酷いことをするとは思ってないんだろう。その顔には負の感情は見えない。

 …………その信頼を裏切ることは辛いけど、ここで言わないのはもっと酷い裏切りだ。私は息を飲み込んで口を開く。

 

「リーンさんごめんなさい。……私、ダストさんのことを好きになってしまいました」

 

 リーンさんの恋を応援するって言ったのに。

 偉そうにダストさんに告白するときは相談してなんて言ってたのに。

 ……なのに、私はダストさんのことを好きになってしまった。

 

「あ、それ本当だったんだ。なんか街で噂になってるし、気になってたんだよね。……で? ゆんゆんは何を謝ってるの?」

「え!? 街で噂になってるってどういうk……じゃなくて、リーンさん、怒らないんですか!?」

 

 街での噂がすごい気になるけど、それを抑えて私はリーンさんの気持ちを確かめる。

 

「怒るも何も……ダスト好きになっちゃったんでしょ? むしろご愁傷さまというか……」

 

 ……リーンさんの可哀そうなものを見るような眼が痛い。

 

 

「あの……リーンさんはダストさんのことが好きなんですよね……?」

 

 そういう話だったはずなんだけど……。

 

「あたしがダストなんか好きになるはずないじゃん。あたしが好きなのはライン兄だよ」

「だから、ダストさんが好きってことですよね?」

 

 未だに認めたくないというかチンピラ過ぎて信じきれてないけど、ダストさんの正体はライン=シェイカーという隣国の元英雄だ。

 最年少でドラゴンナイトになった天才で、その上国一番の槍使いでもあったという元貴族。

 ……やっぱりダストさんとは違う人のこと言ってるとしか思えないなぁ。いや、ダストさんがドラゴンナイトなのは分かってるし、槍の腕前が凄いことも認めてるし、金髪で貴族の要素あるのも分かってるんだけど。

 

「違うよ、ゆんゆん。確かにダストの正体はライン兄だけど……でも今のダストは私が好きだったライン兄じゃない。だから、ゆんゆんが謝ることなんて何もないんだよ。これがダストじゃなくてライン兄が好きになったって言うなら決闘だけどさ」

「……本当にいいんですか?」

 

 確かにリーンさんが『ダスト』さんを好きだと言ったことは一度もない。でも……。

 

「いいよ。ダストはゆんゆんにあげる。でも、ライン兄はゆんゆんにもあげたくない。……あげちゃったらあたしには何も残らないからさ」

「正直私はライン=シェイカーだった頃のダストさんは知りませんから何とも言えないんですが…………ダストさんとラインさんってそんなに違うんですか?」

 

 なんでそんなに区別するんだろう。どんなに変わっても同じ人のはずなんだけど。

 

 

「ぜんぜん違うよ。ダストは今いる。ライン兄は過去にしかいない。…………ほら、ぜんぜん違うでしょ?」

 

 

「それじゃ、リーンさんは…………」

 

 思い出の中の人が好きって……今いない人相手に決して叶わない恋をしてるってこと?

 

「ゆんゆんがそんな顔しないでよ。確かに一時期はライン兄を好きでいること辛かったけどさ。……ゆんゆんと出会ってからはそうでもないんだから。あの馬鹿、ゆんゆんに出会ってから……特にジハードちゃんが生まれてからはどんどんまともになっていったでしょ?」

「……まぁ、マッチポンプをナンパと言い張ったり借りたお金を返してくれなかったり、女性関係とお金関係は相変わらずですけど、それ以外は確かにそれなりにまともになってる気はします」

 

 今にして思えば、私が出会った頃のダストさんは大好きなドラゴンと触れ合えずむしゃくしゃしていたんだろう。

 ハーちゃんが生まれてからは無闇矢鱈に自分から喧嘩売ることもかなり減っていった。……代わりに私と喧嘩すること増えたけど。

 無銭飲食もしなくなった。……代わりに私に飯食わせろと言ってくるけど。

 …………ま、まぁ、他人に迷惑をかけることは少なくなったし、比較的まともになっていったのは確かだと思う。

 

「そんなあいつ見てたらライン兄と二人で一緒に過ごしてた頃思い出せてさ…………結構嬉しかったりすることあるんだよ。…………たいていは馬鹿な行動にムカついてる気がするけど」

「まともになってもダストさんの馬鹿な行動は全然減ってませんもんね」

 

 …………かっこいい所もそれなりに増えてる気もするけど。

 

「それにあたしだっていつまでもライン兄に囚われてるつもりはないんだから。ライン兄より強くてかっこ良くて優しい人を見つけたら、ちゃんと区切りをつけるよ」

「最年少ドラゴンナイトで火の大精霊を撃破した凄腕の槍使いより強い人なんて……人間だと片手で数えるくらいしかいないと思うんですけど」

 

 というか私は最高品質のマナタイトを大量に持っためぐみんしか知らない。

 

「ライン兄よりかっこ良くて優しい人なら結構いるんだけどねぇ……強いってなると難しいよね。ライン兄より強くてカッコ良い人なんてあたしは一人しか知らない」

「一人いるだけでも十分すごいですよ。この際少しくらい優しくないのは目を瞑ったらどうですか? 付き合ったら優しくなってくれるかもしれませんし」

 

 本当に私が言うのはどうかと思うけど。出来ればリーンさんには過去に囚われず新しい恋をしてもらいたい。

 過去の人を想って報われない恋を抱き続けるなんて、そんなの辛すぎるから。

 少し前の私ならともかく、今の私はそれが想像できてしまうだけに、本当にそう思う。

 

「ないない。そいつって筋金入りのチンピラだしさ。…………あたしと一緒にいても腐っていくだけだもん」

「リーンさん……」

 

 あなたはやっぱり……。

 

「てことだからゆんゆん、あたしのことは気にしないでいいから。あんな馬鹿なチンピラ、ゆんゆんの好きにしていいよ」

 

 そう言ってリーンさんは私に優しく微笑んでくれる。

 

「あの……っ! リーンさんさえ良ければ私はリーンさんと一緒でも……っ!」

 

 けど、その微笑みがどこか寂しそうに見えてしまって…………私は思いついたことを叫ぶ。

 

「ダメだよゆんゆん。……あたしはそれでも幸せになれるかもしれないけど…………ゆんゆんは違うでしょ? ゆんゆんは友達増えてもまだまだ寂しがり屋なんだからさ」

 

 私の考えの足りない叫びをリーンさんは優しく否定してくれる。

 

 変わらない微笑みは、けれどやっぱり寂しそうで…………リーンさんが私のために自分の想いを諦めようとしてくれているのが分かってしまった。

 

「ご、め……っ…ごめん……なさい……っ…………ダストさんのこと好きになってごめんなさい……っ…」

「ああもう……だから何を謝ってるのよゆんゆん。ゆんゆんは何も謝ることないんだって。ほら、泣かない泣かない」

 

 リーンさんは優しく私の頭を抱えて、撫でてくれる。

 

「ごめんなさい……っ…ごめ…っ……なさい。リーンさんの気持ちを知ってるのに、諦められなくてごめんなさい……っ」

 

 諦める。その選択肢はあったはずなのに。でも私の中にはなかった。

 謝って許してもらう。そんな自分にとって都合のいい選択肢しか私は選べなかった。

 

 そして今、私は本当に許されそうになっている。

 だから今、私は罪悪感で潰されそうになっていた。

 

「ほんとゆんゆんは泣き虫だよね。これでいざという時は芯の強い所見せるっていうんだから…………勝てないなぁ……」

 

 その声が少し震えてることに気づいた私は、言葉にならない謝罪を繰り返す。

 

 

 

「ゆんゆんが謝ってばかりだからあたしは感謝の言葉を言ってあげるね」

 

 私の頭を撫でながら、リーンさんは震える声で、けれどはっきりと言葉を紡ぐ。

 

「あたしのために泣いてくれてありがとう」

 

 違います。リーンさんが優しすぎるから泣くしかないんです。

 

「あの馬鹿のこと好きになってくれてありがとう」

 

 なんで、ありがとうなんて言うんですか。裏切りなのに……リーンさんには怒る権利があるはずなのに。

 

「ちゃんと伝えに来てくれてありがとう」

 

 伝えに来たのは、ただ楽になりたかっただけなんです。裏切ることは出来ても裏切り続けることはできなかったから。

 

 

 

「ゆんゆんと親友になれて本当に良かった」

 

 

 私は当分泣き止めそうになかった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ダストとゆんゆん 後編

「なぁ、ジハードなにか食いたいものあるか? 昨日のクエストの報酬残ってるから好きなもの頼んでいいぞ」

 

 ロリサキュバスに良い夢を朝から見させてもらって。スッキリとした気分の俺は食欲を満たそうと街へと出てきていた。

 昼も良い夢見る予定だし宿で食っても良かったんだが、今日はジハードと一緒だし多少はいいものを食いたい。

 

「でも……なんだ? なんか街の連中に見られてる気がするな」

 

 ジハードと一緒に手を繋いで歩いてるだけでここまで注目されるなんて、

 

「ジハードが世界一可愛いのは確かだがここまで注目されるとジハードが照れちまうっての」

 

 やはりジハードの可愛さは世界の真理らしい。

 

 

「……相変わらずのドラゴンバカっぷりであるな、ろくでなし冒険者よ」

「おう、バニルの旦那じゃねぇか。奇遇だな」

 

 道行く人波から出てくるのは見知った仮面の男(?)。言わずとしれたバニルの旦那だ。

 苦笑の表情をのぞかせながらも、ジハードとは反対側の俺の隣に並び歩き始める。

 

「奇遇ではあるまい。今日の我輩は汝に会いに来たゆえ」

「? 旦那が俺に用だって? そりゃ珍しいな」

 

 俺から旦那に相談行ったり儲け話に付き合ってもらうことは結構あるが、その逆はあまりない。

 

「うむ。というわけだ。ダストよ少し付き合え。昼飯を奢ってやろう」

「だ、旦那が飯を奢ってくれるだと……?……さ、流石に昼飯くらいじゃ俺の魂はやれないぞ」

「……地獄の公爵である我輩がそんなせこい契約などするものか。少しばかり込み入った話をするから飯を食いながらどうかというだけだ」

「なんだよ……それならそうと最初から言ってくれよ」

 

 ……でも、旦那の話だしなぁ。生粋の悪魔が単純に飯を奢ってくれるってことはありえない。何か対価を…………俺にしてほしいことがあるんだろう。

 

「汝はこう……その察しの良さをなぜ女性関係で発揮できないのか。出来ておれば我輩も苦労することがないと言うに……」

「旦那ー? 見通す力使って人の心の中読まないでくれるか? それに俺の女性関係で旦那が何を苦労したんだよ」

 

 旦那にナンパを手伝ってもらったことはない。……手伝ってもらおうとお願いしたことはあるけど。

 

「十分苦労しておるぞ……。未来を見通しづらい汝らの関係をここまで進めるのにどれほど計画的に動かねばならなかったことか」

「汝ら? 俺の未来が見通しづらいってのは何度か聞いてるけど……それに関係?」

 

 もしかして、その見通しづらいもう一人が俺の彼女になるとか?

 …………ん? そういや、前に旦那が実力以上に未来が見通しづらいって俺と並んで誰かの名前をあげてたような……。

 

「──と言う訳だ。我輩に付き合えば汝が気になっているその辺りの話もしよう。…………くるか?」

 

 そう言われたら断れるはずもない。俺の恋人になるって相手も気になるが、単純に実力関係なく未来が見通しづらい理由も気になっているから。

 

「ジハード、身体を拭いて綺麗にすんの飯食ってからでも大丈夫か?」

 

 飯を食う前にジハードを綺麗にしてやろうと思っていたが、旦那を待たせるわけにも行かない。そっちは後に回したほうが良さそうだ。

 

「だいじょうぶです」

 

 そう言って可愛く頷いてくれるジハード。ジハードは本当いい子だなぁ……後に回す分隅々まで綺麗にしてやろう。

 

「……幼女の体を拭いて綺麗にするとは…………汝もやはり貴族の血を引いてるのだな」

「人を変質者みたいに言わないでくれ! 普通に竜化させてから拭くっての!」

 

 少なくとも俺はロリコンじゃねぇから!

 

 

 

 

「ありがとよ旦那。まさかジハードの飯まで奢ってくれるとは思ってなかったぜ。ほら、ジハードもバニルおじちゃんにありがとうって言ってやれ」

「ばにるおじちゃん、ありがとう」

 

 ギルドの酒場。俺がいつも酒を飲んでる席。俺とジハードはバニルの旦那に奢ってもらった飯を前にして感謝の言葉を言う。

 

「汝は本当にドラゴンの事になるとまともになるというか……まるで人の親のようだな」

「まぁ実際俺にとっちゃジハードは娘みたいなもんだしなぁ」

 

 ミネアが相棒で対等な関係だとするのなら。ジハードは保護者と被保護者の関係だろう。

 ……たまにジハードの教育方針でゆんゆんと喧嘩したりしてるし。

 

「……で? 旦那は一体全体俺に何をして欲しいんだ?」

 

 ジハードがカエルの唐揚げを美味しそうに食べているのを横目に見ながら、俺はバニルの旦那に単刀直入に聞く。

 

 

 

「うむ。ダスト、汝にはあのぼっち娘と子どもを作ってもらいたい」

 

 

 

「あ、こらジハード。ほっぺに衣がついてんぞ。ほら、拭いてやるからこっち向け」

「……人に殺意を覚えたのは数百年ぶりだ」

「バ、バニルの旦那? 冗談だからその殺気は抑えてくれ。ギルドの冒険者や職員が怖がってるから。明日から相談屋に客来なくなるぞ」

 

 ちょっとからかっただけじゃねぇか。

 

「そ、それで? 結局俺に何をお願いしたいんだ? ジハードのほっぺた拭くのに集中してて聞き間違ったみたいだからもう一度言ってくれ」

「聞き間違ってなどいないだろう。我輩は汝にあのさびしんぼっちと子どもを作れと言った」

 

 えー……聞き間違いじゃねえのかよ。

 

「…………えっと、旦那悪い、それ無理だわ」

 

 ゆんゆんと子ども作るって…………うん、欠片も想像できないわ。

 夢の中のゆんゆんならいくらでも想像できるが……だからこそ、現実のあいつとそういうことするのは想像できない。

 

「ふむ……汝は我輩に借りがたくさんあったはずだが……その借りを子どもを作れば全てなしにしよう。そう言っても無理か?」

 

 悪魔であるバニルの旦那が借りをなしにしようと言っている。それはつまりそれだけ本気の願いってことだ。

 

「旦那に借りは返してぇし、借りなんかなくてもバニルの旦那の願いなら聞いてやりたい。……でも、それは俺には叶えられないわ」

「ほう……汝に拒否権などないが無理だという理由を聞かせてもらおうか」

 

 拒否権がない? 流石の旦那も力づくで俺とゆんゆんに子作りさせるなんて鬼畜なことはしないと思うんだが……。

 

「理由って言われてもな……とりあえず、俺がゆんゆんを襲うとするだろ?」

「うむ」

「そしたら俺流石に殺されると思うんだよ」

 

 近くにミネアがいれば力づくでいけないこともない気がするが……その場合は多分テレポートで逃げられる。

 

「汝は本当に女性関係になるとアホだな。ナンパ連敗記録がそろそろ1000に届こうとしているのは伊達ではないということか」

 

 ……なんで俺罵られてんの? 俺が言ってること別におかしくないよな?

 

「まぁ、汝がそういうことになると途端に阿呆になるのは血筋のようだからしかたあるまい。では、襲っても拒否されないとしたらどうだ? それでも無理か?」

 

 襲っても拒否されないって……そんな仮定に意味あんのか? まぁ、拒否されないとして……

 

「……それも無理じゃねえかなあ。俺あいつに反応しないと思うんだが」

 

 可愛いしエロい体してんだけどなぁ……。守備範囲外だから仕方ない。

 

「汝たちは本当にめんどくさいな」

 

 バニルの旦那ははぁ、と大きな溜息をつく。

 

「てか、なんでそんなに俺とゆんゆんくっつけようとしてんだ?」

 

 別にバニルの旦那にとっちゃ人間の恋模様なんて餌の種でしかねぇだろうに。俺とゆんゆんが付き合えば美味しい悪感情でもできるのかね。

 

「まぁ、ここに至れば先に話してもよいか。話してやるからちゃんと聴くのだぞ」

「おう、他ならないバニルの旦那の話だ。ちゃんと聴くぜ。……ところで俺も飯食っていいかな? ジハードが美味しそうに食べてるし我慢の限界なんだが……」

 

 食べ飽きたはずのカエルの唐揚げだが、今日のは特別に美味しそうだ。美味しいジャイアントトードの肉が手に入ったのかジハードの可愛さ補正かは分からないが。

 

「……食べていいから話は聴くのだぞ」

 

 また大きなため息を付いて、旦那は話し始める。

 

 

「汝は我輩の夢を覚えておるか?」

「ああ、もちろんだぜ。あれだろ? ウィズさんにダンジョン作ってもらうことだろ?」

 

 だから旦那はウィズさんの所でバイトしてて金に汚いんだよな。

 

「その答えは間違ってはいないが30点である。我輩の夢はこの世でもっとも深き巨大ダンジョンを作りその最下層で冒険者を迎え撃つこと。そして死闘の末に我輩を打ち倒した冒険者に空っぽの宝箱を空けさせ、最高の悪感情を味わいながら滅ぶことだ」

「ほんとろくでもない願いだな。流石バニルの旦那だぜ」

 

 自分がその冒険者の立場になると考えると恐ろしい。

 

「……でも、それと俺とゆんゆんが子作りすることに何の関係があるんだ?」

 

 全然関係ないように思えるんだが。

 

「我輩は地獄の公爵にして全てを見通す大悪魔であるが、この我輩をしても見通せぬことがある。我輩と拮抗した実力以上のもののことと我輩自身が深く関わることだ。それ以外であれば見通しづらいことはあっても見通せぬことはない」

「ふむふむ……それにしてもうめぇなこのカエルの唐揚げ。いつもと味付け変えたか料理人が代わったのかね」

「…………いつもの料理人がぎっくり腰で休んでおる。今日は料理人の孫娘が代わりに調理場に立っているのだ」

 

 見通す力便利だなぁ。

 

「……話を続けるぞ?」

「おう、ちゃんと聴いてるから旦那も思う存分話してくれ」

 

 けど、こんだけ美味いんだったら料理人にはもう引退して孫娘に代わってもらったほうがいいな。

 

「…………、まぁよい。それで我輩に見通せぬことだが、見通せぬことの中でも特に見通すことが出来ぬのが我輩の『滅び』に関することだ。これに関係することであれば直接的でなくとも見通しずらくなる」

「あー……なんとなく話は見えてきたぜ。つまり俺とゆんゆんが見通しづらいのは俺とゆんゆんの子どもかその子孫が旦那を滅ぼすからってことか」

 

 旦那を倒し空の宝箱を開けさせられる犠牲者が俺とゆんゆんの系譜ってことか。その繋がりで間接的に俺らの未来も見通しづらくなってると。

 そう考えれば俺やゆんゆんの未来が見通しづらいってのにも説明がつくな。俺にしてもゆんゆんにしても人の中じゃ最強クラスではあるが、旦那やウィズさんほどの実力があるわけじゃない。

 ……まぁ、俺の場合ドラゴンナイトとしてドラゴンの力を借りてる状態ならそれに近い実力はあると思ってるが、ドラゴンの力を借りてない普段から見通しづらいってのはどう考えてもおかしいからな。

 

「汝は本当に馬鹿な行動ばかりするが頭の回転は悪くないな。我輩もそう睨んでおる。汝たちが仲良くなるに連れて次第に見通しづらくなっていったからな」

 

 なるほどなぁ……確かに旦那の話を信じるなら、旦那が俺とゆんゆんに子どもを作れっていう理由もわかる。旦那を倒す冒険者の存在はウィズさんと同じくらい旦那の夢を叶えるために必要な存在だ。

 

「でもよ……ぶっちゃけ俺とゆんゆんの子孫じゃなくても旦那を倒す冒険者はいつかでるだろ?」

 

 確かに俺とゆんゆんの子孫は旦那を倒すかもしれない。けど、たとえ俺とゆんゆんが子どもを作らなくても長い年月の中で旦那を倒す冒険者は生まれるはずだ。別に俺らに拘る必要はない。あくまで旦那の話は未来の可能性に過ぎないのだから、また別の可能性が旦那の夢を叶えてくれるだろう。

 

「そうだな……そう遠くない未来、この世界は変革を迎え、平和となって人々が腑抜けていく。それでも我輩を倒し得る人間は長い年月の中で生まれるだろう。それが冒険者などという奇特な職についてダンジョンに潜るなどという可能性がどれだけ低いとしても、ゼロではない」

「だったら──」

 

 

「──なぁ、ダストよ。自らを滅ぼすものが友と縁のあるものであって欲しい……そう願うのは感傷的過ぎるだろうか」

 

 

「……感傷的とは思わねぇが旦那らしくねぇぜ」

「……やもしれぬな。我輩としたことが不死者となりながらも人で在り続ける店主に毒されたか。永久に近い我輩の営みにおいて、ウィズとともにいた時間など刹那に満たないというに」

 

 それだけ旦那がウィズさんと一緒にいる時間を大切にしてたってことなんだろう。あれだけ自分の稼ぎをガラクタに変えられ続けても、旦那がウィズさんを見捨てないのはそういうことなんだと思う。

 

 

「……旦那の気持ちはわかったぜ。でも悪い。それでも俺は旦那の願いは聞けない」

 

 旦那には旦那の気持ちがあるように俺にだって俺の気持ちがある。……守備範囲外守備範囲外言ってきたあいつをどんな顔して抱けってんだよ。

 そして、俺と同じようにあいつにもあいつの気持ちがあって…………それを無視するにはあいつは俺の身内になりすぎてる。

 

「まぁ、汝がどう言おうと汝に拒否権などないがな」

「拒否権がないってどういうことだよ? いくら旦那とはいえ力づくで言うこと聞かせようってんなら俺にだって考えがあるぞ」

 

 例え旦那が相手とは言え、こっちの気持ち無視して従わせようというのなら、はいと素直にうなずく訳にはいかない。

 

 エンシェントドラゴン風に言うなら5通りの逃走手段をちゃんと用意してある。

 

「魔王軍幹部を辞めた今、何故我輩が自己防衛以外で人を傷つけねばならぬのだ。汝を思い通りに動かすことは面倒でも、汝とあのぼっち娘で子作りさせることくらい簡単である」

「……具体的にどうするつもりなんだよ旦那」

 

 なんかすげぇ嫌な予感がしてきたんだが……。

 

 

「なに、簡単なことだ。汝とぼっち娘が子作りをするまで、汝にはサキュバスの店の利用禁止である」

 

 

 ………………………………

 

 

「…………マジで?」

「マジである」

「当然、ロリサキュバスも……」

「あれも『バニル様の言うことでしたら喜んで協力します!』と言っておったな。今日の昼からの予定もキャンセルするということだったぞ」

 

 おいこらロリサキュバス。逆らえないのはともかく喜んでってどういうことだ。お前俺への義理はどうした。

 

「……さて、サキュバスの店を使えない汝が何日で性の獣になるか楽しみであるな」

「旦那は鬼か!」

「汝も知っての通り、我輩は鬼ではなく悪魔であるな。……うむ、我輩好みの悪感情大変美味である。いい昼食となったな」

 

 ニヤリとした笑みを浮かべてるバニルの旦那を見て俺は思う。

 やっぱり旦那はどこまで行っても悪魔なんだな、と。

 

 

 

 

 

 

「結局ゆんゆんのやつ帰ってこなかったな……」

 

 夜。宿のベッドで横になりながら俺は呟く。

 

 朝に頭のおかしい爆裂ロリっ子と出かけてから、ゆんゆんは宿の部屋に帰ってきていなかった。

 ジハードが寂しがってるからと、爆裂ロリっ子にゆんゆんどこ行ったか聞いたら、知りませんよと不機嫌に言われるし。リーンに聞きに行ったら今だけは会いたくない言われて部屋の前で門前払い食らうし。いろいろと訳が分からない。

 

 そのうち帰ってくるかと思ったら結局夜になっても帰ってこない。その上ジハードもアクアのねーちゃんにゼル帝の誕生日だって言われて連れてかれた。今日は夜通しパーティーだそうだ。

 あのねーちゃんは未だにジハードをゼル帝の子分扱いしてるしそろそろ決着を付けないといけないかもしれない。……問題はあのねーちゃんが一応は俺の命の恩人で、ジハードもジハードで子分扱いされてるのをそんなに嫌がってないことだが。

 

「ま、やることもねぇしさっさと寝るか」

 

 本当はバニルの旦那の話についてゆんゆんに意見を聞いときたかったんだがな。

 流石に子供作れなんて話は荒唐無稽すぎるが、俺にとってもゆんゆんにとっても旦那は特別な存在だ。その夢のために他に何か出来ることがないかくらいは考えたかった。

 

(でも不思議なのは、何でこのタイミングであんな話をしたのかってことなんだよなぁ……)

 

 俺にしてもゆんゆんにしても、ああ言う話をすれば意識せざるを得ない。旦那の望む未来に大きく影響を与えると思うんだが、言っても大丈夫だったんだろうか。

 確実に旦那の望む方向に進むという確信があったのか、それとも──

 

「──てか、あれ? もしかして旦那が言ってた俺に出来る恋人ってゆんゆんのことだったのか?」

 

 見通せない未来で出来るって言ってたしそういうことになるのか?

 でも、旦那は守備範囲内の美人って言ってたし…………ダメだ。訳分かんねえ。

 

 考えても仕方なさそうだしやっぱりさっさと寝るか。

 

「でも……寝てもいい夢はもう見れねぇんだよな……」

 

 色んな意味で、バニルの旦那とも決着をつけないといけないかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

「『アンロ……って、あれ? 鍵かかってないし……。もう、ダストさんってば不用心なんだから……」

 

 寝てから何時間か経った頃だろうか。霞がかった意識の中、俺は扉を開いて誰かが入ってくる気配を感じる。

 

「んー……お前がいつ帰ってくるか分からなかったからだろうが……うぅん……」

「ダストさん起き……って、これ完全に寝ぼけてるというか半分以上意識は夢の中ですか」

「……お前もさっさと寝ろ……すぅ……」

「嫌ですよ。まだ確かめたいこととやりたいことが残ってるんです」

 

 そう言いながらもゆんゆんはベッドの中に入ってくる。そして──

 

 

「うん。凄く落ち着くけど…………ちゃんとドキドキする」

 

 

 ──仰向けに寝る俺の胸に自分の顔をつけるようにして抱きついてきた。

 

 

「……ゆんゆん? お前何してんだよ?」

 

 ゆんゆんの謎の行動に、霞がかっていた意識は一瞬で覚醒する。

 

「何って……ダストさんに抱きついてるんですよ」

 

 その理由を聞いてんだよ。

 

「ダストさん、ハーちゃんはどうしたんですか?」

「……この状況でそれを聞くかよ。ジハードならアクアのねーちゃんのところだよ。明日の朝には帰ってくるはずだ」

「そうですか…………なら、調度良かったのかな」

 

 うんうんと頷くゆんゆん。抱きつきながらそんな事するから細かな振動が胸に来てくすぐったい。

 

「てか、いつまでお前は抱きついてんだ。年頃の娘がベッドで男に抱きつくとか襲ってくださいって言ってるようなもんだぞ」

 

 守備範囲外じゃなければとっくに襲ってる。

 

 

「襲ってくれないんですか?」

 

 

「……おまえ、何を言ってんだ…………?」

「あ、ダストさんの鼓動が少し早くなった。何って言われても……流石に私もその覚悟がなければ、夜にベッドの中で男の人に抱きついたりしませんよ?」

 

 ゆんゆんの言葉が理解できない。ただ分かるのはゆんゆんの言葉は俺を意識の外から大きく揺さぶっている。

 それくらいこの状況はいきなりで、不可解で……刺激が強すぎた。

 

「また鼓動が早くなった。……良かった。ダストさんもちゃんと私にドキドキしてくれるんですね」

「お前おかしいぞ……ゆんゆんはこんな大胆なことできるやつじゃないだろ」

 

 無意識の行動であればいくらでも出来るかもしれない。

 追い詰められれば覚悟を決めて大胆な行動ができるやつでもある。

 ……でも、自分から意識してこんな行動ができるゆんゆんを俺は知らない。

 

「別におかしくないですよ。だって一年間ずっとこの時を想像して過ごしてきたんですから。……覚悟も決まりますよ」

「お前本当に何を言ってんだよ…………」

 

 一年前にそんな様子全然無かったろ。俺に対する態度が変わったのはエンシェントドラゴンと戦ってからで……それにしてもここまで意識的にやってたとは思えない。

 

 

 

 それから先、ゆんゆんは何も喋らず、俺もかける言葉が見つからず静かな時間が流れる。

 ……静かと言っても俺は自分の鼓動がうるさかったし、俺の胸に顔をつけてるゆんゆんもそれは同じだっただろうけど。

 

 そんな時間がどれくらい過ぎただろうか。このまま朝まで続くんじゃないだろうか。俺がそう思い始めてた所でゆんゆんが口を開く。

 

 

「ダストさん。私ダストさんのことが好きです。付き合ってください」

 

 

 その言葉が来るというのは流石の俺でも分かってた。けれど来ると分かっていてもその言葉はあまりに衝撃で、息や心臓が止まったんじゃないかと錯覚するくらいに頭が真っ白になる。

 

「…………、俺が好きとか正気かよ」

 

 だから俺の口から出たのはそんな子どもみたいな憎まれ口で、

 

「そこはせめて本気かって聞いて欲しいですよ。……もちろん正気ですし本気です」

 

 覚悟を決めてきたらしいゆんゆんには簡単に返される。

 

 

「……趣味が悪いやつだな」

「それは否定できませんけど……好きになっちゃったんだから仕方ないじゃないですか」

 

 好きって言葉をそうさらっと言わないでくれ。その度に心臓止まるかと思うんだから。

 

「なんで俺なんかを好きになっちまったんだよ……」

 

 こんなチンピラじゃなくてもっとマシな奴いるだろ。

 

「そんなことも分からないからダストさんはいつまで経っても童貞だったんですよ。あなたが私にしてきてくれたことを思えば好きになってもおかしくないです」

「……分かんねぇよ。俺がお前にしてやれたことなんて友達作ってやったことくらいだろ」

 

 それにしてもこいつ自身の人柄があったこそ出来た友達ばかりだ。俺がやったことなんて、こいつが俺にくれたものに比べれば本当に大したことがない。

 

「それだけでも十分だと思いますよ。人が人を好きになる理由なんて。……でも、ダストさんが納得してないみたいですから、もう少しだけ──」

 

 そうして、ゆんゆんは嬉しそうに語り出す。

 

 

「私に遠慮せず、私に遠慮させない、対等に喧嘩してくれるあなたが好きです。

 私が泣いていたら、私を泣かせた人に本気で怒ってくれるあなたが好きです。

 私と一緒にいてくれて、私に寂しい思いを感じさせないあなたが好きです。

 ……大好きです」

 

 

「…………お前、チョロすぎんだろ」

 

 たったそれだけのことで俺みたいなやつのこと好きになってんじゃねえよ。

 

「そうですか? 少なくとも私の回りにいる男の人でそんな人はダストさんだけですよ」

 

 だったらそれは運が悪かっただけだ。俺みたいなやつじゃなくてもっといいやつがゆんゆんにはいていいはずだ。

 

「それよりダストさん。早く返事をください。…………さっきから私心臓がバクバクしてて死にそうなんですから」

「……奇遇だな。俺も心臓破裂しそうだよ」

 

 その理由はきっと微妙に違ってて、本質的にはきっと同じものなんだろうけど。

 

 

「多分…………いや、多分いらねぇか。…………俺も、お前が好きだよ」

 

 ここまでされなきゃ自分の気持ちにすら気づかない自分の鈍感さには呆れ果てるしかないが、それでもこの気持ちは……ゆんゆんを愛おしいと思う気持ちはいつからかずっと俺の中にあったものだ。

 

「じゃあ……!」

「だけどよ……やっぱり、俺はお前のことをまだ女性としては見れねぇ」

 

 ずっと守備範囲外と言ってきたことは、ゆんゆんのことを好きだと自覚しても、簡単に俺の意識を変えてはくれない。

 …………こいつに手を出さないように、そうずっと自分に言い聞かせてきたんだから、簡単に変われるはずもない。

 

「だから1年……いや、半年でいい。待っててくれねぇか。ちゃんとお前のこと女性として見れるようにするからよ」

 

 今のまま付き合い始めれば、俺は無神経な言葉でこいつをきっと傷つけちまうから。

 

「嫌ですよ。1年も待ったのに更に半年も待てるわけないじゃないですか」

「そう……か。そうだよな。半年も普通は待てねぇよな」

 

 だとしたら、ゆんゆんはどうするのか。女性としては見れない俺と無理やり付き合うのか。それとも……。

 

「ダストさん。私の顔、ちゃんと見てくれますか?」

「……恥ずかしいから無理」

 

 我ながら情けないが……こんな状況は初めてだから仕方ないだろと開き直る。

 

「いいから見てください!」

 

 そう言ってゆんゆんは俺の顔を無理やり自分の方へと向ける。

 月明かりに照らされたゆんゆんのその顔は──

 

「……お前、ゆんゆん…………だよな?」

 

 ──今朝見送った時とは少し違う……俺がいつも夢の中で見るゆんゆんそのものだった。

 

「ダストさん……私18歳になりましたよ。それでも守備範囲外……女性としては見れませんか?」

 

 俺の馬鹿みたいな質問には答えず、ゆんゆんは訳の分からないことを言う。

 

「お前何言ってんだよ……1日で1歳も歳を取れるわけ無いだろ」

 

 そんなわけはない。けれど、目の前にいるゆんゆんは確かに18歳の姿をしていて…………夢の中にしかいないはずの、俺が女性として意識し続けてきたゆんゆんだった。

 

「普通の手段じゃ無理ですね。だから普通じゃない手段を使いました」

「…………なんで、そんなことに『お願い』を使っちまうんだよ」

 

 エンシェントドラゴン……人知を超えたあの竜であれば、1日で1つ歳を取らせることくらい可能だろう。そしてゆんゆんはエンシェントドラゴンに願う権利を使わずに取っていた。

 

「どんなお願いでもいいって言われましたから。この世界よりもずっと時間の流れが速い世界に連れて行ってもらって、そこで1年を過ごしてきました」

「馬鹿にも程が有るだろ……なんで寂しがり屋のお前がそんなことしてんだよ」

 

 俺やリーン、めぐみんに会えない。そんな中で1年もこいつは過ごしてきたという。

 ぼっちのこいつにとってそれがどれだけ辛いかは考えるまでもない。

 

「ダストさんに守備範囲外のクソガキって言われ続けて、見返したかったって気持ちも結構ありますけど……一番の理由はそれを理由に少しでも保留とかされるのが嫌だったから。あなたに私の気持ちを受け入れてもらいたかったからです」

 

 そう言って微笑むゆんゆんは本当に可愛く綺麗で……月光に照らされるその姿は幻想的ですらあった。

 

 

「ダストさん。もう一度言いますね。…………私はダストさんのことが好きです。付き合ってください」

 

 俺の顔を見てはっきりと言ってくるゆんゆんに、

 

「……本当に俺でいいんだな? 後からやっぱなしって言っても認めねぇぞ」

 

 俺は最後の確認をする。

 

「ダストさん()いいんです。あなたとずっと一緒に──っ」

 

 ゆんゆんの言葉を途中で遮るように、俺はその身体を抱きしめて唇を奪う。

 

「……お前は今から俺の女だからな。嫌だって言っても離してやんねぇぞ」

「はいっ。私を離さないでください」

 

 ……ほんとに、なんでこいつはこんなどうしようもないチンピラに、俺の女言われて嬉しそうにしてんのかね。 

 

 

 

 

「えーと……とりあえず今日は寝るか?」

 

 多分興奮して眠れないような気はするが。でも、今の状態で気の利いた話なんて出来る気しないし……一晩眠って落ち着いてからいろいろ話したほうが良い気がする。

 まぁ、話はしないにしても恋人になったゆんゆんを抱きしめて寝るくらいはしてみたい。

 ………………それくらいは許されるよな?

 

「ねぇダストさん。私達恋人同士なんですよね?」

 

 そんな俺の気持ちを知ってか知らずか。ゆんゆんはそんなことを聞いてくる。

 

「ああ。まぁ…………恋人だな」

 

 改めて口にすると恥ずかしすぎるけど。

 

「二人っきりで同じベッドに入ってますよね?」

「そう…………だな?」

 

 だから、俺も抱きしめて眠りたいと思ってるわけで。

 

 

 

 

「…………襲ってくれないんですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──てわけでよ。バニルの旦那は是が非でも俺らにくっついてもらいたかったみたいだぜ」

 

 ちゅんちゅんと小鳥たちが鳴く早朝。俺はベッドの感触と気怠さに包まれながら、隣で俺と同じように横になってるゆんゆんと取り留めのない話をしていた。

 

「そう言われてみれば確かに、バニルさんって私達がくっつくように動いてた気がしますね」

 

 何度も干渉してきたわけじゃないが、俺達が大きく近づく時にバニルの旦那の存在があったように思う。

 

「でも……今のダストさんの話のおかげで安心しました。あの時のバニルさんの占い、結構心配してましたから」

「? 占いっていつのことだよ?」

「最初の最初。私とダストさんが出会って、バニルさんとも出会ったあの時ですよ」

「ああ……旦那が相談屋始めた時か。確かバニルの旦那に『我輩ですら目を背けたくなる未来を持つ娘』って言われてたな」

 

 ……旦那が目を背けたくなるって相当だよなぁ。

 

「でも……そっか。俺達がくっつく未来が旦那には見えないってことは、俺達が一緒にいる限りは、旦那が見た『目を背けたくなる未来』はこねぇってことか」

「はい。……裏を返せばダストさんとくっつかなかった私には『目を背けたくなる未来』しかなかったってことですけど」

 

 旦那は、ゆんゆんにそんな未来が来ないよう、俺達をくっつけようとしたってのは流石に考えすぎだろうか。

 バニルの旦那は確かに生粋の悪魔だが…………同時にゆんゆんの友達なのだから。

 

「ま……俺とくっついたほうが更に酷い未来が来るかもしれねぇけどな」

 

 未来が見えないのだから当然その可能性もある。……それだとゆんゆんの人生詰んでることになるが。

 

「大丈夫ですよ。今の私は今までで1番幸せです。……それに、ダストさんの悪い所なんて全部知ってて、その上で好きになっちゃいましたからね。今更ダストさんに不幸になんかさせられませんよ」

 

 ……言うじゃねぇか。なら少し試してやるか。

 

 

「おい、ゆんゆん。恋人同士になったんだからもう借金はチャラってことでいいよな?」

「あ、はい。もとからそのつもりですよ。どうせ返って来ないのは分かりきってますし。ただ、ダストさんの財布とかクエストの報酬とかは私が管理しますからね。何か欲しいものとかあったら私に言ってください。必要だったら買ってあげますから」

「……………………冗談だよな?」

「今すぐ借金が返せるなら冗談にしてあげてもいいですよ?」

 

 ………………まじかー。

 

 

「ま、まぁ金のことは置いといてだ…………ゆんゆん、今度俺のナンパに付き合えよ」

「いいですよ。とりあえずナンパ失敗して手酷く振られたダストさんを慰める役でいいですか?」

「………………何で振られる前提なんだよ」

「え? 男の趣味が悪い紅魔の里ならともかくアクセルの街でダストさんのナンパに引っかかる人なんて私含めてもいませんよ」

 

 何で俺恋人に可哀想なものを見る目されてんだよ。

 

「というか、わざわざナンパする必要あるんですか? 前までは童貞捨てたくて必死だったのは分かりますけど」

「そりゃ……あれだろ。同じ相手ばっかりだと飽きるかもしれないじゃん」

「飽きさせませんよ」

「そうは言ってもだな……」

「絶対に飽きさせませんから。安心してください」

「お、おう……」

 

 その自信はどこから来るんだよと思ったが、実際ゆんゆんの身体は麻薬みたいなもんで、飽きる気がしないのも確かだ。その上やる気まであるんなら飽きるほうが難しいかもしれない。

 

 

「どうです? ダストさん。私を不幸に出来そうですか?」

「…………無理な気がしてきた。というかお前俺のこと好きだ好きだ言ってる割には、俺のことを立てようとしないのな」

 

 俺への好意が前面に出てるだけで、基本的には俺に対する扱いが前と変わってない気がする。

 

「だってダストさんは私の彼氏ですけど、同時に悪友ですからね。悪友に遠慮なんてしませんよ。だからダストさんに貢いだり、酷いことされても好きだからって泣き寝入りすることはないです」

 

 言いたいことを言い合える関係なら確かに大丈夫か。

 

「それに今のダストさんって女性関係とお金関係を除けば前より大分まともになってますし、その2つをしっかりと管理して、ドラゴンと触れ合わせとけばわりといい人になると思うんですよ」

「好き放題言うのもいい加減にしろよぼっち娘。少しは遠慮しやがれ」

「嫌です。だって、私、ダストさんとこうして言い合ってる時間が大好きですから」

「………………」

 

 こいつ本当はっきりと物言うようになったな……。これが俺に対してだけか全体的に成長したのかはまだ判断しかねるが。

 

 

 

「でも、まさかダストさんとこんな関係になるって…………出会った時は思ってもいなかったなぁ」

「そりゃ俺の台詞だっての。お前俺のこと友達すら拒否しやがるし…………体の発育が良いだけのクソガキだったしな」

 

 それでも命の恩人だからと、寂しそうにしてるこいつをほっとくにほっとけなくて……ジハードが生まれた頃くらいから目を離せなくなった。

 ……それがいつ甘ったるいものになったかはやっぱり全然分からねぇが。

 

「それが今は恋人で悪友だなんて……あの頃の私に言っても絶対信じませんね」

「……今の俺が信じらんねぇからな」

 

 なんでこんなにいい女が俺みたいなチンピラに惚れちまったんだか。本当に紅魔族の女は男の趣味が悪いとしか思えない。

 

「そのうち信じられますよ。私がどれだけダストさんが好きなのか……ずっと一緒にいれば嫌でも分かりますから」

「……もしかしてそれってプロポーズか?」

 

 ずっと一緒にって……。

 

「違いますよ。気持ち的には間違ってないですけど。そ、その……プロポーズは相手からしてもらいたいなぁ……って」

「はっ……乙女みたいなこと言いやがって」

 

 あんだけ積極的だったくせに。

 

「鼻で笑わなくてもいいじゃないですか! 私だってロマンチックなプロポーズ受けてみたいんですよ! 告白は私からだったんですし、プロポーズはそっちからしてもらっていいと思うんですけど!」

 

 プロポーズねぇ……。まぁ、ずっと一緒にいるってんならいつかはしないといけないんだろうが……。

 

 

 

「プロポーズはともかく、お前、俺と結婚したら『ゆんゆん=シェイカー』になるんだがいいのか?」

 

 

 

「………………え?」

「結婚したらお前の名前は『ゆんゆん=シェイカー』な。…………なぁ、ちょっと爆笑していいか?」

 

 ゆんゆん=シェイカー呼ばれてるこいつを想像すると…………うん、やばい。多分笑いだしたら止まらないわ。

 

「……ダストさん、短い付き合いでしたが別れましょう。大丈夫です今ならまだ悪友に戻れます」

「ばーか。後で嫌だって言っても離さねぇって言っただろうが。諦めろゆんゆん=シェイカー……ぷっ…うははははっ」

「笑わないで! うぅ……笑わないでくださいよ! ダストさんのバカ! バカバカ!」

 

 こらえ切れなくなって笑いが止まらなくなる俺の胸を、ゆんゆんは涙目になりながらポカポカと叩いてくる。

 

「やめろ痛いだろゆんゆん=シェイカー……くくくっ……ダメだ…ぷっ…腹痛い」

「笑わないでって!……うぅ、なんで私こんな性格悪いチンピラ好きになっちゃったんだろう」

 

 

 笑いながらも俺は思う。きっと俺たちはずっとこうして過ごしていくんだろう。

 呆れられて、泣かして、喧嘩して、尻に敷かれて。

 恋人になった実感はない俺だが、それだけは信じられた。




ゆんゆん=シェイカーの字面の破壊力は異常。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

このチンピラ冒険者に更生を!

「なぁ、ゆんゆん。今日の朝なんだけど俺に付き合ってくれねぇか?」

 

 結局ほぼ徹夜空けの朝。宿の朝食を食べながら、俺は向かいに座ってジハードにあーんとご飯を食べさせてるゆんゆんにそう話しかける。

 てか、ジハードに食べさせるとか羨ましすぎんだけど。後で俺にもさしてくんねえかな。

 

「え? 嫌ですよ。朝はめぐみんと一緒にエンシェントドラゴンさんのところに行くんです」

 

 俺の提案に少しも考えた様子もなく断るゆんゆん。

 

「…………一応聞くが、お前俺の恋人なんだよな? しかも告白してきたのお前だよな?」

「まぁ、そうですね。ダストさんの恋人ですし、告白したのも私からです」

「お前、少しは俺のこと優先しようって気持ちはねぇのか?」

 

 一応でも恋人が頼んでんだぞ?

 

「ありますけど……私の優先順位は親友であるめぐみんとリーンさんが1番で、次にウィズさんとかバニルさんとかの友達、その次はパーティーメンバーであるキースさんやテイラーさん。悪友兼恋人のダストさんはその次の次くらいですかね?」

「流石にそれ低すぎねぇか…………」

 

 親友>友達>パーティーメンバー>その他>俺。……流石にただの知り合いとかよりは上だと信じたいが。

 

「だって、ダストさんは私が何をしても私の事好きでいてくれるって信じれるから……優先順位低くなるのも仕方ないですよね」

 

 俺に遠慮しないことの延長線上で優先順位も低くなってるってことか。

 

「んだよ。じゃあ、優先順位高い親友二人は信じれてねぇってことかよ」

「別にそういうわけじゃないですよ? 基本的に好きでいるほど優先順位高くなるのは確かです。あと、めぐみんは里の頃の記憶というか習慣で優先しちゃいますし、リーンさんには……」

「? リーンにはなんだよ?」

「いえ……これはダストさんに言うことじゃないなって」

 

 そう言ってゆんゆんは大きく息を吐いて仕切りなおす。

 

「……とにかく、好きなのに優先順位が低くなっちゃうのはダストさんくらいなんですよ。普通は好きになるほど嫌われたくないって気持ちが強くなりますから、信じてるのと同じくらい怖くなって優先するんですよ」

 

 なんだその嬉しいような嬉しくないような特別扱い。

 

「それとも私の考えは間違ってますか?……私が恋人よりも友達を優先したらダストさん、私の事嫌いになっちゃいますか? それなら私はダストさんのことを何よりも優先しますよ。だってあなたは私の大切な悪友で……唯一無二の恋人なんですから」

 

 少しだけ寂しそうな表情でゆんゆん。

 

「ちっ……んな顔してんじゃねぇよ。言っただろうが、俺はお前に友達作ってやるって。だからお前は何も間違っちゃいねぇよ。……それに友達を大切にしないお前なんて見たくねぇからな」

 そしてそんな理由に自分がなるのもごめんだ。俺みたいなチンピラのせいでこいつが大切にしてるものを大切に出来なくなるなんてあっていいはずがない。

 

 

「あ、そうですか。よかったです。というわけでダストさんの優先順位はそのままということで」

 

 寂しそうな表情なんてなかったかのようにゆんゆん。

 

 

 ………………………………………………

 

 

「………………お前、やっぱ性格悪くなってんぞ」

 

 女の涙……ってほどじゃないにしても、そういう表情を武器に使うとか。

 

「間違いなくダストさんのせいですし、こういう悪女っぽいことするのもダストさん相手だけだから安心してください」

 

 何を安心すればいいんだよ。

 

「……ったく、俺だって人間なんだからな? あんまり優先順位低くされたり、邪険にされると本当に好かれてるのか不安になんだぞ」

 

 今はまだ告白されてすぐだから大丈夫だが、こういうことが続くなら自信はない。

 

「友達を優先って言っても、それ以外の時間はほぼ一緒にいるんですから大丈夫だと思いますけどね。ん……でも、大人な女性になった私がダストさんの不安を取り除いてあげます」

「クソガキ……じゃ、もうねぇのか。なんだよ、なんかしてくれんのか?」

 

 クソガキのくせに生意気言ってんじゃねぇよといつものように返せないのめんどくさいな。なんかいい呼び方はないかね。

 ぼっち娘って毎回呼ぶのもあれだし。

 

「ふふっ……あーん、です。こんな風に食べさせる男の人はダストさんだけなんですからね」

 

 そう言いながらゆんゆんは卵焼きを俺に食べさせようと近づけてくる。

 

「はっ……このぼっち娘は自分のあーんにそんな価値あると思ってんのかよ?」

 

 この程度で俺が誤魔化されると思ってるとか……甘く見られたもんだな。

 

「あれ!? なんか反応が想像してたのと違うんですけど! ここはなんだかんだ言ってダストさんが恥ずかしがるところじゃないんですか!?」

「お前は確かに俺みたいなチンピラにはもったいないくらいのいい女だが『あーん』程度で誤魔化されるほど俺も甘い男じゃねぇよ。俺のこと好きだって証明すんならキスの一つや二つしやがれ」

 

 なんなら胸もませてくれるのでもいいぞ。

 

「むむむ……ダストさんのくせに調子乗ってますね……」

「あん? それはこっちの台詞だっての。クソガキ卒業したくらいで優位になった気になってんじゃねぇぞ」

 

 俺のほうが年上だってのは変わらないんだからな。

 

「むむ…………ん? そうだ、ダストさん。あーんってされても満足しないんでしたらあーんって『させて』あげましょうか?」

「はぁ? お前俺を舐めんのも大概にしろよ。何で俺がお前に食べさせてやらねぇといけないんだ」

 

 そりゃこいつがやって欲しいってんなら仕方ないからやってやらねぇこともないが。

 

「なんかダストさんの反応見る限りそれでもいいような気がしましたけど…………あーんってする相手は私じゃなくてハーちゃんですよ?」

「お前の気持ちを疑って悪かった。ゆんゆん、俺もお前のこと愛してるぞ」

 

 俺の喜ぶことちゃんと分かってんじゃねぇか。

 

「…………、もしかしてこの人、私よりチョロいんじゃないかな」

 

 さっそくジハードにご飯を食べさせてる俺を見てゆんゆんはそんなことを呟いていた。

 

 

 

 

 

 

「もう……お世話になった人たちに私達が付き合い始めたことを報告に行きたいなら早くそう言ってくださいよ。無駄に時間を消費したじゃないですか」

 

 ジハードと手を繋ぎながら俺の横を歩くゆんゆんはそんなことを言う。

 

「話聞かないで断ったのはお前だろうが」

 

 俺は何も悪くない。

 

「てか、いいのか? 頭のおかしい爆裂娘との爆裂散歩は」

「別に私はめぐみんの親友兼ライバルであって従者じゃないんですから。心情的には1番に優先しても義理とか常識を考えれば常に最優先ってわけでもないですよ」

 

 ……義理はともかくこいつの常識なんてものがあっただろうか。

 いや、どっかの爆裂娘とかに比べればたしかに常識あるんだろうけど。爆裂娘や仮面の悪魔と付き合い続けてるこいつの常識は既に色々おかしくなってる気がする。

 

「……なんかダストさんが凄い失礼なこと考えてる顔してます」

「別に失礼なことなんて考えてねぇよ。お前に常識なんてあったかなって思ってただけだ」

「常識知らずのダストさんにだけは言われたくありませんよ!」

「お前こそ失礼なやつだな。俺は別に常識知らないわけじゃねえぞ。無視してるだけだ」

「……そういう台詞を全く悪びれず言うあたりダストさんはダストさんですよね」

 

 ま、常識なんてもんに縛られて堅苦しく生きるなんてもうしたくねえからな。

 

「はぁ……まぁいいです。ところで最初は誰の所に行くんですか? この方向だとウィズさんの店かカズマさんの屋敷ですけど」

「最初はウィズさんところだな。で、その後にカズマの屋敷……ってかロリっ子の所だ」

 

 旦那同様ウィズさんは俺らがくっつくこと望んでた節があるし、一応頭のおかしいロリっ子はこいつの親友だ。報告くらいはしといたほうがいいだろう。

 

「ダストさんって相変わらずめぐみんのことロリっ子って呼びますよね。出会った頃と比べるとめぐみんも結構成長してると思うんですけど」

「はぁ? 全然成長してないだろ。相変わらず胸がロリっ子だっての」

 

 背と髪は確かに伸びてるけどな。

 

「めぐみんに爆裂魔法食らわされそうになっても私は助けませんからね」

 

 はぁ、とため息を付いてゆんゆん。

 

「でも、先にウィズさんのところに行くんですか? 今の時間はもうバニルさんが相談屋を始めてていませんし相談屋が終わった頃に行ったほうがいいんじゃ……」

「だからだよ。バニルの旦那が今の時間はいねぇから先に行くんだ」

 

 というかバニルの旦那に挨拶すんなら既に通り過ぎてるギルドに寄ってくっての。

 

「え? バニルさんに挨拶しないんですか? 私達のことでお世話になったってことならバニルさんが1番だと思うんですけど」

「そりゃそうだけどよ…………バニルの旦那だぞ? 俺らが付き合い始めたって挨拶に行ったら絶対からかいまくって悪感情搾り取っていくだろ」

 

 バニルの旦那のことは好きだし感謝もしてるが、わざわざ餌になりにいくこともない。羞恥の悪感情なんていう大好物を旦那が見逃すとも思えないし。

 

「……言われてみればそうですね」

 

 二人で行くんじゃなければまだマシなんだろうけどな。

 

「とりあえずウィズさんの所行ってその後めぐみん……他にはどこに挨拶に行きますか?」

「リーンの所には行くか。あいつも一応俺らの事応援してた気がするし」

 

 前にちょろっとそんな話をした覚えがある。

 …………ま、そういうの抜きにしても流石にあいつにだんまりってわけには行かないだろうしな。

 

「……そうですね」

「キースやテイラーはまぁ……特に俺らのことで世話になった覚えはないしいいか。クエスト受ける時にでも適当に伝えれば」

 

 となると他に話しときたいのは…………

 

 ルナやベル子は同じ場所に旦那がいるからまた別の日。

 ロリサキュバスは会ったらほっぺた引っ張ってやらないといけないが、多分例の店にいるしゆんゆんとは一緒に行きづらいからやっぱり別の日。

 後は…………

 

「……そういやどうでもいいことなんだけどよ。お前最近セシリーに会った覚えあるか?」

「え?…………そう言えば最近会ってないですね」

「いつから会ってないか覚えてるか?」

「んー…………ごめんなさい、良く覚えてないです。ダストさんにとってはつい最近のことでも私は一年以上前の事になりますし流石に……」

 

 そういやそうだったな。一年以上ブランクのあるゆんゆんに細かい時系列まで聞くのは無理があるか。

 

「セシリーさんがどうかしたんですか?」

「いや、いつものあいつならそろそろ呼ばれてもいないのに出てくる頃だよなぁって」

 

 それで嫌という程こっちを引っ掻き回して疲れさせてくれるんだが。

 俺が最後に会ったのはこの街を離れて冒険に出た日だっけか。街を離れてる時間が増えたとは言え、結構な間エンカウントしてないな。

 

「えっと……気になるなら挨拶に行きますか? 一応住んでる所と働いてる所は知ってますし」

「…………、別に会いに行く程じゃねえよ。ちょっと気になっただけだ」

 

 どうせそのうち留置所かどっかで会うだろ。わざわざ旦那以上に疲れそうな奴に会いに行くほど俺はドMじゃない。

 

「とりあえず今はウィズさんへの挨拶だ。さっさと済ましてこようぜ」

 

 

 気持ちを切り替えて、俺らはウィズ魔導具店への道を歩いていった。

 

 

 

 

「あら、ゆんゆんさんにダストさんじゃないですか。おはようございます」

 

 カランカランという小さな鐘の音と一緒に入ってきた俺たちに。ウィズさんは柔らかな笑みで挨拶をしてくれる。

 

「あれ? ダストさんが背負っているのはジハードちゃんですか? 眠ってるみたいですけど」

 

 俺とゆんゆんが同じように挨拶を返した所で、ウィズさんは俺の背中で眠っているジハードに気づき、どうしたのかと聞いてくる。

 

「ハーちゃん昨日はアクアさんの所で夜通しパーティーだったみたいで……帰ってきたのが今朝早くで寝不足なんです」

 

 もともとよく寝る傾向のあるジハードに徹夜はやっぱりきつかったらしい。ここへ向かってきた途中、歩きながらうとうとしてるから危ないとおんぶしてやったらすぐに寝息を立て始めた。

 

「そういうことならジハードちゃんは私の部屋で寝かせてあげましょうか?」

 

 ゆんゆんから事情を聞いたウィズさんが提案してくれる。

 

「あー……ありがたいんですけど、俺らこの後も行く所あるんで……」

 

 宿の部屋で寝かしといても良かったのかもしれないが、一人にするのは流石に心配だから連れてきた。

 リーンあたりに知られたら過保護とか言われそうだけど、ジハードの希少性と可愛さを考えれば当然の対応だろう。

 

「それだったらなおさらですよ。2人の用が終わるまで私が面倒を見ますから、ジハードちゃんはゆっくりと寝かせてあげましょう」

 

 そう微笑んで言ってくれるウィズさんの厚意に俺たちは甘えることにした。

 …………でも、面倒見るって客の対応で忙しくなることはない前提だよな。この店本当に大丈夫なんだろうか。

 

 

 

「──そうですか。お二人がついに恋人同士に……。おめでとうございます」

 

 俺達が付き合い始めた事実とそこまでのちょっとした経緯を話し終えた所で、ウィズさんは祝福の言葉をくれた。

 

「けど、なんだかロマンチックですね。異世界にまで行って文字通り年齢の壁を越えて結ばれるなんて。……私もそこまでしようと思えるくらい情熱的な恋をしてみたいです」

 

 祝福に対する謝辞を返したり、いろいろと話している中でウィズさんはなんだか夢見る様子でそんなことを言う。

 

「? ウィズさんにはバニルの旦那がいるだろ?」

 

 旦那に前聞いた時は何言ってんだこいつ的な反応されたけど。旦那とウィズさんの仲の良さはいまさら言うまでもない。

 

「何を言ってるんですか、ダストさん。バニルさんは悪魔なんですよ?」

 

 ……あれ? 旦那だけじゃなくてウィズさんにまでそんな反応すんのか?

 

「いや……旦那が悪魔なのは知ってるけど……」

「じゃあ、言うまでもないじゃないですか。バニルさんは大柄な男性に見えるけど見えるだけで性別ないんですから」

 

 ……旦那のときもそうだったけど、まじで照れ隠しとかそんな雰囲気ねぇな。

 

「それにですね、バニルさんたまに美女の姿になって接客やって、お客さんが口説いてきたら元の姿になって悪感情搾り取ったりしてるんですよ? そんな様子見てたらこう……流石に男としてみるとか無理ですよ」

 

 旦那、そんなことまでしてんのかよ。いや、俺も前ナンパしてる時にひっかかったことあるけど。数少ないウィズ魔道具店の客にまでそんなことするとか欲望に忠実すぎだろ。

 

(…………まぁ、多分もう旦那はウィズ魔道具店で金稼ぐのは諦めてんだろうな)

 

 以前どっかの盗賊団に潰されたカジノをまた再建しようとしてるしそっちが本命なんだろう。

 

「でも、旦那とウィズさんはお似合いだと思うんだけどなぁ……ゆんゆんもそう思うだろ?」

「うーん……確かにウィズさんとバニルさんは仲いいですしお似合いと言ったらお似合いなんですけど……それと同じくらい恋愛関係になってる所は想像できないというか…………」

 

 ……まぁ、それは俺も分かる。というかウィズさんはともかく旦那が色恋沙汰やってる所が想像つかない。

 

「けどよ、それ言ったら俺達だって一緒だろ? 俺達が恋人同士になるなんて誰が想像したよ」

「めぐみんとかリーンさんは想像してたみたいですけど。……どっちかというと私達の場合は周りより自分たちのほうが全然想像してなかった感じが……」

 

 ……そういやそうだった。旦那やウィズさんもそうだし、ゆんゆんの親父さんとかも。

 

「ま……こういうことは周りがどうこう言うことでもねぇか」

 

 バニルの旦那が俺らがくっつくことを望んだのと違って、俺らは別に旦那とウィズさんがくっついて欲しいと思う理由はない。二人に幸せになって欲しいとは思うが、それとこれとは話が別だろう。

 

「ただ……旦那がウィズさんのこと本当に大切に思ってるってことは知ってて欲しい。悪魔だから人間の感覚とはぜんぜん違うんだろうけどよ」

 

 色恋沙汰には程遠いし、人間と悪魔じゃいろいろと違うんだろうが。それでも昨日の話の中で旦那がどれだけウィズさんのことを大切に思ってるかは分かったつもりだ。

 

「くすっ……はい、知ってますよ。だから私はバニルさんと友達なんです」

 

 嬉しそうに笑ってウィズさんはそう答える。

 

「そうか……ならよかっ──って、なんだよゆんゆん。そのおかしなものを見るような目は」

「いえ、このダストさんの姿をした偽物は誰なのかなぁって。もしかしてバニルさんですか?」

「上等だよこの毒舌ぼっちが! 俺が少しまともなこと言ったらいっつもいっつもそんな反応しやがって! 折檻してやるから表出ろ! ……てことで、ウィズさん、俺らは行きますんでジハードのこと頼みます」

「ドラゴンいないダストさんに私が負けるわけないのにダストさんもこりないなぁ……。ということなんでウィズさん、お邪魔しました。また後でハーちゃんを迎えに来ます」

「あ、あはは…………できればお店の前で喧嘩するのは止めてくださいね。お客さんが来なくなっちゃいますから」

 

 苦笑い気味のウィズさんに見送られて俺らは店を後にした。

 

 

 

 

「ふぁ~~~あぁ…………遅いじゃないですかゆんゆん。もう昼過ぎですよ。あなたが来ると思って無理して起きていたと言うのに」

 

 カズマの屋敷。呼び鈴に応じて出てきた胸が平らな爆裂娘は大きなあくびをしながら俺らを出迎える。

 

「あー……そう言えばめぐみんたちって夜通しパーティーだったね」

「そうです。だから今屋敷で起きてるのは私だけですよ。あなたが来ると思ってなければ私も今頃カズマのベッドの中ですやすやと眠っていましたよ」

 

 このロリっ子の言葉はどこまで本当なんだろうなぁ……俺の見立てじゃまだカズマは童貞なんだけど。

 でも、こいつが嘘ついてる感じでもねぇんだよなぁ。

 

「……で? ゆんゆんが背負ってるその金髪のチンピラはなんですか? エンシェントドラゴンへの供物ですか? 流石に雑食のドラゴンと言えどそんな不味そうな男はいらないと思いますよ」

 

 人を勝手に喰いもん扱いしてんじゃねぇよ。身体が動くならぶっ飛ばしてるとこだぞ。

 

「えーっと…………喧嘩したらちょっとやりすぎちゃってね?」

「……女にそこまでボコボコにされるとは情けない男ですね」

 

 こっちは完全に素手だってのにゆんゆんは魔法で身体強化してから殴りかかってくんだぞ。勝てるわけないだろ。

 ……ま、次は絶対俺が勝つけどな。

 

「はぁ……まぁいいです。それでどうするんですか? エンシェントドラゴンの所にそのチンピラも連れて行くんですか?」

「それなんだけど……今日はちょっとめぐみんの日課に付き合えそうになくて…………ごめんね?」

「別に謝ることはありませんが……そういうことは早く言ってくださいよ。言ってくれてたらゆっくり寝れていたと言うのに」

「本当にごめんね? ダストさんが朝いきなり付き合えって言うから……」

 

 お前が何も聞かずに断ったり無駄に喧嘩売ってこなけりゃもっと早く来れたんだからな? 全部俺のせいにしてんじゃねぇぞ。

 ……いや、7割くらいはたしかに俺が悪いけど。

 

「ふわぁ~……んぅ……要件はそれだけですか? それなら私は一眠りしてきますが」

「あ……うん。ええっと、要件はそれだけじゃなくてね? 実は私とダストさんなんだけど──」

「──みなまで言わなくていいですよ。昨日のあなたと今のあなたの姿を見ればどういう流れになったかは想像がつきます。…………本当にバカですよあなたは」

 

 ゆんゆんの言葉を遮った爆裂娘は呆れたような、不機嫌そうなため息をつく。

 

「……うん。だって私は紅魔族一のバカって呼ばれてるめぐみんの親友兼ライバルだからね」

「そう呼んでるのは主にあなたでしょうに、紅魔族一のぼっち娘。……しかし、くっつくとしたらダストだろうとは思ってましたが、本当にくっついてしまったんですね。あなたは紅魔の族長になると言ってましたから里に帰るまではなんだかんだと独り身を貫くと思ってたんですが」

「? ダストさんと付き合うことと紅魔の族長になることの何が関係あるの?」

 

 訳が分からないと首を傾げるゆんゆん。俺もこのロリっ子が何言ってるか分かんねぇな。

 

「いえ……いまだに信じられませんがダストは一応隣国の貴族の出なのでしょう? いずれ帰るのではないのですか?」

「え? そうなんですか? ダストさん」

 

 まな板の質問に追従するようにぼっち娘も聞いてくる。

 

「いや、んなわけねぇだろ。俺は()貴族だっての。てか頼まれたってあんな国に帰るかよ」

 

 ……本当は帰りたい気持ちがないわけじゃない。親代わりだったセレスのおっちゃんや騎士としていろいろ教えてくれたフィールの姉ちゃん……そして、逃げ出した俺を送り出してくれた姫さん。他にも騎竜隊の奴らとか世話になったやつは結構いて、そいつらに会いたい気持ちがないって言ったら嘘になる。

 それでも大多数の王族貴族に疎まれ、シェイカー家が取り潰しになったあの国にはもう俺の居場所はない。『行く』ことはあっても『帰る』ことはないだろう。

 

「ま……もしも俺の子どもがドラゴン使いになりたいって言うなら、あの国に送るってことはあるかもしれねぇがな」

 

 ドラゴン使いがほとんどいないこの国ではドラゴン使いとして大成することは難しい。比べてあの国はドラゴン使いの育成に力を入れている。シェイカー姓を隠して行かせる分にはそう悪くない選択肢のはずだ。

 

「えー……私の子どもには紅魔の族長になってもらいたいんですけど」

「はっ……子どもの夢を親が勝手に決めてんじゃねぇよ。俺は子どもには自由に生きさせるって決めてんだ」

「むぅ……私だって子どもが望まないなら無理やりさせるつもりはないですよ。でも、自由にさせすぎるのには反対です。子どもがダストさんみたいなろくでなしのチンピラになったらどうするんですか」

「ああ? こっちだってお前に育てられて子どもがぼっちにならないか心配して言ってんだよ」

 

 というかこいつに常識とか教えられてたら絶対ぼっちになる気がする。やっぱある程度自由にさせてやらねぇと。

 

「ちっ…………私はもう寝ます。あなたたちはうるさいのでさっさと屋敷から出ていってください」

 

 不機嫌そうな様子を隠そうともせず……というか舌打ちまでしてロリっ子は俺らを追い出そうとする。

 

「あれ? なんでめぐみんそんなに不機嫌になってるの? なんか私、悪い事しちゃった?」

「……いえ、なんで私も自分がこんなに不機嫌になってるのか分かってないんで気にしないでください」

 

 ……いや、どう見ても親友が自分以外と仲良くしてんのを見て不機嫌になってるようにしか見えないんだが。ゆんゆんもだがこのロリっ子もわりとぼっち属性だから経験少なすぎて分かんねぇのかね。

 

「何をこのチンピラはニヤニヤしてるんですか気持ち悪い」

 

 おっと、考えてることが顔に出てたか。ま、別にバレても全然痛くねえが。

 

 そんな事を考えてる俺の様子に、追求しても無駄だと思ったのか、

 

「…………ダスト。これだけは言っておきます。もしも私の親友を不幸にするようだったら私の魔法であなたを粉々にしますからね。そのことよく覚えておいてください」

 

 杖を俺の鼻先に構えてめぐみんはそう宣言する。

 

「言われるまでもねぇよ。……ま、俺がどうこうしてもこいつは不幸になるような女じゃねぇけどな」

 

 不幸にする気はサラサラないし、不幸に出来る気も全然しない。……こいつ本当に俺には遠慮しねぇからなぁ。

 

「……そうですか。その言葉、忘れないことです」

 

 めぐみんはそう言い残して俺らに背を向け屋敷の中へと歩いていく。

 

「──っと、言い忘れてましたね。……ゆんゆん、おめでとうございます」

 

 くるっと回ってそう言ったかと思えば、めぐみんは今度こそ早足で屋敷の中へと消えていく。

 ……あの様子だと途中で思い出したんじゃなくタイミング図ってたな。素直じゃないやつだ。

 

 

 

「ん? あれ? ゆんゆん、お前もしかして泣いてんのか?」

 

 ぽたりときれいな雫がゆんゆんの首に回している俺の腕に落ちる。

 

「泣く……? 何で私が泣かないといけないんですか?」

「いや……俺に聞かれても分かんねぇよ」

 

 ただ、こいつが泣いてるのは俺の見間違いじゃないのだけは確かだ。

 

「そっか……私今泣いてるんですね」

「……一つだけ聞いとく。お前は今辛いとか悲しいって気持ちか?」

「いえ……そういうわけじゃないです」

「そうか……なら、思う存分泣いとけ」

 

 その涙が何を意味するのか俺には分からねぇし、きっとゆんゆん自身にも分かってねぇんだろうけど。後ろ向きな涙じゃないなら止める必要はない。

 

「くすっ…………ダストさん、カッコつけるのは自由ですけど、私におんぶされてる状態でそんなこと言っても全然かっこよくないですからね」

 

 …………ほんとだよ。

 

 

 結局ゆんゆんが泣き止むまで俺は背負われたままだった。締まらないことこの上ない。

 

 

 

 

 

「あ、ゆんゆんいらっしゃい。……ダストはお帰りはあっち」

 

 部屋を訪ねた俺達を対照的な態度で迎えるリーン。

 

「おいこらリーン、俺だけなんでそんな態度……って、マジで俺だけ追い出そうとしてんじゃねぇよ!」

 

 俺が入る前に閉まろうとする扉。そこに足を入れて無理やりこじ開けようとする。

 

「あ、こらダスト! 乙女の部屋に無理やり押し入ろうとしないでよ! 変態!」

「はっ……お前みたいなまな板に下心なんてない──って、いててててっ! お前、足折れるだろうが! 無理やり閉めようとするんのはやめろ!」

 

 この痛さはマジで冗談になってない。本気で閉めようとしてやがる。

 

「あの……リーンさん? このままじゃ扉が壊れそうですし、仕方ないからダストさんいれてあげませんか?」

 

 ……その提案は嬉しいが理由なんかおかしいんじゃねぇか?

 

「しょうがないわね……。ダスト? 扉に優しいゆんゆんに感謝しなさいよ?」

 

 うん。やっぱその理由おかしいわ。

 

 

 

「ったく……お前の部屋に入るなんざ今更だろうが。昨日といい今日といいなんでそんなに入られたくねぇんだよ」

 

 ゆんゆんにボコボコにされたとこといい、扉に挟まれたことといい、いろいろと体が痛い。帰ったらジハードに回復魔法かけてもらわないといけないかもしれない。

 

「それでゆんゆん? 今日はどうしたの?……って、ダストと一緒に来てるんだから聞くまでもないよね」

「ナチュラルに無視してんじゃねぇよ。まな板ウィザードが」

「はい。ダストさんと恋人同士になってしまったことを報告しに来ました」

「お前もお前で普通に受け答えしてんじゃねぇよぼっち娘。というか言い方にちょっと毒が混じってねぇか?」

「ダストうるさい。これ以上うるさくするなら魔法でふっとばすよ」

「そうですよダストさん。大事な話してるんですから黙っててください」

 

 ……いや、この扱いぜってぇおかしいからな? むしろこの扱いに関する大事な話始めないといけないレベルでおかしいぞ。

 

 まぁでもいいか。黙っとけと言うなら黙っといてやろう。別にリーンになんて説明しようとか悩んでるわけじゃないけど。説明しなくていいなら楽だ。

 

「ま、とにかくおめでとうゆんゆん。……それとご愁傷様。こんなハズレくじ引いちゃって」

 

 こんなとか言って俺のこと指差すんじゃねぇよ。

 

「はい、ありがとうございます。……確かにダストさんはハズレくじかもしれないですけど、だからこそ私が引いてあげないと。私はそのハズレくじには不幸にされない数少ない女性ですから」

 

 俺は怒ればいいのか嬉しがればいいのかどっちだよ。

 ……とりあえず苦虫を噛み潰した顔しとくか。

 

「だってさ、ダスト。……ほんと、ダストにはもったいない子だよね」

「それはまぁ……認めざるをえないな。確かにこいつは俺みたいなチンピラにはもったいねぇくらいいい女だよ」

 

 ぼっちだし俺に対しては生意気もいいとこだし暴力的なとこもあるけど。それでもそんなことがどうでも良くなるくらいには、こいつは優しく強く美しい。

 

「ゆんゆんは私の大切な親友なんだからね。幸せにしてあげないと怒るよ」

「わーってるよ。……いや、どうすりゃこいつが幸せになるかとか全然想像つかねぇけど、そうするつもりはある」

 

 気持ちしかないってのは情けない話だが、昨日まで彼女いない歴=年齢の男だったんだから仕方ない。

 

「甲斐性のない男だよねダストって。……ゆんゆん、本当にこんなやつでいいの?」

 

 呆れ気味にリーン。

 

 

「いいんですよ。だって私は無駄にプライドはあるくせに、情けないことでも事実なら臆面なく言えるダストさんのこと好きですから」

 

 

 ………………………………

 

「ねぇ、ダスト。もしかしたらこの子って思った以上にあんたにベタ惚れなんじゃ……」

「……おう、俺も薄々そんな気はしてる」

 

 今朝のゆんゆんが言ってたことは確かに正しいのかもな。

 どんなに優先順位が低くても。

 どんなに普段の扱いが前と変わらず雑だとしても。

 これだけまっすぐに好意を示してくれるなら、それを疑うことが出来るはずはない。

 

「あれ!? もしかして今私恥ずかしいこと言っちゃいました!? なしです! 今のは聞かなかったことにしてください!」

「んふふー……そんなこと出来るはずないじゃん。このさいだからダスト、ゆんゆんの恥ずかしい話もっと聞かせないさいよ」

「おう、昨日のこいつは恥ずかしい台詞のオンパレードだったからな。一つくらいな教えてやんよ」

 

 それ以外は俺だけのものだから教えてやらねぇけど。

 

「一つでも教えたらダストさんの恥ずかしい台詞もバラしますからね! 絶対言わないでくださいよ!」

 

 からかいモードの俺とリーンに恥ずかしそうに必死で阻止しようとするゆんゆん。

 そんな感じで、いつもと変わらない……むしろいつもより騒がしい時間が夕暮れ時まで続いた。

 

 

 

 

「──さてと……俺はそろそろ帰るぜ? ジハードもそろそろ起きる時間だし。ゆんゆんはどうする? まだリーンと話しとくか?」

 

 いつまでもウィズさんに面倒見ててもらう訳にはいかないし、旦那が相談屋終わる前にはジハードを迎えに行きたい。俺はそろそろ抜けさせてもらおう。

 

「あ、私も帰ります。今日はまたお料理しようかなと思ってるんで」

「料理? んなもんギルドで食べて帰ってもいいし宿で頼んでもいいだろうに。物好きなやつだな」

 

 食材費が掛らないならともかく、頼むより多少安くなるくらいで料理する必要あんのか?

 

「……ダストさんにそういう女の子の機微とか分かるとは思ってないんでいいんですけどね。それに、そろそろ私達のパーティーもめぐみんたちみたいに拠点を持ってもいいと思うんですよ。そのためには節約できる所は節約しないと」

 

 拠点ねぇ……俺は今の何もしなくても飯が出てきたり洗濯も頼んだらしてくれる宿暮らしが気に入ってんだがな。

 

「ま、そのあたりはキースやテイラーも交えてそのうち話そうぜ。……じゃな、リーン。明日は冒険行ってクエストだからな寝坊すんじゃねぇぞ」

「それ、ダストさんにだけは言われたくないと思いますよ。……いえ、私と一緒の部屋になってからは寝坊することなくなったのは確かですけど。……それじゃ、リーンさん、また明日」

 

 軽口を叩きながら俺らはリーンの部屋を出て行く。そんな俺らをリーンも手を振りながら見送り──

 

「──ダスト!」

 

 その途中で大きな声で俺を呼び止めた。

 

「ん? どうしたリーン」

「えっと……その……まだ、あんたには言ってなかったよね。…………おめでとう。幸せになりなさいよ。絶対にさ」

「……………………おう」

 

 

 リーンの言葉にそんな気のない返事だけを返して、俺は先に行くゆんゆんの背中を追いかけた。

 

 

 

 

 

──ゆんゆん視点──

 

 

「ねぇ、ダストさん。知ってますか? 私って自分のことが嫌いだったんですよ?」

 

 夕暮れの街。昼と夜の狭間にあるほんの少しの間だけの景色を歩きながら、私は後ろを歩くダストさんにそう話しかける。

 

「いきなり何の話だよ。…………まぁ、なんとなく気づいてはいたけど」

 

 里の中で一人だけ違う自分が嫌いだった。

 輪に入れない引っ込み思案な自分が嫌いだった。

 人の顔色に怯えてばかりの自分が嫌いだった。

 

「だからきっと私はダストさんのこと嫌いで……どうしようもなく気になってしまったと思うんです。私と面白いくらいに真逆なのに、私と同じように自分が嫌いだったあなたが」

 

 だから私は生涯で初めて、友達になることを拒否した。私が欲しいものをいろいろ持ってるのに、私と同じように自分を嫌ってるダストさんのことが許せなくて。

 あの時の私がそこまで考えてたわけじゃないけど、今にして考えればそう私は感じていたんだと思う。

 

「…………別に俺は自分のこと嫌いじゃねぇよ」

「それは嘘ですよね。私がダストさんに告白してから何回自分のことをチンピラだって卑下しました? 何回自分なんかじゃ私と釣り合わないって思いました?」

 

 告白する前もそういう所はあった。ダストさんはいつだって自信満々だけど……同時に酷く自分を嫌っている。

 そうじゃなきゃダストさんほどの実力者が、ドラゴンについては誰よりも知っているダストさんがクーロンズヒュドラに殺されるはずがない。いくら慢心していたとしても、いくら腕が鈍っていたとしても、自分の命を勘定を入れていれば死ぬはずがない。

 つまりこの人はそれだけ自分のことを嫌っている。自分なんかいつ死んでもいいと。

 

「……だったらなんだってんだよ?」

「私は…………私は今の自分のことが好きです。好きになれました」

 

 今でも自分が嫌になることはある。未だに引っ込み思案なところはあるし、暴力的なところもあるし。自分の嫌な所を上げたらキリがない。

 たぶんそれは増えたり減ったりして一生かかってもなくならないと思う。

 

 それでも、私は自分のことが好きだ。

 

「だって…………こんな私を友達だって言ってくれる人がいるから。私の事を親友だって言ってくれる人がいるから。…………私のことを愛してるって言ってくれる人がいるから」

 

 だから私は自分のことが好きになれた。皆が好きだと言ってくれる自分のことを信じれた。

 

「……だから、私が自分のことを好きになれた理由の半分以上はダストさんのおかげです」

 

 この人が私に友達を作ろうと頑張ってくれたから。私の想いに応えてくれたから。

 

「…………、全然ちげぇよ。俺なんかがしたことなんて何も大したことじゃねぇ。全部お前が頑張ったからだよ」

「…………、まぁいいです。実際私のことはこの際どうでもいいですしね」

 

 ダストさんが自分のやったことを認めようと認めまいと私がやることは何も変わらないから。

 ダストさんがやってくれたことは私自身がちゃんと分かっていればそれでいい。

 

「ダストさん、私はあなたのお陰で自分のことが好きになれました。……だから今度は、私があなたにあなた自身を好きにさせます」

「……俺が俺のこと嫌いだったらお前も俺のこと嫌いになっちまうか?」

「いいえ、そんなことはないです。言いましたよね? 私はダストさんのいい所も悪い所も全部知った上で好きになったって。だから嫌いなままでも嫌いになんかなりません。ただ、好きになったらもっと好きになれると思います」

 

 それに…………

 

「どこかの素直じゃない可愛い人が、素直に好きだって言えるようになるには、それが必要ですから」

「? 何の話だ?」

「いえ、気にしないでください。いつかきっと分かる日が来ますから」

 

 それがどんな結末になるかは今の私には分からないけれど。

 ……たとえその結末で私が不幸になるとしても、今のまま終わらせるわけにはいかないから。

 

 

 本当の意味でこの人に選んでもらうためにも。私は……

 

 

「ということで決意表明はおしまいです。ハーちゃんを迎えに行った後は買い物して帰りますからね。荷物持ち手伝って下さいよ」

 

 いつの日かと同じように、私はダストさんの手を取って歩きだす。

 

「お、おい……あんまり引っ張るんじゃねぇよ。……てか、なんかお前に尻に敷かれてる感じがするんだが」

 

 ダストさんはあの日よりもどこか困惑した様子だけど……それでも笑ってついてきてくれる。

 

「あ、その言葉で思い出しました。ダストさん財布私に預けてくださいよ。私が管理するって話でしたよね?」

「あの話本気だったのかよ!?」

 

 

 

 

 さぁ、ここから始めよう。

 

 

 

 私の好きなこの人が自分自身を好きになれるように。

 

 私の好きなあの人が素直に好きだと言えるように。

 

 

 

 このチンピラ冒険者に更生を!

 

 

 




幕間終了です。次回から第二章が始まります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2章:このチンピラ冒険者に更生を!
第1話:冷たいダストさん


「『カースド・ライトニング』!」

 

 詠唱を終えて放たれた私の魔法は黒い稲妻となって一撃熊の中心に大きな穴を開ける。

 私の2倍以上ある巨体はそれを支える力を失い、ゆっくりと倒れた。

 

 

「ふぅ……今ので最後かな?」

 

 目に見える範囲で動くモンスターの姿はない。念のために気配探知の魔法も使ったけど敵の反応はないし、全部倒したと思ってよさそうだ。

 

「ゆんゆんおつかれー。こっちも終わったよ」

「あ、リーンさんたちの方も大丈夫でしたか?」

「こっちは2頭だけだったしね。余裕とは言わないけどあたしらだってもう中級冒険者なんだから」

 

 一撃熊の群れの討伐クエスト。群れを分断して私はダストさんと、リーンさんはテイラーさんとキースさんとでそれぞれ討伐にあたったけど、リーンさんたちの方も大丈夫だったらしい。

 

「いやー、俺の活躍ゆんゆんにも見てもらいたかったぜ」

 

 リーンさんのすぐ後ろで体を伸ばしながら、キースさんはなんだかわざとらしい感じでそんな事を言う。

 

「……キース、なんか活躍してたっけ? 一撃熊に止めさしたの全部あたしなんだけど」

「一応、キースが一撃熊の足を執拗に狙ったおかげでお前たちを守りやすくはあったが……」

 

 リーンさんは胡散臭そうに、テイラーさんは真面目な顔をしてキースさんの言葉に返す。

 …………何ていうか、あれですね。

 

「地味だね」

「地味だな」

 

 二人共……私が思っても言わなかったことをあっさりと……。

 

「うるせぇよ! せっかくゆんゆんに良いとこアピールしようって作戦を……」

 

 けど、リーンさんの言う通り本当に気負った様子はないみたいだ。キースさんもテイラーさんもいつも通りのやり取りを見せてくれる。

 

「でも、パーティーで戦う場合はそういう役割はすごく大事だと思いますよ。ちゃんと仕事をこなせるキースさんは凄いと思います」

 

 地味だけど。

 

「お、ゆんゆんもしかして俺に惚れ直したか? 今の俺はフリーだからいつでも告白してくれていいぞ」

「えっと……キースさんに惚れ直すも何も惚れてた時期がないんですが……。それに一応私にはダストさんっていう恋人がいるので……」

「…………やっぱ納得いかねぇ。なんでダストなんかにこんな可愛いくてまともな彼女が出来てんだよ。つい最近まで童貞だったくせに」

 

 うーん……あれでダストさんって経歴とか実力だけで判断するなら私のほうが気後れしちゃうんだけどなぁ。

 ダストさんの正体が周知されてる現状でも、私とダストさんが付き合い始めたって知った人は今のキースさんみたいな反応をする。まぁ、今までのダストさんのろくでなしのチンピラっぷりを考えれば仕方ないのかもしれないけど。

 ……あと、童貞かどうかは関係ないと思いますよ? 色んな意味で。

 

「……って、あれ? リーンさん、テイラーさん。何を難しそうな顔してるんですか?」

 

 いつもならそろそろキースさんの軽口にリーンさんの合いの手というかツッコミが入る頃なんだけど……。

 リーンさんだけでなくテイラーさんもなんだか難しい顔というか、珍しいものを見るような目を私に向けている。

 

「いやぁ……ゆんゆんがパーティー戦の役割云々言ってるのが凄い珍しくて」

「そう言ってやるなリーン。ゆんゆんだって俺達のパーティーと一緒に戦うようになってそれなりに長いし、カズマ達のパーティーの助っ人に入ったり魔王討伐パーティーの一員だったりしたんだ。それなりに経験してるのは確かだろう」

「……そんなこと言ってテイラーだってあたしと同じような顔してるじゃん」

「……まぁ、気持ちは同じだからな」

「怒りますよ! 人を何だと思ってるんですか!?」

「ぼっちかな」

「ぼっちだな」

「泣きますよ!?」

 

 ……というか、あれ? おかしいな、冗談のはずなのになんだか視界がぼやけてる……。

 

「ごめんごめん! 冗談だから泣かない泣かない」

 

 子どもをあやすようにリーンさんはそう言って私の頭を撫でてくる。

 

「ぐすっ……泣いてなんかないですよ。……泣いてはないですけど怒ったのでリーンさんには私やハーちゃんと今度一緒に晩御飯を食べてもらいます」

「あ、相変わらずこの子は安いなぁ……。自分からそれを言い出すあたりには成長を感じるけど」

 

 人間本質は簡単に変わらないし、何も変わらないってこともありませんからね。

 ……まぁ、私の変化は親友と悪友の影響が大きいし、いい変化だけとは言えない気がするんだけど。

 

「けど、一緒に晩御飯ってことはゆんゆんやジハードちゃんだけじゃなくてダストも一緒になるの?」

「そうなりますね。私とハーちゃんで作った料理をリーンさんとダストさんに振る舞おうかなって」

「そういう事ならあたしも一緒に作るの手伝おっか? なんかそっちの方が楽しそうだし。……食わす相手があのバカなのはちょっとひっかかるけど」

「本当ですか!? それは凄く楽しそうです!」

 

 ハーちゃんやリーンさんと一緒にお料理してダストさんに食べてもらう…………うん、今からすごく楽しみだ。

 

「……おい、テイラー。泣きたいなら俺の胸を貸してやってもいいぞ」

「泣いてるのはお前だろう、キース」

「くそっ……やっぱ納得いかねぇ。ダストの野郎闇討ちしてやろうか」

「成功するかどうか微妙な上に、成功してもドラゴンに噛じられるのは確実なのを覚悟の上でやるなら俺は止めないが」

 

 

 

「楽しそうですね。何の話をされてるんですか?」

 

 そんな言葉とともに、魔法使いの姿をしたロリーサちゃんがふわりと空から降り立つ。

 

「あ、ロリーサちゃんお疲れ様。そっちはどうだった?」

「森の外まで見てきましたけど、逃げ出した一撃熊はいなそうでしたよ? 魔法で反応がないならクエストは達成したと思っていいんじゃないでしょうか」

 

 サキュバスで空が飛べるロリーサちゃんには今回のクエストでは群れの分断と索敵をお願いしていた。森の外にも一撃熊がいないならやっぱりクエスト終了と思って問題なさそうだ。

 

「それで、皆さんは結局何の話を?」

「ああ、うん。あたしとゆんゆんで一緒にご飯を作ろうって話をさ」

「あー……それでダストさんに食べて貰うって、そういう話を?」

「ダストに食べさせるのはついでよついで。メインはゆんゆんとジハードちゃん」

 

 …………素直じゃないなぁ、リーンさんは。

 

「む……何よゆんゆん。なんか言いたそうな顔してるけど」

「いえ、リーンさんは可愛いなぁって思ってただけですよ? ね? ロリーサちゃん」

「あはは……えっと……まぁ、そうですね。私もリーンさんは可愛い(かた)だと思いますよ」

「むぅ……絶対二人共失礼なこと考えてるでしょ」

「否定はしませんけど、嘘は言ってませんよ」

 

 そんなリーンさんは本当に可愛いと思う。 

 

「でも、そういう話をしてたからキースさんが泣きそうな顔してるんですね」

「うぅ……新人ちゃん分かってくれるか」

「いえ、私はもう新人じゃないんですが……。ただ、私で良ければキースさんとテイラーさんにも手料理作りますよ?」

「本当かよ!? 新人ちゃんマジ天使!」

「天使とか不吉なこと言わないで下さい!……まぁ、キースさんとテイラーさんは数少ない私の縄張りさんなので、たっぷり精のつく料理作りますよ」

「…………あれ? これただの餌扱いじゃね?」

 

 キースさん喜んだり落ち込んだり大変そうだなぁ。ご飯が食べたいなら言ってもらえばついでに作るのに。

 

 

「ところでさ、どうでもいいけどダストはどこにいるの? ゆんゆんとペアで一撃熊倒してるはずでしょ?」

 

 どうでもいいと言いながらリーンさんは森の中をキョロキョロと見回す。……本当、素直じゃないなぁ。

 

「ダストさんならそっちの茂みの先で……」

 

 そろそろダストさんの所に行こうと思っていた私は、そのままリーンさんたちを案内して茂みの薄い所を抜ける。

 抜けた先、森の中にしては結構開けた場所には、

 

「…………このバカ、なんで討伐クエスト中に寝てんの?」

 

 ミネアさん──ダストさんと契約しているシルバードラゴン──のお腹を枕にして気持ちよさそうに寝ているダストさんとハーちゃん──私の使い魔のブラックドラゴンで名前はジハード──の姿があった。

 

「……こいつ叩き起こしていいよね?」

「あ、ハーちゃんは眠たそうにしてたから寝かせておいてあげてください。ダストさんはまぁ……ご自由に」

 

 ハーちゃんを寝かせてくるって言っていなくなったのに自分も一緒に寝てるとか……羨ましい。私だってミネアさんを枕にしてハーちゃんと一緒に寝たいのに。

 

「彼女の許可も出たし、じゃ、遠慮なく」

 

 ガツンという音を立ててリーンさんの杖がダストさんの頭にぶつかる。

 

「っっっっ!? いっ…てぇええええ! 誰だよいきなり人の頭叩く奴は……って、お前かリーン!」

 

 跳ね起きたダストさんは頭を抱えながら目の前にいるリーンさんに文句を言う。

 

「こらダスト。いきなり大きな声出さないでよ。ジハードちゃんが起きちゃうでしょ?」

「大声出させたお前が言うな。…………くそ、ジハードが寝てなきゃ折檻だぞ」

 

 それで怒りを収めるあたり、ダストさんは相変わらずハーちゃんというかドラゴンには甘い。

 

「だいたいあんたが悪いんでしょうが。ゆんゆん一人に任せて一人だけサボって」

「あん? 一撃熊なんて雑魚の相手を何で俺がしなきゃなんねーんだよ。ゆんゆん一人で十分だろうが」

「……そうなの? ゆんゆん。ゆんゆんたちの担当って結構数いたよね?」

「えっと……まぁ10頭くらいなら確かに苦戦しませんね」

 

 だからこそハーちゃんを寝かせてあげようと思ったわけだし。上級魔法を覚えていれば一撃熊クラスの相手ならちょっとやそっとの数じゃ苦労しない。

 

「てわけだ。俺を戦わしたいなら最低でもグリフォンかマンティコアクラスの討伐クエストだな。それにしても1頭2頭ならゆんゆん一人で十分だろうけど」

「……分かってたことではあるけど、ダストとゆんゆんってあたしらと実力差ありすぎない?」

「今更すぎんだろ。俺はともかくゆんゆんは魔王討伐パーティーのアークウィザードだぞ」

 

 俺はともかくって……ダストさんに言われても嫌味にしか聞こえないんだけど。この人の経歴に勝てるのってそれこそカズマさんくらいで、ドラゴンと一緒なら私よりもずっと強いのに。

 

 

「……ところで、なんでロリサキュバスはさっきからゆんゆんの後ろに隠れてんだ?」

「…………、だってダストさん最近会ったら私のほっぺた引っ張りまくるじゃないですか」

 

 恐る恐るという感じでさっきから私の後ろに隠れていたロリーサちゃんは顔を出す。

 

「むしろそれだけで済ましてるのに感謝すべきだぞ。簡単に俺を裏切りやがって」

「し、仕方ないじゃないですか! ほとんどの悪魔にとってバニル様は天上の存在ですし、サキュバスにとっては憧れの存在なんですから!」

「だから、喜んで俺を売り飛ばしたと。よし、今日もお前の無駄にもちもちしたほっぺた伸ばしてやるからちょっとこっちこい」

「ふぇっ! いいじゃないですかー! 結局ほとんど実害はなかったんですしー!」

 

 逃げ出すロリーサちゃんにそれを追いかけるダストさん。

 この2人もなんだかんだで仲いいなぁ……。ロリーサちゃんは悪魔だしバニルさんと同じで()()()()()()()だから、そういう心配はしないでいいんだけど。

 

「うぅぅ…………ほっぺたが戻らなくなったらどうするんですか、ダストさん」

「そんときはアクアの姉ちゃんに回復魔法使うように頼んでやるよ」

「アクア様の回復魔法とか使われたら私残機全部消えちゃいますよ!?」

 

 

 結局捕まって伸ばされてしまったほっぺたを押さえながらロリーサちゃん。

 

 プリーストが使う回復魔法は神様の力を借りたもので悪魔には逆に毒らしい。悪魔を回復させるにはポーションとかが基本みたいだ。そのポーションにしても生体が違うせいか効果が薄いみたいだけど。

 まぁ、うちには回復魔法が使えるハーちゃんがいて、その回復魔法なら悪魔でも普通に回復させることが出来るみたいだからそこまで問題はない。

 

 …………、私そのうち使い魔が本体の人とか言われないよね? ハーちゃん回復魔法もできればドレイン能力で魔力生命力の吸収と授受出来るしいろいろ便利すぎるんだけど。

 

 

「まぁ、ロリサキュバスのことはどうでもいいや。それよりクエスト終わったんならお前らはもう帰れよ」

「お前らはって…………ダストはどうすんの?」

 

 ダストさんの言葉にリーンさんは首をかしげ、

 

「ん? 俺はまぁちょっと野暮用……ってか、ジハードをもうちょい寝かしといてやりたいからよ」

「……あんた、本当ドラゴン相手だと別人みたいに甘くなるわよね」

 

 答えを聞いてため息を付きながら納得した。

 

 ダストさんってめぐみんの爆裂魔法に対する情熱と同じくらいドラゴンのこと愛してるし、そういう理由なら説得力がありすぎるんだよね。

 

「でも残るって、あんた帰りはどうすんの?」

「あー……まぁ、ミネアもいるしなんとかなるだろ」

「ここからアクセルまでは結構距離あるし、そこからまた紅魔の里まで戻らないといけないってなるとミネアさん大変じゃない?」

「…………、そりゃそうだが……」

 

 アクセルの街を相変わらず拠点にしている私達だけど、クエスト自体はそこから離れ、いろんな街で受けて冒険している。今いる場所からアクセルに戻って更に紅魔の里に行くとなると結構な距離になった。

 まぁ、ドラゴンのミネアさんにしてみれば大した距離じゃないのかもしれないけど。

 

「大丈夫ですよリーンさん。私が残りますからリーンさん達は先に帰っても」

 

 ハーちゃんは私の使い魔でもあるし、ハーちゃんのために残るって言うなら私も当然残る。

 

「……大丈夫? テレポートの登録先的にゆんゆんにはギルドへの報告もお願いしないといけないんだけど」

「そのあたりはハーちゃんもいますし大丈夫ですよ」

 

 リーンさんが心配してるのはテレポートによる魔力の消費だけど、そのあたりはハーちゃんがいるから心配いらない。

 ……それに今から仮眠するなら起きる頃にはちょうど夕暮れだと思うし、またダストさんの後ろに乗ってクエストを受けた街まで空を飛んでいくのも悪くない。

 

「んー……できればお前も先に帰っててほしいんだがな」

「? なんでですか? 別にダストさんと一緒なら待つのは苦じゃないですし、ハーちゃんが起きるまで一緒に寝ててもいいですよ」

 

 

 

「おいテイラー。やっぱあいつ闇討ちしていいか?」

「……気持ちは分かるが抑えろ」

「……あんたたちもいろいろ複雑なのね」

「そういうリーンさんも──」

「──なにか言いたいことあるの? ロリーサちゃん?」

「いえ! なにもないです! はい!」

 

 

 

「ま……お前なら別にいいか。……ってわけだリーン。そこの物騒な2人とロリサキュバス連れて先にテレポートで帰っててくれ」

 

 仕方ないとばかりにため息をついてダストさん。

 

「ん、了解。クエストの報酬はまた明日分ける?」

「はい。お願いします」

「……俺がサボってるとか言うけど、頑張っても自分に入ってこない今の状況じゃ当然だと思うんだがな」

 

 ダストさんのクエストの報酬とか財布は今私が管理してるから、ダストさんがクエストのやる気が出ない気持ちも分からないでもない。だからこそこれくらいの相手の時なら私はあまり強く言わないんだから。

 

(リーンさんも、それは分かってるだろうけど……いろいろ言わないと気がすまないんだろうなぁ)

 

 女心はいつだって複雑だ。

 

 

「(……おい、リーン。俺は残るからテイラーだけ連れて帰ってくれよ)」

「? 何よキース。こしょこしょして気持ち悪い。残ってどうすんの?」

 

 リーンさんのテレポートの詠唱が終わった所で、なんだかキースさんが内緒話をするようにリーンさんの耳に顔を近づけている。返事をするリーンさんの声は聞こえるけどキースさんの声はよく聞こえない。

 

「(しーっ。……ほら、ダストとゆんゆんを二人っきりにするだろ? そしたら2人でエロいことおっぱじめるかもしれないじゃねーか。真面目な俺はそれを止めようとだな……)

「はいはい。出歯亀したいだけね。じゃ、ゆんゆん、ついでにダスト。また明日」

 

 そう言ってリーンさんは手を振りながらテレポートを発動。3人を連れていなくなった。

 

 ……出歯亀ってキースさんは一体何をするつもりだったんだろう。

 

 

 

 

「よし……あいつらはいなくなったな」

「そうですね……どうします? ハーちゃんが起きるまで私達も眠り……ってあれ? ハーちゃん? もう起きたの?」

 

 いつの間に起きたんだろうか。人化しているハーちゃんがダストさんの後ろに立っている。枕になっていたはずのミネアさんもいつの間にか起き上がっていた。

 

「らいんさま……『竜化』を」

 

 私の問いには答えずにハーちゃんはなんだか怖い顔をしてダストさんにそう頼む。

 

「分かってる。……おい、ゆんゆん。お前はちゃんと気配探知の魔法は使ったんだよな?」

 

 ハーちゃんをドラゴンの姿へ戻しながらダストさんはそんなことを聞いてくる。

 

「えと……はい。最後の一撃熊を倒した後にちゃんと確認しましたよ」

「リーンならともかくゆんゆんの気配探知に引っかからないとなると……そういう特性持ちか、かなり上位の悪魔かアンデッドだな」

「ダストさん……? もしかして、敵がいるんですか?」

 

 ダストさんやハーちゃんたちの反応を見る限りかなりの強敵が。

 

「ああ。だからお前にも本当は先に帰っててほしかったんだが……。とりあえず、お前は自分の身を守ることを最優先に。俺が勝てそうにないって思ったらすぐにテレポートで逃げろ」

「何を言ってるんですか、私も一緒に──っ!?」

 

 戦うと、そう言葉を続けようとした口は、あたりに広がる気配によって止められる。

 

 邪気。

 

 そうとしか表現することのできない邪な気配が強大な魔力とともにいきなり現れた。

 

「まずったなぁ……この気配の圧力、『炎龍』並だ。……ゆんゆん残したのは失敗だったか」

「な、何を言ってるんですかダストさん。大精霊並の相手だって言うなら協力しないと……」

「……とにかく、お前は出来る限り距離を離せ。攻撃も無理にしなくていい」

「ダストさん……?」

 

 なんでそんなことを言うんですか……? まるで、私が──

 

 

「──はっきりと言ってあげてはどうですか? 『お前は邪魔だ。お前を守りながら戦いたくない』と」

 

 耳障りな声。その声にどうしようもない怖気を感じながらも私は声がした方向へ振り向く。

 

「……死神?」

 

 木の陰に溶け込むような漆黒の色をしたフード付きのローブ。声の主は黒より黒いそれを着て、手には大きな鎌を持っていた。

 

(魔王城で見た死神の姿そっくりだけど、この気配は……)

 

 姿だけならアンデッドモンスターの死神だ。実際アンデッドの気配もする。けど、その気配以上に私に圧力をかけてくるのは──

 

「死神の姿をした上位悪魔。……お前、大物賞金首の『死魔』か」

 

 ──悪魔の気配。慣れ親しんだ大悪魔の気配を禍々しくしたような……そんな気配だった。

 

 

 

 

「四大賞金首最後の一人。『最狂』を冠する悪魔。お前に掛けられた賞金は確か『炎龍』よりも上だったな」

「おかしな話です。私はあの暴れん坊な大精霊と違って街を滅ぼしたりしたことはないというのに」

 

 

 四大賞金首。それは大物賞金首の中でも特に高い賞金をかけられた存在の呼び名だ。

 

 『最強』の大物賞金首『機動要塞デストロイヤー』

 『最恐』の大物賞金首『魔王』

 『最凶』の大物賞金首『炎龍』

 『最狂』の大物賞金首『死魔』

 

 その中で最後に残った『最狂』……『死魔』は一般の冒険者の間ではその賞金額に比べてあまりにも知られていない。

 それは本人が言う通り街を滅ぼしたりするような存在ではないこと。そして何よりも、普通の冒険者の前には現れることがないからだ。

 

「お前が狙う相手が悪すぎんだよ。お前が狙うのは決まって最上級の騎士や冒険者、王族や貴族の強者として知られるやつだ」

 

 ダストさんの言う通り、『死魔』が狙うのは強者ばかり。そしてその狙った強者の前にしか現れない。だから普通の人たちでその存在を知っている人は殆どいない。

 

「それと同じくらい魔王軍の強者を収集したのですから許してもらえないのですかね。敵の敵は味方と私が収集した人も言っていましたよ」

「嘘か本当かは知らねーが、お前を殺すことにかけては魔王軍とベルゼルグは協力するって約定があったらしいぞ。そんな都合のいい話はねーよ」

「ええ……おかげでここ十数年は魔王軍に追いかけられて大変でしたよ。魔王を倒した勇者には感謝をしないといけないですね」

「お前の感謝なんて誰もいらねーよ。……ま、でも相手が悪魔だってのは都合がいいか」

 

 そう言って私をちらりと見たと思ったら、ダストさんは言葉を続けた。

 

「お前の狙いは俺だよな?」

「ええ。正確にはあなたと、あなたのドラゴンですが」

「じゃあ、ゆんゆん……そこの女は狙う理由はないな」

「そうですね。……紅魔族の収集は間に合ってますし、確かに理由はないですよ。…………リッチー化したあとなら話は別ですが」

「なら契約だ。そいつには手を出すな。そいつにも攻撃させないようにする」

「ダストさん!?」

 

 どうして……? 私はあなたと一緒に戦うって……。

 

「契約をするかとりあえず置いておきましょう。一つ聞きたいのは、もしも契約を破られた時、あなたは何を対価にくれるのですか?」

「俺を殺すなり収集するなり好きにしろよ」

「なるほどなるほど。ではもう一つ。もしも契約をしなければあなたはどうするのですか?」

「その時はそうだな……俺もなりふり構ってられねぇから切り札を使うだろうよ。その場合は多分お前が逃げる結果になるんじゃねーか」

「ふむふむ……嘘は言ってないようですね。私が逃げ出すほどの切り札を見てみたい気もしないではないですが…………それは収集してからのお楽しみにしますか。契約しましょう」

「ふん……収集した後にはなくなる切り札だけどな。…………てわけだゆんゆん。お前は手を出すなよ。離れて見ていてくれ」

 

 ダストさんは私の方も見ずそう伝えてくる。

 

「ダストさん……私は邪魔なんですか……? 力になれないんですか……?」

 

 『死魔』が言った通り、私を守りながら戦えないって……。

 

「…………帰ったらいくらでも謝る。だから今は下がってろ」

 

 そう言うダストさんはやっぱり私の方を見ようともしない。

 

「わかり……ました」

 

 

 

 結局、戦いが始まるまで、ダストさんは一度も私の方を見ようとはしなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話:強いダストさん

「さてさて、どうしましょうか。収集する前にあなたの強さを測りたいんですが……ドラゴンと一緒に戦われたら勝ち目がないんですよね。その下位ドラゴンはドレイン能力と回復魔法を使えるという話ですから」

「……勝ち目がないなら何で襲って来たんだよ?」

 

 ダストさんと死魔の会話。戦いが始まろうとする雰囲気を感じながら、私はその様子を離れた場所から見守っていた。

 

「ああ、少し言い方を間違えましたか。力を測るのに適切な戦力がないだけで、あなたたちを殺して収集するだけなら私一人で事は済みます。……あなただってそれくらいは分かっているでしょう?」

「……さぁ、どうだろうな。俺とミネアは炎龍だって倒した。今はジハードだっているし、炎龍と同格のお前くらい簡単にどうにか出来るかもしれないぞ」

 

 確かに『死魔』が大精霊である『炎龍』と同格であるなら、それを倒したダストさんたちなら倒せそうな気がする。問題は『死魔』が収集した『レギオン』だけど……ハーちゃんの能力を考えれば相性は良い方じゃないだろうか。

 

 ……なのに、なんでダストさんはあんなに焦った表情をしているんだろう。

 

「確かにあの大精霊を相手にするなら私一人では分が悪いでしょうし、レギオンを駆使してもギリギリでしょうが……。まぁ、いいです。思ってもないことを言って強がる相手を言い負かすほど私は狭量ではありませんから」

 

 対して死魔はダストさんたちの実績と能力を知っている様子なのに気負った様子が欠片もない。本当に殺すだけならいつでも出来ると言った雰囲気だ。

 

「……よし、ではこうしましょうか」

「っ……!」

 

 刹那。瞬きをした瞬間に私は死魔の姿を見失う。刃物と刃物がぶつかり合う甲高い音が聞こえたと思ったら、いつの間にか死魔がダストさんとドラゴンたちの間に入り込んでいた。

 

「ふふふっ……流石ですね。巷で凄腕と称されている程度の騎士や冒険者では今ので真っ二つでしたよ」

「……嫌味かよ。お前の構想通りに分断されちまったってのに」

「いえいえ、本当に褒めているんですよ。死んでもいいという諦観の念に囚われながら勝ちの目を探す矛盾した意志含め、本当に好ましい。その強さとあなたのあり方は悪魔にとって魅力的過ぎる。バニル様が気にいるわけです」

 

 ぞわり、と怖気が走る。

 死魔の言葉や声色は穏やかで、傍目にはおかしいところはない。

 けれどダストさんに死魔が向けているその目は、私に『死魔』という悪魔が理解不能な存在だと分からせた。

 

「…………、サキュバスみたいな綺麗なねーちゃんならともかく、お前みたいな骸骨野郎に好まれても欠片も嬉しくねーな」

「おや、この姿が嫌ですか? 能力的にあってるからこの姿をしているだけで、私もバニル様同様にこの世界での姿を自由に変えられますよ? もちろん、あなたの望むような綺麗な女性の姿もとれます」

「え、マジで? だったら…………って、おわっ!? おいこら、ゆんゆん! この状況で『カースド・ライトニング』はシャレにならないからやめろ!」

「シャレにならないのはダストさんの方です! 真面目にやってください!」

 

 この状況で冗談言うとかダストさんは本当に……。…………と言うか冗談だよね? 本気だったら尚更悪いんだけど。

 

「……ってわけだ。俺の彼女様がお冠みたいだから姿変えるのはなしだ。ま、殺す相手が綺麗なねーちゃんってのもやりにくいしな」

 

 ……私の彼氏さんはどこまで本気で言ってるんだろう。

 

「ふふふっ……この状況でそこまで余裕を見せられたのは初めてですよ。先程より状況は悪くなっているというのに、先程よりも余裕があるように見える。『切り札』を使う覚悟でもしましたか?」

「逆だよ。死んでも使いたくなかった『切り札』を使わないでも死ななくて済みそうだと思ったから余裕見せてんだ」

 

 ダストさんの言う『切り札』。それが何か私は知っている。確かにそれを使えば万に一つも負けはないと思う。

 でも、どうしてダストさんはそれを使うことをあれほど忌避しているんだろうか。『死んでも使いたくなかった』という言葉は、きっとそのままの意味だ。たとえ自分が死ぬとしてもダストさんは『切り札』を使うことはないだろう。それを使うのはきっとリーンさんやハーちゃんとかダストさんが大切にしている存在を守るためだけだと思う。

 

 ……『切り札』のことはとりあえず置いとくにしても、なんでダストさんは余裕ができたんだろう? 死魔の言う通りダストさんとハーちゃんたちは分断されて一緒に戦えない状況なのに。見方を変えれば死魔を囲んでいるとも言えるけど、あの距離じゃダストさんの『竜言語魔法』による強化がハーちゃんたちにギリギリ掛けられない。強化なしじゃ下位ドラゴンであるハーちゃんと中位ドラゴンであるミネアさんじゃ大精霊の中でも上位な冬将軍・炎龍と同格の死魔を相手にするのは厳しいはずだ。

 

「ふむ……強がりではないようですね。嘘の匂いもしない。気が狂っている訳でもない。実に不思議だ」

「お前の話と、俺らを分断したこと。そして、分断してすぐに各個撃破しようとする訳でもない。この状況なら誰でもお前の思惑分かるからな」

 

 ……すみません。私は死魔の思惑分からないです。

 冷静に考えれば分かる気がするんだけど、見守ってるだけとは言え……見守ることしか出来ないからこそ、私は冷静になれる気がしない。

 

 

「私の思惑が分かってその態度ですか。なるほど、嫌な予感がしますね」

「だったら、今すぐ尻尾巻いて帰るか?」

「いえいえ、そんなことをするくらいなら今すぐドラゴンたちを殺してあなたを収集しますよ。……ふむ、焦りの感情が復活しましたね。顔色を変えないのは流石ですが」

「……ちっ、上位の悪魔はバニルの旦那ほどじゃないにしても考えをある程度読まれるから面倒くさいな」

 

 結局、ダストさんは余裕なんだろうか、それとも追い詰められてるんだろうか。死魔次第って感じだからやっぱり追い詰められてるのかな。

 

「……まぁ、いいです。ここで負けても相手はドラゴンナイト。『レギオン』を失うわけでもなし、せいぜい残機を一つ失うだけ。予定通り、あなたの力を試させてもらいますよ」

 

 その言葉の後に、死魔の影から死魔とは別の形をした『影』が実体化する。

 

 

 死魔の能力『レギオン』。殺した相手の魂を収集し、そのステータスやスキルをそのままに使役する。

 死魔の魔力によって実体化されてる彼らはたとえ倒されようとも、死魔が魔力を与えれば何度でも復活できる。

 その復活作業が戦闘中以外でも出来るため、ストックをフルにした死魔のレギオンの総体は死魔本来の魔力を大きく超えていた。

 

 そしてレギオンの一人ひとりが歴史に名を残すような騎士や冒険者、王族のような強者達で、その中には人間だけでなく魔王軍の幹部であったものすらいるという。

 

(……死魔は『レギオン』を一人ひとりぶつけてダストさんの能力を測るつもりなんだ)

 

 流石にこの状況になれば私にも死魔の思惑が見える。ダストさんたちを分断したのはハーちゃんの能力を使わせないため。ドレイン能力と回復能力の二つを持つハーちゃんは、死魔の『レギオン』の天敵だから。ドラゴンたちは自分で牽制して、ドラゴンの力を借りたダストさんの力を測る。それが死魔の思惑なんだろう。

 

(……でも、その状況のどこにダストさんが余裕になる余地があるんだろう?)

 

 死魔の思惑は読めても、ダストさんが何を考えてるかまでは私には分からなかった。

 

 

 

 

「なぁ、死魔。戦うのはいいんだけどよ、流石に森の中じゃ狭くねーか?」

 

 死魔のレギオン……魔法使いの女性かな? その実体化した影に向けて槍を構えながら、ダストさんは死魔にそう言う。

 

「今は狭いですが、すぐに広くなりますよ。そのために1番手としてそれをだしたんですから」

 

 死魔の言葉。それに応えるようにしてレギオンの女性が持つ影の杖が怪しい光を放つ。膨大な魔力が杖先に集まったかと思えば詠唱もなしにその魔力が魔法として解き放たれた。

 

「『魔法抵抗力増加』」

 

 その魔法……恐らくは『爆発魔法』を、ダストさんは後ろに飛び退りながら自分に『竜言語魔法』を掛け、同時に迫る魔法を槍で切り裂いた。

 

「『上位魔法』……本来は神や悪魔といった上位存在のみが使える魔法を人間が使う……本当にドラゴン使いという存在はイレギュラーですね」

「『竜言語魔法』のことを悪魔たちは『上位魔法』って呼んでんのか。確かに人間の魔力じゃどうやっても発動しない魔法だから人間じゃドラゴン使い専用みたいなもんだけどよ」

 

 『竜言語魔法』は竜の力を借りて使う魔法だ。冒険者でも覚えられるし、回復系以外の『竜言語魔法』ならアークウィザードでも教えられれば覚えられる。けれど覚えられるだけでそれを実際に発動させることが出来るのはドラゴン使いとドラゴンナイトだけだ。竜の魔力がなければ『竜言語魔法』は発動しない。死魔の話を信じるなら神や悪魔の魔力でも発動しそうだけど。

 

「……ってか、本当に広くなったな。自然破壊にも程が有るぞ」

 

 爆発魔法の影響でダストさんの周りに生えていたたくさんの木は粉々になってなくなっていた。

 

「その状況の中心にいてほぼ無傷というあなたは流石ですね」

 

 ……魔法抵抗力増加してるダストさん相手じゃ爆発魔法使ってもほぼ無傷なんだ。やっぱりドラゴンと一緒にいるダストさんは魔法使いにとって天敵だ。

 爆裂魔法ならドラゴンはともかく人間のダストさんなら魔法抵抗力増加してても粉々に出来るだろうけど。

 爆発魔法でもまともに当たれば無事に済まないはずだけど、あの人は槍持ってたら魔法ぶった切るなんてこと平気でするから怖い。おかげであの人と喧嘩する時に使う魔法は『カースド・ライトニング』が基本になってるし。

 …………それにしても切られはしないだけで高確率で避けられるからむかつくんだけど。

 

「ドラゴンと一緒にいる俺を魔法で殺したいなら爆裂魔法使えるやつを連れてくるんだな。その魔法使いも爆発魔法を詠唱なしで撃てるあたり英雄クラスなのは分かるが相性が悪すぎるぜ」

「さて、それを判断するのはまだ早いと思いますよ。『それ』の本気を見せるのは今からですから」

 

 影の魔法使いは先程と同じように詠唱なしで瞬間的に爆発魔法を発動させる。

 

「バカの一つ覚えかよ、それじゃ俺を倒せないって──っ!?」

 

 その()()()をさっきと同じように切り裂いたダストさんは切り裂いた先に迫っていた()()()に驚愕する。

 

「っ……ってぇな。その女魔法使い、爆発魔法の連発とか英雄クラスどころか伝説級じゃねーか」

 

 二撃目の直撃こそさけたものの、魔法を切り裂くことまではできなかったのか、ダストさんの体のあちこちには魔法による傷ができている。

 

「今のも直撃を避けますか。完全に不意を付けたと思ったのですが。……どうやら手加減はいらないようですね」

 

 そうして始まる爆発魔法の連発。止まることのない大破壊の連続は、森を破壊し尽くし、その中で倒れないただ一人に全て向かっていた。

 

「ちっ、『速度増加』『反応速度増加』『魔力容量増加』……ネタが分かってたらいくらでもやりようがあんだよ!」

 

 ダストさんは『竜言語魔法』による強化を自分にかけて一つ一つが一撃必殺の威力があるそれを切り裂き受け流して耐える。

 

 

(……爆発魔法の連発、あのレギオンはもしかして)

 

 まだ紅魔の学校にいた頃。爆発魔法を連発するアークウィザードがいたというのを教師から聞いた覚えがある。そのアークウィザードがどんな最後を迎えたのかは知らないけど、あのレギオンの女性はそのアークウィザードなんじゃないだろうか。

 そうじゃないにしても、伝説的と言われたそのアークウィザードと同等のことをあのレギオンの女性はやっている。

 

(死魔の『レギオン』が、そんな人達の集まりだというのなら)

 

 ダストさんがどんなに強いとしても、そんな集まりを相手に消耗戦をかけられたら勝てるはずがない。どうにかしてハーちゃんだけでもダストさんと一緒に戦えるようにしないと……。

 死魔とダストさんがした契約は私に死魔への攻撃をさせないことだし、それを守ってる限り向こうも私に攻撃はできない。契約のせいで出来ることは限られているけれど、契約があるこそ私にも出来ることがあるはずだ。

 

「どこへ行こうというのだ最近エロいことばかり考えてるぼっち娘よ。あれの戦いに於いて汝に出来ることなど何もないのだから大人しくここで見守っているがいい」

「べ、別にエッチなことばっかりは考えてませんよ!…………って、バニルさん? どうしてこんな所に」

 

 動こうとした所でいきなり掛けられた声にびっくりして振り向いてみれば、いつもと変わらない胡散臭い仮面をした大悪魔、バニルさんの姿があった。

 

「どうしてと言われても、あの同輩を追っていたとしか言い様がないのだが」

「追ってるって……もうバニルさんは魔王軍とは関係ないんですよね? そもそも、魔王軍も壊滅しましたし、なんで死魔を追ってるんですか?」

「魔王軍が壊滅したかどうかは置いておくが、我輩が魔王軍とは全く関係ないのは確かであるな。ゆえに我輩たちがあの悪魔を追っているのは魔王軍とは関係ない。あそこで声を上げて応援してる貧乏店主が願ったからである」

 

 そう言ってバニルさんが指差す方向には綺麗だけど儚げな印象を持つ女性、リッチーのウィズさんの姿があった。

 

 ……いつの間に来たんだろう。バニルさんはともかく、ウィズさんは結構大きな声を上げてダストさんを応援してるのに気づかなかったのが不思議だ。

 

「それだけ今の汝は視野が狭くなっているということだ。そんな状態ではたとえあのチンピラナイトと同じくらい強くても邪魔になるだけであろう」

 

 ……言い返したくても言い返せない。死魔の言葉とダストさんの私に対する態度は、私の中で今なおぐるぐると回り続けている。

 というか、ナチュラルに人の心の中読むのやめてもらえませんかね。

 

「じゃ、じゃあバニルさんとウィズさんが私の代わりにダストさんを助けてくれませんか? このままじゃ、流石のダストさんでも死んでしまいます」

 

 切り札を使えばそうはならないはずだけど、ダストさんはきっとそのつもりはない。死魔を追っていたという話だし、ウィズさんが応援しているということはバニルさんとウィズさんの目的は死魔を倒すということで間違いないはずだ。

 

「別にそうするのは構わぬが……その場合は汝の大切な使い魔とあのチンピラの相棒、ドラゴン2頭が死ぬことになるが良いのか?」

「ぁ…………」

 

 言われて気付く。今の状況はハーちゃんとミネアさんが人質になっているのも同じ状況なのだと。

 死魔がバニルさんとウィズさん相手にドラゴンが人質になると思ってるかどうかは分からないけど、もしもウィズさんやバニルさんが戦闘に参加する素振りを見せたら、真っ先にドラゴンたちを殺してダストさんを無力化させるはずだ。

 

「心配せずとも、あのチンピラは汝に心配されるほど弱くはない。……ほれ、話している間にレギオンを一つ倒したようだ」

 

 見てみれば、ダストさんの足元に爆発魔法使いの影の体が倒れている。

 

「……………………」

 

 ダストさんはその体をまじまじと見てると思ったら、屈んで影の女性の胸元に手をやって──

 

「……うん、悪くねーな。ゆんゆんほどじゃないけど」

 

 ──疑う余地もないくらい影の胸を揉んでいた。

 

 

「…………、バニルさん。あれ見て心配しなくていいってまだ言えます?」

 

 ひとしきり揉んで満足したのか、立ち上がったダストさんはまた油断なく槍を構えてなんだかキリッとした顔をしている。しているけど、さっきまでの行動見てるからアホにしか見えない。

 

「…………、まぁ、あのチンピラはアホで間抜けでバカな行動ばかりだが、強さだけは本物である。あれもあのろくでなしのチンピラなりの考えあっての行動ゆえ許してやるがよい」

 

 ……彼女の見てる前で敵の女性の胸を揉む考えの何を許せばいいんだろう。

 

 

 

「バニルー! ウィズー!…………はぁ、はぁ……。バニル、あんたね……人がせっかく付き合ってあげてるって言うのに置いていくとか何考えてるのよ」

 

 結局何も出来ずに。新しく呼び出されたレギオンとダストさんが戦っているのを見守っている私とバニルさんのもとに、息を切らした女性がやってくる。

 

 バニルさんとウィズさんの知り合いだろうか。二人のことを呼び捨てにしてるってことは結構親しい間柄なのかな。

 …………、というか、どこかで見た人な気もするんだけど、どこでだったかな。遠目だけど、こんな姿の綺麗な人を見た覚えがある。

 

「そんなことを我輩に言われても。文句をいうなら我輩ではなくあの呑気に応援している残念幹部に言うがよい。先に行ったのも残念リッチーなら、そもそもあの死神悪魔を倒そうなどと面倒なことを言い始めたのもあの残念店主だ」

 

 どれだけウィズさんのこと残念扱いするんですか。

 

「……あれがかつて魔王軍に恐れられた『氷の魔女』だってちょっと信じたくないんだけど」

「貴様は『氷の魔女』時代を知らぬからまだマシであろう。あれと死闘を繰り広げた我輩はもっと信じたくないものがあるぞ」

 

 ……まぁ、ダストさんを応援しているウィズさんはなんというか、アンデッドの王とか『氷の魔女』とかいうイメージは全然ないですね。見てて和むというか、ぽわぽわしてる。

 

「って……なによ。死魔の奴、あいつを狙ってんの?」

 

 謎の女性はダストさんのことも知ってるのか、死魔のレギオンと戦っているのがダストさんだと気づいて反応を見せる。

 

「なんだツンデレ娘よ。あのチンピラを倒すのは私とでも言うつもりか?」

「誰がツンデレよ、誰が。…………ボコボコにしてやりたいとは思うけど、今の私じゃ返り討ちにあうに決まってるし。あんたとウィズが協力してくれるなら話は別だけど」

「貴様には借りがあるし、からかえば面白いから匿っているが、あのチンピラに手を出すのであれば話は別である。……まぁ、それを覆すだけのものを提示できれば手を貸すこともあるやもしれぬが」

 

 …………なんだか凄い不穏な話をしてるんだけど。これ私が聞いてていい話なのかな。

 

「ところでバニル。その女は誰なの? あんたの知り合いみたいだけど」

 

 謎の女性はそう言って私のことを指差してくる。……むしろその質問は私がしたいです。

 

「この娘は我輩の友であるぼっちで、あのチンピラの恋人である」

「…………流石紅魔族。趣味が悪いにも程が有ると思うんだけど」

「そっちは失礼にも程が有ると思うんですけど! たとえ本当のことでも言ったらいけないことってあるんですよ!」

「汝も汝で我輩とチンピラに対して失礼なのだが」

 

 だって、バニルさんと友達でダストさんの恋人とか趣味が悪いって言われても言い返せないですし。

 

「でも……あれ? あいつの恋人ってあの普通っぽい魔法使いの子だと思ってたんだけど。この子なの?」

 

 普通っぽい魔法使い…………リーンさんのことかな?

 

「うむ。その娘があのチンピラの恋人であるのは間違いない」

「ふーん…………可愛い子だけど、あいつが選んだにしてはなんだか地味ね。あの魔法使いの子くらい普通なら逆にお似合いかなって思ったけど、この子はなんか中途半端というか……」

 

 謎の女性は私をマジマジと観察するように見てくる。

 

「それでもその娘は魔王討伐パーティーのアークウィザードである。人間の中でも中々の実力者と言えるであろう」

「魔王討伐パーティーのアークウィザードって…………もしかしてあの爆裂魔!?」

「…………。それは私じゃなくて私の親友です」

「…………。やっぱりあなた趣味悪いでしょ?」

 

 ……だから、初対面でそんなことズケズケ言わないでくださいよ。言い返せないじゃないですか。

 

 

 

「ま、あの爆裂魔じゃなければ実力者って言っても幹部クラスはないでしょ? 魔王城の生き残りの話にこういう子がいたって話は聞かなかったし」

 

 もしかしてこの人は魔王軍の関係者なんだろうか? バニルさんウィズさんとも繋がりがあるみたいだし。でも、魔王軍関係者で幹部だったバニルさんウィズさんを呼び捨てに出来るって……。

 

「ここで見守ってるだけってことはあいつに死魔との戦いじゃ邪魔になるって思われてるってことだろうし、幹部クラスに強いなら慎重派の死魔が一緒にいる所を襲うとも思えない」

「っ……」

 

 分かってはいることだけど、改めて口にされるときつい。

 

(…………言われなくても分かってますよ。私がダストさんの隣に立つには役者不足だって)

 

 最年少ドラゴンナイト。

 隣国の英雄。

 凄腕の槍使い。

 大物賞金首炎龍を倒し、魔王軍筆頭幹部、通称魔王の娘を退けた実力者。

 

 どんなに馬鹿でアホでスケベであろうと、あの人がバニルさんさえ認める実力者であることは痛いほど分かってる。

 

「ツンデレ娘よ、あの死神悪魔が慎重派というのは素直に頷けないのだが。あれは確かに臆病者であるが、同時に相手を下と見れば遊びすぎるタイプだ」

「確かにあいつに消耗戦仕掛けてる時点で慎重派って言うにはあれすぎるけど。……普通に考えれば、ドラゴン使いからドラゴン分断してドラゴンをいつでも殺せる実力あるなら余裕見せても問題ないからね」

 

 普通に考えればって……ダストさん相手だと問題があるってこと?

 

「あの……今ってダストさんがピンチなんですよね? 今の状況じゃ、どんなにダストさんが強くてもどこかで負けちゃうと思うんですけど」

 

 死魔のレギオンを相手にダストさんは善戦している様に見える。実際最初の魔法使いの後に出てきたレギオンも何体か既に倒していた。

 でも、倒す度にダストさんの傷は目に見えて増えていっているし、回復の出来ない状況じゃどこかで限界が来ることは目に見えている。

 

「……あなた、あいつの彼女だって言うのにあいつの強さを全然分かってないのね」

「分かってますよ。ダストさんが強いってのは痛いほど。でも、それとこれとは話が別じゃないですか」

「それが一緒の話なのよ。……ま、分からないならそのまま見守ってないさいな。今の状況が続くのはあいつにとって悪くない。むしろ、負ける寸前まで今の状況を続けることが出来たなら、あいつの勝ちは確実なんだから」

 

 今の状況?

 今の状況って、ダストさんが倒したレギオンの女性の胸をまた揉んでるような状況なんですけど。

 …………これを負けそうになる寸前まで見守らないといけないといけないのかぁ。

 

 

 むしろ今の状況が続けば私の心が色んな意味で負けそうだった。




ちなみに魔王のm……もとい謎の女性は黒髪ロングの碧眼をイメージしてます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話:竜の騎士

「っ……まだ、弾切れじゃないのか?」

「おや? さすがの最年少ドラゴンナイト様ももう限界ですか? 何か奥の手をがあるようでしたが、ただのブラフでしたか」

 

 もう何体のレギオンを倒したんだろう。ダストさんはかつて英雄や勇者と言われた騎士や冒険者たちの成れの果てを1対1を繰り返して倒していた。

 その戦いの中相性のいい魔法使い系の相手なら無傷で倒したこともあったけど、基本的には苦戦して戦う度に傷が増えていった。今では致命傷じゃないかと思えるような傷も遠目から見え、体力的にももう限界が近いはず。

 ……そんな状態でも女性型のレギオン倒したら毎回胸揉んでたダストさんは本当頭大丈夫なんだろうか。あの人真面目に不真面目過ぎませんかね。

 

(でも…………強い。強いのは分かってたけど、ここまで強いなんて)

 

 

 勝てないとは分かってた。差が大きいことも想像していた。でもこれだけの差があるなんて思っていなかった。

 

 どれだけ低く見積もっても私と同じかそれ以上に強いレギオンたち。私では1体倒すのがやっとな彼らをダストさんは一人で何体も倒してる。

 最年少ドラゴンナイト。火の大精霊撃破の経歴を私は甘く見すぎていたらしい。

 

 

「しっかし……あいつ、アクセルで戦ったときも思ったけど基本的には弱くなりすぎよね。初めて戦った時のあいつはもっと強かった覚えがあるんだけど。ステータス的にはそんなに差がないはずなのに底が見えないっていうか」

「それは貴様自体が経験を積んで強くなったというのもあるだろうがな。確かにあのチンピラは全盛期に比べれば腕が訛っているのだろう。今のあれではぼっち娘の使い魔抜きで火の大精霊には勝てまい」

 

 私がダストさんの戦いに圧倒されてるのに対して横で話してる二人は冷静に感想を言っている。流石は魔王より強いかもしれないとか言われてたバニルさん。私と同じ風景を見ていても見え方はぜんぜん違うらしい。

 そしてそんなバニルさんと同じような見え方をしているこの女の人は本当に何者なんだろう。ダストさんと何度か戦ったことがあるみたいだけど。

 

 

「しかし、流石ですね。私のレギオンをここまで削られたのは久しぶりです。人間相手では2度目ですよ。これで本当に切り札や奥の手を用意しているのでしたら恐ろしい。…………これは嫌味ではないですよ?」

 

 満身創痍のダストさんに向けて死魔はカラカラと笑ってそんなことを言う。嫌味じゃないと言いながらもここからダストさんが逆転するなんて露ほども思ってない様子だ。

 私もここからダストさんが勝つには『切り札』を使うしかないと思うんだけど、ダストさんが使おうとする様子は微塵もない。

 

「うるせーよ。こっちは立ってるのもきついんだからさっさと次を出せ。このままじゃ出血多量で死ぬなんて言うつまらない落ちになるぞ」

 

 死にかけてるはずなのになんであのチンピラさんはいつもと同じような軽口が叩けるんだろう。

 私の知らない奥の手か何かがあってそれはこの状況を打破できるようなものなんだろうか。

 

「そうですか、では私も『切り札』を出しましょうか。私のレギオンを半壊させた最強の槍使い。……あなたとどちらが強いか見物ですね」

 

 そう言って今までと同じように影から出てきたレギオン。でもその様子は今までとあまりにも違って……。

 

「……なんだよ、その槍」

 

 レギオンとして出てきた影の男性。初老に差し掛かろうとしている年齢だと伺えること以外は特に変わったところはない。

 

 でもその手に構えている槍は違った。

 ミツルギさんの持つ魔剣にも負けない秘められた膨大な魔力。そしてこの世全てを呪ってもまだ収まらないような深く濃い呪いがその槍には込められていた。

 

「ああ、やはり気になりますか。話すと少し長いのですが……まぁ、要点だけを話しましょう」

「……いいからさっさと話せ」

 

 さっきまでの軽口が嘘のような目の鋭さでダストさんは死魔を促す。

 

「このレギオンの老人なのですが、実はある国の元王様でしてね。若い頃は『神鎗グングニル』という神器を使って名を馳せた冒険者だったのですよ」

 

 ……神鎗グングニルを使っていた冒険者? 元国王? それって、魔王を倒した勇者は姫を娶る権利を得るという話の始まり、ベルゼルグ2代目国王のことなんじゃ……。

 

「それなのにこの老人は私が収集するときには神器を子どもたちに受け継がせ、ただの槍しか持っておらず私としては本当に残念だったのです。……神器と神器の補正なしで私のレギオンを半壊させた強さは嬉しい誤算でしたが」

 

 ……ベルゼルグ王家怖い。初代国王の聖剣の勇者様といい、そんな人たちの血がたくさん混じってるんだ。

 

「そんな最強の槍使いに相応しい武器をと思いましてね。神器に負けない槍を作って与えました。苦労して倒した上位ドラゴンの竜骨で柄を作り、牙と爪で穂を。倒すのよりも加工するのに苦労したものです。地獄の炎で柄は10年、穂は100年掛けて溶かす必要がありましたから」

「……それだけじゃ、そんな呪いはつかないはずだ。ドラゴン()()がそんなことで世界を呪うはずがねぇ」

「ええ、ですから神器に負けない魔力と呪い、そしてドラゴンの持つ固有スキルを槍に込めるためにドラゴンを片っ端から殺したのですよ。よく呪いが込められるように痛めつけて殺したり、ドラゴン同士で争わせて死にかけた所を殺したり。忌々しい下等なドラゴンたちが苦しみながら、そして私を呪いながら死んでいく姿は素晴らしかった。槍にこもったのは魔力と呪いだけで固有スキルがこもらなかったのは残念でしたが、まぁそれは高望みというものでしょう」

 

 酷い……。ドラゴンと悪魔たちの関係は知ってる。それがけして好意的な関係じゃないのはバニルさんの話で百も承知だ。でもだからと言って……。

 

「名付けて『竜呪の槍』。我ながら神々のおもちゃに負けないものが作れたと自負しておりますよ。……さて、お話はここまでにしましょう。あなたの底も見えてきましたし、そろそろ収集させてもらいますよ」

 

 死魔の言葉に槍使いのレギオンは槍を構えて、いつでもダストさんに襲いかかれるように立つ。その立ち姿には一部の隙きも見当たらず、構えた槍に込められた力は言うまでもない。

 

「バニルさん! 私行きます! このままじゃダストさんが……っ!」

 

 死ぬ。その言葉が口から出ることはなかったけど、その言葉による風景は何度追い払っても私の中から消えない。

 

「待つがよい、チンピラに惚れるとかありえないとか言ってたくせに自分からチンピラに告白したぼっち娘よ」

「へぇ……この子のほうがあいつに告白したんだ。少し意外ね」

「なんでこのタイミングでそんなことバラしますかね!?」

 

 わりとシリアスなシーンだったはずですけど!? あと謎の女の人も興味深そうにしないでください!

 

「さっきも言ったと思うが汝に出来ることなど何もない。今となっては我輩にもこのツンデレ娘にも、あそこで呑気に応援している残念リッチーにも何かする必要はない。あの悪魔は、ダストの……いや、『ライン=シェイカー』というドラゴン使いの逆鱗に触れたのだ。最高に痛快な見世物になる。……それを観客が混ぜ返すことなど興ざめというものだ」

「見世物ってそんな……」

 

 ダストさんが本気で怒っているのに、どうしてそんな風に……。

 

「勝負の決まってる戦いなんて見世物以外のなんでもないでしょうに。たとえやってる本人たちがどんなに本気だろうとね」

「…………え?」

 

 勝負が決まっている……? バニルさんとこの女の人の口ぶりだとダストさんが勝つという……?

 

「見ていなさいな。私が……魔王を継ぐ者がライバルとして認めた男の実力を。……あなたが選んだ男の本当の強さをね」

 

 

 

 

──ダスト視点──

 

「……悪いなミネア。少しだけお前を危険に晒しちまう」

 

 でも、お前も許せないよな。もう、我慢するのも限界だよな。

 

「ジハードは大人しくしてろよ? お前を暴れさせる余裕は悪いけどないんだ。…………心配すんな。()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それで我慢してくれ。俺とミネアでお前の分までちゃんと暴れるからよ。

 

「何をぶつぶつと言っているのですか? 死を前にしてついに気が狂いましたか」

「お前の嗅覚は俺が狂ってるって感じてるのか? つまらないこと言ってんじゃねーよ」

 

 悪魔なら俺たちが今持ってる感情が何かなん て言うまでもないだろうに。

 

「……分かりませんね。何故にこの状況で怯えるでもなく自分を見失うでもなく、ただ冷静に怒れるのか」

「滅ぼす前にお前の敗因を教えといてやるよ」

 

 死魔の言葉を無視して俺は話を始める。

 

「一つ目はお前が人間をただの収集物だと下に見ていたこと」

 

 だから長い間狩られる側だった人間がその時間の中で死魔の弱点、その特性を推測しているなんて考えもしなかった。

 

「二つ目はドラゴン使いの特性を知ってか知らずか無視したこと。……奥の手の存在を感じながら些末な事だと気に止めなかった」

 

 だから手遅れになるまで手を打たなかった。いつでも俺らを殺せる力を持ちながらそのタイミングを逃した。

 

「そして何よりお前はドラゴンの誇りを汚した。……塵も残さないでこの世界から消え失せろ」

 

 だからこいつは絶対に倒す。この世界に存在するために必要な残機を全て潰してやる。

 

「……大言壮語も聞きあきましたね。そろそろ死んでください」

 

 構えていた槍使いのレギオンは死魔のその言葉を合図に俺に突っ込んでくる。

 

 

 最強の槍使い。死魔が切り札と言ったのに嘘はないのだろう。忌々しくも物悲しい槍を持ったそのレギオンの圧力は死魔に迫るものがある。もしも最初にこのレギオンが出てくれば炎龍を倒した頃の俺ならともかく今の俺じゃ勝負にならなかっただろう。

 それだけに死魔は今勝利を確信しているはずだ。俺の体はボロボロで普通のレギオンが出てきてもまともに戦えるような状態には見えないだろうから。

 ただ一つ、その確信を揺るがせるものがあるとしたら、この状況においても変わらず負けるなんて欠片も思っていない感情くらいか。

 

「ダストさんっっ!!!」

 

 迫るレギオンに俺が何もしてないように見えたんだろうか。ゆんゆんの悲痛な叫びが聞こえる。

 

(……心配すんな。この状況で俺は絶対に負けないからよ)

 

 というよりも負けられない。ゆんゆんはバニルの旦那やウィズさんがいるから安全だが、俺が負けたらミネアやジハードが殺されちまう。たとえ死んでも使いたくない切り札を使ってでも俺は負けられない。

 そして、今はもう切り札なしでも負けない。もう奥の手を披露する準備は全部終わっている。

 

 

 

「『ヒール』」

 

 

 

 詠唱も何もない回復魔法。プリーストの使うそれとは原理が違うその力で俺の傷は一気に治る。

 

「回復魔法……? まさかっ!」

「気付くのがおせーよ。……ミネア、行くぞ。ここから先はお前の舞台だ」

 

 俺の奥の手に気づいた死魔は観戦するのをやめてミネアとジハードを殺そうと動き始める。

 だが、遅い。死魔が気づいた瞬間にはもうそれは終わっている。

 

 

 

 

『グルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッ!』

 

 

 ただでさえ巨大なミネアの体躯。それが膨れ上がるように一回り以上大きくなる。

 

「この魔力……上位ドラゴン並み…! やはり私のレギオンから魔力を奪っていたのですか!?」

 

 ミネアの爪を鎌で受け止めながら死魔は今の状況の原因に当たりをつける。

 

「それがドラゴン使いの能力だからな。契約したドラゴンの力を借りる……それは魔力だけの話じゃない。ブレス能力やその耐性、そして固有スキルだって含まれる」

 

 つまり、俺はやろうと思えば炎のブレスや雷のブレスを吐けるし、炎や雷の属性に耐性を持ってる。そしてジハードの使う二つの固有スキル。治癒能力とドレイン能力だって使おうと思えば使えるのだ。

 そして奪った魔力を、契約の繋がりを通してミネアへと送れば今の状況の出来上がりだ。

 

 

 …………と言うのは簡単だが、気づかれないように魔力を奪うのは骨だった。どうしても身体の接触が必要になるから戦闘中か戦闘が終わった後に槍じゃなく手でレギオンに触れないといけなかったし。そういう意味じゃ死魔の出したレギオンに女性型が多かったのは良かった。あれのお陰で違和感なく魔力を奪うこと出来たし。

 

 

「──なんてことをあのチンピラは考えておるのだが」

「それで倒したレギオンの胸を揉んでたんですね。普通に考えたら違和感ありまくりなんですけど。……いえ、ダストさんならやりそうって意味じゃ確かに違和感ないんですが」

「…………なんであなたはそんな奴と付き合ってんのよ」

 

 外野うるせーぞ。癒やしボイスで応援してくれてるウィズさん見習え。

 

 

「私が集めた情報の中では、あなたがそのドラゴンの固有能力を使ったというものはなかったのですがね。ドラゴン使いでも稀有な固有スキルであれば力を借りても使えないという話はよくありますから」

「一応俺は最年少でドラゴンナイトになったって実績があってな。……それに、普段から使ってたら奥の手なんて言わないだろうが」

 

 実際俺がこの二つの能力を同時に使ったのは魔王の娘がアクセルを襲った時と、俺とドラゴンたちだけでエンシェントドラゴンに挑まないといけなかったときくらいだ。

 ……というより、使わないと勝てない状況がその時くらいで他は使う必要がなかっただけだが。

 

「しかし解せませんね。確かにこの中位種のドラゴンは上位ドラゴン並の強さになった。しかしドラゴン使いの強化なしでは私の敵ではありません。……なぜ今ここで勝負に出たのです? ドラゴンを殺されればそこで全て終わりでしょう」

「それは今なおお前がミネアを殺しきれてない事実だけで説明する必要ない気がするがな」

 

 こいつの言うとおり、死魔の力は大精霊の中でも上位の冬将軍並み。上位ドラゴン並みと言えど、成り立て程度の力しかない今のミネアじゃすぐに殺されちまうだろう。

 

 だがそれは全力が出せればの話だ。

 

「人間はお前の弱点を長い間調べ推測していた。その弱点が正しいと確信が持てたから俺は勝負に出れたんだよ」

「……はて、私の弱点とはなんでしょう? 確信したと言いますが、その弱点が正しいという保証はないのでは?」

「この状況でとぼけても俺がやる事は変わらねーぞ。正しかろうが正しくなかろうが『死魔とレギオンは同時に戦えば全力を出せない』って確信して動いてるからな」

 

 それが長い間狩られる側だった人間が推測して出した答え。死魔とレギオンは同時に戦えば、それぞれ単体で戦った時と比べて能力が落ちる。

 

「……人間たちがそこまで推測しているのは意外でしたね。しかしまだ解せない。所詮は他人の推測。なぜそれで迷いなく動けるのか」

「俺だって他人から聞いた話だけで大切な相棒たちを危険な目に合わせるほど向こう見ずじゃねーよ」

 

 危険にあうのが自分だけなら迷わず動くかもしれないが、ミネアやジハードをそんなギャンブルに付き合わせる気はない。

 

「ならばなぜ?」

「簡単なことだ。お前がその推測を裏付けることを自分で証言してくれたからな」

「……私の発言の中に確信に足る言葉があったと?」

「おうよ。『炎龍を相手ならレギオンを駆使してもギリギリ』。……全力が出せるなら炎龍と同格のお前が魔王軍幹部クラスのレギオンと一緒に戦ってギリギリなんてことあるはずねーんだよ」

 

 特に今目の前にいる死魔の切り札のレギオン。槍と合わせれば死魔に近い圧力を感じた。こんなレギオンがいるなら炎龍を相手に終始優勢で戦えてもおかしくない。

 

「あなたにそう思わせるための罠かもしれませんよ?」

「ないな。お前はさっきまで俺らのことを舐めきってた。格下だと思ってるような相手に罠を仕掛けるような性格ならそもそも最初から力を測るなんて遊びしねーよ」

 

 罠ではなく誘い……希望をもたせた所で一気に絶望に落として悪感情を得ようとする可能性はあったかもしれないが。死魔が望むという悪感情はじわじわと追い詰められ絶望へと落ちていくものだと聞いてるし可能性は低い。

 そういったもの全部含めて罠だったとしたら大人しく負けを認めて切り札を呼んでいただろうな。

 

 

 

「バ、バニルさん。なんだかダストさんが頭良さそうなやり取りしてますよ? あれは本当にダストさんなんですか?」

「あれは普段馬鹿な行動かドラゴンバカな行動しかしておらぬが、頭の回転は悪くない。……と言うより汝はあの男のそういう所を人一倍見てきていると思うのだが」

「それはそうなんですけど。それ以上にダストさんの馬鹿な行動に付き合わされてるんで」

「……だから本当に何であなたはそんな奴と付き合ってるのよ」

 

 あの三人もうどっか行ってくれねーかな。人が真面目にやってるときくらい素直に応援しろよ。

 

 

 

 

「さてと……種明かしも済んだ事だしそろそろ本気で行かせてもらうぞ。『反応速度増加』」

 

 竜言語魔法が発動して俺の感じる世界が遅くなる。

 

(……流石は最強の槍使い。これだけじゃまだ足りねーか)

 

 この後の死魔との戦いを考えれば、今の俺の竜言語魔法がどれほどの効果をもたらすか見せたくはない。

 だがそんなことを考えていればこの槍使いには勝てない。反応速度を増加させて意識的な限界以上の速さで動く俺よりも、この槍使いは速く鋭い。

 

(……出来ればこんな姿になったあんたじゃなくて全盛期のあんたと戦いたかったかもな)

 

 死魔がミネアと戦っているためこの槍使いもまたその本来の力を発揮できていない。それになにより、レギオンたちはそのステータスと技術は生前のままだが、それ以外のもの……技術とはまた別の『凄み』とでも言うべきものが失われている。そうでなければジハードの能力を隠して今の俺がかつて英雄や勇者だと言われていた相手に連勝できるはずがない。

 

 

 同じ槍使いとして最強の槍使いだと伝説になっているこの人と本気で戦ってみたかった。

 

 

「──なんてことをあのチンピラは考えておるようだな」

「うわぁ……凄い似合わない。あいつが言うと決まらないにも程が有るわね」

「そうですか? 私はかっこいいと思いますよ。少しだけダストさんのこと惚れ直しちゃいました」

「……あなたやっぱり趣味悪いわね」

 

 

「もう本当お前らどっかいけよ!」

 

 特にバニルの旦那と何故か一緒にいる魔王の娘。ゆんゆんはまぁ……今ので許してやらないこともない。

 ……確かに俺も似合わないこと考えたとは思うけどよ。

 

 

 

「外野が煩いし一気に行かせてもらうぞ」

 

 気を取り直してこっから先は本気で全力だ。死魔との戦闘を想定して出し惜しみしてたらいつまで経ってもこの槍使いには勝てない。

 ……それに自分を強化するのを見せたくらいじゃ本命は想像できないからな。

 

「『速度増加』『筋力増加』『感覚器増加』」

 

 遅く感じていた世界。その中で自分の動きだけが元の感覚へと近づく。

 それと同時に自分の中で爆発しそうな力の奔流を感じた。

 

(……これなら行けるか)

 

 ここでもし確信に足る強化ができなければ切り札を呼んだだろうが……その必要はなさそうだ。

 

 

「…………え?」

 

 呆けた声を出したのはゆんゆんだろうか。後ろを向けばゆんゆんの面白い顔が見られるだろうにと思いながら、槍使いのレギオンを()()で倒した俺は死魔の元へと全力で駆ける。

ここが勝敗を分ける最後の分岐点。遊んでいる暇は一瞬たりともなかった。

 

「私の切り札を倒しましたか……では今なら」

 

 互角の戦いをしていたミネアと死魔。だが俺が槍使いのレギオンを倒してからはその形勢は大きく傾く。

 当然だろう、レギオンを操っていない死魔は炎龍や冬将軍並の実力を持った存在だ。さっきの俺が槍使いのレギオンを一撃で倒せたように、今の死魔もまたミネアを一撃で殺せるほどの力を持っている。

 だが……

 

「今ならミネアを殺せるってか?……残念だったな、もうお前に勝ち目はねーぞ」

 

 その一撃が決まる前に、俺はミネアの命を刈ろうとした大鎌を槍の穂で受け流し、死魔とミネアの間に立つ。

 

「…………、速すぎますね。あなた本当に人間ですか?」

「竜言語魔法はドラゴンの魔力を借りて使う魔法だ。ドラゴンの魔力が増えれば増えるほどその効果は増す。この程度の速さで驚いてんじゃねーよ」

 

 とかなんとか言ってるが実際はギリのギリ。速さだけを求めてかっこ悪い走り方までしてやっと間に合わせた。

 ……観客がいなけりゃ気にすることもないんだが、少しだけ恥ずかしい。

 

「心配せずとも汝の不格好な走りが見えたのは我輩とツンデレ娘とポンコツリッチーのみだ。ぼっち娘には見えてなかったゆえ安心するがよい」

 

 4人中3人見えてるとか何の慰めなんだよ旦那。いや、確かに1番見られたくない相手はゆんゆんだけどよ。

 

「大丈夫ですよダストさん! ダストさんがお酒飲みたさで私に土下座することに比べたら不格好な走りなんて全然恥ずかしくないですよ!」

 

 一理ある。一理あるけど全然慰めになってない。……まぁ、男の微妙なプライドなんてぼっち娘に分かるわけねーしいいけどよ。

 

 

「ま、いいさ。ここまでくりゃ後は消化試合だ。……ここから先、俺がどうするかは分かるよな? 止めたきゃ止めていいぞ」

 

 止められるものならな。

 

「『筋力増加』」

 

 メキメキと音を立てただでさえ大きくなっているミネアの身体が更に一回り以上大きくなる。

 

「どうした? 止めないのか? 『防御力増加』」

「あなたの言う通り、この状況ではもはや私に勝ち目はありません。でしたらあなたとあなたのドラゴンがどこまで強くなるのか確認しておこうかと」

 

 ……ここで負けても残機が1つ潰れるだけだと思ってやがるのか。実際アクアのねーちゃんじゃあるまいし、死魔の残機を一撃ですべて消し去ることは出来ないから間違っちゃいないんだが。

 

「『速度増加』。ま、それならそれでいいさ」

 

 邪魔されれば多少は面倒くさかったんだがな。まぁ、楽に勝ちがとれるならそれにこしたことはない。

 

「『ブレス威力増加』。……それじゃ行くかミネア。この舐め腐った悪魔にお前の強さを証明するぞ」

 

 ドラゴン使いと一緒に戦うドラゴンは最強。なぜそう言われているのかを教えてやろう。

 

 

 

──ゆんゆん視点──

 

「………………なんなんですか?…………あれ」

 

 自分の目の前で繰り広げられる風景に言葉を失いかけながら、私はどうにかそれだけを言葉にする。

 

「前に少しだけ話したことがあったか。ドラゴン使いと一緒に戦う上位ドラゴンは最強だと。……そう言われる所以があれだ」

 

 それはハーちゃんもまだ生まれてない頃の話だったろうか。確かにそんな話をバニルさんから聞いたことがある。……ドラゴン使いに強化された上位ドラゴンは文字通りの最強で悪魔と神々両方を同時に相手取れるほどに強いと。

 

 

 

 

「ははははは! 素晴らしい! 素晴らしい! どんなに強くてもそのブラックドラゴンのおまけにしかならないと思っていましたがまさか限界を超えて強化が出来るドラゴン使いとは!」

 

 笑いながら大鎌をミネアさんへ振り落とす死魔。その一撃をまともに受ければ恐らくバニルさんやウィズさんですら無事では済まない。それほどの魔力と鋭さを持った攻撃。それをミネアさんは避けようともせず皮膚で受ける。

 

「何を言ってるか分からねーよ。耳障りだからこれ以上喋るな」

 

 鈍い衝撃音の後。死魔の攻撃を受けたミネアさんを見るけど、その身には傷ひとつ見えない。そんなあり得ない状況を前にダストさんは表情一つ変えずに立っていた。

 

 

 

 

 

「っていうか、私も聞きたいんだけど。アクセルで戦ったとき、確かにあいつとあのドラゴンは死魔よりも強かったけど、死魔を圧倒できるほど強くなかったはずよ。なのに何よあれ……もしかしてあいつ私と戦ったときは手を抜いてたってこと?」

 

 謎の女の人……というより十中八九魔王の娘は、先ほどまでの様子と違って、驚愕と苛立ちを交ぜたような表情でそんな事を言っている。

 

「別に貴様とアクセルで戦った時に手を抜いていたわけではない。あの時のドラゴンバカは確かにそれが本気だったはずだ」

「本気? じゃあ、あれから数ヵ月しか経ってないのにあいつはこの世界の限界をあそこまで超えられるようになったってこと?」

「もとよりあれの才能と黒ロリトカゲのスキルを考えればきっかけさえあればいつでも限界を超えられるようになる可能性があった。きっかけ、つまりは大きく限界を超えた存在……忌々しいデカトカゲとの戦いを経験した結果だろう」

 

 

 なるほど限界かぁ……。

 

「あの……すみません、なんか真面目な話をしてるとこ悪いんですけど……世界の限界ってなんですか?」

 

 なんか二人ともそれが当たり前のように話してるけど。

 

「知らないならなんであなたふむふむ頷いてたのよ……。まぁ人間が世界の限界に届いたのなんてドラゴン使いかおじいち……おとぎ話の魔王になった勇者くらいだろうし、今、この世界で生まれたもので気づいてるのは魔王の血族くらいでしょうから知らなくて当然なんだけど」

 

 おとぎ話の魔王になった勇者。ずっと一人で戦い続け、少し戦うだけで強くなる不思議な力を持っていたという。

 

 ……どこか親近感を覚えるその勇者様が何故魔王になったのかは気になるけど、今はその話は関係ない。

 

「そう言っている貴様もおかしいと気づいただけで詳しいことは我輩に聞いたであろう。何を訳知り顔をしておるのだ」

「うるさいわね。上位ドラゴンがいないこの世界じゃドラゴン使いも強化が限界まで届かないし、おかしいと気づけるのが魔王の血族だけってのも間違ってないでしょ」

「まあ、間違ってはおらぬな。唯一限界へと届く可能性を持ったドラゴン使いはああして限界を大きく超えていることであるし。……ツンデレ娘よ、再戦を望んでおった相手にボロ負けして、そこからさらに力の差を大きくつけられる気持ちとはどんなものなのだ?」

「とりあえず今の気持ちはあんたの残機を100くらい減らしたいって気持ちだけど。……どうせ、倒したと思ったら倒せてませんでしたって悪感情絞られるオチになるからしないけど」

 

 ……バニルさんって誰に対してもこんな感じなのかぁ。…………魔王軍も大変だったんだろうなぁ。

 

 

「えっと…………それで結局世界の限界というのは?」

「もともとは我輩や駄女神のような存在が世界を滅ぼさないように作られた枷である。ある一定以上の力を制限する。ちょうど仮の姿で来ている我輩や()()()ポンコツリッチーがその限界点であるな。それ以上の力は強くなるほどに加速度的に制限される」

「なるほど……加速度的に…………って、え? 加速度的に制限されてあれなんですか?」

 

 今もダストさんに強化されたミネアさんが死魔を圧倒してるんだけど。死魔自身もバニルさんやウィズさんより一段階強そうだし、限界を超えた存在のはずだ。

 それを圧倒するって……。

 

「強化能力に対する制限は単純なステータス制限とは少し違うのだがな。それでも制限されているのは間違いない。そのうえであれだからこのツンツン魔物使いは先程から苛ついておるのだ」

「……別にもう苛ついてないわよ。どうせあいつに勝つには限界超えないといけないと思ってたし。そのハードルを一つ上げるだけよ」

「一つでは全然足らぬであろうがな」

「じゃあ三つくらい上げるわよ! あのドラゴン使いは絶対に私が倒すんだから!」

「やはりその台詞を言ったか。貴様には見通す力が使えないというのに言動が読めすぎて困るな。少しは我輩の想像を超えて赤字を作る貧乏店主を見習ったらどうだ?」

「本当に見習って店潰してやろうかしら……」

 

 

 …………倒すって、あのダストさんを? それはつまり、あの域まで追いつくってこと?

 

「あなた、想像もできないって顔してるわね。ま、紅魔族とはいえドラゴン使いでもないあなたがあそこまで強くなるなんて確かに無理でしょうね。可能性があるとしたらウィズみたいにリッチー化することくらいかしら」

「リッチー化……でも、それは…………」

 

 あのダストさんが本気で止めたことだ。私がリッチーで在り続けることは出来ないと。それを裏切ることは出来ない。

 

 

「なんにせよ、あなたさっさとあいつと別れたほうがいいわよ? あいつと一緒にいるにはあなたは()()()()()()()()。その力の差はきっとあなたを苦しめるから」

 

 

「空気読めない魔物娘よ。苦労してくっつけた二人を勝手に別れさせてもらっても困るのだが」

「誰が魔物娘よ。私は魔物使い……って、何? この子とあいつが別れたらあんた困るの? え? だったら全力で別れさせるんだけど」

「そんな事するのなら貴様は今日から家なき子になるが」

「ごめんなさい、魔王城を頭のおかしい爆裂魔に壊されて本当に行くところないのよ。散り散りになった魔王軍立て直すためにも今はお金の無駄遣いも出来ないし……」

 

 

(…………どうすればいいんだろう?)

 

 ダストさんと別れる。振られるならともかく、自分から別れるなんてこと、今の私にはもう考えられない。

 

 でも、きっと魔王の娘さんが言ったことも間違ってはいなくて、ダストさんとの力の差に私はきっとこれから苦しむ。

 それは今私がダストさんと死魔が戦ってるのを見守ることしか出来ないことからも想像できた。

 

 

 あの人のそばに……隣に立つためにはその力の差を埋めないといけない。

 どうやって埋めればいいかも分からないその絶望的な差を……。

 

 

 

 

 

「……なんて、絶望なんてしてる暇ないよね。はぁ……本当、ダストさんと一緒にいるって大変だなぁ」

 

 ろくでなしっぷりを更生させるだけでも大変なのに、その強さにも追いつかないといけないなんて。

 あっちの方でもダストさんが変態さん過ぎて頭痛いし……。

 

 本当、これから私は色んな意味で大変なことになりそうだ。

 

 

 

「…………ふーん、もう開き直ってるんだ。思ったより面白い子なのかしら?」

「そのぼっち娘はまだまだ未熟ではあるが、我輩が認める数少ない人間の一人である。……逆境における心の強さに限って言えば我輩が知る人間の中でも1、2を争うであろう」

「あんたがそんなに素直に他人を褒めてんの始めてみたわ。一番のお気に入りのウィズには愛情溢れすぎて捻くれてるし」

「あれに対する対応は捻くれているのではなく、真っ当な対応だと思うのだが…………むしろ、やられていることを考えれば優しすぎるであろう」

「はいはい、ツンデレツンデレ。…………ま、案外お似合いなのかもね」

 

 

 

 

 

「もう、満足しただろ? そろそろ終わらさせて貰うぞ」

 

 ミネアさんの横に立つダストさんは、四肢を失い横たわる死魔にそう宣言する。

 

「ええ、あなたの強さは十分に堪能させていただきました。実に素晴らしい。そう遠くない内にドラゴン共々必ず収集させていただきますよ」

「そう遠くない内に……ねぇ……。多分それは無理だと思うがな」

「ほぉ、それは何故?」

「お前が今日この世界にいるための残機を全て失うからだ」

「申し訳ないですが、あなたの次の一撃で残機をいくつか失ったとしても、全てを失うことにはならないでしょう。流石の私もこの形勢で同じ場所で復活するほど馬鹿ではありませんよ」

「だろうな」

 

 ? ダストさんは何を言ってるんだろう? 死魔を一撃で仕留められなくて、逃げられることも予想してるみたいなのに、それでも死魔が今日残機を全て失うことを確信してるように見える。

 

「本当はトドメを俺が……いや、ドラゴンたちにやらせたかったんだがな。そこは俺の実力不足だ仕方ねえ」

「? あなたは何を言って……」

「とりあえず残機を3つくらい減らすことで我慢しとくぜ。──ミネア、『ファイアブレス』だ」

 

 指示を受けミネアさんから吐かれるのは地獄の炎(インフェルノ)すら温く感じるような極熱の息。範囲はそこまで広くないけれど、広くないからこそ威力だけならめぐみんの爆裂魔法すら超えてそうだ。

 …………というか、私達がここにいるのダストさん忘れてません? 狙った方向違うし多少離れてるとはいえ凄く熱くてピリピリするんだけど。

 

「んー……手応え的に減らせた残機は二つってとこか。ま、炎龍クラスを相手にこんだけやれれば上出来だな」

 

 そんな炎を間近で放たせて、森を焦土にしたダストさんはそんな呑気なことを言ってる。

 さっきまでしてた死魔の禍々しい気配がなくなってるし、戦いが終わったと思って良さそうだ。

 

 

「ん? あなた、呑気にあいつのこと眺めてていいの? そろそろあいつ倒れると思うんだけど?」

「え? 倒れるってダストさんがですか? 別に怪我してる様子はないですよ?」

 

 『ヒール』を使って傷を直してからダストさんは負傷していない。倒れる要素はないと思うんだけど──

 

「──って、あれ?」

 

 そう思っていたダストさんの体がゆっくりと地面に近づいていく。

 

「ダストさん!」

 

 何があったかはわからないけど、ダストさんが倒れている。それに気づいた私はすぐに駆けつけようとして、

 

「あつっっっっ!」

 

 ……焦土に残った熱に思いっきり焼かれていた。

 

「…………はぁ。『フリーズ・ガスト』…………やっぱりあなたたち、お似合いかもね」

 

 

 この状況かつ呆れ顔で言われても全然嬉しくないんですけど。

 

 

 熱を中和してくれたことに感謝しながらも、この人のこと少し苦手かもしれないと私は思っていた。




次回:氷の魔女


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話:氷の魔女

「ダストさん! 大丈夫ですか!?」

 

 焦土を進みなんとかダストさんの元にたどり着いて。私はその身を軽く起こしながらそう叫ぶ。

 

「うぅ……ゆんゆん、俺はもうダメみたいだ」

「そんな……!」

 

 体はどこも傷ついてないのに。

 もしかしてあの圧倒的な強さは禁呪のように命を代償にした強さだったの?

 

「あぁ……最期にゆんゆんの胸を思う存分揉んでみたかった……」

「いえ、思う存分も何も一昨日も嫌というほど揉んでませんでした?」

「…………、お前、そこは彼女として『ダストさんが望むなら……』って胸を差し出す所じゃねーの?」

「恋人との最期の思い出が胸を揉まれるとか普通に嫌なんですけど?」

 

 まぁ、一度も触らせてないとかだったらそのお願いも分からないではないけど。

 

「……はぁ、まぁ胸はまた今度でいいか。ゆんゆん、体がダルいのはマジなんだ。膝枕してくれ」

「良かった……大丈夫みたいですね」

 

 起こしていたダストさんの頭を自分の太股へと誘導して寝かせながら、私は安堵の息をつく。

 どんな状態なのかは分からないけど少なくとも冗談を言えるくらいには余裕があるらしい。

 

「全然大丈夫じゃねーぞ。感覚としては死んで蘇生したときやエンシェントドラゴンと戦ったときと一緒だが、その時より数段酷い。一時はまともに戦えそうにねえな」

「どうせダストさん真面目にクエスト受けませんし特に問題はないですね」

「……お前、もしかして怒ってんの?」

「別にそんなことありませんよ。帰ったらちゃんと謝るって言ってもらえましたし」

 

 だから、うん。怒ってるなんてことは全然ない。

 安心して色んな感情がごちゃ混ぜになった結果、一番分かりやすい感情が怒りでそれが全面に出てるなんてことはないはずだ。

 

「……帰ったら一つだけ言うこと聞いてやるからそれで許せ」

「だから別に怒ってないですって。……でも、そこまで言うなら膝枕してもらっていいですか?」

「膝枕って……もしかして俺がお前にか?」

「はい。だって私はダストさんに膝枕してるのにダストさんはしてくれないなんてズルいじゃないですか」

「いや、男の俺に膝枕してもらって何が嬉しいんだ。硬いだけだぞ」

「硬いだけじゃないですよ。……だって、ダストさんを近くで感じられるじゃないですか」

 

 そして、私の存在を感じて貰える。

 

「……ったく、お前は相変わらずチョロいのかチョロくないのか分かんねーな」

「こういう風にチョロいのはダストさんにだけですから。安心してください」

 

 

 

 

「何? このバカップル。死ねば良いのに」

 

 冷や水を掛けるような言葉に振り向いてみれば、呆れ顔を通り越して何だか無表情みたいになってる魔王の娘さんの姿があった。

 

「ん? なんだよいたのか魔王の娘。出歯亀は趣味悪いぞ」

「勝手に二人の世界に入り込んどいてその台詞は喧嘩売ってるわね最年少ドラゴンナイト。その子をあんたの元に行かせる為に熱を中和してあげたの誰だか分かってんの?」

「お前なのは分かってるけど、一体全体何の気まぐれだ? 魔王の娘。俺の命狙ってるんじゃなかったか?」

「今の私じゃあんたに勝てないし、勝てる自信が出るまでは見逃してあげてるだけよ最年少ドラゴンナイト。……ま、今なら簡単に殺せそうだけど」

 

 魔王の娘さんのその言葉に私は身を引き締める。普通に話しているけどこの人は魔王軍筆頭幹部だった人。人類の敵だ。

 その本領は強化能力らしいけど、それ抜きにしてもでたらめな強さをしていると聞いていた。

 

 もしもこの人がその気になったなら、私は戦えないダストさんをどうにかして守らないといけない。

 

「お前が戦えない相手を倒して満足するようなタイプなら、あの時で取引なんかせずさっさと殺してるぞ魔王の娘。そういうタイプなら口約束なんてなしにして俺の大切な奴等を人質にする可能性高いからな」

「ふん……私のこと分かった風に言うんじゃないわよ、最年少ドラゴンナイト。まぁ、魔王を継ぐものとしてそんなカリスマをなくしそうなこと出来ないのは確かだけど」

 

 ………………。

 

 

「……あの? お二人で楽しそうに話してるところ悪いんですけど、二人ともその呼び方言いにくくないんですか? なんか、無理矢理呼んでる気もするんですけど」

 

 『最年少ドラゴンナイト』。『魔王の娘』。どちらも一人しか指さないし、紛らわしいとかそういうことはないんだけど。なんか、二人とも意地になってるというか、そんな感じで呼びあってるような。

 

「…………だって、名前で呼んでたら馴れ合ってる感じがするじゃない」

「俺は単純にこいつの名前知らないからだが」

「はぁ!? 私、最初に会ったときちゃんと名乗ったでしょうが! なのにあんたは私のこと魔王の娘魔王の娘言うから……って、あ……」

 

 なるほど……自分の名前呼んでもらえなくて寂しかったから意地になって最年少ドラゴンナイトってダストさんのこと呼んでたんですね。

 

「……ねぇ、あんたの彼女の生暖かい目がムカつくんだけど、殺していいかしら?」

「俺の周りの奴等には手を出さないって約束だろうが。却下だ却下。……しっかし、お前の名前ねぇ……確かに名乗ってたような気もするが……なんだったっけ?」

 

 考え込むようにしてダストさんは……って、この顔は全く何も考えてない顔だ。私やリーンさんの説教を聞き流してる時の顔と一緒だから間違いない。

 

「……アリスよ。私の名前はアリス。そっちの彼女さんも私のこと呼ぶときはそう呼びなさい」

「アリス? 前に聞いた名前とはなんか違うような気がするんだが……」

「ま、偽名だからね。流石に元の名前のままだと今の私の立場は面倒だから」

 

 魔王が倒され、魔王城まで壊れた結果、魔王軍は完全に壊滅したことになってる。それを建て直そうとする魔王の娘……もとい、アリスさんは人類側はもちろん、その敵対者側でも微妙な立場なんだろう。

 

「それで? 私はあんたのことなんて呼べば良いのかしら? 最年少ドラゴンナイト」

「ダストでもラインでも好きに呼べよ。……ま、出来ればダストの方が良いけどな」

「じゃあラインって呼んであげるわ」

「この女可愛くねーなー」

 

 自分を殺そうとしている相手に可愛さとか求めないでくださいよダストさん………って、あれ?

 

「あの……どうしたんですか? 二人とも私のことじっと見つめて」

 

 何で私のこと何かを期待するような顔で見てるんだろう?

 

「いや、あなたは自己紹介しないのかなって。私は今バニルとウィズの所にいるし、多分それなりに会う機会があると思うんだけど」

「久々にお前の面白い名乗りを見れるのかなと思ってな」

 

 ………………。

 

「はじめまして。私は紅魔の次期族長でダストさんの恋人のゆんゆんです。バニルさんやウィズさんともお友だちなので、どうぞよろしくお願いします。…………なんですか? ダストさん。なんでそんな残念そうな顔してるんですか?」

「お前さあ……、紅魔族の次期族長がそんなんでいいと思ってんの? 一応あれ、紅魔族の正式な名乗り方だったろうが」

「あれはポーズ込みで正式な名乗りですから、ダストさんを膝枕してるままじゃ出来ませんよ」

 

 まぁ、座ったままでも出来る略式の名乗りもあるけど、それをわざわざダストさんに教える必要はない。

 そもそもこの人絶対面白がっていってるだけだし。

 

ひょい(おい)なんふぇひょっふぇふぁつまんふぇんら(なんでほっぺたつまんでんだ)

 

 というわけで、せっかく膝枕してあげてるのに意地悪言う彼氏さんにはほっぺた引っ張りの刑に処した。

 

 

 

 

「つぅ……ったく、少しは手加減しろよな」

「ダストさんがロリーサちゃんにやってるのよりは弱くしたと思いますけど」

「俺のほっぺたはロリサキュバスみたいに伸びるようになってねえんだよ」

 

 それはロリーサちゃんも一緒だと思うんだけど…………もしかしてサキュバスはほっぺたが伸びる性質でも持ってるんだろうか。あるとしたらなんのためにそんな無駄な性質を……。

 とりあえず、今度ロリーサちゃんに頼んでほっぺた引っ張らせてもらって確かめよう。

 

「まぁ、いいや。ゆんゆん、膝枕はもういい。立ち上がるから倒れそうになったら支えてくれ」

「立ち上がるって……、倒れそうならまだ横になってたほうがいいんじゃ……」

 

 死魔も逃げていなくなったし、アリスさんも今のところは敵対する様子がない。無理してまで立ち上がる必要はないと思うんだけど。

 

「あれをあそこに転がしたままには出来ないんだよ……っと」

 

 私の制止も聞かずダストさんはゆっくりと立ち上がる。そしてそのままゆっくりと歩き始めた。

 

「ああ、もう……やっぱりフラフラじゃないですか」

 

 そのゆっくりとした歩きに寄り添って私はその体を支える。

 

「……こんなにボロボロだったら、死魔が逃げてくれてよかったじゃないですか」

 

 もしあのまま戦い続けてたらダストさんはきっと死んでいた。

 

「別にそうでもないぜ。無理ってのは終わるまでは結構持つもんだ。お前もどっちかっと言えばそのタイプだし分かんだろ」

「…………分からないでもないですね」

 

 どんなに無理をしていても緊張の糸が切れない限りは立ち続けられる。でも、その糸が切れてしまえばそれまでの無理が一気に襲ってくる。

 そういう経験は私にも何度かあった。

 

「でも、それを見越して死魔が今襲ってきたら……」

「あいつが逃げ出した後はもう俺らが心配することじゃねえよ」

「? どういう意味ですか?」

「今この場にいるのが誰か考えれば分かるんじゃない?」

 

 今この場にいる人?

 アリスさんの言葉に私はあたりを見回してみる。

 

 隣にダストさん、少し後ろにアリスさん。ハーちゃんとミネアさんは向こうでじゃれて遊んでる。…………って、あれ? そう言えばいつの間にか──

 

「──やっぱ、ひでえ呪いだな」

 

 ダストさんの言葉に思考を中断して。その視線の先にあるのは最後に出てきた槍使いのレギオンが持っていた槍だ。レギオンが倒された後に死魔の中に戻らずその場に残っていたらしい。

 ダストさんの言葉通りその槍は恐ろしいほどの魔力と呪いが込められているのが感じられる。呪いが酷すぎてただ置かれているだけなのに地面が黒く侵食されていた。

 

「って、ダストさん何拾おうとしてるんですか! そんな槍準備もせずに触ったら呪い殺されますよ!」

 

 死魔のレギオンが問題なく使えてたのはレギオンが既に死んでるようなものだからのはずだ。生きてる人が触れば即死してもおかしくない。

 

「よっ……と。確かに俺以外が触ったら死にそうだな。ゆんゆんもアリスも触ろうとすんなよ」

 

 そんな槍をダストさんは複雑な表情をしながらも普通に持ちあげてしまった。けれど、呪いはダストさんを蝕むことはなく静かに槍に宿ったままだ。

 

「どうして……?」

「このレベルの呪いだ。普通の呪いだったら俺も殺されてんだろうな。……でも、これはドラゴンの呪いだ。ドラゴンの魔力を借りる俺を……同朋をドラゴンたちが呪い殺すはずがねえんだ」

 

 ダストさんがそこまで行って私は気づく。ダストさんがしている複雑な表情……それは悲しんでいる顔なんだと。

 ダストさんが怒っている顔は毎日のように見てる。馬鹿みたいに笑ってる顔も、意地汚く笑ってる顔も数え切れないくらい見てきた。

 そして悩んだり後悔したりしてる顔も少ないながらも見たことがある。

 

 

 ……でも、こうして泣きそうになってるダストさんの顔だけは長い付き合いの中でも知らなかった。

 

 

「その槍、どうするんですか?」

「んー……ウィズさんならドラゴンたちの魂を導いてくれるかね。無理やり浄化ってなるとアクアのねーちゃん以外無理そうだな」

 

 死魔はこの槍、『竜呪の槍』を神器にも負けない物ができたと言っていた。本当に神器クラスの魔力と呪いがあるのならたしかにウィズさんやアクアさんにくらいにしか扱えないと思う。

 

「もしくは、ドラゴンたちの恨みを晴らしてやれば自然と還っていくかもな」

「でも、恨みの相手の死魔は逃げちゃいましたね」

「なんだよな……ま、高望みはしねえさ。俺がもっと強ければドラゴンたちに恨みを晴らさせてやれたかもしれなかったが……」

 

 もっとって……ダストさんはもうこれ以上ないくらい強いじゃないですか。

 

「ふーん、呪い解くつもりなんだ。扱えるんだったらそのまま使えばこれ以上ない武器になるでしょうに」

 

 アリスさんの言葉。確かにこのレベルの呪いが宿った武器をそのまま使えるなら、かなり強力な武器になりそうだけど……。

 

「アリス。喧嘩売ってんなら買うぞ」

「ふん、冗談。死にかけてるあんたを殺しても面白くないわ」

 

 肩をすくめるアリスさんにダストさんは大きくため息をつく。

 ……気持ちはすごい分かるけど、まともに戦えない状態で魔王軍筆頭幹部だった人に喧嘩売るのはやめてくれないかな。

 

「そ、それで結局どうするんですか? ウィズさんのところに行きます? それともアクアさんの?」

「そうだな……ここで終わるまで待っとくか。多分ウィズさんもこれのこと気になってるだろうし帰ってくるだろ」

「終わる? 帰ってくる? もしかしてバニルさんとウィズさんがいつの間にかいなくなってる理由知ってるんですか?」

「んなこと言ってお前もだいたい想像はついてんだろ?」

 

 まぁ、どうしてバニルさんたちがここに来たのかを考えれば確かに分かるんだけど。

 

「でも、そうだとしたらどうしてアリスさんがここに残ってるんですか?」

「そんなの決まってんだろ?」

 

 ダストさんがため息混じりにそう言い、アリスさんはその後に続ける。

 

 

「私の仕事はもう終わってるから…………あとはあいつらだけで十分なのよ」

 

 

 

 

 

────

 

「ふ、ふふ……はぁ……素晴らしい。本当に素晴らしい。彼らを収集できれば序列が上がり()()へなることも夢ではなさそうだ」

 

 戦いのあった森の外れ。気配を隠して復活した死魔は狂喜に浸っていた。

 

「さて、どうしましょうか。時を待ち彼が油断しているところを一瞬で殺すか、それとも今、戦いが終わって気が抜けている所を殺すか。……考えるまでもありませんね。あれほどの獲物を前にして待てるはずがない」

 

 狂喜に溺れながら。死魔はその瞬間を想像しながら先程までいた場所へ向かっていく。

 

「ああ、彼らは待っててくれるでしょうか。テレポートで帰られていたら興ざめですが…………いえ、それもまた一興ですか。街であればドラゴンと一緒にはいられない。ドラゴンさえいなければ彼を嬲り頃すことも出来る…………ふ、ふふっ……あれ程の力を持った人間が絶望に飲まれながら死んでいく様は格別でしょうね」

 

 

 だから、死魔は()()()まで気づくことが出来なかった。

 

 

「随分とご機嫌であるな死魔よ」

「おや、バニル様ご機嫌麗しゅう。地獄の公爵にして七大悪魔の第一席。序列一位の大悪魔様が侯爵程度ででしかない私になんの御用でしょう?」

「ふむ……そこまで慇懃無礼であればいっそのこと清々しいものだ」

 

 悪魔の世界は弱肉強食。強きものはその力を行使し自由に生きることが美徳とされる。

 地獄であれば死魔もバニルに平伏し敬うだろう。だが、この世界においては、仮の姿で来ているバニルより本体で来ている死魔の方が強い。

 悪魔の美徳に従えば、形こそ敬えど、心の底から敬う理由はなかった。

 

「はっきりというのであれば、我輩は貴様のような面白みのないものに興味はなかったのだがな」

「流石はバニル様。言われますね」

「だというのに、貴様の居場所を見つけるためにツンデレ娘に借りを作らねばならなかった。本当に面倒なことこの上ない」

 

 仮の姿であるバニルでは、見通す力を使っても姿を隠した死魔のいる場所を見つけるのは出来ない。こうして死魔の場所を見つけられているのはアリスの強化能力の助力があってのことだった。

 

「……それで? 結局私になんの用なのですか?」

「用があるのは我輩ではない。うちのポンコツ店主が貴様を倒したいというのでな。我輩はその手伝いに来ただけである」

 

 その言葉を合図にするように。バニルの後ろにいたウィズは前に出て死魔と対峙する。

 

「氷の魔女ですか。ああ、そう言えばあなたの仲間を二人ほど収集していましたね。なるほど、その仇討ちというわけですか」

「カレンとユキノリを殺したのはやっぱりあなたでしたか」

「おや? それを知っていてきたのではないのですか。だとすればあなたに狙われる理由は思いつかないのですが」

「…………たとえ、二人のことを知っていても、それがあなたを倒そうという理由にはなりませんよ」

 

 確かに二人を殺したことを聞いて恨みの感情がないかと言われればウィズは違うと答えるだろう。だが、それを死魔を討つ理由にウィズはしない。

 

「二人は冒険者でした。そしてあなたは大物賞金首。……どちらから仕掛けたか知りませんが、どちらにしろ、その結果を受けるのは冒険者の義務です」

 

 ウィズはリッチーとなってからは完全な人類の味方ではない。人としての心こそ持ち続けているが、人類に対してもその敵対者に対しても中立を保ち続けている。

 人であった頃なら死魔に仇討ちを仕掛けただろう。だがリッチーとしてのウィズにその選択肢はない。

 

 

 完全な人類の味方になったリッチーに未来はないとウィズは知っているのだから。

 

 

「では、何故私を倒そうとするのです?」

「冒険者や騎士……強者を狙って殺すあなたのことを私は責めません。むしろ相手を選んでる所には好感を覚えます」

 

 死魔はその性質上一般人を襲うことはしない。だから、人類とその敵対者達の()()であるウィズに死魔と戦う理由はない。

 

「でも…………死んだ人たちの魂を縛るあなたの存在を私は許せません。死者の王(リッチー)として、あなたを倒します」

 

 だがリッチーとしてのウィズには、死者たちの()()であるウィズには死魔と戦う理由があった。

 

 

 死者を縛り、その意志を無視して使役する死魔の存在をウィズは許せない。

 

 

「なるほど、なるほど。それでバニル様と二人がかりで私を倒そうということですか。確かにバニル様とそれと互角というあなたが二人がかりで来れば厳しいかもしれませんね」

 

 そう言いながらも死魔は自分が負けるとは思っていなかった。ダストとの戦いで半壊したと言ってもレギオンはまだ半分残っている。魔力や生命力は多少回復されるとしても、傷の回復手段のない悪魔とリッチーでは消耗戦と相性が悪いだろうと。

 

「何を勘違いしてるのか知らぬが、我輩は貴様との戦いに参加などせぬぞ。戦うのはそこの貧乏店主のみである」

「……いいので? 氷の魔女はバニル様のお気に入りだったのでは?」

「お気に入りというのであればダストも一緒である。今更そのような理由で強者の権利を行使する貴様を邪魔などせぬ」

「流石はバニル様。悪魔の流儀を分かっていらっしゃる」

 

 死魔はそのやり取りで、バニルは自分を見つけるためだけに来たのだと当たりをつける。

 

(……舐められてたものですが、まぁちょうどいいでしょう。氷の魔女はいつか収集しようと思っていたことですし)

 

 

「ああ、今日はなんと素晴らしい日なのでしょう。『最年少ドラゴンナイト』だけでなく『氷の魔女』まで収集できると──」

「『カースド・クリスタルプリズン』」

「──は?」

 

 氷の魔女の代名詞。その二つ名をつけられることになった魔法。それが放たれることは予想していた。

 だが、予想していた死魔は実際の魔法を目にして……一瞬で自分の体が氷漬けにされた事実に呆けた声を出すしかなかった。

 

「何を驚いているんですか? その程度の氷漬け、あなたならいつでも出られるでしょう?」

 

 ウィズは、()()()()()油断なく佇む。

 

「それとも、そのまま氷漬けのまま終わるのがお望みですか? それなら、今度は本気で撃たせてもらいますが」

「…………なるほど、杖ですか。リッチーになってからは杖を使わなくなったと聞いていましたが」

 

 影から出した炎を使うレギオンに氷を溶かせながら、死魔は予想外の魔法の理由を理解する。

 杖は魔法を使う際の補助を務めるもので魔法の制御を補助したり、魔力消費を抑える効果がある。

 そして単純な魔法の威力で言うなら半減。つまり杖を使ってるウィズの魔法の威力は普段の2倍は最低でもある。

 

「ですが失敗でしたね。決めるのなら今の一撃に全力を込めるべきだった。最年少ドラゴンナイトの言葉ではありませんが、種が分かればいくらでもやりようがあるのですよ」

 

 レギオンの中には魔法に対して圧倒的な耐性を持つ存在もいる。杖を持ったウィズの魔法は死魔にとっても脅威足り得るが、そんな相手でも相性良く戦える駒がいるのがレギオンという力だ。

 

 その天敵はドレイン能力と回復能力の二つを同時に持つあのブラックドラゴンだけ。

 死魔はそう考えていた。

 

 

 

 そして、()()()になって死魔は気づく。

 

 

「そうですね、私も自分の力だけであなたを()()()()()とは思っていませんよ。だから──『カースド・ネクロマンシー』──()()でお相手させてもらいます」

 

 

 自分の悪手を。引き際を間違えてしまったことを。

 

 

 

 

「…………どういうことですか? 何故、私のレギオンがあなたに従っているのです」

 

 それは死魔にとって悪夢のような光景。自分の切り札たるレギオンたちが自らに刃を向け、今にも襲いかかろうとしている。

 

「流石にあなたの魔力が残っている子は出来ませんが、ダストさんに倒されて魂だけになった子なら、私の魔法でその制御を奪えます」

「そんな馬鹿なことがあり得るわけが……」

 

 死魔にはウィズの言葉が信じられない。仮に杖を使ったウィズが死魔よりも強かったとしても、切り札たるレギオンを奪われるほどの力の差があるとは思えなかった。

 制限のあるこの世界でそれほどの力の差を実現するのであれば、それこそバニルのような公爵級悪魔の本体か、四大元素を司るような上位神、エンシェント級のドラゴンの力が必要だ。いかに才能があるリッチーであろうとも、数十年しか存在していないウィズがその域に達するのは難しい。

 

 

「ふむ、死魔よ。今の状況が不思議でたまらないようだな」

「…………ええ」

「では、同郷の好だ。我輩が貴様の疑問を解くとしようか」

 

 一触触発の空気の中、あまりにも場違いな声色でバニルは語り始める。

 

 

 

「さて、死魔よ。疑問に答える前に貴様のレギオンについておさらいだ。貴様とレギオンたちは同時に戦えばその本領を発揮する事ができない。人間たちすら気づいたほど分かりやすい弱点であるが…………その原因は分かっておるな?」

「……私のレギオンは曲者ぞろいですからね。彼らを従わせながら戦うのは私でも骨です」

 

 それが死魔とレギオンの弱点の正体。魂を囚われたレギオンたちは、けれどその心まで死魔に従ってるわけじゃない。力で無理やり従わせる必要があった。

 

「では、その制御をするための魔力がなくなった貴様の駒たち……魂を囚われてるだけのものたちが外部から力を受けたらどうなるのであろうな?」

「……囚われてるだけの魂なら私から制御を奪えると? ありえませんよ。確かに杖を持った氷の魔女が私に互する能力があるのは認めましょう。ですが……いえ、だからこそ私から無理やりレギオンを奪うほどの力があるはずもない」

 

 バニルが言いたいことは分かる。だが、その理屈でレギオンを奪われてしまうほど死魔とウィズの間に力の差があるわけではなかった。

 

 

「私は無理やりあなたから奪ってなんていませんよ。私は少し力を貸しただけです。……あなたから解放されたいと願う死者の魂たちの背中を押してあげただけ」

「魂だけの死者にそんな力があるわけがない。魂など悪魔にとっては餌……私の魔力がなければ大したことなど何も出来ないはずだ」

「あるんですよ。死者と言えど……いえ、死者だからこそその魂には力がある。あなたのように魔力で固めずとも、こうして呼びかけるだけで同じように形を作れるんですから」

 

 ウィズの周りに立つ()レギオンたち。レギオンだった頃と同じように実態を持ったように見えるが、そこにウィズの魔力はほとんどこもっていない。

 

「……バニルさん、もういいですよね? この子達を抑えているのもそろそろ限界なので」

「この舞台の役者は我輩ではない。主役が自由にするが良い」

「ありがとうございます。……では、皆さん。少しの間ですがお願いしますね。一緒に、囚われた魂を解放しましょう」

 

 

 

 そうして始まるのはあまりにも一方的な戦い。数の暴力を前に死魔はそのレギオンを倒され奪われていく。

 

 

「さて、喜劇が終わる前に貴様の勘違いを二つ正しておくとしよう」

 

 バニルは心底楽しそうな笑みで続ける。

 

 

「貴様はあの黒トカゲが自分の天敵だと思っていたようだがそれは違う。確かにあれのスキルは規格外ではるが所詮は下位種……ダストの存在がなければ暴走するだけであるし、いたとしても貴様が遊びさえしなければ敵にもならぬ」

 

 ジハードの二つの固有スキルとダストのドラゴン使いとしての才能は二つ合わされば死魔に対抗するに足り得るものだ。だが、それは準備を万全にして挑んだ場合や、都合よく展開した場合だけだ。仮に死魔が平時を不意打ちすれば戦いにもならない。

 

「だが、その普段はポンコツなリッチーは違う。……魔法使いへと戻ったウィズは貴様の天敵なり得る。……と言っても、これは正すまでもなく思い知らされておるか」

 

 死魔と正面から戦えるほどの力を持ち、倒したレギオンを奪う事のできるウィズ。

 最善を尽くしても勝てるかどうか分からない、むしろ分の悪い戦いになるウィズの存在は、まさしく死魔の天敵と言っていいだろう。

 

(……この世界で何百年という時間を掛けて集めたレギオンを失うのは惜しすぎますが、仕方ありません。それ以上に興味深い駒を見つけた分でお釣りはきますしね)

 

 死魔はここでウィズに倒されることは理解していた。

 だから倒された後は復活する場所を遠くに設定し、ほとぼりが冷めるまで逃げ続けようと、そしていつか必ず『最年少ドラゴンナイト』や『氷の魔女』をレギオンにしようと、そう思っていた。

 

 

 

 そして、死魔は理解していなかった。バニルが何故この場にいるのかを。

 

 

「死魔よ。貴様という存在はあまりにもつまらぬ。道化として生まれながら自らが道化であると気づかぬ、狂った道化よ」

 

 バニルにとって普段の死魔は本当につまらない存在だった。上を目指していながら停滞を続け、感情は全て()()()()()

 そう()()()()のは分かっていても、バニルにとっては煮ても焼いても美味しくない存在なのに変わりはない。

 

「だが、だからこそそうして道化を演じている貴様は面白い。ボロボロにされながらも、まだ自分が助かるなどと思っている貴様は最高に道化だ」

「バニル…様……? 一体何を言って……」

「さて、ここまで言っても気づかぬ道化のためだ。もう一つの勘違いも解いてやるとしよう。……貴様は我輩が居場所を見つけるためだけにここに来たと思っているようだがそれは違う。我輩は貴様を逃さぬためにきているのだ」

「私を逃さない……? まさか……!」

 

 

 

「地獄の公爵バニルとして命じよう。死魔よ、残機を使った別の場所での復活を禁じる」

 

 

 

 悪魔は序列が上の者からの命令に逆らうことが出来ない。

 いかに死魔がこの世界においてバニルよりも強くても、バニルの命令を拒否することは許されない。

 

 

「逃さないとは言ったが、同朋には優しいと評判のバニルさんである。地道に逃げるのであればそれは許そう。……逃げられるとよいな?」

 

 

 

 

 

 

──ダスト視点──

 

「ん? 槍が騒いで──」

 

 槍、正確にはそれに込められたドラゴンたちが手の中で渦巻くようにその呪いを流動させている。さっきまで落ち着いてたのにこの反応は……

 

「──ライン。良かったわね。獲物が着たみたいよ」

「…………みたいだな」

 

 さっきまで戦っていた禍々しい魔力。それがまたこっちに向かってきているのを感じて俺は無理やり体に力を入れる。

 ドラゴンたちの恨みを晴らす千載一遇の好機。それを逃す訳にはいかない。

 

 

 

「バカなバカなバカなバカな! 私が……地獄の侯爵である私がこのような所で消えるわけがない!」

 

 おーおー、さっきまで余裕たっぷりだったのに随分慌ててるこった。こりゃ残機が残り少ないな。

 ぼろぼろになってこちらへ走ってくる死魔を見て俺はそんなことを思う。

 

「ダストさん! 死魔の残機はあと一つみたいです! やっちゃってください!」

 

 遠くからそんなことを言うのは、死魔をここまで追い立ててきただろうウィズさん。

 ……本当、あの人はお人好しすぎんだよ。自分も止め刺したいだろうに、俺やドラゴンたちのことを思ってその役目を譲るなんて。

 

「ゆんゆん、お前が使える強化魔法頼む。…………アリスも、借り一つ作ってやるから強化してくれ」

「本当は止めたいですけど……この状況でダストさんが止まるわけ無いですもんね」

「ま、あんたに貸し作ってみるのも面白いか。ちゃんと決めなさいよ。あんたがしくじったら私が止めさしてあげるから」

 

 何故か寂しそうなゆんゆんと、楽しげなアリスの援護を受けて。俺はまともに動かないはずの体を無理やり動かし、死魔を迎えうつ。

 

 

「よぉ、死魔。そんなに急いでどこ行くんだよ。地獄にでも帰るのか?」

「最年少ドラゴンナイト……! あなたさえ収集できれば全てを巻き返せる!」

 

 俺の軽口に欠片も乗らず、死魔は一直線で俺を殺しに来る。

 その一撃はもちろん必殺……当たればそれで終わりだろう。

 

(一瞬だけでいい、持ってくれよ……!)

 

 だから俺は無理に無理を重ねる。

 

「『速度増加』!」

 

 ゆんゆんやアリスの援護を受けてなんとか動かしてるような体。そこに竜言語魔法を重ねて加速する。

 以前と同じように不安定な制御が暴発しそうになりながらも、気合でそれを抑え込んだ。

 

 そして──

 

 

「……これで終わったと思わないことです。私は必ずあなた達を収集します」

「そうかよ。じゃあそん時は残機も残さず消滅させられるくらい強くなっててやるよ」

 

 

 ──死魔は槍の一撃を喰らい、ドラゴンたちの呪いにその身を焼かれる。

 有り余ったその恨みの呪いは、その恨みの対象を塵すら残さず燃やし尽くした。

 

 

 

「ダストさん……? その……終わったんですよね?」

 

 死魔が消えていった場所を見つめる俺に、ゆんゆんが近づいてきてそう心配そうに聞いてくる。

 

「……そうだといいけどな」

 

 死魔の最後のセリフ。それがただの負け惜しみならいいんだが……。

 『悪魔は嘘をつかない』。その性質を考えるなら楽観できるようなものでもない。

 

「じゃあ、また死魔が襲ってくる可能性があるんですか?」

「心配すんな。たとえそうなったとしても、お前は俺が絶対守ってやるから」

 

 

 たとえ、死んでも使いたくない切り札を使おうとも……な。

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、残機をすべて失った死魔は地獄へ送還され、『最狂』を冠する大物賞金首との戦いは一先ずの決着を見せた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話:子竜の槍

「だーっ……。マジ無理。今日はもうぜってぇ動けねえ。おい、ゆんゆん、帰りは俺をおんぶして帰ってくれよ」

「世界は広いですけど、なんの恥ずかしげもなく彼女に背負ってくれと言えるのってダストさんくらいですよね、きっと」

 

 戦いが終わって。また私に膝枕されているダストさんの言葉に私は大きくため息をつく。

 さっきまで多少複雑な気持ちはあれどかっこいいなと思ってたのに。余韻を残してくれないというか……。

 

 まぁ、道中はテレポートで帰るだけだし、魔法使えばそこまで重くもないから私はいいんだけど。……女に背負われながら街中進んでダストさん恥ずかしくないのかな?

 …………恥ずかしくないんだろうなぁ、ダストさんだし。

 

(でも……今はダストさんのろくでなしっぷりがありがたいかな……)

 

 かっこいいままのダストさんだと、その力の差を深く考えてしまいそうになるから。

 余韻を壊してくれるくらいろくでなしのダストさんでちょうどいい。

 

 

 

「ところで、その槍、もう呪いは大丈夫そうですね」

 

 ダストさんの横に転がる『竜呪の槍』からはその名が示していた通りの呪いがもう感じられない。強い魔力は感じるけどそれだけだ。

 

「みたいだな。一応ウィズさんに確認してもらったほうがいいだろうが…………」

 

 あれほどの呪いがこもっていた槍だ。今は何も悪いものを感じられなくても実際の所は分からない。ウィズさんやアクアさんに見てもらったほうがいいというのは私も賛成だった。

 

「ふーん……。ねぇ、ライン。あんたその槍どうすんの?」

 

 そう聞いてくるのはさっきから私達を呆れ顔で見ていたアリスさん。今は槍を興味深そうに観察している。

 

「あん? どうするも何もどこか静かな場所に埋めてやるに決まってんだろ」

「え!? その槍、ダストさんが使うんじゃないんですか!?」

 

 呪い有る無しに関わらず凄い武器なのは変わらないし、槍使いのダストさんにとってこれ以上ない武器だと思うんだけど……。

 倒した相手の武器を貰うとかなんか絶滅危惧種の山賊みたいだけど、それ言ったらダストさんも天然記念物なみのチンピラさんで気にするとは思えないし……。

 そもそも襲ってきたのは向こうからなんだから、倫理的に考えてもそこまで悪いことでもないと思うんだけど。

 

「これが普通に凄い槍だってんなら使うんだけどなぁ…………ドラゴンの骨や牙で創られてるってなると、ゆっくり寝かしといてやりてぇんだよ」

 

 ……………………なるほど。

 

「ねぇ、あなたの彼氏ドラゴンバカすぎない?」

「ドラゴンバカというか……本当、ドラゴンに関係することになると倫理観が聖人君子がびっくりするレベルになるんですよね」

 

 普段も逆の意味で聖人君子がびっくりしそうになる倫理観なんだけど。

 

「んだよ? なんか文句あんのか?」

「私は別にないですよ。ダストさんのそういう所好きですから」

「ナチュラルに惚気るの鬱陶しいからやめてくれない? ……ま、ライン。あんたの好きにしなさいな。でも埋めるんだったらどこに埋めるか教えて欲しいわね」

 

 ……教えてもらってどうするつもりですか、アリスさん。

 

「どこに埋めるかねぇ…………それもウィズさんに相談するか。残留思念? みたいなのがあったらどこに埋めてほしいとかそういうのもあるかもしれねえし」

 

 …………、本当、いつもこんな感じだったら私も苦労してダストさんを更生させる必要もないのになぁ。

 

 

 

 

「上手くいったようだな、チンピラ冒険者よ」

「お疲れ様です、ダストさん。遠くからでしたが、最後見ていましたよ」

 

 そう言ってやってくるのはいつの間にかいなくなっていたバニルさんとウィズさん。二人共いつになくご機嫌な様子で笑顔を浮かべている。

 …………、ウィズさんの笑顔は見てて安心するんだけど、バニルさんが笑顔だと凄い不安になるなぁ。

 

「旦那、ウィズさん。こんな格好で悪いな。…………ゆんゆん、上半身だけ起こしてくれねえか」

「なんでしょう……なんだか老人介護をやってるような気分になってきました。ダストさん私より先に寝たきりになったりしないでくださいね? 老老介護なんて私嫌ですよ」

 

 ゆっくりとダストさんの上半身を起き上がらせながら私はそう言う。

 

「……そうだな、気をつける」

「ダストさん?」

 

 なんで今、辛そうな顔をして……。

 

「にしても、二人には後始末任せちまって悪かったな。特にウィズさんにはいくら礼を言っても足りないぜ」

 

 私が見た辛そうな顔は気の所為だったのかと思うくらい、ダストさんは一瞬で表情を変えていつもの調子に戻る。

 

「なに、我輩は大したことはしておらぬ。元より貧乏店主の付き合いで来ただけだ。礼を言われるようなことはない」

「私も死魔に囚われた魂を解放したかっただけですから。むしろ、順調に開放できたのはダストさんが先に戦ってくれていたおかげで、こっちがお礼をしないといけないくらいですよ。中立である私はあまりアリスさんに借りを作るわけにはいきませんし、バニルさんは凄い代償を払ったのに『その代償ではせいぜい居場所を見つける事と逃げ出さないようにすることくらいしか出来ぬ』とか意地悪いいますし」

 

 凄い代償? バニルさんは悪魔だしその助力を得るためになにか代償を払って契約をしたんだろうけど、凄いって一体何を払ったんだろう。

 

「何が凄い代償かポンコツ店主め。たかだか一週間汝が我輩の知らぬ所で勝手な仕入れをしないというだけの話ではないか」

「一週間も仕入れができないんですよ!? 店主が仕入れをできないなんて前代未聞ですよ!」

「一週間と言わずせめて1年でも大人しくしてくれれば、その間に全世界に支店を作り、貧乏神店主がいくら赤字を作ろうが大丈夫な体制を整えるというのに……」

「また私を邪魔者みたいに言って! どうしてバニルさんはそんなに酷いことを言うんですか! 私だってお店をよくしようと頑張ってるんですよ!」

 

 本当、頑張ってはいるんだよね、ウィズさん。

 それが成功することが稀すぎるだけで。

 その成功を台無しにするくらい致命的な失敗を日常的に繰り返してるだけで。

 …………なんであの店潰れないんだろう。私が頑張って売れない商品買い取ったりしてるのを考えても不思議で仕方ない。

 

「何故我輩は頑張れば頑張るほど赤字を生み出す奇特な才能を持った者とあのような契約を結んでしまったのか。もはや才能どころか呪いと言うべき災厄店主をどうやって大人しくさせるか日々頭を悩ませておる」

 

 …………バニルさんも苦労してるんだなぁ。

 最近の私はダストさんを更生させるために四苦八苦してるだけに親近感が湧く。

 いや、流石に店の経営以外は基本的にまともなウィズさんとドラゴン関係以外はろくでなしなダストさんを並べるとか失礼にもほどがあるけど。

 

 

「呪いと言えばそうだ。これをウィズさんに見てもらいたかったんだ。一応呪いとかは感じねえし、ドラゴンたちは解放されてるとは思うんだが……もしもまだ槍に残ってるドラゴンの魂とかあったら導いてやってほしい」

「…………、ダストさん。この槍、どうするおつもりですか?」

「? まぁ、宿ってたドラゴンたちがちゃんと解放されてるならどこかに埋めようと思ってるけど」

「そうですか…………」

 

 なにか問題でもあるんだろうか、ウィズさんは複雑な表情で槍を見つめている。

 

「ウィズさん? もしかして何か問題あるのか? まだドラゴンの魂が宿ったままとか?」

「結論から言うとそうなります。死魔を呪っていたドラゴン達は解放されあるべき場所に還りましたが、何も知らず殺された幼いドラゴン達の魂がその槍にはまだ宿っています」

 

 幼いドラゴン……死魔が言うには稀有な固有能力を宿すためにもドラゴンを殺していたって言っていたし、その中にハーちゃんみたいな幼竜もいたんだろうか。

 生まれたばかりのドラゴンが、その能力を目的に自分勝手に殺される……ハーちゃんと契約してるだけにそのことを想うと胸が引き裂かれそうになる。

 

「そうか……幼竜達の無念はまだ晴れてねえのか……」

 

 私ですらこんなに辛いのを考えれば、誰よりもドラゴンが好きなダストさんの辛さは想像に余りある。

 

「なぁ、ウィズさん。幼竜達の無念をなんとか晴らしてやれねえかな? 無理ならウィズさんやアクアのねーちゃんに頼むが、出来れば俺の手で晴らしてやりたい」

 

 だからダストさんのその言葉は言う前から予想出来た。もしもダストさんが言わなければ私がその言葉を言っただろうから。

 

「では、どうかその槍を使ってあげてください。それがその槍に宿る幼いドラゴン達の願いです」

「……そんなことでいいのか? この槍を使っていいならこっちこそ願ったり叶ったりだが」

「はい。その槍を使って…………そして世界を見せてあげてください。何も知らずに死んでしまったその子達にいろんな経験をさせてあげてください」

「そうか……それが幼竜達の無念なのか」

 

 

 前に、アクアさんウィズさんとお茶会をした時に。私は一つのお話を聞いた。

 アクアさんたちの住んでいるお屋敷には一人の小さな女の子の幽霊がいると。

 両親の顔すら知らず屋敷で一人寂しく死んだその子は、ぬいぐるみやお人形、そして冒険話が好きだという。

 それは物心付く前から屋敷に幽閉されていたその子が唯一『外の世界』を知れるものだから。

 

 『アンナ=フィランテ=エステロイド』。いつかお友達になりたいと思っている幽霊少女の無念と幼竜達の無念はきっと似ている。

 そして幼竜たちが槍に宿っているというのなら。使ってもらえば『世界』を直接知ることが出来る。それこそ冒険者のダストさんと一緒なら世界の色んな場所を経験できる。

 

「分かった。この槍と一緒に世界中を旅する。……それでいいんだよな?」

 

 それは誰への言葉だったんだろう。決意を込めた様子のダストさんの言葉に返ってくる言葉はなかった。

 

 ただ、ウィズさんはその言葉に優しく微笑み、幼竜たちが宿っている槍からは小さな光が一瞬だけ発せられたような気がした。

 

 

 

「よし、じゃ、まぁ暗い雰囲気はここまでだ。とりあえずこの槍の名前決めねえとな」

「名前ですか? 死魔はその槍を『竜呪の槍』って言ってましたけど…………確かにその名前は使えませんね」

 

 呪い的なものはもう全然ないみたいだし、そうじゃなくても死魔がつけた名前を使い続けるのは心情的にもちょっとあれだ。

 

「……どうでもいいけど、わざわざ名前つけないといけないわけ? 槍は槍でいいじゃない。名前で性能が変わるわけじゃなし」

 

 アリスさんの言葉。たしかに論理的に考えるなら名前をつける意味はないけど……。

 

「はぁ? ドラゴンが宿ってる凄い槍だぞ? 名前つけないとかありえないだろ」

「そうですよ、アリスさん。こういうのは名前をつけるものだって学校で習わなかったんですか?」

 

 神器やそれに準ずるレベルの武器みたいだし、それに名前がないなんて『格好』がつかない。

 

「あぁ、そういえばこいつらドラゴンバカと紅魔族だったわね」

「ゆんゆんさんも、こういう所は紅魔の方っぽいんですよね」

「このぼっち娘はセンスが普通で、恥ずかしいと思う常識があるだけで、根っこははた迷惑な一族と変わらぬからな。なんだかんだとかっこいいものに憧れる習性は持っておる」

「……難儀な子なのね」

 

「それでダストさん、なにかいい名前ありますか?」

「流石にパッとは思いつかねえな。ゆんゆんはなんか思いついてるか?」

「そうですね……『ドラグニル』とかどうですか? 『神槍グングニル』みたいな感じで」

「なんかパチモンっぽいな……。つか、お前語感だけで決めてて意味とか考えてねえだろ」

 

 なんか魔王軍だった3人が私達のこと好き勝手言ってるみたいだけど、そんなことは気にせず私とダストさんはあーじゃないこーじゃないと槍の名前を考えて話しあう。

 

 

 そして──

 

「──うし、じゃあこの槍の名前は『子竜(しりゅう)の槍』で決定だ」

「『子竜の槍』……いい名前ですね」

 

 凄くかっこいいって感じの名前じゃないけど、この槍のことを端的に示せていると思う。

 

「だろ? …………てわけで、名前も決まったことだ。アリス、お前ちょっとこっち近づけよ」

「は? 何よ、一体──いーーっ!?」

 

 訝しがりながらも素直に近づいてきたアリスさんの肩に、ダストさんは子竜の槍を乗せる。

 ……ダストさん、今何をしたんだろう? 確かにいきなり槍を当てられたら驚くけど、それにしても反応が大げさのような……。

 

「おー……出来そうだとは思ったがマジで出来た。この槍やっぱやべぇな」

「出来たって……ダストさん何が出来たんですか?」

「おう、槍を通してジハードの能力が使えたんだよ。これなら戦いながら相手の魔力や生命力を奪えるな」

「それって……」

 

 ハーちゃんのドレイン能力を常時使えるってこと? 

 

 

「ライン! あんたいきなり何してくれてんのよ!」

「あー悪い悪い。なんか感覚的に出来そうだったら試したかったんだよ。武器の性能チェックは冒険者に取って大事なことだってのはお前だって分かるだろ?」

「そりゃ、分かるけど…………それにしても、なんで私にすんのよ。試すなら他のやつにすればいいじゃない」

「いや、お前しかいないだろ。ゆんゆんは恋人。旦那は旦那。ウィズさんは癒やし。……で、お前は敵だろ? この中じゃお前以外の選択しないようなもんだろ。敵なら実験台にしても欠片も心が傷まなくて済む」

「なるほど、そうね。確かに敵ね。…………ねぇ、敵らしくあんた今すぐ殺していい?」

「おい、こらアリス。なんでお前そんな自然に人のこと吊るせんの? 頭に血が上るから今すぐおろしてくれ……ください、マジで。つうか、この木半分焦げてて今にも折れそうなんだが?」

「遺言はそれでいい?」

「よくねえよ。遺言はそうだな…………アリスのパンツは水色だったで頼む」

「じゃあ、それね」

「…………え? それだけなの? お前、一応女なんだから恥ずかしがるとかそういう反応ねえの?」

「戦場でそんな事恥ずかしがるわけ無いでしょ? それに今から殺す相手に見られてなんだって言うの?」

「すんません、マジで謝るんで許してくださいアリス様。つうかゆんゆん! お前今すぐ俺を助けろよ! マジでこの魔王娘俺を殺る気だぞ!」

 

 アリスさんに鞭で足を掴まれ木に吊らされてるダストさんが何か叫んでいるけど、私にはそれどころじゃなかった。

 

(単純に強くなるどころの話じゃない…………本当に追いつけるの?)

 

 単純な強さでも頭が痛くなるくらいの差があるのに、ダストさんはそれに加えて万能すぎる。

 ハーちゃんの固有スキルに竜言語魔法。そして『子竜の槍』。それらが合わさったダストさんはドラゴンが一緒にいる限りほぼ弱点と呼べるものがない。

 めぐみんやダクネスさんのような一点特化型なら、多少の力の差があっても私に出来ることがあるけど、ダストさんにはない。ダストさんはドラゴンと一緒なら私が出来るようなことを全部こなしてしまう。

 

「おいゆんゆん! 何お前そっちでシリアスな雰囲気出してんだよ! シリアスなのはこっちだよ! だからマジで助けろ! いや、助けてくださいお願いします!」

 

 

「頑張ってくださいね、ゆんゆんさん」

「ウィズさん……? えっと……何の話ですか?」

 

 悩む私にウィズさんは続ける。

 

他人(ひと)よりも強い力を持った人は誰だって孤独なんです。だから、ゆんゆんさん。強くなってください。ダストさんの隣に立てるくらいに」

「……そうなろうとは思っています。でも、なれるでしょうか?」

 

 ウィズさんに言われるまでもない。私はそうなれるように頑張るつもりだ。今みたいに何度も悩むことにはなるだろうけど、それでも最後に出す答えは変わらないといい切れる。

 

 でも、だからこそ不安は消えなかった。その不安は達成するか諦めるまで消えることがないものだから。

 

「なれますよ。だって私の知ってるゆんゆんさんは、追い詰められれば誰よりも心が強い女の子ですから。だから、きっと大丈夫です」

「ウィズさん……」

「でも、もしも不安に押しつぶされそうになった時は一人で抱え込まないでください。私やバニルさん……友達にちゃんと相談してください。きっとゆんゆんさんは一人でも乗り越えてしまうんでしょうけど……少しでも支えさせてください」

「いいんですか……? 迷惑じゃないですか……?」

 

 そんなに甘えてしまっていいんだろうか。だってこれは私とダストさんの問題で……。

 

「いいんですよ。だってそれが()()じゃないですか」

「友達…………」

「もっと私に甘えてください。だって、私はゆんゆんさんの友達で…………ちょっとだけお姉さんですから」

「ウィズさん……ウィズさぁん……」

 

 どこまでも優しい友達の言葉に私は声に震えば混ざる。そんな私をウィズさんは優しく抱きとめてくれた。

 抱きとめてくれているウィズさんの体はリッチーだから冷たくて……でも、そんなのどうでもよくなるくらい暖かく感じた。

 

 

「おい、ゆんゆん! 何呑気に百合の花咲かせてんだよ! こっちはピンチなんだよ! というか、戦いの後遺症もあって吊るされてるだけでももう限界だぞ!」

「…………あんたさ。もうちょい空気読もうとか言う気持ちないの?」

「自分が死にそうになってるのにそんな余裕があるやつは狂ってんだろ」

「じゃ、あんたは狂ってるわね。…………はぁ、次はマジで殺すから」

「っってぇぇえっ! おい、アリス! もうちょい優しく下ろすとかそういう気遣いは……ないよな。そうだよな」

 

 

 

「さて、ちょっとだけお姉さんなどという厚顔無恥なサバ読みリッチーとの話は終わったかぼっち娘よ」

「…………バニルさんってダストさん並みに空気読めないですよね」

「何を言うのだエロぼっち娘よ。我輩ほど空気を読んでいる悪魔もいないと言うに」

 

 ……まぁ、バニルさんの場合読めないんじゃなくて読んだ上で完全に無視というか……おちょくってくるもんね。

 

「……それで? 私になんの話ですかバニルさん」

「うむ。今回の件の取り分を決めておこうと思ってな。チンピラ冒険者の財布やクエストの報酬は汝が管理しているという話であろう?」

「ああ……そっか、死魔は大物賞金首でしたもんね」

 

 地獄に送還したんだから間違いなく賞金が出る。確か死魔の賞金は18億エリスだったっけ──

 

「──って、18億エリス!? え!? それだけ入ってきちゃうんですか!?」

 

 この場にいるのはドラゴンを除けば5人。単純に等分すれば3億エリス以上入ってくる。実際はダストさんとウィズさんがほとんど戦って二人で山分けだろうから…………7億か8億くらいはダストさんがもらっていいよね。

 大物賞金首を倒した経験は何度かあるけど、流石に億単位で賞金をもらった経験はない。管理するだけとは言え、それだけの金額を目にすると思うと動転するのも仕方なかった。

 

「うむ。死魔に掛けられた賞金と、それ以外の副産物。それをどう分けるかを話そうと思ってな」

「話すも何も、私は実際に戦ったわけじゃないですし、ダストさんやウィズさんで話し合ったほうが……」

 

 私にそれを決める権利はないと思うんだけど。

 

「汝の言うことは最もなのだがな。うちのお人好しすぎる店主は報酬などいらないと気が狂ったようなことを言うし、ダストもダストで社会勉強だから汝に任せると言っておってな」

 

 社会勉強? これでも冒険者稼業それなりに長いし、それくらいの判断は問題なく出来るとおもってるんだけどなぁ。

 

「はぁ……それじゃあ任されますけど。私としては8億エリスくらいダストさんに頂けたら文句はないです」

 

 それくらいの頑張りをダストさんはやっていた。一番危険で死にそうな目にあっていたのは間違いなくダストさんだから。

 残機のほとんどを削ったのがウィズさんだとしても、レギオンを半壊させとどめを刺したのはダストさんなんだからそれくらいはもらっていいと思う。

 

「ふむふむ、では汝たちは8億エリスだけでよいというわけか」

「えーと……まぁ、そうですかね?」

 

 だけ? 私の考え方が間違ってるとは思わないけど、バニルさんからすればまだこちらに譲歩を強請れるくらいの金額ではあるはずだ。だから私は、どうやって最低限度の7億エリスを死守しようかと考えてたのに……。

 

「では汝たちは8億エリス。我輩たちはその残り。……ということでよいのだな?」

「えっと……は──」

「──流石にそれはダメだぞゆんゆん。それは最低限度を守れてねえ」

 

 はい、と答える前に。なんだか死にそうな様子のダストさんが呆れ顔で私とバニルさんの間に入る。

 

「え? でも、ダストさん。8億エリスはもらい過ぎなくらいじゃないですか? いえ、もちろんダストさんの働きがそれ以上のものがあったのは分かってますけど」

 

 でも、それを言うならウィズさんだって頑張ってるし……。

 

「賞金だけに関してはな。……ゆんゆん、旦那はこの話を始める時何の取り分を決めるって言ってた?」

「えーっと……この死魔に懸けられた賞金と…………それ以外の副産物?」

 

 それ以外の副産物ってなんだろう。もしかして…………『子竜の槍』もそれに入ってる?

 

「気づいたみたいだな。俺らが絶対にもらわなきゃいけないのはこの槍だ。それさえ貰えりゃ賞金はいくらでもいい」

「なるほど。…………というわけでバニルさん。やっぱり8億エリスじゃたりないです。この槍もください」

 

 というか、あの流れで普通にダストさんのものになったと思ってたんだけど…………バニルさんがそんなに甘いわけもないか。

 

「ふむ、本当にそれでいいのだな?」

「えと…………はい」

 

 問題ない…………よね? ダストさんも呆れ顔で何も言わないし…………って、なんでダストさん呆れ顔なんだろう。

 

「では商談成立であるな。汝たちには8億エリスとその槍を。我輩たちには残りの賞金10億エリスと、レギオンたちが持っていた神器や伝説級の武具。それで分けることにしよう」

「へ……? 神器? 伝説級の武具?」

 

 なに……それ……。

 

「バニルー、この鞭貰っていい?」

「仕方あるまい。それで汝への借りはチャラとしよう。しかし本当にその鞭でよいのか? こっちの神器の鞭を……」

「神器なんて担い手じゃなきゃゴミ武器じゃない。伝説級で十分よ。ま、だからこそ誰でも使えて神器級っぽいあの槍欲しかったんだけど」

 

 私との話は終わったとでも言うようにバニルさんはいつの間にか運び込まれている武具を物色するアリスさんのもとへ行く。

 

「あんだけの高性能な武具だ。全部売れば20億エリスはくだらないだろうな。見た感じお前が使えそうな杖もあったのにもったいねえ」

「えーっと…………ダストさんは気づいて……?」

「だから言ったろ? 社会勉強だって」

 

 えーっ……気づいてたなら教えてくれても…………いや、それも含めて社会勉強なのかな。

 バニルさんは一つも嘘をついていない(悪魔だからつけないんだけど)し、ダストさんも『それ以外の副産物』というヒントをくれていた。気づけるだけの条件は揃っていたのに……。

 

「ま、次から気をつけろ。お前は頭いいんだ。次は俺より上手く出来るだろ?」

「…………頑張ります」

 

 なんだかんだでダストさんは私よりも歳上だし、貴族だったからこういう腹の探り合いみたいなのは上手い。普段はバカな行動しかしないし、お金の使い方なんて呆れるレベルなんだけど、こういう経験に関して言えば私よりも上だった。

 

「はぁ…………でも、今日の私って本当に何も出来ませんでしたよね……」

 

 死魔との戦いにおいても、バニルさんとの話においても。満足の行く結果を一つも残せてない。

 

「まぁ、そうだな」

「…………、そこは嘘でもそんなことないとか言うところじゃないんですか?」

「言ってほしいなら言うが、お前がそんな上辺だけの言葉で喜ぶ女だと俺は思ってねえぞ」

「…………、確かにそう実際に言われたほうが落ち込みそうなのは確かですけど」

 

 なんだろう、悪友としてはこの上なく正解だけど恋人としては微妙に間違いのような……。

 まぁ、悪友兼恋人の私達にはこれが正解なんだろう。

 

「だからまぁ…………さっきも言ったが次を頑張れ。お前が望むならきっとどうにかなる」

「……本当にそう思ってます? 私がダストさんと一緒に……死魔みたいな相手とも一緒に戦えるようになるって」

「……………………、おう、どうにかなるんじゃねえの?」

「その間はなんですかね!?」」

 

 思いっきり無理って言ってるきがするんだけど。

 

「ま、でもお前は俺の予想超えて守備範囲に入ってきた女だからな。実際どうにかなるって気もしないでもない気がする」

「それもう何言ってるか分からないんですけど」

 

 結局どうにかなるのかならないのか。煙に巻きすぎじゃないかな。

 

「はぁ…………じゃ、質問です。ダストさんは私がダストさん並みに戦えるようになる方法知りませんか?」

「…………、知らねえな」

「そうですよねー…………って、あれ? どうして今、間が空いてたんですか?」

 

 いつものダストさんなら容赦なく知らないって切り捨てそうなのに。

 

 

「ん……、おい、ゆんゆん。なんかウィズさんがやってるみたいだぞ。向こうに行きたいから連れて行ってくれ」

「え、あ、はい。それはいいんですけど…………。あの、ダストさん? 本当に知らないんですか?」

 

 またダストさんが歩くのを支えながら。私はダストさんにもう一度聞く。

 

「……知らねえよ。少なくともお前に教えてもいいような都合のいい方法なんて俺は知らない」

「それってつまり知ってるってことですよね? なんで私に教えたらダメなんて……」

 

 代償の大きい方法だから? でも、それならリッチー化する方法を知ってる時点で今更だ。嘘とまでついて隠すようなこととも思えない。

 

 

「おい、ゆんゆん。今はその話はいいだろ。見ろよ、すげえぞ」

「もう、ダストさんそうやってまた煙に巻くつもりで…………え……?」

 

 ダストさんに促されて前を見た私は、ウィズさんの周りを飛び交う色とりどりの光を目にする。

 

「もしかしてこれ、レギオン達の……」

「だろうな……」

 

 死魔に囚われ、そしてウィズさんと一緒に死魔を倒したというレギオンたち。解放された彼らをウィズさんは導き、あるべきところへ還そうとしているんだと思う。

 

「……綺麗ですね」

「いつか見た火の精霊たちみてえだな」

「? 火の精霊ってサラマンダーですか? あれは流石に綺麗とかそういうのじゃない気が……」

 

 水の女神の姿を模したというウンディーネなら分かるけど。

 

「そうじゃなくて……、前に俺が炎龍倒したのは知ってんだろ? その時に形をとる前の火の精霊見てな。暗闇の中を淡い光が舞って辺り一面を照らしてる様子は幻想的だったぜ」

「そんなことがあったんですか…………私も見てみたいです」

 

 サラマンダーとかを倒すと小さな光になるのは知ってるけど、辺り一面を照らすほどの光は見たことがない。デリカシーの欠片もないダストさんが言うくらいだし、きっとこの光景に負けないくらい幻想的なものだったんだろう。

 

「そろそろ火の大精霊が復活してもおかしくない時期ではあるんだよな。もし炎龍みたいにやばい奴だったら俺らで倒すってのもいいかもしれないな」

「そんな簡単に……って、たしかに今のダストさんなら難しくないのかもしれないですけど」

 

 ハーちゃんの力を考えれば、準備をして向かえばそこまで危険なく倒せるのかもしれない。

 

「……まぁ、今はこの光景で十分です。…………きっと、こういう光景を槍に宿ったドラゴンの子たちに見せてあげればいいんですよね」

「そうだな。俺らも知らないようないろんな景色を見せてやろう」

 

 

 

 そうして、私とダストさんは天へと上っていく魂の光を寄り添いながら眺め続ける。

 そして、その光も大部分が還った頃。残り少ない光の中から二つが、私達の周りをゆっくりと漂う。

 

「? なんでしょう、この光」

「さあな。ドラゴンの魂ならともかく普通の人間とかの魂に好かれる要素はないと思うんだが……」

「それ、言ってて悲しくなりません?」

 

 でも、本当になんだろう。なんだか私達に語りかけてるような、そんな感じなんだけど。

 

 

 ゆっくりと漂う二つの光。けれど、その光は時が経つに連れてその光を失っていく。見てみればあれだけ舞っていた魂の光も残っているのはこの二つだけだった。

 

 

「…………まさか、な」

「? ダストさん? 何か気づいたんですか?」

「…………、ウィズさん。この二人、生前の姿を見せられませんか?」

 

 私の質問には答えず、ダストさんは何かに祈るような表情でウィズさんにそう頼む。

 

「? ええ、出来ないことはないですが…………もう、限界みたいですし、一瞬だけになると思いますけど……」

 

 それでいいと深く頷くダストさんに応え、ウィズさんは『カースド・ネクロマンシー』を唱える。そして──

 

 

──クシャリ

 

 

 人相の悪い、どこかの誰かを思い起こさせるような男の人が、ダストさんの髪をくしゃくしゃと撫でている。

 その様子を、息を呑むような綺麗な女性が穏やかな笑みを浮かべて見守っていた。

 

 

 そんな光景が10秒ほど続き、それは幻だったかのように消えた。

 

 

(…………最後、私に二人が頭を下げたような気がしたけど……気のせいかな?)

 

 何かを頼みますとでも言うような、そんな様子で。

 

「『子は親を超えなければならない』……か。やっぱ遠いなぁ」

「ダストさん? 何の話ですか?」

「別になんでもねえよ。…………いや、やっぱあれだ。ゆんゆんお前、か……さっきの女の人より美人になれ。そしたら一つは超えたことになる」

「うん、ダストさんが何言ってるのか分からないですけど、とりあえず喧嘩売られてるのだけは分かりますね」

 

 不自然に明るいダストさんに合わせて。私もできるだけいつもどおりを装って言葉を返す。

 さっきの二人の正体が誰なのか想像はついているけれど、そのことにダストさんが触れないのなら私は気づいてないことにしておこう。

 

 

 

 

 とある大物賞金首が倒された日。私は恋人の両親と最初で最後の邂逅を果たした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話:ろくでなしなダストさん

「はぁぁぁ……全くジハード乗り心地は最高だせ」

「いいなぁ……私だってハーちゃんの背中にまだ乗ったことないのに……」

 

 アクセルの街。死魔と決着をつけ、一撃熊討伐の報酬を受け取った私たちはホームタウンへと戻ってきていた。

 毎日アクセルに戻るリーンさんたちとは違って、クエストを受けた街にそのまま泊まったりすることもある私たちだけど、流石に今のダストさんの状態ではクエストを受けるのは難しい。リーンさんたちへの説明もあるし、ゆっくりと休める住み慣れた街に戻る必要があった。

 

 それで、私が何を羨ましがっているかと言えば、まともに動けないダストさんがハーちゃんの背中に乗って運んでもらっていることだ。

 人を乗せて空を飛ぶのはまだ大変そうだけど、地面を歩くくらいなら平気なくらい大きく成長していて、ダストさんを背負う私が重そうだったのか竜化して代わってくれた。

 

「ま、心配しなくても背に乗せて空を飛ぶ初めてはちゃんとお前に譲ってやるから。それで我慢しろよ」

「むぅ……約束ですよ? それは本当に楽しみにしてるんですから」

「…………、おう。そうだよな、楽しみだよな」

「今ちょっともったいないなとか思いませんでした? ダメですよ? 絶対譲りませんからね」

「ちっ……ま、しょうがねえか。でも、二番目は俺が乗るからな。爆裂娘とかに譲るんじゃねえぞ」

「心配しなくてもそんなに拘ってるのダストさんと私くらいだから大丈夫ですって」

 

 本当、ダストさんはドラゴンバカなんだから…………ハーちゃんのことに限って言えば私も似たようなものだけど。

 

「でも、ダストさんってそんなにドラゴンバk……ドラゴン好きで困ったりしないんですか? 純血のドラゴンはともかく、ヒュドラとかワイバーンみたいな亜竜の討伐クエストは結構見かけますけど」

 

 アクセルじゃめったに見かけないけど、高レベル帯のモンスターが生息する地域の街じゃそういうクエストを結構見かける。ドラゴンバカのダストさんには受けづらいだろうし、受けられるクエストが制限されそうだけど。

 これまではそういうクエストを避けてくることができたけど、場合によってはそんなクエストしか残ってないという場合もあるはずだ。そんな場合にこれからどうするのかとか、騎士時代にどうしてたのかとかは結構気になった。

 

「んー……ぶっちゃけ亜竜はドラゴンって言っても、純血のドラゴンほど思い入れあるわけじゃねえしなあ。まぁ、普通の魔獣に比べたら確かに好きだが」

「え? そうなんですか? ダストさんのドラゴンバカって筋金入りだから、亜竜も大好きなものだとばかり……」

「ドラゴンバカってそんなに褒めんなよ」

 

 …………、ドラゴンバカってダストさんには褒め言葉なんだ。流石に失礼かなってわざわざ言い直してたのに……。

 

 

 

「なぁ、ゆんゆん。純血のドラゴンと亜竜の一番の違いがなにか分かるか?」

「違いですか? うーん…………強さとか?」

 

 クーロンズヒュドラみたいな規格外な亜竜はともかく、普通のヒュドラやワイバーンよりは純血のドラゴンが強いイメージがある。

 

「最終的な強さを比べるなら間違っちゃいないな。純血のドラゴンと亜竜の最大の違いはその可能性だから」

「可能性ですか?」

「かしこさって言ってもいいかもな。純血のドラゴンなら長い年月を経て人語を理解し、上位種になれば人化することも出来る。だが、亜竜がそうなることはない。……亜竜が人と理解し合い対等な関係を結ぶことはねえんだよ」

 

 一般的にハーちゃんみたいな規格外なドラゴンを除けば、純血のドラゴンは100年以上生きる、つまり中位種になれば人語を理解すると言われている。でも、同じように百年以上生きた中位種の亜竜……クーロンズヒュドラは賢くはあっても人の言葉を理解するほどではなかったように思う。

 

「強さだけなら亜竜でも強いドラゴンはいるんだ。大物賞金首だったクーロンズヒュドラや、たまに最上級の悪魔と一緒やってくる魔竜。神獣にも数えられている『青龍』。こいつらは並の上位種よりも強い亜竜だが、人化することはない。魔竜や青龍クラスになれば人語くらいは理解してそうではあるが、それだけだ」

 

 魔竜って……確かバニルさんの仮面の材料になったとか言ってたあの魔竜かな?

 青龍は宝島と言われる玄武と同格の扱いをされる神獣で、冬将軍のような最上位の大精霊とも互角に戦える存在だったはずだ。

 竜って言われてるし何か関係があるのかなとは思ってたけど、そっか、亜竜になるんだ。

 

「亜竜は可能性を選択して、無限の可能性を捨てたドラゴンだ。俺はドラゴンが大好きだが、その一番の理由は可能性があるからだ。年月を経てどこまでも強くなるという可能性。そして人と理解し合い対等な関係を結べる可能性。人語を理解してる存在なら敬意を払うだろうが、そうじゃない亜竜にまで首ったけになる理由はねえな」

「なるほど……ダストさんの言うことも分からないではないですね」

 

 ハーちゃんが生まれた時、ダストさんはハーちゃんのことを私の友達だと言った。純血のドラゴンにはそうなる可能性があるけど、亜竜にはそれがないとダストさんは言いたいんだろう。

 もちろん、亜竜でも人に慣れて飼いならされる例はいくらでもある。でも、それは他の魔獣たちが魔獣使いに従うのと変わらない。『友達』と言えるような対等な関係を結べるのはきっと純血のドラゴンだけなんだ。

 

「ああ、あと俺がドラゴン大好きな理由は空が飛べるってのもあったな。だから亜竜でもヒュドラよりワイバーンのほうが好きだな」

「ああ……それも分かりますね」

 

 空を飛ぶ感覚は本当に最高だから。そう言われれば私も飛べないヒュドラより飛べるワイバーンのほうが好きかもしれない。

 

「あとは、純血のドラゴンの討伐クエストだっけか。それもあんま困ったことねえんだよなぁ」

「困ったことないってどうしてですか?」

 

 亜竜にそこまで思い入れがないのは分かったけど、純血のドラゴンに対しては普通にドラゴンバカのはずだけど。

 

「倒す必要がない事がほとんどだからだよ。中位種以上のドラゴンなら話すれば大体分かってくれるし、下位種のドラゴンも俺が行けば敵意なくいう事聞いてくれるんだよ」

 

 …………、そう言えば最年少ドラゴンナイトの噂には生まれながらにドラゴンに愛されるとかそんなのあったっけ。

 その噂本当だったんだ。

 

「ドラゴンの素材集めて欲しいってのだったら困るが、冒険者ならともかく騎士の俺にそんなクエストは来なかったしな。冒険者になってからはずっとアクセルにいてドラゴン関係のクエストなんて殆ど見たことねえし、旅に出るようになってからはお前らが気を使ってかそういうクエストは受けてねえしな」

「なるほど…………じゃあ、もしかしてダストさんって純血のドラゴンを倒したことってないんですか?」

 

 そんな感じなら運良くドラゴンを倒すことを避けられてるのかもしれない。

 

「……いや、そういうわけでもない。騎士時代に何度かドラゴンを倒したことがある。……本能で人を襲ってるだけなら、まだ話ができたりするが、人を恨んでるドラゴンにはそれも難しい。人と争い、人に傷つけられ続けたドラゴンと和解すんのは俺にも出来たことねえんだ」

 

 それはきっと、人とドラゴン。その関係を間違えてしまった結果。私とハーちゃんが友達になれたり、ダストさんとミネアさんが家族で相棒になれたのとは反対に。けして解けることのない呪いのようなものなんだろう。

 

「でも、そういうドラゴンを倒すのに困ったことはやっぱりねえな。確かに悲しいってか辛い気持ちがねえって言ったら嘘になるが…………そういうドラゴンを倒すのを他人に任せたくもねえから」

「…………、やっぱり、ダストさんは筋金入りのドラゴンバカなんですね」

 

 本当に、この人はドラゴンに対してだけは優しすぎる。…………ほんの少しだけれど、バカにみたいな嫉妬を私がしてしまうくらいには。

 今の話でも今回の死魔との件でも。それを私は痛いくらいに実感していた。

 

 

 

 

「──っと、ギルドだな。俺はルナに報告してくるがゆんゆんはどうする?」

 

 そんな話をしている間に。いつの間にかギルドへとついていたらしい。ギルドの入り口でダストさんはそう聞いてくる。

 

「んと……じゃあギルドへの報告はダストさんに任せますね。リーンさんやテイラーさんの方へは私が報告してきます」

「あん? あいつらに報告する必要あるか?…………まさかお前あいつらに報酬分けろとかそんな事言うつもりじゃねえだろうな? そんなこと言ったら家出すんぞ」

「流石にそんな事は言いませんよ」

 

 今回の戦いで頑張ったのは私達のパーティーじゃダストさんだけだ。パーティーとは言え、それを分けるのは冒険者の道理に合わない。

 

「ふぅ…………なら、いいが」

「はい。それに今回の報酬の使いみちは決まってますしね」

「え?」

「前に言ったじゃないですか。そろそろ私達も拠点が必要だって。8億エリスあれば十分な家が作れると思いません?」

「…………えーっと、それは俺とお前、ジハードとかだけの家か?」

「もちろんリーンさんとかロリーサちゃんとかテイラーさんも一緒ですよ?」

 

 一応キースさんも。可能ならミネアさんとかも。

 

「……それ報酬をパーティーで分けるのと何も変わらなくねーか?」

「家主はダストさんになるからだいぶ変わると思いますよ?」

「そうか…………つまり、ゆんゆんやジハード以外からは家賃を貰ってもいいということか」

「あ、パーティーから家賃貰うとか恥ずかしすぎるんでそれはなしで」

「やっぱり変わらねえじゃねえかよ!」

 

 んー……大分違うと思うんだけどなぁ。ダストさんが稼いだお金で家を買う、もしくは建ててそこに無償で人を住まわせる。それだけで周りのダストさんを見る目は変わるはずだ。

 最年少ドラゴンナイトという実績を知られても、今のダストさんはその日暮らしのチンピラというイメージが抜けられていない。でも、一国一城の主となればそのイメージは一気に払拭される。

 

 その辺りを説明すれば…………してもダストさんは納得しないだろうなぁ。でもこれはダストさんを更生させる第一歩だし譲れない。

 

「というわけで私はその辺りもリーンさんと相談してきますから、ダストさんはギルドに報告したらこれで好きに飲み食いしててください。終わったら迎えに来ますから」

 

 一撃熊の群れの討伐報酬。その内私達の分である100万エリスを全部ダストさんへと預ける。ダストさんのことだから渡したら全部使っちゃうだろうけど…………今日だけは仕方ない。

 

「それじゃ、ハーちゃん。ダストさんのことよろしくね」

 

 戦えないダストさんのことをハーちゃんに任せて。私はリーンさんの泊まる宿へと向かった。

 

 

 

 

 

──ダスト視点──

 

「ったく……あいつ言いたいこと一方的に言っていなくなりやがった」

 

 無駄に重い袋を抱えながら俺はため息をつく。まぁ、あいつなりに俺のためにいろいろ考えてんのは分かるんだが……本気で俺を更生出来るって思ってんのかね。

 

「ま、その辺はどうでもいいか。ジハード、今日は金もあることだし思いっきり贅沢するぞ」

 

 どうせ俺はあいつのやることなら文句を言いながらも何だかんだで受け入れちまうだろうから。その結果俺が変わるかどうかはあいつの腕次第だ。だとしたら今深く考える必要なんてどこにもない。

 

 それよりも今は久しぶりに持った大金をどう使うかだ。

 

 

 

「──てわけだ、ルナ。さっさと賞金よこせ」

「何が──てわけだ、なのか全然わからないんですが……」

 

 さっさと賞金貰って酒場で飲み食いしたいというのに、受付にいるルナは苦笑いで要領を得ない。冒険者を始めて以来の中だってのに、俺への理解力足りてないんじゃねえか。

 

「賞金だよ賞金。大物賞金首の死魔を倒したからその賞金くれって言ってんだ」

「はぁ、死魔を倒したんですか。おめでとうございます………………って、死魔って四大賞金首の一角の死魔ですか!?」

「それ以外のどんな死魔がいんだよ」

 

 珍しく声をあげて驚くルナに俺は呆れた声を返す。四大賞金首って言っても炎龍に始まりデストロイヤーや魔王もこの街の冒険者が倒してんだからそんな驚くことねえだろうに。

 

「い、いえ……死魔は強さや危険性はともかく討伐難易度に関しては四大賞金首の中でも一番だったので信じられなくて……」

「そうかぁ? デストロイヤーのほうが無理ゲーだったと思うが」

 

 カズマパーティー(ダクネス除く)とウィズさんがいなけりゃどうやって倒すんだよって感じだったし。今の俺やドラゴンたちでも真正面から相対すんのは勘弁したい。ジハードの能力を考えればきちんと準備さえすれば倒すのも不可能じゃないだろうが……。

 

「死魔は神出鬼没で倒そうと準備している相手のところにはけして現れませんから。魔王城で勇者を待つ魔王はもちろん、移動して暴れまわっていたデストロイヤーや炎龍の方が討伐が現実的です。それに死魔は悪魔ですから残機は減らせても止めを刺すことは不可能だろうとギルドも諦めてたんですよ」

「あー……なるほど。たしかに俺も一人だったら逃げられてたか」

 

 確かに討伐難易度おかしいな、死魔。なんかウィズさんにけちょんけちょんにやられてて小物っぽいイメージになってたけど、強さだけは一応本物だったし。厄介さで言えば俺が戦ったやつの中でも一番かもしれない。

 

「その……ダストさんの強さは知ってますし疑ってるわけじゃないんですが、一応冒険者カードを見せてもらえますか?」

「ほれ、討伐モンスターのとこに死魔の名前あんだろ?」

「確かに…………本当に倒したんですね」

 

 あくまで地獄に送還しただけで死魔が死んだかと言われれば微妙なとこだが…………冒険者カードに乗ってるし一応討伐したってことでいいだろう。

 

「というわけだ。さっさと賞金よこせ賞金。もしくはその無駄にでかい胸を揉ませろ」

「ゆんゆんさんの言いつけますよ?」

「はっ、俺がそんな脅しに──」

「──リーンさんにも言いつけますよ?」

「…………冗談だよ冗談。今更お前みたいな行き遅れの胸になんて興味ねえよ」

 

 どちらか片方だけなら聞き流せるがあいつらがステレオで怒ってきたらめんどくせえからな……。

 

「……って、どうしたよルナ。いきなり遠い目をして」

「ふふっ…………どうせ私は行き遅れですよ。どうせこのままろくな出会いもなく枯れていく運命なんですよね」

 

 …………行き遅れ言われただけでどんだけダメージ受けてんだよ、引くわ。

 

「まぁ……なんだ。お前がそのまま行き遅れ続けたら旦那が貰ってくれるとか言ってたような気がしないでもないから、元気出せよ」

「ふっ……それはまではどっちにしろ独り身のままですか…………いいですよね恋人持ちは余裕があって」

 

 こいつめんどくせぇ……。いや、つい最近までは俺もルナと同じ立場だったから気持ち分かるんだが。

 

「なんでダストさんみたいなろくでなしに凄い美人な恋人ができて、私には出会いすらないんでしょう……。自分で言うのもなんですが、流石にダストさんよりは優良物件の自信が──」

「だーっ! とにかく賞金よこせ! でもって愚痴は旦那にしろ!」

 

 旦那ならお前の愚痴を喜んで聞くから。というか、恋人できた立場としてルナの愚痴を聞いてるとかなり気まずい。

 

「……最近、バニルさんに愚痴を言ってる間が一番心が休まるんですが、私はもうだめなんでしょうか。私の愚痴の半分はバニルさんが原因だとわかってるのに……」

「わかってるのにそれならお前はもうだめだよ」

 

 ……アクセルの街で比較的常識人だったルナはもういないのかもしれない。童貞もだが処女も拗らせるもんじゃねえな。

 

「はぁ…………、それで死魔の賞金でしたっけ? 申し訳ないんですが、流石に18億エリスとなるとギルドのプールしてる資金では足りないのでまた後日ですね。2、3日したら用意できると思うのでその時にまた来てください」

「おう、めちゃくちゃ申し訳なさそうじゃない上に適当な返答ありがとよ」

 

 もうちょいやる気出せよギルドの看板受付嬢。そんなんだと更に行き遅れるぞ。

 

「…………。こうしてみるとダストさんも性格にさえ目を瞑れば優良物件なんですよね。強さは言うまでもないですし、顔も真面目な顔をしていたら悪くない。実績もカズマさんに次ぐくらいで世界有数。万年金欠だけれど、たまに大きな賞金を稼ぐこともある。…………………………………………あの、ダストさん? やっぱり私の胸揉みますか?」

「おまえ、この間もそんな感じでカズマに迫ってたろ。思いつめてんのは分かるが、そんな事やってるとさらに婚期逃すぞ」

 

 カズマに相談されたんだからな。最近受付の美人なお姉さんの見る目が怖いって。

 

「じゃあ私にどうしろっていうんですか! 妥協に妥協を重ねてダストさんで我慢するって言ってるんですからもう責任とってくださいよ!」

「なあお前実は俺に喧嘩売ってんだろ? そうなんだろ?」

 

 というか、恋人持ちに迫るんじゃねえよ。

 

「…………やっぱり、これが恋人持ちの余裕ってやつですか。前のダストさんならきっと野獣のように襲ってきたでしょうに」

「やっぱお前俺に喧嘩売ってんな」

 

 いや、まぁ多分ルナの言う通りではあるんだろうが。…………こいつが行き遅れるのも分かるなぁ。

 

「とにかく、溜まった愚痴は旦那にしろ。で、お前も行き遅れって言っても見た目は悪くねえんだ。妥協してフリーのやつを普通に狙えばなんとかなるだろ」

「…………それでなんとかなるなら苦労しませんよ」

 

 ルナもそろそろ限界なのかもしれない。今度旦那にどうにかする方法ないか相談してみるか。

 …………ルナがここまで拗らせた原因の半分以上は旦那の気がするし、責任とってもらおう。

 

 うつろな目をするルナを前にして俺はそんなことを考えていた。

 

 

 

 

 

「──というわけでベル子酒だ酒。酒もってこい」

「……なにが、という訳なのか欠片も分からないですが…………とりあえず確認しますけどお金持ってます?」

 

 ルナを適当にあしらって──というか半分逃げてきて──ギルド内の酒場に来た俺は、いつものようにベル子に注文をする。

 

「持ってるぞー。多分百万エリスくらい入ってんじゃねえか」

 

 どんと、金の入った袋を見せつけるようにして机に置く。

 

「…………恋人に財布を管理されてるはずのダストさんが何故こんな大金を…………まさか恋人の目を結んで詐欺か何かを……?」

「なぁ、お前の中の俺の評価はどうなってんだ? あと、やっぱ俺の財布がゆんゆんに握られてんのはもうこの街の常識になってんのか」

「恋人できて多少まともになったみたいだけど、やっぱりどうしようもないろくでなしのチンピラ冒険者ですかね。私の国の元英雄ってのは極力考えないようにしてます。……ダストさんが恋人に思いっきり尻に敷かれてるというのは少なくとも飲食店では常識ですね」

 

 尻に敷かれてるつもりはねえんだけどなぁ…………ちょっと財布やクエストの報酬を管理されてるだけで。

 いや、まぁ、うん。そう言われてみれば確かに尻に敷かれてる気もするけど。

 

「まぁ、いいです。お金があるならお酒出してもいいですかね。クリムゾンビアでいいですか?」

「ま、最初はやっぱそれだよな。キンキンに冷えたの頼む」

「おつまみはいつもみたいにこっちで適当に作っていいですか? あと、一緒にいるドラゴンさんには?」

「つまみはいつもどおりで。で、ジハードには最高級のドラゴンフードを頼む」

「故郷ならともかくこの国で普通の酒場にドラゴンフードなんて置いてませんよ」

「その辺りベルゼルグは不便なんだよなぁ……そんなんだからドラゴン使いがほとんどこの国にはいねえんだよ」

 

 アイリスに今度あったら文句言ってやろう。

 ……そういや、特訓終わってからはアイリスに会ってねえな。レインにも会いたいし今度ベルゼルグの王都に遊びに行くのもいいな。

 

「ドラゴンは雑食ですし、別にドラゴンフードに拘る必要ないと思いますけど…………ドラゴンが好きそうな料理をこっちで適当に作りましょうか?」

「そうだな。ベル子なら大丈夫か。それで頼む」

 

 まぁ、最高級のドラゴンフードなら旦那の方から仕入れてるしいつも食べさせてるしな。たまには普通の料理食わせるのもいいか。

 栄養的にはやっぱドラゴンフードが一番なんだがないものは仕方ない。

 

 そもそも、ないのは当然知ってたし、ベル子を困らせたくて言っただけだしな。

 

 

 

「はい、クリムゾンビアと、カエルの唐揚げ。それとドラゴンさん用に一撃熊の手のスープです」

 

 注文してそれほど待たないうちに。ベル子はお盆に酒と料理を載せて器用に歩いてくる。流れるように置かれる酒は注文通りキンキンに冷えてるし、目の前に置かれる唐揚げもアツアツで美味そうだ。

 ただ一つだけ文句があるとしたら……

 

「……なぁ、ベル子。ジハードの飯がすげぇ美味そうなんだけど…………普通逆じゃね?」

「え? ダストさんってドラゴン狂いですし、ドラゴンのほうが豪華で正しいですよね?」

「おう、そこまで分かってんなら俺にも同じもの出そうって考えはねえの?」

 

 確かに俺的にはジハード優先で正しいんだが。ただ今回は金たくさんあるし俺にも美味しいもん食わせろよ。

 

「……正直、この一撃熊の手のスープはダストさんには勿体無いです」

「ああ、うん。考えた上でそれなのな。…………お前、そろそろそのガーターベルト脱がすぞ」

「恋人さんに言いつけますよ?」

「はっ……俺がその程度の脅しに屈するとでも──」

「──もうひとりの保護者にも言いつけますよ?」

「…………心配しなくても、本気でお前を害する気はねえって前に言っただろうが。冗談だよ冗談」

 

 くそぅ……ルナといい、こいつら俺の対処法学んでやがる。

 

「はぁ……まぁ、お金はあるみたいですし、そのスープも出しましょうか?」

「頼む……と言いたいとこだが、今の所は別にいい。今は酒飲みたい気分だ」

 

 つまみでお腹が膨れすぎんのも勿体ない。そういう意味じゃ唐揚げ単品がちょうどいいしな。

 

「それよか、ベル子。お前話し相手になってくれよ。ジハードは眠そうにしてるし、飯食ったら寝かしてやりたいからよ」

 

 ジハードが寝てる姿を肴に酒を飲む悪くはないが、それしたら俺も今日は寝ちまいそうだからな。せっかく久しぶりに思う存分酒が飲めるってのに、すぐに寝ちまうのは勿体無い。

 

「あの……私今仕事中なんですが? そこまで忙しくないとは言え一人のお客さんにつきっきりになるのは……」

「付き合ってくれたらチップで20万エリスやるぞ」

「店長ー! 私今日もう上がりますー!」

「…………おう、言った俺が言うのもなんだが即決すぎんだろ」

 

 店長らしき人物も人物で普通に認めてるし。

 

「出稼ぎ勤労者を舐めないでください。フィール家は没落気味でお金に困ってますから、仕送りするお金はいくらあっても足りないんです」

 

 普通に自分のお酒を別のウェイトレスに頼んで。向かいに座ったベル子はそんな事を言う。

 

「ふーん……フィールの姉ちゃん……って、これじゃ紛らわしいな。お前の姉ちゃんって今どうしてんだ?」

 

 ベル子の姉は俺が騎士だった時代に割と世話になった人物だ。男より男らしいと言うか、きれいな人だが全然女を感じさせない人物だったのを覚えている。

 ……いやまぁ、あの頃の俺はあんまり女とか意識してなかったのもあるんだろうが、それにしてもさっぱりしすぎてるというか。

 

「あ、今度結婚するって連絡がありました」

「え? あの男女な姉ちゃんが? 一体全体どんな物好きが……」

「男女って……いや、私もそう思いますけど…………。お相手は騎竜隊の隊長さんらしいですよ?」

「ふーん……騎竜隊の隊長ねぇ……ん? 騎竜隊の隊長? ……なぁ、ベル子。俺の記憶が正しければ騎竜隊の隊長って……」

「はい。セレス家の当主様ですね。ダストさん……もといライン様の兄弟子で育ての親の」

 

 セレスのおっちゃんかよ……いや、俺と一回り歳が違うとはいえ、まだまだ若かったしない話じゃないんだろうが。

 

(……ま、セレスのおっちゃんが行き遅れたのは俺みたいなコブがいたからだろうし、いなくなって幸せになれたんならそれでいいか)

 

 世話になった二人が一緒になって幸せになってくれるなら何も文句はない。

 

「それでその……ここからはダストさんに相談になるんですが……、お姉ちゃんの結婚式、ダストさんも参加できませんか?」

「……本気で言ってんのか? 俺はあの国じゃお尋ね者だ。無理に決まってんだろ」

 

 俺としてはあの国を見限って逃げ出したと思ってるが、あの国は姫さんを攫った罪人として俺を追放したことになってる。

 

「それは分かってるんですが、ライン様を見つけたと言ったらお姉ちゃんがどうしてもって。その……仮面とか被ればどうにかなりません?」

「まぁ、離れてから結構時間経ってるし無理じゃねえだろうが……」

 

 あの国を離れてから俺も大分成長している。仮面でも被れば確かに俺だと気づくやつはいないだろう。髪の色を魔法で黒色にでも変えれば仮面なしでも気づかれないかもしれない。

 

「じゃあ……」

「……悪いがパスだ。セレスのおっちゃんとフィールの姉ちゃんにはおめでとうと言っててくれ」

 

 それでも俺はあの国には帰りたくない。ずっと会いたくて、絶対に会いたくない──姫さんがいるあの国には。

 

「そうですか……いえ、私も無理なお願いだとは分かってましたし、仕方ないですね。ダストさんの言葉は私から伝えておきます」

「悪いな」

 

 でも、マジであの二人が結婚かぁ……どっちも結婚って言葉とは縁遠いと思ってただけに感無量ってか──

 

「……うし、二人の結婚祝いだ。思いっきり飲むぞベル子。今日は俺の奢りだからお前もじゃんじゃん飲め」

「え? いいんですか? 実は私飲んでみたかったお酒が──」

 

 ──飲みまくるしかねえな!

 

 

 

 

 

──ゆんゆん視点──

 

「すてぃーる! すてぃーる!」

「きゃーっ! きゃーっ! この、ゴミクズ男! いい加減放してください! ちょっ、本当に脱げちゃいますから!」

 

 ダストさんを迎えにギルドの酒場にやってきた私を待っていた光景。それは恋人がウェイトレスのガーターベルトを脱がそうとしてお盆で叩かれまくってる姿だった。

 

「いや……うん。お金を渡した時点で半分こうなるんじゃないかなって思ってたんだけどね」

 

 多少まともになったと言っても酒癖の悪さは全く変わってないし。飲みすぎたダストさんがこうなるのは想像ついていた。

 半分くらいは疲れて寝落ちしてる可能性も考えてたんだけど……残念ながら悪い方の想像があたってたらしい。

 

(……まぁ、悪い方の可能性を想像しても、今日くらいはダストさんに飲ませてあげたいと思っちゃった私の責任か)

 

 今日のダストさんは本当に頑張っていたから。命をかけて戦ったダストさんをできるだけ労ってあげたかったから仕方ない。

 

「それでも、迷惑かけてるダストさんはどうにかしないといけないんだけどね。……はぁ、ダストさーん? そろそろ帰りますよー?」

 

 私が来たのにも気づかず相変わらずガーターベルトを脱がそうと必死になってるダストさんに私はそう声を掛ける。

 

「んー? なんだよ、ゆんゆん。お前も俺のすてぃーるをくらいたいのかー?」

「ダストさんのそれは盗賊が使う『盗む(スティール)』じゃなくて山賊とかが使う『奪う(ロブ)』じゃないですかね……とにかく帰りますよ」

「いやだ! 俺はベル子のガーターベルトを盗んでセレスのおっちゃんにプレゼントするんだ!」

「ちょ、義兄に何をプレゼントしようとしてるんですか! そんなの見つかったら婚約破棄ものですよ!」

「あー……うん。ダストさんとフィーベルさんが何を言ってるのかは分かりませんけど、ダストさんがとんでもなくろくでもないことを言ってるのは分かりました」

 

 故郷が一緒らしい二人の会話は私にはよく分からないものだったけど。ダストさんが迷惑をかけているのは間違いなくて、その責任を取るのは恋人で悪友な私の役目だ。

 

「というわけで、『スリープ』…………ハーちゃんは起きて? 帰ろう?」

 

 ダストさんを魔法で眠らせ、その体を背負う。

 いつものダストさんなら魔法で簡単に眠らないけど、今日のダストさんは心底疲れてるし、お酒も入ってるからか簡単に眠った。

 騒動の中ぐっすりと眠っていた寝坊助ハーちゃんも連れて私は早々にギルドを出ることにする。

 

「えっと…………私の恋人がお騒がせしました」

 

 ぺこりと最後に頭を下げ。私は恋人と使い魔と一緒にギルドを後にした。

 

 

 

 

 

「うーん……すてぃーるぅ……すてぃ……んぅ……」

「はぁ……夢の中でまでガーターベルト脱がしてるんですか? ダストさん」

 

 後ろに背負うダストさんの寝言に私は大きくため息をつく。この調子じゃ朝まで何やっても起きないだろうなぁ。

 

「もう……帰ったら膝枕してくれるって約束だったのに……」

 

 眠らせたのは私だから自業自得って言ったら自業自得だけど。

 ……いや、あの状況じゃスリープ使うのが一番安全で確実だし、自業自得っていうのもなんか納得行かない。

 

「ん……姫さんいい加減にしてくれ……俺は姫さんの奴隷じゃないんだぞ……ぐぅ……」

「姫? 寝言かな? …………隣国のお姫様かぁ…………どんな人なのかな」

 

 ダストさんが英雄の地位を失うことになった原因の人。噂話ではダストさんの事が好きで、ダストさんもそれに応えて駆け落ちのような逃避行をしたってことだったけど…………ダストさん本人の様子や今の寝言からそんなどこまでもロマンチックな話ではないのは想像している。

 

(でも……ダストさんにとって大切な人なのは間違いないんだよね……)

 

 二人の間に恋心があったかどうかは分からない。でも、寝言で姫さんと呼ぶダストさんの声はとても幸せそうだったから。

 

「……本当に、ダストさんの恋人をするのは大変だなぁ」

 

 その強さに追いつかないといけない。

 そのろくでなしさを更生させないといけない。

 その変態さんぶりに慣れないといけない。

 

 そして、いつか、本当の意味で選んでもらわないといけない。

 リーンさんや姫様……選べなかった結果じゃなく、選んだ結果としていつか私を選んでほしいから。

 

 本当に、本当にダストさんの恋人は大変だ。それでも──

 

「んぅ……ゆんゆんー……あいしてるぞー……んんぅ……」

「くすっ……はい、私もダストさんのこと愛してますよ」

 

 

 ──この人のことが好きだから仕方ない。

 

 

 

 きっと私は今以上に苦労するだろうけど。それでも、その苦労を全部越えてみせる。

 

 ずれ落ちてきたダストさんを背負い直しながら。私はその決意を新たにしていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話:ゆんゆんのぼっち?な一日

「ダストさーん、朝ですよー? 起きてくださーい」

「うぅん……あと100時間……」

「どんだけ寝る気ですか……。うーん、これ起きそうにないかなぁ」

 

 朝。隣に寝るダストさんを起こそうと体を揺らすけど、目覚める気配が全くない。

 

「昨日が昨日であんな感じだったし仕方ないか。ハーちゃんを人化させるのだけはしてもらいたかったけど」

 

 大きくなったドラゴン状態のハーちゃんは宿の部屋には入れず馬小屋の方で寝てもらっている。町中を歩くくらいならともかく、建物のなかに入るとなるとギルドくらい大きな建物じゃないと難しいし、ハーちゃんも人化できないならお留守番かなぁ。

 というより、ハーちゃんも直接は戦ってなくても疲れてると思うしご飯だけ用意して寝かせてあげた方がいいのかもしれない。

 

 そう思った私は『ハーちゃんをお願いします』という書き置きをダストさんの枕元に残す。

 

「でも、本当にダストさんぐっすり寝てるなぁ……これ、もしかして私がなにしても起きないんじゃ……」

 

 幸せそうに眠るダストさんの顔はいつものだらしないものでも、真面目にしてる時のかっこいいものでもない。妙に幼いと言うか……一言で言うと可愛い。

 恋人の贔屓目かもしれないけどそんなダストさんを見ているとなんだかいたずらをしたくなってくる。

 

(…………、でも、寝てる人にいたずらって何をすればいいんだろう?)

 

 定番だとほっぺたつんつんとか顔に落書きとかかな? あとは、私がよく読んでる本だとこういう状況じゃ寝てる人にキスとか…………でも、そういうのは付き合ってない場合のほうが多かったかな? むしろ付き合ってる場合じゃ──

 

「──って、ダメダメ。こんな事考えてたらまたバニルさんにエロぼっち娘言われちゃう」

 

 高笑いしながら羞恥の悪感情を搾り取ってくる仮面の大悪魔さんの顔を思い浮かべて、私は思い浮かべそうになったいたずらを頭から追いやる。

 

「えと…………、うん。やっぱりいたずらなんてしちゃダメだよね」

 

 結局。これと言ってやりたいいたずらが思い浮かばなかった私は、特に何も出来ずに部屋を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「とりあえずめぐみんのとこに来たのはいいんだけど…………どうしよう」

 

 カズマさんたちの屋敷。いつものようにめぐみんの爆裂散歩に付き合って、あわよくば一緒に朝ごはんを食べようと思っていた私は、その敷地を前にして悩んでいた。

 

 

「ちょっとダクネス、なんでカズマの味方なんてしてるの!? 性懲りもなく『ハーレム作っちゃうぞー』とか言ってるカズマさんにはきちんと反省してもらわないといけないんですけど!」

「くっ……すまない、アクア、めぐみん。私はこの鬼畜男に脅されて仕方なく……! はぁはぁ……」

「その興奮した息はなんですか! どうせ脅されて仕方なく従っているというシチュエーションに酔ってるだけでしょう! そもそもカズマ! あなた私というものがありながらなぜハーレムなどというバカげたことを……」

「うるせー! 俺もいい加減我慢の限界なんだよ! いっつもいっつも寸止しやがって! 魔王討伐したら凄いことするっていう約束はどうなったんだよ! 一緒に寝てるのに本当に寝てるだけとか生殺しにも程があるだろ!」

「それは、その……正直私も悪いとは思っているんですが……(ダクネスだけでなくアクアもなんて欠片も想像していなかったと言うか…………譲る気は欠片もないんですが、かと言って決着もつけずにというのもあれというか……)」

「別に本気でハーレム作ろうとは思わないけど、ちょっと願望漏らすくらいは仕方ないだろ! この間もアイリスから『私と結婚したら側室取り放題ですよ』っていう手紙も着たし!」

「ちょっ……あの下っ端、人の知らない所でなんて手紙送ってるんですか!?」

 

 屋敷の庭で相対するめぐみん、アクアさんのペアとカズマさんとダクネスさんのペア。

 ただの痴話喧嘩なんだろうけど、当人たちは本気の本気みたいで…………何度か声をかけてるのに全く気づいてもらえない。

 

「それに、反省って一体全体俺に何をするつもりだよ? 言っとくが俺は理不尽な暴力には絶対屈しないぞ」

「いえ、反省の内容については私は何も考えていないんですが…………アクア、カズマに一体何をして反省させるつもりですか?」

「ふふーん、絶好調女神様の私にかかればカズマさんを不能にするぐらい余裕よ」

「ちょっ……マジで洒落にならないやつじゃねーかよ! ダクネス! 絶対に負けられないぞ! 俺が不能になったらお前も困るだろ!」

「フラれた私はお前が不能になろうが別に困る理由はないはずだが……。まぁ、だが、そうだな……。確かに困る。いいだろう、今日はお前の指示に素直に従うとしよう。(途中でわざと負けてお仕置きされるのも悪くないと思っていたが……)」

「アクア、流石にカズマを不能にされれば私が困るのですが……」

「心配しないでめぐみん。もちろん私の手にかかれば治すことも可能よ」

「そうなのですか? なら、むしろカズマが私の知らない所で泥棒猫に取られるという事はなくなりますし悪くない……? (ですが、同時にアクアが治さなければ私も……)」

「? どうしたのめぐみん。そんなに熱い目で見られても天界ネロイドしか出せないわよ?」

「…………、いえ、何でもありません。とりあえずカズマを反省させないといけないのは間違いありませんしね。(アクアがそんな難しいこと考えてるはずもありませんか。カズマみたいに妙な悪知恵が働く時があるのも確かですが、こういうことで発揮するタイプではないはずです)」

「見損なったぞめぐみん! 男をそんな都合よく管理しようなんて……」

「いいじゃないですか、どうせカズマはムラムラしたらサキュバスにスッキリさせてもらうのですから。そんなに困ることはないはずですし」

「……………………え? なんでめぐみんがあの店のこと……まさか、アクアお前……!」

「私じゃないわよ? 私が教えたのはダクネスだけでめぐみんには教えてないわ」

「そうか、ならい…………って、んん!?」

「ちなみに私はバニルに聞きましたよ。カズマが何故か妙にスッキリしてることを相談したら店のことを知ってる相手以外にはバラさないことを条件にあっさり教えてくれました」

「あんのクソ悪魔ああああああああああああああ!」

 

 

 

 …………うん。取り込み中みたいだし私は見なかったことにして去ろう。巻き込まれたら絶対ろくなことにならない。

 

「というわけですカズマ。本当は死ぬほど嫌ですが、決着をつけるまではサキュバスの店を使うのも見逃します。安心して反省してください」

「無駄な気遣いなんてするんじゃねえよ! 簡単にやられるつもりはないからな! でもそれは本当に助かるありがとう!」

「お、お前という男は相変わらず決める所で決まらないな……」

「カズマさんってお金があったらあるだけ無駄な保険に入りそうなタイプよね」

「いいだろ保険! というかお前らが後先考えずに動いて損害起こすからいくら保険入っても足んねえよ!」

「大丈夫ですよカズマ。私はカズマの平気で鬼畜なこと出来るくせに妙に小市民な所好きですから」

 

 

 うん、やっぱり完全に痴話喧嘩だよね。

 私は苦笑い気味にため息を漏らしながらカズマさんの屋敷を離れた。

 

 

 

 

「はーい、今出ますねー……って、ゆんゆんさんでしたか。おはようございます」

 

 リーンさんとロリーサちゃんが泊まっている宿の部屋。少し遅いけど二人と一緒に朝ご飯を食べられないかなと思いながらノックをして現れたのは小さな体のロリーサちゃんの方だった。

 

「おはよう、ロリーサちゃん。? あれ? リーンさんはいないの?」

 

 今日はクエストの予定もなくなったし、いつものリーンさんなら宿で野菜スティック食べてるかなと思ってたんだけど。開いたドアから見える範囲にはリーンさんの姿が見えない。

 

「リーンさんならテイラーさんやキースさんと一緒に朝早くからクエストに行きましたよ?」

「え? そうなんだ……。誘ってくれたら私も一緒にクエスト行ったのに……」

 

 ダストさんやハーちゃんは流石に難しいかもしれないけど、私だけなら別にクエストに行っても問題ない。今日のクエストは中止と伝えたのは私だけど、どうせ行くなら私だけでも誘ってほしかった。

 

「えーっと……クエストの目的的にそれは難しいんじゃ……」

「? 目的って何のこと?」

 

 クエストに目的があるのは当然だけど、それと私が一緒に行けない目的って何だろう。紅魔族を討伐するクエストでもあったのかな。

 

「今回の件、ゆんゆんさん以外はダストさんに戦力外扱いされたのにいろいろ思うところがあったみたいで…………お二人に少しでも追いつけるようにレベル上げをしたいとクエストに行かれたので……」

「…………、そう、なんだ……」

 

 それを言うなら私も一緒なんだけどな……。

 

「でも、そういうことならロリーサちゃんは一緒に行かなくてよかったの?」

 

 まぁ、ロリーサちゃんは立場的にも私やリーンさんたちとは違うし、そこまで思う所なかったのかな? それにしてもリーンさんとかキースさんに誘われそうなものだけど。

 

「私の場合モンスターを倒したりしてもレベルが上がるわけじゃありませんし…………悪魔が強くなるには基本的にたくさん食べてたくさん歳を重ねるしかないんですよね」

 

 そっか……、悪魔のロリーサちゃんじゃ強くなる方法も人とは違うんだ。モンスターを倒せばレベルが上って強くなれる人とは違うんだ。

 

「上級の悪魔の方なら感情を糧に出来るんですけど、下級の悪魔であるサキュバスじゃ精気なんていう純度が落ちた形でしか糧にできないんで、早く成長するには本当たくさん食べる必要があるんですよねぇ…………はぁ…………」

「…………、サキュバスもいろいろ大変なんだね」

 

 この様子だと、ロリーサちゃんも今回のことは思うところがあったみたいだ。だからこそリーンさんたちとは別行動をしてるのかもしれない。

 

「…………、まぁ、手っ取り早く強くなる方法がないわけじゃないんですが…………、今となるとそれをするのもちょっと気まずいんですよねー…………はぁ…………」

「? 気まずいって何の話?」

「いえ、とりあえず今はする気ないので気にしないでください。…………もしも、そうなっちゃった時はゆんゆんさんごめんなさい」

「え? 気まずいってもしかして私が関係してるの? え? なにそれ気になるんだけど……」

「気にしないでください。直接ゆんゆんさんになにかするという話でもないので」

「その言い方で気にしないとか無理じゃないかな!?」

 

 むしろ自分がどうこうって話ならその時考えればいいから気にしないで済むんだけど。

 もしかしてダストさんと何かする──

 

「──というわけで、ゆんゆんさん。私は少しでも精気を貰うために今からバイトに行ってきますんで」

「え、あ、うん。いってらっしゃい……?」

 

 ぱたぱたとロリーサちゃんは部屋を出て戸締まりをする。そしてペコリと私に頭を下げたかと思うとそのままいなくなってしまった。

 

 

「……あれ? もしかして私誤魔化されちゃった?」

 

 誤魔化すと言うか誤魔化す以前に力技で逃げられちゃった感じだけど。

 

「…………、うん。とりあえず朝ごはん食べよう……」

 

 部屋の前で一人ぽつんと佇みながら。私は考えることをやめて、鳴きそうなおなかの虫に従うことにした。

 

 

 

 

「今の時間ならちょうどバニルさんがお昼で帰ってきてる頃かな?」

 

 朝食兼昼食を食べてから。ウィズ魔導具店への道を歩く私はバニルさんの予定を思い出す。ちょうど今の時間はいつもどおりなら相談屋を昼休みで閉じてウィズさんの様子を見に店に帰ってる時間のはずだ。

 

「こんにちわー。バニルさんウィズさんいます──」

「──ピャアアアアアアアアー!」

 

 いますか、と店のドアを開けながら言った私の言葉は大きな悲鳴にかき消される。

 

「ぜ、ゼーレシルトさん!? 一体何があったんですか!?」

 

 その悲鳴の主、可愛いきぐるみを着た高位悪魔のゼーレシルトさんが私の足元へとボロボロになって転がり込んでくる。

 可愛い見た目をしていても本体で来ている上級悪魔。魔王軍幹部級と言われたホーストと同じくらいの強さは少なくともあるはずなのに……店の中でどうしてこんなにボロボロに……。

 

 

「何故だ! 何故汝はそうも簡単に店に損害を与えられるのだ!? 我輩の言うことを大人しく聞いておれば1年もすれば億万長者へとなれるというのに!」

「前にも言いましたが、バニルさんの言うことを聞いてるだけならバニルさんが店主になっちゃうじゃないですか! この店の店主は私でバニルさんはバイトなんですよ!」

「聞いてるだけでいろとは言わぬが、下のものの助言を素直に受け入れるのも店主の器であろうが! それが出来ぬから汝はポンコツ店主と言われるのだ!」

「ちゃんとバニルさんの言うことを聞いて一週間は仕入れをしないってなってるじゃないですか! いつもの商人さんが着てもちゃんと来週来てくださいって断ったんですよ!」

「それは契約であって、これとはまた別の話であろう! …………というか今、微妙に聞き流せないことを言わなかったか?」

 

 …………あー、うん。バニルさんとウィズさんの痴話喧嘩に巻き込まれちゃったんですね。口喧嘩してる間にヒートアップして上級魔法やら光線やらが飛び交ったのかもしれない。

 でも、二人が実力行使ありで喧嘩してる割には店が綺麗なような……?

 

「やはり汝には口で言っても分からぬようだ。悪いがいつものように黒焦げ店主となってもらおう」

「バニルさんはいつもそうですよね。口で言い負かせられなかったらすぐに暴力……たまには私も反撃させてもらいますからね!」

「言い負かすも何も貴様がボケきっておるから話にならぬだけであろうが! 『バニル式殺人光線』!」

「『カースド・ライトニング』!」

 

 やっぱりヒートアップして二人共手が出てるらしく、光線と雷撃がそれぞれ発射され──

 

「ピャアアアアアアアア!」

 

 ──私の足元にいたはずのゼーレシルトさんが二つがぶつかるその場所に割り込み霧散する。

 

 

「ええい、アリス! 我輩の邪魔をするでない!」

「そうです、アリスさん! これは店主としてバイトに威厳を示すために必要なことなんです!」

「知らないわよ。痴話喧嘩するのは勝手だけど、店が荒れたら紅茶がまずくなるじゃない」

 

 何があったのかと見てみれば、ゼーレシルトさんのきぐるみに鞭が巻き付いていて、それは窓際で紅茶を飲んでいるアリスさんの手に繋がっていた。

 …………あの一瞬でゼーレシルトさんを二人の間に鞭で移動させたってこと? すごい精度…………。

 さすがは魔王軍筆頭幹部。本気じゃないとは言え二人の喧嘩の邪魔が出来るってことは『強化』の能力を抜きにしても普段の二人と同程度の実力は持っていそうだ。

 

「ふむ……それもそうか。ただでさえ極悪店主のせいで赤字なのだ。店を壊すわけにもゆかぬか」

「じゃあ、表に行きましょうバニルさん。決着をつけましょう」

「…………、汝が微妙に楽しそうなのは気のせいか?」

「べ、別にそんな事はありませんよ? この前ゆんゆんさんとダストさんが喧嘩してるのを見て楽しそうと思って、私もバニルさんと喧嘩したいなぁと思ったとかそんなことは……」

「…………、ふん、まぁ、よい。……ん? なんだ、寝ているドラゴンバカにエロいいたずらをしようとしたが結局できなかったエロぼっち娘ではないか、来ていたのか。悪いが今から我輩はこの赤字を作るのが日課の店主に折檻をせねばならぬのでな。遊び相手はゼーレシルトかツンデレ娘にしてもらうが良い」

「ゆっくりしていってくださいね、ゆんゆんさん。…………ところで、バニルさん。喧嘩をする前にゆんゆんさんが何をしようとしたのか詳しく教えてもらえません?」

 

 二人はドアの近くにいた私に挨拶をしてそのまま出ていってしま──

 

「──って、ダメですよ!? バニルさん、絶対何も言っちゃダメですからね!?」

 

 別に私は何も思い浮かべてないから何も問題ないはずだけど、言われたら多分社会的に死ぬ。

 

「…………、二人していい笑顔して行っちゃった……」

 

 ま、まぁ大丈夫のはず……最悪ウィズさんにバラされても、ウィズさんは言いふらすタイプじゃないし。……いや、何も思い浮かべてないから大丈夫も何もないんだけど。

 

 

「──って、私のことよりもゼーレシルトさん、大丈夫ですか!?」

 

 二人の喧嘩に巻き込まれて更にボロボロ……というかきぐるみが黒焦げになってる悪魔の元に私は駆け寄る。

 

「うぅ……、大きい方の紅魔のお嬢さんか……。私はもうダメかもしれない……」

「そんな……傷は浅…………浅くは全然ないですけど、そんなこと言ったらダメですよ!」

「もう限界なのだ……。女神アクアに会ったら戯れに浄化され残機を減らされ、頭のおかしい銀髪の盗賊に会ったらダガーでめった刺しにされ残機を減らされ…………そして唯一の安息の地であるこの店にいてもこれなのだ……」

「あの……、悪いことは言わないのでこの街から出ていったほうがいいんじゃないですか?」

 

 この街にいたら多分ずっとそんな感じだと思うんだけど。

 

「そう思って街を出たら、なぜか毎日のように女神エリスの執拗な襲撃を受けるのだ…………まだ、この街にいたほうが残機の減りが少ない」

「…………もう、地獄に帰るしかないんじゃないですか?」

「そうなのかなぁ…………そうなのかもなぁ…………」

 

 遠い目をするきぐるみな悪魔さん。もう可愛そうで見てられないんですけど。

 

「とりあえず、バニルさんに相談してみましょうよ。バニルさんって身内には無駄に優しいですからいい方法考えてくれますよ」

「………………………………」

「…………? どうしたんですか、ゼーレシルトさん…………って、これもしかして現実逃避して意識が飛んでるんじゃ……」

 

 話しかけても反応をしなくなったゼーレシルトさん。精神的ダメージと体のダメージのコンボでノックアウトしたらしい。

 

「…………、とりあえず壁に立てかけとこうかな」

 

 そうして出来上がる壁に張り付く黒焦げのきぐるみ。…………凄いシュールな光景だけど、倒れた黒焦げのきぐるみよりかはマシだよね。

 

「でも、バニルさんとウィズさん二人の攻撃受けて焦げるだけで済むってすごく丈夫だなぁ」

 

 きぐるみの中身がどうなってるかは分からないけど、外側のきぐるみはすごく丈夫だ。普通のきぐるみじゃ焦げるどころか炭しか残らないと思うんだけど。

 

「そのきぐるみは一応ゼーレシルトが装備してるから。そうであるなら、私の強化の対象範囲よ」

「ぴゃあ!?」

「? どうしたのよ、ゼーレシルトみたいな悲鳴あげて。……まさか、アリス()がいるの忘れてたわけじゃないわよね?」

「えーと……はい。もちろんそんなことはアリマセンヨ」

「そうよね。私いるの忘れて喋ってたのなら独り言の痛い人になるものね」

 

 …………、死にたい…………。

 

「立ってないで座ったら? 一応紅茶くらいは出すわよ?」

「い、いえ、お構いなく。すぐに帰りますんで」

「そう? この店貧乏な割にはセンスのいい紅茶あるから美味しいのに」

 

 黒焦げのきぐるみなんてなかったかのように優雅に紅茶を飲むアリスさん。なんというか様になりすぎてちょっと悔しい。

 

(……やっぱり私この人苦手だなぁ)

 

 サバサバしてて喋り方はリーンさんに近いけど、リーンさんとは違って遠慮というものがまったくない。女王様になったリーンさんというか、上に立つもののカリスマ的なものに威圧されてしまう。

 悪意的なものは感じないし、むしろ好意的に接してもらってるのは分かるんだけど、こういうタイプの性格・関係性の相手はほとんど初めてで苦手意識が芽生えていた。

 

 

 

「その……今日のウィズさんは一体何をしたんですか? 契約があるから仕入れは出来ないはずですし、そう簡単に店に損害出せないと思うんですが」

 

 すぐ帰るとはいったけど、アリスさんと二人きりになった途端逃げるように帰るのも気まずい。

 気になったことを聞くだけ聞いて、タイミングを見計らって帰ることにした。

 

「死魔のレギオンが落とした神器や伝説級の武具が有ったじゃない?」

「ええ、ありましたね…………って、まさか……!?」

「想像の通り、ウィズったらそれを二束三文としか言いようがない値段で叩き売りしたのよね。元手がゼロだから黒字って言ったら黒字だけど」

 

 正当に売った場合の値段を考えれば赤字どころの話じゃない。単純な武具の性能だけで見ても20億エリスは下らない武具の数々。担い手じゃなければなまくらな神器も素材としてみれば高く買い取ってくれる人もいるはずだ。それを二束三文……。

 

「なんでウィズさんはそんな気が狂ってるようなことを……」

「あ、あなた意外と毒吐くわね……。まぁ、ウィズだからとしか言いようがないんじゃない? あの子店主としては災厄クラスだし」

 

 アリスさんも私に負けず劣らず毒吐いてません?

 

「ま、私としては欲しかった武具も安くで買えたしウィズ万歳なんだけどね。それに、あの子店主としてはあれでも、バカではないから、今回のことは何か意味があるような気もするし」

「あるんですかね…………流石に伝説級の武具を叩き売りはどんな理由があっても擁護できない気がするんですけど」

 

 というか、私も安くで伝説級の武器買えるんならその場に居合わせたかった……。

 

「まぁね。私が見てるところじゃ素人っぽい騎士や冒険者にばかり売ってたし、そんな相手に売る武器じゃないわよね。もしかしたら売るのを断ったりした相手もいるのかもしれないけど」

 

 素人っぽい騎士や冒険者かぁ…………初心者に強すぎる武器を渡すのはあんまりいいイメージはないんだよね。たとえ初心者でも、『守るもの』や『やりたいこと』がしっかりと分かってる相手ならそこまで問題ないかもしれないけど。

 

「けど、本当にアリスさんってここに住んでるんですね」

 

 バニルさんと一緒に生活とか私じゃ絶対無理だ。

 

「本当は嫌なんだけどね。どっかの頭おかしい爆裂魔に魔王城を更地にされたし」

「………………」

 

 すみません、私のおかしい方の親友がすみません。

 

「ウィズに助けを求めてきたら変な仮面の悪魔に身ぐるみ剥がされて一文無しにされるし」

「………………」

 

 すみません、私の比較的まともな部類の友達がすみません。

 

「だから仕方ないのよ。多少はお金溜まってきたけど、魔王軍再建するまでは無駄遣いするわけいかないし。親衛隊だけでも出来るだけ早く再結集したいしね」

「…………、すごいですねアリスさんは。どんな状況でも前を向いてて」

 

 アリスさんの今の状況はこれ以上ないくらいの逆境だ。でも、そんな状況でもアリスさんは弱気な様子を欠片も見せない。

 

「負けず嫌いなだけよ。負けたままでいるのが我慢できないだけ。勇者の国に最年少ドラゴンナイト……いつか必ず勝っててみせるんだから」

 

 人として、ダストさんの恋人として、アリスさんの言葉はあまり手放しで感心できるものじゃないけれど……そこまで強くあれるのは敵であっても尊敬できる。

 

 

 

「ところでアリスさん。前に見た時と目の色が変わってるんですけど。前は青色だったのが赤色になってるような……」

「黒髪紅眼で紅魔族みたいでしょ? 流石に魔王時代の容姿じゃまずいから変装してるんだけど、紅魔族っぽくしたのは正解だったわね。紅魔族の頭のおかしさはこの街でも知れ渡ってるみたいで大体の奴らが避けてくれるから便利なのよ」

「あの…………もしかして、アリスさんって紅魔族のこと嫌いですか?」

「むしろ嫌いじゃない理由がなくない? 爆裂魔のこと以外でも里の連中が私の部屋覗いてたり……」

「すみませんすみません! 私の関係者が本当にすみません!」

 

 それはそれとして、やっぱりこの人苦手かもしれないと私は思っていた。

 性格とか抜きにしてもこの人に負い目がありすぎる……。

 

 

 

 

 

 

「ただいま帰りましたー」

「おう、おかえり、ゆんゆん」

 

 夕方。ウィズさんの店を後にした私は他に行くところもなく、適当に塩漬けクエストをこなしてから宿へと帰ってきていた。

 

「……って、あれ? ハーちゃんまだ寝てるんですか?」

 

 ベッドの真ん中に腰掛けて座るダストさんの太ももには幼い女の子の姿で眠るハーちゃんの姿。

 

「さっきまでは起きてたんだがな。夕飯食ったら眠そうにしてたからよ」

「そうですか。うーん、でも夕ご飯もう食べちゃったんですね」

 

 今日は結局誰かと一緒に御飯食べられなかったから一緒したかったんだけど……。

 

「心配しなくても俺はお前待ってたから食ってねえぞ」

「え!? ダストさんがそんな気遣いをしてくれるなんて……」

「いや、ジハードはドラゴンフードがあるから食わせただけで、俺は金がなくて食えなかっただけだぞ」

 

 ですよねー。

 

「? でも、昨日渡した100万エリスは……まさか全部使い切ったなんてことは……」

「使い切った覚えはないが、とりあえず手元にはねえな。ギルドかどっかに置いてきたんじゃね?」

 

 そんな他人事みたいに……。いや、まぁこれから入るお金を考えたらそんな気にする額じゃないかもしれないけど。

 死魔の賞金も入るし、多分これからは子竜の槍の関係でダストさんも真面目にクエストするのもある。

 

「それじゃ、食べに行きますか? 下の食堂ならすぐですし」

「そうだな。ま、ジハードが今寝付いたばっかだし、もうちょっとしてからな」

 

 そう言って幸せそうな表情でダストさんはハーちゃんの髪を梳くように撫でる。

 

「………………」

「? どうしたよ、ゆんゆん。いきなり不機嫌そうな顔しやがって」

「…………、別になんでもないですよ」

 

 …………ダストさんのバカ。膝枕してくれるって言ったのに、私にはしないでハーちゃんにばっかり。

 

「ふーん……。てっきりジハードにばっかり膝枕してむくれてんのかと思ったが違ったか」

「……………………、そこまで分かっててそんな風に意地悪言うダストさんは嫌いです」

 

 こういう所は本当に性格が悪い。

 

「くくっ……悪かったよ。ほれ、ジハードの隣で良ければ膝枕してやる」

「むぅ……、なんだかついでっぽいんですけど……」

「実際ついでだからな。…………約束のやつはまた今度してやるよ」

「約束ですよ?」

「おう、約束の約束だ」

 

 念を押す用にして約束をして納得した私は、不機嫌そうな表情を()()()ダストさんの太ももへと頭を下ろす。

 

「うーん……なんだか安定しないですね」

「ま、片方だけの膝枕じゃそんなもんだろ」

 

 ハーちゃんと左と右分けての膝枕だからか、思いっきり体重を預けたらこぼれそうな感じがする。

 

「……で? 少しは機嫌なおしたか?」

「…………全然です。この不機嫌そうな表情が見えないんですか?」

「俺にはニヤけそうになってる顔を無理やり歪めてるようにしか見えないけどな」

「…………、やっぱり今日のダストさんは意地悪です」

 

 だって、仕方ないじゃないですか。いつもはろくでなしなダストさんが私に優しい表情を向けてこんなに近くにいるんだから。

 

「悪かったな意地悪でよ。ま、あれだ。好きなやつに意地悪するのは男の性みたいなもんだ」

「それが通用するのは子供の頃までですよ」

「とかいいながらお前ニヤけてんじゃねえか」

「…………、あんまりデリカシーないこと言ってると本気で怒りますよ?」

 

 本当にダストさんは…………もっと雰囲気大事にできないんだろうか?

 

「はいはい。ま、でもあれだな。ジハードに膝枕してやんのも割と幸せだったが…………好きなやつに膝枕してやるってのもまた違うんだな」

「…………いきなりそんな台詞言うの禁止です」

「そんな台詞言われてもお前が言ったのと大体同じようなもんな気がするけどな」

「私はいいんですよ私は」

「なんだそりゃ」

 

 だって、普段が普段なだけにダストさんが言うと破壊力が違いすぎるから。

 

 

 

 

「そういや、お前は今日一日何してたんだ? また爆裂娘あたりと遊んでたのか?」

「え? 今日私が何をしたって……、それは…………」

 

 …………、何をしたっけ?

 

「えっと…………色んな人にあって話をしましたよ?」

「ふーん、ぼっちなお前がねぇ……。色んな人って何人くらいだ?」

「ダストさんを除くと…………5人位ですかね?」

「…………そのうち人間は?」

「0…………い、いえ、一人です!」

 

 ウィズさんは人間……でいいよね、うん。

 

「一人ってことは人間は爆裂娘だけか…………。お前もうちょいまともな友達増やせねえの?」

「それをダストさんが言わないでください…………」

 

 

 言われるまでもなくまともな友だちが欲しいと思う私だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話:賞金の行方

──ダスト視点──

 

「こちらが大物賞金首である死魔の賞金18億エリスです。おめでとうございます、ダストさん」

「おう、ありがとよ」

 

 ギルドの受付。死魔の賞金が準備出来たとやって来た俺は、ルナとそんなやり取りをして賞金の入った袋を受取──

 

「おい、こらルナ。賞金から手を離せ」

「……なんのことでしょうか」

 

──れず、無駄に強い力で賞金を掴むルナに阻まれる。

 

「とぼけてんじゃねーよ。どうせ渡さないといけねえんだから素直に渡せ」

「これだけのお金があれば物価の低い国でなら一生遊んで暮らせる……憧れのスローライフをしながら純朴な少年とのイチャイチャも……!」

「いいから放せ! お前がこれ以上ないくらい追い詰められてんのも分かったから!」

「裏切り者のダストさんに独り身の気持ちなんて分かりませんよ! いいですよね、あんなに綺麗な恋人ができた人は余裕があって!」

 

 この女めんどくせぇ!

 

 

 

「はぁ……はぁ……冒険者でもねえ女のくせになんでこんな力つええんだよ……」

 

 なんとかルナから賞金をもぎ取って。俺は荒い息を吐きながら辟易する。

 本調子じゃないとはいえ、体の方はほとんど元に戻ったってのに拮抗するとか…………行き遅れ女の執念やばいな。

 

「ああ……私のお金が…………それさえあればきっと私にも素敵な出会いがあるのに……」

「欠片もお前のお金じゃねえし、今のお前は模範的な地雷女だからお金持ってても男逃げるぞ」

 

 てか、なんで俺がこいつを諌めてんだろう……。俺が問題起こしたときの尻拭いするのがルナの役目だった気がするんだが逆になってんじゃねえか。

 

「…………、まぁ、私も分かってるんですよ。こんなことやってても婚期が遠のくだけなのは」

「分かってるけどやめられないと。…………、割とマジでお前もうだめなんじゃね?」

「そうかもしれません……。冒険者の方からのストレスやいい出会いがない事、バニルさんの相手だけでも精一杯でしたから……」

「冒険者は問題起こしてばっかで、お前はそれの対応で苦労してるもんな。いい出会いがないのは知らねえし、旦那の相手してんのはわりと楽しそうにも見えたが」

 

 出会いがないのは多分サキュバスの店のせいだが…………俺の知ったことじゃねえな。

 旦那の存在はむしろルナがなんとか正気を保ててた一因だと俺は思ってるが、本人にしてみれば確かに堪った(たまった)もんじゃないだろう。

 

「何を他人事のように言ってるか知りませんが、冒険者の厄介ごとの半分はダストさんですからね」

「あん? 流石に半分はねえよ。マジで半分あるのはカズマパーティーの女たちの方だ」

「…………、そう言われてみればそうですね」

 

 あいつらが冒険者始めるまでは確かに俺が全体の半分くらい迷惑かけてたがな。

 

「それに最近はジハードのためにあくどい事は出来るだけ控えてるしな。むしろこの街の冒険者の中じゃまともな方じゃねえのか?」

「まともな方はギルドのウェイトレスのガーターベルトを脱がしたりしないと思うんですが……」

「そんな昔のことを掘り出されても痛くも痒くもねえぜ」

 

 何故か酒場の方からベル子がお盆持ってこっちを睨んでるが…………あいつも、大昔のことを根に持ちすぎだろ。

 

「昔も何も……いえ、ダストさんにお酒禁止令が出たからもういいですけど。確かにそれくらいだったらこの街じゃまともな方に入っちゃうんですよね……」

「だろ? 最近の俺はむしろ模範生…………って、待てなんで俺にまた酒禁止令出てんだよ! 最近店じゃ飲めてないしこの間飲んだだけじゃねえか!」

「その一回であれだけ問題起こせるんですからダストさんの酒癖の悪さは筋金入りですね……」

「……もしかしてこの間酒飲んだ時に何かやっちまったのか?」

 

 確かにベル子と酒飲み始めてからの記憶が飛んでるが……。

 

「とりあえずそろそろダストさんはフィー……フィーベルさんに謝って責任取るべきだと思いますよ」

「フィーベル? 誰だそれ?」

「…………、月のない夜は気をつけてくださいね。刺されても知りませんよ」

「いや、だからフィーベルって誰だよ」

 

 知らないやつに謝れとか責任取るべきとか言われても訳分かんねえよ。

 そんで、ベル子の視線が人殺せるレベルで冷たくなってんのはなんでだ。こっち睨んでないで仕事しろよ。

 

「…………、(本当、フィーは苦労するわね。こんな人が故郷の英雄だなんて)」

「おう、声が小さすぎて聞こえなかったが絶対今ろくでもないこと言っただろ」

 

 その呆れ顔と生ゴミを見るような眼は間違いない。

 

 

「とにかく、いろいろ苦労して大変だったのに、その上ダストさんに恋人ができて私ももう限界を超えました。最近は同僚に爆発ポーションを扱うように接してもらうレベルです」

「その扱いを客観視出来るのは地獄だな……。狂いきっちまえば楽になるぞ」

「……それは経験談ですか?」

「さあな」

 

 昔の……親が死んでから姫さんに会うまでのことはもうあんま覚えてないが……。

 常識に囚われて、悩みやストレスを発散することが出来ない姿は、なんとなく昔の自分を思い出す。いや、昔の俺は行き遅れて出会いがないなんて言う馬鹿みたいなことで悩んでないが。

 

「にしても、そんなに俺に恋人ができたのがショックだったのか。いやー、本当モテる男は辛いぜ」

 

 まさかルナも俺のことが好きだったとは……。

 

「いえ、流石にダストさんにだけは先を越されないと思ってただけですよ? むしろ一生独り身だと思ってた人にあんな素敵な恋人ができてるのが許せなくてストレスが酷いことになってるんです」

 

 はいはい知ってた知ってた。

 

 

 

「はぁ……欠片も俺は悪くねえ気がするが……ま、お前には世話になったからな。ほんの少しだが骨折ってやるよ」

 

 こいつがこのままだとギルドもやばいことになりそうだしな。

 

「…………、そう言いながらセクハラするつもりでしたら本当にギルドでダストさんに賞金懸けますからね。『ストレス解消すんなら気持ちいいことすんのが一番だぜ、その大きな胸俺が揉んでやるよ』とか言わないでくださいね」

「言うわけねえだろ。俺を何だと思ってんだ」

「以前に同じような話をした時にダストさんに言われた言葉ですけどね。3年くらい前でしたか」

 

 …………、なんでそんな昔のこと覚えてんだよ。

 

「前にも言ったが今更お前みたいな行き遅れの胸に興味なんてねえよ。揉んでほしいなら仕方なく揉んでやらねえこともないが」

 

 今の俺はそっち方面はわりと満足してるってか充実してるからな。わざわざ各方面を怒らせてまでルナの無駄にでかい胸を揉みたいとは思わn──

 

「…………、揉んで欲しいか?」

「死ねばいいと思います」

 

──まぁ、うん。思わないことはないが、現実的じゃねえよな。今度ロリサキュバスに頼んで夢で揉ませてもらおう。

 

「とにかくだ。ルナお前ちょっと昼から休みとれ」

「あのですね、ダストさん。冒険者みたいなその日暮らしな仕事と違って、半公務員なギルドの職員は簡単に休めないんですよ?」

「それでも騎士とかに比べれば融通聞くだろ。なんとかなんねえのか?」

 

 どうしても無理なら今日じゃなくてもいいが、こんなめんどくせぇ女はさっさとどうにかしときたい。

 

「……まぁ、最近は上司に頼むから休んでくれと言われているので、多分休めるとは思いますが」

「休めと言われてんなら休めよ、なんでストレス溜まる仕事に来てんだよ」

「仕事ないと家で寝てるだけなんですよね…………。そして一日が終わったら、無駄にした時間と取った歳を思って死にたくなるんです」

「聞いてるこっちがいたたまれなくなる話はやめろ!」

 

 そういう話はゆんゆんのぼっち話だけで十分だっての。

 

「とにかく! 休みは取れそうなんだよな? だったら午前の仕事が終わったら……そうだな、ギルドの前でいいか。そこで待ち合わせだ。あ、あと飯は食わないどけよ」

「待ち合わせって……一体全体何を企んでるんですか?」

 

 

「待ち合わせって言ったら決まってんだろ? 行き遅れ受付嬢にデートさせてやるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「旦那ー、いるかー?」

 

 ウィズ魔導具店。いつもなら相談屋をやってる時間に探し悪魔(びと)のバニルの旦那の姿がなかった俺は、旦那がバイトをしているこの店までやってきていた。

 

「……って、なんだこの惨状……」

 

 旦那の姿があるのはいいんだがその足元にある二つの黒焦げの物体…………多分ウィズさんとゼーレシルトの兄貴か。そのうちおそらくはウィズさんの方を旦那はゴミでも掃くように箒で外に追いやり、ゼーレシルトの兄貴の方は放置され、アリスは我関せずと言った感じで普通に紅茶飲んでる。

 

「なんだも何もこの店の日常でしょ」

「こんな日常ねえよ」

 

 紅茶飲んでるアリスがなんでもないことのように言うが、どこにバイトが店主を黒焦げにして箒で掃く店があるんだ。

 …………、まぁこの街じゃ割とどこにでもありそうな風景ではあるが。

 

「てか、あんたって、バニルと短い仲でもないでしょ? 今更これくらいのこと何を驚いてんのよ」

「ウィズさんが黒焦げになってるくらいならいつものことって言ったらいつものことだが…………ゼーレシルトの兄貴まで黒焦げになってんのは初めてみたんだよ」

 

 旦那は同朋には割と甘いし、ゼーレシルトの兄貴を巻き込むような攻撃をするとは思えない。ゼーレシルトの兄貴が旦那の邪魔をするはずもねえし……。

 

「ああ、ゼーレシルトが黒焦げになってるのは私が盾に使ったからだけど」

「お前何普通に言ってんの? お前に良心とか存在しねえの?」

「魔王の娘にそんなの期待されても困るんだけど」

 

 そりゃそうだけどよ。

 

「……ってか、ゆんゆんから聞いちゃいたが本当にお前ここに普通にいるのな」

「お金使わないで滞在出来るのがここしかないから仕方ないでしょ」

「いや、そういう問題じゃなく魔王軍が普通に人間の街にいるってどうなんだよ」

「ウィズとバニルがいるこの街で何言ってるのよ」

 

 …………、言われてみればそうか。女神に大悪魔、リッチー、爆裂魔、ドMと人外が揃ってるこの街だ。今更魔王軍の実質トップがいてもおかしk……いややっぱおかしいだろ。

 

「……まぁいいや。今日はアリスに用はねえし。それより用があるのは旦那だよ旦那」

「ん? なんだチンピラ冒険者ではないか。我輩に何か用か? ちょうど一仕事終えたところだ、儲け話や面白そうな話であれば聞こう」

 

 ウィズさんを箒で掃いて店の外に追い出した旦那は、何事もなかったかのようにそう言ってくる。

 ウィズさんがまたやらかしたんだろうが…………この二人の関係も過激だよな。

 

「儲け話ってわけじゃねえけど、まずはこれだ。死魔の賞金、旦那達の取り分を持ってきたんだ」

 

 ウィズさんがどうなったのか何をやらかしたのかとか、気になるが、ルナとの約束の時間までそうない。さっさと話を進めることにする。

 

「1000万エリスの魔金貨で100枚10億エリス。間違いないと思うけど確認してくれ」

「ふむ……確かに10億エリスあるようだな」

「? いいのか旦那、数えなくて……って、そっか見通す力使ったのか」

 

 本当便利だよなぁ。俺なんてわざわざ一枚一枚数えたってのに。

 

「その腰にある方が汝達の報酬である8億エリスか。ぼっち娘からはホームを手に入れるための資金にすると聞いているが、具体的な案はあるのか?」

「んー……今のとこはないんだよな。ゆんゆんはどっかの頭おかしい爆裂娘への対抗心でカズマのとこの屋敷より大きな屋敷を買いたいとか言ってたけど、8億エリスじゃあの屋敷以上に大きな家買えるわけねえし」

「そもそも、この街に限って言えばアクセル随一の鬼畜男の屋敷より大きく無人の屋敷など一つしかない。その屋敷も()()()()とはいえ、どこぞの自称チリメンドンヤの孫娘が所有してるゆえ、買い取るのは難しいだろう」

 

 なんだよなー。カズマのとこは幽霊屋敷ってことになってて実際の相場よりかなり安くなってるんだよな。借りてんのか買い取ってるのかは知らないが、仮に普通の相場で買い取るなら20億エリスでも足りないくらいの屋敷だ。そんな屋敷よりも大きな屋敷ってなると領主の館とか金持ち貴族の館とかそんなのに限られるだろう。

 

「さて、ここで汝に商談があるのだが。その8億エリスを全て我輩に投資せぬか?」

「旦那に投資? まぁ、旦那がそんな風に言ってきて損した記憶はねえから構わねえけど。でも何するんだ? 大きな屋敷買えるくらいの金になって返ってくれば言うことねえけど」

 

 勝手に投資したってゆんゆんにバレたら怒られそうだが…………増えるなら問題ないよな。

 

「投資とは言ったが資金運用をするわけではない。正確には依頼と言ったほうが良いか。汝たちの住む家を8億エリスで我輩たちが作ろう、とそういう話である」

「あー……なるほど、そういう話か」

 

 ウィズさんの魔法を使えば確かに屋敷くらい作れるだろう。土地と資材さえあればどんな屋敷でも作れるはずだ。

 実際巨大なカジノをたった一週間で作った実績もあるし、旦那達の最終目標は世界最大のダンジョンを作ることなのだから、屋敷の一つや二つ作れないと話にならない。

 

「実際どの程度の屋敷が作れるかは現状は言えぬゆえ投資という言葉を使った。そしてここからが話の肝なのだが…………8億エリス以外にも我輩たちに投資をせぬか?」

「って言われても、流石に今の所8億エリス以上の金は用意できないぜ?」

 

 投資すればするほど屋敷を大きくしてくれるんだろうが。

 

「なにも金銭だけを要求しているわけではない。家を建てるための希少な資材などもも投資として受け入れよう」

「なるほど。こっちで資材を用意すれば旦那達の方の費用も抑えられるもんな」

 

 魔法で建てるってことは費用の殆どは土地と資材に消えるってことだ。

 

「汝は例の槍の件でいろいろな所に行くつもりなのであろう? そのついでに希少な資材を見つけてくればそれでよい」

「了解。そういう話ならゆんゆんも怒らないだろうしな。正式にその話受けさせてもらうぜ旦那」

 

 実際子竜の槍に宿った幼竜たちのために珍しい所に行きたいと思ってたことだ。そういう場所なら希少な資材もあるだろうしちょうどいい。

 

「ふーん……。あんた家作るの? 聞いた感じじゃ結構大きそうな」

「まあな。流石に魔王城ほどじゃねえだろうが」

 

 紅茶片手にしたアリスの質問に俺はそう答える。ウィズさんの魔法の実力を考えれば8億エリスだけでもカズマのとこの屋敷と同じくらいのはできそうだし、軽く自慢できそうなくらいの屋敷はできそうだ。

 

「そ。じゃあ私も修行のついでに希少な資材集めてあげるわ」

「お、おう? そりゃ助かるが…………金は出ねえぞ?」

「別にお金なんていらないわよ。ま、借りの一つだとでも思っていればいいわ」

 

 そう言って薄く笑うアリスの顔は幻想的なまでに綺麗で…………同時に嫌な(めんどうな)予感を思わせるものだった。

 

 

 

 

 

 

 

「さてと…………()()の時間まで結構あるな」

 

 旦那との話をとりあえず全部終わらせて。次の予定までの時間があるのを確認した俺はどうしようかと思案する。

 

(こういう時は前まではとりあえずナンパしてたんだが……あんま気乗りしねぇんだよなぁ……)

 

 色んな意味でゆんゆんのせいで。

 

 単純にあいつを裏切るのが後ろめたい気持ちが一つ。

 そしてそんな気持ちを振り切ってナンパしたとしても、ゆんゆん以上にいい女が捕まえられると思えないのが一つ。

 

 

「ま、たまには普通に街をぶらつくか」

 

 以前のように金目の物を探して歩き回る必要もない。今の俺は別に金に困ってるわけでもないから。

 

 

 

 

 

「見つけました。ダスト殿、お久しぶりです」

「ん? レインか。久しぶりだな。見つけたって、なんか俺に用か?」

 

 街をぶらつく俺に声がかけられたと思えば、この国の王女の従者のまともな方、レインが少しだけ息を切らした様子で傍にやってくる。

 けど、本当に久しぶりだな。アイリスの特訓が終わってからはほとんど会う機会なかったし、最後に会ったのは魔王の娘の襲撃があったのより前じゃねえか。

 

「はい、ダスト殿にどうしても依頼したいことがありまして」

「俺に依頼? まぁ、レインの依頼なら出来るだけ受けようとは思うが……」

 

 報酬も悪いものじゃないだろうし、何よりレインはいい女だ。可能であれば受けてやりたい。

 

「いえ、私からの依頼というわけではなく…………アイリス様から直々の依頼です」

「…………、なんかすげぇ嫌な予感がしてきたんだが」

 

 今すぐ回れ右して立ち去りたい気持ちに襲われるが、それをすればレインが苦労するハメになるだろう。

 姫さんと一緒にいた頃の俺と似たような気苦労を負っているレインのことは親近感というか、旦那やカズマ同様気に入ってるし、アイリス自体も多少の苦手意識はあれど好感をもっている。

 

 …………、話だけは聞くか。

 

 

「それで? しがないチンピラ冒険者に一体何の依頼だよ」

「謙遜もそこまで行けば嫌味ですよダスト殿。ダスト殿……最年少ドラゴンナイト様が四大賞金首の一角、死魔を討伐したことは報告を受けています」

「別に謙遜のつもりもないんだがな…………てか、死魔を倒したこと王都まで知られてんのかよ」

 

 あの国のことを思えばあまり広く知られたくはないんだが。

 

「市民の間ではそうでもありませんが、王族貴族の間では死魔の存在は大きすぎます。それを倒した人が知られるのは必然かと」

「まぁ、そうだよな……」

 

 死魔を倒さないという選択肢はなかったし、ミネアと一緒にいることを選んだ俺に今更隠蔽する意味もない。これくらいは多額の賞金を手にするための必要経費みたいなもんだろう。

 

 

「それでダスト殿、依頼の話なのですが……」

「おう、そうだったな。一体俺に何を頼みたいんだ?」

 

 ま、俺にわざわざ依頼ってなるとドラゴン関係か──

 

 

「はい、ダスト殿には隣国……ダスト殿の故郷に行かれるアイリス様の護衛を頼みたいのです」

 

 

 ──あの国関係のことに決まってるよな。

 

 

「とりあえずその依頼を受けるかどうかは置いといて…………、なんのためにあの国にアイリスは行くんだ?」

 

 別にあの国とベルゼルグは友好国じゃない。魔王軍のことがあったし形だけの援助はあの国もしてたが、それも本当に形だけのものだった。

 だというのにわざわざ一国の王女が向かう理由はそう多くないだろう。

 

「今度のアイリス様の訪問はいろいろな要素が絡んだものですが……、一言で言うのなら戦争を止めるためにでしょうか」

 

 ……ま、前に聞いたあの国の噂も考えればそんなところだろうな。

 魔王軍という共通の敵がいなくなった今、そう遠くないうちに人間の国同士で争う日が来るのは想像ついていた。

 

「訪問できるってことはそこまで緊迫してる状況でもないんだよな? でも、訪問しないといけないってことは楽観できる状況でもないと」

「はい……、予想では3、4年後に開戦するのではないかと」

「思ったよりは猶予があるな」

 

 ベルゼルグ……勇者の国は総戦力で見れば間違いなく世界最強の国だ。資金や資源の面では他の国に劣るがその分を武力で補っている。

 普通であればそんな国に戦争を仕掛けても勝ち目はないが、今は魔王軍との戦いで疲弊している。狙うなら今、遅くても1年以内だと思うんだが……。

 

「やはり、ダスト殿もそう思われますか?」

「ああ、時間を置いて奇襲するならこのタイミングで相手にバレるように動くはずないしな」

 

 となると、3、4年後っていう情報は偽報で、実際はすぐに戦争を仕掛けてくるのか?

 

 

(…………、もしくは3、4年後なら確実にベルゼルグに勝てるだけの戦力を揃える自信があるか……か)

 

 

 今でもあの国は騎竜隊という局地戦最強の戦力を持っている。総力戦になればベルゼルグに劣るだろうが、それでも戦略次第では勝ちを狙える程度の差だ。

 

 

「それでダスト殿。今回の依頼受けてもらえるでしょうか……?」

 

 …………、仕方ねぇ、か……。

 

「詳しい日程が決まったら早めに教えてくれ。俺はその日暮らしの冒険者だから、騎士みたいに王族に命令されたらいつでも出張れるわけじゃねえからよ」

「受けてもらえるのですか!? ありがとうございます!」

「本当は気乗りしねぇんだが…………ま、この国とあの国が戦争したら困るやついるからな」

 

 それを止めるために行くって言うなら、断るわけにも行かないだろう。

 

「本当にありがとうございます! もしもダスト殿が断られましたらアイリス様はきっとカズマ殿と一緒に行くと言って聞かなかったでしょう」

「そういや、普通に考えたらアイリスはカズマに頼むよな。なんで俺に依頼来たんだ?」

 

 お兄様言って慕ってるみたいだし。

 

「国王や王子含めて国の重鎮がアイリス様以外全員反対したからでしょうか……」

「あいつ一応魔王を倒した勇者だよな? なんでそんな扱いなんだよ」

 

 王女の護衛に勇者とか王道だろうに。

 

「魔王を倒した勇者になってしまったからこその扱いなんだと思いますよ」

 

 心底大きなため息を付いてレインは続ける。

 

「とにかく、日程については決まり次第すぐにお伝えします。おそらくは2週間後くらいに出発になると思いますから、旅の準備を進めておいてください」

「おう。ま、その辺りはゆんゆんが適当に準備すんだろ。…………って、聞き忘れてたがゆんゆんは連れて行っていいんだよな?」

 

 リーンたちを連れて行くかは悩むところだが、ゆんゆんとジハードは連れていきたいところだ。

 

「その辺りの采配はダスト殿にお任せしますよ。……では、近い内にまた」

 

 そう言ってレインはテレポートを唱えて姿を消す。俺が依頼を受けたことを報告しに行ったんだろう。

 今更なしといって後戻りすることは出来ない。

 

「里帰り……ってのもなんか違うが…………何年ぶりになるんだろうな」

 

 俺があの国に足を踏み入れるのは。10年は経ってない気がするがそれに近いくらいは経っているはずだ。

 

 

「何事もなく綺麗に収まればいいんだけどな……」

 

 

 それが何よりも難しいことは自分自身が一番良く分かっていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話:空で

──リーン視点──

 

「あれ? ゆんゆん、こんな所で立ち止まってどうしたの?」

 

 泊りがけのレベル上げを兼ねたクエストを終えて。報告をしようとギルドに向かっていたあたしは、その手前で何かをストーk……観察してるような様子のゆんゆんを見つける。

 

「あ、リーンさん。こんにちは。クエストは無事終わったんですか」

「うん。えへへ、今回はレベルが2も上がったんだよ」

「レベルが2つもって…………凄いですけど、結構無茶したんじゃないですか?」

「えーっと…………別にそうでもなかったよ」

 

 本当は、結構な無茶をしたと言うか…………誰かが大怪我してもおかしくなかったけど。

 それをゆんゆんには色んな理由から言えないし言いたくない。

 

「…………、あんまり無理はしないでくださいね。リーンさんにもしものことがあったら私もダストさんも凄く悲しむんですから」

「……そうだね、気をつける」

 

 その言葉にはどこにも嘘のない純粋な好意と心配で溢れていたけれど、今のあたしにはチクチクとした痛みとなって胸を刺す。

 その痛みがみっともない嫉妬から来ているのは自分でも分かっていて、その嫉妬に囚われてたらきっとあたしは言ってはいけないことを言う。

 

「それで、ゆんゆん。話を戻すけどこんな所で何してるの?」

 

 だから私は強引に話を戻す。この誰よりも強い心を持った、でも誰よりも傷つきやすい親友に醜い心情なんて見せたくなかったから。

 

「えっと……あの二人の様子を観察というか、監視というか…………酷いことするようだったら止めないといけないので」

「あの二人って…………って、あれルナさんとダスト?」

 

 普段とは違うカジュアルな……でも微妙に気合が入ってるルナさんと、いつもどおりの格好のダストがギルドの前で親しげに話している。

 その親しげな様子はいつもの慣れきった塩対応然としたものじゃなく、何を言ってるかは分からないけど、ダストの言葉にルナさんが顔を赤くしたりとまるで恋人同士のような感じだった。

 

「いえ、ルナさんはそうですが…………って、二人が移動しちゃいますね。私はついていきますが、リーンさんも一緒に行きますか?」

「いや……うん、気になるから一緒に行くけど…………なんで、ゆんゆんそんなに冷静なの?」

 

 恋人が浮気? してるんだから普通怒って二人の前に出ていくと思うんだけど。

 

「? まぁ、酷いことしないか心配ではありますけど、別に慌てる必要はないと思いますよ」

 

 二人を追いかけながらゆんゆんは自然な様子でそう言う。

 ……もしかしてあたし何か大きな勘違いしてる? 流石にゆんゆんのこの反応はおかしい。

 

 

 

「さて、半日だけの姫さん。まずは腹ごしらえだと思うんだが……行きたいところはあるか?」

「えっと……それじゃあ何か甘いものを食べたいです。エスコートしてくれますか? ドラゴンナイトさん」

 

 追いかけているうちにさっきより距離が縮まったのか。ルナさんとダストが話している内容が聞こえてくる。

 …………こんなに近づいて大丈夫なのかな? まぁ、二人に見つかってもこっちにやましい所はないからいいけど。

 

 

「ダメだぜ姫さん。今日は受付嬢じゃなくて半日姫様なんだ。姫様はもっと偉そうにしとかねえと」

「ええと……じゃあ…………、エストコートしなさい、私のドラゴンナイト」

「それでいい。じゃ、行くか。今日のお前は我儘な姫さんだ。横暴なくらいお願いしろよ」

 

 

 …………なに、このやり取り。聞いてて鳥肌立つんだけど。

 

「ねぇ、ゆんゆん。なんかいつものルナさんとダストにしては違いすぎるんだけど」

「なんでも隣国のお姫様と最年少ドラゴンナイトになりきってデートするって話みたいですよ」

 

 なりきるも何も片方は本物なんだけど。

 

「でもそっか。そう言われてみれば初めて会った頃のライン兄の雰囲気に近いかも」

「そうなんですか? あんな感じだったんですね、昔のダストさんって」

「そう……かな? うーん、でもライン兄って思っても妙に違和感あるような……」

 

 ダストに慣れすぎたからかもしれないけど。

 どっちにしろ今のダストがやってると思うとあのやり取りは凄い違和感がある。

 

「そうなんです? 演技とかそういうのは完璧だと思ってたんですけど…………やっぱりリーンさんはダストさんのことをよく見てるんですね」

「へ? べ、別にライン兄ならともかくダストのことなんてどうでもいいけど……」

 

 というか、違和感あるって言っただけでなんでそんな話に?

 

 

 

「で? 結局何食べるんだ? 姫さん」

「うーん……仕事始めてからこんな時間に外で食べるなんて殆どないんですよね……何かオススメはありますか?」

「そうだな……まぁ、串焼きとかでいいんじゃないか?」

「串焼き…………帰りに買ってクリムゾンビアと一緒に飲み食いすることが結構あるから物珍しさはないですね」

「お、おう……そんな生活送ってるからお前行き遅れるんじゃねーか? 普通の姫さんなら串焼きは珍しくて食いつくんだがなぁ…………ここは普通に高級なものを食べるか」

「……大丈夫ですか? 私は貯金ならたくさんありますけど、普段は全然使わないから手持ちのお金少ないんです。必要ならおろしてきますが……」

「なんでお前は喋るたびにそう不憫さを匂わせんだよ。まぁ、()はお前のそういう所が好きだから良いけど」

 

 

 

「ねぇ、ゆんゆん。ちょっとあいつにファイアボール食らわせていい?」

「駄目ですよ!? なんでリーンさんいきなり詠唱始めてるんですか!?」

「いや、だってあいつ好きとか普通に言ってるんだけど! これどう考えても裏切りじゃない!」

 

 ゆんゆんというものがありながらルナさんにそんな事を言うとか……! 

 

「確かに裏切りかもしれませんけど……でも、ルナさんのことは前から気になるって言ってましたし……」

「それは私も知ってるけど、今はもう言っちゃ駄目でしょ!」

 

 ダストがルナさんに粉かけてるってかセクハラ紛いのことしてるのは今更だ。でもだからといって恋人が出来てから他の女の人に好きだなんて言うなんて…………許されるわけないのに。

 

「きっと大丈夫ですよ。それくらいのことで壊れる関係じゃないですから」

 

 そう言って微笑むゆんゆんの顔には強がってる様子は全然なくて…………その言葉を本気で信じているみたいだった。

 

「あのさ、ゆんゆん。ゆんゆんが友達少なくてこういうことに疎いのは分かってるつもりだけどさ」

「なんでいきなり私の友達が少ないとかそういう話になるんですか!?」

「信じてる信じてないは別にして怒らないといけないことってあるんだよ?」

 

 ゆんゆんがあのバカのことを信じてるのはまぁいい。実際それだけのことをあたしが知るだけでもダストがしているから。

 ……信じられなくなっても可笑しくないくらい馬鹿なこともしてる気もするけど、それを帳消しにするくらいの積み重ねをあたしが知らない所で二人はやっているんだろう。

 でも、それはそれとして彼女として怒らないといけないこともあるはずだ。信じてるからって何もかも許していいわけじゃない。

 

「? まぁ、酷いことしてたら怒りますけど…………今の段階で私が怒る権利ってないじゃないですか」

「ないわけないじゃない。ゆんゆんはダストの彼女なんだから」

「?? 確かに私はダストさんの彼女ですけど…………やっぱり今の状況とは関係ないですよね?」

「え? ダストがルナさんと浮気してる状況よね?」

 

 なんかさっきからおかしいと思ってたけど、まさか……、

 

 

「いえ、ダストさんに化けたバニルさんがルナさんとデートしてる状況ですよ?」

 

 

 と、思ってたけどそのまさかだったかー……。

 

 

「いや、うん。ダストにしてみればなんかおかしいなと思ってたし、あの仮面の人が他人に化けられるのも知ってはいたけどさ……」

「えーと…………あれ? 私リーンさんにあれがバニルさんだって説明してませんでしたっけ?」

「うん、してないね。今にしてみれば説明しようとしてた気はするけど」

 

 二人が移動して追いかけるからって言葉の途中でやめてたあれで説明した気になってたんだろうなぁ……。

 

「あ、あの……? リーンさん? 謝りますからそんなに遠いを目をするのは……」

「いや、別にゆんゆんが謝ることはないよ? おかしいと思いながらも気づかなかったあたしの自爆だし」

 

 一人で騒いでホント馬鹿みたい……。

 大体、ゆんゆんの友達とは言え、二人の関係にあたしがどうこう言う権利なんてないのに。

 

 ……このいつまでも捨てられない未練たらしい感情を忘れるまでは。

 

 

 

「結局、ゆんゆんは仮面の人の友達として監視してたってこと?」

 

 楽しそうにデート(?)をするダスト(偽)とルナさんを遠くの出来事のように感じながら。あたしはゆんゆんがストーカーしていた理由を聞く。

 

「そうですよ? バニルさんって基本的には紳士なんですけど、悪感情のためなら酷いことを平気でしますからね。なんだかルナさん疲れてるみたいですし、酷いことするようなら怒って止めないとって」

「まぁ、あの仮面の人の噂は色々聞いてるし、ダストのことを気に入ってるって時点であれな人なのは想像つくけど……」

 

 なんでこの子は監視が必要な人と友達なんてしてるんだろう……。

 

「ふふっ……でもやっぱりリーンさんも好きなんですよね」

「…………、好きって、何が?」

「何が、じゃなくて誰が、ですよリーンさん。それに、聞くまでもなく分かってますよね?」

「…………分からないわよ」

 

 ゆんゆんの言ってることの意味は分かる。でもそのことをどうして暗い感情を見せずに言えるのか。

 

「そうですか。まぁ、今はまだそれでもいいです。でも、いつかは絶対分かるって認めてもらいますからね」

 

 そう言うゆんゆんはどう見ても本気で…………だからこそあたしには理解できない。

 

「えとですね、リーンさん。私は今幸せなんですよ」

「……、そうなんだ」

 

 だったら、その今を続ければいいのに。

 

「でも、きっとその今はずっとは続かないんです。今のまま流されるだけじゃ……甘えてるだけじゃきっと、あの人は遠くに行ってしまうから」

「……………………」

「だから私は頑張らないといけないんです。あの人の隣に立てるくらい強くなって…………本当の意味であの人に選んでほしいから」

 

 …………、なんでこの子は。

 

 

「だから、覚悟してくださいねリーンさん。私はリーンさんに譲ってもらったまま、それを結末になんてしませんから」

 

 

 こんなにも強くあれるんだろう。

 あたしは腐っていくダストを見守る…………ううん、見なかったことにしてそばにいることしか出来なかったのに。

 この子はあたしにとってのゴールした後、更にその先を見据えてる。

 

 

(本当……敵わないなぁ……)

 

 心の底からそう思う。でも、きっとこの子はあたしのその答えを認めない。そう今宣言した。

 

「…………ゆんゆんってさ、たまーに理不尽だよね?」

「え? あれ、私なんかやっちゃいました?」

 

 失礼なことしましたか、とあわあわするゆんゆん。

 こういう所は出会った頃から変わらないのにね。いつの間にか大きく差をつけられちゃったなぁ……。

 

 

 

 

 

「ところでさ、ゆんゆん。あのダストが仮面の人なのは分かったんだけど…………そもそもなんでルナさんのデート相手がダストの偽物なの?」

「さぁ? そこまでは私もよく分からないですけど…………。私もバニルさんがダストさんに化ける所に出くわして、隠れて話を伺ってただけなので」

「うん。それ普通にストーカーすれすれだから気をつけてね?」

 

 悪気がないのは分かってるんだけどこの子の感覚はいろいろ危ういなぁ……。

 

「まさか、ルナさんもダストのこと…………ってのは、流石にないか」

「ないと思いますよ? それにルナさんはどちらかと言うとバニルさんの方とフラグが立っていたような……」

「フラグ?」

 

 なにそれ?

 

「フラグっていうのは…………なんて言えばいいのかな? 紅魔の学校で習ったことなんですけど、いざ説明するとなると色んな意味がありすぎて難しいです。とりあえずこの場合の意味はバニルさんと良い仲ですよ、とそういう意味ですね」

「ふーん。…………、仮面の人と良い仲というのもそれはそれで問題ありそうだけど」

 

 それでもダストよりはマシ…………かな? 噂聞く限りある意味じゃダストよりやばい人っぽいけど。

 

「まぁ、ルナさんとだったら割と上手くいくんじゃないですかね? あの二人結構相性いいので」

「そうなんだ。…………でも、だったらなおさらなんでわざわざダストの格好してるのか謎だよね」

「そうなんですよねぇ……」

 

 

 そんなことを話しているうちに。日は沈み始め、あたりを黄金色に染める。

 

 そんな景色の中、件の二人は町の外へと出て、

 

 

「よ、旦那にルナ。約束の時間どおりだな」

 

 

 シルバードラゴンを連れた本物のドラゴンナイトと合流していた。

 

 

 

「では、我輩の役目はここまでであるな。後は本物任せるとしよう」

 

 ダストの皮を抜け出して(一回り以上でかい体が出てきてるんだけどどうなってるんだろう?)、仮面の人はそう言ってその場をさろうとする。

 

「バニルさん! その……今日は楽しかったです! また、いつかお願いします! 今度は、そのままの姿でいいですから」

 

 その背中にルナさんはそう声をかけ、

 

「我輩こそそれは頼もう。我輩も今日は汝の悪感情を美味しく頂けた。…………さぁ、今日の締めだ。汝の心残りを解消してくるがよい」

 

 仮面の人はそう返していなくなった。

 街へと入る前。隠れるあたしたちをニヤニヤと何か言いたそうな……というか、視線で思いっきりからかって。

 

 

 

「さてと。日が暮れちまう前だ。ほら、さっさと乗れよ」

「乗れと言われましても……どうやって乗ればいいかわからないんですが……」

 

 シルバードラゴン……ミネアさんの頭に乗るダストに、ルナさんはそう困った様子で言う。

 

「ったく……世話が焼ける女だな。ドラゴンの背は特等席で乗せてやるだけでもありがたいってのに」

 

 そう面倒くさそうに言いながらも、ダストは手慣れた様子でルナさんを引き上げ、その後ろに乗せる。

 ……いつの日か、あたしがそうしてもらったように。

 

「じゃ、飛ぶからしっかり捕まってろよ。落ちても知らないからな」

「…………。そう言って、私の胸の感触を楽しむつもりですよね?」

「半分はそれもある。ま、これくらいの約得はあってもいいだろ。てわけだミネア! 思いっきり飛ばせよ!」

 

 ダストの指示を受けて大きく羽ばたくミネアさん。その巨体は二人を乗せて茜色に染まってきた空へと一気に羽ばたいていった。

 

「行っちゃったあのバカ……何がドラゴンの背は特等席よ。下心丸出しで乗せて…………って、ゆんゆん? どうしたの、そんなにむくれちゃって」

「むぅ…………別にむくれてなんてないですよ」

「いや、思いっきりむくれてんじゃん」

 

 絵に書いた手本のようなむくれ方して。

 

「…………もしかして、嫉妬してるの?」

「…………だったらなんですか?」

「ううん、別に。ちょっと安心はしたけど」

「安心? 何にですか?」

「ゆんゆんもあたしと同じ女の子なんだなって」

 

 この子はあたしなんかより色んな意味でずっと強いけど…………それでもあたしと同じ一人の女の子だ。

 

「もう20近いですし女の子って言えるか微妙ですけどね……」

「……それ言わないで。それ言ったらあたしも行き遅れとルナさんを同情してる場合じゃないから」

 

 

 あたしも、もうすぐ20歳の大台かぁ…………それまでにこの気持ちに決着が付けばいいのにな。

 

 

 

 

 

──ダスト視点──

 

「なぁ、ルナ。旦那が言ってた心残りってなんのことだ?」

 

 茜色の空。背中に約得な感触を感じながら、俺は話の種にそう聞いてみる。

 

「ダストさんって相変わらずデリカシーの欠片もないですよね。……まぁ、どうせ言うつもりだったから良いですけど」

「うるせぇよ。これでも少しはまともになっただろうが」

 

 自分で言うのもなんだが。ゆんゆんのせいで自分がわりかしまともな人間にされてる自覚はある。

 

「そうですね、生ゴミが資源ごみくらいにはなってるかもしれませんね」

「おう、割とマシになってるのは分かるがゴミ扱いはやめろ」

 

 前にロリサキュバスにも同じような感じで言われた気がするし……お前らの中で流行ってんの?

 

「で? 結局その心残りってのは?」

「ダストさんに言うのはなんていうか凄いあれなんですけどね……。私が受付嬢になる前の頃ですけど、私、最年少ドラゴンナイトに憧れてたんですよ」

「…………、マジで? え? お前、そんな素振り全然なかったじゃねえか」

「そりゃ、チンピラのダストさんにそんな素振り見せるわけないじゃないですか。実際その憧れはダストさんに会ってその正体を教えてもらうまででしたよ」

 

 つまりは俺本人に憧れてた時期は欠片もなかったと…………ま、そんなもんだよな普通。

 

「好きとかそういうものじゃ全然なかったんです。ただ炎龍を倒したという話や隣国のお姫様との噂。それらはあの頃の私にとって凄く心揺さぶられるもので…………、今と違って若かったんだなとか言うならゆんゆんさんとリーンさんに有る事無い事吹き込みますからね」

「…………言わねえから話進めろよ」

 

 あぶねぇ……喉のそこまで言葉が出かかってぜ。

 

「とにかく、あの頃の私は憧れてたんですよ。最年少ドラゴンナイトがこの街で冒険者をしていると噂に聞いて、自分がギルドの受付という職につこうと思うくらいには」

 

 そういや、こいつが受付嬢になったのは俺が冒険者になった頃とほぼ同時期だったか。

 

「……ま、実際に会ってみたらこれで、会うたびに酷くなっていったから、憧れはすぐに廃れていきましたけどね」

「おう、振り落とされたいなら素直にそう言えよ」

「ただまぁ、それでも憧れていたのは確かで…………それが受付嬢になろうと思った原点ですから。心の何処かに何かが残っていたんでしょうね。ダストさんがゆんゆんさんと付き合い始めたと聞いて、ショックだったのは確かです。前にも言った通り9割はダストさんに先を越されたのが原因ですけど」

 

 1割くらいはその何かが原因だったと。

 

「だから、ダストさん。もう私は大丈夫ですよ。バニルさんとデートして……そして最年少ドラゴンナイトに空を連れて行ってもらえましたから。あの頃の私の憧れはちゃんと消化……昇華出来ました」

「そうかよ」

 

 背中にいるルナの顔は俺には見えない。でもその声はいつものルナだ。だったらもう大丈夫だろう。

 こいつが一筋縄じゃいかない強い女だってことは長い付き合いの中で思い知らされてるから。

 

「まぁ、あれだ。ルナ、俺はお前のことダチだって思ってる。だからなんだ……空に連れて行って欲しいときはいつでも言えよ? 気晴らしにならいくらでも付き合ってやるからよ」

 

 本当にこいつには世話になった。俺が曲がりなりにも冒険者なんてものを続けられたのはこいつが苦労しててくれたからってのは分かってる。

 だから俺はこいつが望むならドラゴンの背(特等席)に乗せるだろう。

 

 ルナは俺が認める数少ない対等なダチだから。

 

 

「くすっ……言ったでしょう? ダストさん。私はもう大丈夫だって。気晴らしならバニルさんにたくさん付き合ってもらいますから、ダストさんはあなたが()()大切に思う人()()をもっと大事にしてください」

「ま、お前がそう言うなら別にいいけどな」

 

 …………でも、この背中の感触はちょっともったいねぇなぁ。ま、この感触を覚えてロリサキュバスに頼めばいいか。

 

「なんか邪なこと考えてませんか? 本当に言いつけますよ?」

「別に考えてねえよ。どうやったらそんなにでかくなるのか考えてただけだ」

「とりあえずリーンさんの方に胸のことで有る事無い事言いふらしますから覚えててくださいね」

「すんません、ちょっと胸の感触楽しんでただけなので許してください」

 

 あいつ胸の話になると最近洒落になんねえんだよ……。いやでかくならないあいつの胸を散々からかった俺が悪いんだが。

 

 

 

 

 

「それじゃ、ダストさん。今日はありがとうございました」

「今日はって言っても俺は最後だけだけどな。礼なら旦那にまた言っといてくれ」

 

 空の散歩を終えて。暗くなった街の入り口で俺はルナとそんなやり取りをする。

 

「はい、そうします。私はもう帰りますけど、ダストさんはどうしますか?」

「そんなもん聞かなくても分かってんだろ?……お前の助言を早速実行するさ」

「ふふっ……やっぱり最近のダストさんはまともになってるかもしれませんね。そろそろゴミ系統からただのろくでなしにランクアップしても良いのかもしれません」

「それでもろくでなしなのな……」

 

 まぁ、ゴミ扱いよりはましか。

 

「じゃ、気をつけて帰れよ。俺みたいなろくでなしがこの街にはたくさんいるからな」

 

 キースとかキースとかキースとか。

 

「ダストさん並みのろくでなしはこの街でもキースさんくらいだから大丈夫ですよ。それに私は問題児たちを毎日捌いてるギルドの受付嬢ですよ?」

「…………そうだったな」

 

 元気になったこいつをどうこうできるやつがいるとしたらバニルの旦那くらいだろう。

 

 

 

 

「さてと…………じゃ、隠れてる二人はそろそろ出てこいよ」

 

 ルナを適当に見送って。ひと伸びした俺は城門の影に隠れる二人に声を掛ける。

 

「ゆんゆん? リーン?」

 

 だが、声を掛けても二人は姿を現そうとしない。仕方がないと隠れている場所に足を運び覗き込む。

 

「って……何だ? なんでお前ら不機嫌そうな顔してんだよ」

 

 まぁ、ゆんゆんは分からないでもないが……なんでリーンまで不機嫌なんだよ。出歯亀してるのはそっちだろうに。

 

「…………仲、良さそうでしたね」

「ま、付き合いだけならあいつがこの町で一番長いしな」

 

 出会ってからの年月ならリーンが一番長いが。顔を合わせた回数ならルナが一番だ。ま、長いだけでゆんゆんが嫉妬するような関係は欠片もないが。

 

 ……でも、今日の話を考えれば、上手くやってたら()()なってた今もあるのかね? そうなってる今は欠片も想像できねえけど。

 

「…………そうですか。仲がいいことは素晴らしいですね」

「欠片も素晴らしそうじゃない顔で言ってんじゃねえよ。話聞いてたならどんな経緯かは分かってんだろ?」

「それはそうですけど…………、理屈では納得できても心は納得できませんよ」

 

 それもそうか。こいつらは俺にとってドラゴンの背に乗せることがどれだけ特別な事か分かってるだろうし。

 ダチを乗せただけだとしても恋人としてゆんゆんが思うところがあるのは仕方ない。

 

 

「あー……なんだ。今回の俺の行動が間違ってるとは全然思わねえし、欠片も後悔してないが……お前が不機嫌なのも分かる。だから、ちょっとばかしご機嫌取りさせてくれねえか?」

「ご機嫌取りって……何をするんですか? 私もちょっと理不尽かなとは思ってますけどそれ以上にもやもやしてるんでちょっとやそっとじゃ誤魔化されませんからね」

 

 自分でも今の自分が面倒だとは思ってんのな。それでもどうしようもない感情……おそらくは嫉妬があると。

 本当、こいつは出会った頃から変わったと言うか成長したと言うか…………女になったよな。

 

「心配すんな。今からやることを体験すれば誰だってご機嫌になるからな。今日も一人ご機嫌にした」

 

 今日も、ってかついさっきだけどな。

 

「今日も? まさかそれって……」

「てわけだ。夜空の散歩に行こうぜ」

 

 城門のすぐそばで待つミネアの頭を撫で、背に乗り飛ぶ準備をしてもらう。

 

「それでいいよな? ゆんゆん」

「~~~っ! はいっ!」

 

 すっげえ笑顔。現金なこった……ってか、相変わらずちょろい。

 

「で? 今日は前と後ろどっちがいい?」

「前でお願いします」

「了解。ほらよ」

 

 先にミネアに乗った俺は、手を貸してゆんゆんを自分の前へと乗せる。と言っても、ゆんゆんももう慣れたもんでほとんど力入れる必要なかったけど。

 まぁ、形だけでも手を貸したほうがゆんゆんの機嫌も良くなるだろうし、貸さない理由はない。

 

「で? お前はさっきからなにぼーっと突っ立ってんだ。早く手を出せ」

「…………へ? あたし? 手を出せって…………あたしも乗せるつもり?」

「なんでか知らねえがお前もなんか不機嫌になってるだろ? 二度もご機嫌取りするのは面倒いし、そもそもこれ以外のまともなご機嫌取りなんて知らねえからな。一緒に乗ったほうが早いだろ」

 

 どっかの受付嬢に知られたらまたデリカシーがないとか言われそうだが…………空を飛んじまえばこっちのもんだ。そんなの気にならないくらいご機嫌になるだろ。

 

「別に、あたしが不機嫌になっててもダストには関係ないじゃない」

「関係ないわけ無いだろ。お前は仲間なんだからよ」

「…………そうよ、あたしはただの仲間なんだから」

「それに……お前が不機嫌そうにしてんのは、ゆんゆんが不機嫌そうにしてんのと同じくらい落ち着かねえんだよ」

 

 だからまぁ、強引だろうがなんだろうが、リーンには今後ろに乗ってもらう。

 

「…………、ゆんゆんはいいの? あたしが一緒でも」

「思うところがないと言ったら嘘になります。でも、それ以上に私はリーンさんも一緒がいいです」

「てことみたいだ。恋人様のお許しも出たことだし、早く乗れ」

「……バカダスト。先にそっちの確認してから誘いなさいよ」

 

 文句を言いながらもリーンは俺に手を伸ばし、

 

「じゃ、夜空の旅にお二人様ご招待だな」

 

 その手を掴んだ俺は自分の後ろへと勢いよく乗せる。

 

「リーンはちゃんと掴まってろよ?」

「分かってる」

「ダストさんは私のことちゃんと掴まえてて下さいね」

「分かってる…………って、おい、リーン流石に締め付け過ぎだ。そんなに力入れてたら疲れるぞ」

「…………ダストさん、もっと強く掴まえ……抱きしめてくださいよ。空飛ぶのにこれだけじゃ不安ですよ」

「いや、結構力入れてんだが…………」

「……………………」

「分かったよ。分かったから無言で睨むな…………って、だからリーン! 洒落にならないくらい力入れんのはやめろ!」

 

 上で騒いでるのもお構いなく。ミネアの巨体は俺の指示も待たずにゆっくりと羽ばたき空へと舞っていく。

 放っておいたらいつまでもこのままだと思ったのかもしれない。こういう所は妙に冷たいというかあっさりしている相棒である。

 

 

「ま、夜空の風景楽しんでる間に言うのは無粋だから今のうち言っておくか。…………リーン、やっぱお前の胸初めて会った時から全く成長して──っってぇぇぇ! だから洒落にならない力込めるのはやめろ!」

「洒落にならないのはそっちでしょ! バカダスト!」

「流石に今のはデリカシーなさすぎてドン引きですよダストさん……」

 

 

 そんな感じで。夜空の散歩は俺の照れ隠しにより雰囲気マイナスから始まるのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話:真名契約

「──て、わけで隣国に行くことになったんだが……大丈夫だよな?」

「王女様……アイリスちゃんの護衛でダストさんの故郷にですか。もちろん大丈夫ですよ」

 

 朝食中。飯のついでとばかりに切り出されたクエストの話に私は了承する。

 ダストさんの故郷にはいつか行ってみたいと思ってたし、その目的が友達の護衛、戦争を回避するためだと言うなら断る理由はない。

 

「でも、少しだけ意外ですね。ダストさんがそんなクエスト受けてくるなんて。あの国には近寄りたくないみたいな感じだったのに」

「実際行きたくはないんだがなあ……ま、アイリスには黙ってて貰った恩もあるし、弟子みたいはもんだからな。仕方ねえよ」

「そうですね。アイリスちゃんは弟子みたいな……って弟子ってなんですか!?」

 

 アイリスちゃんがダストさんの正体を気づいてたみたいなのも聞き逃せないけど、そんなことどうでもよくなるくらい衝撃的なんだけど。

 

「だから、弟子みたいなものだって。戦いかたとかは大して教えてねえが、実戦の感覚を鍛えるのに付き合ってた時期があってな」

「完全に初耳なんですが……」

「そりゃ教えてねえからな」

 

 なんでこの人なんでもないことのように言ってるんだろう。一国のお姫様の教師役って凄いことのはずなんだけど……。

 …………、まぁ、この人の経歴を考えれば確かに些細なことなんだろうなあ。本当、この人なんでチンピラなんてやってるんだろう。お姫様といろいろあってリーンさんともいろいろあってこうなっちゃったみたいだけど。

 リーンさんの件は多少は聞いてるけど隣国のお姫様と何があったかは全然教えてくれないし。

 

「つーより、お前こそアイリスが王女だって知ってたのな」

「まあ、知ってたと言うか知ってしまったと言うか……」

 

 とりあえずめぐみんはいろいろ反省するべきだと思う。一国の王女様を盗賊団の下っ端にするとか頭おかしい。

 

 

「それより護衛のメンバーはどうするんですか?」

「確定してんのは護衛対象のアイリスを除けば、俺とゆんゆんとジハード。それにアイリスのお目付け役でレインが来るみたいだな。他はまだ決まってねえ」

「決まってないって……リーンさん達は一緒に行かないんですか?」

 

 てっきりいつものみんなプラスαで行くのかなって思ったのに。

 

「つれてけるわけねえだろ。エンシェントドラゴンの時と一緒だ。アイリスを守りながらあいつらまで面倒見る余裕は流石にねえよ」

「そんなに危険なんですか? 正直私のイメージじゃアイリスちゃんに護衛なんて必要ないくらいなんですが……」

 

 魔王軍幹部でも倒せそうなくらいいろいろ規格外なのがアイリスちゃんだ。

 そしてドラゴンと一緒のダストさんはそんなアイリスちゃんに負けないくらい……むしろハーちゃんや子竜の槍の能力を考えればそれ以上にデタラメ人だ。

 そんな二人が他に手が回らなくなるって……。

 

「実際アイリスは人類最強クラスだ。出会った頃のあいつならともかく今のあいつなら旦那やウィズさん相手でも互角に近いだろうし、あの国のドラゴン使いやドラゴンナイトを相手取っても一組なら勝てる可能性が高い」

「それなら……」

「だがな、それでもあの国のドラゴンとドラゴン使いのコンビは瞬殺出来ねえ。それは基本的には俺も一緒だ。ただでさえそんな相手だってのに騎竜隊……局地戦最強を誇る奴らが出てきて、その最強たる所以の戦術を使われたら流石に俺やアイリスでも()()()()()()奴らは守れねえよ」

「なんていうか……たまにダストさんの話の中で出てくる隣国の騎竜隊ですけど…………そんなに強いなら本当魔王軍と戦ってくれてたら良かったのに……」

 

 ダストさんやアイリスちゃんでも苦労するくらい強いなら幹部相手でも普通に戦えそうだし。

 

「それを紅魔族のお前が言うかー。こと火力で言うなら紅魔族総出の魔法一斉射撃が最強なんだぞ? 紅魔族とアクシズ教徒が真面目に戦ってくれればいいのにって話をライン時代に聞いたことある」

「こ、紅魔族はちゃんと王都がピンチになったら駆けつけますし」

「そもそもピンチになる前に出てこいよって話だがな」

「………………」

 

 だって仕方ないじゃないですか。ピンチに駆けつけるのがかっこいいんですから。

 ……とは、流石に言えないなぁ。

 

「ま、騎竜隊は対人間なら間違いなく最強だが、魔王軍相手なら紅魔族の方が若干強いんじゃねえかな。幹部級を相手にすんのにその巨体が邪魔して複数同時に戦うのが難しいし、魔王軍相手だとあの戦術も効果が薄まるからな」

「つまり人間である私達にしてみれば全く意味のない慰めですよね?」

「まぁな。だからリーンたちを連れて行く余裕ないって話なわけで」

 

 そう言われると納得するしかないのかなぁ。

 

「で、でも……ハーちゃんの能力を考えても無理なんですか? 予めハーちゃんやミネアさんに魔力を吸収させて強化してたら最強の部隊を相手にしてもみんなを守れるんじゃ……」

 

 なんて言っても限界まで強化したハーちゃんやミネアさんはダストさんと一緒にあのエンシェントドラゴンに力を認めてもらえるくらい強い。強化が不十分だった死魔との戦いを思い出しても、その強さは圧倒的だった。例え世界最強の部隊を相手しても有利に戦えると思うんだけど。

 

「現実的じゃねえな。こっちから攻めるタイミングを選べるんならありな選択ではあるが」

「? 予め……つまりずっと警戒して強化してるのは難しいってことですか?」

「そうだな。まず第一に過剰魔力で強化してる状態はジハードやミネアにとってかなり負担だ。特に下位ドラゴンのジハードにはな」

 

 そう言えば、ハーちゃんがよく眠る傾向があるのはそのせいだってバニルさんやダストさんが言ってたっけ。

 

「第二にそんな状態のドラゴンたちを暴走しないように制御し続ける俺がきつい。ただでさえきついってのにいつ始まるか分からない戦いを警戒しながら制御続けるとかマジで死ぬ」

「そっちはダストさんのことですし、口ではいろいろ言いながら何とかしそうだからいいですけど……ハーちゃんやミネアさんに負担がかかるなら確かに駄目ですね」

「おい、俺の方はいいってのはなんだ。マジできついんだぞ」

 

 たとえきつくても、自分だけの問題ならなんとかするのがダストさんじゃないですか。

 普段はどうしようもないくらいろくでなしなのに、出来るのが自分だけという状況なら誰よりも無理してしまう人だから。

 

 以前、リーンさんがダストさんのことを『眼の前で女の子が溺れていても素通りする男』だと表現していた。多分それは一面として正しい。

 きっと、女の子が溺れていても近くに他に助ける人……テイラーさんやリーンさんがいればダストさんは自分で動かない。

 でも、もしもその場にダストさんしかいないなら、ダストさんはきっと悪態をつきながら助けて…………その後、助けた礼を要求するだろう。

 ダストさんとはそういう人だ。

 

 

「何て言うか…………ダストさんって本当面倒くさい人ですよね」

「面倒くさい女代表みたいなお前にだけは言われたくねえぞ…………。つうかマジできついってのに」

「別にそれは疑ってませんけどね」

 

 あんな力を余裕で制御してるとか言われたら人間やめすぎてるし。

 …………、まぁ、四大賞金首を倒す力を制御する時点で人間やめてるレベルなんだけど。

 

 

「それで、そのクエストですけど、私がなにか特別に準備することありますか? 複数日に跨ったクエスト自体は初めてじゃないですし、長旅用の準備はしますけど」

「まだ少し準備始めるには日が早えから、長旅の準備自体はまた後日頼むわ。とりあえず今日は護衛のメンバー探しを頼みたい」

「パーティーメンバー探しですか?…………あの? 頼む人間違えてません? 自慢じゃないですけど、私は友達少ないですよ?」

 

 多少は増えたけど、多分この街で私より友達が少ないのはめぐみんくらいだと思う。

 

「本当に欠片も自慢じゃねえな! 言ってて悲しくねえのか」

「ふっ……そんな段階はとうの昔に過ぎ去りましたよ……」

 

 具体的に言うと3日くらい前に。

 

「そう言いながら涙目になってるのは突っ込まないでやるか……」

「お願いします…………」

 

 うん、まぁ、辛いのは辛いよね。一応ネタに出来るくらい吹っ切れたのは確かだけど。

 

「まぁ、あれだ。お前のダチって強い奴らばっかだろ? 旦那やウィズさんは言うまでもないし、紅魔族やアクシズ教徒のお偉いさんもいる。そいつらに声かけてくれねえかなって」

「なるほど…………そう言われてみれば私の関係者って強い人多いですね」

 

 眼の前の人がその筆頭だけど。

 

「俺も俺でいろいろ準備ってか考えねえといけねえことがあるからよ。頼むわ」

「了解です」

 

 とりあえずめぐみんに声を掛けてみようかな?

 

「ちなみにカズマパーティーは全員なしだからな。レインから釘刺されてるし」

「…………はい」

 

 まぁ、うん。連れて行ったら戦争止めに行ったはずなのに、開戦して帰るはめになりそうな人たちだからね。特にめぐみん。

 

「ああ、あと一人も連れてこれなかったら、旅してる間お前のことはずっとぼっち娘呼びだからな。頑張って見つけてこいよ」

 

 …………うん、絶対見つけてきてダストさんを見返してやろう。

 恋人さんの意地悪な笑顔に私は心の中で強く決めた。

 

 

 

 

 

──ダスト視点──

 

「うーん……マジでどうすっかねぇ……」

 

 サキュバスの店。ゆんゆんを見送った俺は喫茶店の体裁も取ってるここにきて頭を悩ましていた。

 

「さっきからうんうん悩んでどうしたんですかダストさん。ゆんゆんさんかリーンさんでも怒らせましたか?」

 

 そう言って紅茶を運んできたのは今日もここでバイトをしてるらしいロリサキュバス。一応店をやめた身らしいが冒険がない日は普通にここでバイトしてんだよな。

 

「あいつら怒らせたからってなんだってんだ。つうかなんだ? 俺別に紅茶なんて頼んでねえぞ?」

 

 水持ってきてくれとは頼んだが。

 

「私のおごりですよ? ここでのバイトで精気とお金を貰ってるんですけど、お金の方は正直あまりいりませんし」

「ま、クエストでもそれなりに稼いでるしな今のお前は。てか、奢りだったら酒もってこいよ酒」

 

 わりとこの店の紅茶が美味いのは知ってるが。

 

「一応ここは喫茶店って事になってるんですよ? お酒なんて置いてるわけないじゃないですか」

「一応だろ? 大人のための店なんだから酒くらい置いとけよ」

「むしろその大人のための店だからですよ。お酒飲んだら熟睡しちゃって夢が見づらくなるんですから」

「あー……そういう理由もあんのか」

 

 さすがはサキュバスの店。男から精気を絞るためのことは徹底してんな。

 

「それで、結局何を悩んでたんですか?」

「いや、今度護衛クエストで故郷に行くことになってよ。お尋ね者のあの国でどうやって正体隠そうかと」

「ダストさんの故郷にですか? 正体を隠すって……故郷にいたのはもう何年も前のことですよね? 気づかれるものなんですか?」

「まぁ、俺だけだったら多分髪の色を黒にでも変えればバレない気はするんだがな」

 

 流石にセレスのおっちゃんやフィールの姉ちゃんまでそれで騙せる自信はねえが、それ以外はどうにかなると思う。

 バレる可能性があるくらい俺に近い奴らだったら多分黙っててくれるしな。黙ってくれなかったときは自分の人望の無さを呪うしかないが…………ま、そのあたりは大丈夫だろう。ぶっちゃけ、追放処分になってる俺だけだったらバレてもいくらでも屁理屈こねられるしな。

 

「じゃあ、何が問題なんですか?」

「ミネアだよ。あいつは竜失事件以降じゃ最長齢クラスのドラゴンだし、あの美しさだ。確実にバレる。で、あいつはあの国保有のドラゴンってなってるからバレたらすげえ面倒いんだよなぁ」

 

 俺があの国に帰れない一番の理由だ。俺の家のドラゴンだったミネアは国接収されてて…………俺はそれを盗んで連れて行った事になってる。

 

「一応目的があの国とこの国の戦争止めるためだからな。ミネアの存在はその引き金を引きかねない」

 

 実際に戦争が決定的になれば……つまりは向こうから襲ってくるようなことがあれば関係ないが、それまではミネアの存在がバレるのはまずい。

 

「なるほど。理由はわかりました。でも、そんなに悩むことですか?」

「悩むに決まってるだろ。ミネアを……俺の相棒を連れていけるかどうかって話だぞ? 戦力的にも心情的にもすげえ悩むっての」

 

 やっと一緒に入れるようになったってのに、また長い間離れ離れとかマジできついぞ。

 

「いえ、そういう話じゃなくて…………ダストさんは連れて行っても大丈夫な方法を持ってるじゃないですか」

「あん? なんかいい方法あったか?」

 

 あれだけ綺麗で大きなドラゴン連れて行ったらどうやっても絶対バレるだろうに。

 

 

「あの……とぼけてるんじゃなくて本当に気づいてないんですか? あの黒いドラゴンさんと同じように人化させればいいだけだと思うんですが……」

 

 

「…………。あー……。ああー…………。……その手があったか」

 

 そういや俺苦労してドラゴンを人化させるスキル覚えてるじゃねえか。

 

「何ていうか……ダストさんって基本的には頭の回転早くて悪知恵とか働くのに、たまに凄い間抜けになりますよね」

「言うな……」

 

 旦那にもそんな風に思われてる節あるから。

 

「でもミネアを人化かぁ……一度もしてないから全然頭になかったぜ」

「してないんですか? 話せるようになるんですしてっきり何度かしてるものと思ってましたけど」

「ミネアが人化したそうにしてたらそりゃするが、別にそうじゃなかったしなぁ」

 

 ミネアは人の言葉分かるし、俺もあいつが伝えたいことが何かくらい分かる。別に言葉を交わさなくても心は交わせてるから、わざわざ人化させる理由はない。

 

「そうなんですか。人化させてたらいつでも一緒にいられるのにどうしてしないんだろうとずっと思ってたんですけど」

「…………、あれ? そうか、人化させたら同じ部屋とは言わずとも同じ宿で一緒に飯食ったりできるのか。…………なんで俺今までミネア人化させてねえんだ?」

「間抜けだからじゃないですか」

 

 ぐぅの音も出ねえ……。

 

いふぁい(いたい)いふぁい(いたい)なんふぇほっふぇふぁつまむんふぇすか(何でほっぺた摘むんですか)~!」

 

 まぁ、ぐぅの音も出ないくらいロリサキュバスの言ってることは正しいが、それはそれとしてその呆れ顔はムカつくからほっぺたを引っ張らせてもらうが。

 

 

 

「うぅ……ダストさんに辱められました……」

「人聞きの悪いこと言うな。誰がお前みたいな未成熟な奴に手を出すか」

 

 この間とある理由で地獄にある旦那の領地に行った時に会った夢魔に比べれば月とスッポン並みに色気に差があるし。

 そもそも実際に手を出すのはゆんゆんだけで十分で後は夢で満足してるっての。

 

「ま、お前のおかげで悩みはなんとか解決したしな。今日の夜はいつもより多く精気吸ってもいいぞ」

 

 どうせ護衛のクエストの日まではゆっくりするつもりだし。多少明日に影響でるまで精気吸われても問題ないだろ。

 

「それはありがたいんですけど…………そのクエストって何か準備するものあるんですか? 長くなるならバイトのシフトもありますし日程とか教えてもらえるとありがたいんですが……」

「ん、あー……悪い。先に言っとくべきだったか。本当悪いがロリサキュバス……お前は今回のクエスト連れてけねえんだ。ちょっとばっかし危険が高いからよ。リーンたちと一緒に留守番しててくれ」

 

 俺としても夢見させてもらいたいし、ダチのこいつにひもじい思いさせるのもあれだから連れていきたいんだが……サキュバスのこいつじゃドラゴンやドラゴン使い相手にはほぼ無力だと思っていい。空が飛べるアドバンテージもドラゴン相手にはほぼないし。

 リーンよりは連れて行っても大丈夫だろうが、テイラーよりは大丈夫じゃない。そんな感じじゃ連れて行くのはやっぱり難しい。

 

 

「…………、やっぱり今の私じゃ力不足ですか?」

「…………、まぁ、そうなるな」

 

 はっきり言うのも気まずいが、それ以外に説明のしようがない。こいつを傷つけないような都合のいい嘘なんて思いつけねえし。

 

「じゃあ、もしも私は今よりもっと強くなれば連れて行ってもらえますか?」

「そりゃ、ゆんゆんと同じくらい強ければ連れてっても大丈夫だろうが……流石に今から行くまでに強くなるのは無理だろ」

 

 悪魔のこいつにはレベルがない。つまり旦那やウィズさんに付き合ってもらって養殖する(レベル上げ)とかも出来ないんだ。

 悪魔が強くなるには良質な感情……サキュバスのこいつなら精気をたくさん食べて月日を重ね続けるしかない。

 

「出来ますよ。ダストさんが協力してくれるなら」

「協力?」

 

 まさか一気に強くなるくらい精気を吸わせてくれとかじゃねえよな? 仮に俺が死ぬまで精気を吸ったとしても大して強くはなれないはずだが……。

 

 

「はい。……ダストさん、私と『真名契約』をしてください」

 

 

 『真名契約』?

 

「それってあれか? 前に言ってた、悪魔の真名を利用するっていう?」

 

 確か、悪魔の真名さえ知ってたら誰でも結べる主従契約だっけか。悪魔の真名を話さないことを代償に悪魔を絶対服従させるっていう悪魔側にしてみれば全然割に合わないやつだったよな。

 

「……いや、それでどれくらい強くなるかはしらねえけどよ、流石にそこまでする必要はねえだろ」

 

 俺と契約するってことは俺に絶対服従ってことだろ?

 

「必要はないです。でも、私はそうしたいって思います」

「…………、なんで、そうしたいって思うんだ?」

 

 誰かに従わなきゃいけないなんてクソ喰らえな状態になってまで強くなりたい理由はなんなんだ。

 

 

「だって、ダストさんが言ったんじゃないですか。『友達』になれって。……私はあなたの友達ですから、友達の力になりたい……頼ってほしい……そう思う『約束(けいやく)』です」

「…………、そうか。お前は悪魔だもんな」

 

 友達になる……そんな契約をしたなら、それを全力で履行するのが悪魔としての性であり挟持だ。あの時はこいつを縛らないために言ったダチになれって契約だったが、それは俺が思った以上に重いものだったらしい。

 

「でもよ、だとしたらやっぱ止めといたほうがいいだろ。ダチに絶対服従なんて絶対おかしい」

「大丈夫ですよ。だって、ダストさんって『友達』には甘いですもん」

「…………」

「そして、自分の言うことを素直に聞いてくれる相手には酷いことを絶対に言えない人だってことも知ってます」

 

 それは……確かにそうだ。仮に俺の言うことを絶対に聞かないといけない立場のやつがいたとして、そいつに立場を利用して酷いことをさせるようなら、それは完全に俺が嫌う貴族の姿そのものだから。

 

 ……確かに、俺がこいつと真名契約を結んだなら、今よりこいつに甘くなりそうだな。

 

 

「だからダストさん。私は……───はあなたとの『真名契約』を望みます」

「……それが、お前の真名か」

 

 顔を寄せ、耳元で小さく囁くロリサキュバス。

 

「はい。これでダストさんは私の真名を知りました。後はダストさんが私に仮の名前を付けてくれればそれで『真名契約』は結ばれます」

「…………、俺は間違えちまったのかもな。あの時お前に望む事をよ」

 

 こういう関係になりたくなかったからダチになってくれと言ったはずなのに。それなのに結局その契約が始まりでこうなろうとしてる。

 

「かもしれせんね。でも、別にいいじゃないですか。ダストさんが酷いことをしなければ誰も不幸にならない……むしろ絶対服従な点以外は真名契約は利点ばかりなんですよ?」

「そうかよ」

 

 はぁ……、ここまで来たら断るのも無理か。確かにこいつの言う通り俺が気をつけさえすればいいだけだしな。

 

「で、仮の名前だっけ? ロリーサじゃ駄目なのか?」

「別にいいですよ? まぁ、できればちゃんと考えて付けてほしいですけど……」

 

 ちゃんと考えろつってもな……。俺にそんなセンスなんて欠片もねえぞ。

 

「そうだな…………、じゃあ『リリス』ってのはどうだ?」

 

 この間会った夢魔の名前だけど……まぁ、仮の名前だし別に著作権とかないからいいだろ。

 

「り、りりっ…!……む、無理です! そんな名前恐れ多すぎます!」

「ん? そうか。んー……じゃあやっぱロリーサでいいだろ。ゆんゆんやリーンもそう呼んでるし、今更違う名前を名乗られても混乱するだろ」

「はぁ……まぁ、それもそうですね。付け方はともかく響きはちゃんと可愛いですし」

 

 ちゃんとした名前ね…………。もしも、いつか旦那が言ってたように別の選択をした俺なんてのがいたら、こいつにちゃんと名前を付けてやる俺もいたのかね。

 ……って、考えても仕方無さ過ぎることだけどな。それは今の俺とこいつの関係に何も影響を与えないことだから。

 

 

「それじゃあ、これからよろしくお願いしますねダストさん。友達としても主人としても。…………ご主人様とかマスターとか呼んだほうがいいですか?」

「ダストでい…………いや、()()()()()

「ふふっ…………やっぱりダストさんはこういう所は甘々ですよね」

「うるせーよ。……ったく、やりにくいったらねえ」

 

 これからは命令みたいにならねえように気をつけねえといけねえのか。誰も不幸にならないみたいなこと言ってたが間違いなく俺は面倒なことになってんじゃねえか。

 

 

 

 

 

──ゆんゆん視点──

 

「ただいま帰りましたー」

「あるじおかえりなさい」

 

 宿の部屋。帰ってきた私に使い魔のハーちゃんがトトトと駆けてきて抱きついてくる。

 本当ハーちゃんは可愛いなぁ……今日はいろいろ疲れたから本当癒やされる。

 

「おー…………ゆんゆんおかえりさん」

「はい…………って、ダストさんなんか疲れてません? 何かあったんですか?」

 

 私もわりと疲れてるはずだけど、そんな私以上にダストさんは疲れているように見える。

 

「ああ、まぁロリーサとちょっとな……」

「そうですか、ロリーサちゃんと…………ってあれ?」

 

 ダストさんってロリーサちゃんのことロリサキュバスって呼んでなかったっけ?

 

「それで? お前はちゃんとメンバー見つけてこれたのか?」

「えーと…………ええ…………まぁ…………見つけたと言うか見つけてしまったと言うか…………」

 

 私が見つけたメンバーが誰か聞いたらダストさん怒るだろうなぁ。もしくは呆れるか。

 …………多分両方かな。

 

「? よく分かんないが一人でも見つけらたならいいぞ。ミネアも連れていけるし、ロリーサも行くことになったから多分もう十分だろう」

「え? ミネアさんはともかくロリーサちゃんも一緒で大丈夫なんですか?」

 

 幻惑系の魔法が得意なロリーサちゃんだけど、魔法抵抗力が恐ろしく高いドラゴンやドラゴン使い相手に決められるほどの効力はない。空を飛べる以外はほとんど無力な気がするんだけど……。

 

「まぁ、今のあいつなら多分大丈夫だろ。単純な戦力としては微妙だが使い方次第じゃ切り札になりそうだしな」

「はぁ……えと…………ロリーサちゃんと何があったんですか?」

 

 ダストさんが疲れてることと、ロリーサちゃんがダストさんに認められるくらいの力をいきなりつけてるのは何か関係があるのかな。

 

「あったというかあってしまったというか……まぁ、あれだ。少なくとも浮気じゃないから気にすんな」

「いえ、ダストさんに浮気なんて器用な真似出来るとは思えないのでそんな心配はしてませんが…………本当何があったんですか?」

 

 そう言えば前にロリーサちゃんも気になることを言ってたような……。

 

「あー…………一言で言うとあれだ。俺、今日からロリーサのご主人様なった」

「ちょっとなにをいってるかわからないです」

 

 

 その後。詳しくされたダストさんの説明に私は驚きと呆れと少しの嫉妬に更に疲れさせられることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、隣国へ出発する日。

 

「おいこら、ゆんゆん。確かに俺は強い奴を見つけてこいとは言ったがな…………いくらなんでもこいつはねえだろ」

「あ、あはは…………まぁ、私も流石に駄目かなぁと思ったんですけど……」

 

 ジト目をしてその人を見ているダストさんの言葉に私は苦笑いを浮かべる。

 

「何よ? 私が一緒に行ってあげるっていうのに何が不満なのよ?」

「不満しかねえよ! お前は俺の敵だろうが!」

 

 何が不満なのか心底わからない様子のその人……魔王の娘(アリスさん)の言葉にダストさんは声を荒げる。

 

「そうね敵ね。で? それが何? そんな小さいこと気にしてるからあんたモテないのよ」

「欠片も小さいことじゃねえよ! あと俺がモテないなんてこともねえからな!」

「そんなこと言ってるけど、そこのところどうなの彼女さん?」

「えーと…………ノーコメントで」

 

 正直そのへんは私もよく分かってないんだよなぁ…………。前は特に悩まずモテてないって答えられたんだけど。

 

「ま、あんたがモテてるかどうかなんてどうでもいいか。とにかく、私が一緒に行ってあげるんだから泣いて感謝しなさいな」

「感謝どころか泣きたくなるくらい不安しかねえけどな!」

 

 

 

 

 そんなこんなで、勇者の国の姫を護衛するパーティーに魔王軍の姫も加えて。隣国への、戦争を回避するための旅が始まろうとしていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話:メンバー集合

「それで? 今日ここに旅の準備して集合としか聞いてないんだけど、これからあの国にどんな感じで行くわけ?」

 

 アクセルの街の入り口で。隣国への出発を前にしてアリスさんはそんな質問をダストさんにする。

 

「それしか聞いてないって…………おい、ゆんゆんもっとちゃんと説明しろよ」

「私もちゃんと説明したかったですけど…………そもそもダストさんからも旅の具体的な日程とかは聞いてないじゃないですか」

「…………、そうだったか?」

「はい」

 

 コクリとうなずく私にダストさんは大きなため息を付いて、

 

「だったら、ちゃんと聞いとけよ。俺じゃなくてもレインとかアイリスとかからよ」

 

 そう返す。

 

「そう言われたら全く持ってその通りなんですけどね。正直()()の訓練で精一杯でそんなこと気にしてる暇がなかったと言うか……」

 

 アレが出来るようになるまで毎日ヘトヘトだったからなあ……、つまり一回だけ出来た昨日までそんなこと考える暇なかった。

 

「はぁ……ま、今更どうこう言っても仕方ねえか」

「というより、あんたがちゃんと話してなかったのが7割くらい悪いわよね? なんであんた自分は悪くないみたいな感じなのよ」

「いいんですよ、アリスさん。実際私がちゃんと聞いてればそれで済んだ話ですし」

 

 いつもどおりに見えるけど、いろいろあったらしい故郷への旅。ダストさんも心の中が穏やかじゃないのは想像がつく。

 

「そう? ま、私も別にどうでもいいんだけど…………やっぱりあなた甘いわね」

「甘いってーか……、こいつはお人好しすぎんだよ」

「あの……? 何で私お二人に呆れられてるんですかね?」

 

 別に優しいとか心が広いとか褒めて欲しいわけじゃないけど、呆れられるのはなんか釈然としない。

 

 

「ゆんゆんがお人好しぼっちなのは今更だから置いとくとして……。この後は紅魔の里でアイリスやレインと合流だな。そんで里で足りないものとか揃えたら馬車でまっすぐあの国へ向かう」

「アイリス……この国の王女ね。強いって話だけどどれくらい強いか楽しみだわ」

「アイリスにいきなり襲いかかったりすんなよ。したらすぐパーティーから追い出すからな」

「しないわよ。まぁ、休憩中とかに手合わせを願おうかとは思ってるけど」

 

 アイリスちゃん、わりと戦闘大好きっ子だから普通に受けそうだなぁ。

 勇者の国のお姫様と魔王の娘の戦い…………うん、想像するだけでもお腹痛い。

 

「つーか、お前紅魔の里行って大丈夫なのか? 眼の色変えてるとは言え、お前の顔里の連中に覚えられてんじゃねえの?」

 

 一度紅魔の里はアリスさん率いる魔王軍の手で制圧されている。ダストさんの言う通り、多少時間をおいたとは言え、眼の色を変えたくらいの変装ならすぐに気づかれる可能性はたしかに高い。

 ただ……

 

「まぁ、多分大丈夫じゃないですかね? あの里って敵意がないなら魔王だろうがなんだろうが歓迎しちゃいますし」

 

 むしろ魔王とか邪神とかそういうの大好きな人達だから……、前魔王の娘、そして次期魔王の可能性が高いアリスさんが普通にやってきたら大喜びすると思う。

 そしてアリスさんが買ったものや置いていったものを新たな観光資源にする。あの里はそういう里だ。

 

「ですって。私としてはむしろ喧嘩売ってくれたほうが嬉しいんだけどね。正直私の部屋覗き見してたこと思い出すとまだムカつくし」

「すみません、すみません。里のものとして謝りますから里で暴れるのだけはやめてください」

 

 流石にアリスさん一人で里を制圧できるとは思わないけれど、これ以上アリスさんと里の関係を悪化させたくもない。

 

「…………、やっぱ魔王軍が人類に戦争仕掛けてたのってお前ら紅魔族とアクシズ教徒のせいじゃねーの? 流石の俺も女の部屋除く施設を観光地には出来ねえぞ」

「わりと否定出来ないのが辛い……」

 

 7割くらいはアクシズ教徒の人たちのせいな気がするけど、私の里もいろいろやらかしてるからなぁ……。

 

「そこんとこどうよ? アリス」

「さあ? どうかしらね。私はまだ魔王になれてないからそのあたりは知らないわ。まぁ、魔王軍に所属していたほぼ全員がアクシズ教徒や紅魔族に鬱憤が溜まってたのは間違いないけど」

「本当謝りますからこの話はもうやめませんか!?」

 

 そんな里の次期族長の身としては耳が痛すぎる。

 

 

 

「それで? 里に行くんならテレポート?ちょっと買いたいものあるし行くならさっさと行きたいんだけど」

 

 私の懇願を聞いてくれたのか、それとも単に飽きたのか。何事もなかったかのように話を戻すアリスさん。

 ……話が逸れたのは凄くありがたいんだけど、やっぱりちょっとだけ釈然としない。

 

「ちょっとだけ待ってくれるか? もう少ししたらここから出発するもう一人のメンバーが来ると思うからよ」

「もう一人のメンバーってロリーサちゃんですか? アリスさんとは会ったことないでしょうしここで顔合わせしてた方がいいかもしれないですね」

 

 テレポートの定員的にアリスさんを先に送る手もないわけじゃないけれど、これからパーティーを組むのだから早めに顔合わせはしていた方がいい。

 

「ロリーサ? 聞いたことない名前ね。今回の旅に連れていくんだからそれなりの実力者なんでしょうけど」

「あいつが実力者って言われるとすげえ違和感あるが……まぁ、それなりに強くはなったな」

 

 そういえば、真名契約でロリーサちゃんが強くなったとは聞いたけど、実際どれくらい強くなったんだろう? ダストさんが認めるくらいだから結構強くなってそうだけど。

 

 

「お待たせしました。ダストさん、ゆんゆんさん」

 

 そんな話をしているうちに。話題となっていたロリーサちゃんが白を基調にした魔法使いの服に身を包みやってくる。

 相変わらずロリーサちゃんは可愛いなぁ……。ダストさんは否定するけど可愛さの中に色気もあるし、女性として私にはない魅力がある。

 

「おう、遅いぞロリーサ。結構待ったから昼飯奢れよ」

「もう、ダストさんたらまたそんな憎まれ口叩いて……大丈夫だからね? ロリーサちゃん。ちゃんと時間通りだしダストさん口ではこう言ってるけど、全然待ってないから」

 

 本当、ダストさんの口の悪さは少しも治らない。行動は少しはまともになってきてると思うんだけど……。

 

「くすっ……大丈夫ですよ、ゆんゆんさん。ダストさんがこういう人なのは私もよく知ってますから。それより、そっちの方も今回の旅のパー……ティ……??…………。ふえぇぇっ!? なんでバニル様の店にいる怖い人がここにいるんですか!?」

 

 そんな叫びと一緒にダストさんの後ろに隠れて震えるロリーサちゃん。

 

「…………おい、アリス。お前こいつに一体何したんだよ?」

「何したって言われても、私はこんな子知らない…………って、んー? あぁ、もしかして私がいる時に一度だけウィズの店にきたちっちゃいサキュバス?」

 

 そんなロリーサちゃんを覗き込むようにしてマジマジと観察するアリスさん。

 ロリーサちゃんの震えがもう凄いことになってるんだけど、本当アリスさん何をしたんだろう。

 

「ねぇ、私あなたに何かした覚えないんだけど、なんであなたそんなに怯えてるの?」

「だ、だって私がお店に行った時、バニル様と店主さんの喧嘩をゼーレシルト様を使って無理やり止めて……!」

「「あー…………」」

 

 私とダストさんの納得の声が重なる。

 あれを見たんならアリスさんを怖がるのも仕方ないかなぁ。正体を知ってる私達にしたらそういうこともあるだろうと諦めが付くけど。

 

「? あのきぐるみ悪魔を使って喧嘩を止めたからってなんなのよ? そんな理由で怖がられるとか納得行かないんだけど」

「ぴぃぃっ!? す、すみません! 謝りますから殺さないで下さい!」

「おい、アリス。あんまりこいついじめんなよ。一応俺はこいつのご主人さまみたいだからな。こいつが困ってるなら助けねえといけないんだ」

 

 助けるという言葉の通り、ダストさんはアリスさんの視線から守るようにロリーサちゃんの前に立つ。

 めんどくさそうな声色をしているのとは裏腹に、その姿勢はどう見ても本気で…………まるでハーちゃんを相手にしているときのようにロリーサちゃんを守っている。

 

「別にいじめてなんか…………って、ご主人さま? んー……、なるほど。掻き消えそうなくらい微弱な悪魔の魔力に人間とドラゴンの魔力……あんた、このサキュバスと契約したのね」

「そういうことだ。……って、だからそんなジロジロ見るなって」

「ふーん……悪魔がドラゴン使いと契約したらこんな魔力混じりになるのね。興味深いわ」

「だから……! おい、ゆんゆん、見てないでアリスを引き離すかロリーサかばうかどっちかしろ!」

「は、はい! その、アリスさん、これから時間はありますし、今はそれくらいで……」

 

 ダストさんの言葉に慌てて私も間に入る。ロリーサちゃんは私にとっても友達なんだから、困ってるなら羨ましいとか思っている場合じゃなかった。

 

「それもそうね。ただちょっと観察してるだけなのにそんな反応なのはやっぱり納得行かないけど。……とりあえず自己紹介。私はアリスよ。魔物使いのアリス。これから少しの間よろしくね小さなサキュバスさん」

「うぅ……はい。私はサキュバスのロリーサです。よろしくお願いします」

 

 自信満々な様子で自己紹介をするアリスさんと、やっぱり怯えてる様子のロリーサちゃん。

 アリスさんは一旦ロリーサちゃんへの興味を抑えてダストさんとこれからのことを話だし、

 

「あの……ゆんゆんさん。アリスさんって一体何者なんですか? 普通の魔物使いがバニル様とリッチーの戦いの間に入り、伯爵級悪魔の本体を盾のように扱うとか無理だと思うんですけど……」

 

 逆にロリーサちゃんはそんなアリスさんのことが気になるのか、恐る恐る私に聞いてくる。

 

「えーと…………あの人は一言で言うと次期魔王? 魔王軍筆頭幹部だった魔王の娘さんだよ」

「…………、すみません、帰ってもいいですか?」

「だ、大丈夫だって! アリスさんは基本的に敵みたいだけど悪い人じゃないから」

 

 正直私もアリスさんのことは苦手だけど、悪い人ではないのは分かる。苦手意識は別にしても、立場が違いすぎて仲良くなるのは難しいかもしれないけど。

 

「うぅ……次期魔王って、そんな人が一緒だなんて聞いてませんよー……」

「えっと……うん。それに関してはダストさんじゃなくて私が悪いから謝る。ごめんね」

 

 アリスさんが来るのをダストさんに黙っているのを条件にパーティーに入ってもらったけど、だからこそ、ダストさん以外のメンバー……少なくともロリーサちゃんには私から伝えておくべきことだった。

 いつもはめぐみんとかに気を利かせすぎて重いとか言われる私だけど、今回は本当気が利かないことばかりだ。

 

「ぅ……ゆんゆんさんが謝らないでくださいよー。勝手ですけど、ゆんゆんさんに謝られたら私もまた謝らないといけないような気に……」

「? ロリーサちゃん、何も悪い事してなくない?」

 

 だからそんなに気まずそうな顔しなくていいと思うんだけど。

 

「悪いことはしてないんですけど…………その、私ってサキュバスじゃないですか? それでダストさんと契約もしてると。男の人と契約してるサキュバスとその契約者の関係……特に真名契約だといわゆるあれな関係であることが多くてですね?」

「…………それは一般論なんだよね? だったらやっぱり悪いことは何もないよ」

 

 ロリーサちゃんの言いたいことは何となく分かる。ダストさんの恋人である私に謝りたい気持ちも。

 ダストさんとロリーサちゃんが契約したと聞いて覚えた感情を思えば、全く見当違いの謝罪でないのも確かだ。

 

 でも、やっぱりロリーサちゃんが謝る必要はない。だって、ロリーサちゃんはなにも悪いことはしていない……ただ、誠実にダストさんの友達であろうとしているのは分かるから。

 

「それとも、それは一般論じゃなくて、ダストさんとロリーサちゃんも同じなの? それなら私も怒るけど」

「それはまぁ……ないですね。今までも……多分これからも。ダストさんにとって私はずっとそんな存在です。……今回の契約できっとそう決まりました」

「だったら、やっぱり何も謝る必要はないよ」

 

 ダストさんの性格を考えればロリーサちゃんの言ってることが間違っていないのは私も分かる。あの人は自分の庇護下にある存在には本当に優しいから。

 少なくとも、ロリーサちゃんが私に負い目を感じてしまうくらいには。

 

「それでも、ロリーサちゃんが気になるって言うならさ、私のお願いを聞いてもらってもいいかな?」

「お願いですか?」

 

 だから、私はそんなロリーサちゃんの気が済むように。前々から気になっていたことをついでに解消することにする。

 

 

「うん。ちょっと私にロリーサちゃんのほっぺたを引っ張らせてくれない?」

 

 

「…………はい?」

「ダストさんってよくロリーサちゃんのほっぺたを引っ張ってるじゃない? 実際どんな感じなのかなぁって」

 

 ダストさん曰くどこまで引っ張っても伸びる凄いほっぺたみたいだし。どんな感触なのか凄い気になってるんだよね。

 

「そ、それでゆんゆんさんが納得するならもちろんいいですが…………大丈夫ですか? 何かストレスとか溜まってるんじゃ……。やっぱりダストさんの恋人はいろいろ大変なんですね」

「ダストさんの恋人は確かにいろいろ大変だけど今は別にそれでおかしくはなってないよ!?…………多分」

 

 …………ストレスはともかく、ダストさんの影響で自分の感覚がおかしくなってる可能性はわりとありそうだけど。

 

「と、とにかく、……いいんだよね?」

「はい。ただ、その……できればあまり痛くしないでもらえたら嬉しいです」

「それはもちろん気をつけるよ。それじゃ……失礼して……」

 

 ロリーサちゃんの許可を受けて。私はゆっくりとそのぷにぷにしたほっぺたに自分の両手をゆっくりと寄せていく。

 

「うわぁ……すごい…………こんなに柔らかいんだ」

 

 そうしてたどり着いたほっぺたは、ダストさんがいつも引っ張って遊ぶのも納得の柔らかさだった。

 引っ付くんじゃないかと思うほどの弾力と、力を受けて変わる柔軟さ。その矛盾を秘めた感触はなるほど、確かに引っ張ればどこまでも伸びるんじゃないかと思ってしまう。

 

 ……………………。

 

いふぁい(いたい)いふぁい(いたい)! ひふぁふひなひっふぇひっふぁ(いたくしないっていった)じゃふぁふぃふぇふふぁー(じゃないですかー)!」

「わわっ、ごめん。魅惑の感触すぎてつい」

 

 私としたことがあまりの感触に我を忘れて引っ張りすぎちゃった。

 

 

「…………何やってんの? お前ら?」

「あ、ダストさん。ちょっと前から気になってたことを解消してました」

 

 アリスさんとの話を終えたのか。呆れ顔でやってきたダストさん。

 

「何言ってるかよく分かんねえが……お前もあんまりこいついじめんなよ」

「大丈夫ですよ。ダストさんがするのと同じくらいしか私もしませんから」

「? まぁ、それなら大丈夫か」

「それ全然大丈夫じゃないですよ!?」

 

 ダストさんの後ろにまた隠れて叫ぶロリーサちゃんを見つめながら。私はまたいつかほっぺたを触らせてもらえる日を楽しみにするのだった。

 

 

 

「それでダストさん。紹介も終わりましたしそろそろ出発ですか? それならハーちゃんを起こしますけど」

 

 例によって待ってる間にドラゴンの姿で眠っているハーちゃん。テレポートを使うなら負担を減らすため人化させたいし、起きてもらった方がいい。

 ……寝てる所を人化させたら地べたに倒れる幼女の完成だからなぁ……。流石にそれは可哀想だし周りの目も痛い。

 

「頼む。……で、ここからが予定からの変更点なんだが、ゆんゆんお前テレポートを使わないでいいぞ」

「使わないでいいって…………あ、もしかしてアリスさんがテレポートを使えるんですか? それで紅魔の里を登録してると」

 

 ハーちゃんを起こしながら私はダストさんの言葉の意味に当たりをつける。さっきアリスさんと話してた時にそういう話をしてたんだろう。

 

「そういうことだ。魔力を消費すんなら魔法使いのお前より、魔法()使えるアリスに消費させてたほうがいいからな」

 

 アリスさんって聞いた話だと使える魔法の数はウィズさん並みで、いろんな武器をダストさんが槍を使うのと同じくらい使いこなせるらしいからなあ。仮に魔力を使い切っても武器で十分以上に戦えるし、強化能力を考えればそこにいるだけで凄い戦力だ。魔法が使えなくなったらほぼ無力な私よりも魔力を消費するリスクは薄い。

 

「それじゃあ先に誰が飛びますか?」

 

 テレポートの一緒に飛べる定員は4人だから、私、ダストさん、ロリーサちゃん、ハーちゃん、アリスさんの5人が同時には飛べない。

 

「ん? 何でそんな面倒なことするのよ。5人一緒に飛べばいいじゃない」

 

 そのはずなんだけど、アリスさんは私の言葉に不思議そうな顔をしている。

 

「え? だってテレポートの定員は4人じゃ……」

「ああ、なるほど。スキルシステムで覚えたテレポートにはそんな制限があるのね。簡単に覚えられるみたいだし多少は羨ましかったけど、言うほど便利でもないのかしら?」

「テレポートなんて高等魔法をスキルシステムなしで覚えるのは人間じゃほぼ不可能だぞ。魔族でもテレポートと上級魔法以上、両方使えるのなんて魔王軍でも幹部級以上だろ」

「まぁ、そうね。テレポートを使える子は基本的にそれ特化だし。幹部以上でもテレポートと上級魔法以上両方使えるのは私と父s……魔王、ウィズくらいだったわね」

 

 ……えっと、つまり?

 

「スキルシステム……冒険者カードを使わないでテレポートを覚えたアリスさんは定員がないということですか?」

 

 脱線気味のアリスさんとダストさんの話要約するとそうなる。

 

「飛ばせる人数は術者の技量によるけどね。私なら一応10人位なら一緒に飛べるわよ」

 

 この人やっぱりチート過ぎませんかね。スキルシステムでもポイントを消費すれば飛べる人数や転移地点を増やせるけど、10人も飛ばせるとなるとよほどテレポートの才能がないと普通のレベルアップのポイントだけじゃ無理な領域だ。

 

「あの……ゆんゆんさん。私、場違いじゃないでしょうか? こんな凄い人と一緒のパーティーに私もいていいんでしょうか?」

「…………いいんじゃないかなぁ。凄さで言えばダストさんとハーちゃんも割とおかしいし」

 

 正直私もなんか場違い感を感じてきているけど。…………この人達にアイリスちゃんも加わるのかぁ。

 レインさんとロリーサちゃんと一緒に普通の魔法使い同盟でも組もうかな。

 

 

「よし、じゃあ飛ぶか。アリス頼む」

 

 ハーちゃんの人化も終わって。飛ぶ準備を終えたダストさんはハーちゃんの手を繋ぎながらアリスさんの横に立つ。それにならって私とロリーサちゃんもアリスさんの周りに近づいた。

 

「はいはい。頼まれなくてもパーティーメンバーの間はやってあげるわよ。『テレポート』」

 

 …………普通にテレポートを無詠唱かぁ。

 

 アリスさんのチートっぷりをまた深く実感しながら私達はアクセルの街から紅魔の里へ飛んだ。

 

 

 

 …………というか、これアリスさんはいつでも紅魔の里へ複数人で飛んでこれるってこと?

 これ本格的にアリスさんが敵対しだしたらまずい案件なんじゃ…………。

 

 

 

 

 

「さてと……ここがアイリスたちとの合流地点のはずだが、まだアイリスたちは来てねえみたいだな。俺はとりあえず髪を黒色に変えて貰ってミネアを迎えに行くが……お前らはどうする?」

「わ、私はダストさんについていきます!」

 

 里の隣国へ続く入り口で。ダストさんの質問に真っ先に答えるのはロリーサちゃんだ。

 ……アリスさんと一緒に居たくないんだろうなぁ。

 

「んー……私もいい武器がないか里を回ってみようかしら? 紅魔族ってふざけた奴らだけど、武器とかの品質はいいのが多いし」

 

 アリスさんの言う通り紅魔の里に出回ってる武器は王都と比べても遜色のない高品質なものばかりだ。それくらい紅魔族が作る武具の品質は高い。

 …………ただ一人めぐみんの父親(ひょいざぶろーさん)が作るものはあれなものばっかりだけど。

 

「お前はどうすんだ? ゆんゆん」

「私はここでハーちゃんとアイリスちゃんたちを待っています。アイリスちゃんに会うのも久しぶりで楽しみですし」

 

 最後にあったのは魔王討伐戦の前だから……私の体感では一年以上も前だ。数少ない友達のアイリスちゃんと早く会いたかった。

 

「そうか、じゃあジハードのことは頼むぞ」

 

 そう言ってダストさんは手を繋いでいたハーちゃんを私に任せ、ロリーサちゃんを連れて里の中心へと向かっていく。

 アリスさんもその後ろをゆっくりと里を観光するように歩いていなくなった。

 

 

「ぅぅ……あるじ……ねむいぃ……」

「大丈夫? ん、抱っこしてあげるから皆が来るまで眠ろうか」

 

 眠そうにフラフラしているハーちゃんを抱き上げて。私は皆を待っている間ハーちゃんを寝かせてあげることにする。

 

「んぅ……あるじ……だいすき…………すぅ……すぅ…………」

「本当、ハーちゃんは可愛いなぁ……」

 

 抱っこしたらすぐに寝息を立て始めたハーちゃんの寝顔を眺めながらそう思う。最近里帰りをしたらお父さんやお母さんが私よりもハーちゃんを可愛がるくらいだし。

 お父さんたちにしたら孫娘みたいなのもあるんだろうけど、あるえやねりまきもハーちゃんのことを猫可愛がりしてるから、身内贔屓なだけではないと思う。

 

 

「ゆ、ゆんゆんさん……? ダスト様と付き合い始めたとはレインから聞いていましたが……まさか、その子どもは……!」

 

 ハーちゃんの可愛さに癒やされている私に掛けられるのは懐かしい声。可憐でありながら不思議と強さを感じる声に懐かしい友達の顔を思い浮かべながら、私は声の方を振り向く。

 そこに待っているのはもちろん想像通りの──

 

「………………えっと………………アイリスちゃんだよね?」

「え、あ、はい。お久しぶりです、ゆんゆんさん。もちろんあなたのお友達のアイリス・スタイリッシュ・ソード・アイリスですよ? それより、その紅魔族の子どもはやはり……」

 

 ──とは言えない、大人の女性へと成長しつつあるアイリスちゃんの姿があった。

 成長期だなとは思ってたけど、前あった時からこんなに成長してるなんて……。

 

「大きくなったね、アイリスちゃん。見違えちゃった」

「あ、はい。遅れ気味だった成長期がやっと来たみたいで…………。それで、その……抱っこしている子は……」

 

 本当、アイリスちゃん綺麗になったなぁ。前は可愛いと言った方がしっくりしたけど、今は綺麗と言われてもしっくりくる。可愛さと綺麗さのいいとこ取りと言うか……流石は王族と言った美しさだ。

 

「ゆんゆんさん、お久しぶりです。ダスト殿から話は聞いていましたが、ゆんゆんさんもアイリス様に負けないくらいの成長ぶりですね」

「レインさん! お久しぶりです!……まぁ、私は人よりも一年以上歳を取っていますからね」

 

 それでも、アイリスちゃんの変わりように比べたらそんなに変わってないと思うけど。レインさんの負けないくらいというのは多分お世辞かな。

 

「たった一年でそれほど綺麗になれるものなんですね……アイリス様といいゆんゆんさんといい、本当に羨ましいです。私なんてこの一年全く変化していないというのに……」

「れ、レインさんは初めてお会いした時から綺麗じゃないですか。すごく落ち着いたお姉さんって感じで、私結構憧れてるんですよ」

「つまり一年どころかそれ以上前から全然変わってないと。……劣化してると言われないだけマシでしょうか……」

 

 何故だろう。今のレインさんからルナさんと同じ匂いがする。

 

「その……ゆんゆんさん? レインとお話している所悪いんですが、その子は……」

「あ、ごめんアイリスちゃん。ちょっとだけ家に帰ってきてもいいかな? せっかく帰ってきたし一応お父さんたちに顔だけ見せてくる」

 

 最近は結構里帰りしてるから、私は今日くらい会わなくても寂しくはないけど。……お父さんたちの方が、ハーちゃんに会いたがってるからなぁ。

 

「あ、はい……。そうですね。娘や孫は可愛いものらしいですから。機会があるならちゃんと顔を見せたほうがいいと思いますよ」

「うん。私はともかく、この子……ハーちゃんの事は本当に会いたがってるからね、お父さんお母さん」

 

 そうして好意に甘えて集合場所を離れ、家への道を辿る私とハーちゃん。

 

 

 離れる時にアイリスちゃんが「やっぱり……」とか呟いてたけど、一体何がやっぱりなんだろう。

 

 

 

 

 

 

「ちょっと遅くなっちゃったかな……」

 

 集合場所へと急ぎながら私はそう呟く。

 挨拶をしに行ったはいいけど、お父さんがいつまで経ってもハーちゃんを離そうとしなくて時間が思った以上にかかってしまった。お母さんがお父さんを押さえつけてる間になんとか抜け出してきたけど…………もう皆揃ってるかな。

 

 

「ん……やっぱりもう揃ってるみたい」

 

 ハーちゃんを抱えながら小走りをする私は、見えてきた集合場所にいる面々を見て焦る。

 ダストさんにロリーサちゃん、アイリスちゃんにレインさん。そしてダストさんに抱きついている銀髪の女性。私達以外はもう完全に揃っているみたい。

 

 …………って、銀髪の女性?

 

 

「だあ、もうくっつくな! 暑苦しいだろ!」

「もう、ラインったらまたそんなつれないこと言って……本当は私にくっつかれて嬉しいくせに」

「家族みたいなお前にそんな風にくっつかれても困惑するだけだっての!」

 

 その銀髪の女性は長い髪を後ろで一本に束ね、後ろから胸を押し付けるようにしてダストさんに抱きついている。

 年の頃はちょうどアイリスちゃんと私の間くらいかな? 少女と大人の女性の中間……どちらかと言うと大人側に近いくらいだ。

 成長したアイリスちゃんも反則的な美しさだと思ったけど、銀髪の女性の美しさは間違いなく人外……人の姿をしていながら人とは思えない美しさを持っている。

 それこそハーちゃんの可愛さに匹敵するようなくらい圧倒的な……。

 

「ん? ねぇ、ライン。あなたの恋人ちゃんが来たみたいよ?」

「お? マジか、だったらさっさと出発するぞ。これ以上お前にくっつかれたら戦う前から疲れちまう」

「もう……そんな恥ずかしがらなくてもいいのに……」

「姉みたいな相手に人前でこんな風にくっつかれたら恥ずかしいに決まってんだろうが!」

 

 ダストさんがこんなに慌ててる姿久しぶりに見たなぁ……。

 アリスさんや私にも多少は慌てさせられてるダストさんだけど、ここまで慌てることはない。私が知ってる限りじゃセシリーさんに慌てさせられてる時くらいだ。

 

「えっと…………ダストさん? その綺麗な女の人はいったい……」

「…………聞かなくても考えれば分かるだろ?」

 

 私の質問に疲れた表情でそう返すダストさん。確かに考えれば……というか、見た瞬間から想像はついていたけど……。

 

「ん? 一応自己紹介したほうがいいの? 恋人ちゃんには何度も背中に乗せてあげてるし、すごい今更な感じなんだけど……」

 

 背中にって……やっぱりこの人……いや、このドラゴンは……

 

 

 

「……ま、いいか。自己紹介して何か減るもんでもないし。私はミネア。シルバードラゴン一族のミネア=シェイカー。ラインの相棒兼姉みたいなものだから、これから改めてよろしくね恋人ちゃん」




アイリスを成長させてしまったことに深くお詫び申し上げます。
本当は私も成長させたくなかったんですが時間の流れは無情なんです……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12話:素直じゃない人

────

 

「なんで私ばっかりこんな目に遭うんですかね!?」

 

 整備されていない街道を走りながら。フィーベル=フィール、とあるチンピラからはベル子と呼ばれる女性は叫ぶ。

 彼女の後ろには人と同程度に大きいトカゲの姿をした火の精霊サラマンダーの姿があり、戦う力のない彼女が追い付かれればどうなるかは言うまでもない。

 

(こんなことなら、節約なんてしないでいつもの護衛の冒険者に頼めばよかった)

 

 故郷への旅路。いつもはギルド推薦の冒険者に頼んで護衛をして貰っていたが、今回はとある理由によりランクを下げ、依頼料の安い冒険者に頼んでいた。

 その冒険者はサラマンダーの大群が襲ってくるとみるや、すぐに逃走。結果として彼女は命からがら走るはめになっている。

 節約した理由が理由なだけに自分でも情状酌量の余地はあると思いながらも、ここで死んでしまえば全く意味はない。

 

「っ……! 羽もないのにそんなに跳べるっておかしくないですか!?」

 

 彼女の後ろを走っていたサラマンダーが、その頭上を飛び越えその前方へと回り込む。

 必死で走っていた彼女はその足を止めるしかなく、そしてまた走り出すにはもう気力と体力がない。

 

「……ここまで、かなあ……。ごめん、お姉ちゃん。でも、これだけは届くといいな……」

 

 サラマンダーの放つ炎熱のブレスが迫る。騎士でもなければ冒険者でもない彼女にはそれは致命的な攻撃で……自分の命を諦めた彼女は、けれど自分の想いが詰まったものが役目を果たすことを諦めない。

 

 

 

「『炎熱耐性増加』」

 

 どこかで聞いたような声とともに。荷物を抱えるようにしてブレスが迫るのを待つ彼女を暖かな光が包み込む。

 

「え……? 熱くない……?…………って、やっぱり熱い! 燃えちゃいますよ!」

 

 本来なら一般人を一瞬で絶命させるだろうサラマンダーのブレスの中、彼女は熱さにもだえ叫ぶ。

 

「あー……やっぱ、ドラゴンの魔力ねえ奴にはいつもほどの効果はねえか。仕方ねえな」

「ちょ……っ! 誰だか知りませんがいきなりどこを触ってるんですか!」

「別にどこも触ってねえよ……多分。ちょっと抱きしめてるだけだろ」

「それ思いっきり触ってますよね!?」

「誰だか知らねえが可愛くねえ女だなぁ……。死にたいなら今すぐ放り出してやるが」

 

 そう言いながらも彼女をブレスから守るように姿勢を取る男は、抱きしめられ暴れる体を離そうとはしない。

 

(あれ? でもこの声と話し方ってもしかしなくても……?)

 

 彼女が思い浮かべたのは、けれど彼女の中では決してこの場にいないはずの男。

 だってそうだろう。彼女は彼を帰郷に誘い、そして一にも二にもなく断られたのだから。

 

「ミネア! 俺はこの面倒なのかばって動けねえんだ。さっさと倒してくれ」

「んー? そう言うならそうするけど…………役得はもういいの?」

「前からならともかく後ろから抱きついて何が約得だってんだ。さっさとしてくれ」

「はいはい、それじゃお姉さんにお任せあれ、ね」

 

 彼女が聞いたことのない女性の声に続く打撃の音。その音が鳴り始めてから彼女を焼き尽くそうとしていたブレスが止まった。

 

(ミネアって…………やっぱりこの男の人はダストさんなんだ…………って!)

 

「いつまで抱きしめてるんですか! もうブレスは収まったんだから離れて下さい! ダストさん!」

「ん? 離れて大丈夫なら離れるが……気をつけろよ? ってか、俺の名前知ってるって…………なんだベル子か」

 

 男を押しのけ、向き合ってみれば、そこにあるのは彼女が想像したとおりの顔──

 

「あれ? ダストさん…………ですよね? その髪どうしたんですか?」

「ちょっと紅魔の里で染めてもらったんだよ」

 

 ──と髪の色だけが違うダストと呼ばれる男の姿があった。

 

「ラインー終わったわよー? そっちの子は大丈夫だった?」

「おう、いつもどおりの憎まれ口叩いてるし()は大丈夫じゃねえの? そこんとこどうよ? ベル子」

「えっと…………背中がちょっとヒリヒリしてるような?」

 

 同じ女である彼女ですら見惚れるような銀髪の女性がサラマンダーを倒したのだろうか。

 武器らしきものを持たないその女性は手をぶらぶらさせながらダストの横に立つ。

 

「それくらいなら……『ヒール』。これで大丈夫だろ。まだ痛いとこあるか?」

「ないですけど…………あの……? その綺麗な人は誰ですか? 浮気だったらゆんゆんさんに言いつけますよ?」

「ミネア相手に浮気は流石にねえよ。こいつは俺の姉みたいなもんだ」

「あ、それで思い出した。ライン。もうこの国に入ったんだから私のことを名前で呼んじゃ駄目じゃない。『お姉ちゃん』と呼びなさい」

「……それ言ったらお前もちゃんと『ダスト』って呼べよ」

 

 ミネアって、あのシルバードラゴンの名前だけど……、と彼女は首をかしげる。

 

「あれ? 説明してなかったか? 俺はドラゴンを人化させるスキル持ってるって。ほら、たまに俺が小さな黒髪で赤い目をした子を連れてきてたろ? あれはゆんゆんの使い魔のジハードなんだよ」

「はぁ……そうなんですか? てっきりあの子はダストさんとゆんゆんさんの子どもか、ゆんゆんさんの妹とかそんなのとばかり」

「ゆんゆんの妹はともかく子どもはねえだろ……」

「いえ、お二人が一緒にいるのを見るようになってからの時間を考えればちょうどそれくらいの年齢かなと」

 

 実際彼女としてもそれを本気で信じてた訳ではないが。ただ、ダストにとって本当に大事な子であるのは分かっていたから、それに近い存在ではあるとは思っていた。

 ドラゴンだったと言われればドラゴンバカのダストであればさもありなんと納得するしかない。

 

「てか、お前はこんな所で何してんだ? サボりにしては遠くに来すぎだろ」

「あの? 私、前に言いましたよね? お姉ちゃんが結婚するから、それにあわせて帰郷してるんです。ダストさんも誘いましたよね? あっさり断れましたけど」

「あー……そういやそんなこともあったような。あの夜のことはほとんど覚えてねえけど、そのあたりのことはなんとか覚えてるな。…………で? 何でお前俺のことポカポカ殴ってんの?」

「知りません、死んで下さい」

 

 あの夜のことは今思い出しても恥ずかしいし頭にくる。

 顔が赤くなりそうなくらいの熱を発散するように彼女はダストに精一杯のパンチを繰り出す。

 

 

「ふぅ…………それで? そういうダストさんこそ何でこの国にいるんですか? お姉ちゃんの結婚式には行かないって言ったくせに」

「ちょいとお姫様を護衛するクエストを受けてな」

「お姫様って…………え!? ダストさん……ライン様がこの国に戻ってくるんですか!?」

 

 それは彼女の……彼女の祖国の市井の人々の一番の願いだ。今はこれ以上ないくらい落ちぶれたとはいえダスト……ラインは彼女の国始まって以来の英雄だ。

 

「お姫様って言っても姫さんじゃねえよ。ベルゼルグの方のお姫様……アイリスの護衛だ」

「なーんだ…………って、それもそれでおかしくないですか!? なんでダストさんみたいなチンピラが勇者の国のお姫様の護衛なんてやってるんですか」

「なあ、実はお前喧嘩売ってんだろ? 俺お前のことついさっき助けたはずなんだが」

 

 なんでそんなに口が悪いんだよとダスト。

 

(……だって、仕方ないじゃないですか。ダストさんにはいろいろ思う所がありますし)

 

 彼女にとってダストの存在は複雑だ。命の恩人であり、憧れの英雄であり、迷惑を掛けられ続けるチンピラであり…………本当に複雑な相手だった。

 

 そして自分の国の英雄が別の国のお姫様の護衛をしているというのには本当に複雑な思いがあった。

 

「それで、さっきから大事そうに持ってるその荷物には何が入ってんだ? 大きさ的に服とかは入ってなさそうだが」

「服が入ってたカバンは真っ先にサラマンダーに燃やされましたからね。これは──」

 

 彼女は胸に大事に抱えていたバッグを離し、その中身を見せようとし、

 

「──ふへ?」

 

 バッグを抱きかかえることで支えられていた服がずり落ちる。

 

 背中からサラマンダーのブレスをまともに受けた彼女は、体こそダストの『竜言語魔法』によりなんとか無事だったが、普通の服が耐えられるはずもなく、後ろ側はボロボロの燃えカスになっていた。

 服の腕や足の部分は無事な部分があり、多少は支えられてるが、背中を中心としてほぼ燃えている状態で大事な所を隠しきれるはずもなく、

 

「なるほど。これが役得というものなのね」

「はぁ……だから気をつけろって言ったのに」

「そういうことははっきりといって下さいぃぃぃぃーーっ!!」

 

 乙女の悲鳴があたりに響くことになった。

 

 

 

──ゆんゆん視点──

 

「ダストさーん、こっちは終わりましたよ? 逃げてた女の人は大丈夫でした?」

 

 アイリスちゃんたちとサラマンダーの大群を倒して。一息ついた私は、サラマンダーに追われている女性を助けに向かったダストさんの元に来ていた。

 

「うぅ……何で本当に私ばっかりこんな目に……」

「日頃の口が悪いからじゃねえの?」

「それだったらダストさんがもっと酷い目にあってないとおかしいです」

「マジで犯すぞお前」

「ねえ、ライン。そのセリフってこの状況でだと割と冗談になってないと思うの」

 

 そしてその場に来てみれば。そこには半裸で泣くフィーベルさんと、それを前に呆れたり怒ったりしているダストさんと、そんなダストさんに真顔で突っ込むミネアさん。

 

「あん? 冗談に決まってんだろ。冗談にならないってなんでだ?」

「だって、恋人ちゃんそこにいるじゃない」

「うぇっ!? ゆんゆんいつからそこに!? こ、これは別に浮気とかそういうのじゃなくてだな……」

「あー、はい。フィーベルさんとダストさんの仲は割と疑ってますけど、今回の状況はちゃんと分かってますよ」

 

 状況を考えれば何があったかなんて想像するまでもない。確かに絵面は凄く酷いけど。

 

「そうか、誤解がないならいい…………って、うん? 今なんかおかしいこと言わなかったか?」

「別に普通のことしか言ってないと思いますけど?」

「そうか? そうなら別にいいが……」

 

 ダストさんとフィーベルさんが妙な関係なのは今更だし。

 ダストさんって妙にフィーベルさんに甘いと言うか……昔の私に対する態度に似てる気がするんだよなぁ。

 フィーベルさんからダストさんに向けてる感情は恋とかそういうのではなさそうだけど、好意とかいろいろまざった複雑なものっぽいし。

 なので、今はともかくこれからどうなるかは分からないから、関係が変わってないか疑うのは仕方ない。

 

「それよりダストさん。早くフィーベルさんに服を着させてあげないと」

「あー、うん。そうだな。ベル子お前替えの服は…………燃えたって言ってたな」

「だったら、私の服を貸しましょうか? 王都についたら服屋さんとかあるでしょうし、それまでは」

 

 そこまで多くの服を持ってきてるわけじゃないけど、何枚かは予備がある。

 

「お前の服?…………ベル子がお前の服着たらずり落ちるんじゃね?」

「…………、えっと、わ、ワンピースなら大丈夫じゃないでしょうか?」

 

 確かに今私が着てるタイプの服だと大変なことになりそうだけど、ワンピースなら大丈夫じゃないだろうか。

 

「何でお前がワンピースなんて戦いにくい服を持ってきてるのかは後で問い詰めるとして…………それはそれで悲惨だぞ」

「確かに恋人ちゃんのサイズのワンピースを着たらそっちの子はスカスカね」

「…………、えっとちょっとあっち行って借りれる服ないか聞いてきますね」

 

 うん、私の服は貸せそうにないけど、大きくなったアイリスちゃんやレインさん、アリスさんの服ならちょうどくらいじゃないだろうか。ロリーサちゃんは……まぁ、うん。

 

「…………あなたたち皆嫌いです」

 

 恨みがましいフィーベルさんの言葉を背中に受けながら私は服を借りにアイリスちゃんたちのもとに向かった。

 

 

 

「──というわけで、3人共快く貸してもらえましたけど…………フィーベルさんどの服がいいですか?」

「なんか無駄にきらびやかと言うかすごい服があるんですけど…………とりあえず、誰と誰と誰の服ですか?」

「ベルゼルグのお姫様の服とそのお付きの貴族の服と魔王の娘の服ですよ」

「……………………」

「わわっ、フィーベルさんそんな絶望したような顔しないでください! お付きの人の服にしましょう! レインさんは凄く親しみやすい人ですから!」

 

 

「なあミネア。やっぱこのパーティーおかしくねえか?」

「『お姉ちゃん』って呼びなさい。んー……確かに私も魔王の娘は気に食わないんだけどね。まぁ、おかしいって言ったらライン以外皆女の子なのもおかしいわよね」

「まぁ、確かに。女ばっかなのに欠片もハーレムパーティーじゃないのはおかしいな」

「あら、ハーレムだって喜んでると思ったけど違うの?」

「違うだろ。アイリスは別の男が好きだし、レインはそのお付き。お前やジハードは家族だし、ロリーサもまあ似たようなもんだ。アリスにいたっては敵だぞ? ゆんゆん以外いねえじゃねえか」

「そう言われればラインに明確に恋愛感情持ってるのは恋人ちゃんしかいないわね。そういう所は父親譲りと言うか…………上手くやればもっとモテたでしょうに」

 

「ダストさん。変な話しないでこれ持って向こう行っててください。あと、もうこっち見ないでくださいよ?」

 

 二人が微妙に気になることを言っているけど、今はフィーベルさんだ。私はダストさんにアイリスちゃんとアリスさんの服を押し付け、フィーベルさんにレインさんの服をかぶせる。

 

「なぁ、ミネア。アリスの服はどうでもいいけどよ、アイリスの服って丁寧に扱わねえとやばくね? シワとか付けていいのか?」

「そんなことドラゴンの私に聞かれても」

「あはは……冒険用に誂えた(あつらえた)服ですから、乱暴に扱われても大丈夫ですよ」

「アイリス様……その服がいくらかかったかちゃんと分かられてますか? 財務に小言を言われるのは私なんですからね」

「というか、私の服がどうでもいいって何よ。いい加減殺すわよ」

「ひぃぃ……うぅぅ……あ、アリス様、ダストさんの口が悪いのは病気みたいなものなので、その殺気は抑えてください」

 

 

 フィーベルさんに服を着させてる間にアイリスちゃんたちもこっちに合流したらしい。

 

「あるじ、わたしもなにかてつだう?」

「ありがとうハーちゃん。えっと……あ、フィーベルさんが持ってるバッグを持っててもらおうかな?」

 

 私のもとにもハーちゃんがとことことやってきて手伝いを申し出てくれる。

 

「ん、まかせて」

「ありがとう。えっと……ジハードちゃん?」

 

 コクリと頷いて、ハーちゃんはフィーベルさんが大事そうに持っていたバッグを丁寧に受け取る。

 

「驚いた……本当にあのブラックドラゴンなんですね」

「あれ? フィーベルさんハーちゃんの事知らなかったんですか?」

 

 てっきりダストさんに教えてもらってるかと思ったんだけど。

 

「あの男がそんな気の利いたこと教えてくれるはずないじゃないですか。基本あの男はデリカシーのない話をするかセクハラするかですよ。最近はあんまりセクハラはしてきませんけど。……お酒を飲んだ時を除いて」

「あー…………本当すみません」

 

 ダストさんの酒癖の悪さは本当どうにかしないとなぁ。とりあえずは家飲みで我慢してもらおうかな?

 

「別にあなたに謝られることじゃないですけど……」

「すみません…………」

「だから…………いえ、もういいですから。ゆんゆんさんだってあの男に苦労させられてるんでしょうし」

「そうでもないですよ? もう慣れましたから」

 

 確かに最初の頃は泣きたくなるくらい苦労してた覚えがあるけど。ダストさんのろくでなしっぷりにはもう慣れたし、その対処方法も覚えた。最初の頃と比べたらだいぶマシになってると思うし。

 

「…………やっぱり、ダストさんの昔を……ライン様を知ってるかどうかで違うんでしょうね」

「そう……なんですか?」

 

 私はダストさんが最年少ドラゴンナイトとして過ごしていた時代を知らない。だからフィーベルさんの気持ちを想像はできてもほんとうの意味で理解は出来なかった。

 

「なんて……私もライン様と話したことなんて数えるくらいしかないし、知ってるなんておこがましいんですけどね」

 

 そこでフィーベルさんの言葉も止まり、私も返す言葉が見つからない。淡々と服を着せながら後ろでダストさんたちが騒いでる声を聞いていた。

 

 

「ん……ちょっと胸がきついですけど、それ以外はちょうどですね、ありがとうございます、ゆんゆんさん」

「お礼は後でレインさんにお願いします」

「はい、それはもちろん。ジハードちゃんも荷物ありがとう」

「どういたしまして」

 

 得意げと言うか、一仕事終えたのを誇るようにハーちゃんはフィーベルさんにバッグを返す。可愛い。

 

「そのバッグ、服がああなったのに無事ということは必死で守ったんですね。何が入ってるんですか?」

 

 多少焦げているけど、バッグはその形をちゃんと保っている。中に何が入ってるかはわからないけど氷とかじゃない限りは無事なはずだ。

 

「ああ、はい。……お姉ちゃんへのプレゼントです。今度結婚するんで」

「そうなんですか! おめでとうございます!」

 

 結婚かぁ……いいなぁ……。

 

「…………、ゆんゆんさんは、結婚の予定はないんですか?」

「今の所ないですねぇ…………いえ、知っての通り相手はいるんですけどね?」

 

 いろいろ決着を付けたあとになるだろうし、そうでなくてもダストさんが相手だからなぁ……いつになるんだろう。長になるものとしては絶対に結婚して子どもは作りたいんだけど。

 

 

 

 

「終わったか、ゆんゆん」

「あ、ダストさん。もうこっち向かないでって言ってたのに……」

 

 ちょうど終わったところだったから大丈夫だったけど、着替えてる最中だったらどうするつもりだったんだろうか。

 

「そうだったか? まあ今さら気にしてもしょうがねえだろ。それよかベル子、お前これからどうする?」

「どうするって……もちろん王都の実家に帰りますけど」

「その道中を言ってんだが。一人で護衛もなしに王都まで行けるのか?」

 

 ダストさんやフィーベルさんの故郷の国に入ってから馬車で3日。紅魔の里を出てからは4日経っている。王都には馬車で半日といった地点には来ていた。

 ちなみにダストさん曰くドラゴンなら3、4時間飛べば紅魔の里から王都までつくらしい。

 

「…………ええと、王都にも近いですし、商人の馬車とか通ると思いますし」

「まあ王都行きの商人なら途中の町で荷降ろししてるだろうし多少の空きはあるかもしれないが…………あいつらは人の足元見るから高いぞ? お前の今の格好見れば金持ってそうに見えるし」

 

 今フィーベルさんが着ているのはレインさんの服……つまりは貴族の服だ。ダクネスさんとかクレアさんのような大貴族じゃないとはいえ、貴族に連なるレインさんの服は地m……落ち着いてはいるけど、やっぱり普通の服と比べればその上質さがわかる。

 

「ふふっ……格好だけですけどね。アイリス様のお付きとして粗末な服は着れませんから。……その服を作るためにクレア様にお金を借りた時は忘れませんよ……」

 

 なんかレインさんが悲しいこと言ってるのはスルー。……貴族も大変なんだなぁ。

 

「で? お前は商人に払える金はあるのか?」

「…………服と一緒に財布は燃えましたけど」

「じゃあもう一度聞くが…………お前これからどうすんの?」

「…………」

 

 ダストさんの言葉にフィーベルさんは言葉を返せない。助けてくださいと言えればいいんだろうけど、いつも迷惑をかけられてるダストさんにそういうのは難しいんだろう。気持ちは凄くわかる。

 

「あの……ダストさん? そんな意地悪しなくても素直に一緒に行こうといえば……」

「言えるわけねえだろ。俺らはアイリスの護衛でここにいるんだ。足手まといを勝手に一緒に連れてく訳にはいかない」

「それは……そうかもしれませんけど……」

 

 リーンさんたちも危険だからと一緒にいけなかった旅だ。冒険者でもないベル子さんを簡単に連れていけないのは分かる。

 

「恋人ちゃん、ちょっとこっちきて?」

「ミネアさん? どうしたんですか?」

 

 こいこいと手を招くミネアさんの元に私は向かう。

 近づいた私にミネアさんは小さな声で話しかけてきた。

 

 

「ラインがあんな素直じゃないこと言ってるのは半分はあなたのためだって分かってる?」

「え? 私のためってどういうことですか?」

 

 クエストのためにダストさんはああ言ってるんじゃないんだろうか。

 

「本当はね、足手まといが一人くらいいても大丈夫なのよ? それくらいの戦力は揃ってるの。……忌々しいけど魔王の娘がいるからね。あの子の強化能力を考えれば、『戦おうとしない足手まとい』を守るくらいはなんとか出来るのよ。例え、あの国最強の部隊……騎竜隊を相手にしようとね」

「それじゃあどうしてダストさんは……。あ……」

 

 そこでミネアさんの私のためだという意味を理解する。

 

「そう。けど、いくらラインでも戦えないものを守りながら、『戦おうとするあなた』を同時には守れない。出来るかもしれないけど、あったはずの余裕がなくなるのよ」

 

 だから、ダストさんはあんな言い方をして……。

 

「でも、あの娘を見捨てることもラインには出来ない。だから『たすけて』ってそう言ってもらいたいんでしょうね」

 

 自分を吹っ切ってもらうために。覚悟して無茶をするために。

 

「ダストさんって……本当素直じゃないなぁ……。昔からそうだったんですか?」

「ああいう所は昔から変わらないわね。でも、昔よりは素直になったのよ?」

「自分の欲望には確かに素直ですよね」

「くすっ……そうね。昔の……私と再会してあの娘に会うまでラインは、自分のわがままを全く言わなかったから。その頃に比べたら確かにそういう所も素直ね」

 

 あの娘って隣国のお姫様かな? そんなダストさんは本当に想像できないなぁ……。

 

 

「……いいですよ、別に。ここからなら一人でも歩いていける距離です」

「……本当めんどくせえ女だな。少しくらい素直になれねえのかよ」

 

 それをダストさんにだけはフィーベルさんも言われたくないと思いますよ。ここまでくればダストさんがフィーベルさんを助けたがってるのくらい本人にも伝わる。

 ほとんど硬直した状況。二人に任せてたらずっとこのままだと疑うくらいには、話が進んでいない。この状況を変えられるとしたら……。

 

「ねえ、アイリスちゃん。アイリスちゃんからフィーベルさんを助けるって言ってくれない?」

「んー……言ってもいいんですが、それが本当に正しいか私にも分からないんですよね」

「分からないって、何が?」

「ダストさんや、ミネアさん。あとアリスさんの見立てでは私達でフィーベルさんをなんとか守れるくらいの戦力はあるそうです。でもそれは昔のあの国の戦力を元にした予想です。…………私達の国、勇者の国を相手に戦争を仕掛けようとするこの国は、本当にその予想に収まる戦力なのでしょうか」

「それは……」

 

 ダストさんやミネアさん。アリスさんもある程度戦力が向上しているのは予想はしていると思う。けど、それはあくまで予想に過ぎない。

 この旅は戦争を止めるためといいながら、半分以上はこの国の戦力を見極めるための旅だというのも薄々気づいている。

 それを考えれば、フィーベルさんを私達と一緒に行かせるのは逆に危険に晒すことになるのかもしれない。

 

「だから、私もダスト様と一緒です。手を差し伸べることは簡単でも、それで救えなかった時を考えると怖くなる。自分以外に救ってもらった方がいいんじゃないかと、そう悩んでしまうんです」

 

 もしかして、アイリスちゃんも不安なんだろうか? ここは隣国で……ほとんどのことを思い通りに出来る自分の国ではないから。

 だから、私なんかよりもずっと力を持っているはずなのに不安になっている。

 

「でも、手を伸ばしてもらえれば、その手を取ることを迷いません。それはどこにいようと絶対に変わりません」

「それは、カズマさんみたいに?」

「はい、お兄様のように『しょうがねぇなあ』と言って助けます」

「うん、割といいセリフだけど、その話し方はやめようね? レインさんが頭痛そうに押さえてるから」

 

 でも、本当の兄妹みたいにそういう所もカズマさんに似てきてるんだね。

 

 

 

 

「ライン、悪いけど悠長に話してる時間はないみたいよ。戦う準備しなさい」

 

 話す二人にそう忠告するのはアリスさん。ムチを構える彼女が見つめるのは王都の方角で、見れば同じようにミネアさんやハーちゃんも立っている。

 

「来たみたいですね。さて、あの国はどういう対応をするのでしょうか。出来ればフィーベルさんがいるこの状況で戦うというのは避けたいのですが」

 

 アイリスちゃんも聖剣を腰に挿し、それをいつでも抜けるように手を当てアリスさんの後ろに立つ。レインさんも状況を理解したのかその後ろで杖を構えた。

 

「…………しょうがねえな。ロリーサ、悪いがベル子を馬車のとこまで連れて行ってくれ。この状況じゃテレポートで魔力も消費させたくねえ」

「分かりました。その後はどうしますか? ウェイトレスさんを守っていたほうがいいですか?」

「サラマンダーの影響かこの辺はモンスターがほとんどいなかったしな…………悪いがベル子は置いて戻ってきてくれ。お前の力が必要になるかもしれない」

「ちょっ……何を勝手に決めてるんですか!」

「折衷案だ。お前が素直に『たすけて』って言えねえみたいだからな。危険から遠ざける。……ま、この国出身のお前だ。俺らと一緒にいなければ悪いようにはならねえよ」

 

 ダストさんのその言葉に、何か言い返そうとするフィーベルさんだけど、それが返される前にロリーサちゃんに空に連れ去られて、この場を離れていく。

 

「はぁ……顔見知りもいるしあんま戦いたくはねえんだがなぁ……どうなることやら」

 

 重い溜息を付きながらも槍を構えミネアさんの横に立つダストさん。私はその横に緊張しながら並ぶ。

 

 点の大きさだったそれは王都の方角からこちらに向かってやってきて、みるみるうちに大きくなる。

 その点の群……軍はドラゴンの姿で私達の前に降り立ち、王都の方向にある景色を全て埋めてしまった。

 

 

 

「ゆんゆん、見とけよ。あいつらがお前ら紅魔の里に並ぶ人類側の最強戦力」

 

 

 それはいつかダストさんが話してくれた時から想像していた存在。

 今回の旅でもその存在を前提にいろいろと準備していた相手。

 

 

 

「対人類では局地戦最強を誇る部隊……『騎竜隊』だ」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13話:最優のドラゴンナイト

──リーン視点──

 

「いい加減機嫌治せよリーン。ダストに置いてかれていろいろ複雑なのはわかるけどよ」

 

 朝のギルド。朝食を食べるあたしに、同じく朝食を食べるキースが面倒そうな顔して言ってくる。

 

「……別にダストに置いてかれたのはどうでもいいわよ。出発の時、あたしを起きないように無理やり寝かせていったのはむかつくけど」

 

 実際にあたしを眠らせたのはロリーサちゃんの『スリープ』だけど、それが誰の差し金かは考えるまでもない。

 

「そうは言っても、そうされていなければこっそりとついていくつもりだったのだろう? やり方を手放しで褒めるつもりはないが、今回のダストの方針自体は俺も同意だ」

「テイラー……。別に、ついていくとかそんなつもりは…………。ゆんゆんやロリーサちゃんをちゃんと見送ってあげたかっただけ」

 

 キースの隣に座るテイラーの言葉にあたしは何とかそう返す。

 

「……なら、いいが。どちらにしろ、今回のクエストは俺達には力不足だ。隣国との戦争を止めるための旅に、王女の護衛としてついていくなど俺達にはまだ無理だろう。足手まといにしかならない」

「つっても、テイラーはまだついていけるんじゃねえか? クルセイダーのテイラーならまだ護衛としてやれることありそうだが……」

 

 テイラーはあたしたち3人の中では唯一の上級職。実力も駆け出し冒険者の域は一番に脱したし、中級の冒険者の中でも上位くらいは既にあると思う。

 

「かもしれん……が、それでも足手まといにならないくらいだろう。ついて行っても邪魔にならない程度が関の山だ。ダストやゆんゆんとはそれくらいの力の差がある」

 

 あたしたちももう中級冒険者。王都の最前線で戦う上級の冒険者の程ではなくても、それ以外の場所では主戦力として数えられるくらいの実力はある。

 

 けど、ゆんゆんは最前線の中で切り札とされる紅魔族……その長となる存在で、ダストは一国単位の切り札……英雄クラスだ。

 最前線で戦うことすら難しいあたしたちとは格が違う。

 

「……ごちそうさま。あたしはクエスト受けてくるけど……テイラーたちはどうする?」

 

 朝食を食べ終えたあたしは、食器をもって立ち上がる。食器を返して向かうのはクエストが張り出されたギルドの掲示板。

 そこに目ぼしいクエストがなければルナさんに相談しないといけない。

 

「付き合おう。リーン一人でクエストを受けるのも、キースと二人きりでクエストを受けるのも、どちらにしろ不安だ」

「おいこらテイラー。それはどういう意味だ。……ま、もちろん俺も付き合うぜ? 仲間なんだからよ」

 

 そう。あたしたちはパーティーを組んでて仲間だ。一緒にクエストを受けて冒険をするのは当然のはずだ。

 

 

(……じゃあ、一緒にクエストを受けないダストたちは……?)

 

 あの時ダストはあたしのこと『仲間』だってそう言ったけれど。本当にそうなんだろうか。

 

 

(あたしってダストのなんなの……?)

 

 

 当然。答えられる人もいなければ口にも出さなかったその疑問に答えは返ってこなかった。

 

 

 

 

 

 

──ダスト視点──

 

「ダストさん? その仮面は何ですか?」

 

 前方をふさぐ騎竜隊。この国の最高戦力である奴らがアクションを起こす前に、俺は用意していた仮面を被る。

 

「一応髪の色を黒にしたし大丈夫だとは思うんだがな。騎竜隊の奴らは顔見知りが多い……特に隊長であるセレスのおっちゃんは俺の兄弟子で両親が死んだ後の後見人だったからな。一応念には念をいれときたい」

 

 バレたときはバレたで言い訳を考えているが。今回の旅の目的を考えればバレないに越したことはないだろう。

 

「いえ、変装用なのは分かるんですけど、そんなかっこいい仮面をどうやって手に入れたのかなって。紅魔族の琴線にかなり触れるんで売ってる所とか教えてほしいです」

「だったら最初からそう言えよ……いや、ぼっちのお前にそこまで期待すんのも酷か。この仮面なぁ……貰いもんだからどっかで売ってるかどうかも分かんねえな」

 

 ぼっち言われてぽかぽか殴ってくるゆんゆんをスルーをしながら、俺はこの仮面を手に入れた経緯を思い出す。

 まな板盗賊団を手伝ったときに、パッド盗賊から貰ったやつだから下手したら一品物の盗品か何かの可能性もあんのか。

 ……まさか神器とかじゃねえよな? あの胸が金床盗賊の正体とやってることを考えるとあり得ない話ではないから面倒だ。

 

 

「はぁ……あんたたちもう少し緊張感とかないの?」

「今更騎竜隊のメンツに会うのに緊張しろと言われてもな……まぁ、ゆんゆんはもうちょい緊張しろとは思うが」

「私は緊張もしてるんですけど、それ以上に騎竜隊の人たちがどんな人たちなのか凄い楽しみで……。だって人類最強戦力なんですよね? すごいかっこいいじゃないですか」

 

 だから無駄にテンション高いのな。こいつはセンスが普通なだけでそういう所は普通に紅魔族してるから面倒というか可哀想というか。

 

「つーか、そういうアリスこそ緊張してる様子ねえじゃねえか」

 

 ガチガチになってるレインや集中してる様子のアイリスに比べればアリスはいつも通りの自然体だ。

 

「そりゃ、私に緊張する理由はないもの。ま、私も紅魔族に並ぶ人類側の最強戦力がどんな奴らか興味はあるけど」

 

 

 個人で見るなら紅魔族や騎竜隊よりも強いやつらはいる。だが、国や総軍という単位を使わないのなら、この二つの集団が間違いなく人類最強だ。

 

 ちなみにアクシズ教団は人類側における最凶・最狂・最恐という迷惑集団で魔王軍すらまともに戦うことは避けていたらしい。あいつら本当どうにかしろよカズマ。

 

 

「んー……ドラゴンから降りて歩いて来てるのがいるみたいだけど、一人だけね。ちょっと老けてるけどライネルかな」

「セレスのおっちゃんか。一人ってことはいきなり襲ってくるってことはなさそうだな」

 

 ミネアの言葉に俺は少しの安堵と今更ながらの緊張を感じる。

 

 ライネル=セレス。俺の兄弟子で後見人だった男。そして騎竜隊の隊長でもある。

 アリスにはああ言ったが、兄や親のような相手にこんな形で会うのには少しばかり後ろめたさのようなものがあった。

 

(……本当今更だな)

 

 そんなのアイリスの護衛でこの国に戻ると決めた時……いや、この国を出ると決めた時に覚悟していたことだってのに。

 

「……ダストさん? 大丈夫ですか?」

「あん? 大丈夫って何がだよ?」

「いえ……なんか今つらそうな顔をしてる気がして……」

「気のせいだろ。てか、仮面してんだから表情なんてちゃんと分んねえだろ」

「それはそうなんですけど……」

 

 納得してないような、まだ心配してるような様子で仮面の奥の俺の表情を覗こうとするゆんゆん。

 本当こいつは……ぼっちのくせに人の心を読むのが上手いからめんどくせぇ。……いや、ずっと一人でいたからこそ、他人の感情に敏感なのかね。

 

 

「こちらと戦うつもりがない……なのに騎竜隊総出でやってきたとする…………レインはどう考えますか? と言っても、この仮定だとほとんど答えが決まっているようなものですが」

「そうですね。おそらくは私たちが先ほど倒したサラマンダーの群れを討伐に来たと考えるのが自然かと」

「やはりそうなりますか。……ダスト様はどう考えますか?」

 

 この状況に対する主従の考察。その考えはほとんど俺と一緒だ。ただ一つ訂正を加えるなら……。

 

「あのサラマンダーの群れの数は異常だったからな。あいつらを討伐しに来たってのには俺も同感だ。ただ、ここから見えるドラゴンの数は8頭……つまりはドラゴン使いとドラゴン8組だ。騎竜隊は16組で構成された部隊だから総出じゃなくてその半数だな」

「あれで半数なのですか。……確かに、数を数えればそうだと分かりますが……」

「私もアイリス様ももちろん数字の上での話は理解していましたが……実際に見ると違いますね」

 

 ま、人が歩いてくるにはちょっとした時間がかかるくらいには離れているのに、ドラゴンがその先を全て塞いじまってるからな。初めて見るやつが勘違いしても仕方ないだろう。

 

「けど、ダストさん。そのライネルさん……ですか? その人はなんで一人で歩いて来てるんでしょう?」

「さあな。向こうがどれだけ俺らの情報を掴んでいて、どういう想定をしてこっちに来てるか分かんねえから何とも言えねえよ」

 

 ただ一つ分かっている事があるとすれば。

 

「ただ、どんな状況であれ、セレスのおっちゃん……騎竜隊隊長なら上手くこなすって向こうは思ってるんだろうさ」

 

 俺がこの国で最強のドラゴン使いだったとするなら、セレスのおっちゃんはこの国最優のドラゴン使いだった。

 俺と一回りしか年が違わないのに、俺がこの国を出ていく時点で騎竜隊の隊長だったことを考えれば、その優秀さは分かる。

 こんな状況を対処させるならこれ以上ない人材だろう。

 

 

 

「失礼。このあたりにサラマンダーの大群が出現したと商人から情報があって来たのですが…………何かご存じありませんか?」

 

 敵意がないとばかりにゆっくりと歩いてきて。セレスのおっちゃんはアイリスにそう質問する。

 

 本当相変わらず嫌になるくらい優秀な人だ。俺らの挙動からアイリスがこっちの中心人物だって見抜いてるか。そしてそれが分かっているということはアイリスが何者であるかも恐らくすでに察している。

 というより、これが公式な訪問である限り、そこまで気づいて察しない方が難しいだろう。

 流石に仮面被ってる俺がラインとまでは見抜いてないと思うが……。

 

「この辺りにいたサラマンダーでしたら、私たちで討伐しました。うち漏らしが何匹かいるかもしれませんが……」

「なるほど。商人たちの報告を信じるならかなりの数だったはずですが……流石はベルゼルグの王女一行。凄腕が揃っているようだ」

 

 やっぱりそこは見抜いてるか。その上で友好的に来てるってことは少しは安心して良さそうだな。

 セレスのおっちゃんは不意討ちするような性格でもなければ、この状況で不意討ちするような馬鹿でもないから。

 

「王女殿下を含め英雄クラス……いえ、それ以上が2名。最上級の魔法使い、槍使いに武闘家。貴族の魔法使いに、強そうには見えないのになぜか一番やばい気配のする幼女。本当によくここまで実力者を集めたものです」

 

 ベル子を連れて行っていていないロリーサ以外の俺たちの実力を目算で測るセレスのおっちゃん。

 

 やっぱアイリスとアリスの二人はセレスのおっちゃんから見ても別格か。

 相性を抜きに考えればゆんゆんと竜言語魔法抜きの俺や人化してるミネアが大体同じくらい。

 レインはサポート特化で、単純な強さは上級の騎士や冒険者に入れるかどうかってとこ。

 人化してるジハードは能力抜きなら実際見た目通りなんだが…………能力考えるとやばすぎる。

 

 この旅の中で俺が把握しているメンバーの能力とセレスのおっちゃんの目算は大体一緒だ。

 

「女性ばかりなのはどうかと思いますが、王女の護衛ともなれば強ささえあるなら女性のほうが好ましいのも確かですか。私個人の意見を言わせてもらうなら厄介除けにもう少し男がいたほうがいいと思いますがね」

 

 ……耳がいてーな。その辺全く考えず適当に強いやつら選んだからこのメンバーになったんだが。つってもこのメンバーについてける男なんて魔剣の兄ちゃんかバニルの旦那くらいしか思い浮かばねえんだよなぁ。ジャティスやベルゼルグの王様連れて行っていいならともかく。

 そんで魔剣の兄ちゃんは実力は認めてるが正直いけ好かねえし、そもそも今どこにいるかも知らない。

 バニルの旦那は頼んだけど忙しいって断られた。それでも旦那は報酬次第じゃついてきてくれそうだが……その場合はレインが泣くはめになりそうだしな。

 結局このメンバーが最適とは言わなくても最良の結果ではあるんだろう。獅子身中の虫(魔王の娘)の存在を無視するのならだが。

 

「お気遣いいただきありがとうございます騎士様。……それで、そのお優しい騎士様は私たちをどうするおつもりなのでしょう? お一人で来たということは、敵意がないと思っても?」

「そう思ってもらって構いませんよ。王女殿下も知っているのでしょう? この国が勇者の国に戦争を仕掛けるのはまだ先の話です」

 

 アイリスの言葉になんてことはない事のようにおっちゃんは言う。

 

 あんまりと言えばあんまりな台詞と態度。場合によっては宣戦布告と取られてもおかしくない。

 実際、よく分かってないジハードや、我関せずなアリス。複雑な立場の俺やミネアは落ち着いているが、ゆんゆんは目に見えて慌てているし、レインは発言の意味を問いただそうと前に出ようとしている。

 

「大丈夫ですよ、レイン。ここは私に任せてください。…………では、騎士様。私たちをあなたの国の王都までエスコート願えますか?」

 

 それを抑えて、アイリスは落ち着いた様子でセレスのおっちゃんにそう返す。

 

「もちろんですよ、王女殿下。そもそも私たち騎竜隊が半数も来たのは、サラマンダーの群れに襲われて王女一行にもしものことがないようにと宰相に命令されてですからね」

 

 宰相ねぇ……。俺が出ていった時の宰相は禿げ頭の腐れ貴族だったが今もそうなのかね。

 

「なぁ、レイン。この国の宰相って今誰なんだ?」

 

 気になった俺は、内心かなり焦ってそうなレインに耳打つように聞く。

 

「ひゃぁっ! ダ、ダスト殿いきなり耳に息をかけるのはやめてください。うぅ……ええっと……確か二年前に新しい方に代わって…………リックスター家の当主の方でしたでしょうか」

「ふーん……リックスターね。どっかで聞いた名前だな」

「この国ではかなり上級の家柄と聞いていますが。ベルゼルグにおけるダスティネス家やシンフォニア家ほどではないですが、それに次ぐほどの家柄だと」

 

 だから知っているのではないですか、とレイン。

 

「んー……そんな感じでもない気がするんだが…………まぁ、どうでもいいか」

 

 偉い貴族なんて誰でも一緒だろう。狂った王様と腐りきった貴族に支配されるこの国では。

 

「では、よろしくお願いいたします、騎士様」

「お姫様の護衛は騎士の誉れですからね。お任せください。……ただ、その前に一つ確かめさせてもらいます」

 

 瞬間。セレスのおっちゃんがその拳をまっすぐアイリスに向けて放つ。おそらくは竜言語魔法であらかじめ速さを強化していたんだろう。人化してるミネア同様……それ以上の実力を持つ武闘家の拳の一撃は目にも止まらない速さを持ち、それに反応()()のはこのパーティーには少ない。

 

「───オブ・セイバー』!」

「っ…………『ライトニング』!」

 

 その拳がアイリスに届く前に、ゆんゆんは省略ぎみの詠唱で魔法を放ち、レインも遅れながらもそれに続く。

 

「っつう……流石はベルゼルグの切り札紅魔族。()()()()してなきゃ首が飛んでたな」

 

 だが、俺と同じドラゴンナイトであるセレスのおっちゃんには魔法が極端に効きにくい。竜言語魔法で魔法防御や抵抗力を上げられていたら、止めるほどの威力を出すのは難しく、その拳が止められることは叶わない。

 

「反応できなかった子が一人。遅れた子が一人。反応できた子が一人。そんで反応()()()()()子が二人と。大体目算した通りだったな」

 

 だから、今アイリスの目の前で拳が止まっているのは最初から決まっていたことだ。

 だってそうだろう。セレスのおっちゃんが絶対に成功しない不意打ちをするような馬鹿なら、……そんな人が最強を冠する部隊の長なら、勇者の国が恐れるものなんて何もないのだから。

 

「で、()()()()()奴が二人。そっちの綺麗な銀髪の姉ちゃんは記憶にないが…………そっちの仮面で顔隠してる槍使いはやっぱお前か、ライン」

「…………何で分かんだよ。おかしいだろ」

 

 はぁ、とため息をつきながらも、俺は誤魔化すのを諦めて仮面を外す。いやまぁ、どっかでバレるだろうとは思ってたが…………流石に早すぎる。てか、何もしてないのにバレるのは納得いかねえ。

 

「大分腕が鈍ってるみたいだから半信半疑だったが、槍使いとしての佇まいがラインの面影が残ってたからな。んで、仮面被って髪の色変えちゃいるが目の色はミネアの色だ。俺が分かんねえわけないだろ?」

「普通分かんねえよ。俺がこの国出て何年経ってると思ってんだ」

 

 俺自身がもうはっきりとは思い出せねえくらいだってのに。

 

「何年経とうが、息子や弟みたいに思ってる奴の変装くらい見破れなきゃ人間失格だって俺は思うがな」

 

 にぃ、と意地悪げというか得意げというか笑う騎竜隊の隊長。アイリスに対しての紳士然とした態度とは雲泥のチンピラのような振る舞い。…………やっぱ10年やそこらじゃ変わんねえか。

 

 

「えっと……ダストさん? 結局どういうことなんですか?」

「どういうことって言われても見ての通りというか…………お前が何を聞きたいのかちゃんと言わねえと答えようがねえぞ?」

 

 多少はぼっち癖直ってきたが、さっきの仮面のやり取りといいコミュニケーション能力はまだまだだなぁ俺の恋人様は。

 

「そう言われると正直私も何を言いたいのは分からなくなりそうなんですが…………結局ライネルさんは敵なんですか?」

「今は敵じゃない。それでいいんじゃねえか。…………俺らの対応次第じゃ敵になるかもだが、ま、うちの姫様の様子見る限り大丈夫だろ」

「はぁ……敵じゃないということは、さっきのは私たちを試したということですか。…………あれ!? じゃあ私が魔法をぶつけたのってまずいんじゃ!?」

 

 自分が戦争の引き金になるんじゃないかと慌てるゆんゆん。まああんなんでも軍のお偉いさんだ。それに思いっきり上級魔法ぶつけたとなれば普通は国際問題だろう。

 

「心配しなくても大丈夫ですよ紅魔族のお嬢さん。今のやり取り、問題があるのはどう考えても私のほうですから」

「だな。お前はアイリスを守ろうとしただけだ。問題に出来るのはこっちだけで、向こうは問題にしてほしい立場だ」

「?? えっと……私の行動が大丈夫そうなのは分かったんですけど、ダストさんが何を言ってるかが……」

 

 分からないとゆんゆん。こっちも説明するとなると面倒なんだが……。

 

「まぁ簡単に言うとあれだ。この国は別に今ベルゼルグに喧嘩を売る気はない。だが、別に今すぐ喧嘩を始めてもいいとは言ってるんだよ」

 

 本当、この旅にカズマやクレア。爆裂娘とか連れてこなかったのは正解だったな。あいつらが一人でもいたら間違いなく戦争が始まってる。そういう意味じゃ正義感溢れた魔剣の兄ちゃん連れてこなかったのも良かったか。

 

「ま、ラインの言うとおりだ、紅魔族の嬢ちゃん。今のベルゼルグは魔王軍との戦争が終結したばっかりで疲弊してるからな。勝率は半々程度だが……勇者の国相手と考えればそう悪くない」

「おい、セレスのおっちゃん。そんなことまで言っていいのかよ。あと、さっきの騎士みたいなしゃべり方はいいのか?」

「どうせこの程度のことならお前らだって想像ついてるだろ? 想像がつかないのは、こっちの自信の源でそれが何か探りに来てんだから。後しゃべり方は、王女殿下だけ丁寧でいいだろ。一応俺もこの国じゃそれなりに地位だし……弟みたいな奴がため口聞いてる相手に丁寧にしゃべるってのもなんかあれでよ」

 

 まぁ、確かに。気持ちは分からないでもないな。

 

「なんでしょう…………大きくなったダストさんというか……丸くなったダストさんというか…………もしかしてろくでなしさんでしょうか?」

「おい、ライン。ダストってのがお前の偽名なのは分かるんだが…………その嬢ちゃんもしかしなくても毒舌か?」

「そうだぞ。こいつはゆんゆん。俺の恋人の毒舌ぼっちだ」

 

 俺の紹介にまたもぽかぽか殴ってくるゆんゆんはスルー。

 

「はーん……毒舌ぼっちの恋人ねぇ…………あん? ラインに恋人だと? あの女っ気が欠片もなかったラインに? 女や飯より先にドラゴンだったラインに?」

「昔の俺がそんな感じだったのは否定しないが、信じられないもの見る目はやめろ」

 

 ドラゴンナイトになりたての頃はミネアの世話するか槍の特訓するか仕事するかのどれかだったからなぁ。そこからいろいろあって姫さんに会って…………女っ気があった時期は確かにねえな。

 

「まぁ、お前の親父さんは筋金入りの女好きでもあったし、そう不思議でもないか。お前はなんだかんだで姫様と一緒になると思ってたんだがな」

「…………そんなの無理に決まってんだろ」

 

 あり得ない話だ。俺があの人と一緒になるなんてのは。

 

「って……どうしたよ、ゆんゆん。いきなり抱き着いてきて」

「……なんでもありません」

 

 そう言いながらも、ゆんゆんはさらに強く俺の腕を抱きしめてくる。

 

「そうか? まぁ、俺は腕が幸せだからどんどんやってくれていいが」

 

 嫉妬かね? それとも、俺が辛そうにしてると思ったか。ま、どっちでもいいだろう。

 ゆんゆんが今やりたいことをやっていて、俺はそれを受け入れている。

 ゆんゆんの理由が何であれ、ざわめきそうだった俺の心が落ち着いているという結果は変わらないのだから。

 

 

「それで、そろそろ話を進めさせてもらってもいいですか? 騎士様」

「おっと、これはすみません王女殿下。ええ、もちろん。ラインとの積もる話はまた後でしますんで」

 

 積もる話かぁ…………間違いなくお小言だよなぁ。

 

「騎士様。別に私に丁寧な言葉を使う必要はありませんよ。ダスト様の知己の方のようですし、公の場でなければ、くだけた話し方をされても」

「ん? そうか。なんだかうちの姫様みたいなことを言うんだな。あの人も敬語が嫌いな方だったが」

「流石にアイリスをあれと一緒にするのはやめてやれ」

 

 たまにしゃべり方がおかしくなるし、アホみたいに強いがアイリスは一応正統派のお姫様だから。

 

「じゃ、アイリス姫。遠慮なくくだけさせてもらうが。このまま俺たち騎竜隊で王都まで護衛させてもらおうと思うが、それで大丈夫か?」

「この国最強の部隊の護衛に文句などありませんよ。ぜひお願いします」

 

 へりくだらないよう、軽く、けれど丁寧に頭を下げるアイリス。そんな様子をレインは複雑そうな様子で見ている。

 

 ちなみに他のメンバー。ゆんゆんは相変わらず俺に抱き着いてるし、アリスはつまらなそうに欠伸をしていて、ミネアは久しぶりに会ったセレスのおっちゃんを興味深そうに眺め、ジハードはいつものごとくうとうとしていた。

 

 このパーティー緊張感ねえな!

 

 

「ダストさーん、ウェイトレスさんなんとか馬車に置いてきましたよ。すぐについて来ようとするんで『スリープ』で眠らせないといけませんでしたけど」

 

 そんな中、ベル子を馬車に連れて行っていたロリーサが文字通り飛んでくる。降り立ったロリーサは急いで飛んできたんだろう、息も絶え絶えだ。

 

「おう、ありがとよロリーサ。んで、飛んできたとこ悪いが、特に危険なかったからベル子を起こして連れてきてくれ」

「いやがらせか何かですか!?」

 

 いや、だってしょうがねえじゃん。危険に備えないわけにはいかないし、危険がなかったのにベル子をほったらかしにするわけにもいかないし。

 

「うぅ……契約してて逆らえないから行きますけどね……」

「別に急がなくてもいいからなー。馬車もついでに連れてきてくれ」

 

 とぼとぼといった感じで飛んでいくロリーサにそう声をかける。

 

 別に自分で行ってもいいんだが……多少は理不尽な命令した方が従者ってのは救われるからな。一番身軽なのがロリーサなのも間違いないし、こういう所は遠慮なく働いてもらおう。

 

 

 

「それで? あっさりバレてかっこ悪い最年少ドラゴンナイトさん? あんたはどう見るの?」

「なんだよ、どうでもいいとばかりに欠伸してた魔王の娘さん。藪から棒に」

 

 本当こいつはこの場で誰よりも余裕がある。基本的な能力で言うならアイリスと並んで化け物クラスで、本人はどうなろうと知ったこっちゃないから余裕で当然ではあるが。

 

「騎竜隊隊長……引いてはこの国の余裕の理由よ。今のベルゼルグ相手に勝率5割……疲弊してるとはいえ、あの勇者の国相手によ? あの様子だと実際は5割以上ありそうな様子だけど」

「ま、あの国の最近の噂とさっきのやり取りでなんとなく想像はついたな。アリスも大体想像がついたんじゃねえか?」

「そうね。というより、あの男の力の流れを見れば分かるわよ」

「あー……じゃ、やっぱり俺の予想であたりか」

 

 つうか、普通そんなの見ても分かんねえよ。バニルの旦那じゃあるまいし。魔力の流れとか雰囲気くらいなら分からないでもないが。

 

「でも、だとするとやっぱり分からねえな。なんで今じゃねえんだ? 今ならベルゼルグを相手に勝機がある。でも、万全になったベルゼルグを相手にして勝機があるとは思えねえ」

 

 俺の想像通りなら騎竜隊は紅魔の里を超えて文字通りの最強部隊になっているだろう。たとえ魔王軍の幹部クラスを相手にしても問題なく倒せるほど戦力になっていると見ていい。

 

 だが、その程度で倒せるほどベルゼルグという国は甘くない。勇者の国……ただ一国で魔王軍を相手に戦い続けた人類最強の国は伊達じゃないのだ。

 戦術最強じゃ戦略最強には勝てない。この国は嫌になるほど愚かな国だが、そんなことが分からないほど馬鹿な国でもないはずだ。

 

「ふーん、あんたは分からないんだ。私はなんとなく分かったけどね」

「分かったなら教えろよ」

 

 俺と持ってる情報はそんな変わらないはずだが、本当に分かってるんだろうか。

 

「なんで? 私は確かに護衛としてここにいるけど…………基本的にはあんたたちの敵よ? なんでそんなことまで教えてあげないといけないのかしら?」

「…………それもそうだな。じゃ、これ以上敵と話すこともねえだろ。どっかいけよ」

 

 普通に話してるから忘れそうになるが…………確かにアリスは敵だ。こっちの見解を聞かれたからってホイホイ答えるってアホかよ。

 

「そうするわ。あんたからこの件でこれ以上聞けることもなさそうだしね」

 

 くすくすと楽しそうに笑ってアリスは俺たちの元を離れ、今度はアイリスとセレスのおっちゃんたちへ話しかけに行く。

 

 本当、食えない女だ。あいつと一緒にいると適切な距離感ってのが分からなくなっちまう。

 

 

「ダストさん……その…………大丈夫ですよね?」

「だからお前は…………まぁ、いいか。心配しなくても大丈夫だよ」

 

 相変わらずの主語が抜けた質問に半ば諦めながら。俺は続ける。

 

「心配しなくてもベルゼルグは弱い国じゃねえ。この国が俺の想像以上に強くなるってんなら、ベルゼルグも俺の想像する以上に強くなるに決まってるさ」

 

 だから、こんな腐った国に負けるはずがない。たとえ戦争になってもベルゼルグが勝つに決まってる。

 その結果として、ライン(昔の俺)が大事にしていたものが失われようと、ゆんゆんやあいつが大事にしてるものが失われるよりはずっといい…………はずだ。

 

 

「いえ、そっちじゃなくて、アリスさんの不思議な魅力にダストさんが浮気しないk……っふぇ()いふぁい(いたい)いふぁい(いたい)ふぁんふぇふふぁふんふぇすふぁー(なんでつまむんですかー)!?」

 

 なんて、俺らしくもない感傷をばっさりと台無しにしてくれた恋人には、いつも誰かにするようにほっぺたを思いっきり引っ張ってやった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14話:再来

「ん……ふぁあ…………んぅぅ…………んぅ? あれ? ここは……?」

 

 心地よい朝日に起こされて。目をこすりながら起きた私は見慣れない部屋に首をかしげる。アクセルで泊まってる部屋じゃないし、当然ダストさんの隣に潜り込んでいた時の馬小屋でもない。

 

「お、やっと起きたか。おはようさん。絵に描いたような寝ぼけた面してるな」

「あ、ダストさん。おはようございます。…………んー、あー……そういえば、ダストさんの故郷に来てたんでしたね」

 

 私と同じベッドで目を開け横になっているダストさん。

 そんなダストさんと私の間ですやすやと眠るハーちゃん。

 隣のベッドではロリーサちゃんとミネアさんが並んで眠っている。

 

 状況を確認する度に段々と昨日の記憶が思い出されてきた。

 

「それで、昨日はフィーベルさんの実家に泊まったと」

「王都の方のな。実家ってか別荘……王都での仕事のための住居らしいが」

「お家が二つもあるってすごいですねぇ……この家もすごい立派ですし」

「一応フィール家も没落気味とはいえ貴族だからな。ベル子の奴もよく見りゃ金髪だろ?」

 

 金髪……そう言われてみればそうなのかな? フィーベルさんの髪の色は薄い茶と黄色の間のような色で、アイリスちゃんのような誰もが分かるような金髪じゃないけれど、金髪と言われれば確かにそうだと思える。

 

「そういえば、この家って誰も住んでないんですかね? 結局昨日この家に泊まったのって私たち5人とフィーベルさんだけでしたし」

 

 私とダストさん、そしてこの部屋に泊まってる3人以外……フィール家の人はフィーベルさんしか泊まっていない。

 

「ちょろっとベル子に聞いたが一応この家はフィールの姉ちゃん……騎士やってるベル子の姉ちゃんが普段は住んでることになってるらしいぞ」

「ああ、なるほど。明日が結婚式らしいですし、式の準備で田舎の方の実家に戻っていなかったんですかね」

 

 そう考えれば帰ってきたフィーベルさん以外いないのも分かる。

 

「……そのわりには普段人が住んでる気配がないってか…………あの男女な姉ちゃんも女だったってことかねぇ……」

「? どういう意味ですか?」

「気にすんな。知り合いの生々しいとこ想像すんのは微妙な気持ちになるよなってそれだけのことだ」

「?…………、あ……そ、そういうことですか」

 

 ここに住んでるはずなのに住んでる様子がない。つまりは別のところに寝泊まりしているということで。明日結婚するという人が自分の家以外のどこで寝泊まりしているかと言われれば……。

 

「なーに赤くなってんだよエロぼっち娘が。俺がドン引きするくらいエロい癖に」

「私がドン引きするくらいの変態さんには言われたくないです」

 

 いや、まぁ、うん。私がちょっとだけあれなのは否定しないけど。ダストさんにだけは本当言われたくない。

 普段のセクハラが可愛く思えるくらいだからなぁ……。この間だって──

 

「──そ、それよりダストさん。王都についたらアイリスちゃんたちと別れちゃいましたけど、本当によかったんですかね」

 

 と、これ以上思い出したらダストさんの顔もまともに見れなくなりそうだと思った私は、自分の思考の向きを変えるために強引に話を逸らす。

 その内容はこの国の王都についてから別行動になったアイリスちゃんのこと。私たちは護衛としてついてきたはずなのに、王都につき、そこから王城に向かったのはアイリスちゃんとレインさんだけだった。

 

「ま、大丈夫だろ。王都の中でアイリスをどうこう出来る奴がいるとは思えねえし」

「確かに、ドラゴンナイトの人でも王都じゃその本領を発揮できないでしょうし、アイリスちゃんを力でどうこうはできないでしょうけど……」

 

 ドラゴンを戦わせることができないのはもちろん、その力を借りることも王都……建物の中じゃ制限がかかる。

 ドラゴン使いやドラゴンナイトはドラゴンから力を借りることができるけど、その力を借りるための繋がりは距離が離れるほど、そして障害物を挟むほどに弱くなるから。

 ダンジョンとかではドラゴン使いが一般人と揶揄されるのは、実際ダンジョンではその力をほとんど発揮できないからだ。

 ……平原とかでの圧倒的な強さへのやっかみが半分くらいはあるんだろうけど。

 

(……この目の前の人はそんなことあんまり感じさせませんけどね)

 

 流石にドラゴンと離れてダンジョンにもぐっていつも通りとはいかないだろうけど、多少距離が離れて建物を挟んだくらいじゃその強さが全然揺るがない。

 聞いた話じゃ普通のドラゴン使いは建物の中ではまともに竜言語魔法を使えないらしい。使えるのはこの国ではライネルさんとあと一人だけで、その効果も普段の半分いくかいかないか。

 少なくとも宿で寝ている下位ドラゴンの力を借りて、竜言語魔法によるイカサマでルーレットを百発百中出来るのはダストさんくらいだろう。

 

 今回の旅でダストさん以外のドラゴン使いを知ったけど、知れば知るほどダストさんのでたらめさが分かる。槍使いとしてのダストさんも大概だけど、ドラゴン使いとしてのダストさんは本当に空前絶後の天才らしい。

 最年少ドラゴンナイト。その称号は伊達でも酔狂でもない。ライン=シェイカーという稀代の英雄を一言で表すものなのだと嫌というほど理解させられた。

 

「でも、ダストさん。実力的にはそうでもからめ手をされたらアイリスちゃん危ないんじゃないですか? アイリスちゃん頭はいいですけど、結構世間知らずなところありますし……」

「アイリスも紅魔族でぼっちなお前に世間知らずとか言われたくないと思うが……。ま、そこはレインがいるから大丈夫だろ。レインは常識に囚われすぎてるきらいがあるが、判断力は悪くない。そういう対応こそ十八番だろうよ」

「そうだといいんですけど……」

 

 ダストさんの話だとこの国の貴族ってベルゼルグの貴族よりも一癖も二癖もありそうな感じだし、心配はつきない。

 

「俺もどっちか一人ずつなら心配するがな。あの主従が揃ってれば滅多なことはねぇさ。目的を簡単に果たさせてくれるほど、この国も甘くはないだろうがな」

 

 この国のことをよく知ってるはずのダストさんがそこまで言うなら大丈夫なのかな。目的……戦争を止めるのは難しいかもしれないけど、現状を悪くするような失敗はしないと考えていいのかもしれない。

 

「……心配といえば、アリスさんは大丈夫なんですかね? いえ、本人が大丈夫すぎるのは分かるんですけど、魔王の娘を一人自由にさせてて」

 

 この場にいないアリスさんだけど、アイリスちゃんやレインさんと一緒にいるわけでもない。アイリスちゃん達と私たちが別行動することになった時、アリスさんは「ちょっと修行がてら色んな所探してくる」と言って一人いなくなってしまった。

 その実力や頭の回転の速さには何も心配がないんだけど、その立場を考えれば何かやらかさないか心配でおなかが痛くなってくる。

 

「そんなもん俺が知るか。あいつが何考えてんのかなんて俺にも分かんねえっての」

「ですよねー……」

 

 本当、アリスさんは何を考えてるんだろう。気持ちいいくらいに単純明快なようで、その実心の奥底は全く見せてくれていないような……。

 今回の旅について来てくれたのも、報酬がいいのとアイリスちゃんに興味があったからだと思ってたけど、それ以外の目的があるのかもしれない。

 

「まぁ、あいつが何考えてるかは分かんねえが、義理とか約束は守る奴だ。今回の旅で俺らを裏切って襲ってくることはねえだろうし、あいつの力が必要な時にはちゃんと合流してくれるだろ。とりあえずはそれで納得しといた方が楽だぞ」

「そうします……」

 

 それで納得するしかないんだろう。少なくとも今は。

 

 

「んぅ……あるじ、おは…よぅ……?」

「うん、おはよう、ハーちゃん。ハーちゃんが起きたってことはそろそろちゃんと起きないといけない時間ですね」

 

 寝ぼけまなこをこすりながら挨拶をしてくれる世界一可愛い使い魔の姿に癒されて。私は本格的に起きる時間だと意識を切り替える。

 ダストさんと取り留めなのない話をする時間はとても幸せだけど、それをずっと続けるわけにはいかない。

 

「だな。──おい、起きろミネア、ロリーサ。俺が起きてんのに幸せそうに眠ってんじゃねえよ」

「んー……おはよ、ライン。…………昨夜はお楽しみだったわね?」

「二人きりならともかくジハードやお前らがいてお楽しみができるわけねえだろ。……おい、ロリーサ、だからさっさと起きろ。起きねえとほっぺた死ぬほど引っ張るぞ」

「んふふー……ダメですよぅ、ダストさん。私が魅力的なのは分かりますが、ゆんゆんさんに悪──いひゃいいひゃい! いきなりなんなんですか!…………うぅ……なんかいい夢見てた気がするのに……」

「寝る必要がない悪魔のくせにふざけた夢見てるからだろ」

 

 伸びをするミネアさんと、ほっぺたを押さえながらダストさんを恨めしそうにみるロリーサちゃん。寝起きの気分に大きな差がありそうだけど、二人ともきっちり起きたみたいだ。

 

「それじゃ、みんな起きたところで準備して朝ごはん食べに行きましょうか。フィーベルさんももう起きてますかね」

 

 人が住んでないならこの家に食材とかはないだろうし。フィーベルさんもどこかに食べに行かないといけないはずだ。

 泊まらせてもらったお礼もあるし、朝ご飯一緒に食べられないかな。

 

「さあな。……悪いが朝飯はお前らだけで行ってくれるか? 俺とミネアはちょっと行くところがあるからよ」

「行くって、誰かと会う約束でもしてるんですか?」

 

 もしかして、この国のお姫様と……?

 

「ああ、セレスのおっちゃんとな」

「ほっ……なんだ、ライネルさんとでしたか。別行動はいいんですけど、どこで合流しますか? その約束ってどれくらいかかります?」

 

 積もる話があるって言ってたし、すぐすぐ終わる約束でもなさそうだけど。

 

「…………俺の結婚式に参加しろって煩かったからなぁ。明日の夕方くらいまでは拘束されそうだな」

「となると……フィーベルさんの実家がある村で合流でいいですか。私もフィーベルさんのお姉さんの結婚式に誘われてて、フィーベルさんを村まで護衛することになってますから」

「その話俺は全く聞いてないんだが…………もしかしてこれ、おっちゃんとの約束なくても結婚式に参加させられる流れか」

「聞いてないって話なら、私もダストさんの話今聞きましたけどね。流れに関しては多分想像通りですけど」

 

 少なくとも私はそのつもりだったし。

 

「ダストさん、私はどっちについていけばいいですか?」

「ロリーサはゆんゆんについて行ってくれ。大体はゆんゆん一人で事が済むだろうが、済まない事態になった時はお前が時間を稼げ」

「了解です!」

 

 そう言って嬉しそうにビシッと敬礼するロリーサちゃん。

 結局今回の旅の中では今までとそう変わってない所しか見てないんだけど、ダストさんに信頼されて任せられるってやっぱりロリーサちゃん真名契約で強くなってるのかな。

 

 

 

「じゃ、俺とミネアは行くぜ? セレスのおっちゃんを待たせるのはどうでもいいが、その愛竜待たせるわけにはいかないからよ」

「そんなこと言って……ライン、あなたライネルの相棒の背中に乗るのが楽しみで待ちきれないだけでしょ?」

「否定はしない」

 

 あっさりとミネアさんの言葉を認めるあたり、ダストさんのドラゴン馬鹿は筋金入りだ。

 

「……というか、ライネルさんのドラゴンさんに乗って村に行くんですか? だったらフィーベルさんも乗せてもらえば早いんじゃ……」

 

 そうすればわざわざ別行動することもないような。

 

「俺もそれ聞いたが、セレスのおっちゃん、ベル子に嫌われてるみたいでな。多分姉を奪われたって八つ当たりしてるだけだとは思うんだが、一緒に行くのはベル子が認めないんじゃねえか」

「なるほど」

 

 私には姉妹っていないし、ベル子さんの気持ちがちゃんと分かるとは言えないけれど。でも大切な人が遠くに行ってしまう気持ちと言われればなんとなく想像ができる。

 

 

「それじゃ、ダストさん、ミネアさん。また村で」

「ああ、気を付けて来いよ」

 

 

 そうしてみんなで二人を見送ってから私はふと思う。

 

(ダストさん、私が起きた時にはもう起きてたけど、いつ起きたんだろう?)

 

 

 

 

 

 

──ダスト視点──

 

「ふぁぁ~あぁ~……ねみぃ」

「おいこら、ライン。お前俺の話ちゃんと聞いてるか?」

 

 フィール家の田舎の実家。ベル子の両親と次期当主の兄が住む家の客室で。眠気と戦いながら俺はセレスのおっちゃんと会話を重ねていた。

 

「悪い、今の話は聞き逃したわ。何の話だっけ?」

「あの銀髪の女性……ミアさんって言ったか? あの人は本当に誰なんだ。絶対どっかで会ってるはずなんだが、あんな綺麗な人記憶にないんだよ」

「あー……まぁ、そのうち嫌でも分かると思うぞ。というかあれこれ考えず直感だけで判断すればセレスのおっちゃんならすぐ分かるんじゃねえかな」

 

 セレスのおっちゃんの言う銀髪の女性ミアは当然ミネアのことだ。俺より存在がバレちゃいけないミネアだし、偽名を使ってこっちから正体をバラすことはしない。

 ぶっちゃけセレスのおっちゃんならバレてもいいとは思ってるが、竜失事件以降ドラゴンが人化するなんてありえない事だし、その常識に囚われている限り気づかないかもしれない。

 

「そうか……。まぁしかし本当にいい女性だな。人間離れした美しさもそうだが、武闘家としても筋がいい。まだ粗削りだが鍛えれば俺以上の武闘家になりそうだ」

「まだこっちに慣れてないだけで、戦い方自体は上手いやつだからな」

 

 ジハードのような稀有な固有能力こそないが、ミネアは戦い方がずば抜けて上手い。だからこそ単純なステータスでは互角の相手を複数相手したり出来る。

 人化してる状態じゃドラゴンの時と同じようにとはいかないが、それでも慣れさえすれば人間基準でトップクラスの武闘家になれるだろう。

 

「つーか、明日結婚するって男が何言ってんだ。フィールの姉ちゃんや両親に浮気してるって言いつけるぞ」

 

 そりゃ、人化してるミネアが人間離れして綺麗なのは確かだが。

 

「結婚しようがしまいが、いい女性はいい女性だと褒めるのがいい男の条件だと俺は思うがな」

「それは確かにいい男ではあるかもしんねえが、いい旦那ではないんじゃねえか?」

「……それもそうだな。というわけでミアさんを褒めてたのは俺とお前の二人だけの秘密な」

 

 ……本当、セレスのおっちゃんは昔から変わんねえな。相変わらずの女泣かせのろくでなしだ。

 

「つーか、積もる話ってこんなどうでもいい話ばっかりかよ。だったら、ミn……ミアを別の部屋で待たせる必要なかったんじゃねえか?」

 

 てっきり、お小言ばっかりでつまらないことになるから別れさせたと思ったんだが。

 

「……そうだな。そろそろ本題に入ってもいいころか」

 

 セレスのおっちゃんから話があると言われたとき。俺はその内容に二つの予想を立てた。

 一つはさっきも言った通り、俺が昔やらかしたことに対するお小言。

 そしてもう一つは──

 

「──ライン。この国に帰ってこい。みんな待っている」

 

 引き抜きだ。

 

 

 

「……今更俺が必要か? セレスのおっちゃんも分かってるだろ? 俺はこの国にいたころと比べて思いっきり鈍ってるって」

 

 少なくとも槍使いとしての俺はあの頃と比ぶべくもない。

 アイリスとの特訓、エンシェントドラゴンや死魔との死闘で大部分は取り戻したとはいえ、この国一番と言われた槍捌きにはまだ届かない。

 

「確かにな。昔のお前と比べれば劣ってるのは分かってるさ」

「だったら──」

 

 俺の予想が正しいなら、この国は……騎竜隊は並ぶもののない強さを手に入れている。槍使いとして鈍っている俺を必要とする意味は薄くなってるだろうし、堕ちた英雄を引き抜くデメリットを考えれば、当然引き抜かない方に傾くはずだ。

 

「──この国には英雄が必要なのさ。強さはこの際関係ない。誰もが認める実績と名前が知られた英雄がな」

 

 そんな奴お前しかいないだろ、とセレスのおっちゃんは言う。

 

「…………なんで、わざわざ英雄なんてもん必要としてるか知らねえが、俺はもう英雄として過ごす気はねえんだ」

 

 俺はライン(英雄)じゃなくてダスト(チンピラ)だから。国を救う存在にもなれなければ、お姫様を救う存在にもなれない。

 ただ、自分の手の届く範囲で……自分が大切だと思える奴らを守れたらそれでいい。

 

「だから悪い。俺はこの国には戻れない」

「……分かってるのか? この国とベルゼルグは戦争になる。それも遠くはない未来にだ。その時に後悔しても遅いんだぞ?」

「後悔はするかもな。……でも、あいつを…………あいつらを泣かせるよりはマシだ」

「姫様を泣かせてもか?」

「あの人は俺の選択を笑って許すだろ」

 

 そんでその後裏切り者と全力で殴ってくる。そんな人だ。間違っても泣くなんてタマじゃない。

 

「俺と戦うことになるかもしれないぞ?」

「その時は手加減してやるから安心してくれ」

 

 基本的に戦争になんて参加するつもりはないが……俺やあいつらの大切なものを奪われるわけにはいかない。

 その時はたとえセレスのおっちゃんが相手でも戦うだろう。

 

 ……この優秀すぎる兄弟子相手に手加減なんて出来る気は全くしないがな。

 

 

 

 

 

──ゆんゆん視点──

 

「フィーベルさん、凄く今更な質問いいですか?」

「? はい、別にいいですけど」

 

 フィーベルさんの故郷への道を()()()()()。私は気になっていたことを質問することにする。

 

「なんで徒歩で移動なんですか? 竜車とは言わなくても馬車で移動すれば半日くらいで着きますよね?」

 

 ダストさんと別れてからもう一日以上が経った。ピクニックのように外でみんなと一緒に昼食をとれて楽しかったし、夜は別の村できっちり宿に泊まれたから特に文句はないんだけど。わざわざ時間をかけて村への道を徒歩で向かうのには何か理由があるんだろうか。

 

「本当に今更ですね……。単純に村へ向かう馬車の定期便がなかったからですよ。田舎なので一週間に一度しか定期便が出ないんです。レンタルすれば話は別ですが……」

「そこまでするにはお金が足りないと」

 

 定期便なら馬車もだいぶ安く抑えられるけど、レンタルするとなると価格が跳ね上がる。徒歩だと宿代が必要になってくるけど、それを考えてもレンタルするよりは歩いたほうがかなり安い。

 

「本当ならちょうど定期便に乗れるくらいに王都につけたはずなんですけどね。サラマンダーの件がありましたから」

 

 そのごたごたで乗り過ごすことになったと。

 

「竜車は少し難しいですけど、馬車くらいなら私でもレンタル出来たのに……」

「流石に護衛をお願いしてる相手にお金を出してもらうわけには…………というか、一泊して徒歩であと1時間くらいの場所まで来てからそんなこと言われても反応に困るんですが」

 

 はい。フィーベルさんのおっしゃる通りです。自分としても何聞いてるんだろうって質問でした。

 

「あはは……ウェイトレスさん、ゆんゆんさんはお話しする内容がなくなったから聞いたんだと思いますよ。ずっと楽しそうでしたし、あんまり気にすることでもないかと」

 

 うん。ロリーサちゃんの言ってる通りだね。でも、仕方ないというか……ダストさんの話題を封印してたら最近の私にできる話のタネなんてほとんどないんだもん。

 

「そ、それじゃあハーちゃんの可愛さについての話を──」

「──あ、その話はもう5度目くらいなのでいいです」

「そんな!? それじゃあもう私にできる話が……」

「というか、別に無理して話す必要もないんじゃ……」

 

 そんな悲しいことを言わないでよロリーサちゃん。リーンさんやめぐみん以外の同年代の女の子と話す機会なんて私にはほとんどないんだから。

 

 ……昔はめぐみんだけだったのを考えれば今の私はすごく恵まれてるなぁ。

 同年代に限らなければロリーサちゃんともよく話せるし、ダクネスさんやアクアさん、ウィズさんとも会ったときに色んな会話が出来ている。

 何より使い魔であるハーちゃんとはほとんどずっと一緒に過ごせているから。眠たがりなハーちゃんだし、いつも話せるってわけじゃないけど、その存在は私の寂しさを大きく埋めてくれている。今も私の後ろで眠っているけど、その寝息は私の大きな癒し──

 

「──って、あれ? ハーちゃん起きてるの?」

 

 いつもならしている、小さく可愛い寝息が今は聞こえない。背中に背負っているからその顔は見えていなかったけど、振り返ってみればハーちゃんは目を開けて起きていた。

 

「ん……いま、おきました。あるじ、おろして」

「んー……別にこのまま背負っててもいいよ? あと一時間くらいで着くみたいだし、ハーちゃんくらい軽ければ全然重くないからね」

 

 少なくともどっかのチンピラさんを背負うよりは楽だ。

 

「だめ……もうすぐ、くるから」

 

 

 

 

 

 

 

 今回の旅の中で。私が分からないことがいくつかあった。

 

 一つ。この国の思惑。勇者の国という最強の国相手に戦争を仕掛けようという無謀な考えを持ったのか。

 一つ。アリスさんの隠された目的。報酬やアイリスちゃんへの興味以外の何を理由に、この旅に参加したのか。

 

 そして一つ。異常ともいえる数のサラマンダーがなぜいたのか。本来火山などにのみ生息する火の精霊が、平原に大量発生した理由。

 

 他にも分からない疑問はたくさんあるけれど、サラマンダーが発生した理由だけは分かった。…………分かってしまった。

 

 

 

「なんだか、急に暑くなってきましたね。もしかしてまたサラマンダーが近くにたくさんいるんでしょうか」

 

 

 それは火の精霊、サラマンダーたちの王。数多のサラマンダーを引き連れて、火の海を築いていく存在。

 

 

「サラマンダーだけなら、ゆんゆんさんとジハードさんで何とでもなると思うんですけどね。ダストさんもアリス様も王女様もいない……私たちだけの時に遭遇するなんて不運すぎますよぅ……」

 

 

 それはかつて最凶と恐れられた大物賞金首。冬の大精霊である『冬将軍』に並ぶ強さを持ちながら、慈悲など欠片もない凶暴な存在。

 

 

「あるじ、らいんさまがいないと、あれにはかてないよ……?」

 

 

 それは火の精霊が人々の想いに影響されて集まった結晶。仮に討伐がなされようとも月日の果てに復活する存在。

 

 

 その存在を示す名前を私は知っている。

 

 

 

「火の大精霊、炎龍……!」

 

 

 それがかつて最年少ドラゴンナイトによって討伐された最凶の大精霊、その復活を観測した瞬間だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第15話:彼女の英雄

────

 

 『炎龍』。それはかつて最凶の大物賞金首として災厄をまき散らしていた火の大精霊。冬の大精霊と同格の力を持ちながら、慈悲など欠片もない凶暴な火の化身。

 最年少ドラゴンナイトによって討伐されたものの、本来人が抗えるような存在ではない。人の身で抗えるとしたらそれこそ、ドラゴン使いのような存在自体がイレギュラーなものか、女神に祝福されし勇者くらいだろう。

 あるいは彼女の親友のように人の身では敵わない存在を倒すための魔法、ただそれだけを極めたものなら、準備次第で討伐も可能かもしれない。

 

 だが、ここにいるのは最上級の魔法使い()()()()()()()それだけ()()()()()彼女と、その使い魔である人化した下位ドラゴン。本来真っ向から戦う力を持たないサキュバスに、休暇中のギルドのウェイトレスしかいない。

 復活した炎龍はもちろん、その取り巻きである大量のサラマンダーを相手にするにも厳しい戦力だ。せめて彼女の使い魔であるブラックドラゴンがその本来の姿ならまだ可能性があったかもしれないが、人化している姿では戦力としてはウェイトレスとそう変わらない。

 

 

 だから、彼女がここで取れる選択は限られている。テレポートで逃げるか、非戦闘員を逃がし勝てるものがくる時間を稼ぐか。

 そして、彼女の性格を考えればどちらを選ぶかなど決まりきっている。

 

 

「ベルk……フィーベルさん。今からテレポートでフィーベルさんを送ります。王都に炎龍復活の報を伝えてください」

「今、あなたまでベル子って呼ぼうとしませんでした?」

「気のせいです」

 

 この国の王都に着いたときに3つある登録先の一つを変更している。そこへ転移の魔法を使えば、非戦闘員であるウェイトレスを逃がすことは可能だろう。

 

「まぁ、伝えるのはいいんですが……それで何か変わりますか?」

「え? だって王都にはこの国最強の部隊である騎竜隊がいますよね?」

 

 騎竜隊はイレギュラーである人間のドラゴン使いとドラゴンたちで形成された部隊だ。部隊全員で挑めば炎龍相手でも勝てる可能性が高い戦力を有している。

 

「いますけど……あの人たちって災厄クラスの相手に出撃したことってないんですよ。それこそ以前炎龍が来た時もそうだったらしいですし」

 

 だが、それは犠牲を前提とした勝利だ。最高戦力であるドラゴンとドラゴン使い。それを失うことを恐れた国がどういう選択をするのか。それは歴史という形で示されている。

 

「……それでも、フィーベルさんを逃がさないとまともに戦うこともできませんし」

「逃がすために魔力を大きく消費して……ですか? 私は戦えないですが、騎士の妹です。曲がりなりにも冒険者ギルドで働いています。あの大精霊相手にそんな余裕がないのくらいは分かりますよ」

 

 彼女のウェイトレスを、非戦闘員であるフィーベルを逃がさなければまともに戦えないというのは間違っていない。戦えないものを守りながら戦えるような彼我の戦力差ではないのだ。

 そしてフィーベルのいうことも間違ってはいない。大きく魔力を消費するテレポートを使えば彼女は使える手の数を大きく失うだろう。使い魔が人化さえしていなければ回復する手段もあったが、人化している状態ではその回復も多くは望めない。

 そもそも、仮に人化していなかったとしても、まともに回復を許してくれるような相手でもないのだ。相手の攻撃は常に一撃必殺の威力を持ち、こちらが回復する間静観してくれるような甘さなどもない。

 

「だから、テレポートはいりません。その代わりに身体強化の魔法をください。それなら、テレポートよりは少ない魔力で……そして倒せる人を呼んでこれますから」

「…………危険ですよ?」

「炎龍相手に時間稼ぎするよりもマシだと思いますけど。それとも、一緒にテレポートで王都まで逃げますか?」

 

 そうすれば、少なくとも彼女たちは助かる。だが、炎龍たちが今向かっている先を、フィーベルの故郷の村を思えばそんな選択をとれない。

 あの村にいる彼らの存在を考慮すれば、何も心配する必要はないのかもしれない。だが、それで本当に何も犠牲が出ないという保証はない。

 

 彼女は守りたいのだ。分不相応かもしれないが、一緒に旅した少女の故郷を。あの凶暴な大精霊から。そして──

 

(──あの人の隣に立ちたいから)

 

 まだ力が足りないのは彼女も分かっている。だが、勝てないからと逃げていたらいつまでもあの背中には追い付けない。

 そういう意味では炎龍はおあつらえ向きの相手なのだ。かつて最年少ドラゴンナイトによって討伐された存在で、その中でも最強に近い力を持つ炎龍は、彼女の目標をこれ以上なく示す存在だから。

 

「…………、分かりました。お願いします。あの人を呼んできてください」

 

 きっと、彼は炎龍の存在に気づき、既にこちらに向かっている。そういう意味では、今からフィーベルに身体強化のバフをするのは、少しの魔力で彼女を逃がすだけの意味しかない。

 だが、ただ逃げることと助けを求めに行くことでは、その心身に与える影響が違う。危険を伴うだろう村への道を少しでも無事に辿り着くよう、彼女はフィーベルにお願いし、いくつか魔法をかけた。

 

「任せてください。すぐにライン様を呼んできますから!」

 

 力強く村へと走り出すフィーベルをを見送り、彼女は一つ息を吐く。

 

「ライン様、かぁ……やっぱり、フィーベルさん、この国の人にとってダストさんは英雄なのかな? どう思う? ロリーサちゃん」

「あはは……ダストさんが英雄って言われても全然ぴんと来ないですけどね」

「だよね」

 

 彼女たちは英雄であった彼の姿を知らない。強いことは嫌というほど知っているが、結局は強いチンピラというだけだ。その正体を知っていても、それでイメージが変わるわけではない。

 

「ただ、英雄とかそういう人ではないですけど…………こういう時にすごく頼りになる人ではありますよね」

「…………、うん、そうだね」

 

 それが彼女たちにとっての英雄ではない彼のイメージ。全てを守る英雄などではないが、けれど、身内にはどこまでも甘いチンピラは、自分たちのピンチに絶対駆けつけてくれると。

 

 

「ごめんね、ロリーサちゃん。こんな危険な戦いに巻き込んで」

「巻き込まれてなんていませんよ? だって、ご主人様からの命令ですからね。ゆんゆんさんだけじゃどうにもならない状況になったら時間を稼ぐのが私の役目です」

「そっか……それじゃ、遠慮なく頼らせてもらうからね」

 

 彼女はまだロリサキュバスが何を出来るのかはっきりとは分かっていない。だが、彼が出来ないことをロリサキュバスに頼むはずない事も分かっている。彼が時間稼ぎをしろと言ったのなら、それは絶対に出来る事なのだ。

 

「じゃあ、行こうか、ハーちゃん、ロリーサちゃん。……何か作戦はある? ないなら私が前に出るけど」

 

 彼女の問いにふるふると首を振る使い魔と、意を決したように口を開くロリサキュバス。

 

「──私に考えがあります。……というか、私のできることを考えたらこれしかないと思います」

 

 

 迫りくる火の大精霊とそれに付き従う火の精霊たち。それを前にして彼女たちはただ時間を稼ぐための戦いを始める。

 

 

 

 

 

「…………これ、素直に王都に送ってもらってた方がよかったですかね……?」

 

 ゆんゆんたちと別れてから。フィーベルはずっと走り続けた。時間にして10分といったところ。距離としては半分行ったか行かないか。

 全力で走っても息がそこまで切れていないのはゆんゆんの身体強化の魔法のおかげだろう。荒くれものの冒険者相手をしている彼女だから、普通の婦女子と比べて体力があったのももちろん多いが。

 そんな彼女だが、先ほどまで村を目指して動いていた足は止まっている。それもそうだろう。

 

「こんなにサラマンダーが発生してるって聞いていないですよー!」

 

 彼女は今サラマンダーの群れに囲まれているのだから。

 いかに身体強化されていようと、その囲いを抜けるような動きが出来るのなら……そんな才能があったなら騎士や冒険者になっている。

 

(後ろから追われてたのが横から襲ってくるようになったあたりで嫌な予感はしてたけど……これ今もサラマンダーが発生し続けてるということ?)

 

 そうでなければ説明がつかない状況だ。後ろ、炎龍がいる地点だけでなくこの周辺全てがサラマンダーの発生する場所になっている。下手をすれば彼女の村も──

 

(──ダメ、悪い風に考えちゃ)

 

 こうなった以上、彼も異常には気づいている。それならきっとこっちに向かってきているはずだ。

 彼は恋人や使い魔を見捨てないだろうと、彼女はそう考える。考えて、そして思ってしまう。

 

(ゆんゆんさんたちと離れてこうしている私は、私を……あの人は助けてくれるんでしょうか?)

 

 フィーベルのいる状況は確かにピンチだ。彼女一人ではもうどうしようもない状況だろう。だが、それを言うならゆんゆんたちが置かれる状況も一緒なのだ。

 恋人や使い魔と、ただの知り合いのウェイトレスでしかない自分。そのどちらを急ぎ助けるのか。それは考えるまでもない気がした。

 だって彼は何度も言ってるのだ。自分はもう英雄ではなく、ただのチンピラなのだと。

 

 なら、ただの知り合いを助ける理由なんて──

 

 

「たすけて──」

 

 小さくこぼす言葉。それをかき消すようにサラマンダーが四方から彼女に向けて炎のブレスを吐かれる。

 

 

「たすけてよ! ライン様ああああ!」

 

 

 だから、彼女は力いっぱい叫ぶ。ブレスに負けないように。彼女にとっての英雄の名前を。

 助けなんて来ないと思ってても、それでも助けが来るとしたら彼しかいないと思っていたから。

 

 

 

「──なんだよ、ちゃんと助けてって言えるじゃねえか」

 

 だから、それは彼女にとってありえない事で、そして必然だった。

 

 白銀の龍から飛び降りた金髪の槍使いは、その槍、子竜の槍を振るい、彼女に迫るブレスを一瞬で蹴散らす。

 そして降り立った勢いそのままに彼女を囲むサラマンダーの群れを一撃で霧散させていった。

 

「……ライン…………様?」

「よぉ、ベル子。無事みてえだな」

 

 英雄と称されるにふさわしい動きで彼女を助けた彼は、けれどいつものチンピラのような笑みを浮かべている。

 

「なんで……?」

「なんでって……何の話だ?」

「なんで…………何で私を助けたんですか?」

 

 彼には彼女よりも大切な人がいて、彼女を助けてる余裕なんてないはずなのに。余裕があったとしても、普段彼に対して口の悪い自分をわざわざ助ける理由なんて──

 

「はぁ? 助けてって言ったのはお前だろうが。知り合いに助けて言われてるのを見捨てられるほど俺も人間やめてるつもりはねえぞ」

 

 チンピラであってもそれくらいの良識はあるつもりだと彼は言う。

 

「……じゃあ、私が助けてって言わなかったら助けてくれなかったって事ですか?」

「…………さあな。お前が助けてって言ったから俺は助けた。それでいいだろ」

 

 それはなかった結果なのだから。

 

(……でも、ミネアさんが飛んできたタイミングはぎりぎりでしたよね)

 

 それはつまり彼女が助けを呼んでから判断すれば間に合わないタイミングということで…………彼が最初から助けるつもりだったに他ならない。

 

「んだよ、ベル子。変な笑いしやがって」

「くすっ……いえ、ライn……ダストさんは素直じゃないんだなぁって」

「あん? それをお前が言うかよ。素直じゃないって言うならお前もだろうが」

「いえいえ、私はちゃんと素直に『たすけて』って言えましたから。ダストさんとは違いますよ」

 

 あれほど言えなかった台詞。けれど、本当に追い詰められた時、その台詞は思っていた以上に簡単に言えた。

 その理由はきっと自分が思っている以上に単純で、けれど認められれないものだったからだろう。

 

「んだと……っと、そんな呑気に喋ってる場合でもなかったか。ミネア!」

 

 彼の呼び声に相棒のドラゴンがその巨体を降ろす。その背に一瞬で飛び乗ったと思ったら、彼はその手を彼女に伸ばしていた。

 

「ん! 何してんだベル子。早く手を出せ」

「えっ、あ、はい……っきゃぁ!?」

 

 訳も分からず言われた通り手を出した彼女はいきなりの浮遊感に驚く。それがドラゴンに乗せられたのだと気づいたときには、その体は彼の前に抱きかかえられてた。

 

「ちょっとばかし急ぐからな。乗り心地には期待すんなよ」

「は、はい……って、きゃあああああああ!」

 

 目まぐるしく変わる景色と体にかかる風圧。自分が飛ばされて落ちるんじゃないかという感覚は、けれど彼が乱暴ながらもしっかりと支えてくれてるのが分かったことで気にならなくなる。

 

「えっと……ダストさん? どこに向かってるんですか?」

「村だよ。流石に炎龍のいる戦場にお前を連れてけないからな。……ま、村の方もちょっとした戦場になってるが、セレスのおっちゃんやフィールの姉ちゃんが戦ってるから守ってもらえるだろ」

「はぁ、義兄とお姉ちゃんがですか。今日が結婚式だったのに大変ですねぇ」

 

 流石にこの状況では結婚式は延期だろう。被害によっては無期限延期になるかもしれない。彼女はそう二人に対してご愁傷さまと思う。

 

「見てるこっちも大変だったぜ。セレスのおっちゃんがタキシードで戦うのもあれだが、フィールの姉ちゃんなんかドレス姿で剣持って振ってたからな」

「お、お姉ちゃん……」

 

 男勝りというか……男より男らしいと評判の彼女の姉だが、流石にドレス姿のまま戦ってるのには苦笑いしかでない。結婚することになって少しはおしとやかになったかなと思ったが、全く全然欠片もそんなことはないらしい。

 

「……って、あれ? そういえば私炎龍が復活したって伝えましたっけ?」

 

 話の中にあった炎龍の名前に気づき彼女は首をかしげる。

 

「炎龍の魔力や存在感は強烈だからなぁ……死魔みてえに隠蔽なんて欠片もしない奴だし。……一度は戦った相手で、忘れられるような奴でもない。村からでも気づいたぜ。多分、王都の方も炎龍の復活自体は気づいてるだろうな」

「……それでも、この国は何もしないんですね」

「多分な。炎龍がいる限りは動けないだろうよ」

 

 村で戦っている騎竜隊の隊長が、その存在に気づきながらも村でサラマンダーの相手をしているだけなのを考えてもそれは確かだろう。

 

 

 

 

「あー……そういや、さっきの話だがな、ベル子。お前が助けてって言わなかった場合の話だがな」

「? はい」

 

 それがどうかしましたかと、フィーベル。

 

「それでも、俺はお前を助けただろうよ」

「…………それは、理由を聞いてもいいですか?」

「頼まれたんだよ、セレスのおっちゃんにお前を助けてくれってな」

「…………そうですか」

 

 結局、彼にとって彼女はそれだけの存在なのだろう。父親代わりの相手に言われたから助ける、ただそれだけの。

 

「それで気づいたんだよ。親で兄代わりのセレスのおっちゃんの義妹ってことは…………俺にとってもお前は義理の妹みたいなもんだってな」

「……えっ…………?」

「だからまぁ……お前がピンチの時は俺は助けるだろうさ。家族を見捨てるなんて目覚めの悪いことはしたくねえからよ」

「…………だったら、遅いですよ。ギリギリだったじゃないですか」

「悪い。まぁでもゆんゆんの強化魔法は受けてんだろ? あいつのことだから身体強化と一緒に炎耐性も上げてると思うんだが」

 

 ゆんゆんであれば、そうしているだろうと彼は言う。あいつが一般人を死の危険に遭わせることをよしとするはずがないと。

 

「……そういえば『ファイアシールド』とか言ってたような?」

「じゃあ、仮にブレス食らってても即死はしなかったろうさ。というわけでギリギリだけどギリギリじゃなかったってことで許せ」

「まぁ、そういうことなら…………そもそもテレポートを断って走って村に向かうことを決めたのは私ですしね」

 

 自分が決めたことの責を誰かに……それも助けてくれた人達に押し付けるほど恩知らずではないはずだと彼女は思う。

 それでも憎まれ口をたたいてしまうのは、彼が『ダストさん』だからだろう。

 

 

 

 

「あのですね、ダストさん。私にとっての英雄は……私が助けてほしいと思う人は小さいころからずっとライン様なんです」

 

 あの日、グリフォンによって殺される運命を助けてもらった日から。彼女の英雄はライン=シェイカーというただ一人のドラゴン使いに決まっていた。

 

「だから、ダストさんになったあなたに助けてなんて言いたくなかったんですよ」

 

 もう英雄ではないという彼に。ただのチンピラであるという彼に。

 

「……じゃあ、なんでお前はあの時の『たすけて』なんて言えたんだ?」

 

 誰かではない、あの時フィーベルは確かにラインへ助けを求めたのだ。ダストになってしまったラインへと。

 

「結局、どうなっていようと、私にとってあなたはライン様ってことなんでしょうね。私にとっての唯一無二の英雄」

「…………だから、俺は英雄のラインじゃねえよ。ただのチンピラのダストだ」

「それでも、私の英雄はあなただってことです。例えあなたがライン様じゃないのだとしても、あなたはあなたじゃないですか」

 

 誰もが認める英雄であるラインでも。

 誰もがあきれるチンピラであるダストでも。

 

 そのどちらであろうと、彼女の英雄は『彼』なのだ。

 

「……落ちぶれただけの男に何を期待してんだか」

「ダストさんが落ちぶれちゃってるチンピラなのは否定しませんけど…………でも、私のことはいつでも助けてくれるんですよね?」

 

 彼は言った。家族を見捨てることはしないと。ならば、彼女にとって彼が自分を助けてくれる存在なのは間違いないのだ。

 

「助けるって言っても、最優先ってわけじゃねえぞ。俺にはお前より大切な奴がいるんだ」

「知ってますよ。それでも、きっとあなたは私を助けてくれます。……国の英雄だったライン様なんです。その助けの手が狭いわけないじゃないですか。チンピラのあなたが大切にしてる人くらいみんな守れますよ」

 

 だから大丈夫です。あなたは間違いなく私の英雄です。

 

「…………そんなんでも、英雄って言えるのか?」

「言えますよ。少なくとも私は私を助けてくれるあなたを英雄だって思いますから」

 

 それは誰が何と言おうと彼女にとっての真実だから。例え英雄本人が否定しようと変わらないし揺るがない。

 認めてしまえば自分は何を悩んでいたのだろうとバカバカしくなるような真実だ。

 

「…………国の英雄になんて戻れる気はしねえ。だけど、それくらいならいいのかね。誰かの英雄にくらいにはなっても」

「いいも悪いも、私がそう言ってるからそうなんですよ。あなたは私の英雄なんです」

 

 英雄とは自称だけではありえない。何の功績もなく英雄や勇者だと自称するものを誰が認めるものか。

 

 勇者が足りない実力を勇気と運で補い偉業を成し遂げたものに与えられる称号ならば、英雄とはその圧倒的な実力でそのものにしかできない偉業を成し遂げたものに与えられる称号だ。

 

 だから、彼女にとって彼は間違いなく英雄なのだ。彼女を助けるのは彼以外いなく、彼女の命を救うという彼女にとって一番の偉業を何度も成し遂げているのだから。

 

「そうか…………そんなもんなのかもな…………」

「ただ、なんですけどね」

「ん? なんだ?」

「なんとなく、ダストさんは戻るんじゃないかと思ってるんですよ」

「戻るって何にだ?」

「この国の英雄にですよ。本当に何となくなんですけどね」

「なんだそりゃ」

 

 根拠も何もない予想。けれど、彼女はどこかでそれを確信していた。彼女の英雄はこのまま堕ちた英雄のまま終わる男ではないと。

 

 

 

 

「そろそろつくな。準備しとけよベル子」

「はい。……でも、本当によかったんですか? ゆんゆんさんたち、大丈夫でしょうか?」

 

 自分を送っていく時間があったのかとフィーベルは問う。

 

「炎龍が相手だ。時間を稼ぐのもきついだろうな」

「じゃあ……」

「それでもあいつらなら大丈夫だよ。今のロリーサの能力なら炎龍相手でも時間稼ぎができる。問題はブレスだが……そっちは散々ゆんゆんに対策を教え込んだからな」

「……信じてるんですね」

 

 炎龍を、最凶の存在を相手に時間稼ぎを成功させると、彼の口ぶりは欠片も疑っていない。

 

「信じるさ。ロリーサは時間稼ぎをしろって言った俺の命令に了解って答えたんだ。使い魔の答えを主が信じないでどうする」

「じゃあ、ゆんゆんさんは……?」

 

 使い魔じゃない彼女を信じる理由は何かとフィーベルは問う。だけど、その問いに彼が答えることはなく、ただ少し顔を赤くしていた。

 

(……理由を言ったら惚気になるって思ったんですかね?)

 

 気にすることないのにとフィーベルは思うが、ただ彼女が彼の妹みたいなものならば、妹に恋人の惚気をするのは確かに気恥ずかしいかもしれないとも思えた。

 

「………………、妹、かぁ……」

「ん? ついたぞベル子。今から()()()が、何か気になることがあるのか?」

「いえ、私がダストさんの妹みたいなものなら、これから『お兄ちゃん』とか呼んだ方がいいのかなって」

「………………、じゃ落とすわ。おっちゃん! 後は頼むぜ」

 

 ぽいと、考えることをやめた顔で。本当にあっさりとフィーベルの()()()()()は彼女を上空から落とす。

 

「ちょっ、恥ずかしいのは分かりますけど、これはあんまりじゃあああああぁぁぁぁ──」

「──と。受け止め成功っと。お帰りフィーちゃん。ダイナミックな帰郷だな」

 

 一直線に落ちる彼女を難なく受け止めるのは彼女の義兄(仮)の男。女の子を容赦なく空から落とすろくでなしの育ての親だ。

 

「義兄。あのろくでなしを育てた責任取って今すぐ結婚取りやめてください」

「却下。あいつのろくでなしは間違いなく姫さんの影響だ」

「ぐ……まぁ、それはそうでしょうけど……」

 

 あとは単純に血筋か。母親はまともだったが、父親は彼と同じようなろくでなしだった。

 

「というか、サラマンダーと戦ってるって話でしたけど……」

「一応一段落はついたぜ? サラマンダーが発生してるのが村の外だけだったから被害もほとんどねえ」

 

 これが村の中から発生していたら大変だったろうがと義兄は言う。

 

「そうですか。それでお姉ちゃんは?」

「サラマンダーを追っかけて外に行った」

「…………ドレス姿で?」

「ドレス姿でだな。……ありゃ、もう使えねえなぁ。一応セレス家に代々伝わるドレスだったんだが……レンタル代フィール家も少しは出してくれねえか?」

「フィール家は没落気味でそんな余裕はないです。稼いでるんですからそれくらい甲斐性見せてくださいよ騎竜隊隊長さん」

「…………フィーちゃん、本当俺のこと嫌いだよな」

「嫌いではないですよ。まぁ、少し苦手意識があるのは否定しません」

 

 彼女の大好きな姉を奪っていく相手で、彼女の英雄の育ての親だ。いろいろと思う所があるのは仕方ない。

 

 

 

「……で? 俺らの英雄様はどんな感じだった? あの最凶の大精霊に勝てるって言ってたか? あいつ、いきなりミネアを竜化させて飛んでったからそのあたり聞いてなくてよ」

「そういう話は全然してないですよ?」

「…………大丈夫か? ミネアを人化、竜化させてんのには驚いたが、今のあいつの槍の腕で炎龍相手に勝てるか?」

「そう思うなら自分も行けばいいのに」

 

 最優のドラゴンナイト。そう呼ばれるこの男が最年少ドラゴンナイトに協力すれば間違いなく勝てるだろうにと彼女は思う。

 

「そういうわけにもいかないのさ。俺が行ったらあいつが英雄になれない」

「…………また、何か企んでるんですか?」

「またって……俺は企みなんかしたことないぞ? してるのはうちの宰相様だ」

 

 自分は無実だと手を挙げる義兄はこれ以上ないくらい胡散臭い。

 

「…………ライン様は英雄です。私のお兄ちゃんは、変な企みなんかなくても英雄なんです」

「ま、俺もおぜん立てなんてなくてもあいつはそうなると思うがな。創られた英雄なんかじゃない、本当の英雄にあいつはなるってな」

「そう本気で思いながら、変な企みに付き合ってるから義兄は苦手なんです」

 

 そういう所は本当に少しだけ嫌いかもしれない。

 

 

「ところでフィーちゃん」

「なんですか、義兄」

「……ラインのことお兄ちゃんって呼んでるのに俺は義兄っておかしくね?」

「別にライン様のことをいつもそう呼ぶつもりはないですし、義兄はどうあがいても義兄です」

「…………やっぱ、フィーちゃん俺のこと嫌いだろ?」

「そうですね、変な企みをしてる義兄は嫌いです」

「だから、変な企みをしてるのは宰相の野郎で俺じゃないんだって!」

 

 

 

 

(無事に帰ってきてね、ライン様……)

 

 騒ぐ義兄の言い訳を聞き流しながら。彼女にとって新しい家族で、そして唯一無二の英雄が無事に帰ってくることを願った。

 

 

 

 

 

「それはそれとして落とされた恨みはきっちり晴らさせてもらいますけどね」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第16話:なりたいのは最強の魔法使い

────

 

「どう、ロリーサちゃん。いけそう?」

「この距離じゃやっぱり無理そうです。でも……この感覚ならいけます」

 

 そんなやり取りの後。迫りくる炎龍を前に出るのは幼いサキュバスの少女。

 村娘のような服を脱ぎサキュバスの正装に身を包むロリサキュバスは炎龍へと空を飛び近づいていく。

 

「あはは……これにダストさん本当に勝ったんですか……? ゆんゆんさんの魔法がなければ近づくだけで灰になってますよ」

 

 『ファイアシールド』。ゆんゆんが最近覚えた魔法には火属性の攻撃に対する耐性を上げる効果がある。その魔法をかけられていなければロリサキュバスは既に残機を減らしていたことだろう。

 

「でも、ここまで近づければ十分です。ダストさんが来るまでの間、一緒に()()()()踊ってもらいますよ、火の大精霊さん」

 

 

 

 

 手を前に出し自分の前に浮かぶ小さなサキュバスへ、炎龍は無感情に極熱のブレス吐く。

 

『……?』

 

「そんな攻撃じゃ私は倒せませんよ、火の大精霊さん」

 

 炎のブレスに飲まれたはずのサキュバスは、けれど炎が晴れた先で先ほどと同じように浮かんでいる。炎龍にとってそれは不可解なことだった。

 炎龍にとってみればちり芥に等しい存在が、そのブレスを受けて無事でいられるはずがないのに。

 

『……!』

 

 確かめるように、今度は灼熱の爪をもって小さな存在へと炎龍は攻撃を繰り出す。

 

「当たりませんよ。もっとしっかり狙ってください」

 

 だが、その攻撃は紙一重をもって避けられる。炎龍()()そう感じられた。

 

 

 

(大丈夫……この調子ならいけます…………気を抜いたらすぐに解けちゃいそうですけど)

 

 炎龍が攻撃を空振りしている横で。最初と同じように手を前に突き出しているロリサキュバスは、自分の術が炎龍へと効いているのに少しだけ安堵する。

 

(このまま後ろに……ううん、ダメですね。夢と現実が離れすぎたら覚めてしまう)

 

 サキュバスという存在は悪魔の中でもこと戦闘においては最下級の存在だ。例え、彼女たちの最上位存在サキュバスクイーンであっても、まともな攻撃手段を持たない。

 だが、ただ二つだけ。どのような存在よりも適性を持っていた。

 

(炎龍を眠らせるのは無理ですけど、現実から少しだけずれた夢なら今の私でも……)

 

 眠りへといざなうこと。そして夢を見せること。夢魔とも呼ばれるサキュバスはこの二つのことだけには他の追随を許さない。

 まだサキュバスとして幼く未熟なロリサキュバスでも、真名契約によって結ばれたパスを通してダストから潤沢な魔力を借りれば、大精霊相手でも白昼夢を見させるくらいにはその適正がずば抜けていた。

 

 

 

──ゆんゆん視点──

 

「凄い……炎龍相手に幻覚を見せるなんて……」

 

 ダストさんがなんでロリーサちゃんに時間稼ぎをしろと言ったのか、その意味を私は理解していた。

 魔力の塊と言われる精霊……そのなかでも最上位の大精霊相手に幻術をかけられるなら、ロリーサちゃんが幻覚を見せられない相手はほとんどいないと思っていい。

 ロリーサちゃんが誰かを倒す事は出来ないかもしれない。炎龍はもちろん、サラマンダー相手でも難しいだろう。でも時間稼ぎをさせるなら私なんかよりもずっと凄い。切り札、奥の手と言えるほどのものだ。

 

「あるじ、わたしたちも、いこう?」

「……うん、そうだね。私たちも出来ることをしないと、生き残れないんだから」

 

 ロリーサちゃんは凄い。でも、炎龍相手に……あの最凶の大精霊相手にずっと完封出来るはずもない。その時にどうにかするのが私の仕事だ。

 そして、それはロリーサちゃんを見守ってるだけで出来る事でもない。私とハーちゃんも出来ることを最大限やって初めてあの大精霊相手に時間稼ぎができるんだから。

 

「それじゃ、行くよ、ハーちゃん」

「うん、あるじ」

 

 ハーちゃんと一緒に私たちが対峙するのは地を這う火の精霊サラマンダー。炎龍に付き従う火の化身だ。その数は平原を埋め尽くすほどで、この国を初めて訪れた時に討伐した数も異常だったけど、それすらゆうに超えていた。

 私一人ではそれを1割も討伐できないと思う。でも、ハーちゃんと一緒なら──

 

「──『カースド・クリスタルプリズン』!」

 

 イメージするのはウィズさんの魔法。『氷の魔女』と呼ばれた稀代の魔法使い。その魔法を自分の持てる力を全てを持って再現する。

 

「やった、……ハーちゃん、いけそう?」

 

 ウィズさんの魔法にはやっぱりまだまだ遠いけど、それでも広範囲を氷漬けにした私は、ハーちゃんを連れて固まったサラマンダーに近づく。

 

「……ん、まだいきてるよ、あるじ。うん、いける……はず」

 

 生物とは正確には言えないサラマンダーを生きていると表現していいのか微妙なところだけど、氷漬けになってるだけでその活動はまだやめていないらしい。そしてそうであるならハーちゃんはその固有能力を発揮できる。

 ドレイン能力と回復能力……ハーちゃんのその固有能力さえばどんな大群相手でも戦い続けられる。問題はサラマンダーを倒しきるまで気力が持つかだけれど……そんな先のことを考えてる場合でもないよね。

 

「?……っ!? あるじ、おかしい、よ?」

「どうしたの? ハーちゃん」

 

 魔力の塊であるサラマンダーからその魔力を吸い出していたハーちゃんが驚いたような声を上げる。

 

「おもったようにすえない……どこかにながれてる? はんぶんくらいしか、すえないよ」

「よく分からないけど効率が落ちてるって事?」

「うん……りょうもすくない、じかんもかかる……ごめんなさい」

「謝ることじゃないよ。でも、そうだとすると、ギリギリ……かな」

 

 ハーちゃんによる魔力や体力の回復を当てにしすぎてはいけないらしい。もともと人化していてハーちゃんのドレイン能力は竜化している時より落ちている。そこに何か阻害される要因があればそうなることを予想していないわけでもなかった。

 

 もともと無茶目な戦いが無理目な戦いになったけどそれはそれ。炎龍相手に可能性があるだけでも十分すぎるはずだ。

 

「うん……大丈夫。これくらいのピンチで泣き言言ってたらダストさんに笑われちゃうもんね」

 

 いや、笑われるならまだいいか。それはきっと私ならできると思ってくれてる証拠だ。

 後ろに下がってろと言われるくらいなら笑われる方が100倍いい。

 

「ハーちゃんはそのままそのままドレインしてて。ハーちゃんには絶対にサラマンダーたちを近づけないから」

 

 効率は悪くても魔力を溜めなければ勝ち目はない。サラマンダーの相手も炎龍の相手も魔力の有無が生命線だ。

 魔力があっても、私が失敗したら一巻の終わりだけど……失敗するつもりは欠片もなかった。

 

 

 

「ゆんゆんさん、広範囲ブレス、来ます!」

「分かった! ハーちゃん!」

「んっ!」

 

 ロリーサちゃんの合図に、私は身体強化した体で走る。ハーちゃんを腰に抱き着かせ、魔力を補給してもらいながら降りてきたロリーサちゃんと合流する。

 

「『ライト・オブ・セイバー』!!──」

 

 時を待たずして迫る一面を埋め尽くす炎のブレス。ロリーサちゃんがいくら幻惑しようと避けきれない広範囲のブレスへ、私はすべてを切り裂く魔法をぶつける。

 極熱の炎のブレスは私の魔法を受けて一面に一線の空白が出来た。

 

(ここまでは練習でもいつも行けた……問題はここから……!)

 

 でも、極熱のブレスは直撃を避けようと、私たちの体を燃やし尽くす。切ったくらいで無事でいられるのは炎のブレスを使う上位ドラゴン並の耐性を持った人くらいだろう。『ファイアシールド』で耐性を上げていると言っても、それくらいで無事でいられるブレスじゃない。

 

「──『カースド・クリスタルプリズン』!」

 

 だから、私は続けて炎と相反する氷の魔法を私たちの周りに展開する。

 

「っっ……か…『カースド・クリスタルプリズン』!!」

 

 息をつく暇もない上級魔法三連発。練習では試すこともできなかった魔法の展開は、魔力を大きく消費するという代償を払ったけど、炎龍のブレスを防ぐことに成功する。

 

「はぁ…はぁ……、ハーちゃん、ロリーサちゃん、無事?」

「ん、だいじょうぶ」

「私は大丈夫です。……次のブレスまではまだ時間があると思います。ゆんゆんさんは回復を急いでください」

 

 そう言ってまた炎龍の前に飛ぶロリーサちゃん。炎龍には今のブレスもロリーサちゃんには防がれたと思っているんだろう。さっきよりも激しい攻撃を空振りしている。

 

「回復……ハーちゃん、どこまで回復できる?」

「ん……わたしのまりょくがあるから、あるじのまりょくはだいじょうぶ」

 

 それはつまり、サラマンダーから回収した魔力だけじゃ足りないって事?

 ハーちゃんが本来持ってる魔力が尽きるまでは大丈夫だけど、今のペースで広範囲のブレスを吐かれたらそう遠くないうちに限界が来そうだ。

 

「でも、ハーちゃんが大丈夫っていうことは……なんだ、ダストさんもう来てるんだ」

「うん。らいんさま、もうすぐ、くるよ」

 

 まったく……もう少し私たちの出番を取ってくれてたらいいのに。あの人は本当、自分一人で何でもしようとするんだから。

 

「それだったらもう少しだね。先が見えない戦いじゃないなら……あと2、3回くらいなら成功させて見せる」

 

 練習じゃミネアさんのブレス相手に全然成功しなかった……というか最後の一回だけだったけど。自分以外の命を預かってると思えば不思議と失敗する気はしなかった。

 そして、ダストさんが合流するというのなら負ける気も。

 

 

 

「なんだよ、だいぶ余裕ありそうじゃねえか。これならベル子落としてくる必要なかったか」

「落とすって……空からですか? 女の子になんてことしてるんですか……って、あれ?」

 

 ミネアさんに乗って。風のような速さで私たちの前に現れたダストさん。ミネアさんから降りて子竜の槍を抱えるダストさんの姿に私は何か違和感を感じる。

 

「? どうしたよ、ゆんゆん。変な顔して。なんか俺におかしいところでもあんのか?」

「いえ、おかしいところはないんですけど、違和感がないのが違和感というか……」

 

 本当なんだろう? ダストさんの服はいつもどおりだし、目はいつもと同じ赤ととび色の中間のような色。髪もいつもと同じくすんだ金──

 

「──あ、何でダストさん髪の色黒から元に戻ってるんですか?」

「はぁ? 戻ってるわけねえだろ。紅魔の里で変えてもらったから向こうで解除してもらうまで…………ってあれ? マジで戻ってんな」

 

 本当に不思議そうな顔でダストさん。てことはダストさんの知らない間に髪の色を元に戻ったってこと? 単なる偶然か誰かの思惑か。思惑だとしたらいったい誰が何のために──

 

「──ちょっ、ダストさーん! 合流したなら早くこっちにきてくださいよー!」

「っと、こんな話してる場合じゃねえか。俺らからロリーサもかなり魔力持ってってるからな。俺も炎龍から補給しねえと」

 

 ロリーサちゃんの悲鳴のような声に、しょうがねえなとばかりに炎龍の元へと向かうダストさん。

 ダストさんの持つ子竜の槍。その槍を使えば炎龍から魔力をドレインすることも可能だろう。私はこのままハーちゃんと──

 

「──って、ダストさん! ハーちゃんを竜化させてから炎龍の所へ行ってくださいよ!」

「っと、悪い悪い。じゃ、ジハードと一緒にサラマンダーは頼むぞ、ゆんゆん」

 

 今度こそ炎龍の元へ向かうダストさんの姿を見て。もうこれで大丈夫だと私はなにも疑っていなかった。

 

 

 

──ダスト視点──

 

「さーてと……完全に予想外なんだが…………なんで炎龍がドレイン耐性持ってんだ?」

 

 ロリーサを下がらせ、そのまま幻術を掛けさせながら。炎龍へと何度か槍を食らわした俺はその手ごたえに冷や汗を浮かべる。

 

「だ、ダストさーん? なんか嫌なつぶやきが聞こえたんですけど、気のせいですよね?」

「残念ながら気のせいじゃねーなー。ジハードがサラマンダー倒しながら魔力吸収してる何とかなると思うんだが…………ん?」

 

 そう思いながらも相対する相手に違和感を感じて。俺はその違和感の正体を観察して見極める。

 

「なぁ、ロリーサ。さっきより炎龍大きくなってる気がするんだが気のせいか?」

「気のせいです気のせいです! 絶対気のせいだから気にしないでください!」

「その反応だと俺だけの気のせいじゃねえのか。てなると原因はジハードに倒されてるサラマンダーか?」

 

 倒されたサラマンダーの魔力……火の精霊が炎龍へと集まってると考えればこの現象に説明がつく。

 ジハードもサラマンダーから魔力を吸収して強くなってるはずだが……この感じじゃ炎龍が強くなるペースの方が速そうだな。

 

「なあ、ロリーサ。お前このまま炎龍が強くなっていっても変わらず幻術かけられるか?」

「み、密着すれば……?」

「したらお前燃え尽きるだろ。いや、ゆんゆんの『ファイアシールド』と俺の『炎耐性増加』使えば何とかなるか?」

「すみません、無理ですから本気で考えないでください」

 

 だよな。そもそも密着すればどんなに強く魔法をかけようと、夢と現実の差に覚めちまうだろうからな。

 

「てなると…………しょうがねえか。ロリーサ、ちょいと炎龍の相手を頼む」

「え、あ、はい。どうするんですか?」

「決まってんだろ。お前らいたら勝てそうにねえから逃がす。ゆんゆんのテレポートでお前ら二人は逃げろ」

 

 本当はゆんゆんにも炎龍倒した時の光景見せたかったんだがな。流石にこの状況じゃあいつら守り切れねえし仕方ねえだろ。

 そんな俺の考えは、

 

 

「嫌です」

 

 ゆんゆんの満面の笑みに断られた。

 

「いやいや、お前状況考えろよ。お前らいたら炎龍勝てねえんだって」

 

 このまま強くなる相手にゆんゆんやロリーサを守りながら戦うのは無理だ。死魔みたいに契約してどうにかできる相手でもないし。

 

「話は分かりました。簡単に勝てないってのも分かりましたし、ダストさんが私たちを守りたいからそう言ってるのも分かります」

「だったらだな……」

「そのうえで聞きます。……私は足手まといにしかなりませんか? 本当に私たちがいたらどうにもなりませんか?」

 

 

 

 

──ゆんゆん視点──

 

 本当は分かってる。こんなことを言ってる場合じゃないって。ダストさんを困らせるだけだってのは痛いほど。

 でも、ここで逃げたらいつまでもダストさんに追いつけないんじゃ…………また、遠くに行ってしまうんじゃないかって思ってしまって。

 

 きっとダストさんは私たちさえいなくなれば勝つんだろう。今回はそれでもいいのかもしれない。でも、そんなことを続ければこの人が独りになってしまうんじゃないかと、そう思う。

 『他人(ひと)よりも強い力を持った人は誰だって孤独なんです。だから、ゆんゆんさん。強くなってください。ダストさんの隣に立てるくらいに』

 思い出すのはウィズさんの言葉だ。きっと誰よりも強いこの人は、大切な人を守り続けるんだろう。でも、今のままじゃ誰よりも強いこの人を守ってくれるがいない。いつまでも独りだ。

 

「…………手はある。だが、手が足りない。ロリーサが幻術をいつまでかけられるかが分からない。強くなった炎龍のブレスをお前が防げるかも分からない。ミネアも一人じゃ炎龍の相手は無理だ。そんな不確かな状態で俺が動けなくなる手は打てねえんだよ」

「なら、私が最強の魔法使いになります。そうすればダストさんが手を打つまでの時間を稼げます」

 

 一人だけでは難しいかもしれないけど、ミネアさんと一緒なら何とかなるはずだ。

 

「最強の魔法使いになるって……そんな簡単になれれば苦労しねえだろ」

「そうですか? その方法はもう持ってるし、ダストさんも知ってるはずですよ」

「お前……まさか……!」

 

 そう、その方法は前にも話した。ダストさんには私にはできないって言われたし、自分でも無理だと思ってるけど。

 

 

「はい。私が今、リッチー化すれば炎龍相手だって戦えます」

 

 

 自分一人生きて……ううん、死に続けて。ダストさんやめぐみん、リーンさんを見送らないといけないと考えると胸がつぶれそうなほど苦しい。

 でも。それでも。この人を独りにしてしまうよりはずっとましだ。

 

 この人が私たちを守りたいと思ってくれてるのと同じくらいに。私だってこの人を守りたい。その気持ちはだれにも……この人にだって否定できないはずだ。

 

「『最強の魔法使い』なんていらねえよ……俺には『最優の魔法使い』がいればそれで十分だ」

「それはダストさんの気持ちですよね? だったら私は『最強で最優の魔法使い』になりたいんです」

 

 ダストさんが優秀な魔法使いが欲しいというならそうなろう。でもそれ以上に私はダストさんの隣に立てるような魔法使いになりたい。

 それに、最強の魔法使いを自称する天才な親友にも勝ちたいという気持ちはずっと小さいころからあったものだ。

 

 

「もう一度聞きます。ダストさん。本当に手はありませんか? なら私はリッチー化します」

 

 

 

 

──ダスト視点──

 

 なんでこいつは……こんな真っすぐな目ができるんだ。

 その目を見れば、一つも引く気がないのは疑いようもなくて。全部本気で言ってるのが分かる。

 そしてその言葉に込められた意味も考えるまでもなくて…………本気で俺みたいなチンピラを守ろうなんて馬鹿なことを考えてる。

 

(…………最後の『奥の手』を使うか?)

 

 ちらりと、サラマンダーを相手に戦うジハードを見る。あれを使えば炎龍とサラマンダー、そのどちらも倒せる可能性はあるかもしれない。

 だがそれはある意味『切り札』よりも切ることを躊躇う手だ。『切り札』よりも確実性に欠け、それでいて危険を伴う。なしだ。

 

(ゆんゆんがリッチー化……は考えるまでもねえな)

 

 そんなことは絶対に許さない。たとえこいつに嫌われようと、それだけは認められない。ゆんゆんの気持ちも分からないではないが、だからって認められることと認められないことがある。

 

(そんで、ゆんゆんが俺に求めてることは…………それも考えるまでもないか)

 

 ゆんゆんは俺がこいつを強くする方法があるって確信している。そしてそれは正しい。

 それがどんな方法でなんで俺が躊躇ってるかまでは分かってないんだろうが……。

 

(…………仕方ねえか)

 

 俺がこの方法を嫌う理由はリッチー化とある意味一緒だ。ただ、リッチー化ほど決定的ではなく、『切り札』が今以上に切りにくくなるというだけで。

 

「ダストさん? この指輪は何ですか?」

「『双竜の指輪』。効果は……つければ分かるだろ」

 

 首をかしげるゆんゆんに俺はただそう返す。

 両親の形見。シェイカー家に代々伝わる二つで一つの役割を果たすマジックリング。

 

「えっと……どこにつけるとかあるんですか?」

「好きなところにつけろ」

 

 俺は右手の…………小指はぶかぶかで無理か。親指はもちろん入らない。人差し指は槍持つときに気になるな。中指……きつい。薬指しかねえか。くそぅ……ぴったりでやんの。

 

「じゃあ好きにして…………えへへ、ぴったりです」

 

 俺がしぶしぶ指輪をつけてるのに比べて、ゆんゆんは本当にあっさりと薬指……それも左手につける。

 

「そうか。……で? 自分が今どうなってるかわかるか?」

「ええと…………あれ? 私の中に私以外の魔力がある? え? これもしかしてダストさんとハーちゃんたちの……?」

「『双竜の指輪』……付けた者同士の魔力や生命力を共有するマジックリングだ」

 

 今ゆんゆんの中には俺の魔力や生命力、そして俺と契約するドラゴン二頭のもの。ついでにあるかないか分からない程度のロリーサのものがあるはずだ。俺にも同じようにゆんゆんの魔力や生命力が自分の中にある。

 

「今のお前は疑似的に俺と同じようにドラゴンの魔力や生命力を宿している。固有能力は流石に使えないだろうが火属性への耐性は問題なくあるはずだ」

「え? え? こんな簡単に強くなれるんですか? なんでこんないい方法をダストさんは嫌がって……」

「…………今は気にするな。実際今の状況に気づいてないだけで問題があるとかでもねえ」

 

 実際、俺が『切り札』を切らない限りは、何も問題はねえんだ。ただ、『切り札』を切った時にこいつを巻き込んじまうだけで。

 

「とにかく、頼んだぞ『最強の魔法使い』。ミネアと協力して時間を稼いでくれ」

「まだその称号は暫定ですけどね。めぐみんをちゃんと倒さないと」

「バーカ。ドラゴンの……最強の生物の力を借りてんだ。頭がおかしい爆裂娘はもちろんウィズさんにだって負けねえよ」

 

 今のゆんゆんは『最強の魔法使い』だ。爆裂娘もウィズさんもそりゃ凄い魔法使いだが……ドラゴンってのはそれ以上に凄いんだからな。

 

「ふふっ……そうですね。ダストさんの大好きなドラゴンの力を借りて……それで負けたら嘘ですよね」

 

 だから負けないと。ゆんゆんは一つの怯えもなく炎龍の元へ向かう。

 

「ふぇぇ……死ぬかと思いましたー」

「ん、ロリーサか。ちょうどよかった。俺一時動けないからその間守っててくれ」

 

 ゆんゆんと入れ替わるようにこっちにきたロリーサに俺はそう頼む。

 

「それはもちろんいいですけど……私に説明はないんですか? さっきまでテレポートで逃がすとか言ってたのに……」

「そんな暇はねーなー。頼むぞ使い魔」

「はぁ……はいはい。分かりましたご主人様。命令だったらちゃんと従いますよー」

「この戦いが終わったら思いっきり精気吸っていいぞ」

「死ぬ気で頑張ります!」

 

 ビシッと敬礼する現金な使い魔に心を軽くしてもらって。俺は自分の手の中にある子竜の槍に意識を向ける。

 

 

 そもそも。どうして子竜の槍を通してジハードの固有能力が使えるのか。その理由は少し考えれば分かる。

 『共有』の能力……『双竜の指輪』と同じ力が子竜の槍にも宿っているからだ。

 そしてその力がどこから来ているのか。そこまでくれば考える必要もない。

 

 この子竜の槍に宿る幼いドラゴンの魂たち。その中に『共有』の固有能力も持った幼竜がいるのだ。

 

 現状、その力を発揮してくれているが、なぜかドレイン耐性を持っている炎龍相手にはその能力が足りていない。

 じゃあどうすればいいか。その答えも簡単だ。

 

(俺はドラゴン使いだからな。……ドラゴンがいるなら契約してその力を引き出してやるのが役目だ)

 

 魂だけのドラゴンと契約したことなんて当然ない。出来るかどうかすら分からない。

 でも、出来るとしたら俺以外いないだろう。なんてったて俺は最年少ドラゴンナイトだ。その称号は英雄の称号と一緒に捨てたが事実はなくならない。

 いつの日か俺以上のドラゴン使いが生まれるかもしれない。でも少なくとも今この世界で俺以上のドラゴン使いはいない。

 なら、出来るはずだ。どうしようもないチンピラの俺だが……それでもドラゴン使いで、口の悪いウェイトレスの英雄でもあるのだから。

 そして……

 

「『最強の魔法使い』の恋人だからな。……だから、こんな所で出来ないなんて泣き言言ってるわけにはいかねえ。力を貸してくれ、名もなきドラゴン──」

 

 そこまで言って気づく。今から契約しようとするドラゴンの名前がないなんてそんな締まらない話はない。死魔の話からすればきっと名前すら付けられず殺された幼竜だろう。だとすれば……。

 

「──いや、リアン」

 

 『共有』の力を持つ幼竜に……そう名付ける。本当にぱっと思い浮かんだ名前だが、その力を持つドラゴンにはぴったりな気がした。どっかの胸が寂しい魔法使いの名前に似てるような気もするが……まぁ、ただの偶然だろう。

 

「ダストさん? その左手の痣は……?」

「ん……成功したみたいだな。契約印……ドラゴンと契約した証みたいなもんだ」

 

 ミネアと契約したときは青の。ジハードと契約したときは赤の。それぞれ手や額に紋様が出来た。今回の契約印は白色……全てを包み込むようなそんな光を発している。『共有』の力を持つリアンらしい色だ。

 

「よし、準備も整ったことだ。そろそろ反撃と行くか。ロリーサは……」

「……分かってます。私は素直にここで待ってます。……ダストさんの隣はゆんゆんさんのものですから」

「……悪いな」

「別に謝ることはないですよ? 友達として思う所がないと言えば嘘になりますけど……それでも今の関係で満足してますから」

 

 友達で使い魔で。そんな関係が心地いいとロリーサは言う。なら、俺が言うことは……。

 

「じゃ、今は使い魔でいてくれ。ご主人様が使い魔を守ってくるからよ」

「はい、お願いしますね。信じてますから」

 

 

 

 

「待たせたな。無事か?」

「……あんまり待ってませんよ? 本当ダストさんは私の出番を取るんですから……」

 

 炎龍を見上げる位置で。ミネアを援護するように戦っていたゆんゆんは、その言葉通り余裕のある様子だった。

 

「それで? 私はどうすればいいんですか?」

 

 ゆんゆんは大丈夫かとは聞かない。そして当然のように自分も戦うつもりだった。

 

「……本当、お前は強くなったよな」

 

 強さも、そして心も。出会った頃の引っ込み思案だったこいつからは想像がつかないくらいに。

 今のこいつは俺が安心して背中を任せられる……それこそミネアやジハード並の相棒になった。

 

「策とかはなにもねえ。真正面からぶつかって炎龍の魔力を奪う。そして必要な魔力が溜まったら……ジハードのブレスで消し飛ばす」

 

 炎龍のドレイン耐性。それは多分炎龍へと魔力が吸い寄せられてるから来ているんだろう。何が原因でそうなってるかは分からないが、槍で切り付けても吸収どころかダメージを与えて魔力を減らせた様子すらなかったのを考えれば間違いない。

 ドレインし続けてもいつか終わらせることもできるだろうが……サラマンダーは今も増え続けている。本当にその方法じゃいつか終わるかも……近くの村や町に被害がいくかも分からない。

 死魔の時同様、限界を超えて吹き飛ばす。

 

「だから、……頼む」

 

 何を、とは言わない。それはもうきっとこの場に至っては分かり切ってることだ。

 

「はい、任せてください!」

 

 そう言って笑うゆんゆんは、俺が今まで見た中で二番目くらいに幸せそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

──ゆんゆん視点──

 

 そこから先のダストさんは圧倒的だった。私の援護なんて必要ないんじゃなかってくらい、ミネアさんと一緒に炎龍相手に危なげない戦いを繰り広げる。

 一度戦ったことのある相手というのもあるんだろう。でも、なんだかそれだけじゃないような……。

 いつものチンピラの後ろ姿。けれど、その背中にチンピラ以外の何かが……私の知らないダストさん……最年少ドラゴンナイト、ライン=シェイカーの姿があるような気がして。

 

(もしかして……フィーベルさんと何かあったのかな?)

 

 なんとなくそんな気がするのは気のせいだろうか。

 

「悪い、ゆんゆん!」

「『カースド・クリスタルプリズン』!」

 

 でも……うん。一番はやっぱり私がいるからだって信じたい。ダストさんが危なげなく戦えるのは、無理したときに私が援護すると信じているからだって。

 

 その背中を守る……隣に立てる魔法使いがいるからだって。

 

「よし、もう十分溜まったか。ジハード!」

『ゴルルルオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』

 

 ダストさんの呼び声に応じて飛んでくるハーちゃんは、既にミネアさんを超える巨体……上位ドラゴン並になっている。サラマンダーを倒してハーちゃん自身が集めた魔力と、ダストさんが炎龍から奪った魔力の影響だろう。

 

「それじゃ、一気に吹き飛ばすぞジハード。『ブレス威力増加』。……他はもういらねえな。『サンダーブレス』だ」

 

 ハーちゃんがブレスを吐くのと同じくして、炎龍もまた極熱のブレスを吐く。

 でもハーちゃんの『サンダーブレス』は……上位ドラゴン並の魔力を持ったドラゴンを、世界の限界すら超えて強化され放たれたブレスは。炎龍のブレスを一瞬でかき消し、その勢いのまま炎龍を無へ帰す。

 

「凄い……死魔を倒した時のミネアさんのブレスも凄かったけど……今のはそれ以上なんじゃ……」

「ブレスの威力だけ一点特化で強化したからな。満遍なく強化したときとはそりゃ違うさ。だが……ぐっ……」

「ダストさん!?」

 

 倒れそうになるダストさんの体を間一髪で支える。

 

「反動か……死魔の時よりひでーな。限界超えたらこうなるとは思ってたが……無理もできねえとは……一点特化は必要なけりゃ封印だな」

「というより、世界の限界超えるの自体やめません? その調子だと本当に人間やめちゃいますよ?」

「本当に人間やめるはめになりたくねえから無理してんだよ」

 

 ? どういう意味だろう。

 

「まぁいいです。後は私とミネアさんに任せてください。ダストさんとハーちゃんはもう無理ですよね?」

 

 反動自体はダストさん本人に来るだけみたいだけど、世界の限界を超えるほどの力を実際に出したのはハーちゃんだ。魔力をほとんど出し尽くしたのか大分小さくなってるし、負担はかなり大きいだろう。

 残ったサラマンダーたちを倒すのは私とミネアさんの仕事だ。

 

「……お前も、そろそろ無理だと思うぞ?」

「え? 魔力はまだまだあるし大丈夫です……よ?……って、あ、れ…?」

 

 不意に力が抜けて支えていたはずのダストさんの体に倒れこむ。ダストさんはそれを予想していたのか、尻餅をつきながらも優しく倒れた衝撃を吸収していた。

 

「他人の魔力……それもドラゴンの魔力をいきなり自分の中に宿して全力だったんだ。慣れてない体にそれはかなり負担だったろうよ」

「そういえば……めぐみんがマナタイトで爆裂魔法を連発したときも辛そうだったような……」

 

 そっか、今の私はあの時のめぐみんと一緒なんだ……。

 

「……って、今はそんな場合じゃ! ミネアさんだけじゃ手が足りないですよ!」

 

 ミネアさんがハーちゃんみたいな雷を操るドラゴンならブレスでなんとかなるかもしれない。でもサラマンダー、火の精霊は当然高い火耐性を持ってるわけで。いかに巨体といえどブレスなしの肉弾戦だけで平原を覆いつくすサラマンダーを倒しきる事はできない。

 

「まぁ、ミネアだけじゃ足りねえだろうな」

「じゃあ……!」

「でも、そろそろあいつらが来る頃だろ」

「え? 来るって……」

 

 

 

 

「『セイクリッド・エクスプロード』──‼」

 

 その疑問は空から降り立った綺麗な金髪の少女の一撃が、サラマンダーの群れを平原の先まで一刀両断することで答えられる。

 

「お待たせしました! ゆんゆんさん、ダストさん!」

「んー? 何よ、炎龍倒しちゃったの? せっかくいい腕試しできるって思ったのに」

 

 そっか……来てくれたんだ。アイリスちゃん、アリスさん。

 

「城にいたアイリスが遅れるのはしょうがねえが、アリス、お前は遅すぎるぞ」

「仕方ないでしょ? 私が炎龍の存在に気づいたときは山奥だったんだし。そっから急いで向かうためにグリフォン捕まえて調教して……で、城にいるあの子連れてかないと可哀想だし?」

 

 空から飛んできた時は何かと思ったけど……その場で捕まえて調教したんですかアリスさん……。

 

「ちなみにレインは?」

「戦いじゃそんな役に立たなそうだし置いてきた」

 

 レインさん……いや、うん。まぁ炎龍がいるかもしれない所に連れてこれるかって言われたら私も考えるけど。

 

「で? 何があったかは大体想像つくわね。あんたらはシルバードラゴン以外全員戦闘不能……あのサキュバスはもともと討伐にはそんな役に立たないと。ま、後は私たちに任せなさいな」

「……大丈夫か? 思ったよりサラマンダーの数が多いぞ? この場にいる奴らだけならお前らだけでもどうにかなるかもだが……」

 

 サラマンダーは私が戦っている時も増え続けていた。炎龍を倒してからはその増加は止まっているけど……ダストさんの反応だと結構遠くまでサラマンダーが発生していたのかもしれない。

 

「なに? この国の英雄様は町や村に被害が出ないか心配?」

「……、別にそういう話じゃねえが……」

 

 そんなダストさんの素直じゃない反応に、アリスさんはくすくすと笑う。

 

「別に心配する必要はないわよね? アイリス」

 

 そして、ミネアさんと一緒に楽しそうに戦っているアイリスちゃんにそう声をかけた。

 ……というか、本当アイリスちゃん楽しそうに戦ってるなぁ。前々からずっと思ってたけど、それにしても今のアイリスちゃんは楽しそうだ。もしかして城でストレスでも溜まってたのかな。

 

「はい! 炎龍が倒されましたから! 『エクステリオン』!」

 

 アイリスちゃんの言う当たり前の事実。それから連想される大丈夫の理由。

 

「「あ……」」

 

 それに私もダストさんも同時に気づいたんだろう。自分ながら間抜けな声がある。

 

 炎龍……災厄級の存在が倒された。それが意味することは……。

 

 

 

「おっと……ここは輪にかけてサラマンダーが多いな。ここが最後だが流石は炎龍が発生したと思われる地点」

 

 平原を埋め尽くすサラマンダー。そしてその上空を埋めつくような巨体の群……軍。

 

「ふむふむ……ベルゼルグのお姫様が戦ってるな。で、謎の化け物クラスのお嬢さんに、紅魔族の嬢ちゃん。そして、誰だか知らないがシルバードラゴンを連れた金髪の槍使い。さてさて、誰が炎龍が倒したんだろうな」

 

 それを率いる男の人……何故かタキシード姿(もしかして結婚式の準備からそのまま出てきたのかな)の騎竜隊隊長は胡散臭い口調で楽しそうにそう言ってる。

 

「ん? ベルゼルグのお嬢さんと化け物クラスのお嬢さんはさっきまで城にいたのか。ならタイミング的に、倒したの紅魔族の嬢ちゃんか金髪の槍使いか」

 

 ……胡散臭いというか、凄い大根演技だなぁ。

 

「はぁ……もう来たんだ。まぁ、サラマンダー相手とかどんなに数多くてもつまらないから別にいいけど」

「私はまだ暴れ足りませんよ!?」

 

 つまらなそうなアリスさんと、なんか叫んでるアイリスちゃん。

 というかアイリスちゃん、やっぱり城でなんかあったんだろうか。

 

「たいちょー? 結婚式潰されたり義妹さんと上手くいってなくて不機嫌なのは分かりますけど、下手な演技してないでさっさと済ませましょうよー」

「うるせえぞ隊員一号。ま、宰相の野郎の企みに付き合うのはここまででいいだろう。……俺はドレス探すのとフィーちゃんの機嫌取るのに忙しいからな」

 

 空を埋め尽くしてたドラゴンたちは。私たちを囲むようにして陣を取る。

 

「はいはい、ベルゼルグの姫さん? うちの宰相にイライラしてるのは痛いほど分かるが、八つ当たりはそこまでにしといてくれ。危ないぞ?」

「うぅ……せめて一緒にセイクリッド・エクスプロードを撃たせてもらえませんか?」

「まぁ……好きにしてくれ」

「たいちょー? なんかサキュバスがいるんですけどサラマンダーと一緒にやっちゃっていいんですかね?」

「私はいいサキュバスですよ! だからお願いしますやっちゃわないでください!」

「あー……一応ベルゼルグからの客人だから助けてやれ」

 

 ドラゴンたちは陣の外を向き、四方全ての平原を埋め尽くすサラマンダー相対する。

 

「見とけよ、ゆんゆん。なんで俺がお前にブレスを切るなんて練習させてたのか」

 

 そして騎竜隊……そのフルメンバーにより放たれるのは炎・雷・氷・風刃・腐食といったドラゴン様々のブレス。

 

「それの理由がこれだ」

 

 アイリスちゃんの『セイクリッド・エクスプロード』と一緒に放たれたそのブレスは、一面全てを塗りつぶした。

 そしてブレスが晴れたあとには、あれほどひしめいたサラマンダーの姿が全てなくなっていた。

 

 

 

 

 それが炎龍復活から始まった戦いの終わり。

 騎竜隊は局地戦最強……その理由を理解した戦いの終わりで。

 

 そして私がダストさんの隣に立つための力を得た戦いの終わりだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第17話:帰郷

「きれいですね……」

 

 火の精霊。まだサラマンダーにも炎龍にもなっていない属性だけ宿した魔力の塊。それが暖かな光の雪として舞う風景に私はダストさんの胸の中で心奪われる。

 

「これが、ダストさんが言っていた光景なんですね」

「アクセルで炎龍倒した時は夜だったからもっと幻想的だったけどな」

「そうなんですか? こんなに綺麗なのに……」

 

 今、ここにある光景も今まで私が生きてきた中で一、二を争う心奪われる光景なのに。

 

「ま、あの時より空を舞う火の精霊は多いから、これはこれで趣があんのかもな…………って、なんだよゆんゆん。おかしそうに笑いやがって」

「だって……ダストさんが趣があるとか似合わなくて……」

「うるせーよ。大きなお世話だ」

 

 くすくすと笑う私にダストさんは不貞腐れた様子でそっぽを向く。

 その様子がなんだか可愛くて私は笑いが止まらなくなる。

 

「ふふっ……でもこれより綺麗な光景だって言うなら今度炎龍を倒す時は夜の時に倒さないとですね」

「今度って……いや、確かにいつかはまた火の大精霊は復活するだろうが…………ま、いいか。お前がいてミネアがいてジハードがいて……負けるはずねえしな」

「はい、その頃には私ももっと強くなってますしね」

 

 自分の中に宿るダストさんの、ドラゴンたちの力を感じる。まだ慣れない力の奔流に私の体は悲鳴を上げているけれど、けれどその本質は傷つけるものじゃない。慣れさえすればきっとダストさんと同じように力を自由に使えるようになるはずだ。

 

「…………、私強くなったんですよね? ダストさんの隣に立てるくらいに?」

 

 厳密には今は少し足りないかもしれないけど。でも遠すぎた背中に追いつけそうな距離になったくらいには。

 

「…………、ああ。少なくともそれは保証してやるよ。今のお前は俺の相棒だ。ミネアやジハード……ドラゴンに負けないくらいのな」

 

 ドラゴンに負けないくらい。それはドラゴンバカなダストさんにとっては最大級の誉め言葉だ。

 

「そっか……そうなんだ…………」

 

 なんだか心がいっぱいになって。ダストさんの胸に頭をぐりぐりするように抱き着く。そうしないときっと私は泣くかにやけるか今よりも恥ずかしい姿を見せてしまうだろうから。

 

「ま、なんにせよ、リアンたちにこの光景見せられてよかったな」

「リアン? 誰ですかそれ?」

 

 それに、『たち』?

 

「ん? ああ、この槍……『子竜の槍』に宿ってる幼竜たちの中の一匹だよ。『共有』の能力を持ってる奴にそう名付けて、契約した」

「またこの人私の知らない所で強くなってる……」

 

 炎龍にドレインが効くようになった理由は、新しくドラゴンと契約したからなんだろう。

 『切り札』の話を聞いた時も思ったけど、この人ちょっと目を離したすきにすぐ強くなる。

 契約したドラゴンの力を借り強化するドラゴン使いの性質的に、きっかけ次第で時間が必ずしも必要ないってのは分かるんだけど。

 

「お前の気持ちはなんとなく察しちゃいるが文句は受け付けねえぞ。お前に『双竜の指輪』渡してる状態じゃ『切り札』も切れねえし」

「? そういえば死魔の時も思いましたけどダストさんはなんで『切り札』を使おうとしないんですか? それに私が指輪を使ってると使えないって──」

 

 『切り札』の存在を私は聞いているけど、それをダストさんが『死んでも使いたくない』理由は聞いていない。とある理由で地獄にあるバニルさんの領土に行くことになった時に、私を守るために手に入れた切り札とは聞いているんだけど。

 死魔との戦いの時や今回の炎龍戦でも使おうとしなかったあたり、大切な人を『切り札』を切らない限り守れないと判断したときしか使う気がないのはなんとなく察していた。

 

 そんな『切り札』を私がダストさんと力を共有してたら更に使えなくなる理由って……?

 

 

「──で? そこのバカップル二人? そろそろいいかしら?」

 

 呆れたような声に冷や水を掛けられて。私は幸せと思考の海から意識を浮上させる。

 

「あ、アリスさん!? いつからそこに……!」

「いつからも何もちょっと離れてただけであんたらイチャイチャしだした時からいたわよ。いい加減イチャイチャ終わってるかと思って帰ってきたのに……」

 

 そこには声から想像される通りのアリスさんの姿。心底面倒くさそうな様子で何か石のようなものをこっちに投げてくる。

 

「……っと、重! なんだこれ? 赤い……宝石じゃねえな。綺麗だが磨いても光る感じはしねえ」

 

 私を抱きながらダストさんはアリスさんが投げてきたものを器用に片手で受け取る。

 その石のようなものは岩とは言わずとも手のひら台の大きさでもなく、密度にもよるけど10キロくらいはありそうだった。

 ……割とダストさんが受け取れてなければ大惨事な気がするんだけど、アリスさん私たちを殺そうとしてないよね?

 

「精霊石よ精霊石。大体の魔道具の原動力になる。知らないの?」

「いや、それくらいは知ってるが…………いや、マジか? こんな大きな精霊石なんて見たことねえぞ」

 

 精霊石。それはその内に精霊を吸収する石だ。大体の魔道具にはこの石が使われていて、吸収された精霊を全て吐き出すまで火をおこしたり冷気を放出するための原動力なる。

 家の中で火をおこすための魔道具や魔道冷蔵庫、ウィズさんが発明したくーらーとかにも使われている。……ちなみに普通の魔道具は精霊石だけを交換することで長く使えるものなんだけど、ウィズさんが発明したくーらーにはその機能を付けておらず、そのまま業者に大量発注してバニルさんがひどい目を見たのは懐かしい話だ。

 

「でも、本当に大きいですね。紅魔の里でもこんな大きな精霊石見たことないですよ」

 

 おかしな魔道具しか作れないことで有名なひょいざぶろーさんは置いとくとしても、魔道具を作らせれば紅魔の里の右に出る所はない。

 当然大きな精霊石とかも集まりやすい所だったんだけど、そんな里の長の娘である私でも、今ダストさんの手にあるものほど大きな精霊石を見たことはなかった。

 

「確かに魔王軍でもこんな大きな精霊石は見たことないわね。ちょっと自然にできるとは思えない大きさよ。合成すれば作れないこともないでしょうけど、こんな大きさの精霊石を必要とする魔道具なんてない。それこそ、デストロイヤーみたいな巨大な人工物の動力源にだってなれるかしら」

 

 あれはコロナタイトが動力源だったけどとアリスさん。

 単純なエネルギー源としてみればコロナタイトに大きく落ちる精霊石だけど、精霊石の有用性はその万能性だ。火の精霊を宿せば熱源に、氷の精霊を宿せば冷却源になる。

 流石にデストロイヤーの主動力にはならないだろうけど、火の精霊を限界まで宿せばサブ動力くらいにはなるのかもしれない。

 

「で? アリス。この人工物としか思えない精霊石をどこで見つけたんだ?」

「あの辺。小さいサキュバスに聞いたけど、炎龍がいたあたりらしいわね」

「…………、何が言いたい?」

「これ以上何か言う必要を私は感じないけど?」

 

 ダストさんが気付き、アリスさんが思っている事。

 

 精霊石の特性。それは精霊を吸収しため込むこと。つまり精霊が形を成したサラマンダーや炎龍にとって核として機能するということで。

 そんな精霊石が炎龍がいたところあった……おそらくは炎龍の核だったんだろう。だからこそ、ダストさんやハーちゃんのドレイン能力に対抗する耐性があった。

 

 そしてその精霊石が人工物としか思えないほど大きかったということは……。

 

「…………、いや、流石にそれはねえだろ」

「そ。あんたがそう思うならそれでいいんじゃない。私としてもあんたにどうこうしてもらいたいわけじゃないし。私はただ見つけた精霊石とこれをプレゼントしに来ただし」

 

 そう言ってアリスさんはまた何かを投げてくる。

 

「ん……? なんだこれ?」

 

 それが何か今度は全然分からないんだろう。さっきの精霊石よりは大分小さいそれを透かして見てダストさんは首をかしげている。

 

「も、もしかしてそれ伝説級の超レア鉱石コロナタイトなんじゃ……」

 

 まだ起動はしていないみたいだけど、その特徴はコロナタイトそっくりだ。

 デストロイヤーの動力源。起動すれば永遠に燃え続けると言われた理想のエネルギー。

 

 そして、扱い方を間違えればすべてを吹き飛ばす爆弾。

 

「…………、マジか」

「マジっぽいです……」

「扱い方は気をつけなさいよ? 下手に起動させたらこの辺一帯吹き飛ぶわ。特に火の精霊とか近づけちゃダメだからね」

「火の精霊が漂いまくってる上に火の精霊が宿ってる精霊石があるこの状況でそれを言うか」

「だ、大丈夫ですよダストさん。例え起動してもランダムテレポートで飛ばせば……!」

「それどっかで聞いた話だから却下。とりあえず起動する前にゆんゆん……は、まだ無理か。アリス、魔法で凍らせてくれ」

「はいはい、貸し一つね。『カースド・クリスタルプリズン』」

 

 慌てる私とは対照的にダストさんと冷静にアリスさんへ頼みコロナタイトを凍らさせた。

 

「お前がまいた種をなんで借りにしないといけねーんだ。…………で? 精霊石とコロナタイト。どっちも貴重な鉱石なわけだが……なんで俺らにくれんだ?」

 

 コロナタイトをどこで見つけてきたのかとダストさんは聞かないのかな。まぁ、さっきまで山奥にいたって言ってたし、この国について別れた時も『探してくる』と言っていなくなったのを考えれば想像はつくんだけど。

 

「あら、前に言ったじゃない。希少な資材集め手伝ってあげるって。それをバニルに渡せば凄い屋敷を作ってくれると思うわよ?」

「…………借りにしろってことか」

「そういうこと。精霊石とコロナタイトで貸し+2ね」

 

 バニルさんとウィズさんに屋敷を作ってもらう話は聞いていたけど、アリスさんとも何か話していたんだろうか。

 苦虫を噛み潰したようなダストさんとしてやったりなアリスさんの顔が対照的だ。

 

「でも、本当にいいんですかアリスさん。こんな大きさの精霊石にコロナタイト…………売れば何エリスになるか」

「売るって……どこに?」

「あ…………」

 

 考えてみればアリスさんは魔王軍筆頭幹部で次期魔王。当然合法な手段で人間の国での売買は出来ない。小さな取引くらいなら出来るかもしれないけど、コロナタイトや大きな精霊石の取引となると億単位の話だ。どう考えても無理だろう。

 かといって魔王軍サイドは現在散り散りだ。精霊石やコロナタイトを正当な値段で買い取れるような資金を持ってる集団がいるかは怪しい。

 

「バ、バニルさんとウィズさんの所とかは……?」

「バニルは買い叩かれるのが見えてるし。ウィズは多分高く買い取ってくれるけど……それやったらやっぱりバニルが面倒そうなのよね」

 

 どうしよう……凄く想像つく。

 

「てなると、魔王軍再起の時まで私が持っとくのも考えたけど……いつ爆発するか分からないもの持ってるのもあれだしね。精霊石は持っとくの手だけど、ま……炎龍討伐の報酬みたいなもんだし私が貰うわけにはいかないでしょ」

「いつ爆発するか分かんねえもん適当に投げんじゃねえよ。てか、精霊石が炎龍討伐報酬なら貸しは一つだけな」

「私が見つけなればあんたたちスルーで騎竜隊に回収されてたでしょ? 貸し二つよ」

 

 ちっと舌打ちするダストさん。私もだけどダストさんもアリスさん相手だと口喧嘩じゃ勝てなそうだ。

 割と好き放題してるし出来てるダストさんがこれだけ言いくるめられる相手は他だとセシリーさんくらいだよね。

 いやアリスさんは理詰めなのに対してセシリーさんはあれだからタイプは全然違うんだけど。

 

 

「てわけで。貸しも作れたことだし私はそろそろ修行に行くわ。捕まえたグリフォンの調教も足りないし」

「調教って……お前魔獣使いにでもなるつもりか?」

「魔王軍はもちろん親衛隊を再結集させるのにも時間かかりそうだし、それもありかもしれないわね」

 

 あくまで立て直すまでの間とアリスさん。

 まぁ自分自身もおかしいレベルで強いアリスさんだけど、その本領は一緒に戦う存在がいてこそだもんね。能力的に魔獣使いというのは間違っていないのかもしれない。

 …………いや、人類最大の敵に本領発揮されても困るんだけど。

 

 

「てわけでアイリスー? 城までは連れて行ってあげるから、一緒に帰るわよ?」

「うぅ……帰らないとダメですか? 私もうあの宰相様と腹の探り合いするの嫌なんですが……」

「そんな相手をお付きの子だけにさせるわけにはいかないでしょ。あの男の相手はあんたら主従が揃ってないときついわよ」

「……? あれ? あの男ってアリス様もあの人と話したことがあるんです──って、分かりました! 素直に帰りますから引っ張るのはやめてください!」

 

 すごく嫌がってるアイリスちゃんの首根っこを掴んでアリスさんはグリフォンに乗って王都の方で飛んでいく。

 

 …………、魔王軍のお姫様が勇者の国のお姫様の首根っこ捕まえて引っ張っていくって、いろいろ大丈夫なんだろうか。いや同じパーティーにいる時点であれだし凄い今更過ぎる話だけど。

 

 

 

「うぅ……あやうくせっかく増えた残機が減るところでした……」

 

 そう言ってふらふらと私たちの元へやってくるのはロリーサちゃんだ。戦いが終わったからか今はサキュバスの正装から村娘の格好へ戻っている。

 

「おう、ロリーサ。騎竜隊のブレス掃射に巻き込まれないですんだか」

「…………すみましたけど、あそこにあのままいたらやばかったですよ」

「つっても、残機が減るだけだろ? 炎龍のブレス食らったらオーバーキルだろうけど」

 

 ダストさんの言う通り、騎竜隊のブレス掃射の威力は炎龍のブレスほどじゃなかった。今の私なら問題なく切り抜けるられるレベルだと思う。もともとブレスに耐性のある魔族や魔物がいるし、魔王の加護を受けた魔王軍なら全滅せず耐えられるかもしれない。

 

(でも……対人類最強っていうのは間違いない、か……)

 

 四方全てを制圧する範囲攻撃。私やダストさんのように個々に耐えられる人はいるかもしれない。それこそエンシェントドラゴンのブレスすら耐えたダクネスさんなら物足りなく感じるくらいだろう。でも、味方全てを守り切れる人はきっといない。アクアさんならもしかしたらというくらいだ。

 

 たとえ紅魔の里やアクシズ教団でも真正面からぶつかれば壊滅的な被害を被るだろう。

 …………、まぁこの二つの集団はまずまともにぶつからないの分かり切ってるから心配はいらないんだけど。

 

「残機が減るだけって……ダストさん簡単に考えてないですか?」

「簡単ってか……バニルの旦那とかアクアのねーちゃんと喧嘩してよく残機失ってるが元気してるし」

「バニル様と一緒にしないでください! 数えきれないくらい残機あるバニル様と多くても二、三くらいの残機しかないサキュバスじゃ残機の重みが全然違うんですよ!」

「お、おう……分かったから鬼気迫った顔で迫ってくんな。悪かったよ、確かに旦那に慣れすぎて感覚がズレてたらしいのは認める」

「むー……まぁ、バニル様を基準にしてたらそうなるのも仕方ないのも分かるんですけどねー……。でも炎龍相手に時間稼ぎさせられたのに、そんな適当な反応だとストライキも辞しませんよ」

 

 そう言ってぷくぅとほほを膨らましているロリーサちゃん。

 

「悪かったよ。……ん、そういや戦いが終わったら精気好きなだけ吸っていいって約束したっけか。吸いたきゃ今吸っていいぞ」

「え? いいんですか? 体、大丈夫です?」

「多分大丈夫だと思うぞ。だるいが体が傷ついてるわけじゃねえ。エンシェントドラゴンの時みたいに死にかけたわけじゃないからな」

「そうなんですか? それじゃ、遠慮なく──」

 

 と、ロリーサちゃんは私を抱きとめるダストさんの右手とは反対である左手を手に取り、

 

「──はむ」

 

 そのまま自分の口へと運んで指を咥える。

 

「……………………」

「相変わらず、この感覚はくすぐったいってか、力抜けるってか、気持ちいいんだが微妙な感覚だな……って、なんだゆんゆん。変な顔して黙って」

 

 指を咥えて咥えられて。普通じゃありえない行為をしているのにダストさんもロリーサちゃんも特にぎこちない様子はない。それはつまりこれは日常的な行為ってことだ。

 

 恋人である私の前でやっても特に問題ないと()()()しているくらいに。

 

 これがサキュバスであるロリーサちゃんにとって単なる食事行為なのは分かる。ダストさんも感覚がおかしくなってるのか、そういうつもりがないのは様子を見れば分かった。

 でも、だからってこれはない。必要なのは分かるから行為自体を禁止は出来ないけど、だからと言って堂々と私の前でするとか二人とも感覚がおかしくなってるとしか言いようがない。

 だから私はダストさんに背を向ける。

 

「……んっ!」

 

 そして私を抱きしめてくれていた右手を掴み、その指……私と同じ指輪がついてる薬指をロリーサちゃんと同じように咥える。

 

「…………、何やってんだお前?」

 

 呆れたような、あるいは呆気にとられたようなダストさんの声。

 でも、私にはその問いに答えられない。だってそうだ。私の口は今ふさがってるんだから、答えられるはずがない。

 

「顔真っ赤にして……恥ずかしいならやるなよ」

 

 だから、別に恥ずかしすぎて頭がくらくらしてるから答えられないわけじゃない。頭はこう、ちゃんとしっかりしているんだから。

 

(…………、でも、なんで私ダストさんの指咥えようと思ったんだろう?)

 

 頭はしっかりしてるはずなのに、なぜかその理由が分からなかった。

 

 

 

「おい、こらライ……ダスト。お前白昼堂々淫行してんじゃねえよ。捕まえられてえのか」

「左のこいつはただの食事だから。ゆんゆんは……俺もこいつが何を考えてるか分からん」

「はぁ……姫さん以外女っ気のなかったお前も変わったもんだ」

「あの人をそういうカテゴリに入れていいのか疑問なんだが…………いや、フィールのねえちゃんに比べれば確かに女だって意識はあったが」

「俺の嫁さんに文句でもあるのか?…………全く持って同感だからお前からもあいつに言ってやってくれ」

「なんでそんな人と結婚することになってんだよおっちゃん……」

「さてな。俺はお前らみたいなこんな所で惚気るのは出来ないからな。……とりあえずあれだ、あのブラックドラゴンはともかく、ミネ……ミアさんはさっさと人化させとけよ。建前で終わらせられるうちにな」

 

 そんな言葉の後、スタスタと去る足音を聞いて。私はようやく目を開け、口を離す。

 ライネルさんがいなくなったことにほぉっと息を吐き、そしてさっきまで自分がやっていたことを思いっきり見られたことに死にたくなった。

 

「ダストさん……記憶を消す魔法ってありません?」

「そんな都合のいい魔法はねーなー。記憶を操作する方法がねえわけではないが。つうか、記憶を消すって誰の記憶を消すんだよ」

「とりあえず自分の記憶だけは消したいです……」

 

 本当、なんで私あんなあんな恥ずかしいことしてたんだろう。

 

「まぁ……なんだ……。お前が何を考えてるのか俺には全く分からねえから慰めようがねぇな」

「慰められたらさらに死にたくなりそうなんでそれはいいです…………って、あれ? ダストさん、いつの間にまた髪の毛黒色にしたんですか?」

 

 さっきまでいつも通りのくすんだ金髪だったと思ったんだけど。今見れば紅魔の里を出発したと時と同じように黒髪になっている。

 

「…………、みたいだな。本当、何を考えてんだか」

「? もしかしてライネルさんが?」

「さあな、俺は気づかなかったから何とも言えねえよ。……ま、俺に気づかれず髪の色勝手に変えられるような奴もそうそういないだろうがな」

 

 なら、やっぱりライネルさん? 最優のドラゴンナイト。そう呼ばれるあの人ならダストさんに気づかれずに何かすることも可能なのかもしれない。

 

「ま、なんにせよ疲れた。この国の悪だくみにまで頭悩ませてたら持たないっての。……で、ロリーサ。お前はいつまで吸ってんだ」

「──ああっ! 好きなだけ吸っていいって言ったじゃないですか! 今回私頑張ったからもっと吸わせてください!」

 

 おいしいものを取り上げられたように、離されたダストさんの指を捕まえようとするロリーサちゃん。

 確かに今回ロリーサちゃんは頑張ってた。一番頑張ってたと言っても過言じゃないかもしれない。その報酬にサキュバスであるロリーサちゃんが精気を求めるのは当然の権利かもしれない。

 

 でも、それはそれとして。

 

ひふぁひ(いたい)! つふぁふふぉふぁやめふぇくふぁさひ(つまむのはやめてください)!」

 

 人とは感覚がズレているサキュバスの友達に、私は実力行使で常識と譲れないものを教えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んー! いろいろあったけど楽しかったー!」

 

 炎龍を討伐をしてから数日。ライネルさんとフィーベルさんのお姉さんの結婚式が終わった翌日。紅魔の里へと向かう竜車に乗った私は今回の旅を振り返る。

 いろいろ大変なことがあったけど、それ以上に嬉しいがあった旅だった。まぁ、このまま無事に帰り付けたら、だけど。

 私の膝で眠るハーちゃんも幸せそうな寝顔だし、私たち主従にとっては文句なしで楽しい旅だったと思う。

 

「ご機嫌ですね、ゆんゆんさん。すごく充実された旅だったようで。……やはり、その指輪が一番の理由ですか?」

 

 なんだか疲れたような様子のレインさんが私の言葉を拾ってそう言ってくれる。

 

「えへへ……まぁ、はい。これのおかげでおっきな悩みがなくなっちゃいました」

 

 ダストさんに隣に立つというどこまでも遠くに感じていた目標。それが私の努力次第で届く範囲に近づいたと思う。

 

「おめでとうございます。ダスト殿が相手だといろいろ苦労されるかもしれませんが…………それだけ幸せそうならきっと大丈夫なのでしょうね」

「はい、私は今すっごく幸せです」

 

 なんとなく、レインさんが勘違いしてるような気がするけど。それを否定する理由は私にはない。

 それに、完全に勘違いとも言えない気もしている。『双竜の指輪』はダストさんの両親が互いにつけていた指輪らしくて……形見でもあるそれを貰ったというのは()()()()()ことと遠い事とも思えない。

 

(まだ、決着をつけてないから、()()だと単純に喜ぶわけにはいかないけどね)

 

 でも、全部を否定する気にもなれない。手放しでは喜べなくてもこの気持ちはとても大切なものだから。

 私にとっても、きっとダストさんにとっても。

 

「そういうレインさんは今回の旅は…………って、聞くまでもないですよね」

 

 疲れた様子のレインさんと、疲れ果てて眠っているアイリスちゃん。アイリスちゃんたちにとって今回の旅がとても大変だったのは想像に難くない。

 アイリスちゃんが旅を楽しみたいと行きは馬車だったのが、帰りは竜車になってるのを考えればどれだけ疲れているのか分かるだろう。

 

「ええ、本当に疲れました……。ある程度覚悟はしていましたが……ベルゼルグの王侯貴族はかなり優しかったのだと実感しましたよ」

 

 勇者の家系であるベルゼルグ王家。その懐刀と言われるダスティネス家。ダスティネス家と並ぶ大貴族のシンフォニック家。王家と二大貴族というベルゼルグのトップ陣は善良だ。

 ……ちょっと二大貴族は性癖に問題があるみたいだけど、貴族なんてものはそんなものだと私も身をもって知ってる。

 着ぐるみ悪魔な残虐公ゼーレシルト伯も統治は善政そのものだったらしいし、やっぱり性癖さえ目をつぶれば善良な貴族が多いのかもしれない。

 

「ええと……どんな感じなんですか? この国の貴族は」

「そうですね…………以前のアクセルの領主。あの男が普通だと思っていただけたら」

「地獄ですか?」

「地獄ですかね……」

 

 むしろ地獄のバニルさんの領土の方が平和そうなのは気のせいかな。

 

「だからレインさんたちそんなに疲れてるんですね」

「いえ……まぁ、悪辣な貴族を相手にするのも疲れたのは確かですが、それだけなら私もアイリス様もここまでは疲れていないと思いますよ」

「? 他にも何かあるんですか?」

「今回の私たちの交渉。基本的にはあの国の宰相の方と行ったのですが…………これが狸か狐と思うような方でして…………アイリス様の直感と頭の回転の速さがなければ、まずいことになってたと思います」

「まずいことというと……?」

 

 今回の旅の目的は戦争を止めること。それが出来そうにない場合は威力偵察だったわけだけど。

 その前提の上での交渉でまずいことってなんだろう。

 

「戦争の大義名分を与えることになったかもしれません。そうなれば実際に戦争が起きた時、周辺諸国からの援助はかなり少なくなっていたでしょう。武力はあっても資金や資源に乏しいベルゼルグにとってこれはかなり大きいのです」

「それは本当にまずそうですね……。でも、一応そうなることは防げたんですよね?」

「ええ、一応4年期限ですが不可侵条約を結びました。あまり変わっていないかもしれませんが……ベルゼルグが疲弊から回復するまでの安全は保障されたと思います」

 

 もともと今すぐ戦争をするという話ではなかったし、それはライネルさんも言っていた。そういう意味じゃ状況が変わったとは言えないのかもしれない。でもそれが両国の同意となったのは大きな意味を持つはずだ。

 

「えっと……本当お疲れ様です」

「はい、疲れました。今回ばかりはカズマ殿を連れてきた方が良かったんじゃないかと思ってしまうくらいには疲れました……」

「カズマさん、そういうのは得意ですもんね」

 

 でも、いつもアイリスちゃんへのカズマさんの悪影響に頭を悩ませてるレインさんがそう言うって相当だなぁ。

 

 

「あ、そういえばレインさん。私聞きたいことがあったんです」

 

 アイリスちゃんに聞こうと思っていたことだけど、ぐっすり眠ってるみたいだし。

 この際だし聞いてみようと私は続ける。

 

「あの国のお姫様…………ダストさんのお姫さまってどんな方でした?」

「それなんですが──」

 

 

 

 

──ダスト視点──

 

「本当あいつは自由にやってんな」

 

 竜車の中から空を眺めて。その風景の中にはグリフォンに乗って竜車の上空を飛ぶアリスの姿がある。

 

「ん? なーにライン。あなたも飛んで帰りたいの? 竜化して飛ぼうか?」

「そんな気持ちがねえとは言わねえが……ま、この国にいる間は自重した方がいいだろうさ」

 

 炎龍の時にミネアを竜化させてるし今更っちゃ今更だが。

 

「そ。じゃあ紅魔の里についたらアクセルまでは飛んで帰ろっか」

「そうだな。俺にゆんゆんにジハードにロリーサ。大きいのは俺とゆんゆんだけだしそれくらいなら安定して飛べるか。アリスはグリフォンに乗ればいいだろうし、さっさと帰りたきゃテレポート使うだろうしな」

 

 アイリスたちの護衛は紅魔の里まで。だからそっからアクセルまでは適当にテレポートで帰ってもいいんだが、それもなんだか味気ない。

 アリスが飛んでる様子がなんか気持ちよさそうで悔しいし。

 

「あ、あの……ダストさん? 私は先にテレポートで帰してもらうってのはだめですか? ほら、ウェイトレスさんみたいに」

「あん? お前まだゆんゆんにびびってんのかよ。別にあいつはもう怒ってねえって」

 

 サキュバスと人間の感覚の違い。俺もロリーサに引きずられて感覚狂ってたが……あいつはそれを友達としてロリーサに教えただけだ。だから終わった後は驚くくらいにいつも通りだった。

 まぁ、多少は嫉妬的なもんがあったんだろうが……それを理由だとするなら温すぎるくらいだろう。

 

 ほっぺたを死ぬほど引っ張るのなんて俺がいつもやってることだしな。

 

 

「そうだといいんですけど…………うぅ、恋人もちの男の人に手を出して、その彼女さんに討伐されるのはサキュバスあるあるなんで……」

「あいつが友達を討伐することなんて死んでもないから心配すんなよ」

「理性では分かってるんですけどねー……ただ、ダストさんとの真名契約を始め、私結構やらかしちゃってる気がして……」

 

 これ、びびってるよりかは、ゆんゆん相手に後ろめたさ感じてるのか。

 

「ま、気になるんだったらその頬っぺた引っ張らせてやりゃいいんじゃねえの? あいつも結構お前の頬っぺたの感触気にいってたしな」

「ダストさん達は本当にちっとも手加減してくれないので嫌です。というかそろそろ私の頬っぺた伸びて戻らないんじゃないかって心配してるんですよ?」

「知らねえよ」

「知っててください!」

 

 と言われても……こいつの頬っぺた引っ張るの気持ちいいんだから仕方ないだろうに。

 

「酷く理不尽なこと考えられてる気がします……」

「気のせいだろ。俺は全くこれっぽっちも悪くないよなって考えただけだ」

 

 だからロリーサ。恨むなら自分のもちもち頬っぺを恨め。

 

 

「そういえばライン。帰郷した感想はどうだった?」

 

 ぷくぅと膨れてるロリーサとは裏腹に。ミネアはあっけらかんとそう聞いてくる。

 

「帰郷って言われてもなぁ……ぶっちゃけ帰ったって気がしねえんだよなぁ」

「それはなんで?」

「何でって言われても……」

 

 理由はいろいろある。

 実家のことや両親のことやおっちゃんの結婚のこと。本当細かい理由を探していけば数えきれないくらいあるかもしれない。

 ただ、その中で一番大きい理由は……

 

「……あの人に…………姫さんに会ってねえからな──」

 

 

 

 

 

 

────

 

「────。報告は以上だ」

 

 王城の一室。宰相の執務室でライネルは部屋の主にそう言って報告を終わらせる。

 

「ふむ……あれが一人で『炎龍』を倒しましたか。出来ればベルゼルグの王女と一緒に倒してもらえばいろいろ捗ったのですがね。そう全ては上手くいきませんか」

「一人ではないぞ。使い魔を抜いて考えるにしても紅魔の嬢ちゃんが一緒だった」

「あの里の族長の娘でしたか。次期族長であると考えても影響力は誤差でしょう。所詮あの里はベルゼルグの中でも異端……政治的な影響力はない」

「ベルゼルグの最強戦力……いや人類最強集団を相手によくそう言えるぜ」

 

 紅魔の里は最強集団というだけでなく、魔道具やマジックポーションの作成など他の追随を許さず小規模の集団でありながら経済的にも無視できない影響力を持っている。

 彼ら自身に政治的な意図がなくとも、為政者として彼らを無視できるものは少ないだろう。

 出来るのは何も分からない愚鈍な無能か。あるいは──

 

「あの里がベルゼルグの最大戦力である限り、ただの敵ですよ。そして、あなたたち騎竜隊の敵にはなりえない」

 

 ──利益を求めず、自分の目的以外は些末と切り捨てているものか。

 

「魔法抵抗力が高い俺ら騎竜隊は紅魔族の天敵だろうしなぁ……真正面からぶつかって負ける気は確かにしねえな」

「そういうことです。…………まぁあれとベルゼルグ王女に共闘させ炎龍を倒させる策はなりませんでしたが、あれが精霊石を核とした炎龍すら倒せるほど強いのは良い誤算です。『噂』はどうなっていますか?」

「お望みの通り、『シルバードラゴンを連れた金髪の槍使いが炎龍を倒した』って流れてるぜ」

「なるほど。順調にあれが『英雄』になる下地は出来てきていますか」

「おかげでお前以外の貴族連中はカンカンだけどな。ベルゼルグと不可侵条約結んでなきゃ今すぐ戦争仕掛けてたかもな」

「まぁ、そのための不可侵条約ですから。あれが『英雄』になる下地が整うまでかき回されたくありませんからね」

 

 本当に今回の交渉は有意義だったと宰相は思う。王女もそのお付きも優秀だった。

 自分たちの利益しか考えていない貴族の悪意の仕込みを気づいて潰し、こちらの用意したゴールへとたどり着いてくれた。

 王女はまだ粗削りなもののその才覚は圧倒的であり、お付きは王女の足りない経験を補っていた。

 

 いい主従だった。あれが政治へと本格的に関わってくるようになればベルゼルグは安泰だろう。

 

「……何笑ってんだよ」

「いえ、羨ましいと思っただけですよ。狂った王と腐りきった貴族しかいないこの国と比べてベルゼルグは実に将来有望だ」

「…………、一応俺も貴族なんだがな」

「おや、失礼。まぁ、本当にごく一部ですが善良な貴族もいましたね」

 

 だが一部にしかいない善良な貴族になど意味はない。小さな風じゃ吹き溜まりの瘴気は吹き飛ばせないのだから。

 

「なぁ宰相。俺はお前の悪だくみに付き合ってる。それがこの国の為になると思ってるからな」

「ええ、あなたには本当に助かっていますよ」

「だが、今回の悪だくみ……火の大精霊の発生地点を人工精霊石を使ってある程度操作して、復活したそれをラインに倒させる。上手くいったからいいが、下手すりゃあいつの故郷の村がサラマンダーに滅ぼされてたぞ」

 

 大量のサラマンダーは炎龍……人工の精霊石を中心に発生していた。もしも炎龍があの村にもっと近づいていれば、村の中からサラマンダーが発生し、ライネル達でも手が足りなかっただろう。

 ラインが到着するまでの間、時間を稼いだ存在がいたからあの村は無事だった。

 

「だからこそ、あなたたちの結婚式に合わせたのですよ。例え村が滅んでも大切な人くらいは守れるでしょう?」

「…………、やっぱお前も狂ってんな」

「ええ、この国を変えるためならいくらでも狂いますよ」

 

 小を殺して大を生かす。その考えを間違ってるとは言えない。

 だが、その選択に何も心を動かさないものを普通の人間と言えるだろうか。これで何も気遣いをしない冷血漢ならまだ理解もできるが、気遣い自体はしているのだからたちが悪い。

 

 

「この国には『英雄』が必要なのです。そのためなら私はいくらでも手を血に染めましょう」

 

 それが宰相──かつてラインからミネアを奪った男──の行動原理。

 ベルゼルグへと戦争を仕掛けるのもそのための手段に過ぎなかった。

 

 

 

 

 

「そろそろ、もう一つの報告をお願いしましょうか」

「ん? なんかあったっけか。今回の件はさっきので全部……って、ああいつもの報告か」

 

 

 

「ええ。もう一人の『英雄』…………いなくなった姫は見つかりましたか?」




二章の隣国編は終了です。
次回からはまたアクセルでの日常回になります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第18話:旅の打ち上げ

──ダスト視点──

 

「うーん……アクセルも久しぶりですね。4か月ぶりくらいに帰ってきた気分です」

「そんなに時間経ってるわけねえだろ。2週間も経ってねえっての」

 

 アクセルの街。町の入り口について伸びをしているゆんゆんに俺はそうツッコむ。

 まぁ、俺もなんかすげぇ久しぶりな気分だけど。

 

「……で、一応今回のクエストはここで終了だが……この後どうする? レインから報酬は貰ってるしちょっとした打ち上げなら奢るぞ」

 

 紅魔の里でアイリスたちと別れた時にここにいるメンバーはそれぞれ報酬を受け取っている。

 俺は例によって報酬受け取れてないし実質奢るのはゆんゆんなわけだが。

 

「あ、私はお店の方に顔出したいんで。挨拶もしたいですしバイトのシフトとか決めてこないと」

「お前帰ってきてそうそうバイトのシフトいれるとか……いや、一時はクエスト受ける気はしねえし別にいいんだけどよ」

 

 それくらいには今回のクエストの報酬は良かったし、それくらいには今回のクエストは疲れた。

 ロリーサのバイトはサキュバスとしての糧を稼ぐ方法でもあるし、クエストがない間はバイトしていたいというなら止める理由はない。

 

「んー……私はラインがお姉ちゃんにどうしてもついて来てほしいって言うなら行こうかな?」

「誰がお姉ちゃんだ誰が。……ま、どうしてもとは言わねえが打ち上げは人が少ないと締まらねえからな。ミネアも来れるんだったらこいよ」

「私は人じゃなくてドラゴンだけどね?」

「そーだな。……アリスはどうする?」

 

 どうでもいい事に突っ込むミネアにため息を一つ返し、俺はその横にいるアリスに目を向ける。

 

「ん? なに? あんた私にも来てほしいの?」

「いや、来て欲しくはないが、この流れでお前だけくんなとは言えねえだろ」

 

 いや、こいつがいると気が休まらねぇし実際本当に来て欲しくないんだが。

 

「あんたが来て欲しくないって言うなら行くわ」

「…………、前言撤回。是非とも打ち上げに参加してくれアリス」

「そんなに来て欲しいなら仕方ないわね。行ってあげるわ。貸し一つね」

「………………。俺、こいつ、嫌い」

 

 なんなの? 俺に嫌がらせすんのが趣味なの?

 

「私はあんたのこと結構気に入ってるけどね。殺したいほど恨みがあるだけで」

「その台詞に喜べばいいのか怖がればいいのかどっちだ」

「嫌がってくれると私は嬉しいわね」

 

 あ、こいつマジで俺に嫌がらせすんのが趣味だ。

 

「はぁ…………好きにしてくれ」

「そう、じゃあ気が向いたら行くわ。どうせギルドの酒場でしょ? それじゃ、またね」

 

 そう言って適当に手を振ってすぐにいなくなるアリス。

 さっきまでのやり取りは何だったんだよ。あいつマジで好き勝手しすぎだろ。

 

「なぁ、ゆんゆん。あいつなんなの?」

「敵なんじゃないですか? 魔王の娘ですよね」

 

 そういやそうだった……。

 

「まぁいいや。あんな存在自体がアクシズ教徒並みに頭痛い奴のことなんて考えるだけ無駄だ」

「さ、流石にアクシズ教徒並は酷いんじゃ……」

「じゃあ紅魔族並に──」

「──やっぱりアクシズ教徒並でいいです」

 

 このぼっち娘もいい性格してきてんな。一体全体誰の影響なんだか。

 

 

 

「とりあえず、打ち上げの参加者は俺とゆんゆんとミネアだけか。ちっとばかし侘しいな」

 

 ま、ギルドいけば誰か飲んでるだろうしそいつを引っ張り込めばいいか。

 

「あ、すみません。ダストさん、私もめぐみんとリーンさんの所によってから参加でいいですか?」

「あん? んなもん別に明日でもいいだろうに」

 

 ただでさえ人がいないってのにゆんゆんまで抜けられると侘しいどころの話じゃねえぞ。

 

「ちょっと挨拶してくるだけですから。すぐに合流しますよ」

「はぁ……しゃーねえな。お前いなけりゃ金ないんだから絶対来いよ」

「ねえ、ライン? その台詞自分で言ってて悲しくならない?」

「そんな段階はとっくの昔に過ぎた」

 

 金を好きに使えないのは窮屈だが、なんだかんだでゆんゆんはごねれば財布開いてくれるしな。必要なものはもちろんクエスト真面目にやっときゃ娯楽系も許してくれる。

 問題はギャンブルが出来ないのとあの店を利用できないことくらいだ。まぁあの店はロリーサがいれば問題ないっちゃ問題ないし、実質不自由してるのはギャンブルのことくらいかもしれない。

 

「すっかり恋人ちゃんに尻に敷かれてるのね」

「金のことだけな!」

 

 それ以外は俺がちゃんと主導権を握ってる…………はずだ。

 

「お金のことだけねぇ…………そこの所どうなの? 恋人ちゃん」

「えーと…………半々のような……? 私生活は私が強いんですけど、冒険とかデートとか……あれの時とか……はダストさんが引っ張ってくれるんで」

「…………あー、うん。やっぱりラインもシェイカー家の血筋かぁ」

「おいこらミネア。お前今のゆんゆんのセリフで何を察した」

 

 ゆんゆんもゆんゆんで何を言わなくていいことまで言ってんだ。

 

「わ、私はもう行きますね!」

「あ、私も途中まで一緒に行きます! 参考にしたいんで()()()()聞かせてください」

「き、聞かせてって……ロリーサちゃんには恥じらいとかないの!?」

「サキュバスの私にそんなこと言われても…………あ、ダストさん、私も用事が終わって時間があったら合流しますね」

 

 顔を真っ赤にして駆け気味に歩いていくゆんゆんと、それを追いかけるロリーサ。

 恥ずかしがるくらいなら言わなきゃいいのにってか…………あいつは相変わらず一言多いというか不用意な発言が多いんだよな。

 

「…………、んだよ、ミネア。その何か言いたそうな顔は」

「んーん、別に? ただ、今回のことを含めて恋人ちゃんのこと少しはラインのパートナーとして認めていいのかなって」

「まだ認めてなかったのかよ……」

 

 まぁ、ゆんゆんのことを名前で呼んでないし、そんな気はしてたが。

 というか、認める理由の一つがおかしいだろ。

 

「だって、どうしても比べちゃうからね。自暴自棄になってたラインをシェイカー家のろくでなしに戻してくれたあの子と」

「…………だからあの人はそういう対象じゃねえって」

 

 感謝はしてるし恩人なのは間違いないが…………俺なんかが手を出していい相手でもなければ手に負える相手でもない。

 

「そ。……まぁお似合いなのかもね、ラインと恋人ちゃんも」

「一応そう思った理由も聞いとくか」

 

 なんとなくろくでもない理由な気がするが。

 

 

「だって似てるんだもの。ラインと恋人ちゃんの関係…………ラインの両親の関係にそっくりよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『おいおい……誰だあの美少女』

『なんであんな美人がダストなんかと一緒にいるんだ?』

『誰かゆんゆんちゃんにチクってこいよ浮気だ浮気』

 

 ギルド。久しぶりに感じた騒がしい空気は、入ってきた俺たちに無遠慮な視線を向けてくる。と言っても俺に対する視線はついでみたいなもんで、集めてるのは間違いなくミネアだ。

 

「ねね、人間から見たら私って美少女? 美人なの?」

「お前が世界一綺麗なのなんて今更だろ。お前より綺麗なドラゴンなんて俺は知らないっての」

 

 それが人化してんだから美少女にくらいなるに決まってる。

 ちなみにジハードは世界一可愛いくてかっこいいドラゴンだ。

 

「…………、やっぱりシェイカー家の血筋ねぇ。普段ろくでなしでダメダメなのにドラゴンのことになるといきなりハイスペックになるんだから」

「褒めるならもっと普通に褒めろよ」

 

 別になんか褒められるようなことした覚えはないし、どうでもいいっちゃどうでもいいが。

 

 

「お、ちょうどいいな。あいつらもメシ食ってるみたいだしあそこ行こうぜ」

 

 そう言って俺はミネアを連れて酒場の方の一席に向かう。途中やっぱり荒くれな冒険者がミネアへの称賛やら俺への呪詛を呟いていたがスルー。

 

「よぉ、テイラー、ついでにキース。久しぶりだな」

「ダストか。その様子だと隣国へのクエストは無事に終わったようだな」

「ついでってなんだついでって。…………いや、そんなことよりこの綺麗な人が誰か早く紹介してほしいんだが」

 

 隣の席に着く俺にいつも通りのテイラーの返し。キースと言えば隣に座ったミネアに目に見えてドギマギしてやがる。

 

「紹介しろと言われても俺には綺麗な()なんて見当たらねぇし紹介しようがねえな」

「もう、ラインったらまた意地悪言って。えーと……キールさん?」

「キースです」

「あら、ごめんなさい。キースさんね覚えたわ。()()()()()()。私はミアって言うの。ラインのお姉ちゃんよ。テイラーさんもよろしくね」

「誰がお姉ちゃんだ誰が。確かに家族ではあるが。……ったく、お前も十分意地悪いっての」

 

 わざわざまた偽名使ってからかう気満々じゃねえか。ドラゴンの時を考えれば欠片もはじめましてじゃないっての。

 

「み、ミアさんって名前なんですか。容姿にぴったりな綺麗な名前ですね」

「ミア……なるほど、そういうことか」

 

 キースの奴分かりやすいくらい猫被ってやがんな。テイラーはこの様子だと気づいたか。

 

「(おい、テイラー。キースに教えてやらないでいいのか?)」

「(あいつの女癖の悪さはある意味お前以上だ。たまには痛い目を見るべきだろう)」

 

 テイラーがそう言うなら一先ずそんままにしとくか。ドラゴンハーフなんて存在がある以上、キースに全く可能性がないってわけでもないしな。

 0.00000000001パーセントくらいは多分可能性ある。

 

「それでダスト。クエストが終わりそのまま夕飯を食べに来たということでいいのか?」

「おう、クエストが終わったし軽く打ち上げがてらな」

「その割には人が少ないようだが…………ゆんゆんやロリーサはどうしたんだ?」

「あいつらは遅れてくるってよ。ゆんゆんは爆裂娘とリーンに挨拶してくるって。ロリーサは店に顔出してくるって話だ」

 

 キースがミネアに無駄なアピールをしてる間に俺はテイラーと打ち上げのことを軽く説明する。

 

「そういうことだったらリーンもこっちに誘っていた方が良かったか。疲れているようだったから先に帰したんだが……」

「別にいいだろ。ガキじゃあるまいしあいつの所には明日にでも顔出すさ」

 

 会おうと思えばいつでも会えるんだ。わざわざ急ぐこともない。

 

「そうか。……そんなこと言って実はリーンに会いたくない理由でもあるのではないか?」

「…………、別にねーよ」

 

 俺の右手の薬指に通される指輪に目をやりながら言うテイラーに俺はそう返す。

 別にこれは戦いに必要だからやっただけで、そういう理由で着けてるわけじゃない。そういう意味が一つもないと言えば嘘になるが、そうだとはっきり言えるものでもないのだから。

 …………左手の薬指に同じ指輪をつけるゆんゆんを見てリーンがどう思うか、それを想像できないわけでもないが、そんなことを気にするのは今更過ぎる話だ。

 

「そうか、なら俺が言うことでもないな。それじゃあ後からゆんゆんとジハード、ロリーサも来るということでいいか」

「あとはもしかしたらアリスも来るかもしれねえな」

「アリス? 聞かない名前だが……」

「あー……まぁ気にすんな。今回のクエストに付き合ってくれただけの赤の他人だ。今回きりだろうし、気のいい姉ちゃんとでも思っときゃ間違いない」

 

 来たとしてもあいつと飯を食うなんてこれが本当に最後だろう。旦那やウィズさんと深く付き合いのある俺やゆんゆんならともかく、テイラーたちがアリスと交わるなんてことは今後ないはずだ。

 そう考えればアリスが魔王の娘だとか説明する必要もない。アクセル防衛戦の時に軽く顔を見ているから説明しなくても気づく可能性もあるが…………常識的に考えれば駆け出し冒険者の街に魔王軍の実質トップがいるなんてあり得ないし、目の色も違うのも併せて他人の空似ってことで押し通せるだろう。

 

 …………。なんでこの街、魔王軍の筆頭幹部と魔王軍の元幹部が二人いるんだ?

 

「ふむ?……まぁ、よく分からないが、お前がそう言うならそう思っておこう。それより、他が後から来るなら注文をしたらどうだ? 俺とキースも追加が必要そうだ」

「それもそうだな」

 

 俺は忙しそうにしているウェイトレスに注文をしようと手を上げる。

 

「おーい、こっちに注文…………って、ベル子? お前もう働いてんのかよ」

 

 ウェイトレス姿でこっちにやってくるのは隣国で別れたベル子だ。テレポートで先に帰したし、俺らより二日近く早く帰ってるとはいえ、それでも早すぎる。ロリーサといい勤勉にも程があるだろ。

 

「はーい……あ、お兄ちゃんお帰りなさい。今日はここで食べていくんですか?」

「おう、今日はクエストの打ち上げ…………って、待て。お前今俺のことなんて呼んだ?」

「? どうかしましたか、お兄ちゃん」

 

 あー……聞き間違いじゃねえみたいだな。いや、確かにそんな呼び方した方がいいかとかそんな話もしたが、その後は普通に呼んでたのになんでこのタイミングで……。

 あと、何その笑顔。いつも俺に対しては冷たい表情してるベル子が満面の笑顔とか普通に怖いんだが……。

 

「おい、ダスト。これはどういうことだ。なんでフィーベルちゃんがお前のこと『お兄ちゃん』だなんて羨ましい呼び方を……」

「そんなもん俺が聞きたいっての」

 

 面倒くさいことにキースが耳ざとくベル子の呼び方を聞きつける。ミネアに熱上げて時間を無駄にしていればいいものを……。

 

「だってお兄ちゃん、私のことを妹みたいなものだ、だから『お兄ちゃん』と呼んでもいいぞって言ってくれましたよね?」

「言ったけど言ってねぇ! 前半は確かに言ったけど後半は欠片も言ってねぇ!」

「お兄ちゃんプレイかよ……うらやましいけどマジでやるとかドン引きだわ……」

「少なくとも妹みたいなものだとは言ったのか。…………最近は多少まともになっていると思ったのだがな。ギルドのウェイトレスにそんなナンパをするのは感心しない」

 

 やめろ! 俺と似たようなろくでなしのキースにはどう思われようがいいが、まともなテイラーに軽蔑の目を向けられるのは微妙にきつい!

 

「あ、分かった! お前ベル子、俺に落とされたの根に持ってんだろ!」

 

 だからこんなめんどくさい奴がいるタイミングでそんな呼び方してきたんだな!

 

「そんな…………、私、本当に嬉しかったんですよ? 私のこと妹みたいに思ってるから、いつだって助けてくれるって言ってくれたこと。それなのに、疑われるなんて……」

 

 そう言ってベル子はしくしく泣き始めるが、絶対に嘘泣きだ。こいつがこんな素直な奴なわけがない。

 

「ゆんゆんと付き合い始めたことも許せないってのにギルドの看板娘まで手を出すとか…………ダストマジで死なねーかなぁ……」

「ダスト。こうなったら責任取るしかないだろう。どこまで本当かは知らないが、少なくとも言ったことには責任を持つべきだ」

「あーもうめんどくせぇ!」

 

 ベル子の言い分全部信じてるキースも、嘘があると分かってながら真面目なこと言ってるテイラーも。ベル子の奴絶対こうなると分かって『お兄ちゃん』だなんて柄にもない呼び方したな。

 完全に嘘ならテイラーは味方してくれたんだろうが、言ってることの大部分は本当のことだから面倒この上ない。

 やっぱ嘘泣きで口元微妙に笑ってやがるし。

 

「分かった。空から落としたことは謝る。謝るからベル子、俺のことお兄ちゃん呼ぶのはやめろ」

「言葉だけなら何とでも言えますよね?」

うぜぇ……こいつ死ぬほどうぜぇ……

「何か言いましたか、お兄ちゃん」

「何も言ってねえよ。……そうだな、お前も一緒に旅したようなもんだしな。奢ってやるから打ち上げ参加していいぞ」

「やる? いいぞ?」

「奢らせていただきますので、打ち上げに参加して頂けますかベル子さん」

「最初からそう言えばいいんですよ、ダストさん」

「………………。俺、こいつ、嫌い」

 

 そんな俺の呟きなんて聞こえてないように、ベル子は普通にミネアの隣に座って他のウェイトレスを呼んでいる。

 

「……というわけだ、テイラー、ついでにキール。ベル子と俺は別になんもねえからな」

「そのようだな。なんとなくだが、どういう関係かは分かった。何もないと言えば語弊があるようだが、少なくとも浮気ではないようだ」

「誰がキールだ。俺はそんなダンジョンになってそうな名前じゃねえぞ。…………何もないって思いっきり仲の良さ見せつけといて何言ってんだよ、死ねよ」

 

 キース、仮にも仲間で悪友の俺に言いたい放題だな。多分俺がキースの立場だったら同じこと言うから別にいいけど。

 

「仲が良い……ねぇ。なぁ、ベル子。俺らって仲良いのか?」

「仲が良いかどうかは別にして、ダストさんのこと嫌いではなくなりましたよ。社会的に抹殺したいくらいに恨みはありますけど」

「それに俺は喜べばいいのか悲しめばいいのかどっちだ」

「ダストさんが私にやったことを考えれば泣いて喜ぶべきだと思いますよ? ガーターベルトを二度も脱がされたこと忘れてませんからね」

 

 …………、そう考えれば確かに喜ぶべきか。…………って、二度?

 

「その顔はやっぱり覚えてませんか……。ダストさんってやっぱりサイテー男ですよね」

 

 そう呆れた声で言うベル子は、けれどどこか楽しそうな笑顔だった。

 

 

 

 

「遅くなりましたー……ってあれ? アリス様はともかくゆんゆんさんもまだ来られてないんですね」

 

 最初に頼んだ品がちょうどきれいに空になったころ。のんびりした声で合流してきたのはロリーサだ。

 

「お前がゆんゆんより先だったか。どうする? お前は何を頼む?」

「じゃあダストさんの精気で」

「…………、お前実は全然こりてないだろ?」

「だって普通のご飯食べてもあんまり意味はないですし……」

 

 悪魔は普通の食事を取れないことはないが、精神生命体である悪魔にとってそれは本当の意味での食事にはなりえない。サキュバスは多少普通の食事からでも精気が取れるみたいだが、旦那みたいな生粋な悪魔は感情が餌だけに全くの無意味だ。

 だからロリーサが精気を貰いたいってのは理にかなってるんだが…………こいつはまたゆんゆんにほっぺた引っ張られたいんだろうか。

 

「大丈夫ですよ、ダストさん。ちゃんと机の下に隠れていただきますから」

「何が大丈夫なのか欠片も分かんねえよ」

 

 むしろ堂々とやるよりエロいっての。

 

「よく分からないけどダストが死ぬほど羨ましいやり取りをしてるのは分かったから死んでくれ」

「…………、そうだな。おいロリーサ、先にキースの精気を死ぬほど吸ってやれ」

「え? いいんですか? ダストさんじゃない相手にやったら本当に死んじゃいますよ?」

「死ぬほど羨ましいらしいからな。むしろ死んだら本望だろ」

「そうですか…………キースさんは私の大事なお客様だから殺したくはないんですが、ダストさんの命令なら仕方ありませんね……」

「あ、何かいやな予感がする……えっと……新人ちゃん? やっぱ全然羨ましくないからもう──」

「すみません、キースさん。真名契約でダストさんには逆らえないので……」

「──マジでもういいから! おい、ダスト! 俺が悪かったら新人ちゃん止めてくれ!」

「はぁ……ロリーサ、脅しはそこまででいいぞ」

 

 ったく、キースの口の悪さは本当どうしようもねえな。

 

「んー……ねぇライン。ロリーサへの精気って私からあげられないの? それなら恋人ちゃんも怒らなそうだけど」

「俺としてはそれで問題ないが……そこんとこどうなんだロリーサ」

 

 俺が無駄に精気が多いのもミネアと契約してその力の影響を受けたせいだ。そう考えれば俺以上にミネアは精気に溢れてるはずだ。

 

「極上の精気なのは間違いないと思うんですが…………多分純度が高すぎて普通のサキュバスには逆に毒ですね。クイーン様なら大丈夫でしょうけど。やっぱりダストさんくらいが理想です」

「いろいろ面倒くさいな。お前さっさとサキュバスクイーンになれよ」

「なれるんですかねー……ダストさんと真名契約してある程度強くなれたから分かるんですけど、あの方は本当に化け物です。()()で戦ったら男()を持ってて勝てる存在いるんですかねぇ……」

 

 そんなかよ。確かに俺が知ってる上位の夢魔も、あっちの本領で戦えば勝てる気全然しなかったが。

 

「とりあえず、精気に関してはゆんゆんさんがいつ来るか分からないんで今はいいです」

「そうか。ま、それが無難だわな」

 

 一つ安堵して俺はネロイドの口に運び、

 

「その代わり、ダストさんとゆんゆんさんの性の営みについて教えてください!」

「ぶーーっ!!」

 

 ロリーサの爆弾発言に思いっきり噴き出す。

 

「ちょっ……ライン、いきなり何するのよ」

「それはこのアホサキュバスに言え!」

 

 ネロイドを顔に吹きかけられたミネアが文句を言ってくるが、どう考えても俺は悪くない。

 

「だって、ゆんゆんさん聞いても教えてくれないんですよ? こうなったらダストさんに聞くしかないじゃないですか」

「ゆんゆんが教えないのは普通だし、他の奴がたくさんいるここで聞くのはおかしすぎるからな?」

 

 ロリーサがサキュバスで人と感覚が違うのは散々理解してたつもりだが甘かった。サキュバスであることを隠さなくなったらこうなるのか。

 

「むー……じゃあ、いつ教えてくれるんですか?」

「いや、なんで教える前提なんだよ……」

 

 流石の俺もそのあたりの事を他人に話したくはねえぞ。

 

 

「ていうか……え? ダスト、お前マジでゆんゆんとヤッってんの? そりゃキスくらいはしてると思ったが……」

「…………ノーコメントだ」

 

 そんなことこんな場所で言えるか。

 

「その反応マジか……。いや、マジでいつやってんだよ。ジハードちゃんが一緒に寝てるからそういうのはまだまだ先の話だと思ってたってのに。まさかジハードちゃんも一緒に……?」

「おいテイラー。いい加減キースを黙らせてくれ」

「そうだな。流石のダストもあんな小さな子に手を出すほど外道ではないだろう。ロリコンじゃないのだけがダストの美徳だ」

「お前もお前で失礼だなテイラー!」

 

 まぁ、キースみたいな変な勘繰りしないだけありがたいけど。

 俺にとっちゃジハードは娘みたいなもんだし手を出すなんてことは絶対にありえない事だからな。

 

「けどライン、その辺実際どうなの? ジハードがいるから寝るときは出来ないわよね?」

「お前も普通に聞いてくんじゃねえよ。……まぁ、そのあたりは旦那に相談してな。地獄の旦那の領土に行ってんだよ。地獄ってこの世界より時間の流れが速いみたいでな」

 

 そこで『リリス』っていう上位の夢魔に出会ったりしてる。

 時間がないなら時間を作ればいいじゃないっていう力技だが、おかげでその辺りの悩みは解消されていた。

 

「ふーん、あんた地獄に行ったことあるんだ。……あ、これ美味しそう、いただき」

「って、アリス!? お前いつの間に……ってか普通にひとの飯食ってんじゃねえよ! 食いたいなら自分で頼め!」

「んー、だって料理来るまでの時間待つの面倒じゃない? ちょっと顔出しに来ただけだし長居する気はないわよ?」

 

 そう言ってアリスは俺の飯だけじゃなくベル子やミネアの料理も適当につまんでいく。

 本当こいつやりたい放題だな。誰かこいつ牢屋に突っ込めよ。人類種最大の敵だし誰も文句言わないだろ。

 

「それより、あんたが地獄に行ったことあるって本当? なら私も行ってみたいんだけど」

「まぁ行ったことあるのは本当だが…………旦那に言えばいいだろ」

 

 俺も旦那に頼んで行けるようになってるだけだし。

 

「あいつが私の頼みを素直に聞くわけないじゃない。ま、別に急いでるってわけじゃないし、一応頭の中に入れときなさいな。あんたは私に『借り』がたくさんあるんだからね」

「旦那みたいなこと言いやがって……」

 

 仕方ない事が多かったとはいえ、こいつに借り作ったのはやっぱ怖えな。何をさせられることか。

 

「ん、美味しかった。じゃね、ラインとその他。()()会いましょ」

 

 言いたいこと言って。食べたいものだけ食べて。アリスは本当に何の後ろめたさもなくいなくなる。

 敵とは言え一応は一緒に旅した仲だってのに、少しは付き合おうって気はねえのかね。

 

 …………いや、あいつに来てほしくはなかったから、さっさといなくなってくれて俺は嬉しいんだが一般論的に。

 

 

「……おい、ダスト。あの美人な紅魔族?とも知り合いか?」

「知り合いというか…………赤の他人だよ」

 

 というか不倶戴天の敵なはずなんだよなぁ……。なんであいつ普通に俺の周りに出没するんだ。

 

「今のがダストの言ってたアリスさんか。…………どこかで見たような気がするな」

「気にすんなってテイラー。どうせもう会うことない奴だ」

「そうか。……まぁ、そうだな。きっと気のせいだろう」

 

 というか、あいつの存在は頭痛の種にしかならないからな。セシリー並みに存在を忘れてるくらいがちょうどいい。

 

 

 

「遅くなってすみません。思ったよりも時間がかかってしまいました」

 

 アリスがいなくなってから頼んだ料理が半分くらいなくなった頃になって。やっとゆんゆんが合流する。

 

「本当遅かったな。なんかあったのか?」

「えと…………いえ、ダストさんに言えることは何もなかったですよ?」

「それ思いっきりなんかあったと言ってるようなもんだが…………まぁ、いいか。とりあえず適当に飯頼めよ。料理が来るまでは俺の飯適当につまんどけ」

 

 こいつが言おうとしないってことは、言わないことに意味があるってことだ。だったら少なくとも今ここで問いただすことじゃない。

 

「はい、ありがとうございます。…………ダストさんのそういう所、好きですよ」

「そーかよ。おだてたって金出すのはお前だからな」

「くすっ……はい、分かってますよ。というよりそんなお金を持ってたらどこから調達したのか問い詰めないといけませんからね」

 

 上品に口に手を当て笑うゆんゆん。その左手にはやっぱり俺と同じ指輪が薬指にあるわけで……。

 

「おい、ダスト。どういうことか説明してもらおうか」

「あーもう! マジで今日のお前めんどくせえな!」

 

 その指輪に気づかないほど鈍い奴はこの場に誰もいなかった。きっと爆裂娘やあいつも……。

 

「うるせえ! 今日のダストはマジで羨ましすぎるんだよ! マジで死ねよ!」

「お前だって俺のこと散々童貞だって馬鹿にしてただろうが! ちょっと逆転したくらいでとやかく言ってんじゃねえよ!」

「これがちょっとだと? おい、テイラー、一緒にダストしめようぜ。こいつ最近調子乗りすぎなんだよ」

「知らん。俺を巻き込むな。やるなら一人でやれ」

「くっ……なぁ! お前らもダストむかつくよな! 一緒にダストボコボコにしようぜ!」

 

 キースの呼びかけに俺に呪詛を吐いてた冒険者たちが『おう』と立ち上がりやってくる。その数は数えるのも面倒なくらいで……見るからに高レベル冒険者ばかりだった。

 

「ダストさん! キースさん! 喧嘩するなら外でやってください! ギルド内での喧嘩は厳禁ですよ!」

 

 騒ぎに気づいたルナがそう注意してくるがちょうどいい。いろいろ有耶無耶にしたいし外で暴れさせてもらおう。

 

「あ、あの!? ダストさん、私も一緒に行きましょうか?」

「心配すんな。今更キースやその他大勢に俺が負けるわけねえだろ。お前はミネアたちと一緒にメシ食ってろ」

「言ってくれるなダスト! その余裕がいつまでも持つと思うなよ!…………って、ミネア? え? もしかしてミアさんって……」

 

 なんか既に首謀者が戦意喪失してるがそれはそれ。

 俺は大人げなくミネアやジハードの力を借り、竜言語魔法まで使って荒くれものの冒険者たちを返り討ちにするのだった。




日常&伏線回。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第19話:可愛いは最強

「あるじ、きょうはどこいくの?」

「バニルさんとウィズさんのところだよ」

 

 朝。空はもう明るく、けれどまだギルドは開いていない時間帯。

 手を繋いで歩くハーちゃんの疑問に私はそう答える。

 

「ばにるおじちゃんとうぃずおばちゃんのところ? ふたりともすきだからうれしい」

「うん。相変わらずの可愛さだけど、とりあえずウィズさんはお姉ちゃんって呼んであげてね?」

 

 前は会ったときは普通におねーちゃんと呼んでた気がするんだけど……バニルさんの影響かなぁ。

 というか友達やってる私がいうのもなんだけどバニルさんが好きって大丈夫なのかな。

 

「けど実際ウィズさんっていくつなんだろうな。前に聞いたときは怖いくらいの笑顔で20歳だって言ってたけど。……それから既に4年くらい経ってるが今聞いたらどうなんだろうな」

「とりあえず誰も幸せにならない質問は止めましょうよ……」

 

 私とは反対のハーちゃんの手を握るダストさんの言葉に私は辟易してそう返す。

 氷の魔女の活躍時期的1にそこまで大きく見た目と年齢に差がないのは分かっているけど、だからといって女性に年齢の話が禁句なのは変わらない。

 

「それもそうだな。いくつになってもウィズさんは綺麗で可愛くてエロいんだし」

「ナチュラルに彼女の前で他の女性を誉めるのもやめてくれません?」

「なんだよ? 嫉妬か?」

「そういう問題じゃなくて、デリカシーの問題を言ってるんです」

 

 本当ダストさんはデリカシーというものを何処かに忘れてきてると思う。

 

「ふーん……じゃあ別にお前は全然嫉妬しなかったんだな?」

「……それとこれも話は別です」

 

 ダストさんにそういうつもりがないのは分かっているけど、だからと言って嫉妬しない訳じゃない。それを分かりながらもわざわざ聞いてくるあたり私の恋人さんは性格が悪い。

 

「そっかそっか。嫉妬はしてるのか。お前、俺はモテないから嫉妬する機会ないとか言ってたのにな」

「モテないのは確かなんですけど思った以上に物好きな人がいましたからねぇ……」

 

 リリスさんとかリリスさんとかリリスさんとか。地獄で会ったあの夢魔さんは妙にダストさんのことを気に入っている風だった。

 それにダストさんとしてではなくラインさんとしてのこの人は普通にモテてたらしいし……。

 

「…………、フィーベルさんとは本当に何もなかったんですよね?」

「ベル子と何が起こるってんだ。あいつは妹みたいなもんだって」

「それって、昔の私の枠と同じってことですよね?」

「…………、確かに昔のお前に対する感情に近いかもしれないが…………」

「だから心配してるんですよ」

 

 よく分からないけど、旅をする前よりもダストさんは吹っ切れている。ラインとしての自分を前よりも否定しなくなったというか……英雄としての自分を曲がりなりにも受け入れている。

 自分はチンピラで英雄なんかじゃないと言ってたダストさんにとってこれは大きな進歩だ。

 

 そしてそれをもたらしたのが恐らくフィーベルさんで…………そんなフィーベルさんが昔の私みたいな態度をダストさんに取ってて、ダストさんも同じような感情を向けている。

 これで心配しないわけがない。

 

「少しは俺のこと信頼しろよ。今更お前のこと捨てて別の女に走るわけねえだろ」

「それは別に欠片も心配してないんですけどね」

 

 そんな器用なことができる人じゃないのは分かっているから。……だからこそ、本当の意味で決着をつけないといけないって思ってるんだから。

 

「もしもフィーベルさんがダストさんのことを好きになっちゃったら、傷つく人が増えちゃうじゃないですか。これ以上悲しむ人を増やさないでくださいよ?」

 

 全員にとっての最高のハッピーエンドなんてきっと存在しない。でも、今泣いている人を笑っていられるようなベターなエンドにはしたい。

 じゃないと、私にとっての最高のハッピーエンド辿り着けないから。大切な人が泣いてるままじゃベターなエンドにしかなりえないから。

 だから私の友達から悲しむ人が増えたら困る。今でさえ、本当に辿り着けるか自信がないのに……。

 

(…………やっぱり、私性格悪くなってるなぁ……)

 

 どこまでも自分本位で我儘な願いだ。優等生であろうとしていた昔の自分じゃ考えられない願い。

 でも、それを捨てようとは思えなかった。そして、それが間違ってるとも。

 

 だってそれは誰もが認める優等生な正しさじゃないけれど。それでも、私の親友と恋人はきっと強く肯定してくれるものだから。

 

 

「ま、あれだ。お前が何を悩んでんのか、何を考えてんのか俺には分かんねえけどよ。なるようになるだろうよ。お前が諦めない限り、いつかな」

「簡単に言ってくれますよね、本当」

 

 でも、それはきっと正しい。どんなに遠くても、終わるまでは終わりを変えられるんだから。

 

 

 だから私は諦めない。私が認めるハッピーエンドまでけして終わりを認めない。例え、()()()()()()()()()()()()()()を間違ったとしても。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()辿()()()()()()()()

 

 

 何でもない、ただ空が澄み渡っていた日の朝。私はその決意を新たにした。

 

 

 

 

 

 

「おはようございまーす」

「うぃーっす、旦那いるかー?」

 

 ウィズ魔道具店。その扉をカランカランと音を立てて私とダストさんはハーちゃんを連れて入っていく。

 

「あ、ゆんゆんさん、ダストさんお久しぶりです。バニルさんなら裏で整理をしていますよ。ジハードちゃんも久しぶりですね」

「だって。ハーちゃんも挨拶返そう?」

「ん……うぃずおねえちゃん、おはよう」

 

 ととと、と可愛く駆けて行って。ハーちゃんはウィズさんの太ももにに抱き着きながらそう挨拶する。可愛──

 

「──可愛い! やっぱりジハードちゃんは可愛いですね! あぁ、いいですよねぇ……ゆんゆんさんもダストさんもこんな可愛い子といつも一緒にいられるなんて……」

「うぅ……くるしいよ? うぃずおねえちゃん?」

 

 すりすりとハーちゃんを抱きしめながらウィズさん。ちょっと引くくらいの可愛がりっぷりだ。

 いくらハーちゃんが世界一可愛いからって……。

 

「やれやれ、おばさん店主はまたトカゲに骨抜きにされておるのか。先に言っておくが、うちにトカゲを飼う余裕はないのだからな」

「またバニルさんはそんな意地悪を言って! ドラゴンの卵なら世界一大きなダンジョンに潜って…………って、ああ!?」

「ばにるおじちゃんもおはよう」

「年増店主の元から無事逃げ出せたかブラックトカゲよ。我輩にきちんと挨拶をするとは汝はトカゲの割には見込みがあるな」

 

 ウィズさんの元を抜け出したハーちゃんをバニルさんは高い高いと持ち上げる。きゃっきゃっと喜ぶハーちゃんが可──

 

「──ずるいです! バニルさん、ジハードちゃんは私が今可愛がってたのに!」

「ふん、このブラックトカゲも残念リッチーより我輩のようなカリスマ溢れる大悪魔に可愛がってもらった方が良かろう。近所の子供たちに大人気のバニルさんに任せて万年行き遅れ店主は大人しく店の掃除でもするのだな」

「おいおい、旦那もウィズさんもそれくらいにしてくれよ。ジハードは()()相棒なんだからよ」

 

 …………、そろそろ私怒っていいよね?

 

「ジハードもバニルの旦那やウィズさんより俺の方が…………って、うげっ……」

「そんなことないですよね、ジハードちゃんも私のこと…………あ……」

「ふむ、怒気の感情は我輩の好みではないのだが…………ここからブラックトカゲが我輩を選べば上質な悪感情がいただけそうであるな」

 

「いい加減にしてください! ハーちゃんは私の大切な使い魔なんです! これ以上ハーちゃんをたぶらかすなら決闘も辞さないですよ!」

 

 みんなしてハーちゃんの一番になろうと好き放題言って……。

 

「そうは言うがなぼっち娘よ。決闘をした場合高確率でビリになるのは汝なわけだが」

「そうだとしても、譲れないものがあるんです!」

 

 単純な喧嘩ならダストさんに大体勝ってるけど、本気で決闘となれば確かに私はダストさんに勝てないかもしれない。ウィズさんやバニルさんには言わずもがなだ。

 双竜の指輪のおかげで前と比べれば差は縮まってるだろうけど、私はまだその力を使いこなせてるとは言えないし、3人に追いついたとはまだ言えない。

 それでも。そうだとしても。譲れないものがある。ハーちゃんの主は私なんだから。

 

「まぁ落ち着くがよい、エロいことに関して非凡な才能を秘める娘よ。我輩としては汝やダストを傷つけるのは本意ではないのだ」

「全然うれしくない自分も知らない才能を勝手に暴露しないでください!」

「俺は割とうれしいけどなー」

「私のことは傷つけても問題ないんですか……いえ、よく考えなくても毎度のように黒焦げにされてますけど……」

 

 なんかハーちゃんが『えろいこと?』って感じで首をかしげてるし、ハーちゃんがそういうことに興味持ったらバニルさん責任取ってくれるんだろうか。

 

「そこでだ、決闘などと面倒なことを言わず、トカゲ娘に一番を決めさせればそれでよかろう。そうすれば一番になれなかったものは大人しくなるであろう」

「なるほど…………バニルさんにしてはまともな提案ですね」

「ぼっち娘の口が悪いのは昔からであるが、最近一段と悪くなっておるな。一体全体誰の影響なのか……」

 

 そうだとしたら、その一因は間違いなくバニルさんですけどね。

 

「と言うわけでハーちゃん。ハーちゃんが一番好きな人の所に行ってもらえる?」

 

 なんて、そんなこと聞くまでもないんだけど。ハーちゃんは私の所に決まってるんだし。

 

 

 思った通り、ハーちゃん私の所に向かって駆けてきて──

 

「うぅ……ぁぅ…………あるじ、らいんさま…………えらべない、よ?」

 

 ──私とダストさんの間でオロオロした。

 

「そんな……ハーちゃんの主は私なのに…………」

 

 ダストさんと引き分けなんて……。

 

「ドラゴンに好かれること関しては自信あったってのに……こんなぼっち娘と引き分けだと……」

「なんでダストさんがダメージ受けてる風なんですか! あとこんなってなんですか! こんなって!」

「こんなはこんなだろうが! 未だに友達が数えるくらいしかいないぼっち娘が!」

「確かに少ないですけど、それでも両手で数えきれないくらいはいます! 少なくともめぐみんよりは友達出来ました!」

「はっ……あんな頭がおかしい爆裂娘より友達多いからなんだってんだ。友達がどんなに増えてもぼっちはぼっちなんだよ。どうせお前未だに一人じゃ祭りやパーティーに行けねえだろ!」

「一人じゃ無理ですけど、ダストさんが一緒なら行けます! ダストさんなら私から誘えるから祭りやパーティーも大丈夫なんです!」

 

 リーンさんやめぐみんを誘うのはまだ勇気がいるけど、ダストさんなら気軽に誘える。だから前にダストさんに言われたぼっち病は治ってると言っていいはずだ。

 

「やっぱお前は俺がいないとダメだな! 心配しなくても祭くらい俺の方から誘ってやるから安心しろよ!」

「そうですよ! 私はダストさんがいないとダメですよ! でもダストさんだって私がいないとダメダメじゃないですか!」

 

 

「…………あの、バニルさん? あの二人喧嘩しながら惚気てるようにしか見えないんですが、私の気のせいでしょうか?」

「色恋沙汰は我輩にはよく分からん。が、恋愛に関しては下手の横好きな汝にそう見えるのならそうなのだろう」

「やっぱりそうですかねー…………って、今地味に私に恋愛が下手とか言いませんでした?」

「汝にそう聞こえたのならそうなのだろう」

「確かに上手ではないかもしれませんが、それでもバニルさんよりはマシですからね!」

 

 

「あるじ、らいんさま、けんかはめっ!」

 

 と、喧嘩をする私とダストさんの間に、ハーちゃんが割って入ってくる。

 

「なかよくして……?」

「うっ…………べ、別にこれは喧嘩じゃないんだよ? ちょっとじゃれあってるだけというか……」

「うそつくあるじはきらい」

「うぐぅ!?」

「無駄な抵抗はやめろ、ゆんゆん。俺らはどうせジハードに勝てない」

 

 泣く子には勝てないというか……ダストさんの言う通りハーちゃんにまっすぐ見つめられると抵抗する気力が根こそぎなくなる。

 

「なかなおり?」

「うん……。えっと、ダストさん? 今回は私たち二人がハーちゃんの一番ということで納得しましょうか」

「ま、しょうがねえな。これ以上言い争ってたらマジでジハードが泣いちまう」

 

 ハーちゃんのことで言い争ってハーちゃんを泣かせてしまう。それは本末転倒過ぎる。

 

 

「ふむ、では一番が二人と決まったことだ。トカゲ娘よ、我輩とポンコツ店主、どちらが二番か決めるがよい」

「まだ続けるんですか……」

 

 実質ビリを決める戦い。誰も幸せにならな……いや、バニルさんはウィズさんの悪感情食べられる可能性あるから続けるか。

 

「うー……うぅー…………こっち」

「ああ!?」

「フハハハハハ! やはり汝は見込みがあるな! 残念店主の悪感情美味である!」

 

 悩んだ末、ハーちゃんが選んだのはバニルさん。結構悩んでたからそう差があるわけじゃないんだろうけど……。

 

「そんなバニルさん以下なんて…………ジハードちゃん、どうして……?」

「うぃずおねえちゃんに、だきしめられるの、くるしかった」

 

 …………うん、まぁ自業自得だね。私も経験あるしウィズさんの気持ちは痛いほど分かるんだけど。

 

 

 

 

「最下位店主が灰になったところで本題に入るとしよう。お客様は今日は何の御用で?」

 

 なんか白くなってるウィズさんとそれをよしよしと慰めるハーちゃん。そんな風景を何事もないように流してバニルさんはそう聞いてくる。

 

「要件は二つだな。一つは旦那も想像ついてんじゃないか」

「うむ、屋敷の建造の件であるな。何か良い素材、もしくは資金の追加をしにきたか」

 

 二つ? 屋敷の建造の件は私も聞いてたけど、他には何も聞いてない。バニルさんに屋敷のこと以外で何か頼むことがあるんだろうか。

 

「おうよ。精霊石とコロナタイトだ。これだけあればすげぇ屋敷が作れるんじゃねえか?」

「ほぉ……その大きさの精霊石があれば、風呂などの備え付けの魔道具を用意しても十分以上に余るな。発想はともかく魔道具作りが得意な灰塵店主に残った精霊石で魔道具を不眠不休で作らせれば結構な稼ぎになりそうだ」

「不眠不休はやめましょうよ、前にその状態のウィズさん見た時本当可哀想だったんですから」

 

 あと、怖かった。本当怖かった。

 

「あれは不眠不休で働かせていれば余計なことしなくなるし一石二鳥なのだがな。……そしてコロナタイトか。ふむ……これがあるのなら面白い仕掛けもできそうだが……」

 

 氷漬けにされているコロナタイトを翳してバニルさんは少し考えこむ。

 

「さて、汝らのご要望は成金小僧の屋敷よりも大きな屋敷の建造であったか」

 

 考えがまとまったんだろうか。バニルさんはいつもの胡散臭い商人のような感じで話を広げてくる。

 

「その要望であるが、精霊石とコロナタイト。この二つを提供するのであれば叶えられよう。小僧の屋敷所かこの街一番……いや、この国一番の屋敷も建造できよう」

「マジか」

「嬉しいですけど、言われてみればそうですよね。これだけ大きな精霊石と、伝説級のレア鉱石コロナタイト。多分この二つに値段をつけるなら国家予算クラスですよ」

 

 実際どれくらいの値段がつくかは分からないけど、大物賞金首の賞金以上の価値は確実にあると思う。それを全部屋敷に費やすなら、それくらいの屋敷作れるのも納得だった。

 

「その前提の上で提案なのだがな。屋敷ではなく城を作ってみるつもりはないか?」

「城? 別に俺はどっちでもいいが……ゆんゆんはどうだ?」

「うーん……お城ですか…………なんか住みづらいようなイメージがありますよね」

 

 なんか堅苦しいというか。屋敷に比べると気が緩まないイメージがある。慣れれば別に気にならないんだろうけど、わざわざお城にしたいとも思わない。

 

「って事みたいだぜ旦那。わざわざ城にする必要はないんじゃねえか?」

「ですね」

 

 魔王城みたいなお城に住んでみたい気持ちもないわけじゃないけど、アイリスちゃんのお城に遊びに行ったり魔王を討伐したりで、その辺りの欲求は割と満たされていた。

 

「そうか。コロナタイトがあれば『空飛ぶ城』を作れると思ったのだがな。汝たちがそう言うのであれば仕方あるまい、普通の大きな屋敷を作るとしよう」

「「はい(はっ)!?」」

 

 空飛ぶ城!?

 

「空飛ぶ城ってマジかよ! そんなの可能なのか!?」

「なんですかその紅魔の琴線に触れまくる建物は! 詳しく聞かせてください!」

「詳しく聞かせろと言われてもな。知っての通り竜車などで浮遊させる技術自体は確立されている」

 

 バニルさんの言う通り、物を浮遊させるというだけなら別に珍しくない。主に魔法や魔道具で一時的に浮遊させるのはよくある話だ。

 この間の隣国からの帰りの竜車も例に漏れず宙を浮いていた。

 それなのに私とダストさんが驚いているのは、建物ほど大き物を浮遊させた話なんて聞いたことがないからだ。

 

「それなのになぜ、今まで空を飛ぶ建物が一般的でなかったか。それはそれを可能にするだけの動力源がなかったからだ。魔法で建物を浮かしたとしても魔力がすぐに尽きるであろうからな」

「そこで、コロナタイトってことか」

「永遠に燃える鉱石……それを動力源にすれば、建物を浮遊させ続けることも可能って事ですか?」

 

 起動要塞デストロイヤー。最強最悪と言われた史上最悪の大物賞金首は、ノイズという国を滅ぼしてから自らが滅ぼされるまで。一度の補給も必要としなかった。

 それはその動力源がコロナタイトだったからと言われている。

 

「そういうことである。コロナタイトのエネルギーを浮遊のエネルギーに変換するのは多少手間だが、その辺りはウィズに任せればよかろう。あれはそういう方面であれば天才だ」

「前にウィズさんがメイドロボ?っての作ってたけど本当凄かったもんな」

「うむ、あれの魔法の才能は戦うことより創作方面に偏ってるのではないかと疑っているくらいだ」

「というか、そういうのはちゃんと本人に言ってあげましょうよ……」

 

 さらっと名前も呼んでるし。本人に対してちゃんと褒めればウィズさんも喜ぶだろうに。

 

「そんなことをしたらあれは調子に乗ってしまうであろう。そうなればあれがどれほどの赤字を作るか想像するのも辛い。…………辛いのだ」

「あっ、はい」

「…………旦那も本当苦労してるよなぁ」

 

 バニルさんのこんな表情始めてみたんだけど。私の知らない所でもウィズさんいろいろやらかしてるのかなぁ……してるんだろうなぁ。

 

 

「まぁ、天災店主のことはこの際どうでもよい。そういうわけで『空飛ぶ城』も建築可能なわけだが、屋敷と城。どちらを選ぶ?」

「「空飛ぶ城に決まってます()」」

 

 もうここまでくると選択肢すらない。普通の屋敷と空飛ぶ城。どっちを選ぶかなんて考えるまでもない話だ。

 

「ふむ、やはりそうなるか。では、早速契約するとしよう。この契約書をよく読んでサインするがよい」

 

 予め用意してただろう契約書を受け取って。熟読しているダストさん後ろから私も契約書の内容を確認する。

 

「んー? 気になるところっていや、この譲渡の項目か。ゆんゆんはなんか気になるところあるか?」

「えーっと……契約の内容にわざわざ『増改築可能な建築方法とする』って項目があるのはちょっと気になるような?」

 

 他の内容は特に目新しいものはない。多分ダストさんがバニルさんと既に話し合ってて私が聞いた内容そのままだと思う。

 

「てわけで旦那。この二つの項目の意図を教えてくれ」

「意図と言われてもそのままの意味だがな。汝たちが死んだあと、もしくは城を必要としなくなった時に、我輩に譲ってもらいたい。こちらの手間を考えればそれくらいはよかろう」

「ま、旦那には世話なってるし、そう言われれば文句も言えないけどな」

 

 私たちが死んだらバニルさんたちに譲る……つまりは私たちの子供たちには譲れないってことだけど、それくらいならデメリットがあるというほどでもない。

 空飛ぶ城を作る手間を考えればそれくらいの条件はあってしかるべきかもしれない。

 

「でも、空飛ぶ城を旦那が欲しがるなんてちょっと意外だな」

「我輩も空飛ぶ城自体は欲しくない。だが、空飛ぶダンジョンであれば話は別だ」

「あ! それで増改築可能ってわざわざ契約書にあったんですね!」

 

 私たちの死後、バニルさんは城をダンジョンに改築するつもりなんだ。

 

「そういうことである。地下深くに続く巨大な迷宮か、浮遊する蜃気楼のような古城か。我輩の願いを叶えるためのダンジョンをどちらにするか迷っているが、選択肢は多い方が良かろう」

「そういうことなら…………いいよな? ゆんゆん」

「はい。バニルさんは私の友達ですからね。夢を叶えるために必要だって言うなら仕方ないですよ」

 

 まぁ、その夢は凄くアレなんだけど。それでもそれが友達の心からの願いだっているなら仕方がない。

 

 

「では、これにて契約は成立である。出来上がりは10日後くらいになるゆえ楽しみにしておくがよい」

「10日で出来んのかよ……」

「カジノが一週間で出来たのを考えれば、時間がかかってるんじゃないですか?」

 

 それにしてもはやいけど。

 

「ちなみに貧乏店主を不眠不休で働かせれば一週間で作ることも可能だが……」

「ちゃんとウィズさんは休ませてあげてください!」

 

 何もない所を見つめて笑ったり泣いたりしてるウィズさん本当に怖いんですから!

 

 

 

 

 

「それで、チンピラ冒険者よ。もう一つの要件とは何なのだ?」

「ああ、旦那に仕入れを頼みたいものがあってな。カズマから聞いたんだがレベルリセットポーションって手に入るのか?」

 

 レベルリセットポーション? なんだか凄い不吉な響きのポーションだけど、そんなものダストさんは何に使うんだろう?

 

「ふむ? まぁ金さえ払うのであれば仕入れられないこともないが。だがあれは需要もないが供給もほとんどないのでな。在庫処分ならともかく注文となると多少値が張る。汝の考えは分かるが、『不死王の手』に各種ポーションで対応した方がよほど安上がりだが」

「俺だったらそれでいいんだがな。流石にこいつに毒やら石化やらさせるわけにはいかねえだろ」

「え? え? 私がどうしたんですか?」

 

 ダストさんとバニルさんは何の話をしてるんだろう。私のことについて話してるみたいだけど……。

 

「なぁ、ゆんゆん。お前強くなりたいんだろ? そのためにはどうすればいいか分かるか?」

「ええと……ステータスを上げるとかですか?」

「そうだな。だが、ことステータスに関しちゃお前はもうあまり意味がない。双竜の指輪をしてドラゴンの力を借りてんなら、レベルが上がってステータスが上がっても誤差だ」

 

 ダストさんの言う通り、ドラゴンの力を借りている時は自分自身の力なんて微々たるものだ。

 それくらいにドラゴンの生命力や魔力は人と比べて圧倒的で溢れている。

 

「ステータスを上げるのが意味ないなら…………戦術戦略を鍛えるとかですか?」

「正解だな。じゃあ、その戦術や戦略を鍛えるには?」

「…………、知力を上げたり…………魔法やスキルをもっと覚える……?」

 

 使える力の量が変わらないなら、有効的に力を使える方が有利だ。そしてそのためには手札があればあるほどいい。

 

「知力……戦術の組み立てって点じゃお前は割といい線行ってんだよ。たまに抜けてることもあるが、経験さえ積んでけば俺以上になるのは間違いない」

「そうだといいんですけどね……」

 

 その経験の差がダストさんと私にはありすぎるから、本当に辿り着けるのか自信がないんだけど。

 

「だから、お前が強くなるのに一番手っ取り早い方法は手札を増やすことだ。魔法使いのお前の場合は主に魔法だな」

「でも、私も結構レベル上がってるから、これから新しい魔法覚えるのはちょっと大変ですよ?」

 

 スキルアップポーションも紅魔の里以外じゃ貴重品だからなぁ……。

 紅魔の里でも学生優先で卒業した人が手に入れるには結構大変なものだし。

 

 もしくはアリスさんみたいにスキルシステムなしで魔法を覚える? 不可能じゃないんだろうけど、その場合は一から勉強しなおさないといけない気がする。

 

「そこでレベルリセットポーションなのだ、ぼっち娘よ。あら不思議それを使えばどんな高レベル冒険者もレベル1に戻るという優れモノなのだ」

「何が優れてるか欠片も分からないんですが…………ダクネスさんみたいなちょっとおかしな性癖をした人しか喜びませんよ」

 

 レベルが1に戻る……今より弱くなるというのは凄い恐怖だ。そんなことを自ら望んでするなんて狂ってるとしか思えない。

 

「でも、お前が強くなる一番の近道はそれなんだよ。レベルがリセットされてもスキルポイントは残る。レベルを上げなおせばその分スキルポイントが手に入るんだ」

「あらゆる魔法を覚えることが可能なアークウィザードである汝が、そのポイントで魔法を覚えていけば、一気に強くなるであろうな」

「え……? そんなことが本当に可能なんですか?」

 

 そんな都合のいい話があるんだろうか。

 

「可能だぞ。俺もそれで『人化』と『竜化』覚えたんだし」

「もとより、スキルシステムは歪だ。人に手を貸し作らせた者たちのことを考えれば当然ではあるが。あれは楽しむためにバグのようなものをわざと残しているからな」

 

 えっと……バニルさんの言ってることはよく分からないけど、可能なのは確かなんだ。

 

「でもレベル1…………うーん…………」

 

 強くはなりたいんだけど、どうしてもそこに抵抗を覚える。ダストさんもレベルリセットをしたことあるみたいだけど、怖くなかったんだろうか。正直、私は単純に毒や石化することよりも怖いんだけど。

 

「ふむ、やはりぼっち娘は怖がるか。本来この世界に住むものであれば当然の反応ではあるのだが」

「ん? 怖いってなんでだ? ドラゴンの力借りれるんだから、弱くなる心配もねえだろ」

「理屈ではなく本能的なものなのだ。存在自体がバグってるドラゴン使いはその辺の本能が薄いようだが」

「よく分かんねえけど、なんか旦那に馬鹿にされてるような気がする……」

「どちらかというと呆れているのだがな。汝たちドラゴン使いは本当にふざけた存在だ」

 

 私もバニルさんが何を言ってるか分からないけど、ダストさんの存在が世界に喧嘩売ってるふざけた存在なのだけは私もよく分かります。

 

 

「まぁ、あれだ。せっかくお前もドラゴンの魔力扱えるようになったんだ。そう考えるともったいないだろ?」

「もったいないって何がですか?」

 

 ドラゴンの潤沢な魔力で色んな魔法が使えたら強いのは分かるんだけど、それなら上級魔法を覚えてるだけでも十分な気もするんだけど。

 最上級の属性魔法やそれこそ爆裂魔法を覚えれば強いだろうけど、もったいないと言われるほどかと言うと首をかしげる。

 

(ドラゴンの魔力じゃなくたって高純度のマナタイトを用意できれば一緒だもんね…………って、あれ? ドラゴンの魔力?)

 

 そこまで考えて私は思い出す。アークウィザードや冒険者でも覚えられる魔法で、けれどドラゴンの魔力がなければ発動させることのできない、実質ドラゴン使い専用魔法の存在を。

 

 

 

「せっかく使える条件が揃ったんだ。『竜言語魔法』覚えてみようぜ?」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第20話:やり直し

────

 

「──はっ!? あ、あれ……? ゆんゆんさんたちはどこに行かれたんですか? さっきまでジハードちゃんが私のそばにいたはずなのに……」

「やっと正気に戻ったか寝坊助店主よ。ぼっち娘たちであれば、小僧用に取り寄せていたレベルリセットポーションを買い占めてとっくの昔に帰ったわ」

 

 ウィズ魔道具店。その店主であり永遠の時を生きるリッチーは、ゆんゆんたちがいなくなってからゆうに30分以上経って最下位事件のショックから回復していた。

 

「そうですか……。あのぅ、ところでバニルさん。物は相談なのですが──」

「──言っておくが同じことを何度も言わせるつもりなら、寝坊助店主から黒焦げ店主へとクラスチェンジさせてやるゆえ覚悟して相談するがよい」

「うぐぅ……」

 

 ドラゴンを自分たちの所で飼えないか。ジハードの可愛さにやられたウィズがもう何度も相談している事だけにバニルの反応は冷たい。

 いつものウィズであればここで引かずにそれでもと粘るのだが、正気に戻ったといってもその爪痕は深い。

 ジハードに振られたからこのタイミングでは、その代替としてドラゴン飼いたいという意味も出てきてしまうのもあって、これ以上無駄な悪あがきは出来そうになかった。

 

「…………って、あれ? バニルさん、まだこっちにいていいんですか? そろそろ相談屋の時間だと思うんですけど」

「それを灰になっていた汝が言うか。汝が起きるまで店番として残っていたというのに」

「んー……それ嘘ですよね? いつものバニルさんなら家に朝一番でお客さんが来るはずないと、気にせず相談屋に行ってるはずです」

 

 実際灰どころか黒焦げの謎物体になったウィズを置いて、お金をきっちり稼げる相談屋に行くのがバニルという悪魔だ。

 そもそも、相談屋をしなければ店の家賃を払えない状態なのだから選択肢などないに等しい。死魔討伐の報酬やダストたちからの依頼でいつになく潤っているウィズ魔道具店の金庫だが、そのお金は空飛ぶ城作りでほぼなくなる…………むしろマイナスだろう。

 余った精霊石で魔道具を作り売りさばければなんとかプラスだが、一時的には城づくりのために借金も必要になってくる状況だ。

 

「ふむ……まぁ、それはそうだな。この店に冷やかし以外の客など滅多に来ぬし、店番などネロイドでも置いておけばよいのは確かだ」

「そこまで言わなくてもいいんじゃないですか!?」

「汝は我輩に何を求めておるのだ……」

 

 自分が言うのは良くても他人が言うのは許せない。それは悪魔にはなくて()にはある理不尽さだ。

 彼女は人でなくなったが、まだその心を失っていなかった。

 

「いえ……なんかバニルさんの様子がおかしい気がして……。ツッコミにもいつものキレがありませんし」

「いつから我輩は漫才師になったのだ。そんなものは宴会芸の駄女神にでもさせておけばよかろう」

「またそんなことを言って……。アクア様が聞いたら怒り…………あれ? 喜びそうな気も……? あ、でもバニルさんが言ってたら絶対怒りますね」

 

 ふふっ、と友達である女神のことを想像し笑うウィズ。

 

「はぁ……。まぁ、汝であれば別に言っておいても良いか」

 

 その様子に毒を抜かれたバニルは、胸にしまっておくかどうか悩んでいたことを口にすることにする。

 見えてしまった未来、それはきっとこの友達想いのリッチーにも無関係ではないから。

 

 

「いつの日か駄女神に伝えた未来とチンピラに伝えた未来。それが見ようとせずともはっきりと見えたのだ」

「えーっと…………そう言われても何の話か全く分からないんですが……」

「それくらい言わずとも察することが出来ぬのか。これだから脳みそが腐り始めてるリッチーは……」

「腐ってませんよ!…………多分。いえ、というか、今の情報でどう察しろというんですか。バニルさんみたいに見通す力ないと無理ですよ」

 

 ウィズはバニルがその二人に伝えた未来について何も聞いていない。今回が初耳だ。察することができるのはそれこそバニルのような力を持ったものくらいだろう。

 

「つまり、察しの悪い残念店主にも分かりやすく言うのなら、『ゆんゆんが魔王になる未来』と『ダストが実質的に死ぬ未来』の二つのことだ」

「なるほど。……………………はい? え? ゆんゆんさんが魔王になる? ダストさんは人間ですからいつかはもちろん死ぬでしょうけど……」

 

 何をどうなったらあの心優しい子が魔王になるのかウィズには想像が出来なかった。

 友達がいないと寂しがっていた頃のゆんゆんであれば、かつての勇者のようになったかもしれない。けれど、今のゆんゆんははたから見ても幸せそうに見えて……

 

「…………、もしかして、その二つの未来って、同じ未来って事ですか?」

 

 けれど、その幸せが失われたとすれば。優しくて強い、けれどだれよりも寂しがりやな彼女は……。

 

「そうなるな。我輩に見える未来であれば、その二つが同義だ」

 

 つまり、いくらか分岐するとしても、バニルに見えるように()()()()()()()未来においてその二つは確定事項になっている。

 

「バニルさんの力で避ける事は出来ないんですか?」

「出来るならとうの昔にしておる。我輩の見通す力をしても、あの娘が大きな選択をして分岐するのは分かっても、どのような選択が正しいかはわからぬのだ」

 

 仮に分かったとしても、この世界全体に影響を与えるレベルの選択だ。見通す力が金儲けには直接は使えないのと同様、反動を考えれば教えただけで避けられるかは微妙だろう。

 

「…………、仮に、ゆんゆんさんが魔王になったらどんな魔王になるんでしょう?」

「どこまでも強くなる最凶のドラゴンを従え、その()()()()()()()()()()()()()()()()、無限の魔力と回復手段を持つ、史上最強にして最悪の……そして()()の魔王になるであろう」

「最寂の魔王…………そんなのあんまりじゃないですか」

 

 ウィズはゆんゆんという娘のことをよく知っている。どれだけ寂しがり屋か。そして、どれだけ彼女自身や周りが頑張って、今は寂しくならなくなったかも。

 そんな彼女がまた寂しさに囚われてしまう。おそらくは最愛の人を自分の選択によって亡くしたために。

 

 大切な人をなくす。これ自体はどこにでもある話だ。

 だが、最愛の人に並ぶために得た力によって魔王になる。それほど悲しい話はそうない。

 

「我輩としても、ぼっち娘に魔王になどなってもらっては困る。あれが魔王になればそれだけ我輩の夢が叶う日が遅くなるからな」

「その、ゆんゆんさんが選択するタイミングって分からないんですか? 場所とかそういうのは……」

「場所は地獄の我輩の領土のようだな」

「バニルさんの領土…………この間、行ってましたね」

「方向は違えどどちらもエロい二人だ。これから頻度は増えるであろうな」

 

 ゆんゆんとダストは、既に地獄のバニルの領土に行った経験がある。それは時間のない二人が恋人同士の営みをする為であるが、それゆえに隣国へのクエストが終わった今、地獄へ行く頻度は増えるだろう。

 

「じゃあ、そのタイミングももうすぐかもしれないんですね……」

 

 ダストが死にゆんゆんが魔王になる。確定した未来ではないとはいえ、その可能性が近いと思うとウィズは胸が痛かった。

 

「まぁ、そう遠い話ではないが、今すぐという程でもないだろう。選択をする時のぼっち娘はお腹が大きくなっていた。だが、まだぼっち娘の中に子どもはおらぬようだ」

「そうですか。じゃあ、まだ………………………………………え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──ゆんゆん視点──

 

「うぅ……本当に飲むんですか?」

「まだ言うか。俺はもう飲んだんだからお前もさっさと飲めよ」

 

 里近くの森。高レベルのモンスターの生息地の真ん中で、私は手の内にあるポーションを前に固まっていた。

 

「だって、だってこれ飲んだらレベルが1になるんですよ?」

「そりゃレベルリセットポーションだからな。上がっても困る」

「怖いじゃないですか!」

 

 レベル1ということはレベルが1になるということだ。つまり学校に行ってた頃の自分に戻るということでつまりレベルが1になるということだ。

 レベルが1になるとかもうそれ天変地異レベルの出来事じゃなかろうか。

 

「だから、レベル1になってもミネアとジハードがそっちで寝てるし大丈夫だって。双竜の指輪つけとけばステータスはほとんど下がらない」

「でもレベル1なんですよ?」

 

 例え弱くならないとしてもレベルが1になるってことはレベルが1になるということだ。

 

「なんかお前の目がぐるぐる回ってる気がするが……大丈夫か?」

「大丈夫じゃないです。自分がレベル1になると思ったら死にそうです」

「マジでそんなレベルで混乱してそうだな……」

 

 だってレベル1ですよレベル1。

 

「でも、お前が強くなるにはこれが一番の近道だしな……」

「魔法を覚えるならスキルアップポーションをたくさん作りましょうよ! 材料を集めれば私でも作れると思いますし」

 

 うん、それがいい。レベルが1になるくらいならどんなに大変でもそっちの方が100倍いいはずだ。

 

「スキルアップポーション? あれ確かゴールドドラゴン……黄金竜の血液が必要だったろ? 少しくらいなら分けてもらえばいいが、必要なポイント1つや2つじゃねえからな。却下だ却下」

「そんな……彼女と見ず知らずのドラゴンどっちが大切なんですか!?」

「お前の方が大切だけど、だからってドラゴンに負担かけるような我儘は認めねえぞ」

 

 むむむ…………これだからドラゴンバカさんは……。彼女がレベル1になってしまいそうな状況なのに……。

 

「…………、本当にいいんですか? 私これ飲んだらレベル1になっちゃうんですよ?」

「だからさっさとレベル1になれって。そんでさっさとレベル上げなおし始めるぞ」

 

 上目遣いでいやいやオーラを出すも失敗。私の恋人さんは人の心がないのかもしれない。

 

「はぁ…………、このままじゃお前いつまでもポーション飲まなそうだな」

「本能が拒否してますからね」

 

 理性では大丈夫と分かってるんだけど、本能が死ぬほど拒否してる。目の前の人が普通に飲んだのが本当に信じられない。もしかしたら私の恋人さんは人間じゃないのかもしれない。

 

「よし、じゃあ選択しろ。

 1:素直に自分で飲む

 2:力ずくで飲まされる

 3:口移しで飲まされる

 どれでも選んでいいぞ。おすすめは1と3だ」

「じゃあ4の飲まないで」

 

 というか、3はそのままエッチなことされそう。

 

「まぁ、その選択肢でもいいが…………それはつまり俺に追いつくのを諦めるってことだがいいのか?」

「っ……!」

「ま、別にいいけどな。お前は今でも十分優秀なんだし。もしもお前に勝てないような敵が来ても俺がちゃんと守って()()()()いい話だ」

 

 挑発的なダストさんの笑顔。分かってる。これは分かりやすい挑発だ。ダストさんの隣に立つと願って決意した私へのこれ以上ない。

 でも…………

 

「ぅぅぅっ! 分かりましたよ! 飲みます! 飲んですぐにダストさんに追いついて見せますから!」

 

 でも、本当に飲まなければダストさんの言った通りになる。それだけは嫌だ。

 たとえ死んでも認められない未来。正直レベル1に戻るくらいなら死んだ方がマシだけど、ダストさんに守られるだけになることとレベル1に戻ること。どちらに傾くかと言われたら前者に傾く。

 

「見ててくださいよ! 一気に飲んで見せますから!」

 

 怖い。

 

「おう、しっかり見といてやるから」

 

 怖い。怖い。

 

「すぐに、飲んで……」

 

 怖い。怖い。怖い。

 

「ゆんゆん……?」

 

 怖い。怖い。怖い。怖い。

 

「飲ん──」

 

 

 

 怖い怖い怖い怖い怖いこわい怖い怖い怖い怖いこわいこわいこわいこわい怖いこわいこわいこわ──

 

 

 

 

「──悪い。急がせすぎたな」

「え……? ダストさん……?」

 

 気づいたら。私はダストさんの腕の中にいた。戦士らしい逞しい体で優しく私を包んでくれている。

 

「無理だったらいい。俺はお前にそんな顔させたくて指輪を渡したわけじゃないんだ」

「でも……でも……、これを乗り越えないと私いつまでもダストさんに追いつけない……」

 

 子竜の槍に宿る幼竜との契約。今はリアンという『共有』の力を持つ幼竜と契約してるだけだけど、必要があればダストさんは他の幼竜とも契約すると思う。

 本当にこの人がどこまで強くなるか分からなくて…………私はそれ以上の速さで強くならないといけないのに。

 

「別に強くなる方法は一つじゃねえんだ。なんならアリスみたいにスキルシステムなしで魔法を覚えてもいい。最初は苦労するかもしれないが、お前なら最終的にはアリス以上に魔法使えるようになるさ」

「それは……そうかもしれないですけど…………」

「だから、もう急がなくていい。お前ならいつか絶対俺に追いつけるって信じてるからよ」

 

 …………、それならいいんだろうか。ダストさんとはこれからずっと一緒で…………そのなかでいつの日か追いつきさえすれば。

 

 

「俺はよ……嬉しかったんだよ。お前が俺に追いつきたいって……俺を守りたいって思ってくれたことが。だから…………悪い。俺らしくもなく浮かれちまってた」

 

 …………、本当にこの人は…………。

 

「ダストさんはバカです。大バカです」

「だから悪いって言ってんだろ。もうレベル1に戻れなんて言わねえから他の方法考えるぞ」

「なんでそのことを先に言わないんですか」

 

 その言葉を先に聞けていたら、こんな醜態さらさないですんだのに。

 

「ダストさん、ちょっと離れてください」

「ん? おう。落ち着いたか?」

「あ、ダメです。そんな離れないでください。──そう、そこくらいで」

 

 私から離れようとするダストさんを引き留め、位置を調整する。私が自由に動ける程度には離れてて、けれど動かずともダストさんに抱き着けるくらいには近い位置に。

 

「ゆんゆん?」

 

 不思議そうなダストさんな問いかけ。それに答えず私は大きく息を吸い、一拍を置いて吐く。

 

「…………、ちゃんと、見ててくださいね?」

 

 怖い。────でも、大丈夫。

 

「お、おい……だから無理しなくてもいいって言ってんだろ」

 

 怖い。怖い。────だって、この人がこんなに近くにいるから。

 

「無理じゃありません。ちょっと無茶ではあるかもしれないですけど……」

 

 怖い。怖い。怖い。────私の大好きな人が信じてくれているから。

 

「最強の魔法使いになってあなたの隣に立つための一番の近道がこれだって言うなら、乗り越えて見せます」

 

 怖い。怖い。怖い。怖い。────だから、もう大丈夫。

 

 

「ずっと、あなたの傍で生きていたいから」

 

 

 ────もう、怖くない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………頑張ったな」

 

 またダストさんの腕の中で。私は荒くなった息を必死で抑えようとしていた。

 覚悟を決めて飲んだレベルリセットポーション。その効果を確認しようと冒険者カードを取り出すところで私の体は言うことを聞かなくなった。

 体は自分で立っていられず、何もしていないのに息が荒くなってしまう。

 心は恐怖を克服したのに、体がその心についていけてなかった。

 

「大丈夫だ。落ち着くまでゆっくりしてろ」

「っ……、でも…………」

 

 こんな情けない姿をダストさんに見ていてほしくない。

 こんな調子じゃ、ダストさんにやっぱり無理だと…………そう思われるのが怖い。

 

「でもも何もねえよ。落ち着くまでこうしててやるから」

 

 荒い息とともに震える私の体を、ダストさんは強く抱きしめてくれている。

 強くて……でもいつもの乱暴さはなくて。なんだか私の体がダストさんの体に溶けていって一つになるような……そんな安心感をくれていた。

 

「あぅぅ……ずるいですよぉ……」

 

 苦しんでる所でこんなに優しくされたら…………ダストさんがいないと生きていけなくなるじゃないですか。

 

(決着をつけないといけいないのに……失うかもしれないのに……)

 

 このまま流されてしまいたくなる。そうすればきっと私はこの温もりを失わずに済むんだから。

 

「ずるいって……何がずるいんだよ?」

「こんなのもっと好きになるに決まってるじゃないですかぁ…………ただでさえ、好きなのに、これ以上好きにさせてどうするつもりなんですか……」

「どうもしねえよ。…………いや、エロいことはさせてもらうが」

「それはもうやってるじゃないですか」

 

 まだ二回だけだけど。

 

「いや、前よりも凄いのをやるって、そういう話だったろ?」

「…………、それに関してはちゃんと相談しましょう」

 

 前回で割といっぱいいっぱいだったからなぁ……。

 

「ん? 結構落ち着いたか」

「えっと……はい。割と」

 

 本能が別の本能に打ち勝ったというか。レベルが1に戻った恐怖よりも別のスイッチが入ってる。

 

「じゃ、離れるか?」

「…………、もう少しこのままでお願いします」

 

 でも、その入ったスイッチは今の状況をやめさせてくれなくて……結局私はダストさんに抱きしめられたままだ。

 

「はぁ…………本当自分が嫌になります」

 

 今日の私は本能に理性が負けてばかりだ。

 

「そうか? 俺は今日のお前見て惚れ直したんだがな」

「え? それはどちらかと言うと私のセリフだと思うんですけど……」

 

 今日のダストさんは優しくて私が惚れ直すのは仕方ないと思うんだけど、ダストさんが私に惚れ直す要素あったっけ?

 

「……ま、分かんねえならいいさ」

「えー、教えてくださいよ。私もっとダストさんに好きになってもらいたいんですから」

 

 この温もりをなくさないために、私はもっとダストさんに好きになってもらう必要がある。そのためにはどんな行動がダストさん的にポイント高いか知っておきたい。

 

「いいんだよ。お前はお前らしくしてるのが一番ってだけの話だ」

「…………その言い方、ずるいです」

 

 なんでこう、ダストさんは普段はろくでなしでデリカシー欠片もないのに、こういうときだけピンポイントで私の急所をついてくるんだろう。

 

「だから…………ま、いいや。もういいだろ? いい加減レベル上げ始めるぞ」

「あぅ…………はい……」

「いや、少し離れただけでそんな寂しそうな顔されても困るんだが」

「べ、別にそんな顔してませんよ!」

 

 今も十分近い位置にダストさんいるし。抱きしめるのをやめられただけだ。

 それなのに寂しい顔をしてるとか、まるで私がダストさんがいないと生きていけないみたいじゃない。

 

 …………うん。まぁ、多分そうなってるけど。

 

 

「流石に四六時中くっ付いてるわけにもいかねーからなぁ……少しは我慢しろよ?」

「だから大丈夫ですって! もし今私が寂しそうだとしてもちょっと、情緒不安定になってるだけですから」

「自分で情緒不安定言うのはどうなんだ。いや、まぁお前は普段から割と情緒不安定だし、無茶もしたから実際そうなんだろうが」

 

 普段から情緒不安定って、そんなこと思ってたんですか。

 

 …………うん。まぁ、多分それで合ってるけど。

 

「と、とにかく! ちゃんと落ち着いたら大丈夫です。今はちょっと動転してるだけですから」

「そうか? それならいいんだが……」

「ま、まぁ……前よりもダストさんから離れたくないようになった気はしますけど……」

 

 それでも、それが耐えられないようなレベルではないはずだ。…………まだ。

 

「んー……双竜の指輪してれば俺の力も感じられるはずなんだが、それでも寂しいか?」

「ないよりはマシですけどあくまで力だけですしねぇ……。ドラゴン使いの力と一緒で距離が離れるとほとんど感じられなくなりますし」

「…………お前って、本当寂しがり屋だよな」

「否定はしません」

 

 それを認められるくらいには今の私は寂しくないから。

 

「じゃあ、あれだ。ガキ……子どもでも作るか? 腹ん中に俺の子どもがいるって思えば寂しくなくなるだろ」

「子ども…………」

 

 まだ決着をつけていないのにそんなことをしていいんだろうか。

 でも、そのための行為自体は既にしていて、今更と言えば今更だ。

 

(それに……紅魔の里の長になる身としては子どもは欲しい……)

 

 仮に。本当に仮に。私がダストさんに選ばれなかったとして。その時に私は他の男の人を受け入れられるだろうか。

 正直無理だとしか思えない。族長は世襲制じゃないから必須と言うわけではないけれど、子どものいない族長というのも格好がつかない。

 

 例え。本当に例え。私がダストさんと一緒に入れなくなったとしても。ダストさんの子どもがいるなら、まだ堪えられる気がした。

 

 

「なんてな。流石にまだ早い──」

「──作りましょうか」

「………………は?」

 

 私の言葉に呆気にとられているダストさんの顔をまっすぐ見つめて。

 私は大きく息を吸ってから、はっきりと言う。

 

 

 

 いつの日か勘違いから使命感で言ったセリフを。今度は自分の心からの気持ちをもって。

 

 

 

「私、ダストさんの子どもが欲しい」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第21話:我儘娘

「どうしたんですか、ダストさん。起きてからこっちなんだかジャイアントトードがドレインタッチくらってるような顔してますけど」

 

 朝の食堂。私とハーちゃんの前に座るダストさんは見るからに疲れた顔をしている。

 

「それどんな顔……いや、割りと的確な表現な気もするが。更に正確に言うならサキュバスに死にかけるまで精気を搾り取られた顔ってのが正しいな……」

「? サキュバスって、ロリーサちゃんに襲われたんですか?」

 

 それとも昨日は地獄に行ったしリリスさん?

 

「サキュバスよりエロい存在に襲われたんだよ。お前のあの発言、本気の本気だったんだな……」

 

 なんでダストさんはジト目で私を見ているんだろう。

 

「てか、そういうお前もお前で疲れてねえか?」

「……まぁ、ダストさんの変態さんっぷりを甘く見ていたと言いますか……なんで延長戦であんなに元気なんですか」

 

 ハーちゃんにヒールかけてもらったけどまだちょっと腰が痛いし、体力的にも気力的にも起きたばかりだというのに6割くらいだ。

 

「お前のおかげで元気はなかったがな…………。俺は一応貴族の血筋でもとから性癖おかしいし、ちょっと拗らせてるからな。やり始めたら止まんねえんだよ。だから、延長戦仕掛けてきたお前が悪い」

「むー……でも、あそこで終わってたら子ども出来ないじゃないですか」

 

 地獄に行くにはバニルさんの協力が必要だし、そうである限りそうそう気軽に行けるわけでもない。

 バニルさんは私たちに子どもを作ってもらいたいみたいだし、協力してくれないってことはないんだろうけど、()()()()()()をしにいくと毎回宣言してるようなものなわけで…………こっちとしては気軽に頼めることじゃない。

 昨日もバニルさんに頼んだのはダストさんだったし、多分これからも基本的にはダストさんが頼んでくれるんだと思う。ただそうなると、子どもを作る機会はダストさん次第になるから、どれくらいの頻度になるかは私には調整できない。

 ダストさんの変態さんっぷりを考えればそう心配することないのかもしれないけど、チャンスを無駄にはしたくなかった。

 

 それに何より。

 

「早く、子どもを作りたいですから」

 

 そう決めてから。その気持ちは日に日に強くなっている。それはなんだか焦燥感にも近いもので、きっと妊娠が分かるまで落ち着くものじゃないという予感があった。

 

「…………、俺はもうちょい恋人期間を味わってからでもいいと思うんだがなー」

「? 別に子ども出来てても恋人続ければいいじゃないですか」

「いや、流石にそう言うわけにはいかねえだろ……」

「?? もしかして、子どもが出来たらすぐ結婚するつもり……とか?」

 

 そんな、ダストさんが普通の人みたいなことを考えてるはずが……。

 

「なんでお前不思議そうな顔してんの? 流石の俺もガキ作ったら責任くらい取るっての…………って、なんでお前は信じられないって顔してんの?」

「ダストさんがそんなまともなことを言うなんて…………子どもができても自分の子どもじゃないって責任逃れするのがダストさんだと思ってたのに……」

「おっし、実はお前喧嘩売ってたんだな。いいぜ、そろそろ本気出して喧嘩してもいいころだと思ってたんだ」

 

 まぁ、昔のダストさんならともかく最近のダストさんがそんなこと言うとは本気では思ってないんだけど。

 

「でも、責任取るって言ってもその理由のほとんどは私の周りの人が怖いからですよね?」

「否定はしない。爆裂娘とかマジで爆裂魔法撃ってきそうだしな」

 

 ありそうだなぁ……最近はダストさん同様丸くなってるめぐみんだけど、爆裂キチは変わってないし。

 

「……ま、遅かれ早かれ責任は取るつもりなんだ。ちょっと早い気はしても俺にはお前しかいねえんだし。だからガキが出来たってんなら覚悟くらいするさ」

「…………、そうですね……」

 

 ダストさんの言葉にきっと嘘は何もない。その言葉に甘えてしまえばきっと私は幸せになれるんだろう。

 

 私にとってもダストさんにとっても大切な人を泣かせたまま。

 

 でも、私はそれを認められない我儘娘に()()()()()()()()。だから、そうしてくれた人たちに誇れる私でいられるよう甘えたままではいられない。

 …………甘えるのは、子どもを授かるまでだ。

 

 

「ん……あるじ? こども、できるの?」

「まだ出来てないけどね。でも早く作りたいと思ってるよ」

 

 私たちの会話を横で聞いていたハーちゃんが首をかしげて聞いてくる。可愛い。

 

「あるじとラインさまのこども……たのしみ」

「ハーちゃんにとっては弟か妹みたいになるのかな? 私は一人っ子だからちょっと羨ましいなぁ」

 

 お姉ちゃんかお兄ちゃんが欲しいとは里で一人ぼっちだった時によく思っていた。

 妹や弟は手がかかる同級生がいて、その妹もいたりしてほしいと思ったことはないんだけど。

 

「ダストさんはどうですか? ダストさんも一人っ子でしたよね?」

「あー…………俺は別にそんなこと思ったことねーなー。なんだかんだでミネアが俺の姉みたいなもんだったし」

「なるほど。……ん? でも、ダストさんミネアさんがお姉ちゃんだって言ったらいつも否定してません?」

「姉みたいに思ってはいるが、お姉ちゃんぶられるとむかつくんだよ」

「なるほど。とりあえずよく分からないことはよく分かりました」

 

 一人っ子には分からない感覚だなぁ……。

 

「つうか、今日からあいつも同じ家……いや城に住むんだよなぁ。嬉しいっちゃ嬉しいんだが、ぜってぇ姉風吹かせてうるせぇんだろうなぁ……」

「人化してる時のミネアさんはそんな感じですよね」

 

 なんだかんだで今日までは紅魔の里に住んでいたミネアさんだけど今日からは本格的に一緒に過ごすことになる。

 ダストさんの相棒で家族みたいな相手……仲良くしたいんだけど、なんかちょっとだけ私とは距離がある気がするんだよなぁ……。ハーちゃんとはすごく仲良くしてもらってるんだけど。

 

 

 

 

「そいや、溜まったポイントで覚える魔法は決まったか?」

「んー……ダストさんに最低限覚えたり強化した方がいいって助言された魔法は、私も取ろうと思ってたからすぐ決まったんですけどねー……それ以外ってなるとちょっと」

 

 死んだ方がマシという思いをして手に入れた大量のスキルポイント。

 テレポートの登録数や飛ばせる人員数の強化や、ダストさんがよく使っている竜言語魔法の『速度増加』と『反応速度増加』。この辺りは今後の冒険に便利だったりダストさんに追いつくために必須だったからすぐ決められたんだけど。

 

「全くねえのか? 俺も竜言語魔法ならともかく普通の魔法はお前に教えられることはないからな。竜言語魔法の攻撃魔法もそのうち覚えてもらおうとは思ってるが、それは急ぎじゃねえしなぁ……」

「覚えたいとは思ってる魔法はありますけど、それ覚えるには余ったスキルポイントは全く足りないんですよね」

 

 あの魔法は最低でも50ポイントは必要だろうし。レベルの上げなおし1回だけじゃ足りない。

 

「余ってるポイント今いくつだ?」

「2回レベルの上げなおしして60ポイント稼いで、テレポートの強化と竜言語魔法2つ覚えて40ポイント使いましたから……20ポイントですね」

「竜言語魔法は1つ覚えるのに10ポイント消費だったよな。てことはテレポートの登録数と人員数の強化に20ポイント使ったのか。どれくらい増えたんだ?」

「登録できる場所が4つになって、一気に飛べる人数が5人になりました」

 

 つまり一つと一人増えただけだ。

 

「20ポイント消費してそれかよ。そりゃ、わざわざ強化する冒険者がいないわけだ」

「ただでさえテレポートは覚えるのにポイント使いますからね。20レベル分のポイント使うくらいなら初期の登録数と人員数でやりくりしますよね」

 

 裏を返せばポイントさえどうにかできるなら登録数と人員数を増やす意味は大きい。特に登録数は上手く使えば切り札に出来るはずだ。

 

「ま、とにかく20ポイントか。覚えたい魔法があるならそれを覚えられるポイントまで取っとく手もあるが」

「そうしようかなぁ……」

 

 でも、あの魔法を覚えるのはもうちょっと後にしたいような気もする。こう、真打登場というか、あの魔法にふさわしいくらい自分が強くなってからがいいというか。

 

「スキルポイントはたくさん稼げるんだ。テレポートの強化もそうだが、普通じゃ覚えてもあんまり意味がない魔法を覚えたらどうだ?」

「普通じゃ覚えても意味がない魔法……」

 

 そう言われて私は一つの魔法を思いつく。いつの日かまだ私が中級魔法しか使えなかった頃。魔王軍の幹部クラスの上級悪魔と戦うのに役立った、スクロールに宿っていた魔法を。

 

「…………あった、『マジックキャンセラ』。20ポイント」

 

 冒険者カードのスキル欄の中にその魔法はあった。

 極めればあらゆる魔法を発動前に消し去れるという魔法。本当に極めれば爆裂魔法すら爆裂魔法の2倍の魔力消費で消し去れる……らしい。

 

「あー……魔法を消す魔法……だっけか? そのスクロールめちゃくちゃ高いよな」

「相手の魔法を問答無用で消しますからね。需要は多いですし、上級魔法以上を消せるスクロールは本当に貴重です」

「魔法を消す魔法ってなると便利だし20ポイントくらいなら普通に覚える魔法使い多そうだけどな」

「20ポイントで覚えた状態じゃ初級魔法くらいしか消せませんけどね。中級魔法を消すには更に20ポイント。上級魔法を消すには更に20ポイント必要です」

 

 普通なら『マジックキャンセラ』をまともに使えるレベルにするには火力を捨てないといけない。基本的に魔法使いと言ったら火力担当だし、高レベルのパーティーでも普通は魔法使いに『マジックキャンセラ』を覚えさせたりはしない。

 高レベルのアークプリーストなら魔法を跳ね返したり、発動後の魔法を一部消したりする事もできるだけに、魔法使いにその役目を求める所は稀有だろう。

 

「なんだその爆裂魔法並に実用的じゃない魔法は」

「さ、流石に爆裂魔法よりは実用的ですよ」

 

 だからこそスクロールが高価でも売れるわけだし。

 

「極めれば対魔法使いとしては最高の魔法なんですよ? アークプリーストが使う『リフレクト』は『ライト・オブ・セイバー』や爆裂魔法は跳ね返せませんし、『ディスペル・マジック』は範囲魔法には相性が悪いですから」

「ふーん……まぁ、魔法使いのお前がそういうならそうなんだろうな」

 

 色んな意味でコストパフォーマンスが悪いからある意味爆裂魔法並というのも否定できないんだけど。

 

「とにかく、この魔法を極めてみたいです。爆裂魔法を消すには全部で100ポイントくらい必要そうですけど」

「いやまぁ、レベル上げなおしで苦労すんのはお前だし止めはしないが……ポイントそこまで消費して覚える魔法か?」

「だってかっこいいじゃないですか! すべての魔法を消し去り、あらゆる魔法を使いこなす最強の魔法使い……それが私です」

「まだなってねえだろ。そういやこいつ紅魔族だったな……」

 

 それに、めぐみんとの決闘に本当の意味で勝つには爆裂魔法をどうにかしないといけないし。爆裂魔法を消し去れるのは必須条件だ。

 

「あるじ、かっこいい!」

「ふふー、そうでしょ? ハーちゃんはそんな私の最強で最高に可愛い使い魔だからね」

「…………、まぁ、いいか。ジハードも嬉しそうだし。今の調子でいけば本当にそうなりそうだしな」

 

 ダストさんに何故かあきれ顔でで見られながら、私とハーちゃんは今後の展望をわいわい話すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー……だりぃ…………そんな多くないって言っても、ずっと借りっぱなしの部屋の荷物は少なくねえな」

「冒険者らしく持ち運びしにくいものはあんまり買わないようにしてるんですけどねー。どうしても捨てられないものとか実家に送ったりもしてるんですけど……」

 

 荷車を引くダストさんの愚痴に私はそう返す。なんだかんだとアクセルの拠点としてずっと借りていた宿の部屋。冒険中も面倒だからと借りっぱなしだったからか、いざ運び出すと荷物が結構な量になっていた。

 引っ越しをするとなって荷車一つで済むと考えれば少ないのかもしれないけど、冒険者と考えればちょっと多すぎるくらいだ。

 

「まぁ、荷物の半分はジハード関係だししゃーないっちゃしゃーないが」

「あはは……ハーちゃんのご飯ってこうしてみるとすごい量ですよね」

 

 荷車の後ろに足をプラプラさせながら座ってるハーちゃんのどこにこんな量が入るんだろうか。いや、竜化してる時のご飯だし人化してるハーちゃんで考えても仕方ないんだけど。

 

「バニルさんとはどこで待ち合わせなんですか?」

「さっきゼーレシルトの兄貴に聞いたら、街から出てちょっと歩いたらある丘だってよ」

「ゼーレシルトさんですか? ウィズさんは?」

 

 私が荷造りしてる間にダストさんにはウィズ魔道具店やテイラーさん達の元に行ってもらったんだけど、ウィズさんには会えなかったんだろうか。

 いつもならこの時間はゼーレシルトさんはロリーサちゃんと同じバイトから帰ってきた時間らしく、休んでいる時間だ。店番をしてるゼーレシルトさんが近所の子どもに戯れられるのはもう少し後の時間のはずなんだけど……。

 

「城造るのに疲れて寝込んでるってよ」

「そういえば昨日ちょっと顔色悪かったような……」

 

 なんか顔色が白いのを通り越して薄くなってた気がする。

 

「今度何かお礼の品持っていきましょうか……」

「そうだな。新鮮な串焼きでも持っていこうぜ」

「?? 串焼きに新鮮も何もないと思うんですけど」

「そうか……お前は幸せな奴なんだな……」

「え? え? なんなんですか、その反応。私何も変なこと言ってませんよね?」

 

 温かい串焼きを持っていこうとかそういう話ならまだ分かるんだけど。

 

「いいんだよ。串焼き屋のおっちゃんに頼めば腐りかけの肉を安くで譲ってもらえるとかそういう話は知らなくていいんだ」

「知らなくていいとか言いながら普通に言ってるじゃないですか」

 

 というか、そんなこと頼めるんだ。なんだか常連さんみたいなやり取りでちょっとだけ憧れるかもしれない。

 

「なんでこのぼっち娘は目を光らせてんだ……」

「別に光らせてませんよ?…………ところで、それって何回くらい通ったら頼んでいいんですかね?」

「試す気満々じゃねえか! いや、金は別に困ってねえんだから普通に頼めよ。だいたい、あれ3回に1回は腹壊すぞ」

「食べるのはダストさんに任せますから大丈夫ですよ」

「何が大丈夫なのか欠片も分からねぇ……」

「私が大丈夫ですよ?」

「そうだなお前は大丈夫だな! とりあえず今度ベッドの上で覚えとけよ!」

 

 そっちは私も子どもが出来るなら望むところなんだけど…………言ったらダストさん捻くれそうだからこのまま黙っとこうっと。

 

「なんでこのぼっち娘は嬉しそうに笑ってんだ……」

「ダストさんと話すのが楽しいからに決まってるじゃないですか」

 

 

 

 そんな何でもない話をしている間に。私たちはアクセルの街を出て、バニルさんと待ち合わせしてるという丘まで辿り着く。

 

「おせーぞ、ダスト! いい加減待ちくたびれる所だったぜ」

「そーかよ。じゃあキールは帰っていいぞ。テイラーは待たせて悪かったな」

「だから俺はキースだ! って、マジで俺とテイラーに対する態度の差は何なんだよ」

「日頃の行いだろう。ダストは多少まともになったんだ。キースもダストの半分でもいいからまともになったらどうだ」

「…………、ダスト以下みたいに言われんのはマジで納得いかねえ……」

 

 丘にはもう、みんな揃っているらしく、バニルさんやテイラーさん、キースさん、そして──

 

「ん……ゆんゆん久しぶり。隣国から帰ってきて以来だっけ?」

 

 ──リーンさんの姿があった。

 

「そういえばそうですね。すみません、ちょっと最近レベル上げとかで忙しくて……」

「いいよ、いいよ。私も同じような感じだし。それに一度も顔出してないダストに比べたら……」

 

 顔出すって言ってたのに、結局ダストさん行ってないんだ。気持ちは分からないでもないけど、それでリーンさんがどれだけ傷つくか……。

 

(…………、ううん、今の状況じゃ、どっちにしろ傷つく……か……)

 

 目をそらせる分、行かない方がマシだったかもしれない。

 でも、もう逸らしてはいられない。これから私たちとリーンさんは一緒に住むんだから。

 嫌でも変わってしまった関係と変わらなかった関係の差を見てしまう。

 

「リーンさん、ちょっといいですか?」

「ちょ、ちょっと、ゆんゆん? どうしたの?」

 

 少しだけ強くリーンさんの手を引いて皆と距離を取る。リーンさんは戸惑いながらも逆らわずついて来てくれた。

 

「これだけ離れたら聞こえないかな。…………リーンさん、大事な話があります」

「う、うん。どうしたの? やっぱり、その指輪のこと……?」

「いえ、これはあんまり関係ありません」

 

 関係がないわけじゃないけど、この話の主題じゃない。

 

「そっか。…………ん、じゃあ何?」

 

 私からダストさんと婚約しましたという話をされると思ってたんだろうか。リーンさんは見るからに安堵した表情で聞いてくる。

 帰ってきた日にこの指輪はそういうのじゃないって言ったんだけど…………やっぱり、信じてなかったんだろう。

 信じられないけど信じたくて……リーンさんの気持ちは痛いほど想像できた。

 

 だからこそ、私は今リーンさんに言わないといけない。

 

 

「はい。…………リーンさん。私、リーンさんに譲られるのは今日で終わりにします」

「…………、ごめん、何の話?」

「あの日、リーンさんに許してもらえたから私はダストさんに告白できました。黙って告白するなんて裏切りはどうしてもできそうになかったから」

 

 たとえ、嫌われたとしても。あの日リーンさんに伝えないという選択はなかった。

 ダストさんを好きになったこと自体がリーンさんに対する裏切りだとしても。それ以上の裏切りは私が私であるために出来なかったから。

 

「だから、何の話を……」

「ありがとうございます。私、リーンさんに譲ってもらえたから幸せになれました」

「…………。そっか何の話かはよく分かんないけど、ゆんゆんが幸せならよかったかな」

 

 本当に。今の私は幸せだと思う。こんなに幸せでいいんじゃないかと不安になるくらいには幸せだ。

 でも、きっとこの幸せは時限式だから。リーンさんが譲ったことを後悔するときにハッピーはベターになる。そしてそれは今を続ければそう遠くない日に来る。

 

 だってそうだ。私がリーンさんの立場だと考えれば…………そんなの長く堪えられるわけがないから。

 

「はい。この幸せを私はなくしたくありません。だから……リーンさん。決着をつけましょう。前にも言った通り、私は譲られたまま終わらせるつもりはありませんから」

 

 あの日リーンさんに譲ってもらえたから、私はダストさんに告白出来て、そして付き合うことが出来た。

 もしもあの日、リーンさんが譲らなければ、もっと違う今になっていたはずだ。

 だって、誰の目から見ても、ダストさんにとってリーンさんは大切な存在だから。それが恋かどうかは私にも分からないけれど。

 

「…………なに? ゆんゆんは私にダストへ告白して玉砕しろって?」

「そうですね。その可能性ももちろんあります。…………いえ、はい。私としてはその結果が一番うれしいのは否定しません」

 

 でも。もしもリーンさんが本気を出すなら。私が玉砕する可能性だってある。

 あるいはダストさんが私とリーンさんでハーレムだーと最低のこと言う可能性も。

 

「けど。例えそうだとしても。今を続けることよりはマシだって私は思うから」

 

 今の関係のまま。リーンさんがダストさんに優しくされる。それはきっと何よりも残酷なことだから。

 

「…………大丈夫だよ。多分そう遠くないうちに私はダストとゆんゆんの前からいなくなるから。だから、……うん。もう決着はついてるんだよ」

 

 それはきっとダストさんも想像している未来。想像して、仕方ないと思っている事。

 

「それが嫌だから、私は決着をつけようと言ってるんですよ。恋人を作って大切な親友をなくす…………そんなの嫌です」

 

 そして、ダストさんも本心ではそんな未来を望んでないはずだ。どんな形であれ、ダストさんはリーンさんとずっと一緒にいたいって、そう思ってる。

 

「あの……ゆんゆん? 自分が酷い我儘言ってるの分かってる? わりとダスト並に最低のこと言ってるよ?」

「分かってますよ。でも、それでも親友が泣いてるのを『仕方ない』で終わらせるくらいなら、自分の我儘で泣かせたいんです」

 

 物わかりのいい優等生では何も変わらないから。だから私は最低最悪でも我儘娘になる。

 

「本当、酷いよ……残酷なくらい。そんなのただの独善だよ……」

「そうかもしれません。でも、私はそうじゃないって信じてます」

 

 だって、私はあの日のリーンさんの言葉を覚えているから。あの日のリーンさんに言葉に嘘はないって分かってるから。

 

「何を根拠に、そう信じられるの?」

「だって、言ったじゃないですか。リーンさん、例えダストさんのことは譲れてもラインさんのことは私にも譲りたくないって」

「…………、それが……?」

「ダストさん、多分リーンさんの言う『ライン兄』に戻ってますよ? 全く一緒ってわけじゃないでしょうけど、すごく近くなってると思います」

 

 隣国への旅で。ダストさんは何かを吹っ切っている。

 

「だって、ダストさん。曲がりなりにも自分が英雄だって認めてるんです。今もチンピラを自称はしても、英雄としての自分を否定しなくなりました」

「…………、ダスト……が……? 本当に……?」

「今でもろくでなしなのは変わらないです。でも、本当に最底辺のチンピラだったころと比べたら更生してると思います。腐っていただけの頃のダストさんとはきっと違う…………ラインさんの頃に戻ってる」

 

 まだまだ更生しないといけない所は多いけれど。それでも、『一番の問題点』以外は大事なところを更生できたと思う。

 

 リーンさんが好きになっちゃいけない『ダスト』さんじゃない。

 リーンさんが好きでいてもいい『ライン兄』に。

 

「その上でもう一度聞きます。本当に私の独善ですか? 決着ついた事にしていいですか?…………あの日、私にも譲りたくないって言ったのは嘘ですか?」

「嘘じゃない! 嘘じゃないけど…………ダメだよ、ゆんゆん。私、どうすればいいか分かんない……」

 

 揺れるリーンさんの瞳。そこに込められてる感情はきっと期待と不安……そして後ろめたさだ。

 

「いいんですよ。ゆっくり考えれば。別に今すぐ決着つけようって話じゃないですから」

 

 これから一緒に暮らしたりクエストをこなしていく間に決めてもらえばいい。

 

「ただ、これからは私に遠慮しないでいいって……今日はそう言いたかっただけです」

「…………本当に? 嫉妬したりしない?」

「しないわけないじゃないですか。もちろん嫉妬しますよ。それとこれとは話が別です」

 

 最近のダストさんはなんか無駄に回りに女性が多いし。リリスさんとかリリスさんとか。付き合う前は欠片も想像していなかったけど意外と私が嫉妬する機会は多かった。

 

「それでも、リーンさんに遠慮される方がずっと悲しいから」

 

 嫉妬するような出来事も嫌だけど。それでもリーンさんが遠慮するよりはマシだと思うから。

 

「…………本当、ゆんゆんは強くなったよね」

「そうでもありませんよ。あの頃と自分自身はそんな変わってないと思います」

 

 でも、あの頃の私と比べたら。

 

「ただ、あの頃より私は友達が……親友が増えましたから。私が強くなったと思うならきっとその理由の一つは間違いなくリーンさんのおかげですよ」

「そっか。…………こんなに強い恋敵を作ったのは私でもあるんだ。なら……仕方ないね」

 

 そう言って疲れたように笑うリーンさんは、けれどどこか吹っ切れたようにも見えた。

 

 

「まぁ……うん。やっぱりまだよく分かんないけどさ。でも、ダストを避けるのはやめようと思う。それで本当にライン兄に戻ってるか確かめる。……とりあえずはそれでいいんだよね?」

「はい」

 

 その中でリーンさんがどうしたいのか。心の底からの願いを見つけてくれればいいと思う。

 『仕方ない』じゃない答えを見つけて欲しかった。

 

 

 

「ところでゆんゆん。その決着をつけるって話だけど、なんか期限とかあるの?」

「そうですね…………とりあえず私が子どもを産むまでには決着つけたいですね」

「なるほど子どもを産むまで…………………………え?」

「あ、リーンさん、バニルさんが呼んでるみたいですよ。行きましょうか」

「え、あ、うん………………いやいや、今それどころじゃないこと言わなかった!?」

「何を慌ててるんですかリーンさん。そんな調子じゃ空飛ぶ城を目撃したら心臓止まっちゃいますよ」

「絶対ゆんゆん誤魔化してるでしょ! 子ども産むってダストとだよね! さっきの話の流れでどうしてそんな話になるのよ!」

「えーと…………それはその…………海よりも高く山よりも深い理由がありまして………」

「それ全然理由ない! もしかしてそれもただの我儘なの!?」

 

 

 ダストさん達の元へ小走りで戻りながら。私はリーンさんに最大の我儘をどう許してもらうか頭を悩ませるのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第22話:新拠点

「お前ら、何騒いでたんだ?」

 

 リーンさんとの話を終えて。帰ってきた私たちにダストさんは気になってたのかそう聞いてくる。

 隣国から帰ってからこっち、ダストさんとリーンさんは距離が離れてたし、私も似たようなものだった。

 そんな私とリーンさんが二人きりで内緒話したり騒いでたりすれば気になるのは当然だろう。

 

「気にしないでください。ダストさんには全然関係ある事ですから」

「そうそう。ダストには全然関係あることだから」

「そうか、ならいい……って、関係あんのかよ! なら教えろよ!」

 

 でも、さっきの話を今話せるかと言われたらダメなわけで。そう遠くない日に話すつもりだけど、すぐすぐ話せることでもない。

 

「べーっ。乙女の内緒話をダストなんかに教えられるわけないでしょ」

「はっ……乙女って面白い冗談だな。お前ら二人とももうそんな年じゃねえだろ」

「…………、ゆんゆん、こいつやっちゃって」

「気持ちは分かりますけど実力差で無理です。代わりにハーちゃん接触禁止の刑にしましょう」

「すみませんマジで謝るんで許してください」

 

 一瞬で土下座するダストさん。

 多少はマシになったといってもこのチンピラさんには相変わらずデリカシーと言うものがない。

 

「どうする? ゆんゆん。許してあげる?」

「そうですね、もう乙女の年齢でからかわないって約束するなら許しましょか」

「約束する約束する。………………どうせルナはもう乙女って言えないだろうしあいつはからかっていいんだよな?」

「別にいいですけど、ルナさんに酷い目にあわされても知りませんからね」

 

 今のセリフをバニルさんはばっちり聞いてるみたいだけど…………バニルさんがこんな話を黙ってるわけないよね。

 まぁ、酷い目に遭ったとしても完全に自業自得だから私は知らないけど。

 

「あーもう……服、思いっきり汚れてるじゃない」

「あん? これくらい汚れてるうちに入らねえだろ。冒険者には日常茶飯事だっての」

「せっかくの新居に砂まみれで入るなんてやめて欲しいって言ってるの。……もう、ほんとあんたって仕方ないんだから」

「お、おい……リーン?」

 

 ぱんぱんと自然なしぐさでダストさんのズボンを払うリーンさんは、

 

「ほら、手も出して? んー……この際だから髪も少し整えよっか」

 

 戸惑うダストさんをよそに、次々とそのだらしない恰好を整えていく。

 

「…………、リーンさん? ちょっとやりすぎじゃないですか?」

「別に仲間内でこれくらい普通でしょ? それともさっきの話はなかったことにするの?」

 

 言ったけど! 遠慮しないでってそういう話だったけど! それにしてもいきなりこれは距離が近すぎるというか……。

 

「むぅぅぅぅ…………じゃ、じゃあ私もダストさんのお世話します! 髪は私に任せてください!」

 

 このまま見ていることは出来そうにないと思った私は強引に二人の傍による。

 ないとは分かっていてもこのままダストさんを取られてしまうんじゃないかって…………それくらいには二人の距離は近くて、リーンさんが自然な姿だったから。

 

「はいはい。櫛は持ってる? あ、それとハンカチ濡らしたいから『クリエイト・ウォーター』お願いしていい?」

「もちろん持ってますよ! はい、『クリエイト・ウォーター』!」

「ありがと。…………ほら、ダスト、顔こっち向けて?……って、なんであんた不満そうなのよ?」

「いや、お前らが俺の話と言うか意思を完全に無視してる気がしてな」

「そりゃ、ダストみたいなろくでなしの意見なんて考慮するわけないじゃん?」

「一理ありますね」

「優しさは欠片もねぇな!」

 

 なんて、ダストさんがしてるのはきっと不満顔じゃなくて戸惑ってる顔だと思うんだけど。

 後ろから髪をすいて顔が見えない私でも想像がつくのに、真正面から顔を拭っているリーンさんがそれに気づかないはずがない。

 

「……やっぱり、リーンさんは素直じゃないですよね」

「なんか言ったー? ゆんゆん?」

「いてててっ! おいこらリーン! 拭くならもっと丁寧に拭け!」

「別に何も言ってないですよ? あ、白髪発見」

「いてぇ! おまっ、いきなり人の髪の毛抜く奴があるか!」

 

 本当、私の好きな人たちはどうしてこう素直じゃない人ばっかりなんだろう。

 

 

 

「? 珍しいな。いつものお前なら『ダスト死ねよ』言ってる頃だろうに」

「言えるわけねえだろ。最近のリーンの様子見てて」

「…………、そうだな。確かにあんなに楽しそうに笑っているリーンを見るのは久しぶりだ」

「ま、ダスト死ねよと言いたい気持ちはあるし、何の解決にもなってないのも分かってるんだが…………それでもな」

「ああ。これからどうなるか分からないが…………それでも笑っていられる『今』があることはいいことだ」

 

 

 

 

 

「さて、イチャイチャは済んだかチンピラ冒険者よ。そろそろ話の本題に入りたいのだが」

「いや、欠片もイチャイチャなんてしてなかったろ。雑に扱われてただけだっての」

「ふむ……この場にあった悪感情はぼっち娘の嫉妬心くらいだったように思うが…………まぁ、汝がそういうのであればそういうことにしておくか」

「だから人の感情を勝手にばらすのはやめてくれって何度も言ってるよな!」

 

 むしろ私の感情を勝手にバラされてるんだけど。バニルさんはある意味ダストさん以上にデリカシーというものがない。

 バニルさんが好む悪感情が羞恥心やがっかりしたときの感情だからそうなるのも当然なのかもしれないけど。

 

「……で? 旦那、その本題の『空飛ぶ城』はどこなんだ? 上見ても全然そんなの見えないし、ここからまた移動か?」

 

 ダストさんと同じように空を見上げるけど、宙を浮かぶ城の姿は見えない。

 

「いや、移動する必要はない。()()()()()()位置にはすでにいるのだ」

「? んー…………あー、なるほど。そういうことか。流石は旦那。本当いろいろ考えてんな」

「むしろ『空飛ぶ城』などというものを作るにあたってそれは真っ先に考慮するべきことであろう。そこを住居にするとなれば猶更である」

「?? ダストさんは何を得心してるんですか? いったい何の話を……」

 

 上下左右周りを見渡すけどやっぱり城の姿なんて見えない。

 

「お前は変なところは鋭いのに変なところで鈍いよな。むしろ魔法使いのお前の方が真っ先に気づきそうなもんだが……」

 

 なんで私呆れられてるんだろう……。

 

「ヒントはお前が使える魔法だ」

「…………、あ! 魔法で城を見えないようにしてるんですか!」

 

 私含め、紅魔族のほとんどが使える光を屈折させる魔法。紅魔族ならきっと死ぬまでにめぐみん以外は覚える魔法だ。

 普通は建造物を隠すほどの規模じゃ発動させられないけど、そこは浮遊魔法と一緒でコロナタイトとウィズさんの才能がなせる技なんだろう。

 

「うむ。『空飛ぶ城』など目撃されれば大騒ぎ間違いなしであるからな。基本的にはその姿が見えぬようにしておる」

「『空飛ぶ城』を自慢したい気持ちもあるが、不特定多数に知られたらぜってぇ面倒だからなぁ…………基本的には隠されてた方がいいわな」

「なるほど」

 

 言われてみれば頷くしかない。ちょっとくらいならともかく空高く浮く巨大な建造物とか前代未聞の存在だ。その存在が公になれば周りがうるさくなるのは想像できた。

 とてもじゃないけど普通に住んでいる事は出来ないと思う。

 

 まぁ、それはそれとして……

 

「空飛んでいるだけでもかっこいいのに世間から隠された城とかかっこよすぎません?」

「否定はしないが…………お前ってやっぱり紅魔族なんだなぁ……」

「次期族長の私に何を今更なことを……」

 

 里のみんなみたいな頭おかしいセンスはないだけで、私だって立派な紅魔族なんだから。

 

「でも、お城が隠れてたら入るの大変じゃありませんか?」

 

 どこが入り口とかそういうの全然分からないと思うんだけど。

 

「心配せずともこの持ち運びできるスイッチをポチっと押すだけで透明化は解除できる」

「無駄にハイテクですけど解除方法に情緒が欠片もありませんね」

 

 紅魔族的には減点です。こう、所有者が指を鳴らすとか、解除の呪文を詠唱するとか……。

 

「では、文句のあるぼっち娘に見通す悪魔である我輩が素晴らしい解決方法を授けよう」

「聞きましょう」

「指を鳴らした後や適当な呪文を詠唱した後にこのボタンを──」

「──馬鹿にしてますよね!? そうなんですよね!?」

 

 少しでも真面目に聞こうとした私がバカだった……。

 

 

「落ち着くがよい、どこまでも面倒な一族の血を引く娘よ」

「それ遠回しに私も面倒くさいって言われてるような……」

「旦那が遠回しに言うまでもなくお前が面倒ぼっちなのは分かり切ってんだよなぁ」

「我輩としても別に遠回しに言ったつもりもないが」

「とりあえず二人は後で覚えててくださいね」

 

 ウィズさんやリーンさんに協力してもらってでも絶対に仕返しするから。

 

「とにかくだ。解除方法はともかく、空飛ぶ城が姿を現す様子は人には絶景に映るであろう。楽しみにしているがよい」

「それは確かに楽しみですね」

 

 

 うん。空中に隠された城が徐々に姿を現す、もしくは突然出現する……それは想像するだけでも紅魔族的にポイント高い光景だと思う。

 

「という訳で、ポチッとな」

 

 なんて心踊らせている間に。バニルさんは本当にあっさりと持っていたボタンを押してしまう。

 そして、そのバニルさんが見上げる先には空飛ぶ壮大な城の姿が………………姿が……?

 

「あの……バニルさん? 全然城が見えないんですが」

「おっと、これはしまったことにボタンが壊れているようだな。城が姿を現す光景はまた今度であるな」

 

 ……………………

 

「絶対わざとですよね?」

「否定はせぬ」

「少しくらいは誤魔化してくださいよ!」

「そんなこと悪魔の我輩に言われても。契約主義の悪魔が基本的に嘘をつけぬのは汝も知っておるだろう」

 

 欠片も悪びれてないあたり、やっぱりバニルさんは悪魔だ。

 

「さて。美味しい悪感情も頂けたことだ。そろそろいくがよい」

 

 そう言ってバニルさんはパチンと指をならす。

 するとさっきまで何もないように見えていた場所に古城のような荘厳な雰囲気を持った城が──

 

「──って、出来るんじゃないですか! ボタンって本当なんだったんですか!?」

「指パッチンで透明化を解除できるのは城を作った我輩と寝込店主のみである。ポンコツ店主は指パッチン出来ぬゆえ実質我輩だけだな」

「ずるい! 私も指パッチンで透明化を解除したいです!」

 

 そしてめぐみんに自慢したい。

 

「では、登録料として追加の二千万エリスを頂こうか」

「払います!」

「払えるかアホ」

「いたっ!?」

 

 頭部に痛みを感じて振り返ってみればジト目で私を見ているダストさん。

 

「何するんですか、ダストさん。いきなり人の頭を叩くなんて常識知らずにもほどありますよ?」

 

 暴力的なところは最近はなくなったと思ってたのに……やっぱりダストさんはまだまだ更正が必要だなぁ。

 

「なんで逆に俺が困ったちゃんみたいな反応してんだこのぼっち娘は。常識知らずはお前だお前」

「ふぇ?」

 

 常識知らずって……いったい何が?

 

「おい、リーン。このぼっち娘が何言ってるんだろうこの人、みたいな顔してるんだが、頭叩いていいか?」

「さっき叩いてたでしょ。これ以上おかしくなったら困るからやめときなさい」

「それもそうだな」

 

 なんでリーンさんまで私の事呆れたような目で見てるんだろう。

 

「さっさと城に行くぞ。旦那、そのスイッチの壊れてないのはちゃんとくれるんだよな?」

「うむ、サービスで夜なべ店主に直させておこう」

「頼むぜ、旦那。……あと俺の女から金巻き上げんのも程々にな」

「善処はしよう」

「……本当、悪魔ってのは正直者だな。ほら、何つったってんだ。行くって言ってんだろ」

「ダ、ダストさん? 引っ張らないでくださいよ。まだバニルさんとのお話が……」

 

 私を引っ張るダストさんに抗うけど、そこは男と女。戦士職と魔法職。抵抗むなしく私の体はずるずると引っ張られていく。

 

「しっかしよ、ダスト。城の姿が見えたはいいが、どうやってあそこまで行くんだ?」

「透明化の解除同様、城を地上まで下ろす方法があるのだと思っていたが……」

「そういや、お前らを乗せたことはなかったな。心配すんなよ、仮に下ろす方法がなくても、俺らなら問題ねぇ」

 

 バタバタと暴れる私をスルーしながら。ダストさんはキースさんとテイラーさんにそう言う。

 確かに、空飛ぶ城へ到達する手段と言われれば私たちの答えは一つだ。

 

 

 

「ミネア! 頼む! 俺たちを空飛ぶ城へ連れていってくれ!」

 

 

 その呼び声に応えて風のように飛んでくるのは美しい白銀のドラゴン。私やリーンさんを何度も空へと運んでくれたダストさんの相棒だ。

 

「ほれ、リーン。まずはお前だ」

「え? あたし?……う、うん」

 

 ミネアさんに飛び乗ったダストさんに続き、リーンさんが戸惑いながら手を引かれてその背に抱きつく。

 

「よっしゃ、次は俺だな!」

「なわけねーだろ。テイラー、手はいるか?」

「大丈夫だ、問題ない」

 

 次はテイラーさん。少しぎこちないけど、危なげなくリーンさんの後に乗れた。

 

「……何が悲しくて男の背中に抱きつかねぇといけないんだ……」

「そういう考えを持っているからそうなるんだ」

「あれ? でも、考えてみれば俺の後はゆんゆんになるのか? なんだよ、リーンみたいなまな板に抱きつくよりよっぽど良いじゃねーか」

「ダスト、キースは後で空から振り落としてね」

「そうするか」

「やましいこと考えないで大人しくするので勘弁してください」

 

 潔く謝るキースさん。……でも、キースさんに抱きつくのはやっぱり抵抗あるなぁ……。

 

「えーと……流石にこの人数一気にだと危ないですよね? 私とハーちゃんは待ってますから一旦先に行っててください」

「別に待っとく必要はないだろ」

「えっ……でも、正直キースさんの後に乗るのは……」

 

 

 

「なぁ、テイラー。死にたいんだが、どうすればいい?」

「知らん。さっきの発言を考えれば当然の反応だろう」

 

 まぁ、さっきの発言もだけど、そもそもダストさん以外の男性に抱きつくの自体あんまり気乗りしないというか。

 

「いや、テイラーならともかくキースの後には俺もお前を乗せたくねーよ。だから、お前は別の手段で一緒にこい」

「?? え? でもミネアさん以外に私たちに空を飛ぶ方法なんて……」

 

 アリスさんがいればグリフォンに乗せてもらうとかあったんだろうけど。

 

「いるだろ。俺たちにはミネア以外にも大空を駆ける最高に可愛くてカッコいい奴が」

「それって……」

 

 

 そう言われて思い浮かぶのは決まっている。ダストさんにも負けないくらい私にとって大切な存在。

 

 

「『竜化』。お前はジハードに乗ってこい」

 

 

 自分の子どものようにも思っている使い魔のハーちゃんだ。

 

 

 

「えっと……もう、ハーちゃんに乗って飛んでも大丈夫なんですか?」

 

 竜化したハーちゃんの大きさはもう成体のグリフォンと同じかそれ以上に大きい。アリスさんがグリフォンに乗って空を飛んでいるのを考えれば確かに十分な大きさかもしれない。

 

「ああ、一人ならもう負担は全然ないだろうよ。二人くらいなら問題なく飛べるはずだ」

「だったら、ダストさんも一緒に──」

 

 と、そこまで言って気づく。ドラゴンバカのダストさんがハーちゃんに乗って飛びたくないはずがない。

 

(……譲ってくれてるんだ)

 

 一緒に乗ればハーちゃんの初めては私じゃない。私()()になる。

 それは一緒のようで違う。素晴らしいようで、でも少しだけ寂しい。そんな結果だ。

 

「ん? どうかしたか、ゆんゆん」

「……いえ、なんでもありません。はい。じゃあ私はハーちゃんと一緒に行きますね」

「おう、それでいい」

 

 そう言ってどこか偉そうに、そして楽しそうに笑うダストさんは、やっぱり私よりも年上なんだなと改めて実感させた。

 

 

「それじゃ、よろしくねハーちゃん」

 

 ハーちゃんの頭を優しく撫で、私はゆっくりとその背中に乗る。硬いのに柔らかい。そんな魅惑の感触を楽しみながら、私はその時を待った。

 

「それじゃ、行くか。空飛ぶ城へ乗り込むぜ!」

 

 その言葉を合図にミネアさんが、そして私を乗せたハーちゃんが翼をはためかせ浮かぶ。

 

 

 

「な、なぁテイラー。なんか俺ドキドキしてきたんだが……」

「……悪いが、俺にそっちの気はないぞ」

「ちげーよ! いや、ほらドラゴンに乗って空飛ぶ城に行くんだぜ? こう、忘れた少年心をくすぐられるってーか」

「そういう意味なら分からないでもない。昔読んだお伽噺を思い出すな」

 

 

「お伽噺かぁ……。ねぇ、ダスト。もしも私が本当のお姫様だったらどうなってたのかな?」

「さぁな。少なくとも碌なことになってねぇ気がするが」

「そっか。……うん、そうだよね。だってお姫様だったら私は今ここにいないもん」

「ああ。だからまぁ、リーンがリーンで良かったって…………俺はそう思うぜ」

「……うん。ありがと」

 

 

 それぞれの想いを乗せてドラゴンたちは空を飛ぶ。その中にはきっと私の想いもあって。

 

「……大きくなったね、ハーちゃん」

 

 最初は大きな卵だった。それを魔力を込めながら温めてハーちゃんが生まれた。

 小さくてかわいかったハーちゃんがいつの間にか私よりも大きくなって……そして今私を乗せて力強く空を飛んでいる。

 

「本当にありがとね、ハーちゃん」

 

 私を乗せて飛んでくれて。私の使い魔になってくれて。そして何より。

 

「私の幸せになってくれてありがとう。これからもよろしくね」

 

 私の言葉に応えるように。ハーちゃんはスピードを上げ、ミネアさんも追い越して私を空飛ぶ城へと連れて行ってくれるのだった。

 

 

 

 

 

 

「やっぱ人数多いと不安定で速くは飛ばせねぇな。一番乗りはゆんゆんか」

「初めて人を乗せてあのスピード……やっぱりハーちゃんは天才かもしれません」

「今更過ぎることをなんでこいつはドヤ顔で言ってんだ」

 

 城の扉の前。ドラゴン二頭が悠々と着地できる空に浮かんだ敷地で。私の後に降りてきたダストさんとそんな話をする。

 

「そんなこと言ってるダストさんも妙に自慢げですよね?」

「そりゃ、娘が褒められたらうれしいに決まってんだろ」

「ですよね」

 

 やっぱりダストさんも私と同じ気持ちらしい。

 

「ねぇ、テイラー。あの二人既に親馬鹿になってるんだけど」

「それが今更な話なのはリーンが一番よく知っていたと思うが」

「それはそうなんだけど……はぁ……あれで本当の子ども出来たら更に親馬鹿加速しそう」

 

 

 

「ま、何はともあれだ。入るか。ミネアとジハードも『人化』っと」

 

 ミネアさんとハーちゃんも人の姿になって。城の大きな扉を開けて私たちはその中へと入る。そこにまず広がるのは大広間。そこから2階へと続く階段や奥へと繋がる通路が見えた。

 

「本当にお城なんですね。ベルゼルグのお城よりも魔王城になんだか雰囲気近いですけど」

「本物の城よりかはまだ住みやすそうだがな。そのあたりは旦那かウィズさんが気をきかせてそうだ」

 

 言われてみれば、外から見た時の中身の想像よりも温かいイメージというか、あまり堅苦しさを感じない。

 ベルゼルグのお城や魔王城には感じなかった人が住むための場所という感覚があった。

 

「ところで、ゆんゆん。こういう城の住む部屋で一番大きくて豪華な部屋ってどこだと思う?」

「えっと……一番上の奥の方の部屋ですかね? 王様が寝るような場所だと思います」

「だよな。……てわけで、部屋割りは早いもん順な! おい、ゆんゆん行くぞ!」

「了解です!」

 

 ダストさんの意図を理解した私はハーちゃんの左手をつかむ。ダストさんもハーちゃんの右手をつかみ、そのまま私たちは一気に走り出した。

 

「お、おいダスト! お前それはずりぃだろ!」

「はっ、家主権限で無理やり決めないだけありがたく思うんだな!」

 

 フライングのような私たちにキースさんが不満の声を上げるけど、そこはダストさん。どこかの悪魔さん同様に欠片も悪びれた様子はない。

 

「ダストー? お姉ちゃんは一緒じゃないの?」

「誰が姉だ! てか、姉ならなおの事一緒の部屋なんて嫌だっての!」

「むぅ……じゃあ適当に景色がよく見えそうなところ選ぼうかな」

 

 ミネアさんの言葉にも予想通りの反応。というか、ミネアさんと一緒は私の方が気まずそうだからちょっとだけ助かった。

 

 

 

「うぅ……あるじ、ぐるぐるする……」

「わわっ、ハーちゃん大丈夫?」

 

 そうこうしているうちに、お目当ての部屋の前までたどり着く。追い付けないと思ったのか、私たち以外にこっちに向かってる人はいないみたいだ。

 そして私たちに引っ張られたハーちゃんは目が回ったのかふらふら。ちょっとだけ悪乗りし過ぎたかもしれない。

 

「部屋で休ませた方がいいかもな。早速中に入る…………か……」

「どうしたんですか、ダストさん。いきなり固まって」

 

 扉を開けたダストさんが何故か硬直している。部屋の中に何かあったのかな?

 そう思って部屋の中を覗いてみると、

 

 

「あら? いらっしゃい。それとも、お帰りなさいが正しいかしらね」

 

 

 そこには優雅に紅茶を飲む魔王の娘、アリスさんの姿があった。

 

 

 

「…………、お前何してんの?」

「? 見ての通り紅茶飲んでるけど」

「それは見りゃ分かる。聞いてんのは何でここにいるのかってことだ」

「それこそ見れば分かるでしょ?」

 

 アリスさんの言葉は確かに正しい。アリスさんがなぜここにいるのか。そんなの部屋の中の様子を見れば一目瞭然だ。

 

「…………、一応俺の勘違いの可能性もあるし一応答えてくれ」

「分かり切ったことを答えるのも面倒ね。見ての通りここに住んでるんだけど」

 

 それ以外ないでしょとばかりのアリスさん。うん、思いっきり部屋が装飾されてるし確かにそうとしか考えられないけど。

 

「なんで家主より先に住んでんだよ! 訳分かんねーよ!」

「別にいいじゃない。いい加減バニルの所に居るのもストレスで限界だったから引っ越し先探してたのよ」

「旦那の所から引っ越したかったってのは分かったが、引っ越し先が何でここになったのと、何がいいのかが欠片も分からねぇ……」

 

 私も本当に分からない……。この人確かダストさんのライバル的な人で人類種最大の敵対者のはずなんだけど……。

 

「なに? もしかして私がここに住んでるのに文句があるの?」

「ないわけねえだろ。文句しかねえよ」

「一応私はそれなりに容姿が整ってる女のつもりなんだけど?」

「それを否定するつもりはねえが、だからなんだよ」

 

 だから、ダストさん。彼女の前で他の女性、しかも魔王軍の親玉みたいな人褒めるのはやめません?

 

「『らっきーすけべ』だっけ? チート持ちの連中がよく言ってる。私がお風呂入ってるところに間違って入るとか、寝間着姿の私が間違ってあんたの部屋に入ってくるとかそういうのに遭遇できるかもしれないわよ?」

「…………、え? マジで──って、いてぇ! おいこらゆんゆん耳引っ張るのはやめろ!」

「何を本気で考えてるんですか!」

 

 流石に魔王の娘とそういうのを期待するとか正気の沙汰じゃない。確かにアリスさんが女である私の目で見ても美人さんなのは確かだけど……。

 

「……と、というわけだ。俺に色仕掛けは通用しねえ」

「別に色仕掛けした覚えはないんだけど…………あんた、色仕掛け使ったら簡単に倒せそうね」

「否定はしない」

 

 ……それはどうなんだろう? 誘惑には弱い人だけど、地獄で上位の夢魔であるリリスさん相手に私を守ってくれたし。

 一線はちゃんと引いてるし、それを簡単に越えるような人じゃない。仮に越えたら越えたでその大変さは私が身をもって知ってるし……。

 

「ま、とにかくあんたらは私がここに住んでるのが気に食わないわけね」

「気に食わないってかそれ以前の問題の気がするが」

「珍しくダストさんが非のない正論言ってますが、その通りだと思います」

「なんでお前は一言多いの?」

 

 出会ったころからのダストさんやバニルさんの悪行のせいじゃないですかね。

 

「ふーん……。ま、別にいいけど。どうせ私はここから出て行かないし」

「…………、まさか、ここでやる気か?」

「なわけないでしょ? まだ私はあんたに勝てないし。勝負が決まりきってる戦いをする趣味はないの」

 

 雰囲気を変えるダストさんにそれを何事もないように受け流すアリスさん。

 

「ゆんゆんの方ならいい勝負になりそうだし戦いたいけどね」

「訓練的な勝負ならむしろ願ったりかなったりなんですが、本気の決闘はお断りします」

 

 『双竜の指輪』である程度強くなった自覚のある私だけど、それでもまだアイリスちゃんやアリスさんに届いてないのは分かっている。

 私も負けると分かっている勝負をする気はない。するなら五分になってからだ。

 

「そ、残念ね。まぁ、一緒に住むんだもの。家賃代わりに訓練に付き合ってもいいわ。実戦的な模擬戦でよければね」

「むしろ望むところです」

 

 多数の魔法を覚えることはレベル上げなおしで出来ても、それを使いこなすには実戦かそれに近い特訓で鍛えるのが一番だ。

 ダストさんの隣に立つため、この世界でもトップクラスの実力者であるアリスさんと模擬戦が出来るのは正直ありがたい。

 

「いやいや。何普通に住む流れになってんだよ。一緒に住まねえよ。出て行けよ」

「ねぇ、あんたもしかして忘れてるんじゃない?」

「忘れてるって何がだ? 少なくともお前を俺の家に住ますなんて約束した覚えはないぞ」

 

 …………あ。そう言えば──

 

「──貸し。私、あんたには結構貸し作ってると思うんだけど?」

 

 アリスさんの貸し。こっちにしてみればアリスさんへの借り。

 死魔との戦いでも作ったし、それこそ今回空飛ぶ城を造れたのもアリスさんがコロナタイトと精霊石を持ってきてくれたからで……。

 

「それを考えればたくさん部屋の余ってる家に住ませるくらい安いと思わない?」

「…………、お前、絶対俺が拠点を作るって話を聞いた時から企んでただろ?」

「想像に任せるわ。それで? あんたは貸しの一つも返せない甲斐性なしなのかしら?」

 

 この返しは卑怯だ。ダストさんはどうしようもないろくでなしさんだった時ですら貸しとか借りには割と誠実だった。それが多少なりとも更生してきてる今ともなれば……。

 

「…………はぁ。しょうがねぇか。俺の仲間に手を出さない。その約束を破らないってんなら好きにしろ」

「そ。じゃあ好きにさせてもらうわね」

 

 こうなるよね。

 

「一緒のパーティーで旅しただけでも頭痛かったってのに、一緒に住むとかマジかよ……」

「ま、まぁとりあえず今のところは戦うつもりないみたいですし、本気で殺し合いするつもりになったらちゃんと出ていくんじゃ……」

 

 というより、そう願いたい。

 

「ところで、そっちのブラックドラゴンは大丈夫なわけ? さっきからなんかふらふらしてるけど」

「そうでした! アリスさんすみません、私たちの部屋が決まるまででいいのでハーちゃんを寝かせてもらえませんか?」

「好きにしなさい」

「ありがとうございます!」

 

 部屋の主の許可を得て、私はハーちゃんをベッドに横にする。

 

「なんか納得いかねぇ…………なんで俺らが礼を言わないといけないんだ……」

「あんたからお礼言われた覚えないんだけど?」

「ありがとうございます、アリスさん。…………これでいいか?」

「そうそう。あんたは貸しの事といい忘れてること多すぎるから、これから気を付けるように」

「…………、やっぱ納得いかねぇ……」

 

 気持ちは分かりますが、ここは我慢ですよダストさん。アリスさんを真面目に相手するのはセシリーさんを真面目に相手するようなものですから。

 

 

 こうして。私たちの新しい拠点での生活は始まった。

 

 

 

 

「しっかし、忘れてることねぇ……。そう言われるとなんか大事なこと忘れてるような気がするな」

「大事なことですか? だったら早く思い出した方がいいですよ」

「それで思い出せたら苦労しないがな。ま、大事なことだしそのうち思い出すだろ」

「そう言ってて大事なことが手遅れになっても知りませんからね」

 

 

 

 その日の夜。ロリーサちゃんが泣きながらやってきたのは言うまでもない。




ロリサキュバスがいつものバイトに行く
その後テイラー経由でリーンが拠点移動のことを聞く
リーンはロリサキュバスにはダストが直接言ってるだろうと思う
ダストはロリサキュバスには同室のリーンが言ってるだろうと思う
いろいろあって二人とも確認を忘れる。バイト後に来るだろうと漠然と思う
ロリサキュバスがバイトから帰宅後部屋には自分の荷物だけで誰もいない
ダストやテイラーたちの部屋に行くも荷物がなく誰もいない

すれ違いが生む悲しい事件でした


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第23話:夢魔

──ダスト視点──

 

「それでダストさん。結局忘れてることは思い出せたんですか?」

 

 夜。引っ越し作業も一段落ついて。新しい部屋で一息つく俺にゆんゆんはそう聞いてくる。

 

「うーん……もうちょっとで出てきそうなんだがな」

 

 あと一歩のところで出てこないというか。思い出そうとすればするほどなんか出てこなくなってるような気もする。

 こうしてなんとはなしにジハードの寝顔を眺めている方がよっぽど思い出せそうな、そんな感じだ。

 

「本当に大切なことなんですか? 思い出せないってことはそんな大事なことでもないんじゃ……」

「いや、大事なことなのは間違いない。忘れてるからってそれが大切じゃないってことはないと俺は思うぜ」

 

 俺にはもう姫さんの顔を思い出せねえが…………だからってあの人のことがどうでも良くなったなんてことはない。

 大切なことでも月日とともに思い出せなくなっていくことは増えていくし、一時的にド忘れすることだってあるはずだ。

 

「そういうものですかね」

「そういうもんだよ」

 

 だからこそ俺は──

 

「ところでダストさん。ロリーサちゃんっていつこっちにくるんですか? ロリーサちゃんのバイトって夜はやってなかったですよね?」

「…………………あ」

「その間は何ですか? もしかして忘れてたことってロリーサちゃんの事じゃないですよね?」

「そ、そんなわけねぇだろ?」

「そんなことあるんですね……」

 

 あるけど! だからってそんなドン引きした顔で俺を見るなよ! 仲間のこと忘れてるとか自分でもドン引きだけど!

 

「待ち合わせ場所に行くまではちゃんと覚えてたんだよ! それでリーンにロリーサに伝えてるか確認しようと思ってたんだ!」

「でも、結局確認するの忘れたんですよね?」

「…………、仕方ねぇだろ。いきなりお前とリーンが二人で話し出すし、その後はなんかお前らの様子が微妙に違うし」

 

 だから俺は悪く──

 

「言い訳はそれだけですか?」

「はい、それだけです」

 

 ──ないわけねえか。

 

「ま、まぁあれだ。俺は伝えてないけど、同室だったリーンがちゃんと伝えてるだろ。だからそのうちロリーサも来るって」

 

 だからきっと誰にも拠点の移動を伝えられず、誰もいない部屋で帰りを待つサキュバスはいないはずだ。

 あまつさえ、いなくなった仲間を泣きながら探すサキュバスなんて……。

 

「とりあえず、リーンさんに確認してきましょうか。もしもリーンさんが伝えてなかったら……」

「だ、大丈夫だって。一応確認するが、あの世話焼きのリーンが伝え忘れてるなんてこと……」

「でも、最近のリーンさんってちょっと落ち込んでましたし……。それにリーンさんってロリーサちゃんのバイト先知らないんじゃ?」

 

 なんでそんなこと言うの? 俺に罪悪感でも覚えさせようってのか。アクセル随一のチンピラ冒険者だと言われる俺がこのくらいのことで罪悪感覚えるとでも思ってんのかね。

 

「…………、さっさと確認に行くか」

 

 まぁ、うん。思いっきり罪悪感覚えてるわけだが。

 仲間のことだからってのもあるが、なんだかんだで俺もゆんゆんに更生させられてるのかもしれない。

 

 

「そうしましょう…………あ……」

「どうした、ゆんゆん」

 

 部屋を出ようとした俺についてくるかと思えば、ゆんゆんは部屋の中で固まっている。その視線の先に何があるかと思えば窓があるわけで。

 

「…………あ」

 

 その窓の先に何がある……誰がいるかと言えば、

 

「うっ…うぅ…………やっと見つけましたぁぁ…………」

 

 想像通り──それも最悪寄りの──泣いてるロリーサだった。

 

 

 

「ふぇぇ……宿に帰ったら私の荷物だけで、……ひっく……リーンさんの荷物はないし、……うぅ……ダストさんやテイラーさんの宿にも誰もいないし、……すん……捨てられたんじゃないかって……」

 

 ひとしきり泣きじゃくって。少し落ち着いてきたのか俺の胸で泣きながらもロリーサはぽつぽつとこれまでの流れを話し出す。

 

「俺がお前を捨てるわけねえだろ」

「……本当に?」

「当たり前だ」

 

 良い夢見させてくれるしいろいろ便利な存在のロリーサを捨てるわけがない。

 ロリーサの上位互換でいろいろ協力してくれるリリスって夢魔も知り合いにいるが、そいつはロリーサほど信用できない。

 何より──

 

「お前はダチで仲間で使い魔だ。そんな相手を自分の都合で捨てるほど俺は畜生になった覚えはねぇよ」

 

 たとえ俺が一番腐ってた時期でも。俺は自分の身内を捨てられるほどには腐ってなかったはずだ。

 

「すんっ……じゃあ、なんで私に拠点を移動するって伝えなかったんですか……?」

「ええっとだな……それには山よりも高く海よりも深い理由が……」

「ダストさん、伝えるのド忘れしちゃってたんだって」

「なんでお前は普通にばらしてんの?」

 

 人が口八丁で傷つけないように誤魔化そうとしてるってのに……。

 

「だって、ダストさんって搦め手より直球勝負の方が大体上手くいくじゃないですか。搦め手は最初は上手くいくんですけどすぐに化けの皮がはがれるというか」

「そ、そんなことはねえだろ……」

「そんなことありますよ」

 

 …………、そんなことあるな。カズマはその辺上手くいったり上手くいかなかったりの半々な感じな気がするが、俺の場合は最終的には痛い目見て終わるのばっかな気がする。

 悪党に痛い目見せるだけなら割りと上手くいくんだが、自分に非がある状況で搦め手使って上手くいったことは殆どない。

 

「じゃ、じゃあダストさんが私に伝えてくれなかったのは単純に忘れられてただけ……?」

「…………、悪い。いろいろあって思い出すのが遅れた」

 

 リーンとかアリスとかアリスとかアリスとか。

 

「いろいろ……ゆんゆんさん、具体的には何があったんですか?」

「一言でいうなら、ダストさんとリーンさんが仲直りした……かな? 正確には仲直りっていうのも違う気がするけど」

「だから、なんでお前は普通に答えてんの?」

 

 ロリーサもなんでゆんゆんに聞いてんだよ。

 

「そっか……だからリーンさんも……。良かった……皆さんに嫌われたとかそういうことじゃないんですね」

「お前みたいな奴を嫌いになるやつなんて相当な捻くれものくらいだよ」

「ダストさんはその捻くれものに微妙に該当してる気がしますけど」

「おいこら、ゆんゆん。俺ほど素直に生きてるやつはそうそういねえだろうが」

 

 その俺をして捻くれものとか。

 

「欲望には素直ですけど、善意を示すときは凄い捻くれものだと思いますよ? 最近は昔と比べればその辺も素直になってきましたし、大事なところは昔から外しませんけど」

「あ、それ私も分かります。ダストさんってそういうところありますよね」

 

 …………、そんなことあるのか? 自分じゃよく分かんねえが。

 

「てか、ロリーサいつの間にか泣き止んでんのな」

 

 なんか泣き止む要素あったっけか。時間経って落ち着いただけかね。

 でも、自分のこと忘れられてたって更に泣き出してもおかしくないと思うんだが。

 

「だって、忘れられても仕方ないって思うだけの理由がありましたから」

 

 まぁ、アリスが家主より先に住んでたとかは忘れるのも仕方ない理由だが……あれ? そのことロリーサに伝えてたか?

 

「大丈夫だよ、ロリーサちゃん。ダストさんは確かに忘れちゃってたけど、それでもそれが大事なことだとはちゃんと思ってたから」

「だからなんでお前は人のプライバシーを普通にしゃべってんの?」

 

 なんなの? バニルの旦那リスペクトなの?

 

「……そうなんですか? ダストさん。私の事ちゃんと大切だって思っててくれたんですか?」

「さあな。たとえそう思ってたとしても忘れた免罪符にはなんねえよ」

 

 ダチを泣かせた時点でそんなもんは糞にも役に立たねえ。

 

「だから……悪い。許してくれとは言えねぇが、謝る」

 

 許せと言ってしまえば、それば命令になっちまうから。だから俺はただ頭を下げる。

 

「私からも謝ります。ロリーサちゃんのこと、来てないとは思ってたけど、それよりも他のことを優先しちゃってました」

「ふ、二人して頭を下げないでください! 私はもう納得してるし大丈夫ですから!」

 

 ゆんゆんにまで頭を下げられて気まずいのか。ロリーサはあわあわと慌てて俺らの頭を上げさせる。

 

「本当か? じゃあ今回の件は俺に対する貸しってことで一つ収めてくれ」

「……いいんですか? 悪魔に借りを作るなんて。別にそんなことしなくても真名契約がある限り私はダストさんに逆らえないのに」

 

 悪魔に借りを作ることの意味なんてロリーサに言われるまでもなく理解している。

 

「だからこそだよ。お前は確かに俺の使い魔だが……同時に仲間でダチだ。対等なんだよ」

 

 だからロリーサが何と言おうと今回のことは借りにする。こいつのご主人様やる上でも譲れない所だ。

 

「ええと…………じゃあ、ダストさんの精気をいっぱい吸わせてもらっていいですか?」

「そりゃ、俺は構わねぇが……」

 

 ちらりと、ゆんゆんの顔をうかがう。もともと俺としてはロリーサに精気を吸わせるのに抵抗はない。ただ、ゆんゆんのことを思えばちょっと思う所があるわけで……。

 

「別に私もロリーサちゃんがダストさんの精気を吸うのを全面的に禁止するつもりはありませんよ? まぁ、私の知らない所で気づかれないようにしてもらいたいとは思いますけど」

「それ無駄に難易度高くねぇか?」

 

 最近のこいつは大体俺と一緒に居るし、一緒に居ない間も俺が何をしてるかは把握してる節がある。

 

「そこはまぁ……ご主人様としてダストさんが頑張るということで」

「頑張ってくださいダストさん! 私の美味しいご飯の為に!」

「本当簡単に言ってくれるよな!」

 

 実際それしかねえんだろうが…………頑張るって言ったって何を頑張りゃいいんだ。

 

「…………、まぁいいか。なるようになんだろ」

 

 正直今考えても何かいい案が思い浮かぶ気がしない。今日は本当いろいろあって疲れた。

 だからまぁ、とりあえず今はこの言葉で。

 

「わが家へようこそ、ロリーサ。今日からここがお前の家だ」

「おかえり、ロリーサちゃん。これからもよろしくね」

 

「はい、よろしくお願いします。…………ただいま!」

 

 

 満面のロリーサの笑顔をもって。長かった一日は終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

「ダストさん、朝ですよ? 起きてください」

「うぅ……死ぬほど疲れてんだ……起こさないでくれ……」

 

 朝。体を揺り動かすゆんゆんが起きる時間を伝えてくるが、今日の俺は起きる気が全くない。

 昨日、リーンとかロリーサとかアリスとかアリスとかアリスのせいで本当疲れてるから今日くらいはだらだらと過ごしたかった。

 

「起こさないでって……ご飯はどうするんですか?」

「持ってきてくれたら食うぞー……」

 

 まぁ、それでも体を起き上がらせるのは億劫だからゆんゆんが食べさせてくれるのが必須だが。

 

「ダメだこの人。昨日はちょっとまともな人っぽかったのにろくでなしモードに入っちゃってる」

「お前も昨日は疲れただろ……せめて朝くらいはベッドの中でゆっくりしようぜ……ぐぅ……」

「確かにダストさんやハーちゃんと一緒にうとうとするのは凄い幸せだから魅力的な誘いなんですけどね。でもそれと同じくらいリーンさんやロリーサちゃんたちと一緒に朝からご飯も捨てがたいんですよ」

「だったらお前だけ飯食って来いよ……」

 

 そんでその後飯持ってきてくれれば完璧だ。

 

「それじゃ、ダストさんと一緒に食べられないじゃないですか。それじゃリーンさんやロリーサちゃんと一緒でも嬉しさ半減ですよ」

「…………、そうか。それじゃ俺は寝るな」

 

 なんでこいつはそんな恥ずかしいことぽんぽん言えんだろう?

 

「なんで今の話聞いて寝るんですか! ここは『しょうがねぇなぁ』って言って起きる所ですよ!」

「俺はそんなアクセル随一の鬼畜男が言いそうな事言って起きるほど甘くねぇぞ。寝ると言ったら意地でも寝る」

 

 …………、まぁ、おかげさまで眠気は吹き飛んでるからマジで寝るのには時間かかりそうだけど。

 

「むむむ…………ん? ダストさんの顔ちょっと赤いような…………って、布団を頭まで被らないでください! もしかして恥ずかしいから起きないんですか!?」

「ふっ……今更俺がそれくらいで恥ずかしがるわけねぇ…………って、こら! 布団はぎ取ろうとすんな! ジハードが起きるだろうが!」

「ハーちゃんも起きないといけないんだからちょうどいいです! 本当に起きてください!」

 

 必死の抵抗もむなしく、被っていた布団は無惨にも空を飛び、俺とジハードは朝の冷たい空気にさらされる。

 双竜の指輪をつけるようになってからゆんゆんの力も結果的に上がってるから、寝てる状態で立ってるゆんゆん相手に単純な力勝負は分が悪い。

 

「うぅ……さむぃ……」

 

 冬を越え春になって久しいが空の上だからか。朝の空気は思ってた以上に冷える。眠気まなこのジハードも暖を求めて俺に抱き着いてきた。

 

「起きて着替えたらそんなに寒くないですよ」

「…………、着替えたらって……お前寝間着より露出多い気がするんだが……」

 

 以前よりはマシになったが、相変わらずゆんゆんの服は黒くて胸が大きく出ている服だ。寝間着が多少子供っぽいのもあって、肌色は寝てる時より起きてる時の方が多い。

 

「じゃあ、今度露出の少ない普段着買いに行きます?」

「…………、いや、今のままでいい」

 

 今のゆんゆんの格好は眼福だし。清楚系なら白のワンピースたまに着てるから補充できてる。

 

「ですよね。ダストさんが喜ぶと思ってこの格好なんですから、変なこと言わないでください」

「男が喜ぶ服をわざと着るとか…………優等生だったお前のセリフとは思えないな」

 

 昔のこいつはなんか騙されて露出多い服着てたような節があったが。多分どっかの誰かに露出増やせば友達が増えるよとか言われたんじゃないかと思ってる。

 

「優等生とか関係なく、好きな人に可愛いって思ってもらいたいのは女の子なら皆そうですよ?」

「そうかよ。…………はぁ、しょうがねぇな、起きるかジハード」

「ん…………おはよう、あるじ、らいんさま」

「はい、おはようございます」

 

 抱き着き目をこすっているジハードごと起き上がる。探すまでもなくゆんゆんは目を開けたその先にいた。

 

「………………」

「? どうしたんですか、ダストさん。ぼーっとして、まだお寝坊さんなんですか?」

「…………、いや、なんでもねぇよ」

 

 もう見慣れた顔のはずなのに。朝日に照らされたゆんゆんにドキッとしてしまった。

 

(…………場所が変わったからかね)

 

 多分それ以外に理由はない。だが、俺みたいな奴を好きになるのが不思議なくらい、ゆんゆんがいい女だってのは改めて実感させられた。

 

「紅魔族ってやっぱ趣味が悪いんだな」

「なんでいきなり私の一族の悪口言うんですか。いえ、確かに私以外の紅魔族の趣味と言うかセンスはあれですけど」

 

 お前も十分悪いけどな。それ言うと面倒なことになるの見えてるから言わねえけど。

 

「ま、あれだ。さっさと飯食いに行こうぜ。その後ならダラダラしてもいいんだろ?」

「良くないですけど…………でも、確かに昨日は疲れましたもんね。私も今日はゆっくり過ごしたいです」

 

 アリスのせいで精神的に疲れたのはもちろん、物の整理でも疲れたからな。

 

「だろ?」

「はい、というわけでダストさんも朝ご飯作るの手伝ってくださいね?」

「…………、そういや、待ってても飯は出てこないんだったな」

 

 その辺りはやっぱり宿暮らしが良いんだよなぁ……。食べに行ってもいいんだが、それはそれで面倒だし。出前取るにしても空まではきてくれねぇよなぁ。

 

「そういうことです。大丈夫ですよ、ダストさんには野菜洗ったりとかさせませんから」

「むしろ料理してるお前を眺めるくらいしかしたくないんだが」

「却下です」

 

 めんどくせぇ……。

 

「ん、あるじ? わたしはなにすればいい?」

「んー……ハーちゃんには野菜を切ってもらおうかな?」

「まかせて」

 

 仕事を与えられて嬉しいのかご機嫌な様子のジハード。その調子で俺の仕事も奪ってもらいたい。

 

 

 

 

 

 

「……って、なんだこれ。誰が作ったんだ?」

 

 城の食堂。面倒だなと思いながらやってきたってのに、既に机には無駄に豪華な朝食が並んでいる。

 

「んー……リーンさんでしょうか? でも、昨日一緒に作るって約束してたんですけど……」

「じゃあ、リーンはねぇだろ。あいつがそういう約束破るわけがねぇ」

「ですよね」

 

 でも、だとすると誰が作ったんだ? キースはありえない。ミネアもねぇな。テイラーは作るの自体はあるかもしれないが、こんな豪華な食事作れるほど器用じゃない。

 

「…………まさか、アリスか?」

「ん? 私がどうしたのよ?」

「おわっ!? いきなり現れるんじゃねぇよアリス!」

 

 いつの間に来たのか、アリスが眠たそうな顔で後ろにいた。

 

「うっさいわね……。で? 私がどうしたって?」

「いや、なんでもねぇ。その様子からしてお前はなさそうだ」

「そ。……ん、ご飯できてんのね。先にいただくわ」

 

 誰が作ったのかなど興味なさそうに。アリスはさっさと席に着き食べ始める。ひとのこと言えた立場じゃないが、この女には協調性と言うものが欠片もない。

 

「アリスさんも違うと…………本当誰なんでしょうか?」

「ロリーサも違うだろうしなぁ…………あいつが料理してるのなんて見たことねぇし」

 

 でも、他の可能性がないとするとロリーサになんのか?

 

「とりあえず、先に来ている人に聞いてみましょうか」

「そうだな。リーンとロリーサは見当たらねぇし……いるのはテイラーとキースか」

 

 となると、聞くとしたらやっぱテイラーだな。

 

「よぉ、テイラー。おはようさん。この飯誰が作ったか分かるか?」

「ダスト、ゆんゆん、ジハードか。おはよう。この朝食の事か…………俺は説明するのも嫌だからな。この阿呆に聞け」

「なるほど。犯人はキースか。テイラーのその様子からろくなことしてねぇな」

 

 一体全体何をやらかしたのか。

 

「なんで俺が悪いみたいな話になってんだよ! 俺は何も悪いことしてないぞ! むしろいいことをしたはずだ!」

「はいはい。じゃあとりあえず、お前がやらかしたことを言ってみろ」

 

 内容によっては空から突き落とす場所を海のど真ん中から湖のど真ん中にしてやらないこともない。

 

「だから俺は悪いことしてねぇって! 倒れてるメイドさんを助けて連れてきただけだ!」

「つまり誘拐してきたと。そんで帰してほしくば飯を作れと脅したのか」

「キースさん……流石にそれは…………」

 

 流石キース。流石の俺もそこまでは欲望に正直なれないぜ。

 

「してねぇよ! 本当に倒れてて、何処にも行く所がないって言うから、それじゃあ家で働きませんかと誘ったんだよ!」

「それが本当だとしても家主に相談なく人雇うなよ。…………てか、うん? 倒れてたってどこに倒れてたんだ?」

 

 今現在この城に出入りするには空を飛ぶ手段が必要だ。それを持ってるのは俺らとアリスくらいで、当然キースは持っていない。ミネアが協力するにしても俺が『竜化』させてなきゃ飛べねぇし。

 

「どこって、扉の外だよ。昨日ドラゴンたちが降り立った場所があっただろ? 朝の散歩で行ったらそこで倒れてたんだよ」

「なるほど。こいつアホだわ。テイラー、こいつ今度海のど真ん中に落とすけどいいか?」

「好きにしろ。今回ばかりは本当に俺も呆れている」

 

 だからテイラーは飯に手を付けてない風なのか。気にせず完食してるキースは本当大丈夫か?

 

「いや、待て。テイラーだけじゃなくダストもその反応ってもしかして俺やらかしたのか? なぁ、ゆんゆん、俺は一体何をやらかしたんだ? ちょっと困ってるメイドさんを連れてきただけだよな?」

「えっとですね…………空飛ぶ城で行き倒れてるメイドさんってどう考えても普通じゃないんですが…………所謂不審者を家に勝手に入れてご飯作らせるってキースさん頭大丈夫ですか?」

「…………………………いやいや、あんな美人が不審者なわけないだろ?」

 

 つまり、見た目に騙されて怪しさを完全に無視したと。誘拐よりはましだが欲望に正直すぎて引くわ。多分ゆんゆんと付き合う前の俺も騙されるだろうから強くは言えねぇけど。

 

「で? テイラー、その怪しいメイドさんは今どこにいるんだ?」

「そこの扉の先。厨房の中のようだな。昼の準備をしているそうだが……」

「お前がそのメイドさんを放置してるってことは…………強いのか」

 

 真面目なテイラーが家に入り込んだ不審者を放置するはずがない。となると、テイラーが自分では対応できないと判断したって事だ。

 

「そうなるな。そこのアリスさんほどじゃないが、それに近い強さはあるとみている。そして底の知れなさは仮面の人の雰囲気に近い」

「マジで面倒な不審者じゃねぇか……」

 

 単純に強いだけならどうとでもなるんだが……。

 

「と、とりあえず私はミネアさん呼んできますね!」

「頼む。……とりあえず、テイラー。別にいきなり襲ってくるってことはないんだよな?」

「おそらくは。こちらが怪しんでいるのに気付いている様子だが、それでも丁寧な姿勢は崩さなかった。…………俺らが取るに足らない強さと判断したからかもしれんが」

 

 面倒なこと言うなよ……。

 

「ま、まぁいざとなったらアリスもいるしどうにかなるだろ」

「別にいいけど、その場合は貸しだからねー。ごちそうさまっと」

 

 なんでもかんでも貸しにすんじゃねえよ!

 

「とりあえずキースとアリスはそのうちしめるとして…………一応友好的だってんなら話聞いてくるか」

 

 いきなり戦闘になる可能性がないわけじゃないが、その場合はアリスに泣きつこう。それにいきなり実力行使するような奴が朝食を作るなんて悠長な事するとも思えない。

 

「本当不審者とかないって! それに俺あのメイドさんアクセルのどっかで見たことある気がすんだよ!」

「だからどうしたすぎる……」

 

 まだ空から降ってきたとかの方が怪しくねえぞ。

 

「ふむ……その話俺は聞いていないな。キース、見たというのはどこでの話だ?」

「え? あ、あぁ……どこでだったかな…………なんか祭の時だったような…………」

 

 テイラーとキースの話を後ろに俺は厨房への扉を開ける。トントントンという音は本当に昼食の準備をしているようで、その音を作っているのはメイド服姿の──

 

「おや、おはようございます、ダスト様」

「誰かと思ったらリリスかよ!」

 

 ──上位の夢魔。地獄の旦那の領地で出会ったリリスと名乗る悪魔だった。

 

「どうかなされましたか? いきなり叫ぶのは紳士としてあまりよろしくありませんよ?」

「いや紳士になった覚えは欠片もねえから。てか、マジで何でここにお前がいるんだ」

 

 リリスは旦那の領地で娼館の主をやっていた悪魔だ。いろいろと協力してくれるし、俺やゆんゆんに手を出さないという契約もさせている。

 だが、それでも俺はこの悪魔のことを信用できない。悪意は感じないんだが、テイラーが言ってたように底知れなさは旦那並だからだろう。そして旦那と比べても生粋の悪魔、おそらくは俺が知ってる中では一番悪魔らしい悪魔だ。

 

「この間、ダスト様がおっしゃいましたよね? 『炊事洗濯しなくていい宿暮らしが気に入ってた』と。それならば、私がそのような生活ができるようサポートさせていただこうと思いまして」

「マジでメイドしに来たのかよ…………で? 求める報酬は?」

「もちろんダスト様の精気です」

「はぁ…………だよなー…………」

 

 そんで信用できない一番の理由がこれだ。このロリーサとは比べるまでもなくいろいろ立派な夢魔は俺のことを狙っている。

 …………性的な意味で。

 

「ダスト様が嫌なのでしたら他の報酬でもよろしいですよ?」

「夢魔のリリスが精気以外の報酬でいいって…………なんか嫌な予感がするな」

「いえいえ、本当に他意はありませんよ。私が地上に来たもう一つの目的を手伝っていただけないかと、そういうお話です」

 

 悪魔は基本的に嘘はつけない。だっていうのになんでこう旦那と言いリリスと言い言ってることが胡散臭いんだろう。

 

「もう一つの目的…………ってか、そっちが本命だろ?」

「ええ、まぁ……バニル様からの指示ですので」

「旦那の?」

 

 わざわざリリスを呼び出しての任務ってなんだ? そう何度も行ったわけじゃないが、それでも旦那の領地においてリリスがそれなりに偉い地位にいるのは想像がついている。単純な強さでは地獄においてそうでもないリリスだが、弱肉強食の世界で強者に位置する何かを持っている悪魔だ。

 

「はい。誰でもいいから『悪魔の種子』について調査しろと」

「って、誰でもいいのかよ! わざわざリリスを呼び出すからすげぇ大ごとかと思ったのに」

 

 本当なんでこいつが来たんだよ。

 

「はい。誰でもいいということは私でもいいということですので。ダスト様の家のメイドをしたかったので来ちゃいました」

 

 来ちゃいましたじゃねえよ……立場とこっちの迷惑考えろ。

 

「しっかし……『悪魔の種子』? なんだそれ?」

 

 聞いたことのない言葉だが。言葉の語感的に悪魔に関連する…………悪魔化させるものとかか?

 

「はい。あらゆる生き物を悪魔へと『転生』させるものです。本来なら儀式魔術の必要な悪魔への転生を小さな道具一つで成し遂げます」

「ふーん、やっぱそういうものか。で? その物騒なもんの何を調べるんだ? 仕組みとか解明しろと言われても無理だぞ」

 

 手伝え言われても俺に専門的な知識はないし、どっちかと言えばゆんゆんの方が適任だろう。

 

「いえ、仕組みや出所についてはバニル様が心当たりがあるから調査はいらないと」

「そうか。ま、出所ならともかく仕組みを調べるだけならわざわざこっちに来る理由もねえか。てか、もしかして旦那も動いてんのか?」

「はい。あの方は部下よりも先に自分が動く方ですので。…………部下も必要あれば思い切りこき使われる方でもありますが」

 

 いい上司…………なんだろうか? まぁ、旦那のそういう所も俺は好きだが。

 

「で、わざわざこっち来てまで調査することってのは?」

「この世界においてどれだけ『悪魔の種子』が広がっているか。そしてそれがどのような層に広がっているか、です」

「…………広がってんのか? この世界で」

 

 生き物を悪魔化させる物騒なもんが?

 

「どれだけ広がってるかはまだ分かりませんが、ゼロではありません。実際、悪魔化して地獄に来る存在が最近急速に増えています」

「この間地獄行ったときにはそんなこと言ってなかったし、その後…………ってことは本当につい最近の話か」

 

 地上だとここ2、3日の話じゃねえか。地獄じゃ月単位の時間が経ってると考えても最近だろう。

 

「今はまだ多くに広まってはいないと思います。ですが、これからは分からない…………ダスト様にも気を付けていただきたいのです」

「ま、そういう話ならしょうがねぇな。旦那も絡んでるってんなら手伝ってやるよ」

 

 実際メイドさんがいるのは楽だしな。何よりロマンがある。

 

「ありがとうございます。……ちなみにですが、私をメイドとして雇う特典としてバニル様に頼らずとも好きな時に地獄に行けるようになります。お二人が子作りをしたいと思ったときはお気楽に声をお掛けください」

「お、おう…………そん時は頼むわ」

 

 …………あいつも乗り気だし、確かにそれは便利かもな。

 

 

「ダストさん! ミネアさんと廊下にいたロリーサちゃんも連れてきました! 大丈夫…………って、リリスさんじゃないですか! 不審者なメイドさんってリリスさんのことだったんですか!?」

「不審者? ゆんゆん様も酷いことをおっしゃいますね。悪魔ほど誠実な存在もないというのに」

「悪魔が誠実かどうかはともかくバニルさんやリリスさんの存在は凄く不審だと思いますけどね」

 

 まぁ、うん。旦那はともかくリリスは確かに不審だな。

 

「ふふふ、傷つきました。…………おや? 久しぶりに見る顔がいますね。どうやら、ダスト様と真名契約を結んでるようですが…………ふふ、羨ましい」

「ひぇっ! な、なんで……なんで…………!?」

「ど、どうしたのロリーサちゃん? すごい振るえてるけど……」

 

 リリスの顔を見て、遠目からわかるくらいに振るえるロリーサ。知り合いなのか? まぁ、リリスは上位の夢魔っぽいし、サキュバスの間じゃ有目ない存在なのかもしれない。

 

 

 

「あー! 思い出した! あのメイドさん!」

「……いきなり叫ぶなキース。それで? あのメイドをどこで見たんだ?」

 

 

「エリス祭だよ! 仮面の人が化けてた『サキュバスクイーン』! それにそっくりだ!」

 

「なんでここにクイーン様がいらっしゃるんですかー!?」

 

 

 

 

 

 

 

 始まりはいつも突然に。サキュバスクイーンであるリリスの到来から始まりを告げられたこの事件は。地上と地獄、二つの世界を巻き込んで大きくなっていく。

 その果ての分岐点であいつが選んだ結果がどうなるか。それはまだ誰も知らなかった。




度々名前が出ていたリリスがやっと合流です。
アリスやらリリスやら某戦闘員派遣コメディと名前がかぶっていますが他意はありません全くの偶然です。

次回、ちょっと時間が飛びます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第24話:おめでた

「ダストさん。私、子ども出来たかもしれません」

 

 空飛ぶお城へと引っ越して早1か月。その間特筆することはなかった…………わけでもないけれど、割と平和な日々を過ごして。お手洗いから帰ってきた私はダストさんにそう打ち明ける。

 

「…………、マジか」

「流石に冗談でこんなこと言いませんよ」

 

 冗談で言ったら悲しくなりそうだし。

 

「何かの勘違いとかはねえのか?」

「あるかもしれませんけど…………多分そうなんじゃないかなぁと」

 

 子どもを作るって決めてからちゃんとそのあたりの事は勉強したし、()()()()()も含めて周期とかも把握している。こんな経験は初めてだからそうだと自信もって言えないけど可能性は高いはずだ。

 

「…………誰との子どもだ?」

「それはダストさんが一番分かってると思いますけど」

 

 それに関しては可能性は一つしかないから答えるまでもない話だ。

 

「というか、別の人の子どもであってほしいんですか?」

「いや、悪い。ちょっと動転した。だよな、俺の子だよな。…………、マジかぁ…………」

「えっと…………もしかして、嫌……でした?」

 

 私が浮かれた気分を必死で抑えてるのに比べて、ダストさんの様子はあまりぱっとしない。

 

「嫌って気持ちは全然ねぇんだが…………自分が親になるって実感が全然わかなくてな。どう反応していいのか分からねぇんだよ」

「そうなんですか?」

 

 不思議と私は自分が親になるんだという実感がある。その辺は男女の違いか……もしくは育った家庭の違いか。

 

「まぁ……でも、そりゃできるわなぁ……こっちに引っ越してからで考えても兄妹プレイ主従プレイバニーさんプレイ……本当いろいろやってたわけだし」

「…………、私としてはいろいろやるのは構わないし望むところなんですがノーマルなプレイが一つもないってどういうことなんですか?」

「ん? 何回かは普通にやっただろ?」

「私にはどれがダストさんにとっての普通だったのか分からないんですが……」

 

 本当、この人変態さん過ぎる……。

 

「まぁ、なんにせよだ。まだ妊娠したかどうかは確定してないんだろ? ちゃんと調べた方がいいんじゃねぇのか?」

「ですね」

 

 妊娠してからどれくらいかで対応も違ってくるし。その辺りはちゃんと分かる人に見てもらった方がいい。

 

「で? そういうのってどこで調べりゃいいんだ?」

「紅魔の里ではそけっとさん……占い師に頼んで見てもらってましたね」

「ふーん……じゃあ里に行くか? テレポート使えば一瞬だしよ」

 

 スキルポイントの荒稼ぎは今も続けていて、テレポートの登録可能数も結構増えた。当然故郷である紅魔の里も登録している。ダストさんの言う通りテレポートで飛んでそけっとさんの所に行くのも手だけど……。

 

「いえ、今回は近場で済ませましょう。その……里に行くとなるとお父さんたちの所に寄らないといけませんし……」

「あー…………流石にまだお前の親御さんに報告する心の準備は出来てねぇな。本当に出来てんなら遠くないうちに行かねぇといけねぇが」

 

 私としても、妊娠が分かったその足でお父さんたちに報告に行くのはちょっと勇気がいる。行かないといけないにしても多少は落ち着いてからがいい。

 

「けど近場? アクセルに紅魔の里にも負けない占い師なんていた…………いるな」

「はい、性格は置いとくにしてもそういうことを調べさせるなら多分世界最高の相談屋さんが」

 

 そして私たちの共通の友達でもある。

 

「じゃ、行くか旦那の所へ」

「はい、行きましょう!」

 

 地獄の公爵にして見通す悪魔。そして街の相談屋であるバニルさんの元へ。

 

 

 

「ちなみに俺はついては行くが、話は一緒に聞かねえからな」

「そこは一緒に聞いてくださいよ! 一人でバニルさんに悪感情絞られるのは嫌ですからね!」

 

 

 

 

 

 

「おい、アリス。ちょっとグリフォン借りてくぞ」

 

 城のテラスで優雅に紅茶を飲んでいるアリスさんにダストさんはそう声をかける。

 この空飛ぶ城にあたっての移動手段としてアリスさんは適当にグリフォンやマンティコアを捕まえてきていて、リーンさん達とかにも無償で貸し出しをしてくれている。

 ちなみに持ち運びできる遠隔操作用のスイッチを押せば降下させることもできるけどそれをしようとする人はあまりいない。

 

「別にいいけど、相方のドラゴンはどうしたのよ? シルバードラゴンはもちろん、ブラックドラゴンの方も二人くらいなら乗せて飛べるでしょうに」

「ミネアとジハードなら二人一緒に遊びに出かけてんだよ。クエストで稼いだ金で買い食いしてくるって」

 

 私にはちょっと距離があるミネアさんだけど、ハーちゃんとは本当に仲良くしてもらっている。今日も朝から眠気まなこのハーちゃんを連れて遊びに行ってくれていた。

 

「ふーん、とにかくグリフォン借りたいのね。別に恨みがあるあんたにだけ貸さないとか意地悪はしないから勝手に連れて行きなさい。実際、あんたたち以外は私に許可取ったりしてないし」

「そうかよ。じゃ、遠慮なく借りてくぜ。…………これも貸しにするとか言わねぇよな?」

「この程度のことを貸しにするほど狭量じゃないわよ」

「本当かよ……」

 

 まぁ、傍目から見てるとアリスさんはダストさんにだけは小さなことでも貸しにしてる気がする。私とかリーンさんとかには別にそんなこともないんだけど。

 

「そういえば、あんた私を地獄に連れて行ってくれるって話はどうなったのよ? あんたたち二人だけ何度も地獄に行ってずるいわよ」

「そんな約束してたか? てか、なんでそんな地獄行きたいんだよ。そんないい所でもねぇぞ」

「それをあんたに話す義理はないわね。とにかく、次行く時には私も連れて行きなさい」

「とか言ってるが……どうするよ、ゆんゆん」

「どうするって言われても……」

 

 基本的に私たちが地獄に行くのは子作りするためで…………そこに他の誰かを連れて行くっていうのはちょっと考えたくない。ハーちゃんすら地獄に一緒に行ったことはないのに。

 

「と、とりあえずいつもの用事以外で地獄に行くことになったら、アリスさんも一緒に行きましょうか」

「ま、それなら別に断る理由もねぇか」

 

 ただ、子作り以外の理由で地獄に行かないといけない理由ってあんまり思い浮かばないけど。観光には適しない所だし…………ロリーサちゃんの実家に遊びに行くとか?

 

「? 結局いつになるのよ、それ。そもそもあんたたちってなんで地獄に行ってるの?」

「あー! もうこんな時間ですよダストさん! 早くいかないと日が暮れちゃいます!」

「まだ、朝だろうが。誤魔化すにしても──って、首引っ張んな! 引かれなくても行くっての!」

 

 アリスさんから逃げるように──というより実際逃げてるんだけど……──私はダストさんを引っ張ってその場を後にするのだった。

 

 

 

 

 

「よっと。おーい、ゆんゆんもさっさと降りろよ」

「簡単に言いますけど、結構高いですよ!?」

 

 ギルドの上空。グリフォンの背からさっさと飛び降りたダストさんの気楽な声に私はそう返す。

 今の自分のレベルを考えれば大丈夫な高さなのは分かるし、実際飛び降りたダストさんも普通に平気そうなんだけど、理屈でどんなに安心させても本能的な恐怖というのはなくならない。

 多少は慣れたけどそれでもレベルリセットする時は吐きそうになるし、程度は違ってもそういう怖さは当然あった。

 

「……やっぱりダストさんって人間辞めてるんじゃないかなぁ」

「なんか言ったかー?」

「言ってませんよー」

 

 ダストさんの非常識っぷりを今考えても仕方ない。いつまでもグリフォンが街の上空に居たら迷惑だし早く降りないと。

 

「でも……やっぱり怖いなぁ……」

 

 それに怖さだけでなくお腹にいるかもしれない子どものこともある。別にこれくらいのことで影響が出ないのは分かってるんだけど……。

 

「なんだよ、マジでこれくらいで怖がってんのか? そんなに怖いなら俺が下で受け止め──」

「──てぃっ────ふぅ……思ったよりは怖くなかったですね」

「おまっ! いきなり飛ぶんじゃねょよ! びっくりすんだろうが!」

 

 飛び降りた私を抱きとめ、お姫様抱っこしてくれてるダストさんがなんか文句言ってるけどスルー。

 だって、空から飛び降りて好きな人に受けてもらうのは紅魔族的にポイント高いシチュエーションだから仕方ない。

 

「よっ……と。それじゃ、早速ギルドの中に入りましょうか」

「お前、何事もなかったように行くのな……」

 

 地面におりてそのままギルドに入る私にダストさんがなんか不満そうだけどやっぱりスルー。

 憧れのシチュエーションとはいえ、衆人環視の中でお姫様抱っこは恥ずかしいからやっぱり仕方ない。

 

 

 

「ダストさん、ゆんゆんさん。グリフォンから飛び降りてくるなんていう非常識なことはやめてください」

 

 ギルドに入った私たちの元に一番にやってきたのはお仕事笑顔なルナさん。完璧すぎる笑顔だけど、その感情が呆れとか怒りとかそんなのに溢れているのは一目で分かった。

 

「なんだよ? じゃあグリフォンを地面に降ろした方が良かったか?」

「そもそもグリフォンを街中に連れてこないでください!」

「なんでだよ? 魔獣使いが街中に魔獣連れてくるなんてよくあることだろ?」

 

 基本的に魔獣や魔物を街中に連れてくることは禁止されている。ただ、許可さえあれば連れ込むことを許されるし、それこそ人化してない頃のハーちゃんも許可をもらっていた。

 だからダストさんの言う通り魔獣使いが魔獣を街中を連れ歩くというのはよくある事なんだけど……。

 

「そうですね、許可があればそうなります。今現在アクセルの街にグリフォンの連れ込みの許可もなければ申請すらありませんけどね」

 

 ただ、その許可を魔王軍なアリスさんがもらえるかと言えば当然無理なわけで。その使い魔であるグリフォンも当然モグリな存在だ。

 

「ほら、ダストさん。やっぱり街中に入っちゃ駄目だったんですよ。空の上なら街の治外法権だろって屁理屈こねちゃ駄目だったんです」

「別にそれくらい見逃してくれてもいいのにな。誰かに迷惑かけてるわけじゃないんだからよ」

 

 いえ、上空にグリフォンいるのは普通に迷惑だと思いますよ? と思ったけど、今回は普通に私も同罪だから言わない。

 うーん……この人と付き合いだして私もちょっと非常識になってきてるかもしれない。どこかの誰かが街中で爆裂魔法放ったことと比べると可愛いものだし、正直これくらいのことはアクセルの街じゃ普通のことな気がするけど非常識は非常識だ。

 

「そもそも、どこの魔獣使いのグリフォンなんですか? グリフォンを使い魔にする魔獣使いとなると最高ランクの魔獣使いのはずですが…………この国のギルドにそのレベルの魔獣使いの方はいないんですよね」

「あー…………一応隣国出身の魔獣使いだな」

「隣国……ダストさんの故郷の国はそういえば魔獣使いの育成に最近は力を入れてるという話でしたか。確かにあの国ならグリフォンを従える魔獣使いもいそうですが…………ダストさんの言ってることは本当ですか? ゆんゆんさん」

「えーっと…………とりあえずダストさんの言葉に嘘はありませんね、一応」

 

 魔王領も一応ベルゼルグの隣国だったと言えないことはないし。魔王軍筆頭幹部だったアリスさんが隣国出身の魔獣使いというのも間違いじゃない。

 

「…………、なんかお二人とも隠してるというか誤魔化しているような気がしますが…………聞いたら頭痛くなりそうなので、質問はこれくらいにしておきますか」

「そうした方がいいぞ。あいつの存在には俺らも頭痛くしてんだから」

「あ、いいです。それ以上話さないでください。ダストさんがそんな反応するような人に気づきたくないですから」

 

 ダストさんが厄介者扱いするって言ったらめぐみん含むカズマさんパーティーとかセシリーさんとかで、その上存在を隠さないといけない人って…………多少慣れたけどそう考えるとアリスさんって本当厄介な人なんだなぁ。

 

「そーかよ。…………、そろそろ行っていいか? 今日は旦那に相談があるだけで、ギルドに用はねえんだ」

「そうですか。お二人揃って相談というのは珍しいですね」

「ああ、なんてーかゆんゆんがにn──」

「──あ! バニルさん今ちょうど前の人の相談が終わったみたいですよ! 他の人が相談に入る前に行きましょう!」

「だから首根っこ引っ張んなつってんだろ!」

 

 ちょっと恥ずかしいのもあるけど、それ以上に婚期を気にしているルナさんに言うことじゃない。余計なことを言おうとするダストさんを連れて私はバニルさんの元へと急ぎ──

 

 

 

「おお、ぼっち娘を孕ましたチンピラとチンピラに孕まされたぼっち娘ではないか! 今日は何の相談できたのだ?」

 

 

 ──そして、大声で私が妊娠したことをばらすバニルさんにそんな気遣いは台無しにされた。

 

「ギルド中の悪感情美味である。行き遅れ受付嬢の悪感情が少しばかり絶望気味で我輩好みから外れてるのが残念であるが」

 

 一瞬の静寂の後、ギルドはざわざわと騒ぎ出す。軽く耳を澄ましてみればそれはもちろん私たちのことで……。

 

「まぁ、汝らの羞恥の悪感情は我輩好みであるからよしとしよう。最近色気を増したぼっち娘や少しまともになったチンピラに横恋慕していた者たちのがっかりとした悪感情も大量であるしな」

 

 自分たちの悪感情を搾り取られるのは覚悟してたけど、ギルド全体を巻き込んでまで搾り取られるとは思ってなかった……。

 バニルさんの性格を考えれば友達として想像できて当たり前な気がするけど、最近はそこまでひどい目にあわされてなかったからか油断していた。

 

「…………、聞きたいことも聞けましたし、帰りましょうかダストさん……」

「…………、そーだな……」

 

 妊娠してどれくらいかはそけっとさんに聞きに行こう。

 

「まぁ、待て妊娠1か月目のぼっち娘よ。我輩からも汝らに話と提案があるのだ」

「…………、ダストさん、私この悪魔さん苦手かもしれません」

「お前旦那と友達始めてもう何年目だよ。旦那はこういう悪魔だ、いい加減慣れろ」

 

 慣れてもこれが平気になるのはなんか違う気がするなぁ……。平気になるとしたもうそれは諦めの境地のような。

 

 

「で? 俺らが一言も相談内容言ってないのに全部解決してくれた稀代の相談屋の旦那が俺らに何の話があるんだ?」

「もうなんか疲れたので話があるなら早くしてください……」

 

 早く帰ってダストさんの膝枕で休みたい……。

 

「では、甘えんぼっちの要望に応えて手短に行くが。一つ目、ぼっち娘のお腹の中にいる子どもだが、我輩の願いを叶える存在、もしくはその祖となる存在ではないようだ」

「ふーん……てことは、旦那を倒すのは後に生まれてくる子どもかその子孫って事か」

「うむ。ゆえに汝らにはこれからもじゃんじゃん子どもを作ってもらいたい」

「まぁ、一人っ子は寂しいですからもっと子ども作りたいとは思ってましたけど……」

 

 でも、その頃にはリーンさんとの決着もつけないといけないわけで…………もしリーンさんが選ばれても子ども作っていいのかなぁ?

 

「くだらぬことを考えているぼっち娘は置いておくとしてチンピラ冒険者よ。いつか言った汝への予言だが、それを避けることは我輩にはできなそうだ。時が近づいた今、他の道を探っては見たが、我輩が動き、避けさせた汝らには更に悲惨な道しか存在せぬ。世界の反動もあるが、()()が動いている限り我輩に出来ることは多くない」

「予言って…………ああ、あれか。そっか、もう近いのか……」

 

 悲惨な道? ダストさん達は何の話をしてるんだろう。私にあった『目を背けたくなる未来』の話かな? でも、それはダストさんと付き合いだしたことでなくなったって事だったんじゃ……。

 

「ゆえに、ここからが提案だ。汝たちには子どもを産むまで地獄の我輩の領地に来て欲しい」

「なんで……って、聞くのは野暮か。理由はどうあれ、旦那が考える俺らの最善がそれなんだな」

「うむ。避けれぬし遠ざけることも難しい分水嶺。だが、近づける事なら出来ぬこともない」

「なんでそれが最善になるのか俺には分からねえが、旦那が無駄な事するわけもないか。俺は問題ないぜ。ゆんゆんはどうだ?」

 

 どうだと言われても、ダストさんとバニルさんが何の話をしてるか私には全然分からないんだけど……。

 とりあえず、二人のやり取りは無視して、バニルさんの提案だけを考えると……。

 

「…………、ちょっと、難しいかもしれません。地獄にずっといるってことは、地上の時間で考えればそれだけ早く赤ちゃんが産まれるって事ですから」

 

 私が子供を産む。それはリーンさんと約束した決着の期限でもある。それをこっちの都合で早くするのはあまり気が乗らない。

 

「そういうことなら野菜好きの娘も一緒に連れて行けばよかろう」

「? なんでそこでリーンを連れて行くって話になるんだ?」

「バニルさんが私の心の中を勝手に覗いてるからじゃないですかね……」

 

 でも、リーンさんも一緒に行く。それなら確かに期限を短くすることにはならないか。問題は他の人と会えない期間が長くなると寂しいことだけど……。

 

「寂しんぼっちが寂しがらぬよう、汝らの()()()()()であれば()()()()()()であれ公爵の名において地獄に来ることを許そう。そう何度も帰られても困るが、地上に戻るなという話でもない」

 

 つまり、ハーちゃんとかも連れていいってこと?

 

「いいのかよ、旦那。そんな許可出して。悪魔にとってドラゴンは天敵みたいなもんだろ?」

「ドラゴン使いと一緒に居るトカゲは確かにそうだな。だが、今回ばかりはそうも言ってられまい」

「…………、ミネアやジハードの力が必要になるってことか。地獄でそれってあんま考えたくねぇなぁ……」

「あの…………二人して私の分からない話しないでもらえません?」

 

 不穏な話をしてるのは分かるけど。分かるからこそ自分が蚊帳の外にいることが凄く不安になるんだから。

 

「俺もはっきり分かってるわけじゃねぇんだが…………ただ言えるのは、俺は旦那とお前を信じてる。だから大丈夫だって思ってるよ」

「ますます訳が分からないんですが……」

「我輩も最善は尽くす。が、結局のところ汝らの未来は汝が…………ゆんゆんが決めるという、ただそれだけの話だ」

「よく分からないけど、なんか重大な責任をいつの間にか背負わされてるのだけは分かりました」

 

 リーンさんとの決着の事だけでも頭いっぱいなのに、何かそれ以上に大変なことが私の知らない所で進んでいるらしい。

 それもバニルさんが私の名前を呼ぶくらいには。

 

「ということだ。リリスには我輩から話を通しておく。汝らは準備が出来次第一緒に行くもの達と地獄に向かうがよい」

「了解」

「私はまだ了承してないんですが…………そう言える雰囲気でもないですかそうですか」

 

 まぁ、一人で一年近く異世界で過ごした時と比べればマシかなぁ……。

 

「ま、行くっつっても今すぐって訳じゃねえんだ。お前の親御さんに話行かないといけねぇしな」

「あー……流石に子ども産んでから報告するわけにはいかないですよねー」

 

 別に怒られたりはしないだろうし、むしろ喜んでくれるだろうけど…………反応が想像つくだけに少しだけ気が重い。ハーちゃんが私たちの子どもだって勘違いしただけでもあれだったからなぁ。

 というかハーちゃんの時の反応を考えれば産んでから行っても問題ない気がしてくるけど、そういうわけにはいかないよね。

 

 

「てことで、旦那。出来るだけ早く地獄に行けるように準備するからよ」

「とりあえず、リーンさん達に話をしないといけないですね」

 

 めぐみんとかにも子どもが出来たことや1週間以上留守にするって伝えとかないといけない。

 

 

「それじゃ、バニルさん。ありがとうございました。相談の代金は…………って、あれ? 私たち相談しましたっけ?」

 

 相談しに来たのは確かだし、解決もしてもらったんだけど、相談をした覚えが全くない。

 

「…………1万エリスくらい払っとけ。俺も相談した覚えはないが、後で請求されても面倒だ」

「それもそうですね。バニルさんお金のことになると煩いですし、相談してませんけど払っときましょう」

 

 悪魔祓い料金だと思えば安いかな。

 

「悪魔が契約外のお金を受け取る訳がなかろう。『嘘をつかない』『契約は遵守』『自分より上位の悪魔の命令には服従』。これらは悪魔にとっての前提だ。多少の抜け道があるとはいえ、相談屋が相談をされておらぬのに金銭を貰う事は出来ぬのだ」

「その抜け道使えば貰えるだろうに。旦那も変なところで律儀だよな」

「そうですね。そういう所だけは本当まともですよね」

 

 それ以外はめぐみんやダストさん並にあれだけど。

 

「ええい、我輩を頭のおかしい爆裂娘やアクセル随一のチンピラと同列扱いするでない! 汝らさっきから心の中で言いたい放題し過ぎではないか!?」

「旦那の悪行の数々を考えれば優しいくらいじゃねぇかなぁ……」

「ですよね。ダストさんが言える立場かどうかは置いときますけど」

 

 友達だから私たちはバニルさんに優しいけど、それ以外の人だったらもっと怒ってると思う。

 

「引っ込み思案だったぼっち娘が言うようになったものだ。……いや、このぼっち娘は変なところで押しが強かったか」

「押しってか……こいつは無意識で毒舌なんだよ。そんで世話焼き。そういう所は昔っから変わってねぇんじゃねぇか」

 

 昔……。そっか、もうこの人たちと昔話が出来るくらいの時間を一緒に過ごしてきたんだ。

 あの日路地裏で出会ったときはこんな長い付き合い……それも片方とは恋仲になるなんて思ってもなかったなぁ。

 

 

 

 

 

 

──ダスト視点──

 

「しっかし……ミネアのやつジハードをどこまで連れてったんだ? あいつらの力を感じないってことは少なくともアクセルの街にはいないみたいだが」

 

 旦那との話を終えて。ゆっくりと街中をゆんゆんと歩きながら。俺は契約しているドラゴンたちのことを思う。

 

「王都の方に行ったんじゃないですか? お金はありますからテレポート屋を使ったのかも」

「王都に行くんだったら、ゆんゆんに頼めばタダだろうに。無駄遣いじゃねえか?」

「ダストさんに無駄遣い云々言われるのはミネアさんでも怒ると思いますけど…………そういうのも含めてお金を使ってみたいんじゃないですか?」

「そんなもんかねぇ……」

 

 考えてみれば、あいつが過ごしてきた時間を思えば人化出来るようになってからの時間は短い。知っている事でも実際に経験するとなれば話は別だろうし、色んなことにお金を使ってみたいってことなのかもな。

 

 

「ところで、ゆんゆん。そこの路地に入ろうと思うが大丈夫か?」

「あ、はい。どこで対処するのかなと思ってましたから」

 

 急な提案にも慌てず。ゆんゆんは自然な動作で俺と一緒に路地へと入ってくれる。

 ギルドを出てからずっと付きまとっている人影にゆんゆんも気づいてたようだ。

 

「どうします? 多分私一人でも大丈夫だと思うんですけど……」

「とりあえずは俺一人で相手するさ。俺ら相手に喧嘩売るってのはちょっと変だからな」

 

 軽く確認したがついて来てたやつは人間だった。俺やゆんゆんの実力は知れ渡ってるし、普通に考えれば一人で喧嘩売るような奴はいないと思ってたんだが、殺気混じりだし単なるストーカーって線はなさそうなんだよな。

 

「それに、お腹の中の子どもを考えればお前に極力戦わせたくはねぇ」

「怪我とかしなければ大丈夫ですよ? ……でも、ダストさんのその気持ちは嬉しいんで、大人しくしてます」

 

 顔を赤くして嬉しそうにはにかむゆんゆん。こうして素直になってる時はぐうの音も出ないほどいい女なんだよな、こいつ。

 

 

「それ以上ゆんゆんちゃんといちゃつくなチンピラ!」

 

 ゆんゆんの可愛さに半分忘れてた厄介ごとが表の通りからやってきてそう叫ぶ。

 全く見おぼえない奴なんだが、なんだこいつ。

 

「おい、ゆんゆん。お前の知り合いか?」

「んー…………知らない人ですね」

「じゃあモブか」

 

 ゆんゆんに横恋慕してたやつかね? で、ゆんゆんが妊娠したって聞いて暴走したとかそんなとこだろうか。

 まぁ、理由なんてどうでもいいな。興味ねぇし。

 

「で? そこのモブ。お前は俺に喧嘩売りたいって事でいいのか?」

「喧嘩などではない! これはチンピラからゆんゆんちゃんを助けるための聖戦だ!」

「なるほど、とりあえず話が通用しない輩なのは理解した」

 

 あのモブは何様のつもりなんだろう。

 

「あんなんでも殺したら面倒なことになる……か」

「一応人みたいですし、殺すのはまずいですね」

「レアモンスターの山賊みたいなもんな気がするんだがなぁ……」

 

 昔の俺だってここまで噛ませ犬っぽくはなかったぞ。

 

「なんてーか、話す方が疲れそうだ。噛ませモブ、喧嘩でも聖戦でも何でもいいから来るならさっさと来い」

 

 身のこなしから多少は腕に覚えがありそうだが、その程度の相手に苦戦するほどやわな経験を積んできていない。

 

「ふ……そんな余裕を見せていいのか? 今のお前は近くにドラゴンがいない。つまりドラゴンの力を借りられないということだ!」

「そーだな」

「そして油断していたのか槍も持ってきていない! 長剣使いのチンピラ相手ならおいどんにも勝機がある!」

「そーだな…………って、一人称だけ無駄にキャラ濃いな。なんだこのモブ」

 

 ちょっと手心加えてやろうかと思っちまうだろうが。

 

「ま、まぁいいや……。勝機があるって思うならさっさと来い。時間が惜しいんだ」

「言われずとも!」

 

 さっき、さっさと来い言っても来なかっただろうが。本当このモブ面倒くせぇな。さっさと終わらせよう。

 

 

 

 

「なんてーか…………よくその程度で俺に喧嘩売れたな」

 

 流石の俺も10秒で決着つくとは思わなかったわ。

 

「何故だ…………槍使いのお前がなぜ長剣でそれほどの力を……」

「いや、長剣使いだして俺も結構なげぇし。槍ほどじゃなくても剣も普通に使えるぞ」

 

 というか、そんな驚かれるほどの実力は出してないはずなんだが……。

 

「でも、ダストさん。最初にあった頃と比べると長剣使う姿もだいぶ様になりましたよね。前は我流というか、適当な感じでしたけど。

「まぁ……いい手本がいたからな」

 

 アイリスとの特訓であいつの剣技は嫌というほど見せられたんだ。当然影響は受けている。

 

「だから、ゆんゆんちゃんといちゃつくな!」

「普通に話してるだけだろうが。……てか、なに? お前までやるつもりかよ」

 

 ふらふらと立ち上がりながら噛ませモブは俺をにらみつけている。完全に決着ついてると思うんだが……。

 

「ふ……ふふ……まさかこれを使わされるとは思ってなかった。──これで、お前も終わりだ」

 

 気持ち悪い笑みを浮かべながら噛ませモブは黒い種のようなものを取り出し、それを飲み込む。

 

(…………種?)

 

 思い浮かぶのはリリスが調査しているという『悪魔の種子』。生物を悪魔へと転生させる代物だ。

 

「ゆんゆん、『子龍の槍』を頼む」

「はい。────どうぞ」

 

 詠唱の後、ゆんゆんの手元に『子龍の槍』が現れる。王族の持つ持ち運び式屋敷の魔道具にも使われている魔法だ。

 長剣を収めた俺は、その魔法で取り出した槍を受け取り構えた。

 

「でも、子龍の槍が必要なんですか? さっきの様子だと多少パワーアップしても勝てそうですけど」

「俺も長剣でも大丈夫だと思うんだがな。ま、念には念をって奴だ」

 

 仮にあいつが飲んだのが『悪魔の種子』だとして、その効果がどれくらいのものなのか想像がつかない。一度リリスの手伝いで悪魔の種子で悪魔化した奴と戦ったが、それはあくまで悪魔化した後でどれくらい強くなったかは分からなかった。

 

「──ふぅ……これが悪魔化……人間をやめるということか。すごい力を感じる……」

 

 そうこうしている内にモブ噛ませの悪魔化?は終わったらしい。その姿はさっきまでの姿とは似てもつかない醜く角が生えた姿で……。

 

「なぁ、ゆんゆん。あいつ悪魔化してるとか言ってるけどよ」

「はい。人間やめてるのはそうですけど、悪魔化はちゃんと出来てませんね。悪魔のなりそこない……どう見ても鬼です」

「だよなー」

 

 前戦ったやつはちゃんと悪魔だったからこの辺りは素質の差か? ちゃんとした悪魔転生の儀式でも失敗して鬼になるってこともあるらしいし。

 

「ば、ばかな! 選ばれしおいどんが悪魔化失敗……!?」

「なんてーか…………お前可哀想なくらい噛ませなんだな」

 

 ちょっと殺すのがかわいそうになってきたぞ。でも、流石に街中に出た鬼を討伐しないわけにはいかないしなぁ。悪魔は人とそんなに見た目変わらない奴いるし旦那やサキュバスみたいに街に溶け込んだり出来るんだが。

 

「ま、殺しても地獄に送還されるだけだからいいか」

 

 悪魔のなりそこないである鬼は地獄にある街には入れないからこれから大変だろうけど。流石にそこまでは知ったことじゃない。

 

「失敗したとはいえおいどんが恐ろしく強くなったのは間違いない! 槍を持ったくらいでドラゴンの力が借りれないお前に勝ち目は──」

「──『速度増加』『反応速度増加』『筋力増加』……ん? なんか言ったか?」

「…………。えーと? もしかして今使ったのは噂の『竜言語魔法』で? ドラゴンがいないから使えないんじゃ?」

「ドラゴンならいるだろ、ここに。この『子龍の槍』に宿ってるリアンとは契約してるから『竜言語魔法』なら普通に使えるぞ」

 

 流石にジハードがいなけりゃドレイン能力と回復能力は使えないが。

 

「そんなのチートじゃないか! そんなチーターにゆんゆんちゃんはやれない!」

「流石の俺も悪魔化しようとした奴にそんなこと言われるとは思わなかったわー。やっぱお前疲れるから今度こそ終わらせるぞ」

 

 いったいどれほど強くなったのか、データを取らせてもらおう。

 

「さっきと同じように簡単に勝てると思うな! 今のおいどんには恐ろしいほどの力が──」

 

 

 

 ──ということで、5秒でおいどんモブを地獄に帰してやった。モブのセリフ全部聞けてやれなかったのはちょっと可哀想かもしれない。

 

 

「えっと……お疲れさまでした?」

「お疲れさまでいいぞ。戦闘じゃ全然疲れなかったが、会話すんのは本当疲れた」

 

 むかつくけど所々可哀想と思ってしまうあたりが本当に疲れた。

 

「じゃあ、お疲れさまです。でも、あれがリリスさんの言ってた『悪魔の種子』ですか? 悪魔化って言ってもそこまでは強くならなそうですね」

「そうでもねぇぞ。おいどんの奴鬼になる前と後で3倍くらい力の差があった。完全な悪魔化が出来てたら長剣じゃちょっと危なかったかもな」

「それでも負けるとは言わないんですね」

「そりゃ、強いだけのモブに負けるほど死線くぐりぬけてねぇからな」

 

 どんなにステータスが上回れようとそれを扱えない奴に負ける理由はない。むしろステータスが低かろうが自分の力を完全に使いこなす奴の方が百倍厄介だ。

 

「ま、とにかくだ。今回はモブだったから良かったが…………英雄クラスのやつが『悪魔の種子』を使ったらちょっとばかしやばいかもな」

 

 リリスの話によれば悪魔化は素質の完全開花と肉体的制限からの解放だ。今現在強い英雄クラスが使えば今以上に強くなるのは間違いないし、今は弱くても才能を秘めてる奴が恐ろしく強くなる可能性もある。

 

「それでも…………やっぱり負けるとは言わないんですね」

「そりゃな」

 

 いつも言ってるだろうに。

 

 

「ドラゴン使いと一緒に居るドラゴンは最強だからな」

 

 

 たとえ相手が悪魔だろうが神様だろうが。『最強の生物』の相棒として、戦う前から負けるつもりは全くなかった。




今回飛ばした時間軸の話は向こうでゆっくりやる予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第25話:おめでた報告

「お出かけですか? ダスト様、ゆんゆん様」

 

 空飛ぶ城の庭園。何度か手伝った私からしてもいつの間にか出来ていた綺麗な庭で。ミネアさんに乗り込もうとしてた私たちに、庭を花で一杯にした主犯のリリスさんにそう声を掛けられる。

 

「おう、紅魔の里までな」

「わざわざ飛んでいくのですか? あの里であればゆんゆん様は転移先に登録されていたと思いますが」

「俺もそう思うんだがな。こいつが飛んでいきたいって言うからよ」

「だって、地獄に行ったら綺麗な景色をしばらくの間見れないじゃないですか。今のうちに堪能しとかないと」

 

 地獄にあるバニルさんの領土は文明的にはこの世界とほとんど変わらないし、むしろ一部だけ見ればかなり発展している。

 でも地獄は地獄なわけで、風景とかはかなり陰鬱としたものが広がっていた。

 

「けれど、今日はお二人……シルバードラゴンをいれても3人ですか? ブラックドラゴンの子は?」

「ジハードなら部屋で寝てるよ。どっかのドラゴンが昨日際限なしに連れまわして疲れ果ててたからな」

 

 自分は関係ないとばかりにそっぽむいてますけど、ミネアさんのことですからね。

 遊んでくれるのはありがたいけど、ハーちゃんはまだまだ小さいんだからその辺りはもう少し気を付けて欲しい。

 

「てことで、リリス。一応リーンにもジハードのこと頼んではいるが、お前も気をかけててくれ」

「承りました。…………けれど、本当に3人だけで大丈夫ですか? ドラゴンと一緒に居る限りこの世界でダスト様を害せるような方はそういないのは分かっていますが……」

 

 魔王軍も瓦解してるし、四大賞金首もすべて討伐されてる。大精霊のような自然災害は置いておくにしても、人類種の敵対者でダストさんを倒せそうな存在はほとんどいないかもしれない。

 数少ないダストさんを倒せそうな明確な敵対者(アリスさん)はそこで優雅に紅茶飲んでるし。

 

「ダスト様の故郷への警戒も必要でしょう。あの子を連れて行きませんか?」

「ロリーサねぇ……まぁ、あいつなら連れて行っても別に問題ないだろうが……」

「では連れていかれますか?」

「んー……やっぱいいや。欠片も守備範囲じゃねぇし人間ですらねぇがあいつも一応女だからな」

 

 今回の里帰りは私の妊娠のことをお父さんたちに伝えるため。単純な里帰りならリーンさんやロリーサちゃんも一緒の方がいいんだけど、報告のためだと考えると一緒だとちょっと面倒かもしれない。

 特にリーンさんが一緒だといろいろ複雑になりそうだし。

 

「そうですか。あの子ったらせっかくダスト様と真名契約しているというに、最近は私に付いてきてばかりですから。使い魔としての仕事をこなしてきてもらいたかったのですが」

「あはは……契約してるとはいえダストさんはそれを理由に束縛するのは嫌いますし、クイーンのリリスさんに付きっきりなのは仕方ないんじゃ……」

 

 リリスさんがサキュバスクイーンだと知った時は本当に驚いたけど、初めて会った時から普通の夢魔じゃないことは分かってたし、今では納得できる感じが強い。

 アリスさんとはまた違ったカリスマというか上に立つ存在の威風があるし、サキュバスなロリーサちゃんがついていくのも仕方ないと思う。

 

「てか、あの店のリーダーがリリスの世話しろって言ってるみたいだからな。お前についていくのがあいつのバイトみたいなもんらしいぞ」

「別にそのようなものいらないのですが……」

 

 煩わしそうにため息をつくリリスさん。アイリスちゃんもだけど、偉い人は偉い人でいろいろ悩みがあるのかもしれない。

 

 

「てことで帰りは夕方くらいの予定だ。夕飯の時間までには戻るだろうから準備はよろしくな」

「ハーちゃんの事よろしくお願いしますね」

「承りました。お二人ともお気をつけて」

 

 そうして、リリスさんに見送られながら。私たちはミネアさんに乗って紅魔の里への道を飛んでいくのだった。

 

 

 

「やっぱ、後ろに乗せるならゆんゆんだな。リーンやロリーサとは感触の幸せ度合いがちげぇ」

「その台詞は酷すぎてドン引きですし、きっちりと二人にはダストさんがそんなこと言ってたと報告しますけど、私もダストさんに抱き着いて飛ぶのは好きですよ」

 

 ミネアさんと別れて。紅魔の里を私はダストさんとゆっくりと歩いてく。

 

「ダストさんとくっ付いてるとなんか安心して……でもドキドキして。なんていうか…………うん、幸せなんです」

「そーかよ。…………、ならくっ付いて歩くか?」

 

 腕に抱き着くようにかな? ダストさんが軽く腕を上げてくる。

 

「知らない街ならともかくこの里でそれは恥ずかしいですよ。だから、その…………これくらいで」

 

 でも、流石に子供のころから私を知っている人ばかりの故郷でその腕に抱き着くのは恥ずかしくて。

 だから私はそっと手をつなぐ。自分が持てる精一杯の勇気と繋がりたいという欲求を持って。

 

「ったく……ガキじゃねぇんだからせめてこれくらいは繋げっての」

 

 そんな私の精一杯を笑い飛ばすように。ダストさんは少し乱暴に手を繋ぎなおす。指と指とを絡めあう……恋人つなぎだ。

 

「……やっぱり、私ダストさんのこと好きです」

「そうかよ、そりゃ良かったな。見る目あるぜ」

 

 本当に好きだなぁ。

 こうして強引に私を引っ張ってくれるところとか。

 私の言葉にそっぽ向いて顔赤くしてる所とか。

 

 

「驚いた。話には聞いていたけど、想像以上にラブラブなようだね」

「あるえ!? あ、え? いつからそこに!?」

 

 懐かしい──割と最近は会ってるからそうでもないか……──声に驚いて振り返ってみれば、作家志望の幼馴染の姿。相変わらず謎の眼帯をしているあるえがいた。

 

「ついさっきだよ。具体的に言うなら金髪の人の『やっぱ、後ろに乗せるならゆんゆんだな』のあたりからかな」

「それ恥ずかしい所は全部聞いてるじゃない! なんでもっと早く声をかけてくれなかったの!?」

「特に理由はないよ。しいて言うならそっちの方が面白うだったからかな? 小説のネタにちょうど困ってたところでね」

「少しも悪びれないあたりが本当にあるえだなぁ!」

 

 昔からネタになりそうなことに遭遇したら自重しない子だったからなぁ……。

 

「おう、確かゆんゆんの数少ないダチだったか。相変わらず胸でかいな」

「ナチュラルにセクハラしてくるあたり話に聞いた通りの人だね。ええと……ダストさんでよかったのかな? それともラインさんと呼んだ方が? はたまた最年少ドラゴンナイト様?」

「『お兄ちゃん』とか『兄さん』とかでもいいぞ」

「ちょっと何を言ってるか分からないんだけど……」

「いやちょっと前にゆんゆんと兄妹プレイした──」

「──ダスト! ダストさんのことはそっちの名前で呼べばいいから!」

 

 相も変わらず余計なことを喋ろうとするダストさんの口を防ぎながら私は叫ぶ。

 

「ふむ……よく分からないけど、とりあえず、名前の件と君たちが仲良くやってるのはよく分かったよ。兄妹プレイについては今度時間があるときに詳しく教えてくれるかな」

「その台詞完全に理解してる台詞だよね!?」

 

 いらない所までよく分かってくれる幼馴染だった。

 

 

「それで? 作家志望……もうニートでいっか。里随一のニートのぶっころりーさんに次ぐニートなあるえは私たちに何の用なの?」

「おーけーゆんゆん。作家志望をニートと呼ぶなんて君は間違いなく喧嘩を売ってるね? よりにもよってあの変態ストーカーと同類扱いとはいい度胸じゃないか。そっちがその気ならこちらとしてもやぶさかではないよ」

「ふふん、万年三位のあるえが二位だった私に勝てるとでも? それに今の私はすっごく強くなってるんだからずっとニートしてるあるえが勝てるわけないよ」

「前にも言ってるけど君が卒業する前の試験では私が勝っているからね」

「あれは実力じゃなくてわざと負けたんだから!」

 

 爆裂魔法を覚えようという馬鹿なことを考えてるめぐみんと一緒に卒業するため、わざと試験で手を抜いたことがあった。

 …………今にして思えば私も馬鹿なことを考えてたなぁ。

 

「なぁ、ゆんゆん。喧嘩するのは構わねぇんだけどよ」

「? なんですか、ダストさん。実力を勘違いしているニート志望の子に世間というものを教えないといけないから忙しいんですが……」

「おう、だから手短にするが…………喧嘩すんなら手を離すぞ? 流石に女の喧嘩に巻き込まれたくはねぇからよ」

 

 そう言って示されるのは相変わらず恋人繋ぎしている私とダストさんの手。

 

「…………。ねぇ、あるえ。喧嘩ってむなしいものだと思わない?」

「奇遇だね。ちょうど私もそう思ったところだよ。…………どうぞ男とお幸せに」

 

 呆れ顔のあるえに私は何も言い返せなかった。

 

 

 

「結局あるえは何の用だったのかな?」

 

 いつも以上に気怠い様子のあるえと別れて。実家の前までやってきた私は今更になって結局あるえの用事を聞いてないことを思い出す。

 

「単純に挨拶しただけじゃねぇの? ダチだったらそれくらいすんだろ」

「それだけだったらいいんですけどね」

 

 なんとなく話したいことがあったような気がするんだよね。

 

「まぁ、今度会った時にでも聞けばいいかな」

 

 急ぎの用事だったら喧嘩する前に言ってるだろうし。

 それよりも今はお父さんたちへの報告だ。

 

「ただいまー! お父さん、お母さん、いるー?」

 

 気合を入れて家の扉を開ける。いつかの勘違いとは違う正真正銘の妊娠報告だ。新しい家族が出来ることをちゃんと伝えないといけない。

 

「ゆんゆん? お帰りなさい。ジハードちゃんは……、…………お邪魔しました」

「お母さん!? ここは自分のお家でお邪魔も何もないよ!」

 

 嬉しそうな声と一緒に出迎えてくれた私のお母さんは、けれど出てきてすぐに奥の自分の部屋に逃げるようにいなくなる。

 

「…………なんだあれ? お前なんかしたのか?」

「いえ、多分ダストさんの姿に驚いたというか…………怖かったんじゃないですか?」

「あー……そういや、男性恐怖症の紅魔族とか言う凄いめんどくさい母親だったなお前のお袋さん」

「人の母親をめんどくさい言わないでください」

 

 お父さんのことは普通に平気だったり、恐怖症って言うより単純に苦手って感じだから否定は出来ないんだけど。

 

「そうだな。族長に聞いた話よりかは普通っぽいし、ぼっちやってた頃のお前に比べれば全然面倒じゃないかもな」

「昔……私が生まれる前はもっと酷かったかもしれないですけどね。今は友達が少なかった頃の私よりちょっと面倒なくらいですよ」

 

 少なくとも面倒だと言っても許されるくらいには、お母さんの男性恐怖症は深刻なものじゃない。

 

「二人して人の家内を面倒言わないでもらえるとありがたいんですが」

「あ、ただいまお父さん」

「よ、族長。ミネアの引っ越し以来だな」

 

 ため息交じりに居間からやってきたのはお父さん。少しだけ白髪が増えたかな?

 

「おかえり、ゆんゆん。ダストさんもようこそいらっしゃいました。…………ところで、ゆんゆん、ジハードの姿が見えないようだが……」

「今日は連れてきてないよ」

 

 多分今頃リーンさんと一緒にご飯食べてるんじゃないかな。

 

「そうか。………………そうか」

「うん。なんでお父さんは娘が帰ってきたのに死ぬほど残念そうな顔をしてるのかな?」

「孫娘が出来た父親の娘に対する態度なんてどこでもこんなものだろう」

「泣くからね!」

 

 ハーちゃん連れてきた時のねこっ可愛がりようを考えれば想像ついてたけど。

 いくらハーちゃんが世界一可愛いからって娘をないがしろにはしてほしくないなぁ……。

 

「それで、ダストさんも一緒とは今日は何の用で来たんだ? 今少し立て込んでいるから、厄介ごとは出来れば遠慮したいのだが」

「? 立て込んでるって何があったの?」

 

 魔王軍が攻め込んでくることすら日常の雰囲気で終わらせる紅魔の里で、立て込むような厄介ごとってなんだろう?

 

「うーむ…………そういえばお前はふにふらとは同級生だったか。なら、伝えておいた方がいいか」

「? ふにふらさんがどうかしたの?」

 

 学生時代からの数少ない友達のふにふらさん。学校を卒業してからはずっと会ってないけど、何かあったのかな?

 

「ふにふらから親の元へ手紙が届いたそうでな。……子どもができたそうだ」

「………………えーと…………確かふにふらさんって弟さんと駆け落ちしたって話だったよね?」

「そうだな」

「…………誰との子ども?」

「さっぱり分からないな」

「そうだよね、分からないよね」

 

 弟さんと駆け落ちしたきりなんだから、分かるはずないよね。

 

「なんで親子揃って現実逃避してんだよ。普通に考えたら──」

「──普通に考えたらそれはありえませんよ!」

 

 いくらふにふらさんが重度のブラコンとはいえそんなはずが……。

 

「何を常識人ぶってんだか。お前だってこの前俺のこと実の兄だと思いながら──」

「──あー! あー! 耳鳴りが酷くてダストさんが何を言ってるか分からないなぁ!」

 

 本当に全くこれっぽっちもダストさんが何を言ってるか分からない。

 

「まぁ、ふにふらの手紙の内容では、本当に出来たか分からない。想像妊娠かもしれないし、どこかで子供を拾ったという話かもしれない」

「あー……ふにふらさんだとそういうことありそう」

 

 というか紅魔族一般に当てはまる。

 

「とまぁ、そういう話だ。ゆんゆんもどこかでふにふらにあったら里に帰るように、それが無理ならきっちり事情を聞いておいてくれ」

「うん、分かった」

 

 あるえの話がある様子だったのもこれのことだったのかな。

 

「それで? お前たちの話は…………と、玄関で立ち話をする必要はないか。とりあえず上がりなさい」

「うん。もう一度ただいまーっと」

「邪魔するぜ」

 

 そのままお父さんに続いて居間に入り、ダストさんと一緒にお父さんの前の席に座る。

 

「では、改めて。今日は何の話できたんだ?」

「うん。えっとね、…………さっきの話の後だと凄い切り出しにくい!」

 

 なんでこのタイミングで子ども出来たとか手紙よこしちゃうかなふにふらさん。狙ったようなタイミングすぎるんだけど。

 

「別にこっちはやましいことはないんだから普通に言えばいいだろ」

「本当に言えますか? やましいことないって本気で思ってますか?」

 

 今更な話だし私が望んだことだけど、私とダストさんは付き合ってはいても結婚してるわけじゃない。

 一般的には結婚せずに子どもを作ることは推奨されてないし、百歩譲って子どもが出来た結果にやましいことはないにしても、子どもが出来る()()はいろいろとやましすぎる。

 

「言えるし、思ってるぞ。てことで、族長。こいつ俺の子ども妊娠したみたいだから報告に来た。妊娠一か月だと」

「そして本当にあっさり言いますね! 私が気合入れてたの完全に無意味じゃないですか!」

「お前の気合なんて知らねぇよ。こういうのは男が言った方がしまりがいいだろ」

 

 確かに男の人が言った方が責任取る意思がある感じで収まりがいいけど。

 今回の妊娠は私の我儘が大きいから自分で伝えときたかったのに……。

 

「……って、あれ? お父さん? 何も言わないの?」

 

 てっきり、ハーちゃんが私たちの子どもだって勘違いした──今となっては勘違いとも微妙に言えないんだけど──時みたいに大喜びすると思ったのに。

 

「で……」

「で……?」

「でかしたゆんゆん!」

「あ、よかった、思った通りの反応だ」

 

 喜びすぎて固まってただけだったみたい。

 

 

 

「それで、二人とも。結婚はいつする予定で? あまりお腹が目立たない方がいいだろうが……」

「えっと……その話なんだけどね? 子どもは出来たんだけど、もしかしたら私ダストさんと結婚しないかもしれない」

 

 リーンさんとの決着次第ではそういう可能性もある。

 

「ダストさん、この子は何を言ってるんですか?」

「俺にも全く分かんねぇ」

「とにかく! 結婚するにしても子どもが生まれてからだからよろしく!」

 

 そのころまでには決着がついてるはずだし。

 

「ダストさん、この子は何を考えてるんですか?」

「さぁなぁ……リーンの奴となんか企んでんのは知ってるが」

 

 なんで私二人に可哀想なもの見る目向けられてるのかな。

 

「ま、こいつが何を考えてるかは置いとくにしても、結婚を子どもを産んだ後……全部終わった後にしようってのは俺も同じ考えだ」

「ふむ……? その理由は聞いても?」

「ああ。…………おい、ゆんゆん。お前ちょっと席外せ」

「? なんですか、私を外していったい何の話をするつもりですか」

 

 当事者の私を外してしようとする話ってなんだろう。

 

「いいから外してろ。お前に聞かれたら面倒な話しするだけだから」

「その言い方で素直に外れるわけないですよね!?」

「いいから」

「むぅ…………分かりました」

 

 有無を言わせないダストさんに渋々と私は頷く。

 その様子からきっと話の内容は私やお腹の子どものための話で……でも、きっと私が納得できない話をするのは想像できたから。

 そしてそれが昨日ダストさんとバニルさんが話していた、私の分からない話に繋がることも。

 

 

 

──ダスト視点──

 

「結論から言うとだな、俺はもうすぐ死ぬかもしれねぇんだよ」

 

 ぼっち払いを済ませて。あいつがお袋さんのいる部屋に入ったのを確認してから俺は族長に単刀直入に言う。

 

「…………、それは確度の高い話ですか?」

「世界一の相談屋の予言だからな。あいつの……ゆんゆんの選択次第じゃ俺は死ぬらしい」

 

 正確には実質的な死とかそんな予言だったか? まぁ、実質的に死んでるなら別に死ぬって言ってもいいか。

 

「それで、その時期があいつが子ども産む直前とかどっかその辺りらしくてな。俺としてもあいつと結婚するとしたらそういうの全部乗り越えたあとが良いんだよ」

「……仮にダストさんが死ぬとしても、その前にあの子と結婚してあげるという選択もあると思いますが?」

「冗談だろ。こんなチンピラのためにバツつける理由ねぇよ」

 

 あいつはまだ若いし誰よりも良い女だ。俺みたいなチンピラに引っかかっちまったのだけが玉に瑕だが、俺さえいなくなればいくらでもやり直せるはずだ。

 

「それでこっからがお願いなんだがな。もしも俺が死んだら、俺の子どもは拾い子ってことにしてくれねぇか?」

「別に出来ないことはありませんが…………あの子が納得するとは思えませんね」

「かもな」

 

 でも、ゆんゆんがどう言おうと構わない。

 

「あいつが妊娠してた時期なんてねぇんだ。事情を知らない奴らがゆんゆんの言うこと信じるわけないし、もしも信じてくれる相手なら信頼できる」

「妊娠してた時期がないというのは?」

「俺らはこれから子どもが生まれるまで地獄にいる。あっちは時間の流れが速いから、こっちの世界じゃ2週間しないで子どもが生まれる計算だ」

「なるほど」

 

 だから、普通はゆんゆんの言葉は信じられない。証言がそれだけならともかく、親であり族長の証言と並べばどっちが信じられるかなんて決まっている。

 

「だから改めて頼む。俺にもしものことがあったら、あいつとあいつの子どもを幸せにしてくれ」

 

 そう言って俺は深く頭を下げる。

 俺みたいなチンピラには言葉に重みもなければ、気の利いたこともできない。だから精一杯の誠意を込めて頭を下げて頼むしかなかった。

 

「頭を上げてください、ダストさん。いろいろと言いたいことはありますが、私はこのことで頭を下げて頼まれる理由がない。……あなたがどうしようと、どうなろうと、娘と孫を幸せにしようと努力する……それは父親として祖父として当然のことだ」

「それでも……頼ませてくれ。もしかしたら、俺が自分の子どもに出来る最後のことかもしれねぇんだから」

 

 これはただの自己満足なんだろう。でも、だからこそやりたいって俺は思う。

 意味のない、けれど大切なことをやらせてほしかった。

 

「……一つ質問させてください。なぜダストさんはあの子と子どもを作ったんですか? 自分が死ぬという予言は、以前から分かっていたのでしょう?」

 

 こうして自分の死後を頼むくらいなら、何故娘を傷物にしたのか。族長はそれを聞いてくる。

 でも、それはきっと聞かれるまでもない事だ。

 

「決まってんだろ。あいつのことが好きだから。自分の命なんかよりずっと大切で、()()()()好きだから。だから、そんな相手に求められて断れるわけがねぇ」

 

 理屈で考えるなら俺の行動は矛盾だらけで馬鹿な行動なんだと思う。

 でもきっとこればっかりは理屈じゃない。

 そもそも理屈で守備範囲外だったあいつを好きになるはずねぇんだから。

 むしろ守備範囲外だって理屈で自分の気持ちを誤魔化してたくらいだしな。

 

「やっぱり、先に結婚するべきだと思いますよ。あなたのためにも、あの子のためにも」

「まぁ、いろいろもしもの前提で言ったけどよ、別に死ぬ気はしてないんだぜ? あいつならちゃんと大丈夫だって思ってる」

 

 ゆんゆんならちゃんと正しい選択をすると信じてる。だから、すべてが終わった後、俺はあいつと結婚する気満々だ。

 あいつらが何を企んでるかは知らないが、この気持ちは揺るがない。

 

「では、やはり先に結婚してもいいのでは? 信じているなら先にしても後にしても一緒でしょう」

「それも正論ではあるんだがな……」

 

 ゆんゆんの言い分を無視するなら、確かにこっちは後でも先でも変わらない。

 

「でも、思うんだよ。この騒動が終わる頃には自分が変われるんじゃないかって」

 

 こんなどうしようもないろくでなしでチンピラな俺だけど。

 

 

「あいつなら…………ゆんゆんなら本当に俺を更生しきっちまうんじゃないかってな」

 

 

 胸を張ってあいつの隣に立てるような男に。結婚するならそうなってからがいい。

 俺はそう思っているのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第26話:地獄への誘い

──ダスト視点──

 

「なぁ、ルナ。お前地獄にバカンス行きたくねぇか?」

「ちょっと何を言ってるか分からないんですが……」

 

 ギルドの受付。今日もいつものように忙しくしてるから単刀直入で言ってやったというのに、ルナは何故か『またこの人面倒なこと持ってきた……』的な顔をしてやがる。

 

「何を言ってるも何もそのままの意味だっての。仕事で疲れてるお前に地獄へ息抜きに行かないかってそう誘ってんだよ」

「とりあえずダストさんが言いたいことも、私の聞き間違いじゃないことも分かったんですが…………息抜きはいいとして、地獄って何ですか」

「えらく哲学的な質問しやがるな。地獄は地獄だろ」

 

 あえて言うなら旦那の出身地とか?

 

「いえ、そういう話じゃなく…………バカンスでなんで地獄なんてところに行くんですか。また頭おかしくなったんですか?」

「またってなんだよ、またって。まるで俺に頭がおかしかった時期があるみてぇじゃねぇか」

 

 どっかの爆裂娘やドМ貴族や宴会芸の女神じゃあるまいし。

 

「そうですね、またじゃないですね。最近ちょっとまともになってたと思ってたのは私の勘違いだったということですね」

「おう、その無駄に大きい胸揉んで欲しいなら最初からそう言えよ。いくら行き遅れでゆんゆんほど張りがなくなってきてる胸でもそれくらい大きければ十分楽しめるからよ」

「ギルドから賞金を懸けられたいのなら最初からそう言ってくださいよダストさん。ダストさんの前科を考えれば100万エリスくらいなら余裕で懸けられるんですから」

「はっ……俺がそんな脅しに……」

 

 …………なんでこいつマジな目してんの?

 

「脅しに……なんですか? ダストさん」

「脅しに屈して素直に謝るんで賞金懸けるのは勘弁してください」

「謝るくらいなら最初から言わなければいいのに…………まぁ、謝られても許さないんですけど」

「そこは許せよ! お前だって俺に喧嘩売ってんだからお相子だろうが!」

 

 そもそもルナが行き遅れでゆんゆんより胸の張りがなくなってるのも事実なんだ。事実を言っただけでなんで賞金懸けられないといけないんだ。

 

「お相子じゃないですよ? 先に喧嘩を売られたのは私ですし」

「はぁ? どっちかというと今回はお前の方から……」

「そうですか。とある相談屋さんから私が乙女と言える年齢じゃないとダストさんが言ってたと聞いてたんですが、嘘だったということですね」

「……お、おう…………どこの相談屋かは知らねぇがつまらねぇ嘘つく人だな」

「いえ、その相談屋さんは人じゃなくて基本的に嘘をつけない悪魔の方ですけどね」

 

 ……………………。

 

「か、仮にその話が本当だとしても、事実を言っただけ──」

「──欠片も反省が見られないようですが、100万エリスじゃ足りませんか?」

「ごめんなさい。本気で謝りますのでどうかお許しください」

 

 まぁ、うん。たとえ事実だろうが行き遅れに悲しい事実を突きつけるのは悪いことだよな。

 

「なんかイラっとすること考えてそうな憐みの顔向けられてるのは気になりますが、一応反省はしてるみたいですね。仕方がないので罰金10万エリスで許してあげます」

「それ本当に許してんの?……まぁ、どうせ金払うのはゆんゆんだしいいけどよ」

 

 城に引っ越したから宿代が完全に浮いてるしな。なんだかんだでクエストもちゃんとこなしてるし、大物討伐はなくてもそれくらいの余裕はあるだろう。

 

「それで? 話を戻…………さなくていいか。ということでダストさん、次が並んでいますのでお帰りください」

「心配しなくても後ろには誰も並んでないから話戻していいぞ」

 

 こんなこともあろうかと例の店から貰った、使いきれないくらいの割引券を後ろに並ぼうとした奴に片っ端から渡したからな。

 リリスが来てからこっち本当毎日のようにロリーサが店から貰ってきて、どう消費しようか困ってたからちょうどいい。素直に使おうにもロリーサが微妙な顔するから使えないし。

 

「ちっ……。ごほん……それで、ダストさん? 何の話でしたっけ?」

「おい、今お前舌打ちしただろ」

 

 行き遅れと仕事のストレスがやばいのは想像ついてるが、最近のこいつ荒みすぎだろ。

 

「気のせいですよ、ダストさん。舌打ちなんて失礼なこと心の中でしかしませんから」

「そうか、気のせいか…………って、うん?」

 

 今さらっとおかしなこと言わなかったか?

 

「そんなことよりダストさん、早く本題をお願いします」

「お、おう……。まぁ、俺らが明日から10日から2週間地獄で過ごすんだよ。それに一緒にお前も行かねぇかなって」

「そうなんですか。それで、地獄に行くことの何が息抜きになるんですか? 同じ2週間休みを貰うならエルロードに行ってカジノに行った方が余程息抜きになると思うんですが」

 

 こいつのイメージじゃカジノなんて行きそうにないし、実際行ったことねぇだろうに……マジでこいつ疲れすぎだろ。

 賞金騒ぎの時に多少は解消できたと思ってたんだが、やっぱそれだけギルドの受付嬢って仕事は激務なんだろう。もしくは最近なんか嫌になることでもあったのか。

 

「同じ2週間なら確かにそうだな。でも地獄ってのはこの世界より時間の流れが速いからな。こっちで2週間の時間でも向こうでなら1年近くの時間ゆっくり出来るんだよ」

「なるほど……確かにそれならよほど酷い場所じゃない限り疲れを取れそうですね。問題は地獄はそのよほど酷い場所なイメージなんですが」

「その辺りは心配しなくてもいいぞ。景色はともかく文化的にはアクセルとそう変わんねぇからな」

 

 むしろ変なところではこの世界より文明進んでたりする。

 あらゆる世界と繋がってるから色んな世界の文明が流入してるが、弱肉強食の世界ゆえに定着をしない。だから地獄の文明はちぐはぐだというのはリリスの談。

 

「どうせ観光とかする気はないので景色はどうでもいいんですが…………1年近い休暇ですかー…………確かに魅力的ですね」

「だろ? 一つ問題があるとしたら2週間で1つ歳を取るからお前の行き遅れがさらに進むことくらいだ」

「なるほど。この話は聞かなかったことにしますね」

 

 ゆっくりできる休暇と行き遅れの深刻化。やっぱりというかギルドの行き遅れ看板受付嬢は後者の方に重きを置くらしい。

 

「そうか、残念だな。リリスにお前の行き遅れのこと相談したら経験を食らう悪魔を紹介してくれるって話だったのに」

「人の知らないことで何てことを相談してくれてるんですか。リリスさんというのがどなたかは知りませんが、経験を食らう悪魔ってなんですか?」

「その名の通りらしいぜ? 普通の悪魔は悪感情を食らうが、その悪魔は人の経験を食らうんだと」

 

 バニルの旦那やゼーレシルトの兄貴のように基本的に悪魔は悪感情、特に人の悪感情を食べる。好みの悪感情は千差万別だが多くの悪魔は悪感情を餌にしている。

 だが何事にも例外があるように悪魔の食事にも例外がある。例えばサキュバス。下級の悪魔である彼女たちは悪感情を糧に出来ず不純物が混じった精気を糧として存在している。経験を食らう悪魔ってのもその例外らしい。

 

「それで、その名の通りの経験を食らう悪魔さんと私に何の関係が?」

「経験を今現在から順に食らっていくらしくてな。食らった経験の年数分一緒に歳まで食らっちまうんだと」

「ちょっと奥で詳しく話を聞きましょうか」

「いきなり前のめりになるんじゃねぇよ。食いつきすぎて引くわ」

 

 ルナの胸で前のめりされたら眼福ではあるんだが、表情見ると必死すぎて萎える。

 

「詳しくって言っても旦那じゃあるまいしこれ以上説明は出来ねぇぞ。俺から言えんのは経験と引き換えに若返りが出来るってそれだけだ」

「むむむ……経験と引き換えですか。流石に今の記憶とかまで食べられてしまうのは困るんですが」

「その辺は俺も確認したがそこらへんは大丈夫らしいぜ?」

 

 経験と言っても食らうのはスキル的なものだけらしい。と言ってもその副作用で歳まで食らってる辺り『経験』以外のものは何を食らわれてるか分かっちゃもんじゃないが。 

 

「ま、リリスも一回くらいならそこまで問題ないし取り返しも効くって言ってたから大丈夫じゃねぇか、多分」

「そこはかとなく大丈夫じゃない言い方なんですが、本当に大丈夫なんですか?」

「悪魔に関係することで絶対大丈夫です言われる方が俺は信頼できないがな」

 

 悪魔は契約主義で嘘はつかないが、それだけだからな。リリスをはじめとして悪魔ってのは油断ならない奴らばかりだ。

 

「で? 結局くんのか来ないのかどっちだよ」

「不安がないと言ったら嘘になりますが……当然行きますよ。そろそろ相談屋の悪魔さんに魂売ってでも私が幸せになる方法を聞こうかと思ってたくらいですから」

「お、おう……さらっと死ぬほど重いこと言われても反応に困るが、とにかく来るんだな」

 

 本当こいつ追い詰められてるよなぁ……。早くだれかこいつ貰ってやれよ。

 

「それでダストさん。私のほかに誰か誘ったりはしないんですか?」

「ん? まぁお前以外にも行き遅れでちょっと悩み始めた奴がいるし、そいつは誘ったぞ」

 

 どっかの貴族のくせに金に困って買収されそうになる魔法使いのねえちゃんには一応声をかけている。アイリスの付き人として2週間も離れるのは難しいかもしれないってことではあったが。

 

()()として誘うのはルナ以外じゃそいつくらいだな。あとはパーティーメンバーと──」

「フィー……フィーベルさんは誘わないんですか?」

「ベル子? あいつも行き遅れって悩んでるのか?」

 

 ゆんゆんやリーンと同じくらいの歳だし確かにそろそろ焦る時期だろうが。

 

「いい加減行き遅れの話から離れてください! そういうのじゃなくて、最近のフィーって妙に落ち込んでいるというか、仕事のミスが多いんですよ。リフレッシュさせてあげられないかなって」

「リフレッシュさせるのに地獄に誘うってのも凄い発想だな」

「それをダストさんが言わないでくださいよ」

 

 おっしゃる通り。

 

「ま、お前が誘った方がいいってんなら誘うか」

 

 こいつの人を見る目は信頼してるからな。ゆっくり過ごすだけなら悪い所じゃないのも確かだし。

 

「…………あの子の英雄さんには言われなくてもそういう所に気づいてもらいたいんですけどねぇ」

「はっ、そんなことに気づけるほど気の利く人間だったらもっと要領よく生きってるっての」

 

 それができないから俺はチンピラなんかやってるわけで。

 

「威張って言うことじゃないと思いますが…………まぁ、そうですよね、ダストさんですもんね」

「てか、あいつってルナに結構いろいろ話してんのか」

 

 俺があいつの英雄と曲がりなりにも認めてること知ってるとか。

 

「一応、あの子とギルドの中で一番仲良くさせてもらってる自負はありますかね」

「ふーん……人と人のつながりってのは分からないもんだな」

「始まりはとあるチンピラさんのセクハラに困り果てたフィーが私にあしらい方を相談してきたことからですけどね」

「あいつも見た目はいいからな。セクハラされるのも仕方ないか」

 

 その辺りは美人税ってとこだろう。

 

「困り果てるレベルのセクハラするような人はそうそういませんけどねぇ……」

「ま、セクハラにも限度はあるわな」

「…………」

 

 ところでなんでルナは俺のことゴミを見るような目で見てるんだろう。

 

 

「はぁ……もういいです。それで結局地獄にはどうやっていけばいいんですか? ダストさん達が迎えに来てくれるんですか?」

「おう。ほれ『召喚札』だ。これがありゃ旦那の領地に一度だけ飛べる。それもっときゃ悪魔にお客様扱いもされる優れものだぞ」

 

 旦那の許可の元リリスが作ったらしいこれがあればわざわざ旦那やリリスに地獄への転移陣を作ってもらう必要がない。俺らは普通に城から地獄へ行くが招待する奴らにはこの札を渡すつもりだった。

 

「地獄への転移が出来る札ですか? これかなりの貴重品なんじゃ……」

「だろうな。悪魔使いや研究者に売ろうとすれば凄い値段がつくだろうよ」

「そんなものをダストさんがタダでくれるなんて…………じつは変装してるバニルさん?」

「俺が旦那ならもう数えきれないくらいお前の悪感情を頂いてるっての」

 

 俺だって売れるものなら売るが、それやるとさすがに旦那に殺されるレベルだからな……。下手すりゃ悪魔と神々の勢力バランスを変えかねない代物だ。

 だから渡すのは俺やゆんゆんが信頼出来る奴に限るってリリスに強く言われている。

 

「とにかくそれ使ってお前の都合のいい時に地獄に来い。さっきも言ったが俺らは明日から2週間くらいの間地獄にいるから」

「例によって有給休暇が死ぬほど溜まってますし、2週間くらいどこか旅行行って来いと上司にも言われてるので、今日徹夜すれば明日には行けそうですね。出来ればこういう話はもっと早めに持ってきてほしかったんですけど」

「俺らにとっても割と急な話だからな。文句言うなら旦那に行ってくれ」

 

 旦那は旦那でいろいろ考えてくれてるのは分かってるから、俺は文句が言えないが。

 今日も相談屋もやらずいろいろ動いてくれてるみたいだしな。

 

「てことで俺はもう行くぜ? ベル子の奴を誘わないといけないし、その後もあいつらの所に行く予定だからよ」

「そうですか。ちょうど後ろにたくさん人が並んできたみたいなのでちょうどよかったですね」

「は? そんなはずは……」

 

 チケット渡した奴らに他の奴らが並ばないようにも頼んで人払いしたんだからこんなすぐに人が並ぶわけがない。

 

「「「ダスト、もっとチケットよこせよ」」」

 

 だというのに何故か俺の後ろにはさっきチケット渡した奴らが並んで、チケットをよこせと手をこっちに差し出している。

 というかこれむしろさっきよりも人が並んでねぇか……?

 

「ふぅ……ダストさん? 何を餌にして人払いをしたのかは知りませんが、餌というのはチラつかせるだけで終わるまでは絶対に渡さないのが定石ですよ? じゃないと次の餌をよこせとなるに決まってるんですから」

「流石はカズマを手のひらで転がすのに定評のある受付嬢だな! 次からはそうさせてもらうよ!」

「まぁ、信用のないダストさんがそんなことしても信じてもらえず言うこと聞いてもらえないでしょうけどね」

 

 詰んでんじゃねぇか。

 

「くそ、お前ら散れ散れ! もう用は終わったから人払いもいらないっての! じゃあなルナ!」

「はい。ではまた地獄で」

 

 チケットよこせと魑魅魍魎と化した冒険者たちの手から逃げるため俺は挨拶そこそこでその場を後にする。

 

「ああ、マジでうぜぇ!」

 

 何度か蹴りいれてんのに欠片もこいつら怯みはしねぇ。チケット欲しい気持ちは痛いほど分かるがそれにしてもバーサーカー過ぎるだろ。

 

(こりゃ酒場の方に顔出しは無理だな)

 

 この数の暴徒を引き連れてまともに話が出来るはずもない。ベル子を誘うにしてもほとぼり冷めてからがいいだろう。先にあいつらの方に向かうか。

 

「ダストさんこっちです!」

 

 と思っていたのに、なぜか俺は小さな手にひかれて酒場の方へと連れていかれる。

 

「いきなりなんなんだ……って、ロリーサかよ」

「しっ……少しの間だけ喋らないでください。ダストさんの声が聞こえたら()が覚めちゃうかもしれないんで」

 

 俺を追いかけていたはずの暴徒たち。当然俺が酒場の方に行ってるのも見ているはずだし普通ならこっちにくるはずだが、実際にはすごい勢いでギルドを出て外へと出て行ってしまった。

 

「ふぅ……いきなりでびっくりしましたけどなんとかなりましたね」

「助かったぜロリーサ。やっぱお前の幻術は頼りになるな」

 

 その理由は説明するまでもなくロリーサの夢を見せる幻術だ。俺が外へと逃げる幻覚を暴徒に見せたんだろう。

 

「何をしたかは知りませんけど、落ち着いたらちゃんとあの人たちに謝ってくださいね? 店の常連で私の顔見知りの方多かったんですから」

「今回は別に俺は欠片も悪くねぇし、原因の半分はお前なんだがな……」

 

 大元の原因はリリスが来たことだが、こいつが断りもせず割引チケット貰ってくるのにも問題がある。

 

「? 私がどうかしたんですか?」

「…………、いや、別に何でもねぇけどよ」

 

 ただ、それを言ってマジでチケット貰ってこなくなるのも困るから言えないが。

 使いきれないし使う予定はないにしてもあの店の割引チケット貰えるのは普通に嬉しいからな……。

 

「てか、何でお前ここにいるんだ? その格好この店のウェイトレスの制服じゃねぇか」

「あー……やっぱりそれ聞いちゃいますか……」

 

 遠い目をしているロリーサの格好はベル子が仕事で来ている服と一緒だ。……まぁデザインが一緒なだけで胸とか身長のサイズは全く違うが。

 

「確かお前あの店でバイトしてて、その指示でリリスの世話をしてたんじゃなかったか?」

「はい……」

「それなのにここにいるってことは…………リリスにこっちくんな言われたか」

「言い方はともかく端的に言うとそうなります」

 

 なるほど。で、店の方にも戻るに戻れずと言ったところだろうか。

 

「だったら城の部屋でゴロゴロしときゃいいのに」

「クイーン様が掃除や料理をしている城の部屋でそれは無理ですよ!」

「あっち好きでやってんだから気にしなきゃいいだろうに」

「誰しもがダストさんのように無神経じゃないんですよ……」

「おいこら」

 

 人が親切で助言してやってるのにその言い草は何だってんだ。

 

「ん? でもお前店でバイトして精気を貰ってるんじゃなかったか? ここじゃ金は貰えても精気は無理だろ?」

「一応ここでのバイトはリリス様の世話の一環というか手伝いということになってるので。ほとんど建前のような感じですけど情報収集的なことやってるんですよ」

 

 情報収集ってなると『悪魔の種子』関連か?

 

「いつからやってんだ?」

「今日からですね」

「…………なぁ、お前明日から俺らと一緒に地獄だよな?」

「そうですね」

「冷やかしか何かか」

 

 バイト初日だけきてその後2週間全く来ないとか。

 

「私も気にしてるんで言わないでください……。一応昨日の面接の時に説明はしてるんですけど、面接の方のひきつった笑顔が忘れられないんですから……」

「なんてーか…………お前も大変なんだな」

 

 こいつも昔の俺やレインと同じか。偉い奴の傍付きってのは無理難題に振り回されるのが運命なのかね。

 

「ダストさんが主人として見たら割と理想的な良物件だったことに驚いています……」

 

 褒めてくれてんだろうが同時に貶されてる気がするのは気のせいか?

 

「ま、なんにせよだ。仕事頑張れよロリーサ」

「頑張りますよー。ウェイトレスの仕事自体は慣れていますし、色んな人と話せるのは結構楽しいですからね」

 

 こいつのこういう所は本当感心するぜ。今はまだまだだが、こいつならそのうち立派なサキュバスになれるだろうな。

 

「……っと、そうだった。なぁロリーサ。ベル子の奴呼んでもらえるか? あいつも地獄に誘おうと思ってんだが」

「ウェイトレスさんですか?」

「おう、多分そのウェイトレスさんだが……普通に名前で呼べよ。ここにはウェイトレスたくさんいるし、むしろお前自身がウェイトレスだろうが」

 

 悪魔にとって名前呼ぶことが大事な意味あることは分かってるが。こいつも最初の頃は俺のこと『金髪の常連さん』って呼んでたしな。

 

「じゃあ……『ダストさんの妹さん』とか?」

「なんでだよ!」

「え? でも、ダストさんがお兄ちゃんと呼ばさせてると酒場ではその噂で持ち切りなんですが……」

「それはベル子でいたずらで呼んだだけだっての! 大体お前だってその場にいたから事情は分かってるだろ!」

「? 私には思い当たる所がないですけど」

 

 ……そういやこいつあの打ち上げの時は遅れてきてたっけか。

 

「ということで、今度からウェイトレスさんのことは今度から妹さんと呼びますね」

「本当にやめ…………好きにしろ」

 

 やめろって言ったら命令になるのがめんどくせぇ。なんで俺こんな縛りしてんの?

 

「ま、あいつが妹みたいなもんなのは本当だし別にいいか。義妹って言った方が近い気がするけど」

「じゃあ『義妹さん』にしますね」

「おーおー好きにしろ好きにしろ」

 

 なんかもう本当どうでも良くなったわ。

 

「それでその義妹さんですが、確か今日は夕方からのシフトなのでまだ来てませんよ」

「マジか。流石にまた夕方にくんのはめんどくせぇなぁ」

 

 ゆんゆんとリーンに大体のことは任せてるとはいえ明日からの準備もあるからな。流石にそのあたりの事までリリスに任せたくはねぇし。

 

「じゃあ私の方から義妹さんに話しておきましょうか? ちょうどシフトの入れ替わりですし」

「頼めるか? そうしてもらえりゃ助かるわ」

 

 それに考えてみれば俺には欠片も素直じゃないベル子だ。疲れてたりしてても俺からの誘いじゃ断るかもしれないしな。

 

「はい。それじゃ『召喚札』を預かりますね」

 

 俺から『召喚札』を預かり大事そうにしまうロリーサ。

 

「けど、明日からお前が休みなわけだが、これでベル子まで休み取ったらこの店も大変だな」

「わ、私はまだ戦力に数えられてませんし、実質義妹さんだけですから大丈夫ですよ。…………多分」

「てか、お前まだこの店の実情とか知らねぇだろ。適当なこと言うなよ」

 

 実はベル子が人よりも優秀で3人分くらい働いてるかもしれないだろ。

 

「ま、ギルドの酒場がどうなろうと俺の知ったこっちゃないがな」

「実際ダストさんには関係のない話ですけど、その言い方は凄いろくでなしですよね」

「うるせぇよ。身内でも何でもない奴の心配が出来るほど人間出来てねぇからな」

 

 昔も今も。そんな余裕のある生き方は出来てない。

 

「…………、(最近のダストさんはそうでもないと思いますけどね)」

「なんか言ったか?」

「いーえ。私のご主人様は相変わらず口()悪いなーって言っただけですよ?」

「だけって普通に悪口じゃねぇかよ。お前本当に俺のことご主人様だって思ってんの?」

 

 なんか欠片も敬われてない気がすんだが。

 

「だって、ダストさんは私のご主人様の前に友達ですもんね? だから、これでいいんです。……いいですよね? ご主人様」

「……それもそうだな。お前との関係はこれくらいの距離感がいいしな」

 

 友達で使い魔で。いつまで続くかは知らないが、終わるまではこの関係が続いてほしいと思うくらいには気に入っているから。

 

 

「それじゃ、そろそろ俺は行くぜ? あいつのことだから家にいるとは思うんだが、いなけりゃ探さないといけないからな」

「?……ああ、あの人たちも誘うんですか」

「旦那もいろいろ動いてくれてるが、それに頼りっぱなしってわけにもいかないしな」

 

 せめて旦那が出来ない事くらいはこっちで手を打っておくべきだろう。

 

「はい、頑張ってくださいご主人様」

「本当、欠片も敬いの心が入ってねぇご主人様呼びだなー」

 

 別にそれでいいんだけどな。

 

 

 

 

 

 ちなみに。この後ギルドの酒場では俺がロリーサに無理やりご主人様呼びをさせているという噂が広がったらしい。




地獄に誘うというパワーワード。


アンケートへのご協力ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第27話:地獄での生活1

──ダスト視点──

 

「ふーん……ここが地獄のバニルの領土ね……」

 

 地獄にある旦那の領地。城からリリスと一緒に魔法陣を使って飛んできた俺らパーティーと()()()は旦那の街を歩き、リリスが経営する娼館へ向かっていた。

 

「なんだかつまんない街ね。アクセルと似たような所だわ」

「おいこら」

 

 おまけの分際で人の住んでる街をいきなり貶してんじゃねぇよ、アリス。

 

「なによ? この街がアクセルと似たような所ってのは間違ってないでしょ?」

「そりゃ、文化的に似たようなもんだし街並みなんかも似てるのも確かだが……」

「地獄って言うからそこら辺中に腐った死体や人骨が落ちてたり、地面に血で変な魔法陣が描かれてたりすると思ってたのに」

 

 言いたいことは分かるが、なんでそうじゃないことに残念がってんだこいつは。

 

「実際そういう所も領土によってはありますよ。バニル様の領土であるこの街が地獄において異端なのは確かです」

「ふーん…………じゃ、私はここから別行動させてもらうわね。その地獄らしいところ見てくるわ」

「またこいつ勝手なこと言いだしやがった……」

 

 リリスの言葉に一緒に居ても仕方ないと思ったんだろうか。

 あの国でのアリスの行動を思い出せば今更なことでもあるが、こいつの辞書にはきっと協調性という言葉がない。

 

「招待したのはダスト様たち、ひいてはバニル様なので私に止める権利はありませんが…………この街を出られるのあれば、安全の保障は出来ませんよ。悪魔の流儀は弱肉強食……バニル様の招待客としての立場を捨てるのであれば当然その摂理に従うことになります」

「むしろ望むところよ。地獄に来て安穏としてるなんてそれこそ冗談」

 

 それに、とアリスは続ける。

 

「今の私を害せる悪魔なんてバニルみたいな公爵級悪魔か……リリス、あんたくらいでしょ?」

「さて……。少なくとも、夢魔である私にはまともな攻撃手段などないのですから、普通に戦えばあなたには負けると思いますが」

「それってつまり()()()()()()()攻撃手段は持ってて、普通じゃない方法で戦えば勝てるって言ってるようなものだと思うんだけど?」

 

 ……もしかしてリリスって俺が思っている以上に強いのか? 魔王軍幹部……それも()()()ウィズさん並には強いだろうとは前々から思っていたが。

 

「ま、あんたとの勝負は制限のある地上でやってもそんな変わらないだろうし、わざわざこっちでする必要もないからいいけどね」

「…………。確かに、今のアリス様であれば侯爵級悪魔の方でも後れは取らないでしょうね」

「そ、じゃあ公爵級……バニル並に強い悪魔にあえること祈って色んなところぶらぶらしてくるわ」

 

 そう言ってアリスは適当に手を振って俺らとは反対方向に歩いていく。

 公爵級……旦那のような七大悪魔に数えられるような悪魔とぶらぶらしてるだけで出会うとか、いくら地獄でもないと思うんだが………なんかあいつだとさらっと会ってきそうな気もするんだよなぁ。

 

「てか、あいつが地獄に来てからいきなり強くなった気がするのはやっぱ気のせいじゃないのか」

 

 魔王軍筆頭幹部としてアホみたいに強かったアリスだが、それと比べても今のアリスは格が違った。

 

「地獄は地上に比べれば力の制限が緩いですから。地上で制限を受けていたものが地獄に来ればいきなり強くなることは割とある事です」

「それにしてもなぁ…………魔族とはいえ侯爵級の悪魔並に強くなれるもんなのか?」

「さぁ……悪魔の私には何とも。アリス様は神々の玩具の血族のようですから。バニル様や悪魔王様なら何か知っているかもしれませんが……」

 

 神々の玩具? じゃあパッドの女神や宴会芸の女神あたりに聞けば何か分かるのかね。

 てか、神様サイドの力でアリスが侯爵級悪魔かそれ以上の力をつけられてんだったら悪魔と神々の戦力バランス大丈夫なのか?

 

「なぁ、ゆんゆんはどう思う?」

「……………………」

「おい、ゆんゆん?」

「ふぇっ!? いきなりなんですかダストさん!?」

 

 反応ないからちょっと体揺らしただけだってのに、何をこいつは過剰に驚いてんだ。

 

「何をお前はボケっとしてんだ?」

「べ、別にボケっとなんてしてないですよ? ちょっと落ち着かいないだけです」

「落ち着かないってなんでだよ?」

 

 地獄に始めてくるとかならともかく、俺とゆんゆん(当然夢魔組もだが)に関しては何度も来ている。今更落ち着かない理由はないと思うんだが……。

 

「だ、だって……(普段、私たちが地獄に来るのって()()のためじゃないですか。そんな場所に皆さんと一緒に来てるのが……)」

「なんだ発情してるだけか」

「人がバレないように小声で言ったことに対する気遣いはないんですかね!」

「そんなもんはない」

「そうだった……この人、口は相変わらず悪いんだった……」

 

 何をこいつは今更なことを言ってるんだろう。

 

「しっかしまぁ……妊娠してるってのに発情してるとか本当お前はエロぼっち娘だな」

「否定できないのがつらい…………ううん、でも今はまだつわりとかあんまり来てないしこれくらいは普通のはず……。そもそも私をそうしたのは誰だと……」

 

 なんかゆんゆんが不満そうなんだか恥ずかしそうなんだか微妙な顔して呟きだしたが、相手してやるべきかスルーしてやるべきか。

 …………、スルーだな。

 

「テイラーやキースはなんかこの街に感想あるか?」

 

 後ろを街を見渡しながら歩く二人に俺は聞いてみる。

 

「思ったより普通の街で安心している。先ほどのリリスさんの話から異端ではあるようだが」

「そんなことより早く夢を見てぇんだ。早く寝れるところに連れて行ってくれ」

「なるほど。とりあえずキースに聞こうとした俺がバカだったのは分かった」

 

 ゆんゆんがいなきゃ俺も全く同じ感想だったろうから文句は言えないが。

 

「そういや、テイラーも夢を見て過ごすっ言ってたよな? キースの夢の内容はどうでもいいがテイラーの夢の内容は前から気になってたんだよな」

「それをこの場で聞いてくるダストのデリカシーのなさは流石だな。……まぁ、殊更隠す内容でもないからいいが」

 

 ちっ、慌てて必死に隠すんだったら普段から固いテイラーをからかえると思ったんだが。

 

「夢の内容は自由だからな。馬鹿をやるパーティーメンバーからのストレスを解消できるような、癒しの内容にしてもらっている」

「馬鹿とか言われてんぞキース」

「お前の事だろダスト」

「両方に決まってるだろう」

 

 いや、でもさすがの俺もキースほどは馬鹿やってないはずだぞ。

 

「でもテイラーだって癒しだけじゃなくてエロい内容も見せてもらってんだろ?」

「俺も男だからな。そこは否定しない。そもそもサキュバスに夢を見せてもらうということはそういうことだろう」

「はいはい、むっつりむっつり」

 

 本当こいつは真面目な奴だよ。こんだけ固けりゃそりゃストレスたまるわ。存分に夢の中で癒されてくれ。

 

 

 

──ゆんゆん視点──

 

「ゆんゆん? さっきからなんかぶつぶつ言ってるけど大丈夫? 気分が悪くなったとか?」

「大丈夫ですか? 私の魔法なら気分を紛らわせることもできますけど……」

「え? あれ? リーンさんとロリーサちゃん? さっきまで隣にいたダストさんは……?」

 

 さっきまでダストさんがいた場所には私のことを心配そうな顔して見てくるリーンさんとロリーサちゃん。

 

「ダストなら後ろで男同士の馬鹿な話してるみたいだけど?」

「私にとってはありがたい話ですけどねー」

「あはは……いつのまに……」

 

 人と話してる途中でいきなり居なくなるとか、ダストさんは常識というものがやっぱりまだないのかな。

 

「いつの間にというか普通に離れていったようだけど……。それはともかく、ゆんゆん大丈夫なの?」

「えっと……気分が悪いとかそういうのは今のところないですよ?」

 

 ちょっと気持ちが落ち着かないところはあるけど。

 

「気分が悪くなったら私やリリス様に声をかけてくださいね。さっきも言いましたが、魔法で紛らわせることが出来るんで」

「うん。その時はお願いするね、ロリーサちゃん」

 

 今のところあまり症状はないけれど、つわりとかもそろそろ始まってもおかしくない時期だ。

 

 

「けど、後ろの男どもの話じゃないけどさ、地獄の街で何して過ごせばいいの? 二人とも何かお勧めない?」

「わ、私もこの街の事よく知ってるわけじゃないので……」

 

 目的が目的だけに基本的にリリスさんの娼館以外はほとんど行ったことがないからなぁ。

 多少はダストさんと二人で回ったこともあるけど、その時は特に目新しいものは見つからなかった。

 

「うーん……私にとっては地元ですし、この街の事はよく知ってるんですが…………お勧めといわれると難しいですね。やっぱり悪魔と人間の方では感じ方とかいろいろ違いますし」

「やっぱりそういうものよね」

 

 この街が地獄で異端と言っても悪魔のための街なのは変わらないんだよね、やっぱり。

 

「となるとどうしよっかなぁ…………ダ……ゆんゆんとかはどう過ごすの?」

「私は基本的には胎教って言うのに励もうかと。ダストさんにも基本的には手伝ってもらう予定です」

「ふ、ふーん…………。ロリーサは?」

「私はリリス様についてくるなと言われてるので…………やっぱりご主人様のダストさんに出来るだけついて回ることになるんでしょうか」

 

 そういえばリリスさんはロリーサちゃんに、ダストさんの面倒を見ることを優先してほしいとかそんなこと言ってたっけ。

 全然そんな雰囲気ないけど一応ダストさんとロリーサちゃんは主従の関係らしいし、契約主義の悪魔としてもそういう形式的なところは大事なことなのかもしれない。

 

「ゆんゆんはダストと胎教で、ロリーサはそのダストについている。…………うん、二人がそんな感じなら私もゆんゆんの胎教に付き合おっかな。…………って、何よ二人して生暖かい目して」

「いえいえ、別に何でもないですよ。ね? ロリーサちゃん」

「そうですね。ちょっと微笑ましいなぁと思ってるだけです」

 

 本当、リーンさんは素直じゃない所も可愛いなぁ。

 

「なんだか思いっきり失礼なこと考えられてる気がするけど…………まぁ、悪意はないみたいだしいっか」

 

 リーンさんには今回の地獄滞在の間に決着をつけることを伝えている。リーンさんとしても出来るだけダストさんと一緒に居る時間が欲しいのは考えなくても分かることだ。

 

「それで? 胎教って一体全体何するの?」

「いろいろありますよ。ただ今日は地獄滞在1日目ですしあんまり本格的な事は出来ないかなって」

「じゃあ、今日はなし?」

「いえ……一番基本的なことは今日からしようと思ってます」

 

 胎教……というよりすべての基本とも言えることだけど。

 

「あ、そうだ。この際だからあの約束、ここで果たしましょうか」

 

 死魔の件やら隣国の件で機会がなかったけど。

 

 

「一緒に料理、する約束でしたよね?」

 

 

 

 

「ねぇ、ライン。あなたは一緒に料理しなくていいの?」

「あん? あんだけ人数揃ってたら俺はいらねぇだろ。むしろ邪魔だっての」

「まぁ、ろくでなし一族のシェイカー家なラインが料理やっても適当なのは見えてるし、確かに邪魔そうだけど」

「うるせぇよ。そういうお前こそ行かなくていいのか、ミネア。ジハードはちゃんと手伝うみたいだぞ?」

「私は作るのより食べる方が好きだからね」

「ダメだこのドラゴン。はらぺこどらごんに恥がなさすぎる……」

 

 

「いいなぁ……」

 

 私たちが滞在するにあたりリリスさんが作らせたらしい娼館内にある食堂。そこにあるソファーではミネアさんがダストさんに膝枕をしながら他愛のない話をしている。

 

「んー? ゆんゆんもあっちで待っとく? 別に私はそれでもいいけど」

「いえ……あっちが羨ましいのは確かですけど、みんなと一緒に料理するのも楽しみでしたから。ね? ハーちゃん」

「ん、あるじといっしょにがんばる」

 

 リーンさんがいてハーちゃんがいてロリーサちゃんがいて。

 大切な人たちと一緒に大切な人の為に料理をするのは本当にワクワクしてるんだから。

 

「正直私はリーンさんに比べるとあんまり料理できないので、ブラックドラゴンさんと一緒にサポートに回りますね」

「ロリーサも普通に料理できる方だと思うけどね」

 

 というより、悪魔のロリーサちゃんは人間の料理を食べる必要はないし、料理が出来るだけでもすごいんじゃないだろうか。

 いや、サキュバスクイーンなリリスさんが私やリーンさんが気後れするくらい完璧な料理作るのを考えたら、出来るのが普通なのかもしれないけど。

 

「それで、ゆんゆん。何を作るの? というか、何を作れるの? 材料とか大丈夫?」

「冷蔵庫を見ましたけど、一通りは揃ってたのでよっぽど珍しい料理じゃなければ作れるかと」

「ふーん……地獄なのにちゃんと食材あるんだ。どうやって準備してるんだろ?」

「さぁ……。ロリーサちゃんは何か知ってる?」

「えーと……あはは…………はい。知ってますけど、知らない方がいいと思いますよ」

 

 なにその凄い不安になる台詞。ちょっと怖いんだけど…………食べて大丈夫なんだよね?

 

「まぁ、その…………毒とかはもちろん入ってないですし、栄養的には問題ないので、体に悪いとかそんなことは心配しなくても大丈夫です」

「ねぇ、本当に大丈夫なの!? 食べた後に真実知って後悔するとかない!?」

「…………、後悔で済むといいですね…………」

 

 ………………

 

「リーンさん。突然ですが皆できゃっきゃうふふなお料理女子会は中止になりました」

「うん……そんな名前の女子会だって初めて聞いたけど、私もそうした方がいい気がしてきた」

「わーわー! 本当に大丈夫ですって! ちょっとした冗談ですから!」

「本当に? 冗談という言葉が嘘じゃないって私の目を見て言える?」

 

 悪魔は基本的に嘘はつけない。けれど、冗談という形を取れば真実とは違う事を言えるのはバニルさんが証明している。

 

「…………本当、ですよ?」

 

 私から思いっきり目を逸らしてそう小さく言うロリーサちゃん。

 まだ誤魔化そうとしてるみたいだけど、これは冗談ではなく本当だったって意味っぽいなぁ……。

 

「はぁ……何をゆんゆん様たちを不安にさせているのですか。はっきりと魔法で作られているとお教え差し上げればいいでしょうに」

 

 いつの間に来たのか。ため息をつきながらあわあわしているロリーサちゃんの前にたちリリスさんがそう教えてくれる。

 

「魔法で? そんなことが出来るんですか」

「出来ますよ。悪魔を一柱作るよりはずっと簡単ですから」

 

 そういえば悪魔って上位の悪魔に作られて生まれることが多いんだっけ? 前にダストさんがそんな話をしてたような。

 確かにそれに比べれば人間用の食材を作る方が簡単そうだ。

 

「でも、だったらロリーサは変な態度をしてたの?」

「人の感覚は悪魔のそれとは違います。私たちは魔法で作った食材に忌避感はありませんが、人は忌避感を持つかもしれないとこの子は思ったのでしょう。……そうですね?」

「は、はい! そうです! 嘘はありません!」

 

 嘘はない……じゃあ信じてもいいのかな。

 でも、あれ? 今ちょっとリリスさんがロリーサちゃんに呆れた息をついたような?

 

 

 

「(はぁ…………何とか騙せたようですが、今の態度、もしもダスト様がいたら気付かれていましたよ?)」

「(ぅ……申し訳ありません)」

「(あなたも私の眷属であるなら、悪魔として嘘を使わずに人を騙せるようになりなさい)」

「(はい…………)」

 

 

 なんか二人でこそこそしてるし……。怪しいなぁ。

 

「ゆんゆん様。この食材に思う所があるかもしれませんが、地獄では魔法で作る以外に人間用の食材を用意する術がありません。我慢して頂けたら幸いです」

「そういうことなら仕方ないですね。リーンさんも大丈夫ですか?」

「魔法で作ってるってだけなんでしょ? だったら私は気にしないけど」

 

 多分、()()ではないんだろうけど、これしか食材ないんだっら気にしない方がいいんだろうなぁ。

 

「(ありがとうございます、ゆんゆん様。黙っていて頂いて)」

「(まぁ……害意がある訳じゃないのは分かっていますし)」

 

 リリスさんはダストさんと私たちに手を出さないことを契約している。それに今は領主であり序列1位の悪魔であるバニルさんの招待客として来ているから、悪意のある行為は出来ないはずだ。

 

「(それと、ゆんゆん様が気付いていることはあの子にも黙っていて頂けると)」

「(それは構いませんけど……ロリーサちゃんにも言わない理由は?)

 

 リーンさんには黙っていた方がいいのは分かるんだけど。

 

「(自信を持ちすぎるの困りますが、無さすぎるのも問題ですので。未熟という意識は必要でも、欠陥品という意識は不要です)」

「(なるほど)」

 

 冷たいように見えても、クイーンとしてロリーサちゃんをちゃんと見守ってるらしい。

 

「ということで、邪魔者の私は退散します。皆様はどうぞごゆっくり」

 

 深々と丁寧に頭を下げた後。リリスさんは凛とした姿勢で去っていく。

 なんていうか、同じ?女性である私からしても惚れ惚れする動作というか、何かドキッてしてしまった。

 

「なんていうか……リリスさんって色々反則な悪魔だよね」

「そうですね」

 

 私の考えとかも普通に読まれてるっぽいし。バニルさんみたいに見通す力を持ってるんじゃないかと疑うくらいだ。

 

「あの方は単純な力では地獄の中ではそうでもないですし、爵位とかもないんですが、それでも地獄で一目置かれている方ですからね……。弱肉強食な悪魔社会であの方はいろいろ特殊な方なんです」

 

 まぁ、バニルさんの右腕みたいな悪魔だし、バニルさんの肩書を考えれば普通の悪魔のはずもないっか。

 …………あれでバニルさんって神々と世界の終末をかけて戦うレベルの大悪魔なんだよなぁ。普段の様子見てると欠片も信じられないんだけど。

 

「ん、あるじ? どうしたの? りょうりしないの?」

 

 それで私の服の裾を可愛く引っ張るハーちゃんも、そんな最終戦争を止められるドラゴンたちの中でも稀有な能力を持つ存在で。あっちで寝てるドラゴン使いさんと一緒ならどこまで強くなれるか分からない可能性を秘めている。

 

「なんていうか…………私の周りにいる人たちおかしくありません?」

 

 次期魔王とか死者の王とか魔王を討伐した勇者とか勇者の国のお姫様とか頭のおかしい爆裂娘とか……普通の人の方が少ない気がするのは気のせいだろうか。

 

「いきなりゆんゆんが何を言い出してるか分からないけど…………類友って奴じゃないの?」

「最初の頃に友達になった人たちがおかしかったということでしょうか……」

 

 となると、やっぱりバニルさんやダストさんと友達になったのが原因かなぁ。それともめぐみんと友達になった時点でかなぁ……。

 

「いや、そういうことじゃなくて…………まぁ、別にいっか。悪い子じゃないのは確かだし」

 

 ところでなんで私はリーンさんに生暖かい目で見られてロリーサちゃんに苦笑いされてるんだろう。

 

「あるじ、りょうり」

「ああ、ごめんごめん。それじゃそろそろ始めようか」

 

 ハーちゃんに急かされて私は意識を切り替える。ハーちゃんも早く料理したくてうずうずしてるみたいだし、待ってる方もそろそろ始めないと文句を言い始めそうだ。

 

「ハーちゃんは私と一緒にメインの皿を。リーンさんとロリーサちゃんはスープをお願いしていいですか?」

「ん、がんばる」

「スープね。あいつも食べるんだったら肉系がいいかな。……ロリーサ、ちょっと使えそうなお肉がないか見てこよう?」

「お肉ですね、分かりました」

 

 リーンさん達はお肉系のスープかぁ。となるとバランスとって野菜多めの魚料理がいいかな?

 

「よし、あれにしようっと。ハーちゃん、材料運ぶの手伝って」

「ん。まかせて」

 

 可愛く頷くハーちゃんと一緒に。私は好きな人や大切な人達のための料理を作り始めた。




地獄編スタート。2章もそろそろ終盤です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第28話:地獄での生活2

──ダスト視点──

 

「ハーちゃん、これかき混ぜててくれる?」

「まかせて、あるじ」

「んー……スープだけだと少し時間あまりそうだし、デザートでも作ろっか、ロリーサ」

「デザートですか? それならプリンを作りたいです」

 

 

 厨房では女子がきゃっきゃうふふ(ゆんゆん並みの表現)と楽しそうに料理している。

 

「まだ出来るまでには時間かかりそうだな」

「なーに? やっぱりラインも一緒に料理してくる?」

 

 頭の上からのミネアの言葉。膝枕をしてくれている俺の相棒はいたずらな笑みを浮かべている。

 

「だからやんねぇって。……少し散歩してくるか。お前も来るか?」

「私はいっかな。あの子達眺めてる方が楽しそうだし」

「そうかよ」

 

 ミネアの視線の先にいるのはジハード、そしてゆんゆん。

 ゆんゆんのことをまだ認めきっていないミネアのことだ。この地獄滞在の間にあいつのことを見極めようとしているのかもしれない。

 

「あんまり遠くには行かないようにね。何かあったらすぐ駆けつけるから」

「心配しなくても館の外には行かねぇよ」

 

 流石にそこまで料理に時間かかる感じでもねぇしな。

 

 

 

 

「ダスト様、お客様をお連れしました」

 

 リリスの館。適当に歩いてそのロビーに着いたところで。館の主からそう声を掛けられる。

 

「客? って、ルナにベル子じゃねぇか。もう来たのかよ」

 

 招待していたとはいえ、こいつらとは一緒にで地獄に来ていない。飛ぶタイミングが向こうで1時間違えばこっちでは一日の差が出てくる。

 俺らが地獄に来てからまだ半日も経ってないのを考えればほとんど同じタイミングで飛んだのか。

 

「相談屋しているバニルさんにダストさんが飛んだらすぐ教えてもらえるように頼んでいましたから」

「私はそんなルナさんと一緒に来ただけですからね。別にお兄ちゃんに早く会いたかったからとかそんなことありませんから」

「お前ら二人揃ってツッコミどころある台詞会って早々言うんじゃねぇよ」

 

 どっちかというとツッコミ役はお前ら二人のはずだろうに。

 

「とりあえず、ルナは地獄というか若返り楽しみにしすぎてて引くわ。ベル子はなんでツンデレ妹みたいになってんだ」

「とか何とか言ってしっかりツッコんでるじゃないですか」

「べ、別にツンデレなんかじゃないですよ! お兄……ダストさんの事なんか全然好きなんかじゃないんだから!」

 

 はいはいツンデレツンデレ。

 前まではゴミを見るような冷たい表情してたのを考えれば、否定してるとはいえ顔赤くしてるのは割と感慨深い。

 

「というか、お前もしかして『お兄ちゃん』って呼び方気に入ってんのか?」

 

 嫌がらせか、からかってるだけかと思ってたんだが。

 

「そ、そんなことは──」

「──隣国から帰ってきたフィーは『私のお兄ちゃんが凄かった』って自慢話ばかりだったんですよ。そのせいか、ギルドでのダストさんの評価がかつてないほど上がってたりします」

「ルナさん!?」

 

 えぇ……マジかよ。あのベル子が俺のことを素直に褒めてるとか想像つかねぇんだが……。

 

「だからこそ、最近は複雑そうな表情が多くて心配だったんですけどね」

「ふーん……なんだよ、ベル子。お前なんか悩みでもあんのか」

 

 まさか、ルナと一緒で行き遅れを心配してるとかじゃねぇよな。こいつもゆんゆんやリーンと同じくらいの年だし、確かに悠長にしていられる時期は過ぎてるんだが。

 

「…………、悩みなんてないですよ。あの時、私はちゃんと答えを見つけたんですから。だから、()()は悩みなんかじゃ決してないんです」

「そうかよ。……ま、なんだ。悩みにしろ困ってることにしろ、俺に解決できることならさっさと相談しろよ。何しろ俺はお前の『お兄ちゃん』らしいからな」

 

 地獄に来て時間だけは余るほどあるんだ。妹みたいな相手の相談に乗るくらいの時間は作ってやれる。

 

「……前はそう呼ばれるの嫌がってたのに、今は大丈夫なんですね」

「大丈夫っていうか……今もむず痒いのは変わんねぇんだがな。だが、前も今も嫌っていう訳じゃねぇ」

 

 そりゃ、ギルドみたいないろんな奴らがいる場所でそう呼ばれたらいろいろ困るだろうが、近しい奴らしかいないないなら不都合があるわけでもない。

 そのうえで、ベル子のことを妹みたいに思っているって言葉に嘘はないのだから。この場で肯定する理由はあっても否定する理由はない。

 

「それに、未だに自覚はねぇが俺は『父親』になるみてぇだからな。『お兄ちゃん』にくらいなれなきゃ話にならねぇよ」

 

 本当にそうなれるかは分からない。でもそうなろうとしないといけない。

 

 

 子は親を越えなければいけないのだから。

 

 

 父親としてのあの背中に追いつき、追い越さないといけないと考えれば、兄貴分になるのに躓いてる暇はないだろう。

 

 

「なんていうかあれですね。ダストさんがまともなことを言ってると凄い気持ち悪いですね」

「おいこらルナ。気持ちは分かるがそんなはっきり言ってんじゃねぇよ」

 

 自分で言ってて何言ってんだこいつってちょっと思ったけど。

 

「でも、まともなダストさんって普段のダストさんを知ってたら気持ち悪いですけど、客観的に見ればやっぱり良物件なんですよね」

「なんだよ、今日のお前らは。お前らからまともに誉められると怖いんだが」

 

 特にルナはいろいろ前科あるし。

 

「いえ、これだけの良物件を台無しにするんだから日頃の行いって大事なんだなって話ですよ? 誉めるどころか逆の話です」

「行き遅れ受付嬢のお前にだけはそんなこと言われたくないがな!」

 

 見た目だけならアクセルの街でもトップクラスのくせに、笑えないくらい行き遅れてんのはそういう所も問題なんじゃねえーか。

 ……一番の原因は間違いなく行き遅れたくないと焦ってる事だろうが。

 

「ふふっ……その煽りも今日までですよ、ダストさん。何て言ったって私は今から若返りしてくるんですから」

「お、おう……そうか、良かったな」

 

 さっきのルナの言葉じゃないが行き遅れ言われて焦ったり怒ったりしないルナってのも気持ち悪いな……。

 

「という訳で、ダストさん。早く私を経験を食らう悪魔の元へ連れていってください」

「俺がその悪魔がいる場所知ってるわけねーだろ。連れていってくれんのはここにいるリリスだ」

 

 話自体はもちろん通してあるが、案内とか出来るほど地獄マスターになった覚えはない。

 

「案内するのはもちろん構いませんが…………その前に荷物を置いてこられてはどうでしょう? その間に私は準備をしますので」

 

 控えていたんだろうか。リリスのその言葉を合図するように、普通の格好をしたサキュバスが出てきて、ルナやベル子の荷物を持つ。

 

「てことみたいだぜ? とりあえずそいつらについて行け。お楽しみはそれからだ」

「仕方ありませんね」

「……分かりました」

 

 ルナはそうでもないが、ベル子は少しだけ不安そうにしながらサキュバスについていく。

 ここが地獄ってのを考えればベル子が不安がるのも仕方ねぇか。ゆんゆんも最初来たときは結構怖がってたしな。

 リーンは地獄になれてるゆんゆんや地獄出身のロリーサと一緒だし、テイラーやキースは普通の悪魔はともかくサキュバスには慣れ親しんでるから今の所大丈夫そうだが。

 むしろそういう要素がないのに全く平気そうなルナがおかしいのか。あいつ絶対若返る事しか考えてねぇわ。

 

「よろしかったのですか? ダスト様」

「あん? なんだよいきなり」

「若い方の娘……ダスト様の事が好きなのでは?」

 

 ……欠片もそう思ってないくせによく言うぜ。嘘をつけない悪魔が人を騙そうとするには、今みたいに質問を使って思考を誘導するのが基本なのは分かっているが。

 分かっているからこそ、その自然な様子には薄ら寒いものを覚えるしかない。

 

「仮にそうだとして、何が『よろしくなかった』んだよ?」

「私に任せていただければ、あの娘を堕とせますよ? ダスト様にとって都合の良い存在に」

「…………、旦那に言われてんじゃなかったか? 招待した客に危害は加えないって」

「危害とは心外です。少なくともあの娘が幸せを感じられるようになるのは間違いないのですが」

 

 実際本当なんだろうなぁ……。悪魔が嘘をつけないのもあるが、リリスは出来ない事を言うやつでもない。

 

「そうであれば、欲望に正直に生きるダスト様に断る理由はないのではありませんか?」

「一昔前の俺なら確かに断る理由がねぇんだが…………今の俺には二つほど理由があんだよなぁ」

 

 歪んでしまったその先にも多少の幸せがあるのは知っているから。だから昔の俺なら受け入れただろうし、今の俺もその幸せを否定しようとは思わない。

 

「その理由とは?」

「一つはお前も気づいてる通り、別にベル子が俺のことそう言う意味で好きじゃないって事だ」

 

 本当にそう言う意味で好きだってんなら少しは考えるんだがな。

 

「多分あいつはまだ『ライン』への憧れを昇華しきってねぇんだよ。そこに親愛……家族みたいな関係が加わってあんな態度になってんだろうよ」

 

 多分それは恋愛感情に極めて似てる。リリスみたいな奴が干渉すれば簡単にそう変わってしまうくらいには。

 でも、それでも今は違うのは間違いないから。

 

「今そうじゃないってんなら、変える必要はねぇ。……俺みたいな奴好きなってもあいつが不幸になるだけじゃねぇか」

 

 あいつのこと傷つけたくないってくらいにはベル子のことは大切だから。

 どっかの野菜好きなまな板と違ってまだ手遅れじゃないから。

 

「ダスト様が受け入れれば不幸になどならないのではありませんか?」

「それが無理なのが一番の理由なんだよ。……俺の一番大切な女を泣かせたくねぇから」

 

 もしも俺がベル子……いや、別にベル子に限らず他の女を自分の女にするとか言いだしたら、あいつはきっと俺のことをボコボコにするだろう。多分本来の実力以上出して本気の俺すらぶっ飛ばすに違いない。

 だが、もしもそれが冗談じゃなく心の底から本気で言ってるなら。きっとあいつは笑ってその選択を許しちまう。心の底では寂しくて泣いてるくせに。

 

「俺の好きなあいつは、たぶん誰よりも心が強い女なんだよ」

 

 少なくとも俺なんかとは比べ物にならないくらいには、あいつの芯は強い。

 

「でも、きっと誰よりも傷つきやすい女でもあるから」

 

 泣くのが悪いとは思わない。むしろあいつの泣き顔はすげぇ好きだ。だが、顔は笑ってんのに心で泣いてるのは勘弁だ。

 

「てことで、余計な事すんのはなしだ。とりあえずはルナのこと案内してやってくれ」

「承りました。…………少しだけつまらないですが」

「なんだよ? 俺のこと見限ったか?」

 

 少しだけ残念な気もするが、リリスに興味の対象にされてるのはそれ以上に心が休まらないからな。俺のこと過剰評価してる感じもあるし、程よい距離感になってくれるならいいんだが。

 

「そういうことは別に。確かに私としてはつまらない展開ですが、それは私の欲望の話です。ダスト様が心の底からそう思ってるのなら……欲望の結果としてそう望むのなら私に否する理由はありません」

「…………、本当リリスって生粋の悪魔だよなぁ……」

 

 バニルの旦那やゼーレシルトの兄貴が温く感じるくらいだ。これで爵位持ちの悪魔じゃないってんだから悪魔の世界はよく分からん。

 親玉とはいえリリスがロリーサと同じ夢魔だっての全然信じられねぇわ。色んな意味でロリーサが成長したからってリリスみたいになるとは思えねぇ。

 

「私などバニル様に比べれば可愛いものですよ。今でこそ普段は温くなったバニル様ですが、かつてのあの方は地上どころか地獄すら恐怖に陥れた大悪魔ですから。今でも、逆鱗に触れられればその片鱗を見せますが」

 

 ふーん……旦那がねぇ。俺やゆんゆんにはそういう所全然見せねぇけど。

 

「七大悪魔の第一席。序列一位の大悪魔。マクスウェル様のような例外を除けば同じ七大悪魔の方すら、あの方の本気は今なお恐れられています」

「七大悪魔ねぇ。公爵級悪魔がそれに該当すんだっけか。旦那やそのマクスウェルって悪魔のほかにも五柱もいんのか」

 

 リリスがこんなに持ち上げる旦那と同格の悪魔がそんなにいるのか。多分関わることはないんだろうが…………というか関わりたくねぇなぁ。侯爵級悪魔の『死魔』ですらあんなに面倒だったんだから。

 

「いえ、今はバニル様含めても六柱ですね。七席目は長い間空席なので」

「六柱しかいねぇ七大悪魔って…………詐欺じゃね?」

 

 嘘をつかない悪魔のくせにそれでいいのか。

 

「そんなことを言われましても。それを決められるのは悪魔王様なので。……あの方の考えなど誰にも分かりませんよ」

 

 悪魔王って…………雲の上の話過ぎんな。神様サイドじゃ創造神に匹敵する正真正銘のトップだろ。

 …………、考えてみれば旦那はそのトップのすぐ下なんだよなぁ。わりと雲の上近かったわ。

 

 

「まぁ、旦那以外の七大悪魔やら悪魔王やらと俺が関わることはねぇからねぇだろうから気にすることでもないか」

「…………、さて、それはどうでしょうか? ダスト様の『切り札』を考えれば七大悪魔の方すら危険視するでしょう」

「切る気のねぇ『切り札』だけどな。『双竜の指輪』をあいつがつけてる限りどんな状況でも切ることはないだろうよ」

 

 あいつを巻き込むわけにはいかないから。もしもの時は『奥の手』の方使うしかねぇんだろうなぁ。それにしても使いたくはないんだが。

 

「? 切れないとは? 『双竜の指輪』の効果については伺っていますが、別にダスト様の方が指輪を外せばいいだけの話では?」

「…………、ま、そうなんだけどな」

 

 だが、俺は……。

 

「とにかくだ。『切り札』やら『奥の手』使わないといけない展開には勘弁だぜ」

「ご安心ください…………とは、弱肉強食の地獄では言えませんが、少なくともこの街のものはダスト様達を全力で守るよう厳命を受けております。多少の障害……それこそ七大悪魔の方が襲撃するような状況でない限りどうにか致しますよ」

 

 それは安心していいのか悪いのか。なんかすげぇフラグっぽいんだよなぁ……。

 

 

 

 

────

 

「あら? すっごい大きなドラゴン。ブラックドラゴンよりも凶暴そうで、それでいて濃い悪魔の気配。噂の魔竜ってやつかしら」

 

 瘴気ともいえる毒の沼の森。その奥深くへと襲い来る悪魔を適当に蹴散らしながらやってきたアリスは、そこで待ち受ける巨大な竜の姿に楽しそうな笑みを浮かべる。

 

『……魔族? 人間? 神々の玩具の気配に()()()の気配。…………ふん、地上の魔王かその血族か』

「あら? 言葉が分かるのね。うちのグリフォンと同じくらいの知性だと思ってたわ」

『雑種風情が我を愚弄するか』

 

 牙をあらわにし、その凶暴性を唸らせる魔竜に対し、アリスは鞭を構える。

 

「あら? 怒った? 別に馬鹿にしてるつもりはないのよ? うちのグリフォンはすっごく賢いんだから」

『もう囀るな雑種。多少腕に自信はあるようだが、その自信ごと食らいつくしてやる」

「言うだけあって実際今の私と同じかそれ以上の強さはありそうね。…………そうじゃなきゃつまらないわ」

 

 見るものすべてを圧倒するような巨体と威圧を前に不敵な笑みを浮かべるアリスは、その影からグリフォンやマンティコアを呼び出す。

 

「こっちの世界に来て自分の力が上がってるのは分かってるけど『強化』の方はどうなってるかまだ試してないのよね。……試すにはちょうどいい相手そうね」

 

 魔王とその娘であるアリスの強化能力。()()()()()()()ではゴブリン一体を中級冒険者のパーティーに匹敵させ、親衛隊を魔王軍幹部クラスに引き上げる狂った性能を持っていた。

 ではその()()()()()()()では、どれほどの効果を発揮するのか。

 

「ああ、戦う前に一つだけ忠告してあげるわ。……どんなに強くてもね、簡単にキレる奴は噛ませ犬にしかならないのよ?」

『グルアアアアアアアア!』

 

 アリスの言葉に魔竜はもう言葉を返さない。綺麗なその体を八つ裂きにしようと叫び声とともに突進してくる。

 

「『魔竜』。どっかのドラゴンバカは可能性を捨てたドラゴンとか言ってたっけ? ふふっ、こんだけ強ければ可能性があろうとなかろうとどうでもいいわね。いい使い魔になりそうだわ」

 

 心底嬉しそうに。アリスは新たな使い魔を増やそうと、使い魔と一緒にその巨体に向かっていった。

 

 

 

 

──ゆんゆん視点──

 

「あ、見つけたダストさん。どこほっつき歩いてたんですか。もう夕ご飯できましたよ」

 

 ロビー。ソファーでボーっとしているダストさんを見つけて私は駆け寄る。

 

「ん? もう出来たのか。思ったより早かったな」

「別に早くはないですよ? ダストさんがいなくなってから一時間くらいは経ったんじゃないですかね?」

 

 あれこれ調理の方法凝ってたら思った以上に時間がかかってしまった。リーンさんとロリーサちゃんの方なんかデザートを2品作ってたし。冷やさないといけないから食べるのはまた後になるだけど。

 

「そんな時間経ったのか…………ってか、お前俺がいなくなったの気付いてのか」

「ダストさんのことですよ? 気づかないわけないじゃないですか」

 

 いつだって私はこの人のことを目で追ってるんだから。

 

「そうかよ。…………お前と結婚したら浮気なんて出来そうにないな」

「……したいんですか?」

 

 本気でしたいというのなら私もいろいろ考えないといけないんだけど。とりあえず、その場合は一発カスライ(カースド・ライトニング)食らわせるとして。

 

「はっ……ばーか」

「ちょっ…! 頭ぐちゃぐちゃにしないでください! 三つ編みほどけちゃう!」

 

 というか普通に痛いんだけど!?

 

 

「うぅ……ダストさんに恥ずかしめられました……いたい……」

「……うん、やっぱお前はその顔がいいな」

「彼女を涙目にしてなに言ってるんですか!?」

 

 私の彼氏さんが鬼畜すぎる……。アクセル随一の鬼畜冒険者の称号をカズマさんから譲り受けるべきじゃないだろうか。

 

「お前は俺や爆裂娘にいじられて涙目になってるくらいがちょうどいいって……そんな話だよ」

「本当にダストさんが何を言ってるか分からない……」

 

 なんで私の大好きな顔でそんな酷いこと言ってるんだろうこの人……。

 

「で? 結局飯は何が出来たんだ?」

「えっとですね、私とハーちゃんが作ったのがイワシっぽい魚の香草焼きで、リーンさんとロリーサちゃんが作ったのがカエルっぽい肉のスープです」

「…………っぽいってなんだよ?」

「魔法で作ってるみたいでそうとしか言えないんですよ。一応ちゃんと味はイワシっぽかったですよ?」

 

 リーンさん達の方もジャイアントトードっぽい肉の味だった。

 

「…………普通の食材ねぇの?」

「えーと…………地獄の海で取れたサンマならありましたよ?」

「海で取れるサンマとかマジで食えるのか? ちゃんと畑で取れよ」

「私も流石に怖くて味見は出来ませんでしたね」

 

 サンマが海で取れるとか聞いたことが…………そういえばカズマさんがそんな世迷い事を言ってるってめぐみんが言ってたっけ?

 

「まぁ、海で取れたサンマよりかは魔法で出来た食材の方がなんぼかマシか」

「ですね」

 

 そういえばどっかの頭のおかしい教授も、なんでサンマだけ畑で取れるのかとか頭おかしいこと言ってたなぁ。そんなの当たり前の事なのに。あの人今何してるんだろう。

 

「とりあえずお前らが毒m……味見してるなら問題ねぇか」

「今なんか酷いこと言いませんでした?」

「気のせいだろ」

 

 もう……本当にダストさんはしょうがないんだから。

 

「あんまり酷いこと言ってると食べさせてあげないんですからね?」

「それは困るな。ロリーサは知らねぇがお前やリーンの料理の腕は確かだから結構楽しみにしてんだからよ」

「だったら、余計な一言言わなければいいのに……」

「一言多いのはお前も他人のこと言えねぇだろ」

 

 そうかもしれないけど、ダストさんほどではないと思う。

 

「ね? ダストさん。食べるとき『あーん』して食べさせてあげましょうか?」

「公開処刑かよ。他の奴らいる前とか死ぬほど恥ずかしいっての」

「いいじゃないですか。いるのはパーティーメンバーとかリリスさんくらいですよ?」

「だから嫌だって言ってんだよ……」

「…………、本当にダメですか……? 私、久しぶりにダストさんに自分の手料理を自分で食べさせたいなって思ったんですよ……?」

 

 ここですかさず涙目の上目遣い。

 

「口元笑ってんぞー、性悪ぼっち」

「あはは……やっぱりバレちゃいますか」

 

 私がこの人の嘘が分かるように。この人も私のことちゃんと分かってくれている。

 

「…………、やっぱりお前は涙目になってるくらいがちょうどいいな」

「なんでですか?」

「お前の心の底からの笑顔は俺にはまぶしすぎんだよ」

 

 そう言って恥ずかしそうにそっぽ向くダストさんはなんだか可愛くて。

 

「やっぱり、『あーん』しますね」

「なんでだよ!?」

 

 私はこの人の事が本当に好きなんだって。そう実感できた。

 

 

 

 

 

──ダスト視点──

 

「ひでぇ目にあった……」

 

 食事が終わって。ルナの要件が終わったと聞いた俺は、あいつがいる場所へとリリスに案内してもらっていた。

 

「酷い目……ですか? 私が食堂に着いた時、ダスト様はゆんゆん様に食べさせられて嬉しそうにしてたと思いますが」

「どう見ても嫌そうな顔してたはずなんだが。リリスの目は節穴じゃねぇの?」

「顔はそうですね。はい。顔は確かに嫌そうな表情を作っていましたよ」

 

 なんだその含みのある言い方は。

 

 

「しっかし、マジでルナの奴若返ったのか? 行き遅れじゃないルナとか想像つかねぇんだが……」

「はい。間違いなく受付嬢様は若返っておりますよ」

 

 本当何でもありだな、地獄。

 

「それで? 一応もう一度確認しとくが、特に問題はないんだよな?」

「ご説明したと思いますが、若返りは経験を食らう副次的な要素です。冒険者であれば魔法やスキルが使えなくなり、レベルが下がったりしますが、そうでないならあまり問題はないでしょう」

 

 レベルドレインと似たようなもんだと思ってたが、魔法やスキルが使えなくなるって事は根本的になんか違いそうだな。

 

「じゃあ、受付嬢のあいつならそんな問題ねぇのか」

「普段何気なくやっていた仕事に手間取ることなどはあるかもしれませんが、記憶を失うわけではありませんから。致命的な問題はないかと」

「ま、その辺りは地獄にいる間にリハビリすればいいだけか」

 

 記憶がそのままなら取り戻すのもすぐだろう。時間だけはたくさんあるしな。

 

 

「けど、行き遅れじゃなくなったルナかぁ…………あんま想像はつかねぇが楽しみだな」

 

 見た目だけは行き遅れてた今でも極上だったからな。ゆんゆんに比べたら落ちるが、それでもそそる体していた。

 それが行き遅れじゃなくなるってんだから、ゆんゆんほどじゃなくても最高の女になるだろうな。

 

「先ほど私の誘いを断った方のセリフとは思えませんね」

「それはそれ。これはこれ。……ってな。目の保養くらいはあいつも許してくれるだろ」

 

 多分。…………魔法一発くらいは覚悟した方がいいかもだが。

 

「そうだといいですね。──ここです」

 

 ルナのいる部屋に着いたのか。リリスはドアをこんこんと叩く。

 

「入ってもよろしいでしょうか?──大丈夫のようですね。入ります」

 

 ルナの返事を受けてドアを開け部屋に入るリリス。その後に続いて俺も入る。

 部屋の中にいるのは別に若返ってるわけじゃない普段着のベル子と、14、15歳くらいのルナの面影のある少女で──

 

「あ、ダストさん、見てください! 思い切って成人ギリギリの年齢まで──」

 

 

「──守備範囲外のクソガキじゃねぇか! 俺の期待返せよ!」

「!?」

 

 ダメだわ。確かに歳の割にはエロい体してるがそれだけだ。年下すぎて全然そそらねぇ。

 

「な、なんですか……なんでダストさんそんな心底がっかりしたような顔を……」

「心底がっかりしてるからそんな顔してんだよ」

 

 初めて会った時のゆんゆんと俺の歳の差でもギリギリ守備範囲外だったってのに。今の俺とあの時のゆんゆんと同じくらいの年齢とかどうしようもないわ。

 

「おかしい……普段ダストさんから感じていた性的な視線を全く感じない……」

「はぁ…………帰ろ帰ろ。なんか一気につかれたしさっさと寝るか。ガキンチョ受付嬢も子どもなんだからっさと寝ろよ。ベル子はそいつのこと頼むぜ」

「そんなに子供じゃないですよ!」

 

 なんか体だけじゃなく性格も微妙に子供っぽくなってる気がするし、()()()なんじゃねぇの?

 

「えーと……はい。ダストさん。ルナちゃんの事は私に任せてください」

「ちゃん付け!?」

 

 何て言うかあれだな。旨い話なんてそうそうねぇんだな。

 

 騒ぐルナと宥めるベル子のやり取りを後ろにしながら俺はそんなことを思っていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第29話:地獄での生活3

「わわっ……あるじ、おなかうごいたよ?」

「うん。動いたね。元気にお母さんのお腹を蹴ってるみたい」

 

 ワンピースの上からでも膨らんでいるのが分かる私のお腹を触って、ハーちゃんはその動きに驚きの表情を見せてくれる。

 

「おっきくなったよね、ゆんゆんのお腹。赤ちゃんが元気に育ってる証拠なんだろうけど。もう何か月だっけ?」

「えーっと……もう8か月ですね。順調にいけばあと2か月くらいで生まれてくる予定です」

 

 きゃっきゃっと喜ぶハーちゃんの頭を撫でながら私はリーンさんの質問に答える。

 地獄に来てからもう7か月。出産後は里に戻る予定だから、いろいろあったようななかったようなゆっくりとした時間も、あと2か月くらいで終わるんだよね。

 

「もうそんなになるんだ。…………あと2か月かぁ」

 

 2か月。それは私の子どもが生まれる日までの期間であり、リーンさんが『決着』をつける期限でもある。

 

「あの、ゆんゆんさん、私も触ってみていいですか?」

「ルナちゃ……ルナさん。もちろんいいですよ」

 

 好奇心の光を目に宿して近づいてきたのは若返ったルナちゃん。若返る前と比べると本当色んなことに積極的というか、物事に飽きていない気がする。なんていうか、文字通り若いというか。前はさん付けしたくなるお姉さんだったんだけど、今じゃ心の中じゃちゃん付けになってしまうくらいに若返ってる。

 前は上手にダストさんをあしらってたのが今じゃ逆にダストさんにあしらわれてることが多いし。

 …………ダストさん相手にそれって、バニルさん相手して大丈夫なのかなぁ。私たちがこっちにきてからこっち何故かバニルさんが顔見せてないし、実際どうなるかはまだ分かってないんだけど。

 

「今、私のことちゃん付けしようとしませんでした?」

「気のせいですよ」

 

 ルナちゃんのことをちゃん付けしたら怒るからできないんだよね。どっかのチンピラさん二人はからかってそう呼んでるけど。

 

「もう、皆して私のこと子ども扱いするんですから。ちょっと年下だけなのに……」

 

 5歳年下は普通に子ども扱いされてもおかしくない歳の差な気がするなぁ。

 …………、昔のダストさんが私に守備範囲が言ってたのはこんな気持ちがあったのかな。

 

「それじゃ失礼して……。──んー? 動いてますか?」

「あー……動いてないですね。知らない人の手で驚いてるのかな?」

 

 ダストさんの時も最初はピタッと止まったりしてたし。赤ちゃんってそう言うのちゃんと分かるっぽいんだよね。

 

「ジハードちゃんの時は動いてたのに……」

「ダストさんの子どもですからね。ドラゴンのハーちゃんに触られたから喜んでるんですよ」

「ドラゴンバカは遺伝するんですか……」

 

 あのレベルのドラゴンバカは遺伝しても仕方ないんじゃないかなぁ……。

 

「うー……私も赤ちゃんの胎動感じてみたいです!」

「そんなこと言われても……」

 

 私の子どもとはいえ、言うこと聞かせられるわけじゃないし…………って、そうだ。

 

「ハーちゃんと一緒に触ったら動くかも?」

「それです!」

 

 本当にこの子がドラゴンバカなら行けるんじゃないだろうか。

 

「ということで、ハーちゃん?」

「ん、まかせて」

 

 楽しそうにうなずいて。ルナちゃんに並んでハーちゃんが私のお腹をまた触ってくる。

 

「いもうとちゃん、はやくおっきくなってでてきてね」

「わっ、こんなに動くんですか!?」

 

 撫でて話しかけるハーちゃんに応えるように、赤ちゃんはさっき以上に元気に動く。

 間違いなくこの子はドラゴンバカの血を引いてるなぁ。

 

「えっと……ゆんゆんさん? 生まれてくる子って女の子なんですか?」

「あ、フィーベルさんにはまだ言ってませんでしたっけ? この間リリスさんに調べてもらった時に分かったんですけど」

 

 そのうちバニルさんが来るだろうと思って後回しにしてたんだけど、いつまでたってもバニルさんが来ないからリリスさんに魔法で調べてもらった。

 

「はい、女の子みたいです。だからハーちゃんにとっては妹ですね」

 

 赤ちゃんが生まれてこようと、ハーちゃんが私とダストさんの子どもみたいなものなのは変わらないし、心情的には本当の子どもだと思ってる。

 

「ということは、私にとっては姪っ子みたいなものになるんですね」

「…………、フィーベルさんは、私がダストさんの子ども産むことに何か思うことはないんですか?」

 

 ルナちゃんとハーちゃん、もしくは私のお腹の中の赤ちゃんを優しく見つめるフィーベルさん。その表情が何だか私が知っているフィーベルさんより穏やかな気がして。私は思わずそう聞いてしまう。

 

「それは、ダストさんみたいなろくでなしにゆんゆんさんはもったいないって思ってますし、ゆんゆんさんの趣味が悪いなぁとは常々思ってますけど」

「いえ、最近はろくでなしは相変わらずですけど、それ以外は結構まともに…………って、そういう話じゃなくてですね!」

 

 仮にろくでなしじゃなくなったらむしろ私の方が気後れしちゃいそうなのが最近のダストさんなんだけど、今話したいことはそういうことじゃない。

 いや、リーンさんとかルナちゃんとかが一緒に居るこの場で話していいことか聞かれたら微妙な話題なんだけど。

 

「そういう話なら別に今は何もありませんよ。こっちに来たばっかりの頃は混乱していろいろ複雑でしたけど、もう整理はついてます」

「そうですか……」

 

 うーん……つい最近までそのなんだか複雑そうな感じだったんだけど……。

 

「……もしかして、昨日あたりダストさんと何かありました?」

「あったのは否定しません。まぁ、元々出ていた答えを再確認できただけですし、それに納得できたのはこっちにきてからの日々のおかげですけどね」

「むむむ……一体全体何が……」

 

 ダストさんだけなら器用なこと出来ないしそんなに心配することないんだけど、ここにはリリスさんもいるからなぁ……。リリスさんなら『セフレにしましたけど本人は幸せそうだからいいですよね』とか笑顔で言いそうだから困る。

 

「それは秘密です。ただ、ゆんゆんさんが心配するようなことはなかったとだけは伝えときましょうか」

「それだったら教えてくれてもいいんじゃ……」

「ふふっ……じゃあ、ゆんゆんさんが私のお義姉さんになった時にでも教えましょうか」

 

 いたずらな笑みを浮かべるフィーベルさんは悩みなんて一つもないような曇りのないもので…………やっぱり何かあったのは間違いないらしい。

 

(でも……この様子ならフィーベルさんのことは心配しなくてもいいのかな?)

 

 何があったかは分からないけど『決着』はついてるように見える。私とフィーベルさんの話をなんだか複雑そうな表情で聞いてる人と違って。

 

「……で? そのろくでなしは今日はどこ行ってんの? というか、最近あいつもロリーサも出かけてること多い気がするんだけど」

「さぁ? ダストさんもロリーサちゃんもリリスさんのお手伝いをしてるとは聞いてるんですけど、具体的に何してるかは教えてくれないんですよね」

「さぁ?って……ゆんゆんは心配じゃないの? あの二人一応サキュバスなんでしょ? ロリーサはまぁ……心配いらなそうだけど」

 

 その心配いらない理由はロリーサちゃんが聞いたら泣くか怒りそうだなぁ……。

 

「ミネアさんも一緒みたいですからそこは心配いらないんじゃないですか? というか、教えてはくれませんけど帰ってきた時の様子で何をしてるかは大体想像ついているんで」

 

 あとはまぁ、私は『双竜の指輪』でダストさんと繋がっているから。離れすぎると効果は薄まるけど、それでも力が使われている事くらいは分かる。

 

「だからむしろ私はダストさんより未だに帰ってこないアリスさんが心配ですよ」

「そっちは大丈夫じゃないの? なんかよく分からないけどすっごく強いんでしょ?」

「凄く強いからこそ心配というか…………いろんな意味で強くなって帰ってきそうで怖いんですよ……」

 

 今は敵対してないだけで、次期魔王……人類種の天敵になる存在だ。自分を負かしたダストさんに勝つことに固執してるし、里がやらかした件もある。私の立場としては本当に心配することの塊だ。

 

「なに? 私がどうかしたの?」

「ひぇっ!? アリスさん!? 人の部屋にひそかに入ってこないでくださいよ!」

「別に女同士なんだからいいでしょ。というか一応ノックはしたわよ」

 

 全然気づかなかったんだけど……。

 

「というか、いつの間に帰ってきたんですか!」

 

 地獄に来て別れて以来だから実に7か月ぶりだ。

 

「ついさっきよ。で、リリスの姿もラインの姿も見えないからゆんゆんにどこにいるか聞こうかなって」

「具体的にどこにいるかは。方角だけなら向こうの方って分かるんですけど」

 

 『双竜の指輪』による繋がりからダストさんがどのあたりにいるかは何となくわかる。ただそれを他人に説明するのは難しいし、土地勘の薄い地獄では不可能に近い。

 

「そ。じゃあそっちの方を適当に探してくるわ」

 

 もともとそんなに期待してなかったんだろうか。不親切な助言に残念がる様子もなくアリスさんはあっさりと部屋を出て行ってしまう。

 

「…………、やっぱり嫌になるくらい強くなってるなぁ」

 

 少しは追いつけたと思ってたんだけどなぁ。また差をつけられた。アリスさんにも…………あの人にも。

 

「あの人がうわさのアリスさんですか。…………ゆんゆんさんちょっといいですか?」

「なんですかルナさん。何となく嫌なこと聞かれる気がするんですが」

「いえ……私、アリスさんの顔をどこかで見た気がするんですが気のせいですよね?」

「気のせいじゃないですか。もしくはギルドでちょこっと見かけたとか」

 

 うん。きっとそんな感じに違いない。

 

「そうですよね。大物賞金首や魔王軍の手配書で見たなんて話、あるわけないですよね」

「ないですないです。ルナさんきっと若返って記憶がちょっとおかしくなってるんですよ」

 

 記憶の方には影響ないってリリスさんが保証してた気がするけど。

 

「そうですよね。魔王の娘とダストさんやゆんゆんさんが仲良くしてたら懲役ものの話ですもんね」

「で、ですよねー」

 

 どう足搔いてもアリスさんの存在は私の悩みの種らしかった。

 

 

 

 

 

 

──ダスト視点──

 

「まさかこんなところでお前に会うとはな、最年少ドラゴンナイト!」

「っ! 俺はお前みたいなやつ知らないけどな。どこかで会ったか?」

 

 音すら置き去りする速さで向かってくる魔力で作られた矢の()()。それを間一髪で避けた俺は、ただ一人で()ではなく()での攻撃をしてきた出鱈目な弓使いの悪魔に問いかける。

 

「お前にとってはそうだろうな。魔王軍との戦いの中でお前は圧倒的だった。お前に比べればオレなど脇役だっただろう」

「…………、俺がジャティスや国王のおっさんと一緒に戦ってた時の話か?」

 

 俺が魔王軍とまともに戦ったのはドラゴンナイトになってすぐ。まだ姫さんの護衛にもなってなったときくらいだ。

 まともじゃない戦いなら魔王軍と結構もめてるが、その場には大体人間は俺だけだったし、いたとしても顔見知りしかいなかった。

 あの時期なら確かに知らない奴と一緒に戦ったこともあったか。

 

「そうだ。あの戦いの中、お前はドラゴンと一緒に数えきれないほどの戦果を挙げた。それこそジャティス王子やベルゼルグ王すら比べ物にならないほどに」

「大将が戦果上げまくるのもおかしいからな」

 

 いや、ベルゼルグ王家は自分で前に出ること多いけど。その集大成みたいな奴がアイリスだし。

 

「あの時は雲の上過ぎて追いつけるとも思えなかったが…………やはり悪魔化して正解だった。おかげでお前の力に並ぶことが…………いや、追い越すことができたのだからな!」

 

 再び放たれる魔法の矢の斉射。一つの弓から放たれるそれはさっきよりも数が多い。『反応速度増加』してる俺でも避けるのがギリギリってことは所謂光の速さってのに近いのかもしれない。

 

「今のを避けるか。流石は最年少ドラゴンナイトと言ったところだが…………いつまでそれが続くか。矢の数はまだまだ増えるぞ」

「マジかよ。ちょっと面倒だな」

 

 『悪魔の種子』。そう呼ばれる魔道具で悪魔化したこいつは、素質の完全開花と肉体の制限から解放されている。

 人間だったころはたいして有名じゃなかったみたいだが、才能だけはあったんだろう。ミネアの力を借りて『竜言語魔法』で完全強化していたとしても、単純なステータスじゃ負けてそうだな。

 

「ちょっと……? 面倒? まるで自分が勝てるような言い方だな。力の差を理解できないような小物ではないと思っていたが、見込み違いだったか」

「御託は良いんだよ。てか、お前みたいに『悪魔の種子』で悪魔化したやつどんだけ相手してきてると思ってんだ。いい加減こういうやり取りは飽き飽きしてんぞ」

 

 悪魔化した元人間。旦那の街に襲おうとやってきたそいつらと何度やりあったことか。最初は一週間に一回くらいだったそれが最近は二日に一回のペースになってる。それがどいつもこいつも同じようなこと言ってくるんだから、戦うこと以上に話すことの方が面倒になるのも当然だろう。

 

「だからさっさと全力でこいよ。出し惜しみせずにやれば、もしかしたら憧れの『最年少ドラゴンナイト』に勝てるかもしれないぜ?」

 

 分かりやすいくらいの挑発。だが、こいつにはそれで十分だ。悪魔化……人間辞めてまで力を求めた奴には、挑発だと分かっていたとしても無視できないようなくだらないプライドがあるんだから。

 

「……いいだろう。これが今のオレの全力だ!」

 

 弓使いが数えきれないほどの矢をその弓で構える。魔力で出来たその矢は見た目通りの数じゃないのはさっきから経験している通り。さっきでギリギリだったのを考えれば恐らく今のままじゃ避けられないだろう。

 

「実際今のお前はミネアの力を借りる俺より強いかもな」

「? 今更命乞いか? だがもう遅い」

 

 そんな魔法の矢が引き絞られ、

 

 

 

「『速度増加』」

 

 

 

 放たれたそれは一面を覆いつくすような光速の矢の雨となって俺を襲う。

 

「ただ、自分より強いだけの相手に負けるほど俺も死線越えてねぇんだわ」

 

 だが、それは『竜言語魔法』で反応速度と()()を上げた俺を捉えるには一歩足りない。その矢の雨を越えた俺は弓使いの悪魔に子竜の槍を突きつける。

 

「さっきまでの俺が全力だと思ってたんだろ? だから分かりやすい挑発に乗って大丈夫だった勘違いしたんだろ?」

 

 さっきの全力の斉射。これが多少でもけん制したあとのものだったら結果は違ったかもしれな…………いや、多少くらいのけん制で食らうとも思えないが、通常の攻撃と組み合わせたりしていれば避けるのが困難だったはずだ。

 確かにこいつは俺よりも強いが、なんの捻りもない大技ぶっぱで倒されるほど力の差があるわけでもない。

 

「相手の実力の見極めと強くなった自分の能力の見極め。それが出来なかったのがお前の敗因だ」

 

 『悪魔の種子』で悪魔化した奴らの多くに共通すること。それは力の扱い方を全然分かっておらず、力に振り回されてる奴らばかりという点だ。

 

「…………とどめも刺さず勝ったつもりか?」

「この距離で槍使いと弓使いじゃ勝負にならねぇよ」

 

 刺そうと思えばいつでもとどめを刺せる距離だ。弓使いである限りこいつに勝ち目はないだろう。かといって今から剣とか別の武器を取りだそうとするならやっぱりとどめ刺すだけだが。

 

「これで勝ったと思うなよ。次こそはお前を──」

「──だからそういうセリフは聞き飽きてんだよ」

 

 ためらいなく俺は弓使いにとどめを刺す。どうせ悪魔……残機持ちだ。元人間って事で最初は欠片くらい気まずかったが、こんだけ同じこと繰り返してたらそんな感覚はなくなっていた。

 

「無事終わりましたか、ダスト様」

「ん? おう、リリスの方も終わったか」

 

 俺と同じように悪魔化した元人間を相手していたリリスだが、その様子はさっきまで戦ってたとは思えないくらいいつも通りだ。

 

「先ほどの弓使い……力の強さだけなら『侯爵級』に匹敵する悪魔だったはずですが…………流石ですね」

「あん? 侯爵級ってマジかよ。侯爵級ってことは死魔並だろ? 確かにミネアの力を借りてる俺よりかは強かったが、そんな力の差は感じなかったぞ」

 

 今日戦ったやつは今まで戦った悪魔化した奴らの中でも一番強かったが、それでも死魔並だったとは全然思えない。実際の強さはもちろん、単純なステータスでもだ。

 

「死魔……様は侯爵の中でも最上位の悪魔でしたのでまた話が変わってきますが…………単純に地獄におけるダスト様は自分が思っている以上に強いのですよ」

「マジかよ。なんか調子がいいなとは思っていたが…………別に俺らって地獄で強くなる理由なくねぇか?」

 

 ジハードの力……上位ドラゴン並の力を借り、竜言語魔法で強化した俺らは確かに地上で制限を受けていた。その反動でいろいろ苦労したのは忘れようにも忘れられない。

 だが、ミネアの力を借りてるだけではその制限には引っかからなかったはずだ。竜言語魔法込みでもその制限のかかる強さまでは届いてなかった。

 

「『竜言語魔法』の効果が上がられているのですよ。強化能力への地上での制限は単純なステータス制限より大きいのです」

「そういうことか」

 

 ……ん? じゃあもしかしてどっかの魔王の娘の強化能力も…………?

 

「あ、ラインたちの方もちゃんと終わってるみたい…………っていうか、私たちが最後みたいね」

「ふぇ~……死ぬかと思いました~……」

 

 話す俺たちの元へ、いい汗かいたとばかりに爽やかなミネアと心底疲れた様子のロリーサが合流する。二人(どっちも人間じゃないが)も俺と同じように悪魔化した奴への対応をしていた。

 といってもミネアはともかくロリーサは一人じゃまともに戦えないし、ミネアの補助だけど。

 

「何を情けない事を言っているのですか。あなたもダスト様の使い魔ならこれくらいの相手軽くあしらえて当然でしょう」

「(そんな当然嫌ですよー……)」

「何か言いましたか?」

「何も言ってないです! はい!」

 

 ロリーサの奴やさぐれてんなぁ。ぶっちゃけ俺的にはロリーサを無理やり戦わせようとは思わないんだが、リリスがどうしてもって連れてくるんだよな。

 まぁ、あいつの幻術は割と頼りになるしサポートに入ってくれれば助かるのも確かなんだが。

 

「で、ミネア。そっちはどんな感じだったんだ?」

「んー……前と比べたらやっぱり強くなってたわね。その傾向があるとは思ってたけど、今回は特にそれを感じたかな」

「やっぱそっちもそんな感じか」

 

 てことはリリスの方もそんな感じだったのかね。あいつ自分が戦ってる時の様子はもちろんどれくらいの相手だったかも全然教えないから想像しかできないが。

 仮に俺が戦ったやつと同じくらいの強さだとするなら……。

 

「なんにせよ、本当面倒なことこの上ないぜ」

 

 悪魔化した奴らの襲撃ははその数も強さもだんだん強くなっている。俺らが地獄に来る前はまだ『悪魔の種子』が流行りだしたか?って程度だったのに、地上ではそれから10日足らずでかなり増えてそうだ。

 いったい今地上はどうなってんだか。未だに旦那が地獄に顔を見せないのはその辺りも関係してんのかね。

 

「そうかしら? 悪魔化した元人間なんて腕試しにちょうどいい相手じゃない」

「うげっ……アリス。お前帰ってきたのかよ」

 

 聞きたくない声に振り向いてみれば想像通りの顔。地獄じゃ変装する気がないからか黒髪碧眼の容姿だけは最上級の女。

 

「何で嫌そうな顔してんのよ。失礼じゃない?」

「むしろこの程度の顔で済ませてるのに感謝しろよ」

 

 俺らにとってのアリスがどんな存在かを考えれば十分以上に友好的にしてやってんだろ。

 

「じゃあ、あんたもあんたへの嫌がらせをこの程度で済ませてる私に感謝することね」

「欠片も何に感謝すればいいのか分からねぇ……」

 

 やっぱりこの女は俺の天敵らしい。

 

「ふーん……、ね? あんた強くなったわね」

「ん? あー、何か知んねぇが『竜言語魔法』の効果が上がってるみたいだからな。確かに強く──」

「──そういう単純な話じゃないわよ。なんていうか、そうね……初めて会った時のあんたの雰囲気に戻ってる」

 

 こいつと初めて会った時っていうと……俺とミネアだけであの国を守らないといけなかったあのときか。

 

「スキルやステータスでは勝ってるはずなのに何故か勝てるイメージがわかない。底知れなさを感じたあの時のあんたにね」

「なんだそりゃ」

 

 抽象的すぎて何を言ってんだか。

 

「あー……それ分かるかも。ラインってば戦い方がお姉ちゃんと一緒に魔王軍と戦ったり炎龍を倒した頃のそれに近い気がするのよね」

「誰がお姉ちゃんだ誰が。…………あの頃の俺に戻ってるってか」

 

 確かにあの頃の俺が槍使いとして一番強かったのは間違いないし、鈍った俺よりも戦いの感覚が研ぎ澄まされてたのは間違いないんだろうが……。

 

「…………、そういや、自分を殺せる力を持った相手と毎日のように実戦で戦ってんのは『ドラゴン使い』時代以来か」

 

 ドラゴンのいないドラゴン使いとして。ただ槍だけを武器にして生き抜いた日々。あの日々ほど過酷とはとてもじゃないが言えないが、それでもダストとして過ごした生温い日々とは比べ物にならない。

 

「アイリスとの特訓に大物賞金首との戦い。そんで悪魔との実戦の日々か。そんだけしときゃ流石に取り戻すか」

 

 あんまり実感はねぇけど。ジハード抜きでも炎龍と戦えるくらいには強く戻れたのかね。

 

「くすっ……あんたと戦う日が楽しみだわ。正真正銘、全盛期のあんたを倒さないと意味がないと思ってたからね」

「俺は欠片も楽しみじゃねぇが…………ってか、お前のことだから今ここで戦うとか狂ったこと言い始めると思ったんだが」

 

 言い方からしてそうではないらしい。

 

「不本意だけどあんたは私の宿敵なのよ? 次期魔王である私の。決着をつけるに相応しい舞台ってのがあるに決まってるでしょ?」

「なるほど分からん」

 

 バトルマニアの考えは理解不能だわ。多分アイリスあたりが聞いたら力強く肯定するんだろう。

 

「心配しなくてもその場は私がちゃんと準備するから安心しなさい」

「何も安心する要素がねぇなー」

 

 俺はドラゴンやゆんゆんたちと適当に生きられればそれで十分だってのに。

 

「ラインってば愛されてるわね。お姉ちゃんちょっとだけ嫉妬しちゃうかも?」

「こんなに嬉しくない愛は初めてだがな」

 

 ミネアのからかいに俺は大きなため息を返した。

 

 

 

──ゆんゆん視点──

 

「? 誰かお客さんでしょうか?」

 

 ルナさんやフィーベルさんが自分の部屋に戻って。リーンさんと二人で喋っていた所(ハーちゃんおねむ)にこんこんと扉をたたく音が聞こえてくる。

 

「ダストが帰ってきたんじゃないの?」

「ダストさんがノックなんてするわけないじゃないですか」

 

 自分の部屋に入るのにノックするような殊勝な性格してるならろくでなしなんて言われてないんじゃないかな。

 

「それもそっか。でもだとしたらいったい誰だろ」

「ルナさんかフィーベルさんが忘れものでもしてたのかな。とりあえず入って貰いましょうか」

 

 念のために『エネミー・サーチ』を使ったけど敵意のある存在じゃないのは確かみたいだし。そもそもリリスさんがここまで敵対者を見逃すようなミスをするとも思えない。

 私は訪問者に入ってくるように促す。

 

「お久しぶりです、ゆんゆんさん。リーンさんもいらっしゃいましたか」

「あれ? レインさん? 忙しくて地獄には来れないって聞いてたんですが、来れたんですね。お久しぶりです」

 

 扉から礼をして入ってくるのは顔見知りのお姉さん。アイリスちゃんの付き人の貴族であるレインさんだった。

 

「それは今も忙しいと言いますか…………むしろ渦中の真っ最中でここにも仕事できたんですけどね」

「仕事ですか? 地獄で?」

 

 姫様付きのレインさんが地獄で仕事って何だろう。…………流石にアイリスちゃんが地獄に遊びに来るとかはないと思いたいけど。いや、私個人で考えるなら友達のアイリスちゃんが来てくれるのは凄く嬉しいけど、常識とかそういうの考えると頭が痛すぎる。

 

「その話がしたくて来たのですが…………ダスト殿はまだ帰られてませんか」

「仕事ってダストさんに何か依頼でもあるんですか?」

 

 そんなに急ぎの仕事なんだろうか。正直今このタイミングでダストさんが地上に帰るのは嫌なんだけどなぁ……。

 

「はい。地上の窮地を救うため、ダスト殿には地獄で一柱の悪魔を討伐してもらいたいのです」

「地上の窮地? それと地獄にいる悪魔に何の関係があるんですか? それに悪魔討伐だったらダストさんよりも適任者が他にいるんじゃないですか?」

 

 バニルさんを始めとして割とダストさんって悪魔と仲いいし。アクアさんとかの方が憂いなくやってくれそうな気がするけど。

 あ、でもアクアさんとかは地獄に来る方法がないのか。

 

「いえ、ダスト殿が一番適任だと思いますよ。地獄という場所の特殊性もありますが、人類側であの悪魔を討伐成功させたのはダスト殿だけですから」

「え? それって……」

 

 そう言われて思い出す悪魔は一柱しかいない。一年近く経った今でもはっきりと思いだせる大物賞金首だった悪魔。

 

 

「七大悪魔の()()()。ダスト殿には()()()悪魔となった『死魔』の討伐をお願いしたいのです」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第30話:分水嶺

「死魔が公爵級悪魔……? あの、レインさん、それは一体──」

「──はぁ……疲れたー。帰ったぞゆんゆん……って、ん? なんだよ、レインじゃねぇか。旦那あたりがそろそろ来ると思ってたんだが、お前が来たのか」

 

 不吉で訳の分からないレインさんの言葉。その意味を訪ねようとしたところでダストさんがいつものように帰ってくる。

 

「ダスト殿。お久しぶり…………でよかったんですよね? 私の感覚ではついこの間会ったばかりなのですが」

「そーなるな。で? このタイミングだ。バカンスに来たって訳じゃねぇよな?」

「残念ながらそうなりますね」

 

 レインさんの用事を大体想像出来てるんだろうか。ダストさんは疲れた感じなだけで驚いてる様子はない。

 

「早速依頼の話に入りたいのですが……大丈夫ですか?」

「おう。ただ、その前に…………リーン、お前は自分の部屋に戻ってろ」

「……へ? あたし? なんで……?」

 

 私同様……以上に状況がよく分かっていないリーンさん。黙って様子を観察していたところにダストさんから声がかけられ、呆然な感じで反応を返していた。

 

「なんでも何も、これからする話にお前は関係ないからな」

「関係ないって……そんなこと……」

「ねえよ。関係させられるか。本当はゆんゆんにだって関わらせたくねぇんだ。でもこいつはそれ言っても聞かねぇし、ジハードの主はこいつだからな」

 

 心底めんどくさそうな様子でそんなことを言うダストさん。まぁ、ダストさんに何を言われてもこの状況で話を聞かないって選択肢は確かにないんだけど。

 でも、リーンさんは……。

 

「なによ……それ…………」

「必要があったら俺かゆんゆんから話してやる。だから今は大人しく帰れ」

「…………、わかっ……た…………」

 

 とぼとぼと、納得していない様子で部屋を出て行くリーンさん。

 出るときに一瞬私に向けた顔はなんだか助けを求めているみたいで……。

 

「相変わらずダスト殿は不器用ですね。もっと上手く、……あるいは逆にもっと素直に伝えれば傷つけずにすむでしょうに」

「上手に出来れば苦労しないんだがな。いつまでたってもそういうのは苦手だ。それに…………素直に言ったら素直に言ったでどうせあいつは傷つくんだよ」

 

 ダストさんの気持ち。それは考えるまでもなくリーンさんを危険な目に遭わせたくないってこと。でもそれをまっすぐリーンさんに言えば、きっとリーンさんは深く傷つく。

 だって、私がそうだったんだから。

 

(…………、仕方ないのかな?)

 

 情報が少ししか入ってない私でも、今回の戦いが今までで一番大変な戦いになることは想像がつく。そんな戦いで普通の魔法使いであるリーンさんが出来る事はほとんどない。

 私が守ると言えればいいんだけど、今の私は無理をしちゃいけないし。

 

(でも、本当に()()でいいの……?)

 

 去り際のリーンさんの寂しそうな顔。そしてダストさんと過ごしてきた日々が、何故かこのままではいけないと警鐘を鳴らしている。

 仕方ないと、そのままで終わらせてはいけないと。何か取り返しのつかないことになるような……。

 

「ま、あいつのことはとりあえずいい。それよりレイン、仕事の話を頼む」

「はい。……しかし、どこから話しましょうか」

「とりあえず、地上の様子だな。想像はついてるんだが」

 

 私の不安をよそに、ダストさん達は話を進める。聞き逃すわけにはいかないし、今は意識を切り替えよう。

 

「では地上の様子から。最初の報告はおよそ一月前。人が悪魔化し、人を襲うという事件が起こりました。それの原因となったものは──」

「──『悪魔の種子』。俺もリリスと一緒にいろいろ調べてたからそれがどんなものかは知ってるぜ」

 

 お城が出来てから。リリスさんと一緒にダストさんが『悪魔の種子』関係で動いていたことは私も知っている。妊娠が分かってから私もダストさんと一緒になんか変な人に襲われたし。

 

「では、ダスト殿たちがいなくなってからの話をしましょう。…………ここ数日でその『悪魔の種子』による悪魔化の現象が激増しています」

「激増って……どれくらいだ?」

 

 私たちが地獄に滞在する前は、そういうものをあると噂で聞くくらいだったけど……。

 

「ベルゼルグの国だけでも騎士と冒険者それぞれ一割近くです」

「…………流石にそれは洒落になってねぇだろ」

「本当ですから」

 

 少数精鋭。他の国と比べれば騎士の数が少ないベルゼルグの国だけど、それでもその総数は万を超す。詳しくは知らないけど3万は越えてたと思う。冒険者の数はそれ以上でその一割ってなると……。

 そしてベルゼルグ以外でも同じ割合で悪魔化が進んでいるとすれば……。

 

「一体全体何がどうしたらいきなりそんなに増えるんだよ」

「ダスト殿も想像がついてるのではないですか?…………『悪魔の種子』にて悪魔化したものが他のものを無理やり悪魔化を始めたんです」

「そんな……ひどい…………」

 

 別に私は悪魔自体に悪いイメージはない。リリスさんとか怖い悪魔さんもいるけど、それは人と同じで個体差があるだけだというのは分かっている。

 でも、自分の意志とは関係のないところで人間をやめるのは酷すぎると思う。リッチー化という人をやめる手段を持っているだけに、その残酷さは想像が出来た。

 

「もちろん、私たちも手をこまねいているわけではありません。団結し対抗はしています。ですが、悪魔化した方たちは以前よりも遥かに強くなっていて……」

「『資質の完全開花』と『肉体制限からの解放』。ま、弱くなる奴はいねぇだろうな」

 

 悪魔化失敗して鬼になったなんか変な人も倍以上に強くなってたらしいし、ちゃんと悪魔化出来た人がどれだけ強くなってるか。

 

「それに、悪魔化の恩恵につられて自ら悪魔の誘いに乗る人も出てきまして」

「ま、そういう奴もいるだろうな。むしろ冒険者なんてそんな奴らばっかだろう」

 

 まぁ、悪魔化のデメリットって神聖魔法や退魔の魔法、聖水に弱くなることくらいだもんね。一獲千金を夢見る冒険者の人とか強くなりたいって人が望んでそうなるのは仕方ないのかな。

 

「指揮官クラスの騎士や準英雄クラスの冒険者の中にも悪魔化するものが出てきているのが今の状況です」

「通りで最近無駄に強い奴らが来ると思ってた」

 

 …………、やっぱりダストさんそういう人(悪魔)たちと戦ってたんだ。

 

「とりあえず地上の様子は分かった。思った以上にやばいな」

「やばいですね。本当泣きたいくらいです」

 

 泣くくらいで済むのかな。たった数日で一割近くの人が悪魔化したって一月もしないで国が亡ぶレベルなんじゃ……。

 

「で、そんな状況で俺に依頼ってのはなんだ? ぶっちゃけ悪魔退治だったら俺より適任がたくさんいるだろ? アクシズ教徒とかアクシズ教徒とかアクシズ教徒とか」

 

 あの人たちだったら確かに喜んで悪魔退治しそうだなぁ……。どんなに数が多くても悪魔やアンデッドに負ける気もしないし。

 

「地上にいる悪魔でしたらそれも選択肢の一つですね。ですが、今回の元凶は地獄にいる悪魔ですので」

「…………その元凶の悪魔ってのは?」

 

 それが──

 

「──『死魔』。最狂を冠する四大賞金首の一角だった悪魔。最年少ドラゴンナイトに討伐され地獄に帰還し、そして侯爵級悪魔から七大悪魔の地位にまで上り詰めた公爵級悪魔。それがダスト殿に討伐して頂きたい悪魔です」

「…………、何言ってんだ? レイン。死魔が元凶ってのはともかく公爵級悪魔ってのは洒落になってねぇぞ」

「本当ですから」

 

 公爵級悪魔。それは神々と世界の終末をかけて争うクラスの大悪魔。人の身では想像も付かない絶大な力を持つと言われている。

 死魔が私なんかよりずっと強大な力を持っていたのは確かだけど、こんな短時間で公爵級になれるものなんだろうか。地獄ではそれなりの時間が経っていると考えても、それはあくまで人間の尺度の話。永遠に近い時が流れている地獄ではほんの一瞬の時間のはずなのに。

 

「…………本当なのか? 確かに悪魔は嘘がつけねぇから、捕まえて聞き出したなら基本的にはマジなんだろうが……」

「はい。ハチベェ殿…………アクセルの街の相談屋さんのお墨付きでもあります」

「なるほど。そりゃマジだな」

 

 バニルさんも関わってる情報なら確度が高い。悪魔に嘘を()()()()()方法がないわけじゃないけど、今回は信頼しても大丈夫そうだ。

 

「けど、死魔が公爵級悪魔って何がどうなったらそうなるんだ? それになんで『悪魔の種子』なんてものをバラまい…………って、()()()()()()なのか?」

「多分、ダスト殿が想像している通りかと」

「なるほど……そりゃ公爵級にもなるか。それに時間が経てば経つほどやばそうだな」

 

 ? そういうことってどういうことなんだろう?

 

「で、そんなやばい奴を俺に討伐しろと。…………ぶっちゃけ無理な気しかしないんだが」

「ですが、バニル殿は死魔を()()()()()もので勝てる可能性があるのはダスト殿だけだと」

「まさか旦那、『切り札』前提で話してんじゃねぇよな。そうじゃねぇなら、地獄に来さえすればカズマパーティーでもなんとかなるだろ」

 

 実は本物の女神らしいアクアさんがいるのを考えれば確かにどうにかなりそう。

 

「あの方たちのパーティーが『死魔』を倒せば、なんでも世界の終末どころか神魔の決着をつける最終戦争が始まるから倒してはいけないものの方に入ってるそうですよ」

「…………ガチの女神が公爵級の悪魔倒したらそうなるか。あのねーちゃんがカズマたちに任せて自分だけ黙ってみてるとかは無理だろうしなぁ」

 

 あのパーティーはみんなが互いを大事にしているから。めぐみん達だけが戦うのをアクアさんが黙ってみていられるとは思えない。

 

「それで俺に回ってきたと。…………アイリスとかじゃダメなのか?」

「欠片も笑えない冗談はやめてください」

「あいつとアリスが手を組めばどうにかなると思うんだがなぁ……」

 

 どうにかなるにしても一国のお姫様にそれはないと思います。

 

「それでしたらダスト殿がアリス殿と一緒に戦ってもいいのでは?」

「まぁ、俺が『死魔』に勝つってなるとあいつの協力は不可避か…………めちゃくちゃ気が乗らねぇ」

 

 まぁ、アリスさんですからね。気持ちは分かります。

 

「ただ、バニル殿から助言があるのですが。おそらくダスト殿がアリス殿と一緒に退治に行けば死魔は逃げるだろうとのことでした」

「ダメじゃねぇか!」

 

 そういえば、死魔は勝てそうにない相手は襲わないし、すぐ逃げるんだっけ。

 ハーちゃんを最大強化してからアリスさんと一緒にダストさんが死魔に挑めば何とかなると思ったんだけど。

 

「てか、そもそも死魔がどこにいるか分かってんのか?」

「分かりません。バニル殿もそれは見えなかったということでした」

「どこにいるか分からねぇんじゃ討伐もなにもねぇぞ」

 

 ですよね。

 

「はい。なので死魔が襲ってきたタイミングで返り討ちにするしか死魔討伐のチャンスはありません」

「…………あー……。なるほど。だから俺……俺たちなのか。勝てるのが俺だけってそういう意味かよ」

「?? ダストさん、そういう意味ってどういう意味ですか?」

「勝てるタイミングが返り討ちしかない…………つまり、死魔が俺らを襲ってくるのだけは確定してるって事だよ」

「ダスト殿の言う通りです。『死魔』はダスト殿を狙い、この街を落とせるだけの戦力を集めたら襲ってくるそうです」

 

 

 

『……これで終わったと思わないことです。私は必ずあなた達を収集します』

 

 

 それは死魔が地獄へ送還されるときの残した言葉。嘘のつけない悪魔にとっては契約ともいえる宣言。

 その宣言通り、死魔は公爵級悪魔になった今もダストさんを狙っているらしい。

 

「ま、話は分かったぜ。結局俺は今まで通りこの街を守って戦ってればいいんだな。どのタイミングで死魔が来るってのは分かってるのか?」

「バニル殿曰く『分水嶺』の時だと。……私にはよく分からなかったんですが、ダスト殿にはこれで分かると」

「…………、ああ。分かるな」

 

 私も分からないんだけど、どうせ聞いてもダストさんは教えてくれないんだろうなぁ。

 

 

 

 

「しっかし、あの死魔が公爵級の悪魔ねぇ。あの小物の悪魔が旦那と同じ公爵級ってのはなんか想像がつかねぇな。いや、能力的にはやばくなってるって分かってるんだが」

「私はどうやばくなってるかまだ分からないんですが…………確かに、あんまり死魔は大物っぽくはありませんでしたよね」

 

 強くてすごく怖くはあったんだけど。紅魔族的には典型的な噛ませ役というか。

 

「死魔様は別に小物ではありませんよ。……もちろん大物でもありませんが」

「リリスさん、いつの間に……」

 

 なんか普通にいるけど、ここ私たちの部屋なんですけど? 本当いつ入ってきたんだろう。

 

「なんだよ、リリス。死魔が小物じゃねぇって」

「これは悪魔の間では有名な話なのですが、死魔様は『狂気』と『狂喜』しか感情と言えるものを持ち合わせてないのです」

「はぁ? そりゃ狂ってる感じはしてたが、別にそんな風には見えなかったがな」

 

 なんか焦ったりしてた気がするし、私もそんな感じには感じなかったような。

 …………でも、あの目だけはそう言われても信じてしまうものがあった気もする。

 

「それは死魔様は普通に見えるように演技しているからですよ。その場の状況に合わせて振舞うだけ。だから『狂った道化』とあの方は呼ばれているのです」

「『狂った道化』ねぇ……。だから小物じゃねぇと。…………あいつは壊れてるだけって事か」

「そういうことです。煮ても焼いても面白くない存在ですからバニル様は嫌われていますね」

 

 煮たり焼いたりしたら面白い存在っているのかな。…………悪魔の感性じゃいるんだろうなぁ。

 

「壊れた悪魔ですが、強さだけは本物です。……本物になりました。悪魔王様のお気に入りの玩具とは言え、公爵級悪魔というのはそれだけでなれるほど温いものでもありませんから」

 

 バニルさん見てると公爵級悪魔がどれくらい凄いのか勘違いしそうになるんだけどね。

 いや、存在自体が非常識なのは確かなんだけど、私たちにとってバニルさんの存在は身近すぎる。

 

「公爵級悪魔っていや…………この街の領主様は何してんだ? そろそろ来ると思ってたんだが。レインは何か聞いてねえか?」

「地上でやることがあるからまだ行けないと。ただ、必ず間に合わせると……そうおっしゃってました」

「ま、この状況だ。遊んでるってことはねぇだろうが…………旦那がいないってのはちょっとばかし不安なんだよな」

 

 ダストさんらしくない言葉だけど、その気持ちはよく分かる。強さとかそういうのとは別の次元で、あの悪魔さんが一緒だと負ける気がしないから。

 

「ふん、あんな性悪悪魔なんていなくてもどうにかなるでしょ。あんたやリリス。それに私までいるんだから、死神悪魔の一柱や二柱余裕で返り討ちできるわよ」

「アリスさん…………」

 

 だからなんでこの人たち普通に他人の部屋に入ってくるんだろう……。私にプライベートとかないんだろうか。

 …………、ダストさんと一緒の部屋だからかなぁ。

 

「なんだよ、アリス。いつになく協力的なこと言いやがって」

「だって、ここにいれば強い悪魔といっぱい戦えるって事でしょ? そんな楽しそうなこと黙ってみてる選択肢ないわよ」

「あーはいはい。勝手に思う存分戦ってくれ」

「頼みますからダストさんそんなやけっぱちにならないでください。アリスさんが暴走したとき止められるのダストさんくらいなんですから」

 

 アリスさんは自由にさせたら絶対ダメなタイプだ。敵でも味方でも。

 

「リリスが何とかするだろ。俺はバトルジャンキーの面倒見るのはごめんだぞ」

「私も今のアリス様の相手をするのはお断りしたいのですが……」

「あんたたち私のことなんだと思ってるのよ」

 

 なんだと言われたら言葉に困るけど、とりあえず存在自体が頭痛い人なのは間違いない。

 もちろんそんなこと本人には言えないけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからの日々はダストさん達にとって戦いばかりの日々だった。

 二日に一度だった襲撃は毎日になり、一日に二度三度と回数は時を経るごとに増えて行った。

 相手の強さも上がってるらしく、最初はお留守番だったハーちゃんも戦いに出るようになって…………身重な私はリーンさん達と帰りを待つだけの日々が続いた。

 

 

 

 そして二か月後。

 

 

「死魔様が来ました。街の四方に悪魔の軍勢を集めています。もう間もなく攻めてくるかと」

「そうか。死魔はどの方角に居るんだ?」

「街の北側ですね。ただ、ダスト様が向かわれたところに結局は行くことになるかと」

 

 死魔の収集は殺した瞬間にしか行えないから。ダストさんを収集するとするならその場に死魔が向かうのは当然だろう。

 

「じゃあ俺は普通に北に行けばいいんだな。だけど、四方にってことは戦力は分散しねぇといけねぇのか」

「そうなります。それに、仮に全員で向かえば死魔様が逃げる可能性も出てきますから。できればまだ勝ち目のある今回で倒したいです」

「どっちにしろ街を見捨てるって選択はねぇんだ。ゆんゆんたちを地上に帰せない以上、この街でどうにかするしかない」

 

 地上は『悪魔の種子』が蔓延してる影響で絶対に安全とは言えない。ダストさん達が負けない限りはこの街の方が安全なくらいだ。

 もしもの時はリーンさんやルナさんたちだけでも地上に帰さないといけないけど……。

 

 

「じゃあ、ラインと私とジハードが北ね。ジハード、がんばろっか」

「ん、がんばる」

 

 ミネアさんとハーちゃんが気合を入れる。

 

「じゃ、私が東の方行くわ。あ、私と使い魔だけで十分だから他の奴らはいらないわよ?」

「戦力を均等に分けるならそうなりますね。では私が西を。ロリーサとこの街の他の戦力全部が南としましょうか」

 

 アリスさんとリリスさんがさらっと自分たちとロリーサちゃんたちの担当を決め…………って、なんか戦力の分け方おかしくない? 使い魔のいるアリスさんはともかくリリスさんが一人……?

 

「ロリーサ、南側は任せましたよ。私の代わりに悪魔たちを率いてこの街を守りなさい」

「いえいえいえいえいえいえいえいえいえいえ!!!! なんで私が指揮役になるんですか!? 私はただのサキュバスなんですよ!?」

 

 他にも適任がいるでしょうとロリーサちゃん。

 

「ええ、あなたがサキュバスなのは創造主である私が良く知っていますよ。ですが、()()()ではないでしょう?」

「それは……」

「ダスト様…………ドラゴン使いと真名契約をしているあなたは自分が思っている以上に特別なのです。実戦経験も十分に積みました。後はあなたが自信を持つだけです」

「自信……」

「この街を守るためにはあなたの力が必須で、それはあなたが上に立つことで最も発揮されるものです。だから…………頑張りなさい」

「はい、頑張ります!…………って、言えるわけないじゃないですかー! 無理です! 絶対無理ですー! チンピラさんと真名契約してるだけで自信なんか持てるわけないじゃないですかー!」

「…………、ダスト様。ちょっとこの子連れて行きますがよろしいですか?」

「お、おう…………あんまり酷いことはすんなよ」

「それはこの子次第でしょうか」

「いやー! 折檻は嫌ですーー!」

「なら、覚悟を決めなさい」

「それも嫌ですーーー!!!」

 

 リリスさんに首根っこ繋がれてずるずると引きずられていくロリーサちゃん。

 …………うん。とりあえず見なかったことにしよう。戦いがもうすぐ始まるのを考えればすぐに帰ってくるだろうし。

 

「しっかし、バニルの奴この期に及んで来ないわね。レイン、あの迷惑悪魔は本当に間に合うって言ってたの?」

「はい、確かにおっしゃってました」

「じゃあ、まだその時じゃないって事かしら? あいつは性悪ではた迷惑なむかつく悪魔だけど、自分の言ったことは絶対に守る奴だし」

 

 ……………………。

 

「おい、ゆんゆん。お前大丈夫か?」

「…………え? 何がですか? 大丈夫ですけど…………」

 

 なんだか朝から定期的にお腹が痛くなるけど、耐えられないほどじゃないし。()()陣痛は始まってないはず──

 

「そうか。旦那が予言的にそろそろかと思ったんだが…………って、ゆんゆん!?」」

「──っっっぅ!?」

 

 そう思ってた所で激痛が私を襲う。あまりの痛みに一瞬意識を飛びそうになるけど、痛みがそれを許さない。

 

「レイン! リーンを呼んできてくれ!」

「わ、分かりました!」

 

 陣痛。ダストさんたちが決戦に向かうこの最悪のタイミングで私の子どもは産まれてこようとしていた。

 

 

 

 

 

 

「ダスト様。そろそろ限界です」

「…………分かってる」

 

 ベッドに横になっている私の手を握っていたダストさんは、リリスさんの声を受けて立ち上がる。

 

「リーン。ゆんゆんのことを頼むぞ」

「…………、あんたに言われるまでもないわよ」

「ああ、頼む」

 

 私の手を離したダストさんはその手で私の額を撫でてくれる。なんだか冷たくて気持ちがいい。

 

「さっさと終わらせてくる。だからお前も頑張れ」

 

 手が離れる。振り返り、私の大好きな人は戦場へと向かっていく。

 

「ダメ……です…………」

 

 その背中を見送ろうとした私は、何故か逆の言葉をこぼしていた。

 

「ゆんゆん? ダメって何がだ?」

「なん…だか、このまま見送ったら、ダストさんが帰って…来ない気がして……」

 

 初めての出産。その不安を紛らわせるために、痛みで朦朧とした意識が、大切な人に傍にいてもらおうとしてるだけなんだろう。

 だから、こんなのはただのわがまま。私たちを守るために戦場に向かうダストさんを止めるわけにはいかない。

 

 

 …………なのに、どうして私はダストさんの手を引っ張って離せないんだろう。

 

 

「ゆんゆん、心配すんな。この街は絶対に勝つ。お前らは絶対に守ってやるから」

「は……い…………」

 

 きっとそれは本当になる。悪魔と仲良しで悪魔みたいな私の恋人さんは、誓ったことは絶対に守る人だから。

 

「だから信じて待ってろ」

 

 

 私は──

 

1:信じて待つ

2:信じられるわけがない



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第31話:地獄の公爵1

「信じられるわけないじゃないですか。……この状況で、今のダストさんを」

 

 大きく深呼吸。…………うん、痛みはあるけど、今はさっきのような堪えられないものじゃない。

 ここはきっと間違えてはいけない所だから。私は出来る限り息を整え、しっかりと言葉を紡ごうとする。

 

「信じられねぇって…………お前まさかその体で着いてくるつもりじゃねぇよな」

「流石にそこまで馬鹿じゃないですよ。私一人ならいくらでも無茶しますけど…………いきなり母親失格にはなりたくないですから」

 

 私の気持ちを察してか、私と同じように今が大事な時だと感じているのか。大人しくしてくれている私の娘。この子を無事に産むことが今の私の役目なのは見失ってない。現実的に陣痛が来てる状況で戦えるわけないってのももちろんあるけど。

 だから、私はダストさん達が戦い勝って帰ってくることを待つ。それはどんな選択をしていようときっと変わらない。

 

 変わるのはダストさんを信じるか、信じないか。きっとそれだけ。

 

「じゃあ、素直に信じろよ。心配しなくてもお前らは絶対に守ってやるから」

「そこは別に何も疑ってないんですけどね」

 

 ダストさんは大事な場面で出来ない事を言う人じゃないから。

 嘘はいくらでも付く。約束はたまに忘れる。でも、誓ったことは必ず守る。それがダストさんというチンピラ冒険者だ。

 

「じゃあ、何が信じられないってんだ」

「決まってます。ダストさんが私たちの元へ帰ってくることですよ」

 

 この街はきっと死魔に勝つんだろう。ダストさん達は私たちを守ってくれるんだろう。

 けど、私たちを守ったこの人は?

 

「ダストさん、『勝つ』とか『守る』とは言ってくれましたけど…………『帰ってくる』とは言ってくれなかったじゃないですか」

 

 『帰ってこない気がする』。そんな私の不安に、この人はまっすぐ答えてくれなかった。

 

「…………信じられるわけないじゃないですか」

 

 それはつまり、勝っても自分の無事は保証してないということで。ダストさんの未だに更生できてない最大の問題点と併せれば到底安心できるものじゃなかった。

 

「…………、お前本当にめんどくせぇな。どうしようもねぇ状況だ。信じて送り出すしかねぇんだから、素直にそうすりゃいいのによ」

「確かにその選択肢もありましたけどね」

 

 嫌な予感とか全部無視して、大好きなダストさんを信じて待つ。今までたくさん私を泣かせてきたダストさんだけど、でも取り返しのつかない涙だけはこぼさせなかったダストさんだから。

 帰ってこないなんて、そんなこと絶対にないんだって。そう自分を騙して信じる事はきっと出来た。

 

「でも、それを選んだ私はきっとダストさんが好きになってくれた私じゃないから」

 

 ダストさんのことを盲目になって信じる、そんなチョロい私を好きになったわけじゃないと、この人はいつの日か言ってくれたから。

 

 

 

「あなたに好きでいてもらいたいから、私は都合のいい女になんてなってあげません」

 

 

 

「……そーかよ。じゃ、俺の大好きなぼっち娘は……待つことしか出来ないお前はどうすんだ? まさか信じられないって言ってそれで終わりじゃねぇよな?」

 

 それじゃ何も変わらないとダストさん。そして、そんなつまらない女じゃないよなと信じてくれている。

 だから……。

 

「だから…………リーンさん、お願いします。ダストさんを見張っててください」

 

 私たちの会話を心配そうに……辛そうに聞いているリーンさんに私は頼む。それが待つことしか出来ない私の最善の手だと信じて。

 

「え? え? 見張っててって…………あたしもダストと一緒に行くって事!?」

「はい。お願いします」

「いやいや、あたしが行っても邪魔なだけじゃ…………」

「まぁ、邪魔なのは確かにそうですね」

 

 きっと今回の戦いの中でリーンさんが出来る事はほとんど何もない。自分の身すら守れないだろうし、ついていけばダストさんの邪魔になるのは確かだろう。でも、()()ではない。

 

「じゃあ……」

「でも、リーンさんが一緒に行った方がダストさんが帰ってくる可能性は高くなりますから」

「え?」

「そうですよね、ダストさん」

「…………、さあな」

 

 そうとぼけるダストさんは苦虫を潰したような顔をしていて、私の言葉を否定しない。

 

「ただ言えるのは、リーンが一緒だとお前らを絶対に守ってやるとは確約できねぇぞ」

「少なくとも、ダストさんが『帰ってくる』と約束できないような確約は私はいりませんよ」

 

 私たちが無事でもダストさんが無事じゃない結果なんて…………そんなの私は求めていない。

 

「だから、リーンさん。あなたが決めてください。私と一緒に待つか、それとも、死にたがりの…………いえ、終わりたがりのチンピラな英雄さんと一緒に行くか」

 

 でも、私には結局頼むことしか出来ないから。それが最善の手だとは思っていても、その手が打てるかどうかは私の意志だけでは決まらない。

 

「死にたがり? え?……ダストが?」

「別にいつも死にたいと思ってるとかそう言うことじゃないですよ?」

 

 いつも自由気ままに生きてるダストさんがそう思ってるとは私も思っていない。

 

「だけど、この人は死に場所を求めているんですよ。自分にとって出来るだけ上等な」

 

 なんでそうなってしまったかは分からない。きっと英雄として生きてきた時代の瑕かチンピラとして腐ってた時代の後悔か。もしくはその両方だとは想像がついているんだけれど。

 ただ、自信満々な普段の様子とは裏腹に、自分の評価……命すらも極端に低く見ている節がある。

 

「だから、今の状況はダストさんにとってうってつけの状況なんですよ」

 

 例えば、大好きなドラゴンに殺される状況。

 例えば、大切な人を守って死んでしまう状況。

 

 それがきっとチンピラなダストさんにとって『上等な死に場所』だ。

 

「いろいろダストさんを更生させてきたつもりですけど、この最大の悪癖だけは未だ治せてないんですよね」

「だから、あたしに付いて行って欲しいって事? あたしが傍にいれば自分を犠牲にするような方法じゃあたしを守れないから?」

「そういうことです」

 

 ここは地獄で危険で溢れる場所だ。例え死魔やそのレギオンを倒したとしても、他に危険がないわけじゃない。リーンさんを守り切るにはダストさん自身も無事で一緒に帰ってくる必要がある。

 

「…………正気?」

「おかしい事を言ってるのは分かってますよ」

 

 もしかしたらダストさんは一人なら危なげなく勝って帰ってくるのかもしれない。

 私が頼んでいることはリーンさんを危険にさらし、ダストさんの邪魔をしているだけかもしれない。

 

「だからもう一度言います。決めるのはリーンさんです。その上でもう一度頼みます。どうか、ダストさんの守るべき人でいてください」

 

 それでも、待つことしか出来ない私に出来る事は頼むことだけだ。

 それが正気の選択じゃないとしても。それが誰もが笑っていられる結末に続く選択だと信じて。

 

 

 だって、私は知っているから。大切な人を守らないといけない時のダストさんは誰よりも強いんだって。

 

「で、でも……あたしが行ったらゆんゆんは……?」

 

 今は少し落ち着いているけど、すぐにまた本格的に陣痛が始まる。私の出産を手伝えるようにと一緒に勉強していたリーンさんがいなくなるのは確かに私も少しだけ不安だ。でも……。

 

「ま、そのあたりは大丈夫じゃねぇの? さっきから扉の外で聞き耳立ててる奴がいるからな」

「わわっ! っっ~~~!」

 

 バタンと人が倒れる音。見てみればダストさんが開けたドアの所には鼻を押さえて痛がるルナちゃんの姿があった。

 

「は、話は聞かせてもらいました! ゆんゆんさんの出産は私に任せてください!」

「ま、生涯独身の上にガキになったルナだけじゃ心配だが、フィーもいるんだ。リーンがいなくてもどうにかなるんじゃねぇの?」

 

 ルナさんの後に続いてフィーベルさんも普通に部屋に入ってくる。

 

「私だけじゃ不安って何ですか! 私だってたくさん勉強して──」

「──はいはい、ルナさん今少し真面目な話ししてるみたいなんで向こうで静かにしてましょうねー」

「だから子供みたいな扱いはなんなんですか!?」

 

 そして、ルナちゃんをあやして部屋の隅へと連れて行った。

 

「でも、二人は魔法が使えないし……」

「その辺りは私に任せてもらえれば。……ダスト殿たちの戦いの役には立たないでしょうしね」

「レインさん……」

「俺も出産の役には立たないだろうが、いざというときの盾になろう」

「俺もテイラーも大した事は出来ないが…………まぁ、逃げなきゃいけない時の時間稼ぎくらいはするぜ」

「テイラー、キール……」

「なんでこの場面でボケた? ちょっとかっこいいこと言っただろ?」

 

 日頃の行いと、自分でかっこいいとか言っちゃう残念さのせいじゃないですかキースさん。

 

「てわけだ。キールやルナはともかくフィーやレイン、テイラーがいりゃどうにかなるだろうよ」

 

 ダストさんの言葉にキースさんやルナちゃんがブーブー文句言ってるけどみんなスルー。

 シリアスな場面だからね仕方ないね。

 というか、さっきからナチュラルにダストさんがフィーベルさんのこと『フィー』って呼んでるんだけど、本当何があったんだろう……。

 

「ダストはその…………いいの? あたしがついて行っても大丈夫?」

「大丈夫なわけねぇだろ。もともと俺は誰かを守りながら戦うのが苦手なんだ。ただでさえ厳しい戦いだってのにお前がついてきたら絶望的な難易度になるぞ」

 

 まぁ、そうなりますよね。

 

「じゃあ、やっぱりあたしは行かない方がいいんだ……」

「俺の立場だけで答えるなら当然そうなるな」

 

 だが、とダストさんは続ける。

 

「それがゆんゆんの選んだ選択だってんなら、それが正しいんだろうよ。俺みたいなチンピラと最強で最高な魔法使い。どっちの考えが正しいかなんて決まってんだろ」

「もう、ダストさんったらまた自分を卑下して……」

 

 普段は謎の自信にあふれてるのに、ちょっと真面目な雰囲気なるとこれだ。

 

「じゃああれだ。()()()()()()()()ゆんゆんが選んだ選択肢だ。だから信じられる。…………それなら文句ねぇだろ?」

「ふふっ……そうですね。それなら()()()()()()()()ダストさんらしいです」

 

 さっきまでとは違う、私の信じていいダストさんの言葉に、私は自分の選択への自信を貰う。

 

「だから、俺は文句はねぇ。めちゃくちゃ邪魔だが、ちゃんとお前を守ってやるよ」

 

 一言多いですよ、ダストさん。

 

「あたしは……」

 

 逡巡するリーンさん。きっと私たちの言葉と常識的な判断の間でどちらが正しいのか悩んでいるんだろう。

 言ってる私(きっとダストさんも)ですら本当に正しいのか心配になる選択なんだから、リーンさんの立場からしたら当然だろう。

 自分の身も守れない危険な状態で、大切な人の足手まといになるなんて選択をそうそう選べるものじゃない。

 …………、そんな選択をしてほしいと頼んでる私ってどれだけ畜生なんだろう? とりあえずことが終わったらダストさんと一緒に死ぬほど謝ろう。

 

「リーンさん。約束でしたよね?」

 

 でも、ダストさんが帰ってこなければ一緒に謝る事も出来ない。今は自分の非常識さに目をつぶってリーンさんの背中を押す。

 

「約束?」

 

 それは、空飛ぶ城へ移住した日。誤魔化し謝りながらも取り付けた約束の期限。

 

 

「はい。…………『決着』、つけてきてください」

 

 

 

 

 

 

 

────

 

「ふーん……確かにすごい数ね。これ全部『悪魔の種子』で悪魔化した奴らだっていうなら地上は大変なことになってそうね」

 

 街の東方。アリスと名乗る魔王の娘は迫る軍勢を前にして舌なめずりする。

 

「ま、私が心配することでもないか。手応えのある奴がいればいいんだけどね」

『ふん、我らにしてみれば侯爵級の悪魔であっても手応えなどあるまい』

「悪魔なドラゴンのあんたが言うならそうなのかしら? だとしたらつまんないことこの上ないけど」

 

 使い魔となった魔竜の言葉にため息をつくアリス。

 

「とりあえず、公爵級の悪魔があの軍勢に混ざってることでも祈っとくわ。あー……仕方ないとはいえ死魔をあいつに譲ったのはもったいなかったかなぁ……」

『…………だが、『悪魔の種子』か」

「ん? なんか気になることでもあるの?」

『アリス。今すぐこの場を離れて逃げるつもりはないか?』

「ないわよ」

 

 一瞬も考えずにアリス。

 

『…………、まぁ、貴様はそう言うか。我も所詮は貴様に負け一度は死んだ身。仮に()()に遭遇しようと気にすることでもないか』

「そう、よく分からないけど良い心掛けね」

 

 

 悪魔の軍勢が迫る。対するのはグリフォン・マンティコア・ラミア・ユニコーン・ケルベロス・魔竜といった幻獣や聖獣と呼ばれるような最上級の魔獣や、神獣と並び称されるような規格外の存在。

 

「来なさい、悪魔ども。どっかの性悪悪魔への日頃の恨み晴らさせてもらうわ」

 

 そしてそれらを統べる黒髪碧眼の少女。魔王の娘。

 

「魔王を継ぐ者の力、見せてあげる」

 

 

 

 

 

 

 街の西方。そこは他方に比べて早く戦端が開かれていた。

 

「む、夢幻の女王……!」

「おや? 私を知っているということは悪魔化された方じゃないですね。私の()にも堕ちていないということは、それなりに高位な悪魔の方のようで」

 

 防衛側が侵略側を蹂躙するという形で。

 リリスと名乗るサキュバスクイーン。その前には悪魔たちが眠りに付き、中には()()()()()()()ものもいる。

 

「悪魔化が不完全なもの……鬼が混ざっているということはこちらはハズレということでしょうか。できれば、あの子の負担は最小限にしたかったのですが、そう上手くはいきませんか」

「サキュバス風情が舐めた口を! 貴様らなどまともに戦う力を持たない下級悪魔だろう!」

「そうですね。私たち夢魔はまともな攻撃手段をもちません。クイーンと呼ばれる私でもそれは同じです」

 

 ですが、とリリス。

 

「まともじゃない方法でよければいくらでも戦いようがありますので」

 

 サキュバス。夢魔とも呼ばれる彼女たちの特性。

 

 一つはその別名の通り夢を見せる力。

 一つは夢を見せる為に眠りに誘う力。

 一つは精気を奪い自らの糧とする力。

 

 そして、その彼女たちの長であるリリスは、それらの特性を最も強く発現している。

 いつかのロリサキュバスがしたように、夢という名の幻覚を見せる力。

 眠りを必要としない種族であっても眠りを経験したことのある存在なら眠らせられる力。

 そして()()()()()精気を奪い吸収する力。

 

「元人間……悪魔化した方々は大変やりやすい相手でした。生まれながらの悪魔の方には眠りに誘えませんし、精気などという不純物をほとんど持たれませんから」

 

 悪魔とは精神生命体。普通の生物が持つ精気という名の生命力を必要としない存在だ。姿かたちを取る関係で多少の精気を持つが、それは普通の生物比べれば微々たるものだ。

 だが、人間から悪魔化したもの、それも成りたてのものであれば人間だった頃の精気を多く残している。

 そして、それを糧とするサキュバスが奪えば……。

 

「ならば、オレには意味のない力ということだ! 死ねぃ!」

 

 指揮官の悪魔は武器の魔剣を振りかぶり、そのままリリスを対象にして振り落とす。

 

「…………な、……ぜ……──様……」

 

 そして、無事だった部下を真っ二つにした。

 

「何故だ! 確かにオレは貴様を……!」

「私のことを知っていたのに随分と無警戒なのですね。やはりハズレですか」

「夢幻…………まさか今のが夢、幻だというのか」

「一応、七大悪魔の方や一部の特殊な悪魔の方以外なら夢を見せられると自負しておりますよ。かなり精気を消費しますが」

 

 だが、この戦場においてそれは問題にならない。糧となる精気は向こうからやってくるのだから。

 

「眠らせ、精気を奪い、夢を見せ同士討ちさせる。まともな攻撃手段を持たない私ですが…………この場においては十分だと思われませんか?」

「馬鹿な…………なぜ貴様のような存在が爵位も持たず下級悪魔とされているのだ」

「さぁ? 私にはあの方の考えは分かりませんので。分かるとしたらバニル様くらいなのでは?」

 

 いつもと変わらない様子でたたずむリリスは、この静かで凄惨な戦場においては不釣り合いなほど美しく、そしてそれゆえに不気味だった。

 

「さて、あの子を見守りたいことですし、バニル様の命です。迅速にお掃除させていただきますね」

 

 

 

 

 

 

 

「うぅぅぅぅぅ~……あんな言い方されたら断れないじゃないですかー……」

 

 南方。覚悟を決めたロリサキュバスは、覚悟を決めさせられた真名契約の主の言葉を思い出す。

 

 

()()()奥の手使ってさっさと終わらせるつもりだったんだが、リーンが一緒だとそれは無理だ。切り札を切るはめにはなりたくないし、どうにか時間稼いでくれ』

 時間を稼ぐっていつまでですか?

『時が来るまでだ』

 いつまでか全然分からない!?

『ま、無理だと思ったらさっさと俺に伝えろ。真名契約の繋がりを使えば危機くらいなら伝えられるだろ』

 つ、伝えたらどうなるんですか……?

『死んでも切りたくない切り札使うだけだよ。切り札使えば勝ち確だし、すぐに助けに行ってやるさ』

 ? 勝ち確って…………なんですぐ使わないんですか?

『あいつのことが好きだからじゃねぇの? あとはまぁ……お前らの無事に比べたらくだらない感傷だよ」

 えっと…………とにかくダストさんは切り札を使いたくないんですね?

『おう』

 そして私が頑張れば使わなくて済む、と。

『可能性としてはな。アリスとリリスの方は大丈夫だろうし、お前が踏ん張ってくれたら、後はこっちがどうにかするだけだ』

 できるかなー……。

『出来るんじゃねーの? リリスが出来ない事をやらせるとは思えねーし』

 それはそうなんですけどねー……。あの方は結構無茶なことも言いますから。…………いえ、確かにその無茶も出来なかったことはないんですが。

『それに、お前は俺と……ドラゴン使いと契約してんだ。ドラゴンの……最強の生物の力を借りてんだから、時間稼ぎの一つや二つ出来なくてどうする』

 相変わらずの謎のドラゴン大好き理論ですね。

『とにかく、頼むぜ使い魔。主でダチの俺が困ってんだ。助けてくれよ』

 

 

「普段は横暴で、その割には命令とかほとんどしないダストさんから、あんなに素直に頼られたら……」

 

 ダストはどうでもいいことであればロリサキュバスに主として()()ことがある。だがそれも()()という形ではほぼない。そしてこんな重要な場面で頼られたのは真名契約をしてからは初めてだった。

 炎龍戦では結果的にロリサキュバスに大きく頼ったが、それは不測の事態への保険であったし、結局は途中で戦線から外されている。

 

 そんなダストからのまっすぐな頼み。この期に及んで命令をしない主で友達の願いは。

 

「応えなきゃ、悪魔として、友達として失格ですよね」

 

 未だに彼女には自分が出来るなんていう自信はない。だが、それを理由に自分の役割から逃げるという考えは欠片もなかった。

 

 

「…………大丈夫。魔力はちゃんとある」

 

 悪魔の軍勢。それを前にしてロリサキュバスは大きく息を吸う。感じるのは彼女の主の魔力と、主が信じる竜の魔力。

 

「なら、私はやれます。……やります」

 

 出来るなんて言う自信はない。けれど失敗する気もロリサキュバスはしなかった。

 それはきっと、同じ力を使う彼女の主が信じられないような修羅場を乗り越えてきたからだろう。

 

「幻術を掛けて同士討ちを狙います。皆さんは正気の敵を真っ先に狙ってください」

 

 この場にいるのはロリサキュバスだけではない。リリスを除くもともとこの街にいた戦力全て揃っている。

 

 

「バニル様の……序列一位の悪魔の街に攻めてきたこと……()の中で後悔させてあげます」

 

 

 

 

──ダスト視点──

 

「その…………ダスト? 本当にあたしがいても大丈夫?」

「ここまで来て何言ってんだ。もうすぐそこまで死魔のレギオンが来てんのが見えてるし今更送って帰る余裕はねえぞ」

 

 ミネアとジハードを竜化させ。死魔を待ち構えてる俺に。お邪魔虫は本当に今更なことを言ってくれている。

 

「だって、想像以上に数が多いんだもん! 本当にダストあの数からあたしを守りながら戦えるの?」

「まぁ何とかするしかねぇだろ」

 

 もともと俺はミネアとジハードのサポートに徹するつもりだったし。槍持って前線出ないならリーンを守りながらでもなんとかなる気はする。

 もしくはあの時みたいに死魔に契約させるか? けど、流石に今回の死魔には油断とかねぇだろうしなぁ。

 こっちもジハードやミネアを上位ドラゴン並に魔力を吸収させて準備してるとはいえ、公爵級悪魔になった死魔とその能力を考えれば十分とは言えない。リーンを守りながら戦うのは相当厳しいだろう。

 といっても、これ以上ジハードたちを強化してたら死魔は逃げるかもしれないし難しい塩梅だ。ゆんゆんの出産が終わってからと考えれば逃げられるのも悪くないかもしれないが、次に襲ってくる時には地上が手遅れになっている可能性もある。

 時間を稼いで、『奥の手』を切れる状況になったらそれで死魔とレギオンを一掃する。それしかねぇだろうな。

 

(…………ま、それじゃリーンを守れそうにないなら『切り札』を切るしかねぇよな)

 

 自分が死んでも切りたくはない『切り札』だが…………まぁ、仕方ない。

 あいつが俺にリーンをつけさせられた一番の理由は多分『切り札』があるの知ってるからだろうしな。じゃなきゃ、流石に俺が『奥の手』ぶっぱで終わらせようとするのを止めるにしても、リーンについて行けとは言えなかっただろう。

 

「とにかく、お前は自分で動こうとすんな。必要があったら俺が動かすし、それが無理そうならこっちで指示を出すから」

 

 まぁ、指示を出さないといけないような状況になったら諦めてアクアのねーちゃんの世話になることを考えた方が良さそうだが…………その時はその時だ。

 

「…………、パッドの女神様に会うのもいい経験だしな」

「いきなり何の話!?」

「気にすんな。世の中諦めも肝心だよなって、それだけの話だ」

「欠片もそれだけの話じゃないんだけど…………」

 

 人生そんなもんだけどな。一度死んだ俺が言うんだから間違いない。

 

「さてと、無駄話はここまでだ。お前は後ろに隠れてろよ」

 

 

 影の軍勢。レギオンを背に前に出てくるのはあいも変わらず死神の姿をした悪魔。

 

「久しいですね、最年少ドラゴンナイト。約束通りあなた方を収集しに来ましたよ」

「あんなの約束でも何でもねぇよ。せっかく『公爵』になったんだ。狂喜して忘れてくれても良かったんだぜ?」

「そうはいきませんよ。こんななりですが、私も一柱の悪魔ですから」

 

 約束じゃないにしても自分の言ったことを違えるわけにはいかないか。冗談でしたってなかったことにしてくれてもいいんだがなぁ……。

 

「しかし、私も舐められたものですね。私との戦いを望むというのに女連れとは」

「小物っぽいとは思ってるが、別になめてはいねぇぞ? リリスにお前のこと少しは聞いたし、公爵級悪魔が出鱈目なのはよく知ってるからな」

 

 七大悪魔に並ぶ存在は四大を司る神やエンシェントドラゴンだけだ。その上には創造神や悪魔王、竜帝しかいない。

 本来なら人の身じゃ抗うことすらできない理不尽な天災のような存在だ。勇者や英雄なんて言われてる奴らでも、その本体を目の前にすれば震えが止まらなくなるだろう。

 

「てことで、また契約してくれねぇか? こいつに手は出さないって」

「今回はあなたの力を試す必要もない。私にメリットは全くないのですが…………それともまた『切り札』とやらで脅しますか?」

「それも考えたが、『切り札』の内容も教えずに聞いてくれる気はしねぇな」

 

 かといって『切り札』の内容を言うのはなしだ。言えばきっと死魔はリーンを利用してでも俺を死に物狂いで殺そうとするだろうから。油断はなくとも余裕はある。死魔の今の状況をなくしたくはない。

 

「ふふっ……『切り札』とやらも気になりますが、条件次第ではその契約受けてもいいですよ?」

「…………、条件ってなんだ?」

 

 こんなにあっさりこっちの弱点をスルーしてもいいような条件?

 

「いえなに、あなたの力を試す必要はもうないのですが、新しい戦力を試してみたくてですね。彼らと戦ってもらえるのなら契約を結びましょう」

「……それだけか?」

「ええ、それだけです」

 

 考えるが、こっちにリーンを守りながら戦うことより不利な条件とは思えない。そりゃ、一筋縄じゃ行かない相手が出てくるんだろうが、それにしてもだ。

 

 

「リーン、少し離れてろ」

「う、うん……」

 

 リーンが離れていくのを感じながら、俺は動かない死魔に向き合って答える。

 

「その条件でいい。契約してくれ」

「成立ですね。…………ふふっ、面白いことになりそうだ」

「…………何が面白いことだよ」

 

 もしかして、死魔は油断してくれてるのか? 確かに今の死魔の力を考えれば油断するのも仕方ない力の差かもしれないが。

 だが、デストロイヤー以上に討伐難度が高いと言われた最狂の賞金首が、仮にも一度は敗れた相手に油断するとは思えないんだがな。

 

「いえ、今から出すレギオンはあなたにとっても因縁深い相手らしいですから。あなたの反応が楽しみなのですよ」

 

 そう言った死魔の影から出てくる二つの影。それが形作るのは──

 

 

「久しいな、最年少ドラゴンナイト。あの日の約束通り『決着』をつけるとしようか」

「ちっ……相変わらずこのおっさんは暑苦しいな。何で面倒な奴と戦わされて嬉しそうなんだよ」

 

「『チート殺し』ベルディア、『死毒』のハンス……!」

 

 ──かつて死闘を繰り広げた相手。カズマたちによって討伐されたはずの魔王軍幹部。

 

 

「さぁ、狂喜する戦いの宴を始めましょうか」

 

 

 




アンケートへのご協力ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第32話:地獄の公爵2

──ダスト視点──

 

「『チート殺し』に『死毒』…………まさか、お前らにまた会うとはな」

 

 かつて死闘を繰り広げ、そして実質的には負けた相手。魔王軍の幹部。

 

「俺もこんな機会が訪れるとは思っていなかったな。こんな形でというのは少しばかり思う所がない訳じゃないが…………決着をつけられるだけでも僥倖だろう」

 

 そう答えるベルディアの姿は影の姿…………死魔の『レギオン』と同じ姿だ。隣で不機嫌そうに佇むハンスも同じような姿なのを考えればこいつらが今どんな立場なのかは考えるまでもないだろう。

 

「それで、最年少ドラゴンナイト。俺達がどうしてここに立っているか説明が必要か?」

「いや、いい。ここは地獄だ。『悪魔の種子』の件もある。想像はつくさ」

 

 魔王軍幹部で悪行を重ねたこいつらがまともな場所に行けるはずもない。そして『悪魔の種子』をバラまいていた死魔。説明なんかなくても想像はつく。

 

「それに、どんな理由立場であれお前らが敵だってのは何も変わってねぇんだ。お前ら相手にそんなこと気にする理由もなければ余裕もないからな」

 

 悪魔化したこいつら相手にそんなこと考えられる奴はそれこそ地獄の公爵クラスの奴らだけだろう。『切り札』なしの俺にそんな余裕は当然ない。

 

「そうか、ならば細かいことは気にせず存分にやりあうとしよう。ハンス、今度こそ手出しは無用だぞ」

「お前で決めちまえよ。お前が負けたら俺が戦わねぇといけねぇんだ」

 

 そうして前に出てくるのはベルディア一人。……タイマンって事か?

 

「おい、いいのか死魔。お前のレギオンが余裕見せてるが」

「いいですよ。あなたの相手はその二人に任せていますから」

 

 それにしてもだ。悪魔化したベルディアとハンスがどんなに強くなってるにしても、それは公爵級には届いていない。俺自身の強さはあの頃とそんな変わってないにしても、ジハードと契約し『子竜の槍』を持っているのを考えれば、一対一じゃ大きな差はないはずだ。

 

「…………その余裕が油断じゃなければいいけどな」

「油断であった方があなたにとっては都合がいいのでは? それに公爵となった今、バニル殿であろうと私に命令する事は出来ない。仮に今回負けても逃げて次で殺せばいいだけですよ」

「…………」

 

 確かに俺らだけの力じゃ死魔を滅ぼしきるのは難しい。仮に『奥の手』を使っても確実に倒せるかと言われたら微妙だし、リーンが傍にいるこの状況じゃ『奥の手』は切れない。

 今の状況で死魔を倒しても問題の先送りになるだけなのは確かだ。

 

「それに知っての通り私は人間が少しずつ追い詰められれ絶望していく感情が好きなのです。あなたからはその感情はあまりもらえないかもしれないですが、そこの娘からはいい悪感情がいただけそうだ」

「…………、あっさり契約したのはそういう理由か」

 

 本当に悪趣味な悪魔だ。どこまでも俺らで遊ぶつもりらしい。

 

「ま、いいさ。死魔の思惑はどうあれ、俺はお前らと()()()()()()()()()戦うだけだからな」

「そういうことだ、最年少ドラゴンナイト。お前の持てる全てで挑んでくるがいい。言っておくが、俺はあの時より強いぞ」

「そんなこと言われなくても分かってるっての!」

 

 全速前進の最速の突き。挨拶代わりのその一撃をベルディアは難なく避け、大剣で返しの刃をよこしてくる。

 

「速いな。だが真っすぐすぎる」

「それでも、あの時戦ったお前なら一撃入れられたはずだけどな」

 

 俺が今借りてる力はあの時より大きい。当然パワーもスピードもあの時より上がっている。それでも、俺の突きはベルディアにかすりもせず、逆にその刃を受けるのがギリギリだった。

 

「やっぱり、楽はさせてもらえなそうだな」

 

 ステータス的にはほとんど差はない。だが技術的には上回られている。つまりはこの二つに関してはあの時とほとんど同じ状況だ。

 ただ、あの時と違って俺にはジハードの力と『子竜の槍』がある。戦い方を間違えさえしなければ勝てない戦いじゃない。

 

「さて、最年少ドラゴンナイトたちが戦い始めたことです。こちらも始めましょうか、銀の竜と黒の竜。瞬殺してしまわない程度に遊んであげますよ」

 

 俺たちが戦っている横で、死魔は新たなレギオンを複数呼び出しミネアたちに差し向ける。

 

「…………、なぁ、ベルディア。お前今弱くなってるか?」

「そんなことは今更言うことでもないだろう。そもそも、俺やハンスは普通に話している。それが答えだ」

「だよな」

 

 ミネアたちとレギオンが戦い始めているが、俺と刃を交わすベルディアは欠片も弱っていない。かつての死魔であれば、複数のレギオンを同時に扱った時その強さは一段階下がったものになっていたのに。

 

「悪魔は上位の悪魔に絶対服従。『悪魔の種子』で悪魔化しレギオンになったやつでもそれは一緒か」

 

 死魔にあった弱点。それはレギオンが死魔の言うことを聞かないことに起因していた。言うことを聞かすために死魔は力を使わなければならなく、だからこそレギオンを複数同時に戦わせたり、自分も一緒に戦うと無理が出る。

 だが、悪魔化してからなったレギオンは最初から『公爵』である死魔に絶対服従だ。前に戦った時のレギオンが意志を奪われてた様子だったのに、ベルディアやハンスにはそんな様子がないのも、意志を奪わずとも言うことを聞かせられるからだろう。

 

(だが…………ジハードの能力を知ってりゃ普通は戦うのを避けるはず)

 

 今の死魔ならミネアやジハードを数の暴力で倒すことは容易だろう。だが、遊ぶとなればドレイン能力と回復能力を持つジハードは厄介だ。それに気づかない死魔じゃないはずだし、気づいてて対策せず遊ぼうというならそれは油断でも何でもなくただのアホだ。

 

「てなると、あのレギオンたちはお前の同類か、ベルディア」

「らしいな。ドラゴンのドレイン能力と本家アンデットのドレイン能力。どちらが上か試すと言っていたな」

「本当に俺らで遊ぶ気満々だなあの悪魔。こんなにむかつく相手はセレなんとかさん以来だわ」

 

 俺を舐めてくれるのはありがたいがジハード……ドラゴンが舐められるのは癪に障る。

 

(だけど、実際の所吸収合戦になればこっちの方が不利か……)

 

 ドラゴンとドレイン能力の相性は高い。レギオンであるアンデットの格にもよるがリッチーや吸血鬼の真祖でもなければジハードの方がドレイン能力は上だろう。だが、相手は死魔がレギオンとする程度には上位の個体のはずで、そんな相手を圧倒するほどの力は今のジハードにはない。

 複数のアンデットを相手取り、ミネアの分までカバーするのは難しいだろう。

 

「やっぱり、お前らをさっさと倒すしかねぇみたいだな」

 

 ジハードの魔力を削られすぎるわけにはいかない。その時までは勝ちの目は残していないといけないのだから。

 

「ほぅ? 何か手があるのか?」

「あるさ、とっておきがな」

 

 ベルディアと一旦距離を取り息を整える。『奥の手』ほどじゃないが、これも博打は博打だ。できれば使いたくなかったが、技術で上回るベルディアに勝つにはこれしかないだろう。

 

「『解除』…………『速度増加』!」

 

 自分にかかっている竜言語魔法。それをいったん解除し、その全てを速さの強化に回す。

 

「フハハハ! 速いな! 最年少ドラゴンナイト! 自分より速い相手と戦うのは首無し騎士になってからは初めての経験だぞ!」

 

 一点強化。地上でやれば反動で動けなくなるこれも、限界点が緩い地獄であれば問題はない…………はずだ。俺の速さは楽しそうに笑うベルディアを超えて、その鎧に瑕を作っていく。

 

「だが、軽いな。その程度の力じゃ俺に致命傷は与えられないぞ。それに何より────その速さに自分の意識が追い付いていない」

「ぐっ!?……そんなことは自分が一番分かってんだよ!」

 

 受けた反撃の痛みを飲み込み、俺は連撃を続ける。

 分かっている。力の強化のない俺の一撃がベルディアを倒すことには至らないことは。

 分かっている。反応速度の強化のない状態じゃ一点強化した速さを活かしきれないことは。

 

「それでも、これが一番勝率が高いんだよ!────リアン!」

 

 だけど、俺には一緒に戦うドラゴンがいるから。少しだけ深く一撃が宿った瞬間に、俺は『子竜の槍』に宿るドラゴン、リアンの持つ『共有』の能力を発動させる。

 

「俺の一撃が軽い? だったら、倒せる力を借りるだけだ!」

 

 『共有』する相手。それは他でもない今目の前にいる敵。

 

 

 

「──見事だ。まさか自分の力で倒されるとは思わなかったが」

 

 ベルディア自身の力が宿った槍の一撃。それを受けてベルディアは倒れる。

 

「流石に敵を相手に『共有』すんのはタイミングがシビアだから、やりたくなかったんだがな。あんたを速攻で倒すにはこれしかなかったからな」

 

 襲撃する悪魔を相手に何度か試して成功させてはいるが、『反応速度増加』抜きでやったのは初めてだ。出来るとは思っていたが、失敗する確率も十分にあった。

 回復と吸収を繰り返せば恐らくは安全に勝てたが、それじゃ全体で見ればじり貧だ。多少博打を打ってでも決める必要があった。

 

「ふっ…………強くなったな、最年少ドラゴンナイト。やはり、あの時の俺の判断は間違っていなかったようだ」

「俺自身はやっとあの時の自分に追いついたくらいだけどな。だけど…………俺の相棒たちは最強で最高だぜ」

 

 ミネアもジハードも『子竜の槍』に宿るドラゴンたち。ミネアだけでも俺には過ぎてる存在だってのに、それ以上の力を俺に貸してくれる相棒たち。

 その力を証明せずして負けることは許されない。

 

「そうか、それがお前の……ドラゴン使いの強さか。自力ではなく他力の極致。自力すら他力を発揮するための手段に過ぎない。一人である俺が勝てないわけだ」

「ただの他力本願だけどな」

「ふっ……だが、気をつけろ。お前が他力の極致にいるのと同じように、死魔もまた他力の極致にある。方向性は面白いくらいに違うがな」

「忠告ありがとよ。ま、死魔の厄介さは分かってるつもりだぜ」

 

 そして、俺とは全くあり方が違うということも。

 

「そうか、ならもう言うことはな…………いや、言うことはあったか。最年少ドラゴンナイト、()()戦おう」

「だから、お前みたいな奴と二度と戦いたくないっての」

 

 霧散して影の形を失ったベルディアを見届け、俺はそう呟いた。

 

 

 

「はぁ…………結局俺が戦うことになるのか。面倒この上ない。おい、ドランゴンナイト、お前さっさと負けを認めて死ねよ」

「そんなことしたら、どっかのぼっち娘がうるさいだろうからできねーな」

 

 そして、今も俺を不安そうに見つめているあいつを守るためにも。ここで負けてやるわけにはいかない。

 

「そうかよ。ならさっさと俺を倒せ。こんな茶番に付き合ってやるほど俺はお人よしじゃねぇんだ」

「そうさせてもらうぜ。ベルディアに比べればお前は戦いやすいからな」

 

 一点強化をやめ、傷の回復と竜言語魔法による強化を自分にかける。楽勝とは言わないが、ハンスは前線タイプじゃない。正攻法で戦った方が相性がいいだろう。

 

「なんか俺のこと舐めてるみたいだから助言してやるか。その槍、ドラゴンの魂が宿ってんだろ? そいつらが大事なら槍で俺を攻撃すんのはやめた方がいいぜ?」

「……どういうことだ?」

「悪魔化した影響でな。俺の毒は魂も侵すようになってる。槍で攻撃したらそいつらがどうなるか保証は出来ないぜ?」

 

 …………ありそうな話だ。悪魔は精神生命体。魂や精神といったものに干渉出来て何もおかしくない。はったりの可能性もあるがそれに祈るのは分の悪いかけだろう。

 

「『解除』。それならそれでやりようはある──『ブレス威力増加』」

 

 一点強化。今度は俺自身のブレスの威力を上げる。槍での攻撃が出来ないなら俺にとれるのは攻撃系の竜言語魔法とブレス攻撃しかない。

 

「そうだ、それでいい。だが、俺はもともとデッドリーポイズンスライムだ。魔法やブレスへの耐性は高い。…………お前のブレスで俺が倒せるか?」

「そんなのやらなきゃ分からねぇよ。だが、それしか方法がないならそれで倒すだけだ」

 

 俺の本質は他力本願なんだろう。だけど、だからって他人に頼りきりってのも格好はつかない。

 

「『ブレス威力増加』…………『ブレス威力増加』!」

 

 竜言語魔法を重ねる。それ以外はいらないとばかりにすべてを捨ててそれにかける。そうしなければ、きっとハンスの耐性は抜けないから。

 

「隙だらけだな。ベルディアがいれば一瞬で死んでるぜ?」

「かもな。だけど、お前を倒しきるならこれしかねぇ」

「そうか、それなら本当に倒しきれるか、やってみろよ」

 

 本当に倒されたいんだろうか? ハンスは隙だらけの俺を襲う様子もなくただ待っているように見える。

 

「何考えてるか分からねぇが…………『ファイアブレス』!」

 

 それでも俺がやることは変わらない。ミネアの力を借りたブレスは極熱の炎となってハンスを襲う。

 制限の緩い地獄で放たれたそれは、地上で見たエンシェントドラゴンの本気のブレスや、死魔の残機を吹き飛ばした炎よりも熱かった。

 

「ふん……とりあえずは俺の負けみたいだな」

「…………まだ喋れんのかよ」

 

 あの炎を食らって原型留めてるだけでもやばいってのに。

 

「まぁ、だがお前の実力はよく分かった。次は負けねぇよ」

「だからお前らと次も戦うとか勘弁だって言ってるだろ」

 

 またも次も勘弁してもらいたい。

 

「…………本当、茶番だぜ」

 

 つまらなそうに呟き、ハンスもまたベルディアと同じように消える。

 

「……茶番?」

 

 さっきも言ってた気がするが……。

 

「おや、二人を倒しましたか」

「おう、次は何を出してくるんだ?」

 

 死魔のレギオンの総数がどれだけいるかは分からないが、地上で悪魔化した奴らの数を考えれば楽観できない数なのは間違いない。

 

 

「では、次は二人同時に戦ってもらいましょうか」

 

 

 死魔のその言葉に現出する影はかつて…………さっきまで死闘を繰り広げていた相手。

 

「また会ったな、最年少ドラゴンナイト。二対一は不服だが、決着も付いてることだ。恨むなよ?」

「あーあー……本当茶番だぜ」

 

「…………冗談だろ?」

 

 ベルディアとハンス。どちらか片方ずつでも一点強化を使って無理やり勝った。それを二人同時?

 

「冗談ではないな。……ああ、本当に冗談ではない」

「だから、さっさと負けを認めて死んどけって言ったんだよ」

 

 手がない訳ではない。ジハードの力を使って回復と吸収を繰り返せば勝てる可能性はある。だけどやっぱりそれはじり貧でしかなくて……。

 

「…………他力に頼るしかねぇか」

 

 事ここに至って自分たちだけでの解決は不可能だと悟る。だが、それでもそこに絶望はない。何故ならもうすぐ──

 

「──ああ、そういえばあなた方の希望である、バニル殿ですがね? あの方は地獄には今来られませんよ?」

「……どういうことだ?」

「ここに来るほんの少し前。悪魔王様に悪魔の力による地獄への転移が禁じられました。序列一位の悪魔であるバニル殿であってもこの禁は破れない。悪魔の協力がなければ当然、魔法陣も使えませんから、バニル殿以外であっても助成に来ることはない。あなたたちは既に詰んでいるのですよ」

 

 油断って言えるくらいに死魔に余裕があったのはこれが理由か。

 

「? 少しも絶望していないのは解せませんね」

「いや、まぁ、仮に旦那が来れないとしてもアリスやリリスが自分の持ち分終わらせてこっち来てくれるかもしれないしな?」

「それはもっとあり得ませんよ。あれらが今相手しているのは万に一つも勝ち目のない相手ですから」

 

 

 

 

 

────

 

「……冗談でしょ? 『天災』がタキシード着て歩いてるわよ?」

『『公爵級悪魔』とはみなそのようなものだ。特に六席から上は格が違う』

 

 すべての敵を倒し、ラインの元へ向かおうとした魔王の娘。そんな彼女の元へゆっくりと歩んでくるのはバニルのようなタキシードを着た人型の悪魔。

 その姿に気づいた瞬間、魔王の娘やその使い魔たちは一歩も動けず、それから目を離せなくなった。

 

「自分に言わせてもらえば、マクスウェル様より上……第三席以上も格が違うのですがね」

 

 そんな『天災』のような悪魔はまるで世間話のように彼女に話しかけてくる。

 

「……ふーん、じゃあ、あんたは何席なの?」

「人に聞くときはまずは自分から紹介するものだと思いますが?」

「悪いわね、人の形した『天災』に自己紹介するなんて常識を習った覚えはないの」

 

 だが、返す彼女にいつものような余裕はない。……いや、むしろこの存在を前に彼女は余裕がありすぎるくらいだろう。強ければ強いほど、その力の差を理解できるのだから。

 相手の力を正しく理解し、けれど平静を装っていれる。彼女もまた異常な存在だった。普通であれば自分を片手で捻れるような存在に冷静でなどいられない。

 

「まぁいいでしょう。自分はあなたのことを知っていますから。地上の魔王の血族。神々の玩具にして我が王の恩恵を受けるもの。自分は七大悪魔の第五席。『すべて飲み込む闇』のバリト。以後お見知りおきを」

「そう。覚えておくわ。それで…………やるのよね?」

 

 この状況でやってきて単なる挨拶などあり得ない。だとすればこれから始まるのは一方的な虐殺だろうと彼女は思う。

 

「別に無理して戦う必要はありませんよ? 自分が命じられたのはあなたの足止めだけですので」

「命じるって……あなたに?誰が?」

 

 天災のような目の前の悪魔に命令が出来るような存在。そんな存在がいることが彼女は信じられない。

 

「死魔……ひいてはその命を聞くように命じた我が王ですよ」

『……やはり、あの方が死魔の後ろにいたか。『悪魔の種子』などという馬鹿げたものがあると聞いた時点で想像はついていたが』

 

 悪魔王。全ての悪魔の頂点。

 

「それで? 結局戦うのですか? 自分としては結果の見える戦いをする趣味はないので、お茶でも飲みたいのですが」

「…………やるわよ。公爵級悪魔と戦う絶好の機会、逃せるわけないじゃない」

「そうですか、それは残念です。…………そうだ、自分は防御に徹しましょう。それで自分に傷がつけられたらあなたの勝ち。それではどうでしょう?」

「…………舐めてるの?」

 

 確かに自分の力が目の前の存在に遠く及んでいないのは彼女も分かっている。だが、彼女も地獄に来て強くなった。攻撃してこない相手に傷一つ付けられないとは思わない……思いたくない。

 

「ただの事実の認識ですが? 神々と我が王の玩具であるあなたを壊すわけにもいきませんからね」

「…………その余裕、吹き飛ばしてあげるわ。『ライトニング・ブレア』!」

 

 彼女の魔法と同時に魔竜やケルベロスのブレスも放たれる。それはラインがハンスを倒したブレスに劣らない威力を秘めたもので、並の存在なら原型すら残さないものだ。

 

「なるほど。流石は魔王の血族。素晴らしい威力です。地上では敵なしでしょうね」

 

 だが、それを受けてバリトと名乗る悪魔は傷一つない。いや、正確には受けてすらいなかった。

 

「ですが、自分の闇を破るほどではない。……やはり、予想通りでしたか」

 

 バリトを包む黒い靄のようなものが、彼女たちの攻撃を全て飲み込んでいたから。

 

「さて、あなたは何度目で諦めますか? 例え何発撃ち込もうとも自分の闇は破れませんよ?」

「…………上等よ!」

 

 勝ちの目の()()戦い。絶望すら飲み込む闇を相手に魔王の娘はその力全てをぶつけていくのだった。

 

 

 

 

 

「…………なるほど、考えましたね。これでは私に勝ち目はない」

 

 多くの悪魔を同士討ちさせ無力化したリリス。けれど彼女の目の前に立つ一つの姿に敗北を悟っていた。

 

「ゴーレム。まともな攻撃手段を持たない私にこれは相性が悪い」

 

 それでも、単なるゴーレムであればリリスにも取れる手はあった。遠隔操作であれ自立行動であれそこには一定のロジックがある。であればそこには必ず付け入る隙があるのだから。

 

「そして、ゴーレムの中で動かしているのはあなたですか、『ナイトメア』」

『…………』

「おや、無視ですか。同じ夢を司る下級悪魔。仲良くしたいのですが…………それともその中にいると話せないとかですか」

 

 だが、操る存在がゴーレムの中にいるのなら話は違ってくる。そこにはロジックと言えるようなものはない。

 

「中にいるのがあなたでさえなければ眠らせるなり夢を見せるなりして終わりだったんですがね。本当、考えましたね」

 

 『ナイトメア』はサキュバスと同じ夢魔。サキュバスの力には耐性がある。ゴーレムという殻がなければリリスの力が効く可能性もあったが……。

 

『逃げてよ、リリスちゃん。メア、リリスちゃんと戦いたくないよ……』

「おや、ちゃんと話せたんですね。…………そういうわけにもいかないでしょう? 上位の悪魔の命令に逆らえないのは悪魔の性。私はバニル様の命でこの街を守らなければいけないし、あなたは死魔様かあの方の命でここに来ている」

『…………じゃあ、どうするの? リリスちゃんに出来る事何もないのに』

「何もない事はないですよ? 私はあなたのような精神体でなくちゃんと実体を持っていますから」

 

 ゴーレムに比べれば小さすぎる体。その美しくも儚い身を持ってリリスはゴーレムの進路に立つ。

 

『……馬鹿だよ、リリスちゃん』

「出来る限りの対策はしましたが、これが勝ち目のない戦いなのは最初から分かっていました。それでも私はここにいるんですよ」

 

 自分一人の力で全ての悪魔を追い返せるなんてリリスは最初から思っていなかった。何故なら彼女はサキュバス…………本来何も戦う力を持たない存在だから。たとえこっちの戦いを運よく切り抜けたとしても、どこかで無理が来ることは分かっていた。

 

「戦う力を持たない身…………そんなあの子に戦えと命じた私が逃げるわけにはいかないでしょう?」

『…………ごめん!』

 

 巨体の拳がリリスに迫る。それは華奢なリリスの身体を吹き飛ばす威力を持つだろう。

 だが、彼女は避けない。それは夢魔を統べるものの矜持。一秒でも時間を稼ぎ街で待つ娘たちを守るため。そして同じように戦う娘に顔向けできなくなるのが嫌だから。

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい、ダストさん、リリス様。私にはやっぱりできませんでした……」

 

 南方。ロリサキュバスが指揮を執る戦場はほぼ戦局が決していた。

 

「頑張りましたけど…………数が違いすぎますよぉ……」

 

 敵の第一波は何とかしのぎ押し返すことができた。だが、第二波はその倍以上の戦力があり、その後ろには更に倍の数が控えているという報告がある。

 それでも惑わし眠らせながら拙いながらも指揮を執り戦線を維持していたロリサキュバスだが、それももう限界だった。

 

「それとも、私がもっと上手いことやればどうにかなったんでしょうか……?」

 

 彼女にはその問いに対する答えを持たない。そして仮にそうだとしても今となっては意味のない答えだ。

 結果は敗北。彼女は街を守れなかった。

 

(…………、助けてってダストさんに伝えればいいんでしたっけ?)

 

 そうすればきっとラインがこの状況を救ってくれるはずだ。彼が死んでも切りたくない『切り札』を使うことと引き換えに。

 

「…………、皆さんは下がって戦線を再構築してください! これから先、私が戻るまでは守備隊長さんが指揮を!」

 

 彼女は飛ぶ。敵陣の真っただ中に。

 

「私はロリーサ! 最強のドラゴン使いと真名契約をする夢魔! あなたたち全員夢を見せてあげます!」

 

 助けは求めず、ただ時間を稼ぐために。

 

(勝てるわけない…………でも、これくらいで諦めるわけにもいかない)

 

 何故なら、彼が認める相棒たちはこの程度の窮地で助けを求めないだろうから。無理だと分かっていても、足搔かないわけにはいかなかった。

 

「勝ちの目がないなら……出るまで足搔いて見せます!」

 

 矢や魔法、彼女同じように空飛ぶものの奇襲。それらは彼女の狙い通りに彼女に迫ってくる。

 数の違う戦い、それをここまで持たせたのは彼女の尋常ならざる夢の力であったのは間違いないから。

 最大限の警戒と敬意を持って死魔の軍勢は彼女を襲う。

 

「きゃぁっ!」

 

 どれだけの攻撃を避けたのか。必死だった彼女には分からない。分かるのは今自分の羽に矢を食らったということ。

 そして飛ぶ力を失い、敵陣の真っただ中に一人ということ。

 

「ごめんなさい、ダストさん。ここまでみたいです」

 

 もう足搔く力は残っていない。起動性を奪われた彼女に出来る事は限られている。

 

(…………最後に思いっきり同士討ちさせてやります)

 

 そして彼女は一つ残機を失うだろう。そうなれば、彼女が助けを求めずとも、ラインが『切り札』を切るはずだ。

 

「…………、悔しいなぁ…………なんで私こんなに無力なんだろう……」

 

 大切な人(主人で友達)に頼られたのに、その期待に応えることができない。

 彼女はそれがどうしようもなく悔しかった。

 

 

 警戒しながら死魔の軍勢が彼女の元に近づいてくる。幻覚への耐性が強いものを前にしているのだろう、彼女がいくら夢を見せようとしてもその効果は薄い。

 

 

 

 

 そして、その時が来た。

 

 

 

 

「無力などではないさ。…………この数を相手に、よく私たちがくるまで持ちこたえた」

 

 金色の髪を携えた騎士が彼女の身体を優しく包む。

 

「撃て! めぐみん!」

「『エクスプロージョン』!!!」

 

 そして、すべてを滅ぼす魔力爆発が彼女を囲む敵を吹き飛ばした。

 

 

「おーい、無事かー?」

「うむ、この通りだ、問題ない」

「相変わらずこのめんどくさい騎士は人間辞めてんなー。アクアの補助ありとはいえなんで爆裂魔法食らって元気にしてんだ。やっぱ腹筋割れてると違うのかね」

「腹筋割れてるとか言うな!」

「ふふっ、カズマ、ダクネスの腹筋のおかげだけではありませんよ。私が絶妙に爆裂魔法の効果範囲を操作して直撃を避けた──」

「──こっちもこっちでいい加減人間辞めてるなー。いやもともと普通の人間じゃなかったか」

「まるで紅魔族が人間じゃないみたいな言い方はやめてもらおうか。というか恋人に対してその言い方はないんじゃないですか!」

 

 ()()()()()()うるさいやり取り。一人姿が見えないが、地獄においても()のパーティーは変わらない姿を見せる。

 

「常連……さん……?」

「よく頑張ったな。後は俺らに任せろ」

 

 ぽん、とロリサキュバスの頭を撫で、()──カズマは彼女を後ろに庇うようにして、迫りくる第三波に対峙した。

 

 

 

 

 

 

「義によって…………いえ、借りを返すために助太刀します」

 

 リリスに迫るゴーレムの巨拳。それを腕ごと切り落とす魔剣の一閃。

 

「あなたは……?」

「ミツルギキョウヤ。ただの魔剣使いです」

 

 全てを切り裂く魔剣を携える『チート持ち』はリリスと後退しながらそう名乗る。

 

「ただの魔剣使いがバニル様の援軍で来るとは思えないのですが…………とにかく味方と思っていいのですね?」

「この場においては。……悪魔に助成するのは少しばかり抵抗がありますけどね」

「そうですか、では頼りにさせてもらいますよ。あなたのその魔剣とそれを扱う腕があれば勝ち目があります」

 

 楽な戦いではなくとも、絶望的な戦いでもない。

 

「ええ、頼りにしてください。あの男に借りを返すため、俺は地獄まできたんですから」

 

 

 

 

 

 

「なんで、あんたがここにいるのよ?」

「友達の危機だとハチベエから聞いたので」

「それにしても……お姫様が来るところじゃないでしょ?」

 

 聖剣を構えて魔王の娘の隣に立つのは勇者の国の王女。

 

「では、今日の私はチリメンドンヤの孫娘のイリスということで」

「はぁ…………それにしても、魔王の娘である私の所にわざわざ来なくてもいいでしょうに」

「ハチベエにここが一番絶望的な戦力差だからと言われましたから」

「…………言ってくれるじゃない、あの仮面悪魔」

 

 見通す力を持つバニルのその見立てが間違っているとは彼女も思わない。だが、そう言われる……そう思われるのは我慢ならない。

 

「それで、あの方が?」

「ええ。地獄の公爵。序列五位の大悪魔。正真正銘の化け物……『天災』よ」

 

 イリス──アイリスの登場にも何も変わらず。バリトと名乗る悪魔は彼女たちの攻撃を待っているように見える。

 

「ですが、勇者の国の姫と魔王の国の姫。二人が揃って勝てない相手なんていませんよね?」

「とか何とか言って手が震えてるわよイリス」

「これは武者震いです!」

 

 アイリスもその絶望的な戦力差は理解している。だが、それでも希望は捨てていない。

 

「でも……そうね。あんたと私、二人揃えばなんとかなるかもね…………ううん、何とかして見せる」

 

 宿敵の力を借りるのに勝てませんでしたなんていう結果を彼女は認めない。それは魔王を継ぐものとして譲れないプライドだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「バニルの旦那が来ない? そんなわけねぇだろ。旦那が自分が言ったことを守らないなんてことは絶対ねぇ」

 

 それはこの場において他に並ぶことのない圧倒的な三つの存在。

 

 一つは古竜。最強の生物が悠久の時を経て至った伝説に謡われるドラゴン。

 一つは女神。万物の根幹、四大の一つである水を司る宴会芸の女神。

 一つは悪魔。見通す力を持ち、人を揶揄うのが大好きな序列1位の大悪魔。

 

「旦那が間に合うって言ったんだ。だったら、間に合わないはずがねぇんだよ」

 

 空を飛ぶ古竜から二柱の存在が地面に降り立つ。…………片方は着地に失敗しているが、いつものことだ。

 

 

「痛いんですけどー! なんかぐきっていったんですけどー!」

 

「待たせたな、ダスト。もしも遅れた様ならそこの煩い駄女神に文句をいえ。それがドラゴンの背なんかに乗りたくないやら悪魔と一緒に居られないやら駄々をこねるから予定より遅れたのだ」

「いいや、ぴったしだぜ旦那。ロリーサの所がちょいとギリギリだったっぽいが……ちゃんと間に合ってる」

 

「労災よ! これは労災案件よ! 分かったなら早くお金を持ってきて! お金がないならシュワシュワでもいいわよ」

 

「そうか、ならいい。間に合ったのなら……いけるな?」

「ああ、旦那が用意した戦力が足りないなんてことはねぇからな」

 

「ちょっとー? 木っ端悪魔とチンピラが相手でも無視は寂しいんですけどー? 慰謝料請求したくなったちゃうんですけどー?」

「ええい、さっきからうるさいわ駄女神が! 貴様には空気を読むという能力がないのか!」

「空気読むって変な仮面の悪魔とチンピラがなんかかっこつけてるって似合わないって笑えばいいの? ぷーくすくす?」

「…………『バニル式殺神光線』!」

「『反射』『反射』『反射』」

 

「なんてーか、旦那だけならともかくアクアのねーちゃんまでいると締まらねぇなぁ……」

 

 悪魔と女神の高レベルな喧嘩に巻き込まれないように距離を取りながら、ラインは大きくため息をつく。

 

 

「ま、何にせよ、役者はこれで揃ったな」

 

 

 

 

 

「「「「さぁ、反撃開始(です)」」」」




シリアスさんがアクア様に宴会芸で消されました。アクア様に損害賠償を請求します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第33話:地獄の公爵3

────

 

「なぜ……なぜ、バニル…様がこの場におられるのです!?」

「ふむ? どうした、死魔『殿』。汝は我輩と同じ七大悪魔。先ほどと同じように様付けなどする必要はなかろう」

「質問に答えてください!」

 

 焦った様子を演じて。この期に及んで『狂気』以外の感情を正しく持ちえない道化の悪魔は、けれどその疑問だけは本気で問う。

 悪魔王によって悪魔による地獄への転移は禁じられている。それを破ることは序列一位の悪魔であるバニルですら出来ない。

 

「これはおかしな質問だ。汝はその答えが分かっているのになぜ疑問に思っておるのだ」

「正気ですか!? 古龍と四大を司る女神に力を借りるなど!」

 

 ゆえに、バニル達がこの場にいれる理由は決まっている。

 エンシェントドラゴンと宴会芸の女神の力を借りて、バニル達は地獄へとやってきたのだ。

 

「『狂った道化』である貴様に正気かなどと聞かれたくはないがな。必要があったからそうしているまでだ」

「…………、私を殺すおつもりですか?」

「貴様はやりすぎた。死んでもらうつもりではある」

「っ……」

 

 同じ七大悪魔に名を並べる公爵級悪魔。けれど一席であるバニルと七席である死魔の間には比べるのも烏滸がましいほどの力の差がある。

 仮に死魔がレギオン全てを率いようともバニルは子どもの遊戯にしか感じられないだろう。

 レギオン。それは時を重ねればいつの日かバニルを超える可能性がある力だ。それこそ、ラインや契約するドラゴンたちを収集出来ていれば、遠くない未来に超えられたかもしれない。

 けれど、今、この状況において。バニルという絶対強者に死魔は抗う術を持たない。

 

「……同じ公爵級悪魔である私を殺せば問題がありますよ?」

「心配せずとも我輩は貴様を殺すつもりはない。この場において我輩は傍観者に徹しよう。…………貴様のような面白くもない狂った道化を殺して、あの性悪魔王に小言を言われるのはどう考えても割に合わぬ」

「では、死んでもらうとは? まさか、古龍や女神に私を? あなたが連れてきたというのを考えればあなたが手を出す以上に問題に……」

「…………やはりつまらぬ。感情の伴わぬ言葉ほど空虚なものはない。道化は道化らしく舞台で踊るがよい。それが嫌ならば『狂気』と『狂喜』のままに振舞えば多少は面白みがあるというのに」

 

 心底つまらなそうにバニルは息を吐く。

 

「駄女神に貴様を殺させるつもりはないし、エンシェントトカゲにも我輩から手を出させはせぬ。これでよいか?」

「バニル様自身も、女神や古龍にも手を出させない…………それでは私を死なせることができませんよ? それが分からないバニル様ではないでしょう?」

 

 今この場において死魔以上の力を持つのはバニルを含めて3つのみ。その全てに死魔を倒させないとバニルは宣言した。嘘をつけない悪魔にとってそれは絶対だ。

 

「ことこの場において我輩は全てを見通している。その上で我輩は貴様に死んでもらうと言っている」

「…………最年少ドラゴンナイトが私を倒せると?」

「この舞台の結末はもう決まっておるのだ。道化の演者はその役目を果たすがよい」

 

 分水嶺を越えた今。見通す悪魔にとってもはやこの舞台は消化試合に過ぎない。

 

「というわけだ。ダスト。後は汝の好きにするがよい。最高に痛快で愉快な舞台に幕を引くのだ」

「おう、ここまでお膳立てしてもらったんだ。今なら『奥の手』を切れる。……アクアのねえちゃん、リーンは任せたぞ!」

「はいはい、チンピラが何をしようとこっちは心配しなく大丈夫よ。だから、思いっきりやっちゃいなさい」

 

 アクアの結界に守られるリーン。その姿を確認したラインは相棒であるドラゴンたちの姿を見る。

 レギオンのアンデッドたちと魔力の奪い合いをするジハードにそれを補佐するミネア。それは一進一退の戦いで死魔が遊んでいるのがよく分かる状況だ。

 

 そして、だからこそ、その状況に勝ちを確信していた。

 

 

 

 

 

「さーてと…………どうする? テイラー。割とピンチな状況だと思うんだが……」

「どうするも何もないだろう。俺が時間を稼ぐからお前は助けを呼んで来い」

 

 リリスの館。出産の時を迎えたゆんゆんがいる部屋の前で。もしもの時の為に控えていた二人は冷や汗を浮かべる。

 

「中の奴を逃がす…………って、今更無理か」

「そうなるな。逃がすにしてもこんな状況は想定していない。正確にはこんな状況にならないために護衛の悪魔がいたはずなんだが……」

 

 迫るのは一体の悪魔。それは明確な殺意を持って現れ、そしてそんな相手がここにいる理由はそう多くない。

 

「護衛の悪魔たちが戦った気配はなかったぜ?」

「ということは、あの悪魔はそう言うことだろう」

「ローグ系の悪魔って事か? もしくは気配遮断系の特殊能力持ちか」

 

 護衛の悪魔の目を盗んだということならそうなる。そしてそんな悪魔が今彼ら二人の前に現れているということは……。

 

「おそらくは後者だろうな。…………、どうやら、俺らは障害と思われていないようだ」

「ま、俺がテイラー並に強いアーチャーならどうにかなったかもだけどな? わざわざ護衛との戦いを避けたって事は、戦いに自信があるタイプじゃないんだろ」

「それは楽観が過ぎるが…………まぁ、戦闘能力より隠密能力に特化したタイプなのは間違いないか」

 

 それでも、二人を相手にして瞬殺できる程度の力は持っているのだろう。そうでなければ、わざわざ護衛の悪魔の目を盗んだ意味がなくなる。

 

「テイラー。俺が助けを呼びに行く案はなしだ。ここで戦えば助けを呼びに行かなくても護衛の悪魔には気づいてもらえる。…………あんま俺を見くびるんじゃねぇよ」

「…………、そうか。だったら、仲間を守るためだ。一緒に命を懸けてもらうぞ」

「おう、ダスト並のろくでなしだが、リーダーにだけ命掛けさせるほど俺は薄情なつもりはないぜ?」

「ああ、知っている。じゃなければお前やダストとずっとパーティーを組んでなどいないさ」

 

 そして、だからこそ、テイラーはキースを逃がそうとしたのだろう。

 

「問題は、俺らが二人で戦っても欠片も時間稼ぎ出来なそうなことか」

「仮に護衛の悪魔に気づいてもらっても瞬殺されては意味がないな。何かいい手があればいいのだが……」

「ダストじゃあるまいしそんな都合のいい手はねぇよなぁ……。護衛の悪魔、俺たちの所にもつけててもらえばよかったぜ」

「護衛に回せる戦力が限られている以上、穴があるのは仕方ないだろう。ここにはゆんゆんたち以外にも守るべき存在がいる」

 

 それは男性冒険者が守ってあげたい悪魔不動の一位。

 

「…………、よし、テイラー。俺ちょっと自分の限界超えるわ。…………綺麗なサキュバスの姉ちゃんや、可愛くて守ってあげたくなるサキュバスちゃんのためにも!」

「気持ちは分かるが、そんな理由で限界を超えるな。せめて仲間の為にとか取り繕え。…………気持ちは分かるが」

「やっぱりお前も男なんだな」

 

 死を前にした会話としてはあまりにも軽いやり取り。けれど、これも彼らには必要なやり取りなのだろう。

 ただでさえ、実力の足りない状況。そんな状況で恐怖で実力を出し切れないなどあってはならないから。

 (自分)を犠牲にしようとも、彼らは大切な仲間を守らないといけないのだから。

 

「ちっ……俺好みの悪感情が食えると思ったのにもう立ち直ったのか。ただでさえ自分に益のない戦いだってのに、この程度の役得も満足にないってやってられないな」

 

 イライラした様子で悪魔は二人を殺そうと構える。自分の意向と違えどそこは悪魔。上位の悪魔の命には従い目的を果たさなければいけない。

 

「こうなったら、殺す瞬間の悪感情を楽しむしかねぇか。あーあー、めんどくせぜ。あの道化、公爵にまでなってんのに人質を確保しとけとか慎重すぎんだよ」

 

 公爵級の悪魔とは地獄において他と隔絶する力を持った絶対強者。そんな存在が人間相手に人質を取るなど本来あり得ない。

 

「……ま、ドラゴン使い相手だって考えればそれくらいでちょうどいいのかもしれないがな」

 

 ドラゴンとドラゴン使いは悪魔と神々、両方にとっての天敵。神魔の大戦において幾度も煮え湯を飲まされた相手と考えれば、例え実力差が歴然であろうと慎重すぎることはないのかもしれない。

 それにしても、上位ドラゴンとも契約していないドラゴン使い相手と考えれば違和感はぬぐえないが、どんな思惑であれ、命令は絶対だ。

 

「というわけだ。お前らに恨みはないが狂った道化様の命令だ。最年少ドラゴンナイトとかいう奴の女を連れて行かないといけないんでな。邪魔するなら死んでもらうぞ?…………邪魔しなくても俺の食事の為に死んでもらうが」

 

 悪魔の鋭い爪が迫る。それは宣言通りあっさりと二人の命を奪うだろう。

 

 

「最年少ドラゴンナイトの女……ですか。あの子を連れて行かれたら困りますね」

 

 その刃が届いていたらの話だが。

 三人目の声とともに連続で放たれた『カースド・ライトニング』を避けるために、悪魔は攻撃をやめ距離を取る。

 

「お前、何者だ……? いきなり出てきた?」

「申し訳ないですが、悪魔に名乗る名前はありませんよ。まぁ、紅魔族の長たるものにして、竜騎士の義父となるものとだけ答えておきましょうか」

 

 二人を守るように前に立った黒髪紅眼の男は悪魔にそうとだけ答える。

 

「紅魔族の長たるものって…………ゆんゆんの親父さんかよ!」

「…………、なるほど。ダストやリリスさんが()()()()()を想定して手を打っていないはずもないか」

 

「お前が地上の面白種族だってのは見れば分かる。俺が聞きたいのはどうやって俺に存在を気づかせなかったかだ」

「さて、その辺りは悪魔であるあなたの方が詳しいのでは? ここはあなた方にとっての敵の居城。この館の主が誰か考えれば分かるでしょう」

「リリスの館…………夢幻の女王のトラップか」

 

 ここは夢を司るサキュバスの女王の庭。どこまでが現でどこからが夢か。彼女が望めばその境界は曖昧になる。

 

「そういうことです。さて、種明かしがすんだところで改めて戦いますか?」

「…………いや、いい。別に死んでも人質を確保してこいと命令されてないからな。命令に従ったが失敗して撤退する」

「賢明ですね」

「あの女の夢の罠の中で戦うだけでも面倒だってのに、ただの人間とは言え凄腕()()を相手にするのは無理だろう」

 

 そう言って悪魔はあっさりとその姿を消す。

 

「ふぅ……引いてくれましたか。流石にあの数の悪魔を相手にするのは私たちだけではギリギリ。正直、助かりました」

「あの数って……もしかして見えてた悪魔以外にもいたのか?」

「みたいだな。そして、こちら側の味方も族長以外に最低一人はいるようだ」

「流石はテイラーさん。ライン……ダストさんがパーティーのリーダーを任せるわけだ。ええ、姿は見せてませんが私の妻も控えていますよ」

 

 それがリリスの館における最終防衛ライン。紅魔の族長夫妻とリリスの罠がゆんゆんたちを守る最後の砦だった。

 

「ダストが俺やキースだけにゆんゆんたちの最後の守りを任せるのは少し違和感があったが、こういうことだったのか」

「…………、俺やテイラーだけじゃゆんゆんたちを守るのに役者不足だってことか」

 

 実際、事実として二人だけではリリスの罠を合わしても、ゆんゆんたちを守るのは難しかっただろう。少なくとも──

 

「それは間違っていませんが満点の回答でもないですね。ダストさんが守りたかったのはあなたたち二人も含まれているのですから」

 

 ──テイラーとキース。そのどちらか、あるいは両方は命を落としていただろうから。

 

「だったら一緒だぜ、族長さん。結局俺らはダストに信頼してもらえるほど強くなかったって事だ」

「実際、それだけの実力を持っていなかったのは事実だが…………悔しくないと言えば嘘になるな」

 

 同じパーティーの仲間なのに。一緒に最前線で戦えないどころか、女子供と同じ守る対象と考えられているのはどうしようもなく悔しい。

 

「その悔しさを忘れない事です。あなたたちはまだ若い。上を目指し続ければ今の私程度なら越えられる日が来るでしょう」

「だと……いいけどな」

 

 ゆんゆんにしろ、ダストにしろ、キースやテイラーにとって二人は同じパーティーでありながらどこまでも遠い場所にいる。

 その背に追いつくことは難しくとも、その背を守らせてくれるくらいには強くなりたいと思う。

 

「しっかし、族長さんもいいタイミングで出てきたよな? 一体いつから隠れてたんだ?」

「いつからと言われれば2か月くらい前からですが」

「…………は?」

「…………、前々からいたような感じは話を伺って感じてましたが……」

 

 自己紹介をなどした覚えがないのに、族長がキースやテイラーのことを普通に知っている風なのを考えれば、そう考えるの自然だ。

 

「いやいや、何で2か月も隠れて過ごしてんだよ!?」

「昔から言うでしょう。『敵を騙すにはまず味方から』と」

「言いませんよ。いえ、確かに一理ある言葉ですが」

「おや? 紅魔族特有のことわざでしたか。王都でなら割と通じるのですが……」

 

 王都は『チート持ち』と言われる元日本人が多いからある程度そう言った文化が広まっている面もあるが、異世界の文化を常識レベルで受け継いでいるのは紅魔の里くらいだろう。

 

「それにしても限度があるというか……」

「それに、こればっかりは紅魔族の特権ですからね」

「「特権?」」

 

「ピンチの場面にかっこよく助けに入る。この特権を守るためなら2か月くらい隠れて過ごして当然ですよ」

 

 『やっぱ紅魔族って頭おかしい』。二人揃ってそう思ったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

「流石に簡単にいかないみたいですね」

 

 切り落としたはずのゴーレムの腕。それが時を経たないうちにくっつき治る様子を観察しながらミツルギは状況を考察する。

 

「この剣……魔剣グラムなら問題なくあのゴーレムを切れます。けどあの巨体相手だと倒しきるのは難しいです」

 

 おそらくは回復するためのコアのようなものがゴーレムの中にある。それさえ破壊できればミツラギでも倒すことは可能だろう。

 だが、ゴーレムの巨体を考えればそれを引き当てる確率は低い。一つだけなら運が良ければどうにかなるかもしれない。けれど、それが複数ある場合やゴーレム内を移動している場合、線の攻撃しかないミタラギには分の悪い相手だ。

 

「いえ、切れるのなら十分です。可能な限り切り刻んでもらえば、後は私がどうにかします」

「……策があるんですね?」

 

 その状況を正しく理解しながら、リリスは冷静の勝ちの目を見つける。

 

「タイミングは任せます。…………力を貸してください」

「『魔剣の勇者』だなんて持て囃されても、本当に大切な方に一番大切な場面で当てにされなかった力でよければ、いくらでも貸しますよ」

 

 それは自虐でありながら厳然たる彼の今の立ち位置。

 勇者になりそこなった魔剣使いは、けれど前を見て相棒の魔剣を構える。

 

「あの男たちに借りを返し……追いつかないといけないですから」

 

 勇者に届かなかった、ただの魔剣使いの男は、けれどそう評されるに相応しい剣戟を重ねてゴーレムを切り刻む。

 彼の剣戟にゴーレムはその原型をとどめず、巨体を横にした。

 

「やっぱり、倒しきるのは難しいか…………あとは任せていいんですよね?」

「ええ、任せてください」

 

 うごめくゴーレムの部品たちは、予想にたがわず元の形に戻っていく。

 その前に立ちリリスは意識を集中させ、

 

「ゴーレムの()が壊れている今なら、あなたに力が届きますね? ナイトメア」

 

 ゴーレムを操っている精神体へと魔法を発動させる。

 

『…………やっぱり、リリスちゃんは強いね』

「本来、私とあなたは同格。ただ一人で悪夢という種族を背負うあなたと私の間に力の差はないのですがね」

 

 単純な力比べではリリスの力がナイトメアに及ぶかは五分五分。これほどあっさり決まるものではない。

 それなのに()()結果になったのは、リリスに守るものがあったからか。もしくは……

 

「……あなたは戦うには優しくて幼すぎるのですよ、メア」

 

 スヤスヤと眠る実体なき幼女を抱きながら。リリスはこの友人をどう処遇してもらうか考えていた。

 

 

 

 

 

 

「『セイクリッド・エクスプロード』──!!」

「『ライトニング・ブレア』!」

 

 アイリスとアリス。二人の最大の攻撃手段が地獄の公爵を襲う。

 

「なるほど、聖剣使いですか。自分の『闇』は光が弱点ですから相性がいいですね」

 

 けれど、それを受けてなお闇を纏う悪魔は無傷でその場に立っていた。

 

「…………アリス様。流石にこれは力の差がありすぎるのでは?」

「地獄の公爵ってそんなもんみたいよ。悔しいけど()の私じゃ届かない存在みたいね」

 

 それでもいつかは超えるとアリスは思う。

 

「今の私では届かない。…………じゃあ、届く私になればいいということですね!」

「そうね、今は届かないかもしれないけどいつかは超えて見せる。とにかく今はどうにかして、あいつの闇を突破しないと。何かいい案はない?」

「? はい。ですから、あの闇を突破できる私になればいいということですよね?」

 

 それはつまり、この場で次元の違う相手の域まで強くなるという宣言で。

 

「…………本気で言ってる?」

「マジで言ってますよ?」

 

 一寸の曇りのない目をしてアイリス。…………むしろ楽しそうに目をきらめかせている。

 

「はぁ…………私も割と戦闘狂なのは自覚してるけどさ。あなた私以上ね」

「ベルゼルグは武闘派ですからね」

 

 それにしても限度があるだろうとアリスは思う。

 

「けど………、そうね。それが出来るなら一番手っ取り早いか」

 

 アイリスの案とも言えない無茶苦茶なそれは、けれど可能性がない訳じゃないとアリスは考える。

 地獄に来てアリスは地上にいたころとは比べ物にならないくらい強くなった。それは地獄が制限の緩い世界であるためで、地上で抑えれらていた力が扱えるようになったのが大きい。

 アイリスもまた地上で力を押さえられている存在だったのを考えれば、地獄に来たばかりのアイリスはそれを扱えてないだけのではないか。

 そして、抑えられていた力を解放したアイリスにアリスの強化能力を使えば……。

 

「アイリス。あなたはこの地獄において、今自分が思っている以上に強い力を秘めているの。それを制御する必要はない、ただ引き出すことだけイメージしなさい」

「イメージしろと言われても……」

「そうね、あの『天災』に届く力。そうイメージすればちょうどいいんじゃない?」

 

 机と椅子出して紅茶を飲みだしてる冗談みたいな悪魔。格の違う『天災』のような存在へと届く力をアリスはアイリスに求める。

 

「…………、なんとなく、イメージは出来ました。でも制御できる気がしません」

「さっきも言ったけど、制御はしなくてもいい。それは私がするから」

 

 イメージするのはどこかのドラゴンナイト。どこまでも強くなる力を制御してアリスを圧倒した存在。

 

「簡単に言いますね」

「さっきのあなたの言葉ほどじゃないけどね」

 

 勝ちの目はそこにしかない。ならそれに賭けるだけだ。

 

「案は決まりましたか? では、受けましょうか」

 

 ちょうど紅茶が飲み終わったのか。バリトと名乗る公爵級悪魔は机と椅子を片付けアリスとアイリスの前に立つ。

 

「あんたなら、私たちの攻撃無視してお茶続けると思ってたんだけど。随分殊勝じゃない」

「聖剣使いのお嬢さんが来た時点で分かってたことではあるのですよ」

「? まぁ、いいわ。あんたがどうしてようと、私たちがすることは変わらないんだから」

 

 中途半端な所で言葉を止めるバリト。その続きがいつまでも来ないのを確認したアリスは隣にいるアイリスの様子を見る。

 

「…………………………」

 

 目を瞑り自分の中へ潜っているアイリス。聖剣を介してバリバリと辺りに力をあふれ出している。

 そんな彼女にアリスは自分の強化の力を一点に集中して与え、

 

(っ!……自分以外の力を制御するってこんなにきついの!?)

 

 一瞬で暴発しそうになるそれを必死で制御する。

 

(あの男、なんでこれを平気な顔してやってんのよ、完全に化け物じゃない!)

 

 アリスやアイリスのことを散々化け物扱いしていたが、冗談じゃないとアリスは思う。

 力を制御するだけでなく、ここからさらに強化し力を引き出さないといけないのだから並大抵のことじゃない。

 

 けれど──

 

「アリス様……? 行けますか?」

「行けるわよ。…………行けるに決まってるでしょ!」

 

 ──あの男に出来てることを出来ないままじゃ、いつまでも追いつけないじゃない!

 

 負けるのはいい。でも、負けたままなのは許せない。

 だから、彼女は今ここで『壁』を超える。

 

「……行くわよ、アイリス。あなたの全部、あいつにぶつけなさい。足りない力と技術は私がなんとかするから」

「はい。勇者と魔王の血を引くもの。二つの力を合わせて届かせましょう」

 

「バニル様は全てを見通す悪魔。この地獄において見通せないのはあのお方の事のみ」

 

「『セイクリッド・エクスプロード』──っ!!!!」

 

 聖と魔。相反する二つの力。けれど本質を同じにする二つの力は交わり、一つの大きな力の奔流となりバリトへと迫る。

 

「そのバニル様が、勝つのに足りない戦力を寄こすはずがない。だから、分かっていたのですよ」

 

 聖剣から放たれたその大きな力はまばゆい光を伴ってバリトの『闇』にぶつかる。全てを飲み込むと評されたその黒い霞は、けれど、二人の放った光を飲み込み切らない。

 

「あなたたち二人の力は私という存在に届く」

 

 パリンとまるでガラスのような音が鳴り、

 

「あなたたちの勝ちです」

 

 全て飲み込む『闇』は破られた。

 

 

 

 

 

 

 

「五分だけ時間を稼いでください。それだけあればあの悪魔たち全部を吹き飛ばす爆裂魔法を唱えられると思います」

「…………行けるんだな?」

「私は最強の魔法使いですよ? さっきので分かりました。ここ……地獄でなら地上とは比べ物にならない最強で最高の爆裂魔法が撃てると」

 

 おびただしい数の悪魔たちを前にめぐみんはそうはっきりと言い切る。

 

「ですが、その力を制御するには無詠唱はもちろん、普段の改良した詠唱でも足りません。今この場で地獄仕様の爆裂魔法の詠唱を導き出します」

 

 そのための5分だとめぐみん。

 

「…………5分でいいのか?」

「忘れましたか? 私は紅魔の学校を首席で卒業した天才魔法使いですよ? お姉さんにも改変詠唱を即興でして驚かれたことがあるのですから」

 

 それは彼女が爆裂魔法使いを目指すきっかけの日のこと。幼い彼女は本来の詠唱よりも効率の良い詠唱をその場で生み出した。

 地上においてはそれ以上効率がほとんど変わらず、かっこよさ優先で詠唱を改変してきたが、地獄では違う。今まで以上に効率の良く詠唱を改変する必要がある。

 

「ま、めぐみんがそう言うならそうなんだろうな。にしても、流石にあの数はダクネスだけで時間稼ぐのは無理か」

「見ろカズマ! あのいやらしい顔をした悪魔たちを! きっとあいつらは数の暴力で私を押さえつけ、騎士の尊厳を辱めるつもりだろう。だが、安心しろ。私はお前以外の男に喘がされたりなど──」

「──うん、色んな意味で無理だな」

 

 通常運転のドМ聖騎士にため息をつくカズマ。『じゃあなんでお前興奮してんだよ』とかツッコミをいれようかと一瞬考えるが、どうせ喜ばすだけだとスルーを決め込む。

 

「てことで新人ちゃん。防衛の悪魔の指示を任せてもらっていいか?」

「え? あ、はい。多分、大丈夫だと思います」

 

 指揮を譲ることに思う所がない訳じゃない。けれど、自分がやれることはやり切り、それでもダメだったという自覚はあるし、この場において譲ることが最善手であるという予感もある。

 リリスからは悪魔たちを率いて守れと言われたが、それは一度失敗し終わった形だ。ここで譲っても言いつけを破ったことにはならないだろう。

 そもそも、あのサキュバスの女王は彼女の主同様命令という形を使わないため、結局はロリサキュバスの判断に任されている。

 

「私は、常連さんを……カズマさんを信じます」

 

 彼女は知っている。彼がやるときはやる男だということを。彼女の主同様、ここ一番では頼りになる存在だということを。

 

「ああ、信じて任せてくれ」

 

 彼は今代の勇者。

 

「今から五分ですからね! 頼みますよカズマ!」

「お前さっきから話に参加しないで考えてただろ! 地味に延長してんじゃねーよ!」

 

 魔王を倒した最弱職。

 

「それでカズマ、私はどうすればいい?」

「悪魔たちのど真ん中に突っ込んで『デコイ』でもやってろ。どうせお前の腹筋破れる悪魔はあの中にはいないだろ」

 

 駆け出しの街随一の鬼畜男。

 

 そして──

 

「な、なんだこいつら!? 攻撃が当たらない!?」

「これじゃまるで『死神エリス』が率いた天使どもじゃねぇか!」

 

 ──幸運を司る女神に並ぶ幸運値を持つ男。

 

 地上における制限は何も単純な力だけに及ぶものじゃない。ドラゴン使いや魔王の血族が持つ強化能力も制限されているし、見通す力の行使による運命改変への反作用もまたその制限になるだろう。

 そして、運命を改変し幸運を引き寄せるほどデタラメな幸運値もまた制限の対象となる。幸運を司る女神が、地上において変な目にあうことが多かったりするのはその制限の形の一つだ。

 地獄においては、その制限がほぼなくなる。つまりそれは、彼にとって()()()()()()()()()()()()()()が十全に発揮されるということで。

 

「凄い……カズマさんが率い始めてから、皆さん回避率が上がってます。何か策を伝えたんですか?」

「いや、別になんかしたって事はないんだが…………昔から俺がリーダーになった戦いは妙に回避率高くなるんだよな。よく相手から『チート乙』言われてたわ」

 

 それはカズマが元の世界でギルマスをやっていた時代の話。そして今の彼は異世界でレベルを上げ幸運値を上げまくっており、その幸運値を最も相殺していた頭がちょっと残念で凄く不運な宴会芸の女神も傍にいない。

 

「ま、なんにせよ、これなら5分くらい時間を稼げる…………てか、もう稼いだだろ、めぐみん!」

「ええ、出来ましたよ! けど、ダクネスは下げてくださいね! 流石の私もこの力を完全に制御するのは無理ですから、死にますよ!」

 

「は、離せ! ええい、味方の悪魔のふりをして私をどこに連れて行くつもりだ!?」

「味方の陣地ですけど?」

 

「──とか言われると思ってさっき飛べる悪魔さんに頼んで連れてきてもらった」

「上出来です!」

 

 ばさりとマントをなびかせ、めぐみんは地平を埋め尽くす悪魔の軍の前に立つ。

 

「我が名はめぐみん! 今代最強の魔法使いにして爆裂魔法を極めし者! 悪魔たちよ、全てを滅ぼす最強にして究極の魔法を受けるがいいです!」

 

 力強い詠唱とともに、めぐみんの持つ杖には恐ろしいほどの魔力が集まっていく。

 

 紅魔の歴史上もっとも強い魔力を顕現させた天才魔法使い。

 その才能全てを爆裂魔法へと費やした彼女は間違いなく最強の爆裂魔法の使い手だ。

 

「──『エクスプロージョン』っっ!!!!」

 

 そんな彼女の渾身の爆裂魔法は地平線全てを埋め尽くす悪魔たち全てを飲み込み、比類なき爆発を起こす。

 そして飲み込まれた悪魔たちは、巻き込まれ抉れた大地同様にその姿を失っていた。

 

「ふぅ……どうですか、カズマ。今の爆裂魔法は何点ですか?」

 

 全ての魔力と生命力のほとんどを吐き出し、いつものように倒れながら。

 間抜けな恰好には不釣り合いなほど清々しい笑顔でめぐみんは聞く。

 

「決まってんだろ?」

 

 そんな彼女にカズマは親指を立て、

 

「120点」

 

 誇らしそうにそう答えた。




次回、2章地獄の悪魔編クライマックス。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第34話:地獄の公爵4

「おめとうございます、ゆんゆんさん。元気な女の子ですよ」

 

 部屋中に響く元気な赤ちゃんの声。生まれたばかりの私の娘の声に、上がっている息に安堵の色を混ぜる。

 死ぬほど痛くて苦しかったけれど、私はちゃんとこの子を産んであげられたらしい。この子は頑張って私たちの元に生まれてきてくれたらしい。

 

「あり…がとう、ございます。はぁ…ふぅ……、レインさん、フィーベルさん、ルナちゃん……」

 

 息を出来る限り整えながら、私は手伝ってくれた人たちにお礼を言う。

 どれくらいの時間が経ったか分からないけれど、その間ずっと助けてくれたことには感謝しかない。

 フィーベルさんとルナちゃんは疲れ果てて床に座り込んでるし、レインさんもよく見ると汗で服を濡らしている。

 

「どういたしまして。こちらこそいろいろ勉強になりました」

 

 優しい笑みを浮かべながら、レインさんは私に回復ポーションを差し出してくれる。それを受け取り一口飲んでから私は気になっていたことを口にする。

 

「ふぅ……。それでレインさん。実際どれくらい時間がかかりました?」

「初産にしてはかなり早かったですね。3時間ちょっとってところでしょうか」

 

 すごい長い時間経ったと思ったけど、まだそれだけしか時間経ってないんだ……。

 

「…………、どうしますか? 回復ポーションもありますし、高レベル冒険者であるゆんゆんさんなら、今からでも様子を見に行くくらいなら不可能じゃないですよ?」

 

 それはまだダストさん達が戦っているということで。本音を言うなら無理をしてでも駆け付けたい。

 

「いえ、大丈夫です。私はこの子と一緒にここで待っています」

 

 元気に泣き続ける私の娘。隣にあるその小さな体を見守りながら、私ははっきりとそう答える。

 

「信じていますから。ダストさんのこと」

 

 見送ったダストさんは私が世界で一番信じられるチンピラさんだったから。

 

「信じていますから。私の親友と友達のことを」

 

 だから、私は待つ。私の大切な人たちが『ただいま』と帰ってくる時を。

 その時に『おかえり』と一番に言ってあげるのは私の役目だと思うから。

 

 

 

 

──ダスト視点──

 

「悪いな、ジハード。出来ればお前のためにもこの手は使いたくなったんだが、『切り札』なしで今の死魔を倒すにはこれしかないからよ」

 

 ジハードは優しいドラゴンだ。それを考えれば『奥の手』を使うのはジハードを傷つけてしまうかもとも思う。

 それでも、俺の最高に可愛くて賢い娘兼相棒は、俺と同じ気持ちでいてくれると信じられるから。俺の選択を理解してくれると信じている。

 

「策があるようだな、最年少ドラゴンナイト! いいぞ、それでこそ俺が認めた騎士だ!」

「なんで、面倒なことになりそうなのに嬉しそうなんだこのおっさん。はぁ……一人で突っ込むんじゃねぇぞ? お前の尻拭いをすんのは俺なんだからな」

 

 何故か嬉しそうなベルディアとそんなベルディアにため息をつくハンス。

 

「別に策って言えるほどのものじゃないけどな」

 

 『奥の手』にしろ『切り札』にしろ力押しの極致だし。策なんて言えるような上等なものじゃない。

 

「だが、お前らや死魔を一気に倒すには十分な手だ」

 

 優雅さの欠片もない手だが、だからこそその手は『切り札』を除けば間違いなく最強を誇る。…………同時に最凶の手でもあるから、条件揃わなきゃ自分たちを滅ぼしかねない手でもあるんだが。

 

「ふふっ……。私を倒すとは面白い冗談ですね。本気で公爵級の悪魔に勝てるとでも思ってるのですか?」

「お前以外の公爵級悪魔には別に勝てるなんて思ってねぇよ」

 

 『切り札』を使わない限り、俺に公爵級悪魔を倒せる手はない。だが、死魔だけは別だ。こいつにだけは『切り札』なしでも条件次第で勝てる。

 

「舐められたものです。あなたがまだ生きているのは私が手心を加えているからというのは分かっているでしょうに」

「ああ。そしてだからこそお前は今日滅びるんだ」

 

 地上での戦いも、この地獄での戦いも。死魔はいつでも俺を殺せるだけの力を持っていた。

 だというのに、死魔は今日ここで俺たちに滅ぼされる。それはきっと──

 

「来いよ、死魔。お前のすべてをもってかかってこい。俺らはそれを超えてお前を滅ぼしてやる」

「…………、いいでしょう。私のレギオン全軍をもってあなたを殺し収集させてもらいますよ、最年少ドラゴンナイト」

 

 数えきれないほどのレギオンが死魔の影から分かれ姿を成す。死魔がレギオンにするくらいなのだからベルディアやハンスほどじゃなくとも、その全てが上級悪魔クラスの力を持っているんだろう。

 悪魔の種子の性質を考えれば、きっとベルディアやハンスを超えるような個体もいるだろうし、地上の惨状を考えれば、これでもまだ全てを出していないことも分かる。

 

 七大悪魔。その名に恥じないだけの力を死魔は確かに持っている。リーンが傍にいた今回の戦い。旦那やアクアのねーちゃんが到着する前に本気を出されてたら俺は『切り札』を切らざるをえなかっただろう。

 

「さぁ、遊びは終わりです」

「ああ、お前との因縁を終わりにしてやる」

 

 本気のレギオンが迫る。それは数の暴力。強き個をも飲み込む他力の極致。

 ベルディアが、ハンスが死魔の命に従い他のレギオンとともに襲ってくる。

 それはミネアやジハードに対しても一緒で、特にジハードにはその能力を恐れてか、ドレイン能力のあるアンデッド達が一斉に襲い掛かっていた。

 さっきまでの状況でも一進一退だったのを考えれば、倍以上に増えたそれに()()()ジハードは一瞬で魔力を奪われしまうはずだ。

 

 だから…………ごめんな、ジハード。俺の……俺たちの大切な奴らを守るために、お前の()()を解放してくれ。

 

 

 

「──『本能回帰』」

 

 

 

 

────

 

『ゴルルルオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』

 

 ブラックドラゴンはどんなドラゴンよりも凶暴、凶悪。

 ジハードはそう評される『本能』を生まれるときにラインによって封印されている。

 『本能』の封印。それがドラゴンにとってどんな意味をするかと言われれば牙を抜かれるようなものだろう。『本能』とは本来、その種が生存するためにある大きな武器なのだから。だからこそ、ドラゴン使いの多くは普段はドラゴンの本能を封印していても、ここぞと言う時には『本能回帰』を使いそれを解放する。

 

『ガルルルルッ! ググッ!』

 

 ジハードに噛みつかれたアンデッドのレギオンが一瞬でその影の身体を失い霧散する。魔力で構成されたその身体がジハードのドレイン能力により根こそぎ奪われたのだ。

 

「っ……これが、本来あのドラゴンが備えていた力ですか。リッチーや真祖のヴァンパイアクラスでなければ抗うことすらできないドレイン能力」

 

 もともと、純潔のドラゴンとドレイン能力の相性は良すぎると言っていい。魔力の塊とも言われるドラゴンは生物の中で間違いなく最高の適性を誇る。

 生物に限らずとも、それに比するのは同じく魔力の塊と評される精霊か、生粋の悪魔や神々くらいだろう。

 普段のジハードはその優しい性格ゆえに、その能力のすべてを発揮しきれていなかった。だが、本来の牙を取り戻した今、それはただのアンデッドのドレイン能力など歯牙にもかけない吸収能力を発揮する。

 

「……ドレイン能力で競うのは分が悪いですか。なら、精鋭集団で──っ!?」

 

 侯爵級悪魔クラスの力を持ったレギオンたちが協力し、荒れ狂う暴虐の化身を処理しようと動く。

 

「ミ…ネアが、傍にいるんだ。……簡単に、やらせるわけ、ねぇ……だろ……」

 

 だが、それをやらせまいと動くのは白銀のドラゴン。守ることに特化したシェイカー家のドラゴンは、妹の様であり姪の様でもある黒竜が集中攻撃を受けぬようにレギオンたちをかく乱する。

 そして、その間にジハードは着々と止められない化け物へと変貌していく。

 

「ドラゴンたちを攻め切るのは難しそうだな、ハンス」

「みてーだな。てなると、こっちをどうにかするしかねぇか。……しかし、さっきからあいつ様子がおかしくねーか?」

 

 レギオンを捌いているラインだが、その様子は明らかにおかしい。大きく息が荒れているのは、疲れから来ているものではないだろう。

 

(ぐっ…………、やっぱ、きちーな……)

 

 自分の中で荒れ狂う衝動を押さえながら、ラインは自分に襲い掛かるレギオンたちへの対処をギリギリでこなす。

 『本能回帰』。『奥の手』とも言えるそれを出し渋っていたのは何もジハードの気持ちを想っていただけではない。その制御が本当に出来るのかライン自身も自信がなかったからだ。

 ブラックドラゴンの持つ凶暴凶悪な本能。それは魔力が増え強大なドラゴンへとなっていくほどに増す。封印されている状態であれば、ラインはそれを何とか制御していた。だが、『本能回帰』されたそれは、問題なく制御されていたそれとは比べ物にならないほどに暴虐だ。

 

 殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ

 奪え奪え奪え奪え奪え奪え奪え奪え奪え奪え奪え奪え

 壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ

 嬲り殺せ蹂躙しろ切り裂け喰い破れ絶望の底へ堕とせ

 

 自分のものでない残虐な本能。それが心の声となってラインを蝕む。ジハードが魔力を奪い強大な存在になっていくほどに、残虐な本能と本来の自分の境界が曖昧になっていく。

 それはきっと、ある程度の衝撃を受ければ完全に混じりあってしまうような状況で。

 

「しまっ──!?」

 

 本能に抗いながらの戦闘。そこに出来た隙に受けた普通であれば致命傷とも言える傷。その衝撃は完全にライン本来の意識を奪い、

 

「──あああああああああああああああっ!!」

 

 本能へと体を明け渡した。

 

 

 

 

「……まるで獣だな」

 

 自分のものじゃない本能に任せ戦うライン。策もないただ力任せに暴れるだけのそれは、けれどレギオンたちの魔力を奪い蹂躙しつくす。

 

「上級悪魔程度では相手にならないか。…………少しばかり残念だが、仕方あるまい」

 

 これはもう騎士同士の戦いではない。騎士と獣の戦いだ。それに少しだけ残念に思いながらベルディアは見るに堪えない醜態をさらす竜騎士を倒そうと目にも止まらない速さで迫る。

 

「終わりだ、最年少ドラゴンナイ──っ!?」

 

 大剣のものとは思えない連撃。それは獣を切り刻み、致命傷を与えた──はずだった。

 

「っぐ……がああああっっ!!!」

 

 だが、それでもラインは止まらない。傷など受けていないように、変わらず荒々しく暴れてベルディアに槍で力押していく。

 そして、実際今のラインに傷はなかった。ジハードの回復能力。それがラインに無限の治癒を与えていた。

 

「下がれ、ベルディア! 先に槍を対処する」

 

 獣のようなライン。その厄介なところは魔力を奪う能力と自己再生。そして変わらず槍を使って戦っていることだ。今代最強の槍使いは獣に堕ちてなおその槍捌きを失っていない。

 

「悪いが、その大事にしてた槍を侵させてもらうぜ」

 

 悪魔化したハンスの毒は魂すら侵す。本来のラインであれば幼竜たちの魂が宿った子竜の槍でハンスを攻撃するなんてことはなかっただろう。

 だが、ラインは構わずハンスを槍で攻撃。その槍身を死毒にさらす。

 

「──ちっ……マジかよ」

 

 舌打ちをしてハンスはベルディアの元まで下がる。

 

「どうした、ハンス」

「あの槍は俺の毒じゃ侵せねぇ……」

「……どういうことだ?」

「既に侵されきってんだよ、ブラックドラゴンの本能に。逆に俺の方を侵そうとしてきやがったくらいだ」

 

 魂を侵そうとする死毒。それを押し返し逆に侵そうとするほどに、ブラックドラゴンの本能はラインとその槍を侵している。

 

「…………化け物だな」

「ああ、人の皮を被った俺らの同類だぜ」

 

 数多の傷を受けながらもラインは意に介せずレギオンを蹂躙し続ける。化け物じみた自己再生と、それを支えるドレイン吸収能力。それを持って服を血まみれにしながら獣のように戦う。

 

 それはもう死魔やベルディアたちに止められないように思えた。

 それはきっと死魔とそのレギオンを蹂躙しつくすまで止まらないと思えた。

 

 相対するベルディアたち自身がそう思い、獣に敗れるという()()()()()()()を認めようとした頃。

 

 

 

「だめ! ダスト! 行っちゃダメ……! 帰ってきて!」

 

 この場において誰よりも無力な少女が、獣となった竜騎士を止めた。

 

 

 

──ダスト視点──

 

「バカか、お前は。死にてぇのかよ」

 

 俺に抱き着いた小さな体。その身体は震えまくってて、相当無理してるここまで来たんだろう。いつの間にか俺の周りにいたレギオンは霧散してるが、向こうではミネアやジハードは変わらず戦っている。少し離れた所にはベルディアやハンス他のレギオンたちが構えてるし、ここは間違いなく戦場だ。

 

 ──殺せ殺せ

 

「馬鹿はあんたでしょ馬鹿ダスト……。あんなめちゃくちゃな戦い方して……」

「あー……どんな戦い方してたか覚えてないんだが…………そんなに酷かったか?」

「ん……夢に出そう……」

 

 まぁ、あれに飲まれたら……酷くなるわな。なんか服がズタボロで血まみれだし、どんな戦い方してたのか想像ついちまった。

 

 ──犯せ犯せ犯せ犯せ

 

「怖かった……。あんたがあんたじゃないみたいで。そのままあんたが消えてなくなっちゃうんじゃないかって」

「……ま、強ち間違っちゃいないかもな」

 

 あのままずっと本能に意識を奪われてたら俺は戻れなかっただろう。ジハードたちには俺という制御する存在がいるが、俺にはいない。俺がおかしくなった時、それを止められる奴は…………いや、いるのか。

 

 ──引き裂き、その肉を喰らえ

 

「馬鹿。なんで、そんな危険な方法取ったのよ」

「お前らと一緒にいたいからだよ」

 

 『切り札』を使えば安全に勝てただろう。でもそれじゃ俺の一番の願いは叶えられない。

 俺は人として大切なこいつらと死ぬまで自由気ままに生きてぇんだから。

 

 ──組み伏して、絶望させ、尊厳を奪え

 ──さっきからうるせぇんだよ。大事な話ししてんだから黙ってろ。

 

「それに……お前が近くにいるなら自力で戻ってこれると思ってたしな」

「…………私がいたから、ダストは戻ってこれたの?」

「ああ、正確にはお前に俺は止められたらしい」

 

 自力でなんて戻れてない。俺は確かにこいつに止められて戻ってこさせられた。

 本当、想定外すぎる。なんでこいつは安全な場所抜け出して戦ってる俺の所まで来てんだ。

 

「そっか。役に立てたんだ。…………って、わわっ!? も、もう大丈夫なんでしょ? だったらあたしは離れて──」

「──悪い。もうちょいこのままでいてくれ。具体的にはこの戦いが終わるまでよ」

 

 安心して今の状況に気づいたのか。恥ずかしがって離れようとするリーンの身体を抱き寄せながら、俺はベルディアたちレギオン……そしてその奥に控える死魔の姿を見据える。

 

「終わるまでって……」

「今は黙ってるが、多分お前が離れたらまた煩くなるからよ」

 

 多分リーンが離れたら俺はまた本能に飲まれるだろう。あいつらと決着をつけるってのにそれはちょっとばかし格好がつかない。

 少なくとも旦那の言う痛快で愉快な舞台の幕引きはそんなもんじゃないはずだ。

 それに、ジハードの本能に飲まれちまうのは、ジハードを何よりも傷つけることになる。あいつの親としても相棒としてそれは繰り返したくない。

 

「でも、私と一緒じゃまともに戦えないんじゃ……」

「そうでもないぜ? 今の俺は魔力に溢れてるからな」

 

 今なら、()()でベルディアもハンスも、そして死魔も。倒せる気がする。あれなら別にリーンを抱きしめながらでも大丈夫だし。

 

「…………、私はゆんゆんじゃないよ?」

「んなもん言われなくても分かってるっての」

 

 胸の感触が違いすぎるし。

 

「浮気者。ゆんゆんに言いつけるよ?」

「別に浮気してるつもりはねぇから好きにしろ」

 

 それにあいつも大なり小なり、こういう展開になるのは予想してたはずだ。

 

「じゃあ、浮気じゃないなら何なの? 恋人じゃない女の子を抱きしめてはなさいろくでなし」

「最初に抱き着いてきたのはお前だろって言うツッコミしていいか?」

「…………、それはなしで」

「へいへい。……ま、お前は彼女じゃねぇし、今のお前と俺の関係を端的に示すならパーティーメンバーってことになるんだろうな」

 

 だからまぁ、リーンの言う通りこの状況は客観的に見れば浮気なんだろう。いや、こんな戦場で浮気も何もあるかという更に客観的な視点もあるが。

 とにもかくにも、恋人でもない女を抱きしめてる状況は普段なら恋人様のカスライ案件なのは確かだ。俺もあいつを怒らせ、泣かせるようなことしようとは思わない。

 

「でも、ただのパーティーメンバーじゃねぇだろ? どんな関係であれ、お前が大切な存在ってのは何も変わらねぇんだ」

 

 初めて会ったあの日から。俺にとってリーンは特別な女だ。そして一緒に過ごしていく間に大切な存在になった。

 それは、俺が誰とどんな関係になろうと変わらない。大切かどうかという事柄に関係性は本質的には何も影響を及ばさないのだから。その逆は大いにあるだろうが。

 

「だからまぁ……今回は見逃せ。大切な奴を抱きしめとかなきゃ俺が俺でいられねぇんだ」

 

 あいつならきっと心の中で傷つきながらも笑って許してくれるはずだ。

 …………、本当あいつは強すぎんだよ。だからこそ、俺や爆裂娘みたいのがついてなきゃいけないとも思うんだが。

 

「そっか…………なら、仕方ないのかな」

 

 ぎゅー、と思い切りまた俺に抱き着くリーン。やはりというか、その胸のふくらみはゆんゆんと比べるまでもなく残念だ。

 

「ねぇ、ダスト。この戦いが終わった後聞いてほしいことがあるんだけど…………いい?」

「おう。じゃあ、さっさとあいつらを片付けるか」

 

 なんだそのフラグっぽい台詞?とも思わないではないが。

 まぁ、こいつには指一本触れさせるつもりはないし大丈夫か。契約してる関係上こいつを執拗に狙うって事もないだろうし。

 

「それに、あいつら片付けた後の後始末の方が大仕事だしな」

 

 だから、さっさと決着をつけよう。気合入れて臨まないといけないことが()()も待ってるんだ。

 

「戻ったか、最年少ドラゴンナイト」

「おう、待たせたな、首無し騎士。つまんねー思いさせたみたいで悪かった」

 

 俺とリーンの話が終わるのを待っていたのだろう。嬉しそうな様子のベルディアに俺は感謝の気持ちを込めて謝罪する。

 ま、ベルディアはともかく他のレギオンはさっきまでの俺の戦い方を警戒して攻めるに攻められなかったってのが大きいだろうから、感謝がいるかは微妙なところだが。

 

「ふっ……一先ずの決着はつけられたのだ。それ以上を望むのは贅沢というものだろう」

「…………、なんでこのおっさんはカッコつけられるんだ? 普段はただの変態のくせに」

 

 それ言ったら俺も普段はただのろくでなしだから。男にはカッコつけたくなる時があるんだから見逃してくれよ、ハンス。

 

「それで、その娘は逃がさないでいいのか? 言っておくが、契約に期待してもらっても困るぞ」

「心配しなくても悪魔の契約に期待なんて欠片もしねぇよ」

 

 悪魔の契約なんてものは結局はその抜け道を使って騙すためのものでしかない。契約の内容は絶対だが結局はそれだけだ。

 今回の契約はリーンを狙わないというだけで、俺達の戦いに巻き込まれた場合のリーンの安全を保障するなんてことは当然ないわけだ。リーンを盾にすれば楽に勝てるとかそんな旨い話はない。

 

「だけど、別にこのままで大丈夫だ。リーンを自分の手で守りながらでも、今の俺ならお前らを倒せるからな」

「ほぅ……、死魔が言っていた『奥の手』を使うか? いや、『奥の手』はさっきまでのあれか。ならば、『切り札』を見せてくれるのか?」

「別に今から使うのは『奥の手』でも『切り札』でもねぇよ」

 

 別に隠すような手でもなければ、使うのを躊躇うようなデメリットのある手でもない。

 

「ただの……()()()()()だ」

 

 

 俺たちが生きる地上には大精霊という存在がいる。

 属性を宿した魔力が集まり一つの存在としてあるのが精霊なら、その精霊たちがさらに集まり強大な存在としてあるのが大精霊だ。

 その姿は各属性によって種々様々であり、人々がその属性に対して想起する形をとるらしい。

 前にアクアのねーちゃんと馬鹿話してた時に聞いた話だが、冬の大精霊や地の大精霊は『チート持ち』と言われる奴らの想像に影響されて以前までの大精霊とは全く違う姿となったらしい。

 

 俺が死ぬような思いをしながら倒した炎龍もまた火を司る大精霊だった。大精霊であるからには火に対して想起するものを形とした存在なわけだが、炎龍はチート持ち連中の影響をあまり受けていないらしい。多少はあるにしても、チート持ち連中の影響を大きく受けているなら火の魔人の形をとってる可能性が高いんだと。

 

 じゃあ、炎龍は一体どこからその元となる形を得たのか。俺は……俺達ドラゴン使いはそれを一番よく知っている。

 

 

「攻撃系竜言語魔法…………『炎竜』。──さぁ、『最凶』と『最狂』。どっちが強いか試してみようぜ?」

 

 俺に今ある魔力……ジハードの分まで使えるだけ使って。その全てを費やし俺は一つの竜言語魔法を顕現させる。

 

 それは炎で形作られた巨大なドラゴン。

 それはドラゴン使いにのみ許された竜言語魔法の奥義の一つ。

 それは『最凶』の大精霊の元となった、ドラゴンとともに数多の戦場を支配した火の化身。

 

「ふははははは! そうか! 確かにこれはとっておきだ!」

「なんで、嬉しがってんだよ。はぁ……ま、あれならちゃんと俺らを殺してくれるか」

「なんだ、ハンス。やる前から諦めているのか?」

「諦めるもなにもねぇ。単なる事実の確認だ。……別にやることはやるさ。それが今の俺の仕事だからな」

 

 ベルディアが、ハンスが、レギオンたちが。一斉に『炎竜』へと攻撃を加える。だが、それはその炎の身を少しも削ることができない。むしろ『炎竜』へと攻撃した武器が溶けて使い物にならなくなったものも多かった。

 当然だろう。ベルディアの大剣やハンスの毒では炎を消すことなど出来ないのだから。他のレギオンたちからは氷や水の魔法が飛んでくるが、俺の使える魔力を……この戦場を蹂躙しつくそうとした魔力すべてで顕現した炎の化身には露ほどの効果しかない。

 

「悪いな、ベルディア。あんまり時間はかけられねぇんだ。一気に終わらせるぞ」

 

 こうしている間にも最後の問題は大きくなり続けている。心配はしていないとはいえ、呑気にやってる場合じゃないだろう。

 

「ああ、こい、最年少ドラゴンナイト。そして、今度こそ決着をつけろ!」

「そうするつもりだ」

 

 『炎竜』を操り俺はその口から極大の炎のブレスを吐かせる。今度こそ、終わらせてやるために。

 

「…………、騎士として生き、不死者として死に続け、悪魔として存在した俺の人生。後半は人類の敵として過ごしたが……存外こうしてみると楽しかった思い出しかないな」

「そうかよ。ま、あんだけ自由に生きてたらそりゃ楽しいだろうな」

「ああ。…………次に生まれてくる時はウィズの下着にでも生まれ変わりたいものだ」

「もう本当お前死ねよ。…………俺も一緒に死んでやるからよ」

 

 馬鹿なやり取りをしながらあっさりと首無し騎士と死毒のスライムは炎に飲まれる。

 本当にあっさりと、その姿は他のレギオンたちとともに焼き尽くされ霧散した。

 

 

「さて……次はお前だぜ、死魔」

 

 俺と死魔との間にはもうレギオンの姿はない。ジハードたちはまだ他のレギオンと戦ってるし、死魔が出そうと思えばまだいくらでもレギオンは出てくるんだろうが、事ここに至って有象無象のレギオンは何の障害になりえない。

 

「なるほど。今回は私の方が分が悪そうだ。逃げさせてもらいましょうかね」

「お前本当あっさり逃げようとするよな。ま、逃げたきゃ逃げればいいんじゃねぇの?」

 

 逃げられるならそうすればいい。

 

「ええ、そうさせてもらいますよ。悪魔王様に負けそうになったら逃げるように言われていますから──」

「──まぁ、私が逃がすわけないんですけどね? 私と私の後輩が管理する世界を滅茶苦茶にした付けは払ってもらうから」

 

 珍しく本気で怒ってるアクアのねーちゃんがそれを許すとは思えないが。

 

「女神……アクア!」

「様をつけなさいよデコ助悪魔…………って、あんたみたいな死神悪魔に崇められても仕方ないっか。というわけで、代わりにさっさと滅ぼされてちょうだい」

 

 軽口を叩きながらもアクアのねーちゃんの結界は完璧だ。この戦場全てを完全に包む結界は悪魔を決して通さず逃がさない。

 

「てことらしいぜ? さ、正々堂々決着をつけるぞ」

 

 俺にしろ死魔にしろ欠片も正々堂々って言葉が似合わない事ばかりしてるが……ここから先は完全に力の比べあいだ。

 

「最年少ドラゴンナイト…………ライン=シェイカー!」

「ダストだよ、俺はろくでなしでチンピラのダストだ」

 

 でも……そうだな。今の俺がダストであるのは間違いないが、それだけってわけでもないか。

 

「そんで、シェイカー家のドラゴン使い…………ダスト=シェイカーだ」

 

 英雄だった頃の俺じゃない。腐ってただけの頃の俺もでもない。

 どっかのぼっち娘に更生されちまった、ちょっとだけろくでなしのドラゴン使い。それが今の俺だ。

 

「英雄だからだの、チンピラだからだのつまんねぇ言い訳はもうしねぇ。俺は俺らしく自分のやりたいことをする」

 

 英雄みたいなことをしたけりゃするし、チンピラみたいなこともしたけりゃする。

 だから、俺はシェイカーの名前を取り戻す。俺のせいで潰れちまった家名だが…………だからこそ、その名前から逃げずに背負ってやる。

 

「お前もそうすればどうだ? 狂った道化。自分の役割なんて投げ捨てて、自分のやりたいように…………感情のままに動けよ」

 

 死魔が上位の悪魔……おそらくは悪魔王の命令に縛られているのは想像がつく。さっきのあっさり逃げようとした事もそうだし、俺を追い詰めすぎないようにしてるのも『切り札』を切らせないように命令されているんじゃないかと睨んでる。

 だが、事ここに至ればそんな命令は意味をなさない。すでに逃げることは不可能な状況で、俺が『切り札』を切ることもなくなった。

 

「じゃないと…………俺たちには勝てないんだからな」

 

 それが死魔の最適解。道化を演じさせ続けられた狂った悪魔は──

 

「くっ………………ふふっ………………ははははははははははははは!! 素晴らしい!素晴らしい!やはりあなたは私の思った通りの人間ですよ、ダスト!」

 

 ──道化をやめ、その狂った本性を表に出す。

 

「あなたなら、私の本当の望みを叶えてくれそうだ」

「ああ、お前の狂った願いは俺が叶えてやるよ」

 

 というより、既にそう宣言してる。

 

「では、遠慮なく…………狂気と狂喜に身を任せて戦わせてもらいましょう」

 

 おびただしい数のレギオンが死魔の影から一斉に湧き出す。それは地上であれば全て一騎当千の強者。その強者の群れは炎の化身へ種々各々の攻撃を加え、その反撃で一瞬で消されていく。

 だが、消されたレギオン以上のレギオンが死魔の影から絶え間なく出続ける。それはやむことのない雨のようで、いつか終わるのは分かっていても、いつ終わるか分からないそれだった。

 

 少雨で山火事が消えることはない。だが、止まらない大雨はそれを消しうる。

 

「あははははははは! 楽しいですね! 私は今初めて戦っているという実感を得ていますよ」

「狂ってんな。お前は戦わずにレギオンを湯水のようにけしかけてるだけだろうが」

「それが私という悪魔ですからね」

 

 それは、狂っているということに対しての答えか、レギオンを従えることに対しての答えか。ただ分かるのは今の死魔は本当に楽しそう…………いや、狂喜に浸っているんだろう。

 

「…………、このままじゃ、マジで消されるかもしれねぇか」

 

 前座だと思っていた死魔戦だが、そう油断していられる状況でもないらしい。狂気に任せてレギオンを呼び出す死魔は、欠片も後先を考えていない。本当にすべてをぶつけてでも俺を殺そうとしているんだろう。

 …………本当矛盾してる、狂った悪魔だよてめぇは。

 

「ダスト…………大丈夫なの?」

「心配すんな。余力を残したかったから、一気に決めなかっただけで、やろうと思えばいつでもやれるんだ」

 

 心配そうに見上げてくるリーンに俺はそう返す。

 そう、やろうと思えばいつでも死魔を倒せる。ただ、それをするにはかなり集中しないといけないわけで多少なりとも消耗する。この後の大仕事を考えればできればそれは避けたかった。

 

「だから、リーン。お前もうちょっと俺に抱き着け。そしたら、最後までやり切れると思うからよ」

「…………、えっち。こんな状況でまで欲情してるとか頭おかしいんじゃないの?」

「ばーか。お前みたいなまな板に興奮するわけねぇ──いててててっ!?」

「馬鹿ダスト……しんじゃえ」

 

 死ぬほどきつく抱き着いてくれた後。優しく、けどしっかりと俺に抱き着くリーン。やはり欲情するどころか可哀想になるくらいに残念なまな板だ。

 でも、これならきっと大丈夫だ。こいつを守るためなら俺はいくらでも限界を超えてやる。

 

「『炎竜』! その火の魔力全てを解放して…………レギオンもろとも死魔を吹き飛ばせ!」

 

 今も俺の中にはブラックドラゴンの凶暴な本能が渦巻いている。その本能を押さえながら『炎竜』を操作するのはかなりきつい。リーンが傍にいなければ単純に操作するのも無理だっただろう。

 そんな状態で『炎竜』を形作る火の魔力すべてを解放して出来る火流をぶつけようとしている。

 それは巨大な霧を一つの川にまとめるような制御に近い。俺だから何とかなるが、俺でも出来ればしたくない難業だ。

 

 

「はははははははははっ! ああ……これでやっと私は──」

 

 最後まで楽しそうに笑いながら。炎の激流に飲まれ、死魔はその存在を失った。

 

 

「ダスト…………終わったの?」

 

 こわごわと俺に抱き着きながらリーン。

 

「いや、まだ終わってねぇぞ」

「え?…………もしかして残機!?」

「それは多分ねぇぞ」

 

 もともと地上で限界まで死魔の残機は減らされてるし。多少の残機ならオーバーキル出来るくらいの火流をぶつけた。よっぽどのことがない限り死魔が生き残ってるなんてことはないだろう。

 仮に生き残ってたとしたらそれはご愁傷様過ぎる。

 

「じゃあ、終わってないって?」

「まぁ……なんていうか、あれだな。俺が『奥の手』を使いたくなかった一番の理由があってだな」

 

『キイイイイイイイイイエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!』

 

 レギオンという戦う相手を失い、凶悪な咆哮を上げるジハード。その様子は欠片も戦いが終わったという感じはなくて。

 

「完全に俺の制御から離れてるジハードを何とか止めないといけないんだよ」

「ええと…………大丈夫なのよね?」

「ぶっちゃけ、俺一人じゃ止めるの無理」

 

 本能回帰したブラックドラゴンの凶暴な本能は俺の制御を受け付けないどころか、相変わらず俺の意志を侵そうとしてきている。『炎竜』を使っていくらかはジハードの魔力を削ったが、『天災』クラスの力を相変わらず持っている。力があればあるほど凶悪な本能は強くなるから、現状のジハードを俺の制御下に置くのは不可能に近い。

 これで、ジハードが列記とした上位ドラゴンで、ジハード自身が本能をある程度制御できてれば話は違うんだがなぁ……。幼竜を卒業したばかりのジハードにそれを望むのは流石に酷だ。

 

「えぇ……じゃあ、どうするのよ? あんたが無理なんじゃ誰も止められないんじゃ……」

「んなわけねぇだろ。この場には今のジハードくらいなら余裕で止められる存在が3つもいる」

 

 まぁ、アクアのねーちゃんは咆哮上げてるジハードにビビッて涙目になってるし、エンシェントドラゴンはずっと空の上で俺らを見下ろしてるだけだから、当てにはできない……正確には当てにはしたくない、か。

 

「その中で当てに出来んのはバニルの旦那だけだけどな。…………でも、十分だろ?」

「フハハハ! 愚問であるな。ドラゴン使いの助力のないドラゴンなど我輩にとってはちょっと大きなトカゲにすぎぬ」

 

 死魔を旦那が倒すのはいろいろ問題があったが、ジハードを止めるのには何も障害がない。

 地獄の公爵。七大悪魔の一席。序列一位の大悪魔。『すべて見通す大悪魔』。

 そう畏怖される強大な力を、制限のない地獄において、その本体が思う存分振るえるのなら。

 

「ああ、旦那が負けるわけねぇよな」

 

 本当は少しだけ悔しい。

 ドラゴンは最強の生物。そしてドラゴン使いと一緒のドラゴンは最強の存在だ。

 俺はそれを証明するシェイカー家のドラゴン使いだから。地獄の公爵……その頂点に位置する旦那が相手とは言え、相棒のドラゴンが負けちまうのは、理性とは別の……それこそドラゴン使いの本能が悔しがっている。

 

 だけど、旦那が出鱈目の存在なのは俺やゆんゆんが二番目くらいに知ってるから。

 こんな状況じゃ誰よりも頼りになるダチ。そんな旦那が相手だからこそ少しの悔しさはあれど、それ以上の安心感を得られる。

 

()()()。我輩に出来るのは暴走トカゲを弱らせるまでだ」

「ああ、分かってるぜ旦那。ある程度弱らしてくれれば、あとはこっちで『封印』する」

 

 あと、ジハードのことをトカゲ呼ばわりはやめてくれ。例え旦那でもそれは許せないから。

 

「フハハ。やはり汝は人間の中では一番であるな。あれの本能に侵されながらそこまでいつも通りでいられるとは」

「ま、こいつがいるからな。こいつが傍にいるから俺は正気を失わないでいられる」

 

 ゆんゆんやリーン……俺の大切な奴らが傍にいるなら俺はきっとどんな状況でも俺でいられる。

 あ、でも同じ大切な奴らでもキースやテイラーじゃ無理かもな。流石に男に抱き着かれたりしたら別の意味で正気を失いそうだし。

 

「…………ばか」

「フハハハハハ! 羞恥の悪感情美味である。…………さて、そろそろ行くか。あの調子で我輩の街を壊されても困る」

 

 丘を平らにしたり結界の中に隠れてるアクアのねーちゃんをビビらせたり。本能のままに暴れるジハードの元へ旦那は何も気負った様子もなく向かう。

 

 

「ねぇ、ダスト。まだ終わってないんだろうけど、さっき言ってた話の続き……いい?」

「…………ま、流石の旦那も今のジハードを殺さないように弱らせるのは時間かかるだろうしな。いいぜ」

 

 見通す悪魔である旦那にジハードの攻撃は当たらない。つまり旦那が魔力を奪われることはない。であるなら、持久戦をすればジハードは自然と弱っていく。回復魔法があるから普通より時間がかかってしまうだろうが。

 

「うん。じゃあ…………言うね」

 

 ぎゅっと、相変わらず俺を抱きしめているるリーンの身体が分かりやすいくらいに強張っている。これから言おうとしていることに緊張しているんだろう。

 

「あのね、ダスト。あたし…………あんたのことが好き。ライン兄はもちろん……ろくでなしなダストの事も」

「…………ああ、知ってる」

 

 ラインとかダストとか関係ない。こいつはずっと俺のことを好きでいてくれた。ただ、俺もリーンもそれを認められなかっただけだ。

 

「でも……悪い。俺はお前の恋人にはなってやれねぇ」

「うん…………知ってた」

 

 俺はもうただ一人の大事な奴を選んだから。あいつと同じくらい大切でもあいつと同じにはしてあげられない。

 俺はあいつを絶対に泣かせたくないし、泣かせるわけにはいかないから。

 例え、あいつと同じくらい泣かせたくない、こいつを泣かせることになったとしても。

 

「あーあ…………やっぱり失恋しちゃった」

「…………かもな」

 

 何が、『かも』だ。振ってる方が迷ってんじゃねぇよ。

 

「でも…………うん。すっきりした。ちゃんと言えてよかっ………よか………ったょぅ……ぅっ…ぁぁぁあああっ」

 

 最後まで言葉をちゃんと紡げず、抑えきれないように泣きじゃくるリーン。

 

「なんでっ! なんであたしじゃないのっ!? ずっと一緒だったのに! ずっと好きだったのに! あぁぁぁああっ!」

「…………悪い」

 

 きっとこいつと一緒にいる『今』はあった。むしろゆんゆんと一緒にいる『今』より可能性は高かったかもしれない。

 だが運命のめぐりあわせか、俺の気まぐれの選択か。俺はこうしてこいつを泣かしている。

 

 

 

「なぁ、リーン。お前に酷いこと言っていいか?」

 

 少しずつリーンが落ち着いてきたところで。旦那たちの戦いもそろそろ終わりそうになったころ。

 俺は世界で一番ろくでなしなことを言おうと覚悟を決める。

 

あによ(なによ)……月並みな慰めやゆんゆん裏切るようなこと言ったら許さないからね……」

 

 この期に及んであいつのこと気遣えるお前は本当にいい女だよ……。

 

「心配しなくても俺にそんな器用なこと言えるわけねぇだろ」

「…………、それもそうか」

 

 完全に納得されるのはそれはそれでむかつくんだが。…………まぁ、これからこいつに言おうとしてること考えたら納得されてるくらいがちょうどいいのかもしれない。

 不器用すぎるということは、それはつまり一つも飾らない心からの言葉ということだから。

 

「なぁ、リーン。未だに実感はないんだが、俺父親になるんだよ」

「うん、知ってる」

「んで、ゆんゆんも母親になる」

「うん、ならないと困るね」

 

 もう産まれてるだろうか? 俺の娘は。実感はないけれど、その姿を想像すれば不思議と顔が緩んでしまう。

 なんとなく予感がある。俺はまだ見ぬ娘のことをドラゴンに負けないくらい愛して可愛がっちまうということを。

 だからこそ……。

 

「そこで問題なんだがな? 俺はこんなんだし、ゆんゆんもあんなんだろ? ぶっちゃけ、子どもをちゃんと教育出来るか自信ねぇんだよ」

 

 足して二で割れればちょうどいいんだが、こういうのは大体悪い方ばっかり影響受けると相場決まっている。そうなりゃおれの娘はろくでなしぼっち一直線だ。

 ろくでなしでぼっちとか本当に救いようがない。

 

「うん。あんたらは子育て苦労しそう」

「だから…………頼む、リーン。俺たちの娘の……子供たちのもう一人の()()になってくれねぇか?」

「…………あんた、さっき振った相手に何言ってんの?」

「ろくでなしすぎる発言なのは分かってるよ! でもしょうがねぇだろ! そうなって欲しいって思っちまったんだから!」

 

 俺はリーンの気持ちに応えられない。それは今となっては変えられない。

 だが、俺はリーンとずっと一緒にいたいんだ。そしてそれはきっとゆんゆんも一緒だ。

 けど、パーティーメンバーという関係性はずっと一緒にいられるものじゃない。ゆんゆんが族長になるのを考えればそう遠くない未来に別れる日が来る。

 

「一緒にいてぇんだよ。だから…………俺たちの家族になってくれ」

「あんた、ほんっっっとうに酷すぎること言ってるけど自覚ある?」

「だから、自覚あるって言ってんだろ」

「自覚あって言えるって、あんた本当ろくでなしだね」

 

 多分空前絶後のろくでなしだな。俺みたいなろくでなしは後に先にも…………いや、父さんはもっと酷いろくでなしだったし、俺の子孫も多分俺並みかそれ以上のろくでなしが生まれそうだなぁ。

 つまり血筋ということで俺は悪くないかもしれない。

 

 

「ダスト! 汝であればそろそろ行けるはずだ! さっさと幕を引くがよい!」

「おう!」

 

 リーンの返事はまだない。だが、今はジハードの本能を封印するのが先だ。

 旦那によって中位ドラゴン並まで弱らされたジハードを制御しようと俺はドラゴン使いの繋がりを強化する。

 

「はぁ…………本当、ダストってどうしようもないんだから」

 

 ──殺せ壊せ犯せ喰らえ引き裂け

 

 相変わらず本能は煩く渦巻いているが、その浸食する力は比べるまでもなく弱くなっている。

 これなら、気合入れればなんとかなるだろう。

 

「こんなどうしようもない奴、ゆんゆんだけじゃ心配だし……というかあの子もあの子で心配だし……」

 

 腕の中にいる小さな存在を俺は意識する。押し付けられる胸の感触はどう足搔いても残念だが、そんなの関係ないくらいに俺の心を安定させ向上させてくれる。

 

「だから…………仕方ないね。うん、仕方ない。だから──」

 

 

「『本能封緘』」

 

 その心をジハードに与えるように。俺は荒れ狂う本能を封じ込めた。

 

 

 

「──探してみるよ、あたしの幸せを。…………あんたたちの傍で、家族としてさ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終話:──祝福を!

──ダスト視点──

 

「……でだ。リーン、お前そろそろ離れろ」

 

 戦いが終わって。今なおリーンは俺の腕の中にいる。

 

「ん……もうちょっと…………ダメ? 次にこうしていられるのがいつか分からないし、そもそもないかもしれないんだしさ」

「気持ちは分かるがダメだ」

 

 戦いが終わった今。こうして抱き合ってるのは誰がなんと言い訳しようが浮気だろう。

 …………、離れたくないって気持ちは本当痛いほど分かるんだがな。

 

「けち。ろくでなしのチンピラのくせにまともなこと言って恥ずかしくないの?」

「どんな罵倒の仕方だ。……いや、自分でもどの口が言うんだとは思うが」

 

 一昔前の俺なら間違いなく『これハーレム行けんじゃね?』って悪だくみを始めてることだろう。そして多分失敗する。

 

「それでもやっぱダメなんだよ。俺は確かにろくでなしのチンピラだし、贔屓目に見ても屑野郎だが…………あいつに悲しい涙を流させる奴にだけはならないって決めたんだ」

「そっか…………うん。それなら仕方ないね。あたしも、あの子を泣かせたくないし…………何よりあたしが好きなダストも、そんな不器用なあんたなんだから」

 

 少しだけ寂しそうに、けどそれ以上に嬉しそうに。俺から離れたリーンは笑っている。

 

「…………、お前もしかしなくても試しやがったろ?」

「さあ? まぁ、もしもバレなきゃいいってあの子のこと裏切ってたら親友としてファイアボールぶつけたかもね?」

「理不尽すぎるだろ……」

「そう? でも、あんたがあの子を裏切らないなら何も問題ないでしょ?」

 

 そりゃ、こいつが俺にとってどうでもいい女なら何も問題ないが、そうじゃないんだから問題ありすぎる。これでリーンがまな板じゃなければ我慢できたか自信がない。

 ……まぁ、そんな感じで不満はいくらでもあるが、今のリーンの笑顔を見てたら文句を言う気は失せた。

 多少寂しさが見えても、ここまで嬉しそうに笑うリーンは本当に久しぶりだったから。

 

 それに、俺には今すぐでも抱きしめてあげないといけない奴がいるから。リーンと楽しい軽口を続けるわけにもいかない。

 

「はぁ…………本当あんたって分かりやすいって言うか、そういう所はいつまでも変わらないよね」

「何の話だよ?」

 

 でも、こいつを置いていくのもなんだか後ろめたくて。話を終わらせないといけないのに、その言葉はなかなか出せなかった。

 

「あたしはもう大丈夫って話。だから、気にせず行って」

「…………悪い」

 

 そして、そんな俺の気持ちをリーンはお見通しだったらしい。

 

「別に今のダストに悪いとこなんてないでしょ? それはあんたの数少ない美徳なんだからさ」

「……そーだな。じゃ、ありがとよリーン」

 

 謝罪ではなく感謝の気持ちを伝えて。俺はリーンの気遣いに甘えさせてもらった。

 

 

 

「……『人化』」

 

 傷ついた2頭のドラゴン。その姿を俺は人へと変える。

 人化したミネアは比較的余裕がありそうだが、暴れまくって本能が封印された影響かジハードは意識を失っているみたいだ。

 

「ふぅ…………、お疲れ様、ライン。なんとかなったわね」

「ああ。お前がジハードを守ってくれたおかげだ」

 

 ミネアがいなければ『本能回帰』を使っても最初の段階で止められてた可能性が高い。単純なステータスやスキルでは測れない強さを持つミネアは本当俺には過ぎた相棒だ。

 

「この子もシェイカー家の子だからね。先輩としてもお姉ちゃんとしても守ってあげるのは当然よ。たとえこの子が私なんかより強くなるとしてもね」

「そうだな。おまえはそういう奴だよ」

 

 だからこそ、俺は死ぬような思いをしてでも最速でドラゴンナイトになろうとしたんだ。

 

「ん…………らいん……さま?」

 

 ジハードの傍に寄ったところで。うっすらとその瞼が開く。

 

「おう。ダスト様だぜ? 一応、体の方は大丈夫そうだな」

 

 傷だらけなのは確かだが致命傷のようなものは見当たらない。

これならジハードがその気になればすぐに治せるだろう。

 問題は──

 

「ごめんなさい! らいんさま、ごめんなさい!」

 

 ──心の傷だ。

 

 涙をこぼしながら。ぎゅうっと俺に抱き着くジハードは御免なさいという言葉を繰り返す。

 

「……なにもジハードは悪くねぇよ。お前のおかげで俺はまだ人間でいられてんだ」

「ごめんなさい! わたしのせいでらいんさまにひどいことをさせた!」

 

 震える小さな体を出来る限り優しく抱きしめてやる。でもその口から謝罪の言葉が止まることはない。

 本能に飲まれている間のこと。俺はその間のことを覚えてないが、ジハードはきっちり覚えているんだろう。

 あの本能に飲まれて戦っていたのなら、普段の俺なら絶対しない、俺自身が許せないようなことをしているのは想像がつく。

 

「それでも…………ジハードは何も悪くないんだよ。悪いとしたらお前に本能を解放させた俺だ」

 

 俺がジハードに謝る理由はあっても謝られる理由はない。

 そして俺はジハードに謝るつもりはなかった。本能を解放した事。それは確かにいいことばかりじゃなかったが、大切な奴を守れたことに違いはないのだから。

 ジハードに酷いことをされたつもりもなければ、ジハードに酷いことをしたつもりもない。何か悪いことがあるとしたらそれはジハードの本能に耐えられなかった俺の不甲斐なさだろう。

 だから俺がジハードに伝えないといけない言葉は謝罪じゃない。

 

「……ありがとな、ジハード。さっきも言ったがお前のおかげで俺は人のまま大切な奴らを守ることができた」

 

 もしもジハードが本能を解放しなければ、俺は『切り札』を使うしかなかっただろう。だが今の俺に『切り札』を使うことに対する覚悟があるかと聞かれれば微妙だ。

 必要があれば……使わなければあいつらを守れないってなら使うだろうが、使わなくて済むんなら使いたくないのが本音だった。

 使えば確実に皆を守れて…………こうしてジハードを泣かさずに済んだってのにな。

 

「……なぁ、ジハード。お前は自分のことが嫌いか?」

 

 泣きながら謝り続けるジハードに俺は問う。

 

「…………きらい、です。あんなこわくてみにくいものがいるなんて」

「そうか…………まぁ、そうだよな」

 

 自分の嫌な部分と初めて直面して。それを受け止められる強さを今のジハードは持っていない。いくら賢いといっても生まれてからまだ数年……数百数千の生きるドラゴンにしてみれば本当に赤子と一緒なのだから。

 自分自身を嫌うのも仕方ないのかもしれない。そして自分を嫌う気持ちってのは俺もよく分かる。そして一度そうなってしまったそれを変えるのは難しいことも。

 

「……じゃあ、ジハード。俺はお前と契約するドラゴン使いとして一つの命令をする」

「めい…れい……?」

 

 こんな時になんだろうとジハードは謝罪の言葉を止めて困惑の色を顔に浮かべる。

 

「ああ。お前これから先、シェイカー家のドラゴンとして、一族をずっと守って生きていけ。仕えて支えて…………自分のことを好きになれるまでそうやって生きていくんだ」

「ん……あるじやらいんさまがいなくなったあとも?」

「ああ。俺の子どもやそのまた子供を守れ。自分のことを好きになれるまでは離れることを許さない」

「ん……よくわからないけど、わかりました」

 

 自分のことが嫌いな奴を好きにさせるのは難しい。俺はジハードの親のつもりだが、親の立場ではそれを変えられない。主人、相棒としての立場でもそれは一緒だ。出来る奴もいるんだろうが、俺がそんな器用な奴じゃないのは自分がよく分かっている。

 

 でも、そんな俺のおかげで嫌いだった自分を好きになれたと言ってくれた奴がいた。

 あいつのおかげで、こんな俺でも捨てたもんじゃないんじゃないかと思えるようになった。

 

「そうすれば、きっとお前は自分のことを好きになれる…………そうしてくれる相手に出会えるから」

 

 俺は誰よりもドラゴンが好きだから。きっと俺の子どももそれと同じかそれ以上に好きになってくれる。

 だから、きっと出会えるはずだ。俺があいつに出会えたように、いつの日かジハードも。

 

 

 

「寝ちゃったわね」

「ああ。少しは落ち着けたみたいだな」

 

 スヤスヤと眠るジハード。いつも以上に無理した上に旦那に大分傷つけられたんだ。傷は治したが、休息が必要だろう。

 そういや、いつの間にか旦那がいねぇな。エンシェントドラゴンは相変わらず上空にいるし、アクアのねーちゃんやリーンはカズマたちとなんか喋ってるが…………てか、いつの間にかカズマたちこっちに来てんのか。

 

「ほら、ジハードの面倒は私が見てあげるから。ラインは挨拶でもしてきたら?」

「そうだな。悪い、ジハードのこと頼むわ」

 

 見ればカズマたち以外にもアイリスや魔剣の兄ちゃんの姿もある。地獄にまで来て助けてもらったんだ。礼の一つくらいはしとくべきだろう。

 俺はミネアにジハードを預けてあいつらの元へ走った。

 

 

「これで借りは返したからね」

「いきなりなんだよミツルギ」

「僕の名前はミツルギだ! どうして君たちはいつもいつも間違える…………って、あれ?」

「あってんじゃねーか。で、借りって何の話だよ?」

 

 会っていきなり切れてる魔剣の兄ちゃんを適当になだめながら俺は聞く。借りを返したとか言われてもこいつになんか貸しを作った覚えはない。

 いや、ボコボコにされた恨みとかならあるが。それのことじゃねぇだろうしなぁ……。

 

「…………、別にキミが覚えてなかろうが気にしてなかろうがどっちでもいいよ。とにかくこれが貸し借りはなしだ。もしもキミが僕と敵対するなら容赦なく倒させてもらうよ」

「そーかよ。別に今のところ俺にお前と戦う理由はないから安心しろよ」

 

 将来的にはどうなるか分からないけどな。俺の立場はいろいろ複雑だし。

 

「いつまでもそうであることを祈るよ。キミは強すぎる。貸し借りがなくなかったとはいえ、()()僕じゃ勝てないだろうからね」

「あん? 俺、魔剣の兄ちゃんの前で強い所見せたことあったか?」

 

 直接喧嘩したときは負けてるし、アクセルに魔王の娘たちが来た時こいついなかったよな。一緒に戦ったエンシェントドラゴンの時はあのざまだしなぁ。

 

「昔の僕では分からなかっただろうね。でも、今なら君の強さが分かるよ」

「ふーん……魔剣の勇者様も強くなってるって事か」

「その言い方はやめてくれ。僕は勇者になりそこなった男だ」

 

 相手の力量を見極めるのも一つの強さの証だろう。向こう見ずだったこいつは剣の腕はともかく、そう言った機微には疎かった。だからこそカズマにはずっと勝てなかったんだろうが…………真の勇者にはなれなかったことで、こいつの中で何か変わってるのかね。

 

「とにかく、僕は強くなるよ。もしもキミがベルゼルグに仇名す存在になっても倒せるくらいに」

「おう、頑張れよ。今回は世話になったからな、応援くらいはしてやる」

 

 まぁ、本人はなんか借りを返して貸し借りなしとか言ってるし、言葉以上の応援する気はないが。

 なんてーか…………やっぱりこいつとはそりが合わねぇんだよなぁ。

 

「それじゃ、僕はもう行くよ。アクア様に挨拶をしてこないといけない」

「あいよ。じゃーな、多分今夜は祝勝会でもするからお前も一応来いよ」

 

 考えておくとだけ言い残してミタラシはアクアのねーちゃんの所へ向かう。

 

「あの魔剣使いの方は強くなるでしょうね」

「リリス。お前の見立てでもそうか?」

 

 歩き去るミツラシの姿を見送りながら。俺は後ろからするリリスの言葉に問う。

 

「ダスト様は強くなるために必要なものは何だと思われますか?」

「才能と努力と経験ってところか?」

 

 細かいことを言い出したら他にもいろいろあるだろうが大きなところはそんなところだろう。

 

「はい。そしてそれらに並んで必要なもの。それは明確な目標です」

「…………そんな大層な目標のつもりはないんだがなぁ」

 

 リリスが言いたいことは分かるが、どうにもそれを認めるのはむず痒い。

 

「人の身で公爵級悪魔を倒すことが大層な事でないと?」

「ドラゴンの力を借りて、な。ドラゴンは最強の生物でドラゴン使いと一緒なら最強の存在だ。俺自身はブースターでしかねぇよ」

「ドラゴンとドラゴン使いといえど、上位種でもないドラゴンに公爵級悪魔が倒されるのは前代未聞なのですが……」

 

 つってもジハードの固有能力はどう考えてもチートすぎるしなぁ。それを制御するのは大変だけど、俺の強さというよりはジハードの強さだろう。

 

「まぁ、なんだ。その辺の話は面倒だから置いとくとしてだな…………リリス、お前の抱いてる幼女は何だ」

 

 どうせこれ以上問答を重ねても話はまとまらない。なので俺はリリスの姿を見てから聞きたかったことを聞くことにする。

 

「ナイトメア。私と同じ夢魔です」

「で? そのナイトメアとかいう夢魔がなんでリリスの腕の中でスヤスヤ眠ってんだ」

 

 ちょうど人化したジハードと同じくらいか、それよりも幼い姿だ。ただ、リリスとは違い完全な精神生命体なんだろう。体は透けていて魔力を込めなければ触れもしない感じだ。薄くなってるウィズさんみたいだな。

 

「友達なんです」

「おう、お前に友達がいたという事実に死ぬほど驚愕してるが、欠片も質問の答えになってねえな」

「ダスト様は気にしないでください。これは完全に悪魔の領分です。この子の事はバニル様と相談して決めますから」

「リリスがそう言うなら気にしねぇが……」

 

 このタイミングだ。おそらくはこのナイトメアってのは死魔の軍勢の一柱だったんだろう。死魔が滅びたことで自由の身になってはいるんだろうが……。

 

「そうしてもらえると有難く。…………それよりも、ダスト様ににあそこで落ち込んでいる子のことを気にしてもらえれば」

「あー……ロリーサね。まぁ落ち込んでるだろうとは思っていたが」

 

 案の定か。

 

「しゃーねーな。一人だけぽつんと突っ立って構ってオーラ出してるから行ってやるか」

「いえ、あの子にそんなつもりはないと思いますよ?」

「つもりはなくても、使い魔にあんな顔されたら主人として構わねぇ訳にはいかねーだろ」

 

 本当、食事の事と言い手間のかかるダチ兼使い魔だ。

 

「──で? なーんでお前は勝ったってのに暗い顔してんだ?」

ひふぁひひふぁひ(いたいいたい)! ふぁんふぇひひふぁひふふぁふんれふかー(なんでいきなりつまむんですかー)!?」

 

 ロリーサの元に忍び寄った俺はそのもちもちの頬っぺたをいつものように思いっきり引っ張ってやる。

 

「うぅ…………いきなり辱められました……」

「ただ頬っぺた引っ張っただけだろうが」

 

 痛そうに、そして恨めしそうに頬っぺたをさするロリーサ。

 

「それで、私に何か用ですか? ダストさん」

「用がなきゃお前に話しかけちゃダメなのか?」

 

 ダチで使い魔で。そんなこいつに話しかけるのに理由はいらない。

 

「はい……だって、今日の私は主人のお願いも聞けなかったダメダメ使い魔ですから」

「あー……やっぱりそう思ってたか。ま、そう思うように俺とリリスが情報制限してたのもあるが」

「…………どういうことですか?」

「もともと、ロリーサと街の悪魔たちだけで守れるとは思ってなかったんだよ。カズマたち……旦那が連れてくる援軍込みで俺らは防衛するつもりだったんだ」

 

 相性次第じゃ完封できるリリスや存在が壊れてるアリスはともかく、死魔の軍勢の数を考えればどんなにロリーサが頑張っても限界が来るのは分かっていた。

 

「だからまぁ、元々お前に期待してたのはカズマたちが来るまでの時間稼ぎで、そういう意味じゃお前はちゃんと役目をはたしてだな──って、なんでお前頬っぺた膨らましてんだ」

 

 なに? そんなに俺に頬っぺた引っ張られてーの?

 

「酷いです! 酷すぎです! そう言うことなら最初からそう言って下さい! どれだけ怖い思いしたと思ってるんですか!」

「悪かったって。でも、そうしなきゃきっと援軍まで持たなかったぜ?」

「……どうしてそう思うんですか?」

「死ぬ気で戦ったロリーサが率いてなお、カズマたちが到着するまでギリギリだったからな。助けが来るって受けの姿勢で戦ってたら押し込まれてたろ」

 

 使い魔の契約でロリーサの戦場がどんな状況だったかは俺も想像がついている。そしてこいつがどれだけ必死で戦ってくれたかも。

 

「むー……」

「お前の怒りは正当かもしれないが謝るつもりはない。てことで、お前がどうしても怒りが収まらないってんならダチとして一発殴られてもいいぞ?」

 

 それで気がすむなら殴られるくらいどうでもいい。どうせロリーサの細腕じゃどこ殴られても多少痛いくらいで済む。

 

「そんで、主人としてはちゃんとこっちのお願いを聞いてくれたんだ。ご褒美でいくらでも精気を吸わせてやる」

 

 ゆんゆんのいない所でならだが、いくら吸わせても文句がないくらいにはロリーサは頑張ってくれた。

 

「ただし、どっちかだけだからな? お前はダチで使い魔だが、今回はダチとしてか使い魔としてかどっちか選べ」

 

 俺としては両方叶えてやっても問題はない。だが、どっちもってなるとこいつは変に負い目を感じる気がする。

 今は怒りや不満の方が前に出てるが、さっきまで悩んで落ち込んでいたのは確かで。考えすぎて本当は自分が頼りにされてないんじゃないかとか馬鹿なことを考える可能性はある。

 出来るだけそうはさせないように、別なことで悩ませて、負い目を感じさせないようにしてやりたかった。

 

「そんなの……そんなのこっちに決まってるじゃないですかー! はむっ!」

「まぁ、そうなるな」

 

 一瞬だけ悩んで。いつものように俺の指を咥えるロリーサ。

 

「はふぅ……やっふぁひおいひいれすー(やっぱりおいしいですー)

「なんつーか…………なんか悪いことしてる気がしてきたな」

 

 ダチか使い魔か選ばせて、そんで自分の指を吸わせてるとか。

 知らない奴らが見たらどう見てもやばい現場のような…………。

 

「こ、これがクレアが言っていたちょーきょーの現場ですか!」

「違う! ってか、あんの白スーツは一国の王女になんてこと教えてんだ!?」

 

 いつの間にやら来ていた勇者の国のお姫様の言葉に俺は必至で否定する。

 姫さんと違って一応正統派お姫様のアイリスにあの変態貴族は何を吹き込んでやがんだ。カズマのこと言えた立場じゃねぇ。

 

「違うのですか…………残念です…………」

「何が残念なのか欠片も分からねぇ……」

 

 そして、こっちの騒ぎなど知らない感じで一心不乱で精気吸ってるロリーサも薄情すぎる。

 

「それで? わざわざこっちに来て何の用だ? せっかく愛しのお兄様がいるんだ。しっかり甘えてくりゃいいのに」

「それは、また後でしっかりと。今は先にダスト様へお礼をと」

「礼?」

 

 魔剣の兄ちゃんの借りの事といい、今日は心当たりのないことばかりだな。

 

「はい。……ダスト様との特訓のおかげで、私は格上の相手でも自分の力を出し切ることができました。ありがとうございます」

「そうかよ。別にあの特訓は交換条件だったし、礼を言われることじゃねーが…………ま、意味があったなら何よりだ」

 

 アイリスが格上だって言う相手がどんな相手だったかはあんまり想像したくないが。

 

「というか、もしかしてお前アリスの援軍に行ったのか?」

 

 ロリーサの所の援軍がカズマたちなのは爆裂魔法で分かった。こっちに来た時間的にリリスの所には魔剣の兄ちゃんが行ったんだろう。

 そしてそいつらより来るのが遅かったアイリスは多分アリスの援軍に行ってたわけで…………あのアリスが使い魔たちと一緒でも勝てなくてアイリスの援軍を必要とする相手……?

 

「はい。最初は勝ち目が全然見えない相手でしたが、力を合わせて勝ち…………勝ちました?」

「なんで疑問形なんだよ」

「いえ、一応向こうが示した勝利条件は満たしたのですが、その後普通にお茶に誘われたので」

 

 意味が分からんというか…………本当に戦ってたの? お前ら。

 

「てか、その変な敵はともかくアリスはどうしたんだ?」

 

 先に街に戻ってるとかならいいんだが、なぜか嫌な予感がする。

 

「その変な悪魔さんと一緒にお茶会の後どこかへ行きました」

「あー……うん。あれだ。俺は何も聞かなかったことにするわ」

 

 絶対首突っ込んだら面倒なことになるパターンだ。

 …………多分、首突っ込まなくても面倒なことになるパターンだけど。

 

「それでダスト様。あの飛んでいるドラゴンさんが噂のエンシェントドラゴンですか?」

「ん? そういやアイリスは初めて見るのか」

「はい。ダスト様がエンシェントドラゴン戦に呼んでくれませんでしたから。せっかくお兄様と一緒に冒険できる機会だったのに……」

「無理に決まってんだろ」

 

 ただのゆんゆんの我儘で一国の王女様を危険にさらすとか…………俺は別にいいけどゆんゆんが心労で死ぬわ。多分レインも死ねる。

 

「無理を通してお姫様の願いを叶えるのが騎士様の役目なのでは?」

「俺はお前の騎士になった覚えはないからな。そういう今もあったかもしれないが、そうじゃねーんだからそんな役目はねーぞ」

 

 前にレインに色仕掛けかけられたことがあったが、もしも俺があれにひっかかってたら、アイリスの騎士になるなんていうこともあったかもしれない。

 でも実際はそんなこと全くない訳で、俺がこいつの我儘を聞いてやる義理なんて一つもない。

 ……ま、義理というか、借りはあるからこいつが本気で望むなら叶えてやらないといけないことはあるかもしれないが。

 

「残念。…………それにしても本当に大きいですね。ベルゼルグのお城と同じくらい……いえ、それ以上に大きいです」

「伝説級のドラゴンだからな。エンシェントドラゴンより格が上のドラゴンとかドラゴンの帝王……竜帝しかいない」

 

 地獄の公爵や四大を司る神と同格の生物だ。本当に想像も付かないような歳月を過ごしてきた生きる伝説と言えるだろう。

 …………どこぞの宴会芸の女神はそんなエンシェントドラゴンより格上の竜帝にひよこがなるとか言ってたが、どんな幸せな脳をしているんだろう。

 

『シェイカー家のドラゴン使い。あの『契約』はまだ有効か?』

 

 俺たちが見ているのが分かったのか、それとも機会を窺っていたのか。上空を飛んでいたエンシェントドラゴンが少しだけ高度を落とし、話しかけてくる。

 

「ああ、その時が来たら頼む」

『そうか。ならばいい』

 

 それだけで話が終わったんだろう。エンシェントドラゴンは次元を超えてその巨体を消す。

 ……自力で次元を超える生物って本当常識はずれてるよなぁ。

 単なる異世界ならともかく、ここは地獄。天界と並んで次元移動が難しい世界のはずなのに。

 

「ダスト様。『契約』とはなんのことですか?」

「さてな。少なくともお前には関係ない事だよ」

「…………、そうならよいのですが……」

 

 ? なんか含みがある言い方だな。多分今の話の意味は想像がついてると思うんだが。

 

「てか、お前はいつまで精気吸ってんだロリーサ! 俺だって疲れてんだから少しは遠慮しろよ!」

「ああっ!? いくらでも吸っていいって言ったじゃないですかー! 街に帰ったらゆんゆんさんいるんですからもっと吸わせてください!」

「もう十分吸わせただろうが! これ以上は俺が干からびるわ!」

「既に普通の男性なら10回以上干からびてるんだから誤差ですよ! 誤差!」

「そんな誤差があるかアホサキュバス! お前使い魔だったらもうちょい主人を敬え!」

ひふぁひひふぁひ(いたいいたい)!」

「やはりちょーきょー……」

「「違う(違います)!!」」

 

 喧嘩しながらもそこだけはハモる俺達だった。

 

 

 

「ダスト!」

 

 ぎゃーぎゃーとアクアのねーちゃんや爆裂娘が煩い場所で。そいつらの面倒を見ていた奴が俺の姿に気づいて手を挙げている。

 

「……おう!」

 

 その挙動の意味を少しだけ考え、俺はすぐにその手を叩きパンと音を立てる。

 それは互いにやり遂げたことを伝える合図。祝いの祝砲だ。

 

 

 

「これこれ。男同士で一度これやってみたかったんだよなー」

「これくらい冒険者ならいくらでもやってるだろ」

 

 変なところに憧れてる奴だな。まぁチート持ちって呼ばれてる奴は大体そうだが。

 

「普段は恥ずかしさが勝るからな。俺みたいな生粋の現代っ子じゃいろいろ難しいんだよ」

「ふーん……じゃあ今日はどうなんだ?」

「魔王戦以来の達成感がある。むしろ魔王戦はなんで俺タイマンで魔王と戦ってんだ感があったから、純粋な喜びなら今回の方が上かもな」

「そんなものか」

 

 ま、カズマはタイマンとかより個性的なメンツをまとめる方が向いてるのも確かだ。自分の本領を発揮できたという意味じゃ魔王戦より今回の方が良かったってのも分からないではない。

 

「…………、ありがとよ、悪友。カズマのおかげで、なんとか誰も欠けずに大切な奴らを守れた」

 

 カズマたちが来なければロリーサはきっと残機をすべて失うまで戦っただろう。そして俺はそれをさせないために『切り札』を使わずを得なかった。

 

「なんていうか…………本当ダストってまともになったんだな。出会った時のことを考えると信じられないわ」

「うっせ。そういうお前は変わってねー…………いや、変わったか」

 

 本質はきっと変わっていない。でも、カズマは確かに変わって……成長している。

 じゃなきゃ、魔王を倒せる勇者になんてなれるわけない。

 

「じゃ、お互いさまって事だな。ダストみたいなチンピラと一緒でゆんゆんは大丈夫かと心配してたが、これなら大丈夫そうか」

「ああ、大丈夫だ。あいつは俺が一生かけて幸せにしてやる」

「…………、ダスト? お前まさか……」

「いろいろあって遅くなっちまったがな」

 

 まぁ、必要な遠回りだったのかもしれないが。あいつらにとっても、俺にとっても。

 でも、もう遠回りも終わりだ。遅くなった分も含めてあいつを幸せにしてやろう。

 

 

「けど…………地上に帰ったら大変だろうなぁ」

 

 死魔の……悪魔の種子による地上の傷跡は酷いことになっているだろう。覚悟を決めたがいいが、実際に実行するのは落ち着くまで無理かもしれない。

 

「ん? もしかして『悪魔の種子』とかいうので悪魔化した奴らのこと心配してるのか?」

「心配ってーか……まぁ、いろいろ大変だろうなとはな」

 

 冒険者やら騎士やら。そいつらがごっそり悪魔化していなくなったんだ。まだ悪魔として生きてるならいいが、レギオン化された奴は魂だけの存在になって死んだも同然だ。

 知らない奴らの死に心を痛めるほど殊勝な性格はしてない俺だが、望んで悪魔化した奴はともかく、巻き込まれただけの奴には同情くらいするし、現実的に国が機能するかとかの心配はする。

 

「その辺は別に心配しなくてもいいぞ」

「は? 心配しなくていいって……どういうことだ?」

 

 未曽有の大惨事クラスのはずだが…………まるっと解決する方法がなんかあるのか?

 

 

「なぁ、ダスト。『異世界転生』って知ってるか?」

 

 

 

 

 

 

──ゆんゆん視点──

 

 最初にかける言葉は決まっていた。

 

「おかえりなさい」

「ああ……ただいま、ゆんゆん」

 

 ボロボロの服。それがどれだけ険しい戦いをダストさんが乗り越えてきたか物語っていた。

 そんな戦いから帰ってきた…………帰ってきてくれたことに私は嬉しさで胸がいっぱいになる。

 

「…………生まれたんだな」

「はい。元気な女の子です」

 

 泣き疲れたんだろう。今は静かに眠っている私たちの娘の姿を見てダストさんは優しい表情をする。

 その表情が私に向けられていないことがちょっとだけ寂しくて。

 私の娘をこの人はちゃんと愛してくれるんだと信じられるのが嬉しくて。

 きっと私はダストさんと同じ表情をしていた。

 

「なぁ、ゆんゆん。疲れてるのは悪いがちょっとだけ身体を起こしてくれないか?」

「? はい──って、わわっ、いきなりどうしたんですか?」

 

 ベッドから身体を起こした所で。ダストさんは私を強く抱きしめてくる。

 

「ダストさん……?」

「悪い、少しだけ待っててくれ」

「? はい……」

 

 別にダストさんに抱きしめられる事は少しも嫌じゃないから悪いことなんて何もないんだけど。

 

「そういえば、リーンさんやハーちゃんはどうしたんですか?」

「少しだけ席を外してもらってる。終わったら呼ぶ」

「そうですか」

 

 うーん…………リーンさんやハーちゃんにも早く私の娘を見せてあげたいんだけどなぁ。

 それにリーンさんがちゃんと決着をつけられたのかとかも聞きたいし。

 

「…………先に言っとく。あいつとはちゃんと『決着』つけた」

「っ……そ、そう……ですか……」

 

 それはどんな決着だったんだろう。気になるけど、それを尋ねる言葉は怖くて紡げなかった。

 

「だから、今から言うのはそれを踏まえての言葉だ」

「はい……」

 

 大丈夫だと信じてはいる。でも、もしもこの温もりが失われるとしたら……。

 自分が望んだ決着のはずなのに、今更になってその答えを聞くのが怖い。

 

 

「結婚しよう、ゆんゆん」

 

 

「…………え?」

 

 その言葉がいきなりすぎて。その意味が飲み込めない私に、ダストさんは今度は顔を見つめ合わせて──

 

「俺と結婚しろ、ゆんゆん」

 

 ──そうはっきりと…………プロポーズをしてくれた。

 

「俺はろくでなしだし、いろいろ迷惑はかけるかもしれない」

 

 ああ──、と思う。私の目をしっかりと見つめて言葉を紡いでくれるダストさんを見て。

 

「でも、ドラゴンと槍の腕に関しちゃ誰にも負けない自信がある」

 

 私はやり遂げたんだと気づく。

 

「そして、それと同じくらい、お前を幸せにすることにかけても」

 

 それは、長かった日々の終わり。

 

「だから、ゆんゆん。お前は…………ゆんゆん=シェイカーになれ」

「あ、それはお断りします」

 

 このチンピラ冒険者さんを更生させる日々が終わった日。

 

「あ、あのなぁ……お前、俺がどんだけ覚悟決めて──」

「──でも……はい。私を幸せにしてください」

 

 それは、長く続く日々の始まり。

 

「私をダストさんの傍にずっといさせてください…………あなたの妻として」

 

 ぼっちな私とろくでなしなドラゴン使いさんが夫婦となった日だった。




2章完結です。長く時間がかかってしまいましたが、ここまで付き合っていただきありがとうございました。感想とか頂けたらとても嬉しいです。



次回から幕間2になります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間2
いつかどこかで


今回はかなり時系列が前後します。


──???視点──

 

「お忙しそうですね、エリス様」

「忙しい……とかそういうレベルじゃないですよ……。『悪魔の種子』で悪魔化した人間を全て『異世界転生』させるとか、アクア先輩は本当何を考えてるんでしょうか」

 

 そう言って不自然に胸をふくらませている女神さまは大きくため息をつく。

 今も部屋の外には転生を待つ者たちが行列を作っており、この休憩時間が終わればエリス様は転生の手続きに忙殺されることだろう。モンスターに殺されたものを中心に転生の案内をし、冬の季節以外は忙しそうにしているエリス様だが今回は何時にも増してというか、比べるのも申し訳なくなる忙しさだ。この部屋は時間の流れをある程度操作できる為、地上ではそう時間が経っていないが、エリス様が実際に働く時間は恐ろしいことになっている。

 

「…………、アクシズ教のご神体。女神アクアとは先輩後輩の間柄でしたか」

「ええ、はい。昔お世話になtt…………いえ、昔お世話した先輩になります」

 

 その言葉の端々からは苦労の色がにじみ出ている。本当に苦労したのだろう。実際私がエリス様の元で()()()()()からの事でも、あの少年を何度も生き返らせるためにエリス様が尽力させられているのは見ている。今回の事も手続きを簡略化してるとはいえ数が数だし、反則的な方法のため私の見えない所で相当苦労されているだろう。

 …………、私が会った時はそれほど滅茶苦茶な女神とは思っていなかったのだがなぁ。むしろ、女神だと言われてすぐ納得する程度には力と神々しさを感じたものだが。

 

「私に手伝えることはありますか、エリス様」

「えーと…………そうですね。自分の意志で悪魔化したものと、無理やり悪魔化された方で列を分けてもらえますか? 例によってアクア先輩が勝手に罪を許してるので罰を与える事は出来ませんが、前者には説教くらいしないいけませんから」

 

 悪魔やアンデッドを嫌うエリス様にとって、自分から悪魔化することなど言語道断なのだろう。微笑んではいるが、その後ろ怒気が隠れているのが分かる。

 …………私の立場としてはその言葉に色んな意味で苦笑いするしかないのだが。

 

「ところでエリス様。お忙しいのは分かるのですが、パッドのずれくらいは直した方が……。不自然すぎて言われなくてもパッドだと気づいてしまうレベルになっていますよ?」

「…………、そういう指摘はもう少しオブラートに包んでもらえますか?」

「いつも以上に胸が不自然にふくらんでいますが大丈夫ですか、エリス様」

「…………もういいです。そういう女性の機微をあなたに期待するのは、ろくでなしなドラゴン使いさんに期待するのと同じようなものですしね」

 

 そんなこと言われても、生きてた頃は研究研鑽の日々や愛する人と二人きりの日々だったしなぁ。彼女はむしろ衣着せぬ言葉を好んでいたししょうがないだろう。その後はずっと一人で過ごしていたのだし。

 

「ろくでなしなドラゴン使い…………例の最年少ドラゴンナイトのことですか? たまに話に出てきますが、私の知らない間に世界には凄い人間が生まれていたものだ」

「凄い…………うーん、実際の人物を知っていると素直に認めたくないんですが…………」

 

 私の時代でも暴れまわっていた『最凶』と『最狂』を……最狂については『公爵級』になったそれを倒したのだ。客観的に見れば凄いという言葉でも足りないはずの偉業のはずなのだが、それが主観的にだと認めたくないレベルになるとは、どれほどなろくでなしなのだろう。逆に興味がわく。

 

「一体全体、どのような人物なのですか?」

「そう言われると説明に困りますね。それほど彼と親交があるわけではないですし。とりあえずカズマさんやアクア先輩と意気投合するようなろくでなしです」

「なるほど」

 

 それは凄いろくでなしだろう。二人についてはエリス様からよく話を聞いているし、それと意気投合するというのは相当なものだと想像がつく。

 

「でも、そうですね。生い立ちだけならあなたと少し似ているかもしれません」

「というと?」

 

 

「彼も、愛するお姫様を攫って逃避行した経歴を持っていますから」

「…………なるほど」

 

 それは、確かに私と似ているかもしれない。

 

 

 

 

 

──ダスト視点──

 

「…………、本当に行っちまうのか?」

「なんだよ、ダスト。まさか寂しいとか槍が降ってきそうなこと言うつもりじゃねーよな?」

「そんなつもりはねーけどよ……」

 

 アクセルの街。旅の準備を整えて旅立とうというキースとテイラーを見送りに来た俺は言葉を濁す。

 何度も話したことだ。原因が俺たちにあることも分かっている。

 だが、ずっと一緒に冒険してきたこいつらと別れる事に未だに実感がわかなかった。城でゆんゆんたちと一緒に別れの挨拶をしてた時も、こうして見送りでついてきた今も。

 

「仕方ないだろう、ダスト。俺もキースも冒険者だ。だから旅を……冒険をする。族長となるゆんゆんについて紅魔の里へ行くお前やリーンと一緒にはいられない」

「…………、何度か言ったが紅魔の里を拠点にするって方法もあるだろ?」

 

 確かに俺らは冒険者をやめる。ゆんゆんは紅魔の里の族長になり、俺はその夫として、リーンは俺らの家族として支えていくことになる。

 たまに冒険をすることはあるだろう。でも冒険者として過ごすことはきっともうない。

 

「中級程度の実力しない俺らがか? テイラーはまだ上級職だし何とかなるかもしれないが、それでも俺と二人だけで一撃熊とかが群生してるような場所を拠点にするのは無謀だろ」

「そこは、俺やゆんゆんが手伝って──」

「──ダスト。確かにお前たちが手伝ってくれるなら紅魔の里で生計を立てることは可能だろう。だがそれはけして冒険者ではない」

 

 冒険者でもないものの力を借りて……守られて。そうしてクエストをクリアしていく姿は確かに冒険者とは言えないだろう。それが悪いとは思わないが…………キースとテイラーは冒険者であることを選んだのだから。

 

「なんて、テイラーはもっともらしいこと言ってるけどよ? 実際はただ悔しいだけなんだけどな」

「悔しい? そりゃ、守られるのが男として悔しいってのは分からないでもねぇが…………仲間なんだからそんな気にすることでもねぇだろ」

 

 仲間の力を借りることが恥だと俺は思わない。というかドラゴンの力を借りなきゃ大したことは出来ないドラゴン使いとしてはある意味当然のことだ。

 

「そうだな、俺も仲間の力を借りることが悪いことだとは思わない。…………だからこそ、俺もキースも悔しいんだ」

「力不足だってのは分かってる。それでも…………仲間として頼りにされたかったんだよ」

 

 ……そう言うことか。地獄での戦い。俺はキースやテイラーを危険に遭わせないようにリリスと一緒に対策を打っていた。

 当然だ。もしもこいつらがあの戦いに巻き込まれてたらまず間違いなく死んでいたから。

 

「別に、ダストの選択が間違っていたとも気に入らなかったわけでもない。ただ、自分の無力さ加減が悔しかっただけだ」

「ま、俺達だけじゃゆんゆんたちを守れなかったのも確かだ。俺も仕方なかったとは思ってるぜ? それでも、それを仕方なかったって自分を納得させて今を続けるのは我慢ならないんだよ」

 

 そして、その選択をこいつらは理解は出来ても心が納得していない。…………その選択をさせた自分たちの弱さが許せないんだろう。

 

「…………、仕方ねぇか」

 

 誰もがゆんゆんのように強くあれるわけじゃない。俺らと一緒にいればこいつらは自分の弱さを直視し続けなければいけない。

 …………、ゆんゆんみたいに自分の弱さを直視しながら遠い目標に追いつこうと努力し続けるなんて出来る方がおかしいんだ。

 

「ああ、仕方ない」

 

 仕方ない。はっきりとテイラーにも言われ、俺は大きく息を吐く。

 きっとこれは、遅いか早いかの話なんだろう。いつまでもただのチンピラだったのならずっと一緒にいれたかもしれない。でも、俺はシェイカー家の名を取り戻すと決めた。最強であるドラゴン使いであることを選んだ。

 だから…………仕方ない。そう受け止める。

 

「だから…………待っていろ、ダスト。俺たちが強くなるまで」

 

 そして、だからこそテイラーが続けた言葉に衝撃を受ける。

 

「もう、一緒に冒険することはないかもしれねぇ。それでも、俺らは強くなってやる」

「お前やゆんゆんに追いつけるとは思えん。だが…………お前に頼りにされる程度には強くなれるはずだ」

「お前が本当に困った時に助けになれるくらいにはな」

 

 …………、なんで、俺の周りにはこんな奴らばっかりなんだよ。

 

「…………言うほど簡単じゃねぇぞ? 今の俺が困る状況とか相当だからな」

「かもな」

「だが、それは諦める理由にはならないだろう」

「…………なんでだよ?」

 

 それは本当にきつい道のはずだ。アホなキースはともかくテイラーが分からないはずがない。

 そんな俺の疑問にキースは「決まってるだろ?」と悪戯な表情で笑い、テイラーと声を合わせて言った。

 

「「仲間だからな」」

 

 

 

 

 

 

 

────

 

「んー、バリトー? あなたがここに来るなんて珍しいねぇ?」

 

 地獄の奥底。深淵の奥底にあるというにはどうも気の抜けた部屋で。その部屋の主はクッションに横になりスナックを食べながら訪問者を迎える。

 

「まずは報告を。序列第七位。死魔が滅びました」

 

 訪問者、序列五位の公爵級悪魔であるバリトは部屋の主の態度を気にすることなく話を切り出す。この程度のことを気にしていたらこの部屋の主とは話など出来ないし、そもそもバリトにそれを咎める権利もない。

 

「知ってるー。死魔ったら、滅びないように気を付けてって言ったのにぃ。…………バリトもごめんねぇ? せっかくあの子手伝ってくれたのにー」

「いえ、自分は自分で収穫がありましたので」

「ふーん? それはもしかして後ろにいる子のこと?」

 

 その言葉にバリトの後ろにいた黒髪碧眼の娘が部屋の主の前に出る。

 

「…………、ねぇ、バリト。本当にこれが『悪魔王』なの? 全然力を感じないし、なんか気の抜けたというか…………どっかの貧乏店主を幼くしたような女にしか見えないんだけど?」

「間違いなくこの方が我が主にしてすべての悪魔の王ですよ。まぁ、見た目は我ら上位悪魔にとっては意味をなさないので」

 

 黒髪碧眼の娘……アリスはその言葉にもう一度『悪魔王』の姿を見る。にこにことこっちを見ている姿には力はもちろん威厳も欠片も感じられず、バニルやバリトの上位存在には思えない。

 

「それに、力に関しては隠されているのでしょう」

「隠してる? まぁ、そりゃそうなんだろうけど……」

 

 だとしても多少は感じられるもののはずだとアリスは思う。目の前のバリトも今は力を押さえ隠しているが、それでも今の自分とは隔絶した力を持っているのくらいは分かる。

 

「ええ。そしてそれを()()()()()()が感じることができない程度に力量の差があるというだけの話です」

「…………冗談でしょ?」

 

 『悪魔王』。その存在がすべての悪魔の頂点に位置するのは分かる。だが、『天災』とも言える『公爵級悪魔』ですらその力を感じられないほどの力量の差があるなんてことをアリスは信じられなかった。

 

「んー? 気になるなら力を解放しよーかー?」

「ご冗談を。まだ話は終わってないので、されても困ります」

「あー……わたしが力解放してもいつも通り話せるのってバニルとマクスくらいだもんねー。まぁ、バニルはともかくマクスは誰に対してもあんな感じだし実質バニルだけかぁ」

 

 くすくすと笑う悪魔王からは全く悪意や敵意と言ったものを感じず、アリスは毒気を抜かれる。本当にバリトや悪魔王の会話通りの存在なら『天災』という表現すら生温い存在のはずだが、アリスには目の前の少女(のように見える)がそうとは思えなかった。

 

 

「それでー? 結局本題はなんなのー?」

「決まってるわ、私を地上の魔王として認めて欲しいの」

「別に、地上の魔王くらいわたしの許可なんていらないよー?」

「でも、おじいちゃん…………魔王になった勇者は、あなたに認められたんでしょ?」

 

 おとぎ話の一人ぼっちの勇者。少し戦うだけで簡単に強くなるチートを持った転生者。そしてアリスの祖父であった魔王は、当時の魔王を倒した後に勇者から魔王になった。

 

「うん。そうだねー。あなたにも受け継がれてる強化能力は、わたしがあの子にあげたものだよ? 魔王としてその役目を果たした特典としてねぇ」

 

 それが悪魔王に認められた魔王の特典。その役目を果たした時、魔王は望んだ特典を手にする。それはまるで『チート持ち』が神々から才能や神器を貰って転生をするように。

 

「でも……あなたに必要かなぁ? あなた地上じゃ敵なしなくらいつよいでしょー?」

「それならいいけど、どうしても勝てそうにない奴がいるのよ」

「…………ふーん。まぁ、そこまで言うなら認めようかなー。でも、あなたって自分の力で何でもしようとするタイプだと思ってたけど、他人から力を与えられてもいいんだねー」

「自分だけでどうにかなるならそうするけど、出来ないなら他人の力を借りるのは普通でしょ?」

 

 本人自体も理不尽な程度に強いアリスだが、その本質は魔物使い。ドラゴン使い同様力を借りるのを当然とする存在だ。

 そして、それは祖父の代から続く教えでもある。彼女が『一人では意味を持たない、強力ながらも特殊な力』を受け継いだ日に教えられた彼女の原点。

 

「くすくす…………うん、あっちの()()()の方が面白そうだったけど、こっちはこっちで面白いかなー」

 

 おかしそうに笑う悪魔王は、スナック菓子を一つ摘まみ、またバリトへと目を向ける。

 

「それで、アリスちゃんの要件は分かったけど、バリトの要件はなにー?」

「自分が地上に行く許可を。魔王となる以上後見人が必要でしょう。先代の魔王とバニル様が契約していたように」

「そんなこと言ってバニルがいる世界に行きたいだけでしょー? そのタキシードと言いバリトは相変わらずバニルの事好きすぎだねー?」

「…………、否定はしませんが、一番の理由はこの娘に興味を持ったからです」

 

 地上の存在でありながら『公爵級』であるバリトに届く力をアリスたちは見せた。神々や悪魔に与えられた力があるとはいえ、それをそこまで引き出せるものはそうそういない。

 強き者に惹かれる性質を持つ悪魔が興味を持つのは当然だろう。

 

「まーいいよー。バリトも一緒の方がいろいろ面白そうだし都合もいいしねー」

 

 そう言って悪魔王はまたスナック菓子をつまみ、そして読みかけの漫画を開く。

 

「くすくす…………あー、やっぱり人間はいいなー。こんな面白い話を創れるんだもん。──って、あれ? あなたたちまだいたの? 話は終わったよねぇ?」

「……ええ、失礼します。アリス、話は済んだのだ。出よう」

「…………あなた、上司とはいえよくあの態度許せるわね。ま、実際なんか話あるわけじゃないしいいけど……」

 

 複雑な表情をしながら、アリスもバリトに続いて部屋を出る。

 

 

 そして部屋に残ったのはスナック菓子をつまみ名がら寝転んで漫画を読む悪魔王。

 

「それで? バニル。あなたはいつまで隠れているの?」

「…………気づいていたか」

 

 そして姿を隠していたバニル。公爵級悪魔にして序列一位の見通す悪魔。

 

「あなたの強大な魔力に気づかないわけないでしょー?」

「アリスはもちろん、バリトも気づいていなかったようだがな」

「まぁ、バリトは力はともかくまだ若いからねー。力を上手く使うことにかけては右に出るものがいないバニルが本気で隠れたら気付けないかもねー」

 

 そう言って楽しそうに笑う悪魔王。その心内をバニルは見通そうとするが、それは叶わない。どこまでも暗い闇がそれを覆い隠している。

 

「それで? バニルは何の用なのー?」

「…………、今回の件、どこまでが貴様の予定通りだった?」

 

 『悪魔の種子』を核とし、地上を混沌へと陥れ、地獄の公爵を三柱も巻き込んだ今回の事件。その裏で悪魔王が手を引いていたことをバニルは最初から気づいていた。

 

「んー…………一つを除いて全部? バニル、上手くやったねー?」

「やはり、死魔が滅ぶことは織り込み済みだったか」

「まぁ、死魔ってば死にたがりだったしねぇ? まぁ、公爵級悪魔って言っても第七位…………遊び枠だからいいよね?」

「我輩もあの悪魔は気に食わん。だが、その力は時を掛ければ我輩にも届きうるものだったはずだ」

 

 レギオン。『悪魔の種子』と合わさったそれは、時を経るほどに強力になっていく。だからこそバニルは決戦の時、分水嶺を早めるためにダストたちを地獄へと招待したのだから。

 

「あはは! 面白い冗談だね! 玩具はどこまで行っても玩具だよ? バニルやマクスに追いつけるはずないでしょー?」

「…………、だから貴様は気に食わんのだ」

 

 『悪魔王』。全ての悪魔の頂点。死魔やバリトといった公爵級悪魔ですらその命令には従う。その存在の為にすべての悪魔は存在していると言ってもいい。

 悪魔王にとってすべての悪魔、そして人間は楽しむための娯楽でしかない。

 

「でも、まさか最年少ドラゴンナイトが生き残るとはねー。最寂の魔王候補がまさかあそこであんな選択するなんて思わなかった。わたしもまだまだ人間の勉強不足だねー」

「…………やはり、あのチンピラを…………ダストを始末するために死魔を公爵級にし『悪魔の種子』なんてものをバラまいたか」

「そだよー」

 

 今回の事件。その結末を変える分水嶺。それはバニルがどんなに見通す力を使っても変えることが叶わなかった。どんなに場所や時間を変えようとも、それはゆんゆんが子どもを産もうとするその日に固定されていた。

 それはつまりバニル以外の作為が、バニルの行動すら見通して影響されていたということで。

 

「なぜ、人間ごときを始末するためにこんな大事にした?」

「決まってるでしょ? そっちの方が面白いから」

 

 ダストなんていう人間を殺すのは簡単だ。それこそ死魔になりふり構わず──自分が滅ぶなんて願望を捨てさせ──殺させるだけで済んだ話だ。

 だが、それでは面白くない。悲劇にも喜劇にならない意味のない物語を悪魔王は求めていない。

 そう、人間が作る漫画や小説。そんな物語を悪魔王は見たいのだ。

 

「…………では、なぜ、ダストなのだ」

「そうねー…………一つはバニルのお気に入りだから?」

「…………」

「最近のバニルは落ち着いててつまらないからねー。昔の……人間を恐怖の底に陥れてた頃に戻れとは言わないけど、少しは心乱さないかなーって」

「…………他の理由は何だ?」

 

 もしもそれが一番の理由ならダスト以上に殺され……滅ぼされなければいけない存在がいる。

 この性悪な悪魔王が()()を幼くした容姿を取っている理由を考えれば、そうであるはずだ。

 

「うん。あの最年少ドラゴンナイト。あなたの宿敵の古龍と仮契約してるんでしょ? もしも、最年少ドラゴンナイトが望めば、本契約してその力となる」

「…………らしいな」

 

 エンシェントドラゴン。バニルと比する力を持つ古龍はダストと仮契約をしており、ダストが望んだ時それは本契約となる。

 それこそがダストが持つ最後の『切り札』。もしも、それを成せば死魔はもちろんバニルすら超える存在となるだろう。

 

「だが、その程度のことを気にする貴様ではあるまい」

 

 だが、悪魔王はその程度の事を気にするような存在ではない。仮にエンシェントドラゴンとダストが本契約をしようと、この悪魔王やあの創造神にとっては児戯に等しいのだから。

 

「まぁ、現状はそうなんだけどねー。でもちょっと不都合なことがあってねー?」

「不都合? 絶対者である貴様にとってか?」

「うんー。そのバニルの宿敵の古龍なんだけどね? 次の『竜帝』に決まったみたいなのよぉ」

 

 『竜帝』。ドラゴン族の帝王。それは生きとし生けるものその頂点に位置する正真正銘最強の生物だ。それを超える存在はそもそも生物ではない目の前の悪魔王と創造神くらいだろう。

 

「…………、あのエンシェントトカゲが『竜帝』の力をすべて引き継ぐのか」

「まぁ、今代の『竜帝』は結構長生きだったけど、流石にそろそろ寿命だからねー」

 

 魔力を持った生物はその魔力に比して老化が遅くなる。『竜帝』、すべての生物の頂点に立つ生物の魔力であればそれは永遠に等しいものだろう。…………あくまで人間という尺度での永遠だが。

 

「それでもしも『竜帝』と最年少ドラゴンナイトが契約するとなると、下手したらわたしやあいつを越えられる可能性があるのよね」

「マジか」

「マジよー」

 

 悪魔王や創造神。その力を正しく理解しているバニルとってそれはとても信じられることではない。ドラゴン使いがイレギュラーな存在……その中でもダストがバグってるとしか言えない存在だとは分かっていても到底信じられることではなかった。

 

「まぁ、もしそうなった時は全力でわたしとあいつで潰すから安心してね?」

「何を安心すればいいのか分からぬのだが」

 

 神魔のトップが協力して戦いに挑むなどあらゆる神話にも語られていない出来事だろう。

 

「そうよねー。あのブラックドラゴンの能力を考えたらわたしとあいつが協力しても絶対とは言えないもの」

「…………マジか」

「さっきからその喋り方は何なのー?」

「どこぞのチリメンドンヤの孫娘の口癖が移っただけだから気にするな」

 

 水戸黄門ー? とか本性を知っていたらイラっとする感じで首を傾げる悪魔王を尻目にバニルは思考の海に潜る。

 

(性悪魔王を言ってることが本当なら、ダストに忠告をしておくべきか)

 

 ある理由からダスト自身も『切り札』を切ることを躊躇っているようだが、それ以外の理由でも軽々しく切るべきものではない。

 

(……忠告しようとあのチンピラは、必要があれば躊躇いなく切るのだろうがな)

 

 必要……大切なものたちを守るためであれば。ダストというろくでなしなドラゴン使いはそういう男だ。

 

「ところでバニルー。バニルが最年少ドラゴンナイト殺してくれない? 仲のいいあなたに殺されるなら面白い悲劇になりそうなんだけど」

「…………それは命令か?」

「んーんー。ただのお願いだよー?」

 

 首を振って悪魔王。

 

「ならば、聞く理由はない。我輩はあのチンピラを人間の中では一番気に入っているのだ」

「そっかー、じゃあ仕方ないかなー」

 

 くすくすと笑う悪魔王。その姿はお気に入りの玩具でどう遊ぼうか悩む小さな子供のようだった。

 

 

 

 

 

 

 

──???視点──

 

 目を開けると、目の前には不自然に胸を膨らました少女がいた。この少女があの子が言っていた女神だろうか?

 

「────。ようこそ、死後の世界へ。私は、あなたに説教と新しい道を案内する女神、エリスです」

 

 やはり、この胸を不自然に膨らましている少女がエリス教のご神体エリス様らしい。あのプリーストの子の言っていたとおりだ。

 説教と新しい道を案内してくれるということだし、私はここであの子が言った通り──

 

「──って、説教とは一体……?」

「あなたは許されざることをしました。本来であれば天国はもちろん転生することも許されません」

「そう……なのですか…………」

 

 確かに私がしたことを思えばそれも致し方ないだろう。彼女を守るために必要であったし欠片も後悔はしていないが。

 …………彼女ともう一度会えると希望を持ってしまっただけに少しだけ未練はあるが。

 

「ですが…………アクア先輩があなたの罪を許しちゃったんですよね……。なので天国か転生か選ぶことができます」

「ええと…………アクア先輩ということは…………あのプリーストの子は本当に?」

「はい。単なるそっくりさんじゃなくて本当にアクシズ教徒のご神体、女神アクアです」

 

 確かにそう名乗ってはいたが、本当だったとは。だが、そう言われれば信じるしかない。言われてみればあの力も神々しさも普通のプリーストであればあり得ない域だった。

 

「というわけで、そのアクア先輩が罪を許しちゃったので私はあなたを罪に問えません。…………あたしがその場にいたら銀のダガーで地獄に送ってあげたのになー

「何か小声で怖いこと言いました?」

「気のせいです。とにかく、あなたの罪は許されましたが、やったことがなくなったわけじゃありません! 二度と同じことをしないようにみっちり説教してあげます!」

「えーと…………確かエリス様は死んだ者の案内をしているのですよね? 私以外にも案内するものは待っているでしょうし、そんなに気合を入れずとも……」

「大丈夫ですよ? この部屋は時間の流れをある程度操作できますから」

 

 そう言ってにっこりとエリス様は笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハイ。二℃とワルイコトハシマセン」

「分かってもらえたようで何よりです」

 

 満面の笑みを浮かべるエリス様を見て思う。あれは断じて説教という生易しいものではない。拷も──

 

「まだ説教が足りませんか?」

「ダイジョウブデス。しっかり身に沁みました」

「ならいいですけど…………本当もうしちゃダメですよ?」

 

 そう言って悪戯っぽく片目をつぶり、めっとするエリス様は妙に可愛く、先ほどまでの般若と同一人物とは思えない。彼女と出会っていなければ少しはときめいていたかもしれないな。

 

「それでは分かってもらえたみたいですし、本題に入りましょうか。あなたは、天国と転生どちらを願いますか? …………って、これは愚問でしたね」

「はい。転生をお願いします」

 

 それ以外の選択はない。彼女が天国に行ってるなら話は別だが……。

 

「そして厚顔無恥なお願いだとは分かっていますが…………私を彼女の……愛した女性の傍に転生させてもらえないでしょうか」

 

 許されたとはいえ罪を犯した私にそんなことを望む権利がないのは分かっている。だが、それでも…………私はもう一度彼女に会いたい。

 

「あなたの願い、気持ちは分からないでもありません。あなたのお話は私もよく知っていますから」

「では──!」

「ですが、そんな都合のいい話はありませんよ?」

「…………、そう、ですか……」

 

 本来であれば地獄に落とされても文句を言えない身だ。転生させてもらえるだけでも僥倖なのだろう。

 それに転生させてもらえるなら、再会できる可能性もゼロではない。私も彼女もきっと互いを覚えていないだろうが…………それでも可能性はある。

 

「なので、そのお願いを聞いてほしければちゃんと仕事してくださいね?」

「…………はい? 仕事?」

「ええ、仕事です。私のお仕事を手伝う簡単なお仕事ですよ?」

「あの……エリス様?」

「期間は…………そうですね。あなたの愛する彼女がまた転生するその日まで。……どうですか? いい条件だと思いますが」

 

 それはつまり、私に彼女と同じ日近くで転生させてくれるということで──

 

「エリス様……あなた、実は女神だったんですね?」

「なんだと思ってたんですか!?」

 

 あの説教を受けたら鬼か何かの類だとしか思えない。まぁ、今のでそれ含めてもギリギリ女神になったのだが。

 

「というわけで、これからよろしくお願いします。エリス様。報酬分はしっかりと働かせていただきますよ」

「なんだか誤魔化された気がしますが…………」

 

 そう言って大きくため息をつき、けれどその後は、優しい笑顔を浮かべてエリス様は手を差し伸べてくれた。

 

 

 

「はい、こちらこそよろしくお願いします…………キールさん」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

誓いの日

「ゆんゆん? こんなところでどうしたの?」

「ん……リーンさん。えっと、何をしてるかと聞かれると困るんですが…………里の様子をなんとなく眺めてました」

 

 夜。空飛ぶ城のバルコニーで。眼下に広がる紅魔の里を眺めていた私にリーンさんが近づいてくる。

 

「あー……うん。本当にアクセルの街を離れたんだね。ずっとあの街で過ごすと思ってたから、ちょっと実感がわかないかな。ゆんゆんは故郷だしまた違うんだろうけど」

「私も、あんまり実感がわいてないですね。いつか族長として帰ってくるのは分かってましたけど…………あのアクセルでの日々がずっと続くんじゃないかって、そう心のどこかで思ってたのかもしれません」

 

 でも、あの楽しい日々と別れて私は今ここにいる。私が小さい頃から望んだ結果として。

 ここにはめぐみんたちはいない。バニルさんもウィズさんもいない。テイラーさんやキースさんも…………私が短くない時を過ごし、育んだアクセルでの絆とは遠くに来ていた。

 

「…………、楽しい日々にしようね」

「はい。寂しそうにしてたらめぐみんに怒られちゃいますからね」

 

 昔の私ならきっとずっと寂しがってたと思う。でも、今の私は遠くなった絆がなくなったわけじゃないとちゃんと分かってるから。

 遠くの絆に心を奪われてここにある絆に目を向けないのは違うと思うから。

 

 だから、これから私は族長としてこの里で精一杯幸せに生きる。

 

「そういえば、あおいはどうしてるの?」

「今はダストさんやハーちゃんと一緒にぐっすり眠ってますよ」

 

 想像通りドラゴン大好きだった私の娘あおいは、ぐずってもハーちゃんがよしよしするだけですぐ泣き止む手間いらずな子だ。ダストさんだけならちょっと不安だけど、ハーちゃんも一緒ならあまり心配はない。

 …………母親としてはちょっと寂しいというか悔しいというかそんな気持ちがない訳でもないけど。娘二人が仲良くしてるのはいいことだと思う。

 

「そっか。ならいいけど…………というか、今日くらいはあおいのことお義母さんとかあたしに任せても良かったんじゃないの? 明日が明日なんだしさ」

 

 確かに私やダストさんが眠たそうにしてたらいろいろ締まらないけど。

 

「でも、出来るだけ一緒にいてあげたいんです。明日は私が族長になる日でもありますから」

 

 族長になれば今ほど付きっ切りでもいられない。…………まぁ、紅魔の族長はそこまで忙しくないから任せきりってこともないんだろうけど。

 でも、大切な日に一緒に絶対いられると保証も出来ない。それが紅魔族……ベルゼルグの切り札の族長という職だ。

 

「そっか、ならそうした方がいいね。でも、どうしようもない時はちゃんとあたしを頼ってよ?」

「はい、そんな時や教育的な所ではリーンママにちゃんと頼りますよ?」

「……その呼び方やめない? なんかすごいむず痒いんだけど……」

「でも、私たちの家族ですし…………他の呼び方となるとリーンおばちゃんになっちゃいますけど……」

「…………リーンママでいいよ……」

 

 私と年齢的には同じ年だしお姉さんとかもなんか違うしなぁ。リーンさんに求めている立ち位置的もリーンママが一番しっくりくるから仕方ない。

 

「ま、実際その立ち位置を受け入れたのはあたしだしね。ゆんゆんやあいつの家族として過ごしていく。…………そういう決着だから」

「……後悔、してますか?」

「んー……まだそれを判断するところには着てないかな」

「そう、ですか……」

 

 テイラーさんやキースさんと違い、リーンさんは族長となる私に付いてきてくれた。それはダストさんの家族になって欲しいというろくでなしな願いを受け入れてくれたおかげで。

 でも、それはある意味女としての幸せを捨てたともいえる選択で……。

 

「大丈夫だよ、ゆんゆん。あたしはちゃんと幸せになるためにここにいるんだから。同情でも妥協でもない。過去に囚われてるわけでもない。あたしはあたしなりの幸せを絶対に見つけてみせるから」

 

 だから、泣きそうな顔しないでとリーンさんは私に言う。

 

「…………はい。リーンさんなら絶対に見つけられると思います」

 

 そうじゃなきゃ嘘だ。こんなに優しい人が幸せになれないなんて、そんなこと認められない。

 

「……うん。少なくともここに一つはあたしの幸せがあるからね。だから、少なくとも最悪はない」

「え? それって──」

「──はい! とりあえずこの話は終わり!」

「えー……そこはちゃんと誤魔化さず言ってもらいたいところなんですが……」

「……やっぱりあたしの親友は面倒というか、友達関係だと空気読めないなー」

「すみません、謝りますから呆れた目を向けるのはやめてください」

 

 微妙に傷つくんで。

 

「ん……そう言えば話が変わるか微妙な所なんだけどさ、『姫様』との決着は良かったの?」

 

 リーンさんのいう『姫様』はもちろんアイリスちゃんの事じゃない。ダストさんが騎士だったころに仕えていた隣国のお姫様だ。

 

「本当は明日が来る前に決着つけたかったんですけどね。でも、行方不明じゃどうしようもないかなって」

「あー……それは確かに……」

 

 それに、私にとってもダストさんにとっても明日が終わりというわけじゃない。それならいつか姫様と決着をつけられる日が来るんじゃないかとも思う。

 それにちょこっと話を聞いた感じだとあんまりそう言うこと気にするタイプでもなさそうだし。

 

「だから……はい。私は明日を心残りなく迎えられます」

「本当に?」

「…………まぁ、一つだけあると言ったらありますけど」

 

 アクセルのみんなやテイラーさん達。アイリスちゃんとか明日は色んな人を招待したけど、一人だけどうしても連絡が取れなかった人がいる。

 

「でも、あの人はどこにいてもきっと楽しそうにしてるから。だったら、別にいいかなって」

 

 大切な私の友達だけど、自由な風みたいなあの人ならどこにいてもきっと私たちのことを祝ってくれてるんじゃないかなってそう思えるから。

 

「? よく分かんないけど、無理してる感じじゃないしそれならいっか」

「はい、大丈夫です」

 

 でも、本当にあの人…………セシリーさんはどこに行ってしまったんだろう?

 

 

 

 

「アイリスちゃ……様! 来ていただいて嬉しいです!」

 

 翌日。控室で始まりを待つ私の元にアイリスちゃんとレインさんが二人で訪ねてくれた。

 

「畏まった言い方はしないで大丈夫ですよ、ゆんゆんさん。ここには私とレインしかいませんから。今の私は一人の友達としています。…………いいですよね? レイン」

「ダメといったら聞いていただけるんですか? アイリス様」

「聞きません」

「だったら聞かないでもらえると有難いのですが…………。まぁ、ゆんゆんさんの今後の立場を考えれば公的な場以外では私もクレア様もうるさく言うつもりはありませんよ。紅魔の里とは友好的な関係を続けていきたいですから」

 

 ため息をつきながらもレインさんは優しい笑顔を浮かべている。相変わらず苦労の人だ。

 

「じゃあ、遠慮なく…………でも、本当にアイリスちゃんが来てくれるとは思わなかった。忙しいだろうし立場的にも難しいかなって思ってたのに」

「なんというか…………レイン、ゆんゆんさんはご自分の立場が分かっていないようですね」

「それをアイリス様が言われるのはいろいろ納得いきませんが…………まぁそうですね」

 

 何故か二人ははぁ、とため息をつく。

 

「あのですね、ゆんゆんさん。どんなに忙しくても友達として来たいですし、王女としての立場でも招待されてこないという選択はないんですよ?」

「え? だって私とダストさんが結婚してついでに族長に就任するだけだよ?」

 

 そう、今日は私とダストさんの結婚式。こうしてアイリスちゃんたちが直接来て祝ってくれるのは嬉しい。でも王女が貴族でもない人同士の結婚式に来るのはいろいろ問題ありそうなんだけど大丈夫なのかな?

 

「…………、レイン。説明をお願いします」

「はい……。ゆんゆんさん、ベルゼルグの国における紅魔の里の影響力は大きいのです。単純な戦力的な意味はもちろん、高性能な魔道具や武具の生産地としての経済的な意味でも。ゆんゆんさんはそんな里の族長になられる方。先ほども言いましたがゆんゆんさんとの友好関係は大貴族にも負けないほど維持していきたいものです」

「えー……そんなこと言われても私とダストさんの結婚式ですよ?」

 

 そんな政治的に大きな意味ないと思うんだけど。

 

「そのダスト殿も問題なんです。あの方は四大賞金首の二つも討伐し、先の『悪魔の種子』に関わる世界規模の事変に終止符を打った英雄です。その影響力は魔王を討伐した勇者にも負けないものがあります」

「それに、ダスト様はドラゴン含めた個人戦力も無視できません。ベルゼルグ王国としてもダスト様と敵対する道は避けたいのが本音です」

 

 …………うん、二人が言いたいことはよく分かるんだけどね?

 

「でも、ダストさんですよ? ろくでなしでドラゴンバカなチンピラさんですよ? そんなに深く考えても仕方ないし、この国と敵対とか絶対ありませんって」

 

 とりあえずドラゴン与えとけば無害な人だし。

 

「…………本当に、そう願います」

 

 うーん…………本当に何をそんなに心配してるんだろう? あのダストさんのことで王女様やそのお付きの人が頭を悩ませてるって凄く違和感あるんだけど。

 

「とにかく、そういうわけで友達としても王女としてもお祝いしに来るのは当然なんです。存分に祝わせてください」

「うん。王女様としての祝福は恐れ多すぎるけど友達としての祝福は凄く嬉しいな」

「……本当、ゆんゆんさんはご自分の立場や伴侶の異常性を理解した方がいいと思いますよ」

「だからそれをアイリス様が言われないでください。いえ、おっしゃってること自体は私も完全に同意なのですが」

 

 祝われてるはずなのに何故か呆れられてるような気がする私だった。

 

 

 

 

「これで勝ったと思わない事です」

「いきなりどうしたのめぐみん?」

 

 アイリスちゃんとレインさんを見送って。その後ノックせずに入ってきためぐみんは開口一番に変なことを言う。

 

「別に先に結婚した方が偉いとかそういうのはありませんからね」

「うん。そうだね」

 

 そんなことで偉いと褒められても困るし……

 

「……って、もしかしてめぐみん私に先を越されたことは悔しいの?」

「く、悔しくなんてありませんよ! 結婚どころか子供まで先に生まれてることに思う所なんて何もないんですからね!」

「うん。めぐみんって昔から家庭を持つことに憧れ持ってたもんね」

 

 結構意外だけど、里の同級生の中で一番家庭的だったのはめぐみんだ。

あくまで精神的な意味で技術的には一番って程でもなかったけど。

 

「別に憧れを持ってるわけじゃありませんが…………すぐに私も結婚しますよ」

「え? ついにカズマさんも覚悟を決めたの?」

「いえ、カズマは『一番好きなのはめぐみんだけど、魔王を倒した勇者としては王族に入る義務が──』とかとぼけたことを言っていますよ」

「カズマさん…………」

 

 昔のダストさんみたいなことを……。

 

「ですので、今日式が終わった後に我が夫となる男をたぶらかす下っ端王女と決着をつけようと思っています」

「人の結婚式の後に物騒な予定入れないでもらえる!?」

 

 王女様とガチの争いとか本当止めて欲しいんだけど!?

 

「ダクネスも未だ愛人でいいとかいいなら諦めてませんしまさかの伏兵も行動が読めませんし、アイリスとは早々に決着をつけたいんですよ」

「気持ちは分かるけど祝いの日だって分かってる?」

「ぼっちなゆんゆんがチンピラと結婚してついでに族長になるだけの日じゃないですか。そんな大層な日じゃないんですから許してください」

「うん。アイリスちゃんやレインさんの反応も納得いかなかったけど、そんな反応も反応でイラっと来るね」

 

 客観的にはともかく私にとっては本当に大事な日なんだから。

 

「冗談ですよ。し…親友として一応今日は心の底から祝う予定ですから」

「もう、めぐみんったら……」

 

 本当に素直じゃないとそっぽ向いて顔を赤くしている親友を見て思う。

 

「まぁ、それはそれとしてアイリスと決着をつけるのは本当ですけどね」

「…………え?」

 

 むしろそれが一番の冗談じゃないの? 本当だったら頭が痛いんだけど?

 

 

「ゆんゆんさん、そろそろドレスに着替えましょうか」

「ん、そろそろ時間みたいですね。カズマもダストと話が終わった頃でしょうし参列席に行ってますよ」

「ちょっ、めぐみん!? まだ話は終わってないよ!?」

 

 入ってきたロリーサちゃんと入れ替わるように、私の制止を無視して控室を出て行くめぐみん。

 

「あのー……もしかして取り込み中でした?」

「うん……取り込み中というかなんというか…………ねぇ、ロリーサちゃん、もしも招待した王女様が怪我して帰ったりしたらどうなるかな?」

「えーと……人間さんの世界の事はよく分かりませんが、悪魔の世界だったら戦争ですかね?」

 

 だよねー……。

 

「ん、あるじ、おちこんでるの?」

「落ち込んではいないけど悩んでるかな…………って、あれ? ハーちゃん? あおいは?」

 

 ロリーサちゃんの後に来たんだろうか? いつの間にかハーちゃんが私のそばで来て心配そうに私を見つめている。

 

「おばあちゃんにまかせてきた。あおい、おりこうさんだった」

 

 ぐずってないってことかな? まぁ、お母さんに任せてるならあおいは大丈夫か。なんだかんだで赤子の扱いは経験の差か私より今は上手いし。

 

「ということで私とジハードちゃんでドレスを着させようかと」

「ごめんね、ロリーサちゃん。ちゃんとした人を雇えたら良かったんだけど」

 

 お金はあるけどそもそも紅魔の里にそんな専門な人はいない。そもそも式場であるこの教会も今は無人で、場所を整備して利用させてもらってるくらいだし。

 かといって外から人を雇うにしても紅魔の里にわざわざきたがる人がいないんだよね。多分レインさんとかダクネスさんに相談したらどうにかしてくれたんだろうけど。

 

「いえ、これも勉強というか…………初夜プレイの夢のいい参考になるので!」

「…………えっと、そういうのは本人に言わないでもらえると有難いかな?」

「? でも、どうせ私が夢を見せる相手はダストさんですよ?」

「うん、そうだけどそういう問題じゃなくてね?」

 

 まぁ、うん。ダストさん以外の相手にそういう夢を見られるよりは確かにいいんだけどね。

 

「…………、まぁいっか。ロリーサちゃんというかサキュバスはそういう種族だもんね」

「えっと…………はい、そうですね? それで、ドレス大丈夫ですか?」

「うん、お願いできるかな。ハーちゃんも手伝ってくれる?」

「まかせて、あるじ」

 

 そうして、式の時間は近づいていった。

 

 

 

 

 

 

──ダスト視点──

 

「ったく、カズマもキースもからかいまくりやがって……」

 

 あいつらの結婚式の時は俺がからかいまくってやると心に決めて。俺は準備を終えて教会の式場へと入る。

 祭壇の前に立ち参列する面子を見渡す。

 あおいは義母さんに抱かれている。こちらに手を伸ばしてくるあおいは本当に可愛い。その隣に座るリーンにウィンクしてみたらあっかんべーと返してきやがった。

 カズマはララティーナお嬢様と一緒に暴れようとしている爆裂娘を抑えている。多分花嫁奪還事件の時を思い出してロリっ子が荒れてんだろう。

 バニルの旦那はルナの悪感情を食べようとしていてそれをウィズさんが止めている。リリスはそんな二人の傍にいるが我関せずと言ったところ。

 フィー、テイラーにキースは静か……じぇねぇな。フィーにちょっかい出そうとしてキースがテイラーに怒られてやがる。

 アイリスとレインが特別席にいてクリスは柱の所に立ってこっちを見ている。

 呼んでないのに何故か我が物顔で座ってるアリスに、報告はしたが来たらまずいだろっていうセレスのおっちゃんとフィール改めセレスのねえちゃんがその近くにいる。

 他にもいろんな奴らが俺らを祝いに来ていて、祭壇にはアクアのねえちゃんが聖職者として花嫁の入場を俺と一緒に待っていた。

 

(本物の神様に祝われるんだ。贅沢なもんだぜ)

 

 アクシズ教のご神体というのはちょっとばかり不安もあるが…………この式場には幸運の女神さまも見てくれてんだ。本当贅沢というもんだろう。

 とりあえずゼーレシルトの兄貴に銀のダガーが刺さっていて着ぐるみが冷や汗で凄いことになってるのは見なかったことにする。

 

 

 時が来て。親父さんと一緒にウェディングドレスに身を包んだゆんゆんが俺の元へゆっくりと歩いてくる。後ろにはジハードとロリーサがドレスの裾を持ってついていた。

 

「…………? どうしたんですか、ダストさん。呆けた顔をして。大事な式なんですからもっときちっとしてくださいよ」

「…………別に何でもねぇよ」

 

 今更、ドレス姿のお前に見惚れてたなんて言えるはずもない。

 

「そうですか? ……うん。格好も相まって今日のダストさんはいつも以上にかっこいいですね」

「そりゃどーも。お前もいつも以上に綺麗だぜ」

 

 …………本当にな。成長したこいつの魅力なんて知り尽くしてたはずなのに、冗談めかしてしか褒められねぇんだから。

 

「もしもーし? そろそろ式を進めたいんですけどー?」

「ああ、すみませんアクアさん。よろしくお願いします」

 

 多分緊張しまくってる俺とゆんゆんの緊張感のないやり取りに、アクアのねえちゃんが本当に緊張感のない声で入ってくる。

 ただ、その後の進行は本当にスムーズで、たまにアクシズ教に入信を勧めてくる以外は完璧だった。下界で自堕落な生活しているが落ちても女神なんだなと改めて実感させられたくらいだ。

 

「それで指輪の交換なんだけど…………二人とももうしてるのよね」

 

 俺もゆんゆんも『双竜の指輪』をつけている。両親の形見であり俺らを言葉の通り繋ぐこの指輪を結婚指輪にすると決めていた。

 

「あ、一応やらせてもらえますか? 形だけでもやりたいですし、ダストさんがつけてるの右手ですから」

「……ま、形は大事だからな」

 

 つけてる指輪をアクアのねえちゃんに預け、代わりにゆんゆんがつけていた指輪を受け取る。

 

(…………本当今日のこいつ綺麗すぎんだろ)

 

 柄にもなくゆんゆんの手を触る手が震える。指輪を持ってる方の手はそれ以上に振るえていて、参列してる奴らにもバレてんじゃないかってくらいだ。

 てか絶対バニルの旦那には後でからかわれる。

 

「だ、ダストさん。その…………つけますよ?」

 

 なんとかゆんゆんの指輪をつけ、今度は俺の番。

 

「……なんでお前が緊張してんだよ?」

 

 今日のゆんゆんに俺が緊張するのは仕方ない。ちょっとむかつくけど仕方ない。

 だが、なんでゆんゆんもこんなに緊張してんのか。逆境には割と強い奴だってのに。

 

「だ、だって……これが終わった後はついにあれなんだなって思うと……」

「本当今更過ぎんだろ……」

 

 俺なんか今のお前としないといけないんだぞ? どんだけ緊張すると思ってんだ。

 

「だって、意識してみると今日のダストさん思ってた以上にカッコいいし…………なんで真面目な顔してるんですか、ダストさんなんだからもっと腑抜けた顔しててくださいよ!」

「どんな言い草だ。それ言うならお前も綺麗すぎんだよ。もっと行き遅れに配慮した顔をしろ」

「どんな顔ですかそれ!?」

 

「もしもーし? 流石に式中に痴話喧嘩はアクシズ教徒も食べないんですけどー?」

「「すみません……」」

 

 まぁ、うん。俺もゆんゆんもやっぱ緊張しすぎだな。というか式中に最初から喋りすぎか。

 

 

 指輪交換を終えて。俺とゆんゆんはあくあのねえちゃんの進行の元、互いに愛し合うことを誓う。

 今更というか、あの日こいつの想いを受け入れた時から決めていたことだが、それが今日こいつを大切にする奴らへの約束にもなった。

 

「じゃあ、宣誓も終わったことだし、誓いのキスを」

 

 一度大きく息を吐き、俺はゆんゆんのヴェールを上げる。

 俺を待つゆんゆんは本当に綺麗で、どこか色っぽい。

 

「…………本当、なんでお前は俺みたいな奴に引っかかっちまったかね」

 

 思い出すのは俺が初めてこいつを意識したとき……クーロンズヒュドラ討伐戦だ。ヒュドラに飲み込まれた俺は溶かされかけ、そこをこいつに救われた。

 死に行く意識の中見た俺を救い出した綺麗な光と、それに負けないくらい綺麗でどこか幼さを残す女。

 そんなこいつといろいろあって友達になって悪友になって恋人になって。

 そして今日一生を共に過ごす伴侶になる。

 

「きっと、ダストさんがダストさんだったからじゃないですか?」

「なんだそりゃ」

「いいんですよ、ダストさんは分からなくて。この気持ちは私が分かっていれば」

 

 そう言って笑うゆんゆんには本当に影がなくて。俺みたいなチンピラと結婚しちまうってのに、どこまでも幸せそうにしていた。

 

「本当……物好きな奴だよ、お前は」

「そうかもしれません。でも、私はダストさんのこと世界で一番の彼氏だと思ってます」

「…………ああ、俺もそう思ってるよ」

 

 こいつ以上の女なんてどこにもいないんじゃないかって思っちまうくらいには、俺はこいつにやられちまっている。

 今、この瞬間だけは他のことすべてを忘れて、こいつの事だけを考えていた。

 

「愛してる」

 

 ゆっくりと、唇に触れるだけのキスをする。10秒か20秒か1分か。こいつのすべてを自分のものにしたくて俺は長い間そうしていた。

 そして、名残惜しく思いながら唇を離したあと。ゆんゆんは幸せに蕩けた顔をして。

 

「私も愛しています…………私の旦那様」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

新生活1

「そんじゃ式も終わったことだ。行くとするか」

「はい!」

 

 誓いの儀式を終えて。ダストさんが差し伸べてきた手を私は握る。そのまま引っ張られ教会の外へと向けて走る──

 

「だ、ダストさん!? いきなり何を……!」

「その格好で走れるわけないだろ。お前は素直に俺に抱かれてろ」

 

 ──ダストさんに私はお姫様抱っこされていた。

 

「そ、そう言われたら言い返せないけど………うぅ…恥ずかしいよぅ……」

「そうか? 俺は全然恥ずかしくねぇが」

「と言いつつちょっと顔赤くなってません?」

 

 きゃーきゃーと騒ぐ式の参加者たちの間をダストさんは走り抜ける。ゆっくりとした走りでもそう大きくはない教会だ。すぐに外へと出た。

 

「ミネア! 準備は良いな!」

 

 その声に応えるのは白銀のドラゴンさん。空から舞い降りた大空の支配者は、私たちが乗りやすいように地に伏せてくれる。

 

「あるじ、これ!」

「ありがと、ハーちゃん」

 

 私たちがミネアさんの背に乗り終えたころには式の参加者たちもみんな教会の外へと集まる。花嫁衣裳のままダストさんの腕に抱かれながら、私はハーちゃんからブーケを受け取った。

 

「そんじゃ、族長後のことは頼んだぜ?……族長? なんだよ、そっぽ向いて」

「いえ、私はもう族長ではありませんからね。それにあなたと私の関係を考えればもっと相応しい呼び方があるのでは?」

「えーと……親父さん?」

「もう一声」

「ちっ……わーったよ。んじゃ……頼むぜ? 義父さん」

「任されました」

 

「それじゃ、お母さん、リーンさん。あおいとハーちゃんの事お願いします」

「うん。可愛い孫娘の事だもの。頼まれなくてもしっかり可愛がるわ」

「族長の仕事やあおいのこと考えたらこれが二人でゆっくり過ごせる最後の時間かもしれないからね。こっちの事は気にせずしっかり過ごしてきなよ」

 

 ミネアさんがいるから二人きりとは微妙に言えないし、スケジュール考えたら全然ゆっくりは出来ないけどね。まぁミネアさんは多分空気読んでくれるし、楽しい時間になるのは間違いないから問題はないけど。

 

「ハーちゃんもあおいのことよろしくね?」

「ん、まかせてあるじ」

 

 胸を張るハーちゃんは本当に可愛くてなんだか頼もしい。こんな姉がいるあおいが少しだけ羨ましくなるくらいだ。

 

「…………ダスト……さん? その……行く前にあおいのこと抱いて行ってくれる?」

「それは構わねーが…………お袋さん? 怖いんだったら無理しないでリーンにでも任せれば……」

 

 おっかなびっくりな様子であおいをダストさんに差し出すお母さん。男性が苦手でお父さん以外には近づけないお母さんにしてみればかなり無理した行動だ。

 

「ん……大丈夫。だって、ダストさんは家族だもの。家族を怖がってなんていられないから」

「…………、だったら、俺の事は呼び捨てで頼むわ。義理の母親…………義母さんにさん付けされるのはむず痒いからな」

 

 …………、呼び方、かぁ……。

 

「ん? なにボーっとしてんだよ、ゆんゆん。三日間だけとはいえ娘との別れだ。ちゃんと可愛がってやれ」

 

 あおいを抱きかかえるダストさんが、少しだけ心配そうな顔をしてそういう。

 

「ごめんなさい。…………ごめんね、あおい。少しの間……うぅん、きっと今回だけじゃない、何度もあなたのことを寂しい思いさせるかもしれないけど」

 

 あおいやハーちゃんを連れて行くという話はダストさんと私の中であった。むしろその前提でずっと話をしていた。でもその話をお母さんやリーンさんにしたら止められた。一生に一度の事…………こういう時の為に家族はいるんだからと。

 これから先、こういうことが何度もあるんだと思う。私が族長としての役割を果たすためにあおいを寂しがらせて……その度にお母さんやリーンさんにその穴を埋めてもらうことが。

 

「母親失格かもしれないけど…………それでも私はあなたの事愛してるから」

 

 心苦しさはある。でもそれが私の選んだ道だ。

 

「愛して…………あなたが自慢できる立派な族長になって見せるから」

 

 親が族長だったことで私は小さい頃何度も寂しい思いをした。でもお父さんやそれを支えるお母さんを恨んだことは一度もない。

 非常識でも族長として里をまとめ率いている二人は私の自慢の両親だった。

 だから、私はその座をいつか継ごうとそう思い続けたんだから。

 

「……じゃ、そろそろ行くぞ」

「はい」

 

 あおいがダストさんからリーンさんに移る。移った時に少しだけぐずったけど、ハーちゃんがよしよしとしたらすぐに笑い声に変わった。

 

 

「出発だ、ミネア! 世界一周の新婚旅行に!」

 

 翼を羽ばたかせ、魔力によってその巨体が大空へと舞っていく。私はダストさんに抱きかかえられながら家族や友達……私たちの為に集まってくれた人たちに手を振った。

 

「…………ねぇ、ダストさん。一つだけお願いしていいですか?」

 

 手を振り続けながら。私はダストさんに話を切り出す。

 

「んだよ? お前の頼み事って言われるといろいろ嫌な予感がするんだが……」

「別に難しい頼み事じゃないですよ」

 

 うん。ハーちゃんの事でダストさんが凄い大変な目に遭ったのは分かってるけど、そんなに毎回身構えられても困る。

 

「ただ…………せっかく結婚したのに呼び方が出会った頃から変わらないのはちょっと寂しいかなって」

 

 今日、私たちの関係ははっきりと変わった。なら、それに合わせて呼び方も変わってもいいんじゃないだろうか。

 

「ま、お前がそうしたいならそうすればいいんじゃないか? 別にお前になら何と呼ばれてもいいさ」

「それじゃあ…………ダス君って呼んでいいですか?」

 

 あ、ダストさんの顔が苦虫を嚙み潰したような顔になった。

 

「……………………好きにしろ」

「はい、好きにします」

 

 ダストさん…………ダス君は、甘やかしてくれるお姉さん系に弱いから。ろくでなしなこの人の手綱を握るためにも年下の姐さん女房を目指したい。

 それに、普段はろくでなしでも、もしもの時大切な人を守るためなら誰よりも頑張る人だから。そんな時疲れたダス君を癒してあげられる存在でありたいと思う。

 

「本当、お前には頭が上がらなくなりそうだな」

「大丈夫ですよ。私ももう離れるのが考えられないくらいあなたにやられちゃってますから」

 

 だからきっと私たちの間に上下関係はない。それが恋人で悪友だった私たちの夫婦の形だろう。

 

「本当に…………幸せです」

「……そうか。じゃ、その幸せを分けてやらないとな」

 

 話している間に、ミネアさんの上昇の動きは止まっていたらしい。ここからは世界を一周するために飛んでいくことになる。

 

「はい。……これを受け取った人が幸せになれますように」

 

 願いを込めて私はそれからウェディングブーケを落とす。

 それは紅魔の里に伝わる言い伝え。花嫁が投げたブーケを受け取った女性が次の花嫁になる。

 本当は後ろを向いて投げたりするみたいだけど、私たちは空高くからそれを落としていた。

 

「じゃ、もう行くぜ?」

「はい」

 

 誰が受け取ったか少し気になるけど、時間はあまりない。三日で世界一周するんだから過密すぎるスケジュールだ。

 

「…………でも、誰が受け取ったのかも気になるけど、そもそもちゃんと誰かが受け取れるのかな?」

 

 当然ながら空高くから落とせば風の影響を強く受けるわけで……。

 

「ま、大丈夫だろ。それくらいで諦めるような奴らじゃねぇし」

 

 多分一番争うのはめぐみんとアイリスちゃん。地味に本気で狙ってるのがダクネスさんで…………もしかしたらアクアさんも狙ってるのかな?

 あとは微妙に婚期を気にしてるレインさんに若返ったとはいえ結婚願望は相変わらず強いルナちゃんあたりもあわよくばと狙ってるかもしれない。

 ウィズさんはいつも出会いを求めてるけど争いは好まないしバニルさんに誂われて参加するかは微妙な所だ。

 

「お前的には誰が本命だ?」

「…………そけっとさんかなぁ」

 

 でも、誰が受け取りそうかと聞かれたら私は里で一番美人と評判の占い師さんを推す。

 

「その心は?」

「風の魔法が里で一番得意ですから」

 

 そろそろ里一番のニートとゴールしてもいい気がするしね。

 

 

────

 

「リーンさんは参加しなくていいの?」

 

 竜に乗り空へと昇っていく娘に手を振りながら。花嫁の母親は赤子を抱く隣の少女に話しかける。

 

「あたしは…………いいです。言い伝えは聞きましたけど、別に今は結婚したいとか全然思えないし」

 

 花嫁のブーケが落ちてくるのを待つ未婚の女性たち。その輪に加わらず、リーンは花嫁と花婿が遠くに上っていく姿を寂しそうに見つめるだけだ。

 

「…………、ねぇ。リーンさんはどうしてあおいやジハードちゃんを預かるって言ったの?」

「だって、新婚旅行ですよ? 子どもがついていったらそれは家族旅行になる。一生に一度のこと……二人の思い出を作って欲しかったから」

 

 そう前にも言ったはずですけど、とリーン。

 

「うん。リーンさんがそれを本気で言ってるのは分かってる。私が聞きたいのは、そう思える理由。…………リーンさんもダストさん……ダストの事が好きなんでしょう?」

「…………はい、好きですよ。ずっと認められなかっただけで……ずっと好きだった」

「じゃあ、どうして……?」

 

 辛いはずでしょう、と。

 

「でも、あたしはゆんゆんの事も好きだから。大好きな二人が幸せになれるなら辛くてもいいかなって」

 

 それに、とリーンは続ける。

 

「あの子はあたしを裏切らなかった…………どこまでも誠実でいてくれた。だから…………あたしはあの子を裏切れない。親友として、今は家族としても」

 

 

 空からブーケが降ってくる。風に揺られながらも大きくずれることなくまっすぐに。

 

(…………こっちにくる?)

 

 それはリーンの元へと来ていた。少し動いて手を伸ばせば簡単に取れるように思えた。

 リーンはそれに無意識で手を伸ばそうとして──

 

「…………、大丈夫だよ、あおい。お母さんはいなくてもママはちゃんといるから」

 

 ──ぐずりだす赤子に自分の手が何を抱いているか思い出す。

 

 風が吹く。リーンの元へと落ちてきていたそれは、風に乗り彼女の元から離れていく。けれど、もう彼女はそれを目でも追おうとはしなかった。

 

 そこに幸せはあるのかもしれない。それがいらないと言ったら嘘になる。

 けれど、ここにある温かさを……託された命を放ってまで追いかけるものとは思えなかったから。

 

「知ってますか? ダストってあたしのこと好きだったんですよ?」

「ええ、知ってるわ。その気持ちが今も変わっていないってことまで」

「だから…………はい。今はそれでいいかなって。あたしは負けたんじゃない…………ただ、勝てなかっただけだって」

 

 それを自分の幸せにするつもりはないけれど。でもそれが慰めにはなると。

 

「…………、一緒に探しましょうね、リーンの幸せを。きっと見つか──って、どうしたの? いきなり笑いだして」

「くすくす……いえ、やっぱり親子なんだなって」

 

 昨夜、花嫁に言われたことを思い出して笑いだすリーン。

 

「でも…………はい。よろしくお願いします、お義母さん」

 

 空を見上げる。そこにはもう白銀の竜に乗った花嫁と花婿の姿はない。

 そのことを寂しいと思う気持ちはある。辛くないと言ったら嘘だろう。

 

 

 でも、後悔する気持ちだけは一つもなかった。

 

 

 

 その日から三日の間。世界各地では大空を翔る白銀の竜の姿が目撃されたという。

 

 

 

 

 

──ダスト視点──

 

「あー……やっぱ三日で世界回り切るのは流石にきつかったか。体が重い」

「確かに疲れたね。でも……楽しかったよね?」

「それは聞くまでもねぇだろ」

 

 里に帰ってきた俺たちはミネアから飛び降りる。二人分の体重とはいえ、着地の時に少しだけふらついちまったし、思った以上に疲れてるらしい。

 

「あれ? そう言えばミネアさんは降りてこないの?」

「ん? ああ、あいつもずっと人を乗せて飛んで疲れてるだろうからな。休む前に思いっきり自由に飛びたいんだろ」

 

 三日間ずっと移動の連続だったからな。観光してたりする時間も当然あったし夜もちゃんと休んじゃいたが、それだけに移動は本当に全力だったし。

 

「そういうことなら、先にありがとうって言っておきたかったのに……」

「別にいつでもいいだろ。遅くても夜にはミネアも帰ってくるだろうし」

 

 家族で一緒に暮らしてんだ。そんなに気を使うことはない。

 それに、地獄でのことを経てあいつもゆんゆんのことを俺の伴侶として認めてる。気にしすぎる方が失礼ってもんだろう。

 

「そっか。…………ところで、ダス君? そろそろ降ろしてくれない?」

「んー……なんか降ろしたらマジで新婚旅行終わる気がしてだな。もうちょいこのままお姫様抱っこされててくれねぇか?」

「もう……お家に入るまでだからね?」

「了解」

 

 と言っても、族長宅は目の前だから本当すぐなんだが。

 

「ただいまー」

「おう、お帰り」

 

 家に入りゆっくりとゆんゆんを降ろす。

 

「もう……ダス君?」

「はいはい、俺もただいまっと」

「はい、お帰りなさい。…………誰もいないのかな?」

 

 俺らの帰宅の声に応えるものがない。なんかトラブってんのかね。

 

「声……はするね。家に誰もいないって事はないみたい」

「じゃあやっぱなんかトラブってんのか」

 

 とりあえず声のする方に行ってみるか。

 

 

「あ、ダスト、ゆんゆん。お帰り。ごめんね、お迎えできなくて」

「いや、リーン。それは別に構わねぇが…………この状況は何だ」

 

 居間には普通に家族の姿があった。あおいを抱くリーンにその隣にジハード。義父さんと義母さんの姿はないが部屋にいるかでかけてるんだろう。

 問題は──

 

「お前、ロリーサ。そのどっかで見たことある幼女はなんだ」

「それは私が聞きたいですよー……」

 

 ──ロリーサの後ろに隠れてる、小さな幼女の存在だ。

 

「ナイトメア……だったか?」

 

 俺に話しかけられてナイトメア?はジハードより少し小さな体をびくっと震わせる。

 

「ナイトメア? 何言ってるのダス君。ナイトメアは馬のモンスターだよね?」

「いや、それは俺も知ってるがリリスがそう言ってたんだよ」

 

 サキュバスと同じ夢魔……列記とした悪魔らしいんだよな。

 

「あー……メア様はサキュバスと違って受肉していない完全な精神生命体ですからね。馬のモンスターはバニル様と同じような仮の姿だと思ってもらえれば」

「ああ、そういうことか…………ん? ナイトメアって別に固有モンスターじゃなかったよな?」

 

 普通に何度か討伐されたり複数体が確認されてたはずだが。

 

「メア様は一人でナイトメアという種族を背負っていますから。今も地上でナイトメアは人に悪夢を見せているはずです」

「普通に極悪非道の化け物じゃねぇか」

 

 いや悪魔がそういう存在なのは知ってるが。何でそんな物騒な奴が家にいるんだ。

 

『あぅぅ…………いじめる?』

 

 ……まぁ、びびって震えてるこの幼女がそんな物騒な存在には全く見えないんだが。

 

「で? ロリーサ。説明しろ」

「私にもよく分かってないんですよー……。リリス様がメア様の面倒を見るようにと私に命じられただけで」

「…………何考えてんだ、リリスの奴」

 

 バニルの旦那と処遇を決めるとか言ってたのは覚えているが。その処遇がロリーサに面倒を見させる? 訳が分からん。

 

「おい、ゆんゆん、お前はどう──って、こら。何してんだお前」

「んー……何ってあおいの事抱いてあげてるだけだけど?」

「ずりぃだろ! 俺だってあおいやジハードを抱っこしてやりたい……って、そうだな。先に俺はジハード抱っこすりゃいいのか」

 

 リーンの傍にいるジハードに向けて俺は手を広げる。ジハードは俺の意図が分かってかすぐにとことこと走ってきてくれた。

 

「ん……らいんさま、くるしいよ?」

「んー…………悪い悪い。久しぶりだったから。いい子にしてたか? ジハード」

「ん。ちゃんとあおいのこと、みてたよ?」

「流石お姉ちゃんだな」

 

 本当ジハードは賢い子だ。世界一可愛いし…………いやでもあおいも世界一可愛い気がするんだよな。どうしよう、俺の娘たちが可愛すぎて困る。

 

「ダス君、ハーちゃん私にも抱かせてね?」

「おう、俺にもちゃんとあおいを抱かせろよ?」

 

 三日って短いようで長い。楽しくてあっという間だった新婚旅行だが、娘たちに会えなかった時間は想像以上に長く感じた。

 

「──って、こっちの話忘れてませんか!?」

「あー……ロリーサ? この親ばか二人相手するだけ無駄だって」

「うぅ…………いえ、別にこれ以上話せることないですけど、なんか納得いかないというか……」

「あおいもジハードちゃんも可愛いから仕方ないって」

「…………リーンさんもなんだか親ばかになってません?」

 

 

 

 

 

 ひとしきりあおいとジハードを可愛がって。ロリーサとナイトメアの件は俺じゃどうしようもなかったから一人だけ家を出て里の中を歩く。

 今頃ゆんゆんたちは増えた子供含めてどう育てていくか話し合ってることだろう。

 子育てを手伝うつもりは一応あるが、女が三人以上揃って話してる所に男の俺が入るのはどう考えても邪魔だし、決まったことをあとで教えてもらうつもりだった。

 

「……って、なんだ? あんな建物里にあったか?」

 

 歩いて数分。族長宅からそう離れていない場所で見慣れない建物を見つける。

 

「いや……見覚え自体はすげぇあるな」

 

 似たような建物をアクセルの街じゃ毎日のように訪れてたし。

 

「冒険者ギルドへようこそ! ご用はクエストですか? 酒場ですか?」

「…………、何してんだよ? フィー」

 

 その建物に入ってすぐに俺を出迎えたのは見覚えのありすぎるウェイトレス。フィーベル=フィール……俺の義理の妹みたいな奴だった。

 

「見ての通りウェイトレスの仕事ですよ? お姉ちゃんがセレス家に嫁いでも相変わらずフィール家は没落気味で出稼ぎが必要ですから」

「おう、とりあえずお前がまともに答える気がないのは分かったわ。責任者呼んで来い」

 

 ここが冒険者ギルドだというのはよく分かった。何故かフィーがその酒場で働いてるのも百歩譲っていい。

 問題はなんで紅魔の里にいきなり冒険者ギルドが出来てるのかということだ。族長の夫である俺が知らないってどういうことだよ。

 

「えっと……ギルドマスターは今前族長夫妻と会議中なので…………ルナちゃんでいいですか?」

「…………あいつもいんのかよ」

 

 というか、義父さんと義母さんが会議中って…………あのおっさんの企みか? 親としては割とまともな人だが紅魔族は紅魔族だからな……。

 

「ま、ルナでいいか。どこにいるんだ?」

「もちろん、ルナちゃんの特等席です」

 

 そう言われて思い浮かべる場所は決まっている。

 ギルドの受付、そこには机の上を片付けているルナの姿があった。

 

 

「てわけだ。説明してもらおうか」

「? ダストさん、旅行から帰ってこられたんですね」

「おう。しっかり楽しんできたぜ」

「お土産は私はいりませんけど、フィーにはちゃんと上げてくださいね?」

「おう、心配しなくてもお前らにもちゃんと…………じゃねぇよ!」

 

 何を話し逸らしてんだこの守備範囲外受付嬢は。

 

「お土産ないんですか? 流石アクセルの街で随一のチンピラとして名をはしていただけはありますね……」

「いや、そもそも俺はお前らがここにいるのすら知らなかったのにお土産用意してるわけないだろ」

 

 ……まぁ、ゆんゆんが念のためにとおかしいくらいお土産買いこんでるから渡せないことはないんだが。長いことぼっち生活してたからか人付き合い関係のあいつの念のためは本当におかしい。

 

「? 知らないとは? 『冒険者ギルド紅魔の里支部』。そのスターティングメンバー表はあらかじめ渡していたはずですが」

「少なくとも俺はそんなもん見た覚えねぇな。そもそも里にギルドが出来るのすら知らなかった」

 

 多分、ゆんゆんも知らなかっただろう。族長が知らないってどうかと思うが…………あのおっさんは絶対これは自分が族長時代の仕事だ云々言って笑ってごまかすに違いない。

 

「ああ……だからウィズさんに頼んで三日で建てるというスケジュールだったんですね」

「ウィズさんって事は…………旦那も絡んでそうだな」

「ご想像の通りです」

 

 旦那の考えそうなことだ。というか旦那が主犯な気がする。

 

「とりあえず、何となくは事情が見えた。でも一応ここの説明を頼むわ」

 

 一応これでも族長の夫だ。しっかりと状況を知っとく必要がある。

 

「はい。先ほども言いましたがここは冒険者ギルドの紅魔の里支部です。規模は小さいですが、基本的にはアクセルの支部と同じ機能だと思っていただければ大丈夫です」

「そういや、アクセルのギルドはベルゼルグの中でも王都に次いで大きかったな」

 

 始まりの街。そう呼ばれるアクセルの街は全ての冒険者の始まりの地だ。当然新米冒険者が多く、最終的に滞在することになる王都の次に冒険者が多い。

 …………まぁ、例の店の影響で新米冒険者以外もたくさんいるしな。

 

「けど、なんで今更冒険者ギルドなんて出来たんだ?」

「前々から計画されていたことではあるんですよ。高性能な武具や魔道具が作られる紅魔の里。そこに冒険者ギルドがあることは商業的に大きな意味を持ちますから」

「ま、クエストの仕組みを考えれば確かにな」

 

 例えば紅魔の里の武具を輸送するクエストを受けたとする。その場合王都でクエストを受けた奴は王都と紅魔の里を往復する必要がある。

 だが、里にギルドがあるなら里で受けた輸送任務を王都で報告して報酬を受け取れる。そこから別のクエストに向かうことも可能だ。

 

「そして、なぜ今なのかと聞かれれば…………ダストさんならあの話を知ってるんじゃないですか?」

「…………、やっぱりベルゼルグとあの国の戦争か」

「冒険者ギルドは中立です。ですが、だからこそいち早く状況を把握する必要があります。国の境界であるこの里にギルドを建てる必要がある……そういう状況だと思ってください」

 

 不可侵条約があるからその間は大丈夫な可能性が高いが、その後は保障出来ない状況なんだろう。

 …………あの兄弟子夫婦は何で普通に俺の結婚式出てたんだ。

 

「ま、大体の事は分かった。でも良かったのか? 一応お前はアクセルの冒険者ギルドの看板受付嬢だったろうに」

「それですよ。不思議な話なんですが、アクセルの街で受付嬢してる人はいつまでも結婚できないのに、他の街のギルドに移ったらすぐに寿退社するってことが多々あるんです」

「…………そ、そうなのか」

 

 どう考えてもサキュバスサービスが原因だな。本当にお世話になりました。

 

「なので、是非と希望して移転してきたんです」

「変人ぞろいの紅魔の里でいい人見つけられるとは思えねぇけどなぁ……」

「これからは里に訪れる冒険者の方も増えるでしょうし。それに…………妹分であるフィーを一人で行かせるのも嫌でしたから」

 

 ……ってことは、フィーはルナに関係なくこっちに来るつもりだったって事か。その理由は…………まぁ、考えるまでもないか。

 

「がきんちょ受付嬢のくせにお姉さんぶってんじゃねぇか。見た目的にはお前の方がガキっぽいのに」

「あーう~! 頭を回さないでください~!」

 

 ぐるぐるとルナの頭を揺らしてやる。若返ったルナはなんていうか、揶揄ってやりたくなる変なオーラを出している。実際に揶揄う半分以上の理由は行き遅れ時代のこいつに手玉に取られてこともあるんだろうが。

 

「はぁ……はぁ……なんでしょう、欠片もダストさんに女性扱いされてない気がします」

「守備範囲外の女を女性扱いなんてするわけねぇだろ」

 

 今のルナくらい見た目がエロければ目の保養くらいにはなるが。

 

「別にダストさんに女性扱いされたいとは思いませんけど、子ども扱いされるのは普通に屈辱です……」

 

 同じようなことを昔のゆんゆんも言ってたな。でも守備範囲外は守備範囲外なんだからどうしようもない。

 

「そういや、受付はお前だけか? 一応受付机は二つあるみたいだが」

「あー……そっちですか。さっき出勤してきましたし、そろそろ出て来るんじゃないですかね?」

「ふーん。アクセルからの移転か? だとしたら顔見知りだから楽だが」

 

 クエスト受けるときは偽名の事もあって大体ルナに頼んでたが、顔くらいは当然知ってる。

 

「いえ、アクセルのギルドから来たのは私とフィーだけです。本部から来てるギルドマスター以外は全てこっちで雇う予定です」

「てことは、紅魔族の受付って事か?」

「いいえ、紅魔族の方でもないですよ?」

 

 ? 里で雇うのに紅魔族じゃねぇだと? 変人揃いの紅魔の里にいる普通の人間なんて紅魔族と結婚した俺みたいな物好きしかいないはずだが……。それにしても大体は里の外で暮らすからほとんど見かけないってのに。

 

「あれ? ライン? こんなところでどうしたの? まだギルドは準備段階で実際に始まるのは来週からだけど……」

「そうなのか? さっきフィーが普通に営業してる感じの接客してたが…………て、は?」

 

 いつもの声に普通に答えを返そうとして。その途中で異常に気づいた俺は振り向いた先で絶句する。

 

「どう?どう? ライン。お姉ちゃんの受付嬢の服似合ってる?」

「似合ってる似合ってないで言えば当然似合ってるが……そうじゃなくてだな!」

 

 世界一綺麗なドラゴンであるミネアが人化してる姿だ。似合わない服があるとしたらそれは服のセンスが壊滅に悪い時だろう。

 ……いや、今は本当そんなことどうでもいいんだった。

 

「うん。ということで、私、ギルドで受付嬢の仕事することになったの」

「ミネアさんには前々から話をしていたんですよ。最初はジハードさんを雇う案もあったんですが、流石に幼すぎるということで」

 

 そういや、ドラゴンハーフの受付嬢は見つからなかったがそれに近い受付を俺対策で雇うとか言ってたか。クォーターでも見つけたかと思ってたが、人化したドラゴンかよ。

 ……って、だからそんなことはどうでもいいんだよ!

 

「なんでミネアが人化してんだよ! 俺はお前を人化させた覚えはないぞ!?」

 

 ミネアとは竜化してる状態で別れたきりだ。であればふらっとエンシェントドラゴンが遊びに来てたり、ある可能性以外人化してるわけないわけで……。

 

「ああ、それ? うん、自分で人化したわよ?」

「つまり……?」

 

 確かにミネアは竜失事件以降じゃ最長齢クラスの中位ドラゴンだった。そして俺が何度も竜化や人化をかけていたのを考えれば、それを覚える可能性がないとは思わない。

 だが、それにしても……

 

「ライン。誇りなさい。シェイカー家のドラゴン、ミネア=シェイカーはこの世界で唯一の上位ドラゴンなったわ。分かったらもっとお姉ちゃんを敬うこと」




今更感がありますが、Twitterやっております。呟き頻度は少ないですが、たまに裏設定等呟いてますのでよろしければユーザーページからフォローをお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

新生活2

──ダスト視点──

 

 ──『竜失事件』。それは俺が生まれるよりも前に起こった出来事だ。

 当時世界に存在していた上位種や中位種のドラゴンがすべてこの世界からいなくなった事件。

 それは有利だった魔王軍との戦いを絶望的なまでの不利に陥れ、元よりドラゴンやドラゴン使いに頼らず他国と互角の戦力を有していた勇者の国にすべてを任せることとなった。

 原因は、腐った国の上層部に頭のいい上位ドラゴンたちが呆れ見限ったというのが通説だが、実際の所は分かっていない。

 ベルゼルグ以外の王族や貴族が腐っていようが、人類すべてが腐ってるなんてことはないし、それだけでドラゴンが人を見捨てるとは俺には思えないんだよな。ベルゼルグの二代目国王の生存時期を考えれば、死魔が子竜の槍……『竜呪の槍』なんてものを作り始めた時期にも一致するし。国の腐敗が理由の一つかもしれないが、他にも何か理由があるんじゃないかと思っている。

 

 なにはともあれ竜失事件を経て世界には上位種のドラゴンは長い間いなかった。中位種のドラゴンすら珍しいくらいだったんだが……

 

「なーに? ライン。難しい顔してお姉ちゃんのこと見て」

「いなかったんだがなぁ……」

 

 目の前にいる俺の相棒は自力で人化したらしい。それはドラゴンが上位種へと至った証だ。

 

「やっぱり私が上位ドラゴンになったって信じられない?」

「そりゃそーだろ。普通ドラゴンが上位種になるのは400年以上時を重ねた場合だ。どんなに早くても300年…………ミネアは170歳くらいだったろ」

 

 俺が人化のスキルを覚えてる関係上、普通に当てはまらない状況なのは分かっているが、それにしても長い間世界中で失われていた上位ドラゴンという存在だ。簡単に信じられるものじゃない。

 

「もう……ライン? 乙女の年齢を勝手にばらすのはダメだと思うんだけど?」

「きっちりとした年齢は俺も知らねぇし、人に比べればドラゴンは永遠の乙女みたいなもんだろ」

 

 強すぎる魔力の影響か成長はするが老化はしないのがドラゴンだ。流石に寿命がないって訳はないんだろうが、寿命を迎える前にドラゴンはどこか行ってしまうため、人がドラゴンの寿命に立ち会ったという記録はない。

 

「永遠の乙女…………ダストさん、人間がドラゴンになる方法ってないんですか?」

「ねぇよ。どっかの貧乏店主さんみたいなこと考えてんじゃねぇよルナ」

 

 十分すぎるほど若返ってんだからそれで我慢しろというか、そんなこと考えてる暇あったら今度こそ行き遅れになる前に男見つけろ。

 リッチーで歳を取らないから行き遅れじゃありませんとかあの人見たいなこと言いだしたら色んな意味で手遅れだから。

 

「まぁいいや。で? 人化出来るようになった以外でなんか変わったことあんのか?」

「んー……私一人で戦う時は前よりもかなり強くなってると思う。以前よりも自分の力を上手く使えるようになってるから」

「なるほどな」

 

 上位種というのはドラゴンの完成形だ。下位種や中位種だった頃よりも自分の力を上手く利用できるようになってるのは当然かもしれない。

 

「でも、ラインと一緒に戦うならそんなに変わらないかな?」

「それはそうだろうな。お前の引き出せる力は全部引き出してたわけだし」

 

 結局ドラゴンの潜在的な力というのは過ごした年月に比例するんだろう。その潜在的な力をどこまで扱えるかがドラゴンの強さであり、上位種になればその扱い方が劇的に上がるらしい。

 そしてドラゴンが扱えない部分の力を引き出し、さらに強化するのがドラゴン使いだ。別にミネアの潜在的な力が増えているのでないなら、今までとそう変わらない。

 

「でも、ラインの負担は大分軽くなるはずよ。今までラインに制御してもらってたとこでも自分で制御できる範囲が増えてるから。特にジハードの力を使う場合にはね」

「それが一番大きそうだな。今までは暴走しそうになるお前らをこっちでほとんど制御してた。ミネアの負担だけでも軽くなれば大分違う」

 

 ジハードが扱えるのが下位種並の力でミネアが扱えるのが中位種並までの力。それ以上の力を引き出すにはドラゴン使いである俺が制御する必要があった。ジハードの力でどこまでも強くなるといってもそれを制御するのは生身である俺だ。暴走前提ならともかく限界は当然ある。

 ミネアの方が安定するならジハードの制御の方に注力も出来るし、大分俺の負担は減りそうだな。

 

 

 

「──って、なんだよ、ルナ。なんか信じられないものを見るような顔しやがって」

「いえ……すっかり忘れてましたけど、ダストさんって最年少ドラゴンナイトだったんだなぁって」

「何を今更なこと言ってんだよ」

 

 別にその称号と実績に拘りなんてねぇが、俺の正体をずっと隠してきたルナに言われても何言ってんだこいつとしか思えない。

 

「『実績』はよく知ってますが、それを実感する出来事は少ないというか…………普段のチンピラさんを知っていると『実績』とのギャップが凄すぎて現実感がないというか」

「あー……分かる分かる。私も普段のラインと一緒に戦う時のラインが同一人物とは思えないし。普段はただのろくでなしなドラゴンバカだからね」

「おいこらミネア。お前ぜってぇそれ褒めてねぇだろ?」

 

 ルナも困惑が強いだけで馬鹿にしてる気がする。

 

「褒めてるわよ? だって私は戦ってるラインの事も好きだけど、それ以上にバカやってるラインのことが好きだから」

「まぁ、私も普段のダストさんの方が見てて安心はしますね」

「……なんだよお前ら。煽てたって何も出ねぇぞ?」

 

 

 全く俺がその程度のことで乗せられると思ってのかね?

 

「それで、最高級ドラゴンフードとバニルの旦那とのデートのセッティングでいいか?」

「私の弟チョロ過ぎない?」

「ろくでなしで捻くれてる割には素直というか単純というか……意外と根はまともなんですかね?」

「まぁ、ラインは母親の血の影響強いし、口が悪いだけで小さい頃は結構可愛かったのよ? それはそれとしてやっぱりシェイカー家の血筋は感じてたけど」

「つまり?」

「根はまともだけど、ろくでなしの才能もきっちりあったってこと」

 

 ろくでなしの才能ねぇ……。まぁ、姫さんの影響で堅苦しい生き方を捨てられたのは確かだが、それがなくても、両親が生きてたなら父さんの影響でそこそこのろくでなしにはなってた気がするな。母さんがまともだったしチンピラにまではなってないだろうが。

 逆に両親が死んだあと…………ミネアと一緒になるために真面目な騎士になって、その後姫さんと会わなければ案外ずっと真面目な騎士様をやってたのかもしれない。

 

(…………、そんなのつまんねぇけどな)

 

 それに、姫さんに会えたから吹っ切れただけで、あの国の在り方にはずっと疑問を持っていた。騎士としての生き様がそれに蓋をしていただけで…………もしもあのままなら俺は不幸になってただろう。

 

「結局なるべくしてなったということですか?」

「出会い次第でろくでなしにも真面目君にもどっちにもなったかもしれないって事。……ま、私はラインがろくでなしになってくれて嬉しいけどね?」

 

 片目をつぶり面白そうな顔して俺を見るミネア。

 

「…………物好きなドラゴンだよ、ほんとお前は」

「だって、私はシェイカー家のドラゴン、ミネア=シェイカーだもの。笑えるくらいろくでなしでドラゴンバカなシェイカー家が大好きなシルバードラゴン。それが私なんだから」

 

 

 本当に物好きで…………俺にはもったいない相棒で家族だよ。

 

 

 

「さてと…………一旦帰るか。ゆんゆんにギルドのこと報告しねぇと」

 

 義父さんたちのギルドマスターとの会談はまだ終わらないみてぇだし。問い詰めるのは家に帰ってきてからでも問題ないだろう。

 

「帰るんですか? どうせならバニルさんに挨拶してから帰ればいいのに」

「ああ、まだ旦那はアクセルに帰ってねぇのか」

 

 ギルドが出来て三日も経ってねぇんだ。そりゃ黒幕の旦那もまだ残ってて当然か。

 

「? いえ、帰るも何もバニルさん達も紅魔の里へ引っ越して来たじゃないですか」

「……………………」

「え? なんですか、その顔。まさかその話も聞いてなかったとか?」

「…………、おい、ルナ。旦那はどこにいる?」

「スタッフルームの方で相談屋の準備をして──」

 

 ルナの言葉を最後まで待たずに俺はギルドの奥の部屋へと駆け込む。

 

「ふむ? 帰ったかろくでなしのドラゴン使いよ」

 

 そこにはスーツ姿でトンカチを握る仮面の悪魔が当たり前のようにあった。

 

「…………、準備って自分で相談屋の受付作ってんのかよ」

「うむ。どこぞの貧乏店主がガス切れになってな。ギルドを不眠不休の三日で作らせたのはいいが、我輩の店を作る前に体が薄くなってしまったのだ」

「…………、旦那のウィズさんの扱いは本当いつも通りだなぁ」

 

 相変わらず愛情あふれまくってんな──

 

「──って、そんな話をしたいんじゃなくてだな!」

 

 あまりにいつも通りな旦那の態度とスーツにトンカチなんて言う頓珍漢な姿に要件一瞬忘れちまった。

 

「まぁ、落ち着くがよい。心配せずとも汝の疑問にはきっちりと答えよう。何と言っても汝はこの里の長の夫。ご近所づきあいを大事にすると評判である我輩である。仮にこの場に汝が来ずとも今日中に汝らの家に挨拶する予定であった」

「本当かよ。いや悪魔の旦那が嘘をつくとは思ってねぇが……」

 

 理屈では分かっていても胡散臭さが天井突破してるのがバニルの旦那だ。感情的な所で信じられないというか。

 

「本当であるぞ。お腹に汝の子を宿したという設定の王女のお付きのまともな方に化けて挨拶に行く予定だった」

「新婚夫婦の家にそれは悪魔すぎねぇかなぁ!」

 

 義理の両親もいる家にそれは全く洒落になってねぇ!

 

「悪魔の我輩にそんなこと言われても。心配せずとも汝の妻はもちろんその両親や野菜好きの娘などもそんな設定信じないであろう」

「…………その心は?」

 

 やっぱり俺の誠実さを知っているからかね?

 

「汝にそんな器用さがあるわけないし、そもそもそんなにモテるとも思われておらぬからな」

「そんなこったろうと思ったよ!」

 

 ゆんゆん娶ったのすら未だに信じない奴いるくらいだからな……。

 

「…………、まぁ、それがあり得ぬ未来ではないと知っている二人は汝のことを信じている。これくらいのことでは酷すぎることにならないのだから、むしろこれくらいで許す我輩を感謝して欲しいものだ」

「何を感謝すればいいのかは分からないが…………手加減してくれた理由は何だ?」

「我輩なりの新婚祝いである」

「うわー……マジでうれしすぎて泣きそう」

 

 本当、ギルドに来てよかったぜ。

 

「さて、そろそろ本題に入るか。我輩たち……『ウィズ魔道具店』が紅魔の里に移転してきた理由であるか。一言で言うなら『限界』になったからである」

「『限界』? 店の赤字が洒落にならなくなったとかか?」

「むしろ我輩が来てからでも洒落で済むような日はなかったのだが……」

 

 旦那が来てからでそれって、本当旦那が来る前はどうしてたんだよウィズさん……。

 

「じゃあ、どういう意味で『限界』なんだ?」

「一つはゼーレシルトである。どこぞの駄女神に戯れに襲われ残機を減らされるわ、謎の盗賊に奇襲を受け残機を減らされるわ、幸運を司る死神に何故か襲われて残機を減らされるわと、我輩が残機を分けてやるにしてもいい加減限界が来ていてな。一日に7つ残機が回復するとはいえ、あの街にいれば1年ほどで我輩の残機がなくなりかねない」

「うん、いろいろとツッコミ所はあるが言いたいことは分かった」

 

 本当ゼーレシルトの兄貴は苦労してんなぁ……。素直に地獄に帰ればいいのに、いまだに地上に残ってるのは尊敬するわ。どこぞのパッド女神はあんなに見た目は可愛い着ぐるみを執拗に追い詰めなくてもいいだろうに。

 

「それで? ゼーレシルトの兄貴は今どうしてんだ?」

「我輩の代わりに里の住民へあいさつ回りをしておる」

「…………、あいさつ回りをする着ぐるみかぁ……」

 

 シュールすぎる。

 

「ちなみにバニルさん人形とバニル仮面を手土産として回っている」

「一応俺の嫁さんが長をしている里で変なもん配らねぇでくれねぇかなぁ!?」

「失敬であるな。里の住民はみな大喜びしているとゼーレシルトから報告を受けているというのに」

 

 そういや、この里自体変人の集まりだったわ。

 

「で? 旦那が同朋に優しいのは知ってるが、それだけでウィズさんも一緒に来るはずはねぇよな?」

 

 それだけが理由なら、旦那は命令してでもゼーレシルトの兄貴を地獄に帰してただろう。確かに旦那は同朋である悪魔に優しいが、その事情にウィズさんを巻き込むことはない。

 むしろ優しいだけで、基本的には自分の都合で配下の悪魔を振り回すのが旦那だ。

 

「もう一つの理由はあの街でウィズが魔道具店を続けること自体の『限界』である」

「…………、ああ、そうか。ウィズさんは『凄腕の元冒険者』だもんな」

 

 それがアクセルの街におけるウィズさんの評価だ。かつて『氷の魔女』と呼ばれた元冒険者にして貧乏店主。

 

「うむ。けして『不死の王(リッチー)』である貧乏店主ではない」

「なんだかんだで俺が冒険者始めたころからある店だからな。そろそろ怪しまれるタイミングか」

 

 まだ誤魔化せないほどではないんだろうが、逆に言えば誤魔化しが必要になってくる頃だろう。

 ただの人間がいつまでも歳を取らないなんてことはありえないのだから。

 

 …………、ありえねぇんだよなぁ。

 

「元よりあの街で店を出していたのは、第一にウィズが冒険者の仲間の帰る場所を作りたかったからである。既にその目的は果たせたと言ってもいい」

「ああ、もうウィズさんの昔の仲間は冒険者やめたり死んでたりするんだっけ? 一度でも再会できてんだったら確かにこだわる必要はないか」

 

 あんまり詳しい話は知らないが、ちょこっとそんな話を聞いた覚えがある。

 

「うむ。あの街で店を出していた第一の理由が果たされ、第二の理由がここにいるのだ。あの街で店を続けるのに無理が出る以上、この里に移転するのは当然とも言えよう」

「第二の理由? ああ、ルナか。そりゃ旦那の美味しいご飯がこっちに来るってんだから一緒に来るわな」

 

 本当、ルナは旦那に愛されてんな。仮に俺がルナの立場でも欠片も嬉しくない愛だが。

 

「…………、うむ。あの若返った行き遅れ受付嬢がこちらに来たのも理由の一つであるのは間違いないな」

「若返ってんだから行き遅れ言うのはやめてやれよ、旦那……」

 

 ガキっぽいし今のところは行き遅れオーラ出してないから。…………5年後はまた行き遅れオーラ出してると思うけど。

 

「あの娘を揶揄うのは我輩の使命である。それをやめろというのであれば、代わりの生贄に汝になって──」

「──思う存分ルナを揶揄って悪感情を搾り取ってくれよ旦那。なんなら俺も協力するぜ!」

「汝のそういう所は悪魔として好きにならざるを得ない。やはり汝は人間にしておくのが惜しい人間だ」

 

 褒められてんだろうが欠片も褒められてる気がしない。

 というかルナを揶揄うのが使命って…………ルナの奴、本当に愛されてんな…………強く生きろよ。

 

 

「そういや、旦那にあったら聞こうと思ってたことがあったんだよ」

「ふむ……『悪夢』のことか?」

「ああ、ナイトメア…………あの透明幼女を何でロリーサの奴に預けたんだ?」

 

 リリスと同格ってんなら爵位や階級はともかくかなり厄介な悪魔なのは間違いない。というか、地上でモンスターとして知られる馬の中身が全部あの幼女だってんだから、それだけでやばい存在だろう。

 

「その辺りの説明はリリスに聞くがよい。元より我輩はあれの願いを聞き届けただけにすぎぬ」

「リリスの願いねぇ…………いまいちあいつの企みだと聞くと信用ならねぇんだよな」

 

 俺らに敵対するつもりがないのは分かってんだが、最初の出会いが出会いだったし。ある意味旦那よりも悪魔らしい悪魔だからな。

 

「心配せずとも悪魔は自分よりも強いもの従うのが性である。汝が我輩と敵対することがない限りいらぬ心配であろう」

「つっても、最初あった時普通に俺らのこと餌にしようとしたんだぜ?」

 

 旦那の紹介があってそれだってんだから油断はできない。

 

「それは汝の強さを理解する前の話であろう。契約までしているのだ、少しは信用してやるがよい」

「旦那がそこまで言うなら善処するけどよ……」

 

 苦手意識はなくならねぇんだよなぁ。というか、サキュバスって普通に人間の男の天敵だからな。アクセルの街にいると刹那で忘れるけど。

 

「汝は相変わらず自己評価が低いというか…………曲がりなりにも公爵級悪魔を倒したのだ。それ以下の悪魔に怯える必要はないのである」

「つっても、死魔は公爵級言っても相性が良かったから勝てただけだしなぁ。ジハードがいなけりゃ絶対勝てなかったし」

 

 レギオンという能力は確かに脅威だったが、ジハードの能力はそれ以上だ。それに死魔自身の本当の望みがあったからこそ滅ぼせたのも大きい。

 

「…………、『切り札』を使えば話は別であろう?」

「旦那も知っての通り、その『切り札』は死んでも切りたくねぇんだよ。…………俺はちゃんと死にてぇんだから」

「ならばよい。もしも汝が『切り札』を使えば性悪魔王と創造神が仲良く殺しに来るそうだからな」

「…………、なんだって?」

「神魔のトップがそろって汝を全力で殺しに来るそうだから、使うつもりならそれを覚悟して使うがよい」

 

 ………………いやいや、え? 流石に冗談だよな?

 

「残念ながら嘘はもちろん冗談でもない」

「えー…………」

 

 いや、まぁ、確かにエンシェントドラゴンと契約するって神魔とドラゴンのパワーバランス崩すかもしれねぇけど。だとしても神魔のトップが協力するレベルの事か?

 

「それでも…………汝は必要があれば『切り札』を使うのだろう?」

「…………、ま、必要ならな」

 

 たとえ自分が殺される運命だとしても。あいつらを……大切な家族を守るためなら受け入れるしかない。

 

「心配せずとも、確実に殺されるというわけでもあるまい。世界を自力で越えられるあのオオトカゲと汝が契約するのだ。世界規模で逃げ続ければいい」

「異世界転移を繰り返す生活かぁ…………って、それもともとエンシェントドラゴンとの契約する時の条件だしあんまり変わんねぇじゃねぇか」

 

 世界を旅するエンシェントドラゴンについていく。それが本契約するための条件だ。……つまり、俺はこの世界に…………あいつらと一緒にいれなくなる。

 

「それを変わらないと言える汝は相変わらず狂っているな。少しはぼっち娘に更生されたと思ったが……」

「変わんねぇよ。…………すぐに殺されるんじゃねぇのなら、逆にこっちが倒せるくらい強くなればいいだけだ」

 

 伝説に謡われる古龍と契約するんだ。神魔のトップくらい倒せるように強くならなきゃ嘘だろう。

 

「…………、汝のそれは楽観に過ぎるがな。だが…………なるほど。あれが警戒するのもあながち間違いでもないのか」

「なんだよ、旦那。面白そうな顔して。なんかおかしなこと言ったか?」

 

 にやりと笑う旦那は、アクセルの街で何度も見てきたそれだ。この顔について行って俺はいつも旦那と楽しい日々を過ごしてきた。

 紅魔の里に来て、もうそれとはお別れだと思ってたんだが…………そうか、ここでもまだそれは続くのか。

 

「いや、汝はそれでいい。それでこそ我輩の認める数少ない人間である」

「それでいいと言われてもそれがどれか分からないんだが……」

 

 いつも通りでいいって事かね?

 

「汝らは本当に我輩を退屈させない。流石は我輩の友と言ったところであるか」

「そーだな…………って、は!? ゆんゆんはともかく俺も旦那のダチなのか!?」

 

 ゆんゆんは旦那と友達契約してるしそりゃ、ダチだろうけど、俺はそんな契約した覚えはないぞ?

 

「何を驚いているのだ。我輩と汝の関係を友達と言わずして何だというのだ?」

「いや、親分と子分とかそんなんだとばかり……」

 

 だから俺は旦那の事『旦那』と呼んでるわけで。

 

「はぁ…………。汝は我輩の認める数少ない対等な存在だ。昔のチンピラをしていた頃ならともかくドラゴン使いへと戻った汝は、そう認められるだけの力はあるのだ」

「まぁ、俺はともかく俺の相棒たちは旦那にも負けないけどよ……」

 

 そんな殊勝なことを言う悪魔だっけ?

 

「てことで、旦那。ちょっと何を考えてるか素直に教えてくれね?」

 

 旦那の言葉に嘘はないんだろう。でも、旦那の性格を考えれば絶対それだけじゃない。

 

「残念ながら今は秘密である。心配せずとも汝の損になる契約ではない。むしろ見通す悪魔であり地獄の公爵である我輩と友達になれるのだ。お得であろう?」

「ゆんゆん見てたらお得と言われても首を傾げるが…………まぁ、俺には確かに損はねぇか」

 

 ゆんゆんは友達って言葉で利用されまくってた気がするが…………それでも楽しそうではあった。

 そもそも俺は旦那の事が大好きだから。多少の損があろうと友達になりたいに決まっている。

 

「では、契約成立であるな。これより我輩と汝は正式に友達である」

「おう。…………つっても、俺と旦那の何かが変わるって訳でもないよな」

 

 差し出された旦那の大きな手を握りながらそう思う。ただ今までの関係に名前がついただけだろう。

 

「うむ。今後も汝には我輩の悪だくみに付き合ってもらうつもりだ」

「んで、俺は旦那に儲け話を持ってくればいいんだろ? 分かってるぜ」

 

 それがきっと俺と旦那の関係だから。契約しようがしまいがそこはきっとずっと変わらないんだろう。

 

「本当に…………汝のそういう所は悪魔として好きならざるを得ない」

「おう。俺も旦那のそういう所大好きだぜ?」

 

 

 ダチな大悪魔との楽しい日々は、終わらずこれからも続くらしかった。




可愛い新妻を家において仮面の悪魔とイチャイチャするとかダストさんは狂ってますね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

新生活3

「うーん……結局、この子のことはリリスさんに話を聞かないとよく分かりませんね」

 

 暇そうにしてたダス君を追い出してから残った3人での相談。その一番焦点はいきなり現れた悪魔の幼女……メアちゃんのことだ。

 きちんとした肉体もなくハーちゃんよりも小さなこの子を、今後どう面倒を見ればいいのか。新米母親の私たちじゃあおいやハーちゃんの面倒を見るだけでも結構大変だし、お母さんが手伝ってくれると考えても、族長の仕事と併せて考えればやっぱり大変だ。

 それに大人しそうに見えて手のかからないように見えてもその実は悪魔。それも人々に悪夢を見せて回る存在だと言うんだから、はいそうですかと面倒を見ていいのかも微妙なところだ。

 ……興味深そうにメアちゃんへ手を伸ばすハーちゃんにびくっとしてロリーサちゃんの後ろに隠れてるこの子がそんな危ない存在だとはどうしても思えないけど。

 

「じゃあ、行きますか、城へ」

「そうしよっか。問題はどうやって行くかだけど……」

 

 ついこの間まで住んでいた(未だに私物は向こうにあるから今も住んでいると言えなくもないんだけど)空飛ぶお城。非常識を絵に描いたようなその建築物はこの家の真上を姿も隠さず浮遊している。ちなみに日が当たらないと主婦からは不評の声があるけれど、そんな不評の声を上げてる主婦も含めて里の人たちは空飛ぶお城のロマンに熱を上げている。里の新たな観光名所として普通に受け入れられつつあたり、里の非常識さと外からの里への評価がうかがえる。

 それで問題と言えば、今私たちにはその城へと行く方法がないことだ。普段はミネアさんやハーちゃんに竜化してもらって飛んでいくんだけど、ダス君がいないと竜化はできないし、そっちの方法じゃ無理だ。

 

「ロリーサちゃん、一人でリリスさんの所に聞きに行ける?」

 

 でも、サキュバスであるロリーサちゃんなら別に問題はない。自分で飛べるし。初めて城に行った時もロリーサちゃんだけは自力できたし。

 それにもともとこれはロリーサちゃんが持ってきた問題だ。友達として手伝えることはもちろん手伝うけど、主体はロリーサちゃんの方で動くべきだと思う。

 

「嫌です」

「…………」

ひふぁひひふぁひ(いたいいたい)

「わがままを言うのはこの口かなー?」

「だって、仕方ないじゃないですか! リリス様は怖いんです! 本当に怖いんですよ!」

 

 私の手から逃れて叫ぶロリーサちゃんは本当に必死だ。言葉通りリリスさんのことが怖いんだろう。

 普通(?)のサキュバスなロリーサちゃんにとってサキュバスクイーンなリリスさんが雲の上な存在なのは間違いないし、怖がる気持ちも分からないではないんだけど。というか、立場とか抜きにしても最初の出会いの件で私もリリスさんの事怖いし。あの時ダス君がちゃんと守ってくれなかったら酷いことになってたんじゃないかとも思う。

 

「でも……怖いだけじゃないよね?」

 

 でも、ロリーサちゃんにとってリリスさんが怖いだけの存在だと私は思わない。

 

「それは……確かに尊敬はしてますけど……」

「だよね」

 

 リリスさんについて回っているロリーサちゃん。その様子は確かに怖がっていたけれど、嫌がっているようにも見えなかった。

 

「という訳で、ロリーサちゃん一人で行けるよね?」

「行けません」

「………………」

「む、無理なものは無理ですからね! いくら頬っぺたを引っ張られようと屈しませんよ!」

 

 ほっぺたを守りながらも悲痛な叫びをするロリーサちゃん。なんだか私がいじめてるみたいだからやめてほしい。ちょっとわがままの反省をしてもらって、もちもちの頬っぺたを味合わせてもらいたいだけなのに。

 

「はぁ……ゆんゆん? とりあえず、ロリーサが何をそんなに嫌がってるのか聞いてみたら?」

「リーンさん。……確かに、そうですね」

「それで? ロリーサは何をそんなに嫌がってるの? あたしもいつものロリーサならそんなに嫌がらないと思うんだけど」

 

 そうだよね。ここまで嫌がるんだから何か特別な理由があるはずだ。

 

「いえ、リリス様が怖いので一人で行くのが嫌なだけですよ? 心細いので誰かついてきてほしいなーって。……って、なんですか!? なんで二人して怖い顔して近いづいて──」

 

 

「はぁ……二人ともダストの影響受けて性格悪くなってない?」

「え!? ロリーサちゃんはともかく私もですか!?」

「ともかくってなんですか! 私は前と変わってな……あれ? でも悪魔としては性格悪くなってるのって褒め言葉なのかな?」

 

 首をかしげてるロリーサちゃんは放っておくにしても、私がダス君に影響されて性格悪くなってるなんてこと……まぁ、普通にありそうだけど。前にダス君にも同じようなこと言われたし、あの人の影響を受けてるのは間違いないと思う。

 でも、その影響は悪いだけのものとは思えないんだよね。

 

「…………、まぁ、ロリーサはともかく、ゆんゆんは今がちょうどいいくらいか。前は遠慮し過ぎなくらいだったし」

「あのー……お二人の私に対する扱いが雑になってる気がするのは気のせいでしょうか……?」

「サキュバスに対する女性冒険者の対応と比べたら優しいと思うけど?」

「夫の精気を狙うサキュバスに対する妻の対応と考えたら優しすぎると思うけど?」

「すみません、謝りますから二人して手をにぎにぎして近づくのはやめてください」

 

 本当、友達じゃなければとっくの昔にライト・オブ・セイバーなんだからね。

 ……まぁ、友達じゃなくてもダス君が大事にしてる存在だから本当にそんなことはできないんだろうけど。

 

 

 

 

 

「けど、本当にお二人はダストさんのことが好き?ですよね。いまいち人間の……特に女性の方のそういう気持ちって理解できないんですけど」

「流石に好きじゃなきゃあんなろくでなしさんと結婚はしな…………くもないのかな?」

 

 現在生きてる男の人の中じゃカズマさんに次いで功績を積んでるし、歴史上で見ても10の指には間違いなく入る。ろくでなしであることを差し引いてもダス君と結婚したいって人は結構いそうだ。

 功績を抜きにしてもその槍使いとしての才能は世界有数でドラゴン使いとしての才能は史上最高クラスだから、その血を取り入れたいって貴族や王族は多いらしいし…………あれ? もしかして私って結構な人から羨ましがられる立場なのかな? そういう所は全然意識してなかったというかむしろ気後れする原因で結婚の邪魔なくらいだったんだけど。

 

「…………ま、あの馬鹿の本当の良さを分かってあげられる奴は少ないだろうしね。あたしたちくらいは好きでいてあげないと…………って、何よ二人とも。信じられないものを見るような顔して」

「いえ、リーンさんの言うことは全く持って同意なんですが……」

「ツンデレなリーンさんがそんなに素直なことを言うなんて…………実はバニル様が化けてますか?」

 

 確かに。バレバレだったとはいえリーンさんならダスくんへの好意をこんなに簡単に認めるなんてことなかったし、いつの間にかバニルさんと入れ替わってたと考えた方がしっくりくる。

 

「おっけー、分かった。喧嘩売ってるのね。ロリーサは頬っぺた死ぬほど引っ張って、ゆんゆんは笑い死ぬくらいくすぐってあげるから並んでこっち来なさい」

 

 閑話休題。

 

 

 

「──ということで、一人で行くのが嫌なロリーサちゃんには頑張って私たちを持ち上げて飛んで行ってもらおうか」

 

 変化の魔法で羽を生やして『トルネード』に乗って飛ぶ方法も考えたけど、前に空飛ぶことに憧れてやった時は失敗したし、当然ながらすごく痛かった。バニルさん曰く人間は羽を生やしたくらいじゃ飛ぶようにできてないみたいだし、魔力を使って飛べるロリーサちゃんに頑張ってもらうしかない。

 

「いえ…………『たち』って何ですか? 一人でもきついのにゆんゆんさんとリーンさんを持ち上げて飛ぶとか無理ですよ?」

「大丈夫大丈夫ロリーサちゃんはやればできる子だから」

 

 多分。

 

「リリス様みたいな無茶ぶりとダストさんみたいな適当な励ましはやめてください! 無理なものは無理ですから!」

「むぅ…………ちょっと限界超えたら行けそうじゃない?」

「限界は超えられないから限界なんですよ…………。ダストさんみたいにちょくちょく世界の限界すら超えてる方がおかしいんです」

 

 あれは私もおかしいと思うけど。でも自分の限界くらいは超えてなんぼだと思う。

 

「…………ダストさんもあれですけど、ゆんゆんさんもゆんゆんさんで結構価値観おかしいですよね?」

「うん。よく分からないけどそのジト目はなんだか傷つくからやめて欲しいかな……」

 

 というかダス君は置いとくにしても悪魔のロリーサちゃんにおかしいって言われるほどとは思えないんだけどなぁ……。

 

「はぁ…………とりあえず、あたしは留守番してるからゆんゆんがロリーサと一緒に行けばいいんじゃない?」

「そうするしかないですかね」

 

 私もリリスさんは苦手だし本当はみんなで行きたかったけど。

 

「それじゃあ、行こうか」

「…………はい、行くのはいいんですが……」

 

 そう言いながらも動こうとしないロリーサちゃん。一体どうしたんだろう?

 

「はぁぁぁぁ…………ゆんゆん? とりあえず、その手に抱いてる娘をこっちに渡そうか」

「? なんでですか?」

「いや、なんでも何も…………まさかあおいも一緒に連れて行く気?」

「はい。もちろんあおいやハーちゃんも一緒ですよ?」

「…………ロリーサ?」

「もちろん無理ですよ?」

「だよね。ということで、ゆんゆん。あおいとジハードちゃんとメアちゃんはあたしが面倒みるから大人しく渡しなさい」

「酷い! やっと再会できた母娘を引き離そうとするなんてリーンさんは鬼ですか!?」

「高々三日ぶりの再会で何を言ってるというか…………どっちかというと鬼はゆんゆんの方じゃないかなぁ……」

 

 結局。私は泣く泣くあおいとハーちゃんと別れ、ロリーサちゃんと一緒に空飛ぶ城へと向かうことになった。

 

 

 

 

 

 

 

「『ライトニングブレア』」

 

 城の空中庭園。息絶え絶えのロリーサちゃんと一緒に降り立った所で、私は魔法が発動する前の魔力の高ぶりを感じる。

 それが魔法へと変化する一瞬のタイミングに間に合わせて私は一つの魔法を完成させた。

 

「『マジックキャンセラ』」

 

 それは魔法を消し去る魔法。対魔法使いの切り札だ。

 

「ふーん…………最上位の属性魔法も消せるようになったんだ。前に手合わせしたときよりちゃんと強くなってるみたいね」

「…………アリスさん。いきなりなんですか?」

 

 アリスさんが発動させようとした魔法は最上位に位置する雷属性の魔法。爆発魔法と同格とされる魔法だ。まともに喰らえばロリーサちゃんはもちろん私だって無事では済まない。無事で済むのはどこかのチンピラさんや某貴族のお嬢様くらいだ。

 

「別に。ただの挨拶よ。当てる気はなかったわ」

「本当ですか……?」

 

 確かに殺意や敵意は感じなかったけど。だとしてもいきなり最上位魔法発動させるとか……。

 

「本当よ。……でも、そこまでその魔法を使いこなしてるなら、魔法使いにとっては悪夢みたいな存在ね、あなた」

「一応、爆裂魔法以外の魔法なら発動前に消せるようになったと思ってますよ」

 

 万能に見える『マジックキャンセラ』だけど、その実発動後には魔法を消せないという弱点がある。『リフレクト』や『ディスペル・マジック』が発動前提の効果に対して、『マジックキャンセラ』はそもそも発動させないという効果だ。だからこそ、『マジックキャンセラ』は相手よりも早く発動させないといけないし、相手が魔法を発動させるタイミングを掴まないといけない。

 実戦で成功させるにために結構な苦労をしたけど、それに見合う私の『切り札』と言えるものにはなったと思う。

 

「ま、魔法使いじゃない私は別に怖くないけど。……でも、ロリーサと一緒なら私も苦戦しそうね。どうする? 面白そうだし二対一で手合わせしない?」

 

 私が魔法を消し去り、ロリーサちゃんが夢でアリスさんに幻覚を見せれば確かにいい勝負は出来そうだ。問題はロリーサちゃんがアリスさんの闘気に当てられて使い物にならなそうなことだけど。

 ……地獄で結構な修羅場をくぐったはずだけど、相変わらずロリーサちゃんはアリスさんのことが怖いらしい。まぁ、私も平気かと言われたら違うけど。

 地獄から帰ってからこっちアリスさんは一つか二つ格が上がってる感じがする。ドラゴンの力を借りても今の私じゃ一人では勝負にならなそうだ。これで本職は魔物使いだっていうんだから本当に出鱈目すぎる。

 

「すみません、今日はリリスさんに会いに来たので、手合わせはまた今度でお願いします」

「そ。まぁいいわ。リリスなら城の掃除をしてたから、適当に探せば見つかるわよ」

「ありがとうございます」

 

 私たちに興味を失ったのか。私のお礼の言葉も最後まで待たずにアリスさんはグリフォンに乗って空を飛んでいく。相変わらず所作のすべてが絵になる人だ。

 

「ふぇ~……びっくりしました。ゆんゆんさんはよく普通にアリス様と話ができますね」

「私も別に普通には話せてないというか…………苦手なのは苦手なんだけどね」

 

 今は敵対してないだけでいずれ人類最大の敵になるのが確定してるような人だ。アリスさんの部屋を覗く施設を観光施設としてた紅魔の里は個人的に恨みを持たれてるのもあるし。

 

「でも、苦手だからって逃げてたらいつまでもあの人には追い付けないから」

 

 地獄での出来事を経てあの人はまた強くなった。条件を整えれば間違いなく世界最強……条件が揃ってなくてもあの人に確実に勝てると言えるような人間は最高級のマナタイトをたくさん持った私の親友くらいかもしれない。

 

「…………追いつくつもりなんですか?」

「うん。当然でしょ? 私はベルゼルグの切り札である紅魔族の長で…………最年少ドラゴンナイトの妻なんだから」

 

 夫に守られるだけの妻になるなんてつもりは全くない。『双竜の指輪』のおかげで絶望的な差でもなくなっている。

 なら、研鑽し続けてればきっといつか追いつけるはずだ。

 

「やっぱり凄いですね、ゆんゆんさんは……」

「そうかな? 私が凄いならロリーサちゃんも凄いと思うけど……」

 

 ロリーサちゃんの夢を見せる力は本当に凄いと思う。

 

「リリス様の完全下位互換でしかありませんけどね……」

「それは…………そうかもしれないけど…………」

 

 サキュバスクイーンなあの夢魔さんが普通のサキュバスであるロリーサちゃんより凄いのはある意味当然だ。年若い方だと言うロリーサちゃんがそれに近しい力があるのは本当に凄いと思うんだけどなぁ。

 

「あなたはまだ、そんなことを言っているのですか。あなたは自分が思っている以上に特別だと何度も教えたはずですが……」

「リリスさん」

「り、リリス様!?」

 

 相も変わらずメイド服に身を包んだサキュバスの女王はため息交じりに私たちの元へ歩いてくる。

 

「い、いつから聞いていらっしゃったんですか!?」

「アリス様がグリフォンで飛び去ったあたりからですが? 気づいていなかったの? ゆんゆん様は気づいていらっしゃったようなのに……」

「え……?」

「えと……まぁ、リリスさんがいるなぁとは思ってたかな?」

 

 『マジックキャンセラ』を実戦レベルにするために魔力の流れを感じれるようになる必須だった。受肉してるとはいえその本質が精神生命体である悪魔は意識しなくてもその気配を感じ取りやすい部類だ。

 

「地獄での経験で少しは成長したかと思いましたが…………いつも言っているでしょう? ダスト様の使い魔として恥ずかしくないよう精進しなさいと」

「そんなこと言われても、普通のサキュバスの私にそんなこと出来るわけ……」

「言い訳はいいです。少しでも魔力の扱いに慣れるように城を百周飛んできなさい」

「…………え?」

「え?じゃありません。飛んできなさい」

 

 この空飛ぶお城。王城ほどではないけれど城と言うだけあって当然それなり以上の大きさはある。城の周りを一周するとなると結構な距離があるわけで、それを百周となると言うまでもなくアレだ。

 ただでさえ私を連れて飛んできて息も絶え絶えだったのを考えれば、相当きついだろう。

 

「…………嫌と言ったらどうなりますか?」

「上位の悪魔である私の命令が聞けないと? まぁ、言ってもいいですが、その場合は折檻──」

「──飛んできます!」

 

 リリスさんの言葉を最後まで聞かず嫌がってたのが嘘のような速さで飛んでいくロリーサちゃん。

 よっぽどリリスさんの折檻が怖いらしい。

 

「はぁ…………本当に申し訳ありません、ゆんゆん様。お見苦しい所を見せました」

「いえ、別に見苦しいとかそういうのは全然思わないんですが…………リリスさんってロリーサちゃんにだけ当たりが強いですよね?」

 

 基本的にはどんな相手にも畏まって対応してるのがリリスさんだ。サキュバスクイーンだからサキュバス相手だけなら強く接してるのかなと思ったけど、地獄での様子を見る限り普通のサキュバス相手でも畏まってはなくとも丁寧に接していた。例外は折檻する時とロリーサちゃんに接するときだけだ。

 

「あの子には強くなってもらわないと困りますから」

「? 困るって……どうしてですか?」

 

 もともとサキュバスは戦う力を持たない種族だ。例外はその長であるリリスさんとドラゴン使いと真名契約をしてるロリーサちゃんくらいで、それにしても直接的に戦う力はない。

 そんなわけだからむしろロリーサちゃんは普通のサキュバスとして考えれば破格の力を持ってるくらいだと思うんだけど……。

 

「あの子には私の後を継いでもらう予定ですので」

「はぁ、なるほど。確かにリリスさんの後を継ぐなら強くないと…………って、はい!?」

 

 継ぐって…………ロリーサちゃんがサキュバスクイーンになるということ!?

 

「今すぐではありませんが…………あの子の力が私を越えたらすぐにでも譲る予定です」

「えーと…………もしかしてロリーサちゃんってサキュバスの王女様とかだったんですか?」

 

 だとしたら結構失礼な扱いをしてたような気がする。頬っぺたつまんだり頬っぺた引っ張ったり頬っぺたムニムニしたり……そんなこと沢山してた気が……。

 

「いえ? あの子の生まれは普通ですよ。そもそもサキュバスは全て私の娘ですから、王女というのであれば私以外のサキュバスすべてが当てはまります」

「じゃあ、どうしてロリーサちゃんが?」

 

 サキュバスが全員リリスさんの娘というのは割と驚きの事実なんだけど、だとすればどうしてロリーサちゃんが後を継ぐという話になるんだろう?

 

「もちろんダスト様…………稀代のドラゴン使いとあの子が真名契約を結んだからですよ」

「えっと…………そんなに特別な事なんですか?」

 

 確かに真名契約をしてからのロリーサちゃんの成長は著しいけど。でも、それはダストさんと契約してるからで、ダストさんが死んだら元に戻るだけじゃないのかな。

 

「ドラゴン使いと真名契約するということはドラゴン使いが共有するドラゴンの魔力や生命力を与えられるということです」

「はい」

 

 だからこそ、ロリーサちゃんは普通のサキュバスよりも強く相手に夢を見せられる。

 

「ドラゴンの生命力…………つまりは高純度の精力を常に誰よりもあの子は与えられているのですよ」

「そうなんですか? その割にはロリーサちゃん、ダストさんから精力貰えない時はお腹減らしてますけど」

「それは食事をしていないですからね。気づいていないだけで今のあの子は点滴のように精力を与え続けられてますから、食事をせずとも餓死しない状況なのですよ」

 

 点滴? それが何かはよく分からないけど食事をしなければお腹は減るけど、真名契約で精力自体はきちんともらえてるってことかな。

 

「それで、高純度の精力を貰い続けてるロリーサちゃんは強くなるって事ですか?」

「はい。遠くない未来にあの子は私の力を超えるでしょう」

「はぁ、リリスさんをですか…………それは凄いですね」

 

 ダストさんをして戦いたくない言わしめるのがリリスさんだ。私も単純なステータスではリリスさんに負けてないと思うんだけど、実際に戦って勝てるようなイメージは沸かない。単純な強さとはまた別の次元の凄さを持つのがリリスさんだ。ある意味じゃおちょくるモードのバニルさんの無敵っぷりに通じるものがある。

 

 

 

「とにかく、リリスさんがロリーサちゃんに厳しいのは、早く強くなってもらいたいからなんですからね」

「はい。サキュバスという種族を背負う以上、中途半端な強さではいけませんから」

 

 そういう理由なら仕方ないのかな。ちょっとロリーサちゃんが可哀そうだと思うけど、これは必要な厳しさかもしれない。私も族長として紅魔を背負っているだけに、その責任の重さは分かってるつもりだ。

 

「ん…………もしかして、メアちゃんをロリーサちゃんに預けたのもその一環何ですか?」

 

 ロリーサちゃんが立派なサキュバスクイーンになるために必要だったりするんだろうか?

 

「そうですね。それも一つの理由です。同じ夢を司る悪魔として、悪夢であるあの子と交友を結ぶのは必ず利になるでしょう」

「それも…………ということは、他にも理由があるんですか?」

「あります。ありますが…………それを私の立場で言うことは叶いません」

 

 叶わないって…………バニルさんの命令だからとか?

 

「ただ言えるのは…………できれば、あの子の友達になってあげてください。あの子は悪夢という種族を全て背負っていますが…………その見た目通り幼い子供なのです」

「と、友達!? 友達になっていいんですか!」

 

 あんな可愛い子と友達になっていいって本当に?

 

「…………、いえ、その反応は流石に予想外と言いますか…………私とも友達になりますか?」

「なります!」

 

 今までリリスさんのこと怖い人だと思ってたけど、こんなに簡単に友達になってくれるとかすごくいい人かもしれない。

 

「…………ゆんゆん様は、何て言うかあれですね…………悪魔に騙される典型的なタイプですね」

「友達に騙されるなら本望ですよ?」

 

 本当に私が酷いことになりそうになればきっとダス君が助けてくれるし。それに悪魔と友達になるという意味は誰よりも分かってるつもりだ。

 

「えっと…………ゆんゆん様何というか…………重いですね」

「重いって何がですか?」

 

 特に何か変なこと言った覚えはないんだけど。

 

「いえ……はい。そんな感じであの子とも友達になっていただけたらありがたいです。それがあの子にとってもゆんゆん様達にとっても最善へと続くでしょうから」

「よく分かりませんけど友達が増えるなら喜んで」

 

 でも、どうやってメアちゃんと友達になろう?

 

「リリスさん、どんな感じでメアちゃんと友達になればいいと思います?」

「普通に友達になればいいと思いますが……」

「普通にやって友達が出来るわけないじゃないですか」

 

 普通で友達ができるなら私の人生こんなに苦労してない。

 

「いえ、あの…………はい。とりあえず先にダスト様に友達になってもらって、そこから紹介してもらうとかはどうでしょう?」

「それです! 完璧な作戦ですね!」

 

 流石はリリスさん。ここまで自然に友達になる方法を考え付くとか、伊達にサキュバスの女王様をやってない。

 

「普通とは……完璧とは一体……?」

 

 何故か微妙そうな顔をしているリリスさんを少し不思議に思いながらも、私はそれ以上に友達が増えることにわくわくしてるのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ぞくちょうのおしごと!

「ダス君、本当に大丈夫?」

「大丈夫だって言ってんだろ。ちゃんと仕事の内容は頭の中に入ってる」

「本当かなぁ……」

 

 ただでさえ今回の仕事はチンピラなダス君には不向きな仕事だし、当然ながらそんな仕事にやる気があるようにも見えない。

 私だってちゃんと出来るか不安な仕事なだけに心配は絶えなかった。

 

「はぁ……じゃあ、もういちど仕事の内容を確認するか」

「そうしよっか。私も自分の方が心配だし」

 

 息を整え、私は自分自身に覚えさせるように記憶を掘り起こす。

 

「今回の仕事は護衛任務。対象は──」

「アイリスだろ?」

「アイリス『様』だよ?」

 

 今回は以前のようなほぼ身内しかいないような護衛任務じゃない。アイリスちゃんをいつものようにちゃん付けや呼び捨てなんかしたら結構な問題になるはずだ。

 

「へいへい、アイリス様アイリス様」

「……本当に気をつけてよ?」

「俺はどっちかってーとお前のほうが心配なんだかな」

 

 確かに私も心配だけどダス君ほどじゃないと思う。

 

「ま、仮に間違ってもお前は大丈夫だろうし、別にいいっちゃいいが」

 

 ?それはどういう意味なんだろう。公式の場以外はそんなに畏まらなくてもいいとは言われてるけど、流石に公式の場じゃそういう訳にはいかないはずなんだけど。

 

「それで、護衛の舞台は『悪魔の種子』に纏わる事件すべてを乗り越えた事に対する祝勝会。ベルゼルグだけでなくいろいろな国の王族貴族が出席しているパーティー」

「あの国以外の……だろ?」

「うん。……ダス君の故郷の国はそもそも悪魔の種子による被害がほぼゼロだったから、不参加らしいね」

「一体何をどうやったら被害ゼロになるんだか。アクアのねーちゃんの非常識さのおかげで人的被害はほぼなしになったが、司令系統はどの国もめちゃくちゃになってんのに」

 

 いろいろあって誰かが苦労した結果か。死魔によってめちゃくちゃにされた世界は、人の生き死にという面では軽微な被害で落ち着いた。

 けれど悪魔の種子によって出た被害はそう簡単な話だけではない。

 無理矢理とはいえ互いに争った人同士の亀裂は当然残っているし、一部には自ら悪魔化し敵対した人もいる。自由気ままな冒険者はそれほどでもないけれど騎士や兵士といった人たちの連携には大きな障害が残った形だ。

 それらにどのような対処をしたかは各国によって様々だけど、どのような対処であれ弊害が出るのは当然だ。

 

「ま、あの国の事については今は関係ないか。で? 場所と護衛対象は確認できたが、誰から守ればいいんだ? それは聞いた覚えがねぇぞ」

「…………あれ? 言ってなかったっけ?」

「言ってねぇな」

 

 …………。まぁ、そんなこともあるよね。

 

「というか、ちゃんと分かってるって言ってたのに……」

「どうせその辺りは貴族かどっかの王族の配下の暗殺者って相場が決まってるからな。誰が親玉かは護衛の仕事にはそこまで影響しねぇよ」

 

 知ってるにこしたことはないがなとダス君。やっぱりというかそんなにやる気はないらしい。

 

「襲撃してくるのを予想されてるのはジャティス王子派の子飼いの暗殺者だって」

「あん? ジャティス派の子飼いがなんでアイリスを殺そうとするんだ? あいつもベルゼルグの王様もシスコン親バカだってのに」

 

 本当この人大丈夫かな……。王子や王様をシスコンや親バカ扱いって掴まって処刑されても文句言えない気がするんだけど。いや、一応昔一緒に戦ったことある知り合いらしいのは聞いてるけど。

 

「それを説明するには今現在アイリスちゃんが王位を継ぐことが主流になってることを説明しないといけないかな」

「はぁ? 第一王子のジャティスを差し置いてアイリスを王様にするって? 誰だよそんな馬鹿なこと言いだしたのは」

「ベルゼルグの王様と第一王子ですかね……」

 

 私もその話を聞いたときは本当に頭抱えたんだけど。

 

「なんでそんな馬鹿なことをあいつらは言いだしてんだ……」

「どこかの勇者様が魔王を倒してお姫様を娶る権利を手に入れたかららしいよ?」

「はぁ?…………、あいつらまさかアイリスを嫁に出したくないから王様にしようとか馬鹿なこと考えてんのか!?」

「考えてるみたいですね……」

 

 カズマさんが手に入れたのは姫、王女を娶る権利だ。女王様を娶る権利じゃない。つまりアイリスちゃんが王様になれば御伽噺から続く勇者が姫を娶る話にはならない。

 

「そりゃ、ジャティスを擁立してた奴らもアイリス殺そうとするわ。王様になる勝ち馬に乗ってたと思ってたのにいきなりなくなるんだから」

「私は少し意外だったけど。ベルゼルグもその辺りはドロドロしてる派閥争いがあったんだなって」

「これくらいは他の国に比べれば可愛いくらいだと思うがな。つか、親バカとシスコンに素直に従う奴らというのもちょっと問題あるだろ」

 

 まぁ、方法はちょっと擁護できないけど、アイリスちゃんを王様にするのが正しいとは私も思わない。それをアイリスちゃんが望んでるとも思えないしね。

 

「ま、アイリスを殺すって方法取るのは流石にアホだと思うが」

「だよね。アイリスちゃんを殺せるはずないのに」

 

 元からその作戦は破綻してると思う。

 

「ん? それは違うだろ。そういう計画があるって事は殺す方法はちゃんとあるんだろうよ」

「え? あのアイリスちゃんを?」

「そりゃアイリスは人類最強クラスに強いが、パーティーの場じゃ鎧や聖剣も持てない。人がたくさんいりゃ魔法も使えない。その状況ならアイリスを殺せる奴はそれなりにいると思うぜ?」

 

 …………確かに、パーティーって場所じゃ言うほどアイリスちゃんも無敵じゃないのかな? ドラゴンがいないダス君同様、どのような状況でも最大パフォーマンスを出せるって訳じゃないのは言われてみればそうだ。

 考えてみれば護衛の任務が私たちに来るって事は、そういう可能性が多少であれあるということだし。

 

「じゃあ、アホだって言うのは?」

「仮に成功したら親バカとシスコンに派閥ごと潰されるの目に見えてんじゃねぇか」

「…………つまり、成功しても一緒ということ?」

「というか、こうして俺らに護衛任務が来てる時点で既に失敗して詰んでるようなもんだな」

 

 …………、なんていうかいろいろ残念な人たちなのかな?

 

「それに、仮にバレなかったとしても、この国の最大戦力の一人であるアイリスをこのタイミングで殺すのは本当にアホだよ」

「…………、そう、だね」

 

 それはきっとあの国との戦争を見越した話だ。

 

「なんにしても、俺らはアイリスを守ればいいんだな」

「うん。それで単純な護衛任務と違って問題があってね?」

「問題? なんかあったか?」

「うん、私が言ってなかったのもあるんだけどね?」

 

 普通は言わなくても気づくなぁと思ってたんだけど、この調子だとダス君は意識してなさそうだ。

 

「私たち…………というか、ダス君は今回のパーティーの主賓だからね?」

「…………は?」

「当然だよね? 死魔を倒したのはダス君とドラゴンたちなんだから」

 

 ハーちゃんやミネアさんを連れて行くのは『人化しているドラゴン』なんていういろいろ問題ありまくる存在だったから無理だったけど。特にミネアさんは本当に上位ドラゴンになっちゃってるし。

 代表してダス君がパーティーに参加するのは当然の帰結だろう。

 

「聞いてねぇぞ! 俺はアイリスの護衛だっていうから借りもあるし渋々来たってのに!」

「うん。だから私も嫌だけどアイリスちゃんの護衛だから仕方なく来てるのかなぁと思ってたんだけど」

 

 面倒くさそうではあるけどそんなに憂鬱そうにしてないからちょっとおかしいとは思ってたんだよね。

 

「本当ダス君は自分の事となると無頓着というか……抜けてるところあるよね?」

「それはお前にだけは言われたくねぇが……」

「それで? 今更断るとかは言わないよね?」

「…………断れるわけねぇだろ。アイリスの護衛は必要だし、王族貴族の社交場にお前だけ行かせるのは不安だ」

 

 ? もしかして、ダス君が割と素直について来てたのはアイリスちゃんの護衛ってことだけじゃなくて私が心配だったから……?

 

「ふふっ……そっかそっか。じゃあ、そろそろ行こっか」

「ちっ……何笑ってんだよ。本当に仕方なくだからな! あとで黙ってたこと覚えてろよ!」

「どう考えても私はそんなに悪くないから覚えてませーん」

 

 死魔関係の祝勝会だって言うのに自分が主賓だと気づかない方がおかしいもんね。

 くすくすと笑う私を不機嫌そうに睨んでるダス君と一緒に。私はパーティー会場へと向かうのだった。

 

 

 

 

「んー…………やっぱり、ダス君ってまともな格好して真面目な顔してたら文句なしでかっこいいよね?」

「なんでお前は一言多いんだ」

「だって、ダス君が普段からカッコいいのってあんまり嬉しくないし」

 

 女ったらしなダス君とか正直見たくないんだよね。

 

「そーかよ。お前はいつも通り可愛いぜ」

「それもあんまり嬉しくないなぁ……」

 

 こう、特別な格好してるからいつもより可愛いとかそういう風に言われたい。

 

「めんどくせぇ……」

「ふふっ……でも、そんなダス君が私は好きだから安心してね?」

 

 私が好きになった人はどこまでも不器用だけどその奥底にはちゃんと優しさのある、そんなろくでなしさんだ。

 

「へいへい。…………じゃ、入るか」

「うん」

 

 控室で正装に着替えて。いよいよ私たちは貴族王族が集まるパーティー会場へと入る。正直私もダス君も場違い感凄い気がするけど、これも族長としての仕事だ。友達であるアイリスちゃんを守るために気合を入れていかないといけない。

 

「とりあえずあれだ。貴族連中の相手は俺がするから、お前はアイリスとかレインとか以外は後ろで黙っとけばいい」

「え? 流石にろくでなしなダス君が前に出るのはやめといた方がいい気がするんだけど……」

 

 それは、私も貴族や王族に相手するマナーが完璧とは言わないけど、チンピラなダス君よりはマシなはずだ。

 

「はぁ…………お前、俺が誰だったか忘れてるだろ?」

「誰って…………ドラゴンバカでろくでなしでチンピラな私の旦那様だよね?」

 

 実はバニルさんが化けてましたとか? んー……でも、魔力の感じからしてそれはないか。

 

「その顔は完全に頓珍漢な事考えてる顔だな……」

「えっと…………何を言いたいか分からないんだけど?」

 

 一体全体ダス君は何が言いたいんだろう?

 

「本当にお前はろくでなしの俺を好きになったんだな。…………趣味悪すぎて引くわ」

「なんでいきなり貶されてるか分からないんだけど!?」

「別に貶してなんていねぇよ」

「引くとか言ってるのに貶してないとか言われても困るんだけど……」

 

 でも確かに今のダス君の表情に暗い色はない。よく分からないけど嬉しがってる時の顔だ。

 

「ま、とにかく任せろ。紅魔の族長の夫として恥ずかしくない働きはしてやるからよ」

 

 

 そう。私は忘れていた。私の旦那様がかつて何と呼ばれていたのかを。そして何の仕事をしていたのかを。

 

 

 

「おお! ライン殿! 久しぶりですな。この度は死魔の討伐、国を代表して感謝を」

「お久しぶりです、バルドセル王。……姫様と一緒に一度しかお会いしたことのない私の事を覚えてていただき光栄です」

「はははっ、稀代の英雄の顔と名前を忘れるはずもないでしょう」

 

 

 最年少ドラゴンナイトにして王女付きの騎士。隣国の英雄の元貴族。

 それが今はろくでなしになってしまった私の旦那様のかつての姿だ。

 

「今はダストと……ダスト=シェイカーと名乗っております。また覚えていただけたら嬉しく存じます」

「ふむ? シェイカー家は取り潰しになったと聞いておりますが……」

「はい。ですので『家』ではなく単なる姓です。元より私以外血縁のいなかった家ですが、だからこそその名前だけは背負って生きようかと」

「貴殿が望むなら我が国で『シェイカー家』の再興も可能ですぞ。ライン殿……いえ、ダスト殿の功績を考慮すれば侯爵でも文句を言うものはおりますまい」

 

 …………すっかり忘れてたし今もこの光景が信じられないんだけど、ダス君の生い立ちを考えたら礼儀作法は叩き込まれてるはずなんだよね。下級とはいえ貴族の家系だって話だし、王女の護衛の騎士となればこういった場に連れていかれる機会も多いはず。ブランクがあるし完璧というわけじゃないんだろうけど、少なくとも私の目には問題がるように見えないし、私がこれより上手に対応ができるとは思えない。

 いや、本当誰この人?って感じだし、なんだか王様っぽい人がダス君の事を評価してるのも、違和感が凄いんだけど。

 でも、冷静に考えればこの対応が普通なんだよね……。

 

「バルドセルの。抜け駆けはやめてもらおうか。ライン殿もいきなりの話に困っておるだろう。…………ところで、ライン殿。実は私には嫁いでいない年ごろの娘がまだいまして……」

 

 あの? 妻の前で堂々と縁談持ってこないで欲しいんですけど?

 …………と、横からやってきたまた王様っぽい人に言いたいけど、他国の王様にそんなこと言ったら外交問題になりそうだし下手なことは言えない。つらい。

 

「申し訳ありません。バルドセル王、ハースト王。ありがたいお話なのですが、そのお話を今の私は受けるわけにはいかないのです。ご報告が遅れましたが私は結婚していまして…………ゆんゆん」

「は、はい! お、お初にお目にかかります。私、紅魔の里で族長をしております、ゆんゆんと申します!」

 

 ダス君に目配せされ、私はあわてて前に出て頭を下げる。

 うぅ……緊張しすぎてちょっと声が大きくなりすぎた。二人以外にも何事かとこっちを見てる人がいるし恥ずかしい。

 

「ほぉ! 貴女が高名な紅魔族の族長ですか! なんともお美しい女性だ。是非とも友達としてお近づきになりたいですな」

「確かに可愛らしい女性だ。私も是非とも友達になりたいところだ」

「えっ? ええっ!?」

 

 た、他国の王様が私の友達!?そんなことありえるはずが……。

 

「ははは、バルドセル王もハースト王も落ち着かれて下さい。妻は人見知りでこのような場にも慣れておりません」

 

 混乱する私を隠すように王様二人の前に出るダス君。その様子は自然でいつものような荒々しい所作が本当に嘘のようだ。

 

「それは失礼した。ですが、友達になりたいという気持ちに嘘は──」

「──それに、今回のパーティーの主賓は僭越ながら私のようで。……主賓を無視してその妻にばかり構われるのは少し問題があるのではないでしょうか?」

「う、うむ。もちろん貴殿を無視するつもりなど……のう? ハースト王」

「そ、そうだな。この場の主賓はライン殿。もちろん分かっている」

 

 何故だが慌ててる感じの王様たち。特に慌てるような事はなかったと思うんだけど、どうしたのかな?

 それにダス君もちょっと話してただけなのに過保護というか………いや、まぁ、うん。いきなりの話しすぎて困ってたしありがたいのはありがたいんだけど。

 でもせっかく友達が増える──

 

「(おい、ゆんゆん。お前はもういいからアイリスとレインの所へ行っとけ)」

「え?でも……」

 

 正直この状況でダス君と離れ離れになるのは嫌というか…………。

 いや、うん。別に心細いとかそう言うことはないんだけどね? ダス君が王様や貴族の人たちに失礼なことしないか心配なだけで。

 

「(お前今回の仕事忘れてるだろ? 俺はこんな感じだし、出来るだけお前はアイリスの傍にいてやれ)」

 

 そういえば、今回の仕事はアイリスちゃんの護衛だった。ダス君が敬語使ってるのが天変地異レベルの出来事ですっかり忘れてたけど。

 

 

 

「(つか、ぶっちゃけお前が傍にいると面倒)」

 

 

 ………………………………………………

 …………………………………………

 ……………………………………

 ………………………………

 …………………………

 ……………………

 ………………

 …………

 ……

 

「ゆんゆんさん? 大丈夫ですか?」

「はっ!? あ、あれ? レインさん? いつの間に来たんですか?」

「いえ、来たのはゆんゆんさんで私は動いていませんが…………」

「…………えっと、はい。すみません、ちょっと頭が動いてなかったみたいです」

 

 あのダス君に面倒とか言われたのがショックすぎたらしい。それはもちろん戦闘面じゃまだ少しは邪魔扱いされても仕方ないかなって思うけど、まさかこういう公的な場でチンピラなダス君に邪魔扱いされるとか欠片も想像してなかった。

 

「本当に大丈夫ですか? まぁ、ゆんゆんさんはこういう場は初めてとの事。貴族王族の対応に苦労するのは仕方ないでしょうが」

「? いえ、さっき王族の方と話させてもらいましたけど、結構友好的でしたよ?」

 

 なんか友達になれそうな感じだったし。

 

「…………、なるほど。だからダスト殿はゆんゆんさんだけを私の元に向かわせたんですね」

「? どういうことですか?」

 

 もしかして、ダス君が私を邪魔者扱いした理由がレインさんには分かってるのかな?

 

「その王族の方たちは、ダスト殿と話している時よりもゆんゆんさんと話している時の方が友好的ではなかったですか?」

「んー…………そうだったような?」

 

 少ししか話してないからきっちりと判断は出来ないけれど。ダス君と話してた時より私と友達になりたいと言ってくれた時の方が熱が入ってたような気はする。

 

「やはりそうですか。……まぁ、普通に考えればそうなりますよね」

「どういうことですか?」

「つまり、ゆんゆんさんは他国の王族や貴族にとってとても魅力的な存在ということですよ」

「え…………そんなこと言われても私はダス君一筋だし困っちゃいます」

 

 もしかしてダス君が私を面倒だって言って追い払ったのも嫉妬してくれたから? だとしたらそれは嬉しいな。

 

「いえ、そういう意味ではなく、外交するうえでゆんゆんさん…………紅魔族の族長であるゆんゆんさんと交友を結べるのはとても魅力的という話です」

「?? あんな変人たちの集団の族長である私と交友結ぶことが魅力的?」

 

 アクシズ教徒に比べたらかわいいくらいだけど、あの里の住人は本当非常識な人ばかりだ。そんな里の族長してるからって交友結びたいってなるかな? むしろ私なんかアクセルの街で紅魔族ってだけで敬遠されてた節があるのに。

 

「まぁ紅魔族の方に変な方が多いというのは否定できませんが……」

「少しは否定してくれてもいいんですよ?」

「えっと…………アクシズ教徒の方に比べたら常識的ですよね」

 

 それは全く否定になってません。

 

「とにかく。多少変人とはいえ紅魔族がもたらす益は凄いんですよ。単純な戦力で行ってもあの国の『騎竜隊』と二分にする最強集団。それだけでなく魔法で作られた豊潤な農作物、魔力が込められた高性能な武器防具に他の追随を許さない高性能な魔道具の数々と経済的にも強大な影響力を持つ…………それが紅魔の里です」

「えっと…………それ本当に紅魔の里の話ですか?」

 

 確かにそう言われてみれば里にある武器防具や魔道具ほど高性能な品は王都でも見かけないけど。でもあんな変人がすんでるの以外はどこにでもありそうな里がそんなすごい里のはずが……。

 

「だから、以前にも言いましたよね? ゆんゆんさんは自分やダスト殿の特殊性を理解してくださいと」

「言われましたけど…………えぇ……本当に?」

 

 他国の王族が友達になろうって言ってくるほどの影響力があの里にあるの?

 …………え? 私そんな里の族長なの?

 

「そ、そんなことより、今日はレインさんとアイリス……様だけなんですか? クレアさんやダクネスさんは……」

「現実逃避気味に話を変えましたね。…………クレア様は暗殺を企てた貴族を追い詰めてます」

「あー…………クレアさんはアイリス様が大好きですもんね」

 

 今がどの段階かは知らないけれど、最終的に企てたというジャティス王子派の貴族は痛い目見るのは間違いなさそうだ。

 

「それでダスティネス卿ですが…………勇者様がこのパーティーに参加するのを必死で止めてもらっています」

「カズマさんをですか? 別に参加させてあげてもいいと思いますが……」

 

 今回が死魔討伐を記念してのパーティーならカズマさんパーティーも十分以上に参加する権利があると思う。

 

「前回のパーティーでベルゼルグ史上最悪の汚点を作っていなければもちろん参加してもらいましたが……」

「何をしたんですかカズマさんは…………」

 

 もしかしてアイリスちゃんを王様にしてまでカズマさんに嫁がせないようにしてるのはその件が影響してるのかな?

 

「ある程度分かっていたことですが…………カズマ殿に権力を渡したら碌なことになりませんね……」

「あー…………まぁ、少しは私も想像つきます」

 

 お金や権力がない時のカズマさんは凄い常識的な人なんだけどね。今は既にお金を使いきれないくらい持ってて…………それでいて勇者というある意味唯一無二の権力を持っている。

 こういう場じゃ厄介な人だろうなぁ……。実際お金と権力に見合った実績はあるだけに本当に。

 

 

 

「はぁ…………でも、そっかぁ……せっかく友達が増えると思ったのに目当ては私自身じゃなくて私の立場だったんですね」

「あ、現実逃避は終わったんですね」

 

 まぁ、いつまでも現実逃避してても仕方ないですしね。ちゃんと自覚するところは自覚してないと今後もダス君に『面倒』言われちゃうし。

 

「んー…………でも、やっぱり違和感がありますね。私に紅魔族の族長としての立場があるのは分かりましたけど…………それでも、ダス君より私を優先するのは変じゃないですか?」

「…………え?」

 

 これでも族長だ。紅魔の里がどれだけ特殊か……相対的にどれだけの価値があるかは分かってなくても絶対的にどれだけ価値があるかは分かっている。その上で私の価値がダス君…………最年少ドラゴンナイト以上だとは思えない。

 

「ダスト様の異常さはゆんゆん様や実際に公爵級悪魔と戦ったものにしか分からないと思いますよ」

「アイリスちゃ………様。」

「ちゃんでもいいですよ? 近くに他の国の方はいらっしゃいませんし。…………それに、この場ではそう呼んでもらった方がいろいろ都合がいいですしね」

 

 一通り挨拶をしてきたんだろうか? 少し疲れ気味の様子のアイリスちゃん。都合がいいって何のことだろう?

 

「アイリス様? ダスト殿が強いことは私もよく分かっていますが、それでも紅魔の里の戦力や経済力より優先されるものとは流石に思えないのですが……」

「まぁ、どんなに強くても、里の影響力を考えればそれを超えるほどの価値を見出すのは難しいでしょうね…………常識的な範囲では」

 

 レインさんの言いたいことは分かる。仮にダス君とドラゴンたちが紅魔の里の総勢より強いとしても、戦力だけで戦力と経済力両方含めた影響力を超えるのは難しい。

 でも、紅魔の里で生まれ育ち、魔王討伐を経験した私が。勇者パーティーや公爵級悪魔、不死の王や勇者の国のお姫様、そんな世界最強クラスの存在と友達である私が。その背中を追いかけようとして一度は絶望した…………それが私の旦那様だ。

 

「公爵級悪魔は『天災』…………そんな表現すら生温く感じる存在でした。相性もあるのでしょうが、それを差し引いても…………『切り札』抜きで公爵級悪魔を滅ぼしたダスト様は間違いなく『天災』ですよ」

「……もしかして、アイリスちゃんもダス君の『切り札』を知ってるの?」

 

 私を守るためにダス君が手に入れた『切り札』。エンシェントドラゴンとの契約の約束を。

 

「知りはしませんが…………想像はついています。だからこそ私は────っ!」

 

 銀色の光。頭上から突如振ってきたその刃をアイリスちゃんはレインさんを連れて避ける。

 

「ふん……流石は聖剣の王女様と言ったところか。だが、無手であり足手まといが多数いるこの場で避け続ける事は出来ないだろう?」

「さぁ、どうでしょうか。そもそも避ける必要もないかもしれませんよ?…………レインは下がっていなさい」

「ですが、アイリス様!」

「もう、大丈夫ですから」

 

 アイリスちゃんとレインさんのやり取り。それを横目にしながら私は自分のやることをして、そして終える。

 

「ダス君!」

「おう、後は任せろ!」

 

 私は魔法で『子竜の槍』を取り出し駆けてきたダス君に渡す。

 ……後はダス君に任せて私は──

 

「最年少ドラゴンナイトか。お前の存在は当然知っているが…………だが、お前も一緒だ。この場では俺に勝ち目はない」

 

 暗殺者の武器は短刀2本。騒ぎで距離を取っているとはいえ人の多いこのパーティー会場で戦うと考えれば槍のダス君が不利なのは確かだろう。人がいなくなるまで暗殺者さんが大人しく待ってくれるはずもないし。

 

(……というか、むしろ見学してる…………?)

 

 我先に逃げ出すと思ってたんだけど、王族貴族の人たちは逃げ出さずに護衛の影に隠れてこっちを観察してる。正直邪魔だしいなくなってもらいたいんだけど…………何か残る理由があるのかな?

 

「さぁな。やってみないと分かんねぇだろ。…………こいよ、ダスト様が相手してやる」

「英雄風情が舐めるな! 光に溢れた生温い道を歩んできた貴様らに闇を這いずって生きてきた俺の邪魔が出来るものか!」

 

 挑発するダス君に銀色の光が襲い掛かる。その速さは私が知ってる人の中でも上位…………速さだけなら近接戦闘を得意とするミツラシさんやアイリスちゃんを越えてるかもしれない。

 

「おーおー、怖い怖い。成功しても死ぬ任務をやってる奴は覚悟が違うね」

「馬鹿にするな! くっ……これを避けるとは流石だな」

「これくらいで褒められてもな…………死魔はもっと速かったぜ?」

 

 公爵級悪魔より速い人間がぽこじゃかいられても困ります。

 

「だが────こうすれば避けられまい!」

 

 ダス君が避けの動作をした隙に暗殺者はその横をすり抜ける。その刃はアイリスちゃん──

 

「──ま、避けられるんじゃそう来るよな」

「だ、ダスト殿……」

 

 ──のさらに後ろ。レインさんだ。避けられる可能性の高いダス君やアイリスちゃんが庇うざるをえないレインさんを狙う……それは確かにこの状況じゃ定石に近い。

 でも、その定石はかなり効果的だろう。

 

「あんまり動くなよ、レイン。じっとしてたらどうにかしてやるから」

「馬鹿な…………長物のの槍で何故、俺のナイフを捌ける」

「何故って言われてもな…………くぐってきた修羅場が違うんじゃね?」

 

 それが普通の相手だったらだけれど。『子竜の槍』を……ドラゴンの力を借り、槍を操るダス君を相手にするには定石では足りない。すぐ近くでレインさんを庇いながら、ダス君は銀閃を槍を使って器用に捌いている。

 

「修羅場だと? 英雄として輝かしい道を生きてきた貴様に裏の世界を今日まで生き抜いてきた俺が修羅場の数で劣っているなんてことがあるものか!」

「そーだな。今の俺が英雄かは置いとくが、表の世界をずっと生きてきたのは否定しねぇよ。お前みたいな裏家業の人間がどんな生き方してたかなんて知らねぇし興味もない」

 

 だが、とダス君は、

 

「俺やあいつが歩んできた道が温いだけの道なんてのはいくらでも否定してやる──よっ!」

 

 強く打ち2本のナイフを弾き飛ばす。回転しながら飛んで行ったナイフは、

 

「おみごと、です」

 

 アイリスちゃんがそのまま回収した。

 …………あの? 回転して飛んできてるナイフを、しかも刃の部分を直接キャッチするとか危なくないかな? いくら強いといっても自分がお姫様だってちゃんと覚えてるのかな。

 

「さて、ゲームセットだな。この距離じゃ新しいナイフ出す前にお前を倒せる」

「ふ……ふふっ…………流石は最年少ドラゴンナイトと言ったところか」

「聖剣持ったアイリスは今の俺より強いけどな」

 

 終わったかな? ここから暗殺者がアイリスちゃんを殺す方法はもうなさそうだ。

 

 

「だが、任務だけは果たせてもらう!」

 

 それはきっと『爆発魔法』だろう。会場全体を巻き込んで自分事アイリスちゃんを魔法で殺そうとした暗殺者は、

 

「っ!? 何故だ!? 何故発動しない!?」

 

 いつまでも発動しない魔法に困惑の声を上げる。

 …………ふぅ、上手く行ったみたいだね。

 

「負けたと見せて油断したところを魔法でボンか。悪くねぇ定石だな」

 

 そう、使い古された定石だけれど、定石とは有効な手だからこそずっと使われてきたものだ。勝負が決まったと思う瞬間ほど人が油断するタイミングはない。

 

「でも、残念だったな。俺の嫁さんの前で魔法使いたきゃせめて『爆裂魔法』でも覚えてくるんだな」

「『マジックキャンセラ』だと!? スクロールでも『爆発魔法』を消せるものなど存在しないはずだ!」

 

 まぁ、普通にポイント稼いでたら不可能なレベルだよね。

 初級魔法を消すのに20ポイント。中級魔法消すのにさらに20ポイント。上級魔法消すのにその上20ポイント。爆発魔法やライトニングブレアのような最上級の魔法を消すのには40ポイント使った。才能がよほど有り余ってる人やスキルポーションなしではマジックキャンセラだけにスキルポイントを費やしても無理な領域だろう。

 ちなみに爆裂魔法を消すにはここからさらに100ポイント消費しないといけないらしい。極めるのに200ポイント使うとか誰かこの魔法極めた人いるのかな。

 

「まぁ、そうだが…………うちの嫁さんも頭のおかしい親友同様に人間辞めてきてるからな」

 

 流石にめぐみんに比べたら普通というか…………あなたが言いますかそれ?

 

「ま、ご苦労さん。──後は任せるぞ、レイン」

「ほ、本当にあっさり倒されますね、ダスト殿」

 

 みねうちをして暗殺者を気絶させたダス君は、警備の兵から渡された縄を使って手際よくその体を縛って動けなくする。

 

「地獄で死ぬほど悪魔と戦ってなきゃ負けてたかもしれねぇけどな」

 

 まぁ、確かに鈍ってる頃のダス君じゃちょっと厳しい相手だったかもしれない。今のダス君でも普通の槍だけで勝てたかどうかは微妙な所だろう。

 …………本当、条件次第で全然強さが違う人だなぁ。

 

「よ、アイリス。無事か?」

「だ、ダス君!? アイリスちゃんの事はアイリス様ってちゃんと呼んでって言ったよね!」

 

 今も、他の王族や貴族は会場内にいる。王族を呼び捨てなんてしてたらベルゼルグの信頼問題に……!

 

「それをお前が言うか。…………ま、別にいいだろ? アイリス」

「はい、ダスト兄さま。私とダスト兄さまの仲ですから」

「に、にににに、兄さま!?」

 

 いつの間にダス君の事をそんな風に呼ぶように!? 

 

「ゆんゆん姉さまも本当にありがとうございます。…………この状況です、いつも通り、そしてさっきのように呼んでもらってもいいですからね?」

「ね、ねねねねねねねね!?」

「何を壊れてんだこのぼっち娘は」

 

 はぁ、とため息をつくダス君。なんでそんなに冷静なんだろう。

 

「(ありがとよ、アイリス。合わせてくれて)」

「(いえ……こちらとしても都合がいいので)」

「(本当、お前もしたたかというか…………カズマに似てきたよな)」

「ええ、大好きなお兄様ですから」

 

 …………本当、二人して何の話をしてるんだろう? こしょこしょ話してて聞こえないんだけど。

 

 

 

「ということでレインさん。二人は何を話してるんですか?」

「…………、直接聞けばいいのでは?」

「だって、ダス君に聞いたら呆れられそうだし、アイリスちゃんは忙しそうだし……」

 

 こんな時の知恵袋なレインさんだ。

 

「私も警備の指示で忙しいんですが…………はぁ、なんで私が本来二大貴族の方がするような仕事をしてるんでしょうか……」

 

 優秀だからじゃないですかね? 性格も含めたらというか…………性癖のマイナスも含めたらあの二人より普通に優秀だと思いますし。

 

「周り人はいませんか。…………まぁ、簡単に言うと他国に示したのですよ」

「示したって……何をですか?」

「ベルゼルグとダスト殿やゆんゆんさんとの仲が強固であることをです」

「ん…………ああ、だからダス君の事を兄さまとか私の事をね、ねね姉さまだなんて呼んだんですね」

 

 普段はこんなに仲良くしてますよって主張してたんだ。

 

「ダスト殿としても今更他国の勧誘は煩わしいのでしょうね。利害の一致というものでしょう」

「まぁ、ダス君貴族や王族は嫌いだっていつも言ってますもんね。…………いえ、レインさんやアイリスちゃんはもちろん別ですよ?」

「心配せずとも私も一般的な貴族やベルゼルグ以外の王族は苦手なので配慮しなくてもいいですよ」

 

 …………レインさんもやっぱり苦労してるのかな? 苦手じゃないアイリスちゃん相手でも結構大変そうだし。

 

「それに、今回の件で正直嫌いになりましたしね」

「? 何かありましたっけ?」

「確証はありませんので言えることは。でも、今回の王族や貴族の方の動きを考えれば確信はあります」

 

 …………そういえば、暗殺者の乱入なんてのがあったのに多くの王族貴族は逃げ出さなかったっけ? もしかしてそれって──

 

「──何をいつまでもつまんねぇ話してんだよ。帰るぞ、ゆんゆん」

「ひゃん! い、いきなり背中をつーっってしないでよ、ダス君!」

「んだよ、胸揉んだ方が良かったか?」

「いいわけないでしょ! というか、騎士さんモードはもういいの?」

 

 まだ貴族や王族がこっちに視線を向けてるのが分かる。

 

「パーティーは終わったからな。もう主賓としての仕事は終わりだ」

「そっか…………流石にこの状況じゃパーティー続けるわけにはいかないよね」

 

 だとしても、他国の目があるのにチンピラさんモードになっていい理由は分からないけど。

 

「……なんだよ? 怒ったと思ったらいきなり嬉しそうな顔しやがって」

「んーん? 別に何でもないから気にしなくていいよ? それより、帰るんでしょ?」

 

 ダス君の腕に抱き着きながら私は思う。

 思って……結局口にすることにした。

 

「やっぱり、私いつものダス君の方が好きだな」

「そうかよ。やっぱりお前趣味が悪すぎるぜ」

 

 いつも通り口が悪い旦那様と一緒に。私は族長として初の大仕事を終えるのだった。




最近日常説明回が多かったので次回は日常コメディ回の予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

はじめてのおつかい

────

 

「あおい、何を買うかちゃんと覚えてる?」

「ん、たまごひとぱっくきゅーじゅーはちえりす」

 

 紅魔の里を手を繋いで歩く黒髪紅眼の少女と幼女。ジハードとあおいだ。

 

「偉いね、あおい。ちゃんと覚えてるんだ。それじゃどこで買うか覚えてる?」

「しょうぎょうく」

 

 今日はあおいの初めてのお使い。ママに頼まれた卵を買いにお目付け役のジハードと一緒に特売の卵を買いに向かっていた。

 

「うん、そうだね商業区だね。じゃあここがどこか教えてくれる?」

「わかんない」

「うん、そうだね迷子だね」

 

 ため息をつくジハード。途中まではあっていたが分かれ道で逆を選んだ時点でこの結果は分かっていた。それでも今回のジハードはあくまでお目付け役の付き添いだ。危ないことや致命的なミス以外は出来るだけあおいに任せるというのが彼女の親たちのお願いだった。

 

「それじゃ、どうしようか?」

 

 ここで自分に助けを求めてくるならジハードは手を引いて歩いていくつもりだった。

 

「だれかにきく」

「…………誰かって誰に?」

「わかんない」

 

 しかし、当のあおいにはそのつもりは全くないらしい。

 

「あんしんしてね、はーねえちゃん。あおいがちゃんとしょうぎょうくにつれていくから」

「…………、うん、そうだね安心だね」

 

 というより、むしろ自分が保護者のつもりらしかった。

 

 

 

「あ、くつやのニート」

「ん? あおいとジハードか。相変わらず見るたびに大きくなってるな。ちなみに俺は靴屋ではあるがニートではないぞ」

 

 二人で手を繋いで里を彷徨って。辿り着いたのは世界に名だたる頭のおかしい爆裂娘の実家の近く。そこで出会ったのは里一番のニートと評判のぶっころりーだ。

 

「お久しぶりです、ぶっころりーさん」

「そんなに久しぶりでもないだろ。…………いや、前にあった時はこんなに大きくなかったし、実は結構経ってるのかな? なぁ、あおい、お前今何歳だ?」

「にさい」

「お前のような2歳児がいるか。…………いや、絶対おかしいって。どう見ても5歳児くらいだろ。そけっとが5歳の時と同じくらいの大きさだから間違いないわ」

「あ、あはは…………」

 

 実際あおいが生まれたからこの世界で2年の時しか流れていないのに嘘はない。けれどちょくちょく地獄に遊びに言ってる影響であおいにしてもジハードにしても本来の時間の流れより成長していた。

 

「くつやのニートはここでなにしてるの?」

「だから俺は靴屋ではあるがニートじゃないって。誰だ俺の事ニートだなんてあおいに吹き込んだのは」

「こめっこねぇ」

「…………あいつかー。アクセルから里に帰ってきたのはいいが、相変わらずやんちゃ系というか魔王系というか…………。大きくなってもトラブル起こす体質は変わってないんだよな」

「まぁ、こめっこさんは大物なので普通の尺度で測ろうとするとそうなるかと。あの年で既に上級悪魔と本契約してて、バニルおじちゃんとも仮契約してるくらいですし」

「……あの子は一体何になるつもりなんだ?」

「さぁ? 世界征服の計画表を主に提出したのは知ってますけど」

 

 それを受けて彼女の主であるゆんゆんがバニルに泣きついて説得の協力を頼んだりしたのはまた別のお話。

 

 

「ねぇねぇ、くつやのニートはニートじゃなかったらなんなの?」

「ふふっ……聞いて驚けよ? 俺はこの間親父の後を継いで靴屋の店長にクラスチェンジしたんだ」

「てんちょー? てんちょーってなにをするの?」

「そりゃあ…………店長は店長だよ」

「…………、そう言えば今日は普通に営業日ですよね? ぶっころりーさんは何故ぶらぶらしてるんですか?」

 

 今いる場所はぶっころりーの自宅付近であり、商業区からは距離が離れている。

 

「…………、ほら? 俺の嫁さん占い師だったけど、バニルさんが相談屋始めてから商売あがったりだったろ?」

「まぁ、売り上げが半分くらいにはなったという話は聞きますね」

 

 単純に占いの精度がそけっとの上位互換ということが一つ。また紅魔族とってバニルの『地獄の公爵』という称号はかなり琴線に触れるものなのが一つ。

 紅魔の里随一の美人とも呼ばれていたそけっとの器量の良さからすべての客が奪われるということはなかったが、半分になればそれだけで生計を立てるのは厳しい。

 

「だから、うちの靴屋で接客を担当してもらってるんだよ」

「はい、知ってます」

「凄いよね。そけっとが接客を始めてから店の売り上げが倍になったんだよ。やっぱりむさくるしい男より可愛い女の子がいいんだよね。そけっと可愛いよそけっと。それにそけっとは売り方も上手いんだ。在庫が捌けていないものを逆に店舗に並べるのを少なくして売れてるように見せたりしてるんだよ。そけっと賢いよそけっと。毎日店の掃除もしっかりしてくれるし、以前と比べて清潔感溢れるようになったんだ。そけっと家庭的だよそけっと──」

「──すみません、長くなりそうなので要件だけいいですか? つまり、ぶっころりーさんは接客はそけっとさんに任せて靴を作ってるということですか?」

 

 いつもの病気が出たぶっころりーの話を中断させてジハード。聞いてる時間ももったいないし、そのまま聞いていたら気持ち悪くてサンダーブレスを食らわせそうになるから仕方ないだろう。

 

「…………、靴は親父が作ってるよ」

「えっと…………ぶっころりーさんは店長として何をしてるんですか?」

「…………、自宅警備とか? ほら、俺は自警団の仕事もあるしさ」

「ばいばい、くつやのニート。ちゃんとしごとしろよー」

「えっと…………うん。じゃあぶっころりーさんさようなら」

 

 話は終わったとばかりにぶっころりーに背を向け歩き出すあおい。ジハードもそれに手を引かれぶっころりーに別れの挨拶をする。

 

「仕方ないだろ!? そけっとには店にいると売り上げ落ちるから邪魔と追い出されるんだよ! それにもともと俺は靴屋を継ぐのだっていやだったんだ! 俺にはもっと俺に適した素晴らしい職が──」

 

 去る二人に後ろからニートが何やら言い訳じみたことを叫んでいたが、二人は当然のごとく無視して歩いて行く。あおいはともかくジハードの方はせめてもの優しさであった。

 

 

 

「とーちゃーく。ここがしょうぎょうく?」

「うん、そうだね商業区だね。…………適当に歩いてただけなのに本当に着いちゃった。でも、何であおいは誰かに聞かなかったの?」

 

 ぶっころりー以外にもここに着くまでに色んな人に会っている。

 

「ママにおかしなひとのはなししんじちゃだめだっていわれてるから」

「…………いや、うん。確かに出会った人たちみんな紅魔族で一般的にはおかしな人だけだったけど、それでもあおいよりはまともだからね?…………ぶっころりーさん以外」

 

 そもそもおかしな人と言ってもママの言うおかしな人は不審者とかそういう意味だが、それを実質5歳児の2歳児に理解させるのは難しいだろう。

 

「……?」

「うん、いいよもう。ちゃんと着いたし。えーと…………卵を売ってるのは──って、あおい? どこ行くの!?」

 

 突然走り出したあおいに手を引かれてジハードもその背を追う。そうして辿り着いたのは──

 

「おじちゃん、このやりちょーだい」

「お、変わり者の族長の所の変わり者の娘じゃないか。その槍に目をつけるたぁ、流石はダストの娘だな。その槍はうちじゃ一番の業物だよ」

「あおい!? ここは鍛冶屋さんだから卵は売ってないよ!? というかいきなり何を買おうとしてるの!?」

 

 里唯一の武器防具専門店の鍛冶屋。魔法使いの里なのに杖はなく高性能な剣や鎧を取り扱ってる店だ。

 

「かっこよくてつよそーなやり」

「うん、何を買おうとしてるか聞いてるんじゃなくてね? なんで卵じゃなくて槍なんて買おうとしてるの?」

「はーねえちゃん。たまごはいつでもかえるけど、このやりはいましかかえないんだよ?」

「なんか深いこと言ってるつもりなんだろうけど全然そんなことないからね!」

 

 ドヤ顔をしているあおいにジハードは頭を抱える。この年頃特有の突拍子のなさとは言えここまで自信満々だということを聞かせるのは難しい。

 

「嬢ちゃん、その槍欲しいってなら売ってやらない事もないが金はあるのかい?」

「ごひゃくえりすならあるよ?」

「それ卵! 卵買うためのお金だからね!」

 

 卵を買うためにママから少し多めに持たされたお金だ。

 

「500エリスかぁ……。ダストはお得意様だし少しは負けてやってもいいが、それじゃ流石にうちで一番の槍は売ってやれねぇなぁ。ギルドが出来て前より客が増えたし、大きな仕事が入るようになったが、流石に定価5000万エリスを500エリスで売る余裕はねぇんだ」

「そこをなんとか」

「なんとかならないよ、あおい! ほら、もう出よう?」

 

 なおも店主に言い募ろうとするあおいを無理やり引きずりジハードは店を急ぎ出る。

 

「うぅ…………しかたない」

「ほぅ……よかった。諦めてくれたんだ。そうだよね、あおいはママの言うことちゃんと聞けるいい子だもんね」

「はーねえちゃん、りゅーかして?」

「え? 竜化ってなんで? 卵買うのに竜化なんて必要ないし、そもそも私はミネア姉さんみたいに自力で竜化できないよ?」

「そんななきごとはききたくない。わたしたちはいまからえるろーどにいかないといけないんだよ?」

「うん、ごめんね。あおいが何を言ってるか分から…………うん、分かるんだけど分かりたくないから言わなくていいからね?」

 

 エルロード。ベルゼルグの隣国にであるその国にあるものと言われれば思い浮かべるものは一つだろう。

 

「えるろーどのかじのでごひゃくえりすをごせんまんえりすにふやさないと」

「言わなくていいって言ってるでしょ! 無理なものは無理だから諦めようよ!」

「あきらめたらそこでしあいしゅうりょうだってかじゅまもいってたよ?」

「あの人のなんか名言っぽいものは全部受け売りで実体験のないものだから参考にしちゃダメだっていつも言ってるよね!」

 

 そもそもそんな試合を始めた事実もない。

 

「そもそもなんであおいがエルロードのカジノの事を知ってるの? こんな小さい子にそんなことを教えるなんて……」

「とうさまがおしえてくれたよ? おかねをふやすならかじのがいちばんだって」

「ダスト様ぁぁぁぁぁあ! 娘に何を教えてるんですかーーーー!」

 

 ろくでなし流金策術である。

 

「うぅ…………あおいに悪影響を与える大人が多すぎる…………ママさんと主がいないとあおいは一体全体どんな子になっちゃうか…………私が目を光らせないと……」

「だいじょうぶだよはーねえちゃん」

 

 ぽんと、ジハードの肩に手を置いてあおい。

 

「はーねえちゃんもそのうちそまるから」

「染まらない! 私は絶対染まらないからね! あおいを真人間に育てるって主とも約束してるんだから!」

 

 その叫びは何故か虚しさを匂わせて里に響くのだった。

 

 

 

 

 

「しかたないね」

「うん、なんかもう嫌な予感しかないけど、何が仕方ないの?」

「ぎるどにいこう」

「うん、卵買うのにギルドに行く必要はないけど、あおいは何をしにギルドに行くの?」

 

 ミネアに泣きつくのだろうかとジハードは思う。ギルドで受付嬢をやっているミネアは自力で人化と竜化を出来る上位ドラゴンだ。なんだかんだでシェイカー家の血筋に甘いミネアであれば、あおいの願いを聞き届けてしまう可能性はあった。

 

「くえすとをうけててれぽーとやのだいきんをかせぐの」

「ちょっと斜め上の案が来た!?」

「というわけで、いこう?」

「というわけじゃないってば! あおい! ちょっ……引っ張らないで! なんであおい私より力強いの!?」

 

 抵抗空しく。ジハードはあおいに引きずられギルドへの道を進むのだった。

 

「ところで、はーねえちゃん」

「なに? あおい。諦めて卵買う?」

「ぎるどってどこにあるんだろう?」

「…………、本当、諦めて卵買って帰ろうよ……」

 

 

 

 

「バニルさん…………私、もう限界なんです」

「ふむ、若返ったというのに未だに男の影も形もない受付嬢ではないか。限界とは何のことだ?」

「それですよ! なんで私若返ったのに全然色恋の話がないんですか!?」

「そんなことを我輩に聞かれても。汝の男運が壊滅的に悪いだけではないか?」

「それで納得できるなら若返りなんてしてませんよ。あーあ……アクセルを出ればいい出会いがあると思ってたのに……」

「出会いを求めるにしても変人揃いのこの里でそれを求めるのは正気とは思えんがな」

「私も最近それに気づきました」

「…………遅くはないか?」

「でも! 里の住人はともかく普通の冒険者の方との出会いはもっとあってもいいと思うんですよ!」

「そうだな、それなら確かにあってもおかしくないな」

「…………、バニルさん、なにかやってませんか?」

「はて、異なことを聞く。何か知らないかという質問ではなく、やったのではないかという質問ではまるで我輩を疑ってるようではないか」

「よう、ではなく疑ってるんです。バニルさんには前科がありますから」

「疑われても別に特別なことは何もやっておらぬぞ。せいぜい汝に恋心を持つ冒険者にもっと素晴らしい出会いを紹介しているくらいだ」

「してるじゃないですか! 決定的に特別なことしてるじゃないですか!」

「そんなことを言われても。これはこの里に来る前……アクセルにいるときからの我輩が日常的にやっていることだ。今更やめろと言われても困るのだが」

「困るのはどう考えてもこっちです! 本当にいい加減バニルさんに責任取ってもらいますよ!」

 

 

 

「えーと…………あおい? なんだか取り込み中みたいだし出直さない? ミネア姉さんも今は取り込み中みたいだしさ」

 

 ギルドに入って。真っ先に目につくのは看板受付嬢の一人と地獄の公爵が悲壮かつ楽しそうに言い争っている様子だ。奥の受付ではもう一人の看板受付嬢であるミネアがもう一人の分の対応まで引き受けて忙しそうにしていた。

 

「だめだよ、はーねえちゃん。ゆうがたまでにはかえらないとごはんぬきなんだよ?」

「うん、そうだね。……それが分かってるなら普通に卵買って帰ろうよ」

 

 そんな正論など聞こえないようにあおいはルナの元に歩いていきその袖を引く。

 

「あら? あおいちゃん? どうしたの? 今日はジハードお姉ちゃんとお出かけ? それともバニルさんに用事かな? フィーだったら今日はお休みですよ」

「くえすとをうけにきた」

「……………………ジハードさん?」

「えっと…………すみません、間違いなく本気で言ってるし私には止められませんでした」

 

 本気ですかと言外に聞いてきたルナにジハードはそう答える。

 

「ま、まぁ簡単なクエストならジハードさんと一緒なら何とかなりますか」

「いちばんたかいくえすとで」

「…………えっと…………ジハードさん?」

「止められるならそもそもここに私たちは来てません」

「…………バニルさん、今度愚痴をこぼしますからお願いします」

「確かにそれは我輩にとって御馳走だが、汝にも得があるそれで我輩への貸しにはならぬと思うのだが……」

 

 まぁ、よいとバニル。

 

「別に受けたいと言ってるのだから受けさせればよかろう。保護者もいるようだし見通す限り致命的な危険はなさそうである」

「それって多少は危険があると言ってる気はするんですが…………まぁ、致命的じゃないなら大丈夫ですか」

「ルナさん!? 諦めないでください!」

「ジハードさんに説得できなかったのに私に説得できるとは思えませんし…………」

「それは…………そうですけど…………」

 

 彼女の主やママを除けば、あおいに言うこと聞かせられるのはジハードが一番だ。なんだかんだで姉妹のような関係(どちらが姉かは当人たちで違う)の二人。あおいのドラゴン好きもあってあおいは比較的ジハードの言うことは聞く。

 聞いてこれである。

 

「それじゃあ冒険者カードの登録と武器の貸し出しの手続きをしましょうか。里の子どもは普通学校に入る前に登録するんですが…………まぁ、族長の娘さんですしどうとでもなりますよね」

 

「ああ……主の知らない所で主の権力が勝手に使われている……」

 

 ルナに案内されてあおいがいろいろな手続きをする様子を遠巻きに見ながら。ジハードは複雑な表情でため息をつく。

 

「あのぼっち娘は普段全く権力を使おうとせぬから周りが使うくらいがちょうどいいだろう」

「…………バニルおじちゃんもあんまり無責任なこと言わないでね? 保護者って言うけど今の私じゃあおいを守り切る自信はないんだから」

「それはそうであろうな。今の汝では仮に竜化していようともあおいより弱いであろう」

「…………というより、あおいがあの歳で強すぎるんだけどね」

 

 周りにいる大人たちが面白がって育てすぎた。普通であればどこかで根を上げるが、あおいは大人たちの指導を全て楽しそうにこなしてしまった。その上周りにいる大人たちは英雄やら勇者やら魔王候補やら地獄の公爵やら不死の王やら頭のおかしい爆裂娘やら…………本当にこの世界トップクラスの存在だ。歳に見合わない能力を持つのも当然だろう。

 

「あれは、場合によっては勇者になる器であるからな。どこぞのぼっち娘がその道を完全に潰した故にあり得ぬ未来ではあるが」

 

 それは最寂最強の魔王の生まれた世界での話。魔王になった母親と勇者となった娘が戦う…………そんな今とは繋がらない未来のお話だ。

 

「勇者の器かぁ…………むしろ魔王の器と言われた方がしっくりくるんだけど」

「分からんでもないが本物の魔王の娘や世界征服を企む悪魔使いに比べれば可愛い者であろう」

「比較対象がおかしい……」

 

 その二人は本気で魔王やら世界征服を目指しその実力や才能を持っている存在だ。そんな存在と才能は置いとくにしても実質5歳児な2歳児を比べるのはおかしいだろう。

 

「心配せずとも我輩の見通す目にはあれが勇者になる未来も魔王になる未来も見えぬ。なるとしたら──」

 

 

「──はーねえちゃん! じゅんびできたよー!」

「うん、分かったから槍をぶんぶんギルド内で振り回すのはやめようね? 目にも映らない速さで回してるからあんまり気づいてる人いないけど。…………それじゃ、バニルおじちゃんまたね?」

「うむ。一応気を付けて行くがよい。ぼっち娘とろくでなしにもよろしく言っておいてくれ」

「うん、分かった」

 

 あおいの元へかけていくジハードを見送りながらバニルは途切れた言葉の続きを紡ぐ。

 

 

「なるとしたら英雄であろう。あれは英雄の娘であるからな」

 

 

 

 

 

 

「くえすとかんりょう?」

「うん、『一撃熊の生け捕り100万エリス』成功かな?」

 

 前衛のあおいが一撃熊の攻撃をいなしている間にジハードがサンダーブレスを数度食らわせて。目的の一撃熊は既にダメージと痺れで動けなくなっている。

 

「というか、本当にあおいは危なげなく戦うね……。倒すだけなら私いらなかったんじゃない?」

「? あおい、つよいの?」

「うん、ちょっとおかしいレベルで強いかな」

 

 本来一撃熊は中級冒険者がパーティーで戦うような相手だ。紅魔族であれば魔法を使うことで難なく狩れる相手ではあるが、魔法なしで戦おうとすると上級冒険者でも苦戦する。

 

「?? でもとうさまやかあさま、ありす、ばにる、うぃず、こめっこねぇ…………みんなにかてないよ?」

「うん、だから比較対象がおかしいよね」

 

 あおいが名前を挙げたのはこの世界でトップクラスの実力を持つものたちだ。地獄でも上位の力を持つような存在達を相手に勝とうとする方がおかしい。

 

 

 

「大体あおいは────っ!? あおい、下がって!」

 

 異様な気配を感じて。ジハードは後ろにあおいを庇いその存在へと目を向ける。

 

「……グロウキメラ。どうしてこんな所に」

 

 色んな存在が混じりあった獣。それはかつて彼女の主と一緒に戦った相手だ。

 

「あおいは里に帰って助けを呼んできて。今の段階ならまだ上級魔法で問題なく討滅できるはずだから」

 

 グロウキメラはその成長段階でその危険度が大きく違う。まだ何が混ざってるか分かる程度の混じり具合である目の前のグロウキメラであれば一般的な紅魔族が複数人いれば問題なく倒せるだろう。

 裏を返せば里の援軍なしでは倒せない相手というのがジハードの見立てだった。

 

「はーねえちゃんといっしょじゃだめなの?」

「うん。この里に昔魔王軍のグロウキメラが来た時の惨劇は知ってるでしょ? この里は得体の知れないものが里の人も知らない所にあったりするから、それをグロウキメラが吸収したらどんな化物になるか分からない」

 

 魔王軍幹部シルビア。グロウキメラである彼(彼女?)が魔術師殺しを吸収し里で大暴れした出来事は今でも里で語り草だ。語っている人はみんな楽しそうであるが、魔法の効かないグロウキメラであるシルビアは恐ろしい難敵だった。

 結果的に大きな被害こそなかった(なかったことにした)がシルビアに里のものが全員吸収されるなんて可能性もあっただろう。

 

「とにかく────行って! あおい!」

 

 襲ってきたグロウキメラがあおいの方へ向かわないように。体術でいなしながらジハードは叫ぶ。

 

(……と言っても、私もいざとなったら逃げないといけないんだけどね)

 

 あおいには得体の知れないものが吸収されたら困ると言ったが、それ以上にグロウキメラに吸収されたら困る存在が今ここにいる。

 ドレインと回復の固有能力を持つブラックドラゴン。それは魔術師殺しと同じかそれ以上に吸収されたら困る存在だろう。

 

「せめて、固有能力が使えたら……!」

 

 今現在ジハードはその稀有な二つの固有能力を使えない。彼女のもう一人の主であるダストによって封印されている。

 それはダストがいない状況で暴走の可能性を抑える為であり、また固有能力に頼りがちな戦いをしていたジハードの成長を促すためであった。ドレイン能力と回復能力を持つジハードの戦い方は大雑把になりがちであり、傷ついても簡単に治せるために自分の身を顧みない戦い方に傾倒しかけていた。それを正道へ戻すという意味も大きい。

 

「っ……やっぱり、ミネア姉さんのようにはいかないか……」

 

 散漫なグロウキメラの攻撃を体術でいなすジハードだが、その身には少しずつ傷が増えていく。固有能力さえ使えればこの状況でも問題なく相手を弱らせ自分の傷は治せるが、今はそうではない。もしくはミネアであれば傷一つつかずいなすどころか殴り倒してる頃かもしれないが、残念ながら彼女のような格闘の才能はジハードにない。

 

 少しずつ少しずつ追い詰められている。

 

 

「でも、まだあおいは里にたどり着いてないだろうしもう少し時間を稼がないと──」

「──はーねえちゃんを……いじめるなー!」

「って、あおい!? なんでまだここにいるの!?」

 

 傷ついた体に気合を入れて。もうひと頑張りしようとしたジハードとグロウキメラの間に入るのは逃がしたはずの幼女。

 

「かくれてかんさつしてた」

「えっと……観察って何のために?」

「もちろんたおすため」

「うん、そうだよね。それしかないよね」

 

 そしてそれを目指したあおいが出てきたということは……。

 

 

 

「しょーり!」

「私の悲壮とは言わずともそれなりにした覚悟は一体……。もうあおい一人でいいんじゃないかな」

 

 封印状態とはいえ自分が苦戦した相手にこうもあっさり勝たれるとジハードもプライドが傷つく。少女のように見えても彼女もまた最強の生物と関するドラゴンなのだから。

 

「だめだよ。いまのわたしじゃひとりじゃかてない」

「と言いながら一人で普通に勝ってたよね?」

 

 ジハードに言葉にあおいは首を振る。

 

「はーねえちゃんがさきにたたかってくれたから、みきれた」

「……まぁ、そう言ってくれるなら少しは頑張った甲斐があるけど」

 

 自分の頑張りのおかげであおいが傷つかず勝てたのならそれは良かったとジハードは思う。

 

「でもあおい? 逃げてって行った時はちゃんと逃げなきゃダメだよ? 今回は何とかなったからいいけど、最悪の可能性だってあるんだからね?」

 

 今回は見通す悪魔のお墨付きだったからそれほど心配していなかったが、あおいが今回と同じような選択をすれば里全体を危険にさらす結果もありえるだろう。

 

「できないよ。なんていわれても。はーねえちゃんをおいてにげることはできない」

「…………それが私の願いでも?」

「うん。たとえはーねえちゃんにきらわれても」

 

 その言葉に込められた意味は聞くまでもなくて。生まれながらのドラゴンバカには正しい理屈など通じないらしい。

 

「はぁ…………あおいのバカ。本当にドラゴンバカなんだから……。主の後を継いで紅魔族の族長になりたいんでしょ? だったら里の安全を何より優先しないと」

 

 あおいにはドラゴン使いの才能はない。だからこそあおいは悩まずに母親の後を継ぐという夢を小さな子供らしく持った。

 

「だいじょーぶ。わたしはだれよりもつよくなるから。はーねえちゃんも、さとのみんなも、わたしがまもるから」

「…………、子どもらしい荒唐無稽な夢なんだけど、この子が言うと本当にそうなりそうだから怖い……」

 

 そもそも、彼女の両親はその座に最も近いところにいる人間だ。ドラゴン使いの才能がないのは大きなハンデだが、それに負けずとも劣らない槍と魔法の才能を引き継いでいる。

 

「だって、とうさまがいつもいってるよ? 『こはおやをこえないといけない』って。とうさまはさいきょーだから、それをこえるわたしもさいきょーにならないと」

「…………そうだね。ダスト様を超えるのは並大抵の事じゃないだろうけど…………あおいならいつかそこにたどり着けるかもね」

 

 高すぎる壁に絶望しない心があるのなら。その願いはきっと叶う。

 だってそうだ。彼女の主もまたその高すぎる壁を前に諦めず、上り続け辿り着いたのだから。

 

「うん。そのためにも──」

「そのためにも?」

「あのやりをかう!」

「結局それかー……。言っておくけどもうすぐ夕方だからエルロードには行けないからね?」

「うぅ……わかった」

 

 不満そうながらも素直にうなずくあおい。

 

「くすっ……じゃあ、帰ろうか、あおい」

「うん!」

 

 手を繋ぎ歩き出す。それは秘めたる力に反して見た目通り子供らしく、仲睦まじい姉妹のようであった。

 

 

 

 

 

 

「──ったく、あおいもジハードも詰めが甘いな。グロウキメラはその性質上再生力が高い。細切れにしたくらいで倒したと思ってんじゃまだまだだな」

「仕方ないよ。あおいはもちろん、ハーちゃんもまだまだ子供なんだから」

「俺がジハードくらいの時は既に一人でグリフォンとか倒してたぞ?」

「……、ダス君はいろいろ参考にならないから」

 

 グロウキメラの残骸。それがうごめき始めたのを前にして。二人の男女は緊張感もなく話している。

 

「で? どうする? 後は燃やすだけだが任せて大丈夫か?」

「大丈夫じゃないと思う?」

「お前は前科があるからなぁ……」

「もう、いつまで昔の事引っ張るのよ。あの時の私とは違いますー」

 

 ゆんゆんがグロウキメラと戦ったことがあるのは2回。そのうち1回はダストに助けられるという醜態をさらしたが、その頃と比べるまでもなくゆんゆんは強くなっている。そして今回のグロウキメラはその時と比べれば数段落ちる強さしかない。

 

「そーだな。じゃ、ここはお前に任せて俺は娘たちの見守りを続けるとするか」

「なんていうか…………私たちって過保護だよね」

「別にいいんじゃねぇの? 紅魔の族長の仕事なんて何もなければニートみたいなもんだし」

「あるえやぶっころりーさんに比べればちゃんと仕事してるからね!」

 

 ぶっころりーはともかくあるえは書いてる本が一部に売れてたりするのだが、ゆんゆんはその事実を頑なに認めようとしない。あるえの書いた本には度々酷い目にあわされてるのが大きな原因だろう。

 

「そーかよ。じゃ、族長の仕事ちゃんとこなしてから帰ってこいよ」

「うん。ちゃんと再生しないのを確認してから帰るから。一応ご飯までには帰るつもりだけど」

「リーンにはそう伝えといてやるよ」

「よろしく」

 

 妻に背を向けてダストは娘たちの方へ急ぎかけていく。その姿には妻への不安など一つもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「「ただいまー」」

「おかえり、あおい、ジハードちゃん」

 

 帰宅したあおいとジハードを迎えるのはママ──リーンだ。

 

「まま、きいてきいて! わたしはーねえちゃんといっしょにぐろうきめらをたおしたんだよ!」

「グロウキメラ? え? なんでそんなことになってるの?」

「それは私が聞きたいです……」

 

 遠い目をしてジハード。本当にただの卵を買いに行くだけのお使いでそんなことになったのか。

 

「…………って、あ!?」

「ん? どうしたのジハードちゃん。なんかやらかしたような声上げて」

「い、いえ…………その…………」

「…………まさか卵買うの忘れたとか?」

 

 そのまさかであった。

 

「ねぇ、あおい。あたしはあおいに何を買ってきてってお願いした?」

「つよそうなやり!」

「違うよね卵だよね?」

「??」

「す、すみません! 私がついてたのに…………」

「はぁ…………ま、いいよ。今日は『SUKIYAKI』だから最悪卵なくても食べられるし」

 

 初めてのあおいのお使い記念として割と奮発した材料で作ったSUKIYAKIだったが、だからこそ卵がなくても十分美味しく食べられるだろう。

 

「えー! リーンさんSUKIYAKIに卵なしなんてあり得ませんよ!」

『そうだそうだー!』

「うっさい悪魔ども。あんたたちは本来食べなくても生きていけるんだから文句言うな!」

 

 リーンの一喝にロリーサとメアはぶーぶー言ってるが、それ以上リーンに抗議をする風でもない。この場で一番強いのが誰か彼女たちはよく分かっていた。

 

「いや、ロリーサの言う通りだろ。SUKIYAKIに卵なしなんてあり得ねぇよ」

「あ、ダストお帰り。ん……もしかしてそれって……」

「おう、卵だ。ちょいと奮発して1パック300エリスの奴買ってきたぞ」

 

 帰ってきたダストがお土産のように卵を渡す。

 

「どうせ卵の良しあしなんて分からない貧乏舌のくせに……」

「あん? 俺は何でもおいしく頂けるだけでちゃんといいものかどうかは分かるぞ」

「あーそうでしたそうでした。そういやあんたって元貴族だったね。すっかり忘れてたわ」

 

 本当に。リーンがダストが貴族であったことを意識する日は少なくなった。

 それはきっとラインと過ごした日々が薄れているということで。

 それはきっとダストと過ごした日々が濃いものだということで。

 

 それがいいことなのか悪いことなのか。それはまだリーンには分からない事だった。

 

「ただ今帰りましたー。あ、ダス君もちゃんと帰ってきてるね。どっかで寄り道してるかと思ってた」

「おう、おかえり。寄り道してたら卵抜きだったからな。しょうがねぇよ」

「? 卵抜き?」

「あおいとジハードちゃんがお使いから帰ってきたって? んー! お疲れ様! ちゃんとお使いから帰ってくるなんて二人とも偉いわね」

「こら、母さん、私にもあおいやジハードを抱かせてくれ。一人だけずるいだろう」

 

 

 

(…………本当、騒がしいね)

 

 リーンは思う。自分が選んだ道が正しかったのか、この先後悔しないのか、それはまだ分からない。けれど──

 

(──この騒がしさは幸せだな……)

 

「まま? どうしたの?」

「んーん。なんでもないよ。ごはんにしよっか」

「うん! ままのごはんだいすき!」

 

 

 

 それは日々を重ねて日常となった彼女たちの風景。騒がしく今日も族長宅の夜は更けていった。




日常コメディ回とは一体……。
あおいの話し方が読みにくいのは正直申し訳ないです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

いつもどこかで

──キール視点──

 

「すみません…………、またあなたに不自由な思いをさせてしまって」

「もう……キール君? そんなことで謝らないでっていつも言ってるよね?」

 

 私の言葉に心外とでも言うように不機嫌そうな最愛の人。けれど、貴族の令嬢として育てられ、王の妾としての経験しかない彼女にとってこの逃亡生活が大変なことは疑うべくもない。

 今だって何度目かも分からない洞窟暮らしを強いてしまっている。街での暮らしが無理でも村での生活…………森奥の小屋でもいい。安定して生活ができる日がくればいいのだが。

 

「確かに、辛いことがないって言ったら嘘になるよ? でも、それ以上に私は今幸せで楽しいんだ」

 

 その言葉にはきっと嘘はないんだろう。確かに彼女は私が出会った頃の陽だまりのような笑顔を今も浮かべているから。

 

「だから、もしあの日をやり直したとしても、私はキール君に差し伸べてもらった手を掴むよ。それはきっと何度繰り返しても変わらない」

「…………物好きですね。王の側室として何不自由ない生活を捨て、こんな逃亡生活を選ぶんですから」

「だって、あそこには不自由じゃなくても自由なんてなかったし。不自由だけど自由なこっちの方が楽しいもん」

 

 …………そうだ。だからこそ私はあの日積み上げてきた地位を捨て、愛する人を攫ったのだ。

 

「それとも…………キール君は違う? 私との逃亡生活は大変なだけかな?…………楽しく、ない?」

 

 そこで少しだけ彼女は顔を曇らせる。

 

「まぁ、大変じゃないと言えば嘘になりますね。逃亡中の身では食料を集めるのは一苦労ですし、毎日お風呂を用意するのも割と大変です」

「お、お風呂は頑張って欲しいかなぁ…………。で、でも、キール君がそんなに大変だって言うなら二日に一回でも──」

「──ですが………………楽しいです。楽しくないわけがない」

 

 まるで昔語りのような愛する人との生活。少しばかり不謹慎かもしれないが、王国を相手にしての大立ち回りはやりがいがある。

 そして何よりも、彼女が笑ってくれるだけで私は幸せで楽しい気持ちになれるのだから。私の終わってしまった人生の中で今より楽しい時など存在しなかった。

 

「そっか。じゃあ、私はやっぱり後悔はないよ。だから、暗い顔は禁止!」

「ふふっ……はい。あなたにそう言われたら仕方ありませんね」

 

 引け目はある。だけど、それを気にしすぎるのは彼女の望む所ではないのだろう。

 ならば、私は笑おう。からからと。この小さくも何よりも尊い幸せを彼女と分け合おう。

 

 彼女が終わるその日まで。

 

「うん! それでこそ私の騎士だ」

「いえ、私は魔法使いですが……」

 

 クルセイダーはもちろんナイトの適性も全くない。

 

「え? でも私を守ってくれてるし、実質騎士じゃない?」

「そういう意味なら分からないでもないですが…………」

 

 どっちかというと貴族の令嬢を攫う悪い魔法使いと言った方が正しい気がする。実際世界中でそう指名手配されていることだし。

 

「…………ですが、やっぱり騎士はないですよ。リッチーとなった私にそんな資格はない」

「えー……不死の王が騎士ってのもなんかよくないかな?」

「いいか悪いかはともかく不似合いなのは確かですよ」

 

 魔法で彼女には隠しているがリッチーになってから私の身体は急速に朽ちてきている。骨だけになる日もそう遠くないだろう。

 世界には肉体をそのままにリッチーになる秘術もあると言うが、残念ながら私はそのような方法は知らなかったし、死にかけた私にその秘術を成功させられたかも微妙なところだ。

 

「私が騎士の真似事をしたらそれはただのアンデッドナイトだ。リッチーよりも格が下がってしまいますね」

 

 そもそも騎士の武器が杖では格好がつかないだろう。やはり私に騎士は似合わない。

 

「…………、ね、さっき後悔はないって言ったけど、一つだけ心残りはあるんだ」

「心残りですか? 私に出来る事であれば叶えたいですが……」

 

 彼女のためであればいくらでも無理をしよう。そしてリッチーとなった私が無理をすれば大体のことは叶えるだけの力があるのも確かだった。

 

「いいよ。キール君にしか出来ない事だけど…………キール君にはきっともう出来ない事だから」

「それは……」

 

 どういう意味だろう?

 

「本当にいいの。私には過ぎた願いだって分かってるし。…………ただ、キール君の子どもを産んであげたかったなって」

「…………すみません」

 

 その願いを叶えることは私にはもう出来ない。不死者となってしまった今の私には。だから──

 

「──ですが、いつの日か必ずその願いを叶えます。生まれ変わったその先できっと」

「…………本当に?」

「私があなたに嘘を言ったことがありますか?」

「割とたくさんあるよ?」

「それは冗談というものなのでノーカンです」

「…………じゃあ、約束しよう?」

「ええ、約束します」

 

 私は嘘つきだ。この約束が叶えることが絶望的なことを誰よりも知っていながら彼女に偽りの希望を持たせるなんて。

 確かに生まれ変わり…………転生は存在する。だが、今生の記憶を次に引き継ぐことは基本的にない。例外はチート持ちと言われる異世界からの転生者たちくらいだろう。彼女がこの約束を次の彼女へと引き継ぐことはないのだ。

 そして何より…………不死者となった私には転生する権利はない。この身は彼女が死した後も残り続け…………朽ちた後に待つのは完全なる無か地獄での日々か。そのどちらかだろう。

 

「えへへ…………楽しみだなぁ。私とキール君の子どもってどんな子になるかな?」

「私に似れば賢い子になるのは間違いないですね」

 

 私は嘘つきだ。彼女を悲しませないために、夢想してきたことを空虚に話す罪深い存在だ。それでも──

 

「それって、遠回しに私が頭悪いって言ってる? もちろん国一番の魔法使いだったキール君に比べたら負けちゃうけどさ」

「そして、あなたに似れば世界で一番可愛い子になるでしょう。間違いないです」

 

 ──この約束を覚えていよう。私という存在が終わり無に帰すその日まで。

 

 

 

 

 

──ダスト視点──

 

「ちっ…………やっぱ1対4は反則だろ」

「…………あんた、本当に人間? なんで私と私の親衛隊を相手にそんだけ粘れるのよ」

 

 槍を構える俺に魔王の娘は苛立ちと困惑を込めてそう言う。

 

「そりゃまぁ、粘らねぇと俺の大切な奴らが死ぬしな」

 

 市井のみんなや姫さん…………こいつらを通せば俺にとって大事な奴らに少なからず被害が出る。それでいて俺の嫌いな貴族たちは騎竜隊に守られて無事だろうってんだから救いがない。…………本当は姫さんも騎竜隊に守られるはずなんだが、あのお転婆な姫さんが市井の人間を見捨てて大人しく守られるような奴じゃないのは俺が一番よく知っている。

 

「粘っても勝ち目はないわよ?」

「どうだろうな。今のお前なら行けそうな気はするが」

 

 今回が初陣だという魔王の娘。味方を超強化する能力は狂ってるし、ステータス的にも魔王軍幹部を名乗っておかしくないだけの力があるのは確かだ。だが……それだけだ。強いだけの相手に簡単に負けてやるほど俺は諦めは良くないし修羅場もくぐってきていない。

 

「次期魔王である私に勝てるつもり?」

「次期だろ? 俺を確実に殺したけりゃちゃんと魔王になってから挑むんだな」

 

 まぁ、今でも十分殺されそうになってんだが。ここはとりあえず不敵に笑っとこう。

 

「…………本当に、いい度胸ね。最年少ドラゴンナイトは人格者だって聞いてたけど、こんなチンピラみたいな奴だったとわね」

「失礼な奴だな。チンピラじゃなくてろくでなしと言え」

 

 ろくでなしはシェイカー家の血筋だから否定しないけど仮にも騎士の俺相手にチンピラはないだろ。

 

「どっちも同じようなもんでしょ」

「同じじゃねぇんだよ。姫さんと会って俺はシェイカー家のろくでなしに戻れたんだ」

 

 チンピラってなるとちょっと意味が違ってきちまうからな。

 

「それで? その無駄口は時間稼ぎと考えていいかしら?」

「さぁな。そう思うならさっさとかかってくればいいだろ」

「…………そうさせてもらうわ」

 

 息を大きく吸いゆっくりと吐く。来ると言いながらも魔王の娘はすぐに襲いかかってくる様子はない。俺の粘りと大口に警戒をしてるんだろう。それに怒っている様子はあっても冷静さを失ってる感じはない。

 

(…………こいつが経験積んだらやばいだろうな)

 

 俺なんかよりもずっと強くなるのは目に見えている。

 

「それでも…………俺の相棒を負かせるつもりはないけどな」

 

 ドラゴンは最強の生物だ。そして俺は、ドラゴン使いはその力を最大限引き出す。たとえどんなに相手が強くても俺が一緒にいる限りドラゴンを敗北させるつもりはなかった。負けるとしても同じドラゴン相手以外は認めない。

 

「…………この状況、勝算があるの?」

 

 相棒であるミネアは魔王軍の一般兵たちと戦い、俺と分断されている。そして俺は魔王軍幹部クラスのステータスを持った相手を4人も相手しないといけない。冷静に考えれば勝機はないだろう。

 

「まぁ、一つだけはあるな」

 

 だが、それは裏を返せばその状況さえどうにかできれば勝機が生まれるということだ。そして、それはそろそろじゃないかとも思っている。

 

「なるほど、この国……いえ、人類最強の部隊『騎竜隊』が機を見てるってことね」

「いや、そういうことは全くない」

 

 騎竜隊は欠片でも部隊員損失の可能性があれば出ないからな。王族や貴族に危険が及ぶような状況じゃなきゃそれは変わらないだろう。

 

「だが、惜しいな。『人類最強』ってのは間違ってねぇ」

「『騎竜隊』以外の『人類最強』……? まさか──っ!?」

 

「──『カースド・ライトニング』。…………ふむ、今のを避けますか。始めてみる顔ですが魔王軍の中でも相当上位の実力者のようですね」

「黒い髪に紅い瞳…………なんで紅魔族がこの国に」

「…………間に合ったか」

 

 さんきゅ、フィールの姉ちゃん。紅魔の里への伝令助かったぜ。

 と、世話になってる騎士の先輩に俺は心の中で礼をする。

 謎の命令で騎竜隊はもちろん普通の騎士や兵士もこの戦いに参加することを許されていない。だからって他国の紅魔の里に援軍呼びに行くなんて勝手な行動どう考えてもアウトなわけだが…………まぁ、その辺はセレスのおっちゃんや姫さんがどうにかするだろう。屁理屈を勢いよく言わせたらあの姫さん以上の人なんてこの国にいないし、セレスのおっちゃんほど胡散臭いのに優秀な人もいない。

 

「お久しぶりですね、ラインさん」

「ああ、確か紅魔の族長だったか。…………ん? なんだよネロイドに逃げられたような顔して」

「いえ…………以前会った時と大分雰囲気が違うもので」

 

 ああ、そういや前にあったのはベルゼルグの対魔王軍最前線でだったか。その時はまだ姫さんに会ってないから…………堅苦しく生きてた頃だな。

 

「気になるなら一応前見たいにも出来るが……」

 

 一応今も公的な場じゃ真面目に繕ってはいるし。

 

「いえ、いいですよ。以前のあなたはどこか追い詰められた雰囲気があった。今の方が親しみが持てます」

「そうか、じゃあこのままで頼むわ」

 

 あの頃は普通だったが、今真面目騎士モードになると肩がこるんだよな。

 

「さて、そろそろ向こうの痺れを切らす頃ですか。私はどうしましょうか」

「それなんだが…………他の紅魔族と一緒に一般兵の方の対応頼んでいいか?」

 

 遠目だが派手な魔法が魔王軍を襲っているのが見える。族長以外の紅魔族が援軍に来てくれているのは間違いないだろう。

 

「あなたの実力はよく知っていますが…………一人じゃ厳しいと思いますよ?」

「勝算なしにこんなこと言うほど死に急いでもねぇよ」

 

 絶対に勝てるとも言わないが負けるとも思わない。

 

「……そうですか? 前に会ったあなたはいつ死んでもいいような、そんな雰囲気がありましたが」

「…………昔はともかく今は死ぬわけにはいかねぇよ」

 

 姫さんを守らないといけねぇんだから。

 

「それに、そもそも一人で戦うつもりもねぇ」

 

 魔王軍の一般兵を紅魔族が受け持ってくれるなら。状況は大きく変わる。

 

 

「知ってるか族長。ドラゴン使いと一緒に戦うドラゴンは最強の存在なんだぜ?」

 

 

 

 

 

 

 

──ゆんゆん視点──

 

「うむ。間違いなくおめでたであるな」

「本当ですかバニルさん!」

 

 周期的に可能性が高いと思っていたけど、最近はちょっと不定期だったこともあって半信半疑だった。こうしてバニルさんのお墨付きをもらって私はやっと心から喜ぶことができる。

 

「それで男の子と女の子どっちですか?」

 

 あおいとハーちゃんは女の子だし次は男の子がいいかな? でも三姉妹というのも悪くない気もする。

 

「両方であるな」

「…………え? それはあれですか? 両性具有とかそういう?」

「基本的に汝は面白一族にあるまじき常識的な人間であるのに何故たまにいきなりぶっ飛んだ発想になるのだ」

「え? でも両方ってそういうことじゃ……」

 

 男の子で女の子ってそういうことだよね?

 

「双子である。…………少し普通の思考を走らせれば分かるであろう」

「…………あ」

 

 …………いや、うん。本当は気づいてたけどちょっと冗談を言ってただけなんだけどね。

 

「心の中まで別に言い訳は必要ないぞ。我輩は大体の事を見通している」

「………本当嫌な友達だなぁ」

「では、友達をやめるか?」

「それはそうとしてバニルさん。バニルさんのお目当ての子はどっちかだったりしますか?」

 

 ありえない事を言うバニルさんの話を変え、私はバニルさんの夢に関することについて聞く。私とダス君の子どもか子孫がバニルさんを滅ぼすらしくて、バニルさんは私たちに子どもを作れといつも口うるさかったんだよね。

 

「うむ。男の赤子の方はほとんど未来が見えぬ。間違いなく当たりであろうな」

「そうですか。それはおめでとう…………って言っていいんですかね?」

 

 バニルさんの夢が叶うということはつまりバニルさんが滅ぶということで。それを喜んだり祝福したりするのはなんか違うような気がする。

 

「うむ。おめでとうで問題ない。それに…………恐らくは我輩の夢の叶えるのは汝の息子ではあるまい」

「そうなんですか?」

 

 てことは、私の息子の子孫が滅ぼすって事なんだろうけど。何か根拠があるのかな? ほとんど未来は見えないって言ってたけど。

 

「まだまだ我輩が死ぬダンジョンが完成するのは先の話であるからな。それまでは我輩は死んでも死なぬ」

「言ってること相変わらず滅茶苦茶ですね」

 

 でも、この悪魔さんが夢半ばで倒れるなんてこともあり得ないか。それくらいにはこの大悪魔は規格外の存在だ。

 

「けど、実際にバニルさんを倒すわけでもないのに全然未来が見えないものなんですね。それだけ未来が確定したって事なんでしょうか?」

 

 私やダス君のことは結ばれる運命以外の事は見通せてたみたいだし、結ばれた未来でも重要なこと以外なら気合次第で見えたらしい。それなのに、まだ生まれてもいない私の息子は既にほとんど見えないという。

 

「さてな。当たりであるのは間違いないがそれだけでもない気がする。どこぞの駄女神やとある盗賊団を見通そうとした時のそれに似ているような気もするが……」

「?? よく分からないですけど、なんだか悪いことなんですか?」

「…………悪いことではない。我輩にとって忌々しいことではあるかもしれぬがな」

 

 相変わらずバニルさんは変に思わせぶりなこと言うよね。まぁ目を背けたくなる未来とか思わせぶりに言われないだけマシか。

 

 

「そうだ、バニルさんの夢を叶えるために子がいるんだったらお願いがあるんでした」

「ん? なんだ。友達には優しいと評判のバニルさんである。友達価格で何でもしてやるゆえ何でも言うがよい」

「…………なんだろう、嘘はないんだろうけど凄く納得がいかない」

 

 いや、うん。ウィズさんの扱いに比べたら凄く優しくされてるのも分かるんだけどね。

 

「それで、願いとはなんだ。生まれてくる息子に名前を付けて欲しいとかそういう話か」

「なんでそれを!? あ! 見通す力ですね!」

「いや? 汝の旦那と前にそんな話をしただけだが」

 

 あ、そういうこと……。まぁダス君と話し合って決めたことだしそう言うこともあるよね。バニルさんは私とダス君共通の友達だから。

 もしも、バニルさんの夢を叶えるための子どもが生まれるなら。その子どもにはバニルさんに名付けて欲しい。私もダス君も同じ気持ちだった。

 

「ふーむ…………しかしそう言われても困るな。多少でも未来が見えるのならそれにちなんだ名前を付けることもできるが」

「仮にできてもその方法でバニルさんが名付けたら碌なことにならない気がするのでやめてください」

 

 人をおちょくるような呼び方をすることにかけてバニルさんは間違いなく世界一の存在だから。

 

「心配せずとも悪魔にとって名前とは特別な意味を持つものだ。名づけをするのにふざけることなど決してない」

「それならいいですけど…………」

 

 確かにバニルさんが名前をちゃんと呼ぶときは真面目な時だ。それにバニルさんが認めた人でなければその名前を呼ぶことはない。

 そう考えればバニルさんに名付けてもらえるのって凄く貴重な事なのかな?

 

「ふーむ…………ん? ほぅ……そうか。そういうことか」

「? バニルさん? 何か見えたんですか?」

「いや、見えてはおらぬ。見えては、な」

 

 うん。この思わしぶりな台詞と顔。右ストレートでぶっ飛ばしたいな。

 

「物騒なことを考えてる凶暴ぼっちよ。生まれてくる汝の息子の名前だが分かったぞ」

「?…………分かった?」

 

 なんか表現がおかしいような……?

 

「その子の名は──」

 

 

 

 

 

 

──エリス視点──

 

「お疲れさまでした、キールさん」

「…………お世話になりました、エリス様」

 

 礼儀正しく頭を下げる魔法使いの青年。彼は今日、長き禊の日々を終えて転生をする。

 

(…………なんて、禊なんて必要ないし、別に長くもなかったですけどね)

 

 どこかの先輩女神が勝手に罪を許しちゃったから。リッチー化なんて大罪を犯したものを許すなら数千年単位の禊が必要だと個人的に思ってる。それなのに本当にあの人は……。

 

「あの…………エリス様? なんだか物騒なこと考えてませんか?」

「考えていませんよ? キールさんは本当に幸せ者だなと思ってるだけです」

「その割には説教してる時の顔をしていたような気がするんですが……」

「それの何が物騒なんですか?」

 

 本当キールさんは一言多いというか。まぁ青春を全て魔法の研究研鑽に費やし、その後の終生は逃避行や一人朽ちるの待つ生活なのを考えれば対人関係に問題あるのは仕方ないかもしれない。

 それにそれくらいであればどこかの鬼畜な勇者さんやろくでなしの英雄さんに比べれば普通だろう。

 …………うん、比べるのも本当に失礼なレベルでしたね。

 

「ごほん。……それでこれからの事の注意事項ですが……」

「はい」

 

 姿勢を整えるキールさんに私も一つ気合を入れて説明を始める。

 

「まずあなたの記憶ですが、基本的にはなくなると思ってください」

「それは…………そうです、よね」

 

 転生とはそういうものだ。そうでなければ世界は世界の形を保てず…………人もまたそれに堪えられない。彼の境遇願いは知っているが、例外として認めるわけにはいかない。

 

「ただ、人間の中には一部記憶を引き継いで転生するものがいるのも確かです。不死を経験したあなたの魂は普通とは違いすぎるため、もしかしたら記憶をある程度引き継ぐ可能性も否定はできません」

「…………、それは彼女も私の事を覚えている可能性があるということでしょうか?」

「いえ…………彼女はあなたと過ごした生から既に一度転生し、今また転生しようとしているところです。二度の転生をして記憶を保つことはまずありえません」

 

 そもそも、前世の記憶など夢のようなものだ。夢の中で見たあやふやな夢を覚え続けることは人の身じゃ不可能に近いだろう。

 だから、二度の転生を経験したキールさんの想い人がキールさんのことを覚えているということはまずありえない。

 

「そう、ですか…………」

「キールさんも例外になんて期待せず忘れた方が幸せだと思いますよ。人とはそういうもので、あなたは人として生まれ変わることを許されたんですから」

 

 まぁ、異世界転生者なんてものに頼ってた私が言えることでもない気もしますが。

 

「……そうですね。例え記憶を失おうとも彼女の傍にいれるならそれでいいのかもしれない」

「賢明ですね」

 

 望みすぎればそれが裏切られたときのショックが大きくなるだけだから。

 …………これから私が彼に伝えることを考えれば、なおさらだ。

 

「それでエリス様。私はどこに転生するのでしょうか?」

「キールさんは英雄さんの息子として転生してもらいます」

「英雄ですか? 今の時代の英雄はよく知らないのですが、私が知ってる人でしょうか?」

「ろくでしな英雄さんと言えばわかりますか?」

「ああ、最年少ドラゴンナイトですか」

 

 面識はないけれど何度か話をしているからキールさんも覚えているらしい。というよりあの地獄の日々(in天界)を思い出せばその原因の一人を忘れるのは難しいだろう。

 

「それは本当に楽しみです。人の身で公爵級悪魔を倒した規格外の英雄。その実績にもですが、どこか共感を覚える生い立ちにも興味がありましたから」

「ある意味、彼はあなたと違う道を選んだ存在ですけどね」

 

 キールさんは愛する人を攫い、その想いに殉じ続けた。

 ダストさんは愛する人を攫い、その想いを糧に新しい愛を選んだ。

 

「そう言ったところも含めて興味があるんですよ」

「なるほど」

 

 あのろくでなしさんと、どこかズレてるけど真面目なキールさんの話が合うとは思えないけれど。

 …………でも、ダストさんって根は真面目という話も聞いた事あるんですよね。実際お姫様に会うまでは真面目な騎士として有名だったらしいですし。案外相性がいいんだろうか?

 

「それでエリス様。彼女は……」

「ああ、はい。同じですよ」

 

 私は今普通に言えただろうか。出来るだけ何でもないことのように言ったつもりなんだけど。

 

「…………エリス様? 今、何とおっしゃいましたか?」

「同じと言ったんです。あなたとあなたの愛する人は双子として生まれます」

「それは、どういう意味で……」

「そのままの意味ですよ?」

 

 キールさんとその愛する人の魂は双子として生まれてくる。ここに嘘は一つもない。

 

「それは…………もう、変えられないのですか? 私には約束が……」

「無理ですね。一番上からの命令ですし」

 

 本当に悪趣味だと思うけれど。

 …………まぁ、救いがない訳でもないし、これはキールさんへの試練と考えるべきだろう。彼と同じような境遇な人たちの事を考えれば、彼は恵まれすぎているくらいだし。

 そう考えて私は罪悪感から目を逸らす。

 

「それではキールさん。そろそろよろしいですか?」

「…………はい」

 

 落ち込んでいる様子のキールさん。難しいとは分かっていても、それでも愛する彼女ともう一度恋仲になることをずっと夢見てきたんだろう。それが転生しても恋仲になることを許されない存在として生まれるといきなり伝えられたのだ。ショックを受けない方が難しい。

 

「キールさん、例え全てを忘れても、忘れないでください。あなたの幸せは決して一つではないということを。探してください…………きっとあなたならその幸せに気付けるはずですから」

「…………エリス様?」

 

 不思議そうな顔をしてキールさんはその姿を消す。ゆんゆんさんの元へと転生を果たしたのだ。

 

「…………少し、言いすぎましたかね」

 

 多分凄く怒られちゃうんだろうなと思いながらも後悔はなかった。

 

「どうか良い人生を。新たな命に祝福を」

 

 そう心の底から私は願うのだった。




気付いてみればこの作品の総文字数100万字超え。連載ももうすぐ4年。思えば遠くまできたものです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幸せの形

「落ち着いた? ゆんゆん」

「はい……ありがとうございます、リーンさん」

 

 リーンさんから受け取った回復ポーションを飲み干して。消費した体力を回復させた私は一息をつく。

 

「それで、二人は今どこにいますか?」

「今はお義母さんがダストと一緒に産湯につけてるよ」

 

 二度目の出産。二人の子が産声を上げているのを確認したところで私は意識を失ってしまっていた。

 

「ということは、私が意識を失っていた時間はそんなに長くなかったんですね」

「うん。2、3分だったかな?」

 

 ということはまだ産湯の途中かな。

 

「それじゃあ、私はお母さん手伝ってきますね」

「…………、あのね、ゆんゆん。あなたはついさっきまで気絶するような大変な思いをしてたの分かってる?」

「はい、大変でした……」

 

 これが二回目の出産じゃなかったら私は二人を生み終えるまで意識を保ててたか自信がない。…………まぁ、意識を失ってもすぐ痛みで起きてたんだろうけど。

 

「それで? ゆんゆんは何をするって?」

「今ならまだお母さんを手伝──」

「──大人しく寝てなさい!」

「えー……でも私まだ二人の事抱いてあげてないんですよ?」

 

 ダス君が抱いてるのを羨ましく思ったのが意識を失う前の最後の記憶だ。

 

「心配しなくてももうすぐ帰ってくるから、本当大人しくしてて……」

「リーンさんにそこまで言われたらそうしますけど…………なんだかリーンさん私のお母さんみたいですね」

「ただでさえあおいの面倒見るの大変で、これから二人も増えるのに流石におっきな子ども二人見る余裕はないわよ……」

 

 おっきな子ども二人…………私とダス君かな? ダス君は昔と比べたら大人しくなったけど、それはあくまで相対的な話で世間一般で見ればまだまだ子供っぽいというか…………問題児だもんね。

 いや、本当に出会った頃と比べると別人かと思うレベルでまともになってるんだけどね。

 

「けど、本当におとなしくしてないとダメですか? 今はもうそんなにきつくないですよ?」

「はぁ……それはロリーサが魔法で誤魔化してくれてるからでしょ?」

「あ、そういうことなんだ。ありがとね、ロリーサちゃん」

 

 ロリーサちゃんのおかげでつわりとかも結構楽だったもんね。サキュバスは女性の仇敵だと言われてるけど、案外共生できればいい関係を築けるのかもしれない。

 

「あはは…………確かに気分的な所は私の魔法でどうにかなりますけど、体力や気力の消費を考えれば立ち上がるのも億劫だと思うんですけど…………流石は紅魔族の族長さんですね」

「ポーションもらったからね」

「それだけで平気になるわけないでしょーが。はぁ……いい加減ゆんゆんも人間やめてきてるよね」

 

 そんなこと言われてもなぁ…………双竜の指輪のおかげでドラゴンの生命力分けてもらってるだけだから、私自身が人間やめてるって事はないと思うんだけど。

 めぐみんの方がよっぽど人間やめてるよね。

 

「そう言えば、ハーちゃんとあおいはどうしてます?」

「時間が時間だし二人は寝てるわね」

「さっき様子を見てきたらメアと一緒に重なって眠ってました」

「ハーちゃんとあおいはともかくメアちゃんって『悪夢』を司る悪魔だよね? 夜に寝てていいの?」

 

 というか、精神生命体である悪魔は本質的には眠りを必要としないはずなんだけど。

 

「まぁサキュバスもですが夢を司る悪魔は眠るのが好きですから。メアは力はともかく心は子どもそのものですし……」

「本当、リリスさんは何を考えてメアちゃんをロリーサちゃんに面倒見せてるんだろうね」

 

 なんだか最近は二人が本当の親子のようにしか見えないし、ハーちゃんやあおいとも姉妹のような感じになってるけど。

 あのリリスさんが意味のない事をするとは思えないし、今のこの関係にも何か意味があるんだろうか。

 

「それが分かれば苦労しないというか…………本当あの方は何を考えてるんでしょうか」

「本当にね」

「えっと……あたしはリリスさんとあんまり話したことないから分からないんだけど…………そんなに厄介な人なの?」

 

 まぁ、リリスさんって人当たりはいいし長く付き合ってないとその辺はよく分からないかな。

 

「そうですね。リリスさんって凄い美人さんじゃないですか」

「うん、サキュバスクイーンって言われるだけあって、女のあたしから見ても綺麗な人だと思う」

「そんなサキュバスクイーンなリリスさんを相手する時にダストさんがいつも警戒して気疲れしてるといえば分かるでしょうか」

「あー、うん。よく分かった。…………ロリーサもいろいろ大変なんだね」

「凄く今更というか…………一緒に暮らしだして何年目の気づきなんですか」

 

 一緒に暮らしだしてかぁ。…………本当に何年目だろう? ちょくちょく地獄に遊びに行ってるからかその辺りの感覚が凄く微妙だ。

 

「ごめんごめん」

「……でも、それだけリーンさんにも余裕が出てきたって事ですかね?」

「…………、かもね」

 

 きっとリーンさんはあおいが生まれたあの日からずっと大変で複雑な気持ちだったろうから。まだ複雑な気持ちは解けていないのかもしれないけど、少なくとも新しい生活には慣れてきているんだと思う。

 

「ん? なんだよ、もう目が覚めたのか、ゆんゆん」

「あ、ダス君、お母さん」

 

 いろいろと話している間に。赤ちゃんを抱いてダス君たちが部屋に戻ってくる。

 

「どうだ? ちゃんと力入るか? 入らないなら危ないから抱くのはお預けだぞ」

「いつも通りとはいかないけど、それでもダス君よりはうまく抱いてあげられるよ」

 

 ダス君も大分上手くなったけどまだまだおっかなびっくりというか、まだまだ生まれたばかりの赤ちゃんを抱くのは慣れてない。

 …………まぁ、私も十分な経験あるかと言われたら微妙なんだけどね。あおいが小さかった頃は族長に就任したばかりでいろいろ忙しくてリーンさんにお願いしてた時間が長かったから。

 

「えっと…………こっちが男の子……キールだね」

「おう」

 

 ダス君が抱いてた赤ちゃんを受け取り優しく抱いてあげる。

 キール。この子が我が家の長男。この子の子孫がいつの日かバニルさんの願いを叶える。そして──

 

「まさか、あのお話のリッチーが私たちの子どもになるなんてね」

 

 ──バニルさん曰く、貴族の令嬢を攫い国と戦いを繰り広げたリッチーの生まれ変わりだ。

 

「なんかどっかの思惑が働いてる気がするがな。アクアの姉ちゃんに浄化されたリッチーが偶然俺らの子どもになるってどんな確率だって話だよ」

 

 普通に考えれば確かにあり得ない話だよね。アクアさんがリッチーであるキールさんを浄化してから結構な時間も経ってるし。

 

「そう言えば、キールってキールさんの記憶があるのかな?」

「さあな。ま、あってもなくてもどうでもいいだろ」

「ん……まぁ、それもそうだね」

 

 この子に前世の記憶があろうとなかろうと。この子が誰の転生体であろうと。

 今私の腕の中にいる男の子が私たちの子どもだということは変わらないのだから。

 

 そう、この子は間違いなく私とダス君の子ど──

 

「──って、あれ!? この子の目黒いですよ!?」

 

 紅魔族の子どもは里の外の人との間の子でも高確率で黒髪紅眼になる。あおいも実際そうだった。

 だというのにキールは髪こそ黒髪だけど目の色は黒色。ダス君の目の色を引き継いだと考えても鳶色か貴族の証である碧眼になるはずなのに……。

 

「ダス君!? 一体誰との子どもなの!?」

「お前は何を言ってるんだ」

「英雄色を好むとは言うけど、私以外との間に子どもを作るならちゃんと報告を──」

 

 目の色が黒色って事はリーンさんとの子どもじゃないっぽいし……。

 

「おいリーン。こいつバグってるぞ。叩けば治るか?」

「ゆんゆんってたまにいきなり壊れるよね。まぁ今回はそれだけ出産が大変だったって事で。もしくはロリーサの魔法が悪い」

「私の魔法は気分を紛らわせるだけだから頭をおかしくする効果なんてありませんよ!」

「あの……みんな私の娘が頭おかしいみたいに言うのはやめてくれる? まぁ、今のゆんゆんはちょっとアレかもしれないけど……」

 

 何で皆して私の事を可哀想なものを見る目して見てるんだろう……。

 

「あのなぁ…………キールはお前がたった今お腹痛めて生んだ子供だろうが。お前以外の誰との子どもだってんだ」

「え……? ということは浮気したのは私ということですか!?」

 

 そんな、私がダス君を裏切ってしまっていたなんて……。

 

「おいリーン。ハンマー持ってきてくれ」

「気持ちは分かるけど叩いてもさらに壊れるだけだから却下」

 

 あの…………なんでみんなため息ついてるの?

 

「あのなぁ…………お前が浮気したなんて誰も思ってねぇよ。そんな器用な女だったらお前は最初からぼっちなんてやってねぇっての」

「なるほど」

 

 一理ある。

 

「あの……リーンさん。今のどこに納得するポイントあったんですか?」

「さぁ。ぼっちな人にしか分からない感覚があるんじゃない?」

「ぼっちにはぼっちにしか分からない感覚がある…………勉強になります」

 

 リーンさんとロリーサちゃんが地味に酷いんだけど泣いていいのかな?

 

「とにかく。キールが俺とお前の子どもなのは間違いねぇよ」

「じゃあ、この子の目は一体…………転生の影響ですか?」

「その可能性もゼロじゃねぇが…………まぁ単純に遺伝だろ」

「遺伝?」

 

 でも、私の目ともダス君の目とも違う。どちらかというとカズマさんの目の色に近いきがするんだけど。

 

「ああ。…………キールの目の色は俺の母さんとそっくりだ」

 

 

──リーン視点──

 

「ねぇ、リーン。この子の事抱いてくれる?」

「え? でもまずは先にゆんゆんじゃ……」

 

 お義母さんが抱いていた女の子をあたしの方へと差し出してくる。あたしだって二人の子どもを抱いてあげたい気持ちはあるけど、順番としては本当の母親であるゆんゆんが先のはずだ。

 

「いえ、リーンさん。その子は先にリーンさんが抱いてあげてください。私はその後でいいです」

「…………そう? まぁ、ゆんゆんがいいなら私に断る理由はないけど」

 

 ちょっとだけ冷たいような気がしないでもないけれど。でもゆんゆんがそういう人じゃないのはよく分かってるし…………何か考えがあるのかな。お義母さんがあたしにっていうのもちょっと違和感あるし。

 

「ん……かわいい子だね。ゆんゆん似で安心した」

「おいこらリーン。それはどういう意味だ」

「そのままの意味だけど?」

 

 まぁ、ダスト似でも性格さえ似なければかわいい子になるかもだけどね。

 あー……でもダストって目つきは悪いから可愛いというより綺麗系かな。

 

「ったく……本当お前は一言多いよな」

「あんたの傍にいたら誰だって一言多くなるわよ。あんたの周りの女性で一言多くない人なんていないでしょ?」

「…………か、義母さんは一言多くねぇぞ」

「と言ってますけど?」

「えっと…………私は男の人苦手だから……」

「それは義母さんどういう意味だよ!」

 

 どういう意味も何もそう言う意味でしょ。

 

「本当ダストはしょうがないんだから……」

「でも、リーンさんはそんなしょうがないダストさんのことが好きなんですよね?」

「そうね、確かに好きだけど…………ロリーサは後で頬っぺた引っ張ってあげるから覚えときなさい」

「認めたのにそのコンボは予想外ですよ!? 認めるなら顔を赤くするとかそういう反応じゃないんですか!?」

 

 今更そんな反応するわけないでしょ。あたしがダストの事を好きだってのはもうちゃんと伝えてある。それからもう何年も経ってるんだから。…………具体的に何年かはちょっと思い出せないけど。

 

「うぅ……藪蛇でした…………人間さん難しい」

「そりゃ、あたしだって自分の気持ちとかいろいろ分かってるか微妙だし」

 

 本当に、自分の事は分からない事ばかりだ。さっきの反応だって今考えてみればおかしいような気すらしてくるし。

 

「んー…………ダス君? ちょっと顔赤くなってない?」

「気のせいだろ」

「そういうセリフはちゃんと目を見て話そうか」

 

 あっちはあっちでなんかいちゃついてるし。人の事をだしにしないで欲しい。

 

「それで、この子は何て名前なの?」

 

 男の子の方はキールだと聞いていたけど、女の子の方はなんかずっと誤魔化されてたんだよね。

 

「おう、今抱いてる子はお前に名付けてもらおうと決めてたんだよ」

「ということでリーンさん。その子に名前つけてもらえますか?」

「…………はい?」

 

 このろくでなしとぼっち二人はいきなり何を言い出してるんだろう?

 

「俺の娘の名付け親になってくれって言ってんだよ。何を呆けた顔してんだ」

 

 訳の分からない事を言うダストに、その訳の分からない台詞にうんうんと頷いてるゆんゆん。

 

「お義母さん? ゆんゆんはさっきから壊れてたからしょうがないけどダストまで壊れちゃいましたよ?」

「ゆんゆんはともかくダストは多分正気よ?」

「だから壊れてませんって! お母さんもともかくってなんなの!?」

 

 ゆんゆんがなんか騒いでいるけど、さっきから壊れてるからスルー。

 

「えっと…………じゃあまぁダストの方は一応正気で言ってるとして…………本気で言ってるの?」

「本気だよ。お腹の子が双子だって分かってからキールの方は旦那に、もう一人はお前に名付け親になってもらうって決めてた」

「なんであたしに……」

 

 名前は大切だ。特にこの紅魔の里では名乗りのかっこよさが重要な位置を占めてるみたいだし。

 

「その権利がお前にはあるって思ってるからだよ」

「そして、私たちがリーンさんに名付け親になって欲しいってそう思ったからです」

「…………、わけ……分かんない……」

 

 長い付き合いだ。目を見れば二人に嘘もなければどこまでも本気なことは分かる。

 

「そうかよ。でも今更そんな当たり前のことを説明する気はねぇからな」

「本当はリーンさんもちゃんと分かっていますよね?」

 

 …………分からないわけない。だってあたしが今ここにいるのはその役目を受け入れたからなんだから。

 

「本当に、いいの……?」

「いいとか悪いじゃねぇ。して欲しいって言ってんだよ」

「あおいを生む前からずっと考えていたんです。私たちの子ども…………その中の一人は絶対リーンさんに名付けてもらいたいって」

「…………馬鹿。だったらあらかじめ言っときなさいよ」

 

 いきなり言われてもそんな大事なことすぐ決められるはずがない。

 

「だって、あらかじめ言ってたらお前変に悩みそうじゃねぇか」

「変って何よ。大事な事なんだから悩むに決まってるでしょ」

「だからですよ。そんなリーンさんだからこそ私たちは名付け親になってもらいたくて…………今更悩んで欲しくないんです」

「ごめん、ゆんゆん。多分真面目なこと言ってるのは分かるんだけど、何を言いたいのか分からない」

 

 あたしなら大事に名付けると考えてくれてるのは分かる。自分で言うのもなんだけど、名付け親になれるなら本気で考えてあげたいと思ってるのは確かだ。

 でも、悩んで欲しくないってどういう意味なんだろう?

 

「お義母さん、あの二人が何を言いたいか分かります? というか知ってます?」

 

 なんとなく、二人はこれ以上答えてくれないような気がして。あたしは事情を知ってそうなお義母さんに聞いてみる。

 

「んー……知っていないけど想像はつくかな」

「それは?」

「……誰かを本気で好きになったことのある女の子なら、きっと悩まなくてもその答えを持ってるんじゃない?」

「え……? それって……」

 

 つまり……?

 

「ダメ……ダメだよゆんゆん。この子はゆんゆんとダストの子どもなんだよ?」

「はい。そしてリーンさんの子どもでもあります。…………だから、いいんですよ」

 

 分かる。分かってしまう。ここであたしが何を言おうとゆんゆんが曲がらないことを。ダストもゆんゆんもそれがいいだなんて本気で思ってることを。

 客観的に見たら非常識すぎるそれを正解にして欲しいと。

 

 いつからだったか、いつまでだったか。そんなことも覚えていない、けれど長いこと考えていたそれをこの子の名前にして欲しいと二人は言っている。

 

 もしもあたしがダストとの子どもを生んだ時に付けようと、そう想像していたその名前を。

 

「本当に…………二人とも壊れてるよね」

「はん、壊れてねぇよ。俺はただろくでなしなだけだ」

 

 本当にダストはろくでなしだ。きっとこんなことを振った女に迫ってるとダストの事を知らない人に知られたら、10人が10人ろくでなしだと非難するだろう。

 

「はい。私もちょっと友達少ないだけでそれ以外は普通です」

 

 本当にゆんゆんはぼっちなんだから。もっと普通に友達付き合いの経験があればこれがどんなに非常識なことだときっと分かってたはずだ。

 

 …………分かって、でもそれを選んじゃうのがゆんゆんなんだけどね。

 だからこそ、あたしはゆんゆんに勝てなかったんだから。

 

「で? リーンママはその子になんて名付けるんだ?」

「リーンママ言うな。子どもたちに言われるのはいいけどダストに言われるのは馬鹿にされてるみたいでむかつくんだから」

 

 なんとなく思う。これがあの日決めたあたしの生き方、その本当の始まりなんじゃないかって。

 

「まぁまぁ抑えてくださいリーンさん。ダス君もリーンママを怒らせるようなこと言わないでください」

「ねぇ、わざとでしょ? ゆんゆんそれわざとだよね?」

「気のせいですよ? ね、ロリーサちゃん」

「はい、リーンママの気のせいだと思います」

「あんたたち本当いい性格になってわね……」

 

 ダストやゆんゆんと家族になる。そして──

 

「ま、いいや。それよりも今はこの子に名付けてあげないとだしね」

 

 ──幸せになる。

 それがあの日。ダストに想いを告げて振られた日にあたしが確かに決めたことだ。

 

 今が幸せじゃないなんて言わない。でも、それはきっとまだあの日の答えにはなっていない。

 

「この子の名前は──」

 

 だから、本気で探してみよう。あたしの『幸せの形』を──

 

 

 

 

 

 

────

 

「フィーねーちゃん。サンドイッチちょーだい」

「ん? あれ? あおい? 今日は一人? ジハードちゃんは?」

「ハーねえちゃんはキールたちのメンドーをみてる」

 

 里にある冒険者ギルド。それに併設された酒場で働くウェイトレスのフィーベル=フィールの元にやってきたのは小さな少女。この里の族長の娘のあおいだ。フィーベルに取っては姪っ子のような存在でもある。

 

「あー、今日はダスト兄さんやゆんゆん姉さんは外で仕事だっけ。リーンさんやお義母さんがいるとはいえ生まれたばかりの赤ちゃん二人見るのは大変だもんね」

 

 言いながら今日の仕事が上がったら自分も族長宅に寄ろうかとフィーベルは思う。近くに住む親戚として付き合いは結構あるし、おすそ分けでもらう料理などはかなり助かっている。こういう時こそ恩を返す機会だろう。

 

「それで? サンドイッチが欲しいってどうしたの?」

「おべんとう」

「お弁当? どこかお出かけするの?」

「うん。さとをたんけんする」

「探検……里の外にはいかないんだよね?」

 

 いつもはジハードと一緒だからあまり心配はないが、一人となるとまだまだあおいは幼い。里の外に行こうとするなら止めないといけないだろう。

 

「うん。リーンママにもだめだって」

「じゃあ、大丈夫かな。…………でも、サンドイッチ買うお金持ってる?」

「ふ……つりはいらないよ」

「はい、ちょうどだね。…………ねぇ、あおい。その変な決め台詞みたいなの誰から覚えたの?」

「カジュマ」

「あの人かー……」

 

 たまに里に遊びに来る最弱の勇者様を思い浮かべてフィーベルは頭を抱える。昔から変なことを言う人ではあったが、魔王を倒した実績もあってか最近は里の子どもたちへの影響が酷い。

 まぁ、カズマの影響があろうとなかろうと里の子どもたちが世間一般から外れた価値観を持っているのは変わらないのだが。

 

「じゃーね、フィーねーちゃん」

「うん。里の中なら危険はないと思うけど、変な人について行ったりしちゃだめだからね?」

「うん!」

 

 しっかりと頷き、渡したサンドイッチをカバンに入れてあおいは走り出す。

 その背中をフィーベルは手を振り見送った。

 

 

 

 

「あれ? あいてる?」

 

 里を探検中のあおい。その途中で違和感を感じたあおいはその建物の様子を窺う。

 それは無人のはずの教会。ジハードと一緒に歩いていた時はいつもきっちりと締まっていた場所だ。あおいは覚えていないがダストとゆんゆんが結婚式を挙げた場所でもある。

 

「こんにちはー」

 

 様子を窺うのもそこそこに。開いてるならいいだろうとあおいは声をかけて中へと入っていく。里は全員が顔見知りのため、他所の家だろうと割と気軽に入ってもいいという空気は幼いあおいにもしっかり伝わっていた。

 

「あら? 可愛いお客さん。まだ準備中なんだけど、入信ならいつでも歓迎よ」

「? にゅーしん?」

「んー……まだこれくらいの幼女には難しいか。……でも今からしっかりと教え込めば立派なアクシズ教徒に育て上げられるはず。アクア様、私頑張ります!」

 

 はてなを浮かべるあおいとは逆になんだか盛り上がっているのはまるでシスターのような恰好をした女性。

 

「…………おねえさん、へんなひと?」

「一応、お姉さんは変な人じゃないかな。一応アクシズ教の中じゃ結構なお偉いさんなんだから」

「ふーん…………じゃあ、おねえさんはだれなの?」

 

 よくぞ聞いてくれましたと、まるでシスターのような恰好をした金髪碧眼の女性は嬉しそうに答える。

 

「私はアクシズ教団最高司祭のセシリーよ。今日からここに駐在することになったらよろしくね」




幕間終了です。次回から三章に突入します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3章:里と教団と隣国と
第1話:最高責任者


「あん? まだあおいが帰ってきてないって?」

「そ。もう夕飯の時間だし約束の時間は過ぎてるんだけど……」

 

 仕事を終えて帰ってきたダストに、あたしは里を探検するといって出かけている娘の事を相談する。

 

「心配しなくてもあおいなら腹減ればそのうち帰ってくるだろ」

「何を根拠にそんな無責任なことを言ってるのよ」

「いや、リーンと約束してんならあおいが里の外に出るわけないだろ? んで里の中にあいつを害する奴がいるわけねぇし」

「でも、最近は里に来る冒険者も増えてるし……」

 

 冒険者ギルドが出来た影響だろう。里の高品質な武具や魔道具を求めてくる冒険者の数は増えている。里付近に生息してるモンスターは強かったり厄介だったりで王都で活躍するような冒険者が中心ではあるけれど、それでも以前と比べれば紅魔族以外の人を目にすることが増えた。

 

「ベテランの冒険者の中にガキとはいえ紅魔族に手を出す馬鹿はいねぇよ」

「いや、まぁそうだけど…………。それに紅魔族の中にもぶっころりーさんみたいな人もいるし……」

「あの変態ニートは一応嫁さん限定の変態だから……」

 

 そうかなぁ……こめっこちゃんの手のひらで踊らされてるの見ると案外ロリコンの気もあるんじゃないかと思うんだけど。

 

「はぁ…………で? 結局俺に探して来いってか」

「うん。お願いしていい?」

「別に行くのは構わねぇが、俺だけか?」

「うん。暇してるのダストだけだからね」

 

 帰ってきたゆんゆん含め今は小さな二人をお風呂に入れてあげたりで大変だ。それ以外もまだ仕事から帰ってきてなかったりで手が空いてるのはダストだけだったりする。

 

「一応俺は今日一日仕事してきて疲れてるわけだが?」

「それはゆんゆんも一緒でしょ?」

 

 二人してなんだかへとへとな様子で帰ってきたら結構大変な仕事だったのは分かっているんだけど。同じ仕事してきたゆんゆんがちゃんと頑張ってるんだし甘やかす理由にはならない。

 

「ま、大丈夫だとは思うが、この調子だとあおいが帰ってくるまでは飯はお預けか。さっさと見つけてくるかね」

「最初そう言えばいいのに…………素直じゃないんだから」

 

 言葉とは裏腹にあおいを探しにいくことに対する嫌な感情は見られない。むしろさっさと探しに行きたいと言った風だ。

 と言っても心配で焦ってるという感じでもないから、あおいの無事は本気で信じてるんだろう。

 まぁ、あたしも心配だったらダストに頼まず自分で探しに行くし。…………何て言うか、この辺りがあの子の非常識さを表してるなぁ。変人揃いの紅魔の里でもあおいはこめっこちゃん以来の大物だと評判だし。

 ああは言ったけど里の中は紅魔族が目を光らしてくれてるから何だかんだで安全だというのも大きい。

 

「素直じゃないとかお前に言われたおしまいだな」

「うっさい馬鹿。さっさと行きなさいよ」

「へいへい」

 

 分かってるとばかりににやにやと笑ってダストは外へと歩き出す。

 

「あ、ダスト。行く前に…………今日は何が食べたい?」

「んー…………蛙のから揚げがいいな」

「また? ジャイアントトードの肉って里じゃ割と貴重な食材なんだけど……」

 

 アクセルと違い里の近くにジャイアントトードは生息していない。需要もあまりないし安定した供給がないから里で買おうとしたらアクセルに比べ値段が2~3倍も違う。

 

「でも、用意してんだろ?」

「あんたが好きだから一応凍らせて予備はあるけど」

「じゃ、そういうことで」

 

 ひらひらを手を振っていなくなるダスト。

 ダストって蛙肉好きなんだよね。本当に貴族だったか疑いたくなるというか…………長いアクセルでの生活で食の嗜好結構変わってるっぽい。

 お金には余裕あるんだしもっと高級な食品使った料理とかも出来るんだけど。

 

「仕方ない……貧乏舌のろくでなしの為に夕食作ってあげますか」

 

 エプロンをかける。ゆんゆんが仕事の日は、夕食を作るのはママであるあたしの仕事だ。

 

「急いで作らないとね。余裕が出来たならロリーサにも手伝ってもらおうかな」

 

 ミネアさんが帰ってくる時間も近いし…………それにあいつが行ったんならあおいが帰ってくるのもきっともうすぐだから。

 

 

 

 

──ダスト視点──

 

「さーてと、どうやって探すかね」

 

 確実なのは旦那に占ってもらう方法だが、こんなことに旦那の手を煩わせることもないだろう。どうしても見つからない時のための最後の手段だ。

 

(旦那には過保護すぎるって俺やゆんゆんは言われてるくらいだからな……)

 

 既にあおいの槍の腕は俺でも気を抜いたら一本取られるくらいにまで上がっている。紅魔族なだけあって知力も既に大人顔負けで…………里の中で心配する必要は確かにない。

 

(それでも俺はあおいの父親だからな。帰ってこない娘を迎えに行くくらいいいよな? 旦那)

 

 心配というわけではない。だけど、旦那に過保護と言われようとあおいの事を迎えに行ってあげたくはある。

 

「だから汝らは過保護だというのだ」

「って、旦那!? いきなり話しかけるのは心臓に悪いからやめてくれ!」

 

 いつの間にやら後ろにいるのは見慣れた仮面の大悪魔。バニルの旦那だ。

 突然現れただけでなく、通常運転で俺の考えてることを勝手に読んでいるあたり本当にバニルの旦那はバニルの旦那だなぁ……。

 

「少しばかり気を緩めすぎではないか? 汝であれば我輩が近づいてきたことにも気づけたであろうに」

「里の中でまでそんな気を張り詰めたくはねぇなぁ……。てか、旦那が本気で隠形したら竜言語魔法ありでも見つけられるかは微妙だっての」

 

 旦那が何かに変身している姿ならその魔力を感じて見破ることはできるとは思っている。

 だが、旦那がその魔力すべてを隠れることに費やしたのならそれを見破れるかは自信がない。

 

「ふむ? まぁ、その辺りはぼっち娘の方が適性があるか。強さと探知能力はまた別であるからな」

「あいつは本当その辺り優秀だからなぁ。人の機微には薄い癖に人の気配には敏感だし」

 

 友達を求め続けたぼっちの習性なのかもしれない。…………こんなこと考えてるのバレたら多分カスライ案件だけど。

 

「それで、汝はドラゴンバカ娘を探しているのか」

「あおいが俺に負けず劣らずドラゴンバカなのは確かだがその呼び方だとなんだかただのバカ娘っぽく受け取れるからやめてくれ」

 

 行動はおかしいが一応あれで頭はいいんだ。

 

「はぁ…………汝は本当に出会った時からは想像できぬほどの親馬鹿になったな。ドラゴンに対する溺愛ぶりを見ていれば想像できぬほどではないが」

 

 旦那に出会った頃の俺ねぇ。もう何年前かも思い出せないが、ドラゴンいなくて腐ってた頃の俺と比べれば、確かに今の俺は変わってるんだろう。

 

「それで? 旦那は仕事帰りか?」

「うむ。ギルドも酒場以外は閉まる時間だ。相談屋も店じまいである」

「相談屋の景気は良いのか?」

「悪くない。元より紅魔の里には王都からの大口の依頼もあったことであるしな。里の実質的な占い屋が我輩だけになった今、日々の相談がそこそこでも十分な収益がある」

 

 そういや、靴屋のニートのストーカー相手である靴屋の嫁さんは凄腕の占い師だとベルゼルグで評判だったらしいな。俺も一回占ってもらったがあの美しさは記憶に残っている。

 

「そけっとさんも災難だよなぁ。まさか自分が占いをするために力を借りていた悪魔本人が里に来るとか」

「あれは喜んでおったがな。サインを渡したら家宝にすると言っておった」

 

 …………まぁ、あんな美人だろうと紅魔族だしな。自分の生活よりもカッコいいもの優先は当然か。

 

「でも、順調なのはいいことだな。そんな調子ならダンジョン作れる日も遠くないんじゃないか?」

「…………順調なのは相談屋だけであるがな」

「あ、はい」

 

 ウィズ魔道具店は平常運転らしい。この調子なら良くてトントン…………マイナスっぽいなぁ。

 アクセルと違いこの里なら高品質で高価な品物もある程度売れるだろうに。何をどうしたら赤字になるのか。いやまぁ高品質なゴミをそんだけ仕入れてるんだろうけど。

 

「そういやウィズさんは相変わらず見たいだがゼーレシルトの兄貴は元気にしてるのか?」

 

 旦那の元で匿われてる悪魔ゼーレシルト。めちゃくちゃ可哀想なイメージしかない悪魔だが、あれで一応高位の悪魔だったりする。旦那やウィズさんと一緒に里に引っ越してきてたはずだが、旦那やウィズさんと違い最近は会った覚えがなかった。

 

「ん? 聞いておらぬのか。ぼっち娘の父親に雇われて仕事に出ておるぞ」

「なんも聞いてねーなー。…………あのおっさん適当だし秘密主義がカッコいいと思ってるしで大事なこと言わないこと多いんだよな」

 

 そんで美味しい所で種明かしするのが大好きという。

 

「で、ゼーレシルトの兄貴は何の仕事をしているんだ?」

「潜入任務と言っておったが」

「…………あの着ぐるみが?」

「着ぐるみ悪魔がであるな」

 

 なにそれすっごいシュール。というか無理だろそれ。

 

「あの着ぐるみの姿も知らなければ意外と街中に溶け込むものだ」

「中身出たら阿鼻叫喚だろうけどな」

 

 子どもたちには人気だったみたいだし、風船配りでもさせれば確かにそんなに不自然じゃないのか?

 

「けど、潜入任務ねぇ。義父さん最近帰ってくるの遅いしなんか裏でやってんのか」

 

 その裏でやってることを俺はともかく族長であるゆんゆんも知らないっぽいのは本当どうにかしないといけないのかもしれない。

 

「と言っても、汝も既に想像はついてるのではないか?」

「……ま、そりゃな」

 

 この時期に潜入任務と言われてピンとこないわけはない。

 

「ゼーレシルトの兄貴にはくれぐれも気を付けてと伝えてくれ」

「無事帰ってこれたらそうするとしよう」

 

 軽いなぁ……。まぁアクアのねぇちゃんに遭遇でもしなきゃオーバーキルされるとは思えないし地獄に帰るだけだと考えれば別に問題ないのか。

 

「ところで、過保護なお客様よ。一つ我輩に相談をして行かぬか? 友達価格で1,000エリスで占ってやろう」

「はいはい最終手段最終手段」

 

 結局。煩わせるつもりのなかった友達の力を借りて俺は娘の居場所をあっさりと知るのだった。

 

 

 

 

「ここねぇ。すくなくともここは俺が知ってる限り無人のはずなんだが」

 

 来たのは里にある空っぽの教会だ。俺とゆんゆんの結婚式以来全く使われていないはずの場所だ。

 

「ま、旦那の見通す力が外れるはずもないし…………確かにいるな」

 

 二人…………いや、三人か? 一人はあおいだとしてあおい以外に二人いるって事か。

 

(なんか嫌な予感がするんだよなぁ……)

 

 教会という場所。そして旦那が言っていた『鬱陶しくて見づらい』と言っていたこと。あの旦那の嫌そうな顔を思い出せば、この先にどんな奴らがいるかは嫌でも想像がつく。

 

「はぁ…………しゃーない、行くか」

 

 死ぬほど嫌でもここで帰るという選択肢はない。…………いや、本当帰りたいんだがな。

 

「あおい、いるかー?」

「とうさま!」

 

 教会の扉を開けて。声を上げる俺に気づいてあおいがトトとかけてくる。

 

「お、ちゃんと元気にしてるみたいだな」

「うん!」

 

 ぶつかる様に抱き着いてきた娘を俺は受け止めて抱き上げる。ぶつかった時ちょっと痛かったのは意地でも表には出さない。

 

「というわけでさっさと帰るぞ。リーンママが飯を作って待ってるからな」

「うん、あおいもお腹すいた」

 

 あおいを抱き上げて、俺はそのまま教会を後に──

 

「──ダスト君? え? もしかしてその子ダスト君の娘!?」

 

 ──出来るわけないですか、そうですか。

 

「わーっわーっ! 可愛い子だと思ってたけどダスト君の娘だったのね! 紅魔族って事はゆんゆんさんとの子ども!? 二人とも私というものがありながら浮気はどうかと思うけど、あおいちゃんみたいな可愛い子を生んでくれたなら祝福するしかないわね! アクア様! この素晴らしい子供に祝福を!」

「いきなりうるせぇ! あおいがドン引きしてるじゃねぇか! それにアクアのねえちゃんにはとっくの昔に祝福してもらってるっての!」

 

 久しぶりだってのにいきなりこの暴走プリーストの全力っぷりはきつい。

 

「あ…………ごほん。失礼しました。あおいちゃんもごめんね?」

「とうさま、この人へんな人だね」

 

 あおいに変な人扱いされるとかやっぱこのプリーストは人として終わってんな。

 …………いや、あおいは割と自分のこと棚に上げるタイプだから一概にそうは言えないが。一体全体誰に似たのか。

 

「てか、この里に来たってのに俺とゆんゆんのこと知らなかったのか?」

「だって、私ずっとアルカンレティアで修行してたもの。最後にダスト君に会った日から昨日までずっと」

 

 最後っていえば…………魔王が討伐されて俺らがアクセルの街を旅だったあの日か。マジで何年前の話だよ。

 

「そんなに修業しないといけないって何やらかしたんだよ。…………いや、アクシズ教徒はどいつもこいつも常に何かやらかしてるけど」

 

 そんなアクシズ教徒の一員であるセシリーが何年もの間修行させられるとか。

 

「ねぇ、なんでお姉さんが何か悪いことした前提になってるの? 私ダスト君に比べたら清廉潔白で生きてるわよ?」

「それはない」

 

 絶対ない。

 

「嘘つき! ダスト君なんて問題起こして牢屋に放り込まれるのが日常じゃない!」

「一緒に牢屋に放り込まれてたお前にだけは言われたくないというか…………一体全体いつの話だよ」

 

 まぁこいつと出会った頃はそうであるのを否定しないが…………ジハードが生まれてからはその頻度は減ってたと思うんだがな。

 ゆんゆんと付き合い始めてからはマジで留置所に世話になった覚えはない。

 

「え? もしかして、ダスト君今はもうまともな人になっちゃったの? そんな! ダスト君がまともな人になっちゃったらそれはもうダスト君じゃないじゃない!」

「どういう意味だこら」

 

 気持ちは分からないでもないがこいつにだけは言われたくない。

 

「だいじょーぶだよ。とうさまは『ろくでなし』だってみんないってるよ?」

「おいこら娘。たとえ事実でも余計なこと言ってんじゃねぇよ」

 

 怒る俺にきゃーと強く抱き着いてくるあおい。くそ……可愛くてこれ以上怒れないじゃねぇか。

 

「よかった…………ちゃんとろくでなしではあるのね」

「お前もお前で何を安心してやがんだよ…………」

「だって、私は真面目なダスト君よりろくでなしな…………自分に素直に生きてるダスト君の方が好きだもの」

「…………、そうかよ」

 

 ま、そういう意味なら俺もそう思うかもな。

 

「とうさま? うわきはめーっだよ?」

「こいつ浮気だけは世界が滅んでもないから安心しろよ。というか誰だあおいに浮気なんて言葉おしえた奴は」

「ぶっころりーがとうさまは『ふたまたうわきやろう』だって言ってたよ?」

 

 よし、あいつは今度ぶっ飛ばそう。…………いや、傍から見りゃそうなんだろうが、リーンには全く手を出してないんだから納得いかねぇ。

 

「二股? そういえばさっき『リーンママ』って………………なになに!? なんか面白そうなこと隠してるでしょ! 誰にも言わないからお姉さんにちょっと相談して!?」

「だからうるせぇ! 別になんも隠してねぇよ!」

 

 俺とゆんゆんとリーンの関係なんて里の連中みんな知ってるっての。…………こいつには一生隠しておきたくあったが。

 

「そうなの? でもその様子だと何かあるのは確か見たいね。もしかして私みたいにハーレムルートなの?」

「お前のハーレムメンバーなんて見たことないが?」

「え? めぐみんさんにゆんゆんさん、ダスト君にミタラシさん、あおいちゃんにジハードちゃん……みんな私のハーレムメンバーよ?」

「お前今すぐ里から出て行けよ」

 

 危険人物すぎる……。爆裂娘あたりを追ってさっさとアクセルに帰らねぇかな。

 

「そんなわけにはいかないわよ。今日から私はここの責任者なんだから」

「はぁ…………まさかとは思ったがアクシズ教団のアクセル支部長からこの里の支部長になったのか」

 

 じゃなきゃ、こんな所にはいないよな。

 

「え? お姉さんは紅魔の里の支部長じゃないわよ?」

「は? ああ、支部長は別にいんのか」

 

 そういやもう一人奥に気配があるな。

 

「それも違うけど? そもそもここは支部じゃないもの」

「なんだそりゃ。ただの駐在所だとでもいうつもりか」

 

 だとしても普通それを支部っていうだろ。

 

「いえ? ここはアクシズ教団第二本部よ?」

「何言ってんだこいつ」

 

 頭のおかしいことをいう奴だとは思ってたが…………なんでこんな里にアクシズ教団の第二本部が出来るんだよ。

 

「ねぇ、ダスト君。本気で軽蔑の目を向けてくるのはやめてくれない? 流石のお姉さんもちょっとは傷つくのよ?」

「それで? その第二本部とやらの本部長になったとでもお前は言うのか?」

「それも違うけど? 第二本部長はゼスタ様だもの」

「ほーゼスタかぁ……あの凄腕プリーストなら確かに本部長になってもおかしく…………いや待て、あのおっさんは確か最高司祭だろ。なんで本部長なんかに格落ちしてんだよ」

 

 問題行動多いとは聞いてたがまさか降格されたのか?

 

「うん、だって今のアクシズ教団最高司祭は私だもの」

「何言ってんだこいつ?」

「だからその目! 本気で傷つくからやめて! 頑張って修行して最高司祭になったのにどうしてそんな蔑んだ目で見られないといけないの!?」

 

 アクシズ教団の最高責任者とかそれだけで蔑まれる対象な気もするが。

 というか修行って最高司祭になるための修業かよ。妄想でそこまでするとかすごいな。

 

「おいセシリー。お前が妄想するのは勝手だがな、流石にアクシズ教団の最高責任者を名乗るのはまずいだろ」

「妄想じゃないわよ!? ダスト君には私が次期最高司祭になるって話したはずなのになんで信じてくれないの?」

「あん? そんな話聞いた覚えないぞ」

「言った! 絶対言ったから!」

 

 仮に本当に言ってたとしても何年前の話だよ。覚えてるわけないだろ。

 

「まぁいいや。アクシズ教団の自称最高責任者さんよ。何でこんな所に第二本部なんて作ったんだ?」

「それはもちろんゆんゆんさんやダスト君に会うためよ?」

「嘘つけ。俺とゆんゆんが結婚してることすら知らなかったくせに」

 

 ゆんゆんはともかく俺がいるなんて分かるはずない。

 

「(…………ここでなら会えると思ったのは別に嘘じゃないけどね)」

「あん?」

「本当の理由はよく分からないのよね。私も昨日修業が終わっていきなりここに来ることになったんだもの」

「はぁ? 自称最高責任者のお前が知らないで誰が知ってんだよ」

「うん、ダスト君自称じゃないからね? いや、まぁ……なんか蚊帳の外で私も最高責任者の実感ないけど」

 

 自称じゃないとしてもお飾りの最高責任者なのは間違いなさそうだな。

 

「それで知ってる人? それはもちろんゼスタ様なら知ってると思うわよ? 私を連れてきたのはゼスタ様だし」

「ああ、そういや第二本部長はゼスタとか言って………………って、マジであのゼスタがここに来てんのかよ!?」

「え? 今更その驚きなの? さっきから何度か話に出てたと思うんだけど。というかお姉さんが最高司祭になったことより驚いてる気がするのは気のせいかしら……」

 

 お前の最高司祭はまだ信じてないからな。

 人類という枠組みの中では間違いなく世界最強のアークプリーストであるゼスタが来たことの方が驚いて当然だろう。

 

「とうさま、ゼスタって?」

「人類最強のアークプリーストにして人類最高の変態プリーストだな」

「…………へんな人?」

「話を聞く限りこの目の前の姉ちゃんより変な人だな」

「へんな人だね」

 

 一応俺やミネアの命の恩人だしあまり悪くは言いたくないが…………こいつの話を聞く限りやばい奴なのは間違いない。その実力が本物だってのはよく分かってんだがな。

 

「ねぇ、あおいちゃんのその納得の仕方おかしくないかしら? 私はゼスタ様はもちろんダスト君よりも普通よね?」

「黙れよ変な人」

「普通に酷くないかしら!?」

 

 アクシズ教徒の存在よりは酷くないと思うぞ。…………この里の住人も大概ではあるが流石にアクシズ教徒よりはまともなはずだ。

 

「やれやれセシリーさん。最高司祭ともあろう方がそう騒がしくするものではありませんよ」

「ゼスタ様! 酷いんですよダスト君もあおいちゃんも、私を変人扱いしてくるんです!」

「いえ、セシリーさんが変人なのは間違いないと思いますよ?」

「ゼスタ様に言われた!?」

 

 奥にある部屋から出てきたのは壮年から初老の間に見える雰囲気のあるプリースト。…………会った時から老けちゃいるが忘れるはずがない、ゼスタだ。

 

「お久しぶりですラインさん…………いえ、今はダストさんと名乗っているのでしたね」

「おう、久しぶりだなゼスタ……様?」

「様付けはりませんよ。気軽にゼスタきゅんと呼んでください」

「じゃあ気軽にゼスタと呼ばせてもらうわ」

 

 まぁアクシズ教徒だしいいだろ。一応この里じゃ俺もそれなりのお偉いさんだし。

 

「ふむ…………セシリーさんもですが何故私をゼスタきゅんと呼んでくれないのでしょう?」

 

 多分この世界にゼスタの事をそんな風に呼ぶ奴はいねぇよ。

 

「…………ゼスタきゅん?」

「おい馬鹿あおいお前何を言って…………って、ゼスタ! 何を感極まってにじり寄ってきてんだ! あおいに手を出したら戦争だぞ!」

「何を失礼な! 私は紳士……yesロリータnoタッチの精神でちょっと至近距離で臭いをかがせてもらうだけです!」

「洒落にならないくらい気持ち悪いこと言うのはやめろ!」

「ならせめて唾を! 唾をかけてもらえないでしょうか!?」

「せめての意味が分からねぇよ! なお酷い…………いやどっちも酷すぎて程度が分からねぇ!」

 

 マジでこいつ俺の命の恩人なの? あの時の助けに来てくれた強キャラの安心感はどこだよ。

 

「ゼスタ様! いい加減にしてください!」

 

 お? 流石のセシリーもこの異常な行動には止めに入るのか?

 

「可愛い幼女の唾を自分一人で独占しようなんて! せめてじゃんけんで決めましょう!」

「もうお前らマジで里から出て行けよ!」

 

 もうやだアクシズ教徒。なんで俺こんな奴らの相手してんだ?

 

 

 

 

「ふぅ……取り乱しました。あおいさんの唾の件はまた後日落ち着いたところで話し合うことにしましょう」

「いや話さねぇよ。そんな機会は一生ねぇよ」

「別に地面に吐いた唾でもいいのですよ?」

「別にの意味が分からねぇしあおいはそんな品のない育て方もしてねぇよ」

 

 ゆんゆんにしろリーンにしろそういう所はしっかり教育している。

 …………なのに何であおいは色々おかしな子に育ってんだろうなぁ。

 

「おっと、こうして話していてはせっかくできた料理が覚めてしまいますね。セシリーさんそろそろご飯にしましょう」

「ご飯ですか?…………ゼスタ様って料理できたんですか?」

「ははは、料理が出来れば炊き出しで合法的に可愛い幼女と触れ合えるのですよ?」

「なるほど。流石はゼスタ様年季が違いますね」

 

 何の年季だよ。変態の年季ならゴミ箱に捨ててこい。

 

「それで、ダストさん、あおいさん一緒に夕食はどうでしょうか? 一応明日の朝の分まで作ったので二人もご一緒できるだけは作っているのですが」

「え? もしかして今日の夕食と明日の朝食一緒の予定なんですか? 同じものとか普通に嫌なんだけど…………ねぇダスト君。私を助けると思って夕食食べていかない?」

 

 なんかセシリーが自分で作ってないくせに我がまま言ってるが…………考えるまでもないわな。

 

「悪いな。家で料理作って待ってる奴がいるからよ」

「うん! あおいもリーンママのりょうりがいい!」

 

 今日はきっと俺の好物を作って待っててくれる。こいつらにはいろいろ聞きたいことがあるが…………それはまた今度でいいだろう。

 あまり後回しにする余裕はないかもしれないがな。

 

「そうですか。ではまた別の機会に」

「ま、美味しそうな匂い漂わせてるからな。機会があったら食べさせてもらうぜ」

 

 あおいは絶対連れてこないが。

 

「ええ。…………ただ、ダストさん。私たちがここに来た理由だけは先に説明した方がよろしいでしょうか?」

「…………、別にいいぜ。想像はついてる」

 

 アクシズ教団その最高責任者たちがこの里に来る理由なんてそう多くない。

 

 そう、きっとそれはこの里に冒険者ギルドが出来た理由と一緒だ。

 

 

「…………もうすぐ、あの国との不可侵条約が切れるからな」




セシリーお姉ちゃんだけでも強いのにゼスタ様で加わるとパワーがありすぎる……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話:噂話と夕食準備?

「ロリーサ? 手が空いてる? 夕食作るの手伝ってくれない?」

「いいですよー。メアも今日はお仕事だってさっき出て行きましたし」

「え? あの子仕事あるの?」

 

 ぱたぱたと飛んできたロリーサの言葉にあたしは驚く。いつも子供たちと遊んでるか寝てるイメージしかなかったんだけど……。

 

「ナイトメアという種族を一人で背負ってますからねー。普段も分身体がちゃんと仕事してますよ? なんだか今回は強敵がいるみたいで本体の出番という話でしたけど」

「きょ、強敵? え、何かあの子戦うの? というか戦えるの?」

 

 ロリーサ以上に戦ってる所想像できない見た目なんだけど。

 

「いえ、ナイトメアの仕事で強敵って話なので別に戦わないですよ?」

「そうよね戦わないわよね……」

 

 …………ん? ナイトメアの仕事で強敵?

 

「ねぇ、ロリーサ。そもそもナイトメアの仕事って何なの?」

 

 ナイトメア。それは一般的に馬の姿をしていて悪夢を見せるモンスターだと知られている。その正体が悪魔で、その中身がメアちゃんみたいな可愛い小さな女の子の姿をしていると知った時はあたしも驚いた。

 そのナイトメアの仕事って事だから悪夢を見せるってことなのかな? でも悪夢を見せることに強敵も何もない気がするんだけど。

 退治されそうな相手に悪夢を見せようとしている? でもそんな相手に本体がいく方が危ない気がするし、わざわざそんな相手に悪夢を見せないといけない理由でもあるんだろうか。

 

「さぁ? いまいち私も分かってないんですよね。リリス様なら何か知ってると思いますけど……」

「…………一応あの子の親代わりでしょ? そんなんでいいの?」

「そう言われても…………あの子あんな見た目してるだけでリリス様と互角の夢魔ですよ? 私みたいな一般的な夢魔には理解の及ぶところじゃないというか……」

 

 ダストやゆんゆんに頼りにされるだけの力を持ってるのに何を言ってるんだか。そんな夢魔が一般的だったらサキュバスが最弱の悪魔とか言われることはないはずだ。

 

「というか、そんなこと言ってたら──」

「──ええ。折檻が必要なみたいですね、ロリーサ」

「ひぇっ!? り、リリス様!? いつの間に来たんですか!?」

 

 ──リリスさんに怒られるよ。そうあたしが言う前に件の人が現れる。

 ロリーサが驚いてるけど本当にいつの間に来たんだろう。

 

「メアの話を始めた頃ですよ」

「ほとんど最初じゃないですか!? いるなら最初から言って下さいよ!」

「はぁ…………常在戦場。サキュバスの長になるものがそんなことでどうするのですか。あなたが死ぬことはサキュバスという種族が滅ぶことと理解しなさい」

「そんなこと言われても…………って、え!? 長になるって何の話ですか!?」

「言ってませんでしたか? あなたには私の後を継ぎサキュバスクイーンになってもらう予定だと」

「欠片も聞いていませんよ!?」

 

 …………なんでそんな大事なこと聞いてないの? あたしも普通にゆんゆんやダストから聞いて知ってたんだけど。

 

「ということでロリーサ。私の折檻フルコースと空飛ぶ城周回20週どちらがいいですか?」

「飛んできます! それでその後ちゃんと話を聞き…………聞きたくないなぁ……」

 

 余程折檻が嫌なのか。一瞬で飛んでその場を後にするロリーサ。途中で落ち込んだのか微妙に肩が落ちた後ろ姿が印象的だった。

 

「えっと…………リリスさんは今日は何の用できたんですか?」

 

 サキュバスクイーンにして何故か空飛ぶ城のメイドさんをしているリリスさん。あんまりあたしとは関りがないけど、ダストにご執心だから顔見知り程度には当然知っていた。

 そして極度の女好きであるダストや友達を求めるゆんゆんが苦手としている存在だということも。

 

「少しアリス様のことでダスト様に報告したいことがありまして」

「アリスさんですか?」

 

 魔王の娘。自称でアリスと名乗っているあの人は、城を管理するリリスさんと一緒に空飛ぶ城で悠々自適に暮らしているらしい。

 

「ええ、杞憂だといいのですが……」

 

 そう言って難しい顔をするリリスさん。アリスさんもリリスさん同様にダストやゆんゆんが苦手にする存在だ。リリスさんと違い度々何かやらかしているらしい。

 主に被害を受けるのはダストだからあたしはよく知らないんだけどね。あんな美人さんなのにアリスさんに会うとダストが本気で嫌な顔をするから相当あれなのは想像ついてるんだけど。

 

「それで、ダスト様は何処に? 家にはいらっしゃらないようですが……」

「今ならあおいを探しに行ってますよ。さっき出て行ったから少し帰ってくるまでに時間がかかるかもです」

 

 と言ってもそんな時間はかからないと思うけど。夕食が出来上がるまでには帰ってくるんじゃないだろうか。

 

「そうですか。では帰ってくるまではゆんゆん様の手伝いでもしてくるとしましょう」

「……あ、はい。ありがとうございます」

 

 綺麗に頭を下げてからゆんゆんの元へ向かうリリスさん。その所作は女性であるあたしをして惚れ惚れするほど綺麗で…………それなのにダストが苦手とするんだから相当なんだろうなぁ。

 

(こうしてみると、ダストって周りに女の人多いけど、本人はあんまり得してない?)

 

 綺麗な子や可愛い子は多いけどゆんゆん以外は苦手にしてる相手や範囲対象外ばっかりだ。

 

「キースだったら死ぬほど羨ましがるんだろうけど。…………今、何してるのかな、あの二人」

 

 あたしとダストのパーティーメンバーだったテイラーとキース。二人が旅立った日から会っていないけれど…………元気にしてるといいな。

 

「って、あ!? リリスさんに料理手伝ってもらえばよかった!?」

 

 手伝いを頼んだロリーサはなんか飛んで行っちゃったし、割と話し込んだからか思ったより時間が過ぎている。メイン作るだけなら何とか間に合いそうだけどスープとか作ると考えたらダストが帰ってくるまでに作り終えるのは難しそうだ。

 

「かと言って今更リリスさんやゆんゆんに助けてもらうのはなぁ……」

 

 お義母さんもお義父さんと一緒に最近は帰りが遅いし……。

 あー、どうしよう。ダストって少しはまともになっても相変わらずろくでなしだから遅れると煩いんだよね。

 

『こんばんはー』

 

「ん、この声は……」

 

 玄関の方からする声。あたしはその声の持ち主を想像しながら駆けていく。

 

「こんばんは、リーン姉さん。今日はダスト兄さんたちが仕事って聞いたので何か手伝えることないかってきました」

「フィー、ナイスタイミング!」

 

 玄関で待っていたのは想像した通りの姿。ダストの兄代わりだか父親代わりの義理の妹であるフィーベル=フィールという子だ。…………なんかそう説明するとどんな関係性かいまいち分からなくなるんだけど、ダストの義理の妹みたいなものだと思っている。

 親戚の付き合いをしていて、あたしにとってはリリスさんやアリスさんよりも身近な存在だ。

 …………いや、うん。この子くらいなんだよね、この里であたしと同じ普通の人枠の人。常識人枠だと思ってたルナさんはなんか若返りとかしちゃったし。仮面の悪魔さんと飲み友達やってるのとかも冷静に考えると頭おかしい。

 

「あ、やっぱり兄さんたちがいなくて手が足りないんですね」

「いや、ダストもゆんゆんも帰ってきたんだけどね。ただまぁ……手が足りてないのは確かかな」

 

 まぁ、あたしがリリスさんに手伝い頼んだら手も足りてたんだけどね。

 …………冷静に考えたらその案を実際にお願い出来てたかは微妙だし、気づいててもこの状況は変わらなかったかもしれないけど。

 

「? よく分からないですけど…………何を手伝いましょうか?」

「うん。スープとサラダをお願いしていい?」

「スープとサラダですか? 了解です」

「あ、そだ。今日はうちで夕飯食べていきなよ。フィーならいつでも歓迎なんだしさ」

「いいんですか? じゃあ……遠慮なく」

 

 フィーは一人暮らしだし、帰ってからまた自分の料理を作るとなると大変だ。手伝ってくれるんだしこれくらいは当然だろう。

 

「ところで、今日のメインディッシュはなんなんですか?」

「カエルのから揚げ」

 

 自分用のエプロンをつけながら聞いてきたフィーにあたしは端的にそう答える。

 

「そのオーダーは間違いなくダスト兄さんですね。たまにうちの酒場で食べていく時もそればっかりです」

「あー……やっぱり? あいつって本当貧乏舌なんだから」

 

 てか、うちに帰れば普通にご飯作るんだから帰ってくればいいのに。必要ならお弁当作ってあげてもいいし。

 

 

 

 トントンとフィーが野菜を切る音が続く。あらかじめ息の根を止めてるからそう難しくないとはいえ、野菜を切るフィーの手際は見事だ。やっぱり一人暮らしをしてると自然と身につくんだろうか。

 って、あたしも急いで作らないと。ゆっくりしてたらダストとあおいが帰ってくる。お義父さんとお義母さんもそろそろだろうし。

 

「…………やっぱりリーン姉さんっていいお嫁さんですよね」

「え? 何いきなり。褒めても夕ご飯しか出ないよ?」

 

 というか、お嫁さん? なれるとかじゃなくて?

 

「いえ、ゆんゆん姉さんもですがリーン姉さんもダスト兄さんにはもったいないくらい良い女性だなって」

「まぁ、ゆんゆんがダストにはもったいない子だというのには同意だけど…………本当にいきなりどうしたの?」

「いくらダスト兄さんが英雄とはいえ、リーン姉さんを第二夫人とか本当に贅沢だなって」

 

 んー? なんかあたしとフィーの認識に差があるような……?

 

「えっと…………あたし別にダストと結婚したり妾になった覚えはないけど? 家族にはなったけどね」

 

 あたしはダストとゆんゆん…………二人の子どもたちのママになることを選んで家族になった。けどダストと恋仲になったかと言われれば全く違う。あたしはあの日完全に振られている。

 

「またまたそんな冗談を………………え? 本当なんですか?」

「うん」

 

 真顔のあたしを見て同じく真顔になるフィー。

 

「え? え? 里じゃダスト兄さんは二ま…………いえ、一夫多妻を実現したうらやまけしからん奴だと里の男性から恨まれてますよ?」

「まだそんな噂あるんだ。何度か聞かれたけどいつも毎回否定してるんだけどな」

 

 あ、でも聞いてきたのは女の人ばかりだし、男の人には全然広まってないのかな? フィーは酒場で働いてるしおばさんたちの井戸端会議な噂より冒険者とかの噂話の方が良く入るんだろう。

 

「今まで勘違いしてました…………てっきりそういう関係なのだとばかり」

「信じられないかもしれないけど、あいつ結婚してからこっちあたし一度もあたしに手を出そうとしたことないんだよね」

 

 というか、ゆんゆんと付き合いだしてからか。地獄でのあれはノーカンにするとして。

 

「そんな…………アクセルの街で私にセクハラばっかりだったダスト兄さんがこんなに可愛い人と一緒に住んでて手を出してないなんて……」

「えっと…………それに関しては謝った方がいい?」

 

 本当アクセルにいたころのダストは酷かったからなぁ。後半は割とまともになったけどそれでも十分ろくでなしだったし。

 …………ろくでなしなのはこの里でも一緒か。

 

「そうだ! お酒飲んだ時は酷いんじゃないですか? あの状態のダスト兄さんがリーン姉さんみたいな可愛い人に手を出さないわけが……」

「んー……確かにあいつの酒癖は悪いけど、手を出されたことないよ?」

 

 というかなに? フィーはあたしがあいつに手を出されて欲しいの?

 

「え……そんな…………3か月くらい前ですけど私酔ったダスト兄さんにガーターベルトをまた脱がされたんですけど…………」

「とりあえずあいつの今日の飯は抜きにしとくわ」

「いえ! 別に気にしてないですから!」

「いや、そこは気にしようよ。嫁入り前の女の子なんだからさ」

 

 本当、ダストのろくでなしっぷりは酷い。でもそっか……酒癖の悪さは知ってたけど、フィーにはセクハラっぽい事するんだ。

 あいつ、酔ってもあたしにそんなこと全然しないくせに……。

 

「でも本当なんですか? だって…………リーン姉さんってダスト兄さんの事、好き……ですよね?」

「…………、そだね」

 

 告白して振られてからもう何年も経ったけど。それでもあたしはあの頃の想いを捨てられていない。

 というよりこの状況で捨てられるはずもないのかもしれない。ずっと好きだった人と一緒に過ごすこの状況では。離れていれば忘れている今もあったのかもしれないけれど。

 

「そして、ダスト兄さんもリーン姉さんのことを……」

「…………、かもね」

 

 だってそうだ。傍にいれば嫌でも分かる。あいつがあたしのことゆんゆんに負けないくらい大事にしてくれてるって。…………今でもあたしのこと好きでいてくれるって。

 

「それなのに……なんですか?」

「そうだからこそ、だよ」

 

 中途半端に手を出した先にあるのはあたしの一時の幸せとみんなの不幸だけだ。だからあいつはあたしに対してそういうろくでなしにはなれない。

 

 あいつが一番泣かしたくなくて泣かしてはいけない女の子はもう決まっているから。

 

「リーンさん、フィー、二人で何の話をしてるの?」

「ん……ゆんゆん。二人のお風呂は終わったんだ。…………あれ? キールは?」

 

 赤ちゃんを抱いて調理場にやってきたゆんゆん。でも二人いる赤ちゃんのうち抱いているのは双子の妹の方だけだ。お兄ちゃんのキールの姿はない。

 

「キールは眠っています。今はリリスさんが見守ってくれてますね」

「そなんだ。あんまり寝かしすぎると夜が大変だから程ほどにね?」

「もう、それくらい分かってますよ。あおいの時に散々実感しました」

「それもそっか」

 

 あたしもゆんゆんも、あおいを手のかからなくなるまで育てた経験がある。

 …………いや、今のあおいは赤ちゃんの頃とはまた別の意味で手がかかるけどそれはまた別の話で。

 

「ん……リーンさん、抱いてもらえますか?」

 

 だぁだぁとあたしに手を出す娘の姿にゆんゆんが優しく差しだしてくる。

 

「いいよ。…………おいで、『リール』」

 

 あたしの腕に抱かれて楽しそうに笑うのは、私が名前を付けた娘、『リール』。

 双子のうち男の子の方がキールという名前だと聞いた後に考えた名前を与えた子。他にもいろいろ名前を考えてはいたけれど、結局キールと双子ということでバランスを取ってその名前を選んだ。

 

「んー……やっぱりリールはリーンさんに抱かれてる方が機嫌が良くなりますね」

「ま、最近はダストとゆんゆん忙しくて家にいないこと多いしね」

 

 あおいの頃と比べて。キールとリールが両親と過ごせる時間は減っている。その減った時間を誰が一番面倒見ているかと言えば、それはママであるあたしなわけで。これで懐かれてなかったら結構ショックだ。

 

「まぁ、そうですけど……。……それで? 二人で何の話をしていたんですか?」

「あ、うん。フィーってばあたしの事ダストの第二夫人だって勘違いしてたんだって」

「あー……その話ですか」

「そ。そんなことあるわけないのにね」

 

 まぁ、客観的に見ればそう見えなくない事も確かだけど。でもあたしが否定し続けてるのに未だに噂が消えないのはちょっと違和感ある。

 

「まぁ、あり得るかどうかは置いときますけど…………フィーが勘違いした原因は私にあるかもしれません」

「? どういうこと?」

「えっと…………実はその話を聞かれたときに私ってそれを明確に否定出来てないんですよね」

「…………は?」

 

 何を言ってるんだろうこの子は。

 

「いえ、ダストさんとリーンさんを疑っているということはないんですけどね!? リーンさんの気持ちを知ってる身としてはこう、真正面から否定も出来なくて!」

「いや、そこはちゃんと否定しないといけないでしょ」

 

 まぁ、うん。確かに逆の立場だったら否定しづらい気持ちも分からないでもないけど。

 

「なるほど……私の勘違いの原因はゆんゆん姉さんのせい、っと」

「フィー!? 別に私は悪くありませんよね!? 私たちの関係って複雑なんですよ!」

 

 まぁ、複雑は複雑だけどね。それはそれとして、ゆんゆんが悪いかどうかは別の話だけど。

 …………通りで、あたしやダストがちゃんと否定してるのに噂が残るわけだ。

 

「とりあえず、ゆんゆん…………ギルティ」

「ニッコリ笑顔で有罪判決は怖いからやめてください!」

 

 本当この子は昔と変わらず新鮮な反応だなぁ。ダストに対する扱いは手馴れてるのに、あたしに対してはまだまだ初心というかなんというか。

 正直もっと砕けた感じでいいと思ってるんだけどね。ダストには敬語やめたのにあたしには前のままだし。

 

「ほらほら、あんまりうるさくするとリールが泣いちゃうでしょ?」

「うぐっ…………と、とにかく、今度その件についてはしっかり話し合いましょう」

 

 まぁ怒ってるわけじゃないしリールも別に本当に泣きそうなわけじゃないけど。でも今この場でこの話題を続けても仕方ない。

 かといってまた別の機会にきっちり話し合う気もないけど。とりあえず適当に流すのが一番だ。

 今は急いで料理を作らないといけな──

 

「──って、料理! 急いで作らないといけないんだった!」

 

 もうこんな時間!? 本当にもうダスト帰ってくる時間じゃん!

 

「ふぇぇぇ……疲れましたー…………リリス様の折檻よりはマシですけど…………って、あれ? まだ夕ご飯出来てないんですか?」

「よっし、ロリーサいいタイミングで帰ってきたわね!」

 

 あたしはリールをゆんゆんに返してもう一度エプロンをきつく締めなおす。

 

「ロリーサはあたしとフィーの補助! 材料持ってきたり調理具をタイミングを見て渡して!」

「そんな料理のプロみたいな仕事はできませんよ!? というか、思いっきり飛ばされて疲れてるんで出来ればゆっくりしたいんですけど……」

「ダストの精気を好きなだけ吸っていいから」

「全身全霊で挑ませていただきます!」

 

 相変わらずロリーサはチョロい。

 

「というか、勝手にダス君の精気を餌にしていいんですか?」

「ゆんゆんもたまにやってるじゃない」

「そう言えばそうでした」

 

 ダストの精気なんて有り余ってるらしいしこういう時に有効活用しないと。

 

「えーと…………薄々分かってましたけどダスト兄さんって姉さんたちに尻に敷かれてるんですね」

「というより、尻に敷かないとあいつのろくでなしは増長するだけでしょ?」

「こっちで主導権取っとかないと何をするか分からないってのはありますね」

「私はそのおかげで美味しい精気を頂けるんで何も文句ないです」

 

 どうでもいいけどロリーサ。その台詞をダストに聞かれたら死ぬほど頬っぺた引っ張られると思うんだけど大丈夫?

 

「って、ロリーサの頬っぺたの事はどうでもいいんだった! とにかく料理!」

「一体全体心の中で何を考えてるんですか!? なんだかすっごく不穏なんですけど!?」

 

 ロリーサがなんか喚いてるけどスルー。本当に時間がない。

 

「ゆんゆん、リリスさんにダストが帰ってこないように時間稼ぎしてきてもらってくれない? なんかダストに用事があるみたいだしちょうどいいでしょ」

「えー…………リリスさんにお願いとか普通に怖いんですけど……」

「ダストが面倒臭くなるよりましでしょ」

 

 多分。

 

「ダス君が面倒になる方がまだいいかなぁ…………まぁ、一応頼んでみますけど」

 

 …………本当あの人、どれだけ厄介な悪魔なんだろう。

 

 

 こうして、バタバタとしながら夕飯の準備が本格的に始まるのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話:チートな娘

──ダスト視点──

 

「とうさま、とうさま。帰るまえにショーブしよう?」

「あー、またかよ。この間負けたばっかだろ」

 

 狂ったやつらの教会からの帰り道。手を引っ張る娘からの誘いに俺は何とも言えない気持ちになる。

 

「きょうこそかつ」

「色んな意味で本気で言ってるから困る」

 

 前に模擬試合した時点で気を抜けば俺が負けるくらいの腕をあおいは身に着けていた。それは鈍ってた頃の俺なら槍の腕だけじゃ勝てないだけの技術を身に着けているのを意味する。

 そしてあおいは恐ろしい勢いでいろいろな技術を身に着けていて、その上自分や相手の実力を見誤らない観察眼も持っている。

 つまり、前回から更に伸びたあおいは、単純な槍の腕だけなら今の俺でも確実に勝てるとは言えないレベルにはなっているということだろう。

 アイリスの才能を持った奴をアイリスが受けたもの以上の英才教育してるようなもんとはいえ…………なんだこのチート娘。

 

「つっても、槍なんて持ってきてねぇぞ? あおいも…………ああ、あおいは収納魔法覚えてるから持ってるのか」

「うん」

 

 無詠唱で槍を何もない空間から取り出すあおい。…………これもおかしいんだよなぁ。

 アリスやゆんゆんが使ってるのを見て自分も使いたがり、レインに教えてもらって使えるようになった。…………スキルシステムなしで。レインの教え方が上手いのもあるとはいえもう訳が分からない。

 

「てか、あおいのも普通の槍だし、模擬試合するには危なすぎるな。家に帰ればちゃんと刃を潰した槍があるからいいが……」

「だいじょうぶ、とうさまはコロしても死なないよ?」

「一度死んでるんだよなぁ……誰だそんな適当なこと言ったやつは」

「んー…………いろんな人?」

 

 つまり不特定多数と。俺の周りのイメージは一体全体どうなってんだ。本当に殺しても死なないような奴は幸運だけ異常に高い鬼畜な勇者様や人を揶揄うのが大好きな大悪魔のことを言うんだぞ。

 その辺りと比べたら俺は普通に殺されたら死ぬわ。

 

「ま、いいか。確かに今のあおいに殺されるほどには腕鈍ってるわけじゃねぇし。武器は…………鍛冶屋のおっさんに借りるか」

 

 ちょうど見えてきた里唯一の武器防具専門の鍛冶屋。魔法使いの里になんでそんなもんがあるかは知らないが、あそこなら槍も借りれれるだろう。

 

「……ん? なんだよあおい。ロリーサみたいにほっぺた膨らませて。お前も頬っぺた引っ張られたいのか?」

「むぅ…………かつもん」

「あー……俺が欠片も負ける気してない感じなのが不満なのか」

 

 別にあおいの事を侮ってるわけじゃないんだがな。

 …………ていうか、そんなことを不満に思う5歳児ってマジでなんなんだ。

 

「ま、俺もまだまだ娘に負けてやる訳にはいかないって事だよ」

 

 あおいの槍の腕の才能は間違いなく俺以上だ。魔法の才能だってゆんゆんにだって負けてない。もしかしたら紅魔の里の歴史の中で随一の天才と言われた爆裂娘にだって負けてないかもしれない。

 

 それでも、それだけで負けてやるほど親の背中ってのは安いもんじゃない。

 …………俺だってあの背中を追い越せたなんて思えちゃいないんだからな。

 

 

 

「ちーっす。おっさん槍を貸してくれ」

「なんだ、いきなり…………って、ダストか。なんだ槍を貸すって、お前さんは立派なもんを持ってるだろう」

 

 面倒くさそうに出てきた鍛冶屋のおっさんは、俺とあおいの姿を見つけて訝しそうな顔をする。

 

「今は嫁さんが持ってんだよ。家に帰ればいいだけの話なんだが…………こっちが家に帰る前に模擬試合したいって言ってな」

「はーん、相変わらずダストはろくでなしのくせに娘とドラゴンには激甘なんだな」

「なぁ、そこで俺がろくでなしだって事いう必要あるか? 親バカとドラゴンバカだって言うだけでいいよな? 族長権限でこんな店潰してもいいんだぞ?」

 

 親バカなのは認めるしドラゴンバカなのは褒め言葉として受け取るが、多少の自覚があるとはいえろくでなし扱いは気に入らない。アクセルの頃に比べたらちっとばかしろくでなしなだけだろ。

 

「族長はゆんゆんだしダストにそんな権利ないだろ。仮にそんな権利があったとしてもゆんゆんとリーンちゃんに反対されて出来ないのが落ちだ」

「言ってくれるじゃねぇか。…………言ってくれるじゃねぇか」

 

 …………実際その通りになる想像しかできないから言い返せねぇ。

 

「ま、槍だったっか? その辺の良ければ適当に持っていきな」

「ん? いいのか。言っとくが金はねぇぞ」

 

 俺の財布は相変わらずゆんゆんが握ってるからな。なんならあおいやジハードの方がお金持ってるまである。

 

「そこの嬢ちゃんにはうちで一番高い槍を買ってもらったからな。まぁ折りさえしなきゃ適当に直せる、気にしなくていい」

「買ってもらった……? って、マジでいい槍じゃねぇか」

 

 言われてよく見てみるとあおいが持ってる槍は確かにかなり高品質なものだ。てっきりギルドで貸し出してる槍かと思ってたのにいつの間に……。

 

「なぁ、あおい。その槍どうやって買ったんだ?」

 

 腐っても紅魔の里。この里で最高品質のものとなると当然子どもの小遣いで買えるようなものじゃない。

 …………もしかして、俺が前に冗談で言ったカジノで稼いできたとかじゃねぇよな?

 

「クエストでかせいだ」

「…………通りでルナが会った時に苦い顔してて、その横でミネアが面白そうな顔してるわけだ」

 

 あいつらの様子からするとあおいの奴ここ最近で荒稼ぎしたな。もしかしたら里のギルドから塩漬けクエストがなくなってるかもしれない。

 

「ま、いいや。じゃあ遠慮なく借りていくとするかね」

「どうする? 刃を潰すくらいならすぐに出来るが」

「そこまですると打ち直すのも大変だろ。そのままで構わねぇよ」

 

 今のあおい相手なら刃を潰さずとも大丈夫だろうしな。

 

「てか、やけに協力的だな。そんなに高い槍だったのか」

「それもあるが…………ダストと嬢ちゃんの模擬試合が見れると考えれば槍の一つ貸すくらい安いもんだ」

「はぁ? 俺らの模擬試合が何だってんだ」

「今代最強の槍使いとその父の才すら超えると噂されてる娘の戦い。模擬試合とはいえ紅魔族として見逃せるはずがないじゃないか」

 

 そういや、この里はそういう里だったな。

 

「ま、見世物じゃねぇが、見たけりゃ見せてやるよ。面白いかどうかは保障しないがな」

 

 

 

 

 

 

「準備ができればいつでもいいぞ」

 

 槍を構えて。俺は娘が来るの待つ。俺と同じように槍を構えるあおいには俺の目から見ても隙と言えるものは見えない。

 

(……なんか、アイリスと特訓してた頃を思い出すな)

 

 あの頃のアイリスと俺じゃアイリスの方が強くて立場が逆だが。でも嫉妬するのもバカらしいほど才能に恵まれた奴と相対しているのは一緒だ。

 

「とうさま、かくご!」

 

 一本の矢のように俺に向かってくるあおいの動きは槍使いとしてほとんど完成されていた。槍の腕なら本当に俺は追いつかれたと思ってもいいだろう。

 

「それでも、負けはまずねぇけどな」

「? とうさま?」

 

 槍をはじかれて。一旦距離を取ったあおいは、未だに余裕を見せる俺を訝しがる。それはそうだろう、あおいの目から見て、俺とあおいの間に槍の腕の差はなく、そしてそれは実際に正しいんだから。

 

「『速度増加』、『反応速度増加』」

「──!?」

 

 だから俺は余裕はそのままに、けれどちょっとだけ本気は出す。

 

「こいよ。少しは本気でやってやる」

 

 

 

 

「──とうさまずるい!」

「あん? 使えるのを使って何が悪いってんだ」

 

 ぽかぽかと叩いてくる娘に軽く回復魔法をかけてやりながら。俺は娘の抗議に反論する。

 模擬試合の結果は当然俺の勝ち。それも完勝と言えるレベル。途中からあおいも魔法で身体強化したりもしたがそれだけで竜言語魔法の差を埋められるはずもなく、俺はもちろん無傷で、あおいにも怪我させることなく試合が終わった。

 ちなみになんで回復魔法使ってるかというと、あおいが自分の無茶で負った傷を治すためだ。

 

「でも、なんでもありなら、わたしもマホウつかって──」

「──本当にそれだけで勝てると思うか?」

「…………」

 

 確かにあおいが攻撃魔法を使えば差はある程度埋められるだろう。だがそれはある程度までだ。結果は何も変わらない。

 

「でも、竜言語魔法で強化した俺相手でも、あおいが槍と魔法のコンビネーションを極めればいつかは勝てるようになるだろうな」

「!?」

 

 俺の言葉にぱぁっと顔を輝かせるあおい。

 あおいの魔法と槍の才能を考えればそれは間違いないだろう。ちょっとやそっとの合わせ技で負ける気はないが、この年でこれだけの実力を見せるあおいであればそれを疑うまでもない。

 

「でも、そうなったらそうなったで俺は攻撃系の竜言語魔法開放するし、その次はジハードの固有能力だろ? そんで最終的にはドラゴンも一緒に戦うから…………あおいが俺に勝てるようになるのはまだまだ先の話だな」

「とうさまの人でなし!」

「せめてろくでなしって言え!」

 

 いや、娘にろくでなし扱いとかされるの嫌だけど。それでも人でなし扱いよりはマシというか…………別にそんな酷いことしてる訳じゃないのに人でなし扱いは納得いかない。

 

「うぅ……ほんとに、とうさまにかてる日はくるのかな……」

「心配すんな。あおいなら絶対俺を超える日が来る」

 

 ぽん、あおいの頭に手をやって。そこに出来た小さなこぶに回復魔法をかけてやりながら俺は言葉を続ける。

 

「俺の娘ってだけなら信用できないが…………お前はゆんゆんの、かあさまの娘でもあるからな」

 

 あいつが本気の俺に追いつくなんてことを俺は出会った時欠片も想像していなかった。でもあいつは予想を超えて俺の元まで一気に駆け上がってきた。『双竜の指輪』という反則技があったとはいえ、それだけで追いつけるような差ではなかったってのに。

 

「…………ほんとに?」

「ああ、少なくとも今の俺の本気よりは強くなる。それは保障してやるよ」

 

 簡単に越させるつもりはないが…………あおいが俺より強くなることを一番望んでいるのは俺自身だから。

 あおいが強くなるためだったら俺はなんだってするだろう。今だってあおいを強くするためのとっておきを一つ考え付いてるしな。流石に今はまだ早いからまだまだ先の話だろうが。

 

 

「──馬鹿じゃないの? ドラゴン使いの才能もない人間があんたより…………今代最強のドラゴン使いより強くなんてなれるわけないじゃない」

「……アリス。いきなり現れて親子の触れ合いに水差すんじゃねぇよ」

 

 どっから話を聞いていたのか。旦那のようにいきなり現れたアリスは呆れ顔で俺たちに近づいてくる。

 

「あっそ。それで? 本気で言ってんの?」

「本気だよ。お前だってあおいの才能は分かってんだろ」

 

 こいつだって面白がってあおいを鍛えてる奴の一人だ。

 

「そうね。アイリスに負けないような才能を持ってるのは確かだけど…………それだけよ。ドラゴン使いであるあんたや、神器を持つアイリスに追いつけるとは思えない」

 

 もちろん私にもねとアリスはつまらなそうに言う。人類最強クラスにはなれるだろうがその先に至れるとは思えないと。

 

「あおいはどう思うの? 本当にこの最強のドラゴンバカに勝てると思う?」

「わからないよ……」

 

 たった今俺に圧倒的な差を見せられた後だ。アリスの言葉は幼心には痛いほど響くだろう。だけど──

 

「でも、かちたい…………こえたいよ」

「…………ふーん?」

 

 ──それくらいで俺の娘が……あいつとの娘が折れるはずがねぇんだ。

 

「それに、とうさまは、わたしにはウソをつかないもん!」

「このろくでなしが嘘つかないとかありえないでしょ。あおいが気付いてないだけで多分結構嘘つかれてるわよ」

「おいこらアリス。ちょっといい感じのシーンに水を差すのはやめろ。ほら! あおいもちょっと疑いの目してるじゃねぇか!」

 

 俺の事をまともに尊敬してくれてんの今じゃあおいくらいなんだからな! あおいにまで適当に扱われるようになったら俺は泣くぞ!

 てか、マジであおいやジハード相手に嘘ついた事はないっての。

 

「ま、いいや。本当にそこの最強のろくでなしより強くなりたいってんなら…………今日も稽古つけてあげましょうか」

「どうせ、俺とあおいが試合してんの見て最初からそのつもりだったくせに面倒くせぇ……」

 

 結局の所アリスがやってきた理由はそれだろう。そのついでで俺に嫌味言ったり評判落とそうとするんだから面倒くさい。

 

「うるさいわよ。実質5歳児相手に竜言語魔法まで使ったろくでなし」

「はん。お前だって最初は槍で相手してたのに勝てなくなって鞭使いだしたじゃねぇか。言っとくが今のあおい相手じゃお前だって鞭だけで勝つのは厳しいぞ」

「…………ふ、ふん。まぁ今日からはちょうど魔法と鞭のコンビネーションで鍛えてあげようと思ってたのよね」

 

 こいつも筋金入りの負けず嫌いだなー。案外爆裂娘と気が合うんじゃねぇか。…………むしろ逆か。負けず嫌い同士とか上手く行くわけねぇ。

 

 

「来なさい。遊んであげる」

 

 

 

 

「…………いつの間にか観戦者増えてんな」

 

 鍛冶屋のおっさんだけでなく紅魔の里の住人や冒険者たちが魔法飛び交うあおいとアリスの戦いを楽しそうに観戦している。流れで魔法が行くのを涼しそうな顔で無詠唱の魔法で相殺する当たり流石は最強集団紅魔族って言ったところか。

 

「ダスト様。ここにいらっしゃいましたか」

「ん? リリスか。里の中で会うのは珍しいな」

 

 リリスと会うのは大体空飛ぶ城の中か地獄の旦那の領地でだ。時々族長宅にいつの間にかいたりもするが。

 里の中だと見た目だけは絶世の美女でメイド服を着ているリリスは目立つから、それを嫌って出歩くことはあまりないんだよな。

 

「はい。リーン様とゆんゆん様にダスト様達が帰ってくるのを遅らせるように頼まれまして」

「あん? 遅らせるってなんでだよ。むしろあおいが帰ってこないからって俺に探して来いって言ったくせに」

「どうやら夕食の準備が遅れているようです」

「なんだそりゃ。俺が出てから結構時間経ってるだろ。何してたんだよ」

 

 こっちには遊んでるのは俺だけだからって探しに行かせたくせに、自分だって大して変わらねぇじゃねぇかよ。

 

「いろいろ話していたようですよ」

「話って?」

「例えば、リーン様がダスト様の第二夫人だという勘違いを解く話とかしていたみたいですよ」

「…………まぁ、あおいとアリスの稽古もまだ終わりそうにないしちょうどよかったかもな」

 

 勘違いって…………してたのはフィーあたりか? …………その場にいなくてよかったわ。

 

「で? その様子だとまだ他に話がありそうだな」

「はい、ありますが…………分かりやすいほどに話を変えられますね。私としてはもう少しそのお話をしてもよろしいのですが」

「却下。リリスの言いそうなことは分かるし、それを聞いて俺が不機嫌になるのはお前だってわかってんだろうが」

 

 サキュバスクイーンであるリリスが俺とリーンにどんな関係を望んでるかなんてもんは考えなくても分かる。

 

「そうですね。ですが、それが私の望みであり、望みに素直に生きるのが悪魔という存在です」

「サキュバスでそこまで欲望にそこまで素直に生きられてるのはリリスくらいだろうけどな」

 

 サキュバスは悪魔の中じゃ最弱クラスの存在だ。戦う力はほぼないし、本領で戦えば無敵に近くとも女に対してはその本領も発揮できない。地上で欲望に素直に生きれば女冒険者に簡単に送還されてしまうだろう、

 例外は本当に目の前にいるリリスと…………俺と真名契約してるロリーサくらいか。あいつが特別なサキュバスと言われたら凄い違和感あるが、あいつの夢を見せる力が凄いのは疑う余地ない。

 

「とにかく、さっさと別の要件話せよ。そうこう話してるうちにアリスの稽古も終わりそうだ」

「そうですね。…………そのアリス様の話なのですが」

「ん? あいつがどうしたんだよ」

 

 アリスは今なお空飛ぶ城に住んでいる。あいつの動きにあった場合それに一番に気づくのは、あの城の世話をしているリリスであるのは確かだろう。

 いや、あいつがいつまでも出て行かないからリリスに監視させてる面もあるし、気づいてもらわないと困るんだが。

 

「最近城を出て遠出をすることが増えています。近々大きな動きをする可能性が高いかと」

「…………どこに向かってるかは分かるか?」

 

 アリスの事だ。適当に修行で遠出するようなことがあっても驚きはしない。だが、このタイミングは……。

 

「尾行しましたが、まかれました」

「あいつの性格からして隠す必要がないならまくようなこともしない……か」

 

 つまりこっちに不都合なことを画策してるのは確かって事か。

 

「ただ、バレるならバレてもいいような感じではあるようです。おそらくはダスト様の想像した通りかと」

「マジで面倒だな…………まぁ、あいつがいつまでも敵にならないとは思ってなかったし、むしろそうなった方が正常なんだろうが」

 

 あいつの能力考えたら洒落にならないんだよなぁ……。

 

「とりあえず、遠出してるのは想像通りで間違いないんだろうが…………でも、あいつなら素直にそう言いそうな気もするんだよな」

「はい。ですので単純に敵に回るだけでなく、敵に回る以外でこちらに不都合なことをするのでは、と」

 

 不都合な事ねぇ。でもあいつとは俺の周りに手を出さないって約束してんだよな。性格からしても不意打ちとかは必要じゃなきゃしないだろうし。

 

「…………リリスはあいつが何をするか想像つくか?」

「ついていればこうして相談していません」

「だよな」

 

 あいつのやることはなんか想像しにくいんだよな。性格は分かり切ってるのに行動は全く読めない…………アクシズ教徒みたいな奴だな。これ言ったら多分決着つけるレベルで激怒しそうだけど。

 

「ま、あいつには一応借りがある。俺の大事な奴らに危害を加えるようなことでなければ見逃してやれ」

「……よろしいのですか?」

「ああ、あいつに借りを作りっぱなしなのも気持ち悪いしな」

 

 それで清算できるなら安いもんだ。

 

「でもまぁ、一応ダメもとで聞いてみるか。──おーい、アリスー! お前が何を企んでるか教えろ」

「ちょっ、今忙しいんだから話しかけないでよ! 別にあんたたちが想像してる通りの事と借りパクしようと思ってるだけよ!」

「だってよ。…………いや、借りパクってなんだよ」

 

 あの様子からしてウソをついてるって感じも他に隠し事してる感じもないが…………訳が分からん。

 

「──いえ、でも流石にアリス様とはいえ…………」

「なんだよ、リリス。アリスの言ってること分かったのか?」

「分かったと言いますか…………一つ思い当たる節はありますが、流石のアリス様と言えどそのような非常識な事はしないのではないかと…………」

「ん? まぁ、いいや。とにかく俺からの指示は変わらない。俺の周りに危害を加える内容じゃないなら見逃してやれ」

 

 何を借りパクするかは知らないが、それで天敵のあいつに対する借りが返せるなら安いもんだろう。

 …………でも、あいつに何か貸してたか? ゆんゆんあたりが俺の知らない所でなんか貸してたのかね。

 

「承りました。ではそのように対応いたします」

 

 恭しく礼をして去るリリス。用が終わったから城に帰るんだろう。アリスの飯の面倒みてるのはリリスだし、アリスが帰る前に帰らないといけないからな。

 

「ダスト様」

「お、ジハード。どうした?」

 

 リリスと入れ替わるように走ってきたのはジハードだ。

 

「はい。夕食が出来たので早く帰ってきてくださいと主が」

「帰ってくんなと言ったり早く帰ってこいと言ったり忙しい奴らだな」

「あはは…………お爺ちゃんたちやミネア姉さんも帰ってきたので」

 

 ミネアはともかく義父さんたちを待たせるのも悪いか。ちょうどあおいとアリスの稽古も終わったしさっさと帰るとするか。

 

「そういやジハードはキールたちの面倒見てたんじゃなかったか? 離れて大丈夫か?」

「はい。キールもリールも寝ちゃったので、主だけでも特に問題ないみたいで」

 

 まぁ、夕食出来たならリーンの方も手が空くだろうしな。いざとなったらロリーサに眠らさせればいいし。

 …………そう考えるとあいつの能力子育てに便利だな。一家に一体サキュバスの時代が来るかもしれん。

 

「ハーねえちゃん!」

「痛っ!? あおい!? 抱き着いてくるのはいいけどちゃんと減速して!」

 

 飛びついてきたあおいを受け止めきれず二人して倒れるジハード。まぁ大人顔負けの突撃力を持つあおいの抱き着き攻撃をいきなりされたら耐えられるはずもない。俺だって不意打たれたら自信ないわ。

 

「って……あおい? 怪我してるじゃない。もう、女の子なんだからもっと自分の事大事にしないとダメだよ?」

「それをジハードが言うか」

 

 一番自分を大事にしない戦い方をしてた奴の癖に。

 

「それはそれ、これはこれです。…………ダスト様」

「はいよ。『封印解除』」

 

 あおいの怪我を治してやりたいんだろう。願いを察した俺はジハードの固有能力を解放する。

 

「『ヒール』…………ダスト様。そろそろ私の封印をずっと解除してもいいんじゃないでしょうか? ほら、あおいって怪我が絶えませんし……」

「ダメ…………っていうか、必要な時以外はずっと封印しとくつもりだぞ」

 

 あおいの怪我を治しながらしてきたジハードのお願いを俺は一蹴する。

 

「そんな!? ダスト様がいない時に固有能力が必要になった時はどうするんですか!」

「俺がいない時に固有能力使うほうが危ないっての」

 

 回復魔法だけならともかく吸収能力は暴走したら洒落にならない。俺のいない所で使わせるいかない。

 

「それは……そうですけど。せめて回復魔法だけでも……」

「それは少しは考えたけどな。でもいろいろ考えた結果却下だ」

 

 …………、俺がジハードが死ぬまで一緒に入れるならそれもいいかもしれないがな。

 

「だいじょうぶだよ、ハーねえちゃん。ハーねえちゃんはわたしがまもるから」

「いや、別にそういう話じゃなくて…………ん? そういう話なのかな?」

 

 

 仲のいい姉妹のような二人を見ながら思う。きっとジハードは俺がいなくなった後もこうしてシェイカー家に寄り添って生きていくんだろう。

 それはきっと姉のように母のように相棒のように……遠いいつの日かは恋人のように。

 その中でジハードが自分自身の事を心の底から好きになれる日を俺は願っているのだった。




更新が空いて申し訳ありませんでした。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話:認めること

「んー……やっぱりジハードに格闘家としての才能はないわね」

「それでも……自力で竜化も出来なければ固有能力も封じられた私が、緊急事態にあおいたちを守るには、この小さな体だけで闘う力が必要なんです」

「キールとリールならともかく、あおいを守らないといけないような状況は素直に諦めた方がいい気がするけど」

「……ひ、必要なんです!」

「だったら、やっぱりブラックドラゴンの本能に頼ったほうがいい気がするけどね。封印されててもその本能の牙は数多あるドラゴン族の中で圧倒的だし」

「それをしたくないから、こうして、ミネア姉さんにお願いしてるんじゃないですか……」

 

 昼下りの時間帯。組み手に勤しむ二匹のドラゴン娘達を見学しながら、あたしは手にした湯呑を傾けてお茶をすする。

 縁側って言うんだっけ? ここに座ってると妙に落ち着くというか、陽の光がいい感じにあたってゆったりとした気持ちになる。

 眺めてる二人はゆったりとは程遠い様子なんだけどね。

 

「ジハードさんも頑張りますね。ミネアさん相手にあれだけ粘れるなんて」

「よく知らないんだけど…………ミネアさんってそんなに強いんですか?」

 

 あたしの隣で。同じように湯飲みを傾けているルナさんにあたしは聞く。

 ドラゴンとして戦ってるのは何度か見てるけど人化してる格闘家のミネアさんがどれくらい強いのかっていまいち分からないんだよね。

 こうして組手を見る限り高度なことをしてるのは何となく分かるんだけど、それがどれくらい高度な事かは中級冒険者程度の魔法使いであるあたしには分からない。

 

「それはもう。上位ドラゴンとしてステータス的な差ももちろんあるでしょうが、それを差し引いても、武器持って暴れる冒険者を無傷で簡単に取り押さえたりしてますからね」

「それは…………確かに凄いですね」

 

 紅魔の里に来れるような冒険者だ。その多くは魔王軍との戦争中にその前線で戦えるような実力者になる。

 以前にダストからミネアさんは人の身体で戦うことになれてないようなことを聞いてたけど、今は大分なれてるって事かな? ルナさんの話が本当なら人の姿でもかなり強そうだ。

 

「まぁ、最年少ドラゴンナイトさんの相棒ですからね。あれに合わせてたら自然とそうなるんじゃないですか?」

「それにしてもあいつの周りは凄い人ばっかりな気がするけど……」

 

 ルナさんの言いたいことも分かるけどそれだけで説明がつかないような……。

 

(…………、でも、ゆんゆんは確かにそうあろうとしたから凄くなったんだよね)

 

 それに、ジハードちゃんもダストがいなければその固有能力を十全に発揮できないらしいし。ロリーサもダストと真名契約したことで今の力を手に入れた。

 全部が全部って訳じゃないけど、あいつの影響は思った以上に大きいのかもしれない。

 

「確かに。あっちの方はそういう問題以前の話ですしね」

「あー…………まぁ、あおいは特にねぇ……」

 

 家の中に目を向ければ、そこには魔法の勉強をしているあおいがいる。

 

「レイン、『ライトニングブレア』のエイショーってこれでいーの?」

「ええっと…………はい。合ってますよ」

 

 内容はスキルシステムを使わない魔法…………今は最上級の属性魔法を勉強しているらしい。

 そして、その教師は出会った頃より少し若く見えるレインさんだ。

 

「じゃあ、ここをこーするとどうなるの?」

「威力は上がるけど制御が難しくなる改変ですね。この後実践しますけど、これはもっと慣れてからしましょう」

「えー……でも、こっちのほうがかっこいいよ?」

「かっこよさで暴発したら死にかける魔法の詠唱を改変しないでください……」

 

 

「あおいはあれだから置いとくにしてもレインさんも凄いですよね。地獄でルナさんみたいに若返って、そして地獄で長い時間をかけてスキルを使わずに魔法を覚えなおしたって」

「私の時より若く若返ったらしいですし、多分ほとんどのスキルと魔法を使えなくなったはずですからね。それが今では以前以上に魔法を使えるようになってるという話ですから…………かなり頑張られたんでしょう」

 

 ルナさんやレインさんが行った若返り。それは悪魔に経験を喰らわれることによる副産物だ。レベルドレインやレベルリセットポーションでレベルが1に戻るのとは違い、スキルや魔法を主として、文字通りの経験をなくすらしい。

 それを利用してレインさんはスキルシステムなしで様々な魔法を使えるように勉強・研究したらしい。バニルさんやリリスさん、アリスさんと言った存在の助力があったとはいえ、今の時代にスキルシステムなしで魔法を覚えるのは並大抵の事じゃない。その上で使える魔法の種類で言えば紅魔族の平均を超えているんだから偉業と言っていいと思う。

 

 この間、もうあおいに教えられる魔法が後少ししかないとか言って遠い目をしてたけどそれはそれ。

 普通の魔法使い代表としてあたしはレインさんのことを本当に尊敬している。

 

「でも、レインさんも凄くなっちゃうとあたしの周りにいる普通の人がフィーしかいないんですよね……」

「えっと…………それ言外に私も普通じゃないと言ってませんか?」

「…………。そう言えば、ルナさんもミネアさんもここにいてギルドは大丈夫なんですか?」

「え? なんですかそのあからさまな誤魔化し。私普通ですよね?」

「…………。そう言えば、ルナさんもミネアさんもここにいるってことは受付嬢いませんよね? ギルドは大丈夫なんですか?」

「泣きますよ!?」

 

 いや……いろんな意味でルナさんが普通の人だと言い張るのは無理だと思いますよ?

 流石に面と向かってはそんなこと言えないけど。

 

「うぅ…………ゆんゆんさんにも同じようなこと言われましたが、リーンさんに言われるのは流石に堪えますね……」

「それはそれでゆんゆんに酷いこと言ってません?」

 

 まぁ、人間辞めてるレベルのゆんゆんに普通じゃない言われてもふーんって感じになるのも分かるけど。

 

「それでギルドの話でしたか? それなら例によって仮面の悪魔さんが代わりに受付嬢やってくれてますよ」

「…………嬢?」

「嬢ですね。謎の美女受付嬢やって気を持たせた所で正体ばらすといういつもの悪感情集めしてるみたいです」

「あー……なるほど。仮面の人はいつも通みたいですね」

 

 流石はダストの悪友。本当にいい性格してる。

 

「まぁ、女性に化けていなくてもバニルさんはいつも受付嬢を自称してますけどね」

「それはどうなんですか?」

 

 普段はどう見ても男の人なんだけど。

 

「悪魔に性別はないらしいですし嘘ではないんじゃないですか?」

「本当でもない気がしますけど…………」

 

 ……まぁいいか。あの人の事を真面目に考えたら多分負けだ。

 

「バニルさんと言えば…………最近ルナさんはバニルさんとどうなんですか?」

「どう……と言うと?」

「えっと…………なんか進展があったりしないのかなって」

 

 思い出すのはダストに化けたバニルさんと楽しそうにデートをしているルナさんだ。

 いろんな人から話を聞く感じでも多少以上の意識をしてるのは間違いないと思ってたんだけど……。

 

「……ああ、そういう話なら特にはないですかね」

「? もしかして、他にいい人が出来たとか?」

「いえ、そういうことも特には……」

「…………え? あなた本当にルナさん? 実は仮面の人が化けてるとか……?」

 

 出会いがないといつも嘆いてたルナさんがこんな冷静に進展や出会いがない事を言うなんて……。

 

「何でそうなるんですかと言うか…………すごーく失礼なことを考えられてる気がするのは気のせいですか……?」

「いや、だって…………えぇ…………?」

「えぇ…………」

 

 何故か二人して信じられないというか納得いかないという表情をしている気がする。

 

 

「その…………ルナさん、真面目な話いいですか?」

「はい」

「ルナさんは、その…………結婚したいというか出会いを求めてるんですよね?」

 

 アクセルにいるときからルナさんの結婚願望は有名だった。婚期を伸ばすために悪魔に頼って若返りまでするんだからそれは相当なもののはずだ。

 

「そうですね。それは間違っていません」

「でも、以前と比べるとあんまり焦ってないように見えるんですが……?」

 

 若返ったことで婚期は確かに伸びた。それで以前より余裕が出たのは確かだと思う。

 でも結局それからまた時は流れているし、その余裕が出た若返ってすぐの頃よりも今のルナさんは落ち着いて見える。

 

「実際焦ってませんからね」

「ええっと…………それはどういう?」

 

 進展や出会いがないのになんで焦らないんだろう? 仮面の人に出会いの確約を貰ったとか?

 

「確かに結婚はしたいって今でも強く思ってます。でも、例えそれが叶わなくてもいいかなとは最近思えるようになりました」

「強く思ってるのに叶わなくていいんですか?」

「はい。叶ってほしくは凄いありますけど…………叶わなかったからって今がなくなる訳じゃありませんから」

「今って?」

「バニルさんに揶揄われたり愚痴をこぼしたり、冒険者さん達の冒険話を聞いたり、休みの日にこうして友達とお茶を飲んだり…………そんな今です」

 

 そう言っているルナさんには本当に焦りとかそういうものは見えなくて。むしろ──

 

「だから……いいの? そんな今があるから願いが叶わなくても?」

「少なくともバニルさんとは死ぬまでこんな感じで付き合うんだろうなって…………そう思ったら別に」

 

 ──どこか幸せに見えた。

 

「…………いいなぁ」

「いい……ですか?」

 

そんな様子に無意識にこぼしたあたしの呟きをルナさんは不思議そうに首を傾げる。

 

「私が言うのも何ですが……バニルさんは色んな意味でオススメしませんよ?」

「いや、そういう話じゃなくて!その…………ルナさんは自分の幸せをちゃんと見つけてるんだなぁって」

 

ルナさんが言う「今」というものが羨ましいとはあまり思わないけれど。でも、それを自分の幸せだと受け入れているルナさんは羨ましく思える。

あたしが今探しているものを、ルナさんはもう見つけてるんだって。

 

「そういう話ならリーンさんも──」

「──ママ、ママ! 今からマホーのじっせんするからいっしよにきて見てて!」

「ちょっ、あおい! あたしは今ルナさんと大事なお話して…………って分かったわかった! 分かったからそんな泣きそうな顔しないで!」

 

 あたしを引っ張って行こうとするあおいに一度は抗議してみるも、その泣きそうな顔には白旗を上げる。

 ……最近ダストやゆんゆんが忙しそうであおいが寂しがってるし、その分はあたしができる限りカバーしてあげないと。

 

「と言うことでルナさんごめん! この埋め合わせはまた今度…………あ、それともルナさんも一緒に行く?」

「……いえ、今日はロリーサさんともお話しようと思ってたので」

「そっか……じゃあロリーサ! リール達とルナさんの事はよろしくね!」

「了解です!」

 

 メアちゃんに本を読み聞かせていたロリーサにあたしは後の事を頼む。頼まれた本人は無駄に自信満々な様子で敬礼している。

 …………自信があるのはいいんだけど、あの子って自信がある時に限ってポカするイメージあるんだよなぁ…………本当に大丈夫かな? 

 ま、まぁルナさんも一緒だし大丈夫…………かな?

 

「ママ! 今日のマホーはすごいんだよ! カミナリがドガン!ビュン!なんだって!」

「今日から最上位の属性魔法だっけ? もう覚えてないの『マジックキャンセラ』と爆発系の魔法だけじゃない?」

「…………そうなの? レイン」

「そうですね。ちなみに今日教えている『ライトニングブレア』以外の最上位属性魔法や爆発魔法は魔力の関係で私は使えませんし、『マジックキャンセラ』も練習中でまだ使えません。実践まで教えられるのは今度教える予定の炸裂魔法だけですよ?」

 

 だけと言うけど十分すぎるくらいというか本当に凄い。一つだけと言うけど紅魔族でも最上位の属性魔法は覚えてる人少ないし、炸裂魔法なんてその魔法一つで一生食べるのに困らない魔法だ。

 

「となると、あおいがこれ以上魔法を覚えるには他に師事する人が必要って事ですか?」

「座学であれば今まで通り私の方で受け持てますが、それ以外は誰か別にお願いした方がいいでしょうね」

 

 その辺りはゆんゆんとも相談して誰か適任を探さないといけないかな。……まぁ、適任以前に教えられる人限られてるからどう頼むかって話になりそうだけど…………あおいのためだから仕方ない。

 

 

────

 

「私の事羨ましいってリーンさん言ってましたけど…………ロリーサさんはどう思います?」

「あはは…………まぁ、ノーコメントと言うか、多分受付さんと同じ感想だと思いますよ」

「ですよね」

 

 あおいに手を引かれ歩いているリーンの横顔。それを見て受ける感想は誰が見てもそう変わらないものだろう。

 

「きっとリーンさんも気づいてて分かってはいるんですよね。そしてそれをきっとまだ認められないだけ…………私がそうだったように」

「私には人間さんの……それも女の人の機微はよく分かりませんけど…………リーンさんが今とても幸せな気持ちなのは分かります」

 

 高位の悪魔でないサキュバスでもそれが分かるくらいにはリーンの感情は明るく包まれている。

 

「まぁ、私と違ってリーンさんの状況でそれを認めるのは大変なのも分かりますけどね」

 

 もしかしたらとルナは思う。

 

(ダストさんが傍にいる限り、リーンさんは認められないのかもしれませんね)

 

 

 

 

──ダスト視点──

 

「きゃーっ! 本当にゆんゆんさん!? こんなに美人さんになっちゃうなんて…………早くお姉さんと結婚式を挙げましょう! ちょうどここは教会だし!」

「しませんよ!? ちょっ……苦しいから抱きしめてこないください!」

「想像ついてた反応とはいえ、旦那が傍にいるのに女に結婚を迫るシスターってマジでなんだよ」

「アクシズ教団最高司祭よ!」

 

 誰も役職は聞いてねぇよ。

 ……いや、言われたら確かに納得するしかねぇ役職だけどよ。

 

 アクシズ教団第二本部。よく分からんがいつの間にか出来た紅魔の里にあるアクシズ教団の拠点に俺とゆんゆんはやってきていた。

 教会に入った瞬間セシリーがフルスロットルなのはまぁ想像通り。

 

「ようこそいらっしゃいましたダストさん。歓迎しますよ」

「よぉ、ゼスタ。邪魔するぜ。…………でも、意外だな。ゼスタもセシリーと同じかそれ以上の反応すると思ってたんだが」

 

 あおいへのあの反応を考えればヤバい反応するのは間違いないと思ってたんだが。

 俺の嫁さんは世界一美人で可愛くてエロいからな。

 

「ああ、ゆんゆんさんですか。ゆんゆんさんは昔私を陥れてくれたので悪魔っ子の次に興奮しないんですよ」

「まだそのこと根に持ってたんですか!? もう何年も前の事なんだから水に流してくださいよ!」

「ゆんゆんお前一体全体どんなひでぇことしたんだよ……」

「酷いことなんて私してないよ!? いや……ちょっと不幸な行き違いはあったかもしれないけど!」

 

 いや、でもよ……。

 

「だってお前みたいな美人で可愛くてエロい奴にアクシズ教徒が反応しないなんて普通あり得ないだろ? 相当酷いことしたんじゃねぇのか?」

「え? 美人で可愛くて友達が多そう? もう……ダス君ったら私の事が好きなのは分かるけど、あんまり人の前で褒められるのは恥ずかしいよ」

「ゆんゆんさん、ゆんゆんさん。その反応は多分間違ってるわよ? あと誰も友達多そうとか言ってないと思う」

「セシリーさんに冷静にツッコまれた!?」

 

 いや、誰でもそうなるというか…………お前の反応であのセシリーがちょっと恥ずかしそうにしてるの気付け。

 そしてセシリー以上になってるだろう俺の気持ちにも気づけ。

 

「さて、冗談はここまでにしましょうか。お久しぶりですね、ゆんゆんさん。アクア様と一緒に魔王城への道を旅した時以来でしょうか」

「えっ!? あ、はいお久しぶりです。…………あれ? 冗談? ゼスタさん私に怒ってたんじゃ……?」

「流石に何年前かも分からない出来事を何時までも根に持つほど狭量ではありませんよ」

「そ、そうですか。それなら良かった。…………良かったのかな? セシリーさんみたいにゼスタさんが襲ってきたらちょっと怖いんだけど……」

「はっはっは。流石に私も命は惜しいですからね。ダストさんのいる所でセクハラなど出来ませんよ」

 

 …………流石ゼスタ。ゆんゆんにセクハラしようとしたらいつでもぶっ飛ばせるように俺が構えてたのに気づいていたか。

 セシリー? こいつは見た目だけは美女だからゆんゆんにセクハラしても目の保養になるからセーフ。やりすぎたらゆんゆんがぶっ飛ばすだろうし問題なしだ。

 

「ちなみに俺がいない所だろうがゆんゆんにセクハラしたら戦争だから覚えとけよ」

「あ、ゼスタさん、この表情のダス君は本気も本気なので気を付けてくださいね? 私もダス君以外の男の人にセクハラされるつもりはありませんけど、一応」

 

 ゆんゆんにエロいことしていいのは俺だけだからな。つまらない独占欲だと言われようがセクハラは許せない。

 セシリー? こいつは(以下略

 

「安心してください。私がゆんゆんさんに手を出すことはありませんから」

「お、おう? ゼスタがつまんねぇ嘘つくとは思わないが…………やけに素直だな?」

 

 自分の欲望に素直に生きる。そんな悪魔みたいな生き方がアクシズ教の教義だ。それに一番殉じて生きてるだろうゼスタがこんなに聞き訳がいいと訝しがるのも仕方ないだろう。

 

「当然でしょう。あなたたち二人はアクア様に祝福された夫婦。その仲に割って入るようなことが許されるはずがない」

「…………、なるほど」

 

 アクアの姉ちゃんに関わることと宴会をしている時だけは無害だもんなアクシズ教徒って。

 どこまでも想像を超えて滅茶苦茶な奴らだが、女神アクアに対する敬愛の念だけは本物なんだ、アクシズ教徒は。

 

「? どうしたの? ダスト君もゆんゆんさんも私の事をそんな熱い目で見つめて。そんなに見つめられても秘蔵のところてんスライムはあげられないわよ?」

「いらねーし熱い目でも見てねぇよ。むしろ冷めた目で見てるっての」

「はい。ゼスタさんですらちょっとまともなこと言ってるのにセシリーさんは……」

 

 相変わらずゆんゆんに対するセクハラをしているセシリーへ、俺とゆんゆんはジト目を向ける。

 

「え? なんでお姉さんが何か悪いことしてる雰囲気なの? お姉さん何も悪いことしてないわよね?」

「いやゼスタに言わせれば俺らは女神アクアに祝福された夫婦だぞ? その仲を邪魔するようなことしてていいのかよ?」

 

 俺の言葉にゆんゆんもうんうんと強く頷く。頷いたことで抱き着いてるセシリーの胸に顔が埋もれてるが…………まぁどうでもいいか。今度ロリーサに見せてもらう夢の参考になるだけで今は関係ない。

 

「邪魔って何が? ゆんゆんさんもダスト君も私のお嫁さんとお婿さんなんだから仲を邪魔することになんてならないでしょ?」

「…………、なるほど」

「あー……はい」

「えと…………え? なんで二人ともそんな諦めた表情をしているの? お姉さん何もおかしなこと言ってないわよね?」

 

 おかしなことしか言ってないが…………こいつにそんなことを言っても仕方ないだろう。

 とりあえず少し考えて返す言葉を決める。

 

「セシリー、お前は間違いなくアクシズ教団の最高責任者だ」

「間違いないです」

「なんでこのタイミングで認められたの!? なんだか納得いかないんだけど!?」

 

 いや、もう間違いなくお前はアクシズ教団の親玉だよ。文句なしだ。

 

「…………、なるほど。流石セシリーさん。つまり私もダストさんとゆんゆんさん平等に愛せば──」

「──これ以上話をややこしくすんな! ゼスタ、俺ににじり寄ってくるのはやめろ! マジでぶっ飛ばすぞ!」

 

 

 本題に入る前から。俺もゆんゆんも死ぬほど疲れさせられ、今すぐ帰りたい気持ちになるのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。