マインドクラッシュは勘弁な! (あぱしー)
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DM編 第1章 原作開始前 最初の躓き
第1話 事前調査はしっかりしよう ~支援絵掲載場~



原作知識は5D'sまでとしています。

でも安心してください。作者は全シリーズちゃんと見てますよ!――とにかく明るい作者




 

 「KC」というロゴマークが掲げられた巨大なビルの前に男が立っていた。

 

 男の名は神崎 (うつほ)、この海馬コーポレーション―通称KCへの最終試験という最後の戦いに挑むものである。

 

 その最後の戦いの前に神崎は感慨にふける――今まで大変だったと。

 

 

 

 神崎が幼いころに両親が死去したため施設に預けられ、そして高校卒業を控えた神崎は職を探していた。

 

 だがなかなか見つからず途方に暮れていたところ「KC」の存在を神崎は知り入社しようと考えたのである。

 

 

 最終学歴が高卒の人間が大企業の中の大企業への入社など無理だと誰もが思うだろうが何の勝算もなしにこの考えに至ったわけではなかった。

 

 

 神崎には前世と呼べるものがあった。

 

 そして、その前世の知識からこの世界が「遊戯王」の世界であると気付いたゆえの考えである。

 

 「遊戯王」の世界ではデュエルの腕前が大きな力となる。ゆえに前世での情報を使えばそれなりの実力を示せると考える神崎。

 

 さらに社長である海馬瀬人のブルーアイズ愛を刺激すれば入社も問題ないと考えた――いささか甘い計画である。

 

 

 

 そして1次試験、2次試験と次々に試験を乗り越え、ついに最終試験である社長面接にまで漕ぎ着けたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 新入社員を選別するに当たり、KCでは過酷な試験を課している。それはこの程度で潰れる弱卒など不要という社長の教示によるものであった。

 

 

 KC社長は最終試験である社長面接まで上り詰めた神崎をその目で見据える。

 

 そしてKC社長が持った神崎の第一印象は「張り付いたような笑顔が特徴的」だった――一般的には少々マイナススタートである。

 

 しかしKC社長はその笑みに興味をひかれた――その笑顔の裏に何を秘めているのかと

 

 

 その神崎の笑顔の裏は「あの海馬瀬人に会える」ことに対してテンションが振り切れているだけなのだが……

 

 

 

 面接を始めようとしたKC社長に対し神崎は待ったをかけた――「社長が来ておられないようですが?」と。

 

 だがKC社長ー「海馬 剛三郎」はそんな神崎をコイツは何を言っているんだという目で見つつ返す。

 

「貴様、なにを言っている。社長は目の前にいるだろう」

 

 その答えに僅かに動揺を見せた神崎の姿を剛三郎はつぶさに感じ取る。だがなぜ動揺したのかが分からない。

 

 剛三郎は「面接に来ておいてその会社の社長すら調べていないとは考えにくい」と、この男に対する警戒を一段上げ、面接を再開しようとする。

 

 だが呟くような神崎の発言でその意識を引き戻された。

 

「海馬瀬人ではないのか……」

 

 

 剛三郎は動揺を抑えつけ心の中で考える――なぜ知っているのかと。

 

 

 「瀬人」は海馬剛三郎が自身の後継者にするべく孤児院に入れられた時から引き取りを計画していた存在。

 

 その計画が立てられたのはつい先日、一部のもの以外には存在すら明かしていない。その情報を知る神崎に対し警戒を剛三郎は最大にまで上げる。

 

 

 

 そして今の発言の裏に隠されたメッセージを剛三郎は思い至った。

 

 

 神崎はこう言いたいのだ「まだ海馬瀬人に社長の座を明け渡していないのか」と。

 

 

 神崎の中では剛三郎よりも瀬人のほうが社長にふさわしいと考えていることを知り、その認識は、海馬瀬人を後継者に据えようとはしているが実質的な権力を明け渡す気のない剛三郎にとって屈辱でしかなかった。

 

 

 

 ここでその無礼に怒り神崎を不合格にするのは簡単だがそれでは剛三郎の気が済まない。

 

 なにより、今までの試験により能力は合格ラインにあることを知っているのも相まって剛三郎は神崎を本社で使い潰すことにした。

 

――フッ、貴様が潰れていく様を見ながら笑ってやろう……

 

 内心でそう考えつつ、方針を固めた剛三郎はさっとこんな面接など終わらせてしまおうと面接を開始した。

 

 

 

 

 

 知らず知らずのうちに内定が決まっていた神崎だがその胸中は今はそれどころではなく現在の危機的状況を脱するために考えを纏めるのに忙しかった。

 

 

 よりにもよって原作前の軍事産業時代に入社しようとしていた神崎自身の不幸を呪いつつ、入社した時のリスクを考える。

 

 海馬瀬人が社長になった際に軍事産業部門は解体されるのは分かっていたが、BIG5と呼ばれる幹部連中の末路は知っていても関わった人間がどの程度処罰されるのかが神崎には分からなかった。

 

 

 よってそのリスクを鑑みた結果、神崎はKCの入社を諦める選択をする――やはり命は惜しい。

 

 

 しかし、入社しないとしても辞退するのはあまり良い手ではないと神崎は考える。

 

 大企業「KC」の影響力は大きく、その誘いを断ったとなると何らかの制裁が来る可能性も考えられる。よって神崎はこの社長面接で不採用になるべく行動を開始する。

 

 もう手遅れなことにも気づかず。

 

 

 

 こうして、どうせ採用するので早急に面接を終わらせようとする剛三郎と不採用になるために全力を尽くす神崎の結果の分かりきった戦いが今、始まる。

 

 

 剛三郎は無駄な時間を省くため神崎に言い放つ。

 

「貴様に聞くことは一つ。この会社で何をなすかだ」

 

 

 神崎は予想だにしない面接内容に驚愕する。

 

 神崎の予定としては志望動機や自己アピールといったいくつもの質問から不採用になりそうな答えを少しずつはさみこみ、KCの逆鱗に触れないように不採用を目指していくプランだったのだ。

 

 だがこれで分けて稼ごうとしたヘイトを一つの質問に全てにこめなければならなくなった。

 

 つまり難易度が跳ね上がったのである。

 

 その質問だけでKCに遺恨を残さずに不採用になる回答をせねばならない。

 

 

 神崎の頭脳が高速で回転を始める。

 

 

 

 もうどうにでもな~れ~

 

 

 

 神崎は諦めた。

 

 よって、その場のノリで話すことになったのである――イイノリしてやがるぜ!

 

 神崎は話し始める。軍事産業などいかにもう古いのか延々と語り、より需要があるであろう方向へとシフトするべきであると話し終えたところで問われる。

 

 血管が切れるのではないかと逆に心配になるほど怒りを抑えた剛三郎に。

 

 

「その需要は一体なんなんだ?」

 

 

 剛三郎自身が手掛ける軍事産業をあれだけ扱き下ろしたのだからよっぽどのものなんだろうなとその目が語っていた。

 

 

 知らん、そんな事は俺の管轄外だ。などと言えればどれだけ楽だったかと神崎は考える。

 

 だが現在の剛三郎の状態を鑑みるに当初用意していた人がいる限り途絶えることのない需要を持つ「医療」と言っても納得してもらえるかどうか不安であったため神崎は路線を変更することにした。

 

 

 つまり「いずれわかるさ。……いずれな」作戦へと舵を切ったのである。

 

 

 要ははぐらかした。

 

 

 

 

 

 こうして面接が終わり自身以外がいなくなった社長室で剛三郎は神崎について考える――食えぬ男であったと。

 

 今の軍事産業を超える需要に対して問いただしても明確な返答がなかったことから、ふざけているのかとも思ったが神崎と目があった時に感じた直感を剛三郎は無視できなかった。

 

 

 幾度となく剛三郎の窮地を察知していた直感が警告を放つ――野放しにはしておけない。

 

 

 剛三郎は笑う。面白い拾い物をしたと、その笑顔の裏の狂気をワシが飼いならしてやろうと息巻く。

 

 

 その笑顔の裏は狂気などではなく、営業スマイルで必死に誤魔化そうとしていただけだったのだが……

 

 

 

 

 

 その後、KCの社会的報復を「やっちまったな~」などと思いながら恐れていた神崎のもとに通知が届く。

 

 

 その中身を見て男は絶望した。

 

 

 






少年よ、これが絶望だ……


~支援絵の掲載場~
頂いた支援絵の方を此方に載せさせていただいております。
読者の方々のイメージとの差異、並びに本編のネタバレの可能性もある為、閲覧の際にはそれらの点をどうかご留意願います。


黒吉様
https://img.syosetu.org/img/user/321784/67854.png
https://img.syosetu.org/img/user/321784/67853.png
証明写真風の神崎のイラスト――笑顔Ver と 開眼Ver の2種になります。
その肩幅とガタイで会社員と言い張るのは厳しいっすよ(遠い目)


revil様
https://img.syosetu.org/img/user/317191/68877.png
https://img.syosetu.org/img/user/317191/68880.png
GX時代より若めのギース・ハントと神崎が並ぶものと、
怪しげな――例あの力を振るう神崎(社畜中)のイラストの2種になります。
このストーリー後半で裏切ってくるムーヴよ……タイトルロゴの遊び心が光ってるぜ!


iloveu.exe様
https://img.syosetu.org/img/user/405051/101326.png
https://img.syosetu.org/img/user/405051/101327.png
様々な角度から見た普段の神崎(なお背中)と
本性表したわね!?――と言わんばかりのイラスト2種になります。
まさに「胡散臭さを隠す気がねぇー!?」(某ハジケ○ストの仲間感)

https://img.syosetu.org/img/user/405051/118680.png
此方は謎のデュエリスト(笑)さんのイラストになります。
まさか、この人があんなことをするなんてー(棒読み)


タタミブトン様
https://img.syosetu.org/img/user/421147/109772.png
相棒のカードとのツーショット。視線の具合で彼らの距離感が伺えますね。


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第2話 運命って残酷



前回のあらすじ
超大手企業に就職! やったね!――おい馬鹿やめろ




 

 

 KCの入社が決定した神崎は泣く泣く出社し仕事に励もうとするも剛三郎に呼び出しを受ける。

 

「貴様には新たな部署を立ち上げてもらう。あるのだろう?今の軍事産業を超える代物が――期待しているぞ。結果が出なければ……わかっているだろうな」

 

 そう葉巻を吸いながら問いかける剛三郎――その眼光は鋭い。

 

 入社早々無理難題を突き付けられる神崎――自業自得ではあるが。

 

 社長である剛三郎の直々の命令に逆らえるはずもなく普段から浮かべている営業スマイルを維持しつつ「もちろんです。ご期待に沿えるよう全力で頑張らせていただきます」と答えるしかなかった。

 

 

 

 

 

 神崎は頭を抱えつつも思案する。絶望的状況であるが希望の種はあるのだと自身に言い聞かせ、自身の持ち札を確認する。

 

 資金と人材はある程度は好きにして構わないとのことだが、普通の医療技術を発展させていくだけでは剛三郎が満足する結果は望めないと考え賭けに出る。

 

 それは「オカルトに頼る」である。

 

 遊戯王5D'sに登場する十六夜アキはサイコパワーというモンスターを実体化させる能力を持っていた。そしてこれがのちに癒しの力へと昇華するという現象がある。

 

 それと同じように、闇のゲームでリアルダメージを与える現象を利用できないかという考えである。

 

 

 しかし、当然ながら神崎には闇のゲームを扱える友人などいない。

 

 仮にいたとしても闇のゲームを扱うものはその闇にのまれる故か過激な思考を持つものが多く、手元に置くには危険すぎる現状があった。

 

 それ故に神崎は別のアプローチ手段として同じオカルトに分類されるデュエルモンスターズの精霊の摩訶不思議な力を医療分野で活用することにしたのである。

 

 しかし、神崎には精霊が見える友人などいない。

 

 友達が少ないなどとは言ってはいけない。

 

 だがアテはあった。

 

 遊戯王GXに登場するギース・ハントとツバインシュタイン博士の存在である。

 

 ギース・ハント――デュエルモンスターズの精霊を捕まえ売っていた裏世界のデュエリスト。

 

 原作では少年トムからジェリービーンズマンの精霊を奪っていくなどの悪行を行い最後は精霊たちにフルボッコにされる男である。

 

 つまり、精霊が見える男。

 

 

 そして、アルベルト・ツバインシュタインことツバインシュタイン博士――量子力学などを基に異世界の研究をしている研究者。

 

 ようは異世界=精霊世界を研究している人。

 

 つまり、精霊関係の研究している人。

 

 

 彼らの力がオカルトを科学的に解明し活用するうえで必要であり神崎の首が物理的に飛ぶのを防いでくれるかもしれないためKCの情報網をつかい彼はスカウトに出向く。

 

 

 結果的にスカウトは問題なく行えたようだ。

 

 

 ギースの方はまだ精霊狩りなどはしておらず、人に見えないものが見えることで悩み周囲から孤立し、疑心暗鬼になっていた。

 

 そのため精霊の存在を教えつつ神崎の「私は君の味方になれる」「一緒に頑張っていこう」などと聞こえの良い言葉でKC入社を促しスカウトに成功。

 

 まるで詐欺師である。

 

 

 一方、ツバインシュタイン博士の方はまだペガサスがデュエルモンスターズを作っていないためか研究に理解が得られず研究資金集めに対して四苦八苦していた。

 

 ゆえにKCの資金力を前面に押し出し「ある程度のこちらの要望に沿ってくれれば望むままに研究してくださって構いません」という神崎の提案にすさまじい勢いで食いつきそのままKC専属の研究者としてスカウトに成功。

 

 

 そして、オカルトの研究が始まる。

 

 

 しかし、今後の方針を説明した神崎に対してKCの技術者・研究者たちは懐疑的であった。

 

 だがそれも当然である。いきなりオカルト現象を解明するなどといっても頭がおかしくなったと思われるだけだ。

 

 神崎自身も前世の知識がなく逆の立場なら「何言ってんだコイツ」となることは理解していたが自身の命がかかっているため研究するように明言するしかない。

 

 

 だが懐疑的であったKCの技術者・研究者たちは精霊の観測が成功した段階で喝采が上がった。

 

 ツバインシュタイン博士やギースに握手を求め褒め称える。

 

 このプロジェクトを計画した神崎に対する態度も「ストレスで頭がやられた男」から「先見の明がある男」にランクアップ ! エクシーズチェンジ !! ――熱い掌返しである。

 

 

 新しいおもちゃを手に入れた子供の様になった彼らは次々と新しい治療法や薬を開発していく、ここから剛三郎が満足するであろう水準まで利益を上げねばならない。神崎の出番である。

 

 

 

 

 

 彼は実用化に足る治療法・技術をもって全国の富豪達と商談にあたる。

 

 富を持つものが最も危惧するであろう「死」を遠ざけるものを富豪達が欲しないわけがなかった。

 

 中には疑う者もいたが実際に病魔を退けた実績とKCの名も相まって商談は順調に進んだのである。

 

 

 そうこうしているうちに、噂を聞きつけた資産家の男性が鬼気迫る様子で神崎に詰め寄る。「娘を治してくれ」そう言って男は頭を下げる。

 

 

 神崎が詳しく話を聞くと

 

 

 その資産家の娘は医者が匙を投げる病気に苛まれ、後は死を待つだけであり、そんな娘のために世界中を回り治療法を探している時、KCの新たな医療の話を聞き藁にもすがる思いで駆け付けたとのこと。

 

 娘の命が助かるなら悪魔にでも魂を売るという男の覚悟である。

 

 さらりと悪魔扱いされた神崎だがこの資産家の覚悟を好機と捉える。

 

 

 前々から新たなスポンサーの存在を探していた神崎だが、生半可な富豪にはツバインシュタイン博士ら研究員たちが湯水のように使う研究費を補えない。

 

 ゆえに彼らが十全に研究しても潰れないスポンサーになりうるこの資産家の男はまさに鴨がネギを背負ってきたものであった。

 

 

 そして神崎は資産家の娘をVIP待遇で迎え入れ、治療法について話し合いを進めていく。

 

 

 患者である少女に不信感を待たれないように、警戒されないように、神崎にとって彼女の治療は決して失敗してはならない案件である。

 

 失敗すれば世界有数の資産家の男に神崎は潰される。

 

 そうなればKCも彼を助けずトカゲの尻尾切りとするであろう。

 

 

 そうした努力のためか世間話に花を咲かせられるまでに少女の信頼を勝ち得た神崎。

 

 その世間話の中で出た恋人の存在を知る。

 

 画家である少年は外に出れない少女に世界の景色を届けてくれるのだと、神崎は砂糖を吐きそうになる少女の惚気を嫌な顔一つせず笑顔で聞き続ける。

 

 友人のほとんどいない非リアな神崎にとって「こうかはばつぐんだ」であった。

 

 だが恋人が見舞いに来ないことに不審に思い神崎が問いかけると。

 

 恋人には今回の治療の話は伏せておくとのこと。ぬか喜びさせたくなく、さらにこっそり元気な姿を見せて驚かせたいのだと少女は笑って答えた。

 

 強い子だと神崎は思う。死の淵にいるであろうとは思えない輝きであった。

 

 こうして資産家の娘シンディアの治療が始まる。

 

 

 

 






遊戯王小説なのに全然デュエルしねぇなぁ……



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第3話 世界の危機



第3話にも関わらずクライマックスだぜ!

前回のあらすじ
KCの技術は世界一ィィィィーーーーッ!!




 

 

 少女、シンディアの治療は特に大きな問題もなく無事に終了し、大口のスポンサーも見つかったことにより神崎も大満足のホクホク顔である。だがそれも長くは続かなかった。

 

 シンディアの両親も大喜びであり暫くは喜びに震えていたが、何かを思いだしたかのように電話をかける。

 

 喜びのあまりシンディアの恋人への連絡を忘れていたことを笑いながら謝る両親に「しょうがない」と笑うシンディア。そうした親子のやり取りにも幸福が溢れてた。

 

 

 暫くすると誰かが全力で駆け抜けてくる。「あれが恋人さんか」と神崎は思いつつも近づくに連れてはっきりと見えてくる見覚えのある容姿にどこか危機感を覚える――神崎の記憶の中の姿よりも若干、若い。

 

 その彼はシンディアと向かい合い喜びを表している。

 

節々に聞こえる

 

「信じられマセーン!!」

 

「イッツァ・ミラクル!!」

 

「ずっと一緒にイマース!!」

 

 などの発言を聞きつつも神崎は「他人の空似だそうに違いない」と現実逃避しつつシンディアの発言に現実に引き戻される。

 

「ペガサス、あちらの神崎さんが私を救ってくれたの」

 

「Oh! Mr.神崎! アナタはワタシとシンディアの恩人デース」

 

 そういって神崎の手を握りブンブン振りつつ感謝の意を示すペガサス流星拳(仮)

 

「No! 自己紹介がまだでシタ、ワタシはペガサス・J・クロフォード! シンディアの恋人デース!!」

 

 否、ペガサス・J・クロフォード。他人の空似などではないことが証明された。Q.E.D. 証明終了。

 

 そうして、喜びと感謝を全身で伝えるペガサスをよそに神崎は「シンディア」という名前で気付くべきであったと悔やむ。自身がとんでもないことをしてしまったことに。

 

 

 遊戯王が遊戯王たるゆえんであるデュエルモンスターズが生み出された背景にはペガサスが「古代エジプトでは現世の人の魂は、来世へと受け継がれる」との話を聞き、古代エジプトに伝わる術を用いればシンディアに会えるのではと思い立ちそこで壁画に書かれたモンスターを見てみて発案する。

 

 だがこれはペガサスの恋人であるシンディアの死亡が前提になっている。

 

 つまり、今シンディアの死の原因が取り除かれた状態ではペガサスがエジプトに行く必要もなく、当然デュエルモンスターズも生まれない。

 

 

 

 神崎は一縷の望みをかけてペガサスに問う。

 

「Mr.ペガサス、退院後にどのような予定がありますか?」

 

「Why? なぜそんなことを聞くノデース?」

 

 わずかに疑念を抱くペガサス。

 

「完治したといっても長い闘病生活からすぐ出来ることとそうでないものがありますので……」

 

 その神崎の建前全開の答えを聞きそういうことならとペガサスは今後の予定に思いをはせる。

 

「Oh……Sorry そうデスネ……シンディアと世界を回りマース! 彼女に様々な世界を見せてあげたいノデース!! そのあとは画家として絵を描きつつシンディアと静かに暮らしマース!!」

 

 

 返答を聞き神崎は確信する「このままではデュエルモンスターズが生まれない」。

 

 仮にエジプトに行き壁画の魔物にインスピレーションを受けデュエルモンスターズを考え付いたとしてもこのペガサスは恋人であるシンディアとの時間を優先することが容易に見て取れた。

 

 

 彼はデュエルモンスターズが生まれなかった際のデメリットを考えるが、その必要はないくらいに判り切っていた。どう足掻いても「世界が滅ぶ」。

 

 遊戯王の世界では幾度となく世界の滅亡の危機が訪れる。そしてその危機に対し「デュエルモンスターズ」を用いて戦うのだ。それがなければ勝負にもならない。

 

 知らず知らずのうちに世界滅亡のスイッチを押しかけていた神崎は思案し結論を出す「まだ軌道修正は可能である」のだと、何もしなければ世界が滅ぶためそう信じるほかないのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 まず神崎が行ったのは時間を稼ぐことだった。その稼いだ時間で2人のハネムーン計画を完膚なきまでに打ち砕かねばならない。

 

 ファーストフェイズ―「リア充爆発しろ」フェイズである。

 

 

 もう退院しても問題ないシンディアの足止めとして「念のため」と称し各種精密検査を実行、病院に縛り付ける。

 

 

 次にペガサスにはシンディアとの旅行先の一つとしてエジプトを勧め、一度下見に行かせ壁画の魔物からインスピレーションを受けさせようと画策する。デュエルモンスターズを生みだすために――ガイドには神崎の息のかかったものを引き連れさせて。

 

 

 そしてセカンドフェイズ「遠距離からの互いの認識の相違」へと神崎は計画を進める。

 

 

 様子を見に来た神崎をシンディアは快く迎え入れる――勝ちえた信頼は伊達ではない。

 

 そして神崎は世間話に交え一手を放つ。

 

「ご存知ですか? Mr.ペガサスは『デュエルモンスターズ』という世界中の子供たちが楽しく遊べるカードゲームを作っているそうですよ」

 

 この発言に続け次々と言葉を並べる。

 

 どれほど素敵な夢なのか、いかにペガサスが人格者なのかを語る神崎。

 

 シンディア自身も恋人であるペガサスを褒められ満更でもない様子。

 

 神崎はそこに一つ毒を垂らす、「恋人として応援し支えてはどうか」と。シンディアは当然肯定をもって返した。それがペガサスの退路を断つことも気づかず。

 

 

 

 

 

 

 シンディアとの世界旅行の下見を終えたペガサスは恋人との会話を楽しんでいた。

 

 退院の目途が立ったと気を利かせてこの場から退出した神崎から聞き及んでいたためペガサスは退院後の予定へと話を変える。するとシンディアのまとう空気が変わったのをペガサスは感じた。

 

 そして、シンディアは胸の前で両手を合わせ嬉しそうに語る。

 

「聞いたわペガサス、世界中の子供たちが楽しく遊べるカードゲームを作っているそうね――とっても素敵な夢だわ」

 

 ペガサスに動揺が走る。なぜ彼女がそのことを知っているのか。

 

 エジプトに下見に行った際、ガイドに勧められるまま見た壁画に対し強いインスピレーションを受けこれを基にしたカードゲームを作るのも面白いと考えたがシンディアと一緒にいることを優先するため彼の中でお流れとなった計画だった。

 

 そのことは誰にも話してはいない。シンディアはおろか世界の誰もが知りえない情報だった。

 

「Oh……シンディア――ワタシは……」

 

 ペガサスはシンディアと過ごすことを優先する旨を伝えようとしたがその言葉は続けられなかった。

 

「私のことは気にしなくていいわ。体もこの通り元気になったし貴方の夢の手伝いをさせて。私は夢に向かって頑張っている貴方が見たいの」

 

 シンディア自身のせいでペガサスが夢を諦めてしまうこと、ペガサスの重荷になりたくないとの思いをペガサスは無視できなかった。

 

 彼女の笑顔を曇らせる選択はできなかったのである。ゆえにペガサスは彼女に嘘をつく――優しい嘘を……

 

「実はそうなのデース。シンディアを驚かせるために隠していたのデスガ……そのサプライズをばらしてしまったのはいったい誰なのデスカ?」

 

 そして、冗談めかしつつ聞き出す。彼女を利用した存在を――ペガサスはその相手を許すわけにはいかない。

 

「神崎さんが言ってたの。でも彼を怒らないで上げて、私が療養していた間に貴方がどんな仕事をしているか知りたかったからなの。貴方の頑張っている姿を知りたかったから……」

 

 そうしおらしく言われてしまうとペガサスは言い返せない、彼女との時間を大切にするあまり自身に関する話をしてこなかったツケが回ってきたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 シンディアとの会話を切り上げ、下手人のもとへ向かうペガサスの胸中には「何故彼が」そんな思いが渦巻いていた。そして目的の人物を見つけ呼びかける。

 

「Hey Mr.神崎 !!」

 

「おや、どうかされました? そんなに息を切らせて」

 

 神崎の胸ぐらをつかみ恫喝するかのように問い詰めるペガサス。だがデュエルの為に鍛えた無駄に筋肉質な神崎の身体はビクともしない。

 

「答えナサーイ! 何が目的なのデース! エジプト行きを勧めたのもこれが目的なのデスカ!!」

 

 捲くし立てるように言葉を放つペガサスに神崎はペガサスに掴まれた胸ぐらを解きながら返す。

 

「落ち着いてください。ここでは何ですのでこちらへ」

 

 

 そうして一室に案内されるペガサス。この状況下でも笑みを保つ神崎がペガサスは不気味でならなかった。

 

「シンディアの恩人でもあるアナタの頼みならワタシだって……」

 

 意気消沈した面持ちでそんな言葉を零すペガサス。

 

 ペガサスとてシンディアの恩人である神崎の頼みならデュエルモンスターズを生み出すことに抵抗はなかった。

 

 こんな手段を取らずとも――そう思っての発言だったがその発言に彼の笑みが濃くなった気がした。気のせいである。

 

 ――彼は語る。

 

「『アレ』に対しては全身全霊で臨んでもらわなければ困りますので……」

 

 ――語る。

 

「そして貴方が全身全霊をかけるとすれば――それは私ではなく彼女の為しかありえません」

 

 ――カタル。

 

「貴方がデュエルモンスターズを生み出さないと知ったら彼女は悲しむでしょうね――自分のせいでと……」

 

 ペガサスは怒気を身にまとい言い放つ。

 

「そのためにシンディアを利用したというのデスカ! 答えナサーイ!!」

 

 それに対し神崎はさらに笑みを深めて返す。

 

「それではデュエルモンスターズができた暁にはぜひご連絡を」

 

 その言葉を最後に神崎は其の場を立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

 神崎は肝心なことは何一つ答えなかったが、ペガサスにはどうすることもできない。

 

 神崎のことを信じているシンディアに今回の出来事を話したとしても信じてもらうのは難しい。

 

 また信じてもらえたとしても「自身の存在がペガサスの行動を阻害している」現状を知れば神崎の言うとおりシンディアが悲しむ。それはペガサスには許容できない。

 

 

 さらに神崎の思惑に乗り「デュエルモンスターズ」を作ったとしても、ペガサス自身もデザイナーとして思う存分腕が振るえ、シンディアはペガサスの夢がかなったと喜ぶ。

 

 誰も不幸にはならない――逃げ場などなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 一方、ビビりながらも笑顔で誤魔化し平和的に解決できたと思っている神崎は心の中でこう思う。

 

――許せペガサス……世界のためだ

 

 

 しかし許されるかどうかは別問題である。

 






第3話で世界を救う――原因を作ったと言ってはいけない。



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第4話 動き出す世界


再現デュエルはもうしばらくお待ちください

前回のあらすじ
ヤツが生き残っただと――クソッ! 未来が……




 

 

 無事ペガサスに「デュエルモンスターズ」制作の約束を取り付けたが、安心してばかりはいられない状況だった。「デュエルモンスターズ」が世界に広まるにつれて起こる闇のゲームへの対処である。

 

 

 闇のゲームは武藤遊戯の持つ千年パズルを含めた七つの千年アイテムの周りだけにとどまるものではない。

 

 闇のアイテムを所持していれば誰にでも可能なのである。

 

 

 その闇のアイテムも遊戯王GXに登場した影丸理事長がその配下セブンスターズに配っていたように、手に入れようと思えば手に入る代物である。

 

 さらに厄介なことに闇のアイテムを持つものと持たないものがデュエルした場合、持たないものが不利になる。ゆえに対抗手段が必要になるのである。

 

 

 しかし「対抗するために闇のアイテムを所持すればいい」とはいかなかった。

 

 闇のアイテムはものによっては敗北した際に最悪の場合「死」の危険があるため、容易に手が出せるものではない。よって別の手段としてまたもや「デュエルモンスターズの精霊」の力を借りることになった。

 

 

 ようは「助けて~ツバェも~ん」――ツバインシュタイン博士の出番である。

 

 

 まだデュエルモンスターズは完成してはいないが闇のアイテムを作るという難しい課題ゆえに余裕をもって取り掛かるべきだと神崎は考えていた。

 

 だがその予想を裏切りあっさりと完成した。――「さすツバッ!!」である。

 

 

 

 

 懸念事項も解決し、社畜よろしく世界を飛び回りつつ、デュエルマッスルをアホみたいに鍛え、さらにはある人物のために内戦が続く国々を片っ端からKCのBIG5と共に片付けその成果をBIG5に譲ったり、燃やされた孤児院の人々を救出し、代わりを用意したりと破竹の勢いで神崎は進んでいく。

 

 そんな神崎に「今後について話がある」と剛三郎から呼び出しがかかる。

 

 その呼び出しに「遂にこの時が来たか」と死刑台に赴く心情で神崎は応えた。

 

 

 

 

 

 

 会議室に入った神崎を迎えたのは剛三郎と彼の率いる5人の重役、通称BIG5。

 

 剛三郎は上機嫌に語る。

 

「貴様は十分すぎるほど役立った。結果としては文句のない活躍だ。これで貴様は……」

 

 懐の銃に手をかけ、「用済みだ」と言葉を続けようとした剛三郎に神崎は笑みを深め問いかける。

 

「この程度でよろしかったでしょうか?」

 

「……ほう。その物言いだと貴様にはこれ以上の成果を出すためのプランがあると聞こえるが」

 

 神崎の入社時に剛三郎に定められた結果をクリアできたかの問いに対し剛三郎は若干ずれた答えを返す――これが遊戯王名物、「言葉のドッジボール」である。

 

 今現在の神崎の立場上肯定する以外にない。プランが一応あることもそれを後押しした。

 

「もちろんです。近々大きな動きがありますから……」

 

「ふむ……ならばどこまで行けるか見届けてやろう」

 

 剛三郎は引き金を引かなかった――始末するのはいつでもできる。それ故にまだ利用価値があるのならば利用すべきだと考えた。

 

 

 

 そして剛三郎はこれまでの成果から神崎をBIG5と同等に扱う旨を神崎とBIG5に告げる。

 

 それはBIG5達に神崎の行動を牽制させ、不測の事態の際の盾にする思惑があったためである。

 

 

 しかし、この提案を神崎は拒否。自身はまだ新参者であり、長らくKCを支えてきたBIG5の方々と肩を並べるなどおこがましいことだと、それらしい理由を並べ別枠での扱いを求めたのである。

 

 それはBIG5には反発を避けるための方便として、そして剛三郎自身には「お前の下に付く気はない」という意味が込められていることに剛三郎は忌々しさを感じていた。

 

 

 実際は海馬瀬人体制に移行される際に粛清される可能性のあるBIG5との距離を開けたいというだけだったのだが。

 

 

 こうして神崎はKCの「BIG5」と呼ばれる5人の重役が一目置くもう一人の重役

幻の6人目(シックスマン)」となったのである。

 

 

 

 

 知らぬうちに殺されそうになっていたことに気付かない神崎は入社時に剛三郎に定められた課題をクリア出来たと安心していた。これでとりあえずは安心だと。

 

 そう安堵する神崎に連絡が入る。「今度は誰なんだ……」と思いつつも連絡相手の正体を知りまたしても現地へ飛んでいく必要が出て来たのである――忙しい男だ。

 

 

 

 

 

 件の相手、ペガサスに呼び出しを受けた神崎はインダストリアル・イリュージョン社――通称I2社に向かい、「原作」が大きく動き出すことを知る。

 

 そうペガサスが「デュエルモンスターズ」を完成させたのである。

 

 

 I2社でペガサスは自身が作り出した「デュエルモンスターズ」について神崎に語る。しかしその胸中は「彼の満足いく出来に達しているか」という不安から揺れ動いていた。

 

「――以上デース。何か質問はありマスカ?」

 

「素晴らしいですね。ただ一つだけご提案があるのですが……」

 

「Oh! ソレは一体なんデスカ」

 

「ルールに関することになります。これではいささか自由度が高すぎると思われます」

 

「Um……デスガ今から作り直すとなると」

 

「ええ、ですのでこちらで用意したものを参考にしていただければ……」

 

 そう言ってペガサスにいわゆる「マスタールール」を提示する神崎。

 

 

 ペガサスはパラパラと読み進めるにつれ、えも言われぬ不気味さを感じる。生まれたばかりの「デュエルモンスターズ」を神崎は熟知し過ぎている。

 

 だが、得体が知れないのはいつものことだと自身に言い聞かせ動揺を悟られぬように語る。

 

「Wow! よく考えられてマース。しかしライフ8000は少し多すぎデハ?」

 

「そうでしょうか? まあそのあたりはこれから詰めていくということで……」

 

「そうデスネ。ではプロモーションの話デスガ――」

 

 

 そうして「ルールの明確化」をメインにこれから世界に羽ばたく「デュエルモンスターズ」について話し合われるのだった。

 

 

 

 ペガサスと別れた神崎は「ライフ4000にされちゃったな~、一撃死怖いな~」などと思いながら「ルール明確化」に関してやれるだけのことはやったと考えていた。

 

 神崎が「ルールの明確化」でペガサスに直談判してまでこだわるのには理由がある。

 

 

 

 いずれ「デュエルモンスターズ」の勝敗があらゆる場面で重要になってくること――大企業の進退をデュエルの勝敗が左右することなど――を知っていたからである。

 

そのため「原作初期」のような

 

「装備魔法《魔性の月》を出せばフィールド魔法の《海》の効果が広まる」

 

「《海月-ジェリーフィッシュ-》がおるかぎり雷攻撃は無効ぜよ」

 

「《海竜神》の攻撃でフィールド魔法の《海》の効果が広まるぜよ」

 

「フィールド魔法の《海》の効果が広まると海に関するモンスター以外を召喚するモンスターカードゾーンが減る」

 

「《岩石の巨兵》が装備魔法《魔性の月》に攻撃――月を破壊するぜ!」

 

 などのその場の雰囲気で裁定が決まる「俺ルール」をどうにかしておきたかった。

 

 ちなみにこれらは一回のデュエル中での出来事である。

 

 

 

 そうして去っていく神崎を鋭く見据えていたペガサスは手元の三枚のカードに目を落とす。

 

 当初は生み出すつもりはなかったが、今日のやり取りも踏まえやはり必要になってくるだろうとペガサスは確信していた。しかし神崎もそれらのカードは「あるべきところに」とこれらの存在に勘付いている節があったと警戒する。

 

 実際は「千年眼(ミレニアム・アイ)なくて余計に危ないから早く手放しなさい」とハラハラしていただけなのだが。

 

 そんなことともつゆ知らず神妙な面持ちで連絡を取る。彼の地――エジプトへ。

 

 

 

 




強欲な壺「生まれた時から牢屋の中でした……」

強欲なカケラ「割れれば出られるよ!」

強欲なウツボ「壺とウツボをチューニング!!」

貪欲な壺「俺とお前でオーバーレイ!」




クリッター「辞めろ(人造人間-サイコ・)ショッカー! ぐぁあああぁあーー! エラッタされるぅううぅーー!」

キュィイイイイイイイイイン!! ガガガッ! バチバチッ!!!

人造人間-サイコ・ショッカー「……術式完了」

お注射天使リリー「次の方~、どうぞ~」(ガシッ)

キラー・スネーク
「離してくれ! いやだ! 俺は……まだ――ぎぃいいゃぁああぁあーー!」

混沌の黒魔術師((;゜Д゜)ガクガクブルブル
混沌帝龍 (((;゚ρ゚)))アワワワワ




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第5話 ……なん……だと!?

キモイルカ「デュエル衣装は己の中二力を爆発させて思い描くんだ! さあ、あの時のワクワクを思い出すんだ!!」


初代しか知らない人に向けてのデュエル用語紹介

リリース
 初期の遊戯王では「生贄」と定義されていたが
 様々な諸事情で遊戯王5D's辺りから「リリース」に変更された

 それに伴い「生贄召喚」も「アドバンス召喚」に変更されている

前回のあらすじ
絶対に許さねえ! 俺ルールゥウウウ!!



 

 あるデュエルリングの一角、黒いコートとフルフェイスのヘルメットのようなものをかぶった神崎は「とうとうこの時が来たのか」と内心頭を抱えていた。

 

 

 神崎がこのような恰好をしている訳は――少し前に遡る。

 

 いつも通りに取引に来た神崎に対し、相手が契約の際に「デュエルに勝ったらこちらの条件をすべて飲んでもらう」などと言い出したからである。

 

 「またか……」と思いながらもこういったデュエルから逃げる人間をKCの株主が好まないため受けるしかない現状がある。

 

 ゆえに神崎は「KC側が勝利した場合は本来の契約よりいろいろと割高にする」といった相手側にもデメリットを与えることで極力勝負を避けようとしているのだが相手側が勝負を降りたことは今まで一度もない。とんだ「デュエル脳」だ。

 

 

 その勝負の方式はそれぞれデュエリストを3人用意した団体戦による勝ち抜き戦形式で戦うものである。

 

 だが、雇っていた2人のデュエリストが相手方の最後のデュエリストに敗れたため後がなく、敗北した際の損害を防ぐため、前世の知識と様々なカードを集められる立場を用いて確実な勝利を得るために神崎はこの場に立ったのである。

 

 

 そんな神崎が素性を隠すかのような恰好でデュエルリングにいる訳は正体を隠すことで神崎が闇のアイテムを持つデュエリストと闇のゲームのターゲットにされるのを防ぐこと、

 

 そして「謎のデュエリスト」という強キャラ感を出し「心理フェイズ」でのアドバンテージを期待してのものである。

 

 

 

 そうこうしているうちに相手方のデュエリストも到着し「デュエル」が始まろうとしていた。

 

 相手方のデュエリストはその筋肉質な肉体を前面に押し出し相手を威嚇する。

 

「俺の名はマッドドッグ犬飼。テメェを倒す男の名だ! よく覚えときな!」

 

 だが神崎は緊張のあまり声が出ない。

 

「……チッ、だんまりか。まあいい、行くぜ……デュエル!!」

 

 そんな神崎をよそにデュエルが始まり「デュエルリング」により先攻後攻が決められる。

 

「テメェの先行だ」

 

 わざわざ教えてくれるマッドドッグ犬飼――実は面倒見がいい人なのかもしれない。

 

 だが神崎はそれどころではなかった。

 

 カードを引く前に手札を見た神崎の心は折れそうになっていた。その手札は緑一色、すべて魔法カードでありその内容は――

 

《二重召喚》

通常召喚を2回行える

モンスターがいないのにどうしろと!

 

《帝王の開岩》

アドバンス召喚成功時、特定のモンスターを手札に加える

だからモンスターがいないのにどうしろと!

 

《帝王の凍気》

特定のモンスターが自分フィールドに存在する時、セットされたカードを破壊

だからモンスターがいないという(ry

 

《真帝王領域》

モンスターの強化と手札のモンスターのレベル操作

だからモンスターが(ry

 

《進撃の帝王》

このカードが魔法&罠ゾーンに存在する限り、自分フィールドのアドバンス召喚したモンスターは効果の対象にならず、効果では破壊されない。

だからモン(ry

 

 

 ……なん……だと!? と思わざるを得ない酷い手札事故であった。

 

 デッキを試運転した際に此処まで酷い手札事故を起こさなかっただけに、神崎の動揺は大きい。念のためにデュエルマッスルを鍛えていたのだが足りなかったようだ。

 

 

 そしてこのドローに全てをかける必要が出てきた。まだデュエルは1ターン目である。

 

「私のターン……ドローッ!!」

 

 変声機により加工された声が木霊する。

 

――ドローカードかサーチカードかモンスターカードか攻撃を防ぐカード 来い!!

 

 そんなもはや何でもいいんじゃないのかと思わせる思いを込めてドローしたカードは

 

《帝王の深怨》

特定のモンスターを相手に公開し、「帝王の深怨」以外の「帝王」魔法・罠カード1枚を手札に加える。

だからモンスターがいない(ry

 

 

――お望みのサーチカードですよ(笑)

 

 そんな運命の女神が微笑む姿を神崎は幻視した。

 

 

「……ターンエンド」

 

 どうしようもないのですぐさまターンエンドした神崎は手札事故を悟られぬよう堂々とした姿勢を貫く。そこには少しでも警戒してくれれば御の字だという思いがある。

 

 

 そんな姿を見たマッドドッグ犬飼はカードを引き何もせずにターンを終える「ドローゴー」に対して不気味さを感じていた。

 

 対戦相手はあの大企業KCが用意した最終兵器、さらにはあの異様な風貌――何かあるに違いないと感じ警戒しながら動く。

 

「俺のターン! ドロー!」

 

 犬飼の手札は悪くはなかった。

 

「俺は永続魔法《ウォーターハザード》を発動! 自分フィールド上にモンスターが存在しない場合、手札からレベル4以下の水属性モンスター1体を特殊召喚できる。来い! 《アビス・ソルジャー》!!」

 

 呼び声と共に水中から飛び出すエフェクトと共に三叉槍を持った鯨の魚人が現れ、対戦相手に槍を向け威嚇する。

 

《アビス・ソルジャー》

星4 水属性 水族

攻1800 守1300

 

「そして《ウミノタウルス》を通常召喚!!」

 

 さらにウミウシの魚人が斧を振り上げながら現れ、《アビス・ソルジャー》の持つ槍に己の斧を軽快に打ち合わせ互いを鼓舞する。

 

 仲が良さそうである。

 

《ウミノタウルス》

星4 水属性 水族

攻1700 守1000

 

 まだまだ犬飼のターンは続く。

 

「さらにフィールド魔法《伝説の都 アトランティス》を発動!」

 

 フィールドが海中神殿へと姿を変える《アビス・ソルジャー》と《ウミノタウルス》はその中を軽快に泳ぎどこか楽しそうであった。

 

「これによりこのカードがフィールド上に存在する限り、お互いの手札・フィールド上の水属性モンスターのレベルは1つ下がり、さらにフィールド上の水属性モンスターの攻撃力・守備力は200ポイントアップする!」

 

 犬飼のフィールドのモンスターは全て水属性。よって強化が適用される。

 

《アビス・ソルジャー》

星4 攻1800 守1300

星3 攻2000 守1500

 

《ウミノタウルス》

星4 攻1700 守1000

星3 攻1900 守1200

 

「バトルッ!! 《アビス・ソルジャー》と《ウミノタウルス》の2体でテメェにダイレクトアタックだ!!」

 

 さっきまでのほのぼのはどこへやら。2体の魚人がそれぞれの武器を持ち水中で背中を合わせで回転しながら突撃。大きくライフを削った。

 

謎のデュエリスト(笑)LP:4000 → 2000 → 100

 

 だが神崎は動じない。ライフが残ったことに内心安堵することしかできない。

 

 その姿に犬飼は手札誘発のカードでも握っている故の余裕かとも考えたが、攻撃を受けライフがたった100になったにも関わらず相手からは何のリアクションもない。

 

 そんな相手に犬飼は不気味さを感じつつも「相手のライフはたったの100、有利なのは俺だ!」と自分に言い聞かせカードを伏せる。

 

「カードを2枚伏せターンエンドだ!」

 

 

 

 目論見どおり精神的に有利に立っている謎のデュエリスト(笑)こと神崎だが、神崎自身もまた精神的に追い詰められていた。

 

 手札には現状使いようのないカードで溢れており、次にドローするカードによっては何もできぬまま敗北する可能性があった――せっかく大物感を出して登場したのが水の泡である。

 

 ゆえに神崎はこのドローに全てをかける。

 

 前のターンにかけた全てはなんだったのか……

 

「私のターン……ドローッ!!」

 

 本デュエル2度目のすべてをかけたドローで引いたカードは緑色――つまり魔法カード。

 

 これは終わったのではないだろうか。

 

――まだだ! カードを確認するまでは!!

 

 と「シュレディンガーの猫」に似た謎理論を持ち出しつつ引いたカードを確認すると……

 

 

《汎神の帝王》

「汎神の帝王」の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。

(1):手札の「帝王」魔法・罠カード1枚を墓地へ送って発動できる。

自分はデッキから2枚ドローする。

 

(2):墓地のこのカードを除外して発動できる。

デッキから「帝王」魔法・罠カード3枚を相手に見せ、相手はその中から1枚選ぶ。

そのカード1枚を自分の手札に加え、残りをデッキに戻す。

 

 

 もう一度全てをかけたドローをする必要が出てきたのであった。

 

「私は通常魔法《汎神の帝王》を発動。手札の「帝王」魔法・罠カード《帝王の凍気》を1枚捨てて2枚ドローする」

 

「……ドローッ!!」

 

 本デュエル3度目の全てをかけたドロー。全てってなんだっけ?

 

 ドローした2枚のカードを見てやっとモンスターを召喚できると神崎は安堵する。どんなデュエリストも普通に行えることなのだが。

 

「さらに墓地の《汎神の帝王》の効果を発動。このカードを墓地より除外し、デッキから3枚の『帝王』魔法・罠を見せ1枚を相手が選びそのカードを手札に加える。私が選択するのはこの3枚」

 

 フィールド上に3枚のカードが浮かび上がる。

 

「墓地から魔法(マジック)だと! ……いやそれよりも全部同じカードじゃねえか!」

 

――なんかゴメン……

 

 そう思いながらも相手が選ばなければデュエルが進まないので持つしかない神崎。だがその風貌も相まって犬飼からすれば「選べ」と威圧しているようにしか感じられない。

 

「……クソッ! 俺は《帝王の烈旋》を選ぶ」

 

 《帝王の烈旋》を手札に加え、淡々とデュエルを続ける。だがその内心は犬飼のセットカードにビビりまくっていた。

 

「永続魔法《帝王の開岩》と《進撃の帝王》を発動。《天帝従騎イデア》を召喚。その効果によりデッキから《冥帝従騎エイドス》を特殊召喚」

 

 フィールドに呼び出されるは白銀に輝く鎧を身に纏った従騎士。その騎士は天に手を掲げ、そこから漆黒の従騎士が降り立つ。

 

《天帝従騎イデア》

星1 光属性 戦士族

攻 800 守1000

 

《冥帝従騎エイドス》

星2 闇属性 魔法使い族

攻 800 守1000

 

「《冥帝従騎エイドス》の効果により私は通常召喚に加えて1度アドバンス召喚をすることができる。さらに速攻魔法《帝王の烈旋》 を発動。その効果によりこのターン、相手モンスター1体をアドバンス召喚のためにリリースできる」

 

「なんだとっ!」

 

 犬飼の驚きをよそに《ウミノタウルス》周辺につむじ風が舞う。

 

「私は《ウミノタウルス》と《天帝従騎イデア》をリリースし――」

 

 フィールドに身を切るような冷気が吹きすさび、その冷気が一ヵ所に集まってゆく。

 

「《凍氷帝メビウス》をアドバンス召喚」

 

 その冷気の中の氷塊が砕け、氷のような鎧を身に纏い、マントを翻し現れたその姿はまさしく「帝」の名に恥じぬ姿であった。そして《凍氷帝メビウス》が手を前に突き出す。

 

《凍氷帝メビウス》

星8 水属性 水族

攻2800 守1000

 

「永続魔法《帝王の開岩》と墓地に送られた《天帝従騎イデア》、さらに《凍氷帝メビウス》の効果発動」

 

 何もできない状態だったはずの手札が……デッキが……今回りだす。

 

「アドバンス召喚の成功により永続魔法《帝王の開岩》のサーチ効果を発動、

その効果にチェーンして、墓地に送られた《天帝従騎イデア》のサルベージ効果を、

さらにその効果にチェーン《凍氷帝メビウス》の魔法・罠カードの破壊効果を発動」

 

驚きから帰還した犬飼が慌ててカードを発動する。

 

「ッ! そうはさせるか! 《凍氷帝メビウス》の効果にチェーンして(トラップ)カード《海竜神の加護》 を発動! この効果によりこのターンのエンドフェイズ時まで、自分フィールド上の全てのレベル3以下の水属性モンスターは、戦闘及びカードの効果では破壊されねぇ! 残念だったな!」

 

 だがカードは凍りついており微動だにしない。

 

 

「何故だ……何故発動しねぇ!」

 

 動揺を露わにする犬飼に注釈を入れる神崎。

 

「《凍氷帝メビウス》が水属性モンスターをリリースしてアドバンス召喚したときこの効果の発動に対して相手は選択されたカードを発動できない」

 

「……ッ! 俺の《ウミノタウルス》は水属性……」

 

驚き呟く犬飼を余所に神崎は機械のようにデュエルを続ける――キャラ作りお疲れ様です。

 

「チェーンの逆順処理に移行。

《凍氷帝メビウス》の効果によりフィールド上の魔法・罠カードを3枚まで選択して破壊できる。永続魔法《ウォーターハザード》と2枚のセットカードを破壊」

 

 《凍氷帝メビウス》が突き出した手を握ると凍りついた《ウォーターハザード》、《海竜神の加護》と次々に破壊される。

 

 そして最後の1枚であるレベル4以上のモンスターの攻撃を封じる《グラヴィティ・バインド-超重力の網-》も破壊され、周囲に寒々とした空気が吹きすさぶ。

 

「次に《天帝従騎イデア》の効果により除外されている《汎神の帝王》を手札に加え、

最後に《帝王の開岩》の効果によりデッキから《怨邪帝ガイウス》を手札に加える」

 

 2体目の帝が手札に加わる。呼び出す準備はもう出来ている。

 

「手札から通常魔法《帝王の深怨》を発動。手札の《怨邪帝ガイウス》を公開し、デッキから「帝王」魔法・罠カード――《真源の帝王》を手札に加える。再び通常魔法《汎神の帝王》を発動し《真源の帝王》を捨て、2枚ドロー」

 

 淡々とこなされていくデュエルに薄ら寒いものが奔った犬飼は思わず後ずさった。

 

「そしてフィールド魔法《真帝王領域》を発動。新たなフィールド魔法が発動されたことにより《伝説の都 アトランティス》は破壊される」

 

 《伝説の都 アトランティス》が破壊されその瓦礫の中から玉座の間とも呼ぶべき空間が生み出される。神秘的な《伝説の都 アトランティス》と違い、押しつぶされてしまいそうなプレッシャーを放つ領域であった。

 

「その効果により手札の《怨邪帝ガイウス》のレベルをターン終了時まで2つ下げ、レベル6に、さらに通常魔法《二重召喚》 を発動。これによりもう1度通常召喚できる。《冥帝従騎エイドス》をリリースし、《怨邪帝ガイウス》をアドバンス召喚」

 

 地面から水があふれ出るかのごとく闇が溢れ、その中から悪魔のような鎧をまとった魔王――否、「帝」が姿を現す。

 

《怨邪帝ガイウス》

星8 → 6 闇属性 悪魔族

攻2800 守1000

 

「《怨邪帝ガイウス》の効果発動。フィールドのカード1枚を除外し、1000ポイントのダメージを与える。《アビス・ソルジャー》を除外。

さらに闇属性モンスターをリリースしてアドバンス召喚したため、もう1枚除外できる。だがこの効果は発動しない」

 

 《怨邪帝ガイウス》の両の手より瘴気が溢れ《アビス・ソルジャー》を飲み込む。《アビス・ソルジャー》は飲み込まれまいと足掻くも最後は力尽き沈んでいった。

 

マッドドッグ犬飼LP:4000 → 3000

 

「……ありえねぇ」

 

 犬飼は呆然と呟く。つい先程まで勝利を目前としていたはずが今は敗北の足音が聞こえる。

 

「バトルフェイズ」

 

「負けるのか……この俺がっ!」

 

「《凍氷帝メビウス》と《怨邪帝ガイウス》で攻撃」

 

「なんでだっ……」

 

 2体の「帝」から放たれる凍気と瘴気が混ざり合い犬飼を襲う。

 

「……クソが!」

 

マッドドッグ犬飼LP: 3000 → 0

 

 

 デュエル終了後、神崎は項垂れる犬飼に振り向きもせず、ゆっくりと立ち去るその姿は圧倒的な強キャラ感を醸し出していた――実際は精神的余裕のなさから挨拶すらできなかっただけだ。

 

 

 

 こうして何とか勝利した謎のデュエリスト(笑)こと神崎はもろもろの手続きを部下に任せ、自室で脱力していた――ギリギリであったと。

 

 

 デュエルに勝ちはしたものの最終的にはカードパワーにかろうじて救われた結果であった。このままではいけないと考えた神崎は自身の状態を調査する。

 

 

 

 

 その結果、通常時は問題なくデュエルできるが、いわゆる「負けた場合に何かを失う状況」になった途端ドロー力がガタ落ちすることが判明したのである。

 

 試しにドローカードをふんだんに詰め込んだデッキでプロトタイプのデュエルロボとおやつを賭けてデュエルしたところ――

 

手札が

《リロード》――自分の手札を全てデッキに戻しシャッフルする。その後、デッキに戻した枚数分のカードをドローする。

 

と《打ち出の小槌》――手札を任意の枚数デッキに戻しシャッフルする。その後、デッキに戻した枚数分のカードをドローする。

 

――の3枚ずつになり、それらを発動させたときデッキに戻した手札がそのまま戻ってきたとき神崎は頭を抱えた。

 

 1枚1枚手札が減り、同じカードが戻ってくるさまはもはやホラーである――酷いもんだ。

 

 

 デュエルの結末は相手の手札を覗くピーピングを多用するデッキを用いたデュエルロボが神崎の手札事故っぷりにエラーを起こし機能を停止――無効試合である。

 

 

 かなり鍛えていたと自負していたデュエルマッスル。だがまだまだ足りなかったようだと神崎は考える。

 

 そのため自身のドロー力を鍛えるべく、「原作」での強者が肉体的に優れていることを参考にし「デュエルマッスル」を今以上に限界を超えて鍛えるべく山に籠ることを決心したのであった。

 

 

 





マッドドック犬飼って言われると「誰?」ってなるけど

カイザーに「グォレンダァ!」された人っていうと伝わる不思議

人物?紹介
プロトタイプのデュエルロボ
原作で海馬の《オベリスクの巨神兵》に殴り殺されるデュエルロボの試作型タイプ。

廃棄になるところを神崎が引き取りデッキ調整の際のデュエルの相手を務める。
オボミやオービタル 7のような自我はない。

次回 無人島0円修行



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第6話 カードゲーム……だよね?

今回の話は大きく毛色の違う話なので違和感があるかもしれませんが

今後の展開に必要な話なのでどうかご容赦を――読み飛ばしても問題なかったりします



修行回、デュエリストってこんなもん(偏見)

前回のあらすじ
「人の心に淀む闇を照らす光、人は俺を、謎のデュエリストと呼ぶ……」
→「呼びません」

からの凄まじい手札事故

「運命よ僕に微笑みかけろ! ドロー!」

運命さん「ププッ!」


 

 

 己のドロー力を鍛えるために神崎は身一つで山に籠り修行に明け暮れていた。これからデュエルモンスターズがますます広まっていく世界でデュエル弱者は生き残ることはできない。

 

 それゆえに自身を可能な限り追い込むため何の装備もなく山に籠った神崎であったが彼は「山」からの洗礼を受ける――普通に食べるものがなかった。

 

 

 修行以前の問題であった。

 

 だがそんな極限生活のサバイバルは彼の潜在能力を引出し、着実に「デュエルマッスル」を鍛えていく。

 

 

 

 そんな中いつものようにドローで滝を切る素振りを続けていたある日、自身の身に大きな変化があったことに神崎は驚く――手が濡れなくなっていた。

 

 これを自身のドロー力の開花と考えた神崎はその力を確かめるために用意していた特殊なデッキを手に取る。

 

 

 それはリリースの必要な上級モンスターを6枚入れそのほかのカードは通常召喚できるモンスター、ドローカード、攻撃を防ぐカード、上級モンスターの召喚を助けるカードを入れたデッキである。

 

 

 このデッキを修行前に使用した時は最初のドローを含めた6枚の手札が全て上級モンスターであった――酷いものである。

 

 しかし、今ならモンスターを召喚しつつ、罠カードのセットまで行えるかもしれないと神崎のドローする手に力がこもる――えらくハードルが低い。

 

 

 最初の手札は5枚とも上級モンスターであった――泣いていいと思う。

 

 だが彼の目はまだ敗北を認めてはいなかった。

 

「ドローッ!!」

 

 世界を受け流すように引いたカードは「ドロー!! (召喚できない)モンスターカード!!」であった――ダメだこりゃ。

 

 

 神崎は挫けそうになる心を奮い立たせ修行に戻る。

 

 

 

 修行の中、またしても神崎は自身のドロー力の開花を感じさせる出来事に遭遇する――今度は何であろうか?

 

 その修行内容はデュエリストが用いる「カード手裏剣」である。

 

 「カード手裏剣」とはカードを手裏剣のように投げることであるが、優れたデュエリストが行うそれは鉄板にすら突き刺さる威力を持つ。

 

 それを目指し神崎はカードを投げる――と紛失の恐れがあるので、カードでの岩切を修行として行っていた。

 

 だが今回は岩の切断の際に抵抗なく岩が割れ、その岩の断面は今までのザラザラしたものではなくツルツルとしたものになっていた。

 

 

 これはいけると判断した神崎は再びドローを行う。

 

 大地を断ち切るように引いたカードは「ドロー!! (召喚できない)モンスターカード!!」であった――またしてもダメだった。

 

 

 

 ならばっ! と神崎は転がりくる大岩に立ちふさがり、その大岩をカードで切り裂く修練を続ける。

 

 そして神崎は今度こそ自身のドロー力が開花したと感じさせる現象を引き起こす出来事に遭遇する――だいぶ自信ありげだ。

 

 

 いつものように転がりくる大岩を一刀のもとに切り伏せ、その先の地形まで一本道に切り裂いていたが、今回は大岩を6分割に切り伏せ、地形が三本道に切り裂かれていたのである。

 

 腕の振りが1回なのにも関わらずこの結果――期待できそうだ。

 

 

 これは今度こそいけると判断した神崎は再びドローを行う。

 

 地平線を切り裂くように引いたカードは「ドロー!! (召喚できない)モンスターカード!!」であった――またまたダメだった。

 

 

 思わず神崎は怒りの雄たけびを上げた。

 

 

 

 

 しばらくして落ち込んだ状態から復帰した神崎は再び修行に戻ろうとするが草むらから勢いよく現れた激怒するクマに襲われる――ちなみに《激怒するクマ》というモンスターカードではない。

 

 クマは自身の縄張りで気分よく眠っていたところを雄叫びによって叩き起こされ苛立ち、敵と思われる神崎に襲い掛かった。

 

 

 そして始まる互いの命を懸けた異種格闘技戦(ガチ)。

 

 

 初手はクマの本家本元の「ベアークロウ」、その剛腕を持って振るわれた鋭利な爪を神崎は流れるようなドローをもっていなしクマの体勢を崩す。

 

 ふらつき頭の下がったクマの顔に岩切りの際に自身のドローでの腕の振りで体勢が崩れないようにと鍛えた足腰で蹴りの一撃をお見舞いする。

 

 だがクマは下がった頭を前面に押し出し「とっしん」に移行した。

 

 その「とっしん」を受け止めようと踏ん張りを見せる神崎だが、それはフェイクでありクマのインパクト寸前にバックステップしその身を下げ、流れるようにクマの「とっしん」の威力を殺そうと動く神崎。

 

 だが「ところがぎっちょん」と言わんばかりにクマの目が光り、その「とっしん」の勢いを殺さずに腕を突き出して少し下がった神崎を貫く――そう「とっしん」を囮とした「トライデントタックル」こそがクマの本命の一撃。

 

 

 この技をもってクマは勝利を重ねてきたのだ!

 

 

 勝利を確信したクマだったがその腕を神崎が掴んだことでその意識は驚きに満たされる――心臓を爪により貫かれたものが何故まだ生きているのかと。

 

 その一瞬にも満たない動揺を神崎は見逃さない。

 

 クマの腕を肩に背負うようにしてクマを持ち上げ投げ地面に叩きつける――見事な「一本背負い」をお見舞いした。

 

 

 地面に叩きつけられたクマは薄れゆく意識の中で自身の疑問が解消される。

 

 最後にその目に映るのは折れた爪と男の持つ一枚のカード――クマは理解する。あのカードでクマの「トライデントタックル」を防いだのだと。

 

 

 一方的な死合いだと思われたが今までの修行の中で培われた「一切ドロー力に貢献しないデュエルマッスル」が神崎を勝利に導いた。

 

 決まり手は「『一本背負い』でクマを1頭伏せてターンエンド」である。

 

 

 

 目を覚ましたクマは周囲には誰もおらず、自身が生きていることに疑問を感じ、見逃された事実に辿り着き怒りを覚える。

 

 自然界は弱肉強食、敗者は勝者に食われるが運命(さだめ)であり誇り、それを汚したことを後悔させてやるとクマは再戦に向けて行動を開始した。

 

 

 

 

 

 再び襲撃をかけるクマ、1頭では勝てぬと考えたのか今回は2頭で奇襲をかける。

 

 ドローの修行をしていた神崎は突然の奇襲に驚き対応が遅れた。

 

 だが体に染みついた流れるようなドローで1頭のクマの「とっしん」を避けるもその陰に隠れた2頭目のクマの「スカイアッパー」を受ける。

 

 だが神崎はとっさに自分から跳躍しダメージを軽減させた。

 

 そして着地しようとした神崎だが「空中じゃ身動きが取れないだろっ!」と言わんばかりに2頭のクマが2手に別れ神崎の着地地点に腕を広げ迫る――そうこれこそがリベンジのためにクマたちが厳しい修行を経て完成させた「クロスボンバー」!

 

 

 その威力は大木をも真っ二つにする!!

 

 

 その2つの「ラリアット」に首を挟まれた神崎、さすがにこれを食らって只では済むまいと2頭のクマは思うもその膝は突如として崩れ、その身が地面に倒れ伏す。

 

 「何故だ……」と考える2頭のクマにふらつく神崎の姿とその両腕が目に入る――ノーダメージとはいかなかったらしい。

 

 2頭のクマはすべてを悟る。

 

 「クロスボンバー」が命中する瞬間、よけきれぬと判断した神崎がその両手を2頭のクマの進路上に添えカウンターを狙ったのだと。

 

 結果、2頭のクマは決して壊れぬ鉄棒に首を打ちつけることになってしまったのだ! 

 

 ただの偶然である。

 

 

 

 

 

 再び敗北し見逃されたクマ。次こそはと3頭で三度勝負を仕掛ける。

 

 前回の失敗を踏まえ3頭一列になって神崎に突撃する。先頭のクマがその爪で神崎を切り裂かんと迫り、中央のクマが岩を投げつけ牽制し、最後のクマが丸太を抱えあらゆる事態に備える。この「ジェットストリームアタック」をもって神崎に襲い掛かる。

 

 襲撃にその気配をもって気づいていた神崎は放たれる岩を最小限の動きで避け、先頭のクマの爪を躱しそのクマの肩を踏み跳躍、中央のクマを飛び膝蹴りを喰らわせ大地に沈めた。

 

 

 最後のクマが丸太を振るうもそこに神崎の姿はなく、消えた神崎を探す最後のクマ。

 

 先頭のクマの「丸太の上だっ!」との鳴き声に振りむき目を向けるとその丸太の上を走り最後のクマの顔面目がけ「サッカーボールキック」を蹴りぬく神崎、そこに容赦の2文字はない。

 

 

 残り1頭となったクマだったが2頭が稼いだ時間を使い空中に跳躍、後ろ足の膝を突き立て神崎の首を狙う。

 

 神崎は回避しようと動こうとするも先程顔面を蹴り飛ばされたクマが最後の力をもってその動きを封じる。

 

 そんな仲間の思いを受け取ったクマが神崎に己の全てを賭けた「地獄の断頭台」をその首に叩きこんだ!

 

 「地獄の断頭台」の直撃を受け直立不動のままピクリとも動かない神崎。クマも神崎の首の肉に膝が食い込み動けない。

 

 「勝ったのか……?」と勝利を実感するクマの両後ろ足を突如として動き出した神崎が両腕でホールドし、そのまま地面に叩きつけた。

 

 

 そう! 「パワーボム」が炸裂したのだ!

 

 

 「パワーボム」を喰らったクマの薄れゆく意識にあったのは神崎に対する怒りではなく、その身を挺してチャンスを作ってくれた仲間に対する申し訳なさだった。

 

 

 地に沈んだ3頭のクマを見届け神崎は首のダメージを確認する。

 

 前回首を狙われたがゆえに鍛えておいたのだが、それでなおダメージは大きなものだった。

 

 

 なぜここまでクマに狙われるのかが分からない神崎は襲撃に備えるしかない。

 

 ゆえにもっと鍛えないといけないと神崎は決心する――当初の目的である「ドロー力の強化」はどこへ行ったのであろう。

 

 

 

 

 3度の敗北を重ねたクマたちは新たな1頭を加え敗因を探る。結果コンビネーションに力を入れるあまり「個の力」がおろそかになっていたと結論づける。

 

 そして「個の力」を鍛え上げたクマたちはその答えを示すべく神崎に襲い掛かる。

 

 4頭の掛け声「旋回活殺自在陣!」により4方向に別れ神崎に突撃する――ちなみに当然のことながらクマの言葉は神崎にはわからない。

 

 

 そして四方を囲みそれぞれが磨き上げた拳を連続で振るう。

 最初の1頭は「オラオラオラ(ry」と唸り声を上げ続けながら拳を振るい、

 

 2頭目は「熊斗百列拳!」から「アタタタタ(ry」とこちらも声をあげ続け拳を穿ち、

 

 3頭目は「108(ワンオーエイト)ベアークロー!」と爪を放ち、

 

 4頭目は「ひゃくれつ肉球!」と肉球を向け突っ張りを打つ

 

 

 その四方から放たれる連撃は壁のごとし――クマってなんだっけ?

 

 こんなものをそのまま喰らえばただでは済まない――というか死ぬ。よって神崎に残された道は全てを迎撃するしかない。

 

 その身を回転させながら培い洗練されたドローをもってすべての連撃を叩き落とす。

 

 

 そうして「無駄無駄無駄(ry」と連撃を叩き落としていた神崎だがクマの体力が限界を迎え連撃が止まり、叩き落とすものがなくなった神崎の拳はそのまま4頭のクマの元へ向かい回転も相まって4頭のクマは四方に吹き飛ばされた。

 

 

 クマは最後に「これは伝説の……宗家にのみ伝わる回天(かいてん)だと――バカな人間ごときにその技が……!?」そんな鳴き声と共に力尽きた――何度も言うがクマの言葉は神崎には伝わらない。

 

 

 

 

 

 4度目の敗北を喫したクマたちは思い至る自分たちは一体なんだったのかと!

 

――そうクマである!

 

 クマの1番の武器はなんだ!

 

 それはパワーに他ならない!

 

 今まで小手先の技術ばかり目をやり何をやっていたのか!

 

 「技を超えた純粋な力、それがパワーだ!」と息巻きさらに1頭増え5頭で、先頭から3頭、2頭と「スクラム」を組み神崎に突撃する。

 

 

 

 木々を薙ぎ倒しながら来たクマたちの「スクラム」による突撃に真っ向から突撃する――あまりの光景に呆然とし反応が遅れたゆえだが……。

 

 クマたちの「スクラム」は神崎を押し続け地面に神崎の脚によって線ができる。

 

 これにクマたちは「行ける! 行けるぞ!」と突き進む。

 

 「この人間を倒せる!」と――5頭のクマの力に張り合える存在を人間としてカテゴライズしてよいものか疑問である。

 

 

 だがそのクマの快進撃も終わりを迎える。先頭の中央の神崎に組み付いているクマに神崎は頭突きをかまし勢いを削ぐ。

 

 それにより1頭のクマのパワーのズレが周囲のクマにも広がりクマたちの神崎を押すパワーが弱まり、その隙に神崎は前列の左右のクマの頭に手を置き頭蓋を握りしめながらクマたちを押し返す。

 

 

 急な反撃にあった先頭の3頭のクマの機微に気付かない後ろの2頭のクマは押し負け始めた事実に焦りより前の3頭のクマを力強く押す。

 

 これにより先頭の3頭のクマは後ろの2頭のクマと神崎に押しつぶされ「スクラム」が崩れ、先頭の3頭は意識を手放した。

 

 

 突如として倒れた3頭に、後ろの2頭は前につんのめり倒れ、起き上がった際に目に入ったのは怒りを露わにする神崎の姿だった――山に2頭のクマの絶叫が響き渡った。

 

 

 

 

 

 前回かなり良いとこまで行ったクマたちは作戦の方向性は間違っていなかったと新たに仲間を加え6頭で計画を立てる――テーマは団結。息を合わせるための訓練は苛烈を極めた。

 

 

 神崎はドローの素振りで滝を縦に割りながら下で何やらうごめくクマたちにそろそろ修行も潮時なのかもしれないと溜め息をつく。

 

 クマたちは高所にいる神崎の姿を目に入れ6頭で腕を交差し手を握り合い「掌位」の形をとる。そしてタイミングを合わせ6頭同時に跳躍し突撃!

 

 「掌位」により高められた脚力による跳躍!

 

 そして推進力は6倍以上!

 

 「これが俺たちのパワーだっ!!」と突き進むクマたちによる神崎の返答は圧倒的な「デュエルマッスル」から放たれた一発の拳であった。

 

 

 

 滝壺に6つの水柱が立った。

 

 

 

 

 

 

 神崎はそろそろ時間切れかと山を下り、修行の旅はとりあえずの終わりを見せる。

 

 クマとの勝負のお蔭かどうかは定かではないが、神崎のドロー力は当初のゴミみたいなものから通常のデュエルができるほど成長している。

 

 しかし彼は頭を抱える――負けられない勝負が怖い――と。

 

 精神面はあまり鍛えられなかったようだ。

 

 だが「敗北」が精神的な「死」に直結することもあるため無理からぬことではある。

 

 

 

 そんなことを考えながら1人帰路に就く神崎の船旅はあっけなく終わりを迎える。

 

 「嵐」に見舞われたのである。

 

 

 荒れに荒れた海により神崎の乗った小船はあっけなく沈み、しかたがないので泳いで帰ることになる――この程度で常識を超えた「デュエルマッスル」は止められない。

 

 

 もはや人間を辞め「デュエリスト」という謎生物と化した神崎は海の中、何かを発見する。

 

 ――親方! 海の中に巨影が!

 

 ――あれはなんだ……人魚か! 魚人か! 

 

 そう思い近づいて行った神崎はその正体を知る。

 

 ――いや……漁師だ!

 

 

 恐らく神崎と同じく荒れた海により船が沈んだか投げ出され、海に落ちたのだろうと当たりをつけ、その漁師と思われる男を担ぎ神崎は陸地を目指す。

 

 

 

 

 

 無事陸地にまでたどり着いた神崎はKCへと連絡を取る。

 

「私です。至急送信した座標に医療班を頼みます。応急処置は済ませましたが危険な状態であることに変わりありませんので……」

 

『了解しました』

 

 連絡を受けたギースが了承するのを確認し神崎は嵐に呑まれたことに対し危なかったと安堵する。

 

 

 「デュエルマッスル」がなければ即死だったと。

 

 

 ゆえに神崎は今後も地道にデュエルマッスルを鍛えることを続けていこうと誓う。

 

 

 

 

 

 

 だが神崎は気付かない。

 

 

 それが将来、一大デュエル流派「マッス(リュウ)」として広まっていくなどと――

 

 

 




修行にはクマと戦うのがいいって
バリアン七皇のギラグさんが言ってた気がする!


今回の話は
この嵐に見舞われた漁師を助けるのがメインな修行回

漁師……いったい何者なんだ……


ちなみに
「デュエルマッスル」+「~流」

「マッスル流」

「マッスリュウ」

「マッス流」





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第7話 安らかに眠れ……

前回のあらすじ
ドロー力を超えた純粋な(パワー)、それがデュエルマッスルだ!

クマを6頭(ガン伏せ)セットしてターンエンド!

海がいくら荒れようともデュエルマッスルの前には小波(さざなみ)と同じよ…

漁師は海で拾った。一体何のフィッシャーマンなんだ!!



 

 

 過酷な修行により鋼の肉体を得た神崎は修行帰りに助けた漁師を治療させ家族の元に帰させ、その後はいつものように社畜よろしく忙しく働いていた。

 

 将来のデュエル戦士たちにデュエリストとはなんたるかを指導したり、

 

 豪華客船の沈没に立ち会い救助に向かったり、

 

 エジプトの墓守の一族の捜索をしたり、

 

 パラディウス社やシュレイダー社の株式を買い漁ったり

 

 BIG5の5人組とそれぞれ交流を深めたり、

 

 剛三郎に「オカルト」に関して睨まれたため、表沙汰にならないように取り計らったり、

 

 幼少期の海馬兄弟への味方アピールを示してみたり、

 

 世界の各国で修行に明け暮れつつ、リアルファイトしたり、と

 

 そうこうしている内に月日は流れ――――

 

 

 

 

 

 遂に海馬は剛三郎を引き摺り下ろし、『力』――KCのトップである社長の座を手にした。

 

 

 

 だが「拍子抜けだ」と海馬瀬人は追い詰めた剛三郎を見て思う。

 

 海馬瀬人が社長になるために行った様々な根回しは驚くほどあっけなく終わった。

 

 剛三郎の腹心の部下であるBIG5もその爪を捥がれ、牙を折られ飼いならされた者たちを手中に収めるだけの作業に歯ごたえなど感じようもなく、言いえぬ気味悪さだけが感じられる。

 

 その思考に割って入るように敗北を悟った剛三郎は遺言代わりに瀬人に語りかける。

 

「瀬人、最後に一つ忠告しておこう」

 

「ふぅん、なんだ命乞いでもするつもりか?」

 

 敗者の剛三郎を嗤う海馬。しかし剛三郎は意に介さず言葉を放つ。

 

「ヤツは殺しておけ――アレは貴様の手に負える男ではない」

 

 

 剛三郎の言う「ヤツ」――海馬瀬人がまだ一介の若造、子供と言ってもいい評価しかされていなかったにもかかわらず、誰よりも早く自身を売り込みに来た男。

 

 

「何を言うかと思えばそんな事か――所詮負け犬の遠吠え、貴様の手に余れど、俺の手に余る道理などない!!」

 

「ククク……ハッハッハッハ」

 

 

 その海馬の返答に剛三郎は笑う――知らず知らずのうちに掌の上で踊らされていた海馬 瀬人と己自身に。

 

 

「……何が可笑しい」

 

 その敗者とは思えぬ態度に苛立ち気に剛三郎を睨む海馬。しかし剛三郎は堰を切ったように語りだす。

 

「ヤツと最初に会った時、KCの社長は瀬人お前にこそ相応しいと言っておったわ。まだ小僧だったお前こそとな! つまりはこの状況そのものが奴の掌の上――お前も儂も奴の思惑から何一つ逃れられてはおらん!!」

 

 そして剛三郎は窓際に近づき――

 

「だが儂は奴の思惑から逃れる。儂自身の「()」をもって――見るがいいこれが敗者の姿だ!!」

 

 その発言と共に剛三郎は窓を突き破り落ちる。この高さでは確実に死ぬ。

 

 だが剛三郎は「これでヤツの呪縛から解放される」と不思議な安心感に瞳を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 そしてその安心感は「ボフッ!」という音とともに身体にも伝わる。そのフンワリとした感触はそのまま眠ってしまいそうになる魔力を秘めていた。

 

 剛三郎は思う――「何かがおかしい」と。

 

 そして目を開けると自身がふかふかのマットの上にいることに気付き、今現在の状況に理解が及ばぬまま呆然としている剛三郎に声がかかる。

 

「困りますね。勝手に死なれては」

 

「神崎っ!!」

 

 また貴様か! ――その思いを籠め、神崎を睨み名を叫ぶ。しかし神崎は意に介した様子もなく言葉を続ける。

 

「あなたには最後の大仕事をお頼みしたいので」

 

「……ふん。すでに敗者である儂に一体何が出来るというのだ」

 

「辞めてもらいます」

 

「何を言って……」

 

「ですから、すべての責任を取って社長の座から退場していただきます」

 

「……なっ!」

 

 

 剛三郎は理解が追い付くのに時間を要した――理解したくなかったともいえる。

 

 KCは大企業である。さらに軍事産業という後ろ暗い面が多々ある部門のすべての責を個人で負うなど想像することもできない――狂っている。

 

 

「ふざけるなっ!!」

 

 剛三郎は懐から愛用の特別性の銃をぬき、神崎に照準を合わせる。

 

 ――やはりあの時殺しておくべきだった。

 

 あの時しなかった選択を今、剛三郎は決行する。

 

 護衛の黒服たちが行動するよりも剛三郎が引き金を引く方が早かった。

 

 

 そんな中、銃を向けられ剛三郎の意思ひとつで死ぬこの状況でさえまだ笑っていられる神崎に対し殺意をもって引き金を引く。

 

 しかし神崎に変化はない。

 

――外したのかっ、この距離で!?

 

 そんな剛三郎の考えを振り払うかのように銃声は続く。

 

 

 

 

 

「何故だ……」

 

 後に残ったのは弾切れを起こした銃とそれを震えた手で呆然と持つ剛三郎、困惑する黒服たち、そしてそんな中でも笑みを浮かべ続けている神崎だけだった。

 

 そんな中思わず漏れ出たといった風な神崎の言葉が耳に入る。

 

「ふむ、正常に動作しているようですね」

 

「貴様っ! 何をしたっ!」

 

「表舞台から去る貴方には知る必要はありません。では手筈通りに……」

 

 問い詰める剛三郎をよそに神崎は黒服たちに指示をだし部屋を後にする。

 

 

 こうして剛三郎は社会的にすべてを失った。

 

 

 

 

 

 神崎は自室に戻りその場にへたり込む。

 

 ――死ぬかと思った。

 

 それが今の彼の偽らざる胸中であった。

 

 大型の野生動物と正面切って戦える男が何を言っているのかとも思うが「銃」は武器である――本能的に恐れたのであろう。

 

 剛三郎に銃を向けられた時、とっさに闇のアイテムを発動し、「闇のゲーム内ではオカルト的な力以外ではダメージは受けない」ことを利用しあの場を乗り切ったが、安全だと分かっていても生きた心地がしなかったのである。

 

 

 だがその甲斐あって「剛三郎を無事隠居させることに成功した」と神崎は思う。

 

 最後に見た剛三郎は完全に心が折れていた。あれでは再び何かを仕掛けてくることもないだろうと考えた。

 

 

 しかし神崎はへたり込んでばかりもいられない。大きな問題の一つを片付けたといっても「原作」での問題はまだまだ山のようにあるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 歓声湧くデュエル・スタジアムを前にバンデット・キースことキース・ハワードは苛立っていた。

 

 新たに生まれ広まった「デュエルモンスターズ」の生みの親であるペガサス・J・クロフォードとの対戦ができると聞いてチャンプとして挑戦しに来たのだが、実際にはプロモーションをメインにしており、双方が同じデッキを用いて戦う変則的なものだった。

 

 

 それだけならばよかった。

 

 だが対戦相手が問題だった。キースが対戦するのは観客の中から無作為に選ばれた子供である。ペガサスがアドバイスをするといってもキースの苛立ちは収まりそうにもない。

 

 だがキースが苛立つ理由はそれだけではない。

 

 ――こんな勝負認められるか!

 

 そう言ったキースにある提案をしてきた男、その提案は「その子供に勝利したらペガサスが勝負する」というものであり、悪くはない提案だったがキースには「勝てるはずがない」そう確信している男の目が何よりも腹立たしかった。

 

 

 

 そうしてデュエルが始まり「さっさと終わらせてやる」と意気込むキースをよそに言葉無きペガサスのアドバイスと共にターン数が経過していきペガサスの声が響く。

 

「トムの勝ちデース!」

 

 キースの敗北であった。

 

 だがキースの戦略にミスはなかった。

 

 しかし同程度の実力を持ち全く同じデッキを用いて勝負した場合に最後にものをいうのが「いかにデュエルモンスターズに愛されているか」である。

 

 

 それは創造主たるペガサスにほぼ勝ちようのない要素。キースに勝利の女神が微笑むはずもない。

 

 

「危ないところデシタ」

 

 握手を求めるペガサスにかろうじて応対するキースをよそにペガサスは語る。

 

「全米一のカードプロフェッサーでも始めたばかりの子供でもこのゲームにおいては皆同じスタートラインに立っているのデース」

 

 そうペガサスは締めくくった。

 

 

 こうして「デュエルモンスターズ」はより世界に広まっていく。

 

 

 






黒服「下の階でスタンバッてました」


キースの闇落ちを回避?



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第8話 忍び寄る影


第7話への流れに違和感があるとの声を頂いたので
第7話を加筆修正してみました。2016年11月24日

今回は繋ぎの話

海馬兄弟の過去は次の話になるよ!
如何にして丸くなったかをサクッと紹介だ!

前回のあらすじ
(´・ω・`) 剛三郎は出荷よー
(´・ω・`) そんなー

キース「イカサマはイクナイ(・A・)」




 

 

 とある路地裏に枯葉やゴミを抱え満足そうに笑う大柄な男がいた。その男こそ神崎が捜していた人物であり将来的に闇のゲームの罰ゲームから自力で復帰する存在である。

 

 今現在の男の様子を確認するために人のよさそうな笑みを浮かべ話しかける神崎、返答は辛辣なものだった。

 

「近づくんじゃねぇ! これは俺の金だっ! 誰にもわたさねぇ!」

 

 そう言って男の近くの枯葉やゴミを集め神崎から遠ざける男。男には枯葉やゴミが紙幣に見えているらしい。

 

「いえ、目的は金銭でありませんよ。私は――」

 

 男を刺激しないように自身の目的を話そうとする神崎の顔面に男の丸太のような拳が突き刺さる。これで尻尾を巻いて逃げるだろうと判断した男だったが殴った相手はビクともしない。さらに拳の隙間から

 

 

 

 ――目 が あ っ た。

 

 そして男は恐怖する。神崎の何も写さぬ無機質な目に――人間を見る目じゃない――実際はいきなり殴りかかられてショックを受けているだけである。

 

 そうとは知らず男は尻餅をつき後ずさる。その心はとうに折れていた。

 

「ヒッ! 来るな! 金ならくれてやる!」

 

 その言葉と共に落ち葉やゴミを頭からかぶる神崎。打算はあれど良かれと思ってその男を助けに来た神崎の目は益々死んでいき、そしてその目を見て男は益々恐怖する――負のサイクルであった。

 

 

「安心してください――君に危害を加えるつもりはありません。ただ君の社会復帰を手伝いたいだけです」

 

「わっ、わかった。言うとおりにする!」

 

 いまいち会話が噛み合っていない2人だが一応の了承が取れたことに神崎は安堵して笑みをこぼした。

 

 

 

 酷い目にあったとKCの医療スタッフを乗せた車に神崎の連れてきた黒服たちが先程の男を運び入れる様子を見ながらひとりごちる神崎――さすがに化け物を見るかのような目で見られたのは堪えたらしい。

 

 項垂れたまま車に同乗し先程の男をつれツバインシュタイン博士の元へと向かう神崎であった。

 

 

 

 

 

 

 研究室ではツバインシュタイン博士が男を精密検査にかけた結果を興味深そうに眺めていたが雇い主である神崎が入室してきたことを確認すると男の現在の状態を報告する。

 

「Mr.神崎、彼の肉体的な異常は特にありません。報告にはゴミなどが紙幣に見えるとのことでしたが……眼球や脳にもこれといった異常は見当たりませんでした」

 

 肉体的な問題はほとんどないことを聞き胸をなでおろす神崎。ゆえに「すでに知っている」情報に間違いがないか問いかける。

 

「となるとやはりオカルト関係ですか?」

 

「ええ恐らくは……実は彼の―――」

 

 ツバインシュタイン博士はまだ見ぬ現象に対しヒートアップしていく。これに付き合うのは際限がないため神崎は用件を伝え退散することにした。

 

「ツバインシュタイン博士、私が頼みたいことは彼の精神状態の回復になります」

 

「――ですから彼自身の身に起きていることは……えっ!? それだけ……ですか?」

 

 熱弁を振るっていたツバインシュタイン博士は冷や水を浴びせられたかのごとく呟く。一体何をするつもりだったのやら。

 

「はい、それだけです。この状態から復帰させる施術を今以上に完璧なものにしておきたいのです。彼の状態を今までの患者と同じだと思わない方がいい」

 

「……なるほど、そういうことでしたら腕を尽くしましょう」

 

 少々不満げにツバインシュタイン博士は雇い主の要望を聞きいれた。

 

 

 研究所を後にした神崎は自室に戻り期待に満ちた目で願う――どうか『マインドクラッシュ』の治療に応用できるものであってほしいと。

 

 そのデータは万が一闇のゲームの罰ゲームを受けた際に精神的な「死」から復帰する術となるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あくる日、一人の母親が自身の不甲斐なさを呪っていた。光を失ってしまった娘に再び光を灯すための治療費を払うことができない自身を呪う。

 

 だがそんな母親にも転機が訪れる。格安で治療を引き受けてくれる人間があらわれたのだ。その人間――神崎は名刺を渡し挨拶を交わす。

 

「私はこういうものなんですが――」

 

 その名刺にはKCの文字、大企業である。訝しむ母親に神崎はその疑念を払うべく言葉を続ける。

 

「我が社では今回の症例に対し新たな治療法を確立しました。もちろん安全性は保証されているのですが、何分新しいものはなかなか受け入れられないのが世の常です。ですので――」

 

 続く話を纏めれば要は実験台になれとでもいうものであった。だが費用は相手持ちとなる上手すぎる話であった。

 

 

 結局、返事は後日としてお引き取り頂いたものの答えは出ない。神崎の素性を調べても特に問題は出てこず、「デュエルモンスターズの生みの親――ペガサス氏の婚約者、奇跡の復活」そんな情報も出てくる次第。

 

 最終的に当事者である娘に相談したものの負担が減るならその方がいいと逆に説得されてしまった。

 

 

 こうして母親は悪魔の物かもしれぬ手を握ることにしたのである――酷い言われようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海馬瀬人が社長に就任し軍事産業は解体され、なおかつ海馬瀬人に粛清されることもなく、様々な手回しも順調に進み神崎は日々職務に励んでいた。まさに我が世の春であった。

 

 そんな彼に意外な人物から連絡が入る。

 

「おや、これは海馬社長ではないですか」

 

『儂はもう社長ではない』

 

 受話器越しに不機嫌さを隠さないKC前社長、海馬剛三郎の声が響く。

 

「そうでしたね。では何とお呼びすればよいでしょうか?」

 

『好きに呼べ』

 

「では剛三郎殿、御用件はなんでしょう? 今のご生活にご不満でも?」

 

『この「檻」に不満はない。敗者には豪勢な位だ』

 

 剛三郎は皮肉を返しつつ意を決して語りだす。

 

『貴様に折り入って頼みたいことがある……「乃亜」のことだ』

 

 

 意外な名前が出てきたと神崎は驚きつつも理由を考える。

 

 

 「海馬乃亜」――海馬剛三郎の実子

 

 不慮の交通事故で重症を負い幼くして亡くなるも、後取りを必要とする剛三郎によって意識と人格をコンピュータに移し替えられた子供。

 

 

 彼の存在は剛三郎がKCに返り咲ける可能性を有していたため、近いうちに手を打とうと考えていた剛三郎のジョーカー。

 

 その存在を神崎に明かすことで得られるメリットはほとんどないゆえに剛三郎の考えが神崎にはわからない。

 

 

 思考を巡らせる神崎をよそに剛三郎は話を続ける。

 

『貴様のことだ、どうせ知っているのだろう? いまヤツがどんな状態なのか』

 

 知りません――神崎はそう言いそうになるのを堪え、続きを促す。

 

 事実、電脳空間での孤独な生活の結果、乃亜の人格が歪むことは知っていても今現在どのような精神状態かまではわからなかった。

 

『儂はヤツが怖かった。日々歪んでゆくその精神が、ゆえに目を背けた――人を見られぬものに社長の座は渡せぬと……』

 

 剛三郎は懺悔するかのように話す。

 

『愚かな考えよ……親である儂が見ずに誰があの子を見るのか!!』

 

 電話ごしだが剛三郎の大きな感情のブレが見て取れた。

 

『儂はっ……! 儂はっ……!』

 

 

 ――「ヤツ」から「あの子」、その言葉の変化は剛三郎らしからぬものだった。

 

 そして熱が籠り、話が脱線しかけていたのを元に戻す意味を込めて神崎は静かに言い放つ「落ち着いて下さい」と。

 

 

『……スマン。そこで本題なのだが、貴様はさまざまな治療技術を研究しているのだろう? 儂が言える義理ではないが、それでどうかあの子を救ってやってほしい……』

 

 

 誰だコイツ――神崎はそう言いそうになるのを堪えに堪え、剛三郎の偽物の可能性を考えて部下に確認を取らせる。

 

 

 偽物であってほしかった――そんな神崎の望みは砕ける。

 

 本物だった。

 

 

『……どうか……頼む』

 

 確認の間の沈黙を難色を示していると感じた剛三郎は消え入りそうな声で願う。

 

「わかりました。最善を尽くさせていただきます」

 

 どのみち乃亜に対して何らかのアクションを取る必要があった神崎は時期が早まっただけだと考え快く引き受ける。

 

 

 

 

 通話を終え神崎は剛三郎の精神状態に疑問が残る。

 

 隠居先として可能な限り穏やかな気分になるようにさまざまなことを手配したがこれほどまでに人格が変わるのかと、近々精神科医に様子を見させようと神崎は決心した。

 

 

 

 実際は闇のアイテムが発動した状態で、剛三郎が強い敗北感を持ったために心が折れ、疑似的な「マインドクラッシュ」を受けパズルのようにバラバラに砕けた精神に強力な穏やか空間によって「穏やか成分」ともいうべきピースを組み合わせ生まれたのがこの「若干綺麗な剛三郎」であった。

 

 このままいけば「綺麗な剛三郎」になる日も遠くはない。

 

 

 

 

 

 

 

 そんなことはつゆ知らず剛三郎の罠である可能性を考え、神崎は慎重に進み乃亜のもとにたどり着いていた――人を素直に信用できない悲しい男である。

 

 そして巨大なスクリーンが突如として起動し、そこに映った少年が神崎を見やる。

 

『初めまして僕は海馬 乃亜(のあ)。ここにお客さんが来るのは珍しいね』

 

 スクリーンの一枚に映りだされた乃亜は自虐気味に笑う。捨てられた自分に何の用だとでも言いたげに。

 

「こちらこそ初めまして、乃亜君。私は神崎という者です」

 

 神崎は挨拶を返しつつ、神崎がスクリーンを映し出そうとする前に相手の方が先に行動したことから乃亜にはまだ他者との関わり――人とのコミュニケーションに飢えていることが見て取れた。

 

 ゆえにまだ乃亜の人格が歪み切っていないことを神崎は感じ取っていた。

 

『僕に何の用かな? なにか知恵でも借りに来たのかい?』

 

「いえ違います。まあ新しい医者が来たとでも思ってもらえれば――」

 

 その言葉に乃亜が笑いながら激昂する――器用なヤツである。

 

『クククッ! 医者! 医者だって! すでに死んでいる僕に医者! ふざけるなッ!!』

 

 乃亜は怒り、そのままヒートアップしていく。

 

 

 その怒りを見て――剛三郎の怒りかたと似ているな。やっぱり親子だなぁ。などと神崎はどこか他人事のように考えていた。

 

 

『僕が何もできないんだと思っているんだろう。目にもの……』

 

 その怒りは益々ヒートアップしていき、危険なことを考えだした乃亜に神崎は彼にとって爆弾となる言葉を投じる。

 

「乃亜君、君は生きている」

 

 

『見せて……えっ、今なんて……』

 

「君は生きていると言いました」

 

『嘘をつくなっ! だって僕は!』

 

 信じられないといったふうな乃亜をよそに神崎は自身の企みが成功したことに安堵する。

 

 人間は希望や逃げ道を持っている限り自棄になることは少ない。ゆえにこちらでそれを用意してやることによりこれ以上人格が歪むのを防ぐ試み。

 

 まったくもって彼のやり方は何故こうも悪役じみているのか。

 

 

 動揺から立ち直る前に事前に調べていた情報を基に神崎は次々と希望(逃げ道)を作っていく。

 

 

「君の肉体(死体)はコールドスリープされきちんと保管されている。つまりは肉体的には死んでいないと言える。毛色の違う植物状態だと思えばいい」

 

 乃亜は慌てて言葉を返す。

 

『コールドスリープされているのなら脳の活動も停止しているはずだっ! だけど僕はこの電脳空間で学び知識を蓄えている――それをどう説明するっ!!』

 

 

 いい傾向だ――そう神崎は考える。

 

 死んでいることではなく、生きていることを証明させようとしている乃亜の精神状態、心は生きることを願ってきていた。

 

 

「君はその電脳空間で学び知識をためているそうですね」

 

 ならば後は簡単だった。

 

「電脳空間が君の全てだとするならば学ぶ必要などありません。パソコンのように知識をダウンロードするだけでいいのだから――つまり君が学びを必要としているその事実が君の肉体が死んでいないことの証明になります」

 

 

『だがっ! 現代医学ではコールドスリープから目覚める方法は見つかっていないはずだっ!!』

 

 

「ええ、そうですね。()()()()では難しいでしょう――ゆえに他の手段を使います」

 

『他の手段?』

 

「はい、他の手段です。ですが信じられないであろう君のために軽いデモンストレーションをしましょう」

 

 

 そう言って神崎は懐から人造闇のアイテムを取り出し仰々しく行使する。

 

 

「世界には君の知らない未知が溢れています。今それをご覧に入れましょう」

 

 

 こうして神崎は新たな患者「乃亜」の治療にあたることになる。

 

 

 

 デュエルには無限の可能性がある。

 

 錬金術・デュエルエナジー・絆・友情など――そんなよく分からない力がきっと彼の心と体を癒してくれることだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 I2社でペガサスはデュエルモンスターズの生みの親たる自身との対戦を優勝商品とした大会の開催を計画していた。

 

 その企画のアドバイザーとしてペガサス島に呼ばれた神崎はその大会の特殊ルールに頭を抱える。

 

 デュエルモンスターズ誕生の際のテコ入れが一体なんだったのかと思えるレベルである。具体的にはフィールドパワーソースなどだ。

 

「どうデスカ?」

 

 自信たっぷりに問いかけるペガサス――トゥーンを弱体化させられたことに対して嫌がらせをしている訳ではない……ないよね?

 

「このルールですとフィールド魔法を戦術として組み込むデュエリストに不利になるかと、現在あまりフィールド魔法を活用するデュエリストが少ないためのルールだとは分かるのですが……」

 

 

 現在、爆発的にデュエルモンスターズが世界に広まっているが、やはりと言うべきか高い火力を持ったモンスターばかりが注目を浴びている現状があった。

 

 そして様々なカードを用いた「コンボ」もデュエルモンスターズの楽しみなのだと伝えるために今大会のルールを提案したペガサスの意を神崎は汲み取る。

 

 

「Wow! その通りデース。話が早くて助かりマース」

 

「――でしたら今大会の参加者に参加賞として大会前にフィールド魔法を配布するというのはどうでしょう。それに加えてトレードの機会を設ければデッキ強化の際に使用されることもあるでしょう」

 

 

 とりあえずいくつか考えていた候補のうちの一つを伝えるとペガサスは喜んでその話に乗り会議は進む。

 

 

「Oh! その手がありましタ! アナタに相談したのは正解デース! デスガ惜しくもありマース……アナタがデュエリストでないのが悔やまれマース!」

 

 

 額に手を当てオーバーに残念がるペガサス、その後手をポンと叩きいま思いついたように話す。

 

 

「そうデース! 実はシンディアが最近デュエルモンスターズを始めたのですがこれを機にアナタも始めてみてくだサーイ! シンディアのデュエルの腕は月行ボーイと夜行ボーイの教えも合わさりグングン伸びていマース!」

 

 

 会議……は進む。

 

 

「……デスガ最近月行ボーイと夜行ボーイのシンディアに向けるアツイ視線が気になりマース……」

 

 

 会議……? は進む。

 

 

「……シンディア様は可憐なお姿ゆえに仕方のないことでは?」

 

「それは当然のことデース! Oh……美しさとは罪なものデース……」

 

 

 会議は進むったら進むのだっ!!

 

 この後も同じようなやり取りが続いたそうな……ガンバッ!!

 

 

 

 






(。゚ω゚) 。「良いことをしたあとは気持ちがいいな」



~入りきらなかった人物紹介~
月行と夜行

遊戯王Rにて登場した「ペガサスミニオン」のトップ2の双子。
緑色の長髪が特徴の双子の兄弟。

兄、月行はペガサスから「パーフェクト・デュエリスト」と称されるほど優秀なデュエリストである。

弟、夜行はそんな兄と比較され強い劣等感を持っている。


ペガサスミニオンとは
原作では
実子をもうけなかったペガサス・J・クロフォードが自身の後継者を確保する為に世界中から集め育てた孤児などである。皆優れたデュエリストでありペガサスを尊敬している。

本作では
早々に隠居しシンディアとのラブロマンスへシフトしたいペガサスが後継者を確保する為に世界中から集め育てた孤児などである。

 皆優れたデュエリストであり、ペガサスとシンディアを本当の親のように慕い2人もそれを嬉しく思っている。

 そのためペガサスは当初の目的は忘却の彼方となった――もう十分ラブロマンスしてるしね!

ちなみにアツイ視線の正体はペガサスの嫉妬心からくる気のせいです。




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DM編 第2章 原作開始 世界の始まり
第9話 爺ちゃんはやっぱりヒロイン



―注釈―
海馬は海馬瀬人を示し、
モクバは海馬モクバを示しています。


前回あらすじ
「こいつは胡散くせえッー! ゲロ以下のにおいがプンプンするぜッ────ッ!!」




 

 

 《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》を賭けた武藤遊戯とのデュエルに正々堂々と戦い敗れた海馬瀬人は世界に4枚存在する《青眼の白龍》の内、武藤双六が所持する1枚を除いた残り3枚を集めるべく情報を集めていた。

 

 その報告を待つさなか何故自分が負けたのかを海馬は考える。

 

 そんな思案する海馬瀬人を心配したのかモクバは問う。

 

「兄サマ、神崎のヤツに相談したらどうかな? あいつなら――」

 

 その先の言葉をモクバは続けられなかった。

 

 

「モクバ! あの男を信用するなと言ったはずだ!」

 

 

 剛三郎の教育を受けていた昔のように憎悪を露わに激昂する兄の姿にモクバは言葉を失う。

 

 兄である瀬人が神崎をここまで信用しない理由がモクバには分からなかった。

 

 

 

 

 モクバにとって神崎という人間は

 

――今、親がいればこんな感じだったんだろうな……

 

 そんな認識である。

 

 

 その最初の出会いはモクバが兄と共にKCに正式に迎え入れられた時に周りに敵だらけの状況で最初に海馬兄弟の味方になると宣言した時だった。

 

 

 だが出会った当初から親のような認識であったわけではない。

 

 

 その切っ掛けとなったのは、当時大企業の大きな力を得て自分勝手にふるまっていたモクバ。

 

 そしてそんなモクバの顔色を窺い行動していた他の社員。

 

 そんな中でモクバ自身に直に苦言を呈したのが始まりだった。

 

 ――世の中は弱肉強食であり、自身は強者だ。

 

 そう主張したモクバに対し

 

 

 神崎は――

 

 ――自分より弱い者を食い物にする者を強者と言えますか?

 

 そう問いかける。答えに詰まるモクバに神崎は言葉を続ける。

 

 ――それに、そうやって弱者を喰らい続ければ最後は君だけが残る。そんなの……寂しいじゃないですか。

 

 そう言って目線を合わせた神崎はモクバの額を軽く小突いた。

 

 

 その出来事を切っ掛けにモクバは神崎に今は居ない「親」を重ね始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 海馬にとって神崎という人間は

 

 ――信用に値しない不気味な人間。

 

 そんな認識である。

 

 その最初の出会いは弟のモクバと共にKCに正式に迎え入れられた時に周りに敵だらけの状況で最初に海馬兄弟の味方になると宣言した時だった。

 

 

 この段階ですでに海馬の中にあるのは不信感だけだった。

 

 

 当時、剛三郎のスペアとしての価値しかなかった子供に忠誠を誓う重役など信じる方がどうかしている。

 

 

 それから度々海馬の力になろうと動こうとした神崎であったが海馬はそれら全てを拒否し神崎を遠ざけようとした。

 

 そしてそれらの一件から神崎からの接触はなくなった。

 

――諦めたか……

 

 そう判断した海馬だが、ある光景を見て絶句する。

 

 

 そこには海馬瀬人の弟、モクバが楽しそうに神崎と話す姿だった。

 

 

 海馬はすぐさまモクバを引きはがし、自分たちの部屋まで連れて行く。

 

 そしてモクバに神崎を信用しないように、なおかつ近づかないように言い含めた。

 

 納得の色を見せなかったモクバだったが約束は確約した。

 

 

 

 神崎からすれば海馬の将来の姿を知っているだけに敵ではないことを明確にしておきたかったゆえの行動である。

 

 だがそんなことを知りようのない海馬からすれば何を考えているのか分からない不気味な存在だった。

 

 

 ゆえに海馬は力を求めた。モクバを守れるだけの力を。

 

 

 それからというもの海馬はこれまでの言動・行動を改めた。それは神崎に付け入る隙を与えぬためだ。

 

 力を求めた、その先に力の象徴たる《青眼の白龍》があった。

 

 それに惚れ込み、手に入れるために行動し、紆余曲折あった結果、遊戯と《青眼の白龍》を賭けての正々堂々とした勝負をし――敗れた。

 

 

 

 

 ――話は戻る。

 

 海馬に叱責されたモクバはシュンと小さくなり、思わず語気を荒げてしまった海馬は自分を責める。

 

 

 気まずい沈黙が流れた。

 

 

 だがそんな沈黙を破るように慌ただしく扉を開け海馬の側近である磯野が息を切らせ入室する。

 

「瀬人様! 《青眼の白龍》の所持者が判明しました!」

 

「ふぅん、やっとか……すぐにソイツの元へ向かうぞ磯野!」

 

「いえ、それが――」

 

 磯野が言い難そうに報告した言葉を聞いた海馬はその所持者の下へ駈け出した。

 

 

 

 

 

 

 そして海馬はその所持者の自室へ押し入る。そこに「遠慮」の二文字はない。

 

「おや、海馬社長ではないですか。何かご用ですか? 言って下さればこちらから伺いますのに」

 

 そろそろ探しているだろうな~、と海馬瀬人の敗北を確認していた神崎は集めた《青眼の白龍》を持って海馬瀬人の下へ馳せ参じようとしていたところの突然の来客、海馬瀬人に驚く。

 

「貴様自身に用はない、用があるのは貴様の持つ《青眼の白龍》のみ! デュエルをしないお前が持っていることは驚きであったがな。断るというなら――」

 

 

 神崎は表向きにはデュエリスト登録はしているものの「デュエルをしない人間」で通っている。それはデュエリストに「おい、デュエルしろよ」などと言われないためであった。そして――

 

 

「ええ、どうぞ」

 

 海馬瀬人の言葉を遮るようにカードを渡す。

 

 海馬瀬人の「ブルーアイズ愛」を考えれば、逆らえばどうなるかなど考えたくもない神崎は素直に要求を呑む。そこには一通りのブルーアイズデッキを組みデュエルしたため満足していた側面も大きかった。

 

 

「貴様、何が狙いだ……このカードの価値を知らぬわけでもあるまい」

 

 

 海馬瀬人は「神崎」という人間を信用していない。

 

 表向きに忠誠を誓われてはいるが剛三郎の一件もあり不信感しかなく。こちらに真意を明かさず影で何らかの動きを見せていることもその認識に拍車をかけていた。

 

 

 そんな風に思われていることなど知らない神崎からすれば理不尽に他ならない――欲しいと言われ渡そうとしたら疑われる。

 

 「どうしろとっ!」――そう心の中で叫ぶほかなかったが何とか受け取ってもらおうと理由をつける。

 

 

「ええ、存じ上げております。ですが私が観賞用として持つよりデュエルにより雄姿を眺められる方が良いと思いまして……」

 

「貴様のお抱えのデュエリスト――ヤツに使わせるなりすればいいだろう」

 

 

 気に入らなかったらしい。

 

 神崎は「ヤツって誰だよ」と思いつつ話を合わせ

 

 ――ならばこの理由ならばどうだ! と言葉を続ける。

 

 

「デュエリストがカードを選ぶように、カードもまたデュエリストを選ぶ。そう彼は言っておりました。そして自分は《青眼の白龍》に選ばれていない――とも、ですのでお気になさらずに……」

 

 

 ――このカードを使うべきは海馬瀬人である。そんな思いを込めた言葉も……

 

 

「この俺に施しを受けろというのか!」

 

 

 気に入らなかったらしい。

 

 ――「奴」が使わないから君が使っていいよ。

 

 そんな風に受け取られたようだ。

 

 

 ならばと神崎はより海馬瀬人が納得しやすいであろう条件を提示する。

 

「ではお貸しするというのはどうでしょう。ある条件を満たすことができればそのまま差し上げるというのは……」

 

「ほう、その条件とはなんだ」

 

 

 神崎は思っていたよりも好感触だった海馬瀬人の反応に安堵しつつ、人差し指を立て条件を示す。

 

 

「条件はたった一つ。海馬社長。貴方が世界一のデュエリストになること。ただそれだけです」

 

 

 しばらく沈黙した海馬。そんな海馬を見てさらに他の理由を考える神崎だが――

 

 

「クククッ……ハーハッハハハ! いいぞ、実に俺好みの答えだ……いいだろう! しばしそのカード借り受けるとしよう!!」

 

 条件を気に入り高笑いと共に承諾した海馬瀬人は3枚の《青眼の白龍》を手に、高笑いを続けながら去っていった――嵐のような男である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてあくる日、海馬瀬人は武藤遊戯の祖父――武藤双六に《青眼の白龍》を賭けて勝負を挑む。

 

 そのデュエルにて双六は切り札の《青眼の白龍》を召喚し勝負を賭けるも海馬瀬人の3体の《青眼の白龍》の前に敗れ去り、海馬瀬人は双六の《青眼の白龍》を手に入れるのであった。

 

 

 そんな海馬瀬人を見つつ《青眼の白龍》が破られるのを阻止しに来た神崎であったが、そんな彼の下に1枚のカードが飛来、壁に突き刺さる――あと少し横にずれていれば脳天直撃コースであった。

 

 飛来したカードに内心驚く神崎に海馬瀬人は語る。

 

「その1枚は貴様に返しておいてやろう……デュエルをしない貴様ならそのカードを使うこともあるまい」

 

 海馬瀬人はそう言いながら双六から手に入れた《青眼の白龍》を大事そうにデッキの中に加える。

 

 いまいち言動の内容が分からなかった神崎であったが、要は

 

《青眼の白龍》を破りたくはないが、

 

《青眼の白龍》を他のデュエリストが使うのは我慢がならない。

 

《青眼の白龍》を敵として倒したくない。

 

 ゆえに自身の身近にいる「デュエルしない人間」に《青眼の白龍》を他のデュエリストに使わせぬように管理させる。

 

 

 と、こういうことなのだろうと納得した。

 

 

 

 そう納得した神崎だが「爺ちゃん!」という声を聴き意識を引き戻す。

 

「ゆ、遊戯……ごめんよ……儂はあの少年にカードの心を教えようとして……じゃが儂は――」

 

 激しいデュエルゆえに弱り切った双六の言葉に武藤遊戯は祖父をいたわるように声をかける。ダメージは少なめである。

 

「爺ちゃん、今は自分の心配をして……」

 

「これを……負けはしたが魂のカードじゃ。スマンが後は頼む……」

 

 双六は自身のデッキを遊戯に託しぐったりと横たわる。意識を失ったようだ。

 

「爺ちゃん! しっかりして!」

 

「安心してください。気を失っているだけです。後は我々に任せて――」

 

 そんな遊戯に神崎は友好関係を築くため声をかけるも、遊戯の友である城之内克也が待ったをかける。

 

「誰だテメェ――海馬の野郎の関係者か? そんな奴に遊戯の爺さんは任せられねぇ!!」

 

「私は医療関連のスタッフのようなものです。見たところご高齢な方の様ですし万が一のことも考えて……」

 

 

 限りなく真実から遠い事実を伝え、敵意がないことをアピールする神崎――そういったところが海馬瀬人からの信用を遠ざけているのだが……

 

 

「やめなさいよ城之内! 今は遊戯のお爺さんのことが第一でしょ! 遊戯のお爺さんのことは私に任せて」

 

「そうだぜ、城之内! まずはちゃんと医者に診て貰わねぇと!」

 

 今は言い争っている時ではないと遊戯の友である真崎 杏子と本田 ヒロトの言葉は城之内を説き伏せる。

 

 そして双六を神崎の案内の下、医療ルームへと送り届けるため、城之内、杏子、本田の3名は慌ただしくこの場から去っていった。

 

 

 そうして医療ルームに運ばれる双六を見送る遊戯。

 

 その後、遊戯はその姿をもう一人の遊戯へと変え双六のデッキと遊戯自身のデッキと合わせ枚数を調整し、海馬 瀬人を睨みつけ言い放つ。

 

「海馬、次は俺が相手だ!!」

 

 祖父の無念を晴らす為、魂のカードたちと共に遊戯は挑む。

 

 






原作でブルーアイズ確保のために海馬に自殺に追い混まれた3人は今作では元気でやっています。

DEATH-Tなんてなかったんや……

爺ちゃんは軽傷

次回! やっとこさ再現デュエルだぜ!


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第10話 爺さんを巡る戦い

初、再現デュエル! うまく再現出来ているだろうか……
この頃はノーガードの殴り合いやったしなぁ

まだカードパワーは大して上がっていません

ちなみに再現デュエルでの
モンスターに関しては
基本的に原作で使用されたカードに制限。一部例外もある。

魔法・罠に関しては
デュエリストのイメージとかけ離れたものは極力使わないようにしています

前回のあらすじ
海馬社長
キサラ(の青眼の白龍)を捨て、爺さん(の青眼の白龍)を愛でる。




 

 

「「デュエル!!」」

 

 海馬と遊戯の声が同時に木霊する。

 

「俺の先行! ドロー! 俺は永続魔法《強欲なカケラ》を発動! さらに《サイクロプス》を召喚しターンエンドだ。さあ来い! 遊戯!!」

 

 リベンジに燃える海馬に呼応するかのごとく一つ目の緑の巨人が闘志を剥き出しに遊戯を見据える。

 

《サイクロプス》

星4 地属性 獣戦士族

攻1200 守1000

 

「モンスターが実体化した!」

 

 遊戯の驚きに満ちたその姿を見て、海馬は得意げに言い放つ

 

「フハハッ! これが我が社の英知をかけて生み出した――バーチャルシミュレーションシステムだ!」

 

 

「これに爺ちゃんは……クッ! 俺のターン! ドロー! 俺は手札から《砦を守る翼竜》を召喚! バトル!《砦を守る翼竜》で《サイクロプス》を攻撃! 火球の飛礫(かきゅうのつぶて)!」

 

《砦を守る翼竜》

星4 風属性 ドラゴン族

攻1400 守1200

 

 水色の小型の竜が空高く飛び上がり、複数の火の玉を《サイクロプス》に向かい放ち《サイクロプス》はその炎に焼かれ消えていった。

 

海馬LP:4000 → 3800

 

「ふぅん、この程度ダメージの内にも入らんわ」

 

「さらに手札から永続魔法《凡骨の意地》を発動し、さらにカードを1枚セットしてターンエンドだ」

 

 

「遊戯! そんな雑魚モンスターでこの俺を止められるとでも思っているのか! 俺のターン! ドロー! この瞬間、《強欲なカケラ》に強欲カウンターを置く」

 

 海馬のフィールド上に壺の欠片が現れ組み合わさる。その壺は半分ほど欠けている。

 

強欲カウンター:0 → 1

 

「いったい何が……」

 

「--直にわかることだ。そして手札から《ミノタウロス》を召喚! 攻撃だ!」

 

《ミノタウルス》

星4 地属性 獣戦士族

攻1700 守1000

 

 赤い鎧を身に着けた牛の獣戦士が斧を全身のバネを使い振り投げ《砦を守る翼竜》を狙う。

 

 《砦を守る翼竜》はすんでのところで回避するもブーメランのように戻ってきた斧により後ろから真っ二つにされた。

 

遊戯LP:4000 → 3700

 

「ぐっ! だがこの瞬間ッ! (トラップ)カード発動《奇跡の残照》! この効果によりこのターン戦闘によって破壊され、自分の墓地へ送られたモンスター1体を墓地から特殊召喚する! 甦れ! 《砦を守る翼竜》!」

 

 空から光が降り注ぎその光のもとから《砦を守る翼竜》が、フィールドに舞い戻る。

 

「ふぅん、雑魚が何度戻ってこようと同じことだ……ターンエンド」

 

 

 自信を持ってターンエンドする海馬に対し遊戯は自身の手札を見るも――いま遊戯の手札に海馬の《ミノタウルス》に対抗できるカードはない。

 

 遊戯の旗色は悪かった。

 

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 そんな中引いたカードを見て自身の親友に似たカードを発動する。

 

「俺はこの瞬間! 前のターンに発動した永続魔法《凡骨の意地》の効果を発動! ドローフェイズにドローしたカードが通常モンスターだった場合、そのカードを相手に見せる事でもう1枚ドローできる――俺が引いたのは《サイガー》通常モンスターだ! もう1枚ドロー! 《封印されし者の右腕》通常モンスター! 再びドロー!」

 

 次々とドローしていた遊戯の手が止まる。通常モンスターではなかったようだ。

 

「俺は《サイガー》を召喚!」

 

 緑色のトリケラトプスの頭に手足を生やしたモンスターが現れる――だが獣族だ。

 

《サイガー》

星3 地属性 獣族

攻1200 守 600

 

 その能力を見て海馬は嘲笑する。

 

「そんな雑魚モンスターを並べて身を守るだけか……」

 

「それはどうかな? 俺は魔法(マジック)カード《ユニオン・アタック》 を《サイガー》を対象に発動! これにより《砦を守る翼竜》の攻撃力分、《サイガー》の攻撃力がアップする!」

 

《サイガー》

攻1200 → 攻2600

 

「行け! 《サイガー》! 《砦を守る翼竜》! 2体のモンスターで《ミノタウルス》を攻撃!! ファイアーギガ!!」

 

 《砦を守る翼竜》の吐く炎が《サイガー》の角に灯り《ミノタウルス》を襲う。

 

 突進する《サイガー》に斧を振り下ろすも、その炎の角は斧を溶かし《ミノタウルス》の体に大穴を開けた。

 

「だが安心しな海馬! 《ユニオン・アタック》を発動したターンは他のモンスターは攻撃できずダメージも受けないぜ!」

 

「ふぅん、それだけか!」

 

「俺はこれでターンエンドだ。そして《サイガー》の攻撃力が元に戻るぜ!」

 

《サイガー》

攻2600 → 攻1200

 

 

「なら俺のターンだ! ドロー! この瞬間! 《強欲なカケラ》に2つめの強欲カウンターが置かれる!」

 

強欲カウンター:1 → 2

 

 さらに欠片が追加され、壺の姿が完全にあらわになる。その姿は《強欲な壺》、カードを2枚ドローできるパワーカードであった。

 

「そして効果発動! 強欲カウンターが2つ以上乗ったこのカードを墓地に送りデッキより2枚のカードをドローする!!」

 

「《強欲な壺》と同じ効果だと!」

 

 タイムラグがあるとはいえ禁止カードである《強欲な壺》と同じ強力な効果に驚きを見せる遊戯。

 

「さらに俺は魔法カード《黙する死者》を発動し墓地から通常モンスター1体を守備表示で復活させる! 甦れ! 《ミノタウルス》! だがこの効果で甦ったモンスターはいかなる場合も攻撃は出来ないがな」

 

 巨大な手が地面にめり込み墓地の《ミノタウロス》を引きずり出す。

だが《ミノタウルス》の手に斧の姿はなく、両腕を交差し防御姿勢を取る。

 

《ミノタウルス》

星4 地属性 獣戦士族

攻1700 守1000

 

「フハハハッ――遊戯! このターン《ミノタウルス》の攻撃は出来ない。だがこのカードによりその前提は覆る……魔法カード《融合》!! フィールドの《ミノタウルス》と手札の《ケンタウロス》を融合!!」

 

 フィールドに不可思議な渦が現れ2枚のカードが吸い込まれていく。

 

「融合召喚! 現れろ!! 草原を駆ける英知溢れた獣戦士! 《ミノケンタウロス》!!」

 

 《ミノタウルス》の肉体と馬の脚を併せ持った獣戦士が蹄を鳴らしフィールドに駆け付け馬の前足を挙げ立ち上がる。その姿は己を倒したものへの怒りが溢れている。

 

《ミノケンタウロス》

星6 地属性 獣戦士族

攻2000 守1700

 

「行け! バトルだ!! 《サイガー》を攻撃! バトル・アックス・スワイプ!!」

 

 馬の脚を生かし、猛スピードで走り抜けその速さと剛腕による斧の一撃で《サイガー》を両断する。

 

 すぐ横を通る先ほど自身を襲った強刃に《砦を守る翼竜》は「次は俺じゃねえか!」と言いたげに震えているように思えた。

 

遊戯LP:3700 → 2900

 

「ぐっ!?」

 

「どうだ遊戯……これがカードの心とやらでは太刀打ちできない本物のパワーだ!! ターンエンド!」

 

 カードの心を否定する海馬に遊戯は力強く反論する。

 

「そいつは違うぜ海馬! カードを信じ、心を通わせればカードは応えてくれる! それを今から証明してやるぜ!!」

 

 

 その思いを胸に遊戯はドローする。祖父の無念に報いるために

 

「俺のターン、ドロー! 俺は《凡骨の意地》の効果を発動! 今引いたのは《暗黒騎士ガイア》通常モンスターだ! もう1枚ドロー! 《封印されし者の右足》通常モンスター! 再びドロー!」

 

 相も変わらずすさまじいドロー力である――そのドロー力は全国のデュエリストが歯噛みする程であろう。

 

「手札から速攻魔法《クリボーを呼ぶ笛》を発動! デッキから《クリボー》を特殊召喚する!」

 

 笛が独りでに鳴り出すとそれに誘われ黒い毛玉の悪魔がフワフワと飛んでくる。

 

《クリボー》

星1 闇属性 悪魔族

攻300 守200

 

「そして《砦を守る翼竜》と《クリボー》をリリースしアドバンス召喚! 疾風と共に敵を貫け《暗黒騎士ガイア》!!」

 

 馬の嘶きと共にその2本の突撃槍持つ騎士がフィールドに降り立つ。

 

《暗黒騎士ガイア》

星7 地属性 戦士族

攻2300 守2100

 

「行け!! 《暗黒騎士ガイア》! 螺旋槍殺(スパイラル・シェイバー)!!」

 

 螺旋を描く2本の突撃槍が迫るも《ミノケンタウロス》は斧をもって突撃槍を弾き、《暗黒騎士ガイア》に自身の剛腕を叩きつけようとする。しかし、もう一方の突撃槍で体を貫かれ体に大穴を開けた。その姿は「またかよ……」と言いたげであった。

 

海馬LP:3800 → 3500

 

「ふぅん、《ミノケンタウロス》をも倒すか……それでこそだ!!」

 

 エース格ともいえるモンスターが破壊されたというのに海馬の余裕は崩れない。

 

「俺はこれでターンエンドだ。どうだ! これがカードの心の力だ!」

 

 そんな遊戯の言葉も海馬には届かない。

 

「ほざいていろ! 俺のターン、ドロー!」

 

 引いたカードを見て海馬は目を見開く――ついに来たか! と。

 

「フフフフフ、ハーハッハッハッー! そんなカードの心などこのカードで粉砕してくれるわ! 俺は魔法カード《古のルール》を発動! それにより手札からレベル5以上の通常モンスター1体を特殊召喚する!!」

 

「来るのかっ!」

 

「――呼び出すのは当然《青眼の白龍》!!」

 

 伝説のドラゴンが咆哮と共にその翼を広げ姿を現す。その身は白く輝き、青き瞳は相手に畏怖を与えていた。

 

《青眼の白龍》

星8 光属性 ドラゴン族

攻3000 守2500

 

「行け! ブルーアイズ!! 敵を粉砕しろ! 滅びのバーストストリイイイム!!」

 

 その無慈悲な龍のブレスの一撃は《暗黒騎士ガイア》を飲み込み、周囲諸共消し飛ばしていく。

 

遊戯LP:2900 → 2200

 

「ぐぁああぁっ!!」

 

「フフフ……俺はカードを1枚伏せてターンエンド。どうだ遊戯! ブルーアイズの一撃は!」

 

「爺ちゃんのカードを……!」

 

「違うな! 俺のブルーアイズだ!!」

 

 

「くっ! 俺のターン、ドロー! 《凡骨の意地》の効果を発動。今引いたのは《ブラック・マジシャン》通常モンスターだ! もう1枚ドロー!」

 

「ふぅん――逆転のカードは引けたか?」

 

「もちろんだぜ! 俺は手札から魔法カード《黒魔術のヴェール》を発動! ライフを1000払い、自分の手札・墓地から魔法使い族・闇属性モンスター1体を特殊召喚する! 現れろ! 我が切り札にして最強の僕! 《ブラック・マジシャン》!!」

 

遊戯LP:2200 → 1200

 

 主の(LP)を削り敷かれた魔法陣より黒い衣を身に纏った最上級魔術師がその姿を現す。

 

《ブラック・マジシャン》

星7 闇属性 魔法使い族

攻2500 守2100

 

「さらに手札から魔法カード《千本(サウザンド)ナイフ》を発動! 自分フィールドに《ブラック・マジシャン》がいる時、相手モンスター1体を破壊する!! 破壊するのは《青眼の白龍》!!」

 

 《ブラック・マジシャン》は宙に浮かべた千本のナイフを《青眼の白龍》めがけて射出させる。

 

 そのナイフを《青眼の白龍》は空高く飛翔してかわすも魔術師の操る千の包囲網から抜け出せず、最後はその身を地に落とした。

 

「クッ! ブルーアイズが……おのれ遊戯!」

 

「《ブラック・マジシャン》で海馬にダイレクトアタックだ! 黒・魔・導(ブラック・マジック)!」

 

「そうはさせん! 永続罠カード《蘇りし魂》! 自分の墓地の通常モンスター1体を守備表示で特殊召喚する! 再びその姿を見せよ! 《青眼の白龍》!!」

 

 《ブラック・マジシャン》の攻撃から海馬を守るように《青眼の白龍》が再び舞い戻る。

 

《青眼の白龍》

星8 光属性 ドラゴン族

攻3000 守2500

 

「《ブラック・マジシャン》の攻撃は中止だ……カードを1枚伏せてターンエンド……」

 

 攻めきれない遊戯の歯がゆさを余所に海馬の勢いは留まることを知らない。

 

 

「俺のターン、ドロー! ブルーアイズを破壊された恨みはブルーアイズで晴らす! 手札から魔法カード《竜の霊廟》を発動!」

 

 フィールドに龍の咆哮が木霊する。

 

「デッキからドラゴン族モンスター1体を墓地へ送り、さらにそのモンスターがドラゴン族の通常モンスターだった場合、もう1体のドラゴン族モンスターを墓地へ送る事ができる。よって《青眼の白龍》を2枚墓地へ!」

 

「《青眼の白龍》を墓地へ? ……まさか!」

 

 遊戯は海馬の行動に疑問が浮かぶも先のターンの攻防から答えにたどり着く。

 

「――そのまさかだ。魔法カード《死者蘇生》墓地のモンスター1体を自分フィールドに特殊召喚する。現れろ2体目の《青眼の白龍》!!」

 

 フィールドに揃う2体目の伝説の龍。その圧倒的な力は最上級魔術師に襲い掛かる。

 

《青眼の白龍》2体目

星8 光属性 ドラゴン族

攻3000 守2500

 

「守備表示の《青眼の白龍》を攻撃表示にし……バトルだっ! 1体目のブルーアイズで《ブラック・マジシャン》を攻撃! 滅びのバーストストリイイイム!!」

 

 そのブレスの衝撃よりフィールドは粉塵により視界を遮る。

 

 

 そしてその粉塵が晴れた先には破壊された《ブラック・マジシャン》――ではなく、『?』のマークの付いた3つの黒いシルクハットが並んでいた。

 

「なんだあれは……」

 

「海馬! お前のブルーアイズの攻撃宣言時にこのカードを発動させてもらったぜ!! 罠カード《マジカルシルクハット》をな!!」

 

「なんだとっ!!」

 

「その効果によりデッキから魔法・罠カード2枚を選び、自分フィールドのモンスター1体と合わせてシャッフルして裏側守備表示でセットしたのさ!! バトルフェイズ終了時にシルクハットは破壊されるが……どうする? 海馬」

 

「ならば左のシルクハットに攻撃! 滅びのバーストストリイイイム!!」

 

「なにっ!!」

 

 シルクハットごと中に潜む《ブラック・マジシャン》が破壊されその身を散らす――せっかく隠れたのに……

 

「この俺にそんな小細工は通用せん!!」

 

「だがこのターン俺にブルーアイズの攻撃は届かないぜ!!」

 

 遊戯の言う通り《ブラック・マジシャン》は破壊出来てもシルクハットはまだ2つ残っている。それゆえに海馬の攻撃はこのターン遊戯には届かない。

 

「フン、往生際の悪いことだ! ターンエンド!」

 

 バトルの終了と共に砕け散る遊戯のフィールドのシルクハット。

 

 そしてフィールドが空になってしまったため残された手札を見て遊戯は思う。

 

 

 自身の手札は「封印されし」と書かれた3枚の意味不明のカード――これでどうやって戦えばいいんだ? と。

 

 その時、祖父双六が昔言っていたことを思い出す。

 

「いいか、この世に意味のないものなどないんじゃ……お前が苦労して組み立てた千年パズルのように、そうこのパズルのピースのようにカードにも……」

 

 その言葉でもう一つ思い出す『エクゾディア』の存在を――このデッキの中に眠っているのかもしれない。そう遊戯は考え付いた。

 

 祖父、双六も言っていた。

 

「デュエルモンスターズにはたった一体だけ、5枚のカードがそろって初めて召喚できる

無敵のモンスターがいるんじゃ。じゃがのう、いまだかつてそれを揃えた者はおらんのじゃよ」と

 

 それら5枚のカードの存在、そのうちの3枚は遊戯の手札にある――あと2枚。

 

 

 思考に没頭する遊戯に海馬は苛立ち交じりに声を上げる。

 

「お前のターンだ! 早くカードを引け!!」

 

「くっ! 俺のターン、ドロー! 《凡骨の意地》の効果発動。よし! 今引いたのは《封印されし者の左腕》通常モンスターだ! もう1枚ドロー!」

 

 4枚目のエクゾディアパーツがそろうも次に引いたカードはエクゾディアとは無関係のカード。遊戯の顔に焦りが浮かぶ。

 

「……カードを1枚伏せてターンエンド」

 

「ふぅん、ついに万策尽きたようだな……俺のターン、ドロー。何を伏せたのかは知らんがその頼みの綱もこのカードで終わりだ!! 魔法発動《ツインツイスター》! この効果により手札を1枚捨て《凡骨の意地》とそのセットカードを破壊!」

 

「そうはさせないぜ!! その効果にチェーンし、罠カード《和睦の使者》! このターン俺はバトルダメージを受けないぜ!!」

 

「クッ! だがその凡骨には消えてもらう……」

 

 今まで遊戯を支えていたドローソースが破壊される。城之内もとい《凡骨の意地》に描かれた青年は拳を遊戯に突き付け激励しながら消えていった。

 

「このターンはしのいだか……ならば俺は墓地の《置換融合》の効果を発動!!」

 

「いつの間に! ッ!? 《ツインツイスター》の発動コストの時か!」

 

「そのとおり!! その効果により墓地の融合モンスターである《ミノケンタウロス》をエクストラデッキに戻し、1枚ドロー!!」

 

 引いたカードを見つめ逡巡するも発動する。

 

「もう必要ないだろうが……せめてもの手向けだ――魔法カード《復活の福音》を発動。自分の墓地のレベル7・8のドラゴン族モンスター1体を特殊召喚する。フハハハ――現れろ! 3体目の《青眼の白龍》!!」

 

 遂にフィールド上に3体の《青眼の白龍》が揃う。その姿は圧巻の一言。

 

《青眼の白龍》3体目

星8 光属性 ドラゴン族

攻3000 守2500

 

「俺はこれでターンエンドだ!!」

 

 

 防御カードも使い切り追い詰められた遊戯に海馬は勝利を確信しながら語る。

 

「さぁ遊戯! 最後のカードを引け! 次のターン3体のブルーアイズがお前に総攻撃をかける! 逆転などない――潔くサレンダーでもしたらどうだ?」

 

 

 その言葉に対し遊戯はドローするためにデッキトップに手をかけようとするもその手は動かない。

 

 幻の召喚神エクゾディアを揃えるには、このラストターンで残された1枚を引き当てる必要がある。だがその確率はあまりにも低すぎた。

 

 カードが遠ざかっていくように感じる遊戯、だが実際にカードが遠ざかるわけではなく遊戯の心がカードを引くことに怯えているためであった。

 

 そんな遊戯に自身の手に書かれたマジックペンの跡が目に入る。

 

 それはデュエル前に仲間たちがそれぞれの手を片手ずつ合わせて「輪」を描いたもの――「俺たちはこの輪でつながっている」、遊戯はそんな仲間たちの声を聞いた気がした。

 

 

 遊戯の目から恐れが消える。

 

「ドロー……」

 

「フン! ついに開き直って絶望に手を伸ばしたか」

 

「それは違うな。俺は希望を手にしたんだ!」

 

 引いたカードはエクゾディアパーツではなく、友からもらったカードだった。

 

「俺は引いたのは《ピースの輪》!相手フィールドにモンスターが3体以上存在し、自分フィールドにカードが存在しない時! 自分ドローフェイズに通常のドローをしたこのカードを公開し続ける事で、そのターンのメインフェイズ1に発動できる。自分はデッキからカードを1枚選び、お互いに確認して手札に加える」

 

 

 祖父――双六の思いが詰まったカードを手札に加える。

 

「俺が選ぶのは《封印されしエクゾディア》!!」

 

 遊戯は「封印されし」カードを5枚並べる。

 

「今、5枚のカードがすべてそろった!! 我が怒りをその身に宿し降臨せよ! 『エクゾディア』!!」

 

 《封印されし者の右足》と《封印されし者の左足》が大地を踏みしめ、

 

 《封印されし者の右腕》と《封印されし者の左腕》が力任せに己を縛っていた鎖を引きちぎる。

 

 そして《封印されしエクゾディア》がその姿を現した。

 

 それは《青眼の白龍》ですら小さく見える巨大な存在であった。

 

「バカな! エクゾディアだと!?」

 

 驚く海馬をよそにエクゾディアは動き出す。

 

「俺の勝ちだ! 海馬!! 怒りの業火!! エクゾード・フレイム!!」

 

 両の手にあらゆる存在を消滅させる業炎が3体の《青眼の白龍》を襲う。いかに《青眼の白龍》といえど抗えぬ存在であった。

 

「ぐぁああぁっ!!」

 

海馬LP:3500 → 0

 

 

 決まり手は手札に『エクゾディア』を揃えることでの特殊勝利、これにより勝負は終わりを迎えたのであった。

 

 

 

 敗北した海馬に遊戯が近づき語る。

 

「カードと心を一つにすれば奇跡は起こるんだ!」

 

 遊戯の持つ千年パズルが光を放ちその力を発揮する。

 

「海馬、お前の心の悪を砕く! マインドクラッシュ! これでお前の心の中の悪は砕け散ったぜ!」

 

 心を砕かれ呆然とする海馬をよそに遊戯は仲間たちのもとへ帰って行った。

 

 

 






海馬が《凡骨の意地》を破壊しなければ
「最強のデュエリストはドローカードさえ自らが導く!!」の法則により
遊戯は普通に《封印されしエクゾディア》を引く

こんなんチートや!!


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第11話 あ、あなたはっ!

前回のあらすじ
やめて! 3体の青眼の白龍の攻撃で、遊戯を焼き払われたら、遊戯のライフは燃え尽きちゃう!

お願い、死なないで遊戯! あなたが今ここで倒れたら、お爺さんとの約束はどうなっちゃうの? ライフはまだ残ってる。ここを耐えれば、海馬に勝てるんだから!

前回「海馬死す」 デュエルエンド!

遊戯のお爺さん「儂のために争うのはよすんじゃ!」



 

「しっかりしてよ! 兄サマ!!」

 

 そう悲痛に叫ぶ海馬瀬人の弟、モクバの声にストレッチャーに乗せられた海馬は何の反応も示さない。

 

 

 最先端の現代科学によって海馬の状態を見るも、糸の切れた人形のような状態であったが健康体そのものである。

 

 そして神崎が集めた「オカルト」によるアプローチも最高峰の闇のアイテム――「千年パズル」のマインドクラッシュにより砕けた心を治療するすべはなかった。

 

 一生このままの可能性もある――そう告げられたモクバの心情は筆舌しがたいものであろう。

 

 

 

 

 

 病室で動かなくなった海馬の手を握るモクバは不安を隠せず神崎に問う。

 

「兄サマは大丈夫だよな!? このまま死んじゃったりしないよな!」

 

 その姿に海馬の側近、磯野は涙を禁じ得ない。

 

「なぁ! 神崎! 大丈夫だよな!!」

 

 そう縋りつくようにKCの医療機関のトップであり誰よりも早く実の兄である海馬に忠誠を誓った神崎に問いかける――そこに海馬のような疑いの視線はない。

 

「もちろんですモクバ様。社長はお強い方です――すぐにでもモクバ様に元気な姿をお見せになることでしょう……それに社長がモクバ様を置いてどこかに行かれるなど私には想像もできません」

 

 最後にそう付け加えるも神崎の心は罪悪感で一杯だった。

 

 「原作」では流されていたことだが実の兄がこんな状態になれば唯一の肉親であるその弟の心境を思うと、海馬を極力安全な状態にする実情があれど神崎の胃はキリキリと痛む。

 

「そう……だよな……じゃあ兄サマがいつ戻ってきてもいいようにKCを守っていかなくちゃならねえぜ!!」

 

 モクバはそう言い残し社長室へと駆けて行った――どう見ても空元気である。

 

 

 神崎の胃はさらに痛んだ。

 

 

 

 

 

 

 様々な機械が所狭しと並ぶ中でツバインシュタイン博士が神崎に今回の正確な診察結果を報告する。

 

「打てるだけの手は全て打ちました。少しずつではありますが海馬社長の容体は回復傾向に向かっていると思われます。しかし、すさまじいまでの精神力ですな……」

 

「ええ、本当にそう思います」

 

「ですがよかったのですか? 海馬社長が回復傾向であることをモクバ様にお伝えしなくても?」

 

 兄である海馬の容体を気にしていたモクバに一応回復傾向にあることを伝えなかった神崎の行動に疑問を持つツバインシュタイン博士。

 

「ですがその『回復傾向にある』状態も、あくまで『思われる』程度の確証しかありません。確実性の無い情報でモクバ様をぬか喜びさせるようなマネはできませんから……」

 

「それを言われると耳が痛いですな……『精神の治療技術』を仕上げることができなかった我々の不手際です。それに今回の武藤遊戯氏が発生させたものは今まで我々が研究してきたものとは比べ物になりません」

 

 落ち込みを見せるツバインシュタイン博士の言葉に励ますように神崎は願うように言う。

 

「ですがこれである種の指針ができました。必要なものは準備しますので――期待していますよ」

 

「お任せください! それにしてもすばらしいですな!! これほどの出力を前準備なしで放出するとは!! 彼は一体何者なのです!! いやそれよりもあの逆四角錐のアイテム! ぜひ! データを取らせていただきたい!!」

 

 オカルト研究のさらなる深淵を垣間見たツバインシュタイン博士は興奮を抑えきれぬように大きな声でまくしたてる。

 

「落ち着いて下さい。ツバインシュタイン博士。それは出来ないと最初に申し上げた筈です」

 

 テンションが彼方へと振り切れている老人――ツバインシュタイン博士を神崎は何とか抑えようとするも、その程度では止まれないと言わんばかりに神崎に詰め寄る。

 

「しかしあの――千年パズル……でしたか? あれが海馬社長へと行使した力の波動はすさまじいものです!! あれを調査できれば研究は飛躍的……いや! 爆発的に進歩します!!」

 

「リスクが大きすぎます」

 

 海馬瀬人と武藤遊戯との対戦での逆転劇を見て、さらに武藤遊戯と敵対したくない思いが強くなった神崎にとってツバインシュタイン博士の提案は絶対に呑むことが出来ないものである。ゆえに危険性を伝えるも――

 

「多少のリスクがなんです!! それを抑える研究もある程度成果が出ています!! ですから……」

 

 聞く耳は持たれなかった――マッドサイエンティストの鑑である。

 

 ゆえに神崎は切り口を変えた。

 

 

「ツバインシュタイン博士。貴方は彼に勝てますか?」

 

「? 何故そんな話になるのですか? ただあのアイテムを借り受けたいだけで――」

 

「彼、武藤遊戯は千年パズルを手放すことはありません。借り受けるにしてもその用途を明かせば断られることでしょう。彼にとって千年パズルは自身の命に匹敵するほどのものでしょうから」

 

「ゆえに千年パズルを彼から勝ち取る必要があると」

 

「ええ、そうです。ゆえにそれを踏まえた上で海馬瀬人と武藤遊戯の戦いを見た貴方に今一度お聞きします――彼に勝てますか?」

 

「そ、それは……」

 

 ――無理だ。

 

 ツバインシュタイン博士の頭脳が結論を下す。

 

 神崎が雇っているデュエリストも雇い主本人が武藤遊戯との敵対を考えない以上借り受けることもできず、無理に奪おうとすれば闇のアイテムが牙をむく――諦めるほかない。

 

「ですが、データ取集の機会でしたらこの後幾らかあります。それでどうかご容赦を」

 

 そんなツバインシュタイン博士の思惑を見透かしたかのように放たれる神崎の言葉にツバインシュタイン博士は思う――やはり最高の研究環境だと。

 

 潤沢な資金に加え、こちらの無理難題にも可能な限り応えようとする雇用主の姿勢は一研究者としてとてもありがたいものであった。

 

 

 立場が逆の気がするがきっとそれは気のせいに違いない。気のせいだよ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 研究者の狂気を垣間見た神崎は今現在自室でくつろいでいた。久々に時間に余裕ができたためである――社畜の一時の憩いである。

 

 

 そんな安らぎも当然のことながら長くは続かなかった。

 

 

 外の慌ただしい喧騒と共に神崎の自室の扉が乱暴に開かれ、小さな客人――モクバが転がり込んできた。

 

「大変なんだ! 神崎ッ!! 助けてくれ!!」

 

 そんな突然の状況に付いて行けていない神崎はモクバの目線に合うようにしゃがみ、営業スマイルで口癖になりつつある言葉を放つ。

 

「落ち着いて下さい。何があったのですか?」

 

「……うん。BIG5の奴らが兄サマの動けないうちにKCを乗っ取ろうとしてるんだ! お前はオレ達の味方だよ……な?」

 

 そんな不安げなモクバの様子を見て神崎は思う。周りが全て敵だと思えるような状況で真っ先に頼りに来たことに――これほど信頼されていると神崎は思ってもいなかった。

 

「もちろんですよ」

 

「神崎……」

 

 その信頼を嬉しく思いながら返した言葉に安堵しているモクバをよそに、外の喧騒が大きくなり、新たな客人――団体さんが押し入る。

 

「お待ちください。今はお通しすることは……」

 

「邪魔だ! ギース!! さっさと神崎を出せ!!」

 

「そうだ! 海馬瀬人がいないこの機を逃すわけにはいかんのだ!!」

 

「今一度KCをあるべき姿に戻す時が来たのだ!!」

 

 

 その5人組BIG5はギースを押しのけ神崎の後ろに隠れたモクバを視界に入れほくそ笑む。

 

 

「神崎、今すぐモクバ様を渡してもらおう――なに手荒なことはしない。我々はモクバ様の持つマスターキーさえ手に入ればいいのだから」

 

「BIG5の皆様方そういったお話でしたらこちらで」

 

 神崎はモクバの前でするべき話ではないと判断し、BIG5を会議室へと誘導、不安げに神崎を見つめるモクバを安心させるための言葉を考える。

 

 

「ご安心下さいモクバ様。私はアナタ方御兄弟を裏切るようなことはいたしません――ギース、モクバ様のことを頼みましたよ」

 

 力強くうなずくギースを背に神崎はBIG5の説得へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 会議室ではBIG5の面々がKCを再び手中に収めるために話し合っていた――とらぬ狸の皮算用とはこのことである。

 

 そして神崎の入室を確認すると社長の元側近である大門小五郎が自身の髭を触りながら話し始める。

 

「上手く手懐けたものだな神崎――あれならすぐにでもマスターキーの場所を吐かせられそうだ」

 

「そんなことは致しませんよ大門殿。しかしBIG5の皆様は何故こんなことを? 海馬社長のもとで力を振るうと約束したはず……。私は皆様との約束を守りそれぞれの希望を叶えた筈ですが……?」

 

「それはそうなのだが……」

 

 しどろもどろになりながらも自身の工場を海馬に爆破されそうになっていたところを神崎の手によってデュエルリング工場へと生まれ変わらせ、軍事工場長からデュエルリング工場長となった――大田宗一郎は言葉を濁す。

 

 

「ああ、海馬ランド内にペンギンアトラクションを増設してくれたことには感謝している。だが――」

 

 人事を取り仕切っていたペンギン大好き大瀧 修三も感謝を示すも、それは別の話だと続け、顧問弁護士――大岡 筑前が話を引き継ぎ、自分達の野望を語る。

 

「君の働き掛けには感謝している。だが海馬瀬人が倒れた今、昔のように我々が上に立とうじゃないか――そのために剛三郎氏を匿っているのだろう?」

 

「そう! 今こそ海馬ランドをペンギンランドにする!!」

 

 ペンギン大好きおじさん、大瀧 修三も便乗する。

 

そして「妖怪」とも呼ばれた企業買収のスペシャリスト大下 幸之助が締めくくる。

 

「さあ剛三郎社長を呼び戻し、今一度KCをあるべき姿に!!」

 

 

 神崎はBIG5の話を聞き、なぜ彼らが今回、反旗を翻すに至ったのかは神崎自身に原因があることに気づく。

 

 つまりBIG5は彼らの旗印――海馬剛三郎が生きている上、それを保護する人間、神崎が「オカルト」に並々ならぬ興味を示していることも相まって今回の海馬瀬人の昏睡を神崎の策によるものと考え、彼らはその策に力を貸しに来たのである。

 

 

 全て神崎が撒きに撒きまくった種であった。

 

 

 ゆえに神崎はその事実を全力で有耶無耶にすることにした。

 

 

 次はどうする。次はなにをやればいい。そんなBIG5の期待に満ちた目を神崎は裏切る――と言うより誤魔化す。

 

「さあ! 今すぐ我らの力で――」

 

「結論から申し上げるに私は現社長、海馬瀬人と事を構える気はありません」

 

「なぜだ! 今この機を逃すわけには――」

 

「彼なら直に目を覚まします。この程度で終わる男ではありません。さらに仮に、KCから海馬瀬人を締め出すことが出来たとします。ですが彼は必ず戻ってくるでしょう。そうなれば締め出しに関与した人間がどうなるか――わかるでしょう?」

 

 海馬瀬人は決して折れない人間である。そんな彼の恨みを神崎は望んで買いたくはなかった。

 

「ならば後顧の憂いを断つ意味も込めて彼には消えてもらいましょう」

 

 大岡 筑前が危険な考えを口にする。彼の弁護士としての知識を使えばその後の隠蔽など問題ないと言いたげだ。だがそれは悪手であると神崎はいつもの笑顔で警告する。

 

 

「あなたも『ああ』なりたいのですか?」

 

 

 BIG5の面々の頭に疑問が浮かぶ。「ああなる」とは今の海馬瀬人の人形のような状態を指していることは分かったがなぜ自分達がそうなるのかに行きつかない。

 

「武藤遊戯と海馬瀬人は互いにライバル視しています。いわゆる宿命のライバルというやつですね――そんなライバルが不自然に消えたらどうすると思いますか?」

 

「それはもちろん。ッ!!」

 

 BIG5は気付く。自分たちが地獄の片道列車に乗り込みかけていたことを。

 

 

「過ぎた欲は身を滅ぼします。それでも欲しますか?」

 

 

 そう締めくくった神崎にBIG5の面々は先程のやり取りをなかったことにし部屋を後にしていった。

 

 

 

 

 そして最後に部屋を出た神崎が見たものは

 

「神崎? あいつらどうしたんだ? 急に兄サマに忠誠を誓うとか言ってたけど……?」

 

 狐に摘ままれたような顔をしているモクバだった。そんな彼はあの掌返しの真相を尋ねる。

それに対して神崎は曖昧に答えた。

 

「彼らも不安だったのですよ。急な社長の交代劇に加え海馬社長のご容態が優れぬことも相まって、自分たちが新たな支柱となってでもKCを支えねばならない――そう思い詰めるほどに。私はただそんな彼らの不安を取り除いただけです」

 

「そっか。あいつらも兄サマのKCについて考えてくれてたんだな……。神崎、今回は感謝するぜ! ありがとな!!」

 

 そういってモクバは朗らかに笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 研究室の一室、そこのディスプレイに映された少年――海馬乃亜は項垂れている神崎に労わるように声をかける。

 

「珍しいね。君がここまで疲れを見せるなんて。原因は何かな?」

 

「I2社とKCの協力の元で開かれる大規模な大会の準備に忙しくてね……」

 

 

 ペガサスとの会議? は神崎の精神力をガリガリと削るものがある。

 

 

「そうなのか。気を付けてくれよ? 今君に倒れられると僕が困る」

 

 若干の皮肉を込めた乃亜の心配する姿に神崎はつい微笑ましく思う。

 

 少し前までは自身以外を認めない節があった乃亜だが神崎の度重なるコミュニケーション成果なのかかなり丸くなっていた。

 

 

 そんな神崎の微笑ましいものを見る視線に反応した乃亜は仏頂面をしつつ問いかける。

 

「……何が可笑しいんだい」

 

「いえ、なんでもありませんよ。ですがその点については安心してもらってかまいません。後は肉体を目覚めさせるためのエネルギーの確保だけになっております。それの回収も直に始まります。後は私がいなくとも特に問題はないですよ」

 

「ならいいんだ。そうだ――」

 

 乃亜は思い出したかのように神崎に問いかける。

 

「過去にあった豪華客船沈没の救助の件で家族と自身を救ってくれた恩を返すために君の元で働きたいと言っていた青年の申し出を何故断ったんだい? ――デュエルの腕前もかなりのものだったんだろう?」

 

「……あの件ですか。彼は長兄、家業を継ぎ次期当主になるかもしれない人間をコチラ側に引き抜くことなんてできませんよ」

 

「そうなのかい? そんなこと言いながら何か悪巧みをしてるんじゃないかな?」

 

「酷い言われようですね」

 

 神崎は乃亜とそういった他愛もない話をしつつ、削れに削れた精神を回復させていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 病院の一室、神崎はとある少女を説得していた。

 

 その少女の母親には無料同然の値段での治療の約束を取り付けた――実施例がない新たな治療法のためとの理由を匂わせて。

 

 

 精神的に弱気になっていたため、かなりの時間をかけて元気づけていたのだが、手術前の土壇場でその少女が治療を受けるのが怖いと愚図り出した為、こうして神崎は説得に赴いていた。

 

 少女、川井静香はたびたび自身を元気づけてくれた神崎に申し訳なさそうに話し始める。

 

「すみません神崎さん。私、急に怖くなっちゃって、せっかくいろいろ準備してもらったのに……」

 

 神崎は内心を押し殺しつつ、優しく語りかける。

 

「怖いと思うことは悪いことではないですよ。本当に悪いのはそのまま蹲ってしまうことです。少しずつでいいんです――頑張っていきませんか?」

 

「でも私、震えが止まらなくって……」

 

 これは駄目だと神崎は諦める。神崎自身に縋っている彼女の精神状態では神崎の言葉では逆効果であった。ゆえに前もって用意していた情報によって少女を動かすことにした。

 

――少女の大好きな兄の話によって。

 

 

 思考は悪役のそれである。

 

 

「そうですか。ところで話は変わりますが私は近々行われるデュエルの大会の運営に関わっていまして――」

 

「え? そうなんですか?」

 

 脈絡もなく変わった話に少女の頭に疑問符がともる。

 

「ええ、それでその大会の名簿に貴方が話していたお兄さんの名前がありましたよ」

 

「本当ですか!!」

 

 少女、静香はすごい勢いで食いつく――先程までの悲壮感はなんだったのだろう。

 

「お兄さんは君の治療費を稼ぐためにデュエル大会に参加するそうです。そんなお兄さんの雄姿、自分の目で見たくはありませんか?」

 

「でも……」

 

「準備の方は気にしなくてもかまいません。私なら――ご家族の観戦席位なら簡単に用意できます。どうでしょう?」

 

 (兄の雄姿)(手術)であった。鞭の方は飴細工でできていそうではあるが。

 

 

「お兄ちゃんも戦ってるんだ……私――勇気を出してみようと思います」

 

「そうですか。ではこちらでも手配しておきます。一緒にお兄さんを驚かせましょう」

 

「ふふっ、そうですね……」

 

 

 

 

 

 そうして川井静香の手術は無事に終わり、神崎は車に乗り込みKCへと戻る。

 

 そんな神崎に運転手の男は自身の疑問を投げかける。

 

「最先端医療に大規模なデュエル大会への招待――天下のKCの重役様が一介の娘っこにそこまでするのは何でですかねぇ?」

 

「城之内克也、ひいては武藤遊戯のご機嫌取りですよ……」

 

「またまたぁ~。高校生のガキ2人のご機嫌とってなんになるんです?」

 

 神崎の答えに納得のいかない運転手はさらに問い詰めるも、

 

 

「武藤遊戯の――『オカルト』の怖さは君がよく知っているはずでしょう?――牛尾君」

 

 

「ッ!!」

 

 運転手――牛尾(てつ)が誰にも話したことのないことを神崎が認識していることを知り、ある疑問が浮かぶ。

 

「拾ってもらったことには感謝してますけどぉ……俺を拾ったのはやっぱり実験台としてですかい?」

 

「いえ、人助けですよ――困っている人間は放っておけない性分でね」

 

 

 ――嘘吐けっ!!

 

 その言葉を牛尾は何とか飲み込んだ。

 

 

 

 牛尾は思う――おっかねえ人だと。

 

 城之内の妹、川井静香を助けたのは、遊戯たちと万が一対峙することになった時、川井静香は双方の間に立つであろうことを見越してのことだろうと牛尾は考える。

 

 優しい彼女は恩人を無碍に出来ないことが分かっているから――そしてそれは遊戯たちに対するジョーカーとなりえる。

 

 

 明日は我が身だ。と神崎に対する対応を考える牛尾であった。

 

 

 

 当然それは牛尾の深読みであり、実際にはご機嫌取り以上の理由はない。

 

 

 





今のKCはそこそこ居心地がいいBIG5たち

長兄、次期党首……
いったい何フェールなんだ!

牛尾さんは免許をとれる年齢のはず
無理なら「ハワイで親父に習ったのさ」ってことで


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DM編 第3章 決闘者の王国 平和な大会
第12話 陰謀


前回のあらすじ
いろんな人にスポットライトが当たる

そのライト操作……いったいどこで!?
ハワイで親父に習ったのさ!



 

 ペガサス島での大会の最終調整を進める神崎にいつものように来客が押し入る――ギースは何をやっているのだろう…。

 

「神崎ッ!! 兄サマが目を覚ましたって、さっき磯野が!! 早く来てくれ!!」

 

 そう言って来客の正体であるモクバは神崎の手を取り駆けだす。

 

 神崎はその手を振り払うわけにもいかないため引っ張られるようについていく。その姿をギースは微笑ましそうに見ながら2人を見送った。

 

 

 

 

 そうしてモクバに手を引かれ海馬のもとまでたどり着いた神崎。

 

 すると海馬は神崎とモクバと握っている手を睨みつけつつ苦虫を噛み潰したような顔で嫌々ながら感謝を述べる。

 

「磯野から大まかな経緯は聞いている。モクバが世話になったようだな……一応礼は言っておいてやる」

 

「いえ、当然のことをしたまでです。それより一つ、双六様より伝言を預かっております」

 

「あの爺さんが? なんだ言ってみろ」

 

「『《青眼の白龍》は今しばらく預けておく、取り返しに行くので待っていろ』とのことです」

 

 

 本来ありえなかったその言葉はKCの医療技術の向上に伴い双六が早い段階で目をさまし、遊戯と海馬のデュエルを見た上での双六の心情の変化によるものだった。

 

 

「ふぅん、あの爺さんがな……」

 

 感慨に耽る海馬をよそにモクバはシュンと小さくなりながら約束を破ってしまったことを謝罪をいれる。

 

「そ、その――ごめんなさい兄サマ……兄サマとの約束破っちゃって――」

 

 倒れた兄を助けるためとはいえ、その兄とした「神崎を信用しない、近づかない」約束を破ってしまったことに対して罪悪感を感じるモクバ。

 

「気にするな、モクバ。今回は俺が倒れたことにも原因がある」

 

 だが海馬はそんなモクバを叱るようなことはせず、むしろ弟であるモクバを心配させてしまった己にこそ叱責を与える。

 

 だが許されたモクバはそのことを喜びつつ、挽回のためにもと、病み上がりの海馬を労わりに動き始める。

 

「兄サマ、何か必要なものはある? 気分はわるくない?」

 

 そう言って海馬の周りでピョコピョコと世話を焼こうとするモクバに海馬は今己の欲する1番のものを言い放つ。

 

「必要なもの? そんなもの決まっている。もう一度遊戯に挑み俺の《青眼の白龍》で今度こそ叩き潰してやる」

 

 若干噛み合っていない会話を神崎は何とか解読する。海馬瀬人は武藤遊戯からの勝利を望んでいるようだった。

 

「ではペガサス島での大会に参加してはどうでしょう。デュエルモンスターズ創始者であるペガサス・J・クロフォードへの挑戦権を賭けた大会になります。その大会に武藤遊戯氏もエントリーしておりますよ」

 

「ふぅん、準備のいいことだ……だが遊戯のデュエルの前に必要なものを用意する! 行くぞ! モクバ! 磯野!」

 

 そうして海馬は磯野を引き連れ、病み上がりであることなど感じさせずに遊戯と戦うために出陣していくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ペガサス島へと向かう船が停泊している童実野埠頭(どみのふとう)で双六は遊戯たち一行を見送りに来ていた。

 

 そんな中リーゼントが尖る本田ヒロトが城之内をからかうように笑う。

 

「しっかしこんなでけぇ大会に遊戯だけじゃなくちょっと前まで素人同然の城之内のヤロウまで呼ばれるとはなぁ」

 

「なんだと本田ァ!!」

 

 本田の言葉に噛み付きつつも、彼らの中ではいつものやり取りであった。

 

 そこに城之内のデュエルの師匠である双六が2人のやり取りに口を出す。

 

「城之内のデュエルを見てくれておる人はちゃんといるということじゃよ。今まで腐らずに頑張ってきた結果じゃ――誇ってよいぞ」

 

「じいさん……」

 

 城之内が師匠の言葉に感激していると、その師弟を余所に杏子が遊戯に尋ねる。

 

「それよりもこの大会に海馬君が参加するって話、本当なの? 今のところ見当たらないけど……」

 

「送られてきた招待状には海馬君が参加することは書かれていたけど?」

 

 招待状の情報に疑問に思う遊戯だが――

 

「海馬君はもう船の中にいるんじゃないかな?」

 

 白髪の青年獏良了(ばくらりょう)の言葉に遊戯は一応の納得を見せた。

 

 

 

 

 

 彼らの団欒を遮るように黒服たちの間から現れた緑の長髪の青年――天馬 月行(げっこう)が声を張り上げる。

 

「参加デュエリストの皆さん!!

 これよりこの船で大会会場であるペガサス島までお送りします! 

 乗船の際は参加の証である「デュエルグローブ」と「スターチップ」を示してもらいますのでご準備を!

 

 なお! その他関係者は同伴の参加者と共に乗船してもらうことになります!

 またその関係者が問題行動を起こした場合、同伴の参加者がペナルティを負うことになりますのでご注意を!――以上になります! 速やかに乗船なさってください!!」

 

 その発言により船へのゲートが下ろされ、参加デュエリスト達が続々と入船していく。

 

 双六はそんな彼らを見つつ遊戯たちに別れの言葉を掛ける。

 

「遊戯、頑張っておいで――城之内も存分に暴れてくるんじゃぞ」

 

「じいさん、ホントに行かねぇのか?」

 

「儂には店もあるしな。大会期間中留守にしとくわけにもいかんじゃろ。テレビで放送されるとのことじゃし、中継は見とるから半端なデュエルをしとったらすぐにわかるぞ城之内」

 

「げぇ! まじかよ……」

 

 そう言いながら気疲れしそうだと考える城之内。

 

「じゃあ行ってくるよじいちゃん」

 

 そしてその遊戯の言葉を最後に船に乗る彼らを双六は最後まで見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 豪華な船内にテンションの上がっていた城之内だが、長くは続かなかった。

 

 参加者に宛がわれた部屋が男女別のタコ部屋であったのである。

 

 そのことに苦情をもらす城之内に日本チャンプの眼鏡、インセクター羽蛾と準優勝者であるダイナソー竜崎が近づき、羽蛾が声をかける。

 

「そこの君、この部屋をあまり悪く言うものじゃないよ……恐らく主催者側の計らいによるものだろうからね」

 

「誰だテメェ? それにこれのどこが計らいなんだよ」

 

 計らいというならいい部屋の方が……と思う城之内だが、羽蛾はタコ部屋に眼を向け説明する。

 

「この部屋を見渡してごらん。カードトレーディングが始まっているだろう? 

そうして互いのカードを交換しデッキの強化が行えるのさ、そして同時に相手の手の内も探ることが出来る。どうだい、この部屋も捨てたものじゃないだろ――っていない」

 

 羽蛾の話を聞き一目散にカードトレーディングに向かった城之内に遊戯は苦笑しつつ羽蛾に向き合う。

 

「僕の友達がゴメンね……そうだ! 羽蛾君、優勝おめでとう」

 

「ありがとう遊戯クン。でも海馬クンやその彼に勝った遊戯クンのいない大会じゃいまいち優勝した実感がわかないんだよね」

 

「それは準優勝やったワイに対する当て付けか? この大会では前みたいにはいかへんで!! ゴッツイ秘密兵器も用意したしなぁ!!」

 

 羽蛾の発言に対し竜崎は秘密兵器の存在を匂わせ対抗心を露わにする。

 

「それは楽しみだね……ところで遊戯クン、物は相談なんだが――キミのデッキの海馬君を倒した『エクゾディア』を見せてくれないかい? その幻のカードを……」

 

「別にかまわないよ! はいっ!」

 

 羽蛾の提案に城之内の件も相まって遊戯は快諾する。

 

「へぇ~これがエクゾディアの封印カードか……遊戯くんボクはずっとこのカードを倒す戦略を考えていたんだ。君と戦うことになったらエクゾディアを封じる戦略を見せてあげるよ……」

 

 そう言ってエクゾディアのカードを遊戯に返し羽蛾は立ち去っていく。

 

「じゃあワイもこれで失礼させてもらうで、次会う時はデュエルの時やで!!」

 

 続いて竜崎もその言葉と共に駆けていった。

 

 

 

 

 

 

 与えられた個室へ向かう羽蛾の手に一枚のカードが握られていた。

 

《検問》 通常罠

(1):相手モンスターの攻撃宣言時に発動できる。

相手の手札を全て確認し、その中にモンスターカードがあった場合、その攻撃を無効にする。その後、自分は相手の手札からモンスター1体を選んで捨てる。

 

 竜崎を下し優勝した大会での優勝賞品の中の一つにこのカードを見つけ、羽蛾は運命と呼ぶべきものが遊戯を倒し、真のチャンピオンとなれと言っていると感じ取っていた。

 

 このカードがあれば遊戯の手札にエクゾディアが揃うことはないとほくそ笑む。

 

 それがエクゾディアを海に捨てさせないために送られたものだとも気づかずに……

 

 

 

 

 

 

 

 城之内はトレードにより様々なカードを手に入れホクホク顔で遊戯に戦果を報告に行く。

 

 それを見た遊戯は太鼓判を押しつつ、自分のカードも、と城之内にカードを差し出した。

 

「このカード達なら城之内君のデッキのパワーアップができるね。そうだ! ボクのカードも受け取ってよ」

 

「おっ! ありがとな遊戯。これならきっと大会でも優勝できるぜ!!」

 

「そうだね。だけど僕も負けないよ! あっ! でも僕が優勝しても賞金は妹さんの手術に使ってあげてね」

 

「遊戯……」

 

 遊戯の気持ちに感激を受けている城之内に本田がその背中を叩き待ったをかける。

 

「いくら城之内が強くなったって言っても、優勝すんのは厳しいだろうからそれは遊戯に任せてお前は予選を生き残ることだけ考えろよ!」

 

「なんだとぉ! 見てろよぉ! この城之内様が優勝して目にもの見せてやるぜ!!」

 

 本田の「気負いすぎるな」というメッセージを受け取り城之内はそれに応えるように言葉を言い放つ。そんな遊戯たちのやり取りと共に船はペガサス島へと進んでいくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ペガサス島に上陸したデュエリスト達に月行が今大会のルールの説明を行うためマイクを手に取り声を上げようとするも、突如襲来したヘリがそれを妨げる。

 

 船の近くに降り立つ前にヘリから飛び降りた海馬が姿を現し、周りの人間には目もくれず悠然と遊戯の前に立つ。

 

「久しぶりだな遊戯!!」

 

「海馬君!! やっぱりこの大会に参加してたんだね!!」

 

 返す遊戯の言葉に違和感を覚える海馬。お互いが参加していることを条件にお互いが参加を決めている。おかしな話である。

 

「ふぅん。あの男の差し金か……だがいいだろう乗ってやる!!」

 

「海馬君?」

 

「遊戯!! すぐにでも決着を付けてやりたいところだが……俺達が戦うに相応しいものを用意させた――ゆえに! 俺たちの戦いは本戦で決着を付ける!!」

 

 その海馬の宣言に遊戯はもう一人の遊戯へ人格を交代し応える。

 

「わかったぜ海馬!! 本戦で会おう!!」

 

 

 その2人のやり取りを静観していた月行は念のため確認を取る。

 

「もうよろしいですか?」

 

「ふぅん、さっさとこの大会のルールを説明するがいい……」

 

 遮った張本人に言われたくないであろうセリフを受けつつ月行はルール説明を始める。

 

「今大会の予選ルールの説明を行います。参加者に配布されたデュエルグローブに同じく配布されたスターチップ10個を入れ、あちらに見えるペガサス城にたどり着いた先着8名のみが予選突破となります」

 

 月行はペガサス城を指しつつ説明を続ける。

 

「スターチップの入手方法はただ一つ、デュエルにそれを賭け勝利することのみとなっています。そして手持ちのスターチップが0になったものは予選敗退となりますので係員の指示に従ってください」

 

 次に係員である黒服たちを紹介し最後の説明に入る。

 

「さらにデュエル以外でのスターチップの譲渡・強奪は即失格、そして言うまでもありませんがデュエリストの矜持に反する行為も同じく失格となります――以上です。各参加者の健闘を祈ります!!」

 

 

 その宣言からデュエリスト達の戦いは始まったのだった。

 

 

 




船の中ではちゃんと男女別の部屋があるよ!
舞さんも《ヒステリック・サイン》を発動せずにすむぜ!


なお綺麗なペガサスなので刺客たちの出番はありません
死のモノマネ師「なんだとっ!!」
闇のプレイヤーキラー「バカな……!?」
迷宮兄弟「「あ、ありえない……」


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第13話 闇に生きる悪魔よ、敵を切り裂き力を示せ!

前回のあらすじ
海馬復活ッッッ!! 海馬復活ッッッ!!
エクゾディアパーツたち、泳がずに済む。



 

 ペガサス島内でデュエリストがスターチップを巡り鎬を削っている頃、本戦会場であるペガサス城では――

 

 闇よりその青い体躯が現れ、血を吸ったかのように赤い翼を広げ周囲に突風を巻起こし、その剛腕からは全てを引き裂く悪魔の鉤爪が獲物を求めるかのように鈍く輝く。

 

 そして産声を上げるがごとくこの世のものとは思えぬ雄叫びを上げ、主人の傍にその存在を示していた。

 

 その悪魔の主人はというと――

 

 

 

 

 

 

「見て! ペガサス! これにカードをセットして投げるとモンスターが実体化するの!」

 

「シンディア様、ソリッドビジョンでございます」

 

 ほのぼのした空気に包まれていた。

 

 今にも「ゴォオオーシュゥートォオオー!」とでも言いだしそうな程に独楽(こま)のような機械を投げ続けるシンディアとツッコミを入れつつ見守るペガサスの側近であるグラサン黒服の老人Mr.クロケッツ。

 

 

 その独楽の正体は試作型デュエルディスクであり、遊戯との決着を付ける際にと海馬が生み出し、神崎にデータ収集も兼ねていくつか作らせたものの一つである。

 

 

 恋人の元気に喜ぶ姿に笑みをこぼすペガサスに神崎は急な要請に対応してくれたことに感謝を示す。

 

「突然のご提案に了承していただきありがとうございます――Mr.ペガサス」

 

「イエ、かまいませんヨ。しかし従来のデュエルリングをこれほど小型化するトハ……病み上がりだというのに海馬ボーイはワタシを驚かせてくれマース!」

 

「ええ、そのとおりですね」

 

 

 闇のゲームによる罰ゲームを受けるたび新たなシステムを開発する海馬はまさに「転んでもただでは起きない男」であった。

 

 

 そんな中、Mr.クロケッツが申し訳なさそうに間に入る。

 

「ペガサス様、シンディア様がぜひこの試作型デュエルディスクを使ってデュエルしてみたいと仰っているのですが……」

 

「Oh! ソウデスカ……Mr.神崎! もう一つソレを用意してもらってイイデスカ? 代わりといってはナンデスガ――デュエルモンスターズの創造主たるワタシのデュエルをお見せしマース!」

 

 茶目っ気たっぷりに言うペガサスの言葉をシンディアは遮る。

 

「ダメよ。ペガサスったら私とデュエルする時、いつも手加減するじゃない」

 

「No! 無茶を言わないでクダサーイ! ワタシにシンディアを打ち倒すことなんてできマセーン!」

 

 先程言ったデュエルモンスターズの創造主たるもののデュエルとはなんだったのか――この様子ではバカップルよろしく2人だけの空間を作り出すものだろうが…。

 

「だから神崎さん、私とデュエルしてくださる?」

 

 お偉いさんの奥さんとのデュエル。だが神崎は表向きには「デュエルをしない人間」で通っているためその勝負は受けられない。ゆえに神崎は用意していた答えを使用する。

 

「申し出はありがたいのですが私はデュエルはしないので代わりの者を――牛尾君、頼めるかな?」

 

 お偉方の会合に巻き込まれないために自身を物言わぬ置物へと扮していた牛尾はその言葉に瞠目し、声を潜めて神崎に撤回を求める。

 

「冗談よしてくださいよ……俺のガラじゃねぇですって――大体なんで俺がこういうところにいるんです? こういうのはギースの旦那の領分でしょうが……」

 

 牛尾も何故自分が同行を許されたのか本気で解らなかった。頼れる先輩の存在もそれに拍車をかける。

 

 その疑問に神崎は笑顔で答えた。

 

「ギースには私が留守のKCを任せてあります。海馬社長と副社長であるモクバ様もいない今、念のためと言うヤツです」

 

「それなら別に他の奴でも問題ないでしょうに……」

 

「君の腕っ節の強さと、これを機に武藤君たちと仲直りさせておこうと思ったので――サプライズですよ」

 

 リアルファイト最強の座に必ずと言っていいほど名前の出る牛尾はボディーガードに最適である。緊急時にペガサスたちや客人の頼もしいガードとなる事実を神崎は重宝していた。

 

 さらに牛尾は遊戯たちと一度衝突しているため、遊戯たちと敵対したくない神崎は牛尾が真っ当に過ごしている姿を見せ和解を目論んだのである。

 

「アンタに護衛がいるとは思えねぇですけど……ってぇ! マジですかい?」

 

 牛尾の目は神崎との出会いの際に顔面を殴りつけたにも関わらずノーダメージであったことを思い出し、果たして護衛が必要あるのかという疑問を持ちつつ後に続いた言葉に驚きをあらわにする――当人は今すぐにでも逃げ出しそうな状態だ。

 

 

 そんな2人のやり取りがある中、勢いよく扉が開かれる――月行だった。

 

「ペガサス様! 最初の予選突破者が現れました!! 出迎えの準備を!」

 

 

 月行の言うとおり予選突破者はペガサスが出迎える手筈となっている。だがこれほど早く突破者が出るとは思っていなかったため準備がまだ出来ていない。

 

 

「Wow! 早いデスネ! 今出迎えに行きマース! シンディア――」

 

「ええ、わかっているわ。デュエルはまたの機会に……」

 

 そう言って2人は最初の予選突破者の出迎えに向かった。

 

 

「あぁ~。助かったぜまったく、ホントに勘弁してくださいよ……」

 

 2人を見送った牛尾は大きく安堵の息をもらす。

 

 だが待ち人がいる静香は兄が来たのではないのかと神崎に確認を取る。

 

「お兄ちゃんでしたか?」

 

 

 その言葉に黒服たちに連絡を取る神崎を横目にまだ見ぬ兄を想う。

 

「はい、そうですか。どうやら違うようですね。君のお兄さんは対戦相手を探すのに苦労していると宿泊施設でお友達と相談していたようですよ」

 

「そうですか……」

 

 そこには早く会いたいと思う気持ちと兄に会った際にどうすればいいのかわからない不安が入り混じっていた。

 

 だが牛尾は神崎の連絡一つで情報が届くさまを見て思わず呟く。

 

「しっかし、プライバシーもへったくれもねぇですね」

 

「こういった自然に囲まれた島ですから、はぐれる参加者がでないように色々と手を回しましたよ。それに城之内君の一件は彼らにも大方は伝えていますので」

 

 その話を聞いた黒服たちが感動の家族の再会を演出するために張り切って動いているのは余談である。

 

 

 

 

 

 

 予選突破者を出迎えたペガサスは不思議な縁を感じ取っていた。

 

 最初に予選を突破したものは国旗が描かれたバンダナに赤いシャツ、そして黒いベストを着こんだ男――バンデット・キース。

 

「久しぶりだなぁペガサス! テメェと戦うために遠路遥々来てやったぜ」

 

「Oh! トムとのデュエル以来デスネ……そう言えば彼もこの大会に参加していたはずデスガ?」

 

「あのガキか? さっさと倒させてもらったよ! テメェのアドバイスがなきゃ大したことはねぇ」

 

 きっちりとリベンジを果たしたようだ。

 

 その上でキースはペガサスに言い放つ。

 

「テメェを倒すのは俺様だ!! 覚えときな!!」

 

 立ち去るキースに自然な形でMr.クロケッツが本戦参加者の個室へと案内する。

 

 これにより颯爽と立ち去ったにもかかわらず右往左往することは避けられた――Mr.クロケッツ、できる男である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日、次々に予選突破者が現れる。

 

「おっしゃぁ! これで予選突破だぜ!」

 

 そう意気揚々と声を上げる城之内に遊戯も共に喜ぶ。

 

「やったね城之内君!」

 

「おう! もうすぐだぜ……静香、必ず優勝してやるからな!」

 

 妹のために大会に参加した城之内は遊戯と共に優勝を誓う。

 

 

 

 

 

 

 

 そしてペガサスの歓迎を受けた後、Mr.クロケッツの案内のもと一室へと招待された。

 

 そこには――

 

「お兄ちゃん?」

 

 目に包帯を巻いた城之内の妹、川井静香が不安そうに立って居た。

 

「静香! お、お前何でここに……それにその目――クソッ! 一体どうなってやがるんだ!」

 

 現状を理解できず頭をガシガシとかく城之内に静香は目の包帯を取り兄の傍へよる。

 

「やっぱりお兄ちゃんだ……やっと――」

 

「静香……」

 

 感動の家族の再会に遊戯たちは涙ぐむ。

 

 

 

 

 

 妹の目が治り嬉しく思う城之内だが払いきれないほどの多額の費用がかかる手術をどうやって受けたのかが疑問でならない。

 

「静香、お前の目が見えるようになったのは嬉しいけどよ――金はどうしたんだ? そのために俺はこの大会で優勝目指してんだけど」

 

「実は新しい術式のテスターになってほしいって話が来たの……テスターになる代わりに費用の方は何とかしてもらえるって、最初は怖かったけどお兄ちゃんも戦ってるって話を聞いて勇気を出してみたの!」

 

「てすたぁ? よく分からねえが、親切な人がいたもんだな! 出来れば俺の方からも礼が言いたいぜ!」

 

 

 その言葉に今まで沈黙を通し気配を紛らせていたMr.クロケッツが城之内に提案する。

 

「でしたらお呼びしましょうか?」

 

「うぉっ! お、おう……それじゃあ頼むぜ」

 

「かしこまりました。しばしお待ちを」

 

 驚きを隠せない城之内をよそにMr.クロケッツは電話を掛け、神崎からの頼みを遊戯たちに伝える。

 

「城之内様。もうじき来られるそうです。それと相手方から皆様に会って欲しい方がいるとのことでしたが――どういたしますか?」

 

「俺は別にかまわねぇけど……みんなはどうだ?」

 

 城之内に問われ、遊戯、杏子、本田、獏良の4名は

 

「ボクは構わないよ」

 

「私も」

 

「俺もかまわねぇぜ」

 

「僕もいいけど……誰だろうね?」

 

と、一同肯定を示した。

 

 

 

 

 

 そして部屋に訪れた神崎に城之内は既視感を覚える。

 

「あれ? あんたどっかであったことねえか?」

 

 そんな城之内に忘れたかのような発言は失礼だと杏子は声を上げる。

 

「ちょっと城之内忘れたの? 遊戯と海馬君とのデュエルの時に遊戯のお爺さんを介抱してくれた人じゃない!」

 

「あの時はありがとうございます。あれからじいちゃん体調が良くなったって喜んでました」

 

「いえ、こちらこそ海馬社長がとんだご迷惑を……」

 

 感謝を述べる遊戯に神崎が返した言葉に城之内が反応する。

 

「えっ! おっさん、海馬のヤロウの部下なのか!!」

 

「見えねぇな……人は見かけによらねえなぁ城之内」

 

 そう言葉を零す本田の言う通り、人当たりが良さそうな神崎は我が道を行く海馬のイメージから遠く感じる遊戯たち、そこに獏良がポツリとこぼす。

 

「城之内君……お礼を言うために来てもらったんじゃあ?」

 

「そうだった! わりいわりい。改めて静香のこといろいろ面倒見てもらってありがとな! なんかあったら呼んでくれ力になるからよ!」

 

 頭を下げ、協力を約束する城之内に神崎はではさっそくと呼び出しをかける。

 

「では早速で悪いのですが――会ってもらいたい人がいるのでお呼びしますね」

 

 

 

 神崎と入れ違いに入ってきた人物を目にした城之内と本田はその人物に噛み付くように叫ぶ。

 

「! テメェ! 牛尾! 何でこんなとこに居やがるんだ!!」

 

「そうだぜ! なにしにきやがった!」

 

「落ち着きなさいよ! 城之内! 本田!」

 

「そうだよ2人とも落ち着いて! でもどうして?」

 

 そう言いながら城之内と本田を抑える遊戯と対面した牛尾は申し訳なさそうに語る。

 

「いや、なに……話すと長くなるんだが――遊戯、お前にシメられた後、さっきの人に拾われてな。そこで真っ当に生きていたんだが、その人がこの場を用意してくれたわけよ。俺はお前らに会う気はなかったんだが、まあ俺の顔なんて見たくもねぇだろうからな……」

 

 そこで言葉を区切り、牛尾は真摯に頭を下げる

 

「お前ら――すまなかった。許してくれとは言わねぇが……本当にスマン!」

 

 頭を下げ続ける牛尾に一同は言葉が出ない。そんな中遊戯が口火を切る。

 

「ボクは許すよ。仕返しみたいなことも一応やっちゃったしボクは何も言えないよ」

 

 もう一人の遊戯が闇のゲームによる制裁を与えていたこともあり、遊戯は許す姿勢を見せた。

 

 城之内と本田も自分たちが遊戯を苛めていた過去も相まってそれにならう。

 

「遊戯がそう言うんだったら俺も何もいわねぇぜ!」

 

「俺も同じくだ!」

 

 彼らは牛尾の前に手を出す。彼らの手を牛尾は力強く握った。

 

「すまねぇ……」

 

 

 

 

 

 神崎は部屋が静かになったことで話が終わったのかと顔を出す。

 

「終わりましたか? おや、牛尾君泣いているんですか?」

 

「茶化さないで下さいよ! 鼻水ですよ! 鼻水!」

 

 そんな2人のやり取りを見た城之内は「牛尾も変わったなぁ」と感慨深く思うのであった。

 

 そこにMr.クロケッツが現れ――

 

「皆様、本戦で戦う8名のデュエリストが揃いました。これよりトーナメントの抽選を行いますのでフロアの方にお集まりください」

 

「行こうかみんな!」

 

 遊戯の号令と共にフロアへと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 抽選会場内で海馬を見つけた遊戯はもう一人の遊戯へと姿を変え、そんな遊戯の存在を確認した海馬は己の生涯のライバルと語らう。

 

「ふぅん、やはり勝ち上がってきたか……姿を現さない貴様に、俺がいない間に腑抜けでもしたかと思っていたところだ」

 

 そして遊戯と共にいた城之内を視界の端に捉え思案し言い放つ。

 

「……なるほどな――お友達のお守りで忙しかったようだな」

 

「! なんだとぉ海馬ァ! これでもベスト8に残った腕前だぜ!!」

 

「町内大会だけど……ね」

 

 当然のごとくその言葉に噛み付く城之内に杏子はポツリと補足を入れる。

 

 それらの会話を聞いていた竜崎と羽蛾も遊戯と海馬、2人の強敵の様子を探るべくその中へと交ざる。

 

 

「なんやお前、その程度の実力でここまで勝ち残ってこれたんかぁ? ごっつい強運の持ち主やな!」

 

 口火を切り挑発を投げかける竜崎。それに続く羽蛾。

 

「でも運だけで勝ち上がれるのもここまでだよ……見てみなよ周りのデュエリストを――孔雀舞に梶木漁太、さらには全米チャンプのキース・ハワードまでいるんだから」

 

「っ! だが俺だってこの大会で強くなってんだ! 以前の俺とは別物だぜ!!」

 

 名立たるデュエリストの存在に城之内は言葉を失いかけるも妹が見ているという事実が兄としての威厳を奮い立たせた。遊戯もそれに同調する。

 

「その意気だぜ! 城之内君!」

 

「ふぅん、まあトーナメントで当たることになればその実力見せてもらうとしよう……だが俺の本来の目的は――遊戯! 貴様との決着だ! 俺にとってはペガサスとの戦いなどついでに過ぎん! せいぜい首を洗って待っているがいい!」

 

 そういって海馬は高笑いと共に抽選カードを引きに行った。

 

 

 

 

 

 そして抽選会場にて8名がカードを引き、トーナメントの対戦相手が決まる。

抽選の結果、以下の組み合わせとなった。

 

Aブロック

第1試合 城之内克也VSダイナソー竜崎

 

第2試合 孔雀舞VSキース・ハワード

 

Bブロック

第3試合 梶木漁太VS武藤遊戯

 

第4試合 海馬瀬人VSインセクター羽蛾

 

 

 その組み合わせを見る参加者に対し、Mr.クロケッツが試作型デュエルディスクを手に持ち、参加者に告げる。

 

「本戦の舞台ではKCが用意したこの『試作型デュエルディスク』を用いてデュエルを行ってもらいます。使い方は――」

 

 

 使い方を説明し、ルールに変更はないことを告げ、Mr.クロケッツは手を挙げ宣言する。

 

「これより第1試合、城之内克也VSダイナソー竜崎の試合を執り行います。両者、速やかに準備を」

 

 デュエルの時間の始まりである。

 

 




諸事情で予選はカットします
すまねぇ! 本当にすまねぇ!


ペガサス島での大会は全世界に放送されています。
よって
トムの敗北は全世界に知れ渡りました――(p`・ω・´q) ドンマイ☆


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第14話 関西の血

長くなったので2話に分けました――城之内克也VSダイナソー竜崎 前編です

前回のあらすじ
キース復活ッッッ!! ハワード復活ッッッ!!

牛尾、友情教への入門資格を得る



 城之内と竜崎が距離を取って向かい合い試作型デュエルディスクを構える。

 

 竜崎は最初の対戦相手が町内大会程度のデュエリストだという情報から自身の勝利を確信していた。

 

「初戦の相手はお前か……この勝負もろたで!」

 

「言ってな! 俺は勝つ!! 静香の前でカッコ悪いとこ見せられるかよ!」

 

「「デュエル!!」」

 

「俺の先行! ドロー! 俺は手札から《凡骨の意地》を発動! さらに《タイガー・アックス》を召喚! カードを2枚セットしターンエンドだ!」

 

 カードをセットし投げられた試作型デュエルディスクから斧を持った虎の獣戦士が現れ。何時でも動けるように左右にフットワークを踏む。

 

《タイガー・アックス》

星4 地属性 獣戦士族

攻1300 守1100

 

 

 

「ほな行くで! ワイのターン。ドローや! ワイは《レスキューラビット》を召喚!」

 

《レスキューラビット》

星4 地属性 獣族

攻 300 守 100

 

 現れたのは恐竜ではなく安全帽にゴーグル、さらに無線機を首からぶら下げた可愛らしい兎。

 その兎は《タイガー・アックス》の眼光に怯えている。

 

 その姿を見た城之内は

 

「恐竜じゃねぇのかよ!」

 

 見事なツッコミを披露した。

 

 その見事なツッコミに関西出身の竜崎は感激しつつ、その礼とばかりにこのカードの恐ろしさを披露する。

 

「可愛さに惑わされたらアカンでぇ――《レスキューラビット》の効果発動! フィールドのこのカードを除外してデッキからレベル4以下の同名の通常モンスター2体を特殊召喚するで! 《二頭を持つキング・レックス》2頭を特殊召喚やぁ!」

 

 怯える《レスキューラビット》が震える前足で無線機をアワアワと操作し、連絡が取れたのを確認すると脱兎の如く――兎なのだが――逃げ出した。

 

 逃げ出した先からティラノサウルスのような体に紫の体表、2枚の翼に2つの頭を持つ恐竜が相手を威嚇するように喉を鳴らしフィールドに降り立つ。

 

《二頭を持つキング・レックス》×2

星4 地属性 恐竜族

攻1600 守1200

 

 ドヤ顔で何かを待つ竜崎、だがMr.クロケッツによる「これ以上は遅延行為とみなす」との警告に城之内に失望を覚えつつデュエルを続ける。

 

 

「……魔法カード《馬の骨の対価》、自分フィールド上の効果モンスター以外のモンスター《二頭を持つキング・レックス》1体を墓地へ送って2枚ドローや……」

 

 フィールドの《二頭を持つキング・レックス》が光の粒子となり残った骨の一部がドローカードとなる。

 

「ワイは永続魔法《ブランチ》を2枚発動、さらにフィールド魔法《遠心分離フィールド》を発動……ハァ、お前にはガッカリやで城之内――ちょっとは見どころあると思たんやけどな……」

 

 そして手札のカードを1枚取り出し竜崎は宣言する。

 

「このカードでサクッと終わらしたる! 魔法カード《融合》発動や! フィールドの《二頭を持つキング・レックス》と手札の《屍を貪る竜》を融合!」

 

 そう言って竜崎は《融合》のカードを発動する。

 

 フィールドの《二頭を持つキング・レックス》と黒い体を持つ《屍を貪る竜》が混じり合う。

 

 

「融合召喚! その巨体で全てを薙ぎ倒せ! 《ブラキオレイドス》!!」

 

 ブラキオサウルスに似た姿を持った青い体表を持つ《ブラキオレイドス》が大地を踏みしめ揺らす。その揺れに《タイガー・アックス》はバランスを崩しつつも持ち前の俊敏さで立て直した。

 

《ブラキオレイドス》

星6 水属性 恐竜族

攻2200 守2000

 

 

「でけぇ……」

 

 文字通り大型モンスターの出現に驚くも城之内の余裕は崩れない。セットしたカードを見つめ、ニシシと笑う――分かりやすい男だった。

 

「バトルや! そんなちっこい虎なんぞ踏み潰したれっ!!」

 

 《ブラキオレイドス》がその巨体を振りかざし《タイガー・アックス》に迫るもその姿が突如として消える。

 

「ドッカーン! 罠カード発動! 《串刺しの落とし穴》!」

 

 よく見るとフィールドに穴が開いておりその穴の中には大きな鉄杭が並んでいる。《ブラキオレイドス》はその穴に落ち、穴の中の鉄杭に自身の重さで串刺しになっていた。

 

「このカードの効果でこのターンに召喚・特殊召喚され、攻撃宣言した相手モンスターを破壊し、その元々の攻撃力の半分のダメージを相手に与えるぜ!」

 

ダイナソー竜崎LP:4000 → 2900

 

「どうした竜崎! こんな単純なトラップにハマルようじゃあ……全国大会準優勝者もたいしたことはねえなあ!」

 

 挑発する城之内に竜崎は想定済みだと笑う。

 

「やっぱりトラップやったか! 甘いで城之内! ワイの恐竜はそんなヤワやないで! フィールド上の《ブランチ》2枚と《遠心分離フィールド》の効果発動や!」

 

 その宣言と共に地面に2つの亀裂が入り、さらにその後ろに緑と黒の渦が渦巻く。

 

「《ブランチ》の効果により融合モンスターである《ブラキオレイドス》がフィールド上で破壊された時、自分の墓地に存在する《ブラキオレイドス》の融合に使った融合素材モンスター1体を特殊召喚できるで!」

 

 地面の2つの亀裂が大きくなる。

 

「《ブランチ》は2枚あるから2体復活や! 戻ってこい! 《二頭を持つキング・レックス》、《屍を貪る竜》!!」

 

 亀裂の入った地面から紫と黒の2頭の恐竜がその姿を現した。

 

《二頭を持つキング・レックス》

星4 地属性 恐竜族

攻1600 守1200

 

《屍を貪る竜》

星4 地属性 恐竜族

攻1600 守1200

 

「まだやで! さらに《遠心分離フィールド》の効果で融合モンスターがカードの効果で破壊された時、その融合モンスターに記されている融合素材モンスター1体を自分の墓地から特殊召喚するで! 来い! もう1頭の《二頭を持つキング・レックス》!!」

 

 緑と黒の渦からもう1頭の《二頭を持つキング・レックス》が現れ、3体の恐竜が散っていった同胞の思いをくみ取り、その鳴き声を合わせる。

 

《二頭を持つキング・レックス》

星4 地属性 恐竜族

攻1600 守1200

 

「まだバトルは終わってへんでぇ! 《屍を貪る竜》で《タイガー・アックス》に攻撃!」

 

《タイガー・アックス》が斧を振るうも《屍を貪る竜》の強靱な牙と顎で噛み砕かれ、砕けた斧を呆然と見つめる《タイガー・アックス》もその牙の餌食となった。

 

「うおぉわっ!」

 

城之内LP:4000 → 3700

 

「まだや! 2頭の《二頭を持つキング・レックス》で城之内にダイレクトアタックや!」

 

 

 迫る2頭の恐竜に遊戯も思わず叫ぶ。

 

「まずい! この攻撃が通ったら城之内君のライフは!」

 

 

「わぁっと! タンマタンマ! 速攻魔法《スケープ・ゴート》! 《羊トークン》4体を守備表示で特殊召喚する!」

 

 慌てる城之内のフィールドに赤・青・黄・ピンクの色の4匹の丸い羊が現れ、城之内の代わりに2頭の《二頭を持つキング・レックス》の攻撃を受け、悲痛な声と共に踏み潰される。

 

《羊トークン》×4

星1 地属性 獣族

攻0 守0

 

 黄・ピンクの《羊トークン》が破壊された。

 

 残された赤・青の《羊トークン》は仲間がやられたにも拘らずその表情に変化はない。その「いつものことさ……」と言いたげな瞳に言い得ぬ恐ろしささえ感じる。

 

「チッ! 防がれてもうたか! ならワイはカードを1枚伏せてターンエンドや」

 

 

 

 あわや大ダメージの事態であった城之内はそれを防げたことに安堵しつつカードを引く。

 

「あぶねぇとこだったぜ……俺のターンだ。ドロー! この瞬間! 永続魔法《凡骨の意地》を発動! ドローフェイズにドローしたカードが通常モンスターだった場合、そいつを相手に見せてもう1枚ドローだ! 通常モンスターの《アックス・レイダー》だ! もう1枚ドロー!」

 

 友からもらったカードで増えた手札を見つめ城之内は思案する。

 

「俺は手札から魔法カード《右手に盾を左手に剣を》発動! このカードで発動時にフィールド上に表側表示で存在する全てのモンスターの元々の攻撃力と元々の守備力を、

エンドフェイズ時まで入れ替えるぜ!」

 

《二頭を持つキング・レックス》×2

攻1600 守1200

攻1200 守1600

 

《屍を貪る竜》

攻1600 守1200

攻1200 守1600

 

「そして《アックス・レイダー》を召喚! こいつは《右手に盾を左手に剣を》を受けてねぇぜ!」

 

《アックス・レイダー》

星4 地属性 戦士族

攻1700 守1150

 

 

 城之内の珍しい頭脳プレー?に観客席の仲間も声援を送る。

 

 

「上手いぞ! 城之内君! これでダイナソー竜崎に与えるダメージがアップだ!」

 

「その調子よー! 城之内!」

 

「デカいのかましてやりな!!」

 

 

 その声に城之内は答え攻撃するモンスターを指さす。

 

「おうよ! バトルだ! 《屍を貪る竜》を攻撃! 疾風斬り!」

 

 盛り上がる筋肉を躍動させ《アックス・レイダー》がその斧を振るう。《屍を貪る竜》が先程と同じように噛み砕こうとする。

 

 だが《アックス・レイダー》の巧みな斧さばきにより上顎から頭を両断され絶命した。

 

 

「くっ! やられてもうたか!」

 

ダイナソー竜崎LP:2900 → 2400

 

 

「これで《ブラキオレイドス》を融合召喚できねぇだろ! ターンエンドだ! この瞬間《右手に盾を左手に剣を》の効果が切れるぜ!」

 

《二頭を持つキング・レックス》×2

攻1200 守1600

攻1600 守1200

 

 

「なんで城之内はあんなこと言ってんだ? 同じカードは3枚まで入れられんだから関係ねぇだろ?」

 

 城之内の言葉に本田が疑問を浮かべ、その問いに遊戯が答える。

 

「たぶんダイナソー竜崎のデッキは《ブラキオレイドス》が破壊されてもさっきの《ブランチ》みたいなカードで何度でも《ブラキオレイドス》を融合できるデッキ。」

 

 遊戯は竜崎の手札を指さす。

 

「だけど今のダイナソー竜崎の手札は0――次のターン融合を引いても融合素材が揃わないから融合できないんだ」

 

「なんかよくわからねえけど城之内が押してるってことだな! いいぞー! 城之内そのままやっちまえー!」

 

 遊戯の説明に全てを理解することを放棄した本田をよそに竜崎は遊戯の見識の高さに驚く。

 

「ワイのデッキを1回のデュエルでそこまで見抜くとはさすがはあの海馬を倒した遊戯やな! せやけどワイのデッキはその程度じゃ止まらへんで!」

 

 その言葉と共にセットカードを発動する。

 

「城之内のエンドフェイズに罠カード《融合準備(フュージョン・リザーブ)》を発動や! エクストラデッキの融合モンスター1体を見せ、そいつにカード名が記されている融合素材モンスター1体をデッキから手札に加えるで!」

 

 竜崎の背後に《ブラキオレイドス》のカードが浮かび上がる。

 

「ワイは《ブラキオレイドス》を見せて《屍を貪る竜》を手札に加えるで!」

 

「クソッ! これで次のターン《融合》を引かれたら――」

 

 思惑が外れたことに動揺する城之内にさらに竜崎が追い打ちをかけるように言い放つ。

 

「そんな心配はせんでええで! まだ《融合準備》の効果は終っとらん! さらに自分の墓地の《融合》を1枚を手札に加えれるんや!」

 

 

「このままじゃまたあのモンスターが……」

 

「頑張ってー! お兄ちゃーん!」

 

城之内のピンチに杏子が言葉をこぼすも静香は「兄はこの程度では屈しない」と声援を送る。

 

 

「どんどんいくで! ワイのターン。ドローや! 当然魔法カード《融合》を発動や! 融合召喚! 転生し再びその巨躯を躍らし、刃向う奴を踏み潰せ! 《ブラキオレイドス》!!」

 

 再びその巨体を躍らせる《ブラキオレイドス》が念入りに大地を踏み荒し状態を確認する――落とし穴はないようだ。

 

《ブラキオレイドス》

星6 水属性 恐竜族

攻2200 守2000

 

「もういっちょや! 《二頭を持つキング・レックス》をリリースし、アドバンス召喚! その身を持って全てを切り裂け! 《剣竜(ソード・ドラゴン)》!!」

 

 ステゴサウルスに似た姿を持った恐竜が姿を現す。だが背中の放熱板や尻尾の先が鋭利な剣となっており、その剣は獲物を求めて鈍く輝いていた。

 

《剣竜》

星6 地属性 恐竜族

攻1750 守2030

 

「バトルや! 《ブラキオレイドス》! 《アックス・レイダー》を薙ぎ倒したれ!」

 

 《ブラキオレイドス》がその巨体を振り回し、尻尾による一撃を《アックス・レイダー》に叩きつける。

 

 いなそうとする《アックス・レイダー》だがその巨体から繰り出されるパワーに身体ごと吹き飛ばされ、その身を散らす。

 

「ぐわぁあっ!」

 

城之内LP:3700 → 3200

 

「クソッ! 《アックス・レイダー》が……」

 

「もう一撃や! 《剣竜》で《羊トークン》を攻撃! 竜尾剣!」

 

 青い《羊トークン》が《剣竜》の尻尾の剣で真っ二つにされる。そして最後の1匹となった赤い《羊トークン》が「遂におれ一人になっちまったか…。後は時間の問題だな」とでも言いたげにニヒルに鳴く。

 

「ワイはこれでターンエンドや! どうや! 城之内! ワイの恐竜デッキのパワーは!」

 

 

順調にデュエルを進める竜崎は城之内に挑発しかえす。だが城之内の闘志は衰えはしない。

 

「へっ! 大したこたぁねぇよ――俺のターンドロー! 永続魔法《凡骨の意地》を発動! 今引いた通常モンスターの《ガルーザス》を見せもう1枚ドロー!」

 

 城之内のフィールドには《羊トークン》が1体のみ、このままでは次の竜崎のターン次第では敗北もあり得る。ゆえに城之内はこのターン攻勢に出なければならない。

 

「よっしゃ! 俺は《簡易融合(インスタントフュージョン)》を発動! 1000LPを払ってレベル5以下の融合モンスターを融合召喚扱いでエクストラデッキから特殊召喚するぜ! 融合召喚!」

 

城之内LP:3200 → 2200

 

 「FUSION」と書かれたカップ麺が小さな爆発と共に現れる。

 

「炎纏いし剣士よ その熱き心を その身に示せ! 出てこいっ! 《炎の剣士》!!」

 

 「FUSION」と書かれたカップ麺の容器の蓋がめくれ、そこから炎が噴き出す。

 

 その後、炎が「炎」の文字を持つ大剣により2つに割られ、青い衣と赤き鎧を身に纏った熱き戦士が姿を現す。

 

《炎の剣士》

星5 炎属性 戦士族

攻1800 守1600

 

「攻撃力1800か……せやけど《簡易融合》で呼んだ奴は攻撃できへんし、エンドフェイズに破壊されたはず! そいつだけやとワイの恐竜軍団には届かへんで!」

 

 《融合》を使う竜崎には《簡易融合》の欠点は馴染み深いものであった。ゆえに城之内の次の手を待つ。

 

「慌てんなよ! テメェのデカいペットちゃんを倒すカードはついさっき手札に舞い込んだぜ! 俺は《炎の剣士》をリリースし、アドバンス召喚! 竜の力でその斧を振るえ! 《ガルーザス》!」

 

 「えっ! これで終わり?」と城之内を見る《炎の剣士》が光の粒子となって消え、竜の咢を煌めかせ手に持つ斧を振るい周囲に風を起こす。その姿は文字通り「龍戦士」であった。

 

《ガルーザス》

星5 炎属性 獣戦士族

攻1800 守1500

 

「いっけー! 《ガルーザス》! 《剣竜》をぶった切れ! 瞬殺五連続斬り!」

 

 《ガルーザス》の斧が《剣竜》の尻尾の剣と打ち合い火花を散らす。

 

 尻尾の剣を破壊されるも背中の放熱板の剣で応戦するも残り4連撃の内の3連の斧が《剣竜》の剣を根こそぎ奪っていた。最後の1振りを防ぐ手段などなかった。

 

「《剣竜》がっ!」

 

ダイナソー竜崎LP:2400 → 2350

 

「《剣竜》……撃破! 俺はカードを1枚伏せてターンエンドだ!」

 

 

 

「よくもワイの《剣竜》を……ワイのターンドロー!」

 

 竜崎はドローしたカードを見つめ苛立つ、望んでいたカードではなかったようだ。

 

「チッ! ワイは《ブラキオレイドス》で《ガルーザス》を攻撃や! 《剣竜》のカタキとったるで~」

 

 主人の命を受け《ブラキオレイドス》はその巨体で仇を引き潰そうと突進をかける。だが《ガルーザス》の姿が突如して視界から消える。

 

「《ガルーザス》が消えおった! どこ行ったんや!」

 

 手品のように消えた《ガルーザス》を探す竜崎。そんな竜崎に城之内は得意げに種明かしする。

 

「俺はこのカードを発動していたのさ! 罠カード《鎖付きブーメラン》をな! コイツの効果で《ガルーザス》の攻撃力は500アップだ! 返り討ちだぜ! 獣戦士(ガルーザス)斧閃斬(アックス・クラッシュ)!」

 

 《ガルーザス》の斧の柄の先から《鎖付きブーメラン》が伸びており、その鎖を《ブラキオレイドス》の首に巻きつけ跳躍していたのだ。

 

《ガルーザス》

攻1800 → 攻2300

 

 そして落下する速度を生かし勢いを殺さず急降下し《ブラキオレイドス》の首を刈り取った。

 

ダイナソー竜崎LP:2350 → 2250

 

「グッ! せやけど《ブランチ》の効果で《二頭を持つキング・レックス》と《屍を貪る竜》が帰還や!!」

 

《二頭を持つキング・レックス》

星4 地属性 恐竜族

攻1600 守1200

 

《屍を貪る竜》

星4 地属性 恐竜族

攻1600 守1200

 

 竜崎のメインアタッカーである紫と黒の恐竜がフィールドに戻る。

 

「ここはモンスターだけでも減らしとくで! 《二頭を持つキング・レックス》! 最後の《羊トークン》を攻撃や!」

 

 同胞の死を見送ってきた赤い《羊トークン》が「やっとみんなの元へ逝ける……」そんな思いを胸に《二頭を持つキング・レックス》に踏み潰される。

 

「クソッこんな使い方しとうなかったけど――速攻魔法《瞬間融合》発動や! 自身を供物に仲間の思いを呼び起こせ! 融合召喚! スマン! 《ブラキオレイドス》!」

 

 三度フィールドに現れる《ブラキオレイドス》。

 

 だが今までと違いその巨躯を小さく丸め慈愛に満ちた目で竜崎を見ていた。

 

 

 そんな竜崎のプレイングに疑問を持った本田が遊戯に疑問を投げかける。

 

「遊戯、なんであのヤロウは態々自分のモンスターを減らしたんだ? あのデケェの呼んでも城之内のモンスターにやられるだけじゃねぇか」

 

「それは多分……見てればわかるよ」

 

 その疑問に遊戯は答えず、すぐに判るとデュエルを見守る。

 

 カードを大切にする遊戯の心情ゆえに竜崎の気持ちを感じ取ったためであった。

 

 

「エンドフェイズに《瞬間融合》で呼んだ《ブラキオレイドス》は破壊される――せやけど無駄死にはさせへんで!」

 

 《ブラキオレイドス》が光の粒子となりフィールドに飛散し、墓地に眠る恐竜たちへの呼び水となった。

 

「《ブランチ》と《遠心分離フィールド》の効果で《二頭を持つキング・レックス》2頭と《屍を貪る竜》を守備表示で特殊召喚や! ターンエンド!!」

 

《二頭を持つキング・レックス》×2

星4 地属性 恐竜族

攻1600 守1200

 

《屍を貪る竜》

星4 地属性 恐竜族

攻1600 守1200

 

 

 

 形勢が不利と見るやすぐさまガードを固めた竜崎に城之内は歯噛みする。

 

「ガードを固めてきやがったか……俺のターンドロー! ッ!」

 

 引いたカードは《融合》であった。

 

 《時の魔術師》と《ベビードラゴン》を融合させ《千年竜(サウザンド・ドラゴン)》を呼び出したいと思う城之内だが手札に《ベビードラゴン》のカードはない。

 

 城之内の手札は今現在、攻め手に欠けていた。

 

「俺は《屍を貪る竜》を《ガルーザス》で攻撃だっ!」

 

 《ガルーザス》の掲げた斧に恐怖を覚える《屍を貪る竜》。先程の《アックス・レイダー》に上顎を切り飛ばされたのが堪えたらしい。

 

 それゆえに後ずさった後ろ足に鎖が巻きつき《ガルーザス》の竜の筋力で引き寄せられ、斧の5連撃が叩き込まれその身を6分割にされ破壊された。

 

 

 これは《ブラキオレイドス》への融合を防ぐための城之内の手であり、《屍を貪る竜》が憎くてやっている訳ではない。

 

「俺はこれでターンエンドだ……」

 

 折角の好機に攻めきれなかった城之内は悔しさと共にターンを終えた。

 

 




《ブラキオレイドス》を使う竜崎

竜崎が全財産かけて購入したカードより
攻撃力が高い恐竜族モンスターを採用出来ないゆえにスポットが当たった。

《エビルナイト・ドラゴン》? 知らない子ですね


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第15話 カードに込められた想い

長くなったので2話に分けました――城之内克也VSダイナソー竜崎 後編です

前回のあらすじ
屍を貪る竜「弁護士を呼んでくれ!」
試作型デュエルディスク「斧多くね?」
エビルナイト・ドラゴン「ちくしょーちくしょー! ブラキオレイドス…奴さえいなればー!」



 

 城之内の《鎖付きブーメラン》を装備した《ガルーザス》に手を焼く竜崎。

 

 だがこのまま手をこまねいていてはそのまま押し切られることも相まって、竜崎は逆転のカードを引くべく力強くデッキからカードを引いた。

 

「このままやったらジリ貧やで……ワイのターン、ドロー! よっしゃ! ワイは今引いた魔法カード《貪欲な壺》を発動や! 墓地におる《ブラキオレイドス》3枚と《剣竜》、《屍を貪る竜》の5枚をデッキに戻してシャッフルし、カードを2枚ドローや!」

 

 欲に塗れた人の顔そのままの壺が5枚のカードをその口に平らげ、頭の壺としての開口部から2枚のカードが飛び出る。

 

 引いた2枚のカードを見つめ竜崎は拳を振り上げる。

 

「よっしゃぁ!! 引いたで! ワイの全財産はたいて手に入れた秘密兵器を!」

 

 

「ペガサス島に行く船の中で言っていた……」

 

 まだ見ぬ切り札に観客の遊戯は城之内の身を案じる。

 

 

「《二頭を持つキング・レックス》2頭をリリースしてアドバンス召喚や! その黒き炎で焼き払えっ! 《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》!」

 

 2体の贄から黒い炎が立ち上がり、立ち上る炎から黒い大翼を広げ、炎が収まるとその流線的なフォルムがフィールドに降り立った。

 

 その真紅の瞳は獲物を見据えている。

 

《真紅眼の黒竜》

星7 闇属性 ドラゴン族

攻2400 守2000

 

「おっしゃっ行くでっ! レッドアイズ! 黒炎弾!」

 

 《真紅眼の黒竜》の口元に炎が集まり「円」へと収束していく。

 

 《ガルーザス》はそれを防げないと判断し《鎖付きブーメラン》を高所へ引っ掛け、攻撃をよけようと動く。

 

 だが自由に空を移動できる《真紅眼の黒竜》の口元が移動した《ガルーザス》の眼前に広がっていた――それが《ガルーザス》の見た最後の光景だった。

 

城之内LP:2200 → 2100

 

「くっ、《ガルーザス》まで……」

 

「ワイはこれでターンエンドや! 城之内! お前にはもうワイに勝つ手段は残っとらへんやろ!」

 

 秘密兵器である《真紅眼の黒竜》の召喚で城之内を追い詰めたと判断する竜崎、しかし城之内にはたった1枚《真紅眼の黒竜》を迎え討てるモンスターがいた――《千年竜》である。

 

 だが呼び出すのに必要なカードが1枚足りない。

 

 

「俺のターンドロー! クソッこのカードじゃだめだ! 《凡骨の意地》を発動! 今引いた通常モンスターの《格闘戦士アルティメーター》を見せもう1枚ドロー!」

 

 追加で引いたカードを見るも望んだカード《ベビードラゴン》ではない。

 

「――俺はモンスターをセット、カードを1枚セットしてターンエンド……」

 

 

「逆転のカードは引かれへんかったようやな、ワイのターンドロー! ワイは《ワイルド・ラプター》を召喚!」

 

 小型の恐竜が高く跳躍して現れ、片方の後ろ足で何度も地面を蹴る――今にも飛び出していきそうだ。

 

《ワイルド・ラプター》

星4 地属性 恐竜族

攻1500 守 800

 

「どうせそのセットモンスターは《格闘戦士アルティメーター》やろ? ならこのカードで十分行けるで! 《ワイルド・ラプター》! ワイルド・バイト!」

 

 《ワイルド・ラプター》の攻撃と共にセットされたモンスターが姿を現す。

 

 紫のバイザーに青いバトルスーツを着た格闘戦士が腕を交差させ衝撃に備える。

 

《格闘戦士アルティメーター》

星3 地属性 戦士族

攻 700 守1000

 

 だが爆発的な加速により弾丸となった《ワイルド・ラプター》はその速度を維持したまま《格闘戦士アルティメーター》のガードを掻い潜りその喉元に牙を突き立てた。

 

「これで終わりや! がら空きの城之内にレッドアイズでダイレクトアタックや!」

 

「そう簡単に終わってたまるかよ! 速攻魔法《非常食》を発動! 魔法・罠ゾーンのカードを墓地に送ってその分×1000ポイントのライフを回復するぜ! 俺は《凡骨の意地》を墓地へ送りライフを1000回復だ!」

 

 《凡骨の意地》に描かれた青年が城之内に缶詰をそっと差し出し、夕日に消える。

 

城之内LP:2100 → 3100

 

「せやけどレッドアイズの攻撃は止まらへんで!」

 

 空高く上昇した《真紅眼の黒竜》が先程のようにブレスを溜め城之内を焼き尽くすべくその砲弾を射出する。

 

「ぐぁあぁっ!」

 

城之内LP:3100 → 700

 

 

「城之内君ッ!」

 

 残りライフがわずかとなった城之内に遊戯たちは心配のあまり声を上げるも、城之内の目にまだ闘志は残っていた。

 

「安心しな遊戯! 次のドローで《ベビードラゴン》さえ引けりゃ……」

 

 

 その城之内の呟きを聞いた竜崎は内心ほくそ笑む。

 

 竜崎の残りの手札は恐竜族の攻撃力を1000アップさせ、モンスターの戦闘破壊時に追加攻撃を可能にする罠カード《生存競争》、仮に《千年竜》を融合できたとしても《ワイルド・ラプター》を攻撃すれば返り討ちできる。

 

 もしも《真紅眼の黒竜》と同士討ちにし、壁モンスターで耐えようとすれば次のターンのドローで新たなモンスターを引き込み召喚。

 

 そして2体の攻撃でのフィニッシュ――竜崎は勝利を確信していた。

 

 

「ワイはカードを1枚伏せてターンエンドや! さあお前のラストターンやで城之内!」

 

 

 

「……俺のターンドロー!」

 

 引いたカードは《ベビードラゴン》ではなかった。

 

 ここまでかと残った手札のモンスター《時の魔術師》をセットしようとした城之内に不運――否、幸運が舞い込む。

 

「……俺はモンスターをセッとぉおおおうぁっ!」

 

 初めて使う慣れない試作型のデュエルディスクの操作を誤り、セットするはずのモンスターを攻撃表示で召喚してしまう。

 

 小さな爆発が起こりそこからシルクハットにマントを付けた目覚まし時計のモンスターが手に持つ杖の先のルーレットを掲げ現れる。

 

《時の魔術師》

星2 光属性 魔法使い族

攻 500 守 400

 

「やべえ攻撃表示で出しちまった……んっ?」

 

 最後の最後でヘマをしてしまい落ち込む城之内だが試作型デュエルディスクに灯るランプに気が付く――Mr.クロケッツに説明されたモンスター効果を発動可能であることを指し示すランプだと。

 

 勝機はまだ辛うじて残っていた。

 

「ッ! こうなりゃ一か八だぜ! 《時の魔術師》の効果発動! コイントスを1回行い裏表を当てる! 当たれば相手フィールドのモンスターを全て破壊! ハズレなら自分フィールドのモンスターを全て破壊し表側表示で破壊されたモンスターの攻撃力を合計した数値の半分のダメージを受けるぜ!」

 

 文字通りのギャンブルであるが、外れれば当然、城之内の負けであり、仮に当たったとしても次のターン恐竜族モンスターを引けばセットされたカードとのコンボで押し切れるため竜崎は己の勝利を疑わない。

 

「そんな博打に頼っるちゅうことは、それがお前の最後の手っちゅうわけやな!」

 

「まあな! コインの代わりにコイツを使うぜ――タイム・ルーレット!!」

 

 《時の魔術師》の持つ杖のルーレットが回転を始める。「当」の文字と髑髏のマーク、そのどちらが当たりなのかは一目瞭然である。

 

 

 段々と回転のスピードが収まっていき針の止った先は「当」――当たりである。

 

「よっしゃぁぁー! 成功だぜ! タイム・マジック!」

 

 《時の魔術師》時計部分の長針と短針が目まぐるしく回り出す。

 

 すると《ワイルド・ラプター》と《真紅眼の黒竜》が老いていき骨と皮になるも時計の回転は止まらず、その身体が腐食し最後は骨となって地面に倒れ伏し風化する。

 

「ワイのモンスターが……」

 

 

「まだ俺のターンは終わっちゃいねぇぜ! 魔法カード《死者蘇生》! これでお前の墓地の《真紅眼の黒竜》を蘇生するぜ!」

 

 再びフィールドに舞い降りた《真紅眼の黒竜》――竜崎の秘密兵器がその止めを刺すとは何とも皮肉なことである。

 

 

「行くぜバトルだ! えぇっとなんだっけかな……思いだせねぇ――なら! 城之内ファイヤァーー!!」

 

 《真紅眼の黒竜》の攻撃名「黒炎弾」を思い出せず即興で攻撃名を考えた城之内。

 

 だが《真紅眼の黒竜》はその無茶振りにも応え、いつもの丸い炎ではなく広範囲を焼き払うかのようなブレスを竜崎にぶつける。

 

「な、なんやとぉおおぉーー!!」

 

ダイナソー竜崎LP:2250 → 0

 

 

 

「そこまでです。勝者、城之内克也!」

 

 デュエルが終わり勝者の名をMr.クロケッツが高らかに宣言する。

 

 

 その宣言に遊戯たちは歓声と拍手を持って城之内を迎えに行く。

 

「やったね! 城之内君!」

 

「いやぁまさか勝っちまうとはな~」

 

「お兄ちゃんかっこよかったよ」

 

 仲間たちの祝福を受ける城之内。

 

 

 そんな祝福を受ける城之内に敗北した竜崎は近づき1枚のカードを差し出す。

 

「おい! 城之内! ワイに大事なこと気づかせてくれた礼にこのカードくれたるわ!」

 

「ん? ありがとよ! ってこれ《真紅眼の黒竜》じゃねぇーか! いいのかよ! 確か全財産はたいたとか言ってたけど……」

 

 お金の大切さを知る城之内は受け取っていいものかどうか悩むも、竜崎はニット帽を深くかぶり、今の自身の表情を悟られぬよう城之内に後押しするかのように言葉を続ける。

 

「ワイはパワーを重視しすぎとった。せやから恐竜族デッキにシナジーのないドラゴン族入れるようなマネしてもうたんや……ワイ自身に対する戒めの意味も込めてこの《真紅眼の黒竜》――受け取ってくれへんか?」

 

 竜崎の心の内を聞き、僅かに震えた竜崎の手を城之内は力強く握って握手を交わす。

 

「竜崎ッ! このカード大事に使わせてもらうぜ!」

 

「さよか……城之内! あんな形とはいえこのワイに勝ったんや、この先しょうもないデュエルしとったら許さへんで!」

 

 その言葉と共に去っていく竜崎に城之内は拳を握りしめて恥じぬデュエルをすると拳に誓った。

 

 

 

 

 

 観客席に向かう竜崎に一つの仮定が浮かぶ。

 

 もし先のデュエルで竜崎のデッキに《真紅眼の黒竜》がなければ《貪欲な壺》で引くカードは《ワイルド・ラプター》と《生存競争》、その場合デュエルの結果がどうなるかを考え、意味のない仮定に竜崎はその考えを振り払った。

 

 

 

 

 

 

 第1試合が終了し続く第2試合の宣言をMr.クロケッツが行う。

 

「第2試合、キース・ハワードVS孔雀舞の試合を休憩を挟んだ後に行います。両選手は規定時間までにご準備を済ませておいて下さい」

 

 

 大会中に交流を深めていた孔雀舞の試合の前に遊戯は孔雀舞を激励する。

 

「いよいよ舞さんのデュエルだね!」

 

「しっかし最初の試合から相手は全米チャンプが相手だなんて運がねぇなぁ」

 

 そんな城之内のデリカシーの欠ける言葉に杏子は厳しく返す。

 

「ちょっと城之内! そういうこと言うんじゃないわよ!」

 

「いいのよ杏子……アタシは誰が相手だろうと関係ないわ。自分のデュエルをするだけよ。じゃあアタシはそろそろ準備があるから……」

 

 そう言ってデュエル会場に向かう孔雀舞の後姿を見送りつつ城之内は遊戯に問う。

 

「なあ遊戯――キースってやろうはそんなに強いのか?」

 

「強いよ。デュエルモンスターズ発祥の地でチャンプになるなんて並大抵の強さじゃない……でも舞さんにだって勝機はあるはずだよ!」

 

 その答えた遊戯に本田もどこか落ち込んでいる城之内を励ますように言葉をかける。

 

「そうだぜ城之内、お前だって全国大会準優勝者相手にあんなマグレみたいな勝ち方できたんだ――舞ならもっとスマートに行けるだろうぜ」

 

「……そうだよな」

 

 そんな城之内の不安をよそにデュエルの開始時刻は刻一刻と迫っていた。

 

 

 




メガザウラーまではこのデュエルに入りきらなかった
非力な私を許してくれ……

そしてレベッカ全米チャンプになれそうにない


舞さんは予選で遊戯たちと仲良くなったことにしておいてくれ…(懇願)
ほら! なんかあったんだよ!


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第16話 挑戦者

また長くなったので2話に分けました――孔雀舞VSキース・ハワード 前編です

今後もデュエルは基本的に2話構成になりそうです。

前回のあらすじ
城之内「レッドアイズ、ゲットだぜ!」
キース「チャンプは一人、この俺様だ!」





 竜崎から城之内に《真紅眼の黒竜》が手渡されるのを神崎は確認しつつ、手元のカードに目を向ける――それは用意しておいた《真紅眼の黒竜》だった。

 

 神崎がこのカードを用意した背景には今大会のルールを真っ当な形に変更したため、原作のように「有利になった時点で提案するアンティ」が行えないからである。

 

 ゆえに城之内が《真紅眼の黒竜》を入手できないと考え、神崎が城之内に「ラッキーカードだ。こいつが君のところに行きたがっている」とでも言って渡そうと計画していたのだが徒労に終わった。

 

 今回の件で明らかになった竜崎の心境の変化。

 

 神崎はキースなどの心境の変化は知っていたが、今回の竜崎の変化は予想していなかったものであり、それゆえに今後、より警戒するように神崎は注意する。

 

 他のデュエリストの状態も変化している可能性も十分にあり得るのだから…。

 

 

 

 

 

 神崎がそう決心している内に次の対戦カードである孔雀舞VSキース・ハワードの両名が対戦会場にて向かい合っていた。

 

 勝負の前にお互いのデッキをシャッフルする中、キースは挑発交じりに言葉を放つ。

 

「最初から俺様に当たるなんざ運のねぇ奴だ……サレンダーでもしたらどうだぁ? 恥はかきたくねぇだろ?」

 

 ペガサスと戦う際にできる限り手の内を隠しておきたいが故の挑発だが孔雀舞は怒りと共に言葉を発する。

 

「あまりアタシを舐めないことね……それにデュエリストがデュエルから逃げるわけがないでしょ!」

 

 その怒りをキースは感じ取り、冷静になれないものに勝機はないと考えながら。お互いのデッキを返し所定の位置に付く。

 

「クククッ、そうかい――なら始めさせてもらうぜ!」

 

 

「「デュエル!!」」

 

 先行は孔雀舞。

 

「アタシのターン! ドロー、アタシは《ハーピィ・チャネラー》を召喚! そして効果発動! 1ターンに1度手札の『ハーピィ』と名のつくカードを捨てデッキから『ハーピィ』と名のつくモンスターを守備表示で特殊召喚するわ! 来なさい! ハーピィの忠実なる僕――《ハーピィズペット(ドラゴン)》!!」

 

 一陣の風と共に黒い羽根を羽ばたかせ、髪を左右に結った鳥人(ハーピィ)の交霊師《ハーピィ・チャネラー》がフィールドに舞い降りる。

 

 そして右手に持つ杖を地面に向けると上空からその地点に薄桃色のドラゴン《ハーピィズペット竜》が降り立ちこうべを垂れ、その首に《ハーピィ・チャネラー》は左手の鎖の付いた首輪をかけ喉を撫でた。

 

《ハーピィ・チャネラー》

星4 風属性 鳥獣族

攻1400 守1300

 

《ハーピィズペット竜》

星7 風属性 ドラゴン族

攻2000 守2500

 

「《ハーピィズペット竜》はフィールドの《ハーピィ・レディ》の数だけパワーアップするわ! そして《ハーピィ・チャネラー》はフィールドと墓地では《ハーピィ・レディ》として扱う――よって《ハーピィズペット竜》はパワーアップよ!」

 

《ハーピィズペット竜》

攻2000 守2500

攻2300 守2800

 

「カードを2枚セットしターンエンド。そしてこの瞬間! 墓地の《ハーピィ・ハーピスト》の効果発動! 墓地に送られたターンのエンドフェイズにデッキから攻撃力1500以下の鳥獣族・レベル4モンスターを手札に加えるわ! 《ハーピィ・レディ》を手札に加えるわ! さあかかってらっしゃい!」

 

 墓地から《ハーピィ・ハーピスト》のハープの音色が流れ、孔雀舞の手札にカードを呼び込んだ。

 

 孔雀舞は盤石の態勢でキースを迎え撃つ。

 

 

「なら遠慮なくいかせてもらうぜ! 俺様のターン! ドロー! 手札から魔法カード《闇の誘惑》を発動! デッキから2枚ドローし手札の闇属性モンスター《リボルバー・ドラゴン》を除外するぜ」

 

 キースのデッキから闇が溢れ、そこからキースはカードを引くと頭と手が回転式拳銃になった機械龍《リボルバー・ドラゴン》が闇に呑みこまれていった。

 

「まずは場を整えねぇとな…。手札から永続魔法《機甲部隊の最前線(マシンナーズ・フロントライン)》を発動! そんでもってまずはコイツだ――来な! 《メカ・ハンター》!」

 

 フィールドに突如として現れる機械仕掛けの前線基地。そしてその基地から球体のボディに2枚の羽と7本のアームに武器を携えた《メカ・ハンター》が飛び出す。

 

《メカ・ハンター》

星4 闇属性 機械族

攻1850 守 800

 

「さあ行けバトルだ! 《メカ・ハンター》その小娘を八つ裂きにしな!」

 

 7本の腕の武器それぞれを《ハーピィ・チャネラー》へと向けて飛びかかる《メカ・ハンター》。

 

 だが孔雀舞は「その程度?」と言わんばかりにセットカードを発動させる。

 

「全米チャンプともあろうものが少しばかり無警戒過ぎよ! 永続罠! 《銀幕の鏡壁(ミラーウォール)》発動! これでそのモンスターは鏡の中の自身を攻撃し攻撃力が半減するわ!」

 

 フィールドに現れる鏡の壁。《ハーピィ・チャネラー》を狙った《メカ・ハンター》の武器は鏡の中の《メカ・ハンター》に突き刺さり、鏡の中の自身の同じ個所に穴が開いた《メカ・ハンター》は煙を上げながら失速する。

 

《メカ・ハンター》

攻1850 → 攻925

 

「返り討ちにしてあげなさい! 《ハーピィ・チャネラー》!」

 

 そして壁が消えると《ハーピィ・チャネラー》が杖から風の刃を飛ばし機能の低下した《メカ・ハンター》を狙う。

 

 迎撃しようとする《メカ・ハンター》だがその動きは悪く、健闘むなしく切り裂かれた。

 

キースLP:4000 → 3525

 

「クククッ……」

 

 自身のモンスターが破壊されたにもかかわらずキースの余裕は崩れない。

 

「この瞬間! 永続魔法《機甲部隊の最前線》の効果を発動だ! 1ターンに1度、機械族モンスターが戦闘破壊され墓地に送られた時、デッキから同じ属性のそのモンスターより攻撃力の低い機械族モンスターを特殊召喚する! 《振り子刃の拷問機械》を守備表示で特殊召喚!」

 

 破壊された《メカ・ハンター》の残骸が基地に送られ、機械の作業音が鳴り響く。

 

 そして音が鳴りやむと振り子刃に赤い金属の腕と兜のような頭パーツを持った《振り子刃の拷問機械》が腕を交差させ防御姿勢を取った。

 

《振り子刃の拷問機械》

星6 闇属性 機械族

攻1750 守2000

 

「っ! でも《銀幕の鏡壁》は永続罠! どのみち攻撃すれば返り討ちよ! そうやってガードを固めてなさい!」

 

 結果的に不用意に罠カードを晒してしまった孔雀舞は自身の目論見が外れようとも有利な状態に変わりはないと自分自身に言い聞かせる。

 

「ならそうさせてもらうとするさ……カードを2枚セットしターンエンドだ」

 

 

 

「アタシのターン! ドロー! アタシのスタンバイフェイズに《銀幕の鏡壁》の維持のためにライフポイントを2000払うわ」

 

孔雀舞LP:4000 → 2000

 

 《銀幕の鏡壁》は強力な効果ゆえに相応のデメリットがある。その様子を見てキースは笑いながら問いかける。

 

「おいおいいきなりライフポイントが半分になるたぁ――この先大丈夫かよっ!」

 

「おあいにくさま! 永続罠《女神の加護》を発動しライフを3000回復するわ!」

 

 《逆転の女神》が光の中から現れ、その身から聖なる力が溢れ孔雀舞に逆転の力(ライフ)を与えた。

 

孔雀舞LP:2000 → 5000

 

「ハハッ! だがソイツはフィールドから離れた時3000ものダメージを与えるはず……虚勢を張るのも大概にしな!」

 

 3000回復しても3000ダメージを受ける可能性のある状態の孔雀舞のライフに実質変わりはしないと笑うキース。

 

 だが孔雀舞はだからどうしたとデュエルを続ける。

 

「アンタは自分の心配でもしときなさい! アタシは手札の《ハーピィ・レディ》を捨て再び《ハーピィ・チャネラー》の効果を発動し《ハーピィ・レディ・SB(サイバー・ボンテージ)》を守備表示で特殊召喚!」

 

 《ハーピィ・チャネラー》が再び杖を振り仲間を呼ぶ。その呼び声に呼応するように緑の羽根を広げ青いアーマーを装備した《ハーピィ・レディ・SB》が鞭をしならせ《ハーピィ・チャネラー》のとなりに舞い降りる。

 

《ハーピィ・レディ・SB》

星4 風属性 鳥獣族

攻1800 守1300

 

「《ハーピィ・レディ・SB》はルール上《ハーピィ・レディ》として扱われるわ。よって《ハーピィズペット竜》もさらにパワーアップ!」

 

《ハーピィズペット竜》

攻2300 守2800

攻2600 守3100

 

「そして永続魔法《ヒステリック・サイン》を発動しデッキから《万華鏡-華麗なる分身-》を手札に加えるわ」

 

 《ハーピィ・チャネラー》が杖を中央に構え祈りをかけると《ハーピィズペット竜》の後ろに魔法陣が現れ、そこからカードが孔雀舞の手札に送られる。

 

「そして今手札に加えた《万華鏡-華麗なる分身-》をそのまま発動! フィールド上に《ハーピィ・レディ》がいる時、手札・デッキから《ハーピィ・レディ》か《ハーピィ・レディ三姉妹》を特殊召喚!」

 

 空中に万華鏡が現れクルクルと回る。

 

「フィールドには《ハーピィ・レディ》として扱う《ハーピィ・チャネラー》と《ハーピィ・レディ・SB》がいる! 来なさい! 魅惑の狩人三姉妹! 《ハーピィ・レディ三姉妹》!」

 

 万華鏡は《ハーピィ・チャネラー》を写し取りその回転を加速し始める。

 

 その万華鏡は最後には砕けちり鏡の破片をフィールドに散らばせ、金のアーマーを装着した3体のハーピィがその翼を広げた。その3体は手に持つムチの状態をそれぞれ確かめる。

 

《ハーピィ・レディ三姉妹》

星6 風属性 鳥獣族

攻1950 守2100

 

 孔雀舞のフィールドを埋め尽くす華麗なる狩人たち、その爪が今振るわれる。

 

「《ハーピィズペット竜》を攻撃表示に変更しバトルよ! 《ハーピィズペット竜》! 《振り子刃の拷問機械》を焼き尽くしなさい! セイント・ファイアー・ギガ!」

 

 《ハーピィズペット竜》の聖なる炎のブレスが《振り子刃の拷問機械》を焼く。必死に耐える《振り子刃の拷問機械》だがやがて機械の身体が溶け、振り子刃が地面に落ち砕けた。

 

「だが永続魔法《機甲部隊の最前線》の効果により《ツインバレル・ドラゴン》を守備表示で特殊召喚!」

 

 小型の拳銃「ダブルデリンジャー」の頭部を持った2足の機械龍が基地より飛び出しその身を伏せる。

 

《ツインバレル・ドラゴン》

星4 闇属性 機械族

攻1700 守 200

 

「さらに《ツインバレル・ドラゴン》の効果を発動ォ! このカードの召喚・反転召喚・特殊召喚時に相手フィールド上に存在するカード1枚を選択しコイントスを2回行い、2回とも表だった場合、そのカードを破壊するぜ! 選ぶのは当然《銀幕の鏡壁》!」

 

 頭の拳銃部分の撃鉄を引く《ツインバレル・ドラゴン》。そして引き金を引くも「カチッ」という音だけで弾は出なかった。

 

 《ツインバレル・ドラゴン》はその首を下ろし残念そうに地面を蹴る。

 

「どうやらハズレの様ね……なら《ハーピィ・チャネラー》! 《ツインバレル・ドラゴン》を片付けなさい!」

 

 《ハーピィ・チャネラー》はバットのように杖を構え《ツインバレル・ドラゴン》を殴り飛ばす。

 

 軽い一撃だが《ツインバレル・ドラゴン》は頭部の銃に不具合を起こし暴発、吹き飛んだ頭が落ちる共にその身は崩れ落ちた。

 

「《機甲部隊の最前線》の効果は1ターンに1度! これでアンタのフィールドは空、ダイレクトアタックよ! 《ハーピィ・レディ三姉妹》 トライアングル・(エクスタシー)・スパーク!」

 

 《ハーピィ・レディ三姉妹》がそれぞれの手にエネルギーをため、それは三角形を描くように繋がり「X」の文字と共に打ち出そうとする。だが――

 

「させるかよ! 永続罠《闇次元の解放》を発動! コイツで除外された闇属性モンスターを呼び出すぜ! さぁ! ハンティングの時間だ! 《リボルバー・ドラゴン》!」

 

 《ハーピィ・レディ三姉妹》の攻撃方向に空間の歪みが現れ、そこから頭と手が回転式拳銃になった機械龍《リボルバー・ドラゴン》が駆動音とその巨体を唸らせる。

 

《リボルバー・ドラゴン》

星7 闇属性 機械族

攻2600 守2200

 

「――攻撃力2600ですって! 攻撃は中止よ! くっ! カードを1枚セットしてターンエンドするわ……」

 

 出鼻を挫かれてしまった孔雀舞は攻めきれなかったことに悔しさを感じつつターンエンドした。その胸中に不安が残る。

 

 

 

「さぁて俺様のターン、ドロー! そして《リボルバー・ドラゴン》の効果だ! 1ターンに1度相手フィールドのモンスター1体に対しコイントスを3回行い、その内2回以上が表ならソイツを破壊するぜ! さあ回れ! ロシアン・ルーレット!」

 

 宣言と共に頭と両手の回転式拳銃が撃鉄を引きリボルバーが回転を始める。そして撃鉄が振り下ろされ「カチッ」と音が鳴るまたしてもハズレの様だ。

 

「チッ! またハズレか……運のいいこった。だったら《リボルバー・ドラゴン》! 《ハーピィ・チャネラー》を打ち抜いてやりな! 銃砲撃(ガン・キャノン・ショット)!」

 

 《ハーピィ・チャネラー》に3つの銃口を向ける《リボルバー・ドラゴン》。だが――

 

「忘れたの? アタシのフィールドの《銀幕の鏡壁》を! 自分自身に攻撃なさいっ!」

 

 3つの銃口から放たれた銃弾は地面からせり上がった鏡の壁の中の《リボルバー・ドラゴン》を打ち抜き、同じ個所に穴の開いた《リボルバー・ドラゴン》がその膝をついた。

 

《リボルバー・ドラゴン》

攻2600 → 攻1300

 

「これでまた《ハーピィ・チャネラー》の返り討ちよ!」

 

 《ハーピィ・チャネラー》が杖を掲げ複数の風の刃を《リボルバー・ドラゴン》に叩きつけその機械仕掛けの身体をバラバラにした。

 

キースLP:3525 → 3425

 

「これで良いんだよ! 永続魔法《機甲部隊の最前線》の効果で《ブローバック・ドラゴン》を攻撃表示で呼び出すぜ!」

 

 《ツインバレル・ドラゴン》より一回り大きく頭部が自動式拳銃の機械龍が《リボルバー・ドラゴン》の残骸から這い出る。

 

《ブローバック・ドラゴン》

星6 闇属性 機械族

攻2300 守1200

 

「そしてバトルを終了し――メインフェイズ2でコイツの効果を発動! 効果は《リボルバー・ドラゴン》と同じだがコイツの獲物は相手フィールド上の全てのカードから選べるのさ! 選ぶのは当然! 《銀幕の鏡壁》!」

 

「なんですって! ……でも早々当たるもんじゃないわ!」

 

 このデュエルの中でこの手の効果は3度目、そろそろ当たり出してもおかしくはない。

 

 そんな思いを孔雀舞は押しとどめ強気な対応を取る。

 

 

 銃身が《銀幕の鏡壁》を向き自動式拳銃のスライドが発砲の反動で後退し、弾丸を射出する――当たりだ。

 

 その銃弾は《銀幕の鏡壁》の鏡の壁を粉々に砕き障害を完全に破壊した。

 

「これで頼みの綱のカードがなくなっちまったなぁ。俺様はカードを2枚セットしターンエンドだ」

 

 

 

 文字通りの強力な壁を短時間で失った孔雀舞は計算外の事態にも落ち着いてデュエルに臨む。

 

「アタシのターン、ドロー! アタシは《ハーピィ・レディ・SB》を攻撃表示に変更しバトルよ! 行け! 《ハーピィズペット竜》! セイント・ファイアー・ギガ!」

 

 《ハーピィズペット竜》の聖なる炎が吐き出される前に《ブローバック・ドラゴン》は頭部の自動式拳銃から銃弾を放ち続ける。

 

 その度に発砲の反動で後退し薬莢が地面に落ちるが《ブローバック・ドラゴン》は飛翔し始めた《ハーピィズペット竜》を狙い続けた。

 

 だが頭部の可動域の限界に差し掛かり《ハーピィズペット竜》を狙う銃弾が無くなった隙を突かれその身は聖なる炎に沈む。

 

キースLP:3425 → 3125

 

「だぁが当然永続魔法《機甲部隊の最前線》の効果だ! 来い! 《スロットマシーンAM(エーエム)-7》!」

 

 金色の巨躯が燃え尽きた《ブローバック・ドラゴン》の残骸を踏みつけ跳躍し地響きと共に着地する。そして右手のレーザー砲を敵に向け、左手で自身の身体のスロットを動かすレバーを持ち臨戦態勢に入った。

 

《スロットマシーンAM-7》

星7 闇属性 機械族

攻2000 守2300

 

「くっ! 次から次へと……アタシはカードを1枚伏せてターンエンドよ!」

 

――攻めきれない。

 

 その焦りを押し殺すも全米チャンプでありナンバーワンカードプロフェッサーの実力に孔雀は舞は歯噛みした。

 

 

 

 




TM-1ランチャースパイダー「次回は俺のランチャーが火を噴くぜ!」

キース「悪いなTM-1ランチャースパイダー……このデッキ、闇属性なんだ」

TM-1ランチャースパイダー(炎属性)「えっ」

デビルゾア(闇属性)「残念だったな! 我が活躍を指を咥えて見ているがいい」

キース「……悪いなデビルゾア……このデッキ、機械族なんだ」

デビルゾア(悪魔族)「!?」


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第17話 全米チャンプ


また長くなったので2話に分けました――孔雀舞VSキース・ハワード 後編です

今後もデュエルは基本的に2話構成になりそうです。

前回のあらすじ
LP4000でLP2000のコストは重すぎるよ……

デッキを再現するにあたって弾かれたモンスターたち
TM-1ランチャースパイダー「俺が何をした!」
デビルゾア「メタル化すれば我だって……」



 

 キースと孔雀舞の攻防から違和感を感じ取った城之内は思わず遊戯に尋ねる。

 

「なあ遊戯……舞の方がキースの野郎のモンスターを倒しまくって有利なはずなのになんであんなに苦しそうなんだ?」

 

 今現在フィールド及びライフアドバンテージは孔雀舞が優勢であるが孔雀舞の焦りの表情が城之内は引っかかる。

 

「今は舞さんが有利だけどそれは相手がほとんど攻めて来なかったからなんだ……でもキースはモンスターを途切れさせずに舞さんを守っていた《銀幕の鏡壁》を破壊した。ここから全米チャンプの全力の攻撃が始まるよ。舞さんはそれを警戒してるんだ」

 

 その遊戯の答えと共にキースが大きく動き始める。

 

 

 

「俺様のターン、ドロー。まずはセットしていたカードをオープン! 永続罠《リビングデッドの呼び声》発動! コイツの効果で墓地のモンスター1体を特殊召喚だ! 甦れ! 《ブローバック・ドラゴン》!」

 

 地面から土を払いのけ再び《ブローバック・ドラゴン》がその身を現し、全身を震わせ身体に付いた土を払う。

 

《ブローバック・ドラゴン》

星6 闇属性 機械族

攻2300 守1200

 

「そして効果発動! 対象はテメェのセットカードだ!」

 

 セットカードに狙いを定め自動式拳銃の引き金を引こうとする。だが――

 

「甘いわ! その効果にチェーンして手札を1枚捨て罠カード《レインボー・ライフ》を発動! このターン自分はダメージを受ける時、代わりにその数値分だけライフポイントを回復する!」

 

 孔雀舞のフィールド全てに虹がかかり、その後で《ブローバック・ドラゴン》の弾丸が《レインボー・ライフ》へ向け発射――されない。ハズレだったようだ。

 

「なら《スロットマシーンAM-7》! 《ハーピィ・レディ・SB》を撃ち抜きな! プラズマ・レーザー(キャノン)!!」

 

 《スロットマシーンAM-7》は左手で自身に取り付けられたレバーを引き右手のレーザー砲のチャージを始めるも、そうはさせぬと《ハーピィ・レディ・SB》は鞭をレーザー砲に括り付け打たせまいと奮闘する。

 

 だが《スロットマシーンAM-7》はレバーを引き終わった左手で鞭をつかみ《ハーピィ・レディ・SB》を地面に叩きつける。

 

 それでも再度立ち上がろうとしている《ハーピィ・レディ・SB》だがその身はレーザー砲に貫かれた――左手はレーザー砲に添えるだけ。

 

「くっ! でも《レインボー・ライフ》の効果で回復するわ!」

 

孔雀舞LP:5000 → 5200

 

「だがフィールドの《ハーピィ・レディ》が減ったことで《ハーピィズペット竜》の能力はダウンだ!」

 

《ハーピィズペット竜》

攻2600 守3100

攻2300 守2800

 

「そして《ブローバック・ドラゴン》で《ハーピィズペット竜》に特攻だ!」

 

「迎え撃ちなさい! 《ハーピィズペット竜》!」

 

 確実に銃弾を当てるため距離を詰めに来る《ブローバック・ドラゴン》に《ハーピィズペット竜》の聖なる炎がその機械の身体を襲う。

 

 だが威力の下がった炎では《ブローバック・ドラゴン》の歩みは止まらず、機械の龍は生身の龍にその身を激突させる。さらに逃がさないと言わんばかりにその金属の牙を《ハーピィズペット竜》に突き立て至近距離で頭部の自動式拳銃が火を噴く。

 

 燃え尽きつつある機械の身体を気にせず撃ち続けた銃弾に《ハーピィズペット竜》は倒れ、それを見届けた《ブローバック・ドラゴン》もまた立ったまま機能停止した。

 

「良い散りざまだったぜ《ブローバック・ドラゴン》……だが安心しな永続魔法《機甲部隊の最前線》の効果でテメェの意思は受け継がれるぜ! 死者の時を喰らい現れな《タイム・イーター》!」

 

 機能停止した《ブローバック・ドラゴン》から摩訶不思議な時計が現れ、その時計裏から顔にボルトを撃ち込んだ青色の肌の巨人の姿が現れる――時計はその巨人の腹に付けられたもののようだ。

 

《タイム・イーター》

星6 闇属性 機械族

攻1900 守1700

 

「ククッ! そんなに回復したけりゃ好きなだけ回復させてやるぜ! 《タイム・イーター》で《ハーピィ・チャネラー》を攻撃しな! スキップフェイズ!」

 

 《ハーピィ・チャネラー》へ向かってズカズカと突き進む《タイム・イーター》。

 

 それに対して《ハーピィ・チャネラー》が杖を振り風の刃を放つが、それが当たる直前に《タイム・イーター》は姿を消しいつの間にか《ハーピィ・チャネラー》の背後に現れその青い腕に捉えられてしまう。

 

 やがてもがく《ハーピィ・チャネラー》の姿が急激に老いていき最後は骨と皮だけとなって風化していった。

 

「《レインボー・ライフ》の効果で回復よ……」

 

孔雀舞LP:5200 → 5700

 

「俺様はカードを2枚セットしてターンエンドだ。ククッ! さっきまでの威勢はどうしたよ!」

 

 挑発を続けターンを終えようとするキースだが、孔雀舞から待ったがかかる。

 

「っ! 待ちなさい! アタシはアンタのターンエンド時に速攻魔法《非常食》を発動するわ! 魔法・罠ゾーンのカードをすべて墓地へ送り、送ったカード1枚に付き1000ポイントライフを回復するわ! 送ったカードは《女神の加護》と《ヒステリック・サイン》の2枚――よって2000ポイントの回復よ!」

 

 孔雀舞の魔法・罠ゾーンのカードが「ポンッ」という音と共に乾パンの缶詰へと姿を変え孔雀舞のライフを回復する。

 

孔雀舞LP:5700 → 7700

 

「さらに墓地へ送られた《女神の加護》の効果で3000ポイントのダメージを受ける! でも《レインボー・ライフ》の効果でそのダメージは回復へと変わるわ! よって3000ポイント回復!」

 

 聖なる光がフィールドから離れる際に光弾を落とすも虹の壁により癒しの光に変換された。

 

孔雀舞LP:7700 → 10700

 

「……なるほどな。そうやって《銀幕の鏡壁》の維持コストを稼ごうとしたわけだ。だがそのカードはとうの昔に破壊しちまったがなぁ!」

 

 そう言って笑うキースだがその目に油断や慢心などはない。

 

「まだよ! さらに墓地へ送られた《ヒステリック・サイン》はエンド時にデッキからカード名が異なる『ハーピィ』と名のついたカードを3枚まで選んで手札に加える! アタシは《ハーピィ・チャネラー》、《ハーピィ・クィーン》、《ハーピィの羽根帚》を選ぶわ!」

 

 

 

 一気に手札が増えた孔雀舞。次のターンで反撃するべくカードを引く。

 

「そしてアタシのターン、ドロー! アタシは手札から――」

 

 そう言って手札からか通常魔法を発動しようとするがなぜかフィールドの《ハーピィ・レディ三姉妹》が攻撃姿勢に入っている。

 

「――どうして……」

 

 そんな想定外の事態に動揺する孔雀舞にキースが得意げに説明を入れる。

 

「クククッ《タイム・イーター》の効果さ……コイツがバトルで相手モンスターを破壊した時、次の相手ターンのメインフェイズ1をスキップするのさ! よって今はテメェのバトルフェイズってわけだ!」

 

「なんですって!」

 

 メインフェイズ1をスキップされたためバトルの前に新たなモンスターは召喚できず、今孔雀舞のフィールドにいるのは《ハーピィ・レディ三姉妹》のみである。

 

 《タイム・イーター》を破壊することはできるが《機甲部隊の最前線》により別のモンスターが召喚されるだけだと考え孔雀舞はガードを固める決断をした。

 

「……アタシは何もせずバトルフェイズを終了しメインフェイズ2に入るわ。そして魔法カード《ハーピィの羽根帚》を発動! これで相手フィールドの魔法・罠カードを全て破壊するわ! 厄介なそのカードには消えてもらうわよ!」

 

 フィールド上に《ハーピィの羽根帚》が現れ《ハーピィ・レディ三姉妹》がそれを振るうと突風が起こりやがてそれは大竜巻となってキースの魔法・罠カードに襲い掛かる。だが――

 

「おっとそうはいかねぇぜ。ソイツに対しカウンター罠《大革命返し》を発動! コイツの効果でフィールドのカードを2枚以上破壊するモンスターの効果・魔法・罠カードの発動を無効にし、除外する! 消えな!」

 

 キースの発動したカードにより、散っていった《メカ・ハンター》、《振り子刃の拷問機械》、《ツインバレル・ドラゴン》、《ブローバック・ドラゴン》、《リボルバー・ドラゴン》が壊れた身体で現れ大竜巻に突撃し、その身を犠牲にカードを守る。

 

「っ! だったら手札の《ハーピィ・クィーン》を墓地へ捨てデッキからフィールド魔法《ハーピィの狩場》を手札に加えそのまま発動!」

 

 ハーピィの女王《ハーピィ・クィーン》がその白い羽根を舞い散らせフィールドをハーピィに適したものへと変化させ、最後は光の粒子となって消えていく。

 

「その効果により鳥獣族モンスターの攻撃力と守備力は200ポイントアップし、《ハーピィ・レディ》または《ハーピィ・レディ三姉妹》が召喚・特殊召喚された時、フィールド上に存在する魔法・罠カード1枚を破壊するわ!」

 

 そして孔雀舞はキースの布陣を崩すため手札のハーピィを呼び出す。

 

「フィールド・墓地で《ハーピィ・レディ》として扱う《ハーピィ・チャネラー》を召喚! 《ハーピィの狩場》の効果で今度こそ《機甲部隊の最前線》を破壊するわ!」

 

 フィールドに飛び立った《ハーピィ・チャネラー》は上空から《機甲部隊の最前線》へ向けて急降下し飛び降り蹴りとも呼べる技で《機甲部隊の最前線》を踏み抜いた。

 

《ハーピィ・チャネラー》

星4 風属性 鳥獣族

攻1400 守1300

 

「これで厄介なカードは消えたわ! そしてフィールド魔法《ハーピィの狩場》の効果で鳥獣族であるハーピィたちはパワーアップ!!

 

 己がテリトリーにハーピィたちは宙を舞い、己が力の高まりを示す。

 

《ハーピィ・チャネラー》

攻1400 守1300

攻1600 守1500

 

《ハーピィ・レディ三姉妹》

攻1950 守2100

攻2150 守2300

 

「最後に手札から魔法カード《死者蘇生》を発動し《ハーピィズペット竜》を守備表示で特殊召喚! さらに《ハーピィ・レディ三姉妹》を守備表示に変更してカードを1枚セット、ターンエンドよ……」

 

 再度舞い降りた《ハーピィズペット竜》はその翼を交差し守りの姿勢を見せる。

 

 その守りは《ハーピィ・レディ》として扱う《ハーピィ・チャネラー》がいることもありさらに強固なものとなった。

 

《ハーピィズペット竜》

星7 風属性 ドラゴン族

攻2000 守2500

攻2300 守2800

 

 

 

 孔雀舞は守りを固め次のターンに備える。だがその『()』をキースは逃さない。

 

「俺様のターン、ドロー。――どうやら俺様のデッキはそろそろこのデュエルを終わらせたいらしい……魔法カード《死者蘇生》を発動! 効果は解ってるよなぁ……さぁ甦り敵を打ち抜け! 《リボルバー・ドラゴン》!」

 

 砕け散った機械の身体を再度チューンナップし現れる機械龍。獲物に舌なめずりするかのように頭と手の回転式拳銃が鈍く光る。

 

《リボルバー・ドラゴン》

星7 闇属性 機械族

攻2600 守2200

 

「《リボルバー・ドラゴン》の効果――」

 

 回転式銃が火を噴かんとするが孔雀舞の声がそれをかき消す。

 

「《リボルバー・ドラゴン》の特殊召喚時、罠カード《ゴッドバードアタック》を発動するわ! 自分フィールドの鳥獣族モンスター《ハーピィ・チャネラー》をリリースし、フィールドのカード2枚を破壊する! 対象は《リボルバー・ドラゴン》と《タイム・イーター》!」

 

「俺様は2枚の罠カードを発動――」

 

 2枚目の《大革命返し》を警戒していた孔雀舞だがキースが宣言したのはカウンター罠ではなく通常罠。ならば《ゴッドバードアタック》はそう簡単には止められない。

 

「無駄よっ! もうハーピィは止まらないわ!」

 

 《ハーピィ・チャネラー》は命を燃やしその身を炎を纏わせ《リボルバー・ドラゴン》と《タイム・イーター》に向かって飛び立つ。そしてキースのフィールドは炎に包まれた。

 

 その後、炎は煙となりキースのフィールドの様子は窺えない。だが孔雀舞はそのフィールド上の状況を予測し得意げに笑うが――。

 

「これでアンタのフィールドのモンスターは《スロットマシーンAM-7》のみ、そのカードだけじゃ《ハーピィズペット竜》の守りを超えられ――」

 

 《ゴッドバードアタック》により煙が吹き荒れ見えなかったフィールドの視界が徐々に開かれ、判明したものは孔雀舞の予測とは大幅に違うものだった。

 

 《ゴッドバードアタック》に焼かれたのは黒コゲになり今にも崩れそうな《タイム・イーター》のみであり、《リボルバー・ドラゴン》の姿はない。

 

 その代わりなのかフィールドに「欲」の文字が現れている。

 そして、いるはずのないモンスターがフィールドに円を描いた電磁波の中でその自動式拳銃の頭部を今か今かと《ハーピィズペット竜》に向けている。

 

《ブローバック・ドラゴン》

星6 闇属性 機械族

攻2300 守1200

 

「な、なんで……」

 

 呆然とする孔雀舞にキースが狂ったように笑いながらその種を明かす。

 

「ヒャハハハハ――テメェの《ゴッドバードアタック》にチェーンしてこの2枚のカードを発動させていたのさ! そしてチェーンは逆処理に進む! よって最初に発動するのは最後に発動した《闇霊術-「欲」》!」

 

 フィールドの「欲」の文字が暗い光を放つ。

 

「コイツの効果で俺様のフィールド上の闇属性モンスター《リボルバー・ドラゴン》1体をリリースしてデッキからカードを2枚ドロー! だがテメェが手札から魔法カード1枚を見せりゃあ無効にされちまうが……今のテメェの手札は0! 無理な相談だったな!」

 

 キースの宣言と共に「欲」の文字はスッと消えていく――キースの種明かしは続く。

 

「そして次に発動するのは罠カード《サイコ・ショックウェーブ》! コイツによりテメェが《ゴッドバードアタック》――つまり罠カードを発動した時、俺様の手札から魔法・罠カード1枚を捨てて発動でき、自分のデッキから機械族・闇属性・レベル6のモンスター1体を特殊召喚できるのさ!」

 

 フィールドに円を描いた電磁波が消え、《ブローバック・ドラゴン》が前に歩み出る。

 

「よって俺様の手札の魔法カード《アイアンコール》を捨て《ブローバック・ドラゴン》を呼び出したって寸法よ……理解できたかぁ?」

 

 その説明の間に《タイム・イーター》は崩れ落ちた。

 

「サクリファイス・エスケープッ!」

 

 サクリファイス・エスケープ――それはモンスターを自発的に退かす事で相手のカードの除去等を回避するテクニックである。

 

 それにより《ハーピィ・チャネラー》のその身を賭けた《ゴッドバードアタック》で破壊できたのは《タイム・イーター》のみ、その事実に孔雀舞は自身のカードを無駄死に近い形で失ってしまったことに対し己の未熟さを呪う。

 

「そして楽しいロシアンルーレットの時間だぜぇ――《ブローバック・ドラゴン》の効果対象は当然《ハーピィズペット竜》!」

 

 そして《ブローバック・ドラゴン》の頭部の自動式拳銃を《ハーピィズペット竜》に向け引き金を引く。

 

 弾は――発射された――当たりである。

 

 放たれた弾丸は《ハーピィズペット竜》の交差した翼を易々食いちぎりその身体に大穴を開けた。

 

 よって孔雀舞に残されたのはフィールドの《ハーピィ・レディ三姉妹》のみ、いよいよ追いつめられてきた。

 

「さらに俺は永続罠《強化蘇生》を発動! 墓地の《メカ・ハンター》蘇生!!」

 

 再びその丸いボディを浮かばせ、多くのアームに武器を持ちリベンジに燃える《メカ・ハンター》。

 

《メカ・ハンター》

星4 闇属性 機械族

攻1850 守 800

 

「そして魔法カード《マジック・プランター》で永続罠《強化蘇生》を墓地に送り2枚ドロー!」

 

 引いた手札を見たキースは勝負を決めるべきカードを発動させる。

 

「そして! 永続魔法《マシン・デベロッパー》を発動! これでフィールドの機械族の攻撃力は200アップ!」

 

 キースのフィールドに現れた工場の力でバージョンアップされるマシンたち。

 

《メカ・ハンター》

攻1850 → 攻2050

 

《スロットマシーンAM-7》

攻2000 → 攻2200

 

《ブローバック・ドラゴン》

攻2300 → 攻2500

 

「バトル! 《ブローバック・ドラゴン》で《ハーピィ・レディ三姉妹》を攻撃!」

 

 《ブローバック・ドラゴン》は《ハーピィ・レディ三姉妹》に突撃し、ばらけた三姉妹を牙で噛み砕き、尻尾で薙ぎ払い、その機械の重量をもって足で踏み潰す。

 

「そしてがら空きのテメェに《スロットマシーンAM-7》と《メカ・ハンター》でダイレクトアタックだ!」

 

 《スロットマシーンAM-7》は右手のレーザー砲を孔雀舞に叩きつけ、《メカ・ハンター》はその翼のブースターを噴かし錐もみ回転しながら体当たりを加えた。

 

「くぅううっ!」

 

孔雀舞LP:10700 → 8500 → 6450

 

「俺様はこれでターンエンドだ! さあテメェのラストターンだぜ!」

 

 

 

 その言葉に孔雀舞はデッキに手をかけ目を閉じる。キースの言うとおりこのドローで状況を好転させることが出来なければ孔雀舞の敗北は必至。

 

「アタシのターン……ドローッ!! っ!」

 

 孔雀舞の引いたカードは逆転の可能性を秘めたカード。だが次のターン《ブローバック・ドラゴン》の効果で破壊されなければという注釈がつくが。

 

「アタシはカードを1枚伏せてターンエンドよ……」

 

「俺様のターン、ドローだ! 終わらせるとするかねぇ……テメェのセットカードを対象に《ブローバック・ドラゴン》の効果発動!」

 

 《ブローバック・ドラゴン》がセットカードに向けて孔雀舞の運命を賭けた引き金を引く。弾は――出なかった――ハズレである。

 

 

 安堵する孔雀舞だがキースはもう1枚の手札を切る。

 

「だったら手札から速攻魔法《サイクロン》! コイツで今度こそテメェのセットカードを破壊だ!」

 

 フィールド上の魔法・罠カードを1枚破壊する竜巻が孔雀舞の逆転のカード《聖なるバリア -ミラーフォース-》を飲み込み破壊した。

 

「あぶねぇあぶねぇ――そのまま攻撃してたらヤバかったかもなぁ! だがこれで万策尽きたわけだ。俺様は《キャノン・ソルジャー》を召喚しすべてのモンスターでダイレクトアタックだ! コイツで終わりだっ!」

 

 紫のボディを光らせ背中に取り付けられたキャノン砲を相手に向ける《キャノン・ソルジャー》。その力は《マシン・デベロッパー》により強化される。

 

《キャノン・ソルジャー》

星4 闇属性 機械族

攻1400 守1300

攻1600

 

 他の面々もそれにならい武装を孔雀舞に向け一斉発射を敢行する。

 

 砲弾、ビーム、レーザー、銃弾のそれぞれが孔雀舞を貫き止めを刺す――ソリットビジョンなので実際のダメージは当然ない。

 

「うわぁぁあああーーーーっ!」

 

孔雀舞LP:6450 → 4850 → 2800 → 600 → 0

 

「そこまでです。勝者キース・ハワード!」

 

 Mr.クロケッツの宣言が会場に響き渡った。

 

 





当初は振り子刃の拷問機械が大活躍する予定でしたが
描写がグロくなるので没にしました

振り子刃の拷問機械「かわい子ちゃんを両断したかったなぁ……」


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第18話 デュエリストメンタル

今回はデュエルはお休みです

前回のあらすじ
圧倒的っ……! 圧倒的輝きっ……! これが全米チャンプッ……!



 

 激闘の末、敗北した孔雀舞に城之内たちは彼女の実力を知るがゆえに言葉をこぼす。

 

「あの舞がこうも一方的に……」

 

「舞さんが1回戦負けだなんて……」

 

 組み合わせの不幸である。

 

「舞も善戦したが、キースの実力はそれを遥かに上回っていた。そんな相手と城之内君は次の試合で戦うことになる……悲観してばかりはいられないぜ! 城之内君!」

 

 だがもう一人の遊戯にはそんな動揺はなく、やはりという思いが強かった。それは孔雀舞を軽んじたものではなく、キースの全米チャンプという実力を感じ取ってのものだ。

 

「おう! 舞のカタキは俺がとってやるぜ!」

 

「だが相手はチャンピオン様となりゃ……こりゃ城之内の大会もここまでだな」

 

「テメェ本田ァ! そんなもんやってみなくちゃわかんねぇ……だろうが……」

 

 本田の呟きも素人目にもわかる全米チャンプの実力を感じ取ったものであり、さらにこの大会で成長している城之内は本田以上にその実力を感じ取り言葉尻が小さくなる。

 

 

「なにしけたツラしてんだい城之内ッ!」

 

 デュエルを終えた孔雀舞が観客席の遊戯たちの元へ顔を出す。だが城之内は浮かない顔だ。

 

「舞、デュエル残念だったな――どこまでやれるか解らねぇが、カタキは俺がとってやるぜ……」

 

 城之内の励ましの言葉に少し気分が良くなる孔雀舞だったが続く覇気のない言葉にその気分は吹き飛び、怒りをあらわにする。

 

「自惚れるんじゃないよ城之内! アタシの負けはアタシ自身で取り戻す! アンタはアンタのデュエルをしな!」

 

 言葉と共に城之内の頬に平手打ちを加える孔雀舞、その怒りは自身が認めたデュエリストの情けない姿を鼓舞するための一撃であった。

 

「仲間だからカタキを取ろうって気概は認めるけど…そんな意思の欠片もないなあなあな気持ちなら迷惑よっ!」

 

 突き放すように言い放った孔雀舞の言葉に城之内の目に光が戻る。

 

「――ああ! 目が覚めたぜ舞! 俺は俺のデュエルで戦う! 他の誰でもねぇ! 俺の意思で!」

 

「なら好きになさい……負けんじゃないよ!」

 

 城之内の背中を叩きながら活を入れる孔雀舞。

 

 そんな兄に妹、静香は1枚のカードを差し出す。

 

「あっ! そうだお兄ちゃん、このカード受け取って!」

 

「ん? このカードは…。」

 

「お兄ちゃんがデュエルの大会に出るって聞いて私もデュエルの勉強してきたの! このカードならきっとお兄ちゃんの力になってくれると思うから……」

 

 そのカードは城之内にとってタイムリーなカードであった。

 

「そうか! ありがとよ、静香! 大事に使わせてもらうぜ!」

 

 家族の絆に涙ぐみながら本田は城之内と肩を組み、声援を送る。

 

「これで負けられねぇ理由が一つ増えちまったな! 勝てよ! 城之内!」

 

「おうよ! 静香の想いも合わせて百人力だぜ!」

 

 

 そんな城之内たちの盛り上がりを余所に獏良は呟く。

 

「城之内君の試合は遊戯君の試合と海馬君の試合の後なんだけどなぁ……」

 

 そんな獏良の呟きは誰の耳にも届かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「すごいデュエルだったね兄サマ……」

 

 凄腕同士のデュエリストの対戦を見終わりモクバは感嘆する。だが兄たる海馬の主な思考は今この場にいない男へと向けられていた。

 

「ふぅん、さすがは全米チャンプといったところか……向こうのブロックで勝ち上がるのは恐らく奴だろう。遊戯を倒し全米チャンプを打ち倒し、デュエルモンスターズの創始者を倒す――これが奴の用意したレールというわけか」

 

 海馬は《青眼の白龍》の正式な所持者となるための条件を思い出す。それは海馬瀬人が世界一のデュエリストになること、ただそれのみ。

 

 そしてこの大会には用意されたかのようにその条件を達成するためのエサが散りばめられている。

 

 海馬瀬人に勝利した宿命のライバル――武藤遊戯。

 

 デュエルモンスターズの本場での現チャンピオン――キース・ハワード。

 

 デュエルモンスターズに最も詳しいと言える創造主――ペガサス・J・クロフォード。

 

 全てに勝利出来れば世界の大半の人間が思うであろう、最も強いデュエリストだと。

 

 

 海馬は自身をすら掌の上でもてあそぶ男に怒りを覚えつつも闘争心を露わにしながら一人足りない獲物に狙いを定める。

 

「この大会で全てを薙ぎ倒した後は貴様が後生大事に抱えている奴を引きずり出してやるとしよう」

 

 神崎が負けられないデュエルの際に呼びつける男――謎のデュエリスト(笑)――を倒すことを思い描き神崎の思惑を超えようと誓う海馬。

 

 

 だがこの大会には神崎にとって海馬の遊戯との再戦の機会を設ける以上の目的はなく、

 

 全ては海馬の思い過ごしでしかないのだが神崎が正直に話しても「ふぅん次は何を企んでいる」と返されるのがオチであろう――現実って悲しいね。

 

 

 そんな目に見えぬ攻防など知る由もないモクバは首を傾げるばかりだ。

 

「……レールがどうかしたの兄サマ?」

 

「何でもない。行くぞモクバ! 次の遊戯のデュエルは間近で見ておきたい」

 

「うん!」

 

 そして兄弟仲良くデュエルの見やすい場所へと歩いて行くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 城之内たちの声援を受けデュエルの舞台に試作型デュエルディスクを受け取りに来た遊戯だが先客がいた。

 

「コイツにモンスターカードをこうセットして投げるんじゃな!」

 

「いえ違います梶木様、そこは魔法・罠カードを置くための場所になります。モンスターカードを置く場所はコチラになります」

 

 Mr.クロケッツから試作型デュエルディスクの説明を受けるボサボサの頭をバンダナで上げ、半被のようなもの着た男、梶木漁太。

 

 そしてそんな彼を相手にMr.クロケッツは「さっき説明したでしょ」感が溢れ出ている。

 

 

 ちなみにペガサス城に半ズボンタイプの海パン一つで訪れた猛者であるがペガサスが迎える前にMr.クロケッツの手回しにより急遽半被のようなものを着せられた経緯がある。

 

 梶木本人は気に入っているようだ。

 

 大会ルールでは特に服装に規定はないために起こった喜劇であった。

 

 

 説明を受けていた梶木は遊戯の存在に気付き、語らう。

 

「おう! オメェがあの海馬を倒したって遊戯か! ワシは梶木漁太! お前に海の恐ろしさを教えてやるぜよ!」

 

 キメ顔で言い放たれた言葉だが試作型デュエルディスクのデッキを収納する部分とカードを置く部分を繋ぐケーブルが体中に絡まっており、懸命に解こうとするMr.クロケッツの姿が哀愁を誘う。

 

 遊戯は全てを見なかったことにしてその闘志に応えた。

 

「ああ! 全力で戦おうぜ!」

 

 だがMr.クロケッツはそんな遊戯に申し訳なさそうに頭を下げる。

 

「申し訳ありません武藤様。現在、梶木様があの状態なので試合の方はもうしばらくお待ちください……」

 

「……かまわないぜ」

 

 その言葉に「では……」とその場を後にし、近くにいた同僚に「神崎殿を呼べ!」と言いつけ再び仁王立ちする梶木の元へと戻る。

 

 製作者の海馬ではなく神崎を呼ぶのは大会参加者である海馬の立場を尊重したものであろう。

 

 しばらくして、神崎が機材をもって駆け付けると梶木がカメラにかじり付いて誰かにメッセージを送っていた。

 

「見とるかぁ! 親父! ベスト8まで来たぜよ! 後、親父を助けてくれた親父曰く『真の海の男』さんも見とるかぁ! 直接、礼も聞かずに行っちまったって親父が悔やんどったんで親父に代わりワシからも礼を言わせてくれー!」

 

 そんな惨状を見て相変わらずの笑みを浮かべつつ、梶木の中で梶木の父を救った男である神崎の存在が異次元に飛躍しているのを感じとり内心苦笑いする。

 

 

 

 神崎は過去に思いをはせる。

 

 その過去の修行の帰りに梶木の父を救った神崎だがその時期は色々と立て込んでいたため、梶木の父と話すことはできなかったのである。

 

 そしてギースから梶木親子が礼がしたいことを聞き、会いに行った神崎だが梶木家の前で梶木親子の会話を聞き立ち止まる。

 

「親父! 親父を助けてくれた『真の海の男』さんってどんな奴なんじゃ! 親父よりスゴイ奴なのか!」

 

「いや、顔を見たわけじゃねぇが――俺がなすすべもなく呑まれちまった海を難なく泳ぎ切った男だ、きっと『海に生き、海に還る』ような『海に愛された男』に違いねぇ」

 

 ハードルが上がる。

 

「うぉおおおぉ! スゴイのう! ワシもいつかそんな男になれるかのう? 親父!」

 

「少なくともまだ半人前のオメェじゃ無理だろうよ! 俺もあの域まで行けるのかどうか見当もつかねぇ……」

 

「なに弱気になっとるんじゃ親父! 『挑む前から諦める男がいるか!』って親父も言っとったじゃろ!」

 

 どんどんハードルが上がる。

 

「ハハッ! 言うようになったじゃねぇか! ならどっちが先に『真の海の男』になれるか勝負といくかぁ!」

 

「おう!」

 

 

 

 ――入れるかぁっ!

 

 神崎はこの時、心の中で叫んだ。

 

 

 梶木親子に会うのが遅くなってしまったゆえに、2人の間で命の恩人たる神崎の存在のハードルが上がりに上がりまくっていた。

 

 実際の神崎は海に生きてなどおらず、基本KC――つまり陸にいることが多い。

 

 だがそのことを梶木親子に伝えるのは「サンタクロースを信じる子供」の夢を壊してしまうような残酷さを感じ、真実を伝えることははばかられた。

 

 ゆえに当時の神崎は手紙を届けるだけに留め、梶木親子の夢を守る選択をしたのである。

 

 

 

――話は戻る。

 

 その選択の結果があの梶木だ。

 

 だが何時までも梶木をそのまましておくわけにはいかないため、遊戯に会釈してからカメラから離れさせ作業に取り掛かる。

 

 

 その間、2人のデュエリストの間には気まずい空気などはなく互いの目を見て闘志を高め合っていた――鋼のメンタルである。

 

 

 その後、ケーブルから解放された梶木に神崎が漁業関係の言葉を交えた試作型デュエルディスクの説明に何故か納得しすぐさま使い方をマスターする。

 

 神崎自身はもはや自分でも何を言っているのか解らない状態ではあったが梶木本人が納得しているのでとりあえずは良しとした――Mr.クロケッツの信じられないものを見る目が神崎には堪えた。

 

 

 そしてやっと2人のデュエリストが向かい合いMr.クロケッツの試合開始の宣言と共にデュエルが始まる。

 

「第3試合、武藤遊戯VS梶木漁太の試合を始めさせていただきます。それでは…デュエル開始ッ!!」

 

「行くぜよ! 遊戯!」

 

「ああ、かかってきな!」

 

「「デュエルッ!!」」

 




「真の海の男」とは
嵐であろうとも己の身一つで乗り越えていく存在。


それにしても
梶木の一人称を調べたら「俺」やったり「ワシ」やったり
安定しなさすぎぃいいいいいいいいいいいいっ!!

今作では「ワシ」に統一します


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第19話 ファザコンVSジジコン

今回も2話構成となっております――梶木漁太VS武藤遊戯 前編です

前回のあらすじ
デュエリスト特有のフィール――それは一般人には理解しがたいもの



 デュエルが始まり試作型デュエルディスクが先攻のプレイヤーを示す。

 

「ワシの先攻、ドローじゃぁっ! よっしゃぁ! さっそく海の恐ろしさを思い知らせてやるぜよ! フィールド魔法《海》を発動じゃぁっ!」

 

 フィールドの中央から噴水のように海水が溢れ、フィールドに海が形成されていき2人のデュエリストの足首をさざ波が打つ――何度も言うがソリッドビジョンであるため実際に濡れることはない。

 

「これにより魚族・海竜族・雷族・水族モンスターの攻撃力・守備力は200アップし、逆に機械族・炎族モンスターの攻撃力・守備力は200ダウンするぜよ!」

 

「これが文字通り、お前のフィールドってわけか」

 

「そうじゃぁ! この《海》こそワシの真骨頂じゃ! じゃがさらに永続魔法《水舞台装置(アクアリウム・セット)》を発動するぜよ!」

 

 海を割り梶木の後ろに竜宮城を思わせる建物がそびえ立つ。

 

「これでワシのフィールドの水属性モンスターの攻撃力・守備力は300アップぜよ! そしてモンスターと伏せカードを1枚ずつ伏せてターンエンドじゃ!」

 

 梶木の宣言と共に海面に影が映りその身を潜めた。

 

 

 海に潜むカードに警戒しつつも遊戯はいつも通りにカードを引く。

 

「俺のターン、ドロー! 自分フィールドにモンスターが存在しないときこのカードを発動できるぜ!――魔法カード《予想 GUY(ガイ)》を発動! それによりデッキからレベル4以下の通常モンスター《エルフの剣士》を特殊召喚!」

 

 遊戯のフィールドに放電が奔る。

 

 そして球状の光と共にマントを翻し《エルフの剣士》が現れ剣を構える。

 

《エルフの剣士》

星4 地属性 戦士族

攻1400 守1200

 

「さらに俺は《エルフの聖剣士》を通常召喚だ!」

 

 緑の装備に身を包んだ《エルフの剣士》に似たエルフが並び立つ。

 

 だが《エルフの剣士》とは違い剣が2本――2刀流だ。

 

《エルフの聖剣士》

星4 地属性 戦士族

攻2100 守 700

 

「そして《エルフの聖剣士》の効果を発動! 手札から『エルフの剣士』モンスター1体を特殊召喚する。来いっ! 《翻弄するエルフの剣士》!!」

 

 再び《エルフの剣士》に似たエルフが並び立つ。

 

 今度は身に着けているものからその姿まで瓜二つと言っていいほどに《エルフの剣士》に似ている。

 

《翻弄するエルフの剣士》

星4 地属性 戦士族

攻1400 守1200

 

「まだだ! 永続魔法《連合軍》を発動し、その効果で俺のフィールド上の戦士族モンスターの攻撃力は、俺のフィールドの戦士族・魔法使い族モンスターの数×200ポイントアップ! 俺の3体のモンスターはすべて戦士族! よって600ポイントアップ!」

 

《エルフの剣士》

攻1400 → 攻2000

 

《エルフの聖剣士》

攻2100 → 攻2700

 

《翻弄するエルフの剣士》

攻1400 → 攻2000

 

「俺はカード2枚セットしバトルッ! 《エルフの剣士》でセットモンスターを攻撃!」

 

 《エルフの剣士》がセットモンスターを掬い上げるかのように下段から打ち上げる斬撃をもって隠れた敵を切る。

 

 その正体である《グリズリーマザー》は打ち上げられ、そして海に落ち水しぶきを上げる。

 

《グリズリーマザー》

星4 水属性 獣戦士族

攻1400 守1000

攻1700 守1300

 

「《水舞台装置》の効果で水属性であるワシの《グリズリーマザー》の能力はあがっとるが――」

 

「俺の《エルフの剣士》の敵じゃないぜ!」

 

 

 幸先の良い遊戯のデュエルのスタートに獏良は驚き城之内たちは声援を送る。

 

「1ターンで3体のモンスターを呼び出すなんて……」

 

「これであのヤロウのモンスターはいなくなったぜ!」

 

「これで梶木に大ダメージだな!」

 

「行けぇ遊戯ー!」

 

 

 だが海の底から再び影が映る。

 

「海を恐れず攻めてきたようじゃなぁ――だがその程度ではまだまだぜよ! 戦闘破壊された《グリズリーマザー》はデッキから攻撃力1500以下の水属性モンスター1体を表側攻撃表示で呼び出すぜよ! 再び来るんじゃっ! 2体目の《グリズリーマザー》!」

 

 海の底に出た影は次第に大きくなり、《グリズリーマザー》は海上に飛び出し、唸り声を上げ現れる。

 

《グリズリーマザー》

星4 水属性 獣戦士族

攻1400 守1000

 

「《水舞台装置》の効果で攻・守ともに300アップじゃ!」

 

《グリズリーマザー》

攻1400 守1000

攻1700 守1300

 

「ならば《翻弄するエルフの剣士》で攻撃!」

 

 《翻弄するエルフの剣士》は剣を正眼に構え兜割のように剣を振り下ろす。

 

 《グリズリーマザー》は腕を頭上で合わせ白刃取りを試みるも肉球が合わさる音だけが響き、その身は真っ二つとなった。

 

梶木LP:4000 → 3700

 

「じゃが《グリズリーマザー》の効果で最後の《グリズリーマザー》を呼ぶぜよっ! そして《水の舞台装置》でパワーアップじゃ!」

 

《グリズリーマザー》

星4 水属性 獣戦士族

攻1400 守1000

攻1700 守1300

 

「だがデッキに入れられる同名カードは基本3枚まで、この攻撃で《グリズリーマザー》の効果は打ち止めだ! 行けっ! 《エルフの聖剣士》!」

 

 《エルフの聖剣士》は2本の剣を交差させるように構え突撃。

 

 《グリズリーマザー》が2本の剣を左右の爪でそれぞれ受け止めるも、《エルフの聖剣士》がハサミを閉じるように剣を交差させ《グリズリーマザー》の腕を切り、そのまま首を両断した。

 

梶木LP:3700 → 2700

 

「《グリズリーマザー》の効果で来るんじゃぁっ! 《デビル・クラーケン》!!」

 

 海の底から複数の影が浮かび上がり、海から顔をのぞかせる。

 

 その複数の影は巨大なイカの手足であり、海に引きずり込まんとそれらをうねらせる。

 

《デビル・クラーケン》

星4 水属性 水族

攻1200 守1400

 

 だがこのままでは今のエルフの三剣士に返り討ちにされるのがオチである。

 

「《デビル・クラーケン》は水属性・水族! よって《水舞台装置》と《海》の効果でパワーアップじゃあっ!」

 

《デビル・クラーケン》

攻1200 守1400

攻1700 守1900

 

 それでも今のエルフの三剣士に返り討ちにされるのがオチである。

 

「モンスターを残したか……なら《エルフの聖剣士》のさらなる効果発動!  このカードの攻撃で相手に戦闘ダメージを与えた時に俺のフィールドの『エルフの剣士』モンスターの数だけ、デッキからドローする!」

 

「なんじゃと! ……オメェのフィールドには《エルフの剣士》と《翻弄するエルフの剣士》の2体、2枚ドローか!」

 

「そいつは少し違うぜ! 《エルフの聖剣士》はルール上『エルフの剣士』カードとしても扱う! よって3枚ドローだ!」

 

 《エルフの聖剣士》が《エルフの剣士》と《翻弄するエルフの剣士》の持つそれぞれの剣に自身の剣をかざすと光を放ち、その光は遊戯の手札に集まった。

 

「レベル4で攻撃力2100にも関わらず、そんな効果まであるじゃと!」

 

 凄まじいパワーをもったカードだと驚嘆する梶木。

 

 だが遊戯はデメリットもあるのだと告げる。

 

「だがその代わり、俺の手札が1枚以上の場合、このカードは攻撃することができないがな……」

 

「なるほどの、それでバトルの前にカードを伏せて手札を0にしたんじゃな」

 

「そういうことさ! 俺はこれでターンエンドだ」

 

 連続攻撃を防がれ、さらに上級モンスター召喚のためのリリース要員を残してしまったことに対し次の梶木の動きを警戒する遊戯。

 

 それに対し梶木は楽しくて仕方がない様子を隠すことなくカードに手をかける。

 

「なかなかやるのぉ遊戯! ワシのターン、ドローじゃぁ! ワシは魔法カード《儀式の下準備》を発動! デッキから儀式魔法カード1枚を選び、さらにそのカードにカード名が記された儀式モンスター1体を自分のデッキ・墓地から選んでその2枚のカードを手札に加えるぜよ!」

 

 黄色い2枚の仮面を左右の顔半分に付けた黒い鳥《儀式の供物》が梶木の周りをパタパタと飛び回る。

 

「ワシは《要塞クジラの誓い》とそこに記された《要塞クジラ》を手札に加えるぜよ」

 

 その宣言と共に《儀式の供物》は梶木のデッキにとまり、デッキをつついて目当てのカード2枚を咥え、梶木の肩に飛び乗りそのカードを渡す。

 

 渡した後、すぐに飛び立たず物欲しそうな目で梶木を見つめていたが、《デビル・クラーケン》が10本の足の1本の一部を差し出すとそれを咥えどこかへと飛び立っていった。

 

「さらに魔法カード《サルベージ》を発動しワシの墓地の攻撃力1500以下の水属性モンスター2体を選択して手札に加えれるんじゃ――《グリズリーマザー》2体を手札に加えるぜよ!」

 

 《デビル・クラーケン》はその10本の足の2本を使い《グリズリーマザー》を吊り上げる。

 

 首を吊るような絵面が酷いがその2体を梶木に投げつけ、その2体の姿は途中でカードに変わり梶木の手札に加わった。

 

「そして《要塞クジラの誓い》を発動ぜよ! 場か手札から、レベルの合計が7以上になるようカードをリリースし儀式召喚を行うぜよ! ワシは手札のレベル4の《グリズリーマザー》とレベル5の《海竜神(リバイアサン)》をリリースし儀式召喚! 来るんじゃぁっ! 大海の番人! 《要塞クジラ》!!」

 

 《デビル・クラーケン》がどこからともなく法螺貝(ほらがい)を取り出し吹き始め、その音が《海》に波紋となって広がる――芸達者なイカである。

 

 そして波紋の中心から山のような巨体が浮かび上がり水しぶきを上げ空へと飛び立つ。

 

 その背に装着された数々の砲台は「要塞」の名に相応しい。

 

 空に浮かんだ《要塞クジラ》は頭部に付いたイッカクの牙に似た角を跳ね上げ大きく口を開き雄叫びを上げた。

 

《要塞クジラ》

星7 水属性 魚族

攻2350 守2150

 

 だが梶木の――「海」の猛攻はこの程度では止まらない。

 

「さらにワシは伏せとった永続罠《正統なる血統》を発動しワシの墓地の通常モンスター1体を攻撃表示で特殊召喚するぜよ! 甦れ! 母なる海の(ぬし)海竜神(リバイアサン)》!!」

 

 フィールドの《海》が荒れ狂い海の(ぬし)が梶木の呼びかけに応え、その青く長大な姿を現し鋭利な牙で海を荒す三剣士を威嚇する。

 

《海竜神》

星5 水属性 海竜族

攻1800 守1500

 

「《要塞クジラ》は水属性・魚族、《海竜神》は水属性・海竜族! よって《水舞台装置》と《海》の力を得るぜよ!」

 

《要塞クジラ》

星7 水属性 魚族

攻2350 守2150

攻2850 守2650

 

《海竜神》

星5 水属性 海竜族

攻1800 守1500

攻2300 守2000

 

「バトルじゃぁ! 《海竜神》で《エルフの剣士》に攻撃! 海竜神の怒り!」

 

 《海竜神》が雄叫びを上げると《海》が荒れ狂い、津波となって《エルフの剣士》を襲い、海深くへと沈めた。

 

遊戯LP:4000 → 3700

 

「遊戯! これでオメェの戦士族モンスターが減ったことで《連合軍》の効果も弱まるぜよ!」

 

「ああ、その通りだぜ! 戦士族が一体減ったことにより200ポイントダウンだ」

 

《エルフの聖剣士》

攻2700 → 攻2500

 

《翻弄するエルフの剣士》

攻2000 → 攻1800

 

「まだまだ行くぜよ! 《要塞クジラ》で《エルフの聖剣士》を攻撃! 唸れ! ホエール・ボンバード!!」

 

 《要塞クジラ》の背中の全ての砲塔が火を噴き砲弾の雨を降らせる。

 

 《エルフの聖剣士》は全てを躱そうとするも、躱した結果《海》に落ちた砲弾が《海》に波を生み出す。

 

 そしてその波に足を取られた《エルフの聖剣士》は雨あられと降り注ぐ砲弾の餌食となった。

 

遊戯LP:3700 → 3350

 

「戦士族が減ったことで《連合軍》の効果も弱まりさらに200ポイントダウンだ……」

 

《翻弄するエルフの剣士》

攻1800 → 攻1600

 

「最後に《デビル・クラーケン》で残った《翻弄するエルフの剣士》に攻撃! 粉骨砕身(ゲソ・サブミッション)!!」

 

 梶木の攻撃命令を受け水中へと姿を消す《デビル・クラーケン》。

 

 周囲を警戒する《翻弄するエルフの剣士》に《デビル・クラーケン》の足の1本が襲い掛かり、それに対処しようとした《翻弄するエルフの剣士》の隙を突き、《デビル・クラーケン》は10本の足で《翻弄するエルフの剣士》の関節を縛り上げ砕く。

 

遊戯LP:3350 → 3250

 

「くっ! 《翻弄するエルフの剣士》までもが!」

 

「どんなもんじゃい!」

 

 遊戯のモンスターを全滅させたが、まだ梶木のターンは終わらない。

 

「ワシはバトルを終了し、メインフェイズ2で魔法カード《馬の骨の対価》を発動! その効果により効果モンスター以外の表側表示で存在する1体――《デビル・クラーケン》を墓地へ送り、カードを2枚ドローするぜよ!」

 

 《デビル・クラーケン》は足の1本を身体に突き刺し、身体の内部から無理やりイカの甲を取り出し梶木に託す。

 

 そしてそのまま力尽き、海に沈んでいった。

 

「ワシはカードを1枚セットしてターンエンドじゃ!」

 

 ターンを終えた梶木に遊戯はデュエリストとしての称賛を送る。

 

「まさか《翻弄するエルフの剣士》の持つ攻撃力1900以上のモンスターとの戦闘では破壊されない効果を見抜かれるとはな……さすがだぜ!」

 

 先程の梶木のターンのバトルフェイズでの攻撃順から恐らく初見で効果を見抜いたと思い称賛を送るが――

 

「そうじゃったんか。何かあると思っとったが、やっぱり効果を隠し持っとったか!」

 

 実際は梶木のデュエリストとしての勘がそうさせただけである――どちらにしろスゴイ。

 

 

「なら俺のターンだ! ドロー! 相手フィールドにモンスターが存在し、俺のフィールドにモンスターが存在しない場合、コイツは手札から特殊召喚できるぜ! その二双の槍で次元を穿て! 現れろ! 《暗黒騎士ガイアロード》!!」

 

 空中に龍が現れ、そこから赤い線の入った黒い全身鎧に2本の真紅の突撃槍を持った騎士が地上に降り立つ。

 

《暗黒騎士ガイアロード》

星7 地属性 戦士族

攻2300 守2100

 

「そして魔法カード《黙する死者》を発動し墓地の通常モンスター《エルフの剣士》を守備表示で特殊召喚!」

 

 墓地より這い出た巨大な握りこぶしがその手を開くと小さな光が遊戯のフィールドに降り立ち、その光は地面に剣を突き立てた《エルフの剣士》となって防御の構えを取る。

 

《エルフの剣士》

星4 地属性 戦士族

攻1400 守1200

 

「さらに永続罠《強化蘇生》を発動し自分墓地のレベル4以下のモンスター《エルフの聖剣士》復活! そして《強化蘇生》の効果によりレベルが1つ上がり攻撃力・守備力が100ポイントアップ!」

 

 地面から赤い光が溢れ、そこから赤いオーラを纏った《エルフの聖剣士》が2本の剣を地面から引き抜き、二刀の構えを見せる。

 

《エルフの聖剣士》

星4 地属性 戦士族

攻2100 守 700

攻2200 守 800

 

 梶木によって全滅させられた戦士たちだが、遊戯の元に再び3体の戦士が並び立つ。

 

「これでフィールドの戦士族の数は3体! よって永続魔法《連合軍》の効果で攻撃力は3×200――600ポイントアップ!」

 

《暗黒騎士ガイアロード》

攻2300 → 攻2900

 

《エルフの聖剣士》

攻2200 → 攻2800

 

《エルフの剣士》

攻1400 → 攻2000

 

「最後にカードを2枚セットしバトルフェイズに移行するぜ! 《暗黒騎士ガイアロード》で《要塞クジラ》に攻撃! スパイラル・ジャベリン!!」

 

 《要塞クジラ》に向けて放たれた《暗黒騎士ガイアロード》の1本の突撃槍。

 

 その突撃槍は《要塞クジラ》の砲弾を貫きながらその巨体に迫るが、《要塞クジラ》が角をもって弾く。

 

 そして反撃に移ろうとした《要塞クジラ》の目に間近に映ったのは弾いた突撃槍のすぐ後ろに全く同じ軌道で()()()()放たれていた2本目の突撃槍だった。

 

梶木LP:2700 → 2650

 

「ぐおっ! ワシの《要塞クジラ》がっ! やるじゃねぇか!」

 

「続けて《エルフの聖剣士》で《海竜神》を攻撃だ!」

 

 敵に向けて疾走する《エルフの聖剣士》に《海竜神》は津波を起こし飲み込まんとするが、頭から突撃槍に貫かれ海に落ちる《要塞クジラ》を足場にし《エルフの聖剣士》は跳躍。

 

 波の影響を受けない空中から《海竜神》の頭を貫き、もう1本の剣で首を刈り取った。

 

梶木LP:2650 → 2150

 

「ダメージを与えたことで《エルフの聖剣士》の効果を発動させてもらうぜ!  俺のフィールドの『エルフの剣士』モンスターの数は2体! よって2枚ドローだ!」

 

 《エルフの聖剣士》が守備姿勢をとる《エルフの剣士》の地面に刺された剣に交差するように2本の剣を地面に突き刺す。

 

 すると大地から光が溢れ、その光は遊戯の手札に集まった。

 

「俺はこれでターンエンドだ!!」

 

 遊戯を追い詰めていた筈が一転して大型モンスター《要塞クジラ》を失い窮地に立たされる梶木。

 

 だが梶木の目に不安などはなくデュエルが心の底から楽しくてしょうがない様子だ。

 

「やるじゃねぇか遊戯! じゃが海の恐ろしさはこんなもんじゃないぜよ! 今こそ見せちゃる! 海の真の恐ろしさをな!!」

 

 その梶木の言葉がハッタリではないことを遊戯は感じ取った。

 




森のクマたち再出演! って違うか……

《要塞クジラ》早めの出演、バトルシティには出ない。

要塞クジラ「!?」



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第20話 海の覇者

今回も2話構成となっております――梶木漁太VS武藤遊戯 後編です

前回のあらすじ
デビル・クラーケン「私が大活躍していたでゲソ!」
グリズリーマザー「……扱いの差に、イラッとくるぜ!!」



 

 遊戯の反撃によりモンスターがいなくなった梶木のフィールド。

 

 そんな状況でも梶木は反撃の手立てを揃える。

 

「ワシのターン、ドロー! よし! ワシは手札から《強欲なウツボ》を発動! この効果で手札の水属性モンスター《グリズリーマザー》と《海月(くらげ)-ジェリーフィッシュ-》2体をデッキに戻してシャッフルし、デッキからカードを3枚ドローじゃぁ!」

 

 《強欲な壺》から出てきた《強欲なウツボ》が《グリズリーマザー》と《海月-ジェリーフィッシュ-》を壺の中に招き入れる。

 

 《強欲な壺》が中で何かが暴れるように揺れ、揺れが収まると再び出てきた《強欲なウツボ》が口に咥えた3枚のカードを梶木に手渡した――壺の中で一体何が起こったのだろう?

 

 新たに引いた3枚のカードを見た梶木はさらに手札を増強すべく、セットカードを発動させる。

 

「伏せカードオープン! 永続罠《蘇りし魂》! その効果でワシの墓地の通常モンスター1体を守備表示で特殊召喚するぜよ! 戻って来いっ! 《デビル・クラーケン》」

 

 海中から音もなく現れた《デビル・クラーケン》が額とおぼしき部分を足で拭い墓地から帰還した。

 

《デビル・クラーケン》

星4 水属性 水族

攻1200 守1400

 

「再び魔法カード《馬の骨の対価》を発動じゃ! その効果で《デビル・クラーケン》を墓地へ送り、カードを2枚ドローするぜよ! 何度もスマンのぉ!」

 

 再び《デビル・クラーケン》は身体の内部から無理やりイカの甲を取り出し梶木に差し出す。

 

 2回目故か先程よりも手際が良く鮮やかだ。

 

 だがやはりそのまま力尽き、海に沈んでいった。

 

「さらにワシは魔法カード《マジック・プランター》を発動してワシのフィールド上に表側表示で存在する永続罠《蘇りし魂》を墓地へ送って2枚ドローじゃ!」

 

 永続罠《蘇りし魂》が《海》に沈み貢物となり、代わりに梶木に恩恵(ドロー)を与える。

 

 仲間(イカ)が命をかけて託したカードは海の神にさらなる力を与える。

 

「これならいけるぜよ! ワシも魔法カード《黙する死者》を発動! 墓地の通常モンスター特殊召喚じゃぁ! 母なる海に舞い戻れ! 《海竜神》!!」

 

 フィールドの《海》が割れ、そこから青白い光と共に《海竜神》が浮かび上がり、とぐろを巻く。

 

《海竜神》

星5 水属性 海竜族

攻1800 守1500

 

 準備は整ったと言わんばかりに梶木は遊戯に力強く宣言する。

 

「遊戯! オメェに海の主の真の姿を見せちゃる! 魔法カード《大波小波》を発動じゃぁっ! その効果によりワシの表側表示の水属性モンスターを全て破壊し、破壊した数と同じ数まで手札から水属性モンスターを特殊召喚するぜよ!」

 

 《海竜神》に波がせり上がりその身体を包み込む――それはまさに水の繭。

 

「海の主よ! 海の加護を受け真の姿を現せ! 来いっ! 《海竜(リバイアドラゴン)-ダイダロス》!!」

 

 そして水の繭が弾け真の姿を現した《海竜神》――否、《海竜-ダイダロス》が雨のように降り注ぐ海水の中、悠然と宙に浮かぶ。

 

 その青かった身体はよりその色の深みを増し、さらには全身に鎧のような鱗を散りばめさせている。

 

《海竜-ダイダロス》

星7 水属性 海竜族

攻2600 守1500

 

「当然コイツも《海竜神》と同じ水属性・海竜族! よって《水舞台装置》と《海》でパワーアップするぜよ!」

 

《海竜-ダイダロス》

攻2600 守1500

攻3100 守1700

 

「これで攻撃力は3100! 今のオメエのモンスターでは太刀打ちできんぜよ!」

 

「そいつはどうかな! この瞬間! 《暗黒騎士ガイアロード》の効果を発動するぜ! 自身より攻撃力が高いモンスターが相手フィールドに特殊召喚された時にその攻撃力をターン終了時まで700ポイントアップさせるぜ!」

 

「なんじゃと!」

 

 その遊戯の宣言の後、フィールドの《海》に黒い影が映る。

 

 海を覗き込みその正体を探ろうとする梶木だが《暗黒騎士ガイアロード》が空へと跳躍したのを視界に捉え目で追う。

 

 そこには黒い兜を装備した細長い龍がその背に《暗黒騎士ガイアロード》を乗せその翼を広げフィールドを見渡していた。

 

《暗黒騎士ガイアロード》

攻2900 → 攻3600

 

「だが安心しな梶木、この効果は1ターンに1度だけだ……これでソイツじゃ《暗黒騎士ガイアロード》には届かなくなったぜ」

 

 そんな遊戯の言葉に梶木は「海」の恐ろしさを教えるべく言い放つ。

 

「甘いぜよ遊戯ッ! 海はその程度で攻略できるもんじゃないぜよ! 《海竜-ダイダロス》の効果発動! 自分フィールド上に存在する《海》を墓地に送り、このカード以外のフィールド上のカードを全て破壊するんじゃぁ! やるんじゃ! 《海竜-ダイダロス》! デストラクション・シーベリアル!!」

 

「フィールドの全てだと!」

 

 《海竜-ダイダロス》の咆哮と共に《海》がとぐろを巻き大渦となって全てを呑み込まんと荒れ狂う。

 

 《エルフの剣士》と《エルフの聖戦士》は成すすべもなく呑まれ、さらに高度を上げ躱そうとする《暗黒騎士ガイアロード》にも《海竜-ダイダロス》の呼びかけにより《海》が意思を持ったように空へと持ち上がりやがて全てを呑み込んだ。

 

「くっ! 俺のカードが……」

 

 積み上げてきたフィールドアドバンテージを遊戯は失い形勢は一気に傾く。

 

「《海》と《水舞台装置》がなくなったことで《海竜-ダイダロス》は元のパワーに戻るぜよ」

 

《海竜-ダイダロス》

攻3100 守1700

攻2600 守1500

 

「そして永続魔法《水舞台装置》が墓地に送られた時、ワシの墓地の水族モンスター1体を特殊召喚するぜよ! 何度でも甦れ! 海の申し子《デビル・クラーケン》!」

 

 《海竜-ダイダロス》の効果により崩れた《水舞台装置》の竜宮城を思わせる建物の瓦礫の隙間をスルリと通り抜け《デビル・クラーケン》が10本の足をくねらせ姿を見せる。

 

《デビル・クラーケン》

星4 水属性 水族

攻1200 守1400

 

「この効果を発動したターンはワシは水族モンスターしか特殊召喚できん……じゃが後はバトルするだけじゃ! 関係ないぜよ!」

 

「なるほど……《海竜-ダイダロス》の効果を利用し墓地に送られることをトリガーにカードを発動させたか――だが俺も発動させてもらうぜ! 罠カード《運命の発掘》の効果を!」

 

「なんじゃと!」

 

「相手の効果によってフィールド上のこのカードが破壊された時、自分の墓地の《運命の発掘》の数だけ、自分のデッキからドローするぜ! 俺の墓地には今破壊された2枚の《運命の発掘》がある! よって2回分の効果で4枚ドロー!」

 

「4枚もドローじゃと! 只ではやられんようじゃのう……」

 

 手札の数が可能性の数と言われるデュエルモンスターズにおいて4枚のドローは脅威である。

 

 だが遊戯のフィールドはがら空きだ。

 

「じゃがオメェに次のターンは与えんぜよ! ワシのモンスターの総攻撃で終わらせちゃる! 《デビル・クラーケン》で遊戯にダイレクトアタックじゃ! スキッド・ブレス!!」

 

 《デビル・クラーケン》が10本の足の2本ずつを使って通常の忍者の5倍の速さで水遁(すいとん)の印を組み始める。

 

 そして印を組み終わると上体を反らし墨を吹き出す。やがてその墨は龍の姿を形作り遊戯を丸呑みにせんと襲い掛かる。

 

「ぐぁああぁっ!!」

 

遊戯LP:3250 → 2050

 

「これで止めじゃ! 行くんじゃ《海竜-ダイダロス》! リヴァイア・ストリーム!!」

 

 《海竜-ダイダロス》のが口元に水のエネルギーを溜め、それは水のレーザーとなって遊戯を貫かんと発射される。だが――

 

『クリクリ~』

 

 放たれた水のレーザーを小さな黒い毛玉のような悪魔《クリボー》が代わりに受け水のレーザーは拡散し遊戯には届かない。

 

 そして《海竜-ダイダロス》の攻撃に《クリボー》は目を回しながら空中に浮かんでいた。

 

『クリ~~』

 

「どうなっとるぜよ!」

 

「《クリボー》の効果さ、コイツを手札から捨てることで戦闘ダメージを1度だけ0にできる!」

 

「くっ! 仕留められんかったか! ワシはこれでターンエンドじゃ!」

 

 

 

 なんとか攻撃をしのいだ遊戯だが梶木のフィールドにはモンスターが2体、あまり悠長にはしていられない。

 

「俺のターン、ドロー! 俺は手札から魔法カード《思い出のブランコ》を発動し、墓地より通常モンスター《エルフの剣士》を特殊召喚!」

 

 夕日をバックにいい年こいてブランコを立って漕ぐ《エルフの剣士》。

 

 そして勢いよくブランコを揺らして跳躍。

 

 後方かかえ込み3回宙返り下りを決めてフィールドに着地した――渾身のドヤ顔とポーズである。

 

《エルフの剣士》

星4 地属性 戦士族

攻1400 守1200

 

「そして《エルフの剣士》をリリースしアドバンス召喚! (いかずち)の悪魔よ、その雷撃を轟かせ招来せよ! 《デーモンの召喚》!!」

 

 そして《エルフの剣士》が光の粒子となって地面に陣を描くとそこから剥き出しの筋肉に骨を埋め込んだ悪魔が紫の翼と強靱な骨の腕を広げ、周囲に雷撃を放つ。

 

《デーモンの召喚》

星6 闇属性 悪魔族

攻2500 守1200

 

「《デビル・クラーケン》を攻撃しろ! 《デーモンの召喚》! 魔降雷!」

 

 《デーモンの召喚》の頭部のヤギに似た角を起点に雷撃がほとばしり、やがてそれは一筋の雷となって《デビル・クラーケン》のヒレ目掛けて落ちる。

 

 電撃は《デビル・クラーケン》の身体を綺麗に通り抜けコンガリと焼いた。

 

 雷が収まった後にはキレイに焼けている《デビル・クラーケン》の姿があった――匠の技である。

 

「ぐっ! ワシのデッキの天敵の雷か……じゃがダイダロスには及ばんぜよ!」

 

梶木LP:2150 → 850

 

「俺はカードを1枚伏せてターンエンドだ」

 

 互いがしのぎを削り合い、一進一退の攻防が繰り広げられる。

 

 

 デュエルが始まってから梶木の闘志は高まり続けている。

 

「このまま押し切るぜよ! ワシのターン、ドロー!」

 

 今の梶木の手札に追撃のカードはない。だがないのなら引き込めばいい。

 

「ワシは魔法カード《手札抹殺》を発動じゃ! 効果により互いは手札をすべて捨て、捨てた枚数分ドローするぜよ! ワシは2枚捨て、2枚ドローじゃ」

 

「俺は3枚捨てて、3枚ドローする」

 

 新たに手札を引いた梶木はデッキが「真の海の力」を見せよと昂ぶっているように感じた。

 

「ッ! これも海の導きって奴かもしれんぜよ。遊戯! 海竜神の究極の姿を見せちゃる!」

 

「なにっ! さらに進化するのかっ!」

 

 強力な効果を持った《海竜-ダイダロス》、それが更なる進化を見せることに警戒を強める遊戯。

 

「おうよ! ワシは《海竜-ダイダロス》をリリースし特殊召喚! 海の主よ、その身を神に近づけ世界を呑み込め! 改進せよ! 《海竜神-ネオダイダロス》!!」

 

 《海竜-ダイダロス》はメキメキと音を立てて膨張し、やがてその頭が2つに割れ双頭となり、背びれは海を裂かんと赤く鋭利に伸びる。

 

 そしてより長大で力強いものとなってその最終形態とも言うべき姿を見せた。

 

《海竜神-ネオダイダロス》

星8 水属性 海竜族

攻2900 守1600

 

「フィールド魔法《海》がありゃあコイツの効果をお見舞いしてやれたんじゃが、ないもんは仕方がないぜよ! バトルじゃ! 喰らうぜよ! 《海竜神-ネオダイダロス》で《デーモンの召喚》を攻撃! アルティメット・リヴァイア・ストリーム!!」

 

 《海竜神-ネオダイダロス》の2つの口から放たれた水のレーザーは互いに絡み合い螺旋を描いて《デーモンの召喚》へ迫る。

 

 《デーモンの召喚》も雷撃を放ち迎撃にかかるも、《海竜神-ネオダイダロス》の螺旋の一撃は雷撃すらも呑み込み《デーモンの召喚》を貫く。

 

 集約された力により胸に大穴があいた《デーモンの召喚》は立ったまま砕け散った。

 

「ぐっ!」

 

遊戯LP:2050 → 1650

 

「ワシはカードを1枚伏せてターンエンド! 遊戯! オマエにもう後はないぜよ!」

 

「まだだ! 俺はエンドフェイズに罠カード《融合準備(フュージョン・リザーブ)》を発動しエクストラデッキの《竜騎士ガイア》を見せデッキから《カース・オブ・ドラゴン》を手札に加え、墓地の《融合》を手札に戻す」

 

「《海竜-ダイダロス》の効果の時に《融合》が破壊されとったようじゃのう……次はそいつを融合召喚するつもりか! じゃがワシのネオダイダロスはそんじょそこらのヤツには負けんぜよ!」

 

 梶木の言葉は遊戯にとって分かり切っていることだった。

 

 だが《海竜神-ネオダイダロス》を攻略するためにはキーカードが1枚足りない。

 

 そして《海竜神-ネオダイダロス》を打ち崩すために必要な最後の1枚のカードを引き当てるために遊戯はデッキに手をかける。

 

「俺のターン! ドロー! ッ! いますべてのピースが揃ったぜ!」

 

「なんじゃと!」

 

「俺は手札から魔法カード《アースクエイク》を発動しフィールド上に表側表示で存在する全てのモンスターを守備表示にする!」

 

 フィールド全体が地震により揺れ動き、《海竜神-ネオダイダロス》は対処法として守りを固め、守備表示となった。

 

「そして魔法カード《融合》を発動し《カース・オブ・ドラゴン》と《暗黒騎士ガイア》で融合召喚! 竜の力を借り、空を翔け飛翔せよ! 《竜騎士ガイア》!!」

 

 馬に跨り走る《暗黒騎士ガイア》は並走する体の各所に鋭利な棘を持った竜《カース・オブ・ドラゴン》に飛び乗り飛翔、そして空中に佇む。

 

 《暗黒騎士ガイア》の乗る馬は水滴の線を描きどこかへと駆けて行った――元気出せよ……

 

《竜騎士ガイア》

星7 風属性 ドラゴン族

攻2600 守2100

 

「攻撃力は《竜騎士ガイア》が劣るが《海竜神-ネオダイダロス》の守備力は1600! 問題はないぜ! 行け! 《竜騎士ガイア》! ダブル・ドラゴン・ランス!!」

 

 地震による地面の揺れや亀裂で思うように動けない《海竜神-ネオダイダロス》。

 

 だが空を飛ぶ《竜騎士ガイア》にそんな制限はなく、二双の槍が竜の高い飛行速度と共に襲い掛かり《海竜神-ネオダイダロス》の2つの頭をそれぞれ打ち抜いた。

 

「くっ! 《海竜神-ネオダイダロス》がっ! じゃが次のターンで――」

 

――逆転のカードを引いて見せる! とは続けられなかった。

 

「何勘違いしているんだ?」

 

「んっ?」

 

「まだ俺のバトルフェイズは終了してないぜ!」

 

「なにいっとるんじゃ! 《竜騎士ガイア》の攻撃はもう終了したぜよっ!」

 

 遊戯のフィールドに攻撃可能なモンスタ-はもういない。

 

「速攻魔法発動! 《融合解除》!」

 

「《融合解除》!?」

 

「さぁいくぜ! その効果により《竜騎士ガイア》の融合を解除しエクストラデッキに戻す。そして融合素材となったモンスターを特殊召喚するぜ! 戻ってこい! 《カース・オブ・ドラゴン》! 《暗黒騎士ガイア》!」

 

 《竜騎士ガイア》の騎士は《カース・オブ・ドラゴン》の背から飛び降り、呼び出しておいた先程走り去っていった馬に飛び乗ろうとする。

 

 だが馬は着地地点から僅かに移動し騎士は潰れた蛙のように着地す……着地する。

 

《カース・オブ・ドラゴン》

星5 闇属性 ドラゴン族

攻2000 守1500

 

《暗黒騎士ガイア》

星7 地属性 戦士族

攻2300 守2100

 

ここにきて梶木は気付く――

 

「そうかっ! バトルフェイズ中に特殊召喚されたモンスターは――」

 

「そう! 追加攻撃できるぜっ! 《暗黒騎士ガイア》! 梶木にダイレクトアタック! 螺旋槍殺(スパイラル・シェイバー)!!」

 

 馬に乗ろうとしていた《暗黒騎士ガイア》の騎士部分は、遊戯の宣言に馬が乗る前に駆け出したため引きずられながら、なんとか馬の背に乗ろうと格闘している。

 

 結果は変わらずとも最後まで戦うと梶木はセットカードに手をかざす。

 

「ワシは最後までデュエルをやり抜くぜよ! 伏せカードオープンじゃっ! 永続罠《正統なる血統》! コイツでワシの墓地の通常モンスター1体を攻撃表示で特殊召喚じゃぁっ! 最後まで頼むぜよ! 《海竜神》!!」

 

 《アースクエイク》によりひび割れた大地から(あるじ)の最後の願いを聞きとげ、再度その身を現す海の(ぬし)。だが《海》がないせいか心なしか弱って見える。

 

《海竜神》

星5 水属性 海竜族

攻1800 守1500

 

 梶木を守るべく現れた《海竜神》だが、「暗黒馬ガイア」とでも言うべき状態の《暗黒騎士ガイア》の螺旋(スパイラル)槍殺(シェイバー)もしない、馬の突進攻撃で《海竜神》は地に倒れ伏し馬の前足の蹄で蹴り飛ばされた。

 

梶木LP:850 → 350

 

 梶木の手札は0、フィールドにカードもない。

 

「ここまでじゃな……」

 

「いい勝負だったぜ……《カース・オブ・ドラゴン》でダイレクトアタック! ドラゴン・フレイム!!」

 

《カース・オブ・ドラゴン》の口から放たれた炎を梶木は満足そうに受け切った。

 

梶木LP:350 → 0

 

 




竜騎士ガイア「《天翔の竜騎士ガイア》でよくね?って思ったヤツ……前に出ろ」


《海竜-ダイダロス》と《海竜神-ネオダイダロス》、《海竜神》関連で登場。

アナシス? 海のデュエリスト? 出番はほぼない予定。たぶんデュエル描写もない。

アナシス「!?」

そもそもこのペースでGXまで行けるのかどうかが怪しい。

GX「!?」



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第21話 昆虫軍団

今デュエルも2話構成です――海馬瀬人VSインセクター羽蛾 前編です

前回のあらすじ
海竜神「私はあと2回、変身を残している……その意味がわかりますね?」
デーモンの召喚「エルフの剣士たちのことかーー!!」

天翔の竜騎士ガイア「これ以降は《竜騎士ガイア》先輩はエクストラデッキで寝といて下さい」
竜騎士ガイア「(#^ω^)ビキビキ」




「勝負あり、勝者武藤遊戯!」

 

 Mr.クロケッツの決着の宣言をよそに遊戯と梶木は互いの健闘を称え合っていた。

 

「良いデュエルだったぜ!」

 

「そうじゃな! 今回は負けちまったが、次は負けんぜよ!」

 

 そんな中、次の試合の選手である海馬が2人の語らいに加わる。

 

「遊戯! 腕は衰えていないようだな、安心したぞ! 腑抜けた貴様を倒すことに何の価値もないからな……」

 

「そんな心配は無用だぜ! 海馬!」

 

「ヒョヒョヒョ、まるでもう勝った気でいるみたいだね海馬クン。僕も手ぶらで来たわけじゃないんだけどなぁ」

 

 そしてさらなる乱入者、羽蛾も加わり、それぞれが闘志をぶつけ合う。

 

「ふぅん、貴様の小細工などこの俺の前では無意味なものだと分からんようだな……俺が手にした新たな力を使うまでもない――力の差を解らせてやろう……デュエル開始の宣言をしろ! Mr.クロケッツ!!」

 

 海馬の宣言に従うのは癪だがこれも仕事だと割り切ったのか、それとも収拾がつきそうになかった故なのかは分からないがMr.クロケッツは大会を進行させた。

 

「双方の準備がよろしいようなので第4試合、海馬瀬人VSインセクター羽蛾の試合をはじめます。デュエル開始ッ!!」

 

 そしてMr.クロケッツの宣言の元デュエルの幕は切って落とされた。

 

 

 

 

「先攻は僕のようだね、ドロー! ヒョヒョヒョさっそくきたようだね! 僕は《プチモス》を攻撃表示で召喚だ!」

 

 フィールドにちょこんと現れた緑色の芋虫。結構デカイ。

 

《プチモス》

星1 地属性 昆虫族

攻 300 守 200

 

「ふぅん、そんな雑魚モンスターでどうするつもりだ?」

 

 小馬鹿にしたように言い放つ海馬に羽蛾は笑いながらこのカードの真価を披露する。

 

「ヒョヒョヒョッ! 馬鹿にしない方がいいよ海馬クン。この《プチモス》には《青眼の白龍》をも超えるパワーが宿っているんだから……」

 

 《プチモス》も羽蛾の言葉を肯定するように体をくねらせる。

 

「僕は手札から《進化の繭》の効果を発動! このカードを装備カード扱いとしてフィールド上の表側表示の《プチモス》に装備! そして《プチモス》の攻撃力・守備力は《進化の繭》と同じになる!」

 

 《プチモス》の口から吐き出された糸が《プチモス》の全身を覆い、その身を大きな繭へと変貌させた。

 

 繭の中では何かが脈動している。

 

《プチモス》

攻 300 守 200

攻 0 守 2000

 

「これで繭の中で《プチモス》は進化を続け、究極の姿へと進化するのさ! 僕はカードを3枚セット!」

 

 3枚のカードで守りを固めた羽蛾はさらに守りを固めるべく最後の手札を発動する。

 

「まだまだ行くよ! 僕は魔法カード《命削りの宝札》を発動して手札が3枚になるようにドロー!」

 

 羽蛾の前にギロチンが現れ3枚のカードが置かれている。

 

「魔法カード《二重召喚(デュアルサモン)》を発動しもう一度通常召喚する! 来いっ! 《吸血ノミ》!」

 

 ドクドクと脈打つ巨大な繭の隣にどこからか跳躍してきた《吸血ノミ》がフィールドをピョンピョンと飛び跳ねる。

 

《吸血ノミ》

星4 地属性 昆虫族

攻1500 守1200

 

「最後に僕はもう1枚カードを伏せてターンエンドだ」

 

 エンドフェイズ時に《命削りの宝札》のデメリット効果が発動するが――ギロチンの落ちる先にもうカードはない。

 

「《命削りの宝札》を発動したターンのエンドフェイズに、自分の手札を全て捨てなきゃならないけど僕の手札は0枚。 捨てるカードはないよ」

 

 意気揚々とターンを終えた羽蛾を海馬は冷ややかな視線で見つめていた。

 

 

「威勢のいいことだ……俺のターン、ドロー! 俺は手札から《ドル・ドラ》を攻撃表示で召喚し、《進化の繭》を攻撃! 何が出るのかは知らんが孵化する前に潰すまでだ!」

 

 頭のあるべき個所に頭がなく両の手の先が頭になっている紫の老竜の、その両の手の牙が《進化の繭》を纏った《プチモス》を砕かんと光る。

 

《ドル・ドラ》

星3 風属性 ドラゴン族

攻1500 守1200

 

「おおっとそうはいかないよ――罠カード《検問》を発動! 相手モンスターの攻撃宣言時に相手の手札を全て確認し、その中にモンスターカードがあった場合、その攻撃を無効にする! さぁ手札を確認させてもらうよ」

 

「ふぅん、好きにしろ」

 

「ヒョヒョヒョー、海馬クンの手札にモンスターカードがある――よって攻撃は無効!」

 

 《ドル・ドラ》の前に番兵が現れ《ドル・ドラ》の行く手を遮り、海馬の手札を見た後シッシッと手を振り《ドル・ドラ》を追い払う。

 そして海馬の手札のカード1枚を手に持つ棒でたたき落とした。

 

「なにっ!」

 

「《検問》の効果だよ。相手の手札にモンスターカードがあった場合、その内の1枚を捨てさせられるのさ」

 

「ブルーアイズを墓地に送られたか……俺はこれでターンエンドだ」

 

 海馬の相棒たる《青眼の白龍》が墓地に送られても、海馬のデッキには痛手とはならない。

 

 

「なら僕のターン、ドロー! さぁて攻勢に移らせてもらうよ」

 

 その羽蛾の言葉に海馬はモンスターの攻撃力を見比べ嘲笑する。

 

「その攻撃力ではな、《ドル・ドラ》と相打ちでもするつもりか?」

 

 《ドル・ドラ》の効果を考え、無駄死にに終わりそうだと考える海馬。

 

 だが羽蛾は昆虫の強みを海馬に示す。

 

「ヒョー忘れたのかい海馬クン、昆虫は進化することを! 前のターンにセットした魔法カード《孵化》を発動! 自分フィールド上のモンスター1体をリリースし、そのモンスターよりレベルが1つ高い昆虫族モンスター1体をデッキから特殊召喚する!」

 

 《吸血ノミ》の姿が緑の斑をした卵の殻で覆われ、進化の準備に入った。

 

「さぁ殻を破り、獲物を切り裂け! 《ヴァリュアブル・アーマー》!」

 

 そしてその殻を4本の鎌で切り裂き黄土色のカマキリが4本の鎌を掲げ、口から威嚇音を出す。

 

《ヴァリュアブル・アーマー》

星5 地属性 昆虫族

攻2350 守1000

 

「さぁ狩りの時間だ《ヴァリュアブル・アーマー》! 《ドル・ドラ》を切り刻め! クアドラプル・ブレード!!」

 

 《ヴァリュアブル・アーマー》の4本の鎌が《ドル・ドラ》を切り裂き刻む。

 

 そうして《ドル・ドラ》の片腕にある頭だけが切り残された。

 

海馬LP:4000 → 3150

 

「この程度は超えてくるか……」

 

 まだまだ余裕を崩さない海馬。

 

「攻撃表示の《プチモス》に永続罠《安全地帯》を装備! コイツを装備したモンスターは相手のカードの効果の対象にならず、さらに戦闘と相手のカードの効果では破壊されないぜ!」

 

 繭がメタリックにコーティングされる――こんなにも金属的になってしまって中の昆虫は大丈夫なのだろうか。

 

「そして《プチモス》を守備表示に変更して、さらに永続魔法《強欲なカケラ》を発動してターンエンドだ!」

 

 フィールドに現れた壺の破片を《ヴァリュアブル・アーマー》はその鎌でツンツン突き、興味深そうに観察している。

 

「だが貴様のエンドフェイズにフィールドで破壊された《ドル・ドラ》の効果を発動!

墓地へ送られたターンのエンドフェイズにこのカードを墓地から特殊召喚する。もっともデュエル中に1度しか使用できず、攻撃力・守備力は1000に下がるがな」

 

 フィールドに残った《ドル・ドラ》の頭から体が生え再生する。だがもう1方の頭は再生しなかった。

 

《ドル・ドラ》

星3 風属性 ドラゴン族

攻1500 守1200

攻1000 守1000

 

 

 

「そして俺のターンだ。ドロー。そんなに俺のブルーアイズを墓地に送りたければ叶えてやろう。手札から魔法カード《トレード・イン》を発動し手札からレベル8モンスター《青眼の白龍》を捨てデッキから2枚ドローする」

 

 海馬の背後に半透明で現れた《青眼の白龍》が光の粒子となりデッキからカードを呼び込む。

 

 引いたカードを見て海馬の顔に笑みが籠る。

 

「フハハハッ――光栄に思うがいい! 貴様にブルーアイズを拝ませてやる。魔法カード《死者蘇生》を発動! 自分の墓地のモンスター1体を特殊召喚する。現れろ! 我が魂! ブルーアイ――」

 

 天を指さし、己がエースを呼び出す海馬。だが――

 

「ヒョヒョヒョー! ムダピョー! 永続罠《王宮の牢獄》発動! コイツがあるかぎり墓地のモンスターを特殊召喚は出来ないピョー!」

 

「なんだと!」

 

「普通にアドバンス召喚するにはリリースの2体いる《青眼の白龍》を使いこなすには墓地から呼び出すのは当然! 対策はバッチリさ!」

 

 これで墓地に送られた《青眼の白龍》2枚は封じられたと言えなくもない。

 

「ヒョヒョッ! どうだい~眼中になかった僕に封殺される気分は?」

 

「くっ、俺はモンスターをセットしてターンエンドだ」

 

 思わぬ反撃に歯噛みする海馬。

 

 

 海馬のそんな顔を見てますます羽蛾の機嫌は良くなる。

 

「ヒョッヒョッ! 顔色が悪いね~海馬クゥン、俺のターン、ドロー! このドロー時、《強欲なカケラ》に強欲カウンターが1つ乗るぜ!」

 

強欲カウンター:0 → 1

 

 僕から俺へと変化した口調、それは羽蛾が自身の有利を確信したが故。

 

「ふぅん、本性を現したか……」

 

 海馬の呟きも意に返さず羽蛾の快進撃は止まらない。

 

「さぁて《ヴァリュアブル・アーマー》に更なる力を与えるとするかな~。俺は《ヴァリュアブル・アーマー》を通常召喚扱いとして再度召喚!」

 

「再度召喚だとっ!」

 

 聞きなれない言葉に驚きを見せた海馬。そんな海馬に自慢するかのように羽蛾は説明を始める。

 

「そう! コイツは世にも珍しいデュアルモンスター! 墓地とフィールド上では通常モンスターとして扱うがフィールド上に表側表示で存在するコイツを再度召喚することで効果モンスターとして進化するのさ! 真の姿で全てを切り裂け! 再度召喚! 《ヴァリュアブル・アーマー》!!」

 

 黄土色の身体は白く輝き、4本の鎌は6本に増え背中に羽根を生やし全てを切り裂く昆虫界の死神がその真の姿を現した。

 

《ヴァリュアブル・アーマー》

星5 地属性 昆虫族

攻2350 守1000

 

「再度召喚した《ヴァリュアブル・アーマー》は相手フィールドの全てのモンスターに攻撃できる! 壁モンスターをいくら増やしても無意味さ! まずは《ドル・ドラ》だ! セクスタプル・デス・スラッシュ!!」

 

 《ヴァリュアブル・アーマー》の6本の鎌全てが《ドル・ドラ》に突き刺さり、串刺しにしたまま《ヴァリュアブル・アーマー》の真上まで持ち上げられ6本の鎌で同時に引き裂く。

 

 《ドル・ドラ》の返り血が進化した《ヴァリュアブル・アーマー》の白い身体をつたっていった。

 

「お次はセットモンスターを切り裂け! 《ヴァリュアブル・アーマー》!」

 

 羽蛾の声と共に、白い死神の6つの鎌がセットモンスターを襲う。

 

《闇・道化師のサギー》

星3 闇属性 魔法使い族

攻 600 守1500

 

 そのセットモンスター《闇・道化師のサギー》は切られた身体を確認し、切られていないことに安堵するも視界が2つに割れ始めたことで慌てて顔の両側を手で押さえる。

 

 だがその手が地面にポトリと落ち、最後は全身バラバラになった。

 

「ヒョヒョー! さらに俺はまたまた魔法カード《命削りの宝札》を発動! 手札が3枚になるようにドローするぜ! そしてまたまた魔法カード《二重召喚》を発動してモンスターを裏側守備表示でセットだ!」

 

 羽蛾の昆虫たちの中に裏側のカードが浮かび上がる――かさかさと動いているようだ。

 

「そして最後にカードを1枚セットしターンエ・ン・ド」

 

 エンドフェイズ時に《命削りの宝札》のデメリット効果が発動するが――

 

「《命削りの宝札》を発動したターンのエンドフェイズに、自分の手札を全て捨てなきゃならないが――俺の手札は0だピョー! 捨てるカード何てないぜ! また罠を張らせてもらったぜ~」

 

 羽蛾はあの海馬を一方的に攻撃している事実に興奮を隠せない。

 

 

 だが海馬はこの程度で封じ込められるデュエリストではない。

 

「クッ、目障りな……俺のターン、ドロー! ふぅんこのカードは……モンスターをセットしてターンエンドだ」

 

 一見すると壁を出しただけにも見えるが海馬の目は攻撃を誘っている。

 

 

 だが羽蛾はそれに気づかず、何もできないと取り、さらに調子づく。

 

「あの海馬が手も足も出ず! このまま押し切らせてもらうよ! 俺のターン、ドロー! この時《強欲のカケラ》に2つめの強欲カウンターが乗るぜ!」

 

強欲カウンター:1 → 2

 

 《強欲な壺》の形となった《強欲なカケラ》に《ヴァリュアブル・アーマー》は御満悦だ。

 

「俺は永続魔法《強欲なカケラ》の効果を発動! 強欲カウンターの2つ乗ったこのカードを墓地に送り2枚ドロー!」

 

 増えた手札を見た羽蛾はニヤリと笑い更なる昆虫を展開せんとカードを手に取る。

 

「俺は《ビック・アント》召喚!」

 

 地面に穴が空き、そこから巨大なアリのモンスターが姿を現すが、途中で止まる――腹の部分が引っかかっているようだ。

 

 もがく《ビック・アント》を《ヴァリュアブル・アーマー》が鎌で地面の穴を広げ、「ドンッ!」と現れた《ビック・アント》。いまいち締まらない。

 

《ビック・アント》

星4 地属性 昆虫族

攻1200 守1500

 

「そ・し・て、手札から再び魔法カード《孵化》を発動! 《ビック・アント》をリリースし、レベルが1つ高い昆虫族モンスター1体をデッキから特殊召喚する!」

 

 《ビック・アント》の姿が緑の斑をした卵の殻で覆われ、脈動を始める。

 

「殻を砕き、獲物を食い尽くせ! 《ミレニアム・スコーピオン》!」

 

 卵の殻をそのハンマーのような鋏で砕き、背中に目の文様を持った黒い大(さそり)が毒針を持つ尾を振りながら現れる。

 

 歯をガチガチとならし獲物(エサ)を見定める。

 

《ミレニアム・スコーピオン》

星5 地属性 昆虫族

攻2000 守1800

 

「さらに俺は前のターンにセットされた《共鳴虫(ハウリング・インセクト)》を反転召喚!」

 

 裏側のカードから「コロコロ」という音が流れ、そこから青いコオロギの様なモンスターが音波を放ちインセクト軍団の一員として並び立つ。

 

《共鳴虫》

星3 地属性 昆虫族

攻1200 守1300

 

「行きな俺のインセクト軍団! バトルだ! 《ミレニアム・スコーピオン》でセットモンスターに攻撃だ!」

 

 《ミレニアム・スコーピオン》の尾の毒針がセットモンスター《ファミリア・ナイト》を刺し投げ、宙を舞う。

 

《ファミリア・ナイト》

星3 闇属性 戦士族

攻1200 守1400

 

 そして落下してきた《ファミリア・ナイト》は《ミレニアム・スコーピオン》が両の鋏で捕み、頭からかじられそのまま捕食された。

 

 凄惨な光景に目を背ける観客を余所に羽蛾は得意げに宣言する。

 

「この瞬間《ミレニアム・スコーピオン》の効果発動! コイツが相手モンスターを戦闘で破壊し墓地へ送った時、攻撃力は500ポイントアップするぜ!」

 

 食事(戦闘)を終えた《ミレニアム・スコーピオン》の黒い甲殻が《ファミリア・ナイト》の鎧のような銀色に輝く。

 

《ミレニアム・スコーピオン》

攻2000 → 攻2500

 

「ヒョヒョヒョ! これで壁モンスターは消えた! 残りのダイレクトアタックで終わりだぁ!」

 

 壁モンスターの破壊――だがそれは海馬の罠だった。

 

「ふぅん、破壊したな! この瞬間《ファミリア・ナイト》の効果を発動! このカードが戦闘で破壊され墓地へ送られた時、お互いのプレイヤーは、手札からレベル4モンスター1体を特殊召喚できる! 来い! 《レアメタル・ドラゴン》!」

 

 海馬の手札の1枚からドラゴンが高く飛び上がり、その希少金属の身体の重量により「ズシンッ」とフィールドを揺らし、そのサイのような角と全身の鱗が鈍く煌めく。

 

《レアメタル・ドラゴン》

星4 闇属性 ドラゴン族

攻2400 守1200

 

「攻撃力2400のレベル4のモンスターだって! いやそれよりもなんでさっきのターン召喚しなかったんだ!」

 

「コイツはレベル4のモンスターの中でも最高峰の攻撃力を持つが、当然デメリットもある……通常召喚できないデメリットがな」

 

「くそっ! 俺の手札にレベル4モンスターはいない……ターンエンドだ!」

 

 予期せぬモンスターに羽蛾は焦りを見せる。《ミレニアム・スコーピオン》は能力的に問題はないが他2体を防御するすべは――手札にない。

 

 

 その焦りを見た海馬は所詮はこの程度のデュエリストかと羽蛾の実力を見定める。

 

「さっきまでの威勢はどうした! 俺のターン、ドロー。まずは邪魔なカードを退けさせてもらおう! 俺のフィールドにドラゴン族が存在する時このカードを発動できる――魔法カード《スタンピング・クラッシュ》を発動!」

 

 《レアメタル・ドラゴン》がゆっくりと歩み出る。

 

「その効果によりフィールドの魔法・罠カード1枚を破壊し、そのコントローラーに500ポイントダメージを与える! 《王宮の牢獄》には消えてもらうぞ!」

 

 《レアメタル・ドラゴン》が羽蛾の永続罠《王宮の牢獄》を踏み潰さんと突撃するが――

 

「無駄ピョー! ソイツにチェーンして永続罠《宮廷のしきたり》を発動! このカードがフィールドにある限り、互いのプレイヤーはこのカード以外の表側表示の永続罠カードを破壊できない!」

 

 迫りくる《レアメタル・ドラゴン》を王らしき人物が受け止め、互いが押し合う。

 

 そして突破は無理だと諦めた《レアメタル・ドラゴン》が渋々踵を返した。

 

「ヒョヒョッ! 破壊されなかったからダメージも発生しない――残念だったねぇ~」

 

「チッ! ならば《ブレイドナイト》を召喚! そして効果により俺の手札が1枚以下の時、このカードの攻撃力は400ポイントアップする! 今の俺の手札は1枚、効果が適用される!」

 

 銀色の西洋甲冑の戦士が現れ、その左手の盾から剣を取り出し昆虫軍団へと向ける。

 

《ブレイドナイト》

星4 光属性 戦士族

攻1600 守1000

攻2000

 

「まずは《ブレイドナイト》で《共鳴虫》を攻撃だ! ブレイド・アタック!」

 

 ヤケクソ気味に飛びかかってきた《共鳴虫》を《ブレイドナイト》は一刀の元に切り捨てる。

 

 《共鳴虫》の体液が鎧に飛び散るも気にした様子はない。

 

羽蛾LP:4000 → 3200

 

 だが切り捨てられた《共鳴虫》からコロコロと音が響く。

 

「戦闘で破壊された《共鳴虫》の効果発動! その効果によりデッキから攻撃力1500以下の昆虫族モンスター1体を特殊召喚できる! 昆虫界の守護者よ! その務めを果たせ! 来いっ! 《ヘラクレス・ビートル》! 守備表示だ!」

 

 巨大な「ヘラクレスオオカブト」が繭を纏った《プチモス》と羽蛾の前に陣取りその黒い巨体で守りを固める。

 

《ヘラクレス・ビートル》

星5 地属性 昆虫族

攻1500 守2000

 

「ならばその厄介なカマキリを仕留めておくか……やれっ! 《レアメタル・ドラゴン》! メタルスピン!」

 

 《レアメタル・ドラゴン》が体を丸め高速回転を維持したまま《ヴァリュアブル・アーマー》に突撃する。《ヴァリュアブル・アーマー》も6本の鎌を振るうが金属の身体に刃は通らず回転に腕ごと巻き込まれる。

 

 そして壁まで押し込まれ押し潰され、今度は自分の体液を飛び散らせた。

 

羽蛾LP:3200 → 3150

 

「くそっ! 《ヴァリュアブル・アーマー》がっ!」

 

 昆虫軍団の一角が崩れ落ちたことから羽蛾に大きな動揺がはしる。

 

「俺は魔法カード《命削りの宝札》を発動し手札が3枚になるようにドロー。そして永続魔法《強欲なカケラ》を発動。さらにカードを2枚伏せてターンエンドだ」

 

 壺の欠片が散らばり、そのすぐそばで《命削りの宝札》のギロチンがエンドフェイズ時に空を切る。

 

「貴様も知ってのとおりエンドフェイズ時に《命削りの宝札》のデメリットが発動するが――俺に捨てる手札はない」

 

 海馬の思わぬ反撃に羽蛾はいまだ自身が有利なはずの現状にも拘らず、ジリジリと追い詰められている気配を感じ取った。

 




昆虫人間(ベーシック・インセクト)「僕、デッキ外です――世知辛い……でも皆さんと一緒なら寂しくないです!」

ゴキボール「そうだな(地属性・星4の俺らはデッキには入れて貰えてんだけどな……)」
キラー・ビー「まったくだ(《孵化》での星5を呼ぶ係だけどな……)」
ビック・アント「元気出せよ!(でも《プチモス》のヤツは星1だろ?)」
カマキラー「気にすんな!(《プチモス》のヤツはコネだとよ……)」


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第22話 究極の姿

今デュエルも2話構成です――海馬瀬人VSインセクター羽蛾 後編になります

前回のあらすじ
羽蛾氏、結構善戦
頑張れ羽蛾! 負けるな羽蛾! 全ての昆虫愛好家が応援してるぞ!

でも昆虫軍デッキの就職は厳しい



 羽蛾は形勢が傾きつつあることを感じつつも、《ミレニアム・スコーピオン》が突破されない限りは問題ないと自身を励まし、力強くドローする。

 

「ヒョヒョッ! この程度の反撃――ちょうど物足りないと思ってたところさ! 俺のターン! ドロー!」

 

 羽蛾は良いカードを引いた。と、思わずにやける。

 

「俺は魔法カード《トランスターン》を発動! コイツの効果は俺の表側表示のモンスターを墓地へ送り、そのモンスターと種族・属性が同じでレベルが1つ高いモンスターをデッキから呼び出すのさっ!」

 

「《孵化》と似た効果か」

 

「そのとおり! だがあの時とは違い今度リリースするモンスターのレベルは5! よってより強力なモンスターを呼び出せる! 《ヘラクレス・ビートル》をリリースし特殊召喚! 昆虫界の英雄よ! その枷を外し真の姿を現せ! 特殊召喚! 現れろ! 《セイバー・ビートル》!!」

 

 《ヘラクレス・ビートル》の黒い甲殻が光と共に弾け飛び、羽根を広げシャープになった茶色の身体を躍らせる。その角は光り輝いていた。

 

《セイバー・ビートル》

星6 地属性 昆虫族

攻2400 守 600

 

 さらに羽蛾はこのターン引いたカードを発動させる。

 

「さらにフィールド魔法《ガイアパワー》を発動! これでフィールド上の地属性モンスターの攻撃力は500ポイントアップし、守備力は400ポイントダウンする!」

 

 大地の女神の加護によりフィールドに大樹が生え、地を司る者たちに力を与え、守備を捨て攻撃に転じさせる。

 

 《セイバー・ビートル》の角の輝きが全身に広がり、

 

《セイバー・ビートル》

攻2400 守 600

攻2900 守 200

 

 《ミレニアム・スコーピオン》の毒針と鋏が鋭利に尖り、

 

《ミレニアム・スコーピオン》

攻2500 守1800

攻3000 守1400

 

 繭が力強く脈動した。

 

《進化の繭》を装備した《プチモス》

攻 0 守2000

攻 500 守1600

 

「ヒョヒョヒョッ行きな! 《セイバー・ビートル》! 《レアメタル・ドラゴン》を貫け! セイバー・ピアシング!!」

 

 《レアメタル・ドラゴン》の角と《セイバー・ビートル》の角がぶつかり合う。

 

 《レアメタル・ドラゴン》がその重量とパワーでじりじりと押しこむも輝きを増した《セイバー・ビートル》の角が《レアメタル・ドラゴン》の角を溶かし、そのまま一直線に溶かしながら貫いた。

 

海馬LP:3150 → 2650

 

「ふぅん、精々足掻くことだ……」

 

「っ! だったら《ブレイドナイト》を食い尽くせ!《ミレニアム・スコーピオン》!」

 

 新たな獲物に襲い掛かる《ミレニアム・スコーピオン》。

 

 その尾の毒針での一撃を躱し、《ミレニアム・スコーピオン》甲殻に剣を突き立てる《ブレイドナイト》だが、その剣は銀色の鎧に弾かれ鋏で捕えられ、そのまま捕食された――

 

――かに思えたが盾を両顎に噛ませ喰われまいと抵抗を続ける。だが抜け出せない。

 

 そして盾が噛み砕かれ、その盾の後を追うように捕食された。

 

海馬LP:2650 → 1650

 

「モンスターを破壊(捕食)した《ミレニアム・スコーピオン》の効果を再び発動! 攻撃力は500ポイントアップ!」

 

 食事(戦闘)を終えた《ミレニアム・スコーピオン》の銀に染まりつつある甲殻がより甲冑のように変化する。

 

《ミレニアム・スコーピオン》

攻3000 → 攻3500

 

「ヒョヒョヒョッ! これで攻撃力はブルーアイズすら上回ったぜ! 俺はこれでターンエンド! どうだ! 昆虫の恐ろしさ思い知ったか!」

 

 

 これで流れは戻ったと海馬に吠えるも、海馬はどこ吹く風と言った具合だ。

 

 

「弱い犬ほどよく吠えるものだ……俺のターン、ドロー。この時《強欲なカケラ》にカウンターが乗る」

 

 壊れた壺が半分ほどその姿を現す。

 

強欲カウンター:0 → 1

 

「そしてまずは1枚目のリバースカードオープン! 魔法カード《召喚師のスキル》!」

 

 海馬のフィールドに召喚師が魔法陣を描く。

 

「その効果によりデッキからレベル5以上の通常モンスターを手札に加える!」

 

「レベル5以上の通常モンスター……まさかっ!」

 

 海馬瀬人が扱うレベル5以上の通常モンスターは羽蛾には1つしか考えられない。

 

「そのまさかだ! 俺は《青眼の白龍》を手札に加える!」

 

 魔法陣から透明な《青眼の白龍》が海馬の手札に舞い降りる。

 

「だけどお前のフィールドのモンスターは0! アドバンス召喚のリリースが足りないぜ!」

 

 強がる羽蛾へ海馬は嘲笑を向ける。

 

「どこまでも愚かな男だ……そんな永続罠1枚で俺のブルーアイズを止められると思うな! 2枚目のリバースカードオープン! 魔法カード《(いにしえ)のルール》を発動! よって手札からレベル5以上の通常モンスター1体を特殊召喚する!」

 

「な、なんだとぉ!?」

 

 前のターンの《命削りの宝札》の効果で《青眼の白龍》を呼ぶ準備が整っていたと気付く羽蛾。

 

「現れろ! 俺自身の手で得た魂のカード! 《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》!!」

 

 巻物が天に上り、そして天を割り伝説の白き龍が翼を広げ木の葉を吹き飛ばし海馬のもとに降り立った。

 

《青眼の白龍》

星8 光属性 ドラゴン族

攻3000 守2500

 

「待たせたなブルーアイズよ! その力を思う存分振るうがいい! 滅びのバーストストリイイイム!!」

 

 《青眼の白龍》の滅びのブレスが《セイバー・ビートル》を襲う。

 

 《セイバー・ビートル》も《青眼の白龍》を貫かんとブレスの中を突き進むが、《青眼の白龍》に近づくにつれブレスの力は強まっていき最後は太陽に挑んだもののように地に落ちていった。

 

「ヒョッ! 《セイバー・ビートル》まで……」

 

羽蛾LP:3150 → 3050

 

 やっと呼び出せた《青眼の白龍》に海馬は上機嫌だ。

 

「ハーハッハッハッー! 強靱・無敵・最強! 俺はカードを1枚セットしターンエンドだ!」

 

 

 

 《青眼の白龍》の特殊召喚を許してしまった羽蛾だがその顔に絶望はない。

 

「俺のターン、ドロー」

 

 俯きがちにカードを引く羽蛾――今にも笑いが零れそうだ。

 

「ヒョヒョヒョヒョヒョッ! ブルーアイズを呼び出したのはいいけど、忘れちゃいないかい? 俺の《ミレニアム・スコーピオン》は十分に育ちブルーアイズを上回っていることに!」

 

「なら攻撃してくるがいい……」

 

 その海馬のなんら脅威にならないとでも言いたげな態度に羽蛾の頬は引きつる。

 

「ならブルーアイズもコイツのエサにしてやる! やれ! 《ミレニアム・スコーピオン》!」

 

 大きなエサだと上機嫌に飛び出す《ミレニアム・スコーピオン》だが、突如としてその動きが不自然に止まる。

 

「ど、どうした! 《ミレニアム・スコーピオン》!」

 

 《ミレニアム・スコーピオン》突き出した鋏や毒針、さらには全身の至る所に鎖が巻きつけられていた。

 

「貴様の攻撃の際に罠カード《闇の呪縛》を発動させてもらった」

 

 鎖から逃れようと《ミレニアム・スコーピオン》がもがく姿を海馬は哀れみをもって見つめる。

 

「その効果により攻撃力は700ポイントダウンし、攻撃もできず、表示形式の変更もできん」

 

《ミレニアム・スコーピオン》

攻3500 → 攻2800

 

「くそっおぉ! 俺はターンエンドだ!」

 

 海馬の罠にまんまとかかってしまった羽蛾は悔しさと共にターンを終えた。

 

 

 

「底が知れるな……俺のターン、ドロー。そして《強欲なカケラ》に2つめのカウンターが乗る」

 

強欲カウンター:1 → 2

 

 壊れた壺は遂に《強欲な壺》としての姿を取り戻した。

 

「そして強欲カウンターが2つ以上乗ったこのカードを墓地に送り2枚ドローする」

 

 海馬のドローと共に《強欲な壺》は砕け散りその役目を終えた――折角治したのに。

 

「その惨めな姿に引導を渡してやれっ! ブルーアイズ! 滅びのバーストストリイイイム!!」

 

 《青眼の白龍》から放たれる滅びのブレスに鎖で動きを封じられた《ミレニアム・スコーピオン》に対処する術はなく、数々の獲物を喰らい強化した甲殻もそのブレスには為す術もなく呑まれていった。

 

羽蛾LP:3050 → 2850

 

「俺はこれでターンエンドだ」

 

 

 

 羽蛾の集めた昆虫軍団はことごとく打ち破られ、残るは《進化の繭》となった《プチモス》のみ。

 

 だが羽蛾はまだ笑う――機は熟したと。

 

「さすがブルーアイズだね~でもそれもここまでだよ。俺のターン、ドロー! ヒョヒョヒョッ! モンスターの攻防に気を取られ忘れちゃいないかい俺のフィールドの繭のことを!」

 

「ふぅん、それがどうかしたか?」

 

 どんなモンスターもブルーアイズの敵ではないと言いたげな海馬。

 

 だがそんな海馬を羽蛾は笑う。

 

「ヒョヒョッ! 《進化の繭》の中で自分のターンで数えて6ターン経過した《プチモス》は究極の姿へと進化するのさ! 俺は《進化の繭》を装備した《プチモス》をリリースし特殊召喚! 今こそ繭を破り究極の姿を現せ! 《究極完全態・グレート・モス》!!」

 

 《進化の繭》の中の《プチモス》だったものがその繭を食い破り鱗粉を撒き散らし毒々しい羽根を広げ飛翔し、その鱗粉に触れた残った繭は崩れ落ちる。その姿はまさに「毒蛾」。

 

《究極完全態・グレート・モス》

星8 地属性 昆虫族

攻3500 守3000

 

「ヒョヒョヒョッ! その攻撃力は何もせずとも《青眼の白龍》をも超える3500! さらにフィールド魔法《ガイアパワー》の効果も加わり――なんと攻撃力4000! 《青眼の白龍》なんて目じゃないね~」

 

 《究極完全態・グレート・モス》は大地の加護を受け頭の赤い2本の角、額の角、牙の全てが鋭利に伸び、さらにその羽根はその毒々しさを一層増す。

 

《究極完全態・グレート・モス》

攻3500 守3000

攻4000 守2600

 

「ヒョヒョヒョッ! 今こそお前(海馬)がいないから優勝できただの、武藤遊戯の方が強いだの好き勝手言ってやがった連中を黙らせてやるよ! この俺と《究極完全態・グレート・モス》がな!」

 

 そんな羽蛾の意思に呼応するかのように《究極完全態・グレート・モス》が威嚇音を上げながら羽根を広げ、鱗粉を撒き散らす。

 

「さぁ行け! 《究極完全態・グレート・モス》! 真の最強たる一撃を見せてやれ! モス・パーフェクト・ストーム!!」

 

「迎え撃てブルーアイズ! 滅びのバーストストリイイイム!!」

 

 《青眼の白龍》のブレスと《究極完全態・グレート・モス》の毒鱗粉を収束させた一撃が衝突する。

 

 一見すると拮抗している両者の攻撃だが、ぶつかり合う攻撃の余波で毒鱗粉が撒き散らされ《青眼の白龍》の体を蝕み溶かしていく。

 

 そして最後はブレスを吐く力も失った《青眼の白龍》に毒鱗粉の奔流が直撃しその白き体を完全に溶かした。

 

海馬LP:1650 → 650

 

「くっ! おのれ、俺のブルーアイズを……」

 

「ヒョヒョヒョヒョヒョー! これで《青眼の白龍》は3体とも墓地! 蘇生させるのも永続罠《王宮の牢獄》で封じた! もう勝ったも同然だピョー! ターーンエ ・ ン ・ ドだ!」

 

 

 

 己の分身たるカードをコケにされ怒りに燃える手で海馬はデッキに手をかける。

 

「俺のターン! ドロー! …………」

 

「どうしたんだい? もしかして壁モンスターすら出せないとか。それなら別にサレンダーしたっていいんだぜ~」

 

 挑発を重ねる羽蛾。

 

「ふぅん、貴様程度のデュエリストにこのカードを使うことになろうとはな……」

 

「見苦しいハッタリならやめた方がいいよ~」

 

 そんな羽蛾の挑発を無視し観客席にいる遊戯を見つめ海馬は宣言する。

 

「とくと見るがいい遊戯! これがお前を倒すため俺が手にした新たなブルーアイズの力だ! 魔法カード《龍の鏡(ドラゴンズ・ミラー)》発動!」

 

「何をするつもりかは知らないけど、永続罠《王宮の牢獄》で《青眼の白龍》を呼び戻すことはできないよ~ん」

 

「この効果により自分のフィールド・墓地からドラゴン族の融合素材モンスターを除外し融合召喚を行う! 貴様の永続罠の対象は墓地からの蘇生のみ! 墓地のカードを除外するこのカードは止められん!」

 

「なんだって!」

 

 海馬の前に龍の形をした額縁に収められた鏡が浮かび上がる。その鏡には3体の《青眼の白龍》が映し出されていた。

 

「俺は《青眼の白龍》3体で融合召喚! その伝説を超えた力を示せ! 現れろ究極の力! 《青眼の究極竜(ブルーアイズ・アルティメットドラゴン)》!!」

 

《龍の鏡》の中の3体の《青眼の白龍》が混じり合い強大な力の波動を発する。

 

 その波動に《龍の鏡》は砕け、《青眼の白龍》がより強大に進化した3つ首に額に赤い文様を入れた《青眼の究極竜》が3つの首から生誕の雄叫びを挙げる。

 

《青眼の究極竜》

星12 光属性 ドラゴン族

攻4500 守3800

 

「こ、攻撃力4500だとぉ!」

 

「俺の怒りはこんなものではない! さらに装備魔法《巨大化》を《青眼の究極竜》に装備! これにより装備モンスターの攻撃力は自分のLPが相手より少なければ倍になり、逆ならば半減する!」

 

「海馬のライフは650、お、俺のライフより少ない……」

 

「よって《青眼の究極竜》の攻撃力は倍となる!」

 

 謎の文字が描かれた丸い石版が《青眼の究極竜》に溶け込むと、《青眼の究極竜》の巨体が《究極完全態・グレート・モス》が小さく見えるほどに巨大化した。

 

《青眼の究極竜》

攻4500 → 攻9000

 

「真の究極とはなんたるかを知るがいい! 《青眼の究極竜》! スーパー・アルティメット・バーストッ!!」

 

 その巨体から放たれる3つの滅びのブレスは《究極完全態・グレート・モス》とともにフィールドの全てを薙ぎ払う。

 

 《究極完全態・グレート・モス》の毒鱗粉も根こそぎ薙ぎ払われ《青眼の究極竜》には届かない。

 

 そして《究極完全態・グレート・モス》を消し飛ばしてもなおブレスの勢いは衰えず羽蛾にまでその破壊の奔流が襲った。

 

「ぎゃあああああああああああああ!」

 

羽蛾LP:2850 → 0

 

膝をつく羽蛾を確認した後Mr.クロケッツは試合終了を告げる。

 

「そこまでです。勝者、海馬瀬人!」

 

「お、俺の《究極完全態・グレート・モス》が……」

 

 自身の切り札の敗北を嘆く羽蛾。

 

 だが海馬はいつものように言い放つ。

 

「ふぅん、当然の結果だ」

 

 

 そんな2人に目を配りMr.クロケッツは粛々と自身の仕事をこなす。

 

「次の準決勝第1試合、城之内克也VSキース・ハワードの両名は規定時間までに準備をおすませ下さい」

 




アルティメット氏、初勝利を勝ち取る――負けフラグなんて言わせない!


でもそろそろ
《究極完全態・グレート・モス》サポートが出ても良いと思います!

《青天の霹靂》じゃあ満足できねぇぜ!


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第23話 ギャンブラー対決

今デュエルも2話構成です――城之内克也VSキース・ハワード 前編になります


前回のあらすじ
究極完全態・グレート・モス! ブルーアイズ撃破の快挙!
そして究極同士の激突!
究極完全態・グレート・モス「見ました? 俺の究極の出落ち」




 インセクター羽蛾のデュエルが終わり牛尾は神崎にデュエルの感想を語る。

 

「まあ善戦はしましたが予想通りっちゃあ、予想通りでしたね」

 

 軽い口調で放たれた牛尾の言葉を余所に神崎は何やら考え込みながら問いかける。

 

「彼のデュエル――全国大会時と比べてどう感じましたか?」

 

「へっ? そうですね~結構強くはなってましたけど……それがどうかしたんですかい?」

 

 牛尾にはそんなわかりきったことを問いかけられる意味が解らない。

 

 

 牛尾は知らないことだが彼の感想を神崎は重宝している。

 

 神崎にはデュエリストたちの常識がいまいち掴みきれない。

 

 そのため牛尾がそう思うのならば遊戯たちデュエリストもある程度同じ感想を持っているとの考えからだ。

 

 これがギースなどでは神崎が望む答えを選ぼうとしてしまう。

 

 ゆえに、一般的なデュエリストの目から見てもこの羽蛾は原作と比べても強くなっているという事実に神崎の期待は膨らむ。

 

 いくつかのカードを間接的に渡しただけでの大幅な実力のアップ。

 

 これは思わぬ拾い物になるかもしれないと神崎は考えつつ、未だに疑問符が出ていそうな牛尾に神崎は答える。

 

「いえ、これならと、そう思いましてね」

 

「……そ、そうっすか」

 

 その底の見えぬような笑みに牛尾は心の中で羽蛾に十字を切った。

 

 

 

 

 

 そんな裏話もよそに遊戯たち一行は試合に赴く城之内を見送っていた。

 

「よっしゃっ! それじゃあ行ってくるぜ! みんな!」

 

 その城之内に言葉は対戦相手が全米チャンプであることなどによる気負いはなく、いつも通りの自然体である。

 

 その背中に仲間たちの声援が届く。

 

「頑張ってお兄ちゃん!」

 

「ボクも応援してるよ城之内君!」

 

「負けたら承知しないわよ」

 

「バッチリ決めてこいよ!」

 

「頑張ってね~城之内君」

 

「精一杯戦ってきな! 城之内!」

 

 

 それぞれの声援を受け城之内は対戦相手のもとに向かい、デュエル前に互いのデッキをシャッフルする。

 

「随分人気ものじゃねぇか、ああも言われちゃ負けられねぇなぁ。だが悪いな手加減はしてやれねぇぜ」

 

「そんなもんいるかよ! この城之内様が吠え面かかせてやるぜ!」

 

 そんなキースの言葉に城之内は強気な言葉とともにデッキを返した。

 

 

「両者、所定の位置に――それでは準決勝第1試合、城之内克也VSキース・ハワードの試合を始めます。デュエル開始!」

 

 Mr.クロケッツの宣言により戦いの火蓋は切られる。

 

 

「「デュエル!」」

 

「俺様の先行! ドロー! 《闇の誘惑》を発動しデッキから2枚ドロー! そして手札の闇属性モンスター《振り子刃の拷問機械》を除外!」

 

 キースは闇に捧げた《振り子刃の拷問機械》を対価に引いたカードを見て戦略を立て始める。

 

「俺様は永続魔法《機甲部隊の最前線(マシンナーズ・フロントライン)》と《マシン・デベロッパー》を発動!」

 

 キースのフィールドに建設される前線基地と機械工場、それら2つは並びあう。

 その姿はまさに「要塞」。

 

「《機甲部隊の最前線》の説明はいらねぇよなぁ~ 《ツインバレル・ドラゴン》を召喚! だがテメェのフィールドは空、効果は発動しねぇ。だが永続魔法《マシン・デベロッパー》の効果でフィールドの機械族の攻撃力は200アップ!」

 

 キースの象徴たる機械龍の中の切り込み隊長《ツインバレル・ドラゴン》が頭部の小型の拳銃「ダブルデリンジャー」をフラフラと揺らす――狙う相手がいないことに不満の様だ。

 

《ツインバレル・ドラゴン》

星4 闇属性 機械族

攻1700 守 200

  ↓

攻1900

 

「俺様はカードを1枚セットしてターンエンドだ」

 

 

 城之内はカードを引きお馴染みのカードを出す――積み込――デッキが応えているのだろう。

 

「行くぜっ! 俺のターンだ! ドロー! 俺は《ベビードラゴン》を召喚し、永続魔法《凡骨の意地》を発動! そしてカードを1枚伏せてターンエンドだ!」

 

 城之内のフィールドにチョコンと現れる竜の子供。その翼と口を目一杯広げ《ツインバレル・ドラゴン》を威嚇する。

 

《ベビードラゴン》

星3 風属性 ドラゴン族

攻1200 守 700

 

 《融合》によって真価を発揮するカードを単体で使用した城之内にキースは挑発交じりに言い放つ。

 

「おいおいソイツは……自分のカードの使い方まで忘れちまったのかぁ? そんなことじゃあ俺様には一生勝てねぇぜ! 俺様のターン、ドロー! 2体目の《ツインバレル・ドラゴン》を召喚し効果発動! 対象は《凡骨の意地》!」

 

 2体目の《ツインバレル・ドラゴン》が並び頭部の銃の引き金を引く。だが弾は出ない、ハズレだ。

 

「チッ! ハズレか……しょうがねぇな。解っちゃいると思うが永続魔法《マシン・デベロッパー》の効果で攻撃力は200アップするぜ」

 

《ツインバレル・ドラゴン》 2体目

星4 闇属性 機械族

攻1700 守 200

  ↓

攻1900

 

「バトルだ! 1体目の《ツインバレル・ドラゴン》で《ベビードラゴン》に攻撃!」

 

 《ツインバレル・ドラゴン》が飛び上がり空中で1回転してその尾を叩きつける。《ベビードラゴン》は頭を打ちつけられ目を回し倒れた。

 

「そら次だ! 2体目の《ツインバレル・ドラゴン》でダイレクトアタック!」

 

 

 城之内に牙をむける《ツインバレル・ドラゴン》だがその間に何者かが割って入る。

 それは緑の武者鎧の剣豪であった。

 

《伝説の剣豪 MASAKI》

星4 地属性 戦士族

攻1100 守1100

 

「どういうこと……だ?」

 

 疑問を見せるキースに城之内はわざとらしく額の汗を拭う仕草をしながら説明する。

 

「危ねぇとこだったぜ……俺は1体目の《ツインバレル・ドラゴン》の攻撃時、このカードを発動させていたのさ!」

 

 城之内のフィールドに永続罠《死力のタッグ・チェンジ》が表側表示になっていた。

 

「コイツの効果で俺の攻撃表示モンスターが戦闘で破壊される時、そのダメージを0にし、さらに手札からレベル4以下の戦士族モンスター1体を特殊召喚できるのさ!」

 

 よく見ると《伝説の剣豪 MASAKI》の手に《ベビードラゴン》の手が握られ、その命のバトンを繋いでいる。

 

「なるほどな、それで戦士族のソイツを呼び出したって寸法か……だったら2体目の《ツインバレル・ドラゴン》で《伝説の剣豪 MASAKI》を攻撃だ!」

 

 2体目の《ツインバレル・ドラゴン》は割って入ってきた《伝説の剣豪 MASAKI》の武者鎧を噛み砕き、その後に首を振り上げ地面に叩きつける。

 

「だが永続罠《死力のタッグ・チェンジ》の効果で俺のダメージはねぇ。さらに手札から《魔物の狩人》を攻撃表示で呼び出すぜ!」

 

 《伝説の剣豪 MASAKI》がその命が消える前に最後の力を振り絞り仲間へ戦いのバトンを託し、髭を蓄えた魔物界の狩人がキースを狙いサーベルを向ける。

 

《魔物の狩人》

星4 地属性 戦士族

攻1500 守1200

 

「まだだ! 永続罠《闇次元の解放》を発動し除外された闇属性モンスターを特殊召喚! 現れろ! 慈悲深き機械の処刑人《振り子刃の拷問機械》! 永続魔法《マシン・デベロッパー》によりパワーアップ!」

 

 その振り子刃で次元の壁を切り裂き《振り子刃の拷問機械》が振り子の位置を戻しつつ、《ツインバレルドラゴン》の隣に並び隊列を整える。

 

《振り子刃の拷問機械》

星6 闇属性 機械族

攻1750 守2000

 ↓

攻1950

 

 手札からモンスターを呼び出すカードである以上、手札を多く消費する。

 

 そして城之内の手札は残り1枚。

 

「そろそろ手札のモンスターも尽きてきたんじゃねぇか? 《振り子刃の拷問機械》で《魔物の狩人》を攻撃! 一撃で楽にしてやるぜ! 断砕処刑!」

 

 迫りくる《振り子刃の拷問機械》に《魔物の狩人》は剣で対抗しようとするも繰り出した剣は通らず、逆に《振り子刃の拷問機械》の両の手で肩を掴まれ身動きを封じられる。

 

 攻撃を蹴り主体に切り替える《魔物の狩人》だが振り子刃が離れていくのを目にし、その振り子の振れ先を考え《振り子刃の拷問機械》の手から逃れるべく足掻く。その足掻きには精細さなどない。

 

 そして振り子刃が股先を通り抜け《魔物の狩人》の意識はそこでプッツリと途切れた。

 

 凄惨な攻撃方法に観客から悲鳴が漏れ、城之内もいささか気分が悪そうだ。

 

「うげぇ……っと永続罠《死力のタッグ・チェンジ》の効果でダメージを0にし、手札から《格闘戦士アルティメーター》を呼び出すぜ! 攻撃表示だ!」

 

 真っ二つになった《魔物の狩人》の手をそっと握り《格闘戦士アルティメーター》がその無念を感じ取り拳を握る。

 

《格闘戦士アルティメーター》

星3 地属性 戦士族

攻 700 守1000

 

「だがこれでテメェの手札は0、バトンを繋ぐモンスターはもういねぇ……ターンエンドだ」

 

 

 キースの言うとおり城之内の手札は0、次のターンのドロー次第ではそのまま敗北が決まる。

 

 だが不思議と城之内にその不安などなかった――仲間が託してくれたカードがあるのだからと。

 

「モンスターがいねぇなら呼び込むまでだ! 俺のターンだ。ドロー! よし! 俺は《凡骨の意地》の効果を発動し通常ドロー時に引いたカードが通常モンスターだったとき追加でドローできる。俺が引いたのは《タイガー・アックス》! 通常モンスターだ! 追加でドロー!」

 

 《凡骨の意地》に描かれた青年が城之内の横で拳を振り上げる。

 

「悪運の強いヤロウだぜ……」

 

 キースは皮肉を込めつつ笑う。

 

「ドローしたのは

通常モンスター《鎧蜥蜴(アーマー・リザード)》! 追加でドロー! 

通常モンスター《牛魔人》! 追加でドロー!

通常モンスター《ガルーザス》! 追加でドロー!

通常モンスター《岩窟魔人オーガ・ロック》! 追加でドロー! 

通常モンスター《アックス・レイダー》! 追加でドロー! 

通常モンスター《恐竜人》! 追加でドロー!」

 

 《凡骨の意地》に描かれた青年が城之内の横で追加ドローの度に様々なポージングを決め続ける。

 

 キースの笑みが引きつる。

 

「どうなってやがるんだ……」

 

 そして城之内のドローする手が止まる。

 

「引いたカードは通常モンスターじゃねぇ」

 

「やっと終わりかならさっさと――」

 

――「ターンを続けな」とは言えなかった。

 

「さらに俺は速攻魔法《リロード》! 自分の手札を全てデッキに戻しシャッフル、そしてデッキに加えた分のカードをドローだ!」

 

 《凡骨の意地》に描かれた青年が城之内の横でキメ顔で木製の銃を空へと向けて引き金を引く――再装填(リロード)しろよ……

 

「俺が引いたカードの中には通常モンスター《マグネッツ1号》がいるぜ! 追加でドローだ! 引いたカードは通常モンスターじゃねぇ」

 

「やっと終わりか……終わりだよな?」

 

 また《リロード》の様なカードで再度カードを引き直すのかと確認するキース。

 

 全米チャンプである男でも手札0からの怒涛のドローに驚きを隠せないらしい。

 

「俺は《時の魔術師》を召喚するぜ!」

 

 ダイナソー竜崎への勝利に大きく貢献したカードがクルクルと回転しながら現れ、最後に杖をビシッと向けながらドヤ顔で登場する。

 

 杖を向けたのが城之内だと気付き慌てて向きを変えた。

 

《時の魔術師》

星2 光属性 魔法使い族

攻 500 守 400

 

「チッ! 厄介なのが出てきやがった……」

 

 当たりハズレはあるものの当たればキースのフィールドは空になる。

 

 そして今の城之内の強運、本当に厄介だ。

 

「説明はいらなそうだな! 《時の魔術師》の効果発動だぜ! タイム・ルーレット!!」

 

 《時の魔術師》の持つ杖のルーレットが回転を始める。

 

 《時の魔術師》もそれに合わせフィギュアスケーターのようにクルクル回転する――文字盤が見にくい。

 

 そして段々と回転のスピードが遅くなり針の止った先は「当」――当たりである。

 

「今日の俺はついてるぜ! やれっ! 《時の魔術師》! タイム・マジック!」

 

 《時の魔術師》により千年の時の流れに晒されたキースのフィールドの2体の《ツインバレルドラゴン》と《振り子刃の拷問機械》は全身が錆付き、その身体から「ギギギッ」という音を出しながら倒れ、マシンから鉄屑へと姿を変えた。

 

「だがこの瞬間、永続魔法《マシン・デベロッパー》のもう一つの効果を発動! フィールド上の機械族モンスターが戦闘またはカードの効果によって破壊される度に、このカードにジャンクカウンターを2つ置く!」

 

 その鉄屑たちは《マシン・デベロッパー》へと運ばれ工場のラインに取り込まれる。

 

ジャンクカウンター:0 → 2

 

「だがテメェのマシン軍団はいなくなったぜ! 俺は魔法カード《思い出のブランコ》を発動し墓地の通常モンスター1体を特殊召喚するぜ! 戻ってこい《ベビードラゴン》!」

 

 夕日をバックに寂しそうにブランコを漕ぐ《ベビードラゴン》。

 

 そんな《ベビードラゴン》に《格闘戦士アルティメーター》は優しくその肩を叩き、《時の魔術師》はその手を優しく握る。

 

 左右の手を《ベビードラゴン》は握られながら3人一緒に城之内のフィールドに手を取り合って歩いて行った。

 

《ベビードラゴン》

星3 風属性 ドラゴン族

攻1200 守 700

 

「さらに魔法カード《融合》を発動! フィールドの《ベビードラゴン》と《時の魔術師》で融合召喚! 千年の時を超え、その英知を刻み込め! 《千年竜(サウザンド・ドラゴン)》!」

 

 《時の魔術師》が《ベビードラゴン》に張り付き《ベビードラゴン》の時を加速させる。

 

 そして《ベビードラゴン》はその姿を成長させていき、やがて老齢なる竜の姿へと至った。

 

《千年竜》

星7 風属性 ドラゴン族

攻2400 守2000

 

「先制パンチを喰らいな! 《千年竜》でキースのヤロウにダイレクトアタック! サウザンド・ノーズ・ブレス!!」

 

 《千年竜》は胸を反らせ息を大きく吸い込み、その鼻から強烈な鼻息がキースに向けて放射された。

 

 

 だが上空から落下してきた巨大な機械のトリケラトプスがその攻撃を妨げんとフィールドに地響きとともに降り立つ。

 

「な、なんだコイツは!」

 

 突然の事態に驚く城之内、そしてキースは高笑いしながら話し始める。

 

「ヒャハハハハー! デカく動いてくれてありがとよ! コイツは《機動要犀(きどうようさい)トリケライナー》――相手が3体以上のモンスターの召喚・反転召喚・特殊召喚に成功したターンに手札から特殊召喚できるのさ! 相手のターンだろうが関係なくな!」

 

《機動要犀トリケライナー》

星6 闇属性 機械族

攻1600 守2800

 

「俺が呼んだモンスター《時の魔術師》に《ベビードラゴン》、そして《千年竜》――ちょうど3体……」

 

 モンスターを呼び出した回数を指折りで数える城之内――条件は満たされていた。

 

「一応教えといてやるがこの効果で特殊召喚したコイツはこのカード以外のカードの効果を受けねぇ! まさに無敵の要犀ってわけよ! だが《マシン・デベロッパー》の恩恵は受けられねぇがな……」

 

 新たなモンスターが召喚されたため戦闘の巻き戻しが起こり、再度戦闘するかどうかを《千年竜》は城之内に問いかけるように目配せする。

 

「守備力2800……くそっ! 《千年竜》の攻撃をキャンセルするぜ! 俺はこれでターンエンドだ……」

 

 城之内はその堅牢な守備力が越えられないため攻撃をやむなく中断した。

 

 絶好の機会を逃したことに城之内は歯噛みする。

 

 

「さぁて俺様のターン、ドロー。俺様のスタンバイフェイズ時に《機動要犀トリケライナー》の効果が発動するぜ!」

 

「なんだと!」

 

 キースの言葉に警戒をあらわにする城之内。

 

「安心しな……テメェにとって悪い効果じゃねぇさ。自身の効果で特殊召喚した《機動要犀トリケライナー》はお互いのスタンバイフェイズ毎に守備力が500ポイントダウンしちまうのさ……これでちっとはやりやすくなるんじゃねぇかぁ?」

 

《機動要犀トリケライナー》

守2800 → 守2300

 

「これなら《千年竜》でも倒せる……」

 

 そう希望を見る城之内。だがこの男――キースはそんな甘い相手ではない。

 

「《可変機獣 ガンナードラゴン》を召喚! コイツは召喚にリリースが2体いるレベル7のモンスターだがコイツ自身の効果でリリースなしで通常召喚できる。もっとも元々の攻撃力・守備力は半分になっちまうがな!」

 

 頭と肩に大砲を2つずつ付けた赤い装甲の機獣がキュルキュルとキャタピラを走らせ《機動要犀トリケライナー》の隣に陣取る。

 

 だがリリースが足りなかった分、体のパーツに所々空きがありその性能は半分に落ち込む。

 

《可変機獣 ガンナードラゴン》

星7 闇属性 機械族

攻2800 守2000

攻1400 守1000

 

「だが《マシン・デベロッパー》効果でパワーアップだ!」

 

《可変機獣 ガンナードラゴン》

攻1400 → 攻1600

 

「《機動要犀トリケライナー》を攻撃表示に変更しバトルだ! 《可変機獣 ガンナードラゴン》で《千年竜》を攻撃だ!」

 

「攻撃力の低いモンスターで攻撃だと! とりあえず反撃しろ! 《千年竜》! サウザンド・ノーズ・ブレス!!」

 

 頭と肩に2つずつある大砲を使おうとする《可変機獣 ガンナードラゴン》だがパーツが足りないため、「ボフッ」という間抜けな音しか出ない。

 

 「こうなりゃ」と言わんばかりにキャタピラを唸らせやけくそになりながら《千年竜》に突撃するが、《千年竜》の強烈な鼻息による攻撃で《可変機獣 ガンナードラゴン》は空きのある部分から崩れていき、最後はスクラップとなった。

 

キースLP:4000 → 3200

 

「おいおいどうしたよ! 全米チャンプともあろうものがデュエルのルールも忘れちまったのかぁ?」

 

 そう軽口を叩く城之内だがその心中に不安が溢れる――孔雀舞とのデュエルでの自爆特攻が頭から離れない。

 

「機械族である《可変機獣 ガンナードラゴン》が破壊されたことにより永続魔法《マシン・デベロッパー》の効果でコイツにジャンクカウンターを2つ追加し、《機甲部隊の最前線》の効果で破壊されたモンスターの攻撃力以下の機械族モンスターをデッキから特殊召喚する」

 

ジャンクカウンター:2 → 4

 

「ってことは攻撃力1600以下のモンスターか、なら大丈夫だな」

 

 攻撃力1600以下のモンスターなら自身の《千年竜》の敵ではないと安堵する城之内。

 

「《リボルバー・ドラゴン》を特殊召喚だ! 当然《マシン・デベロッパー》効果でパワーアップだ!」

 

 《可変機獣 ガンナードラゴン》の残骸を押しのけフィールドに現れる3丁の銃を構える機械龍。

 

 その3つの銃口は《千年竜》を捉える。

 

《リボルバー・ドラゴン》

星7 闇属性 機械族

攻2600 守2200

 ↓

攻2800

 

「一体どうなってやがんだ! 攻撃力1600になった《可変機獣 ガンナードラゴン》から何で攻撃力2600の《リボルバー・ドラゴン》になってんだよ!」

 

 まだまだデュエル歴の短い城之内にコンマイ語の洗礼が浴びせられる。

 

 だがそんな城之内にキースはというと――。

 

「落ち着きな……キチンと説明してやるから」

 

 大人の対応を見せた。

 

「《機甲部隊の最前線》の効果で参照する攻撃力――今回は《可変機獣 ガンナードラゴン》だが、戦闘破壊されたコイツの『墓地での攻撃力』を参照する。つまりフィールド上でいくら攻撃力が上下しようが関係ねぇのさ」

 

 首を赤べこのように頷かせながら城之内の顔に理解の色が浮かぶ。

 

「つまり《可変機獣 ガンナードラゴン》の墓地での攻撃力は2800だから――」

 

「そうだ攻撃力2800以下――攻撃力2600の《リボルバー・ドラゴン》を《機甲部隊の最前線》の効果で呼べるって訳だ。わかったか?」

 

 再度確認するキースに城之内は笑みを浮かべ宣言する。

 

「おう! 解りやすかったぜ! ってヤベェじゃねぇか!」

 

「そういうこった! 行け! 《リボルバー・ドラゴン》! 《千年竜》に攻撃! 打ち抜け! 銃砲撃(ガン・キャノン・ショット)!!」

 

 《リボルバー・ドラゴン》から放たれた3発の銃弾は螺旋を描き《千年竜》の鼻息を突き抜け《千年竜》に3つの風穴を開ける。

 

「くそっ! 《千年竜》! だが永続罠《死力のタッグ・チェンジ》の効果でダメージは0だ! そして手札から《マグネッツ2号》を攻撃表示で特殊召喚!」

 

 散り際に《千年竜》が尻尾を伸ばし新たな仲間を引き寄せる。

 

 その呼びかけ両肩にトゲの付いたアーマーを装着し薙刀を構えた戦士《マグネッツ2号》が応えた。

 

《マグネッツ2号》

星3 地属性 戦士族

攻 500 守1000

 

 2体のモンスターを見比べ攻撃力の高い方を目標に選ぶキース。

 

「攻撃力500か……なら《機動要犀トリケライナー》で《格闘戦士アルティメーター》を攻撃! 捻じ伏せろ! トライホーンアタック!!」

 

 《機動要犀トリケライナー》がその3本の角を向け《格闘戦士アルティメーター》を貫かんと突撃する。

 

 対する《格闘戦士アルティメーター》は正拳突きで迎え撃つも、その質量差から普通に跳ね飛ばされた。

 

「永続罠《死力のタッグ・チェンジ》の効果でダメージは0だ! そして手札から《マグネッツ1号》を攻撃表示で特殊召喚!」

 

 跳ね飛ばされた《格闘戦士アルティメーター》は飛ばされながらも城之内の手札の《マグネッツ1号》にタッチを交わす。

 

 役目を終えた《格闘戦士アルティメーター》は親指を立て《マグネッツ1号》の健闘を祈りつつ壁に激突した。

 

 そして左側の「U」字型の角が折れたヘルムをかぶった青い肌の戦士が《格闘戦士アルティメーター》の思いをくみ取り大きな突撃槍を片手で《マグネッツ2号》に向け、両者の間に磁力の力場が出来る――だからといって特に何かがあるわけはない。

 

《マグネッツ1号》

星3 地属性 戦士族

攻1000 守 500

 

「バトルフェイズを終了しメインフェイズ2に《リボルバー・ドラゴン》の効果を城之内! テメェのモンスター《マグネッツ1号》を対象に発動! ロシアン・ルーレット!!」

 

 《リボルバー・ドラゴン》の3つの銃のリボルバーが回転を始める。

 

「当たりゃ《マグネッツ1号》を破壊し、ハズレなら何も起きねぇ。そしてコイツは効果破壊、よって永続罠《死力のタッグ・チェンジ》の効果の範囲外だ!」

 

 撃鉄が落とされる――だが「カチッ」という音が鳴るだけで弾は出ない。ハズレだ。

 

「チッ! 本当に運のいい野郎だ……それに次から次へとわらわら出てきやがって――俺様はこれでターンエンドだ」

 

 キースはそんなブーメランになりそうな発言をしつつ如何したものかとターンを終えた。

 

 




凡骨の意地「城之内が一度でも触ったことのあるカードのオンパレードだぜ!」

通常モンスターたち「出番があってもサンドバックにされるのはちょっと……」


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第24話 運命の女神は気まぐれ

今デュエルも2話構成です――城之内克也VSキース・ハワード 後編になります

前回のあらすじ
城之内「当然ぇん! 逆位置!!」
キース「ぶっ倒しても!  ぶっ倒しても!  湧いて出やがる!」



 

「くそぉこのままじゃ……俺のターン! ドロー! 永続魔法《凡骨の意地》の効果発動!

 

今引いたのは通常モンスター《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》! 追加ドロー! 

引いたのは通常モンスター《オオカミ》! 追加でドロー!

通常モンスター《紫炎の影武者》! 追加でドロー! 

通常モンスター《シャドウ・ファイター》! 追加でドロー!

通常モンスター《ストーン・アルマジラー》! 追加でドロー!

通常モンスター《破壊のゴーレム》! 追加でドロー!

 

引いたのは通常モンスターじゃねぇ……これでドローは終了だ」

 

 再び始まる《凡骨の意地》に描かれた青年によるダンスショー。ドローの度にキレの良いポージングをキメ続ける。

 

「マジでどうなってやがるんだ……」

 

 キースも内心で頭を抱えるしかない。

 

「俺は《マグネッツ1号》と《マグネッツ2号》の2体をリリースしアドバンス召喚! 来いっ! 戦友(とも)に託された俺の新たな力 《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》!!」

 

 《マグネッツ1号》と《マグネッツ2号》が人差し指を立てながら両腕を上に挙げ、その後体を横に傾け互いの指を合わせる。

 

 そこから発生したマグネットパワーにより眩い閃光が放たれ、その閃光が収まると《真紅眼の黒竜》が城之内の後ろでその翼を広げフィールドに突風が吹き荒れる。

 

《真紅眼の黒竜》

星7 闇属性 ドラゴン族

攻2400 守2000

 

「そして俺はカードを1枚伏せ、手札から魔法カード《エクスチェンジ》を発動! コイツでお互いの手札1枚を入れ替えるぜ! さぁ手札を見せてもらおうか!」

 

「チッ! また面倒なカードを……」

 

 城之内はキースに歩み寄り、キースも面倒くさそうにそれに応じる。

 

「どれにすっかな~? よし! コイツだ!」

 

 キースの手札を見た城之内はお目当てのカードを見つけ引き抜く。

 

「なら俺様も……ってモンスターカードしかねぇじゃねぇか! しょうがねェ《バーバリアン2号》を頂くぜ」

 

 お互いのカードを入れ替えた2人はそれぞれ所定の位置に戻っていった。

 

 城之内は高らかに宣言する。

 

「そんじゃぁ俺は今テメェからもらったカードをセットして、さっきセットした魔法カード《手札抹殺》を発動だ! 互いに手札をすべて捨て、捨てた枚数だけドローっと」

 

 キースは城之内と交換した手札《バーバリアン2号》のカードを城之内に投げつけ、城之内もそれを2本の指で挟みキャッチし、自分の墓地へと送る。

 

「ほらよ」

 

「へへっ! 返してくれてありがとよ! よっしゃ俺は《機動要犀トリケライナー》を攻撃だ! 行けっ! レッドアイズ! 黒炎弾!」

 

 《真紅眼の黒竜》から球体の炎が突進を仕掛けた《機動要犀トリケライナー》の頭部を捉え破壊、頭を失った《機動要犀トリケライナー》はよろよろとその場に倒れ伏した。

 

キースLP:3200 → 2600

 

「クッ! 永続魔法《マシン・デベロッパー》の効果でジャンクカウンターを2つ追加し、《機甲部隊の最前線》の効果で《キャノン・ソルジャー》をデッキから特殊召喚だ! 当然《マシン・デベロッパー》の効果でパワーアップ!」

 

 倒れ伏した《機動要犀トリケライナー》の残骸が集まり背中にキャノン砲を取り付けた《キャノン・ソルジャー》を形作る。

 

 その《キャノン・ソルジャー》は残った《機動要犀トリケライナー》の残骸を《マシン・デベロッパー》の元までせっせと運び出す。

 

《キャノン・ソルジャー》

星4 闇属性 機械族

攻1400 守1300

 ↓

攻1600

 

ジャンクカウンター:4 → 6

 

 かつての本田との思い出に浸りながら城之内はカードを発動させる。

 

「なかなかモンスターが減らねぇな……俺はメインフェイズ2に魔法カード《蛮族の狂宴LV5》を発動! コイツで俺の手札・墓地からレベル5の戦士族を呼び出すぜ! こいつらは俺のダチ(本田)からもらったカードだ! 来てくれっ! 《バーバリアン1号》! 《バーバリアン2号》!」

 

 2体の蛮族の戦士が棍棒片手に飛び上がり《真紅眼の黒竜》の左右に着地する。

 

《バーバリアン1号》

星5 地属性 戦士族

攻1550 守1800

 

《バーバリアン2号》

星5 地属性 戦士族

攻1800 守1500

 

「《蛮族の狂宴LV5》で特殊召喚されたモンスターの効果は無効化され、呼び出したターンは攻撃できねぇ――俺はさらにカードを1枚セットしてターンエンドだ」

 

 

 またモンスターが増えやがったとごちりつつキースはカードを引きそろそろ当たってくれよと効果を発動する。

 

「なら俺様のターン、ドロー。まずは《リボルバー・ドラゴン》の効果を《真紅眼の黒竜》を対象に発動! ロシアン・ルーレット!!」

 

 《リボルバー・ドラゴン》の3つの銃のリボルバーが回転を始め、撃鉄が落とされるも、弾は出ない――またしてもハズレだ。

 

「またハズレかよ……だったら《リボルバー・ドラゴン》で《真紅眼の黒竜》を攻撃! ファイヤッ!」

 

 キースの掛け声と共に《リボルバー・ドラゴン》から放たれる3発の銃弾。それらの銃弾は《真紅眼の黒竜》を屠る威力を持っている。だが――

 

「この瞬間! セットカードオープンだぜ! 罠カード《悪魔のサイコロ》! サイコロを1つ振り出た目の数×100ポイント相手フィールド上のモンスターの攻撃力をターンの終わりまで下げるぜ!」

 

 小さな悪魔が自身の身体より大きい赤いサイコロを投げる。出た目は「4」よってキースの全てのモンスターは攻撃力が400ポイント下がる。

 

《リボルバー・ドラゴン》

攻2800 → 攻2400

 

《キャノン・ソルジャー》

攻1600 → 攻1200

 

 《リボルバー・ドラゴン》と《真紅眼の黒竜》の攻撃力が並ぶ。そして銃弾が目前に迫っていた。

 

「まだ足りねぇか! ならさっきテメェから頂戴したカードを使わせてもらうぜ! 罠カード《メタル化・魔法反射装甲》発動! これで攻撃力が300アップ! 返り討ちだ!」

 

 《メタル化・魔法反射装甲》が《真紅眼の黒竜》に装備され、竜の爪に金属の爪が張り付き、さらにボディアーマーとなって装着される。

 

《真紅眼の黒竜》

攻2400 → 攻2700

 

 《真紅眼の黒竜》は《リボルバー・ドラゴン》の銃弾を右の爪で弾き飛ばしつつ接近し、左の爪が《リボルバー・ドラゴン》の胴を貫いた。

 

キースLP:2600 → 2300

 

「だがこれでテメェのセットカードはもうねぇ! 機械族の《リボルバー・ドラゴン》が戦闘破壊されたことで永続魔法《マシン・デベロッパー》の効果でジャンクカウンターを2つ追加し、《機甲部隊の最前線》の効果で《ブローバック・ドラゴン》を呼び出すぜ! そして《マシン・デベロッパー》の効果でパワーアップ!」

 

 破壊された《リボルバー・ドラゴン》の無事だった頭部の銃に《機甲部隊の最前線》からパーツが寄り集まり《ブローバック・ドラゴン》が生み出され、《マシン・デベロッパー》の恩恵を受けその攻撃力を200上昇させる。

 

《ブローバック・ドラゴン》

星6 闇属性 機械族

攻2300 守1200

 ↓

攻2500

 

「今呼んだコイツは《悪魔のサイコロ》の効果は受けてねぇ! 《バーバリアン2号》を打ち抜きなっ! 《ブローバック・ドラゴン》!!」

 

 棍棒を振り回し殴りかかる《バーバリアン2号》だが遠距離から絶えず放たれる《ブローバック・ドラゴン》の銃弾に膝をつき、近づくことすらできずに倒れ伏した。

 

「すまねぇ本田……だがその思いは受け継がれるぜ! 永続罠《死力のタッグ・チェンジ》の効果でダメージは0! さらに手札から《ランドスターの剣士》を攻撃表示で特殊召喚!」

 

 豆のような顔をした皮の鎧を着た剣士がその小柄な体には少し大きい剣を自身の顔が描かれた盾を持って倒れ伏した《バーバリアン2号》の前に立つ。その膝は震えている――無理もない。

 

《ランドスターの剣士》

星3 地属性 戦士族

攻 500 守1200

 

「なら《キャノン・ソルジャー》! そいつを蹴散らしな!」

 

 引け腰で剣を振るう《ランドスターの剣士》。

 

 その拙い剣は《キャノン・ソルジャー》の左手の開かれた4本の爪に捉えられ、右手の4本の爪を合わせた突きにより《ランドスターの剣士》は防御しようとした盾ごと貫かれる。

 

 さらにダメ押しの《キャノン・ソルジャー》の背の砲台からゼロ距離で放たれた砲弾にその頭を潰され、「ビクンッ」と体を揺らし《ランドスターの剣士》は動かなくなった。

 

「まだだ! 永続罠《死力のタッグ・チェンジ》の効果でダメージを0にして、手札から《隼の騎士》を攻撃表示で特殊召喚!」

 

 無残な姿となった《ランドスターの剣士》の元に緑のマントをはためかせ白い甲冑を着込んだ《隼の騎士》が降り立ち、《ランドスターの剣士》の手をそっと握りその鳥の頭部の目を細める。

 

《隼の騎士》

星3 地属性 戦士族

攻1000 守 700

 

 獣戦士族ではない。

 

「俺様のバトルフェイズはこれで終了だ。だが《ブローバック・ドラゴン》の効果を忘れちゃいねぇよなぁ? その目障りな永続罠を対象に効果発動!」

 

 永続罠《死力のタッグ・チェンジ》へ向け《ブローバック・ドラゴン》は引き金を引くが弾は出ない。

 ハズレである。当たりハズレのある効果とはいえここまで外すのも珍しい。

 

「チッ! 2分の1の確率がここまでハズレだとぉ! どうなってやがるんだ!」

 

「へっ! とことん運のないヤロウだぜ! いや? 俺の運が良すぎるのか? ナハハッ!」

 

 不運に怒るキースに幸運に笑う城之内。

 

「俺様はカードを1枚セットしてターンエンドだ!」

 

「ターン終了時に《悪魔のサイコロ》の効果が終了し攻撃力は元に戻る」

 

《キャノン・ソルジャー》

攻1200 → 攻1600

 

「そして俺のターン、ドロー! 永続魔法《凡骨の意地》効果発動! 今引いた通常モンスター《ワイバーンの戦士》を見せ追加でドロー!」

 

「またこれかっ!」

 

 ここからいつもの怒涛のドローが来るのかと減らしても減らしても一向に減らない城之内の手札に警戒をますます強めるキース。

 

「追加で引いたカードは通常モンスター……じゃねぇな。なら俺は《ワイバーンの戦士》を召喚するぜ!」

 

 緑のトカゲ人間が剣を振りながら宙で回転しフィールドに華麗に着地する。

 

《ワイバーンの戦士》

星4 地属性 獣族

攻1500 守1200

 

「行くぜ! バトルだ! レッドアイズ! 《ブローバック・ドラゴン》を攻撃! メタル・メガ・フレア!!!」

 

 《真紅眼の黒竜》が《ブローバック・ドラゴン》へ向け球体のブレスを口元に溜める。

 

 すると《真紅眼の黒竜》に装備された《メタル化・魔法反射装甲》が輝きを放つ。

 

「この瞬間! 罠カード《メタル化・魔法反射装甲》によりレッドアイズの攻撃力は攻撃対象の《ブローバック・ドラゴン》の攻撃力の半分の数値分アップするぜ!」

 

《真紅眼の黒竜》

攻2700 → 攻3950

 

 球体のブレスの周囲に電流が迸る。

 

 そしてレールガンのように発射された球体のブレスは《ブローバック・ドラゴン》の弾丸を打ち砕きその直線上全てを薙ぎ倒す。

 

キースLP:2300 → 850

 

「ぐぉおおおおっ! やるじゃねぇか……永続魔法《マシン・デベロッパー》の効果でジャンクカウンターを2つ追加し、《機甲部隊の最前線》の効果で来なっ! 《スロットマシーンAM-7》! そして《マシン・デベロッパー》の効果でパワーアップ!」

 

 胸のスロットを回しながら現れる金の巨躯《スロットマシーンAM-7》。

 

 スロットが止まり3つの「7」が出るとコインが溢れ、そのコインを《マシン・デベロッパー》に投げ入れる。

 

ジャンクカウンター:8 → 10

 

《スロットマシーンAM-7》

星7 闇属性 機械族

攻2000 守2300

 

「バトル終了とともにレッドアイズの攻撃力は元に戻るぜ」

 

《真紅眼の黒竜》

攻3950 → 攻2700

 

「《メタル化・魔法反射装甲》を装備した《真紅眼の黒竜》1体をリリースしデッキから特殊召喚! これがアーマー進化だ! 換装完了! 《レッドアイズ・ブラックメタルドラゴン》!!」

 

 《メタル化・魔法反射装甲》が《真紅眼の黒竜》に溶け込んでいく。

 

 そして脈動と共に黒竜は鋭利な体となりその身体は機械的なものへと変化していきその新たな姿で城之内の隣に立つ。

 

《レッドアイズ・ブラックメタルドラゴン》

星8 闇属性 機械族

攻2800 守2400

 

「これが静香から託された俺のレッドアイズの新しい力だぜ! ターンエンドだ!」

 

 絶好調な城之内だがキースには先程の城之内のターン時に《凡骨の意地》の怒涛のドローがなかったことから流れが城之内から離れていくのを感じていた。

 

「そろそろか……俺様のターン、ドロー! ここで永続魔法《マシン・デベロッパー》の最後の効果を発動! コイツに乗せたジャンクカウンターの数以下のレベルを持つ機械族モンスター1体を自分の墓地から特殊召喚! 戻ってきな! 《ブローバック・ドラゴン》!!」

 

 永続魔法《マシン・デベロッパー》に乗った機械たちの残骸が《マシン・デベロッパー》を巻き込みながら一つに集う。

 

 その鉄塊から《ブローバック・ドラゴン》が破壊された機械たちの怨念を代弁するかのように機械音の雄叫びを挙げた。

 

《ブローバック・ドラゴン》

星6 闇属性 機械族

攻2300 守1200

 

「そして《ブローバック・ドラゴン》の効果を永続罠《死力のタッグ・チェンジ》を対象に発動!」

 

 永続罠《死力のタッグ・チェンジ》へ向け 引き金が引かれ《ブローバック・ドラゴン》の頭部の銃から銃弾は――放たれない。

 

 まだキースにデュエルの流れは来ない。

 

 ならば呼び寄せるまでとキースは動く。

 

「だったら《融合呪印生物-闇》を召喚し効果発動!」

 

《融合呪印生物-闇》

星3 闇属性 岩石族

攻1000 守1600

 

 人間の脳の様な外見をしたモンスターが現れ、身体の隙間からウジャウジャと這い出た触手が《ブローバック・ドラゴン》に纏わりつく。

 

 その気味の悪い状態に城之内の背に嫌な汗が流れる。

 

「一体何が起きてやがるんだ……」

 

「その効果によりフィールド上のコイツを含む融合素材モンスターの1体をリリースし闇属性の融合モンスター1体を特殊召喚する! 《ブローバック・ドラゴン》と《融合呪印生物-闇》をリリースし特殊召喚! 全てを撃ち払え! 最凶最悪の機械龍! 《ガトリング・ドラゴン》!!」

 

 《融合呪印生物-闇》により《ブローバック・ドラゴン》の身体がウネウネと曖昧になっていく。

 

 そして現れた頭部がそれぞれガトリング砲になった3つ首の機械龍がトゲの付いた車輪を走らせフィールドを駆け抜ける。

 

《ガトリング・ドラゴン》

星8 闇属性 機械族

攻2600 守1200

 

「《融合》を使わずに融合召喚だと!」

 

 デュエル歴がまだ浅い城之内は自身が知らない召喚法に対し警戒を見せる。

 

「まだまだ行くぜ! さらに永続罠《リビングデッドの呼び声》を発動し《融合呪印生物-闇》を蘇生し再度効果を発動!」

 

 再び現れるグロテスクなモンスター。今度は《キャノン・ソルジャー》に纏わりついている。

 

《融合呪印生物-闇》

星3 闇属性 岩石族

攻1000 守1600

 

 だがここで城之内はキースのプレイングに疑問を持つ。

 

――《リビングデッドの呼び声》ならもっと強力なモンスターが呼べた筈……

 

 そんな城之内の考えを余所にキースは更なるモンスターを呼び出す。

 

「さっきの焼き増しだ説明はいらねぇな? 《キャノン・ソルジャー》と《融合呪印生物-闇》をリリースし特殊召喚! そのドリルは天を貫き地を穿つ! 突き進め! 《迷宮の魔戦車》!!」

 

 《融合呪印生物-闇》は《キャノン・ソルジャー》の身体を創りかえ、現れ出た前面に9つのドリルが回転する青い戦車がキャタピラを唸らせ大地を走る。

 

《迷宮の魔戦車》

星7 闇属性 機械族

攻2400 守2400

 

「さらに魔法カード《マジック・プランター》を発動! 俺のフィールドに残った《リビングデッドの呼び声》を墓地に送り2枚ドローさせてもらうとするぜ!」

 

 引いた2枚のカードを見たキースはデュエルの流れが自身に傾き始めているのを感じ取った。

 

「これでやっとその邪魔なカードを破壊できるぜ! 速攻魔法《サイクロン》発動! コイツで永続罠《死力のタッグ・チェンジ》を破壊!」

 

 竜巻が城之内を守ってきたカードを呑み込み消し去った。

 

「これで頼みの後続は呼べねぇぜ!」

 

 城之内は先程感じ取った違和感の正体を知る。

 

 あのプレイングは《サイクロン》を呼び込むためのものだったのだと。

 

 そして孔雀舞が敗北した時と同じような状況に動揺しつつも、妹から託されたカードがその心を奮い立たせる。

 

「だがソイツらの攻撃力は2400と2600! 《レッドアイズ・ブラックメタルドラゴン》の2800には届かねぇぜ! 《マシン・デベロッパー》を墓地に送ったのは失敗だったな!」

 

 心を強く持つ城之内だが異様な風貌の《ガトリング・ドラゴン》から放たれるプレッシャーに不安が振り払えない。

 

「ご高説ありがとよ! だがコイツの前で攻撃力なんざ些細な問題なのさ! 《ガトリング・ドラゴン》の効果を発動! コイントスを3回行い表が出た数だけ、フィールド上のモンスターを破壊する! さぁ死のルーレットの始まりだ!」

 

 《ガトリング・ドラゴン》内部から駆動音が流れ、ガトリング砲の安全装置が今、()()解かれた。

 

「結果は3つの首全てが当たりだぜ! こりゃぁテメェの『年貢の納め時』ってヤツのようだなぁ! やれっ! 《ガトリング・ドラゴン》! ガトリング・ウェーブ!!」

 

 《ガトリング・ドラゴン》の3つの首全てのガトリング砲が火を噴き弾丸を連射する。

 

 その弾丸は《バーバリアン1号》、《ワイバーンの戦士》、そして《レッドアイズ・ブラックメタルドラゴン》の身体をハチの巣にし、なお撃ち続けられた。

 

「俺のモンスターが一気に3体も!」

 

 呆然とする城之内に無情にも攻撃宣言がくだる。

 

「バトルだ! 《隼の騎士》を《迷宮の魔戦車》で攻撃! ギガ! ドリルゥ! ブレェイク!!」

 

 《隼の騎士》へとドリルを唸らせ突き進む《迷宮の魔戦車》。

 

 そのドリルは隼の騎士の甲冑を貫き、そしてドリルの回転により《隼の騎士》の身体は挽肉のように飛び散った。

 

城之内LP:4000 → 2600

 

「ぐぅううっ!」

 

「やっとテメェに一撃お見舞い出来たぜぇ……だが残念ながらコイツで終わりだ! やれっ! 《ガトリング・ドラゴン》! ガトリング・キャノン・ファイヤッァ!!!」

 

 《ガトリング・ドラゴン》の3つの首全てのガトリング砲から雨あられと放たれる弾丸が城之内を撃ち抜きその(ライフ)を削り取る。

 

城之内LP:2600 → 0

 

「うわっぁああっ!」

 

 ライフが0になった城之内が膝をつくと同時にMr.クロケッツは宣言する。

 

「そこまで! 準決勝第1試合、勝者キース・ハワード!!」

 

 デュエルが終了したことでソリッドビジョンが消えていく中《スロットマシーンAM-7》がレーザー砲を構えたまま消えていった。

 

 




迷宮の魔戦車「迷宮兄弟? 知りませんねそんな人たち」

スロットマシーンAM-7「ライフが0になっても攻撃していいんじゃないの?」




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第25話 仕組まれた宿命

前回のあらすじ
凡骨のデジメンタルでレッドアイズをアーマー進化!
燃え上がる友情! レッドアイズ・ブラックメタルドラゴン!!

これが友情パワーだ!

でもすぐさまハチの巣に……(泣)



「いやぁ負けちまったぜ!」

 

 キースに敗北した城之内は仲間たちの待つ観客席にいた。

 

「残念だったわね」

 

「でもチャンピオンとあんなに戦えるなんて……お兄ちゃんすごい!」

 

 励ます孔雀舞に兄の雄姿に喜ぶ静香、だが本田はある疑問を投げかける。

 

「だが言うほど落ち込んじゃいねぇな。なんでだ?」

 

「いや何て言ったらいいのか解らねぇけどよ、不思議と悪くねぇ気分なんだ……」

 

 城之内自身もよく分かっていない感情をもう一人の遊戯がそれがなんなのかを明かす。

 

「城之内君――それはデュエリスト同士が全力でぶつかり合った後に生まれる『互いが互いを認めあう』こと、デュエルの醍醐味の一つだぜ」

 

「そうか、コイツがそうなのか……」

 

 デュエリストとしてまた一歩前進できたことに感慨深く思っていた城之内の背に声がかかる――キースだ。

 

「おい小僧――テメェの名前を教えな」

 

「トーナメント表、見てなかったのか?」

 

 キースの問いかけに思わず普通に返してしまう城之内。

 

「そう言うことじゃねぇ――テメェの口から直接聞きてえのさ」

 

「そういうことか! 俺は城之内克也! アンタの名前も聞かせてくれ!」

 

「ああ、キース・ハワードだ。城之内克也、覚えたぜ。テメェのデュエル粗削りだが悪くなかった」

 

「おう! ありがとよ! アンタもなかなかやるじゃねぇか!」

 

 アンタも強かったと返す城之内だが杏子が城之内の無礼をいさめる。

 

「まだデュエルを始めて数か月のアンタがチャンピオンに何言ってんの」

 

 ついこの間まで素人同然だった男が全米チャンプにむかって「なかなかやるじゃねぇか」は失礼だと判断した故の発言だったが、その言葉にキースは驚く。

 

「始めて数か月? おいおいソイツは本当か?」

 

 信じられないと問いかけるキースに恥ずかしがりながらも若干逆切れ気味に城之内は答える。

 

「ほ、本当だぜ。何か文句でもあんのか!」

 

「……クッ!」

 

「どうしたんだ?」

 

 突然俯いたキースの様子を窺う城之内。

 

「クククッ……ハッハッハハハハーーー!!」

 

 そして声を上げて笑い出す。

 

 しばらくして笑い終えたキースはいきなり笑い出したことについて謝罪しつつ言葉を続ける。

 

「……いや悪りぃな。ちょっと昔のことを思い出してよ――『スタートラインはみんな同じ』……か、俺様もうかうかしてられねぇな」

 

「何の話だ?」

 

 デュエリストは日々進化を続ける――立ち止まってなどいられない。

 

 そんなキースの内心を知らず城之内は首を傾げるばかりだ。

 

「なぁに次にデュエルするまでに強くなれよって話だ。プロの世界で待ってるぜ――城之内」

 

 ポカンとする城之内にキースは城之内に強くなれと返し去り際に城之内の名を呼ぶ。

 

 そんな全米チャンプからの言葉に城之内は力強く答えた。

 

 

 

 

 

 キースのデュエルを2戦見終えた月行はペガサスの言う5本の指に入る実力者の実力に今回の大会を見れて良かったと考える。

 

 さらにペガサスも過去の同じデッキを使った変則的なデュエルでは見れなかったキースのデュエリストの「色」が間近で見れて満足そうだ。

 

「あれがMr.キースの本来のデュエルのスタイルということデスカ……彼らしいチョイスデース」

 

 そしてペガサスは城之内の方に目を向ける――おもしろいデュエリストだと

 

「ですが城之内ボーイのデュエルも発展途上デスガ可能性を感じマース。Mr.神崎が目をかけるのも頷けマスネ。月行ボーイはどう思いマスカ?」

 

 ペガサスはペガサス自身が「パーフェクト・デュエリスト」と称する月行に意見を求める。

 

「まだまだ無駄の多い構成かと……使っているカードの統一性がなさすぎるように思えます」

 

「それはそうデース。ですがワタシが聞きたいことはそうじゃありまセーン」

 

 ペガサスの真意が解らない月行。

 そんな彼にシンディアは自分の考えをペガサスに問いかける。

 

「そういえば城之内さんとても楽しそうにデュエルしてたわ。つまりはそういうこと?」

 

「シンディアの言う通りデース! 彼はとても楽しそうにデュエルしマース! デュエルモンスターズを生み出したものとしてこれほど嬉しいことはありマセーン!」

 

「それとこれと一体何の関係が……」

 

「月行ボーイは少し自分を追い詰めすぎデース。時には肩の力を抜くことも大事なことなのデース」

 

 月行だけでなくペガサスミニオンの皆は拾ってもらった恩を返すため全力でその期待に応えようと日々切磋琢磨している。

 

 そんな彼らに力を抜く――手抜きとも考えられることは出来なかった。

 

「ですが! 私は――」

 

 今までため込んでいた月行の想いが溢れた言葉にペガサスは返す。

 

「……月行ボーイはワタシが評した『パーフェクト・デュエリスト』を『完了』、『もう成長の余地がない』という意味で捉えているようデスガそれは違いマース」

 

 ペガサスは月行の目を真摯に見つめ続ける。

 

「アナタの『基礎』は『完璧』、よってこれからどんな方向にだって羽ばたいて行けるということなのデース」

 

「ペガサス様……」

 

「アナタがワタシたちの期待に応えようと頑張ってくれるのは嬉しく思いマース。ですがワタシたちは我が子同然のアナタたちが苦しむ姿など見たくないのデース」

 

「そうよ、月行。悩みがあるならいつでも私たちを頼ってくれていいのよ? 私は頼りないかもしれないけど……」

 

 2人の家族としての愛情に感動を覚える月行、だがシンディアの最後の言葉に慌ただしく否定を入れるも――

 

「いえ、そんなことは……ですがあり、が……とう……ござ……いま……す」

 

 月行の言葉はその涙により最後まで続けられなかった。

 

 涙に崩れる月行を見たペガサスはここまで追い詰めてしまったことに気付かなかったことを悔やむ。

 

 ペガサスミニオンたちもペガサスたちに心配をかけまいと隠してきたゆえでもあるのだが。

 

 

 気づけたのはこの大会の打ち合わせを神崎としていた時に手伝いに来ていたペガサスミニオンと言葉を交わした神崎がそのわずかな会話から彼らの悩みやコンプレックスを見抜きペガサスとシンディアに進言したゆえである。

 

 驚異的な観察眼だとペガサスは恐れた。

 

 大半の人間が神崎の未来予知じみた先見の明を恐れるが、真に恐るべき力は相手の全てを見通すその観察眼こそにあるのではないのか、ペガサスはそう思えてならない。

 

 

 

 当然、神崎はそんな観察眼など持っておらず「原作知識」からの情報である。

 

 

 

 

 

「いや~いよいよ社長と遊戯の再戦ですねぇ~今度はどっちが勝つと思います?」

 

 試合会場を裏方で見ながら牛尾は次の試合の勝敗の予想を神崎に尋ねる――神崎にはこの試合がどう見えているのかが気になったようだ。

 

「海馬社長に勝って頂きたいですね――海馬社長のデュエルはKCの今後を大きく左右しますから」

 

 神崎としては海馬に勝ってほしい実情がある。それは――

 

 海馬の敗北はKCの株価が下がる可能性を持っているためである――どういうことだ。

 

 ゆえにできれば勝ってほしいが「原作」を知る神崎はそれが厳しいことをよく知っていた――故にあくまで希望である。

 

「そういやそうでしたね。前負けた時は大変だったってギースの旦那がぼやいてましたよ」

 

 海馬が倒れた時期、牛尾はまだ本格的な業務には参加していなかったため、いまいち実感がわかなかった。

 

 そして牛尾は「もしも」に思い至り笑いながらそれを語るが――

 

「まぁ済んだ話ですけどあの社長が1回戦負けなんてことになったらえれぇことに、なって……た……」

 

 そして牛尾はあることに気付く。気付いてしまう。

 

 

――このトーナメント……社長に都合よすぎねぇか?

 

 牛尾の中でこのトーナメント内で海馬を倒せるであろうと思われるのは遊戯とキースのみ、その2人が都合よく初戦の相手にならないだけならまだ偶然で牛尾は納得できた。

 

 だが海馬が望む遊戯との試合を確実に実現するために障害になるであろう存在――キース・ハワード。

 

 最悪の場合、遊戯と海馬両名を降してしまう可能性もあったと牛尾は考える。

 

 そんな存在が都合よく2人の再戦の邪魔にならない別ブロックにいることを含めると偶然と言うにはあまりに都合がよすぎた。

 

 しかしあの海馬瀬人がそんな「裏工作」を好むとは牛尾には思えない。

 

 今大会の主催者の一人であるペガサスも同上である。

 

 故にそんな「裏工作」を必要としつつ、それが可能なものは――

 

「どうかしましたか? 牛尾君」

 

 言葉の途中で急にただごとならぬ様相で考え込み始めた牛尾に心配するように問いかける神崎。

 

「いえ、なんでも……ねぇです」

 

 牛尾は言葉を濁すしかなかった。

 

 

 念のため弁解しておくがこのトーナメントはデュエリストたちの宿命が生んだ結果である……結果である!

 

 

 

 

 

 城之内とキースのデュエルが終わりまずまずの収穫だったと海馬は考える。

 

「ふぅん、運に恵まれたとはいえ馬の骨にしては善戦した方か。アレが全米チャンプの奥の手といったところか……」

 

「《ガトリング・ドラゴン》だったっけ? すごい効果だったね兄サマ!」

 

「俺のブルーアイズの敵ではない……だがそんなことはもはやどうでもいい」

 

 そう言いながら試合会場へ向かう海馬。

 

 その後をモクバは追いかける――兄の雄姿を間近で見たいようだ。

 

 

 そして試合会場にはすでにもう一人の遊戯と人格を交代した遊戯が仲間の声援を受け待っている。

 

 それを目にした海馬は抑えられていた己の高ぶりが弾けるのを感じた。

 

「この時を待ちわびていたぞ! 遊戯!」

 

「海馬……俺もだぜ!」

 

「ふぅん、ならば貴様に俺の新たな力を見せてやるとしよう……とくとその目に刻むがいい!」

 

「新たな力? ッ! まさか羽蛾とのデュエルの時は!」

 

 海馬の言った「新たな力」とは《青眼の究極竜》のことだけではないと遊戯は感じ取り、そして羽蛾とのデュエルでの海馬らしからぬパワー不足の真相に思い至る。

 

「貴様の想像の通りだ……この俺が早々に手の内を全て明かすとでも思ったかっ!」

 

「だったらその『新たな力』を超えるまでだぜ!」

 

「そうか――だが勝つのはこの俺だ! 貴様には俺が背負い続けた敗北の十字架を担がせてやる! 屈辱の重さで地に這いつくばるがいい!!」

 

「果たしてそううまくいくかな?」

 

「ふぅん、ならばデュエルで示してやろう――さぁデュエルディスクを構えろ! これこそ俺が貴様とのデュエルのために用意したものだ!」

 

 もう一人の遊戯は再度試作型デュエルディスクに目を向ける。

 

「コイツがそうだったのか……」

 

 その遊戯の反応に満足した海馬は力強く宣言する。

 

「真の勝者は只一人! 行くぞ! 遊戯!」

 

「ああ! 行くぜ!」

 

 ヒートアップする両者に準備完了と判断したMr.クロケッツは試合開始の宣言をする。

 

「それでは準決勝第2試合、武藤遊戯VS海馬瀬人の試合を始めます。デュエル開始!」

 

「「デュエル!!」」

 

 本来の歴史では実現することのなかった条件での戦い(デュエル)が今始まる。

 




原作ペガサスの5本の指に入るデュエリスト
1.武藤遊戯
2.海馬瀬人
3.城之内克也 予定
4.エド・フェニックス
5.ヨハン・アンデルセン


今作ペガサスの5本の指に入るデュエリスト
1.キース・ハワード In!
2.武藤遊戯
3.海馬瀬人
4.城之内克也 予定
5.残りの一席

最後の一席をかけてデュエルだ!!
エド・フェニックスVSヨハン・アンデルセン

どっちが勝つだろうか?


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第26話 変形・合体は男のロマン



遊戯VS海馬 前編です 後編の方は少し遅くなりそうです……

前回のあらすじ
城之内にプロの道が見える!?
ペガサスミニオンさくっと救われる――遊戯王R「完」!
社長は相変わらずだった



 

 

「「デュエル!!」」

 

 試作型デュエルディスクの判定により遊戯の先攻からデュエルは始まる。

 

「行くぜ! 海馬! 俺の先攻! ドロー! 俺は《電磁石の戦士β(エレクトロマグネット・ウォリアー・ベータ)》を攻撃表示で召喚!」

 

 磁石の2本角を持った戦士がこれまた磁石の4本指をスパークさせて拳を打ち出す。

 

《電磁石の戦士β》

星3 地属性 岩石族

攻1500 守1500

 

 そして2本の角から発せられる磁力が新たなマグネット・ウォリアーを引き寄せる。

 

「そして効果発動! このカードが召喚・特殊召喚成功時にデッキから《電磁石の戦士β》以外の『マグネット・ウォリアー』モンスター1体を手札に加える」

 

 《電磁石の戦士β》が空に手を伸ばすと、剣を持った「磁石の戦士」が薄っすらと現れ遊戯の手札に吸い込まれる。

 

「俺は《磁石の戦士α(マグネット・ウォリアー・アルファ)》を手札に加え、カードを1枚セットしてターンエンドだ!」

 

 様子見に抑えた遊戯のターン。海馬の出方をうかがっているようだ。

 

 

 だが海馬はそんなことはお構いなしに己のデュエル――パワーを持って相手を粉砕せんと最初から動き出す。

 

「ならば俺のターン! ドロー! 遊戯! 貴様に俺の新たな力を見せてやろう……魔法カード《予想 GUY(ガイ)》を発動! 効果は貴様も知ってのとおりだ。来いっ! 《 X(エックス)-ヘッド・キャノン》!」

 

 フィールドに放電が奔り、そこから青いフレームの両腕が現れ、次元の隙間を広げるように腕を開き、大きく開いた次元の穴から両肩キャノン砲を「ガシャン」と動かし《X-ヘッド・キャノン》がその鉄球の脚で宙に浮かぶ。

 

《X-ヘッド・キャノン》

星4 光属性 機械族

攻1800 守1500

 

「さらにフィールド魔法《ユニオン格納庫》を発動! このカードの発動時にデッキから機械族・光属性のユニオンモンスター1体を手札に加える。俺は《Y(ワイ)-ドラゴン・ヘッド》を手札に」

 

 海馬の背後にせり上がるようにそびえ立った黄色の塔。

 

 それに取り付けられたコンテナの一つの『Y』のコンテナから赤い機械竜が海馬の手札に飛び立つ。

 

「そして今手札に加えた《Y-ドラゴン・ヘッド》を召喚!」

 

 赤い機械竜が空を舞い、《X-ヘッド・キャノン》の隣でホバリングする。

 

《Y-ドラゴン・ヘッド》

星4 光属性 機械族

攻1500 守1600

 

「この瞬間フィールド魔法《ユニオン格納庫》のさらなる効果を発動だ!」

 

 その宣言と共に黄色の塔の格納庫の一つが《Y-ドラゴン・ヘッド》の背後にセットされる。

 

「1ターンに1度、自分フィールドに機械族・光属性のユニオンモンスターが召喚・特殊召喚された時、そのモンスター1体に装備可能なカード名が異なる機械族・光属性のユニオンモンスター1体を装備する! 《Z(ゼット)-メタル・キャタピラー》を装備!」

 

 そして《ユニオン格納庫》の『Z』のコンテナから黄色い一つ目の左右にこれまた同じ黄色い装甲を被せたキャタピラが大地を駆ける。

 

 その正体である《Z-メタル・キャタピラー》は《Y-ドラゴン・ヘッド》の足元に進み、連結部が開かれた。

 

 《Y-ドラゴン・ヘッド》はその《Z-メタル・キャタピラー》上に着地しドッキング。ユニオンモンスターとしての真価を発揮しそのパワーを高めた。

 

「装備された《Z-メタル・キャタピラー》の効果により《Y-ドラゴン・ヘッド》の攻撃力・守備力共に600ポイントアップ!」

 

《Y-ドラゴン・ヘッド》

攻1500 守1600

攻2100 守2200

 

 フィールドに揃う3体のモンスターの特徴を遊戯が捉え、ある可能性にたどり着く。

 

「『X』、『Y』に『Z』? まさか!」

 

 その可能性はすぐさま海馬により肯定される。

 

「そうそのまさかだ! 俺は自分フィールドの上の『X』、『Y』、『Z』を除外することで《融合》を使用せず融合召喚できる! 3体合体!  起動せよ! 《XYZ(エックスワイゼット)-ドラゴン・キャノン》!!」

 

 《Z-メタル・キャタピラー》の上にドッキングした《Y-ドラゴン・ヘッド》の背中部分の装甲が開く。

 

 そしてそこに《X-ヘッド・キャノン》の脚部の鉄球がセットされ《X-ヘッド・キャノン》の――否、《XYZ-ドラゴン・キャノン》のマシンアイが赤い光を放つ。

 

《XYZ-ドラゴン・キャノン》

星8 光属性 機械族

攻2800 守2600

 

 そこ、乗っただけとか言わない。

 

 3体合体を目の当たりにし、何かあると感じ取った遊戯のデュエリストの直観を信じ行動に移す。

 

「3体合体だと! なら俺は《電磁石の戦士β》のもう一つの効果を発動! 相手ターンにこのカードをリリースすることでデッキからレベル4の『マグネット・ウォリアー』モンスター1体を特殊召喚する。来いっ! 《磁石の戦士γ(マグネット・ウォリアー・ガンマ)》! 守備表示だ!」

 

 《電磁石の戦士β》がその身をバラバラとパーツ毎に別れ組み替えると、そこにはボディに「S」の文字が描かれた新たなマグネット・ウォリアーがその金属質な翼を畳み防御を取る。

 

《磁石の戦士γ》

星4 地属性 岩石族

攻1500 守1800

 

「守りを固めたか……だがその程度では俺の新たな力を止めることは出来ん! 《XYZ-ドラゴン・キャノン》の効果発動! 手札を1枚捨て、相手フィールドのカード1枚を破壊する! 狙うのはそのセットカードだ! ハイパァアアーー・デストラクションッ!!」

 

 《XYZ-ドラゴン・キャノン》の両肩のキャノン砲が遊戯のセットカードを狙い火を噴いた。だが――

 

「甘いぜ海馬! セットカードオープン! 永続罠《強化蘇生》! コイツで墓地からレベル4以下のモンスター《電磁石の戦士β》を守備表示で呼び戻すぜ!」

 

 地面から赤い光が溢れ《電磁石の戦士β》が両腕を力こぶを作るように持ち上げ「フロントダブルバイセプス」の構えを取る。

 

《電磁石の戦士β》

星3 地属性 岩石族

攻1500 守1500

 

「だが《強化蘇生》の破壊は免れん!」

 

 その効果によりレベルが1つ上がり攻撃力・守備力が100上がるが《強化蘇生》自体が《XYZ-ドラゴン・キャノン》のキャノン砲に吹き飛ばされその効果は直ぐに消えさる。

 

「このカードは破壊されても蘇生したモンスターは破壊されない! 残念だったな海馬!」

 

 遊戯の言葉に合わせ《電磁石の戦士β》は得意げに胸を張る。

 

「そして特殊召喚に成功したことで《電磁石の戦士β》の効果発動! デッキから《磁石の戦士β(マグネット・ウォリアー・ベータ)》を手札に加えるぜ!」

 

 《電磁石の戦士β》は4本の磁石の指を宙に掲げ新たなマグネット・ウォリアーを遊戯に引き寄せた。

 

「ならば《XYZ-ドラゴン・キャノン》! 《電磁石の戦士β》を蹴散らせ! X・Y・Z ハイパァアアーー・キャノンッ!!」

 

 《X-ヘッド・キャノン》の両肩のキャノン砲が

 

 《Y-ドラゴン・ヘッド》の機械竜の口のビーム砲が

 

 《Z-メタル・キャタピラー》のキャタピラの装甲の上の砲台が

 

 それぞれ一斉に火を噴き《電磁石の戦士β》を打ち砕く――防ぎようがない。

 

「グッ……!」

 

 《電磁石の戦士β》が破壊された衝撃を遊戯は受ける。

 

 守備表示のためダメージがないにも関わらず、すさまじい衝撃であった。

 

「俺はカードを2枚セットしてターンエンドだ。さぁ見せてみろ遊戯! 貴様の全力を!」

 

 

 海馬の挑発ともとれる激励に遊戯は熱く応える。

 

「もちろんそのつもりだぜ海馬! 俺のターン! ドロー! 海馬! お前が3体合体で来るのなら俺も3体合体で挑むぜ!」

 

「ふぅん、面白い! かかって来い!」

 

「行くぜ! 俺は手札・フィールドから《磁石の戦士α》《磁石の戦士β》《磁石の戦士γ》を1体ずつリリースし、手札より特殊召喚! チェンジ! マグネッター・コネクト! 合体召喚! 《磁石の戦士マグネット・バルキリオン》!!」

 

 剣を持つ《磁石の戦士α》、U字磁石の拳を持つ《磁石の戦士β》、翼を持つ《磁石の戦士γ》の3体の身体がパーツごとにバラバラになり、一つの巨大な戦士へとその姿を組み替えていく。

 

 そしてすべてのパーツが組み合わさり、その背に大きな翼を装着した《磁石の戦士マグネット・バルキリオン》が右手の磁力の篭った剣を構える。

 

《磁石の戦士マグネット・バルキリオン》

星8 地属性 岩石族

攻3500 守3850

 

「さらに俺は《クリバンデット》を召喚!」

 

 《磁石の戦士マグネット・バルキリオン》の巨体の影からヌッと現れたのは黄色いバンダナと眼帯を付けた盗賊風の《クリボー》。

 

 懐のナイフを弄びその舌でナイフの刃を舐める。

 

《クリバンデット》

星3 闇属性 悪魔族

功1000 守 700

 

「バトル! 《磁石の戦士マグネット・バルキリオン》で攻撃! 電・磁・剣(マグネット・セイバー)!!」

 

 《磁石の戦士マグネット・バルキリオン》の磁石の剣が磁力を帯びそれを構え切りかかる。

 

 それに対し《XYZ-ドラゴン・キャノン》は一斉射撃を持って迎え撃つも、《磁石の戦士マグネット・バルキリオン》の身体から放たれる電磁バリアに阻まれ射撃の全てはあらぬ方向へと反らされ最後は一刀の元に切り伏せられた。

 

海馬LP:4000 → 3300

 

「それでこそだ……」

 

 遊戯の全力の攻撃に満足げに笑う海馬。

 

「そしてがら空きの海馬に《クリバンデット》でダイレクトアタックだ!」

 

 手に持つナイフを逆手に持ち替えて海馬の元へ疾走する《クリバンデット》。だが――

 

「甘いぞ遊戯! その程度の攻撃が俺に届くと思うな!」

 

 海馬は己の伏せカードを指さしそのカードが露わになる。

 

「罠カード《スクランブル・ユニオン》を発動! その効果により除外されている自分の機械族・光属性の通常モンスターまたはユニオンモンスターを3体まで特殊召喚する!」

 

 《クリバンデット》の進行方向に異次元へと繋がる大穴が開く。

 

「帰還せよ! 《X-ヘッド・キャノン》、《Y-ドラゴン・ヘッド》、《Z-メタル・キャタピラー》!」

 

 そしてその大穴から《X-ヘッド・キャノン》が現れ、《Y-ドラゴン・ヘッド》が飛翔し《Z-メタル・キャタピラー》がフィールドを走り抜けた。

 

《X-ヘッド・キャノン》

星4 光属性 機械族

攻1800 守1500

 

《Y-ドラゴン・ヘッド》

星4 光属性 機械族

攻1500 守1600

 

《Z-メタル・キャタピラー》

星4 光属性 機械族

攻1500 守1300

 

 3体のマシンモンスターの目が《クリバンデット》を見下ろし怪しく赤く光る。

 

 《クリバンデット》は思わず遊戯をチラ見する――まさか「GO!」なのかと。

 

「――攻撃は中断するぜ……」

 

 その宣言に《クリバンデット》は慌ててナイフを懐に隠し、口笛を吹きながら遊戯の元へ何食わぬ顔で帰っていった。

 

 海馬のフィールドに再び3体のモンスターが揃う――その意味が分からぬ遊戯ではない。

 

「……俺はこれでターンエンド。そしてエンドフェイズ時に《クリバンデット》の効果を発動するぜ! コイツをリリースし俺のデッキの上からカードを5枚めくり、その中の魔法・罠カード1枚を手札に加える! 俺は罠カード《ダメージ・ダイエット》を手札に加え、残りのカードを墓地へ送る」

 

 《クリバンデット》は遊戯のデッキを拝借し5枚のカードを手にとり遊戯に掲げ、遊戯が選んだカード以外を懐に仕舞いながら影の中に潜るようにその姿を消した。

 

 

 海馬へのダイレクトアタックのチャンスを不意にしてしまった遊戯。

 

 そのことに海馬は遊戯が腑抜けているのではないかと檄を飛ばす。

 

「詰めが甘いぞ遊戯! その甘さが命取りになると知れ! 俺のターン、ドロー! 俺は墓地の《置換融合》の効果を発動! 墓地のこのカードを除外し墓地の融合モンスターである《XYZ-ドラゴン・キャノン》をエクストラデッキに戻し、1枚ドロー!!」

 

「前のターン《XYZ-ドラゴン・キャノン》のコストで捨てていたカードか! そしてそのカードを戻したということは――」

 

 遊戯は海馬の無駄のないプレイングに感嘆しつつ先の展開を予知する。

 

「そうだ! 俺は再び『X』、『Y』、『Z』を除外することで融合召喚! 3体合体! 再び舞い戻れ! 《XYZ(エックスワイゼット)-ドラゴン・キャノン》!!」

 

 《Z-メタル・キャタピラー》の上に《Y-ドラゴン・ヘッド》が乗り、さらにその上に《X-ヘッド・キャノン》が乗り、《XYZ-ドラゴン・キャノン》が再び合体召喚される。

 

《XYZ-ドラゴン・キャノン》

星8 光属性 機械族

攻2800 守2600

 

「そして効果発動! 手札を1枚捨て《磁石の戦士マグネット・バルキリオン》を破壊する! ハイパァアアーー・デストラクションッ!!」

 

 《XYZ-ドラゴン・キャノン》の全砲門からエネルギーが放たれ、それらは一つとなり《磁石の戦士マグネット・バルキリオン》の電磁バリアを貫く。

 

 破壊された衝撃で《磁石の戦士マグネット・バルキリオン》の身体は崩れ3体のモンスターのパーツごとにバラバラになった。

 

「これで貴様のフィールドは空だ! 俺は《 V(ヴィ)-タイガー・ジェット》を召喚!」

 

 伏せた状態の虎を模したロボットが緑の翼を広げ海馬のフィールドに4足歩行で降り立ち、緑の翼を折りたたむ。

 

《V-タイガー・ジェット》

星4 光属性 機械族

攻1600 守1800

 

「さらに罠カード《ゲットライド!》を発動し墓地のユニオンモンスター《W(ダブル)-ウィング・カタパルト》を《V-タイガー・ジェット》に装備! 《W-ウィング・カタパルト》の効果で攻撃力・守備力は400アップ!」

 

 青い飛行機の先端部を無くした飛行物体が《V-タイガー・ジェット》の下に滑り込み着陸し《V-タイガー・ジェット》はその上に乗り伏せの姿勢を取り緑の翼を広げる。

 

《V-タイガー・ジェット》

攻1600 守1800

攻2000 守2200

 

「装備されている《W-ウィング・カタパルト》の効果により合体を解除しこのカードを特殊召喚する! 分離しろ! 《W-ウィング・カタパルト》!」

 

 《V-タイガー・ジェット》は《W-ウィング・カタパルト》から降り再び4足歩行へと移行する。

 

 《W-ウィング・カタパルト》はそこから一歩たりとも動かない。

 

《W-ウィング・カタパルト》

星4 光属性 機械族

攻1300 守1500

 

「装備が解除されたことで《V-タイガー・ジェット》の能力は元に戻る」

 

《V-タイガー・ジェット》

攻2000 守2200

攻1600 守1800

 

 次々と海馬のフィールドを埋め尽くしていくモンスター。

 

 そして止められるものなら止めてみろと言わんばかりに海馬は宣言する。

 

「この一斉攻撃を防ぎきれるか遊戯! バトルだ! 《W-ウィング・カタパルト》でダイレクトアタック!」

 

 一番槍として《W-ウィング・カタパルト》の低空飛行からの突撃を与え遊戯のライフを削る。

 

「くっ!」

 

遊戯LP:4000 → 2700

 

「追撃しろ! 《V-タイガー・ジェット》! ダイレクトアタ――」

 

 攻撃宣言をしようとした海馬だが遊戯のフィールドに立ち込める黒い霧に目がつく。

 

「待ちな海馬! 俺のフィールド上にカードがない状態で相手によってダメージを受けた時、コイツは手札から特殊召喚されるぜ! 現れろ! 冥府へ誘う者! 《冥府の使者ゴーズ》! 守備表示だ!」

 

 黒い霧を切り払い黒衣の影が踊り出る。

 

 その影は黒いバイザーを装着した赤毛の冥府の戦士、彼はその手に持つ剣を以て遊戯を守るべく立ち塞がった。

 

《冥府の使者ゴーズ》

星7 闇属性 悪魔族

攻2700 守2500

 

「さらに《冥府の使者ゴーズ》のさらなる効果発動! 受けたダメージが戦闘ダメージの時、自分フィールド上に受けた戦闘ダメージと同じ数値の攻撃力・守備力を持つ『冥府の使者カイエントークン』を特殊召喚する! 我が痛みを力に変えその身を現せ! 『冥府の使者カイエン』!!」

 

 黒い霧が《冥府の使者ゴーズ》の隣に一つに集まり、そこから銀の兜と鎧を身に着けた冥府の女戦士が防御姿勢を取る。

 

『冥府の使者カイエントークン』

星7 光属性 天使族

攻1300 守1300

 

 海馬のターンに現れた2体の遊戯のモンスターに海馬は満足げだ。

 

「俺のターンにも関わらずこれ程モンスターを展開するとはな……それでこそだ! そして行けっ! 《V-タイガー・ジェット》! 『冥府の使者カイエン』を冥府に送り返してやるがいい!」

 

 《V-タイガー・ジェット》が『冥府の使者カイエン』に飛びかかり、冥府の剣を金属の爪で砕き喉元に牙を打ち立てその息の根を止める。

 

「もう一体もだ! 《XYZ-ドラゴン・キャノン》! 《冥府の使者ゴーズ》を打ち抜け! X・Y・Z ハイパァアアーー・キャノンッ!!」

 

 《冥府の使者ゴーズ》は《XYZ-ドラゴン・キャノン》の両肩のキャノン砲を剣で防ぎ、

 

機械竜の口から放たれるビーム方を両腕に取り付けられた刃で防ぎ、

 

キャタピラの装甲の上の砲台による砲撃をその身を盾に防ぎ遊戯を守り切った。

 

「ふぅん、防いだようだな……俺は自分フィールドの上の『V』、『W』の2体を除外し融合召喚! ユニオン・コネクト! 《VW(ヴィダブル)-タイガー・カタパルト》!!」

 

 再び《W-ウィング・カタパルト》に乗り伏せの姿勢へと移行し翼を広げる《V-タイガー・ジェット》。

 

 だが前回とは違いガッチリとロックされているため気軽には降りられない。

 

《VW-タイガー・カタパルト》

星6 光属性 機械族

攻2000 守2100

 

「そのモンスターも合体するのか! いや待て『V』、『W』、『X』、『Y』、『Z』ということは――」

 

 さらなる合体に遊戯は驚き、その文字列からある考えに思い至る。

 

「そうだ! この2体もまた合体する! その目に焼き付けるがいい! 俺は『VW』と『XYZ』を除外し融合召喚! ファイナァッル! フューージョンッ!! 今こそ起動せよ! 究極機械神! 《VWXYZ(ヴィトゥズィ)-ドラゴン・カタパルトキャノン》!!」

 

 《VW-タイガー・カタパルト》と《XYZ-ドラゴン・キャノン》がその合体を解きそれぞれが再度変形する。

 

 《X-ヘッド・キャノン》は両肩のキャノン砲を前面へと回し、他のパーツを迎え入れる。

 

 《X-ヘッド・キャノン》の脚部の鉄球に《Y-ドラゴン・ヘッド》は取り付き、

その身体を開き脚部パーツとなった《W-ウィング・カタパルト》がその下に取り付き2本の脚となる。

 

 《Z-メタル・キャタピラー》のキャタピラ部分が装甲の2本爪をもった両腕パーツとして《X-ヘッド・キャノン》に取り付き、

 

 最後に《V-タイガー・ジェット》が《Y-ドラゴン・ヘッド》の翼を背中に取り付け、その虎の顔部分が《X-ヘッド・キャノン》の頭部にかぶさり背中から支えるアーマーとなった。

 

《VWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノン》

星8 光属性 機械族

攻3000 守2800

 

「驚きのあまり声も出ないようだな……俺はこれでターンエンドだ」

 




VW-タイガー・カタパルト「早めの出番ということは……」

VWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノン「俺たちの出番は……」

VW-タイガー・カタパルト「それ以上考えるのはよせっ!――そうだ! プラスに考えよう!」

VWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノン
「……そうだな《ABC-ドラゴン・バスター》に合体先を取られずに済んだと」



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第27話 カードの心

海馬VS遊戯 後編です

今回のデュエル構成の際に手札の都合がつかなかったため
止む無くチューナーを使用しました

ですがただモンスター効果を使うだけなのでシンクロ召喚はありません


前回のあらすじ
男はいつだって少年の心を忘れないものさ……
観客席のヤロウどもは目を輝かせていました

そして
君たちに最新情報を公開しよう!
噂のABCの出番はもう少し後だ!





 逆転をかけ遊戯が呼び出した《磁石の戦士マグネット・バルキリオン》だが、海馬の《VWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノン》に突破され、窮地に陥る遊戯。

 

 だがそんな状況でも遊戯は不敵に笑う。

 

「なら行くぜ! 俺のターン! ドロー!」

 

 しかし今は動けない。

 

「カードを2枚伏せてターンエンドだ!」

 

 

 攻め気を見せない遊戯に海馬は失望と怒りをもって檄を飛ばし突き進む。

 

「どうした遊戯! お前の全力はこんなものか! 俺のターン、ドロー! 俺は《VWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノン》の効果を使用し1ターンに1度、相手フィールド上のカード1枚をゲームから除外する! 何を伏せたかは知らんが消えてもらうぞ!」

 

 《VWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノン》の胸部装甲にあるキャノン砲からセットカードに向けてエネルギー弾が発射される。

 

「そいつはさせないぜ! その効果にチェーンして対象のカードを発動! 罠カード《ダメージ・ダイエット》! それにより俺がこのターン受ける全てのダメージは半分になる!」

 

 絶体絶命の中でも食い下がる遊戯に海馬はデュエリストとしての魂が高ぶるのを感じとる。

 

「ダメージが減らされるのならば増やすだけのことだ! 俺は墓地に存在する罠カード《スクランブル・ユニオン》を除外し、除外されている自分の機械族・光属性の通常モンスターまたはユニオンモンスター1体を手札に加える。俺は《X-ヘッド・キャノン》を手札に! そして召喚!」

 

 三度現れる合体ロボの主軸モンスターが《VWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノン》の隣に浮かぶ。

 

 その目は「いつかあんな風に」と《VWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノン》を見上げていた。

 

《X-ヘッド・キャノン》

星4 光属性 機械族

攻1800 守1500

 

「バトル! まずは《X-ヘッド・キャノン》で遊戯にダイレクトアタックだ!」

 

 《X-ヘッド・キャノン》の両肩のキャノン砲からエネルギー弾が放たれ遊戯を襲う。

 

 迫る攻撃を前に遊戯は目を見開き宣言した。

 

「この瞬間! 墓地の《クリアクリボー》を除外し効果発動! 相手モンスターの直接攻撃宣言時、自分はデッキから1枚ドロー! そしてそのドローしたカードがモンスターだった場合、そのモンスターを特殊召喚し攻撃対象をそのモンスターに移し替える!」

 

「ふぅん、精々強力なモンスターを引くことだ……」

 

 引いたカードを海馬が見えるように示し宣言する。

 

「俺が引いたのは《超戦士の魂》! モンスターカードだ! 攻撃はコイツが代わりに受けるぜ!」

 

 紫色のクリボー《クリアクリボー》が現れ「パカッ」と開くとそこから最強の戦士の鎧を守護する魂が攻撃を遮らんと守備表示で姿を見せる。

 

《超戦士の魂》

星1 地属性 戦士族

攻0 守0

 

「だが守備力は0、そのまま蹴散らせ! 《X-ヘッド・キャノン》!」

 

 向きを変えたエネルギー弾が《超戦士の魂》を狙うも――

 

「まだだぜ海馬! 自分のモンスターが戦闘で破壊される場合、代わりに墓地の《サクリボー》を除外するぜ!」

 

 《超戦士の魂》とエネルギー弾との間に鋭利な手足の爪を持ったクリボー《サクリボー》が割って入る。

 

 そしてその背中の大きな一つ目で代わりに攻撃を受け、「クリィイイ」と断末魔を上げ地面に落ち、ピクピクと体を震わせる――しばらくすると動かなくなった。

 

 

「それで防いだつもりか! 《VWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノン》で攻撃! この瞬間! 効果発動! このカードが攻撃する時、攻撃対象となるモンスターの表示形式を変更できる! 《超戦士の魂》を攻撃表示に変更!」

 

「なんだと!」

 

 《VWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノン》が腕を一振りすると《超戦士の魂》はたたらを踏み防御姿勢を崩し、攻撃表示を取らされる。

 

「やれぃっ! 《VWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノン》! VWXYZ-アルティメット・デストラクション!!」

 

 《VWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノン》の全エネルギーがその手元に集められ、そして今放たれる。

 

 《超戦士の魂》の攻撃力は0、ダイレクトアタックと何ら変わりのない攻撃が襲いかかり遊戯のライフを大きく削り取る。

 

「ぐあぁっ! だが《ダメージ・ダイエット》によりダメージは半分だ……」

 

遊戯LP:2700 → 1200

 

「もはや風前の灯だな……俺はカードを1枚セットし魔法カード《命削りの宝札》を発動!手札が3枚になるようにドロー!」

 

 現れた断頭台に3枚のカードがセットされる。

 

「今引いた魔法カード《トレード・イン》を発動し手札のレベル8《青眼の白龍》を墓地に送り2枚ドロー。俺はカードをさらに3枚セットしターンエンドだ」

 

 そして《命削りの宝札》の断頭台が落ちる。だが――

 

「そして《命削りの宝札》の効果により発動ターンのエンドフェイズに、自分の手札を全て墓地へ送るが俺の手札は0――捨てるカードはない。さぁ遊戯! 貴様のターンだ!」

 

 

 遊戯のライフは半分を切り、海馬のフィールドには強力なモンスターの存在、遊戯の形勢は不利だった――だが逆転の可能性を呼び込む布石は既にある。

 

 

「待ちな海馬! そのエンドフェイズに罠カード《裁きの天秤》を発動! その効果で相手フィールドのカードの数が俺の手札・フィールドのカードの合計数より多い場合に、俺はその差の数だけデッキからドローする!」

 

 神々しいオーラを纏った髭の老人が天秤を手に現れ、天秤に光が灯る。

 

 片方の天秤には遊戯の手札と《裁きの天秤》の3つの光が灯り、

 

 もう片方の天秤には海馬のモンスター2体とフィールド魔法《ユニオン格納庫》、そしてセットされたカード4枚を合計した7つの光が灯る。

 

「互いのカードの枚数の差は4枚! よって俺は4枚のカードをドロー!」

 

 遊戯の宣言と共に傾きを見せた天秤はそのドローの終わりと共に煙のように消えていった。

 

「ふぅん、その顔を見る限り良いカードが引き込めたようだな……」

 

 その海馬の言葉のとおり、遊戯は手札に逆転のカードを呼び込んでいた。

 

 

「ここからだぜ! 海馬! 俺のターン、ドロー! 相手フィールドにのみモンスターが存在するとき、コイツは手札から特殊召喚できるぜ! 現れろ! 紅き槍持つ竜騎士! 《暗黒騎士ガイアロード》!!」

 

 空から2本の真紅の突撃槍が地上に突き刺さり、その内の1本に黒い鎧を纏った騎士が着地し、二双の突撃槍を地面から引き抜き構える。

 

《暗黒騎士ガイアロード》

星7 地属性 戦士族

攻2300 守2100

 

「だがその程度ではVWXYZ(ヴィトゥズィ)を突破することはできん!」

 

「なら俺はライフを1000払い魔法カード《黒魔術のヴェール》を発動! 墓地から帰還せよ! 魔道の探究者! 《ブラック・マジシャン》!!」

 

遊戯LP:1200 → 200

 

 遊戯のライフ(いのち)が魔法陣を描く。

 

 やがてそこから遊戯が最も信頼するモンスター――《ブラック・マジシャン》がその黒衣を翻し敵に杖を向けた。

 

《ブラック・マジシャン》

星7 闇属性 魔法使い族

攻2500 守2100

 

「やっと現れたか……《クリバンデット》の効果の際に墓地に送っていたようだな! だがそれでどうする気だ?」

 

「慌てるなよ、海馬。俺は自分フィールドの《ブラック・マジシャン》をリリースして手札から魔法カード《騎士の称号》を発動するぜ!」

 

 《ブラック・マジシャン》の背後に青い盾と交差する武器が浮かび上がり、《ブラック・マジシャン》はそれに向かってバックステップしその盾の中に溶け込むように姿を隠した。

 

「そして俺の手札・デッキ・墓地から《ブラック・マジシャンズ・ナイト》1体を特殊召喚する! 騎士の称号と共に、戦士の力をその身に宿し現れろ! 《ブラック・マジシャンズ・ナイト》!!」

 

 青い盾がクルクルと回転し、黒い影となる。

 

 そして黒いマントを翻しながら《ブラック・マジシャン》の黒衣の面影を残した鎧を纏った騎士が現れ剣を構える。

 

《ブラック・マジシャンズ・ナイト》

星7 闇属性 戦士族

攻2500 守2100

 

「それが《ブラック・マジシャン》の新たな姿か!」

 

 常に先に進む遊戯に海馬は満足げだ。

 

「ああ! そして《ブラック・マジシャンズ・ナイト》が特殊召喚に成功した時、フィールドのカード1枚を破壊する! 《VWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノン》には退場してもらうぜ!」

 

 突進と共に放たれた《ブラック・マジシャンズ・ナイト》の剣の刺突は《VWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノン》のコアを寸分違わず貫き、その機能を停止させる。

 

 後に残ったのは一見して傷一つない《VWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノン》がゆっくりと倒れ伏すさまと、それを背に遊戯の元へ歩みを進める《ブラック・マジシャンズ・ナイト》の姿だった。

 

「ふぅん、《VWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノン》を倒したか……」

 

 大型モンスターが破壊されたにもかかわらず海馬に動揺はない。

 

「そして俺は《ルイーズ》を召喚!」

 

 青い鎧を纏ったネズミの戦士が盾を構え、剣を天に掲げ己を鼓舞する。

 

《ルイーズ》

星4 地属性 獣戦士族

攻1200 守1500

 

「そしてバトルだ! 行けっ! 《ブラック・マジシャンズ・ナイト》! 《X-ヘッド・キャノン》を攻撃! ダーク・オブ・スラッシュ!!」

 

 腰だめに剣を構えた《ブラック・マジシャンズ・ナイト》が《X-ヘッド・キャノン》の砲撃を紙一重で躱しながら近づき、神速の居合により剣が振り抜かれる。

 

「そうはさせん! リバースカードオープン! 永続罠《蘇りし魂》! その効果により墓地の通常モンスターを守備表示で特殊召喚する! 現れろ! 我が魂! 《青眼の白龍》!」

 

 大地が割れあの世とのゲートが開き、そこから《青眼の白龍》が飛翔し、その翼を広げ立ち塞がる。

 

《青眼の白龍》

星8 光属性 ドラゴン族

攻3000 守2500

 

「だが相手フィールドに《暗黒騎士ガイアロード》より攻撃力が高いモンスターが特殊召喚されたことで《暗黒騎士ガイアロード》の攻撃力をターン終了時まで700ポイントアップ!」

 

 《暗黒騎士ガイアロード》は突撃槍の1本を天へと掲げ己が愛馬ならぬ愛龍を呼び、その背に跨った。

 

《暗黒騎士ガイアロード》

攻2300 → 攻3000

 

「これで《青眼の白龍》の守備力を上回ったぜ! そして《ブラック・マジシャンズ・ナイト》で《X-ヘッド・キャノン》へ攻撃を続行!」

 

 戦闘の巻き戻しにより遊戯は再度攻撃を宣言し、突如現れた《青眼の白龍》により止まっていた攻撃が再び再開されるが

 

 

「甘いぞ遊戯! さらに俺は罠カード《バーストブレス》を発動!」

 

 《青眼の白龍》の口元に光が集まる。

 

「その効果により俺はドラゴン族である《青眼の白龍》をリリースし、その攻撃力以下の守備力を持つフィールドのモンスターを全て破壊する!」

 

「全てだと!」

 

 その効果範囲の広さに驚く遊戯。

 

 そして海馬を二度見する《X-ヘッド・キャノン》。

 

「そうだ! だが俺の《X-ヘッド・キャノン》も破壊されるが……遊戯! 貴様に破壊される位ならば俺の手で引導を渡してやる! 消え去るがいい!」

 

 《青眼の白龍》の全てを賭けたブレスが遊戯のフィールドを焼き払う。

 

 項垂れるマシン、剣を振る魔法剣士、竜に指示を出す暗黒騎士、盾を構える獣戦士の儚い抵抗を《青眼の白龍》のブレスは薙ぎ払う。

 

 そしてすべての力を出し尽くした《青眼の白龍》は光の粒子となって消えていった。

 

「くっ! なら俺はカードを2枚セットしターンエンドだ!」

 

 呼び出した3体のモンスターで形成を逆転していた遊戯だが、そのアドバンテージは1度の攻防で無に帰した。

 

 その事実に海馬の実力が前回のデュエルの時よりも格段に上がっていることを知り、遊戯は思わず笑みを浮かべる――なぜならそれは海馬が「カードの心」を理解した証。

 

 ゆえに遊戯は嬉しく思う。

 

 

 だがそんな遊戯の思いを知ってか知らずか海馬の闘志は高められるばかりである。

 

「俺のターン、ドロー! 俺は魔法カード《復活の福音》を発動! 俺の墓地のレベル7・8のドラゴン族モンスター1体を蘇生させる!」

 

 フィールドに白き龍の石像がそびえ立つ。

 

「俺が呼び戻すのは当然! 《青眼の白龍》! さぁ! 舞い戻り勝利をもたらせ!」

 

 白き龍の石像が光と共に砕け散り、《青眼の白龍》が悠然と翼を広げた。

 

《青眼の白龍》

星8 光属性 ドラゴン族

攻3000 守2500

 

「バトル! ブルーアイズでダイレクトアタック! 滅びのバーストストリイイイム!!」

 

 白き滅びのブレスが《青眼の白龍》の口元に収束し遊戯に向かって放たれる。だが――

 

「そうはさせないぜ! その攻撃時にリバースカードオープン! 罠カード《聖なるバリア -ミラーフォース-》!」

 

 《青眼の白龍》のブレスは鏡のような障壁に遮られ、鏡返しのように《青眼の白龍》の元へと弾き返された。

 

「これで海馬! お前の攻撃表示のブルーアイズは破壊されるぜ!」

 

 そして自身のブレスを受けた《青眼の白龍》の身体はひび割れ、そのひびが全身に広がってゆき砕けた。

 

 

 

 だがそこにあるのは変わらぬ《青眼の白龍》の姿。

 

「なんだとっ!」

 

 驚愕を露わにする遊戯に海馬は得意げに語る。

 

「俺は墓地の《復活の福音》のさらなる効果を発動させてもらった……俺のドラゴン族モンスターが戦闘・効果で破壊される場合、代わりに墓地のこのカードを除外する効果をな!」

 

 《青眼の白龍》を守った白き龍の石像は破片となって崩れ落ちていた。

 

「くっ! 破壊できたのは石像の方だったのか!」

 

「その通りだ! よって俺のブルーアイズは無傷! 攻撃を続行だ!」

 

 悠然と空を飛ぶ《青眼の白龍》は再びブレスの一撃を遊戯に向けて放ち焼き払う。

 

 この攻撃が通れば遊戯のライフは0となるが――

 

「なら俺は罠カード《ガード・ブロック》を発動し戦闘ダメージを0にしカードを1枚ドローする!」

 

 遊戯のデッキから放たれた裏側のカードが《青眼の白龍》のブレスを受けきり、そのブレスの勢いのまま遊戯の手札となった。

 

「辛うじて防いだようだな……だが、いつまでも防げると思わんことだ――ターンエンド」

 

 

 ジワジワとアドバンテージを奪われ追い詰められていく遊戯。

 

「俺のターン! ドロー! クッ……俺はメインフェイズ1の開始時に魔法カード《貪欲で無欲な壺》を発動するぜ……」

 

 遊戯のフィールドに2つの顔が張り付いた壺が現れる。

 

 その2つの顔は一方が欲に塗れた顔が張り付き、もう一方は悟りを開いたような顔が張り付いていた。

 

「その効果により俺の墓地の異なる種族のモンスター3体をデッキに戻してシャッフルし、デッキからカードを2枚ドローする」

 

 壺の欲に塗れた顔が大きく口を開ける。

 

「俺は獣戦士族の《ルイーズ》、戦士族の《暗黒騎士ガイアロード》、悪魔族の《冥府の使者ゴーズ》をデッキに戻し2枚ドロー!」

 

 壺の欲に塗れた顔は3枚のカードを平らげ遊戯に新たなカード2枚を壺の頭から射出した。

 

「ふぅん、手札を増やしたか……それでどう攻めるつもりだ?」

 

 遊戯の次の手を待つ海馬を余所に壺が回転し、悟りを開いたような顔が遊戯の方を向いた。

 

 そしてそこから光を放ち遊戯に照射する――戒めの光を。

 

「いや、このカードを発動したターン、俺はバトルフェイズを行えない」

 

「どうやら俺のブルーアイズを前に守りを固めるので精一杯のようだな!」

 

 海馬の挑発の言葉にも遊戯は言い返すことはできない。

 

――今は耐えるしかない……

 

「俺は魔法カード《黙する死者》を発動し墓地の通常モンスターを守備表示で特殊召喚するぜ! 剣を置き舞い戻れ! 《ブラック・マジシャン》!!」

 

 墓地から飛び出した巨大な握りこぶしから《ブラック・マジシャン》が現れ、先程の剣を仕舞い杖に持ち替え遊戯を守るべく防御の姿勢をとる。

 

《ブラック・マジシャン》

星7 闇属性 魔法使い族

攻2500 守2100

 

「俺はカードを3枚セットしてターンエンドだ……」

 

 

 守勢に回った遊戯と《ブラック・マジシャン》の姿に近づく勝利を感じ取り海馬の闘争本能は最大にまで高められ、その衝動のままにカードを引く。

 

「俺のタァーーン! ドロォーーッ! 俺は魔法カード《マジック・プランター》を発動! 俺のフィールドに残った永続罠《蘇りし魂》を墓地に送り2枚ドロー!」

 

 フィールドに残っていた《蘇りし魂》が地面にズブズブと沈んでいき、そして一つの芽がでた――その芽は2枚のカードでできている。

 

「さらにセットしておいた魔法カード《手札抹殺》を発動! 互いに手札を全て捨て、捨てた枚数だけドローする! だが遊戯! 貴様の手札は0! よってこの効果は俺にのみ適用される! 2枚捨て2枚ドロー!」

 

 そして捨てられた海馬の手札が光を放つ。

 

「この瞬間! 墓地に送られた《伝説の白石(ホワイト・オブ・レジェンド)》の効果が発動される! それによりデッキから《青眼の白龍》1体を手札に加える! そして《伝説の白石》は2枚墓地に送られた! よって2枚の《青眼の白龍》を手札に!」

 

 墓地に送られた2つの白い石が砕けそこから半透明の《青眼の白龍》がそれぞれ1体ずつ現れ海馬の手札に飛び立つ。

 

 海馬のフィールドと手札の《青眼の白龍》は合計で3体――来るぞ! 遊戯!

 

「3体のブルーアイズが……」

 

「行くぞっ! 遊戯! 最後のセットカード《融合》を発動し3体のブルーアイズで融合召喚! 美しき白き龍よ! その魂交わらせ更なる力をここに示せ! 《青眼の究極竜(ブルーアイズ・アルティメットドラゴン)》!!」

 

 3体の《青眼の白龍》が混じり合い、3つ首の新たな姿を見せ、主人(海馬)(遊戯)に向け咆哮を上げた。

 

《青眼の究極竜》

星12 光属性 ドラゴン族

攻4500 守3800

 

「ゆくがいい! 《青眼の究極竜》! 《ブラック・マジシャン》を粉砕しろ! アルティメット・バァーストッ!!」

 

 その巨体から放たれる3つの滅びのブレスが一つの長大なものとなり《ブラック・マジシャン》に迫る。

 

 だが3枚のセットカードの存在から、この攻撃がすんなりと通ると海馬は思わない。

 

「そうはさせないぜ! その攻撃宣言時、罠カード《魔法の筒(マジック・シリンダー)》を発動! 攻撃モンスターの攻撃を無効にし、その攻撃力分のダメージを相手に与える! そのパワー、利用させてもらうぜ!」

 

 フィールドに現れた『?』のマークが円を描くように並んでいる2つの赤い大筒。

 

 《ブラック・マジシャン》が指示した大筒の一つを《青眼の究極竜》のブレスが通り、もう一方の大筒からブレスが放たれる――筈だった。

 

「そうはさせん! 俺はそのカードにチェーンして手札から速攻魔法《融合解除》発動! 効果は貴様も知ってのとおりだ! 《青眼の究極竜》の融合を解除し墓地の融合素材モンスターである3体の《青眼の白龍》を特殊召喚する! 元の姿に戻るがいい、我が魂のカード達よ!」

 

 《青眼の究極竜》の姿が歪み、その3つの首がそれぞれ別方向に飛び立ち3体の《青眼の白龍》となり空を舞う。

 

《青眼の白龍》×3

星8 光属性 ドラゴン族

攻3000 守2500

 

「これで貴様の《魔法の筒》は対象を失い効果は不発に終わる……」

 

 海馬に杖を向け《魔法の筒》の狙いをつけていた《ブラック・マジシャン》。

 

 その背後に佇む2つの大筒は煙のように消え、《ブラック・マジシャン》は悔しげに膝をついた。

 

 遊戯の放った逆転の一手を躱した海馬は追撃を放つ。

 

「さぁ3体のブルーアイズの攻撃を喰らうがいい! まずは守備表示の《ブラック・マジシャン》を攻撃!  滅びのバーストストリイイイム!!」

 

 《青眼の白龍》のブレスの一撃を《ブラック・マジシャン》は魔法障壁を張り防ごうとするも、その障壁は容易く砕け散り滅びのブレスにその身は焼かれた。

 

「これで貴様に壁となるモンスターはいない! 2体目のブルーアイズのダイレクトアタックで終わりだ! 連撃のバーストストリイイイム!!」

 

 2体目の《青眼の白龍》の一撃が遊戯に直接襲い掛かる。

 

 遊戯のライフは僅かに200、この攻撃が通ればライフは0となる。

 

 そして攻撃が遊戯を直撃し、その間に遊戯が何らかのカードを発動させなかったのも相まって海馬は勝利を確信した。

 

「俺の勝ちだ……」

 

ブレスによる土煙が晴れた先には――

 

 

 

「そいつはどうかな!」

 

遊戯LP:200 → 1200

 

「なんだとっ!」

 

 なぜか遊戯のライフが回復していた。それは――

 

「俺はこのカードを発動していたのさ! 罠カード《体力増強剤スーパーZ》をな!」

 

 遊戯の場に『Z』と『4000』の文字が書かれたビンが現れており、悪魔を模したコルクが開いている。

 

「このカードにより自分が2000以上の戦闘ダメージを受ける場合、そのダメージ計算時に自分のライフポイントを4000回復するのさ!」

 

 海馬は発動されたカードの効果を知り遊戯がブルーアイズの攻撃を受け切ったカラクリを知る。

 

「ブルーアイズの攻撃力は3000……そのダメージを受ける前にライフを回復させたというわけか!」

 

 つまり、遊戯のライフポイントは《体力増強剤スーパーZ》の回復を挟み、

 

 遊戯LP:200 → 4200 → 1200 と変動したのである。

 

「ならば3体目のブルーアイズで攻撃するまでだ!」

 

 攻撃姿勢を見せる3体目の《青眼の白龍》。

 

「そうはいかないぜ! もう1枚のリバースカードオープン! 罠カード《痛恨の訴え》を発動! 相手モンスターの直接攻撃によって戦闘ダメージを受けた時に相手フィールド上に表側表示で存在する守備力が一番高いモンスター1体のコントロールを次の自分のエンドフェイズ時まで得るぜ!」

 

 だが海馬のフィールドにいるのは同名モンスター3体、当然守備力もすべて同じ。

海馬の苛立ちは高まるばかりだ。

 

「俺のフィールドにはブルーアイズが3体のみ……クッ!」

 

「俺はまだ攻撃宣言していない《青眼の白龍》のコントロールを得るぜ! だが安心しな海馬、この効果を受けたモンスターの効果は無効化され、攻撃宣言できない」

 

 そんなことは今の海馬にとってなんの慰めにもならなかった。

 

「おのれ……よくも俺のブルーアイズを……だが貴様の手札は0、次のターンブルーアイズが戻ってきた時には目にもの見せてくれる! カードを1枚セットしターンエンドだ!」

 

 自身の魂のカードを奪われ怒りに燃える海馬。

 

 だが海馬の言うとおり遊戯の手札は0、前回のデュエルのように『エクゾディア』を揃えることもできない。このドローに全てがかかっていた。

 

 

 だが遊戯に恐れはない。布石は十分に散りばめられているのだから。

 

「俺のラストターン……ドロー!」

 

 そしてデッキも遊戯に応えた。

 

「まずは手札から魔法カード《貪欲な壺》を発動! 墓地の《電磁石の戦士β》、《クリバンデット》、《磁石の戦士α》、《磁石の戦士β》、《磁石の戦士γ》の5体をデッキに戻してシャッフル! そして2枚ドロー!」

 

 欲に塗れた人の顔そのままの壺が5枚のカードをその口に平らげる。

 

 しばらくすると壺の顔が苦しみだし木端微塵に砕け中から2枚のカードが遊戯の手元に引き寄せられた。

 

「そして墓地の罠カード《妖怪のいたずら》を除外しフィールド上の表側表示のモンスター1体のレベルをエンドフェイズ時まで1つ下げるぜ!」

 

「《クリバンデット》のときのカードか……だが俺のブルーアイズのレベルを下げてどうするつもりだ?」

 

 遊戯が無意味なプレイングをするわけがないと海馬はその真意を計る。

 

「何勘違いしているんだ? 俺が選ぶのは俺のフィールドにいるブルーアイズだ!」

 

「なんだとっ!」

 

 突如として墓地から着物を着た人に化けた妖怪が現れる。

 

 突然の事態に《青眼の白龍》は驚きのあまり目を回す。

 

 そして目を回している《青眼の白龍》にしめしめと近づいた着物姿の妖怪は《青眼の白龍》の頭の上でピヨピヨ回る星を一つその袖にしまい煙のようにその姿をくらませた。

 

《青眼の白龍》

星8 → 星7

 

「さらに墓地の《超戦士の魂》を除外しデッキから《開闢の騎士》を手札に加える!」

 

 墓地の《超戦士の魂》が脈動し、デッキから黒い鎧の少年騎士を遊戯の手札に導く。

 

 

「最後に俺は魔法カード《儀式の下準備》を発動! デッキから儀式魔法カード1枚を選び、さらにそのカードにカード名が記された儀式モンスター1体を自分のデッキ・墓地から選び、それら2枚のカードを手札に加える!」

 

 黄色い2枚の仮面を左右の顔半分に付けた黒い鳥《儀式の供物》が2枚のカードを咥え遊戯の肩に留まった。

 

「俺が選ぶのは《カオスの儀式》とそこに記された《カオス・ソルジャー》!」

 

 遊戯が奪った《青眼の白龍》は攻撃できない、そして儀式召喚にはリリースが必要である。

 

 その2つの事実から海馬は己の魂のカードの行く末を悟る。

 

「まさか俺のブルーアイズを!」

 

「その『まさか』さ! これで準備は整ったぜ! 俺は儀式魔法《カオスの儀式》を発動! レベルの合計が8以上になるようカードをリリースし儀式召喚を行うぜ!」

 

 フィールドに炎が燃え立つ2つの壺が現れ、その間に盾と2つの剣が交差された祭壇が立つ。

 

「手札のレベル4の《開闢の騎士》とフィールドのレベル7となった《青眼の白龍》をリリースし儀式召喚! ひとつの魂は光を誘い、ひとつの魂は闇を導く! そして混沌(カオス)へ誘え! 降臨せよ! 《カオス・ソルジャー》!!」

 

 白き龍と黒き騎士、それぞれが光と闇となり一体化し『混沌(カオス)』を生み出す。

 

 その超戦士の力を得て現れるは――藍色の鎧に身を包んだ最強の剣士。

 

《カオス・ソルジャー》

星8 地属性 戦士族

攻3000 守2500

 

「ブルーアイズと同じ能力だとっ!」

 

「それだけじゃないぜ! 《開闢の騎士》を素材に儀式召喚した《カオス・ソルジャー》の効果発動! 1ターンに1度、相手モンスター1体を除外する!」

 

 その効果を聞き海馬は遊戯が《青眼の白龍》のレベルを下げた理由にたどり着く。

 

「ブルーアイズのレベルを下げたのはこのためか!」

 

 儀式召喚の際には対応する儀式モンスターのレベル分モンスターをリリースしなければならないが、リリースが足りている状態で余分にリリースするモンスターを増やすことはできない。

 

 今回の《開闢の騎士》をリリースしたい状況だが、そのままの《青眼の白龍》のレベルは8、よって《カオス・ソルジャー》の儀式召喚にリリースが足りてしまうため使用できない。

 

 ゆえに《青眼の白龍》のレベルを下げたのである。

 

「そういうことさ! やれっ! 《カオス・ソルジャー》! 次元斬!!」

 

 《カオス・ソルジャー》は剣を振るい斬撃を飛ばす。

 

 その斬撃を《青眼の白龍》は急旋回しかわすも外れた斬撃は次元を切り裂き、《青眼の白龍》は切り裂かれた次元の彼方へと吸い込まれた。

 

 2体の《青眼の白龍》を失い残り1体となった《青眼の白龍》。

 

「だが攻撃力は互角! そのままでは俺のブルーアイズと相打つのが限界だ!」

 

「だったら確かめてやるぜ! 行くぜ! バトルだ! 《カオス・ソルジャー》で《青眼の白龍》を攻撃! カオス・ブレードッ!!」

 

「ならば迎え撃て! ブルーアイズ! 滅びのバーストストリイイイム!!」

 

 《青眼の白龍》のブレスと《カオス・ソルジャー》の剣が衝突し、周囲に衝撃波となって吹きすさぶ。

 

 だが《カオス・ソルジャー》の剣に光が溢れる。

 

「俺はこの瞬間! 手札の《混沌の使者》の効果を発動! バトルフェイズにこのカードを手札から捨て、俺のフィールドの『カオス・ソルジャー』モンスターまたは『暗黒騎士ガイア』モンスターの攻撃力はターン終了時まで1500アップする!」

 

 その光は《カオス・ソルジャー》の背後に佇む《カオス・ソルジャー》の鎧と似て非なる鎧を纏った少年剣士――《混沌の使者》が己の(攻撃力)を託したもの。

 

《カオス・ソルジャー》

攻3000 → 攻4500

 

 2人の剣士の想い()が《青眼の白龍》のブレスを切り進む。

 

 

 

 だが突如として《青眼の白龍》の身体から炎が噴出された。

 

「甘いぞ遊戯! 俺のブルーアイズのパワーを超えるために貴様がパワーを上げることなどお見通しだ! ゆえにこのカードを発動していた! 罠カード《燃える闘志》!」

 

 《青眼の白龍》から噴出された炎はその白き龍の身体に散りばめられる。

 

「そして発動後、ブルーアイズに装備! そして遊戯! お前のフィールドに元々の攻撃力よりも高い攻撃力を持つモンスターがいる時! 《燃える闘志》の効果で俺のブルーアイズの攻撃力はダメージステップの間、元々の攻撃力の倍になる!」

 

 その海馬の闘志に呼応した《燃える闘志》はその炎で《青眼の白龍》を不死鳥の如く彩った。

 

《青眼の白龍》

攻3000 → 攻6000

 

「これで貴様に残された手はない! やれブルーアイズ! 獄炎のバーストストリイイイム!!」

 

 そして滅びのブレスが真っ赤に燃え滾り《カオス・ソルジャー》を襲い、その剣を押し返し後退させる――その剣は長くは持ちそうにない。

 

 

 だが《カオス・ソルジャー》のアイコンタクトにより《混沌の使者》が宙を舞い《青眼の白龍》に剣を突き立てた。

 

「その程度の攻撃で俺のブルーアイズは止まらん!」

 

 しかし《青眼の白龍》に突き立てられた《混沌の使者》の剣が赤く光り《青眼の白龍》を包む炎を鎮め霧散させた。

 

《青眼の白龍》

攻6000 → 攻3000

 

「なんだとっ! 一体なにが……まさかっ!」

 

 《青眼の白龍》の倍化した攻撃力が戻ったことに疑問を持った海馬だがすぐさま一つの可能性に行きつく。

 

「そのまさかさ! 俺が発動した《混沌の使者》のさらなる効果! この効果を受けたモンスターと戦闘する相手モンスターの攻撃力をダメージ計算時のみ元々の攻撃力に戻す!」

 

「クッ! 俺の《燃える闘志》の効果を打ち消したのか!」

 

「そのとおりだぜ、海馬! さあ、突き進め! 《カオス・ソルジャー》! アルティメット・カオス・ブレードッ!!」

 

 《青眼の白龍》のブレスが通常のモノに戻ったことで《カオス・ソルジャー》はそのブレスを切り裂き、返す剣で《青眼の白龍》を一刀両断した。

 

 《青眼の白龍》は切られたことに気付かずその身を2つに分ける。

 

海馬LP:3300 → 1800

 

「グッ! だがまだだっ! まだ俺のライフは――」

 

 ライフが残っている限り、デュエルは続けられる。

 

 海馬は次のターンのドローで逆転の一手を打とうと考えるが――

 

「いやこれで終わりだ! 《開闢の騎士》を素材に儀式召喚した《カオスソルジャー》のもう一つの効果発動! 戦闘で相手モンスターを破壊し墓地へ送った時、もう1度だけ続けて攻撃できる! 止めだ! 《カオス・ソルジャー》! 海馬にダイレクトアタック!!」

 

 《カオス・ソルジャー》は深く腰を落とし剣の切っ先を相手に向け、その剣の上に右手を軽く添えた構えを取り、海馬との間合いを一瞬で詰めてその心臓を貫き海馬の残りのライフを打ち抜いた。

 

海馬LP:1800 → 0

 

「俺の、負け……だと……!?」

 

 呆然と信じられない風に呟く海馬に無情にもMr.クロケッツの宣言が告げられた。

 

「そこまで! 準決勝第2試合、勝者武藤遊戯!」

 

 




じいちゃんブルーアイズ「遊戯はやらせんぞい!」

元爺ちゃんのブルーアイズは孫に甘い。


「分かり難いかも」との声を頂いたので
デュエルをあまり知らない人に向けての「儀式召喚」講座

~今回のデュエルで《青眼の白龍》のレベルを下げたわけ~

《カオスの儀式》の条件はレベル8以上なんだから
レベル8の《青眼の白龍》とレベル4の《開闢の騎士》で8+4=12で8以上!

これで《カオスの儀式》の条件が満たせる! となりそうですが

遊戯王OCGのルールでは
・儀式召喚する際、リリース1体でレベルを満たせる場合は、
 他に「余分なリリースはできない」と、なっています。


今回のデュエルを例にとると
・《カオスの儀式》の儀式召喚にレベル8以上が必要
→レベル8の《青眼の白龍》だけでリリースが「足りる」

・そしてこれ以上は「余分なリリース」となるため
レベル4の《開闢の騎士》を追加でリリースする事はできない。


ですが今回の遊戯は《開闢の騎士》をリリースして儀式召喚を行いたかったために
《妖怪のいたずら》の効果で《青眼の白龍》レベルを8から7に下げることで

・《カオスの儀式》の儀式召喚にレベル8以上が必要
→レベル7となった《青眼の白龍》だけではリリースが「足りない」

・ゆえに「余分なリリース」ではなくなったために
レベル4の《開闢の騎士》を追加でリリースすることが可能になる

となります


分かりやすく説明できたでしょうか?
しかし今の作者にはこれが限界です……



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第28話 気のせいですよ、みなさん

前回のあらすじ
社長、ブルーアイズ(ヨメ)に裏切られる





 デュエルが終了しソリッドビジョンが消えていく。

 

 そこには呆然と呟く海馬がいた――いつもの覇気は見受けられない。

 

「俺が負けた……俺の最強を誇るデッキ、最強のしもべ……俺の戦術に非はなかった――全てにおいて完璧な手札が揃っていた筈! だが、負けた!」

 

 項垂れる海馬に近づき遊戯は己の本心を伝える。

 

「海馬。今の俺とお前の間に勝敗の差はあれど力の差はなかったぜ」

 

「憐れみのつもりか遊戯!」

 

「俺はお前をデュエリストとして認めている……だがこれだけは言っておくぜ! ――お前は俺と戦っているようで俺と戦ってはいなかった」

 

 一見すると意味不明なことを言っているように聞こえるが遊戯がデュエルを通じて感じ取ったことである――間違いはない。

 

「何が言いたい……」

 

「海馬、お前は俺と戦いながら別の何かと戦っていた――それはなんだ?」

 

 『それ』を海馬は考える。

 

 剛三郎によって植えつけられた憎しみ、それは剛三郎の全てを討ち果たすことで晴れる筈であった。

 

 だが海馬の憎しみの象徴たる存在は1人の男の手でただ足掻くだけの哀れな存在でしかなかった。

 

――お前も儂も奴の思惑から何一つ逃れられてはおらん!!

 

 そう言って己の死をもってその思惑から逃れようとした剛三郎だったが、結果は死に場所すら奪われ飼い殺される始末。

 

 未来の全てを見通すかのような存在。

 

 そんなものはまやかしに過ぎないと思いつつ剛三郎の末路が頭から離れない。

 

 

――この遊戯との宿命のデュエルでさえ奴の思惑の上ではないのかと

 

――遊戯との戦いの勝敗すら奴の掌の上ではないのかと

 

――俺とモクバの夢でさえも……

 

 

 そこまで考え海馬はふと言葉をこぼす。

 

「俺がヤツを恐れているとでも言うのか――」

 

 その事実を海馬は認められない。遊戯は言葉を続ける。

 

「デュエリストの戦いはカードに描かれたモンスターだけじゃない。心の中にある、怒り、憎しみ、欲望、恐怖……敵は自分の中にも存在する――それら全てを打ち負かした時にこそ真のデュエリストの道が開かれる!」

 

 遊戯は観客席の仲間を見ながら力強く宣言する。

 

「だがその全てを打ち負かしたのは俺だけの力じゃない。仲間の声援が……仲間の力が俺に力を与え俺に勝利をもたらしたんだ」

 

 そんな遊戯の主張に海馬は嘲笑をもって返す。

 

「仲間の力だと? 下らん! 俺にとって勝利とは己自身の手で勝ち取ってこそ価値のあるもの――仲間の力など永遠に必要のないものだ!」

 

 海馬は頭に浮かんだ仲間面して笑顔で近づく男を振り払う。

 

「俺は俺の信じる未来の為に俺の力で栄光を掴む。いや、そうでなければ意味がない! 俺の戦いのロードには俺以外の力などいらん!」

 

 モクバを視界に入れ力強く己の手を握りしめる――俺が守らねばと。

 

「だが吠えるのは勝者にのみ与えられた特権。今は黙して引いてやるわ! 行くぞ! モクバ!」

 

 そう言って立ち去る海馬をモクバは追いかけつつ遊戯をチラリと見た。

 

 

 

 立ち去る海馬を見届け遊戯はポツリと呟く。

 

「海馬。俺はお前を仲間(ライバル)だと思っている。このデュエルでより強く確信した。ライバルと仲間、そこに境界線などないのだと……お前が1人で苦難に立ち向かうと言うならば、俺も共に立ち向かおう」

 

 そう静かに決意した。

 

 

 

 

 

 そんな2人のやり取りを遠目で見ていた牛尾は己の上司たる神崎に問いかける。

 

「いやぁ、すげぇデュエルでしたね」

 

「…………そうですね」

 

 いつものように笑顔で何やら思案しながら返答する神崎。心ここにあらずといった様子だ。

 

「しっかし、あの状況で逆転するたぁ……なんて言うか――神がかってますね」

 

「…………そうですね」

 

「俺の話聞いてます?」

 

「…………ええ、もちろん聞いていますよ。彼の実力にはいつも驚かされます」

 

 神崎の見立てでは海馬瀬人にかなりの勝機があった。

 

 それは現在の海馬瀬人が「原作」のようなペガサスとBIG5からの謀略が存在せず、弟、モクバとの関係も良好で精神状態に淀みはないため、その実力は磨き上げられた状態だったためである。

 

 そしてもう一方の武藤遊戯は「原作」に存在した苦境がなくなったことにより一種の経験不足から実力は幾分か減少している可能性があった。

 

 

 だが結果は武藤遊戯の勝利。

 

 その実力に衰えは見られない――古代の王であった頃の経験が魂に残っているかのごとく。

 

 後の戦いを考えれば嬉しく思うべき事柄である。

 

 だがいまだに武藤遊戯に「味方」と認識してもらえるほど信頼関係を結べていない神崎からすれば「武藤遊戯」を止められるものが何もない現状が恐ろしかった。

 

 元剛三郎の部下であり、叩けば埃がでるであろうBIG5と同じ立場――武藤遊戯に「敵」と判断されるには十分な材料が揃っているのだから……

 

 

 

 

 そして決勝戦の準備に取り掛かるため牛尾との会話を終わらせ立ち去った神崎を見つめつつ牛尾は思う。

 

――わかんねぇ人だな。

 

 牛尾から見た今までの神崎は「人の皮を被ったナニカ」そんな風に見ていた――本人が聞いたらショックで寝込むであろう。

 

 だが神崎には「決して立ち入らない領域」がいくつかあると牛尾は考える。

 

 

 先程のデュエルの「魂のぶつかり合い」もその一つであると牛尾は予測している。

 

――日陰モンには眩しすぎるのかねぇ?

 

 その姿に牛尾は自身が持つ「城之内の妹、静香は武藤遊戯のご機嫌取りのために救われた」情報をどうするべきか今一度思案する。

 

 折りを見て遊戯たちにこの情報を伝えようとしたが牛尾は考える。

 

――なんで俺にこの情報を与えた……?

 

 普通に考えれば遊戯たちとの敵対を避けるために伏せて置くべき情報であり牛尾の問いかけにも「人助け」とでも言っておけばいいことである。

 

 つまりこの情報は神崎の手によって牛尾に意図的に与えられた情報。

 

 それに気付いた牛尾はその情報の使い方を考え、実行しようとしていた「遊戯たちに伝える」を実行した場合どうなるかを考えた。

 

 そうなれば遊戯たちは神崎に対して不信感を持ち、最悪そのまま敵対し、いずれは衝突する流れになると牛尾は予測する。

 

 神崎は遊戯たちと敵対したくないと考えている筈なのに妙な話だ。

 

 

 そして牛尾はある考えに思い至る。

 

――既に遊戯のあの訳の分かんねぇ力に対抗するための準備が出来てるってのか?

 

 そう考えれば納得できる部分も多々ある。

 

 牛尾の目から見ても危ない研究者、ツバインシュタイン博士は千年アイテムを欲していた――今以上の力が手に入ると。

 

 そして牛尾はある答えに辿り着く。

 

――てぇことは……大義名分を得るためにこの情報を遊戯たちに伝えさせようとしているのか?

 

 この状況になった際の周囲から見た遊戯たちは恩人である神崎に難癖をつけて襲い掛かったとも取られかねない。

 

 さらに神崎が情報操作すれば遊戯たちは世間、そして世界の敵になりえる。

 

 もしそうなった場合、遊戯たちに取れる手段は昔の牛尾に対峙した時のように「闇のゲーム」に賭けるしかない。

 

 だが神崎は多くの部下を抱えており、それら全てを突破しなければならない。

 

 仮に突破できても神崎が勝負を受けるとは限らない。

 

 牛尾から見ても神崎は勝負に固執するような人間ではないのだから。

 

 

 遊戯たちが手出しできない個所を転々とするだけで遊戯たちは世界に潰される。

 

 

 そこまで考え終えた牛尾は足元が崩れるような錯覚に陥った。

 

 たった一言の情報で遊戯たちが破滅する現実を牛尾は受け入れられない。

 

 そして神崎はその現実に大した価値を見出していないように見受けられる点も牛尾の精神を強く揺さぶる。

 

 

 だが牛尾は気付く、「前提条件」がそもそも間違っていることに――この情報は誰から遊戯たちに伝えても結果は大して変わらない。

 

 

 自身の先輩であるギースの言葉を思い出す。

 

――あの方が直々にスカウトした人材はそれぞれに意味がある。

 

 昔の牛尾だったならば遊戯たちのことを歯牙にもかけなかっただろう。

 

 だが神崎の手によって更生され、不和を解消し、仲を取り持たれた今の牛尾に遊戯たちを見捨てることは既にできない。

 

 そして牛尾はある答えに辿り着く。

 

――俺が裏切らねぇようにするため……なのか?

 

 行動を制限出来ないのであれば、制限をかける枷を作ればいい。そんな思惑が見て取れた。

 

――俺に一体、何させたいのかねぇ?

 

 そんな疑問が浮かぶも、考えるだけ無駄かと牛尾は思った。

 

 ゆえに牛尾はこのまま何も気づかなかったことにして大人しく従う道を選ぶことにした――選ばされたのかもしれない。

 

 

 

 

 だが、これらの考えは当然、すべて牛尾の考え過ぎである――そろそろ難しく考え過ぎない方がいいことに気付いた方がいい。

 

 

 

 

 

 

 一方、控室の一室でキースは祈るように手を合わせ呟く。

 

「ようやくだ……後1度、後1度勝ちゃあ、あのとき果たせなかった望みが叶う……」

 

 キースの手に力がこもる。

 

 キースはこの決闘者の王国(デュエリスト・キングダム)の情報を手にした時、この大会に参加するためにあらゆる手段を使うと誓ったが、すぐさま招待状が届いたためその誓いは徒労に終わった。

 

 だがキースは年甲斐もなく気分が高揚するのを感じた。

 

 キースと同じようにペガサスも再戦を望んでいたのだと――招待状を送ったのは神崎なのだが……

 

 ゆえにキースは己の全てを賭けて勝利をもぎ取りにかかる。新参者に譲るわけにはいかないとデッキをいつも以上に確認した後、ゆっくりと試合会場に向かった。

 

 

 

 

 

 もう一方のデュエリスト、遊戯は仲間たちの激励を受け取っていた。

 

「いよいよ決勝ね! 遊戯!」

 

「ここまで来たら優勝っきゃねぇだろ!」

 

「あと1勝でペガサスとの対戦かぁ~。すごいな~遊戯君は」

 

 杏子、本田、獏良は遊戯が決勝戦まで戦い抜いたことを称え――

 

「頑張ってくださいね」

 

「だがキースは強かったぜ……あれは生半可な実力じゃねぇ」

 

「アンタのことだから大丈夫でしょうけど油断しないようにね」

 

 静香、城之内、孔雀舞はエールを送る。

 

 

 そんな彼らにMr.クロケッツはそっと話しかけた。

 

「武藤遊戯様、決勝戦では対戦者の紹介を行いますので何か希望があればお聞きしますが?」

 

「いや、とくにないぜ」

 

「それでは此方で御用意させてもらいます。それとそろそろ試合開始時刻ですのでご準備を……」

 

「ああ、すぐ行く」

 

 遊戯の了承を受け取りMr.クロケッツは試合会場へと去っていった。

 

 

 その後に続こうとした遊戯に城之内がいくつかのカードを差し出す。

 

「遊戯! ……このカード受け取ってくれねぇか? 今の俺には使いこなせなかったけどよ……きっとお前なら!」

 

 今の城之内には何故自分のカードを遊戯に託そうとしたのかは分からない。

 

 城之内にあるのは自然と(カード)を託さなければとの思いだけだった。

 

 そんな言葉に出来ない思いを遊戯は感じ取りつつ、何も言わずカードを手に取りデッキに加える。

 

「……行ってくる」

 

 そう言って突き出された遊戯の拳に城之内は拳をぶつけ、言葉無き声援を送った。

 

 

 

 

 

 

 照明が落とされ暗がりの試合会場の中央にスポットライトが当てられる。そしてそこにいたMr.クロケッツにより決勝戦の進行が行われる。

 

「これより、今大会の決勝戦を行います。対戦者の紹介と行きましょう!」

 

 Mr.クロケッツが片方のゲートに手をかざしスポットライトを当てる。

 

「まずは全米一のカード・プロフェッサーとして、数々の大会で輝かしい戦果を残した男の登場です――言わずも知れたバンデット・キースことキース・ハワーードォオオーー!!」

 

 いつものMr.クロケッツらしからぬ声量で呼び出され、ゲートから溢れる煙から歩み出たのはこの大会に並々ならぬ決意を持って参加した男、キース・ハワード。

 

 キースはゆっくりと歩み、指定の場所で立ち止まる。

 

 次にMr.クロケッツは反対側のゲートをかざしスポットライトを当てる。

 

「続きまして、対戦相手は公式戦初出場! しかし数々の名立たるデュエリストたちを打ち倒し破竹の勢いで勝ち上がってきた今大会のダークホース! 武藤ォオー遊戯ィイイーーー!!」

 

 Mr.クロケッツの宣言を受けてもう一人の遊戯はゲートから溢れる煙から歩み出てキースと対峙した。

 

 

 互いが試作型デュエルディスクにデッキをセットし構え、試合開始の合図を待つ。

 

 もはやデュエリストに言葉は必要ないと言わんばかりの沈黙が2人のデュエリストの間に流れる。

 

 Mr.クロケッツ、というより大会を運営するものとしては何か一言欲しかったが、この緊張感も悪いものではないと手を振り上げ試合開始の宣言を唱える。

 

「それでは決勝戦! キース・ハワードVS武藤遊戯の試合を始めます。デュエル開始ィイイイ!!」

 

「「デュエル!!」」

 

 

 




剛三郎が隠居したせいでバトルシティでの海馬が前倒しに……

バトルシティではどうなるのだろう?




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第29話 太古の王VS異国の王者

なんとか前編が仕上がったので投稿です


前回のあらすじ
いわれのない風評被害が襲い掛かる!





「「デュエル!!」」

 

 先攻は遊戯。

 

「俺の先攻! ドロー! 俺は魔法カード《手札抹殺》を発動し互いは手札をすべて捨て、捨てた枚数分ドローする! 俺は5枚捨て、5枚ドロー!」

 

 いきなりの手札交換カード。そしてそれは相手のキースにもプラスに働いてしまう。

 

「俺様も5枚捨てて、5枚ドローだ。ありがとよ! テメェのお蔭で良いカードが舞い込んだぜ」

 

「構わないぜ! 俺は《クィーンズ・ナイト》を攻撃表示で召喚」

 

 紅い鎧を纏った絵札の三騎士が紅一点、《クィーンズ・ナイト》が左右に持ち分けた剣と盾を構え、まだ見ぬ敵に備える。

 

《クィーンズ・ナイト》

星4 光属性 戦士族

攻1500 守1600

 

「そしてカードを3枚伏せて、手札から《命削りの宝札》を発動! 手札が3枚になるようにドロー!」

 

 遊戯はドローした3枚のカードの中から素早く2枚を手に取りセットする。

 

「さらにカードを2枚セットしてターンエンド――エンド時に《命削りの宝札》の効果で残った手札を捨てるぜ」

 

 モンスターの展開はあまりされなかった遊戯のターンだが、そのフィールドには5枚のセットカード――遊戯は盤石の防御と次のターンへの布石があることは容易に見て取れる。

 

 だがキースはそれよりも最初に発動された《手札抹殺》を警戒する。

 

 《手札抹殺》により5枚のカードが遊戯の墓地に送られた――先程の海馬とのデュエルでの決め手となった「墓地で発動するカード」が、である。

 

 何を送ったかは分からないものの早めに使いきらせるべきだと考えを纏める。

 

「俺様のターン、ドロー。ガンガンいかせてもらうぜ! 永続魔法《機甲部隊の最前線(マシンナーズ・フロントライン)》2枚と《補給部隊》2枚を発動!」

 

 さっそく発動されるキースのデッキの中核を担うカード、それが2枚。

 

 そして今までのデュエルでは見られなかった《補給部隊》のカード。

 

 遊戯は警戒を見せる。

 

「《可変機獣 ガンナードラゴン》を妥協召喚! だが知ってのとおりリリースなしで召喚されたコイツの元々の攻撃力・守備力は半分になる」

 

 城之内にコンマイ語の洗礼を浴びせた機龍がその赤いボディとキャタピラを走らせドリフトをキメて停車。

 

 だがバランスを崩し横倒れになり、その衝撃で体のパーツが飛び散った。

 

《可変機獣 ガンナードラゴン》

星7 闇属性 機械族

攻2800 守2000

攻1400 守1000

 

「さぁてここからどうなるかは分かるよなぁ……バトルだ! 《可変機獣 ガンナードラゴン》で《クィーンズ・ナイト》に攻撃! 派手にやられてきな!」

 

 そのキースの命令に「任せときな」と言わんばかりにキャタピラを唸らせ起き上がり特攻を敢行する――その姿に迷いは見られない。

 

「迎撃しろ! 《クィーンズ・ナイト》 ブレイク・スラッシュ!!」

 

 突進してきた《可変機獣 ガンナードラゴン》の身体に盾を滑らせながら回避する《クィーンズ・ナイト》。

 

 そしてその勢いのまま《クィーンズ・ナイト》は《可変機獣 ガンナードラゴン》の背に飛び乗り剣を突き刺し、その場を後にする。

 

 中枢を破壊された《可変機獣 ガンナードラゴン》は小さなスパークの後に爆発四散した。

 

キースLP:4000 → 3900

 

「だが2枚の《機甲部隊の最前線》の効果を発動! 破壊された《可変機獣 ガンナードラゴン》の攻撃力以下のモンスターをデッキから呼び出すぜ!」

 

 《可変機獣 ガンナードラゴン》の残骸から2つの影が飛び出す。

 

「俺様が呼び出すのは当然! 2体の機械龍! 《リボルバー・ドラゴン》と《ブローバック・ドラゴン》だ!」

 

 フィールドに降り立つキースの象徴たる2体の機械龍、《リボルバー・ドラゴン》と《ブローバック・ドラゴン》がそれぞれの銃口を《クィーンズ・ナイト》へと向ける。

 

《リボルバー・ドラゴン》

星7 闇属性 機械族

攻2600 守2200

 

《ブローバック・ドラゴン》

星6 闇属性 機械族

攻2300 守1200

 

「さらに自分フィールドのモンスターが戦闘・効果で破壊された時、《補給部隊》の効果でデッキから1枚ドローする。俺様のフィールドの《補給部隊》は2枚、よって2枚ドローだ!」

 

 ゴブリン達がキースの元へ物資を運ぶと慌ただしく持ち場へ戻っていった――戦場に長居したくないらしい。

 

「そぉら追加攻撃と行くぜ! 《クィーンズ・ナイト》を打ち抜きな! 《リボルバー・ドラゴン》! 銃砲撃(ガン・キャノン・ショット)!!」

 

 《リボルバー・ドラゴン》からの3つの銃口が《クィーンズ・ナイト》を狙うも、その姿は3つのシルクハットに隠される。

 

「コイツは確か……」

 

「待ちな。俺はあんたの攻撃宣言時、罠カード《マジカルシルクハット》を発動させてもらったぜ! さぁどいつを攻撃する?」

 

 幾度となく遊戯のピンチを救ってきたカードがキースの猛攻を防がんと立ちふさがる。

 

 だがキースには違和感があった。《可変機獣 ガンナードラゴン》の攻撃時にこのカードを発動していればキースのモンスターの展開を防げたはずである。

 

 遊戯程のデュエリストがミスをしたとは考えにくい――現在の状況からは遊戯の意図が測り切れない。

 

 キースは己の考えを一旦置いておき目の前の攻防に集中する。

 

「なら《リボルバー・ドラゴン》で右のシルクハットを《ブローバック・ドラゴン》で……真ん中のシルクハットに攻撃するぜ!」

 

 右のシルクハットを選択したときの遊戯の僅かな反応からキースは隠れた《クィーンズ・ナイト》の居場所を推測する。

 

 そして《リボルバー・ドラゴン》の放った弾丸は空のシルクハットを打ち抜き、《ブローバック・ドラゴン》の放った弾丸は《クィーンズ・ナイト》を打ち抜いた。

 

「大当たりだぜ。そしてバトルを終了し――」

 

 バトルの終了と共に残りの空のシルクハットが煙のように消え去る。

 

「《ブローバック・ドラゴン》の効果をテメェのセットカードを対象に発動! ロシアン・ルーレット!!」

 

 銃口から銃弾が放たれ遊戯のカードを破壊する――当たりである。だが――

 

「相手の効果で破壊された罠カード《運命の発掘》の効果発動! 自分の墓地の《運命の発掘》の数だけドローするぜ! 俺の墓地には《運命の発掘》が3枚! よって3枚ドロー!」

 

「そいつは梶木のデュエルの時に見せた……クソッ、ツイてねぇな……俺様はカードを1枚セットしてターンエンドだ」

 

 効果の成功がそのまま最良の結果になるとは限らない――デュエルの難しいところだ。

 

 

 そして遊戯は増強された手札で攻勢に移る。

 

「なら俺のターン! ドロー! 相手フィールドにのみモンスターが存在するとき、手札から特殊召喚! 来いっ! 竜と心を交わす黒騎士!! 《暗黒騎士ガイアロード》!!」

 

 空から2本の真紅の突撃槍と共に黒騎士がフィールドに静かに着地する。

 

《暗黒騎士ガイアロード》

星7 地属性 戦士族

攻2300 守2100

 

「さらに俺はセットしておいた永続罠《強化蘇生》を発動し墓地のレベル4以下のモンスターのレベルを一つ上げ、攻撃力・守備力を100アップさせ呼び戻す! 舞い戻れ! 《クィーンズ・ナイト》!!」

 

《クィーンズ・ナイト》

星4 光属性 戦士族

攻1500 守1600

星5 攻1600 守1700

 

「そして《クィーンズ・ナイト》をリリースしアドバンス召喚! 魔の(いかずち)よ、闇の力の呼び水となれ! 現れろ! 《デーモンの召喚》!!」

 

 雷が《クィーンズ・ナイト》に落ち、その雷撃の中から上級悪魔が歩み出る。

 

《デーモンの召喚》

星6 闇属性 悪魔族

攻2500 守1200

 

「まだだ! 俺は前のターンセットしておいた魔法カード《マジック・プランター》を発動! 俺のフィールドに残った《強化蘇生》を墓地に送り2枚ドロー!」

 

 引いたカードを見た遊戯はキースの伏せたカードが何であれリカバリーが可能だと攻撃に入る。

 

「バトルだ! 《デーモンの召喚》で《ブローバック・ドラゴン》を攻撃! 魔降雷!」

 

 《デーモンの召喚》から放たれた電撃が《ブローバック・ドラゴン》のあらゆる回路を焼き切り、抵抗の銃弾も放てずに《ブローバック・ドラゴン》は倒れ伏した。

 

キースLP:3900 → 3700

 

「俺様のモンスターが破壊されたことで2枚の《機甲部隊の最前線》と2枚の《補給部隊》の効果を発動! 2枚の《補給部隊》の効果を合わせて2枚ドローし、2枚の《機甲部隊の最前線》の効果で《ブローバック・ドラゴン》の攻撃力以下のモンスターをデッキから呼び出す!」

 

 ゴブリン達がキースの元へドローカードたる物資を運ぶが先程より歩みが遅い。

 

 その荷車には金色の巨大なスロットマシーンと大きな不可思議な時計が乗せられていた――重そうだ。

 

「来なっ! 《スロットマシーンAM(エーエム)-7》! 《タイム・イーター》! 2体とも守備表示だ!」

 

 呼びかけに応じ2体のマシンが荷車から飛び降り、金色の巨躯と時計の魔人が並び立つ。

 

《スロットマシーンAM-7》

星7 闇属性 機械族

攻2000 守2300

 

《タイム・イーター》

星6 闇属性 機械族

攻1900 守1700

 

 その後、ゴブリン達はキースにカードを渡し息も絶え絶えに走り去っていった。

 

「なら《暗黒騎士ガイアロード》で《タイム・イーター》を攻撃! スパイラル・ランス!!」

 

 1本の突撃槍が《タイム・イーター》を襲う。

 

 だが《タイム・イーター》は自身の周囲の時間の流れを変え、動きが遅くなった《暗黒騎士ガイアロード》にその剛腕を振るうが、その拳は相手をすり抜け空を切った――1本の突撃槍だけが地面に「カラン」と音を立て落ちる。

 

 そして腹部に違和感を感じる《タイム・イーター》。

 

 その腹部には1本の突撃槍が背中から腹へと貫通しており、それは《タイム・イーター》と背中を合わせるようにして立つ《暗黒騎士ガイアロード》が貫いたモノ。

 

 《タイム・イーター》は自身が攻撃したのは残像だったことに気付くと同時に倒れ伏した。

 

「俺はバトルを終了し、手札から速攻魔法《魔力の泉》を発動! コイツの効果で相手フィールドの表側表示の魔法・罠カードの数だけドローさせてもらうぜ!」

 

 木造の像から水が溢れ遊戯の手札を潤す――

 

「俺様のフィールドには永続魔法《機甲部隊の最前線》が2枚に《補給部隊》も2枚……表側表示の魔法カードが4枚。いい引きしてやがるな……」

 

 今のお互いのフィールドの状況は《魔力の泉》の効果が大きく発揮される状況であった。

 

「俺は4枚ドロー! そして俺のフィールドの表側表示の魔法・罠カードの数だけ手札を捨てる――俺のフィールドの表側の魔法・罠カードは《魔力の泉》のみ、手札を1枚捨てるぜ!」

 

 溢れ出た水はキースの4枚の永続魔法カードにまで届く。

 

「だが次の相手ターンの終了時まで、相手フィールドの魔法・罠カードは破壊されず、発動と効果を無効化されないがな……」

 

 そしてカードを包み込み、魔力で加護を与えた。

 

「チッ――そいつはありがてぇこった」

 

 だがキースからすれば4枚のドローに比べれば割には合わない。

 

「俺はカードを1枚セットしターンエンドだ」

 

 カードを1枚伏せてターンエンドした遊戯。

 

 互いの手札の枚数にこそ大差はないが、フィールドアドバンテージはキースの有利に変わりない。

 

「フィールドの差が広がってきたんじゃねぇか? 俺様のターン、ドロー! まずは《リボルバー・ドラゴン》の効果を《デーモンの召喚》を対象に発動だ! ロシアン・ルーレット!!」

 

 頭と両手の回転式拳銃のリボルバーが回転を始め、撃鉄が振り下ろされる。その結果は――

 

 轟音と共に放たれた3発の銃弾が《デーモンの召喚》を粉々に粉砕した。当たりである。

 

「そして《キャノン・ソルジャー》を召喚!」

 

 紫のボディが現れ、4本の爪がワシャワシャと動き、背中に取り付けられたキャノン砲がキラリと光る。

 

《キャノン・ソルジャー》

星4 闇属性 機械族

攻1400 守1300

 

「そして《スロットマシーンAM-7》を攻撃表示に変更しバトル! 《リボルバー・ドラゴン》で《暗黒騎士ガイアロード》を攻撃!! ヤツの最後の壁を打ち抜いてやりな!」

 

 放たれる《リボルバー・ドラゴン》の銃弾が《暗黒騎士ガイアロード》の突撃槍を砕き、最後はそれでもなお敵に向かう《暗黒騎士ガイアロード》の額を打ち抜いた。

 

「ぐっ……!」

 

遊戯LP:4000 → 3700

 

「これでテメェのフィールドに壁となるモンスターはいねぇ! この一斉攻撃を喰らいな! まずは《スロットマシーンAM-7》でダイレクトアタックだ!」

 

 金色の巨躯を躍らせレーザー砲を構える《スロットマシーンAM-7》。

 

 だがその攻撃はすんなりとは通らない。

 

「相手のダイレクトアタック時に墓地の《クリアクリボー》を除外し効果発動! デッキから1枚ドローし、ソイツがモンスターだった場合、そのモンスターを特殊召喚し代わりに攻撃を受ける!」

 

 その攻撃の前に小さな影が飛び出す。

 

「やっぱり墓地に送っていやがったか! だが攻撃力が2000以上のモンスターを引かねぇと返り討ちだぜ!」

 

 遊戯の墓地のカードを予測していたキースは返り討ちになる可能性を下げるためフィールドの攻撃力が高いモンスターから攻撃を仕掛ける。

 

 だがその攻撃力は2000――少し心もとない数値だ。

 

「……ドロー! 俺が引いたのは《カース・オブ・ドラゴン》! モンスターカードだ!よって攻撃表示で特殊召喚! 攻撃はコイツが代わりに受けるぜ! 」

 

 《クリアクリボー》が「パカッ」と半分に割れ、そこから所々に鋭利な棘を持った竜――《カース・オブ・ドラゴン》が攻撃表示で現れ、反撃を始めた。

 

《カース・オブ・ドラゴン》

星5 闇属性 ドラゴン族

攻2000 守1500

 

「迎え撃て《カース・オブ・ドラゴン》! ドラゴン・フレイム!!」

 

「こっちもだ! 《スロットマシーンAM-7》! プラズマ・レーザー(キャノン)!!」

 

 レーザーと炎が交錯し互いに命中し《カース・オブ・ドラゴン》を地に落とし、《スロットマシーンAM-7》を溶かす。だが――

 

「相打ちだが忘れてもらっちゃ困るぜ! 俺様のモンスターが破壊されたことで2枚の《機甲部隊の最前線》と《補給部隊》の効果を発動!」

 

 生半可な反撃では却って逆効果である。

 

「2枚の《補給部隊》の効果を合わせて2枚ドローし、2枚の《機甲部隊の最前線》の効果で《スロットマシーンAM-7》の攻撃力以下のモンスターをデッキから呼び出す! 《カース・オブ・ドラゴン》を攻撃表示にしたのは失敗だったな!」

 

 キースはそう言いつつも《カース・オブ・ドラゴン》を守備表示で出さなかった遊戯の考えがますます読めない現状に不安を覚える。

 

 守備表示ならキースの展開を防ぐことができた筈である。

 

「2枚の《機甲部隊の最前線》で呼び出すのは《メカ・ハンター》と《振り子刃の拷問機械》!」

 

 ゴブリン達がキースの元へドローカードたる物資を運ぶが荷車を引くのは7本のアームで器用に引っ張る《メカ・ハンター》。

 

 さらに荷車の後ろを《振り子刃の拷問機械》がせっせと押している――仕事しろ! ゴブリン共!

 

《メカ・ハンター》

星4 闇属性 機械族

攻1850 守 800

 

《振り子刃の拷問機械》

星6 闇属性 機械族

攻1750 守2000

 

「バトル中に特殊召喚されたコイツらにも攻撃権は残ってるぜ! 残りの3体でダイレクトアタック!」

 

 《キャノン・ソルジャー》に《メカ・ハンター》、《振り子刃の拷問機械》が遊戯に殺到する。

 

 全ての攻撃が通れば当然遊戯のライフは0になる。

 

「そうはさせないぜ! 墓地の《超電磁タートル》を除外し相手のバトルフェイズを強制終了させるぜ!」

 

 3体のモンスターの前にマシンボディをもったカメが高速スピンしながら横切り、3体のモンスターたちは「UFOだ!」とでも言いそうな様子で指さし、ついつい後を追いかける。

 

 戻ってきたころにはバトルフェイズは終了していた。

 

「さすがに防がれたか……俺様はこれでターンエンドだ――だが随分フィールドに差が付いちまったなぁ」

 

 そう言いつつもキースからの遊戯のプレイングに対する疑念は深まるばかりである。

 

 《超電磁タートル》の効果を《暗黒騎士ガイアロード》を攻撃された時に使用すればモンスターを残しつつ次のターンに移れたであるが故に……

 

 

「俺はアンタのエンドフェイズに永続罠《蘇りし魂》を発動し墓地から通常モンスター1体――《デーモンの召喚》を守備表示で呼び出すぜ! 再び舞い戻れ! (いかずち)の悪魔よ!」

 

 フィールドに地面が裂けるように穴が空き、そこから《デーモンの召喚》が浮き上がる。

 

 《デーモンの召喚》は腕を交差させ翼を畳みその身を小さく丸めガードを固めた。

 

《デーモンの召喚》

星6 闇属性 悪魔族

攻2500 守1200

 

 キースの挑発に呼応するかのように新たなしもべを呼び出す遊戯。

 

 だがキースは挑発しつつも遊戯の大量の手札に警戒を切らさない。

 

 

 遊戯は自身のターンに進める。

 

「慌てるなよ、まだデュエルは始まったばかりだぜ。俺のターン、ドロー! 《デーモンの召喚》が俺のフィールドに存在するとき、このカードを発動できるぜ! 魔法カード《魔霧雨(まきう)》を発動!」

 

 フィールド全体に霧が立ち込め、髑髏を形作りキースのモンスターを睨む。

 

「この霧により《デーモンの召喚》の攻撃力以下の守備力を持つ、相手フィールド上のモンスターを全て破壊するぜ! 魔・降・雷!!」

 

 霧により濡れたキースのモンスターたちに雷撃が伝播する。《デーモンの召喚》の雷撃が最高のポテンシャルを発揮する状況を作り上げた遊戯。だが――

 

「させるかよ! カウンター罠《大革命返し》を発動! フィールドのカードを2枚以上破壊するモンスターの効果・魔法・罠カードの発動を無効にし除外する! この目障りな霧には消えてもらうぜ!」

 

 《キャノン・ソルジャー》が雷撃を止め、《メカ・ハンター》は空を飛び回り空気の流れを変え、《振り子刃の拷問機械》が振り子刃を振り回し霧を散らす。

 

 そして最後に《リボルバー・ドラゴン》が空に打ち上げた何かが爆発し《魔霧雨》は完全に消滅した。

 

「残念だったな。あと一手足りねぇぜ。せっかくのコンボも無駄に終わっちまったなぁ」

 

「だが《魔霧雨》が無効化されたことでこのカードのバトルフェイズを行えないデメリットも無くなったぜ! そして俺は魔法カード《黙する死者》を発動! これにより俺の墓地の通常モンスター――最上級魔術師を呼び起こす!」

 

 大きな握りこぶしが炎と共に弾け、そこから黒い影が現れる。

 

「今こそ姿を現せ! 我が切り札たる黒衣の魔導師! 《ブラック・マジシャン》!!」

 

 その黒い影の正体は遊戯の相棒たる《ブラック・マジシャン》。

 

 《ブラック・マジシャン》は主の元に帰還しその杖を振るう。

 

《ブラック・マジシャン》

星7 闇属性 魔法使い族

攻2500 守2100

 

「エースのお出ましか……だが《黙する死者》で呼び出したソイツは攻撃できねぇ。仮に攻撃して俺様のモンスターを破壊できても永続魔法《機甲部隊の最前線》でモンスターは途切れやしねぇさ」

 

 そのキースの言葉に遊戯は挑発的な笑みを浮かべる。

 

「そいつはどうかな? さすがの全米チャンプも4体ものモンスターを失うのは痛いらしい。俺は待っていたのさソイツ(大革命返し)が使われるのを!」

 

 遊戯は手札のカードをゆっくりと示す。

 

「俺の本命はこっちさ! 手札より魔法カード《黒・魔・導(ブラック・マジック)》を発動!」

 

「《ブラック・マジシャン》の攻撃名と同じ名前のカードだと!」

 

「このカードは俺のフィールドに《ブラック・マジシャン》が存在する時、相手フィールドの魔法・罠カードを全て破壊するぜ! やれ! 《ブラック・マジシャン》! 《黒・魔・導(ブラック・マジック)》!!」

 

 キースの魔法・罠ゾーンに《ブラック・マジシャン》の杖から放たれた丸い黒の魔法攻撃が迫る。

 

「《大革命返し》を使わせるためだけに俺様のモンスターの展開を手伝うマネを……」

 

 キースは遊戯の不自然なプレイングの狙いに気付く。

 

 だが《黒・魔・導(ブラック・マジック)》を止める手立ては今のキースにはない。

 

 

 そして《黒・魔・導》はキースの魔法・罠ゾーンに紫電を発しながら爆ぜ2枚の《機甲部隊の最前線》と2枚《補給部隊》を破壊する。

 

 《補給部隊》のゴブリンたちはとうに逃げ去っていた。

 

「クソッ! 俺様の布陣が……」

 

 キースのフィールドには今現在攻撃可能な《デーモンの召喚》の攻撃力を僅かに上回る《リボルバー・ドラゴン》がいるものの、それだけで遊戯を止められはしないと自身の不利を悟る。

 

「そして俺は魔法カード《儀式の下準備》を発動し、デッキから儀式魔法カード《カオス-黒魔術の儀式》を選び、さらにソイツにカード名が記された儀式モンスター《マジシャン・オブ・ブラックカオス》を手札に加える!」

 

 毎度お馴染みの黒い鳥《儀式の供物》が2枚のカードを咥え遊戯の肩に留まる。

 

「さらに俺は魔法カード《馬の骨の対価》を発動! 効果モンスター以外の自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体――《デーモンの召喚》を墓地へ送り、カードを2枚ドロー!」

 

 《デーモンの召喚》は自身の肋骨の一本を外し遊戯に託す。

 

 そして右手を上に挙げて親指を立てながら地面に沈んでいった。

 

「行くぜっ! 儀式魔法《カオス-黒魔術の儀式》を発動し、レベルの合計が8以上になるようカードをリリースし儀式召喚を行う!」

 

 フィールドに六芒星の魔法陣が描かれ、紫の炎が灯る。

 

「墓地の《クリボール》は儀式召喚の素材として自身を除外することができる!」

 

 墓地の球体状のクリボーである《クリボール》の身体の模様が光を放つ。

 

「墓地の《クリボール》とフィールドのレベル7の《ブラック・マジシャン》をリリースし儀式召喚! 新たな叡智をその身に宿し、秘められし力を今ここに解放せよ! 顕現せよっ!《マジシャン・オブ・ブラックカオス》!!」

 

 《クリボール》から発せられた光が《ブラック・マジシャン》を包み込み、その秘められた叡智を得て更なる深淵へと導く。

 

 新たな叡智を取り込み《ブラック・マジシャン》は魔法陣から新たな姿となって現れる。

 

 その黒い拘束具のような衣から溢れる力はまさに滅びの力と呼ぶに相応しい威圧感を放っていた。

 

《マジシャン・オブ・ブラックカオス》

星8 闇属性 魔法使い族

攻2800 守2600

 

「そしてセットしていた魔法カード《拡散する波動》を俺のライフを1000ポイント払い、レベル7以上の魔法使いモンスター《マジシャン・オブ・ブラックカオス》を対象に発動!」

 

遊戯LP:3700 → 2700

 

「これにより他のモンスターの攻撃はできないが、《マジシャン・オブ・ブラックカオス》は全ての相手モンスターに1回ずつ攻撃できるぜ!」

 

 《マジシャン・オブ・ブラックカオス》の杖に波動が集まり、脈動するかのような力の奔流が発生する。

 

「チッ! マズイことになりやがった……」

 

 現状キースが遊戯の攻撃を止める手立てはない。

 

「行けっ! バトル! 《マジシャン・オブ・ブラックカオス》でキースの4体のモンスターに攻撃! 滅びの呪文-デス・アルテマ・バースト!!」

 

 滅びの呪文が拡散し、キースの4体のマシンモンスターに襲い掛かる。

 

 《リボルバー・ドラゴン》の首を消し飛ばし、《メカ・ハンター》を打ち落とし、《振り子刃の拷問機械》を爆散させ、《キャノン・ソルジャー》を消滅させた。

 

「ぐぁああぁああぁっ!!」

 

キースLP:3700 → 3500 → 2550 → 1500 → 100

 

「仕留めきれなかったか……俺はこれでターンエンドだ!」

 

 キースの布陣を崩した遊戯は力強くターンを終える。

 

 

 だがキースの目は静かに遊戯を見据えていた。

 

 

 

 

 





キースさん鉄壁入りました~



話は変わりますが
作者が《融合呪印生物-闇》で呼べる融合モンスターを探している時

《スターヴ・ヴェノム・フュージョン・ドラゴン》を見つけました

そして作者に電撃が奔る!

この悪役感はヒール感溢れるキースにピッタリだ!と
キースのデッキにも無理なく投入できる点も高ポイント!

正規融合しなきゃ使えない効果が多いけど
無効効果や2800打点が欲しいときに《融合呪印生物-闇》で呼び出すのもあり!

まあキースデッキには《融合》入ってるから問題はないけどね!


ですがズァーク関連のカードだから使わせませんけど!(`・ω・´)キリッ



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第30話 過去に縛られた者たち

遊戯VSキース 後編のハズでしたが

長くなりそうだったので一旦切り上げました――中編になります

2話でデュエルを纏めきれなかった……


前回のあらすじ
アテム氏、記憶がなくとも歴戦のディアハの経験は色あせない……

キースさんマジ鉄壁




 僅か1ターンの攻防で自身のフィールドを遊戯に焼け野原にされたキース。

 

 だがその心に動揺はない――この程度の危機などキースは幾度となく味わってきたのだから。

 

「――やるじゃねぇか……だが俺様もこのまま終わるわけにはいかねぇのさ! 俺様のターン! ドロー! まずは3枚目の永続魔法《補給部隊》を発動!」

 

 このデュエルで手札のアドバンテージをもたらしてきたカードが三度発動される。

 

「そして俺は魔法カード《オーバーロード・フュージョン》を発動! 自分フィールド上もしくは墓地のモンスターを除外し機械族・闇属性の融合モンスターを融合召喚する!」

 

「墓地にはあのカードが既に!」

 

 親友の城之内を沈めたカードを呼ぶ準備は既に整っていた。

 

「俺様は墓地の《ブローバック・ドラゴン》と融合素材モンスター1体の代わりにできる《融合呪印生物-闇》を除外し融合召喚! 刃向う奴を銃弾の雨に沈めな! 機械龍の最終形態! 《ガトリング・ドラゴン》!!」

 

 《ブローバック・ドラゴン》に《融合呪印生物-闇》が絡みつき、その身体を変質させていく。

 

 そして現れるは遊戯の親友、城之内を沈めた3つ首の機械龍。その頭のガトリング砲が獲物を探しフラフラと彷徨う。

 

《ガトリング・ドラゴン》

星8 闇属性 機械族

攻2600 守1200

 

「さらに《強化支援メカ・ヘビーウェポン》を通常召喚!」

 

 ジェット機のようなマシンがキースのフィールドでホバリングする。

 

《強化支援メカ・ヘビーウェポン》

星3 闇属性 機械族

攻 500 守 500

 

「《強化支援メカ・ヘビーウェポン》の効果を発動! コイツを自分フィールドの機械族モンスター1体――《ガトリング・ドラゴン》に装備し攻守を500ポイントアップ!」

 

 《強化支援メカ・ヘビーウェポン》が変形し《ガトリング・ドラゴン》の背中に取り付きドッキングし《ガトリング・ドラゴン》の身体を包む。

 

《ガトリング・ドラゴン》

攻2600 守1200

攻3100 守1700

 

「そして《ガトリング・ドラゴン》の効果を発動! コイントスを3回行い表が出た数だけ、フィールド上のモンスターを破壊する!」

 

 キースの予期せぬ宣言に遊戯は思わず叫ぶ。

 

「なっ! 無謀だぜ! 2枚以上表が出れば《ガトリング・ドラゴン》まで!!」

 

 遊戯の言うとおり無謀である。

 

 

 《ガトリング・ドラゴン》の効果はコインの表の数だけモンスターを「破壊しなければならない」効果である。

 

 だが今互いのフィールド上のモンスターは遊戯の《マジシャン・オブ・ブラックカオス》とキースの《ガトリング・ドラゴン》のみ――

 

 もしコインが2枚以上表になれば破壊されるモンスターは遊戯の《マジシャン・オブ・ブラックカオス》だけに留まらずキースの《ガトリング・ドラゴン》まで及ぶ。

 

 

 ゆえにキースの決断はリスクが高すぎたかに思われた。

 

「俺様のデュエリストの勘が囁くのさ――攻めの手を休めるなってなぁ! だが心配には及ばねぇ! 《強化支援メカ・ヘビーウェポン》を装備したモンスターが破壊されるとき代わりにコイツを破壊できるからなぁ!」

 

「なんだとっ!」

 

 何時の間にやらこのギャンブルにはリスクがほとんどない状態となっていた。

 

「さぁ、運命のコイントスだ! 《ガトリング・ドラゴン》!」

 

 

 そして《ガトリング・ドラゴン》の2()つの頭が火を噴いた。

 

 《マジシャン・オブ・ブラックカオス》は降り注ぐ弾丸に撃たれた反動で体は揺れ、続く弾丸を受け続け死のダンスを踊り続ける。

 

 《ガトリング・ドラゴン》の方を向いた頭も銃弾の雨を降らせるが《強化支援メカ・ヘビーウェポン》に守られ破壊はまぬがれる。

 

「チッ! 運が良すぎたな……だが《ガトリング・ドラゴン》は《強化支援メカ・ヘビーウェポン》を代わりに破壊することで無傷だ!」

 

 役目を終え《ガトリング・ドラゴン》からボロボロと落ちていく《強化支援メカ・ヘビーウェポン》――だが道は開けた。

 

《ガトリング・ドラゴン》

攻3100 守1700

攻2600 守1200

 

「そして《マジシャン・オブ・ブラックカオス》……撃破! そしてバトル! 《ガトリング・ドラゴン》でダイレクトアタック! ホイール・オブ・クラッシュッ!!!」

 

 倒れ伏す《マジシャン・オブ・ブラックカオス》の横を《ガトリング・ドラゴン》が横切り遊戯を引き潰さんとホイールを回す。

 

 

「そうはさせないぜ! 俺は墓地の《ネクロ・ガードナー》を除外し相手の攻撃を1度だけ無効にする!」

 

 遊戯に迫る《ガトリング・ドラゴン》を赤い肩当てをした白い長髪の鎧戦士が受け止め、そのまま《ガトリング・ドラゴン》を押し返した。

 

「決められなかったか……俺様はカードを3枚セットしてターンエンドだ!」

 

 遊戯は先程のターンキースのフィールドをまっさらにしたにも拘らず、すぐさま立て直したキースに全米チャンプの底力を垣間見る。

 

 

 遊戯は自身のデュエリストとしての魂に火が灯り続けているこの状況に高揚を隠せない――世界は広いのだと。

 

「俺のターン! ドロー! まず魔法カード《マジック・プランター》を発動! 俺のフィールド上の表側の永続罠《蘇りし魂》を墓地へ送り2枚ドローッ!!」

 

 《デーモンの召喚》を蘇生したフィールドの《蘇りし魂》が茨に包まれ沼地へ沈み、沼地から2枚のカードが浮かんでくる。

 

「これならっ! 魔法カード《シャッフル・リボーン》を発動! 自分フィールドにモンスターがいない時、俺の墓地からモンスターを1体特殊召喚する! 蘇れ! 《クィーンズ・ナイト》!」

 

 大地が割れ、そこからカードが飛び散り《クィーンズ・ナイト》が浮かび上がる。

 

 だがその身体は所々にひび割れのようなものが入っており、《クィーンズ・ナイト》は苦しげに膝をついた。

 

《クィーンズ・ナイト》

星4 光属性 戦士族

攻1500 守1600

 

「確かソイツで蘇生されたモンスターは効果が無効化されエンドフェイズに除外されるはずだ――さぁ、どう動きやがる!」

 

「もちろん仲間の力を合わせるのさ! 《キングス・ナイト》を召喚! そして効果発動!」

 

 金の紅い鎧を纏った絵札の三騎士が最年長、《キングス・ナイト》が己の剣を《クィーンズ・ナイト》の隣でそっと手を貸す。

 

《キングス・ナイト》

星4 光属性 戦士族

攻1600 守1400

 

「俺のフィールドに《クィーンズ・ナイト》が存在する時にこのカードが召喚に成功した時! デッキから《ジャックス・ナイト》1体を特殊召喚する! 今こそ集え! 絵札の三騎士よ!」

 

 《クィーンズ・ナイト》と《キングス・ナイト》の剣が交差し光の道を創りだす。

 

 そこから現れる青い鎧を纏った絵札の三騎士がリーダー《ジャックス・ナイト》が遊戯のフィールドに降り立ち、2人の剣と己の剣を重ねた。

 

《ジャックス・ナイト》

星5 光属性 戦士族

攻1900 守1000

 

「そして今! 絵札の三騎士を束ねる! 魔法カード《置換融合》を発動! その効果により俺のフィールドのモンスターのみで融合召喚を行う!」

 

 絵札の三騎士が天に向かって剣を重ね合わせ眩い光を放つ。

 

「絵札の三騎士よ! その力を重ね天位騎士を呼び覚ませ! 融合召喚――」

 

 光の輝きはさらに増し、三騎士を包んでいく。だが――

 

 

 

「させるかよぉ! 罠カード《無力の証明》を発動!」

 

 《ガトリング・ドラゴン》がその場で旋回し、大竜巻となって周囲に暴風が吹きすさび、絵札の三騎士の光を打ち消す。

 

「こいつは俺様のフィールド上にレベル7以上のモンスターがいる時、テメェのフィールド上のレベル5以下のモンスターを全て破壊する!」

 

「なんだと! 俺のモンスターは全てレベル5以下……だ」

 

 《ガトリング・ドラゴン》の発生させた大竜巻は地面に剣を突き立てその場で互いに支え合いながら踏ん張る絵札の三騎士を轢き進むように呑み込む。

 

 大竜巻の中に消えた絵札の三騎士の断末魔のような声と共に3本の剣が地面に突き刺さった。

 

「これで《置換融合》は不発だ! 《無力の証明》を発動するターン、俺様のモンスターは攻撃できねぇが……今はテメェのターンだ、関係はねぇ」

 

「くっ……なら! 俺は魔法カード《龍の鏡(ドラゴンズ・ミラー)》を発動!」

 

 遊戯のフィールドに龍の装飾がなされた鏡が現れる。

 

 その鏡には《カース・オブ・ドラゴン》と《暗黒騎士ガイアロード》の姿が映し出されていた。

 

「その効果により俺のフィールド・墓地からドラゴン族の融合素材モンスターを除外し融合召喚を行うぜ! 俺は墓地の《カース・オブ・ドラゴン》と《暗黒騎士ガイアロード》を除外し融合召喚!」

 

 鏡の中の《カース・オブ・ドラゴン》に《暗黒騎士ガイアロード》が「よっこらせ」と腰を掛ける。

 

(あま)翔ける龍騎士よ! 閃光の一撃を放て! 来いっ! 《天翔の竜騎士ガイア》!!」

 

 鏡を砕き現れたのは新たな力を得た《カース・オブ・ドラゴン》――《獄炎のカース・オブ・ドラゴン》に乗った暗黒騎士の姿。

 

《天翔の竜騎士ガイア》

星7 風属性 ドラゴン族

攻2600 守2100

 

「そして《天翔の竜騎士ガイア》の効果を発動! コイツが特殊召喚に成功した時、自分のデッキ・墓地から《螺旋槍殺(スパイラル・シェイバー)》1枚を選んで手札に加える! そして今手札に加えた永続魔法《螺旋槍殺(スパイラル・シェイバー)》を発動!」

 

 《天翔の竜騎士ガイア》の2双の突撃槍の先端部から風が渦巻き突撃槍全体を包み込む。

 

「だがソイツの攻撃力は《ガトリング・ドラゴン》と同じ2600! 相打ちが限界だぜ、どうするよ!」

 

「今に分かるさ! バトル! 《天翔の竜騎士ガイア》で《ガトリング・ドラゴン》を攻撃!」

 

「なら迎え撃ちな! 《ガトリング・ドラゴン》!」

 

 空の敵を撃つべく狙撃ポイントへ向かって疾走する《ガトリング・ドラゴン》。

 

「させないぜ! 《天翔の竜騎士ガイア》は自身の攻撃宣言時、バトルするモンスターの表示形式を変更できる! ヘル・バーニング!!」

 

 《天翔の竜騎士ガイア》の竜――《獄炎のカース・オブ・ドラゴン》がブレスを放ち大地を焼く。

 

 焼け焦げた大地は脆くなり《ガトリング・ドラゴン》の車輪の歩みを妨げる。

 

 《ガトリング・ドラゴン》には防御するしか手立てはない。

 

「だが守備表示になったことで俺様へのダメージはねぇ!」

 

 キースの残りのライフはたった100。

 

 一度の戦闘で吹き飛ぶ数値だが守備表示ではダメージは()()()には発生しない。

 

「それはどうかな? 永続魔法《螺旋槍殺》の効果で《暗黒騎士ガイア》、《疾風の暗黒騎士ガイア》、《竜騎士ガイア》は貫通効果を与える!」

 

 《ガトリング・ドラゴン》の守備力は1200。

 

 《天翔の竜騎士ガイア》の攻撃力2600に貫通効果が加わればキースへのダメージは1400――残りのライフを削り切るには十分な数値だ。

 

 だが指定のモンスターは遊戯の場にいない。

 

「だがテメェのフィールドには――まさか!」

 

 そしてキースは思い出す、1回戦で戦った孔雀舞の使用したカード群を。

 

「そのまさかさっ! 《天翔の竜騎士ガイア》はフィールドでは《竜騎士ガイア》として扱う! 貫け! 螺旋槍殺(スパイラル・シェイバー)!!」

 

 《天翔の竜騎士ガイア》の突撃槍から風の弾丸が《ガトリング・ドラゴン》を襲う。

 

 迎撃に銃弾の雨を天に向けて放つ《ガトリング・ドラゴン》だが、《天翔の竜騎士ガイア》がいる高度まで届かず文字通り銃弾の雨となって降り注ぐ。

 

 その銃弾の雨を突き進み迫った風の弾丸が《ガトリング・ドラゴン》を貫通し、キースを打ち抜かんと迫る。

 

「そう簡単に通すかよっ! 罠カード《攻撃の無敵化》を発動! コイツの2つの効果から1つを選び発動する!」

 

 その2つの効果は

 フィールド上のモンスター1体をこのバトルフェイズ中、戦闘及びカードの効果では破壊されない――モンスターを守る効果。

 

 このバトルフェイズ中、自身への戦闘ダメージを0にする――デュエリストを守る効果。

 

 

 《ガトリング・ドラゴン》は咆哮のような機械音を上げる――キースに「俺は平気だ」と言わんばかりに……

 

 キースはそんな《ガトリング・ドラゴン》の姿を目に焼き付けつつ宣言した。

 

「俺様が選ぶのはこのバトルフェイズ中、自身への戦闘ダメージを0にする効果だ!」

 

 キースの前に張られたバリアが風の弾丸の軌道を僅かにずらし、キースの足元の地面を抉る。

 

「そして俺様のフィールドのモンスターが破壊されたことで永続魔法《補給部隊》の効果で1枚ドロー!」

 

「これも防がれたか!」

 

「防ぐだけじゃねぇさ! さらに俺様はもう1枚のリバースカードをオープン! 罠カード《時の機械-タイム・マシーン》!」

 

 キースのフィールドに柩のようにも見える時を巡る機械が煙と共に降り立つ。

 

「コイツの効果で自分または相手のモンスター1体が戦闘で破壊され墓地へ送られた時、破壊された時のコントローラーのフィールドに同じ表示形式で呼び戻すぜ!」

 

 その扉が「ギギッ」という音と共に開かれ――

 

「その狂気を再構築しな! 帰還せよ! 究極の機械龍! 《ガトリング・ドラゴン》!!」

 

 傷一つない《ガトリング・ドラゴン》がホイールを唸らせながら飛び出しキースを庇うように立ち塞がる。

 

《ガトリング・ドラゴン》

星8 闇属性 機械族

攻2600 守1200

 

 キースのモンスターは途切れない――追い詰めている筈の遊戯は自身が追い詰められているような思いに囚われる。

 

「俺は墓地の《シャッフル・リボーン》を除外し効果を発動、俺のフィールドのカード1枚――永続魔法《螺旋槍殺》をデッキに戻してシャッフルし、1枚ドロー!」

 

 今の遊戯に次のターン《天翔の竜騎士ガイア》を守れる目算はなかった――故に新たな手を打つためにカードをドローする。

 

「カードを2枚セットしてターンエンド。そして《シャッフル・リボーン》のドロー効果を使ったエンドフェイズに、俺の手札を1枚除外するが、その手札はない」

 

 ターンを終えた遊戯は今まで味わったことのない感覚に見舞われる――それが何かは相棒たる表の遊戯にも分からない。

 

 

 

「なら俺様のターンだ。ドロー! まずは《ガトリング・ドラゴン》の効果を発動! コイントスを3回行い表が出た数だけ、フィールド上のモンスターを破壊する!」

 

 《ガトリング・ドラゴン》の3つの頭が音を立てて起動する。

 

「やはり使ってくるか!」

 

 今度は《強化支援メカ・ヘビーウェポン》のような保険もない――だが遊戯は確信に近い思いがあった。

 

 キース・ハワードはここで手を緩めるような男ではない、と。

 

「頼むぜ! 《ガトリング・ドラゴン》!」

 

 そして《ガトリング・ドラゴン》の3()つの頭が火を噴いた。

 

 《ガトリング・ドラゴン》は自身に銃弾を撃ち込み、壊れた部品を飛び散らせ己の重さを軽くする。

 

 そして重さが減ったことで助走速度を高め、残り僅かな命の炎を燃やし跳躍。

 

 《天翔の竜騎士ガイア》を射程距離に捉え、無事に残しておいた最後の頭が火を噴いた。

 

「これで互いのフィールドは空だ……だが俺様のフィールドのモンスターが破壊されたことで永続魔法《補給部隊》の効果で1枚ドロー」

 

 地面に落ち、砕け散る《ガトリング・ドラゴン》と大地に伏す《天翔の竜騎士ガイア》。

 

「だがその最後は無駄にはしねぇ! 魔法カード《終わりの始まり》を発動するぜ。コイツは俺様の墓地に闇属性モンスターが7体以上存在する場合に発動できる――テメェの最初のターンの《手札抹殺》のお蔭で数は十分に足りているからなぁ!!」

 

 フィールドに広がる巨大で複雑怪奇な魔法陣が組み上がっていく。

 

「そして俺様の墓地の闇属性モンスター《ガトリング・ドラゴン》・《メカ・ハンター》・《スロットマシーンAM-7》・《振り子刃の拷問機械》・《タイム・イーター》の5体をゲームから除外しデッキから3枚ドローするが――」

 

 魔法陣の5つの地点に呑みこまれていく5体のモンスターたち、そしてすべての贄を呑みこむ。

 

「さらにソイツにチェーンして速攻魔法《連続魔法》を発動! コイツは自身が通常魔法発動時に発動でき、手札を全て捨て――と言っても1枚しかねぇが、このカードの効果をその通常魔法の効果と同じにする!」

 

 贄を呑み込む魔法陣の真上に全く同じもう一つの魔法陣が現れた。

 

「そしてチェーンは逆処理を進めるぜ! まずは《終わりの始まり》と同じ効果となった《連続魔法》の効果で3枚ドロー!」

 

 宙に浮く魔法陣が黒い光を放ちキースの手元に集まる。

 

「そして《終わりの始まり》の効果でさらに3枚ドロー!」

 

 《ガトリング・ドラゴン》の破壊によって《補給部隊》を通して得た1枚のドローが多くの手札となる。

 

「ククッ! いいカードが舞い込んだぜ。魔法カード《死者蘇生》を発動し墓地のモンスター1体を特殊召喚! さあ、仇討といこうじゃねぇか! 《リボルバー・ドラゴン》!」

 

 呼び出されるのはキースが長らく連れ添った相棒たるカード。

 

 その相棒が黒いボディを唸らせキースのもとに現れる。

 

《リボルバー・ドラゴン》

星7 闇属性 機械族

攻2600 守2200

 

「バトル! 《リボルバー・ドラゴン》でダイレクトアタック!!」

 

 《リボルバー・ドラゴン》が遊戯にその銃口を向けるが――

 

「させないぜ! 永続罠《蘇りし魂》を発動し墓地の通常モンスターを守備表示で呼び戻すぜ! 死の淵より舞い戻れ! 《ブラック・マジシャン》!」

 

 地面に魔法陣が描かれ、そこから片膝をついた《ブラック・マジシャン》が現れ、遊戯に忠を示し、腕を交差させ守りの構えを取る。

 

《ブラック・マジシャン》

星7 闇属性 魔法使い族

攻2500 守2100

 

「なら《ブラック・マジシャン》を攻撃するぜ! ガン・キャノン・ショット!!」

 

 《リボルバー・ドラゴン》の3発の銃弾が守備表示の《ブラック・マジシャン》を狙い火を噴くが――

 

 銃弾と《ブラック・マジシャン》の間に割って入る小さな影が現れる。

 

「やらせはしないぜ! 俺は自分のモンスターが戦闘で破壊される場合、代わりに墓地の《サクリボー》を除外する!」

 

 その影の正体、《サクリボー》が《リボルバー・ドラゴン》の銃弾をその小さな身体で代わりに受け止め、「クリィイイ」と断末魔を上げ爆散する。

 

 空には親指を立てた《サクリボー》が幻視される。

 

「これも防がれたか……だが――」

 

 中々遊戯のライフは削られない――しかしキースはこれで良いと思案する。

 

――これでヤツの墓地で発動する類のカードは使い切ったはずだ……

 

 いよいよ遊戯にも後がなくなってきた。

 

「俺様はバトルを終了し、《リボルバー・ドラゴン》の効果発動! 対象はテメェの相棒だ! ロシアン・ルーレット!!」

 

 《リボルバー・ドラゴン》の頭と両手の回転式拳銃のリボルバーが回転を始める。

 

「だったらその効果にチェーンして罠カード《闇霊術-「欲」》を発動! 効果はアンタも知っての通りだ。俺は闇属性の《ブラック・マジシャン》をリリースしてカードを2枚ドローするぜ!」

 

 「欲」の文字が遊戯のフィールドに浮かび上がる。

 

「だがアンタが手札から魔法カードを見せればこの効果は無効にできるが――どうする?」

 

 相棒たるカードを捧げた効果、遊戯は出来れば発動させたいが――

 

「……クッ、俺様は魔法カードを見せねぇ」

 

 キースの手札に魔法カードはないようだ――それとも手札を見せることを嫌ったのか……

 

 そして《リボルバー・ドラゴン》の効果が発動するが「カチッ」とした音が響くだけで銃弾は発射されない――ハズレだ。

 

「不発だった、か……俺様はカードを3枚セットしてターンエンドだ」

 

 キースはターンを終えつつ遊戯を視界に入れる。

 

 

 

 今のキースはこのデュエルを通して武藤遊戯というデュエリストがどんな人間かを見極め始めていた。

 

――上手くは言えねぇが――2人いるな……二重人格って奴か?

 

 医者ではないキースはそう言った精神疾患は詳しくないが己のデュエリストの経験がそう強く確信させた。

 

 




キース氏デュエルで遊戯の正体に迫るッ!


しかし、リシドの正体を見破った城之内のように

デュエリストは何故デュエルしただけで色々と分かるのか……


次回、遂に決着!?





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第31話 魂のカード

今度こそ後編になります

前回のあらすじ
まさかの中編、デュエルが長くなってしまった

そしてデュエルは万能のコミュニケーションツールであることが証明されました





 

 

 徐々に追い詰められていく遊戯――だがカードを引く手に動揺は見られない。

 

「俺のターン、ドロー! まずは墓地の《置換融合》を除外し効果を発動!! それにより墓地の融合モンスターである《天翔の竜騎士ガイア》をエクストラデッキに戻し、1枚ドロー!!」

 

 渦の中から半透明な《天翔の竜騎士ガイア》が遊戯のエクストラデッキに戻り、駄賃代わりとデッキのカードを手渡す。

 

「よしっ! 俺はさらに魔法カード《マジック・プランター》を発動し、俺のフィールドの永続罠《蘇りし魂》を墓地に送り2枚ドローだ!」

 

 フィールドに現れた沼地は《蘇りし魂》をズブズブと沈め、代わりに泥の中から2枚のカードを吐き出す。

 

 そして遊戯は引いたカードを見て攻勢に移る。

 

「魔法カード《死者蘇生》を発動! それにより墓地のモンスターを呼び戻すぜ! もう1度、力を貸してくれ! 《ブラック・マジシャン》!」

 

 横に1回転ターンしながら現れた《ブラック・マジシャン》は「何度でも力になる」と言わんばかりに杖を構えた。

 

《ブラック・マジシャン》

星7 闇属性 魔法使い族

攻2500 守2100

 

「さらに俺のフィールドに《ブラック・マジシャン》が存在するとき、手札の魔法カード《千本(サウザンド)ナイフ》を発動できるぜ! これにより相手モンスター1体――《リボルバー・ドラゴン》を破壊!」

 

 《ブラック・マジシャン》から放たれた数多のナイフが《リボルバー・ドラゴン》に突き刺さるも、その装甲を突き抜けることはない。

 

 だが《ブラック・マジシャン》が指を鳴らすと数多のナイフは連鎖的に爆発を起こし《リボルバー・ドラゴン》の関節を破壊――その巨躯は倒れ伏した。

 

「こうもあっさり《リボルバー・ドラゴン》を片付けられるとはな……」

 

「行けっ! 《ブラック・マジシャン》! キースにダイレクトアタック! 黒・魔・導(ブラック・マジック)!」

 

 キースのライフを削りきる球体状の黒い魔力弾。だがその姿は謎の扉に防がれる。

 

「させねぇよ! 相手のダイレクトアタック時、罠カード《カウンター・ゲート》を発動するぜ! コイツによりその攻撃は無効だ! そして俺様はデッキから1枚ドローし、そいつがモンスターなら表側攻撃表示で通常召喚する!」

 

 黒い魔力弾を防いだ扉――ゲートが開くとそこから脳のような外見をした不気味なモンスターが触手をしならせ飛び出し、触手を器用に使って扉を閉める。

 

《融合呪印生物-闇》

星3 闇属性 岩石族

攻1000 守1600

 

「俺様が引いたのは《融合呪印生物-闇》。よって通常召喚される」

 

「くっ! これでもダメだったか……なら俺はカードを2枚セットしターンエンドだ」

 

 キースの永続魔法の布陣を突破し、大打撃を与えた筈の状況で攻め続ける遊戯。

 

 

 だが残り僅か100ポイントのライフが削り切れない。

 

 

 遊戯の戦況は悪くはないがその心の言い得ぬ「淀み」が振り払えなかった。

 

「なら俺様のターンだ。ドロー! まずは永続罠《強化蘇生》を発動! 墓地のレベル4以下の《強化支援メカ・ヘビーウェポン》を蘇生させる! その効果でレベルが1つ上がり攻撃力・守備力が100上がる!」

 

 ジェット機のようなマシンが地面を押しのけて赤いオーラを纏いながら空を飛ぶ。

 

《強化支援メカ・ヘビーウェポン》

星3 闇属性 機械族

攻 500 守 500

星4 攻 600 守 600

 

「そして魔法カード《マジック・プランター》を発動し、永続罠《強化蘇生》を墓地に送り2枚ドロー! 《強化支援メカ・ヘビーウェポン》のレベルと攻撃力・守備力は元に戻る」

 

 赤いオーラの無くなった《強化支援メカ・ヘビーウェポン》は急激に速度を落とし、ノロノロと地面近くをホバリングしつつ、キースにカードを射出する。

 

《強化支援メカ・ヘビーウェポン》

星4 攻 600 守 600

星3 攻 500 守 500

 

 キースは引いたカードを見てプランを立てる

 

――コイツ(遊戯)の想定を超えねぇとな……

 

「まずは《キャノン・ソルジャー》を通常召喚! そして《融合呪印生物-闇》の効果を発動!」

 

 二度目の登場を見せる《キャノン・ソルジャー》。

 

 「真の力を見せてやる」と言わんばかりに自分から《融合呪印生物-闇》の触手に身をゆだねた。

 

《キャノン・ソルジャー》

星4 闇属性 機械族

攻1400 守1300

 

「その効果により《キャノン・ソルジャー》と共にコイツをリリースすることで条件にあった融合モンスターを特殊召喚する! 立ち塞がる壁を突き崩せ! 《迷宮の魔戦車》!!」

 

 《キャノン・ソルジャー》の身体を覆った《融合呪印生物-闇》が内側からのドリルの一撃により砕け散り、《迷宮の魔戦車》が突き進む。

 

《迷宮の魔戦車》

星7 闇属性 機械族

攻2400 守2400

 

「さらに通常魔法《オーバーロード・フュージョン》を発動! 今墓地に送られた《キャノン・ソルジャー》と《融合呪印生物-闇》を除外し融合召喚を行う!」

 

 キースのフィールドにスパークが奔り、新たなマシンを呼び寄せる。

 

「そうはさせないぜ! リバースカードオープン! 永続罠《王宮の鉄壁》! このカードがフィールドにある限り、カードを除外することはできないぜ! よって《オーバーロード・フュージョン》の効果も発動できない!」

 

 王の一喝によりスパークは収束していき、その姿を消した――これでキースの除外戦術は封じられた。

 

 だが王者の歩みは止まらない。

 

「だったら《強化支援メカ・ヘビーウェポン》の効果を発動し、《迷宮の魔戦車》に装備しパワーアップ!!」

 

 《強化支援メカ・ヘビーウェポン》がドリル状に変形し《迷宮の魔戦車》のドリルにドッキング――そのドリルの次元を一段階上げる。

 

《迷宮の魔戦車》

攻2400 守2400

攻2900 守2900

 

「バトルだ! 《迷宮の魔戦車》で《ブラック・マジシャン》を攻撃だ! ドリル・バニッシャッーー!!」

 

 《迷宮の魔戦車》がそのドリルを唸らせ《ブラック・マジシャン》を貫かんとキャタピラを走らせる。

 

「させないぜ! 罠カード《ブラック・イリュージョン》を発動! これで俺のフィールドの攻撃力2000以上の魔法使い族・闇属性モンスターである《ブラック・マジシャン》はターン終了時まで、戦闘では破壊されず、相手の効果を受けない!」

 

 「BM」と書かれた盾から《ブラック・マジシャン》を覆うように紫のバリアが展開される。

 

 そしてその盾に《迷宮の魔戦車》のドリルが火花を散らしながら衝突する。

 

「これで俺の《ブラック・マジシャン》は破壊されないぜ!」

 

「だがダメージは受けてもらうぜ――それも特大のダメージをなぁ! ダメージ計算時、手札から速攻魔法《リミッター解除》を発動! これで俺様のフィールドの機械族モンスターの攻撃力は2倍だ!!」

 

 《迷宮の魔戦車》のリミッターが外され限界を超えた螺旋の力がその身に宿る。

 

《迷宮の魔戦車》

攻2900 → 攻5800

 

 そのドリルの攻撃力は5800、今の遊戯のライフを削り取り切れる螺旋力だ。

 

 そして《ブラック・イリュージョン》の盾を打ち破ったドリルの衝撃が遊戯を襲った。

 

 

 

――やったか?

 

 

 必殺を賭けたキースの攻撃。

 

 確かな手ごたえを感じたキースだが煙が晴れるとそこにはライフが一切変動していない遊戯が立っていた。

 

「――防ぎやがった……となると、あのカードを握ってやがったな?」

 

 攻撃が防がれた理由を遊戯のたった1枚残された手札から推察するキース。

 

「――そうさ! 俺は《クリボー》の効果を発動した! これでダメージは0だ!」

 

 遊戯の前で小さな腕を広げ目を回す黒い毛玉《クリボー》がいた。

 

「最後に隠してやがったか。だったらカードを2枚セットしてターンエンド。エンド時に《リミッター解除》の効果を受けた《迷宮の魔戦車》は破壊されるが、装備された《強化支援メカ・ヘビーウェポン》の効果で代わりにコイツを破壊するぜ……そして攻撃力は元に戻る」

 

《迷宮の魔戦車》

攻5800 守2900

攻2400 守2400

 

 

 キースの猛攻を防ぎ切りようやく遊戯のターンとなる。

 

 そして海馬のデュエルの時のラストターンと同じく手札は0。

 

 だがあの時とは違い墓地で発動できるカードなどは使い切ってしまっている。

 

 頼みの綱は相棒たる魔術師のみ、だがそれだけではキースの3枚のセットカードを突破することは厳しい。

 

 敗北の足音が遊戯の耳に届く。

 

 

――負けるのか……

 

 

 敗北の可能性を考え遊戯の闘志に揺らぎが生まれる。

 

「…………俺のターン! ドロー! ……クッ!」

 

 そして一縷の望みをかけて引いたカードはあまりにもハイリスクなカード。

 

 このカードを発動せず《ブラック・マジシャン》でガードを固め次のターンに賭けるべきか、そう考えてしまう遊戯。

 

 

 

 

 そして遊戯の闘志が膝を屈しそうになったその時、

 

 胸に拳をあてたキースの姿が目に映った――それはデュエルに迷いの見えた遊戯へのメッセージ。

 

――挫けそうなときは、今まで共に戦ってきたヤツを思い出しな……そいつを忘れんじゃねぇ

 

 そんなキースの言葉なき言葉を読み取った遊戯――デュエリストには声に出さずとも分かり合える。

 

 

 

 遊戯が共に戦い支えてくれていたのはデッキのカードだけではない。

 

 城之内たち親友の存在。

 

 ライバルとして互いを高め合った海馬を含めた数々のデュエリストたち。

 

 そして相棒である表の遊戯。

 

 そんな彼らの想いを遊戯はデュエルを通して受け継いでいる――それを強く意識する。

 

 

 

 遊戯の闘志の揺らぎはいつの間にか消えていた。

 

 今の手札では足りない――紡いできた想いに応えるには。

 

「俺は今引いた魔法カード《カップ・オブ・エース》を発動! コイントスを1回行い表が出れば俺はカードを2枚ドローし、裏が出た時は相手がカードを2枚ドローする!」

 

 遊戯が発動したのは相手に2枚のドローをもたらす可能性のあるカード。

 

 今現在攻勢に出ることのできない遊戯がこの状況でキースに2枚の手札を渡す結果となればどうなるか。それが分からぬ遊戯ではない。

 

 しかも仮に遊戯が2枚のドローに成功しても引いたカード次第では何もできずにキースにターンを明け渡すことになる――その1ターンを逃すキースではない。

 

 

 そんな遊戯の命運を賭けフィールドに現れた聖杯がクルクルと回転を始める。

 

「腹は決まったみてぇだな……」

 

「ああ、俺はこのカードに全てを賭けるぜっ!!」

 

 そして回転の止まった聖杯の向きは正位置――つまりコイントスの表である。

 

「《カップ・オブ・エース》の効果で2枚ドローする!」

 

 その宣言と共に遊戯はデッキに手をおき目を閉じる――このドローに自分たちの全てを乗せるために……

 

「ドロォオオーー!!」

 

 力強く引いたカードを見て遊戯の心は震える――それは友の魂を呼び寄せるカード。

 

「俺は《簡易融合(インスタントフュージョン)》を発動! 1000LPを払ってレベル5以下の融合モンスターを融合召喚扱いでエクストラデッキから特殊召喚する! 融合召喚!」

 

遊戯LP:2700 → 1700

 

 「FUSION」と書かれたカップ麺が小さな爆発と共に現れる。

 

「熱き友の想いと共に俺に力を貸してくれ! 《炎の剣士》!!」

 

 そしてカップ麺を切り裂き、熱き友の化身が姿を現した。

 

《炎の剣士》

星5 炎属性 戦士族

攻1800 守1600

 

「ソイツは城之内のカードッ!」

 

 これまでの遊戯のデュエルを見ていたキースはそれが遊戯の《炎の剣士》ではなく城之内のものだと直感した。

 

 警戒するキースをよそに遊戯は更なるカードを発動する。

 

「さらに俺は魔法カード《融合》を発動するぜ! フィールドの《ブラック・マジシャン》と《炎の剣士》で融合召喚! 黒衣の騎士よ! 今こそ姿を現せ! これが親友(とも)との友情の力! 《黒炎の騎士-ブラック・フレア・ナイト-》!!」

 

 その身を炎に変えた《炎の剣士》が《ブラック・マジシャン》を包み込み主を守る新たな剣として生まれ変わらせる。

 

 そして黒衣の騎士が熱を帯びた剣を振り、赤く縁取られた盾を前に半身で佇む。

 

《黒炎の騎士-ブラック・フレア・ナイト-》

星6 闇属性 戦士族

攻2200 守 800

 

「攻撃力が下がってる、だと?」

 

 融合召喚された、素材の《ブラック・マジシャン》の攻撃力より低いステータスを持ったカードに何かあるとさらに警戒を強めるキース。

 

「さぁ、バトルだ! 《黒炎の騎士-ブラック・フレア・ナイト-》で《迷宮の魔戦車》を攻撃! (こく)(えん)(ざん)!!」

 

 剣を横に構え《迷宮の魔戦車》へと疾走する《黒炎の騎士-ブラック・フレア・ナイト-》。

 

 その剣を《迷宮の魔戦車》のドリルに突き立て貫こうとするが、回転を始めたドリルにその身を貫かれ倒れ伏した。

 

「だがブラック・フレア・ナイトの戦闘によって発生するこのカードのコントローラーへのダメージは0になる!」

 

「と、すると――戦闘で破壊されることをトリガーにするモンスターか!」

 

「その通りだぜ! 《黒炎の騎士-ブラック・フレア・ナイト-》が戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、デッキまたは手札から《幻影の騎士-ミラージュ・ナイト-》を1体特殊召喚する!」

 

 遊戯の(フィールド)に炎が噴出する。

 

親友(とも)の思いを繋げ! 《幻影の騎士-ミラージュ・ナイト-》!!」

 

 現れるは炎より歩み出る金色(こんじき)の騎士

 

《幻影の騎士-ミラージュ・ナイト-》

星8 光属性 戦士族

攻2800 守2000

 

 キースのデュエリストの経験が新たな戦士の存在に警鐘を鳴らす。

 

「だったら罠カード《苦渋の黙札》を発動! 俺様は《迷宮の魔戦車》をリリースし、カード名が異なる元々の種族・属性・レベルが同じモンスター1体を俺様のデッキ・墓地から選んで手札に加える! 俺が手札に加えるのは《リボルバー・ドラゴン》!!」

 

 《迷宮の魔戦車》が地面を掘り進め、そこから《リボルバー・ドラゴン》がキースの手札に舞い戻る。

 

 このタイミングでキースの相棒たるカードを手札に加えたと言うことは残りのセットカードの一つはそれを呼び寄せるためのカードであると遊戯は予測する。

 

 

 だが親友との友情のカードならば、と突き進んだ――立ち止まるわけにはいかない。

 

「これで最後だ! 《幻影の騎士-ミラージュ・ナイト-》でダイレクトアタック!」

 

 《幻影の騎士-ミラージュ・ナイト-》がその手の金色の鎌を振りかぶり跳躍する。

 

「させるかよ! テメェの攻撃宣言時! リバーストラップ、オープン!!」

 

「やはり来たか!」

 

――罠カード《ヒーロー見参》が!

 

 遊戯の予測通り手札の《リボルバー・ドラゴン》を呼び出すためのカード

 

 その効果によりキースの手札からランダムに選ばれたカードがモンスターならば特殊召喚できる――そしてキースの手札は《リボルバー・ドラゴン》1枚のみ。

 

「コイツの効果により手札からモンスターカードを特殊召喚するぜ! 最後のひと踏ん張りだ! 現れろ! 《リボルバー・ドラゴン》!!」

 

 キースのピンチに駆け付るキースの魂のカード――(くろがね)の機械龍、《リボルバー・ドラゴン》

 

《リボルバー・ドラゴン》

星7 闇属性 機械族

攻2600 守2200

 

「だが攻撃力は《幻影の騎士-ミラージュ・ナイト-》が上だ! 《リボルバー・ドラゴン》に攻撃しろ! ミラージュ・ナイト!!」

 

 金の鎌が鉄の機械龍の首を狩り取らんと振りかぶられる。

 

「やらせるかよっ! 最後のリバースカードオープン! 罠カード《ゲットライド!》を発動ォ!」

 

 《リボルバー・ドラゴン》の背後に影が映る。

 

「墓地のユニオンモンスター《強化支援メカ・ヘビーウェポン》を《リボルバー・ドラゴン》に装備し、その効果で攻撃力・守備力は500アップポイントアップ!! これで返り討ちだぜ!! 銃砲撃(ガン・キャノン・ショット)ォッ!!」

 

 その影の正体である《強化支援メカ・ヘビーウェポン》が《リボルバー・ドラゴン》にドッキングしその性能を引き上げる。

 

《リボルバー・ドラゴン》

攻2600 守2200

攻3100 守2700

 

 《幻影の騎士-ミラージュ・ナイト-》の攻撃力を超えた《リボルバー・ドラゴン》は迎撃の銃弾を放つ。

 

 

――だが幻影の騎士の鎧が怪しく光る。

 

「まだだ! ダメージ計算時、《幻影の騎士-ミラージュ・ナイト-》の効果を発動! このカードの攻撃力に相手モンスターの元々の攻撃力を加えるぜ! ミラージュ・サルベージション!!」

 

 《幻影の騎士-ミラージュ・ナイト-》に着弾した銃弾はその金の鎧に吸い込まれ、鎧を通じ鎌に機械龍の力が伝達され金の鎌に黒い龍の文様が浮かび上がった。

 

《幻影の騎士-ミラージュ・ナイト-》

攻2800 → 攻5400

 

「なんだとっ!!」

 

「俺()()の勝ちだぁああ!」

 

 思わず飛び出た遊戯の咆哮とも取れる声と共に勝利の一撃が《リボルバー・ドラゴン》に迫る――キースの伏せカードはもうない。

 

 しかし、そんな状態でも《リボルバー・ドラゴン》は最後まで銃弾を放つことを止めはしなかった。

 

 そして《幻影の騎士-ミラージュ・ナイト-》の鎌によりその命を刈り取られる。

 

 だが《強化支援メカ・ヘビーウェポン》が身代わりとなり《リボルバー・ドラゴン》の破壊はまぬがれるが、その衝撃による爆風が辺りを覆った。

 

 

 

「そ、そこまで! 決勝戦、勝者――武藤遊戯ィイイ!」

 

 そんなMr.クロケッツの宣言が響く。

 

 それでもなお《リボルバー・ドラゴン》は最後までキースの傍にあり続けた。

 

 

 






キースさんは輝けたかな?




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第32話 その一撃は重く

今回は――悩みました

前回のあらすじ
遊戯と城之内の友・情(意味深)パワーが
キースを打ち砕く……(意訳)





 武藤遊戯のデュエルは常に「誰かのため」のデュエルだった。

 

 祖父、武藤双六の想いを海馬に届ける為に

 

 親友、城之内克也の妹の治療費のため

 

 ライバル、海馬瀬人の想いを受け止めるため

 

 だが今の遊戯にある想いは「このデュエリストに勝ちたい」――そんな自分自身のためのデュエルだった。

 

 そんな自分だけの想いにも親友(とも)のカードが力を貸してくれ、《幻影の騎士-ミラージュ・ナイト-》の攻撃が《リボルバー・ドラゴン》を突き抜けキースに直撃。

 

 だが会場の誰もが声を発することが出来ない――遊戯もまだ実感がわかなかった。

 

 

 静寂が場を支配する。

 

 そしてMr.クロケッツが高らに宣言した。

 

「そ、そこまで! 勝者! 武藤遊戯!」

 

 その宣言により己の勝利を実感し思わず自身の拳を握り、片手を掲げた遊戯と共に会場全体の喝采により震えた――新たな伝説の到来に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キースの周囲を覆っていた煙が晴れていく中、キースに歩み寄ろうとした遊戯。

 

 だが不意にその足は止まる。

 

 そして遊戯の目に映ったのはキースの背後に佇む多くのデュエリストの姿。

 

 

 少年デュエリスト、トム

 

 カードプロフェッサーを含めた数々の挑戦者たち

 

 遊戯の仲間である、孔雀舞

 

 遊戯の親友、城之内

 

 そして2()人の遊戯の姿

 

 だがその姿はすぐに煙のように消えていった。

 

 

 錯覚だったのかもしれない――だが遊戯は錯覚だとは思えなかった。

 

 

 数多のデュエリストすべての想いを背負ってキースはこの場に立っている――ペガサスとの再戦などかなぐり捨てて、遊戯に挑んでいたことを知った。

 

 

――これが「世界」か……

 

 遊戯はそう思いながらこのデュエルを戦い抜けたことに思いをはせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キースLP:100

 

 だが視界に入ったその情報に遊戯の目は驚愕に見開かれた。

 

「……なに……が……」

 

 《幻影の騎士-ミラージュ・ナイト-》の攻撃は《リボルバー・ドラゴン》を確かに貫いた――その証拠として《強化支援メカ・ヘビーウェポン》は代わりに破壊されている。

 

 そしてキースの手札0、フィールドには《リボルバー・ドラゴン》のみ、墓地で発動するダメージを0にするようなカードもない――《幻影の騎士-ミラージュ・ナイト-》の攻撃を防ぐ手立ては何一つない筈である。

 

 その遊戯の見立ては間違っていない――キースは攻撃を防いだわけではないのだから。

 

 

「俺様が発動した《魂のリレー》のもう一つの効果、この効果で呼び出したモンスターが俺様のフィールドにいる限り俺様の受けるすべてのダメージは0になる」

 

「……《魂のリレー》?」

 

「ああそうだ。説明が遅れちまって悪い、こっちも余裕がなくてな」

 

 遊戯の攻撃の際にキースの手札の《リボルバー・ドラゴン》を呼び出したのは《ヒーロー見参》ではなく《魂のリレー》の効果――キースは《ヒーロー見参》を発動したとは言っていない。

 

 その効果を知らせる前に遊戯の《幻影の騎士-ミラージュ・ナイト-》が攻撃を続行したため、その段階で《ゲットライド!》の効果を発動せねばならず、知らせるタイミングを逃してしまった故に起こった認識の相違――キースはプロとして己を恥じた。

 

 

「そして《リボルバー・ドラゴン(コイツ)》がフィールドから離れちまった時は俺様の敗北になっちまう……まさに運命共同体ってワケだ」

 

 

 まだデュエルは終わってはいない――だが既に遊戯は打てる手を打ち尽くした。

 

 

「……俺はバトルを終了するぜ。そして《幻影の騎士-ミラージュ・ナイト-》の攻撃力は元に戻る……」

 

 《幻影の騎士-ミラージュ・ナイト-》を覆っていたオーラが消えていく。

 

《幻影の騎士-ミラージュ・ナイト-》

攻5400 → 攻2800

 

「そしてこのカードはバトルを行ったエンドフェイズ時に、ゲームから除外されるが、永続罠《王宮の鉄壁》により除外されずフィールドに残る――ターンエンドだ」

 

 

 遊戯は静かにターンを終える。

 

 

「俺様のターン! ドロー!」

 

 遊戯にはキースのドローする姿がやけに遅く感じる。

 

「《リボルバー・ドラゴン》の効果を《幻影の騎士-ミラージュ・ナイト-》を対象に発動!  ロシアン・ルーレット!!」

 

 《リボルバー・ドラゴン》の頭と両手の回転式拳銃のリボルバーが回転を始めた。

 

 

 その効果の結果を遊戯は心のどこかで確信している。

 

 

 銃弾を受け身体に大穴を開けられ膝をつく《幻影の騎士-ミラージュ・ナイト-》。

 

 その姿は幻影のように消えていった。

 

 

「バトルだ! いいデュエルだったぜ――《リボルバー・ドラゴン》でダイレクトアタック! ガン・キャノン・ショットッ!!」

 

 キースの宣言と共に《リボルバー・ドラゴン》から放たれた弾丸を 遊戯は満足気に受け入れた。

 

遊戯LP:1700 → 0

 

 

 

 

 

 

 今度こそデュエルは決着を見せる。

 

 だが会場の誰もが声を発することが出来ない――このデュエルの終わりを自覚できない。

 

 そしてMr.クロケッツが頷くペガサスを一度視界に入れ、今大会の優勝者の名を今度こそ宣言する。

 

「勝者、キース・ハワード!!」

 

 

 その声と共に再び会場が喝采に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 勝負を終え、脱力する2人のデュエリスト。

 

 だが敗北したはずの遊戯の心は晴れやかだった。

 

 そんな満足げな遊戯にキースがそっと手を差し伸べる。

 

「テメェのデュエルに込めた仲間との友情――響いたぜ」

 

 デュエルを通じて感じた想いを込めたキースの握手に応じながら遊戯も自身の想いを伝える。

 

「俺も全米チャンプの何もかも背負い突き進むデュエル――熱くなれた」

 

 2人のデュエリストはデュエルを通じて互いの心の内を通わせていた。

 

「これで次はペガサスとの戦い――俺も戦ってみたかったぜ」

 

 その遊戯の言葉にキースは一瞬の疑問を見せ、すこし時間を置いて思い出す――

 

「……ん? ああ! そういやそうだったな……忘れちまってたぜ――ペガサスとの再戦」

 

――キースがこの大会に参加していた目的を。

 

 そして遊戯にニヒルに笑いながら続ける。

 

「だがまあ――それだけこのデュエルが最高だったってことさ」

 

 その一つ一つのデュエルに全てを燃やし闘うキースの姿に遊戯の口から言葉が零れた。

 

「アンタと――いや貴方と戦えたことを俺は誇りに思う……」

 

 その「貴方」という言葉にキースはどこかむず痒そうだ。

 

「よせよ。これだけのデュエルをした仲じゃねぇか――もっと普通で構わねぇさ」

 

「……そうか、なら――次に闘うときはアンタを超えて見せるぜ!」

 

 キースの手を強く握る遊戯。

 

「そうかい――だったら、俺様も次のデュエルの機会までに腕を磨いておかねぇとなぁ!」

 

 キースの手を強く握り返した遊戯を見てキースは思う――紙一重だったと……

 

 

 キースは今回のデュエルで勝てたのは相手がどこか「大会」慣れしていなかった故であり、次に戦えば勝てないかもしれないと思っている自分がどこかにいるのを感じていた。

 

――本当に俺様もうかうかしちゃいられねぇな……

 

 新たな世代の芽は着々と育っている。

 

 

 

 そしてMr.クロケッツが大会の進行を始めようとする姿を視界に収め、それを促す。

 

 そのキースの姿にMr.クロケッツは軽く会釈し大会を進行し始めた。

 

「今大会の優勝者には2つの栄誉が授与されます。その1つは賞金ですが、もう1つの栄誉こそがデュエリストにとってのなによりの栄誉となるでしょう!」

 

 Mr.クロケッツは少しの溜めと共にその栄誉を指し示す。

 

「そう! 『デュエルモンスターズの創造主――ペガサス・J・クロフォード氏へのデュエルの挑戦権』です!」

 

 そのMr.クロケッツの言葉と共に観客席の一角にスポットライトが当たり、ペガサスがゆっくりとキースと遊戯に歩み寄る。

 

「ブラボーなデュエルでしたキース、そして遊戯ボーイ。アナタたちのようなデュエリストの存在はデュエルモンスターズを生み出したものとして大変喜ばしいものデース。そしてキース、アナタにはワタシへの挑戦権がありマース」

 

 ペガサスは人差し指を立てキースに提案する。

 

「But……デスガ少し時間を置いてからにしてもらいたいデース……」

 

「……構わねぇぜ」

 

「Oh! なら好きにさせてもらいマース! ……ですがアナタも分かっているはずデース。アナタは数々のデュエリストたちとの激闘でヘロヘロのハズ……ワタシは今回のデュエルはお互いに悔いの残らないように最高のコンディションで行いたいのデース!」

 

 ペガサスは会場の観客を視界に収めて自身の手を耳にあて、茶目っ気タップリに問いかけた。

 

「みなさん! それでヨロシイデスカ~?」

 

 返答は大歓声であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………………………ありえない」

 

 そんな大歓声の中で呟かれた言葉を聞いたものはいない。

 

 




今度こそ決着です

…………色んな意味で大丈夫かな




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第33話 幻想は打ち砕かれるものである

前回のあらすじ
色んな人たちの色んな想い
デュエリストはその想いを背負っていけるヤツじゃないとね!

???「予想GUYです」((((;゜Д゜)ガクガクブルブル

イリアステルが本格的に動きだすでしょうね( ^ ω ^ )ニッコニコ





 観客の大歓声を余所に牛尾は仕事を忘れ今のデュエルに魅入っていたが、恐ろしい上司の存在を思い出し、すぐさま作業に戻り神崎に報告を入れにいく。

 

 そこで牛尾が見たものは顔に手を当てる神崎の姿――手の隙間から弧を描くような笑みが垣間見える。

 

 その笑みに牛尾は戦慄した。

 

 基本的にポーカーフェイスの如く笑み一択の神崎だが、ここまで狂気的なものを牛尾は初めて見た故である。

 

 

 決して崩れることのない仮面に亀裂が入る程の「ナニカ」。

 

 

――いってぇ何を…………

 

 牛尾はいくら考えても分からない――今起こったのはキースが遊戯を倒したことだけ。

 

――キースが遊戯を倒した……?

 

 

 牛尾の背に嫌な汗が流れる。

 

 

 牛尾から見て神崎は「武藤遊戯」を過剰なほどに警戒していた。

 

 遊戯の摩訶不思議な力を知る牛尾から見てもそれは()()だった。

 

 そして神崎が遊戯に敵対しないのは「勝てない」という認識からくるものであると牛尾は睨んでいる。

 

 

 そんな遊戯が「敗北した」。

 

 

 それは神崎の枷とも言える認識が氷解したことと同義。

 

 

 牛尾は思う――自分たちにあまり時間は残されていないのかもしれない、と。

 

 

 

 

 

 

 当然牛尾の気のせいである――頬が引きつっているだけだ。

 

 だが今の神崎はそれどころではなかった。

 

 観客の大歓声をよそに神崎は思案する。思案する。思案する。思案する。

 

 頭の中はパニックに陥っていた。

 

 

 神崎はどこかもう一人の遊戯こと「アテム」という存在に幻想を持っていた。

 

 キースの予想以上の強さも神崎は理解していた――それでも遊戯なら、と盲目的に信じていた。

 

 アテムは「表の遊戯」以外に負けはしない、そんな幻想を持っていたのである。

 

 ゆえに世界が滅ぶ事件が頻繁に起こり、一度でも遊戯が敗北すれば世界の終わりを示している状況でも神崎はどこか安心して暮らしていられた。

 

――よりスムーズに世界が救えるようにと手助けすればいい

 

 そう考えていた。

 

 

 だが遊戯は敗北した。

 

 遊戯の勝利を盲目的に信じていた神崎にとってそれは「世界の命運がかかったデュエル」の際に遊戯が負ける可能性が跳ね上がったと考える――生きた心地がしない。

 

 「武藤遊戯」が勝てない相手をこの世界の誰が倒せるのか――少なくとも神崎自身には無理だと考える。

 

 

――備えなければ。備えなければ。備えなければ。備えなければ。備えなければ。備えなければ。備えなければ。備えなければ。備えなければ。備えなければ。備えなければ。備えなければ。備えなければ。備えなければ。備えなければ。備えなければ。備えなければ。備えなければ。

 

 

 今の神崎の頭の中を占めるのは「脅威」を可能な限り「除去」する術を思案することのみだ。

 

 最悪の場合、敵に神崎自身が最初にぶつかり「武藤遊戯」の勝利の為に敵の「生きた情報」を伝えるなどの行動をとらねばならない――遊星の為にZ-ONEに挑み散っていったアポリアのように……

 

 命がけになるのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 そしてここにも遊戯の敗北を許容できない男がいた。

 

「くっ……! バカな……遊戯が負けただと!」

 

「兄サマ……」

 

 海馬自身が認めた宿命のライバル――その男が自身以外に敗れるなど許容できる筈もなかった。しかしその怒りはそれだけが理由ではない。

 

――ヤツを倒すのはこの俺だ!

 

 そう意気込んで参加した今大会。

 

 海馬はこの大会を遊戯とのリベンジを果たしつつ、借り物である2枚の《青眼の白龍》の真の所持者となるための条件――「世界一のデュエリスト」になる――を満たすために用意した神崎の敷いたレールだと思っていた。

 

 

 そしてこの大会に参加した海馬には遊戯以外眼中になかった、「遊戯を降し、その()()()に全米チャンプとやらに引導をくれてやろう」とそんな認識だった。

 

 デュエルの結果として遊戯には敗れたが、海馬はその点については問題にしてはいない。

 

 キースを倒して優勝。さらにペガサスを打ち倒した遊戯をいつの日か倒せばいいのだと考え、その認識は変わらなかった――

 

 

 遊戯は決勝で全米チャンプ――キース・ハワードに敗北。

 

――その結果を見るまでは。

 

 

 

 この大会中に海馬にはある疑問があった。遊戯との再戦が準決勝だったことである。

 

 神崎が大会主催者側にいる以上、トーナメントは手を加えているだろうと海馬は考えている。

 

 そして神崎は海馬の機嫌を取る為に遊戯との再戦には最高の舞台を用意すると考えていた。ならば決勝で戦う方が良いことは誰の目にも分かる。だが再戦は準決勝。

 

 その疑問の答えを海馬は今知った――ゆえに湧き出る怒りを抑えられない。

 

 

 遊戯と海馬のデュエルを決勝戦にしなかったのは――

 

――「海馬ではキースには勝てない」そんな認識を神崎が持っているゆえであると――もちろん誤解である。

 

 

 

 キース・ハワード

 「デュエルモンスターズ」が生まれて間もなく「全米チャンプ」に上り詰め、そして今現在君臨し続ける存在。

 

 世界の壁を示すかのような存在を神崎が招待状を送り、今大会に招致した。

 

 海馬の内心は怒りに燃えていた。

 

 それは敗北した遊戯にではなく、海馬を「井の中の蛙」だ、と言わんばかりの神崎の言葉無きメッセージにである。

 

――どこまでも人を嘲笑う男だ!

 

 言い返そうにも海馬を降した遊戯がキースに負けたのだ――今の海馬は返す言葉など持ち合わせていない。

 

 

 海馬の認識通り、確かにキース・ハワードに招待状を渡しこの大会に呼び寄せたのは神崎である。

 

 だがそれは全米チャンプであるキースに大会に不法参加されても困るので招待状を送っておいただけに過ぎない。

 

 つまりは海馬の誤解である――そう伝えても信じてもらえそうにはないが……

 

 今日も今日とて2人の溝は深まるばかりである。

 

 

 

 

 

 

 

 城之内たちと合流した遊戯に仲間はかける言葉が見つからなかった。彼らが遊戯の敗北を見たのはこれが初めてなのだから。

 

 そんな中、遊戯はデュエル前に城之内から託されたカード()を手渡す。

 

「城之内君、このカードたち――返しておくぜ」

 

 だが城之内は受け取る手が出てこない。

 

「すまねぇ遊戯。俺は――余計なことをしちまったのかもしれねぇ……」

 

 一般的に新たなカードをデッキに加えるのは細心の注意が求められる。

 

 それはデッキのバランスを崩してしまう恐れがあるからだ。バランスを崩せばデッキは上手く機能しなくなる。

 

 師匠、双六の教えも相まって今の城之内は遊戯にカードを渡したことを悔やんでも悔やみきれなかった。

 

 そんな城之内に遊戯は優しげに語りかける。

 

「そんなことはないぜ、城之内君。このカードたちのお蔭で俺は最後まで戦い抜くことができたんだ」

 

 そう言って遊戯はカードを持つ手と城之内の手に重ね、感謝の意を示す。

 

 涙ぐむ城之内と共に沈黙が流れる。

 

 

「でも全米チャンプ相手にあそこまで戦えるなんて遊戯君はスゴイな~」

 

 沈黙を打ち破る獏良のマイペースさが今の城之内たちにはありがたかった。

 

「本当にスゴイデュエルだったね、お兄ちゃん! 私、デュエルのことはよく分からないけど私もやってみたくなっちゃった!」

 

「おっ! それならこの本田ヒロトに任せてくれ! 実は城之内にデュエルを教えたのは――」

 

 そんな静香の声に本田が猛アピールを始めるが――

 

「こらっ! 本田! 嘘を教えない! 城之内の師匠は遊戯のお爺さんでしょうが」

 

「おいこら本田!――どういうつもりだぁ!」

 

 杏子の告発と共に城之内も顎を尖らせ本田をひっつかみ追従する。

 

 

 そんないつもの変わらぬ風景に遊戯は自然と笑みがこぼれ、そんな遊戯に表の遊戯が問いかける。

 

――嬉しそうだね、もう一人のボク。

 

――ああ、最高のデュエルだったぜ、相棒。叶うならもう一度……いや、次は相棒の番かもな……

 

――ボクの番?

 

――ああ、いつも俺ばかりデュエルさせてもらっているからな――次は譲るさ……

 

――そんなこと気にしなくてもいいのに……でも、ありがとう。もう一人のボク。

 

 

 だが彼らのその約束は果たされそうにない――これから数々の困難が待ち構えているのだから……

 

 

 

 

 

 

 

――やっとここまで辿り着いた。

 

 今のキースはそんな心境だった。

 

 ペガサスとの縁は「デュエルモンスターズ」のプロモーション時の少年トムを介しての同じデッキでのデュエル。

 

 そのデュエルの敗北が全ての始まりだった。

 

 再戦を誓ったキースだがその道のりは長くなるだろうと予想していた。どんな経緯があれ「素人同然の子供に負けた」という事実が再戦を遠ざけるだろう、と。

 

 そしてその事実からある程度のバッシングは覚悟していたキースだが、そういった声は驚くほど少なかった。

 

 何故なのか――キースはそれをすぐに理解する。

 

 

 見る人が見ればトム少年のデュエルはペガサスの言葉、仕草などによって全て誘導されていたと分かるものである――キースもデュエルの最中に感じ取っていた。

 

 そしてその事実に気付いた人間はキースとペガサスの目に付き難い攻防に目が付く――バッシングなど起ころうはずもない。

 

 

 そして「デュエルモンスターズ」を詳しく知らない人間ならば可能性に満ちたものに見える。

 

 その輝きに引き寄せられデュエルを続けていけば前述したキースとペガサスの攻防に気が付く――師事した人間に気付かされることもあるだろう。

 

 

 つまりキースが敗北した場合のケアも最初から織りこみ済みの試合だったのだ。

 

 

 そのことに行きついたキースは笑うしかなかった。「全米一のカードプロフェッサー」、そして「全米チャンプ」が敗北する前提での試合。

 

 苛立ちは起こらなかった――現にそうなってしまったのだから。

 

 

 故にキースはペガサスとの再戦のついでにあの男の思惑も超えてやろうと心に誓う――驚く姿を拝んでやろう、と……

 

 

 

 そこからキースは突き進んだ。

 

 外野を自身のデュエルで黙らせ全米チャンプに君臨し続け、並み居る挑戦者たちを打ち倒し己の糧とした。

 

 そして決闘者(デュエリスト)王国(キングダム)に参戦。

 

 そこでの思わぬ挑戦者との出会い。

 

 あの時の少年トムが一端のデュエリストの顔つきでスターチップを全て賭けてのデュエル。

 

 それは少年トムなりに一部の周囲のキースへの認識を正そうと挑んできたことをデュエルで感じ取りキースの背中はむず痒くなった。

 

――子供(ガキ)が気を使うんじゃねぇよ。

 

 そうぶっきらぼうに言ったキースの言葉を聞いた少年トムの笑顔をキースは忘れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ペガサスは自室でデュエルの準備をしながらシンディアと語り合っていた。

 

「遂にあの時果たせなかった勝負ができマース。招待状を送ってくれたMr.神崎に感謝デース」

 

 ペガサスは高揚を隠しきれない。

 

「そして遊戯ボーイもデース。あれ程のデュエリストが一体どこに隠れていたのか不思議でなりマセーン」

 

 新たなデュエリストの台頭に、一体どこに隠れていたのかと思案するペガサス。

 

 そんなペガサスをみてシンディアは嬉しそうにそれを指摘した。

 

「でもペガサス、今の貴方――とっても楽しそうよ?」

 

「それは当然デース! ワタシも1人のデュエリスト――あんなデュエルを見せられてはデュエリストの血が騒ぎマース!」

 

 ワクワクする気持ちが抑えられないペガサス。その姿にシンディアはクスリと笑う。

 

「ふふっ、遠足前の子供みたい」

 

「Oh! まさにその通りデース! デュエルが楽しみで仕方ありまセーン」

 

 そうこうしている内にデュエル開始の時刻が迫ってきた事に気付く2人。

 

「あら? そろそろ時間みたいね……私も月行と応援するから――頑張ってね」

 

「Wow! その応援があればワタシは無敵デース」

 

 愛する人の応援にペガサスの気力はなお充実した。

 

 

 

 

 

 

 デュエル会場に並び立つ2人のデュエリスト、

 

「こうしてデッキを手に向かい合うのは、あのとき以来デスネ、キース」

 

 過去を懐かしむペガサス。

 

「御託はいらねぇぜ。2人のデュエリストがこうしているんだ――やることは一つだろ」

 

 長らく追ってきた獲物を前にキースは今にも飛びかからん勢いだ。

 

「……そうデスネ。ワタシが無粋だったようデース――ではデュエル開始の宣言をお願いしマース」

 

 そしてペガサスはMr.クロケッツに指示を出す。

 

「ペガサス・J・クロフォードVSキース・ハワードの試合を執り行わせてもらいます――ラストデュエル開始!!」

 

「「デュエル!!」」

 

 





遂に因縁の2人が激突!


そしてデュエリストキングダム編 もうすぐ完結!



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第34話 創造主の世界



キースVSペガサス 前編です

繰り返される効果処理のせいで長くなってしまいました……


前回のあらすじ
色んな人がストレスマッハ

その一方で満足気な人たちがチラホラ

その差は何故だ!




 

 

「「デュエル!!」」

 

 デュエルが始まりMr.クロケッツが一つ注釈を入れる。

 

「先攻はチャレンジャーたるキース・ハワード氏に与えられます」

 

 創造主が相手ではたとえ全米チャンプであろうと挑戦者(チャレンジャー)である。

 

「なら行くぜ! 俺様のターン! ドロー! 手札から魔法カード《闇の誘惑》を発動! デッキから2枚ドローし手札の闇属性モンスター《スロットマシーンAM(エーエム)-7》を除外!」

 

 《スロットマシーンAM-7》がスロットを回し「7」の文字が三つ並ぶとコインの代わりにカードが飛び出る。

 

「モンスターをセットし、カードを3枚伏せてターンエンドだ! さぁ! ペガサス! テメェのターンだ!」

 

 どこかイキイキしたキースの動きにペガサスはベストコンディションであることを感じ取り、全力をもって勝ちに行く。

 

 観客席のシンディアに勝利を届けると――愛する人の前ではカッコイイところを見せたいものだ。

 

「ワタシのターンデース、ドロー。まずは永続魔法《魂吸収》を発動しマース。…………ところでキース。ユーはコミックはお好きですか?」

 

「ああ? いや、あまり読まねぇが……それがどうした?」

 

 突然のペガサスの質問にキースは過去の記憶を掘り出しながら答える。

 

「No! それは人生の半分は損をしていマース! ぜひもっと読んでみてくだサーイ! ワタシは子供のころからずっと愛読していマース。そしてテレビ画面いっぱいに暴れまわるキャラクターたちは最高デース。彼らはずっとワタシの心の箱庭で元気に駆け回っていマース」

 

「……そうか」

 

 饒舌に語るペガサスの勢いに押され気味なキース。

 

「このデュエルでそんな世界にユーを招待しマース! ワタシはフィールド魔法《トゥーン・キングダム》を発動デース」

 

 フィールドに突如現れる緑のカバーの絵本。

 

 その本が開きパラパラとページをめくり、あるページで止まるとそこからファンタジーな白いお城が飛び出した。

 

「こいつは……」

 

 警戒を強めるキースにペガサスは得意げに説明する。

 

「このカードはワタシのトゥーンモンスターのための世界デース! その効果処理としてデッキの上からカード3枚を裏側表示で除外しマース」

 

 ペガサスのデッキから除外された3枚のカードから青白い火の玉が浮かび上がる。

 

 それらはペガサスに向かって進み、ペガサスをその光で包んだ。

 

ペガサスLP:4000 → 5500

 

「《魂吸収》の効果か……」

 

「その通りデース! 永続魔法《魂吸収》の効果によりワタシはカードが除外される毎に1枚につき500ポイント、ライフを回復しマース」

 

「除外されたのは3枚……1500ポイントの回復か」

 

「Yes! さらに《七星(しちせい)宝刀(ほうとう)》を発動! その効果で手札のレベル7《トゥーン・ブラック・マジシャン》を除外し2枚ドローデース」

 

 デフォルメされた《ブラック・マジシャン》である《トゥーン・ブラック・マジシャン》が《七星の宝刀》の金色の輝きを煌めかせペガサスを照らしカードを導く。

 

 だがキースには聞き逃せないものがあった。

 

「《トゥーン・ブラック・マジシャン》だと! まさかトゥーンモンスターは!」

 

「その通りデース! 『トゥーンモンスター』は『デュエルモンスターズ』のモンスターがトゥーン化したものなのデース! そして忘れてはいけまセンヨ。カードが除外されたことで永続魔法《魂吸収》の効果で回復しマース」

 

ペガサスLP:5500 → 6000

 

「ではさっそくワタシの愛らしい『トゥーンモンスター』に登場してもらいマース。《トゥーン・ヂェミナイ・エルフ》を召喚デース!」

 

 魔法を操る双子のエルフの姉妹《ヂェミナイ・エルフ》がデフォルメされた《トゥーン・ヂェミナイ・エルフ》がそれぞれポーズを取りながら笑い声を上げる。

 

《トゥーン・ヂェミナイ・エルフ》

星4 地属性 魔法使い族

攻1900 守 900

 

「そしてワタシの『トゥーンモンスター』たちはワタシのフィールド上に《トゥーン・ワールド》が存在し、相手フィールド上に『トゥーンモンスター』が存在しない場合、ダイレクトアタックすることができマース!」

 

「なんだとっ!」

 

 姉妹はハイタッチをしながらキースに向けてウインクを放つ。

 

「ワタシのフィールドには《トゥーン・ワールド》として扱う《トゥーン・キングダム》がありマース。ダイレクトアタック――と言いたいところデスガ……基本的に『トゥーンモンスター』は呼び出したターンには攻撃できマセーン」

 

 ペガサスの発言に思わずハイタッチしたまま固まる《トゥーン・ヂェミナイ・エルフ》。

 

 そしてペガサスをジト目で眺めた。

 

「さらに永続魔法《強欲なカケラ》とそしてカードを1枚セットし、魔法カード《命削りの宝札》を発動デース! 手札が3枚になるようにドロー!」

 

 新たに引いた3枚のカードを楽し気に見やるペガサス。

 

「そしてカードを更に2枚セットしてターンエンドデース! そしてターンエンドと共に《命削りの宝札》のデメリットで手札を全て捨てマース!」

 

 互いに様子見な状態だがキースはトゥーンの未知なる部分を知るために攻勢に出る。

 

 

「俺のターン、ドロー! 永続罠《闇次元の解放》を発動! 闇より帰還しコイン(カード)を吐きだしな! 《スロットマシーンAM-7》!」

 

 空間に歪が生まれ、《スロットマシーンAM-7》がスロットを回転させながらその歪をこじ開けセットモンスターの隣に並ぶ。

 

《スロットマシーンAM-7》

星7 闇属性 機械族

攻2000 守2300

 

「魔法カード《馬の骨の対価》の効果で通常モンスター《スロットマシーンAM-7》を墓地に送り2枚ドロー!」

 

 スロットを回すことを止め、腹部のコインを溜めて置く部位をこじ開けコイン(カード)をばらまく《スロットマシーンAM-7》。

 

 もはや切腹を超えた何かであった。

 

「まだだ! 魔法カード《マジック・プランター》の効果で永続罠《闇次元の解放》を墓地に送り2枚ドロー!」

 

 あのペガサス相手に出し惜しみなどしていられない、とキースはさらにカードを引き込む。

 

「そして速攻魔法《魔力の泉》を発動! ペガサス! テメェのフィールドの表側表示の魔法・罠カードの数だけドローし、俺様のフィールドの表側の魔法・罠カードの数だけ手札を捨てる!」

 

 ペガサスのフィールドの表側の魔法・罠カードは《魂吸収》・《トゥーン・キングダム》・《強欲なカケラ》の3枚。

 

 そしてキースのフィールドの表側の魔法・罠カードは今発動した《魔力の泉》のみ――多くのドローに繋がる。

 

「3枚ドローして1枚捨てる! さっそく攻め込ませてもらうぜ!」

 

 増やした手札を見てキースはプランを組み上げる。

 

「永続魔法《機甲部隊の最前線(マシンナーズ・フロントライン)》と同じく永続魔法《補給部隊》を発動! さらに《可変機獣 ガンナードラゴン》を妥協召喚!」

 

 フィールドに突如として現れる機械仕掛けの前線基地+補給基地。

 

 そしてそこからキャタピラ音と共に基地から出動する《可変機獣 ガンナードラゴン》。

 

「妥協召喚された《可変機獣 ガンナードラゴン》の元々の攻撃力・守備力は半分になる」

 

 だが基地の天井に頭が引っかかっている――だがそのままゴリ押しで基地から出動した。

 

 首がいびつに曲がっているのは気のせいに違いない。

 

《可変機獣 ガンナードラゴン》

星7 闇属性 機械族

攻2800 守2000

攻1400 守1000

 

「さらにリバースカードオープン! 罠カード《アルケミー・サイクル》! エンドフェイズまで俺様のフィールドの表側表示モンスター全ての元々の攻撃力を0にする!」

 

 《可変機獣 ガンナードラゴン》に紫色のオーラが纏わりつき、《可変機獣 ガンナードラゴン》はくたびれた様に首を下ろす。

 

《可変機獣 ガンナードラゴン》

攻1400 → 攻撃 0

 

「そして魔法カード《機械複製術》を発動! 俺様のフィールドの攻撃力500以下の機械族モンスターの同名モンスターをデッキから2体まで特殊召喚する! 並び立て! 2体の《可変機獣 ガンナードラゴン》!!」

 

 《可変機獣 ガンナードラゴン》は首と尻尾で器用に忍術の印を組み始める。

 

 すると2つの煙の柱が立ち、傷一つない《可変機獣 ガンナードラゴン》2体が1体目の《可変機獣 ガンナードラゴン》と同じポーズで現れた――ニンニン。

 

《可変機獣 ガンナードラゴン》×2

星7 闇属性 機械族

攻2800 守2000

 

「セットモンスターを反転召喚! 出番だぜ! 《メカ・ハンター》!」

 

 クルリと空中で羽根を広げ宙返りした球体のボディの《メカ・ハンター》が7本のアームを開き空中に浮かぶ。

 

《メカ・ハンター》

星4 闇属性 機械族

攻1850 守 800

 

「そして罠カード《ゲットライド!》を発動! 墓地のユニオンモンスター《強化支援メカ・ヘビーウェポン》を《メカ・ハンター》に装備し、そのモンスター効果で攻撃力・守備力は500ポイントアップ!!」

 

 球体の《メカ・ハンター》に《強化支援メカ・ヘビーウェポン》は仮面のように取り付く。

 

 《メカ・ハンター》は自身の剣を鏡のように使いその様子を確認している――尻尾のように揺れるアームを見るに気に入っているようだ。

 

《メカ・ハンター》

攻1850 守 800

攻2350 守1300

 

「バトルだ! まずは攻撃力0の《可変機獣 ガンナードラゴン》で《トゥーン・ヂェミナイ・エルフ》に攻撃だ!」

 

 歪んだ首を振り回し《トゥーン・ヂェミナイ・エルフ》に叩きつける。

 

 その一撃を色白な妹が魔法の壁で弾き、色黒の姉が《可変機獣 ガンナードラゴン》に攻撃せんと飛び上がる。

 

「お得意の《機甲部隊の最前線》の効果で新たなモンスターを呼ぶのデスネ? しかし! 《トゥーン・ヂェミナイ・エルフ》には戦闘ダメージを与えた時、相手の手札を1枚捨てさせる効果がありマース! ただでは呼ばせマセーン!」

 

 魔法の弾丸が《可変機獣 ガンナードラゴン》とキースに迫る。

 

「折込積みさ! 永続罠《スピリットバリア》を発動! 俺様のフィールドにモンスターが存在する限り、こっちが受ける戦闘ダメージは0だ!」

 

 キースを庇うように身を丸めた《可変機獣 ガンナードラゴン》に魔法の弾丸が衝突する。

 

「Oh~躱されてしまいまシタネ」

 

「まずは罠カード《アルケミー・サイクル》の効果を受けたモンスターが破壊された時、カードを1枚ドローする! そしてモンスターが破壊されたことで永続魔法《補給部隊》の効果でさらにもう1枚ドロー!」

 

 《可変機獣 ガンナードラゴン》の残骸を掻き分けるように蠢く影。

 

「そして永続魔法《機甲部隊の最前線》の効果で破壊された《可変機獣 ガンナードラゴン》以下の攻撃力を持つモンスターを特殊召喚! 待ちに待ったデュエルだぜ! 《リボルバー・ドラゴン》!」

 

 キースと共にもっとも長く戦った《リボルバー・ドラゴン》がペガサスとキースの再戦を喜ぶようにリボルバーをカラカラ回す。

 

《リボルバー・ドラゴン》

星7 闇属性 機械族

攻2600 守2200

 

「せっかく現れたトゥーンとやらには消えてもらうぜ! 《メカ・ハンター》! 仇を討ってやりな!」

 

 《トゥーン・ヂェミナイ・エルフ》の姉妹の間を通り抜けるように飛んだ《メカ・ハンター》は通り抜けざまに両翼で姉妹それぞれを弾き飛ばす。

 

ペガサスLP:6000 → 5550

 

「Oh! No! ワタシの可愛いトゥーンが! ……デ・ス・ガ」

 

 そして《トゥーン・ヂェミナイ・エルフ》は目を回しながら倒れるが、その後フラフラと立ち上がった。

 

「破壊されねぇだと!」

 

 滑空しながら不思議そうに様子を見る《メカ・ハンター》を見て、腹を抱えケラケラと笑う《トゥーン・ヂェミナイ・エルフ》。

 

「これが『トゥーンモンスター』の特性なのか?」

 

 いまいち状況が呑みこめないキースにペガサスは得意げに語る。

 

「ワタシのトゥーンは無敵デース! 《トゥーン・キングダム》の効果によりワタシのトゥーンモンスターが破壊される代わりに破壊されるモンスター1体につき1枚、ワタシのデッキの上からカードを裏側表示で除外しマース!」

 

「なるほどな……」

 

「それだけではありマセーン。カードが除外されたので永続魔法《魂吸収》の効果でライフを回復しマース」

 

ペガサスLP:5550 → 6050

 

「《トゥーン・キングダム》と《魂吸収》のコンボで生半可な攻撃は逆効果ってわけか――だったらサンドバックになってな! 《リボルバー・ドラゴン》で攻撃! ガン・キャノン・ショット!!」

 

 《リボルバー・ドラゴン》から放たれた銃弾を上体を後ろに倒しながら回避する《トゥーン・ヂェミナイ・エルフ》。

 

 通り過ぎた弾丸はペガサスに直撃する。

 

ペガサスLP:6050 → 5350

 

「No!! ですがこれもワタシのトゥーンを守るため――平気デース!」

 

 《トゥーン・ヂェミナイ・エルフ》はペガサスに感謝のウインクをした後、逆再生のように上体を起こす。

 

「《トゥーン・キングダム》の効果で代わりにデッキのカードを除外し、さらに《魂吸収》の効果でライフを回復しマース」

 

ペガサスLP:5350 → 5850

 

「なら蹴散らしな! 2体目の《可変機獣 ガンナードラゴン》!!」

 

 《可変機獣 ガンナードラゴン》の頭と背のキャノン砲が火を噴くが、《トゥーン・ヂェミナイ・エルフ》が姉妹で「O」の文字を作りその穴を砲弾が通り抜けペガサスに命中する。

 

 まるでトゥーンたちがペガサスを攻撃したかの……いや、よしておこう。

 

「無駄デース! 《トゥーン・キングダム》の効果で代わりにデッキのカードを除外し、さらに《魂吸収》の効果でライフを回復デース」

 

ペガサスLP:5850 → 4950 → 5450

 

「くっ、ターン制限はねぇようだな……3体目の《可変機獣 ガンナードラゴン》も攻撃だ!」

 

 再び繰り返される《可変機獣 ガンナードラゴン》の攻撃、回避する《トゥーン・ヂェミナイ・エルフ》、攻撃が直撃するペガサス。

 

「何度やろうと同じことデース! 《トゥーン・キングダム》の効果で代わりにデッキのカードを除外し、さらに《魂吸収》の効果でライフを回復デース」

 

ペガサスLP:5450 → 4550 → 5050

 

「大したダメージが与えられねぇな……だが効果破壊ならどうだ? 《リボルバー・ドラゴン》の効果で《トゥーン・ヂェミナイ・エルフ》を破壊して――」

 

 狙いを定める《リボルバー・ドラゴン》だが――

 

「そうはいきマセーン! 《トゥーン・キングダム》がある限り、ワタシの『トゥーンモンスター』は相手の効果の対象にならないのデース!」

 

 《トゥーン・ヂェミナイ・エルフ》は本の中に引っ込んでしまった――これでは狙えない。

 

「クッ……俺様はカードを1枚伏せてターンエンドだ」

 

 キースは『トゥーンモンスター』の厄介さに攻めあぐねていた。

 

 その隙を逃すペガサスではない。

 

「Stop! そのエンドフェイズ時にワタシは永続罠《闇次元の解放》を発動し除外された闇属性モンスターを特殊召喚しマース!」

 

「呼ばれたターン攻撃できねぇデメリットを回避しやがったか!」

 

「Yes! ご明察デース! 現れなさい、愛らしき魔術師! 《トゥーン・ブラック・マジシャン》!!」

 

 《トゥーン・キングダム》が新たなページをめくり、次元にゲートを開けたようなページから遊戯の象徴たる《ブラック・マジシャン》がデフォルメされた、最上級魔術師《トゥーン・ブラック・マジシャン》がペコリとお辞儀をして並び立つ。

 

《トゥーン・ブラック・マジシャン》

星7 闇属性 魔法使い族

攻2500 守2100

 

「さらに罠カード《トゥーン・マスク》も発動しマース!」

 

 赤い帽子をかぶった緑色のマスクが《可変機獣 ガンナードラゴン》に取り付き蠢く。

 

「なんだコイツはっ!」

 

「このカードはワタシのフィールドに《トゥーン・ワールド》があるとき相手のモンスターのレベル以下のレベルをもつ『トゥーンモンスター』1体を手札及びデッキから召喚条件を無視して特殊召喚しマース!」

 

「俺様の《可変機獣 ガンナードラゴン》のレベルは7!」

 

「行きますヨ! そのブレスと同じ熱き心を示しなサーイ! レベル7! 《レッドアイズ・トゥーン・ドラゴン》!」

 

 再び《トゥーン・キングダム》の新たなページがめくられ、溶岩が溢れだす火山のページが開く。

 

 その火口から《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》をデフォルメした《レッドアイズ・トゥーン・ドラゴン》が元気よく飛び出し腕を突き上げ、他のトゥーンもそれに続き手を突き上げ交差させる。

 

《レッドアイズ・トゥーン・ドラゴン》

星7 闇属性 ドラゴン族

攻2400 守2000

 

「城之内のヤツのカードまで……」

 

「キース、これからアナタに『トゥーン』の恐ろしさをたっぷりと味わわせてあげマース。最後に永続罠《破滅へのクイックドロー》を発動デース」

 

「望むところだ!」

 

「では……ワタシのターン、ドローしますが……その前に永続罠《破滅へのクイックドロー》の効果が発動されマース!」

 

 永続罠《破滅へのクイックドロー》の周りで「ジャジャーン」と両の手を使って指し示す3体のトゥーンたち。

 

「このカードが存在する限りお互いのプレイヤーはドローフェイズ開始時に手札が0枚のとき、通常のドローに加えてもう1枚ドローする事ができマース! 2枚ドローデース!」

 

「チッ……実質テメェだけのドローになりそうだな……」

 

 キースの手札は永続魔法《補給部隊》によりそう途切れることはない。

 

「そしてドロー時に《強欲なカケラ》に1つめの強欲カウンターが乗りマース」

 

 壺の欠片が《強欲な壺》を半分、形作る。

 

強欲カウンター:0 → 1

 

「まずワタシは魔法カード《マジック・プランター》を発動し永続罠《闇次元の解放》を墓地に送り2枚ドローデース!」

 

 《闇次元の解放》がフィールドから離れたことで次元の穴が開く。

 

「《闇次元の解放》がフィールドから離れたので、この効果で呼び出した《トゥーン・ブラック・マジシャン》は破壊され除外されますが――」

 

 次元の穴に吸い込まれそうになる《トゥーン・ブラック・マジシャン》――《トゥーン・ヂェミナイ・エルフ》と《レッドアイズ・トゥーン・ドラゴン》がその手を懸命に引っ張る。

 

「《トゥーン・キングダム》の効果で破壊されねぇから除外もされねぇ訳か……」

 

「Yes! 《トゥーン・キングダム》の効果で代わりにデッキのカードを除外し、さらに《魂吸収》の効果でライフを回復デース」

 

ペガサスLP:5050 → 5550

 

 《トゥーン・ブラック・マジシャン》は本の中に逃げ込み、異次元の穴が塞がるのを本の隙間から見てホッと胸を撫で下ろす。

 

「此処で永続魔法《フィールドバリア》を発動しマース。この効果で互いはフィールド魔法を発動できず破壊することもできマセーン!」

 

 そんな中、《トゥーン・キングダム》を透明なバリアが包みフィールド全体に広がった。

 

「余程その絵本が大事らしいな」

 

「もちろんデース! 《トゥーン・ワールド》は『トゥーンモンスター』たちの世界そのものなのデース!」

 

 キースの予想にペガサスは笑顔でそう答える。

 

「ではトゥーンのさらなる力をお見せしマース! ワタシは《トゥーン・ブラック・マジシャン》の効果を発動!」

 

 本から出た《トゥーン・ブラック・マジシャン》が杖をクルクルと回転させながら空中に魔法陣を描く。

 

「それにより1ターンに1度、手札から『トゥーン』カード1枚を捨て、

デッキからこのカード以外の『トゥーンモンスター』1体を召喚条件を無視して特殊召喚するか、デッキから『トゥーン』魔法・罠カード1枚を手札に加えマース。

ワタシは新たなモンスターを呼び出しマース!」

 

 《トゥーン・ブラック・マジシャン》が《トゥーン・キングダム》に杖をかざす。

 

「《トゥーン・キャノン・ソルジャー》を捨て、デッキより特殊召喚! 起動しなサーイ! トゥーンマシン! 《トゥーン・リボルバー・ドラゴン》!!」

 

 すると新たなページがめくられ、秘密基地のような工場のページが開かれ、カタパルトから《リボルバー・ドラゴン》をデフォルメした明るい色合いの《トゥーン・リボルバー・ドラゴン》が射出され、3つの銃口から空に花火を打ち上げる。

 

《トゥーン・リボルバー・ドラゴン》

星7 闇属性 機械族

攻2600 守2200

 

「俺様のカードまで……」

 

 ペガサスが繰り出すトゥーンはどれもこの大会に集ったデュエリストたちのものである。

 

 どこか運命を感じさせる。

 

「そして《トゥーン・リボルバー・ドラゴン》の効果でフィールド上のカード1枚に狙いを定めマース! ワタシが選ぶのは《スピリットバリア》! ロシアン・ルーレット!!」

 

 《トゥーン・リボルバー・ドラゴン》のリボルバーが回転を始めた。

 

 《リボルバー・ドラゴン》と同じように2枚以上表が出ればキースを守る《スピリットバリア》は破壊される。

 

 銃身から紐にいくつかの旗が付いたものが飛び出す――当たりなのかハズレなのか判断し難い。

 

「Oh No! ハズレデース」

 

 肩を落とす《トゥーン・リボルバー・ドラゴン》を他のトゥーンたちがその肩を叩き慰める。

 

「バトル! デスガ……《スピリットバリア》がある限り『トゥーンモンスター』の効果でダイレクトアタックをしても意味がありませんネ」

 

 トゥーンたちは考え込む仕草を見せるペガサスの様子をうかがっている。

 

「ならモンスターを減らすとしマース! 《メカ・ハンター》を攻撃しなサーイ 《レッドアイズ・トゥーン・ドラゴン》! 黒・炎・弾!!」

 

 《メカ・ハンター》に《レッドアイズ・トゥーン・ドラゴン》の球体のブレスが迫る。

 

 だが《メカ・ハンター》の顔に張り付いている《強化支援メカ・ヘビーウェポン》のせいで視界が狭く回避が遅れ、火だるまになる《メカ・ハンター》。

 

「だが《スピリットバリア》のおかげでダメージはねぇ! そして《強化支援メカ・ヘビーウェポン》を代わりに破壊し《メカ・ハンター》は無傷だ!」

 

 火だるまの《メカ・ハンター》は仮面をパージし炎から逃れた。

 

《メカ・ハンター》

攻2350 → 攻1850

 

「なら《トゥーン・ヂェミナイ・エルフ》で《メカ・ハンター》を攻撃デース!」

 

 《トゥーン・ヂェミナイ・エルフ》が《メカ・ハンター》の周りをクルクルと回り、攻撃目標を絞り切れなかった《メカ・ハンター》は目を回しながら地面へと落ちていった。

 

「だがモンスターが破壊されたことで永続魔法《補給部隊》の効果でさらにもう1枚ドロー! そしてさらに永続魔法《機甲部隊の最前線》で攻撃力以下のモンスターを特殊召喚! 《振り子刃の拷問機械》を守備表示で特殊召喚!」

 

 巨大な振り子刃を敵に向けつつ、腕を交差し防御の構えを取る《振り子刃の拷問機械》――だが状況的に生きて帰れそうにない。

 

《振り子刃の拷問機械》

星6 闇属性 機械族

攻1750 守2000

 

「なら《トゥーン・ブラック・マジシャン》! 《振り子刃の拷問機械》を破壊しなサーイ! ブラック・マジック!」

 

 《トゥーン・ブラック・マジシャン》が目を閉じ杖に魔力を溜める――周りのトゥーンたちが応援のつもりなのか何やらガヤガヤはやし立てている。

 

 そして形成した魔力弾を天に掲げ杖を大きく振り被り身体全体を使って放った。

 

 爆散する《振り子刃の拷問機械》、勢い余って倒れそうになる《トゥーン・ブラック・マジシャン》を支えるトゥーンたち。

 

「バトルを終了し、《レッドアイズ・トゥーン・ドラゴン》の効果を発動! 手札からこのカード以外のトゥーンモンスター1体を召喚条件を無視して特殊召喚しマース!」

 

 《レッドアイズ・トゥーン・ドラゴン》は咆哮を上げ新たな仲間に呼びかける。

 

 その声に《トゥーン・ヂェミナイ・エルフ》は目を回し、《トゥーン・ブラック・マジシャン》は目をギュッと閉じながら両耳を手で塞ぐ。

 

「呼び出すのはこのカードデース! 美しくも愛らしき白き龍! 《ブルーアイズ・トゥーン・ドラゴン》!」

 

 《トゥーン・キングダム》のページがめくれ新たなページが開き、《トゥーン・リボルバー・ドラゴン》が花火を打ち上げる。

 

 そのページは光り輝く神々しい城。

 

 そこから《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》をデフォルメした《ブルーアイズ・トゥーン・ドラゴン》が胸を張りのそのそと歩み出る。

 

 そして他のトゥーンたちとハイタッチを交わしていく。

 

《ブルーアイズ・トゥーン・ドラゴン》

星8 光属性 ドラゴン族

攻3000 守2500

 

「伝説のブルーアイズまでとはな……」

 

 フィールドに並ぶトゥーンたちにペガサスは御満悦だ。

 

「5体のトゥーンたちが並んだ姿は壮観デース! 最後に魔法カード《タイムカプセル》を発動し、デッキからカードを1枚裏側表示で除外し、ワタシの次の2回目のスタンバイフェイズ時に手札に加えマース! そしてカードが除外されたことで《魂吸収》の効果でライフを回復デース」

 

 ミイラを収める柩のような《タイムカプセル》に1枚のカードが収納される。

 

ペガサスLP:5500 → 6050

 

「そしてエンドフェイズ時に《破滅のクイックドロー》の維持コストを払いマース! ターンエンドデース!」

 

ペガサスLP:6050 → 5350

 

 自身のフィールドに5体の『トゥーンモンスター』を並べターンを終えたペガサス。

 

 久々の強者とのデュエルに意気揚々と問いかける。

 

「さぁ、キース! ワタシの無敵のトゥーンモンスター相手にどう立ち向かいマスカ!」

 

「無敵……か。そんなモンはねぇと証明してやるさ! 俺様のターン! ドロー!」

 

 デュエルの戦歴だけならばデュエリストとしてほとんど隠居した状態であるペガサスよりもキースの方が圧倒的に密度は高い。

 

 それゆえにキースは「無敵」などと言うものはまやかしに過ぎないと考えていた。

 

「速攻魔法《帝王の烈旋》を発動! その効果でアドバンス召喚の際のリリースをテメェのモンスターで行える! そしてコイツの効果は対象に取らねぇ効果! 《トゥーン・キングダム》じゃあ防げねぇぜ!」

 

「Oh! ワタシのトゥーンが!」

 

「テメェの《トゥーン・リボルバー・ドラゴン》をリリースしてアドバンス召喚! 幻想の世界を打ち抜きな! 《ブローバック・ドラゴン》! そして効果を発動! 《フィールドバリア》を狙うぜ! コイントス!」

 

 《トゥーン・リボルバー・ドラゴン》の内側から食い破るように現れた《ブローバック・ドラゴン》は頭部の拳銃を《トゥーン・キングダム》を守る《フィールドバリア》に狙いを定める。

 

《ブローバック・ドラゴン》

星6 闇属性 機械族

攻2300 守1200

 

「その『無敵』のタネは《トゥーン・キングダム》あってのことだ! さっさと破壊させてもらうぜ!」

 

「ですがそう上手く成功するとは限りマセーン!」

 

 そのペガサスの言葉に《ブローバック・ドラゴン》は当てて見せると引き金を引くが、弾は出ない――ハズレだ。

 

 悔しげに膝をつく《ブローバック・ドラゴン》。

 

「ならバトルだっ! 《リボルバー・ドラゴン》と《可変機獣 ガンナードラゴン》2体で《トゥーン・ヂェミナイ・エルフ》を攻撃するぜ!」

 

 《リボルバー・ドラゴン》の3つの銃弾と《可変機獣 ガンナードラゴン》の無数のミサイルが放たれ《トゥーン・ヂェミナイ・エルフ》を襲う。

 

 その弾幕を《トゥーン・ヂェミナイ・エルフ》は身体を軟体動物のように滑らせながら回避。

 

 回避した弾幕がペガサスを襲う。

 

「NoOOO!! ですが《トゥーン・キングダム》の効果で代わりにデッキのカードを除外し、さらに《魂吸収》の効果でライフを回復デース!!」

 

 3枚のカードがデッキトップから魂のように浮かび上がりペガサスの糧となる。

 

ペガサスLP:5350 → 4650 → 5150 → 4250 → 4750 → 3850 → 4350

 

 ダメージと回復を挟み目まぐるしく増減するペガサスのライフだが、キースの最上級モンスターの3度の攻撃を受けたのにも関わらず削れたライフはたった1000ポイント。

 

――遠いな……

 

 キースはそう思わずにはいられない。

 

「なら《ブローバック・ドラゴン》で《レッドアイズ・トゥーン・ドラゴン》を攻撃だ!」

 

 《ブローバック・ドラゴン》がキースの為に特攻をかけ、《レッドアイズ・トゥーン・ドラゴン》の滑空からのとび蹴りの前に沈む。

 

「《補給部隊》の効果で1枚ドロー! そして《機甲部隊の最前線》の効果で《ツインバレル・ドラゴン》を守備表示で特殊召喚! そして効果を発動! もう一度《フィールドバリア》を狙う!」

 

 《ブローバック・ドラゴン》よりも一回り以上小さくなった《ツインバレル・ドラゴン》が飛び出しその身を伏せ、《フィールドバリア》を狙う。

 

《ツインバレル・ドラゴン》

星4 闇属性 機械族

攻1700 守 200

 

「その効果の成功率は決して高いものではありマセーン! そして今日のワタシは運命の女神に愛されていマース!」

 

 そう言って観客席のシンディアを視界に入れるペガサス。

 

 ギャンブル効果の結果は《ツインバレル・ドラゴン》の頭の小型の拳銃が「ポスッ」と音を立てたことが何よりの証――つまりハズレである。

 

「俺様はカードを1枚伏せてターンエンドだ……」

 

 互いに決定的なダメージが通らぬまま、キースはターンを終えた。

 

 






レッドアイズ・トゥーン・ドラゴン 爆誕!
城之内「おおー! 俺のレッドアイズだ!!」
静香「本当! 可愛い!」

ブルーアイズ・トゥーン・ドラゴン 降臨!
海馬「おのれペガサス……よくも俺のブルーアイズを惨めな姿に……」
モクバ「(可愛いと思うんだけどなー)」

何故なのか……




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第35話 奥の手



キースVSペガサス 後編です


前回のあらすじ
トゥーン・デーモン「ん? トゥーン・ワールドは?」

トゥーン・キングダム「ヤツは置いてきた。ハッキリ言ってこの戦いにはついてこれそうもない」

トゥーン・ワールド「!?」



 

 

 お互いに戦闘ダメージが上手く通らない。

 

 戦闘を主な戦術とするキースはどうにかして《トゥーン・キングダム》を突破する必要がある。

 

 だがペガサスの「トゥーン」たちにそんな縛りなどなかった。

 

「ワタシのターン、ワタシの今の手札が0枚なので永続罠《破滅へのクイックドロー》の効果が適用されドローカードは2枚デース! さらに《強欲なカケラ》に2つめのカウンターが乗りマース!」

 

強欲カウンター:1 → 2

 

 実質、毎ターン2枚のドロー。

 

 手札の数が可能性の数と言われるデュエルにおいてかなりの脅威である。

 

「そしてスタンバイフェイズ時に《タイムカプセル》のカウンターが進みマース!」

 

 《タイムカプセル》:1ターン目のスタンバイフェイズ

 

「早速《強欲なカケラ》を墓地に送り2枚ドローデース!」

 

 増えた手札の1枚を取り出し指揮者のように《トゥーン・ブラック・マジシャン》を差す。

 

「ワタシは《トゥーン・ブラック・マジシャン》のもう一つの効果を発動! 手札の『トゥーン』カード《トゥーン・マーメイド》を捨て、デッキから『トゥーン』カードを手札に加えマース!」

 

 《トゥーン・ブラック・マジシャン》が《トゥーン・キングダム》に杖をかざす。

 

 すると本の新たなページがめくられ、不気味なほどに薄暗い廃墟のページが開かれ、黒いゴーストがペガサスの手札にするりと加わる。

 

「ワタシが手札に加えるのは《シャドー・トゥーン》! そして発動!」

 

 黒いゴーストの不気味な笑い声が木霊する。

 

「ワタシのフィールドに『トゥーン・ワールド』が存在する時! 相手モンスター1体の攻撃力分のダメージを相手に与えマース! 《スピリットバリア》で防げるのは戦闘ダメージのみ! 効果ダメージは防げマセーン! GO!」

 

 ペガサスの号令と共に黒いゴーストはケタケタと笑いながら《可変機獣 ガンナードラゴン》をすり抜け、その攻撃力2800分のダメージをキースに与える。

 

「ぐぉおおおお!!」

 

キースLP:4000 → 1200

 

「これでもう一度《シャドー・トゥーン》を使えばフィニッシュですが、このカードは1ターンに1枚しか発動できないのデース……ですが攻めの手を休めるつもりはありマセーン! 装備魔法《コミックハンド》を《リボルバー・ドラゴン》を対象に発動デース!」

 

 《トゥーン・キングダム》から伸縮アームが伸び、先端に取り付けられた白い手袋のような手が《リボルバー・ドラゴン》を捉え、その手の中に覆い隠す。

 

「クッ、今度は何だ……」

 

「このカードはワタシのフィールドに《トゥーン・ワールド》が存在するとき発動可能デース。その効果により装備モンスターのコントロールをGETしマース!」

 

 ペガサスの《トゥーン・キングダム》は《トゥーン・ワールド》として扱うカードであり、条件は満たしている。

 

 伸縮アームが縮み、白い手に包まれた《リボルバー・ドラゴン》がペガサスのフィールドに回収された。

 

「なんだと!」

 

 その強力な効果に驚くキース。だがペガサスはそれだけではないと続ける。

 

「さらにそのコントロールを得たモンスターを『トゥーン』モンスターとして扱いマース!」

 

 白い手が開かれると《リボルバー・ドラゴン》はデフォルメされていた――その姿は前のターンにリリースした《トゥーン・リボルバー・ドラゴン》そのもの。

 

「そして《リボルバー・ドラゴン》の効果を発動させてもらいマース! ロシアン・ルーレット!」

 

 抵抗する《リボルバー・ドラゴン》を《コミックハンド》の白い手は銃部分を押さえ、引き金を引かせ、銃弾が放たれる。

 

「Wow! 当たりデース! 《可変機獣 ガンナードラゴン》を撃破デース!」

 

 味方の弾丸に沈む《可変機獣 ガンナードラゴン》――その姿はどこか悔しげだ。

 

「モンスターが破壊されたことで《補給部隊》の効果で1枚ドローだ。クッ、待ってな《リボルバー・ドラゴン》……」

 

 キースは己の奪われた相棒に誓いを立てる。

 

 だがペガサスの攻めの手は止まらない。

 

「さらに魔法カード《トゥーン・ロールバック》を《ブルーアイズ・トゥーン・ドラゴン》に発動! これで《ブルーアイズ・トゥーン・ドラゴン》は2回攻撃できマース!」

 

 《トゥーン・キングダム》からカメラが現れ《ブルーアイズ・トゥーン・ドラゴン》がそれに向けポージングを取っている――周りのトゥーンたちもカメラに映ろうと奮闘していた。

 

「さぁバトルデース! 《ブルーアイズ・トゥーン・ドラゴン》で《可変機獣 ガンナードラゴン》を攻撃しますが、《ブルーアイズ・トゥーン・ドラゴン》は攻撃するのに500のライフコストを必要としマース」

 

ペガサスLP:4350 → 3850

 

「行きなサーイ《ブルーアイズ・トゥーン・ドラゴン》 滅びのトゥーンバースト!!」

 

 《ブルーアイズ・トゥーン・ドラゴン》の頭が尻尾に当たるほど胸を反らし、仲間の無念を晴らすべくキャタピラを唸らせる《可変機獣 ガンナードラゴン》をブレスで焼き払う。

 

 《可変機獣 ガンナードラゴン》の歩みは止まらない――だが《ブルーアイズ・トゥーン・ドラゴン》の目前で倒れ伏した。

 

 《ブルーアイズ・トゥーン・ドラゴン》はその覇気にプルプルと震える。

 

「だがモンスターが破壊されたことで《機甲部隊の最前線》の効果を発動! 《機動要犀トリケライナー》を守備表示で特殊召喚だ!」

 

 《可変機獣 ガンナードラゴン》の残骸からキースを守るように地響きと共に立ち塞がる《機動要犀トリケライナー》。

 

 その瞳には覚悟が籠っていた。

 

《機動要犀トリケライナー》

星6 闇属性 機械族

攻1600 守2800

 

 守備力2800、ペガサスのフィールドではすでに攻撃を終えた《ブルーアイズ・トゥーン・ドラゴン》でしか突破できない壁。だが――

 

「ですが《ブルーアイズ・トゥーン・ドラゴン》は《トゥーン・ロールバック》の効果で2回目の攻撃を行えマース! ライフコストを再び払い《機動要犀トリケライナー》を攻撃!!」

 

ペガサスLP3850 → 3350

 

 《機動要犀トリケライナー》に向かって片手を上げて突き進む《ブルーアイズ・トゥーン・ドラゴン》。

 

 その拳は強固な装甲を打ち破り、《機動要犀トリケライナー》を沈黙させる。

 

 《機甲部隊の最前線》による増援はこのターンもう望めない。

 

「そして《トゥーン・ヂェミナイ・エルフ》で《ツインバレル・ドラゴン》を攻撃!」

 

 《トゥーン・ヂェミナイ・エルフ》の姉妹が《ツインバレル・ドラゴン》の前後に陣取り、息を合わせたラリアットを首筋に叩きこむ。

 

 轟音と共に変形した《ツインバレル・ドラゴン》の首はあらぬ方へと向き、そのままフラフラと倒れ伏した。

 

「これでアナタのフィールドはがら空きデース! 《レッドアイズ・トゥーン・ドラゴン》でダイレクトアタックでゲームエンドといきマース!! 黒・炎・弾!!」

 

 残りライフ1200のキースに対し攻撃力2400の《レッドアイズ・トゥーン・ドラゴン》の球体のブレスが迫る。

 

 だがキースはフィールドのカードに手をかざし力強く宣言する――まだ終わるわけにはいかない。

 

「ここまで来てそう簡単に終われるかよっ! テメェの攻撃宣言時、罠カード《ピンポイント・ガード》を発動!」

 

 球体のブレスと巨大な岩の握りこぶしが衝突し炎を散らす。

 

「コイツの効果で墓地の《ツインバレル・ドラゴン》を蘇生! そして特殊召喚時、効果を発動! 狙うのは《コミック・ハンド》だ!」

 

 巨大な岩の握りこぶしの影から飛び出した《ツインバレル・ドラゴン》が仲間の拘束を解こうと引き金を引く。

 

《ツインバレル・ドラゴン》

星4 闇属性 機械族

攻1700 守 200

 

 だが気の抜けた「ポスッ」という音が響くだけで弾は出ない――ハズレだ。

 

「チッ! やっぱり持ってやがるな……」

 

 キースはペガサスの勝負強さに舌を巻く――カードに愛されているが故だ。

 

「新たにモンスターを呼ぼうとも《レッドアイズ・トゥーン・ドラゴン》の攻撃は止まりマセーン! 《ツインバレル・ドラゴン》を攻撃しなサーイ!」

 

 球体のブレス、黒炎弾は巨大な岩のこぶしに弾かれたが、《レッドアイズ・トゥーン・ドラゴン》は空中で一回転し、その勢いのままで《ツインバレル・ドラゴン》を尻尾ではたく。

 

 だがその尻尾は巨大な岩のこぶしに受け止められていた。

 

「無駄だ! 《ピンポイント・ガード》で呼んだモンスターはこのターンのみ破壊されねぇ!」

 

 《レッドアイズ・トゥーン・ドラゴン》が必死に尻尾をパタパタと振ると巨大な岩のこぶしはその手を離す。

 

 そして急に手を離された《レッドアイズ・トゥーン・ドラゴン》はそのまま宙を舞い、仲間のトゥーンたちを下敷きにしながら着地した。

 

 トゥーンたちの怒りの抗議に《レッドアイズ・トゥーン・ドラゴン》はタジタジである。

 

「堅い守りデスネ――ならば《リボルバー・ドラゴン》と《トゥーン・ヂェミナイ・エルフ》をリリースしアドバンス召喚!  今こそ目覚めるのデース! (いにしえ)の巨人! 《トゥーン・アンティーク・ギアゴーレム》!!」

 

 《リボルバー・ドラゴン》と《トゥーン・ヂェミナイ・エルフ》が《トゥーン・キングダム》に吸い込まれ、本が生き物のように蠢く。

 

 そして新たに開かれたページは歯車がひしめき合い周囲を壁に囲まれた古代の街並み。

 

 その壁に手を掛け「ヌッ」と《トゥーン・アンティーク・ギアゴーレム》が蒸気を吹かせながら顔を覗かせる。

 

《トゥーン・アンティーク・ギアゴーレム》

星8 地属性 機械族

攻3000 守3000

 

「ワタシはこれでターンエンドデース。エンド時に《破滅へのクイックドロー》の維持コストを支払いマース」

 

ペガサスLP:3350 → 2650

 

 なんとかペガサスの攻撃を防ぎ切ったキースだが旗色はすこぶる悪かった。

 

 攻撃の的にしていた比較的攻撃力の低い《トゥーン・ヂェミナイ・エルフ》は引っ込み、新たな3000打点のトゥーンが並び立っている。

 

 それらを突破しペガサスから勝利をもぎ取るためには《トゥーン・キングダム》の攻略が不可欠だ。

 

 そしてその攻略は水面下で進められている――あと少し、キースのデッキにかける手の力が強まる。

 

「まだまだ終わらねぇぜ! 俺様のターン、ドロー! 魔法カード《オーバーロード・フュージョン》を発動! 墓地の《リボルバー・ドラゴン》と《ブローバック・ドラゴン》を除外し融合召喚! 幻想を薙ぎ払え! 《ガトリング・ドラゴン》!!」

 

 主に銃を向けてしまった《リボルバー・ドラゴン》の無念を包み、より強靱な姿となってフィールドに現れる機械龍。

 

 猛る想いが3つの首から咆哮となって響く。

 

《ガトリング・ドラゴン》

星8 闇属性 機械族

攻2600 守1200

 

「切り札を切ってきたようデスネ――ですがカードが除外されたことで《魂吸収》の効果でライフを回復しマース!」

 

ペガサスLP:2650 → 3650

 

 《魂吸収》の効果はキースがカードを除外したときであっても適用される――むやみな除外はペガサスのライフを回復させるだけだ。

 

「好きなだけ回復してな! だが《ガトリング・ドラゴン》の効果は対象を取る効果じゃねぇ――《トゥーン・キングダム》でも防げねぇぜ! コイントス!」

 

 キースの言うとおり《ガトリング・ドラゴン》の効果は3枚のコインの表の数だけモンスターを破壊する効果――特定のモンスターを狙ったものではない。

 

 そしてペガサスのフィールドに的は溢れていた。

 

 コイントスの結果として《ガトリング・ドラゴン》の1つの頭の安全装置が解除される。

 

「チッ、コインの表は1枚! よって1体のモンスターを破壊する! 《トゥーン・アンティーク・ギアゴーレム》を破壊だ!」

 

 《トゥーン・アンティーク・ギアゴーレム》をハチの巣にせんと銃弾が迫るが当然――

 

 ペガサスは代わりにデッキの上から1枚除外し、《魂吸収》によりライフを回復する。

 

 すると特に狙われていないトゥーンたちも合わせて1列に並び、正面を向いて立つ。

 

 するとその場で1体ずつ順番に右回りに大きく円を描くように上半身を動かし攻撃をかわした。

 

 そして最後は両腕を重ならないように広げキメポーズをとる――満足気である。

 

「ですが《トゥーン・キングダム》の効果で代わりに除外して《魂吸収》の効果でライフを回復しマース!」

 

ペガサスLP:3650 → 4150

 

「複数体、同時に破壊しようとしたようですが、どのみち《トゥーン・キングダム》の前では無駄なことデース!」

 

「なら《死者蘇生》で墓地のモンスターを蘇生させる! もう一仕事してもらうぜ! 《可変機獣 ガンナードラゴン》!」

 

 大地を割りながら《可変機獣 ガンナードラゴン》が姿を現し、装甲に付いた土を身体をブンブンと振って飛ばす。

 

 飛んできた土にトゥーンたちは「ワー!キャー!」と騒いでいる。

 

《可変機獣 ガンナードラゴン》

星7 闇属性 機械族

攻2800 守2000

 

「バトルだ! 《ガトリング・ドラゴン》で《レッドアイズ・トゥーン・ドラゴン》を攻撃!」

 

 命中した弾丸は鱗の前に弾き飛ばされたがその衝撃により《レッドアイズ・トゥーン・ドラゴン》は目を回している。

 

 弾き飛ばされた弾丸はペガサスの足元に落ち爆発――ペガサスはその煙に咳き込む。

 

ペガサスLP:4150 → 3950

 

「No! ですが《トゥーン・キングダム》の効果で代わりに除外して《魂吸収》の効果でライフを回復しマース! その程度のダメージは逆効果デース!」

 

ペガサスLP:3950 → 4450

 

「なら次だ! 《可変機獣 ガンナードラゴン》で《レッドアイズ・トゥーン・ドラゴン》を攻撃!」

 

 《可変機獣 ガンナードラゴン》の突進に《レッドアイズ・トゥーン・ドラゴン》は「また俺かよ!」と言いたげな顔で頭突きで返すが、金属の塊を相手にすればどうなるかは再び目を回している姿を見れば分かる。

 

ペガサスLP:4450 → 4050

 

「無駄デース! 《トゥーン・キングダム》の効果で代わりに除外して《魂吸収》の効果でライフを回復しマース! 何度繰り返そうとも同じことデース!」

 

ペガサスLP:4050 → 4550

 

 自棄になったとしか思えないキースの攻撃――その程度のダメージでは相手のライフを回復させる手伝いをするだけになる。

 

「俺様はカードを1枚伏せてターンエンドだ……」

 

 だがペガサスにはキースの仕掛けた策が手に取るように分かる――カードの創造主であるが故に。

 

「ワタシのターン、ワタシの今の手札が0枚なので永続罠《破滅へのクイックドロー》の効果が適用されドローカードは2枚デース!」

 

 ペガサスのフィールドの《タイムカプセル》がゴゴゴと蠢く。

 

「そしてこのスタンバイフェイズに《タイムカプセル》は破壊され、その効果で裏側で除外したカードを手札に加えマース!」

 

 ペガサスは《タイムカプセル》で手札に加えたカードに目を落としながら静かに語る。

 

「キース、アナタの攻撃によってワタシのデッキは残り後1枚。このターンのワタシの攻撃を防げば、次のターンワタシのデッキは尽きる――これがアナタの策デスネ……」

 

 

 一見やみくもに攻撃していたように見えたキースの攻撃はペガサスのデッキ()の多くを削っていた。

 

 キースがトゥーンモンスターを突破できないと考え、デッキ切れによる勝利へと戦術を変えたことなどペガサスはとうに見抜いている。

 

 さらにキースの度重なる連続攻撃によりデッキは削れ、バーンダメージを与える《シャドウ・トゥーン》は品切れ。だが、この程度の展開は創造主たるペガサスを揺るがすには至らない。

 

「アナタの狙いなどワタシにはお見通しデース! そして今! その最後の策を破りマース! 《ネクロフェイス》を召喚!」

 

 人形の頭がゴロリと転がり。そこから肉腫とでも言うべき塊が人形の顔を砕きその部分に収まる。

 

 その姿は今までの『トゥーン』のファンシーな見た目から一線を画す不気味なモンスターだ。

 

《ネクロフェイス》

星4 闇属性 アンデット族

攻1200 守1800

 

「召喚された《ネクロフェイス》の効果によりゲームから除外されているカード全てをデッキに戻し、その数だけ攻撃力を100ポイントアップさせマース!」

 

 除外されたペガサスのカードがデッキに戻ればキースの策は崩れる――今のキースにもう一度デッキを削り切るだけの余力はない。

 

「ワタシのデッキ切れを狙っていたようですが、これでアナタのデッキ破壊はリセットデース!」

 

 《ネクロフェイス》が怪しげに光る。

 

 それはキースに敗北を届ける光。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――()()()出てきたか」

 

 キースはこの時を待っていた。

 

「俺様はその効果にチェーンして永続罠《スキルドレイン》をライフを1000払って発動する!!」

 

キースLP:1200 → 200

 

「!? What! 何故そのカードを!」

 

 《スキルドレイン》フィールドの全てのモンスターの効果を封じる永続罠。

 

 キースのデッキはそこまでモンスター効果をメインに据えたデッキではないが代名詞である機械龍の効果は使用できなくなってしまう――若干デッキに合わないと言えるカードだ。

 

 だがそれよりもペガサスが気になる点は――

 

「イエ、それよりもそのカードは2ターン目から伏せられていた筈デース! そんなカードを伏せているのなら何故もっと早くに発動しなかったのデスカ! そうすればもっと有利に――まさか!?」

 

 《スキルドレイン》はペガサスがモンスターの効果を使う前から伏せられていた。

 

 ゆえに《トゥーン・ブラック・マジシャン》などの効果を防いでいれば『トゥーンモンスター』が大量に展開されるのを防ぐことができ、キースはもっと有利に立ち回れたはずであった。

 

 

 だが「創造主」としての知識がこのタイミングで発動させたキースの真意を理解してしまう。

 

「――ワタシの《ネクロフェイス》を読んでいたのデスカ……」

 

 ペガサスはこのカードをこれまでのデュエルで一度たりとも使ったことはない。

 

 そしてキースとの自身のデッキを使ったデュエルはこれが初――にも関わらずキースは読み切った。

 

 キースは静かに語りだす。

 

「まさか俺様が手ぶらで来たと思ってたわけじゃねぇだろ? 読んでたさ――って言えればよかったんだがな……こいつは僅かに得られた情報『トゥーン』対策に入れたカードだ」

 

 ペガサスとの再戦を誓った日からキースはいつかの再戦の時の為にあらゆる情報を集めていた。

 

 表舞台で己のデッキでデュエルしないペガサスの情報――得られたのは「『トゥーン』カードを使う」ただそれだけだった。

 

 そしてペガサスがコミックを好んでいることから「トゥーンモンスター」だと予測したにすぎない――その対策である《スキルドレイン》。

 

「強力な効果を持ったカード群だったが、このデュエル中に《トゥーン・キングダム》の効果を知って予定を変更させてもらったのさ」

 

 デッキのカードを除外して「トゥーンモンスター」を守る《トゥーン・キングダム》の特性上、デッキ切れの可能性は常に付いて回る。

 

 そして「除外」という回収手段が限られる中、一度にデッキに回収できるカード――その手段は限られる。

 

 それゆえの策。

 

「なるほど――ですがワタシのモンスターの一斉攻撃でアナタは終わりデース!」

 

 ペガサスの言うとおりキースのフィールドにいるのは攻撃力2800と2600のモンスターのみ、《機甲部隊の最前線》の効果を加味してもキースの残り200のライフを削れる目算が高かった。

 

「バトル! 《トゥーン・アンティーク・ギアゴーレム》で《ガトリング・ドラゴン》を攻撃しマース! アルティメット・パウンド!」

 

 《トゥーン・アンティーク・ギアゴーレム》が腕をグルグル回しながら迫り、《ガトリング・ドラゴン》に鉄拳を繰り出す。

 

 その鉄拳は《ガトリング・ドラゴン》の装甲を容易く打ち抜くが、《トゥーン・アンティーク・ギアゴーレム》は打ち抜いた腕が《ガトリング・ドラゴン》から抜けずに焦っていた。

 

「モンスターが破壊されたことで《補給部隊》の効果で1枚ドロー! そして《機甲部隊の最前線》の効果で《強化支援メカ・ヘビーウェポン》を守備表示で特殊召喚だ!」

 

 もがく《トゥーン・アンティーク・ギアゴーレム》を余所に《ガトリング・ドラゴン》の残骸から《強化支援メカ・ヘビーウェポン》がスッと飛び立つ。

 

《強化支援メカ・ヘビーウェポン》

星3 闇属性 機械族

攻 500 守 500

 

 攻撃力2600以下のモンスターを呼べるにも拘らず呼び出したのは攻撃力500のモンスター。

 

 キースのデッキにモンスターが残っていない可能性もあったがペガサスはそれは違うとどこか確信している。

 

 闇属性・機械族の攻撃力500のモンスター。

 

 

 

 ()()()闇属性の攻撃力1000以下のモンスター。

 

 ペガサスは「創造主」としての知識から理解できてしまう――それは闇属性にのみ与えられた無慈悲なる侵蝕。

 

「気付いたみてぇだな……なら夢の時間は終わらせてもらうぜ! 俺様のフィールドの攻撃力1000以下の闇属性モンスター《強化支援メカ・ヘビーウェポン》をリリースし罠カード《死のデッキ破壊ウイルス》を発動!」

 

 《強化支援メカ・ヘビーウェポン》が黒ずんでいき「死」の文字が浮かんだウイルスとなって宙に漂う。

 

「相手フィールドのモンスター及び相手の手札を全て確認し、その中の攻撃力1500以上のモンスターを全て破壊する! 消えな! 無敵の生命体さんよぉ!」

 

 そのウイルスがトゥーンたちに迫りその身を同じように黒く染める。

 

「ワタシのフィールドのトゥーンたちは全て攻撃力1500以上……」

 

 ペガサスの手札の攻撃力2200の《トゥーン・ドラゴン・エッガー》も《死のデッキ破壊ウイルス》の侵蝕を受ける。

 

「《トゥーン・キングダム》の効果は――くっ、発動できマセーン」

 

 4体のトゥーンたちの身体は死のウイルスに浸食され苦しそうに呻き声を上げる――その姿はペガサスには痛ましいものだ。

 

「やっぱりな、ペガサス、テメェの《トゥーン・キングダム》は複数体のトゥーンモンスターが同時に破壊されるとき、その破壊から守るにはその複数体分のカードを除外する必要のある効果のようだな……」

 

 キースの《死のデッキ破壊ウイルス》から4体の『トゥーンモンスター』たちを破壊から守るためには《トゥーン・キングダム》でデッキの上からカードを4枚除外しなければならない。

 

 だが、ペガサスのデッキは僅か1枚――これでは効果を発動できない。

 

「デッキを除外しすぎてしまいマシタ……ネ」

 

 《ネクロフェイス》の存在から『トゥーンモンスター』を守るためにデッキの除外を惜しまなかった故の一瞬の隙。

 

 その一瞬の隙を作るために払った代償は大きかったがキースは強気に笑う。

 

「ククッ、自分が有利だと思い込んでるヤツほど乗せやすいもんはねぇからな」

 

 そして死のウイルスにより苦しみから倒れ伏し、縋るようにペガサスに視線を向けるトゥーンたち、だが今のペガサスに助ける手立てはない。

 

 黒く染まったトゥーンたちの身体は砂のように崩れていった。

 

「Oh! No! ワタシのトゥーンたちが……」

 

「その後、ペガサス! テメェはデッキから攻撃力1500以上のモンスターを3体まで選んで破壊できる――がどうするよ?」

 

 《死のデッキ破壊ウイルス》のもう一つの効果、相手のデッキ圧縮。

 

 基本的に相手に有利に働くことが多い効果だが今のペガサスにはメリットになりえない――デッキが1枚しか残っていないのだから。

 

 しかしキースのデッキもまた余裕があるわけではない――悠長にはしていられなかった。

 

「――ワタシはデッキからカードを墓地に送りマセーン」

 

 そして今のペガサスは苦しげに最後に残った手札を伏せる。そう、まだ手は残されていた。

 

「カードを1枚伏せてターンエンドデース。エンド時に《破滅へのクイックドロー》の維持コストを支払いマ……ス」

 

ペガサスLP:4550 → 3850

 

 ペガサスの愛すべきトゥーンたちは全て消えさった。残ったのは住人のいなくなった《トゥーン・キングダム》のみ。

 

 だがペガサスは諦めない。愛する人の目の前で膝を突ける筈もない。

 

 そしてペガサスには1ターンの猶予があった。

 

 《死のデッキ破壊ウイルス》を受けたプレイヤーはそのカードの発動後、次のターンの終了時まで相手から受ける全てのダメージは0になるゆえに……

 

 

「俺様のターン、ドロー! だが次のターンまでダメージはねぇがそのモンスターは片付けさせてもらうぜ! 《可変機獣 ガンナードラゴン》で《ネクロフェイス》を攻撃!」

 

 首を地面に叩きつけ跳躍した《可変機獣 ガンナードラゴン》が《ネクロフェイス》を踏み潰しキャタピラをギャリギャリと動かし破壊する。

 

「俺様はモンスターを1体セットし、カードを1枚伏せてターンエンドだ」

 

 大きな動きもなく終了したキースのターン。この間をペガサスは逃すわけにはいかない。

 

 ペガサスは一縷の望みを賭けてカードを発動させる。

 

「ワタシはまだ終わりマセーン! アナタのエンド時に罠カード《貪欲な(かめ)》を発動しマース!」

 

 金品を散りばめて顔を作られた壺が舌を出しながら不気味に笑う。

 

「墓地の《コミックハンド》、《シャドー・トゥーン》、《トゥーン・ヂェミナイ・エルフ》、《ネクロフェイス》、《トゥーン・ロールバック》の5枚をデッキに戻し1枚ドローデース!」

 

 5枚のカードがデッキに戻ったことでペガサスの残りデッキの枚数が6枚と若干の余裕が生まれる。

 

 そしてここで《シャドー・トゥーン》を引くことができればキースの残りライフを削り切ることができる。確率6分の1――いや、通常ドローを合わせれば3分の1のギャンブル。

 

 そうして罠カード《貪欲な瓶》の効果で1枚のドローがなされるも、望んだカード《シャドー・トゥーン》ではない。

 

 残るドローのチャンスは恐らく最後となるであろうペガサスのターンの通常ドローの1回のみ、その手に力がこもる。

 

「さすがデース。キース……ですがワタシにもデュエリストとしての意地がありマース……ワタシのラストターン! シンディア……力を貸してくだサーイ……ドローッ!」

 

 

 

 

 デッキはペガサスに応えた。

 

「ワタシは――」

 

 ペガサスの心に《シャドー・トゥーン》の笑い声が木霊する――それは勝利の福音となる声。

 

 だがフィールドにプカプカと浮かぶ「闇」の文字が書かれたダニのような紫の気泡が目に入る。

 

 ペガサスにはそれがなんなのかすぐに理解できた――できてしまった。

 

「待ちな! テメェのドローフェイズに俺様のフィールドの攻撃力2500以上の闇属性モンスター《可変機獣 ガンナードラゴン》をリリースし罠カード《闇のデッキ破壊ウイルス》を発動!」

 

 そのキースの宣言と共に《可変機獣 ガンナードラゴン》が崩れ周囲が前述した気泡で溢れかえった。

 

「この効果により魔法(マジック)(トラップ)を宣言し、相手のフィールド及び手札の宣言したカードを破壊する! 俺様が選ぶのは当然魔法(マジック)カード!!」

 

 ダニのようなウイルスがペガサスの《フィールドバリア》と《魂吸収》を破壊。

 

 そしてペガサスの2枚の手札――《コピーキャット》と《シャドー・トゥーン》を侵蝕し破壊した。

 

 

 

 全ての手札を失ったペガサスはもはや何もできない。

 

「……ターンエンドデース。エンド時に《破滅へのクイックドロー》の維持コストを支払いマース」

 

ペガサスLP:3850 → 3150

 

 

 ライフはまだ残っているものの、キースの攻撃を止められそうにはなかった。

 

 ペガサスは昔に思いをはせる。

 

――何時からだろう、「創造主」などと呼ばれ、デュエルする機会がめっきり減ったのは

 

――何時からだろう、ペガサスミニオンたちの成長を見守るだけで満足している自分を感じたのは

 

 だが今はペガサスの想定を超えたキースの存在に楽しくて仕方がない――ペガサスはこんなワクワクした気持ちは久々であった。

 

「俺様のターン、ドロー! まずはセットモンスターを反転召喚 《スフィア・ボム 球体時限爆弾》!」

 

 セットモンスターがクルリと反転し赤い球体に4方に爪の付いた「地雷」モンスターが慣れない攻撃姿勢を取る。

 

《スフィア・ボム 球体時限爆弾》

星4 闇属性 機械族

攻1400 守1400

 

「そして俺様は手札を1枚捨て、装備魔法《D(ディファレント)D(ディメンション)R(リバイバル)》を発動! ゲームから除外されている俺のモンスター1体を特殊召喚する! 帰還しな! 《リボルバー・ドラゴン》!!」

 

 次元が歪み、そこから常にキースを支えてきた相棒たる黒き機械龍が地響きと共に姿を現す。

 

《リボルバー・ドラゴン》

星7 闇属性 機械族

攻2600 守2200

 

「これで終わりだな……2体のモンスターでダイレクトアタック!」

 

 《スフィア・ボム 球体時限爆弾》がペガサスに体当たりし、その後、《リボルバー・ドラゴン》の一撃がその身を貫いた。

 

 ペガサスはその攻撃を静かに受けいれた。

 

ペガサスLP:3150 → 1750 → 0

 

 






ネクロフェイス
「しかし笑えますねぇ、シンディア様の一件であなたたちは表舞台(デッキ)から追放、一方私は今ではペガサス氏の奥の手、随分と差がつきましたぁ。悔しいでしょうねぇ」

サクリファイス「俺達がいないってことはペガサス様が闇に落ちてないってことだろ?」

サウザンド・アイズ・サクリファイス「あの人が幸せならそれ以上のことはない」

ネクロフェイス「……グフッ!」



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第36話 その先に何が待っているでしょうねぇ……

前回のあらすじ
キース「トゥーン・リボルバー・ドラゴン、結構いい感じだな……」

サクリファイス「もうGXまで出番なさそうだし、しばらくは井戸で昼寝でもするかぁ!」
サウザンド・アイズ・サクリファイス「そだな!」
ネクロフェイス「賛成ー!」


 ペガサスのライフが0になりデュエル終了のブザーが鳴る。

 

 だがMr.クロケッツはいまだにペガサスの敗北が信じられない。

 

 そんなMr.クロケッツの後ろからそっとマイクを取り壇上に上がるシンディア。

 

 そして静かに宣言する。

 

「そこまでです。このデュエルの勝者は――キース・ハワード氏です!」

 

 

 伝説が今ここに再臨した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勝利者であるキースに近づき手を差し出すペガサス。

 

「キース、とても素晴らしいデュエルデシタ――デュエルが終わったと言うのにワクワクが止まりマセーン。ワタシがこの大会を開催したのは間違っていなかったようデース! そうデース! 握手してもらえまセンカ?」

 

 茶目っ気を含んだペガサスの要望にキースは快く応える。

 

「ああ、あの時の借りをようやく返せたぜ……」

 

 互いを讃え合う2人。

 

「負けたことがとても悔しいデース! こんな気持ちはいつ以来か分かりマセーン!」

 

 朗らかに笑いながらペガサスは互いを全力でぶつけあえるライバルの存在を1人のデュエリストとして喜んだ。

 

 そんなペガサスにキースはニヒルに笑いながら応えた。

 

「なら今度はテメェがチャレンジャーとして挑みに来な――チャンプとして、そして1人のデュエリストとして相手になるぜ」

 

「What? ワタシが? Oh! それも楽しそうデース!」

 

 今のキースの力強さは多くのデュエリストたちとぶつかり合った素晴らしき絆の賜物。その世界に自身を投じてみるのも面白そうではあるとペガサスは考える。だが――

 

「お誘いはありがたいデース……ですがワタシはカードを生み出す――イエ、向き合うことも好きなのデース! 故にその件は保留としマース!」

 

 ペガサスはデザイナーとしても第一線で戦いたかった。

 

 その言葉に視界の端でホッとする月行――テレビの前のペガサスミニオンも同じ気持である。

 

 そんなペガサスにそっと寄り添ったシンディアもキースに感謝を示す。

 

「キースさん、今回は本当にありがとうございます。ペガサスに最高のデュエルを届けてくれて……」

 

「なぁに……俺様はただ1人のデュエリストとして全力で臨んだだけだ」

 

 キースに感謝されるほどのことじゃないと伝えられても、シンディアは小さく苦笑しながら伝える。

 

「それでも私にあるのは感謝の気持ちだけです――ありがとうございます」

 

 

 

 こうしてペガサス島での大会――決闘者(デュエリスト)王国(キングダム)は終わりを見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰りの船に向かう遊戯たち、そんな彼らの行く手を遮るように海馬が仁王立ちしている。

 

「俺たちになんかようか、海馬?」

 

 代表して用件を聞いた城之内。だが返ってきた言葉は辛辣だった。

 

「馬の骨である貴様に用はない……」

 

「なんだと! 海馬ァ! てめぇ!」

 

「まあまあ落ち着けよ、城之内」

 

 海馬の挑発に憤慨する城之内。そしてそれをいさめる本田。

 

 そんな2人を無視して遊戯に歩み寄り海馬は宣言する。

 

「遊戯! 貴様に言っておくことがある! 今回のデュエル、敗れはしたが俺達のデュエルはまだ終わってはいない!」

 

 そして遊戯を力強く見据え締めくくる。

 

「俺と貴様の戦いのロード、またいずれ交わることだろう! その時まで貴様に勝利を預けておいてやる!! 行くぞ! モクバ!」

 

「うん、兄サマ! お前らもまたな!」

 

 そうして海馬兄弟はヘリで待つ磯野の元へ向かった。

 

 

 

 その後ろ姿を見つつ本田は呟く。

 

「相変わらず嵐みてぇな奴だな……」

 

「でも海馬君がカードの心を分かってくれてうれしいよ!」

 

「そうか~? あんまり変わってねぇように見えっけどな……」

 

 遊戯の祖父が伝えたかったことを海馬が解ってくれたと遊戯は喜ぶが、城之内は懐疑的である。彼の眼にはあまり変わったように映らない。

 

 そこに獏良があることを思い出す。

 

「そういえば準優勝者にも賞金は出たんだよね? 城之内君の妹さんの手術費用に使う筈だったけど、必要なくなっちゃったし――遊戯君の賞金はどうするの?」

 

「そういやそうだな。すげぇデュエルの連続で忘れちまったぜ。どうすんだ遊戯?」

 

 本田が遊戯に尋ね、城之内が続く。

 

「別に遊戯の好きにすりゃいいだろ……でもかなりの金額だしなぁ」

 

 お金の大事さを知る城之内は思わず、自分だったら――そう考えてしまう。

 

「もうお兄ちゃんったら……」

 

 そんな兄の姿に静香は苦笑を返す。

 

「ならじいちゃんと相談してみるよ」

 

 そして遊戯は自分だけでは判断できないと年長者である祖父の知恵をかりることにした。

 

 そんな中、今まで沈黙を保っていた孔雀舞が遊戯たちに言葉を掛ける。

 

「さてと、悪いけどアタシは先に船に戻らせてもらうわ」

 

「なんだよ、行っちまうのか?」

 

 まだ船の出港まで時間はあるため、仲間内で騒いでいたい城之内は引きとめるように返す。

 

「ええ、少し1人で考えたいこともあるしね」

 

 だが孔雀舞はそれをそっと突き放すように断った。

 

 

 孔雀舞は少し前の自身を思い出す。

 

 彼女は自分は強者だと思っていた――だから1人で生きていけると考えていた。

 

 だが世界は広い――上には上がいる。

 

 キース・ハワード、全米チャンプ。

 

 孔雀舞は自身の流れ者の気質故に戦う機会こそなかったが勝算はあると判断していた。

 

 だが結果は終始キースのペースのままデュエルを進められた――惨敗と言っていいだろう。

 

 そしてそんなキース相手にどこかでデュエリストとしてはまだボウヤだと思っていた城之内の思わぬ善戦。

 

 新たな世代は唐突に芽吹く――下のものもいつまでも下にいるわけではない。

 

「アンタたちといるのも悪くはなかったけど――やっぱり、なんでもないわ」

 

――今のままだとただ寄りかかるだけになっちゃいそうだから、ね。

 

 そんな弱みを孔雀舞は言葉にはできなかった。そして言い直すように言葉を続ける。

 

「別にアンタたちが嫌いになったわけじゃ無いわ。ただアタシはアンタたちと対等でありたいから――今は距離を置かせてもらうだけ……まぁ――」

 

 そして軽くウインクしながら締めくくった。

 

「――アタシのワガママみたいなもんよ」

 

「それって――」

 

「舞さん! この大会では色々とありがとう! またいつかデュエルしようね!」

 

 そんな言葉に何か言おうとする城之内をデュエリストとして孔雀舞の心情を感じ取った遊戯が止め、応援するように言葉を贈った。

 

「そうね。またいつか会いましょう」

 

 立ち去った孔雀舞を見ながら城之内はどこかデュエリストとしての壁を感じていた――遊戯には分かった孔雀舞の気持ちが城之内にはまだはっきりと見えなかった故に……

 

 

 

 そしてその後、本戦に残ったデュエリストに後から送られるペガサスが選び抜いたカードの話を続けていた遊戯たちにMr.クロケッツのアナウンスが耳に入る。

 

『皆様、まもなく船の出港時刻になります。準備がまだの方はお急ぎください』

 

アナウンスを聞き遊戯たちは自分たちの故郷を思い浮かべた。

 

「みんな帰ろう! 童実野町へ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一足先にヘリでKCまで戻る海馬兄弟。

 

 そんな中、何か言いたげなモクバに海馬が問う。

 

「どうしたモクバ。何か言いたいことでもあるのか?」

 

「えっとあの、兄サマ、遊戯とのデュエル……残念だったね……」

 

「なんだ、そんなことか。確かに敗れはしたがあのデュエルで遊戯の実力は見切った。次に戦うときは奴に敗北を叩きつけてやる……」

 

「だよね! 兄サマ」

 

 兄である海馬が落ち込んでいないかと心配だったモクバは海馬の勝利宣言ともとれる言葉を聞き安心するのであった。

 

 そんなモクバの顔をみて海馬もまた弟の不安を取り除けて満足げだ。

 

 確かに今回のデュエルで遊戯の実力を見切った海馬であるが、まだ勝利を確信することはできてはいない。

 

 そして倒すべき相手が1人増えた――そして今の己ではまだ届かないだろうと……

 

 だがどちらも「まだ」である。来たるべき戦いにそなえ牙を研げばいいだけのことだと海馬は手元の試作型デュエルディスクに目を落とした。

 

 

 そんな心温まる?やり取りを聞きながらへリの操縦をする磯野は思わず目頭を押さえる。

 

 ここ最近で涙腺が緩んできているようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 童実野町に帰る船の中でテーブルに突っ伏し竜崎は名刺を眺めていた。

 

――ぜひ専属デュエリストとして――

 

 そう言って名刺を渡してきたKCに所属する神崎という男について竜崎は考えたことを口に出す。

 

「なんでワイなんやろな~」

 

 竜崎の懸念はそこにあった。

 

 今回の大会でベスト8に残りはしたものの結果はトーナメント1回戦負けである。

 

 社長である海馬瀬人やアメリカに本拠地を置くキースはともかく。

 

 なぜ準優勝の遊戯や全米チャンプを相手にあれだけのデュエルをした城之内でもなく、自分なのだろう、と。

 

「なんも考えへんかったら、普通にエエ話なんやけどな~」

 

 大企業KCの専属デュエリストともなれば様々な面で優遇されることは容易に見て取れた。

 

「でも結構悪い噂あるしな~」

 

 だが神崎という人間が引っかかる。風の噂程度だが後ろ暗いものがあるらしい。

 

 しかし神崎という人間を実際にみた竜崎には只の人のよさそうな人間にしか見えなかった。

 

「まぁ、話ぃ聞くだけ聞いてみるか……天下のKCやし、いきなりどうこうされるっちゅうことはないやろ!」

 

 竜崎は背伸びをしつつ、とりあえずの結論をだす。その一歩は彼の運命を大きく変えることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 童実野町に帰る船の中で全国大会優勝者に割り振られた部屋で羽蛾は不気味に笑いながら名刺を眺める。

 

――ぜひ専属デュエリストとして――

 

 そう言って名刺を渡してきたKCに所属する神崎という男について羽蛾は喜びを抑えられずに言葉をこぼす。

 

「ヒョヒョヒョ! 遂に、遂に俺の時代がきた、きた、きたー!」

 

 羽蛾は大企業KCの専属デュエリストという肩書に心躍らせる。

 

 羽蛾は今回の大会でベスト8に残りはしたものの結果はトーナメント1回戦負けである。

 

 だが準優勝の遊戯でも全米チャンプを相手に善戦した城之内でもなく、羽蛾自身が選ばれたことが自分の才能がキチンと認められたのだと拳を握る。

 

「あの大企業KCの専属デュエリストともなれば、ヒョヒョー! 笑いが止まらないぜ!」

 

 自身の明るい未来を想像し笑いが込み上げる羽蛾。

 

「神崎とかいう奴には感謝しないとな~! ヒョヒョヒョッ!」

 

 羽蛾は人のよさそうな印象の神崎なら羽蛾自身が必要とするものを手にするのは容易そうだと考えた。

 

「ヒョヒョヒョー! 帰ったらさっそくKCに向かうとするぜ~! ヒョヒョッ!」

 

 その思惑が実るかどうかは彼の選択次第になるであろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 童実野町に帰る船を見届けたペガサスはペガサス城で思い耽っていた。

 

 そんなペガサスに月行が声をかける。

 

「ペガサス様、I2社への帰りの準備が整いました」

 

 だがペガサスは返答しない。

 

「…………ペガサス様?」

 

 不審に思う月行。様子を見るため傍に近づこうとした月行に「パンッ!」と乾いた音が聞こえる。

 

「What! 何事デース!!」

 

 その音に驚き、立ち上がって周りをキョロキョロするペガサスに家具の陰から両の手を合わせて音を出したシンディアが前に出る。

 

「やっと気が付いた? ペガサスったらキースさんとのデュエルが終わってからずっとこんな調子なの。だめじゃないペガサス、月行の話をちゃんと聞かなきゃ」

 

 シンディアのしょうがない人だと言わんばかりの顔にペガサスは申し訳ないと続ける。

 

「Oh! 2人ともスミマセーン! まだあのデュエルの余韻が抜けきっていないのデース!」

 

「アナタもやっぱりデュエリストだから熱いデュエルに惹かれちゃうのね。妬いちゃうわ……」

 

 そんなシンディアの言葉にペガサスは慌てて言葉を紡ぐ。

 

「イエこれは違うのデース、シンディア! これはアナタを蔑にしたわけではありマセーン! ……!? そうデース! しばらくはこの大会のような大きな案件もありまセン――」

 

 矢継ぎ早に話すペガサスにシンディアは優しい笑みを浮かべながら安心させるように言う。

 

「フフッ、そんなこと言わなくてもわかっているわ、ペガサス。私だってデュエリストですもの――それに私のデュエルの腕も上達してるはずだから、次勝負する時はちゃんと全力を出してね?」

 

 デュエリストとして全力で戦ってほしいというシンディアの願いに困るペガサス。

 

「これは痛いところを突かれてしまったようデース!」

 

 そんな朗らかに笑うペガサスの姿を眺めながらシンディアはペガサスの休暇の件である考えを思いつく。

 

「そうだわ! 久しぶりにお休みが取れるなら、みんなと一緒にピクニックにでも行かない? たまには家族みんなの時間も必要よ?」

 

「ナイスアイデアデース! それではどこか良さそうなところをチェックしておきマース!」

 

 手を合わせていい考えだと提案したシンディアにペガサスも同意する。

 

 そんな中、月行は自信を持って宣言した。

 

「御二人が留守の間のI2社のことはお任せください」

 

「? 何言ってるの? アナタたちも行くのよ――月行? 夜行たちと一緒に――それとも私たちと一緒は……イヤ?」

 

 悲しそうに問いかけるシンディアに月行は慌てて否定する。

 

「い、いえとんでもございません! ですが本当によろしいのですか……」

 

「貴方はそんなこと気にしなくていいのよ」

 

 月行にそっと笑いかけるシンディア。

 

「そのとおりデース! 親子一緒に楽しむことだって重要なことデース! そうときまれば善は急げデース! さっそくI2社に戻りマース!」

 

 話は纏まったとペガサス城を後にI2社へ向かうペガサス一行。

 

 部屋の外で待機していたMr.クロケッツはこの幸せを守っていこうと決意を新たにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大会の後始末を終え積もる話もあるだろうと牛尾を遊戯の元へ送り、そしてKCに帰る神崎は考えを纏めるようにひとりごちる。今回は想定外のことが起こりすぎた。

 

「さて、想定外の出来事はあったものの興業としては成功といっていい――想定外の産物となったキース・ハワードにも一応の恩は売れた」

 

 大会の結果様々な面でKCが潤うことは容易に想定できた。

 

 そしてキースの全米チャンプとして動き難いであろう状況での今大会の招待と諸々の手続き――恩と言えなくもない。

 

「そして『武藤遊戯』いや、『アテム』と言うべきか……成長を促すべきか? いや、『雑味』になりそうなものは排除するべき、か」

 

 だが今回の一件で失った「勝利の象徴」――大きすぎる損失だ。その補填も難しい。

 

 

 

 「デュエリスト」――それは世界の破壊から創造まで関わる常識では計れぬ理外の存在。

 

 彼らのカードゲームのプレイヤーとしての強さと「デュエリスト」としての強さは大きく違う。

 

 神崎には後者を「心」を強くすることだと一応考えてはいるがそれが正しいのかはまだ分からない。

 

 そして世界のタイムリミットは大邪神ゾークことバクラの闇のゲームまで――それ以外の事件は解決する糸口がなくはないが、大邪神ゾークに関しては「武藤遊戯」と「アテム」の両名でなければならない。

 

――いくつか手を回す必要があるが、それよりも現段階での一番の問題は「イリアステル」か……

 

 今回の一件で本来の歴史(原作)から大きく逸れた。

 

 シンディアの生存で既に逸れてはいたがここまで大きく逸れた以上、イリアステルも黙ってはいない。

 

 

 イリアステル――それは「遊戯王5D's」にて登場した破滅した未来から「破滅の未来を変える」ため過去へと渡り様々な手段を講じるものたち。

 

 彼らイリアステルから神崎がどう映っているのかは分からないが、十中八九自身が排除されると神崎は考えている――彼らにとって余計なことを知りすぎてしまっている故に……

 

 だが今現在こうしていられる以上今すぐにどうこうされることはないことがチャンスだと神崎は思うしかない。

 

――まずは今の私がどこまでやれるか試してみるとしますか。

 

 神崎はただで死ぬつもりはさらさらない。

 

 

 そんな覚悟を決めた神崎の電話が鳴る。

 

『こちらギースです。至急お伝えしたいことが』

 

「どうかしましたか?」

 

 ギースからの緊急の案件――今のKC内で緊急を要する案件は決して多くない。

 

『ツバインシュタイン博士が「準備は完了。後はエネルギーの問題のみ」とのことです』

 

「そうですか……わかりました。ああ、そうだ――至急用意してもらいたいモノがあるのですが――」

 

 

 神崎が電話越しにギースに伝えた「必要なモノ」。だがギースにはそんなものが何故必要になるのかわからない。

 

 

『何故そんなものを? ……いえ、了解しました。すぐに手配します』

 

 だがギースはその疑問を問いかけてしまうがすぐさま撤回する――きっと今の自分には「知る必要のないこと」なのだろうと……

 

「では、よろしくお願いします」

 

 通信を終えた神崎は今後のプランを組み立てる。可能な限り「障害」を排除しつつ、これからに備える為――彼を縛っていた鎖は既にない。

 

 

 

 




負けられない勝負が怖い。世界の命運どうすんだよぉ……

なら強いデュエリストを沢山作ればいいじゃない
そんな計画。


そんなこんなで決闘者(デュエリスト)王国(キングダム)編 完結


次はバトルシティ編だ!



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DM編 第4章 幕間 力を欲する者たち
第37話 それぞれの一歩


次はバトルシティ編だと言ったな……あれは嘘だ!

しばらくはバトルシティ編に向けてのお話です

前回のあらすじ
決闘者の王国編 完!

デュエリスト2名様、ご招待~
どこにって? 直ぐに分かるさ……



 ペガサス島での大会も終わり、全米チャンプとのデュエルの一件から遊戯たちに詰め寄る影も鳴りを潜めた今日この頃、童実野町の一角にある武藤双六が経営する小さなゲームショップ「亀のゲーム屋」に勢いよく入店する影があった。

 

「いらっしゃい――なんじゃ、城之内か、遊戯なら出かけておるぞ。待つんじゃったら最近入荷したワシの友人が家族で作った新しいゲームがあってな、どうじゃワシと一緒に――」

 

 孫の親友でもある顔馴染みである城之内の来店に双六は新しいゲームに誘うが――

 

「いや、今日は遊戯に用があってきたわけじゃねえんだ――じいさん、アンタに頼みがある」

 

 そう切り出した城之内の目は真摯に双六を見据えており、ただならぬ様相が垣間見えた。

 

「ん? 儂に? どうやら深刻な話のようじゃな……それでどうしたんじゃ?」

 

 城之内がここまで緊迫した状況での「頼み」に身構えた双六。そんな双六に城之内は勢いよく頭を下げ、絞り出すように言い切った。

 

「俺を、俺をデュエリストとして一から鍛え直してくれ!」

 

 双六は城之内のデュエルの師として教えていたが、それはペガサス島での大会の前に教えるべき点は教えきっている。

 

 城之内もそのことは分かっている筈のことゆえに双六は思わず尋ねた。

 

「急にどうしたんじゃ? 儂は基礎的なことは教え終えた。後はそれを磨いていくだけじゃと伝えたじゃろ?」

 

 そのことは城之内も痛い程よく分かっていた。だが止まれなかった。

 

「俺はあの大会で気付いた! 思い知らされたんだ! 今のままじゃいけねぇって――俺には足りねぇもんが多すぎる!」

 

 彼は光に魅せられていた。

 

「ねぇ頭振り絞って考えた! だけど今の俺にはどうすれば遊戯たちがいるところに辿り着けんのかがこれっぽっちも分かんねぇんだ!」

 

 城之内がペガサス島での大会を――いわゆる一流のデュエリストの戦いを肌で感じ取ったがゆえの焦り、同年代の遊戯や海馬はそのステージで戦っているにも関わらず自身は真の意味でそのステージにはいない。

 

 そんな城之内を双六は眩しいものを見るかのように目を細める――過去の自身に重ねたのかもしれない。

 

――迷える若人に道を指し示すのも儂ら「大人」の仕事かの?

 

「……頼む」

 

「頭を上げるんじゃ、城之内……今の儂がどこまで伝えられるか分からんが、やれるだけのことはしよう」

 

 その双六の言葉に顔を上げる城之内。

 

「じいさん……」

 

「前のときのようにはいかんぞ、もっと厳しくなるぞい! さぁデッキは持ったな城之内!」

 

「ああ!」

 

 こうして城之内は師、双六と共にデュエリストとして高め合う――親友(とも)と肩を並べる為に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある研究室の一室、オレンジ色の幻想的なエネルギーが巨大な容器の中で浮かぶ中、ツバインシュタイン博士がなんらかの機械に情報を入力している。

 

 そして確認を終えると顔を上げ、依頼主に旨を伝える。

 

「フム、よし。Mr.神崎、準備が完了しました。これでいつでも起動できます。…………しかし、これ程のデュエルエナジーをいったいどこから集めたのですか?」

 

 準備ができたことを神崎に伝えつつもツバインシュタイン博士はこれほど大量のデュエルエナジーをどう集めたのかが気になってしょうがない。

 

――デュエルエナジー

 それは「遊戯王GX」にて使用されたデュエリスト同士がデュエルした際に発生する未知のエネルギーである。

 

 そのエネルギーは多種多様な目的で使用可能であるとツバインシュタイン博士が解き明かしたが、それと同時に致命的な欠点も露わになった。

 

 それは「大量に用意することが難しい」ことである。

 

 普通のデュエリストにデュエルさせても大した量が得られないにもかかわらずデュエリストを疲弊させ、無理に多くとればデュエリストを潰しかねない実情があった。

 

 だがこれ程の量を集めたというのにデュエリストが潰れたなどの話は一切ない。

 

「Mr.神崎、貴方の秘密主義を私はどうこう言うつもりはありませんが、容易に集められる手段があるのなら私の方にも回してもらえませんか? 決して損はさせません。必ず結果を出しますので――」

 

 そう言ってツバインシュタイン博士は「星型の窪みがついた腕輪」を片手に頭を下げる。

 

「秘密主義だなんて……ただツバインシュタイン博士がこのエネルギーを発見した段階で薄く、広く回収しただけです。ですので、いきなりこれだけの量が取れたわけではありませんよ」

 

「そうだったのですか。それならば仕方ありませんな…………ハァ」

 

 当然嘘である。

 

 薄く広く回収したのは本当だが、一度で大量に取れた件は少し嘘が入っていた。

 

 様々な調査の結果、デュエルエナジーは何でもない普通のデュエルの際にも微量ながら発生し空気中に霧散していることが判明したため、神崎はどうせ霧散するならば、と全国的に配置されるデュエルリングにデュエルエナジーを回収する機構を取り付けた。

 

 なおその機構を取り付けさせた神崎も気付いていないが、ソリッドビジョンがやたらと自由に動き回っているのもコレが原因だったりする。

 

 デュエルエナジーによって精霊との親和性が高められた為であろう。

 

 

 そしてペガサスが開催した大会にもデュエルグローブにその機構を組み込み、コツコツ集めていたのだが、遊戯VS海馬、城之内VSキース、遊戯VSキース、ペガサスVSキースのデュエルにて大量のデュエルエナジーが回収されたのだ。

 

 さすがは伝説のデュエリストである。

 

「ですがある程度の貯蔵ができれば、ツバインシュタイン博士の研究用にも都合ができますので、今は彼の――乃亜の治療をお願いします」

 

 その話を聞きツバインシュタイン博士のテンションは一気に振り切れる――現金な爺さんだ。

 

「本当ですか! なんだか催促してしまったようで申し訳ない! それにこの少年の治療に関してなら御安心を! 今こそ研究の成果をご覧にできます! では――起動!」

 

 ハイテンションのまま起動レバーを引くツバインシュタイン博士。

 

 それと同時にデュエルエナジーが乃亜の眠るカプセルに送られ、カプセル内に幻想的な光が溢れる。

 

 そしてカプセルが開かれた。

 

 ゆっくりと起き上がり身体の調子を確かめるように動く乃亜、そして神崎たちの方へ向き挨拶する。

 

「こうして実際に顔を合わせるのは初めてだね――神崎、一応、初めましてと言っておこうかな?」

 

「こちらこそ初めまして乃亜。身体の調子はどうですか?」

 

「いや、特に問題はないよ」

 

「こちらでモニターしている分も問題ないようですぞ!」

 

 確かめるように返す乃亜と今回の施術の成功に自信を持って返すツバインシュタイン博士。

 

「そうですか。では、さっそくで悪いのですが君の今後について決めておきましょう。君自身はどうしたいですか? 希望があるなら可能な限り叶えます」

 

 その神崎の言葉に顎に手をあてて考え込む素振りを見せる乃亜。そして今決めたように話し始める。

 

「海馬乃亜のままで構わないさ、あとはそうだな…………君への借りを返すために、この優秀な僕が君に力を貸してあげるよ。それで構わないかい?」

 

 そして乃亜は僅かに不安を垣間見せながら自身の望みを告げる。

 

「それが君の望みなら私はそれを尊重します。さて海馬社長にどう説明したものか……バックストーリーをいくつか考えないといけませんね」

 

 神崎としては名を変え住む土地を変える雲隠れコースがオススメだったが、内密に動かれるよりはましだと了承をかえす。

 

「その辺りは任せるよ。フフッ、瀬人の驚く顔が目に浮かぶよ」

 

「それともう一つ――剛三郎殿とお会いするのはどうしますか?」

 

 乃亜は過去に剛三郎に認めてもらうことが一種の目標であったと知る故の神崎の問いだが――

 

「…………いや、今は止しておくよ。父さんにはキチンとした形で会いたいからね」

 

「そうですか。ではそのように」

 

 そんな神崎と乃亜のやり取りに、ツバインシュタイン博士は「これ私が聞いても大丈夫なんだろうか……」と心配しつつ、大丈夫だと自身に言い聞かせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 KCの一室で2人のデュエリストが神崎を待っていた。

 

 なぜ2人並んで座って待っているのかというと、受付の人間が2人の見せた神崎の名刺を確認するとすぐさまこちらの部屋に案内され、「しばらくお待ちください」と言われたためである。

 

 そうして出された茶菓子を手に取りながらダイナソー竜崎がインセクター羽蛾に気さくに話しかける。

 

「まさかオマエも呼ばれとったとはなぁ~」

 

「一緒にするな! あくまで俺がメインでお前がオマケだろうさ!」

 

 おそらく同じ用件でここにいると勘付いた羽蛾は今のうちに力関係を決めておこうと竜崎に言葉のジャブをぶつけるが――

 

「おっ! この茶菓子旨いで! さすがは天下のKCやな。エエもんおいてるわ!」

 

「聞けよ!」

 

 暖簾に腕押しであった。

 

「そう言わんと食うてみぃ! メッチャ旨いで! いらんかったらワイがもらうで!」

 

「やるわけないだろ! まったく…………あっ、おいしい」

 

 そんなやり取りを続けていると、部屋の扉が開かれる――2人の待ち人が来た。

 

「おっ! 来はったか……ワイはダイナソー竜崎っちゅうもんで――」

 

 そのまま自己紹介を続けようとした竜崎は言葉は続けられなかった。

 

 2人がいる部屋に現れたのは筋骨隆々で髪の毛を逆立てた強面の男。端的にいって竜崎と羽蛾は怯んだ。

 

「私が神崎殿に代わり君たちに今回の契約について説明させてもらうギース・ハントだ。気軽にギースで構わない。では契約内容の説明に入らせてもらう――」

 

 自己紹介をして竜崎と羽蛾に契約内容の書かれた資料をそれぞれに渡し、説明に入ろうとするギースだが羽蛾がそれを遮る。

 

「ちょっと待てよ! 俺は神崎って奴に、言わ……れ、て……」

 

 ギースの強くなった眼光に言葉を続けられない羽蛾。だがギースは目頭を少し押さえてから羽蛾の疑問に答える。

 

「あの方は多忙な身だ。ゆえに代役として私がここにいる。それと……仮にも君の上司になる可能性のある方だ。呼び捨ては感心せんな」

 

「す、すみません!」

 

 思わず敬語になる羽蛾。

 

 そして話が一旦止まったチャンスを逃さずに竜崎が質問する。

 

「ちょっと待ってもらえまへんか? ワイはまだこの話に乗るときめたわけで、は――」

 

 次はお前か。とでも言いたげなギースの目力の強さに言葉尻が小さくなっていく竜崎。

そんな竜崎を安心させるかのようにギースは続ける。

 

「それならなおのこと説明を聞くと良い、契約内容をよく吟味した上で決めてもらって構わない。何も今すぐ答えをださなくてもいい――むろん早いに越したことはないのだが」

 

「そ、そでっか……」

 

 竜崎はこのまま無理やり契約させられるものかと危惧していたためその言葉に一安心である。

 

「では契約内容の説明に入らせてもらう――」

 

 ギースからの契約内容の説明を神妙な顔持ちで聞く竜崎と羽蛾。2人はギースが怖いのか完全に委縮しており、借りてきた猫のような状態である。

 

 だが契約内容は悪いものではなかった。

 

 その後、大まかな説明が終わりギースは竜崎と羽蛾を交互に見やった。2人の背筋はピンと伸びる。

 

「――大まかな内容は以上だ。何か質問はあるかな?」

 

 その言葉にギースの眼光に委縮しながらも竜崎は質問を投げかける。

 

「言ってはった企業間での契約デュエル?とは別の業務なんですけど敵対デュエリストの摘発や捕縛って具体的にはどんなもんなんですか?」

 

「そうだな……最近では『グールズ』と言う組織を知っているか?」

 

 竜崎は埋没された記憶からその組織の噂を思い出す。

 

「……たしかレアカードの偽造や盗みやっとるけったいな連中でしたっけ」

 

「ああ、最近KCの方にその対策を願い出る声が出てきたため、そういった輩を相手どることが上げられるな。だが仮に入社したとしても君たちをそのまま送り出すことはないと思ってくれていい」

 

 実際にはKCではなく、被害をこうむった顧客が神崎に解決を願ったゆえだが、ギースは表向きの理由を竜崎たちに話した。

 

「要はデュエリストの風上にも置けんようなヤツを取っちめるってことでんな!」

 

「ああ、その認識で間違いはない」

 

 ギースの返答に理解を見せる竜崎。

 

 その竜崎の質問の返答の間に必要書類に記入を終えギースに差し出す羽蛾だが、ギースは思わず尋ねずにはいられない。

 

「即決してもらえるのはありがたいが、これは君の今後を左右するであろう決断だ。一応確認しておくが本当にかまわないのか?」

 

「ヒョヒョッ! 俺はそこにいるのとは違って考えた上で来ているのでかまいませんよ~」

 

 竜崎を視線に入れながら答えた羽蛾に竜崎は苛立ちつつ書類を書き進めていく。

 

「ギースはん、別に契約しても、後で契約解除してもエエんでっしゃろ?」

 

「問題はない。だがそう言った場合は事前に申し出る必要がある。その辺りは一般的な退職手続きとさして変わりはない」

 

 竜崎は最後の質問の返答を受けつつ、必要書類に記入を終えギースに差し出す。

 

「せやったらエエんや。よっしゃ! 書き終わりましたで!」

 

「ふむ、書類に不備はない。では今後ともよろしく頼む」

 

 そう言ってギースは竜崎と羽蛾に握手を交わし2人の契約の証とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日、神崎は職場にて待ち人を待ちつつ新聞を眺めていた。

 

「『キース・ハワード氏の引退説が囁かれるも本人が否定』と――」

 

 そんな記事を読みつつ、その他の記事に目を向けると――

 

 偽造カードの製造での逮捕者やプロデュエリストの積み込み発覚によるプロ資格剥奪、各国のデュエル事情など、様々な「デュエル」について書かれた数々の記事。

 

 ちなみにこの新聞は「デュエル新聞」などではなく、「一般的な新聞」である――「この世界では」という注釈がつくが。

 

 過去の一般的な新聞を知っているだけにデュエル一色となっている今の新聞に神崎は違和感しかない。

 

 

 今日も今日とて世界は平常運転であった。

 

 

 その事実に若干目が死に出した神崎の耳に扉をノックする音が響く。

 

『ギースです。牛尾を連れてまいりました』

 

 神崎は新聞をしまいながら入室を促し、牛尾たちと対面する。そんな牛尾は緊張の中にいた。そして意を決して牛尾は尋ねる。

 

「で、今回はいったいどんな悪巧みの片棒を担ぎゃいいんですかい?」

 

 神崎は牛尾の「悪巧み」という発言にショックを受けつつ本題に入る。

 

「ならさっそく本題に入ります。牛尾君、新しく入った2人のデュエリストの教導を君に任せたい」

 

「新しく入った奴らって、たしか大会に出てた――なんちゃら竜崎となんとか羽蛾でしたっけ? なんでまた俺に? 新人の教導は俺の時みたいにギースの旦那がやるんじゃないんですかい?」

 

 牛尾は2人のデュエリストをアヤフヤながら思いだし、そういったことは先輩の領分だと返す。それにギースが答えた。

 

「私はしばらく忙しくなるからな、それにそろそろお前にも色々とこなせるようになってもらわなくては困る」

 

 ギースの「忙しくなる」ことを恐らく「グールズ」関連のことだろうと牛尾はあたりを付ける――最近活動が活発になっていると牛尾は耳にしていたゆえに。

 

「と、いう訳なんです。頼めますか?」

 

「そう言う訳なら構わねぇですけど、俺はあんまり教えるのは得意じゃねぇんですが……」

 

「それについては簡単ですよ。君の入社時にやった訓練をそのまま2人に施せばいい」

 

 まだ誰かを教える立場になったことのない牛尾は苦手意識を伝えるが、続いた神崎の言葉に頬が引きつる。

 

「ウ……ソでしょ、あんなギースの旦那みてぇなやり方じゃ下手したら潰れちゃいますぜ……」

 

 牛尾自身が受けたギースのスパルタという言葉が一体何なのか分からなくなった訓練に今はいない2人の身を案じるも、続くギースの言葉に理解が遅れる。

 

「なにを言っている牛尾? お前の教導のときも私はマニュアルに従ったに過ぎない。お前も同じようにマニュアルを使えば大きな問題はないはずだ」

 

「えっ、あれってマニュアルだったんですかい? ちなみに聞きますけどそのマニュアルって――」

 

――誰があんなもん作りやがったんだ!

 

 そう思った牛尾だがその答えは直ぐにわかることになる。

 

「私が作ったものになります」

 

「……そりゃそうですよね……わかりました。やれるだけはやってみます。けどその2人がどうなっても知りやせんぜ?」

 

「彼らなら大丈夫ですよ。一応手も打ってあります」

 

「ハァ~準備のいいこって、それじゃあ準備に取り掛からせてもらいますわ」

 

 そう言って心の中で2人のデュエリストに十字を切る牛尾。

 

 そしてもろもろの準備に取り掛かるため部屋を去っていった。

 

 

 

 

 

 牛尾が立ち去った後にギースは思わず神崎に尋ねる。

 

「お聞きしたいのですが、何故わざわざあの2人をスカウトなされたのですか?」

 

「おや、不服でしたか?」

 

 あの2人よりも城之内や遊戯といった者たちの方がギースには有益な人間に見えたゆえの言葉だったが神崎のいつもの笑顔に言葉が詰まる。

 

「いえ、そう言うわけでは……ですが私の見たところ、あまり期待できないかと……彼らは程度の差はあれど我欲が強すぎます」

 

「欲を持たない人間はいませんよ、ギース。それに彼らくらいの年齢ならあの程度は、平均的なものです」

 

 そう言った神崎の言葉の裏をギースは読み解く。

 

 

 ギースから見て我欲の強い2人だが、その欲の手綱を握り、鼻先にエサをぶら下げて置けば扱いやすい駒の出来上がりだ。

 

 だがギースは扱いやすい駒にしては神崎が手をかけすぎているとも考え、まだ何か思惑があるのかと思案する。

 

 

 

 当然、そんなギースの考えはただの深読みである。

 

 神崎が羽蛾と竜崎を迎え入れた理由は比較的高いドロー力と後のドーマとの戦いにて敵に回るのを防ぐ程度の目的しかない。

 

 

 

 思考の海に漂うギースを神崎の言葉が引き戻した。

 

「ではギース、『グールズ』に関してのことは頼みます」

 

「心得ております。しかし、墓守の隠れ里とやらの捜索は本当に打ち切ってしまってよろしかったのですか? あの考古学者を調べれば直に判明するかと……」

 

 これもギースには疑問だった。

 

 かなりの長期間にかけて捜索していただけに何らかの重要なものだと判断していたが、突然の捜索の打ち切り、やっと掴めた手がかりもその認識に拍車をかけるが――

 

「そのことについては『()()』かまいませんよ。今となっては必要のないことです」

 

 神崎の言葉にギースは全ての考えを水に流す。

 

「ハッ! 出過ぎたマネをして申し訳ありません」

 

「構いませんよ。――しかしギース。そんなに畏まらなくとも……」

 

「いえ、仕事上の上下関係はしっかりとしておかなければ部下に示しが尽きませんので、では失礼します」

 

 そう言ってキビキビと部屋を出るギースを見つつ神崎は胃を痛める。

 

 部下の忠誠心が重い……と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シャーディーは王国での遊戯のデュエルをテレビ中継で見たことから遊戯が千年パズルを持つことを知り、遊戯に接触していた。

 

 そしてシャーディーが持つ「千年錠」にてその心を読み解こうと試みたが、逆にファラオの片鱗を味わい、現実世界で再び遊戯の前に立った。

 

 そして遊戯にシャーディーは語りかける。

 

「これからオマエともう一人のオマエは千年パズルに秘められた三千年もの間封印された謎を解き明かさねばならない。それがパズルを解きし者の宿命だ」

 

 もう一人の遊戯についての話だと遊戯は感じ取るも、その言葉の真意が測れない。

 

「君は一体何者なの?」

 

「私の名はシャーディー――千年アイテムを監視する者。覚悟を決めたのなら近々開催される古代エジプト展に行くといい、そこに君たちの望む答えがある」

 

 そう言いながらその姿を煙のように消すシャーディー。

 

 後には伸ばされた遊戯の手が宙を凪いだ。

 

 

 

 

 

 そんな彼らを見ていた存在に2人は最後まで気付けなかった。

 




戦いは始まる前に終わらせよう!
乃亜編、消滅!! デッキマスターなんておらんかったんや……

ゆえにBIG5の皆さんは今日も元気にKCのために働いております


そして羽蛾および竜崎の漂白に挑戦! 匠の技が光る!
「この虫野郎!」なんて呼ばせない!




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第38話 えっ、ちょっ! おまっ!?


前回のあらすじ
乃亜、召☆喚!!

羽蛾と竜崎、仲良く入社

シャーディーにしわ寄せが迫る!! の3本でした。じゃんけん、ポン! ウフフフ




とある屋敷に元海馬邸執事である小柄な老人に案内されるBIG5の一人、剛三郎の側近だった大門小五郎は目当ての人物との面会に漕ぎつけた。

 

「お久しぶりです。剛三郎様」

 

そう、大門は海馬剛三郎の元に訪れていた。

 

「よせ、既に儂は社長の座を追われた身、ただの老いぼれに過ぎん。それで今の儂に何の用だ」

 

 剛三郎の話し、動く姿を見て大門は確信する――本人だと。

 

 大門は神崎が匿っていると聞いていたが実際に目にするまでどこか信じられなかった。

 

 だがその疑念も払拭された。ゆえに大門は用件を切り出す。

 

「今日はお伝えしたいことがあって参りました――」

 

「それは乃亜の治療が完了した件か?」

 

 意を決して伝えようとした大門の言葉を先読みするように剛三郎は当てて見せる。

 

「ッ! どこでそれを!」

 

 乃亜の復帰を今の剛三郎に知る術は無い筈だった。

 

「その反応を見るに本当のようだな……フン、神崎のヤツがわざわざ連絡してきた――まったくどこまでも読めぬ男だ」

 

 本来この情報はこれ程あっさり剛三郎に伝える必要のないものだった。

 

 乃亜の復帰の事実は剛三郎がいらぬ野心を巡らせるきっかけになりうるのだから。

 

 ゆえに情報をせがまれても「治療中」や「安らかに息を引き取った」などと言っておけば今の剛三郎に追及する手段などないにも関わらず情報の開示。

 

 

 乃亜を使い剛三郎が再び権力を取り戻そうと画策するとは考えないのだろうか……考えないんだろうな……

 

 

「それで大門、お前から見て乃亜の様子はどうだった――何かおかしな素振りはあったか?」

 

 剛三郎は自然体を装い大門に尋ねる。乃亜のことを碌に見もせず利用していた剛三郎は自身が既に親と名乗れぬ有様だと分かっていながら聞かずにはいられない。

 

「いえ、とくには……我々が見た限り熱心に業務をこなしておられましたが……」

 

 大門の言葉に嘘はなかった。大門とは長い付き合いだったゆえに剛三郎にはその言葉が真実だとはっきりと分かる。

 

 だが確認するべきことはまだある。

 

「『儂に誇れるようになったら会いに来る』だったか?」

 

 乃亜の「今、剛三郎に会わない理由」――神崎から聞かされたそれはさすがに嘘だと剛三郎は思っていた。

 

「!? ええ、そう仰っておられました。まさかそれも――」

 

「そうだ。ヤツに聞かされた――父親冥利に尽きるだろうとな」

 

――まさか本当だったとはな……

 

 剛三郎は大門の様子を見てもまだにわかには信じられない――自身のしでかしたことの大きさゆえに。

 

「用件はそれだけか」

 

 強い口調で突き放すように大門に確認するが、実の所、剛三郎は緩む頬を隠すので必死である。

 

 

 だがそんな気分も次に続く大門の言葉に吹き飛んだ。

 

「いえ、もう一つ――KCに戻られる気はありませんか? 我々BIG5の中でも意見が分かれておりますが――」

 

 大門は乃亜と剛三郎、この2人の力を合わせれば、あの海馬瀬人とて敵ではないと考えての提案だったが――

 

 

「よせっ!!」

 

 

 かつてない程の形相で話を遮った剛三郎の剣幕に言葉が詰まる――大門は長く剛三郎に付き従ってきたがこんな剛三郎を見るのは初めてだった。

 

「しかし――」

 

「よせと言った筈だ!! ……どこで聞かれているか分からん――それに大門、何故儂が今生かされていると思うか考えてみろ」

 

 なおも話を続けようとするが、問いかけられた剛三郎の問いに考え込む大門。そして出した結論は――

 

「それは神崎もいずれは海馬瀬人を排し、剛三郎様と乃亜様で共にKCをあるべき――」

 

 そこまで話したところで剛三郎は「バカバカしい」と言わんばかりに鼻を鳴らす。

 

「フン、ありえんな。絶対にありえん。ヤツが瀬人に対して何を求めているのかは知らんが、仮にそれが終わったとしても……そこに儂が返り咲くことなど絶対にありはしない」

 

 今の剛三郎は「生かしてやるから黙って座っていろ」と、神崎に命を握られている状態であると考えている――酷い誤解だ。

 

 さらにその剛三郎の心を殺さぬように逃げ道のように与えられた己の「役割」。今それを果たせと言う声と笑みが見える――気のせいです。

 

「でしたら何故――」

 

 答えに辿り着けぬ大門に剛三郎はヤレヤレと言いたげに首を左右に振る。

 

「分からんのか、『今のこの状況が』、これこそがその答えだ」

 

 そう言われて大門は「今のこの状況」について考える。「ただ海馬瀬人を失脚させる」ための相談を――

 

――海馬社長のもとで力を振るうと「約束」した筈です。

 

 そんな言葉を大門は思い出す。

 

「!? まさかっ!」

 

「ようやく気づいたか……今の儂は『踏み絵』といったところだ――『裏切り者』を炙り出すためのな。大門、それにお前はまんまとかかった訳だ」

 

 大門の顔に絶望が浮かぶ。だが「そんなわけはない」筈だった。なぜなら――

 

「そ、そんな筈は――」

 

「落ち着け大門。貴様はどうやってここを知った」

 

「そうです! この場は神崎がセッティングしたもので――」

 

 ここに大門を案内したのはほかでもない神崎だ。ゆえに「そんなわけはない」筈だと大門は考える。

 

 「裏切り者」を炙り出すのが目的ならば「剛三郎」の居場所を探った段階で確定的に「黒」であるのだから。

 

 それを聞いた剛三郎は己に割り振られた役割を果たす。

 

――まったく忌々しい男だ。

 

「なら安心しろ、大門。恐らく今回の一件は乃亜の存在で浮足立った貴様ら『BIG5』に釘でも差しておけと言うことだろう……」

 

「そうでしたか……」

 

 安心した様子を見せる大門だが、その胸中にはまだ不安がくすぶる。それに見かねた剛三郎は励ますように言葉を続ける。

 

「まだ心配か? 安心しろ、ヤツはそう短絡的な行動は起こさん――今の儂でさえこうして生きているのだからな……」

 

 剛三郎が知る神崎は血も涙もない男だが、逆にターゲットにされない限り余程のヘタを打たなければ直接的な被害はないに等しい。

 

 しかし、そのターゲットにされる基準が全く分からない点が恐ろしくもある。

 

 昨日までの仲間を今日あっさりと切り捨てるような精神性――剛三郎もそれに見舞われたゆえに。

 

 さらに剛三郎はその余程のヘタを打ったモノを見たことがない。「既にこの世に存在していないだけかもしれんがな」と自嘲気に笑う――何度も言うが誤解である。

 

「今の貴様に出来るのはさっさとKCに戻り乃亜を支えてやれ……儂にはもうできん仕事だ――頼んだぞ」

 

 剛三郎は過去を振り切るように大門に願い出た。

 

「ハッ! 了解しました。この命に代えても」

 

 大門はその海馬剛三郎の最後の命令を心に刻む――何だかんだでKCは安泰であろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その乃亜はというと――

 

「神崎、今後正式採用されるデュエルディスクの件なんだが――」

 

 業務中であった。そして神崎の仕事部屋の扉をノックしながら入室した乃亜を出迎えたのは――

 

「ん? 乃亜じゃねぇか。探す手間が省けてちょうどよかったぜ」

 

 書類片手に部屋を出ようとしている牛尾だった。

 

「探す? 僕に何か用かい? すまないけど僕の要件が済んでからにしてくれないかな?」

 

 乃亜は牛尾の横を通り過ぎ神崎を探すがこの部屋には見当たらない。

 

「そう言うなって、どうせ神崎さん捜してんだろ? 俺の用事もあの人がらみだ。お前に今回の留守を任せるだってよ」

 

「今回? どういうことかな? 今の発言だと度々留守にすることがあるように聞こえるけど?」

 

 神崎はKCを離れることが多い。

 

 スカウトや特定の人物との接触、他の人間に任せ辛い「オカルト」部分の対処や謎のデュエリスト(笑)としての活動など、その仕事は多岐にわたる。

 

 だがその大半が部下に話せない事柄を多分に含んだものがあるため、「少し出かける」程度の情報しか与えられない実情があった。

 

「まぁあの人はあれでなかなか忙しいみてぇだしな。でもいつも必要になるモンは全て揃えてくれてっから後は指名されたヤツが代理で指揮とるだけだ」

 

 そして牛尾は若干言い難そうに考えた後で話を続ける。

 

「いつもはギースの旦那が仕切ってたんだが、今回は別件でいねぇからお前さんに話が回ってきたわけだ」

 

「僕がギースの代わり? 少し面白くないね」

 

 ギースがいないため「仕方なく」とも取れる言葉に僅かに不満を覗かせる乃亜。

 

「そう怒んなよ……ほらオメェはまだ若ぇんだからその辺を考慮したんじゃねぇか? ああ、そういや見た目通りの歳じゃなかったんだっけか?」

 

「そうさ、瀬人に出来る会社経営が僕に出来ないわけがないだろう? 後、子供扱いは止めてくれ」

 

 乃亜はかつてはKCの後継者と言われていた。ゆえに今のKCの後継者海馬瀬人に対抗心を燃やしている。海馬瀬人に出来て自分が出来ないわけにはいかないのだと。

 

「おうおう自信がおありのこって……だが俺もまだ此処に来て日の浅いオメェのサポートを言いつかってるんでな、丸投げってわけにはいかんのよ。それに今後の留守は基本的にオメェに任せる旨も伝えられたしな」

 

「おや? まだ新入りの僕にそこまで権限を与えてよかったのかい?」

 

 その言葉に長年神崎の部下であった古株のギースよりも上の扱いだと感じとり、一応問題がないのか牛尾に問いかける乃亜。

 

「これが大丈夫なんだよ。この部署は実力主義なKCの中でも異色だからな。それにギースの旦那は別件の方に回されるみてぇだし、適材適所だとよ」

 

 牛尾のその発言によりギースの方が任せられる仕事の範囲が大きいと感じ取る乃亜。

 

「…………そうかい。なら可能な限り頑張らせてもらうよ」

 

 新参者の乃亜に大よその全権を預ける神崎の行為。

 

 それは果たして信頼の証かそれとも――

 

――この僕を試すつもりかい、神崎?

 

 そんな内心を留めつつ、乃亜は己の仕事に取り掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある地下工場で神崎は「謎のデュエリスト(笑)」の恰好で棺に入ったミイラを所定の場所に運んでいた。

 

 

 所定の場所に運ばれたこのミイラの名は「アヌビス」、古代エジプトの王だった頃のアテムの時代に生きたままミイラにされた男。

 

 早い話が遊戯王DMの劇場版「光のピラミッド」に登場したボスキャラである。

 

 劇中では千年パズルの力を感じ取って蘇り、闇遊戯を海馬に倒させ、その後海馬を倒し破壊の王として君臨しようという計画を立てていた。

 

 

 この話において神崎が注目したのは復活した際に「博物館のミイラが消失した」ことである。

 

 つまりアヌビスにとってこの自分自身のミイラは自身が復活する上で必要不可欠なものであると神崎は考えた。

 

 

 

――話は戻る。

 

 その所定の位置に置かれたミイラを確認した神崎はあるレバーを掴む。

 

 「破砕機」の起動レバーである。ちなみにオカルトパワーにより出力が大幅に上げられている。

 

 

 今回の計画は神崎が世界の危機を引き起こすアヌビスを確実に葬るためにアヌビスのミイラを手に入れ、それを粉微塵に粉砕し、アヌビスに物理的に冥界に帰っていただく計画であった――おい、デュエルしろよ。

 

 

 

 そして起動レバーが引かれた。

 

 アヌビスにとっての死の箱が音を立て動き始める。「ギャリギャリ」と音を立てて破砕機に呑みこまれたミイラ。

 

 何かが砕ける音と共に断末魔のような叫びが聞こえる。

 

 

 その声を聞いた神崎は破砕機の出力を上げた。

 

――擦り潰す

 

――すりつぶす

 

――スリツブス

 

 

 もはや殺意を持って作動している破砕機。だがミイラことアヌビスも黙って砕かれている訳ではなかった。

 

 破砕機の隙間から見えるミイラの細枝のような体は謎のオーラと共に筋骨隆々な肉体へと変化し、窪んだ眼の髑髏のような顔はくすんだ金の髪に浅黒い肌、そして親の仇でも見るような目で謎のデュエリスト(笑)の恰好をした神崎を睨んでいた。

 

 だが破砕機は止まらない。

 

 神崎は念のためと素性を隠すための恰好をしていてよかったと考えつつ、破砕機の出力をさらに上げる――もはや後戻りはできない。

 

 

 だが不意に破砕機が止まる。

 

 その破砕機の急な停止の真相は――当然アヌビスが闇の力をもって内部から破壊したからである。

 

 アヌビスもまさかこんなところで闇の力を使うとは思っていなかったであろう。

 

 

 破砕機の残骸からアヌビスが降り立ち神崎に敵意を向ける――無理もない。

 

「貴様……よくも我を…………ゆ゛る゛さ゛ん゛!!」

 

 アヌビスの敵意が殺意に変わり闇の力が溢れるのを見た神崎はデュエリストに言葉は不要とデュエルディスクを構える――「物理的な手段は通じないだろう」とどこかで考えていたゆえにその対応は早い。

 

 

 ちなみにこのデュエルディスクはBIG5のデュエルリング工場長を務める大田宗一郎から「良い一品ができた」と試作品の一つを頂いたものである。

 

 

 そのデュエルの意思を見せた神崎の行為を無視し神崎に闇の力をぶつけようとするアヌビス。

 

 彼のデュエリストとしての名誉のために言っておくと今現在アヌビスは怒りで我を忘れているだけである。デュエルを拒否したわけではない。

 

 

 止まる気配を見せぬアヌビスに神崎は次なる手を打つ――それは人造闇のアイテムの使用の決断。そして素早く右手を正面に伸ばす。

 

「起動」

 

 その言葉と共に手の甲から摩訶不思議な鍵のようなものが浮かび上がり、空間に軋みを生み出しゲームの舞台が生まれた。

 

 そしてアヌビスと神崎の間に立つように厳かな椅子に座した黒い鎧を纏った幽冥の王が瘴気を放つ。

 

 

 

 突如として現れた巨大なプレッシャーを放つ幽冥の王の姿に警戒を見せるアヌビス。

 

 そして何も語らずその場に佇む神崎こと謎のデュエリスト(笑)――内心の動揺と戦うのに忙しいようだ。

 

 

 すると2人の頭の中に声が響く。それは幽冥の王が発したものだった。

 

 声は尋ねる。勝負の方法と賭けるものを――

 

 

 

 いきなりではあるが――説明しよう!

 

 このKCで極秘裏につくられた人造闇のアイテム――通称「精霊の鍵」はオカルトパワーを特殊な物質に込めて作られたものである!

 

 起動した場合に一方のプレイヤーが「勝負の方法」か「賭けるものの大きさ」どちらか1つを決めることができ、もう一方のプレイヤーが残りを選ぶ。

 

 さらにこの人造闇のアイテムがもたらすものは

 

 勝負方法の公平化と

 

 勝負している間のその勝負方法以外でのプレイヤーの安全の確保、

 

 そして賭けるモノのレートの設定と平等化に

 

 公平な審判の4つである。

 

 

 その審判は込めた精霊の力により下級・上級・最上級の鍵があり、その込めた力に準ずる力を持った使用者が無意識にイメージしたデュエルモンスターズの精霊の姿を形作る。

 

 今回の闇色の鎧を纏った王の正体は最上級モンスター《冥帝エレボス》だ!

 

 神崎がアヌビスが冥界の王へとなることを知っているが故に「冥」繋がりで無意識にイメージしたのだろう――圧倒的に想像力が足りないよ。

 

 

 ちなみに、下級の鍵には使用制限がかかり、より上位になればその使用制限がなくなるのだ!

 

 

 

 再び話は戻る。

 

 アヌビスは《冥帝エレボス》の力がこの空間を包み込んでいることを察知する。

 

 そして《冥帝エレボス》を呼び出した男を倒せばこの空間が解除されるのだろうと当たりをつけた――その予想は半分正解であった。この空間はこの勝負が決すれば解除されるのだから。

 

 

 状況把握に努めるアヌビスを余所に闇の力での攻撃を警戒した神崎は「勝負方法」の決定権を選択。

 

「勝負方法はデュエル」

 

 その宣言を聞き遂げた《冥帝エレボス》はアヌビスに問いかける。

 

 頭に声が響く――勝負方法に異論があるか否か、否ならば賭けるもののレートの決定と相手の何を欲するかを。

 

「デュエル――ディアハか! 我に異論はない! ならば我が勝利した暁には貴様の命――生命エネルギーを貰おう!」

 

 アヌビスが怒りのままに神崎に賭けさせたものは「命」と同義語である。

 

 言外に「死ね」と同意義の言葉をぶつけたアヌビスは、腕からデュエルディスクと思しきものを生み出し構える――彼もやっぱりデュエリストだった。

 

 

 再び頭に声が響く――相手の決定に異を唱えるか否か、否ならば同程度のものまで何を賭けるかを。

 

 

 神崎はどうにかして賭け金を下げたいと考えるが、アヌビスの怒りに燃えた様子を見る限り望み薄である。ゆえにアヌビスから神崎が必要なものを賭けさせる。

 

 

「…………全知識」

 

 アヌビスを指さし可能な限り凄みを出しながら答える神崎――心理フェイズは重要である。

 

 

 《冥帝エレボス》は了承の意を2人の頭の中に直接伝え、頬杖を突きながらもう一方の手を地面へとかざす。

 

 すると2人と1頭を囲むように炎のような光が奔り陣が敷かれた。

 

 

――デュエル開始

 

 

 精々楽しませろ、とでも言いたげな宣言が頭の中に響くと、2人のデュエリストはデッキからカードの剣を引き抜く。文字通り命を賭けたデュエルがここに始まった。

 

 

 

 




アヌビスさん劇場版での使用カード4枚ってさすがに少なすぎるよ……(泣)

しかも恐らくすべてが「特殊なカード」なのでピン挿し

よってアヌビスのデッキにかなり色んなカードを盛り込みます

今更ではありますがどうかご容赦を。




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第39話 そ、そのカードは幻の!

謎のデュエリスト(笑)VSアヌビス 前編です

ですがデュエル自体は少なめ、他の説明が多いです

――残りのデュエルは後編で終わらせられるかと


そして《光のピラミッド》が仕事する前に除去される可能性を考えた結果のデッキ
多分ピン挿しでしょうから……



前回のあらすじ
乃亜、初めてのお留守番

アヌビス氏を酷い目に合わせつつ、人造闇のアイテムのお披露目会 の巻!




 

 先行を得たアヌビスはドローするためにデッキに手をかけるも不意にその手が止まる。

 

 

 アヌビスはこの闇のゲームがどういったものなのかを大まかではあるが把握し始めていた。

 

 

 本来、賭け事では自身の賭けるものは自分で決めるものである。

 

 しかし、この闇のゲームでは審判である《冥帝エレボス》が「相手の何を欲するか」を尋ねた。

 

 よってこの闇のゲームの本質は「奪い合い」――勝者が望んだものを敗者から奪えるものであるとアヌビスは予想する。

 

 

 だがそう考えると一つだけ腑に落ちない点があった。

 

 明らかに「賭けたものが釣り合っていない」点である。

 

 アヌビスが勝てば相手のデュエリストの「命」を生命エネルギーと言う形で奪える。その結果相手は間違いなく死ぬ。

 

 つまりアヌビスは相手に「命」を賭けさせているに等しい。

 

 

 それにも関わらず相手の神崎が望んだのはアヌビスの「全知識」のみ、アヌビスが仮に負けても死ぬことはない筈だ。

 

 

 だが《冥帝エレボス》はそのことを咎めることもなく、対戦相手の神崎もアヌビスから他の何かを要求しなかった。

 

 

 《冥帝エレボス》の宣言を信じるならば「レート」を下げる相談も可能なはずであり、仮にアヌビスがその要求を拒否したとしても相手はアヌビスと「同程度」のモノまで賭けさせるべきである。

 

 こういった勝負ごとに置いてその行為は相手にプレッシャーを与えることができるゆえに。

 

 

――コイツは何を考えている……

 

 

 長考するアヌビスに対し神崎は何も言わずに佇むだけ――その謎のデュエリスト(笑)の風貌も相まってアヌビスに警戒心を与えられているようだ。

 

 いきなり粉砕機にかけられたゆえに警戒心を持つのは無理もないと思われる。

 

 

――だが勝てば問題無い筈だ!

 

 そんなデュエリストらしい結論をだしたアヌビスは己のデッキからカードを引く。

 

「我の先行! ドロー! 我は魔法カード《魔獣の懐柔》を発動! デッキよりカード名の異なる効果を持った獣族のシモベを3体呼び寄せる! 現れよ! 《不幸を告げる黒猫》! 《素早いモモンガ》! 《子狸ぽんぽこ》!」

 

 小さな子狸がぽこぽこと太鼓の音が鳴らし、それに合わせてモモンガが滑空しながら太めの黒猫を地面に投下し、その後、着地する。

 

《不幸を告げる黒猫》

星2 闇属性 獣族

攻 500 守 300

 

《素早いモモンガ》

星2 地属性 獣族

攻1000 守 100

 

《子狸ぽんぽこ》

星2 地属性 獣族

攻 800 守 0

 

「永続魔法《冥界の宝札》を発動! そして《不幸を告げる黒猫》と《素早いモモンガ》を生贄――今はリリースにアドバンス召喚と言うらしいな……アドバンス召喚! さぁ! 結合しその姿を現せ! バトルキメラ! 《モザイク・マンティコア》!」

 

 2体の獣が混ざり合い究極の戦闘生物――キメラとして生まれ変わる。

 

 その背に生えた蝙蝠の羽を広げ、蠍の尾をチラつかせ獅子の身体で咆哮を上げる。

 

《モザイク・マンティコア》

星8 地属性 獣族

攻2800 守2500

 

「2体のシモベをリリースしてアドバンス召喚に成功したことで《冥界の宝札》の効果により2枚ドロー!」

 

 アヌビスは己の怒りを示すかのごとくカードをデュエルディスクに叩きつける。

 

「さらに永続魔法《一族の結束》を発動! 我の墓地の全てのシモベの元々の種族が同じ場合、我の同じ種族のシモベの攻撃力は800ポイントアップ! 我の墓地には獣族のみ! そして《モザイク・マンティコア》も同じ獣族だ!」

 

 墓地の怨霊が《モザイク・マンティコア》に取り込まれ、その全身に力をみなぎらせた。

 

《モザイク・マンティコア》

攻2800 → 攻3600

 

「最後に永続魔法《強欲なカケラ》を発動しカードを1枚伏せターンエンドだ!! エンドフェイズに《魔獣の懐柔》で呼び出されたシモベは破壊される! さぁ貴様のターンだ!」

 

 太鼓が破裂し空の彼方へと飛んでいく《子狸ぽんぽこ》。

 

 

 そんな姿を気にすることなく力強くエンド宣言するアヌビスを余所に神崎は仮面の奥で疑問が芽生える。

 

 

――マンティコア? スフィンクスじゃなくて?

 

 

 神崎の知るアヌビスの使用していたデッキは永続罠《光のピラミッド》を使用しての《アンドロ・スフィンクス》と《スフィンクス・テーレイア》の特殊召喚を行うデッキ。

 

 彼の知る限り《モザイク・マンティコア》のカードは影も形もなかった筈だった。

 

 

 だが考えてもみれば当然である。

 

 《光のピラミッド》関連のカードはいわゆる「特殊なカード」であり複数枚存在しない可能性を多分に含んでいる。

 

 そして《光のピラミッド》がその力を発揮する前に除去されようものならその関連カードは他の手段で呼び出す必要がある。

 

 それゆえのカードであった。

 

 

 神崎は相手の使用カードから大まかな相手のデッキを予測する――《光のピラミッド》軸のデッキを予想していただけに、この変化には注意が必要であろうとの考えからだ。

 

 何時の時代もどこの世界でも情報アドバンテージは重要だ――それはデュエルに置いても同じである。

 

 

――《冥界の宝札》に《一族の結束》……最上級獣族軸と言ったところか、分かりやすいデッキで助かる。

 

 

 ドローエンジンである《冥界の宝札》に全体強化の《一族の結束》を初手に引き込めるアヌビスのドロー力を羨ましく思いつつ神崎は己の手札を見る――微妙だった。

 

 

 過去に比べれば遥かにマシである――これもたゆまぬ野生との対峙でデュエルマッスルを鍛錬し続けたたまものであろう。

 

「私のターン、ドロー」

 

 いつものように全てを賭ける意気込みのドロー。

 

 その姿を見たアヌビスは神崎への怒りを抑え込む。まだ序盤にも関わらずこの様相、何かあると警戒しているようだ。

 

 そして引いたカードは追加でドローできるカード――今神崎が使っているデッキはとある事情であるカードの採用を余儀なくされた故に手札事故がこじれる可能性があったが、その心配が若干下がり内心安堵する。

 

「私は魔法カード《成金ゴブリン》を発動。カードを1枚ドロー。そして相手はライフが1000回復する」

 

アヌビスLP:4000 → 5000

 

「フッ……余程手札が悪いらしいな!」

 

 嘲笑するアヌビス――笑えないことに実際あまり良くない。

 

 

 そして《成金ゴブリン》で引いたカードはまたも《成金ゴブリン》。

 

 カードの「相手のライフを回復して差し上げるのです」との声が聞こえる――だが精霊などではなく幻聴である。

 

 

「2枚目の《成金ゴブリン》を発動。カードを1枚ドロー。そして相手はライフが1000回復する」

 

アヌビスLP:5000 → 6000

 

「何を企んでいる……」

 

 二度目のライフ回復に強い警戒を見せるアヌビス――実際はキーカードを呼び込むのに必死なだけである。

 

「魔法カード《トレード・イン》を発動。手札のレベル8《巨神竜フェルグラント》を捨て2枚ドロー」

 

 金の鱗の鎧を纏ったドラゴンが光となり新たなカードを呼び込む。

 

「魔法カード《手札抹殺》を発動。互いは手札を全て捨て、捨てた枚数分ドローする。5枚捨て5枚ドロー」

 

「我は2枚捨て2枚ドローだ」

 

「3枚目の《成金ゴブリン》を発動。カードを1枚ドロー。そして相手はライフが1000回復する」

 

アヌビスLP:6000 → 7000

 

 アヌビスの「何か有る」と言わんばかりの視線が神崎には痛い――何もないのだが。

 

「魔法カード《一時休戦》を発動。互いは1枚ドロー。そして次の相手ターン終了時まで、お互いが受ける全てのダメージは0になる。カードを1枚伏せてターンエンド」

 

 

 あれだけカードを引いたにも関わらずカードを1枚伏せただけ、神崎のデュエルが読めないアヌビスには言い得ぬ不気味さだけが残る。

 

 だが己の手札を見て問題はないとデッキに手をかけた。

 

「己を守るシモベすら出せんか……我のターン、ドロー! このドロー時に《強欲なカケラ》に強欲カウンターが1つ乗る!」

 

強欲カウンター:0 → 1

 

「そしてこのスタンバイフェイズ時に《モザイク・マンティコア》の効果が発動され、このカードのアドバンス召喚のためにリリースしたシモベを可能な限り特殊召喚する! 蘇れ! 《不幸を告げる黒猫》! 《素早いモモンガ》! 2体とも守備表示だ!」

 

 《モザイク・マンティコア》の身体の一部がドロリと溶け、そこから2体の獣がヌルリと地面に落ちる。

 

 そして《一族の結束》の効果で強化された。

 

《不幸を告げる黒猫》

星2 闇属性 獣族

攻 500 守 300

攻1300

 

《素早いモモンガ》

星2 地属性 獣族

攻1000 守 100

攻1800

 

「だがこの効果で呼び出したシモベは効果は無効化され攻撃できぬ、安心するんだな」

 

 壁モンスターすら出せない神崎を嘲笑するようにアヌビスは説明を入れるが、そんなことなど意に介さず神崎は効果を発動させる――色々と余裕がない。

 

「スタンバイフェイズ時、前のターン墓地に送られた《アークブレイブドラゴン》の効果を発動。《アークブレイブドラゴン》以外の自分の墓地のレベル7・8のドラゴン族モンスター1体を特殊召喚する」

 

 アヌビスの宣言の後に発せられた神崎の言葉に前のターンの思惑にアヌビスは理解を見せる。

 

「ほう、それが狙いだったか……」

 

 前のターンに《トレード・イン》で墓地に送られていたドラゴンのレベルは当然8――遊戯や海馬とのデュエルの前の肩慣らしにはなりそうだと考えるアヌビス。

 

 

「選択するのは墓地のレベル8ドラゴン族――」

 

 

 

 だがそんな考えや抱いていた警戒を吹き飛ばすような耳を疑う言葉が届く。

 

「――《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》を特殊召喚」

 

 身体の節々に黄金を散りばめた《アークブレイブドラゴン》が光となってゲートを開き、聖なる龍を呼び戻す。

 

 姿を現した聖なる龍はその白き翼を広げ、聖なる光を放ち、闇に魅入られた相手と対峙する。

 

《青眼の白龍》

星8 光属性 ドラゴン族

攻3000 守2500

 

 

「――なっ! 何故貴様がそのカードを!!」

 

 驚きに目を見開き動揺を露わにするアヌビス。

 

 

 だがアヌビスが驚くのも無理はない。

 

 アヌビスにとって《青眼の白龍》は神官セトの持つ精霊(カー)であり、そしてその生まれ変わりである海馬瀬人が持つカードでもある。ゆえにその動揺は計り知れない。

 

 

 

 神崎とて海馬に発覚する可能性を考えて出来れば使いたくなかったのだがアヌビスと対峙することを決めた段階で使う必要性が生まれてしまったのだ。

 

 それはアヌビスが劇場版にて倒される際に遊戯たちがデュエルで勝利したにも関わらず、真の姿を現し、石油のような身体になって巨大化。そして冥界の王となりリアルファイトを仕掛けてくるためである。

 

 そのアヌビス最終形態ともいえる冥界の王は最終的に《青眼の光龍(ブルーアイズ・シャイニングドラゴン)》の破壊効果「シャイニング・ノヴァ」にて闇と共に封印されるのだが――

 

――この世界でペガサスが生み出した《青眼の光龍》にはOCG仕様だったため破壊効果が備わっておらずシャイニング・ノヴァれなかったのである――無念。

 

 

 

 そのためプランAであった「破砕機にて物理的冥界帰還法」をついでに試みた。

 

 だが失敗したため、プランBである「人造闇のアイテムでの消去」と、

 

 プランC――「カードの精霊的な不思議パワーでの浄化」を試みているのである。

 

 

 アヌビスの反応を見るに効果はありそうだ。

 

 

 

 デュエルに戻ろう。

 

 

 アヌビスの驚きと共に発せられた疑問に神崎は答えない――今の彼にそんな余裕などない。

 

 そして世界の危機に直接立ち向かうのがいかなるものなのかを身を持って味わいながら神崎はこれまでにない程デュエルに集中し余分な感情を削ぎ落す――プレイミスは許されない。

 

 

 何も答えない神崎に業を煮やしたアヌビスは怒号と共に己のシモベに指示を出す。

 

「何故貴様がそのカードを持っているのかは知らんがそのカードでは我が止められないことを思い知らせてやろう! バトルだ! 《モザイク・マンティコア》よ! その目障りな精霊を焼き尽くせ! ブレス・ファイアァアア!!」

 

 《モザイク・マンティコア》の身体の節々から炎が噴出し、口元から灼熱のブレスとなって《青眼の白龍》目がけて発射される。

 

 《青眼の白龍》を焼き尽くさんと迫る炎。

 

 

「永続罠《リビングデッドの呼び声》を発動。墓地の《巨神竜フェルグラント》を特殊召喚」

 

 だがブレスと《青眼の白龍》の間に割って入るように金と白の甲殻を持ったドラゴンが現れ、その黒い翼でブレスを防ぐ。

 

《巨神竜フェルグラント》

星8 光属性 ドラゴン族

攻2800 守2800

 

 攻撃した際に新たなモンスターが呼び出されたことでアヌビスは攻撃対象を変更できる。だがアヌビスの選択は決まり切っていた。

 

「新たなシモベを呼ぼうともその目障りな精霊には消えてもらう!!」

 

 《青眼の白龍》への攻撃を続行するアヌビス。だが神の力を宿した巨竜が動き出す。

 

「《巨神竜フェルグラント》が墓地からの特殊召喚に成功時、相手のフィールド・墓地のモンスター1体を除外し、このカードの攻撃力・守備力を除外したモンスターのレベル×100アップする――《モザイク・マンティコア》を除外」

 

 再度ブレスを放とうと体内のエネルギーをチャージした《モザイク・マンティコア》は《巨神竜フェルグラント》の突撃により体勢を崩す。

 

 そして《巨神竜フェルグラント》の光の波動を放ち《モザイク・マンティコア》の身体が打ち抜かれ、その身体が崩れていく。

 

「させんっ! 速攻魔法《神秘の中華なべ》! 我のシモベが1体《モザイク・マンティコア》をリリースしその攻撃力か守備力を選択し、その数値だけ我のライフを回復する! 我は攻撃力を選択する!」

 

 崩れかけた体は暗い光となってアヌビスを覆う。

 

アヌビスLP:7000 → 10600

 

 とっさに躱したもののアヌビスにとって目障りな《青眼の白龍》は健在だ――アヌビスの苛立ちは募るばかりである。

 

「クッ! おのれ、忌々しい……我はバトルを終了し、永続罠《光のピラミッド》を発動!」

 

 アヌビスの宣言により2人のデュエリストの間の空中にピラミッドが現れ、光を伸ばし周囲を《光のピラミッド》で覆い隠す。

 

 

 これで己のエースと呼べるシモベを呼ぶ準備は整ったとアヌビスはニヤリと笑う――この力があれば《青眼の白龍》など恐れるに足りぬ、と。

 

「そしてフィールド上に《光のピラミッド》が存在する時、ライフを500払うことで手札からこのカードを特殊召喚する! 出でよ! 試練を与える美麗なる魔獣! 《スフィンクス・テーレイア》!!」

 

アヌビスLP:10600 → 10100

 

 アヌビスのライフを糧に人間の女性の頭部を持ち、背に羽の生えたライオンの身体を持ったアヌビスの守護獣が一体が音もなくフィールドに降り立つ。

 

《スフィンクス・テーレイア》

星10 光属性 獣族

攻2500 守3000

 

「さらに同じ条件で手札からこのカードも特殊召喚だ! 現れよ! 獅子の力持ちし賢人! 《アンドロ・スフィンクス》!!」

 

アヌビスLP:10100 → 9600

 

 人の知識を携えた鎧を纏った獅子が大地を揺らし、雄叫びを放つ。

 

《アンドロ・スフィンクス》

星10 光属性 獣族

攻3000 守2500

 

「そして《一族の結束》で更なる力を得る!!」

 

 墓地の怨霊が2体のスフィンクスに取り込まれ、その全身に力をみなぎらせる。

 

《スフィンクス・テーレイア》

攻2500 → 攻3300

 

《アンドロ・スフィンクス》

攻3000 → 攻3800

 

 恐らくピン挿しである2体のスフィンクスの登場にドロー運の格差を味わいながら思わず素で沈黙する神崎。

 

「我のシモベを前に声も出ぬか。カードを1枚伏せターンエンドだ!」

 

 2体のエースモンスターを呼び出したアヌビスは沈黙を崩さない神崎に対し得意げに鼻を鳴らす。

 

 

 だがアヌビスの言葉よりも神崎は2体のスフィンクスから発せられるプレッシャーの方が問題だった。

 

 

 それはただのモンスターである筈である。「神のカード」という訳でもない。

 

 

 しかしその2体のスフィンクスの憎悪に溢れた姿に「これが本場の『闇のゲーム』なのか」と考えつつ、神崎は揺れそうになる己の心を立て直す。

 

 

 神崎は知っている――これよりも恐ろしい感覚を知っている。

 

 ゆえに2体のスフィンクスに対する感情を削ぎ落す――今の自分に必要なのはただデュエルするのみ。

 

 そこに感情は不要だと。

 

 





 劇中でアヌビスを倒す青眼の光龍(ブルーアイズ・シャイニングドラゴン)が入手できなかったが故の青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)の聖なるパワーでのゴリ押し――これで浄化を目指す!!

 ちなみにこのプランでもアヌビスを倒せなかった場合

プランD
 己の肉体の限界を超え、冥界の王に自身の命を燃やしながらリアルファイトを仕掛ける――おい、デュエルしろよ

プランE
 地下工場そのものを爆破して生き埋めにし、予め仕込んでおいた封印術式を発動。その後KCに連絡が入り、遊戯たちに牛尾が事情を説明し友情教パワーで討伐。

一緒に生き埋めになる? 頑張って脱出すれば問題ない! 無理なら死ぬ。


デュエルに敗北した場合? 十中八九死ぬ――現実って悲しいね?



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第40話 聖なる光のゴリ押し



謎のデュエリスト(笑)VSアヌビス 後編です

前回のあらすじ
OCG使用故のアヌビスのデッキを改編――ピン挿しはキツイですよ……

ドラゴン族「『帝』シリーズかと思ったぁ? ざぁんねぇん、俺たちだよ!!」





 

 

 アヌビスのエースたる2体のスフィンクスのプレッシャーを前に闇のデュエルとはどういうものかを肌で感じる神崎。

 

 だがその余計な感情は全てそぎ落とす――プレイミス怖い。そぎ落とす!

 

「私のターン、ドロー。魔法カード《アドバンスドロー》を発動。自分フィールド上に表側表示で存在するレベル8以上のモンスター1体《巨神竜フェルグラント》をリリースしてデッキからカードを2枚ドロー」

 

 《巨神竜フェルグラント》が輝いて光となりデッキに集まる。そしてデッキから新たな可能性を導く。

 

「《創世の竜騎士》を召喚。そして手札を1枚墓地に送り効果を発動」

 

 金の鎧を身に着けた剣士がボサボサに伸びた髪を振り乱し、天に剣を掲げた。

 

《創世の竜騎士》

星4 光属性 ドラゴン族

攻1800 守 600

 

「自分の墓地のレベル7・8のドラゴン族モンスター1体を対象として発動。このカードを墓地へ送り、対象のモンスターを特殊召喚する。選択するのは墓地のレベル7《アークブレイブドラゴン》」

 

 すると《創世の竜騎士》が光輝きその身を巨大な龍へと変貌させる。

 

 光が収まると金に彩られた白い龍が悠然と4枚の翼を広げ佇んでいた。

 

《アークブレイブドラゴン》

星7 光属性 ドラゴン族

攻2400 守2000

 

「《アークブレイブドラゴン》が墓地からの特殊召喚に成功した場合、相手フィールドの表側表示の魔法・罠カードを全て除外し、除外した数×200、攻撃力・守備力が上昇」

 

 4枚の翼を広げ空中に鎮座する《光のピラミッド》の発生源に飛び立つ《アークブレイブドラゴン》――《冥界の宝札》・《一族の結束》・《強欲なカケラ》は後回しのようだ。

 

 

 《光のピラミッド》の除去。

 

 それはアヌビスの切り札を呼び出すためのキーであるが、先程ドローの為にリリースされた《巨神竜フェルグラント》の効果に思い至る。

 

――これは罠!

 

「させんっ! 我は罠カード《ブレイクスルー・スキル》を発動! 《アークブレイブドラゴン》の効果を無効にする!!」

 

 《光のピラミッド》が光の波動を発し、《アークブレイブドラゴン》の(効果)を霧散させる。

 

 飛ぶ速度がガクッと落ちた《アークブレイブドラゴン》は所在なさげに空に佇んだ。

 

 

 効果の不発も気にせず神崎はデュエルを続ける。

 

「魔法カード《復活の福音》を発動。墓地のレベル7・8のドラゴン族モンスター1体を特殊召喚する。レベル8《巨神竜フェルグラント》を特殊召喚」

 

 先程墓地に送られたばかりの《巨神竜フェルグラント》が黒い翼を広げて獲物を探すように空を舞う。

 

《巨神竜フェルグラント》

星8 光属性 ドラゴン族

攻2800 守2800

 

「《巨神竜フェルグラント》が墓地からの特殊召喚に成功時、相手のフィールド・墓地のモンスター1体を除外し、このカードの攻撃力・守備力を除外したモンスターのレベル×100アップする――《素早いモモンガ》を除外」

 

「なんだとっ!」

 

 アヌビスのエースたる2体のスフィンクスではなく、攻撃力の低い《素早いモモンガ》への除去。

 

――新たにシモベを呼び出されるのを嫌った……のか?

 

 戦闘で破壊された時にデッキから同名モンスターを呼ぶことができる《素早いモモンガ》の効果を嫌ったのではと仮説を立てるが、相手の意図が読み切れずアヌビスの心に言い得ぬ淀みが強まる。

 

 そして急降下してきた《巨神竜フェルグラント》が絶望しきった顔つきの《素早いモモンガ》を踏み潰した。

 

《巨神竜フェルグラント》

攻2800 → 攻3000

 

「墓地の《ギャラクシー・サイクロン》を除外し効果発動。フィールド上の表側表示の魔法・罠カードを1枚破壊する。《一族の結束》を破壊」

 

 地面に黒い渦が現れ《一族の結束》を呑み込むとアヌビスのフィールドのモンスターから怨霊のような影が天へと昇って行く。

 

《スフィンクス・テーレイア》

攻3300 → 攻2500

 

《アンドロ・スフィンクス》

攻3800 → 攻3000

 

《不幸を告げる黒猫》

攻1300 → 攻 500

 

《素早いモモンガ》

攻1800 → 攻1000

 

「クッ! 《一族の結束》が……」

 

 この神崎のプレイングにアヌビスはどこか違和感を覚えた。何故《光のピラミッド》を破壊しに動かないのか、と。

 

 《光のピラミッド》が存在する限り500のライフコストでスフィンクスたちを呼ぶことができることはわかりきっている筈である。

 

――攻撃力の強化を嫌ったのか?

 

 そう考えるアヌビスだがふともう一つの可能性が頭によぎる。

 

――まさか《光のピラミッド》の効果を知っているのか?

 

 アヌビスにとってありえない仮説だが、どこかそう思えてならない。だが知っているのなら《巨神竜フェルグラント》の効果で除外すればいい筈である――相手の考えが読めない。

 

 

 そんなアヌビスの迷う間もデュエルは止まらず続く。

 

「バトルフェイズ。《巨神竜フェルグラント》で《アンドロ・スフィンクス》を攻撃」

 

 攻撃力は互角。

 

「ならば迎え撃て! 《アンドロ・スフィンクス》! スフィンクスの咆哮!!」

 

 《巨神竜フェルグラント》の光のブレスと《アンドロ・スフィンクス》の大地を抉りながら突き進む咆哮が衝突する。

 

 その衝突は互いの攻撃のエネルギーが逃げ場を求めたかのように交差しそれぞれに着弾する。

 

「ドラゴン族モンスターが破壊される代わりに墓地の《復活の福音》を除外」

 

 だが《アンドロ・スフィンクス》の咆哮の一撃は《巨神竜フェルグラント》に届くことはなく龍の石像が身代わりとなって立ち塞がっていた。

 

 光のブレスを受け崩れ落ちる《アンドロ・スフィンクス》。

 

「戦闘でモンスターを破壊した《巨神竜フェルグラント》の効果を発動。《巨神竜フェルグラント》以外の自分または相手の墓地のレベル7・8のドラゴン族モンスター1体を自分フィールドに特殊召喚する。選択するのは《光の天穿バハルティヤ》」

 

 《巨神竜フェルグラント》が天に向かって咆哮を上げる。

 

 その咆哮に呼び寄せられたのか、天から白き十字架の如き体躯を下した長大な竜が青き炎のように揺らめく四対の翼を広げ、赤い鱗で兜のように覆われた目元から真っ赤な炎をたぎらせた。

 

《光の天穿バハルティヤ》

星7 光属性 ドラゴン族

攻2000 守2400

 

 かくして、4体のドラゴンがフィールド内を縦横無尽に飛び回る。

 

「《アークブレイブドラゴン》で《不幸を告げる黒猫》を攻撃」

 

 飛び回る中から《アークブレイブドラゴン》が飛び出し、《不幸を告げる黒猫》はその牙に捉えられ、空中に飛び立った後に屠られた。

 

 2つに別れた《不幸を告げる黒猫》の残骸がアヌビスの足元に落ちる――「次にこうなるのはお前だ」とでも言いたげに。

 

「《青眼の白龍》で《スフィンクス・テーレイア》を攻撃」

 

 対抗して念波を放つ《スフィンクス・テーレイア》だが無情にも《青眼の白龍》の滅びのブレスの前には無力であり、そのブレスが直撃――アヌビスにその衝撃が襲い掛かる。

 

「ぐぉおおおお!」

 

アヌビスLP:9600 → 9100

 

 その衝撃にたたらを踏むアヌビス。だが攻撃の手は止められることはない。

 

「《光の天穿バハルティヤ》でダイレクトアタック」

 

 空を佇む《光の天穿バハルティヤ》の口元からレーザーのように収束した炎が放たれ、アヌビスを貫く。

 

「ぐぅうう!」

 

アヌビスLP:9100 → 7100

 

「バトルフェイズを終了。カードを2枚伏せターンエンド」

 

 

 神崎は今のバトルでのやり取りを見つつ自身の仮説が正しかったと考察する。

 

 ダメージの大きい《光の天穿バハルティヤ》のダイレクトアタックよりもダメージの小さい《青眼の白龍》の超過ダメージの方がアヌビスはダメージを負っているように見受けられた。

 

 アヌビスに《青眼の白龍》の攻撃は《青眼の光龍》と同様とまではいかなくとも効くようである――ならば取る手は一つだった。

 

 

 だがそんな思惑を知らないアヌビスからすれば今の状況は看過できない――神官セトの精霊に屈する訳にはいかないのだから。

 

「このまま終わる我ではない! 我のターン! ドロォオオ!! この瞬間! 《強欲なカケラ》に2つめの強欲カウンターが乗る!」

 

強欲カウンター:1 → 2

 

「そして2つ以上の強欲カウンターの乗った《強欲なカケラ》を墓地に送り2枚ドロー!!」

 

 引いたカードを見てアヌビスはほくそ笑む――奥の手たるカードを呼び出す手筈は整った。

 

「我は再び魔法カード《魔獣の懐柔》を発動! 再び現れろ! 《不幸を告げる黒猫》! 《素早いモモンガ》! そして新たに《森の聖獣 ヴァレリフォーン》!」

 

 新たに現れた小さな小鹿がスキップするかのように歩み出るが、再び整列したモモンガと太めの黒猫は前任者の末路を知ってか2匹で固まりガタガタと震えている。

 

《不幸を告げる黒猫》

星2 闇属性 獣族

攻 500 守 300

 

《素早いモモンガ》

星2 地属性 獣族

攻1000 守 100

 

《森の聖獣 ヴァレリフォーン》

星2 地属性 獣族

攻 400 守 900

 

「そして《不幸を告げる黒猫》と《森の聖獣 ヴァレリフォーン》をリリースしてアドバンス召喚! 海の王と対をなす陸の王よ! 今こそその権威を振るえ! 《百獣王(アニマル・キング)ベヒーモス》!!」

 

 ほっとしながら光の粒子となって消えゆく《不幸を告げる黒猫》を余所に「置いて行かないでぇ!」と言いたげに手を伸ばす《素早いモモンガ》――だがその手は空を切る。

 

 消えゆく《森の聖獣 ヴァレリフォーン》は最後まで小首を傾げていた。

 

 

 恐怖に押し潰されそうになっている《素早いモモンガ》。

 

 だがその隣に紫がかった皮膚にたてがみを持った百獣の王が爪と牙をギラリと見せつけ「案ずるな」と言わんばかりの力強い雄叫びを上げた。

 

《百獣王 ベヒーモス》

星7 地属性 獣族

攻2700 守1500

 

 その姿を見た《素早いモモンガ》は先程とは打って変わりドラゴンたちに向けファイティングポーズを取る――調子のいいことで。

 

「2体以上リリースしてアドバンス召喚に成功したことで《冥界の宝札》の効果で2枚ドロー! そしてアドバンス召喚に成功した《百獣王 ベヒーモス》はその召喚の際のリリースの数だけ我の墓地の獣族のシモベを手札に戻す!」

 

 アヌビスが呼び戻すべきカードなど決まり切っている。

 

「リリースの数は2枚! よって我が選ぶのは当然! 《スフィンクス・テーレイア》と《アンドロ・スフィンクス》の2枚だ!」

 

 《光のピラミッド》が怪しい光を放つ。

 

「そして《光のピラミッド》の存在からライフを500ずつ払い手札の《スフィンクス・テーレイア》と《アンドロ・スフィンクス》の2体を特殊召喚! 再び現れろ! 我が魔獣たち!」

 

アヌビスLP:7100 → 6600 → 6100

 

 再び並び立つ2体のスフィンクス――その瞳はアヌビスと同じく復讐に染まっていた。

 

《スフィンクス・テーレイア》

星10 光属性 獣族

攻2500 守3000

 

《アンドロ・スフィンクス》

星10 光属性 獣族

攻3000 守2500

 

「速攻魔法《サイクロン》! フィールドの魔法・罠を1枚破壊する! 破壊するのは我の《光のピラミッド》!」

 

 《光のピラミッド》が竜巻によって崩れていき空からその破片がフィールドにばら撒かれる――《素早いモモンガ》は素早く《百獣王 ベヒーモス》の腹の下に隠れた。

 

 《百獣王 ベヒーモス》がどこか呆れ顔に見えるのは気のせいなのか……

 

「フハハハッ! 表側表示の永続罠《光のピラミッド》がフィールド上から離れた時、我のフィールドの《アンドロ・スフィンクス》、《スフィンクス・テーレイア》は破壊されゲームから除外される!!」

 

 砕けた《光のピラミッド》がフィールドに降り注ぎ、《アンドロ・スフィンクス》と《スフィンクス・テーレイア》に触れる。

 

 すると触れた身体が泥のように崩れ、2体のスフィンクスを奈落へと落とす。

 

 

 明らかなデメリット効果だがアヌビスは意気揚々と続ける――条件は完遂された。

 

「そしてっ! 我のフィールド上の《アンドロ・スフィンクス》と《スフィンクス・テーレイア》が同時に破壊された時、ライフを500払う事で、手札またはデッキから我が最強のシモベを呼び出す!」

 

アヌビスLP:6100 → 5600

 

 《光のピラミッド》のデメリットと取れる効果はアヌビスの仕掛け。

 

「我が最強のしもべにして神に仕えし獣の長よ! 今こそ我を真の玉座に導け! 《スフィンクス・アンドロジュネス》!!」

 

 奈落に落ちた《アンドロ・スフィンクス》と《スフィンクス・テーレイア》の崩れた泥のような体が這い上がり、混ざり合う。

 

 そして《スフィンクス・テーレイア》の獣の身体に《アンドロ・スフィンクス》の上半身が繋がり、ケンタウロスのような姿をとった。

 

 その頭の前後には《アンドロ・スフィンクス》の獣の顔と《スフィンクス・テーレイア》の人の顔の2つがあり、より異形を際立たせている。

 

《スフィンクス・アンドロジュネス》

星10 光属性 獣族

攻3500 守3000

 

「そして《スフィンクス・アンドロジュネス》が特殊召喚に成功した時、ライフを500払うことでエンドフェイズ終了時まで攻撃力は3000ポイントアップだ! 我が命を吸いその力を高めよ!」

 

アヌビスLP:5600 → 5100

 

 《スフィンクス・アンドロジュネス》はアヌビスのライフを糧に、真の力を発揮し、全身が禍々しく脈動する。

 

《スフィンクス・アンドロジュネス》

攻3500 → 攻6500

 

「見よ! これが我がシモベの究極の姿だ!」

 

 両腕を広げ自身の究極のシモベに満足気なアヌビス。

 

 

 だがアヌビスはここで確実に相手を倒すためにもう1つ手を打つ。

 

「だがまだだ! 魔法カード《野性解放》を発動!」

 

 《スフィンクス・アンドロジュネス》の全身が熱を帯びたように赤く染まる。

 

「その効果により我のフィールド上の獣族・獣戦士族のシモベ1体――《スフィンクス・アンドロジュネス》の攻撃力をその守備力分アップだ!」

 

 両腕を広げ咆哮を上げる《スフィンクス・アンドロジュネス》。

 

 身体の内側から溢れ出る力が大気を揺らす。

 

《スフィンクス・アンドロジュネス》

攻6500 → 攻9500

 

「さぁバトルだ! その精霊ごと消えてなくなるがいい! 獣神の裁き!!」

 

 《スフィンクス・アンドロジュネス》は両の腕を前に突出し両手の間に力場を生み出す。

 

 そこへ口元からエネルギーが噴出されその力場を通ることでエネルギーが増幅され全てを破壊する一撃となって《青眼の白龍》を襲った。

 

 

 この攻撃が決まれば受けるダメージは6500。初期ライフ4000が容易く消し飛ぶ。

 

 

「永続罠《強制終了》を発動。自分フィールド上に存在するこのカード以外のカード1枚を墓地へ送る事でバトルフェイズを終了する。《アークブレイブドラゴン》を墓地に」

 

 だが《青眼の白龍》を庇うように前に出た《アークブレイブドラゴン》がその攻撃を命をとして受け切り、消滅。フィールドに光が広がった。

 

 

 そして《強制終了》の効果によりバトルフェイズが終了する。

 

「チィッ! 忌々しい! 我は魔法カード《アドバンスドロー》を発動! レベル8以上の《スフィンクス・アンドロジュネス》をリリースし2枚ドロー!」

 

 神官セトの象徴たる《青眼の白龍》を除去できず苛立ちとともにカードを発動するアヌビス。

 

 

 そして《野性解放》によるデメリット効果でこのターンを終えれば自壊する《スフィンクス・アンドロジュネス》は新たなドローとして生まれ変わる。

 

「我はカードを1枚伏せてターンエンドだ。エンドフェイズに《魔獣の懐柔》で呼び出されたシモベは破壊される」

 

 《百獣王 ベヒーモス》に一礼をして去っていく《素早いモモンガ》。

 

 

 己の切り札を墓地に送ったアヌビスだが抜かりはない――己の最強のシモベは誰にも超えられないと。

 

「私のターン、ドロー。魔法カード《アドバンスドロー》を発動。自分フィールド上に表側表示で存在するレベル8以上のモンスター1体《青眼の白龍》をリリースしてデッキからカードを2枚ドロー」

 

 《青眼の白龍》が輝き光となってデッキに集まり、そのデッキから新たな可能性を導く。

 

「バトルフェイズ。《巨神竜フェルグラント》で《百獣王 ベヒーモス》を攻撃」

 

 《百獣王 ベヒーモス》が除外された《素早いモモンガ》の仇討ちと決起するが、空を舞う《巨神竜フェルグラント》の光の波動の弾丸の雨の前に徐々にその勢いを無くし、最後は力なく倒れ伏した。

 

 その後も《百獣王 ベヒーモス》の存在が跡形もなくなるまで攻撃は続いた。

 

アヌビスLP:5100 → 4800

 

「戦闘によりモンスターを破壊した《巨神竜フェルグラント》の効果発動。墓地の

《青眼の白龍》を特殊召喚」

 

 再度現れる白き龍。

 

 悠然と翼を広げるその姿はどこか幻想的であった。

 

《青眼の白龍》

星8 光属性 ドラゴン族

攻3000 守2500

 

「クッ! 本当に忌々しい……」

 

 その光に眉をひそめるアヌビス――神官セトには怨みしかない。

 

「《青眼の白龍》でダイレクトアタック」

 

 滅びのブレスが先程の《スフィンクス・テーレイア》の時とは違い直接アヌビスを滅さんと迫る。だが――

 

「させんっ! 我は永続罠《リビングデッドの呼び声》を発動!」

 

「《リビングデッドの呼び声》の発動にチェーンして《青眼の白龍》を対象に速攻魔法《竜の闘志》を発動」

 

 新たな魔法の効果で《青眼の白龍》の周囲に霧のようなものが漂い始める。

 

「今更何をしようとも無駄だ!」

 

 このタイミングで発動されたカードに疑問を持つアヌビス。だが己の切り札の降臨に問題はないと思考の隅に置く。

 

 そしてチェーンが逆処理され――

 

「《リビングデッドの呼び声》の効果で墓地よりシモベを呼び戻す! 再び力を行使せよ! 《スフィンクス・アンドロジュネス》!!」

 

 大地を砕き滅びのブレスの前に陣取った《スフィンクス・アンドロジュネス》。

 

 そのまま何時ぞやの《モザイク・マンティコア》の攻撃を弾き飛ばした《巨神竜フェルグラント》のように《スフィンクス・アンドロジュネス》は滅びのブレスをその剛腕で弾き飛ばし、挑発的にドラゴンたちの前に佇む。

 

《スフィンクス・アンドロジュネス》

星10 光属性 獣族

攻3500 守3000

 

「そして《スフィンクス・アンドロジュネス》が特殊召喚に成功した時、ライフを500払いエンドフェイズ終了時まで攻撃力を3000ポイントアップ!」

 

アヌビスLP: 4800 → 4300

 

 《スフィンクス・アンドロジュネス》は再びアヌビスのライフを糧に力を解放する。

 

《スフィンクス・アンドロジュネス》

攻3500 → 攻6500

 

「これで貴様の脆弱なシモベは攻撃できまい!」

 

 攻撃の巻き戻しが行われこのまま攻撃を続けるか否かを選べるが、このパワーを前に挑む者はいないと勝利を確信するアヌビス。

 

 

 

 だが声が聞こえた。

 

「攻撃」

 

 攻撃力の差は歴然であるにも拘らず再度《青眼の白龍》は戦闘態勢に入る。

 

「血迷ったか! その程度の攻撃力でどうするつもりだ!」

 

 そう挑発するアヌビスだが胸中には言い得ぬ淀みがなお残る。

 

 このデュエル中ずっと感じていた対戦相手の何も写さないその在り方に恐怖が芽生え始めていた。

 

「返り討ちにしろ《スフィンクス・アンドロジュネス》!」

 

 滅びのブレスを放つ《青眼の白龍》。

 

 だが《スフィンクス・アンドロジュネス》が両腕を前に突き出し前のターンと同じように両手の間に力場を作り口元にエネルギーを溜め迎撃に入るが――

 

 

「自分の光属性モンスターが戦闘を行うダメージ計算前、手札の《オネスト》の効果を発動。このカードを墓地に送り、その自分のモンスターの攻撃力はターン終了時まで、戦闘を行う相手モンスターの攻撃力分アップする」

 

 《青眼の白龍》の翼が光と共に天使の白い羽へと姿を変え、虹色の光を放つ。

 

 そして《青眼の白龍》の聖なる力がより純度を増した。

 

《青眼の白龍》

攻3000 → 攻9500

 

 虹色の光を内包した滅びのブレスが《スフィンクス・アンドロジュネス》に迫り、迎撃のため《スフィンクス・アンドロジュネス》も口元からエネルギー波を放つ。

 

 一見拮抗しているように見える2体の攻撃。

 

「こ、攻撃力9500だと……」

 

 だがアヌビスは天使の羽を持つ《青眼の白龍》の神々しさに思わず目を奪われていた。

 

 

 そして拮抗は崩れ《スフィンクス・アンドロジュネス》の最後の反撃ごと《青眼の白龍》から放たれる聖なる滅びの光が《スフィンクス・アンドロジュネス》を包み浄化させ、その身を消滅させた。

 

「ぐおぅぁああぁあああ!!!」

 

アヌビスLP:4300 → 1300

 

 その聖なる滅びの光の余波を浴び、身体から煙を上げながら膝をつくアヌビス。

 

「グッ……このままでは……」

 

 アヌビスは最後の力を振り絞り立ち上がろうとするが――

 

「《竜の闘志》の効果により《青眼の白龍》は通常の攻撃に加えて、このターンに相手フィールドの特殊召喚されたモンスターの数まで追加攻撃できる」

 

 《青眼の白龍》の周囲に漂う霧のようなものがドラゴンを形作り《青眼の白龍》の背を押すように一体化する。

 

 《青眼の白龍》の攻撃の前に発動されたカード。

 

 その効果は今の状況で必要としない効果であった――残りのドラゴンで攻撃すればいいのだから。

 

 だがアヌビスは相手の言葉に立ち上がるのも忘れ目を見開いた。

 

「こ、このターン我は《スフィンクス・アンドロジュネス》を特殊召喚している……! ッ! 貴様! どこまでも我を――」

 

 そして理解する。相手の不可解なプレイングの正体は《青眼の白龍》で止めを刺すためだと。アヌビスの心は怒りに燃えた。

 

 よりにもよってアヌビスが嫌悪する神官セトのカードで止めを刺そうとする事実。

 

 だがアヌビスを待つのは無慈悲にも告げられる死刑宣告のみ。

 

 

「やれ」

 

 聖なる羽を得た《青眼の白龍》からアヌビスに直接放たれる光は先程の比ではない。

 

「うおぉっ……お……ぉ…………!」

 

アヌビスLP:1300 → 0

 

 叫び声すら上げられなくなったアヌビスはそのまま静かに倒れ伏した。

 

 

 






《E・HERO オネスティ・ネオス》

ならぬ
ブルーアイズ・オネスティ・ドラゴン

きっと聖なる精霊パワーが増すに違いない!(物理)






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第41話 もがくもの


前回のあらすじ
オネストで^^





 デュエルの終了を確認したこの闇のゲームの審判こと《冥帝エレボス》は退屈そうに手をかざし敗者のアヌビスへ賭けたモノを回収するために動く。

 

 だがそれを遮るようにアヌビスの持つ闇のアイテム「光のピラミッド」のクリスタル部分が砕け、赤い宝玉から黒いオーラが噴出し、泥のようなものが倒れ伏したアヌビスの全身を包んでいった。

 

 その泥のようなものはアヌビスをジャッカルのような頭部をもつ巨大な異形の姿へと変貌させる。

 

 現れたその異形は翼を広げ、頭部の斧のような角を巨大化させながら宣言する。

 

『我は「死者の番人」であり「冥界の王」なり、我が野望のため、まだ朽ちるわけにはいかぬ!』

 

 

 色々と言葉を並べるアヌビスこと「冥界の王」だが《冥帝エレボス》のやることは変わらない――敗者から賭けたモノを取り立てるだけ。

 

 

 雄叫びを上げながら抵抗を試みる冥界の王。

 

 その姿を視界に収めた《冥帝エレボス》は椅子からゆっくりと立ち上がり、その手に冥府の黒き炎を灯す。

 

 

 そして突如として始まる怪獣対決。

 

 冥界の王が口から闇のブレスを放つが《冥帝エレボス》の腕の一振りでそのブレスが方向を変えて壁に激突し周囲を揺らす。

 

 

 望まぬ観客となった神崎は生きた心地がしない。

 

 

 自身の攻撃を弾かれた冥界の王は警戒の色を見せるが《冥帝エレボス》は意に介さずその手に灯していた冥府の炎を冥界の王へと放った。

 

 その黒い炎は冥界の王の泥のような全身を焼きつくし声なき悲鳴を上げさせる。

 

 だが冥界の王も只やられるわけではない。己を焼く冥府の炎を自身に取り込み己のブレスと共に再度《冥帝エレボス》に向けて放つ。

 

 

 その捨て身の一撃は《冥帝エレボス》の腕を吹き飛ばし確かなダメージを与える。

 

 ニヤリと笑みを浮かべる冥界の王。

 

 

 だが《冥帝エレボス》の失ったはずの腕と鎧が逆再生のように戻る。そしてその腕の調子を見せつけるように動かした。

 

 

 驚愕に目を見開く冥界の王。

 

 

 冥界の王ことアヌビスは知らないことだがこの《冥帝エレボス》は精霊ではなく、オカルトパワーによって構成された(アバター)に過ぎない。

 

 よって本体である核を破壊されぬ限り多少の損傷に意味はない――ちなみに《邪神アバター》は関係ない。

 

 

 驚愕したまま動かぬ冥界の王をつまらないものを見るように一瞥した《冥帝エレボス》は右手に瘴気を集める。

 

 それは先程の炎とは比べ物にならぬサイズと威力が内包されているのが一目でわかった。

 

 思わず後退る冥界の王に無慈悲にも瘴気の一撃が放たれ冥界の王の半身を消滅させる。

 

 そして上半身をまるまる失った冥界の王は活動を止め、倒れ伏す。

 

 

 

 神崎は倒れ伏した冥界の王を見て、とりあえずは人造闇のアイテムこと精霊の鍵は闇の力を持つ相手に効果が見込めると安堵する。

 

 

 今回の一戦で《冥帝エレボス》が圧倒していたように見えたが、実際の純粋なオカルト的パワーは「冥界の王」が上である。

 

 だが精霊の鍵によって創られた空間での戦闘は冥界の王にとってはアウェーであった。

 

 さらに冥界の王の核たるアヌビスが粉砕機によるダメージと闇のデュエルに敗北していたためにアヌビスの(バー)が減少していたことなどの要因から冥界の王が十全に戦えないような状況を作り出したゆえに勝利することができたのである。

 

 

 

 そして再度《冥帝エレボス》はアヌビスから奪いに動くが――

 

 

 冥界の王の残った身体が神崎目指し飛びかかった。

 

 

 今のままでは《冥帝エレボス》を抑えることは難しいと考えた冥界の王が勝者である神崎を消し、勝負の結果を覆そうと試みたゆえでの行動である。

 

 だがその攻撃は人造闇のアイテム――精霊の鍵による「勝負している間のその勝負方法以外でのプレイヤーの安全の確保」により半透明な壁に防がれる。

 

――こちらも問題なく作用している……か。

 

 そう思いつつも防げなかった場合を考え、既に後方へと下がる体勢であった神崎――悲しいことにこの手の荒事は慣れたものであった。

 

 

 半透明な壁を何度もたたく泥のようなものに覆われたミイラの動きはどこかホラーチックである。

 

 そしてそのミイラは崩れそうな腕を《青眼の白龍》に伸ばしていたが、最後に彼の目を遮るように現れた瘴気の渦に呑み込まれていった。

 

 

 

 《冥帝エレボス》は神崎にもう一方の手をかざす。

 

 その手には球体上に不可思議な文字が浮かび、回転していた――地球上の文字とは思えない。

 

――授与。

 

 頭の中にそう告げられ、神崎がそれに手をかけるとその文字列は消え去り、ミイラの身体を覆っていた瘴気の渦はその中身ごと砂の城のように崩れ落ちた。

 

 

 瘴気の渦に呑み込まれ、崩れ落ちたミイラを見つめ、「ああ」なっていたのは自分かもしれないと神崎はどこか他人事のように考える――今日は逃れても次に「ああ」なる可能性を強く自覚したくないためかもしれない。

 

 そしてゲームの終了により闇のゲームの空間が解けていき、元いた地下工場へと戻っていた。

 

 

 

 

 

 なんとかなったか、と安堵の息をつく神崎だが突如として謎の頭痛と倦怠感に苛まれる。

 

――闇のデュエルによる精神的ダメージか?

 

 そう考える神崎だが頭の中を流れる情報にそれは違うと確信した。

 

 

 その情報は古代エジプトの闇の儀式、(バー)精霊(カー)の在り方。千年アイテムの力といったオカルトに関する知識――すべてアヌビスのものである。

 

 

 そういえば賭けていたと神崎は思いつつ、てっきりアヌビスが、もう一人の遊戯のように幽霊のような状態でアドバイザーとして知識を教わるものだと思っていただけに、直接頭に知識を叩きこまれるとは予想していなかった。

 

 

 

 人生初の経験に吐き気を堪えつつ、この程度ならば許容範囲と考えた神崎の身に更なる異変が起こる。

 

 

 

 それは己を保っていられない不可思議な感覚。

 

 今の神崎には何がどうなっているかが分からない。

 

 

 だがまたもや頭に流れる情報から理解させられる。

 

 

 「冥界の王」の力が逃げ場を求めるように神崎の身体の中で暴れまわっていた。

 

 

 何故こんなことが起きたのか今の神崎に思考する余裕はない――だがそう難しいことではない。余裕があれば簡単に気付くようなことである。

 

 

 それは互いの賭けたモノへの認識の違いである。

 

 アヌビスが欲し、賭けさせた神崎の生命エネルギーは相手の存在を取り込むことと同義であった。

 

 それに気付かず「『全』知識」という解釈の広い賭け方をしたゆえに「精霊の鍵」が同程度のモノを賭けたと判断したゆえの認識の違いが今現在の状況を招いていた。

 

 

 つまり神崎が勝利して得たのはアヌビスの記憶と言う意味での「全知識」ではなく――

 

――アヌビスひいては冥界の王のアカシックレコード(全知識)とも言えるモノである。

 

 人の身に耐えられるものではない。

 

 いつの間にやら「互いの全て」に等しいものを賭けさせられていた。

 

 

 

 今辛うじて拮抗できているのは鍛えに鍛え上げた肉体のお蔭である――だがそれも長くは持ちそうにない。

 

 

 自身が塗り潰されていくような感覚に苛まれる神崎。

 

 

 このままでは「アレ」を味わう羽目になるとその瞳に恐怖が宿る――誰にとっても「アレ」は二度と味わいたくはない代物であろう。

 

 

 神崎は己が己でなくなる感覚に恐怖している訳ではない。そんな「モノ」よりももっと恐ろしい「モノ」を神崎は知っている。

 

 

 本来は誰もが一度は味わうモノである――ただ記憶に残ることがないだけで。

 

 だが神崎は不幸なことに「その」記憶が残ったままで「この世界」に生を受けた――イヤでも思い出すゆえ日々が地獄だった。

 

 

 

 

 

 恐れる「アレ」の正体は「死」――誰もが一度は経験する抗えぬ恐怖。

 

 「死ぬまで」ではなく「死んだその瞬間」の感覚。

 

 その全てを奪われるかのようなあの筆舌しがたい感覚と神崎は常に共にあった――ゆえに彼は「死」を何よりも恐れた。

 

 

 

 そしてそれは確実に近づいてきている。

 

 

 

 そう察した神崎は力の奔流に逆らい再度手を伸ばす。

 

「起……動」

 

 宣言と共に精霊の鍵が再度起動し、周囲一体が閉鎖空間となった。

 

 

 そして蹲る神崎を見下ろすのは、ほぼ骨と皮しかない赤いボロボロの外套を纏ったアンデッド。

 

 そのアンデッドは地面に土色の杖を突いて音を鳴らし神崎の頭にメッセージを送る――勝負方法と互いの何を欲するかの選択を。

 

 

 現れたのは《不死王(ノスフェラトゥ)リッチー》。

 

 その姿は死に瀕している神崎が「不死」を無意識に願ったゆえなのか……

 

「降れ」

 

 

 神崎が選んだのは相手から奪うモノを決めての「賭けのレートの設定」。

 

 

 どのみち今の神崎に選択肢などない。

 

 「勝負方法」を選択して確実に勝てる勝負を挑んでも相手が賭けのレートを下げれば今の状況を脱することはできないのだから。

 

 

 そして勝負の方法を《不死王リッチー》は冥界の王に問いかける。

 

 すると神崎の影がヌルリと伸び、人の形を崩した異形の影となった冥界の王は嘲笑する。

 

『愚か、既にこと切れるモノに降れるはずもない』

 

 苦痛に耐える神崎を見下すように告げる。

 

『滑稽、我はこのまま貴様が死ぬまで待てばいい』

 

 そして冥界の王は勝負する必要がないと嗤う。

 

 

 だがそんな冥界の王の頭に《不死王リッチー》の声が響く。

 

 それはこの空間が解除されるまで「勝負」以外で互いが手を出すことはできず、互いの状態は保存されることを。

 

 

 状態が保存されるゆえに神崎への冥界の王の侵蝕は止まる――神崎の苦しみは続くが、冥界の王も弱ったままだ。

 

 

 ならばと冥界の王はこの空間を総べる《不死王リッチー》に問いかける

 

『この空間の解除方法を問う』

 

 そして頭に声が響く――勝負の決着もしくは両者の合意が必要だと。

 

 

 面倒なことになったと冥界の王は考えた。

 

 何もせずに神崎がこの空間から出れば死ぬと分かり切っている以上首を縦に振らせるのは難しい。

 

 ゆえに冥界の王は勝負方法を提案する――可能な限り有利な条件を付けて。

 

 

『勝負は互いの「(バー)の削り合い」』

 

 冥界の王から提案されたのは先程の状態を再開するだけの勝負とも言えないモノ。

 

 今の弱った冥界の王の状態でも問題なく神崎の魂を消し去ることができると、この空間に入る前に分かっていたゆえの提案。

 

『そして我が勝利した際に欲するのは貴様の(バー)と生命エネルギー』

 

 損耗した自身の力の足しにはなるだろうと嗤う冥界の王。

 

 

 だが《不死王リッチー》の声が響く――相手の勝利条件が決定されていない、と。

 

 

 《不死王リッチー》の言葉に冥界の王は思案する。

 

 己が確実に勝利できる条件を「勝負方法」とした冥界の王だが、さらにダメ押しとして神崎の勝利条件を提示する。

 

『ならば我が諦めるまで』

 

 冥界の王が諦めなければ勝利にならない――神崎にとって理不尽な勝利条件だった。

 

 

 《不死王リッチー》が神崎に異論があるか否かを尋ねる。

 

 それに対し息も絶え絶えにこの絶望的なルールについて考える神崎。

 

()()が君……の『勝負方法』のルール……なの、かい?」

 

『肯定だ』

 

 神崎は思案する。

 

 だが時間は味方になりえない――この苦痛にまだ耐えられる段階で勝負に挑まねば勝率は逆に下がることを理解していたゆえに。

 

「ルール変更を……願う……」

 

『拒否する』

 

「なら、せめて……こちらの勝利条件に、制限時間を……設けて欲しい……」

 

『拒否する』

 

 何も取り合う気がない冥界の王――相手の策に翻弄されたアヌビスの二の舞にはなるつもりはないと全ての提案を突っぱねる。

 

 

 これ以上は無駄と考えた神崎は《不死王リッチー》に異論がないことを伝えた――色々と限界であったのであろう。

 

 

――開始。

 

 そして《不死王リッチー》の宣言と共に冥界の王の侵蝕が再開される。

 

 

『貴様が何を企もうと無駄なこと。すぐに終わる――貴様に我は止められない』

 

 冥界の王は勝利を確信していた。弱り切ってはいても精霊の加護も受けていない人間に負ける筈が無い――悲しいことにその通りだった。

 

 

 

「……このまま、なら……そうでしょうね」

 

 だが神崎は冥界の王の侵蝕に苦しみつつも懐から「奥の手」を取り出す。

 

 それはオレンジ色の幻想的な光を発しているエネルギーが入った小型のガラスの入れ物――デュエルエナジーである。

 

 デュエルに負け死ぬ場合を想定して用意しておいたものだ。

 

 

 「遊戯王GX」にて死に瀕したカードの精霊「ユベル」が己の身体を保ち、修復させたことから最後の手段として用意していたものである――それは一か八かの手段だった。

 

 

 だが今は「冥界の王」の力の奔流に浸食されつつある己を留めるために使う――成功するかどうか以前にどうなるかすら分からない。

 

 しかし今の神崎には「人の想い」に反応するデュエルエナジーの可能性に賭けるしかない。

 

 

 そして躊躇いなく己の首筋に突き刺す――脈動しながら身体へと流れていくデュエルエナジー。

 

 

 体内でデュエルエナジーと冥界の王の侵蝕がせめぎ合う。だが――

 

 

『ほう、だがこの程度では我を止めることは出来ん』

 

――冥界の王の侵蝕が遅くなるだけ、それも直に元に戻る。

 

 せめぎ合いを制した冥界の王はこの程度は問題ないと己の勝利を確信する。

 

「駄目……なの、か……」

 

 その神崎の力ない言葉に対して「諦めろ」と続けようとした冥界の王だが神崎はヨロヨロと壁際まで移動し、何かのレバーに手をかけた。

 

『閉鎖空間から出られぬことを忘れたか』

 

 敗北を悟り恐怖のあまり錯乱したかと哀れみすら向ける冥界の王。

 

 そしてレバーが引かれると周囲の壁が音を立てて上昇する。

 

『哀れなものだ』

 

 冥界の王はまともな思考すら出来なくなったと神崎を嗤う。

 

 

 

 

 

 

 

 だが一面に広がる幻想的な光を放つデュエルエナジーに目をむいた。

 

『――なっ!』

 

 

 この大量のデュエルエナジーはプランの一つである冥界の王をこの場に一時的に留めて置くための封印術式の為のエネルギーである。

 

 これまで溜めに溜めた分をふんだんに封印術式に使用する予定だったが今の目的は封印術式にはない。

 

 

 そして驚く冥界の王をよそにデュエルエナジーの容器に付いたプラグの一部を外し、先程首に突き刺したものと連結させようとする神崎。

 

 

 その用途がもうお分かり頂けたであろう。

 

 先程の焼き増しである――量が桁違いではあるが。

 

 

 それを理解した冥界の王は思わず叫ばずにはいられない。

 

『よ、よせっ! そんなことをすれば貴様とてただでは済まんぞ!』

 

 万全の状態ならまだしも度重なる攻防で弱りに弱った冥界の王は当然ただではすまない。

 

 そして人間がこれだけの量のデュエルエナジーを取り込めばどうなるかなど風船に大量の水を入れればどうなるかの如く容易に想像ができる。

 

 

『正気か貴様ッ!』

 

 だが神崎は止まらない――どのみち何もしなければ死ぬのだ。止まれる筈もない。

 

 

 人の悪辣は神をも超えうる。

 

 

『ッ! ならば《不死王リッチー》! この勝負方法は「(バー)の削り合い」! 己が魂以外を使うのは――』

 

 神崎の行為はルール違反に当たると審判である《不死王リッチー》に告げようとする冥界の王――何の力も持たない人間に降るなど冥界の王は許容できない。

 

 

 だが《不死王リッチー》はカラカラと嗤うかのように告げる。

 

――否、汝が定めたルールは「(バー)の削り合い」のみ、他の行為を咎めるものはないと汝自身が宣言している。

 

 

『何を言って――』

 

 冥界の王がそんな筈はないと言葉にしようとするが、先程のあるやり取りを思い出す。

 

 

――『勝負は互いの(バー)の削り合い』

 

――「()()が君……の『勝負方法』のルール……なの、かい?」

 

――『肯定だ』

 

 

『あの時かっ!』

 

 

 いつの世も「ルールを作る」という行為は面倒なものである。どんなに完璧に作ったとしてもルールの抜け穴が予期せぬ形で出てくるのだから。

 

 

 それゆえに神崎は常に予めルールが確定されている勝負方法を提案する――その方がいらぬリスクを背負う心配が少ない。

 

 

 だが冥界の王が定めた勝負方法は冥界の王が己で考えたもの――世に広まっていない勝負方法ゆえに第三者である審判にとって告げられた範囲しかルールたり得ない。

 

 

 冥界の王は万全を期すためにもルールを明確にしておくべきだった。

 

 

 だが冥界の王には自身が限りなく有利だったあの状況で神崎の提案は譲歩を引き出すものにしか聞こえない。

 

 ゆえに全てを拒否した――己の勝機さえも。

 

 

 だが実際には神崎にそんな思惑はなかった――頑張って譲歩を引き出そうとしていた。結局は諦めたが……

 

 ゆえに本人が意図していないことのため冥界の王がその「策?」を読むことも土台無理な話ではある。

 

 

 

 しかし冥界の王からすれば精霊の加護すら持たないただの人間にいいように動かされたようにしか感じない――さぞ屈辱であろう。

 

『き、貴様ッ! どこまでも――』

 

 神崎に怒りの声を上げようとする冥界の王だが、すでに大量のデュエルエナジーの容器にプラグを繋げるまさにその瞬間である。

 

 

『ま、待――』

 

 

 咄嗟に制止の声を上げる冥界の王が最後に見たモノは――

 

 

 

――酷く歪んだ笑み。

 

 

 

 周囲一体に幻想的な光が広がった。

 

 

 

 





これが遊戯たち(のデュエルエナジー)との結束の力だ!(ドンッ!)







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第42話 得たもの、失ったもの


前回のあらすじ
さよなら、天さん……




 

 

――「また」死にたくない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――だから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――キミ ノ イノチ ヲ モラウヨ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 KCの神崎の仕事部屋で乃亜は書類片手にため息を吐く――端的に言ってヒマだった。

 

 ギースから送られてきた「グールズ」の末端の人間は警察組織への引き渡しが済んでおり、正式採用型のデュエルディスクも後は海馬瀬人のGOサインを待つのみ。

 

 ツバインシュタイン博士の研究も乃亜側から事務的な介入が必要なことはない。

 

 その他諸々の通常業務も先程終えてしまい乃亜はとにかくヒマだった――思わず椅子に座ったまま足をブラブラさせる程に。

 

 

「本当にやることがない――優秀すぎるのも考え物だね」

 

 自画自賛しつつ嗤う乃亜だがツッコミを入れるであろう牛尾も新人の教導に行っている。

 

 返ってくる言葉はない。

 

 

「ならもう一度此処(オカルト課)のどこかを見て回るとするとしよう」

 

 椅子からよっと飛び降りそう決めた乃亜。

 

 入社時に神崎に一通り案内されていたがそんなことは構わずどこに行くのかを考え始める――寂しいわけでは決してない。

 

 

「研究所――却下。博士が騒がしい。

 

 他の業務をしているデュエリストたちの様子を見に行く――却下。デュエルを挑まれる。僕のデッキがまだ完全には出来ていない。

 

 瀬人に会いに行く――却下。まだその時じゃない。

 

 外出する――却下。この時間帯だと補導される。この前も――とやめよう。思い出すだけで腹立たしい」

 

――僕? 学校はどうしたの?

 

 そう尋ねた親切なお巡りさんに交番まで連行されジュースを渡され子ども扱いされまくった後、保護者として迎えに来た神崎に連れられてKCに帰った屈辱を乃亜は忘れたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうこう悩んだ乃亜は今現在KCの訓練室を上階から見下ろしていた――自身も一応新人だったことを思い出し新人訓練を見ておこうと立ち寄ったのである。

 

 

 そしてその様子を見た乃亜は牛尾に言葉を選ぶように問いかける。

 

「これが新人研修かい? しかし随分と――原始的な方法だね」

 

 眼下には死に物狂いで走る羽蛾と竜崎――そして追い回すデュエルロボ・プロトタイプ。

 

 文字通り「必死」な姿だ。

 

「いや俺もそう思うけどよぉ……だが現に効果は出てるからなぁ――ほら、あとちょっとだ! 頑張りなー!」

 

 その乃亜の何とも言えぬ表情に牛尾は同意を示しつつ2人に檄を飛ばす。

 

 それに対し「鬼! 悪魔!」などと叫ぶ羽蛾と竜崎だが訓練当初に比べれば見違える程に動けていた。

 

 そして2人の健康状態をモニターしているデュエルロボ・プロトタイプは「まだ元気」と判断し手元の無意味に回転するチェーンソーのようなモノを振りかぶる。

 

 ちなみに当たっても怪我をするものではない安心設計である――ただ恐怖を際立たせるためのモノだ。

 

 恐怖に耐性を付けることもデュエリストに必要なことである。

 

「あんだけ叫ぶ元気がありゃあ、もうしばらくは大丈夫そうだな……そういや乃亜、オメェはこの訓練受けたのかよ?」

 

 

 この拷門――ではなく訓練は神崎にスカウトされたデュエリストが皆受けてきた洗礼とも言えるモノである。

 

 ゆえに外見年齢の低い乃亜も受けたのかと疑問に思う牛尾――実施されたのなら絵面が完全に虐待である。

 

 

「いや、受けていないよ。僕の出自は少々特殊でね」

 

 肩をすくめて否定する乃亜。

 

 そんな乃亜を見て牛尾はあることを思い出す。

 

「あ~そういやツバインシュタイン博士が『人類の限界』がどうこう言ってたな――その辺の都合が関係してんのか?」

 

 

 牛尾は詳しく知らないことだが乃亜の身体は普通の人間とは少し違う。

 

 デュエルエナジーを馴染ませた肉体ゆえに常人よりも肉体的な性能が優れていた。

 

 

「まあそんなところさ」

 

 乃亜ははぐらかすように肯定するに留めた。

 

 そうこうしていると眼下の竜崎と羽蛾が前のめりに倒れ伏し、ゴロリと仰向けに姿勢を変えた――限界のようだ。

 

「そろそろアイツらも限界みたいだな……じゃ! ちょっくら行ってくるわ。分からねぇことがあったら呼んでくれや」

 

 牛尾は訓練のマニュアル片手に2人の元へ向かう前に立ち止まり自身の通信機を指さす。

 

「心配せずとも君の助けなど僕には不要さ」

 

「…………ヘイヘイそうでしたね」

 

 そんな乃亜のつれない言葉に内心で「可愛げのねぇ奴だ」と思いながら牛尾はマニュアルをパラパラとめくりながら2人の元へ向かった。

 

「そうだ。一つ確認しておきたいんだが――」

 

 だが乃亜の言葉に牛尾は足を止める。

 

「ん? どうしたよ」

 

「大したことじゃあないさ。ただ――いつも『留守』はこれ程長いのかい?」

 

「そういや、そうだな……こんなになげぇのは久々かもな」

 

 そんな牛尾の回答に乃亜は表面的に納得を見せつつ考える。

 

――君は一体何がしたいんだい? 神崎……

 

 それなりに関わりがあっても相手の全容が目的が、その姿が乃亜には見えてこなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある神殿のような建物の天井から人影が降り立つ。

 

「ふむ、もぬけの殻といったところか……」

 

 その影の正体はギース。ある任務のため秘密裏に行動していた。

 

「だが極最近まで使われていたようだな、慌てて出ていった様相だ」

 

 ここはグールズのアジトの一つ。

 

 

 ギースの請け負った任務はグールズの生きた情報を集めること。

 

 グールズのトップは「偽造カード」を大量に製造しているため、嘆く精霊の声を頼りに追っていくものだった。

 

 それは精霊の声を聞くことができるギースにしか出来ない任務。

 

 

 そうして手がかりを探し調査するギースはある部屋に倒れた人物を発見する。黒いローブのような服装から察するにグールズの構成員のようだ。

 

「罠…………ではなさそうだな」

 

 警戒を緩めず倒れた男のようすを確認する。

 

 そしてその男の焼けただれた姿に眉をひそめた。

 

「酷いな、『見せしめ』か?」

 

 組織の意に従わないものを仲間の前で焼いて反抗心を削いだのかと考えるギース。

 

 グールズという組織の悪辣さにギースの義憤の心が声を上げる。だが――

 

「!? まだ微かに息がある!」

 

 辛うじて命を繋ぎ止めていた倒れた男――死んでいないだけとも言える状態であった。

 

 ギースはすぐさま自身のデッキケースからカードを取り出し精霊との交信を図る。

 

 

 精霊の姿が見え、そして対話が出来るギースの裏ワザ――カードを通じての精霊との交信である。

 

 早い話がカードを通信機替わりに使えるといったものである。自身が「縁」を結んだ精霊に限定されるが。

 

 

「…………頼めるか? そうか、いや構わない。無理を言ってしまったようだな……」

 

 だが何やら精霊の力は借りることができない様子。

 

 ならばとギースはすぐさま別の手段を講じる――今は一刻を争う事態だ。

 

 懐からカードを取り出したギースはそのカードに力を込めるように念を送る。

 

 すると虚空から緑の瓶が現れた。

 

 その中身をすぐさま倒れた男に振りかけるギース。青い液体が倒れた男を癒す。

 

 その瓶と青色の液体の正体は魔法カード《ブルー・ポーション》。

 

 サイコパワーによるカードの実体化である。他にもよりライフを回復するカードはあるが今のギースのサイコパワーではこれが限度である。当然――

 

「クッ! これだけでは厳しいか……」

 

 癒されたのは極僅か。命を繋ぐことすらできているか怪しい。

 

 ギースは再び《ブルー・ポーション》を実体化させ治癒を続ける――だがギースのサイコパワーはそこまで強くない。

 

 実体化を続けるにつれギースの顔色も悪くなっていく。

 

 任務の打ち切りを決断したギースは治癒を続けながら通信機を取り出し声を張り上げる。

 

「私だ! 至急このポイントまで救護班を頼む! かなり危険な状態だ!」

 

 通信機越しの了承の意を聞き、ギースはカードに力を込め続ける。

 

 

 互いにそう長く持ちそうにない。

 

 

 精神力を消耗する中、ギースは先程精霊に告げられた言葉を思い出す。

 

――強い力に阻まれている。私の力ではどうにもできない。

 

 ギースはある存在を感じずにはいられない。

 

「クッ! コイツは一体『なに』に焼かれたんだ!」

 

 人の身ではどうにもならない存在を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めた神崎の視界に広がるのは粉砕機の破片と大量の血痕が残る地下工場。

 

 その手にはクリスタルのようなカケラと赤い宝玉――アヌビスが所持していた闇のアイテム「光のピラミッド」の残骸である――何時の間にか手に取っていたようだ。

 

 そんな神崎を見下ろす《不死王リッチー》。

 

 《不死王リッチー》は冥界の王の敗北と賭け金の清算を終えていることを告げたあとに煙のように消えていった。そして闇のゲームの空間が解除されていく。

 

 それを確認した神崎は拳を握りしめ噛み締める。

 

「…………生きている……まだ生きていられる……」

 

 生の実感を。

 

 地下工場に響く小さな笑い声――今回、想定外のことは起こったが想定以上のものを手に入れた結果に笑みが零れる。

 

 

 しばらく感慨に耽っていた神崎だが強く自覚する――己の身に流れる力の奔流。そして「全能感」。

 

 

 それは冥界の王の力。

 

 

 だが神崎がそれに溺れることはない――それは「『力』とは何かを知っているため」などではない。

 

 何故なら神崎は知っているのだ。

 

 「冥界の王」などと大層な名を持ち、大きな力を持っていたとしても「選ばれし真のデュエリスト」の前では無力なのだと――選ばれし真のデュエリスト怖ええ。

 

 

 気を取り直し、身体に表だった異変が無いことを確認した神崎は早速今得た力を振るうことを試みる。

 

 冥界の王の力が反逆することはないと想定しつつも万が一を考え冥界の王が弱っている内に試しておく算段のようだ。

 

 

 そして力を行使すると神崎の腕がその内側でなにかが暴れるように脈動する。

 

 冥界の王から奪った知識を参照しつつ、神崎はその手を地面にかざす――その指先から黒い光が落ちた。

 

 地面に落ちた黒い光は泥のように広がる。そしてその中から這い出る黒い泥に包まれた人影。

 

 そしてその人影から泥が落ちていくとその人影の正体が露わになった。

 

「グッ! こ、これは一体……」

 

「おはよう、アヌビス」

 

 先程《冥帝エレボス》の瘴気に呑み込まれたアヌビスである――だがその瞳は黒く染まり、両の目から涙が落ちるようなマーカーのようなものが浮かび上がる。

 

「どういうつもりだ……」

 

 神崎を憎らしげに睨むアヌビス――アヌビスの中に既に冥界の王の力はない。

 

 文字通り根こそぎ奪われた現状で自身を呼び戻す意味がアヌビスには分からなかった。

 

 

「私が貴方を呼び戻したのは裏側を知る協力者を欲したゆえです」

 

 裏側――それはオカルトの負の部分。

 

 古代エジプトの闇の歴史について正確に把握しているものは少ない。

 

 かといって全てを明かすことは危険であり、さらに真意を伝えずに関わらせるのは悪手であった――不確定要素が多すぎることが問題である。

 

 ゆえにアヌビスのような古代エジプトの闇の歴史に精通する存在は貴重であった。

 

「……協力者だと? ふざけたことを――今の貴様なら我をどうするも自在であろう」

 

 アヌビスは力なく嗤う。

 

 「冥界の王」の力を奪われ、なおかつ自身の全てを相手に握られている状況で「協力」を求めることなど何を言っているのだと。

 

 そんなことをせず「力」を使い「支配」し「命令」すればよいのだと。

 

 

 だが神崎はそれは良くないと人差し指を立て自論を述べる――あくまで建前になるが。

 

「あくまで私の自論ですが、極端な一方的な関係はどこかに歪みをもたらします。長い目で見ればそれはあまり私には好ましくない」

 

 実際は遊戯たちにアヌビスに「命令」したと認識されるのが頂けなかった――それは彼らが嫌う「非道」な行いなのだから。

 

 しかしその言葉をアヌビスはくだらないと笑う。

 

「我が貴様に協力するだと? 貴様が我にした仕打ちを考えればありえぬことがわからぬか!」

 

 アヌビスの野望を砕き、力を奪い、存在すら奪われた。このありさまで自発的に協力できる筈もない。

 

「もちろん『対価』も用意します。」

 

 だが幸いにもエサはあった。

 

「ふん、『対価』だと? 我を納得させられるだけのものが――」

 

 

 

 

 

 

 

「神官『アクナディン』に復讐したくはないですか?」

 

 

「――あるわけ……何を言っている? 既にアクナディンは――」

 

 「神官アクナディン」――アヌビスの上司に当たり、彼の計画によりアヌビスに生きたままミイラにされる苦しみを味わわせた憎き存在。

 

 だが彼はアヌビスのように現世に蘇ってなどいない――その肉体はと言う注釈がつくが。

 

 

「――『死んでいる』ですか? 貴方は知らないようですね」

 

 

 確かに闇に落ちたアクナディンの肉体は既に消滅している。

 

 だがその魂は「原作」にてアテムが道連れの形で千年パズルの中に封印したことが判明している。

 

 仮にいなかったとしても冥界から引き摺り出す手段はなくはない。

 

 

「貴様、何を知っている……」

 

 アヌビスの瞳に憎悪の炎が灯る――喰いついた。

 

「お教えしても構いませんが、復讐のタイミングはこちらで決めさせて頂くことになります。それでも構いませんか?」

 

 今すぐに千年パズルをどうこうする気は神崎にはない――わざわざ虎の尾を踏む気など彼にはなかった。

 

 言外に今すぐ復讐を行わせる気などないことを察するアヌビス。

 

 だが選択肢が提示されていても拒否すれば闇の中へ逆戻り――あってないようなものだ。

 

「…………いいだろう。貴様に使われてやる」

 

 アヌビスは苦虫を噛み潰したような面持ちで決断した。

 

「では今後ともよろしくおねがいします」

 

 神崎はいつもの営業スマイルでアヌビスを歓迎し、握手するように手を伸ばす。

 

「では契約の証としてコレを――そして『対価』は折を見て」

 

 そしてその掌が脈動し1枚のカードが肉を押しのけ這い出てくる。

 

 訝しげにそのカードを手に取ったアヌビス。するとその右腕に「猿」のような痣が浮かび溶けるように消えていった。

 

「!? なんだこのカードは?」

 

 カードに描かれていたのは黒いサルのような巨人――黄色いラインが全身に張り巡らされている。

 

「それは今の貴方がこの世に留まるためのモノです。大事になさることをお勧めしますよ」

 

 そのカードは《地縛神 Cusillu》――そう、アヌビスはダークシグナーとして再び現世に舞い戻っていた。

 

「どこまでも貴様の掌の上か――それで我に何をさせる気だ……」

 

 その『地縛神』のカードはアヌビスのデッキを阻害するようなカードではない――あらかじめ用意していたようにすらアヌビスには感じられた。

 

「そうですね……まずは――」

 

 思いのほか話がスムーズに進んだと考える神崎は考える素振りを見せる。

 

 そんな姿にアヌビスはどんな無理難題を――「非道」なことを命じられるか気が気ではない。

 

 

 

 

 

 

 そして――

 

 

 

 

 

 

 

「――現世を謳歌してきてください」

 

 そんな神崎の依頼?を聞いたアヌビスの顔は鳩が豆鉄砲を食ったように酷く面喰らったものだった。

 

 

 

 







『おれは人間をやめたぞ!』  遊戯──ッ!!



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第43話 やっぱり我が家は落ち着く……筈

前回のあらすじ
乃亜屈辱の記憶
お巡りさん「もうすぐ親御さん来るからね~ あっ! ジュース飲む?」
乃亜「(#^ω^)ビキビキ」

ラー「ウルトラ上手に焼けました!」

おれは人間を超越するッ! 冥界の王、おまえの力でだァ──ッ!
からの
ダークシグナー フライング出演



 

 地下工場の後始末を終えKCに帰還した神崎はアヌビスを社員寮に案内したあと、そのまま研究室へと向かいツバインシュタイン博士の元にいた。

 

「ツバインシュタイン博士、これが今回の精霊の鍵の起動データです」

 

 そう言って鍵のデータを渡す神崎。

 

「おや? これはMr.神崎、お久しぶりです。今回の留守は随分と長かったですね? この起動データはありがたく使わせてもらいます。御用はこれだけですか? 他に必要なものでも?」

 

「いえ、必要なものは今の所は何もありませんよ。今回はデータに加えてお土産をお持ちいたしました」

 

 神崎の「お土産」という言葉にツバインシュタイン博士のテンションは一気に上がる。

今までの「お土産」にハズレがなかっただけに高ぶる気持ちを抑えられない。

 

「ほう! お土産ですか! 今度は一体なんですかな!」

 

「今回はコレになります」

 

 ツバインシュタイン博士に渡されたものは袋に入ったクリスタルの破片と赤い宝玉。

 

「これは一体なんですかな? 何かの破片のようですが……」

 

 その袋を受け取り破片の一つを手に取ったツバインシュタイン博士は近くの照明の明りに透かしながら色々な角度で観察する。

 

「これは『光のピラミッド』という千年パズルと対を成す闇のアイテムの破片になります――つまり千年アイテムと言って差し支えないでしょう」

 

 だが続く神崎の言葉にポカンとした表情を浮かべ固まった。

 

「えっ? 今なんと?」

 

「千年パズルと対をなす闇のアイテム『光のピラミッド』です」

 

 その神崎の言葉にツバインシュタイン博士の意識は帰還する。

 

 だがいまだに信じられないような顔をして神崎にまくし立てた。

 

「ほ、本当ですか! こ、これがその! し、しかし危険がど、どうとかで!」

 

「落ち着いてくださいツバインシュタイン博士。これの安全は保証されています。それに砕けてしまっていますが、破片は全て揃っている筈です」

 

 慌てて質問するツバインシュタイン博士を神崎はなだめつつ、問題の無いことを明かすがツバインシュタイン博士は震える手でクリスタルの欠片を持ちながら再度確認する。

 

 千年アイテムの研究を半ば諦めていただけに信じられない。

 

「よ、よ、よろしいのですか! こんなものを研究させてもらって! 千年アイテムを直接研究することをあれ程禁じてらっしゃったのに!」

 

「ええ、ですがコレについてはもう問題ありませんよ。しかし、くれぐれも――」

 

 ツバインシュタイン博士の一目でわかる尋常ではない精神状態に危険なものを感じ取った神崎は念を押そうとするが――

 

「もちろんわかっております! より安全に細心の注意を払って研究させてもらいます!」

 

 ブンブンと首を縦に振るツバインシュタイン博士に、もはや何も言えない。

 

 最後に逐一状況を報告するように言い含めて神崎は研究室を後にした。

 

 その姿を見事なお辞儀で見送るツバインシュタイン博士――クリスタルの欠片はしっかりと手に握られていた。

 

 そして見送りが終わったツバインシュタイン博士は研究員たちに檄を飛ばす。

 

「君たち! 今までの研究……Mr.神崎の要望以外を全てサブに回すんだ! 今日、いやたった今からコ レ(光のピラミッド)の研究をメインに行う! まずは破片からの復元に取り掛かる! 忙しくなるぞ!!」

 

 研究員たちのキレイに揃った返事を聞きながらツバインシュタイン博士はより強く思う。

 

 これだからここでの研究はやめられない、と。

 

 

 

 

 

 

 

 ツバインシュタイン博士がもはや疑うことなくマッドサイエンティストになった事実に手綱をしっかりと握らなければと思いつつ仕事部屋に向かう神崎。

 

 だが神妙な面持ちのギースがその行く手を遮るように立ちはだかる。

 

「おや? どうかしましたか?」

 

 用件を伝えようとしたギースだが、神崎のいつもと変わらぬ「楽」一択の表情を前にギースはどこか違和感を感じていた。

 

 ギースはその違和感が明確には分からない――元々あった「歪み」が大きくなったような、なんとも言えぬ感覚。

 

 その感覚の正体を思わず探るが――

 

「ギース、用件はなんですか? 言い難いことならば――」

 

「!? 申し訳ありません! 用件は――」

 

 相手の言葉に我に返ったギースは先程の違和感を気のせいだと思考の隅に置いておき、用件を伝える。

 

 将来、この時の判断を後悔することになることも知らずに。

 

「――内密にお尋ねしたいことが」

 

「おや、なんでしょう」

 

 神崎はギースが積極的に質問してくることは珍しいと思いながらもイエスマンな気のあったギースの心境の変化は喜ばしいものだと続きを促す。

 

「お尋ねしたいのは『神のカード』についてです」

 

 ギースはこの「神のカード」について疑問が多々あった。

 

 何故その存在を知っているのか

 

 何故その所持者を正確に把握しているのか

 

 何故そのカードを犯罪組織が所持しているのか

 

 何故そのことを調査しているギースですら知りえないことを神崎が知っているのか、

 

 疑問は尽きない。

 

 

「その『神のカード』がどうかしましたか?」

 

 続きを促す神崎を見つつ内心ギースは確信していた。

 

 己に与えられた任務が「調査」ではなく「確認作業」だということに。

 

 神崎が「何らかの方法」で手にした情報が正しいのか否かのすり合わせ。

 

 そして意を決して問いかける。

 

「貴方は神のカードをどうするおつもりなのでしょうか?」

 

 神崎はどこまで話したものかと逡巡する素振りを見せた後、ある程度の情報を開示する。

 

「君も知ってのとおりあのカードは強大な力を持っています。ゆえに然るべき対処が必要です」

 

「そうです、か……」

 

――やはり狙いは「神のカードの力」か……

 

 ギースが発見した焼かれた男は恐らく「神のカード」に焼かれたことを直感しているためその危険性を直に感じていた。

 

 

 過去にギースは神崎に迫害の暗闇から救ってもらった恩義がある。たとえ怒りを買うことがあってもここは進言し、何が何でも止めるべきだとギースは重い口を開く。

 

「あのカードの力を求めるのなら重々承知でしょうが警告させて頂きます。あのカードの力は人の身で――」

 

 その結果「処分」されてもギースに悔いはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いりませんよ?」

 

 だがそんな覚悟はギースにとって予想外の一言で霧散する。

 

 

 神崎にとって「神のカード」はヒエラティックテキストを読めようが読めまいが必要ない。

 

 神特有の強固な耐性は魅力的だが武藤遊戯と敵対してまで必要とするものではなかった。

 

「ゑ?」

 

 呆然とするギース。

 

 今まで神崎に与えられてきた任務をギースなりに受け止め辿り着いた結論の全否定。

 

 その否定にギースは「やっぱりこの人分からない」と自身の頭をつい押さえた。

 

「積極的なグールズに対しての行動は『神のカードの力』を求めてのことではなかったのですか!?」

 

 ギースは思わず素が出そうになりながら普通に質問してしまう。

 

「? ええ、違います」

 

 そんな意図など欠片もない神崎からすれば疑問しかない。

 

「しかしあのカードは強力な力を持っています! あんな犯罪者どもが持っていていいものではないでしょう!!」

 

 「神のカード」に手を出すのは止めておいた方がと説得するはずが、手に入れなければならない理由を話すギース――まだ混乱から立ち直っていない。

 

「ですのでグールズを捕え、神のカードを回収しあるべき場所に返す。そのためにグールズを追っています」

 

 思わず「普通すぎる!」と考えてしまうギース。

 

 ギースの知る神崎はただ「悪い人を捕まえよう!」で終わる筈が無い。もっと混沌としたものが渦巻いている筈だ! と――酷い言い掛かりだ。

 

 

 そんな考えのせいかようやく頭が冷えてきたギースは力なく尋ねる。

 

「……成程分かりました。しかしあれ程巨大な力を持つカードを一体誰に? ペガサス会長でしょうか?」

 

「『所持者』の元へ返します」

 

――『所持者』を明かす気はないのか……

 

「そう、ですか――根拠のない憶測で呼びとめてしまい申し訳ありません……」

 

 自身の領分ではないところに踏み込んでしまったケジメなのか最後に頭を下げるギース。

 

「構いませんよ。あまり詳しい話をしなかった此方に落ち度があります」

 

「いえ! それは私が知る必要がないとのご判断ゆえのもの! 問題はありません! ではこれで失礼させてもらいます!!」

 

 最後にそう言って踵を返すギースを見ながら神崎は胃が痛んだような気がした。

 

 やっぱり部下の忠誠心が重い……と。

 

 

 

 

 

 

 

 そしてようやく自身の仕事部屋に戻る神崎。

 

 そこには乃亜と牛尾が書類片手に仕事をしていた。

 

「おかえり神崎。君の留守の間大きな問題はこれといってなかったよ」

 

 帰ってきた神崎に何も問題がなかったことを得意げに告げる乃亜。

 

 そして牛尾はそんな乃亜の頭をポンポンと軽く叩きながら神崎に乃亜の仕事ぶりを報告する。

 

「しっかしコイツは優秀ですね~俺の出番なんざどこにもありませんでしたよ」

 

「頭を叩くな! まったく……」

 

 頭を軽く叩く牛尾の手を振り払いながら乃亜は牛尾に苦情をもらす。

 

 そんな2人を見て神崎は内心で思わず微笑ましくなった――年の離れた兄弟のようだ、と。

 

「随分と仲良くなったようですね。これならこれからの留守の時も安心です」

 

「はっはっ! 任せてくださいよ!」

 

「どこをどう見れば仲良く見えるのかな?」

 

 留守は安心。の部分に豪快に笑う牛尾に、

 

 仲が良い。の部分に不満を見せる乃亜。

 

 やはり神崎には微笑ましく見えた。

 

 

 いまだに不満を見せる乃亜に神崎は告げる。

 

「乃亜、近々海馬社長へ顔見せに行きますので心の準備をしておいてください」

 

「心の準備? そんなものは必要ないよ。必要なのは瀬人の方じゃないかな?」

 

「感動の兄弟の再会って奴ですか! よかったじゃねぇか乃亜!」

 

 準備など不要と、不敵に笑う乃亜に、祝う牛尾。

 

「部外者は黙っていてくれないかい?」

 

「そう固いこと言うなって! 同僚のめでてぇ時ぐれぇ祝わせな!」

 

 冷たくあしらう乃亜だが牛尾は笑いながら乃亜の背中をバシバシと軽く叩く。

 

 

「そう言えば牛尾君、君が教導している2人の仕上がりはどうですか?」

 

 だが神崎の問いかけに牛尾は固まった。

 

「あ、ああ、あいつらなら少しはマシになりましたよ。いっぱしになるまで後もう一歩ってところです」

 

 まだ羽蛾と竜崎の訓練は完了していないことに思わず言葉を詰まらせる牛尾。

 

 そんな牛尾を意地の悪そうな笑みで乃亜は笑う。だが神崎は――

 

「そうですか。乃亜のこともお願いした手前、どうなっているかと思いましたが――まだ時間はありますので後一歩なら問題ないでしょう。引き続きお願いします」

 

 まだ時間があることも相まって特に言及はしなかった――実際大して急を要する案件でもない。

 

「りょ、了解です! じゃ、じゃあ俺はそろそろアイツらの訓練に戻りますんで!」

 

 その神崎の姿に薄ら寒いものを感じ取った牛尾はそそくさと駆けていった――神崎の気遣いは報われなかった。

 

 

 そんな牛尾の背中を見つつ乃亜は神崎に問いかける。

 

「近々何かあるのかい?」

 

「ええ、それはそれは大きな動きがあります。ですので、動けるものを増やしておきたいのですよ。その時は乃亜、貴方にもよろしくお願いします」

 

「もちろんだよ」

 

 乃亜から見て笑みが濃くなったように見えた神崎に乃亜は力強く言い切る――本当は必要とされていないと感じながら……気のせいである。

 

 

 

 

 

 

 その後、乃亜から詳しい報告を受けた神崎は自室でアヌビスとのデュエルを思い出す。

 

 勝利は得たがあくまで「アヌビスの事前情報を知っていたこと」と「カードパワー」の差で勝ったに過ぎないと神崎は考える。

 

 そもそもアヌビスは海馬や遊戯を互いにぶつけ合わせ漁夫の利を得ようとしたデュエリストである。

 

 したがってデュエルに重きを置いたデュエリストという訳ではない。

 

 

 ゆえにいわゆる「真のデュエリスト」と言われる存在を神崎はより警戒する。

 

 その中で対峙する可能性が高い人物は大きく2人――二組織と言ってもいいかもしれない。

 

 

 

 その一方がイリアステルの1人、逆刹のパラドックス。

 

 他のイリアステルのメンバーもいるにはいるが対峙する可能性が一番高いのは彼であった。

 

 数々の歴史の変化(原作からの剥離)は未来を救おうとする彼らからすれば邪魔だと判断されてもおかしくはない。

 

 そしてそのパラドックスは遊戯・十代・遊星のドリームチーム相手に単身であと一歩のところまで追いつめる生粋の実力派デュエリストである。

 

 正面からデュエルは厳しいと考える。

 

 

 

 

 そしてもう一方がオレイカルコスの神によって操られたパラディウス社の総帥、ダーツ。

 

 一度世界を滅ぼし、新しい世界を作り出す事を目的としており、さらに闇遊戯ことアテムをそのために葬ろうと動くダーツだが、アテムがいなくなった場合大邪神ゾークが復活した場合に一番の対抗手段を失う。

 

 そしてオレイカルコスの神と大邪神ゾーク。どちらが勝利しようとも世界はどのみち滅ぶ。

 

 オレイカルコスの神が勝てば一応は今の世界の人々を犠牲に新しい世界が生まれる――だが結局は今の世界の住人である神崎は死ぬ。

 

 さらに最悪の場合オレイカルコスの神と大邪神ゾークが共倒れになりその余波で世界が滅ぶ。

 

 

 ゆえに神崎はダーツのラフェール・アメルダ・ヴァロンの三銃士集めを妨害。

 

 それに加え、パラディウス社そのものをダーツ、もといオレイカルコスの神が利用できない状況にするため、ちょくちょくパラディウス社に働きかけている。

 

 

 確実にダーツにとって目障りなので、いずれ対峙することは分かり切っていた。

 

 だが彼もまた遊戯・海馬のタッグ相手にあと一歩のところまで追いつめる程の実力を持つ。

 

 よってこちらも神崎は正面からデュエルするのは厳しいと考える――デュエルしたくない相手ばかりである。

 

 

 

 

 今後のことを考えて神崎にはやはり「デュエリストとしての成長」が不可欠だった――「冥界の王」の力を得ても根本的な部分は変わらない。

 

 つまり「カードの心」を知らなければならない。

 

 だがどうすれば「カードの心」を知ることができるのかが皆目見当もつかない神崎は「カードの心」と言うくらいなら「心」を鍛えればいいのだと結論付けた。

 

 そう! デュエルマッスル「心」バージョンである!!

 

 よってもっと過酷な環境に身を置き己の「体」、そして「心」を鍛えるべく動き出す――「冥界の王」の力のお蔭で多少の無茶はきく。

 

 

 違う、そうじゃない。

 

 

 そう言ってくれる誰かはどこにもいない。

 

 

 

 




原作 剛三郎「ドーマには関わるな……」

今作 剛三郎「関わるなと言っただろうが!!(目眩)」





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第44話 『君の栄光を』『なかったことにした!』


前回のあらすじ
ツバインシュタイン博士「イヤッッホォォォオオォオウ!!」

デュエルマッスル(心)を鍛えるぜ!!





 

 双六の店にて城之内は双六と共にカードと睨み合っている。

 

「このカードは――」

 

「いや待つんじゃ、それなら――」

 

 そんな2人の様子を新しく入荷したゲームに興じながら遊戯と話す杏子。

 

 そして杏子が振ったダイスの絵柄を見つつ、遊戯に問いかける。

 

「ここのところの城之内は何してるの? また絵柄がバラバラね……」

 

 遊戯も3つのダイスを転がしながらそれに答える。

 

「じゃ次はボクの番。城之内君はなんだかじいちゃんと特訓してるみたい。ボクも手伝うって言ったんだけど城之内君に断られちゃって――よし! 召喚クレストが揃った! ディメンションダイス!」

 

 サイコロが展開し、その中から出てきたモンスターが杏子の最後のライフを削る。

 

「あーあ、また私の負けね……遊戯みたいにモンスターが全然出せないわ」

 

「まぁ運も実力の内ってね!」

 

 遊戯は想い人との楽しい時間に嬉しそうである――これが青春ってヤツか……

 

「このゲーム難しいわね……次は本田が――あ、そうだ本田のヤツいないんだった……」

 

 次は遊戯と本田の勝負を見てコツを掴もうと本田を探す杏子だが、その本田がいないことを思い出す。

 

 そんな杏子に遊戯は最近の本田の動向に意識を巡らせる。

 

「そう言えば最近の本田君は学校が終わると牛尾君と一緒に出掛けてるみたいだよ? 2人で何をしてるのかまでは分からないけど……」

 

 そう言えばこの前2人でいるところを見たと思い出す遊戯。

 

「そうなんだ。なら、城之内ー! アンタは何か知ってるー?」

 

 杏子がより詳しいことを知っていそうな城之内に問いかけるが――

 

「ん!? いや? 俺も聞いてはみたんだが教えてくれねぇんだよ。牛尾のヤツに聞いても本田が言わねぇなら言えねぇだとよ」

 

「『言えない』ってことは……ひょっとしてバイトかな?」

 

 牛尾いわく「言わない」ではなく「言えない」。そこに気が付いた杏子がその「事情」を想像する。

 

 

 牛尾はKCで勤めているため、その点から本田が頼ったのではないかと……

 

 「事情を話せない」点は彼らが通う「童実野高校」では基本的に許可が下りない限りバイトは禁止されているためと考えれば辻褄が合う。

 

 

「いいバイト先だったら紹介して――」

 

 自身の夢の為に貯金している杏子は自身も厄介になろうかと考え始めたそのとき、双六の店の扉が開かれ来客が訪れた。

 

 来店したお客さんに対し双六は城之内の傍を離れ店主として対応する

 

「いらっしゃい」

 

 出迎えた双六を入口近くじっと見つめる金髪の小柄な外国の少女。その手にはクマのぬいぐるみが収まっている。

 

 そしてズカズカと店内に入り双六の前で立ち止まり、強い物言いで尋ねた。

 

「あなたが武藤双六ね?」

 

 少女の目的は双六のようだ。

 

「そうじゃが、どちらさんかな?」

 

「ワタシはレベッカ。アメリカから来たの」

 

 名乗りを上げる少女だが双六の記憶に彼女の姿はなかった――初対面の筈である。

 

「それはわざわざそんな遠いところから、店主として嬉しいぞい。それで今回はどういったご用件かの?」

 

 用件を尋ねた双六にレベッカは「ズイッ」と手を出し、責めるように言い放つ。

 

「返してよ! 《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》」

 

「「「えぇ!?」」」

 

 思わぬ用件に驚く遊戯たち。

 

 だが双六は答えに困る。

 

 

 《青眼の白龍》のカードを返すとすればこの少女ではなく双六の友人ただ一人である。

 

 だが今現在、海馬瀬人が所持している。

 

 後々、双六が海馬にデュエリストとして勝負して取り返す予定であっても、今の双六の手元に《青眼の白龍》のカードはないのだ――仮に双六の友人の代理で来たとしても今の双六にはどうすることもできない。

 

 

「スマンの……あのカードは――」

 

 事情の説明をしようとした双六の言葉を遮るようにレベッカが急かすように言葉を続ける。

 

「ブルーアイズは元々私のおじいちゃんのカードなんだからね! ね~テリーちゃん!」

 

 レベッカは手元のクマのぬいぐるみ、テリーちゃんに同意を得るように話しかける――テリーちゃんは何も答えることはない普通のぬいぐるみである。

 

 

 だが双六はレベッカの言った「おじいちゃん」というワードが頭に引っかかった。ひょっとすれば、と。

 

「君はまさか……しかしあのカードは……」

 

 レベッカの祖父と双六に《青眼の白龍》を友情の証として託した友人が同一人物である可能性を考えた双六はまたもや言葉に詰まる。

 

 親友のくれたカードを「カードの心」を教えるためとはいえ賭けてしまい、結果的に失ったこと、さらにそのカードをまだ取り返していないことなどが双六の心を締め付ける。

 

 そんな言葉が出ない双六をカードの返却に渋っていると考えたレベッカは追い打ちをかけるように畳み掛ける。

 

「返したくない? そりゃそうよね。わざわざアメリカから泥棒してったぐらいだから」

 

「泥棒!? レベッカ それは誤解だよ! あのね、じいちゃんは――」

 

 遊戯は祖父が盗みなどしないと反論しつつ、祖父、双六の弁護に入るが――

 

「言い訳なんて聞きたくないわ! そうでなきゃ、おじいちゃんがあのカードを手放すわけないもの!」

 

 レベッカは取り合わない。あのカードを本当に大切にしていた祖父の姿を知っている故に。

 

「どうしても返したくないのなら勝負よ!」

 

「「「えぇ!?」」」

 

「デュエルよ デュエル!」

 

 レベッカから自然な流れでデュエルによる解決が提案された。

 

 

 問題が起きればデュエルで解決する――常識である。

 

 

「いいわね! すぐにデュエルリングを手配して! ハリーアップ!」

 

 クマのぬいぐるみの手を遊戯たちに向けながらレベッカはそれ以上話すことはないと言わんばかりの態度を取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして遊戯たち一行は海馬ランドにてデュエルリングの使用の手続きのため遊戯と城之内が受付に行くが――

 

 受付周辺は大変混雑していた。

 

「うへぇ……こりゃ大分並ぶな……」

 

「そうだね。どのくらい待つのかな?」

 

 受付に辿り着くだけでもかなりの時間がかかりそうな様子に気分が落ち込む2人。

 

 

 そんな遊戯たちに聞き覚えのある声が耳に入った。

 

「よし、本田。さっきのデュエルでデカいプレイミスが1個ある。なんだと思う」

 

 そう言ってモニターを指さす男に本田は腕を組みながら頭を捻る。

 

「ん~~ッ!? わかったぜ! 良いカードが引けなかったことだろ!」

 

 我答えを得たり、といった風に自信を持って答える本田。

 

 だがモニターを指さす男はそのまま頭を抱え、活を入れるように本田に言い放つ。

 

「ちげぇよ!! この前教えただろうが! 時にはライフを失ってでもモンスターを残さなゃならねぇってよぉ!」

 

 遊戯は思わぬ人物の遭遇に驚く。

 

「牛尾君! それに本田君まで!」

 

 そう2人の正体は牛尾と本田であった。

 

 どうやらデュエルリングの使用者のデュエルを見て勉強中のようだ。

 

「よう、遊戯じゃねぇか。あの大会以来だな」

 

 驚く遊戯に挨拶を返す牛尾。

 

 そして本田は――

 

「げぇ! 城之内! なんでオメェがここに!」

 

 城之内もいることに気付き本田は自身の計画の危機に慌てていた。

 

「ん? なんで本田がこんなとこにいんだ?」

 

 本田のデュエルリングのデュエル観戦。

 

 それは本田がデュエリストでないことを知る城之内からすればどこか引っかかるものだった。

 

「いや~その~そうだ! そう言う城之内こそ何しにここに来たんだよ?」

 

 慌てて弁解を始める本田。かなり無理やりではあるが話を逸らしにかかる。

 

「デュエルしにきたに決まってんだろ?」

 

 海馬ランドのデュエルリングが使えるコーナーにきてすることは一つだと城之内は不思議そうに本田を見つめる。

 

 本田の冷汗は止まらない。

 

 そんな姿を見かねて牛尾がフォローに入る。

 

「そうかい。だがデュエルリングの使用は半年先まで予約が埋まってるぜ」

 

「半年待ちだとぉ!」

 

 牛尾の発言に驚く城之内――彼らを取り巻く状況的に困ったことになってきた。

 

「ああ、決闘者の王国(デュエリストキングダム)での反響が大きくてな……まぁソリッドビジョンが使えんのは限られてるからしょうがねぇ部分もあるんだが……」

 

 世界的に放送されていただけに反響は凄まじかったと続けた牛尾に遊戯は言葉を失う。

 

「そう、なんだ……」

 

「おいおい、どうすんだ遊戯――どうみてもあのガキ納得しねぇぞ」

 

 城之内の言うとおり、今のレベッカに「デュエルは半年後に決着をつけよう!」などとは口が裂けても言えない。

 

 テーブルデュエルで納得してくれるだろうかと考え始める遊戯――望み薄である。

 

「なんだ? どうしたお前ら、トラブルか?」

 

 遊戯と城之内の困り顔を見た牛尾は心配そうに尋ねる。

 

 そんな牛尾を見て城之内に天啓が降り立った。

 

「そうだ! 牛尾! お前って確かKCに勤めてんだよな!」

 

「ああ、まあ、そうだが……」

 

 グイッと牛尾に詰め寄る城之内に引き気味に答える牛尾。

 

「牛尾! 頼む! 今すぐデュエルリングを使わせてくれねぇか!!」

 

 手を合わせつつ頭を下げ頼み込む城之内。

 

 城之内とてこういった頼み方は好ましくなかったが他ならぬ師匠である双六のピンチである。背に腹は代えられない。

 

「ボクからもお願い!」

 

 城之内の考えを理解した遊戯も続けて願い出た。

 

 2人のただならぬ様子を感じ取った牛尾は溜息を一つ吐く。

 

「のっぴきならねぇ状況なのはわかった。だがまずは訳を聞かせてもらってもかまわねぇか?」

 

「うん、実は―――」

 

 遊戯は牛尾に今置かれている状況の説明を始める。

 

 そして用件を手早くまとめて説明を終えた遊戯は不安そうな顔で牛尾を見上げた。

 

「――っていう訳なんだ……」

 

「成程な……大体の事情は分かった。だがココのデュエルリングを手配してやるこたぁできねぇ――ちゃんと順番を待ってるヤツら(子供たち)を蔑には出来ねぇからな」

 

 海馬ランドは一般開放されているテーマパークである。

 

 さすがに一般客を押しのけるようなマネは牛尾の一存では出来なかった。

 

「そんな……」

 

 落ち込む遊戯。だが牛尾は安心させるようにニカッと笑う。

 

「まぁそんな落ち込むなよ。俺は『ココ』のは使えねぇって言ったんだ――ようは『ソリッドビジョン』さえ使えりゃあいいんだろ? なら付いてきな――とびっきりの奴がある」

 

 牛尾はとある事情からある「モノ」の使用許可を最近得ていた。

 

 そして今の遊戯に「偶然」にもおあつらえ向きの「モノ」であった。

 

――()()「偶然」、か……さすがに考え過ぎだよ、な?

 

 牛尾はペガサス島での一件から「偶然」に敏感に反応してしまう。

 

 その「偶然」に牛尾は見えない糸の存在を感じざるを得ない――本当に「偶然」であっても……

 

 

 

 

 

 

 そして牛尾の案内の元、KCに向かう遊戯たち一行。

 

 しかし移動続きのせいかレベッカのフラストレーションは確実に蓄積しているのが見て取れた。

 

 そんな事実から目をそらすように城之内は本田に問いかける。

 

「そういやぁ本田? 何で牛尾とデュエル観戦みてぇなことしてたんだ?」

 

 先程回避したと思っていた話題が本田を襲う。

 

「えーと、なぁ牛尾!」

 

「いや、俺に振るなよ。もう観念して話しちまった方がいいんじゃねぇか?」

 

 牛尾に丸投げした本田にさらに丸投げし返す牛尾――そろそろ潮時だと考えたのだろう。

 

 杏子は「観念して」の言葉から本田をジト目で見つめる。

 

「まさか悪巧みでもしてたの?」

 

「いやあ、その、俺もデュエルを始めて見ようと思ってな!」

 

 牛尾のフォローを失った本田は観念したように訳を話す――表面上だけではあるが。

 

「おっ? デュエル始めたのか! なんだよ水くせぇな、そんなら俺に声をかけろよ!」

 

 そんな本田の儚い抵抗も城之内の善意が打ち砕く。

 

 だがまだ本田は諦めない。

 

「いや、ほら、あれだ。最近忙しそうなお前の邪魔しちゃ悪いと思ってな……」

 

「ならボクが教えてあげたのに……」

 

 とっさの機転も遊戯に封じられる本田。

 

 本田の目は世界新記録が狙えそうな程に泳いでいた。

 

「なんか怪しいわねぇ~。何考えてるの?」

 

 本田のやましそうな隠し事に勘付き始めている杏子を見て、牛尾が大きくため息を吐きながら本田に観念するように首を振る。

 

「ハァ~。もう隠しとくのは止さねぇか本田? ここまで付き合っといてなんだが、この手の話はキチンと城之内に通すべきだろ?」

 

「俺に?」

 

 だが城之内には思い当たる節がまるでない。

 

 そんな城之内に牛尾は本田に代わり続ける。

 

「要は城之内。オメェの妹さんがデュエルを始めるってぇ話を聞きつけたコイツがなら自分が教えてやろうとデュエルを始めたわけだ」

 

「静香もデュエル始めんのか! ん? でもなんで本田がそれを隠すんだ?」

 

 理解が追い付かない城之内。

 

「あ~なるほどね!」

 

 だが杏子はすぐさま気付く。

 

 本田にとって話し辛い筈である――若干、不純な動機ゆえに。

 

 

 なおも頭に?マークのつく城之内に牛尾が付け足した。

 

「そりゃぁ~。妹さんを大事にしてるオメェには話しづれぇだろ?」

 

「あ~うん。ボクもなんとなく分かるよ」

 

 納得を見せた遊戯に続き城之内の顔に理解の色が浮かぶ。

 

 それにつれ顎が吊り上る城之内。

 

「なるほどな……本田ァ、オメェとは一度キッチリ話をつけなきゃならねェようだな……」

 

「いや~あははっ、ははっ」

 

 迫る城之内に笑ってごまかす本田。

 

 完全に蚊帳の外でそろそろ我慢の限界なレベッカ。

 

 若かりし頃を思い出し「青春じゃな~」と感慨に耽る双六。

 

 

 場は混沌としていた。

 

 

 

 

 

 

 そうこうしている内に遊戯たち一行はKCの本社の施設に到着する。進むにつれて厳重さを増していくセキュリティー。

 

 牛尾がカードキーらしきものをスライドさせると、分厚い扉が音を立てて開いた。

 

 案内されたのはKCの一角の研究室と思わしき部屋。

 

「いったいどこまで行く気!」

 

 とうとう我慢の限界に達したレベッカの怒声が部屋に響く。

 

 牛尾は研究室の台座と思しき個所を示しながら念押しするように返答した。

 

「もう着いたとこだ。ココでのことは他言無用で頼むぜ? お前らを信用して連れてきたんだからよ」

 

 牛尾が示す先に鎮座するのはコードに繋がれた2つのデュエルディスク。

 

 だがそれらの形状はペガサス島での大会で使用したものとは大きく異なっていた。

 

「なによこれ?」

 

 全員の意思を代弁するかのように尋ねるレベッカ。

 

「最新モデルの『デュエルディスク』だ。テスト段階つってもほとんど終わってるがな――まぁ早い話がデュエリストキングダムのときの改良版だ」

 

「へぇ~これがそうなのね」

 

 牛尾の説明にレベッカは大会を見ていたときから使ってみたいと思っていたゆえに興味津々である。

 

 それは遊戯たちも同様のようだ。

 

「よっと、使い方だが――――」

 

 デュエルディスクの1つを手に取り、装着の仕方からカードのセッティング位置の説明を行っていく牛尾。

 

 レベッカも先程の不機嫌さなど吹き飛んだように目を輝かせていた。

 

「――とまあこんな感じだ。違和感があったらすぐに言ってくれ。あと、念押しするようで悪いがこのことはまだ口外しねぇでくれよ――俺の首が飛んじまう」

 

 もしものことを考えた牛尾だが「物理的」にとの言葉は寸前で飲み込んだ。

 

 

 最新型のデュエルディスク。

 

 その存在に諸事情によりペガサス島での大会に参加できなかったレベッカは御満悦だ。

 

「フフン! さぁ! さっそくデュエルといきましょう! 武藤双六!」

 

 そのレベッカの宣言に最新型のデュエルディスクを手に取ろうとする双六――そのやはり目は輝いた。

 

 本来の目的を覚えているのだろうか。

 

 

 だがその双六の手を遊戯が制した。

 

「待ってレベッカ!! ボクが相手になる!」

 

「遊戯……」

 

 最新型のデュエルディスクを前にお預けをくらいションボリする双六。

 

 だが遊戯はそれに構わず牛尾に尋ねる。

 

「このデュエルディスクはまだ実用化されたものじゃないんでしょ?」

 

「ああ、そうだが――危険がねぇことは実証済みだぜ?」

 

 遊戯の心配は杞憂だと牛尾は返す――安全性は確立されているゆえに牛尾はココに案内したのだから。

 

「それでも、ボクは心配なんだ……」

 

 過去に一度、双六はデュエルリングでの海馬とのデュエルにて心労から体調を崩したことがある。

 

 それゆえに遊戯は双六の健康が心配だった。まだ世に出回っていないことが引っかかるようだ。

 

 そんな遊戯の優しさに心を打たれる双六――「最新型」に釣られた心はどこへ行ったのやら。

 

 

「それでいいかな、レベッカ?」

 

 確認する遊戯にレベッカは自信気に応える。

 

「武藤遊戯なら 私の相手にとって不足はないわ」

 

 両者がデュエルディスクにデッキをセットし腕に装着したのを合図に互いを見やる2人。

 

 そして両者の腕のデュエルディスクが音を立てて展開した。

 

「「デュエル!」」

 

 




~原作のレベッカとの違い~

今作の「原作の改編」によって割を食ってしまった一人。

原作では全米チャンプだったが
今作では「キレイなキース」が全米チャンプである。

ゆえにチャンプに挑むために奮闘するが――

ドーマの策略が不発に終わった為に家族を失わなかったので
表舞台にガンガン出てくる「ラフェール」

ペガサスがバリバリ現役なので同じく
表舞台にガンガン出てくる「ペガサスミニオン」たち

そんな彼らに阻まれたため挑むことすら出来なかった――ゆえに若干勝利に飢えている。



しかし、この頃のレベッカはキツめの性格やったなぁ……




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第45話 リストラされたのだーれだ?

表の遊戯VSレベッカ 前編です


前回のあらすじ
???「カードの心も理解せずにぃ! 全米チャンプになれるわけねぇだろぉ!」

本田の恋の計画が露見
それに対し城之内は顎を尖らせ始めたようです




 

 デュエルディスクがレベッカの先攻を示す。さらにレベッカは充実した己の手札に頬を緩める。

 

「私の先攻! ドロー! まずは魔法カード《名推理》を発動! この効果により遊戯! あなたはレベルを1つ宣言しなさい!」

 

「レベルを?」

 

 一風変わった効果に疑問を覚える遊戯。そんな遊戯にレベッカは得意げに説明する。

 

「そうよ! 私はその後に通常召喚が可能なモンスターが出るまで私のデッキのカードをめくり墓地に送るわ!」

 

 そして遊戯を探偵のように指差す。

 

「そしてそのカードがアナタの宣言したレベルなら墓地に送り、違っていたなら特殊召喚するの! さぁ、選びなさい!」

 

「…………ボクはレベル8を選択するよ!」

 

 《名推理》の効果を生かすために高レベルのモンスターが多いと予想した遊戯は《トレード・イン》にも対応するレベルを選択した。

 

「ならデッキからカードを墓地に送るわ! 一枚目!《神聖なる魂(ホーリーシャイン・ソウル)》! レベル6モンスターだけど通常召喚できるカードじゃないわ! よって墓地へ! 次は――」

 

 次々と墓地に送られていくカードたち、そして――

 

「――遂に通常召喚できるモンスターが来たわ! 《クリッター》! レベル3よ。残念だけどアナタの推理はハズレみたいね! カモン! 《クリッター》!」

 

 若干大きめの毛玉が何度かバウンドしながらレベッカのフィールドに着地し、3つの目が開かれ、周囲の様子をうかがっている。

 

 周りに誰もいないことを確認すると緑の細い手足が毛玉から現れ、細かな牙がびっしり生えた口で「ニシシ」と笑う。

 

《クリッター》

星3 闇属性 悪魔族

攻1000 守 600

 

 そんな守備表示で特殊召喚された《クリッター》にレベッカは感嘆の声を上げて近づく。

 

「これが最新型のソリッドビジョン! ワオッ! 《クリッター》ちゃん可愛い!」

 

 デュエルリングでは望めない距離感にデュエルディスク片手に《クリッター》を見ながらその周りを1周するレベッカ。

 

 そんなレベッカに《クリッター》は照れたように頭をかいている。

 

「…………レベッカ。デュエル中だよ」

 

 そのレベッカの気持ちが分からなくない遊戯だが、今はデュエル中である。ゆえに心を鬼にしてデュエルの進行を伝えた。

 

「もう! ちょっとくらいイイじゃない! なら私はさらにモンスターをセットしてターンエンドよ!」

 

 渋々《クリッター》から離れたレベッカはターンを終え、遊戯に自信たっぷりに宣言する。

 

「さぁ遊戯アナタのターンよ! もっとも、センセーショナルな話題を呼んだ天才デュエリストであるこのアタシに勝てるとは 到底思えないけど! ねぇ~テリーちゃ~ん」

 

 クマのぬいぐるみ――テリーちゃんとの会話も忘れない。

 

「ボクのターン、ドロー!」

 

 そんなレベッカにやり難そうにカードを引く遊戯。

 

 

 

 だがそのレベッカの言葉に城之内は敏感に反応した。

 

――有名ってことは強いのか?

 

 そんな城之内の疑問だが、最近デュエリストになった城之内はそこまで情報通という訳ではない。

 

 ゆえに多くの情報を持っていそうな牛尾に問いかける。

 

「なぁ、牛尾。あいつ、先生(センコー)がなんとか言ってけど有名なのか?」

 

先生(センセー)じゃなくて、センセーショナルな……まあ、むこうでは結構デカいニュースになってたからな――ジュニアチャンプから最年少プロになったってな」

 

 城之内の予想通り牛尾は情報通であった――望まぬ形だが。

 

 デュエル本場の地のアメリカでかなり取り上げられていたと牛尾は続ける。

 

「あいつ、プロなのか……」

 

「プロ」の称号――城之内の目指すべき先。

 

 

 その「プロ」の姿をしっかりと見据えた城之内の目に映ったのは――

 

 

 

 大量に墓地に送られたカードに警戒を高める遊戯。

 

 そしてそんな遊戯に対して――

 

「遅いね~テリーちゃん。早くだしてくれないかなぁ~」

 

 首を掲げながらクマのぬいぐるみに話しかけるレベッカの姿。

 

 その姿に城之内は思わず牛尾に問いかける

 

「…………アイツ、プロなのか?」

 

 城之内の思っていたイメージと大きく違う。

 

 夢を壊された子供のような城之内の姿に牛尾は一応のフォローを入れる。

 

「まぁプロって言ってもピンキリだからな――アイツがどうかは知らんが……」

 

 

 

 そんな2人のやり取りを余所に遊戯が動き出す。

 

「ボクは魔法カード《予想 GUY(ガイ)》を発動! ボクのフィールドにモンスターがいない時デッキからレベル4以下の通常モンスターを特殊召喚する。来てっ! 《エルフの剣士》!!」

 

 遊戯のデッキの切り込み隊長と呼ぶべき剣士が剣を構え、力強く声を上げる。

 

《エルフの剣士》

星4 地属性 戦士族

攻1400 守1200

 

「さらに手札を1枚捨てて手札から特殊召喚! 巧妙なる奇術師! 《THE() トリッキー》!!」

 

 フィールドにフワフワと落ちてきた青いマントが「ポンッ!」と小さく爆発。

 

 そしてその煙の中から「?」が描かれたマスクに身体の中心に「?」の描かれた道化師のような衣装の《THE トリッキー》が青いマントをクルリと翻し現れ優雅にお辞儀する。

 

《THE トリッキー》

星5 風属性 魔法使い族

攻2000 守1200

 

「まだまだ行くよ! 魔法カード《ワン・フォー・ワン》を発動し手札のモンスターを1体墓地に送り、デッキからレベル1――《サクリボー》を特殊召喚!」

 

 《サクリボー》が鋭い爪で相手をひっかく動作をしながら現れる――やる気は十分のようだが――

 

《サクリボー》

星1 闇属性 悪魔族

攻 300 守 200

 

「そして《サクリボー》をリリースしてアドバンス召喚! 雷鳴と共に現れろ! 《デーモンの召喚》!!」

 

 遊戯の宣言にとっさに振り向き目があった《サクリボー》の視線に思わず目をそらす遊戯。

 

 そして光の粒子となった《サクリボー》から《デーモンの召喚》が雷を纏いながらフィールドに召喚された。

 

《デーモンの召喚》

星6 闇属性 悪魔族

攻2500 守1200

 

「《サクリボー》がリリースされたことでその効果によりボクは1枚ドロー!」

 

 空に薄っすら映る《サクリボー》の恨めしい視線が遊戯を突き刺す。

 

「バトルだ! 《エルフの剣士》で《クリッター》を攻撃!」

 

 《エルフの剣士》の剣の一閃が背を見せ逃亡を図った《クリッター》を切り裂く。

 

 倒れ伏した《クリッター》は震える手で床に何かを書こうとしたが、その倒れた背に剣が突き刺さり《クリッター》の身体は大きく「ビクン!」と揺れ、動かなくなった。

 

「墓地に行っちゃったよ~。ガッデム!」

 

 破壊されたことを憤慨するレベッカ。

 

 だがクマのぬいぐるみ、テリーちゃんがアドバイスを送る! ――そういった設定なんだろう……

 

「どうしたのテリーちゃん、なになに? やられちゃった《クリッター》ちゃんの効果を使えばいいって? ありがとう~テリーちゃ~ん」

 

 そんなレベッカのイタイ――子供らしい姿に観客となった杏子の「なにこの子……」とでも言いたげな視線が注がれるがレベッカはどこ吹く風だ。

 

「墓地に送られた《クリッター》の効果でデッキから攻撃力1500以下の《聖なる魔術師(セイント・マジシャン)》を手札に加えるわ! もっともこのカードはこのターン使えないけどね!」

 

「だったら次はそのセットモンスターを《THE トリッキー》で攻撃だ! マジック・ブラッシュ!!」

 

 セットモンスターを《THE トリッキー》がマントで包み、そのマントが折りたたまれていく。

 

 そして優雅にマントを広げると薄く引き伸ばされた赤いズボンを履いた紫の昆虫が背負った荷物共々ヒラヒラと地面に落ちる。

 

《魔導雑貨商人》

星1 光属性 昆虫族

攻 200 守 700

 

「この子も破壊されちゃうけど、その前にリバース効果が発動するわ! 私のデッキの上から魔法・罠カードが出るまでカードを墓地に送って、そのカードを手札に加えるわ!」

 

 再び墓地に送られる数多くのカード達。

 

「――来たわ! 私は魔法カード《モンスターゲート》を手札に加える!」

 

「またカードが沢山墓地に――でもこれでキミのモンスターはいなくなった! ダイレクトアタックだ! 《デーモンの召喚》! 魔降雷!」

 

 《デーモンの召喚》の角に雷が蓄積され、無防備なレベッカに雷撃が放たれる。

 

「そうはさせないわ! 相手のダイレクトアタック時にこのカードは特殊召喚できるのよ! 私を守る盾になりなさい! 《護封剣の剣士》!」

 

 だが蒼い甲冑を身に纏った剣士が《光の護封剣》のような光の剣で雷撃を切り払った。

 

《護封剣の剣士》

星8 光属性 戦士族

攻 0 守2400

 

「この効果で呼ばれたこの子はその攻撃モンスターの攻撃力がこの子の守備力より下なら破壊できるけど、今回は無理そうね! でもダイレクトアタックはこれで防げるわ!」

 

「ならそのカードも墓地行きだ! 《デーモンの召喚》で《護封剣の剣士》にそのまま攻撃!」

 

 《デーモンの召喚》の手の鋭利な爪が光の剣共々《護封剣の剣士》を切り裂き、吹き飛ばす。

 

「えぇ~? またやられちゃった~」

 

「あのねぇ……最初から負けるに決まってるだろ!」

 

 そんなカードの心に寄り添わないレベッカの態度に遊戯は苦言を呈そうとするが――

 

「テリーちゃん、あのお兄ちゃんがアタシをいじめるのよ~」

 

「いじめてないって!」

 

 レベッカはまともに取り合わない。

 

「ん? なになに? まだ負けたわけじゃないって? そうね! それに良いカードは手札に加えられたしノープロブレムね!」

 

 レベッカのペースに翻弄される遊戯は心中で頭を抱える。

 

「ボクはバトルを終了して魔法カード《馬の骨の対価》を発動するよ! 通常モンスター《エルフの剣士》を墓地に送って2枚ドローだ!」

 

 《馬の骨の対価》の発動に《エルフの剣士》は思わずその手から剣を落とした。

 

 そしてその動揺を隠しつつ「うん、分かってたよ」と言わんばかりの視線を遊戯に向け、両の手で顔を押さえながら走り去っていった。宙に奔った水滴は言わずもがなである。

 

 その後ろ姿を遊戯はしっかりと見据えつつ、《エルフの剣士》のお蔭で手に入れることができたカード(想い)を自身のフィールドに託す。

 

「ボクはカードを2枚セットしてターンエンドだ!」

 

 

 だがターンを終えた遊戯はレベッカのデュエルがいまいち読めず、どこかデュエルがし難そうに双六には見えた。

 

 だが双六はこのデュエルに覚えがあった――テリーちゃんの方の覚えはない。

 

「このデュエルもしやアーサーの……」

 

 

 そんな双六の呟きなど気にせずレベッカは攻めに転じる。

 

「ならアタシのターンね! ドロー! さ~て、どうしよう~ ん? なになに? あ~そっか! このカードが呼べるわね! サンキュ~テリーちゃん! いいコねぇ」

 

 未だにクマのぬいぐるみと話し続けるレベッカ。

 

「レベッカ、君のターンだよ」

 

「今考えてるの! 話しかけないで! やっぱりこれかな~? うん決めた! これにしよう! 私の墓地に光属性のモンスターが5種類以上いるときこの子は特殊召喚できるわ!」

 

 遊戯の苦言に怒りを露わにしつつデュエルを続ける。

 

「ッ! レベッカの墓地にはかなりのカードが送られている!」

 

「そうよ! この子を呼ぶ準備はもう出来てるわ! きなさい 光の洗礼を受けし悪魔の名を持つドラゴン! 《ライトレイ ディアボロス》!!」

 

 白い甲冑のような鱗に青い文様が奔り、光と共に翼を広げ悪魔の名を持つ聖なる龍が剛腕を振るい咆哮を上げる。

 

《ライトレイ ディアボロス》

星7 光属性 ドラゴン族

攻2800 守1000

 

「そして早速この子の効果を使わせてもらうわ! 私の墓地の光属性モンスターを除外することで遊戯! アナタのフィールドのセットカードを1枚、持ち主のデッキの一番上か一番下に戻せるのよ!」

 

 レベッカは遊戯の2枚のセットカードを見比べ宣言する。

 

「墓地の光属性《魔導雑貨商人》を除外して私から見て右のセットカードをデッキトップへ!!」

 

 レベッカの指さすカードに空から拳を振りかぶる《ライトレイ ディアボロス》。

 

「そうはさせない! その効果にチェーンして速攻魔法《トリッキーズ・マジック4(フォー)》を発動!」

 

 だが《ライトレイ ディアボロス》に狙われたカードが反転し「4」と貼られたカプセル状薬が現れる。

 

 そのカプセル状の薬は《THE トリッキー》に取り込まれ、その身体が複数の影にブレ始めた。

 

「その効果でボクの《THE トリッキー》1体を墓地へ送って、レベッカ! 君のフィールドのモンスターの数だけ、ボクのフィールドに『トリッキートークン』を守備表示で特殊召喚だ!」

 

 カプセル状の薬により複数の姿に分身する筈の《THE トリッキー》だったが、レベッカのフィールドのモンスターは1体である。

 

 よってそのブレた姿は元に戻っていき、守備の姿勢を見せる――その姿は若干、青みが薄まったかもれない。

 

『トリッキートークン』

星5 風属性 魔法使い族

攻2000 守1200

 

「ちぇっ、躱されちゃった……でもまだまだ私の番は終わらないわ! いくわよ!」

 

――ん? 急に雰囲気が変わった。

 

 レベッカの雰囲気が変わったことに気付く遊戯――その今までとは別人の雰囲気に何かあると慎重に様子をうかがう。

 

「私は《黒き森のウィッチ》を召喚!」

 

 キョロキョロと周囲を気にするように歩み出る黒ローブを身に纏った《黒き森のウィッチ》。

 

 そんな《黒き森のウィッチ》に空で蜃気楼のように浮かぶ《サイコ・ショッカー》が「安心しろ! ドッキリじゃない! 君は自由だ! 思う存分暴れてこい!」と親指を立ててエールを送る。

 

 施術(エラッタ)は無事に終わり釈放されたのだ。

 

 空に向けて敬礼する《黒き森のウィッチ》。

 

 そして三つの目がギラリと光る――何やら鬱憤が溜まっているご様子。

 

《黒き森のウィッチ》

星4 闇属性 魔法使い族

攻1100 守1200

 

「そして《黒き森のウィッチ》をリリースして魔法カード《モンスターゲート》を発動!」

 

 《黒き森のウィッチ》は高笑いと共にその身を天に捧げゲートを開く。

 

「このカードの効果で通常召喚可能なモンスターが出るまでデッキの上からカードを墓地に送って、その通常召喚可能なモンスターを特殊召喚するわ!」

 

 三度大量に墓地に送られるカード。そろそろデッキが心許ないがレベッカは気にしない。

 

――このターンで仕留めてやるわ!

 

「私が呼べたのは《ミスティック・パイパー》 !」

 

 赤い外套を頭までスッポリ被った《ミスティック・パイパー》が横笛を吹きつつ。ステップを踏みリズムを取る。

 

《ミスティック・パイパー》

星1 光属性 魔法使い族

攻 0 守 0

 

 

「攻撃力0のモンスターなら大丈夫そうね」

 

 観客となった杏子が安心するように言うが、レベッカは鼻を鳴らしながら得意げに語る。

 

「フフン! 甘いわ! デッキから墓地に送られた3体の《ライトロード・ビースト ウォルフ》の効果を発動!」

 

 《モンスターゲート》の効果で送られた『通常召喚できない』モンスターたちが地面を砕き現れる。

 

「デッキから墓地に送られたこの子たちは墓地から特殊召喚できるのよ! さぁ! 戻りなさい!3体の《ライトロード・ビースト ウォルフ》!!」

 

 3体の白い毛並みのオオカミの獣戦士がハルバードを肩に担ぎ、右手の鍵爪を天に掲げる。

 

《ライトロード・ビースト ウォルフ》×3

星4 光属性 獣戦士族

攻2100 守 300

 

「さらに! 墓地に送られた《黒き森のウィッチ》の効果で守備力1500以下の《金華猫(きんかびょう)》を手札に加える!」

 

 《黒き森のウィッチ》の高笑いが再び響き、それに追従するように猫の鳴き声が木霊する。

 

 

 レベル4にも関わらず高いステータスのモンスターが一気に3体並ぶ姿に警戒を露わにする遊戯。

 

「テリーちゃん! アイツ、ワケ分かんなくなってるみたいよ! ウフフ!!」

 

 その遊戯の反応を驚きと取ったレベッカは満足そうに笑う――だがまだこんなものではない。

 

「まだまだ行くわ! 《ミスティック・パイパー》の効果を発動! このカードをリリースして私は1枚ドロー! そして引いたカードを互いに確認してレベル1モンスターだったらもう1枚ドローよ!」

 

「だけど君のデッキにそこまでレベル1のカードは無い筈だ!」

 

 レベッカのデッキを推察する遊戯だが、レベッカの目的はそこ(追加ドロー)にはない。

 

「ドロー! !? あらぁ~ん! 予想外にいいカードが引けちゃったわ。私が引いたのは――レベル8《混沌帝龍(カオス・エンペラー・ドラゴン)-終焉の使者-》!!」

 

「クッ……そのカードは!」

 

 遊戯の持つ《カオス・ソルジャー》と同じ名を持った《カオス・ソルジャー -開闢の使者-》と双璧をなす強力なカードに状況の悪化を悟る遊戯。

 

「フフフッ! さぁ行くわよ! 墓地の闇属性《クリッター》と光属性《神聖なる魂》を除外して特殊召喚! その破壊の力を持って世界を終焉に導け! 《混沌帝龍(カオス・エンペラー・ドラゴン)-終焉の使者-》!!」

 

 墓地の《クリッター》と《神聖なる魂》が光と闇に姿を変え溶け合い新たな龍を生み出す呼び水となる。

 

 その溶け合った姿は青い身体に銀の甲殻をもった終焉をもたらす龍を生み出す。ただそこにいるだけにも拘らず溢れ出るプレッシャーは強大そのものであった。

 

《混沌帝龍 -終焉の使者-》

星8 闇属性 ドラゴン族

攻3000 守2500

 

 フィールドに並び立つ攻撃力2000オーバーの5体のモンスター。

 

 デュエルディスクのソリッドビジョンによりその力強さをより一層感じ取ったレベッカはバトルフェイズに入る。

 

「あははは! 受けなさい! この一斉攻撃を! カオス・エンペラー! 《デーモンの召喚》を蹴散らしなさい! カオス・ファイアーー!!」

 

 《混沌帝龍 -終焉の使者-》の終焉をもたらす青い炎が《デーモンの召喚》に迫る。

 

「させないよ! ボクは手札から《クリボール》を捨てて効果発動! 攻撃してきた相手モンスターを守備表示にする! 頼むよ! 《クリボール》!!」

 

 飛び出した《クリボール》が球体状の身体をジャイロ回転させ、青い炎を突っ切り《混沌帝龍 -終焉の使者-》に突っ込む。

 

 その《クリボール》をその拳で迎撃しようとした《混沌帝龍 -終焉の使者-》。

 

 だが、その球筋はその拳の前で落下する。

 

――ジャイロフォークだとぉ!

 

 そんな驚愕に目を見開いた《混沌帝龍 -終焉の使者-》を余所に《クリボール》は落下しつつ突き進み、《混沌帝龍 -終焉の使者-》の足の小指部分にクリーンヒットした。

 

 足の小指を押さえて蹲り、堪らず守備表示になる《混沌帝龍 -終焉の使者-》。

 

「シット! でもこれでアナタの手札は0! 奇跡は2度起こらないわ! 《ライトレイ ディアボロス》で《デーモンの召喚》を攻撃! ライト・ジャッジメント!!」

 

 《ライトレイ ディアボロス》の爪から伸びる光が剣を形作り、右手を口元に持っていき、左手を頭の上あたりに沿え、両の手から伸びる光の剣が十字を描く構えを取った。

 

 そんな独特の構えに先手必勝とばかりに《デーモンの召喚》は雷撃を放つが、《ライトレイ ディアボロス》の十字に交差させた剣が解放される。

 

 その剣筋は雷撃を一刀の元に切り伏せ、もう一方の剣撃が《デーモンの召喚》の心の臓を打ち抜いた。

 

「くぅううっ!」

 

遊戯LP:4000 → 3700

 

「次よ! 1体目の《ライトロード・ビースト ウォルフ》で守備表示の『トリッキートークン』を攻撃!」

 

 《ライトロード・ビースト ウォルフ》のハルバードの先端部分で突きを繰り出す。

 

 それに対し『トリッキートークン』は闘牛士のように自身のマントで目標をずらし回避する。

 

 だが《ライトロード・ビースト ウォルフ》が力任せにハルバードを『トリッキートークン』に向けて薙ぎ払い、ハルバードの斧部分によって『トリッキートークン』は呆気なく両断された。

 

「これで遊戯! アナタのフィールドはがら空きよ! 残りの2体の《ライトロード・ビースト ウォルフ》の攻撃でフィニッシュよ! 行きなさい!!」

 

 2体の《ライトロード・ビースト ウォルフ》がそれぞれハルバードを構え、遊戯に迫る。

 

 この合計攻撃力4200の攻撃を防がなければ遊戯のライフは当然尽きる。

 

「させないよ! リバースカードオープン! 罠カード《裁きの天秤》! このカードの効果でレベッカ、キミのフィールドのカードの数がボクの手札・フィールドのカードの合計数より多い時、ボクはその差の数だけドローする!」

 

 フィールドに神々しいオーラを纏った髭の老人が天秤を手に現れる。

 

「な~んだ、攻撃を防ぐカードじゃないのね。私のフィールドは5体のモンスターだけよ」

 

 天秤に光が灯され傾き始める。

 

「ボクの手札は0でフィールドには《裁きの天秤》だけだ! その差、4枚ドロー!!」

 

 遊戯のドローと共に神々しいオーラを纏った老人は煙のように消えていった。

 

「沢山ドローしたようだけど、アナタに次のターンはないわ!」

 

 遊戯に2体の《ライトロード・ビースト ウォルフ》ハルバードが振り下ろされる。

 

「やったわ! これで私の勝ちよ! ねぇ~テリーちゃ~ん」

 

 クマのぬいぐるみに勝利を報告するレベッカ。

 

『クリッ』

 

 だがそんな声に釣られて遊戯を見たレベッカが見たものはハルバードを真剣白羽取りしている《クリボー》の姿だった。

 

 それでもハルバードの勢いは殺せなかったのかハルバードと遊戯に挟まれているような状態である。微妙に苦しそうだ。

 

「ボクはダメージ計算時に手札の《クリボー》を捨てて効果を発動させてもらったよ。これでこの戦闘で発生する自分への戦闘ダメージは0だ!」

 

 しかしもう一方の《ライトロード・ビースト ウォルフ》のハルバードは遊戯に命中していた。

 

遊戯LP:3700 → 1600

 

「もう! しぶといわねぇ! 私はバトルを終了してターンエ――」

 

「待ってレベッカ! キミのバトルフェイズ終了時に手札の《クリボーン》を捨てて効果を発動させてもらうよ!」

 

 頭に白いベールをつけた白い《クリボー》の姿をした《クリボーン》が天からキラキラとした光を放ちフィールドに降り立つ。

 

「今度はなによ!」

 

「このターンに戦闘で破壊されボクの墓地へ送られたモンスター1体を蘇生する! 帰ってきて! 《デーモンの召喚》!!」

 

 フィールドに降り立った《クリボーン》がそのまま地面へと沈んでいく。

 

 そして地面から《デーモンの召喚》の手を取り引き上げるように《クリボーン》が地面から浮かび上がり、《デーモンの召喚》をフィールドに呼び寄せ自身はそのまま空へと帰っていった。

 

《デーモンの召喚》

星6 闇属性 悪魔族

攻2500 守1200

 

 窮地を脱した遊戯。さらにはボードアドバンテージの回復までこなしている。

 

 今の状況にレベッカの背に嫌な汗が流れる。

 

――あのドローでアタシの攻撃を防ぐだけじゃなく、場を繋ぐカードまで引き当てたの?

 

 4枚と多めにドローしたことを加味しても驚異的なドロー力である。

 

 だがフィールドアドバンテージはレベッカに分がある。

 

「私はこれでターンエンドよ! フフッ、これからたっぷりとブルーアイズを奪われた者の心の痛み思い知らせてやるんだからね!」

 

 その強がるような軽口とは裏腹にレベッカはこのデュエルは負ける訳にはいかないと内心で心の緩みを締め直した。

 

 

 




黒き森のウィッチ「ヒャッハッー! 自由だ! 十数年ぶりのシャバだ! エクゾ呼んで暴れてやるよぉ!! 薙ぎ払ってやんよぉ! ヒャハハハハー!」

処刑人-マキュラ「ヤツが解き放たれた、だと……危険すぎる! 釈放するなら俺にしておくんだ!」

八汰烏「俺もきっちり施術(エラッタ)を受ければ……」



クリッチー「次のデュエル後半――遂に私が動く時が来たようですね……さぁ! 行きますよ! 《融合準備(フュージョン・リザーブ)》さん、《融合徴兵》さん!! 《音楽家の帝王(ミュージシャン・キング)》に後れを取るわけにはいきません!」



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第46話 最高に高めたフィールで最強の力を示すぜ!



表の遊戯VSレベッカ 後編です

前回のあらすじ
アーサー「《千年の盾》……いい響きじゃないか(でもデッキに入っていない)」

千年の盾「《キャノン・ソルジャー》はチャンプに使われてたってのに、なんで俺は!」

魔導雑貨商人「きっとボクの効果で墓地に送られたと思うよ?」

名推理「デッキ構築的に入ってるわけないで――」

シャドウ・グール「……(そっと口をふさぐ)」





 

 

 遊戯とレベッカのデュエルを見ていた双六はそのデュエルを通じて確信に迫る。

 

「やはりそうじゃったか! レベッカ! オマエさんはアーサーの――」

 

「やっと気づいた? 私の名前はレベッカ・ホプキンス! かつて大切にしていたブルーアイズをあなたに盗まれたアーサー・ホプキンスの孫よ!!」

 

 双六の話を遮るようにレベッカが自身の正体を明かす。

 

「キミはじいちゃんの親友の孫だったのか……」

 

「そうよ! 覚悟しなさい! ド・ロ・ボ・ウさん!」

 

「じいちゃんは人のカードを盗んだりしない!」

 

 祖父を泥棒扱いされ強く弁解する遊戯だが――

 

「ノー! 盗んだの! 私、絶対に許さないんだから!」

 

 当然レベッカはまともに取り合わない。

 

 

 だが双六はヒステリーを起こすレベッカに静かに語りかける。

 

「友達の話をさせてくれんかね?」

 

「どうせただの言い訳でしょ? 聞きたくないわ!」

 

「いや、君に聞いて欲しいんじゃ……あれは今から数年前、儂がエジプトに行った時のこと――」

 

 双六は「聞きたくない」と突っぱねたレベッカを気にせず話し始める――親友の想いを知って欲しいがゆえに……

 

 

 双六がアーサーと知り合ったのはエジプトの市場のレアなカードの噂を聞きつけてやってきたときであった。

 

 砂漠という過酷な環境ゆえに参っていた双六を助けてくれたアーサー。

 

 そして交流していくうちに双六は考古学者でもあったアーサーの異端視されていた学説を知って意気投合し、しばらく2人で行動を共にしていたのだが――

 

 

 そこで杏子がなるほどと思い至る。

 

「そのホプキンス教授から《青眼の白龍》のカードを貰ったのね?」

 

「ああ、そうじゃ」

 

「嘘よ!」

 

 だがレベッカは信じない。

 

「いや、本当なんじゃ! レベッカ、実はそこで遺跡の調査中に落盤事故が起きての、その時に残りの水を賭けてアーサーとデュエルしたんじゃ!」

 

 その過去のデュエルに思いをはせた双六はレベッカに様々な情報を開示する。

 

「そうじゃ! そのデュエル! アーサーに教わったんじゃな? キミのデュエルはそのときの――」

 

 続けて話す双六だがレベッカは次々と出てくる新しい情報に頭が追い付いても、心がそれに追い付かない。

 

「やめてよ! もうそんな話聞きたくない! アンタの言ってることが本当だって証拠はどこにもないんだから!」

 

「おい! 待てよ! じいさんの話はまだ終わってねぇだろうがよ!」

 

 一方的に話を終わらせようとしたレベッカに城之内が噛み付くが――

 

「いや続けさせてみよう」

 

 それは他ならぬ双六の手によって止められる。デュエリストならばデュエルを通して分かり合えるはずだと。

 

「「えっ?」」

 

 疑問に思う杏子と本田に「そうだな」と同意を見せる城之内と牛尾。

 

「なによ! 自分で中断しといて偉そうに!」

 

 レベッカの憤慨を余所に遊戯は双六とアーサーの間に起こった真相に気付き始めていた。

 

「ならボクのターンだ! ドロー! ボクは墓地の《超戦士の魂》を除外してデッキから《宵闇の騎士》を手札に加える!」

 

 墓地の《超戦士の魂》が光を放ち白く染まり、その鎧を纏った白き少年騎士が遊戯の手札に導かれる。

 

「その戦法は海馬とのデュエルの時の!」

 

 ペガサス島での大会は世界的に放送されていたゆえにレベッカも当然そのカードが使用された海馬とのデュエルも見ていた――大会には諸事情により参加できなかったが。

 

「じゃあ次の手も分かるよね? ボクは魔法カード《儀式の下準備》を発動! デッキから儀式魔法《カオスの儀式》を選び、さらにそこにカード名が記された儀式モンスター《カオス・ソルジャー》――その2枚のカードを手札に加える!」

 

 いつものように《儀式の供物》が黒い羽根を羽ばたかせ2枚のカードを咥え、遊戯の頭に止まる。

 

「行くよ! レベッカ! ボクは儀式魔法《カオスの儀式》を発動! レベルの合計が8以上になるようカードをリリースし儀式召喚だ!」

 

 海馬のデュエルの時と同じ剣と盾が配置された祭壇が現れ、両脇の壺に炎が灯る。

 

「手札のレベル4の《宵闇の騎士》と《開闢の騎士》をリリースして儀式召喚! 白き光と黒き闇よ! 混沌(カオス)となりてその剣に宿れ! 《カオス・ソルジャー》降臨!!」

 

 白き騎士と黒き騎士が剣を合わせ、『混沌(カオス)』を生み出す。

 

 その空間から2つの力を漲らせ《カオス・ソルジャー》が降臨した。

 

《カオス・ソルジャー》

星8 地属性 戦士族

攻3000 守2500

 

「クッ、エースの1体のお出ましって訳ね……」

 

「まずは《カオス・ソルジャー》の儀式素材にされた《宵闇の騎士》の効果を発動! 1ターンに1度、相手の手札をランダムに1枚! 次のキミのエンドフェイズまで裏側表示で除外する! 時空突刃(じくうとっぱ)ッ!!」

 

 半身に構えた《カオス・ソルジャー》の突きの一撃から衝撃波が発生しレベッカの手札の1枚を打ち抜く。

 

「私の手札を! もう! 面倒な効果ね!」

 

「まだまだ行くよ! 《カオス・ソルジャー》の儀式素材にされた《宵闇の騎士》と《開闢の騎士》の効果を発動! 1ターンに1度、レベッカ! キミのモンスター1体を除外する! 2体の騎士のそれぞれの効果で混沌帝龍と《ライトレイ ディアボロス》を除外だ! 次元斬一閃!!」

 

 居合切りの構えから放たれた斬撃を《ライトレイ ディアボロス》が小指の痛みで蹲る《混沌帝龍 -終焉の使者-》を盾にして防ぐも、その着弾点から次元が切り裂かれ周囲のもの全てを呑み込まんとうねりを上げる。

 

 とっさに《混沌帝龍 -終焉の使者-》を足場に距離を取ろうとした《ライトレイ ディアボロス》だが、既にこと切れた《混沌帝龍 -終焉の使者-》の腕が《ライトレイ ディアボロス》を掴んでおり、その企みは次元の歪みの中へと共に消えた。

 

「私のモンスターをよくも!」

 

「さぁバトルだ! まずは《デーモンの召喚》で1体目の《ライトロード・ビースト ウォルフ》を攻撃! 魔降雷!」

 

 ハルバードを掲げ突き進む《ライトロード・ビースト ウォルフ》。

 

 だが掲げたハルバードに《デーモンの召喚》の雷が落ち、立ったまま黒く焦げ力尽きた――その意図なきキメポーズは中々である。

 

レベッカLP:4000 → 3600

 

「次は頼むよ《カオス・ソルジャー》! 2体目の《ライトロード・ビースト ウォルフ》を攻撃だ! カオス・ブレード!!」

 

 《カオス・ソルジャー》の上段からの一閃をハルバードで受け流す《ライトロード・ビースト ウォルフ》。

 

 そして砕けたハルバードを捨て、鍵爪の一撃を放つが《カオス・ソルジャー》の盾に阻まれ、その一呼吸の間に横の一閃により地に沈む《ライトロード・ビースト ウォルフ》。

 

レベッカLP:3600 → 2700

 

「またやられちゃったわね……」

 

 《ライトロード・ビースト ウォルフ》はあと1体残ってはいるが、すぐにいなくなるだろうとレベッカはため息を吐く――折角並べたのに、と。

 

「儀式召喚の素材となった《開闢の騎士》のさらなる効果を発動! 戦闘でモンスターを破壊し墓地へ送った時にもう1度だけ続けて攻撃だ! 3体目の《ライトロード・ビースト ウォルフ》にもどいてもらうよ!」

 

 《カオス・ソルジャー》の背後から強襲した《ライトロード・ビースト ウォルフ》だが振り向きもせず鞭のように撓らせた剣の一閃がその首を落とす。

 

レベッカLP:2700 → 1800

 

「でも攻撃はここまで! 残念だったわね!」

 

 レベッカの言うとおり遊戯の残りの手札は1枚、レベッカのフィールドを一掃してもこれ以上の追撃は望めなかった。

 

「ボクはこれでターンエンドだよ」

 

 いまだダイレクトアタックを許さないレベッカの実力に地力の高さを垣間見る遊戯。

 

「私のターン、だ・け・ど! 折角フィールド一杯に並べたのに全滅させられるなんて――キ~! 悔しいわ~!」

 

 まるで駄々をこねるように悔しがるレベッカ。

 

「さすがデュエリストキングダムであそこまで戦いぬいただけのことはあるわ……ドロー! !?」

 

 だがしばらくすると落ち着いたのかドローフェイズの通常ドローをしデュエルを進めるが、ドローしたカードを見たレベッカの目が見開かれる。

 

「グレイト! ファンタスティック! やったよ! テリーちゃん! ブラボー! ブラボー!」

 

 クマのぬいぐるみ、テリーちゃんの手を取りその場で喜びのあまりクルクルと回るレベッカ――余程いいカードを引いたらしい。

 

 周囲の「なんだ? アイツ……」とでも言いたげな視線は「ああ、こういう子なんだな」へとシフトする。

 

「ブイ! 勝った 勝った! 引きの強さも才能の内ってことね!」

 

「……レベッカ」

 

「もう! わかってるわよ! まずは魔法カード《鳳凰神の羽根》を発動よ! 手札を1枚捨てて私の墓地の《死者蘇生》をデッキトップに戻すわ」

 

 そよ風と共に炎のように赤い羽根がヒラヒラとレベッカのデッキの上に落ちる。

 

「そして~~《ファントム・オブ・カオス》を召喚!」

 

 地面に黒い泥が現れ渦を巻く。

 

《ファントム・オブ・カオス》

星4 闇属性 悪魔族

攻 0 守 0

 

「フフフッ! さっそく《ファントム・オブ・カオス》の効果を発動させてもらうわ! この子は私の墓地の効果モンスターを除外して、その名前と攻撃力・効果を得るわ!」

 

「キミの墓地には沢山のカードが!」

 

 カードの効果によってレベッカの墓地に送られたカードの枚数は多い。

 

 その中に《カオス・ソルジャー》を超える攻撃力か除去できる効果を持ったモンスターがいないとは考え難かった。

 

「私は墓地の《天魔神 ノーレラス》を除外よ! さぁその姿を写し身へと変えなさい!」

 

 黒い渦状の《ファントム・オブ・カオス》がせり上がり、ドクロの頭をもった足の無い黒い悪魔へと姿を変え、その背の翼を羽ばたかせる。

 

 その悪魔には所々に包帯らしきものが巻かれ、胴体から黒いモヤが出ているが、その全身は《ファントム・オブ・カオス》の渦と同じく黒ずんでいた。

 

《ファントム・オブ・カオス》 → 《天魔神 ノーレラス》

攻 0 → 攻2400

 

「フフン! スゴイでしょ! ――もっともこのターンの終わりに元に戻っちゃうし、戦闘ダメージは与えられないけどね」

 

 レベッカの言うとおり《天魔神 ノーレラス》となった《ファントム・オブ・カオス》の身体は少しずつではあるが崩れ始めていた。

 

「でも! そんなことは関係ないのよ! この子にはとっておきがあるんだから! その効果を見せてあげる! 1000ライフを払う事で、お互いの手札とフィールド上のカードを全て墓地へ送っちゃうのよ! そしてその後で私はカードを1枚ドローするわ!」

 

レベッカLP:1800 → 800

 

 《天魔神 ノーレラス》となった《ファントム・オブ・カオス》から黒い霧が噴出し、全てを呑み込まんと脈動する。

 

 黒い霧を《デーモンの召喚》は雷撃で《カオス・ソルジャー》は剣で薙ぎ払うが、手応えはない。そして最後は周囲一面に広がった黒い霧に呑み込まれていった。

 

 収束する黒い霧から小さな光がレベッカの手元に宿る。

 

「これでアナタは文字通り丸裸! そして今ドローした私の手札にあるのは――」

 

 遊戯を挑発するようにもったいぶるレベッカに遊戯が答えを返す。そのカードは《鳳凰神の羽根》でデッキの一番上に戻った――

 

「《死者蘇生》だね」

 

「大・正・解!! 魔法カード《死者蘇生》を発動! 私が蘇生するのは――《シャドウ・グール》!!」

 

 レベッカの影からスルリと這い出てきたのは赤い球体が体の至る所についた緑色の異形。

 

 2本の腕の爪をこすり合わせ4本の脚で立ち、顔に付いたいくつもの赤い球体が遊戯を捉える。

 

《シャドウ・グール》

星5 闇属性 アンデット族

攻1600 守1300

 

「レベル5で攻撃力1600……」

 

 遊戯の何かあると警戒する視線に《シャドウ・グール》は腕を広げる構えを見せ威嚇する。

 

「当然よ! 《シャドウ・グール》ちゃんは私の墓地のモンスター1体に付き攻撃力が100アップするんだから!」

 

「キミの墓地には沢山のカード……このための戦術だったんだね」

 

「今更気づいても、もう遅いわ! 私の墓地のモンスターは合計24体! よって攻撃力が2400アップ!!」

 

《シャドウ・グール》

攻1600 → 攻4000

 

「攻撃力4000だとぉ! 海馬のブルーアイズより上じゃねぇか!」

 

 そのパワーに思わず驚きを見せる城之内だったが、遊戯は悲しそうに問いかける。

 

「……レベッカ」

 

「何よ?」

 

「デュエルに大切なのはカードを信じる心なんだ。パワーを上げるためだけにモンスターを墓地送りにしていくなんてひどすぎないか?」

 

 遊戯はレベッカの墓地送りの戦術を否定している訳ではない。

 

 カードを仲間と考える遊戯にとって墓地に送られたカードに敬意のないレベッカの姿勢は悲しいものだった。

 

「バカじゃないの!? 『デュエルはハート』なんて言ってる間は甘ちゃんよ! どんな手段を使ってでも勝つのがデュエリストってものよ!」

 

 だがレベッカも昔からこうだった訳ではない。今のように考えるきっかけとなったのは過去のプロ入りの時に遡る。

 

 

 レベッカは過去に周囲から天才だと称えられ、その期待と共にプロ入りを果たした。

 

 最初は問題なく勝てていた。だがリーグを駆け上がるにつれてその勝ち星は減っていき、そして周囲からの関心は薄れた――プロの世界は子供には早かったのだと。

 

 やがてレベッカはこう考えるようになった。

 

――勝たなければ誰も自身を見てはくれない。大好きな家族(祖父)ですら。

 

 そうしてレベッカには周囲はおろか祖父、アーサーの声すら聞こえなくなっていった。

 

 

 だがそんなレベッカにも転機が訪れる――テレビで観戦した決闘者の王国(デュエリストキングダム)での《青眼の白龍》の活躍。

 

 レベッカの祖父、アーサーはこれを好機だと思った。

 

 双六との友情のエピソード。そこから「カードの心」を教えることができれば孫を暗闇から救って上げられると考えた。

 

 しかしそのアーサーの言葉は正しく届かず、今こうしてレベッカはデュエルに挑んでいる。

 

 もはや今のレベッカの瞳は何も正しく映せてはいない。

 

「このタクティクスもおじいちゃんから教わったんだから! それにモンスターなんてしょせん兵器か生贄でしかないでしょ!」

 

 そんなレベッカの言葉に《シャドウ・グール》の肩が僅かに動いたように見えるのは気のせいなのか。

 

「これで止めよ! 《シャドウ・グール》でダイレクトアタック! ティアーズ・オブ・セメタリー!!」

 

 マスターの命に4本の脚で音もなく遊戯に迫り爪を振るう《シャドウ・グール》。

 

 だが、その爪は紫色のクリボーを切り裂いた。

 

 紫色のクリボーがズルリと半分に割れる様に慌てる《クリボー》と、すぐさまその両脇を抑えにかかる《サクリボー》と《クリボール》。

 

「今度はいったい何なの!」

 

 突如現れた「クリボー」たちにレベッカに止めを刺せなかったことに苛立つ。だが遊戯はその怒りをなだめるようにタネを明かし始める。

 

「ボクはそのダイレクトアタック時に墓地の《クリボーン》と《クリアクリボー》の2体の効果を発動させてもらったよ!」

 

 《シャドウ・グール》に真っ二つに切り裂かれた《クリアクリボー》から影が蠢く。抑える「クリボー」たちはその姿に目を反らす――直視したくないようだ。

 

「まず墓地の《クリボーン》の効果でダイレクトアタックの時にボクの墓地の『クリボー』モンスターを任意の数だけ特殊召喚したんだ」

 

「その効果で《クリボー》と《クリボール》、《サクリボー》を呼んだのね……」

 

《クリボー》

星1 闇属性 悪魔族

攻 300 守 200

 

《クリボール》

星1 闇属性 悪魔族

攻 300 守 200

 

《サクリボー》

星1 闇属性 悪魔族

攻 300 守 200

 

「そうだよ。そして《クリアクリボー》の効果も発動してボクはデッキからカードを1枚ドローする。そのカードが――」

 

「モンスターだったら特殊召喚して攻撃対象をそのモンスターに移し替えるんでしょ? 海馬瀬人とのデュエルで見せてもらってるわ。でも苦し紛れね! 今の《シャドウ・グール》ちゃんを超えるモンスターなんていないわ!」

 

 遊戯の説明を遮るようにレベッカは付け足す。

 

「じゃあ行くよ! ドロー! ボクが引いたのは――」

 

 《クリアクリボー》の両脇を押す力が強すぎたのか《クリアクリボー》の中身がチューブのように押し出され、《クリボール》と《サクリボー》が互いの頭をぶつけ目を回す。

 

 押し出されたのは背にカタパルトが装着された機械的な亀。足から空気を掃き出し宙をホバリングする。

 

《カタパルト・タートル》

星5 水属性 水族

攻1000 守2000

 

「モンスターカード《カタパルト・タートル》! よってこのモンスターが攻撃を代わりに受ける!」

 

 《シャドウ・グール》は《カタパルト・タートル》の影に潜り装甲の薄い腹の部分を貫いた。

 

 回路のショートにより大爆発を起こす《カタパルト・タートル》をしり目にレベッカの元へと影を伝って帰還する《シャドウ・グール》。

 

 周りの「クリボー」たちは爆風に吹き飛ばされぬよう地面にへばり付いている――《サクリボー》の鋭い爪を他の「クリボー」たちが羨ましそうに見ていた。

 

「モンスターが残っちゃったわ……その子たちで私の攻撃を防いでいる間に攻撃の駒を揃えようってわけね! でもムダよ ムダムダ!」

 

 互いの手札は今現在0である。ここから勝負が長引くと考えるギャラリーを余所にレベッカには勝算があった。

 

「私のエンドフェイズに前のターンにアナタの使った《宵闇の騎士》の効果であのカードが手札に戻ってくるもの! それさえあれば次の私のターンで決まりよ! ターンエンド!」

 

 そのエンド宣言と共にデュエルディスクから1枚のカードがレベッカの手札に加えられ、それを見たレベッカはニヤリと笑う。

 

 もうすぐで、この勝利で全てが戻ってくるのだと。

 

 

 そんなレベッカを悲しそうに見つめる遊戯はデッキに手をかける。

 

「ボクのターン、ドロー!」

 

「どう? イイカードは来たのかな~?」

 

 そんなレベッカの煽るような言葉も今の遊戯には届かない。

 

――じいちゃん、ボクなんとなくわかってきたよ。遺跡の中でのデュエルが最後にどうなったのか。

 

 遊戯はアーサーと双六の一件の真実に近づいていた。

 

「ちょっと! レディーをいつまで待たせる気? ハリーアップ 遊戯!」

 

 感慨に耽る遊戯を急かすレベッカ。

 

「ボクは《クリボール》と《サクリボー》をリリースしてアドバンス召喚! 来て! ボクの相棒たる最上級魔術師! 《ブラック・マジシャン》!」

 

 《クリボール》と《サクリボー》が互いの手を天にかざし、回転しながら上昇していく。

 

 回転数を上げ黒い竜巻となった地点に魔術師の影が映り、その竜巻が収まると《ブラック・マジシャン》が腕を組み佇んでいた。

 

《ブラック・マジシャン》

星7 闇属性 魔法使い族

攻2500 守2100

 

「攻撃表示? プレイミスね! 今なら守備表示にしてもいいわよ!」

 

 攻撃力4000となった《シャドウ・グール》の前に攻撃力2500の《ブラック・マジシャン》を攻撃表示で呼び出すのは愚策だとレベッカは指摘するが――

 

「リリースされた《サクリボー》の効果で1枚ドロー」

 

 遊戯はプレイを続け、引いたカードを見る。

 

 

 

 そして過去の双六のようにデッキの上に手を置き宣言した。

 

「――サレンダーだ。キミの勝ちだよ、レベッカ」

 

 サレンダー。

 

 それは自身からデュエルの敗北を認める行為。

 

「「えぇ~!?」」

 

 敗北が濃厚な状態でも最後までデュエルを続けると思っていたギャラリーの驚きの声が部屋に全体に響く。

 

 

 だが遊戯の顔はこれでよかったのだと満足気だった。

 

 






シャドウ・グール「墓地で発動する効果? 自分の攻撃力が下がっちゃうんで採用してないです」

混沌帝龍「火力とブルーアイズと同じ攻・守をアピールして喰い込みました!」

ライトレイ・ディアボロス「ライトロードと響きが似ている点をアピールしました!」

千年の盾「なるほど……」φ(・_・”)メモメモ




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第47話 「友情」って素敵だよね!

~前回の遊戯がレベッカの何を問題視したのかを
   作者が上手く伝えきれず勘違させてしまったようなので説明~

そもそも遊戯やホプキンス教授は
レベッカがとった「墓地肥やしの戦術」のことは「否定していない」です
(この点の勘違いが多かった印象です)

あくまで今のレベッカの「カードに敬意を払わない姿勢」を問題視しています

もう1度言いますが
遊戯やホプキンス教授は「戦術批判してる訳じゃない」ですよ!(重要)




前回のあらすじ
魂の解放「オノーレェエエエ!!」
???「( ・´ー・`)ドヤァ……」

ブラック・マジシャン「最近活躍してない気が……」




 

 思わぬ形でデュエルが終わったせいか呆然とするレベッカ。だがすぐさま我に返り、遊戯に確認を取るように宣言する。

 

「私の勝ちね!」

 

「うん、ボクの負けだよ」

 

 

 両者はデュエルディスクを所定の位置に戻し、双六の元へ集まった。

 

 レベッカはようやくとの思いで双六に言い放つ。

 

「さぁブルーアイズを返して!」

 

「あのカードは今、海馬君がもっておる」

 

 だが双六の返答はレベッカの望むものではなかった。呆けるレベッカを余所に双六は続ける。

 

「海馬君に『カードの心』を教えるためとはいえ アンティに応じてしまったのは……本当にスマンと思っとる」

 

 申し訳ないと頭を下げる双六。だがそんなものではレベッカの腹の虫は収まらない。

 

「だから返そうとしなかったんだ! キ~ッ! ガッデム! 許せない!!」

 

 すでに手元にないがゆえに誤魔化す意味合いで双六が返却に応じなかったと憤慨するレベッカ。

 

「いや、そういうわけではなかったんじゃが……」

 

 いずれ海馬にデュエルを再度挑み取り返すつもりだったとはいえ、状況的にそう思われても仕方がないゆえに双六も言いよどむ。

 

 だがそんな双六に救いの声が届いた。

 

「待たんか、レベッカ」

 

 温和そうなスーツを着た老人――

 

「おじいちゃん!」

 

 レベッカの祖父、アーサー・ホプキンス教授である。

 

 驚くレベッカを余所に牛尾はデッキを構えつつホプキンス教授に威圧的に問いかける。

 

「ちょっと待て――アンタどうやってココに来た」

 

 ここはKCの研究室の一室。部外者であるホプキンス教授が入ることが決して出来ないエリア――牛尾の気配に剣呑としたものが混ざる。

 

 その気配に冷汗を流すホプキンス教授。だがすぐさま救いの声が届いた。

 

「落ち着け牛尾。私がお連れした」

 

「ギースの旦那ァ!? なんでここに?」

 

 予期せぬ人物の登場に驚きを見せる牛尾――デジャヴ? 気のせいだ。

 

「街でお孫さんを探すホプキンス教授を見かけてな。調べたところココにいると聞いてお連れした」

 

 あくまで偶然会ったと言うギース。

 

――偶然……ねぇ。

 

 そんな牛尾の頭によぎった考えを横に置きながらホプキンス教授に無礼を詫びた。

 

「そうだったんですか! 知らなかったこととはいえ、申し訳ねぇです」

 

「ハハハ……構わないよ」

 

 頭を下げる牛尾を笑って許すホプキンス教授――後の話では寿命が縮むかと思ったらしい。

 

 

 

 誤解が解けた両者。

 

 そしてホプキンス教授は仕切り直すように咳払いを一つした。

 

「オホンッ! レベッカ。今のデュエル――遊戯君の勝ちだ」

 

「えぇ~!? そんなはずないわ! 勝ったのは私よ!」

 

 信じられないといった顔をするレベッカにホプキンス教授は申し訳なさげに遊戯に願い出る。

 

「遊戯君、最後に引いたカードを見せてもらってもいいかな?」

 

「……はい、どうぞ」

 

 遊戯が最後に引いたカード――それはモンスターが虹を描くイラストの緑色の枠の魔法カード。

 

「これは《レインボー・ヴェール》!?」

 

「そうだ、レベッカ。もし最後のターンで遊戯君がこのカードを出していれば――」

 

 装備魔法《レインボー・ヴェール》

 

 装備モンスターが相手モンスターと戦闘を行う場合、

 バトルフェイズの間だけその相手モンスターの効果を無効にするカード。

 

 

 つまり、このカードを《ブラック・マジシャン》に装備して《シャドウ・グール》を攻撃すれば《シャドウ・グール》が自身の効果で攻撃力を4000までアップしていたとしても

 

 その効果が無効にされることで、その攻撃力が元の数値1600に戻る。

 

 よって、そのバトルでレベッカは900ポイントのダメージを受け、残りライフ800のレベッカは敗北していた筈だった。

 

 

「じゃあ遊戯はわざとサレンダーを? なんでそんなことをしたのよ! デュエルは何時だって真剣勝負! 手加減なんかいらないわ!!」

 

 デュエリストにとって勝利が全てだと考えるレベッカには「わざと負けること」など理解できない。ゆえに遊戯に噛み付く。

 

 だがそんなレベッカをホプキンス教授は悲しそうに見つめながら懺悔するように諭す。

 

「遊戯君は双六譲りの心優しい少年だということだ――勝ち負けしか考えられないお前の心を救おうとしたんだよ」

 

「そんなわけないわ! 勝つことが全てよ! だって勝てばみんなが認めてくれるもの!!」

 

 今のレベッカは自身の存在を認めてもらうための「勝利」が何よりも重要だった。

 

 プロの上位陣に負け続けたレベッカへの周囲の落胆の声がその脳裏に思い出される。

 

 そんな「レベッカが負けた時」の祖父を含めた周囲の落胆をレベッカは受け入れられない。

 

 たとえ祖父が「敗北を気にしていなくとも」追い詰められ視野の狭まったレベッカには周囲と同じように見えてしまう。

 

 

 そんな今にも崩れそうなレベッカをホプキンス教授はそっと抱きしめる。

 

「――すまない、レベッカ。私たちの期待がお前を苦しめる結果になってしまって……」

 

 ホプキンス教授は目じりに涙を浮かべ懺悔する。

 

 何故もっと早くに手を差し伸べて上げられなかったのか、何故愛する家族を此処まで苦しめてしまったのか、と。

 

「違うわ! おじいちゃんは悪くない――負けた私が悪いのよ!」

 

 プロの世界はある意味、残酷である。「敗者」に与えられるものは決して多くはない。

 

 その世界に幼いながら浸かってしまったレベッカの心は今にも崩れてしまいそうだった。

 

 そんなレベッカを抱きしめているホプキンス教授の腕に思わず力がこもる。

 

「本当に、本当にすまないレベッカ……」

 

「やめてよ! おじいちゃんは悪くはないわ! ブルーアイズのかかった大事なデュエルで負けちゃった……私が、私が……」

 

 レベッカの心は限界だった。

 

 一室に子供の泣き声が響く。

 

 その声にホプキンス教授も共に涙を流した。

 

 

 

 

 

 暫くして泣き止んだホプキンス両名。

 

 涙をぬぐったレベッカは遊戯に謝罪の言葉を贈る。

 

「ごめんなさい、遊戯。みっともないところ見せちゃって――こんな調子じゃ手加減されてもしょうがないわよね……」

 

 そう言って落ち込むレベッカにホプキンス教授は今こそあの時の真実を話す時だと口を開く。

 

「違うんだよレベッカ。遊戯君がサレンダーしたのは――あのとき双六が私の命を救おうとしたことと同じなんだ」

 

 過去に遺跡の中に閉じ込められた時、衰弱していたホプキンス教授を救うためにその状態に気付いた双六がすぐさま降参し残った水の全てを与えた優しさを思い出しながら語るホプキンス教授。

 

 そんな真っ直ぐな感情に双六は恥ずかしそうに鼻をかく。

 

「《シャドウ・グール》のパワーを最大限発揮するための戦術は確かに私が教えたものだが、ただそこには失われたモノへの敬意がなければならん」

 

 レベッカに諭すように話すホプキンス教授。

 

「デュエルも死者の墓である遺跡を調べる考古学者でも同じこと、デュエリストは『敬意』を忘れてはいかんのだ」

 

 そんな言葉に小さく委縮するレベッカ。

 

「だから私は感謝の気持ちを込めて、いちばん大切にしていたブルーアイズを双六に譲ったんだよ」

 

 ホプキンス教授はそう締めくくった。

 

 双六とホプキンス教授の事情をようやく知ったレベッカだが、その事情ゆえに許せないこともある。

 

「でもそんな大切なカードを双六は……」

 

「すまんアーサー、実は――」

 

 そんな大切なカードのアンティに応じてしまったのだから。

 

 だがホプキンス教授は首を振りつつ双六を労わるように続ける。

 

「良いんだ。キミはそのカードのことをずっと心に留めていてくれた――たとえカードが失われても私たちの友情まで失われることはないのだから」

 

 ペガサス島でのデュエルの放送を見ていたホプキンス教授には海馬瀬人が使う《青眼の白龍》の1枚がかつて自身が双六に託したものだと一目で見抜いている。

 

 だがその《青眼の白龍》の力強く舞う姿に双六にも何かわけがあったことを理解していた。

 

 そしてホプキンス教授にとってなによりも――

 

「それにその海馬君もブルーアイズのカードを大切にしてくれているようだ。なら問題ないさ……」

 

――ブルーアイズが大切にされており、さらに双六がずっとそのカードのことを想っていたことが嬉しかった。

 

 

 

 ホプキンス教授の言葉に思わず涙ぐむ双六。

 

 そしてホプキンス教授はレベッカの肩に手を置き噛み締めるように語る。

 

「いいかいレベッカ。カードはハートなんだ……そして真に素晴らしいデュエルは友情を生むものなんだ」

 

 そしてレベッカのデッキにそっと手を置き続ける。

 

「そして苦しくなったときはカードに手を置くといい。そのカードたちはお前をずっと見守ってくれていたんだよ? 苦しい時こそその絆を思い出すんだ」

 

 そう締めくくったホプキンス教授の言葉にレベッカは顔を上げ――

 

「本当にごめんなさい! 双六、遊戯!」

 

 勢いよく頭を下げるレベッカ。

 

「いいんだ、レベッカ。誤解が解けたのならボクはそれで」

 

 これで仲直りだと照れながら許す遊戯。

 

「ワシも構わんぞい。そもそも今回の一件はアーサーがキチンと事情を話しておらんかったのが始まりじゃしな、のうアーサー?」

 

「おっと、言ってくれるじゃないか双六」

 

 互いを軽く小突きあうホプキンス教授と双六。

 

 双六なりの励ましだった――そこにわだかまりなどない。

 

「サ、サンキュー双六、遊戯」

 

 目じりに涙を浮かべたレベッカ――今度は嬉し泣きだった。

 

「レベッカ、これを」

 

 そんなレベッカを見かねた遊戯が1枚のカードを差し出す。

 

「これって……」

 

 レベッカがカードを手に取り確認するとそのカードは先程のデュエルに出ててきた《カオス・ソルジャー》に似たカード。その鎧は中央で白と黒に分けられている。

 

「うん、受け取って欲しいんだ」

 

 遊戯はそのカードを友情の証としてレベッカに託す――いつかレベッカの助けになってくれるであろうと信じて。

 

「……遊戯! ありがとう!」

 

 そのカードを受け取り握手を交わしたレベッカの視界にふと何かが映る。それは――

 

 

 遊戯の隣で「ウンウン」と涙ながらに握り合った手を見る《エルフの剣士》。

 

 遊戯の頭に乗ってニコニコと笑いながら事の成り行きを見守る《サクリボー》。

 

 遊戯の後ろにそっと寄り添う《ブラック・マジシャン》と先程のデュエルで見られたカードたち。

 

 

 思わず自身の目を疑い、腕で目をこすったレベッカがもう一度遊戯を見やる。だがそのカードたちの姿はなかった。

 

 思わず幻覚だったのかと思うレベッカ。だがそれこそが「カードの心」なのかもしれないとレベッカは自身のデッキに手を置きそっと謝罪と感謝の言葉をつぶやいた。

 

 

 

 そんな新たな友情の芽生えを見守る老人2人。

 

 そしてふと昔の血が騒ぐ。

 

「双六、久しぶりにデュエルといきませんか?」

 

 突如ホプキンス教授は双六にデュエルを挑む――だが視線は最新型のデュエルディスクに注がれている。

 

「うむ! 今度はサレンダーせんぞ!」

 

 快く応じる双六――双六も同じく最新型のデュエルディスクに熱い視線を送っていた。

 

「いや、これ以上無理ですからね」

 

 だが牛尾のその言葉と共におもちゃを取り上げられたような子供の目をした老人2人の目線が牛尾に突き刺さった。

 

 しかし牛尾にもこればかりはどうしようもない。なによりギースの視線が痛い。

 

 一室にみんなの楽しそうな笑い声が広まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして念のために口止めをギースからされた後で解散した一同。

 

 その一同を見送った牛尾はギースに尋ねる。

 

「ギースの旦那。今回の一件、俺にどの程度のペナルティが降るんですかい?」

 

 開発中となっている新型のデュエルディスクを自身の権限で外の人間に公開してしまった牛尾。

 

 最悪の場合の「損失」は牛尾一人でどうこうなるものではない。

 

 だが牛尾は「遊戯のため」を想っての行動ゆえに覚悟はできていた。

 

「さぁな、特にこれといって聞き及んではいない」

 

「何でです? 旦那の来たタイミングから考えて俺の、いや俺らの動きは完全に筒抜けだったんでしょう? まさかこれもあの人の書いたシナリオなんですかい?」

 

 ギースから告げられた「御咎めなし」とも受け取れるような言葉に牛尾は迷わず追及する――ただ許されている方が牛尾には末恐ろしかった。

 

「なんのことだ」

 

「とぼけねぇでくだせい。ホプキンス教授と俺らを探す時間やら何やら考えたら、寄り道せずに直通しなきゃ――とてもじゃねぇがあのタイミングで間に合わねぇでしょうに」

 

 惚けるギースになおも追及する牛尾。そして再度問いただす。

 

「もう一度聞きやす。どこまでですかい?」

 

 しばしの沈黙の後、ギースはゆっくりと言葉を出す。

 

「私はホプキンス教授をお孫さんの元まで連れて行くように命じられただけだ」

 

「つまり迎えに?」

 

「ああ、そうだ。デュエルを挑むと聞いていたのでな、探す場所は自ずと絞られる。そして『情報』による彼女の精神状態から『またの機会』はありえない。なら考えられるのは――」

 

「俺って訳ですかい。俺に許可がおりたのも、いやそれに『情報』って」

 

 ギースの言葉から自身の行動パターンは見切られていると牛尾は考えつつ、気になる単語に関心はシフトする。

 

「ああ、現段階で情報が漏れたとしても もはや大した問題にはならない。最終調整は既に終わっている。せいぜい宣伝の時期が早まる程度だ」

 

 一息に言い終えたギースは考え込む素振りを見せた後、躊躇いがちに話しだす。

 

「ここからは独り言だ。ホプキンス教授は前々からマークされている。あくまで私の私見だが――彼の研究していた学説に興味をもたれているようだ」

 

 ギースは「誰が」とは明言しない。

 

 牛尾も「誰が」などとは言われずとも思い知らされている。

 

「今回の一件はその教授に近づくための口実作りなのかもしれない。だがあくまで『そうかもしれない』程度だ――私にはあの方が何を考えているのか分からん」

 

 ギースはそう締めくくるように独り言を言い終えた。

 

「クッ!」

 

「どこへ行く気だ、牛尾」

 

 そのギースの横を素通りして駆けだす牛尾。その背に確認を取るかのように問いかけるギース。

 

「……俺もさすがに此処まで虚仮にされて黙ってる訳にはいきませんよ」

 

 牛尾は自身が利用される分は許容できた。過去にバカをやった自分に返るモノが返ってきただけなのだと、だが遊戯たちにその手が伸びるのは許容できない。

 

 

 だがそんな牛尾にギースは諭すように言葉を掛ける。

 

「やめておけ、その選択は誰も『幸福』にはならない」

 

「ハァ? 『幸福』?」

 

 牛尾からすれば今、何故その単語が出てくるのかが解らない。だがギースは言葉を続ける。

 

「ああ、『幸福』だ。今回の一件で悩める少女は救われた。それでいいじゃないか」

 

「なに……言ってるんです、か……」

 

 まるで下手な宗教の勧誘文句だ。だが牛尾にはそれが酷く恐ろしいモノに聞こえる。

 

 困惑する牛尾にさらに追い打ちをかける「誰か」の口調を真似るギースの言葉が告げられる。

 

「『ああ、武藤君。牛尾君は情報漏洩の件で少し危険な状態でね。せめてどこから漏れたのかが分かれば手の打ちようもあるのだけれど』」

 

「なんすか、それ……」

 

 牛尾にはギースが何を言っているのかが理解できない。否、理解したくない。

 

「今回の牛尾、お前が『彼らのために行動した事実』を使って出来ることだ」

 

 だが現実を突きつけるようにギースの言葉が届く。

 

「ちょっと止して下さいよ! 遊戯たちに関係は――」

 

「彼らはそう考えるのか?」

 

 たとえ自分たちに落ち度が無くても遊戯たちはそんな風には考えない。

 

 遊戯たちは「自分たちのせいで」から「牛尾君を助けてあげなきゃ」と考える。

 

 

 遊戯たちを想っての牛尾の行動が遊戯たちを窮地に追い込んでいる。

 

 その結果に思わず頭が真っ白になる牛尾。

 

 ギースは牛尾に忠告する。既に牛尾とギースはそれなりのつきあい(友人関係)だ。ゆえに忠告する。

 

「これはお前があの方に与えられたその牙を向けたときに訪れるかもしれない未来の一つだ――お前も今の『幸福』を失いたくないだろう?」

 

 ギースとて友が破滅へと向かうのを黙って見てなどいられない。

 

「抗うなとは言わない。だが最後の一線だけは絶対に越えるな――それが今の私に言える唯一のアドバイスだ」

 

 そのギースの言葉に牛尾は力なくその場にへたり込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある研究機関の一室、椅子に拘束された男にツバインシュタイン博士が声をかける。

 

「『質問』です。グールズのトップは誰ですか?」

 

 青い炎のような身体を持った悪魔が拘束された男の背後に立つ。

 

 だがその男は力なく椅子に座るだけで何も答えない。

 

「『質問』です。グールズの構成員の数は?」

 

 悪魔の赤い目が細められ、その口が歪められる。

 

 だがやはり男は何も答えない。

 

「『質問』です。貴方の名前は?」

 

 青い悪魔の両の手の指先から伸びる糸に操られた小さな継ぎ接ぎの人形が椅子に拘束された男の肩に乗る。

 

 だが男は何の反応も示さなかった。

 

 人造闇のアイテム、精霊の鍵によって構成された《地獄の傀儡魔人》は困ったようにツバインシュタイン博士の方を見る。

 

 椅子に拘束された男の瞳は何も映していない。

 

 

 その姿にツバインシュタイン博士は困ったように髭をさすった。

 

「ふむ、これでもダメでしたか……彼は『グールズ』の構成員であることに間違いはないのですか?」

 

「ええ、ギースの『現行犯で捕えた』との報告を受けているので間違いはない筈です」

 

 今現在椅子に拘束された男はギースによって捕えられたグールズの構成員の一人。

 

 警察組織に引き渡されていたが一般的な施術ではその男のマインドコントロールを解くことができず大した情報が得られなかった。

 

 ゆえにそういったことを得意とするココ(オカルト部門)にお鉢が回ってきたのである。

 

「う~む、しかし精霊の鍵による対価としても情報が得られないとは……」

 

 若干強引にゲームに参加させ、対価を徴収したのだが反応はなし。

 

 精霊の鍵での対価ではたとえ『質問』された本人が質問内容を記憶の底に忘却していたとしても、聞き出すことが可能なことは今までの研究で確定している。

 

 ゆえにグールズの末端の構成員から情報がえられない事実にツバインシュタイン博士は思考を巡らせる。

 

「原因は分かりますか?」

 

 その神崎の言葉にツバインシュタイン博士は確認するように問いかける。

 

「――グールズの構成員は強力なマインドコントロールを受けているのですよね?」

 

「ええ、千年アイテムを所持している可能性があるとの報告があります。恐らくはその力でしょう」

 

 

 すでにその千年アイテムの形状が判明したとの報告ゆえにグールズの総帥マリクが「原作」通りに千年アイテムの一つである「千年ロッド」を所持していることは確定的であった。

 

 勿論マリクの姉、イシズが千年アイテムの「千年タウク」を所持していることも確認済みである。

 

 

「――となると、あくまで仮説になりますが、恐らくその『千年アイテム』の強力な力で『自我』を完全に封じているのかと……思われます」

 

「『自我』ですか」

 

 千年ロッドの「洗脳」の力を独自の視点での解明を図るツバインシュタイン博士の言葉に興味ありげに聞きに徹する神崎。

 

 「原作」にて城之内が洗脳されていた状態を知るゆえに理解は早い。

 

 そして引き続きツバインシュタイン博士は自論を展開する。

 

「人としての『自我』が無いゆえに、人としての『記憶』もされないため――文字通り『何も知らない』状態なのかと考察します」

 

 

 つまり「末端」の人間は与えられた「命令」をこなすだけの存在であり、自身が何をしているのか理解しているかどうかも怪しい状態であるという仮説。

 

 まさに「人形」といって差し支えない状態である――そしてその「自我の拘束」は今もなお続いている。

 

「たしか『グールズ』でしたかな? その組織では末端の人間に『意思』を求めていないのでしょう。さすがに『組織』である以上管理する人間が必要でしょうから、狙うならそこかと」

 

 そう締めくくったツバインシュタイン博士に神崎は面倒なことになったと内心で頭を捻る。

 

 つまり大半のグールズは「人形」と変わらない状態であり、原作にて杏子にコンテナを落とそうとしていた構成員のような「自我」が残されているものでなければ情報を引き出すのは厳しい現状。

 

「『自我』をある程度残された構成員ですか……」

 

 考えを纏めるように言葉を呟く――その点が問題だった。

 

 

 自我が残された構成員

 

 分かりやすいのはパンドラなどを代表する「名持ち」であるが、彼らは一部を除き遊戯をあと一歩まで追い詰める程の高い実力を持っている。

 

 狙うには少々リスクが高かった――所属デュエリストがマリクに「洗脳」されようものなら面倒なことになるのは明白である。

 

 

 だが「名持ち」以外の構成員はみな同じ格好をしており、明確に区別する方法がないのも問題だった。

 

 

 各国で暴れまわっている「グールズ」の中から「自我持ち」を捕縛する方法。

 

 しばらく考えた神崎が出した結論は――

 

 

 

――バトルシティの大会で一網打尽にしよう!

 

 かなり脳筋な手段であった。

 

 だが何の考えもないわけではない。

 

 童美野町という狭い範囲でグールズを留めて置けるバトルシティでなら、問題が起きればカバーもしやすい。

 

 仮にKC所属のデュエリストが敗北したとしても他のデュエリストが敗者の洗脳がなされる前に状況次第では撤退を選ぶこともできる。

 

 さらにKC所属のデュエリストでは倒せない相手が現れたとしても大会参加者の遊戯をその場所へと誘導することも可能だ。

 

 

――理想は各個撃破。だが頭数が心配か。

 

 

「……同程度とまではいかずとも、それなりの『数』を集める必要がありますね」

 

 そう結論づけた神崎にそれは難しいのではとツバインシュタイン博士が疑問を挟む。

 

「しかし『グールズ』はかなり巨大な組織なのでしょう? いくらKCが抱えるデュエリストの数が他より多いとはいえ、『グールズ』の末端を含めた構成員をどうこうできる数は厳しいのでは?」

 

 ツバインシュタイン博士の言うとおり「グールズ」の構成員の数はかなりのものである。

 

 千年ロッドの洗脳の力により手当たり次第に数を増やすことができるのだから。

 

「ええ、そうですね。『KC』だけではさすがに無理があるでしょう――『KC』だけなら」

 

「と言うと?」

 

 手段はあると言いたげな神崎にツバインシュタイン博士は質問を返す。

 

 研究室に篭り切りなツバインシュタイン博士は詳しく知らない話だが「グールズ」は「世界的」に暴れまわる「犯罪組織」である。

 

 被害に遭った人間の数は限りない。つまり――

 

 

「彼らは『敵』を作りすぎた。ただそれだけの話ですよ」

 

 そう話す神崎の姿にツバインシュタイン博士は薄ら寒いものを感じた。

 

 

 





良い(デュエリスト)のみんな~?

バトルシティ編では
ハンティングゲームがはっじまっるよー☆




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第48話 出会いと再会はいつだって唐突

前回のあらすじ
シャドウ・グール「くそぉ、一足遅かったのか。遊戯め、まんまと盗みおって」

レベッカ「違うわ! ダーリンはなにも盗らなかった! 私のデュエリストの誇りのために戦ってくれたのよ!」

シャドウ・グール「いえ、奴はとんでもないものを盗んでいきました」

レベッカ「?」

シャドウ・グール「あなたの心です」( ・´ー・`)ドヤァ……






 KCの訓練室で力尽き倒れるデュエリスト2名――竜崎と羽蛾。

 

 そんな2人に牛尾が檄を飛ばす。

 

「おらっ! いつまで寝てんだ! さっさと起きねぇか!」

 

「ヒョエ~思ってたのと違う……」

 

「ワイも同意見や……」

 

 項垂れる羽蛾と竜崎。そんな2人に牛尾はしょうがないことだと言い聞かせる。

 

「お前ら2人の試験の結果が散々だったからだろうが……恨むんならテメェの実力を恨みな」

 

――試験

 

 それは神崎がデュエリストを雇った際にどの程度の実力があるのかを計る目的で行われる。

 

 そしてその実力が不足と判断されれば今の2人のようにテコ入れが入る。

 

 

 だが牛尾はこの試験での合格基準が厳しすぎるのではないかと常々思う。今まで突破者が誰一人としていないのだから。

 

「へばってちゃ、いつまでたっても終わらねぇぜ! あとちょっとなんだからよ――踏ん張りな!」

 

 そんな牛尾の言葉にこれまで幾度となく逃げ出したいとの思いがあった2人だが、今の今まで何とか留まっている。

 

 

 それは訓練前に渡された自身のデッキにピッタリと合うレアカードと「期待している」との言葉だった。

 

 レアカードを受け取ってしまったゆえに辞めづらく、辞めてしまえばこのレアカードを返却しなければならない可能性と、「期待されている」事実が逃げ出そうとする足を止める。

 

 

 だがツライものはツライ。

 

 ゆえに休憩時間を稼ぐために他愛のない話で時間稼ぎを始める2人。

 

「そう言えば、言ってはった企業間での契約デュエルの話なんですけど、負けたらどんくらいの損失になるんでっか? 負けてもペナルティないんは聞きましたけど、そ、その、気になるんで……」

 

 息も絶え絶えに放たれた竜崎の言葉に、牛尾は顎を押さえつつ考える。

 

「そうだな~そいつは契約内容にもよるんだろうから……これといった金額は明言できねぇな。まあかなりの金額になるんじゃねぇか?」

 

「かなりっていうとどのくらいなんだ――じゃなくて、ですか?」

 

 一応敬語を使い尋ねる羽蛾。

 

 そんな羽蛾に対し牛尾は意地の悪い顔で答える。

 

「さぁな、ひょっとするとこの会社を揺るがしかねねぇかもな!」

 

「ちょっとまってくださいよ! ワイらにそんなデカい勝負させる気でっか! 無茶言わんといて下さい!」

 

「ちょっと待て! 俺も一緒にするな!」

 

「なら羽蛾、お前はそんなデカい勝負受けれんのか?」

 

「い、いや~それは、その~」

 

 怖気づく竜崎に、口ごもる羽蛾。

 

 そんな2人を安心させるように牛尾は笑いながら言う。

 

「ハッハッハッ! そこらへんは安心しな! お前ら2人が3人制のデュエルで最後を務めることはねぇよ」

 

「やっぱですか! そういうんはベテランのギースハンとか先輩の牛尾ハンの担当になるんですね? 牛尾ハンは最後のデュエルどうでした? プレッシャーとかしんどそうですけど」

 

 その言葉に安心したと一息つく竜崎。そして恐らく最後、トリを務めるのは牛尾たちベテラン勢だと様子を聞いてみるが。

 

「あ~、最近は2人目まででケリが付いてるのもあるが、基本的に俺たちが最後を戦うことはねぇからよ」

 

「――『たち』ってことは神崎ハンの右腕っぽいギースハンもでっか?」

 

 竜崎は牛尾の言った「俺」ではなく「俺たち」という言葉からかなり勤続年数が長いであろうギースですらトリを務めたことはないのかと疑問をぶつける。

 

「ああ、そうなるな。そういうのはうちの秘密兵器のヤツが引き受けるからな」

 

「秘密兵器? ソイツって――」

 

 さらに問いただそうとする竜崎の言葉は続けられなかった。

 

「何をしている、牛尾。 新人たちの訓練は終わったのか? 終わったのならこんなところではなくキチンと休める場所に――」

 

 いつの間にか近くにいたギースが会話を横切り牛尾に状況を問いかける。

 

「おっといけねえ。じゃあそろそろ再開すんぞ。休憩は充分だろ」

 

 さらりと竜崎と羽蛾の目的を察していたことを牛尾は明かしつつ。訓練に戻ろうとするが。

 

「ちょっと待ってくださいよ! せめてその人のこと聞かせてもらってもエエですか!」

 

 竜崎のデュエリストとしての本能がまだ見ぬ強者への興味を駆り立てる。

 

「何の話だ? 牛尾」

 

 今来たばかりのギースには話が見えない。

 

 だが牛尾は慌ただしく2人を急かす。

 

「い、いえ、なんでもねぇんです。おら! 訓練にもどるぞ!」

 

「ヒョッ! 俺も腕利きのデュエリストの話は同じデュエリストとして気になるぜ~」

 

 もう少し休みたい羽蛾も興味があることを盾に追従するが。

 

「腕利き? まさかヤツのことか!!」

 

 語気を荒げたギースと額に手を当てて天を仰ぐ牛尾の姿から、羽蛾はギースの地雷を踏んだことを悟った。

 

「あんなヤツなどあの方には不要だ! 勝手気ままに振る舞いおって!!」

 

「ヒョッ!?」

 

「だいたいヤツは――」

 

 そこからまくし立てるように溢れ出る鬱憤。

 

 普段からKCにおらず気ままに行動しているように見える点や、神崎と直接顔を合わせようとしない態度などなど、様々な怒りが怒涛の勢いで愚痴となって羽蛾に直撃する。

 

「ヒョエェ~!」

 

 ヒートアップするギースに付いて行けない羽蛾。

 

「――ヤツをお払い箱にするためにも我々デュエリストは早急にヤツを超えねばならん! 解ったらさっさと訓練にもどれ!」

 

「ヒョ、ヒョ! 了解しましたぁ!」

 

「ガッテン了解ですわ!」

 

 そんな羽蛾と竜崎に檄を飛ばし、憤慨しながら立ち去るギース。

 

 その後姿を見ながら竜崎は思わず尋ねる。

 

「なんであんな怒ってはるんやろ?」

 

「ギースの旦那はヤツのことあんま快く思ってねぇからなぁ、あの神崎さんが『扱いにくい』って言いきるぐらいだし、いろいろあんだろ……ほら! さっさと訓練に戻るぞ」

 

 その牛尾の返答を最後に竜崎と羽蛾の訓練は再開され、2人のデュエリストは今日も今日とて限界に挑戦する。

 

 健全なデュエルは、健全な肉体と精神からだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海馬は神崎の会って欲しい人間がいるとのことから時間の都合をつけ、社長室に神崎共々呼び出したのだが、来たのは神崎一人。会わせたいであろう人間は見当たらない。

 

「会わせたい奴とやらをさっさと呼べ。俺は忙しい、手短に済ませろ」

 

 相も変わらず神崎を毛嫌いする海馬。

 

 神崎も引っ張ることでもないため入室を促す。

 

「では早速、入ってもらってかまいませんよ」

 

 そして社長室に入出するモクバよりも若干年上の少年。

 

 その姿を見てモクバは一瞬言葉を失う。

 

「昔の兄サマにそっくりだ……」

 

「こんにちは海馬瀬人。僕は海馬乃亜、名前くらいは聞いたことがあるだろう?」

 

「海馬だと――まさか貴様は!」

 

 海馬の名字で海馬瀬人は思い至る――KCには元々正当な後継者がいたことに。

 

 だがそれは遥か過去の話であり、外見年齢が一致しない。

 

 そしてその後継者は若くして亡くなっていると聞かされ、その穴埋めとして剛三郎が海馬瀬人を後継者として引き取ったとBIG5からは聞かされている。

 

 そう思い至った海馬の姿を見て内心ほくそ笑む乃亜。

 

「久しぶりだね、瀬人――と言っても僕が一方的に知っているだけだけどね」

 

「貴様は既に死んでいる筈だ……神崎! これもお前の仕業か!」

 

 ジロリと神崎に視線を向ける海馬。

 

 そんな海馬に内心冷汗を流しつつも神崎は用意していたバックストーリーを答える。

 

「はい。実は――」

 

「それ以上は聞く気はない。貴様の仕業だと分かればそれでいい。用件はコイツの紹介だけか?」

 

 だが海馬はその話を最後まで、というよりも一切聞くことなく、神崎をさっさと追い出しにかかるが――

 

「初めましてモクバ。僕は海馬乃亜、血の繋がりはなくとも君の兄だよ。乃亜兄様とでも呼んでくれ」

 

「おう、よろしくな!」

 

 いつもの姿からは想像できない程に優しい声色でモクバに話しかける乃亜。

 

 さっそく兄弟の絆を育んでいた。

 

 モクバは昔の兄の面影が残っていることと海馬に比べて肉体年齢が近いことも相まって警戒心は低い。

 

「ッ! モクバから離れろ!」

 

 過保護な海馬はモクバから乃亜を苛立ちながら引き離そうと動く――神崎が連れてきたことも相まって海馬の警戒心は高い。

 

 だが乃亜はすまなそうな顔をしてモクバの肩に手を置き海馬を見やる。

 

「ああ、すまないね、瀬人。君を仲間外れにするつもりはなかったんだ。もちろん君も僕の大事な弟――乃亜兄さんと慕ってくれて構わないよ」

 

 生きた年月を考えれば乃亜は確か海馬三兄弟の中では長兄であった。だが――

 

「ふぅん、笑わせる。そんなナリで俺の兄を語るとは片腹痛いわ!」

 

 乃亜の体格はモクバよりも少し上の程度――長身である海馬瀬人と比べると……お察しの通りである。

 

 乃亜を嘲笑う海馬。だが乃亜は内心でイラッとしつつも表面上の余裕は崩れない。

 

「フム、君の言うことにも一理あるね。世間的に考えれば僕が次男としてあるべきか……なら不甲斐ない兄を僕がサポートしてあげるよ――瀬人() () ()

 

 身体年齢的に正しい三兄弟の在り方に見えなくもない。

 

 そして微塵も敬いが感じられない。

 

「貴様ァ!」

 

 乃亜の挑発に怒りのボルテージが一気に上がる海馬。

 

「怖いなぁ。助けてくれモクバ。瀬人兄さんが僕を苛めるんだ」

 

 モクバの後ろに隠れるように立ち、海馬をさらに挑発する乃亜。

 

 内心で「YA☆ME☆RO」と願う神崎。

 

 

「兄サマも乃亜も喧嘩しちゃだめだぜ! 兄弟は仲良くしなくちゃ!」

 

 そして頼られて満更でもないモクバ。

 

「グッ……」

 

 ならばと海馬はモクバの手を取り乃亜から物理的に距離を取らせるが――

 

「おや? 嫉妬かい? 見苦しいよ、瀬人() () ()

 

 乃亜の軽口めいた挑発が続き海馬の怒りは炎のように猛り、遂には爆発するかに思えたが――

 

 モクバが乃亜へ告げた言葉に遮られる。

 

「お前のことは『乃亜』って呼ばせてもらうぜぃ! 俺にとっての兄サマは兄サマだけだから……」

 

 鼻をかき照れながら付け足されたモクバの言葉と共に海馬の苛立ちは鎮火された――チョロ……兄弟の絆は偉大である。とても偉大である!

 

「そうかい? ならそれで構わないよ。しかし瀬人――君も愛されてるねぇ。ククッ」

 

 乃亜はそんな兄弟のやり取りをどこか羨ましそうにしつつ、その感情を軽口で隠す。

 

「チッ! 用が済んだのならさっさと出ていくがいい!」

 

「了解しました。では乃亜行きますよ」

 

 さすがにこれ以上海馬の機嫌を損ねるわけにはいかないと早々に退出しようとした神崎だが――

 

「またねモクバ。それと今後ともよろしく――瀬人 () () ()

 

 乃亜の最後の言葉に海馬の視線がさらに鋭くなった。

 

 神崎の胃は今日も痛む気がする――そういった痛みからは冥界の王の力を得た時に解放された筈なのだが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あくる日のKCのオカルト課の窓口で客人が何やら騒いでいた。

 

 その受付で騒ぐのは2人――というより騒ぐ1人と抑えようとする1人。

 

「だ・か・ら! 海馬瀬人に繋いで欲しいって言ってるの!」

 

 その騒ぐ1人の金髪のツインテールの少女――レベッカ・ホプキンス。

 

 その勢いに鼻眼鏡をかけた受付の女性はタジタジになりながらもその勢いを抑えようと奮闘していた。

 

「で、ですから、ぶ、部署が違いますし、それにアポイントもなしに、その、社長に……お繋ぎすることは――」

 

「そこを何とか、お願い!」

 

 なおも頼み込むレベッカを抑えようとしていた1人――武藤遊戯が懸命に動く。

 

「ちょっとレベッカ落ち着いて、海馬君だって忙しいだろうから、僕の友達がすみません――えっと北森さんでしたよね?」

 

 レベッカを抑えながら、その友人の無礼を謝りつつ、最初に自己紹介があった受付の人間の名前を確認する遊戯――大変そうであった。

 

 そんな遊戯を眼鏡の位置を直しつつ、心の中で応援する受付の女性、北森 玲子(れいこ)

 

「い、いえ自分が望んだ仕事ですので……」

 

 そう遊戯に小さく返す。

 

 だがそんな遊戯の防波堤もあっけなく崩れさる。

 

「ダーリンもお願いするの手伝って! これは私にとって大事なことなの! なら神崎って人でもいいから! たしかダーリンと面識あるんでしょ!」

 

 レベッカがここまで《青眼の白龍》に拘るのには理由があった。

 

 レベッカの祖父アーサーが所持していたものが双六にわたり、最終的に海馬に渡っている。

 

 そしてそのことを知ったレベッカが日を改めてKCに愛する人となった遊戯を引き連れ突撃した経緯があった。

 

 だがアポイントなしに社長である海馬に会える訳もなく、受付で突っぱねられた。

 

 だが遊戯からKC内で発言力を持つ神崎の存在を知り、どうにかして海馬との会合の都合をつけようとオカルト課に突撃し、奮起しているのだ。

 

 

 このままでは収拾がつかないと思い始めていた受付の北森と遊戯の前に場の空気を変える人物が現れた。

 

「なんやエライ騒がしいな~って遊戯やんけ。どうかしたんか?」

 

 KC所属となったダイナソー竜崎である。

 

「君は確かダイナソー竜崎君! でもなんで竜崎君がKCに?」

 

 ペガサス主催の大会――決闘者の王国(デュエリストキングダム)以来だと考えるも、何故ここにいるのかと疑問を投げかける遊戯。

 

「ん? ああそのことやったら、あの大会が終わってから『専属デュエリストに』って話が来たんや。それでワイはその話を受けて羽蛾の奴と一緒にここにおらせてもらってるんやで」

 

「羽蛾君も一緒に? ならその羽蛾君は?」

 

 新たに聞かされた知った名前を聞いた遊戯はさらに尋ねる――レベッカは蚊帳の外だ。

 

「羽蛾のヤツならまだデュエルロボとデュエルしとる筈やで、会ってみるか? そのデュエルロボがこれまたメッチャ強ぉてな~」

 

「竜崎君がそこまで言うほど強いの?」

 

 1人のデュエリストとして強者に敏感に反応する遊戯。

 

 そんな遊戯に竜崎は悪い顔をしながらある提案を出す。

 

「そりゃも~強いのなんのって……せっかくやからデュエルしていくか?」

 

――もちろん!

 

 そう答えようとした遊戯に雷が落ちた。

 

「ちょっとダーリン! 私の目的忘れないでよ!」

 

「あっ! ゴメンねレベッカ……久しぶりの再会だったから。それで僕たちがここに来たのは――」

 

 大まかなことの経緯と目的を竜崎に話した遊戯。

 

 竜崎は全ての話を聞き終え最初にしたことは――

 

「ほ~なるほど、そういう事情やったんか。しっかし『ダーリン』とはお前も隅に置けんやっちゃな! このっ! このっ!」

 

 1人のデュエリストのめでたい話を祝い、遊戯の脇腹を肘で軽くつつく。

 

「いやレベッカとはそういう訳じゃ……」

 

 苦笑いしながら弱々しく否定を入れる遊戯。

 

「それで海馬のヤツ――じゃなくて海馬社長に会いたいんやったら力になれるかも知れんで、まぁとりあえず場所変えよか」

 

 竜崎は遊戯の彼女の力になってやろうと動く前にとりあえず場所を変える――さすがにそろそろ周囲の視線が痛かった。

 

 

 ちなみにレベッカは遊戯の彼女ではなく、レベッカの一方的な片思いである。

 

 

 

 

 別室へと案内した竜崎はとりあえず2人にお茶と菓子を出しレベッカに尋ねる。

 

「手ぇ打つ前に聞いときたいんやけど海馬社長にあって嬢ちゃんはどうするんや?」

 

「なんでそんなこと聞くの?」

 

 竜崎の質問に場合によっては会わせない気配を感じ取ったゆえに質問に質問を返すレベッカだったが竜崎の意図はそこにはない。

 

「そりゃブルーアイズを社長から『デュエルで奪い返す!』って話なんか、社長から『買い取る』って話かで対応が変わるやろ? それでや」

 

 そう言いながらあの社長いくら出そうとも首を縦には振らないだろうと思う竜崎。

 

 遊戯もまたレベッカの真意は聞かされておらず「まずは会う」が目的となっていたため気になるところではある。

 

「そ、それは……」

 

 言いよどむレベッカ。そんなレベッカに竜崎は厳しい言葉を投げかける。

 

「人様に言えんような理由やったらワイは何もしてあげられへんで?」

 

 海馬瀬人は竜崎の所属する企業のトップゆえに対応は自然と厳しくなる。

 

「そ、それは……」

 

「「それは?」」

 

「お爺ちゃんの《青眼の白龍》をもつのがどんな人間かこの目で見極めるためよ!」

 

 思っていたより大した理由ではなかった――いや、デュエリストとしては大した理由なのだろう。

 

「あ、もしもし牛尾ハン? ちょっとお頼みしたいことがあるんでっけど――」

 

 警戒して損したと言わんばかりに牛尾に電話をかける竜崎。

 

 そんな竜崎の分かりやすいまでの呆れている態度がシャクにさわったのか思わず立ち上がるレベッカとそれを止める遊戯。

 

「ハイ、ハイ。出来たらでエエんで……ほな、お願いします――よっしゃ!」

 

「どうだった竜崎君?」

 

 通話を終えた竜崎におずおずと尋ねる遊戯。そんな遊戯に竜崎は親指を立て言い放つ。

 

「とりあえずワイの先輩の牛尾ハンに話は通してみたで!」

 

「で、それで結局どうなるの?」

 

 大口を叩いておいて先輩に連絡しただけの竜崎をジト目で見つめるレベッカ。

 

 レベッカの望んだ海馬とも神崎とも今の所連絡は繋がってはいない。

 

「そう慌ててもエエことないで? これでワシの先輩の牛尾ハンに話が届いて

さらに牛尾ハンから、その上司のギースハンに話が届いて

そのギースハンから、上司の神崎ハンに話が届いたら

その神崎ハンから、社長に話が届くっちゅうわけや!」

 

 まるで日本の昔話の一つのような伝言ゲームに思わずレベッカはぼやく。

 

「……回りくどいわね」

 

「そう言われてもワイはまだまだ下っ端やからトップの社長に直接話繋ぐのなんて無理やで……そういうんは出来る人に頼まな」

 

「でもわざわざ僕たちのためにありがとう竜崎君。ほらレベッカもお礼言わなきゃ」

 

「ええ、感謝するわ! ありがとう!」

 

 2人の礼を受けつつ、「仲がエエなぁ~」と竜崎は思いつつ3人で談笑を続ける。

 

 2人の出会いはどうだったのかと尋ねた竜崎にレベッカがそれは運命的なものだったと返す。

 

 そんな乙女チックな会話を羨ましそうに聞いていた竜崎だったが、その楽しい時間も電話が鳴るとともに終わりを告げ、通話に応じる竜崎と結果を待つ2人。

 

「ハイ、そうでっか……いえ、こっちも急な話でスンマセン……ハイ、ほな」

 

 そう言って電話を竜崎に2人の期待に満ちた視線が突き刺さる。

 

「どうだったのっ!」

 

「いや、それが今社長はなんか誰かに呼び出されて忙しいさかいに会うんは無理やそうや……」

 

「なら神崎って人は!」

 

 海馬が無理ならばと一縷の望みをかけてレベッカはもう1人の人物に望みをかけるも――

 

「神崎ハンの方でもなんか忙しいそうやから、こっちも無理や、でも――」

 

「「でも?」」

 

「――神崎ハンが言うにはやけど、近々ここ童実野町で大会が開かれるらしくてな? その大会に参加すりゃ社長に会いつつ、ひょっとしたらブルーアイズを取り返せるかもっちゅう話らしいで?」

 

 伝言ゲームのように伝えられた話をレベッカに伝える竜崎だが話している本人にもよく分かってはいない。

 

「なにその怪しさ満点の話……」

 

 レベッカも同意見のようだ。

 

 親友の恩人の話ゆえに遊戯も怪しさを感じつつ援護に回る。

 

「で、でもこんな嘘をつく人じゃないし、少しだけ待ってみたらどうかなレベッカ? 僕の方にも何か情報が入ったら連絡するからさ!」

 

 そして「連絡をする」という遊戯の発言に12歳にして大学生である明晰な頭脳を持ったレベッカは喰いついた。

 

「ならダーリンの連絡先も教えて! はい! これが私の連絡先!」

 

 恋する乙女は強い――ただでは転ばない。

 

 この後茶菓子を堪能しつつKCを後にするレベッカを見て竜崎はそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 KCに呼び出されたアヌビスは神崎の前で苛立ちを隠さずに睨みをきかせる。

 

 そんなアヌビスを溜息を吐きつつ見やった神崎はおっくうそうに口を開く。

 

「アヌビス、何故呼び出されたか分かりますか?」

 

「いや」

 

 即答である。

 

 それに対しこれは厄介だと内心で頭を押さえながら神崎は確認作業に入る。

 

「…………ギースや北森さんが主導して計画した歓迎会をことごとくボイコットしているとの報告を受けましたが――本当ですか?」

 

「ふん、貴様が言った『現世を謳歌』など我には興味はない」

 

 アヌビスの言うとおり神崎が最初に命じた『現世の謳歌』は何一つ実行されてはいなかった。

 

 「遊べ」と言われて此処まで拒否するものも珍しい。

 

 

 だがそれは社畜的な忠誠によるものなどではなく、アヌビスの復讐心が燃え滾るゆえのものであった。

 

 アヌビスは自身が任務などでそれ相応の結果を出し、自身の要望を速やかに通したいのだ。

 

 早い話が「さっさと復讐させろ」と言うことである。

 

 

「私が何故『現世を謳歌』と命じたか分かっていないようですね……」

 

「今の我に遊びに興じている暇などない! さっさと任務でもなんでも命じるがいい!」

 

 溜息混じりに向けられる神崎の言葉にアヌビスは激昂するかのように任務を願う。

 

 

 だが今のアヌビスに仕事(任務)は回せない。

 

 

「本当に分かっていないようですね――今の貴方では使い物にならないと言っているんですよ」

 

「なにっ!」

 

ココ(オカルト課)に破壊を振り撒く戦闘マシーンは必要ありません。必要なのは『戦士』です」

 

 そもそもアヌビスが雇われた理由は「名もなきファラオの因縁を知る協力者」が必要だったためである。

 

 アヌビスの「力」自体を欲したわけではない。

 

 

 デュエルの腕前なら所属するデュエリストで十分事足り、

 

 オカルト系統の力ならギースの精霊の力を借りるサイコパワーや人造闇のアイテム「精霊の鍵」で事足り、

 

 純粋な破壊の力なら神崎が冥界の王の力を振るえば済む話である。

 

 

 神崎はアヌビスに「そんなもの」は求めていない。

 

「何を言う! 貴様に与えられたカードもデッキに組み込ませ、現代の情勢も問題なく把握したではないか!!」

 

「デッキを万全にしておくのは『当たり前』です。それに現代の情勢も『知識』だけでしょう?」

 

 アヌビスの言い分を一切評価しない神崎。

 

 

 だがそれも無理からぬこと、アヌビスは致命的なまでに「求められている」ことを理解していなかった。

 

「貴様、言わせておけば……」

 

 しかし、そうとは知らないアヌビスに剣呑とした雰囲気が溢れる。

 

 それに対し妥協案を提示する神崎。

 

「でしたら納得できない貴方のために後日『テスト』を行いましょう。このテストを何一つ問題なくクリアできるのなら私もこれ以上『現世を謳歌』などとは言いませんよ」

 

「いいだろう! そのくだらぬテストなど早々に終わらせてくれるわっ!」

 

 売り言葉に買い言葉のように了承したアヌビスは怒りながら部屋を後にする。

 

 

 

 アヌビスは知らない。神崎はただ「オカルト関連で説明が面倒な範囲の仕事」を任せたいだけなのだと。

 

 そう、求められているのは「様々な仕事を任せられる器用さ」だった。

 

 




竜崎と羽蛾の改造――最終段階
結果にコミットされる
なお。これでもトレーニングは易しい部類だそうです


~入りきらなかった人物紹介~

北森(きたもり) 玲子(れいこ)

原作では――
「遊戯王R」にて登場したカードプロフェッサーの一人。
デュエルモンスターズを始めて1ヶ月程度にも関わらず、
バトルシティを戦い抜いた城之内相手に実質勝利する実力を持つ。

彼女に対して放たれた城之内の発言は「戦術批判」に取られかねないこともあり
遊戯王ファンの間で色々と物議をかもした。

自分以外のデュエリストを怖がっているが、城之内とのデュエルにて緩和された模様。


今作では――
その実力を「原作」より知っていた神崎にスカウトされた。
そして「守りを固める戦術」の楽しさを教えられる。

デュエルマッスルに対しても「デュエリストって大変なんですね」などと思いながら
生来のマジメな性格も相まって精進し続けた結果、
リンゴ程度容易く握りつぶして木端微塵にできるようになった。

他者を怖がる自身を変えたいと受付を希望。

KCのオカルト課のデュエル戦士の中での実力は上から数えた方が早い。


~用語紹介~
カード・プロフェッサーとは
デュエルの大会などの懸賞金を狙うデュエリスト達の総称。
傭兵的な存在でもあり、いわゆる雇われデュエリストのような側面も持っている。

原作のキース・ハワードも所属していた

だが今作のキース・ハワードはチャンプで忙しいため「元」所属となっている。



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第49話 サ店に行くぜ!

前回のあらすじ
海馬三兄弟、ジャージャン!

肉食系女子レベッカ!――遊戯に迫る影






 金の髪に褐色肌の巨漢が小さな地図を両手で持って睨みつけるかのように凝視している。

 

 その男の正体は闇のゲームに敗北し神崎と協力体制と言う名の部下になったアヌビスであった。

 

 そのアヌビスは「現世を謳歌」など必要ないと示す「テスト」の一つ「目標地点に向かう」筈だったのだが、まだ地理には疎いゆえに辿り着けていない。

 

 制限時間もあるため、あまり時間を掛けていられないのだが。

 

「ぬぬぬぅ……」

 

 一応アヌビスには緊急用にと渡された通信機があるのだがそれを使うのは「目的地にまでたどり着くことすらできないのか」等と思われるのは癪にさわるゆえにアヌビスの選択肢にはない。

 

 当然「テスト」も不合格になるであろうこともその選択に拍車をかける。

 

――クッ! 高所から見ればすぐなのだが……

 

 その超人的な身体能力を持って近くの街灯に飛び乗り周囲を確認する手段もあったが――

 

 「テスト」の条件に「悪目立ちしてはならない」などの様々なことを言いつけられているのでその手は使えない。警察沙汰になるなどもっての他である。

 

 鬼気迫る表情で小さなメモを見て立ちすくむ巨漢が既に目立っているとは言ってはいけない。

 

 周囲の「あの人、どうしたんだろう?」な視線にアヌビスは気付かない。

 

 シッ! 見ちゃいけません!

 

「クッ! やむをえん!」

 

 背に腹は代えられないと空を見上げ足に力を込めるアヌビス――おい、バカ、止めろ。

 

 だがそんなアヌビスに救いの手が現れる。

 

「そこのお前! そんな風に道の真ん中に突っ立ってたら通行の邪魔だぜいっ!」

 

 強く咎めるような子供の声。その声にアヌビスは振り向くがそこには誰もいない。

 

「おい、無視すんな!」

 

 声は下から聞こえる。アヌビスが見下ろすと――

 

――ボサボサの黒髪を腰の辺りまで伸ばした少年がプンスカ怒っていた。

 

 どうみてもモクバです。

 

 そんなモクバにアヌビスはぶっきらぼうに対応する。

 

「なんだ小僧」

 

「だ・か・ら! 他のヤツの迷惑になるだろっていってるんだぜい!」

 

 周囲の人間が思わずモクバに言葉無き声援を送る。見るからに腕っぷしの強そうな巨漢のアヌビスに注意し難かったのだろう。

 

 そして当然そんな巨漢が道の真ん中に突っ立っていればかなり邪魔である。

 

「ああ、スマン」

 

 モクバの言い分を聞き、直ぐに道の脇によるアヌビス――今は子供に構っている暇などなかった。制限時間は刻一刻と迫っている。

 

「なあ!」

 

「今度は何だ。今、我は忙しい」

 

 再び声をかけるモクバにうっとおしいと感じるアヌビスだが――

 

「お前の持ってるのって地図だよな? ひょっとして道に迷ってるのか?」

 

 続くモクバの言葉に固まった。

 

 

 「迷子」――それは今のアヌビスには受け入れがたい事実。

 

 読みにくい地図に格闘する姿が哀愁を誘う。

 

 

 ちなみにアヌビスの持つ地図が読みにくいのは仕様である。

 

 一応ヒントは散りばめられているのだが今のアヌビスは気付いていない。

 

 その読みにくい地図に対してどう対応するかが今回の最初の「テスト」だった。

 

 

「迷っている訳ではない! 道を確認していただけだ!」

 

 そんな強がりと共にモクバの横を通りすぎ立ち去ろうとするアヌビス。

 

「でもそれって海馬ランドまでの道だろ? ならそっちじゃなくてこっちだぜ?」

 

 そう言ってアヌビスが進んだ先とは別の道を指さすモクバ。

 

 アヌビスはまるっきり別方向に歩いてしまっていた――これは恥ずかしい!

 

 

 冷たい沈黙が流れる。互いになんだか気まずかった。

 

 だがモクバはアヌビスのKCのバッジに目が付く。モクバの記憶によればそれは――

 

「ん? それって確か神崎のとこの――ああ! お前が噂になってた新人だな!」

 

 オカルト課のものであった。

 

 そしてモクバは磯野が社員寮に新たな入居者が来ていたと話していたことを思い出す。

 

「なら俺の部下でもあるな! 案内してやるぜい! 貸してみな!」

 

 得意げに地図を手に取るモクバ。

 

「おい! 貴様! 何を言って――」

 

「これは…………裏側のゲートの方だな! ならこっちだぜ!」

 

 記された待ち時間からあまり余裕はないとモクバはアヌビスの手を取り駆けだすがアヌビスはビクとも動かない。

 

 これがパワーの差だよ!!

 

「何やってるんだ? 待ち合わせの時間に遅れちまうぜ!」

 

「あ、ああ」

 

 そんなモクバの急かすような物言いと共にアヌビスはモクバに手を引かれつつ海馬ランドに向かった。

 

 いつのまにやら周囲のアヌビスへの視線は生暖かい。

 

 

 

 

 

 

 そして所定の場所に辿り着くとそこには――

 

 茶髪で肩に某戦闘服のような肩パッドをつけたワイルドな風貌の青年と、

 

 幼少のころの海馬の面影を残す少年――乃亜。

 

「よう、遅かったじゃないか。ん? なんでモクバ……様がここにいるんだ?」

 

 何とかモクバに敬称を付けつつ問いかける青年。

 

「この小僧を知っているのか」

 

 だがアヌビスからすれば己の手を引いて此処まで案内したのが誰かすら分かってはいない。知らない人にホイホイ付いていくのは如何なものか……

 

 そんなアヌビスに乃亜は溜息を吐きつつ返す。

 

「ヤレヤレ、君の勤め先のナンバー2の顔くらい覚えておきなよ」

 

「そう言えば自己紹介がまだだったぜぃ――俺はKCの副社長! 海馬モクバだ! 覚えとくんだぜ!」

 

 新人たるアヌビスに知らぬ顔が多いだろうと自己紹介の口火を切り手を差し出すモクバ。

 

 だがアヌビスはその「役職」に驚き目を見開いた。

 

「副社長? つまりこの小僧がヤツの上司……だと……」

 

 アヌビスから見たモクバには「優しさ」「無害さ」「無防備さ」などが目立ち、アヌビスにとっておどろおどろしく感じる神崎とは関連性が見いだせない。

 

 ひょっとするとそれは全て演技で腹の中は真っ黒なのではと考えるアヌビスだが――

 

「おう! その通りだぜ!!」

 

 アヌビスと握手しながら無邪気に宣言するモクバの姿から「傀儡」であろうと判断するアヌビス。

 

 実際は素直すぎる点があれど副社長として活動しているのだが……

 

「君が神崎の言っていた男か……僕は海馬乃亜。よろしく」

 

 呆れ顔で名乗る乃亜――モクバを知らなかった件はそっとして置いて上げて下さい。

 

「なら俺も、俺は『ヴァロン』――俺もアンタと同じでボスの所で世話になってる。よろしくな! ああ、後『テスト』は不合格らしいぜ? だからこのまま俺らと行動しろ、だとよ」

 

 最後にニッと笑い手を出すヴァロンを見て、佇まいから中々の手合いだと握手を返すアヌビス。

 

「……我はアヌビスだ」

 

 そしてアヌビスはヴァロンに握手を返しつつ『テスト』の結果を受け入れざるを得ない。『テスト』を考案した側もまさか序盤でこけるとは思っていなかったが。

 

「ああ! よろしく! それでなんでモクバ様がココにいんだ?」

 

 自己紹介を終えたことで後回しにしていた疑問を再度ぶつけるヴァロン。

 

「道に迷ってたアヌビスを連れてきてやったんだぜい!」

 

「早い話が迷子だったわけか……随分とマヌケな話だ」

 

 モクバによって力強く宣言された情けない理由にアヌビスを嘲笑う乃亜。アヌビスは屈辱を感じつつも事実なだけに言い返せない。

 

「まぁ細かいことはいいじゃねぇか! ならモクバ様、今時間大丈夫か? 礼も兼ねて何かおごってやるよ!」

 

「いいのか! ――あっ! でも俺、用事があるから……」

 

 若干不穏になった空気を変えるように言ったヴァロンの提案だったがモクバは何やら訳ありの模様。

 

「用事? 君が瀬人の傍から離れる程のことかい?」

 

 兄としてすぐさまモクバを心配する乃亜――素早い変わり身である。

 

「いや、KCとは関係ないんだけど……兄サマがその、遊戯のヤツに負けちゃっただろ?」

 

「ああ、確かペガサス会長が開いた大会だよな? スゲェデュエルだったな。俺も参加したかったんだけどな~!」

 

 海馬のデュエルの結果から大会のことを連想し、思わず一人ごちるヴァロン――デュエリストとして、ぜひとも参加したかったのだろう。

 

「貴様程のデュエリストですら参加できぬほど強豪揃いな大会だったのか?」

 

 ヴァロンの実力を肌で感じ取っていたアヌビスは大会のレベルの高さに驚くが――

 

「いや、俺、っていうより『俺たち』の参加はボスにストップ掛けられちまってよ。あの手この手で頼んだけど、断られちまってな! まぁボスにはボスの思惑があるんだろうけど……」

 

 KCからペガサス島での大会に出場したものは海馬瀬人以外に一人たりとていなかった。

 

 何故か? それは神崎が大会が荒れるのを嫌ったゆえである。

 

 大会運営に関わっているKCのデュエリストが他の参加者を押しのけるような状態は好ましいものではなかった――当然建前である。

 

「そういや最近、骨のあるデュエルしてないな」

 

 チラリと乃亜を見るヴァロン――強者であるとヴァロンのデュエリストの本能が察知してのアプローチだが……

 

「生憎だけど僕のデッキはまだ調整中――相手はして上げられないよ」

 

 乃亜はいつものように断る。実際に調整中なことも理由に挙げられるが、ヴァロンのデュエルを知っている乃亜からすれば若干暑苦しい――つまり苦手だった。

 

 

 だがヴァロンは仲間内でのデュエル以外の新しい刺激を欲していた。

 

 そして乃亜には今現在まで断られ続けている。となればとアヌビスの方を見るが――

 

「そんなに飢えているならヤツに相談したらどうだ?」

 

 アヌビスは神崎なら手頃な対戦相手を用意するくらい容易だろうと提案する。

 

「いや、もう相談はしたんだけどよ――ボスが言うには近々デカい祭りがあるからそれまで我慢しろって言われちまってな」

 

 しかし今現在神崎はバトルシティとグールズの問題で忙しかった。

 

 不用意に手の内を明かすのもはばかられるゆえの対応だったが、ヴァロンがデュエルに飢えているのは「今現在」である

 

「話が逸れているよ」

 

 だがそんなヴァロンの話を乃亜は咎めるように遮る――弟であるモクバを蔑にはしたくないのだろう。

 

「ああ、悪いな。その海馬のヤツ――じゃなくて、海馬社長が負けたことがどう関係するんだ?」

 

「うん、兄サマは『気にするな』って言ってたけどさ、言わないだけできっと悩んでると思うんだ……」

 

「あの瀬人がそんな風に悩むとは思えないけどね」

 

 乃亜には海馬がしおらしく苦悩する姿が想像できない。そんなことは気にせず突き進む姿が容易に想像できた。

 

「それで俺、いつも兄サマに頼ってばかりじゃだめだと思って――」

 

「つまり兄貴のために何かしてやりたいと」

 

「ああ、そうなんだぜい」

 

 そんなモクバの心意気に孤児ゆえに似た境遇のものが集まった孤児院で兄代わりをしていたヴァロンは心を打たれる――放っては置けない。

 

「なら乃亜、アヌビス。悪いけどよちょっと寄り道しても構わないか?」

 

「我に異存はない。この小僧に案内してもらった借りもある」

 

 アヌビスもモクバに借りを作ったままにしておくのは問題だ。

 

「僕も構わないよ」

 

 弟の悩みを解決するのも兄としての務めと乃亜も肯定で返す。

 

「なら決まりだ! 俺たちと行こうぜモクバ様――いや、モクバ! お前の兄貴をあっと喜ばせてやろうぜ!」

 

 こうして本来の目的とは違う形でアヌビスの一般常識を知る旅が始まった!

 

 

「でも結構待たされて腹減ったな…………先にメシにするか!」

 

 

 始まった!

 

 

 

 

 

 

 

 そしてアヌビス一同は空腹を満たすため近くのファストフード店に入店する。

 

「いらっしゃいま……せ~」

 

 そんなアヌビス一同を迎えた店員は異質さを放つ4人の客相手に思わず頬が引き攣った。

 

 

 ワイルドな風貌の青年、ヴァロン――その肩パッドは何なのか……

 

 只者でなさそうな褐色肌の巨漢、アヌビス――見るからに堅気ではない。

 

 そして小さな少年2人、乃亜とモクバ――他2人との対比でより小さく見える。

 

――誘拐現場?

 

 そんな予想と共に通報すべきか悩む店員だがその小さな少年の1人と目があった。

 

「あれ? モクバ君?」

 

「ん? 杏子! なんで杏子がここに?」

 

 店員の正体は遊戯たちの仲間――真崎杏子であった。

 

 杏子は見知った顔であるモクバに尋ねる。

 

「私はここでバイトしてるの。ところで――そっちの3人は?」

 

 そして最後に小声で付け加えた。他の3人にはバッチリ聞こえていたが……

 

「俺の兄弟と部下の部下だぜい!」

 

 そう胸を張るモクバ――海馬兄弟が3人兄弟だとは杏子は聞いたことがない。

 

「どうしたんだい、モクバ? 知り合いかな?」

 

 モクバの様子からそう当たりを付けて人懐っこい笑みを浮かべて杏子に近づく乃亜。

 

 そんな乃亜を見て警戒が解けた杏子はモクバと友人であると明かす。

 

「えっと、私は『真崎 杏子』、杏子でいいわよ。海馬君とはクラスメートなの」

 

「そうなんですね。僕は海馬 乃亜。昔は身体が弱くて家に篭り切りだったもので知られてないのも無理はありません。ですので、モクバ共々よろしくお願いします。杏子さん」

 

 杏子に猫を被り対応する乃亜。

 

「あの社長とクラスメート? そういや社長も学生だったな――俺はヴァロン。よろしくな!」

 

 そうして杏子から語られたモクバとの関係性に思わず教室で大人しく授業を受ける海馬をイメージし内心で「似合わない」と思いつつ軽く手を上げて挨拶するヴァロン。

 

「…………アヌビスだ」

 

 必要最低限に自己紹介するアヌビス。

 

 

 

 互いの紹介が済んだところで杏子は己の職務を思い出しモクバたちを席に案内し各々の注文を聞いていく。

 

 だがアヌビスはメニュー表を注視しピクリとも動かなかった。

 

「あの~、アヌビスさん? ご注文は――」

 

「なぁアヌビス、お前ひょっとしてこの国の文字よめないのか?」

 

 見るからに外国人風なアヌビスに確認するヴァロン。ちなみにヴァロンはギースにスパルタで教わっている。

 

「いや、問題なく読める。ただ――」

 

 だがアヌビスに文字の問題はなかった。

 

 大まかに必要とされる情報は神崎が得た冥界の王の力の「ちょっとした応用」により頭の中に直接叩き込まれているゆえに――それはアヌビスを無駄に苦しめたが。

 

 なら何故注文に時間がかかるのかと言うと――

 

「――数が多くてな、悩んでいた」

 

 アヌビスは実物を見たことも食べたこともない料理の多くに目移りしていた。

 

 そんなアヌビスを見かねてヴァロンが助け舟を出す。

 

「そうか。だけどよ、あんまり杏子のヤツを待たせるのもあれだしコレにしときな。期間限定品だぜ!」

 

 ヴァロンが選んだものは 妙に赤色が多いハンバーガー。彼のオススメである――悪意などない。

 

「おい、ヴァロン……さすがにそれは――」

 

 外食初心者に勧めるメニューではないとモクバは止めようとするが――

 

「ならこれを貰おう」

 

 アヌビスは気にせず注文を取った。口内の破滅へのカウントダウンが聞こえる。

 

 

 

「お待ち遠様。じゃあごゆっくり」

 

 暫くして杏子に届けられた料理を食べ始める一同。

 

「ふむ――安物だね」

 

「乃亜、そういうこと言うのは良くないぜい」

 

「まぁ坊ちゃんには馴染みのない味かもな」

 

 和気藹々と食事する3名だがアヌビスの手だけは止まっていた。

 

 アヌビスからすれば未知の食べ物である。警戒するのも無理はなかった。

 

「どうした、アヌビス? 冷めちまうぜ? それとも食べ方がわからないのか?」

 

「いや、問題ない」

 

「そうか! ならガブッといきな!」

 

 意を決して妙に赤色が多いハンバーガーを食すアヌビス。

 

 

 辛い食べ物!

 

 顔芸!

 

 リアクション!

 

 来るぞ、モクバ!!

 

 

「かなり香辛料が効いた食べ物だな」

 

 だがそんな期待を粉砕するかのようにアヌビスは頬を膨らませ普通に食していた――なん……だと……

 

「大丈夫なのか?」

 

 思わず心配そうに尋ねるモクバ。

 

「何の話だ?」

 

 頬張りながら質問で返すアヌビス。

 

「いや辛くないのかな~って」

 

「特に苦手にはしていない」

 

 そんなアヌビスの「辛いモノ平気発言」にヴァロンは同志の存在を歓迎する。

 

「だよな! この味が分かってくれて嬉しいぜ! やっぱエジプト出身って聞いたからこういうの大丈夫だと思ったんだよ!」

 

 アヌビスの出身は確かにエジプトだが、正確には古代エジプトである。

 

「へー。エジプト出身なのか……なあ! アヌビスの故郷は辛いモノが多いのか?」

 

 モクバも追従して尋ねる――外国の文化に興味があるのだろうか?

 

 だがアヌビスの知識は残念ながら古代のものである。

 

「そうでもない」

 

「ならさ! お前の故郷って――」

 

「モクバ。そのくらいにしておくんだ」

 

 次々に質問していくモクバだが乃亜の冷たい言葉が響く。

 

「えっ? どうしてだよ、乃亜?」

 

 モクバが聞いたことのないような感情を感じさせない乃亜の声色に困惑するモクバ。

 

 そんなモクバにヴァロンが答える。

 

「そうだぜ、モクバ。人には触れられたくない過去があるからな――あんまり根掘り葉掘り聞くのは良くないぜ?」

 

 ヴァロンとて孤児であった過去を持ち、順風満帆とは決して言えぬ人生を歩んできた。

 

 

 そしてそんなヴァロンに神崎はアヌビスの過去はあまり詮索しないようにと言い含めている。

 

 それゆえにヴァロンはアヌビスもまた人には言い難い過去を持っているのだろうと判断したのだ。

 

 しかし実際はアヌビスがこの時代に経歴がないため、偽造するまでの時間稼ぎの意味合いが大きい。

 

 

 そのヴァロンの苦言にモクバは自身にもそう言った辛い過去の経験があることからアヌビスのことも察するべきだったと反省する。

 

「そう、だよな……ゴメンな、アヌビス」

 

「いや問題ない」

 

 アヌビスは重くなった空気に困惑する。

 

 

 それもその筈、アヌビスの過去は中々に壮絶である。それは――

 

 生きたままミイラにされたり、

 

 そのミイラとして眠っていたときに破砕機に掛けられたり、

 

 デュエルに負けたからだとしても自身の力や存在そのものを奪われたり、

 

 奪われた後に冥界の王の力でダークシグナーとして叩き起こされたり等と散々な過去だった。

 

 

 そしてその壮絶な出来事の半分以上が重苦しい雰囲気を出す目の前の3名の上司or部下に当たる人物の手によってもたらされたモノなのだから困惑するのも無理はない。

 

 世界の破壊を望んだアヌビスも悪いのだが……

 

 

 アヌビスは自身がこの重苦しい空気の一応の原因ゆえに話題の転換にかかる。

 

「それでこの小僧の悩みはどうするのだ?」

 

 それに対しいつの間にか食事を終えてドリンクを飲んでいたヴァロンがその話題に乗っかる。

 

「あの社長を励ますモンか、どうするかな?」

 

「なんだ、何も考えていないのか? その男の望むものを渡せばいいだけだろう」

 

 背伸びしながら悩むヴァロンに海馬のことを詳しく知らないアヌビスは難しくはないのではと考える。

 

「アヌビス、覚えておくといい 瀬人が今強く望むのは『武藤遊戯』からの勝利だ。僕たちで用意できるものではないよ」

 

「それなんだよな。しかも何か他の『モノ』で釣ろうにも大企業の社長様だから自力で買えちまうのさ」

 

「ふむ、そうなのか」

 

 乃亜とヴァロンからの海馬の説明で納得を見せるアヌビス。そしてこうも思う。

 

――神官セトの生まれ変わりと聞いていたがあまり似ていないな。

 

「そうなんだ。だから俺、どうすればいいのか分からなくって……」

 

 モクバのそんな言葉にアヌビスはさらに海馬の人物像を知ろうと質問を重ねる。

 

「兄弟間の距離感はどの程度なのだ?」

 

「普通に仲がいいぜぃ!」

 

「あの社長はモクバからなら『そこら辺の石コロ』貰っても喜ぶと思うぜ?」

 

 元気よく答えたモクバに茶化すように注釈を入れるヴァロン。

 

「兄サマにそんなもの渡すわけないだろ!」

 

 だがモクバは怒る――そんなモノを尊敬する兄に渡すわけがないだろうと。

 

 そこは小石を貰って喜ぶところを否定するべきではないのだろうか……

 

「ふ、ふむ……おおよそ理解した」

 

 ヴァロンの言葉の通りだと分かり思わず冷汗を流すアヌビス――神官セトとは似ても似つかぬ部分だ。

 

――アクナディンは神官セトが転生すると言っていたが……失敗したようだな。

 

 アクナディンの企みが失敗したことにアヌビスは黒い愉悦を持ちつつモクバへの問いかけを続ける。

 

「ならその男、瀬人と言ったか――趣味はなんだ? それに関係するものなら邪険にはされぬであろう」

 

「社長の好きなモンつったら『ブルーアイズ』か?」

 

 ヴァロンの言うとおりKCに関わる遊園地やジェット機、さらには列車など、これでもかというほどに《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》を模したものがある。

 

 若干、病的と言っても過言ではない。名医も匙を投げるレベルである。

 

「ならペガサスにカードのデザインを依頼するかい? あまり現実的とは言えないけどね」

 

 乃亜は確実に海馬が喜ぶ選択肢を提案する。だがほぼ限りなく実現不可能な点が問題だった。

 

 あのデュエルモンスターズを愛するペガサスが一個人の為にカードを創るなど余程のことが無い限り実現できないであろう。

 

「モクバ、他の趣味はないのか?」

 

 他の可能性を模索するアヌビス。

 

「兄サマの他の趣味? だったら『ゲーム』かな? 兄サマはデュエルだけじゃなくて『チェス』とか他のゲームもスッゴク強いんだぜい!」

 

 兄の雄姿を誇らしげに語るモクバ。

 

「ゲーム?――『遊びごと』か、スマンが我はこの時代――ゴホンッ! この国の『遊びごと』にはあまり理解がなくてな……力になれそうにない」

 

 今のアヌビスにそういった現代の様相は表面的な知識程度にしか分からない。

 

「アヌビスの故郷にはそういうのなかったのか? あっ! 無理に答えなくても構わないぜい!」

 

 「チェス」を知らないのは珍しいと思いつい尋ねてしまうモクバだが、すぐに無理はしなくていいと注釈をいれる。

 

「気にしなくてもいい。我はそういった余暇をあまり過ごしたことがなかったからな。ただそれだけの話だ」

 

「オイオイ、随分と勿体ない話じゃないか。こりゃ一度行ってみるべきだろ!」

 

 アヌビスの根っからのワーカーホリックのような発言にヴァロンは何かを思いついたかのようにアヌビスを遊びに誘う。

 

「ならゲームセンター辺りがいいかな? 距離もここからそう遠くない」

 

 乃亜もヴァロンの考えを理解し近場の情報を思い出し提案する。そして同意する一同。

 

 

 こうしてアヌビス一同は次の目的地として食後の腹ごなしにゲームセンターへと旅立っていった。

 

 

 




1話でまとめきれなかった……だと……!?

そんな訳で後編に続きます。

大まかには出来ているので早めに仕上がると思います



~原作のヴァロンとの違い~
原作同様に幼少期は喧嘩に明け暮れ、親代わりの孤児院のシスターを困らせていた。

「力」を「暴力」として振るう当時のヴァロンをギースはお灸をすえる目的もあって拳で語り合う。

才能はあれどほぼ素人だったころのヴァロンと
訓練を積んだギースでは結果は分かり切っておりヴァロンは普通にぶっ飛ばされた。

その後、ギースに「拳の在り方」を教えられる。

今はKC所属のデュエリストとして活動しながらシスターに仕送りなどで恩返しをしている。

立ち退き要求? 平和的に解決されました



~ヴァロンの改編で謎の割を食った人~
原作では
ヴァロンは孔雀舞と自身の間に既視感を覚え、恋愛感情に繋がったが

今作では
境遇の変化により
ヴァロンは孔雀舞と自身の間に何一つ既視感を覚えることが無くなったので
何も思うことはなくなった。


結果、孔雀舞にとって謎のとばっちりが発生した。

まぁ城之内君とお幸せに?





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第50話 踊れぇ! 死のダンスを!!

前回のあらすじ
ヴァロン「サ店に行くぜ!(サ店に行くとは言っていない)」




 ゲームセンターに辿り着いた一同――緑の蜘蛛のオブジェクトが飾られた「BIG WED」と書かれた看板が目に付く。

 

 その店内は音楽と人々の喧騒で賑わっている。

 

「随分と騒がしいところだな……」

 

 神官として宮仕えだったアヌビスにとってこういった喧騒は珍しいものであった。

 

「そうかな? これくらいは普通だと思うぜい?」

 

「早速、色々と回ってみるか!」

 

 アヌビスに色々と説明するモクバを余所にヴァロンは空いているゲーム機の方へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 まずはガンシューティング。

 

「射手のゲームか」

 

「ああ、そうだぜい! 出てくる敵をやっつけるんだ」

 

 まずは見に徹するアヌビスとゲームの説明をするモクバ。

 

 そしてプレイヤーとなった乃亜は画面内に次々と現れるゾンビたちを最小限の動きで銃殺していく。

 

 そしてヴァロンの方の画面は――

 

「お! お? うぉおおお!! 弾がでねぇ!」

 

「ヴァロン! リロード! リロードしなきゃ!」

 

 画面一杯にゾンビが溢れていた。

 

「い、いやだって弾倉が出てこない!」

 

 オモチャの銃を分解し出す勢いのヴァロン。

 

「画面の外に向けて撃てばリロードできると説明されていたが?」

 

「はぁ!? そんなことすればギースにぶっ飛ばされるだろ!」

 

 ルール説明を見ていたアヌビスのアドバイスについリアル思考で返すヴァロン。

 

 過去のKCでは銃の扱いも教えられていた。今現在は新体制の元でゴム弾などに変更されたが基本的な銃の扱いについては変わらない。

 

 そのためヴァロンの言うとおり確かに銃を扱ううえではタブーな行為ではあるが――

 

「ヴァロン、これはゲームだろう?」

 

 当然ゲームである。気にすることではない。

 

 乃亜は呆れ顔だ。

 

 そしてゾンビに食われたヴァロンの操るキャラクターを余所に乃亜は単身大型の異形へと銃弾を放ち続け、「Complete」の文字が画面に現れる――ゲームクリアだ。

 

「まぁ、こんなものかな?」

 

「スゲェぜい! 乃亜! ノーミスだ!」

 

 弟の純粋な賛辞に気分を良くしつつ、銃をクルンと回転させ銃身を持ち、アヌビスにグリップを差し出す乃亜――選手交代である。

 

「キミもやってみるかい?」

 

「いや、辞めておこう」

 

 だがアヌビスは拒否する。

 

 画面上のゾンビが過去の己のミイラの状態とダブって見えたせいか気分が乗らない。

 

 そんなアヌビスを余所にモクバは落ち込むヴァロンに近づく。

 

「ヴァロンはこういうの苦手なんだな!」

 

 そしてモクバのそんな言葉にヴァロンは神妙に返す。

 

「でもよモクバ――殴った方が早くないか?」

 

 ヴァロンの身体能力を考えれば確かに早そうではある。

 

「いや、これそういうゲームじゃないだろ……」

 

 だが趣旨が違う。ゆえにモクバもどこか呆れ顔だった。

 

 

 

 

 

 次にレースゲームに興じる3名。モクバはアヌビスのアドバイザーとして後ろに立つ。

 

 そしてレースが始まるが――

 

「やるな乃亜! 俺に此処までついてくるとはな!!」

 

 ヴァロンの操るバイクがコーナーを攻める。

 

「その余裕、いつまで続くか見もの……だね!」

 

 乃亜の操るスポーツカーも後に続き追い上げる。

 

「アヌビス、曲がる時は少しブレーキを踏むと良いんだぜい!」

 

 壁に車体を擦り付けながら進むアヌビスの操る軽トラック――「強そう」との理由で選ばれたマシンだ。

 

 乃亜とヴァロンとの間にかなりの距離が離れているためかモクバも急かすつもりはない。

 

 しかし初心者のアヌビス相手に容赦のない2人である。

 

「ブレーキ? 確かこっちを踏むんだったな」

 

 全力で踏まれるブレーキ――少しって言ったのに……

 

 そしてその急に踏まれたブレーキによりスピンするアヌビスの操る軽トラ。

 

「ちょっ! 踏み過ぎ! 踏み過ぎだから!」

 

 全開でブレーキを踏めばこうもなろう。

 

「ん? ならアクセルを踏むか――」

 

 モクバのアドバイスに従いブレーキを離し、素早くアクセルを踏み直したアヌビス。

 

 するとアヌビスの操る軽トラはコースの端に激突して宙を舞いコース外へと旅立った。

 

 

 空中で無駄に回転するエフェクトが哀愁をさそう。

 

 

 だが旅立った先はゴール手前。

 

「!? ショートカットだとぉ!!」

 

 驚きを見せるヴァロン――最終ラップゆえに眼中になかったアヌビスの思わぬ反撃だった。

 

 そのまま車体を転がしながらゴールするアヌビスの操る軽トラ。

 

 アヌビスの画面には表彰台にて軽トラのドライバーのおっさんが優勝カップを掲げはしゃいでいる。

 

「バカ、な……この僕が、こんな形で負けるなんて……」

 

 無駄に敗北感に打ちひしがれる乃亜。

 

 だが当のアヌビスは状況がよく分かっていなかった。

 

 何とも歯切れの悪い勝負である。

 

 

 

 

 

 

 その後も一同は様々なゲームを楽しむ。

 

 「モグラ叩き」でモグラ型の機械の紙一重な回避技術に翻弄され、

 

 「エアホッケー」にて円盤が壊れないのが不思議な程に高速で打ち合われる円盤にモクバが完全に戦力外になったり、

 

 「パンチングマシーン」を轟音と共に吹き飛ばすも、何食わぬ様子で戻ってきた機械に点数を告げられたりした。

 

 このゲームセンター……どうなっていやがる!?

 

 

 

 

 

 そんな風にゲームセンターを一通りまわり終えた一同により騒がしい人混みが目に入り、観客となっていた他の客の賛辞が聞こえる。

 

「すげぇまた勝ったぜ!」

 

「ここらじゃステップジョニーは最強だな!」

 

 その賛辞を一身に浴びる焼いた浅黒い肌にドレッドへアーの赤いシャツの男、ステップジョニー――観客の反応を見るにここらでは有名なのだろう。

 

 

「なんの騒ぎかな?」

 

「舞踊か? 異国の踊りは分からんな……」

 

 不思議そうに眺める乃亜に興味深そうに見学するアヌビス。

 

「ならやってみようぜ! アヌビス! すいませーん! 次、交代お願いしまーす!」

 

 そのアヌビスの反応を見たモクバはステージに向け順番の確保のために声を上げる。

 

「ん? なんだ? 挑戦者か? ははっ! ガキは家でおままごとでもしてな!」

 

 だがステップジョニーの対応はよろしくないモノだった。

 

「なんだ、アイツ? よし――」

 

 肩をグルグルと回し始めたヴァロンだが、それよりも早く乃亜が上着をモクバに預け悠然と歩み出す。

 

「なら僕が挑戦させてもらおうか」

 

「お、おい乃亜! 別に俺は――」

 

 咄嗟に乃亜を止めようとするモクバだが――

 

「なぁに、僕の可愛い弟を侮辱したお山の大将を懲らしめるだけさ」

 

 乃亜とて譲れないものがある。

 

 なおも止めようとしたモクバをアヌビスが止め乃亜に確認を取る。

 

「勝算はあるのか?」

 

「誰にものを言っているんだい?」

 

 乃亜はそんな自信に満ち溢れた言葉と共に壇上へと上がっていった。

 

 

 

「おいボウズ。今すぐ謝るんなら許してやってもいいぜ?」

 

 壇上に上がった乃亜にステップジョニーは嗤いながら挑発する。

 

「おや、優しさのつもりかい? 笑えるね。なら一つ聞いてもいいかな?」

 

「なんだ? まさかダンスのコツか?」

 

「なに簡単なことさ――君は何を目的として踊るんだい?」

 

「ハァ? 決まってんだろ。モテるからだよ」

 

 唐突な乃亜の質問に笑って返すステップジョニー。

 

「成程ね。なら気にしなくてもいいか……」

 

「何の話だよ」

 

 乃亜の呟きにその質問の意味を推し量れなかったステップジョニーは苛立たしげに問いかける。

 

「なぁに、ただ君が二度とダンスを踊れなくなっても問題はないかの確認さ」

 

「プッ! ガキが何言ってやがんだ」

 

 語られた乃亜の言葉にステップジョニーは失笑を禁じ得ない。

 

「ああ、でも僕は優しいから今すぐ君が謝罪するというなら――モクバの、弟の返答次第では許してあげても構わないよ――君も無様な姿は晒したくないだろう?」

 

「テメェ!!」

 

 だがその後の乃亜の挑発に怒りと共に一歩踏み出すが、その踏み出した一歩と共に流れる音楽。

 

 ダンスバトルの始まりを知らせるゴングにステップジョニーはすぐさま所定の位置に戻り踊り始めた。

 

 乃亜もそれに追従するかのように踊りだす。

 

 

「ここまで二人ともパーフェクトだ!」

 

「ジョニーといい勝負だぜ!」

 

 そんな観客の声に焦りを覚えたステップジョニーは意地の悪い顔と共に乃亜に向けて足を突出し妨害工作に出る。

 

「おや、足場の提供ご苦労様」

 

 しかしステップジョニーの足を足場に空中でトリックを見せる乃亜。

 

 当然ステップジョニーのバランスは崩れミスが出る。

 

 

 この時点で既にステップジョニーの敗北が決まる――ミスせず踊り続ける乃亜にミスをしたステップジョニーは追いつくことはできない。

 

 ゆえにステップジョニーはその後も乃亜の妨害を続けるしかなかった。

 

 だがそんなステップジョニーの妨害のすべてを逆にダンスに利用する乃亜。

 

「あの坊主、ステップジョニーをアシスタント扱いしてやがる……」

 

 観客もその異様な光景に魅入っていた。

 

 そして曲が止まり、ゲームが終了する。勝者は勿論――

 

「あの坊主、ステップジョニーに勝ちやがった!」

 

 息も絶え絶えなステップジョニーに対して汗の一つもかいていない乃亜。

 

 ステップジョニーのダンスの全てが完全に利用されていた――完全敗北である。

 

――レ、レベルが違いすぎる……

 

 膝を屈し内心で悔しさに塗れるステップジョニー。

 

 暫くは立ち上がれそうにない。

 

 

 そんな姿を一瞥した乃亜は壇上を降りモクバたちの元へ帰還する。

 

「スゲェぜ、乃亜! ダンス得意だったのか!」

 

 モクバから称賛の声と尊敬の眼差しを向けられる乃亜――悪い気はしない。

 

「なにこの程度、訳は無いさ」

 

 乃亜はその内心を心に仕舞い対応する。

 

 乃亜にとってこの程度は既に知識として知ったもの、身体の動かし方の学習も既に肉体を得た段階で済ませている。

 

 後は多少の誤差を直すだけであり、取り敢えずの見本を有効活用したけだった。

 

 

 

「どうする?」

 

 呆然とするステップジョニーを目線で追いモクバたちに尋ねるアヌビス。

 

「いや、俺はもういいよ。これ以上はさすがに可哀想だぜい」

 

「まぁこんだけ恥をかいたら大人しくなるだろ」

 

 だがモクバとヴァロンはマナーの悪さを諌めるにしては「やり過ぎでは」との思いからこれ以上の追及は避けた。

 

 

 新たなレジェンドの誕生にボルテージを上げる観客を余所に速やかにゲームセンターを後にする一同――今更ではあるが騒ぎは厳禁だった。

 

 

 

 

 

 

 

 一通り遊び終えたアヌビスたち一同は帰路につくが――

 

「おい! 待ちな!」

 

 その4名の背後から声がかかる――何とか立ち上がれたステップジョニーである。

 

「恥をかかされた腹いせかい? 呆れて言葉が出ないよ」

 

 乃亜の溜息混じりの言葉が聞こえていないのか黙ったまま距離を詰めるステップジョニー。

 

 咄嗟に前に出るヴァロンとアヌビス。

 

 

 それでもなお距離を詰めるステップジョニー。今の彼の目には乃亜しか映っていない。

 

――騒ぎを起こすのは面倒か……

 

 腰のデッキケースに手をかけ、アヌビスの新たな力が今振るわれ――

 

「俺を弟子にしてくれぇええええ!!!」

 

 なかった。

 

 

 突然のステップジョニーの土下座ッ! 圧倒的土下座ッ!

 

 周囲の空気が静まり返る。

 

「これは…………想定外だね」

 

「どうするよ、乃亜?」

 

 対応に困る乃亜とヴァロン

 

 モクバは驚きのあまり目をぱちくりさせている。

 

 だがステップジョニーは止まらない。

 

「俺はアンタのダンスに惚れ込んだんだ! アンタを妨害した俺のダンスはとてもじゃねぇが見れたもんじゃなかった。だけどよ! オーディエンス(周囲のヤツら)は最高に盛り上がってた!」

 

 それはステップジョニーの憧れの舞台を連想させた。

 

「アンタのダンスは俺の目標を――夢を思い出させてくれたんだ! だから俺はそんなアンタに教えを乞いたい!!」

 

 先程のダンス時と比較して凄まじい変わり身である。

 

 

 原作でも杏子の軽い説教で憑き物が落ちたかのように改心していたステップジョニー。

 

 実は素直ないいヤツなのかもしれない――そんな訳はないか……

 

 

 そんなステップジョニーにゆっくりと近づく乃亜。

 

「立つんだ」

 

「…………? ああ!!」

 

 乃亜の言葉にすぐさま立ち上がるステップジョニー。願いが通じたと考えたのかその瞳に期待が満ちる。

 

 

「姿勢が悪い。体幹がズレてる。筋肉量も足りない。身体も固いね」

 

 次々と出されるダメだし――師の言葉を一字一句聞き逃さぬように集中するステップジョニー。

 

「圧倒的に基礎的な部分が足りていない」

 

「申し訳ないです!」

 

 真摯に頭を下げたステップジョニーの頭上から声が発せられる。

 

「――君は今まで何をやってきたのかな?」

 

 心を折りにいく声が。

 

「そ、それは……」

 

 純粋にただ尋ねられた乃亜の言葉にステップジョニーは言葉に詰まる。

 

 遊びにかまけて大した修練も積んでいないのだから。

 

「憧れの舞台? 目標? 夢? 君は自分が何を言ってるのか分かっているのかい?」

 

 乃亜は過去に文字通り「身体」を失った。

 

 「身体さえあれば」そう思ったことは1度や2度では足りない。

 

 ゆえに「健康な身体」を持つステップジョニーが大した努力の跡もなく「夢」だけを語る姿は酷く乃亜の癇に障るものだった。

 

「弟子入り以前の問題だよ。考慮に値しない」

 

 冷たく突き放すような言葉と共に乃亜はステップジョニーに背を向けモクバの元に戻っていった。

 

「の、乃亜。言いすぎじゃ――」

 

「そんなことはないよモクバ。じゃぁ行こうか」

 

 戻ってきた乃亜を迎えたモクバの心配するような言葉に「優しい兄」の顔で乃亜は笑いかける。

 

「お、おう」

 

 引き気味のヴァロン。そして無言で続くアヌビス

 

「ご指導ありがとうございましたぁあああ!!」

 

 再び勢いよく頭を下げるステップジョニー。

 

 そんな混沌とした状態でアヌビスの「テスト」改め、「現世を謳歌する」街の散策はこうして終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 そしてKCへの帰り道。モクバは思い出したようにヴァロンに問いかける。

 

「なあヴァロン、今回は奢ってもらったけど――大丈夫なのか?」

 

 値段の張る類のことはしていないとはいえ、それが4人分ともなればそれなりのお値段である。

 

 だがヴァロンは気にせずポケットマネーで支払いを済ませた。

 

 ゆえのモクバの問いだったが――

 

「ああ、安心しろよ。経費で落ちるからな」

 

「なんで経費で落ちるんだよ……」

 

 遊びの代金が経費で落ちる訳がないだろと思うモクバ。

 

 だが当然タネはある。

 

「今回の任務っつーか目的はコイツ、アヌビスに街を散策させることだからな」

 

「なんでそんなことするんだ?」

 

 モクバの当然の疑問――福利厚生にしてはいささか風変わりだ。

 

「ボスが連れてくるヤツの中には孤児だった俺みたいな、いわゆる社会常識ってヤツがいまいち分かってないヤツとかもいるからよ」

 

 ヴァロンは昔を懐かしむように語る――自身もギースに連れられ色々と回ったものだ、と。

 

「そう言う新人が来たときは誰かがこうやって街を散策させるんだよ。親睦会の一環も兼ねてるらしいぜ?」

 

 だからと言って豪遊すれば人罰が下る。具体的にはギースにどやされ自腹を切る羽目になる。

 

「ふん、どうだかな」

 

 だがアヌビスは神崎に受けた仕打ちから懐疑的だ。

 

「そんなこと言うもんじゃねえぞ、アヌビス。俺はあの人が何考えてんのかさっぱり分からないが――人の道理に反することはしないってのは分かってるつもりだぜ?」

 

 そんなヴァロンの言葉に内心で「どこがだっ!」とツッコみを入れるアヌビス。

 

 世界の破壊は止められて当然なのは脇に置いておこう。

 

「人の道理か……それも怪しいものだけどね」

 

 乃亜は自身の「身体」のことを知るゆえにいまいち納得できない。

 

「そっか……神崎も色々頑張ってんだな」

 

 だがモクバはその「良心」が感じられる話に海馬が何故神崎を敵視するのかが益々分からなくなる。

 

 

 そしてモクバは決心する「自身が仲を取り持とう!」と、無謀である。

 

 

 そんなモクバを見てアヌビスは申し訳なさそうに切り出した。

 

「しかしモクバの悩みは解決できなかったな……」

 

「いや、いいよアヌビス。どうせ俺じゃぁ兄サマに大したことはして上げられないから……」

 

 言葉とは裏腹に落ち込みを見せるモクバ。

 

 だがそんなモクバにヴァロンは元気よく問いかける。

 

「なぁモクバ! 今日は楽しかったか?」

 

「え? そりゃあ楽しかったけど……」

 

 要領をえないヴァロンの言葉にモクバは戸惑いながらも肯定する。

 

「そうだね。僕も久々に気分をリフレッシュできたよ」

 

「成程な、そういうことか……」

 

 追従する乃亜。理解を見せ頷くアヌビス。

 

 モクバからすれば訳が分からない。

 

「な、なんだよ。みんなして……それが何なんだよ!」

 

 そんなモクバにヴァロンたちはタネを明かす。

 

「たまにはこうやってパーっと遊べば気が晴れるもんさ!」

 

「それは海馬瀬人にも程よいガス抜きになるだろう」

 

「瀬人はモクバ――君を誰よりも大事に思っているからね。その効果は一入(ひとしお)さ」

 

 3人の言葉の意味をゆっくりと理解したモクバは恐る恐る尋ねる。

 

「……そうなのか?」

 

「おうよ!」

 

 そんなヴァロンの力強い肯定にモクバはいてもたってもいられなくなり走り出す。

 

「じゃあ俺、早速兄サマのとこに行ってくるぜい!!」

 

「ああ、行って来い」

 

「社長によろしくな~」

 

 

 こうしてモクバの悩みは解消され、後の3人は遅れてKCに帰還していった。

 

 

 

 

 

 

 

「兄サマ! 久しぶりに俺とチェスしようぜ! ダメ……かな?」

 

 そんなKCの社長室でやり取りの結果がどうなったかなど、もはや語る必要もないだろう。

 

 

 

 




今回の話はアヌビスの話の筈がこれだと完全にモクバの話ですね(笑)




本編とは全く関係ありませんが

遊戯王VRAINSのリンク召喚のエフェクトを見てて思ったんですが
「上に飛んで」謎空間で浮かぶよりも

ボードでデータの波に乗るデュエリストの「前」にゲート展開して
素材モンスターがキメポーズとりながら先にリンクマーカーに飛び込んで

その後でデュエストがボードに乗ったままゲートをくぐり
アクセルシンクロ風にリンクモンスターと共にゲートから飛び出した方が
スピード感があってカッコいい気がする!

これならデータの波から落ちた時にリンク召喚で復帰! みたいなことも!



……作者はバトルシティ編ほっぽり出して何を考えてるんだろう……(反省)



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第51話 足音が聞こえる

前回のあらすじ
アヌビス 初めてのお使い

の筈が

兄弟の絆の話に……




 KCの一室、バンダナをした青年、御伽(おとぎ) 龍児(りゅうじ)が緊張した面持ちで自身が新たに開発した新たなテーブルゲームD(ダンジョン)D(ダイス)M(モンスターズ)の説明をしていた。

 

「――以上がD・D・Mの全てになります。どうでしょう?」

 

 説明を終え、確かな手応えを持って確認をとる御伽。

 

 そんな御伽の尋ねた先は自身よりも遥かに年下の少年、海馬乃亜。

 

 まだ子供といっていい外見とは裏腹にその眼光は鋭い。

 

 そして乃亜は御伽に返答を返す。

 

「結論から言わせてもらうけど――今のこれ(D・D・M)コチラ(KC)は何もできないよ」

 

 辛辣な言葉だった。

 

 その言葉に乃亜の後ろに控えていた牛尾の御伽を見る目は同情的だ。

 

――全否定かよ……

 

 思わずそう考えた牛尾。

 

 だが御伽はなおも喰らいつく――特設リング事業を一手に担うKCの協力は得ておきたかった。

 

「何故ですか! このD・D・Mはペガサス会長にも認められた――」

 

 思わず語気を荒げてしまう御伽に乃亜は冷酷に返す。

 

「僕は今のコレ(D・D・M)に将来性を見いだせない」

 

 あのペガサスも一目置いた御伽の最高傑作であるD・D・M。

 

 それをこんな年端もいかぬ少年に此処まで侮辱されて黙っていられるほど御伽は大人ではなかった。

 

「君じゃあ話にならないっ!!」

 

 思わず立ち上がった御伽に牛尾は乃亜を守るように前に出る。

 

「よさんか龍児! すみません、ワシの息子が――」

 

 不穏な空気を感じ取ったこれまで沈黙を保ってきた御伽の父が息子の御伽を諌めに動くが――

 

「いくら父さんの恩人が勤める部署だからって僕らのD・D・Mに『将来性がない』だなんて――」

 

 

 なお収まらぬ御伽に乃亜は牛尾を下がらせ静かに告げる。

 

「まず一つ、このゲームは全てがサイコロで決まる――運の要素が強すぎるね」

 

 ゲーム用のダイスを振りながら乃亜は告げる――ダイスの結果は召喚失敗。

 

「二つ、致命的なまでに持ち運びにくい」

 

 ゲーム用のダイスの入った人の顔程あるデッキケースを片手で持ち上げながら乃亜は告げる。その手をフラフラとワザとらしく揺らす。子供には重いと言いたげに。

 

「そして三つ――専用の特殊なプレイボードが必要――かなり大きいね」

 

 かなり大きなプレイボードを人差し指でコンコンと叩きながら乃亜は告げる。持ち運びには適していないと言わんばかりだ。

 

「それとも『デュエルリング』を使用することが前提なのかな?」

 

 だとすれば話にもならない――ペガサス島で試作型とはいえデュエルリングを小型化した「デュエルディスク」の存在は周知だ。

 

 それはバージョンアップを終え、世界に羽ばたこうとしていた。よってもはや「デュエルリング」は過去のモノになるのだから。

 

「大きく目がついただけでもこれだけの『欠陥』がある――話にならない」

 

 大きくため息を突きながら乃亜は御伽にヤレヤレと首を振った。

 

「だけどそれを差し引いても世界で通用するだけのポテンシャルがこのD・D・Mにはある!」

 

 だが御伽は引き下がらない――あのペガサスが一目置いたのだから、と己を奮い立たせて。

 

 そんな御伽を見ながら乃亜はスッと目を細め問いかけた。

 

「へぇ、そうなんだ。なら聞くけど、コレ(D・D・M)は『デュエルモンスターズ』と競い合えるんだね?」

 

 ゲーム性の類似から競争相手となるであろうゲームに太刀打ちできるかとの問い。

 

 意地悪な質問である。

 

 すでに世界的に広まりこの世界の「根幹」ともいえる存在である「デュエルモンスターズ」に太刀打ちできるものなど「ない」と言っても過言ではない。

 

 「原作」の未来に当たる「GX」でも「5D's」でもD・D・Mは影も形も見当たらなかったのだから。

 

「そ、それは……」

 

 思わず言いよどむ御伽――無理もない話だ。

 

 だが乃亜の攻めの手は止まらない。

 

「僕にもそれが難しいことは分かる。でもね、そう問いかけられて言いよどむ程度の自信なら――」

 

 だが御伽を襲い続ける乃亜の言葉は――

 

「問題点を洗い出していただきありがとうございます、乃亜殿。龍児にはこちらから言って聞かせますので……」

 

 御伽の父によって遮られた。

 

「分かってもらえたようで嬉しいよ。御伽 龍児君だったかな? 何も僕は君たちが憎くてこんなことを言っている訳じゃない。仮に今の状態で売り出しても――」

 

 冷や水を浴びせられたような御伽は父に席に座らせられながら乃亜の話の続きを聞きとる。

 

「――それは一過性のブームで終わるよ? そんな結果は君たちの望むところじゃないだろう?」

 

 今の御伽はこうべを垂れるばかりだ。

 

「焦る気持ちは分からなくはないけど、コレ(D・D・M)は君たちの大事な作品。もっと入念な計画を立てるべきだ」

 

 何も答えられない御伽に代わり御伽の父が対応する。

 

「乃亜殿、何から何までありがとうございます。そして今回は無理を言ったようで申し訳ない……」

 

「いや構わないさ。彼のような挑戦的な姿勢は悪いものではないしね」

 

 そう乃亜は笑顔で締めくくった。

 

 

 

 

 そしてKCの窓から眼下に見える父に肩を軽く叩かれつつ、背を押されながら帰る御伽を視界に収める乃亜に牛尾は頭をかきながらぼやく。

 

「しっかし、良かったのかぁ? 神崎さんは『丁重に扱え』って言ってただろうに……」

 

 遊戯の仲間である御伽にはあまり「負の感情」を持たれたくなかった神崎の思惑である。

 

「何を言うんだい牛尾? キチンと丁重に扱ったじゃないか?」

 

 だが乃亜はどこ吹く風だ。

 

「あ~、俺にこの手の話はわからねぇが……アイツ、スゲェ凹んでたぜ?」

 

「僕なりの愛のムチさ。実際あのままではコチラが援助する決め手はなかったからね」

 

 牛尾の心配も乃亜には届かない

 

 フフンと得意げな乃亜を見ながら牛尾は思う。

 

――自信家なとこなんかは海馬社長にそっくりだな……

 

 そう心に留める牛尾の視線に気づいたのか乃亜はジト目で牛尾を見上げる。

 

「何か言いたそうだね?」

 

「いやいや、何んにもござぁいませんよ」

 

「その口ぶりは何かな? 言いたいことがあるならハッキリと言ったらどうだい」

 

 そう言ってなおも追求する乃亜に「こういうところは外見年齢相応だ」と牛尾は思いながら面倒くさそうに相槌を打った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海馬瀬人は考古学者イシズ・イシュタールにレアカードの話があると呼び出されたのだが、肝心のレアカードの話ではなく古代エジプトでの歴史を語られた上に、さらには謎のビジョンまで見せられ苛立っていた。

 

 こういったオカルト話は思い出したくもない男を連想させる、ゆえに海馬は苛立ち交じりに言い放つ。

 

「くだらんな! 俺はそんな非ィ科学的な『オカルト』に興味はない! どうせ話すなら神崎にでも話してやるんだな! 喜んでそのつまらぬ話に付き合ってくれるだろうよ!」

 

 そう言って立ち去ろうとする海馬の背にイシズは言葉をかける。

 

「なら極めて現実的な話をしましょう。3枚の神のカードの存在を貴方はご存知ですか?」

 

「神のカード……だと?」

 

 『神のカード』その魅力的な響きに海馬は思わず立ち止まった――チョロイ……ではなくデュエリストとして聞き逃せないのだろう。

 

「はい、この壁画の最上部に描かれている3枚の絵。《オベリスクの巨神兵》、《オシリスの天空竜》、《ラーの翼神竜》――これら3体の幻神獣……世界ではこれを神のカードと呼んでいます」

 

「ふぅん、なるほどな……続けろ」

 

「はい、その3枚の神のカードを全て手に入れた者は永遠不敗の伝説とともにキングオブキングスの称号を得ると言われています」

 

「さしずめデュエルキングと言ったところか――最強の証……」

 

 『最強の証』にある考えが浮かぶ海馬。

 

「それらのカードはあのペガサス・J・クロフォードが来たるべき脅威に備え生み出し、その強大な力から悪用を恐れ、時が来るまで封印されていたカードです」

 

「あのペガサスがな……」

 

――しかし、脅威……か

 

 海馬の内心である貼り付けた笑顔の男が連想される。人違いですよ。

 

「我々エジプト考古局は彼の依頼を受けて王家の谷にこれを封印しました。ですが何者かの手によって盗まれてしまったのです」

 

「ずいぶんと間抜けな話だ。犯人の目星くらいは付いているんだろうな?」

 

 悪用されぬように封印したにもかかわらず、盗まれるなど本末転倒だと海馬は嘲笑する。

 

「ええ、世界を舞台に暗躍するレアカードハンター、『GHOULS(グールズ)』。彼らはその強奪したレアカードを密売し多額の利益を得、今ではレアカードの密造にまで手を伸ばしていると噂される窃盗団です」

 

 そういえば神崎が色々と動いていたことを思い出す海馬。KCでも何かと問題に上がることが多い。

 

 神崎の影がチラつく現状に海馬の先程のイシズの「オカルト話」の時の苛立ちがぶり返す。

 

「我々がこの街で古代エジプト展を開催したのはこのカードの起源を秘めた石版を披露するため……この絵には決闘者達を呼び寄せる力があると確信しています」

 

「くだらん願掛けだな。ようはこの街をデュエルモンスターズの舞台にしたいわけか。奴らの嗅覚なら確実に決闘者の群れに狙いをつけると」

 

「ええ、ですのでこのカードを……」

 

 イシズの差し出したカードに思わず目を見開く海馬。

 

「こ、これは《オベリスクの巨神兵》!!」

 

「盗まれたのは残り2枚のカードなのです。『神』に対抗できるのは同じ『神』のみ――ゆえにそれらを取り戻す為にあなたに託します」

 

「ふぅん、そこまで俺を信用していいのか。俺が3枚の神のカードを取り戻しても手離すことを拒んだらどうするつもりだ」

 

「あなたを信じます……」

 

 その未来を見通したかのようなイシズの物言いに思い出したくもない男の笑みが脳裏によぎる。

 

――腹立たしい。

 

「いいだろう……グールズとのお遊びは確かに引き受けた。だが俺の前で二度と王だの神官だのくだらんオカルト話はするな! 俺は過去のことには一切興味はない!」

 

 海馬はイシズの在り方に苛立ちが募るばかりだ。

 

 未来を見通したような態度そのものが思い出したくない男を思い出させる。

 

――お前も儂も奴の思惑から何一つ逃れられてはおらん!!

 

 剛三郎の言葉が海馬を蝕む。

 

――負け犬は黙っていろ!

 

 海馬の心で騒ぐ剛三郎の亡霊のような言葉に一喝し、海馬は博物館を後にした。

 

 

 

 

 そして帰りの車内で神のカードを確認した海馬は思わず笑みがこぼれる。

 

――この(神のカード)ならヤツのくだらん思惑も粉砕できる。

 

 内心の歓喜を抑えきれない海馬は笑う。

 

「フフフ……神のカード オベリスクの巨神兵か」

 

 3枚の神のカードを揃えた者はデュエルキング――最強の称号を得る。

 

 それはつまり世界一のデュエリストの称号。

 

 今回計画した大会を制することができれば3枚の神のカードと借り物の《青眼の白龍》の両方を得つつ、遊戯に引導を渡すことができる。

 

「ワハハハハハハハハハ!」

 

 ゆえに海馬は笑う。誰にも邪魔はさせぬと計画を立てながら、

 

 

 

 

 

 

 博物館を立ち去った海馬にイシズは今の段階では自身の計画が順調に進んでいると安堵する。

 

 だが安心してばかりもいられない。

 

 千年アイテムの一つ未来を見通す力を持った「千年タウク」が示した弟、マリクに迫る魔の手の存在。

 

 今イシズが打った手だけではその魔の手は振り払えてなどいない。

 

 イシズの父が亡くなった後も恐らくは墓守の秘密を探ろうとする何者かがイシズたちを探していることを知ったイシズはその存在は千年タウクが見せた魔の手と同じ存在だと推定している。

 

 イシズにとってマリクとリシドは唯一残された家族。必ずや守って見せると強く誓った。

 

 だがイシズは知らない。

 

 その魔の手が届いていれば、弟であるマリクが起こした惨劇も防げたかもしれないということに。

 

 しかしもはやIF(もしも)の話だ。

 

 

 マリクは「越えてはいけない一線」を既に通り過ぎている。もう何もかも遅いのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 KCのオカルト課の一室でギースは神崎に自身に与えられた任務の報告に上がっていた。

 

「それでギース、アヌビスの調子はどうですか?」

 

 バトルシティの準備の進行具合を確認しつつ神崎はギースに任せておいたアヌビスの様子を問いかける。

 

「かなり『出来る』ようになったと自負しております」

 

「そうですか。『バトルシティ』に間に合ったようで良かったです。さすがですね、ギース」

 

「いえ、元々どこか一般常識が欠けているところが多々見受けられた時はどうなることかと思いましたが、それ以外はかなりのモノでしたので助かりました」

 

 この短期間でアヌビスが様々な技能を体得できたのは自身の手柄ではないと言い切るギース。

 

 これはギースの謙遜などではなく、その言葉通りのモノだった。

 

 

 ギースから様々な訓練を受けたアヌビスだったが、ギースはそのアヌビスに酷くチグハグな印象を受けていた。

 

 そこいらの子供でも知っているようなことを知らないくせに

 

 内偵や武術といったかなりの専門性を持つ技術に関してはかなりのレベルで精通していたのだから。

 

 ゆえにギースは個人的に気がかりな一件も相まっておずおずと神崎に尋ねる。

 

「…………一つお尋ねしたいのですが、彼はどこかの部隊に所属していた者でしょうか?」

 

 だがそんな人間をKCの情報網を利用できるギースは噂すら聞いたことがなかった。

 

 まるで「急に発生した」と言わんばかりに現れた人材――不審がるのも無理はない。

 

「そんなところです」

 

 だが神崎は言葉を濁すしかない。

 

 アヌビスが「古代エジプトの神官でした」とはさすがに明かせない。

 

 千年アイテムを生み出したアクナディンが実の息子、神官セトが海馬瀬人に生まれ変わった際にその補佐を任せてもいいと考える程にハイレベルな神官ゆえに色々とこなせる器用さをあらかじめ持っていた点を隠しつつ説明する術などないのだから。

 

「そうですか。それと別件ですが牛尾から竜崎・羽蛾の両名が訓練を無事突破できたと報告を受け得ています」

 

 神崎が話そうとしないのならギースは追及しない。ギースなりの処世術だった。

 

 そんなギースの報告に考え込む神崎。

 

「そうですか、あの2人が……」

 

 竜崎と羽蛾の訓練がハッキリ言って「バトルシティ」に間に合うとは神崎は思っていなかったゆえに、どうしたものかと考えを巡らせる。

 

 そして決定した竜崎と羽蛾の仕事に思考を割きつつ、ギースに告げる。

 

「ならギース、近々招待状を送った方々(ハンター)が集まりますので、彼らに対する『ルール説明』を任せます。それ以外は好きに過ごして貰って構いませんよ」

 

 ギースの新たな任務はただの説明会。さして時間を取られるものではない。

 

「…………それだけなのですか?」

 

 思わず不安げに尋ねたギースに神崎はいつもの笑顔で対応する。

 

「ええ、ここ最近は色々と頼み過ぎていましたからね。これを機にゆっくり休養にでも当ててください」

 

「しかし、グールズの件も――」

 

 まだここ最近の問題は何も解決していない現状にギースは「休んでいる場合ではない」と声を荒げようとするが、それを遮るように神崎が諭すように言葉を放つ。

 

「構いませんよ。彼らが動くのは『バトルシティ』からです。それまでゆっくり英気を養ってください」

 

 言外に「グールズ」の動きは全てマーク済みであることを察したギース。

 

「ハッ! 了解しました!」

 

 そして180度意見を変え、ビシッとした一礼と共にキビキビと部屋を後にするギース。

 

 その後ろ姿を見送った神崎は溜息を吐く。

 

 神崎はギースのこういう(どこか狂信的な)部分が苦手だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遊戯はシャーディーによって告げられた事実が気になるあまり眠れぬ夜を過ごしていた。

 

「ねぇもう一人の僕、神崎さんに一度会って聞いてみる? あの人は君について、何か知っているようだし……」

 

 そう言って遊戯はレベッカとのKCでの一件のときに竜崎から「彼女さんと行ってきたらどうや?」と渡された博物館のチケットを手にもう一人の遊戯に尋ねる。

 

 竜崎によればこのチケットは神崎が用意したと知らされたゆえに。

 

『いや、やめておくぜ……』

 

「でも君のことを――」

 

『あの男は今、仕事で忙しいんだろ? そんな相手に無理はさせられないさ』

 

 遊戯には伏せているがもう一人の遊戯にはある懸念がある。

 

 海馬に水面下で立ち向かっていた存在は恐らく神崎であろうともう一人の遊戯は当たりを付けていた。

 

――あの海馬があそこまで警戒を露わにする相手、相棒には言わないが何かイヤな予感がする。

 

 だが親友、城之内の恩人でもある。

 

 そんな思いを押しとどめながらもう一人の遊戯は続ける。

 

『それに俺の記憶は何も残っちゃいない。そんな状態じゃあ何を聞いても確信が得られそうもないんだ――俺は一体なんなんだ……』

 

「もうやめようこんな話……」

 

 話が不穏な方向に流れるのを感じた遊戯はこの話題を切り上げようとするが――

 

『一つだけわかっているのはお前が千年パズルを持つことによって俺が存在できるということだけだ。そして俺は――』

 

 過去にあった千年パズルが遊戯の手元から離れた事件からそう推察するもう一人の遊戯。

 

「もういいよ!」

 

 思わず遊戯は不安が溢れたかのように叫ぶ。

 

『すまない。だが俺は記憶なんて戻らなくてかまわない……俺は永遠にお前と共にいれればそれで――』

 

「ボクだってそうだよ……ボクの記憶を全部あげるから、これからも――」

 

 互いが互いを想うがゆえに決断を下せぬまま夜は過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 KCに帰還した海馬はさっそく新たな大会を開きつつ邪魔者が入らぬように手を打つ為に神崎の仕事部屋へと足を運ぶ。

 

「お、お待ちください! か、海馬社長!」

 

 受付の鼻眼鏡こと、北森がその歩みを止めようとするが、海馬は無視して突き進む。

 

 色々と言葉を尽くす北森だが海馬は聞く耳を持たない。何とも無力な受付だ。

 

 海馬がKCのトップゆえに物理的にどうこう出来ない制限を加味してもやはり無力だった。

 

「神崎はいるか! 話がある!」

 

 声を張り上げ神崎を呼び出す海馬に受付の存在意義に頭を悩ませながら神崎はいつものように笑顔で対応した。

 

「おや、これは海馬社長。今回はどういったご用件で?」

 

 驚いたような言葉とは裏腹にいつもの笑顔が崩れない神崎に海馬は苛立ちつつ用件を話す。

 

「……チッ。ここ童実野町にて町全体を使ったデュエル大会を開く。むろん俺も参加するつもりだ。ゆえに大会の公平性のためにこの大会は全て貴様が企画・運営しろ」

 

 海馬は神崎が何らかの形で介入してくる可能性を予期していた。ゆえに最初から大会運営を任せることで神崎の行動を制限する目的があるのだろう。

 

「おや、随分と急な話ですね。ですが了承しました」

 

 そう言いつつも一応の準備は進めているため神崎にはさほど難しくはない。

 

 そんな「問題ない」とでも言いたげな態度にさらに海馬の苛立ちは募る。

 

「それとヤツもこの大会に参加させろ」

 

 だが続く海馬の言葉に神崎の思考は一瞬止まる。

 

「……ヤツ?」

 

「惚けるな、貴様のもっとも重宝するデュエリストの存在を俺が知らんとでも思ったのか!」

 

 ここで神崎はようやく「ヤツ」に思い至る。「謎のデュエリスト(笑)」のことだと。

 

「お言葉ですが――」

 

 だが「謎のデュエリスト(笑)」の中の人こと神崎はバトルシティに参加は出来ない。

 

 

 神崎は大会中にマリクの動向を探り、マリクの闇の人格が表に出る前に片を付ける予定があった。

 

 闇の人格のマリクよりも表の人格のマリクの方が対処は容易だ。

 

 

 だがそこで問題になるのは人を操る力を持った「千年ロッド」である。

 

 一応の対抗手段として人造闇のアイテム「精霊の鍵」があるが千年アイテムのポテンシャルを考えれば万が一の危険性があるため、万全を期すために「冥界の王」の力を得た神崎が出向く計画だった。

 

 

 だが「謎のデュエリスト(笑)」として大会に参加してしまうとそうはいかない。

 

 折角「強キャラ感」が噂で広まり、心理フェイズで大きく貢献できるようになった「謎のデュエリスト(笑)」の看板。

 

 だがそれゆえに名を上げようとするデュエリストにとって格好の獲物になってしまった実情がある。

 

 

 早い話が隠密作戦に絶望的に向いていない。

 

 

 ならば「所属デュエリストに替え玉をすれば!」と考えるかもしれないがそれも難しい。

 

 

 本来デュエリストが全力を出せるのは絆を紡いだ己がデッキのみ、他の使い慣れていないデッキを使わせても結果は見えているのだから……

 

 絆が紡げないゆえのデッキの多様性を受け継げるものがいない。

 

 

 ゆえに断ろうとした神崎だが――

 

「必ず参加させろ! デュエリストならば『神のカード』の存在を知れば必ず参加するはずだ! よって返答は肯定以外認めん! 用はそれだけだ! 俺は大会に向けてデッキを強化せねばならん!」

 

 そう言って立ち去る海馬に「無理です」などと神崎は言えなかった。

 

 そして返事も聞かずに立ち去っていく海馬。

 

 神崎は内心で頭を抱える。

 

「その、大会運営頑張りましょう! 神崎さん!」

 

「そうですね。忙しくなりそうです」

 

 そんな北森のどこかズレた励ましに神崎は力なく答えた。

 

 

 

 




バトルシティに参加決定!
やったぜ!


~入りきらなかった人物紹介~
御伽龍児の父
原作では
過去に遊戯の祖父、双六と闇のゲームで戦い敗北。
その代償として老いた姿となった。

その一件の私怨から自分の息子の御伽龍児と共に遊戯に挑んだ。
復讐は失敗したが、その後和解。

アニメ版では「大人の都合」によりいなかったことにされている――ドンマイ……


今作では
ツバインシュタイン博士の奮闘のお蔭で元の姿に戻れたため正気を取り戻し、息子の御伽龍児と共にゲーム開発に取り組んでいる。

作者も治療過程を描写しようか悩んだが
過去に双六とどんな闇のゲームをしていたのかがはっきりしない点と
正常な状態の御伽の父がどんな人物かが掴めなかったため断念した。




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第52話 その虚像は掴めない



海馬VSデュエルロボ 前編です

前回のあらすじ
御伽に優しくとも厳しい世界

イシズ、不穏な未来に原作以上に警戒

相棒とアテムは仲良しやな~(白目) の3本でした。じゃん、けん、ポン! ウフフフ





 

 

 海馬瀬人は最新鋭のデュエルディスクを手に同じく最新型のデュエルロボと対峙していた。

 

 そしてモクバは海馬に元気一杯に告げる。

 

「兄サマ! こっちの準備はOKだぜ!」

 

「海馬社長、こちらも準備できておりますぞ!」

 

 そして遠足に行く前の子供の様にツバインシュタイン博士もそれに続いた。

 

 

 なぜ海馬の嫌うオカルト課のツバインシュタイン博士がここにいるのかというと――

 

 神崎がバトルシティに関する諸々を引き受ける上での対価として神のカードの力の測定を願ったからである――海馬もある条件を付けたしそれに了承した。

 

 

「デュエルを開始シマス。ヨロシイデスカ? 海馬社長」

 

「いつでもかかってくるがいい! 貴様がどこまでやれるか、見ものだな!」

 

 海馬は新しく生まれ変わったデュエルディスクと自身のデッキを構えた。

 

「「デュエル!!」」

 

 先行はデュエルロボ。

 

「ワタシの先攻デス、ドローしマス。ワタシは《天帝従騎イデア》を召喚シ、効果によりデッキから《冥帝従騎エイドス》を特殊召喚シマス」

 

 白い陣が現れ、そこに降り立ったのは白銀の従騎士《天帝従騎イデア》。

 

 《天帝従騎イデア》が隣を指し示すと、そこから黒い陣が現れ、漆黒の従騎士《冥帝従騎エイドス》が並ぶ。

 

《天帝従騎イデア》

星1 光属性 戦士族

攻 800 守1000

 

《冥帝従騎エイドス》

星2 闇属性 魔法使い族

攻 800 守1000

 

「さらに魔法カード《帝王の深怨》を発動。手札の攻2800・守1000の《爆炎帝テスタロス》を公開し、デッキより通常魔法《汎神の帝王》を手札に加えマス」

 

 《爆炎帝テスタロス》の炎がデュエルロボの手札に灯る。

 

「そして魔法カード《汎神の帝王》を発動シ、手札の《帝王の凍気》を捨てて2枚ドローデス」

 

 白き天空の帝と黒き幽冥の帝がデュエルロボの後ろに現れ、デッキに力を送り新たな力を呼び込んだ。

 

「墓地の《汎神の帝王》を除外し効果を発動デス。デッキから3枚の『帝王』魔法・罠を見せ、相手が選択した1枚を手札に加えマス」

 

 フィールド上に3枚の同じカードが浮かび上がる。

 

「これではどれを選ぼうとも変わらんな……その《帝王の烈旋》をさっさと手札に加えるがいい」

 

 デュエルロボの機械の腕が器用に3枚の内の1枚を手札に加え、残りをデッキに戻しシャッフルする。

 

「次に《進撃の帝王》、《帝王の開岩》の2枚の永続魔法を発動シマス」

 

 周囲に炎が上がり、大地は砕ける。

 

「《冥帝従騎エイドス》が召喚・特殊召喚しているため私は通常召喚とは別にアドバンス召喚を一度行えマス」

 

 《冥帝従騎エイドス》が腕を突き上げる。

 

「《天帝従騎イデア》と《冥帝従騎エイドス》をリリースして《爆炎帝テスタロス》をアドバンス召喚デス」

 

 2体の従騎士が火柱となって燃え上がり、爆発と共に赤土色の鎧が炎を纏いながら歩み出る。

 

 そのいでたちは爆炎の名に相応しく、その身から溢れる熱風が紺色のマントを揺らす。

 

《爆炎帝テスタロス》

星8 炎属性 炎族

攻2800 守1000

 

 そして《爆炎帝テスタロス》の手に炎が灯る。

 

「アドバンス召喚に成功したことデ、《爆炎帝テスタロス》の手札を墓地に送る効果を発動シ、

その効果にチェーンして、永続魔法《帝王の開岩》のサーチ効果を発動シ、

さらに、その効果にチェーンして、墓地に送られた《天帝従騎イデア》のサルベージ効果を発動シマス」

 

「随分と忙しないことだ……」

 

 幾重にも重ねられるチェーン処理に海馬は嘲笑とともに言い放つ――そこまでしなければデッキを回せないのかと。

 

「チェーンの逆順処理を行いマス。まず墓地に送られた《天帝従騎イデア》の効果により除外されている《汎神の帝王》を手札に加えマス」

 

 《天帝従騎イデア》から放たれた光の線が次元を突き抜けカードを手繰り寄せる。

 

「次に永続魔法《帝王の開岩》の効果によりデッキから《天帝アイテール》を手札に加えマス」

 

 割れた大地から白き帝が現れ、光となってデュエルロボの手札に加わり――

 

「最後に《爆炎帝テスタロス》の効果で海馬社長の手札を確認して1枚捨てマス」

 

「クッ、おのれ……」

 

 己が手札を晒す屈辱に苛立つ海馬。

 

 だがデュエルロボは淡々と墓地に送るカードを指し示す。

 

「では《混沌帝龍-終焉の使者-》を墓地に送りマス。そして墓地に送ったカードがモンスターだったため、そのレベル×200のダメージを与えマス」

 

 《爆炎帝テスタロス》の手から放たれた炎が海馬の手札を打ち抜き、その炎は《混沌帝龍-終焉の使者-》を形どり海馬を呑み込む。

 

海馬LP:4000 → 2400

 

「《混沌帝龍-終焉の使者-》のレベルは8つまりは1600のダメージか……攻撃が許されない先攻にも関わらずコレか――それでこそ俺の新たなデッキを試すに相応しい!」

 

 海馬の高ぶる感情を余所にデュエルロボは淡々とデュエルを進めていく。

 

「マダマダ行きマス海馬社長。ワタシは今手札に加えた《汎神の帝王》を発動シ、手札の《真源の帝王》を捨てて2枚ドローシマス。そしてフィールド魔法《真帝王領域》を発動シマス」

 

 《爆炎帝テスタロス》の後ろからせり上がるよう現れる厳かな玉座。

 

「これによりワタシのフィールドにのみアドバンス召喚シタ《爆炎帝テスタロス》が存在シ、ワタシのエクストラデッキにカードが存在しないため

海馬社長はエクストラデッキからの特殊召喚を封じられマス」

 

 《爆炎帝テスタロス》が手をかざすと空席の玉座から周囲を押しつぶすようなプレッシャーが放たれる。

 

「ほう、俺のアルティメットを封じにきたか……」

 

「さらに墓地の《真源の帝王》の効果を発動シマス。このカード以外の自分の墓地の『帝王』魔法・罠カード――《帝王の凍気》を除外しこのカードを通常モンスターとして守備表示で特殊召喚」

 

 白いヴェールで姿を隠したモンスターが現れ空席の玉座に腰を下ろす。

 

 そのシルエットから「帝」モンスターだと思われる。

 

《真源の帝王》

星5 光属性 天使族

攻1000 守2400

 

「そして手札から《雷帝家臣ミスラ》を特殊召喚シマス」

 

 小さなスパークと共に踊り子のようなアーマーを纏った家臣がクルリと横に一回転した後、王座に向かって跪く。

 

《雷帝家臣ミスラ》

星2 光属性 雷族

攻 800 守1000

 

「デスガその効果により海馬社長のフィールドに『家臣トークン』が守備表示で特殊召喚されマス」

 

 《雷帝家臣ミスラ》から漏れ出た電撃が海馬のフィールドに留まり人型となって腕を交差させ跪く。

 

『家臣トークン』

星1 光属性 雷族

攻 800 守1000

 

「カードを2枚伏せてターンエンドしマス。海馬社長のターンデス」

 

 3体のモンスターに魔法・罠ゾーンのカードが5枚。

 

 その布陣を見て海馬は思わず挑戦的な笑みを浮かべる――これならば楽しめそうだ、と。

 

「ふぅん、随分と長いターンだったな――それがただ無駄な時間をかけただけではないと思いたいものだ……俺のターン、ドロー!」

 

 自分フィールドの『家臣トークン』に視線を向けた海馬は手札のカードをすぐさまデュエルディスクに叩きつけるように差し込む。

 

「俺のフィールドに貴様のモンスターがいる場所などない! 魔法カード《ブラック・ホール》を発動! フィールドの全てのモンスターを破壊する! 貴様が並べたモンスター諸共消え去るがいい!!」

 

 フィールドの中央を起点にあらゆる存在を呑み高重力の空間が発生し、全てを呑みこまんとフィールドのモンスターを引き寄せる。

 

 ジリジリと《ブラック・ホール》に引き寄せられるモンスターだが《爆炎帝テスタロス》のみマントをはためかせながら悠然とした佇まいで君臨していた。

 

「永続魔法《進撃の帝王》の効果によりワタシのフィールドのアドバンス召喚したモンスターは効果の対象にならズ、効果では破壊されマセン」

 

 何故耐えられるか注釈を入れるデュエルロボ。

 

「ほう、耐えるか……だが――」

 

 海馬もマントをはためかせながら満足げに呟く。

 

「――他の3体には消えてもらうぞ!!」

 

 海馬のフィールドの1体とデュエルロボのフィールドの2体のモンスターが地面に踏ん張りきれずに宙を舞う。だが――

 

「サセマセン。《ブラック・ホール》にチェーンして手札の《天帝アイテール》の効果を発動しマス」

 

 《真源の帝王》はその白いヴェールから黄金の杖を宙に投げ出す。

 

「その効果にヨリ相手メインフェイズに自分の墓地の『帝王』魔法・罠カード1枚を除外してこのカードをアドバンス召喚しマス。ワタシは墓地の《帝王の深怨》を除外」

 

 黄金の杖から放たれる光が《真源の帝王》のヴェールと《雷帝家臣ミスラ》を包み込み引き寄せる。

 

「《真源の帝王》と《雷帝家臣ミスラ》をリリースし、《天帝アイテール》をアドバンス召喚」

 

 光の粒子となった《雷帝家臣ミスラ》が黄金の杖に宿り、その杖は《真源の帝王》のヴェールを突き抜けその玉座に座る帝王の元へと返る。

 

 そしてその杖でヴェールを払い姿を見せたのは女性的な姿をした白き帝王。

 

 左手で杖を掲げその威光を示す。

 

《天帝アイテール》

星8 光属性 天使族

攻2800 守1000

 

「これによりワタシのフィールドのモンスターは全てアドバンス召喚されたモンスターとなりまシタ。よって《進撃の帝王》に守られ、《ブラック・ホール》で破壊されるのは海馬社長のモンスターのみデス」

 

 『家臣トークン』が懸命に手足をバタつかせるも、最終的に一人さびしく《ブラック・ホール》に呑み込まれていく。

 

 役目を終えた《ブラック・ホール》は収束していった。

 

「上手く躱したものだ」

 

「アリガトウゴザイマス。そしてアドバンス召喚に成功したことデ、《天帝アイテール》の効果を発動シマス」

 

 今回はチェーン2でアドバンス召喚されたため、《帝王の開岩》のサーチ効果はタイミングを逃す。コンマイ語……難解すぎる。

 

 海馬の称賛にデュエルロボは機械的に礼を言いつつもデュエルの手を休めることはない。

 

 現れた新たな「帝」。

 

「次はそいつか……」

 

 海馬は相手の出方を待つ。

 

「《天帝アイテール》の効果にヨリ、手札・デッキから『帝王』魔法・罠カード2種類を墓地へ送ることで、デッキから攻撃力2400以上・守備力1000のモンスター1体を特殊召喚しマス」

 

 《天帝アイテール》が杖を地面に向けるとそこから光が溢れ、何者かを形取る。

 

「ワタシはデッキから2枚目の《帝王の深怨》と2枚目の《帝王の凍気》を墓地に送り《光帝クライス》を特殊召喚しマス。ただしこの効果で呼び出されたモンスターはエンドフェイズに持ち主の手札に戻りマス」

 

 その光は黄金の輝きを放つ光の帝を生み出す。

 

 そして《光帝クライス》は両の手を掲げ《天帝アイテール》に呼び出して頂いた栄誉に喜びを表す。

 

《光帝クライス》

星6 光属性 戦士族

攻2400 守1000

 

「エンドフェイズか……まさかと思うが、この俺が貴様のターンまでその程度のモンスターを生かしておくと思っているのか!」

 

「その心配には及びまセン海馬社長。ワタシは《光帝クライス》の効果を発動しマス」

 

 《光帝クライス》に《天帝アイテール》からの勅命が下される。

 

「このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、フィールドのカードを2枚まで破壊し、破壊された枚数分だけそのカードのコントローラーはデッキからドローできマス」

 

 《光帝クライス》は敬愛を仰ぐ《天帝アイテール》のためどんな障害をも排除する意気込みでその両拳を打ち合わせる。

 

「ワタシはワタシのセットカードと《光帝クライス》を破壊しマス。その効果にチェーンしてそのセットカード――速攻魔法《帝王の烈旋》を発動しマス」

 

 告げられた言葉の意味を理解するのに時間を要する《光帝クライス》。

 

 《帝王の烈旋》により吹きすさぶ風が哀愁を誘うが――

 

 

 今の《光帝クライス》にあるのは歓喜。

 

 敬愛する存在(天帝アイテール)の為に死ねると大仰な仕草でその名誉に酔いしれる。

 

 そして自身の持つエネルギーを爆発させ周囲に幻想的な煌めく光を散りばめる――どうかその心に残って欲しい、そんな思いを込めて……

 

「破壊された2枚のカードのコントローラーはワタシ――よってその枚数分2枚ドローしマス」

 

 散りばめられた光はデュエルロボの手札に加わった。

 

 

 海馬のターンにも関わらず展開されるデュエルロボの「帝」たちにモニター室のモクバはどこか不安げだ。

 

 そんなモクバを安心させるように海馬は力強くカードを発動させる。

 

「ならば俺は速攻魔法《魔力の泉》を発動! その効果により貴様のフィールドの表側表示の魔法・罠カードの数だけドローし、俺のフィールドの表側表示の魔法・罠カードの数だけ手札を捨てる!」

 

 ボコッと地面から生えてきた天使と思しき木像の根元から魔力の籠った水が溢れ出す。

 

「貴様のフィールドの表側の魔法・罠カードは3枚! そして俺のフィールドには《魔力の泉》のみ! よって3枚ドローし、手札を1枚捨てる!」

 

 その水は瞬く間に広がり《進撃の帝王》、《帝王の開岩》、《真帝王領域》にラインを繋ぎ魔力を作用させる。

 

 そして海馬の手札に潤いとなるドローを与えつつ、貢物の如く海馬は1枚の手札を墓地へと送る。

 

 すると水面に落ちた白い石が薄く発光する。

 

「今、墓地に送った《伝説の白石》の効果でデッキから《青眼の白龍》を手札に加える!」

 

 《魔力の泉》の水が引いていくのに合わせ《伝説の白石》から半透明な《青眼の白龍》が水しぶきを上げながら海馬の手札へ飛び立った。

 

「さらに魔法カード《トレード・イン》を発動し手札のレベル8《青眼の白龍》を墓地に送り2枚ドロー!」

 

 海馬の背後に現れた《青眼の白龍》はその身を粒子に変えデッキに光を灯す。

 

「まだだ! 俺は魔法カード《調和の宝札》を発動! これにより手札の攻撃力1000以下のドラゴン族チューナーである2枚目の《伝説の白石》を捨て、2枚ドロー!!」

 

 《伝説の白石》にヒビが入り、そこから再び《青眼の白龍》が海馬を一瞥してから手札に加わる――その顔はまた墓地に送られるのかと言いたげだ。

 

「再び《伝説の白石》が墓地に送られたことでデッキから2枚目の《青眼の白龍》を手札に!」

 

 こうしてハンデス効果とカードの無駄撃ちをさせられ心許なかった海馬の手札が怒涛のドローラッシュで初期手札を超えるまでに膨れ上がる。

 

 

 そして海馬は不敵に笑う――攻め込むつもりのようだ。

 

「そして俺のフィールドにモンスターが存在しない時! 魔法カード《予想 GUY(ガイ)》を発動! それによりデッキから通常モンスターを呼び出す! 現れろ! 《ブラッド・ヴォルス》!!」

 

 フィールドに放電が奔り、悪逆の限りを尽くした魔獣人が多くの血を吸った斧を振りかぶり今宵の獲物は誰だと言わんばかりに下卑た笑いを浮かべる。

 

 だが並び立つ2体の「帝王」の前に思わず笑みは止まり冷や汗が流れた。

 

《ブラッド・ヴォルス》

星4 闇属性 獣戦士族

攻1900 守1200

 

「さらに魔法カード《ワン・フォー・ワン》発動! 手札のモンスター《太古の白石(ホワイト・オブ・エンシェント)》を捨て、デッキよりレベル1のモンスターを特殊召喚する! 来るがいい! 3体目の《伝説の白石》!!」

 

 《太古の白石》が光と共にひび割れ、その中から《伝説の白石》が飛び出し《ブラッド・ヴォルス》の足元に転がる。

 

《伝説の白石》

星1 光属性 ドラゴン族

攻 300 守 250

 

「これで準備は整った――俺は《ブラッド・ヴォルス》と《伝説の白石》をリリースしアドバンス召喚! その白き威光で敵を粉砕しろ! 《青眼の白龍》!!」

 

 《ブラッド・ヴォルス》が《伝説の白石》を手に天へと捧げると《伝説の白石》が周囲を光で覆いつくす。

 

 そして《伝説の白石》は砕け、そこから《青眼の白龍》が悠然と翼を広げた。

 

《青眼の白龍》

星8 光属性 ドラゴン族

攻3000 守2500

 

「そして三度《伝説の白石》が墓地に送られたことでデッキから3枚目の《青眼の白龍》を手札に加える!」

 

 砕けた《伝説の白石》からスッっと残り火のような光が漏れ、そこから最後の半透明の《青眼の白龍》が海馬のフィールドの《青眼の白龍》とすれ違いながら海馬の手札に加わる。

 

 

 アドバンス召喚された《青眼の白龍》の存在は《真帝王領域》の力の波動を緩和させた。

 

「これで貴様の《真帝王領域》のエクストラ封じも解けた……だが手を緩めるつもりはない!」

 

 《真帝王領域》のエクストラデッキからの召喚を封じるためには自身のフィールドにのみアドバンス召喚したモンスターが存在する必要がある。

 

 互いのフィールドにアドバンス召喚したモンスターが並び立つこの状況ではその効果は発生しない。

 

 だがデュエルロボは沈黙を保つ。

 

「俺はさらに魔法カード《死者蘇生》を発動し 墓地よりモンスターを蘇生させる! 並び立てぇ! 白き威光よっ! 我が元に降り立つがいい! 蘇れ! 《青眼の白龍》!!」

 

 天から伸びる十字架が光を放ち《青眼の白龍》の傍に照らされ、《青眼の白龍》の咆哮に呼応するかのようにその姿を揺らす。

 

 そして光が収束し、2体目の《青眼の白龍》がもう1体目の咆哮に共鳴するかのように雄叫びを上げた。

 

《青眼の白龍》2体目

星8 光属性 ドラゴン族

攻3000 守2500

 

「バトルだ! ブルーアイズで《天帝アイテール》を攻撃!! 滅びの――」

 

 《青眼の白龍》の一撃が《真帝王領域》の玉座に座る《天帝アイテール》を目がけて放たれる。だが――

 

「永続罠《連撃の帝王》を発動しマス。これによりワタシはメインフェイズ及びバトルフェイズにアドバンス召喚を1度、行えマス」

 

 その白き滅びの一撃の前に《爆炎帝テスタロス》が《天帝アイテール》を守護するように立ち塞がった。

 

「だが貴様が何を呼ぼうとも俺のブルーアイズは止まらん!」

 

「イエ止まりマス。ワタシは先程発動していた速攻魔法《帝王の烈旋》の効果にヨリ

海馬社長の攻撃宣言なされタ《青眼の白龍》をリリースしマス」

 

「なにぃ!」

 

 デュエルロボは《光帝クライス》によって破壊される前に発動していたカードの効果を温存していたのだ。

 

「ワタシは海馬社長の攻撃宣言した《青眼の白龍》とワタシの《爆炎帝テスタロス》をリリースし《冥帝エレボス》をアドバンス召喚しマス」

 

 《青眼の白龍》の滅びのブレスに身を投じた《爆炎帝テスタロス》は己が命を燃やし天まで届く業火となって《青眼の白龍》諸共自身を包む。

 

 

 するとその業火の中から腕を一蹴させ《冥帝エレボス》が炎燃え盛る地獄のような場所から悠然と《天帝アイテール》が座す玉座に歩み寄る。

 

 そして《天帝アイテール》と並び立つように瘴気が固まり玉座が生まれ《冥帝エレボス》はそこに腰かけた。

 

《冥帝エレボス》

星8 闇属性 アンデット族

攻2800 守1000

 

「だがもう一体の《青眼の白龍》の攻撃力には及ばん!」

 

 ならばもう一体で――

 

 そう考えた海馬の思考を遮るようにデュエルロボの声が響く。

 

「アドバンス召喚に成功したことデ、《冥帝エレボス》の効果を発動シ、

その効果にチェーンして、永続魔法《帝王の開岩》のサーチ効果を発動シマス」

 

「ふぅん、随分とワンパターンなことだな」

 

 その姿に海馬は既に見飽きたと言わんばかりの態度だ。

 

「チェーンの逆順処理を行いマス。

まずは《帝王の開岩》の効果によりデッキから《怨邪帝ガイウス》を手札に加えマス」

 

 割れた大地から怨嗟の声と共に黒き帝が現れ、邪気となってデュエルロボの手札に加わり――

 

「そしてアドバンス召喚に成功した《冥帝エレボス》の効果にヨリ、

手札・デッキから『帝王』魔法・罠カード2種類を墓地へ送り、

相手の手札・フィールド・墓地の中からカード1枚をデッキに戻しマス」

 

「なんだとっ!」

 

 《冥帝エレボス》が頬杖を突きながら、もう片方の手に瘴気を収束させる。

 

「ワタシはデッキから2枚目の《帝王の開岩》と3枚目の《帝王の凍気》を墓地に送り、残った《青眼の白龍》をデッキに戻しマス」

 

 収束した瘴気は《冥帝エレボス》の手から放たれ《青眼の白龍》を呑み込まんと襲い掛かる。

 

 宙を舞い、ブレスを放ち抵抗を見せる《青眼の白龍》。

 

 だが瘴気に足を掴まれ動きが止まり、その隙に《青眼の白龍》の全身を瘴気が覆い尽くす。

 

 そして瘴気が消えた後、海馬の誇る白き龍の姿はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 管制室でデュエルの様子をモニターしていたモクバは震える声でツバインシュタイン博士に確認を取る。

 

「今……兄サマのターン……だよ、な……」

 

 海馬のターンにも関わらず次々と現れる「帝」。

 

 その光景にモクバは青ざめる。

 

「そうですぞ。いやぁしかし凄まじい数値ですな!」

 

 だがツバインシュタイン博士はモクバの動揺など見向きもせずに機械が計測した数値に釘付けだ。

 

「一体何なんだよアイツは! いくら最新型のデェエルロボの性能をMAXにしたとしても兄サマを相手に――」

 

 動揺を見せるモクバにツバインシュタイン博士は今思い出したように機材から顔を上げる。だがその視線は計器の数値に釘付けだ。

 

「ふむ、そういえばモクバ様は御存じでなかったですな」

 

「何か知ってるのか! 博士!」

 

 縋るように尋ねるモクバ。だがツバインシュタイン博士はどこ吹く風だ。

 

「知っているも何も――あれは海馬社長の命を受け『あるデュエリストのデュエルデータ』を私がデュエルロボに入力しそのデッキを再現させたものです」

 

 そう、海馬が神のカードの力を計測する条件として提示したのは神崎が全ての情報を握る「とあるデュエリストのデュエルデータ」。

 

 

 今海馬と対峙するデッキはそのデータを元にデュエルロボがデッキを再現したものである。

 

 喜ぶべきか悲しむべきか判断し難いことに「本来の使用者」よりも確実に強い――本来の使用者は初手で此処までの展開は早々出来ない。

 

 生まれてまだ間もないロボットにドロー力が負けている悲しい現実がそこにはあった。

 

「一体誰なんだよ! あれだけの実力で無名なわけないだろ!」

 

 モクバの知識に「帝」を従えるデュエリストの姿はない。

 

「私も本名など知りませんよ。各々好き勝手に呼んでいますし」

 

「な、なんだよそれ……」

 

 名などに意味はないとでも言いたげな在り方。それは歪であるとモクバは思う。

 

「え~と、たしか――『帝』・『龍王』・『探究者』・『魔鏡』・『影』・『煉獄』・『召喚師』・『鎧龍王』・『不死者』・『炎神』・『光牙』・『餓鬼』にそれと――」

 

 聞いたことのある「名」を端から呪文のように唱えていくツバインシュタイン博士の言葉を遮りながらモクバは思わず声を荒げる。

 

「なんでそんなに呼び名が多いんだよ!」

 

 モクバの当然の疑問にこれまで計器から目を離さなかったツバインシュタイン博士はモクバを見やり、そして生徒に教え諭すように語りだす。

 

「それはですな、一般的なデュエリストのデッキは大体1つ、もしくは2つ、多くても4~6と言ったところでしょうか?」

 

 呼び名の話の筈が急にデッキの個数の話を始めるツバインシュタイン博士。モクバにはその意図が読めない。

 

 

 上述されたように複数のデッキを持つデュエリストは決して多くはない。

 

 カードの値段による経済的な面もあるが、カードに対する思い入れから自身が持ち歩ける程度の数に自然となるものだ。

 

「己の『魂』とも言うべき『デッキ』、そう数を用意できるものではありません――ですが彼の場合はその『デッキ』が『魂』になりえなかった」

 

「!? 呼び名が多いのって!」

 

 モクバの瞳に理解の色が見える。ツバインシュタイン博士は満足気だ。

 

「そう、全て彼の使う数多のデッキを指し示しているだけです。そのどれも彼自身を指し示している訳ではないのですよ」

 

 

 実際の所は「名称不明の方が『強キャラ感』が出るのでは?」と言った大したことのない理由である。

 

 

「でもそんなに沢山名前があるんじゃどう呼んだらいいんだよ……ちなみに博士は何て呼んでるんだ?」

 

 ツバインシュタイン博士のマイペースに説明する姿から若干落ち着きを取り戻したモクバはツバインシュタイン博士がどう呼ぶのかを問いかけた。

 

「私ですか? 私はペガサス会長が最近になって名付けたものが一番しっくりきましたね。ああ、と納得できました」

 

「……それって?」

 

 恐る恐る答えを待つモクバにツバインシュタイン博士は過去を懐かしむように語りだす。

 

「彼にとって数多のデッキはその一面に過ぎず、本質に在らず。

 

そしてまるで多くの役を演じ変えるかのような数々のデッキと

 

本人の感情なき在り方への皮肉も込めてこう呼んだそうです

 

 

 

 

 

 

 

 

――『役者(アクター)』と」

 

 

 






やっと「謎のデュエリスト(笑)」から卒業ッ!



実は名づけたのはシンディアだったりする舞台裏ァ!

ペガサス「彼はとても色んなデッキを使い分るのデース!」

シンディア「まぁ! まるで役者さんみたいね」

ペガサス「役者(アクター)! ピッタリデース! ですがそんな彼にも一つだけ演じきれないものがありマース……」

シンディア「それって?」

ペガサス「それは貴方――シンディアの美しさデース(キリッ)」




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第53話 その勝利は誰のもの


海馬VSデュエルロボ 後編です

ですがその前に――
新しいタグ「三幻神の効果は原作風」を追加しました

何故か――
原作にて「ペガサスが『三枚』の神のカードを生み出した」とあるので

《ラーの翼神竜》をOCGの三形態仕様にするのは問題があると考えたゆえです。


当初は「ラーの翼神竜」のみ効果を「原作効果をOCG風に解釈する」予定でしたが

それでは他二体の神の「絶対性」が薄れると考えたので

ヒエラティックテキストで記されている「三幻神」全ての効果を
「原作効果をOCG風に解釈する」ことにしました


ですので、どうかご理解頂けますと幸いです。




~今の所のチューナーの扱いについて~
劇中にて紹介する予定でしたが、結構先になりそうなので先んじて

今の所は
「チューナー」という「カテゴリー」扱いになっております

ですので「シンクロ召喚」は5D’sに関わる話まで出てきません



前回のあらすじ
デュエルロボ メッチャ強えぇ……オリジナルより強えぇ(泣)

やっと名前を付けて上げれた(笑)





 

 

 海馬はバトルフェイズを終え、互いのフィールドを確認する。

 

 2体の《青眼の白龍》で攻勢に出た筈の海馬。

 

 それも今はデュエルロボのフィールドに鎮座する海馬のターンに呼び出された新たな「帝」が2体により己が魂のカードは消え失せた。

 

 その現状を確認し海馬は頭を切り替える。

 

 どこか甘く見ていたのかもしれない――所詮は機械だと。

 

「俺はカードを1枚セットしターンエンドだ」

 

 だが海馬はこのまま何もせずターンを明け渡すようなデュエリストではない。

 

「エンドフェイズ時にこのターン墓地に送られた《太古の白石》の効果を発動! デッキからブルーアイズモンスターを呼び出す!」

 

 《太古の白石》が地面を押しのけ海馬のフィールドに飛び出し、そこから龍の形をした光が現れ、少しずつその姿を確かなものとする。

 

「現れろ! 我が魂の写し身! 《白き霊龍》!!」

 

 光が龍の形に収束するとそこには体表の白みが増した《青眼の白龍》に似たドラゴンが現れ、海馬を守るべく立ち塞がり守備表示を取る。

 

《白き霊龍》

星8 光属性 ドラゴン族

攻2500 守2000

 

「このカードはルール上『ブルーアイズ』モンスターとして扱われる! そしてこのカードが召喚・特殊召喚に成功した時、貴様のフィールドの魔法・罠カードを1枚除外する!」

 

 《白き霊龍》が翼を広げ宙を舞う――獲物を物色するように。

 

 だが海馬は心中で5枚のカードの内どのカードを除去するかを思い悩む。

 

 

 《青眼の究極竜》などのエクストラデッキのモンスターの呼び出しを封じる《真帝王領域》

 

 帝王たちに耐性を与える《進撃の帝王》

 

 後続を保つ《帝王の開岩》

 

 相手ターンでも展開を可能にする《連撃の帝王》

 

 

 そして海馬は選択する。

 

「俺は《進撃の帝王》を除外する! 俺の発動した《魔力の泉》の効果で守られるのは破壊のみ! 除外は防げん!」

 

 選んだのは強固な耐性をアドバンス召喚された「帝」たちに与える《進撃の帝王》。

 

 その獲物目がけて《白き霊龍》はデュエルロボのフィールドの《進撃の帝王》をブレスで打ち抜いた。

 

「さあ貴様のターンだ!」

 

 これで多少は攻めやすくなった筈だと海馬は力強く宣言する。

 

 

 だがロボは海馬の心情など知らず淡々と勝利を目指しカードを引く。

 

「ワタシのターン、ドローデス。ワタシは墓地の《汎神の帝王》を除外して効果を発動。この3枚のカードから1枚をお選び下サイ、海馬社長」

 

 フィールドに現れるのは《帝王の烈旋》2枚と、それ(帝王の烈旋)をサーチできる《帝王の深怨》。

 

 どれを選ぼうとも結果は変わらない。

 

「……《帝王の烈旋》を選ぶ」

 

 悔しげな海馬を余所にデュエルロボは効果を発動させる。

 

「そして墓地の《冥帝従騎エイドス》の効果を発動しマス」

 

 墓地に眠る《冥帝従騎エイドス》が地の底から響くような雄叫びを上げる。

 

「墓地のこのカードを除外し、『冥帝従騎エイドス』以外のワタシの墓地の攻撃力800、守備力1000のモンスター1体を守備表示で蘇生しマス」

 

 デュエルロボのフィールドに泥のような陣が現れる――それはペキペキと不気味に脈動していた。

 

「その効果により墓地の《天帝従騎イデア》を特殊召喚。そしてその効果を再び発動し、デッキから2枚目の《冥帝従騎エイドス》を特殊召喚しマス」

 

 デュエルロボの1ターン目の光景の焼き増しのような布陣。だが今のターンには既に2体の帝が鎮座している。

 

 そしてフィールドの泥から現れる《天帝従騎イデア》。

 

 泥を払うように手を一閃させ、その隣に2体目の《冥帝従騎エイドス》が立ち並ぶ。

 

《天帝従騎イデア》

星1 光属性 戦士族

攻 800 守1000

 

《冥帝従騎エイドス》

星2 闇属性 魔法使い族

攻 800 守1000

 

「さらに墓地の《真源の帝王》の効果を発動シ、墓地の《帝王の烈旋》を除外することでこのカードを通常モンスターとして守備表示で特殊召喚しマス」

 

 再び現れる白いヴェールで姿を隠した謎の帝。

 

 だが今回は玉座に座らず膝を突く。

 

《真源の帝王》

星5 光属性 天使族

攻1000 守2400

 

「前のターンとほぼ同じか――本当に芸のないことだ……」

 

 表面上は呆れを見せる海馬。

 

 だがその内心は思惑が外れたことに警戒を強める――帝への貢物(リリース要員)が揃ったにも関わらずその手札は減っていないのだから。

 

「永続魔法《冥界の宝札》を発動」

 

 2体以上のモンスターをリリースしてアドバンス召喚に成功したときに2枚ドローできる状況次第で禁止カードである《強欲な壺》に匹敵するカードに海馬を心配そうに見つめるモクバ。

 

「《真源の帝王》と《冥帝従騎エイドス》をリリースして《怨邪帝ガイウス》をアドバンス召喚」

 

 《冥帝従騎エイドス》と《真源の帝王》を贄に悪魔が如き帝が全てを震わせる声とも言えぬ咆哮と共にフィールドに現れる

 

《怨邪帝ガイウス》

星8 闇属性 悪魔族

攻2800 守1000

 

「まずは2体のリリースでのアドバンス召喚に成功したことで、永続魔法《冥界の宝札》のドロー効果を発動シマス」

 

 減少したデュエルロボの手札はすぐさま補充される。

 

「そしてそれにチェーンして闇属性モンスターをリリースしてアドバンス召喚された《怨邪帝ガイウス》の効果でフィールドのカード2枚を除外し、1000ポイントのダメージを与えマス。《白き霊龍》と海馬社長のセットカードを除外シマス」

 

 《怨邪帝ガイウス》が獲物に向けて両の手に邪気を溜める。

 

「さらに、その効果にチェーンして《帝王の開岩》のサーチ効果を発動しマス」

 

 幾度となく連鎖するチェーン。だが海馬も黙って見ている訳ではない。

 

「甘いわ! 俺もその効果にチェーンし《威嚇する咆哮》を発動!

さらにその効果にチェーンし《白き霊龍》の効果を発動する!」

 

 《白き霊龍》の身体にヒビが入り光り輝く。

 

「そしてチェーンの逆処理だ! まずは俺の《白き霊龍》の効果! 貴様のフィールドにモンスターがいる時、自身をリリースすることで手札から《青眼の白龍》1体を特殊召喚! 真の姿を現すがいい!!」

 

 ヒビが全身に広がり砕けた《白き霊龍》の内側から《青眼の白龍》が現れ翼を広げ周囲に突風を巻き起こし帝たちを上空から見下ろした。

 

《青眼の白龍》

星8 光属性 ドラゴン族

攻3000 守2500

 

「さらに《威嚇する咆哮》の効果により貴様はこのターン攻撃宣言できん!! これで貴様がこのターンいくらモンスターを並べようとも無意味だ!」

 

「では次のチェーン処置として《帝王の開岩》の効果で《轟雷帝ザボルグ》をサーチシマス」

 

 海馬を追い詰めるように様々な帝が手を変え品を変え進撃に備える。

 

「そして最後のチェーンで《怨邪帝ガイウス》の効果で発動済みの《威嚇する咆哮》と《白き霊龍》を除外シマスガ――」

 

 《怨邪帝ガイウス》が放った闇の一撃を空中で回避した《青眼の白龍》が咆哮を上げ、デュエルロボの攻勢を削ぐ。

 

「だが俺のフィールドに《白き霊龍》はいない――無駄打ちだったな!」

 

 サクリファイスエスケープにより海馬のフィールドに結果的に損失はほぼない。

 

「デスガ《怨邪帝ガイウス》の効果で1000のダメージを受けてもらいマス」

 

 《怨邪帝ガイウス》の掌から放たれた闇の攻撃が海馬のマントを揺らす。

 

「ふぅん、それがどうした……」

 

海馬LP:2400 → 1400

 

「最後のチェーンで永続魔法《冥界の宝札》の効果で2枚ドローしマス」

 

 そしてデュエルロボの手札は途切れず、その攻めは止まらない。

 

「フィールド魔法《真帝王領域》の効果で手札の《轟雷帝ザボルグ》のレベルを2つ下げマス」

 

手札の《轟雷帝ザボルグ》

星8 → 星6

 

 《真帝王領域》が《轟雷帝ザボルグ》の星、レベル()を奪う。

 

「ワタシはこのターン《冥帝従騎エイドス》の特殊召喚に成功しているため、その効果によりもう1度アドバンス召喚が可能デス」

 

 《天帝従騎イデア》の周囲に黒い陣が引かれる。

 

「《天帝従騎イデア》をリリースし、レベル6となった《轟雷帝ザボルグ》をアドバンス召喚しマス」

 

 現れるは(いかずち)の帝。

 

 堅牢な白い鎧に身を包み、鎧の肩に付いた赤い角が紫電を放ち、腰の虎模様の布が紫電にたなびく。

 

《轟雷帝ザボルグ》

星8 → 6 光属性 雷族

攻2800 守1000

 

「アドバンス召喚に成功した《轟雷帝ザボルグ》の効果を発動しマス。フィールドのモンスター1体を破壊しマス――《青眼の白龍》を破壊」

 

 《轟雷帝ザボルグ》の両拳に雷鳴が奔る。そして両手を重ねるような動作からそのエネルギーは球体となって《青眼の白龍》に向けて放たれた。

 

 宙を舞いその雷撃を躱す《青眼の白龍》。

 

 だが《青眼の白龍》を通り過ぎた雷撃が空で弾け、雷の雨となって《青眼の白龍》に降り注ぎその白き輝きを地に落とした。

 

「クッ……許せ、ブルーアイズ」

 

 己が魂のカードを守り切れなかった瀬人はこの借りは必ず返すとデュエルロボの背後に見える幻影を睨みつける。

 

「《轟雷帝ザボルグ》の効果により破壊されたモンスターが光属性だった場合、その元々のレベルの数だけお互いはそれぞれ自分のエクストラデッキからカードを選んで墓地へ送りマス」

 

 だがデュエルロボのエクストラデッキは元々0枚。よってこの効果を受けるのは海馬のみ。

 

 そして空から降り注ぐ雷が《青眼の白龍》を形作り海馬のデュエルディスクに直撃する。

 

「俺のブルーアイズは光属性。そのレベル分のカードは8枚――回りくどい手を……」

 

 海馬はエクストラデッキから墓地に送る8枚のカードを選ぼうとするが――

 

「お待ちください海馬社長。《轟雷帝ザボルグ》が光属性モンスターをリリースしてアドバンス召喚に成功した時、墓地へ送るカードは海馬社長ではなく私が選びマス」

 

 リリースされた《天帝従騎イデア》は光属性。

 

 海馬の背後にエクストラデッキの15枚のカードがデュエルロボに見えるように宙に浮かぶ。

 

 まるで晒しものにされたかのような海馬のカードたち――それは海馬にとって度し難い屈辱である。

 

「ク……おのれぇえええ!!」

 

「ではワタシが選択した8枚のカードを墓地にお送りくだサイ」

 

 海馬の怒りも余所にデュエルロボの選んだカード8枚の縁が光り墓地に送られる。

 

「ぬぬぬぬぅぅ……」

 

 その墓地に送られたカードの中には《青眼の究極竜》の姿もあるだけに海馬の怒りは留まらない。

 

 だが機械であるデュエルロボにそんなものは関係ないとばかりに効果を発動させる。

 

「さらに墓地に送られた《天帝従騎イデア》の効果で除外された《帝王の烈旋》を手札に加えマス」

 

 再び《天帝従騎イデア》によってカードが補充される。

 

 これほどモンスターを立て続けに召喚しているにもかかわらずデュエルロボの手札は潤ったままだ。

 

「手札の《邪帝家臣ルキウス》の効果を発動しマス。ワタシの墓地のレベル5以上のモンスター1体――《光帝クライス》を除外し、自身を手札から特殊召喚」

 

 墓地から両手を広げ、光を振り撒き舞い戻った《光帝クライス》が《邪帝家臣ルキウス》の《怨邪帝ガイウス》を2頭身にデフォルメしたような小さな身体を両手で抱えフットボールをタッチダウンするかのように地面に着地させる。

 

 《邪帝家臣ルキウス》は足を小鹿のように震わせながら右手に闇色の球体を生み出し海馬を威圧する――《光帝クライス》はその姿を満足そうに眺め消えていった。

 

《邪帝家臣ルキウス》

星1 闇属性 悪魔族

攻 800 守1000

 

「このターンは海馬社長の発動した《威嚇する咆哮》の効果でワタシは攻撃できまセン。カードを2枚伏せてターンエンド。そして《轟雷帝ザボルグ》のレベルが戻りマス」

 

《轟雷帝ザボルグ》

星6 → 星8

 

 

 デュエルロボの最初のバトルフェイズを躱した海馬。

 

 だがその海馬の前に立ち並ぶ5体のモンスター。

 

 なおかつそのモンスターを守るようにフィールド魔法を含めた6枚の魔法・罠カード。

 

 さらに新たなモンスターを展開する準備は出来ているとでも言いたげな潤沢な手札。

 

 そして無傷のライフ。

 

 

 

 一方、海馬のフィールドは焼け野原――そこにカードはない。

 

 手札も心もとなく、残りのライフは半分を切り1400。

 

 まさに絶体絶命であった――モクバの不安げな瞳が海馬の視界に入る。

 

 だが海馬の闘志は揺るがない。いずれ相見える好敵手(遊戯)との戦いのため突き進むと決めたのだから。

 

 

「この程度の逆境――この手で切り開いてくれるわ!! 俺のターン、ドロー!!」

 

 その海馬の闘志にデッキは応え、使い手に勝利を届ける為に海馬の想いにデッキは呼応する。

 

「俺は再び魔法カード《魔力の泉》を発動! 貴様のフィールドの表側の魔法・罠カードの数だけドローし、俺のフィールドの表側の魔法・罠カードの数だけ手札を捨てる!」

 

 デュエルロボの表側の魔法・罠カードは前のターンに《進撃の帝王》が除外されたが、新たに発動された《連撃の帝王》と《冥界の宝札》もあって前のターンより1枚増えた4枚。

 

 そして海馬のフィールドはまたもや《魔力の泉》のみ。

 

「貴様のフィールドには4枚 俺のフィールドには1枚 よって4枚ドローだ!! そして1枚捨てる!」

 

 カードを補充する海馬だが《魔力の泉》のもう一つの効果で相手の魔法・罠にこのターンのみの破壊耐性が付与される。

 

 だが海馬はそんなことなど気にしない。

 

「そして俺は今捨てた魔法カード《置換融合》を除外し墓地の融合モンスターをエクストラデッキに戻すことでデッキから1枚カードをドロー! 戻れ! 《青眼の究極竜(ブルーアイズ・アルティメットドラゴン)》!!」

 

 墓地から切り札たる《青眼の究極竜》を回収しつつ、手札を潤していく海馬。

 

「俺は墓地の《太古の白石(ホワイト・オブ・エンシェント)》を除外し墓地の『ブルーアイズ』を手札に加える! 手札に舞い戻れ! 《青眼の白龍》!!」

 

 地面から《太古の白石》が浮かび上がり砕け、《青眼の白龍》が海馬の手札に帰還する。

 

「そして《正義の味方カイバーマン》を召喚!!」

 

 海馬の前に《青眼の白龍》を模した仮面とコートを羽織った海馬とよく似た人物が高笑いと共に現れる。

 

《正義の味方 カイバーマン》

星3 光属性 戦士族

攻 200 守 700

 

「そして効果発動! 自身をリリースし手札から《青眼の白龍》を特殊召喚する! 何度でも現れるがいい! 《青眼の白龍》!!」

 

 高笑いと共に《正義の味方 カイバーマン》の全身が光り輝き、その姿を龍へと変貌させる。

 

 その後、光が収まった先には悠然と佇む《青眼の白龍》。そして高笑いするように咆哮を上げる。

 

《青眼の白龍》

星8 光属性 ドラゴン族

攻3000 守2500

 

「さらに魔法カード《貪欲な壺》を発動! 墓地の《VWXYZ(ヴィトゥズィ)-ドラゴン・カタパルトキャノン》、《XYZ-ドラゴン・キャノン》、《VW-タイガー・カタパルト》、《混沌帝龍-終焉の使者-》、《白き霊龍》の5枚をデッキに戻し2枚ドロー!!」

 

 5枚のカードをデッキに戻し新たに2枚ドローした海馬はそのカードを見てニヤリと笑う。

 

「そして墓地の光属性《正義の味方 カイバーマン》と闇属性《ブラッド・ヴォルス》を除外し特殊召喚! 降らぬ世界を薙ぎ払え! 《混沌帝龍 -終焉の使者-》!!」

 

 そして光と闇を混ざり合った暴虐の龍が鎧のような甲殻をギラつかせ雄叫びを上げ、周囲に突風を巻き起こす。

 

《混沌帝龍 -終焉の使者-》

星8 闇属性 ドラゴン族

攻3000 守2500

 

 先程デッキに戻したカードの1枚。海馬はそれを引き切った――恐ろしいまでのドロー力だ。

 

「バトルだ!! 《青眼の白龍》よ! 敵を蹴散らせ! 滅びのバースト・ストリィイイイム!!」

 

 海馬の宣言と共に《青眼の白龍》は滅びのブレスを放つ――今の海馬には攻勢に出て相手の手を削るのみ、守勢に回ればそのまま押し切られるのが関の山だ。

 

「不用意デスネ、海馬社長。リバースカードオープン。速攻魔法《帝王の烈旋》を発動」

 

 再び前のターンの悪夢が繰り返される。

 

「さらに《連撃の帝王》でアドバンス召喚を行いマス。《邪帝家臣ルキウス》と《帝王の烈旋》の効果で海馬社長の《混沌帝龍 -終焉の使者-》をリリースし――」

 

 《混沌帝龍 -終焉の使者-》に飛びついた《邪帝家臣ルキウス》が互いの身体を闇に包みこむ。

 

「《烈風帝ライザー》をアドバンス召喚」

 

 背に半円を背負い緑の鎧を纏った《烈風帝ライザー》が暴風と共に現れ、その風により《青眼の白龍》のブレスを吹き飛ばす。

 

《烈風帝ライザー》

星8 風属性 鳥獣族

攻2800 守1000

 

「まずアドバンス召喚に成功した《烈風帝ライザー》の効果を発動シ、

その効果にチェーンして《冥界の宝札》の効果を発動シ、

さらに、その効果にチェーンして《帝王の開岩》の効果を発動しマス」

 

 デュエルロボは何度でもチェーンを組む、勝利の為に。

 

「チェーンの逆処理を開始。《帝王の開岩》の効果でデッキより《凍氷帝メビウス》を手札に」

 

 青い鎧がデュエルロボの背後に薄っすら写り、手札に舞い込む。

 

「そして《冥界の宝札》により2枚ドロー」

 

 デュエルロボの手札が一向に減る様子がない。着実に差を広げていく。

 

「最後に《烈風帝ライザー》の効果でフィールドのカード1枚と自分または相手の墓地のカード1枚を好きな順番で持ち主のデッキの一番上に戻しマス」

 

 《烈風帝ライザー》の周囲で吹き荒れる暴風がその腕に纏われていく。

 

「フィールドの海馬社長の《青眼の白龍》とワタシの墓地の《帝王の烈旋》をそれぞれのデッキトップに戻しマス」

 

 暴風を纏った《烈風帝ライザー》の剛腕が《青眼の白龍》を打ち据えその巨体が海馬のデッキに吸い込まれる。

 

 そして収束していく暴風がデュエルロボのデッキに舞い戻った。

 

「クッ……」

 

 今の海馬は罠があると知っていても愚直なまでに進み続けるしかない。

 

 そしてデュエルロボの息切れの一瞬を狙い撃つのみだ。

 

「ならば俺はカードを2枚セットしターンエンドだ!!」

 

 そのためには攻撃あるのみ、そして最強の一撃で打ち倒すのだと海馬は誓う。

 

 

「ではワタシのターン、ドロー。ワタシは《怨邪帝ガイウス》と《冥帝エレボス》をリリースして《凍氷帝メビウス》をアドバンス召喚シマス」

 

 《怨邪帝ガイウス》が《冥帝エレボス》と溶け合い、黒い泥のように崩れ氷塊のように固まる。

 

 そしてその氷塊を内側から砕き《凍氷帝メビウス》がその氷のような鎧を身に纏い現れた。

 

《凍氷帝メビウス》

星8 水属性 水族

攻2800 守1000

 

 さらに《凍氷帝メビウス》の足元が凍っていき、海馬の2枚のカードにその冷気が迫る。

 

「そして2体のリリースでアドバンス召喚したことで《冥界の宝札》のドロー効果を発動シ、

その効果にチェーンして《帝王の開岩》のサーチ効果を

さらに、その効果にチェーンして《凍氷帝メビウス》の魔法・罠カードの破壊効果を発動しマス」

 

 海馬のセットカードに迫る冷気。

 

「ならば! その効果にチェーンして罠カード《裁きの天秤》を発動! このカードの効果で貴様のフィールドのカードと俺の手札・フィールドのカードの差だけドローする!」

 

 その冷気を吹き飛ばすようにフィールドに神々しいオーラを纏った髭の老人が天秤を手に現れる。

 

「まだだ! さらにチェーンして速攻魔法《非常食》を発動! 俺のフィールドの魔法・罠カード――《裁きの天秤》を墓地に送りライフを1000回復する!!」

 

 そしてチェーンの逆処理が始まり海馬の発動した《非常食》の効果が適用される。

 

海馬LP:1400 → 2400

 

 次に《裁きの天秤》の効果の適用。神々しいオーラを放つ老人の持つ天秤が傾く。

 

「《裁きの天秤》の効果だ! 俺の手札は0! フィールドには速攻魔法《非常食》のみ! それに引き替え貴様のフィールドのカードは9枚にも及ぶ! よってその差8枚のカードをドローだ!!」

 

 海馬はデッキから8枚ものカードを引き抜く。そのドローはデュエルロボにとって脅威そのものであろう。

 

 そしてチェーンの逆処理が進み《凍氷帝メビウス》が海馬の《非常食》を破壊するが既に役目は終えた後、あまり意味はない。

 

 そして最後に――

 

「ワタシは《帝王の開岩》の効果で《怨邪帝ガイウス》を手札に加え、《冥界の宝札》の効果でカードを2枚ドロー」

 

 結果的に見れば《凍氷帝メビウス》の効果は無駄になった。だが問題はないとデュエルロボは思考する。

 

「しかしこれでワタシの攻撃を遮るモノはなくなりまシタ。4体の『帝王』の攻撃を受けてもらいまショウ」

 

 《天帝アイテール》が天に杖を掲げ、光を収束させ、

 

 《豪雷帝ザボルグ》が無数の雷球を浮かべ、

 

 《凍氷帝メビウス》が氷の剣を生成し構え、

 

 《烈風帝ライザー》が暴風を纏い跳躍する 

 

 

 海馬のフィールドにカードはなく、頼みの綱は《裁きの天秤》で引いたカードのみだ。

 

 

 だが()()()()()()()()()()と海馬は笑う。

 

「そうはさせん!! 貴様のダイレクトアタック時に手札から《バトルフェーダー》を特殊召喚しバトルフェイズを強制終了させる!!」

 

 放たれた4体の帝の攻撃の前に振り子時計の針のようなモンスターが回転しながら現れ鐘を鳴らす。

 

《バトルフェーダー》

星1 闇属性 悪魔族

攻 0 守 0

 

 鐘の音色がなり終えると4体の帝の攻撃の跡はまるでなかったように消えていた。

 

 

 デュエルロボのバトルフェイズが強制終了されメインフェイズ2に移行する。

 

「でしたら墓地の《真源の帝王》の効果を発動シ、墓地の《帝王の烈旋》を除外することで自身を通常モンスター扱いで守備表示で特殊召喚」

 

 三度現れる白いヴェールで姿を隠した謎の帝。その姿はあらゆる帝の根源。

 

《真源の帝王》

星5 光属性 天使族

攻1000 守2400

 

「そして《真帝王領域》の効果で手札の《怨邪帝ガイウス》のレベルを2つ下げマス」

 

手札の《怨邪帝ガイウス》

星8 → 星6

 

「魔法カード《二重召喚》を発動! ワタシはこのターンもう1度通常召喚を行えマス。ゆえに《真源の帝王》をリリースし――」

 

 《真源の帝王》の全身を怨念が包み、その鎧をより禍々しく変貌させる。

 

「レベル6となった《怨邪帝ガイウス》をアドバンス召喚!」

 

 再び現れる《怨邪帝ガイウス》。

 

 (レベル)を奪われたことに苛立つかのように周囲に闇を噴出させる。

 

《怨邪帝ガイウス》

星8 → 6 闇属性 悪魔族

攻2800 守1000

 

「アドバンス召喚に成功した《怨邪帝ガイウス》の効果で《バトルフェーダー》を除外し、1000ポイントのダメージを受けてもらいマス!」

 

 《バトルフェーダー》を《怨邪帝ガイウス》が握り潰す。だがそこには《バトルフェーダー》のケラケラと嗤う笑い声が木霊するだけだ。

 

海馬LP:2400 → 1400

 

「そして除外したカードが闇属性モンスターカードだった場合、

そのコントローラーの手札・デッキ・エクストラデッキ・墓地から同名カードを全て除外しマス!」

 

 《バトルフェーダー》は闇属性だが――

 

「安心するがいい。俺のデッキにそのカードは1枚だけだ」

 

 除外されるのはフィールドの1枚のみ。

 

「ならば最後にカードをセットしてターンエンドデス」

 

 デュエルロボのターンが終わる。

 

 だが海馬の手札にはキーカードが1枚足りない。このターンは凌いだが次のターンも凌げる保証はない。

 

 

 己がデッキに手をかける海馬――そしてデッキに眠る()()()()()の脈動を感じた。

 

「俺のターン!! ドロォオオオオ!!」

 

 条件は全て揃った。

 

「自分フィールドにモンスターがいない時、このカードは特殊召喚できる! 来いっ! 暴虐の長! 《カイザー・ブラッド・ヴォルス》!!」

 

 青い肌の《ブラッド・ヴォルス》によく似た獣戦士がそのメタリックな武具を見せつけるかのようにフィールドに着地する。

 

《カイザー・ブラッド・ヴォルス》

星5 闇属性 獣戦士族

攻1900 守1200

 

「そして! 手札を1枚捨て、装備魔法《D(ディファレント)D(ディメンション)R(リバイバル)》を発動しゲームより除外された《太古の白石》を特殊召喚!」

 

 《カイザー・ブラッド・ヴォルス》がその手の斧を振るうと次元が裂け、そこから《太古の白石》がコロリと転がる。

 

《太古の白石》

星1 光属性 ドラゴン族

攻 600 守 500

 

「さらに貴様のフィールドに表側モンスターが存在し、俺のフィールドに攻撃力1500以下のモンスター1体が特殊召喚されたことで、速攻魔法《地獄の暴走召喚》を発動する!!」

 

 《太古の白石》の攻撃力は 600。条件は満たされている。

 

「その効果で俺はデッキより2体の《太古の白石》を特殊召喚!!」

 

 海馬のデュエルディスクのデッキから《太古の白石》がさらに2つ転がる。

 

《太古の白石》×2

星1 光属性 ドラゴン族

攻 600 守 500

 

「《地獄の暴走召喚》の効果で貴様は自身のフィールドのモンスター1体と同名モンスターを呼ばねばならん――だが貴様のフィールドは全て埋まっている! 無理な相談だったな!」

 

 デュエルロボにとってメリットとなる《地獄の暴走召喚》の効果も今は無意味だ。

 

「ふぅん、次だ! 魔法カード《黙する死者》を発動し、墓地の通常モンスター《青眼の白龍》を守備表示で蘇生!」

 

 何度でも舞い戻る《青眼の白龍》。

 

 そしてその翼を丸め地上に降り立つ。

 

《青眼の白龍》

星8 光属性 ドラゴン族

攻3000 守2500

 

 これで互いのフィールドのモンスターは同じ5体。

 

「これで準備は整った――俺は《太古の白石》3体を生贄に捧げ(リリース)――現れるがいい――」

 

 

 《太古の白石》が天への供物となり次元を割く。

 

 

 そこから陣が降り立ち、破壊の力が今、呼び起こされる。

 

 

「――――神ッ! 『オベリスクの巨神兵』!!!」

 

 現れるは三幻神が一体、「破壊の神」。

 

 その巨大な蒼き姿には絶対的な力が感じられ、5体の帝たちを見据えるかのように赤い瞳が鈍く光る。

 

「オベリスクの巨神兵」

星10 神属性 幻神獣族

攻4000 守4000

 

「フハハハハハハハハハ! アーッハッハハハハハ!!」

 

 フィールドに絶対的な存在感を放つ「力の象徴」の存在に海馬の闘志は振り切れんばかりだ。

 

「見るがいい! これが貴様の『帝』を超越した『神』だ!」

 

「…………『神』」

 

 帝たちを見下ろすその巨大なプレッシャーにデュエルロボのAIはそれを処理しきれない。

 

「そして『オベリスクの巨神兵』の効果を発動! 2体を贄に捧げる(リリース)ことでその真の力を発揮する! ソウルエナジーMAX!!」

 

 《カイザー・ブラッド・ヴォルス》と《青眼の白龍》が『オベリスクの巨神兵』の左右の手の中に収まり、エネルギーに変換され神の拳に青い光が灯る。

 

「その効果により貴様のフィールドのモンスターを全て破壊し4000ポイントのダメージを与える!! ゴッド・ハンド・インパクトォオオオ!!」

 

 神の両の拳が重ねられ、巨大な一撃となって帝たちを薙ぎ倒さんと振るわれる。

 

「!? ナ、ナラバ相手のメインフェイズに手札の《エフェクト・ヴェーラー》を捨てることで相手モンスター1体の効果をターンの終わりまで無効に――」

 

 計り知れぬ「神」の力にデュエルロボは機械的に次の手を打つ。その無機質な機械の目に宿り始めたものは何なのか、そのAIでは理解できない。

 

 そして透明な羽を持った緑の髪の女性が神の怒りを鎮めんと力を行使するが――

 

「モンスターではない! 神だ!! 神にそんな凡百のモンスターの力が通用すると思うな!!」

 

 《エフェクト・ヴェーラー》の力も「神」には届かず弾かれる。

 

「!? ならば手札の《天帝アイテール》の効果で墓地の《帝王の烈旋》を除外しアドバンス召喚しマス!!」

 

 デュエルロボは初めて抱いた「恐怖」の感情に突き動かされ足掻く。

 

 ちなみに《帝王の烈旋》は海馬が高笑いしている間に発動済みである。

 

「《怨邪帝ガイウス》と発動しておいた速攻魔法《帝王の烈旋》の効果で『オベリスクの巨神兵』をリリースし――」

 

 今までリリースしてきたドラゴンたちと同じように「神」を贄としようとするデュエルロボ。

 

「無駄だと言った筈だ!! 神にそんな小細工は通用せん!!」

 

 だが「神」はそんな不届きなやからに怒りを示すかのように大地を揺るがす声を上げる。

 

 そして《帝王の烈旋》の風は吹き止んだ。

 

「万策尽きたようだな――消えるがいい!!」

 

 神の怒りがデュエルロボの目前に迫り、帝たちを薙ぎ倒していく。

 

「ナラバァアアアアア!! 罠カード――」

 

 だがデュエルロボはまだ足掻きを止めはしない。

 

「言った筈だ! 神に――」

 

「神に罠を使う訳ではありまセン! 罠カード《ダメージ・ダイエット》を発動!! このターンにワタシが受けるあらゆるダメージを半分にしマス!!」

 

 5体の帝は『オベリスクの巨神兵』の破壊の力に薙ぎ倒され、その余波は衰えもせずにデュエルロボに迫る。

 

 だがその神の力が《ダメージ・ダイエット》の効果で半減されデュエルロボを直撃する。

 

 神の一撃を受け、固定されていた場所から横転し壁に激突するデュエルロボ。身体のあちこちがスパークしている――半減してなお、この威力。

 

デュエルロボLP:4000 → 2000

 

「ふぅん、初見で神の対抗策を用意していたとはな……」

 

――あの男の差し金か……どこまで知っている。

 

 デュエリストが初めて使用したであろう「神」のカードの必殺の一撃を防ぐカードの存在。

 

 海馬はそれを「偶然」だと流せるような環境では生きてはいない。

 

 

 だが今はこのデュエルの幕を引くべく海馬は神に示すように対象を指さす。

 

「だが貴様のフィールドはこれでがら空き! バトルだ!」

 

 『オベリスクの巨神兵』が再びゆっくりと動き出す。

 

「神の一撃の前に散るがいい!! ゴォッドォ! ハンドォ! クラッシャァアアア!!!」

 

 『オベリスクの巨神兵』の右拳に力が集まり輝きを放ち、止めとなる一撃が振るわれる。

 

「マ……ダ……デス。相手モンスターの直接攻撃宣言時に《速攻のかかし》を手札から捨てることでその攻撃を無効にし、その後バトルフェイズを終了させ……マス」

 

 両手に木の棒を持った廃材で作られた案山子が茶色い帽子をはためかせ神の一撃にブースターをふかし突撃する。

 

「ふぅん、無駄と分かっていても最後まで抗うか……」

 

 だが海馬の言うとおり『オベリスクの巨神兵』の拳の前に容易く弾き飛ばされ、デュエルロボの隣を通り過ぎ壁に叩きつけられバラバラに砕け散りその機能を停止させる。

 

 そして「神」の必殺の一撃はデュエルロボに直撃し、《速攻のかかし》の後を追うようにデュエルロボもまた砕け散った。

 

デュエルロボLP:2000 → 0

 

 

 デュエルロボのライフが0になり、海馬のデュエルディスクがその勝利を称えるようにブザーを鳴り響かせる。

 

「俺の勝ち……か」

 

 だがその勝利に神のカードを視界に収めた海馬はスッと目を伏した。

 

 

 

 

 





神のカードの絶対的な耐性――「壊獣」テーマの存在ゆえに付けざるえませんでした。

「こんなのデュエルじゃねぇ!!」と拒否反応が出る方もいらっしゃるかとは思いますが

今回のデュエルは「神のカード」の「絶対性」を示すためものですので

今後の神を使用するデュエルではここまで理不尽なことにはならない予定です

ゆえにどうかご容赦を……



~ヒエラティックテキストを解読してみた(本作での神のカードの効果)~
「オベリスクの巨神兵」
星10 神属性 幻神獣族
攻4000 守4000
(1)このカードを通常召喚する場合、
自分フィールド上に存在するモンスター3体をリリースして
アドバンス召喚しなければならない。

(2)このカードの召喚・反転召喚・特殊召喚は無効にされない。

(3)フィールドのこのカードは元々の属性が神属性のモンスター以外のあらゆるモンスター効果・魔法・罠カードの効果を受けず、相手によってリリースされない。このカードの効果は無効化されない。

(4)このカードがフィールド上に存在する限り元々の属性が神属性以外の自分フィールド上のモンスターは攻撃できない。

(5)特殊召喚されたこのカードは、エンドフェイズ時に墓地へ送られる。

(6)自分フィールド上に存在するモンスター2体をリリースする事で、相手フィールド上に存在するモンスターを全て破壊し、相手ライフに4000ポイントのダメージを与える。この効果は1ターンに1度互いのメインフェイズに発動できる。

この効果を発動するターン、このカード以外攻撃宣言できない。


(1)~(5)が神の共通効果――いわゆる神耐性で

(6)以降がその神特有の効果になります




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第54話 決闘者、三ターン会わざれば刮目して見よ!


前回のあらすじ
海馬「モンスターではない! カァミィだ!!」

剛地帝グランマーグ「あれ? 俺は?」




 今回のデュエルをモニターしていたモクバは兄の勝利にその兄の元へと駆け出していき、その勝利を祝う。

 

「やったね! 兄サマ!」

 

「お見事です! 海馬社長! 凄まじいエネルギーでしたぞ!」

 

 何時の間にやらモクバに追従していたツバインシュタイン博士もそれにならうが――

 

 

 

「何が見事なものかっ!!! こんなもの……こんな勝利など俺は認めん!!」

 

 怒声と共に拳を壁に叩きつけた海馬によってその賛辞は掻き消された。

 

 思わず驚きで固まるモクバとツバインシュタイン博士。

 

 

 もし最後の攻撃が強大な力を持つ神のカード《オベリスクの巨神兵》ではなかったら、そう考えた海馬は叫ぶ。

 

「こんなもの! 神の力で勝ったに過ぎん!」

 

 あれだけの手札があれば別のキーカードを引いて逆転できていたであろうと考えられるが、海馬が納得できるかは別であった。

 

 

 海馬は今回デュエルロボで再現させたデュエリスト(アクター)の知りえる情報を頭に並べていく。

 

――役者(アクター)。相手によってデッキを変えあらゆる戦術に対応する裏世界で名の知れた虚構のデュエリスト。

 

 ちなみに「役者(アクター)」と呼ばれ始めたのは最近である。

 

 

 だがその存在は海馬が幼少の頃に、モクバと《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイトドラゴン)》を夢見ていた時代から存在している。

 

 傍から見れば「歴戦のデュエリスト」と言っても過言ではない――()()()()()()だが……

 

 

 海馬は幼少の頃に剛三郎から聞き及んでいた情報も交え思考を加速させる。

 

――ヤツを構成するものは何もかもが、その名すら周りが勝手に付けたモノ。

 

 今回の海馬の苦い勝利も他者に再現させた役の一つを倒したに過ぎない。実物ならもっと楽に倒せそうなことなど海馬は知る由もない。

 

 

 海馬はさらに深く思考の海に沈む。

 

――そのデッキは全てワンオフ(専用構築)。デュエリストの数だけヤツの(デッキ)がある。

 

 だが思考の海に沈む海馬にある疑問が浮かんだ。

 

――あの()デッキは俺に対策したデッキ()だったか?

 

 あくまでデュエルロボがデュエルデータを元に再現したデッキだが、そのデュエルデータを持ってきたのは他ならぬ神崎である。

 

 ならば海馬のデッキに対応したデュエルデータを用意することなど神崎には簡単なことの筈だった。

 

 それにも関わらず海馬のデッキは確かに苦戦を強いられたが問題なく機能していた。

 

 

 ゆえによく考えてみればあの()デッキが海馬瀬人用にカスタマイズされたものではないことは明白である。

 

 

 そして「薙ぎ倒して見せろ」と言わんばかりに並べられた「帝」たち。

 

 そこに海馬は神崎の「神のカードを使って見せろ」という意思が見て取れた。

 

 

 つまり神崎が用意した役者(アクター)は海馬自身を見据えたものではなく「神のカード」を見据えただけのものだと海馬は確信する。

 

 

 なお誤解である。使用頻度などから明かしても問題なさそうなデッキがチョイスされただけだ。

 

 

 だがそうとは知らない海馬は屈辱に怒りを燃やす。

 

「ふざけたマネを……」

 

 海馬は先程の自身の言葉を撤回する。「神の力で勝ったに過ぎない」――違う。

 

 このデュエルをセッティングした神崎は「神の力さえ見れれば勝敗など、どうでもよかった」のだ。

 

 海馬のその推測はあながち間違ってはいない。だがあくまで「神の効果」を知りたかっただけであるのだが。

 

 そんなデュエリストの誇りすらも興味はないと言いたげな有様に海馬は屈辱に歯を食いしばる。

 

 その事実も海馬を苛立たせているのだが、それよりも神崎の思惑にまんまと乗ってしまった己自身にこそ苛立つ。

 

 

 実際にそんな思惑などないと神崎が言っても信じてくれそうにない。

 

 

 そして海馬は壁に叩きつけた拳を握りしめ、絞り出すように呟く。

 

「まだ足りん……まだ俺には足りんのだ……」

 

 

 遊戯と再び戦うのなら今のままではダメだと海馬は考える。

 

 今の状況を作り上げた下らない思惑全てを吹き飛ばす力――今以上の究極の力を超えたその先の力が必要だと。

 

 これ以上、後れを取るなど海馬には許容できそうにもなかった。

 

 

 海馬の瞳に危険な色がドロリと混ざる。

 

 

 だがそんな誰も寄せ付けぬ程の怒りを放つ海馬に近づくモクバ。

 

「兄サマ、安心して……兄サマならきっとそこに辿り着けるから……」

 

 そう言って海馬の壁に叩きつけられた拳にモクバはハンカチをそっと巻いていく。

 

 

 そのモクバの海馬を安心させようとする言葉に海馬の頭は一気に冷えた。瞳の濁りもアッサリ消える。

 

「……スマンなモクバ。どうやら俺は焦っていたようだ」

 

「ううん、気にしないで! 俺はいつでも兄サマの力になるから!」

 

 モクバはペガサス島で遊戯が「友情の力で勝った」と言っていたことを思い出す。

 

 兄である海馬は望んでいないかもしれなかったが、次は自分たちの「兄弟の結束の力」で遊戯たちに勝って見せると意気込んでいた。

 

 

 

「ふぅん、ならばデッキの見直しだ。モクバ、お前の意見も聞かせてくれ」

 

 いつのまにやら精神的に成長しているモクバの姿を感じ取った海馬は嬉しそうに鼻を鳴らし、社長室へと歩を進めていく。

 

「えっ!? 俺の! うん! 俺、精一杯頑張るよ!」

 

 そんな「(海馬)から頼られた」事実にモクバは歓喜の感情と共に慌ててその後を追いかけた。

 

 

 

 後に残されたのは神の攻撃の余波でボロボロになった一室と粉微塵に砕けたデュエルロボ、そして呆然とするツバインシュタイン博士のみである。

 

「……もしかしなくても、この惨状は私が後始末をつけるのでしょうか?」

 

 そんなツバインシュタイン博士の空しげな言葉が響く。

 

 だがその後、肩を竦めてデュエルロボの残骸に足を進めるツバインシュタイン博士。

 

「やれやれ……機材はほぼ全滅ですな。ですが被害はメインコンピュータまでには達していないようで問題なしと。予めここのシステムを独立させて置いて正解でしたな。そして――」

 

 壊れた機材の残骸から情報を集め、被害状況を確認したツバインシュタイン博士はこれならば後は部下に任せればいいと考え、自身は目当てのものを捜す。 

 

「――よっと!」

 

 そしてデュエルロボの残骸を掻き分け、その内部から丈夫そうな箱を引き抜いた。

 

 だがその箱は神の一撃により歪に変形している。しかしツバインシュタイン博士は気にせずその変形した箱の隙間から中身の様子を確認して――

 

「ふむふむ、中身は無事のようで安心、安心。また『復元』する二度手間にならなくてよかった」

 

 箱の中の蒼く光る「中身」に満足そうに頬を歪めるツバインシュタイン博士。

 

「フフフ……()()()()()()()

 

 そして部下に後片付けの指示をした後、その「中身」を大事に抱え、研究所(自身の城)へとスキップするように帰っていった。

 

 

 きっと素晴らしい研究材料(おもちゃ)になるとほくそ笑みながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある海の底――深海の世界。そこで漂う「生身」の一人の男がいた。

 

――バトルシティの件はどうしたものか……

 

 海の底で考えを巡らせるのは神崎。

 

 さすがに色々なことが立て続けに起こったゆえに考えを纏めつつ、落ち着くために深海の世界に来ていた。

 

 

 何故こんなところにいるのかというと、一旦落ち着くついでに「心を鍛える」ためである。

 

 

 まず「心を鍛える」にはどうすれば良いか考えた結果、生存が厳しい場所で過ごすことを神崎は思いついたのである。

 

 だが「冥界の王の力」のせいか無駄に頑丈になってしまった神崎の身体に負荷がかかる場所はそう多くはなかった。ゆえの深海。

 

 

 しかし当初は身体を締め付ける水圧やその一寸先すら見えない暗闇を恐れたものだが、今では慣れたせいか逆にその静けさとも言うべきものがリラックスに一役買う始末。

 

 

 それゆえに新たな「心を鍛える」場所も考えなければならなかった。

 

――他となると……大気圏外?

 

 この男はどこに向かっているのだろう……

 

 

 

 そしてそろそろKCに戻らねばならない時間が迫ってきた。

 

 しかし諸々の問題全てに効果的な解決策を見いだせた訳ではない。

 

――バトルシティ開催の件、謎のデュエリスト(笑)こと役者(アクター)としてどう立ち回るか……

 

――グールズへの対処の変更を余儀なくされた今の状況

 

――神のカードのヒエラティックテキストの解読はどこまで進んでいるだろうか?

 

――ああ、それに頼まれたデュエル指導の件も次のステップに進めないと

 

 考えることは山積みである。

 

 

 だがまずは地上に戻ろうと、潜水艦よろしく浮上する神崎。

 

 

 その後、海に巨大な水柱が立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あくる日、KCの一室で5人のおっさんが神崎の呼び出しの願いを受けて集まっていた。

 

 そのおっさんたちは皆さんご存知の通り「BIG5」。

 

 神崎によってバトルシティでの大会運営に対して力を貸して頂くべく集まってもらったのである。

 

「今回はお忙しいところわざわざ集まって頂き、感謝の言葉もありません」

 

 初めに礼を尽くす神崎。

 

 呼んでおいてなんだが神崎は5人全員来てくれるとは思っていなかった。

 

 そんな神崎に笑いながら気にするなと乃亜編の《深海の戦士》でお馴染み企業買収のスペシャリスト、大下 幸之助が口火を切る。

 

「ハッハッハ! 神崎、君が我々に頼ってくるとは珍しいこともあるものだ。なに、責めているわけではない――我々は君に何かと便宜を図ってもらった身だ。なんでも言ってくれて構わない」

 

「お気遣い痛み入ります。今回は近々行われる大会運営の件でして――」

 

 BIG5の好感触にさらに感謝の意を込める神崎。そして要件を話す。

 

 その要件に乃亜編の《サイコ・ショッカー》でお馴染みの社長の元側近である大門小五郎が記憶を巡らせる。

 

「海馬社長が参加者としてエントリーする話が出ているアレ(バトルシティ)か」

 

 その大門の言葉に乃亜編の《ジャッジ・マン》でお馴染み顧問弁護士の大岡 筑前が眼鏡の位置を直しながら合点がいったと納得を見せる。

 

「なるほど、話が見えてきましたね――君はグールズの対策にも追われている身。さすがに大会運営を全てこなすのは厳しいでしょう」

 

「はい、お恥ずかしながらその通りです。今回は是非ともご力添えを頂きたい所存です」

 

 神崎はそう言いながら大会に関する情報をBIG5に提示していく。

 

 その情報を眺めながら乃亜編の《ペンギン・ナイトメア》でお馴染み、人事の取り纏め役、大瀧 修三が提示された情報に目を通しつつ、その出来を確認していく。

 

「ふむふむ、大まかな中身はすでに出来ているようですねぇ」

 

 その言葉に乃亜編の《機械軍曹》でお馴染み、今はデュエルリング及びディスク工場長、大田宗一郎が分かりやすい問題点をピックアップ。

 

「となると後は大会と言う製品を組み立てることだけか……問題なのは人手と期限か」

 

 

 そして始まる討論会。今回の一件にBIG5はやる気を漲らせていた。

 

 

 過去の剛三郎時代から何かとBIG5は神崎が持ってきた話に乗らせてもらい名声を得てきた。

 

 実際は神崎が名声に興味もなかったこともあるが、それよりも大きな案件に自身の名が乗ることでイリアステルにマークされるのを神崎が恐れたためだ。

 

 

 さらには海馬瀬人が新たな社長に就任した後、BIG5を冷遇した海馬瀬人との間に神崎は立ち、BIG5たちのそれぞれの生きがいを守ってもらった恩もある。

 

 

 今まで受けてきた恩義を僅かでも返す機会が来たのだとBIG5はその老婆心とも言うべき感情に突き動かされていた。

 

 

 だがとうの神崎はBIG5の凄まじいまでの協力する姿勢に若干引き気味だった。

 

 ここまで手を貸してくれることは予想外だったようである。

 

 

 

 そして激論が終わり――

 

「資金繰りの件は私がどうにかしよう。何、これでも顔は広い方だ。問題はない」

 

 《深海の戦士》の人こと大下がまとめた資料をパラパラとめくりながら自信たっぷりに宣言し、

 

「テレビ中継などの情報発信は私に任せてもらいますよぉ。キャスティングは――ぐふふ」

 

 《ペンギン・ナイトメア》の人こと大瀧はキャスティングに心躍らせ、

 

「大会の参加賞である『デュエルディスク』の量産は安心してくれ、今のペースなら何も問題はない。後は監視システムの問題だな――早急に問題点を洗い出そう」

 

 《機械軍曹》の人こと大田は任せて置けと親指を立て、

 

「童実野町、および各種方面の手続きは任せてください――いらぬ邪魔が入らぬように徹底しておきますよぉ」

 

 《ジャッジ・マン》の人こと大岡はニヤリと笑いながら眼鏡をギラリと光らせ、

 

「全体の指揮を執る乃亜様のサポートは任せてくれ、この手のモノは慣れたものだ」

 

 《サイコ・ショッカー》の人こと大門がそう締めくくった。

 

 

 そうしてBIG5たちはバトルシティという作品を組み立てるため解散していく。

 

 

 そんな中で頭を下げ見送る神崎はつい考える。

 

――何故こんなにも好感度が高いんだ……

 

 未だに予想外のBIG5たちの反応から立ち直ってはいなかった。

 

 

 

 

 

 こうしてバトルシティの情報は世を駆け抜けていく――様々な思惑を乗せて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある荒れ果てた海。

 

 その海は豪華客船を呑み込み絶対的な「自然」の脅威を乗客に与える。

 

 そんな海の中でもがく少年。

 

 少年は足掻く。両親が、弟が、妹がこの荒れ狂う波に呑み込まれたのだ。

 

 少年は足掻く。「助けなければ」と、己が助けられる立場なのだと言うことも忘れて。

 

 少年は足掻く。身体が鉛のように重かった。瞼も重くなっていき、意識もそれに続くように遠ざかっていく。

 

 少年は足掻く。だがその心に「絶望」が見え始めていた。

 

 

 

 だが少年の身体は少しの浮遊感と共に嵐から逃れる。

 

 今の少年に感じられるのは大きな背中と力強い人の温もり、そしてすぐ間近で感じられる多くの人の気配。

 

 

 そして軽い衝撃ともいえない感覚と共に地面へと下ろされるその少年を含めた人「たち」。

 

 毛布にくるまれる少年。周囲からはさらに多くの人間の喧騒が聞こえる。

 

 どうやら船の上のようだった。

 

 少年は助かったのだ。

 

 

 だが少年はもうろうとする意識の中、顔も分からぬ大きな背の男に手を伸ばす。

 

「まだ……弟と妹が……ジュリアンとソニアが……それに――」

 

 両親のことを続けようとした少年の伸ばした手には目もくれず男は近くでカード片手に何やら話している青年に尋ねる。

 

「ギース、次のポイントは?」

 

「あちらになります。ナビは必要でしょうか?」

 

 青年、ギースは大雑把なポイントを指し示す。

 

 そのギースの背に何やら揺らめく影が見えた少年――この時の少年は気付かなかったがそれはカードの精霊。その精霊が動きを見せる。

 

 だが――

 

「必要ありません。今見えました――ナビは引き続き他の者に回して下さい」

 

 男は海水で濡れたスーツなど気にもせずに足に力を込めた素振りを見せる――その途端に少年の視界から男の姿は掻き消えた。

 

 

 そして医療スタッフらしき人間に奥へと運び込まれる少年だったが衰弱した身体で弱々しい抵抗を見せる。

 

 少年は家族の安否が気がかりだった。

 

 

 非常時ゆえに力を込めて運び出そうとしていた医療スタッフだが少年の身体はビクともしない。まるで不可視の何かが邪魔をするように。

 

 

「おい、そこのキミ――何をしている。それは彼の為にはならない。止めるんだ」

 

 ギースは少年の後ろの何もない空間に話しかけている。

 

 すると何故か少年の先程の抵抗がなんだったのかと言うほどに医療スタッフにヒョイと抱え上げられた。

 

「待って……下さい……家族の――」

 

 せめて家族の安否を知ろうとした少年の意思と共に医療スタッフはまたもや不可思議な何かに動きを阻害される。

 

 

 それを見たギースは面倒なことになったと今現在の救助者のリストをめくりつつ医療スタッフに願い出る。

 

「無自覚か……すまないが彼の処置は私がしておこう。下手に『力』で暴れられても面倒だ。君は他を頼む」

 

 医療スタッフは少年をギースの傍に置いた後、慌ただしく他の救助者の元に戻っていった。

 

 

 そしてギースは少年の背後――誰もいないはずの空間に話しかける。

 

「彼の願いはこちらで調べよう。キミはそこで大人しくしておいてくれ、キミの力は大きすぎる――制御できない力など救助の邪魔になりかねん」

 

 その後、パラパラと救助者リストを見終えたギースは溜息を吐く。少年にとって酷な答えだったゆえに。

 

「すまないが今の所、君のご家族は――」

 

 

 だがギースが言い切る前に先程の男が多くの人間を器用に抱え、少年の前に着地する。

 

 そして先程の少年を含めた人たちと同じように医療スタッフが救助された人を運び出し始めた。

 

「ジュリアン! ソニア! 父さん! 母さん!」

 

 その救助された人の中に少年の家族はいた。少年は安堵する。

 

「ありが、とう……ございます。本当に――」

 

 弱々しい少年の感謝の言葉にも耳を貸さず、大きな背の男は先程と同じようにギースに尋ねる。

 

「ギース、次です」

 

「次はあちらです。ですがそろそろ一度お休みになられた方が……」

 

 ギースは先程とは違うポイントを指し示す。

 

 そして救助活動を始めてから休みなく海へと救助に向かう大きな背の男にギースは忠告するが――

 

「問題ありません」

 

 そんな短い言葉と共に男の姿は海に消えていく。

 

「本当に……ありがとう、ございま――」

 

 そして弱々しく感謝の言葉を繰り返し告げる少年の意識はそこで途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 そして「レ」型のもみあげが特徴の金髪の青年、ラフェールは目を覚ます。

 

「――夢か……この夢を見るのも久々だな」

 

 先程の海難事故の様相は全て過去にラフェールが体験したもの、今でもラフェールはあの日の出来事を夢に見る。

 

 だが悪夢ではない。

 

 

 ラフェールは壁に掛けられた1枚の額縁に入った写真を手に取る。

 

 その写真はラフェールを中心に弟と妹が両隣りに立ち、その後ろに両親と共に皆笑顔で写っている。

 

 それは「最近」になってラフェールが御家の当主として認められた祝いに家族みんなで撮った写真。

 

 

 あの事故でたしかにラフェールは無力と絶望を味わった。

 

 だが救いの手により引き上げられた結果、ラフェールにとって悪夢たる要因はほとんどなく、懐かしき過去の思い出である。

 

 

「忘れるわけがないさ。お前たち(カードの精霊)の姿をおぼろげながら認識できた日でもある」

 

 そう言って壁に写真を戻すラフェール。

 

 そのラフェールの隣にはネイティブアメリカン風の民族衣装に鳥の被り物を被った白い羽をもつカードの精霊《ガーディアン・エアトス》がその写真を慈しむようにそっと撫でる。

 

「もっとも完全に見えるようになるまで時間がかかってしまったがな――結果的にお前たちを待たせてしまった……」

 

 そう申し訳なさそうに話すラフェールを人魚のようなカードの精霊《ガーディアン・ケースト》が宙に浮きながら手に持つ杖《静寂のロッド-ケースト》でラフェールの背中を軽くつつく。

 

 まるで「それは言わない約束」とでも言いたげだ。

 

「すまない――どうも昔を思い出してしまってな」

 

 そう過去を思い出し笑うラフェールに恐竜人間とでも言うべき姿のカードの精霊《ガーディアン・グラール》が励ますように肩を叩き、その後トレーニング器具を指さす。

 

 そろそろラフェールの日課のトレーニングの時間だった。

 

 

 ラフェールは幼少の海難事故以来、己を救ってくれたあの大きな背中に追いつくため日々カードと己の肉体に向き合い続けていた。

 

 精霊が見えるようになったのもこれ(トレーニング)のお蔭だとラフェールは考えている――実際は素養の問題であったが、ラフェールには知る由もない。

 

 

 そうしてラフェールは日課のトレーニングに励み、部屋には巨大なダンベルが上下する音だけが響く。

 

 だが壁をすり抜けて現れた踊り子のような服を着たカードの精霊《ガーディアン・エルマ》が扉を指さし来客の存在を知らせたことで中断することとなった。

 

 

 ラフェールが巨大なダンベルを片付けると同時に部屋の扉がノックされる。

 

「ラフェール様。グリモでございます。頼まれていた件の調査が完了しました」

 

「グリモか、入って構わんよ」

 

「失礼します」

 

 ラフェールの許可を得て部屋に入った男、グリモは口ヒゲと顎ヒゲを切りそろえた、左目のモノクルが特徴的な壮年の男だった。

 

 

 そしてグリモはラフェールの従者として自身の主に報告を始める。

 

「近々行われるKC主催の大会、通称『バトルシティ』ですが、こちらのデュエルディスクとパズルカードが大会の参加資格となるようです」

 

 そう言って最新型のデュエルディスクとパズルカードを跪きながらラフェールに仰々しく手渡すグリモ。

 

「ほう、これがか――かなり軽いな」

 

 腕にデュエルディスクを装着したラフェールは軽くドローの素振りを行い具合を確かめる。

 

 ラフェールの筋力を差し引いてもかなり軽かった。

 

 

 当然である――KCは子供の味方、よってデュエルディスクも「子供でも問題なく扱える」ことをモットーにしているのだから。

 

 

 グリモは説明を続ける。

 

「プロリーグでもまずは『貸し出し』という形で導入されるとの情報もありました」

 

「なら時代の変わり目をこの目で見ることができる訳か――楽しみだ」

 

 今までのデュエルリングを使ったデュエルとは別の世界が広がることは容易に想像できる。

 

 

「そして不確定な情報ではありますが『グールズ』もこの大会に目を付けているとの情報も上がっております」

 

 犯罪組織グールズ。

 

 その存在にラフェールも精霊が見えるものとして許せないと義憤に駆られるが――

 

「そうか…………KCから協力要請はあったか?」

 

「いえ、何も。ですが名のある腕自慢たちが集められているようです」

 

「ならば下手な介入は邪魔になりかねんか……」

 

 ラフェールはこの「バトルシティ」がグールズに狙いを定めた策なのだと見抜いていた。

 

 レアカードが手に入るルールに緩い参加資格。

 

 そしてKCのお膝元である童実野町が開催場所に選ばれている。

 

 

 グールズの問題をKCはこれでケリを付けるのだろうと。

 

 

 ラフェールは自身に協力の要請がこなかったのは家長とプロデュエリストの2つを両立するラフェールの立場を尊重したものであると考える。

 

 そして、「もう」手は足りているのだろう、と。

 

 

 グリモは報告を続ける。

 

「それと仰っていた『ギース・ハント』の名前は大会関係者の名前には記されておりませんでした」

 

「……そうか、ならこの大会も参加は見送らせてもらおう。プロリーグもあることだしな」

 

「では、そのように」

 

 報告を終えたグリモはラフェールの部屋を後にしようとするが、その足がふいに止まる。

 

「どうした、他に何か報告でもあるのか?」

 

 訝しげに尋ねるラフェールにグリモはおずおずと答えた。

 

「いえ、不躾ながら申し上げますが――人探しの件はもっと別の手を取るべきではないでしょうか?」

 

「なんだ、そのことか……ギース・ハントの同僚の一人が私たち家族の恩人だと言うことは知っているな?」

 

「はい、忘れる筈もありません。あの海難事故の一件でございますね?」

 

 過去にラフェールが調べたあの海難事件はそのほとんどが隠蔽されていた。

 

 辛うじて分かるのはラフェールが事故当時に聞いた「ギース」の名のみ、それがKC所属の「ギース・ハント」であることは直ぐに分かった。だが――

 

「ああ、その一件を尋ねても『守秘義務』で突っぱねられてしまってな――もっとも大会に参加したときに偶然会う分には問題ないらしい」

 

 おかしな話だと笑うラフェール。

 

 

 だが実際にラフェールは目的の人物に会っていた。ただ気付かなかっただけである。

 

 

 荒れ狂う海を平然と泳げる男――まぁ案の定、神崎である。

 

 幼少の頃のラフェールの乗った豪華客船がダーツによって沈められることを「原作」より知っていたため秘密裏に専用の救助船と共に救助に当たっていた。

 

 しかし思いのほか嵐の規模が大きかったために尻込みした救助隊の士気を上げるために神崎はデュエルマッスルを解放して荒れ狂う海に突貫した経緯があったのである。

 

 

 だが当時のラフェールは救助された際に酷く弱っていたため神崎の顔をはっきりと覚えていない。

 

 さらに「デュエルマッスルを解放した神崎」と「通常時の神崎」を結び付けられないのも相まってラフェールは気付かなかったのである。

 

 

 そして神崎も「覚えていないのなら辛い事故の記憶を無理に思い出させる必要もない」と気を利かせた結果、互いはすれ違っていた。

 

 

 いつの日かラフェールが過去の記憶を思い出し、乗り越えた時に会えばいいのだと神崎は考える。

 

 ラフェールが過去の一件を問題にしていないことも知らずに。

 

 

 

 再会の日は何時になることやら。

 

 

 




マッスル泳法を千里眼?で見たダーツさん

ダーツ「アレは一体、なんなんだ……(戦慄)」



~入りきらなかった人物紹介~
ラフェール

・原作では――
ドーマ編で登場したアニメオリジナルキャラクター。「レ」の字のモミアゲが特徴。

幼少の頃のラフェールの乗った豪華客船が
ダーツの手による海難事故で沈没し一人漂流、無人島で3年間孤独に過ごす。

その孤独な3年がカードに対する思いを強め
カードのモンスターの精霊が見えるようになり、
「墓地にモンスターを置かない」というデュエルスタイルに繋がった。

そしてアメルダ、ヴァロンと共に「ドーマの三銃士」の一角を務める。

ちなみに闇遊戯を正面から実力で倒した数少ないデュエリストである。



・本作では――
幼少の頃のラフェールの乗った豪華客船が
ダーツによって沈められることを「原作」より知っていた神崎によって救助される。

だが救助された際に酷く弱っていたため
顔をはっきりと覚えていないのも相まって
「デュエルマッスルを解放した神崎」と「通常時の神崎」を結び付けられていない。

ゆえに恩人に感謝を伝えたいと、
同僚(と思っている)ギースが関わる大会に率先して参加している。

「デュエルマッスル」によって救われたせいか、
「あの背中に追いつけるように」と原作よりもデュエルマッスルが増量された。

全乗客を救ったマッスルの在り方から
自身もそうありたいと「墓地にモンスターを置かない」というデュエルスタイルを取る。

海難事件後、家族と幸せに暮らしながらメキメキ成長し、
今では御家を継いで精力的に活動しつつ、プロデュエリストとしても活躍している。


今作の「カードの心を忘れたレベッカ」をデュエルでぶっ飛ばした一人。
あの後レベッカがどうなったのか気にしている。


グリモ
ドーマ編で登場したアニメオリジナルキャラクター。
ラフェールの従者で、口ヒゲと顎ヒゲを伸ばし、左目にモノクルを付けた男。

あのラフェールが傍に置いていたので
御家直属の人だったのではないかと予想し今回出番を得た。





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第55話 「ブラックコーヒー」の貯蔵は充分か!

無論「壁」でも構わないが……そんな「壁」で大丈夫か?



前回のあらすじ
ガーディアン・デスサイス「私のことは気にせず幸せになりなさい、ラフェール……」




 I2社に響く電話のコール音。

 

 そしてMr.クロケッツが受話器を取りそのコール音が止まる。

 

「こちらI2社です――おや? これは神崎殿、お久しぶりです。今回はどういったご用件でしょうか?」

 

 電話の相手が神崎であると知ったMr.クロケッツは何かと恩義のある相手ゆえに対応も自然と柔らかなものになる。

 

『いえ、用件というほどのモノでもないんですが。近々童実野町で大規模な大会を開く予定でして、ペガサスミニオンの方々にも参加いただければと……』

 

 今回の神崎の目的はバトルシティでの神のカードへの対処の一環である。

 

 確認した神のカードの1枚「オベリスクの巨神兵」の効果がOCG効果でなかったゆえに神のカードに詳しそうなペガサスミニオンを頼った訳があった。

 

 平たく言えば「グールズ及び神のカードを出来れば倒してください」ということである。

 

「そうでしたか。でしたら後程伝えておきます」

 

 Mr.クロケッツの「後程」の発言に違和感を持った神崎。

 

 ペガサスミニオンと何度か顔を合わせた神崎からすれば、いつもペガサスにべったりな彼らがI2社にいないことに疑問が浮かぶ。

 

『その口ぶりだと今は留守なのでしょうか? こう言ってはなんですが珍しいですね』

 

 その神崎の問いかけに、ペガサスミニオンの若干深い家族愛の様子を知るゆえにMr.クロケッツは思わず頬を緩める。

 

「……フッ――と、これは失礼しました。彼らは常にペガサス様と共にあろうとしていましたから、神崎殿からもそう見られていると思うとなんだか彼らが微笑ましくなってしまって」

 

『幸せそうでなによりです』

 

「――本当にそうですね……今彼らはペガサス様とシンディア様の2人と共にリゾート地にて休養を兼ねたピクニックに出かけております。それとこの件についてですが――」

 

 Mr.クロケッツは今のペガサスの所在を明かす――それは信頼の証。

 

『ええ、わかっています。私の胸の内に』

 

「助かります」

 

 そう言って通話の終わった受話器を置き、窓の外の空を見ながらMr.クロケッツは強く思う。

 

――存分に楽しんできてください、皆様。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とあるリゾート地。

 

 黒い短髪にいささか目つきの悪い眉なしの男が川から釣り上げた魚を月行が用意した大きめのバケツにそっと入れた。

 

 その男の名はデプレ・スコット――ペガサスミニオンが一人である。

 

 そんなデプレに月行は思わず言葉を零す

 

「大物じゃないかデプレ」

 

「ああ……釣り上げる……のには……苦労した……」

 

 その月行の称賛の声をデプレはその特徴的な話し方で受け取った。

 

 

 そんな彼らの後ろから顔を出したシンディアは驚きの声を上げる。

 

「まぁ、すごいわ、デプレ! 大変だったでしょう?」

 

「いえ……そんな……ことは……」

 

 そんなデプレを見て月行は思わず心の中で「さっき『苦労した』って言ってたじゃん!」とツッコミを入れる。

 

 だがデプレを責めることは出来ない――男とは見栄を張ってしまう生き物なのだから……

 

 

 そんな月行を余所に病弱だった過去からかなりの箱入り娘として育ったシンディアはバケツの中を泳ぐ魚をまじまじと見ながら呟く。

 

「私、こうやって泳ぐ姿を間近で見たのは初めてだわ……」

 

 そう言いながら魚をツンと突つつくシンディア――未知を楽しんでいるようだ。

 

「喜んで……頂けて……何より……です……」

 

 ペガサスとシンディアの幸せは自身の幸せだと考えているペガサスミニオンからすれば嬉しい限りである。

 

 

 

 そんな和気藹々とするなか大きな声が木霊する。

 

「ペガサス様! 引いてますよ!」

 

 その声の主は遊戯に似た髪型をした銀髪の背の高い男――ペガサスミニオンが一人、リッチー・マーセッドである。

 

 月行と瓜二つである双子の弟の夜行と共に釣りの経験が浅いであろうペガサスのサポートとしてついていた最中の出来事であった。

 

「Oh! これは大物の予感デース!」

 

 力強い「引き」に力を込めるペガサス。

 

「ファイトです! ペガサス様!」

 

 そんなペガサスを自身の釣竿を放り出して応援する夜行。

 

 そしてその釣竿を拾いに行くリッチー。

 

 

 まだ見ぬ大物との戦いを繰り広げていたペガサスは己の雄姿を愛する人に見てもらおうと声をかける。

 

「シンディア! 見ててくだサーイ! ワタシの華麗なフィッシングを!」

 

「頑張ってー! ペガサスー!」

 

 そんなペガサスの思いに応え手を振るシンディア。ペガサスも思わず片手を離し手を振りかえす。

 

 だがそんなことをすれば――

 

「ペガサス様! よそ見しちゃあ――」

 

 夜行の釣竿を回収しながら思わず声を上げるリッチー。

 

 そしてリッチーの危惧したとおり、片手持ちになったペガサスの釣竿は魚の力に負け川へと投げ出され遂には糸が切れて魚が逃げる。

 

「No! 逃げられてしまいマシタ……」

 

 その言葉とは裏腹にペガサスはそこまで悔しそうには見えない。

 

 ペガサスにとって魚を釣り上げることよりも家族と魚釣りをするその団欒にこそ意味があるのだと考えているためそこまで悔しくないのだろう。

 

 愛するシンディアにカッコイイ姿を見せられなかったのは残念そうではあるが……

 

 

 そしてついでにペガサスの釣竿も回収してきたリッチーが戻るのをペガサスは確認し、デプレが釣り上げた魚でランチにしようと思った矢先にペガサスを横切る影をその目に捉えた。

 

 それは川へと飛び込む夜行の姿。

 

「!? 夜行ボーイ!」

 

 驚くペガサスを余所に川の中へと泳いで行く夜行。

 

 そして暫くしてペガサスの逃がした魚と共に夜行は陸へと上がり、ペガサスに近づき魚を掲げる。

 

「お見事です! ペガサス様! 大物ですよ!」

 

 その夜行の言葉に目を白黒させるペガサス。

 

 そんな夜行に慌てて駆け寄るシンディア。

 

 

 月行はバケツを持ち、デプレはタオルを持ってシンディアに続く。

 

「怪我はない、夜行?」

 

 夜行の様子を間近で捉えたシンディアは心配そうに尋ねたが――

 

「問題ありません、シンディア様――それよりも見てくださいペガサス様の釣り上げた大物ですよ!」

 

 自身のことなど二の次にペガサスの偉業?を称える夜行。

 

「いきなり何やってんだ……ペガサス様とシンディア様が驚いてるだろ……」

 

 そしてその夜行の頭を軽くはたくリッチー。

 

「まあまあ、夜行もペガサス様のため?を想ってのことですし」

 

 そう言いながら夜行の持つ魚を月行は持ってきたバケツに入れる。

 

「あまり……ペガサス様とシンディア様を……心配させるようなことは……するな……」

 

 苦言を呈しながら夜行の顔にタオルを投げ渡すデプレ。

 

「す、すまない」

 

 ペガサスミニオンの苦言というよりもペガサスとシンディアに心配をかけてしまったことに狼狽しながらずぶ濡れになった自身をタオルで拭く夜行。

 

 

 だが拭きの甘い夜行からタオルをとったシンディアはそっと夜行の頭を拭く。

 

「じ、自分でできますから……」

 

 恥ずかしがる夜行を余所にシンディアの手に思わず力が籠る――それでも夜行からすれば弱々しい。

 

「――ダメよ。本当に心配したんだから……」

 

「も、申し訳ありません」

 

 川に飛び込み上がってこなかった夜行を思い出しシンディアの手は微かに震える。

 

 シンディアはその手の震えを隠すためタオルから手を離し夜行を解放した――その震えは自身が手に力を込めているのだからと己に言い訳して……

 

 

 そんなシンディアの状態をそっと見ていたペガサスはその空気を変えるため「パンッ」と手を叩き提案する。

 

「Oh! そういえば――そろそろランチの時間デスネ!」

 

 そう提案したペガサスにリッチーはペガサスミニオンで計画していたプランを進める。

 

「なら俺達に任せてください! この魚を捌いてきますから!」

 

「そうです! ペガサス様! 我々にお任せを!」

 

 リッチーに追従し「自分こそが!」と前にでる夜行の肩を掴みながらデプレが呟く。

 

「夜行はその前に……風呂に入って……来い……」

 

「!? いやそれでは!」

 

 そのデプレの言葉に自身が調理に関われないと考えた夜行が思わず月行に縋るように振り返った。

 

 その視線に月行は力なく答える。

 

「……大丈夫ですよ。ちゃんと待っていますから」

 

 そんなペガサスミニオンの団欒を見つつペガサスはシンディアと共に彼らの料理に思いをはせた。

 

「なら楽しみにしていマース!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうしてコテージに戻り別室で絵を描きながら待つペガサスとそれを見守るシンディア。

 

 そしてその2人を余所に風呂から出た夜行を加え、ペガサスミニオンの親孝行調理が幕を開けた。

 

「オレは……食材を……切る…………ギャギャハハハ!!」

 

 包丁を手に次々と材料を切り分けていくデプレ。

 

 デプレのクセとも言える感情が高ぶった際の独特の笑い声がこの料理に込める想いを表している。

 

 なお本人は無自覚だが、高笑いを上げながら包丁を振るうその姿はとても猟奇的であった――だがペガサスミニオンでは見慣れたものである。

 

 

 その笑い声にやっぱり始まったかとリッチーは思いつつ自身が担当する調理に取り掛かっていた。

 

 だがその矢先、テーブルに突っ伏し鬼気迫る様相の月行を視界の端に捉え思わず尋ねた。

 

 そう言えばずっと同じ位置でなにやら作業していたとリッチーは思い至る。

 

「何してんだ? 月行」

 

 テーブルに広げられたものは数々の調味料と量り。

 

 分量を量っているだけと予想したリッチーだが、それならばすぐに済むはずである。何故こうも時間がかかるのかが分からなかった。

 

「見れば解るだろう――調味料の配分をしているんだ」

 

 そんなリッチーの疑問をよそに予想通りの答えを返す月行。

 

「いや俺が聞きたいのはなんでそんな時間かかってんのか? なんだが……」

 

「決まっているだろう! 『完璧(パーフェクト)』な配分を目指しているからだ! コンマのズレも許されない!」

 

「そ、そうか……まあ、頑張れ――」

 

――いや、コンマって……

 

 そんな思いをリッチーは飲み込んだ。好きにさせてやろうとの思いやりである――邪魔になりそうだと思ったわけでは断じてない。断じてないのだ。

 

 

 そしてデプレの特徴的な笑い声をBGMに再び自身の調理を続行しているとまたしても緑髪が目の前を横切る――お次は月行の双子の弟、夜行である。

 

 

 だがただ目の前を通り過ぎただけならばリッチーは気にせずに作業を続けていただろう。

 

 問題なのは夜行の手に持たれたモノだった。

 

「――ちょっと待て、夜行、お前が手に持ってるのは……なんだ?」

 

「……? ワインとゴルゴンゾーラ・チーズだが? やはりペガサス様の好物は押さえておくべきだろう?」

 

 その夜行の顔は「何を言っているんだ?」と言わんばかりの困惑顔である。

 

 確かに食べる側の人の好物を料理に取り込むことはとくにおかしなことではない。だが――

 

「今回作る料理には使わねぇだろ!」

 

 その言葉のとおり、あまり合いそうにない材料だった。

 

「!? そ、そうか……」

 

 驚きの顔芸と後にシュンとする夜行――少し強く言いすぎたかもしれないとフォローを入れようとするリッチー。

 

 

 だがリッチーよりも早くフォローに回った者がいた夜行の兄である月行だ。

 

「いや、待て、リッチー。ペガサス様はこう仰っていた――『型にはまりすぎるのもよくない』と」

 

「月行兄さん……」

 

 かつて嫉妬心から辛く当たってしまった兄、月行からの援護の言葉に弟、夜行は目頭が熱くなる。

 

「…………いやそれはデュエルの話だろ」

 

 そんなリッチーのツッコミも2人には届かない。

 

 あれ? おかしいの俺の方? と自身の価値観に疑問を持ちかけていたリッチーにデプレがその肩にそっと手を置く――価値観を同じくする仲間の友情に感激するリッチー。

 

「リッチー……食材の……処理……終わったぞ……」

 

 ただの業務連絡だった。

 

「そうか、なら他の工程も頼む……アイツらは頼りになりそうにねぇ」

 

 業務連絡により一気に現実に引き戻されたリッチーはあの兄弟を戦力として数えるのはやめ、自分たちのみで調理を完遂するべく動く。

 

「……了解……した……次は……火入れだな……ギャギャハハハ!!」

 

 デプレは絶好調だ。何も問題はない。放火魔に見え――何も問題ない。いいね?

 

 

「月行、夜行。そのチーズとワインは食後のデザート扱いで別に使うことにすっから――」

 

 そして今は頼りにならない兄弟に釘を刺しつつ、夜行が用意した材料の利用法を提案するが――彼らの手にその材料はなかった。

 

 

 そして天馬兄弟の間に漂うお通夜のような雰囲気――最悪の可能性がリッチーの頭をよぎる。

 

「お、お前ら……ま、まさか――」

 

「大変だ、月行兄さん………味が可笑しい。」

 

 そのまさかであった――すでにワインとゴルゴンゾーラ・チーズは投下されていた。

 

「なんともいえぬ味ですね、夜行。ですがこれは私達が既存の枠を超えようとしたゆえ――恥じることはないですよ」

 

「恥じろよっ!」

 

 心の内を留めることなく一気にツッコミとして吐き出すリッチー。

 

 だが今はそれどころではない。

 

――問題が発生した時はまずどの程度の問題か見極めることが重要。

 

 そんな教えの一つを思い出しリッチーは現状の確認を行う。

 

「お、落ち着け……まずは味見だ」

 

 恐る恐る口に入れたソレ(料理)はなんとも言えない不快感を与える必殺の不味さであった――笑いのタネにもなりそうにない。

 

――こんなモンをペガサス様とシンディア様にお出しできるか!

 

 ペガサスミニオンとして、恩を受けた身として、そして血の繋がりはなくとも息子としてソレ(料理)――否、物体X(ソレ)をどうにかせねばならない。

 

 

 そして食材の残りはほとんどなく、新しいものは作れそうにない――絶望的な状況だった。

 

「サポートは任せたぜ……デプレ。 後、お前ら(天馬兄弟)は洗いもんでもしてろっ!!」

 

「……ああ……まかせろ……」

 

 退路は既にない。

 

「……やってやるよ――やってやろうじゃねぇかぁああああ!」

 

 調理器具と残りの僅かな食材を片手に決闘者(デュエリスト)、リッチー・マーセッドは物体Xに立ち向かった。

 

 

 男には引けぬ戦いがあるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな戦場となったキッチンを余所にペガサスは別の部屋で絵を描きながら料理の完成を待つ。

 

 今日は筆が乗る。

 

 ペガサスが筆を振るう中、シンディアは裏側で立てかけられた絵を手に取り感嘆の声を上げる。

 

「あら? この絵、とっても素敵ね……」

 

 その絵は家族の団欒が描かれたもの。

 

 中央にペガサスとシンディアが寄り添うように描かれ、その周りにはペガサスミニオンの面々やMr.クロケッツが描かれており、皆が幸せそうであった。

 

「これは私たち家族を描いたものよね? この絵が完成したらどこかに飾っても良いかしら?」

 

「イエ、その絵は既に完成していマスヨ、シンディア」

 

「? ならどうしてアトリエに置いたままなの?」

 

 ペガサスはいつも完成した絵をシンディアに見せる。

 

 それはペガサスがシンディアに自身が見て描いたものを共有してほしいがためである。

 

 それゆえにいつも楽しみにしていたシンディアはペガサスが隠したともいえる行動に疑問を持った――そして気づく。その絵に隠されたもう一つの姿を……

 

「あら? この下の方に描かれてるのって――『手』?」

 

 その絵の家族の団欒は何者かの「掌」の上にあった。

 

「その絵はワタシの不安を振り払うために『今の幸せ』を描きとめたものになりマース……」

 

「……ならその不安は?」

 

 その「不安」を言いよどむペガサス。

 

 だがシンディアのペガサスを真っ直ぐと見つめる目に根負けしたようにポツリと話し始める。

 

「ワタシは今、とても幸せデース。デスガ時折、怖くなりマース――この幸せは誰かの掌の上のものだと思えて仕方がありマセーン……」

 

 そう言いながらキャンバスの前から立ち上がりスケッチブックを手に取ってパラパラとめくる。その手は僅かに震えていた。

 

 そしてスケッチブックのあるページを開き、絵を壁に立てかけ終えたシンディアに手渡す。

 

 

 そこに描かれていたのは色付けもされておらず、ただ感情の赴くままに描かれたモノ。

 

 倒れ伏すシンディア。

 

 倒れ伏したシンディアに背を向け「ウジャドの瞳」を手に取り闇に進むペガサス――その身体の一部はボロボロと崩れている。

 

 そしてペガサスの足元に倒れる大勢の人間。

 

 そんな人間を視界に入れず、ただペガサスに付き従うMr.クロケッツ。

 

 

 黒い太陽に手を伸ばす夜行――その先にペガサスはいない。

 

 ペガサスの崩れた体の一部をかき集めるデプレ。

 

 リッチーに倒されたと思しき月行――そのリッチーの進む道は夜行と同じ。

 

 

 そのペガサスの(こころ)を見て思わず尋ねるシンディア。

 

「これって……」

 

 ペガサスは椅子に腰かけながら懺悔するように答える。

 

「これはワタシが見た悪夢を描いたものデース。この夢を見てからいつかこんな未来になってしまうのではないかと考えると――Oh……恐ろしくて仕方ありマセーン!」

 

 ペガサスは己のせき止めていた感情を抑えきれない。

 

「そしてそんな想いを振り払うために描いたモノも『今の幸福など仮初に過ぎない』と突き付けられているようなものデシタ!!」

 

 今のペガサスの「幸せ」を大きく構成するものは――

 

――助かる見込みのなかったシンディアの生存。

 

――ペガサスの目に見えぬところで起きていたペガサスミニオンの歪の指摘。

 

 それらはペガサス自身が解消したわけではない。

 

 

 今ではそれなりの友好な関係を築いているが当時は完全な「他人だった人間」が大した見返りもなく行動した結果である。

 

 これならば何らかの「大きな」代償があった方が分かりやすく素直に喜べたとペガサスは思ってしまう。

 

 

 そのペガサスの「不安」を聞き終えたシンディアはスケッチブックを机に置き、ペガサスを後ろからそっと抱きしめる。

 

「気付いてあげられなくてごめんなさい――ペガサス」

 

 誰よりも近くにいた筈なのに気付けなかったシンディアは己を恥じる。

 

「私ったらダメね……いつもみんなに助けられてばかり……でもそんな私だからこそ言えるわ」

 

 世間知らずがゆえに周囲に助けられることが多かったシンディア。

 

「私たち家族の力があればどんな暗闇の中でだって、きっと光を見つけられる」

 

 だからこそ、その家族(まわり)が頼もしいことを誰よりも知っている。

 

 ゆえにそうペガサスにシンディアは断言できる。

 

「それに今の幸せが誰かさんの掌の上のモノだったとしても――」

 

 シンディアは壁に立てかけた「家族の団欒」の絵をペガサスと見ながらイタズラっぽく言葉を続けた。

 

「――その掌の主さんが思わず一緒に笑いあえるくらいに、私たちの幸せな様子を見せてあげましょう?」

 

 そして笑顔を見せるシンディア。ペガサスはその眩しさゆえに思わず目を細める。

 

――やはりアナタはワタシの太陽デース、シンディア。

 

 ペガサスの心は不思議と軽くなっていた。

 

 

 

 

 

 

 そのアトリエの外の扉の付近で佇むペガサスミニオン。

 

 彼らはリッチーの奮闘により料理が無事完成したためにペガサスとシンディアを呼びに行く中で、「自分が呼びに行く」とペガサスミニオン内でいがみ合いながらアトリエへと突き進んでいたのだが――

 

 扉越しから聞こえたペガサスの「不安」に立ち止まった経緯があった。

 

「なあ――」

 

 リッチーが思わず呟いた言葉を夜行が聞き返す。

 

「なんでしょう?」

 

「――俺らももっと『ちゃんと』しなきゃならねぇな……」

 

 まだ自分たちは「守られている立場」ゆえのリッチーの言葉に月行は同意を示した。

 

「本当に……そうですね」

 

「……ああ……まだ……オレたちは……一人前とは……言えない……からな……」

 

 デプレもまた静かに誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして家族で囲む食卓。

 

「このお魚キレイに切り分けられてるわね? 私はこういうのは苦手だからスゴイと思うわ!」

 

「……なら……今度……お教えします……」

 

「ありがとうデプレ。じゃあ今度よろしくね?」

 

 和気藹々と将来を語り合い。

 

「ん~デリシャス! 特にこのチーズがいいアクセントになってイマース!」

 

「それは私と月行兄さんが入れたものです!」

 

「ペガサス様の好物を取り込んでみました」

 

 料理を味わい。

 

「リッチー、今日はお疲れ様――大変だったみたいね?」

 

「いえ、そんなことは――いや、やっぱり大変でしたけど、久々にバカやれて楽しかったんで結果オーライですよ」

 

「ならよかった!」

 

 家族の団欒を過ごした。

 

 そんな幸せに彩られた光景に、いつの間にかペガサスは「不安」を感じなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海馬ランドに増設されていた「ペンギンコーナー」にてBIG5の一人である人事を取り仕切っていた大瀧 修三が社長である海馬に熱く語りかけていた。

 

「これが新たな海馬ランドのペンギンコーナーの目玉! その名も『ペンギン触れ合いコーナー』です!」

 

 そのまんまである。

 

 海馬に大きなリアクションはなく無言だ。

 

「その愛らしい姿を眺めているだけでも十分な癒しが得られますが、今回はさらに実際の距離を縮め、直に触れ合うことでその癒しは倍☆増!!」

 

 熱論するおっさんの言葉に海馬はなおも無言を貫く。

 

「社長は仰っていましたね『白黒ならパンダの方がマシ』だと! しかしこの距離は大型の獣であるパンダには決してできません! 小型のペンギンだからこそ出来る距離なのです!」

 

 海馬を挑発するかのようなBIG5の大瀧の物言いにもなんらリアクションを見せない海馬。

 

 だがペンギン大好きおじさんである大瀧は止まれない。止まるわけにはいかない。

 

「試験的にペンギンとの触れ合いを行ってきましたが 評価は上々! やはり現代には『癒し』が不足していることは明☆白! ゆえに! そのシェアを獲得するべく本格的に動きだしたいのです! どうかご許可を!」 

 

 力強く宣言した大瀧であるが海馬はどこ吹く風。心ここにあらずだ。

 

 

 熱く語られる「ペンギン談義」をまるで聞いていないように見える海馬だが、一応は聞いてはいる。

 

 しかし今の海馬の意識の大部分を占めるものは――

 

「やめろよ、くすぐったいだろ」

 

 多くのペンギンとじゃれあっているモクバの姿。

 

 スタッフと思しき人間が次々にモクバに向けペンギンを放っている。

 

 

 海馬はその姿を穴が開くのではないのかと思うほどに見続けていた。

 

 そんな兄、海馬にペンギンをチョコンと抱えながら駆け寄るモクバ――その後をカルガモの親子よろしく付いていくペンギンたち。

 

「兄サマ! コイツらとっても人懐っこくてかわいいぜ!」

 

「そうだな――だがそろそろ仲間の所に返してやれ……」

 

 そんなモクバと目線を合わせた海馬はモクバの頭を撫でながら引き上げる旨を伝える。

 

「うん、わかった!」

 

 係員の元へとペンギンたちを引き連れて進むモクバの背を見ながら大瀧に焦りが見える。

 

 今回、確かな手ごたえを感じていたが、まだ大瀧の望む言葉は引き出せていない。

 

――できればペンギン一本でいきたいですが……奥の手を使うとしましょう――グフフ……

 

「海馬社長! まだ具体的な形にはなってはいませんが……メアリー姫とペンギンたちを題材にしたカイバーマンショーを企画しておりま――」

 

「ふぅん、良いだろう許可してやる」

 

 即答である――見事に喰いついた、と言うよりも奥の手(ソレ)を待っていたように見える。

 

「ありがとうございます! 必ずやそのご期待に――」

 

「行くぞ、モクバ」

 

 大瀧の決意表明も最後まで聞かずに立ち去る海馬。

 

「うん! ……ねぇ、兄サマ。また来てもいいかな?」

 

 そう言いながら海馬を見上げるモクバ。海馬の返答は決まっている。

 

「ああ、構わんぞ」

 

「ありがとう、兄サマ! 今度は乃亜のヤツも連れてきてやろうっと!」

 

 そう言ってKCに駆けていくモクバ。

 

「!? 待て、モクバ! なぜヤツの名前が出てくる!!」

 

 その言葉をモクバの背を見ながら驚きを見せる海馬――いつの間にか仲良くなっていたようだ。

 

「え? この前、乃亜が『気分をリフレッシュしたい』って言ってたから……」

 

 振り向きながらそう答えたモクバ。

 

 だが海馬はモクバと共に乃亜にあった際にそんな会話は聞いていない――それはつまり海馬がいない時の会話である。

 

――この俺を差し置いて……いい度胸だ!

 

 乃亜に闘志を燃やす海馬。

 

 その闘志は回りまわって誰かさんの胃に直撃するであろうことは容易に想像できた。

 

 

 

 

 その後の海馬ランドのアトラクションにて――

 

 ペンギンランドでペンギンたちと触れ合うメアリー姫を浚った凡骨星人がペンギンランドを荒らす中、颯爽と凡骨星人を撃破するカイバーマンの姿があったとかどうとか。

 

 

 ペンギンランドの平和? メアリー姫を救うついでに救われるに違いない。きっと、たぶん、おそらく、めいびー。

 




~入りきらなかった人物紹介~
メアリー姫って?
アニメ版のオリジナルエピソードであるDMクエスト編に登場。
モクバと髪型や体格がそっくりのゲーム内の王国の姫。

少年であるモクバをモチーフに少女のメアリー姫を生み出したBIG5の闇が垣間見える。


~DMクエスト編って?~
アニメ版オリジナルストーリー
デュエルをRPG風にしたゲーム「デュエルモンスターズクエスト」にまつわる話。

BIG5はこれを海馬に挑ませ、そのまま電脳世界へと海馬を封印した。

その後、残されたモクバが遊戯たちと共に海馬を助けるためにこのゲームをクリアするお話。


~入りきらなかった人物紹介その2~
リッチー・マーセッド
ペガサスミニオンの一人――遊戯王Rに出演
貧困なスラム街出身。
後継者を探していたペガサスに拾われる。

原作ではカード・プロフェッサーになっていたが
本作ではI2社に所属している


~入りきらなかった人物紹介その3~
デプレ・スコット
ペガサスミニオンの一人――遊戯王Rに出演
ペガサスを崇拝している。
興奮した時の「ギャギャハハハ」という笑い声が特徴。

原作ではカード・プロフェッサーになっていたが
本作ではI2社に所属している




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第56話 パーティーのお誘い

前回のあらすじ
特定の個人の胃の平穏を破壊して得た幸せ――知らぬは本人ばかり

ペンギンとモクバ……海馬社長の癒し倍☆増!




 ある巨大なホールの一角で多くのデュエリストが集まっていた。だが彼らは表世界のデュエリストらしからぬ風貌の者たちばかり。

 

 そんな中、黒いパーマの長髪が特徴的な男、デシューツ・ルーが周囲を見回し、軽い口調で笑う。

 

「オイオイ、『迷宮兄弟』に『闇のプレイヤーキラー』、『死の物真似師』に他にもゾロゾロ――ハハッ、まるで裏世界のデュエリストの見本市だな!」

 

 そんなカードプロフェッサーの一人の言葉に他のカードプロフェッサーたちも世間話でもするように話に花を咲かせる。

 

「それだけ大きな案件ということです――KCがこれほど本腰を入れたとなると、グールズの連中もこれまででしょう」

 

 軍服を着こんだカードプロフェッサーの男、カーク・ディクソンもグールズの末路を思い浮かべ暗い笑みを浮かべた。

 

 

 しかしそんな和気藹々とした彼らの会話とは対照的に片側だけ前髪を下ろした髪型が特徴の男、テッド・バニアスがカードプロフェッサーのまとめ役である車椅子の老婆、マイコ・カトウに尋ねる。

 

「……でもよ、婆さん。何で今回の仕事受けたんだ? あれだけKCには関わらないようにしてたのに……」

 

 その瞳にはどこか不安が垣間見えた。

 

 

 だがマイコ・カトウが口を開くより先にゴスロリ風のドレスを着た金髪のショートカットの女性、ティラ・ムークがヤレヤレと溜息を吐きながら答える。

 

「バカね。今回の『グールズの始末』は裏の総意と言っても過言じゃないわ。だからコレ(グールズの始末)に参加しとかないと後で何言われるか分からないわよ」

 

 そんな溜息混じりのティラ・ムークの言葉にロックンローラー風の恰好をした男、ピート・コパーマインはその特徴的な笑いと共に注釈を入れる。

 

「ニャハハハハ――それに『グールズ』は裏の流儀も守らず手当たり次第に暴れてるからね。ボクらみたいな裏稼業のデュエリストもイイ迷惑だよ」

 

 だがカードプロフェッサーのまとめ役、マイコ・カトウが危惧しているのはそんな事ではなかった。

 

「……私はKCよりも神崎って男が気に入らないのさ。大抵、金や権力を手にした人間の考えることは一緒。でもねぇ、あの男は『異質』過ぎる――まだ剛三郎の方が可愛げがあったわ」

 

 マイコ・カトウが関わらないようにしていたのはKCではなく、今回の依頼主の方だった。

 

 神崎は「平穏に生きる」ためにまだ見ぬ未来の世界の危機に奔走しているだけだ。

 

 だが未来の危機など知らぬ人間からすれば行動基準が計り難い歪な人間に見えてしまう実情があった――悲しいすれ違いである。

 

 

 しかしそんなマイコ・カトウの心配は無用だと頭にターバンを巻いた盗賊風の恰好の男、メンド・シーノが豪快に笑う。

 

「だッハッハッハ! カトウの婆さんは気にし過ぎなんだよ! グールズなんて数だけ多い安モン狩るだけでタンマリ金が入るボロい仕事じゃねぇか!」

 

 そのメンド・シーノの意見に逆立てた髪型が特徴の男、ウィラー・メットも同調する。

 

「そうだぜ。悪評はあれどスジは通す人みてぇだし大丈夫だろ?」

 

 そんな2人の意見に他のカードプロフェッサーよりも年齢が低い左右に尖った針のような髪が伸びる少年、クラマス・オースラーの笑い声が木霊する。

 

「ケッケケケケ! それに気前のイイ依頼主って聞いてるし、報酬もタンマリ貰えそうだな! こりゃ『ツイてる』ぜ!」

 

 だがそんなまだ見ぬボーナスに心躍らせるクラマス・オースラーにハイテクマリオネット使いの男、シーダー・ミールが芝居がかった口調でキリッと仲間を諌める。

 

「おっと、そろそろおしゃべりはお仕舞だ――お出ましの様だぜ? 俺の『ハイテクマリオネット』デッキに見合う仕事だと良いんだが……」

 

 他のカードプロフェッサーの「何故お前が締める」との無言の視線は自分の世界に篭るシーダー・ミールには届かない。

 

 

 そして壇上に一人立つのはギース。

 

「今回の依頼の説明をさせてもらうギース・ハントだ。短い間だろうがよろしく頼む」

 

 軽い挨拶と共に集まった裏世界のデュエリストを見て「かなり集まったものだ」とギースは感慨深げに眺めた。

 

「さて、君たちに畏まった挨拶は不要だろう? 早速、仕事の話に入ろう――依頼内容は『グールズの構成員の捕縛』だ」

 

 ギースの後ろの壁にプロジェクターによってグールズの構成員の黒いローブ姿の人間が映し出される。

 

「君たちも知っての通り、彼らは()()()()()から『邪魔』と判断された。ゆえに我々を含めた君たちとで今回その掃除にあたる」

 

 演説するかのようにギースは話を続ける。

 

「勿論、君たちがボランティア精神でここに集まったとは思っていない、ゆえに始めに報酬の話をしておこう」

 

 ギースの『報酬』との言葉に周囲のデュエリストたちがザワザワと期待に胸を躍らせる。

 

「『様々な方々のご厚意』をコチラで纏めさせてもらった――だが君たちに『確定報酬』などと言った『甘えた』ものなど不要だろう?」

 

 そしてギースが指を鳴らす。それを合図にギースの背後の壁に映った映像が切り替わった。

 

「――よって報酬は捕えたグールズの構成員の質によってコチラで決めさせてもらった」

 

 壁に映し出された報酬の一覧に会場にどよめきが広がる。

 

 グールズの下級構成員から名持ち、さらには副総帥、総帥と位が上がるにつれ値段は上がっていく。

 

 そして総帥の値段は他とは桁違いだ

 

「ヒュー! 天下のKC様は太っ腹だねぇ」

 

 デシューツ・ルーは『様々な方々からのご厚意』を出し惜しみしない報酬に感嘆の声を上げる。

 

 周囲もその高い報酬に色めき立つ。だが――

 

「まぁて、私の依頼料金は前払いで依頼者の給料三か月分と決まって――」

 

 丸い縁の黒い帽子に黒いデュエル・コートの男が特徴的な話し方で抗議を入れた。

 

 だがギースは取り合わない。

 

「前金はこちらで用意したカード1枚だ。納得できなければ辞退してもらって構わない。依頼の辞退によるペナルティはないので安心してくれ」

 

 そして丸い縁の黒い帽子の男に「割り当てられた」カードを手渡す。

 

「これが『キミ』のカード(前金)だ」

 

「なぁにを――ッ! こ、このカードは!!」

 

 なおも抗議を入れようとした黒い帽子の男だったが、その「割り当てられた」カードを見てその動きを止める。そのカードは自身のデッキにピッタリと当てはまる一枚。

 

「どうした、辞退するのか?」

 

 辞退するのならカードを返せと言わんばかりに手を差し出すギース。

 

 

 黒い帽子の男はそっと懐にカードを仕舞い込む。それが答えだった。

 

「他に報酬の条件に納得できないものはいるか? この依頼を受けないと言うなら今この時が最後のラインだ」

 

 ギースは忠告の言葉を入れるが誰も動かない。大半のデュエリストが報酬に目をくらませている。

 

「――いないな。では依頼に関しての詳しい条件に移らせてもらおう。まず――」

 

 そうして次々と条件が提示されるが、どれもデュエリストからすれば大したものではない。

 

 そして依頼の詳しい内容を話し終えたギースは念押しするように再度言葉を放つ。

 

「以上だ。諸君らも分かっているとは思うが――下らぬマネはしないことを奨めておく。では前金を受け取りに来てくれ」

 

 こうして裏世界のデュエリストたちによるパーティーのお誘いは幕を閉じる。

 

 後は会場で踊る日を待ち望むばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 その後、一度本拠地に戻り今回の細かな約束事を決めるべく帰路につくカードプロフェッサーたち。

 

 だが車椅子をテッド・バニアスに押されながらマイコ・カトウはギースに渡された「パーティー」の招待状を見つつポツリとつぶやく。

 

「キナ臭い仕事だねぇ……」

 

「相変わらず心配性な婆さんだなぁ! ちっとばかし条件があるが金払いもいいじゃねぇか!」

 

 マイコ・カトウの心配も余所にメンド・シーノは未来の報酬を思い浮かべ、上機嫌だ。

 

「その条件もどちらかと言えばボクらを守るためのモノだからね」

 

 ピート・コパーマインも追従する――今回の依頼はかなり「おいしい」と言える部類である。

 

「それはそうなんだけどねぇ……」

 

 なおも依頼の裏側を勘ぐるマイコ・カトウにデシューツ・ルーが肩を落とす。

 

「だが、今の俺らはあんまり仕事をえり好みできる状況でもないしな……」

 

「確かそれって――『元』カードプロフェッサー、キース・ハワードの一件だよな? 俺が入る前のことだからあんまり知らないけど、ケッケケケケ!」

 

 クラマス・オースラーは年齢的にその一件の時期はカードプロフェッサーに所属していないゆえに他人事のように笑う。

 

 だがカードプロフェッサーに所属している以上、知っておくべきだと軍服の襟を正したカーク・ディクソンは確認するようにクラマス・オースラーに尋ねた。

 

「そんなに難しい話ではありません。クラマス、賭けデュエルの話は知っていますね?」

 

 その問いかけに、裏の人間で「賭けデュエル」を知らないのはいないだろうと呆れるウィラー・メット。

 

「いや、さすがにそんなもんはコイツでも知ってるだろうよ。ようは金持ち連中のお遊びさ」

 

 読んで字の如く、プロデュエリストなどのデュエルの勝敗を裏で賭けるギャンブル。

 

 限りなく黒に近い白扱い――いわゆるグレーゾーンな世界だった。

 

 説明を引き継ぐようにティラ・ムークが続きを話す。だがカードプロフェッサーたちにとってあまり思い出したい話でもない。

 

「そんな中で『勝ち続けるチャンプ』なんて『邪魔』以外の何物でもないわ」

 

 ギャンブルに於いて必ず勝つに近しい存在はギャンブルの利点を大きく損なう。そして裏工作を提案しようにも、そういった行為をキースは好まなかった。

 

 それゆえに関係者からすれば邪魔者以外のなにものでもない。

 

 

 そしてメンド・シーノは昔のその一件を思い出したのか興奮気味にクラマス・オースラーに顔を近づけ、声を張り力強く語る。

 

「昔は『裏の祭り』だったんだぜ? キースを倒して表舞台から引きずり下ろしゃ一生遊んで暮らせる金が手に入るってよ!!」

 

「お、おうっ! そ、そうなのか――でもそれで結局どうなったんだ?」

 

 そのメンド・シーノの勢いに押され気味なクラマス・オースラーは続きを促すが、ピート・コパーマインが最早説明は不要とでも言いたげに笑う。

 

「ニャハハハハ、それ聞いちゃうんだ……今もキースがチャンプでいることがその答えなのに……」

 

「ピートの言うとおりだ。あの人は全部、正面から薙ぎ倒しちまったのさ……!」

 

 ピート・コパーマインの言葉にキラキラした目で当時を振り返るテッド・バニアス――そんな彼の腕には米国の国旗が描かれたバンダナが巻かれている。キースのファンの証らしい。

 

「俺の『ハイテクマリオネット』デッキでも歯が立たなかったぜ……」

 

 そしてシーダー・ミールがデッキを撫でながら目を伏せる。キースに手も足も出なかった過去が彼には若干トラウマだった。

 

 

 そしてマイコ・カトウも昔を懐かしみつつ事の顛末を語る。

 

「懐かしい話だね――最後はお偉方もお手上げさ。結局はキースを賭けの対象にしない例外的な処置で一応は収束したのさ」

 

「その一件で『カードプロフェッサー』の名が落ちちまったのか?」

 

 話を聞き終えたクラマス・オースラーの言葉にカードプロフェッサーの一同の顔に影が落ちる。

 

 

 しかし実際はカードプロフェッサー以外の裏稼業のデュエリストもどうにもならなかったゆえにそこまで名が落ちたわけではなかった。

 

 だが「裏世界にカードプロフェッサーあり」とまで言わしめた程ではなくなっている。

 

 それはその一件を起こしたのが「元」カードプロフェッサーのキースだったことも理由の一つかも知れない。

 

 

 そんな中、デシューツ・ルーはいつもの軽い口調を潜ませ力強く宣言する。

 

「そうさ、だから今回のグールズの件で再び俺たちの名を轟かせようじゃねぇか……!」

 

 

 カードプロフェッサーたちのそんな願いも「神」を討てば叶えられるだろう。

 

 

 

 

 

 勿論「討てれば」の話だが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神崎はKCの自室でカード片手にデッキ構築に励んでいた。

 

 大会運営の大部分をBIG5たちに任せられたゆえに他に回せる時間が取れたため、今の内にとせっせとデッキ構築を進める。

 

 テーブルに並ぶ、多くのデッキ――完成したものからデッキケースに仕舞い積み上げていく神崎。

 

 何故神崎がこんなこと(多くのデッキ構築)を行っているのかというと――

 

「このデッキは…………どうしたものか……」

 

 バトルシティという大会の仕組みが役者(アクター)に合わないからである。

 

 

 神崎の――否、アクターのデュエルスタイルは「相手のデッキの弱点を突く」もの。つまり対戦相手ごとにデッキを変えている。

 

 だがバトルシティの予選は不特定多数のデュエリストが闊歩する大会。それゆえに対戦相手は対峙するまで分からない。

 

 ゆえに「対戦相手が分かった段階からデッキを組む」ことが出来ないのだ。

 

 

 唯一の救いはバトルシティのルールにおいてデッキ編集が認められていることである。

 

 それはバトルシティにおいて勝者は敗者のレアカードを1枚入手しデッキを強化できるルールによるもの。

 

 それゆえに入手したレアカードがその勝者のデッキに合わない可能性を加味してのBIG5が定めた措置であった。

 

 

 ゆえに神崎は可能な限り対峙しうるデュエリストに対応したデッキをせっせと構築しているのであった。

 

 

 そしてその対峙しうるデュエリストには当然――

 

「――これで三幻神に対応するデッキとしては……多分大丈夫でしょう。『オベリスクの巨神兵』以外の効果が分からずとも対策の方向性はそこまで変わらない……筈」

 

 三幻神こと「神のカードを持つデュエリスト」も含まれている。

 

 

 何の対策もなしに対峙すれば文字通り只では済まない――デュエルロボが海馬から引き出したデータは神崎にとって大変ありがたいモノだった。

 

 

 そして神崎は新たなデッキを構築しつつ、バトルシティでどう動くかをおさらいするように呟く。

 

「マリクの表の人格を討てればよし。無理な場合は本戦で討てれば……よし。無理なら遊戯たちに任せる他ないですね……」

 

 そう言いつつも神崎は冥界の王の力を持っていたとしても「ラーの翼神竜」の精神を焼き切る闇のゲームのリアルダメージを防げるかどうか微妙な事実から目を背ける。

 

 対処法を用意すれど安心できる訳ではない――過信など以ての外だった。

 

 

「本戦のトーナメントでリシドが倒れる前にマリクに当たれば……」

 

 マリクの闇人格はリシドが倒れることで表のマリクから人格の主導権を奪い現れる。

 

 それゆえにトーナメントでの組み合わせを決める《青眼の究極竜(ブルーアイズ・アルティメットドラゴン)》を模したビンゴマシーンに仕掛けを施すことも神崎は考えたが――

 

「――ですがその手の裏工作はリスクが大きい」

 

 海馬にバレればただでは済まないことは明白だった。

 

 さらに世間に発覚すればKCという企業としても問題になる――本当にリスクが大きかった。

 

「バトルシティでの状況次第――つまり出たとこ勝負になると…………不安だ」

 

 そう言いながら神崎は思わず溜息を吐く。

 

 

 いつもの万全を期したデュエルとは違い、状況がどう転がるか分からないバトルシティ。

 

 そんな中で本戦まで勝ち抜くことが出来るのか、

 

 三幻神を相手にどこまでやれるか、

 

 

 他にも不安の種を上げればキリがない。

 

 

 それゆえに神崎は新たなデッキを構築するため、カードを手に取った。

 

 

 不安が紛れると信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とあるカードショップに遊戯たち一同と牛尾はある目的で訪れていた。

 

 その目的は――

 

「『城之内 克也』君のデュエリストレベルは……『6』だね。このデュエルディスクは君のものだよ」

 

 そう言って眼鏡の店員がデュエリストレベルの確認後に箱に入れられたデュエルディスクを城之内に手渡す。

 

「よっしゃぁ! デュエルディスク、ゲットだぜ!!」

 

 ピッピカチュウ! と言わんばかりの喜びと共にその箱を受け取る城之内。

 

 そう遊戯たち一同は、近日開催されるバトルシティの参加条件である「デュエルディスク」と「パズルカード」を受け取りに来ていた。

 

 

 そしてその2つはKCの系列店で「デュエリストレベル5以上」のデュエリストに無料配布されている。

 

 ちなみにデュエリストレベルの最高値は8である。なぜかデュエルモンスターズのモンスターの最高レベル12ではない。

 

 そしてあるドラゴンのレベルは8。ということは――いや、これ以上考えるのは止めておこう。

 

 

 喜ぶ城之内を余所に本田も店員に詰め寄る。

 

「なぁ、店員さん! 俺は! 俺はどうなんだ!?」

 

「『本田 ヒロト』君だね? えーと、君のデュエリストレベルは……『2』だね」

 

「なぁにぃ!!」

 

 デュエルディスクが無料配布されるレベル5には届かなかった本田。だが原作の城之内のように「馬の骨」と表記されていないだけマシである。

 

 その信じられないと驚く本田に牛尾から冷静なツッコミが入る。

 

「いや、オメェはこの前デュエル始めたばっかじゃねぇか」

 

「でもよぉ、牛尾! 俺も強くなってる筈だぜ!」

 

 確かに本田の言うとおりデュエルの実力は上がっているが――

 

「そうは言ってもまだ公式戦で1勝どころか1戦もしてねぇんならそんなもんだろ……」

 

 誰も知らなければ評価のしようもない。

 

「でもよ~」

 

 そんな本田の落ち込み様に思わず杏子は尋ねる。

 

「そんなにこの大会に出たかったの?」

 

「いや、遊戯や城之内も参加することだしよ。折角だから俺も、って」

 

 ちなみに遊戯のデュエリストレベルは最高値の8であった。

 

「ハ~そんなに大会に出てぇなら自腹で買うか?」

 

 だがこの段階でのデュエルディスクは結構なお値段である。ゆえに本田も渋り気味だ。

 

「いや~でもこの値段だとなぁ……」

 

「なら諦めな」

 

「でもよぉ! 男ならこの手のモン(メカ)は使ってみてぇじゃねぇか!」

 

 メカは男のロマンであるという本田の言い分を受け、納得を見せる牛尾。

 

「分からなくもねぇ理屈だな――だったら俺のデュエルディスク1回使わせてやっから今回はそれで我慢しな」

 

 弟子の頼みを聞くのも師匠の務めと牛尾は自身のデュエルディスクを手渡した。

 

「おっ! いいのか!」

 

「おうよ。オメェの晴れ舞台だ」

 

「よっしゃぁ! 城之内! これで俺とデュエルだ!」

 

 借り受けたデュエルディスクに本田は軽く飛び上がり喜びを表現する。

 

 そして対戦相手に城之内を選んだ。

 

「いいぜ、本田! 俺もコイツ(デュエルディスク)を試してみてぇと思ってたところだ!」

 

 快く応じる城之内――手に入れた新しいおもちゃは早く使いたいものだ。

 

「でも城之内君。この後はペガサス会長から届いた賞品のカードでデッキを練り直す予定じゃぁ……」

 

「なぁに、このデュエルの後でも問題ねぇさ!」

 

 だが遊戯がこの後の予定に言及するが城之内は気にしない。

 

 デュエリストが挑まれたデュエルから逃げるようなことは出来ないのである。

 

 そして遊戯もそれを分かっているため深く言及することはしなかった。

 

 

「だったら、もうちっとばかし広い場所の方が良いな」

 

 場所を移すことを提案する牛尾。近場にある程度広い場所がなかったか遊戯たちは考えを巡らせる。

 

「なら近くの公園にでも行きましょ」

 

 その杏子の提案により、本田のデビュー戦の会場へと遊戯たち一同は向かっていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 そして近場の適度な広さのある公園に辿り着いた一同は早速デュエルディスクを腕に装着する――

 

「よっしゃぁ! 早速! ――説明書を読むぜ!」

 

――のではなく、説明書を手に取る城之内。意外だ。

 

「牛尾! これどうやって動かすんだ!」

 

 本田は操作法を知っている人間、牛尾に尋ねるが――

 

「まずは自分でやってみな」

 

 拒否する牛尾。だが牛尾とて本田が憎くてやっている訳ではない。

 

 ただ今の牛尾には気になることがあった。

 

「遊戯、悪いが少し付き合え、聞いておきてぇことがある」

 

「なら私は城之内たちの所に行っておくわね」

 

 神妙な顔で告げられた牛尾の言葉にただならぬ雰囲気を感じ取った杏子は気を利かせ遊戯と牛尾を2人にすべく立ち去った。

 

 

 そして城之内の元に小走りで行く杏子の背中を見つつ遊戯は尋ねる。

 

「それで、ボクに何かようなの? 牛尾君」

 

「いや、そんなに大したことじゃねぇんだが――なんで今回の『バトルシティ』に参加しようと思ったんだ?」

 

 遊戯がデュエルディスクをKCの系列店に取りに行った時から牛尾には疑問だった。

 

 どこか遊戯らしくない行動だったゆえに。

 

「いっちゃあ悪いがレアカードを賭ける大会だ。オメェがそれ目当てだとはどうにも思え無くてな……」

 

「う~ん、それは……」

 

 牛尾の当然の疑問に遊戯は悩む。

 

 どこまで話してよいモノかと。なにせ自分(遊戯)のことではなく、仲間(もう一人の自分)のことなのだから。

 

「言いづれぇことなら無理には聞かねぇさ……ただ、ちっとばかし気になっただけだからな」

 

 牛尾はさすがに踏み込み過ぎたと反省する。

 

 過去の牛尾と遊戯たちのイザコザの一件を許してもらったとはいえ、今の牛尾に話せることではなかったのだろうと。

 

 

 そんな牛尾を見つつ遊戯は内心でもう一人の遊戯に問いかける。遊戯は話しても構わないと考えていたが――

 

――話してもいいかな? もう一人のボク。

 

――構わないぜ、相棒。今の牛尾は信用できる。

 

 もう一人の遊戯も今の牛尾を信ずるに値すると太鼓判を押す。

 

 互いに同じ気持ちだったのだと嬉しくなる遊戯。そして牛尾に話し始めるべく口を開く。

 

「ううん、話すよ。まず初めに言っておきたいんだけどデュエルしている時のボクは――」

 

「ああ、もう一人の人格ってヤツか? そいつなら知ってるよ」

 

 信じてもらえないかもしれない可能性が遊戯の頭をよぎったが、その点は問題なかった。

 

「え!? 何で知ってるの?」

 

「いや、『何で』って言われると……言い難いんだが……」

 

 思わず聞き返す遊戯に牛尾は頬を指でかきつつ言いよどむ。

 

 己の過去の過ちである。さぞ言い難いことだろう。

 

「ああ、そうだった! 牛尾君はもう一人のボクに会ったことがあるんだよね?」

 

「おうよ、さすがにアイツ(もう一人の遊戯)オメェさん(表の遊戯)が同じには見えねぇさ」

 

 過去を振り返り、ある程度察した遊戯に牛尾はつい困り顔を作る。まだ牛尾の中では処理しきれなかった想いがあるゆえに過去の一件は話し難かった。

 

「だったら話は早いね。実はもう一人のボクには記憶がないんだ――」

 

 そうして話されることの顛末。

 

 

 杏子とのデートの際に向かった博物館でイシズとの会合時に見たビジョン。

 

 そして神のカードの存在。

 

 「バトルシティ」に望む答えがあるとの言葉。

 

 

 すべてを話し終えた遊戯は覚悟を決めるように強く決心する。

 

「だからボクは『バトルシティ』に参加しなくちゃならないんだ――もう一人のボクのためにも……」

 

「成程な……そう言うことなら俺もKCの一員としてバトルシティには何かの形で関わるだろうからな、困ったことがあるなら出来る限り力になるぜ」

 

 牛尾はどこかで安心していた。

 

――あの人は関係なさそうだな……さすがに何でもあの人繋がりな訳がねぇわな。

 

 この遊戯の決定は他ならぬ遊戯自身が下したもの、ある第三者の介入がないのだと安堵する。

 

「うん、そのときはよろしくね!」

 

 そう言って笑う遊戯に牛尾は力強く了承した。

 

 

 

 

 

 

 そんな2人にデュエルディスクの大まかの機能を網羅した城之内たちの声が聞こえる。デュエルを始める最後の準備のようだ。

 

「まずはデッキのシャッフルだぜ、本田!」

 

 デッキを差し出す城之内。

 

 だが本田はデッキをデュエルディスクに収めたまま得意げに城之内に見せびらかすように指し示す。

 

「だがよぉ、コイツには『オートシャッフル機能』ってのがあるらしいぜ?」

 

 本田のデッキがデュエルディスクにより目にも留まらぬ速さでシャッフルされていた。

 

 その機械的な動きに「なんだかカッコイイ」と見つめる城之内――それに対して本田は渾身のドヤ顔である。

 

 謎の敗北感を味わった城之内は説明書を持つ杏子に問いただす。

 

「どうやんだ! 杏子!」

 

「落ち着きなさいよ……え~と、これをこうよ」

 

 呆れ顔で城之内のデュエルディスクを操作する杏子。

 

「おお! ハイテクじゃねぇか!」

 

 そして自身のデッキがシャッフルされていくのを感心そうに見つめる城之内。

 

 これにてデュエルの準備は整った。

 

「ならこれで準備はOKだな。遊戯~! 牛尾~! そろそろ始めんぞ~!」

 

 そんな城之内の呼びかけに遊戯と牛尾は応援のため杏子に並ぶように近くのベンチに腰かける。

 

「準備はOKだな! 行くぜ、本田!」

 

 そんな遊戯たち3人を見届けた城之内は本田と向かい合う。

 

「おうよ!」

 

「「デュエル!!」」

 

 こうして本田と城之内、明らかに実践経験が段違いの2人のデュエルが幕を上げた。

 

 




 先んじて言って置きますが城之内のデュエリストレベルが原作の「2(馬の骨)」から「6」に上げたのは社長ではありません

 大会運営に関わったBIG5の誰かさんです――ペェン!(くしゃみ)



 ちなみにキースの過去話は今作のオリジナルです

 デュエルモンスターズ創世記から全米チャンプなら、これ位のトラブルは跳ね返さないと!
 そんなエピソードになります。


~遊戯王Rと今作のカードプロフェッサーの違いまとめ~
まず
テッド・バニアスがキースのファンになった
遊戯王Rの作中でもお金の貸し借りが成立する程度の関係性はあったゆえの謎のファン化


そして所属メンバーの減少
カード・プロフェッサー・ギルド・ランキング
1位のリッチー・マーセッド
2位のデプレ・スコット

両名がペガサスの生存によりI2社に所属したままのため、戦力ダウン

さらに
城之内相手に実質勝利するカードプロフェッサーのニューフェイス
北森 玲子が神崎に先にスカウトされKCに所属したため戦力ダウン

さらに、さらに
キース・ハワードが全米チャンプになる前にカードプロフェッサーを脱退したため戦力ダウン

彼らが一体何をした


最後に――
カードプロフェッサーたちの個別の人物紹介については
かなり人数が多いので再登場時とさせて貰います――全員が出番が再度あるかは未定ですが



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第57話 だがそのメタルはレアだぜ?


城之内VS本田 前編です

ご多分に漏れず、デュエル数の少ない本田君のデッキも色々詰め込んでおります。
あんまり変なものを入れたつもりはないですが、どうか予めご容赦を……


前回のあらすじ
裏と表のデュエリストたち、それぞれの会合

温度差がスゴイなー(小並感)




 デュエルディスクが城之内が先行であることを示すが――

 

「本田! 先行・後攻、好きな方を選んでいいぜ!」

 

 デュエルディスクを操作し本田に先行・後攻の決定権をゆだねる城之内。

 

 実践のデュエルは初めてだと思われる本田に対しての城之内なりの気遣いだった。

 

「なんだぁ? 負けた時の言い訳にするつもりか? 随分弱気じゃねぇか城之内!」

 

 そんな気遣いを嬉しく思いつつ、素直に言葉には出せない本田。ゆえについ憎まれ口を叩く。

 

「へっ! 言ってな! ハンデ代わりだよ!」

 

 城之内もそんな本田の心情を察してか挑発交じりに返した。

 

「ならありがたく選ばせてもらうぜ! 俺の先行だ! ドロー!」

 

 本田は引いたカードを見てどう動くか考える。

 

 そして牛尾の教えを頭の中で反芻(はんすう)し戦術を組み立てた。

 

「まず俺はライフを800払って魔法カード《魔の試着部屋》を発動!」

 

本田LP:4000 → 3200

 

 本田の背後にグロテスクな機械が現れ赤いカーテンがかけられる。

 

「デッキの上からカードを4枚めくって、その中のレベル3以下の通常モンスターを全て特殊召喚するぜ! まず1枚目! レベル3、通常モンスター《アクロバットモンキー》!」

 

 赤いカーテンの内側から白を基調とした猿型のロボットがクルリと宙で一回転し本田の足に手を置き反省のポーズを取る。

 

「そして2枚目! レベル3、通常モンスター《レアメタル・ソルジャー》!

さらに3枚目! レベル3、通常モンスター《レアメタル・レディ》!」

 

 さらにカーテンの内側から青い金属の鎧を纏った男性とピンクの金属の鎧を纏った女性が並び立つ。

 

「そんでもって最後の4枚目だ! 魔法カード《闇の量産工場》! コイツはモンスターじゃねぇから最後にデッキに戻すぜ」

 

 そして《闇の量産工場》で働くゴブリンが赤いカーテンから飛び出そうとしたが機械の腕に捕まえられ赤いカーテンの向こう側に消えていった。

 

「レベル3以下の通常モンスターの《アクロバットモンキー》・《レアメタル・ソルジャー》・《レアメタル・レディ》を特殊召喚だ!」

 

 その本田の宣言と共に3体のモンスターは戦隊もののようなポーズで並び、その背後で謎の爆発が起こった。

 

《アクロバットモンキー》

星3 地属性 機械族

攻1000 守1800

 

《レアメタル・ソルジャー》

星3 地属性 機械族

攻 900 守 450

 

《レアメタル・レディ》

星3 地属性 機械族

攻 450 守 900

 

「どうよ! 城之内! 油断してっと痛い目見るぜ!」

 

「一気に3体もモンスターを並べたか! だがどいつもそこまで攻撃力は高くねぇ! そっからどうするよ!」

 

 得意げな本田に城之内はデッキの中身を知らない相手との未知にワクワクが抑えられない。

 

「勿論このままじゃねぇさ! 魔法カード《馬の骨の対価》で 通常モンスター《アクロバットモンキー》を墓地に送り2枚ドロー!」

 

 《アクロバットモンキー》が本田にビシッと敬礼し、手足で8の字を描くようなポーズを取る。

 

 すると《アクロバットモンキー》が立つ地面に突如穴が空き、そのポーズのまま落下していった。

 

「よっしゃぁ! 早速俺のエースの登場だぜ! 魔法カード《融合》を発動!」

 

 引いたカードの1枚を勢いよくデュエルディスクに差し込む本田。エースのお出ましである。

 

「フィールドの《レアメタル・ソルジャー》と《レアメタル・レディ》で融合召喚! 2つの力合わせ! 未来の力を解放だ! 来いっ! 《レアメタル・ヴァルキリー》!」

 

 《レアメタル・ソルジャー》が光の粒子となって《レアメタル・レディ》のアーマーに新たな力を宿す。

 

 そして光と共に現れるはアーマーがパワーアップし、双頭のランスを持った戦乙女。

 

《レアメタル・ヴァルキリー》

星6 地属性 機械族

攻1200 守 500

 

 だがその攻撃力はレベル6にも関わらず1200と控えめ。

 

「攻撃力は1200、何かありそうだな……」

 

 だが城之内にとってそれは「攻撃力以外の何か」を持つ可能性を感じさせ警戒を強める。

 

「俺はモンスターをセットして、さらにリバースカードを3枚伏せてターンエンドだぜ! さぁ城之内! どっからでもかかってきな!」

 

 ターンを終えた本田のセットカードは3枚。手札消費の激しい融合召喚を行ったにしてはガードが充実している。

 

 ゆえにまずは本田の様子見といったところなのだろうと城之内は考えた。

 

「なら俺のターン、ドロー! まずは魔法カード《予想 GUY(ガイ)》を発動だぜ! 俺のフィールドにモンスターがいない時、コイツの効果でデッキから通常モンスターを呼び出すぜ! 出番だ! 《アックス・レイダー》!!」

 

 フィールドに放電が奔り、その放電を突き破るように《アックス・レイダー》が飛び出し、斧を敵に向け構える。

 

《アックス・レイダー》

星4 地属性 戦士族

攻1700 守1150

 

「さらに――本田! お前が融合召喚で来るなら俺も融合召喚で行くぜ! 魔法カード《簡易融合(インスタントフュージョン)》を発動!」

 

 城之内のフィールドに現れるカップ麺。

 

 そしてカップ麺の蓋が飛び、炎が舞い昇った。

 

 もはや遊戯たちにとってお馴染みの光景である。

 

「ライフを1000払ってエクストラデッキからレベル5以下の融合モンスターを融合召喚扱いで特殊召喚だ! 俺と共に熱く燃え上がれ! 融合召喚! 現れろ! 《炎の剣士》!!」

 

城之内LP:4000 → 3000

 

 長らく城之内を支えてきた炎を統べし剣士がその大剣を振るい城之内の前に陣取る。

 

 だが《簡易融合》で呼ばれた《炎の剣士》は攻撃することができず、このターンしかフィールドに留まれない。

 

《炎の剣士》

星5 炎属性 戦士族

攻1800 守1600

 

「そして《炎の剣士》をリリースしアドバンス召喚! 《バーバリアン2号》!」

 

 ゆえに《炎の剣士》は大剣を天に掲げ火柱となって呼び水となる。

 

 そして棍棒にて炎を払い、野性味あふれるバーバリアンの戦士が棍棒を肩に担ぎ直し雄叫びを上げた。

 

《バーバリアン2号》

星5 地属性 戦士族

攻1800 守1500

 

「最後に永続魔法《補給部隊》を発動して――バトルだ! 《バーバリアン2号》で《レアメタル・ヴァルキリー》を攻撃だ! ワイルド・スマッシュ!」

 

 その巨体から想像もできないスピードで跳躍した《バーバリアン2号》が《レアメタル・ヴァルキリー》に向けて棍棒を振り下ろす。

 

 《レアメタル・ヴァルキリー》もとっさに双頭のランスでガードした。

 

 だが棍棒の威力に負けヒビが入るランス。このままでは持ちそうにない。

 

「さすがに不用心だぜ! 城之内! 罠カード《ロケットハンド》発動!」

 

 だが突如として青い機械の腕《ロケットハンド》が手首部分からブースターを噴かせ、《バーバリアン2号》に突撃しその巨体を吹き飛ばす。

 

「コイツを俺のフィールドの攻撃力800以上の攻撃表示モンスターに装備して、攻撃力を800アップさせるぜ!」

 

 その後《ロケットハンド》が《レアメタル・ヴァルキリー》の天に掲げた腕に装着された。

 

《レアメタル・ヴァルキリー》

攻1200 → 攻2000

 

「なにぃっ!」

 

 城之内の驚きを余所に《バーバリアン2号》は吹き飛ばされた拍子に壊れた棍棒を投げ捨て拳を振りかぶり《レアメタル・ヴァルキリー》に殴り掛かる。

 

「返り討ちだぜ! 《レアメタル・ヴァルキリー》 ブースト・ナックル!!」

 

 すると《レアメタル・ヴァルキリー》は《バーバリアン2号》の拳を躱し懐に飛び込みカウンター気味に《ロケットハンド》のブースターで加速されたアッパーを放つ。

 

 強かに顎を打ち上げれられた《バーバリアン2号》は城之内のすぐ隣に吹き飛ばされていった。

 

「のわっ!」

 

城之内LP:3000 → 2800

 

「へへっ! どうよ、城之内。先制パンチは貰ったぜ?」

 

 最初に相手にダメージを与えたのはデュエル歴の浅い本田。その事実に観戦中の杏子は発破をかけるような声援を送る。

 

「ちょっと何やってんのよ、城之内ー! 真面目にやんなさいー!」

 

「良いぞー! 本田ー! その調子だー!」

 

「城之内君も頑張ってー!」

 

 そして両者をそれぞれ応援する牛尾と遊戯。

 

「ま、まだまだだぜ! こっからが本番だ! 本番!」

 

 そして城之内は得意気な本田に強がりのような言葉を放ちつつ、次の手を打つ。

 

「まずは俺のフィールドのモンスターが破壊されたことで永続魔法《補給部隊》の効果で1枚ドロー!」

 

 のびている《バーバリアン2号》をリアカーに乗せて運ぶ《補給部隊》のゴブリンたちの一人が城之内に向け何かが入った皮袋を投げつける――若干態度が悪い。

 

 そんなゴブリンたちに城之内は眉を引くつかせながらもデュエルを続行する――デュエリストたるもの平常心を忘れてはならない。

 

「…………だったら! 《アックス・レイダー》でそのセットモンスターを攻撃だ!」

 

 セットモンスターに対して斧を振りかぶる《アックス・レイダー》。

 

 セットモンスターもこのままではまずいと感じたのか慌てて表側になる。

 

 露わになったその姿は青みがかった毛並みの巨大なネズミ。その手には人の頭蓋骨らしきものを握っている。

 

《巨大ネズミ》

星4 地属性 獣族

攻1400 守1450

 

 そして振り下ろされる《アックス・レイダー》の斧に対し「頭蓋ガード!」と言わんばかりに手に持った頭蓋骨を掲げるも、そのまま両断された――まぁ、そりゃそうなる。

 

 だが両断され、消えていく《巨大ネズミ》を余所に頭蓋骨がカタカタと嗤いだす。

 

 それを見た城之内は自身の苦手な幽霊の類に思わず怖気に苛まれながら本田に尋ねた。

 

「な、な、なんだよ、それっ!?」

 

「おいおい、何ビビってんだよ城之内。ただのソリッドビジョンだろ?」

 

 あまりの城之内の怯えように呆れながら本田は幽霊とは無関係であることを説明するが――

 

「う、うるせぇ! 怖いもんは怖いんだよ!」

 

 城之内とて頭では分かっていても苦手意識から抜け出せない。

 

 ゆえに本田はデュエルを続ける――そうすれば嗤う頭蓋骨は消えるゆえに。

 

「情けねぇなぁ……戦闘で破壊されて墓地に行った《巨大ネズミ》の効果でデッキから攻撃力1500以下の地属性モンスター《イリュージョン・シープ》を特殊召喚させて貰うぜ」

 

 なおも嗤い続ける頭蓋骨を空から降ってきた黒い毛並みの二足歩行の丸っこい羊が踏み砕く。

 

 だがその羊は「何か踏んだかな?」と言わんばかりに尻尾に付けたコインを揺らしながら周囲を見渡していた。

 

《イリュージョン・シープ》

星3 地属性 獣族

攻1150 守 900

 

 そして怯える城之内を見つけ、両手を広げて身体全体をポワポワと動かし城之内を元気付けようと奮闘し始める――既に何か踏んだことは頭には残っていなさそうだ。

 

 そんな《イリュージョン・シープ》の姿に我を取り戻した城之内が思わず尋ねる。

 

「その羊も――それにさっきの《巨大ネズミ》も獣族モンスターだよな?」

 

 今まで本田のカードのモンスターは全て機械族だったにも関わらず、どう見ても機械族に見えない2体のモンスターに城之内は首を傾げる。

 

「へへっ、そうだな」

 

 本田は説明する気はないようだ――後の楽しみといったところだろう。

 

「う~ん、なら俺はバトルを終了して永続魔法《凡骨の意地》を発動! さらにカードを2枚伏せてターンエンドだ!」

 

 

 ガードを固める城之内に本田はこのまま押し切るとばかりに攻め気を見せる。

 

 

「よっしゃ! このまま一気に行くぜ! 俺のターン、ドロー!」

 

 引いた手札を見た本田は勝負を決めに掛かる。

 

「よし! 俺は罠カード《融合準備(フュージョン・リザーブ)》を発動するぜ! エクストラデッキの融合モンスター《メタル・ドラゴン》を見せ、そこに記された《鋼鉄の巨神像》を手札に!」

 

 半透明な機械の龍がスッと現れたと同時にブロック片のようなパーツで作られた機械の銅像が両の手を前で構えて本田の手札に加わった。

 

「さらに墓地から《融合》も回収させてもらうぜ!」

 

 前のターン発動した本田の《融合》が再びその手に戻る。融合素材と融合を手札に加えたのなら当然――

 

「そして魔法カード《融合》をもう一回発動だ! 融合素材の代わりに出来る《イリュージョン・シープ》と《鋼鉄の巨神像》を融合!」

 

 先程の《鋼鉄の巨神像》がフィールドに地響きと共に着地する。

 

 その地響きの振動で倒れた《イリュージョン・シープ》を《鋼鉄の巨神像》が指でつまみ、頭上へ跳躍。《融合》の渦で混ざり合う。

 

「融合召喚! 全速全開フルスロットルだぜ! 《メタル・ドラゴン》!!」

 

 空から列車のような長く銀に輝いた機械の身体をくねらせフィールドに舞い降りる《メタル・ドラゴン》。

 

 そして竜の頭部のマシンアイが城之内を見据え、口から蒸気を吹き出す。

 

《メタル・ドラゴン》

星6 風属性 機械族

攻1850 守1700

 

「げぇっ! そいつは!」

 

 この《メタル・ドラゴン》――実は過去の童実野町での町内大会の準々決勝戦において、城之内に敗北を叩きつけた因縁深きモンスター。

 

 その過去の苦い敗北を思い出し城之内は思わず冷汗を流す。

 

 そんな城之内を見つつ、本田は力強く宣言した。

 

「よっしゃあ! バトルと行くぜ! 《メタル・ドラゴン》で《アックス・レイダー》を攻撃だ!」

 

 《アックス・レイダー》に宙を進む列車の如く突き進む《メタル・ドラゴン》。

 

 《アックス・レイダー》は紙一重でその機械仕掛けの顎を躱すが、突如として曲がった機械の尾に弾かれ空中に投げ出され銀の咢に捕まった。

 

 もがく《アックス・レイダー》だったがその咢から放たれた火炎によりその身を散らせる。

 

城之内LP:2800 → 2650

 

「うわっ! ――だがモンスターが破壊されたことで永続魔法《補給部隊》の効果で1枚ドローだ!」

 

 塵へと還った《アックス・レイダー》を運ぶことは出来ないと城之内の足をポンと叩いたゴブリンたちの一人。

 

 そしてそのゴブリンは出荷される家畜を見るような目で城之内を見つめ、皮袋をそっと城之内の足元に置き一目散に駆けていく。

 

 きっと武運を祈っているのだろう――巻き込まれたくないゆえに逃げたわけではないのだ。

 

「さらに《レアメタル・ヴァルキリー》でダイレクトアタック!」

 

 引き絞られた弓のように《レアメタル・ヴァルキリー》は拳を下げて力を溜める。

 

 そしてその力が解放され一筋の弾丸となって城之内に襲い掛かった。

 

「このままだと2000のダメージか、さすがにそれはキツイぜ!」

 

 この《レアメタル・ヴァルキリー》の攻撃を喰らえばさすがにライフが心許なくなるとセットカードをチラリと見やる城之内だが、続く本田の説明に目を見開く。

 

「残念だが2000のダメージじゃ済まねぇぜ! 《レアメタル・ヴァルキリー》はダイレクトアタックする時のダメージステップ時に攻撃力1000ポイントアップするからな!」

 

 つまりこの《レアメタル・ヴァルキリー》のダイレクトアタックが通れば3000ポイントダメージ――今の城之内の2650のライフでは一溜りもない。

 

「まずい! この攻撃が通れば城之内君のライフは!」

 

 それゆえに観戦している遊戯は城之内を案じるが――

 

「だったら、直接受けなきゃ良いだけだ! その攻撃時に永続罠《リビングデッドの呼び声》を発動! 墓地から蘇れ! 《バーバリアン2号》!!」

 

 地面から周囲の土を吹き飛ばし《バーバリアン2号》がその両腕を上げ、まずその上半身がフィールドに顔を出す。

 

《バーバリアン2号》

星5 地属性 戦士族

攻1800 守1500

 

 城之内にはキチンとガードする手段が用意されていた。

 

「だとしてもソイツじゃ攻撃力が足りねぇぜ、城之内! そのまま攻撃続行だ! 《レアメタル・ヴァルキリー》!」

 

 そしてそのまま《レアメタル・ヴァルキリー》に顔面を殴られ、地面から引き抜かれるように吹き飛ぶ《バーバリアン2号》。

 

 舞う土煙。

 

 《バーバリアン2号》もせめて地面から完全に出るまでは待って欲しかったことだろう。

 

 だがその土煙の中から青い、いや蒼い《炎の剣士》と言うべき戦士が大剣を構え、蒼い炎を噴出させて佇んでいた。

 

《蒼炎の剣士》

星4 炎属性 戦士族

攻1800 守1600

 

「なんでモンスターが!?」

 

 思わず驚きを見せる本田。

 

「ヘヘッ! お前の攻撃時にコイツも発動していたのさ! 永続罠《死力のタッグ・チェンジ》をな!」

 

 そんな本田の反応に満足げな城之内。

 

「コイツの効果で俺は新たなレベル4以下の戦士族モンスターを手札から呼ぶことで攻撃表示モンスターとの戦闘ダメージは受けねぇぜ!」

 

「そうか! そいつぁ確かキースとのデュエルで使ってたヤツか!」

 

 だが本田も埋没された記憶からあの一戦を思い出す。

 

「おうよ! それで手札からレベル4以下の戦士族モンスター《蒼炎の剣士》を呼ばせてもらったってわけよ! どんなもんだ!」

 

 先制打を取られた意趣返しだと言わんばかりに城之内は鼻高々だ。

 

「永続魔法《補給部隊》ドローで引いてやがったのか…………だったら戦闘以外で破壊させてもらうぜ!」

 

 だが本田とてあの一戦から《死力のタッグ・チェンジ》の特性は把握していた。

 

「俺は《レアメタル・ヴァルキリー》に装備された《ロケットハンド》のもう一つの効果を発動!」

 

 効果破壊には対応していない弱点があると。

 

「装備されたコイツを墓地に送ることでフィールドの表側のカード1枚を破壊するぜ! 俺は《蒼炎の剣士》を破壊!」

 

 《レアメタル・ヴァルキリー》の腕から《ロケットハンド》が勢いよく射出され《蒼炎の剣士》の大剣のガードを突き抜けその身体に風穴を開ける。

 

 そして倒れ伏す《蒼炎の剣士》。

 

「だが《ロケットハンド》を装備していた《レアメタル・ヴァルキリー》の攻撃力は0になっちまって表示形式も変更出来ねぇけどな」

 

 《ロケットハンド》の射出に全エネルギーを使い切ってしまったゆえか膝を付く《レアメタル・ヴァルキリー》。

 

《レアメタル・ヴァルキリー》

攻2000 → 攻 0

 

 だが倒れ伏した《蒼炎の剣士》から紅い炎が噴き上がる。

 

「こ、今度はなんだ!?」

 

 またまた驚く本田――今の城之内は本田の知っている城之内とは大きく違う。

 

 本田がデュエリストとなり腕を磨いたように城之内もまた腕を磨いてきたのだ。

 

「《蒼炎の剣士》の効果さ! コイツが相手によって破壊され墓地に送られたとき、墓地の自身を除外することで俺の墓地の戦士族・炎属性モンスター1体を復活させる!」

 

 《蒼炎の剣士》の最後の力が仲間の元へと託される。

 

「仲間の想いを継ぎ、帰って来い! 俺のフェイバリットカード! 《炎の剣士》!」

 

 そして再び舞い戻る《炎の剣士》。今度は先のターンとは違いあらゆる制限から解放されていた。

 

《炎の剣士》

星5 炎属性 戦士族

攻1800 守1600

 

「残念だったな、本田! 次のターンでソイツとはおさらばだぜ!」

 

 城之内の言うとおり攻撃力が0になった《レアメタル・ヴァルキリー》を戦闘破壊することは容易いだろう。

 

 結果的に《ロケットハンド》の効果を無駄打ちしてしまった本田は地団駄を踏む。

 

「くっそー! だがそうはいかねぇ! 俺は《レアメタル・ヴァルキリー》のさらなる効果を発動!」

 

 だが本田のエースの力はココからだった。

 

「フィールド上の自身とエクストラデッキの《レアメタル・ナイト》を交換する!」

 

 《レアメタル・ヴァルキリー》のアーマーがパージされる。

 

「交換だとっ!」

 

 その一風変わった効果に驚きと興味を示す城之内。

 

「交換召喚! レアメタルチェンジ! 出てきな! レアメタルのもう一つの可能性! 《レアメタル・ナイト》!」

 

 そしてパージされたアーマーがどこからともなく現れた《レアメタル・ソルジャー》の中の人に装着されていく。

 

 そして青いアーマーに身を包み紫電の奔る両剣を構えた。

 

《レアメタル・ナイト》

星6 地属性 機械族

攻1200 守 500

 

「成程な! 最初からソイツの効果で《ロケットハンド》の欠点をカバーするつもりだったってわけか!」

 

「おうよ! まあ、この効果は特殊召喚されたターンには使えねぇがな。俺はカードを2枚伏せてターンエンドだ!」

 

 本田のデッキの大まかなスタイルを把握した城之内に本田はここからだと自信たっぷりにターンエンドした。

 

 

 

 だが観客席となったベンチに座る牛尾の本田を見る視線は冷たい。

 

「ハァ~まったく本田のヤツあれだけ口を酸っぱくして言ったってぇのに……」

 

「どうしたの、牛尾君?」

 

 思わず首を傾げ尋ねる杏子。

 

 杏子の目から見た本田のデュエルはどこにも問題がないように見えたのだが――

 

「どうしたも、こうしたもねぇよ。不肖の弟子が詰まんねぇプレイミスすりゃあ、師匠として恥ずかしいもんさ」

 

 本田のデッキ構築に協力した牛尾には本田のデュエルに大きなミスがあったことが分かる。

 

「プレイミス?」

 

「そうだね、牛尾君。本田君のこのミスが後に響かなきゃいいんだけど……」

 

 疑問が深まる杏子を余所に遊戯も牛尾の意見に神妙に同調する。

 

「ねぇ遊戯、本田のデュエル何かダメなところでもあったの?」

 

 そして杏子が尋ねた疑問を解消するように遊戯が説明を始めた。

 

「うん、《ロケットハンド》の破壊効果は『表側』のカードならフィールドのどんなカードでも破壊できるんだ。だけど本田君はモンスターを破壊しちゃったから――」

 

 さらに牛尾が遊戯の説明を引き継ぐ。

 

「ああ、あの時の城之内の手札は0枚、表側の永続魔法《凡骨の意地》を破壊すりゃ《凡骨の意地》での追加ドローも見込めず次のドロー次第で城之内は一気に苦しくなった筈だ」

 

「それに永続罠《死力のタッグ・チェンジ》は手札に呼び出せる戦士族モンスターがいないと効果は使えないからね。本田君は折角のチャンスを不意にしちゃったんだ」

 

 そして遊戯がそう締めくくった。

 

「だったら教えて上げた方が――」

 

「ソレは駄目だよ、杏子」

 

 説明を聞き終えた杏子は「本田にアドバイスするべきではないか?」と考えるが、いつもらしからぬ遊戯の強い口調に止められる。

 

「そうだな、遊戯。本田のヤツが望んだのは真剣勝負だ。外野からアドバイスなんて受け取れねぇだろうよ」

 

 牛尾も遊戯と同じ意見だった。だがそう言いつつも牛尾がどこかソワソワしているのは置いておこう。

 

 

 しかしそんな牛尾の不安を余所に周囲には何やら騒がしくなっていることに彼らはまだ気付かない。

 

 






アクロバットモンキー「次回はもう一人の俺が大活躍するウッキー!」





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第58話 フィニッシュブローは名誉の証


城之内VS本田 後編です


前回のあらすじ
出たっ! 本田サンの「レアメタル」コンボだ!




 しっかりと本田を見据えた城之内はデッキに手をかける。

 

「俺のターン! ド――」

 

「あっ! あれって噂の『デュエルディスク』じゃんっ! スゲー! 俺初めて見た!」

 

 だが言い切る前に子供の声が城之内の耳に入った。

 

「――ロー! って何だ? やけに人が集まってんな?」

 

 そして城之内は公園の周辺に人が集まっていることに気付く――どうやら観戦客のようだった。

 

 さらにその子供は友人と思しき少年に城之内を指さしながら声を上げる。

 

「それに見ろよ! あの人! 決闘者の王国(デュエリストキングダム)でベスト4の城之内 克也だぜ!」

 

「デュエルディスク持ってるからバトルシティにも参加するんだ! いいなー!」

 

 その子供の声に少年も感嘆の声を上げた。

 

 

 さらには――

 

「じいさんや、あっちの角刈りの子は誰だろうねぇ? アタシは見たことないんだけど……」

 

「ばあさんや、あの子は町工場んとこの本田のせがれじゃよ」

 

 老夫婦と思しき2人が本田を見つつ話しこむ。

 

 

 その他の観客もこのデュエルの行く末を見守り、そして話し込んでいた。

 

 思わぬお祭り騒ぎに城之内は首を傾げる。

 

「なんでこんなにギャラリーがいるんだ?」

 

 だがデュエリストレベル5以下だった本田にはこのお祭り騒ぎの訳が直ぐに理解できた。端的に言って――

 

「物珍しいんだろ――なにせこのデュエルディスクは最新型だからな」

 

 そう、まだこの時期ではデュエルディスクは珍しいものだ。

 

 

 基本的にソリッドビジョンは海馬ランドかテレビ越しでデュエルリングを傍から眺める人が大半なのだから。

 

 

 城之内は本田の答えに納得しつつ頭をかく。

 

「しっかし、こんなに見られてると緊張しちまうぜ……」

 

「何言ってんだよ、城之内。決闘者の王国(デュエリストキングダム)のときはもっと多かったじゃねぇか」

 

 だがそんな本田の当然の理屈にも城之内は軽く笑いつつ言葉を零す。

 

「いや~あの時は無我夢中でよ!」

 

「そうか――でもよぉ、プロ目指すんなら人の目にも慣れとかなきゃいけねんじゃねぇか?」

 

 城之内の最近できた夢「プロデュエリスト」。

 

 それを目指す以上、こういったもの(周囲の視線)は慣れておくべきとの本田の言葉に城之内は両手で自身の両頬を叩き気合を入れる。

 

「それもそうだな! ――よっしゃあ! デュエルを再開するぜ!」

 

 そうして気合を入れ直した城之内はドローしたカードを見てニイッと口を緩める。

 

「そんでもって俺はこのドローで《凡骨の意地》効果を発動! 通常ドロー時に引いたカードが通常モンスターだったとき追加でドローできる!」

 

 引いたのは当然――

 

「俺が引いたのは《マグネッツ1号》! 通常モンスターだ! 追加でドロー!」

 

 そして始まる《凡骨の意地》ブースト。

 

「ドローしたのは

通常モンスター《王座の守護者》! 追加でドロー!

通常モンスター《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》! 追加でドロー!

通常モンスター《格闘戦士アルティメーター》! 追加でドロー! 

通常モンスター《冥界の番人》! 追加でドロー!

通常モンスター《マグネッツ2号》! 追加でドロー! 

通常モンスター《魔物の狩人》! 追加でドロー!」

 

 

 遊戯たちの「言わんこっちゃない」な視線が本田に突き刺さる。

 

 

 だが当人の本田は対峙して初めてコレ(凡骨ドロー)の凄まじさが分かる。

 

 牛尾の言っていた「『引きの強さ』はデュエリストの実力に比例する」ことを本当の意味で感じとっていた。

 

「引いたのは通常モンスターじゃねぇ――だがメインフェイズで魔法カード《手札抹殺》を発動! 互いは手札を捨て、その分だけドローだ! だが本田! オメェの手札は0! 手札交換は俺だけだぜ!」

 

 城之内の師匠、双六との鍛錬の成果を見せる城之内に対し自分のことのように嬉しくなる本田。

 

「だが待ちな、城之内! その《手札抹殺》にチェーンして罠カード《補充要員》を発動!」

 

 だが本田とて負けるつもりは毛頭ない。

 

「コイツは俺の墓地にモンスターが5体以上いる時、その中から効果モンスター以外の攻撃力1500以下のモンスターを手札に加える!」

 

 大地にヒビが入り、そのヒビが広がり3つの影がそこから浮かび上がった。

 

「俺は《アクロバットモンキー》・《レアメタル・ソルジャー》・《レアメタル・レディ》を手札に加えるぜ!」

 

 《補充要員》のカードに描かれた3人のようにポーズを取る3体の機械族モンスター。

 

 そしてチェーンの逆処理が進み――

 

「これで俺の手札は3枚だ! そしてオメェの使った《手札抹殺》の効果で3枚捨てて、3枚ドロー!」

 

「クッ……結果的に本田の手札を増やす手助けになっちまったな……俺は8枚捨てて8枚ドローするぜ……」

 

 しまった、と頭を押さえる城之内の姿を本田は見つつ親友の頑張りが実っている事実に友として喜ぶ。

 

 そんな本田の心を知ってか知らずか城之内は新たに増えた手札で大きく動きにかかる。

 

「まずは魔法カード《闇の量産工場》を発動し墓地の通常モンスター2体――《冥界の番人》と《王座の守護者》を手札に加えるぜ!」

 

 ベルトコンベアに正座して乗る藍色の鎧の戦士と、向かい合う玉座に座った王妃。

 

 その《王座の守護者》の真っ直ぐな視線に《冥界の番人》は気まずさから目を逸らすも、そのまま城之内の手札まで流れていった。

 

「そして俺も魔法カード《融合》を発動! 手札の《冥界の番人》と《王座の守護者》を融合! その槍の一撃は魂をも貫くぜ! 融合召喚! 現れろ! 《魔導騎士ギルティア》!」

 

 2体のモンスターが渦となって一つに合わさり、魔導騎士を呼び覚ます。

 

 現れる澄んだ水色の槍を振るう緑と深い青で構成された衣服にすら魔力がこもる騎士。

 

《魔導騎士ギルティア》

星5 光属性 戦士族

攻1850 守1500

 

「さらに2枚目の魔法カード《闇の量産工場》を発動! 今度は《魔物の狩人》と《アックス・レイダー》を手札に!」

 

 再び動き出すベルトコンベア。

 

 再戦を誓う《アックス・レイダー》を余所に《魔物の狩人》はどこからか取り出した酒を取り出し1人で酒盛りに興じる。

 

 だが動くベルトコンベアに酔ったのか《魔物の狩人》は一足先に青い顔で口元を押さえながら城之内の手札に戻っていった。

 

「そして再び《アックス・レイダー》通常召喚!」

 

 前のターンの雪辱を果たすべく、斧をバトンのようにクルクルと回しながら着地する《アックス・レイダー》。

 

 その鎧の一部に嘔吐(おうと)物が見えるのは気のせいに違いない。

 

《アックス・レイダー》

星4 地属性 戦士族

攻1700 守1150

 

 僅かに距離を取った《炎の剣士》と《魔導騎士ギルティア》の姿もきっと気のせいだ。

 

「まだまだぁ! 3枚目の魔法カード《闇の量産工場》で墓地の《マグネッツ1号》と《冥界の番人》を手札に戻して――」

 

 三度現れるベルトコンベアに乗せられ共に正座しながら運ばれる《マグネッツ1号》と《冥界の番人》。

 

「――最後にコイツでパワーアップだ! 永続魔法《連合軍》を発動! これで俺のフィールドの戦士族は仲間の戦士族・魔法使い族1体につき200ポイントアップだ!」

 

 《連合軍》の効果により《アックス・レイダー》は斧を掲げ、《炎の剣士》も大剣を交わし《魔導騎士ギルティア》の槍も合わさった。

 

「そして俺のフィールドには戦士族モンスターが3体! よって600ポイントアップだぜ!」

 

 《炎の剣士》の炎が燃え盛っているのも、《魔導騎士ギルティア》の身体が魔力のバリアで覆われているのも《連合軍》の強化によるものに違いない。

 

《炎の剣士》

攻1800 → 攻2400

 

《魔導騎士ギルティア》

攻1850 → 攻2450

 

《アックス・レイダー》

攻1700 → 攻2300

 

「行っけー! 《魔導騎士ギルティア》! 《レアメタル・ナイト》を攻撃! ソウル・スピア!!」

 

 《魔導騎士ギルティア》の杖に魔力が集まり光の弾丸となって《レアメタル・ナイト》に放たれる。

 

「だったら2枚目の罠カード《ロケットハンド》を発動してもういっぺんパワーアップだ!」

 

 だが再び飛来した《ロケットハンド》が《レアメタル・ヴァルキリー》の時と同じように《レアメタル・ナイト》に装着された。

 

《レアメタル・ナイト》

攻1200 → 攻2000

 

「またソイツかっ! だがそれだけじゃぁ攻撃力が足りねぇぜ!」

 

 しかし《魔導騎士ギルティア》の放った魔法の弾丸は《レアメタル・ナイト》のアーマーに弾かれる。

 

「な、なんだ!」

 

 城之内の驚きと共に《魔導騎士ギルティア》も「魔法攻撃を無効化」されている光景に思わずたじろいだ。

 

「甘いぜ、城之内! 俺の《レアメタル・ナイト》にそんなチャチな攻撃は通じねぇ!」

 

 《レアメタル・ナイト》のアーマーがエネルギーに満ちたように光り輝く。

 

「《レアメタル・ナイト》はモンスターと戦闘するダメージステップ時、攻撃力が1000ポイントアップする!」

 

 するとそのエネルギーは《ロケットハンド》越しに両剣へと更なる力を与えた。

 

《レアメタル・ナイト》

攻2000 → 攻3000

 

 そして《魔導騎士ギルティア》の魔法攻撃など意に介さず突き進んだ《レアメタル・ナイト》は咄嗟にガードした《魔導騎士ギルティア》の杖ごと相手を両断する。

 

「実質攻撃力3000かよ……それじゃぁ今のコイツらじゃ突破出来ねぇぜ……永続罠《死力のタッグ・チェンジ》の効果でダメージを0にして手札の《魔物の狩人》を特殊召喚だ!」

 

 だが城之内のモンスターは途切れない。

 

 倒れた《魔導騎士ギルティア》を飛び越えた《魔物の狩人》がサーベルで自身の長い髭をペチペチと叩き《レアメタル・ナイト》を挑発する――その顔はどこかスッキリとしていた。

 

《魔物の狩人》

星4 地属性 戦士族

攻1500 守1200

 

「さらにモンスターが破壊されたことで永続魔法《補給部隊》の効果でドロー!」

 

 《魔導騎士ギルティア》の杖の宝玉を城之内に投げ渡す《補給部隊》の隊長ゴブリン。

 

 だがソリッドビジョンなので当然城之内は受け取れない。だがその想いは受け取れる。

 

 

「《レアメタル・ナイト》の戦闘終了時に攻撃力は元に戻るぜ」

 

 その本田の言葉と共に《レアメタル・ナイト》のアーマーの光が収まっていく。

 

《レアメタル・ナイト》

攻3000 → 攻2000

 

「だがこいつは防げるかっ! 《炎の剣士》で《メタル・ドラゴン》を破壊 闘気炎斬剣!」

 

 宙を疾走する《メタル・ドラゴン》に《炎の剣士》の大剣は届かない。ゆえに宙から一方的に火炎を吐く《メタル・ドラゴン》。

 

 だがその火炎は《炎の剣士》の大剣に集まり、炎の龍となって炎の剣士の一閃と共に《メタル・ドラゴン》を貫いた。

 

「ちぃっ! こいつは耐えるしかねぇな!」

 

本田LP:3200 → 2650

 

 燃え盛りながら地に落ちる《メタル・ドラゴン》を見つつ、本田はセットカードの1枚に目をやる――今はまだ「使い時」ではない。

 

「よしっ! あの時の借りは返したぜ! ――だがこれ以上の追撃も出来ねぇし、バトルを終了して魔法カード《蛮族の狂宴LV5》を発動だ!」

 

 今の城之内のモンスターでは実質の攻撃力3000の《レアメタル・ナイト》を突破することができないため、モンスターを展開することに専念する城之内。

 

「コイツで手札・墓地のレベル5戦士族を2体まで呼ぶぜ! 戻って来い! 墓地の《バーバリアン2号》と《魔導騎士ギルティア》!」

 

 今度は地面から全身を出せた《バーバリアン2号》が《バーバリアン1号》とハイタッチしようとするが、そこにいるのは《魔導騎士ギルティア》。

 

 思わず「誰!?」と《バーバリアン2号》は驚きつつもハイタッチを交わす。

 

《バーバリアン2号》

星5 地属性 戦士族

攻1800 守1500

 

《魔導騎士ギルティア》

星5 光属性 戦士族

攻1850 守1500

 

「戦士族モンスターが5体に増えたことで《連合軍》でのパワーアップが1000ポイントに上がるぜ!」

 

 城之内のフィールドに総勢5体の戦士族モンスターが並び立つ。

 

 《連合軍》の効果を最大限発揮できる状態に戦士たちはそれぞれの武器を掲げ雄叫びを上げた。

 

《炎の剣士》

攻1800 → 攻2800

 

《アックス・レイダー》

攻1700 → 攻2700

 

《魔物の狩人》

攻1500 → 攻2500

 

《バーバリアン2号》

攻1800 → 攻2800

 

《魔導騎士ギルティア》

攻1850 → 攻2850

 

「俺はカードを2枚セットしてターンエンドだ!」

 

 フィールド上のアドバンテージの差が広がってきている

 

 本田のプレイミスが響いてきた。

 

 

「なら俺のターン、ドロー! おっ!」

 

 だが自身のプレイミスに気付かない本田は引いたカードを見てニンマリと頬を緩める。

 

 良いカードが引けたようだ。

 

「まずはライフを800払って魔法カード《魔の試着部屋》をまたまた発動だぜ!」

 

本田LP:2650 → 1850

 

 再び本田の背後に現れる赤いカーテンのかけられたグロテスクな機械。

 

「デッキの上からカードを4枚めくって、その中のレベル3以下の通常モンスターを全て特殊召喚するぜ! デッキの上から4枚のカードの中で呼び出せるのはコイツらだ!」

 

 呼び出すのは本田の一番のお気に入りのカード。

 

「レベル2の――2体の《コマンダー》だ!」

 

 右肩にロケットランチャーを装着し、右手にバズーカ砲を持った本田と同じ角刈りの兵士が互いの腕を頭上で交差させポーズを取った。

 

《コマンダー》×2

星2 闇属性 機械族

攻 750 守 700

 

「そしてもう1回《融合》を発動だ! 同名機械族モンスターの《コマンダー》2体を素材に融合召喚! 呼吸を合わせ走り出せ! 《ペアサイクロイド》!」

 

 遠くから土煙と共に走ってきた、いわゆる2人乗り用の「タンデム自転車」にデフォルメされた目玉が付いた《ペアサイクロイド》が宙に飛び出す。

 

 その《ペアサイクロイド》に飛び乗る2体の《コマンダー》。

 

 その《コマンダー》たちの息を合わせた巧みな自転車捌きで横向きに止まり――静止後、2人合わせてキリッと城之内を見やった。

 

《ペアサイクロイド》

星5 地属性 機械族

攻1600 守1200

 

「バトルだ! 《ペアサイクロイド》はモンスターを飛び越えて城之内の元まで一っ飛び出来るぜ!」

 

 2体の《コマンダー》が《ペアサイクロイド》のペダルを全力で漕ぎ、城之内の5体の戦士たちの前で宙に跳躍する。

 

「行けっ! 《ペアサイクロイド》! 城之内のヤツにダイレクトアタック!!」

 

 そして跳躍中にバズーカ砲とミサイルランチャーを構える《ペアサイクロイド》に乗った《コマンダー》2体。

 

「だったら俺は――」

 

 そんな城之内の宣言も聞き流し本田はフィニッシュを決めるべくカードを発動させる。

 

「そしてダメージ計算時、リバースカードオープン! 速攻魔法《リミッター解除》! これで俺の機械族モンスターたちの攻撃力は2倍になる!」

 

 《リミッター解除》により電動アシストが解放された《ペアサイクロイド》が城之内に向けて超加速して突撃する。

 

《ペアサイクロイド》

攻1600 → 攻3200

 

 それゆえに銃器を使うためにハンドルから両手を離していた《コマンダー》は仰け反りながら足の力のみで振り落とされないように必死にしがみつく。

 

 銃器を手放さないその姿は兵士としての誇りなのか。

 

 そんな彼らを《レアメタル・ナイト》は全エネルギーを解放しつつ、他人事のように眺めていた。

 

《レアメタル・ナイト》

攻2000 → 攻4000

 

 そして《ペアサイクロイド》の攻撃力3200のダイレクトアタックが城之内を襲う。

 

 今の城之内の残りライフは2650――止めとなりうる一撃だ。

 

「このダイレクトアタックが通れば残りライフ2650の城之内君は!」

 

 それゆえに遊戯は心配の声を上げるが――

 

 

 

城之内LP:2650 → 1050

 

「危ねぇとこだったぜ……」

 

 城之内、倒れず。

 

「なんでだ!」

 

 仕留められなかった悔しさからか思わず声が出た本田。

 

 そんな本田に城之内は得意気に説明する。

 

「俺はお前の攻撃宣言時に罠カード《ダメージ・ダイエット》を発動しておいたのさ!」

 

「そ、そいつは! ――なんだっけ?」

 

 本田は攻撃を防がれたカードに驚くも、よくよく考えるとそのカードがどんな効果を持っているか知らないことに本田は気付く。

 

 そんな本田に何とも言えぬ視線を向けながら城之内は効果の説明を始めた。

 

「知らねぇのかよ……《ダメージ・ダイエット》の効果で俺はこのターン受けるあらゆるダメージが半分になるんだよ……」

 

 城之内の説明に納得を見せた本田はならばとデュエルを再開する。

 

「そうなのか――だったら《レアメタル・ナイト》で《魔導騎士ギルティア》を攻撃! オーバー・ツインブレード!!」

 

 限界を超えた速度で《魔導騎士ギルティア》へと疾走する《レアメタル・ナイト》。

 

「そしてモンスターとバトルする《レアメタル・ナイト》はダメージステップ時に攻撃力が1000ポイントアップ!」

 

 さらに加速する《レアメタル・ナイト》。

 

《レアメタル・ナイト》

攻4000 → 攻5000

 

 《魔導騎士ギルティア》は魔法攻撃は通じないと判断したゆえに槍を構え間合いの差でカウンターを狙う。

 

 そして《レアメタル・ナイト》の間合いの外から繰り出された《魔導騎士ギルティア》の槍だったが、《レアメタル・ナイト》の両剣の中央部が外れ双剣となりその片方の剣で槍を防いだ。

 

 そして槍を伝うようにそのまま剣を這わせ、もう一方の剣が《魔導騎士ギルティア》を切り裂く。

 

「《魔導騎士ギルティア》は破壊されちまうが、《死力のタッグ・チェンジ》の効果で手札の《冥界の番人》を特殊召喚! ダメージも0だぜ!」

 

 倒れ伏す《魔導騎士ギルティア》を支えるように受け止めた《冥界の番人》がそっとその亡骸を地面におく。

 

 そして口のようなものが付いた炎が猛る盾を《レアメタル・ナイト》に向け、剣を構えた。

 

《冥界の番人》

星4 地属性 戦士族

攻1000 守1200

 

「そして《連合軍》の効果でパワーアップだ!」

 

 同胞を倒された戦士の激情が戦士たちに力を与える。

 

《冥界の番人》

攻1000 → 攻2000

 

「そしてモンスターが破壊されたことで永続魔法《補給部隊》の効果でドロー!」

 

 《補給部隊》のゴブリンたちも戦士たちの熱気に当てられ雄叫びを上げながら職務を果たす。

 

 城之内のモンスターは5体のまま、本田は中々打ち崩せない布陣に焦りを見せる。

 

「《レアメタル・ナイト》のバトル終了時に攻撃力は元に戻るぜ!」

 

 双剣を元の両剣に戻す《レアメタル・ナイト》。

 

《レアメタル・ナイト》

攻5000 → 攻4000

 

「――それに、城之内! お前の手札に残ったレベル4以下の戦士族モンスターは前のターン手札に戻した《マグネッツ1号》くらいだろ?」

 

「うっ! ど、どうかな!」

 

 《死力のタッグ・チェンジ》は新たに呼び出すモンスターがいなければ戦闘ダメージを0にできない。

 

 その効果を知っての本田の誘導尋問染みた口車に分かりやすいリアクションを取る城之内。

 

「へへっ、そろそろ布陣が崩れて来たみたいだな! ――とはいえ、全然モンスターが減らねぇな……」

 

 だが城之内のモンスターは未だ5体――本田は内心で焦燥感にかられる。

 

「なら何度でも戦闘以外で破壊してやるっきゃねぇな! 俺は《レアメタル・ナイト》に装備された《ロケットハンド》のもう一つの効果を再び発動!」

 

 先程の焼き増しのように《レアメタル・ナイト》の手から発射される《ロケットハンド》。

 

「装備されたコイツを墓地に送ることでフィールドの表側のカード1枚を破壊するぜ! 俺は《バーバリアン2号》を破壊!」

 

 その《ロケットハンド》は《バーバリアン2号》へと向かう。

 

 《バーバリアン2号》はバットのように構えた棍棒で打ち返そうとするが、その棍棒は打ち砕かれ《ロケットハンド》はそのまま《バーバリアン2号》の身体にめり込みその体躯を吹き飛ばす。

 

「《ロケットハンド》の効果で《レアメタル・ナイト》の攻撃力は0になり表示形式も変更も出来なくなるが問題はねぇぜ!」

 

 《ロケットハンド》の発射にエネルギーを使い果たし膝を付く《レアメタル・ナイト》。

 

《レアメタル・ナイト》

攻4000 → 攻 0

 

 本田が《ロケットハンド》で狙うのはモンスターばかり――効果を勘違いしているようにも見える。

 

「またかよ……戦士族モンスターが減ったことで《連合軍》のパワーアップも弱まるぜ」

 

 仲間の戦士が減ったことで他の戦士たちは悲しみに暮れ攻撃力が下がる。

 

《炎の剣士》

攻2800 → 攻2600

 

《アックス・レイダー》

攻2700 → 攻2500

 

《魔物の狩人》

攻2500 → 攻2300

 

《冥界の番人》

攻2000 → 攻1800

 

「そして俺は《レアメタル・ナイト》のもう一つの効果を発動! コイツとエクストラデッキの《レアメタル・ヴァルキリー》と交換するぜ!」

 

「『対』になってるモンスターって訳か!」

 

「その通りだぜ! 交換召喚! レアメタルチェンジ! 舞い戻れ! 《レアメタル・ヴァルキリー》!」

 

 そして先程のターンの逆再生のように《レアメタル・ナイト》は《レアメタル・ヴァルキリー》へと交換する。

 

 だが腕を交差し、膝を付いた――守備表示で特殊召喚されたようだ。

 

《レアメタル・ヴァルキリー》

星6 地属性 機械族

攻1200 守 500

 

「さらに速攻魔法《融合解除》で《ペアサイクロイド》をエクストラデッキに戻し、その融合素材となった《コマンダー》2体を特殊召喚だぜ! コイツらも守備表示だ!」

 

 《ペアサイクロイド》から降りる2体の《コマンダー》。

 

 そのペアサイクロイドは何時の間にやらあった駐輪場に停め、盗難防止のためかキッチリとチェーンを巻いて確認する《コマンダー》の1体。

 

 そしてもう一体の《コマンダー》は早く来いと言わんばかりに本田の前で守備表示になりつつ手を振っていた。そしてもう一体も駆け足でそれにならう。

 

《コマンダー》×2

星2 闇属性 機械族

攻 750 守 700

 

「これで《リミッター解除》のターンの終わりに破壊されちまうデメリットも回避だぜ! 俺はカードを1枚伏せてターンエンドだ!」

 

 このデュエル中に初めて守備を固めた本田。

 

 ゆえにこれはチャンスだと城之内はデッキに置く指に力が入る。

 

「なら俺のターン! ドロー! 今引いたのは通常モンスター《メテオ・ドラゴン》! 《凡骨の意地》の効果で追加でドローだ!」

 

 すかさず《凡骨の意地》で手札を補強する城之内。

 

「そして引いたのは通常モンスター《サイバティック・ワイバーン》! 追加でドロー! ……これで追加ドローは終わりだぜ!」

 

 デッキが自身に応えてくれている感覚に絶好調だと城之内は勝負に出る。

 

「バトルだ! 《冥界の番人》と《魔物の狩人》、《アックス・レイダー》の3体で2体の《コマンダー》と《レアメタル・ヴァルキリー》をそれぞれ攻撃だ!」

 

 《冥界の番人》と《魔物の狩人》と《アックス・レイダー》がアイコンタクトしタイミングを合わせて「1体」の《コマンダー》を切り裂く。

 

 驚きに顔を合わせる《冥界の番人》と《魔物の狩人》と《アックス・レイダー》。

 

 

 互いに別々のモンスターを攻撃する手筈だったゆえにその動揺は大きい。

 

 

 もう1体の《コマンダー》は今のうちにと銃器を構えるが我に返った《冥界の番人》と《魔物の狩人》の息の合った剣に切り裂かれた。

 

 初めからそうすればよかったのに。

 

 

 ちなみに《アックス・レイダー》は《レアメタル・ヴァルキリー》の頭をその斧の柄で軽く打ち据えて倒していた。

 

「お次は《炎の剣士》でダイレクトアタック! これで止めだ! 闘気炎斬剣!」

 

 久々のフィニッシュブローにかなりテンションを上げながら大剣に炎を纏わせ振り被る《炎の剣士》だが――

 

「そうスンナリとは通さねぜ! 罠カード《逆さ眼鏡》!」

 

 《炎の剣士》の隣を通り抜ける眼鏡をかけた顔のようなものに手足の生えた藍色の謎生物。

 

 そしていつのまにやら《炎の剣士》に取り付けられた丸縁の眼鏡。

 

 謎生物はフィールドのモンスター全てに次々とその眼鏡を装着させていく。

 

「コイツの効果でフィールドの全ての表側モンスターの攻撃力はエンドフェイズ時まで半分になるぜ!」

 

 眼鏡の度が強いせいかふらつく戦士たち。

 

《炎の剣士》

攻2600 → 攻1300

 

《アックス・レイダー》

攻2500 → 攻1250

 

《魔物の狩人》

攻2300 → 攻1150

 

《冥界の番人》

攻1800 → 攻900

 

 ふら付きながらも振り下ろされる《炎の剣士》の大剣は本田を打ち据える。

 

本田LP:1850 → 550

 

「くっ、だが凌ぎ切ったぜ!」

 

 そして城之内の4体のモンスターの猛攻を何とか防ぎ切った本田。

 

 

 しかし手札及びフィールドのカードは0。次のドローに全てが掛かっている。

 

 

 

 だがその本田の目に映るのは5()体目のモンスター(黒き竜)。その紅き瞳が本田を射抜く。

 

「へっ?」

 

 呆ける本田。

 

「俺は永続罠《正統なる血統》で墓地から《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》を呼び出させてもらったぜ!」

 

 《逆さ眼鏡》の効果の後に呼び出された《真紅眼の黒竜》。

 

 ゆえにその攻撃力は万全の状態であると言わんばかりに《真紅眼の黒竜》は翼を広げ雄叫びを上げる。

 

《真紅眼の黒竜》

星7 闇属性 ドラゴン族

攻2400 守2000

 

「これで今度こそフィニッシュだ! 黒・炎・弾!」

 

 

 そんな城之内の宣言と共に本田はソリッドビジョンの炎の海に呑まれた。

 

「ぬ、ぬわぁあああ!!!」

 

本田LP:550 → 0

 

 

 






コマンダー「見たか? 俺たち(本田)の華麗な自転車捌きを!」



《レアメタル・ナイト》の
「このカードが相手モンスターに攻撃する場合はダメージステップ時に攻撃力が1000強化される」効果の裁定で

「相手モンスターに攻撃対象に選択された場合」は「調整中」でしたが


祝! 2017年6月26日に「適用される」とになりました!

やった! これでデュエルの際にトラブルのタネが無くなるぜ!


しかし15年以上経過したカードなのに今になってアンサーされるなんて……

もしかして忘れ去られていたのだろうか……



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第59話 その友情はプライスレス

前回のあらすじ
魔導騎士ギルティア「私だけメッチャ殴られたんですけど……」

攻撃力1800ラインたち「「それが50ポイントの差だよ」」





 デュエルの終わりと共にソリッドビジョンが消えていき、城之内と本田はデュエルディスクを待機状態へと移行させる。

 

 

 そしてデュエルの終了と共に公園の周囲にいた観客たちは各々にこの2人のデュエリストに声援を送る。

 

「スゲー! これが決闘者の王国(デュエリストキングダム)を勝ち抜いたデュエリストなんだ!」

 

「凄かったぞー! (あん)ちゃんたちー!」

 

「角刈りの坊主も惜しかったなー!」

 

 老若男女入り混じる様々な声援に、城之内と本田は手を振りながら遊戯たちの元へゆっくりと戻った。

 

 

 

 

 

 そして周囲の喧騒も落ち着きを見せた頃、本田は頭をかきながら言葉を零す。

 

「いやぁ~負けちまったぜ。途中まではイイ線いってたんだけどな~」

 

 そこには本田の「悔しさ」の感情が読み取れた。

 

 そんな本田に牛尾が溜息を吐きながら返す。

 

「まぁ《ロケットハンド》の効果をちゃんと理解してたら――もう少し粘れただろうがな」

 

「えっ? なんでだよ?」

 

 牛尾が師匠として本田のプレイミスを指摘するが、弟子である本田の方はまだ理解していない。

 

「……自分の使うカードがどんな効果持ってるか、ちゃんと把握しとけって言っただろ?」

 

「え~と? どっか間違ってたか?」

 

「本田君。《ロケットハンド》は表側だったら魔法・罠カードも破壊できるんだよ?」

 

 そんな本田に《ロケットハンド》の効果を説明する遊戯。

 

「マ、マジかよ! だったら《死力のタッグ・チェンジ》を破壊しときゃよかったぜ……アレのせいで城之内のモンスターが全然減らなかったしな……」

 

 自身のプレイミスに気付いた本田はデュエリストあるある「あの時ああしていれば……」を味わうが若干目の付け所が悪い。

 

 そして城之内は《ロケットハンド》の効果を正確に知って冷汗を流す。

 

「そんな効果だったのかよ……危ねぇとこだったぜ。でもよぉ本田、破壊するなら《凡骨の意地》の方が良いぜ。《死力のタッグ・チェンジ》は手札にモンスターがいねぇと使えねぇからな」

 

 ついでに本田にアドバイスを送る城之内。

 

「そういやそうだったな……」

 

 そうなのだ、本田。

 

 そんな本田の抜けているところを見た師である牛尾は頭を抱える。

 

「はぁ~地力の違いがモロに出た感じだな」

 

「おうよ! この城之内様は日々進化を続けてんのさ!」

 

 本田の師匠、牛尾の見解に何故か城之内の方が鼻高々だ。

 

「へ~城之内も大分強くなってるのね~」

 

 そう言いつつ杏子は思う。過去、デュエルを始めたばかりの頃は杏子にボロ負けしていた城之内の姿が嘘のようだ。

 

「じいちゃんとの特訓の成果だね! 城之内君!」

 

「ああ! じいさんには改めて感謝しとかねぇと!」

 

 城之内の師匠、双六との修練の日々が城之内を着実に前へと押し進めていた。

 

「まぁ今回は俺が負けちまったが、やっぱりデュエルって楽しいもんだな」

 

「だろ! こっからもっと楽しくなるぜ!」

 

 満足気な本田に城之内はデュエルの明るい今後に太鼓判を押す。

 

 そんな城之内に賛同しつつ、本田はデュエルディスクから自身のデッキを取り出し、デュエルディスクを元の持ち主、牛尾に返却する。

 

「よっと、牛尾! デュエルディスクありがとな!」

 

「何、良いってことよ」

 

 デュエルディスクを受け取り、ガンマンのように腰元のホルダーに収納した牛尾。

 

 それを目で追いかける城之内。

 

「おお! なんだよそれ! カッコイイじゃねぇか!!」

 

 端的に言って男のロマンが詰まっている動作だった。

 

「いや、オメェのデュエルディスクにも付属品として付いてんだろ?」

 

「本当か!」

 

 牛尾の呆れた視線を余所に箱をひっくり返し、目当てのブツを探し始める城之内。

 

 

 

 ちなみにこのデュエルディスク収納用のホルダーだが――

 

 原作にて城之内がデュエルディスクを付けたまま牛丼をかっ込み周囲の人間が迷惑していたこと、

 

 そしてその後、周囲の人間から注意を受けて城之内が隅に置いておいたデュエルディスクが盗難にあったエピソードがある。

 

 

 その一件を覚えていた神崎がそういった迷惑にならないよう、そして盗難予防の為に制作を依頼したものである。

 

 既にKCでは採用されており別バリエーションを望む声も多い。

 

 

 

「おお! これか!」

 

 目当ての収納用ホルダーを見つけ、早速試す城之内。

 

 カッコイイ動きを研究しているようだ。

 

 そんな中、杏子は思わず牛尾に尋ねる。

 

「そう言えば……牛尾君も『デュエルディスク』持ってるけどデュエリストレベルっていくつなの? ひょっとしてKCで働いたら貰えたりする?」

 

「ん? 他は知らねぇが、俺んとこの部署はその手の贔屓は絶対にねぇよ。それと俺のデュエリストレベルは『7』だ」

 

 明かされたデュエリストレベルにキメポーズを練習していた城之内は思わず固まり、しばらくして復帰する。

 

「なぁに! 俺よりも高いのか!」

 

 城之内のデュエリストレベル「6」よりも一つ高い。

 

「やっぱ強かったんだなぁ……さすが俺の師匠」

 

 本田もデュエルの教えを受けた身としてウンウンと感慨深く頷いている。

 

「いや、こんなレベルなんて目安に過ぎねぇよ。本田とデュエルした城之内、お前が一番分かってる筈だぜ?」

 

「そうだよ、城之内君。目に見えるものだけが全てじゃないよ」

 

 牛尾と遊戯の言うとおりだった。

 

 

 デュエリストレベルの更新は大会で結果を出すことや、プロ資格の為の認定試験などを受けた際に更新されることが多い。

 

 ゆえに自発的にそういったものを受けない限りそうそう更新されないため、あくまで目安である。

 

 デュエリストレベルの低いものが高いものを倒すことは大して珍しくない。

 

 

「『見えるんだけど、見えないもの』か……でもよ、男って生き物は比べちまうもんなんだよ――ってことで勝負だ! 牛尾!」

 

 だが自身が知らぬ強者がいるのなら挑みたくなるのが男の性である。

 

 ゆえに城之内は牛尾にデュエルを挑むが――

 

「いや、そろそろ日も暮れるから1回帰った方が良いだろ――それにデッキを見直すんだろ?」

 

 正論には勝てなかった。

 

「それもそうね。牛尾君とのデュエルはまた今度にしときなさい、城之内」

 

 そんな杏子の言葉により一同は解散する。

 

 

 そうして帰る頃には日も沈んでいった。

 

 決闘者の王国(デュエリストキングダム)で本戦に残ったものに授与されるカードが日の目を見るのはまた後日になりそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――かに思われたが、杏子を除いたヤロウどもは遊戯の部屋に集合していた。

 

 新しいカードの存在に後日まで待てなくなった城之内により、徹夜でデッキの見直しが提案されたためである。

 

 

 そして遊戯の部屋でペガサスから送られてきたカードを並べて見比べる一同。

 

 遊戯の祖父、双六は寄る年波には勝てぬと既に就寝済みだ。

 

「へ~やっぱ色んなカードあんな~ よしっ! コイツならこのカードとイイ感じだな!」

 

 新たなカードと現在持っているカードを見比べながら大きくデッキを組み直していく城之内。

 

「つい、目移りしちゃうね!」

 

 遊戯もペガサスから送られてきたカードを吟味する。だが城之内とは違い今のデッキを大きく崩さないようだ。

 

 そして本田も見たことのないカードにテンションが上がりっぱなしである。

 

「スゲェ強そうなカードが盛りだくさんだな! おお! これとかカッコイイじゃねぇか!」

 

「それは止めとけ、オメェのデッキは『融合召喚』が胆だろ。使うとするなら――まぁ城之内が貰ったカードになるが、こっちだな」

 

 若干暴走気味な本田にアドバイスを送りつつ、なだめる牛尾。

 

 だがそのカードに城之内は見覚えがあった。

 

「おっ! コイツ――キースが使ってたカードと似てるな!」

 

「確かにこのカードなら本田君のデッキにピッタリだね!」

 

 そのカードは融合モンスターをサポートするカード。

 

 キースの使っていたモンスターとよく似た姿をしている。

 

「ならトレードしようぜ! 本田!」

 

「……でも良いのかよ、城之内? これ、ペガサス会長から貰ったカードだろ? お宝になるんじゃねぇか?」

 

 軽く告げられた城之内の提案。

 

 本田としては嬉しい限りだが、ペガサスが城之内の為に選んだカードであるため本田は気が引けるようだ。

 

「つまんねぇこと気にすんなよ、本田! このカードだって誰かと一緒に活躍できる方が嬉しいに決まってんだろ?」

 

「城之内……」

 

 そんな城之内の真っ直ぐな言葉に思わず目頭が熱くなる本田。

 

 牛尾はそんな城之内の想いに応えるように本田の持つ1枚のカードをトレードのカードに提案する。

 

 このカードなら城之内の力になってくれると信じて。

 

「なら本田の持ってるコイツとトレードしたらどうだ? 城之内、オメェも『融合召喚』使うんだろ? なら役に立つはずだ」

 

「おお! いいじゃんか! ならトレード成立だぜ、本田!」

 

「おうよ!」

 

 城之内と本田は互いに熱い握手と共にカードを交換する。

 

 互いに満足顔だ。

 

 

 

 そうしてデッキ構築が進んでいき、遊戯と城之内のデッキは新しく生まれ変わっていった。

 

 だが大まかなデッキ構築を終えた城之内が眉間に皺をよせ難しい顔で首を傾げる。

 

「しっかし、新しくデッキを組み直したものの、遊戯から貰ったコイツが合わなくなっちまったなぁ……今まで世話になってきたしどうにかしてやりたいんだが……」

 

 それは《凡骨の意地》のカード――その効果はドローフェイズ時に通常モンスターをドローした時、追加でドロー出来る効果。

 

 

 このカードはこれまで何度も城之内のピンチを救ってくれたカードだ。

 

 しかし新しい城之内のデッキの通常モンスターの割合が減ってしまったため、《凡骨の意地》の効果を活用し難い。

 

 だがこれは親友、遊戯が託してくれたカードゆえに蔑にはしたくない思いが城之内にはある。

 

 そんな悩める城之内に元の持ち主、遊戯が提案する。

 

「そうだ! 本田君! この城之内君のカード受け取ってくれないかな? 本田君のデッキにピッタリだし!」

 

「そうだな。本田のエースを呼び出す助けにもなるからな、かなりガッチリ合うカードだ」

 

 本田のデッキと相性はいいと太鼓判を押す牛尾。

 

「おお! 遊戯から貰ったカードが俺を通じて本田の元へ! 俺たちの『友情』みてぇでいいじゃねぇか! 受け取ってくれよ、本田!」

 

 その受け継がれていく友情(カード)の在り方に感動を示す城之内。 

 

 そしてそんな仲間たちの友情に本田の涙腺は決壊する。

 

「くぅ~あんがとよ! 遊戯! 城之内! 牛尾!」

 

 見事な男泣きだった。

 

 

 

 

 

 

 暫くして男泣きを終えた本田を軽く茶化す牛尾。

 

「ハハッ、見事な泣きっぷりだったぜ」

 

「何か俺だけ恥ずかしい思いしちまったじゃねぇか……」

 

「まあまあ、本田君も落ち着いて」

 

 ワザとらしく怒っているアピールをする本田をなだめる遊戯。そんな遊戯をチラりと見た本田はニヤリと笑う。

 

「だったら、遊戯! クラスのヤツが言ってたんだけどよ――杏子とデートしてたらしいじゃねぇか!」

 

「ええっ! どうしてそれを!」

 

 本田の言葉に何故知っているのか驚く遊戯。

 

 そしてそんな遊戯に牛尾は溜息を吐きながら話す。

 

「……遊戯。オメェはそろそろ自分が有名人だってことをキチンと自覚した方が良いぜ?」

 

「そうなの?」

 

「全米チャンプを首の皮一枚まで追いつめたんだ。当たり前だろ……」

 

 牛尾の言葉に疑問を返した遊戯だが、牛尾からすれば何をいまさらなことであろう。

 

 

 そして沈黙を守っていた城之内が起動した。

 

「おお、ついにか! それでどうだったんだよ!」

 

 親友のめでたい祝うべき事柄である。城之内は自身のことのように喜び、続きを促す。

 

「ボクじゃなくて、もう一人のボクとなんだけど……博物館に行ったりして――」

 

 そうして遊戯は恥ずかしげに杏子とのデートの内容を話していく。

 

 それに城之内や本田は興味深々である。

 

 だがその話の途中で牛尾はあることを思い出した。

 

「んんっ?」

 

「どうしたよ、牛尾?」

 

「いや、ついこの間、KCにレベッカの嬢ちゃんと遊戯が仲良さげに来てたって話があった気が――」

 

 その話は竜崎から牛尾に語られたもの、竜崎の主観ではあるが「付き合っているように見えた」と聞いている。

 

「おいおい、遊戯――ひょっとして二股かぁ?」

 

 城之内が冗談めかして問いただす。

 

 だが当然城之内たちは遊戯がそんなことをするとは思ってはいない――ただのからかい目的である。

 

「あれはまだこっちに慣れてないレベッカが案内してほしいって頼まれちゃってホプキンス教授の《青眼の白龍》を持ってる海馬君に会いに行っただけだから! でも会えなかったけど……」

 

 城之内と本田にからかわれ、慌てて弁解する遊戯。

 

「どうだろうなー、城之内ー?」

 

「どうだろうなー、本田ー?」

 

 しかしその言い方だと言い訳のように聞こえてしまうため、より2人のからかいは続く。

 

 困った遊戯は牛尾に助けを求めるような視線を送り、それに応えた牛尾が助け舟を出す――牛尾のマッチポンプな気がするが、それは置いておこう。

 

「そういや本田。オメェは城之内の妹さんに夢中みたいだが――野坂のヤツとはどうなったんだ?」

 

 牛尾の言う野坂こと「野坂ミホ」は青い薄紫の髪色に長いポニーテールで黄色いリボンがトレードマークの遊戯のクラスメートの女子生徒。

 

 本田が恋していた筈だったと牛尾は思い出す。

 

「あっ! そうだぜ、本田! 静香に近づくなとは言わねぇが、そこら辺はしっかりしとけよ!」

 

 今まで遊戯に向いていた城之内の矛先が本田へと向きを変えた――ホッと溜息を吐く遊戯。

 

「いや、それなんだけどよ……」

 

 本田は思わず言い淀む。無理もない。何故なら――

 

「なんだ? 振られたのか? まぁ野坂の嬢ちゃんは獏良のヤツにお熱だからな」

 

「牛尾ォ……そこはもうちっとオブラートに包んで言ってくれよぉ!!」

 

「ってことはやっぱり振られちゃったんだね」

 

 遊戯の言うとおり、悲しいことに本田の初恋は砕け散っていた。

 

 その時の絶望は計り知れないであろう。

 

「……くっ、その通りだぜ、遊戯……俺はもう恋なんてコリゴリだ! ってその時は思ったんだが――」

 

「城之内の妹さんに惚れちまったと」

 

「おうよ! あんないい子はそうはいねぇ!」

 

 自信を持って新たな恋に目覚めていた本田。

 

 だが牛尾は冷静に今の本田と静香の状況を推察する。

 

「まぁ、望み薄だろうけどな。向こうの方はオメェを『兄の友人』くらいにしか見てなさそうだったしよ」

 

「いーや! 俺は諦めねぇぜ!」

 

「本田君、城之内君の前であんまりその話は――」

 

 再び沈黙を続けている城之内に遊戯は慌てて本田と牛尾を止めようとするが、

 

 城之内は勢いよく本田に詰め寄り言い放つ。

 

「いや! 俺は止めねぇぜ、本田! だがよぉ! もし静香を悲しませるようなことすりゃあ許さねぇからな!!」

 

「城之内! ってことは俺のこと応援してくれんのか!!」

 

 兄である城之内が自身の恋を応援してくれるのだと期待の眼差しで城之内を見つめる本田だが――

 

「いや、応援はしねぇ」

 

「そこは応援しないんだ……」

 

 きっぱりと断りを入れる城之内。その一刀両断な有様に遊戯も思わず声を漏らす。

 

 だが城之内にも城之内なりに妹、静香のことを案じてのことだった。

 

「そういうことは静香が自分で決めることだからな! さすがにおかしなヤツが相手だったらぶっ飛ばすけどよ」

 

「まぁ何はともあれよかったじゃねぇか、本田。後はオメェが頑張るだけだ」

 

 城之内のお許しに、本田にデュエルの師としてその恋のアタック作戦に巻き込まれた牛尾も頑張れと本田の肩を軽く叩いた。

 

「ああ! ――だけどよ、牛尾。オメェの周りでそう言う話はねぇのか? 俺らばっか話すのはフェアじゃねぇだろ?」

 

 そんな牛尾の応援に元気よく答えた本田だが、先程の意趣返しなのか今度は牛尾にその手(恋愛系統)の話を振り始める。

 

「あっ! それはボクも聞いてみたい!」

 

「俺もだ! 学校ではその手の話は聞かねぇから KCでのことで頼むぜ!」

 

 遊戯と城之内も普段の牛尾からその手(恋愛系統)の話を聞かないゆえか興味津々だ。

 

「お、おう、つっても俺のいる部署はヤロウばっかりだからな……あんまりそういう話は出てこねぇぜ?」

 

 そんな遊戯たちの勢いに引き気味で対応する牛尾――徹夜のせいか一同のテンションは若干おかしい。

 

「それでも構わないよ!」

 

「なら…………まずはコレを見て見な」

 

 牛尾はガサゴソとタブレット端末を取り出し、操作。そしてその画面を遊戯たちに見せる。

 

「なぁにこれぇ?」

 

「最近入ってきたヤツラと歓迎会した時の写真データだ」

 

 疑問を見せる遊戯に牛尾は写真データをパラパラめくり、全員の集合写真のところで止め、機械関連に理解がある本田に手渡す。

 

「あ~確かにヤロウばっかりだな、って竜崎じゃねぇか!!」

 

 城之内は本田の横からその集合写真を眺めていると見知った顔を見つけ、若干テンションが上がった。

 

「ああ、そいつは最近来た新人だ」

 

「確か羽蛾君もいるんだよね――あっ! いた!」

 

「後の新人はこのデカくてゴツいヤツ――『アヌビス』っつう外人さんだ」

 

 牛尾の説明を貰いつつ、集合写真を眺めていく一同。

 

 

 何と言うべきか、その集合写真に写る面々は色々と濃いめの人たちだった。

 

 

 当初の目的を忘れつつ、牛尾の同僚たちを眺める遊戯たち。

 

「あっ! この人、この前レベッカとお世話になった北森さんだ!」

 

 だが遊戯が見知った顔の鼻眼鏡の女性の名を上げるとともに城之内は本来の目的を思い出す。

 

「おお! 出かしたぜ、遊戯! ってことで牛尾!」

 

 タブレット端末に釘付けだった一同は一斉に牛尾を見やる――何が彼らを此処まで駆り立てるのか……

 

「いや、そうは言っても北森の嬢ちゃんとは何もねぇんだが……その手(恋愛系統)の話も聞かねぇしな」

 

 おずおずと牛尾は語りだす。だが牛尾自身、そして牛尾の同僚も恋だの愛だのといった話とはとことん縁がない。

 

「それに俺のいる部署ではあんまり恋愛がどうこうの話は聞かねぇ――デュエリストが多いせいか大抵がデュエルの話ばっかりだ」

 

 悲しいことに皆が某男前ヒロインのごとく「デュエルが恋人」状態だった。

 

「そうなのか?」

 

「ああ、ここに写ってんのはみんなデュエリストだ」

 

 集合写真をパッと見ただけでも、それなりの人数がいるため、思わず聞き返した城之内に牛尾は若干遠い眼になりながら答える。

 

 デュエルマッスルも標準装備という魔境ゆえに……

 

「っておい! 何で静香ちゃんがここに写ってんだよ!!」

 

「なぁに! 本田! ちょっと見せてみろ!」

 

 だが本田のその声に城之内は本田からタブレット端末をぶんどり凝視する。

 

 城之内が確認したその姿は確かに妹、静香のもの。

 

「それは妹さんが治療後のKCへの通院の時にたまたま会ってな。ギースの旦那――まあ俺の先輩なんだが――の提案もあって参加しただけだ」

 

「なんだ、それだけか……」

 

 だが牛尾の説明も相まって城之内は一安心である。

 

 そしてタブレット端末の写真データをパラパラとめくりながら、歓迎会の様子を眺める遊戯たち。

 

 

 竜崎と羽蛾の漫談、竜崎のツッコミが冴えわたる。

 

 

 モクバを曲芸のように宙に投げ、お手玉のように自在に操るアヌビスの大道芸。

 

 だが途中でモクバの存在に気付き乱入した乃亜にアヌビスはドつかれていた。だがアヌビスはノーダメージとでも言いたげなドヤ顔で返す。

 

 

 ヴァロンの瓦割り芸、地面まで砕くまでが御約束らしい。その後ギースに締められる(怒られる)のも鉄板である。

 

 

 北森と静香のデュエット、後ろのおかっぱ頭の青年がキーボードを演奏している。ちなみに即興らしい。

 

 

 ギースのタネも仕掛けもある(精霊に協力してもらった)手品、タネを知らない静香は目を輝かせていた。

 

 

 そして優勝商品である商品券ゲットを目指す腕相撲大会にて精一杯に力を込める静香と、その静香の腕を圧し折らないように力加減に手古摺りアワアワする北森の対決。

 

 その傍には万が一の事態に備え、ギース(医療班)が審判を務めていた。

 

 だが写真データではその危機感が伝わらない。ただの微笑ましい光景に見える。

 

 

 そういった様々な歓迎会での様子が写真に収められていた。

 

「へ~楽しそうだね」

 

「おっ! モクバのヤツもいんのか!」

 

「んっ! こいつ、静香ちゃんになんか近くねぇか?」

 

 だがそれが城之内は妹、静香の様子を見つつ、本田が恋敵になりそうな人間を探し始めた段階で遊戯は牛尾に歓迎会の様子を尋ね、他愛の無い話で盛り上がる一同。

 

 

 

 そして歓迎会の写真データをつまみに盛り上がる城之内と本田。

 

 そんな城之内と本田を眺める牛尾の「心ここに非ず」な状態に思わず遊戯は静かに尋ねる。

 

「――どうかしたの?」

 

「いや、まさかオメェらとこうやって並んでバカやれるとは思ってもみなかったんでな……」

 

 牛尾は恥ずかしそうに鼻をかく。牛尾にとって夢のような時間だった

 

「ちょっとばかし、『現実感』ってもんが付いてこなかっただけだ」

 

「……そうなんだ」

 

 照れながら言いきられた牛尾の言葉につられて照れながら同意するように頬をかく遊戯。

 

「じゃあボクたちの仲を取り持ってくれた――」

 

 そして遊戯は邪気のない笑顔で言葉を続けた。

 

 

 

 

 

 

「――『()()()()()()()()()()()()!』」

 

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 だがそうして続けられた遊戯の言葉に牛尾は冷や水をかけられたように一気に現実に引き戻される。

 

 牛尾は遊戯からそんな言葉は聞きたくなかった。

 

「どうしたの? 牛尾君」

 

 目に見えて顔が強張った牛尾に心配そうに尋ねる遊戯。

 

 今の牛尾にはそんな遊戯の純粋な心配すら心がざわつく。

 

「い、いや、なんでもねぇ――ほら、話の続きといこうじゃねぇか、アイツらも呼んでるみたいだしよ」

 

 動揺が隠せなかった牛尾だが、遊戯はそれを「照れ」によるものと判断し、4人で写真データを見ながら和気藹々と話を弾ませる。

 

 

 だがその輪の中にいる牛尾は既に気が気でない。思い出すのは――

 

――お前も今の『幸福』を失いたくないだろう?

 

 牛尾の先輩であるギースから告げられた言葉。

 

 

 

 失いたくなかった。

 

 こんなにも充実し、楽しく幸福な時間を、居場所を、仲間を、人生を

 

 たとえこの「幸福」の全てが「作り出され」、「与えられた」ものでも――

 

 失いたくなかった。

 

 

 もし失えば、きっと自分は壊れてしまう。

 

 そんな確信が牛尾にはあった。

 

 

 




平和やわー(白目)



~入りきらなかった人物紹介~~
野坂(のさか) ミホ
コミック版で1話だけ登場した本田が恋した図書委員の女の子。 だが本田は振られた。
黄色いリボンが特徴。そのためかリボンちゃんと呼ばれている。

本田の愛のパズル型手紙にすぐにうつむいて顔を赤らめてしまうほどの清純派。


東映版のアニメ「遊☆戯☆王」はレギュラーの座を獲得。
だが性格がミーハーでお金が大好きなちゃっかりものに、さらに図書委員から美化委員に変更された。
そしてやっぱり本田は恋をした。

だが野坂ミホ本人は獏良に片思いしている。というよりミーハーゆえのアイドル的な見方に見える。
「獏良くんはトイレなんかいかないもん!」など衝撃的な台詞も多い。


だがアニメ「遊戯王デュエルモンスターズ」には未登場。


~本作での野坂ミホ及び周辺の様子~
さすがにコミック版の野坂ミホではキャラを掴み切れなかったので
基本的に「東映版のアニメ版『遊☆戯☆王』」での野坂ミホをベースにしています。

遊戯たちのクラスメートであるが遊戯たちよりは若干距離が遠い。

それは牛尾が早期に「キレイな牛尾」になってしまったゆえに

美化委員である本田と野坂ミホが風紀委員の牛尾の代わりに奔走する必要がなくなったためである。

それゆえに本田と野坂ミホの距離がそれほど縮まらず、それに伴い遊戯たちとの距離も縮まらなかった。

本田が恋してい()
野坂ミホ本人は獏良にキャーキャー言っている。



今日も今日とて童実野高校、並びに童実野町の治安は牛尾の手により守られ、改善されている。

よって不良グループ類は既に息をしていない
当然その中の百済木(くだらぎ)軍団も息をしてない



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第60話 それぞれの思惑



前回のあらすじ
牛尾さんは無事に友情教に一員となって、とっーーても幸せだよ?( ^ ω ^ )ニッコニコ

そう! 幸せ、幸せなんだよ!

だから何も問題はない――そうだよね?( ・ ω ^ )ニッコニコ




 

 一面が真っ白な空間で巨大な「アンモナイト」のような機械に鎮座する仮面の男が空中に浮かぶ3つのモニター相手に何やら話し込んでいる。

 

 その男はイリアステルメンバー「イリアステル滅四星」のまとめ役、「無限界帝」 Z-ONE(ゾーン)

 

 さらにイリアステルの創設者でもある。

 

 そしてイリアステルに――否、荒廃した未来に残された「最後の人類」でもあった。

 

 

 そんなZ-ONEは最近頻繁に起こる異常に考えを巡らせる。

 

「やはりここの所、過去の観測が上手く行きませんね……」

 

 そのZ-ONEの呟きにモニターの一つに映るせり上がった巨大な肩に額の水晶といった人らしからぬ特徴を多分に持つ巨大な男が若干物騒な提案を返す。

 

「原因は分かっているのだろう――私が排除してこようか?」

 

 その巨大な男はイリアステル滅四星が一人、「絶望」のアポリア。

 

 

 元々は荒廃した世界の生き残りの人間としてZ-ONEと共に行動していたが、寿命により死去。

 

 その死後Z-ONEの手によりコピーされた己の記憶をロボットに植え付けて貰い、今もなおZ-ONEと共に行動している。

 

 その人非ざる身体は機械ゆえのものだ。

 

 

 だがそんなアポリアに対して二つ目のモニターの青い髪を逆立てたライダースーツの長身の男が橙色のサングラス片手に諌めるように言葉を放つ。

 

「でもそれはボクたちが行ってきた歴史の改変の成果かもしれないし――安易な強硬策は良くないと思うけど……」

 

 その長身の男はイリアステル滅四星が一人、「戦律」のアンチノミー。

 

 

 彼もアポリアと同じく死後もZ-ONEと共に行動している。

 

 だがその身体はアポリアとは違い生前の姿をモデルに作られている。

 

 

 そんなアンチノミーの慎重な意見にZ-ONEも賛成を示す。

 

「私も同感です、アンチノミー。その原因となっている男は我々の存在(イリアステル)に気付いている節があります。恐らく対抗手段も用意している筈……短慮は避けるべきでしょう」

 

 秘密裏に活動していたイリアステルの活動の尻尾を掴んだ相手ゆえにZ-ONEもその慎重さに拍車がかかる。

 

「少し短絡的すぎたか、すまない」

 

 アポリアも素直に思慮が足りなかったと謝罪する。

 

 だが黒い文様の描かれた白い仮面を外し、金の長髪に青い前髪を軽く振って顔を見せた男はアポリアの強硬策を支持する。

 

「いや、私はアポリアの意見に賛成だ。ヤツは危険だ――すぐにでも排除すべき程に」

 

 その男はイリアステル滅四星が一人、「逆刹」のパラドックス。

 

 

 彼もまたアポリアやアンチノミーと同じく死後その記憶をロボットに移された男。

 

 

 その殺気が滲み出らんばかりのパラドックスを焦らせる訳を問いかけるアンチノミー。

 

「キミがそこまで言う程に危険な男なのかい?」

 

「ヤツは『デュエルモンスターズ』の発展を加速させるような動きが多い」

 

 そのアンチノミーの問いに、パラドックスは神妙に、そして意を決して答える。

 

 様々な角度から歴史を見続けてきたパラドックスゆえにこの変化は看過できなかった。

 

「まだモーメントの構想すら出来ていない時代に『チューナー』の存在が生まれている。今の所はあくまでチューナーというカテゴリー扱いだが、見過ごすわけにはいかない」

 

 そのパラドックスの意見にアポリアも眉を顰める。

 

「確かにそれはシンクロ召喚の誕生が早まる可能性があるな……」

 

 シンクロ召喚。

 

 チューナーとチューナー以外のモンスターを素材にエクストラデッキから呼び出される白い枠のモンスターたち。

 

 

 そして人々の欲望がそのシンクロ召喚を通じて未来のエネルギー機関「モーメント」を暴走させた結果、最終的に人類はZ-ONEを残し滅亡した。

 

 

 つまりシンクロ召喚は人類滅亡の原因の一つと言っても過言ではない。

 

 

 だがシンクロ召喚ではなく「人々の際限なき欲望」こそが主な原因である点を問題視するアンチノミーはそのパラドックスの物言いにいつもらしからぬ声を荒げ抗議する。

 

「だけど! モーメントの暴走はシンクロ召喚が直接的な原因という訳じゃ――」

 

 確かにアンチノミーの言う通り、シンクロ召喚自体に罪はない。

 

 あくまで主な原因は「人々の際限なき欲望」である。

 

 アンチノミーの主張するシンクロ召喚を正しく使い「正しい心」を持てばモーメントの暴走も起こりえない可能性が高い。

 

 

 だがそんなアンチノミーの主張にパラドックスは冷たく返す。

 

「ないと言い切れるのか? 誰もがキミのように正しくあれるわけじゃ無い」

 

 パラドックスの言う通りであった。アンチノミーの主張はあくまで「理想論」に過ぎない。

 

 誰もがアンチノミーのような「正しい心」を持てなかったゆえに世界は滅んだのだから。

 

「それは――」

 

 ゆえにアンチノミーは悔しげに拳を握ることしかできない。

 

 しかしそんなアンチノミーに労わるようなZ-ONEから優しげな声がかけられる。

 

「そこまでです。パラドックス、アンチノミー。我々が今解決すべきことは『過去の観測』の不具合をどうするかです」

 

 Z-ONEは記憶を転写したロボットであっても友のいがみ合う姿は見たくない。

 

 彼らが住まう荒廃した世界ゆえに力を合わせることが大切なのだから。

 

 

 Z-ONEは言葉を続ける。

 

「その原因の可能性が高い男の排除は『排除したときの危険性』が『ない』と確認できるまでは控えるように」

 

「……………………了解した」

 

 その言葉にパラドックスはしぶしぶ了承の意を示す。

 

 

 そんな若干悪くなった空気を変えるようにアポリアが対症療法を提案する。

 

「なら当分の間は私が3つに別れ、観測が必要な地点に直接出向くとしよう」

 

 この男は何を言っているんだと思うかもしれないが――

 

 実はアポリアは「イリアステルの三皇帝」と呼ばれる3人が合体した姿である。

 

 

 その3人は生前のアポリアの幼年期、青年期、老年期のデータを元に構成されている。

 

 ちなみに

 

 幼年期、ルチアーノ

 青年期、プラシド

 老年期、ホセ

 

 という具合だ。

 

 

 話を戻そう。

 

 そのアポリアの提案をZ-ONEは受け入れ、観測が必要な時代をピックアップして送信していく。

 

「頼みます、アポリア」

 

「任せてくれ」

 

 データを受け取ったアポリアはその中身を読み取り、プランを立てる。

 

 だがそんな彼らにパラドックスは指を一つ立てZ-ONEに問いかけた。

 

「Z-ONE、一つ確認したい」

 

「何です、パラドックス?」

 

「もしヤツが放っておくには危険な存在だと確認できれば――」

 

 Z-ONEの決定にまだ納得できていないパラドックス。

 

 だが、もしそれ程までに「危険」であるならばZ-ONEとて「慎重に」とは言えない。

 

「その時はパラドックス、貴方の判断に任せます」

 

 全てをパラドックスに任せるような言葉――それはZ-ONEのパラドックスに対する信頼の証。

 

「待ってよ! パラドックス! それだと――」

 

 だがそのイレギュラーに期待しているアンチノミーはこの一件を穏便に済ませたいと考える。

 

 実物を見れば掌を返すだろうことは置いておこう。

 

 

 そんなアンチノミーにZ-ONEは諭すような言葉をかけた。

 

「ですが危険な存在であるのならリスクを覚悟で動かねばなりません。どうか理解してください、アンチノミー」

 

 荒廃した未来――これ以上、この未来が悪化すればどうなるかなど考えたくもないだろう。

 

「……分かったよ。でもボクの方からも一ついいかな、パラドックス?」

 

 そのZ-ONEの願いに理解を見せるアンチノミー。

 

 だがパラドックスに先程の彼の仕草を真似て一つ頼みごとを願う。

 

「何だ?」

 

「『危険』だと判断したのならキミが動く前にその原因となった人と話をさせて欲しいんだ……」

 

 アンチノミーとてイレギュラーに対する期待はあれどイリアステルの目的(荒廃した未来の救済)と天秤にかけるなら答えは決まっている。だがその犠牲を無視出来ないゆえの頼みだった。

 

「…………状況が許せば、な」

 

 そんなアンチノミーの考え方に歯切れ悪く返答するパラドックス。

 

 パラドックスとしてはアンチノミーの提案はあまり乗り気になれないものだ。

 

「なら、よかった!」

 

 だが自身の言い分が通り、一つ肩の荷が下りたと言わんばかりのアンチノミーだが今思いついたことも提案する。場合によっては此方の方が良いと考えながら。

 

「そうだ! その原因の調査! 必要ならボクも手伝うよ!」

 

「必要ない。キミはZ-ONEの計画の方に尽力すべきだ――キミが出る必要がある程ではない」

 

 そうアンチノミーの協力の要請を断るパラドックス。

 

 

 Z-ONEの計画する未来を救うメインプラン。

 

 ネオ童実野シティに「サーキット」と呼ばれる回路を構築し、彼ら「イリアステル滅四星」の本拠地である「アーククレイドル」をネオ童実野シティに落とすことでモーメントを消し去り、未来を救う計画。

 

 その計画こそ優先すべきだとのパラドックスの言葉にアンチノミーは若干の不満を持つが、Z-ONEはそんな彼にそろそろ動いて貰おうと計画を進めていく。

 

「そうですね、アンチノミー。貴方にはやってもらいたいことがあります」

 

 そうしてアンチノミーへの任務を説明する横で、アポリアとパラドックスのモニターは閉じられた。

 

 

 

 

 

 そしてパラドックスはどこかの時代、どこかの国、どこかの塔の上で空中に映し出されたディスプレイに示された情報を見ながら決意する。

 

「フッ……『神崎 (うつほ)』、必ずや貴様の尻尾を掴んでやる――首を洗って待っているがいい!」

 

 

 衝突の時は近い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オカルト課の研究所で一際丈夫なシェルター内で狂ったように笑い声を上げるツバインシュタイン博士、そんな彼に対して神崎はいつもの笑顔で対応していた。

 

「フハハハハッ!! 見てください! Mr.神崎!! これが『光のピラミッド』の力です!」

 

 笑い声を上げ両の手で指し示すツバインシュタイン博士の先にあるのは()()()()「光のピラミッド」。そしていくつものケーブルが繋がれている。

 

 その蒼い光はどこか絶対的な力を感じさせる。

 

「あの破片から復元に成功して色々と実験させてもらいましたが、何度見てもこれは素晴らしい!! アハハハッ!!」

 

 そのツバインシュタイン博士の目は「新しいおもちゃを貰った子供の目」など通り過ぎ「狂信者が神の存在を感じた」レベルである。

 

 正直言って神崎は内心でドン引きしていた――おい、誰のせいで博士が「ああ」なったと思っている。

 

「…………楽しそうですね」

 

 頑張ってひねり出した神崎の言葉にツバインシュタイン博士は今にも踊り出しそうな様相で肯定する。

 

「そうれはもう!! こんなものが遥か古代エジプトに存在していたなど信じられません! フハハッ! 歴史がひっくり返りますぞ!」

 

「それは困ります――世界が荒れる事態は避けたいものです」

 

 辛うじてツバインシュタイン博士のブレーキとなろうと踏ん張る神崎。だがツバインシュタイン博士にとって()()()()()()()()()()()()()()

 

「構いませんよ! 私にはそんなモノ(名誉)など、どうでもいいですからねぇ!」

 

 そんなツバインシュタイン博士に「打てるだけの手は打っておこう」と考える神崎。

 

 だが取り敢えずは状況の把握に努める。

 

「『成果』が出たと聞いていますが、この光が『ソレ(成果)』なのですか?」

 

 その神崎の質問に「待ってました」と言わんばかりにツバインシュタイン博士は語りだす。

 

「おっと申し訳ない。年甲斐もなくはしゃいでしまって……この光のピラミッドの力は『エネルギーの収集と保存、授与』にあります!!

 

「……と、いうと?」

 

 神崎とて「原作知識」からある程度の情報は知っている。

 

 ツバインシュタイン博士の言う「エネルギーの収集と保存」に関しては劇場版でも遊戯と海馬から力を奪い、アヌビス自身に「授与」することで完全復活を果たす際にエネルギーをまかなっていたことは知識にある。

 

 だが、神崎の記憶では劇中で登場した「光のピラミッド」が此処まで蒼く輝いてはいなかった筈だった。

 

「この光のピラミッドはあらかじめセットした対象からエネルギーを徴収します!」

 

 ツバインシュタイン博士がそう言いながら「光のピラミッド」に繋がれたコードと繋がる機械を動かすと、「光のピラミッド」の側面の赤い宝玉が光る。

 

「それだけ聞けば大したことのないように聞こえますが、そのキャパシティは我々の想像を絶していました!」

 

 そして「光のピラミッド」を覆っていた蒼い輝きが赤い宝玉に吸い込まれていく。どうやら保存したようだ。

 

「ためしに様々なエネルギーを収集させてみましたが、全く溢れる気配がない! ここら一帯を更地に出来るレベルまでエネルギーを注いだというのに、これは驚きですぞ!!」

 

 ツバインシュタイン博士によって告げられた衝撃の事実に神崎は内心で頭を抱える――本当に何をやってるんだ、この爺さん。

 

 だがそんな神崎の様子の変化を感じ取ったのかどうかは分からないが、ツバインシュタイン博士は指を一つ立てて茶目っ気タップリにウインクしながら言い放つ。

 

「おっとご安心を! キチンとシェルターの中で実験しましたので死ぬのはココ(シェルター)にいる我々だけですぞ! ハッハッハッ!」

 

 当然、ツバインシュタイン博士及び、神崎が今いるのが説明にあったシェルターである。

 

 ゆえに神崎は微塵も安心できないであろう。他の研究員がこのシェルターに入るのを拒むわけだ。

 

 

 だがツバインシュタイン博士は己の命が危険な場所にある今を問題視しない――脳内麻薬が分泌されまくっているのだろう。

 

「そして私の大事な研究用の機材を粉微塵に吹き飛ばした『オベリスクの巨神兵』でしたかな?」

 

 その言葉自体には棘があるが、ツバインシュタイン博士の顔に苛立ちはない。

 

 むしろ何がそんなに楽しいのか分からないくらいに楽しげだ。

 

「その莫大なエネルギーを光のピラミッド内に入れましたがまだ余裕がある! 後2体分は確実に入りますな!!」

 

 蒼く輝く原因が判明した――本当に何をやってるんだ、この爺さん。

 

「『オベリスクの巨神兵』3体分の容量ですか……つまり――」

 

 劇場版の「原作」の劇中でも三幻神を封じるカードが使われていたが、その大本がこの「光のピラミッド」にあるようだ。

 

 それが3体分となれば考えられる可能性は一つである。

 

 既に結論に達していたツバインシュタイン博士は両の手を広げ、天を仰ぎ宣言する。

 

「そう! この『光のピラミッド』は恐らく三幻神に対抗するために生み出されたのだと私は考えております!」

 

 三幻神――その力は世界を揺るがすレベルのもの。

 

 そのスケールの大きさゆえにツバインシュタイン博士は楽しくてしょうがない。

 

「さらに『授与』に関しては一度『光のピラミッド』を介することで『エネルギーを変換』します! まぁ平たく言えばどんな力でも利便性の高いエネルギーに化ける――ハハッ! 物理法則に喧嘩を売ってますなぁ! クフフ、ハハハッ!」

 

 ツバインシュタイン博士は笑い転げる勢いで説明を終えた。

 

「これは一体どうやって生み出されたのか! 興味が尽きませんな!! フハハッ!」

 

 そしてひとしきり笑い終えたツバインシュタイン博士は電池が切れたかのように急に大人しくなり神妙な顔で神崎に頼み出る。

 

「そしてこれはお願いなのですが――」

 

 辛うじて理性が仕事をしたようなツバインシュタイン博士の豹変ぶり、子供でももう少しマシな頼み方をするであろう。

 

 だがそんなことは気にも留めずにツバインシュタイン博士は申し訳なさげな態度で頼みごとの内容を明かす。

 

「隅から隅まで研究し尽くしましたので…………その~~そろそろ実戦的に使った――検証実験、いや実戦データ取りを行いたいのですが……」

 

 何度もチラッ、チラッと神崎を見つつ催促するように提案するツバインシュタイン博士。

 

 デュエルエナジーを冥界の王の一件で神崎が使い切ったゆえに研究に回せなかったことを根に持っているのだろうか。

 

「…………手配しておきましょう」

 

 だが神崎はマリクの持つ三幻神の頂点、「ラーの翼神竜」の対抗策になりうる「光のピラミッド」は元より使う予定であったため了承を示す。

 

「ありがとうございます!! ではどうぞ! 安全は保証されていますので!!」

 

 勢いよく頭を下げたツバインシュタイン博士。

 

 そして神崎の気が変わらない内にと「光のピラミッド」に繋げられたケーブルを外していき、「どうぞ!」と手渡すツバインシュタイン博士。

 

 そうして差し出された「光のピラミッド」を神崎は力なく受け取る。

 

 

 光のピラミッドの赤い宝玉部分が脈動するように動いた姿を見たものはいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ペガサスは苦悩していた。そんな彼の前には3枚のデザイン画。

 

 禍々しい巨人、竜、そして闇の塊にも見える球体。

 

 

 それらは「三邪神」。ペガサスが「三幻神」に対抗するカードとしてデザインしたものだ。

 

 だがそのあまりにも強大な力と心の闇を助長させかねない邪悪さゆえにカード化はされていない。

 

 

 しかし、「三幻神」がグールズに奪われたことを知ったペガサスは覚悟を持って三邪神のデザイン画に立ち向かう。

 

 「神」に対抗できるのは同じ「神」のみ、三幻神が奪われた今、ペガサスもなりふり構ってはいられない。

 

 そして神の力を誰よりも体感しているペガサスは震える手でカード化に取り掛かる。

 

 

 だがその手の上に4つの手が重ねられた。

 

「Oh……何故アナタ達がここに……?」

 

 

 その手の4人の手の正体は――

 

 

「ペガサス様……三幻神のことは……我々にお任せを……」

 

 静かに決意を燃やすデプレ。

 

「三邪神などなくとも、『神』に対抗する戦術はあります。ペガサス様に教わったデュエル――いや、私たち()の力を信じてください」

 

 対策は万全だ、と自信を持ってペガサスに進言する月行。

 

「月行の言うとおりですよ! 俺たちでかかればどうとでもなります!」

 

 家族の絆を見せてやる、と意気込みを見せるリッチー。

 

「ペガサス様の手掛けた『デュエルモンスターズ』を汚す愚か者たちは私の手で……フフッ」

 

 若干ダークサイドに落ち気味な夜行。

 

 

 「邪神」の力に手を伸ばしたペガサスを止めたのは家族の絆。ペガサスの不安を描いた

モノ()を振り払うかのごとく力強い。

 

 まだまだ子供だと思っていた息子たちの成長した姿にペガサスは涙する。

 

「月行、夜行、リッチー、デプレ……ワタシはアナタ達のような家族を持てて誇らしいデース……」

 

 だが4人を代表して月行は首を振る。

 

「いえ、今回のことはシンディア様にペガサス様が悩んでいるとお聞きしたので」

 

 そう言った月行の視線の先をペガサスも追うと、そこには扉の向こう側で部屋の様子を覗き見るシンディアが小さく手を振っていた。

 

「フフッ、シンディアにはおみとおしだったという訳デスカ……敵いマセーン」

 

 そして「三邪神」のデザイン画を片付けるペガサス――もう日の目を見ることはないとペガサスはどこか確信していた。

 

 

 その姿を見た月行たち4人にスッと合流したシンディア。

 

 そしてその5人をペガサスはそっと抱き留めた。まるで自慢の家族を誇るように……

 

 

 

 そう、「神」を倒すのは「人の強い意思」だと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗闇の中で白髪の男は邪悪な笑みを見せる。

 

「クックックッ……『三幻神』に『名もなきファラオ』、そして『7つの千年アイテム』……」

 

 その男は獏良の精神に潜むもう一つの人格「バクラ」。

 

 

 かつて遊戯たちと冒険盤ゲーム「モンスターワールド」を闇のゲームの舞台として戦った千年リングに宿りし邪悪なる人格。

 

 その戦いでは遊戯たちの前に敗れたバクラであったが力を蓄え、再び己の計画を推し進めんと暗躍していた。

 

 

 そんなバクラは状況を確認するように手持ちの情報を呟く。

 

「まさか『シャーディー』のヤロウが生きてやがったとはな……」

 

 決闘者の王国(デュエリストキングダム)の後に遊戯とシャーディーが接触していた現場。

 

 その現場を千年リングの「千年アイテムを探知する力」によって気付いたバクラは陰から盗み見ていた。

 

「どうやって生き延びたかは知らねぇが――面白くなってきやがった……」

 

 バクラはシャーディーを過去に殺している。いや殺した筈だった。

 

 にも拘らずシャーディーはつい最近に遊戯の前に現れている――どうやって生き延びたのかはバクラには分からない。

 

 だとしてもバクラの計画に支障はない。十分に対応できる範囲だ。

 

「社長の陰でコソコソ動いているヤツもいる……ククッ、楽しみだねぇ」

 

 つい先日()()()()()()()()()()「デュエルディスク」と「パズルカード」を片手にバクラは笑う。

 

 

 この童実野町で繰り広げられる「バトルシティ」にて、バクラに必要なものは全て揃う事実もその笑いに拍車をかける。

 

 それらはバクラにとってまるで用意されたようにも感じられた。

 

 しかしバクラはそんなことは気にしない。

 

「だが最後に笑うのは俺様よ――ククク……ハーッハハハハハハハハハハ!」

 

 過程がどうあれ最後に望むものを手にしたものが勝者なのだから。

 

 

 

 望むものを手に出来たのであれば敗者とて勝者になりうるのだ。

 

 





邪神イレイザー「我々の力など光の道を歩む彼らには必要ないのです」

邪神ドレッド・ルート「そう、三幻神に対抗するならば『強き絆』があればいい」

邪神アバター「…………(言いたいこと全部言われた)」





~冒険盤ゲーム「モンスターワールド」って?~
いわゆるTRPG(テーブルトークアールピージー)。

劇中では
ボスエネミ―「大邪神ゾーク」を倒せば遊戯たちの勝利。
遊戯たちを全滅させればバクラの勝利だった。


バクラは千年リングの「物に人の魂を移す力」によって遊戯たち一同を駒に閉じ込めることで遊戯たちがゲームを続行不可能な状況を作る策を用いた。


しかし表の遊戯の魂が肉体から離れたことで闇遊戯がプレイヤーとなり勝負を引き継いだ。よって計画は御破算に(闇遊戯用の人形はなかった為)。


ならば、と通常の勝利条件を満たそうとするバクラだがボスエネミ―の「大邪神ゾーク」から獏良の魂の籠った人形が生える等の闇遊戯の俺ルール全開の攻防によって敗北した。


正確な詳しいルールは不明だが問題なかった模様、闇のゲームゆえの自由度だったと考えるのが自然か……



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DM編 第5章 バトルシティ 予選 ゲームスタート
第61話 はっじまっるよー☆


前回のあらすじ
パラドックス・ツバインシュタイン博士・バクラ
「 「 「盛 り 上 が っ て き た ! !」 」 」




 童実野町の一角、多くのデュエリストがごった返していた。

 

 それら全てのデュエリストはある大会の参加者。

 

 

 そう、バトルシティの開幕が迫っていた。

 

 

 

 

 そんな中で時計を見つつ待ち人を待つ遊戯たち一同。

 

 周囲のデュエリストたちはそんな遊戯(優勝候補)を遠巻きに眺めている。

 

 

 だがそのデュエリストの中から遊戯に駆け寄る影が一つ。

 

「遊戯ー! 久しぶりね! 城之内は?」

 

「舞さん!」

 

 その影の正体は孔雀舞。

 

 孔雀舞は遊戯たち一同に城之内の姿がないことに気付き、キョロキョロと目的の人物を探し始める。

 

 そんな若干落ち着きのない孔雀舞に本田が時計を気にしながら答えた。

 

「舞じゃねぇか。城之内ならもうすぐ着くって連絡があったぜ」

 

「やっぱり参加するんだ!」

 

 その本田の答えに喜色満面な孔雀舞。

 

 さらにそんな遊戯たち一同にさらに近づく人影。

 

「また会ったのう! 遊戯!」

 

 海のデュエリスト、梶木 良太である。

 

「梶木君も!」

 

決闘者の王国(デュエリストキングダム)以来じゃのう! また縁があったらデュエル頼むぜよ!」

 

 快活に挨拶を交わす梶木と遊戯。

 

 

 

 そしてしばらく和気藹々と話す遊戯たち一同に待ち人の走る姿が映る。

 

「遊戯~! 済まねぇ、待たせちまったな!」

 

「城之内君! 遅かったね? ひょっとして忘れたんじゃないかって心配したんだよ?」

 

 待ち合わせ時間に大きく遅れながら城之内が遊戯たちに合流した。

 

 

 一応バトルシティにおいて「規定時間までに所定の場所にいなければならない」といったルールはない。

 

 だが「大会のスタートは一緒に」との遊戯たちの想いがあったゆえに遊戯も一安心だと声を漏らす。

 

「悪りぃ悪りぃ、寝坊しちまってよ!」

 

「なんじゃい、城之内! 緊張でもしよったか? ガッハッハッハッ!」

 

 両手を合わせながら軽く謝る城之内に梶木は冗談めかして笑い話に変える。

 

「違ぇよ! 梶木! 緊張どころかワクワクして眠れなかっただけだぜ!」

 

「城之内……そんな胸張って言うことじゃないでしょ……」

 

 自信を持って言い返した城之内の言葉に若干呆れを見せる杏子。

 

 

 だがそんな城之内を見つめる孔雀舞はそんな呆れは感じない。

 

 デュエリスト特有の察知能力で城之内が決闘者の王国(デュエリストキングダム)の時よりも確実に成長している姿が孔雀舞には見て取れた。

 

 ゆえに一人のデュエリストとして孔雀舞は城之内に宣言する。

 

「城之内! 見ただけでアンタがかなり強くなってるのは分かる――だから戦うことになったらアタシはもうアンタを一人前のデュエリストとして全力で叩き潰すわ!」

 

 その孔雀舞の瞳には決意が宿っていた――仲間ゆえの気遣いなど無用だと言わんばかりに。

 

「おう! そのときは全力でぶつかろうぜ!」

 

 城之内も自身よりも先を行くデュエリストに認められたことを嬉しく思いつつ全力でその決意に応えた。

 

 

 

 そんな城之内の決意を見守る遊戯の視界に見知った顔が映る。

 

「あっ! 竜崎君! それに羽蛾君も!」

 

 その声で遊戯の存在に気付いた竜崎は羽蛾を置いて遊戯の傍に近づき、最後にこっそりと耳打ちする。

 

「おっ! 遊戯やんけ! ……彼女さん(レベッカ)との博物館デートはどやった?」

 

「いや、レベッカとはそんなんじゃないって……」

 

 遊戯はそろそろ竜崎の勘違いを正そうかと考え始めるが――

 

「なんや、やっぱり牛尾ハンが言うようにあの嬢ちゃんの片思いか……難儀なこっちゃ」

 

 既にその勘違いは牛尾の手により解かれていた。先程の竜崎のやり取りはただの確認だったようだ。

 

 そして遊戯は力なく言葉を零す。

 

「うん、でもあまり強く言えなくて……」

 

 レベッカは聡明な点があれどまだまだ小学生。ゆえに心優しい遊戯は自然と使える言葉が制限される。

 

 遊戯自身も恋愛に不慣れな点も問題であった。

 

「そうなんか……まぁあの嬢ちゃんは頑固そうやしな~」

 

 竜崎も遊戯と共にレベッカと会った際の気の強い一面を知っているだけに陰ながら応援するしかない。

 

 そうして遊戯と共に頭を悩ませる竜崎に気付いた城之内が決闘者の王国(デュエリストキングダム)以来だと懐かしく思いながら声をかける。

 

「おっ! 竜崎じゃねえか! お前ともちゃんと決着を付けてぇと思ってたんだ!」

 

「そら楽しみやな、城之内! ……って言いたいとこやけど今回は無理なんや、堪忍な……」

 

 その城之内の勝負の誘いに竜崎とてキチンと己と向き合ったデッキで再戦と行きたかったが、それは出来ない事情があった。

 

「ん? どうしてだよ?」

 

 当然の疑問をぶつける城之内に「どこまで話していいものか」と悩む竜崎を押しのけ、羽蛾が得意げに語りだす。

 

「今回の俺たちは正しくはこの大会の『参加者』じゃないからね」

 

「羽蛾君、それって?」

 

 意味深な羽蛾の言い方に遊戯が問いかけ周囲もその話に加わる。

 

「俺たちはこの大会の参加者の間でのトラブル解決を頼まれているのさ!」

 

「お、おい、羽蛾! あんまり内部事情バラすようなマネしたらギースハンにドヤされっで!」

 

 自慢するようにそれなりに深い部分まで話し始める羽蛾。

 

 そしてそれを必死に止める竜崎――情報の重要性はイヤと言うほど教えられてきたのだから。

 

 

 だが羽蛾も羽蛾なりに線引きはしている。

 

「これくらい大丈夫だよ。大体ここにいる奴らはいわゆる『不正』ってのとは程遠い連中なんだ問題はないさ」

 

「『不正』?」

 

 遊戯たち一同を代表するように頭に疑問符を浮かべる杏子。

 

 そんな一同の疑問に羽蛾は得意げに話を進める。

 

「この大会ではレアカードが賭けられるからねぇ。不正してまで勝ち上がろうとするヤツが出てくるってことさ!」

 

「そうなの竜崎君?」

 

 思わず竜崎に確認を取る遊戯。

 

 そんな遊戯の問いに言い難そうに答える竜崎。羽蛾の言うとおり信用できるデュエリストたちではあったが、だとしても言いふらすような内容でもない。

 

「……ああ、そやで。そういうヤツらを見つけてとっちめるんが今回のワイらの仕事や。内緒って訳でもあらへんけど――言いふらさんといてな?」

 

 最後に申し訳程度の「口止め」を頼む竜崎。

 

 遊戯たち一同は快く了解の意を示した。

 

 

 

 だが突如として周囲に巨大な影が差す。

 

 一斉に上を見上げる周囲のデュエリストたち――デュエリスト特有の状況把握能力である。

 

 その影の原因は空高くに浮かぶ飛行船。そしてそこから飛び降りる人影が一つ。

 

 その人影が纏う白銀色のコートは風圧により無駄に棚引く、距離的に顔は確認できないものの誰がどう見ても海馬だった。

 

――何やってんだ社長。

 

 周囲のデュエリストの心が一つになった瞬間である。

 

 

 

 そして白銀色のコートの背中側から噴射されたブースターにより落下速度を落とし、いつのまにやら海馬の側近、磯野を含めた黒服たちの作った空間に着地する海馬。

 

 その後、磯野がマイクを背中のブースターをパージした海馬に手渡す。

 

決闘者(デュエリスト)諸君! バトル・シティへようこそ!」

 

 大音量で町中に響き渡る海馬の声。

 

 またまたいつのまにやらその海馬の姿を撮影機材で撮る磯野含めた黒服たち、その映像はリアルタイムで飛行船に取り付けられたモニターに映写されている。

 

 周囲のデュエリストたちを置いてけぼりにしながら海馬は演説するかのように声を張り上げる。

 

「早速このバトルシティの説明に入りたいが――今回の俺は一参加者に過ぎん! ゆえに副社長であるモクバが説明する! 心して聞くがいい!!」

 

 力強く宣言する海馬の姿はまるで子供の晴れ舞台をその子供が恥ずかしくなるレベルで祝う親のよう。

 

 

 そして飛行船に映った海馬の映像がモクバの映像に切り替わった。

 

 モクバは兄、海馬の期待に応えるべく早速仕事にかかる。

 

『兄サマに代わり早速俺が大まかなルールを説明させてもらうぜい!』

 

 画面上のモクバはどこからかデュエルディスクを取り出し、画面の向こう側の参加デュエリストたちに提示する。

 

『今日この童実野町に集まったバトルシティの参加者はKCが開発した――この「デュエルディスク」を持った決闘者(デュエリスト)たちだぜ! そしてこの町全体が大会の会場になってるんだ!』

 

 思ったより普通なモクバの説明に海馬の登場シーンのインパクトから帰還していく参加者たち。

 

『だから町のどこでもデュエリストが出会えばそこがデュエルの舞台になるんだぜい!』

 

 進む説明――どこかデュエリストたちが物足りなさそうにしているのは気のせいなのか。

 

『さらに詳しい説明は今大会のキャンペーンガールの人と一緒に説明していくぜ!』

 

 

 そして飛行船に映ったモクバの隣に現れる青い薄紫の長髪をポニーテールに結い上げた女性が現れた。

 

『ご紹介に預かりました! このバトルシティキャンペーンガールに任命された私! 「野坂ミホ」がモクバ副社長と共にルール説明を行いたいと思いまーす!』

 

「 「ミホちゃん!?」 」

 

 その顔は遊戯たちの知った顔――クラスメートである「野坂ミホ」だった。

 

 

 思わず「何で!?」と騒然となる遊戯たち。特に本田の動揺が凄まじい。

 

 だがそんな遊戯たちの動揺を余所に飛行船に映し出された野坂ミホはモクバと共にルール説明を進める。

 

 

 そして口火を切るモクバ。

 

『参加者のみんなは各自持参した規定枚数のデッキを使い、負けた人は勝った人にレアカードを1枚差し出さなきゃならないんだぜい!』

 

『つまり勝ち続けたデュエリストはそのレアカードでデッキを強化できるんですね!』

 

 モクバの説明に注釈を入れていく野坂ミホ。緊張も見られず慣れたモノだ。

 

『そうなんだぜい! そして勝ち残った8名のみが決勝に進むことができるんだ!』

 

『その場所は何と! 海馬社長ですら知らされておりません! 一体どこなんでしょう、モクバ副社長!』

 

 オーバーに驚きながら説明を促す野坂ミホの問いにモクバは勿体ぶるかのように間をおいてから元気よく答える。

 

『その決勝戦が行われる場所は――勝ち抜いたデュエリストだけが分かるんだぜい!』

 

『その心は!』

 

『みんな! デュエルディスクと一緒に渡された透明なプレートを見てくれ! そいつは「パズルカード」っていうんだぜい!』

 

『みなさーん! コレのことですよー!』

 

 モクバの説明する「パズルカード」の実物を野坂ミホはどこからか取り出し画面の向こう側へのデュエリストたちに見えやすいように提示する。

 

『このパズルカードをデュエルに勝って6枚集めてデュエルディスクにセットすると地図が映し出されるんだ!』

 

 その説明補足を入れるようにデュエルディスクの5か所の魔法・罠ゾーンとフィールド魔法ゾーンにパズルカードを置く図が画面に映し出された。

 

『おお! それが決勝の舞台になる訳ですね!』

 

『その通りだぜ! 予選はレアカードと一緒にこのパズルカードを賭けて戦うんだ!』

 

 そしてモクバは重要事項を伝えるため若干神妙な面持ちで気を引き締める。

 

『でも6枚集めればいいって訳でもないんだ……』

 

『と言うと?』

 

『決勝に進める8名は先着順なんだぜい! だからモタモタしてるとパズルカードを集め終わっても決勝に出れなくなっちまうこともあり得るんだ!』

 

『つまりスピードも求められると!』

 

 野坂ミホも重要な情報ゆえに強調するように念押しした。

 

『ああ! そうだぜい! 以上が「バトルシティ」の大まかなルールだ! もしも今の説明で分からないことや、さらに詳しいルールを確認したいときはKCのスタッフが町を巡回してるからその人たちに聞くと良いぜい!』

 

『今、モクバ副社長が付けているこのKC印の腕章が目印ですよ!』

 

 大まかな大会の説明を終えたモクバはバトルシティの間はKCのスタッフが町を巡回していることを明かす。

 

 野坂ミホもそのスタッフたちのトレードマークである腕章を指さした。

 

 

『では海馬社長、大会開始の宣言をお願いします!』

 

 そして大会開始の宣言のため、再び飛行船の映像が海馬のモノへと映り変わる。

 

 撮影機材を向ける磯野からのOKサインに海馬はカメラに指さしつつ力強く宣言する。

 

「ふぅん、ではデュエリスト共よ! この町に潜む敵を探しにいくがいい!!」

 

 

 その海馬の宣言と共にデュエリストたちは腕を突き上げ大喝采を上げる。

 

 

 それにより童実野町の一角がデュエリストの闘志により震えた。

 

 

 

 

 

 

 

 バトルシティが開始され、周囲が熱を帯びる中、城之内もその熱に当てられ遊戯と肩を組む。

 

「よっしゃぁ! やってやろうぜ、遊戯!」

 

 だがそんな城之内の背後からいつもの挑発するような声が響く。

 

「ふぅん、貴様程度の凡骨が勝ち上がれる程ヌルイ大会ではないわ!」

 

「うおっ! 海馬、いつの間に!」

 

 ついさっきである。

 

 大会挨拶を済ませた海馬は宿命のライバルたる遊戯の元へ馳せ参じていた。

 

 しかし城之内も言われっぱなしは趣味ではないため挑発を返す。

 

「へっ! 言ってな! 決勝でテメェの度胆を抜いてやるぜ!」

 

「良い顔つきになったじゃない、城之内!」

 

「まったくだぜ。前まではムキになって噛み付いてたのに、成長したなぁ~」

 

 城之内を認める孔雀舞の言葉に本田は海馬に挑発されるたびに心を乱していた過去を思い出し、その成長ぶりに感慨に耽る。

 

「そう言えばモクバ君は? 一緒じゃないの?」

 

 だが杏子の放った何気ない一言に海馬の雰囲気に剣呑としたものが混ざった。

 

「…………モクバは大会運営に当たっている。俺とは別行動だ……」

 

 表向きは社長たる海馬が大会に参加してしまっているので副社長たるモクバが主催であるべきだという乃亜の主張によるもの。

 

 だが実際には乃亜から海馬へ向けての嫌がらせに重きが置かれている。

 

 

 海馬の脳裏に思い出されるのは――

 

――じゃあ一緒に大会運営頑張ろうか、モクバ。

 

 などと言ってモクバと仲が良さげなところを見せ付けてくる乃亜。その瞳には明らかな優越感があった。

 

 そしてモクバにも――

 

――兄サマ 「()」 大会頑張ってね!

 

 海馬が軽く疎外感を覚える言葉を言い放たれた。モクバに悪気はないのだが……

 

 

 そんな海馬の様子を察した竜崎は成程と手を叩く。

 

「あぁ~成程、それで社長の機嫌が悪いんかー」

 

 だがそれは地雷だ。

 

「黙れ! ヤツの飼い犬風情が!」

 

 いつもの数割増しな覇気が竜崎に向けられる。

 

 思わずたたらを踏む竜崎。

 

「か、飼い犬って、酷い言われようやな……」

 

 凹む竜崎。立場上強く言い返せない点もその感情に拍車をかける。

 

 ただ、言い返したとしても海馬はそんな挑戦的な姿勢を好むため問題はないと言えば問題はないのだが。

 

 

 

 

 そんなやり取りが行われる中、磯野たちから撮影機材を引き継いだ黒服たちを引き連れ遊戯に突撃する集団が一つ。

 

 その集団の先頭を行く野坂ミホは遊戯に向けてマイクを差し出した。

 

「早速ですが、今大会優勝候補の筆頭! 決闘者の王国(デュエリストキングダム)での全米チャンプとの激闘はまだ記憶に新しい!」

 

 オーバーなアクションと共に言葉を紡ぐ野坂ミホ。

 

「実は私のクラスメイトなんですよ~! 武藤遊戯くんでーす! さぁ武藤さん! 何か一言お願いしまーす!」

 

 参加デュエリストの中で今一番話題になっている遊戯に野坂ミホはいわゆる試合(デュエル)前の抱負を尋ねた。

 

 

 大舞台に慣れていない遊戯は戸惑うが野坂ミホは気にせずグイグイと進む。

 

 そして遊戯は堪らず――

 

「えっ! ちょっと……ゴメンッ! もう一人のボク! パスッ!」

 

「おい! 相棒! ――出てこないな……」

 

 もう一人の遊戯へと人格を交代する。

 

 再度、人格交代を試みるもう一人の遊戯だが全力で拒否された。

 

「武藤さん?」

 

 明らかに様子の変わった遊戯に首を傾げる野坂ミホ。

 

「一言か……」

 

 このままという訳にはいかないため遊戯は一瞬考え込み――

 

「俺は俺のデュエルでベストを尽くすだけだぜ!」

 

 いつも通りの自分で答え、握った拳をカメラに向けた。

 

「芯の籠ったお言葉! 大変ありがとうございまーす!」

 

 感謝の意を込め軽く頭を下げる野坂ミホ。

 

 

 そして遊戯の隣に立つ海馬にもマイクを向ける。

 

「では海馬社長も何か一言お願いします!」

 

 だが海馬はその向けられたマイクをぶんどり、カメラに近づき指を突き付け宣言する。

 

「この大会に参加する全てのデュエリストよ! 心して聞くがいい!! 俺はこの大会で3つの大いなる力を束ね、『デュエルキング』として君臨してみせる! 精々、首を洗って待っているがいい!!」

 

 言いたいことを言い終えた海馬はマイクを野坂ミホに放り投げ遊戯の元へと戻り――

 

「おっとっと…………海馬社長の熱いお言葉でした!」

 

 そのマイクを何とかキャッチした野坂ミホはカメラに向けて予め決められていた流れを取っていく。

 

「では私たち現場スタッフはこのまままだ見ぬ名勝負を探し! この童実野町に繰り出していきたいと思いまーす! では、いってきまーす!」

 

 そしてどこかに駆け出す仕草を見せ、撮影機材を持った黒服たちを見やる野坂ミホ。

 

 

 暫くして黒服から「OK」の合図が出たと共に脱力する。

 

 どうやら今撮る分を終えたようだ。

 

 

 

 暫くの休憩時間を得た野坂ミホは遊戯たちの元へと向かう。

 

「みんな~久しぶり~!」

 

「ミホちゃん!」

 

 そんな野坂ミホに真っ先に反応する本田。身体に染みついた悲しい男の性である。

 

「あれ? 本田くん? 大会に参加してたんだ? あっ! ひょっとして獏良くんも来てるの!?」

 

 そんな本田を今見つけたと言わんばかりの野坂ミホ。

 

 そして獏良を探し出す野坂ミホの態度に終わった恋とはいえ本田の心は確かなダメージを受ける。

 

 ちなみに当然のことながら本田は大会には参加していない。

 

 

 本田の背中を励ますようにさする城之内――本田の状態が手に取るように分かったゆえにその眼差しは優しげだ。

 

 ダメージから復帰しない面々をしり目に杏子が代わりに野坂ミホの質問に答える。

 

「獏良君のことだけど、私たちも誘ったんだけど断られちゃって」

 

 今回のバトルシティで暗躍する闇の人格たるバクラからすれば遊戯たちと常に行動するメリットがあまりなかったゆえの判断だろう。

 

「な~んだ。残念」

 

「バトルシティの関係者なら参加してるヤツくらい調べられねぇのか?」

 

 目に見えてションボリする野坂ミホに本田を慰めながら城之内から尤もな意見が飛び出すが――

 

「うん、私もそう思ったんだけど、個人情報っていうのかな? そう言うのは上の方の人しか知らされてないみたい」

 

 それはただのキャンペーンガール(野坂ミホ)に降りてくる類の情報ではない。

 

 

 状況の読み込めない竜崎がふと思い出し、ほとんど無意識に言葉としてポロリと零れる。

 

 竜崎が見た決闘者の王国(デュエリストキングダム)での遊戯たちの仲間で今この場にいないのは――

 

「『獏良』ってひょっとして真っ白な毛ーした兄ちゃんのことか?」

 

「何か知ってるの! 竜崎くん!」

 

 何か知っていそうな竜崎に凄まじい速さで野坂ミホは竜崎の両肩を掴みガクガクと揺らしだす――恋する乙女は強いのだろう。色んな意味で……

 

「おわわっ……いや、知ってるって訳やないけど……」

 

 竜崎にとって獏良はギースより「絶対に近づくな」と厳命されていたデュエリストである。

 

 正確には裏人格である「バクラ」だが、竜崎は知らされていない。

 

 だが詳しい情報は何も知らされていない竜崎とてギースの様子からかなりのレベルの「危険人物」なのだと推測していた。

 

 

 ゆえにそんな獏良の情報を明かしていいモノかと悩む竜崎にかなりの剣幕で詰め寄る野坂ミホ。

 

「大瀧さんも牛尾くんも教えてくれなかったの! 何か知ってるなら――」

 

――あ、これ絶対言ったらあかんヤツや……

 

 竜崎は野坂ミホのその言葉で全てを悟った。

 

 KCの幹部、BIG5の一人、ペンギン大好き大瀧と、何かと様々な仕事を任されている立場の牛尾が押し黙った事実に思わぬ地雷を踏みかけていたことを悟る竜崎。

 

 どうにかして誤魔化さねばならない。誤魔化せなかった場合など竜崎は考えたくない。

 

「い、いや~ついさっきここまで来る途中、ペガサス島で遊戯らと一緒におった白い毛ーの兄ちゃんを見かけてな! そ、それでや!」

 

 嘘である。竜崎はこのバトルシティで獏良を見かけてなどいない。

 

 見かけていれば即座にギースに通報しなければならないのだから。

 

「そうなんだー!! これは距離を一気に縮めるチャンスかも!!」

 

 そうとは知らず悪い顔で何やら恋の策略を巡らせる野坂ミホ。

 

 竜崎は一先ずは誤魔化せたと額の汗を拭う。

 

 

 そして野坂ミホの様子が落ち着いたタイミングを見計らって遊戯たち一同の当然の疑問を代表して再び杏子が尋ねる。

 

「でもミホはどうして『バトルシティ』に? モクバくんは『キャンペーンガール』とか言ってたけど……」

 

 その杏子の問いに悪い顔を止め、遊戯たちに意味深な笑みを見せる野坂ミホ――恋する乙女怖えぇ……

 

「ふっふっふー! よくぞ聞いてくれました! ――そう! これは獏良くんを振り向かせるべく私が立てた完璧な計画なのぉん!」

 

 渾身のドヤ顔である。

 

「計画って言われてもよ。大会に関わるのと、どう関係するんだ?」

 

 だがそう言われても城之内には何が何だかさっぱり分からない。

 

 そんな城之内に「しょうがないな~」と言わんばかりの態度を取りながら野坂ミホはその「恋の計画」を得意気に暴露する。

 

「簡単! 簡単! 私が有名になれば――きっと獏良くんの方が私を放っておかないでしょ?」

 

 何ともフワッした計画であった。

 

 

 その計画に対して一応の理解を見せる遊戯たち。そしてその中で唯一かなり限界な本田。未だに過去を振り切れていない。

 

 

 だがそんな本田の救いの手となる黒服の合図が野坂ミホに届く。

 

「あっ! じゃあ私はそろそろ行かなきゃいけないから、みんなまたね!」

 

 その合図を受け取った野坂ミホは遊戯たちに軽く別れの挨拶をして持ち場に戻っていった。

 

 

 

 

 その野坂ミホの姿に先程の状況に追いつけなかった梶木は思わずポツリと言葉を零す。

 

「何ともパワフルな子じゃったのう…………まあ、それはそれとして――よし! そろそろ、ワシは相手を探しに行くとするかのう!」

 

 そして大会の始まりを思い出しワクワクを抑えきれずに別れの挨拶と共に駆けだす梶木。

 

「じゃぁアタシも失礼するわ」

 

 孔雀舞もまた対戦相手を求めて遊戯たちから離脱する。

 

「ふぅん、遊戯、今すぐ決着を付けてやりたいところだが、今の俺には狩らねばならんヤツがいる――ゆえに決着は決勝でつけるとしよう! 行くぞ、モクバ――クッ!」

 

 決勝で待つとの言葉と共にいつものように立ち去る海馬だが、その背にはいつも一緒であるモクバはいない。若干調子を崩しつつも目的の獲物を探しにマントを翻した。

 

「ヒョヒョヒョ、俺がこの大会に参加していなかったことを幸運に思――」

 

「――じゃ! ワイらも仕事に向かうで羽蛾!」

 

「お、おい! 引っ張るな!」

 

 去り際の羽蛾の言葉を遮るように竜崎は羽蛾を引き摺りその場を離れる――遊戯たちのいつものメンバーの邪魔にならぬようとの竜崎なりの配慮だった。

 

「よっしゃ! 俺も行くぜ! それじゃぁ遊戯! 決勝でな!」

 

 城之内も遊戯と拳を打ち合わせ、それを合図に背を向ける。

 

「城之内だけだと心配だし俺も一緒に行くとするぜ。またな遊戯」

 

 親友のよしみだと、城之内に付きそう本田。

 

「私も行くわ――もう一人の遊戯の記憶のこと頑張ってね!」

 

 そしてもう一人の遊戯の記憶を探る邪魔にならぬよう杏子も城之内と共に向かう。

 

「ああ! 決勝で会おうぜ! みんな!」

 

 そうして去りゆく仲間たちを背にもう一人の遊戯も背を向け、まだ見ぬ対戦相手を探しに向かって行く。

 

 決勝の舞台で相見えることを信じて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな遊戯たちを高所から見下ろす黒いコートとフルフェイスのヘルメットを付けたデュエリストの姿。

 

 だがその姿はすぐさま掻き消えた。まるで初めからいなかったように……

 

 

 

 

 さぁ、パーティ(ハンティング)の始まりだ。

 

 

 




良い(デュエリスト)のみんな~!

準備はいいかな~?


ハンティング(パーティ)ゲームがはっじまっりだー☆





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第62話 狙い定めた獲物

前回のあらすじ
野坂ミホ、満を持して?の登場――後の出番? 知らんなぁ

乃亜、海馬のグヌヌ顔で大満足





 遊戯たちの出発の邪魔にならぬように羽蛾を引っ張ってきた竜崎だが先程まで騒いでいた羽蛾が嫌に静かになったことに気付いた。

 

――無理やり引っ張り過ぎてもうたかな?

 

 そんな竜崎の心配をよそに羽蛾はキリッとした表情で顔だけ振り向きながら竜崎に問いかける。

 

「なぁ竜崎、お前はこのままでいいのか?」

 

「急に何の話や?」

 

 首の襟の辺りを竜崎に引っ張られている構図ゆえにイマイチ恰好がつかない羽蛾。

 

 竜崎もその状態で問いかけられても上手く頭に入ってこない。

 

 だが羽蛾は竜崎の手の力が緩んだタイミングで上体を起こし言葉を続ける。

 

「よっと! ――俺たちは今のところ下っ端中の下っ端! ヴァロンや牛尾みたいに重要な仕事は回ってこない!」

 

「いや、そらぁあの人らの実力と信頼あってのもんやろ? そこは焦ってもしゃあないで」

 

 思ったよりも真面目な話だと考えた竜崎は羽蛾に向き合い、「今は」しょうがないと返す。

 

 しかし、羽蛾はニヤリと悪い顔を浮かべて拳を握りながら熱弁する。

 

「フフ、果たしてそうかな? 俺は知ってるんだよ。今回の大会はグールズを捕まえるためのモノだってな!」

 

「いや、それは結構色んな人らが知ってると思うけど……」

 

 その情報は知る者たちからすれば、かなり周知の事実である。

 

 

 グールズを狩るために集められたデュエリストは当然として、

 

 レアカードを得る為に集まったデュエリストもグールズの動向には気を配っている。

 

 さらにはグールズの総帥マリクとて罠だと勘付きながらも、遊戯への復讐の為にその罠に自身から飛び込んだのだから。

 

 

 そんな若干呆れを含んだ竜崎の視線に羽蛾は誤魔化すように声を上げながら、本題を話す。

 

「う、うるさい! そこで俺は考えたんだ! グールズのトップを俺たちで仕留めれば神崎さんの憶えも良くなるだろうってな!」

 

 確かに羽蛾の言う通り、グールズの総帥マリクを仕留められる程の実力は高い評価に繋がるだろう。

 

 しかし表のマリクに限定すればオカルト課でも対処が可能なデュエリストがいない訳ではない。

 

 それにも拘らずマリクの捕縛が任務として挙げられていないのは、単純なデュエルの実力ではなく千年ロッドの「洗脳」の力を警戒したためである。

 

 ゆえにその羽蛾の考えはオカルト課では除外された選択肢であった。

 

 

 しかしそれは情報が情報だけに羽蛾たちには伝えられていない。

 

「いや、そないな勝手なことしたらアカンやろ……ギースハンにまたドヤされんで?」

 

 勝手なことをしないように言い含められている竜崎にそんな羽蛾の提案は肯定できない。

 

「バカ野郎! ただ言われたことをするより、言われた以上の成果を上げた方がいいだろ! ――それにこのまま下っ端でいるよりも出世した方が良いカードがゲットできる!」

 

 羽蛾の言い分も確かに理解できる点があるとは考えるが、羽蛾の漏れ出た後半の本音の部分にどこかゲンナリする竜崎。

 

 

 ちなみに出世しようがしまいが支給されるカードに大して変わりはない。竜崎が言っていたように「実力と信頼」から判断されるのだから。

 

 

 

「そういうカードパワー云々よりもそのデュエリストに合ったモンが大事って教えて貰ったやんけ」

 

 ゆえに竜崎は羽蛾の行動を止めるべく忠告するが――

 

 

「お、お前、さっきから良い子ぶりやがって~!」

 

 カードパワーだけではデュエリストの本当の成長には繋がらないとの言葉も羽蛾には届かない。

 

 そして竜崎から距離を取り、指を差しながら羽蛾は竜崎から距離を取りながら捨て台詞のような言葉を続ける。

 

「折角同期のよしみで誘ってやったのに! なら俺だけで手柄立ててやるからな! 後で後悔しても知らないからな!」

 

 怒りながら竜崎を置いて走り去る羽蛾。

 

「お、おい羽蛾! そんな勝手したらアカンって――ああ、行ってもうた……」

 

 咄嗟に追いかけようとする竜崎だが、持ち場を離れるわけにはいかないことを思い出しつい立ち止まる。そして羽蛾に向けて伸ばした腕だけが空しく空を切った。

 

 その体勢でしばらく固まっていた竜崎。

 

 だが羽蛾の件を放っておくわけにはいかず、おずおずと通信機に手をかける。問題が起こればまずは報告――報連相は大事だ。

 

「こりゃあ一応連絡せなアカンよな? 同僚売るみたいで気が引けるんやけど……もしもし、乃亜ハン?」

 

 暫くして通信機から乃亜の声が聞こえる。竜崎にとって年下の上司ではあったがオカルト課では大して珍しくもない光景だ。

 

 そして若干の呆れと共に乃亜がからかうように口火を切る。

 

『なんだい竜崎。早速トラブルのようだね』

 

「ああ、分かってまいます? 実は――」

 

 その乃亜の察しのよさに竜崎はやり難そうにしながら羽蛾の一件を話していく。

 

 正直言って竜崎はどんな叱責を受けるか気が気ではなかった。

 

「――ってことがありまして、アイツ止められへんかったんですわ。すんません……」

 

『そうか……』

 

 事情を話し終えた竜崎に興味なさげに返す乃亜。

 

「こんなこと言うのもアレですけど、あんまりヒドイことにせんとってくれませんか? 羽蛾のヤツも悪気は――多分ないと思うんで」

 

 その冷たい声色に竜崎は思わず羽蛾を庇うように言葉を並べる――何だかんだで竜崎にとっては腐れ縁であった。

 

『フム、そうだね。キミが羽蛾の分まで働くと言うのなら構わないよ。さすがに何らかのペナルティが降るだろうけど』

 

 そんな竜崎の言葉にどこか笑いながら返す乃亜。大事にはしないようだ。

 

「……ハァ、よかった――あっ! え~と、寛容なご配慮に感謝します?」

 

 思わず安心するようにため息を吐き、慣れない畏まった言葉を返す竜崎。

 

 そんな竜崎に乃亜は面白そうにIF(もしも)を語る。

 

『フフ、構わないよ――それにもしもグールズのトップを捕らえられれば彼の評価は一変するだろうけどね』

 

「その言い方やとワイらでは無理っちゅう風に聞こえるんですけど」

 

 乃亜の鼻に付く言葉――そんなIF(もしも)はありえないとでも言いたげだ。

 

 それゆえに竜崎は少しの不機嫌さを込めた言葉を返す。

 

『さぁ、どうだろうね――健闘を祈るよ』

 

 だが聞く気はないとでも言いたげなそんな乃亜の言葉と共に通信は切られた。

 

 

 

 

 

 通信機を仕舞いつつ竜崎は苦悩する。

 

 ダイナソー竜崎。

 

 全国大会準優勝者であり、決闘者の王国(デュエリストキングダム)でもベスト8に名を連ねたデュエリスト。

 

 デュエリストとして輝かしい栄光である。

 

 

 ゆえに遊戯や、海馬、ギースなどの一線級のものたちには届かなくとも、竜崎もある程度の強者としての自負が()()()

 

 

 だがそんな「自負」もKCのオカルト課にて粉々に砕け散る。

 

 

 右を見れど左を見れど、(竜崎)を超える強者ばかり、そして牛尾による厳しい訓練過程を終了しても その差が明確に縮まったようには感じられなかった。

 

 竜崎自身が確実に成長した実感があるにも拘わらずに、だ。

 

 

 端的に言って竜崎は自身が井の中の蛙であったことを悟らざるを得なかった。

 

 羽蛾の焦る気持ちも竜崎には痛い程に理解できる。

 

 だが竜崎は羽蛾と共に言われたギースの言葉を思い出す。

 

 

――まずは一歩ずつ確実に進め。我々凡人に立ち止まっている暇はない。

 

 

 オカルト課の最初期から在籍しているギース。竜崎から見てもかなりの実力者であったが、そんなギースでさえ自身は「凡人」であると言い切る程のオカルト課の面々の才能。

 

 その新たな社員が来るたびにその相手との比較が常に付きまとっていたギースの言葉は竜崎に確かな「芯」を与えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 KCの管制室で竜崎との通信を終えた乃亜は椅子に座りながらヤレヤレと首を振る。

 

「早速、独断専行……か」

 

 呆れを見せる乃亜に補佐として斜め後ろに立つBIG5の《サイコ・ショッカー》の人こと大門小五郎が先程の決定に意を唱える。

 

「乃亜様。(羽蛾)の処遇、あれでよかったので?」

 

 咎めるような大門の言葉――明確な命令違反ゆえに直ぐにでも連れ戻すべきとでも言いたげだ。

 

 だが乃亜はモニターを見ながらポツリと言葉を落とす。

 

「確かに(羽蛾)の行動自体は褒められたものではないね」

 

「でしたら――」

 

「でも彼自身(羽蛾)が気付いているかどうか分からないけど、その行動の本質に在るのは『忠誠心』だよ」

 

 乃亜は嗤う――恐らくこれは神崎にとって「想定内」の出来事なのだと。

 

 実際は全然「想定内」ではないので神崎がこの場にいれば何が何でも止めるだろうが、今は役者(アクター)として童実野町に繰り出している――無理な相談だった。

 

「勝手な行動をしているにも拘わらず……ですか?」

 

 そうとは知らない大門は「命令違反」が「忠誠心」に何故繋がるのかが分からない。

 

 そんな大門を横目に乃亜は自嘲気な笑みと共に説明を加える。

 

「ああ、そうだよ。鼻先にぶら下がったエサ(承認欲求)欲しさにご主人様の期待に応えようとせっせと走り回っているのさ」

 

 そして乃亜は大門に釘を刺す。

 

「だから好きにさせて置くといい」

 

 大門は考える。この羽蛾の行為が「想定内」だとすればその目的は――

 

「捨て駒……ですか」

 

 程よい実力者をグールズにぶつけての威力偵察と言う名の「捨て駒」にすることが目的だと考え付く大門。

 

 だが乃亜はそれは違うと嗤う。

 

「神崎はそんなことは命じないよ。彼は()()()()()()を避けるタイプのようだからね」

 

 電脳世界越しの時からのそれなりの付き合いゆえの乃亜の考察。

 

「といってもそれは善意とは程遠い――使えるものは擦り切れるまで大事に使うのさ」

 

 なお実際は「社員を大切にするホワイトな企業を目指している」だけだったりするのだが。

 

「だから父さん(剛三郎)を生かしている――僕の鼻先にぶら下げるエサとして、そして過去のKCの軍事産業時代の憎しみを今のKCから逸らす為の『生贄』として……ね」

 

 目を伏せながら告げる乃亜。

 

 だがこれも実際は「すれ違った親子仲を修復出来たら」、そんな善意なのだったりするのだが。

 

「乃亜様は……それで、それでいいのですか?」

 

 またまたそうとは知らない大門は目を伏せた乃亜から見えないように拳を握りしめながら乃亜に問いかける――答え次第では覚悟を持って行動すると剛三郎に誓って。

 

「彼は――敵は作れど、明確に『敵対』はさせないんだ」

 

 だが乃亜は大門の問いかけには答えずに乃亜自身が見定めてきた神崎の人となりを語る。

 

自分(神崎)を害せば、害した相手の今ある全てを奪う。いや、取り上げるかな?」

 

 そして乃亜は椅子からのけ反り背後の大門を逆さまに見やる。

 

「大門――君だって僕と同じだろう? 君の場合はその『地位』と『生き甲斐』かな?」

 

 そういって大門を見やる乃亜の顔は大門を嗤っていた。「お前に何が出来る」とでも言いたげに。

 

 そしてのけ反った上体を戻した乃亜は呟くように大門に言い放つ。

 

「彼に明確に『敵対』しなければみんな『幸福』なのさ――『これでいい』と諦めを誘う」

 

 実際の神崎は「クリーンな職場作り」の為に福利厚生を頑張って充実させているだけである。

 

 だが相変わらずそうとは知らない乃亜は未だに「敵対」しようと足掻く男を思い出し嗤う。

 

「瀬人は色々頑張っているようだけど――モクバの状態を見るに時間の問題かな?」

 

 戦わないことが正解だと気付かない海馬を嗤う乃亜。

 

 

 だがそんな乃亜は己の本当の状態に気付いてはいない。

 

 その海馬に向ける感情は「優越感」ではなく、「嫉妬」であることを。

 

 

 立ち向かうことを止めた乃亜と諦めない海馬――どちらがKCの長として正しい選択なのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 童実野町の一角の路地裏で蠢く集団があった。

 

 彼らはカードプロフェッサー。今回のバトルシティでグールズ捕縛の依頼を受けた者たちの中の1グループ。

 

 そのカードプロフェッサーたちはタッグデュエルの可能性も加味して前もって決めて置いた2人一組となっている。

 

「さてと、それじゃあ行くとするか――獲物は早い者勝ちだぜ?」

 

 そんな中でデシューツ・ルーが代表して仕事の始まりを告げ、この童実野町にカードプロフェッサー(ハンター)たちが解き放たれた。

 

 

 だがそうして走り去るカードプロフェッサーの中でその場から動かない影が二つ。それらは車椅子に乗るマイコ・カトウと腕に巻いた米国旗がトレードマークのテッド・バニアス。

 

 デッキ相性の良さで相方になったテッド・バニアスはマイコ・カトウが車椅子に乗るゆえに走りだせなかったと考え車椅子を押そうと手をかけるが――

 

「テッド――申し訳ないけど、私のワガママに付き合って貰えないかい?」

 

 マイコ・カトウの鋭い視線と共に放たれた言葉にテッド・バニアスの動きが止まる。

 

 有無を言わせぬとまで感じられる歴戦のデュエリストの視線。

 

 だがテッド・バニアスも依頼を受けた身として二つ返事で引き受ける訳にはいかない。

 

「こ、今回の依頼に支障がでるようなことは『カードプロフェッサー』の一員として、じゅ、受理出来ねぇぜ」

 

 精一杯のテッド・バニアスの抵抗にマイコ・カトウはクスクスと笑いつつ困ったような仕草をしながら説得を始める。

 

「フフッ、それを言われると困るわねぇ――でも、テッド。貴方にとってもメリットのある話なのよ?」

 

「俺に?」

 

 オウム返しのように聞き返すテッド・バニアス。

 

 今のテッド・バニアスにはマイコ・カトウの言葉の真意が読み取れない。

 

 そんな様子を見ながらテッド・バニアスの意識を引き込むようにマイコ・カトウは言葉を重ねる。

 

「ええ、そうよ。貴方は将来プロ入りして全米チャンプ、キース・ハワードと戦いたいんでしょう?」

 

「? それと婆さんの『ワガママ』がどう関係するんだよ?」

 

 テッド・バニアスの夢――憧れの男(キース)との一騎打ち。

 

 だがそれはカードプロフェッサーたちには周知の事実である。ゆえに何故このタイミングでその話が出るのか分からず頭に疑問符が浮かぶテッド・バニアス。

 

 

 最初に自身が言った「依頼に支障がある場合」のことなど抜け落ちた様にマイコ・カトウの提示する「メリット」が気になり始めている様子だ。

 

「私は一人のデュエリストとして試しておきたいことがあるのよ。それを貴方に特等席で見せて上げられる――『ソレ』がメリットよ」

 

 マイコ・カトウから告げられる明確さの欠片もない不確かなメリット。

 

 だがテッド・バニアスは「ソレ」を無視できない。

 

 

 しかしテッド・バニアスはすんでのところで頭を振り、マイコ・カトウの提案を拒否するように断る為の理由を探す。

 

「試す? 何を? それに今回の仕事のグールズの捕縛は――」

 

「それはあの子たちに任せるわ――ヤル気も十分のようだからね。それに私の用事が終わった後にキチンと仕事は果たすわよ?」

 

 マイコ・カトウ自身の目的は何一つ明かさない。

 

 それでいてその提案を受けても問題なく、テッド・バニアスが興味を引かれるような内容がずらりと並べられて行く。

 

 その並べられた内容に、ある程度の頼みなら聞いてもいいとテッド・バニアスは考え始め――

 

 そして頭をガシガシとかいた後、テッド・バニアスは降参の意を示すように両の手を少し上げた。

 

「分かった、分かったよ、降参だ――ったく婆さん、俺がこういう駆け引きを苦手だって知っててやってんだろ?」

 

 その言葉通り、テッド・バニアスは仲間内でのお遊びギャンブルで賭けた菓子やら嗜好品やらを巻き上げられている――ようはギャンブルなどの駆け引きの類が苦手だった、

 

 眼前のマイコ・カトウにも「孫のお土産に」との名目でかなり巻き上げられている。

 

「さ~てどうだったかしらねぇ?」

 

 そんな出来事を思い出し不貞腐れるテッド・バニアスにマイコ・カトウは素知らぬ顔でとぼけて見せた。

 

「アンタには敵わねぇな……」

 

「フフッ、それじゃあ納得もしてくれたみたいだから――まずは『パズルカード』を集めないとねぇ。数は――」

 

 溜息を吐きつつ、マイコ・カトウの説明を聞きながら車椅子を押すテッド・バニアス。

 

「手元に1枚残す分を引いて4枚もあれば十分かしらねぇ」

 

 だがそのマイコ・カトウの説明にテッド・バニアスは疑問を覚えた。

 

「? そんなに『パズルカード』集めてどうすんだ? 俺ら(ハンター)は本戦にはどうせ出れねぇだろ?」

 

 今回の依頼「グールズ狩り」に参加したデュエリストたちに課せられた条件の一つ。

 

 パズルカードを6枚集めても本戦に出てはいけない、という条件。

 

 雇われた彼らに「仕事」以外にいらぬ欲を出させないためのモノである。

 

 

「そうね。『私らは』出られないねぇ」

 

 だがそんなテッド・バニアスの当然の疑問に人差し指を立てながらマイコ・カトウは悪戯っぽく微笑む。

 

「だから惜しくはないのよ」

 

「惜しくない?」

 

 マイコ・カトウの「惜しくない」との言葉にテッド・バニアスは「ワガママ」の正体の方向性が見え始めた。

 

 その様子を見てマイコ・カトウはギラリと眼光を光らせ、何かに手を伸ばすような仕草と共に誓うように呟く。

 

「私ももう歳だからねぇ……この機会を逃したくないのよ」

 

「その機会って――」

 

 そんなテッド・バニアスの疑問にマイコ・カトウは優しく微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海馬は狙う獲物を探しひた歩く。だが突然歩みを止め、自身の背後に向けて挑発するように言葉を放った。

 

「ふぅん、いい加減出てきたらどうだ」

 

 

 その海馬の言葉に路地から一人の()()が無言で姿を現す。

 

 

 その老人は「双」の文字のバンダナがトレードマークである武藤遊戯の祖父、双六。

 

 しかしそこにいつもの朗らかな店主の姿はない。

 

 あるのは鋭い眼光で海馬を見据える一人のデュエリストのみ。

 

「なんだ? また『カードの心』とやらでも教えに来たのか?」

 

 見知った顔ゆえに過去に対峙した原因を上げて挑発する海馬。

 

 だが双六はいつもらしからぬ力強い口調で海馬に対峙する。

 

「いや、君にはもうその必要はない。既に分かっているようじゃしな。儂は――」

 

 そして双六は()()()()()()()()を付けた腕を前に突き出し宣言する。

 

「海馬君。君にデュエルを申し込む。儂は『パズルカード』は1枚賭けよう、じゃが君の『パズルカード』は必要ない、そしてアンティには――」

 

 双六はこのバトルシティの本戦に向かうことなど考えていない。その目的はただ一つ。

 

 しかし海馬はその目的を察知し先回りするように双六の言葉を遮る。

 

「『《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイトドラゴン)》を賭けろ』……か?」

 

「ああ、そうじゃ《青眼の白龍》を賭けて勝負じゃ!」

 

 力強い瞳で宣言する双六。

 

 

 海馬の持つ《青眼の白龍》は双六にとって親友、アーサーとの友情の証。

 

 それゆえに今日まで密かに昔の勘を取り戻すため、双六は鍛錬してきたのだ。

 

「ふぅん、老いぼれといえど俺のブルーアイズを狙うのならば容赦はせんぞ!」

 

 海馬の膨れ上がるデュエリストの闘志を前に双六は覚悟をもって誓う。

 

「もし儂がこの一戦に負けた時はきっぱりと諦めよう――すべて覚悟の上じゃ」

 

 それは自身を追い混む背水の陣。

 

 双六とて海馬の実力は深く知っている――それゆえの覚悟。

 

 その覚悟を心地よく感じつつ海馬はデッキをデュエルディスクにセットする。

 

「あの時のリベンジという訳か……いいだろう! かかってくるがいい!!」

 

 展開される互いのデュエルディスク。

 

「 「デュエル!!」 」

 

 

 互いの譲れぬ「魂のカード」を賭けたデュエルが今、始まる。

 

 






次回 元カレ VS 今カレ!!





~入りきらなかった人物紹介その1~
デシューツ・ルー
遊戯王Rに出演
カードプロフェッサーの一人。

遊戯王Rの作中では遊戯たちに最初に立ち塞がったカードプロフェッサー。

遊戯を「チビ」と挑発したりなど、攻撃的な性格。

だが、その一方でデュエルに敗北した後は遊戯の実力を素直に尊重し、本来であれば説明の必要がない「先に進むためアドバイス」等もあれこれ教えてくれた。

――今作では、
今作オリジナル話の過去のキースの一件により若干野心が上昇。




~入りきらなかった人物紹介その2~
テッド・バニアス
遊戯王Rに出演
カードプロフェッサーの一人。

眼の下の隈が特徴。

趣味はギャンブル。
遊戯王Rの作中ではキースに借金があった。

そしてデュエルの実力は
遊戯王Rでキースに「デュエルの腕前は自身に匹敵するとも思われるが、ここ一番に弱い」と評された。

一応、ペガサスの後継者と評された実力者、月行とのデュエルの際に
切り札たる未OCGカード「アサルト・リオン」をアドバンス召喚しなければ勝っていたので
評された実力はあながち間違いという訳でもなさそうである。

上述したプレイミスや

月行の使用した現在では禁止カードになる程の力を持った(作中では無制限の模様)《天使の施し》の使用を「手札事故」と見ていたりとプレイに隙がある模様

それが「ここ一番に弱い」ということなのかもしれない。


――今作では
遊戯王Rでキースと金銭の貸し借りが成立する程度の関係性が見受けられた為
今作のキースと裏の一件からキースの男気に惚れ込みファンになった。

そのためキースのファンの証である米国旗の入ったバンダナを腕に巻いている。

将来はプロの世界でキースとの何のしがらみもない一騎打ちをするのが夢。



~入りきらなかった人物紹介その3~
マイコ・カトウ
遊戯王Rに出演
カードプロフェッサーの一人。

眼鏡をかけた車椅子の老夫人。
ちなみにその車椅子にはデュエルディスクが組み込まれている――恐らく特注品。

デュエルディスクと乗り物?が一体化しているがDホイールではない。

普段は穏やか老婦人に見えるが腹の内はかなり強かな模様。

デュエルの実力は闇遊戯が敗北しかけたほどの強者。

そして対戦相手を「お前」や「貴様」等としか呼ばない闇遊戯が唯一「あなた」と呼んで敬意を表した人物。

孫が3人いる。

――今作では
夢を追う若者、テッド・バニアスを可愛がっている。

テッド・バニアスの趣味を普通のギャンブルから
カードプロフェッサー内でのお遊びギャンブルに軌道修正を図った張本人




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第63話 ONE SHOT KILL

海馬VS双六 です



前回のあらすじ
羽蛾ッ! 「この虫野郎!」フラグはまだ完全に折れちゃいない! 油断しちゃダメだ!!

双六「海馬君、君が本当にブルーアイズに相応しい男なのか試させてもらうぞい!」





 KCに一旦戻っていたモクバは通信機などの各種装備を整えつつ、大会運営委員の一人として町に繰り出す準備を進めていた。

 

 そんなモクバに海馬の側近、磯野は心配そうな顔で念を押す。

 

「モクバ様。我々は別の担当がありますので此処までですが、どうか――」

 

「おう! ありがとな、磯野! 助かったぜ!」

 

 磯野が「ご無理をなさらぬよう」と続けようとしたが、モクバから元気良く告げられた感謝に言葉を詰まらせる磯野。

 

 そして磯野はサングラスを直しながら返す。

 

「いえ、我々にとっては当然のことです。しかし瀬人様とご一緒で無くてよろしかったのですか?」

 

 大半を兄弟で過ごす海馬とモクバが自発的にこうも離れることは磯野にとっても初めての経験だ。それゆえ心配の種は尽きない。

 

「いいんだぜい! 俺もいつまでも兄サマについていくだけじゃダメだからな!」

 

 だがモクバはそんな心配する磯野を安心させるかのように努めて明るく振る舞う。

 

 モクバとて不安が無いわけではないが、上に立つものとしてそれを易々と表に出してはいけないと胸を張り、気を張る仕草を見せた――だが磯野の目から見ればバレバレなのはご愛敬である。

 

 そんな己の不安を隠すモクバの脳裏に浮かぶのはどんな時でも笑顔を絶やさぬ男の姿――当の本人はただ内心を誤魔化しているだけだが。

 

「兄サマも頑張ってるんだ! 俺も負けないくらい頑張らないと!」

 

 そのモクバの決意が窺える横顔に磯野は過去の海馬の姿を重ねた。

 

 

 磯野は当初、乃亜の提案に「まだ早いのでは」と考えていたが、モクバの成長が窺える姿に襟を正し力強くここに誓う。

 

「ですが、もし万が一のことがあればいつでもお呼び下さい! 何を置いても駆けつけますので!!」

 

「磯野は大げさだなぁ~俺は大丈夫だぜい!」

 

 磯野の若干「過保護」とも取れる言葉にモクバは照れを見せつつも、そんな磯野の心意気をどこか嬉しく思う。

 

 ゆえに磯野を安心させるためにモクバは言葉を続ける。

 

「それに俺にはオカルト課のデュエリストが同行するから安心するんだぜい! お前もアイツらの腕っ節の強さは知ってるだろ?」

 

「それは……そうなのですが……」

 

 磯野はオカルト課の面々を思い出す――戦闘能力ことデュエルマッスルにステータスを全振りしているのではないか?と、つい思ってしまうような面々である。

 

 磯野とて安心と言えば安心だが、それでも不安は残るものだ。

 

「だからさ! 磯野! 一緒にこのバトルシティを成功させようぜ!」

 

「勿論です!」

 

 その朗らかながら強さを感じさせる笑顔に磯野は誓うように返した。

 

 そんな頼もしい部下の姿にモクバは照れ臭そうに鼻をかきながら今ここにはいない兄に誇るように思いをはせる。

 

「きっと兄サマも今頃はデュエルしている筈だぜ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなモクバの想像通りに海馬と老兵、双六との一騎打ちが幕を開けていた。

 

 先攻は双六。

 

「儂の先攻! ドロー! 儂は魔法カード《手札抹殺》を発動! 互いは手札を全て捨て、捨てた枚数だけドローじゃ! 儂は5枚捨て5枚ドロー!」

 

 いきなりの双六の手札交換。しかしどこかの誰かとは違い手札事故などではなく、戦術としての布石である。

 

「俺も5枚捨て、5枚ドローだ」

 

 海馬も手札交換するが――それは悪手だと海馬は嗤う。

 

「だがこの瞬間! 今墓地に送られた《伝説の白石(ホワイト・オブ・レジェンド)》の効果が発動する――俺はデッキから《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイトドラゴン)》を手札に!!」

 

 だが双六の布石は海馬の手札増強に繋がってしまった。手札の数は可能性の数と言われるデュエルモンスターズにおいてこれは痛手だ。

 

「ふぅん、感謝するぞ」

 

 しかし、双六はその程度の痛手など問題ないと言わんばかりに新たにカードを発動させる。

 

「なに、その程度は想定内じゃ! 儂は魔法カード《死者蘇生》を発動し墓地の《ブロック・ゴーレム》を蘇生させるぞい!」

 

 2本のドリルで地面を食い破り、オモチャのブロックでできた四角い巨人が両の手のドリルを天に掲げ、そのドリルが陽光を反射しキラリと光る。

 

《ブロック・ゴーレム》

星3 地属性 岩石族

攻1000 守1500

 

「そして儂の墓地のモンスターが地属性のみの時《ブロック・ゴーレム》の効果発動じゃ!」

 

 《ブロック・ゴーレム》のオモチャのブロックの身体が崩れ、2つの山になっていく。

 

「自身をリリースすることでワシの墓地の《ブロック・ゴーレム》以外のレベル4以下の岩石族モンスター2体を蘇らせる!」

 

 そしてそのオモチャのブロックの山を掻き分け2体のモンスターが帰還した。

 

「来るんじゃ! 《干ばつの結界像》! 《ガーディアン・スタチュー》!」

 

 現れたのはサイの獣人と思しき岩の銅像――《干ばつの結界像》と、

 

 大きな2本の剛腕を振るうゴーレム――《ガーディアン・スタチュー》。

 

《干ばつの結界像》

星4 地属性 岩石族

攻1000 守1000

 

《ガーディアン・スタチュー》

星4 地属性 岩石族

攻 800 守1400

 

「もっとも《ブロック・ゴーレム》の効果で呼び出したモンスターはこのターン、フィールドで発動する効果を発動できんがの」

 

 だがそんな効果の発動が出来ないデメリットも――

 

「じゃが些細な問題じゃ! 儂はさらに魔法カード《トランスターン》を発動!」

 

 このカードにより意味はなさない。

 

「儂はその効果で《ガーディアン・スタチュー》を墓地に送りその種族・属性が同じレベルが1つ高いモンスター1体をデッキから呼び起こす!」

 

 《ガーディアン・スタチュー》の周囲に土が重なり合い、その姿を変貌させる。

 

「今こそ顕現し! 試練を与えよ! レベル5! 《守護者(ガーディアン)スフィンクス》!!」

 

 そして現れたのはピラミッドの守護者。

 

 人の顔に頭巾を付けた頭部で海馬を見下ろし、獅子の身体を模して生み出された岩の身体で轟音と共に地を踏みしめる。

 

守護者(ガーディアン)スフィンクス》

星5 地属性 岩石族

攻1700 守2400

 

「まだまだじゃ! 儂はさらに魔法カード《同胞の絆》を2000のライフポイントを払い発動させてもらうぞい!」

 

双六LP:4000 → 2000

 

「その効果で儂のフィールドのレベル4以下のモンスター、《干ばつの結界像》を選択!」

 

 まだ1ターン目にも関わらず双六はライフを半分にしてまでフィールドを整える――海馬の実力を身を持って知っているゆえに出し惜しみはしない。

 

「そのモンスターと同じ種族・属性・レベルでカード名が異なるモンスター2体をデッキから特殊召喚じゃ!」

 

 《干ばつの結界像》が振動し、大地より更なる(同胞)を呼び覚ます。

 

「今ここに来たれ! 地属性・岩石族・レベル4! 《モアイ迎撃砲》! 《番兵ゴーレム》!」

 

 大地の呼びかけに呼応して現れるは、地面から並んで生えてきた4体のモアイ像。その口元から煙を吐き出している。

 

 さらに扉に岩の頭と四肢を取り付けた《番兵ゴーレム》が手に持つ杖を振るい、その煙をかき消した。

 

《モアイ迎撃砲》

星4 地属性 岩石族

攻1100 守2000

 

《番兵ゴーレム》

星4 地属性 岩石族

攻 800 守1800

 

「じゃが《同胞の絆》のデメリットとして儂はこのターンバトルフェイズが行えず、このターンはこれ以上のモンスターの特殊召喚は出来ん」

 

 だが今は最初の双六のターン、ゆえにバトルフェイズ云々は関係なく、特殊召喚が出来なくなることも双六が展開を終えた今、大した問題ではない。

 

「そして《守護者スフィンクス》・《番兵ゴーレム》・《モアイ迎撃砲》は1ターンに1度表示形式を裏側守備表示に出来るんじゃ――3体とも裏側守備表示に」

 

 《守護者スフィンクス》・《番兵ゴーレム》・《モアイ迎撃砲》の3体の大地の戦士たちの身が地面に沈んでいき、カードの裏面だけが双六のフィールドに残った。

 

「儂は最後にモンスターとリバースカードをそれぞれ1枚づつセットしターンエンドじゃ」

 

 僅か1ターンで5体の守備表示モンスターを並べた双六。

 

 攻撃力に置いては海馬の脅威足り得るものはなくとも、しっかりと海馬を見据える双六の眼光に海馬は笑う――強者とのデュエルは心躍るものだと。

 

「ふぅん、前の時とは違うようだな……俺のターン、ドロー! まずは魔法カード《トレード・イン》を発動し、手札のレベル8、《青眼の白龍》を捨てデッキから2枚ドロー!!」

 

 《青眼の白龍》が光となり海馬の手札を潤す。

 

 これで海馬の手札の1枚を知った双六の情報アドバンテージも無に帰した。

 

「さらに魔法カード《予想GUY(ガイ)》を発動! 俺のフィールドにモンスターがいない時! デッキからレベル4以下の通常モンスターを1体特殊召喚する!」

 

 海馬のフィールドの周囲にスパークが奔る。

 

 呼び出すのは当然海馬のデッキのレベル4通常モンスターで最高火力を誇る――

 

「現れろ! 《ブラッド・ヴォルス》!!」

 

 だがその海馬の呼びかけにも応じず、フィールドに《ブラッド・ヴォルス》は現れない。

 

 訝しむ海馬に双六は静かに語る。

 

「無駄じゃ海馬君――儂の《干ばつの結界像》がフィールド上におる限り、互いに地属性以外のモンスターを特殊召喚できん」

 

「なにっ!」

 

 その海馬の驚きに《干ばつの結界像》がどこか誇らしげに胸を張っているように見えた。

 

 

 海馬のデッキに地属性は多くない。大半が《青眼の白龍》と同じ光属性だ。

 

 ゆえに双六の《干ばつの結界像》をどうにかしない限り海馬の戦術は大きく制限される。

 

 だとしても海馬はその程度では止まらない。

 

「ならば地属性モンスターを呼ばせて貰おう! 現れろ! 《ミノタウルス》!」

 

 《ブラッド・ヴォルス》に奪われがちな出番を取り戻すことを誓うように、この日の為に磨きに磨いた赤い軽装鎧を煌めかせ、研ぎに研いだ斧を振りかぶり《ミノタウルス》は雄叫びを上げる。

 

《ミノタウルス》

星4 地属性 獣戦士族

攻1700 守1000

 

「さらに《二重召喚(デュアルサモン)》を発動! これで俺はこのターン通常召喚を2回行える!」

 

 《ミノタウルス》が更なる力を発揮するための相棒、《ケンタウロス》を呼ぶ声を上げるが――

 

「そしてこの2体を通常召喚だ! 来るがいい! 《X(エックス)-ヘッド・キャノン》!《A(エー)-アサルト・コア》!」

 

 呼ばれて来たのは合体でお馴染みの2本のキャノン砲を持つ《X(エックス)-ヘッド・キャノン》。

 

 そして合体ユニオンモンスターのニューフェイス、蠍を模した黄色いボディが特徴の《A(エー)-アサルト・コア》。

 

X(エックス)-ヘッド・キャノン》

星4 光属性 機械族

攻1800 守1500

 

A(エー)-アサルト・コア》

星4 光属性 機械族

攻1900 守 200

 

 《ミノタウルス》は肩を落としつつも新入りに歩み寄り手を上げ挨拶を交わす。

 

「あくまで制限されるのは特殊召喚のみ! その程度で俺を止められると思うな!」

 

 まずは小手調べだと海馬は狙うべき獲物をその指で差し示す。

 

「バトル! 《干ばつの結界像》とコソコソと隠れるセットモンスター共に攻撃――」

 

「そうはさせんぞい! 速攻魔法《皆既日蝕の書》を発動じゃ!」

 

 だが双六とて黙ってやられはしない。

 

「その効果によりフィールドの全てのモンスターは裏側守備表示になるぞい!」

 

 フィールドの頭上に影が差し、全てのモンスターを覆う。

 

 そしてフィールドの全てのモンスターは裏守備表示状態であるカードの裏面だけを残し姿を消した。

 

 当然攻撃など出来る筈もない。

 

「クッ、つまらん小細工を……俺はカードを3枚伏せてターンエンドだ!」

 

 攻めきれなかったことに苛立ちつつターンを終える海馬だが、双六が待ったをかける。

 

「待つんじゃ、君のエンドフェイズに《皆既日蝕の書》のさらなる効果――海馬君のフィールドの裏側守備表示モンスターを全て表側守備表示にし、表側守備表示になった数だけドローさせるぞい」

 

 海馬の出鼻を挫いた双六だったがその代償は大きい。

 

 海馬のフィールドの裏側守備表示のカードの1枚が少しめくられ《ミノタウルス》が頭を出して周囲を伺う。

 

 そして安全を確認するとハンドサインを《X(エックス)-ヘッド・キャノン》と《A(エー)-アサルト・コア》に送り、3体のモンスターはそれぞれ守備姿勢をとった。

 

《ミノタウルス》

星4 地属性 獣戦士族

攻1700 守1000

 

X(エックス)-ヘッド・キャノン》

星4 光属性 機械族

攻1800 守1500

 

A(エー)-アサルト・コア》

星4 光属性 機械族

攻1900 守 200

 

 その後、顔を出した太陽が海馬の手札を潤す光を放つ。

 

「ふぅん、モンスターを守るためとはいえ俺に3枚のドローを与えて良かったのか?」

 

「敵に塩を送ると言ったところじゃ!」

 

 だが双六の余裕は崩れない。既に双六は全ての準備を整えているのだから。

 

「儂のターン! ドロー! 儂は《守護者(ガーディアン)スフィンクス》を反転召喚!」

 

 そして引いたカードを見て双六は勝負に出る。

 

 反転召喚され、地響きと共に地面からせり上がる《守護者(ガーディアン)スフィンクス》。

 

守護者(ガーディアン)スフィンクス》

星5 地属性 岩石族

攻1700 守2400

 

「そして反転召喚されたことで《守護者(ガーディアン)スフィンクス》の秘められた能力が発動!」

 

 《守護者(ガーディアン)スフィンクス》の瞳が怪しげに光る。

 

「海馬君! 君のフィールドのモンスターを全て持ち主の手札に戻す効果がの! 3体のモンスターには戻ってもらうぞい!」

 

 その怪しげに光った瞳が輝きを増し、大地をせり上げ海馬のフィールドのモンスターを襲うが――

 

「させんわ! 罠カード発動! 《ブレイクスルー・スキル》! このカードの効果により《守護者(ガーディアン)スフィンクス》の効果を無効にさせてもらおう!」

 

 その一撃は半透明な壁に防がれ、そこから溢れたエネルギーが《守護者(ガーディアン)スフィンクス》に直撃し、その力を削ぐ。

 

「残念だったな!」

 

 強力な効果を防ぎ双六を挑発する海馬。だが双六は小さく笑う。

 

 今の攻防で海馬の残りのセットカードが双六のモンスターの召喚などを阻害するものではないと確信できたゆえに。

 

「海馬君、このターンで決めさせてもらうぞい!」

 

 双六の高らかな勝利宣言。

 

 だが海馬のライフは未だ無傷――それゆえに海馬は双六に挑発交じりに返す。

 

「何を言うかと思えば……そんなセリフは俺のライフに傷をつけてから言うんだな!」

 

 しかし、今の双六にはその無傷のライフを削り切る準備が整っていた。

 

 そして双六は最後の手札を切る。

 

「儂は! 儂のフィールドに存在する『スフィンクス』と名のついたモンスター《守護者(ガーディアン)スフィンクス》をリリースし、特殊召喚!!」

 

 

 かつて双六が所持していた『エクゾディア』と双璧をなす力。

 

 

「太古の封じられた力を解放し! 降臨せよ!!」

 

 

 最上の力を持つ切り札を。

 

 

「《守護神エクゾード》!!」

 

 光となった《守護者(ガーディアン)スフィンクス》を呼び水に光の中から守護神が現れる。

 

 そのエクゾディアの面影を持った巨体を携え、背面の巨大な天輪を輝かせ、両の手を身体の前で打ち据えた。

 

《守護神エクゾード》

星8 地属性 岩石族

攻 0 守4000

 

「な、何だ……このモンスターは……」

 

 海馬に敗北を叩きつけた「エクゾディア」に似たモンスターに警戒の色を見せる海馬。

 

 《守護神エクゾード》から放たれるプレッシャーに海馬は遊戯との一戦を嫌でも思い出す。

 

「これぞ儂の奥の手! 《守護神エクゾード》!」

 

「だが守備力が高いだけの守り専門のモンスターを出してどうする! そいつで守りを固めるつもりか!!」

 

 己が切り札の存在に力強く握り拳を見せる双六。

 

 だが《守護神エクゾード》の全容を見切れない海馬からすれば双六の戦略が見えない。

 

「――今、その力を見せよう」

 

 その言葉と共に手をかざす双六。

 

「儂は《干ばつの結界像》・《番兵ゴーレム》・《モアイ迎撃砲》・《デス・ラクーダ》の4体を反転召喚!!」

 

 反転召喚される先程の大地の力を秘めたモンスターたち。

 

 《干ばつの結界像》が静かに佇み、

 

 《番兵ゴーレム》がその杖を振り上げ、

 

 《モアイ迎撃砲》が勢いよく飛び出す。

 

 そして先のターンに最後に伏せられた包帯を乱雑に巻かれたラクダのゾンビ――《デス・ラクーダ》がうめき声を上げながら大地に立つ。

 

《干ばつの結界像》

星4 地属性 岩石族

攻1000 守1000

 

《番兵ゴーレム》

星4 地属性 岩石族

攻 800 守1800

 

《モアイ迎撃砲》

星4 地属性 岩石族

攻1100 守2000

 

《デス・ラクーダ》

星3 地属性 アンデット族

攻 500 守 600

 

 

「これで全ての条件は完遂された!! 《守護神エクゾード》の効果発動じゃ!!」

 

 反転召喚された4体のモンスターに双六は《守護神エクゾード》を見やり力強く宣言する。

 

「儂のフィールドに《守護神エクゾード》がおる時! 地属性モンスターが反転召喚に成功する毎に相手ライフに1000ポイントダメージを与える!!」

 

 双六のフィールドで反転召喚された「地」属性モンスターは――

 

「今、反転召喚した『4体』のモンスターは全て地属性じゃ!」

 

 《守護神エクゾード》の両の手に双六の4体のモンスターから放たれたエネルギーが蓄積していく。

 

「よって合計4000のダメージを受けてもらうぞい! やれいっ! 《守護神エクゾード》!! 怒りの鉄槌! エクゾード・クラッシュ!!」

 

 そして《守護神エクゾード》の両の手から破壊の衝撃が海馬に向けて放たれる。

 

 その絶対的な破壊の一撃は海馬の3体のモンスターやセットカードを物ともせずに海馬に迫る。

 

 

 1ターンの攻防で相手の初期ライフ4000ポイント全てを削り切る「ONE SHOT KILL(ワンショット・キル)」。

 

 

 その双六の全てを賭けた一撃が海馬に直撃した。

 

「ぐぁああぁっ!!」

 

 海馬の魂の全てを消し飛ばすかのように。

 

 

 




ちなみに――

《守護神エクゾード》の効果は地属性モンスターが1体、反転召喚されるたびにチェーンブロックを組むため

OCGルール的には

今回のやったような「4体同時反転召喚で4000ダメージ!」は出来ません
1体ずつ反転召喚するたびに1000ダメージを与えます。

ですが《守護神エクゾード》の「絶対的な力」の演出の一環として
どうかご容赦願います




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第64話 選ばれたのは――

前回のあらすじ
守護神エクゾード「エクゾディア氏の代わりに海馬氏をぶっ飛ばしておきました」

モクバ「でも(感想欄で)誰も兄さまを心配してないぜい! さっすが兄さまだな!」




 

 《守護神エクゾード》の一撃により舞い上がった土煙が収まる。

 

 そしてそこにあるのはライフを全て失った海馬の姿が――

 

 

 

 海馬LP:4000 → 2000

 

 なかった。

 

「ほう、防いだか……」

 

 しかし双六に動揺は見られない。

 

 海馬がセットした3枚の伏せカードが発動された様子もない。それゆえに防いだ手段も双六には自ずと想像がつく。

 

 そしてそんな双六を見つつ海馬は得意気に説明する。

 

「ふぅん、俺は墓地の罠カード《ダメージ・ダイエット》を除外することで、このターン受ける全ての効果ダメージを半減させてもらった」

 

「フム……儂の発動した魔法カード《手札抹殺》の時に墓地に……」

 

 双六の言う通り、最初の双六のターンで発動された《手札抹殺》によって墓地に送られていた1枚――運が悪い。

 

「ヤツの使ったカードを使う羽目になるとはな……」

 

 そんな海馬の不機嫌な呟きに双六はつい思う。

 

――ヤツ? いやそれよりも、じゃったら何故デッキに入れておるんじゃ?

 

 その当然の疑問が浮かぶ双六だが、直ちに気持ちを切り替える。

 

 最初のターンに《手札抹殺》を使ったことで「2度ダメージを回避される」ことを避けられたのだと。

 

「ならば反転召喚された《番兵ゴーレム》の効果で君のフィールドの《X-ヘッド・キャノン》を手札に戻させてもらうぞい!」

 

 《番兵ゴーレム》が守備姿勢を取る《X-ヘッド・キャノン》を手に持つ杖で突き、海馬の手札向けてそのまま突き出す。

 

 凄まじい勢いできりもみ回転しながら海馬の手札に飛んでいく《X-ヘッド・キャノン》。

 

「さらに反転召喚した《デス・ラクーダ》の効果で1枚ドローじゃ!」

 

 その双六の宣言に《デス・ラクーダ》の包帯の隙間から1枚のカードが《デス・ラクーダ》の肉片と共に落ちた。

 

「そしてバトルといくぞい! 《デス・ラクーダ》で守備表示の《A-アサルト・コア》を攻撃!」

 

 落ちた自身の肉片など気にせず《デス・ラクーダ》は呻き声と共に獲物目がけて駆け出す。

 

 《デス・ラクーダ》の攻撃力は僅か500ポイント。

 

 だが守備表示の《A-アサルト・コア》の守備力はそれを下回るたった200。

 

 ゆえに《デス・ラクーダ》の弱々しい突撃にも、《A-アサルト・コア》は横転し、さらには《デス・ラクーダ》の腐肉が付いたことも相まってスパーク。

 

 その機能を容易く停止させた。

 

「だがフィールドから墓地へ送られた《A-アサルト・コア》の効果を発動! 自身以外の俺の墓地のユニオンモンスター1体、手札に加える!」

 

 その腐肉だらけになった《A-アサルト・コア》が爆散し――

 

「俺が墓地から手札に加えるのは――《C(シー)-クラッシュ・ワイバーン》!!」

 

 その爆炎の中から紫色のプテラノドンを連想させるボディの新たなユニオンモンスターが海馬の手札目がけて飛び立った。

 

「それも《手札抹殺》の時に墓地に……持っておるの……」

 

 この《C(シー)-クラッシュ・ワイバーン》も双六の《手札抹殺》によって墓地に送られたカード。

 

 これでは双六の発動したカードが海馬に逆に利用されているといってもいい状況だ。

 

「じゃが、攻撃の手は緩めんぞい! 《モアイ迎撃砲》で守備表示の《ミノタウルス》を攻撃!」

 

 4体のモアイが音楽隊のように順次口から放った丸いレーザーが《ミノタウルス》に殺到する。

 

 そのレーザーのハーモニーを斧で弾きながら奮闘する《ミノタウルス》だったが、最後は打ち漏らしたレーザーに胸を貫かれ、無念のまま倒れ伏す――もっと活躍したかった、と……

 

「これで君のフィールドはがら空きじゃ! 《干ばつの結界像》でダイレクトアタック!」

 

 《干ばつの結界像》が脈動し、その力で岩の塊を弾丸として海馬に打ち出す。

 

 ここで双六が海馬にダイレクトアタックできるモンスターの総攻撃力は攻撃力800の《番兵ゴーレム》を合わせ1800。

 

 それら全ての攻撃が通れば海馬のライフは僅か200になる。

 

 そこまでライフが減れば次のターンの《守護神エクゾード》の効果は早々防げないが――

 

「甘いわ! そのダイレクトアタック宣言時に罠カード《カウンター・ゲート》を発動!」

 

 その《干ばつの結界像》が放った岩の弾丸から海馬を守るように現れた扉によって弾かれる。

 

「その攻撃を無効にし、俺はデッキからカードを1枚ドロー! そしてそのカードがモンスターなら表側攻撃表示で通常召喚できる!」

 

 そしてその扉が開き――

 

「俺が引いたのは――レベル4! 《ブラッド・ヴォルス》!!」

 

 暴虐の魔人が斧を振り、双六のモンスターを威嚇する。

 

《ブラッド・ヴォルス》

星4 闇属性 獣戦士族

攻1900 守1200

 

「ふぅん、これで貴様のフィールドのモンスターでは突破できまい」

 

「この一斉攻撃も防いだか……なら儂は《番兵ゴーレム》・《モアイ迎撃砲》・《デス・ラクーダ》の効果を使い、3体それぞれを裏側守備表示に変更させてもらうぞい」

 

 再び大地に姿を隠すモンスターたち。

 

「そしてカードを1枚伏せてターンエンドじゃ」

 

 このターンで双六は海馬のライフを削り切れなかったが、これで互いのライフは共に2000ポイント。

 

 そして双六のモンスターは5体のままである。

 

 それに対し海馬のフィールドには《ブラッド・ヴォルス》が1体のみ――フィールドアドバンテージを広げることに双六は成功している。

 

 だが海馬の手札は潤沢だ。

 

「ふぅん、貴様の切り札には少し驚かされたが、その程度の守りで俺の攻撃を耐えられるとは思わんことだ! 俺のターン、ドロー!」

 

 それゆえに今の海馬には取れる手が無数にある。

 

「まずは墓地の罠カード《ブレイクスルー・スキル》を除外! 貴様の《干ばつの結界像》の効果をこのターンの終わりまで無効にする!」

 

 《干ばつの結界像》に雷が落ち、その力を封じられた《干ばつの結界像》は力なく佇む。

 

「これで地属性以外の特殊召喚の縛りはなくなった!」

 

 海馬は最強のパワーを双六に叩きつけるために動き出す。

 

「俺も魔法カード《手札抹殺》を発動! だが貴様の手札は0、俺だけがカードを捨て、捨てた枚数分ドローだ!」

 

 海馬の5枚の手札が交換され、再び地面に白い光の滴が落ちる。

 

「そして墓地に送られた2枚目の《伝説の白石(ホワイト・オブ・レジェンド)》の効果が発動する――俺はデッキからさらなる《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイトドラゴン)》を手札に!」

 

 常に海馬の手札を繋げる《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイトドラゴン)》。

 

「さらに俺は魔法カード《闇の量産工場》を発動! 墓地の通常モンスター2体――《青眼の白龍》2枚を手札に加える!!」

 

 そして今、究極の力を呼び覚ます。

 

「いま俺の手札には3枚のブルーアイズがいる――この意味が分からぬ訳ではあるまい……」

 

「くるのか!」

 

 頬を歪め、得意気に語る海馬。

 

 世界的に放送されていた決闘者の王国(デュエリストキングダム)を視聴していた双六もその意味は十二分に理解している。

 

「フハハハハッ! 魔法カード《融合》を発動! 今一つとなるのだ! 3体のブルーアイズよ!」

 

 海馬の頭上に現れた《融合》の渦に向かって3体の《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイトドラゴン)》が海馬の手札から飛び立つ。

 

「全てを薙ぎ払うがいい! 《青眼の究極竜(ブルーアイズ・アルティメットドラゴン)》!!」

 

 3つ首の究極の竜がその白き翼を広げ、周囲に突風を巻き起こす。

 

 その3つの首は静かに双六を捉えていた。

 

青眼の究極竜(ブルーアイズ・アルティメットドラゴン)

星12 光属性 ドラゴン族

攻4500 守3800

 

「ほう、これがブルーアイズ・アルティメットドラゴン……」

 

 その超大なプレッシャーを双六は心地よく感じながら海馬をみやる――昔を思い出す、と。

 

「バトルだ! 俺の前にその程度のパワーで棒立ちすることが如何に愚かかその身に教えてやろう!」

 

 《青眼の究極竜(ブルーアイズ・アルティメットドラゴン)》の狙いは《守護神エクゾード》ではなく――

 

「アルティメットで《干ばつの結界像》を攻撃! アルティメット・バァアアアストォオオオ!!!」

 

 攻撃表示で佇む無防備な《干ばつの結界像》に降り注ぐ3つの破壊の奔流。

 

 《干ばつの結界像》の攻撃力は僅か1000――《青眼の究極竜(ブルーアイズ・アルティメットドラゴン)》の攻撃力4500には遠く及ばない。

 

 そしてその一撃は双六の残りライフ2000を容易く消し飛ばす。

 

 

 だが双六はその程度で終わるデュエリストではない。

 

「儂とてその程度は対策済みじゃ! 墓地より罠カード《仁王立ち》を除外し効果を発動!」

 

 《青眼の究極竜(ブルーアイズ・アルティメットドラゴン)》の破壊の奔流に「守護神」が動く。

 

「儂のフィールドのモンスター1体を選ぶ! そしてこのターン、君はそのモンスターしか攻撃できん! 儂が選ぶのは当然《守護神エクゾード》!!」

 

 双六の意を汲み《干ばつの結界像》を守るように立ち塞がる《守護神エクゾード》。

 

 

 しかし《守護神エクゾード》の守備力は4000。

 

 《青眼の究極竜(ブルーアイズ・アルティメットドラゴン)》の攻撃力4500に僅かに届かない。

 

 ゆえにこの攻撃で《青眼の究極竜(ブルーアイズ・アルティメットドラゴン)》が《守護神エクゾード》を粉砕するにも関わらず――

 

「ならばその効果にチェーンして罠カード《レインボー・ライフ》を発動! 俺は手札を1枚捨てることでこのターン受けるあらゆるダメージを回復に変換する!!」

 

 海馬は一般的にこのタイミングにそぐわないカードを発動させた。

 

「何じゃとっ!」

 

 そして双六は二重の意味で驚く。

 

 その一つは自身のセットカードの1枚を見抜かれたこと――だがこれに関しては海馬の実力を知る双六からすればそこまで驚きではない。

 

 

 真に双六が驚いたのはもう一つの理由――海馬らしからぬカード(レインボー・ライフ)の存在であった。

 

 

 双六の知る海馬瀬人は「守り」よりも「攻め」に重きを置くスタイルのデュエリストである。

 

 にも関わらず「守り」の先の「LPの回復」を率先して行うためのカード、《レインボー・ライフ》をデッキに入れていることは双六にとって予想外であった。

 

 

 それもその筈――《レインボー・ライフ》を海馬のデッキに入れたのは海馬自身ではない。

 

 デッキ構築の際に弟、モクバの提案で入れたカード。

 

 戦術的な利点もモクバから説明された海馬だが――

 

――兄サマはいつも無理しちゃうから……

 

 そんなモクバの想いが海馬にそのカードのデッキ投入を決意させた。先のターンに発動した《ダメージ・ダイエット》も同じ理由である。

 

 

 だが海馬はそんなことなどおくびにも出さず双六に言い放つ。

 

「アルティメットのパワー以下の守備力で俺の攻撃を防げないことは百も承知であろう――貴様のセットカードなどお見通しだぁ!」

 

「なる程の! ならば隠し立てする必要もあるまい!」

 

 その宣言に望む所と返した双六は海馬の思惑に乗る形でセットカードを発動させる。

 

「儂は罠カード《D2(ディーツー)シールド》を発動! 儂の表側守備表示のモンスターの守備力を元々の守備力の倍にする!」

 

 《守護神エクゾード》は青い光を全身に纏い、その強固な身体をより強靱なものとする。

 

「これにより《守護神エクゾード》の守備力は8000じゃ!!」

 

《守護神エクゾード》

守4000 → 守8000

 

「守備力が俺のアルティメットの攻撃力を上回ったか――」

 

 たしかにこれで双六の《守護神エクゾード》は戦闘では破壊されないだけでなく、海馬に守備力が超えた分だけ反射ダメージを与えられるが――

 

「――だが反射ダメージは《レインボー・ライフ》の効果で回復に変換される!!」

 

 《守護神エクゾード》の守りによって弾かれた《青眼の究極竜(ブルーアイズ・アルティメットドラゴン)》のブレスの残照は海馬のライフの糧となる。

 

海馬LP:2000 → 5500

 

「……ライフを大幅に回復させてしまったか……」

 

 ライフが2000まで減少した海馬のライフは初期ライフを上回るまでに回復される。

 

「さらに《ブラッド・ヴォルス》で《守護神エクゾード》を攻撃!」

 

 だが海馬の攻め手(回復)はまだ止まらない。

 

 《守護神エクゾード》に《ブラッド・ヴォルス》はブーメランのような斧を振りかぶり投擲。

 

 しかしその斧は《守護神エクゾード》に着弾した段階で粉々に砕け散った。

 

「そして再び反射ダメージが発生するが――」

 

 壊れた斧の前で膝を付き項垂れる《ブラッド・ヴォルス》。

 

「じゃが《レインボー・ライフ》の効果で回復に変換されてしまう」

 

「フフフ、その通りだ」

 

 その回復量(悲しみ)は6100ポイントにも上る。

 

海馬LP:5500 → 11600

 

「俺はバトルを終了し、カードを1枚セットしてターンエンドだ!」

 

 大きくライフ差を広げた海馬。

 

 だが海馬は内心で歯噛みする――ライフこそ回復できたが、双六のフィールドアドバンテージは依然保たれている。

 

 

 しかし、一方の双六も厳しい状況だ――もう1度の《守護神エクゾード》の効果で削り切れる筈だった海馬のライフは今や1万超え、双六の勝利は随分と遠のいたのだから。

 

「……随分とライフが引き離されてしまったの。儂のターン、ドローじゃ」

 

 今、双六が引いたカードはそのライフ差をひっくり返すカードではない。

 

 しかしそんなピンチでも双六は至って自然体だ。

 

「儂は《番兵ゴーレム》・《モアイ迎撃砲》・《デス・ラクーダ》の3体を反転召喚じゃ!」

 

 何度でも姿を現す反転召喚3人組。

 

 《モアイ迎撃砲》を土台に、その上に《番兵ゴーレム》が立ち、その手に持つ杖の先に《デス・ラクーダ》がフラフラと佇む。

 

《番兵ゴーレム》

星4 地属性 岩石族

攻 800 守1800

 

《モアイ迎撃砲》

星4 地属性 岩石族

攻1100 守2000

 

《デス・ラクーダ》

星3 地属性 アンデット族

攻 500 守 600

 

 実際は反転召喚の度に《守護神エクゾード》の効果によりチェーンブロックが発生するが、デュエルディスクの粋な演出により3体分のダメージが合わさる。

 

「そして《守護神エクゾード》の効果で3000ポイントのダメージを受けてもらうぞい!」

 

 そして《守護神エクゾード》の拳から先のターンより若干弱まった大地に力が蓄積され、《守護神エクゾード》の拳から再び放たれた。

 

 たなびく海馬のコート。

 

「ふぅん、どうした! それで終わりか!」

 

海馬LP:11600 → 8600

 

 だが海馬のライフは未だ膨大である。

 

「いや、終わりではないぞい! 反転召喚された《番兵ゴーレム》の効果により、《青眼の究極竜》を手札に――といってもエクストラデッキじゃが、戻ってもらうぞい! やれぃっ! 《番兵ゴーレム》!!」

 

 その双六の声に呼応し《番兵ゴーレム》は《デス・ラクーダ》の引っ付いた杖を回転させながら《青眼の究極竜》に突きを放つが――

 

「だが俺は墓地の罠カード《スキル・プリズナー》を除外し効果を発動させてもらった……」

 

 その《デス・ラクーダ》付き高速回転突きは半透明な八角形の壁に阻まれ《青眼の究極竜》には届かない。

 

 《デス・ラクーダ》は透明な壁と杖の間で腐肉をばらまきながら回転し続ける――半透明な壁に押し付けられた《デス・ラクーダ》の顔が大変なことになっているが海馬は動じない。

 

「これにより俺のフィールドの選択したカードを対象にしたモンスター効果を無効! よって《番兵ゴーレム》の効果は不発だ!」

 

 《番兵ゴーレム》は悔しげに膝を付き、手に持つ杖を投げ捨てる。

 

「躱したようじゃの……じゃがいつまで続くかの? さらに反転召喚された《デス・ラクーダ》の効果で1枚ドロー!」

 

 そして圧力から解放された杖に引っ付いていた《デス・ラクーダ》は地面に転がりながら双六の足元に転がり力なくカードを託した。

 

「そして《干ばつの結界像》を守備表示に変更し、《番兵ゴーレム》・《モアイ迎撃砲》・《デス・ラクーダ》の3体の効果でそれぞれを裏守備表示に変更じゃ!」

 

 またまた地面に潜っていく3体のモンスター。

 

 《干ばつの結界像》が守備表示になりつつ謎の疎外感を味わったように首を垂れる。

 

「そしてカードを1枚伏せ――魔法カード《命削りの宝札》を発動! 手札が3枚になるようにドロー! そして引いた3枚伏せてターンエンドじゃ!」

 

「待ってもらおうか! そのエンドフェイズに罠カード《裁きの天秤》を発動!!」

 

 ターンを終えた双六だが海馬の発動したカードに危機感を覚える。

 

「この効果は貴様も知っているだろう?」

 

「ムッ! このタイミングで……」

 

 双六の孫、遊戯も使っていたカードゆえにその効果はよく知っている――今の双六には手痛い一撃になることも。

 

「貴様のフィールドのカードは9枚、俺のフィールド及び手札の合計は4枚、よってその差5枚のカードをドロー!!」

 

 髭を蓄えた神々しい老人の手に持つ天秤が海馬に傾き、その手札を潤した。

 

「ふぅん、最初の威勢はどうした? 防御一辺倒では俺には勝てんぞ! 俺のターン、ドロー!」

 

 充実させた手札と今引いたカードを見比べ海馬は内心で頬を緩める。

 

「ここでこのカードか……ならばバトルだ! アルティメットよ! その守護神とやらを打ち砕け!」

 

 その海馬の闘志に呼応するように《青眼の究極竜》は翼を広げ、空高く飛翔――そして3つ首に破壊のブレスが迸る。

 

「そして速攻魔法《エネミーコントローラー》を発動!」

 

 突如として海馬の頭上に現れる巨大なコントローラー。

 

「コマンドを入力することでその効果を発揮する!」

 

 その巨大なコントローラーからプラグが伸び《守護神エクゾード》に接続され、海馬はコマンドを宣言する。

 

「上! 下! B! 下! 下! 上! B! B!」

 

 海馬の宣言に合わせてコントローラーのボタンと十字キーが独りでに動き出す。そしてコマンドの入力が終わると――

 

「このコマンドにより貴様のフィールドのモンスター1体の表示形式を変更する! 《守護神エクゾード》には攻撃表示になってもらうぞ!!」

 

 《守護神エクゾード》の意思に反してその巨体が動き、拳を構えて攻撃表示の姿勢をとった。

 

 だが《守護神エクゾード》の攻撃力は0。

 

「消えるがいい! アルティメット・バァアアアストォオオオッ!!」

 

 その無いと同意義な攻撃力に《青眼の究極竜》の破壊の奔流が放たれた。

 

 

 《守護神エクゾード》はその剛腕を交差しブレスを受け止めるもジリジリと押し戻されていく。

 

 

 この攻撃を双六が決まればダイレクトアタックと同等のダメージを受け、《青眼の究極竜》の攻撃力も相まって双六のライフが無傷であっても消し飛ばすであろうことは明白。

 

 

 しかし双六は「罠にかかった」と、いつもらしからぬ凶悪な顔で笑う。

 

「その程度は読んでおったよ! 海馬君!!」

 

 その双六の言葉と共に《守護神エクゾード》の瞳から赤い光が零れる。

 

「儂はダメージステップ時に罠カード《反転世界(リバーサル・ワールド)》を発動させてもらうぞい! これによりフィールドの全ての効果モンスターの攻撃力・守備力を入れ替える!」

 

「なにっ!」

 

「さぁ世界よ――反転せよ!」

 

 驚く海馬を余所に《守護神エクゾード》がその腕を開き《青眼の究極竜》のブレスを打ち消した。

 

《守護神エクゾード》

攻 0 → 攻8000

 

「だが俺のアルティメットは効果を持たないモンスター、よって攻撃力に変化はない!」

 

 海馬の言う通り《反転世界(リバーサル・ワールド)》は「効果モンスター」の攻守を反転させるカード。

 

 ゆえに「効果を持たない融合モンスター」の《青眼の究極竜》と「効果のない通常モンスター」の《ブラッド・ヴォルス》には影響がない。

 

 

 さらに効果を持つ双六の《干ばつの結界像》は効果を受けども攻守の数値が同じなため意味はない。

 

 

 つまり実質《反転世界(リバーサル・ワールド)》の効果を受けたのは《守護神エクゾード》のみだ。

 

「じゃが攻撃力はエクゾードが上回った! 反撃じゃ! エクゾード! 怒りの鉄拳! エクゾード・ナッコォッ!!」

 

 (ことわり)を覆した《守護神エクゾード》が拳を振り被り、さらにその拳を回転させる。

 

 そして《青眼の究極竜》が再度放ったブレスとその回転数を上げ続ける《守護神エクゾード》の拳がぶつかった。

 

「アルティメットとてこれで終わりじゃ!!」

 

 《青眼の究極竜》のブレスを切り裂き突き進む《守護神エクゾード》の拳。

 

 だがその《青眼の究極竜》に向かう筈だった拳は突如として現れた白い石像が軌道を逸らし海馬に直撃した。

 

「ぐぉおおおおお!!」

 

海馬LP:8600 → 5100

 

「俺は墓地の魔法カード《復活の福音》を除外させてもらった……これで俺のアルティメットは破壊されん……」

 

 《青眼の究極竜》を守り切った海馬。

 

 だが海馬のライフは大きく削れ、双六のフィールドには攻撃力8000の破壊神ともいうべき《守護神エクゾード》が佇む。

 

 今の海馬にその攻撃力を超える手はない。

 

「だが、そいつには消えてもらうぞ! 俺は《ブラッド・ヴォルス》で《干ばつの結界像》を攻撃だ!」

 

 せめてモンスターの数を減らすべく宣言された海馬の命に《ブラッド・ヴォルス》は砕けた斧の破片を怪我を恐れず素手で握りしめ《干ばつの結界像》を切り砕いた。

 

「俺はカードを3枚伏せてターンエンドだ……」

 

 あわや《青眼の究極竜》を失いかけた海馬。

 

 

 そしてそんな海馬を双六の《守護神エクゾード》は両者の立場を表すかのように見下ろす。

 

「このエクゾード相手では一筋縄ではいくまい! 儂のターン! ドロー!!」

 

 そして《守護神エクゾード》の力が振るわれる。

 

「まずは反転召喚といくぞい! 儂は――」

 

「させん! 俺は罠カード《停戦協定》を発動! この効果によりフィールドの全てのモンスターを表側表示にし! フィールドの効果モンスターの数×500ダメージを貴様に与える!!」

 

 双六の3体のセットモンスターが《青眼の究極竜》の翼の羽ばたきによる突風でひっくり返り表側守備表示となって吹きすさぶ突風に晒された。

 

「効果モンスターは貴様のフィールドの4体! よって2000のダメージで終わりだぁ!!」

 

 そしてその突風が双六に迫る。

 

「まだじゃ! 儂はそのカードにチェーンしてリバースカードオープンじゃ! 速攻魔法《神秘の中華なべ》!」

 

 しかしその突風の前に立つ《モアイ迎撃砲》。

 

「儂のフィールドの《モアイ迎撃砲》をリリースし、その守備力分のライフを回復させて貰うぞい!!」

 

 《モアイ迎撃砲》が突風を受け止め、その身を崩し威力をいなす。

 

 やがて崩れた体は光となって双六に降り注いだ。

 

双六LP:2000 → 4000

 

「そしてチェーンの逆処理が進み《停戦協定》の効果が適用されるが儂のフィールドのモンスターが1体減ったことでダメージも1500に減少じゃ!!」

 

 突風に撃ち当てられ思わず片目をつむる双六――だがライフは守り切った。

 

双六LP:4000 → 2500

 

「躱したか……だが罠カード《停戦協定》でリバースしたモンスターの効果は発動しない」

 

 残った《番兵ゴーレム》と《デス・ラクーダ》は突風に当てられたせいか倒れたまま動かない。

 

「だが俺の狙いはそこではないわ!! 喰らうがいい! 《青眼の究極竜》をリリースし、罠カード《バーストブレス》を発動! その効果によりリリースしたモンスターの攻撃力以下の守備力を持つ、フィールドのモンスターを全て破壊する!」

 

 《守護神エクゾード》の力の行使を遮るように《青眼の究極竜》の身体の内側から命の灯火が光となって溢れ出る。

 

「俺のリリースした《青眼の究極竜》の攻撃力は4500! よって守備力4500以下のモンスターを全て破壊だぁ!」

 

 その全エネルギーはブレスとして《青眼の究極竜》の口元でチャージされ――

 

「当然、貴様の守備力が0となった《守護神エクゾード》もだ! さぁ! アルティメットよ! その命を賭して全てを焼き払うがいい!!」

 

 命を賭した究極の破壊がフィールドに放たれ、海馬自身の《ブラッド・ヴォルス》ごと、双六のモンスターを薙ぎ倒し、全てを破壊しつくした。

 

 

 そして破壊の奔流が周囲一帯を爆炎で覆い隠す。

 

 

「フフフ、貴様の戦略が仇となったな! ハハハハ、ハーッハッハッハッ!!」

 

 《守護神エクゾード》のステータスを利用した双六の逆手をとり満足気に高笑いする海馬。

 

 

 だがその爆炎を聖なる槍で薙ぎ払った《守護神エクゾード》の姿が海馬の目に映る――その巨体に《バーストブレス》によるダメージは見られない。

 

「なんだとっ!」

 

 己が究極のシモベ、《青眼の究極竜》の命を賭した一撃を前に《守護神エクゾード》は健在だ。

 

 

 海馬の瞳は驚愕で揺れる。

 

 そんな海馬に双六の声が届いた。

 

「儂は前のターンセットしておいた速攻魔法《禁じられた聖槍》を発動させてもらったぞい」

 

 そう、《守護神エクゾード》の手に収まった聖なる槍は《禁じられた聖槍》。

 

「これによりフィールドの表側モンスター1体の攻撃力をこのターンのみ800下げ、このカード以外の魔法・罠の効果を受けなくなったんじゃ」

 

 その《禁じられた聖槍》が持ち主となった《守護神エクゾード》をその力により守ったのだ。

 

《守護神エクゾード》

攻8000 → 攻7200

 

 驚愕から帰還しない海馬を視界に収めつつ双六は高らかに宣言する。

 

「これで終わりじゃ、海馬君! さぁエクゾードよ! とどめの一撃じゃ!」

 

 《禁じられた聖槍》を横なぎに振るう《守護神エクゾード》。

 

 その《禁じられた聖槍》の力により最初のターンの双六の攻撃時に使った《カウンター・ゲート》などの魔法・罠の類では止まらぬ必殺の一撃となる。

 

 

 一万を超えていた海馬のライフもいまや残り5100――《守護神エクゾード》の射程圏内だ。

 

 

 やがて《禁じられた聖槍》の一閃が海馬の首に迫るが――

 

「そうはさせんわぁあああ!! リバースカードオープン! 速攻魔法《銀龍の轟咆》!!」

 

 耳を割く龍の咆哮と共に白き影がフィールドを奔る。

 

「墓地よりドラゴン族の通常モンスター1体を特殊召喚する! 舞い戻れ! 《青眼の白龍》! 守備表示だ!!」

 

 そして海馬を守るように《青眼の白龍》がその翼を以て《禁じられた聖槍》の一撃を阻んだ。

 

《青眼の白龍》

星8 光属性 ドラゴン族

攻3000 守2500

 

「ならばそのままブルーアイズを攻撃じゃ!」

 

 《守護神エクゾード》はその振りぬいた《禁じられた聖槍》で《青眼の白龍》を両断せんとするが――

 

「さらに2枚目の《復活の福音》を除外し俺のブルーアイズを破壊から守る!!」

 

 再び白き石像がその身を差出し《青眼の白龍》を守る。

 

「――防ぎ切りおったか……」

 

 双六はまるで《青眼の白龍》が海馬を守護するような光景にポツリと呟くも、バトルを終えすぐさま次の手を打つ。

 

「ではバトルを終了し、儂はモンスターをセット。そして前のターンセットしておいた魔法カード《命削りの宝札》を発動! 手札が3枚になるようにドローじゃ」

 

 現状双六のフィールドの戦力は《守護神エクゾード》のみだ。ゆえに双六は引いた3枚のカードで己が体勢をより強固にすべく動く。

 

「儂は引いたカードを3枚全て伏せてターンエンドじゃ」

 

 エンドフェイズに《命削りの宝札》のデメリット効果により手札を全て捨てなければならないが双六の手札は0――何も問題はない。

 

 さらに――

 

「このターンの終わりに《守護神エクゾード》の耐性は消え、攻撃力も元に戻るぞい」

 

《守護神エクゾード》

攻7200 → 攻8000

 

 《青眼の究極竜》の決死の攻撃も難なく耐えきった《守護神エクゾード》は悠然とフィールドに君臨している。

 

 

 いよいよ後が無くなってきた海馬。

 

 

 デッキに指を置くその力も思わず強まる。

 

 海馬は負けるわけにはいかない――《青眼の白龍》が賭けられていることも理由ではあるが、何よりモクバと共に組んだこのデッキで無様に敗北するなど、許されない。

 

「俺の、俺たちのデッキがこのままで終わると思うな! 俺のターン! ドロォオオオオ!!」

 

 引いたカードを見ずとも海馬にはそれが分かる――カードの脈動を感じる海馬。

 

――ブルーアイズ……お前もこのままでは終われんか!!

 

 そんな海馬の内心と共に1枚のカードがデュエルディスクに差し込まれる。

 

「俺は魔法カード《融合回収(フュージョン・リカバリー)》を発動! 墓地の《融合》と融合召喚に使用したモンスター1体を手札に!! 再び我が手に戻れ! 《青眼の白龍》!!」

 

 先程の攻防でどこか弱って見える《青眼の白龍》の背後から海馬の手札に舞い戻る2枚目の《青眼の白龍》。

 

「そして魔法カード《融合》を再び発動!」

 

「何を! アルティメットには3体のブルーアイズが必要な筈! いやそもそもアルティメット自体が墓地にあるのじゃから――」

 

 そんな双六の驚きも当然だ。

 

 《青眼の白龍》と《融合》――その2つで多くのデュエリストが行き着くのは《青眼の究極竜》の存在。

 

 だが《青眼の白龍》にはまだ未知の力が眠っている。

 

「誰がアルティメットを呼ぶと言ったぁ!! 俺は手札とフィールドを合わせた2体のブルーアイズを融合!!」

 

「2体じゃと!?」

 

 《青眼の白龍》の秘められた力が呼び起こされる。

 

「融合召喚!! その白き威光で敵を消し去れぇ!! 《青眼の双爆裂龍(ブルーアイズ・ツイン・バースト・ドラゴン)》!!」

 

 《青眼の白龍》の身体に水色のラインが文様のように奔り、身体の節々がより強靱に鋭さを増す。

 

 そして2つの首が咆哮を上げるとともにそのラインが光り輝いた。

 

青眼の双爆裂龍(ブルーアイズ・ツイン・バースト・ドラゴン)

星10 光属性 ドラゴン族

攻3000 守2500

 

「こ、これは一体……」

 

 驚愕する双六を余所に海馬は力の限り宣言する。

 

「バトルだっ!! ツインバーストよ! 敵を薙ぎ払え! ディメンション・バーストォオオオオ!!」

 

 その《青眼の双爆裂龍(ブルーアイズ・ツイン・バースト・ドラゴン)》の2つの首から放たれた白き極光は双六のセットモンスターを打ち抜く。

 

 その一撃をインディアンの民族的な意匠が見られる大地の精霊、《グレート・スピリット》が両の手を広げ、その身を賭して受け切った。

 

《グレート・スピリット》

星4 地属性 岩石族

攻 500 守1500

 

 破壊された《グレート・スピリット》の姿に双六は我に返る。だが続く海馬の言葉に目を見開いた。

 

「ツインバーストは1ターンに2回の攻撃が可能だ! 《守護神エクゾード》を攻撃!」

 

 再び放たれる《青眼の双爆裂龍(ブルーアイズ・ツイン・バースト・ドラゴン)》のブレス。

 

「何じゃと!」

 

 攻撃力の差が5000あるにも関わらず攻撃――何かあると双六は見抜く。

 

「ならばリバースカードオープン! 速攻魔法《禁じられた聖衣》!」

 

 ゆえに《守護神エクゾード》を守るようにカードを発動させ、白き霊装が光となってその巨体を包み込んだ。

 

「これによりフィールドの表側モンスター1体、《守護神エクゾード》は攻撃力をこのターンのみ600下げ、効果の対象にならず、効果では破壊されなくなるぞい!」

 

《守護神エクゾード》

攻8000 → 攻7400

 

 そしてぶつかり合う《青眼の双爆裂龍(ブルーアイズ・ツイン・バースト・ドラゴン)》のブレスと《守護神エクゾード》の拳。

 

 

 だがその圧倒的なパワーの差にブレスは切り裂かれ《守護神エクゾード》の拳が《青眼の双爆裂龍(ブルーアイズ・ツイン・バースト・ドラゴン)》を強かに打ち付けた。

 

「ぐぅおおおおおお!!」

 

海馬LP:5100 → 700

 

 その《守護神エクゾード》の反撃の余波に腕を交差させ耐える海馬。

 

 そして吹き飛ばされた《青眼の双爆裂龍(ブルーアイズ・ツイン・バースト・ドラゴン)》も翼を広げ再度、空に躍り出る。

 

「破壊されておらんじゃと――戦闘耐性か!」

 

「その通りだ……ツインバーストは戦闘では破壊されん!」

 

 《守護神エクゾード》の一撃を受けてなお悠然に翼を広げる《青眼の双爆裂龍(ブルーアイズ・ツイン・バースト・ドラゴン)》。

 

 攻守こそ融合前の《青眼の白龍》と変わりないが、その身には新たな力が秘められている。

 

「そしてこの瞬間! ツインバーストの更なる効果が発動される!」

 

 《青眼の双爆裂龍(ブルーアイズ・ツイン・バースト・ドラゴン)》の身に奔る文様が光を放つ。

 

「ツインバーストの攻撃によって貴様のモンスターが破壊されなかったダメージステップ終了時に――その相手モンスターを除外する!!」

 

 そして文様に呼応するように《守護神エクゾード》の腕からその巨体にかけてその文様が侵蝕するかのように広がっていく。

 

「除外じゃと! いや儂のエクゾードは《禁じられた聖衣》で――」

 

 除外では双六の2枚目のセットカードは発動できず、《守護神エクゾード》を包む《禁じられた聖衣》の力も――

 

「ソイツで防げるのは『効果破壊』と『対象を取る』もののみだ! ツインバーストの対象を取らない効果には無力!」

 

 《青眼の双爆裂龍(ブルーアイズ・ツイン・バースト・ドラゴン)》の力の前では無力だった。

 

「今度こそ消えるがいい!!」

 

 全身に広がる文様に苦悶の声を上げ、そして存在を保てなくなったように消えていく《守護神エクゾード》。

 

「そして速攻魔法《融合解除》を発動させてもらおう!」

 

 そして最後の砦を失った双六に引導を渡すべく――

 

「これにより《青眼の双爆裂龍(ブルーアイズ・ツイン・バースト・ドラゴン)》をエクストラデッキに戻すことで融合を解除し――」

 

 《青眼の双爆裂龍(ブルーアイズ・ツイン・バースト・ドラゴン)》が逆再生されるかのように元の姿に戻っていく。

 

「その融合に用いたモンスターを帰還させる! これで終局だ! 2体の《青眼の白龍》!」

 

 現れたのは2体の《青眼の白龍》。

 

 その1体は双六をしっかりと見つめていた。

 

《青眼の白龍》×2

星8 光属性 ドラゴン族

攻3000 守2500

 

 双六に視線を向ける《青眼の白龍》はかつて双六の元にいた1体。

 

「儂の、ブルーアイズ……」

 

「ふぅん、違うな……もはや俺のブルーアイズだ!! やれっ! ブルーアイズ!! 滅びのバースト・ストリイイイム!!」

 

 その海馬の主張を肯定するかのように《青眼の白龍》は滅びのブレスを口元にチャージし、双六に放った。

 

「ぬぅぉおおおおおお!!」

 

 袂を分かつかのように。

 

 

 





オベリスクの巨神兵「社長の場に3体のモンスターが並んで特殊召喚が封じられたとなれば出番だな!」

青眼の双爆裂龍(ブルーアイズ・ツイン・バースト・ドラゴン)「……と、思うじゃん?」


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第65話 黒い思惑

前回のあらすじ
青眼の白龍「双六さん……私、幸せになりますっ!(滅びのバーストストリーム)」




 

 

 

 《青眼の白龍》の一撃を受けた双六。

 

 そして双六はもう一つのセットカードを視界に入れる。

 

 

 それは相手に守備表示モンスターがいたとしても海馬に《守護神エクゾード》が攻撃することでダメージを与えることの出来るカード。

 

 

 しかしそのカードではブルーアイズの攻撃は防げない。

 

 双六LP:2500 → 0

 

 あと1ターン早くこのカードを引いていれば――双六は一瞬そう考えるも、このデュエルの結果こそがブルーアイズの出した答えなのだとかぶりを振った。

 

 

 

 

 

 

 そして空を舞うブルーアイズのソリッドビジョンが消えるまでその姿を眺めた双六は静かに言葉を零す。

 

「儂の負けか……完敗じゃの……」

 

「ふぅん、当然の結果だ」

 

 そんな海馬の自信満々な姿に双六は苦笑しつつ、パズルカードとレアカードを海馬に差し出した。

 

「フフ、かもしれんの――では約束通り儂はブルーアイズのことはキッパリ諦めるぞい」

 

 差し出された()()()()()()()()を受け取った海馬。そして海馬は思わず呟くように問いかける。

 

「……本当にそれでいいのか?」

 

 海馬からすれば《青眼の白龍》を手放すことなど考えられない。

 

 もし海馬が誰かにアンティで奪われた場合は取り返すまでデュエルを挑み続けるであろう。

 

 それゆえの海馬の問いだったが、双六は憑き物が落ちたような清々しい表情で答える。

 

「ああ、いいんじゃ。もはや儂が持つより君が持っていてくれた方がブルーアイズも輝くじゃろう……」

 

 デュエルの世界では「デュエリストがカードを選ぶ」ように「カードもまたデュエリストを選ぶ」のだ。

 

 双六は最後の攻防でそれをヒシヒシと感じ取っていた。

 

 かつて《青眼の白龍》が親友アーサーから双六に託されたように、双六から海馬に渡る時が来ただけなのだと。

 

 

 だが双六は海馬に目を合わせ、鋭い眼光で見据えながら言い放つ。

 

「じゃが、もしも君が――」

 

「ふぅん、その心配は無用だ――俺が道を違えることなどもうない」

 

 しかしその双六の言葉は他ならぬ海馬に遮られる。

 

 

 その海馬の言葉通り、海馬が道を違えることはないだろう――違えそうになった時に引き留めてくれる大切な存在(モクバ)を再認識したのだから。

 

「そうか……ならばもはや何の心配もあるまい」

 

 そんな海馬の真摯な瞳に双六は思わず感慨に耽る。

 

 若者の成長はいつも想像を超えるものだと。

 

「君のような真っ直ぐなデュエリストの台頭があれば、デュエル界の未来は明るいぞい!」

 

 そして朗らかに笑いながら海馬に賛辞を告げつつ、踵を返す双六。

 

「ハッハッハ! ではの! 儂は城之内の応援にいくとするぞい!」

 

 そして成長が楽しみなもう一人の若人(城之内)を目指し、双六は年齢を感じさせぬスピードで駆けていった。

 

「ふぅん、騒がしい爺さんだ……」

 

 その言葉と共に更なる獲物を探しに向かった海馬。

 

 

 その後ろ姿にどこか「喜」の感情が垣間見えたのは――気のせいなのかも知れない。

 

 

 だがそんな海馬とは対照的に海馬のデッキから外されていた1枚のカードは不機嫌そうに脈動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『()()()』でダイレクトアタックだ!」

 

 そう宣言したアーマーを纏ったヴァロンがグールズに拳を振りかぶり渾身の一撃を喰らわせ、末端のグールズの構成員の一人を吹き飛ばす。

 

グールズ構成員LP:1600 → 0

 

 そして壁に叩きつけられたグールズの構成員がデュエル終了のブザーと共に地面に崩れ落ちた。

 

 

「さぁ! お次はどいつだ!!」

 

 そう言ってヴァロンは周囲を見渡すが、その目に映るのは倒れ伏したグールズの面々のみ。

 

「――ってあれ? コイツで最後かよ……」

 

 その言葉通り、今のヴァロンに挑める者はこの場には一人足りとていなかった。

 

 ゆえにヴァロンは懐から通信機を取り出しグールズの引き渡し作業に移る。

 

「北森? ああ、グールズのヤツラを倒したからよ。回収に来てくれ」

 

『今、向かってますよ。ちょっと待ってくださいね』

 

 だが通信機から返ってきたのはヴァロンの予想だにしない言葉。ヴァロンは今連絡を入れたばかりだというのに。

 

「ん? 何でもう向かってんだ? 今、報告したばっかりなのに?」

 

『……えっと、ギースさんが言っていたのですが「派手に動きすぎ」とのことです』

 

 ヴァロンのデュエルはかなり人目に付く。

 

 デュエリスト自身にアーマーを装備する見た目もそうだが、実際にモンスターに殴り掛かったりする動きやらなんやらで物理的に騒がしくなりがちだ。

 

 

 そんな騒ぎがあったことをギースから聞いていた北森がアヌビスの運転する護送車に乗りつつ、既に現場に向かっていた経緯があった。

 

 

 そしてそのことを知らされたヴァロンは頭をかきつつ照れながら返す。

 

「いやぁ~久々に暴れられる祭りだからよ――つい張り切っちまって……」

 

『あんまり無茶しちゃダメですよ?』

 

 ちなみに北森がヴァロンの実力を心配している訳ではない――ヴァロンの強さはオカルト課では周知の事実である。

 

 ゆえに心配しているのは周囲への被害であった。

 

「ハハッ! 北森は心配性だな! これくらい俺にはどうってことないぜ! それじゃあな! 待ってるぜ!」

 

 そうとは知らずヴァロンは元気に笑いながら通信を終え、倒れ伏したグールズを拘束しに動く。

 

 

 

 そしてヴァロンは昔を懐かしむ――自分も随分変わったものだと。

 

 昔の自分が今の自分を見れば何と言うだろうか、と。

 

 

 

 

 

 

 ヴァロンは孤児だった。

 

 だが孤児だったことをヴァロンは不幸だとは思わない。

 

 親代わりのシスターがおり、自身と同じ境遇の者達がいる――それがヴァロンの家族だったのだから。

 

 

 しかし、ヴァロンには常にどこか肉体的な空腹ではない「飢え」を感じていた。何故なのかは当時のヴァロンには分からない。

 

 それゆえにヴァロンは喧嘩に明け暮れた。拳を交え闘っているその時だけはその「飢え」を忘れられたゆえに。

 

 

 その代償にヴァロンの――否、ヴァロンとその周辺の評判は地に落ちた。

 

 無秩序な荒くれ者などどこの世界でも疎まれるものだ。

 

 

 だとしてもヴァロンは止まれなかった。親代わりのシスターが悲しげな顔をしても、同じ境遇の者達から疎まれても、ヴァロンは止まれない。

 

 当時子供だったヴァロンの未熟な心では如何すれば止まれるのかが分からない。

 

 

 やがて周囲の人間はそのヴァロンの物理的な力を恐れ、直接止めるようなことはしなくなった。

 

 

 

 しかしそんなヴァロンに一つの転機が訪れる。

 

 ヴァロンの前に立ち塞がった男。

 

 赤毛を逆立てた強面の男、ギース・ハント

 

 立ち塞がるのなら、と拳を振りかぶったヴァロン。そしてギースもそれに応え、互いにノーガードで殴り合う。

 

 強者との拳のぶつかり合いに「高揚感」を覚えるヴァロン。子供の小さな拳に酷く危う気な感情を乗せながら。

 

 だがギースはそんなヴァロンを静かに見つめ拳を振るう。

 

 そしてギースの拳で吹き飛ばされ、地面に転がるヴァロンにギースは問いかけた。

 

「お前は何のために拳を振るう?」

 

「さぁな! 分からねぇよ!」

 

 そのギースの問いかけを無視して拳を握りしめ飛びかかるヴァロン。

 

 しかしいくら喧嘩慣れした子供(ヴァロン)でも様々な訓練を積み、実戦経験の豊富なギース相手ではそもそも勝負にならない。

 

 しばらく打ち合った後、再び吹き飛ばされ転がるヴァロン。

 

 そしてギースは先程と同じように静かにヴァロンに告げる。

 

「……目を逸らしたとしても、問題は解決しない」

 

「知った風に言うんじゃねぇ!」

 

 ヴァロンの心をそっと覗き込むギースの言葉を振り払うようにヴァロンはギースに拳を向ける。

 

 しかしそのヴァロンの拳は先程よりもギースに通じない。互いの実力差もあってのことだが、ヴァロンの拳に迷いが出始めていたことが原因であった。

 

 

 そして天気が変わり始め、雨が降り出しても男の殴り合い(拳のコミュニケーション)は続く。

 

 暫くして体力の限界が見えたヴァロンが肩で息をしながらふらつきだした。だがそんなヴァロンにギースの拳は容赦なく突き刺さる。

 

 地面を転がるヴァロン――もはや何度目か分からぬ光景だった。

 

 ギースはその度にヴァロンに語りかける。

 

「お前にも守りたいモノがある筈だ。だが今の有様では――」

 

「……せぇよ……」

 

 今までとは違い絞り出すように呟かれたヴァロンの言葉。

 

 様子が変わったことを感じつつもギースは言葉を続けるが――

 

「お前自身の力が大事な人間を――」

 

「うるせぇって言ってんだよ!」

 

 その言葉を遮るようにヴァロンは立ち上がりギースに拳を振るう。その瞳から流れる滴は雨なのか。

 

「分からねぇよ! 分からねぇんだよ! 俺にはみんながいて! 満たされてる筈なのに!」

 

 全てをかなぐり捨てた感情の発露。今のヴァロンの嘘偽りない叫びだった。

 

「心にデッケェ穴が開いちまったみてぇに! 渇くんだよ!」

 

 ギースの腹部に拳を打ち付けるも、その一撃は弱々しい。そしてヴァロンは崩れ落ちるように膝を付き、今までせき止めていた想いが零れる。

 

「分かってんだよ……俺だって……でも俺は――」

 

 そう打ちひしがれるヴァロンの手をギースは引き、ヴァロンを真摯に見つめるギース。

 

 そして力強く宣言する。

 

「なら、我々と共に来い。好きなだけお前の『力』を、『拳』を受け止めてやる」

 

「ッ! ……だけどシスターたちが――」

 

 ヴァロンの不安の通り、ヴァロンたちが住まう教会は地上げ屋らしき影に狙われている――今はヴァロンの暴力が辛うじて牽制になってはいるが、今後どうなるかは分からない。

 

 だがギースはヴァロンの肩を掴みながら心配するなと返す。

 

「その点についても安心しろ。私が手を打っておく」

 

 そのヴァロンをまっすぐに見つめる力強い視線にヴァロンは根負けしたように憑き物が落ちた様に笑う。

 

「………………何だよ、そんなに簡単なことだったのかよ……」

 

 

 そうしてギースを認めたヴァロン――いつの間にか雨は上がっていた。

 

 

 

 

 暫くして、抜けるような青空の下でヴァロンがポツリと言葉を零す。

 

「そういや、俺と正面から全力でぶつかってきたのはアンタが初めてだな……」

 

「そうか、なら2人目だ」

 

 そんなギースの返答と共に、物影から出てきた女性。

 

「えっ、シスターが何でここに!?」

 

 ヴァロンの親代わりのシスターであった。

 

 そしてシスターは持っていた傘を捨て置き、ヴァロンにグングンと近づき――

 

「いや、悪い。また怪我しちま――」

 

 シスターの振り被った右手から放たれた平手打ちがヴァロンの頬を強かに打ち付けた。

 

 

 その後、シスターは両手でヴァロンの頭を掴みながら心配していたことや日常のちょっとしたことまで捲し立て、子供の喧嘩のような言い合いがしばらく続いた。

 

 

 

 そしてギースを連れ、今後の話し合いをするために教会へと向かうヴァロンとシスター。

 

 だがギースは後で合流すると2人を見送り、ヴァロンたちが見えなくなったところで物影に問いかけた。

 

「これでよかったのですか?」

 

「ええ、問題ありません。ですがギース、怪我の方はどうですか?」

 

 その物陰からいつもの貼り付けた笑みを浮かべ出てきた神崎。

 

「確かに『才』のある拳でしたが、現状では脅威足り得ません」

 

 その言葉の通りつい先程まで殴り合いをしていたにも関わらずギースに大したダメージは見られない。

 

 そしてギースは顎に手を当て考え込むように呟く。

 

「しかし、本当に彼はもう大丈夫なのですか?」

 

「ええ、彼が感じていた『飢え』は周囲に己と向き合って気持ちをぶつけられるものがいなかったことが主な原因――」

 

 拳を交えたギースはヴァロンの「精神的な不安定さ」を心配したが神崎は問題ない旨を説明していく。

 

「その『飢え』さえ満たせば――問題ありません」

 

 

 その説明に取り敢えずの納得を見せるギース。だが腑に落ちない点もあった。

 

「しかし何故私が? 確かに彼の問題は私に馴染み深いモノでしたが……貴方がするべきだったのでは――」

 

 ヴァロンの心の本質を見抜いた――実際は原作から知っていたのだが――神崎がこの一件を担当した方が面倒も少なかったとギースは考える。

 

 だが神崎が今回の一件を行うには大きな問題があった。

 

「――私は手加減が苦手なので」

 

 そう、子供であるヴァロンに悟られぬように力を弱めつつ殴りあうことが神崎にはできなかった。

 

 悲しいことに人としてのリミッターを投げ捨ててしまった神崎の腕力では下手をすればそのまま殴り殺してしまいかねないのである。

 

「ではギース、教会の方々の説得は任せます――私は周辺の方々と話を付けてきますので」

 

 そうして二手に分かれた両人によってヴァロンを取り巻く環境は解消された。

 

 

 

 

 その後、原作同様にヴァロンに絶望を味わわせるためダーツが教会を放火。

 

 だが貯水槽を担いだ何者かの「バケツリレー」ならぬ「単独貯水槽リレー」に鎮火させられた結果、ダーツの世の理不尽を嘆く魂の叫びが上げられたが――今は脇に置いておこう。

 

 

 

 

 こうして、そんな裏側を知らないヴァロンはオカルト課の一員となってギースや他の仲間と切磋琢磨していく。

 

 そして今ではヴァロンを正面から見て、なおかつ全力でぶつかってくれる多くの仲間が出来ていった。「飢え」を感じる必要もない程に充実した毎日である。

 

 そして、かつての「無秩序な暴力」は「誰かを守るための拳」になっていた。

 

 

 

 

 

 

 そんなヴァロンの過去に向けていた意識が、護送車の停車する音で引き戻される。

 

「おっ! 着いたみたいだな」

 

 グールズの一人を引き摺り護送車に向かうヴァロン。

 

 そしてヴァロンからグールズを受け取った北森はグールズの一人をヒョイッと片手で運びつつ言葉を返す。

 

「ではお引き取りしますね。ヴァロンさんは次の相手を探しに行って貰って大丈夫ですよ」

 

 そう言って次々と護送車にグールズの運び込む北森。

 

「よっと、俺も手伝うぜ」

 

 だがグールズを1人担ぎながら告げられたヴァロンの言葉に北森は驚きと共に聞き返す。

 

「えっ? それはありがたいですけど……いいんですか? ヴァロンさん、あんなにデュエルしたがってたのに……」

 

 その驚きは最近のヴァロンの様子を知っていたゆえのもの。

 

 しかし、ヴァロンは親指を立てながら笑う。

 

「なぁに構わねぇさ! アヌビスは車のガードがあるし嬢ちゃん一人に力仕事は任せられないぜ!」

 

 北森の腕力に特に問題があるわけではないが、ヴァロンなりの気遣いである。

 

「えっと、その……ありがとうございます……」

 

 ゆえに2人のグールズを軽々と運びながら北森はお礼の言葉を返す。

 

「良いってことよ!」

 

 そんな彼らの仲間同士の和気藹々としたやり取りだったが、死体のように転がるグールズの構成員が全てを台無しにしていたことは――これもまた脇に置いておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある暗がりの部屋で顔の横半分に古代の文字を彫られたスキンヘッドで褐色の男、リシドが同じく褐色肌の白髪の青年、マリクに跪く。

 

「マリク様。お時間よろしいでしょうか」

 

「どうしたリシド。お前にはパズルカード集めを命じた筈だが? もう集まったのか?」

 

 マリクは3枚の神のカードを集めつつ、名もなきファラオこと遊戯に復讐するためにこのバトルシティに参加していたのだが――

 

「申し訳ありません。まだ我々が本戦に参加できるだけは集まってはおりません」

 

 リシドはマリクに謝罪しながらも、意を決するように言葉を絞り出す。

 

「至急ご報告したいことが」

 

「何だ?」

 

 苛立たし気に返したマリクの言葉にリシドは現在の状況を明かす。

 

「今現在、グールズの構成員がかなり狩られています。このままではマリク様のご計画に支障が出る恐れが――」

 

「だったらリシド! お前が対処すればいいだけの話だろう!」

 

 マリクとリシドとてこのバトルシティは「グールズを捕縛する為の罠」であることは知っている。

 

 だが、マリクは「神のカードの力があれば恐れるに足りず」と問題視していなかった。

 

 多少の腕利きを集めたところで自身とリシドならば問題はないとマリクは考えていたが、集められたデュエリストは多少どころではなかった。

 

 

 リシドは己の無力を晒してでも今の危険な状況をマリクに伝える。

 

「…………お恥ずかしい話なのですが私だけでは対処が厳しいと判断したゆえにマリク様にご判断を仰ぎにきた次第です」

 

 

 そしてリシドは少し前の一戦に思いをはせる――

 

 

 それはマリクの指示通りにパズルカード集めに獲物を探していた時だった。その獲物の方からリシドに向かってきたのだ。

 

 手間が省けたと最初の相手とデュエルしたリシドだったが――

 

 

「くっ……まさかこれ程とは……」

 

リシドLP:100

 

 辛うじて先の相手の攻撃を凌いだリシド。だが残りライフは僅か100。フィールドのカードは1枚たりとも残ってはおらず手札も0。

 

「ほう、防ぎ切るとはな……さすがはグールズの纏め役ッ! 早々決めさせてはくれない、かッ!」

 

 最後にキリッとリシドを見やるカード・プロフェッサーの一人、シーダー・ミール。

 

シーダー・ミールLP:2000

 

 そんなシーダー・ミールのライフは2000。だがこのライフはリシドが削ったものではない。

 

 シーダー・ミール自身が時にカードの発動コストとして支払い、時には回復した結果の産物である。

 

 

 さらにリシドの前に立ちふさがる5体のモンスターの姿――

 

 薄桃色の近未来的な装備を纏った女性が魔法の杖らしき2つのものを両の手で構え、

 

《静寂のサイコウィッチ》

星3 地属性 サイキック族

攻1400 守1200

 

 キャタピラ部分が浮遊する球体になった戦車らしき機械の下半身を持った軍服姿の男が挑発するように片手を掲げ、

 

《サイコ・コマンダー》

星3 地属性 サイキック族

攻1400 守 800

 

 機械的な装備が取り付けられた白いコートをたなびかせる男が腕を交差させ、

 

《マックス・テレポーター》

星6 光属性 サイキック族

攻2100 守1200

 

 頭部に様々な機械が繋げられた仙人のような出で立ちの老人が瞑想し、

 

《サイコ・エンペラー》

星6 光属性 サイキック族

攻2400 守1000

 

 棘や突起物などの物々しい外観を持つ球体が宙に漂うサイキッカーがその球体の頂上部からリシドを見下ろす。

 

《マスター・ジーグ》

星8 地属性 サイキック族

攻2600 守1400

 

「んんッ! だが僅かに寿命が1ターン伸びたに過ぎない! ――カードを2枚セットしてターンエンドだッ!」

 

 どこか芝居がかった喋り方と立ち振る舞いでターンを終えたシーダー・ミール。

 

 振る舞う本人は満足気だが傍からみれば道化にしか見えない。

 

 

 だがそんな彼を見るリシドの眼光は鋭い。

 

 シーダー・ミールはリシドの繰り出す数多のトラップ戦術を全て躱し、乗り越え、粉砕し、今、己が剣をリシドの首筋に突き付けているに等しいのだから。

 

 

 リシドは負ける訳にはいかない――己が(あるじ)であるマリクの心を救うまでは。

 

「私のターン! ドロォオオオオッ!!」

 

 引いたカードはこの状況を改善するに足るカード――リシドはまだ戦えるのだと己を奮い立たせる。

 

「私は魔法カード《ブラック・ホール》を発動!! フィールドの全てのモンスターを破壊する! だが今フィールドにいるのはお前のモンスターのみ!! 消えるがいい!!」

 

 フィールドに現れた《ブラック・ホール》がシーダー・ミールの5体のモンスターを飲み込まんと迫る。

 

「おっと! それを通すわけにはいかんな! カウンター罠! 《ブローニング・パワー》!!」

 

 だがリシドのお株を奪うようなカウンター罠がリシドの最後の一手《ブラック・ホール》を遮るように発動される。

 

「このカードにより俺は自分フィールドのサイキック族――《サイコ・エンペラー》をリリースすることで魔法・罠・モンスターの召喚・特殊召喚のいずれかを無効にし、破壊する!」

 

 瞑想する《サイコ・エンペラー》の頭部の機械にサイコパワーが蓄積されていく。

 

「当ォ然ッ! 魔法カード《ブラック・ホール》の効果を無効にさせてもらおう!」

 

 そして《サイコ・エンペラー》のエネルギーが限界を超え爆発し《ブラック・ホール》を消滅させた。

 

 最後に《サイコ・エンペラー》は光の粒子となって消えていく。

 

「フッ、《サイコ・エンペラー》……お前のお陰で助かったぜ……」

 

 最後の一手も封じられたリシド。沈痛な面持ちでこうべを垂れる。

 

「クッ……私はこれでターンエンド……だ……」

 

 そして絞り出すようにターン終了の宣言をした。

 

――申し訳ございません、マリク様。私はここまでのようです……

 

 

 そんなリシドの心中も知ったことかとシーダー・ミールはデッキに手をかける。

 

「さぁ! ラストターンと行こうじゃないか! 俺のターン、ドロー!」

 

 カードを引いたシーダー・ミールはニヤリと意味ありげに笑う。

 

「このまま攻撃してもいいが――世のデュエリストからカードを奪ったアンタを下す剣は相応のモノがあるとは思わないか?」

 

「い、一体なにを――」

 

 この期に及んで何をしだすのかと不審げに思うリシド。

 

 

 だがシーダー・ミールと共に行動し、今は観客となっているカードプロフェッサーの一人、ウィラー・メットは「また悪い癖が始まった」と天を仰ぐ。

 

 

 そんな仲間の呆れのこもった視線など眼中にないシーダー・ミールは天に指を伸ばし勢いよく宣言する。

 

「さぁ、運命の女神にその審判を委ねようじゃないか!」

 

 そして天に伸ばした指はシーダー・ミールのフィールドにセットされたカードを指し示す。

 

「リバースカードオォーープン!! 罠カード《運命の分かれ道》ィ!!」

 

「《運命の分かれ道》だと!?」

 

 リシドは思わぬカードの発動に驚きの声を上げる。

 

「こいつは互いがコイントスを1度行い表が出ればライフを2000回復、裏が出れば2000のダメージを受けるカード!」

 

 そう、シーダー・ミールはこのコイントスによって「デュエルの女神がリシドに天罰を下す」――そんなシナリオを思い描いていた。

 

「運命の女神よ! あの男に裁きを!!」

 

 そして2枚のコインは天を舞い、地に落ちる。

 

 

 だがリシドのコイントスの結果は表

 

 天からリシドに光が降り注ぐ。

 

リシドLP:100 → 2100

 

 リシドのライフは回復したがこの程度のライフではどのみち5体のモンスターの総攻撃は受けきれない。

 

 ゆえに思い描くシナリオからは外れてしまったとしても、シーダー・ミールに動揺は見られない。

 

 

 何故なら彼にとってこれは運命の女神の啓示なのだから。

 

「おっと、まさか表が出るとはねぇ……運命の女神は俺に君を裁かせたいようだ。まぁレディの願いを叶えるのは――」

 

 

 しかしシーダー・ミールのコイントスの結果は「裏」

 

 

「ん?」

 

 思わずコインをもう一度見て確認するシーダー・ミール――だが何度見ても「裏」である。

 

 

 よって残りライフ2000のシーダー・ミールに2000のダメージが発生する。

 

 

 空に太陽のような笑顔を浮かべる運命の女神が親指で首を掻っ切る姿が見えるのはきっと気のせいなのだろう。

 

 

 そして天よりの業火がシーダー・ミールを包んだ。

 

「ぐわあああああ!!」

 

シーダー・ミールLP:2000 → 0

 

 

 

 

 何とも締まらぬ決着だった。

 

 そうリシドが記憶を巡らせる姿にマリクは驚愕の面持ちで問いかける。

 

「!? お前を手古摺らせる程のデュエリストがいるのか!?」

 

 マリクは側近であり最も信頼を置くリシドの実力を知っているだけにその驚愕は大きい。

 

「はい、辛うじて勝ち……勝……その場は凌げましたがあのレベルのデュエリストが他にもいるとなると私だけでは厳しいと言わざるえません」

 

――「ハイテクマリオネット」使い、シーダー・ミール……恐ろしい相手だった。

 

 リシドは内心で思う。自身が勝てたのは相手のよく分からないポリシーがリシドに味方したゆえ、次に闘えば確実に負ける己の姿しか想像できなかった。

 

「そいつはどうした?」

 

「ハッ、マリク様の千年ロッドの力を使えば強力な手駒になると考えましたが、次々とデュエリストが集まってきたゆえに、そのまま撤退し――いえ、逃げ帰って参りました……」

 

 そんな激闘……激闘? を制してリシドが得られたパズルカードはたった1枚。

 

 そして傍に控えていたウィラー・メットに加え新たに集まってきたデュエリストの挑戦を放棄し逃げ帰ったリシドだが、下した相手、シーダー・ミールの手持ちのパズルカードは2枚あった。

 

 

 ゆえにもう一度ぶつかる可能性が十二分にある――リシドの額に嫌な汗が伝う。

 

 

「いや、他の構成員はともかくリシド、お前は失う訳にはいかない」

 

 意気消沈するリシドの肩に手を置き労うように返すマリク。

 

 そして考えを纏めるように呟いた。

 

「しかし、この大会が罠だとは分かってはいたがこれ程までに力を入れているとはな……」

 

「はい、一般の構成員では到底対処できません」

 

 そのマリクの言葉をリシドは肯定する――いつか咎を受けると思っていたがそれは間近に迫っているのだと。

 

 リシドはいざと言う時の覚悟を内心で決めていた。

 

 そんな覚悟も見ず、マリクは頭を掻き毟り苛立つように決断する。

 

「くっ、名もなきファラオにぶつけるつもりだったが………………いいだろう! パンドラたちを使え、アイツらならどうなろうとも惜しくはない」

 

「ハッ、了解致しました」

 

「それとボクは一度、身を隠す――ボクには名もなきファラオへの復讐以外に構っているヒマはない」

 

 マリクは己の父を殺したと思っている名もなきファラオこと遊戯に復讐し、一族の呪われた歴史に終止符を討つまで止まる気はない。

 

 その道の先には破滅しか待っていないことも知らずに。

 

「それにそうだな……計画を早めておくか。名もなきファラオの周辺の人間はマークしているな?」

 

 そしてマリクはニヤリと嗤い一線を越え続ける。

 

「勿論です」

 

「なら、何人か攫っておけ、人質がいれば相手も下手には動けないはずだ」

 

「心得ました」

 

 そんな罪を重ねるマリクを咎めず、リシドは肯定を返すだけ。

 

「潜伏場所は必要になったらリシド、お前に伝える。それまでは連絡は控えろ」

 

「仰せのままに……」

 

 そうしてマリクの元から立ち去るリシド。

 

 

――アンタのデッキの嘆きが聞こえる……ぜ!

 

 そんなシーダー・ミールの言葉がリシドの心を毒のように蝕む。

 

 報いを受ける日は近いと感じ()()()()()()()()()のリシド。

 

 

 

 だがリシドは本当の意味で知らない。

 

 マリクの犯した罪の重さを――

 

 そしてソレを止めもせずに見逃し、助力したリシド自身の罪の重さを――

 

 

 

 彼らは知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神崎こと「役者(アクター)」は人通りの少ない場所で対戦相手を探していた。

 

 今回のアクターに課せられたノルマは予選突破。

 

 可能であれば表の人格の段階でマリクを捕縛しておきたいが今現在アクターにグールズとの接触が全くない点を考えると避けられている可能性が高かった。

 

 ゆえに本戦にてマリクを狙うことが今回のアクターの目的である。

 

 

 その為に「パズルカード」を早々に規定枚数集めてしまいたいが、遊戯や海馬とデュエルしたくないことも相まって彼らに見つからないように行動していた。

 

 

 だがそんなアクターに近づく大男の姿。

 

「待ってもらおうか」

 

「…………誰だ」

 

 反射的に誰かを問いかけるアクター。遊戯や海馬に関係する人物なら速やかにこの場を撤退しなければならないゆえに。

 

 

 だがその大男はもっさりとした顎髭にスキンヘッド、そして全身に多数の傷跡が見える筋肉質な大男だった。

 

「私は『ドクター・コレクター』。それなりに名が売れていると自負しているんだが――知らないかね?」

 

 

 その男はドクター・コレクターと名乗る。

 

 ドクター・コレクター。

 遊戯王GXにて登場した終身刑を受け服役している男。

 

 IQ200の頭脳を持ち、あらゆるカード犯罪に精通している男が「役者(アクター)」の前に立っていた。

 

 

 遊戯王DMの時期にはまだ捕まっていない――神崎も()()()()()()()()()()

 

 リアル犯罪者との会合である。

 

「興味ない」

 

 そう言ってアクターは立ち去る――後で通報しておこうと心に決めて。

 

 

 だがドクター・コレクターはそんなアクターの前にズイッと立ち塞がる。

 

「おっと、行かせるわけにはいかんな。悪いがこっちも仕事でね」

 

 ドクター・コレクターの「仕事」との言葉にアクターの中の人こと神崎は思案する。

 

 

 この「役者(アクター)」という存在はあくまで1人のデュエリストとしての性質しか持っていない。

 

 他の点は裏世界で「名」が売れている程度だ。

 

 ゆえに名を上げたいデュエリストに狙われるなら理解は出来るが、「犯罪者」に依頼してまでデュエルさせる意味が神崎には分からなかった。

 

 

 どう考えても発覚した際の「デメリット」の方が大きいのだ。

 

 そう思案を続けるアクターの姿にドクター・コレクターは肩を竦めながら溜息を吐く。

 

「噂通りに無口なヤツだ。だがまぁいい――ある人物の依頼でアンタを狩るように依頼されてね」

 

 そしてドクター・コレクターはデュエルディスクにデッキをセットし、腕を突出しデュエルディスクを展開させる。

 

「悪いがアンタの不敗伝説――私が幕を引かせてもらおうか!!」

 

 どう見てもデュエルを拒否できなさそうな状況にアクターは隠し持つ()()()()()()()()()()()()()()デュエルディスクにセット。

 

 それを見届けたドクター・コレクターは咆えるように力強く挑発する。

 

「アンタに『敗者』の『役』を演じさせてやるよ!!」

 

 アクターもその挑発への返答代わりにデュエルディスクを展開させた。

 

「デュエル!!」

 

 そんなドクター・コレクターの声がデュエル開始の合図となった。

 




~入りきらなかった人物紹介その1~
ドクター・コレクター
遊戯王GXにて登場

IQ200の頭脳を持ち、あらゆるカード犯罪に精通している。

しかしGXで登場時は既に逮捕され終身刑となり、獄中からFBIに協力しているらしい。

だが服役中にも関わらずプロリーグに参加していた。
遊戯王ワールドどうなってんだ……(戦慄)

~今作でのドクター・コレクターの扱い~
今現在のDM時代は捕まっておらず世界を股にかけ逃亡中。

逃亡資金のために「ある人物」から役者アクターを狩る依頼を受けた。




~入りきらなかった人物紹介その2~
シーダー・ミール
遊戯王Rに出演
カードプロフェッサーの一人。

「まさか……敗者がこの階ブロックにまでやってくるとはな……」
「敗者復活戦があるとは聞いていないが……たどりついたのなら無視できんな!」
「ぐわあああああ!!」

遊戯王Rでの台詞がこれだけしかない。名乗らせてすら貰えない。

そして「オシリスの天空竜」のひき逃げアタック(デュエル省略)を
カードプロフェッサーたちの中で唯一喰らった不遇なデュエリスト。


だが待って欲しい
いくら遊戯が急いでいたとはいえ
今までのカードプロフェッサーに遊戯は神のカードを1度たりとも使わなかった。

ゆえに遊戯に神のカードの使用を決断させたデュエリストとも考えられないだろうか?

よって作者的にはシーダー・ミール氏はかなり強かったのでは? と考え

今回、原作にて城之内を実質破った実力者リシドを圧倒する実力を持ったデュエリストというポジションを得た。


だが僅かな台詞と仕草から「自分の世界に入りこむ」性格ではないかと作者は予想。
ゆえに今作ではこんな感じに(目そらし)


ちなみに「ハイテクマリオネット」使いだったらしい。しかし未OCGカード(というよりデュエル省略)。

遊戯王Rの単行本にあった
「ハイテクマリオネット」モンスターのイラストから近未来なイメージを受けたので
今作ではサイキック族デッキを使用。


しかしシーダー・ミール氏のデュエルスタイルが欠片も分からなかったため、今作でのデュエルはダイジェスト版になった。

せめて
ビートダウンなのか、コントロール奪取なのか、バーン系統なのか、
といった方向性だけでも分かれば……恐らくトリッキーなスタイルな気もしますが……



~入りきらなかった人物紹介その3~
ウィラー・メット
遊戯王Rに出演
カードプロフェッサーの一人。

逆立てた髪が特徴――単行本の書下ろしでは鏡の前で自慢の長髪をセットする姿も。

《ホワイト・ホーンズ・ドラゴン》を主力にしたドラゴン族デッキを使用。
カード・プロフェッサーの中でも上位にランクされる実力者らしい。


先に紹介したシーダー・ミールよりも遥かに登場回数が多い。

海馬VS夜行、遊戯VS夜行の戦いもギャラリーとして見守り、解説役までこなした。


海馬に
「オレにいわせりゃ青眼の白龍なんて、実戦では使えない単なる観賞用のカードだね」と挑発していたが――

OCGでのブルーアイズサポートの充実により
現在では《ホワイト・ホーンズ・ドラゴン》の方が残念なことになった――悔しいでしょうねぇ


今作のバトルシティではシーダー・ミールとペアを組んで行動している。
何故この組み合わせなのかというと――

他のカードプロフェッサーたちのデッキ毎に相性の良い順でペアを決めていたら

この2人が余った(´;ω;`)ブワッ


無理やり関連付けるとすれば
遊戯王Rでの「出番多いor少ないペア」



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第66話 知識



ドクター・コレクターVSアクター 前編です


前回のあらすじ
運命の女神「私の手を煩わせるんじゃねぇ――分かったな?」





 

 

 先攻はドクター・コレクター。

 

「私の先攻! ドロー!!」

 

 カードを引きつつ、ドクター・コレクターは今の己を取り巻く状況に頬が緩む。

 

 

 ドクター・コレクターは「バトルシティで役者(アクター)を狩れ」と依頼してきた依頼主に感謝していた。

 

 それは報酬の面だけでなく、その依頼の全てがドクター・コレクターの現状を打開する為に用意されたものといって差し支えなかったからだ。

 

 

 このバトルシティの予選では対戦相手は戦うまで誰かは分からない。

 

 仮にアクターがデッキを複数持っていたとしても、通常時の「そのデュエリストに対応したデッキ」とまではいかない。

 

 

 そしてドクター・コレクターのデッキ情報は全てその手で隠していた。ゆえにそのデッキを知るものはいない。

 

 さらにデッキは新しくバージョンアップされており、前のデッキの情報が万が一漏れていたとしても問題は少ないとドクター・コレクターは考える。

 

 試運転はそのドクター・コレクターの頭脳を持ってすれば頭の中でことが足りるゆえに使い慣れていないなどといった事態はドクター・コレクターには起こりえない。

 

 

 つまりアクターが戦うのは「ドクター・コレクター以外は誰も知らないデッキ」だ。

 

 ゆえに互いの条件は同じ。

 

――クククッ、アンタが勝ち続けられたのは相手の情報を全て握っていたゆえ!

 

 

 そしてドクター・コレクターは手札を整えるべくカードをデュエルディスクに差し込む。

 

「まずは魔法カード《手札抹殺》を発動! 互いに手札を全て捨て、捨てた枚数だけドローだ! 私は5枚捨て、5枚ドロー!!」

 

 ドクター・コレクターが墓地に送るカードをその超人的な視力で捉えるアクター。

 

 ドクター・コレクターが墓地に送ったのは《コスモクイーン》・《黒魔導師クラン》・《マジシャンズ・ヴァルキリア》・《ヂェミナイ・エルフ》・《シャッフル・リボーン》の5枚。

 

 

――原作にて使われていたカード……原作では除外ギミックを使っていたが、ここでは《次元融合》は禁止カード…

 

 アニメGXにてドクター・コレクターは自身のカードを除外し、除外されたモンスターを任意の数だけ特殊召喚できる《次元融合》を使い大量にモンスターを展開する戦術をとっていた。

 

 だが今ではルール整備が徹底されたゆえに《次元融合》はOCGと同じく通常のデュエルでは使用できない禁止カードである。

 

 

「5枚捨て、5枚ドロー」

 

 それゆえにドクター・コレクターのデッキを考察しながら手札を入れ替えるアクター。

 

 しかし、その内面に有るのは圧倒的感謝!!

 

 何故なら入れ替える前のアクターの手札は全て緑一色、魔法カードのみである――しかも現状半数が使えないカード。

 

 アクターは相変わらず手札がそれなりに事故っていた。

 

 しかし結果的に手札事故をドクター・コレクターに解消してもらったのだ! そう! 手札に召喚できるモンスターがいる安心感に浸っていた!

 

 

 そんなアクターの内心の歓喜などしるよしもなくドクター・コレクターはデュエルを進行する。

 

「そして《マジカル・コンダクター》を召喚!」

 

 緑のローブを纏った黒い長髪の女性が光と共に静かに現れその目をスッと開いた。

 

《マジカル・コンダクター》

星4 地属性 魔法使い族

攻1700 守1400

 

 

 召喚されたモンスターをフルフェイスの仮面の内側で見つつ思案するアクター。

 

――魔法使い族デッキなのはほぼ確定。しかし原作では使用しなかったカード……魔力カウンター軸? いや、この段階で断定するのは危険か……

 

「では早速行かせて貰おう! フィールド魔法! 《魔法族の里》!!」

 

 ドクター・コレクターの背後から木々が伸び、やがて森となって周囲を覆う。

 

 そして空からは暖かな木漏れ日が漏れ、《マジカル・コンダクター》を照らしていた。

 

「このカードが存在し私のフィールドにのみ魔法使い族モンスターがいる時! 貴様は魔法カードを発動できない! もっとも私のフィールドから魔法使い族モンスターがいなくなればその効果は私が受けるがな……」

 

 周囲の木々は魔法使い族以外を拒絶するかのように脈動する。

 

「そしてこの瞬間《マジカル・コンダクター》の効果が発動!」

 

 《マジカル・コンダクター》の周囲に光の球体がフワフワと浮かぶ。

 

「お互いが魔法カードを発動する度に、自身に魔力カウンターを2つ置く!!」

 

 その光の球体は魔力カウンター。

 

 《マジカル・コンダクター》が魔法カードによって発生した魔力を集めたものだった。

 

《マジカル・コンダクター》

魔力カウンター:0 → 2

 

「さらに永続魔法《魔法族の聖域》を発動!」

 

 《魔法族の里》の地面から石造りの廃墟となった祈りの場が現れる。

 

「このカードは私のフィールドのみに魔法カードが表側表示で存在する場合に発動でき――」

 

 その《魔法族の聖域》は《魔法族の里》への侵入を阻む結界となる。

 

「このカードがある限り魔法使い族以外のモンスターを貴様が召喚・特殊召喚したとしてもそのターンそのモンスターは攻撃も効果の発動もできん!」

 

 これにより《マジカル・コンダクター》は守られ、さらに《マジカル・コンダクター》が守られることで《魔法族の里》の効果も遺憾なく発揮される。

 

「尤も私のフィールドに魔法使い族モンスターがいなくなれば自壊してしまうがな……」

 

 ドクター・コレクターはそう言いつつも破壊はさせるつもりはないと鼻をならす。

 

「さらにコイツも発動しておこう――永続魔法《フィールドバリア》!!」

 

 《魔法族の里》を透明なバリアが覆っていく。

 

「これで《魔法族の里》は早々破壊できまい! そして新たに2枚の魔法カードが発動された――よって! 《マジカル・コンダクター》に魔力カウンターを乗せる!!」

 

 そして新たな2枚の魔法カードの魔力により《マジカル・コンダクター》の周囲にさらに4つの球体が浮かび、その数を6つに増やした。

 

《マジカル・コンダクター》

魔力カウンター:2 → 4 → 6

 

「そして《マジカル・コンダクター》の効果を発動!!」

 

 《マジカル・コンダクター》の周りをクルクルと回る魔力カウンター。

 

「自身に乗せられた魔力カウンターを任意の数取り除き、その数と同じレベルの魔法使い族モンスターを手札・墓地から呼び出す!」

 

 《マジカル・コンダクター》は空中に陣を描き始める。

 

「《マジカル・コンダクター》の魔力カウンターを4つ取り除き――」

 

 そしてその陣に4つの魔力カウンターが吸い込まれるように飛び去った。

 

《マジカル・コンダクター》

魔力カウンター:6 → 2

 

「――墓地より甦れ! 《マジシャンズ・ヴァルキリア》!!」

 

 《マジカル・コンダクター》の描いた陣を背に水色を基調にした魔力の衣を纏い、魔法使いらしい円錐状の帽子を被った女性がその長い茶の髪を揺らしつつ杖を構える。

 

《マジシャンズ・ヴァルキリア》

星4 光属性 魔法使い族

攻1600 守1800

 

「フフフ……だが安心するんだな! 《マジカル・コンダクター》の効果は1ターンに1度のみ、このターンこれ以上モンスターが並ぶことはない――カードを1枚伏せてターンエンドだ!」

 

 盤石の布陣を敷いたドクター・コレクターは己の有利を確信し内心で笑う。

 

 

 このデュエルに勝利し「役者(アクター)を倒した」事実があれば犯罪者であるドクター・コレクターであっても手元に置いておこうと考える人間は出てくる筈だ、と。

 

――フッ、もしそうなればこの面倒な逃亡生活ともおさらば出来るというものだ。

 

 

 そんな輝かしい未来を見据えるドクター・コレクターを余所にアクターは相手のデッキの中身を推理していく。

 

 

――魔法使い族軸の行動ロック? 魔力カウンター系も混ぜたのか? 原作で使っていた《黒魔導師クラン》も墓地に送られた……ロックバーンしつつビートダウンするデッキ?

 

 結果的に確実に言えるのは「魔法使い族を主軸にし、色々と盛り込んだデッキ」ということ――ハッキリ言って詳しい内容はこの時点ではアクターには判断できていない。

 

 しかし己には回せないようなデッキであることだけは悲しいほどに理解できていた。

 

「私のターン、ドロー」

 

 アクターは引いた手札とドクター・コレクターの《手札抹殺》で入れ替わった手札を見る。

 

 珍しいことに自身の1ターン目でかなり動けそうだった。

 

「《魔導書士 バテル》を召喚」

 

 水晶がはめ込まれた丸い青い帽子と青色ローブを身に纏った魔導士がとぼけた顔で左手に持った魔導書のページをパラパラめくる。

 

《魔導書士 バテル》

星2 水属性 魔法使い族

攻 500 守 400

 

「このカードの召喚時にデッキから『魔導書』魔法カード1枚を手札に加える――《グリモの魔導書》を手札に」

 

 そして魔導書のあるページを開き、頭に指をあて念じると魔導書から光があふれアクターの手札にカードが1枚加わった。

 

 

 その召喚されたモンスターを見てドクター・コレクターは内心で歯噛みする。

 

――クッ、ヤツが使ったのは魔法使いデッキだったか……

 

 これでは《魔法族の里》や《魔法族の聖域》の相手の行動を阻害するロックカードは意味をなさない。

 

 

 しかしドクター・コレクターにとって嬉しい誤算もある

 

――「『魔導書』魔法カード」との言葉、どうやら魔法カードを多用するデッキのようだ……なら魔力カウンターはかなり溜まる筈だ……

 

 《マジカル・コンダクター》は相手の魔法カードに対しても魔力カウンターを乗せることができる。

 

 それゆえにドクター・コレクターは互いのデッキの相性は決して悪くないと結論付けた。

 

 

 そんなドクター・コレクターの思惑に乗るように魔法カードを発動させるアクター。

 

「永続魔法《魔導書廊エトワール》発動」

 

 《魔法族の里》の対面にいくつもの柱のようなものが地面からせり上がり、その空を夜の闇で満たす。

 

「だが貴様が魔法カードを発動したことで《マジカル・コンダクター》に魔力カウンターが乗る!」

 

 その暗がりを嫌うように《マジカル・コンダクター》の周囲に新たな魔力の光が灯った。

 

《マジカル・コンダクター》

魔力カウンター:2 → 4

 

「魔法カード《グリモの魔導書》を発動。デッキから《グリモの魔導書》以外の『魔導書』カードを1枚手札に加える――《セフェルの魔導書》を手札に」

 

 薄く紫に発光する《グリモの魔導書》が空中で開き、その力を以てしてさらなる魔導書を引き寄せる。

 

「やはり魔法カードを多用するデッキのようだな! 魔法カードの発動により《マジカル・コンダクター》に魔力カウンターが乗る!」

 

 己の予想通りの結果にドクター・コレクターは満足しつつ《マジカル・コンダクター》に更なる魔力を灯させる。

 

《マジカル・コンダクター》

魔力カウンター:4 → 6

 

「『魔導書』と名のついた魔法カードが発動したことで永続魔法《魔導書廊エトワール》に魔力カウンターが1つ乗る」

 

 だが《魔導書廊エトワール》によって齎された深い夜の空に一つの魔力カウンターが星のように煌いた。

 

《魔導書廊エトワール》

魔力カウンター:0 → 1

 

「フッ、互いに魔力カウンターを使用するデッキか……とんだミラーマッチになったものだ」

 

 様々な言葉を投げかけ揺さぶりをかけるドクター・コレクターだがアクターは気に留める様子もなく淡々とデュエルを続けていく。

 

「自分フィールドに魔法使い族モンスターが存在する為、魔法カード《セフェルの魔導書》を発動」

 

 フィールドに現れる新たな魔導書。

 

「効果により手札の他の『魔導書』魔法カード――《ゲーテの魔導書》を見せ、《セフェルの魔導書》以外の墓地の『魔導書』通常魔法カード1枚の効果を得る」

 

 そしてその《セフェルの魔導書》が開かれるとともに黒い霧のようなものが溢れ、異なる空間へと伸びていく。

 

「墓地の《グリモの魔導書》の効果を得る。そしてデッキから《アルマの魔導書》を手札に」

 

 次々と発動される魔法カードにドクター・コレクターはほくそ笑む。

 

「フハハッ、いいのか? そんなに不用意に魔法カードを発動して! 私の《マジカル・コンダクター》に魔力カウンターがどんどん溜まっていくぞ!」

 

 そのドクター・コレクターの言葉に呼応するように《マジカル・コンダクター》を覆い隠す程に魔力カウンターが溢れていく。

 

《マジカル・コンダクター》

魔力カウンター:6 → 8

 

「『魔導書』と名のついた魔法カードが発動したことで永続魔法《魔導書廊エトワール》に魔力カウンターが1つ乗る」

 

 空に魔力カウンターの星がさらに一つ煌く。

 

《魔導書廊エトワール》

魔力カウンター:1 → 2

 

「自分フィールドの魔法使い族モンスター《魔導書士 バテル》をリリースし、手札から《沈黙の魔術師-サイレント・マジシャン》を特殊召喚」

 

 《魔導書士 バテル》が跪き、その身を光に変え大地に魔法陣を描く。

 

 そこから白い長髪を白い魔法使いらしい帽子に収め、どこか修道服を思わせる青と白の法衣を纏った魔法使いが現れた。

 

 そして先端が剣のようになっている小振りな杖を背の後ろに構える。

 

《沈黙の魔術師-サイレント・マジシャン》

星4 光属性 魔法使い族

攻1000 守1000

 

 モンスターを1体リリースしてまで呼び出したモンスターの攻撃力は僅か1000。

 

「御大層に現れたようだが、どのみち攻撃力は私のモンスターには及ばない!」

 

 それゆえにドクター・コレクターはそこからどうすると様子を窺いつつ挑発する。

 

「永続魔法《魔導書廊エトワール》により自分フィールド上の魔法使い族モンスターの攻撃力は、このカードに乗っている魔力カウンターの数×100アップする」

 

 夜空に輝く魔力カウンターの2つが《沈黙の魔術師-サイレント・マジシャン》を照らす。

 

「《魔導書廊エトワール》に乗った魔力カウンターは2つ、よって200ポイント攻撃力が上昇」

 

 照らされた光によって攻撃力が上昇するが――

 

《沈黙の魔術師-サイレント・マジシャン》

攻1000 → 攻1200

 

 その数値は僅か200――あってないようなものだ。

 

「フハハハ! 足りん、足りんな! まったくもって攻撃力が足りんぞ!」

 

 ゆえにドクター・コレクターは嘲笑をもって返した。

 

「《沈黙の魔術師-サイレント・マジシャン》の攻撃力は自身の手札の数×500上昇」

 

 だがそのドクター・コレクターの笑いを遮るように《沈黙の魔術師-サイレント・マジシャン》は杖を天に掲げる。

 

「私の手札は4枚――よって攻撃力が2000ポイント上昇」

 

 するとその杖に魔力が満ちていき白く光り輝く。

 

《沈黙の魔術師-サイレント・マジシャン》

攻1200 → 攻3200

 

「ほう、攻撃力を3200まで上げたか……だが《マジシャンズ・ヴァルキリア》がいる限り私の《マジカル・コンダクター》に攻撃は届かん」

 

「バトルフェイズ、《沈黙の魔術師-サイレント・マジシャン》で《マジシャンズ・ヴァルキリア》を攻撃」

 

 ならば順番に片付ければいいだけだと《沈黙の魔術師-サイレント・マジシャン》の杖から放たれる一撃が《マジシャンズ・ヴァルキリア》に迫るが――

 

「だが! 私の《マジシャンズ・ヴァルキリア》に易々と手が届くと思うな! 魔法使い族の攻撃宣言時に罠カード《マジシャンズ・サークル》を発動!!」

 

 その一撃は六芒星の描かれた魔法陣が盾となって防ぐ。

 

「互いのプレイヤーは、それぞれ己のデッキから攻撃力2000以下の魔法使い族モンスター1体を攻撃表示で特殊召喚しなければならない!!」

 

 その場でクルクルと回転する《マジシャンズ・サークル》。

 

 

 当初の予定ではドクター・コレクターの魔法使い族の攻撃宣言時に発動する予定だった。

 

 だがアクターも魔法使い族のデッキを用いた為、より早く使用出来るようになった事実にドクター・コレクターは満足気だ。

 

「私が呼び出すのは当然――2体目の《マジシャンズ・ヴァルキリア》!!」

 

 そして《マジシャンズ・サークル》から1体目の《マジシャンズ・ヴァルキリア》に向かって2体目の《マジシャンズ・ヴァルキリア》が飛び出す。

 

《マジシャンズ・ヴァルキリア》

星4 光属性 魔法使い族

攻1600 守1800

 

「これで2体の《マジシャンズ・ヴァルキリア》の他の魔法使い族モンスターを攻撃対象にできない効果が重複し! 貴様は攻撃することすら出来ん!!」

 

 その2体の《マジシャンズ・ヴァルキリア》は互いに杖を交差させ、あらゆる攻撃を許さぬ強固な結界を生み出した。

 

 

 そんな攻撃自体が封じられた状況だが当のアクターは《マジシャンズ・サークル》の発動をありがたがっていた。

 

 

 それは手札に他のモンスターもおらず呼ぶ当ても今の所なかった為、追加でモンスターを呼べるのはアクターにとって願ったりかなったりなゆえに。

 

「私はデッキより《魔導教士 システィ》を特殊召喚」

 

 そして《マジシャンズ・サークル》から緑の法衣を纏った魔法使いが右手に青い剣のような、左手に黄金の天秤を思わせる道具をそれぞれ持って魔法使いの一団と対峙する。

 

《魔導教士 システィ》

星3 地属性 魔法使い族

攻1600 守 800

 

 

 しかしドクター・コレクターの攻撃ロックによってこれ以上の追撃ができない。

 

 だが気がかりだったドクター・コレクターのセットカードも消えた今、自由に展開できるとアクターは内心で一安心だと胸を撫で下ろす。

 

「バトルを終了し、手札から魔法カード《ルドラの魔導書》を発動」

 

 そして更なる魔導書が天より顕現する。

 

「このカード以外の手札・フィールドの『魔導書』、もしくは魔法使い族モンスター1枚を墓地に送りデッキから2枚ドローする」

 

 その《ルドラの魔導書》に《沈黙の魔術師-サイレント・マジシャン》と《魔導教士 システィ》は手をかざし、その力を解き放とうとするが――

 

「さらにその効果にチェーンして速攻魔法《ゲーテの魔導書》を発動」

 

 さらに新たな魔導書がその力に割り込むように現れる。だが魔術師たちは問題なく魔導書の力を制御下においた。

 

「墓地の『魔導書』魔法カードを3枚まで除外し、除外した枚数で効果を適用する」

 

 そしてチェーンの逆処理により《ゲーテの魔導書》の力が先に発揮される。

 

「私は墓地の《魔導書院ラメイソン》・《ヒュグロの魔導書》・《セフェルの魔導書》の3枚を除外して――」

 

 宙に浮かぶ3枚の魔導書カードが時空に吸い込まれるようにその姿を消し――

 

「相手フィールド上のカード1枚を選んでゲームから除外する効果を適用――《フィールドバリア》を除外」

 

 それを贄として取り込んだ《ゲーテの魔導書》から放たれた3つの光が《フィールドバリア》を打ち抜いた。

 

「そしてチェーンの逆処理により《ルドラの魔導書》の効果が適用され、今フィールドに出た《ゲーテの魔導書》を墓地に送り2枚ドロー」

 

 役目を終えた《ゲーテの魔導書》を取り込んだ《ルドラの魔導書》の魔力はアクターの手札に光となって加わった。

 

 

 除外された《フィールドバリア》を余所にドクター・コレクターは思わず呟く。

 

「実質手札損失なしか……いやそれよりも……」

 

――何故《ゲーテの魔導書》で《マジシャンズ・ヴァルキリア》を除外しなかった?

 

 内心でそう考えざるを得なかった。

 

 

 速攻魔法ゆえにバトルフェイズ中でも発動でき、そうしていればドクター・コレクターのモンスターに追撃を掛けることも出来た筈である。

 

 

 しかしその答えは直ぐに判明する。

 

「魔法カード《アルマの魔導書》を発動。除外されている『魔導書』魔法カードを手札に加える。《魔導書院ラメイソン》を手札に」

 

 新たに発動された魔導書によって異次元のゲートが開き、そこからカードが1枚アクターの手札に加わる。

 

 

 そのカードは「ドロー効果」を持ったフィールド魔法。

 

 そう、アクターは追撃よりもドローを欲したのだ――早い話が手札事故を未だに恐れているのだ。

 

 少々情けない理由である。

 

「そして手札に加えたフィールド魔法《魔導書院ラメイソン》を発動。新たなフィールド魔法が発動されたことで《魔法族の里》は破壊される」

 

 《魔法族の里》を囲む木々をなぎ倒し、塔のような建造物が現れた。

 

 その建物の先にはアンテナのようなものが立ちその周囲に大きな円が魔力によって描かれる。

 

「4枚の『魔導書』魔法カードが発動したことでフィールド上の魔力カウンターを置く効果を持つカードにそれぞれ魔力カウンターが乗る」

 

 そして思案にふけるドクター・コレクターの代わりに魔力カウンターが乗る旨を説明するアクター。

 

 《マジカル・コンダクター》の周囲に浮かぶ魔力カウンターの数はかなりのものとなり、もはや《マジカル・コンダクター》の姿はアクターの側からは窺えない。

 

《マジカル・コンダクター》

魔力カウンター:8 → 10 → 12 → 14 → 16

 

 さらに空に魔力カウンターが星のように煌く。数が増えたせいなのか魔力カウンターが星座を描き始めていた。

 

《魔導書廊エトワール》

魔力カウンター:2 → 3 → 4 → 5 → 6

 

「カードを2枚セットしてターンエンド」

 

 ターンエンドが宣言されたゆえにドクター・コレクターはデッキに手をかけるが、それを遮るようにアクターが言葉を放つ。

 

「手札の枚数と《魔導書廊エトワール》の魔力カウンターの数の変化により《沈黙の魔術師-サイレント・マジシャン》の攻撃力が変化」

 

 《沈黙の魔術師-サイレント・マジシャン》の杖が光輝いたり陰ったりなど目まぐるしく変わり、やがてほどほどの光で落ち着いた。

 

《沈黙の魔術師-サイレント・マジシャン》

攻3200 → → → 攻2100

 

「さらにエンド時に《魔導教士 システィ》の効果を発動。『魔導書』魔法カードを発動した私のターンのターン終了時にフィールド上の自身をゲームから除外」

 

 《魔導教士 システィ》が武具を持った両の手を広げ、天へと昇っていく。

 

「そしてデッキから光属性または闇属性の魔法使い族・レベル5以上のモンスター1体と、『魔導書』魔法カード1枚を手札に加える――私は光属性・レベル7の《魔導法士 ジュノン》と魔法カード《グリモの魔導書》を手札に」

 

 そして天から2枚のカードがアクターの手札に加わった。これでアクターの手札は4枚。

 

「手札の枚数が増えたことで《沈黙の魔術師-サイレント・マジシャン》の攻撃力が上昇」

 

 再び光り輝く《沈黙の魔術師-サイレント・マジシャン》の杖。

 

《沈黙の魔術師-サイレント・マジシャン》

攻2100 → 攻3100

 

 

 あれ程の魔法カードを発動し、魔法・罠ゾーンのカードも豊富にも関わらずアクターの手札は3枚。

 

 

 その事実にドクター・コレクターの背に嫌な汗が流れた。

 

 

 だがそんな彼は気付かない――その程度は些細な問題なことに。

 

 

 






今作でもOCGと同じく速攻魔法《魔導書の神判》は禁止カード扱いになっております




相手の不調(手札事故)を察して

互いに全力でデュエルできるように
自身の戦略に
《手札抹殺》と《マジシャンズ・サークル》を組み込み発動した

ドクター・コレクターはデュエリストの鏡!(そんな訳がない)

これはプロやわ…… (* - ω - ) ウンウン




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第67話 完全記憶


ドクターコレクターVSアクター 後編です



前回のあらすじ
アクター「墓地は公開情報――ゆえに(超視力で)見て確認する」

牛尾「いや、無茶言うなよ」



 

 

 

 アクターの大量に発動されたカードの数々に強い警戒を見せるドクター・コレクター。そして意を決してデッキに手をかける。

 

「…………私のターン! ドロー!」

 

 セットカードが0にも関わらずドクター・コレクターの手札は2枚――少々心許なかった。

 

 だが足りないならば増やせばいい。

 

「貴様のデッキが魔法使い族を用いるのならばこのカードは不要だ! 私は墓地の《シャッフル・リボーン》を除外し効果を発動! 私のフィールドの永続魔法《魔法族の聖域》をデッキに戻し1枚ドロー!!」

 

 《魔法族の聖域》が光の粒子となって消えていき、その光はドクター・コレクターの手札に加わる。

 

「次に魔法カード《闇の量産工場》を発動! 墓地の通常モンスター《ヂェミナイ・エルフ》と《コスモクイーン》を手札に!!

 

 地面から縦にせり上がったベルトコンベアに手をかけて上る2体の魔法使いがドクター・コレクターの元に戻り――

 

「さらに魔法カード《トレード・イン》! 手札のレベル8の《コスモクイーン》を墓地に送り2枚ドロー!!」

 

 すぐさま墓地に戻される《コスモクイーン》――恨めしそうにドクター・コレクターを見つめるが当の本人は気づいた様子はない。

 

「そして《ヂェミナイ・エルフ》を通常召喚!!」

 

 白い肌に金の髪の妹と黒い肌で赤毛の姉の双子のエルフが仲睦まじく歩み出る。

 

《ヂェミナイ・エルフ》

星4 地属性 魔法使い族

攻1900 守 900

 

「そして《ヂェミナイ・エルフ》に装備魔法《ワンダー・ワンド》を装備!!」

 

 《ヂェミナイ・エルフ》に緑の宝玉があしらわれた杖が現れる。

 

「攻撃力が500ポイントアップするが――私は《ワンダー・ワンド》のもう一つの効果を発動する!」

 

 姉妹仲良く《ワンダー・ワンド》を手にしていたが――

 

《ヂェミナイ・エルフ》

攻1900 → 攻2400

 

「《ワンダー・ワンド》自身とそれを装備した《ヂェミナイ・エルフ》を墓地に送りデッキからカードを2枚ドロー!!」

 

 《ヂェミナイ・エルフ》は《ワンダー・ワンド》に吸い込まれ姿を消し、その杖が光となってドクター・コレクターの手札を潤した。

 

「おっと3枚の魔法カードが発動したことで《マジカル・コンダクター》にさらに魔力カウンターを乗せさせて貰おう!!」

 

 《マジカル・コンダクター》の周囲には20を超える魔力カウンターが浮かんでいる。

 

 だが当の《マジカル・コンダクター》はその数の多さに若干息苦しそうだ。

 

《マジカル・コンダクター》

魔力カウンター:16 → 18 → 20 → 22

 

「ククッ! 貴様のサイレント・マジシャンの攻撃力は確かに脅威だが――わざわざ真正面から相手をすることもない! 私は魔法カード《メガトン魔導キャノン》を発動!!」

 

 ドクター・コレクターの背後に太古の技術で生み出された砲台がどこからともなく現れる。

 

「このカードは相手フィールドの全てのカードを破壊する!!」

 

 そう言って砲台をアクターのフィールドに向けるドクター・コレクター。そして嗜虐的な笑みを浮かべながら語る。

 

「だがその条件として私のフィールドの10個もの魔力カウンターを取り除かねばならんが――」

 

 その重い発動条件も問題なくクリアされている。

 

「――貴様が魔法カードを乱発したお蔭で《マジカル・コンダクター》には22個もの魔力カウンターがある!!」

 

 他ならぬアクターの手によって。

 

「貴様の魔法カードの乱発が己の首を絞める結果になるとはな! 魔力カウンター充填!!」

 

 そして《マジカル・コンダクター》が周囲の魔力カウンターを引っ掴み、《メガトン魔導キャノン》にくべていく。

 

《マジカル・コンダクター》

魔力カウンター:22 → 12

 

「《メガトン魔導キャノン》!! 発射ァ!! 薙ぎ払え!!」

 

 やがて《メガトン魔導キャノン》に魔力が漲り、全てを破壊する古代魔法文明の英知の結晶がドクター・コレクターの宣言によって今! 放たれ――

 

 

 なかった。

 

 

 思わず振り返って《メガトン魔導キャノン》の状態を見るドクター・コレクター。

 

 しかし肝心の《メガトン魔導キャノン》はその内部で熱暴走を起こし、表面がドロドロと溶け始めていた。

 

「どうした! さっさと撃たんか!! それでも禁忌の兵器か!!」

 

 そのドクター・コレクターの声にも《メガトン魔導キャノン》は何の反応もしない。

 

 そんなドクター・コレクターにアクターは内心の言い難さを隠しつつ告げる。

 

「……《沈黙の魔術師-サイレント・マジシャン》は1ターンに1度、魔法カードの発動を無効にできる」

 

 サイレント・マジシャンがその指をならすと《メガトン魔導キャノン》は内側から爆発し、その溶けた残骸だけが地面に転がった。

 

 その破壊兵器の残骸を軽蔑するかのように冷たく見下ろすサイレント・マジシャン。

 

 

 魔法カードの「発動が無効」つまり「発動していないことになった」ゆえに《マジカル・コンダクター》に魔力カウンターが乗ることはない。

 

 思わぬ迎撃に苛立ちつつもドクター・コレクターの手は止まらない。

 

「くっ! ならば《マジカル・コンダクター》の効果を発動! 魔力カウンターを8つ取り除き、墓地からレベル8のモンスターを特殊召喚だ!!」

 

 《マジカル・コンダクター》が天に描いた魔法陣に魔力カウンターが注がれ、陣が力強く脈動する。

 

《マジカル・コンダクター》

魔力カウンター:12 → 4

 

 そして周囲の魔力カウンターが目に見えて減ったせいか《マジカル・コンダクター》はどこか晴れ晴れとしていた。

 

「現れろ! 全宇宙の統治者! 絶対なる女王! 《コスモクイーン》!!」

 

 そして天から現れるは血のように赤いローブを纏った宇宙の女王。

 

 そのローブから見える手は異常に大きくその肌は薄い紫がかっていた。

 

 肩幅以上の横幅を持つ金の巨大な王冠は女王たる証。

 

《コスモクイーン》

星8 闇属性 魔法使い族

攻2900 守2450

 

「バトルだ!! 行けっ! 《コスモクイーン》!! サイレント・マジシャンに攻撃だ!! コズミック・ノヴァ!!」

 

 《コスモクイーン》の両手に赤黒いエネルギーが集まっていく。その巨大な力はそこに存在するだけで周囲の空間に軋みを与えた。

 

 

 だがそんな中で手札のカードに僅かに視線を落としたドクター・コレクターの姿を無駄に鍛えられた視力で捉えるアクター。

 

――手札から速攻魔法? タイミング的にステータス変化?

 

 一瞬の迷いを振り切りアクターは決断する。

 

「その攻撃宣言時にセットされた速攻魔法《ゲーテの魔導書》を発動。墓地の《ネクロの魔導書》・《ルドラの魔導書》・《ヒュグロの魔導書》の3枚を除外」

 

 再び墓地の3枚のカードが異次元へと消え、《ゲーテの魔導書》の力が行使される。

 

「それにより相手フィールド上のカード1枚を選んでゲームから除外する効果を適用――《コスモクイーン》を除外」

 

 異次元のゲートが開かれ、そこから這い出た大量の黒い腕が《コスモクイーン》を引き摺りこまんと殺到する。

 

 その向かってくる腕に対しサイレント・マジシャンを攻撃する為の力を放ち懸命に抵抗する《コスモクイーン》。

 

 

 ドクター・コレクターは己の手札の1枚をじっと見つめるも、やがて眼を逸らし沈痛な面持ちで決断する。

 

「済まない……《コスモクイーン》ッ!」

 

 己が仲間を見捨てる選択を。

 

 そして黒い腕に掴まり異次元へと引き摺りこまれる《コスモクイーン》。

 

 だがその顔には気丈な笑みが映っていた。

 

「『魔導書』魔法カードの発動により《魔導書廊エトワール》に魔力カウンターが乗る」

 

 夜空に《コスモクイーン》の墓標のように浮かぶ魔力カウンター。

 

《魔導書廊エトワール》

魔力カウンター:6 → 7

 

「だがそれは此方も同じことだ!」

 

 そして《コスモクイーン》の忘れ形見のように《マジカル・コンダクター》の周囲に浮かぶ魔力カウンター。

 

《マジカル・コンダクター》

魔力カウンター:4 → 6

 

 そんなソリッドビジョンが見せる魔力カウンターの姿にドクター・コレクターは悔し気に拳を握りしめている。

 

 

 だがアクターの視線は一点にのみ注がれていた――先ほどドクター・コレクターが使うか否か迷いを見せたカードに。

 

――確定情報は「バトルフェイズに手札から発動可能」、「魔法効果の除外を防ぐ」、「攻撃力の勝るサイレント・マジシャンを戦闘破壊・もしくは除去が可能」。

 

 その情報から冥界の王の力によって容量を増した脳で前世の記憶を再確認した己の知識と、神崎 (うつほ)の立場を使って集めたこの世界のカード知識を駆使して予想を立てるアクター。

 

――最も可能性が高いのは《禁じられた聖槍》。次点で《エネミーコントローラー》。

 

 そんなアクターの探る視線はドクター・コレクターにとっては不気味でしかない。

 

 

 今のドクター・コレクターにあるのは「モルモットでも観察するような視線」、言い得て不気味なものだった。

 

 だがドクター・コレクターは己の意識をしっかりと保ち、打てる手を打っていく。

 

「ならば私は《マジカル・コンダクター》と2体の《マジシャンズ・ヴァルキリア》を守備表示に変更! 最後にカードを3枚伏せてターンエンドだ!!」

 

 守備表示になる3体の魔法使いたち。その顔にはドクター・コレクターの感じている不安が伝播しているようにも見える。

 

「エンド時に《シャッフル・リボーン》の効果で手札を除外せねばならないが、今の私の手札は0! 問題はない!!」

 

 カードを3枚伏せたドクター・コレクター。

 

 普通に考えれば《シャッフル・リボーン》のデメリット効果を回避する為の行為だ。

 

 

 だがデュエリストのドロー力の前にその仮定は容易く崩れ去る。

 

――ブラフ? いや、この状況で最適なカードを引けるのが彼ら(デュエリスト)。とはいえ警戒すべきは3枚の内の2枚。しかしその2枚でこの盤面を覆すのは難しい筈。

 

 

 アクターはそう考えつつも身近なとんでも例(遊戯)を知るゆえに正直気が気ではなかった。

 

「私のターン、ドロー」

 

 しかしそんなことはおくびにも出さずにデュエルを続けるアクター。

 

「スタンバイフェイズにフィールド魔法《魔導書院ラメイソン》の効果を発動」

 

 《魔導書院ラメイソン》の建物を囲うように魔力の帯が奔っていく。

 

「1ターンに1度、自分フィールド上に魔法使い族モンスターがいる時、《魔導書院ラメイソン》以外の自分の墓地の『魔導書』魔法カード1枚をデッキの一番下に戻し、カードを1枚ドローできる」

 

 そしてその魔力の帯は魔法陣の役割を果たし魔術を行使し――

 

「墓地の《ゲーテの魔導書》をデッキの一番下に戻しドロー」

 

 アクターの手札を潤した。

 

 その新たに加わったカードと手札を見比べたアクターはドクター・コレクターの2枚のセットカードの攻略に移る。

 

「手札の『魔導書』魔法カードを3枚公開することで――」

 

 そして公開された《グリモの魔導書》・《セフェルの魔導書》・《トーラの魔導書》の3枚の魔導書それぞれから魔法陣が放たれ折り重なる。

 

「手札から《魔導法士 ジュノン》を特殊召喚」

 

 その折り重なった魔法陣から白い軽装の法衣に身を包んだ桃色の髪の魔導法士が現れる。

 

 そして空中に魔法で足場を生み出しそこに腰掛け、その手に持った緑の魔導書を自身の膝に置いた。

 

《魔導法士 ジュノン》

星7 光属性 魔法使い族

攻2500 守2100

 

 大型モンスターを呼び出しドクター・コレクターの様子を窺うアクター。

 

 

 それに対しドクター・コレクターは「待ってました」といわんばかりにセットカードを発動させる。

 

――まずは1枚目。

 

 内心でそう思いつつハラハラしながらドクター・コレクターのセットカードの正体を待つアクター。

 

「かかったな! 私はその特殊召喚に罠カード《黒魔族復活の棺》を発動させて貰おう!!」

 

 ドクター・コレクターの足元から黒い瘴気と共に六芒星が浮かんだ水晶を中心にはめ込んだ十字架が取り付けられた赤紫の棺が現れた。

 

「このカードは相手がモンスターの召喚・特殊召喚に成功した時、そのモンスター1体と私のフィールドの魔法使い族モンスター1体を墓地に送り――」

 

 やがてその棺はギィと音を立て静かに開く。

 

「その後、私のデッキもしくは墓地から魔法使い族・闇属性モンスター1体を特殊召喚できる!!」

 

 そして贄を求めるように棺から黒い瘴気が噴出した。

 

「私の《マジカル・コンダクター》と貴様の《魔導法士 ジュノン》を柩に納める!!」

 

 その噴出した瘴気はドクター・コレクターの指示を聞きとげ《マジカル・コンダクター》と《魔導法士 ジュノン》に迫るが――

 

「その効果にチェーンしてセットされた速攻魔法《トーラの魔導書》を発動。フィールドの魔法使い族モンスター1体にこのターンのみ魔法カードもしくは罠カードへの耐性を与える」

 

 自身に向かってくる瘴気に《魔導法士 ジュノン》は両の手を広げ、魔力を漲らせる。

 

 すると膝の上の魔導書が宙に浮かび一人でにページがパラパラと捲れ出す。

 

「私は《魔導法士 ジュノン》に罠カードへの耐性を与える。よって《魔導法士 ジュノン》はこのターン罠カードの効果を受けない」

 

 そして魔導書が淡い緑の光を放つと《魔導法士 ジュノン》に向かってきていた瘴気は見えない壁に弾かれた。

 

 

 これにより罠カード《黒魔族復活の棺》への贄は《マジカル・コンダクター》のみ、贄の足りぬ《黒魔族復活の棺》の新たなモンスターを呼ぶ効果は発揮されない。

 

 このままでは《マジカル・コンダクター》の無駄死にだ。だがドクター・コレクターは自身のカードを2度は見捨てまいとセットカードを発動させる。

 

「私の《マジカル・コンダクター》はやらせん! そのカードにチェーンして速攻魔法《禁じられた聖槍》を発動!!」

 

――やはり《禁じられた聖槍》か……2枚目。

 

 そう思いながらアクターはドクター・コレクターの3枚目のセットカードを見つつ、内心でそのカードに警戒し、盤面をひっくり返されないかと心配を募らせる。

 

「その効果により対象モンスター1体の攻撃力を800下げる代わりに魔法・罠耐性を与える!!」

 

 天から勢いよく地面に刺さった《禁じられた聖槍》を《マジカル・コンダクター》は《禁じられた聖槍》の全てを拒絶するかのような波動に眉をひそめつつ、引き抜いた。

 

《マジカル・コンダクター》

攻1700 → 攻900

 

「これで私の《マジカル・コンダクター》も《黒魔族復活の棺》の効果を受けない!!」

 

 そして《マジカル・コンダクター》はその《禁じられた聖槍》を以て己に迫る瘴気を切り裂き突き進み、《黒魔族復活の棺》にその聖槍を突き立てる。

 

 

 その聖なる槍の一突きによって瘴気は消え、《黒魔族復活の棺》にヒビが広がり、やがて砕け散った。

 

「『魔導書』魔法カードの発動により《魔導書廊エトワール》に魔力カウンターが乗る」

 

 空にその《マジカル・コンダクター》の健闘を称えるように魔力カウンターが浮かぶ。

 

《魔導書廊エトワール》

魔力カウンター:7 → 8

 

「こちらも2枚の魔法カードの発動により《マジカル・コンダクター》に魔力カウンターが乗る!」

 

 一仕事を終えたと額の汗を拭う《マジカル・コンダクター》の周囲に魔力カウンターが浮かぶが、数が多いせいか暑苦しいといわんばかりに手を振る《マジカル・コンダクター》。

 

《マジカル・コンダクター》

魔力カウンター:6 → 8 → 10

 

――これで最後の3枚目。

 

 そう意を決してドクター・コレクターの3枚目のセットカードに攻め入るアクター。

 

「《魔導法士 ジュノン》の効果を発動。手札もしくは墓地の『魔導書』魔法カードを1枚除外しフィールド上のカード1枚を破壊する」

 

 《魔導法士 ジュノン》が指先を銃のように構え、どのカードを狙うかを物色し始める。

 

 その指が己の方を向く度に肩を震わせるドクター・コレクターの魔法使いたち。

 

「墓地の《トーラの魔導書》を除外してセットカードを破壊」

 

 そしてドクター・コレクターのセットカードを向けて《魔導法士 ジュノン》の指が止まり、その指先から魔力の弾丸が発射された。

 

 

 砕け散るドクター・コレクターの最後のセットカード。

 

 その姿を見届け、銃の銃口に見立てた指先をガンマンのように息でフッと吹く《魔導法士 ジュノン》。

 

「クッ――だが貴様が破壊した速攻魔法《魔導加速(マジック・ブースト)》の効果を発動させてもらおう!」

 

 砕け散ったカードが黄金の光を放ち、ドクター・コレクターのフィールドに集まっていく。

 

「このカードが相手の効果で破壊された場合! 私のデッキから魔力カウンターを置く事ができるモンスター1体を特殊召喚し、そのモンスターに魔力カウンターを2つまで置く!!」

 

 その黄金の輝きは人の形に変わっていき――

 

「私はデッキから《闇紅の魔導師(ダークレッド・エンチャンター)》を攻撃表示で特殊召喚!」

 

 輝きが収まった先には宝玉の埋め込まれた大きな肩当てに深紅の衣をまとった白い長髪の人物が額から後ろに伸びる角のような装飾の帽子を被り直し現れた。

 

闇紅の魔導師(ダークレッド・エンチャンター)

星6 闇属性 魔法使い族

攻1700 守2200

 

「そして《魔導加速(マジック・ブースト)》の効果で魔力カウンターを2つ置く!!」

 

 《闇紅の魔導師(ダークレッド・エンチャンター)》の持つ先端が三日月の形を取り、オレンジ色の宝玉がその三日月にかませられた杖の周囲に宝玉と同じ色の魔力カウンターが2つ舞う。

 

闇紅の魔導師(ダークレッド・エンチャンター)

魔力カウンター:0 → 2

 

「そしてこのカードは自身に乗った魔力カウンターの数×300ポイント攻撃力がアップ! 今乗っているのは2つ! よって600ポイントアップだ!」

 

 すると《闇紅の魔導師(ダークレッド・エンチャンター)》の肩当てとその杖の宝玉が淡く発光した。

 

闇紅の魔導師(ダークレッド・エンチャンター)

攻1700 → 攻2300

 

「さらにこのカードは《マジカル・コンダクター》と同じく互いが魔法カードを発動する度に自身に魔力カウンターを乗せる! もっとも《マジカル・コンダクター》とは違い1つずつだがな……」

 

 新たに呼び出したモンスターの説明をいれるドクター・コレクター。

 

 しかしそれは親切心ではなく――

 

「先のターンのように不用意に魔法カードを発動させればどうなるか――分からぬ貴様ではあるまい」

 

 アクターに対する牽制の意味合いが大きい。

 

 

 だが当のアクターは最後の不確定だったドクター・コレクターのセットカードを確認し、相手のフィールド・手札・墓地のカード全てを把握できた為、大した効果は見られない。

 

「魔法カード《グリモの魔導書》を発動。デッキから『魔導書』カード――2枚目の《魔導書士 バテル》を手札に」

 

 宙に現れた《グリモの魔導書》のページが開かれそこから人の影がアクターの手札に加わる。

 

「《魔導書士 バテル》を召喚。召喚時の効果でデッキから『魔導書』魔法カード――《ゲーテの魔導書》を手札に」

 

 そしてその人影はすぐさまフィールドに呼び出され、億劫そうに頭を掻きながら《魔導書士 バテル》が歩み出て、懐から《ゲーテの魔導書》を取り出しアクターに手渡した。

 

《魔導書士 バテル》

星2 水属性 魔法使い族

攻 500 守 400

 

「魔法カード《セフェルの魔導書》を発動。墓地の《グリモの魔導書》の効果を得て、デッキから『魔導書』カード――《トーラの魔導書》を手札に」

 

 再び《セフェルの魔導書》が開かれ、黒い霧のようなものが現れるが2度目になれば慣れるのか《魔導書士 バテル》は手慣れた様子で黒い霧に手を突っ込み何かを探る。

 

 そして引き抜いた新たな魔導書をアクターに面倒そうに手渡した。

 

 

 先のターンの焼き増しのように次々と現れる魔導書。そこには一切のためらいは見られない。

 

「おい! 聞いているのか! 貴様が魔法カードを発動する度――」

 

 そんなドクター・コレクターの言葉も聞いていないようにアクターはデュエルを進める。

 

 

 アクターからすれば自身の発動するカードの多さからドクター・コレクターをあまり待たせないように気を使っているだけだったりするのだが、残念ながらその気遣いは伝わってはいない。

 

「魔法カード《ルドラの魔導書》発動――それにチェーンして速攻魔法《ゲーテの魔導書》を発動」

 

 前のターンに使用した2枚の魔導書の効果が折り重なる。

 

「チェーンの逆処理により速攻魔法《ゲーテの魔導書》の効果を適用。墓地の《グリモの魔導書》・《ゼフォルの魔導書》・《ヒュグロの魔導書》の3枚を除外し――」

 

 そして天に浮かび上がった複数の術式が複雑に入り組んだ魔法陣から火花が飛び散り――

 

「《マジシャンズ・ヴァルキュリア》を除外」

 

 そこから落ちた業火が《マジシャンズ・ヴァルキュリア》を捉え、存在を否定するかのようにその身を焼き尽くした。

 

「《マジシャンズ・ヴァルキュリア》ッ!」

 

 そのドクター・コレクターの悔し気な叫びもアクターは意に介さないようにデュエルを続ける。

 

「そして《ルドラの魔導書》の効果で《ゲーテの魔導書》を墓地に送り2枚ドロー」

 

 役目を終えた天に浮かぶ魔法陣が崩れ、アクターの手元に集まり新たな手札へと変わる。

 

 

 だが急に動きを止めるアクター。

 

「4枚の『魔導書』魔法カードが発動したことでフィールド上の魔力カウンターを置く効果を持つカードにそれぞれ魔力カウンターが乗る」

 

 空に新たに魔力カウンターが浮かぶ――ドクター・コレクターにはそれがハンティングトロフィーに見えてならない。

 

《魔導書廊エトワール》

魔力カウンター:8 → 9 → 10 → 11 → 12

 

 前のターン発動した《メガトン魔導キャノン》や自身の効果で大量に魔力カウンターを消費したにも関わらず《マジカル・コンダクター》を覆い隠す程の魔力カウンターで溢れかえっていた。

 

《マジカル・コンダクター》

魔力カウンター:10 → 12 → 14 → 16 → 18

 

 それは《闇紅の魔導師(ダークレッド・エンチャンター)》の周辺も程度の差はあれど同じであり、つい先ほどフィールドに呼び出されたにも関わらずそれなりの魔力カウンターが周囲に浮かぶ。

 

闇紅の魔導師(ダークレッド・エンチャンター)

魔力カウンター:2 → 3 → 4 → 5 → 6

 

 

 そのアクターの急停止はフィールドの魔力カウンターの数を互いに確認する意味合いでのものだった。

 

 

 しかしドクター・コレクターは呆然とするばかり、反応は返ってこない。

 

 そしてソリッドビジョンの《闇紅の魔導師(ダークレッド・エンチャンター)》の攻撃力を示す宙に浮かぶアイコンの数値が上昇する音だけが響く。

 

闇紅の魔導師(ダークレッド・エンチャンター)

攻2300 → 攻3500

 

 《闇紅の魔導師(ダークレッド・エンチャンター)》は己の魔力カウンターの力によってその魔力を増したがその顔には不安が見て取れる。

 

 

 アクターは押し黙るドクター・コレクターに待たせ過ぎて怒らせてしまったかと内心で考えつつ、ならばと手早くデュエルを進める。

 

「今の私の手札は4枚よって《沈黙の魔術師-サイレント・マジシャン》の効果でその攻撃力は2000ポイントアップ」

 

 《沈黙の魔術師-サイレント・マジシャン》の杖が蒼く輝く。

 

《沈黙の魔術師-サイレント・マジシャン》

攻1000 → 攻3000

 

「さらに永続魔法《魔導書廊エトワール》の魔力カウンターは12個、よって私のフィールドの魔法使い族モンスターの攻撃力は1200ポイントアップ」

 

 そしてアクターのフィールドの3体の魔法使いの全身に魔力が漲っていく。

 

《魔導書士 バテル》

攻 500 → 攻1700

 

《魔導法士 ジュノン》

攻2500 → 攻3700

 

《沈黙の魔術師-サイレント・マジシャン》

攻3000 → 攻4200

 

「バトルフェイズ。《魔導法士 ジュノン》で《マジシャンズ・ヴァルキュリア》を攻撃」

 

 《魔導法士 ジュノン》が左手で魔導書を開き、右手を前に突き出す。

 

 その右手には永続魔法《魔導書廊エトワール》によって高められた魔力がうねりを上げ、巨大な魔力の砲弾となって《マジシャンズ・ヴァルキュリア》に放たれた。

 

 《マジシャンズ・ヴァルキュリア》も魔力の壁で防ごうと試みるが、攻守の差こと力の差は歴然であり、その魔力の壁を容易く砕いた魔力の砲弾はその術者を消し飛ばした。

 

「――《マジシャンズ・ヴァルキュリア》!!」

 

 その《マジシャンズ・ヴァルキュリア》の姿は大量に発動されたアクターの魔法カードに言葉を失い呆然としていたドクター・コレクターの意識を覚醒。

 

 咄嗟にその消し飛んだ《マジシャンズ・ヴァルキュリア》の方へと手を伸ばす。

 

 何も掴めはしないというのに。

 

 フィールドのドクター・コレクターの魔法使いたちの瞳には怯えしかなく、縋るようにドクター・コレクターを見やるも既にドクター・コレクターに打てる手は残されていない。

 

「《魔導書士 バテル》で《マジカル・コンダクター》を攻撃」

 

 《魔導書士 バテル》は《マジカル・コンダクター》に魔導書の一冊を投げ渡す。

 

 思わずそれを受け取った《マジカル・コンダクター》だったが、その魔導書に吸い込まれるように取り込まれ、断末魔だけがあたりに響き渡った。

 

「《沈黙の魔術師-サイレント・マジシャン》で《闇紅の魔導師(ダークレッド・エンチャンター)》を――」

 

「や、止め――」

 

「攻撃」

 

 ドクター・コレクターの懇願するような声も聞かず《沈黙の魔術師-サイレント・マジシャン》は命じられるままに杖をかざす。

 

 そして《闇紅の魔導師(ダークレッド・エンチャンター)》と《沈黙の魔術師-サイレント・マジシャン》の両者の杖から赤と白の魔力が迸る。

 

 互いに拮抗しているような魔力の波動だったが、徐々に白い波動がゆっくりと《闇紅の魔導師(ダークレッド・エンチャンター)》に迫り――

 

 

 その白き魔力に懸命に戦い抜いた《闇紅の魔導師(ダークレッド・エンチャンター)》は消し飛ばされた。

 

ドクター・コレクターLP:4000 → 3300

 

 僅かに削れたドクター・コレクターのライフ。

 

「わ、私の魔法使いたちが……」

 

 だがドクター・コレクターの表情にはライフ以上の何かが削られているようにも見受けられる。

 

「バトルを終了しメインフェイズ2に移行。カードを2枚伏せてターンエンド」

 

 前のターンと同じようにターンを終えるアクター。

 

「手札数の変化により《沈黙の魔術師-サイレント・マジシャン》の攻撃力が変化」

 

 攻撃力のダウンも気にせず《沈黙の魔術師-サイレント・マジシャン》は杖を地面に向けて振りぬく。

 

《沈黙の魔術師-サイレント・マジシャン》

攻4200 → 攻3200

 

 

 しかし互いのフィールドまでは同じとはいかない。

 

 一つ、また一つと消えていったドクター・コレクターのカード(仲間)たち。

 

 もはや残るはドクター・コレクター(デュエリスト)のみ。

 

 

 だがその心は折れてはいない。

 

「まだだ! 貴様を倒すまで私は終われん!! 私のターン! ドロォオオオオ!!」

 

 復讐の憎悪に濁った瞳で引いたカードを見たドクター・コレクター。

 

「ッ! ………………私はカードを1枚セットしてターンエンドだ!!」

 

 その魂を燃やす勢いで引いた最後の希望を託したカードを伏せた。だが――

 

「そのエンド宣言時セットされた速攻魔法《ゲーテの魔導書》を発動。墓地の『魔導書』魔法カードを3枚を除外し相手フィールド上のカード1枚を選んでゲームから除外――そのセットカードを除外」

 

 アクターの無慈悲な宣告が告げられる。

 

 

 3枚の魔導書の力を喰らい《ゲーテの魔導書》がドクター・コレクターの最後の希望を刈り取る。

 

 そして除外されたカードが表となって異次元に消えた。

 

 

 しかし除外されたカードを視界に捉えたアクターの目は仮面の奥で驚愕に見開かれる。

 

 除外したドクター・コレクターのセットカードは「罠カード《裁きの天秤》」

 

 もし発動されていればアクターのフィールドのカードは7枚。

 

 ドクター・コレクターの手札・フィールドのカードは《裁きの天秤》のみ。

 

 よって6枚ものカードをドローされていた。

 

 

 手札で発動する類のカードを引かれ、なおかつ逆転すらあり得るドロー数だ。

 

――ふざけたドロー力だ……

 

 アクターは内心で背筋を凍り付かせる。

 

 厄介なことに、このドクター・コレクターのドロー力ですらまだ高い方ではない。伝説(遊戯)レベルは遥か先である。

 

「…………『魔導書』魔法カードの発動により《魔導書廊エトワール》に魔力カウンターが乗り、私の魔法使い族モンスターの攻撃力も上昇」

 

 新たな魔力カウンターが夜空に煌く。

 

《魔導書廊エトワール》

魔力カウンター:12 → 13

 

 それは魔法使いたちの力を底上げした。

 

《魔導書士 バテル》

攻 1700 → 攻1800

 

《魔導法士 ジュノン》

攻3700 → 攻3800

 

《沈黙の魔術師-サイレント・マジシャン》

攻3200 → 攻3300

 

 

「こ、こんな事が――」

 

 もはやドクター・コレクターはデュエリストとして何も出来ない。

 

「私のターン、ドロー」

 

 死刑台にドクター・コレクターを押し上げ得るようなアクターの声が聞こえる。

 

「スタンバイフェイズにフィールド魔法《魔導書院ラメイソン》の効果を発動し、墓地の《ゲーテの魔導書》をデッキの一番下に戻しドロー」

 

 《魔導書院ラメイソン》の周囲の魔力の円から力が流れ、アクターの手元に集まる。

 

「手札枚数の変化により《沈黙の魔術師-サイレント・マジシャン》の攻撃力は変化」

 

 見せつけるように膨大な魔力によって光り輝く杖を掲げる《沈黙の魔術師-サイレント・マジシャン》。

 

《沈黙の魔術師-サイレント・マジシャン》

攻3300 → 攻4300

 

「バトル――《沈黙の魔術師-サイレント・マジシャン》でダイレクトアタック」

 

 そして白き暴虐の一撃が放たれた。

 

「ぬぅううおおおおおッ!!」

 

ドクター・コレクターLP:3300 → 0

 

 

 

 





ほぼ全てのカードを知っている――それは凄まじいまでのアドバンテージだと思うの……



《グリモの魔導書》はそして2017年の10月1日から制限カードになってしまいますが

デュエル構成を書き直すのも大変なので今回のデュエルはこのままということで……


きっと直ぐに緩和されるさ……(希望的観測)




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第68話 探し人



前回のあらすじ
アクター「デュエルは99%の知性が勝敗を決する。運が働くのはたった1%に過ぎない」

ドクター・コレクター「その1%に私は懸ける! 私の引きは奇跡を呼ぶぞ! ドローォオオオ! そしてセット! ターンエ――」

アクター「エンドサイクで」

ドクター・コレクター「( ゚д゚ )」





 

 

「こ、これが裏デュエル界の――」

 

 1ポイントのライフも削れずにデュエルに敗北したドクターコレクター。

 

 だがアクターの「どうしろっていうんだ!」な手札事故をドクターコレクター自身が発動した魔法カード《手札抹殺》で解消し、最適な手札に交換。

 

 さらにはモンスター不足で困っていたところを《マジシャンズ・サークル》で展開を補助すればこうもなろう。

 

 

 だがそうとは知らずに勝手に戦慄するドクターコレクター。

 

 そしてそのドクターコレクターの頭を片手で掴み持ち上げるアクター。

 

 ドクターコレクターの巨体は宙に浮く。

 

「グッ……この私を……片手で!?」

 

 巨体で筋肉質なドクターコレクターはアクターの思わぬ怪力に驚くが――

 

 アクターの中の人、神崎にとってはクマに比べれば遥かに軽い程度だ。

 

 そしてアクターは冥界の王の力を以てドクターコレクターの(バー)を見ながら機械的に問いかける――(バー)は素直だ。

 

「誰に雇われた?」

 

「ハッ! 言うと思うのか?」

 

 信用で成り立つ裏の世界で依頼主を明かすバカはいないと鼻で笑うドクターコレクター。

 

 だがアクターは内心で「答えた方が () () () に楽なのだが」と考えるも、それを説明する訳にもいかないゆえにオカルト(冥界の王)の力の行使を決断する。

 

「そうか」

 

 そのアクターの言葉と共にドクターコレクターを掴む腕に「何か」が脈動し、ドクターコレクターの頭にゆっくりと迫る。

 

 不審に思うドクターコレクターだが、彼のデュエリストとしての本能が警鐘を鳴らした。

 

 その腕の内側に蠢く「ナニカ」の危険性を。

 

「何だ……『ソレ』は……」

 

 ドクターコレクターの脳を目指して這いずる不可視の「ナニカ」。

 

 そしてオカルト課の黒い噂にドクター・コレクターは思い至る。

 

 どれも一笑に付すような噂ばかりだが、今ある現状を受け止めねばその先に待つのは――

 

「――ま、待てっ! 話す! 話すから待て!」

 

 自身の直観に従いドクターコレクターは叫ぶように声を上げる――裏の信頼も命には代えられない。

 

 だがアクターは何も答えない。

 

「知らないんだ! 私は依頼主は知らない! だが状況的に恐らく――」

 

 ドクターコレクターの「知らない」、そして「恐らく」――それでは(バー)を見ての判断は難しいとアクターは腕に奔る力を止める訳にはいかない。

 

 たとえIQ200の頭脳を持つドクターコレクターの推測であっても確実な保証はない。

 

 情報は信頼性のあるものに限るのだ。

 

 

 やがてドクターコレクターの頭を掴んだ手から「何か」の力が行使される。

 

 その頭の中が掻き回されるような感覚にドクターコレクターは叫び声を上げるが、その声は音として発されない。

 

 声なき声が響く。

 

 

 暫くしてアクターの手が離され、自由になったドクターコレクター。

 

「あ、悪魔め……」

 

 そんなか細い声と共にドクターコレクターの巨体は糸の切れた死体のように倒れた――その瞳に生気はない。

 

 

 ちなみにこんな有様だが、命と精神に大きな害はない。

 

 精々、恐ろしい夢を見た程度の影響である。

 

 

――冥界の王の力……便利なものだ。しかし過信は禁物。

 

 アクターこと神崎はそんなことを考えつつ、ドクターコレクターから得られた情報を纏めるように呟く。

 

「彼越しに見たあの(バー)と状況からして――」

 

 ドクターコレクターの依頼主は――

 

「――あの理事長、いや今は『まだ』違うのか」

 

 

 言葉にされた「理事長」。それは――

 

 

 遊戯王GXにて登場するデュエルアカデミアの理事長、影丸(かげまる)である。

 

 遊戯王GXの時代ではかなりの高齢であり、生命維持装置で僅かに命を繋いでいる状態の老人だ。

 

 不老不死を求めており、やがてデュエルアカデミアに封印された「三幻魔」のカードを狙っているのだが――

 

 今はまだDM時代のバトルシティの時期。

 

 ゆえにデュエルアカデミアはまだ建物すらない。

 

 

 

 そんな、アクターこと神崎によって読み取られたドクターコレクターからの情報。

 

 それは状況証拠にすらならない――だが、狙われていると分かっているだけで神崎にとっては十分だった。

 

 さらに神崎には狙われた理由が容易に推理出来る。

 

――「オカルト課の技術で不老不死を得たい」といったところか……

 

 そう思考しつつも面倒だとアクターはため息を零す。

 

「厄介事だな……」

 

 

 一番の問題はこの遊戯王ワールドにおいて「不死」はともかく「不老」なら可能性があることだった。

 

 

 電脳空間に保存されていた乃亜の存在から肉体と精神を切り離す技術は既にあるのだ。

 

 乃亜の場合はそこから修復した乃亜の元の身体に精神を戻した。

 

 

 ならば新しい若い身体に精神を移すことも可能ではないかと考えるのが人の性であろう。

 

 

 さらに厄介な事にそれを実際に実行した人間がいる。時期が不明なため未来にとの注釈が付く可能性があるが。

 

 

 その人物は遊戯王GXにて登場した影丸の配下のセブンスターズの一人、錬金術師アムナエルである。

 

 不治の病に侵されていたアムナエルは錬金術が生み出す人造生命体「ホムンクルス」に己が魂を移したのだ。

 

 しかしその過程に何らかの問題があったのか、やがてその身体は朽ち始め寿命はさほど長くはなかった。だが一応は成功しているのである。

 

 

 よって「不老」の実現の可能性は決して低くはない。

 

 世界が引っ繰り返る程の情報である。

 

 

 ゆえに神崎ことアクターは内心で頭を抱えつつ、影丸への対処法を考えながらドクター・コレクターのパズルカードを手にし、ギースに連絡を入れ、回収班に引き渡しを済ませた後に新たな獲物を探しに町の中に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある町の表参道の一角で周囲をキョロキョロと見回す双六の姿があった。

 

 何ゆえこんなところで右往左往しているのかというと――

 

 海馬とのデュエル後、「城之内の応援に行く」と意気揚々と海馬の元から走り去ったものの、城之内と連絡する手段もない為、城之内を見つけられなかったからである。

 

 それゆえに困り果てた双六は周囲の人間に助けを求めることにした。

 

 取り合えず目についた黒いバンダナにサイコロのような装飾のついたイヤリングをぶら下げた青年に声をかけながら走り寄る。

 

「おーい! そこのキミー! スマンが聞きたいことが――」

 

 しかしその青年が振り返ると同時に双六はその足を止める――見知った顔であった。

 

「あれ? なんで遊戯くんのお爺さんが一人で?」

 

「おお! 御伽くんじゃないか!」

 

 その青年は遊戯の友人でもある御伽 龍児。

 

 そして御伽の父はかつて双六の弟子でもあった。ゆえに双六は問いかける。

 

「君のお父さんは元気かね?」

 

 過去の闇のゲームによって仲違いしてしまった御伽の父と双六。

 

 御伽の父は闇のゲームの罰ゲームにより老いた姿になったことで双六を恨んでいた。

 

 だが、今ではその闇のゲームの代償もKCのオカルト課の治療技術により解消され、双六との不和も解消しているのだが――

 

 仲違いしていた期間が長かったゆえか御伽の父は双六とあまり近況報告などをしなかったゆえに双六はかつての弟子の今現在を気にしていた。

 

「はい、今はとても! 僕と新しいゲーム作りで盛り上がってます! それと……父が過去にとんだご迷惑を……」

 

 家族との出来事を楽しそうに語る御伽。しかし御伽の父が過去に双六に迷惑をかけた件を家族の一人として謝罪する。

 

「いやいや、もう済んだことじゃ。それにアヤツとも話はついとるしキミが気にすることではないぞい」

 

「――そうですか、ありがとうございます…………それで聞きたいことって、何か困りごとみたいですけど」

 

 そんな双六の寛容な言葉に御伽は感謝しつつ、本題を切り出す。

 

「ああ、実は城之内の奴を探しておってな。じゃが、この広い童実野町だとなかなか見つからんからの~」

 

 そういいながら困った顔で髭をさする双六。

 

 そんな双六の困り顔に苦笑しつつ御伽は力になれそうだと提案する。

 

「ならKCのスタッフに尋ねたらいいですよ。知り合いの応援とかなら場所くらいは教えてくれると思います」

 

「おお、そういえばそんなことを言っとった気が……」

 

 言っていたも何も飛行船からの映像から説明があったゆえに早々聞き逃す筈もないのだが……

 

 それゆえに御伽は若干の呆れの感情を隠しつつ尋ねた。

 

「アナウンスを聞いてなかったんですか?」

 

「うむ! 年を取ると忘れっぽくなってしまってな」

 

 自信満々な面持ちで返す双六。

 

 実際はきたるべき海馬とのデュエルの為に周囲の情報をシャットアウトするほど集中していたゆえだ。

 

 しかし遊戯に余計な心配をかけたくないと誰にも話すつもりがない為、双六は咄嗟に誤魔化した。

 

「なら僕が聞いておきますよ――ちょっと待っていて下さい」

 

「何から何までスマンの」

 

 双六の態度からその手の思惑は御伽には読み取れなかったものの御伽は深く追及せずKCスタッフの元へと向かっていった。

 

 

 

 

 

「すみません、ちょっといいですか?」

 

「ん? 何だよ、俺に何か用か? って、あっ! スタッフの仕事か……」

 

 そう御伽におずおずと話しかけられたヴァロン。そして自身がKCのスタッフであることを思い出す。

 

 今回のヴァロンの仕事は基本的にグールズ狩りだが、こうして頼りにされた以上無視は出来ない。

 

 よって職務を果たすべく、どこからともなくタブレットを取り出し御伽に向かい合う。

 

「んで、どうしたよ?」

 

「実は――」

 

 そうして御伽は双六を取り巻く事情をヴァロンに説明していき、ヴァロンも相槌を打ちながら聞き――

 

「――ってこと何で友達の居場所を探して貰えないかな?」

 

 話を終えてヴァロンの気安さから若干砕けた口調になった御伽。

 

 一方のヴァロンも大した問題ではなかった為手早く済ませてしまおうと動く。

 

「なんだ、そんなことか。だったら身元確認とかをしねぇといけねぇから、その友達の名前とアンタの名前を――」

 

 そして必要事項を御伽に尋ねようとしたヴァロンだったが――

 

「儂の弟子、城之内 克也じゃ!」

 

 いつのまにやら合流していた双六が探し人の名を答えた。

 

 そんな双六を視界に入れるヴァロン。そして面倒そうに返す。

 

「ん? 何だ、爺さん? アンタも困りごとか? だったら順番を――」

 

 だがヴァロンが最後まで言い切る前に御伽が注釈に入った。

 

「いや、その探してる友達はこの人の弟子なんだ」

 

「そうなのか? ならさっさと手続き済ませちまおうぜ」

 

 その御伽の言葉よりもヴァロンの頭にあるのは――

 

――この爺さん、強そうだな……

 

 バトルジャンキー全開の考えだった。

 

 しかし今は仕事を優先しなければならないヴァロンはその闘志に蓋をしつつ手続きに戻る。

 

 そしてヴァロンの指示に従う双六と御伽。その後、手続きが終わり――

 

「……とっ、これでOKだ。それで肝心の城之内ってヤツの居場所なんだが――」

 

 ヴァロンが指し示す端末に顔を覗かせる双六と御伽。

 

 その端末には周辺の地図とその地図上の2つの点が表示されていた。それなりに近い。

 

「今、俺たちがいるのがココで城之内ってのがいるのがこの辺りだ」

 

「ほーさすがはKC、ハイテクじゃのー」

 

 その端末に映る情報を説明するヴァロンに感嘆の声を漏らす双六。

 

 その双六の様子から機械関連には弱そうと見たヴァロンは御伽に問いかける。

 

「こっちで地図も用意出来るが――どうするよ?」

 

「いや、大丈夫だよ。もう覚えた」

 

 問題ないと顔を上げる御伽にヴァロンはお節介ついでに気を回す。

 

「そうか、一応近くにいる俺の同僚にも声をかけといてやるよ。その辺りに城之内ってヤツがいなかったらもう1度俺たち(スタッフ)に声をかけるといいぜ」

 

「何から何まで助かったぞい!」

 

 そんなヴァロンの心遣いに双六は元気よく礼を返す。

 

「こっちも仕事だから気にすんなよ」

 

「ありがと! それじゃぁ僕たちはこれで!」

 

「ああ、達者でな」

 

 そんなヴァロンのぶっきらぼうな言葉を背に双六と御伽たちは城之内の元へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして肝心の双六の探し人である城之内は――

 

 ベンチに腰掛け周囲を窺っていた。

 

 バトルシティが始まってからそれなりの時間が経っているにも関わらず動きを見せない城之内に本田はため息を吐きながら問いかける。

 

「なぁ、城之内。さっきから座り込んでるけどよぉ、デュエルはしねぇのか? ほら、あのデュエリストなんてどうだ?」

 

 城之内が初戦で躓いても事だろうと、本田はあまり強そうに見えないデュエリストを相手に提案するが、城之内は動かない。

 

 そして城之内は自身の内心を吐露する。

 

「いや、普通の相手じゃダメなんだ……」

 

「普通の? 相手なんて誰だっていいじゃねぇか」

 

 ルール上は誰を倒そうともパズルカードの良し悪しに違いはないと本田は考えるが――

 

「誰でもいいってわけにはいかねーんだよ」

 

 城之内にはこの大会で勝ち抜く以外の目標がある。

 

「俺はこのバトルシティでどうしても戦いてぇヤツがいるんだ……」

 

 再戦を誓った男の約束――城之内はそれに応えようと足掻いていた。

 

「でも今の俺じゃあ全然ダメだ。だからよ、俺は決勝トーナメントまでに俺よりも強い奴とデュエルして『真のデュエリスト』に少しでも近づきてぇんだ!」

 

「成程な……だがよ――決勝トーナメントに参加できるのは早いもん勝ちなんだろ? そうノンビリもしてられねぇぜ?」

 

 しかし本田の意見ももっともだった。本戦に出られなければ約束もへったくれもない。

 

 その本田の言葉に城之内も言葉をなくす。

 

「うっ、それはそうだけどよ……どいつが強えぇデュエリストなのか分からねぇし……」

 

 城之内にはこの手のデュエル界の情報にとことん疎かった。

 

 そして今、城之内と共にいる本田・杏子の両名とも詳しいわけではない。

 

「こういうとき牛尾君がいれば色々教えてくれるのにね」

 

 それゆえに杏子はこういったときに頼りになる仲間を思い浮かべるが――

 

「でも牛尾は大会運営の仕事中だろからな……邪魔する訳にもいかねぇだろ」

 

 本田の言う通り大会運営に関わっている牛尾が一参加者である城之内に付きっ切りなど出来る筈もない。

 

「なら遊戯のお爺さんなら? ひょっとして今日もお店?」

 

 ならばと城之内の師匠の名を上げる杏子――デュエル歴の長さならトップクラスである。

 

「いや、それがよ。何か別の用があるとかどうとかでよ……」

 

 しかし城之内はそれは無理だと知っていた。

 

 双六は「用事」としか言っていなかったがデュエリストとして溢れんばかりの闘志を漲らせていた姿を見た城之内は邪魔することはできないと言葉を濁す。

 

 

 

 そんな困り果てた城之内一同だったが彼らに走り寄る影が2つ。

 

「お~い! 城之内~!」

 

 その影の一つは城之内達に掲げた手をブンブンと振りながら近づいてくる双六。

 

 そしてその後に追従する御伽。

 

 その2人の姿をハッキリと視界に収めた本田は笑う。

 

「おっ、『噂をすれば』って奴じゃねぇか」

 

 

 

 そうして城之内たち一同に合流した双六と御伽。

 

 急に走ったせいか息も絶え絶えな双六の背を御伽がさすっていた。

 

 そんないつもの朗らかな双六の姿に城之内は内心で安心しつつも尋ねずにはいられない。

 

「おお! じいさん! 用は済んだのか?」

 

「うむ、バッチリじゃ!」

 

 城之内の言葉にブイサインで返す双六。

 

 一方で杏子は珍しい組み合わせに理由を御伽に問いかける。

 

「ひょっとして遊戯のおじいさんの用事って御伽くんが関係してたの?」

 

「いや、そういう訳じゃないんだけど――」

 

「御伽くんは儂が城之内を探すのを手伝ってくれたんじゃよ!」

 

 言葉を濁した御伽に双六が感謝の意を示しつつ訳を話した。

 

「へぇ、そうなのか……ならこれで城之内のヤツも動き出せるぜ! ありがとな、御伽!」

 

 なにはともあれこれでやっと動き出せると本田は自身の手のひらに拳を打ち付け気合を入れた。

 

「ん? それはどういうことじゃ? それに見たところ城之内はパズルカードを1枚しか持っておらんようじゃし……まさか負けてしもうたのか?」

 

 だが詳しい事情を知らない双六はそんな城之内たちの状況に疑問符を浮かべるばかりだ。

 

「それなんだけどよ 聞いてくれよ爺さん。城之内の奴が――」

 

 ゆえに本田が代表して現在の城之内を取り巻く状況を説明していき――

 

「――って訳なんだよ。だから爺さんの知恵を貸しちゃ貰えねぇか?」

 

 そんな本田の説明に腕を組みながら神妙に聞いていた双六はカッと目を見開き声を張る。

 

「成程な、さすがじゃぞ、城之内! そういうことなら儂は喜んで協力するぞい! ではとびっきりの相手を探しにいくとするかの!!」

 

 向上心を忘れぬ弟子の姿に双六は満足気だ。

 

「おう! 爺さん! 任せるぜ!」

 

 そしてまだ見ぬ強敵に燃えている城之内だったが本田は双六の傍で耳打ちするかのように念を押す。

 

「だがよ、あんまり強い相手だとそのまま負けちまうだろうから、ほどほどにしてやってくれよな」

 

「うるせぇぞ本田! 俺と俺の新しいデッキをなめんじゃねぇぜ!」

 

 しかし案の定バッチリと聞こえていた城之内――本田も隠す気はなかったようだが……

 

 そんな若干浮足立った城之内に本田は己の師である牛尾の言葉を贈る。

 

「でも牛尾も言ってたぜ。『新しいデッキは思いもしねぇ問題があるかもしれねぇから試運転を入念にするもんだ』って――そこは大丈夫か?」

 

「それは………………大丈夫だ……」

 

 微妙に自信が持てない様子の城之内。

 

「その間に不安しか感じないんだけど……」

 

「自信はないんだね……」

 

 その城之内を姿をジト目で見る杏子と乾いた笑いをこぼす御伽。

 

「なぁに安心せい! 城之内! 何度かデュエルした儂がお前さんのデッキの強さをキチンと知っとる! 自信を持つんじゃ!」

 

「……だよな! よっしゃぁ! どんな相手だろうとドンとこいだぜ!!」

 

 だがそんな城之内の不安も、師である双六の言葉で吹き飛び、先ほどの自信を取り戻し胸を張る。

 

「まったくもう、調子がいいんだから……」

 

 そう言いながら頭を押さえる杏子を余所に天を仰ぎ見る城之内。

 

「待ってろよ、遊戯! キース! 決勝トーナメントまでにデュエリストレベルMAXになってやるぜ!」

 

 そして双六主導の元、城之内の対戦相手探しが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 一方その城之内との男の約束の相手である遊戯は対戦相手を探していた。そんな遊戯の前に一人の目つきの悪い男が立ち塞がる。

 

「お前が……武藤遊戯……だな……」

 

「ああ、そういうアンタは誰だ?」

 

 その男は遊戯を見知った様子だが遊戯には覚えのない人物だ。

 

「俺は……『デプレ・スコット』……お前を見定めに……来た……」

 

 特徴的な話し方で名乗る男、デプレ・スコット。

 

 そしてデプレは懐からパズルカードを取り出し遊戯に問いただす。

 

「……『パズルカード』は何枚……持っている? 俺は……2枚だ……」

 

「俺はまだ1枚だ」

 

 パズルカードを見せながら返答した遊戯に対して、デプレは僅かに考える素振りを見せ――

 

「なら……互いにパズルカード1枚……賭けでの勝負を……挑ませて……もらう……」

 

 手に持つ2枚のパズルカードの内の1枚を仕舞い、遊戯にデュエルを申し込む。

 

 だが遊戯には気がかりなことがあった。それは――

 

「俺の何を見定めるんだ?」

 

 デプレが名乗った際に言った「見定める」との言葉。

 

 遊戯に向けてデプレから発せられる気迫からただ事ではないと遊戯は推察する。

 

「……それを……言うかどうかは……お前次第だ……」

 

 だがデプレは今の段階では話す気はないと突っぱねるばかり。

 

 それに対し遊戯は「ならばデュエルで語るまで」とデュエルディスクを展開した。

 

 

「 「デュエル!!」 」

 

 ペガサスに対する恩義に報いる為、ペガサスミニオンが一人デプレが動き出す。

 

 

 






~入りきらなかった人物紹介、その1~
影丸(かげまる)
遊戯王GXにて登場

GX時代ではデュエル・アカデミア理事長を勤める。

100歳を超える高齢で、通常は生命維持装置のようなタンクの中に呼吸器を付けて浮かんでいる。

不老不死の方法を探っており、その過程でデュエルアカデに封印されていた「三幻魔」のカードに目を付けた。

そして「三幻魔」の封印解除の条件を揃えるためセブンスターズを組織し十代たちの刺客として放なった。

ちなみに三幻魔の力を取り込み、筋骨隆々な姿になる。

だが十代に敗北し元の老人の姿に戻った(だが何故か以前より元気になった)


~今作では~
不老不死の方法を模索し、オカルト課の技術に目を付け、狙っている。

「素直に頼めば……」と思うかもしれないが

影丸は神崎を一切信用していないので無理もない話である。


それゆえ神崎にとって代えがきかなさそうな駒と思われる役者(アクター)を手中に収めようとドクター・コレクターを刺客として放った。





~入りきらなかった人物紹介、その2~
アムナエル
遊戯王GXにて登場

セブンスターズの一員であり、錬金術師でもある。

単独での「ホムンクルス」の製造から精神の移動など、錬金術師としての力量は高い。

デュエルの実力も高く、数々の十代たちの仲間を倒す程。

その正体は――またの機会に





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第69話 力とは

デプレVS遊戯 ダイジェスト版です


バトルシティ編でのデュエル数がかなりの量だったので作者のキャパの問題により

今後のバトルシティ編での
いくつかのデュエルを今回のようにダイジェスト版にすることにしました。

キチンと全ての展開をお書き出来ず申し訳ございません。





前回のあらすじ
デュエリストはみんな迷子なのさ……




 デプレの「見定める」との言葉とは裏腹にデプレと遊戯のデュエルは互いが死力を尽くし、苛烈を極めていた。

 

遊戯LP:1000

 

デプレLP:3800

 

「くっ、やるな……」

 

 デプレの猛攻を何とか防ぎ切った遊戯。

 

 一方のデプレは沈黙を守る。

 

 

 その両者の周りにはデプレの発動したフィールド魔法《フューチャー・ヴィジョン》の宇宙の景色が広がり、そこには世界の様々な風景を映した窓のようなゲートが浮かぶ。

 

 

 そんな幻想的な世界に佇むデプレの2体のモンスター。

 

 白い体躯に巨大な爪の付いた両腕を広げるインベーダーの王。

 

《ゼータ・レティキュラント》

星7 闇属性 天使族

攻2400 守2100

 

 蛇のような胴体に鳥のような上半身を持った機械仕掛けの怪獣がその黒と黄の鋭利な装甲を震わせ、威嚇するように駆動音が入り混じった甲高い叫びを上げる。

 

壊星壊獣(かいせいかいじゅう)ジズキエル》

星10 光属性 機械族

攻3300 守2600

 

 

 一方の遊戯のフィールドのモンスターは己が相棒たる黒衣の魔術師1体のみ。

 

 遊戯を案じるように意識を後ろに向けつつも相手からは目を離さない《ブラック・マジシャン》。

 

《ブラック・マジシャン》

星7 闇属性 魔法使い族

攻2500 守2100

 

 そしてデプレはゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「……辛うじてエースを守ったか……だがお前の残りライフは僅か1000……寿命がワンターン……伸びたに過ぎない……カードを2枚伏せて……ターンエンド……」

 

 そんなデプレの挑発に遊戯は思わず笑みを浮かべる。

 

 強敵の存在に楽しくてしょうがないといったところだ。

 

「俺のターン!! ドロー!! この通常ドロー時に永続魔法《強欲なカケラ》にカウンターが乗る!」

 

 前のターンに遊戯が発動しておいた永続魔法《強欲なカケラ》がその力を示す様に壺の半分だけ再生する。

 

強欲カウンター:0 → 1

 

「そしてこのスタンバイフェイズにお前の発動したフィールド魔法《フューチャー・ヴィジョン》の効果で、前のターンに除外されていた《電磁石の戦士γ(エレクトロマグネット・ウォリアー・ガンマ)》が攻撃表示で帰還するぜ!」

 

 宇宙のような《フューチャー・ヴィジョン》に浮かぶ一つの窓のような空間。

 

 そこからずんぐりとした丸いフォルムのマグネット・ウォリアーが右腕を掲げながら帰還する。

 

電磁石の戦士γ(エレクトロマグネット・ウォリアー・ガンマ)

星3 地属性 岩石族

攻 800 守2000

 

 遊戯が前のターンに召喚したモンスターが戻るが傍から見れば状況はさほど好転しない。

 

「だが……そいつの攻撃力は僅か800……アドバンス召喚のリリースにしようとも……新たに召喚された瞬間に……フィールド魔法《フューチャー・ヴィジョン》の効果で次のスタンバイフェイズまで除外され……異次元送りだ……」

 

 デプレの言う通り普通にモンスターを召喚している限り、遊戯の攻めの手は1ターン遅れてしまう。

 

 

 しかし遊戯は不敵に笑う――このカードの帰還を待ちわびていたのだから。

 

「いいや、これでいいのさ――俺は自分の手札・フィールド・墓地から、

電磁石の戦士(エレクトロマグネット・ウォリアー・)α(アルファ)

電磁石の戦士β(エレクトロマグネット・ウォリアー・ベータ)

電磁石の戦士γ(エレクトロマグネット・ウォリアー・ガンマ)

を1体ずつ除外し、手札から特殊召喚!!」

 

 フィールドの《電磁石の戦士γ(エレクトロマグネット・ウォリアー・ガンマ)》の身体が分離し、

 

 墓地の両剣と盾を持った人型のマグネット・ウォリアー、《電磁石の戦士(エレクトロマグネット・ウォリアー・)α(アルファ)》と、

 

 どこか動物的なフォルムを持つ、《電磁石の戦士β(エレクトロマグネット・ウォリアー・ベータ)》の身体もパーツごとに分離されていく。

 

「現れろ! マグネットバーサーカー! 《電磁石の戦士マグネット・ベルセリオン》!!」

 

 そのパーツが合体ロボのように組み合わされ、一つの新たな磁石の巨人となって現れる。

 

 そしてその手に持った槍をデプレの3体のモンスターに向けた。

 

《電磁石の戦士マグネット・ベルセリオン》

星8 地属性 岩石族

攻3000 守2800

 

 特殊召喚ならばフィールド魔法《フューチャー・ヴィジョン》の影響は関係ない。

 

「だが……忘れては……いないだろうな……お前のフィールドのモンスターが除外されたことで……オレの墓地の《ゼータ・レティキュラント》の効果を……発動……」

 

 異次元から卵のような物体がデプレのフィールドに現れる。

 

「……オレのフィールドに……『イーバトークン』を1体……特殊召喚する……守備表示だ」

 

 そしてその卵から《ゼータ・レティキュラント》の幼体らしき生物が這い出て「キィ」と小さく鳴く。

 

『イーバトークン』

星2 闇属性 悪魔族

攻500 守500

 

「……攻撃力3000の大型モンスターか……しかしその攻撃力では……オレの布陣を崩す……決定打にはなりえない……」

 

 そう挑発気に語るデプレだが遊戯は問題ないとばかりに《電磁石の戦士マグネット・ベルセリオン》を見やる。

 

「焦るなよ――《電磁石の戦士マグネット・ベルセリオン》の力は攻撃力だけじゃないぜ!」

 

「……なにを……する気だ?」

 

 そんなデプレの警戒の色に応えるように遊戯はその腕を天へとかざす。

 

「《電磁石の戦士マグネット・ベルセリオン》の効果発動! 俺の墓地からレベル4以下の『マグネット・ウォリアー』モンスター1体を除外し、相手フィールドのカード1枚を破壊する!!」

 

 その遊戯の動きに合わせるように《電磁石の戦士マグネット・ベルセリオン》も自身の槍を天にかざし肩の磁石から磁力の力が放出される。

 

「……しかし……お前の墓地のレベル4以下の……『マグネット・ウォーリアー』モンスターは……《磁石の戦士δ(マグネット・ウォリアー・デルタ)》のみ――さぁ、オレのフィールドの……どのカードを破壊……する?」

 

 此処までのデプレとの猛攻で遊戯の墓地のマグネット・ウォリアーの大半が除外されていることは周知の事実。

 

 ゆえにデプレは両手を広げ好きに選べと遊戯を試す。

 

「俺は――――」

 

 遊戯はデプレのフィールドの《ゼータ・レティキュラント》・《壊星壊獣(かいせいかいじゅう)ジズキエル》の2体のモンスター。

 

 そして2枚の伏せカードと表側で発動されている強欲カウンターの1つ乗った永続魔法《強欲なカケラ》。

 

 何を破壊すべきか遊戯は逡巡する。

 

 

 そして己が直感に従った。

 

「――右のセットカードを破壊する! やれっ! 《電磁石の戦士マグネット・ベルセリオン》!!」

 

 その遊戯の命を聞きとげデプレの2枚のセットカードの内の1枚をその槍から放たれた電磁力で貫く《電磁石の戦士マグネット・ベルセリオン》。

 

 

 破壊されたのは攻撃してきたモンスターを除外する罠カード《次元幽閉》。

 

 遊戯の頬に嫌な汗が流れる。

 

――危ないところだった……

 

 他のカードを破壊し攻撃を仕掛けていたら遊戯は手痛いカウンターを受けていただろう。

 

「……惑わされなかった……か……」

 

 その遊戯のデュエリストとしての力に満足気なデプレ。

 

「そして俺は魔法カード《おろかな埋葬》を発動! デッキからモンスターを1枚墓地に送る! 《暗黒魔族ギルファー・デーモン》を墓地に!!」

 

 フィールドに悪魔の笑い声が木霊する。

 

「この瞬間! 《暗黒魔族ギルファー・デーモン》が墓地に送られたことでその効果を発動! フィールドの表側のモンスターの装備カードとなり攻撃力を500ダウンさせるぜ!」

 

 そしてフィールドに現れるのは青い筋肉質な身体を部分的に赤い鎧のような甲殻で覆った悪魔、《暗黒魔族ギルファー・デーモン》がその赤い翼を広げ身体の至る処から伸びる爪を鈍く光らせる。

 

 しかしその身体は霊体のようにうっすらと薄まっていた。

 

「《壊星壊獣(かいせいかいじゅう)ジズキエル》に取り付け! 《暗黒魔族ギルファー・デーモン》!!」

 

 その遊戯の声に従い《壊星壊獣(かいせいかいじゅう)ジズキエル》の背後に回り羽交い絞めにする《暗黒魔族ギルファー・デーモン》。

 

 《壊星壊獣(かいせいかいじゅう)ジズキエル》が己が力が霧散する感覚に苛立ち、身をよじり甲高い雄叫びを上げる。

 

壊星壊獣(かいせいかいじゅう)ジズキエル》

攻3300 → 攻2800

 

「行くぜ、バトル!! マグネット・ベルセリオンで《壊星壊獣(かいせいかいじゅう)ジズキエル》を攻撃!! マグネット・スピア!!」

 

 《電磁石の戦士マグネット・ベルセリオン》が《壊星壊獣(かいせいかいじゅう)ジズキエル》の口から放たれる光線をモノともせず接近する。

 

 ならばと《壊星壊獣(かいせいかいじゅう)ジズキエル》はその翼のような爪を振るい迎撃するが、背後の《暗黒魔族ギルファー・デーモン》がその迎撃を抑えた。

 

 その結果《電磁石の戦士マグネット・ベルセリオン》の槍は苦も無く《壊星壊獣(かいせいかいじゅう)ジズキエル》に深々と突き刺さる。

 

 そしてその槍は磁石の力で放電し、《壊星壊獣(かいせいかいじゅう)ジズキエル》を内側から焼き切った。

 

「……フン……」

 

 煙を上げながら宇宙の藻屑と消える《壊星壊獣(かいせいかいじゅう)ジズキエル》。

 

デプレLP:3800 → 3600

 

 しかしデプレの余裕は崩れない。

 

「まだだ! この瞬間に再び墓地に送られた《暗黒魔族ギルファー・デーモン》の効果! 次は《ゼータ・レティキュラント》にその力が及ぶぜ!」

 

 再び《暗黒魔族ギルファー・デーモン》の笑い声がフィールドに響き、お次は《ゼータ・レティキュラント》の背後に回り、羽交い絞めにする《暗黒魔族ギルファー・デーモン》。

 

 《ゼータ・レティキュラント》は腕を振るい放せと足掻くが――

 

《ゼータ・レティキュラント》

攻2400 → 攻1900

 

「さぁ行けっ! 《ブラック・マジシャン》!! 黒・魔・導(ブラック・マジック)!」

 

 その足掻く《ゼータ・レティキュラント》に迫る《ブラック・マジシャン》の持つ杖から放たれた黒い魔力球。

 

 《暗黒魔族ギルファー・デーモン》に動きを封じられた《ゼータ・レティキュラント》に回避する術はなく、その一撃の前にその身を散らした。

 

デプレLP:3600 → 3000

 

「三度墓地に送られた《暗黒魔族ギルファー・デーモン》の効果で『イーバトークン』に取り付くぜ!」

 

 羽交い絞めなら任せろ、とばかりに三度現れる《暗黒魔族ギルファー・デーモン》。

 

 だが今度の装備先は《ゼータ・レティキュラント》の幼体の『イーバトークン』、体格的に羽交い絞めには出来ない。

 

 それゆえに赤子を抱くように腕の中に抱く《暗黒魔族ギルファー・デーモン》。

 

『イーバトークン』

攻500 → 攻 0

 

「……しかし……それまでだ……」

 

 デプレの言う通りモンスターは倒せど相手のライフに大きな打撃が与えられた訳ではない。

 

「攻めきれなかったか……俺はカードを1枚伏せてターンエンドだ!」

 

 遊戯は攻めきれなかった事実にデプレの地力の高さを垣間見る。

 

「オレのターン……ドロー……この通常ドロー時に……オレの発動していた……永続魔法《強欲なカケラ》に……カウンターが……乗る」

 

 遊戯のフィールドの《強欲なカケラ》よりも一足先に《強欲な壺》として形を取り戻した《強欲なカケラ》に描かれた顔は得意気にニヤリと笑う。

 

強欲カウンター:1 → 2

 

「……スタンバイフェイズに……フィールド魔法《フューチャー・ヴィジョン》の効果で……前のターンに除外されていた……《ザ・カリキュレーター》が帰還……」

 

 手足が生え、胴体にボタンが付いた、計算機のロボが顔のモニターに「0」の数字を表示する。

 

《ザ・カリキュレーター》

星2 光属性 雷族

攻 ? 守 0

 

「……そして……2つ以上のカウンターの乗った……永続魔法《強欲なカケラ》を墓地に送り……2枚ドロー」

 

 そのニヤケ面が効果の発動と共に壺ごと砕け散り、元のカケラに戻っていった――短い天下なものだ。

 

「オレのフィールドの……1体の『イーバトークン』をリリース……手札から3枚目の……《ゼータ・レティキュラント》を特殊召喚……」

 

 《暗黒魔族ギルファー・デーモン》の腕の中の『イーバトークン』がメキメキと音を立て肥大化していく。

 

 そして《暗黒魔族ギルファー・デーモン》を振り払い、両の手を広げ咆哮を上げるのは転生し再び顕現したインベーダーの王。

 

《ゼータ・レティキュラント》

星7 闇属性 天使族

攻2400 守2100

 

「……《暗黒魔族ギルファー・デーモン》が墓地に行くが……効果の発動タイミングを逃す為……その効果は使えない」

 

 《暗黒魔族ギルファー・デーモン》が《ゼータ・レティキュラント》に手を伸ばすが、その手が届くことはなかった。

 

「くっ、ギルファー・デーモン……」

 

「……さらに《七星(しちせい)宝刀(ほうとう)》を発動……手札のレベル7のモンスター……《グリード・クエーサー》を除外し……2枚ドロー」

 

 宇宙に黄金色に輝く剣が天を差し、その先に北斗七星が光る。

 

「装備魔法《D(ディファレント)D(ディメンション)R(リバイバル)》を発動……手札を1枚捨て……除外されたモンスターを帰還させる……」

 

 そしてその先から空間が壊れるようにヒビが入り、そこから白い骨のような腕を覗かせる。

 

「……オレが呼び出すのはコイツだ……貪欲なる捕食生命体!! 《グリード・クエーサー》!!」

 

 そこから現れたのは髑髏を思わせる巨大なもう一つの顔を腹に持つ貪欲なる捕食生命体。

 

 その腹の顔の口から唸り声のような音を発する。

 

《グリード・クエーサー》

星7 闇属性 悪魔族

攻 ? 守 ?

 

「また攻撃力が定まっていないモンスター?」

 

 能力値が「?」の2体のモンスターを警戒するように見つめる遊戯。

 

 その遊戯の視線に気付いたデプレは己がエースの力を説明する。

 

「…………《グリード・クエーサー》は……己のレベル×300……ポイントの能力と……なる」

 

 《グリード・クエーサー》は腹の大口からその鋭利な牙を覗かせる。

 

《グリード・クエーサー》

攻 ? 守 ?

攻2100 守2100

 

「……まだだ……手札を1枚墓地に送り……装備魔法《閃光の双剣-トライス》を……《グリード・クエーサー》に装備……」

 

 《グリード・クエーサー》の爪が剣のように鋭くなるが――

 

「……これにより……《グリード・クエーサー》の攻撃力は500下がるが……2回攻撃が……可能になる……」

 

 肝心の《グリード・クエーサー》の攻撃力は下級モンスター並みに低下する。

 

 それゆえに《グリード・クエーサー》は腹の大口から不満げに音を鳴らした。

 

《グリード・クエーサー》

攻2100 → 攻1600

 

「《グリード・クエーサー》の攻撃力を下げた?」

 

 その遊戯の疑問ももっともだ。

 

 今のデプレのフィールドのモンスターでは遊戯のフィールドのどのモンスターも戦闘破壊出来ない。

 

 2回攻撃による総ダメージの上昇を狙うにも遊戯のモンスターを突破しなければ始まらないのだから。

 

――いや、ここは相手のモンスターの攻撃の脅威が下がったことに――

 

 そう考えを纏めようとした遊戯にデプレがその思考を見透かすような言葉を贈る。

 

「……攻撃力が下がって……安心しているようなら……甘いと……言わざるを得ない……リバースカードオープン……罠カード《ギブ&テイク》……発動……」

 

 遊戯のフィールドに異次元へと通じる穴が開く。

 

「その効果により……オレの墓地のモンスター1体を……お前のフィールドに守備表示で特殊召喚し……エンドフェイズまで……そのレベルの数だけ……オレのモンスター1体の――」

 

 遊戯のフィールドにデプレのモンスターを蘇生させる一見するとデメリットだらけの効果。

 

 しかし今のデプレにはそのデメリットが気にならない程のメリットがある。

 

 

「――レベルを……上げる……」

 

 

「なッ!」

 

 フィールドのモンスターの「レベルを上げる」、今の時代では基本的にあまり意味のない効果だ。

 

 だがデプレのフィールドにはレベルを力に変える捕食生命体、《グリード・クエーサー》の存在。

 

 遊戯はデプレの狙いに辿り着いた。

 

「……お前のフィールドに……オレの《壊星壊獣(かいせいかいじゅう)ジズキエル》を……守備表示で呼び出し――」

 

 遊戯のフィールドでその巨体を丸めるように守備姿勢を取る《壊星壊獣(かいせいかいじゅう)ジズキエル》。

 

壊星壊獣(かいせいかいじゅう)ジズキエル》

星10 光属性 機械族

攻3300 守2600

 

「――《グリード・クエーサー》のレベルが……そのレベル分……10上がり……更なる力を得る!!」

 

 その《ゼータ・レティキュラント》の星の力が宇宙空間から《グリード・クエーサー》に集まり、その身をより強大に禍々しく変化させる。

 

《グリード・クエーサー》

星7 → 星17

攻1600 → 攻4600

 

「攻撃力4600だと!?」

 

 海馬の持つ《青眼の究極竜(ブルーアイズ・アルティメットドラゴン)》をも超えたパワーに驚きの声を上げる遊戯。

 

「さらに相手フィールドに……『壊獣(かいじゅう)』モンスターが存在する場合……手札からこのカードを……攻撃表示で特殊召喚……現れろ……邪悪なる宇宙の戦士! 《多次元壊獣(たじげんかいじゅう)ラディアン》!!」

 

 宇宙の闇より生まれるは黒の巨人。

 

 身体の中心に白い宝玉のようなものがせり出し、その赤い瞳は鈍く光り獲物を探す。

 

多次元壊獣(たじげんかいじゅう)ラディアン》

星7 闇属性 悪魔族

攻2800 守2500

 

「そして……《ザ・カリキュレーター》の攻撃力は……オレのフィールドのモンスターのレベルの…………合計×300ポイントだ」

 

 《ザ・カリキュレーター》自身のレベルは2。

 

 そして《ゼータ・レティキュラント》と《多次元壊獣(たじげんかいじゅう)ラディアン》のレベルは7。

 

 さらに《グリード・クエーサー》のレベルは17。

 

 そのレベルの合計は33だ。よって《ザ・カリキュレーター》の攻撃力は――

 

《ザ・カリキュレーター》

攻  ? → 攻9900

 

 その攻撃力の数値が《ザ・カリキュレーター》の顔部分のモニターに映った。

 

「攻撃力9900!?」

 

 その1万の大台に届くパワーに思わず後ずさりそうになる足を留める遊戯。

 

「……バトルだ……《壊星壊獣(かいせいかいじゅう)ジズキエル》を喰いつくせ……《グリード・クエーサー》……」

 

 同胞であっても《グリード・クエーサー》には迷いは見られない。

 

 それどころか思わぬご馳走に待ちきれないといった具合に腹の大口を開き《壊星壊獣(かいせいかいじゅう)ジズキエル》を噛み砕く。

 

「この瞬間…………《グリード・クエーサー》の効果……発動」

 

 食い千切った《壊星壊獣(かいせいかいじゅう)ジズキエル》を咀嚼する《グリード・クエーサー》。

 

 そして残った《壊星壊獣(かいせいかいじゅう)ジズキエル》の半身をペロリと平らげた。

 

「……コイツが戦闘で破壊した……モンスターの元々のレベルを……自身に……加える」

 

 《グリード・クエーサー》は宇宙の(そら)に向かって咆える。

 

 己が身体に満ちる破壊の力に酔う様に。

 

《グリード・クエーサー》

星17 → 星27

攻4600 → 攻7600

 

 レベルの上昇と共に際限なく攻撃力を上げていく《グリード・クエーサー》――だがその攻撃はまだ残されている。

 

「……そして……《グリード・クエーサー》の……2回目の攻撃――いや、捕食! ……ベルセリオン共々……ヤツのライフを……喰らいつくせ!!」

 

 己の高まった攻撃力を思う存分振るわんと《グリード・クエーサー》が《電磁石の戦士マグネット・ベルセリオン》に迫る。

 

 《電磁石の戦士マグネット・ベルセリオン》もその槍を振るうも《グリード・クエーサー》の腹の大口に噛み千切られ、お返しといわんばかりの《グリード・クエーサー》の鋭利な爪に貫かれ逃げ場を失った。

 

 そして《グリード・クエーサー》の腹の大口からゼロ距離で放たれる業火によって《電磁石の戦士マグネット・ベルセリオン》は焼かれ、その余波というには膨大な熱量が遊戯に迫った。

 

 

 そのダメージは4600、遊戯のライフを削り切って余りある威力。

 

 

 しかしその炎が吹き止んだ中で佇む遊戯は健在だった。

 

「……《クリボー》か……」

 

 そう呟いたデプレの言葉通り、遊戯の前に《クリボー》がススだらけで真っ黒になった身体で遊戯を守り切っていた。

 

「ああ、その通りだ! 俺は手札の《クリボー》の効果で戦闘ダメージを0にさせて貰ったぜ!!」

 

 その遊戯の言葉に照れるように顔を擦る《クリボー》。しかし顔を擦った部分だけススが取れ白黒が茶黒に変わったパンダのようになっていた為、少し間抜けに見える。

 

「……だが……《グリード・クエーサー》が……レベルを奪い……糧とする……」

 

 そのデプレの言葉に焼け崩れている《電磁石の戦士マグネット・ベルセリオン》に頭から噛り付き、捕食していく《グリード・クエーサー》。

 

 その凄惨な現場に《クリボー》は目を覆いながら、仕事は終わったのだからと早々に墓地に去っていった。

 

 

 やがて捕食を終えた《グリード・クエーサー》はその身体を更なる異形へと変貌させる。

 

《グリード・クエーサー》

星27 → 星35

攻7600 → 攻10000

 

「……忘れてはいない……だろうな……《グリード・クエーサー》の……レベルが上がったことで……《ザ・カリキュレーター》の攻撃力も……さらにアップ……」

 

 指を天に突き上げ、自身の計算機能を使って算出した攻撃力をアピールする《ザ・カリキュレーター》

 

《ザ・カリキュレーター》

攻9900 → 攻12900 → 攻15300

 

 その攻撃力は1万を超え1万5千にまで達する。

 

「……これで……今度こそ止め――」

 

 そのデプレの命に《ザ・カリキュレーター》がその手にエネルギーを溜めるも、それより先に遊戯の言葉が響く。

 

「待ちな! 《電磁石の戦士マグネット・ベルセリオン》が戦闘もしくは効果で破壊されたとき! 除外されている3体の『電磁石の戦士(エレクトロマグネット・ウォリアー)』α・β・γを特殊召喚出来るぜ!」

 

 《グリード・クエーサー》に食い千切られた《電磁石の戦士マグネット・ベルセリオン》の残骸が遊戯のフィールドに集まっていく。

 

 そして互いに手や足を見比べ手渡しながら次々に遊戯を守るべく立ち塞がる。

 

 あるものは両剣を腰に差し両の手で盾を構え、

 

電磁石の戦士(エレクトロマグネット・ウォリアー・)α(アルファ)

星3 地属性 岩石族

攻1700 守1100

 

 あるものはその動物的なフォルムを極限まで伏せることで姿勢を低くし、どんな攻撃にも対応するべく相手を窺い、

 

電磁石の戦士β(エレクトロマグネット・ウォリアー・ベータ)

星3 地属性 岩石族

攻1500 守1500

 

 あるものはその身体を球体のように押し丸め、衝撃に備えていた。

 

電磁石の戦士γ(エレクトロマグネット・ウォリアー・ガンマ)

星3 地属性 岩石族

攻 800 守2000

 

「……3体の壁を新たに並べたか……だが……お前のフィールドに……攻撃表示の獲物は……残っているぞ……」

 

 《ザ・カリキュレーター》は《ブラック・マジシャン》を見据え、腕をダラリと下げ、腰を落とす。

 

「《ザ・カリキュレーター》!! ……《ブラック・マジシャン》を……攻撃!!」

 

 すると《ザ・カリキュレーター》の周囲に雷の球体が現れる、その数はデプレのフィールドのレベルの合計と同じ51個。

 

 それらが《ザ・カリキュレーター》の掌に集まりその腕に紫電が奔る。

 

 そして《ザ・カリキュレーター》は光の一線となって突き進み《ブラック・マジシャン》をその腕で貫き、抜き去った。

 

「ぐぅううううう!!」

 

 圧倒的な攻撃の余波に腕でガードするように攻撃の余波を凌ぐ遊戯。

 

「――だが、罠カード《ガードブロック》でダメージを0にさせて貰うぜ! そして1枚ドロー」

 

「……これも防いだか……」

 

 風穴の空いた身体で地に膝を突き倒れ伏す《ブラック・マジシャン》をその直線状にいた遊戯の背後からチラと見やる《ザ・カリキュレーター》。

 

「次だ……《多次元壊獣(たじげんかいじゅう)ラディアン》で……《電磁石の戦士(エレクトロマグネット・ウォリアー・)α(アルファ)》を……攻撃……」

 

 《多次元壊獣(たじげんかいじゅう)ラディアン》の腕に渦を巻くように力の奔流が波を打つ。

 

 そして放たれた拳の一撃は《電磁石の戦士(エレクトロマグネット・ウォリアー・)α(アルファ)》の持つ盾ごとその身体を貫き、破壊した。

 

「最後に……《ゼータ・レティキュラント》で……《電磁石の戦士γ(エレクトロマグネット・ウォリアー・ガンマ)》を攻撃……プラズマ・ブラスター!!」

 

 《ゼータ・レティキュラント》がその爪で《電磁石の戦士γ(エレクトロマグネット・ウォリアー・ガンマ)》を貫き、もう片方の爪でその丸い身体を引き裂いた。

 

 

 しかし遊戯のマグネット・ウォリアーたちは全て守備表示。ダメージは発生しない。

 

「……存外しぶといな……オレはカードを1枚伏せて……ターンエンド……」

 

 ターンを終えつつデプレは仕留めきれなかった事実に眉をひそめる。

 

――これでヤツの墓地とフィールドに……3体の『電磁石の戦士(エレクトロマグネット・ウォリアー)』が……揃った訳か……

 

 デプレの考えるように《電磁石の戦士マグネット・ベルセリオン》の効果は自身の召喚条件を助けるもの。

 

――だが……同じ手が通用するとは……思わないことだ……

 

 そう考えながらデプレは僅かに今伏せたセットカードに意識を向けるも直ぐに遊戯に視線を戻した。

 

「……エンドフェイズに罠カード《ギブ&テイク》の効果が終了し……上がっていた分の《グリード・クエーサー》のレベルが戻る……よって《グリード・クエーサー》と《ザ・カリキュレーター》の攻撃力も……下がる……」

 

 《グリード・クエーサー》から漏れ出るように光が周囲に霧散していく。

 

《グリード・クエーサー》

星35 → 星25

攻10000 → 7000

 

 それに伴い自身の攻撃力を再計算する《ザ・カリキュレーター》。

 

《ザ・カリキュレーター》

攻15300 → 攻12300

 

「……さぁ……お前のターン……だ……」

 

 

 圧倒的な攻撃力を更に高めたデプレ。

 

 しかし今の遊戯にそのパワーに対抗する手段はない。

 

「俺のターン! ドロー!! そしてこの通常ドローで永続魔法《強欲なカケラ》に2つ目のカウンターが乗るぜ!」

 

強欲カウンター:1 → 2

 

 壺の形を取り戻した《強欲なカケラ》。だが「どのみちその末路は変わらない」と、壺の模様は笑みを浮かべる。

 

「そして俺も《強欲なカケラ》を墓地に送り2枚ドロー!!」

 

 砕けた壺から新たな2枚のカードを引いた遊戯。

 

 そのカードは待ちわびた逆転の一手となるカードだがその手が不意に止まる。

 

 その遊戯の視線は一点を見つめる。その先にあるのはデプレが前のターンに伏せた最後のカード。

 

 

 遊戯は直感で感じ取っていた「罠である」と、そして「その罠にかかれば負ける」と。

 

 

 だが遊戯は止まる訳にはいかないと突き進む。

 

「俺はフィールド魔法《マグネット・フィールド》を発動! 新たなフィールド魔法が発動されたことで今発動しているフィールド魔法《フューチャー・ヴィジョン》は破壊される!」

 

 《フューチャー・ヴィジョン》の宇宙を思わせる景色がガラスのように砕け散り、新たに近未来的な基地のような場所へ戦いのフィールドを移す。

 

「そしてフィールド魔法《マグネット・フィールド》の効果発動!」

 

 その近未来的な基地の至る処にある5重の丸模様の一つが光を放ち、起動する。

 

「俺のフィールドにレベル4以下の地属性・岩石族モンスターがいるとき! 墓地のレベル4以下の『マグネット・ウォリアー』1体を特殊召喚する!」

 

 その5重の丸模様に《電磁石の戦士β(エレクトロマグネット・ウォリアー・ベータ)》が電磁波を放つ。

 

「戻ってこい! 《電磁石の戦士γ(エレクトロマグネット・ウォリアー・ガンマ)》! 攻撃表示だ!」

 

 するとそこから丸い身体を投げ出し、空中で手足を広げる《電磁石の戦士γ(エレクトロマグネット・ウォリアー・ガンマ)》が現れた。

 

電磁石の戦士γ(エレクトロマグネット・ウォリアー・ガンマ)

星3 地属性 岩石族

攻 800 守2000

 

「……攻撃表示……だと? ……何を企んでいる……」

 

 そう不審に思うデプレを余所に遊戯は手を打っていく。このターンこそが活路だと信じて。

 

「さらに墓地の罠カード《マグネット・コンバージョン》を除外し効果発動! 除外されている俺のレベル4以下の『マグネット・ウォリアー』を1体呼び戻す!」

 

 空中に異次元からのゲートが開く。

 

「帰還しろ! 《磁石の戦士α(マグネット・ウォリアー・アルファ)》!」

 

 そのゲートを潜り抜けたのはU字磁石の頭を持ったマグネット・ウォリアーの戦士。

 

 その手に持つ盾を構え、剣をデプレのモンスターに向ける。

 

磁石の戦士α(マグネット・ウォリアー・アルファ)

星4 地属性 岩石族

攻1400 守1700

 

 ここでデプレの頭に何かが引っ掛かった。

 

――先程も……そうだったが……何故攻撃力の低い方の……マグネット・ウォリアーを……帰還させた?

 

 あの状況ならより攻撃力の高いマグネット・ウォリアーも呼べる筈であるというのに。

 

「まだだ! 自分フィールドのモンスターが岩石族のみの場合! 墓地の《岩石の番兵》を蘇生!」

 

 マグネット・ウォリアーの間に現れたのは大きな岩の塊。

 

 だが突如としてその岩の塊が展開し、その両の手に持つノコギリのような武器を掲げる岩の戦士となって現れた。

 

《岩石の番兵》

星3 地属性 岩石族

攻1300 守2000

 

 またもや攻撃力のあまり高くないモンスターにデプレは思考する。

 

――オレの伏せた罠カード《奈落の落とし穴》を……見抜いているのか……だが……それでは……ベルセリオンは呼べまい……

 

 罠カード《奈落の落とし穴》――攻撃力が1500以上のモンスターが呼び出されたときそのモンスターを破壊し、除外するカード。

 

 だが遊戯が呼び出すモンスターは狙ったようにどれも1500以下の攻撃力だ。

 

 しかし実際には遊戯は完全にデプレの伏せカードを見抜いている訳ではない。

 

 より攻撃力の高いモンスターの召喚を直感的に避けているだけだ。

 

「さらに《翻弄するエルフの剣士》を召喚!」

 

 お馴染みの遊戯のデッキの切り込み隊長のエルフの剣士の1人が剣を構える。

 

《翻弄するエルフの剣士》

星4 地属性 戦士族

攻1400 守1200

 

 これで遊戯のフィールドのモンスターは5体、数の上ではデプレの4体のモンスターを上回る。

 

「魔法カード《渾身の一撃》を《岩石の番兵》を対象に発動!!」

 

 《岩石の番兵》の2本の剣に薄っすらと光が灯る。

 

「最後に装備魔法《レインボー・ヴェール》を《電磁石の戦士γ(エレクトロマグネット・ウォリアー・ガンマ)》に装備!」

 

 その丸みを帯びた《電磁石の戦士γ(エレクトロマグネット・ウォリアー・ガンマ)》の身体に虹の光が宿る。

 

「《電磁石の戦士β(エレクトロマグネット・ウォリアー・ベータ)》を攻撃表示に変更してバトルだ!!」

 

 先ほどまで警戒するように伏せていた身体を起こす《電磁石の戦士β(エレクトロマグネット・ウォリアー・ベータ)》。

 

「《電磁石の戦士β(エレクトロマグネット・ウォリアー・ベータ)》で《ゼータ・レティキュラント》を攻撃!」

 

 両の手を広げながら獣染みた様相で《ゼータ・レティキュラント》に突き進む《電磁石の戦士β(エレクトロマグネット・ウォリアー・ベータ)》。

 

「……返り討ちにしろ……」

 

 《ゼータ・レティキュラント》は口からレーザーを放つが被弾しようとも《電磁石の戦士β(エレクトロマグネット・ウォリアー・ベータ)》の歩みは止まらない。

 

 そしてその磁石の爪が《ゼータ・レティキュラント》に届き傷をつけるが《電磁石の戦士β(エレクトロマグネット・ウォリアー・ベータ)》の胴体に《ゼータ・レティキュラント》の爪が深々と突き刺さっていた。

 

「ぐぅっ!」

 

 爆散する《電磁石の戦士β(エレクトロマグネット・ウォリアー・ベータ)》の余波を受ける遊戯。

 

遊戯LP:1000 → 100

 

「……何を……狙っているかは知らんが無駄死に――」

 

 デプレのその言葉は最後まで続けられなかった。

 

 その目に映るのは煙のように消えていく《ゼータ・レティキュラント》の姿。

 

「……これは……一体……」

 

 デプレに浮かんだ疑問に答えるように遊戯は拳を握る。

 

「フィールド魔法《マグネット・フィールド》の効果さ――1ターンに1度、俺の地属性・岩石族モンスターの戦闘で相手モンスターが破壊されなかったダメージステップ終了時に手札に戻す!」

 

 爆散した《電磁石の戦士β(エレクトロマグネット・ウォリアー・ベータ)》の最後の足掻きはフィールド魔法《マグネット・フィールド》によって増幅され、《ゼータ・レティキュラント》に確かな一撃となって届いていた。

 

「俺のカードたちの一撃は無駄なんかじゃない! そしてモンスターが減ったことで合計レベルもダウン! 《ザ・カリキュレーター》はその影響を受けるぜ!」

 

 拳を握り《電磁石の戦士β(エレクトロマグネット・ウォリアー・ベータ)》の健闘を称える遊戯の言葉に気圧されるように《ザ・カリキュレーター》は後退る。

 

《ザ・カリキュレーター》

攻12300 → 攻10200

 

「……だが……その効果は1ターンに1度のみ……ここから……どうするつもりだ……」

 

「勿論攻撃あるのみさ! 《岩石の番兵》で《多次元壊獣(たじげんかいじゅう)ラディアン》を攻撃!!」

 

 《多次元壊獣(たじげんかいじゅう)ラディアン》の剛腕が《岩石の番兵》を捉えるが、その剣で辛うじて受け止める《岩石の番兵》。

 

 ならばと更に力を込める《多次元壊獣(たじげんかいじゅう)ラディアン》だが《岩石の番兵》はビクともしない。

 

「……どうした……ラディアン!!」

 

「無駄だ! 魔法カード《渾身の一撃》を受けたモンスターの戦闘でのお互いのダメージは0! 戦闘破壊もされない!」

 

 そのデプレの言葉に遊戯はそう返し、握りこぶしを握って《岩石の番兵》の背を押す様に言葉を続ける。

 

「さらにこのターンその効果を受けたモンスターとバトルした相手モンスターをダメージ計算後に破壊する! 《多次元壊獣(たじげんかいじゅう)ラディアン》を破壊!!」

 

 そして《岩石の番兵》のもう一つの剣の一撃が《多次元壊獣(たじげんかいじゅう)ラディアン》の身体の中央の白い宝玉に突き刺さる。

 

 すると突如として苦悶の声を上げて《多次元壊獣(たじげんかいじゅう)ラディアン》の身体は崩れていった。

 

「これでまた《ザ・カリキュレーター》のパワーはダウン!!」

 

 確実に減っていく己が攻撃力に《ザ・カリキュレーター》は不安げだ。

 

《ザ・カリキュレーター》

攻10200 → 攻8100

 

「次だ! 《電磁石の戦士γ(エレクトロマグネット・ウォリアー・ガンマ)》で《グリード・クエーサー》に攻撃!」

 

「……なら……今度こそ返り討ちにしろ……《グリード・クエーサー》!! ……プロミネンス・ナパーム!!」

 

 《グリード・クエーサー》の腹の大口から《電磁石の戦士マグネット・ベルセリオン》を葬った業火球が放たれる。

 

 しかしその拳を突き出し、虹の光を推進力として炎の中を突き進む《電磁石の戦士γ(エレクトロマグネット・ウォリアー・ガンマ)》の勢いは全く衰えない。

 

「……その装備魔法の……効果か!!」

 

「その通りだ! 装備魔法《レインボー・ヴェール》を装備したモンスターがバトルするとき! そのバトルの間そのモンスターの効果を無効にする!」

 

 そして《グリード・クエーサー》に虹の光を纏い激突する《電磁石の戦士γ(エレクトロマグネット・ウォリアー・ガンマ)》。

 

「よって《グリード・クエーサー》はその力を失う!!」

 

 その激突の均衡は一瞬。

 

《グリード・クエーサー》

攻7000 → 攻 0

 

 力を失い攻撃能力を失った《グリード・クエーサー》はその巨体を虹の弾丸と化した《電磁石の戦士γ(エレクトロマグネット・ウォリアー・ガンマ)》に貫かれた。

 

 

 怨嗟の雄叫びを上げながら沈む《グリード・クエーサー》。

 

「ぐぅうう!!」

 

デプレLP:3000 → 2200

 

「これでさらに《ザ・カリキュレーター》のパワーはダウン!!」

 

 かつては1万を超えた攻撃力も《ザ・カリキュレーター》だけとなれば見る影もない。

 

 しかし《ザ・カリキュレーター》は周囲を見やることがやめられない――もはや誰も味方はいないというのに。

 

《ザ・カリキュレーター》

攻8100 → 攻600

 

「《磁石の戦士α(マグネット・ウォリアー・アルファ)》で《ザ・カリキュレーター》を攻撃! マグネットソード!!」

 

 恐怖に腰の引けた《ザ・カリキュレーター》は《磁石の戦士α(マグネット・ウォリアー・アルファ)》の剣撃に倒れ、その剣撃の余波がデプレを襲う。

 

デプレLP:2200 → 1400

 

「……こ、これが……武藤 遊戯の――」

 

 圧倒的に己が有利だった盤面を覆した遊戯の姿にデプレは思わず言葉を零す。

 

「《翻弄するエルフの剣士》でダイレクトアタック!!」

 

 そのデプレに《翻弄するエルフの剣士》の上段に構えられた剣が止めとして振り下ろされた。

 

「ぐぉおおおおおお!!」

 

デプレLP:1400 → 0

 

 

 

 

 





今作のデプレのデッキは

「宇宙『壊獣』をムシャムシャする」デッキ



しかしダイジェスト版のくせにこの長さ……丸々1話って(ダイジェスト版の意味って……)

信じられるか? このデュエル……当初は2話構成だったんだぜ?(よって負担は半分?)

やっぱり手札枚数の計算なしは負担が減るなぁ……(社畜感)



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第70話 繋がる縁


前回のあらすじ
遊戯「『力』って脆いだろ?」


そしてダイジェスト版の効果により! 更新速度が心なしか上昇するぜ!




 

 敗北の悔しさに膝を突き首を垂れるデプレ。

 

 そして己の全力をぶつけ、デュエルを通じて感じ取った遊戯の姿にデプレは思わず呟く。

 

「……強いな……その心が……」

 

 そんな膝を突いたデプレに遊戯は手を差し出しながらニヒルに笑い、問いかける。

 

「俺はお前の眼鏡にかなったのか?」

 

「ああ……勿論だ……話そう……」

 

 その遊戯の手を取りながら立ち上がったデプレ。

 

 そして懐から2枚のカードを遊戯に示す。

 

「だがその前に……レアカードと……パズルカードだ……」

 

 しかしその2枚のカードの内パズルカードのみを受け取る遊戯。

 

「……パズルカードだけで……いいのか?」

 

「ああ、俺はレアカード欲しさにこの大会に参加したわけじゃ無い」

 

 思わず問いかけたデプレに遊戯は自身の目的をボカしつつ返す――遊戯の記憶云々の話は短時間で話せるような内容ではないゆえに。

 

「それで話は?」

 

 遊戯は話の続きを促し、それに応えデプレは静かに語りだす。

 

「オレは……いや、オレたちは……『ペガサスミニオン』……ペガサス様の……養子だ……」

 

 遊戯はデプレが言い直した「オレたち」との言葉から他の複数人と共に行動していることを察する。

 

「……『グールズ』という組織が……ペガサス様の生み出した……デュエルモンスターズを……汚すような行いを……している……」

 

 その「グールズ」について話すデプレの姿には溢れんばかりの「怒り」が込められていた。

 

「……オレは……一人のデュエリストとして……そして家族の一員として……ヤツらを決して……許せない……」

 

 そう言いながら拳を握りしめるデプレの姿に遊戯もまたデュエリストとして義憤にかられる。

 

 そして遊戯は確認を取るようにデプレの目的を問いかけるが、先にデプレが答えた。

 

「つまり――」

 

「ああ……オレたちは……その『グールズ』を……潰しに来た……」

 

 そのデプレに遊戯は尋ねる。

 

「だが『組織』なんだろ? 数も多い筈だ――そっちの人数がどれだけいるかは知らないがどう攻める?」

 

 デプレたちの人数を遊戯は知らないが「ペガサスの養子たち」である以上それ程人数はいない筈であることは容易に想像できる。

 

 ゆえにどういう策を取るかという遊戯の問いにデプレは人差し指を一本立てながら答えた。

 

「……この組織は……頭の意向をそのまま……全体に反映している……ゆえに頭を取れば……後は烏合の衆だ……勝手に潰れる……」

 

 さらにペガサスミニオンの調べからKCも動いているとの情報がある為、勝算はかなりあるとデプレは太鼓判を押す。

 

 しかし問題もあった。

 

「だが……想定よりも……かなり規模が大きい……組織のようだ……」

 

 短期間でありえないスピードでグールズの規模が膨れ上がっていた。誰かさんが追い詰めたせいだ。

 

「……ゆえに……手を貸して欲しい……頼む……」

 

 それゆえに有志を募るデプレは遊戯に頭を下げ願い出る。

 

 だが遊戯の答えは決まり切っている。

 

「いいぜ! 俺も一人のデュエリストとしてカードを穢すような奴らは許せない!」

 

 再度デプレに手を差し出す遊戯。

 

「……感謝する……まずは情報を……共有しておこう……グールズの総帥の名は……『マリク』だ……」

 

 その手を力強く握ったデプレは打ち倒すべき「敵」の名を遊戯に伝え、ここに共同戦線が張られたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人気の少ない路地裏にて髪を金に染めた不良めいた男が恫喝するように声を張り上げる。

 

「このカードじゃなくて、そっちのカードを俺に寄越しな!」

 

 声を張り上げるのは名蜘蛛(なぐも) コージ。

 

 遊戯たちが通う童実野高校の学生であり今回のバトルシティに参加しているデュエリスト。

 

「で、でもアンティに賭けていたのはこのカードで――」

 

 そんな名蜘蛛の恫喝に弱々しく返す気の弱そうなデュエリストだが――

 

「あぁ!? 別に構わねぇだろうが!!」

 

 名蜘蛛はその言い分を取り合わず声を張り上げるばかりだ。

 

 だが突如としてそんな両者の間に立つ小さな影。

 

「そこのお前! 待つんだぜい!」

 

 大会運営の一端を任されているモクバであった。

 

「ん? 何だぁ、このガキは?」

 

 しかし名蜘蛛は大会開始の宣言時にモニターを見ていなかったのか見知らぬ模様。

 

「大会運営を任されているモクバ様だぜい! こういったトラブルを解決するのも俺の仕事だ! ちょっとそのカードを見せて見な!」

 

 知らないならば教えてやろうと名乗りを上げつつ、問題になっているアンティに賭けられたカードを名蜘蛛の手から取りしっかりと確認するモクバ。

 

「あっ! 何勝手に取ってやがんだ!」

 

「うん! このカードならアンティに何の問題もねぇぜい!」

 

 憤慨する名蜘蛛の余所にカードのレアリティを確認。

 

 そしてモクバは名蜘蛛に非があると判断し、大会運営を任されるものとして職務を果たす。

 

「これ以上、騒ぎ立てるなら『警告』じゃ済まないぜ! ルールを守れない奴に決闘者(デュエリスト)を名乗る資格なんてないぞ!」

 

 真摯に名蜘蛛の目を見てデュエリストがなんたるかを語るモクバ。

 

「ハァ? 俺はそう言う話をしてるんじゃねぇんだよ! 関係ねぇガキは引っ込んでろ!」

 

 だがこの問題の本質はそこにはない。

 

「だからまずはそのカードを返しやがれ!」

 

 ゆえに名蜘蛛はモクバが手に持つカードに手を伸ばすが――

 

 

 その名蜘蛛の腕を掴む何者かが現れる。

 

 

 その男は赤紫色の毛色のおかっぱ頭の男。

 

「この方に危害を加えるようなマネは止してもらおうか」

 

「だ、誰だテメェは!」

 

 おかっぱ頭の男の言葉と共に強く握られた名蜘蛛の腕。

 

 その握る手の力強さに思わずテンプレ的に問いかける名蜘蛛。

 

「アメルダ!!」

 

 だがその名蜘蛛の疑問は他ならぬモクバによって解消される――といっても名前しか分からないが。

 

 そしておかっぱ頭のアメルダはモクバの姿に溜息を吐きつつ苦言を漏らす。

 

「モクバ様。(護衛)から離れて行動することは控えて下さいと申し上げた筈です」

 

「……ゴメン。でもアイツらの姿が目に入っちゃってさ……」

 

 アメルダの怒気にシュンと小さくなりながら、思わず体が動いたと言うモクバ。

 

「だとしてもです」

 

 しかしKC副社長の護衛という大任を任されたアメルダとしては看過できない行動であった。

 

 そんな両者のやり取りの中――

 

「どいつもこいつも! 俺は、俺は間違ってねぇぞ!」

 

 モクバに意識が向いた瞬間に緩んだアメルダの腕を振り払い距離を取って睨みを利かせ拳を握る名蜘蛛。

 

「…………少し痛い目を見た方が良いようだな……」

 

 名蜘蛛の拳を構える臨戦態勢にアメルダも半身に構え、一色即発な空気が辺りを支配する。

 

 

 そして今、互いの拳がぶつかり――

 

 

「ん? 名蜘蛛じゃねぇか」

 

 合う前に新たなる来訪者が現れる。

 

「!? う、牛尾さん!!」

 

 その来訪者は名蜘蛛も知ったる男、童実野高校の風紀委員長でもあった牛尾だ。

 

 名蜘蛛の背筋がピンと伸びたところを見るに互いの関係性が垣間見える。

 

 

 そして牛尾はアメルダと名蜘蛛の両者を見比べつつ名蜘蛛に近づき問いかける。

 

「何やってんだ? もう悪さはしねぇって俺と約束しただろ?」

 

 牛尾から見れば元不良だった名蜘蛛と同僚ゆえにその実直さを知るアメルダ。

 

 その両者を再度見比べて牛尾は名蜘蛛に原因があるのではと推察するが――

 

「俺はそんなことしてねぇよ! コイツらが突っかかって来たんだ!」

 

 名蜘蛛はアメルダとモクバを指さし身の潔白を訴える。

 

「――って言ってるがアメルダ、どうなんだ?」

 

 牛尾からすればモクバたちがそんなことをするとは考えられないが一応尋ねる牛尾にモクバは完全に蚊帳の外に置かれていた気の弱そうなデュエリストを指さし声を張る。

 

「アイツがそこのヤツからカードを巻き上げようとしてたんだぜい!」

 

「そうなのか、名蜘蛛?」

 

 モクバから話された言葉から疑問符と共に名蜘蛛を見やる牛尾。

 

「ハァ!? 違ぇよ! そのガキが勝手にそう言ってるだけだ!」

 

 だが名蜘蛛は己に非はないと言い張るばかり。

 

「わかった。わかった。まずは落ち着けよ――今来たばっかの俺には状況が飲み込めめねぇから、ちぃっとばかし話を聞かせてくれや」

 

 ゆえに牛尾は名蜘蛛の肩に手を置きながら名蜘蛛を落ち着かせようとしつつ名蜘蛛の言い分を尋ねた。

 

「分かったよ……実は――」

 

 

 渋々といった風に話していく名蜘蛛。

 

 

 要約すれば――

 

 気の弱いデュエリストは《紅蓮魔闘士》のカードをアンティに賭けデュエルするも敗北。

 

 アンティルールにより《紅蓮魔闘士》のカードが名蜘蛛の手に渡る筈だったが、名蜘蛛は相手がデュエル中に使用した《ハンター・スパイダー》のカードを要求。

 

 しかし相手は「大会のルールに抵触する」恐れがあったためこれを拒否。

 

 レアリティを比較すれば相手のデュエリストにとって破格の条件を提示したにも関わらず拒否されたことで名蜘蛛が意固地になって怒り散らした。

 

 ということである。

 

 

「なっ! 俺は悪くねぇだろ!」

 

 そういって同意を求める名蜘蛛をよそに牛尾はどうしたものかと考えながら、名蜘蛛に苦言を呈す。

 

「いや、まったく悪くねぇわけじゃねぇが……そういうのはアンティに賭ける段階で言うもんだろ」

 

「いや、俺はコイツがそのカードを持ってるって知らなかったしよぉ……」

 

 その牛尾の苦言にバツが悪そうに返す名蜘蛛。

 

 牛尾とて名蜘蛛の気持ちがまるっきり分からないわけではない――今、名蜘蛛が着ている蜘蛛が描かれたタンクトップのように名蜘蛛の「蜘蛛」好きな点は牛尾も知っているのだから。

 

 ゆえに頭をかきながら牛尾は問題の2枚のカードを手に取って、座り込む気弱そうなデュエリストに近づき問いかける。

 

「なぁ、オメェさん的にはどっちのカードが大切だ?」

 

 牛尾の声に今まで蚊帳の外だった気の弱そうなデュエリストはビクリと肩を揺らし、震える手で《紅蓮魔闘士》のカードを指さす。

 

「そうか、答え難いこと聞いちまって悪かったな」

 

 安心させるように肩をポンと叩いた後で気の弱そうなデュエリストに背を向け名蜘蛛の方に戻る牛尾。

 

 そして名蜘蛛に1枚のカードを示す。

 

「名蜘蛛。まずは『バトルシティ』のアンティルールに乗っ取ってこのカードはお前さんのだ」

 

「だけどよ! 俺は――」

 

 《紅蓮魔闘士》を視界に入れた名蜘蛛は不満げに牛尾に声を上げるが、そんな名蜘蛛に手を振りつつ再度気の弱そうなデュエリストに近づく牛尾。

 

「わかってる。わかってる――ところでお前さんに相談なんだが、そのカードと名蜘蛛の奴のカードをトレードしてやってくれねぇか?」

 

 そして2枚のカードを見比べられるような位置に持っていき頼み出る牛尾。

 

「レア度云々も含めてアンタに『利』がある筈だ」

 

 その牛尾の言葉に気の弱そうなデュエリストの顔に理解の色が浮んだ。

 

 そしてトレードに応じ互いのカードをトレードする。

 

「無理言っちまってすまねぇな…………名蜘蛛! ほらよ!」

 

 気の弱そうなデュエリストに感謝し、その後《ハンター・スパイダー》のカードを名蜘蛛に渡す牛尾。

 

 己の欲したカードを手にした名蜘蛛は喜びはしゃぐ。

 

「おおっ! やったぜ! っつうより、結果的にテメェが最初っから得すんだから、さっさと応じれば――痛ッ!」

 

 そしていらぬ一言の前に牛尾に頭をはたかれその痛みから蹲る名蜘蛛。

 

 痛む頭を押さえる名蜘蛛に牛尾は喝をいれる。

 

「バカ! オメェの言い方がそもそも悪いんだよ! ちゃんと順序立てて話せばこうも拗れなかったんだ! ちゃんと反省しろ!」

 

 その牛尾の言葉に名蜘蛛も自身のミスを理解し、再び背筋を伸ばし牛尾に頭を勢いよく下げる。

 

「す、すんません!」

 

「謝る相手が違うだろ」

 

 だがその頭上から聞こえた牛尾の冷たい声に名蜘蛛は慌てて向きを変え頭を下げる。

 

「ア、アンタ……そ、その、すまなかった、な……」

 

「――まぁコイツも反省してるみてぇだし許してやってくれねぇか?」

 

 頭を下げた名蜘蛛の隣に立ちつつ放たれた牛尾の言葉に気の弱そうなデュエリストは立ち上がり無言で右手を差し出した。

 

 その握手に応じた名蜘蛛。

 

 そして2人のデュエリストはそれぞれの目的に向け、晴れやかな顔で去って行った。

 

 

 

 

「あっという間だったぜい……」

 

 その後ろ姿に思わず呟いたモクバ。その言葉に牛尾は振り向きながら頭をかく。

 

「おっと済まねぇな、モクバ。オメェさんの仕事を取っちまうようなマネしちまって……」

 

 そういって頭を下げようとする牛尾にモクバは両手を振りながら慌てて返す。

 

「いや、全然構わないぜい! 俺だともっとややこしくなってただろうから……」

 

 その言葉尻が段々と小さくなっているのを見るに、モクバは自身の力不足を悔いている様子。

 

 初めて海馬の庇護から離れての職務ゆえに張り切っていた姿も今では陰って見えた。

 

 そんなモクバに牛尾は近づき――

 

「ハハッ、そう落ち込むこたぁねぇよ。今回は相手が俺の顔見知りだってこともあるだろうしな」

 

 そう言いながらモクバの頭にポンと手を置く牛尾。

 

 そしてしゃがんでモクバに視線を合わせながら続ける。

 

「まぁ、頭ごなしに言うだけじゃなくて妥協点を探るのも大事だぜ、モクバ――とアメルダもな」

 

 モクバを励ますついでにアメルダにも目配せしつつ忠告を入れた。

 

「申し訳ないです、牛尾さん。相手のガラがあまりに悪かったもので頭から決めつけていました――要注意です」

 

 その牛尾の目配せから察したアメルダが次に活かす旨に話の方向を逸らし、モクバをその流れに乗せる。

 

「俺も初めからアイツが悪いって決めつけてたぜ……」

 

「良いってことよ。名蜘蛛のヤツにも非はデカかったしな」

 

 先ほどの名蜘蛛の行動は恫喝と取られるような行為であったゆえに名蜘蛛の非も指摘しつつ、話を締めにかかる牛尾。

 

「――だけどよ、将来KC背負って立つならその辺の柔軟な考えってものが重要ってことだ」

 

 最後にそう締めくくった牛尾は通信機を手に取り何やら連絡を受けとり始め――

 

「モクバ、ちょっとトラブルがあったみてぇだ。俺は別の要件があっからそっちは頼めるか?」

 

 牛尾はそう言いながらアメルダに目配せしつつモクバに願い出た。

 

「おう! 任せな!」

 

「ハハッ、頼もしい限りだねぇ――アメルダ、分かってるな?」

 

 元気よく返事を返すモクバを余所に牛尾は周囲に気を配りながら鋭い目でアメルダに念を押す。

 

「勿論です。では行きましょう、モクバ様」

 

 アメルダもその牛尾の意図を理解しているゆえにモクバを急かす様に誘導し、モクバと共にこの場を立ち去るべく行動する。

 

「牛尾! またな!」

 

「おうよ、頑張りな~」

 

 そんなモクバの別れの言葉に返事を返す牛尾。

 

 やがてそのモクバの姿が見えなくなったのを確認した後でしゃがんだ状態からゆっくりと立ち上がり――

 

「――っと、しっかし意外だぜ……グールズってのはもっと礼儀のなってねぇヤツらだと思ってたんだがな」

 

 その背後の建物の陰に向かって挑発するように話しかけた。

 

「まさか人払いを待ってくれるとはなぁ……狙いはモクバか?」

 

 その牛尾の言葉への返答のように建物の陰からゆっくりと歩み出る全身を黒いローブ姿で隠した集団、グールズ。

 

 

 名蜘蛛たちが立ち去ったしばらく後に近づいていた気配の正体だった。

 

 

 そしてグールズの集団から一人の男が歩み出てその黒いローブから顔を出す。

 

 ローブから顔を出したのは、髪を逆立て、頬のこけた釣り目の男。

 

「ククク……お前がそれを知る必要はない」

 

 得意気に挑発を返すその男はグールズの「レアハンター」の一人。そのデュエルの実力は一般のグールズ構成員とは一線を画す。

 

「発言には気を付けた方がいいぜ? 今のでアンタの目的が俺じゃねぇってことがバレちまった」

 

 そのレアハンターの強気な発言に牛尾は軽口で返す。

 

 しかしレアハンターの余裕とも取れる態度は崩れない。

 

「フッ、時間稼ぎのつもりか? 無駄なことを……我々はお前を倒した後でゆっくりと目的を果たせばいい」

 

「随分と自信がおありのようでっと」

 

 ゆえに牛尾はこれ以上の問答は無用と、腰元のホルスターからデュエルディスクを流れるように自身の腕に装着しデッキをセット。

 

「――なら一つご教示願おうじゃねぇか!」

 

 その後、デュエルディスクを展開。

 

 その姿にレアハンターもローブからデュエルディスクを装着した腕を振り上げ、デッキを装着する。

 

「いいだろう。私の究極のデッキ――しかとその身で味わうがいい!!」

 

 周囲の他のグールズ構成員が牛尾とレアハンターを囲むように展開するのを尻目に2人のデュエリストは示し合わせたかのように声を上げた。

 

「 「デュエル!!」 」

 

 





「牛尾はレアハンターに任せて他のグールズの構成員はモクバを追えばいいんじゃ……」

とか言ってはいけない(`・ω・´)キリッ

アメルダ相手に一般の構成員は太刀打ち出来ないから……(小声)




~入りきらなかった人物紹介その1~
名蜘蛛《なぐも》 コージ
遊戯王の原作コミックで登場。

 遊戯たちの学校で流行っていたモンスターファイターを強奪し、売り捌いていた所を闇遊戯に粛清された人。

 そしてバトルシティにも参戦。

 対戦相手を脅して金銭を要求していたところを海馬に見つかり、今度は《オベリスクの巨神兵》に粛清された。なおその時のデュエルは省略されている。

 闇遊戯の罰ゲームを喰らって改心しなかった珍しい人。

――今作では
 懲りずに悪さをしていたところを牛尾にシメられ、牛尾のギース仕込みの教育的指導も相まって改心させられた。

ダイヤモンド・ドラゴン「お陰で破かれずに済んだぜ……」



~入りきらなかった人物紹介その2~
アメルダ
アニメ遊戯王のオリジナルエピソード、ドーマ編で登場。

ラフェール、ヴァロンを含めた「ドーマの三銃士」の一員

線の細い中性的な男性で、オカッパ頭が特徴。

紛争地域の出身であり、両親は戦火に巻き込まれ死去。

そして弟のミルコもまた両親と同じように戦果に巻き込まれ死去した。

その後、ダーツに紛争の原因はKCにあると言われ復讐に生きる――実際はダーツのせいだったが。


~今作でのアメルダ~
 アメルダがダーツで闇落ちさせられることを原作知識から神崎は知っていた為、
BIG5との友情パワー(権力・軍事力・マネー・人脈・マッスル・その他諸々!)によって
紛争問題に殴り込みかけたことで結果的にアメルダは救われた。

 に思われたが、今度はアメルダが権力という力を求め出した為、ギースにより健全なデュエリストとして叩き直された。

 今では里帰りの際に両親にお土産話をしながら弟ミルコとデュエルするのが密かな楽しみ。


 ちなみに神崎にはアメルダがいる紛争地域が何処なのかが分からなかった為、片っ端から紛争地域を巡り、上述のように殴り込みをかけて回っていた――どこまでも脳筋な男である。

 だがその姿があったからこそ海馬瀬人は神崎を警戒しつつも、強硬策に出なかったりする。





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第71話 ヤツをデュエルで拘束せよ!


牛尾VSレアハンター 前編です。


前回のあらすじ
集いし絆が、更なる縁を紡ぎ出す! 友情の(ロード)となれ! 友情召喚!! 名☆蜘☆蛛!!





 

 

 先攻は牛尾。

 

「俺の先攻だ! ドロー! まずは魔法カード《苦渋の決断》を発動! デッキからレベル4以下の通常モンスター1体を墓地に送り、その同名カードをデッキから手札に加えるぜ!」

 

 牛尾の背後に1枚のカードが裏側で現れる。

 

「俺はデッキから1体目の《砦を守る翼竜》を墓地に送り、2体目の同名カードをデッキからサーチ! そのまま召喚だ!」

 

 そのカードが表側となりそこから遊戯も使用した水色の小型の竜が空高く飛び上がり牛尾の目の前に着地する。

 

《砦を守る翼竜》

星4 風属性 ドラゴン族

攻1400 守1200

 

「そして魔法カード《トランスターン》を発動! 俺の《砦を守る翼竜》を墓地に送り、ソイツと同じ属性・種族でレベルが1つ高いモンスターをデッキから特殊召喚だぁ!」

 

 その《砦を守る翼竜》が風の繭に包まれていき――

 

「仕事に励むとするか! 来なっ! 《手錠龍(ワッパー・ドラゴン)》!!」

 

 その中から赤みがかった細長い身体に、口と尾に付いた丸い手錠のような器官が特徴なドラゴンが現れ、その細めの翼で空を舞う。

 

手錠龍(ワッパー・ドラゴン)

星5 風属性 ドラゴン族

攻1800 守1800

 

「まずはコイツで様子見といかせて貰うぜ――カードを2枚セットしてターンエンドだ!」

 

 牛尾が呼んだ《手錠龍(ワッパー・ドラゴン)》はレベルに対してさほど高くない攻撃力のモンスターだが、相手の出方を見るには相応しい能力を秘めている。

 

 ゆえに挑発気な笑みを見せる牛尾。

 

 

 しかしレアハンターは気にした様子もなくデッキのカードに手をかけた。

 

「レベル5で攻撃力1800のモンスターか……ククッ、だが私には関係ない。私のターン、ドロー!」

 

 そして引いたカードと手札を見比べ――

 

「私はフィールド魔法《岩投げエリア》を発動!!」

 

 レアハンターの周囲が岩石地帯となり、投石器が立ち並ぶ。

 

「コイツは確か……ってことは岩石族のデッキか?」

 

「そしてモンスターをセット! さらにカードを3枚伏せてターンエンドだ!」

 

 そんな牛尾の推察にも耳を貸さず、守りを固めてターンを終えたレアハンター。

 

 

「なら俺のターンだ。ドロー! ソッチが動きを見せねぇなら、こっちから攻めさせて貰うぜ!」

 

 大きな動きを見せなかったレアハンターに対し、牛尾は相手を探る意味も込めて攻め気を全面に押し出す。

 

「俺は伏せていた永続罠《リビングデッドの呼び声》を発動! 墓地の《砦を守る翼竜》を復活だ!」

 

 再び水色の身体で飛び立つ《砦を守る翼竜》。その口からやる気のように炎が漏れ出る。

 

《砦を守る翼竜》

星4 風属性 ドラゴン族

攻1400 守1200

 

「そして《馬の骨の対価》で《砦を守る翼竜》を墓地に送り2枚ドロー!」

 

 しかしそのやる気の炎は向かい所をなくすようにため息として零れ、《砦を守る翼竜》は光となり牛尾の手札を潤した。

 

「そんでもって2枚目の魔法カード《苦渋の決断》を発動させて貰うぜ!」

 

 そしてまたも牛尾の背後に現れる裏側のカード。

 

「俺はデッキから1体目の《フェアリー・ドラゴン》を墓地に送り、2枚目の同名カードをサーチ!」

 

 そのカードが表を向き、緑の体色の手足のない龍がその小動物を思わせる愛らしい顔を牛尾に向け、その翼を広げて牛尾の手札に飛び立った。

 

「魔法カード《融合》を発動!! 手札の《フェアリー・ドラゴン》と《トライホーン・ドラゴン》の2体の通常モンスターを融合!」

 

 2足歩行の青い体表を持ち、頭の3本の角が特徴的な《トライホーン・ドラゴン》と《フェアリー・ドラゴン》が渦に飛び込み混ざりあう。

 

「融合召喚! 大空を再び凱旋しな! 始まりの支配者ッ! 《始祖竜ワイアーム》!!」

 

 互いのデュエリストの頭上に影が差す。

 

 頭上を見上げたレアハンターの目に映る蛇のような長い身体を持つドラゴンがその大翼を広げ牛尾の頭上でとぐろを巻きつつ、レアハンターを見据えていた。

 

 その長い身体は大樹のように太く頑強であり、そのプレッシャーゆえか隅に寄る《手錠龍(ワッパー・ドラゴン)》。

 

《始祖竜ワイアーム》

星9 闇属性 ドラゴン族

攻2700 守2000

 

「さらに伏せておいた罠カード《融合準備(フュージョン・リザーブ)》を発動! エクストラデッキの融合モンスター《カイザー・ドラゴン》を見せ、そこに記された《フェアリー・ドラゴン》を手札に!」

 

 黄金の龍の影が牛尾の背後に一瞬映るもその影はすぐさま立ち消え、その背後から《フェアリー・ドラゴン》が牛尾の肩あたりから顔を覗かせる。

 

「おっと、当然墓地の《融合》も回収させて貰うぜ」

 

 その《フェアリー・ドラゴン》の口元には《融合》のカードが咥えられていた。

 

「お次は魔法カード《闇の量産工場》を発動だ! 墓地の通常モンスター2体――《砦を守る翼竜》2体を手札に!」

 

 さらに2体の《砦を守る翼竜》が競争だとでも言わんばかりに地面に現れたゲートから牛尾の手札に舞い戻った。

 

「そしてまたまた《融合》を発動だ! 手札の《フェアリー・ドラゴン》と《砦を守る翼竜》を融合!!」

 

 再び顕現した渦に《砦を守る翼竜》と《フェアリー・ドラゴン》が飛び立つ。

 

 さきほどと同じくどちらも通常モンスターを用いての融合召喚。ゆえにレアハンターは若干の呆れ顔で呟く。

 

「また《始祖竜ワイアーム》か?」

 

 ワンパターンな奴だとでも言いたげだ。

 

「いんや、《始祖竜ワイアーム》はフィールド上に1体しか呼べねぇのよ」

 

 しかしそんなレアハンターの挑発も牛尾は肩をすくめながら返し、やがて2体のドラゴンが飲み込まれた渦が収束していく。

 

「呼び出すのはコイツだ! 誇り高き黄金の皇帝ッ! 《カイザー・ドラゴン》!!」

 

 流線的なフォルムで大空を滑るように飛ぶ黄金のドラゴン。

 

 その翼を広げ《始祖竜ワイアーム》の頭上を取るように陣取り咆哮を上げる。

 

《カイザー・ドラゴン》

星7 光属性 ドラゴン族

攻2300 守2000

 

「そんでもって最後に《砦を守る翼竜》を召喚して――」

 

 2体の畏怖溢れる巨大なドラゴンに遠慮するように隅に寄っていた《手錠龍(ワッパー・ドラゴン)》の横にそっと回る《砦を守る翼竜》。

 

《砦を守る翼竜》

星4 風属性 ドラゴン族

攻1400 守1200

 

 そしてレアハンターに4体のドラゴンが牙をむく。

 

「バトルだ!! 《始祖竜ワイアーム》でセットモンスターに攻撃!! 何を伏せたかは知らねぇが、コイツは自身以外のモンスター効果を受けねぇ! 潰れちまいな!!」

 

 その大樹のような力強い身体でセットモンスターに突撃をかける《始祖竜ワイアーム》。

 

「フフフ、セットモンスターは《メタモルポット》!」

 

 その突撃に吹き飛ばされ宙を舞ったセットカードは青みがかった壺。

 

 その壺の内側から一つ目と裂けるように笑みを浮かべた口から歯を覗かせる。

 

《メタモルポット》

星2 地属性 岩石族

攻 700 守 600

 

「だが私のフィールド魔法《岩投げエリア》の効果により代わりに自分のデッキから岩石族モンスター1体を墓地へ送ることで《メタモルポット》はその戦闘では破壊されない!!」

 

 そして役目を終えたと地面に落下し砕けるだけとなった《メタモルポッド》に《始祖竜ワイアーム》の咢が迫るが――

 

「私は岩石族の《リバイバルゴーレム》を墓地に! そして墓地に送られた《リバイバルゴーレム》の効果発動!」

 

 その間に投石器から放たれた泥の塊のようなゴーレムが《メタモルポット》をキャッチし、その危険地帯を後にする。

 

「このカードがデッキから墓地に送られたとき! このカードを特殊召喚することが出来る! 再生せよ! 《リバイバルゴーレム》! 守備表示だ!」

 

 そして地面に着地した泥のようなゴーレムは《メタモルポット》をそっと地面に置き、自身はその身を屈め防御姿勢を取った。

 

《リバイバルゴーレム》

星4 地属性 岩石族

攻 100 守2100

 

「そして《メタモルポット》のリバース効果が発動し、互いは手札を全て捨て5枚ドロー!!」

 

 その《メタモルポット》の口から笑い声がフィールドに響き互いのデッキからカードが呼びこまれた。

 

「これで《始祖竜ワイアーム》の攻撃は無駄となった訳だ……とはいえ《岩投げエリア》の効果は1ターンに1度、安心して攻撃してくるがいい」

 

「なら――」

 

 挑発を続けるレアハンターの言葉に言われなくともと牛尾は動くが、それを遮るようにレアハンターは言葉を放つ。

 

「おっと、その前に永続罠《スクラム・フォース》も発動しておこう」

 

 《リバイバルゴーレム》はスクラムを組むべく手を伸ばすが《メタモルポット》には腕がない。

 

 ゆえに《リバイバルゴーレム》は《メタモルポット》を腰だめに抱え、次の攻撃に備えた。

 

「これで私のフィールドに2体以上表側守備表示モンスターが存在する限り、私の守備表示モンスターは相手の効果の対象にはならず、効果で破壊されることもない!」

 

「なら《メタモルポット》をもう1度攻撃するぜ! 行けっ! 《砦を守る翼竜》! 火球の飛礫(かきゅうのつぶて)!」

 

 《砦を守る翼竜》が口から《メタモルポット》へと火球を飛ばす。

 

 《リバイバルゴーレム》は狙いが《メタモルポット》だと分かるとすぐさま壺の口で火球を受け止めた。

 

 そして壺の中で炎が踊り、壺の内部から反響するように断末魔の叫びが響く。その《メタモルポット》の目は《リバイバルゴーレム》を親の仇でも見るように睨んでいた。

 

 そっぽを向く《リバイバルゴーレム》を余所に《メタモルポット》は灰と化す。

 

「次だ! コイツの攻撃でテメェのモンスターはカラになるぜ! 《カイザー・ドラゴン》! 《リバイバルゴーレム》を消し飛ばしな! ブレイジング・インフェルノ!!」

 

 《カイザー・ドラゴン》の口元で黄金に輝く業火が、仲間を見捨てた《リバイバルゴーレム》を罰するように迫る。

 

「させん! 罠カード《岩投げアタック》を発動! デッキから岩石族モンスターを1体墓地に送り、500のダメージを与える! 岩石族の《タックルセイダー》を墓地へ!!」

 

 しかし投石器によって射出された肩部分にスパイクの付いた巨大な鉄球を持った工事現場用ロボが牛尾の元に飛来する。

 

「グッ、最後の伏せカードはそいつか! だがこの程度どうってことねぇな!」

 

牛尾LP:4000 → 3500

 

 その飛来した《タックルセイダー》を受け僅かに牛尾のライフが削られようとも《リバイバルゴーレム》を狙う《カイザー・ドラゴン》のブレスは止まらない。

 

「さらに今墓地に送られた《タックルセイダー》の効果を発動!」

 

 だがその《タックルセイダー》が反転し《カイザー・ドラゴン》に肩の鉄球でぶつかるように突撃した。

 

「このカードが墓地に送られたとき! 相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を裏側守備表示にする!! 私は当然《カイザー・ドラゴン》を裏側守備表示に!!」

 

 その《タックルセイダー》の突撃により頭をかち上げられた《カイザー・ドラゴン》の口から放たれたブレスはあらぬ方へと向かう。

 

 さらにそのまま突撃を続けた《タックルセイダー》によって《カイザー・ドラゴン》は裏側守備表示となった。

 

「なっ!? これ以上の追撃は無理か……俺はバトルを終了するぜ」

 

――ヤツのデッキはガードを固める戦術か参ったなこりゃ。

 

 《タックルセイダー》が墓地に帰っていく姿を見つつ、牛尾は面倒だと頭をかく。

 

――守りを固めてどうするのかは知らねぇが、俺のデッキは殴り合いが本分なんだがなぁ……

 

 モンスターの攻撃によってライフを削っていく一般的な「ビートダウン」に分類される牛尾のデッキはモンスターの攻防に重きを置いている為、レアハンターが守りの裏で行う策には手が届きにくい。

 

「俺は2枚目の《馬の骨の対価》で《砦を守る翼竜》を墓地に送り2枚ドロー!」

 

 《砦を守る翼竜》は翼を広げ空で手札を潤す光となる。

 

――思わぬ臨時収入(ドロー)だが今はそこまで動けねぇな……まぁ直ぐにどうこうはならねぇだろ

 

「俺はカードを2枚セットしてターンエンドだ」

 

 3体のモンスターが並ぶ牛尾のフィールドに対し、レアハンターを守るモンスターは《リバイバルゴーレム》のみ。

 

「私のターン、ドロー!」

 

 しかしレアハンターは《メタモルポット》の効果で増えた手札を見て頬を緩める。

 

――私の手札には既に……フッ、幸先がいい。

 

「私は墓地の岩石族モンスター《メタモルポット》・《タックルセイダー》・《怒気土器(どきどき)》の3体を除外し手札からこのモンスターを特殊召喚する!」

 

 墓地の3体の岩石族モンスターがそれぞれおもちゃのブロックとなっていく。

 

「玩具の番人よ! 龍の姿を写し取り、私を守れ! 《ブロックドラゴン》!! 守備表示だ!」

 

 その色とりどりのおもちゃのブロックは一つに集まりドラゴンの形に組み上がり――

 

 そして現れたカラフルなドラゴンのおもちゃはその場でしゃがみレアハンターを守るように牛尾に立ちふさがる。

 

《ブロックドラゴン》

星8 地属性 岩石族

攻2500 守3000

 

「そして魔法カード《アドバンスドロー》を発動! レベル8以上のモンスターをリリースし2枚ドローできる!」

 

 その「レベル8」との条件に《ブロックドラゴン》は首を180度旋回させ、レアハンターをじっと見つめている。

 

「私は今呼び出したレベル8《ブロックドラゴン》をリリースし2枚ドロー!!」

 

 その言葉にショックを受けながらよろよろとふら付く《ブロックドラゴン》。

 

 そして《リバイバルゴーレム》に躓き倒れ、おもちゃのブロックの身体が崩れた。

 

「さらにこの瞬間、墓地に送られた《ブロックドラゴン》の効果が発動する!」

 

 崩れた《ブロックドラゴン》の大量のおもちゃのブロックがレアハンターの手札目掛けて殺到し――

 

「その効果によりレベルの合計が8になるようデッキから岩石族モンスターを3体まで手札に加える!」

 

 その大量のおもちゃのブロックは3グループに分かれ、なにやら組み上げられていく。

 

「私はレベル4《サンドモス》とレベル3の《岩石の巨兵》とレベル1の《ジェムナイト・ラズリー》の3体を手札に!」

 

 そしてそれぞれが、「丸いホースのような口を持つ砂の巨人」・「2本の剣を持って鎮座する岩の戦士」・「愛らしい人形のようなゴーレム」を形作りレアハンターの手札に収まった。

 

「ここで永続罠《化石岩の解放》を発動! 除外された岩石族モンスター1体をフィールドに帰還させる!」

 

 《岩投げエリア》の岩盤の一部が砕け飛ぶ。

 

「帰還せよ! 《怒気土器(どきどき)》!」

 

 その砕けた場所から発掘されたのは怒りの面持ちが彫られた土器。

 

 その土器には怒りを示すような赤いオーラが漂う。

 

怒気土器(どきどき)

星2 地属性 岩石族

攻 500 守 500

 

「そして《怒気土器(どきどき)》の効果発動! 1ターンに1度、手札の岩石族モンスター1体を捨てることでそのカードと元々の属性・レベルが同じ岩石族モンスター1体をデッキから表側攻撃表示または裏側守備表示で特殊召喚する!」

 

 その《怒気土器(どきどき)》の内側から怒りの叫びが上がる。

 

「私は手札のレベル4《サンドモス》を捨て、デッキから同じ属性・レベルの《アステカの石像》を裏側表示でセット!」

 

 《サンドモス》を己の内部に取り込んだ《怒気土器(どきどき)》。

 

 そして放たれた怒りのオーラは大地を割り、そこから行く手を遮るように両の手を前に出す仕草の緑の石像が現れるも、すぐさまその姿はカードの裏側となって隠れた。

 

「そしてそのセットされた《アステカの石像》と《リバイバルゴーレム》をリリースしてモンスターをアドバンスセット!!」

 

 《リバイバルゴーレム》がセットされた《アステカの石像》に覆い被さり泥の岩の塊となって新たなモンスターがカードの裏面だけを残し現れた。

 

「さらに再び私は墓地の岩石族モンスター3体――《アステカの石像》・《リバイバルゴーレム》・《サンドモス》を除外し墓地から《ブロックドラゴン》を蘇生!!」

 

 再びおもちゃのブロックが集まり龍の身体を模して現れると《ブロックドラゴン》は守備表示で佇む。

 

《ブロックドラゴン》

星8 地属性 岩石族

攻2500 守3000

 

「最後にカードを2枚伏せてターンエンドだ」

 

 再び現れた《ブロックドラゴン》だが、牛尾の意識は2体のモンスターをリリースしたことから最上級モンスターであるセットモンスターを警戒の目で見ていた。

 

 その姿を見てレアハンターはほくそ笑む。

 

――そうやってせいぜい盤面に気を取られているがいい。

 

 そのレアハンターの手札には必殺のカードが着々と集まっていた。

 

 

 





今作のレアハンターのデッキは

「岩石族デッキに擬態した『???』デッキ」

レアハンター……一体何を狙っているんだ……(すっとぼけ)





牛尾さんのデッキ説明は次回--まぁ大体バレている気もしますが

アサルト・ガンドッグ「ねぇ、どう見てもこの牛尾さんのデッキ、ドラゴン族を軸にしてるよね? ボクは? 獣族のボクは?」

機動砦のギア・ゴーレム(機械族)「諦めなワンちゃん……オメェもレアハンター氏の岩石族軸に割を食った俺と同じさ……」



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第72話 レベルを上げて物理で殴る

牛尾VSレアハンター 後編です。


前回のあらすじ
手錠龍(ワッパー・ドラゴン)「自分の効果……使われそうにないっすね。対戦相手的に」





 守りを固め、静かにターンを終えたレアハンターに対し牛尾は豪快にドローする。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 そして引いたカードを見つつ牛尾は攻め気が0のレアハンターの様子に露骨さを感じつつ思考する。

 

――しっかし、予想してたとはいえ全く攻撃する気配はなしかよ……《岩投げエリア》もあることだし《カイザー・ドラゴン》くれぇは破壊してくるかとも思ったが

 

「魔法カード《マジック・プランター》を発動し永続罠《リビングデッドの呼び声》を墓地に送って2枚ドローだ」

 

 ズブズブと地面に沈む《リビングデッドの呼び声》を余所に牛尾は打つ手を思案する。

 

「魔法カード《ギャラクシー・サイクロン》を発動するぜ。セットされた魔法・罠カードを破壊する――左側のセットカードを破壊だ」

 

 白い宇宙の渦がレアハンターのセットカードの1枚を飲み込む。

 

 しかしそのカードは狙っていた罠カード《岩投げアタック》ではなかった為、眉を上げる牛尾。

 

 ならばと牛尾は次の手に移る。

 

「俺の墓地に5体以上モンスターがいるときコイツが発動できるぜ! 罠カード《補充要員》を発動! 俺の墓地に存在する効果モンスター以外の攻撃力1500以下のモンスターを3体まで手札に加える!」

 

 牛尾の背後に墓地からのゲートが開く。

 

「俺は墓地の3体の《フェアリー・ドラゴン》を手札に!」

 

 そのゲートから3体の《フェアリー・ドラゴン》が牛尾を通り過ぎ、宙返りの要領で手札に加わった。

 

「そして今手札に加えた3体の《フェアリー・ドラゴン》を墓地に送り手札のコイツを特殊召喚と行くぜ!」

 

 4枚もの手札を使い呼び出される超重量級モンスター。

 

 牛尾の背後に3つの光の柱が降り注ぐ。やがてそれらは重なり――

 

「全てを跳ね退けなっ! 絶対権力が破壊者! 《モンタージュ・ドラゴン》!!」

 

 肥大化した腕を振るい、白い仮面で目元を隠した3つ首の青いドラゴンが大翼を広げフィールドに凱旋する。

 

《モンタージュ・ドラゴン》

星8 地属性 ドラゴン族

攻 ? 守 0

 

 その攻撃力は「?」――可能性の数値。

 

「コイツの攻撃力はその効果で捨てたカードのレベルの合計の300倍だぁ!!」

 

 《モンタージュ・ドラゴン》の呼び水となった3体の《フェアリー・ドラゴン》のレベルは4。よって――

 

「レベルの合計は12! つまり攻撃力は3600だぁ!」

 

 その牛尾の言葉に呼応するように大気を震わせる咆哮を以て周囲に己が存在を示す《モンタージュ・ドラゴン》。

 

《モンタージュ・ドラゴン》

攻 ? → 攻3600

 

「攻撃力3000オーバーだと!? ならば2枚目の罠カード《岩投げアタック》を喰らうがいい! 当然墓地に送るのは《タックルセイダー》!」

 

 その《青眼の白龍》をも超える攻撃力にレアハンターは慌ただしくセットカードを発動させるが――

 

「ならソイツにチェーンして速攻魔法《魔力の泉》を発動! コイツでテメェの表側の魔法・罠の数だけドローし、俺の表側の魔法・罠の数だけ手札を捨てる!」

 

 牛尾はそれを利用するかのように手札を切る。

 

 レアハンターの表側の魔法・罠カードは――

 

 今表になった罠カード《岩投げアタック》に永続罠《スクラム・フォース》と《化石岩の解放》、そしてフィールド魔法《岩投げエリア》の4枚。

 

 一方の牛尾は今発動した速攻魔法《魔力の泉》の1枚のみ。つまり――

 

「4枚ドロー! そして手札を1枚捨てる!」

 

「だが《岩投げアタック》のダメージは受けて貰うぞ!」

 

 思わぬ大量ドローに警戒を露わにするレアハンターの《岩投げアタック》の一撃が牛尾を襲う。

 

「チマチマと鬱陶しい野郎だぜ」

 

牛尾LP:3500 → 3000

 

 そして罠カード《岩投げアタック》によって放たれ地面に落ちた《タックルセイダー》がゆらりと立ち上がる。

 

「《タックルセイダー》の効果を忘れてはいないだろうな! ソイツには裏側守備表示になって貰おう! これでご自慢の攻撃力も無意味だ!」

 

 このまま《モンタージュ・ドラゴン》が裏側表示になればその攻撃はリセットされ、0になってしまう。

 

「そう好きにさせるかよ! カウンター罠《透破抜(すっぱぬ)き》!!」

 

 《モンタージュ・ドラゴン》の大翼の一振りが突風となって突進を敢行していた《タックルセイダー》を襲う。

 

「コイツで手札または墓地で発動する効果モンスターの効果の発動を無効にしゲームから除外するぜ! 吹き飛びなッ!!」

 

 自身の突撃の勢いも相まってその突風に切り刻まれた《タックルセイダー》は静かに土に返っていった。

 

 

 《モンタージュ・ドラゴン》を守り切った牛尾だがその胸中は晴れない。

 

――とはいえ《ブロックドラゴン》を破壊するのは論外……高レベルのあのセットモンスターを攻撃するのもな……

 

 今はこの状況を大きく打開する術が牛尾にはないのだから。

 

「なら! 装備魔法《流星の弓-シール》を《モンタージュ・ドラゴン》に装備! コイツを装備したモンスターは攻撃力が1000下がっちまうが、ダイレクトアタックが可能になるぜ!」

 

 その力を弱めた《モンタージュ・ドラゴン》だが、力が落ちた代わりに身体が軽くなったとでも言いたげに空高く飛び上がる。

 

《モンタージュ・ドラゴン》

攻3600 → 攻2600

 

「最後に裏守備になっちまってる《カイザー・ドラゴン》を反転召喚し――」

 

 その黄金の身体を下々のものに見せつけるように天に上る《カイザー・ドラゴン》。

 

《カイザー・ドラゴン》

星7 光属性 ドラゴン族

攻2300 守2000

 

「バトルだ!! 《モンタージュ・ドラゴン》でダイレクトアタック! パワー・コラージュ!!」

 

 《モンタージュ・ドラゴン》は遥か空の彼方からレアハンターを打ち抜くように3つ首から衝撃破を放つ。

 

「させん! 墓地の罠カード《光の護封霊剣》を除外し効果発動! このターン、相手モンスターのダイレクトアタックを封じる!!」

 

 レアハンターの足元から3つの光の剣が飛んでいき、《モンタージュ・ドラゴン》の放った3つの衝撃波を相殺する。

 

「これでお前は私のモンスターに攻撃するしかない!」

 

 空で爆炎が起こる中、レアハンターはそう言って牛尾を挑発するが――

 

「なら攻撃はキャンセルだ! バトルを終了させて貰うぜ」

 

 牛尾はレアハンターの狙いを読み始めていた。

 

――こっちの攻撃にカウンターを仕掛けてくる気配もねぇな……デッキ破壊はどっちかってーと相手さんのデッキの方が減ってる。つまりは引き込みたいカードがある訳だ。

 

 そして自身の手札を見る牛尾だが内心で困りつつも、それを表に出さないように思案する。

 

――となると、こいつの狙いは読めてきたぜ……だが問題は今の俺の手札にはヤツの狙いを直接止める術がねぇ――が、まぁやりようはある。

 

「俺は永続魔法《未来融合-フューチャー・フュージョン》を発動してカードを2枚セット。これでターンエンドだ」

 

 牛尾の周囲にビル群が立ち並ぶが、その効果は今はまだ発揮しない。

 

 

 明らかに攻めあぐねている牛尾に気分を良くしながらレアハンターはデッキのカードに手をかける。

 

「フッ、手も足も出ないようだな! 私のターン、ドロー!」

 

 レアハンターの勝利の為には特定のカードがあと2枚必要だ。

 

「私は2枚目の魔法カード《アドバンスドロー》を発動! レベル8《ブロックドラゴン》をリリースし2枚ドロー!!」

 

 またなのかと言わんばかりに今度は身体ごと振り向いた《ブロックドラゴン》。

 

 しかし無言の抵抗は長くは続かずそのおもちゃのブロックの身体はバラバラに砕けた。

 

「さらにこの瞬間、墓地に送られた《ブロックドラゴン》の効果が再び発動する!」

 

 前のターンと同じように3つの山に分かれるおもちゃのブロック。

 

「その効果により私はレベル4《ゲート・ブロッカー》とレベル2の《怒気土器(どきどき)》と《はにわ》の合計レベル8となる3体を手札に!」

 

 そして組み上がるのは「一つ目の描かれた壁」に「怒りの面持ち模様の壺」に「どこか困った顔をしたはにわ」がレアハンターの手札に加わった。

 

「次に《怒気土器(どきどき)》の効果を発動!! 手札の《ゲート・ブロッカー》を捨て、デッキから《ロストガーディアン》を裏側守備表示で特殊召喚!」

 

 そのレアハンターの声に怒りの雄叫びを上げる《怒気土器(どきどき)》。

 

 その怒りのオーラはレアハンターの手札の《ゲート・ブロッカー》を砕き、砂の衛兵《ロストガーディアン》を呼び覚ます――もっとも直ぐに裏守備表示となったが。

 

「そして《禁忌の壺》を反転召喚!」

 

 レアハンターの前のターンにアドバンスセットされた最上級モンスターが姿を現す。

 

 それは禍々しさを持つ壺であり、その壺の中から鋭利な牙を見せながら歪んだ笑みを見せる一つ目の魔物が天を舞う牛尾のドラゴンたちをねめつけていた。

 

《禁忌の壺》

星9 地属性 岩石族

攻2000 守3000

 

「そのリバース効果により4つの効果の中から一つを選び発動する!!」

 

 その《禁忌の壺》の効果は「禁忌」と呼ぶに相応しい公式デュエルでは使用できない禁止カードの力を再現することが出来る。

 

 デッキから2枚ドローする――《強欲な壺》の効果。

 

 フィールドの魔法・罠カードを全て持ち主の手札に戻す――《ハリケーン》の効果。

 

 相手フィールドのモンスターを全て破壊する――《サンダー・ボルト》の効果。

 

 相手の手札を確認し、その中からカード1枚を選んで持ち主のデッキに戻す――《強引な番兵》の効果。

 

 

 その4つの力の内、どれか一つの効果を使うことが出来る。

 

「さぁ、どの効果を選ぼうか……」

 

 その強力な効果を前に牛尾は警戒するも、選ばれる効果は容易に推理出来る。

 

――選ばれる効果次第ではやべぇが、やっこさんが選ぶとすれば一つだろうな。

 

 そしてレアハンターは《禁忌の壺》を指さし宣言する。

 

「私は2枚ドローする効果を発動する!!」

 

 選んだのは《強欲な壺》と同じデッキからカードを2枚ドローする効果。

 

 

 その引いた2枚のカードを見たレアハンターはその爬虫類のような目を見開く。

 

 待ちわびたカードと、勝利の最後のピースを呼び込むカードが手札に舞い込んだのだから。

 

「ククク、来たぞ! 来た! 《クリッター》召喚!」

 

 レアハンターに勝利をもたらす丸い毛玉の悪魔が3つの目でドラゴンを見やり、その威圧に手足を震わせる。

 

《クリッター》

星3 闇属性 悪魔族

攻1000 守 600

 

「バトルだ! 《クリッター》で《手錠龍(ワッパー・ドラゴン)》に攻撃!」

 

 《クリッター》は己よりも攻撃力の高い《手錠龍(ワッパー・ドラゴン)》に尻込みした様子だったが、牛尾のフィールドの他のドラゴンに比べればマシと手足を毛玉の中に収めボールのように突進する。

 

 

 《クリッター》はフィールドから墓地へ送られた際にデッキから攻撃力1500以下のモンスター1体を手札に加える効果を持つ。

 

 

 よってレアハンターの勝利の最後のピースをその効果でサーチし揃えれば、「どんな状態であっても」レアハンターを勝利へと導く。

 

「これで私の勝ちだ!!」

 

 ゆえに自身の勝利を確信したレアハンター。

 

 だが牛尾もそんなレアハンターの狙いなど見抜いている。

 

「そうはさせるかよ! その攻撃宣言時に罠カード《セキュリティー・ボール》を発動!!」

 

 空から急襲した赤い球体から丸いアームの伸びたロボが黄色いモノアイで《クリッター》を視界に捉え――

 

「《クリッター》の表示形式を変更! ソイツには守備表示になって貰うぜ!」

 

 転がり続ける《クリッター》をアームでキャッチしそのまま上昇。

 

 やがてレアハンターのフィールドに降り立ちそっと《クリッター》を解放した。

 

「クッ! ならばバトルを終了だ!」

 

 空に消える《セキュリティー・ボール》を震える手を振りながら見送る《クリッター》を余所にレアハンターは苛立ち気にバトルを終える。

 

「そして墓地の《タックルセイダー》と《ゲート・ブロッカー》! そして手札の《はにわ》を除外して墓地より特殊召喚! 蘇れ! 《ブロックドラゴン》!!」

 

 何度でも主を守るべく現れる《ブロックドラゴン》。

 

 だがその頭が疲れを見せるように垂れ下がっているのは気のせいなのか。

 

《ブロックドラゴン》

星8 地属性 岩石族

攻2500 守3000

 

「さらに速攻魔法《月の書》で《禁忌の壺》を裏守備表示に!!」

 

 三日月の書かれた青い書物が《禁忌の壺》に投入され、それを読んだ《禁忌の壺》の中の魔物は眠たそうにカードの裏側を布団のようにかぶり裏側守備表示となった。

 

「カードを1枚伏せて、ターンエンドだ!」

 

 ターンを終えたレアハンターには先ほどの怒りはない。

 

――フッ、焦ることはない。私は次のターンさえ凌げればいいのだから。

 

 今のレアハンターのライフは無傷であり、次の自身のターンに勝利はほぼ決まったようなものだ。

 

「エンドフェイズ時に手札が7枚以上ある為、6枚になるように手札を捨てる」

 

――いや、奴がモンスターを呼び出した瞬間。ククク……

 

 手札を捨てながらそうほくそ笑むレアハンター。

 

 勝利を目前にし、完全に気が緩んでいた。

 

 

 そんなレアハンターの気の緩みを牛尾は感じとるも、その内心で冷や汗を流す。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

――危ねぇ、危ねぇ。あの状況で《クリッター》を自爆特攻させたってことは、もう俺には後がねぇ訳か。

 

 しかしそんな追い詰められた状況にも関わらず牛尾はニヒルに笑う。

 

「このスタンバイフェイズで永続魔法《未来融合-フューチャー・フュージョン》の1回目のスタンバイフェイズだ」

 

――だが1ターン、遅かったな。

 

 何故なら牛尾の準備もこれで全て整ったのだから。

 

「よって俺のエクストラデッキの融合モンスター1体を公開し、そのモンスターの融合素材モンスターを俺のデッキから墓地に送るぜ」

 

 《未来融合-フューチャー・フュージョン》のビル群の頂上に《融合》を思わせる模様が渦を巻く。

 

「俺はエクストラデッキの《F(ファイブ)G(ゴッド)D(ドラゴン)》を公開し、その融合素材のドラゴン族モンスター5体を墓地に送る」

 

 その渦に5つ首に巨大な黄金の巨体を持つ龍の影が薄っすらと映る。

 

「3枚目の《砦を守る翼竜》と2枚目の《手錠龍(ワッパー・ドラゴン)》、そして3枚の《神龍の聖刻印》を墓地に!」

 

 その影から《砦を守る翼竜》と《手錠龍(ワッパー・ドラゴン)》、そして何らかのドラゴンを巨大な球体状に封じた3つの《神龍の聖刻印》が地面に現れたゲートに飲み込まれていく。

 

「これで次の俺のスタンバイフェイズに《F(ファイブ)G(ゴッド)D(ドラゴン)》が融合召喚されるって寸法よ」

 

 そんな牛尾の未来を話す姿にレアハンターは内心で笑いを抑えきれない。

 

――お前に次のターンなど……

 

 そう考えるレアハンターを余所に牛尾は最後のセットカードを発動させた。

 

「俺は伏せておいた2枚目の罠カード《補充要員》を発動させて貰うぜ。効果はさっき説明した通りだ。俺は攻撃力1500以下の《神龍の聖刻印》3枚を回収っと」

 

 3枚の《神龍の聖刻印》が団子のように3つに連なり牛尾の手元に迫る――そのサイズのせいか圧が凄い。

 

 

 その姿を見つつ、態々手札に加えたそのカードこそ牛尾の切り札だと予想したレアハンター。

 

――さぁ召喚して来い。その召喚をトリガーに私の罠カード《激流葬》で《クリッター》が墓地に…

 

 しかしそんなレアハンターの思惑を裏切るように牛尾は魔法カードを発動させる。

 

「そんでコイツだ――魔法カード《巨竜の羽ばたき》を発動。その効果で俺のフィールドのレベル5以上のドラゴン族モンスター、《モンタージュ・ドラゴン》を手札に戻し――」

 

 《モンタージュ・ドラゴン》のその大翼をはためかせ周囲の全てを薙ぎ払わんと突風を起こす。

 

「フィールドの魔法・罠カードを全て破壊するぜ! 消えな!!」

 

 その突風に互いの全ての魔法・罠カードが破壊される。その中にはレアハンターのセットしていた罠カード《激流葬》のカードも含まれていた。

 

「おいおい、《激流葬》たぁ危ねぇもん伏せてやがったな……」

 

 罠カード《激流葬》――モンスターが召喚・反転召喚・特殊召喚された時に発動でき、フィールドのモンスターを全て破壊するカード。

 

 牛尾がもし先にモンスターを召喚していればその効果によりレアハンターの《クリッター》は破壊され、《クリッター》の効果によりレアハンターは勝利出来ていただろう。

 

「クッ! しまった!」

 

 ゆえに悔し気に顔を歪ませるレアハンターだが、その内心での余裕は崩れない。

 

――だがどのみち次のターンで《クリッター》を墓地に送れば、あのカードをサーチ出来る! 私の勝利は揺るがない!

 

 そのレアハンターの推察は正しい、牛尾に残されているのはこのターンのみだ。

 

 

 

 しかし牛尾にはそ れ(このターンのみ)で十分だった。

 

 

 

「そして手札のモンスターを3体墓地に送り手札から特殊召喚! 全ての闇を打ち砕けっ! 《モンタージュ・ドラゴン》!!」

 

 再び轟音と共に現れる《モンタージュ・ドラゴン》。そのプレッシャーは先ほどの比ではない。

 

《モンタージュ・ドラゴン》

星8 地属性 ドラゴン族

攻 ? 守 0

 

「だがさっきとは違うぜ……コイツの効果で墓地に送ったカードは3枚の《神龍の聖刻印》! そのレベルは8!」

 

 今回の《モンタージュ・ドラゴン》の呼び水となった3体の《神龍の聖刻印》のレベルは8。よって――

 

「そのレベルの合計は24! つまり《モンタージュ・ドラゴン》の攻撃力は7200だ!!」

 

 前のターンの3倍の力を持って己が威光を示す《モンタージュ・ドラゴン》。

 

 フィールドのモンスターは敵味方双方その力の前に恐れを見せる。

 

《モンタージュ・ドラゴン》

攻 ? → 攻7200

 

「攻撃力7200だと!?」

 

 そんな超大なプレッシャーを受けつつもレアハンターは辛うじて闘志を繋ぐ。

 

――い、いや、どれだけ攻撃力の高いモンスターを呼び出そうとも無意味だ!

 

 そうレアハンターのモンスターは全て守備表示。たとえ攻撃されようともダメージは――

 

「さらに装備魔法《ビッグバン・シュート》を《モンタージュ・ドラゴン》に装備! これで《モンタージュ・ドラゴン》の攻撃力は400上がり、守備表示モンスターを攻撃した時にゃあ貫通ダメージを与えられるぜ!」

 

 《モンタージュ・ドラゴン》の全身より赤いオーラが噴出し、その身体をより強靭なものとなる。

 

《モンタージュ・ドラゴン》

攻7200 → 攻7600

 

「……なっ!?」

 

「お前さんの《クリッター》の効果は墓地に送られてから発動する。だったら墓地に送られる前にテメェを叩きのめしちまえばいい話だ!」

 

 そんな牛尾の説明にも先ほどの「貫通ダメージ」との言葉から理解が追い付かず呆然とするレアハンター。

 

「これで『エクゾディア』は揃わねぇ!」

 

 しかし最後の牛尾の言葉に我に返る――だが全てがもう遅い。

 

「わ、私の狙いを……」

 

「お見通しだよ! バトル! 《クリッター》に攻撃だ! やれっ! 《モンタージュ・ドラゴン》!! ハイメガ・パワー・コラージュ!!」」

 

 《モンタージュ・ドラゴン》の3つ首に集まる前のターンとは比べ物にならぬ威力を内包した衝撃波が今放たれる。

 

 

 全てを諦めた絶望の表情で破壊の奔流に呑まれる《クリッター》の守備力は600。

 

 

 そこに《モンタージュ・ドラゴン》の攻撃力7600の一撃が直撃し突き抜け――

 

 ピッタリ7000のダメージがレアハンターを襲った。

 

「ぐあぁあああああああ!!」

 

レアハンターLP:4000 → 0

 

 

 





~「レアハンターは禁止制限を守っているの?」との疑問が意外と多かったゆえの追記~
レアハンター氏のデッキはキチンと禁止制限を守ったものになります

何故か――
禁止制限を守らないとバトルシティを失格になってしまうので
パズルカードの収集が出来なくなる為です




今作の牛尾さんデッキ(DM時)は

手錠龍(ワッパー・ドラゴン)を少しでも呼びやすくする為にドラゴン族軸に寄せつつ

実質2枚消費で《モンタージュ・ドラゴン》を呼び出すデッキ


攻撃力1500以下の高レベルの通常モンスターって意外にいないんだね……


神龍の聖刻印「《モンタージュ・ドラゴン》のコストになるのが主な仕事です――フィールド? 召喚? 何ですかそれは?」



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第73話 中間管理職はつらいよ



前回のあらすじ
死亡フラグは立てるもんじゃないね! (* - ω - ) ウンウン




 

 

 デュエルに敗北したレアハンター。だが突如としてその額にウジャドの瞳の文様が浮かぶ。

 

「バ、バカな……この私が――アガッ、ガガガ!」

 

 そして頭を押さえて苦しみ、のたうち回るレアハンター。

 

 やがてレアハンターの頭の中に声が響く。

 

――まさか刺客でもないそこいらの見回りデュエリストに負けるとはね……お前には失望したよ……

 

 その声の主はグールズの総帥マリク。千年ロッドの力にてレアハンターの頭に直接声を送っていた。

 

「マ、マリク様……お許し――」

 

「おい! どうした! 大丈夫か!」

 

 苦し気に許しを請うレアハンターに「気をしっかり持て」と牛尾が心配するも聞こえてはいない。

 

「あ、頭が割れ――」

 

――お前は用済みだよ。

 

 そのマリクの言葉と共にレアハンターの頭の中で何かがプツンと切れる音がした。

 

「しっかりしろ! 今、医者を呼んで――」

 

 そんな牛尾の呼びかけも空しくレアハンターはパタリと倒れ伏す。

 

 咄嗟に受け止めた牛尾はレアハンターをゆっくりと地面に寝かせ、様子を窺った。

 

「――命に別状はねぇみてぇだな……」

 

 牛尾が軽く調べた限りではレアハンターの肉体的な問題はなかった。だがどう見ても他の部分に問題があることは明白だ。

 

「コイツが千年アイテムの力って奴か……」

 

 牛尾はツバインシュタイン博士の言っていた言葉を思い出す。

 

――洗脳、それはつまり脳というデリケートな部分に千年アイテムの力が作用している訳です。当然、大変危険が伴います。

 

 ツバインシュタイン博士から事前に情報を得ていたとはいえ、実際に目の当たりにするのは別物だ。ゆえに精神的なショックが大きい牛尾。

 

 だがこの手の専門的な知識のない牛尾にこれ以上の対処は出来ない。

 

 それゆえ至急通信を試みた――治療であれ何であれ、早いに越したことはないのだから。

 

「此方牛尾。グールズの名持ちを確保した――が、様子がおかしい。回収班を頼む。直ぐに博士のとこに連れて行きたいんだが……」

 

 矢継ぎ早に要件を伝えた牛尾。

 

 

 グールズという犯罪組織の一員であっても、ゴミのように使い捨てられたレアハンターを見たせいか牛尾の目に同情の色が映る。

 

 そしてグールズのトップ、マリクへの怒りの感情ゆえか思わず拳を強く握った。

 

 

 しかしその牛尾の怒りを遮るように通信機からギースの声が届く。

 

『安心しろ、アメルダからおおよその話は聞いた。既にアヌビスを向かわせている』

 

 いつも冷静なギースの声に牛尾は感情的になっていた心を整え、ダメ元で尋ねる。

 

「了解。相変わらず仕事が早いっすねぇ――あと一応聞いときたいんですけどギースの旦那の力でどうにかなりませんかね?」

 

『難しいだろうな……これまで捕縛してきたグールズ相手にも効果的に作用しているとは言い難い。他に何かあるか?』

 

 オカルトにはオカルトとギースの「精霊の力」で何とかなるのではと考えた牛尾だが、「精霊の力」と言っても万能なものではない。

 

 ゆえに牛尾の望んだ答えではなかったが、いつもと変わらぬギースの姿勢に牛尾の頭も冷えてきた。

 

「いえ、他は問題なさそうです。下級構成員らしきヤツらがそれなりにいますが、こんくらいならどうとでもなります」

 

『そうか。だが何かあれば直ぐに連絡しろ』

 

「了解。以上通信終わりっと」

 

 そう最後に告げて通信を終えた牛尾。

 

 

 そして周囲を見渡すと牛尾を囲んでいたレアハンターが連れていたグールズの下級構成員たちは心ここに在らずといった様相で立ち尽くすのみ。

 

「んでもって、お仲間(レアハンター)がこのザマだってぇのに周りの奴らは動く気配はなしかよ――『洗脳』……か……胸糞わりぃ、さくっと片付けちまうか」

 

 その言葉を最後に重い腰を上げるように肩を回した後、グールズの下級構成員たちを拘束していく牛尾。

 

 

 やがて全員を拘束し終えるころに牛尾の近くに護送車が止まった。

 

「おう、来たか。今終わったとこだ――」

 

 そして護送車から降りてくるのはアヌビス。そこに北森の姿はない。

 

 そのアヌビスの姿に牛尾は疑問を抱く。

 

「ん? アヌビスだけか? 北森の嬢ちゃんはどうしたよ?」

 

 アヌビスは北森と捕らえたグールズを詰め所まで運ぶ回収班の1組であり、共に行動していた筈だったにも関わらずこの場にはいない。

 

 しかしそんな牛尾の疑問を聞き流すようにアヌビスが口を開く。

 

「牛尾、貴様に新たな任務だ」

 

「任務? 北森の嬢ちゃんがいねぇ事と関係あんのか?」

 

「それについても『現場についてから話せ』、とのことだ。さっさとコイツらを積み込むぞ」

 

 牛尾の疑問も封殺し、乱雑にレアハンターを含めたグールズ構成員の数人を担ぎ護送車に乗せていくアヌビス。

 

 その雑さはレアハンターが倒れるまでの経緯を実際に目の当たりにした牛尾にとって無視できるものではない。

 

「お、おい、一応ソイツは病人みてえぇなモンだぞ!」

 

「だからどうした? そもそもコイツらの状態は精神的なものだ。肉体的な配慮など必要ない」

 

 思わず腕を取って止めようとした牛尾だがアヌビスの対応はどこまでも冷たい。いや、どうでもいいとすら思っているように見える。

 

「いや、医者でもねぇ俺らが下手打ったら危ねぇだろ?」

 

「何も知らぬお前と一緒にするな――ことコイツらの状態に関しては我の方が理解は深い」

 

 牛尾のもっともな言葉もオカルト関係に詳しいアヌビスには通じない。

 

「そうなのか? なら、もしもの時は頼りにさせて貰うぜ」

 

「フン、もしもなど起こり得んがな」

 

 そう言いながら最後のグールズを護送車に積み込んだアヌビスは早々に護送車の運転席に向かっていく。

 

「頼もしいこって」

 

 そのアヌビスの後ろ姿にそう呟きながら牛尾は護送車に乗り込むべく後ろに続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 そうして護送車に揺られること暫くし、目的地に到着。やがてアヌビスは護送車から降り牛尾もそれに続く。

 

 そして護送車に背を預けて待ちの姿勢になったアヌビスに牛尾は問いかけた。

 

「そろそろ任務の内容くれぇ話してくれてもいいんじゃねぇか?」

 

 その牛尾の問いかけに、アヌビスは面倒そうに返す――これから来る待ち人に説明させるつもりだったゆえに。

 

「――ある人物を城之内 克也の元まで移送。その後、彼女の護衛に付けとのことだ」

 

 その言葉を額縁通りに受け取るなら「ただの道案内+護衛」。

 

 それなりに動ける立場の牛尾に回ってくる任務ではない。

 

 ゆえに牛尾は頭を掻きつつ面倒くさそうに呟く。

 

「彼女ってことは女か? この忙しい時にどこの金持ちだよ……」

 

 ただでさえオカルト課の人間はグールズの対処に追われているというのに一個人の護衛などに人員を割く理由が牛尾には分からない。

 

 先ほどのレアハンターが倒れるまでの経緯を見た牛尾からすれば一刻も早くグールズという組織を潰す為に動きたい思いが強い。

 

「アヌビス、わりぃが辞退させちゃくれねぇか? 乃亜のヤツには俺から言っとくか――」

 

 ゆえにアヌビスにそう言いつつその場を立ち去ろうとする牛尾。

 

 しかしアヌビスは何も答えない。

 

 

 そんなアヌビスの態度に内心で苛立ちを募らせた牛尾がアヌビスの方に一歩近づこうとするも――

 

「牛尾さん! 今日はよろしくお願いします!」

 

 そんな若干場違いな明るい声に遮られた。

 

 牛尾はその声の主が誰なのか直ぐに分かるも、その向けられた言葉の意味を理解するのに若干の時間を要した。

 

「ん!? 城之内の妹さんじゃねぇか――すまねぇがちょっと待ってくれ、」

 

 そして牛尾は何とか言葉を絞りだし、アヌビスを引っ掴んで声の主、城之内の妹、川井 静香から距離を取る。

 

 

 その行動に対しアヌビスは牛尾の腕を振り払いつつ面倒そうに場所を移し、ある程度の距離が離れたところで牛尾は静香をチラと見ながら小声でアヌビスに尋ねた。

 

「おい、アヌビス。なんで城之内の妹さんが此処にいんだよ……まさか護衛って――」

 

「お前の考えている通りだ。報告ではグールズにマークされているらしい。ゆえにお前たちにガードさせろとの乃亜からの指示だ」

 

 小声で話す牛尾の言葉を遮り、声量を抑える気もなく返すアヌビス。

 

「なんでマークされてんだよ! さすがにレアカード持ってるだけじゃ説明がつかねぇぞ!」

 

 小声で声を張り上げる矛盾した話し方を器用に続ける牛尾の疑問は当然だ。

 

 

 グールズという組織に一個人単位で狙われることなど早々ない。

 

 余程のレアカードを持つか、金銭的な目的で狙われる可能性がある程度だ。ただの一般人である静香はそのどちらにも該当しない。

 

「さぁな、グールズ共の力の入れ様からして余程重要らしいが――後の詳しい理由は奴らに聞け」

 

「それが出来りゃぁ苦労はしねぇよ……んで、何で態々俺が選ばれたんだ?」

 

 アヌビスの突き放すような答えにため息を付きながら牛尾は切り口を変える。

 

「顔見知りで尚且つ、ある程度の気心の知れた仲だからだろう」

 

「だったら北森の嬢ちゃんがいれば――」

 

 態々仕事に勤しむ牛尾を連れ出してまで護衛に付かせる意義が牛尾には見いだせない。

 

 狙われているのならKCの建物内に保護する手もあり、護衛なら北森一人を付けて逃げに徹しておけばグールズに掴まる心配もない。

 

「勿論北森もお前と共に護衛に付く」

 

「俺と嬢ちゃんで? 護衛にしちゃぁ過剰戦力な気がすんだが……」

 

 アヌビスの説明を聞けば聞くほど、牛尾にはこの任務を出した乃亜の意図が読み取れない。

 

 それゆえに眉間に皺を寄せる牛尾。そうやって頭を捻るも答えは出ない為、他の疑問を先にぶつける。

 

「なら城之内のとこに連れて行く理由は妹さん関連か?」

 

「ああ、そうだ」

 

「その後、護衛に付くにも理由はどうすんだよ? 俺らが仕事してねぇとさすがに不自然だろ?」

 

 一個人にKCスタッフである牛尾たちが付きっ切りの状態はいらぬ誤解を他の参加者やグールズに抱かれかねない。

 

 それゆえの牛尾の発言――どこまでもこの任務に乗り気ではないことが窺える。

 

「それも問題ない――『お世話になった皆さんへの恩返し』の為に今大会の業務を手伝うという扱いになるらしい」

 

「内容は?」

 

 乃亜が考えたであろう理由に、よくも口から出まかせが並ぶものだと牛尾は関心半分、呆れ半分な面持ちで返す。

 

「偵察班という名のパトロールもどきだ」

 

 だがそのアヌビスの言葉に牛尾はこの任務の意味を理解する。

 

 狙われている人間を最小限のガードでグールズが蔓延る個所を連れまわす。つまり――

 

「おい待て――それって妹さんをグールズの奴らを誘き寄せるエサにしようって魂胆か?」

 

 先ほどの態度と打って変わって目に見えて怒気を見せる牛尾。

 

 友人(城之内)の大切な家族()を囮に使うと断言されれば怒りもしよう。

 

 しかしそれに対するアヌビスは冷淡だ。

 

「だったらどうした? 多少腕っぷしが立つ程度の素人の中に置いておくよりは余程いいだろう。人質にでもなられる方が面倒だ」

 

「ならKCにでも置いときゃいいだろ!」

 

 牛尾がアヌビスに掴みかからんばかりの勢いで言葉を荒げる――周囲に聞こえないように声量を上げているところを見るにまだ辛うじて牛尾の理性は仕事をしていた。

 

「グールズが何故川井 静香を狙うかが分からない以上、他の人間にターゲットが変わるだけの可能性が高い」

 

 しかしいくら牛尾が不満を見せようともアヌビスにはどうすることも出来ないゆえにただ事実だけを並べる。

 

 

 一人を安全地帯に匿い、他の人間を見放すか

 

 一人を護衛付きで泳がせ、他の人間に目がいかないようにするか、その2択だ。

 

 

 そのアヌビスが突き付けた選択に牛尾は感情のままに言葉を吐きだそうとするも既のところで呑みこみ――

 

「クッ! ………………いや、了解だ」

 

 そして肩を震わせながら牛尾は後者を選んだ。

 

 

 辛うじて納得を見せた牛尾にアヌビスは少し離れた静香の方に向きを変えながら言い放つ。

 

「もういいだろう――そろそろ戻るぞ、これ以上はさすがに不審がられる」

 

 そのアヌビスの懸念通り、静香は牛尾の様子を窺っている。傍にいる北森が必死に意識を逸らそうとしているがあまり効果があるようには見受けられない。

 

 歩き出すアヌビスの後に続きつつ牛尾は他愛のない質問をぶつける――他に意識を向けることで熱くなった頭を冷ます目的で。

 

「オメェの回収班の任務どうすんだよ? 1人じゃ回せねぇだろ?」

 

「他がカバーにつく。運転手さえいれば後は我だけでどうとでもなる」

 

 その牛尾の意図をくみ取ったアヌビスは面倒そうに相槌を打つ。

 

「何で黙ってた?」

 

「お前は武藤 遊戯の周辺に対して過敏だからな――その為だろう。だがここまでお膳立てされた以上、文句しか言えまい」

 

 続く牛尾の問いかけに対するアヌビスの返答に牛尾は頭をかく。

 

 

 神崎は今現在オカルト課の指揮に付けない、というよりは連絡すらつかない――いつもの留守だ。

 

 実際は役者(アクター)としてそれなりに身近にいるが。

 

 

 よってこの筋書きは乃亜が描いたもの、そのことに牛尾は頭が痛くなる。誰の影響なのかが嫌でも分かるゆえに。

 

「あ~そうかよ、都合よく使われちまってんなぁ……」

 

 そう言って頭を押さえながらため息を吐く牛尾。精神的にかなり余裕が出てきたようだ。

 

「何を言う。両手に花ではないか、よかったな」

 

 ゆえにアヌビスも軽口で返す。

 

「言ってくれるぜ、確実に厄介事じゃねぇか」

 

 その牛尾の言葉を最後にアヌビスは護送車に乗り込み走り去っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 その護送車を見送った3名。そして見送りが終わると静香は牛尾に向き直り姿勢を正す。

 

「牛尾さん! ――じゃなかった牛尾先輩! 今日はよろしくお願いします!」

 

 固い言葉で話しつつ敬礼のような仕草で牛尾と向かい合う静香――彼女の中ではオカルト課はどう映っているのだろうか……

 

 

 そんないつもよりも若干緊張の面持ちの静香に北森はその緊張を解こう試みる。

 

「まだ気が早いですよ、静香さん。業務はお兄さんの城之内さんに目的のモノを手渡した後になりますから」

 

――いや、タイミングの問題じゃねぇと思うんだが……

 

 牛尾は内心でそう思いつつ、静香の緊張の和らぐ姿に思考を放り投げた。

 

 そして早速任務を果たすべく北森に牛尾は尋ねるが――

 

「で、肝心の城之内の場所は――」

 

「はい、ちゃんとギースさんに聞いておきました! では行きましょう!!」

 

 妙に気合タップリの北森が牛尾の言葉を遮りつつ先導する。

 

 そしてすぐさまその後に続く静香を見つつ、牛尾の中で疑問が浮かぶ。

 

――あの2人、いつの間にあんなに仲良くなったのかねぇ……

 

 牛尾の知る歓迎会での2人の様子よりもその精神的な距離は近くなっているように見受けられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 KCの管制室で慌ただしく情報が飛び交う中、大門がアヌビスからの情報を乃亜に報告する。

 

「北森・牛尾の両名が目標を連れ行動を開始し始めたそうです」

 

「そうかい、なら後は彼らに任せればいいよ」

 

 その大門の報告に興味なさげに返す乃亜。しかし大門は気が気ではない為、乃亜に再度確認を取るように尋ねる。なぜならこの決定は――

 

「…………乃亜様、よかったのですか? 神崎の方針を無視するような――」

 

「分かっているよ、大門」

 

 だが乃亜は大門の疑問を封殺するように言葉を遮る。

 

 

 このバトルシティにおいて神崎から乃亜に与えられた情報は数あれど、乃亜が注目したのは3つ。

 

 1つ目は、「グールズの首領、マリクは神のカード及び、武藤 遊戯を狙っている」こと

 

 2つ目は「その為、海馬、遊戯両名の周辺の人物が狙われる可能性がある」こと

 

 3つ目は「童実野埠頭に爆発物が仕掛けられる可能性が高い」こと

 

 

 乃亜はこの3つの情報こそ重要であると見ていた。

 

 

 そして乃亜は椅子の上で頬杖を付きながら大門を見る。

 

「だけどね、大門。状況が変わったんだよ――少しばかりグールズを追い詰め過ぎた」

 

 その乃亜の言葉の通り「グールズの捕縛」という一点においてはかなりの成果が挙げられている。

 

 しかし、そうして追い詰め過ぎた結果、グールズというよりもマリクはその構成員を使い捨てるように行動し始めた。

 

 それはグールズという組織はマリクと千年ロッドさえ残ればいくらでも再建が可能な組織ゆえの無謀な動き。

 

 

 さらに乃亜はオカルト課の留守を預かったものとして不測の事態があっても臨機応変に対応しなければならない。

 

彼ら(グールズ)が下級構成員を本格的に使い捨て始めた。このままだとこの事態が表に出る可能性も出てくる」

 

 グールズの暴挙が表側に噴出すればこの大会、バトルシティに払拭できない程のダメージが残ることは明白。

 

 そうなればどうなるか分からぬ乃亜ではない。

 

「それは大会を開催したKCの立場としては何としてでも阻止しなくちゃならない。此方で情報統制を取るにも限界があるからね」

 

「ですが、ここは神崎と連絡を取るべきかと……」

 

 しかし乃亜の補佐に付く大門は弱腰だ。失態の責任問題などが頭をよぎる。

 

「何だい、大門――僕はそんなに頼りなく見えるのかな?」

 

 そんな大門に対し意地の悪い顔で返す乃亜。

 

「い、いえ! そういう訳では!!」

 

 反射的にそう返した大門の言葉に満足気に笑う乃亜。

 

「なら問題ないね。それに残念だけど神崎とは連絡は取れていないよ」

 

 ちなみに仮に「留守」中に問題が起きても神崎が戻って来た際に「留守」を預かったものに責任云々を問われることはない。

 

 しかしそう説明したギースが続けた言葉が乃亜の脳裏に蘇る。

 

――だがお前がもし「ソレ」に甘えるような輩なら私が叩き出すがな。

 

 

 そんな過去を思い出した乃亜は獰猛に笑う――望むところだ、と。

 

「問題は割り振るべき個所の戦力の不足――ならやりようはあるさ」

 

 乃亜が削ったのは城之内たちの護衛。

 

 グールズに狙われる可能性が示唆された人間の中で城之内たちは腕っぷしの強さから自衛が出来る存在であることが乃亜にこの決定に踏み切らせる。

 

 そして後は人質になりそうな「足手まとい」を一か所に固めるべく牛尾を動かした。

 

 

 よってグールズたちの行動で問題が発生するのはこの2か所から、仮にそれ以外で起こっても浮いた人員でカバー出来る――これが乃亜の敷いた布陣だった。

 

「神崎、悪いけど――ここからは僕のやり方でいかせてもらうよ」

 

 そう独り言ちた乃亜に言葉を返すものはいない。

 

 

 






デュエルまでたどり着けなかった……だと!?

なので
牛尾さんの冒険はこれからだ!!(終わらないけど最終回感)




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第74話 乙女の決意



前回のあらすじ
牛尾さんの大冒険!(ストレス・ロード編)




 

 

 ある童実野町の一角で人だかりが出来ていた。その中央にいるのは2人のデュエリスト。

 

 一方のスーツを着た長身の伊達男、ハリウッドスターであるジョン・クロード・マグナムが対戦相手のレベッカを視界に収め、余裕な笑みを浮かべる。

 

「レディをこれ以上、痛めつけるのは忍びありません……どうかサレンダーを」

 

 己が有利を確信し、芝居がかった仕草でキザな台詞を放つマグナム。

 

 そんなマグナムのフィールドには4体の忍者が付き従う。

 

 

 右の手にクナイを持った青い忍び装束の忍者の周りを水の身体の海竜が回り、

 

《青竜の忍者》

星5 水属性 海竜族

攻2100 守1200

 

 赤い忍び装束の忍者が伸ばした右手の手甲を沿う様に炎の鳥がさえずり、

 

《赤竜の忍者》

星6 炎属性 鳥獣族

攻2400 守1200

 

 手裏剣を構えた白い忍び装束のくのいちの背後に白い長い身体を持った竜が咆哮を上げ、

 

《白竜の忍者》

星7 光属性 ドラゴン族

攻2700 守1200

 

 かぎ爪を付けた黒い忍び装束の忍者の横で大顎を持った影の身体を持った黒い竜が唸り声を上げる。

 

《黒竜の忍者》

星7 闇属性 獣族

攻2800 守1600

 

 

 そんな4体の忍者たちに立ちふさがるのはレベッカ。

 

「バカなことを言わないで貰える? デュエリストはデュエルから背を向けないものよ!」

 

 そう返すレベッカだが、マグナムは余裕の面持ちは崩れない。

 

「強がっているようですが 貴方の次のドローは私の《赤竜の忍者》の効果でデッキの一番上に戻した《シャドウ・グール》――レベル5のモンスター」

 

 そして周囲に己が優位を示す様に大仰にマグナムは説明を続ける。

 

「ですが貴方のフィールドにはリリースするモンスターはおろか魔法も罠も何もありません――だというのに、どうやってこの状況を打破するというのです?」

 

 マグナムの言う通り、レベッカのフィールドにカードは何一つなく、手札も0だ。

 

 しかしレベッカは強気に笑う――カードたちが繋いでくれた(アドバンテージ)があるのだから。

 

「お生憎様! 確かに貴方のフィールドのカードは多いわ――でも私の圧倒的なアドバンテージが貴方には見えていないようね!」

 

「強気なお嬢さんだ――ならそのアドバンテージとやらを見せて貰いましょう! ターンエンド!」

 

 そんなマグナムの言葉に周囲の観客も終戦ムードだ。

 

 

 だがレベッカはしっかりとカードに目を向け、力強くドローする。

 

「私のターン、ドロー!!」

 

 レベッカが引いたカードは当然、マグナムの宣言通りレベッカのエースカード、《シャドウ・グール》。

 

「さて、若干最年少でプロになったシンデレラガールの貴方はここからどうしますか? もっとも今は下位ランクをウロウロしている程度のようですが」

 

 己が勝利を確信しているマグナムはレベッカを挑発し、一足先に勝利の美酒に酔う。

 

「『どうするか』ですって? 勿論、私の墓地に眠るカードたちの力を貸りるのよ!」

 

 そんなマグナムの挑発もサラリと受け流したレベッカは地面を墓地に見立てて手を掲げ、高らかに願い出る。

 

「私は墓地の罠カード《小人のいたずら》を除外してその効果を発動!! このターン、互いの手札のモンスターのレベルを1下げる!  私は手札の《シャドウ・グール》のレベルを5から4に下げるわ!!」

 

 7人の小人がどこからともなく現れ、2手に分かれて互いの手札に群がる。

 

 そしてしばらくガサゴソした後、2人の小人がその手に黄色い星が書かれた赤い球体を持ち他の小人たちとハイタッチを交わしていた。

 

レベッカの手札の《シャドウ・グール》

星5 → 星4

 

 その球は《シャドウ・グール》とマグナムの手札のモンスターのレベルのようだ。小人たちはその赤い球を黒いドレスの姫らしき女性に献上している。

 

 その《小人のいたずら》の効果はマグナムの手札にも及んでいるが、モンスターのレベルを下げたところでマグナムに呼び出す術はない為に意味はない。

 

「一体いつの間にそんなカードを……」

 

 そう疑問に思うマグナム。

 

 だがレベッカがこのデュエル中で発動した《名推理》、《モンスターゲート》、《隣の芝刈り》などのカードで大量のカードがレベッカの墓地に送られている為、そう不思議なものではない。

 

「そしてレベル4となった《シャドウ・グール》はリリースなしで召喚出来るわ! さぁ、道を切り開くのよ! 《シャドウ・グール》!!」

 

 レベッカの影から現れた緑の体躯の《シャドウ・グール》は体中の赤い球体状の目を爛々と輝かる。そこに諦めなどありはしない。

 

《シャドウ・グール》

星5 → 4 闇属性 アンデット族

攻1600 守1300

 

「《シャドウ・グール》は私の墓地のモンスター1体につき、攻撃力を100ポイントアップするわ! 私の墓地のモンスターは15体! よって攻撃力は1500ポイントアップ!!」

 

 《シャドウ・グール》は散っていった仲間の無念をその身に宿し、その想いを己が爪に乗せる。

 

《シャドウ・グール》

攻1600 → 攻3100

 

「バトルよ! 《シャドウ・グール》で《黒竜の忍者》を攻撃!!」

 

 《シャドウ・グール》はその4本の足で相対する《黒竜の忍者》こと忍者に張り合う様に足音を立てずに突撃する。

 

「おっと忘れてしまったのですか! 《黒竜の忍者》の効果を!」

 

 だがその《シャドウ・グール》の突撃に対し《黒竜の忍者》は両の手で印を組む。

 

「1ターンに1度! 私の手札もしくはフィールドから『忍者』モンスターと『忍法』カードを墓地に送りフィールドのモンスターを1体除外します!!」

 

 すると《黒竜の忍者》の影が広がっていき――

 

「私は手札の《成金(ゴールド)忍者》とフィールドの《隠密忍法帖》を墓地に送り、貴方の《シャドウ・グール》にはご退場願いましょう!」

 

 その影に忍びらしからぬ派手な忍び装束の忍者、《成金(ゴールド)忍者》と秘伝の術が書かれた巻物、《隠密忍法帖》が飲み込まれていった。

 

「忍法! 影呑みの術!!」

 

 贄を得て力を蓄えた《黒竜の忍者》の傍に控える影の黒竜がその身を巨大化させ、《シャドウ・グール》を喰らわんと大顎を開けて飛び掛かる。

 

「ええ、覚えてるに決まってるわ! 《黒竜の忍者》がいなくなれば私のモンスターたちが戻ってくるもの!!」

 

 この《黒竜の忍者》の力によってレベッカのモンスターたちは影に呑まれたのだ。レベッカが忘れる筈もない。

 

「だから私は墓地の罠カード《ブレイクスルー・スキル》を除外して《黒竜の忍者》の効果をターンの終わりまで無効にするわ!!」

 

 《シャドウ・グール》は文字通り「影の鬼」。

 

 それゆえに《黒竜の忍者》が放った影の竜の突撃を《シャドウ・グール》はその身を(ひるがえ)して通り抜けながらその実態なき竜の身体を切り裂き進む。

 

 絶叫のような雄叫びを上げながら消えていく《黒竜の忍者》が使役する影の黒竜。

 

「ならば《青竜の忍者》の効果を発動!」

 

 影の黒竜を仕留めた勢いを殺さずに《黒竜の忍者》に突き進む《シャドウ・グール》に《青竜の忍者》は己が忍術の狙いを定める。

 

「1ターンに1度! 手札から『忍者』モンスターと『忍法』カードを墓地に送り相手のモンスター1体の攻撃と効果を封じます!!」

 

 《青竜の忍者》が印を組むと、その周囲から水が溢れ出し――

 

「私は手札の《忍者マスター SASUKE(サスケ)》と《忍法 変化の術》を墓地に送り、貴方の《シャドウ・グール》の動きを封じさせて貰いましょう!!」

 

 その水の中に向かって白い甲冑のような忍び装束を纏った忍者、《忍者マスター SASUKE》が《忍法 変化の術》の巻物と共にその身を投げ出した。

 

「忍法 海竜弾の術!!」

 

 そして贄により力を高めた《青竜の忍者》が操る海竜が津波のように《シャドウ・グール》に迫りくる。

 

 その津波のような水の壁が《シャドウ・グール》を飲み込まんと迫るが《シャドウ・グール》に恐れは見られない。何故なら――

 

「それも想定内よ! 私は墓地の罠カード《スキル・プリズナー》を除外して効果を発動!このターン、選択したカードを対象として発動したモンスター効果を無効にするわ!!」

 

 (あるじ)であるレベッカが道を切り開いてくれるのだから。

 

「当然この効果で《シャドウ・グール》を守る!!」

 

 《シャドウ・グール》と津波の中間地点に現れた八角形の壁。

 

 その壁を踏むことで《シャドウ・グール》は跳躍し、《青竜の忍者》が放った忍術の津波をも飛び越える。

 

「バカな! 私の忍者マスターたちの忍法が!!」

 

 そんなマグナムの声とシンクロするように驚愕の面持ちで空を見上げる《黒竜の忍者》。

 

「さぁ、《シャドウ・グール》! これで貴方を遮るものは何もないわ! 行けぇええ! ティアーズ・オブ・セメタリー!!」

 

 落下のスピードを落とさずに迫る《シャドウ・グール》に《黒竜の忍者》もかぎ爪を構え跳躍し迎撃に移る。そして互いは一瞬の交差と共に地上に降り立った。

 

 そして《黒竜の忍者》の肩から袈裟切りに傷が広がっていく。

 

「No!! 私の《黒竜の忍者》が!!」

 

 ジョン・クロード・マグナムLP:2700 → 2400

 

「そして《黒竜の忍者》が表側でフィールドを離れたことで《黒竜の忍者》の効果で除外された私のモンスターが帰ってくるわ!!」

 

 そのレベッカの言葉に呼応するように《黒竜の忍者》の傷口から黒い影が噴出し、その影は地面へと広がりやがてそこから――

 

 青い体躯に銀の甲殻を持った《混沌帝龍(カオス・エンペラー・ドラゴン)-終焉の使者-》が翼を広げ飛翔し、

 

混沌帝龍(カオス・エンペラー・ドラゴン)-終焉の使者-》

星8 闇属性 ドラゴン族

攻3000 守2500

 

 人型の上半身に蛇のような下半身を持った赤い骨格に覆われた魔獣が、その身をくねらせ影の中から這い出て、

 

紅蓮魔獣(ぐれんまじゅう)ダ・イーザ》

星3 炎属性 悪魔族

攻 ? 守 ?

 

 《カオス・ソルジャー》とうり二つな戦士が影を切り裂きフィールドに降り立ち帰還する。

 

 その身に纏う鎧は中央で白と黒に分かれていた。

 

《カオス・ソルジャー -宵闇(よいやみ)の使者-》

星8 闇属性 戦士族

攻3000 守2500

 

「そして《紅蓮魔獣 ダ・イーザ》の攻撃力は除外されたカードの数×400! このターンで新たに3枚除外したから、その合計は10枚! よって攻撃力は4000!」

 

 《黒竜の忍者》によって囚われていた怒りを示すかのように《紅蓮魔獣(ぐれんまじゅう)ダ・イーザ》は金切声のような雄叫びを上げる。

 

紅蓮魔獣(ぐれんまじゅう)ダ・イーザ》

攻 ? → 攻4000

 

「な、なんということだ……これでは舞さんとの約束が……」

 

 マグナムは帰還したレベッカの高火力モンスターたちに後退る。

 

 こんなことはあり得ないとでも言いたげな表情だ。だがレベッカの攻撃宣言がその意識を引き戻す。

 

「さぁ! これで止めよ!! 行きなさい! 《紅蓮魔獣(ぐれんまじゅう)ダ・イーザ》!! 《混沌帝龍(カオス・エンペラー・ドラゴン)-終焉の使者-》! そして《カオス・ソルジャー -宵闇(よいやみ)の使者-》!!」

 

 《混沌帝龍(カオス・エンペラー・ドラゴン)-終焉の使者-》の破壊のブレスが

 

 《紅蓮魔獣(ぐれんまじゅう)ダ・イーザ》が生み出す灼熱の業炎が、

 

 《カオス・ソルジャー -宵闇(よいやみ)の使者-》の剣に内包したエネルギーが

 

 今一つとなって3人の忍者たちに向けられる。

 

 それに対し《青竜の忍者》は水の海竜を繰り出し、

 

 《赤竜の忍者》は炎の鳥を飛び立たせ、

 

 《白竜の忍者》が光の白竜を差し向けるが

 

 その忍術はレベッカの3体のモンスターから放たれた力の奔流に呑みこまれ、術者である3人の忍者をも呑みこみ、マグナムに着弾した。

 

「Oh! NoOOOOOO!! 舞さぁあああああああん!!」

 

 荒れ狂う爆風に一方的に愛する人の名を叫ぶマグナム。

 

ジョン・クロード・マグナムLP:2400 → → → 0

 

 だがそんな叫びも空しく、マグナムのライフは消し飛んだ。

 

「やったぁ!! 私の勝ちね! それに貴方も――」

 

 己が勝利に喜ぶレベッカ。そして互いの健闘を称えつつパズルカードを受け取りに動くが――

 

「舞さんとの約束がぁ!! デュエルがぁ!!」

 

 肝心のマグナム膝を突き首を垂れながら嘆き、レベッカの話などまるで聞いていない。

 

「えっと『舞さん』? ひょっとして孔雀舞の――」

 

「うぅ……これも愛の試練だとでも言うのですか……」

 

 頑張って会話を成立させようと奮闘するレベッカだが、マグナムは己が世界から帰ってくる気配などない。

 

「おーい――もう、じゃぁパズルカードは貰っていくわよ……レアカードの方は構わないから……」

 

 レベッカが軽く呼びかけても反応のないマグナムに「これ以上は付き合ってられない」と先ほどのデュエルの最後の攻撃の際に地面に落ちたマグナムのパズルカードを手に取ろうとするも――

 

「ならば! 私はこの試練を乗り切り舞さんの――」

 

 そのパズルカードを手に勢いよく立ち上がったマグナムの謎の宣言にレベッカのそこまで大きくない堪忍袋の緒が切れた。

 

「さっきから舞さん、舞さん煩いわよ! ほら! さっさとパズルカードを渡しなさい! 私もあんまりノンビリしてられないのよ!!」

 

 そのレベッカの剣幕にさすがにレベッカの存在を再認識したマグナムがか細い声で呟く。

 

「うぅ……情けを頂けませんか?」

 

「……レアカードは取らないんだから情けは十分でしょ……」

 

 この期に及んでパズルカードを渡さない腹積もりのマグナムにレベッカはイライラしながら返す。

 

 マグナムも愛する人に認められる為にバトルシティに参加したゆえに初戦でパズルカードを失い敗退する訳にはいかないのだろう。

 

「で、ですが! 私には約束が!」

 

「……あんまりごねる様ならスタッフを呼ぶわよ」

 

 そう言いながらレベッカは近くにいたKCの腕章を付けた浅黒い肌のいかにもゴツいKCスタッフを親指で指さす。

 

 

 そのKCスタッフことアヌビスはもう一人の回収班の合流を待っている模様。待つのは嫌いなのか遠目から見てもイライラしている雰囲気が見て取れる。

 

 

 そんな姿を視界に収めたマグナムはすっとパズルカードをレベッカに差し出した後、肩を落としながらトボトボと去っていく。

 

 そんな姿を尻目にレベッカは手元のパズルカードに目を落とした。

 

「これでパズルカードは2枚……海馬の奴は本戦に必ず上がってくるでしょうし、早いとこ6枚集めて本戦で戦うのが一番の近道ね! ダーリンにも会えるでしょうし!」

 

 そう言いながら拳を握るレベッカ。

 

 過去に遊戯と共にKCに突撃し、竜崎によって伝えられた胡散臭い情報が確かなものだと判明したことで、レベッカは海馬とのブルーアイズ問題に決着をつけるべく動き出していた。

 

「首を洗って待ってなさいよ! 海馬! おじいちゃんのブルーアイズはそう簡単に渡せないんだから!!」

 

 自身への意気込みを空に咆えたレベッカ。

 

 

 そう、着々とデュエリストたちは本戦へと辿り着くべく突き進んでいるのだ。

 

 強者たちの集うステージ(本戦)へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、そのステージ(本戦)を目指すデュエリストの一人の城之内は――

 

 周囲を注意深く見渡す双六の背に何度目か分からぬ言葉を投げかけていた。

 

「なぁ、爺さん、強いデュエリストはいたかー?」

 

「いや、まだじゃ! せめて『名持ち』くらいでないとお前さんの目指す真のデュエリストには辿り着けんぞい!!」

 

 そんな待ち草臥れた様子の城之内に双六は最高の対戦相手を見つけるべきやる気を募らせていた。

 

 しかし城之内は聞き慣れぬ言葉に疑問が浮かぶ。

 

「『名持ち』? 何だそれ?」

 

「えっ、城之内君は知らないの? デュエリストなのに?」

 

 だがデュエリストでもある御伽は思わず城之内に聞き返す――知らないことが信じられないような面持ちだ。

 

「えっ、御伽は知ってん――いや、知ってるぜ! ほらアレだろ! えー、ほら!」

 

 そんな常識的なこととはつゆ知らず、つい見栄を張る城之内。その城之内の肩に手を置いた本田は力なく返す。

 

「いや、城之内……ここは素直に聞いとこうぜ?」

 

「なぁにそう大して難しいもんでもないぞい――いわゆる『ダイナソー竜崎』や『インセクター羽蛾』の『ダイナソー』や『インセクター』の部分じゃの」

 

 双六はデュエルの手解きはしたがこの手の情報は教えていなかったと城之内に意気揚々と説明を始めた。

 

「ある程度の実力があればそういった『通り名』が付くんじゃよ。自分で名乗ったり、周りが名付けたりと色々あるんじゃ」

 

 その双六のザックリとした説明に成程と理解を示す城之内・本田・杏子の3名。

 

「へー、そうなんだ――やっぱりそっちの方が強いの?」

 

 そんな杏子の素朴な疑問も――

 

「ウム、実力がないと『通り名』は定着せんからの。中には『通り名』なんぞ関係なく強いものもおるが、そういったデュエリストはあまり知られておらんことが多いんじゃ」

 

「ってことは『名持ち』を探した方が強えぇ相手と闘いやすいってことか!!」

 

 双六の回答に指をならしながら合点がいったと城之内は頷く。

 

「うむ、その通りじゃ」

 

 そしてその城之内と共に頷く本田が城之内の背を叩きながら言い放つ。

 

「なる程なぁ……城之内、お前にも早く『通り名』が付けばいいな!」

 

 デュエリストにとって『通り名』はいわゆる一定のラインを超えた強者の証――城之内の目指す「真のデュエリスト」の良い指標になるであろう。

 

 そんな本田の言葉に杏子はふと思いついたように言葉を零す。

 

「そういえばこの大会ってテレビで放送されるんでしょ? 城之内も有名になれば『通り名』が付くんじゃない?」

 

 バトルシティの開会式での様子を思い出したゆえの杏子の言葉だったが、「知名度」を上げるにはまさに持って来いである為、城之内には十分にチャンスがあった。

 

「いやー俺も参加してりゃぁ『通り名』で呼ばれて静香ちゃんに良いとこ見せられたかもしれねぇのに、惜しいことしちまったぜ」

 

 そう言いながら本田は親指と人差し指を伸ばして自身の顎元に置き、ここにはいない静香に決めポーズを向ける――ここに本田の師、牛尾がいれば呆れた顔を浮かべるだろう。

 

 しかしその本田から出た見知らぬ名前に御伽は疑問符を浮かべた。

 

「『静香ちゃん』って?」

 

「ん? そういやぁ御伽には紹介してなかったな。俺の妹だよ」

 

「城之内君の妹さん? どんな子なんだい?」

 

 その城之内の説明だけでは人物像が見えなかった御伽は詳しく尋ねた。

 

 ちなみに現在の御伽の城之内の妹のイメージは城之内と同じくオラオラな印象である。

 

 だが説明を続けようとした城之内を遮るように本田が身を乗り出し御伽に迫る。

 

「それがよぉ、城之内のヤツとは似ても似つかねぇ良い子でよぉ!」

 

「まったく、本田……オメェは静香の話になっと――」

 

 その本田の姿に呆れ半分で本田を御伽から引き離す城之内だったが――

 

 

「お兄ちゃーん!」

 

 

 そんな城之内にとって聞き慣れた声が聞こえる。だが城之内にとってここにはいる筈もない存在だ。

 

 ゆえに本田の話から思い出してしまったのだろうとかぶりを振る。

 

「ほら、お前が静香の話を始めっから静香の声が聞こえて――」

 

 そして若干のホームシックな気分になってしまったと、本田に文句の一つでも言ってやろうとするが――

 

「お兄ちゃんっ!」

 

 その言葉と共に肩に手を置かれた感覚から思わず城之内は振り向く。その先にはいる筈のない姿が。

 

「――って静香!?」

 

 思わぬ尋ね人に目を白黒させる城之内だが、その静香の後ろに続く見知った顔にも更なる驚きを見せる。

 

「それに牛尾に……遊戯の言ってた北森さん? だっけっか?」

 

「おう――こないだ振りだな、オメェら」

 

「え、えっと、初めまして『北森 玲子(れいこ)』と申します……」

 

 軽く手を上げ返す牛尾に緊張交じりにペコリとお辞儀をして自己紹介を返す北森。

 

「お、おう、此方こそ初めまして」

 

 反射的にお辞儀で返す城之内。

 

 そして頭を上げた城之内に静香も挨拶に加わる。

 

「久しぶり、お兄ちゃん!」

 

 そう笑って兄、城之内に笑いかける静香。しかし城之内が口を開く前に本田が元気よく声を上げる。

 

「静香ちゃん!! ――ってアレ? その腕の奴って」

 

 だが本田の目に映った静香の左腕の機械。それは本田もよく知る――

 

「はい、デュエルディスクです!」

 

 そうデュエルディスク。

 

 城之内たちの知る静香はデュエリストレベル5どころかデュエリストですらない。

 

 ゆえに静香の腕のデュエルディスクを震える指で差しながら城之内が代表して問いかける。

 

「な、なんで静香が――」

 

「どうしたの、お兄ちゃん? デュエリストレベル5以上の人には無料で配布されてるでしょう?」

 

 何を当たり前のことを聞いているのか、といった面持ちで答える静香。

 

 しかし城之内たちが知りたいのは「そこ」ではない――のだが城之内は続く言葉が出てこない。

 

 そんな混乱する城之内と本田を見かねてか杏子が状況を整理するべく静香に問いかける。

 

「えーと、静香ちゃん――デュエル始めたんだ?」

 

「はい! 決闘者の王国(デュエリストキングダム)が終わった後から始めて――術後の検査の時にKCのデュエリストの皆さんに教えて貰ったんです!!」

 

 その静香の答えに成程と納得の表情を見せる杏子――KCのデュエリストは牛尾を含めて実力派揃いゆえにどうにかなったのだろう、と。

 

 

 だが納得出来ないものもいる。

 

 そう、静香にデュエルを教えつつお近づきになろうとしていた本田である。

 

「牛尾ォ!」

 

 そんな泣きべそをかきそうな面持ちで牛尾に詰め寄る本田――KCの事情に詳しい牛尾から、そんな話は聞いていないのだから。

 

「いや、俺じゃねぇからな――多分、他のヤツらだ」

 

 そんな本田から少し距離を取りながら返す牛尾。

 

「同僚なのに知らなかったのかよぉ!」

 

 もはや涙腺が崩壊しそうな本田――若干の下心ありきとはいえ、かなり頑張っていただけにダメージも大きい。

 

 その姿に牛尾は頬を掻きながら本田を落ち着かせるべく言葉を探す。

 

「その時期はオメェにデュエル教えてたろ? 俺はその間は他の奴らとは疎遠だったからな~」

 

 若干、言い訳染みた牛尾の言葉。

 

 牛尾もまさかこんなに早く静香がデュエリストになるべく動き出し、デュエルの実力の合格ラインを突破するとは思ってもみなかった。

 

 ゆえに牛尾も困り顔だ。

 

 本田とて牛尾に付きっ切りで教えて貰い、世話になった身とはいえ感情の方は別だった。

 

「クッ! それもそうだ……でもどうせだったら俺も静香ちゃんと一緒にデュエルを教わりたかったっ……!!」

 

 そう言いながら本田の脳内には静香と共に切磋琢磨する自身の姿が浮かぶ。あり得たかもしれないIFの光景――若干、本田にとって都合がいいのはご愛敬だ。

 

 

 そんな本田はさておき、事の真相に辿り着かんと杏子は己が予想を問いかける。

 

「あっ! ひょっとして北森さんが静香ちゃんのデュエルの師匠だったりするの?」

 

 その北森に振られた杏子の問いかけに、まさか自身に話が振られるとは思っていなかった北森は慌てつつ答えるが――

 

「えっ! そ、それは、その――」

 

 上手く言葉にならない。

 

 そんな姿に杏子たちが注目したことも相まってさらに言葉は出なくなる。

 

 しかしその北森のフォローをせんと静香がその間に入った。

 

「はい! こちらの玲子さん『も』、私のデュエルの師匠になります!」

 

 そう北森の代わりに答えた静香だったが、その答えに杏子は疑問が浮かぶ。

 

「『も』ってことには他にもいるの?」

 

「そうなんです! 後は、乃亜君やヴァロンさんにアメルダさんとギースさんに佐藤さんにみどりさんにそれから――」

 

 静香の口から呪文のように流れていくデュエリストの名前。杏子が知るのはヴァロンと乃亜の名くらいだ。

 

 

 ちなみに当初は杏子の言う通り、同じ女性で年齢も近い北森がデュエルを教えていた。

 

 だがオカルト課の近くでデュエルを教えていた為、当然オカルト課の人間の目に留まる。

 

 そこに仕事が立て込んだ時の北森を待つ静香を見かねて手の空いているオカルト課のデュエリストが代わりに教えている内にいつの間にやら師匠が増えていったのである。

 

 

 それだけなら問題はなかったのだが、師匠ごとにデュエルの方針が違うため静香が混乱。

 

 北森を頼った静香だが北森自身も人に教える行為に慣れておらず、急遽神崎がバトルシティの開催準備の傍らカリキュラムを組むことになり、忙しくなったのは余談である。

 

 そのカリキュラムを以て数多くのデュエリストが静香の師匠となったのだ。

 

 

 そして「何人いるんだよ」と思ってしまう静香の師匠’sの紹介に杏子はストップをかける。

 

「OK――分かったわ。 つまり沢山いるのね?」

 

「はい! 皆さん親切な方ばかりでした!」

 

 入院歴の長かった静香にとって多くの人間との関わりは新鮮なものであった。

 

 そんな静香の輝く笑顔に本田と御伽は見惚れていたが、本田は思い出したように静香の腕のデュエルディスクを指さす。

 

「そうだ! デュエルディスク! デュエリストレベルはそんな直ぐに上がるもんじゃねぇって牛尾が――」

 

 そうデュエリストレベルは数回デュエルしたところで劇的に上がるものではない。

 

 だが何事にも例外はある。

 

「『認定試験』を受けたんです!」

 

「『認定試験』?」

 

 静香の言葉にオウム返しのように返す本田。

 

 その本田に牛尾が説明を入れる。

 

「デュエリストレベルを上げるヤツだな――今回のバトルシティでデュエルディスクが配布されるに当たってレベル5の条件をクリアする為に実施されてたもんだ」

 

 オカルト課が実施した「チャンスは誰の手にも平等に」をモットーにした試験。

 

 実際はデュエルディスクをエサにまだ見ぬ強者を探す神崎の目的があったりするのだが、今は脇に置いておこう。

 

「そ、そんなモンがあるなら俺にも――」

 

 ついそう思ってしまう本田。だが牛尾とて本田に話さなかった理由もある。

 

「いや、そもそも俺はオメェがバトルシティに参加してぇとは知らなかったしな。それに――」

 

 そして本田がバトルシティに出場――もといデュエルディスクを欲したのを牛尾が知ったのは大会直前だ。

 

 そんな短い期間では――

 

「――ペーパーテストもある。童実野高でのオメェの成績を知る身としては無謀もいいとこだと思うがな」

 

――本田の残念なオツムを改革するには時間が足りない。

 

「くっ! ……何も言い返せねぇ!?」

 

 その事実に本田はがっくりと跪き頭を垂れる――もっと勉強しておけばよかった、と……

 

 

 そんな本田の姿に城之内は声をかけるのは逆に酷と判断し、静香に向き直る。

 

「それで静香は何で俺に? 応援か?」

 

 わざわざ応援しにきてくれた妹、静香に内心で嬉しく思う城之内だったが――

 

「ううん、違うのお兄ちゃん」

 

 その喜びは静香の手によって断ち切られる。若干ショックを受ける城之内。

 

 だがそんな城之内に静香はデュエルディスクにデッキをセットしながら続ける。

 

「お兄ちゃんに安心してもらえるように、私が強くなったところを見せたくって……」

 

 そしてデュエルディスクが展開され、静香の決意に満ちた視線が城之内を射抜く。

 

「私の挑戦――受けてくれる?」

 

 今、城之内の目の前にいるのは城之内の妹、静香ではない。

 

 ただ一人のデュエリストであることが城之内の目に見て取れた。

 

 ゆえにその答えなど決まっているとばかりに城之内は静香から距離を取る。

 

「へっ、成程な……知ってるか静香? デュエリストってのはな! 挑まれた勝負から逃げないんだぜ!」

 

 そしてデッキをデュエルディスクにセットしつつ静香と向かい合う城之内。

 

「じゃぁ勝負だ!!」

 

「うん、お兄ちゃんも全力で来てね!!」

 

 その静香の言葉に城之内のデュエルディスクもまた静香の闘志に応えるように展開した。

 

「 「 デュエル!! 」 」

 

 

 兄妹(けいまい)の想いが今、交錯する。

 

 

 






城之内君は妹を容赦なくぶっ飛ばすことが出来るのか!?

デュエリストは女、子供であっても手加減は侮辱に当たるぜ!!




~入りきらなかった人物紹介、その1~
ジョン・クロード・マグナム
アニメ版、遊戯王DMに登場

長身の二枚目のスーツで決めた伊達男。
性格はクールかつキザだが、時には強引な手段を用いる身勝手な一面も。

職業は富と名声を兼ね備えたハリウッドスターであり、デュエリストでもある。
忍者シリーズ映画の主演者であり、忍者ヒーローの通り名で呼ばれることも。

過去に孔雀舞とデュエルに敗北。その後、舞に惚れ込み婚約を迫っていた。

バトルシティで孔雀舞に再度挑むも敗北。

だが諦めきれずスタントマンを使って孔雀舞を拉致した――何やってんだ、ハリウッドスター。

しかしその後、スタントマンから逃れる過程でピンチに陥った孔雀舞を身体を張って助けた城之内の姿と孔雀舞の叱責により敗北を認めた。

~今作では~
プロといえどランク下位のレベッカなど余裕! と勝負を挑みぶっ飛ばされた。

そしてパズルカードを全て失う――よって予選敗退。

ちなみにレアカードはレベッカに見逃して貰えた。






静香の師匠の大勢の一人として一瞬だけ名前が出た人たち紹介

~入りきらなかった人物紹介、その2~
佐藤 浩二(こうじ) 
アニメ遊戯王GXに登場

丸い眼鏡に長い黒いくせ毛気味の長髪が特徴の男性。

元プロデュエリストでありGX時代ではデュエル・アカデミア講師。

生真面目な性格で口調も丁寧だが、少々融通が効かないところがあり頑固な面も。

自身の所有する未OCGカード「スカブ・スカーナイト」の精霊が見える。その信頼関係はかなりのもの。しかしGX作中の様子を見る限り他のデュエリストの精霊は見えない模様。


プロデュエリスト時代は家族への仕送り為に自身の身を切り売りするような異常な数のデュエルをこなしていた。

しかしその無茶が祟り体調を崩すも無理を続けた結果、念願のタイトルマッチで力が出せず敗北し倒れた。

その一件を機にプロを引退しデュエルアカデミアの講師となる。



その後、教師を続けていたが三幻魔、破滅の光を打ち倒しアカデミアのカリスマとなった十代。

その十代の座学や理論に対する不真面目な授業態度に感化された生徒たちが同じように勉強への怠慢やデュエルに対する怠惰な姿勢が広まる。

その結果、授業崩壊を起こした。そして生徒たちに失望した佐藤は教職を辞する。

なお「十代に直接注意しない」、「授業が古くてつまらない」などと佐藤にも問題点があるといわれるが、だからと言って授業放棄するのは如何なものか。


その後、プロフェッサーコブラに唆され十代への刺客として立ち塞がる。

自身の影響力に頓着せずただ楽しむ為にデュエルする十代に憎悪し、デュエルの中で大きな力を持つ物には相応の責任が伴うことを説くも十代に敗れ、谷底に身を落とした。

その際に「いつか君にも心の闇がわかる」という言葉を十代に残している。

そんな佐藤のデュエルは十代の心に大きな闇を落とした。



~今作では~
自身の精霊に限定されるとはいえ精霊が見えること、

プロの世界でタイトルマッチに選ばれ、さらにはGX主人公である十代を追い詰めたそのデュエルの実力の高さから神崎にスカウトされた。


オカルト課の福利厚生の「これでもかッ!」という充実っぷりによって家族への仕送り問題諸々は力業で解決。


さらにオカルト課のマッスル訓練により健康で強靭な肉体を得て、今日も今日とて企業間デュエルなどで大活躍している。

それらの経験が柔軟な考え方を持つに至った――オカルト課の何かと濃い面々に慣れたともいう。

ゆえに「心の闇」になりそうなものは除去されたが、代わりに大人の汚い事情に詳しくなった――これもまた「心の闇」さ……


神崎に対する姿勢は「感謝はしているがビジネス的な関係」といったところ。
信頼はしていないが、だからといって邪見にもしないある意味珍しい存在。


ちなみに正式にオカルト課が発足した際の一期生。ギース・ハントと同期であり、ギースにデュエルの才能という壁を叩きつけた最初の人。




~入りきらなかった人物紹介、その3~
(ひびき) みどり
漫画版、遊戯王GXに登場

黒い髪のロングヘア―が特徴の女性。

デュエルアカデミア・オシリスレッド1年生の担任を務める女教師。

温厚で面倒見の良い性格だが、怒るとかなり怖い。

弟がおり、その弟、紅葉(こうよう)は漫画版、遊戯王GXの作中ではプロデュエリストであり世界チャンピオンだった。

デュエルの実力は上述した弟、紅葉(こうよう)が一度も勝ったことがない程の実力を持つ。



~今作では~
将来的に圧倒的なデュエルの腕前を身に着けることから神崎にスカウトされた。

(ひびき) みどりも将来は教師を目指していたゆえにオカルト課の教練に興味を持ち入社。

そしてオカルト課の理不尽なカリキュラムを味わった。

だが理不尽ながらも色々と考えられたカリキュラムに、学ぶものは多いと企業間デュエルの傍ら色々勉強している。

オカルト課の面々を相手にデュエルでしのぎを削ったり、
先輩のギースなどに色々相談する程にオカルト課に馴染んでいる。


神崎に対する認識は「変わった人」――オカルト課の訳ありのデュエリスト多さからきている認識。なお信頼している訳ではない。





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第75話 さいしょはグー

静香VS城之内 前編です


前回のあらすじ
孔雀舞さんは年齢的に「乙女」にはカテゴリーはされな(ここからは血で汚れていて読めない)




 先攻は静香。

 

 静香は一度深呼吸してからデッキに手をかけ、カードを引き抜く。

 

「私の先攻! ドロー!」

 

 そして引いたカードと己の手札を見比べた静香は城之内に視線を向け、その第一手を繰り出す。

 

「私は手札から魔法カード《天空の宝札》を発動! 手札の光属性・天使族の《ジェルエンデュオ》を除外して2枚ドロー!」

 

 静香の背後に厳かな石造りの塔がそびえ立ち、その塔を緑の丸い顔を持った小さな妖精がその丸い身体に天使の輪を浮き輪のようにつけ、もう1体のピンクのハート形の顔以外は同じ妖精と昇り、共に光となって静香に降り注ぐ。

 

 

 初めのターンから手札により良いカードを揃えられるドローカードを使えた静香に少し離れた場所で観戦者として見守る本田は声を上げる。

 

「ドローカードか! 幸先いいじゃねぇか!」

 

 だがそんな本田の意見に牛尾は顎に手を当て渋い顔で返す。

 

「いや、どうだろうな。あのカードは発動したターンに特殊召喚とバトルが出来なくなるデメリットがあった筈……」

 

「ほうほう、それで解説の牛尾さん、その辺りがどのように今後に響いてくるのでしょうか?」

 

 その牛尾の意見にフムフムと返すポニーテールの女性。

 

「いや、誰が解説だ」

 

 そう突っ込みをいれる牛尾を余所に杏子はポニーテールの女性に驚きを示す。

 

「いやそれよりも牛尾くん! 何でミホがここに!?」

 

 その杏子の驚く姿にいつのまにやら会話に参加していたポニーテールの女性ことバトルシティのキャンペーンガール、野坂ミホは不敵な笑みを浮かべる。

 

「ふっふっふー、名勝負の予感があるところに私の姿ありなのぉん!」

 

 そして自身のピンマイクが音を拾わないように手で覆った後でボソリと呟く。

 

「――それに良い感じに成果を上げた子が本戦の席をゲット出来る……他の子には負けてられないわぁん!」

 

 明らかに悪い顔をしながら語る野坂ミホの姿に呆れ顔の杏子。

 

 牛尾も期間限定とはいえ同僚の為、苦言を呈す。

 

「情報発信の顔がゲスい顔するもんじゃねぇぞー」

 

 このバトルシティでは犯罪組織であるグールズたちを捕縛する側面も持つ為、一般の参加者などにグールズから目を逸らさせる為にBIG5のペンギン大好きの人こと大瀧が発案したプラン。

 

 一般の参加者のデュエルの中からより注目を集めるものをピックアップして取り上げ意識を誘導し、裏で行う捕縛劇を速やかに行うためのもの。

 

 

 その内容の大まかな中身は聞いているゆえの牛尾の苦言だったが、野坂ミホは太陽のような笑みを咲かせる。

 

「大・丈・夫! カメラからは死角だからぁん!」

 

 撮影機材を持ったスタッフの位置を正確に野坂ミホは把握しているようだ。

 

 その野坂ミホの花咲く笑顔に牛尾は「女って怖ぇなぁ」などと思いながら遠くを見つめる。その際、視界の端に恋のダメージから蹲る本田の姿があったがスルーした。

 

「それで解説の牛尾さん的にはここからどう動くと思いますかぁ?」

 

 カメラを意識した野坂ミホの言葉に牛尾はこれも仕事だと、口を開こうとするが――

 

 それより先にカメラにピースする双六が答える。

 

「そうじゃのう……今はデュエルの最初のターンじゃ――バトルはともかく、特殊召喚が出来ないのは痛いところじゃの。じゃからこのターンは消極的なものになるじゃろうな」

 

「へー! そうなんだぁ! 1枚のカードからこのターンのことまで分かるなんて、遊戯のおじいさんってスゴイんですねッ!」

 

「ほっほー! いや~それ程でも――あるのう!」

 

 野坂ミホに誉めそやされ、満更でもないように笑う双六。

 

 

 そんな双六の姿を余所に牛尾の意識は城之内たちのデュエルに移る。

 

 静香が交換した手札から取るべき手を決めたようだ。

 

「え~と、次もこれ! 2枚目の魔法カード《天空の宝札》を発動! 手札の光属性・天使族の《アテナ》を除外して2枚ドロー!」

 

 白き衣を身に纏った三又の矛と銀の盾を持った女神が白銀の長髪を棚引かせ、塔へ昇っていき、静香の手札に恵みをもたらす。

 

「その次はこれ! 3枚目の魔法カード《天空の宝札》を発動! 今度は手札の光属性・天使族の《光神(こうしん)テテュス》を除外して2枚ドロー!」

 

 再び静香の背後に現れた塔に、白い天使の翼を広げて飛び立つのは鎧で胴体部分を覆った白い衣を纏った女神。

 

 その光は静香の手札にキーカードを引き込んだ。

 

「よし、これなら! 私はモンスターをセット。それとカードを2枚セットしてターンエンド!」

 

 静香のフィールドに現れる3つのカード。

 

 スタンダードな待ちの姿勢に見えるその布陣を城之内は見つつ、デッキに手をかける。

 

「おっ、セットモンスターにリバースカード2枚か! どう攻めるかな! 俺のターン! ドロー!」

 

 今の城之内の手札は決して悪くない。

 

「よぉし! デュエリストの本当の姿ってヤツを見せてやるぜ!」

 

 そう、意気込みを見せて己が切り札を呼ぶべくカードを切る。

 

「魔法カード《ワン・フォー・ワン》を発動! 手札のモンスターを1体墓地に送って、デッキからレベル1のモンスターを呼び出すぜ! 来いっ! 《伝説の黒石(ブラック・オブ・レジェンド)》!!」

 

 城之内のフィールドから黒い卵が現れる。

 

 その黒い卵は内側から薄っすらと赤い光が灯っており、新たな命が脈々と鼓動を打っていた。

 

伝説の黒石(ブラック・オブ・レジェンド)

星1 闇属性 ドラゴン族

攻 0 守 0

 

「早速《伝説の黒石(ブラック・オブ・レジェンド)》の効果を発動だ! このカードをリリースしてデッキからレベル7以下の『レッドアイズ』モンスターを呼び出すぜ!」

 

 その《伝説の黒石(ブラック・オブ・レジェンド)》にヒビが入り殻が崩れると、そこから輝かんばかりの赤い光が周囲を覆う。

 

「俺が呼ぶのは当然! 《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》!!」

 

 その赤い光が立ち消えると共に現れるのは城之内の切り札、《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》がその黒き身体で悠然に空を舞い、赤き瞳で相手を見据える。

 

真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)

星7 闇属性 ドラゴン族

攻2400 守2000

 

「凄い……これがお兄ちゃんのレッドアイズ……」

 

 《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》の雄姿に感嘆の声を上げる静香。

 

「スゲェだろ! しかも《伝説の黒石(ブラック・オブ・レジェンド)》は墓地のレッドアイズをデッキに戻して墓地から手札に加えられるんだぜ! まぁ2つの効果は1ターンの内にどっちかしか使えねぇけどな」

 

 だが城之内は《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》を素早く呼べた事実に驚いていると考え、その助けとなった《伝説の黒石(ブラック・オブ・レジェンド)》を自慢するように胸を張る。

 

「そんでもって墓地の《カーボネドン》の効果を発動だ! 墓地のコイツを除外することでデッキからレベル7以下のドラゴン族通常モンスターを守備表示で特殊召喚する!」

 

 先程の《ワン・フォー・ワン》の時に墓地に送られていた黒い機械的な甲殻を持つ恐竜、《カーボネドン》にヒビが入り、その内側から新たなドラゴンが飛び立つ。

 

「次はコイツだ! 《メテオ・ドラゴン》!!」

 

 そのドラゴンの隕石のような丸い身体が宙に浮かび、そこから紫の頭と2本の腕と翼、そして尾が亀のように伸びる。

 

《メテオ・ドラゴン》

星6 地属性 ドラゴン族

攻1800 守2000

 

 これで《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》を更なる高みへと至らせる力は揃ったが――

 

――融合! と行きてぇが今の俺の手札に《融合》のカードはねぇ。なら!

 

 肝心のカードが手札にないことを歯痒く思う城之内。

 

「魔法カード《馬の骨の対価》で通常モンスターの《メテオ・ドラゴン》を墓地に送って2枚ドローだ!」

 

 その《メテオ・ドラゴン》は城之内の手札に飛び込み炎となって手札を潤す。

 

「んでもって手札から《リトル・ウィンガード》を通常召喚!!」

 

 青を基調にした装備で全身を覆う小柄な戦士が剣と盾を構える。

 

 だがその素顔は装備で覆われ、僅かな隙間から除く黄色の丸い目が2つ光る。

 

《リトル・ウィンガード》

星4 風属性 戦士族

攻1400 守1800

 

「行くぜ静香! 俺の攻撃を受けきれるか? バトルだ! レッドアイズ!! セットモンスターをぶっ飛ばせ! (こく)(えん)(だん)ッ!」

 

 《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》から放たれる黒い炎の砲弾が静香のセットモンスターに迫るが――

 

「させない! お兄ちゃんの攻撃宣言時に罠カード《次元幽閉》を発動!」

 

 静香のセットモンスターの前の空間が歪み薄暗い異次元へのゲートが開かれる。

 

「これで攻撃してきたお兄ちゃんのレッドアイズを除外!」

 

「へっ?」

 

 その異次元へと黒い炎の砲弾は吸い込まれていき、さらに《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》をも呑み込んでいく。

 

 やがて獲物を呑み込んだ異次元へのゲートは徐々に小さくなっていき、まるで最初からそんなものはなかったかのようにスッと消えた。

 

「お、俺のレッドアイズが~!!」

 

 いきなり自身の切り札たるモンスターを失い嘆く城之内に、ここは盛り上げ時だと野坂ミホは力を入れて実況を加える。

 

「おおっとぉー!! 城之内選手! いきなりエースのレッドアイズを失ってしまったぞー!!」

 

 野坂ミホに続くように本田もヤジを飛ばす。

 

「なにやってんだ! 城之内ィー! ちゃんと真面目にやれー!」

 

 本田のヤジにいつものように返そうとした城之内だったが、その前に聞こえた野坂ミホの声と撮影機材の存在に気付き、慌てて襟を正し何とか言葉を捻りだす。

 

「い、今のは静香を――た、試したんだよ!」

 

「もの凄く苦しい言い訳だぁー!! 城之内選手はここから挽回できるのかー!?」

 

 その苦し紛れな城之内の言葉にも野坂ミホは容赦なく追求する。

 

 そんな野坂ミホの口撃に晒される城之内を見つつ杏子は溜息を吐いた。

 

「はぁ、どうせ『兄の威厳を見せる』とか考えてたんでしょ……」

 

 ジトっと見やる杏子の呆れた視線から城之内は逃げるように声を張る。 

 

 

「リ、《リトル・ウィンガード》で今度こそセットモンスターに攻撃だ!!」

 

 小さな身体で飛び掛かりセットモンスターを切り裂く《リトル・ウィンガード》。

 

 そして剣を振るった後は隠れた顔をさらに隠す様に三角帽子を深くかぶりなおす。

 

 その切り裂かれたセットモンスターはクリスマスに飾るリースに天使の羽を付けたモンスター《コーリング・ノヴァ》。

 

《コーリング・ノヴァ》

星4 光属性 天使族

攻1400 守 800

 

「よっしっ!! 先制攻撃は決まったぜ!」

 

 まずまずの成果に握りこぶしを作る城之内。

 

 そんな城之内の姿に静香は内心で城之内の胆力に舌を巻く。

 

――攻撃力1400、そんなに高いとは言えないのに反射ダメージに怯まず攻撃してくるなんて! さすがお兄ちゃん!

 

 兄の勇敢な姿を尊敬の眼差しで見つめる静香だが、ただではやらせないとカードの効果を発動させる。

 

「でも戦闘で破壊された《コーリング・ノヴァ》の効果を発動! 私のデッキから攻撃力1500以下の光属性の天使族を1体、特殊召喚!」

 

 切り裂かれた《コーリング・ノヴァ》が光のリースとなってデッキから仲間を呼び寄せる。

 

「来て! 《フェアリー・アーチャー》!」

 

 現れたのは赤い蝶のような羽を持った妖精。その手に魔法の弓矢を携え宙を舞う。

 

《フェアリー・アーチャー》

星3 光属性 天使族

攻1400 守 600

 

「ほうほう、ちゃんと後に続くカードを残してるんだな! 感心、感心!」

 

 自身のモンスターを途切れさせない静香の姿に城之内は満足気に頷く――妹の成長が兄として嬉しいのだろう。

 

「俺は残りの手札を全て伏せてターンエンドだ! そしてエンドフェイズに《リトル・ウィンガード》の効果を発動! 自身の表示形式を変更出来るぜ! 守備表示に変更!」

 

 盾を前に出し、その後ろに隠れるようにしゃがむ《リトル・ウィンガード》。

 

 

 手札の4枚のカードを全て伏せた城之内。

 

 それには、例え妹であっても全力で倒さんとする城之内の意思が垣間見えた。

 

 だがそんな城之内に静香の待ったがかかる。

 

「待って、お兄ちゃん! そのエンドフェイズ時に永続罠《奇跡の光臨》を発動! その効果で除外されている私の天使族モンスター1体をフィールドに帰還!」

 

 静香の頭上の空から光が落ちる。

 

「来てっ! 恵みをもたらす女神様! 《光神(こうしん)テテュス》!!」

 

 そして空からその光を通ってゆっくりと舞い降りるのは白き女神、《光神(こうしん)テテュス》。

 

 その翼は宙に浮いているにも関わらずその《光神(こうしん)テテュス》を空に留めていた。

 

光神(こうしん)テテュス》

星5 光属性 天使族

攻2400 守1800

 

「スゲェじゃねぇか、静香! こんなポンポンモンスターを呼び出すなんてよ!」

 

 現れた上級モンスターの姿に兄の贔屓目がふんだんに込められた賞賛の声を静香に送る城之内――少々、兄バカな姿だ。

 

「えへへ……ありがとう、お兄ちゃん」

 

 そんな城之内の賞賛に照れつつ静香はデュエルを続ける。

 

「それじゃぁ私のターン、ドロー! この時、《光神(こうしん)テテュス》の効果を発動!」

 

 《光神(こうしん)テテュス》の翼が光を放つ。

 

「私がドローしたカードが天使族モンスターだった場合、そのカードを見せてもう1枚ドローできるの! 今引いたのは――」

 

 その効果と静香の言葉にどこか既視感を覚える観客となった城之内たち。

 

 そう、これはまるで――

 

「《心眼の女神》! 天使族だから更にドロー!

《翼を織りなす者》 天使族! 更にドロー!

《慈悲深き修道女》 天使族! 更にドロー!

《コーリング・ノヴァ》 天使族! 更にドロー!」

 

 過去の城之内の《凡骨の意地》での脅威の連続ドローを連想させる。

 

 だが《コーリング・ノヴァ》の後に引かれたカードは天使族ではなかったようだ。

 

 それゆえにドローフェイズを終えようとする静香。だが今度は城之内が待ったをかける。

 

「おぉっと、待ちな! 罠カード《ギャンブル》を発動させて貰うぜ! こいつは相手の手札が6枚以上で俺の手札が2枚以下の場合に発動できる!」

 

 中々に厳しい発動条件だが今の静香の手札は8枚、城之内の手札は0――よってその条件は満たされていた。

 

「1度コイントスをして俺はその裏表を当てる! 当たれば俺は手札が5枚になるようにドロー! ハズレれば次の俺のターンをスキップだ!」

 

 まだデュエルが始まったばばかりにも関わらずギャンブル効果――リスクを恐れない、文字通りの攻めの姿勢だ。

 

 そしてコインが宙を舞い――

 

 表側が天を差した。

 

「うぉっしゃー! 当たりだぜ!  俺は手札が5枚になるようドロー!!」

 

 一気に増えた城之内の手札に静香は警戒を強めつつも、勇敢な兄の背に追いつくために突き進む。

 

「なら私は魔法カード《七星(しちせい)宝刀(ほうとう)》を発動! 手札のレベル7の《翼を織りなす者》を除外して2枚ドロー!」

 

 黄金の剣が振るわれ、黄色い法衣を纏った6枚の翼を持つ天使が光となって静香の手札を照らす。

 

 しかし引いたカードに天使族はいなかったのか《光神(こうしん)テテュス》の追加ドローは起こらない。

 

「これなら! まずは手札から《融合》を発動! 手札の《慈悲深き修道女》と融合素材の代わりになれる《心眼の女神》を融合! 」

 

 祈りを捧げるシスターの老婆と額に第三の目を持つ緑のローブを纏った女神が空に浮かぶ渦によって今一つとなる。

 

「エクストラデッキから融合召喚! 神託を受けし戦乙女! 《聖女ジャンヌ》!!」

 

 《融合》の渦の中から光と共に降り立ったのは軽装の鎧を纏った古代の英雄。

 

 短く切りそろえられた金糸の髪から覗く目には強い意志が垣間見えた。

 

《聖女ジャンヌ》

星7 光属性 天使族

攻2800 守2000

 

「そして2体目の《コーリング・ノヴァ》を召喚!」

 

 再び現れるクリスマスの飾り、リースの天使、《コーリング・ノヴァ》がクルクルと回る。

 

《コーリング・ノヴァ》

星4 光属性 天使族

攻1400 守 800

 

「最後にフィールド魔法《天空の聖域》を発動して――」

 

 静香の背後の宙に白を基調にした聖なる神殿が浮かぶ。その周囲は薄っすらと雲で覆われ神聖なオーラを放っていた。

 

「バトル! 《光神(こうしん)テテュス》で守備表示の《リトル・ウィンガード》を攻撃! お願い!」

 

 《光神(こうしん)テテュス》のその掌から聖水が集まり槍のように形作られ、《リトル・ウィンガード》に向けて投擲されるが――

 

「おっと! タダじゃ通さねぇぜ! リバースカードオープン! 永続罠カード《ラッキーパンチ》を発動!!」

 

 その槍が《リトル・ウィンガード》を貫く前に城之内の前に3つのコインが現れる。

 

「《ラッキーパンチ》の効果で静香! お前が攻撃宣言した時! 1ターンに1度、コイントスを3回行うぜ! そして3回とも表だった場合、俺はデッキからカードを3枚ドローする!!」

 

「3枚も!?」

 

 運の要素が絡むとはいえ、何度でも3枚のドローのチャンスが得られるカード。

 

 だがそれ相応のリスクはある。

 

「おうよ! だがデメリットもある――逆に3回とも裏だった時にはこのカードを破壊! さらにこのカードが破壊されたときには6000ものライフを失っちまうぜ!」

 

 初期ライフ4000が容易く消し飛ぶリスク。

 

 さらに6000の「ダメージを受ける」ではなく6000の「ライフを失う」ゆえにダメージを無効にする類のカードは意味をなさない。

 

「まぁ3枚表なんて早々でねぇし、その逆もまたしかりだぜ! コイントス!!」

 

 そんな若干楽観的な考えのもと3枚のコインが順番に天を舞う。

 

「裏! 裏ァ!? 表ぇー! あ、危ねぇ……」

 

 落ちた3枚のコインの結果に冷や汗を流す城之内――最後が裏であれば危うく6000のライフを失い敗北するところであった。

 

 

 城之内と共にコイントスに一喜一憂していた《リトル・ウィンガード》は投擲された聖水の槍を回避できずに頭に突き刺さる。

 

 槍が刺さった《リトル・ウィンガード》の姿に思わず「あっ」と小さく声を出す城之内。

 

 だが静香の攻撃は止まらない。

 

「次は《聖女ジャンヌ》でお兄ちゃんにダイレクトアタック!」

 

 《聖女ジャンヌ》が剣を抜き、上段から城之内に振り下ろす。

 

 しかし城之内もただではやられない。

 

「そう簡単にダメージは通さねぇぜ! 罠カード発動《ヒーロー見参》!!」

 

 城之内と《聖女ジャンヌ》の間の空間に突如スポットライトが照らされる。

 

「相手の攻撃宣言時に俺の手札をランダムに1枚選ぶ! もしそれがモンスターカードだったとき俺のフィールドに特殊召喚するぜ!」

 

「違ったら?」

 

 そう首を傾げて問いかける静香――このデュエルで城之内の発動したカードの傾向からデメリットがあると見ているのだろう。

 

「そのまま墓地に送られる!」

 

 その予想は当たりだ。キチンとデメリット要素もある。

 

 

 その事実に野坂ミホはここぞと声を張る。

 

「城之内選手!! 決闘者の王国(デュエリストキングダム)からデッキを新調した模様!? でもさっきからギャンブルカードばっかりだぁーッ!」

 

 

 その野坂ミホの言葉と同様に観客の心も一つだ――「またギャンブルカードかよ!?」と。

 

 

 そして攻撃を遮るように《聖女ジャンヌ》の前に現れる城之内の5枚の手札。

 

 その5枚のカードの内の1枚に《聖女ジャンヌ》は剣を振り下ろす。

 

「選ばれたカードは――」

 

 《聖女ジャンヌ》の剣は何かに受け止められる――それは長大な大剣だった。

 

 やがてその大剣を持つ筋肉質な剛腕が見え、その腕によって振るわれた大剣。

 

 《聖女ジャンヌ》はその力を利用し距離を取る。

 

「モンスターカード!! イナズマの戦士!! 《ギルフォード・ザ・ライトニング》!!」

 

 《聖女ジャンヌ》の剣を受け止めた大剣の持ち主は橙色のマントをはためかせる上半身と頭部を軽く覆った鎧を身に纏った戦士

 

 その鎧の隙間から見える肉体は鋼のように鍛え抜かれている。

 

《ギルフォード・ザ・ライトニング》

星8 光属性 戦士族

攻2800 守1400

 

「えっと、こういう時は攻撃の巻き戻しが起きる?」

 

 攻撃宣言の後に城之内のフィールドに新たなモンスターが現れた為、静香は教わった「この状態での選択肢」を確かめるように城之内に尋ねた。

 

「おうよ! そのまま攻撃するか、止めとくかが選べるぜ!」

 

 それに対し「俺も最近通った道だ」と自信を持って返す城之内。

 

 《聖女ジャンヌ》と《ギルフォード・ザ・ライトニング》の攻撃力は互いに2800と互角。相打ちには出来るが――

 

「う~ん、なら《聖女ジャンヌ》の攻撃はキャンセル!」

 

 城之内に残された最後の4枚目のセットカードを視界に入れ、攻撃しない選択を取る静香。

 

 その決定に従い、剣を納めて静香の隣に戻る《聖女ジャンヌ》。

 

「代わりに速攻魔法《次元誘爆》を発動!」

 

 《聖女ジャンヌ》が空に剣を掲げ、祈るように目を閉じた。

 

「《次元誘爆》の効果で私のフィールドの表側の融合モンスター1体をエクストラデッキに戻す!」

 

 やがて《聖女ジャンヌ》は徐々に光と共に天に昇っていく。

 

「なっ! 折角呼んだのに勿体ねぇな……」

 

 そんな言葉とは裏腹に城之内にあるのは静香が己がエースを失ってまで発動された速攻魔法の効果への警戒の眼差しのみ。

 

「でも代わりにゲームから除外されたモンスターを2体まで特殊召喚できるの!」

 

 やがて天に昇った《聖女ジャンヌ》は光となって静香のフィールドを照らした。

 

「天より舞い降りて! 《アテナ》! 《翼を織りなす者》!」

 

 その光の中から三又の矛と銀の盾を持ち、白き衣を身に纏った女神が静かに降り立つ。

 

《アテナ》

星7 光属性 天使族

攻2600 守 800

 

 さらに黄色い法衣を纏った天使がその6枚の翼を広げて天に佇む。

 

《翼を織りなす者》

星7 光属性 天使族

攻2750 守2400

 

「なんだとッ!?」

 

 城之内は自身の《ギルフォード・ザ・ライトニング》を上回る攻撃力を持ったカードはいないものの、静香のフィールドに新たに2体並び、合計5体になった天使たちに吃驚を見せる。

 

「あっ、でもお兄ちゃんの除外されてるモンスターも2体まで特殊召喚しなきゃだけど……」

 

 その静香の言葉に我に返った城之内はモンスターを呼び込むべくフィールドに手をかざす。

 

「そうか! なら俺は《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》と《カーボネドン》を守備表示で特殊召喚するぜ!」

 

 異次元を砕き舞い降りるのは一番槍を務めたものの除外された《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》。

 

 その赤い瞳はリベンジに燃えている――だが守備表示だ。

 

真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)

星7 闇属性 ドラゴン族

攻2400 守2000

 

 その後に続く黒い機械的なフォルムを持った恐竜、《カーボネドン》が二本の足で立ち、その両腕を交差して身体を小さく丸め衝撃に備えていた。

 

《カーボネドン》

星3 地属性 恐竜族

攻 800 守 600

 

「《翼を織りなす者》で《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》を攻撃!」

 

 《翼を織りなす者》の6枚の翼から放たれる羽が空を舞い攻撃を回避する《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》を貫き地に落とす。

 

「次は《アテナ》で《カーボネドン》を攻撃!」

 

 丸まっていた《カーボネドン》だったが《アテナ》の槍にあっさりと貫かれ、その身を聖なる力で焼き払われた。

 

「うおっ! だがどっちも守備表示! 俺にダメージはねぇぜ!」

 

 次々と静香の天使たちに屠られていく城之内のモンスター。だが今の城之内には頼りになる戦士、《ギルフォード・ザ・ライトニング》の背中が見える。

 

「しかも今の静香のフィールドの天使じゃぁ俺の《ギルフォード・ザ・ライトニング》は超えられねぇぜ! 《聖女ジャンヌ》をフィールドから離しちまったのは失敗だったなッ!」

 

 そう得意気に胸を張る城之内――先程は内心で冷や汗を流していたのは秘密だ。

 

「ううん、これで良いの――《コーリング・ノヴァ》で《ギルフォード・ザ・ライトニング》を攻撃!」

 

 その無謀ともとれる静香の命令にも《コーリング・ノヴァ》は迷いを見せずに《ギルフォード・ザ・ライトニング》に突っ込む。

 

 だが当然そのまま《ギルフォード・ザ・ライトニング》の大剣に切り伏せられた。

 

「《コーリング・ノヴァ》は破壊されちゃうけどフィールド魔法《天空の聖域》の効果で天使族モンスターの戦闘では私のダメージは0になる!」

 

 しかし《コーリング・ノヴァ》を通じて届く静香への戦闘ダメージは《天空の聖域》が光を放ち、その加護によって打ち消された。

 

「おいおい、静香――攻撃力の低いモンスターで攻撃してもやられちまうだけだぞ? モンスターを無駄死にさせちまうようじゃぁデュエリスト失格だぜ!」

 

 城之内の目に静香を咎めるような色が浮かぶ――例え妹であっても、いや妹だからこそカードと真摯に向き合って貰いたい城之内の兄心があった。

 

「えっと、こういう時は『それはどうかな?』って言うんだよね?」

 

 はにかみながらそう返す静香。

 

 城之内の言うような「カードと向き合う心構え」は静香とて師匠たちに教わっている。

 

 しかしそのセリフを教えたのは誰なのか。

 

「戦闘で破壊された《コーリング・ノヴァ》の効果でデッキから攻撃力1500以下の光属性の天使族、3体目の《コーリング・ノヴァ》をデッキから特殊召喚!」

 

 3度現れる《コーリング・ノヴァ》。

 

 己が役目を悟ってなお、やる気に満ちていることを示すようにクルクルと回る。

 

《コーリング・ノヴァ》

星4 光属性 天使族

攻1400 守 800

 

「わざわざ同じモンスターを? なんでだ?」

 

 このタイミングで《コーリング・ノヴァ》を再び呼び出した意味が分からない城之内。

 

 しかしその静香の狙いは直ぐに分かる。

 

「そして天使族モンスターが召喚・反転召喚・特殊召喚されたことで私のフィールドの《アテナ》の効果を発動!」

 

 《アテナ》がその手に持つ槍を天に掲げる。

 

「お兄ちゃんに600ポイントのダメージを与える! お願い、《アテナ》!」

 

 すると空から雷が城之内を目掛けて降り注いだ。

 

「うぉっ!」

 

城之内LP:4000 → 3400

 

 たたらを踏む城之内を余所に静香は再び《ギルフォード・ザ・ライトニング》を目標に定め宣言する。

 

「もう1度お願い! 《コーリング・ノヴァ》! 《ギルフォード・ザ・ライトニング》を攻撃!」

 

 再び特攻する《コーリング・ノヴァ》。

 

 その狂信的とも見える姿に《ギルフォード・ザ・ライトニング》は戸惑いながらも剣を振りかぶる。

 

 しかし静香の狙いに気付いた城之内の判断はその剣が振り下ろされるよりも早かった。

 

「ちょぉっと! 待ぁったぁー! 俺は罠カード《ダメージ・ダイエット》を発動ォ! これで俺が受けるこのターンのあらゆるダメージは全部半分になるぜ!」

 

 ゆえに被害を最小限にとどめるべくカードを切る。

 

 そして寸での差で《ギルフォード・ザ・ライトニング》に切り裂かれる《コーリング・ノヴァ》。

 

「戦闘で破壊された《コーリング・ノヴァ》の効果でデッキから攻撃力1500以下の光属性の天使族、《慈悲深き修道女》をデッキから特殊召喚!」

 

 祈りを捧げるシスターの老婆。

 

 だが己が攻撃表示で呼び出されたことに気付くと、すっと立ち上がり右腕をガードするように、左腕をダラリと下げて構え、その左腕をリズミカルに振り子のように左右に揺らす。

 

《慈悲深き修道女》

星4 光属性 天使族

攻 850 守2000

 

「そして天使族モンスターが特殊召喚されたことで《アテナ》の効果で600のダメージ、だけど《ダメージ・ダイエット》の効果で半分になるから300のダメージ!」

 

 再び城之内に落とされる天の裁き、だが今度はその雷を《ギルフォード・ザ・ライトニング》が剣で切り払う。

 

 だが完全には切り払えずに小さくなった余波が城之内を襲った。

 

「ぐっ、だがこれで《コーリング・ノヴァ》はもういねぇぜ!」

 

城之内LP:3400 → 3100

 

 同じカードは原則として3枚しかデッキには入れられない為、《コーリング・ノヴァ》を繰り返し呼ばれることが止み、《アテナ》によるダメージはこれで終わりだと安堵する城之内。

 

 

 だが、何勘違いしているんだ、城之内。

 

 まだまだ天使たちのバーン攻撃は終わっちゃいないぜ!

 

 

「バトルフェイズを終了して《フェアリー・アーチャー》の効果を発動!」

 

 静香の宣言を聞きとげ、その手の弓を構えて城之内に狙いを定める《フェアリー・アーチャー》。

 

「私のフィールドの光属性のモンスターの数×400ポイントのダメージ! 私のフィールドの光属性モンスターの数は5体だからそのダメージは2000ポイント!!」

 

 その矢に周囲の天使たちの聖なる力が集まっていき、城之内を仕留めるべく矢が射られた。

 

「だが《ダメージ・ダイエット》の効果でダメージは半減だ!」

 

 その矢を縦に真っ二つに切り裂く《ギルフォード・ザ・ライトニング》。

 

 しかしその矢の半分は城之内に命中する。

 

「くっ、もうライフが半分かよ……」

 

城之内LP:3100 → 2100

 

 しかし《ダメージ・ダイエット》を発動していなければ、そのダメージはもっと大きかっただろう。ゆえに自身の読みは正しかったのだと内心で自分を褒める城之内。

 

 

 だが言ったはずだぜ! まだまだバーン攻撃は終わっちゃいないと!

 

 

「そして《アテナ》のもう一つの効果を発動!」

 

 《アテナ》の銀の盾が淡く光を発する。

 

「1ターンに1度、《アテナ》以外の自分フィールドの表側の天使族モンスターを1体墓地に送って、墓地の《アテナ》以外の天使族を復活させることが出来るの!」

 

 その盾を向けた先のフィールドに陣が現れ――

 

「私は天使族の《フェアリー・アーチャー》を墓地に送って、天使族の《コーリング・ノヴァ》を復活!」

 

 その陣の上を舞う《フェアリー・アーチャー》が光となって墓地に眠る天使とその位置を入れ替え、《コーリング・ノヴァ》がここに帰還した。

 

《コーリング・ノヴァ》

星4 光属性 天使族

攻1400 守 800

 

「天使族のモンスターが特殊召喚されたことで《アテナ》の効果でお兄ちゃんにさらにダメージ!」

 

 天から絶え間なく城之内に降り注ぐ裁きの雷を懸命に防がんと切り払う《ギルフォード・ザ・ライトニング》。

 

城之内LP:2100 → 1800

 

 だが着実に城之内のライフは削れていく。

 

「まだまだ行くわ! 魔法カード《融合回収(フュージョン・リカバリー)》を発動! その効果で私の墓地の《融合》1枚と融合召喚に使用したカード1枚、《心眼の女神》を手札に!」

 

 再び静香の手札に舞い戻る《心眼の女神》――そしてフィールドには《慈悲深き修道女》。

 

 これにて融合の条件は再び揃う。

 

「そしてもう1度《融合》を発動! フィールドの《慈悲深き修道女》と手札の《心眼の女神》を融合! 融合召喚! また力を貸してください! 《聖女ジャンヌ》!!」

 

 再びフィールドに舞い戻る《聖女ジャンヌ》。

 

 その身体を静香を守るように陣取り、その剣は《ギルフォード・ザ・ライトニング》に向けられていた。

 

《聖女ジャンヌ》

星7 光属性 天使族

攻2800 守2000

 

「特殊召喚された《聖女ジャンヌ》は天使族! 《アテナ》の効果でお兄ちゃんに更にダメージ!」

 

 最後の一撃と言わんばかりに天から落ちた大きな雷を、力を振り絞って切り払う《ギルフォード・ザ・ライトニング》。

 

城之内LP:1800 → 1500

 

「カードを1枚セットしてターンエンド!」

 

 そう元気よくターンを終えた静香。

 

 しかし城之内はその背に嫌な汗が流れる――《ダメージ・ダイエット》がなければこのターンで終わっていたと。

 

 

 そんな城之内を《コーリング・ノヴァ》・《光神(こうしん)テテュス》・《アテナ》・《翼を織りなす者》・《聖女ジャンヌ》の5体の天使族モンスターが威圧感タップリに見下ろしていた。

 

 

 

 




シャインエンジェル「何故我々を呼ばなかったんだ! 《アテナ》でのダメージをもっと追加出来たのに!」

堕天使マリー「このデッキに野郎と可愛くないものは不要だ」

心眼の女神「光属性・天使族でないものも不要です。《聖女ジャンヌ》への融合は私にお任せを《堕天使マリー》」(輝く笑顔)

堕天使マリー(闇属性・悪魔族)「!?」

デーモン・テイマー(地属性・戦士族)「ドンマイ!! 涙吹けよ!」

女豹の傭兵(レディパンサー)(地属性・獣戦士族)「ドンマイ!! 仲良くやろうぜ!」



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第76話 もう君は立派な――ギャンブラーさ



静香VS城之内 後編です

前回のあらすじ
静香「ここまでよ! お兄ちゃん! お兄ちゃんはこのターンで死んじゃうわ! エンジェル・フェニックス!!(顔芸)」

城之内「ぐうぁあああああああああッ! ぃわぁぁああああああく!!」




 

 

 静香の思ってもみなかった猛攻を何とかしのぎ切った城之内。

 

「《ダメージ・ダイエット》がなきゃ、終わってたぜ……」

 

 そう言って額の汗を拭いつつ城之内は静香に兄の贔屓目なしの賛辞を贈る。

 

「まさか此処まで強くなってるとはな! 兄として誇りに思うぜ!」

 

「お兄ちゃんに追いつきたくて頑張ったから!」

 

 そんな静香のガッツポーズを視界に収めた本田は思わず叫ぶ。

 

「スゲェぜ! 静香ちゃーん! もう城之内のヤツを追い越してるぜー!」

 

「うるせぇぞ、本田ァ! こっからが本番だ! 本番!」

 

 そんな本田の冗談半分の言葉に怒り半分で返す城之内。

 

「俺のターン、ドロー! 俺は魔法カード《名推理》を発動! 静香! 好きなレベルを選択してくれ!」

 

 フィールドに星がルーレットのように回る。

 

「そして俺はデッキから通常召喚可能なモンスターが出るまでカードをめくって、そのモンスターが宣言されたレベルじゃないとき特殊召喚出来るぜ! めくったカードはそのまま墓地に行っちまうけどな!」

 

 専用の構築をすれば大量の墓地アドバンテージを生み出す頼もしいカードだ。

 

 しかし城之内のデッキにその手のギミックはない――ほとんどギャンブルカードのようなものである。

 

「そして宣言したレベルがもし当たりなら! そのまま墓地に送るぜ!」

 

「う~ん……それじゃぁレベル8!」

 

 静香の宣言にフィールドでルーレットのように回る星が「8」を差す。

 

 そして城之内のデッキから墓地にカードが送られていき、現れたモンスターは――

 

「ならカードを墓地に送って――残念だったな、静香! モンスターは《ガルーザス》! そのレベルは5だ!」

 

 龍の獣人、《ガルーザス》が斧を片手にルーレットから跳躍しフィールドに着地する。

 

《ガルーザス》

星5 炎属性 獣戦士族

攻1800 守1500

 

「さらに《鉄の騎士 ギア・フリード》を召喚!」

 

 その《ガルーザス》の隣に現れたのは全身を隙間なく黒い甲冑で覆った鉄の騎士。

 

 その左右の腕にはそれぞれ剣と盾が黒い鎧と一体となっていた。

 

《鉄の騎士 ギア・フリード》

星4 地属性 戦士族

攻1800 守1600

 

 モンスターを展開した城之内だが、その胸中に不安がよぎる。

 

――しっかし、静香のセットしたカードはなんだ? また《次元幽閉》みたいなカードだったら《ギルフォード・ザ・ライトニング》も失っちまうかもしれねぇ……

 

 前のターン、いきなりエースの《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》を失ったことが尾を引いている様子の城之内。

 

――いや、だからって攻撃せずに《アテナ》をそのままにしとけば俺はジリ貧だ—―ここは行くしかねぇ!

 

 だがその弱気になった心に激を入れ、城之内は力強く決断する。

 

「バトル! 《ギルフォード・ザ・ライトニング》で《アテナ》に攻撃! ライトニング・クラッシュ・ソード!!」

 

 《ギルフォード・ザ・ライトニング》の大剣の一線を左手に持つ盾で受け取め、その盾越しに右手の槍で迎撃しようとした《アテナ》。

 

 だがその盾は《ギルフォード・ザ・ライトニング》の大剣の一撃に容易く砕け、その持ち主たる《アテナ》はそのまま切り伏せられた。

 

「でもフィールド魔法《天空の聖域》の効果で戦闘ダメージは0に!」

 

 そんな静香の言葉にもダメージがなくとも厄介な効果を持つ《アテナ》を破壊出来たゆえに城之内はここぞとばかりに果敢に攻め込む。

 

「どんどん行くぜ! 《ガルーザス》で《コーリング・ノヴァ》を攻撃! ガルーザス・アックス・クラッシュ!!」

 

 振りかぶった《ガルーザス》の斧がフヨフヨと浮かぶ《コーリング・ノヴァ》に振り下ろされその身体を真っ二つに切り裂く。

 

――《コーリング・ノヴァ》はコイツで最後の3体目! 攻撃力1500以下なら攻撃力1800の《鉄の騎士 ギア・フリード》の敵じゃねぇ!

 

 その城之内の読み通り《コーリング・ノヴァ》から出てきたのは――

 

「でも戦闘で破壊された《コーリング・ノヴァ》の効果を発動! 私はデッキから《勝利の導き手フレイヤ》を攻撃表示で特殊召喚!」

 

 黒と青色のチアリーディングの衣装を着て、両の手に桃色のポンポンを持った天使。

 

 その手足には天使の輪が浮かび、動きに合わせて薄紫のショートの髪に付けられた花の髪飾りが揺れる。

 

《勝利の導き手フレイヤ》

星1 光属性 天使族

攻 100 守 100

 

「私のフィールドに《勝利の導き手フレイヤ》がいる限り、私の天使族モンスターの攻撃力・守備力は400ポイントアップ!!」

 

 《勝利の導き手フレイヤ》の声援と共に聖なる力を漲らせる静香の天使たち。

 

《聖女ジャンヌ》

攻2800 守2000

攻3200 守2400

 

《翼を織りなす者》

攻2750 守2400

攻3150 守2800

 

光神(こうしん)テテュス》

攻2400 守1800

攻2800 守2200

 

《勝利の導き手フレイヤ》

攻 100 守 100

攻 500 守 500

 

「なっ! 《ギルフォード・ザ・ライトニング》の攻撃力を上回っただとぉ! ――だがそのまま次のターンまで放ってはおかないぜ!! ギア・フリードで《勝利の導き手フレイヤ》追撃だ! アイアン・スラッシュ!!」

 

 《勝利の導き手フレイヤ》に向かって全身の鎧の重さを感じさせぬ速さで迫る《鉄の騎士 ギア・フリード》。

 

 しかし、《勝利の導き手フレイヤ》の前に立ち塞がる《聖女ジャンヌ》が《鉄の騎士 ギア・フリード》の剣を己が剣で受け止め、

 

 《光神(こうしん)テテュス》と《翼を織りなす者》が翼を羽ばたかせ、《鉄の騎士 ギア・フリード》を吹き飛ばす。

 

「な、なんだぁ!?」

 

「無駄だよ、お兄ちゃん! 《勝利の導き手フレイヤ》は自分以外の天使たちがいる限り、攻撃は届かないわ!!」

 

 《鉄の騎士 ギア・フリード》は悔し気に踵を返し、城之内の元へ戻る。

 

「うっ、まずったぜ……ソイツを残しちまうとは……」

 

――厄介そうな《アテナ》は倒せたが、また厄介なモンスターが出てきちまったぜ……

 

 上手く攻め込めない城之内に焦りが募る――あまりノンビリしていては先のターンのバーン効果のラッシュのような怒涛の攻めが来ることが目に見えているのだから。

 

「俺はカードを3枚伏せてターンエンドだ!」

 

 相手の布陣を崩すことが出来なかったゆえに城之内は苦し気にターンを終えた。

 

 そして未だ4体の天使族モンスターを擁する静香。

 

 だが静香の瞳に警戒の色は消えはしない――赤毛な強面の師匠の「常に警戒を途切れさせるな」との言葉を思い出す。

 

――お兄ちゃんのライフは残り1500……でも私の手札は0……

 

 しかし形状記憶合金ヘアーを持つリアルファイターな師匠の「攻撃こそ最大の攻撃だぜ! 相手に休む暇を与えるな!」と親指を立てる姿も思い出す。

 

――よしこのまま押し切っちゃおう!

 

 そうして決心を固めた静香はデッキからカードをドローする。

 

「私のターン、ドロー! そして《光神(こうしん)テテュス》の効果を発動!」

 

 再び《光神(こうしん)テテュス》の翼が光り輝き、その力が行使される。

 

「今私がこのドローで

引いたのは《神聖なる魂(ホーリーシャイン・ソウル)》! 天使族だから更にドロー!

引いたのは《心眼の女神》! 天使族だから更にドロー!」

 

 しかしそのドローが止まったところを見るに次のカードは天使族ではなかった様子。

 

 だが静香の「ガンガン行こうぜ!」な想いは止まらない

 

「バトル! フレイヤの加護を受けた《聖女ジャンヌ》で《ギルフォード・ザ・ライトニング》を攻撃!」

 

 その静香の宣言に《勝利の導き手フレイヤ》の声援を受けた《聖女ジャンヌ》は己が剣を天に掲げると、その剣の先に続くように長大な光の剣が現れ、《ギルフォード・ザ・ライトニング》に振り下ろされる。

 

 《ギルフォード・ザ・ライトニング》も自身の大剣でその長大な光の剣を受け止めるが質量が違い過ぎた――ゆえにいくら踏ん張ったとしても止めきれない。

 

 腕が軋みを上げ、膝も震え始める《ギルフォード・ザ・ライトニング》。

 

「この攻撃が通れば城之内くんは!?」

 

 そんな観客である御伽のフラグを建てるような言葉に早速そのフラグを回収すべく城之内はカードを発動させる。

 

「ト、(トラップ)カード! こ、《攻撃の無敵化》発動ォ!」

 

 その効果は――

 

 フィールドのモンスターをバトルフェイズの間、破壊から守る効果と

 

 バトルフェイズの間、戦闘ダメージを受けなくなる効果

 

 2つの効果を持つカードだ――もっとも今の城之内に選択肢などあってないようなものだが。

 

「俺は2つの効果からこのバトルフェイズでの戦闘ダメージを0にする効果を使うぜ!」

 

 城之内の前に地面から透明な壁がせり上がる。

 

「それと永続罠《ラッキーパンチ》の効果のコイントスは――おぉ! 3つとも表だぜ! 俺は3枚ドロー!」

 

 さらに3枚のコインが宙を舞い、3枚とも表を向いて落ちた。

 

「でもモンスターは破壊出来るわ!」

 

 城之内の安全が確保されたことを見届けると共に《ギルフォード・ザ・ライトニング》の大剣は砕け散り《聖女ジャンヌ》の長大な光の斬撃に呑まれていった。

 

「次は《光神(こうしん)テテュス》で《鉄の騎士ギアフリード》を攻撃!」

 

 手と一体化した黒剣を《光神(こうしん)テテュス》目掛けて横なぎに振るった《鉄の騎士ギアフリード》だったがその天使の身体は聖水となって弾けた。

 

 不審に思った《鉄の騎士ギアフリード》だったが、その身体は弾けた聖水に呑み込まれ沈む。

 

 そして天を舞う本体の《光神(こうしん)テテュス》が手を振るうと、水に圧力がかけられ、《鉄の騎士ギアフリード》はその堅牢な鎧ごと押し潰された。

 

「最後に《翼を織りなす者》で《ガルーザス》を攻撃!」

 

 天を舞う《翼を織りなす者》の羽の銃弾の雨を恐れず跳躍し、斧で羽を迎撃しながら突き進む《ガルーザス》。

 

 だが《ガルーザス》の斧が《翼を織りなす者》に届く寸前に振るわれた《翼を織りなす者》の6枚の翼の攻撃を捌ききることが出来ず、その全身を翼によって切り刻まれ《ガルーザス》は地に落ちた。

 

 しかし《攻撃の無敵化》によりダメージはない。

 

「また防がれちゃった……なら私は前のターンにセットしておいた2枚目の魔法カード《七星(しちせい)宝刀(ほうとう)》を発動!」

 

「なっ! ブラフだったのか!! ――それにさっき公開した静香の手札にレベル7のモンスターはいなかった筈!!」

 

 前のターン、城之内を迷わせた静香のリバースカードはあの状況では力を発揮しないブラフであったことに驚きを隠せない城之内。

 

 良いように騙されていたことがショックの模様。

 

 そんな城之内に静香ははにかみつつも、城之内の言葉の後半部分に答える。

 

「魔法カード《七星(しちせい)宝刀(ほうとう)》で除外するのはフィールドのモンスターでも大丈夫なんだよ! 私はフィールドの《翼を織りなす者》を除外して2枚ドロー!」

 

 《翼を織りなす者》が《七星(しちせい)宝刀(ほうとう)》の輝きに導かれ天へと舞い、静香に力を託す。

 

「この2枚のドローで引いた1枚は天使族の《守護(ガーディアン)天使(エンジェル)ジャンヌ》! よって《光神(こうしん)テテュス》の効果でもう1枚ドロー!」

 

 幾たびも《光神(こうしん)テテュス》の翼が光り輝き、新たなる同胞の力を繋ぐ。

 

「引いたのは《フェアリー・アーチャー》! 天使族! もう1枚ドロー!」

 

 そしてドローを止めた静香は先ほど引いたカードを手に取り――

 

「私は墓地の光属性2枚、《アテナ》と《コーリング・ノヴァ》を除外して、手札から《神聖なる魂(ホーリーシャイン・ソウル)》を特殊召喚!!」

 

 静香の顔を後ろからそっと抱き締める、白い半透明な天使が現れ、スッとフィールドの天使たちの元へ移動する。

 

神聖なる魂(ホーリーシャイン・ソウル)

星6 光属性 天使族

攻2000 守1800

 

「そして2体目の《フェアリー・アーチャー》を召喚!」

 

 羽をパタパタと動かし弓を片手に現れた《フェアリー・アーチャー》。

 

《フェアリー・アーチャー》

星3 光属性 天使族

攻1400 守 600

 

「げぇっ! ソイツはやっぱり!!」

 

 そう、城之内が察する通り、前のターンあわや2000のダメージを与えかけたカード。

 

「勿論《フェアリー・アーチャー》の効果を発動! 私の光属性モンスター1体につき400のダメージ!」

 

 だがそんな城之内の心情なんて関係ねぇとばかりに弓を身体全体の力を使って引き絞る《フェアリー・アーチャー》。

 

「私のフィールドの光属性は5体! よって2000ポイントのダメージ!!」

 

 静香は残りライフ1500の城之内をキッチリ仕留めにかかり、《フェアリー・アーチャー》の聖なる矢が城之内に向かって放たれた。

 

「おっと! これで終わりになんてさせねぇぜ! 俺は墓地の《ダメージ・ダイエット》を除外することで俺がこのターン受ける効果ダメージは半減!」

 

 その聖なる矢は半透明な壁にぶつかり、威力が削がれる。そのお陰で2000のダメージが1000になった。

 

城之内LP:1500 → 500

 

「危ねぇとこだったが、これで大丈夫だな!」

 

「う~ん、これも防がれちゃった……私はカードを2枚伏せてターンエンド!」

 

 仕留めきれなかった事実に城之内の実力を直に感じ取りデュエリストとして、そして妹として嬉しさがこみ上げる静香――自身の兄は己の自慢なのだと言いたげだ。

 

「俺のターン! ドロー! こっからだぜ!」

 

 ライフ差はかなり開いたがここから巻き返すと息を巻く城之内。

 

「お兄ちゃんのドローフェイズに罠カード《ソーラーレイ》を発動!」

 

「へっ?」

 

 だったが、このタイミングで発動された静香のカードに城之内は嫌な予感しかしない。

 

「このカードの効果で私のフィールドの表側の光属性モンスターの数×600ポイントのダメージを与えるの!」

 

 5体の光属性のモンスターが天に光のエネルギーを放つ。そのエネルギーは虹色に輝き――

 

「私のフィールドの光属性モンスターは5体! よって3000ポイントのダメージ! えいっ!」

 

 そんな力の抜けそうな掛け声とともに必殺のオーバーキルを城之内にかます妹、静香。

 

「ち、ち、ちょっとタンマァ! ソイツにチェーンして罠カード《ゴブリンのやりくり上手》を発動!」

 

 そのあまりの必殺の力が込められた一撃っぷりに城之内は慌ててカードを発動させる。

 

 城之内の隣に現れた赤色の丸い帽子を被ったゴブリンは慌てて弾道計算を始め――

 

「さらにチェーンして罠カード《融合準備(フュージョン・リザーブ)》も発動!」

 

 城之内の影から伸びた橙色のゴーストが城之内の手札に慌てて頭を突っ込む。

 

 そうして次々に発動され、チェーンが組まれる城之内のカード。

 

「そんでもって最後に俺のフィールドの全ての罠を墓地に送って速攻魔法《非常食》も発動だ!」

 

 城之内のフィールド全ての魔法・罠カード3枚が缶詰に変わった。

 

 

 そうして最後のカードを発動し終えた城之内の姿に静香はこの場合はどうなるかを思い出しながら言葉を零す。

 

「えぇっと……確かこんな風にチェーンが組まれたときは……最後に発動されたカードから順番だったよね?」

 

「え~と……多分それであってるぜ!」

 

 そんな頼りなさげな城之内の後押しに観客の牛尾は一応声をかける。

 

「多分じゃなくてちゃんとあってるぞー!」

 

 その牛尾の声に城之内は「だよな!」と同調しつつチェーンの逆処理に移行した。

 

「ってことはだ! まずは俺の速攻魔法《非常食》の効果で墓地に送った《ゴブリンのやりくり上手》、《融合準備(フュージョン・リザーブ)》、《ラッキーパンチ》の3枚×1000のライフを回復するぜ!!」

 

 城之内の隣の罠カード《ゴブリンのやりくり上手》のゴブリンが現れた《非常食》の缶詰3つを開け城之内のライフを回復させる。

 

城之内LP:500 → 3500

 

「永続罠《ラッキーパンチ》は破壊された訳じゃねぇからライフを失うこともねぇ!」

 

 永続罠《ラッキーパンチ》のデメリットによるライフを6000失う効果は「破壊された」場合、《非常食》の効果で「墓地に送られた」のでダメージは発生しない。

 

 城之内とてギャンブルカードによるデメリットに対する備えはしている。

 

「次も俺の罠カード《融合準備(フュージョン・リザーブ)》の効果でエクストラデッキの《千年竜(サウザンド・ドラゴン)》を見せて、その融合素材の《時の魔術師》を手札に!」

 

 次に慌てて城之内の手札に潜り込もうとしていた橙色のゴーストは時計に手足の生えた《時の魔術師》のカードを城之内の手札にそっと潜らせ、自身は影の中に逃げるように消えていった。

 

「ああ、もちろん墓地の《融合》もその効果で回収する!」

 

 いつの間に墓地に《融合》が、と考える静香だったが、その答えは城之内が意気揚々と明かす。

 

「《名推理》の効果で墓地に落ちててラッキーだったぜ!」

 

 そしてチェーンの逆処理が進み城之内の最後のカードの効果が処理される。

 

「そんで次は罠カード《ゴブリンのやりくり上手》の効果だな!」

 

 ゴブリンがニヤリと笑って懐のブツを城之内に手渡すべく近づき――

 

「俺の墓地の《ゴブリンのやりくり上手》の枚数の+1枚の数だけデッキからドロー! そして手札の1枚をデッキの一番下に戻すぜ!」

 

 だが発動した《ゴブリンのやりくり上手》は既に《非常食》の効果で墓地に送られている。

 

 さらには残りの2枚の《ゴブリンのやりくり上手》も《名推理》の効果で墓地に送られていた。

 

「俺の墓地の《ゴブリンのやりくり上手》は3枚! よって4枚ドローして手札の1枚をデッキの一番下に!」

 

 よって4枚ものドローが城之内に舞い込む。

 

 城之内に大量のカードをもたらしたゴブリンは「今後とも御贔屓に」と言わんばかりニヒルに笑って帽子を軽く上げた後で立ち去り、

 

「最後に私の罠カード《ソーラーレイ》でお兄ちゃんに3000ポイントのダメージでいいのかな?」

 

 天に集められた虹色の光が城之内を貫くように降り注いだ。

 

城之内LP:3500 → 500

 

「うぉおおお!! っとっと! ――おう! それで大丈夫だ!」

 

 あわや敗北するところを何とか回避した城之内は「危ないところだった」と、何度目か分からぬため息を付く。

 

 だがそんな城之内に静香は尊敬の眼差しを向けている。

 

「凄い、お兄ちゃん! 私の《ソーラーレイ》を読んでたんだ!」

 

「へっ?」

 

 何のことだと、その顔に疑問符を浮かべる城之内。

 

 そんな城之内の姿に静香は首を傾げながら説明し始める。

 

「えっ? だからドロー前に使った方が良いサーチカードを手札にあった《非常食》の回復効果と合わせる為に後で使った……だよね?」

 

 先程城之内が発動した罠《融合準備(フュージョン・リザーブ)》は融合素材をデッキからサーチするカード。

 

 当然その効果はデッキにサーチすべきモンスターがいなければ発動出来ない為、ドローしたカードがその融合素材カードなら発動出来ない可能性もあった。

 

 ゆえにドロー前に発動させるのがセオリー。

 

 しかし静香の発動した罠《ソーラーレイ》の3000ポイントのダメージを防ぐには、あの時の城之内は《非常食》でライフを3000回復させるしかない。

 

 

 しかしもしセオリー通りにドロー前に《融合準備(フュージョン・リザーブ)》を発動していれば《非常食》による回復は2000。

 

 よってライフ2500となった城之内は3000のダメージを受け敗北していた。

 

 

 そのことに思い至った城之内は慌てて口を開く。

 

「と、当然だぜ! ま、まぁ俺ほどのデュエリストになればそのくらい――」

 

 あり得たかもしれないIFに辿り着いた城之内は冷や汗を流しつつ、胸を張る――心理的に弱気なところは見せられないデュエリストとしての本能。

 

 まぁ多少は兄としての尊厳も混じってはいたがご愛敬だ。

 

 

「城之内のヤツ、忘れてたな」

 

「完全に忘れてたわね……」

 

 しかし、先ほどの城之内の慌てっぷりをしっかり見ていた観客の杏子と本田は冷ややかな目線で城之内を見やる。

 

「な、なんだ! お前ら! その目は!」

 

 そう言いながら観客の冷ややかな視線に抗議を入れる城之内――今は妹、静香の尊敬の視線が城之内には逆に辛い。

 

「お、俺は《時の魔術師》を召喚!」

 

 この色んな意味で悪い流れを断ち切るべく現れたのは城之内の隠し玉、目覚まし時計に手足が生えた《時の魔術師》。

 

《時の魔術師》

星2 光属性 魔法使い族

攻 500 守 400

 

「そして《時の魔術師》の効果を使うぜ! タイム・ルーレット!!」

 

 コイントスの裏表を当てる代わりに時の魔術師が持つ杖の先端のルーレットが回る。

 

 当たれば相手のフィールドのモンスターを全て破壊し、

 

 外れれば自分のフィールドのモンスターを全て破壊、さらに表側で破壊されたモンスターの攻撃力の合計の半分のダメージを受ける。

 

 その矢印は「ドクロ」のマークを通り過ぎ「当」のマークで止まった。

 

「よっしゃ! 当たり!」

 

――かに思われたが、矢印がさらに進み「ドクロ」のマークでは矢印は止まる。

 

「えっ、ハズレ?」

 

 そう、ハズレだ。

 

 突如として開いた空の黒い大穴に吸い込まれていく《時の魔術師》。

 

 マントをはためかせて吸い込まれる姿は何だかヒーローのようにも見える――だがその穴の先は終わりしかない。

 

 

 そして表側で破壊されたモンスターは《時の魔術師》のみ、その攻撃力の半分のダメージが大穴から放たれ城之内を襲う。

 

「うぉおおおお!!」

 

城之内LP:500 → 250

 

 城之内の精神的な乱れが出たようなギャンブルの結果。

 

「城之内ィー! もう後がねぇぞー! しっかりしろー!」

 

 観客である本田も友として城之内に檄を飛ばす。

 

「まだだ! 装備魔法《やりすぎた埋葬》!!」

 

 フィールドに「《時の魔術師》のお墓を建てるウラ」とでも言わんばかりに地面から生える石造りの墓標。

 

「こいつは手札のモンスターを1枚捨てて、捨てたモンスターのレベル以下の墓地のモンスターを蘇生させるカード!!」

 

 だがその墓標は黒い人影によって黄金に塗装され、周囲に色取り取りの花が添えられる――もの凄く派手だ。

 

「俺は手札のレベル3! 《共闘するランドスターの剣士》を捨て、墓地の《時の魔術師》を復活!!」

 

 その派手な墓標に「眠っている場合じゃねぇ!」と、地中から飛び出す《時の魔術師》。

 

《時の魔術師》

星2 光属性 魔法使い族

攻 500 守 400

 

「またギャンブルかよ城之内……」

 

 そんな観客の本田の呟きに城之内は首を横に振る。

 

「いや、蘇生した《時の魔術師》は装備魔法《やりすぎた埋葬》が装備されてモンスター効果が無効になっちまう!」

 

 《時の魔術師》は怒りのままその派手な墓標を杖で殴ろうとするが、その派手な墓標をもう一度見るとその派手な墓標の隣に腰掛けた。

 

 じっくり見ると悪くないと判断したようだ。

 

「だが! 墓地の魔法カード《シャッフル・リボーン》を除外して、装備魔法《やりすぎた埋葬》をデッキに戻して1枚ドローするぜ!」

 

 《やりすぎた埋葬》を気に入った《時の魔術師》の満足感を吹き飛ばす様にシャベルを持った骸骨が派手な墓標、《やりすぎた埋葬》を砕く。

 

「そのカードも《名推理》のときに!?」

 

 その静香の言葉に城之内はガッツポーズを取りつつ返す――しかし上手くカードが墓地に落ちたものだ。

 

「おうよ! これで装備魔法《やりすぎた埋葬》は消えた! これで《時の魔術師》の効果が使えるぜ! もう1度頼む! タイム・ルーレット!!」

 

 気に入った《やりすぎた埋葬》が砕けた喪失感を埋めるように《時の魔術師》はその杖のルーレットを回し始めた。

 

 

 そしてルーレットの矢印が止まった先は「当」の文字――成功である。

 

「よっしゃぁ! 今度こそ当たりだぜ! 静香のフィールドのモンスターを全破壊だ!! タイム・マジック!!」

 

 杖を天使たちに向ける《時の魔術師》のおもちゃのような瞳には破壊の愉悦が宿っている。

 

 そして天使たちの時が加速され、最後に光の粒子となって消えていった。

 

 

 これで静香のフィールドは空――フィールド魔法《天空の聖域》でのダメージ回避も適用されない。

 

「そんでもって墓地の《カーボネドン》を除外してデッキからレベル7以下のドラゴン族、《ベビードラゴン》を守備表示で特殊召喚だ!!」

 

 《カーボネドン》が再び砕け、その内側から《ベビードラゴン》が飛び出した。

 

《ベビードラゴン》

星3 風属性 ドラゴン族

攻1200 守 700

 

「そして魔法カード《融合》を発動!! フィールドの《ベビードラゴン》と《時の魔術師》で融合召喚! 今こそ真の力を見せな! 《千年竜(サウザンド・ドラゴン)》!」

 

 《ベビードラゴン》が千年の年月を《時の魔術師》の力で重ね、その身体は大きく育ち、やがてドラゴンとしての威厳を身に纏う。

 

千年竜(サウザンド・ドラゴン)

星7 風属性 ドラゴン族

攻2400 守2000

 

「バトルだ! 《千年竜(サウザンド・ドラゴン)》で静香にダイレクトアタック!! サウザンド・ノーズ・ブレス!!」

 

 首を大きく反りながら息を吸い込んだ《千年竜(サウザンド・ドラゴン)》は首を突き出す仕草と共にその鼻から煙のようなブレス、というよりも鼻息を静香に吹きかける。

 

静香LP:4000 → 1600

 

「きゃぁ!!」

 

 大きなダメージにたたらを踏む静香。

 

「よっし! やっとこさダメージが届いたぜ! 俺はカードを5枚伏せてターンエンド! エンド時に《シャッフル・リボーン》の効果で手札を除外するが、俺の手札は0! 関係ねぇ!」

 

 常にギャンブル効果でリスクを背負ってでもフィールド及び手札の補充を怠らなかった城之内。

 

 そのリスク度外視の強気なデュエルスタイルは確実に静香とのアドバンテージの差を取り返していた。

 

 

「凄い……お兄ちゃん……でも私だって負けない! 私のターン! ドロー!!」

 

 その姿に静香は一人のデュエリストとして負けたくないとカードの剣を取る。

 

「私は3枚目の《七星(しちせい)宝刀(ほうとう)》を発動! 手札のレベル7! 《守護(ガーディアン)天使(エンジェル)ジャンヌ》を除外して2枚ドロー!」

 

 白い聖衣に天使の輪と翼を持った《聖女ジャンヌ》によく似た顔立ちの《守護(ガーディアン)天使(エンジェル)ジャンヌ》が《七星(しちせい)宝刀(ほうとう)》の輝きに導かれ静香に力を託す。

 

 その引いたカード次第では返しの城之内のターンに成す術もなく敗北するが静香の瞳にそんな恐れなど見えはしない。

 

「私はライフを800払って装備魔法《再融合》を発動!」

 

 静香の前の地面に光が渦巻く。

 

静香LP:1600 → 800

 

「その効果で墓地の融合モンスター1体を蘇生させる! 戻ってきて! 《聖女ジャンヌ》!!」

 

 三度現れる《聖女ジャンヌ》。

 

 その軽装の鎧には今までの攻防ゆえか多くの傷があり消耗が見えるが、その瞳の強き意思は折れはしない。

 

《聖女ジャンヌ》

星7 光属性 天使族

攻2800 守2000

 

「そして《心眼の女神》を召喚!」

 

 フィールドに現れる額に第三の目を持つ緑のローブを纏った《心眼の女神》。その第三の瞳以外の目は固く閉じられている。

 

《心眼の女神》

星4 光属性 天使族

攻1200 守1000

 

 たとえ城之内のフィールドに5枚のセットカードがあっても静香は恐れない――きっと兄、城之内も恐れないゆえに。

 

「バトル! 《聖女ジャンヌ》で《千年竜(サウザンド・ドラゴン)》を攻撃!」

 

 《千年竜(サウザンド・ドラゴン)》の鼻息に対し《聖女ジャンヌ》は剣で切り裂き、その風に乗って《千年竜(サウザンド・ドラゴン)》の頭上を取る。

 

 そして《千年竜(サウザンド・ドラゴン)》の爪の攻撃をも掻い潜り、その竜の鱗を容易く断ち切りその首を落とした。

 

 《千年竜(サウザンド・ドラゴン)》が倒れた衝撃が煙を上げて城之内に襲い掛かる。

 

 

 その戦闘ダメージは僅かに400だが、今の城之内の250ポイントのライフを削るには十分であろう。

 

 しかし煙の中から現れた城之内は未だ健在。

 

「そう簡単にはやられねぇぜ! 戦闘ダメージ計算時に罠カード《スピリット・フォース》を発動!」

 

 城之内の身体を纏うように黄色のオーラが大気を揺らす。

 

「その戦闘でのダメージを0にして墓地の守備力1500以下の戦士族チューナーを手札に加えるぜ! 《共闘するランドスターの剣士》を手札に!」

 

 城之内の背後からひょっこり顔を出した丸顔の《ランドスターの剣士》の仲間であり、瓜二つの姿を持つ《共闘するランドスターの剣士》が城之内の背をよじ登り手札に加わる。

 

「惜しかったな! 静香!」

 

 城之内は互いにバチバチとぶつかり合うこのデュエルにデュエリストとしての高ぶりが抑えられない。

 

 ギリギリで静香の攻撃を回避した緊張感などで城之内の心臓は早鐘のように鳴り響いていたが――

 

「『それはどうかな?』だよ、お兄ちゃん!!」

 

 まだ静香の攻撃は終わってはいない――最後の一手が今切られる。

 

「これが私の最後の一手! 2枚目の速攻魔法《次元誘爆》を発動!」

 

「そ、そいつは!!」

 

 このデュエルの最初の静香の攻撃時に発動されたカード――このカードが起点となって城之内のライフに大打撃を受けたのだから城之内は忘れることなど出来ないであろう。

 

「融合モンスター《聖女ジャンヌ》をエクストラデッキに戻して除外されたモンスターを2体まで特殊召喚!!」

 

 《聖女ジャンヌ》が光に包まれる。

 

「天の加護を受けて、その身を栄転する! 現れて! 《守護天使(ガーディアンエンジェル)ジャンヌ》!! 《アテナ》! 」

 

 《聖女ジャンヌ》を包んだ光が収まると、そこに聖なる翼を広げる《聖女ジャンヌ》――否、《守護天使(ガーディアンエンジェル)ジャンヌ》が空に悠然と浮かぶ。

 

 その身は鎧ではなく白き聖衣に包まれ、帯のようなものが武具のように漂う。

 

守護天使(ガーディアンエンジェル)ジャンヌ》

星7 光属性 天使族

攻2800 守2000

 

 そして城之内を苦しめた《アテナ》も再び舞い降り、槍を払う。

 

《アテナ》

星7 光属性 天使族

攻2600 守 800

 

 天使族が特殊召喚されているが、《アテナ》と同じタイミングで特殊召喚されている為、《アテナ》のバーン効果は発動されない。

 

「俺の除外されているカードは1枚だけだ……《カーボネドン》を守備表示で特殊召喚するぜ!」

 

 その呼び出された《カーボネドン》はフィールド・墓地・除外ゾーンを行き来しすぎた影響かその身体を過労でプルプル震わせる。

 

《カーボネドン》

星3 地属性 恐竜族

攻 800 守 600

 

「《心眼の女神》で《カーボネドン》を攻撃!!」

 

 プルプルと過労で震える《カーボネドン》に向けて《心願の女神》が持つ莫大な全エネルギーが第三の目に集められ、この地球諸共《カーボネドン》を消し飛ばさん勢いで放たれる。

 

 その莫大なエネルギーの放出によって《カーボネドン》は消し飛ぶも、その余波は留まることを知らずに城之内の近くで大爆発を起こした。

 

 

 だが《カーボネドン》は守備表示である為、城之内に特にダメージはない。

 

「《守護天使(ガーディアンエンジェル)ジャンヌ》でお兄ちゃんにダイレクトアタック!!」

 

 細身の光の剣を生み出し城之内に迫る《守護天使(ガーディアンエンジェル)ジャンヌ》。

 

「そうはさせねぇ!! 罠カード《奇跡の残照》! このターン戦闘で破壊されたモンスター1体を復活させる!! 俺が呼ぶのは当然、《千年竜(サウザンド・ドラゴン)》だ!」

 

 空の雲の隙間から光が零れ、そこから《千年竜(サウザンド・ドラゴン)》が顔を覗かせる。

 

 しかしその姿に静香は「ここだ」と力を込める。

 

「それを待ってたよ、お兄ちゃん!! 私はその効果にチェーンして永続罠《DNA改造手術》を発動! フィールドの全てのモンスターの種族は私が宣言した種族になる! 私が選ぶのは勿論! 『天使族』!!」

 

 天の威光がフィールドに響き、《千年竜(サウザンド・ドラゴン)》の竜の翼が天使のものへと変わり、その頭上に天使の輪が光る。

 

 チェーンは逆処理に進む、よって先に永続罠《DNA改造手術》の効果が適用され、その後で「特殊召喚」される《千年竜(サウザンド・ドラゴン)》は天使族となる。

 

 

 つまり《アテナ》のバーン効果のトリガーとなる。

 

 今の城之内の残りライフは僅か250、防がなければ城之内に未来はない。

 

「くっ! 罠カード《迷い風》を発動!!」

 

 城之内の背後から吹きすさぶ黒い風が《守護天使(ガーディアンエンジェル)ジャンヌ》の横を通り抜け、《アテナ》に迫る。

 

「特殊召喚された表側のモンスター1体の効果を無効にして攻撃力を半分にする!! これで《アテナ》の効果を封じるぜ!! そしてチェーンは逆処理され――」

 

 咄嗟に《アテナ》は己が盾でその黒い風を受けるも、その黒い風は盾の表面を滑るように奔り《アテナ》を襲う。

 

 その黒い風を受けた《アテナ》は苦し気に膝を付き、その槍を地面に突き刺し杖のように己が身体を何とか支えた。

 

《アテナ》

攻2600 → 攻1300

 

 その次に永続罠《DNA改造手術》の効果が適用され――

 

「そして最後に罠カード《奇跡の残照》の効果で戻ってこい! 《千年竜(サウザンド・ドラゴン)》!! 守備表示だ!」

 

 永続罠《DNA改造手術》の効果で天使族となった《千年竜(サウザンド・ドラゴン)》が澄んだ瞳で手を合わせ、祈りを捧げる。

 

千年竜(サウザンド・ドラゴン)

星7 風属性 ドラゴン族 → 天使族

攻2400 守2000

 

 しかし祈りを捧げようが関係ないとばかりに《千年竜(サウザンド・ドラゴン)》に狙いを変えた光の剣で切り払う《守護天使(ガーディアンエンジェル)ジャンヌ》。

 

 切り裂かれた《千年竜(サウザンド・ドラゴン)》は光の粒子となっていく。

 

「《守護天使(ガーディアンエンジェル)ジャンヌ》が戦闘でモンスターを破壊し墓地へ送った時にその効果を発動!

 破壊したモンスターの元々の攻撃力分だけ、自分のライフポイントを回復するの!」

 

 光の粒子となっている《千年竜(サウザンド・ドラゴン)》は静香の元に降り注ぎ、その元々の攻撃力は2400分の恵みとなった。

 

静香LP:800 → 3200

 

「《アテナ》で今度こそお兄ちゃんにダイレクトアタック! 頑張って《アテナ》!!」

 

 《迷い風》の効果に《アテナ》は苦しみつつもその槍を構えて城之内を狙うが――

 

「まだ俺は終われねぇ! 罠カード《徴兵令》を発動!! その効果で静香のデッキの1番上のカードを1枚めくって、そのカードが通常召喚可能なモンスターだった場合、俺のフィールドに呼び出せるぜ!」

 

 相手のモンスターを奪うことを可能にするカード――だが勿論早々のデメリットもある。

 

「それ以外だった場合は静香の手札に加えられるが、外れりゃどうせ俺は終わりだ! 関係ねぇ!!」

 

 またしてもギャンブルだ――だが観客の本田たちに呆れの視線などない。この勝負の結果がどう転がるかに魅入っている。

 

「私のデッキの1番上のカードは――」

 

 城之内のフィールドにUFOが墜落し、その煙を上げるUFOの中から出てきたのは宇宙服を着た、二頭身の小さな宇宙人。

 

 周囲をキョロキョロ見渡し、近くの城之内の姿を見た後、考え込むように顎に手を当て、悩まし気に手の光線銃を向ける相手に悩む。

 

《イーバ》

星1 光属性 天使族

攻 500 守 200

 

「な、なんだぁ? 随分小っせえモンスターだな……守備表示だぜ!」

 

 その城之内の宣言を聞き遂げたのか、城之内に小さく頷いた後でその場で三角座りで待機する《イーバ》。

 

「なら《アテナ》でそのまま《イーバ》を攻撃!!」

 

 《アテナ》が槍で弱々し気に払うと共に、コロコロと転がり城之内のスネ辺りに後頭部をぶつけ目を回す《イーバ》。

 

「さらに《イーバ》が墓地に送られたとき、このカード以外の自分フィールド・墓地の光属性・天使族のモンスターを2体まで除外して、その数だけ私のデッキから《イーバ》以外の光属性・天使族・レベル2以下のモンスターを手札に加える!!」

 

 後頭部を抑えながら城之内を涙目で見上げた《イーバ》は報復の為の仲間を呼ぶため、静香のデッキに駆けていった。

 

「私は墓地の《フェアリー・アーチャー》と《コーリング・ノヴァ》を除外して、同名カードは1枚だけだから……レベル1の《天輪(てんりん)葬送士(そうそうし)》と《ワタポン》を手札に!!」

 

 白い棺桶に手の生えた《天輪(てんりん)葬送士(そうそうし)》が敬礼しつつ静香の手札に加わり、

 

 白い毛玉に2つの触覚が生えた《ワタポン》もそれに続――

 

「そして《ワタポン》の効果発動! 《ワタポン》がカードの効果でデッキから手札に加わった場合、特殊召喚出来る! 来て! 《ワタポン》!!」

 

 続かずにフィールドにその小さな身体を跳ねさせ、つぶらな瞳で城之内を見据える。

 

《ワタポン》

星1 光属性 天使族

攻 200 守 300

 

「バトルフェイズ中に特殊召喚された《ワタポン》はまだ攻撃出来る! お願い!」

 

 城之内の元へポワーと飛んでいき、その腕に噛みつく《ワタポン》。

 

 だが牙すら持たないにも関わらず懸命に噛みつく《ワタポン》の姿に小動物がじゃれついているように感じ、城之内はつい微笑ましくなる。

 

城之内LP:250 → 50

 

 だがその城之内のライフは秒読みの為、微笑ましくなっている場合ではないが。

 

「あと少し……私はカードを1枚伏せてターンエンド!!」

 

「ちょーっと待ったぁ!! そのエンド時に罠カード《砂塵の大嵐》を発動! 静香の魔法・罠カードを2枚破壊する! 永続罠《DNA改造手術》とそのセットカードを破壊だぁ!!」

 

 《DNA改造手術》と共に破壊されたのは城之内も良く知る「落とし穴」カードの一つ《奈落の落とし穴》。

 

 放っておけば最初のターンの二の舞になっていただろう――だがこれで城之内を邪魔するカードはなくなった。

 

 

 しかし静香のフィールドには天使たちが4体。

 

 城之内の頼もしきモンスターたちはもはや0。

 

 一度は空っぽになった静香のフィールドから1ターンでここまで逆転された事実に城之内の身体が震える。

 

 恐怖などではない――強者とのデュエルが楽しくて仕方がない歓喜の震えだ。

 

「俺のターン!! ドロー!! 俺は墓地の《伝説の黒石(ブラック・オブ・レジェンド)》を自身の効果で墓地の《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》をデッキに戻し、《伝説の黒石(ブラック・オブ・レジェンド)》を手札に戻す!」

 

 墓地の《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》が段々と小さくなって、赤ん坊の姿に戻り、最後に卵の状態である《伝説の黒石(ブラック・オブ・レジェンド)》となって城之内の手札に戻る。

 

「さらに墓地の《カーボネドン》を除外してレベル7以下のドラゴン族の通常モンスター、《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》を守備表示で特殊召喚!!」

 

 此度は何度目か分からぬと《カーボネドン》はフラフラしながら新たなドラゴンを呼び覚まし、そのまま倒れ伏す。

 

 倒れ伏した先から燃え上がるように炎が立ち上り《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》が翼を丸め、城之内の傍らに佇む。

 

真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)

星7 闇属性 ドラゴン族

攻2400 守2000

 

「魔法カード《馬の骨の対価》で通常モンスターのレッドアイズを墓地に送って2枚ドロー!」

 

 その《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》の身体は炎となって城之内の手札を潤し、勝利を引き寄せるべく力を尽くした。

 

「そんでもって墓地の装備魔法《神剣-フェニックスブレード》の効果で墓地の戦士族2体、《リトル・ウィンガード》と《鉄の騎士 ギア・フリード》を除外して《神剣-フェニックスブレード》を手札に!」

 

 地面から散っていった戦士たちの思いを受け継ぎ、不死鳥を模した柄の剣が城之内の元に戻る。

 

「これで準備は出来たぜ! 魔法カード《手札抹殺》を発動! 互いに手札を全て捨て、捨てた枚数だけドローだぁ!!」

 

 手札を入れ替えた両者、そして城之内は引いたカードと手札を見比べ勝ち筋を見出す。

 

 しかしある条件が必要だった。

 

 もし静香のデッキにあのカードがあった場合、返しのターンで城之内がやられる可能性が高い。

 

 だが、だからどうしたと城之内の瞳に熱が灯る。

 

――兄の威厳とか関係ねぇ! デュエリストとして全力でぶつかってきた静香に! 全力を返さねぇでどうするよ!!

 

「行くぜ! 静香! 俺の全力全開を受け止めてみな!!」

 

「うん!!」

 

 その闘志に全力で応える静香の姿に城之内は満足気だ。

 

「俺は魔法カード《死者蘇生》を発動!! 俺は墓地から《共闘するランドスターの剣士》を蘇生させるぜ!!」

 

 《死者蘇生》の十字架より現れるのは丸い顔の小さな戦士、《共闘するランドスターの剣士》。

 

 自身の剣を天に掲げ、凄んで見せるがファンシーな見た目のせいかいまいち威厳はでない。

 

《共闘するランドスターの剣士》

星3 地属性 戦士族

攻 500 守1200

 

「これが俺の最後の大博打だ!! 速攻魔法《地獄の暴走召喚》発動!!」

 

 《共闘するランドスターの剣士》が剣を背中に仕舞い、どこからともなく取り出した角笛を吹く。

 

「俺のフィールドに攻撃力1500以下のモンスターが1体特殊召喚されたとき! その同名モンスターを俺の手札・デッキ・墓地から可能な限り攻撃表示で特殊召喚する!!」

 

 その角笛の音は遥か遠くまで響き渡る大きな音を奏で――

 

「集まりな! 2体の《共闘するランドスターの剣士》!!」

 

 その《共闘するランドスターの剣士》の呼びかけに応じた2体の《共闘するランドスターの剣士》がその戦士たちの列に加わり、最初の一人の仕草をマネて己が戦場を見据えた。

 

《共闘するランドスターの剣士》×2

星3 地属性 戦士族

攻 500 守1200

 

「だが相手は自分のフィールドのモンスターを1体選び、その同名モンスターを自分の手札・デッキ・墓地から特殊召喚出来る! さぁ、静香! どいつを選ぶ!!」

 

「私が選ぶのは――」

 

 これが城之内の最後の博打。

 

 もし静香のデッキに《アテナ》か《守護天使(ガーディアンエンジェル)ジャンヌ》がいた場合、城之内の進撃は静香の布陣を突破するに止まる。

 

 しかし城之内には根拠はなくとも確信があった――自分は次のターンまで持ちこたえられないと。

 

 ゆえに静香の動向を祈るように見守る城之内。そして静香の選択は――

 

「《心眼の女神》を選んで、2枚目の《心眼の女神》を墓地から特殊召喚!」

 

 だが静香のデッキに《アテナ》も《守護天使(ガーディアンエンジェル)ジャンヌ》も1枚だけであった。

 

 フィールドの《ワタポン》も同じく1枚のみ、よって複数枚採用している《心眼の女神》が5体目の天使として静香のフィールドに降り立つ。

 

《心眼の女神》

星4 光属性 天使族

攻1200 守1000

 

 そう、城之内は賭けに勝った。

 

「《共闘するランドスターの剣士》の効果で自身が表側で存在する限り、俺の戦士族モンスターの攻撃力は400アップ!」

 

 3体の《共闘するランドスターの剣士》はそれぞれ剣を掲げ、互いの剣を合わせる。

 

「そして俺のフィールドには《共闘するランドスターの剣士》が3体!! よって1200ポイントアップ!!」

 

 その《共闘するランドスターの剣士》の鼓舞によって戦士たちの力は引き上げられる。

 

《共闘するランドスターの剣士》×3

攻 500 → 攻1700

 

「さらに《(はやぶさ)の騎士》を召喚! 《共闘するランドスターの剣士》の効果でパワーアップ!!」

 

 緑のマントを翻し現れるのは銀の甲冑に身を包んだ《(はやぶさ)の騎士》。

 

 《共闘するランドスターの剣士》と共に剣を掲げて《(はやぶさ)の騎士》は主である城之内に勝利を誓う。

 

(はやぶさ)の騎士》

星3 地属性 戦士族

攻1000 守 700

攻2200

 

「ダメ押しだ! 墓地の罠カード《スキル・サクセサー》を除外して《(はやぶさ)の騎士》の攻撃力を800アップ!!」

 

 《(はやぶさ)の騎士》の身体に赤いオーラが纏われ、その潜在能力を引き上げる。

 

(はやぶさ)の騎士》

攻2200 → 攻3000

 

「最後に魔法カード《龍の鏡(ドラゴンズ・ミラー)》を発動!!」

 

 龍が形作られた縁を持つ鏡が宙に浮かぶ。

 

「俺のフィールド・墓地からモンスターを除外して融合召喚を行う!! 俺は墓地の《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》と《メテオ・ドラゴン》を融合!!」

 

 その《龍の鏡(ドラゴンズ・ミラー)》に映る2体のドラゴンが混ざり合っていき――

 

「融合召喚!! 隕石の如く舞い降りろ!! 《メテオ・ブラック・ドラゴン》!!」

 

 やがて《龍の鏡(ドラゴンズ・ミラー)》を砕き現れたのは深い紫の色をしたドラゴン。

 

 その全身には赤い文様が奔り、溢れんばかりの力が行き場を求めるように脈動していた。

 

《メテオ・ブラック・ドラゴン》

星8 炎属性 ドラゴン族

攻3500 守2000

 

「バトルだぁああ!! 3体の《共闘するランドスターの剣士》で《心眼の女神》2体と《ワタポン》を攻撃!!」

 

 3体の《共闘するランドスターの剣士》が《心眼の女神》と《ワタポン》を剣の腹でペシッと叩く。

 

 《ワタポン》はそのまま倒れ、第三の目を叩かれた《心眼の女神》はその目を押さえながら倒れた。

 

 

 だが静香の天使族モンスターとの戦闘で発生するダメージはフィールド魔法《天空の聖域》の効果で0になる。

 

「《(はやぶさ)の騎士》は一度のバトルで2回攻撃が出来る! 《アテナ》と《守護天使(ガーディアンエンジェル)ジャンヌ》を攻撃だぁ!」

 

 疾風の如く迫る《(はやぶさ)の騎士》の姿に《守護天使(ガーディアンエンジェル)ジャンヌ》は《迷い風》で弱った《アテナ》を庇う様に前に出て光の剣を生み出し、切り結ぶ。

 

 しかし後ろの弱った《アテナ》を気にして精細さを欠く《守護天使(ガーディアンエンジェル)ジャンヌ》の剣技の迷いを《(はやぶさ)の騎士》は突き、切り伏せた。

 

 そして弱々しく槍を構えて《守護天使(ガーディアンエンジェル)ジャンヌ》を援護しようとしていた《アテナ》もその神速の一太刀で断ち切る《(はやぶさ)の騎士》。

 

 やがて剣を払い、鞘に納める《(はやぶさ)の騎士》はスッとその目を細める――願わくば次は互いに万全の状態での再戦を望むように。

 

 

 そうして最後のモンスターが破壊されるのを尻目に静香はそっと城之内を眺める。

 

――ありがとう、お兄ちゃん……デュエルを始めたばかりとか、妹とか関係なく、手加減なしに全力でデュエルしてくれて……

 

「これで止めだぁあああ!! 《メテオ・ブラック・ドラゴン》でダイレクトアタック!! メテオ・ダイブッ!!」

 

 宇宙まで飛び立たん勢いで上空に飛んだ《メテオ・ブラック・ドラゴン》は隕石のように静香を目掛けて疾走する。

 

 そのドラゴンの強靭な身体そのものを砲弾とした《メテオ・ブラック・ドラゴン》の一撃が迫る中、その後ろに見える城之内の雄姿に静香はそっと笑みを作った。

 

――デュエルを通じてお兄ちゃんの見ている世界……ちゃんと伝わってきたよ……

 

静香LP:3200 → 0

 

 兄妹(けいまい)対決、ここに決着。

 

 

 

 

 






他の光属性・天使族・レベル7たち――

白夜の女王(ホワイトナイツ・クイーン)「おのれ……私の身が特殊召喚が可能だったなら……」

天空勇士(エンジェルブレイブ)ネオパーシアス「くっそう……私がもっと『可愛い』外見ならば……」

イラストで静香デッキから追いやられた
天空勇士(エンジェルブレイブ)ネオパーシアス》はともかく

白夜の女王(ホワイトナイツ・クイーン)》は何故に「特殊召喚・不可」を喰らってしまったのか……

折角、光属性・天使族・レベル7でイラストもこのデッキに良い感じに合うのになぁ……
ステータスは低くとも、バックが割れるだけでも良い仕事できるのに……

エラッタは……期待出来ないか(´・ω・`)ショボーン



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第77話 プロの世界



前回のあらすじ
共闘するランドスターの剣士×3「 「 「 おらおらー! これでもくらえー!(ポカポカ)」 」 」





 

 

 デュエルの決着を見せた城之内と静香。

 

 そんな2人を眺めつつ野坂ミホは撮影スタッフたちと締めの絵を撮った後、少し身体を伸ばして呟く。

 

「いや~いい勝負だったよねぇ~それじゃぁ――撤収しちゃおうか!」

 

 その野坂ミホの姿に牛尾はつい言葉を零す。

 

「ん? 意外だな、俺はてっきりアイツらに勝利者インタビューの真似事でもするかと思ったんだが」

 

 その牛尾の言葉に「心外だ」と言わんばかりのオーバーなジェスチャーを見せる野坂ミホ。

 

「もー、牛尾くんだって分かってるくせに! 私だって今の2人に割って入るお邪魔虫じゃありませんよ~だ!」

 

 しかし野坂ミホはそのジェスチャーの後、スッと目を細めた――もしも何らかの巡り合わせが違えば、自分はあの輪の中に自然と入れたのだろうかと。

 

 だがそんな一瞬の憂い顔も消え、いつもの底抜けに明るい姿に戻り、杏子たちから距離を取る。

 

「じゃあね~杏子! それにみんなも! 次に会うのは本戦になると思うから~!」

 

 そんな別れの言葉と共に野坂ミホはまだ見ぬ名勝負を探し、撮影スタッフと共に駆けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 そんな野坂ミホを余所にデュエルを終えた静香の姿はどこか悔し気だ。しかし一息つくといつもと変わらぬ姿がそこにある。

 

「負けちゃった……やっぱりお兄ちゃんはスゴイね!」

 

「ははっ! まぁな! 静香も中々いい線いってたぜ!」

 

 城之内は互いの健闘を称えつつ、内心に影を落とす。

 

――ギリギリだったぜ……静香の全力、デュエリストとしてちゃんと応えてやれたかな?

 

 そう内心で自身の力不足に悩む城之内にいつの間にか集合していた本田たち。

 

 そして本田は城之内をジト目で見つつ言葉を投げかける。

 

「いや、城之内。ギリギリだったろお前」

 

「そ、そんなことねぇよ」

 

 その本田の指摘に若干泳ぐ城之内の目。

 

 そんな泳いだ目の先にあったのは静香の姿。

 

「あっ、お兄ちゃん。はい、これ『パズルカード』と『レアカード』!」

 

 そういって城之内に2枚のカードを差し出す静香だが――

 

「何言ってんだよ――静香からは受け取れねぇさ」

 

 城之内は首を横に振るが、そんな城之内に静香はいつもらしからぬ声を上げる。

 

「ダメだよ! お兄ちゃん! これはデュエリストとしての約束事なんだから!」

 

「お、おう……ならパズルカードだけ貰っとく――さすがに静香からレアカードをアンティする訳にはいかねぇよ」

 

 パズルカードだけを手に取って城之内は言葉を続ける。

 

「それに静香のカードは俺のデッキじゃ使いこなせないからよ――カードにとっても、やっぱ全力で活躍できるとこが一番だろ?」

 

 静香のデッキのカードはどれも天使族であることを加味されたカード。城之内のデッキにマッチしているとは言い難い。

 

 城之内がデッキ外で観賞用として持つよりも、静香の元で力を振るう方が良いのだと城之内は語る。

 

「じゃぁこのカードなら! きっとお兄ちゃんの力に――」

 

 ならと別のカードをデッキから選ぶ静香の手を城之内は掴む。

 

「おいおい、静香……どうしたんだ? 別に俺はそんなに――」

 

 その後に「カードに困っている訳じゃない」と見栄ありきで続けようとした城之内の足を牛尾が軽く踏む。

 

「痛っ! 牛尾! 何す――」

 

 そして素早く城之内を引き寄せ静香から見えない位置で牛尾は小さく怒鳴る。

 

「バカ! どうみても、そういう事じゃねぇだろ! オメェのことを想ってのことだろうが!」

 

 そう言いながら城之内を静香に向い合せながら静香に向けて場を取り持つ。

 

「おう、妹さんは思いの丈ってのをぶつけた方がいいぜ――このバカ(城之内)にはハッキリ言わねぇと伝わらねぇからよ」

 

 その牛尾の言葉に静香は少し考える素振りを見せ、牛尾に会釈しながら城之内に再度向き直る。

 

「ありがとうございます、牛尾さん――お兄ちゃん……私、お兄ちゃんがプロを目指してるって聞いて、カードには想いが籠るんでしょ? だから少しでも助けになれたらって……」

 

 気持ちを上手く言葉に出来ない静香。

 

 要するに「プロを目指す以上、城之内はいずれ遠くに行くことが決まっている為、想いをカードに込めて託して置きたい」といった具合だ。

 

 しかしプロの門は早々容易いものではない為、城之内といえども直ぐに遠くに行く訳ではないのだが……家族の贔屓目といったところなのか……

 

 

 話は戻る。

 

 そんなことを言われれば、城之内にあるのは感激の嵐。

 

「そういうことだったのかよ……ならありがたく受け取らせてもらうぜ!」

 

 その静香が選んだカードの1枚をデュエリストとして、そして兄として受け取る。

 

 そのカードは――

 

「《心眼の女神》か……へーなる程! コイツは融合代用モンスターってヤツだな! ありがとよ、静香! これで俺のデッキは百人力だぜ!」

 

 城之内のデッキには《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》や

《ベビードラゴン》などを素材の主軸にした融合モンスターを多々採用している。

 

 ゆえに《心眼の女神》の融合素材の代わりになれる力は城之内の戦術に大きく幅を持たせることが出来るだろう。

 

「もう、お兄ちゃんったら大袈裟なんだから……」

 

 高らかに、そして嬉しそうに笑う城之内の姿に静香は若干の照れを見せつつ、城之内に喜んで貰えた事実に内心で喜ぶ。

 

 

 そんな兄妹(けいまい)の仲睦まじい姿を視界に入れつつ双六は呟く。

 

「ふむ、良いカードじゃな……」

 

 その双六の言葉に静香と共に城之内に送るカードを悩んだ北森も自分のことのように誇らしげに返す。

 

「静香さんのお兄さんのデッキとの相性も考えましたから!」

 

 そんな北森の姿に双六は苦笑しつつ、それだけではないのだと続けた。

 

「いや、勿論デッキとの相性といった話もある――じゃがなにより相手を想って託されたカードじゃ。それはきっと城之内のピンチの時に助けになってくれるぞい」

 

 その双六の言葉に御伽も同意するように頷く。

 

「いい妹さんだね」

 

 妹の話となれば地獄耳と言わんばかりに城之内は御伽の背にいつの間にか回りその背を軽く叩きながら胸を張る。

 

「あったりまえよ! 俺の自慢だぜ!」

 

 そして誇らしげに笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 そんな城之内の天元突破していた喜びがしばらくして収まりを見せたころ、本田は静香に自然体を装いつつ尋ねる。

 

「それで静香ちゃんはこの後の予定とかある? もし予定がないなら俺たちと――」

 

 デート――にしては外野が多いが、本田からしてみれば一緒にいられるだけでその胸は高鳴るのだ。

 

「ううん、これから牛尾さんの業務を手伝うことになってるんです――私の治療の為に色々助けて貰ったオカルト課の皆さんに少しでも恩返しがしたいから……」

 

 しかし先約があった。

 

 笑顔で対応する本田だが、その内心ではまたしても「牛尾ォ!」である。

 

 なお実際にそんなことを言われても牛尾にはどうすることも出来ない。

 

 

 そんな本田はさておきと、城之内は「その業務」について疑問が浮かぶ。

 

「それって竜崎の奴が言ってた『大会参加者に扮して大会で不正する奴らに目を光らせる』ってヤツだったか?」

 

 静香はパズルカードを既に全て失っている為、「大会の参加者に扮する」ことが出来ないのではと城之内は考えたのだが――

 

「いや、見回りの方だ。竜崎たちみてぇに実際に対峙することはねぇよ」

 

 牛尾は乃亜から指示された表向きでの業務を明かしつつ、内心で情報を漏らした竜崎に「後で説教だ」などと考えながら対応する。

 

「何だか危なそうじゃのう……」

 

 遊戯たちと竜崎と羽蛾のやり取りを知らない双六は心配そうな声を上げ、御伽もまた最近の情勢の変化から危機感を募らせる。

 

「ここのところグールズの活動も活発になってきてるって話だしね」

 

「グールズって?」

 

「人のレアカードを狙う 悪い奴らじゃ!」

 

 そんな杏子の疑問にものすごくザックリした説明をする双六――大体合ってはいるが酷くスケールダウンしているように聞こえるのは何故なのか。

 

 その双六の説明に心配そうに静香を見つめる城之内一同を牛尾は安心させるように言葉を選ぶ。

 

「まぁ確かにそんな話もあるが、見回りは見つけて連絡すりゃぁ後は逃げればいいしな。実際に矢面に立つよりは危なくねぇよ」

 

 そして牛尾は右腕をガッツポーズするように握り拳を作り、力強く宣言する。

 

「もしもがあれば俺が対処する――それでも心配か?」

 

「そうか! なら安心出来るぜ! オメェの拳は効くからなぁ……」

 

 牛尾の拳の威力を過去に身をもって実感している城之内はそう零しつつ感慨深く頷いた。

 

 そんな中で手を上げつつ御伽は牛尾に、というより静香に歩み寄る。

 

「じゃぁ、僕は静香ちゃんと――」

 

 男手は多い方が良いだろうとの気遣いと、気になった静香と距離を詰めるチャンスをゲットするある種の打算を持ちつつ動いた御伽だが――

 

 そうは問屋が卸さないとばかりに本田が御伽の肩を掴む。

 

「おおっと、御伽ィ……オメェは俺たちと城之内の応援があるだろ? 静香ちゃん! 城之内のヤツのことは俺たちに任せてくれ! なぁ! 御伽!」

 

 そう言って抜け駆けは許さないとばかりに御伽と肩を組む本田。

 

「えっ? いや僕は――」

 

「なぁ! 御伽!」

 

 御伽の言葉を封殺しつつ本田は有無を言わせないと御伽に顔を向ける――御伽にとって凄まじいまでの圧だ。

 

 そして本田の執念に折れた御伽が抵抗を止め、城之内たちの元へ戻っていった。

 

 

 

 やがて牛尾がそろそろ仕事に向かおうとするのだが――

 

「あっ! そうだ、牛尾! 聞きてぇことがあるんだけどよ」

 

「ん? どうしたよ、城之内?」

 

 その前に城之内が質問を飛ばす。牛尾も城之内の真剣な様子から内心で身構えた。

 

「キースは……『キース・ハワード』は何処にいんのか分かるか? 一回、アイツのデュエルを見ておきてぇんだけど……」

 

 城之内の問いかけは挑むべき相手への偵察――万全の状態で挑みたい城之内の決意の表れだった。

 

「ひょっとして、もう本戦にたどり着いちまってるか?」

 

 キースの実力を鑑みれば十分にあり得る可能性を城之内は上げるが、牛尾の顔にはゲンナリしたものが見える。

 

「いや、あのな……運営側の俺が大会参加者の情報をホイホイ明かすわけねぇだろ?」

 

「そうか……いや、そうだよな。無理言っちまって悪い……」

 

 言われてみれば、いや、言われなくとも当たり前の返答にハッとする城之内。

 

 今まで牛尾が城之内の問いかけに真摯に答えてくれていただけに、無自覚の内にそれに甘えてしまっていた己を恥じる城之内。

 

 そんな目に見えて落ち込んだ様子の城之内に牛尾は頬を掻きながらやり難そうに眼を逸らす。

 

 やがて牛尾は深いため息と共に自分の甘さを理解しつつ言葉を吐き出した。

 

「ハ~~だが、まぁいいだろ」

 

「い、いいのか!? ――いやっ、やっぱ俺も大会の参加者の一人としてそんな贔屓(ひいき)――」

 

 牛尾の言葉に思わず顔を上げて喜色を見せる城之内だが、すぐさま牛尾の厚意に甘える訳にはいかないと頭を横に振るが――

 

贔屓(ひいき)にはならねぇよ。多分このバトルシティの参加者の中で知らねぇのオメェだけだろうし」

 

 その牛尾の言葉の意味が咄嗟に理解できず思わず目が点になる城之内。

 

「えっ? それってどういう――」

 

「このバトルシティに全米チャンプ、キース・ハワードは参加してねぇ」

 

 更に牛尾からもたらされた情報に城之内は一瞬頭の中が真っ白になるも、すぐさま再起動し牛尾に詰め寄った。

 

「う、嘘だろ! あんなスゲェ奴がデュエリストレベル5以下な訳――」

 

「そんな『スゲェデュエリスト』だからだよ」

 

 だが牛尾は突き放すように城之内に言葉を返す。

 

「城之内、オメェはいまいち理解してねぇみたいだから、この際ハッキリ言っとく」

 

「な、なんだよ……」

 

 牛尾の勿体ぶった言い方に緊張の色を見せる城之内。

 

 そして牛尾は重い口を開く。

 

「デュエル始めて数か月そこらのオメェが全米チャンプとデュエル出来たってのは、本来ならありえねぇレベルの『幸運』だ」

 

 過去にデュエルを始めたばかりでその幸運を手にしたのは「デュエルモンスターズ」のプロモーションの際にペガサスの指示の元でデュエルした少年トムのみ。

 

 その少年トムが「ラッキートム」と称される程に「幸運」な出来事だ。

 

「あのレベルの位置にいりゃあ、色んなしがらみやら義務やらがある。だから早々、自由に動けるもんじゃねぇ」

 

 全米チャンプの肩書は決して軽いものではない。そんな全米チャンプを動かせるとすれば――

 

決闘者の王国(デュエリストキングダム)のときはキース側とペガサス側の両方の同意があったからだ」

 

 デュエルモンスターズの創造主、ペガサス。そんなレベルの人物からの呼びかけが必要不可欠だ。

 

「普通のヤツがキースにデュエルを挑むってんなら――」

 

 少し間を置く牛尾――城之内にとって酷な現実を叩きつけることになるのだから。

 

「まずプロデュエリストになるのは『大前提』だな」

 

「えっ!?」

 

 城之内の将来の夢、「プロデュエリスト」。

 

 そんなものはあって当たり前な世界。

 

「そんでアメリカに渡ってチャレンジャーとして相応しいレベル――全米の上位10位くらいだっけか? そこまでプロランクを上げるか――」

 

 アメリカはデュエルモンスターズ発祥の地――当然プロデュエリストの数も他の国々に比べ圧倒的に多い。

 

 その中で最上位にいなければ挑むことすら許されない頂き。

 

 

 だが何事にも例外的な裏口がある。

 

「あとは世界レベルのデュエリストが参加するような規模のデカい大会に滑り込むしかねぇな」

 

 当時は素人同然だった城之内がデュエル出来た「幸運」もこれに近いものだ。

 

 その牛尾の言葉は城之内はその顔に希望を映すが――

 

「おっ、城之内――今『それなら俺にも出来るかも』って考えただろ?」

 

 図星を突かれたことで動揺を見せる城之内。

 

 そんな城之内に牛尾はそう甘い話ではないのだと語る。

 

「だが実際はそう簡単じゃねぇ。滑り込むには世界中にいるオメェみてぇな奴を全員、押しのけなきゃならねぇ」

 

 そう言われても城之内はデュエルの大会事情に詳しいわけではない為、いまいち理解できていない様子だ。

 

「ピンとこねぇか? このバトルシティに集まったヤツ全員をぶっ飛ばさなきゃダメっつったら分かるか? 勿論、遊戯や海馬もな」

 

「う、嘘だろ……」

 

 示された過酷な条件に開いた口が塞がらない面持ちの城之内だが、牛尾の話はそれで終わりではない。

 

「さらにソレで終わりじゃねぇ――ソレだけやって、やっとスタートラインに立てるんだ」

 

 そう、それだけの条件を満たしてなお、あくまで「スタートライン」に過ぎない。

 

 チャンプともなれば盛り上がる対戦カードが望まれる為、城之内のような知名度があまり高くないデュエリストは反対側のブロック程の距離に出来ることは容易に想像できる。

 

「そういうレベルの話なんだよ――オメェが目指す先は」

 

 そしてショックを受けているように見える城之内に言い聞かせるように牛尾は最後に言葉を投げかける。

 

「あんな決闘者の王国(デュエリストキングダム)の時みてぇなラッキーはもう2度とねぇと思いな」

 

 しかし俯き、身体を震わせる城之内の姿に牛尾の中で罪悪感が生まれた――夢の否定とまではいかなくとも、「お前には無理だ」と言い聞かせたようなものなのだから。

 

――いや、現実は早めに知っといた方がいい。

 

 牛尾は内心でそうかぶりを振る。現実を知って諦める程度の覚悟なら、過酷なプロの世界は戦い抜いていけるものではないのだと。

 

 

 だが勢いよくガバッと顔を上げた城之内の顔にあるのは――

 

「スゲェ、スゲェぜ!! スゲェとは思ってたけど、そんなにかよ!! 挑み甲斐があるってもんじゃねぇか!!」

 

 一遍の陰りも見られない顔だった。

 

――杞憂だったか……

 

 その城之内の姿に内心で安心しつつ、踵を返す牛尾。

 

「やる気は十分みてぇだな。なら健闘を祈ってるぜ――じゃぁな、俺たちはこれで――」

 

 

 

 

 今度こそ仕事に戻ろうとする牛尾。だがまたまた呼び止められる。

 

「あっ、そうだ牛尾くん」

 

「……こんどは真崎か……どうしたよ」

 

 杏子に呼び止められ、いまいち恰好の付かなくなった事実にため息を付きつつ牛尾は杏子に向き直り、杏子の言葉を待つ。

 

「静香ちゃんを城之内の所まで案内したみたいに私を遊戯の所まで案内してもらうのって出来る? 『不正する人たちの中にグールズっていう危ない人がいるかも』って伝えたいんだけど」

 

 杏子の頼みは遊戯を心配してのもの。ゆえに牛尾とて可能な限り力になってやりたいと思うが――

 

「ん~あくまで俺らに同行して『遊戯が近くにいたら』ってんなら出来る。でもよぉ、それなら自分で探し回った方が良いと思うんだが?」

 

 この杏子の頼みは牛尾にどうこう出来るものではなかった。

 

 そう渋る牛尾の姿に双六は自身の時との対応の違いに当然の疑問を持つ。

 

「何じゃ? 儂らが城之内を探してもらったようには出来んのか?」

 

「まぁ、いわゆる知名度の差ってヤツだな。遊戯と会いてぇ、戦いてぇ奴はゴマンといるだろうから緊急時以外は自重するらしい」

 

 そう表向きの理由を話す牛尾――遊戯がグールズに真っ先に狙われる立場であることなど、そうおいそれと明かせはしない。

 

 嘘を重ねなければならない自身の立場に嫌気が募る牛尾。

 

「ヴァロンって人はそんなこと言ってなかったけど……」

 

「まぁ隠す程でもねぇが言いふらすようなことでもねぇしな」

 

 御伽の疑問も守秘義務を盾に軽く突っぱね、牛尾は誤魔化す。

 

 だが杏子から代替え案が提示される。

 

「そうなんだ? でも遊戯ならそのグールズって人たちをやっつけられるだろうから、その時は牛尾くんに連絡が行くでしょ?」

 

「確かに、それはそうなんだが……ちょっと待ってろ」

 

 そう返した牛尾は通信機を取り出し、色々話し込み始めた。

 

 杏子の予想はあながち間違いではない。

 

 遊戯がグールズを撃退し、KCの関係者に連絡を取れば遊戯に警戒心を持たれないような人員が派遣される――友人関係を構築している牛尾もその候補の一人だ。

 

「……よし。とりあえず話は通しといた」

 

 通信を終え、そう杏子に伝える牛尾。

 

 その言葉に杏子は城之内たちから離れ、手を軽く上げながら城之内たちに別れる旨を伝える。

 

「じゃぁ城之内、私は一旦遊戯のとこに向かうわね」

 

「そうか、じゃぁ遊戯によろしく頼むぜ! 杏子!」

 

 こうして城之内たち一同は二手に分かれる――乃亜の思惑に沿う形で。

 

 

 城之内と共に対戦相手を探しに燃える双六。追従する本田と御伽。

 

 静香と北森に早速溶け込んでいる杏子。完全に蚊帳の外の牛尾。

 

 

 闘志に燃える城之内たちを去り際に見ながら牛尾は深いため息を吐く。自分の側はとても居心地が悪い、と。

 

 

 

 

 

 

 

 一方のそんな杏子の探し人遊戯は――

 

――名もなきファラオ(アテム)の「(バー)」オカシイ。

 

 アクターこと神崎に冥界の王の力での(バー)測定を、遠目からされていた。

 

 アクターの冥界の王の力を用いた視界に映る遊戯の(バー)はその全身を覆い、某スーパーな宇宙人の気やオーラのようにバリバリと噴出している。

 

――さらに問題なのはあれだけの「(バー)」に常に晒されている「武藤 遊戯」に何も肉体的・精神的な問題が起きていない。「器」に選ばれたのは伊達ではないといったところか。

 

 そう考察するアクターだったが――

 

「誰だ!!」

 

 遊戯に冥界の王の邪悪な気配を察知されたのか気付かれるアクター。

 

 

 脳内で一瞬パニックが起こるアクターだが、すぐさま立て直し路地裏にサッと消える。

 

「待てっ!!」

 

 当然追いかける遊戯。

 

 だがアクターにとって遊戯の視界から一瞬でも逃れることが出来れば問題はなかった。

 

――肉体的にはただの一般の高校生デュエリスト程度の筋力(マッスル)で追いつけると思わないことだ。

 

 そう考えつつ足に力を込めるアクター。遊戯がその姿を捉えるには数秒を要する。

 

 その数秒があればデュエルマッスルの性能の違いから入り組んだ道を走りぬき、遊戯を()くには十分だった。

 

 

 そしてアクターは風になった。

 

 

 その後、路地裏に入った遊戯の目に映るのは誰もいない景色のみ。しばらく探し回ったが――

 

「くっ……見失った……」

 

 その姿は捉えられない。

 

「奴は一体……」

 

 遊戯にあるのは言い得ぬ恐怖。その背に嫌な汗が流れる。

 

 

 先程の視線に気付いた遊戯はその時に奈落に引き摺り込まれるような錯覚を覚えた。

 

 死者の番人たる冥界の王の力で見られていたゆえにあながち間違いではない――名もなきファラオは冥界へと還るべき「死者」なのだから。

 

 

「奴は……グールズ……なのか?」

 

 遊戯が視界に捉えたのはアクターの黒い衣装だけ、判断材料としては少し弱い。

 

 悩む遊戯にもう一人の遊戯こと表の遊戯がその心中で語る。

 

――でもグールズだとするなら、もう一人のボクから逃げたのはなんでだろう?

 

「いや、奴が逃げたのかどうかすら分からない……それにもしグールズだったとすればデプレが奴の情報を持っていなかったことに疑問が()く。それに――」

 

 そう一呼吸置いた遊戯に表の遊戯は内心で続きを促す。

 

――それに?

 

「奴が誰かの下で粛々と従っている姿が――俺には想像できない」

 

 遊戯が一瞬感じ取った邪悪な塊のような気配がアクターの正体を霧のように隠す。

 

 遊戯にグールズの情報を与えたデプレがこの場にいれば「アレは違う」と説明してくれただろうが、いないものはどうしようもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして命からがら逃げ伸びたアクターは遊戯を撒いたことに安堵する。

 

 のも束の間、接近する気配を感じ取る――遊戯ではないことはその存在感からアクターには察しがついた。

 

「やっと見つけましたよぉ」

 

 ねめつけるような声と共にアクターの前に立ちふさがったのは黒いスーツに身を包んだ眼鏡の男。

 

 前髪は中央で分けられ、その口元は嘲笑するかのような笑みを浮かべている。

 

「まずは自己紹介と行きましょう――私は『エックス』。しがないプロデュエリストをしております」

 

 そう言って舞台役者のように大仰に礼をするエックス

 

「要件は」

 

「おや、つれないですねぇ……ふふっ、ですがお話が早くて助かりますよぉ」

 

 最低限の言葉で返すアクターの姿勢にエックスはヤレヤレとジェスチャーするも、その腕のデュエルディスクを見せつけるように示す。

 

「なぁに、私とデュエルして頂ければそれだけで構いません」

 

 そしてエックスは指に挟んだパズルカードを1枚示した。

 

 それに対し、無言でデュエルにデッキをセットするアクター。

 

「おやおやぁ? 随分あっさり引き受けてくれるんですねぇ――噂など、当てにはならないものだ」

 

 そう挑発するようにはやし立てるエックスだが、アクターは見向きもせずデュエルディスクを展開させる。

 

「おっと、これは失礼――お詫びと言ってはなんですが、私の『依頼主』なぁんてものは知りたくはないですかねぇ?」

 

 しかしエックスはデュエルの準備などせずにアクターに語り掛け続ける。何かの反応を待つように。

 

「まぁ特に口止めされている訳でもありません。それに私は『プロ』、表の住ゥ人――貴方がたのように裏の流儀なんてものは関係ないものでねぇ」

 

 そう言って両の手を広げつつエックスは依頼人の名を口にする。

 

「依頼人は『ジークフリード・フォン・シュレイダー』――中々の大物ですねぇ。貴方、一体何をやらかしたんですか? 是非ともお教え願いたぁい」

 

 ジークフリード・フォン・シュレイダー。通称、ジーク。

 

 ヨーロッパの大企業シュレイダー社の実質の社長。

 

 アニメ遊戯王デュエルモンスターズのバトルシティ後のアニメオリジナルエピソードにて登場した桃色の長髪の男。

 

 そのエピソードにてジークはKCに経済攻撃を仕掛けるのだが――

 

 それを「原作知識」として知っていた神崎はシュレイダー社が潤えば「そんなことはしなくてもいいのでは?」と考え、儲け話を持っていったのだがジークはこれを拒否。

 

 それゆえにシュレイダー社に物申せる状態にすれば良いと考えた神崎はシュレイダー社の株式を買い漁っている――傍からそれがどう映っているのか神崎は気付いていない。

 

 

 エックスから告げられた名に冥界の王の力でエックスの(バー)を見て真実だと確認し、「あの貴族様か」などと考えながらデュエルの準備を終えるアクター。

 

 しかしエックスのおしゃべりは止まらない。

 

「恐らく彼が貴方を狙うのはKCのオカルト課でしたっけねぇ? それの失墜を狙っているのでしょう」

 

 それはいわゆる「海馬瀬人がデュエルに負けたらKCの株価が下がる」というリアル視点では謎現象ゆえだ。

 

 オカルト課とてその謎現象の例外ではない。

 

「…………もう少し何らかのアクションを取って頂きたいものですが、まぁいいでしょう」

 

 エックスはそうため息を吐きながらデッキをデュエルディスクにセットする。

 

「クフフ……貴方と戦えるなんて早々出来ませんからねぇ……」

 

 エックスの言う通り、今となってはオカルト課のデュエリストが充実している為、企業間のデュエルでのアクターの出番などほとんどない。

 

 ゆえにアクターを狙うものたちからすれば、このバトルシティは絶好の機会であった。

 

「私は貴方のファンなんですよ――おや? 信じていませんねぇ?」

 

 最後に爆弾発言をかましたエックス。カマをかけるのも忘れない。

 

 だがアクターこと神崎はその手の言葉を受け流す術は十分身についている――ペガサスとシンディアの惚気を受け続けた経験は伊達ではない。

 

「是非とも貴方が凡百の紛い物共の下らない戯言を一蹴してくれることを願いますよぉ!」

 

 そう言ってデュエルディスクを展開したエックスは己の心を、デュエリストとしての在り方を確かめるべく、宣言した。

 

「では――デュエルといこうじゃありませんか!!」

 

 

 






~入りきらなかった人物紹介、その1~
ジークフリード・フォン・シュレイダー
アニメ遊戯王デュエルモンスターズ、アニメオリジナルエピソードKCグランプリ編に登場

女性的とも言える桃色の長髪を持った社交服で決めた美男子。
芝居がかった言動と傲慢な性格が特徴。

ヨーロッパの大企業シュレイダー社の後継者。

ちなみにこのシュレイダー社も元はヨーロッパ随一の軍事産業企業だったが剛三郎時代のKCと張り合った結果、経営は悪化しジークの父は心労で倒れた。

そして倒れた父に代わりジークは事実上の社長として軍事産業からゲーム・アミューズメント産業へとシフトさせる。

だが同じ時期にKCも海馬瀬人が社長の座を勝ち取り、軍事産業からゲーム・アミューズメント産業へとシフトさせたため、結局シェアを奪い合う結果になった――運がねぇ……


ジーク本人はバーチャルシステムを0から自力で組み上げる程に有能。

だがI2社と契約する前に海馬が先に契約したため、海馬をライバル視、そして逆恨み。

海馬が少年時の剛三郎時代に既にモノは出来ていたことは密に密に。


さらにデュエリストとしても「ヨーロッパ無敗の貴公子・皇帝」の通り名を持つ程に有名。

デュエリストが本業ではないにも関わらず城之内を下し海馬とも互角に戦う実力者。

だがデュエルに関してはただの遊びと認識している。



~アニメ版と今作でのジーク(フリード・フォン・シュレイダー)の違い~
神崎がアメルダ一家を救う為に紛争をぶっ飛ばして回ったことで大企業シュレイダー社の軍事産業は大打撃を受けた。

あまりの事態にジークの父は心労(物理)で倒れる。


そして神崎が原作知識より
ジークの海馬への(逆)恨みから最終的にKCに色々悪さすることを知っていたので

シュレイダー社が会社として充実した状態ならばそんなことはしないだろう、と
お詫びもかねて神崎は儲け話を持っていくが、

「ライバルであるKCの力などいらぬぅ!」とシュレイダー社の社長の業務を継いだジークは拒否。

その後も手を変え品を変え神崎は挑むも、上述の理由でやっぱり拒否された。


それゆえに「しょうがない」と、シュレイダー社にある程度意見を通せる立場を得る為、神崎はシュレイダー社の株式を買い漁っている。

ゆえにアニメ版以上にシュレイダー社、というよりジークは精神的に追い詰められている状態。


一応、儲け話は継続してジークに送られているが――逆効果であることを神崎は理解していない。




~入りきらなかった人物紹介、その2~
エックス
遊戯王GXにて登場

「破滅の光」に操られた斎王が十代に差し向けた刺客。

ちなみにプロデュエリストである。

「甘ーい!」が口癖。

相手のデッキとの信頼などを破壊することに喜びを感じているサディスト。それゆえかデッキ破壊の戦術を用いる。

上述の理由から他のプロに嫌われているらしい。

しかしそれはデッキ破壊ゆえに嫌われたというよりもエックスの性格的な問題だと思うが……

~今作では~
色々あってアクターに興味を持つ――詳しくは次回。

そしてジークに依頼され役者(アクター)とデュエルする。詳しい目的は明かされていないが察した。

ちなみにジークの思惑は
いわゆる「海場瀬人が敗北すればKCの株価が下がる」謎現象を利用し

役者(アクター)を敗北させることでオカルト課へのダメージ」を狙った。





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第78話 イライラする時は――ミルクでも貰おうか


エックスVSアクター ダイジェスト版です

数の少なめなアクターのデュエルだったので前後編版にしたかったのですが

互いの攻防が良い感じに仕上がらなかったので断念

さらに、いつもとは違う構成(順番?)になっております



前回のあらすじ
プロってみんな濃い面々ばっかりだね(白目)




 

 

 誰もいない一室でグールズの首領、マリクは苛立たし気にテーブルを叩き、テーブルの上にあったグラスが僅かに揺れた。

 

「くそっ! 何故《オベリスクの巨神兵》の所持者が見つからない!」

 

 マリクの目的である名もなきファラオへの復讐には三幻神を名もなきファラオではなく、マリクが手中に収めることも含まれている。

 

 だが三幻神の1枚である《オベリスクの巨神兵》だけはマリクの姉、イシズによってこのバトルシティに参加している何者かに託されていたのだが、一向に《オベリスクの巨神兵》がデュエルにて使用される気配がない。

 

 一度使用されれば《オベリスクの巨神兵》の圧倒的な力ゆえに所持者など直ぐに判明するというのに。

 

「海馬 瀬人が所持しているのかとも思ったが、使う気配もない……ブラフだったのか?」

 

 海馬がTVスタッフのカメラに向けて宣言した神のカードの存在を匂わせるような発言から海馬が所持者だと睨んでいたマリク。だが海馬が使用した痕跡は未だにない。

 

 

 ゆえにグールズ側を混乱させる狙いなのかとマリクは考えるが、今現在確証に至る情報はない。

 

「それにパズルカードの集まりも悪い……」

 

 オベリスクの所持者が誰であれ、本戦に勝ち上がる程の実力者と見ているマリクは、リシドと共に本戦へと歩を進める為にパズルカードを求めていたが――

 

 リシドから一般の参加者からパズルカードを得るのは厳しいとの報告があったことが頭をよぎる。

 

 グールズにかけられた報酬の金額ゆえにハンターたちは文字通り血眼になってグールズたちを付け狙っていた――どちらが犯罪者なのか忘れてしまいそうなほどに。

 

 よってグールズの構成員を見かけた先からハンターたちが群がってくるゆえに、大通りなどの目立つ場所でデュエルをすれば、すぐさま彼らの餌食となる。

 

 そのあまりの数にリシドの指揮下で動く「パンドラ」や「人形」などの高い実力を持つレアハンターでさえ潰されかねない。

 

 

 ゆえに可能な限り散らばってひっそりとデュエルするしかない実情だった。

 

 

 そのありようがマリクの過去の墓守の里での地下暮らしを思い出させ、苛立ちがさらに募る。

 

「人質も一向に得られそうもない――奴め……あそこまで人員を回したというのに失敗するとは!」

 

 負けたエクゾディア使いのレアハンターに罰を与えたマリクだったが、それでも苛立ちは収まりそうもなかった。

 

「しかし、オベリスクの使い手は本当にこの大会に参加しているのか? 本戦に上がれば神の所持者と自ずとぶつかると思ったが……」

 

 最悪の場合はこのバトルシティで優勝しても《オベリスクの巨神兵》のみが集まらない可能性も出てきた。

 

 そうなればマリクの名もなきファラオへの復讐は不完全なものとなる。

 

「くっ! この童実野町に来てから何もかもが上手くいかない!!」

 

 墓守の里から出た後にグールズを結成した今の今までマリクを止められるものは誰一人いなかった――千年ロッドの力でマリクは全てを意のままに動かしてきた。

 

 

 だが逆を言えば「千年ロッド」がなければマリクは年相応の感情をコントロール出来ない青年に過ぎない。

 

 そしてこのバトルシティは「千年ロッドの力」を「いかに活用させないか」を念頭に罠を張り巡らせている――マリクが上手くことを運べないのも無理はない。

 

 

 しかし、それはマリクが復讐を諦める理由になりはしなかった。

 

 己の復讐は正当なものであり、そのためなら何をしても構わないのだと――そんな考えは崩れない。

 

「姉さんは一体誰に託した? グールズを捕らえる為のこの大会を主催したKCの関係者と考えるのが自然だが……」

 

 そのマリクの認識が一体どれだけの人間の人生を狂わせたのかなど、マリクは気にもしない――いや、気付いてすらいない。

 

「海馬 瀬人は使う様子がない……オカルト課とかいう部署にもデュエリストはいるが、まさか雇った方のデュエリストに秘密裏に渡しているのか?」

 

 考察を重ねるマリク。

 

 だが何を考えようともマリクに用意されたレールは「マリクが本戦に上がる」――それだけだ。

 

 袋小路に陥ったマリクは苛立たし気にテーブルの上のグラスを手で薙ぎ払い壁に叩きつける。

 

「何故だ……何故神の力を振るおうとしない!!」

 

 圧倒的な神の力――それを一度手にすれば振るいたいと思うのは人の性。

 

 にも関わらず《オベリスクの巨神兵》の所持者は使う気配を見せない。

 

 まるで残り2枚の三幻神の力を振るうマリクを嘲笑うかのように。

 

「くっ……今はリシドからの吉報を待つしかないか……」

 

 そう何とか感情の高ぶりを抑えたマリクは、倒れ込むように椅子に座り込む。

 

 そんなマリクの姿を、床に転がる砕けたグラスがただ映していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 童実野町を通信機片手に走り回るペガサスミニオンの一人、リッチーはようやく目的の人物を発見する。

 

「おー、いたいた。月行、デプレ。夜行のヤツは無事だ」

 

 ゆえに一安心だと通信機越しに目的の人物が無事であることを仲間に伝えつつ通信を終え、その後ろ姿に近づき声をかける

 

「夜行、通信にもでねぇで何やってんだよ」

 

 だが件の相手、夜行はリッチーに見向きもせずに倒したグールズの構成員の一人の前でブツブツと何やら呟いているばかりだ。

 

「ペガサス様ァ……私はまた一人、貴方のデュエルモンスターズを汚す賊めを排除しましたよぉ……」

 

 危ない薬をキメてしまったような恍惚な表情で夜行は己の世界にトリップしていた――その夜行の顔には狂気が垣間見える。

 

 だがリッチーは「またいつもの病気か」とため息を吐きつつ夜行を現実に引き戻すべくやる気なさげに言葉をかける。

 

「おーい、戻ってこーい。色々状況が変わったぞー」

 

 そうしてしばらく声をかけ続けると夜行はその表情がいつものモノへと戻る――同一人物なのか疑問に思える豹変ぶりだ。

 

「リッチー! 見てくれ! 私はペガサス様の為に――」

 

 そして己が戦果を自慢するように語りだすが――

 

「あー分かった。分かった。きっとペガサス様も『助かる』って思ってくださってるよー」

 

 いちいち付き合っていてもいられないゆえにリッチーは適当に相槌を打つ。

 

「そうだろう! そうだろう!」

 

 そんな適当な相槌にも関わらず夜行は誇らしげだ。この時点でリッチーは全てを丸投げしたい思いに駆られるが、グッと堪える。

 

「はぁ……それよりも通信に出ろよ。情報共有出来ねぇだろ……それに何かあったかもって心配したぞ?」

 

 夜行の実力は知ってはいても定時連絡すらなかった為、グールズの対処と並行して夜行の足取りも追う羽目になったリッチー。

 

 万が一を考え、童実野町を必死に走り回っていたゆえに今のリッチーには安堵が大きかった。

 

「えっ? あっ、電源を入れ忘れていたようですね」

 

 のだが、夜行のあまりの不注意さに頬が引きつるリッチー。しかし一度深く深呼吸して気持ちを整える――大事ではなかったのだからそれでいいじゃないか、と。

 

「…………なら情報共有な。デプレが武藤 遊戯との協力を取り付けたってよ。それにグールズの首領、マリクの痕跡が――」

 

 そう説明するリッチーだったが、その先の言葉は続けられなかった。

 

「武藤 遊戯ッ!? ペガサス様が一目置くデュエリスゥトォ!!」

 

 夜行の病 気(重すぎる家族愛)の再発である。

 

「おーい、聞いてんのかー」

 

「妬ましいィ……妬ましいィ! ペガサス様にあれ程のご期待を頂くとは!」

 

 リッチーの言葉も届かず、感情のままに叫ぶ夜行の右目は見開き、左目は半開きである――普通に不気味だ。

 

「夜行落ち着け、今回の俺らの目的はグールズだけだ」

 

 だが夜行に言葉が届かずともリッチーは呼びかけることを止めはしない。面倒に感じつつも家族なのだ。

 

 それにこんな夜行の醜態を人様にさらす訳にはいかなかった。

 

 しかしそんなリッチーの尽力も空しく、夜行は身体を仰け反り、天に向かって演説するかの如く叫ぶ。

 

「だが私は昔の私ではなぁい!!」

 

 過去に夜行は「月行の劣化コピー」と蔑まれていたことがコンプレックスだった。

 

 だがそんな夜行の心情を神崎から聞いたペガサスからの言葉――それがあれば夜行はずっと戦っていける、らしい。

 

 夜行が何と闘っているのかは不明だが。

 

「ペガサス様は私に可能性を感じていてくださった! そのご期待は武藤 遊戯のそれよりも遥かに上回る!」

 

 なお「遊戯より期待値は上」といったニュアンスの言葉をペガサスから贈られた訳ではない。

 

 

 未だ現実に戻らぬ夜行の姿にリッチーは何度目か分からない溜息を吐いた。

 

「はぁ……月行……お前はいつもコイツをどうやってコントロールしてんだ……」

 

 そしてここにはいない夜行の双子の実兄、月行の姿を思い起こす。もっとも夜行と付き合いの長い月行なら、と。

 

 

 だが過去に思いを巡らすも――

 

 引っ込み思案気味だった夜行がこうも感情を吐露するようになったのは決闘者の王国(デュエリストキングダム)の準備をI2社の一員として行っていた頃だ。

 

 当初はこれ程までに酷くはなく、酷くなってきたのは決闘者の王国(デュエリストキングダム)が終わった後辺り、

 

 そう、月行が「自分の殻を破る」等と言って奇行に走り始めた頃だ。

 

 そして言葉数がそこまで多くないデプレに頼る訳にも行かず、自然と月行・夜行の双子の行動を抑える役は自然とリッチーに集まり――

 

「いや、大体コイツの対処してるの俺だな……月行も最近は『自身の殻を破る』とか言っておかしな行動多いし……」

 

 そうしてリッチーは気付いた――自身が常識人枠。またの名を「苦労人ポジション」にいることに。

 

「あれ? 段々腹立ってきたぞ?」

 

 そしてリッチーはその怒りを手刀に込めて未だトリップしたままの夜行の頭に振り下ろす。

 

「見ていてくださいペガサス様!! この私が必ずや――ブッ!! 何をするんですか、リッチー!!」

 

 突然に降って湧いた軽い痛みと共に頭を押さえる夜行。いうほど痛みは感じていない模様――その表情から驚きの方が大きいことが窺える。

 

 だがリッチーは「今後はこれで行くか」などと思いつつ逸れに逸れた話を戻しにかかる。

 

「こっちのセリフだ、バカ――っと、どこまで話したっけ?」

 

「武藤 遊戯との協力関係が築けたと聞きましたが?」

 

 先程のリッチーの話を思い出す夜行。夜行とてペガサスミニオン内で月行と共にI2の後継者候補として名高いデュエリスト。

 

 精神性がアレなところがあるとはいえ頭の回転が遅い訳ではない。

 

「ああ、それとグールズの総帥のマリクの痕跡が完全に途絶えた。だから今のところ手がかりがねぇ」

 

「どう動きますか?」

 

 思ったよりも重大な案件に夜行の瞳は鋭くなる――リッチーからすれば普段からこれならだいぶ楽なのだが、といった思いが大きい。

 

「月行が調べたところによるとマリクは『三幻神』を揃えようとしてるらしい」

 

「ペガサス様の三幻神を!? そんな暴挙は許されません! かくなる上は――ブヘッ! い、痛い……」

 

 今後の方針を伝えようとした矢先の夜行の豹変をリッチーは手刀で黙らせつつ、話を進める。

 

「んで、今所在が不明なのは『オベリスクの巨神兵』だけだ――ペガサス様が預けた『イシズ』っていう考古学者は既に誰かに託しちまったらしい」

 

 確認を取るかのようなリッチーの物言い――その情報は夜行、そしてペガサスミニオンは周知の事実。

 

「だが『オベリスクの巨神兵』を持ってる奴は不明。しかし使い手に選ばれる程だ。かなり強い奴の筈、本戦に出場できる程のな」

 

 ならば話は簡単だった。

 

「だから俺らも本戦を目指すことになった。だからグールズからパズルカードも集めるぞ」

 

「しかし、グールズは『レアハンター』と呼ばれる人間しかパズルカードを持っていないようですが……」

 

 夜行は言外に「一般の参加者のパズルカード」を狙うのかとリッチーに問いただす。

 

「まぁグールズの連中の参加枠はそう多くねぇだろうしな――だが俺らもある程度知られてっから一般の参加者には避けられる。だからグールズから集めんのが確実だろ」

 

 リッチーは純粋に大会を楽しむデュエリストたちを邪魔は出来ないと返す――本戦枠を奪い合うようなことを避けたかっただけにその表情は暗い。

 

「んじゃ 報告は終わりだ。次からはちゃんと通信でろよ」

 

 そういって踵を返して立ち去るリッチーの背に、夜行は今思い出したといわんばかりに口を開く。

 

「あっ! そうだリッチー。私からも報告が」

 

「ん? 何だ?」

 

 そんなゲンナリしたリッチーの反応に夜行は明日の献立を話すかのような気軽さで答える。

 

役者(アクター)もこの大会に参加しているようです」

 

「へっ?」

 

 リッチーからすればかなりの情報を。

 

「かなり前に一瞬見ただけでしたが驚きましたね。表には全く顔を出さないのに」

 

 そう軽い面持ちで続ける夜行の姿にリッチーは拳をプルプルと震わせる。

 

「そ、そういうことは――」

 

「えっ?」

 

「そういうことは早めに連絡しろやぁああああああ!!」

 

 本日三度目の手刀が夜行の頭を打ち抜いた。

 

「ヘブシッ! さっきから痛いじゃないですかリッチー!」

 

 今日一番のダメージに頭を押さえる夜行。

 

 

 だがリッチーの怒りは当然だ。

 

 その情報を通信機で連絡しておけば夜行は通信機の電源をOFFにしていたことに気付け、今のように態々探す必要性もなかったのだから。

 

 そして手刀を振り下ろしたリッチーは肩を震わせながら苛立つように地面を蹴る。

 

「クソッ! 明らかにグールズと関係ねぇ動き見せる奴が多いと思ったらそういうことかよ!!」

 

「リ、リッチー?」

 

「どこのバカがあんな面倒事の塊みたいな奴呼んだんだ!」

 

 珍しいリッチーの怒り方に戸惑う夜行。とりあえずは当たり障りのない答えを返す。

 

「何故です? 彼は凄腕のデュエリストなのでしょう? 心強いではないですか」

 

「実力云々じゃねぇよ! アイツをぶっ倒して名を上げようって連中がどんだけいると思ってんだ!」

 

 そう「役者(アクター)」の名は裏では知名度だけは無駄にある。

 

 何故なら「デュエルモンスターズ」が生まれた時期から名が上がり、今の今まで無敗を誇ってきたのだから。

 

 なおその実態は圧倒的強者とのデュエルを避けつつ、相手の弱点を突きまくって重ねたものだが。

 

 

 だが無敗と聞けば敗北の土を付けたくなるのがデュエリスト。ゆえに役者(アクター)は無駄に狙われている為、諍いの種だ。

 

「今までは居所を掴ませねぇからデカい問題にならなかったってのに……」

 

 そうして頭を抱えるリッチー。

 

 そんなリッチーの肩に手を置き夜行はいつもとは逆の立場に新鮮さを感じながら励ます。

 

「大袈裟ですよ、リッチー。今はデュエルモンスターズの危機――デュエリストたちもそのようなことにかまけなどしませんよ」

 

「いや、他の奴らが俺ら……いや、お前レベルでペガサス様に心酔してる訳じゃねぇからな?」

 

 だがリッチーから出たある意味当然の言葉に夜行は狼狽する。

 

「!? バ、バカな!? デュエルモンスターズ、ひいてはペガサス様なくしてデュエリストは成り立たないというのに!?」

 

 あながち間違った認識ではないが、何事にも限度はある。全国のデュエリストが夜行のような狂信するなど逆に恐ろしい世界だ。

 

「大体アイツは『表とは関わらない』がスタンスじゃねぇのかよ! なんでこんな表の大会に出てんだ!」

 

 狼狽する夜行を置いておき、嘆くリッチー。現段階では事態の収拾を図る人間はいない。

 

 ゆえに狼狽していた夜行は何とか精神を立て直し、リッチーを抑えにかかる。

 

「それはグールズの首領、マリクを確実に仕留める為では? KCも本気ということでしょう」

 

「だったらこの大会に参加する意味はねぇだろ! 本戦会場の近くで待ち伏せしてぶっ倒せばいいだけの話だ!」

 

 リッチーの揺れるママママインドは中々収まらない。夜行は振り回されるばかり――いつもと立場が逆だ。

 

「落ち着いてください、らしくありませんよ。さすがに大会参加者にその対応はKCとてする訳には行きません」

 

「いや、そうだが! あぁ~何でこう面倒事ってのは立て続けに起こるんだよ……」

 

 そう強く言葉を放つ夜行の姿にリッチーも落ち着きを見せる――というよりも「誰のせいだと思ってんだ」と言わんばかりの目で夜行を見やるリッチー。

 

「ですが面倒事だと、腐っている訳にもいきません! ――リッチー! ペガサス様の為にも頑張りましょう!!」

 

 しかしその視線に気付かない夜行は、リッチーを元気付けようとガッツポーズを取って拳を握るが――

 

「いや、お前もその面倒事の一つだよッ!!」

 

 そんなリッチーの魂の叫びが周囲に木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな噂の住人役者(アクター)は――

 

 プロデュエリスト、エックスとのデュエルに興じていた。

 

 エックスの半狂乱するような声が響く。

 

「これで貴方のデッキは0!! 貴方のデッキとの信頼も無意味なものとなりましたぁ!!」

 

 そのエックスの言葉通りアクターのデッキはエックスのデッキ破壊により既に0。

 

 エックスは興奮を隠しきれないように語る。

 

「出来ればこのターンで終わらせて差し上げたかったのですが――貴方が発動した《ドロール&(アンド)ロックバード》の効果によりそれも叶いません」

 

 アクターの隣には頭から兎のような長い耳が伸びる子供が立ち、その首飾りを持つ腕に、白と青の色の鳥が羽を広げ、その子供と共にエックスを見つめていた。

 

 

 その《ドロール&(アンド)ロックバード》の効果は相手がドローフェイズ以外でデッキからカードを加えた際に、手札を自身の墓地に送ることで、そのターンのみ、お互いがデッキからカードを手札に加えることを封じる効果。

 

 それゆえにエックスの手札に存在する、アクターにドローを強要させるカードはこのターン効果を発揮しない。だが――

 

「で・す・が、甘ーい!! どのみち次の貴方のターンにドローが出来ず敗北が決定するのですから!! 私はこれでターンエンド!!」

 

 根本的な解決にはなっていなかった。アクターに残されたターンはないに等しい。

 

 

 しかしアクターの内心にあるのは安堵。それはエックスのデッキは「情報通り」だったゆえに。

 

――やっとデッキを破壊してくれたか。

 

 そう内心で準備は整ったと考えるアクター。

 

 しかしデュエリストの中には無意にカードを墓地に送ることを嫌うものも多いので、その認識はいらぬ諍いを生みかねない。

 

 だが、アクターにとってその手のデュエリストの認識は理解の外だった。

 

 

 そしてアクターは己が3枚のリバースカードの1枚に手をかざす――「止められると泥仕合になるな」と思いながら。

 

「そのエンドフェイズ時にリバースカードオープン」

 

「おや? 最後の悪あがきですかぁ?」

 

 エックスはカードとの絆と言うべきデッキを破壊されたにも関わらず微動だにしないアクターを楽し気に見ている――残念ながらアクターとデッキとの間に絆などはないのだが。

 

 そして明らかになるカードは――

 

「罠カード《残骸爆破》」

 

 アクターの頭上に巨大な岩が山のように浮かぶ。

 

 そのあまりの数に《ドロール&(アンド)ロックバード》はつい空を見上げている。

 

「自分の墓地にカードが30枚以上ある為、相手に3000ポイントのダメージを与える」

 

 そしてエックス目掛けて殺到する大岩の群れ。

 

「なっ! ぬぅぁああああああ!!」

 

エックスLP:4000 → 1000

 

 3000ポイント分の大岩の衝撃にエックスは衝撃で吹き飛び、両足が地面を擦る。

 

 だが思わぬ反撃にもエックスは笑う。何がそんなに楽しいのかと聞かれんばかりに笑う。

 

「フフフ、やはり私のデッキもリサーチ済みというわけですか! にも関わらず――ハハハッ!! やはり私の目に狂いはなかったぁ!」

 

 エックスはデッキ破壊を好むデュエリストだ。

 

 相手のデッキとの信頼を破壊することが楽しくてしょうがない。

 

 その他者をあざけ笑う姿勢に周囲のプロから蛇蝎のごとく嫌われようともエックスはそのスタイルを止めはしなかった。

 

 そして数多のデュエリストのデッキと信頼を砕いてきたゆえにエックスには分かる――アクターがデッキになんの愛着も持っていないことに。

 

「2枚目のリバースカードオープン」

 

 破壊されたデッキを前に何の感情も見せずにデュエルを続けるアクターの姿にエックスは矢継ぎ早に言葉を並べる。

 

「『デッキとの信頼』などと語る愚か者ではないのですね! 『カードとの絆』や『信頼』なんて不確かなものに頼らない!! それこそがデュエリストとして本来有るべき、す・が・た!!」

 

 そんなエックスの主張など聞いていないような様子でアクターは仕留めにかかる。

 

「自分のライフが3000以下である時、ライフを1000払い、罠カード《闇よりの罠》を発動」

 

アクターLP:3000 → 2000

 

 地面がひび割れ、そこからカードが現れる。

 

「そう! デュエリストは己が力のみで戦うべきだ! 見えもしない不確かなものに縋る紛い物如きが『デュエリスト』を名乗るべきじゃなぁい!!」

 

 何の返答も返さないアクターなど意に介さずエックスは己が主張を語り続ける――何かリアクション取ってやれよ……

 

「貴方も私と同じなのでしょう! 世に蔓延る紛い物共に『デュエリスト』のあるべき姿を示し! 導いているのでしょう!! 私は貴方の『同志』と言っても差し支えはない!!」

 

 エックスの主張を余所に地面から現れたカードは先ほど発動された《残骸爆破》。

 

「罠カード《闇よりの罠》の効果により《闇よりの罠》以外の罠カードを選択。このカードの効果を選択した罠カードの効果と同じ効果とする。その後、選択したカードを除外する――罠カード《残骸爆破》を選択」

 

 再びアクターの頭上に山ほどの大岩が浮かび上がる。エックスの残り1000のライフを消し飛ばさんが為に。

 

 そんな絶体絶命な状況に陥ってもなおエックスは高笑いを上げる。今日は最高の一日だと。

 

「フフフ、ハハハ、アーハッハッハー!! 最高だ! 最高ですよ、貴方は!」

 

「よって罠カード《残骸爆破》の効果で3000ポイントのダメージを与える」

 

 だがそのエックスの一切合切を無視し、再び大岩の群れがエックスに殺到した。

 

「私は貴方の理解者足りえがぁああああああああ!!」

 

エックスLP:1000 → 0

 

 その衝撃に身構えていなかったゆえに吹き飛ばされるエックス。だがその姿は最後まで楽し気だった。

 

 

 そんなエックスの姿を視界に収めたアクターは内心思う。

 

――ちょっと何言ってるか分からないです。

 

 アクターこと神崎には本当に何を言っているのかが分からなかった。「原作ではこんなデュエリストだったのだろうか?」と自身の記憶に疑問を持つ程に。

 

 

 だがこれ以上考えても詮無き事とアクターは先ほどの《残骸爆破》の衝撃で舞い上がったエックスのパズルカードを空中で掴みとる。

 

――何か色々言ってたが……撤収しよう。

 

 そうしてエックスを一瞥し、立ち去ろうと踵を返すアクター。

 

 

 だが背後で誰かが足を止める音にアクターは背を向けたまま立ち止まる。

 

――この圧倒的な(バー)は!?

 

 つい先程に身をもって実感したばかりの力強い(バー)の波動にアクターの脳内は「何故」の文字で埋め尽くされるばかりだ。

 

「…………やっと、見つけたぜ!」

 

 そう息を切らせながらアクターの背に向かって言い放つ遊戯の声に籠る闘志にアクターの思考は止まる。

 

 

 有り体にいってアクターは「死」を覚悟した。

 

 

 






デッキ破壊するエックスと
《残骸爆破》狙いでエックスと一緒になって自分のデッキを破壊するアクター。

一度は形にしてみましたが攻防もへったくれもない状態の絵面が地味すぎるので止む無くダイジェスト版に……

さらに最後のリバースカード《局地的大ハリケーン》を繰り返し使って
アクターの手札・墓地の存在するカードを延々とデッキに戻し、

エックスのデッキが尽きるまで
エックスにアクターのデッキを破壊させるルートも作りましたが

地味すぎる絵面が更に地味になる+デュエルが長引いてしまう点から
此方のルートも止む無く断念――デュエル描写って難しい。



~今作のエックスが相手のデッキとの信頼を破壊する行為に喜びを感じる訳~
エックスが「相手のデッキとの信頼を破壊すること」に喜びを見出しているので

「デッキとデュエリストの間に信頼関係がある」ことを知っていることになります。

初期のレベッカのような「カードとの信頼関係? バカバカしいわ!」と思ってもおかしくないにも関わらずに、です。

ですが、エックスが自身のデッキと信頼関係を築いているようには思えません――あくまで相手を絶望させる道具のような印象を受けました。


それらの点から

己が持つデュエリストの力ではなく、カードの心や絆、信頼などといった「不確かなもの」に縋るデュエリストを嫌悪しているのではないかと考えました。


そして「カードとの信頼関係0」のアクターのデュエルをエックスが知った結果、

デュエリストは「己が力のみで戦いぬくべき存在」という強い認識が生まれました。

つまり、カードの心や絆やら信頼などに縋るエックス視点では「紛い物のデュエリスト」。

ゆえにデッキとの信頼などをデッキ破壊により引き裂き、デュエリストとしてのあるべき姿に導いているというスタンスです。

ですが――
大半のデュエリストがデッキとの信頼を破壊された影響で「デュエルの情熱を失い、二度とそのデッキを手にしなくなる」といった具合に、望んだ成果は得られていない。

ゆえに壁にぶち当たっていたエックスが初心を確かめる意味も込めて今話のアクターとのデュエルをエックスは心待ちにしていた。



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第79話 土下座の準備は万端です

前回のあらすじ
アイエエエエ! 遊戯!? 遊戯ナンデ!?





 

 満足気に顔を歪めて倒れ伏すエックスを一瞥した遊戯はアクターの背を見つめる。

 

 

 遊戯がアクターの元に辿り着いたのは偶然だった。それは――

 

 一度はアクターを見失った遊戯だったが、その後も童実野町を走り回りアクターを探し回っていた。

 

 そんな中で突然響いた轟音を聞きつけ、その音の先に向かったゆえである。

 

 その轟音の正体はアクターの使った罠カード《残骸爆破》のソリッドビジョンの効果ダメージによるもの――つまりアクターが呼び寄せたようなものだ。

 

 遊戯を折角撒いたというのに間抜けな話である。

 

 

 

 やがて遊戯はアクターに歩を進めようとするが――

 

「動くな」

 

 何の感情も籠っていない機械によって加工されたアクターの声が届く。

 

「……なんだと?」

 

 動きを止め、訝し気にアクターを見やる遊戯。

 

 

 だがアクターからすれば遊戯が近づこうと動きを見せた為に「来ないでください! お願いしますッ!」とのアクターこと神崎の内心が部分的に声として漏れ出たものだった。

 

 

 しかしながらその言葉はもの凄く印象が悪い。

 

 遊戯の警戒の色が強まっていくのを感じ取るアクター。アクターこと神崎は全てを投げ出したい思いで一杯だった。

 

 とはいえ出した言葉を戻すことは出来ない。

 

 ゆえにアクターこと神崎はここから「いい感じの言葉」を選び、遊戯から味方認定を貰う必要がある。

 

「これは警告だ。『武藤 遊戯』」

 

 考える時間がない中で頑張って捻りだした「秘密裏に動いている味方感」を出したアクターの言葉も――

 

「何が言いたい……」

 

 遊戯の警戒を解くには至らない。寧ろ真意を確かめようとアクターへの視線が鋭くなっている。

 

 だが、アクターは「これ以上語ることはない」とばかりに無言で返す。だが内心は――

 

――いや、何言ってんだろう。

 

 神崎の頭は思う様に働いていなかった。

 

 結果的に遊戯にマイナス印象を与えてしまった事実にアクターは内心でさらに慌てふためく。

 

 遊戯が明確に動き出す前にこのマイナス印象から味方認定を貰えるまで挽回しなければならないが――無理だと思う。

 

 そうこうしている内に再度、動きを見せようとする遊戯。悲しいことにアクターが考える時間はなかった。

 

「これで最後だ――良いんだな? 『武藤 遊戯』」

 

 もはやアクターこと神崎には念押し程度の言葉しか出てこない。

 

 

 悪戯な風がこれ見よがしにアクターの衣装をはためかせ、その腕のデュエルディスクを遊戯に見せつける。

 

 

 これでどうにもならなければアクターに取れるのは「顔見せ」・「土下座」・「敵前逃亡」くらいなものである――碌な選択肢がねぇ。

 

 

 しかし遊戯は次の動きを見せない。否、動けない。

 

 それは遊戯の放つデュエリストの闘志ともいえるプレッシャーにアクターが何の反応も見せないこと、そしてアクターの言葉の真意を感じ取ったゆえに。

 

 なおアクターが「デュエリスト」の定義から大分外れている為、デュエリストの闘志なんてものは感じ取れないのだが、まぁそれは置いておこう。

 

 

 そして遊戯の感じ取ったアクターの言葉の真意。それは――

 

 

――奴は相棒(表の遊戯)に警告しているのか!?

 

 

 そんなことはない。

 

 

 

 態々「武藤 遊戯」とフルネームで呼んだことを「名もなきファラオ」である自身ではなく、相棒である元々の身体の所有者、「武藤 遊戯」に警告をしたと遊戯は受け取ったようだ。

 

 フルネームで呼ぶのは「役者(アクター)」のキャラ作りの一環なのだが……

 

 

 しかしそうとは知らぬ遊戯は動けない――「お前の都合に相棒を危険に巻き込むのか」と突き付けられているに等しいゆえに。

 

 

 そうして動きを見せぬ遊戯の姿を背中越しに感じ取ったアクターはこれなら「このままフェードアウト出来るのでは?」と希望を持ち始める。

 

 

 両者の間に互いを牽制し合う静かな緊張感が流れるが――

 

――もう一人のボク! ボクのことは気にしないで! 彼は多分何か知っている!!

 

 そんな表の遊戯の覚悟の籠った内心での声に遊戯は僅かに躊躇するも、その覚悟に報いんとデュエルディスクを装着した腕を振り上げる。

 

 

 アクターも「やはり無理か」と考えつつ、先ほどの3つの選択肢を全て実行に移し、それらが全て不発になっても速やかにデュエルに移行できるように「普通のデュエルなら死なない筈」と自己暗示を始めるが――

 

 

 その遊戯の腕は何者かによって掴み取られた。

 

 そこにいるのは緑の長髪の青年。

 

決闘者の王国(デュエリストキングダム)以来ですね――私のことは覚えていますか?」

 

「アンタはペガサスと一緒にいた――」

 

 その青年は遊戯も面識があった。決闘者の王国(デュエリストキングダム)で大会運営を担っていた――

 

「『天馬 月行』と申します。デプレから話は聞いていますよ」

 

 そう遊戯に笑いかける月行だったが、突如として発生した暴風が遊戯と月行の目を眩ませる。

 

 

 その暴風はアクターが目にも止まらぬ速さで手を団扇のように扇ぎ、その常識外れなデュエルマッスルを以て起こしたもの――いや、何やってんだアンタ。

 

 

 やがて風が収まり、遊戯と月行が目を開ける頃には既にアクターの姿はない。全力で逃亡した後だ。

 

「――奴は!?」

 

 そう言いながら周囲に目を向ける遊戯に月行は遊戯の腕を放しつつ返す。

 

「既にこの場から去ったようです。我々と闘う理由がありませんから」

 

「天馬は――」

 

 その月行の言葉に何か情報を持っているのではと詰め寄る遊戯。

 

「『月行』で構いませんよ」

 

「月行は奴を知っているのか!?」

 

 そんな遊戯の姿に過去にペガサスへ同じように問い詰めた自身の姿を重ねる月行。

 

「ええ、ある程度デュエルの世界に耳を傾ければ自然と知るデュエリストですから」

 

 しかし月行も遊戯に話せることは決して多くない。出回っているアクターの情報が少なすぎるのだ。

 

「ですが彼に『名』はありません。我々が『役者(アクター)』と勝手に呼ばせて貰っています」

 

「名前がない? それに役者(アクター)? 奴は一体何者なんだ……」

 

「……『何者か』と問われると答えに困りますね」

 

 遊戯の問いに困ったように頬をかく月行。その問いに正確に答えられる人間を月行は知らない。

 

「『デュエルモンスターズの創成期からその存在を轟かせる裏世界の凄腕デュエリスト』といったところでしょうか?」

 

 ゆえに断片的な事実から組み立てられた人物像を話すしかなかった。

 

「裏世界の?」

 

 当然そんな情報では遊戯に理解が得られる筈もない。

 

「ええ、その正体から目的に至るまで一切が不明です――『KCのオカルト課に所属している』――その一点を除いて」

 

「オカルト課……確か牛尾が務めている部署だったな……」

 

 何とか人物像を読み取ろうとする遊戯。だがさすがに情報が少なすぎる為か、その表情は晴れない。

 

「今の彼の目的は恐らく『グールズの首領、マリク』の始末――要は止めることです。何者かに依頼されたのでしょう」

 

「――つまり味方だと?」

 

 そう言葉にする遊戯だが、その表情は「味方」と認めているようにはとても見えない。

 

 そんな遊戯の姿に溜息を吐くように月行は忠告する。

 

「どうでしょうね……あくまで私の見解ですが、彼とは関わらないことをお勧めします」

 

 役者(アクター)を倒すことで、名を上げようとするものは多い。

 

 だがその一方で己のデュエリストとしての未来を案ずるなら役者(アクター)とは戦うなと言う声もある。

 

 

 何故ならデュエルモンスターズの最初期から今までの間に、アクターとデュエルしたデュエリストの中に大成したものは誰一人としていないのだから。

 

 

「ペガサス様も仰っていました――彼はあまりに『異端』だと」

 

 裏の王者という名の光を求めた者たちを闇へと誘う奈落。

 

 光あれと、希望あれと生み出されたデュエルモンスターズにおいてペガサスが名指しで「異端」だと断ぜられる唯一の存在であった。

 

 

 そんな月行の言葉に遊戯の背に嫌な汗が流れる――対峙することになった場合の最悪の未来の可能性が遊戯の脳裏をよぎった。

 

 

 

 

 なお実際は大成しそうな強者の可能性のある相手とのデュエルを避けてきただけなので、遊戯がデュエルすれば恐ろしい程あっさり倒せる――ゆえにいらぬ心配なのだが真実は闇の中である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして遊戯がまだ見えぬ闇とのファーストコンタクトを済ませた頃、とある童実野町の路地裏で雇われハンターとグールズの構成員と思しき人影が対峙していた。

 

 雇われハンターのフィールドには――

 

 白い体毛を持った人狼の獣戦士の異形の4本腕の爪が獲物を求め、ギャリギャリと音を立てて擦られ、

 

《ジェネティック・ワーウルフ》

星4 地属性 獣戦士族

攻2000 守 100

 

 赤い軽鎧を纏った2体の《ミノタウルス》が《ジェネティック・ワーウルフ》を挟むように陣取り斧を構える。

 

《ミノタウルス》×2

星4 地属性 獣戦士族

攻1700 守1000

 

 一方のグールズ構成員にモンスターはおらず、リバースカードを伏せて己のターンを終えたようだ。

 

 その時、雇われハンターこと、カードプロフェッサーの一人、テッド・バニアスは相手のエンドフェイズ時に声を上げる。

 

「アンタのエンド時に2枚のリバースカードを発動させて貰うぜ!」

 

 そんなテッド・バニアスの宣言と共にフィールドの獣戦士たちは雄叫びを上げた。

 

「永続罠《ビーストライザー》を2枚発動!! コイツの効果で1ターンに1度! 俺のフィールドの獣族・獣戦士族を1体除外して、他の獣族・獣戦士族に除外したモンスターの元々の攻撃力を加える!!」

 

 その説明に《ジェネティック・ワーウルフ》は犬歯をむき出しにし、グルルと唸り声を上げ始めた。

 

「俺は2枚の永続罠《ビーストライザー》のそれぞれの効果で2体の獣戦士族、《ミノタウルス》を除外し、その攻撃力を同じく獣戦士族、《ジェネティック・ワーウルフ》に加える!!」

 

 2体の《ミノタウルス》をその4本の腕で掴み上げる《ジェネティック・ワーウルフ》。

 

「さぁ! 《ジェネティック・ワーウルフ》! 存分に喰らいな!!」

 

 そして《ジェネティック・ワーウルフ》は2体の《ミノタウルス》に喰らいつく。

 

 《ミノタウルス》を喰らう度に《ジェネティック・ワーウルフ》の身体はより禍々しく、より巨大に変貌していく。

 

 やがて全てを喰らい終えた《ジェネティック・ワーウルフ》は倍以上の体格となり、その4本の腕は鎧のような鱗に覆われ、丸太のような足で地面を踏みしめ、伸びたたてがみが獅子を思わせる形相と化し、天に轟く咆哮を上げる。

 

《ジェネティック・ワーウルフ》

攻2000 → 攻3700 → 攻5400

 

 一気に攻撃力5000オーバーのモンスターを生み出したテッド・バニアスは良い調子だと笑う。

 

「へへッ! 俺のターンだ! ドロー!! 俺は手札を1枚捨てて装備魔法《D(ディファレント)D(ディメンション)R(リバイバル)》を発動し、除外されたモンスター1体――《レスキューラビット》を特殊召喚!!」

 

 異次元のゲートからコロリと落ちてくるヘルメットを被った小さな兎。

 

 その転がった先は禍々しく変貌を遂げた《ジェネティック・ワーウルフ》の頭の上だ。

 

 それに気付き足をガクガクと震わせる《レスキューラビット》。

 

《レスキューラビット》

星4 地属性 獣族

攻 300 守 100

 

「そして効果を発動!! 自身を除外してデッキからレベル4以下の同名の通常モンスター2体を呼び出す! さぁ来なっ!! 2体の《ベイオウルフ》!!」

 

 頭の上で膝を震わせる《レスキューラビット》を煩わしく思った《ジェネティック・ワーウルフ》が頭を振ると、そのまま落下する《レスキューラビット》。

 

 だが《レスキューラビット》はトランシーバーを器用に前足で起動させ、助けを呼ぶ。

 

 その助けとして2体のオオカミの頭を持つ人狼が現れ、互いにその斧と木の盾を交差させ、《レスキューラビット》を受け止めた。

 

《ベイオウルフ》×2

星4 地属性 獣戦士族

攻1650 守1000

 

「コイツの効果で呼び出したモンスターはこのターンの終わりに破壊されちまうが――俺には関係ないねっ!!」

 

 1体の《ベイオウルフ》の斧の持ち手に「今晩の晩飯」と言わんばかりに括りつけられた《レスキューラビット》の涙を流す姿が哀愁を誘う。

 

「俺のフィールドの永続魔法《炎舞(えんぶ)-「天枢(テンスウ)」》の効果で通常召喚とは別に獣戦士族モンスターを召喚するぜ!」

 

 丸い炎が揺らりと灯の光を放つ――いい感じに焼けそうな火加減だ。何がとは言わないが。

 

「《ベイオウルフ》の1体をリリースしアドバンス召喚!! 現れろ! 野生の力持ちし賢者! 《ミノケンサテュロス》!!」

 

 もう1体の《ベイオウルフ》が光と消え、そこから頭部に牛の角を生やし、立派な顎髭を携えた獣人のケンタウロスがその大斧を携え、馬の下半身の蹄で地面を蹴る。

 

《ミノケンサテュロス》

星6 地属性 獣戦士族

攻1800 守1000

 

「だが《ミノケンサテュロス》は効果モンスター! よって俺のフィールドの永続魔法《絶対魔法禁止区域》の『効果モンスター以外は魔法効果を受けない』耐性は発生しねぇ」

 

 テッド・バニアスのモンスターを覆っていた半透明のバリアから弾かれる《ミノケンサテュロス》。

 

「代わりに《炎舞(えんぶ)-「天枢(テンスウ)」》の効果で攻撃力が100アップだ」

 

 代わりにその大斧に炎を纏わせ、太陽に掲げる。

 

《ミノケンサテュロス》

攻1800 → 攻1900

 

「だがコイツが攻撃する訳でもないがな!! 《ミノケンサテュロス》の効果発動! 自身をリリースする事で、俺のデッキから獣戦士族・レベル4の通常モンスター2体を呼び出すぜ!」

 

 そして太陽にその身を捧げるかの如く天に跳躍する《ミノケンサテュロス》。

 

「今度はコイツだ!! 現れろ2体の《剣闘獣(グラディアルビースト)アンダル》!!」

 

 そして天から降り立つのは青いナックルガードに軽装の防具を付けた2頭の黒毛の大熊。

 

 その2頭の大熊が2体で対になるように上腕二頭筋を見せつけるポーズを取る。

 

剣闘獣(グラディアルビースト)アンダル》

星4 地属性 獣戦士族

攻1900 守1500

 

「さらに魔法カード《馬の骨の対価》で《ベイオウルフ》を墓地に送り2枚ドロー!!」

 

 残った《レスキューラビット》を斧に括りつけた《ベイオウルフ》が鍋片手にどこかへと去っていく。

 

 《レスキューラビット》がジタバタと暴れたが、やがて静かになると小さな骨がテッド・バニアスの足元に転がった。

 

「ここで俺のフィールドの『剣闘獣(グラディアルビースト)』モンスター2体をデッキに戻して融合だぁ!! 加速する速度が新たな世界を生み出す!! 融合召喚!! 《剣闘獣(グラディアルビースト)エセダリ》!!」

 

 2体の《剣闘獣(グラディアルビースト)アンダル》が速度を上げ、光差す道を作り――

 

 そこから黄色い近未来的なチャリオットに乗ったゴリラが黄色い盾と黒い棍棒片手にフィールド内を疾走する。

 

剣闘獣(グラディアルビースト)エセダリ》

星5 地属性 獣族

攻2500 守1400

 

「まだまだ行くぜ!! 2体目の《レスキューラビット》を召喚!」

 

 腹を膨らませお腹一杯の様子で現れた《レスキューラビット》。フィールドまで運んでくれた《ベイオウルフ》に手を振りつつ、ゴロンと寝転んだまま相手を見やる。

 

《レスキューラビット》

星4 地属性 獣族

攻 300 守 100

 

「コイツの効果を発動と行きてぇところだが、1ターン1回限りでな――だからコイツを使うぜ!! 速攻魔法《烏合無象(うごうむぞう)》を発動!!」

 

 様々な動物の鳴き声が響き渡り始める。

 

「俺のフィールドの元々の種族が獣族・獣戦士族・鳥獣族の表側表示モンスター1体を墓地に送り、その元々の種族が同じモンスターをエクストラデッキから特殊召喚する!!」

 

 その鳴き声に向かって《レスキューラビット》は駆け出し――

 

「俺が墓地に送るのは獣族の《レスキューラビット》!! そしてエクストラデッキから呼び出すのはコイツだ!! ビースト・チャンピオン!! 《マスター・オブ・OZ(オージー)》!!」

 

 戻って来たのは片目に大きな切り傷のある緑の毛並みを持った巨大なコアラ。

 

 赤いシューズとグローブに紫のベストを纏い、腹部のカンガルーのようなポケットには青いケースなどが仕舞われている。

 

《マスター・オブ・OZ(オージー)

星9 地属性 獣族

攻4200 守3700

 

「もっとも《烏合無象(うごうむぞう)》の効果で呼び出したコイツは効果も無効化され、攻撃も出来ねぇ、さらにはエンドフェイズに破壊されちまう」

 

 無理を押して来た為、古傷が痛むのか片膝を突く《マスター・オブ・OZ(オージー)》。

 

「だがこっからどうなるかテメェにも分かるよな?」

 

 禍々しい姿となった《ジェネティック・ワーウルフ》がフィールドの2体の獣族モンスターを見やる。

 

 しかし操られ自意識のないグールズ構成員は何も答えない。

 

「再び2枚の永続罠《ビーストライザー》の効果を発動!! 今度除外するのは獣族の《剣闘獣(グラディアルビースト)エセダリ》と《マスター・オブ・OZ(オージー)》!!」

 

 そして先のターンの焼き増しと言わんばかりに《ジェネティック・ワーウルフ》は大口を開け、《剣闘獣(グラディアルビースト)エセダリ》と《マスター・オブ・OZ(オージー)》に喰らいつく。

 

「そして《ジェネティック・ワーウルフ》にその力は受け継がれる! さぁ喰って、喰って、喰らいつくせ!!」

 

 そして全てを平らげた《ジェネティック・ワーウルフ》は禍々しく巨大に変化していた身体を更なる異形へと変貌させていく。

 

 そして現れたのは阿修羅のような6本の剛腕を持ち、その足はケンタウロスのように四足となるも、その力強さはその比ではない程に逞しい。

 

 そして獅子のような顔はより鋭利な牙が生え、そこから地獄の底まで響くような音の暴力ともいえる咆哮を上げる。

 

《ジェネティック・ワーウルフ》

攻5400 → 攻7900 → 攻12100

 

「ハハハハハ!! テメェのフィールドの永続魔法《暗黒の扉》の効果でモンスター1体でしか攻撃できなくても、テメェの1000ぽっちのライフを削るには十分過ぎるぜ!!」

 

 ズシン、ズシンと地響きを鳴らし、グールズ構成員を見やる《ジェネティック・ワーウルフ》。

 

「さぁ攻撃だぁ! 叩き潰してやりなっ!! 《ジェネティック・ワーウルフ》!!」

 

 そのテッド・バニアスの宣言と共に、雄叫びを上げながら全てをなぎ倒す勢いで《ジェネティック・ワーウルフ》は駆けるが――

 

 

 グールズ構成員に伏せられたカードが発動されている。

 

 それは永続罠《サイバー・シャドー・ガードナー》。

 

 相手のメインフェイズに発動でき、そのカードをモンスター扱いで自分フィールドに攻撃表示で特殊召喚する効果を持つ。

 

 ゆえにグールズ構成員を守るように立ち塞がる人型の黒い金属のロボット。

 

 足部分は頼りなさげに細いが、その上半身を覆う、剣の鎧にも、機械仕掛けの翼にも見えるパーツが鈍く光る。

 

 どうやら攻撃表示で特殊召喚されたようだ。

 

《サイバー・シャドー・ガードナー》

星4 地属性 機械族

攻 ? 守 ?

 

「構うことはねぇ! 《ジェネティック・ワーウルフ》!! そのままやっちまいなっ!!」

 

 しかし《サイバー・シャドー・ガードナー》の機械仕掛けの身体が巨大で禍々しい異形に変貌した《ジェネティック・ワーウルフ》に合わせるように変化する。

 

 それはまるで合わせ鏡のように。

 

《サイバー・シャドー・ガードナー》

攻 ? 守 ?

攻12100 守100

 

 それは永続罠《サイバー・シャドー・ガードナー》のもう一つの効果――相手の攻撃宣言時にこのカードを攻撃したモンスターと同じ攻撃力・守備力を得る効果。

 

 つまり、あらゆるモンスターと相打ちに出来る能力。

 

 さらにグールズ構成員のフィールドの永続罠《宮廷のしきたり》によって永続罠は破壊されない為、永続罠でもある《サイバー・シャドー・ガードナー》は無敵の盾となり、矛となる。

 

「なぁに!?」

 

 永続罠《ビーストライザー》を攻撃宣言後であるダメージステップ時に発動しておけばとテッド・バニアスは後悔――

 

「なぁんてなぁ!! 想定内に決まってんだろっ!!」

 

 などしない。

 

 相手のセットカードを確かめる為に、ワザワザ大きく動き、隙を晒すことで《サイバー・シャドー・ガードナー》を「攻撃表示」で引き釣りだしたのだから。

 

「俺の地属性・通常モンスターが戦闘するダメージステップ時に手札の《ジェム・マーチャント》を墓地に送り効果発動!!」

 

 円錐形を逆にしたものに身体を顔まで収め、その上に魔女のような縁の広い帽子を被った《ジェム・マーチャント》。

 

 その円錐形から伸びる両腕で帽子の縁を掴み。黄色く光る丸い目が変貌を遂げた《ジェネティック・ワーウルフ》だったものを捉えた。

 

「その地属性、通常モンスターの攻撃力をエンドフェイズまで1000ポイントアップする!!」

 

 すると《ジェム・マーチャント》はその鉱石の身体をトランスフォームし、《ジェネティック・ワーウルフ》の鎧となってその身を覆う。

 

《ジェネティック・ワーウルフ》

攻12100 → 攻13100

 

 そして変貌を遂げた巨体で《サイバー・シャドー・ガードナー》をなぎ倒した《ジェネティック・ワーウルフ》は、飛び散る金属の破片も気にせずにそのままグールズ構成員を撥ね飛ばした。

 

グールズ構成員LP:1000 → 0

 

 その攻撃の衝撃により、反応らしい反応を見せずに地面に転がるグールズ構成員。

 

 

 そしてピクリとも動かないその姿にいい加減に慣れつつあるテッド・バニアスはそのグールズの構成員からパズルカードを拝借する。

 

「パズルカードは1枚だけかよ……しけてんな。まぁ、持ってるだけマシか」

 

 マイコ・カトウの思惑に乗ったテッド・バニアスはパズルカードを集めていたが、これが恐ろしい程に集まらなかった。

 

 折角グールズを倒してもパズルカードを持っていないことがザラにあったのである。

 

「あ~~さてと、これで終わりか。大したことねぇ相手とは言え、連戦は堪えんなぁ」

 

 今倒したグールズの構成員で何人目なのだったかと詮無き事を考えながら伸びをして、凝った肩を回すテッド・バニアス。だがふと声がかかる。

 

「お見事ね、テッド。KCの回収班の人はもう来ているから後は任せましょうか」

 

 その声の主カードプロフェッサーのご意見番ことマイコ・カトウ。特注品の携帯電話を片手に車椅子を器用にテッド・バニアスの元へと進める。

 

「了ォ解――なぁ、ばあさん。パズルカードはこんなもんでいいんじゃねぇか? あんまりノンビリしてっとパズルカードが取引材料にならねぇかもしれねぇし」

 

 さすがにテッド・バニアスも大したことのない相手ばかりで精神的に疲れてきたのか、その姿に覇気はない。

 

「そうだねぇ……予定よりも集まりは悪かったけど、まぁ大丈夫でしょう」

 

 そのテッド・バニアスの言葉にしばし考え込むマイコ・カトウだったが、そろそろ頃合いかと動き始めることを決めた模様。

 

 なら善は急げだとテッド・バニアスはマイコ・カトウの車椅子を押しながら、辛気臭い路地裏から出ようと進み始める。

 

「しっかし、ばあさんの戦いたい相手っつっても、この広い童実野町からどうやって探すんだ? ん? ばあさん?」

 

 そして世間話のように尋ねたテッド・バニアスだったが、車椅子に乗るマイコ・カトウの返答はなく、手元の携帯電話と通話中の様子。

 

「いえ、こっちの話よ。ええ、分かったわ……情報ありがとう。フフッ、相変わらず仕事が早いわね――報酬は少しサービスしとくわ」

 

 そう笑いながら通話相手とのやり取りを終えたマイコ・カトウの姿にテッド・バニアスは遠い目をしつつ言葉を零す。

 

「あー成程、何もかも、ばあさんの掌ってワケかよ」

 

「そんなことはないわ。今回は色々イレギュラーも多かった――まぁ、でも何かと目立つ彼は早々隠れたりは出来ないし、それにそもそも隠れ潜むタイプじゃないもの」

 

 そんなマイコ・カトウの謙遜を話半分でテッド・バニアスは聞き流し、向かうべき先を訪ねる。

 

「じゃぁ、情報のあるとこに向かえばいいのか?」

 

「ええ、お願いね、テッド。私はデュエルに備えて少し集中させてもらうとするわ」

 

 そういって目を閉じたマイコ・カトウを余所にテッド・バニアスは提示された地点へと車椅子を押し始める。

 

 

 老兵の牙が今、向かうべき獲物に向けて放たれた。

 

 

 





今回の役者と遊戯の会合は顔見せだけです――ここで一戦交えるとご期待されていた方々には何だか申し訳ない。




そしてテッド・バニアス――使用カードOCG化0枚(´;ω;`)ブワッ

だから作者は頑張った! 頑張ったけど……(´・ω・`)ショボーン

ジェネティック・ワーウルフ「未OCGカードの『アサルト・リオン』に似てるからと採用されたけど、最上級モンスターじゃなくて下級なんですけど……」

ビーストライザー「未OCGカードの『薬食い』に似てるって言われました。自分は魔法じゃなくて永続罠なんですけどねぇ……」

ジェム・マーチャント「未OCGカードの『スピード・ジャガー』の攻撃力倍増効果に似てるって――無理やりじゃね? 俺、ジャガー感0なんですけど!?」

ベイオウルフ「……未OCGカードの『スパイク・ライノセラス』に似てるって言われ――似てねぇよ! 俺、『サイ』じゃなくて『オオカミ』だよ!! 『肩が良い感じに似てパワフル』ってどんな理由だよ!!」

ライノタウルス「サイなら俺じゃダメだったんですか?――『属性と通常モンスターじゃないのがダメ』っすか……そうっすか……」

こんな感じに(白目)



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第80話 囮……囮ってなんだろう?


前回のあらすじ
???「今はまだ私が土下座をする時ではない」




 

 牛尾は自身の前を歩く3人に軽く溜息を吐く。酷く居心地が悪かった。

 

「へぇー玲子ちゃんも牛尾君みたいにデュエリストレベル高いんだ?」

 

 仲が深まったゆえに北森の呼び方を名前呼びに変えつつ杏子は話を振り、

 

「そうなんですよ、杏子さん! 玲子さんはデュエルがすっごく強いんです!」

 

「そ、そんな! わ、私なんか!」

 

 自身の最初の師匠の実力を元気一杯に静香は肯定し、それに対し北森が謙遜から首を激しく横に振る。

 

 そんな女性3人の姿に「女三人寄れば姦しい」とはよく言ったものだと何度目か分からぬ溜息を吐く。

 

 牛尾にとってこの空間はとても居心地が悪かった。

 

 

 だが建物の影に潜むグールズの姿を見つけ、その気の抜けた顔もすぐさま締まる。そして牛尾は北森に合図を送って周囲に聞こえるようなボリュームで北森に声をかけた。

 

「俺はちょっと飲み物でも買ってくるわ。少しの間、頼む」

 

 その牛尾の呼びかけの意味を理解し、北森は顔を険しくさせるも、その隣の杏子が割って入るように返す。

 

「あっ、じゃぁ私の分もお願い。お金は後で払うから。静香ちゃんはどうする?」

 

「じゃあ私もお願いしていいですか?」

 

 そう続いて頼んだ静香の姿に不自然にならぬよう北森も同調し、各々のメニューを聞きつつ牛尾はどうしたものかと考えつつも一先ず脇に置き――

 

「へいへい、了解しましたよ、お嬢様方」

 

 その言葉を最後に杏子たちと距離を取り、視界から外れたところで目的地に向かいつつ通信機片手にギースに連絡を取る牛尾。

 

「此方、牛尾。ギースの旦那、今のところは乃亜の予想通りかなり釣れました――こりゃあ相手さんの余裕がねぇのは確実ですね」

 

『そうか。だが牛尾、分かっているとは思うがこの作戦に失敗は許されん。油断はするなよ――――済まんな。負担をかけてしまって……』

 

 ギースの言う通り、この作戦に失敗は許されない。

 

 あくまで「偵察班が偶発的にグールズに襲われた」スタンスを崩してはいけない。

 

 囮作戦などという醜聞はあってはならないのだ。

 

「よしてくださいよ。旦那の働き具合に比べりゃ、俺のとこなんて大したことじゃねぇですって」

 

 牛尾とて乃亜が望まぬ形でこの作戦を立て、他に目ぼしい解決策もなかったゆえにギースも了承するしかなかったことなど理解している。ならば手足である己に出来る最善をこなすまでだった。

 

「じゃぁ、そろそろ目標のポイントに着きますんで、これで」

 

『ああ、無理だけはするなよ』

 

 ギースのその言葉を最後に通信を終えた牛尾はふと思う――ここに神崎がいればこの問題をもっと危険性の少ない方法で収められたのではないかと。

 

 だが直ぐに頭を振る。何故ならそれは「毒」だと牛尾は痛い程に理解しているゆえだ。

 

 人の意思を奪い、想いを書き換え、行動を縛る。

 

 そうやって一体どれだけの人間を本人も気付かぬままに歪められたのかを忘れたのかと。

 

 例え「一般的に正しいといわれる状態」にされると言えど牛尾には許容できることではなかった。

 

――あの人をアテにして動くのはしねぇ方が良い。

 

 牛尾は常々強く己を持つように心がける。「まだ己を見失ってはいない」と。

 

 既に変えられたことにも気付かずに。

 

 

 

 

 

 

 一方の囮になった杏子たちは――

 

 当然、グールズとの追いかけっこに興じていた。

 

「ちょっとアイツら数がどんどん増えていってるんだけど!!」

 

 そう愚痴りながら、足を懸命に動かす杏子――それなりの距離を全力で走ったゆえかその息は荒い。

 

「杏子さん! もう少しらしいですよ!」

 

 そんな風に息も絶え絶えに走る杏子と違って、静香は涼しい顔で声援を送る。それもその筈、静香の姿は先行する北森の腕の中――所轄、お姫様抱っこされているのだから。

 

 何故か――退院したてゆえの体力的な問題から静香が直ぐにバテた為である。

 

「杏子さん! 目的地はこの先になります!」

 

 そして女性いえど人ひとり抱えながら息を切らすどころか汗一つかかずグングン進んでいく北森が、杏子に声をかけながら曲がり角に差し掛かる。

 

 だがそこは――

 

「えっ! ちょっと行き止まりじゃない、玲子ちゃん!」

 

 そう、行き止まり。だがそんな杏子の絶望が垣間見える表情にも北森はケロッと返す。

 

「はい、ここに向かってましたから――ちょっと失礼します」

 

「なんで――ええっ!」

 

 そして静香を片腕持ちに変え、空いた手で杏子を片手で持ち上げ抱える。

 

 女性いえども2人の人間を苦も無く抱える北森の腕力に驚く杏子はただ戸惑いの声を上げるばかり。

 

 

 やがて杏子たちの背後にグールズたちが「目標を行き止まりに追い詰めた」と、ジリジリと距離を詰め、杏子たちを捕らえるべく動いていく。

 

 しかしそんな姿を無視して北森は杏子に優しく微笑む。

 

「しっかり掴まっててくださいね?」

 

「え? なにを――」

 

 するつもり、とは杏子は続けられなかった。

 

 建物の壁を蹴った北森はそのまま反対側の建物の壁を蹴り、宙を舞う。

 

「えぇぇええええええええ!!」

 

 そんな杏子の絶叫を余所にそのまま同じように左右の建物の壁を蹴り、その屋上をも越える跳躍を見せ――

 

「あっ、飛びすぎちゃいました――ね。っと」

 

 そんなどこか場違いな言葉と共に屋上に着地する北森。

 

 そして抱えた杏子と静香の2人を降ろした北森は屋上から下に向けて顔を覗かせ、声を上げる。

 

「では牛尾さーん! 後はお願いしまーす!」

 

 その言葉に呆然と――そもそも千年ロッドの洗脳により大した反応はないが――上を向いていたグールズたちは背後に迫る足音に振り向き――

 

「了ー解。任された」

 

 そこにいる拳を鳴らす牛尾の姿を目にする。

 

 いつのまにやら「杏子たちを行き止まりに追い詰めた」筈のグールズは、「牛尾に行き止まりに追い詰められた状況」に陥っていた。

 

 だが、そんな状況でもグールズたちにあるのはマリクに指示された命令のみ。杏子たちを追うべく障害となった牛尾に人形のように無感情で殴りかかる。

 

 

 そしてかなりの数のグールズと牛尾の決戦の火蓋が切られた。そして拳が行きかう――って、デュエルしろよ。

 

 

 

 

 

 

 屋上から階下の路上で行われる拳の演奏こと、殴打音をバックミュージックに手元の端末で何やら作業している北森。

 

 そしてそっと下の牛尾の様子を覗き見ようとする静香――だが北森に路上の様子が見えないように引き寄せられていた。

 

 そんな中で杏子はその場にへたり込む。端的にいって地に足が付いていない。

 

「えっと玲子ちゃん? いや玲子さん? さっきの壁を蹴ってジャンプしたのってKCの発明品?」

 

 杏子は何故か「さん」呼びになりつつ北森に問いかけるが――

 

「? ただ足の指の力で壁を掴んで蹴っただけですけど……」

 

 肝心の北森は「何故そんな当たり前のことを聞くのだろう?」と、そんな疑問を顔に出しながら返す――互いの常識が色々と噛み合ってなかった。

 

「杏子さん! 玲子さんは凄いんですよ! とっても力持ちなんです!」

 

「い、いえっ! と、とんでもないです! 私なんてまだまだで――」

 

 そして静香が元気一杯に褒め、恥ずかしさと謙遜から北森がブンブンと首を振る姿に杏子は己が精神を立て直しにかかるのだが――

 

「――ちょっと待って2人とも、今の私……現実を受け止めるのに忙しいから……」

 

――えっ? これって「力持ち」で済む話なの?

 

 そんな杏子の言葉と内心はオカルト課の常軌を逸した常識の前ではあまりに無力であった。

 

 

 

 

 やがて先ほどのやり取りをなかったことにして杏子は気になった点を呟く。

 

 力持ち云々よりも杏子には此方の方が重要だった――断じて現実から目を背けている訳ではない。ないったらないのだ。

 

「アイツらってグールズの奴らよね? どうして私たちを狙ったのかしら? 私なんて珍しいカードを持ってる訳でもないのに」

 

「……ひょっとして私のカードが狙いなんですか?」

 

 そんな杏子の言葉に「もしや自分が原因ではないのか」と不安げに静香は片手を上げる。

 

「違うと思いますよ? 静香さんはデュエルを始めて日が浅いのでそこまで知られているとは思えませんし――ど、どちらかというと杏子さんが原因かと……」

 

 しかし事情を知る北森は違うと断言出来る――だが、実際の事情を話す訳にもいかない為、嘘を吐くのが苦手な北森はこんな時の為にと、乃亜が考えたストーリーを話すしかない。

 

「えぇっ!? 私!?」

 

 その北森の言葉に自分を指さしながら驚きを見せる杏子。自分では狙われる理由が皆目見当がつかないようだ。

 

 だが乃亜の考えたストーリーは杏子の目から真実を逸らす程度の説得力はある。

 

「はい、杏子さんはそ、その、『武藤 遊戯』さんのこ、恋人さんなんですよね? なので武藤さんのレアカードを狙う為に、杏子さんを利用しようとしたんじゃないかと……」

 

「成程ね……」

 

 北森の照れの入った説明に納得を見せる杏子。

 

 実際に決闘者の王国(デュエリストキングダム)で全米チャンプであるキースと熾烈な決闘を繰り広げた遊戯は学校ではスターのように扱われた姿を杏子は知っているのだから。

 

「えっ! 杏子さん! 遊戯さんとお付き合いしてたんですか!?」

 

 だが静香のその言葉に杏子はまたも瞠目した。

 

「あっ! ち、違うわよ。私と遊戯は別にそんな――そ、それよりも! そんなこと誰から聞いたの玲子ちゃん!?」

 

 咄嗟に「恋人」という関係性を否定した杏子。

 

 遊戯が抱える「武藤 遊戯」と「名もなきファラオ」、2つの人格を持つ特殊な状態ゆえに杏子自身が持つ感情の不明瞭さもその否定に拍車をかける。

 

 よって北森から下手人を問い質すことで話を逸らそうとする杏子。

 

「? 牛尾さんが言ってましたけど……違うんですか?」

 

 その下手人の名は思っていたよりもあっさりあがった。

 

「ち、ちょっと牛尾くん!」

 

 ゆえに階下の路上で完全に別と言っても良いようなアウトローな世界を構築している牛尾に色々言ってやろうと、屋上から下を覗こうとするが――

 

「あっ! ダメですよ! 下を見ちゃ!」

 

 その杏子の手を掴み、北森が制止に入る。杏子は咄嗟にそのまま進もうしたが、北森の身体は文字通りビクともしない。

 

「なんで!」

 

「な、なんでと言われても……あまり見ない方が良いとしか……」

 

 ゆえにキツ目の言葉を使ってしまった杏子の剣幕ゆえに北森は目を泳がせる。だが腕は相変わらずビクともしない。

 

 

 その北森の姿に今現在、牛尾はグールズの対応をしていることに思い至る――屋上では先ほど聞こえていた殴打音も鳴りやみ、静かだったゆえに忘れてしまっていたようだ。

 

「あっ、ごめんなさい……牛尾くんの邪魔になっちゃうかもしれないか……」

 

「は、はい。あの……私も武藤さんと杏子さんの関係を間違えてしまって、すみません」

 

 杏子の謝罪に北森もペコリと謝罪を返す。

 

「いや~そういう訳じゃぁ……いや! この話はもうおしまい! 気にしないわ!」

 

 北森のあまりにもバッサリとした遊戯との関係性を区分する姿に一瞬戸惑う杏子。

 

 だが杏子の複雑な乙女心を説明する難しさと、静香が興味津々に聞きたそうにしている現実から話題を若干強引に終わらせた。

 

 さらに「これ以上追及される前に話題を変えねば」と杏子は考えを巡らせつつ、何かのヒントを探す様に目線を泳がせる。

 

 そんな杏子の視界に入った北森の姿に先程の一旦置いておいた疑問を掘り起こす。

 

 そして自身を見やる杏子の姿に「どうしたのだろう」と首を傾げる北森の身体の上から下までを杏子は眺め、ふと零す。

 

「ところで玲子ちゃん。さっきは凄い力よね……」

 

 スラリと伸びる長袖に覆われた北森の手足は服越しではそう筋肉質に見えない。

 

「そ、そうなんでしょうか? 私の職場ではみんな『こう』なので、あまり実感はないんですけど……」

 

 しかし北森は「マッスルの巣窟」などと揶揄されかねないオカルト課にドップリ漬かってはいても、

 

 護衛用の戦闘訓練では殆どギースが相手を務め、大体自身の攻撃をいなされている為、あまり自身が力強い認識はない。

 

 そのギースがいないときの戦闘訓練では基本的にサンドバッグを殴っていることも相まって、その認識は中々氷解しない。

 

 その北森がサンドバックを殴る姿を見た神崎が「もうやめて! とっくにサンドバッグのライフはゼロよ!」と思ったとかなんとか。

 

 さらにオカルト課対抗、腕相撲大会の決勝戦での牛尾との一戦で、バトルフィールドたるテーブルを木端微塵に粉砕した過去があるが、詮無きことである。

 

 ちなみに大会結果は「微妙に腕の角度が牛尾の方が優位だった」とのギースの審判により牛尾が優勝した。

 

 

 

「そんなに太い訳じゃないし……」

 

 ジッと北森を見やる杏子に北森は居心地を悪そうにしながら返す。

 

「そ、それは筋繊維の密度がどうとかで、関節の動きを阻害しないとかなんとか――すみません、私はあまり詳しくなくて……ギースさんや博士なら詳しいんですけど……」

 

 だが北森はそこまで肉体の仕組みに詳しい訳ではない為、説明は自然とフンワリしたものになる。

 

 しかし杏子は静香の師匠’sの紹介に出てきたギースの名に反応を示した。

 

「ギースさん?と博士さん?が玲子ちゃんのデュエルの師匠なの?」

 

「そういえば私も玲子さんのデュエルの師匠のことは聞いたことないです!」

 

 杏子の疑問に追従して静香も前に出る――自身の最初の師匠の過去が気になる様子。

 

 そんな2人に対し、北森は頬をかきながら返す。

 

「いえ、私に『デュエルの師匠』と明確に言える人はいないです――神崎さん、えっと私の職場の責任者の方なんですけど、その人に『デュエルの才能がある』なんていわれて、基本的なことはカリキュラムを受けて、後は私の思う様にすると良いと」

 

 オカルト課でのデュエルの教導は「選ばれし真のデュエリスト」を生み出すことを旨としている。

 

 その「選ばれし真のデュエリスト」になればデュエルも強くなる為、あながち間違ってはいない。

 

 だが神崎を含め、オカルト課の誰もが「選ばれし真のデュエリスト」になる方法も知らない為、才能を阻害しないことを一番にした教導になっている。

 

 ゆえにデュエルモンスターズの複雑怪奇なルールを叩き込んだ後は身体作りの継続と定期的なデュエル、そして仕事以外は自由に等しい。

 

 しかしその自由時間も北森の真面目な性格から身体を鍛え続け、神崎やギースも「身体を動かすのが好きなのか」と勘違いしそれ相応のハードルを与え、北森はそれを乗り越え続けた。

 

 乗り越え続けてしまったのだ。

 

 そんなことを続けた結果、北森以外が天を仰ぐような羽目になってしまった――誰か止めろよ。

 

「それでギースさんは、えっと私の先輩の方でトレーニングを見て貰いました。後は博士……じゃなくて、ツバインシュタインさんは色んなことを研究しているお医者さんなんですけど……詳しいことは何も……」

 

「あっ、玲子ちゃんだって守秘義務とかあるわよね」

 

 マッスル的な知識は北森にはない為に説明は要領を得ない。ゆえに杏子は「守秘義務」かと謝るが――

 

「それは大丈夫です。私が見聞きするようなことは『出来る限り大丈夫なものにしてる』ってギースさん仰ってましたから。さすがに他の方の個人情報とかはお教え出来ませんけど」

 

 オカルト課内で裏の仕事にそこまで関わらない北森が、友人などに「言えない」等といった悲しいことがあまりないようにとの配慮はされている。

 

「へー、いい職場なのね……」

 

 楽しそうに自身の職場を語る北森の姿に杏子はそう呟くも、少しの好奇心から、今思いついたかのように願い出る。

 

「そうだ! 私、将来はダンサーを目指してるんだけど――腕の筋肉とか触らせて貰っていいかな?」

 

「それは構いませんけど……」

 

「じゃぁ私もいいですか? 玲子さん!」

 

 そして同意を得た静香は自身の最初の師匠とのスキンシップに杏子にお先にと、北森の腕を長袖越しにペタペタと触る。

 

「うわぁ~もっと固いと思ってたんですけど、結構普通なんですね~」

 

 そんな静香の感嘆の声を余所に反対側の腕を触る杏子だが――

 

「お、重ッ! ご、ごめんなさい!」

 

 予想していたよりも遥かに重みがあった為、思わず声が漏れる。

 

 女性に「重い」は禁句だが、北森は気にした様子もなく返す。

 

「いえ、構わないですよ。体重よりも体型を気にかけた方が良いとギースさんも言ってましたし――それよりも、もういいですか?」

 

 北森からすれば「重い」との言葉より、段々と触り方に遠慮がなくなってきた杏子と静香の方が気になっていた。

 

「 「もうちょっと!」 」

 

 そんな杏子と静香の息ピッタリな声に困惑する北森。

 

 しかし助け舟は思わぬところから訪れる。

 

 

「おーい!! こっちは終わったぞー!!」

 

 下から響く牛尾の声に北森の腕をペタペタと触る杏子と静香を制す北森――静香の残念そうな瞳と北森は目が合ったがいつまでもこうしている訳にはいかないのだ。

 

「牛尾さんの方は終わったみたいですね――じゃぁ戻りましょうか」

 

 その言葉に静香は北森の腕の中に収まる。

 

 その姿を見た階段に通じる扉の方へと歩を進めていた杏子は嫌な予感がした。

 

 だがそう考えた杏子はいつのまにやら北森の腕の中に抱え込まれている。未だに杏子の中には嫌な予感しかない。

 

 北森が屋上の縁に向かい、身を乗り出したところで杏子の嫌な予感は確信に変わる。

 

「え、ちょっと待って玲子ちゃん……ひょっとして――」

 

 そんな杏子の姿を余所に北森は安心させるようニッコリ笑い――

 

「じゃぁ、さっきみたいにしっかり掴まっててくださいね?」

 

 既に静香は北森にギュッと掴まっている。

 

 そして屋上の端に足を置いた北森の姿に杏子も慌てて北森にしがみ付いた。

 

「よっと!」

 

 そんな軽い掛け声と共に屋上から壁を伝って走り下りる北森。

 

 杏子の乙女であることをかなぐり捨てたような絶叫が辺りに響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 地上に舞い戻った北森・杏子・静香の3名。

 

 絶叫マシンのようだったと北森に喜びを示す静香を余所に前後不覚で座り込む杏子だったが、息も絶え絶えに立ち上がり牛尾に詰め寄る――2回目ゆえか立ち直りは早い。

 

「ちょっと牛尾くん! ――あれ? さっきのグールズは?」

 

 しかし周囲にグールズの面々がいないことに目が付く杏子。

 

「もう回収班の奴らに引き渡したよ。ほれ、飲み物。で、何だ?」

 

 杏子にザックリと事の経緯を説明しつつ、回収班の佐藤から差し入れ兼、辻褄合わせに渡されたジュースの缶を杏子に軽く放りながら牛尾は杏子の言葉を待つ。

 

「あ、ありがとう……じゃなくて! 私が遊戯と、こ、恋――そ、その付き合ってるとか言ったそうね!」

 

 杏子の要件は先ほどの北森から聞きだした下手人の件。

 

 恥ずかしさからか、言葉を詰まらせながら怒る杏子に牛尾は堪えた様子もない。

 

「ん? 何だ、違うのか? デートも済ませたんだろ? だから俺はてっきり――」

 

「な、なんでそのことを!?」

 

 遊戯と町に繰り出したことを牛尾が何故知っているのかと恥ずかしさと驚きがない交ぜになったような面持ちを見せる杏子。

 

 

 その姿に「遊戯から聞いた」と真実を答えていいものかと悩む牛尾。2人だけの思い出にケチをつけるものは如何なものかと――もはや今更だが。

 

「遊戯の知名度考えたらその手の情報は自然と耳に入ってくるぞ? 今後のデートはもうちっと気を付けな」

 

 それとなく真実を混ぜつつ、矛先を逸らす牛尾――「恋愛事は面倒だなぁ」などと思いながら。

 

「そ、そうなんだ……ありがとう……って違う! 私たちは――」

 

 今後に気を付けるべき個所を指摘した牛尾に感謝を送るも、そもそもの発端を杏子は思い出し追及するが――

 

「ヘイヘイ、お二人さんはお友達の関係ってことな」

 

「~~ッ! もう!」

 

 牛尾の「分かってますよ」との対応に杏子は照れから顔を赤くする。

 

 だが杏子とて古代エジプトの石板に描かれたもう一人の遊戯こと「名もなきファラオ」の姿を見たときから、どこか予感しているのだ。

 

 いつか来るであろうもう一人の遊戯との別れのときを。

 

 それゆえに顔を曇らせる杏子を余所に牛尾は残りの飲み物を北森と静香に渡しつつ、声をかける。

 

「さて、ちっとばかしトラブルに見舞われちまったが、仕事に戻るとするか」

 

 その牛尾は掛け声に北森と静香は顔を見合わせ――

 

「了解です、牛尾さん」

 

「はい! 牛尾先輩!」

 

 そうして先行する3人に杏子はもう一人の遊戯との別れの不安を振り切るように後に続いた。

 

 




静香がオカルト課で受けたのはデュエルの師事だけで
マッスル訓練を受けていない為、退院上がりなのも相まって筋力は低め。

杏子はダンサーを志しているのもあり、筋力は一般的な人よりやや上。

北森はオカルト課の影響をモロに受けた為、マッスルは異次元。

牛尾は城之内や本田をも一蹴するリアルファイトの腕は実践的な訓練により更なる磨きがかかっている。


さぁグールズ共! どっからでもかかってきな!!( ゚д゚ )クワッ!!



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第81話 タ、タイム! タイム! ぼ、暴力反対!


―注意―
今回のお話ではマリクとリシドが酷い目に合う描写があります――どうかあらかじめご覚悟を



前回のあらすじ
静香「(北森に抱えられつつ)あの……玲子さん……私……重くないですか?」

北森「? ――いえ、むしろ軽すぎて心配になるんですが……(マッスル感)」

杏子「に、二重の意味で辛いんだけど……(全力疾走中)」

牛尾「……(もはや何も言うこともねぇ)」




 

 マリクの隠れ潜む一室でテーブルから伝わる僅かな振動によりマリクは地面からの振動を感じ取る。

 

 その揺れは一度だけの軽いもので、直ぐに収まった。

 

「これは地震……か?」

 

 そう不審に思うマリクを余所にマリクの隠れ家の天井から砲弾のような何かが飛来し、マリクの近くに轟音と共に落ちる。

 

 そして周囲は砂煙で覆われ、マリクの視界を奪った。

 

「い、一体何が!?」

 

 そんなマリクの困惑に答えるように砂煙の中から腕が伸び、横なぎに振るわれると、突風と共に砂煙は吹き飛ばされる。

 

 

 マリクの前に立つのは人であることを覆い隠すような黒い衣装で全身を覆った男、アクター。

 

 そのアクターに対し、マリクは警戒するように腰のホルダーに取り付けられた「デュエルディスク」と共にしまってある「千年ロッド」を手に取り相手に向ける。

 

「貴様、一体何者だ!! 何が目的で――」

 

 そう、マリクは「デュエルディスク」ではなく、「千年ロッド」を相手に向けて() () () ()

 

 そしてマリクの耳に届く「ポキッ」という音と地面に金属の何かが落ち、転がるような音。

 

 

 その2つの音の正体はマリクの腕が折れた音と、千年ロッドが地面に落ち、転がった音。

 

 簡単な話だ。ただアクターがその常軌を逸した筋力でマリクの千年ロッドを持つ腕を圧し折ったに過ぎない。

 

「――ボ、ボクの腕がぁああああ!!」

 

 そう叫んで痛みのあまり尻餅をつくマリク。

 

 重ねて言うがマリクは「デュエルディスク」ではなく、「千年ロッド」を相手に向けた。

 

 それは「デュエル」ではなく、「リアルファイト」で戦うことを選んだに等しい。

 

 それも桁外れのデュエルマッスルを持つ相手に。

 

 更に運の悪いことにアクターにとって「人を洗脳する力を持つ千年ロッド」を向けられた段階でマリクに対する「必要な配慮」は消し飛んでいる。

 

 ある程度はオカルト課が持ちうる治療技術で治せることもその決断の後押しとなった。

 

 さらに操られたグールズたちがどういった状態なのかを神崎が知っている点もその理由に上がる――あれは「生ける屍」に等しく、アクターこと神崎が恐れる「死」に近い。

 

 ゆえに今のアクターこと神崎に「容赦」の二文字はない。神崎にとって己の命こそ優先すべき事柄なのだから。

 

「ぐぅううう!!」

 

 そして折れた腕を無事な腕で抑えながら地面に転がった千年ロッドを探し、目を動かすマリク。

 

 しかしそのマリクに今度は「グシャリ」という何かが潰れる音が足元から聞こえた。

 

 アクターがマリクの両足を踏み砕いた音である――人の所業ではない。

 

「ぐがぁあぁあぁああああああ!!」

 

 痛みのあまりその場でのたうち回るマリクを余所にアクターは千年ロッドを視界に収める。

 

 

 千年ロッドの危険性はアクターも理解している為、どうにかする必要がある。だが一つの懸念もあった「アレは認められたもの以外が触っても大丈夫なのだろうか?」と。

 

 原作にて適性のないものが千年リングを装着した場合に、千年リングに認められずに炎に焼かれて死んだ事例がある。

 

 ゆえにアクターこと神崎は警戒する――あれと同様のことが触っただけで千年ロッドでも起きるのではないか、と

 

 

 そう考えていた僅かな時間にマリクの隠れ家の扉だったものを蹴破り、息を切らせてこの場に現れた褐色肌の男、リシドが必死な形相でマリクに呼びかける。

 

「マリク様!! ご無事ですか!! 一体何が――」

 

 アクターがマリクの隠れ家に襲撃した際のダイナミックエントリーの轟音を聞きつけ慌てて駆け付けたリシドの姿。

 

 だが片腕と両足があらぬ方向に曲がり地面に蹲るマリクの姿とそれを行ったと思われるアクターの姿にリシドの視界は怒りで真っ赤に染まる。

 

「――貴様ぁあああ!!」

 

 そして(あるじ)であるマリクを救うべく、アクターに「殴りかかる」が――

 

 そのリシドの拳はあっさりとアクターの掌に掴まれ、そのまま紙切れのように握りつぶされた。

 

「なっ! ぐっぅうううう!!」

 

 拳を抑え、痛みに呻くリシド。だがリシドの目はまだ闘志を失ってはいない。

 

 今の状況からマリクだけでも逃がさねば、その一念だけがリシドを動かす。

 

 

 リシドにとって幸いなことにアクターからの動きはない。

 

 それもその筈、アクターこと神崎は「肉弾戦」に於いての手加減が酷く苦手だ。

 

 普通に殴ったつもりでも対象に大穴が空き、対象を掴んでそのまま投げ飛ばそうとすればその対象が比喩でも何でもなく引き千切られる。

 

 ゆえにアクターにはシンプルなアクションでしか攻撃出来ない――理性が「殺しは後々面倒なことになる」と辛うじてブレーキを踏んでいることもそれに拍車をかける。

 

 

 しかしそれでもリシドに選択肢は多くない。マリクを逃がそうにも肝心のマリクの両足は圧し折られており、自力での逃亡は困難。

 

 リシドがマリクを抱えて逃げようにもアクターがそれを許してくれるとはリシドには思えない。

 

 ゆえにリシドが取った選択は――

 

「うぉおおおおお!! マリク様!! 千年ロッドを!!」

 

 そう雄叫びを上げながら勢いよくアクターの腰元にタックルをかけたリシドは最後の希望をマリクに託す。だがそんなリシドの決死のタックルにもアクターは微動だにしない。

 

 しかし今のリシドは人を操る力を持つ千年ロッドに全てを託すしかなかった。

 

 そのリシドの決死の姿を見たマリクは手足に奔る激痛に耐え、地面を這って千年ロッドを目指す。

 

 だがマリクの耳に肉がゆっくりと潰れるような音が聞こえる。

 

「リシドッ!」

 

 思わずリシドの方に首を向けるマリク。

 

 

 そのマリクの視界に入ったのはアクターの腰元にタックルで押し続けるリシドの姿。

 

 そしてそのリシドの両肩に手を置き、その両肩を千切り取ってしまわぬようにゆっくりと握り潰しているアクターの姿。

 

 リシドはあまりの激痛に叫び声を上げたい衝動を気迫のみで押さえつけている――きっとマリクが歩を止めてしまうと考えたゆえに。

 

「マ、マリク様……お早く……な、長くは持ちそうに……ありません……」

 

「くっ! リシドッ! あと少し頑張ってくれ!」

 

 そのリシドの姿に何を止まっているのだと己に叱責をいれ、千年ロッドを目指すマリク。

 

 やがてマリクの後ろで「ドサリ」と人の倒れる音がしたが、マリクは目前の千年ロッドに手を伸ばし――

 

 だがそのマリクを覆う様にさす人影にマリクは動きを止める。

 

「ボ、ボクが……ボクたちがどうしてこんな目に――」

 

 そう言いながらマリクは絶望の表情と共に顔を上げるが、その前にマリクの残った無事な腕にアクターの足が降ろされた。

 

 肉の潰れる音と、青年の叫び声が響いた。

 

 

 

 

 その後に特に特筆すべき点はない。

 

 マリクを持ち上げ千年ロッドから物理的に距離を離したアクターの姿と、

 

 リシドが深く意識を失ったゆえに表に出てきたマリクの怨み辛みが集まった邪悪なる人格、闇マリクが己の身体に起こったあまりの事態に喚く姿、

 

 そしてアクターが通信機で呼んだ赤毛の強面の男、ギースがマリクとリシドを連行した姿だけだ。

 

 その後のマリクとリシドは治療を受けた後、どこの国かも分からない特殊な刑務所に数百年もの刑期を課される。

 

 言外に「一生刑務所にいろ」と言い渡されたようなものだ。

 

 そしてその生涯を牢獄で過ごした。

 

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 今の出来事はイシズが持つ未来を見通すことができる「千年タウク」が見せた未来。

 

 しかし既にこの未来の切っ掛けである「偶発的にマリクの居場所を発見する」蜘蛛のマークのタンクトップを着た名蜘蛛を別の場所にイシズが誘導した為、起こることはない。

 

「これでマリクは無事、生きられる筈……」

 

 だがイシズは深い溜息を吐く――もはや何度目か分からない、と。

 

 あるときを境にイシズが見た未来は原作のような「一遍の光すら見えない暗黒の未来」以上に酷いものだった。

 

 それは先ほどのようなアクターと呼ばれる男にマリクとリシドが蹂躙される未来。

 

 他の未来も形や経緯こそ違えど、マリクとリシドの辿る結果はイシズにとってそう変わりはない。

 

 さらにアクターの未来を見る際は千年タウクをしても、酷く未来が見え難くなったこともそのイシズの心労に繋がっている。

 

 

 過去にイシズは一度、マリクの中に眠る邪悪な人格である闇マリクならば対抗できるのではと考えた。

 

 だが千年タウクが見せた未来は千年ロッドを使った闇マリクの闇の力場を何らかの力――冥界の王の力なのだが――を込めた素手で引きちぎり、そのまま闇マリクの顔面を殴り飛ばすアクターの姿。

 

 そして地面に血だまりを作りピクリとも動かなくなったマリク。

 

 

 その先の未来をイシズは恐ろしさのあまり見てはいない。

 

 

 今まで幾度となく、数えるのも億劫になるレベルで陰ながらマリクの命の危機を回避してきたイシズはあと少しだと気を引き締める。

 

 この凄惨な未来を完全に回避できるのはマリクがこのバトルシティの「本戦」に勝ち上がり、人目のある場所で活動し始めたときなのだから。

 

 

 その先に救いがあると信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 KC内のバトルシティの情報が全てあつまる管制室でBIG5のサイコ・ショッカーの人こと大門が乃亜に情報を告げる。

 

「乃亜様、また偽造カードの反応があったとのことです」

 

「そうか、なら近場のデュエリストを……まずは2名向かわせろ」

 

 その乃亜の指示に雇ったデュエリストへ連絡を入れるKCスタッフ。

 

 そんな慌ただしくも統制の取れた管制室に来客が訪れる。

 

「いやはや、大田の作ったシステムは優秀ですな」

 

 その来客はBIG5の一人《深海の戦士》の人こと大下 幸之助が此処にはいないBIG5の一人、《機械軍曹》の人こと大田 宗一郎へ賛辞を贈る。

 

 

 童実野町の全体のデュエル情報を網羅するシステムを組み上げた大田の働きによって起動しているデュエルディスクさえあればグールズたちはおろか、参加デュエリストの不審な動きも丸分かりだ。

 

 

 そして物見遊山な気分でモニターに映るデュエルを見つめる大下はふと言葉を零す。

 

「しかし、このバトルシティであの大犯罪者『ドクター・コレクター』を捕らえるとは……思わぬ大物が釣れたものだ。これなら警察関係に新たな強いパイプも持てるというもの」

 

「何の話だい、大下?」

 

 そのBIG5の大下の言葉に乃亜は不思議そうに返す――大下の言葉から何者かの影を感じ取って。

 

「大下!!」

 

 しかしBIG5のサイコ・ショッカーの人こと大門は声を荒げる。

 

 それらの件は神崎が秘密裏にBIG5と交換条件の元で依頼されたもの――さらにBIG5の面々は既に報酬は受け取っているのだ。下手なことは出来ない。

 

 それゆえに不用意に情報を広げるべきではないと考える大門を余所にBIG5の大下は軽く肩を竦める。

 

「何を恐れる大門。乃亜様はオカルト課の暫定的なトップともいえるお方だ。であれば神崎の計画もそのお耳に入れておくべき話ではないか」

 

「しかし、奴は剛三郎殿を――」

 

 BIG5はかつて方針の違いから剛三郎とある種の溝があった。しかし「今現在の剛三郎の姿」を実際に見た大門はその有様に同情を禁じ得ない。

 

 そしてそれは神崎に対する大門の警戒心を強めていた。

 

 そんな大門の姿に大下は顎に手を当て考え込む仕草を見せるも――

 

「フム、どうやらお前は神崎を警戒し過ぎているようだな。だがその心配は『杞憂』というもの――アレは中々に話の分かる男だ。その程度のことで我々を切り捨てはせんよ」

 

 大門の言葉をまともに取り合わない。今まで上手くやれてきたのだから、今後も問題はないのだと。

 

 なおも言葉を返そうとする大門を乃亜は手で制して大下から情報を引き出す。

 

「それで大下。キミは神崎に何を頼まれたんだい?」

 

 それに対しBIG5の大下は特に隠す様子もなく切り出した。

 

「やはり乃亜様はご存知ないようだ――実は過去に神崎から頼まれていましてね。なんでも警察内部に新しい部署を作る際に色々手を出したいと」

 

「部署?」

 

 乃亜はそんな話を神崎から聞かされてはいなかった。ゆえに乃亜には任せられないと言外に言われているように感じ、乃亜の声はどこか冷たくなる。

 

 しかしBIG5の大下はそんな乃亜の変化に気にした様子もなく説明を続ける――実質的な幹部扱いである乃亜が知らないのは意外だと思いつつ。

 

「はい、部署です――確かデュエル犯罪に対応したものとか、かなり大きく動くらしいとのことです。ですが乃亜様が聞いておられないのも無理はないかと、まだ形にすらなっていない案件ですので」

 

 警察関係、長い準備期間、大規模、デュエル犯罪への対抗等々、様々な情報が乃亜の脳内を巡る。

 

 そう思考に耽る乃亜だったが、意気揚々と現れた新たな来客の陽気な声がその思考を断ち切る。

 

「おおっ! 皆、頑張っているようですねぇ! ああ、これは乃亜様、私が選りすぐったキャンペーンガールちゃんたちの様子はどうですかな!」

 

 その新たな来訪者はBIG5のペンギン大好きおじさんこと大瀧。

 

 あいも変わらず趣味全開で生きるその明け透けな姿に乃亜は毒気を抜かれたように返す。

 

「今のところ順調に働いてくれているよ。しかし大瀧、キミも思い切ったことを考えたものだ――情報の窓口をKCの職員ではなく一般から集めるとは」

 

 大瀧の提案による「キャンペーンガール」たちにデュエルの情報を大々的に取り上げさせ、一般人の目をグールズから逸らす策。

 

 大瀧の趣味全開の策ではあったが、それ相応の根回しと緻密に計算された情報統制に大瀧の熱意が合わさった結果によって形になったものだ。

 

「しかし彼女たちは裏の事情は大して知らない――余計な情報を流していないといいんだけど」

 

 そんな「押し切ったからには失敗は許されない」との乃亜からの言外のプレッシャーにも大瀧は動じた様子を見せず笑う。

 

「グフフフ、その点はご安心を!! 何せこの私、手ずから選抜した精鋭中の精鋭たち! 必ずや乃亜様がご満足して頂ける成果を上げてくれるでしょう!!」

 

「そうか……そういえば本戦での情報媒体も彼女たちから選ぶことになっている手筈だけど、目星はついたのかい?」

 

 このバトルシティではキャンペーンガールたちも互いに競い合っている。

 

 最も優秀な働きを示したものがこのバトルシティでの本戦でのリポートの権利を得る――バトルシティの知名度を鑑みれば上を目指すものたちにとって大きなチャンスだ。

 

 しかしその乃亜の質問に大瀧は片手を「ビシッ」と勢いよく前に出しながらキリッとした真面目な表情で返す。

 

「今のところ甲乙付けがたい、といったところになります……ですが競わせることで彼女たちの才を限界値まで高め合わせ、もっとも――」

 

「キミの趣味に付き合う気はないよ、大瀧」

 

 そして矢継ぎ早に大瀧の趣味の領域やこだわり等を話し出しかねない勢いに乃亜は呆れ顔で制す――これでも忙しい身なのだと。

 

「これは失礼しました! ですが彼女たちからすればこの機会はビッグチャンスですからねぇ! 文字通り完璧に仕事をこなしてくれることでしょう! 乃亜様は大船に乗ったお気持ちでいてくだされ!! ハッハッハッ!!」

 

 そう笑う大瀧を乃亜は冷ややかに眺めている。

 

 その乃亜の視線に一緒にされては敵わないと大下はそそくさと退散していく。

 

 そんな大下の後ろ姿を今は側近として乃亜の傍にいなければならない大門は己も退散したい気持ちをグッと押し殺し、羨ましそうに見送っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 童実野町の広場の一角でキャンペーンガールの一人である野坂ミホはバトルシティの参加者にインタビューをしていた。そのお相手は――

 

「アメリカにて最年少でプロになったレベッカ選手! ではカメラに向かって意気込みをどうぞ!」

 

 プロデュエリストの肩書を持つレベッカ。

 

 そしてレベッカは眼鏡の位置を直して長い髪を揺らしながら、カメラに向かって手を振り元気よく答える。

 

「おじいちゃーん! 見てるー? 私、頑張るからねー!」

 

 

 そんなレベッカの周囲を見渡せばデュエルモンスターズのモンスターである白い四角の身体に小さな天使の羽、さらに3本線で目と口が書かれ、頭に?マークがある《もけもけ》や、

 

 デフォルメされたヒヨコの頭に卵の殻を乗せた《ぴよコッコ》のキグルミが子どもに《クリボー》を模した風船を手渡している。

 

 さらには長い髭を蓄えた如何にもな学者の風貌の《マスマティシャン》が2頭身のキグルミとなって杖片手に巨大なモニターに映るデュエルを分かりやすく解説する姿も見える。

 

 

 そんな祭りのような風景を眺めつつ海馬はつまらないものを見るように呟く。

 

「ふぅん、全く……随分と騒がしいことだ」

 

 海馬からすればこのバトルシティはグールズを捕らえる為の罠であり、デュエリストたちが熾烈を競う戦いの場だ。

 

 にも関わらずお祭り騒ぎのような騒々しさに海馬は眉をひそめる。この大会の開催を神崎に命じた海馬だが、思っていた大会の雰囲気と違うらしい。

 

 一応あのキグルミを着たKCの社員たちはグールズが表で騒ぎを持ち出した際にそのままの姿で特攻をかけ、その騒動をイベントのように誤魔化しつつ叩き潰す部隊だ。

 

 しかし今の表が平和な段階ではただの盛り上げ役でしかない。

 

 なおここまでお祭り騒ぎになったのはBIG5たちが「折角町一つを大会の会場にするのだから」と色々悪ノリした結果だったりするのだが、そのヘイトはやっぱり神崎に向かっている――便利な避雷針だ。

 

 

 そんな海馬を余所に野坂ミホのインタビューは進んでいく。

 

「レベッカ選手はこのバトルシティにどういった意気込みで参加されたんですか?」

 

「それはね~どうしても確かめたいことがあって――」

 

 レベッカの目的は海馬とデュエルして《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》に相応しいか確かめるべく、確実にデュエル出来るであろう本戦に進むことだ。

 

 だが当然それを話せば《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》に関する色々と込み入った事情も話さなければならなくなるゆえに、どこまで話したものかと言葉を探すレベッカだったが――

 

「――って海馬!!」

 

 肝心の目的の人物が普通に傍にいたことに瞠目するレベッカ。

 

「あっ! 海馬社長!」

 

 そのレベッカのマイク越しの声に野坂ミホも海馬に一礼を返す。その2人の声に周囲のキグルミたちの背筋が突如ピンと伸びたのは気のせいに違いない。

 

「ふぅん、急にどうした。俺になにか用か?」

 

 そう挑発するように返す海馬の姿にレベッカはマイクを野坂ミホに突き返し、素早く海馬の正面に走り寄って指差す。

 

「本戦で戦うつもりだったけど予定変更よ!!」

 

 そして己のデッキを取り出し、デュエルディスクにセットしながらレベッカは啖呵を切る。

 

「ココであったが百年め! 海馬! 貴方がおじいちゃんのブルーアイズを持つに相応しいか! 私が見極めて上げるわ!!」

 

「またあのじいさんの関係者か……」

 

 初戦に戦った双六と同じような用件だと察した海馬はレベッカに獰猛な笑みを向ける――誰の挑戦であっても海馬は受けて立つのみだ。

 

 自身こそが《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》に相応しいのだと見せつけてやろう、と。

 

「良いだろう、だがブルーアイズを狙う以上――女子供であろうと容赦はせんぞ!」

 

「容赦? そんなもの端から必要としてないわ!! 全力できなさい!! ――それと私が持っているパズルカードは2枚! 海馬! 貴方は?」

 

 海馬に挑発を返されたレベッカだが、構わず強気に返す。そして互いに賭けるパズルカートを懐から示した。

 

「ふぅん、奇遇だな。俺も2枚だ――今後も纏わりつかれても迷惑だ。ここは互いにパズルカードは全て賭けるとしよう」

 

「異論はないわ!!」

 

 互いに手持ちのパズルカートを全賭けのデュエル――この勝負が終わればどちらかがこのバトルシティを敗退する。

 

 しかし両者には「己こそが勝つ」と言わんばかりの姿だけがあった。

 

 

 その姿に野坂ミホはこの場に居合わせた幸運に感謝しつつ、撮影スタッフと目配せして両者の間に立つ。

 

「おおっとぉ! 何やら詳しい事情は分かりませんが、因縁がある様子ですよー! これは名勝負の予感です!!」

 

 そんな野坂ミホの姿に海馬、レベッカの両名は「好きにしろ」と言わんばかりに乱入を許す。

 

「では不肖の身ながら私があの言葉を言わせて貰いまーす!」

 

 そして右手を天に掲げた野坂ミホは軽く咳払いしたのち宣言した。

 

「おほん――デュエル開始ぃいいいいい!!!」

 

 

「 「デュエル!!」 」

 

 





基本的に神崎は敵対者には容赦はしない――自身の命に係わる程、それは顕著になる。




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第82話 カードの貴公子――えっ? 「貴公子」!?

レベッカVS海馬 ダイジェスト版です


前回のあらすじ
デュエルしないなら、その腕はいらないよね?



 多くの大会に出ていた海馬を知るレベッカはその海馬の実力を知っている筈だった。しかし今のレベッカは、それは勘違いだったと思わざるえない。

 

 

 海馬のフィールドに佇む絶対的な力の象徴である三首の白き竜がレベッカを圧殺せんが如きプレッシャーを放っている。

 

青眼の究極竜(ブルーアイズ・アルティメットドラゴン)

星12 光属性ドラゴン族

攻4500 守3800

 

 

 その《青眼の究極竜(ブルーアイズ・アルティメットドラゴン)》のプレッシャーにレベッカと共に晒されているのは――

 

 レベッカの相棒たる影の鬼、《シャドウ・グール》がその体中の赤い複眼で《青眼の究極竜(ブルーアイズ・アルティメットドラゴン)》を見据え、

 

《シャドウ・グール》

星5 闇属性 アンデット族

攻1600 守1300

攻3200

 

 逆立った髪に黒のマントに黒いレーシングスーツのような装備で身を包んだヒーロー、《異次元エスパー・スター・ロビン》がその手の鞭をしならせ、いつでも動けるように構える。

 

 その目元だけを隠す仮面、いわゆるベネチアンマスク越しに覚悟の籠った視線を見せていた。

 

《異次元エスパー・スター・ロビン》

星10 光属性 戦士族

攻3000 守1500

 

 さらに遊戯から託された混沌(カオス)の戦士の左半身から白いオーラが噴き出し、その左手の盾に守りの力を与え、右半身から黒いオーラが吹き出しその右手の剣に全てを切り裂く力が籠る。

 

《カオス・ソルジャー -宵闇(よいやみ)の使者-》

星8 闇属性 戦士族

攻3000 守2500

 

 そのレベッカ同様に闘志を昂らせるレベッカの3体のモンスターの姿に海馬は満足気に言い放つ。

 

「ふぅん……辛うじて俺のアルティメットの攻撃を防いだか……俺はカードを2枚伏せてターンエンド!! さぁ! 貴様の最後の足掻きを見せてみるがいい!!」

 

 そんな海馬の姿にレベッカは思う――成長しているのは自身だけではないのだと。

 

 今のレベッカには祖父、アーサーの《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》が海馬の元でその力を発揮している姿がよく分かる。

 

 《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》が海馬を(あるじ)と認めているのだと。

 

 ゆえに既にレベッカの目的である「相応しいかどうかを確認する」は果たされたと言っても過言ではない。

 

 

 しかし、だからといって「はい、そうですか」と負けてやるつもりなどレベッカにはなかった。

 

「なら、いくらでも見せて上げるわ!! 私のターン! ドロー!! よしっ! 私は《カオス・ネクロマンサー》を召喚!!」

 

 笑みが彫られた仮面をつけた、死霊使いがボロボロの赤いマントを揺らしながら、不気味な笑い声と共に宙に浮かぶ――そこには本来ある筈の足がない。

 

《カオス・ネクロマンサー》

星1 闇属性 悪魔族

攻 0 守 0

 

「攻撃力0のモンスターだと?」

 

「ふふん! この子を甘く見て貰っちゃ困るわ! この子の攻撃力は私の墓地のモンスターの数×300ポイントよ!! 私の墓地のモンスターは16体!! よってその攻撃力は4800!!」

 

 《カオス・ネクロマンサー》の指先から伸びる細い糸が地面に伸び、地面から糸に絡め取られた亡者が引き上げられる――その数は16体。

 

 その亡者たちの軽快なステップと呻き声のようなコーラスに《カオス・ネクロマンサー》はケラケラと笑う。

 

《カオス・ネクロマンサー》

攻 0 → 攻4800

 

「これでアルティメットはお仕舞ね!! さぁ行きなさい!!《カオス・ネクロマンサー》!! ネクロ・フェスティバル!!」

 

 亡者たちが《カオス・ネクロマンサー》に操られ、マンモスを形作るよう組み上げられた後、《青眼の究極竜(ブルーアイズ・アルティメットドラゴン)》にフラフラと進みだす。

 

 その亡者たちが通った大地は黒ずんだ泥のようなものがポコポコと噴出している。

 

「ならばリバースカードオープン!! 速攻魔法《融合解除》を発動!!」

 

 亡者たちを躱す様に飛翔し、空で再び光を放つ《青眼の究極竜(ブルーアイズ・アルティメットドラゴン)》。

 

「これにより俺はアルティメットをエクストラデッキに戻し、その融合素材である3体のブルーアイズを帰還させる!! 今、現れるがいい! 3体の《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》!!」

 

 光が収まった後には3体の《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》が空を舞っていた。

 

青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》×3

星8 光属性 ドラゴン族

攻3000 守2500

 

 しかし、その3体の《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》は――

 

「3体とも攻撃表示ですって!?」

 

 全て攻撃表示――守備表示で特殊召喚すればダメージも防げるにも関わらずに、だ。

 

 それゆえにレベッカの顔に険しくなる――海馬の考えが読めない。

 

「くっ……何で……でもここで止まる訳にはいかないわ!! 《カオス・ネクロマンサー》!! そのままブルーアイズを攻撃なさい!!」

 

 3体の内の1体の《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》にマンモススタイルで突っ込む亡者たち。

 

 煩わしそうに亡者たちを払った《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》だが亡者特有の瘴気がその白き身体を蝕み、白き竜は地に落ちた。

 

「くっ……許せ、ブルーアイズ……!」

 

海馬LP:5800 → 4000

 

「次よ! 《シャドウ・グール》で2体目のブルーアイズを攻撃! ティアーズ・オブ・セメタリー!!」

 

 空を舞う《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》に出来た僅かな影を伝いその背後を取った《シャドウ・グール》はその爪で《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》の翼を切り裂く。

 

 そして落下する《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》よりも一足先に影の中を移動し、地上に戻った《シャドウ・グール》はその竜の落下の速度を利用し、容易く首を刈り取った。

 

「ちぃっ!!」

 

海馬LP:4000 → 3800

 

「《カオス・ソルジャー -宵闇(よいやみ)の使者-》で3体目の最後のブルーアイズを攻撃よ!!」

 

 かつての遊戯とのデュエルを思わせるカオス・ソルジャーの派生カードと《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》の一騎打ち。

 

 剣の一振りからエネルギー波を放つ《カオス・ソルジャー -宵闇(よいやみ)の使者-》と、滅びのブレスを飛ばす《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》。

 

 両者の力は拮抗を見せる。

 

「ふぅん、相打ち狙いか……」

 

 だがその海馬の言葉にレベッカは声を上げる。

 

「そんな訳ないじゃない! 私は墓地の罠カード《スキル・サクセサー》を除外して私のフィールドのモンスター1体の攻撃力を800アップさせるわ! 当・然! カオスソルジャーの攻撃力をアップ!!」

 

 《カオス・ソルジャー -宵闇(よいやみ)の使者-》のエネルギー波に赤い光が籠り、《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》の滅びのブレスをジリジリと押し上げる。

 

《カオス・ソルジャー -宵闇(よいやみ)の使者-》

攻3000 → 攻3800

 

「これでブルーアイズと言えど敵じゃない! 切り伏せなさい! カオス・ソルジャー!! カオス・フォース・ブレードッ!!」

 

 やがて《カオス・ソルジャー -宵闇(よいやみ)の使者-》の雄叫びと共に、剣から発せられる力が《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》の滅びのブレスを断ち切り、その竜の身体を真っ二つに切り裂いた。

 

海馬LP:3800 → 3000

 

「くっ、おのれ……姿形は違うとはいえ、再びそのカードに俺のブルーアイズを!!」

 

 その《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》が切り裂かれる姿はかつての遊戯とのデュエルでの敗北を彷彿とさせ、海馬の苛立ちが募る。

 

「そんなこと言っている場合かしら! 《異次元エスパー・スター・ロビン》でダイレクトアタック!! これで止めよ!! ビック・リパンチ!!」

 

 《異次元エスパー・スター・ロビン》の手に持つ鞭がその腕の周りを高速回転し、その力を乗せた拳が海馬を目掛けて振るわれる。

 

 

 その海馬の残りライフは3000――文字通り《異次元エスパー・スター・ロビン》のこの拳がフィニッシュブローとなりうる。

 

 

 だがレベッカは「止め」と言いつつも、海馬がそう簡単にその攻撃を通してくれる等とは思わない。

 

 そのレベッカの予想は正しかった。

 

「ソイツは通さんッ! そのダイレクトアタック時に永続罠《クリスタル・アバター》を発動!!」

 

 《異次元エスパー・スター・ロビン》の拳を遮るように現れる巨大なクリスタル。

 

「コイツは俺のライフが攻撃モンスター以下のときに発動出来る永続罠!! その効果によりこのカードはモンスターゾーンに特殊召喚される!!」

 

 戸惑う《異次元エスパー・スター・ロビン》を余所にそのクリスタルは音を立てて展開する。

 

 やがて現れたのは人型の形に似た水晶の戦士。だがその腕はブレードのような流線型を描き、身体の至る個所には鎧のようにカットされた水晶が配置されている。

 

《クリスタル・アバター》

星4 光属性 戦士族

攻 ? 守 0

 

「トラップモンスター!? で、でも私の《異次元エスパー・スター・ロビン》は攻撃力3000!! 生半可なモンスターじゃ――」

 

 そう考察するレベッカを余所に《クリスタル・アバター》に光が灯り、乱反射する。

 

「ふぅん、コイツの攻撃力は俺の今のライフと同じになる!! よって《クリスタル・アバター》の攻撃力は俺のライフと同じ3000!!」

 

 その光は海馬のライフの光。よって《クリスタル・アバター》は海馬のライフの力を得て、蒼き光をその身に宿し、その真の力を開放する。

 

《クリスタル・アバター》

攻 ? → 攻3000

 

 その攻撃値は《異次元エスパー・スター・ロビン》と同じ数値。

 

「なっ!? これじゃぁ相打ちになっちゃう!! 《異次元エスパー・スター・ロビン》の攻撃をキャンセル――」

 

 《異次元エスパー・スター・ロビン》の身を案じ、撤退を促すレベッカだったが――

 

「無駄だァ! 《クリスタル・アバター》が特殊召喚された段階でそのモンスターは《クリスタル・アバター》と強制的にバトルする!!」

 

 《異次元エスパー・スター・ロビン》は《クリスタル・アバター》の水晶の輝きに吸い込まれるように拳を構え、殴りかかる。

 

「でも逆に言えば、折角呼んだそのカードもいなくなるわ! 私の有利は変わらない!」

 

 止められないと悟ったレベッカは「せめて」と、そう強気に返す。

 

 しかし海馬の狙いはその先にこそあった。

 

「いいや! 貴様はこれで終わりだ!! 《クリスタル・アバター》の効果で特殊召喚したこのカードが戦闘で破壊されたダメージ計算後!! このカードの攻撃力分のダメージを貴様に与える!!」

 

 《異次元エスパー・スター・ロビン》が拳を向ける《クリスタル・アバター》の水晶の身体に映るのはレベッカ自身。

 

 そのことに気付いた《異次元エスパー・スター・ロビン》が止まろうとするも、その拳は吸い込まれる様に引き寄せられ、止められない。

 

「これじゃあ残りライフは2000の私は!! 海馬はこれを狙ってブルーアイズを攻撃表示に!?」

 

 海馬は己のライフをあえて削ることで《クリスタル・アバター》の発動条件を満たした。

 

 それはレベッカの《カオス・ネクロマンサー》や墓地の《スキルサクセサー》も読んでいたということに等しい。

 

「ふぅん、当然だ……さぁ! 俺の勝利の為に砕け散るがいい! そして己が勝ち取った勝利を誇れ!! 《クリスタル・アバター》!!」

 

 《異次元エスパー・スター・ロビン》の拳が《クリスタル・アバター》が繰り出した拳と交錯し、互いに届くその僅か前にレベッカの声が響く。

 

「まだ私は終わらないわ!! 私は墓地の罠カード《ダメージ・ダイエット》を除外して私がこのターン受ける効果ダメージを半分に!!」

 

 《異次元エスパー・スター・ロビン》と《クリスタル・アバター》の拳はクロスカウンターのようにすれ違い、その両者を打ち抜く。

 

 一方の《異次元エスパー・スター・ロビン》は殴り飛ばされ、吹き飛ばされるも、足を地面に擦り踏ん張りを見せる。

 

 もう一方の《クリスタル・アバター》は殴り砕かれ、そのクリスタルの身体の破片がレベッカを襲いかかった。

 

「ぐぅううううううう!!」

 

レベッカLP:2000 → 500

 

 だがそのレベッカの前には《異次元エスパー・スター・ロビン》は両の腕を広げ、立ち塞がっており、その身体の至る個所にレベッカ目掛けて飛び散ったクリスタルの破片の半分程が突き刺さっている。

 

「自身の効果でフィールドに特殊召喚され破壊された《異次元エスパー・スター・ロビン》はフィールドを離れたとき除外されるわ……」

 

 少しでもレベッカを守れた安堵からゆっくりとその場で倒れる《異次元エスパー・スター・ロビン》。

 

「ほう……防いだか、だが先程とは立場が逆転したな……」

 

 その姿に海馬は満足気に頬を吊り上げつつ、ライフ差が大きく広がった事実にレベッカを挑発する――お前はこれで終わりなのか、と。

 

「……そうかしら? 貴方のフィールドにモンスターはいないようだけど?」

 

 その海馬の挑発にまだまだ勝負は終わっていないと返すレベッカ。ライフが引き放されたとはいえ、今の今まで海馬を守り続けていた《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》たちの姿はない。

 

「私はこれでターンエンドよ!!」

 

 まだ戦える――そう自身を鼓舞するレベッカの姿に、レベッカのフィールドの《シャドウ・グール》は威嚇するように爪を上げ、

 

 《カオス・ネクロマンサー》は亡者たちに敬礼を取らせ、

 

 《カオス・ソルジャー -宵闇(よいやみ)の使者-》は盾を構えレベッカを庇うように立ち、剣を海馬に向ける。

 

 

「ふぅん、ほざいていろ――俺のターン! ドロォオオオオ!!」

 

 そうギラリと眼光を光らせた海馬は己がデッキから力の限りカードを引き抜き、来るべきカードが来たと、ニヤリと笑う。

 

「俺は装備魔法《光の導き》を発動!!」

 

 海馬のフィールドに光の粒子が溢れていく。

 

「このカードは自分フィールドに《光の導き》が存在せず、俺の墓地に『ブルーアイズ』モンスターが3体以上存在するとき、その内の1体の効果を無効にして特殊召喚する!!」

 

 その光の粒子は竜の形をかたどっていき――

 

「勝利の為に舞い戻れ!! 《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》!!」

 

 白き竜が翼を広げ、雄々しく羽ばたく。

 

 その青き瞳はレベッカを静かに見つめていた。

 

青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)

星8 光属性 ドラゴン族

攻3000 守2500

 

「こうも簡単にブルーアイズを!! でも、さすがのブルーアイズでも今の私の布陣を突破するには攻撃力が足りないわ!!」

 

 《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》と視線を交錯させたレベッカの言葉など気にもせず、海馬はカードをデュエルディスクに差し込んだ。

 

「足りないのならば上げればいいだけだ!! 魔法カード《フォース》を発動!! このターンの終わりまでモンスター1体の攻撃力を半減させ、その数値分もう1体のモンスターの攻撃力をアップさせる!!」

 

 海馬とレベッカのフィールドの境目から黒い腕が影のようにヌルリと這い出る。

 

「この効果で貴様の《カオス・ネクロマンサー》の攻撃力を半減させ、俺のブルーアイズの糧とする!!」

 

 その黒い腕に貫かれた《カオス・ネクロマンサー》から魂のようなエネルギー体が抜き取られ、力が入らない《カオス・ネクロマンサー》は草臥れたかのように地面に蹲る。

 

《カオス・ネクロマンサー》

攻4800 → 攻2400

 

 その黒い腕が持つエネルギー体が《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》に放たれ、その白き身体がより強靭な輝きを見せた。

 

青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)

攻3000 → 攻5400

 

「これで今度こそ終わりだ! 過去の屈辱を晴らすがいいブルーアイズ!! カオス・ソルジャーを攻撃! 滅びのバースト・ストリィイイイイムッ!!」

 

 その強靭さを増した身体から滅びのブレスが《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》から放たれ《カオス・ソルジャー -宵闇(よいやみ)の使者-》を襲う。

 

「そう簡単にやらせはしないわ!! 私は墓地の《ネクロ・ガードナー》を除外して効果を発動!! このターンの相手の攻撃を1度だけ無効に!!」

 

 赤い大きな肩の鎧に赤い仮面、手足を鋼の手甲で覆った《ネクロ・ガードナー》が白い長髪を揺らし、その《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》の滅びのブレスを決死の覚悟で受け止めた。

 

 やがて《ネクロ・ガードナー》は滅びのブレスの前に散っていったが、その想いは《カオス・ソルジャー -宵闇(よいやみ)の使者-》を守り抜く。

 

「これでブルーアイズの攻撃は私のモンスターたちには届かないわ! それにこのターンの終わりに《フォース》の効果も切れる!!」

 

 そのレベッカの言葉の通り、《フォース》の効果が切れれば《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》の攻撃力も元の3000に戻る為、レベッカのフィールドのモンスターの攻撃を防ぐ手立ては海馬にはない。

 

 だが今の海馬にそんなもの(防ぐ手立て)は必要なかった。

 

「甘いな! 装備魔法《光の導き》には装備したモンスター以外が攻撃出来ないデメリットを持つ代わりに――俺の墓地の『ブルーアイズ』モンスターの数まで攻撃できる!!」

 

 《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》の身体から光の粒子が吹き荒れ、再びその口元に滅びのブレスがチャージされていく。

 

「連続攻撃能力ですって!? 貴方の墓地の《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》は2枚! つまり後1度の攻撃が出来るのね……」

 

 その追撃が通ればレベッカの残り僅かなライフは消し飛ぶだろう――届けば。

 

「――でも甘いのはそっちよ! 私の墓地には《ネクロ・ガードナー》が後2体いる! この意味が分からない貴方じゃないでしょう!!」

 

 そう、未だレベッカの守りの手は残されている。その程度の連撃では海馬の攻撃は届かない。

 

 しかし海馬はそんなレベッカの想定を獰猛に笑う。

 

「言った筈だ! 『これで終わり』だと!!」

 

「無理よ! 後1度の攻撃で、そんなことできる筈ないわ!」

 

 その海馬の自信溢れる姿に、レベッカは僅かに後退る――己の守りは突破される筈はないのだと。

 

「俺の墓地の《白き霊龍》は『ブルーアイズ』モンスターとして扱う!! よって俺の墓地のブルーアイズは5体だ!!」

 

「なんですって!?」

 

 その海馬の言葉にレベッカはその目を大きく見開く――海馬の墓地の《白き霊龍》の数は3体。

 

「さぁブルーアイズよ! 今度こそあのカードを蹴散らせ!! 滅びのバースト・ストリィイイイイムッ!! ニレンダァ!!」

 

 再び発射される滅びのブレス。

 

「わ、私は墓地の2枚目の《ネクロ・ガードナー》を除外して、攻撃を無効に!!」

 

 しかし2体目の《ネクロ・ガードナー》が立ちふさがり、そのブレスを防ぐも――

 

「サンレンダァ!」

 

 すぐさま新たな滅びのブレスが《カオス・ソルジャー -宵闇(よいやみ)の使者-》を目掛けて放たれる。

 

「最後の《ネクロ・ガードナー》を除外して、防ぐ!」

 

 三度現れた《ネクロ・ガードナー》がその身をとして守りに入るが――

 

「ヨンレンダァ!!」

 

 4発目の《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》を防ぐ余力は《ネクロ・ガードナー》たちには残されていない。

 

「まだよ! 墓地の《タスケルトン》を除外して、その攻撃を無効!」

 

 だが黒い子ブタが己の全身骨格を飛ばし、《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》の注意を引き、そのブレスを己の身で受け止める。

 

「――グォレンダァ!!」

 

 しかし《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》の滅びのブレスの連撃の最後の一撃が《カオス・ソルジャー -宵闇(よいやみ)の使者-》に襲い掛かる。

 

 散っていった者たちの想いを胸にブレスを盾で防ぎ、剣で切り込む《カオス・ソルジャー -宵闇(よいやみ)の使者-》だったが、その圧倒的なまでの滅びの力に、最後は散っていった者たちの後を追うように消えていった。

 

 やがてその余波がレベッカを襲う。

 

「くぅうううぁあああああ!!」

 

レベッカLP:500 → 0

 

 姿形は違えど「カオス・ソルジャー」に対して雪辱を果たした《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》は天に向けて咆哮を放つ。

 

「フフフ……ハハハ……ワーハッハッハッハー!!!!」

 

 さらにその竜の咆哮に同調するように海馬は盛大に己が勝利に笑う。

 

 そして周囲に《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》の咆哮と海馬の高笑いの共鳴が響き渡った。

 

 




青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)+海馬「 「フフフ……ハハハ……ワーハッハッハッハー!!!!」 」

〇ロロ軍曹「……こ、これは!! 『人』と『竜』の種族的な声量の違いを感じさせぬ、何とも力強くも繊細な共鳴ッ……!! 我輩……感激であります!!」



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第83話 カード・プロフェッサーの力、ご覧あれ!!

前回のあらすじ
カオス・ネクロマンサー「ひゃっほーい! 出番ゲットォ! ――でも負け試合だから素直に喜べない」(´・ω・`)ショボーン




 《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》の最後の5連撃目を受け、ライフが0となったレベッカの姿に審判代わりにこの場を仕切る野坂ミホが片手を上げて宣言する。

 

「ここに決着ッ!! 熾烈を極めたかに見えた激闘ですが! 最後の最後は海馬社長が自身の力を見せつけるように引き離しましたー!!」

 

 その宣言と共に観客となった辺りにいた人たちが喝采を上げるも、レベッカは悔しさに耐える。

 

「ぐぐぐ……悔しーーい!!」

 

 いや、やっぱり耐えていなかった――「ウガーッ!」と腕を上げる姿は、その場で地団駄でも踏みかねない様相だ。

 

 しかし悔しさを言葉に出し、スッキリしたのかレベッカは勝利に浸る海馬を指さし、声を張る。

 

「――でも認めて上げるわ!! 海馬! 貴方がおじいちゃんの――いや、もう違うわね……そのブルーアイズを持つのに相応しいって!」

 

「ふぅん、貴様に態々認めて貰う必要などないわ!」

 

 だがそんなレベッカの複雑な胸中の想いを鼻で嘲笑い一蹴する海馬。海馬の中ではレベッカとの因縁が薄い以前にほぼ知らない人間の為、その態度は辛辣だ。

 

「何ですってぇ!!」

 

 その海馬のおざなり過ぎる対応にプンスカ怒るレベッカ。だが暖簾に腕押し、ヌカに釘――海馬は堪えた様子もなく、言い放つ。

 

「だが――その言葉は一応受け取っておいてやろう」

 

 そんなレベッカを認めたかのような言葉だが、先ほどの態度ゆえにレベッカは素直にソレを受け取ることは出来ない模様。

 

 

 そんな両者のやり取りを見つつ、「此処だッ!」とマイク片手に近寄る野坂ミホ。

 

「どうやら《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》に相応しいかどうかを確かめる為の一戦だったようですね! ではその辺りの詳しい経緯をこれから――ってああッ!!」

 

 しかし何時ぞやと同じくそのマイクは海馬に分捕られ、そのまま海馬はカメラに向けて指を差す。

 

「見ているか! デュエリスト共よ!! 俺のカードを狙うのならば、好きなだけかかってくるがいい! そのすべてを打ち倒してくれるわ!!」

 

 そうして一向に姿を現さないグールズの神のカードの所持者にメッセージを送りつつ、用は済んだとばかりにマイクを野坂ミホ――ではなくレベッカに投げ渡す。

 

「ふぅん、邪魔をしたな……俺は次の獲物を探しに行かねばならん――その程度の些事(インタビュー)は敗者である貴様にくれてやるわ! フハハハッ! ハーハッハッハー!!」

 

 そうして言いたいことだけ言った海馬は高笑いを上げながら立ちさっていく。その行く先の人込みはモーゼの十戒の如く左右に分かれていった。

 

 

 海馬 瀬人は今日も今日とて全力全開である。

 

 

 そんな海馬の後ろ姿を見ながら野坂ミホは一人ごちる。

 

「海馬くんは相変わらずだなぁ……じゃぁレベッカ選手! 《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》にまつわる因縁なんかを話してくれると――」

 

 だがすぐさま気持ちを切り替えレベッカに詰め寄る野坂ミホだが――

 

「悪いけど、私にそんな時間はないわ!!」

 

 そう言ってレベッカはマイクを野坂ミホに突き返す。

 

「おや、そうなんですか? なら――」

 

 取り付く島もないレベッカだったが野坂ミホもこの場を纏める為にせめて一言欲しいとレベッカにマイクを向けようとするが――

 

「今からダーリンの元に向かうからね!!」

 

 衝撃的なレベッカのカミングアウトに目を剥く野坂ミホ――ある意味ビッグニュースだ。

 

「えっ、ダーリン!? ち、ちょっとその辺り詳しく――って行っちゃった~~」

 

 ゆえに詳しい内容を聞いておきたい野坂ミホだったが、レベッカは既に駆けだした後であり、マイクが宙を振る。

 

 

 名のあるデュエリストの名勝負が終わったにも関わらず、この場に吹く空虚な風は何なのか。

 

 しかし野坂ミホはこの程度ではめげはしない。恋慕を向ける獏良がテレビ越しで見ているかもしれないのだから――まぁ、実際は見ていないが。

 

「そう! たとえデュエルが終わっても、デュエリストたちは止まりません!! 己が目的の為に邁進し続けるのです!! 私たちに出来るのはそんなデュエリストの足跡を追い掛け続けることのみ!!」

 

 そうカメラに向けて主張する野坂ミホ――若干以上に苦しい主張だ。

 

「さぁ私たちも先に進みましょう!!」

 

 これで最後、とばかりにカメラに向かってこの場を何とか上手く締めようとする野坂ミホの姿は何だか哀愁を誘うものに見えたのは気のせいではあるまい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何処からか突如として響いた海馬の高笑いにビクっと肩を震わせるのはダイナソー竜崎。

 

 音の発信源に振り向くと、そこには海馬が高笑いして立ち去る映像が町の一角のディスプレイに映されていた。

 

 ただの映像であったことに安堵した竜崎はポツリと言葉を零す。

 

「なんや、別のとこかいな……」

 

 オカルト課が海馬に睨まれている為、そのオカルト課の所属となった竜崎は海馬が若干苦手になっている――なお海馬が目を光らせているのは神崎個人であるが竜崎は気付いていない。

 

「しっかし、おらんようになった羽蛾の分も頑張るゆーて気合入れたんはエエけど、早々不正しとる奴なんておらんもんやなぁ……」

 

 そう一人ごちる竜崎。色々と張り切ってはいたのだが、実際に業務に取り掛かろうとしても分かりやすい「業務」がない仕事だった。

 

「『大会の参加者に紛れて』って言われても、困りごとはKCのスタッフが担当しとる訳やし、ワイの出番があるようには思われへんけど……」

 

 そんな考察を浮かべる竜崎――初仕事ということもあり、文字通り「ハードルの低い仕事」を与えられたのだろう、と。

 

「まぁ、こう人の目が多いと無理もない話か……人の目があると悪さはできひんやろうしなぁ」

 

 このバトルシティは町全体が大会の会場になっているだけあってかなり人の目が多い。そんな場で不正に動くリスキーな行動を取るデュエリストなど早々にいる訳がない。

 

 竜崎のモチベーションは下がる一方だった。

 

 

 しかし竜崎の脳裏に羽蛾が言った「言われた以上の成果」との言葉がよぎる。

 

 

 そして思い至る――自分は試されているのではないかと。

 

 ワザと「ハードルの低い仕事」を回し、それに対する取り組む意欲や責任感、さらにその仕事を通して何を成果として残せるかを試されているのでは、と。

 

 残念ながら微妙に違う。

 

 実際の神崎の思惑は、ある程度の意識改革を行った竜崎と羽蛾が「どう動くか」に主眼を置かれている。

 

 

 しかしそうとは知らない竜崎はやる気を漲らせ、考えを巡らせる。

 

 今の竜崎は『大会の参加者』――KCでは海馬を除き、その肩書を持っているのは竜崎と羽蛾だけだ。

 

 そこにこそ活路があると竜崎は考えるが、その考えは纏まらずに周囲を見渡す――そういえば自分はこの手の考えが苦手だったと思いつつ。

 

 

 

 そう視界を彷徨わせる竜崎が注目したのはヘルメットを被り、眼鏡をかけた軍隊風の服装の男と、黒のゴシックスタイルの服装にショートの金髪が特徴の女性。

 

 竜崎が注目したのはその2人が異国の人間であったこともあるが、何より一般的な服装とかけ離れた点に目が行く。

 

 

 その2人の内のゴシックスタイルの服の女性、カードプロフェッサー、ティラ・ムークは並んだ店に視線を向けている。

 

「さすがKCのお膝元ね……最新のものが多――『デュエルディスク改造セット――【ヴァンパイア】デザイン』!?」

 

 しかしある店のショーウィンドウで止まるとすぐさま、そこにかじりつくティラ・ムーク――油断していれば見逃してしまいそうになる程の恐ろしく速い動きだ。

 

 そのショーウィンドウには通常タイプのデュエルディスクに外付けパーツを付けることでそのデザインを「ヴァンパイア」をイメージしたデザインにする製品がその他のデザインと共に店頭に並べられていた。

 

 

 リアル感覚で言うところのいわゆる「スマホケース」や「デコレーション」に近いものなのだろう。

 

「なにこれ……こんなのが出てたなんて……」

 

 カードプロフェッサーとしての仕事も忘れる勢いで、ショーウィンドウの見本を凝視するティラ・ムーク。

 

 ティラ・ムークが目の色を変えるのも無理はない。何故なら彼女は「ヴァンパイア」デッキの使い手――さらには自分のフェイバリット「ヴァンパイア」カードを「(あるじ)」と呼ぶ程にのめり込んでいるのだから。

 

 

 しかし軍隊風の服装の男、カードプロフェッサーのカーク・ディクソンは同僚のティラ・ムークの姿に頭を押さえ、苦言を呈する。

 

「何をしているんですか、我々には任務が――『デュエルディスク改造セット――【アーミー】デザイン』!?」

 

 のも中断して、ティラ・ムークと同様にショーウィンドウにかじりつく。その目の先には――

 

 デュエルディスク改造セット、【ヴァンパイア】デザイン――の隣にあった【アーミー】デザインの無骨なフォルムに目を奪われていた。

 

 ……カーク・ディクソンが目の色を変えるのも無理はない。彼はデッキは勿論のこと、その私服すら軍隊風で固める程のミリタリーマニア――デュエル中に自然に敬礼までこなす程なのだから。

 

 店のショーウィンドウにピタッと噛り付く、ゴシックスタイルの服装の女性と、軍隊風のデザインの服装の男性はかなり悪目立ちしていたが当の本人たちは気にした様子もない。

 

 おい、ハンターたち……グールズを狩る仕事はどうした。

 

 

 そしてティラ・ムークとカーク・ディクソンは互いに顔を見合わせ――

 

「裏の総意とはいえ、ある程度はグールズも捕縛したし……取り合えずの『義務』は果たしたわよね?」

 

 そんなティラ・ムークの内心が透けて見えるような言葉にカーク・ディクソンは首を縦に振り同意しつつ返す。

 

「そうです。『義務』は果たしました――それに獲物が隠れた今、我々が自分の足で探すよりもKCからの要請を待った方が効率的です」

 

 そのカーク・ディクソンのもっともらしい言葉にティラ・ムークと共に笑みを作る。

 

 そして彼らはグールズ探し――ではなく、目の前の店に入店するべく動き出すが――

 

「でも『ソレ』、この店で買われへんで?」

 

 そんな竜崎の声が背後から響いた。

 

「 「なん……だと(ですって)……!?」 」

 

 後ろを振り返り驚愕の面持ちを見せるティラ・ムークとカーク・ディクソン。

 

 彼ら2人の脳裏には自分好みにチューンアップした新たなデュエルディスクでグールズたちを試し切りする予定が崩れていく。

 

「あっ、スンマセン。立ち聞きするつもりはなかったんやけど……そもそも『ソレ』はここでは――」

 

 そんな竜崎の謝罪の言葉と申し訳なさからの事情の説明を封殺するようにティラ・ムークはズイっと迫る。

 

「彼、何か知ってるみたいね――あら? どこかで見た顔?」

 

 そんなティラ・ムークの目力という名の圧力から思わず後ずさった竜崎。だがその背に誰かがぶつかり、そしてその上から声が落ちた。

 

「確か『ダイナソー竜崎』です――情報によればKCに所属し、彼のターゲットは『不正を行う人物』です」

 

 振り返る竜崎の目に映るのは眼鏡越しに見える獲物を見つけたかのようなカーク・ディクソンの瞳。

 

「えっ!? ちょっ、ワイはそう大したこと知らんし――」

 

 まさに前門の虎、後門の狼の状態の竜崎は声を震わせるが――

 

「無論タダとは言いません」

 

 カーク・ディクソンの思ったよりも理性的な声が返ってくる。

 

「先程、小耳にはさんだ情報ですが『心を読む』等と胡散臭いことを述べるデュエリストの情報――ご興味ありませんか?」

 

 そんなカーク・ディクソンの言葉に竜崎は動揺した頭が冷え、確認するように問いかける。

 

「……つまり情報交換の取引ってことかいな?」

 

「はい、貴方はその情報により成果の足掛かりを手にし、我々は欲しい情報を頂く。それだけです」

 

 それっぽく言っているカーク・ディクソンと訳知り顔で腕を組んでいるティラ・ムークだったが、竜崎から得る情報の中身が若干残念なせいで微妙に格好が付かない。

 

 

 そんなカードプロフェッサーの2人に竜崎は己の業務に光明を見出す。

 

「せやったら了解や。取引成立やで! え~と、その後付けデザインのヤツは――」

 

 そうして説明を始める竜崎。

 

 その情報も既に世間に広め始めているもの、ゆえに彼らに話すことは何も問題にならないだけでなく、KCの宣伝にも繋がる。一石二鳥だ。

 

「――って具合や。どうや?」

 

 そうして説明を終えた竜崎。だが自身があまりこの手の話題に詳しくないことだけが不安材料だ。

 

「成程、助かりました。では此方を――詳しい内容を書き留めたものであります」

 

 しかし、カーク・ディクソンとティラ・ムークは納得したように晴れやかな顔を竜崎に向け、一枚のメモを竜崎に手渡した。

 

「おおっ! こらエライ詳しい情報を!」

 

 メモに書かれた詳細な情報に感嘆の声を上げる竜崎――自分の情報の精度ゆえに申し訳なくなる程である。

 

 そんな竜崎にティラ・ムークは注釈を入れる。

 

「でも急いだほうがいいと思うわ。私たちが見たときは対戦相手を探して周囲に呼び掛けてたみたいだから、もうデュエルは始まってるかもしれないし」

 

「そでっか! いや、おおきに! 感謝するわ! じゃぁ、ワイは先を急ぎますんで!!」

 

 そのティラ・ムークの言葉に居ても立っても居られなくなり竜崎はそう言って駆け出す。

 

 KCのスタッフは参加デュエリストに過度に接触することは出来ない――贔屓に受け取られかねないからである。

 

 だが「大会参加者」の肩書である竜崎はそれに当てはまらない。ゆえにデュエリスト間の情報の精査――それが竜崎の見つけた答えだった。

 

 

 そんな竜崎の後ろ姿を見つつティラ・ムークは呟く。

 

「張り切っているわね」

 

「無理もありません。彼はいわば『篩』にかけられている状態ですから」

 

 それに対し、色々と黒い噂の絶えない神崎に目を付けられている竜崎に「ご愁傷様」との思いと共に返すカーク・ディクソン――こら、十字を切るんじゃない。縁起でもない。

 

 しかし所詮は対岸の火事、自分たちには関係ないと竜崎に背を向ける2人。

 

「さて、そろそろ行きましょう」

 

 そしてそんなティラ・ムークの言葉と共に2人のカードプロフェッサーは歩き出す。

 

 

 

 件の「デュエルディスク改造セット」を先行販売している店舗に。

 

 

 いや、グールズ探せよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 圧倒的なプレッシャーを放つ存在の前にマイコ・カトウは対峙していた。

 

 そしてそのマイコ・カトウの車椅子を引いていたテッド・バニアスの手の僅かな震えを感じ取り、マイコ・カトウはテッド・バニアスを労わるように問いかける。

 

「テッド、下がる?」

 

 しかしテッド・バニアスは強気な笑みを作り返す。

 

「バカ言うなよ――ここで下がるデュエリストなんていねぇぜ」

 

 この一戦を間近で見届けられることはテッド・バニアスにとって値千金の価値がある。

 

「俺がガキの頃から伝説だった男が……今、目の前にいるんだ――引くわけねぇだろ」

 

 そうして眼前の役者(アクター)を睨むように見据えるテッド・バニアスの声は震えていた――それは怯えなどではなく武者震いに近い。

 

 役者(アクター)――

 

 デュエルモンスターズが生まれ、世界に根付いた最初期の時代から、その裏世界で「不敗」の伝説を打ち立てたデュエリスト。

 

 なお実際は大半のデュエルが勝てそうな相手とだけ戦ってきただけのものなわけだが、そんな事情など彼らは知る由もない。

 

 

 さらにその「無敗」の伝説は今もなお続いている。

 

 テッド・バニアスの憧れの男、キース・ハワードを表の最強の一角と取るならば、

 

 役者(アクター)はまさに裏の最強の一角。

 

 

 何だか裏の方だけ随分と格が下に落ちた感じだが、気にしちゃいけない。

 

 

 テッド・バニアスたちに向けられた闘志は膝を屈しそうになる程の重圧感を放つ。マイコ・カトウはこの時ほど自分が車イスに座っていることを感謝したことはない。

 

 

 なおそのアクターらしからぬプレッシャーの正体は――

 

 想定外の遊戯との接触や完全にデュエルする目(潰す気)でアクターを見据えるマイコ・カトウの姿などに精神的な動揺が立て続けに起こったゆえのもの。

 

 早い話がアクターこと神崎の身に取り込んだ「冥界の王」の力が軽く漏れ出ているせいだ――もっとシャンとしろ。

 

「要件は?」

 

 何の感情も感じさせないような機械で加工されたアクターの声が響く。

 

 そのプレッシャーからマイコ・カトウは自身の考えなど見透かされていると思いつつ、そんなことなどおくびにも出さずに世間話をするかのように語りだす。

 

「そんな大したようじゃないわ――アクター、貴方は本戦を目指している。ならパズルカードを集めるのも一苦労でしょう?」

 

 マイコ・カトウの言う通り、一般の参加者たちはアクターのその異様な風貌から進んで近づくようなことはしない。

 

 そもそもアクターが進んで表参道を歩くようなこともしないが。

 

 さらに遊戯や海馬のように対戦相手を吟味している訳でもないにも関わらず、今のアクターが持つパズルカードは3枚――少しペースが悪い。

 

「よかったら私の余ったパズルカードを貰って頂戴」

 

 そう人の良さそうな顔をしながらマイコ・カトウは3枚のパズルカードを提示する。

 

「ああ! 忘れていたわ……パズルカードはデュエルでやり取りしないとデータの所有権が移らないんだったわね」

 

 そして今思い出したかのように驚いて見せるマイコ・カトウ。

 

 そして困り顔を作りつつ悩む素振りを見せた――どこかワザとらしいのは気のせいではあるまい。

 

「困ったわねぇ……そうだわ! 私とデュエルしましょう?」

 

 やがて今思いついたように「いい考え」だとマイコ・カトウは手を合わせる。

 

 しかしその提案にアクターは簡単に首を縦に振る訳にはいかない。

 

 

 そもそもハンターはグールズを捕らえる為に雇われた人員――目的を同じくする者たちでデュエルする必要性がない。

 

 というのが理由、ではなく、単純に原作にて遊戯をあと一歩まで追い詰める実力者とデュエルしたくないからである――何とも情けない理由だ。

 

 

 だがマイコ・カトウは思考の隙を見せないように言葉を返す。

 

「大丈夫、万が一私が勝ってしまったとしてもマッチ戦形式を取れば残りの2戦は私がサレンダーして上げるわ――だから貴方の仕事には何も影響はない」

 

 そう優し気に微笑むマイコ・カトウだが、その言葉は分かりやすい挑発に他ならない。

 

 プライドを僅かでも持ったデュエリストなら「ふざけるな」と怒号を上げるだろう。

 

 与えられる「勝利」という名の「敗北」を受け入れられるデュエリストなどいない。

 

 

 そんな形だけを取り繕った「白々しさ」すら感じるマイコ・カトウの提案。

 

 

 しかし「プライド」もなく、「デュエリスト」と呼ぶには若干アレなアクターからは願ってもない申し出だった。

 

 懸念される「アクターの敗北」による問題もマイコ・カトウの人となりを原作から知り、吹聴して回る人間でないことが分かっているアクターこと神崎の認識もその決断に背を押す。

 

 さらに万が一「役者(アクター)」の看板が地に落ちたとしても、既にオカルト課ではデュエリストが充実している為、神崎はさほど問題視していない。

 

 

 ただデュエルするだけでパズルカードが手に入り、本戦出場の権利である「パズルカードを6枚集める」もクリア出来る――それが神崎にとって魅力的な提案だった。

 

 そう! 今後、遊戯や海馬に出会った際に「既に本戦出場の権利を得ている」ことを理由に彼らとのデュエルを避けることが出来るのだ! ――お前はそれでいいのか。

 

 

 さらに浮いた時間でマリクの捜索も行える為、アクターは内心の乗り気を隠しつつ、自身のデュエルディスクにデッキをセットする。

 

 

 そしてデュエルディスクを構えるアクターの姿にマイコ・カトウは満足気だ――アクターの内心を知ればその満足感も吹き飛ぶだろうが。

 

「フフッ、年寄りのわがままにつき合わせちゃって悪いわね――でもアクター。私は貴方を買っているのよ?」

 

 マイコ・カトウ視点では生ける伝説とのデュエルに老いを感じさせぬ闘志を発しつつ、楽し気に語りだすマイコ・カトウ。

 

「過去の全米チャンプの騒ぎの時もデュエルするだけで勝ち負け関係なく莫大な依頼料を提示した人たちに『裏の人間が表に関わるべきじゃない』――そのスタンスを最後まで貫いた」

 

 そんなマイコ・カトウの昔話にアクターは過去を思い出す――メリットが少なすぎて受ける気がしなかった、と。

 

 当時のオカルト課では所属デュエリストが大して充実していなかった為、キースとのデュエルに負ければ当然オカルト課は大打撃を受け、

 

 仮に勝っても下手をすれば原作のようにキースの転落人生が始まるのでは、と危惧していた――恨まれでもしたら面倒になることは確実だ。

 

 

 そんな夢も希望もないアクターの考えを余所にマイコ・カトウの饒舌に語る。

 

「裏で仕事をしつつもデュエリストの矜持をしっかりと持った貴方を私は高く評価しているわ」

 

 マイコ・カトウの中ではアクターの評価はかなり高いものだった――それら全て虚像なのが悲しい。

 

「でもそんな貴方がこうして『表の大会(バトルシティ)』に参加している――あの男の指示よね?」

 

 しかしマイコ・カトウの視線が強まる。

 

「貴方は何故『あんな男』に付き従うのかしら?」

 

 その一点がマイコ・カトウには疑問だった――アクターの実力があれば態々誰かに付き従う必要性が見いだせない、と。

 

 よりにもよって何故あの男――神崎 (うつほ)に付き従うのか、と。

 

 

 マイコ・カトウの純粋な疑問だった。

 

 しかしそんなことを言われてもアクターこと神崎は自分の一方の部分の評価が低すぎることに内心でショックを受けるだけ。

 

 

 沈黙が場を支配する――アクターこと神崎からすれば心が痛い沈黙だった。

 

 やがて何も答える気のないアクターにマイコ・カトウは溜息を吐く。

 

「答える気はない? フフッ、噂通り本当に無口なのね――何を話してもダンマリ……」

 

 年甲斐もなくはしゃぎ過ぎたとマイコ・カトウはデッキをデュエルディスクに差し込みつつ、瞳を閉じる――デュエリストが戦うのは口論ではないのだと。

 

「ならここはデュエリスト同士――」

 

 そして開かれたマイコ・カトウの眼光はギラリと光り、それに呼応するように車椅子に取り付けられたデュエルディスクが展開した。

 

「――デュエルで語るとしましょうか!」

 

 そしてマイコ・カトウは役者(アクター)の舞台へ躍り出る。

 

 




~入りきらなかった人物紹介、その1~
ティラ・ムーク
遊戯王Rに出演
カードプロフェッサーの一人。

ゴシックスタイルの服装にショートの金髪が特徴の女性。

自身の切り札、そしてフェイバリットカードたる《カース・オブ・ヴァンパイア》を(あるじ)と呼ぶ。

デュエリストは自身のフェイバリットカードを大抵「相棒」や「仲間」と同列に扱う中で

ティラ・ムークは「(あるじ)」と目上に扱う珍しいタイプのデュエリスト

それがキャラ作り的な意味合いの「ポーズ」なのか、本当に「目上」に扱っているのかは不明。


遊戯王Rの作中では遊戯に敗北後、城之内がデュエルディスクを借りた相手。

そして作中の騒動終了後にカードプロフェッサー最強の証、ブラックデュエルディスクになって戻って来た――どこの昔話だ。

――今作では
「前世でのサブカルチャー関係はこの世界でどの程度、影響が出るのだろうか?」という神崎の疑問により立ち上がったプロジェクトにより

BIG5たちの協力の元、KCの持ちうる全技術を使い様々な前世のサブカルチャーを「デュエルモンスターズ」を用いて可能な限り再現して世に解き放った。

マスクド(M)(・ヒーロー(HERO))ライダー」シリーズや

「(怒炎壊獣)ドゴランVS(対壊獣用決戦兵器)スーパーメカドゴラン」

「Kozumo・ウォーズ」に「レオグン・キング」等々

それらの前世の様々な作品をパクって――もとい再現したものはKCを色々と潤した。


その過程で某「にんげんってうつくしい」で有名な吸血鬼の話もあり、

それにド嵌まりしたティラ・ムークは、返ってこれなくなった――今作ではその辺りから《カース・オブ・ヴァンパイア》を(あるじ)と呼び始める。

当初は困惑した他のカードプロフェッサーたちだったが、

マイコ・カトウの「このぐらいの年頃の女にはそういうのもあるわ。私にも覚えがあるもの」という言葉により取り合えずは収束。


その後、サブカルチャー作成の話を聞きつけた海馬により《正義の味方 カイバーマン》を主役にしたストーリーを作るよう命令があったとか、ないとか。





~入りきらなかった人物紹介、その2~
カーク・ディクソン
遊戯王Rに出演
カードプロフェッサーの一人。

ヘルメットを被った軍隊風の服装をした男。常に丁寧な口調で話すが、その中に高圧的な性格や嫌味な一面も覗かせる。

遊戯王Rの作中では舞台となったKCの至るところに罠を仕掛けており、城之内はそれに引っかかった為、落とし穴に落ちた。

なお仕掛けた当人も遊戯に敗北したショックで後退り、自分の罠にかかった――メンタルが脆い模様。

青眼の究極竜(ブルーアイズ・アルティメットドラゴン)》をも超える攻撃力4600を持つ《マシンナーズ・フォース》を切り札に据えた「マシンナーズ」デッキを使用。

召喚条件が厳しい? 《マシンナーズ・フォートレス》の方が使いやすい? 知らんな、そんなことは管轄外だ。


――今作では
機械軍隊デッキや私服に軍服を選ぶ程のミリタリーマニアっぷりな一面から、趣味人の側面が大きくなった。

そのため、紛争の中で武器も持たずに生身で戦い抜いたと言われる「伝説の傭兵の謎」を追っている。

カードプロフェッサー内では「そんな奴いるわけねぇだろ」、「戦場でパニックになって幻覚を見ただけ」等と言われているが

彼は「きっといる」と信じている。

その伝説(笑)の傭兵の正体は――



~今作でのオリジナル品~

~「デュエルディスク改造セット」について~

コンセプトは「自分だけのデュエルディスクをお手軽に」

ドーマ編でのオレイカルコスの鎌のようなデュエルディスクや
遊戯王GXでクロノス教諭が使っていた衣服と一体化した「デュエルコート」など

デュエルディスクは(将来的なものを含め)多彩なデザインのものがある

しかし、どの時代においても大抵は画一化されたデザインが主流。

専用のデュエルディスクが欲しくても、ワンオフは値段が高くなるのが世の常。

だからといって遊戯王5D’sの遊星のように「自分で改造」はデュエルディスクを壊してしまいそうで出来ない。

そんな貴方にこれ! 「デュエルディスク改造セット」!!(通販感)

おや? 「改造」と聞いて難しそうだと思ったかなぁ~(聞き耳の仕草)

でも大丈夫!

この「デュエルディスク改造セット」は
通常のデュエルディスクの所定箇所に対応パーツを上から取り付ける仕様になっているんだ!

だからとっても簡単だぞ!

そしてデザインの種類も沢山あるんだ!

ようはスマホケースのようなものさ!(DMのバトルシティ時代にスマホはないけど)

えっ? でもそれだと同じ商品を買った人とデザインが被っちゃう?

それも問題ナッシング!

あくまで今回の話で出たのは「セット売り」されたものなんだ!

パーツごとのバラ売りもされているぞ!

つまりデュエルディスクの――

デッキを収める部分は「ヴァンパイア」

ライフが表示される周囲の部分は「アーミー」

カードをセットする部分は「バーニング」

その他はノーマル(付け足しなし)

といった具合にそれぞれの部分に別々のデザインを取り付ければ――

あら不思議! デザインのパターンが盛り沢山だ!!

さぁ! 君もこの 「デュエルディスク改造セット(仮名)」で自分だけのデュエルディスクをゲットだ!!


今ならカッコよくデュエルディスクを持ち歩ける「デュエルホルダー」も付いてくる!!

これを使えば~~例えば、こんな風にガンマン風にデュエルディスクを持ち歩けるぞ!!
(腰に付けたデュエルディスクを見せつける感)


では、また次回をお楽しみに!!



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第84話 彼にとっての「普通」のデュエル

前回のあらすじ
今作で脱退が相次ぎ10名まで数を落としたカードプロフェッサー

しかし、その内の4名は任務そっちのけでフィーバーしていた!?



 先攻はマイコ・カトウ。

 

「私の先攻ね。ドロー」

 

 引いた手札を見つつ、牽制の意味合いも込めて穏やかに笑う。

 

「あらあら、中々いい手札。私は手札のモンスターを捨てて、魔法カード《ワン・フォー・ワン》を発動。その効果でデッキからレベル1の――《森の聖獣 ユニフォリア》を特殊召喚するわ」

 

 フィールドを駆け回るのは新緑の草々を身体に生い茂らせるユニコーン。

 

 やがてマイコ・カトウに寄りそうように立ち止まる。

 

《森の聖獣 ユニフォリア》

星1 地属性 獣族

攻 700 守 500

 

 そんなマイコ・カトウの最初に呼び出されたモンスターを見つつアクターは思案する。

 

――《森の聖獣 ユニフォリア》を採用している以上、デッキに獣族以外はいない可能性が高い。そして墓地に送られたのはあのカード。

 

 そしてさらに思案せざるを得ない――最初の手札がエゲツねぇ、と。

 

 そのアクターの絶望を余所にマイコ・カトウは動きだす。

 

「そして私の墓地のモンスターが獣族だけの時、《森の聖獣 ユニフォリア》の効果を発動出来るわ」

 

 《森の聖獣 ユニフォリア》の身体の草々がその身体を覆い隠す様により生い茂っていく。

 

「自身をリリースして私の手札・墓地から《森の聖獣 ユニフォリア》以外の獣族モンスターを蘇生させる」

 

 そして大樹のようになった《森の聖獣 ユニフォリア》の内側から槍が飛び出し――

 

「魔法カード《ワン・フォー・ワン》の効果で墓地に送られていたこの子を特殊召喚――現れなさい! 森を守護する三賢人が一人! 赤き彗星! 《エンシェント・クリムゾン・エイプ》!!」

 

 その槍で切り開いた大樹から現れたのは黒い革の防具で身を包んだ赤い体表の巨大なヒヒのような獣。

 

 しかしその獅子のたてがみのような白い体毛のある顔には森を荒らす者への怒りが見て取れた。

 

《エンシェント・クリムゾン・エイプ》

星7 光属性 獣族

攻2600 守1800

 

「お次は《ビーストライカー》を通常召喚させて貰うわね」

 

 《エンシェント・クリムゾン・エイプ》の隣に降り立つのはダメージジーンズを着こなし、巨大なハンマーを持つ身体の所々に黒い毛の生えた二足の獣。

 

 その口から伸びる巨大な牙を唸らせ、アクターを睨む。

 

《ビーストライカー》

星4 地属性 獣族

攻1850 守 400

 

「そして私の手札を1枚捨てて《ビーストライカー》の効果を発動よ。デッキから《モジャ》を1体特殊召喚するわ」

 

 《ビーストライカー》がハンマーで地面を叩いて地面に穴を開けると、そこから黄色く丸い愛らしい顔に黒い体毛を纏わせた達磨のような獣、《モジャ》が顔を覗かせた後に飛び跳ねて獣の一団へと並ぶ。

 

《モジャ》

星1 地属性 獣族

攻 100 守 100

 

「さらに私のフィールドの表側の《モジャ》をリリースして墓地の《キング・オブ・ビースト》を特殊召喚するわ」

 

 《モジャ》の黒い毛が逆立っていく、そしてその黒い毛は体積を増やしていき、《モジャ》の時とは違った捕食者としての獣の雄叫びを上げ始めた。

 

「さぁ! 貴方の真の姿を見せて上げなさい!! 《キング・オブ・ビースト》!!」

 

 黒い大きな体毛を揺らすその姿にかつての《モジャ》にあった愛らしさなどはどこにもない。

 

 黄色い顔の部分は厳つい顔つきへと変わり、黒い体毛に覆われた巨大な身体から伸びる、骨だけのような黄色い4本の手足が不気味にひしめく。

 

《キング・オブ・ビースト》

星7 地属性 獣族

攻2500 守 800

 

「最後に永続魔法《補給部隊》を発動して、カードを1枚伏せたらターンエンドよ」

 

 マイコ・カトウの一切の無駄のない手札から繰り出される一部の隙も見えないプレイングにアクターは「引き」の差を感じざるを得ない――毎度のことではあるが、未だに慣れない様子。

 

 

「私のターン、ドロー」

 

 今使用しているデッキにしてはアクターの手札はそこそこ良く、分相応といったところだ。

 

「相手フィールドのみモンスターが存在する為、手札から《サイバー・ドラゴン》を特殊召喚」

 

 小さなスパークと共に現れた銀の装甲を持つ蛇のように長い身体の機械竜。

 

《サイバー・ドラゴン》

星5 光属性 機械族

攻2100 守1600

 

 その有名なデュエル流派であるサイバー流でお馴染みのカードにマイコ・カトウは懐かしいものを見たかのように声を漏らす。

 

「《サイバー・ドラゴン》? サイバー流のカード……鮫島を思い出すね――あの小僧は、今はどうしていることかしら」

 

 そんな昔の記憶を楽しそうに語るマイコ・カトウだったが、そんな姿も直ぐに鳴りを潜め、自身のセットカードに手をかざす。

 

「その特殊召喚の際に罠カード《針虫の巣窟》を発動させて貰うわよ。その効果で私のデッキの上から5枚のカードを墓地に送らせて貰うわ」

 

 ほとんど無差別に墓地にカードを送る効果だが、一線級のデュエリストが行う「それ」は因果をも超えたものとなる。

 

「フフッ、いいカードが落ちたわね」

 

 そんな嬉しそうなマイコ・カトウの言葉を聞きつつ、墓地に落ちた5枚のカードを超視力で捉えるアクター。

 

――制限カードの《おろかな埋葬》×5と何が違うのだろう……

 

 墓地に落ちたカードはどれもこれも墓地にいてこそ効果を発揮するカードたち。

 

 そのとんでもない運――否、運命力にアクターは内心で眩暈を覚える。

 

 たった1枚の罠カードが、デッキに1枚しか入れることの出来ない制限カード5枚分の働きをしたに等しいのだから。

 

「《サイバー・ドラゴン》をリリースし、《人造人間-サイコ・ショッカー》をアドバンス召喚」

 

 光となって地面に光の軌跡を描く《サイバー・ドラゴン》。

 

 そしてその丸い光から、黒い拘束具のような服装に赤外線スコープのような装備を顔に付けた《人造人間-サイコ・ショッカー》が腕を組みながら浮かび上がる。

 

《人造人間-サイコ・ショッカー》

星6 闇属性 機械族

攻2400 守1500

 

「あらあら、サイコ流のカードまで、先に罠カード《針虫の巣窟》を発動しておいてよかったわ」

 

 そう、マイコ・カトウの言う通り《人造人間-サイコ・ショッカー》は罠カードの効果と発動を封じる力を持ったモンスター。

 

 当然マイコ・カトウはアクターのデッキなど知る由もない為、マイコ・カトウが先に罠カードを発動させたのはほとんど直感に等しい。

 

 

 アクターが苦労して知識の中から相手のカードを予想しているのに対し、相手は経験に裏打ちされた直感のみ、労力の差が酷く大きかった。

 

 アクターは気が滅入りそうになる己に檄を入れ、デュエルを続ける。

 

「バトルフェイズ。《人造人間-サイコ・ショッカー》で《ビーストライカー》を攻撃」

 

 《人造人間-サイコ・ショッカー》が両の手の間にサイコエネルギーを球体状に留め、そのエネルギーを天に掲げるかの如く突き上げ、相手に背が見える程に片足を上げながら体を捻る。

 

 そしてその長身を活かしオーバースローで球体状のサイコエネルギーを投げ下ろすかのように放った。

 

 対峙する《ビーストライカー》は横を向くように立ち。己が持つハンマーを一本足で構え、飛んできた球体状のエネルギーをハンマーで撥ね飛ばすべく振りぬくが――

 

 だがその球体状のエネルギーはハンマーを砕き、抉るような軌跡を描いて《ビーストライカー》に直撃、その身体を撥ね飛ばした。

 

マイコ・カトウLP:4000 → 3450

 

「くっ……でも私のフィールドのモンスターが破壊されたことで永続魔法《補給部隊》の効果で1枚ドロー!」

 

 しかし《ビーストライカー》の闘志はマイコ・カトウの手札となって引きつがれ、

 

「そして私のモンスターが破壊され墓地に送られたことで《エンシェント・クリムゾン・エイプ》の効果が発動! 私のライフを1000回復する!」

 

 《エンシェント・クリムゾン・エイプ》の天に掲げた槍から放たれる光のオーラがマイコ・カトウを癒す。

 

マイコ・カトウLP:3450 → 4450

 

「さらにこの瞬間! 私の墓地の《異界の棘紫獣(きょくしじゅう)》の効果を発動させて貰うわ!!」

 

 《ビーストライカー》の勇敢なる姿を称えるような遠吠えが響く。

 

「私のフィールドのモンスターが戦闘で破壊され墓地に送られた時! 墓地の自身をフィールドに特殊召喚する!」

 

 やがて遠吠えの音が鳴り止むと共に跳躍して現れたのは体中が鋭利な棘で覆われたオオカミのようにも見える獣。

 

 だがその体中の棘のように生え並んだ牙を持つ顔には6つの瞳が爛々と輝く。

 

《異界の棘紫獣(きょくしじゅう)

星5 闇属性 獣族

攻1100 守2200

 

「もっともこの効果で特殊召喚したこのカードはフィールドから離れたとき除外されるわ――まぁ必要のない説明だったかしら?」

 

 注釈するかのように告げられたマイコ・カトウの言葉にもアクターは何も返答を返さない。

 

「バトルフェイズを終了し、カードを3枚伏せてターンエンド」

 

 そしていつものようにデュエルの進行以外は何も語らずターンを終えた。

 

 しかしそんなアクターの姿にマイコ・カトウは挑発するかのように待ったをかける

 

「意外と消極的なターンだったわね――でも待って頂戴。そのエンドフェイズに私の墓地の《デーモン・イーター》の効果を発動させて貰うわ」

 

 どこかビーバーを思わせる《デーモン・イーター》が現れるが、その身体は悪魔のような翼が生え、鬼のような角が伸び、蜘蛛のように複数の目を持つ不気味な様相をかもしだしていた。

 

「私のフィールドのモンスター1体を破壊して自身を蘇生させる効果をね――《キング・オブ・ビースト》を破壊して、来なさい! 《デーモン・イーター》!!」

 

 そんな《デーモン・イーター》は《キング・オブ・ビースト》の頭に噛り付き、《キング・オブ・ビースト》はその痛みで堪らずフィールドを後にする。

 

《デーモン・イーター》

星4 地属性 獣族

攻1500 守 200

 

「また私のモンスターが破壊され墓地に送られたわ――《エンシェント・クリムゾン・エイプ》の効果でライフを1000回復させて貰うわね」

 

 どんな形であれ同胞がいなくなった悲しみを癒す様に《エンシェント・クリムゾン・エイプ》の槍から光がマイコ・カトウの元へと向かう。

 

マイコ・カトウLP:4450 → 5450

 

「さらに! ここで私のフィールドの獣族がカード効果によって破壊された時! 私のライフを1000払うことで! 眠れる森の番人が目を覚ますわ!」

 

 散っていった仲間の無念を感じ取った森の番人の雄叫びが木霊する。

 

マイコ・カトウLP:5450 → 4450

 

「現れなさい!! 森を守護する三賢人が一人! 緑の巨星! 《森の番人グリーン・バブーン》!!」

 

 そして大地を揺らしながら現れたのは茶色の革の鎧を纏った緑の体表を持つ巨大なヒヒ。

 

 その顔の周囲は黒いたてがみのような毛で覆われ、その手には丸太をそのままバットのように加工した無骨な棍棒をその怒りを表す様に地面に叩きつけ、大地を揺らす。

 

《森の番人グリーン・バブーン》

星7 地属性 獣族

攻2600 守1800

 

 相手ターンに悠々と展開したマイコ・カトウは自身のターンにデッキの上からカードを引き抜く。

 

「私のターン! ドロー!! 貴方の実力はその程度じゃないでしょう! 寝ぼけているのなら目を覚まさせて上げるわ! バトルよ!」

 

 アクターの立ち上がりの悪さに若干の失望と苛立ちを込めたマイコ・カトウの怒声が響く――このデュエルの為にマイコ・カトウが行った段取りの苦難を考えれば、今のアクターの覇気のない姿は許せるものではない。

 

 アクターはいつも大体こんなものではあるが、「裏の王者」などと揶揄されているゆえに色々とイメージだけが先行していた。

 

「《デーモン・イーター》で《人造人間-サイコ・ショッカー》を攻撃!!」

 

 攻撃力の劣る《デーモン・イーター》で攻撃を指示したマイコ・カトウの姿にアクターはその脳内の知識をフル動員してその意図を探る。

 

――攻撃力の変化によるコンバットトリック? いや必要ない。攻撃力の勝るモンスターをコントロールしている以上、温存すべきだ。

 

 《デーモン・イーター》が《人造人間-サイコ・ショッカー》に突撃する姿がアクターの視界でスローに映る。アクターの思考は加速する。

 

――仮に此方のセットカードを警戒していたとしても自己蘇生効果を持った《森の番人グリーン・バブーン》がいる。其方で攻撃すればいい。よって導き出される結論は――

 

「速攻魔法《エネミーコントローラー》を発動――コントロール変更の効果を選択」

 

 フィールドにゲームの巨大なコントローラーが現れ、そのボタンがひとりでに動き出す。

 

「《人造人間-サイコ・ショッカー》をリリースして《エンシェント・クリムゾン・エイプ》のコントロールをこのターン終了時まで得る」

 

 そして《人造人間-サイコ・ショッカー》へと《エネミーコントローラー》がコードを繋がれた。

 

 すると《エンシェント・クリムゾン・エイプ》へ《エネミーコントローラー》に操られ掴みかかる《人造人間-サイコ・ショッカー》。

 

 そして《エンシェント・クリムゾン・エイプ》をアクターのフィールドに引き摺り込んだ後に《人造人間-サイコ・ショッカー》は爆散した。

 

 空で幻影となって親指を上げる《人造人間-サイコ・ショッカー》の姿はどこか誇らしげだ。

 

「さらに永続罠《王宮の鉄壁》を発動。このカードが存在する限り互いはカードを除外できない」

 

 あっという間の出来事で《人造人間-サイコ・ショッカー》に突撃していた《デーモン・イーター》は《エンシェント・クリムゾン・エイプ》に殴り飛ばされる。

 

マイコ・カトウLP:4450 → 3350

 

「成程ね――そうきたかい。モンスターが破壊されたことで永続魔法《補給部隊》の効果で1枚ドローさせて貰うよ」

 

――しかし《王宮の鉄壁》での除外封じ……私のイエローバブーンが呼べなくなったねぇ。

 

 そう思案するマイコ・カトウ。

 

 《森の狩人イエロー・バブーン》は自身の獣族モンスターが戦闘で破壊された際に墓地の獣族2体を除外して手札から特殊召喚出来るモンスター。

 

――あの一瞬で私の手札を読み切った訳か……良い読みしてるじゃないか……でも除外を封じたのは失敗だよ。

 

 マイコ・カトウは己の有利を感じ取る。

 

 除外封じにより《森の狩人イエロー・バブーン》は機能しなくなったが、それでも自身のデッキはまだポテンシャルを完全に落とした訳ではない事実に。

 

 マイコ・カトウにとって相手の弱点を突くことに長けたアクター相手に値千金の事実だった。

 

「エンドフェイズに返ってくるなら無理をする必要もないね。私はバトルを終了――」

 

 しかし、マイコ・カトウは気を緩めはしない――まだデッキを阻害されなくなったに過ぎず、あくまで互いに同条件になっただけなのだと。

 

「バトルフェイズに罠カード《マジカルシルクハット》を発動」

 

 だがアクターの声がこのタイミングで響く。

 

「デッキの魔法・罠カードをモンスター扱いで自分フィールドのモンスターと共に裏側守備表示でセットし、シャッフル」

 

 アクターに奪われた《エンシェント・クリムゾン・エイプ》が裏側守備表示となり、3つのシルクハットと共にシャッフルされた。

 

 基本的に相手の攻撃を躱す為のカードをマイコ・カトウが「バトルを終える決断の後」で発動させたアクターにマイコ・カトウの不信感が募る。

 

「……このタイミングで? 私はこのままバトルを終了させて貰うよ」

 

――《エンシェント・クリムゾン・エイプ》を破壊して欲しいのかしら?

 

 追撃に出れないバトルフェイズ終了時に発動しなかったことからマイコ・カトウはそう推理するが、推測の域は出ない。

 

 さらに今総攻撃をかけても3つのシルクハットを破壊するだけに終わる為、《エンシェント・クリムゾン・エイプ》を失うことを嫌って攻撃のキャンセルを決断したマイコ・カトウ。

 

「バトルフェイズ終了時にモンスター扱いになっていた魔法・罠カードは破壊される」

 

 そして再びアクターの機械的な声が響き、3つのシルクハットが全て砕け、裏側守備表示の《エンシェント・クリムゾン・エイプ》だけが残った。

 

「破壊されたフィールド魔法《歯車街(ギア・タウン)》の効果発動」

 

 シルクハットが砕けたと同時に歯車がフィールドに転がる。それは歯車の都市、《歯車街(ギア・タウン)》の残骸。

 

「自身の手札・デッキ・墓地から『アンティーク・ギア』モンスターを1体特殊召喚する――デッキから《古代の機械熱核竜(アンティーク・ギア・リアクター・ドラゴン)》を特殊召喚」

 

 その残骸は一つに集まり巨大な山となる。

 

 そしてその残骸の山を蹴散らし飛翔するのは歯車仕掛けの巨大な飛竜。

 

 ボロボロの大翼を広げ、長い尾をしならせながら、身体から蒸気を噴き出す。

 

古代の機械熱核竜(アンティーク・ギア・リアクター・ドラゴン)

星9 地属性 機械族

攻3000 守3000

 

「アンティーク・ギアまで……色々混ざってるねぇ」

 

 機械族というシナジーはあれど、アクターのデッキに色々と取っ散らかったイメージをマイコ・カトウは感じざるを得ない――相手の狙いがマイコ・カトウには読めなかった。

 

「攻撃は防がれちゃったけど……こういうのは、どうかしら?」

 

 しかしそんなことはおくびにも出さずマイコ・カトウは微笑んで見せる。

 

「貴方が私のモンスターの数を減らしたことで、今の私のフィールドには獣族モンスターが2体!」

 

 そのマイコ・カトウの宣言通り、マイコ・カトウのフィールドにいる獣族は《森の番人グリーン・バブーン》と《異界の棘紫獣(きょくしじゅう)》の2体。

 

「――この条件を満たしているとき、墓地の《チェーンドッグ》は自身の効果で特殊召喚出来るわ。出番よ! 《チェーンドッグ》!!」

 

 ピョーンと飛び出したのは鎖に雁字搦めにされた片方の目元と耳、そして尾の先が黒い犬。

 

 首には身体に巻き付いた鎖を繋ぐ南京錠が付いており、その口にはその南京錠の鍵が咥えられている。

 

《チェーンドッグ》

星4 地属性 獣族

攻1600 守1100

 

「この子も自分の効果で特殊召喚された後にフィールドから離れるときは除外されちゃうけど――貴方の永続罠《王宮の鉄壁》の効果で除外されないわ」

 

 そう挑発するマイコ・カトウだが、アクターは相変わらず何のリアクションも返さない。

 

「永続魔法《冥界の宝札》を発動し――《異界の棘紫獣(きょくしじゅう)》と《チェーンドッグ》をリリースしてアドバンス召喚!!」

 

 《異界の棘紫獣(きょくしじゅう)》と《チェーンドッグ》が同時に空へと跳躍し――

 

「現れなさい! 森を守護する三賢人が一人! 黄色い閃光!! 《森の狩人イエロー・バブーン》!!」

 

 その2体の代わりに空から落ちてくるのは土色の装備に身を纏った黄色い体表の巨大なヒヒ。

 

 その顔の周りには緑のたてがみが揺らめき、その手に持つ巨大な弓と矢でアクターを狙う様に弓を弾き絞っていた。

 

《森の狩人イエロー・バブーン》

星7 地属性 獣族

攻2600 守1800

 

 《異界の棘紫獣(きょくしじゅう)》も《チェーンドッグ》も除外されずに墓地に戻る――アクターの発動した永続罠《王宮の鉄壁》が完全に裏目に出ている状態だ。

 

「さらに2体以上のモンスターをリリースしてアドバンス召喚に成功した為、永続魔法《冥界の宝札》の効果で2枚ドローさせて貰うわ!」

 

 その新たに引いた2枚の手札でマイコ・カトウは取るべき手を考える――アクターの出方が分からない以上、攻めの手を休めてはならないと。

 

「これで私のフィールドの獣族モンスターは2体になった――よって再び墓地の《チェーンドッグ》を特殊召喚!!」

 

 再び身体の鎖をジャラジャラ鳴らしながらかけてくる《チェーンドッグ》。

 

 そしてマイコ・カトウの足元で大人しく伏せをする。

 

《チェーンドッグ》

星4 地属性 獣族

攻1600 守1100

 

「最後に永続魔法《エクトプラズマー》を発動し、カードを1枚伏せてターンエンドとさせて貰うわね」

 

 結果的にマイコ・カトウの攻撃の手は届かなかったが、これならばどうだとマイコ・カトウは高らかに宣言する。

 

「――でもこのエンドフェイズに永続魔法《エクトプラズマー》の効果が貴方を襲うわよ」

 

 周囲の空気が震えるように騒めいていく。

 

「その効果で私は自分フィールドのモンスター、《森の番人グリーン・バブーン》をリリースして、その元々の攻撃力の半分のダメージを与えるわ!」

 

 マイコ・カトウの目配せに「任せろ」とばかりに《森の番人グリーン・バブーン》が力の限り体内のエネルギーを外へと放出し、そのエネルギーは《森の番人グリーン・バブーン》の姿へと変化する。

 

「《森の番人グリーン・バブーン》の元々の攻撃力2600! よってその半分1300のダメージよ!!」

 

 そして己が全てのエネルギーを魂の弾丸としてアクターを襲い、そのマントを揺らす。

 

アクターLP:4000 → 2700

 

「さらに《エネミーコントローラー》の効果も切れるわ――さぁ、帰っていらっしゃい」

 

 そのマイコ・カトウの言葉に《エンシェント・クリムゾン・エイプ》は裏側守備表示を保ちつつ、ほふく前進で仲間の元へと戻っていった。

 

 

 

 先制攻撃を許したアクターは「いつものことだ」と考えつつ、デッキに手をかける。

 

「私のターン、ドロー」

 

 相変わらず手札は何とも言えぬものだった。

 

「バトルフェイズ。《古代の機械熱核竜(アンティーク・ギア・リアクター・ドラゴン)》で――」

 

 攻撃するべく身体から蒸気を噴き出し、全身を稼働させる《古代の機械熱核竜(アンティーク・ギア・リアクター・ドラゴン)》。

 

「ちょっと待って頂戴な。私は貴方のバトルフェイズ開始時に罠カード《猛突進》を発動させて貰うわね」

 

 だがマイコ・カトウの言葉に空高くへ飛翔する《古代の機械熱核竜(アンティーク・ギア・リアクター・ドラゴン)》――「来るな」と叶わぬ思いを抱きつつ。

 

「その効果で私のフィールドの獣族モンスター、《チェーンドッグ》を破壊して貴方のフィールドのモンスター1体をデッキに戻す!!」

 

 空を舞う《古代の機械熱核竜(アンティーク・ギア・リアクター・ドラゴン)》に向かって懸命にジャンプする《チェーンドッグ》。

 

 しかし届く訳もなく《チェーンドッグ》は地面にゴロリと転がり落ちる。

 

「私が選ぶのは当然――《古代の機械熱核竜(アンティーク・ギア・リアクター・ドラゴン)》」

 

 そんな姿を見かねた《森の狩人イエロー・バブーン》が己の矢に《チェーンドッグ》を括りつけて、弓を弾く。

 

 そして《チェーンドッグ》は弓矢で砲弾の如く射出された。

 

「『アンティーク・ギア』モンスターたちには攻撃時に魔法・罠カードの発動を封じる効果があるのでしょう? そう簡単に通す訳にはいかないわね」

 

 その《チェーンドッグ》付きの矢は《古代の機械熱核竜(アンティーク・ギア・リアクター・ドラゴン)》をしたたかにとらえ、《チェーンドッグ》と共に星になる《古代の機械熱核竜(アンティーク・ギア・リアクター・ドラゴン)》。

 

 空に《古代の機械熱核竜(アンティーク・ギア・リアクター・ドラゴン)》の悲痛な叫びのような機械音が響いた。

 

「自分フィールドのモンスターが破壊されたことで、私は永続魔法《補給部隊》の効果で1枚ドロー」

 

 常にマイコ・カトウの戦線は途切れることはない。

 

「さらに私のフィールドの『獣族』が効果で破壊されたわ――ライフを1000払い、墓地から舞い戻りなさい!! 《森の番人グリーン・バブーン》!!」

 

マイコ・カトウLP:3350 → 2350

 

 空に散っていった《チェーンドッグ》の姿に《森の番人グリーン・バブーン》は怒りの雄叫びを上げ、

 

 《森の狩人イエロー・バブーン》もその雄叫びに共鳴するように叫ぶ。

 

《森の番人グリーン・バブーン》

星7 地属性 獣族

攻2600 守1800

 

「バトルフェイズを終了し、メインフェイズ2へ移行。カードを1枚伏せ、魔法カード《命削りの宝札》を発動。手札が3枚になるようにドロー」

 

 マイコ・カトウという原作にて遊戯を追い詰めた実力者にアクターは「選ばれたデュエリストのドロー力は此方のドロー力にも作用しそう」などと詮無きことを考えつつ、カードを引きつつ思案する。

 

「永続魔法《未来融合-フューチャー・フュージョン》を発動」

 

 アクターの背後に近未来的なビル群が立ち並ぶ。

 

「さらにカードを2枚伏せてターンエンド。エンド時に魔法カード《命削りの宝札》の効果で自身の手札を全て捨てる。だが今の私の手札は0」

 

 そうしてターンを終えようとしたアクターにマイコ・カトウは一応と声をかける。

 

「そのエンドフェイズに私の永続魔法《エクトプラズマー》の効果で貴方のフィールドの表側のモンスターをリリースしなきゃならないけど、貴方のフィールドにモンスターは0。意味はないわね」

 

 自分のターンになったマイコ・カトウだが、言い得ぬ不信感はまだ拭えていない。

 

 アクターのアクションがあまりにも少なすぎる為に何を狙っているのか不気味な程に分からない。

 

 なお、それはアクターのドロー力の低さが問題なのだがマイコ・カトウが知る由もない――「何も賭けられていない」だけ、これでもいつもよりマシなのだが。

 

「あらそれで終わり? 手札事故かしら? なぁんてね」

 

 そんな軽口でマイコ・カトウは自身の心の動揺を隠しつつデッキに手をかける――おぼろげながら見えてきた事実を確かめるように。

 

「私のターン、ドロー」

 

――互いの罠を封じるサイコ・ショッカーを使っているにも関わらずセットカードが多い……恐らくサイコ・ショッカーを限定的に使って罠カードや永続罠《王宮の鉄壁》の除外封じをON・OFFに切り替えながら戦うデッキか……

 

 そう考えるマイコ・カトウ。段々とアクターという存在を察し始めていた。

 

 

 そして今の自身のフィールドには《森の番人グリーン・バブーン》と《森の狩人イエロー・バブーン》の2体の獣族のみ。

 

 3体目の《エンシェント・クリムゾン・エイプ》は裏側守備表示の為、カウントされない。

 

――今の私のフィールドの獣族は2体、また《チェーンドッグ》の効果を使ってもいいけど……ここは!

 

「私は手札の《金華猫(きんかびょう)》を通常召喚!」

 

 フィールドをトコトコと歩くのは小さな白い子猫。

 

金華猫(きんかびょう)

星1 闇属性 獣族

攻 400 守 200

 

「このカードの召喚時に私の墓地のレベル1のモンスター1体を蘇生させるわ」

 

 だが白い子猫の影が伸びていき、黒い大きな猫の形を取り、毛を逆立てアクターを威嚇する。

 

「墓地の《モジャ》を蘇生。でも《金華猫(きんかびょう)》がフィールドを離れたときに除外されちゃうけどね」

 

 その黒い猫の口に咥えられていた《モジャ》は身をくねらせて、フィールドに着地した。

 

《モジャ》

星1 地属性 獣族

攻 100 守 100

 

「そしてフィールドの《モジャ》をリリースして、《モジャ》は真の姿となるわ!! 墓地から《キング・オブ・ビースト》を蘇生!!」

 

 再び身体が巨大化し、《モジャ》はその身を己が成体としての《キング・オブ・ビースト》へと変化させる。

 

《キング・オブ・ビースト》

星7 地属性 獣族

攻2500 守 800

 

「最後に裏側守備表示の《エンシェント・クリムゾン・エイプ》を反転召喚して――」

 

 槍を振りあげ、敵に操られたことに怒りの咆哮を上げる《エンシェント・クリムゾン・エイプ》。

 

 その怒りの形相は鬼の如く猛っていた。

 

《エンシェント・クリムゾン・エイプ》

星7 光属性 獣族

攻2600 守1800

 

 展開を終えたマイコ・カトウはバトルフェイズに入る前にクスリと笑う。

 

「フフッ、あらごめんなさい」

 

 そうアクターに謝りつつも、ここまでのデュエルを通じて「デュエリスト」としてのアクターをおぼろげながらも掴んだことにマイコ・カトウはクスクスと笑う。

 

 嘲笑している訳ではない。それは「未知」の発見に対する喜びに近い。

 

「アクター、貴方ってデュエリストとして未熟、いや違うわね。酷く――」

 

 ほんの少しの溜めと共にマイコ・カトウが見えたアクターの姿を零す。

 

 

 

「――『不完全』だわ」

 

 

 

 観客となったテッド・バニアスの動揺するかのような気配がマイコ・カトウには読み取れた。

 

 無理もない。裏世界で「無敗」を誇ってきたデュエリストが「不完全」などと言われてもピンとこないだろう。

 

 

 しかし実際にデュエルして対峙したマイコ・カトウの中で様々な情報がパズルのように組み上がっていく。

 

「成程、成程――あのペガサスが『異端』と称したのがよく分かるわ。それに『役者(アクター)』と名付けたのも」

 

 ペガサスも「役者」などと随分と皮肉の効いた異名を付けたものだと。マイコ・カトウは笑う。

 

「本当に驚いたわ。私もそれなりに長くデュエルしてきたつもりだけど貴方みたいなデュエリストは初めて見る」

 

 マイコ・カトウもアクターと同じくデュエルモンスターズが生まれて直ぐにデュエリストになった最初期の時期の人間の一人。

 

 そのデュエル歴は他の追随を許さない――そんなマイコ・カトウですらアクターは未知であった。

 

 

「貴方は何者にも『なれる』んじゃない、何者にも『なれない』のよ」

 

 

 そう語るマイコ・カトウだがアクターは何も言葉を返さず沈黙を守るだけ。

 

「だからデッキをこうもアレコレ変えられる――『自分』というものがないから」

 

 しかしそんなマイコ・カトウの主張に待ったをかける声が上がる――テッド・バニアスの声だ。

 

「待ってくれよ! ばあさん! そりゃどういうことだよ!!」

 

 テッド・バニアスにとってデッキとは「もう一人の己」であった――それゆえにアクターには「自分」というものがないとのマイコ・カトウの説明が上手く呑み込めない。

 

 そんなテッド・バニアスにマイコ・カトウは順序だてるように指を一つ立てる。

 

「『デュエリスト』なら誰もが『自分の色』を持っているわ」

 

 それは世界的に有名なデュエリストであっても、

 

「『キース・ハワード』なら、何度倒されても立ち上がる『不屈』」

 

 それはまだデュエル歴の短い年若いデュエリストであっても、

 

「そのキースと死闘を繰り広げた『武藤 遊戯』なら、何のシナジーもない数多のカードを纏める『絆』」

 

 それはデュエルを「力」とした意味を主眼に置くデュエリストであっても、

 

「その遊戯のライバルである『海馬 瀬人』なら、究極的にまで極めた『力』」

 

 どんなデュエリストであっても「自分の色」を持っている。

 

 それはカードとの絆を否定するエックスのようなデュエリストですら例外ではない。

 

「何言ってんだよ、ばあさん! ソイツの色は――」

 

「あらゆるカードを意のままに操る『多様性』とでも言うの?」

 

 テッド・バニアスの発しようとした言葉を先回りするようにマイコ・カトウはワザとらしく首を傾げる。

 

「そうね。『みんな』そう思っているでしょうね――みんな『勘違い』した」

 

 その認識のまま、数多のデュエリストが絶望の只中に消えていった

 

「貴方には『多様性』なんてものはないわ――本当に何もない」

 

 

 そう、アクターにとって――

 

「『カードを想う気持ち』も――」

 

 カードはただの玩具だ。

 

「『デュエルにかける熱意』も――」

 

 デュエルはただの遊びだ。

 

「『デュエリストの誇り』も――」

 

 デュエリストはただのプレイヤーだ。

 

「――そして『勝利への執着』すらない」

 

 アクターにとってデュエルはただの遊び――勝って負けて笑い合う。それ以上の意義も意味も見出せない。

 

 アクターにとって、神崎にとってゲーム(デュエル)とは「そういう」ものだった。

 

 

「――『デュエルそのものにさして興味を抱いていない』といってもいい」

 

 その遊び(ゲーム)の勝ち負けに人生を、己の全てを費やすことなどアクター(神崎)にとってはあり得ない。

 

 あくまで日常を潤すアクセントでしかないのだ。

 

「無理やり貴方のデュエリストとしての色を表現するなら、それはきっと『無関心』――フフッ、何故デュエルをしているかが不思議でならないわね」

 

 マイコ・カトウは「この世界」でアクターの本質に最も近づいた。

 

 

「貴方って本当に――」

 

 

 そうアクターは――

 

 

「――『(から)っぽ』だわ」

 

 

 デュエリストではない(デュエルに誇りを持っていない)

 

 




「全力」と「本気」は別



~一瞬だけ名前が出た人の人物紹介~
鮫島(さめじま)

遊戯王GXに登場

GXの舞台であるデュエルアカデミアの校長。

そしてデュエル流派、「サイバー流」の道場の師範代である。
デュエルの腕前はかなりのもの。

門下生にはマスター鮫島と呼ばれていた。

温厚で気のいい性格であるが、教育者として理想主義が行き過ぎる点も見受けられる。いわゆる「意外と頭が固い」系

デュエルアカデミアに蔓延る様々な問題を完全に放置、もしくは殆ど手が回っていなかったところを見るに、組織を纏める者としてはアウトである。

まぁメタ的な関係でGXの主人公である十代が活躍する為にある程度の問題が必要だったのだろうが……それを差し引いても酷かった(行方不明になった生徒の放置など)

良い人ではあるのだが……「名選手、名監督にあらず」といったところか


――今作では
今現在のDM時代はサイバー流の道場で自分の腕を磨いている。

「師範代に」との話が出てきている模様。




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第85話 互いの道は交わらない

前回のあらすじ
実はアクターはデュエリストじゃなかったんだよ!!



 マイコ・カトウが見抜いたアクターというデュエリストの本質。

 

 デュエリストとして長年研鑽を積んできたマイコ・カトウの言葉はそれ相応の重みを持つ。

 

 さらにこれだけ言いたい放題に言われているにも関わらずアクターは何の反応も示さない。

 

 それら全ての状況がマイコ・カトウの推論を裏付けているように感じ、傍に控えるテッド・バニアスは言葉を失っていた。

 

 今の今まで遥か高みに見えたアクターの姿もマイコ・カトウの「(から)っぽ」との言葉を聞くと酷く虚ろに見える。

 

 

 

 

 

 しかし、いつもと変わらぬ声が響く。

 

 

「それがどうかしたのか?」

 

 

 何の感情も感慨も浮かんではいない唯々機械的な役者(アクター)の声が。

 

 

 

 

 

 

「……ッ!! ク、フフフ……アハハハハハハッ!!」

 

 老婆は笑う。笑う。笑う。

 

 その笑い声は天に届くのではないのかと思える程に。

 

 そんなマイコ・カトウの豹変振りにテッド・バニアスは声が出ない。

 

 

「…………うね」

 

 ボソリと呟かれたマイコ・カトウの言葉はやがて防波堤が決壊したかのように溢れ出す。

 

「そうね! そうよね! そうなるわよねぇ!!」

 

 マイコ・カトウの穏やかな老婆の皮が剥がれていく。

 

 マイコ・カトウはアクターからのメッセージを受け取った――実際にそんなものはないが「受け取った」。

 

 このメッセージを受けてシラフでいられるものはいまいとマイコ・カトウは自身でも驚くほどの感情を溢れさせる。

 

「――貴方からすれば私の言葉は『() () () () ()』でしかないものねぇ! デュエリストなら己の信念はデュエルで示さなきゃならない!!」

 

 たった一言、たった一言でマイコ・カトウのこれまでのデュエリストとしての「全て」を否定した。貶めた。侮蔑した。

 

 ただ問いかけた。弱者が、敗者が、負け犬が、何か言っている――だから『どうした』と問いかけた。

 

 

 そしてマイコ・カトウの溢れ出た感情が収束していく。

 

「フフフ……貴方とのデュエルは本当に私の中で眠っていたものを呼び覚ましてくれるわ……」

 

 その結果、マイコ・カトウは己がカードたちと共にただ勝利を求める修羅となる。

 

「――バトルフェイズと行きましょうか」

 

 一見すれば怒りが収まったように見えるマイコ・カトウの声色。だがその身から溢れんばかりの闘志から、その怒りが何一つ収まっていないことが見て取れる。

 

 

 そんなマイコ・カトウの豹変振りにアクターは内心でビビりつつも唯々疑問だった。そして思う。

 

――いや、大変興味深い話だったんだが……「(から)っぽ」ではどう問題があるのかを是非とも知りたかった。

 

 あのマイコ・カトウの講義に「『(から)っぽ』であった場合どうなるのか?」と質問しただけで何故あれ程までに怒っているのだろうと疑問に思うアクターこと神崎。

 

 

 見事なまでの言葉のドッジボール――致命的なまでに両者は噛み合っていなかった。

 

 

 そして両者はすれ違いながらデュエルが続行される。

 

「この一斉攻撃を受け止めてみなさいな!! さぁ! 一番槍よ! 行きなさい! 《森の番人グリーン・バブーン》! ダイレクトアタックよ!!」

 

 その棍棒を振りかぶり、アクターに振り下ろす《森の番人グリーン・バブーン》だが――

 

「相手の直接攻撃宣言時に墓地の罠カード《幻影騎士団(ファントム・ナイツ)シャドーベイル》の効果を発動。このカードをモンスター扱いとして守備表示で特殊召喚する」

 

 馬のいななきと共に颯爽と現れた鬼火を身に宿した金色の鎧を纏った黒馬と、それに跨る赤い剣を持つ亡霊の騎士がその攻撃の間に立つ。

 

幻影騎士団(ファントム・ナイツ)シャドーベイル》

星4 闇属性 戦士族

攻 0 守 300

 

「構わないわ! そのままおやりなさい! グリーン・バブーン! ハンマークラブ・デス!!」

 

 颯爽と現れた《幻影騎士団(ファントム・ナイツ)シャドーベイル》だったが《森の番人グリーン・バブーン》の巨大な棍棒に殴り飛ばされ、キラリと空のお星様へと姿を変えた。

 

「自身の効果で特殊召喚された《幻影騎士団(ファントム・ナイツ)シャドーベイル》はフィールドを離れた際は除外される――が、永続罠《王宮の鉄壁》の効果で除外されず、再び墓地に戻る」

 

 しかし亡霊は朽ちることはないと言いたげにその鬼火の残火は残り続ける。

 

「つまり私はダイレクトアタックを封じられた訳か――守りは万全ってわけだね……」

 

 そのマイコ・カトウの認識通り、《幻影騎士団(ファントム・ナイツ)シャドーベイル》が墓地に眠る限り、マイコ・カトウの獣たちの牙はアクターには届かない。

 

「バトルを終了してカードを1枚伏せてターンエンドさせて貰うよ――だけどね。そのカードじゃあ、永続魔法《エクトプラズマー》のバーンは防げないだろう!」

 

 再び《森の番人グリーン・バブーン》は(あるじ)の勝利の為に、その身の全エネルギーをアクターへぶつけるべく唸り声を上げる。

 

「エンドフェイズ時に永続魔法《エクトプラズマー》の効果で《森の番人グリーン・バブーン》を射出!!」

 

 己が魂の一撃をアクターに喰らわせた《森の番人グリーン・バブーン》はマイコ・カトウに看取られつつ、何度でも墓地で次の出番を待つ。

 

アクターLP:2700 → 1400

 

「最後に召喚された《金華猫(きんかびょう)》はそのターンの終わりに手札に戻るわ」

 

 最後に黒い大猫の影が引いていき、白い子猫の《金華猫(きんかびょう)》はマイコ・カトウの手札に戻っていった。

 

 

 互いのライフ差はそこまで大きいものではない。だがフィールドアドバンテージは確実にマイコ・カトウの方へと傾きつつある。

 

 このままではアクターはそのまま押し切られる目算が大きい。

 

 そのアクター自身も《幻影騎士団(ファントム・ナイツ)シャドーベイル》の効果でいつまでも耐えきれるとは思ってはいない。

 

「私のターン、ドロー」

 

 しかしアクターに動揺はない――気合をいれようが、全力をいれようがドローするカードに大差はないのだから、と。

 

「スタンバイフェイズに永続魔法《未来融合-フューチャー・フュージョン》の効果を発動」

 

 近未来的なビル群が人工的な光を放つ。

 

「このカードの発動の1度目のスタンバイフェイズに自身のエクストラデッキの融合モンスターを公開し、そのモンスターの決められた融合素材モンスターを自身のデッキから墓地に送る」

 

 するとビル群の頂上付近に異次元のゲートが顔を覗かせ――

 

「私はエクストラデッキの融合モンスター《キメラテック・オーバー・ドラゴン》を公開」

 

 そのゲートに薄っすらと映るのは《サイバー・ドラゴン》系統の首が幾重にも生えたまさに「キメラ」と呼ぶに相応しい様相を持つ異形の機械竜の姿。

 

「その融合素材である《サイバー・ドラゴン》と1体以上の任意の数の機械族モンスターをデッキから墓地に送る」

 

 しかし直ぐにその姿は消え、代わりに大量の機械族モンスターが地に落ちて墓地に送られ、やがて異次元のゲートも収束していく。

 

「墓地に送られた《人造人間-サイコ・リターナー》の効果を発動。このカードが墓地に送られた時、自身の墓地の《人造人間-サイコ・ショッカー》1体を特殊召喚」

 

 その地に落ちた一体の小さな《人造人間-サイコ・ショッカー》といっていい姿の《人造人間-サイコ・リターナー》がその身をスパークさせ、真の姿を現す――

 

「させないわ! 罠カード《転生の予言》!! この効果で互いの墓地のカードから合計2枚のカードを持ち主のデッキに戻すわ!!」

 

 筈だったがローブを纏った占い師のような風貌の老婆が手をかざすと墓地に眠るカードが淡い光を放つ。

 

「私が選ぶのは《幻影騎士団(ファントム・ナイツ)シャドーベイル》と《人造人間-サイコ・ショッカー》!!」

 

 《幻影騎士団(ファントム・ナイツ)シャドーベイル》の黒馬に相乗りする《人造人間-サイコ・ショッカー》はアクターへ向けて馬を走らせ、やがてデッキに戻っていった。

 

「さぁ、これで《人造人間-サイコ・リターナー》の効果は不発よ――それとも貴方の墓地に2枚目の《人造人間-サイコ・ショッカー》があるのかしら?」

 

 《人造人間-サイコ・リターナー》はアクターを振り返り、「おい、どうすんだ!」と言わんばかりにスコープ越しに見つめてくるが――

 

「墓地の《マシンナーズ・フォートレス》は手札から機械族モンスターをそのレベルが8以上になるように捨てることで特殊召喚出来る」

 

 無視して別のカード効果を発動し始めたアクターの姿に《人造人間-サイコ・リターナー》は膝を突いて地面を叩く。

 

「手札のレベル9、《古代の機械熱核竜(アンティーク・ギア・リアクター・ドラゴン)》を墓地に送り、墓地の《マシンナーズ・フォートレス》を特殊召喚」

 

 再び出番があるかと思ったら手札コストだったことを嘆く《古代の機械熱核竜(アンティーク・ギア・リアクター・ドラゴン)》の駆動音と共に墓地に戻る《人造人間-サイコ・リターナー》。

 

 

 そんな色んな想いを乗せて現れるのは3つのキャタピラで地面を滑るように駆け抜ける水色の澄んだ色合いの戦車風のロボット。

 

 その左右のキャタピラから伸びるアームで頭の横の左肩辺りのキャノン砲の位置を修正している。

 

《マシンナーズ・フォートレス》

星7 地属性 機械族

攻2500 守1600

 

「前のターンセットした魔法カード《貪欲な壺》を発動。墓地の《サイバー・ドラゴン》2体と《人造人間-サイコ・リターナー》・《マシンナーズ・ギアフレーム》・《古代の機械熱核竜(アンティーク・ギア・リアクター・ドラゴン)》の計5体のモンスターをデッキに戻し、カードを2枚ドロー」

 

 欲に呑まれた顔の壺に嫌々ながら入っていく5体のモンスター。やがて壺は割れ、2枚のカードをアクターに最後の力で飛ばす《貪欲な壺》。

 

 しかしアクターはバトルフェイズへ移行する――状況を打開できるカードではなかったようだ。

 

「バトルフェイズ。《マシンナーズ・フォートレス》で《キング・オブ・ビースト》を攻撃」

 

 《マシンナーズ・フォートレス》のキャノン砲が火を噴く。だがその一撃は《キング・オブ・ビースト》の黒い体毛を燃やすに留まった。

 

「迎撃しなさい! 《キング・オブ・ビースト》!!」

 

 しかし《キング・オブ・ビースト》の多脚は止まらない、次弾装填を試みる《マシンナーズ・フォートレス》に体当たりをかまし、燃える自身の身体など気にした様子もなく半狂乱で手足を水色の装甲にぶつけ続ける。

 

 やがて《マシンナーズ・フォートレス》の火器系統に炎が燃え移った為か、《マシンナーズ・フォートレス》と共に《キング・オブ・ビースト》は大爆発の只中に消えた。

 

 

 その爆炎の中から生還する影はない。

 

「《マシンナーズ・フォートレス》の効果を発動」

 

 かに思われた。

 

 その爆炎の只中から飛び出したのは《マシンナーズ・フォートレス》の頭部と最低限のパーツで構成された2頭身ボディの小さな姿。

 

「ならその効果にチェーンして私の永続魔法《補給部隊》の効果を発動! そしてさらにチェーンして《エンシェント・クリムゾン・エイプ》の効果を!

最後にそれにチェーンして墓地の《異界の棘紫獣(きょくしじゅう)》の効果も発動よ!!」

 

 そして最後に発動された効果から逆に処理される。

 

「そして逆順処理よ! 破壊され、墓地に送られたモンスターの意思を継ぎ! 蘇りなさい! 《異界の棘紫獣(きょくしじゅう)》!!」

 

 《異界の棘紫獣(きょくしじゅう)》が体中の棘を震わせながら怒りに燃えるも、既に仇と呼べる相手はフィールドにはいない。

 

《異界の棘紫獣(きょくしじゅう)

星5 闇属性 獣族

攻1100 守2200

 

「次に《エンシェント・クリムゾン・エイプ》の効果でライフを1000回復!」

 

 飛ばされてくる《マシンナーズ・フォートレス》を余所に《エンシェント・クリムゾン・エイプ》は槍をマイコ・カトウへ向け光を放つ。

 

マイコ・カトウLP:2350 → 3350

 

「そして永続魔法《補給部隊》の効果により1枚ドローさせて貰うわ」

 

 マイコ・カトウの効果の発動を確認し終えたアクターは自身のチェーンに移る。

 

「戦闘破壊され墓地に送られた《マシンナーズ・フォートレス》の効果を適用。相手フィールドのカードを1枚破壊する――《エンシェント・クリムゾン・エイプ》を破壊」

 

 キャノン砲の加速を受けて速度を出したその2頭身の身体はその小さな体中に巻き付けた爆薬と共に《エンシェント・クリムゾン・エイプ》に向かう。

 

 だが《エンシェント・クリムゾン・エイプ》の正確無比な槍が爆薬を避けて頭パーツを貫かれ、ブラリとぶら下がる――頭さえ潰せば動けるものなどいない。

 

 しかし、機械の身体にその理屈は無意味だと言わんばかりに頭パーツをパージして《エンシェント・クリムゾン・エイプ》にしがみ付いた1頭身ボディはその命をとして一人でも多くの敵を道連れにすべく起爆装置を作動させ、再び大爆発が起こる。

 

 黒焦げになりながら倒れ伏す《エンシェント・クリムゾン・エイプ》を余所に機械の残骸だけが一足先にと地面に転がった。

 

 

 モンスターが多少減ったと言えどマイコ・カトウのフィールドのモンスターは途切れない。

 

 そしてアクターのフィールドはまたしても空になる。

 

「バトルフェイズを終了し、メインフェイズ2へ移行。モンスターをセット、カードをセットしてターンエンド」

 

 しかしアクターはどこ吹く風――最後の頼みの綱だとセットされたモンスターを眺めるアクター。結構後がないのだが、その胸中はリラックスさ全開である。

 

 何も賭けないデュエルはアクターに非常に精神的な余裕を与えていた。

 

「そのエンドフェイズ時に私の永続魔法《エクトプラズマー》の効果が発動されるけど、貴方のフィールドに表側のモンスターはいないわね」

 

 しかし森の三賢人が一人《森の狩人イエロー・バブーン》はマイコ・カトウに力強く呼びかける――何度でも残りの2人も立ち上がる、と。

 

「でもこっちの効果は発動させて貰うわ! 墓地の《デーモン・イーター》の効果発動! 私のフィールドの《異界の棘紫獣(きょくしじゅう)》を破壊し、墓地の《デーモン・イーター》を特殊召喚!!」

 

 そんな《森の狩人イエロー・バブーン》の気持ちを汲むようにマイコ・カトウは《デーモン・イーター》を呼び起こす。

 

《デーモン・イーター》

星4 地属性 獣族

攻1500 守 200

 

 これにて条件は整った。

 

「さらに! 《デーモン・イーター》の効果で獣族が破壊されたわ! よってライフを1000払い! 何度でも蘇るのよ!! 《森の番人グリーン・バブーン》!!」

 

マイコ・カトウLP:3350 → 2350

 

 マイコ・カトウのライフ()を糧に《森の番人グリーン・バブーン》は仲間の為に何度でも舞い戻る。

 

《森の番人グリーン・バブーン》

星7 地属性 獣族

攻2600 守1800

 

 

 2体の森の賢人の雄叫びに背を押されながらマイコ・カトウはカードを引き抜く。

 

「私のターン! ドロー!」

 

 アクターのLPはのこり1400――攻撃の一つでいとも容易く消し飛ぶライフだ。

 

 だがマイコ・カトウは警戒を途切れさせない。

 

「私は手札の《金華猫(きんかびょう)》を通常召喚!!」

 

 再び現れる白い猫。そして前の時を繰り返す様に黒い影の大猫が現れる。

 

金華猫(きんかびょう)

星1 闇属性 獣族

攻 400 守 200

 

「このカードの召喚時に私の墓地のレベル1のモンスター1体を蘇生させる――墓地の《モジャ》を蘇生!!」

 

 先のターンの焼き増しの如く現れるモンスターたち。

 

 しかし《モジャ》の顔には気合が入っていた。(あるじ)の勝利が目前なのだから。

 

《モジャ》

星1 地属性 獣族

攻 100 守 100

 

「後はもうお分かりね――フィールドの《モジャ》をリリースして墓地から《キング・オブ・ビースト》を蘇生!!」

 

 そのやる気を漲らせた《モジャ》の小さな身体は何度でも巨大化し、目に映る敵をなぎ倒さんと大地を踏みしめる。

 

《キング・オブ・ビースト》

星7 地属性 獣族

攻2500 守 800

 

「お次に私は魔法カード《二重召喚(デュアルサモン)》を発動! これで私はこのターン2度目の通常召喚を行える!!」

 

 マイコ・カトウのフィールドの獣たちがそれぞれ咆哮を上げる――新たな力の到来を予感させるかのように。

 

「《デーモン・イーター》と《金華猫(きんかびょう)》の2体をリリースしてアドバンス召喚!! 大地の支配者!! 《百獣王(アニマル・キング)ベヒーモス》

 

 2体の贄を喰らい、雄叫びを上げるのは紫の巨獣――《百獣王(アニマル・キング)ベヒーモス》。

 

 その《百獣王(アニマル・キング)ベヒーモス》は自身の四足を踏み鳴らし、大地を震わせた。

 

百獣王(アニマル・キング)ベヒーモス》

星7 地属性 獣族

攻2700 守1500

 

「2体のリリースでのアドバンス召喚の成功により永続魔法《冥界の宝札》の効果を発動し、その効果に《百獣王(アニマル・キング)ベヒーモス》の効果をチェーン!!」

 

百獣王(アニマル・キング)ベヒーモス》の背中から顔を出す影が2つ。

 

「そしてすぐさま逆順処理! 《百獣王(アニマル・キング)ベヒーモス》の効果! 自身を召喚する為にリリースしたモンスターの数だけ、私の墓地の獣族モンスターを手札に戻す!!」

 

 リリースしたモンスターは2体。よって――

 

「墓地の獣族――《森の聖獣 ユニフォリア》と《金華猫(きんかびょう)》を手札に! その後、永続魔法《冥界の宝札》の効果で2枚ドロー!」

 

 《百獣王(アニマル・キング)ベヒーモス》の背中の2つの影の正体である《森の聖獣 ユニフォリア》と《金華猫(きんかびょう)》はそのままマイコ・カトウの手札に戻っていった。

 

「まだよ! さらに魔法カード《エアーズロック・サンライズ》を発動! 私の墓地の獣族モンスター1体を特殊召喚! 何度でも並び立つのよ! 森の三賢人の長! 《エンシェント・クリムゾン・エイプ》!!」

 

 夕日をバックに森の聖なる力が秘められた槍を肩に担いで歩み出るのは《エンシェント・クリムゾン・エイプ》。

 

 《エンシェント・クリムゾン・エイプ》は森の猛者たちが勢ぞろいする姿に満足気に頷く。

 

《エンシェント・クリムゾン・エイプ》

星7 光属性 獣族

攻2600 守1800

 

「そして《エアーズロック・サンライズ》のもう一つの効果で貴方のフィールドのモンスターの攻撃力をこのターンの終わりまで、私の墓地の獣族・鳥獣族・植物族モンスターの数×200ダウンするわ」

 

 その夕日の光がアクターのフィールドを照らすが――

 

「でも貴方のフィールドにこの効果を受ける表側のモンスターがいないわ――よってないようなものね」

 

 照らすべき表側のモンスターは誰一人としていない。

 

「さぁ! ラストバトルと行きましょうか!! 《森の狩人イエロー・バブーン》でセットモンスターを攻撃!! メガトン・アロー!!」

 

 《森の狩人イエロー・バブーン》の丸太のような腕から放たれる矢と言うよりも巨大なバリスタとも言うべきものが強靭な弓を弾き絞り、放たれる。

 

 その一撃はセットモンスターを容易く消し飛ばす勢いで迫るが――

 

「永続罠《強制終了》を発動。自分フィールド上のこのカード以外のカード1枚を墓地に送り、バトルフェイズを終了させる――永続魔法《未来融合-フューチャー・フュージョン》を墓地に」

 

 永続罠《強制終了》の力により《未来融合-フューチャー・フュージョン》の近未来的なビル群が崩れ、矢の目標を眩ませる。

 

 そうして崩れ落ちたビル群の残骸がマイコ・カトウのフィールドの5体の獣たちの行く手を塞ぎ、このターンのこれ以上の侵攻が続行できなくなったことでバトルフェイズが終了された。

 

「あら、つれないわね……ならカードを2枚伏せてターンエンドよ」

 

 一向にバトルらしいバトルをしないアクターの姿勢にマイコ・カトウはそんな挑発をかけつつ、《森の番人グリーン・バブーン》へと目配せする。

 

「そしてエンドフェイズ時に永続魔法《エクトプラズマー》の効果で《森の番人グリーン・バブーン》を射出!!」

 

 そのマイコ・カトウの意をくみ取り、《森の番人グリーン・バブーン》は何度でもアクターを倒すべく、文字通り己が魂の一撃をアクターへとぶつけた。

 

アクターLP:1400 → 100

 

 アクターの残りのライフはたった100――後一度の攻防で吹けば飛ぶ数値だ。

 

 マイコ・カトウは確実に追い詰めていた。裏の王者たる役者(アクター)を――なお結構色んなデュエリストにアクターは追い詰められているが、詮無きことである。

 

「さぁ、もう後がないわよ?」

 

 ゆえにこの状況からどう動くのかとアクターを見やるマイコ・カトウ。

 

 その瞳には直前に迫った勝利を見据えるかのような色が垣間見える。

 

 

 

 だが追い詰められた筈のアクターに大した動揺は見られない。

 

 当然だ。

 

 アクターにとってライフがギリギリまで追い詰められることなど「いつものこと」なのだから――悲しいまでにいつまでたってもギリギリの戦いが多い。

 

 アクターのデュエルではライフが豊富に残る方が稀である。

 

 さらにアクターは勝利の為にデュエルを進めているが、今回のデュエルにおいては根っこの部分では勝敗をそこまで気にしてはいないことも加わり動揺は皆無だった。

 

 だがアクターとて負けるつもりは毛頭ない。

 

「私のターン、ドロー」

 

 引いたカードに内心で眉を顰めるアクターを余所にマイコ・カトウの声が響く。

 

「ちょっと待って頂戴な――リバースカードオープン! 罠カード《デストラクト・ポーション》を発動!」

 

 その声と共に大地から紫色のオーラが噴出し、やがて天へと広がっていく。

 

「私のモンスターを1体破壊して、そのモンスターの攻撃力分のライフを回復させて貰うわ! 私は《百獣王(アニマル・キング)ベヒーモス》を破壊して、その攻撃力2700ポイント分のライフを回復!!」

 

 そして天に広がったオーラが《百獣王(アニマル・キング)ベヒーモス》を包み込み、エネルギーに変換し、マイコ・カトウの元へと還元されていく。

 

マイコ・カトウLP:2350 → 5050

 

 大幅にライフを回復したマイコ・カトウだが、それだけでは終わらない。

 

「獣族モンスターが効果で破壊されたわ――永続魔法《補給部隊》の効果に、《エンシェント・クリムゾン・エイプ》の効果、そして私のライフを1000払い《森の番人グリーン・バブーン》の効果を発動し、この順番にチェーンを組むわ!」

 

マイコ・カトウLP:5050 → 4050

 

「《森の番人グリーン・バブーン》の効果にチェーンして私は手札を1枚捨てることでセットされた速攻魔法《ツインツイスター》を発動。フィールドの魔法・罠カードを2枚まで破壊する」

 

 アクターのフィールドに2つの竜巻が渦巻いていく。

 

「先程伏せられた最後のセットカードと永続魔法《補給部隊》を選択」

 

「あら残念ね――その効果にチェーンして最後のセットカード、罠カード《ダメージ・ダイエット》を発動させて貰うわ。そしてチェーンの逆順処理よ」

 

 チェーンが逆順処理が始まり、最後に発動された《ダメージ・ダイエット》の効果でこのターンのマイコ・カトウへのダメージは半分になる。

 

「速攻魔法《ツインツイスター》の効果でセットカードと永続魔法《補給部隊》を破壊」

 

 その2つの竜巻がうねりを上げながらマイコ・カトウの最後のセットカードと永続魔法《補給部隊》に襲い掛かるが、チェーンして先んじてセットカードが発動された為、《ツインツイスター》の効果は半減したと言ってもいい結果に終わる。

 

 そして次にマイコ・カトウのライフを糧に舞い戻るは――

 

「お次は墓地に眠る自身の効果で甦れ! 《森の番人グリーン・バブーン》!!」

 

 長年の相棒たる《森の番人グリーン・バブーン》。

 

 止めの永続魔法《エクトプラズマー》の射出も任せろと言わんばかりに自身の胸を力強く叩く。

 

《森の番人グリーン・バブーン》

星7 地属性 獣族

攻2600 守1800

 

「次に《エンシェント・クリムゾン・エイプ》の効果でライフを1000回復!」

 

 そんな《森の番人グリーン・バブーン》の奮起に呼応するように《エンシェント・クリムゾン・エイプ》も己の槍を天に掲げ、癒しの力を放つ。

 

マイコ・カトウLP:4050 → 5050

 

「最後に永続魔法《補給部隊》の効果により1枚ドローしたいけど、破壊されちゃったから無理ね」

 

 そう残念そうに話すマイコ・カトウの姿をアクターは見つつ、このタイミングで《デストラクト・ポーション》を発動したマイコ・カトウに内心で溜息を吐く。

 

――直感的に避けてきた……か。これだから「デュエリスト」は厄介だ。

 

 アクターの《ツインツイスター》の発動のタイミングでマイコ・カトウが《デストラクト・ポーション》を発動してた場合は、タイミングを逃す為に《森の番人グリーン・バブーン》の効果は発動できなかった。

 

 

 それゆえに先に《デストラクト・ポーション》を発動していたマイコ・カトウの決断――その長い経験に裏打ちされた直感によるものだ。

 

 アクターは内心で感嘆せざるを得ない――マイコ・カトウの持つ技はどれもアクターが持っていない。否、持つことが出来ないものゆえに。

 

「セットされた《メタモルポット》を反転召喚。そのリバース効果により互いは手札を全て捨て、新たに5枚ドローする」

 

 ゴロリと表替えった青い壺の中から除く一つ目の魔物の笑い声が木霊し、お互いのデッキからカードを呼び寄せる。

 

《メタモルポット》

星2 地属性 岩石族

攻 700 守 600

 

 新たに引いた5枚のカードの最後のカードを視界に入れたアクターは仮面の奥の目を見開く。

 

――やっと揃った。

 

 待ちに待ったキーカードの到来である。

 

 

 

「手札から《アマゾネスの射手(アマゾネスアーチャー)》を通常召喚」

 

 スッと空から着地したのは始まりのアマゾネスの戦士。

 

 軽装の装備に簡素な弓と矢の武装は対峙する4体の獣たち相手には頼りないようにすら見える。

 

 だが、《アマゾネスの射手(アマゾネスアーチャー)》は気にした様子もなく、その切れ長の目でマイコ・カトウを見やる。

 

アマゾネスの射手(アマゾネスアーチャー)

星4 地属性 戦士族

攻1400 守1000

 

 アクターのフィールドに降り立った一人の戦士族モンスターにマイコ・カトウが抱く違和感は大きい。

 

――戦士族? それにあのカードは確か「アマゾネス」のカテゴリーのカードの筈……何故……

 

 今の今まで「機械族」のカードを繰り出していたアクターのフィールドの「戦士族」にマイコ・カトウは「何故」と思考を重ねるが答えは出ない。

 

 しかしアクターは気にした様子もなくただデュエルを続ける。

 

「手札を1枚墓地に送り、墓地の《ジェット・シンクロン》の効果を発動。自身を特殊召喚」

 

 ジェット機のエンジン部分に小さな翼と手足、そして顔を付けたロボット、《ジェット・シンクロン》が頭の後ろのバーニアを噴かし、空を飛ぶ。

 

《ジェット・シンクロン》

星1 炎属性 機械族

攻 500 守 0

 

「自分フィールドにチューナーモンスターがいるとき、墓地の《ボルト・ヘッジホッグ》は特殊召喚出来る」

 

 淡々と言葉を並べるように続くアクターのデュエル。

 

 だがマイコ・カトウの耳に「チューナー」との言葉が引っ掛かる。

 

――「チューナー」? 確か……新しいカテゴリーのカード……まだ世に出て大して経っていないだろうに随分と躊躇いのないことだねぇ……

 

 新たなカードの「チューナー」はカテゴリー化されてはいるが肝心のチューナー間でのシナジーは合う合わないが大きく、「まだ先があるのではないか」と様子見のデュエリストが多い。

 

 そんな中でバトルシティでの大事な一戦にも関わらず、躊躇なく使用するアクターの姿にマイコ・カトウは高揚を隠し切れない――裏の伝説をそこまで追い詰めたのだと。

 

 

 アクターにとってこのデュエルが大した意味を持たないとも知らずに。

 

 

「私のフィールドにはチューナーモンスター《ジェット・シンクロン》がいる為、墓地の2体の《ボルト・ヘッジホッグ》を特殊召喚」

 

 背中に大量のボルトが生えたオレンジのネズミが2匹現れ、キリッとした瞳で鏡合わせのように並び立つ。

 

《ボルト・ヘッジホッグ》×2

星2 地属性 機械族

攻 800 守 800

 

「《アマゾネスの射手(アマゾネスアーチャー)》の効果を発動。自分フィールドのモンスター2体をリリースし、相手に1200ポイントのダメージを与える」

 

 そんな2体の《ボルト・ヘッジホッグ》を絡めとるように《アマゾネスの射手(アマゾネスアーチャー)》の持つ矢から黒いオーラが伸びていく。

 

 やがて2体の《ボルト・ヘッジホッグ》が消えると共にその矢が不気味に脈動した。

 

「2体の《ボルト・ヘッジホッグ》をリリース」

 

 そして1本の矢がマイコ・カトウに向け、放たれる。

 

「ここでバーン効果? でもこのターンは《ダメージ・ダイエット》の効果でこのターンの私へのあらゆるダメージが半分になるわ」

 

 マイコ・カトウに迫る矢を《森の番人グリーン・バブーン》はその大きな手で掴み、圧し折る。

 

 (あるじ)には手を出させない、と。

 

マイコ・カトウLP:5050 → 4450

 

 

 このデュエルを通してマイコ・カトウはアクターのデュエルに肩透かしを感じている。

 

 アクターの攻撃にどこか精細さがない。それはやる気があるのか疑問に思える程だ。

 

「この程度のダメージでどうするのかしら? これが最後の足掻きじゃないことを――」

 

「自身の効果で特殊召喚された《ボルト・ヘッジホッグ》はフィールドを離れる際、除外される」

 

 その「期待を裏切らないでくれ」とのマイコ・カトウの言葉を遮るようにアクターはデュエルを進行させる――どこまでも対戦相手に興味のない姿だった。

 

「――しかし《王宮の鉄壁》の効果でカードは除外されない」

 

 そのアクターの言葉と共に再び墓地に戻る《ボルト・ヘッジホッグ》。そしてフィールドのチューナーモンスター《ジェット・シンクロン》の存在。

 

 

 () () () () () () にマイコ・カトウの瞳がゆっくりと見開かれる。

 

 今、自身が置かれている状況を正しく理解した故に。

 

「ま、まさか!」

 

「自分フィールドにチューナーモンスターがいる為、墓地の2体の《ボルト・ヘッジホッグ》を特殊召喚」

 

 先程の焼き増しのようにフィールドに現れる2体の《ボルト・ヘッジホッグ》。

 

 やがて《アマゾネスの射手(アマゾネスアーチャー)》の方へ向き、自身の身体を差し出す様に小さな両腕を広げる。

 

《ボルト・ヘッジホッグ》×2

星2 地属性 機械族

攻 800 守 800

 

「《アマゾネスの射手(アマゾネスアーチャー)》の効果を発動。自分フィールドの《ボルト・ヘッジホッグ》2体をリリースし、相手に1200ポイントのダメージを与える」

 

 《ボルト・ヘッジホッグ》の命を喰らった矢が《アマゾネスの射手(アマゾネスアーチャー)》によりマイコ・カトウに放たれる。

 

 

 その矢を今度は棍棒で弾く《森の番人グリーン・バブーン》。その瞳に動揺の色が見えるのは気のせいなのか。

 

マイコ・カトウLP:4450 → 3850

 

 そして三度、墓地に戻る《ボルト・ヘッジホッグ》。そしてフィールドのチューナーモンスター《ジェット・シンクロン》の存在。

 

 

 そう、これは――

 

「――無限ループ!!」

 

 瞠目するマイコ・カトウを余所に数多の《ボルト・ヘッジホッグ》の命を喰らった矢が《アマゾネスの射手(アマゾネスアーチャー)》の弓によって天へと放たれる。

 

「あ、貴方はずっとこれを狙って――」

 

 

 やがて天へと放たれた矢は空を埋め尽くし、その全てがマイコ・カトウを射殺さんと殺到した。

 

 

 




キメラテック・オーバー・ドラゴン「……えっ? 俺の出番じゃないの!?」



そして皆様方、何故「《アマゾネスの射手(アマゾネスアーチャー)》?」とお思いだろう。それは――

キャノン・ソルジャー「墓地でスタンバってました!」

トゥーン・キャノン・ソルジャー「ワタシは世界で1枚のカードなのデース! ペガサス様以外には使えまセーン! 《トゥーンのもくじ》も同様デース!(煽り)」

メガキャノン・ソルジャー「じ、自分……上級なもんで……そ、その通常召喚にはリリースが……(目そらし)」

つまり――
4枚目以降の《キャノン・ソルジャー》ポジションだよぉ!!
(それプラス、飛んできた矢を掴んで握りつぶす《森の番人グリーン・バブーン》の姿が描写したかった……(小声))


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第86話 喪失


前回のあらすじ
ペガサス「シンディア! 見てくだサーイ! 貴方と見た景色をカードにしてみマシタ!! 差し上げマース!!(《エアーズロック・サンライズ》を渡しつつ)」

シンディア「まぁ、なんて素敵な風景! じゃぁこのアルバムに仕舞って大事にするわ」

ペガサス「What? 《ウォーターワールド》に《摩天楼(まてんろう)-スカイスクレイパー》? このアルバムのカードは一体――」

シンディア「フフッ、これはね? 貴方と一緒に旅した世界の景色のカードをこうしてアルバムに纏めているの――こうすればいつだって貴方との想い出を思い出せるでしょう?」

ペガサス「Oh……シンディア……(感涙)」


前田 隼人「なん……だと……なんだな!? これじゃぁ俺はI2社には――」


ボルトヘッジ・ホッグ「いや、違うよぉ! 前回は『マイコ・カトウVSアクターのデュエル』終局編だからぁ!!」



 

 矢の雨からマイコ・カトウを守るように覆いかぶさる《キング・オブ・ビースト》。

 

 両の腕を広げその巨体を盾として立ち塞がる《エンシェント・クリムゾン・エイプ》と《森の狩人イエロー・バブーン》。

 

 

 その3体の獣の咆哮に背を押され、アクターに向けて雄叫びを上げながら一人駆けだす姿があった。

 

 その姿の主は《森の番人グリーン・バブーン》。

 

 体中に矢の雨が突き刺さろうともその足は止まらない。

 

 

 その行為は「このデュエル」に何の影響も与えることはない。

 

――マイコ・カトウの「精霊」、《森の番人グリーン・バブーン》は知っていた。

 

 効果ダメージを無効にする訳でもなく

 

――知っていた。ただの自己満足だと

 

 相手モンスターを破壊する訳でもなく

 

――知っていた。マイコ・カトウがこのデュエルにどれ程の準備と意気込みを賭けていたのかを

 

 相手のモンスターの効果を無効にする訳もない

 

――知っていた。アクターが「何も見ていない」ことを

 

 そう、アクターは何も見ていなかった。

 

 相手のカードを見ても、相手の戦術を見ても、相手の動きを見ても――

 

 デュエリスト、「マイコ・カトウ」には一瞥すらしなかった。

 

 

 それは「デュエル」する上で必要のない要素ゆえ――そんな理由で。

 

 ゆえに《森の番人グリーン・バブーン》は雄叫びと共に駆け抜ける。

 

 《アマゾネスの射手(アマゾネスアーチャー)》がマイコ・カトウを射線上に入れて《森の番人グリーン・バブーン》に向けて矢を放つ。

 

 

 だが駆ける足は止まらない。矢を躱そうなどとは考えない。

 

 矢によって、皮膚を貫かれ、肉が食い破られ、骨を砕かれようとも足を止める理由にはなりはしない。

 

 

 やがて間近に迫った《森の番人グリーン・バブーン》に《アマゾネスの射手(アマゾネスアーチャー)》は頭上を見上げ、弓を持つ手が止まった。

 

 そしてアクターに向けて棍棒を振り上げる巨獣。

 

 しかしこの期に及んでアクターの視線は身動ぎすらせずにマイコ・カトウの手札に注がれていた。

 

 この「ソリッドビジョンの挙動は手札のカード効果によるもの」と考えるゆえに。

 

 

 そのアクターの姿に《森の番人グリーン・バブーン》は最後の力を振り絞るような咆哮と共に棍棒を振り下ろす。

 

 

 

 

 だがその棍棒はアクターのすぐ横を通り、地面を強かに打ち付けた――既に《森の番人グリーン・バブーン》の瞳には何も映っていない。

 

 

 

 力尽き、満足気に倒れる《森の番人グリーン・バブーン》。

 

 

マイコ・カトウLP:3850 → → → 0

 

 その巨体が倒れ伏したと同時にマイコ・カトウのライフが0になったことを示す音が鳴り響く。

 

 

 

 デュエルが終わり、ソリッドビジョンで映し出されたモンスターが消えていく中、マイコ・カトウは数多の矢に貫かれた4体のモンスターたちの姿を消える最後の瞬間まで目に焼き付けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自身のライフが0になったマイコ・カトウはボソリと言葉を零す。

 

「……い……の?」

 

 その言葉には様々な感情がない交ぜになったかのような苦悩を感じる。そんなマイコ・カトウはこの一戦の記憶を巡らせながら、答えを探る。

 

 

 マイコ・カトウの最後のターンになった時点では――

 

 アクターの残りのライフは100。そしてマイコ・カトウのライフは2000程――マイコ・カトウが圧倒していた。

 

 アクターのフィールドのモンスターは下級のセットモンスターが1体、対するマイコ・カトウのモンスターは多くの強靭な獣たち――マイコ・カトウは圧倒していた。

 

 そう、マイコ・カトウがアクターを圧倒している筈だった。

 

 

 だがたった、1ターンで全てをひっくり返された――「いつでも倒せた」とでも言いたげに。

 

 

 そこまで考えたマイコ・カトウには内心で理解しつつもアクターに問いかける。

 

「――『いつから』だったのか、答えて貰えるかしら?」

 

 そのマイコ・カトウの底冷えするような声色に戸惑うテッド・バニアスと内心でそれ以上に戸惑うアクター。

 

 アクターにはマイコ・カトウの質問の意図が見えない。あと怖い。

 

 だがその質問に大して「どういう意味ですか?」と問いかけるのはアクターらしくないと考え内心でビビりながらも沈黙で返す――いや、答えろよ。

 

 沈黙を守るアクターの姿にマイコ・カトウは一つ溜息を吐くと、パズルカードを取り出した。

 

「……いえ、何でもないわ――受け取りなさい。パズルカードよ」

 

 そして投げ渡された3枚のパズルカードをアクターは掴み取る。

 

 そんなアクターの姿に底冷えするような視線を向けるマイコ・カトウにアクターは内心で困惑しながらも要件は済んだ、と踵を返す。

 

「――お待ちなさいな。老婆心ながらに言わせて貰うわね。貴方、今のままだと――」

 

 だがその背にマイコ・カトウの言葉が届く。

 

「――いえ、止めておくわ……きっと貴方には何も届きやしない」

 

 しかしその言葉を途中で止めるマイコ・カトウ。

 

 アクターは重要そうな情報だと思えるゆえに、内心で気になって仕方がない。

 

 だとしてもこれ以上の追及は「らしくない」と判断し、アクターは何時ぞやの時のように手で風を起こしながら相手の視界を奪う――アクターの中で定着しつつある逃げの一手だ。

 

「うぉおっ!! アレ? あの野郎、どっかいっちまいやがった……」

 

 荒れ狂う突風に目を覆ったマイコ・カトウとテッド・バニアスが視界を取り戻す頃にはアクターの姿は影も形もない。

 

 

 やがて車椅子に身体を預けるように脱力するマイコ・カトウは力なく呟く。

 

「私は……一体今の今まで何をやってきたのかしらねぇ」

 

「お、おい、どうしたんだよ――あのアクターをあそこまで追い詰めた『良いデュエル』だったじゃねぇか」

 

 いつものマイコ・カトウらしからぬ姿にテッド・バニアスは一瞬戸惑うも、最後の最後でひっくり返されたゆえのショックなのかと、なだめるように言葉を返すが――

 

「……恐らく、最初から……最初から『ああ』だった……」

 

「ばあさん?」

 

 力なく呟くマイコ・カトウの姿にテッド・バニアスは心配そうに顔を覗かせる。

 

 そのテッド・バニアスに今気づいたようにマイコ・カトウは顔を上げ、いつもの優し気な老婆の面持ちを見せて応じた。

 

「――いえ、何でもないわ……そう、文字通り『何でもなかった』わ」

 

 僅かな言葉のニュアンスに少し疑問を持つテッド・バニアスだがその疑問を考え込む前にマイコ・カトウの声が響く。

 

「それよりもテッド。貴方は満足できたかしら――フフッ、問題なさそうね」

 

 そのマイコ・カトウの言葉に先ほどのデュエルを思い出したテッド・バニアスは満足そうに笑みを浮かべた。

 

「ああ、最高の体験だったぜ! へへっ、今はデュエルがしたくて仕方がねぇよ!」

 

 闘志を溢れさせるテッド・バニアスはふとマイコ・カトウへと視線を戻し、ポツリとこぼす。

 

「なぁ、ばあさん……俺はアンタくらい、強くなれるか?」

 

 テッド・バニアスが目指すべき全米チャンプの頂きは遥か高み。それゆえに現在のカードプロフェッサー内での最強と(うた)われるマイコ・カトウについ、問いかけるが――

 

「さぁ、どうかしらね?」

 

 マイコ・カトウは悪戯っぽく微笑んで、言葉を濁すばかり。

 

「……そこは嘘でも『出来る』っていってくれよ……」

 

「フフッ、全てはデュエリスト自身の問題――ようは貴方次第なのよ……」

 

 思っていた答えではなかったせいか、僅かに不貞腐れながら車椅子を押すテッド・バニアスにマイコ・カトウはその横顔を眺める――真っすぐ前だけを見て突き進む青年の姿。

 

 それはマイコ・カトウがとうの昔に失ってしまったものだった。

 

 

 

 やがてマイコ・カトウは先のデュエルでの己を内心で嗤う。

 

 ずっとマイコ・カトウはアクターの掌で「裏の王者を追い詰めている」と、得意気に踊っていた――「まるで道化じゃないか」とマイコ・カトウは自虐する。

 

 長い年月をかけて磨いてきたマイコ・カトウのデュエリストとしての在り方は、アクターにとって路傍の石程の価値もなかったのだと、マイコ・カトウは乾いた笑いが零れそうだった。

 

 そのマイコ・カトウの在り方をアクターは何の「心」も宿らない力で砕き、言葉なく伝えたのだ「今の今まで何をやっていたのか」と。

 

 マイコ・カトウは自身の生涯が無意味なものに感じて、テッド・バニアスの姿を再度視界に入れる――何も知らない若人の姿が羨ましく、そして眩しく見えた。

 

 

 何のことはない。マイコ・カトウも同じだったのだ――裏の王者という名の光に手を伸ばし、深淵に落ちたデュエリストたちと。

 

 

 もはや今のマイコ・カトウの心にかつてのデュエリストとしての覇気は見えない。

 

 

 

 

 

 なお、それらのマイコ・カトウの考えは全て気のせいだ――とは一概には言えない。

 

 アクターにとっての「普通のデュエル(前世でのデュエル)」は終ぞ理解されることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのマイコ・カトウとアクターのデュエルを遠方よりひっそりと観戦していた人物がいた。

 

 それはこのバトルシティでトンでもないレベルで狙われているマリクの姉、イシズ。

 

 イシズは周囲に誰もいない中、ポツリと呟く。

 

「あれが『役者(アクター)』……マリクの一番の障害」

 

 千年タウクの「予知」によってイシズが見たアクターの姿は純粋な「暴力装置」としてのものだけである。

 

 それゆえに「デュエル」での対処を想定していたイシズだが、その策は大きく修正する必要が発生した。

 

「カードプロフェッサー、裏デュエル界の番人たち……まさか彼らを退ける程とは……」

 

 マイコ・カトウが一人歩きしたアクターの虚像の姿を過度に警戒した為にいつものようにデュエル出来なかったとはいえ、その変幻自在なデュエルスタイルはイシズとて侮れるものではなかった。

 

 

 イシズが千年タウクの力でアクターの未来を見れば――

 

 不確かながら見えるおびただしいまでに広がるマリクとリシドを撲殺するアクターの姿。

 

 

 もはやイシズも形振りは構っていられない。

 

「千年タウクが示す彼の未来は酷く不確か……ですが見えない訳ではない」

 

 イシズは確実にアクターを退け、その後にマリクに巣食う邪悪なる人格を刺し違えてでも祓い、弟、マリクを救いたい想いがある。

 

 ゆえにイシズは決心を固めるように瞳を閉じた。

 

「これしか……確実な方法はないのですね……」

 

 イシズが決断した自身が今、取れる最も確実性のある策。それは――

 

 

 千年タウクの未来予知をデュエルに用いる策――デュエリストとして許されざる手である。

 

 

(わたくし)たちは全てが終われば罪を背負い闇に落ちることになる……」

 

 マリクが結成したグールズの犯罪行為は許されるものではない。

 

 しかしイシズにとってそれ以上の脅威であるマリクに巣食う「邪悪なる人格」の対処――これは自身が手を下す以外にイシズの道はない。

 

「ですがマリクの『命』だけは、何としてでも救ってみせます」

 

 だがイシズには、いや大半の人間はマリクに巣食う「邪悪なる人格」へのもっとも簡単な対処を思いつくだろう。ゆえに――

 

(わたくし)は誰にも頼る訳にはいきません……」

 

 イシズは誰も頼れない。マリクの「殺害」こそがもっとも簡単な対処ゆえに。

 

 マリクが死ねば「邪悪なる人格」もその肉体と共に死ぬ。

 

 しかし唯一残された家族たるマリクを失う選択などイシズには許容できなかった。

 

(わたくし)は……立ち止まる訳にはいきません」

 

 ゆえにイシズは一人、戦い続ける。

 

 その先の未来を信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 童実野町の暗がり路地裏で千年リングに宿った闇の人格、バクラの思わずといった具合の笑い声が響く。

 

「クククク……コイツは何だぁ?」

 

 そのバクラが眺めるのは手元の「千年リング」。

 

 千年リングの5本の針が長年の所持者であるバクラすら見たことがない反応を見せていた。

 

「随分とトンでもねぇことになってるじゃねぇか……」

 

 七つの千年アイテムの一つである千年リングには千年アイテムを探知する力がある。

 

 その千年リングの5つの針がガチャガチャと目まぐるしく反応していた。

 

 

 それだけならばバクラも問題にはしない。このバトルシティに千年アイテムが集まることは分かりきっているのだから。

 

 

 問題はその反応がバクラの持つ千年リングを含めて「八つ」あった――「七つの千年アイテム」の反応が、だ。

 

「まずは俺様の『千年リング』」

 

 手元の千年リングに意識を戻すバクラ。そしてそれぞれの千年アイテムを探るように念じ――

 

「この反応は遊戯の『千年パズル』」

 

 カタカタと震える千年リングの一つの針が一か所の方向を指し示す。宿主たる獏良が遊戯と友人ゆえに『千年パズル』の気配はバクラもよく知るものだ。

 

「纏まった3つの反応があるのはシャーディーの『千年(ばかり)』と『千年錠』、『千年眼』」

 

 そしてバクラが念じると次は3つの針が同じ方向を差す。

 

 バトルシティが始まる前の遊戯とシャーディーの会合を盗み見た時点で3つの千年アイテムをシャーディーが所持していることはバクラも確認済みだ。

 

「後の2つの同じような反応は多分グールズとかいう奴ら――『千年ロッド』と『千年タウク』」

 

 さらに他の気配を探ったバクラ。それに答えた千年リングの2つの針が別々の方向を差す。

 

 グールズのあり得ない速度での組織の拡大をニュースで知ったバクラは一目でそれが『千年アイテム』の力によるものであると見抜いている。

 

 消去法で考えればその千年アイテムは『千年ロッド』と『千年タウク』であることも同上である。

 

「かなり似た気配……血縁者か?」

 

 その2つの気配がよく似ている事に気付いたバクラは顎に手を当て試案する。

 

 2人の所持者が「手を組んでいる」と考えれば、あれだけ派手に暴れまわっているグールズが未だに捕まっていない点も納得できる、と。

 

「成程な、片方が『千年ロッド』で大々的に人間を操り相手の動きを乱して、その隙に『千年タウク』の予知で引っかき回してる訳か……」

 

 何にせよ好都合だとバクラは笑う。

 

 千年アイテムの所持者が警察組織に捕まり、千年アイテムが証拠品として押収でもされれば、バクラの計画は大きく遅れるゆえに。

 

 

 そして問題の「八つ目」の「千年アイテム」の反応。

 

「そんでもって最後のこの反応は何だ? 酷く安定してねぇ……それに『他』と明らかに違う――だが『千年アイテム』の反応だ」

 

 その反応は一つの針が酷く暴れるように動いたかと思えば、静かに揺れ、また暴れだす不規則な反応。

 

 まるでパニックになった人の心情のようにも思える動きだ、とバクラは嗤う――存外的を射ている。

 

「ん? 反応が消えやがった……分からねぇな……」

 

 だがその反応も此処にきてプッツリと途絶え、また反応の数が「七つ」に戻る。

 

「まさか千年アイテムを使いこなせてねぇのか? 何にしろ、要注意だ」

 

 千年アイテムを使いこなせていないならば相手をするのは容易――という訳でもない。

 

 巨大な力が何の制約も制限もなく暴れる危険性があるのだから。それゆえ逆に厄介になる可能性もある為、バクラの警戒は逆に強まる。

 

 

 千年リングの反応から「内包する力が巨大」であることは確定しているのだから。

 

 

 それはどこかのマッド博士によって、神のエネルギーやら何やらを詰め込まれた結果ゆえの話だがバクラが知る由はない。

 

「今はまだ派手に動くべきじゃねぇ――物事には順序ってモンがある」

 

 慎重に、そして大胆にバクラの計画は水面下で進行している。

 

「――狙えるところから狙って行くとするぜ。クククク……」

 

 そんな不気味な笑い声と共にバクラの姿は暗がりに消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アクターは建物の上で今しがた手に入れた3枚のパズルカードを視線に収め思考に耽る。

 

 

 その脳裏に浮かぶのは先のデュエルでの最後の《森の番人グリーン・バブーン》の行動の意味。

 

 冥界の王の力を得ているアクターは精霊を知覚することが出来るゆえにあの《森の番人グリーン・バブーン》がマイコ・カトウの「カードの精霊」であることは直ぐに分かった。

 

 

 しかし、だとしてもデュエル中にあのような挙動をした理由にはならない。

 

――最後の「アレ」はなんだったんだ? ソリッドビジョンの故障という訳でもなさそうだが……

 

 基本的に精霊であってもデュエル中にデュエル以外の行動を取ることはない。せいぜいデュエリストとコミュニケーションを交わす程度だ。

 

 あれ程までに活動的になった例は神崎の「原作知識」の中にも存在しない。

 

 当然そうなれば原作にはいない「異物」である神崎が原因であると考えるのが自然だった。

 

――あの状況でマイコ・カトウ側が持つ、本来の「この世界」にないもの……「デュエルエナジー回収機構」? だがアレはエネルギー収集の機能以外は付いてない……後で調べてみるか。

 

 一先ずの結論を出したアクターこと神崎は想定外だったマイコ・カトウのデュエルへと思考を移す。

 

――やはり「あのレベルのデュエリスト」相手には下手に追い詰めず、「一手」で決めるのが有効か……しかし一番の問題は「一手」を揃える前に此方が殺られる可能性か。

 

 真のデュエリストを追い詰めればデスティニードローという名の伝家の宝刀が抜かれるゆえに今回はワンショットキル狙いのデッキを用いた神崎だったが、あまり「成果」と呼べるような結果は得られなかった。

 

 だが「成果と呼べない結果」が神崎にとっては「成果」だった。

 

――今回もギリギリだった。となれば最悪の展開として「遊戯レベル」とデュエルすることになっても、使えそうにない「手」……やはりデュエル以外に持ち込む方が得策か。

 

 今回と同じことを「『遊戯レベル』の相手でやれ」と言われても、神崎には出来る気がしなかった。

 

 その為、遊戯クラス相手では「デュエル」の選択肢を捨てる神崎――仮に「デュエルするにしてもデュエル以外で勝負する」という矛盾した策を考えながら。

 

 

 そうして先程のデュエルを受けての問題を洗い出す神崎には引っかかる言葉がある。

 

――それに「(から)っぽ」か……中身が足りないことは分かっていても、何をすればいいのかが分からない。

 

 マイコ・カトウに評された「(から)っぽ」との言葉。

 

 神崎とて自身が「デュエリスト」として「何か」が足りないことは痛いほどに分かっていた――それがドロー力の低さの原因になっていることも。

 

 しかし神崎にとっては「今更」な話であった。デュエルモンスターズ初期の時代からデュエル漬けだった日々は伊達ではない。

 

 それだけデュエルして「未だに分からない事実」が問題ではあるが。

 

 

 マイコ・カトウ程のデュエリストが問題にする「アクターに足りないもの」。それを考える中でマイコ・カトウが最後に言いよどんだ言葉の先について考える。

 

――「今のままだと」の後に続く言葉。何らかのマイナス方向の事象だとは考えられるが……やはり分からないな。

 

 今の神崎に分かるのは「何らかの成長」が必要なことだけだ。

 

 しかし神崎は昔から自身がデュエルを通して成長した実感があまりない。

 

 神崎が自身のデュエリストとして成長を感じたのは「デュエルマッスルを鍛えた」ときと、「冥界の王」を取り込んだときだけだ。

 

 その事実は神崎が「一線級のデュエリスト」とのデュエルを「避けてきた」為のある種の経験値不足によるものと考えていたが、今回のデュエルでその憶測は無に帰した。

 

――「あのレベルのデュエリスト」に勝ったというのに、成長の実感が湧かない……デュエルには勝った筈……

 

 強者からの勝利はデュエリストにとって大きな成長をもたらすと相場が決まっているが、今の神崎に大きな変化は感じ取れない。

 

 冥界の王の力を使った自身の観測でも己の変化は見られない。

 

 

 神崎は「さすがに『何か』は成長している筈」と先程のデュエルを再度思い返し――

 

 

 あることに気付いた――それは比較することで得た答え。

 

 デュエルを通じて成長してきたデュエリストと神崎自身を比べたものだ。

 

 

 大半のデュエリストはデュエル中によく「笑う」。

 

 それは「挑発」であったり、「ポーカーフェイスの延長」であったり、

 

 そして「デュエルが楽しい」から「笑う」のだ――所謂「ワクワクする」というもの。

 

――ああ、そうか……

 

 そこまで考えた神崎は内心で自嘲するように笑う。

 

 

 先程のような野良試合ですら「先のことを考えてしまう」自分を嗤う。

 

 

 ()()神崎は「死にたくない」。ゆえに――

 

 

 今後、起こりうる世界の危機の為に「己の命を賭ける」ことが確定している「ゲーム(デュエル)」を楽しむことなど出来はしない、と。

 

 神崎は気付いてしまった。

 

 

――勝った「だけ」か。

 

 

 純粋にデュエルを楽しんだ日々がもう戻らないことに。

 

 もはや自身が「デュエル」に「手段」以外の「ナニカ(楽しみ)」を求めていないことに。

 

 

 

 





神崎にとってデュエルは「手段」に成り果てていた。




――今作でのマイコ・カトウの原作との違い

遊戯に「貴方」と敬意を払われる程のデュエリストとしての高い実力が

デュエルエナジー回収機構による「精霊の干渉」を切っ掛けとして、

マイコ・カトウに精霊が宿った。

だがマイコ・カトウには精霊の姿は見えていない。


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第87話 僕の名を言ってみろ



??? VS ??? のデュエル、ダイジェスト版です

互いの名は直ぐ判明しますが、今作の本編で初の出番なので一応シークレット仕様に


前回のあらすじ
キモイルカ「ワクワクが……ワクワクが次々に失われている…………だが安心してくれ! 直ぐに私が向かう!! 今作の本編のGX編辺りに到着予定だ!!」




 

 

 アクターの精神的なアレコレは一旦脇に置いておき――

 

 テッド・バニアスと同じく、「打倒! 全米チャンプ!」の夢を掲げるもう一人の青年、城之内 克也は双六の勧めによりある2人のデュエリストのデュエルを観戦していた。

 

 

「ボクのターン、ドロー!」

 

 そのデュエリストの一人、緑の髪色のボブカットの青年、エスパー絽場は引いたカードを視界に入れ、ニヤリと笑う。

 

「フフフ、このカードでようやくボクのエースが呼び出せるよ――速攻魔法《サイクロン》を発動!」

 

 フィールドに竜巻が渦巻く。

 

「トムッ! 君のフィールドの永続罠《暴君の自暴自棄》を破壊させて貰うよ!!」

 

 そしてもう一方のデュエリストの短い金髪にそばかすと前歯の抜けた少年、トム。

 

 そのトムのフィールドの相手をイラッとさせそうなダンスを踊る裸に短パンとマントを羽織ったメタボの王様が竜巻によって吹き飛ばされていく。

 

「これでやっと効果モンスターが呼び出せる……」

 

 その裸の王様の相手をイラッとさせる踊り――ではなく永続罠《暴君の自暴自棄》は効果モンスターの召喚・特殊召喚を封じる効果を持っている。

 

 それゆえにエスパー絽場の切り札たるカードを呼び出すことが出来なかったのだ。

 

 

 しかし、その呪縛は今、解かれた――エスパー絽場は己が切り札を呼ぶために1枚のカードを示す。

 

「ボクはさらにこのカードを使わせて貰うよ!! 魔法カード《洗脳-ブレインコントロール》!」

 

 緑がかった巨大な両手がトムのモンスターに向けてワシャワシャと動く。

 

「このカードはライフを800払い! 君のフィールドの通常召喚可能な表側表示モンスター1体を選択して発動! そのカードをこのターンの終わりまで頂くよ!」

 

エスパー絽場LP:2800 → 2000

 

 トムのフィールドのモンスターは3体。

 

 黒い装甲に金と赤の豪華な装備で身を固めた《機械軍曹》が剣を振り上げ、攻撃に備え、

 

《機械軍曹》

星4 炎属性 機械族

攻1600 守1800

 

 赤いヘルメットと肩のアーマーに緑の防具を付けたフットボール選手を模したロボット、《バトルフットボーラー》が身体を低く構えて、いつでもタックルを実行できるようにエスパー絽場の様子を伺っている。

 

《バトルフットボーラー》

星4 炎属性 機械族

攻1000 守2100

 

 そして正体不明のセットモンスターが1体。

 

「ボクは《機械軍曹》を選択だ! さぁ、行けっ!!」

 

 その《洗脳-ブレインコントロール》の緑の巨大な手が、《機械軍曹》を捕らえるべく、襲い掛かるが――

 

「させない! 僕は《洗脳-ブレインコントロール》にチェーンして、リバーストラップオープン!! 罠カード《火霊術(かれいじゅつ)-「(くれない)」》!!」

 

 ざっくばらんな赤い髪の霊使いの姉御肌の少女、《火霊使いヒータ》が勝気な笑みを浮かべて陣を描く。

 

「このカードは僕の炎属性モンスターを1体リリースして発動できる!! その効果でリリースしたモンスターの元々の攻撃力分のダメージを相手に与えます!!」

 

 その陣には「紅」の文字が浮かび、周囲に火の玉が浮かび――

 

「僕は貴方の《洗脳-ブレインコントロール》の効果の対象になった《機械軍曹》をリリースし――」

 

 その火の玉は《機械軍曹》に灯り、その機械の身体を取り込んで瞬く間に巨大な炎となる。

 

 そして《機械軍曹》を捕らえようとしていた《洗脳-ブレインコントロール》の緑の巨大な手は狙っていた対象を見失った。

 

 やがてその巨大な手はキョロキョロと辺りを見回す様に動くも、仕事を果たせなかったことを両の手を合わせてエスパー絽場に謝罪する。

 

 その後に軽く手を上げ、エスパー絽場に帰る旨を伝え、スゥッと消えた。

 

「サクリファイス・エスケープだと!?」

 

 エスパー絽場の魔法カードの効果を不発させた《火霊術(かれいじゅつ)-「(くれない)」》を発動させている《火霊使いヒータ》は《機械軍曹》の力を借りて巨大になった火の玉に満足気だ。

 

「――そして貴方に1600ポイントのダメージを与える!! 行けぇ!!」

 

 そのトムの言葉と共に放たれる巨大な火の玉に焼かれるエスパー絽場。

 

「ぐぁあああああ!!」

 

エスパー絽場LP:2000 → 400

 

――くっ……弟たちが見えなかったカードか!?

 

 エスパー絽場が把握していなかったカードでの反撃にエスパー絽場は歯噛みする。

 

 

 この一撃でエスパー絽場の残りライフは危険域どころではない数値に達した。そして一方のトムのライフは1600ポイント。

 

 エスパー絽場はかなり追い詰められている事実に焦りを覗かせる。

 

「なら! 魔法カード《精神汚染》を使わせて貰うよ! ボクは手札のモンスター1体、《サイバー・レイダー》を捨てて魔法カード《精神汚染》の効果を発動!」

 

 エスパー絽場のフィールドに小さな放電が奔る。

 

「捨てたモンスターと同じレベルの相手モンスター1体を選択して、そのコントロールをエンドフェイズ時まで得る!! 捨てた《サイバー・レイダー》のレベルは4! よって君のフィールドにいるレベル4の《バトルフットボーラー》を頂く!!」

 

 その放電は棘の生えたヘルメットを装着し、黄色いラインの入った青いレーシングスーツのようなものを着た《サイバー・レイダー》を形作る。

 

 そして守りの構えで佇む《バトルフットボーラー》にその放電状の《サイバー・レイダー》が落ち、機械の中枢部に放電して身体を操り、《バトルフットボーラー》はよろよろとエスパー絽場のフィールドに奪われていった。

 

「そして《バトルフットボーラー》をリリースして《人造人間-サイコ・ショッカー》をアドバンス召喚!!」

 

 顔の赤外線スコープを煌かせ、黒い拘束服のような衣服で《人造人間-サイコ・ショッカー》が腕を組みながら現れる。

 

 このカードこそがエスパー絽場の切り札たるカード。

 

《人造人間-サイコ・ショッカー》

星6 闇属性 機械族

攻2400 守1500

 

「させない! 僕は《人造人間-サイコ・ショッカー》の召喚に対して――」

 

 リバースカードが起き上がるエフェクトが起こる前に《人造人間-サイコ・ショッカー》のスコープからレーザーが放たれ、そのリバースカードを打ち抜いた。

 

 やがて逆再生されるかのように戻っていくトムのリバースカードにエスパー絽場は得意気に語る。

 

「無駄だ! 《人造人間-サイコ・ショッカー》がフィールドに存在する限り全ての罠カードの効果を発動できず、フィールドの罠カードの効果は無効化される!」

 

 そしてエスパー絽場は相手の動揺を誘う為、お得意の技を披露する。

 

「勿論! 今、君が発動しようとした罠カード《落とし穴》もね! 君のカードはボクの超能力ですべてお見通しさ!」

 

 その言葉にトムはこのデュエルが始まってから続くエスパー絽場の妙技に驚きを隠せない。

 

――僕の手札からセットカードまで、全て見抜くなんて!?

 

 トムはそんな恐るべき観察眼を持つエスパー絽場に変わらぬ尊敬の眼差しを向けている。

 

 

 なおトムのリバースカードをピタリと当てた妙技はエスパー絽場の観察眼などではなく、建物の屋上からトムの手札を盗み見るエスパー絽場の4人の弟たちから、エスパー絽場の耳の通信機を通じて教えて貰っているだけだ。

 

 つまりイカサマである。

 

 

 イカサマに気付かないトムの尊敬の眼差しを受けつつ、エスパー絽場は自身の相棒に指示を出す。

 

「さぁ行けっ! サイコ・ショッカー! セットモンスターに攻撃! 電脳(サイバー) エナジーショック!!」

 

 《人造人間-サイコ・ショッカー》の両手の間に球体状のエネルギーが集まり、そのエネルギーが手を押し出す様にして放たれる。

 

 そのエネルギーはセットモンスターに衝突し――

 

 円盤型のUFOを甲羅代わりにした緑の亀が苦悶の雄叫びと共に爆散した。

 

《UFOタートル》

星4 炎属性 機械族

攻1400 守1200

 

「うわっ! で、でも今戦闘で破壊された《UFOタートル》の効果を発動!」

 

 爆発の中から《UFOタートル》の甲羅部分であるUFOがフラフラと飛び立ちトムのフィールドに着地――というより墜落。

 

「《UFOタートル》の効果でデッキから攻撃力1500以下の炎属性モンスター、《ギガテック・ウルフ》を攻撃表示で特殊召喚!!」

 

 銀の装甲で覆われたオオカミ型のロボットがUFOの外壁を砕きながら現れる。

 

 そして背中の小さな翼と4本の尾の動作を確認するかのように動かした。

 

《ギガテック・ウルフ》

星4 炎属性 機械族

攻1200 守1400

 

「さらに機械族の《UFOタートル》が戦闘で破壊されたことで永続魔法《機甲部隊の最前線(マシンナーズ・フロントライン)》の効果も適用!」

 

 爆炎の中からキャタピラの音が響く。

 

「同じ属性のそのモンスターより攻撃力の低い、機械族モンスター、《人造木人18(インパチ)》を守備表示で特殊召喚!!」

 

 丸太で作られたゴーレムに金属の装甲を張り付けた胸に「18」と書かれたロボットが脚部のキャタピラを唸らせ、爆炎の中からトムを守るように立ち塞がる。

 

《人造木人18(インパチ)

星5 炎属性 機械族

攻 500 守2500

 

 その守備力は2500――《人造人間-サイコ・ショッカー》の攻撃力2400では超えられない数値だ。

 

「ハハハッ! そうやって壁モンスターで凌ぐつもりかい? 無駄だよ!」

 

 しかしエスパー絽場は自信たっぷりに笑う。

 

 トムの手札を盗み見た弟たちの情報では今のトムの手札に《人造人間-サイコ・ショッカー》を突破する術はなく。《人造木人18(インパチ)》の防御を突破する術は既にエスパー絽場の手の中にあった。

 

「――しかし惜しかったね! 君のフィールドの永続罠《バックファイア》が永続魔法だったなら今の攻防で君が勝てたかもしれないのに」

 

 トムに思わぬ形で追い詰められた鬱憤(うっぷん)を晴らすかのように挑発するエスパー絽場。

 

 だがエスパー絽場のそんな挑発にもトムは何も返さず頭を働かせる。

 

――確かに、ボクのフィールドの永続罠《バックファイア》はボクの炎属性モンスターが破壊される度に相手に500のダメージを与えられる……

 

 この効果を後1度でも適用することが出来ればエスパー絽場の残り僅かなライフを削り切れる。

 

 今のトムに罠カードを封じる《人造人間-サイコ・ショッカー》を撃破する手立てがない以上、打てる手はそれしかない。

 

「サイコ・ショッカーさえどうにかできれば……」

 

 思わずそう呟くトムの姿を嘲笑うエスパー絽場。

 

「君に勝利はない! あるのは敗北の未来だけさ! カードを2枚伏せてターンエンド!!」

 

 しかし、トムの瞳に陰りは見えない。その瞳には此処にはいない数多の困難を討ち果たしてきたチャンプの背を見据えていた。

 

「何を言われようとも僕は諦めない!! 僕のターン、ドロー!!」

 

 引いたカードは悪くない。勝利の女神はまだトムを見捨ててはいなかった。

 

 しかしその手札を弟の連絡から知ったエスパー絽場は足踏みさせる狙いも込めて言い放つ。

 

「《馬の骨の対価》か……いいカードを引いたじゃないか、そのカードで逆転のカードが引けるといいねぇ」

 

 そのエスパー絽場の姿にトムは内心で舌を巻く。

 

――ボクの表情と仕草だけでカードを言い当てるなんて……なんて凄いデュエリストなんだ……

 

 表情で悟られぬようにトムは気を付けていたが、それが一切通じない事実に実力の差をトムは強く感じる――それがイカサマによるものだとは夢にも思っていない。

 

 だがトムは迷わない。

 

「――僕は魔法カード《馬の骨の対価》を発動! フィールドの通常モンスター《ギガテック・ウルフ》を墓地に送り2枚ドロー!!」

 

 壁となるモンスターを減らすことを恐れぬトムの闘志に応えるように《ギガテック・ウルフ》は遠吠えを響かせる。

 

 その2枚のカードはトムに勝利を呼び込む一手となりえる。

 

――このカードなら!!

 

 そう内心で喜色を見せるトム。

 

 その2枚のカードは2通りの道を指し示す。今のトムには攻めに転じるか、守りに徹するか、の選択が強いられていた。

 

 

 だがそんなトムの手札を盗み見る弟たちの連絡を受けたエスパー絽場は状況の悪化に毒づく。

 

――《禁じられた聖杯》だと!? くっ……マズイ……このままでは守備を固められては……

 

 速攻魔法《禁じられた聖杯》――発動ターンの終わりまでモンスター1体の効果を無効にし、攻撃力を400上げるカード。

 

 その効果を《人造人間-サイコ・ショッカー》がトムの炎属性モンスターへの攻撃時に発動されば罠封じの縛りは解け、トムの永続罠《バックファイア》の効果で500のダメージを受けて残りライフ400のエスパー絽場は敗北する。

 

 それゆえにエスパー絽場の攻撃は封じられたと言っても過言ではない。

 

 さらに先程発動された罠カード《火霊術(かれいじゅつ)-「(くれない)」》のようなカードをトムが引き込めば、今のエスパー絽場に止める手立てはない。

 

 

 しかしエスパー絽場には勝利の道筋が見えていた。

 

――だけど相手フィールドに攻撃表示のモンスターがいれば、話は違う!

 

 イカサマの手札の盗み見によって得られた情報ゆえに可能な抜け道が。

 

「おいおい、どうしたんだい? さっきまでの威勢はどうしたのかな? 『諦めない』とか何とか言っていたけど――ここにきて臆病風に吹かれたのかい?」

 

 安い挑発だった。

 

 だが年相応の少年であるトムはその挑発を受け流せる程に大人ではない。

 

「――ッ!! なら!! 僕は《人造木人18(インパチ)》をリリースしてアドバンス召喚!! 来いっ! 始まりのガジェット戦士!! 《ガジェット・ソルジャー》!!

 

 《人造木人18(インパチ)》がパカリと縦に真っ二つに開く。

 

 そこから銀に輝くアーマーに左目と左肩、そして背中に黄金の歯車、そして右肩にはミサイルランチャーを構えた機械の戦士がトムの怒りに呼応するように3つの歯車を回転させる。

 

《ガジェット・ソルジャー》

星6 炎属性 機械族

攻1800 守2000

 

「サイコ・ショッカーと同じ六つ星モンスターか、でもその攻撃力はたった1800! そんなカードはいくら出しても無駄だよ!」

 

 望んだ攻撃表示のモンスターが出たことで、エスパー絽場は煽りに煽る――己が勝利を確信したゆえに。

 

 そのトムのカードへの侮辱とも取れるような煽りはトムから冷静な思考を奪っていく。

 

「僕のデッキに無駄なカードなんてありません! 魔法カード《トランスターン》を発動!!」

 

 それゆえにトムは己が持つ最高の力を見せるべく、攻めに転じていく。

 

「僕は《ガジェット・ソルジャー》を墓地に送ることでデッキから同じ種族・属性のレベルが1つ高いモンスターを特殊召喚します!!」

 

 《ガジェット・ソルジャー》の銀のアーマーが光を放つ。

 

 そんな思わぬカードの発動にエスパー絽場は驚きを見せる。

 

「――レベル7のモンスターだと!?」

 

――まさか最上級モンスターを持っていたとは……最上級モンスターともなれば相応のステータスと効果を持っている筈……今のセットカードだけで対処できるか?

 

 エスパー絽場は「挑発し過ぎたか?」と内心で焦るが――

 

「レベルアップッ! スターチェンジッ!! 現れろ! レベル7! 《TM-1ランチャースパイダー》!!」

 

 光が収まると、そこには背中に巨大な2つのミサイルランチャーを装着した緑の装甲の機械のクモがその8本の足を踏み鳴らし、赤い頭部の瞳と牙がギラリと光る。

 

《TM-1ランチャースパイダー》

星7 炎属性 機械族

攻2200 守2500

 

 このカードはエスパー絽場も同じ機械族デッキの使い手として知っていた。

 

「そ、そのカードは全米チャンプキース・ハワードも使っていた――」

 

 そう、過去に全米チャンプであるキース・ハワードが愛用していたカードとして――今現在は度重なるチャンプのデッキ調整の波に呑まれ、ベンチ入りになっているが、その知名度は中々のものだ。

 

「はい! これが僕のデッキのエースです!」

 

 憧れのデュエリストのカードの雄々しい姿にトムの怒りも一旦収まり、笑顔を見せる。

 

 しかし、その有名さゆえに《TM-1ランチャースパイダー》の情報は周知の事実だ。

 

 ゆえにエスパー絽場は拍子抜けだと声を上げる。

 

「だけどそのカードは何の効果も持たない通常モンスター! 攻撃力もボクのサイコ・ショッカーには届かない数値だ!!」

 

 そう、《TM-1ランチャースパイダー》は「通常」モンスターであり固有の効果は何もない。

 

 さらにはステータスもそこまで秀でている訳ではないのだ。

 

「無駄だよ! そんなのでボクのサイコ・ショッカーを倒せる訳がないだろう!」

 

 そのため、エスパー絽場は先程の焦りは杞憂だったと鼻で笑う。

 

 

 だがトムとて無策ではない――自身のフェイバリットカードの力を見せてやる、とカードを示す。

 

「どんなカードだって組み合わせ一つで輝けるんです! 僕は魔法カード《右手に盾を左手に剣を》を発動!! これによりフィールドの表側のモンスターの元々の攻撃力と元々の守備力を、エンドフェイズ時まで入れ替えます!!」

 

 《TM-1ランチャースパイダー》の装甲の一部が展開し、更なる爆薬を覗かせる。

 

《TM-1ランチャースパイダー》

攻2200 守2500

攻2500 守2200

 

「確かに貴方のサイコ・ショッカーの攻撃力は僕のデッキのどのモンスターよりも高いです! でもその守備力は決して高い方じゃない!!」

 

 一方の《人造人間-サイコ・ショッカー》は攻撃機能を捨てるように全身から煙を上げ、己が体内を循環するエネルギーを抑えるように腕を交差させる。

 

《人造人間-サイコ・ショッカー》

攻2400 守1500

攻1500 守2400

 

 これにて互いのエースのパワーバランスは逆転した。

 

「バトル!! ランチャースパイダーでサイコ・ショッカーを攻撃!! ショック・ロケット・アタック!!」

 

 《TM-1ランチャースパイダー》のミサイルランチャーから無数のミサイルが《人造人間-サイコ・ショッカー》を爆殺せんと殺到する。

 

 

 このバトルによってエスパー絽場が受けるメージは1000――残り400のエスパー絽場のライフを削り切るには十分だ。

 

 

 このまま何事もなく攻撃が通れば、だが。

 

 

 エスパー絽場の挑発に乗り、攻めに転じたトムの姿に罠にかかった獲物だと意気揚々とエスパー絽場はセットカードを発動させる。

 

「かかったね!! その攻撃宣言時、速攻魔法《虚栄巨影》を発動!!  これでサイコ・ショッカーの攻撃力はこのバトルフェイズのみ1000ポイントアップ!!」

 

 《人造人間-サイコ・ショッカー》が放つ電磁波が《人造人間-サイコ・ショッカー》の虚像を作り、その本体を覆い鎧の様に纏われる。

 

《人造人間-サイコ・ショッカー》

攻1500 → 攻2500

 

「さらに続けて速攻魔法《リミッター解除》も発動! さらにサイコ・ショッカーの攻撃力は倍増!!」

 

 さらにダメ押しとばかりに自身の回路を全開にまで開き、《人造人間-サイコ・ショッカー》は己の限界を超えたパワーを引き出す。

 

《人造人間-サイコ・ショッカー》

攻2500 → 攻5000

 

「返り討ちだ! サイコ・ショッカー!! フルパワー!! ハイパーエナジーショック!!」

 

 《人造人間-サイコ・ショッカー》の限界以上にまで増幅されたエネルギーボールが発射され、《TM-1ランチャースパイダー》の放ったミサイルの弾幕を破壊していき、《TM-1ランチャースパイダー》に着弾。

 

 そのエネルギーに呑まれた《TM-1ランチャースパイダー》はその攻撃に苦し気に耐えようとするも爆散し、その爆風がトムを襲った。

 

「うぁあああああああ!!」

 

トムLP:1600 → 0

 

 

 

 

 そんなデュエルの終わりを見届けた双六は城之内を見やる。

 

「どうじゃ? 城之内――あれがお前さんが戦うデュエリストじゃ」

 

 しかし城之内よりも先に本田が心配そうに声を上げた。

 

「おいおい、爺さん、無茶じゃねぇか? 『心を読む』なんて強そうな相手にどうやって立ち向かえばいいんだよ?」

 

 いかにもな強者風のエスパー絽場に「城之内でも厳しいのではないか」と案ずる本田。

 

 だが城之内は作戦を立てるといった「頭を使う」ことが苦手ながらも頑張ってひねりだした攻略法を自信なさげに言い放つ。

 

「そ、そりゃぁ……ほら、あれだよ! 『無心』になるんだよ!」

 

「いや、そんな無茶苦茶な……」

 

 大分フワッとした攻略法に御伽も頬を引きつらせるが、双六は拙いながらも苦手な分野で懸命に足掻く城之内に笑みを見せた。

 

「ホホッ――いやいや、あながち間違ってはおらんぞ、城之内。そもそもエスパー絽場くんは相手の心を読んでおる訳ではないんじゃ」

 

「だがよ、じいさん。現にあの野郎はトムのカードをピタリと言い当ててじゃねぇか」

 

 指を一つ立ててそもそもの話を始める双六だが、本田からすれば『心を読む』以外に相手の手札を見通すなど出来る筈がないといった様子。

 

 しかし双六は手品のタネを明かす様に立てた指の先を回す様に揺らす。

 

「勿論タネがあるんじゃ、大体のデュエリストは無自覚である程度はやっとる」

 

 そう定義した双六は城之内にレッスンだと問いかける。

 

「そうじゃな……城之内、さっきトム君も使っておったモンスター《UFOタートル》を相手が召喚したとき、相手のデッキはどんなものじゃろうか?」

 

「そりゃぁ炎属性のデッキじゃねぇのか? それがどうかしたのかよ」

 

 双六の問いかけに《UFOタートル》のデッキから炎属性のモンスターを呼び出す効果からそう答えるも、城之内には双六の問いかけの意図がいまいち読めない。

 

 しかし傍の御伽が自分の指を鳴らし、真相に辿り着く。

 

「そうか! でも、そうだとするとエスパー絽場くんの実力はかなりのもの……」

 

 エスパー絽場の実力の高さに城之内が心配になってきた御伽。

 

 そんな御伽に双六はエスパー絽場のタネを説明していく――此方もイカサマなどとは夢にも思っていない様子だ。

 

「気付いたようじゃの御伽君。そうやって相手のデッキの中身を予想していけば、相手の所作や言動、さらにはどうプレイするかによって、自ずと相手の手札も分かってくるんじゃよ」

 

 言われてみれば手品のタネはシンプルなものだが、言うは易く行うは難しというもの、ゆえに本田は懐疑的な声を上げる。

 

「理屈は分かるけどよ……そんなこと本当にできんのかよ?」

 

「多少の方針を固める程度なら儂にも出来る。じゃがカードを言い当てる絽場君のレベルとまでなると――豊富なカードの知識と経験が必須になるじゃろうな……まだ若いのに大したもんじゃ」

 

 その本田の言葉に双六は城之内のステップアップには相応しい相手だと縦に首を振る。

 

「おいおい、そんなスゲェ奴が相手で城之内は大丈夫か?」

 

 ある意味、城之内の師匠の双六を超えた技に本田は思わず城之内へ心配の声を上げるが――

 

「いや、相手にとって不足はねぇ! 俺はアイツを乗り越えて上のステージってヤツにいってやるぜ!」

 

 デュエルで高みを目指す城之内からすれば尻込みなどしない――むしろそんな強者とのデュエルに燃えていた。

 

「よっしゃ! 絽場! 次は俺とデュエルしてくれよ!!」

 

 そう言いながら手を上げつつ人混みをかき分け歩み出る城之内を視界に収めたエスパー絽場は「見た顔だ」と自身の記憶を巡り――

 

「君は……確か決闘者の王国(デュエリストキングダム)に出ていた――」

 

「おう! 城之内 克也だ! お前にデュエルを申し込むぜ!!」

 

 そう意気揚々と答える城之内にエスパー絽場は考える素振りを見せる。

 

――ベスト4に残ったと言ってもほとんど運で勝ち上がったようなデュエリストか……カモだな。

 

「構わないよ。それでパズルカードは何枚賭けようか?」

 

 楽な相手だと、どうせパズルカードは1枚しか持っていないだろうと思いつつ確認を取るが――

 

「俺は今、持ってる2枚! 全部を賭けるぜ!」

 

 城之内は2枚のパズルカードを提示する――それは自身を追い込む背水の陣。

 

 そんな城之内の姿に一瞬呆気に取られるも、好都合だと内心でほくそ笑む。

 

――まさか2枚持っているとはね……しかも全賭けを相手の方から言い出してくれるとは……もう少し揺さぶっておくか。

 

「OKだ。ボクも手持ちの2枚全てを賭けよう。でも代わりにボクの方からも条件があるんだ」

 

「ん? 条件?」

 

 エスパー絽場からの条件に僅かに身構える城之内。自身の条件はエスパー絽場が呑んだ為に、断り難い。

 

「ああ、レアカードも2枚賭けにしよう」

 

「レ、レアカードも!」

 

 その提案に城之内は戸惑いを見せる。

 

 それもその筈、お金の大切さを知る城之内からすればレアカードが1枚アンティされるだけでも、精神的ダメージは計り知れない。

 

 それが2枚ッ! 倍ッ! 2倍であるッ!

 

「まぁ、勝つ自信がないなら――」

 

 そんなエスパー絽場の挑発を言い切る前に城之内は決断する。

 

「いいぜ! やってやろうじゃねぇか!!」

 

 そしてやる気をなお漲らせる――負けられない理由が一つ増えたのだと。

 

「なら早速! デュエルと行くぜ!」

 

 そう気合十分でデュエルディスクを展開させる城之内にエスパー絽場は「扱いやすそうな奴」などと思いながらデュエルディスクを構えた。

 

「 「デュエル!!」 」

 

 デュエルディスクが指し示した先攻のプレイヤーは城之内。初期手札も悪くないとデッキに手をかける。

 

「まずは俺の先攻! ド――」

 

 そしてデッキからカードを引き抜く前に聞き覚えのある声が響いた。

 

「そのデュエル、待ったや!!」

 

 その声の主はダイナソー竜崎。その様相は怒り心頭と言ったところ。

 

「――ロー! って何だぁ!?」

 

 思わぬ邪魔に城之内は勢いを失うも見知った顔の只ならぬ様相に問いかける。

 

「ん? 竜崎じゃねぇか 後ろの兄弟は誰だ? エスパー絽場の奴に似てるが……」

 

 そう疑問を呈する城之内を無視して竜崎はエスパー絽場に近づいていき――

 

「お前ぇ!! 『手札の盗み見』なんて舐めたマネしよってからに!!」

 

 そうエスパー絽場を指さしながら憤慨する竜崎。その後ろのエスパー絽場の弟たちは小さく縮こまっていた。

 

「な、なんのことかな?」

 

 己のイカサマがバレたことを知りつつもエスパー絽場は惚けて見せる。

 

 周囲には先程のトムとのデュエルの時の観客がかなりいる為、この場でおいそれとイカサマの事実を認める訳にはいかない。

 

「とぼけても無駄や! このチビ共から話は聞きだしたわ!!」

 

「だとしても、それが何の証拠になるんだ? まだ彼らは幼い。ただ勘違いしてるだけ――」

 

 共犯のエスパー絽場の弟たちの証言でイカサマを追求する竜崎だったが、エスパー絽場は弟たちの年齢ゆえに証言能力はないと突っぱねようと試みる。

 

 その反省の色がゼロなエスパー絽場の姿に竜崎の額に青筋が浮かんだ。

 

「ほ~あくまで認める気はないっちゅう訳やな?」

 

「認めるも何もボクはそんなこと――」

 

 周囲の懐疑的な視線を振り切るようにエスパー絽場は否認を続けるが――

 

「せやったらお前の耳の通信機持って出るとこ出よか――KCのゴッツイ技術やったら通信データの一つや二つ、あっちゅうまに調べられるで?」

 

 竜崎はそう言ってエスパー絽場に手を差し出す――ネタは上がっているのだと。

 

 確実な証拠はエスパー絽場自身が握っていた。

 

「お前がホンマに無実っちゅうんやったら――渡して貰おか?」

 

 そう詰め寄る竜崎にエスパー絽場は後退る。

 

 ここでどうにかして耳の通信機を破棄しても周囲の目があるゆえにイカサマを認めたと同義だ。

 

 この場を逃れる手段を脳内で模索するエスパー絽場。

 

 しかし思わぬところから救いの声が上がる。

 

「待てよ、竜崎! もっと簡単に真実を確かめる方法があるぜ!」

 

 今エスパー絽場とのデュエルを始めたばかりの城之内だ。

 

「こいつが相手の手札を見通せる程の読みが出来るってんなら――俺くらいのデュエリストなんて直ぐ倒せるはずだぜ!」

 

 そんな城之内の如何にもデュエリストらしい解決法に竜崎は勢いを削がれたように力なく返す。

 

「つまりデュエルで白黒付けるって言うんか? 確かに一理あるかもしれんが、実際に被害に遭った奴がおるんや。そら許せるもんやない――」

 

 竜崎もデュエルを中断させるような真似はしたくはないが、「被害者の存在」と「まだデュエルが始まったばかりな事実」からこの場での解決を選択させる。

 

 しかしその城之内の提案を支持するものがもう一人。

 

「僕は構いませんよ、城之内さん」

 

 それは先程、エスパー絽場のイカサマにより敗北した少年、トム――決闘者の王国(デュエリストキングダム)で城之内をある程度トムが知っていた為、デュエルでの解決を望んでいるようだ。

 

 デュエルの問題はデュエルで解決するもの――それがデュエリストなのだ。そういうものなのだ。

 

「……トム、ありがとな」

 

 思わぬ援護射撃に城之内は鼻をかく――背を押された事実が城之内を認めていることの表れの様に感じたゆえに。

 

「いや、話進めとるとこ悪いけどワイは了承した訳やあらへ――」

 

 そんなデュエリストのやり取りに流されそうになりつつも竜崎はこの場での解決を望む――その条件では城之内が負けた場合は追及できなくなってしまう為だ。

 

 エスパー絽場が確実に「黒」である以上、万が一の可能性は許してはならない。

 

『なら僕が了承しよう』

 

 しかし、またしても竜崎の声を遮るような声が「上」から響く。

 

 周囲の人間が音の先を見れば、そこにあるのは街頭のディスプレイ。

 

 そのディスプレイには「KC」の文字だけが写っていた。

 

「の、乃……じゃなくて、だ、誰や!?」

 

 その乃亜の声に咄嗟に名前を呼びそうになる竜崎だが、すんでのところで誤魔化す。今の竜崎の立場は「一参加者」、大会の運営側とは関係ないのだと。

 

 乃亜の言葉は続く。

 

『話は聞かせて貰ったよ。この大会の運営を取り仕切る僕の権限で許可しようじゃないか』

 

 KCの運営側からのアクションにエスパー絽場は光明を見出す。

 

『エスパー絽場、君がこのデュエルに勝てば「君」への疑いは不問にしよう。だが、もし城之内克也が勝った場合は――言わなくても分かるね?』

 

「何のことかは知らないが、これ以上訳の分からない言い掛かりを止めてくれるなら願ってもない限りさ」

 

 エスパー絽場はヤレヤレといった様子でその乃亜の提案に全力で乗りにかかった。渡りに船な提案ゆえに。

 

『では取り決めを――』

 

 取り決めを説明していく乃亜だが、先ほどの城之内とのやり取りと大きな相違はなかった。

 

 違うのは互いが賭けるレアカードの2枚――そのエスパー絽場側への取り決めだ。

 

 それはエスパー絽場が賭けるレアカードの2枚の内の1枚に先程トムからアンティした《TM-1ランチャースパイダー》を賭けることのみ。

 

『不正の有無はそうだな……ダイナソー竜崎くん。この一件を突き止めた君に一任しようじゃないか』

 

「よっしゃ! ワイがバッチリ、ジャッジしたるで~!!」

 

 乃亜の言葉に竜崎は不正は逃さないとやる気を漲らせた――やはり内心では竜崎もデュエルでの解決を望んでいたのだろう。

 

「おう、文句ねぇぜ! 公平なジャッジを頼むぜ! 竜崎!!」

 

「ボクも異存はない! さぁ! デュエルの再開といこうか!!」

 

 そう竜崎に手を上げて返す城之内にエスパー絽場も自信ありげに返す――この程度の相手、城之内には負ける筈がないと。

 

 

 

 エスパー絽場は気付かない――この勝負に勝とうが負けようが逃げ場などないことに。

 

 






TM-1ランチャースパイダー「キース……俺は居場所を見つけたよ……」

ガジェット・ソルジャー「自分も海馬社長からリストラされましたが無事に再就職が決まりました……」


BM-4ボムスパイダー「そんな2人の愛の結晶です(違う)――キースさんのところに行ってきます!」

デビルゾア「( ゚д゚)…………( ゚д゚ )」

メタル・デビルゾア「悔しいでしょうねぇ(フィールド魔法《鋼鉄の襲撃者(ヘビーメタル・レイダース)》でポーズを取りつつ)」



~入りきらなかった人物紹介~
トム
遊戯王DM にて登場

ペガサスの「トムの勝ちデース!」の言葉で全てお分かりいただけるだろう……


でもキチンとした紹介もしておきます。

短い金髪にそばかすと前歯が抜けているのが特徴のアメリカ人の少年。

――原作にて
キース・ハワードがペガサスに挑戦状を叩きつけデュエルした際、

ペガサスはマインドスキャンを使いキースの手の内を読み、必勝の方法をメモ。

そして、観客席から少年トムを呼び、上述のメモを渡してトムがその通りにデュエルした結果、キースは敗北。

トムの勝利後、ペガサスが言った台詞「トムの勝ちデース!」が印象的。

こうしてキースはデュエルモンスターズの宣伝のダシに使われてしまい、全てを失った。

ちなみにトムが原作でその後どうなったかは不明。


さらに遊戯王GXに登場した
ギースにジェリービーンズマンのカードを奪われた少年もまた「トム」という名前だが別人である。


――今作では
キレイなペガサスのアドバイスの元、キレイな全米チャンプ、キースとデュエルしたラッキーボーイ。

キースとペガサスは互いに同じデッキだったがそんなことは些事である。


その経験はトムをデュエリストとして大きく成長させた。

さらにそのデュエルの後、トムが買ったカードパックから出た《TM-1ランチャースパイダー》のカードは彼の宝物に。

その腕にはキースのファンの証、米国旗のバンダナが巻かれている。

そのデュエルの実力は中々のもの。
しかしそれよりも真っすぐに、そしてとても楽しそうにデュエルする姿が印象的。

通り名は「ラッキートム」



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第88話 頑張れ絽場、弟の人生がかかっているぞ

前回のあらすじ
トムの勝ちデース!(勝ったとは言っていない)



 デュエルが再開され、城之内はドローした手札を見て負けられないとやる気を漲らせる。

 

「俺はまず魔法カード《手札抹殺》を発動! 互いは手札を全て捨てて、捨てた分だけドローだ!!」

 

 早速の手札入れ替えカード。

 

 城之内と共に手札を入れ替えたエスパー絽場の苦悶の顔色を見る限り、相手にはいい塩梅に作用したようだ。

 

「そして魔法カード《予想GUY(ガイ)》を発動! コイツは俺のフィールドにモンスターが存在しない時! デッキからレベル4以下の通常モンスター1体を特殊召喚するぜ!」

 

 城之内のフィールドにスパークが起こり――

 

「来いっ! 《アックス・レイダー》!!」

 

 そこから城之内のデッキの切り込み隊長的な扱いの《アックス・レイダー》が斧を振り回し、気合タップリな姿を城之内に見せつける。

 

《アックス・レイダー》

星4 地属性 戦士族

攻1700 守1150

 

「お次がコイツだ! 魔法カード《蛮族の狂宴LV(レベル)5》を発動! 俺の墓地のレベル5の戦士族モンスターを2体まで特殊召喚だ!! 頼むぜ!! 《バーバリアン1号》! 《バーバリアン2号》!!」

 

 決闘者の王国(デュエリストキングダム)でも城之内を幾度となく助けてくれた本田から貰ったカードである《バーバリアン1号》と《バーバリアン2号》が互いの棍棒をぶつけ合わせ、互いに鼓舞し合う。

 

《バーバリアン1号》

星5 地属性 戦士族

攻1550 守1800

 

《バーバリアン2号》

星5 地属性 戦士族

攻1800 守1500

 

「コイツで特殊召喚したモンスターは効果は無効化されちまうし、このターンは攻撃出来ねぇが今は最初のターンだ! 関係ねぇぜ!」

 

 3体のモンスターをフィールドに並べた城之内だが、その展開はまだ終わらない。

 

「墓地の《カーボネドン》を除外して効果を発動! 俺のデッキからレベル7以下のドラゴン族の通常モンスター1体を守備表示で呼び出すぜ! 俺が呼ぶのは《ベビードラゴン》!!」

 

 バトルシティからのニューフェイスにも関わらず、過労死でお馴染み《カーボネドン》。

 

 その身体の黒い甲殻をパージすると、そこには遊戯から託された《ベビードラゴン》が小さな羽を広げ、口から小さな炎を吐く。

 

《ベビードラゴン》

星3 風属性 ドラゴン族

攻1200 守 700

 

「ここで! 魔法カード《馬の骨の対価》を発動して、俺のフィールドの効果モンスター以外の――《ベビードラゴン》を墓地に送って2枚ドロー!!」

 

 そしてそのまま空を飛んだ《ベビードラゴン》は光の粒子となって城之内の手札を潤す。

 

「そして永続魔法《冥界の宝札》を発動し――《アックス・レイダー》と《バーバリアン1号》の2体をリリースしてアドバンス召喚!!」

 

 《アックス・レイダー》の斧と《バーバリアン1号》の棍棒が打ち鳴らされる――その衝撃で斧の方が欠けたが気にしてはならない。

 

「早速出てきな! 俺のエース! 《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》!!」

 

 その2体の戦士は炎の柱となって混ざり合い、空で弾けた先にあるのは頼もしい黒き身体――《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》が悠然と翼を広げる。

 

真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)

星7 闇属性 ドラゴン族

攻2400 守2000

 

「2体のモンスターをリリースしてアドバンス召喚に成功したことで、永続魔法《冥界の宝札》の効果で2枚ドローだぜ!」

 

 新たに補充したカードで城之内は更に動く。

 

「まだまだ行くぜ! 魔法カード《死者蘇生》発動! 俺は墓地の《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》を蘇生させるぜ!」

 

 飛び上がるのは紫のパンサーの戦士。

 

 緑のマントを風に揺らしつつ手に持つサーベルと盾を打ち鳴らし、城之内の隣に着地する。

 

《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》

星4 地属性 獣戦士族

攻2000 守1600

 

「装備魔法《愚鈍の斧》をパンサーウォリアーに装備! これでパンサーウォリアーの攻撃力は1000アップ!」

 

 《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》のサーベルに間抜け顔のワッペンのようなものが取り付くと、そのサーベルが巨大な斧へと変貌していく。

 

《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》

攻2000 → 攻3000

 

「代わりに装備モンスターの効果が無効にされちまうが、逆にパンサーウォリアーの攻撃時に自分のモンスターをリリースしなきゃならねぇデメリット効果が無効になる! 願ったり叶ったりだぜ!」

 

 その《愚鈍の斧》は《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》に侵食するようにその腕と一体化していくが、当の本人は気にした様子もない。

 

 むしろ身体が軽くなったとばかりに腕を回していた。

 

「カードを1枚伏せてターンエンドだ! さぁ! どっからでもかかって来やがれ!!」

 

 

 城之内はフィールドにパワー重視のモンスターを3体並べてエスパー絽場を迎え撃つ。

 

 

「ならボクのターン! ドロー!」

 

 だがエスパー絽場は自分の手札を見た後で不敵に笑う。

 

――この程度の相手にボクの切り札たるサイコ・ショッカーを使うまでもない!

 

 その内心の様子が表に出たように自信をもってカードを発動させた。

 

「まず魔法カード《闇の量産工場》を発動! 墓地の通常モンスター2体――《メカ・ハンター》と《ブロッカー》を手札に回収させて貰うよ!」

 

 ベルトコンベアーを駆け抜けるのは丸い身体に翼と7本のアームを取り付けた《メカ・ハンター》とばらばらになった人形のそれぞれの部位がひとりでに動く《ブロッカー》の姿。

 

 何だか《メカ・ハンター》が《ブロッカー》のスプラッターな姿に恐怖しエスパー絽場の手札に逃げ込んでいるようにも見えるのは気のせいなのか。

 

 だが城之内は別のところに意識が向く。

 

「《メカ・ハンター》!? ソイツはキースが使っていた!」

 

 そう、キースと直に戦ったことのある城之内にはそのキースが使用していた《メカ・ハンター》の存在の方が気になった模様――普通に販売されているカードだが、やはり使い手が使い手だけに気になるのだろう。

 

 

 しかしエスパー絽場はその城之内の認識を鼻で笑う。

 

「一緒にしてもらっちゃ困るな! ボクはあのチャンプのように態々捨て身の戦術を取る気はないよ!」

 

 エスパー絽場はキースとは違うことを強調し声を荒げる――それは真似ただけのデッキと思われるのを嫌ったゆえか。

 

「魔法カード《シャッフル・リボーン》を発動! このカードの効果でボクのフィールドにモンスターがいない時! ボクの墓地のモンスター1体を蘇生させる! 蘇れ! 《KA-2 デス・シザース》!!」

 

 地面から周囲の土を押し払い、水色の装甲を持ったカニを模したロボットが「KA-2」と印字された大きなハサミを城之内に向けてガシャガシャ動かす。

 

《KA-2 デス・シザース》

星4 闇属性 機械族

攻1000 守1000

 

「もっとも、《シャッフル・リボーン》で蘇生したモンスターの効果は無効になり、エンドフェイズに除外されるけどね!」

 

 そのエスパー絽場の言葉に《KA-2 デス・シザース》はハサミを持ち上げたまま、背後の主に振り向く――自分の未来が見えてしまったゆえに。

 

「だがこのカードでその過程も無意味だ! 魔法カード《トランスターン》!!」

 

 その《KA-2 デス・シザース》の予想通りに周囲に赤い装甲が浮かぶ。

 

「このカードの効果で《KA-2 デス・シザース》を墓地に送り、同じ属性・種族でレベルの1つ高いモンスターをデッキから特殊召喚する!!」

 

 その赤い装甲は次々に《KA-2 デス・シザース》の身体に装着されていき――

 

「現れろ! レベル5!! 機械なる捕食者! 《ニードルバンカー》!!」

 

 赤い装甲を持ったサソリ型のロボットへと生まれ変わる。

 

 生まれ変わった己を誇るように赤いハサミを城之内に向けつつ、尾の先の刃をユラユラと動かす。

 

《ニードルバンカー》

星5 闇属性 機械族

攻1700 守1700

 

「ここで速攻魔法《魔力の泉》を発動! 君のフィールドの表側の魔法・罠の数だけドローし! ボクのフィールドの表側の魔法・罠のカードだけ手札を捨てる!」

 

 城之内のフィールドの表側の魔法・罠カードは《冥界の宝札》と《愚鈍の斧》の2枚、そしてエスパー絽場のフィールドには《魔力の泉》のみ。

 

「君のフィールドのカードは2枚! ボクのフィールドは1枚! よって2枚ドローして1枚捨てる!!」

 

 手札から墓地に送られ、パーツごとに落ちる《ブロッカー》はこれ以降の出番があることを信じるしかなかった。

 

「そして次の君のターンの終わりまで君のフィールドの魔法・罠カードは破壊されず、無効化されない!!」

 

 そう言いつつもエスパー絽場は城之内に次のターンを与える気などなかった。

 

「まだまだ行くよ! ボクは今引いた魔法カード《チューナーズ・ハイ》を手札のモンスターの《メカ・ハンター》を1枚捨てて発動!!」

 

 周囲に運動会でよく流れる音楽が木霊する。

 

「この効果で捨てたモンスターと同じ属性・種族でレベルが1つ高いチューナーモンスター1体をデッキから特殊召喚する!!」

 

 《メカ・ハンター》はその音楽に背を押され、加速していき――

 

「ボクが今捨てた《メカ・ハンター》のレベルは4!! よって呼び出すのは――レベル5のチューナーモンスター!! 《A(アーリー)・マインド》!!」

 

 その加速の先に待ち受けていたのはより球体状に近くなったマシンボディ。

 

 その丸みを帯びた黒い身体からは多数のコードが伸びており、身体の電極から電波が迸り、同じく球体状のモノアイがギョロリと周囲を見渡した。

 

A(アーリー)・マインド》

星5 闇属性 機械族

攻1800 守1400

 

「『チューナー』にこんな使い方があったのかよ……」

 

 城之内も《共闘するランドスターの剣士》という「チューナーモンスター」を持っているが、殆ど「ただの効果モンスター」程度の認識しかない。

 

 師である双六に尋ねたときも「新しく出たカードゆえに情報があまりない」としか語られなかった。

 

 そんな城之内の姿にエスパー絽場は挑発気に笑いつつ返す。 

 

「フッ! ボクの力はまだまだこんなものじゃない!! このターン! ボクはまだ通常召喚していない!! よって《サイバー・レイダー》召喚!!」

 

 エスパー絽場の声と共に跳躍するのは黄色いラインの入った青いレーシングスーツのようなものを着た《サイバー・レイダー》。

 

 その頭部の棘のあるヘルメットからエネルギーが迸る。

 

《サイバー・レイダー》

星4 闇属性 機械族

攻1400 守1000

 

「そして《サイバー・レイダー》が召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、フィールド上のモンスター1体に装備されたカードに効果を及ぼす!!」

 

 《サイバー・レイダー》が狙うのは《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》の手の《愚鈍の斧》。

 

「その装備カードを『破壊する』か、『自身に装備させる』かをね!! ボクは当然君のフィールドの装備魔法《愚鈍の斧》を《サイバー・レイダー》に装備!!」

 

 《魔力の泉》の耐性はあくまで「効果が無効にされない」と「破壊されない」ことだけだ、カードの「装備先の変更」は防げない。

 

 

 それゆえに《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》がいかに踏ん張ろうとも《愚鈍の斧》は《サイバー・レイダー》に引き寄せられ宙を舞った後でその手に収まった。

 

《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》

攻3000 → 攻2000

 

《サイバー・レイダー》

攻1400 → 2400

 

「最後に永続魔法《マシン・デベロッパー》を発動! これによりフィールドの機械族モンスターの攻撃力は200ポイントアップ!!」

 

 背後に出来た機械工場のような《マシン・デベロッパー》にチューンを受けてパワーアップしたモンスターたちはその機械音で雄叫び代わりに叫びを上げる。

 

《ニードルバンカー》

攻1700 → 攻1900

 

A(アーリー)・マインド》

攻1800 → 攻2000

 

《サイバー・レイダー》

攻2400 → 攻2600

 

「バトルだ! 《サイバー・レイダー》でパンサーウォリアーを!」

 

 《サイバー・レイダー》はその巨大な斧を振りかぶり、

 

「《A(アーリー)・マインド》で《バーバリアン2号》を!」

 

 《A(アーリー)・マインド》は自身を高速回転させながら、

 

「《ニードルバンカー》でレッドアイズにそれぞれ攻撃だ!!」

 

 《ニードルバンカー》は《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》を目掛けて走り出す。

 

「この一斉攻撃で君は終わりさ!!」

 

 そのエスパー絽場の勝利宣言に城之内は鼻を鳴らす。

 

「へん! 何言ってんだ! 仮に俺のレッドアイズを弱体化させて破壊出来たとしても俺のライフは十分に残るじゃねぇか!」

 

 エスパー絽場の最後の手札の効果で《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》の攻撃力が0になろうとも、戦闘ダメージで城之内の全てのライフを0にすることは出来ない城之内の計算だ。

 

 しかしエスパー絽場の計算は違う。

 

「そんなことはないさ! 《ニードルバンカー》が戦闘でモンスターを破壊し墓地へ送った時! その破壊したモンスターのレベル×500ポイントダメージを与えるからね!!」

 

 《ニードルバンカー》の効果による効果ダメージを合わせれば――

 

「君のレッドアイズのレベルは7! よってそのダメージは3500!! さぁ、分かっただろう! このバトルフェイズで君の負けだってことがね!!」

 

 城之内のライフ4000を容易く削り取れる計算だった。

 

 

 だが計算では測れない男が城之内だ。

 

「そう簡単に終わらせるかよ! 永続罠《連撃の帝王》を発動! この効果で俺は相手ターンに1度! そのメインフェイズかバトルフェイズにモンスター1体をアドバンス召喚出来るぜ!!」

 

 その城之内の最後のリバースカードはあくまで召喚権を増やすもの。直接的にエスパー絽場のモンスターをどうこうするものではない。

 

 

 それゆえにエスパー絽場の余裕は崩れない。

 

「無駄だよ! 今更何を呼ぼうともボクの勝ちは揺るがない!! むしろ君を守る壁となるモンスターが減る分だけ敗北は早まるだけだ!」

 

 そんなエスパー絽場の言葉に城之内はニヤリと笑う。

 

「なら目ん玉かっぽじって、よーく見な!! 俺はパンサーウォリアーと《バーバリアン2号》、そしてレッドアイズの3体をリリースしてアドバンス召喚するぜ!!」

 

「なにっ!? 3体のリリースだって!?」

 

 レベル7以上の最上級モンスターをアドバンス召喚する為のリリースは2体だ――3体リリースすることなど本来は出来ない。

 

 つまりこれは秘められた効果を持つゆえのもの。

 

「今こそ真の力を見せな!! 《ギルフォード・ザ・ライトニング》!!」

 

 竜と戦士の力を受け、稲妻の騎士、《ギルフォード・ザ・ライトニング》がフィールドに降り立ち剣を振るうと周囲に突風が舞う。

 

《ギルフォード・ザ・ライトニング》

星8 光属性 戦士族

攻2800 守1400

 

 城之内のフィールドに佇む《ギルフォード・ザ・ライトニング》のプレッシャーにエスパー絽場は一抹の不安にかられるも、強気に返す。

 

「くっ……だがその攻撃力は2800!! その程度じゃボクの攻撃は止まらない!! これで君の負けだぁ!!」

 

 そのエスパー絽場の声に押され、《ニードルバンカー》がハサミを動かしながら一番槍だと《ギルフォード・ザ・ライトニング》に飛び掛かるが――

 

「そいつはどうかな! 俺は3体のモンスターをリリースしてアドバンス召喚された《ギルフォード・ザ・ライトニング》の効果を発動!! 相手フィールドのモンスターを全て破壊する!!」

 

 その《ギルフォード・ザ・ライトニング》の大剣には目にハッキリ見える程に膨大な雷が蓄積されているのが見て取れる。

 

「唸れ!! ライトニング・サンダー!!」

 

 そしてその大剣の雷は《ギルフォード・ザ・ライトニング》の大剣の一閃により放たれ、エスパー絽場のフィールド全体を蹂躙する。

 

 その雷の奔流に呑まれた先頭の《ニードルバンカー》を巻き込みながら、その後ろの《A(アーリー)・マインド》と《サイバー・レイダー》を呑み込んでいく。

 

「ぐぅうううっ!! ボクのモンスターが!!」

 

 雷の奔流が収まるころにはエスパー絽場のフィールドのモンスターは0――《マシン・デベロッパー》だけが虚しく残る。

 

「どんなもんよ! ――っと、2体以上のモンスターをリリースしてアドバンス召喚したことで永続魔法《冥界の宝札》で2枚ドローさせて貰うぜ!」

 

 相手モンスターの一掃に手札の補充までこなした城之内は満足気だ。

 

「くっ……機械族モンスターが破壊されたことで永続魔法《マシン・デベロッパー》の効果でこのカードにジャンクカウンターを2つ置く……」

 

ジャンクカウンター:0 → 2

 

 《マシン・デベロッパー》にカウンターが乗るも、今のエスパー絽場にそれを活かすだけの余力はない。1ターンで一気に勝負に出たゆえにエスパー絽場の手札は相応に消耗していた。

 

「墓地の《シャッフル・リボーン》を除外して自分のフィールドのカード――《マシン・デベロッパー》をデッキに戻し、カードを1枚ドロー!!」

 

 ゆえに新たな可能性という名のドローに舵を取る。

 

「――カードを2枚伏せてターンエンドだ!! エンドフェイズに《シャッフル・リボーン》の効果で手札を除外するが、ボクにはその手札はない!」

 

 苦し気にターンを終えたエスパー絽場。

 

 その姿に城之内は発破をかけるように言い放つ。

 

「どうしたよ! 得意のカード予想で、俺の手札のカードは見抜けなかったのか!」

 

 今の城之内はエスパー絽場が「イカサマをしていない」可能性を信じていた――例え今の攻防で城之内のカードをエスパー絽場が何一つ見抜いていなかったとしてもだ。

 

 それは城之内も同じように兄としての立場ゆえに信じたい思いが見て取れる。

 

「俺のターン! ドロー!」

 

 そんな精神状態でカードを引いたゆえか城之内の手札はいまいちパッとしない。

 

――とはいえ、俺の手札も微妙だなぁ……

 

 そんな何とも言えない手札ゆえか城之内の手も僅かに緩む。

 

「君、手札が見えそうになっているよ」

 

「おおっと、危ねぇ――ありがとな!」

 

 その手の緩みをエスパー絽場の指摘を受けて慌てて治す城之内――その心にあるのは「キチンと指摘してくれる相手がイカサマなどしない、ゆえにきっと何かの間違いなのだ」と。

 

「フフ、どういたしまして」

 

――相手の手札は《スケープゴート》に《名推理》、《馬の骨の対価》か……

 

 そうエスパー絽場は内心でほくそ笑む――全然反省していなかった。いや、負けられないデュエルゆえに手段を選んでいる余裕がないゆえかもしれない。

 

 まぁこの場合は手札が見えそうな状態になるまで気が緩んでいた城之内側の問題でもあるが。

 

「俺は魔法カード《名推理》を発動! さぁ好きなレベル選びな!」

 

 そうとは知らない城之内はやる気を漲らせ、その頭上にルーレットが回る。

 

「ならレベル4を選ぶ!!」

 

 そのルーレットは4の文字を表し、城之内のデッキのカードを次々と墓地へ送っていく。

 

 その空白の時間がエスパー絽場にはとても長く感じられる――出てきたモンスター次第ではこのターンの城之内の攻撃を防ぎきれない可能性もあるのだから。

 

「ならデッキの上からカードを墓地に送って――残念! レベル3だ! よってそのまま特殊召喚だぜ! 来いっ! 《格闘戦士アルティメーター》!!」

 

 青いバトルスーツの《格闘戦士アルティメーター》が軽快なフットワークと共に《ギルフォード・ザ・ライトニング》に並び立つ。

 

 その目はまだまだ自分も負けていられないと言葉以上に雄弁に語っていた。

 

《格闘戦士アルティメーター》

星3 地属性 戦士族

攻 700 守1000

 

「バトルだ!! 《ギルフォード・ザ・ライトニング》でダイレクトアタック!! ライトニング・クラッシュ・ソード!!」

 

 《ギルフォード・ザ・ライトニング》が下段に大剣を構え、そのままエスパー絽場に向かって疾走する。

 

「そうはさせないよ!! 速攻魔法《鈍重(どんじゅう)》を発動! フィールドの表側のモンスター1体の攻撃力をターンの終わりまで、そのモンスターの守備力分だけダウンさせる!!」

 

 だがその手の大剣が突如として重量を増し、《ギルフォード・ザ・ライトニング》の手を離れ、地面に落ちた。

 

 その大剣は地面にめり込んでおり、《ギルフォード・ザ・ライトニング》には持ち上げられない。

 

 そして大剣を失い無防備になったゆえに《ギルフォード・ザ・ライトニング》の攻撃力はその守備力の1400分だけダウンする。

 

《ギルフォード・ザ・ライトニング》

攻2800 → 攻1400

 

 だが大剣を失おうとも《ギルフォード・ザ・ライトニング》には大剣を振るう為に鍛えた鋼のごとき肉体がある。

 

 その剛腕から繰り出される拳がしたたかにエスパー絽場を打ち抜いた。

 

「ぐぅうう……!!」

 

エスパー絽場LP:4000 → 2600

 

「次だ! アルティメーターでダイレクトアタック! アルティメット・スクリュー・ナックル!!」

 

 素早くエスパー絽場に迫った《格闘戦士アルティメーター》は全身の筋肉をバネとしてねじり、その力を拳に乗せて打ち抜く。

 

「ぐわぁ!!」

 

エスパー絽場LP:2600 → 1900

 

「よっし! 絶好調だぜ! 俺はバトルを終了して2枚目の魔法カード《馬の骨の対価》を発動! フィールドの効果モンスター以外――《格闘戦士アルティメーター》を墓地に送って2枚ドローだ!」

 

 仕事は終えたと《格闘戦士アルティメーター》は城之内に拳を向けた後、光となって城之内の新たな可能性となるドローカードへとその身を変える。

 

「そんでもって! 俺はカードを3枚セットしてターンエンドだ!! ターンの終わりにはお前の《鈍重》の効果も消えるぜ!」

 

 地面にめり込んだ大剣の重さが戻ったことを確認した《ギルフォード・ザ・ライトニング》は大剣を持ち上げ、肩に担ぐ。

 

《ギルフォード・ザ・ライトニング》

攻1400 → 攻2800

 

 その《ギルフォード・ザ・ライトニング》の姿を見つつ、城之内は「良い調子だ」と静かに拳を握る。

 

 しかしエスパー絽場を見つめる城之内の視線に気の緩みは見られない。

 

 今までの攻防はあくまでエスパー絽場の油断を突いたものだと城之内は理解していた。

 

 

 その証拠にエスパー絽場の城之内を見る目は油断や慢心が消え、鋭さを増している――ここから「エスパー絽場」と呼ばれたデュエリストの本領が発揮されるのだと言わんばかりに。

 

 




魔導ギガサイバー(戦士族)「なぁ……俺の出番は?」

魔鏡導士(まきょうどうし)リフレクト・バウンダー「ある訳ないだろ。『機械族』の俺ですら『光属性』だからって弾かれたんだぞ」

チューナーズ・ハイ「……恐らく原因は私だ……すまない……本当にすまない……」





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第89話 一人じゃねぇ奴は強い



前回のあらすじ
格闘戦士アルティメーター「アルティメット・スクリュー・ナックル!!」

トム「あ、あれは! 城之内さんを昔から支えてきたカード!!」




 

 

 絶体絶命だった状況から何とか城之内の攻撃を凌いだエスパー絽場はこの屈辱は倍にして返すとばかりにデッキに手をかける。

 

 今のエスパー絽場が大きく巻き返す為にはあるカードが必要になる。確率は決して高くない。しかしエスパー絽場はそのカードを引ききる自信があった。

 

「ボクのターン! ドロー!! ボクは今引いた速攻魔法《サイクロン》を発動! 君の右のセットカードを破壊させて貰うよ!!」

 

 フィールドに竜巻が渦巻く――エスパー絽場が狙うのは当然、あのカード。

 

「おおっと! そうはさせねぇぜ! 破壊される前に発動させて貰うぜ! 速攻魔法《スケープ・ゴート》!! 俺のフィールドに『羊トークン』4体を特殊召喚!!」

 

 破壊される前に使ってしまえとばかりに城之内はエスパー絽場の思惑に知らぬ間に乗り、城之内のフィールドに丸みを帯びた4体の羊が小さく鳴き声を上げながら現れた。

 

『羊トークン』×4

星1 地属性 獣族

攻 0 守 0

 

 城之内のフィールドに最大限カードが溜まったことを確認したエスパー絽場は意気揚々と最後のリバースカードに手をかざす。

 

「ならボクはリバースカードを発動させて貰うよ! 罠カード《裁きの天秤》!!」

 

 空を割き現れた、立派な髭を携えた老人が持つ天秤がユラユラ揺れる。

 

 その片方の天秤にはエスパー絽場の手札とフィールドのカードの数の光が灯り、もう一方には城之内のフィールドのカードの数だけ光が灯る。

 

「君のフィールドのカードは9枚! そしてボクの手札は0! フィールドは《裁きの天秤》のみ!」

 

 そのエスパー絽場の言葉通り、エスパー絽場の手札はなく、フィールドには《裁きの天秤》のみ、

 

 城之内のフィールドは――

 

 モンスターが《ギルフォード・ザ・ライトニング》と4体の『羊トークン』。

 

 魔法・罠カードが《冥界の宝札》に《連撃の帝王》と2枚のセットカードの合計9枚。よってその差は――

 

「よってその差の分! 8枚のカードをドローする!!」

 

 一気に手札を回復させたエスパー絽場はここから巻き返しを図る為に動き出す。

 

「ボクは2枚目の魔法カード《シャッフル・リボーン》を発動! 墓地のモンスターを蘇生する!! 蘇れ!! 《A(アーリー)・マインド》!!」

 

 再び現れる様々なコードがぶら下がる黒い球体、《A(アーリー)・マインド》。やる気を見せるようにその身体をクルクルと回している。

 

A(アーリー)・マインド》

星5 闇属性 機械族

攻1800 守1400

 

「ドッカーン!!  罠カード《奈落の落とし穴》だぜ! 相手が攻撃力1500以上のモンスターを召喚・特殊召喚・反転召喚した時! ソイツを破壊し、除外する!」

 

 しかしそんな《A(アーリー)・マインド》の真下に突如穴が開き、そこから緑の腕が伸び、奈落へと引きずり込まんと《A(アーリー)・マインド》に掴みかかる。

 

 その穴の底は血の池のような赤で染まり、おどろおどろしい気配を放っていた。

 

「あばよっ!」

 

 ターンの終わりに破壊されるカードを率先して破壊に動く城之内。

 

 そう、城之内は見抜いていた――態々レベル5のモンスターを蘇生させたエスパー絽場が次の取る手を。

 

 しかしエスパー絽場はその城之内の想定を上回る。

 

「させないよ! 速攻魔法《我が身を盾に》!! ボクはライフを1500払うことで相手の発動した『フィールド上のモンスターを破壊する効果』を持つカードの発動を無効にし破壊する!!」

 

 自身のライフが危険域に達しようとも勝利の為に身を削る。

 

エスパー絽場LP:1900 → 400

 

 そのエスパー絽場のライフを吸って満足したのか、奈落への穴から伸びた緑の腕は穴の中へ戻っていった。

 

「さすがにそう簡単には通しちゃくれねぇか!」

 

 罠カードを躱したエスパー絽場に鼻をかきつつ城之内はニヒルに笑うが、エスパー絽場の一手はまだ終わりではない。

 

「それだけじゃない! 相手がコントロールするカードの発動を無効にしたことで! ボクは手札のこのカードを特殊召喚出来る!!」

 

 空から「キーン」という音速の壁を破るような音と、青いボディに背中と肩部分に翼が取り付けられたロケットのようなフォルムのマシンがブースターを吹かす姿が見える。

 

「現れろ!! ジェット・マシン!! 《A(アーリー)・ジェネクス・リバイバー》!!」

 

 やがてフィールドにある程度近づくとその身体を反転させ、肩部分が回転し、腕が現れる。

 

 さらにブースター部分が二つに別れ、脚部となってブレーキ代わりに地面にブースターを吹かし、宙に浮かぶように静止した。

 

A(アーリー)・ジェネクス・リバイバー》

星5 闇属性 機械族

攻2200 守1000

 

「ここで2枚目の魔法カード《トランスターン》を発動! 《A(アーリー)・マインド》を墓地に送って、同じ属性・種族! そしてレベルが1つ高いカードをデッキから特殊召喚!!」

 

 《A(アーリー)・マインド》が地面にめり込み、その身体をエネルギーに変えてゲートを生み出す。

 

「つまりレベル6のモンスターを呼び出す訳か!」

 

 その城之内の予想通りエスパー絽場が呼びだすのは己がエース、《人造人間-サイコ・ショッカー》。

 

「そうさ! ボクが呼ぶのはレベル6の――」

 

 しかしエスパー絽場の言葉に城之内は手を前に出し、待ったをかける。

 

「なら、ちょっと待って貰うぜ! お前の《トランスターン》の効果にチェーンして俺の罠カード《ゴブリンのやりくり上手》を発動!! 俺の墓地の《ゴブリンのやりくり上手》の数+1枚のカードをドローだ!」

 

 《人造人間-サイコ・ショッカー》の効果は罠を封じる効果。なら先に使ってしまえばいいのだと城之内は最後のリバースカードを発動させた。

 

「俺の墓地の《ゴブリンのやりくり上手》は2枚! よって3枚ドロー! その後で手札を1枚デッキの一番下に戻す!!」

 

 当然残りの2枚の《ゴブリンのやりくり上手》は《名推理》の時に墓地に送っている為、やりくりしているゴブリンは満足顔だ。

 

 そしてチェーンの逆順処理が進む。

 

「くっ! 先にトラップを使われたか!! ――だが《トランスターン》の効果は止まらない!! さぁ、来い! 《人造人間-サイコ・ショッカー》!!」

 

 地面のゲートからゆっくりと上昇してくるのはいつものように腕を組んだ《人造人間-サイコ・ショッカー》の姿。

 

《人造人間-サイコ・ショッカー》

星6 闇属性 機械族

攻2400 守1500

 

 これによりいかなる罠もエスパー絽場には届かない――といっても城之内のフィールドに罠と言うべきセットカードはないが。

 

「そして次はこのカードだ! 《可変機獣 ガンナードラゴン》を妥協召喚! このカードはリリースの2体必要なレベル7のモンスターだが、攻・守が半減する代わりにリリースなしで召喚出来る!」

 

 城之内の見知った赤い機獣がキャタピラをうねらせて現れる。

 

 その身体はくすんでおり、碌に整備もする間もなく飛び出してきた装いだ。

 

《可変機獣 ガンナードラゴン》

星7 闇属性 機械族

攻2800 守2000

攻1400 守1000

 

「ここで魔法カード《ダウンビート》を発動! ボクのモンスターを1体リリースして、そのモンスターと元々の属性・種族が同じで、元々のレベルが1つ低いモンスターを特殊召喚する!!」

 

 何処からかギターのパンチの聞いた音が流れ出す。

 

「レベル7の《可変機獣 ガンナードラゴン》をリリース!!」

 

 その音の先は《可変機獣 ガンナードラゴン》の内側から――中に誰かいるようだ。

 

 そして突如爆発する《可変機獣 ガンナードラゴン》。その爆風から大空へ飛び立つ影が一つ。

 

「現れろ! レベル6!! 大空を舞う鋼の翼!! 《A(アーリー)O(オブ)J(ジャスティス)クラウソラス》!!」

 

 大空を舞うのは金属の翼を得た骨だけを組み上げたようなコンドルにも似た機械の怪鳥。

 

 しかし身体の中央には水色に光る丸い核と、目の代わりについた赤いモノアイが鈍く光る。

 

A(アーリー)O(オブ)J(ジャスティス)クラウソラス》

星6 闇属性 機械族

攻2300 守1200

 

「2枚目の魔法カード《闇の量産工場》を発動! 墓地の通常モンスター《A(アーリー)・マインド》と《メカ・ハンター》の2枚を手札に!」

 

 エスパー絽場の手札に回転しながら戻る丸い2体こと《A(アーリー)・マインド》と《メカ・ハンター》。

 

「装備魔法《やりすぎた埋葬》を発動! 手札のモンスター、《A(アーリー)・マインド》を捨て、そのモンスターより元々のレベルが低いモンスターを蘇生させる!!」

 

 そして地面から生えてきた墓標へ早速ボッシュートされる《A(アーリー)・マインド》。

 

 回転しながら落ちる《A(アーリー)・マインド》は《メカ・ハンター》に「一足先に」とコードの1本を手を上げるように揺らす。

 

「ボクはレベル5《A(アーリー)・マインド》以下のレベル――墓地のレベル4のモンスターを蘇生する! 現れろ! レベル4! 《A(アーリー)・ジェネクス・パワーコール》!!」

 

 その《A(アーリー)・マインド》を足場に跳躍するのは胸と腹にイナズマのマークがついたオレンジを基調にした人型のロボット。

 

A(アーリー)・ジェネクス・パワーコール》

星4 闇属性 機械族

攻1700 守 0

 

「だが蘇生した《A(アーリー)・ジェネクス・パワーコール》には装備魔法《やりすぎた埋葬》が装備され、効果が無効にされる!」

 

 その《A(アーリー)・ジェネクス・パワーコール》の両の腕に装着した青い装備の先についたコンセントらしきものから紫電が奔る――と思ったが、効果が無効化されているゆえか何も起こらない。

 

 それゆえにヤレヤレといった具合に《A(アーリー)・ジェネクス・パワーコール》は肩をすくめる。

 

「でもボクは墓地の《シャッフル・リボーン》を除外して効果を発動! 《やりすぎた埋葬》をデッキに戻しカードをドロー!!」

 

 だが墓標である《やりすぎた埋葬》がなくなったことで、そのコンセント部分から紫電が奔る。

 

「これで《A(アーリー)・ジェネクス・パワーコール》の効果が適用される!!」

 

 力こぶを作るようなポーズをとって腕から紫電を周囲に放つ《A(アーリー)・ジェネクス・パワーコール》。

 

「《A(アーリー)・ジェネクス・パワーコール》が表側で存在する限り! このカードと同じ属性を持つ、このカード以外のモンスターの攻撃力は500アップ!!」

 

「絽場のモンスターは全部が全部、闇属性……」

 

 その城之内の呟きを肯定するかのように《A(アーリー)・ジェネクス・パワーコール》の放った紫電によってエネルギーをチャージしていく3体のモンスターたち。

 

《人造人間-サイコ・ショッカー》

攻2400 → 攻2900

 

A(アーリー)O(オブ)J(ジャスティス)クラウソラス》

攻2300 → 攻2800

 

A(アーリー)・ジェネクス・リバイバー》

攻2200 → 攻2700

 

「さぁ、バトルだ!! サイコ・ショッカーで《ギルフォード・ザ・ライトニング》を攻撃!! サイバーエナジーショック!!」

 

 最大限にチャージされた《人造人間-サイコ・ショッカー》のエネルギー砲が《ギルフォード・ザ・ライトニング》に迫る。

 

 その攻撃を大剣で真っ二つに切り裂いた《ギルフォード・ザ・ライトニング》だったが、切り裂いた衝撃で拡散したエネルギーの奔流に呑まれてしまい、その身を消滅させた。

 

「うぉっ! 《ギルフォード・ザ・ライトニング》が!!」

 

城之内LP:4000 → 3900

 

「次だ! 《A(アーリー)O(オブ)J(ジャスティス)クラウソラス》と《A(アーリー)・ジェネクス・リバイバー》! そして《A(アーリー)・ジェネクス・パワーコール》の3体で――」

 

 《A(アーリー)O(オブ)J(ジャスティス)クラウソラス》は滑空しながら足の爪をギラリと光らせ、

 

 《A(アーリー)・ジェネクス・リバイバー》はブーストを最大限に吹かし、自身を砲弾と化して、

 

 《A(アーリー)・ジェネクス・パワーコール》はその腕のコンセントのような武器から紫電の弾丸を放つ。

 

「3体の《羊トークン》それぞれに攻撃!!」

 

 その結果、赤、桃、黄色の3体の『羊トークン』が切り裂かれ、潰され、消し炭と化す。

 

 最後の青色の『羊トークン』はその光景を目に焼き付けていた――その胸中は如何ほどなのか。

 

「トークンが1体残ったか……ボクはバトルを終了――そして手札から2枚目の速攻魔法《魔力の泉》を発動!」

 

 城之内のフィールドには《冥界の宝札》と《連撃の帝王》の2枚。

 

 エスパー絽場のフィールドには《魔力の泉》のみだ。よって――

 

「君のフィールドのカードは2枚! ボクのフィールドは1枚! よって2枚ドローして1枚捨てる!!」

 

 やはりという思いを見せつつ《メカ・ハンター》はクルクルと回転しながら墓地に落ちていく。

 

「そして次の君のターンの終わりまで、君のフィールドの魔法・罠カードは破壊されず、無効化されない!」

 

 これにより城之内の永続罠《連撃の帝王》は《人造人間サイコ・ショッカー》の「罠封じ」の呪縛から解き放たれる。

 

 だが今の城之内のフィールドにはアドバンス召喚のリリースに出来るモンスターはいない。城之内のフィールドに残った「羊トークン」はアドバンス召喚のリリースに出来ない制約がある。

 

 その為、殆ど意味はない――それゆえにエスパー絽場はリリース出来るモンスターを破壊してから《魔力の泉》を発動したのだから。

 

「カードを2枚伏せてターンエンドだ!! エンドフェイズに《シャッフル・リボーン》の効果で手札を1枚除外するが、ボクの手札は0――意味はない」

 

 盤面を覆し、2枚のセットカードもプラスした攻防一体の自分のフィールドにエスパー絽場は一先ず安心だと挑発的な笑みを城之内に向ける。

 

 

 そんな城之内の視線は自分のフィールドで仇討に燃えるように毛を逆立てている『羊トークン』に注がれていた。

 

――『羊トークン』が1体残ったか……だがコイツはアドバンス召喚のリリースには出来ねぇからなぁ……どうすっか。

 

 そう考えながらも「ドローしてから考えるか」などと思いながらデッキに手をかける。

 

「なら俺のターン! ドロー!!」

 

 引いたカードは悪くない。

 

「まずは、墓地の2枚目の《カーボネドン》を除外して効果を発動! 俺のデッキからレベル7以下のドラゴン族の通常モンスター1体を守備表示で呼び出すぜ!」

 

 《カーボネドン》の黒い身体が光を放ち、その光が収まるころには――

 

「次はコイツだ! 《メテオ・ドラゴン》!!」

 

 《メテオ・ドラゴン》が丸い隕石のような身体から亀のように僅かに顔を覗かせる。

 

《メテオ・ドラゴン》

星6 地属性 ドラゴン族

攻1800 守2000

 

「次に俺は魔法カード《マジック・プランター》で永続罠《連撃の帝王》を墓地に送って2枚ドローするぜ!」

 

 泥の沼に沈む《連撃の帝王》を余所に城之内は更に手札を補充すべく舵を切る。

 

「3枚目の《馬の骨の対価》を発動して《メテオ・ドラゴン》を墓地に送り2枚ドロー!」

 

 その城之内の声に首を引っ込めさせた《メテオ・ドラゴン》は隕石に翼の生えたような状態で城之内の手札を潤すべく飛び立った。

 

「魔法カード《闇の量産工場》を発動! 墓地の通常モンスター《メテオ・ドラゴン》と《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》の2枚を手札に!」

 

 城之内の背後から半透明な2体の竜が手札に舞い戻る。これにて準備は整った。

 

 だが城之内は眉にシワを寄せ、エスパー絽場のフィールドの2枚のカードを凝視する――相手のセットカードが気になるようだ。

 

――サイコ・ショッカーがいるから罠カードじゃねぇとは思うが……念には念をだ!

 

「俺は手札の《メテオ・ドラゴン》を捨てることで装備魔法《やりすぎた埋葬》を発動するぜ! コイツの効果はお前も知っての通りだ!」

 

 墓地から《メテオ・ドラゴン》に乗って現れるのは――

 

「これで《メテオ・ドラゴン》のレベル6より下のレベルのモンスターを復活させるぜ 蘇れ! レベル4! 孤高の牙! 《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》!!」

 

 《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》が緑のマントを棚引かせる。その後《メテオ・ドラゴン》から飛び降り、音もなく着地した。

 

《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》

星4 地属性 獣戦士族

攻2000 守1600

 

「お次はコイツだ! 2枚目の魔法カード《蛮族の狂宴LV(レベル)5》を発動! 墓地のレベル5の戦士たちを2体まで特殊召喚だ!! 《バーバリアン1号》! 《バーバリアン2号》!!」

 

 再び現れる《バーバリアン1号》と《バーバリアン2号》。

 

 そして先程見た顔である《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》の背中をバシバシ叩き、再会を喜んでいた。

 

 城之内のデッキの先輩?の激励に《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》がどこか困った顔に見えるのは気のせいなのか。

 

《バーバリアン1号》

星5 地属性 戦士族

攻1550 守1800

 

《バーバリアン2号》

星5 地属性 戦士族

攻1800 守1500

 

「そして! 《バーバリアン1号》と《バーバリアン2号》をリリースして再びアドバンス召喚!! 何度でも燃え上がれ!! 《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》!!」

 

 後輩に激励を入れたその後、《バーバリアン1号》と《バーバリアン2号》は互いの棍棒を打ち合わせ火花を散らし、やがてその身を炎と化す。

 

 その炎から1ターン目のように再び飛び立つのは《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》の姿。

 

 眼下に映る《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》を眺める《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》が「デジャヴ?」と疑問に思うように首を傾げていた。

 

真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)

星7 闇属性 ドラゴン族

攻2400 守2000

 

「2体のリリースでアドバンス召喚したことで永続魔法《冥界の宝札》の効果で2枚ドロー!!」

 

 さらに手札を補充した城之内はその目を見開く――友から託されたカードを引いたゆえに。

 

「行くぜ! 本田とトレードしたカードだ!! だがその前に2枚目の《闇の量産工場》を発動! 墓地の通常モンスター《メテオ・ドラゴン》と《アックス・レイダー》の2枚を手札に戻す!」

 

 翼を広げる《メテオ・ドラゴン》の丸い身体の上で腕を組み佇む《アックス・レイダー》。

 

 その2体はやがて城之内の手札に戻っていくが――

 

「そして! コイツが本田が俺に託してくれた力だ! フィールド魔法《融合再生機構》を発動!!」

 

 フィールドに廃材が積まれた工場らしき建物が現れ、その煙突から光が零れる。

 

 本田が実家の工場を思い出すと言っていたカードだ。そして融合を多用する本田のデッキとも相性は良い。

 

「コイツの効果で俺は1ターンに1度だけ、手札を1枚捨てて、俺のデッキ・墓地から《融合》のカードを1枚手札に加えるぜ!!」

 

 《メテオ・ドラゴン》から振り落とされる《アックス・レイダー》。

 

 そしてその工場に愛用の斧を放り込むと、《融合》のカードが現れた。そのカードを城之内に《アックス・レイダー》は投げ渡す。

 

「そんでもって! 魔法カード《融合》を発動! 手札の《メテオ・ドラゴン》とフィールドのレッドアイズを融合だ!」

 

 《メテオ・ドラゴン》が《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》の身体に溶け込むように消えていく。

 

 やがて《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》の流線形の身体が脈動し、強靭になっていき――

 

「融合召喚!! 流星竜!! 《メテオ・ブラック・ドラゴン》!!」

 

 全身が力強いフォルムとなって、その剛腕を左右に広げ、眼下のモンスターたちを威圧するかのように咆哮を上げる《メテオ・ブラック・ドラゴン》。

 

《メテオ・ブラック・ドラゴン》

星8 炎属性 ドラゴン族

攻3500 守2000

 

「バトルだ!」

 

 城之内はエスパー絽場の2枚のセットカードを気にしつつも、果敢に攻めていく。

 

「パンサーウォリアーはモンスターをリリースしなけりゃ攻撃できないが、今は装備魔法《やりすぎた埋葬》のお陰でその効果は無効化されてるぜ!」

 

 《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》は剣を横なぎに構えながら自身の身体に起こる異変に歓喜する――己が力の制限が解放されていることに。

 

「パンサーウォリアーで《A(アーリー)・ジェネクス・パワーコール》を攻撃だ! 黒・豹・疾・風・斬!!」

 

 ゆえにその獣の脚力を駆使した高速移動により《A(アーリー)・ジェネクス・パワーコール》との距離を瞬時にして0にした《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》は剣を振りかぶる。

 

 この戦闘で発生するダメージは400ポイント。

 

 エスパー絽場の残り400のライフをピッタリ削り切れる。

 

 その事実にエスパー絽場は苦悶の表情を浮かべた。しかしそれは敗北の危機ではなく、思惑が外れたゆえだ。

 

――くっ、コイツを返り討ちにしても、奴にはまだ《メテオ・ブラック・ドラゴン》の攻撃が残る……やむをえない!!

 

 エスパー絽場のセットカードの1枚はモンスター1体を強化するカード。今使用してもその効果は十全に発揮できない。

 

 ゆえにエスパー絽場はもう1枚のセットカードを発動する。

 

「ならボクは速攻魔法《皆既日蝕(かいきにっしょく)の書》を発動! フィールドの全てのモンスターを裏側守備表示にする!!」

 

 太陽の光が隠れていくにつれ身体の力が抜けたのかフィールドの全てモンスターが項垂れた様子で裏側守備表示になっていく。

 

 そんなモンスターたちをトークンゆえに裏側守備表示にならない青い『羊トークン』が静かに見ていた。

 

「くっそー! 躱されちまったかー! 俺はカードを2枚伏せて、ターンエンドだ!」

 

 その城之内の宣言の後、《融合再生機構》の工場の煙突から汽笛のように煙が噴出する。

 

「融合召喚したエンドフェイズ時に俺のフィールド魔法《融合再生機構》の効果が発動するぜ!! 俺の墓地の融合素材モンスター1体を手札に加える!」

 

 その煙は竜の形を型取っていき――

 

「俺は《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》を手札に戻す!」

 

 《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》となって城之内の手札へと舞い戻った。

 

 その《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》が飛び立った後から太陽の光が差し込んでいく。

 

「そのエンド時にボクも速攻魔法《皆既日蝕(かいきにっしょく)の書》のもう一つの効果だ……君のフィールドの裏側守備表示のモンスターを全て表側表示にする」

 

 その太陽の光と共に裏側守備表示の《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》が盾を構えながら鎮座し、《メテオ・ブラック・ドラゴン》がその剛腕を交差させ、城之内を守るべく立ち塞がる。

 

「……さらに表側守備表示にしたモンスターの数だけ……君は、ドローする……」

 

「おっ! つまり2枚のドローか! やったぜ!」

 

 さらにその光は城之内の手札を潤した。

 

 

 シーソーゲームの様に互いのモンスターは展開されていくが、エスパー絽場は拳を握りしめる。

 

 エスパー絽場は理解していた――追い詰められているのは自分なのだと。

 

 しかし納得できるかは別の話だ。

 

――ボクが追い詰められているだって!? こんな弱そうな奴に!!

 

 ゆえにそう内心で苛立ちを見せるエスパー絽場。

 

「こんな大したことなさそうな奴にッ……!! ボクのターン! ドロー!!」

 

 弱者と思っていた相手に良いようにされている現実をキチンと受け止めきれないエスパー絽場が怒りと共にドローしたカードは決して悪くない。

 

 そのため、エスパー絽場は攻めの姿勢を崩さない。

 

「ボクは4体のモンスター全てを反転召喚し! 攻撃表示に!! そして《A(アーリー)・ジェネクス・パワーコール》の効果で自身以外をパワーアップ!!」

 

 オレンジの身体で跳躍し、周囲に紫電を放ち力を与える《A(アーリー)・ジェネクス・パワーコール》。

 

A(アーリー)・ジェネクス・パワーコール》

星4 闇属性 機械族

攻1700 守 0

 

 その力にブーストを吹かせる《A(アーリー)・ジェネクス・リバイバー》。

 

A(アーリー)・ジェネクス・リバイバー》

星5 闇属性 機械族

攻2200 守1000

攻2700

 

 赤いモノアイをより光らせながら《A(アーリー)O(オブ)J(ジャスティス)クラウソラス》は大空を舞い、

 

A(アーリー)O(オブ)J(ジャスティス)クラウソラス》

星6 闇属性 機械族

攻2300 守1200

攻2800

 

 《人造人間-サイコ・ショッカー》は身体から溢れる力に赤いスコープをギラつかせる。

 

《人造人間-サイコ・ショッカー》

星6 闇属性 機械族

攻2400 守1500

攻2900

 

「ボクは負けない! 負けちゃダメなんだ!! バトルフェイズ!! やれ! 《A(アーリー)・ジェネクス・リバイバー》! 守備表示の《メテオ・ブラック・ドラゴン》に攻撃!!」

 

 《A(アーリー)・ジェネクス・リバイバー》は再び己を砲弾と化す勢いでブーストを吹かせ、《メテオ・ブラック・ドラゴン》目掛けて突進を敢行する。

 

「そうは行くかよ! 速攻魔法《禁じられた聖杯》を発動!!」

 

 しかしその《A(アーリー)・ジェネクス・リバイバー》の隣を黄金に輝く聖杯が投げられていた。

 

「コイツの効果でフィールドのモンスター1体! サイコ・ショッカーの攻撃力を400アップさせる代わりにその効果を封じるぜ!!」

 

 その《禁じられた聖杯》は《人造人間-サイコ・ショッカー》の頭に命中し、その中身をぶちまける。

 

 その聖杯の力を得た《人造人間-サイコ・ショッカー》は漲る力に腕を突き上げテンションの上がった声を上げるが、同時にその聖杯の浄化の力により、その能力の一部が制限された。

 

《人造人間-サイコ・ショッカー》

攻2900 → 攻3300

 

 これにより《人造人間-サイコ・ショッカー》の「罠カード」を封じる効果は一時的に封じられる。

 

「ま、まさか!!」

 

 その意図するところを見抜けぬエスパー絽場ではない。そしてそんなエスパー絽場の姿に返答代わりに城之内はニヤリと笑う。

 

「そうよ! これでトラップが発動できるぜ! リバーストラップオープン! 罠カード《ダブルマジックアームバインド》を発動!!」

 

 城之内のフィールドに出現したのは蛇腹のような伸び縮みする機構の先にシンバルのような挟み込む部分が付いたマジックアームが2つ。

 

「コイツは俺のモンスター2体をリリースすることで! 相手のモンスター2体のコントロールを俺のエンドフェイズまで得る!!」

 

「――しまった!?」

 

 エスパー絽場は己の不利を悟るも、手札の温存を選択する――次の相手のターンを凌げばモンスターのコントロールは戻るのだと。

 

「俺は『羊トークン』とパンサーウォリアーをリリース!!」

 

 その2つは《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》と『羊トークン』に手渡され――

 

「テメェのフィールドの《A(アーリー)O(オブ)J(ジャスティス)クラウソラス》と《人造人間-サイコ・ショッカー》を頂くぜ!!」

 

 その2本のマジックアームはエスパー絽場の空へと逃げる《A(アーリー)O(オブ)J(ジャスティス)クラウソラス》と腕を回しつつ、上体を逸らしながら《人造人間-サイコ・ショッカー》は回避しようとするが――

 

 互いに足を掴まれ、引き摺られるながら城之内のフィールドに引っ張られた。

 

 そして《A(アーリー)・ジェネクス・パワーコール》の強化から外れたゆえにアップしていた攻撃力も元に戻る。

 

A(アーリー)O(オブ)J(ジャスティス)クラウソラス》

攻2800 → 攻2300

 

《人造人間-サイコ・ショッカー》

攻3300 → 攻2800

 

「ボクのサイコ・ショッカーが!?」

 

 そのエスパー絽場の驚愕の面持ちに『羊トークン』は満足気な顔で消えていった。《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》もスゴスゴとその後に続くように消える。

 

「くっ! だが《メテオ・ブラック・ドラゴン》には消えて貰う!!」

 

 《A(アーリー)・ジェネクス・リバイバー》の突進を無理に受け止めた《メテオ・ブラック・ドラゴン》は身体に大穴を開け、無念そうに力尽きる。

 

「ボ、ボクはバトルを終了して、カードを1枚伏せてターンエンド!」

 

 己のエースを失い狼狽する今のエスパー絽場の最後の頼みの綱は2枚のセットカードのみ。

 

 そして前のターンのエスパー絽場の《皆既日蝕(かいきにっしょく)の書》の効果による追加ドローで城之内の手札はかなり潤っている。エスパー絽場にとってマズイ状況だ。

 

「そのエンドフェイズに《禁じられた聖杯》の効果が切れて効果と攻撃力が元に戻るぜ!」

 

 先程までフィーバーしていた《人造人間-サイコ・ショッカー》も今は鳴りを潜め。大人しく城之内のフィールドで腕を組む《人造人間-サイコ・ショッカー》。

 

《人造人間-サイコ・ショッカー》

攻2800 → 攻2400

 

 

 当然デュエルの流れが自身の方へ大きく傾いていることを感じ取った城之内は勢いよくデッキに手をかける。

 

「よっしゃぁ! このまま押し切るぜ! 俺のターン! ドロー!」

 

 だが城之内には気がかりがあった。それはエスパー絽場の2ターン目からずっと伏せられたままのセットカードの存在。

 

「俺は魔法カード《ギャラクシー・サイクロン》を発動! コイツでフィールドにセットされたカードを破壊する! ――オレは前のターンに伏せたカード『じゃない方』を破壊するぜ!」

 

 ゆえに気がかりを潰すべく城之内の指示の元で白い渦がエスパー絽場のセットカードに襲い掛かった。

 

「ただではやらせない! その効果にチェーンして速攻魔法《イージーチューニング》を発動だ! その効果でボクの墓地の『チューナー』1体をゲームから除外して、その攻撃力分だけフィールドのモンスター1体の攻撃力をアップさせる!!」

 

 しかしその白い渦を躱す様にエスパー絽場はセットカードを発動させた。

 

「ボクは墓地の『チューナー』《A(アーリー)・マインド》を除外! そしてフィールドの《A(アーリー)・ジェネクス・パワーコール》をパワーアップ!!」

 

 《A(アーリー)・マインド》からコードが伸びていき《A(アーリー)・ジェネクス・パワーコール》に繋がれ、パワーが送られる

 

A(アーリー)・ジェネクス・パワーコール》

攻1700 → 攻3500

 

 これで今の城之内のフィールドのモンスターではエスパー絽場のモンスターを戦闘破壊することは出来ない。

 

「なんだ《我が身を盾に》みてぇモンスターを守るカードじゃねぇのか――なら!」

 

 しかし城之内は始めから戦闘破壊など狙っていなかった。

 

「魔法カード《戦士の生還》を発動! 俺は墓地の戦士族――《ギルフォード・ザ・ライトニング》を手札に戻すぜ!!」

 

 城之内の手札に舞い戻る《ギルフォード・ザ・ライトニング》の姿にエスパー絽場の中に嫌な予感が生まれる。

 

「そして俺はライフを1000払って、魔法カード《簡易融合(インスタントフュージョン)》を発動!」

 

城之内LP:3900 → 2900

 

 それは城之内のフィールドに現れたカップ麺を見て確信に変わる。

 

「エクストラデッキからレベル5以下の融合モンスター1体を融合召喚扱いで特殊召喚するぜ! 来いっ! 俺の相棒! 《炎の剣士》!!」

 

 城之内と共に長らく歩んできた《炎の剣士》が大剣に炎を纏わせながら大剣を構える。

 

 その後、城之内の方へ振り返り、軽く首を縦に振る――いつでもOKだと示す様に。

 

 その《炎の剣士》の動きに追従するように《人造人間-サイコ・ショッカー》も城之内に向けて親指を立てる。

 

《炎の剣士》

星5 炎属性 戦士族

攻1800 守1600

 

 城之内のフィールドにモンスターが3体! 来るぞ! エスパー絽場!!

 

「これで俺のモンスターは3体! この意味、分かるよな!!」

 

「そ、そんな……」

 

 エスパー絽場の顔に絶望が垣間見え始める。

 

「俺は! 《A(アーリー)O(オブ)J(ジャスティス)クラウソラス》と《人造人間-サイコ・ショッカー》! そして《炎の剣士》の『3体』をリリースしてアドバンス召喚!!」

 

 城之内のフィールドに再びイナズマが唸りを上げる。

 

「再びその真の力を振るえ!! 《ギルフォード・ザ・ライトニング》!!」

 

 そしてフィールドにイナズマが落ちると共に舞い戻るのはイナズマの戦士、《ギルフォード・ザ・ライトニング》。

 

 その大剣に纏われた雷の力は1度目よりも滾って見えるのは気のせいではない。

 

《ギルフォード・ザ・ライトニング》

星8 光属性 戦士族

攻2800 守1400

 

「そして3体のリリースでアドバンス召喚された《ギルフォード・ザ・ライトニング》の効果だ!!」

 

 その《ギルフォード・ザ・ライトニング》の大剣に秘められた力が再び――

 

「絽場! お前のモンスターを全て破壊するぜ!! 何度でも轟けっ!! ライトニング・サンダー!!」

 

 解放される。

 

 破壊の奔流となって迫るイカヅチの奔流にただの力(攻撃力)は意味をなさない。

 

 その奔流に成す術なく消し飛ばされた《A(アーリー)・ジェネクス・パワーコール》と《A(アーリー)・ジェネクス・リバイバー》は断末魔代わりの音を出す間もなく散っていった。

 

「ボクのモンスターが……また全滅……」

 

「2体以上のリリースでアドバンス召喚したことで、永続魔法《冥界の宝札》で2枚ドロー!」 

 

 呆然と呟くエスパー絽場を余所に城之内はデッキから新たにカードをドローする。

 

 しかしエスパー絽場は自身の最後のセットカードをしっかりと見据えると、まだ終わってはいないと己の精神を震い立たせる。

 

「まだまだぁ! フィールド魔法《融合再生機構》の効果を使い、手札を1枚捨てて墓地の《融合》を回収!!」

 

 再び《融合再生機構》から送られる《融合》のカード。同封された写真には《アックス・レイダー》が良い汗をかいて働く姿が写っていた。

 

「そんでもってもういっちょ《融合》を発動だ!! 俺は手札のレッドアイズと――」

 

 《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》に今、新たな力が宿る。

 

「融合素材の代わりになれる《心眼の女神》を融合!!」

 

 それは静香に託されたカードによって発揮できるようになった力。

 

――見てるか静香! お前のお陰で俺はまた一つ強くなれたぜ!!

 

 そう城之内はここにはいない静香に誇るように心で声を上げつつ胸を張る。

 

 

 空に浮かぶ《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》の全身が《心眼の女神》が呼び寄せた白い骨で覆われていく。

 

「融合召喚!! 悪魔竜!! 《ブラック・デーモンズ・ドラゴン》!!」

 

 やがてフィールドを見下ろすように翼を広げる黒竜の姿は強靭な骨格によって力を増し、手足は大きく強靭な爪で覆われ、その頭には悪魔の如き巨大な角が左右に伸びる。

 

 そして地の底から響くような声と共に新たな姿、《ブラック・デーモンズ・ドラゴン》としてフィールドに降り立った。

 

《ブラック・デーモンズ・ドラゴン》

星9 闇属性 ドラゴン族

攻3200 守2500

 

「バトルだ!! 《ギルフォード・ザ・ライトニング》でダイレクトアタック!! ライトニング・クラッシュ・ソード!!」

 

 《ギルフォード・ザ・ライトニング》が大剣を構え、エスパー絽場に迫る。しかし城之内はこの攻撃が通るとは思っていなかった。

 

「さぁ! そのリバースカードで防いでみな!!」

 

 それは最後のエスパー絽場のセットカードの存在ゆえだ。

 

「なっ!? 何故それを!?」

 

「その反応だと当たりか!」

 

 思わず驚いたエスパー絽場に城之内は「やはり」と鼻をこする。

 

「くっ! ハッタリか!!」

 

「おうよ! 殆ど『勘』みてぇなもんだ!!」

 

 悔しがるエスパー絽場の言葉に城之内は自信満々に返すが、城之内とて判断材料が0だった訳ではない。

 

「俺の《ギルフォード・ザ・ライトニング》の効果でモンスターが全滅したってのに、お前には余裕があった! そんでもって自分の最後のセットカードを見てたからな!」

 

 城之内に確信はなかった。

 

「『なんとなく』そうかもしれねぇと思っただけだ!!」

 

 ゆえに城之内としては殆ど「勘」のようなものだ。

 

 だがまるでイカサマをしていた自分のようにカードを見抜いた城之内の姿にエスパー絽場は内心で思う。

 

――コイツ……決闘者の王国(デュエリストキングダム)の時とは全然違うじゃないか!!

 

 エスパー絽場の知る城之内のデュエルは言い方が悪いがもっと「雑」であった。にも関わらず「今の実力は何だ」と思わざるを得ない。

 

「くっ! 速攻魔法《月の書》を発動!! 《ギルフォード・ザ・ライトニング》を裏守備表示に!!」

 

 既にエスパー絽場の敗北は決まっている。しかし僅かに残ったデュエリストとしての矜持がエスパー絽場に最後まで足掻く選択を取らせた。

 

 月の魔力を受け、跪き裏守備表示になる《ギルフォード・ザ・ライトニング》。

 

 

 しかしエスパー絽場への道は開けた。

 

「だがコイツの攻撃は防げねぇだろ!! 《ブラック・デーモンズ・ドラゴン》でダイレクトアタック!! メテオ・フレア!!」

 

 《ブラック・デーモンズ・ドラゴン》の口から巨大な火の玉が形成されていき、全てを焼き尽くさんが勢いでエスパー絽場に向けて地獄の業火を宿したブレスが放たれた。

 

「ぐぁああああああああ!!」

 

エスパー絽場LP:400 → 0

 

 






デーモンの召喚「レッドアイズ!! 今こそ俺たちの結束の力を見せてやろうぜ!!」

真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)「おうよ! 俺たちの友情パワーは最強だ!!」

心眼の女神「魔法カード《悪魔払い》発動」

ブラック・デーモンズ・ドラゴン「《デーモンの召喚》? アイツは良い奴だったよ……」




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第90話 ルールを守って楽しくデュエル!



前回のあらすじ
エスパー絽場「ボクを裏切るのか!! サイコ・ショッカー!!」

人造人間-サイコ・ショッカー「違う! 私はただ君の眼を覚まさせてやりたいだけだ! 城之内さん、私と共にお願いします!! うぉおおおお! サイバー・エナ――」

城之内「任せな! 《人造人間-サイコ・ショッカー》を含めた3体をリリースして《ギルフォード・ザ・ライトニング》をアドバンス召喚!!」

人造人間-サイコ・ショッカー「!?」







 

 

「うぉっしゃぁ!! 俺の勝ちだぜ!!」

 

 そう咆える城之内を余所に終わってみれば終始一方的なデュエルにエスパー絽場は呆然と呟いた。

 

「そ、そんな、ボ、ボクが」

 

 そのエスパー絽場の姿に4人の弟たちの3人はそれぞれ嘆く。

 

「おっきいあんちゃんがまけちゃった……」

 

「チクショー!」

 

「僕たち……どうなるの……」

 

 弟の1人に背負われたまだ赤ん坊とも言ってもいい末っ子がエスパー絽場を悲しそうに見つめていた。

 

 

 そして此方にも呆然とする人物があった。

 

「イカサマなしのエスパー絽場くんの実力も凄かったけど……城之内くん、あんなに強かったんだ……って本田くん、どうしたの?」

 

 そんな御伽の言葉にも無反応な本田は急にガバッと動き出すと、双六の両肩を掴みガクガク揺らしながら矢継ぎ早に問いかける。

 

「おい! 爺さん! あの『エスパー絽場』って奴、強いんだよな! 俺の目には最初っから最後まで城之内のペースに見えたんだが気のせいか!!」

 

 本田も知っての通り、「城之内のデッキ」はギャンブル効果のあるカードでリスクを背負いながらアドバンテージを稼いで攻め込むタイプのデッキだ。

 

 ゆえにそのデュエルは何処か危うげなものになりがちである。

 

 しかし今回のエスパー絽場とのデュエルでは「ギャンブル効果のあるカード」は殆ど使われなかった――強いて上げれば《名推理》くらいのものだ。

 

 

 そんな本田にガクガクと揺らされながらも成長した城之内の姿に感慨深げに頷く双六。

 

「何を言っとるんじゃ。簡単な話じゃろ――『城之内が決闘者の王国(デュエリストキングダム)の時よりも強くなっとる』――ただそれだけの話じゃ」

 

 そう簡単な話。

 

 今の城之内の実力であれば、如何に名の知れたエスパー絽場を相手にしても「リスクを背負う必要がないとカードが判断した」――それだけの話だった。

 

 

 双六は弟子である城之内の想定以上の躍進を自分のことのように喜ぶ――未来ある若者の姿が眩しい。

 

 

 そして此方にも感慨深げに頷く竜崎の姿があった。

 

「いやぁ~城之内のヤツ、前の時よりも格段に強おなっとるなぁ……」

 

 今の竜崎に「城之内とのデュエルの再戦」を果たしたい想いが沸々と湧き上がるが、頭上から乃亜の声が響く。

 

『勝負ありのようだね――もうじきKCのスタッフが其方に到着する。エスパー絽場、観念することだ』

 

 その言葉を最後にモニターの「KC」の文字はプツンと消える。この場での追及はしないようだ。

 

 

 その声に城之内は「そういえば」と思い返し、一方のエスパー絽場は絶望感からかガクリと膝を落とす――こんな筈ではなかった、と。

 

 

 エスパー絽場にとって城之内は「ギャンブルカード頼りな『運』だけのデュエリスト」であると決闘者の王国(デュエリストキングダム)の時のデュエルから判断している。

 

 

 そのエスパー絽場の推察は間違ってはいない。実際に決闘者の王国(デュエリストキングダム)での城之内が善戦できた時は大抵ギャンブルカードが絡んでいた。

 

 その頃の未熟なままの城之内ならエスパー絽場は問題なく勝利できていただろう。

 

 

 しかしエスパー絽場は考えるべきだった――城之内がギャンブルカードを使用していた理由を。

 

 

 

 

 城之内の周囲には強者が溢れていた。

 

 親友である遊戯に、そのライバルたる海馬。師匠である双六。その誰もが世界レベルに通用する圧倒的強者。

 

 そんな彼らに城之内は――

 

 遊戯には歯が立たず、海馬には相手にすらされず、双六には教えを受ける立場。

 

 城之内は知っていた――「自分は彼らに比べて『格下』なのだ」と。

 

 

 

 だが、城之内はそんな彼らと、親友である遊戯と、肩を並べたかった――それにはただ後を追いかけるだけではダメなことは城之内も何となく感じていた。

 

 

 己よりも格上と肩を並べるにはどうするか、勝利を掴む為にどうするか――デュエリスト全てが抱える問題。

 

 城之内の出した結論が「ギャンブルカード」による「リスクを背負うこと」だった。

 

 ギャンブルカードはハズレればデメリットが大きい反面、当たったときの効果は強力なものが多い。

 

 城之内はソコに可能性を見出した。

 

 

 始めは酷いものだった。ギャンブルカードが当たれば上手く勝て、ハズレると負ける。

 

 文字通りの運否天賦――その中で勝利や敗北を城之内は重ねた。

 

 決闘者の王国(デュエリストキングダム)で竜崎を下したのもギャンブルカードが成功したからだ。ハズレればそのまま負けていたことは城之内も理解している。

 

 キースと善戦できたこともギャンブルカードが成功し続けたゆえで、失敗した瞬間にアッサリと城之内は敗北した。

 

 

 だが城之内は拙いながらも着実に「どこで勝負するべきか」、「どこで温存すべきか」を感覚的に掴み、「リスクとリターン」のバランスを、そしてデュエルの勝負の世界で己が力を磨くべく精進を重ねてきた。

 

 

 

 エスパー絽場が「手札の盗み見」という「イカサマ」による勝利を重ねている間、ずっとだ。

 

 

 このデュエルの結果はその違いが如実に現れただけに過ぎない。

 

 

 

 頭を垂れるエスパー絽場を余所に竜崎は乃亜の声に慌ててこの場を仕切るものとして動きだす。

 

「アカン、アカン、仕事せな! んで絽場。まずはパズルカードとレアカードを出しいや。それとイカサマの件は――」

 

 まず賭けていたものの提出を促す竜崎だが――

 

「どいつもこいつもボクを見下すなあぁ!!」

 

 そんなエスパー絽場の怒声に竜崎は面食らう。

 

「いや、急にどうしたんや」

 

「しょうがなかったんだ! ボクは負ける訳にはいかなかったんだ! 弟たちを守るためにはどんな手を使ったって……!」

 

 まるでサスペンスものの犯人役のように突然に犯行動機を語りだすエスパー絽場――ちょっと竜崎は付いていけない。

 

 だがそのエスパー絽場の言葉の中から竜崎は見逃せない事実を推測する。

 

「なんやと!? お前……誰かに脅されとったんか!?」

 

 まだこのイカサマ騒動の事件は終わっていないのかと驚きを見せる竜崎。

 

 そんな相手の身を案じる竜崎の姿にエスパー絽場は言葉に詰まりつつ返す。

 

「い、いや、それは違う……でもボクがデュエルで強くなって一目置かれれば、弟をイジメる奴らはいなくなる……だからボクは負ける訳にはいかなかったんだ!!」

 

「……それが理由かい」

 

「そうさ! それがボクがイカサマをしていた理由だ!!」

 

 エスパー絽場の取り巻く状況を理解した竜崎だが、その拳は僅かに震えていた。

 

 その竜崎の拳の震えは「怒り」もあった。だがそれよりも危機感の方が大きい。

 

「お前……なんでそんな真似したんや!!」

 

 その言葉と同時に竜崎はエスパー絽場の襟首を持ち上げる――エスパー絽場のイカサマの動機を聞いても竜崎にあるのはその言葉通りの想いだった。

 

 

 竜崎は羽蛾と共にオカルト課での牛尾に訓練を付けられる過程で厳命されたことがある。それは「デュエルで不正を働く行為」をしない――つまりはイカサマに類する行為を決してしないこと。

 

「確かにお前の言う通りデュエルは真剣勝負の勝つか負けるか――確かに負けたら失うもんは多い! 勝ってこそが華や!!」

 

 竜崎の言う通り、勝負の世界はシビアだ。

 

 勝者が多くを手にし、敗者は殆ど何も得られない――竜崎も身に染みて理解している現実。

 

 しかし、それでも敗者の方がマシな「例外」がある。その一つが「デュエルで不正を働く行為」に関わった人間の末路――そのどれもがデュエリストとして碌な結末を迎えない。

 

「勝つために『努力すりゃぁエエ』なんてワイは言わん――そんなん当たり前や! みんな死ぬ程しとる!」

 

 全ての「頑張った人間」が報われる訳ではない。それは竜崎とて痛いほど分かる。

 

「それでも勝たれへん時に魔が差してセコイ手ェ使ってしまう気持ちはワイにも分かる!!」

 

 だとしても竜崎はエスパー絽場たちが立ち止まれなかった事実に悔やむ。いわゆるマナー違反スレスレの行為などなら「まだ」助かる余地があったのだから。

 

 しかし明確に「デュエルで不正を働く行為」があれば、そうはいかない。

 

 

 ここで言われっぱなしだったエスパー絽場が感情をそのまま叫ぶように声を上げる。

 

「だからボクは相手の手札を――」

 

「それでも『絶対にやったらアカンこと』があるやろ!!」

 

 だが竜崎の張り上げた声にかき消された。

 

 そう、竜崎の言う通り、エスパー絽場たちの行為は「この世界」ではかなりのタブーとされるものだった。

 

 この「デュエルで不正を働く行為」――つまりイカサマなどに該当する行為は「この世界」の大半のデュエリストが避ける行為だ。

 

 

 この「世界」では不良ですらデュエルで勝利した「後」でカツアゲをし、

 

 犯罪者のグールズですらデュエルで勝利した「後」で、敗者を袋叩きにしてレアカードを奪う。

 

 

 そんな、ならず者たちにまでに「デュエルが絶対視」されている「この世界」において「デュエルで不正を働く行為」は善悪関係なく全ての人間から疎まれる結果を生む。

 

 

「『デュエリスト』として絶対捨てたらアカンもんをお前は捨てたんや!!」

 

 そんな怒声を上げる竜崎の肩を城之内は掴み、止めるように言葉として発する。

 

「待てよ、竜崎! 俺だって妹がいる! もし同じ状況なら俺だって――」

 

 エスパー絽場の立場も理解できるとの城之内の言葉に、竜崎は肩に置かれた城之内の手を振り払い叫ぶ。

 

「アホか! 城之内ッ! お涙頂戴で惑わされんなや!!」

 

 色々あって「弟たちを守る為にイカサマをした」感動的な話――その程度の次元の話ではないのだ。

 

 今、一人のデュエリストの未来に暗雲が立ち込めている。そのことを竜崎は問題にしているのだ。

 

「手札見ただけで誰にでも勝てる程、デュエルの世界は簡単やあらへん! コイツが『エスパー絽場』言われるだけのモン(才能)は持っとったんや!!」

 

 エスパー絽場の実力を鑑みるに、彼ら兄弟にはいくらでも取れる手があった――だが一番安易で愚かな、そして取返しの付かない道を選んでしまった。

 

 そしてエスパー絽場は「仕方なく」、そして弟たちは「兄である絽場はそんなことをしなくても強い」などとでも思っているのが見て取れる。

 

 つまりエスパー絽場や弟たちに深い反省の色は見えない。

 

「なんでお前はもっと深ぁ考えへんかったんや!」

 

 その内面は容易く見抜かれる――竜崎でも僅かに感じ取れるのだ。他のオカルト課の人間に分からない筈がない。

 

 エスパー絽場たちに自身が行った事実を自覚させなければならない。その機会は今このタイミングを逃せば、もう後にはない――下手をすれば情状酌量の余地すらなくなる。

 

「そこのチビ共もや! 家族が道、間違えそうになってたら! しがみ付いてでも止めるんが家族やろが!!」

 

「竜崎!!」

 

 そんな焦りからか年端もいかない子どもたちに怒鳴りつけてしまった竜崎に城之内は声を荒げた――言い方と言うものがあるだろう、と。

 

「ッ!! ……スマン……つい熱ぅなってしもうたな……」

 

 その城之内の声に冷や水を浴びせられたかのように竜崎の頭は冷えていく。そして視界に捉えるKCのスタッフの姿。

 

 時間切れだ。

 

 

「……KCのスタッフさんらが来はったみたいや――後は任せよか」

 

 沈痛な面持ちでKCのスタッフに後の処理を任せる竜崎――その竜崎の背が気持ち小さく見えるのは気のせいではあるまい。

 

 

 

 

 このイカサマ騒動にてエスパー絽場たちの「デュエリストとしての未来」は暗いものとなるであろう。

 

 だが腐ってはいけない。

 

 あくまで暗いものになるのは「デュエリストとしての未来」だけだ、相応の罰を受けた後の()()()()()()()()()「人としての未来」を問題なく享受できるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 KCのスタッフから受け取ったエスパー絽場の2枚のパズルカードとレアカードに視線を落とす城之内。

 

 《人造人間-サイコ・ショッカー》のカードをエスパー絽場に返して欲しいと城之内はKCスタッフに頼み出たが、帰って来た答えは城之内の予想だにしない程に重いものだった。

 

 エスパー絽場のイカサマのペナルティ次第では「デッキの没収」の可能性すらある為、城之内が持っておいた方が良いとの言葉。

 

 

 当然、没収された場合はデッキがエスパー絽場の元に返ってくることはない。この手のカードは1枚ごとに分けられ、デュエル発展途上の国々を巡るのだ。

 

 

 いや、「『デュエル発展途上の国々』って何だよ」と思うかもしれないが深く突っ込んではならない。この「遊戯王ワールド」ではよくあることだ――いちいちツッコミを入れればキリがない。

 

 

 やがて大事に《人造人間-サイコ・ショッカー》を自身のデッキに加えた城之内はもう1枚のレアカード、《TM-1ランチャースパイダー》を手に少年トムに近づく。

 

「……トム、コイツは返しておくぜ!」

 

 そう言ってトムに《TM-1ランチャースパイダー》のカードを向ける城之内だが、トムは慌てて横に首を振る。

 

「い、いえ、もうそれは城之内さんのカードですから!」

 

 バトルシティのルールで失ってしまった自身のカードとはいえ、トムにはそのまま受け取るといった選択肢はなかった。

 

 対戦相手のエスパー絽場のイカサマを見抜けなかったことや、最後には怒りを抑えられずに戦況を見誤り、カードたちに無理をさせてしまったこと等、数々の後悔がトムの中で渦巻いている。

 

 しかしそんなトムに城之内の明るい声が届く。

 

「そうか! なら俺のカードなんだから俺がどうしようと勝手だろ? 受け取ってくれよ!」

 

「でも――」

 

 そんな城之内の言葉にもトムは顔を伏せる。トムは未熟な己が許せなかった。

 

 そう顔を伏せるトムの肩に手を置いた城之内は目線を合わせる。

 

「だったら、俺はお前のデュエルを見たお陰で絽場の奴のサイコ・ショッカーの厄介な効果を知れたからよ! このカードはそのお礼ってことで受け取ってくれよ! 嫌とは言わせねぇぜ!」

 

 あくまでこれは「礼」なのだと笑う城之内にトムはおずおずと《TM-1ランチャースパイダー》のカードを受け取り、その後に城之内に手を差し出す――この恩はいつか必ず返すと誓う為に。

 

 そのトムの手を城之内はしっかりと握り返した。

 

 

 

 

 

 やがてデュエルの熱も引いていき、周囲の人込みがまばらになってきた頃、城之内はポツリと竜崎に問いかける。

 

「竜崎……アイツはどうなるんだ?」

 

 城之内が気がかりだったのはエスパー絽場の今後。この手の事情に詳しくない城之内でもKCのスタッフのエスパー絽場を見る目などから相応のペナルティを受けることが伺える。

 

「どうやろな……かなり手慣れっとったさかいに、イカサマやっとった期間はそこそこ長いやろうから――」

 

 その問いかけに竜崎は正確に答えることは出来ない。あくまで自身の立場は下っ端なのだと。

 

 しかしある程度の予想は出来た。

 

「多分、かなりの期間、大会やら何やらに関わるんが無理になるんは確実やろうな……」

 

「そんなにかよ……」

 

 デュエリストにとって「デュエルの大会」は自身を試し、示す重要な場だ。それに長期間一切関われなくなる事実に城之内の顔は青くなる。

 

 だが竜崎は言うべきかどうか悩む素振りを見せた後、ゆっくりと口を開く。

 

「…………いや、そっちは実際大したことはあらへん。相手さえ見つけりゃデュエルすることは出来る。それよりも――」

 

 エスパー絽場にとって一番の罰は別にある。それは――

 

「『イカサマしたデュエリスト』ってレッテルをずっと抱えることになることの方が辛いで……こっからずっと後ろ指さされて生きていくようなもんや……」

 

 デュエリストの情報網は広く、伝わる速度も早い。

 

 例え隠したとしても直ぐに発覚し――『イカサマの事実』を隠したことが問題になる。

 

 ゆえにデュエリスト、『エスパー絽場』の再起は絶望的と言っても過言ではない。

 

 

 

 

 この「世界」はデュエルが根幹をなす世界。

 

 その為、そのデュエルを蔑ろにすればそれ相応のモノが返ってくる――ただそれだけの話。

 

 だがまだ青さの残る竜崎や城之内には、そう簡単に割り切れるものではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう落ち込みを見せる竜崎の同期であるインセクター羽蛾は人気のない廃ビルの屋上で何やら作業をしていた。

 

「ヒョヒョヒョー! どいつもこいつも必死に走り回ってるだろうな~! だけど、俺はそんな面倒はゴメンだね! ――っと、よし!!」

 

 その作業を終えた羽蛾は手元のいくつもの小さな虫型のロボットを目に満足そうに頷く。

 

 そしてラジコンのコントローラーのようなものを操作するとその小さな虫型ロボットは羽を広げ空に飛び上がってゆく。

 

「さぁ~行くんだ! 俺の可愛いベイビー()ちゃんたち~!」

 

 しばらくしてその小さな虫型ロボットが得たデュエルディスクの反応が羽蛾の手元のモニターに映っていく。

 

「ヒョヒョヒョー! 来た来た! これで後は情報を絞って――」

 

 そのモニターから反応が次々と消えていき、残ったのはグールズと思しきものの反応のみ。

 

 洗脳されたグールズの構成員の大半は大した思考能力を持たない。ただマリクの命令を愚直なまでに実行するだけだ。

 

 その点がまるで「虫のようだ」と気付いた羽蛾の動きは早かった。

 

「よーし、これで後は時間の問題だな! ヒョヒョッ!」

 

 グールズの構成員の情報から羽蛾の知識を活かすことでパターンを割り出し、要職に就くグールズを割り出して巣穴に陣取るボスであるマリクの居場所を探る羽蛾の計画。

 

「全てが順調、順調! 俺が狙うのはグールズのトップ! 巣穴にしっかり案内してくれよ~~!!」

 

 そうして羽蛾は自身の輝かしい未来を夢見て「ヒョーッ! ヒョッヒョッヒョッ!!」と高笑いを上げる。

 

 

 意外とスゴイことをしている羽蛾――それらの情報を乃亜やギース辺りに進言した方が輝かしい未来に近づくのだが、当人は気付く様子はない。

 

 

 やがてその笑い声を聞きつけて「グールズかっ!」と駆けつけるハンターがいることにも羽蛾は気付く様子はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 童実野町の人を見かけない一角でハンターとグールズがデュエルに興じていた。

 

「私はぁカードを1枚伏せて、ターンエンドだぁ……」

 

 攻めきれなかったとターンを終える黒い帽子にデュエルコートの目元を隠す銀の仮面を付けたハンター、「タイタン」はその特徴的な話し方でターンを終えた。

 

 そのフィールドには遊戯の頼もしき仲間《デーモンの召喚》と瓜二つの悪魔、《迅雷(じんらい)の魔王-スカル・デーモン》がグールズを威圧するかのように見つめている。

 

迅雷(じんらい)の魔王-スカル・デーモン》

星6 闇属性 悪魔族

攻2500 守1200

 

 そのグールズは濃い赤色のタキシードのような舞台衣装とシルクハットに、黒と水色のストライプの蝶ネクタイと目元を覆う横長の仮面を付けた手品師のような男。

 

 グールズのレアハンターであるパンドラ。彼はグールズでリシドに次ぐナンバー2の実力者だ。

 

 

 そのパンドラのフィールドには遊戯の相棒でお馴染みの《ブラック・マジシャン》。

 

 だが身に纏う装備は全て赤紫色に染まっており、白髪に褐色肌など、遊戯の《ブラック・マジシャン》とは大きく違っていた。

 

《ブラック・マジシャン》

星7 闇属性 魔法使い族

攻2500 守2100

 

 

 タイタンのターンエンドを聞き終えたパンドラはデッキに手をかける。

 

「私のターン! ドロー!」

 

 互いのフェイバリットカードの攻撃力は互角――だがタイタンは己が伏せたカードの存在から己が勝利を思い描く。

 

 伏せられたタイタンのカードは罠カード《冥王の咆哮》。

 

 その効果は自分の悪魔族がバトルするダメージステップ時に100の倍数のライフを払うことで、その分だけ相手モンスターを弱体化させるカード。

 

 これによりパンドラの《ブラック・マジシャン》が多少攻撃力を上げたところで返り討ちだと内心で笑う――フラグ建設、お疲れ様っす。

 

 

 そんなタイタンの思惑を見透かしているパンドラは仕掛けた手品のタネ(前のターンにセットしたカード)を披露する。

 

 パンドラのマジックショーのフィナーレに移行する。

 

「ならば私はリバーストラップ発動! 罠カード《アヌビスの呪い》!!」

 

 パンドラの背後に棺桶のようなものが現れ、その上に鎮座する黒いジャッカルの銅像の瞳が怪しく光る。

 

「このカードの効果によりフィールドの全ての表側の効果モンスターは守備表示になり、その守備力が0となります!!」

 

 その黒いジャッカルが前足で棺桶を叩くと棺桶から瘴気が溢れ、フィールド全体を瞬く間に覆った。

 

 その瘴気を受けた《迅雷(じんらい)の魔王-スカル・デーモン》は苦しそうな呻き声と共に膝を付き、守備表示となる。

 

「わ、私のスカル・デーモンが……」

 

 さらに《迅雷(じんらい)の魔王-スカル・デーモン》のむき出しの筋肉と骨が腐食し、その肉が地面に落ちる。

 

迅雷(じんらい)の魔王-スカル・デーモン》

守1200 → 守0

 

「当然このカードの効果は私のフィールドにも及びますが……私の《ブラック・マジシャン》は『通常』モンスター! 問題はありません!!」

 

 だが一方の《ブラック・マジシャン》はどこ吹く風と瘴気の影響を受けてはおらず、苦悶の声を上げる《迅雷(じんらい)の魔王-スカル・デーモン》を楽し気に見下ろしていた。

 

「さぁ、フィナーレを飾りましょう! バトルです! スカル・デーモンを破壊しなさい!! 《ブラック・マジシャン》!!」

 

 息も絶え絶えな《迅雷(じんらい)の魔王-スカル・デーモン》に《ブラック・マジシャン》は杖を構える、

 

「だぁがぁ、私の守備モンスターを破壊したところで――」

 

 守備表示モンスターが破壊されてもプレイヤーにダメージはない為、次のターンで挽回して見せると息巻くタイタンだが――

 

「仕込みは既に終わっているのですよ! リバーストラップ発動! 罠カード《ストライク・ショット》!!」

 

 《ブラック・マジシャン》の杖の先に赤いオーラが集まっていく。

 

「このカードにより私のモンスターの攻撃宣言時、そのモンスターの攻撃力を700上げ、さらに貫通効果を与えます!!」

 

 やがてその杖の先がスピアのように鋭利に尖り、《ブラック・マジシャン》はその穂先を《迅雷(じんらい)の魔王-スカル・デーモン》に見せつけるように揺らす。

 

《ブラック・マジシャン》

攻2500 → 攻3200

 

 この《ストライク・ショット》の効果により攻撃した際に守備力を攻撃力が超えていれば、タイタンに戦闘ダメージが発生する。

 

 そして今の《迅雷(じんらい)の魔王-スカル・デーモン》の守備力は0――ダイレクトアタックを受けるときとなんら変わりない。

 

「これにてフィナーレです! ブラック・シェイバー!!」

 

 《ブラック・マジシャン》の鋭利になった杖から放たれるスピアのような魔力弾に《迅雷(じんらい)の魔王-スカル・デーモン》の身体はあっさりと砕かれ、その魔力弾はタイタンを飲み込んでいった。

 

「バ、バカぬぁあぁ!! この私がぁあああ!!」

 

タイタンLP:1100 → 0

 

 

 

 

 倒れ伏したタイタンからパズルカードを奪ったパンドラの前に、デュエルの騒ぎを聞きつけたデュエリストが今、到着する。

 

 

 パンドラが「新手か」と顔を向けた先にいたデュエリストは一度見れば二度と忘れないであろうヒトデヘアー。

 

 その姿にパンドラはマリクからの命令を果たすことが出来ると笑みを作る――もうすぐ最愛の妻と再会できるのだと。

 

「おやおや、これは『武藤 遊戯』――ちょうどいいところに」

 

「お前は……グールズなのか?」

 

 遊戯の疑問も当然だった。

 

 パズルカードを片手に立つパンドラも、倒れ伏すタイタンも、遊戯から見ればどちらも怪しい服装ゆえにグールズに見える――遊戯が裏の事情に詳しくないことの弊害だった。

 

 

 そう怪訝な顔を向ける遊戯にパンドラは大仰に礼を尽くす。

 

「これは失礼いたしました。私はグールズに所属するレアハンター、『パンドラ』と申します――別名『《ブラック・マジシャン》使いの奇術師』」

 

 パンドラの大仰な礼の仕草は「手品師(マジシャン)」の経歴ゆえに手慣れたものだ。パンドラは続ける。

 

「グールズの首領、マリク様の命により貴方を葬りに来ました――おっと、来たのは貴方の方からでしたね……フフフ……」

 

 そんなパンドラの言葉に遊戯はデプレから得た情報を脳内に巡らせる。そして瞳を見開き宣言する。

 

「成程な……お前がグールズの一味って訳か……なら! パンドラ! お前には答えて貰うぜ! グールズの総帥、マリクがどこにいるのかをな!!」

 

「さあ? 存じ上げませんねぇ……ですが意外に近くにいるかもしれませんよ? 例えばこの中(頭の中)とかね。フフフフフ」

 

 しかしパンドラはそんな遊戯をただ笑うばかり、おどけた仕草で自身の頭を指さす。

 

 

 その姿とデプレから得た情報から今のパンドラの状態が遊戯にはよく分かる。

 

 グールズの構成員はマリクのマインドコントロールによって操られた被害者。つまりこのパンドラの狂気的な状態もマリクによるもの。

 

 もう一人の遊戯と共に遊戯は沈痛な面持ちでパンドラを見やる。

 

 

 だが一方のパンドラはデッキの上から1枚のカードを引き、遊戯に見せつけた。

 

「しかし……遊戯、貴方も《ブラック・マジシャン》使いとのこと――ですが私こそがマスターオブマジシャン! 私の《ブラック・マジシャン》に勝てる者はいない!」

 

 そのカードは《ブラック・マジシャン》のカード。

 

 ならば、と遊戯もデッキの上から1枚のカードを引き、パンドラへ見せつけ、言い放つ。

 

「なら俺も『《ブラック・マジシャン》使い』として、この勝負! 是が非でも受けて立つぜ、パンドラ!! お前を――マリクの呪縛から解き放ってやる!!」

 

 当然その遊戯のカードは《ブラック・マジシャン》。

 

 その遊戯の姿にパンドラは満足気に笑みを浮かべデュエルディスクを構えた。

 

「では! ここでデュエル! ――といくのも構いませんが、もうじき招かれざるお客様も来ることですし、場所を変えても?」

 

 だがすぐさまデュエルディスクを引っ込め、一礼をしながら遊戯を特別なステージへと案内するべく動き出す。

 

「好きにしな」

 

「こうも快くお受けくださるとは、光栄です。 ではこの扉をくぐり、ついてきて頂きたい」

 

 そうしてパンドラの背の壁にいつのまにやらあった扉を開け先導するパンドラへ同行する遊戯。

 

 

 

 

 暫く入り組んだ道を進んだ後、コロシアムのような丸いステージの端に遊戯は案内された。

 

「此方が貴方の為に用意した特別なデュエル場――『パンドラの部屋』です」

 

 そう言いながら遊戯とは向かい側の端で立ち止まったパンドラ。

 

「マリク様から貴方に退屈させぬよう言いつけられておりますので、この部屋には様々な仕掛けをご用意させて頂きました――」

 

 その言葉と共に右腕を遊戯に向けるように上げたパンドラ。そして、その指が鳴らされると共に――

 

「――こんな風にね!!」

 

 遊戯の足が厚い金属の枷に捕らえられた。

 

「なにっ!!」

 

 驚きを見せる遊戯――パンドラの足にも同様に枷が嵌められている。

 

「どうです? この趣向は? カードを操り、時に悪夢を売ることが奇術師の生業でしてね……《ブラック・マジシャン》同士のデュエルには申し分ない舞台でしょう!!」

 

「態々こんなことしなくたって俺は逃げやしないぜ!」

 

 パンドラの大仰な説明にも遊戯は強気で返す。

 

 だがパンドラは遊戯の言葉も余所に思考にふける。

 

――しかしオートシャッフル機能ですか……KCも面倒なものを作ったものです。

 

 これのお陰でパンドラの手品師としての技術の大半が使えなくなってしまったのだから。

 

 グールズでもデュエルディスクに仕込まれた様々な機能を解除する為に四苦八苦したのだが、いずれも「デュエルディスクの故障」以上の結果は出せなかった。

 

 

 そんな思考にふけるパンドラに遊戯は挑発がてらに言葉を投げかける。

 

「いいのか? そんなにノンビリして――邪魔者が来るんだろ?」

 

「いえ、ご心配には及びません。私には貴方をデュエルで倒す時間さえあれば十分ですからね……」

 

 遊戯の挑発を挑発で返すパンドラはやがて右手を上げ――

 

「寧ろ――貴方は私の心配よりも自分の心配をするべきです!」

 

 振り下ろす。

 

 その瞬間に向かい合った遊戯とパンドラと十字を描くように両端から回転式のカッターが現れ、回転を始め唸りを上げる。

 

「こ、これは!!」

 

 遊戯の驚きの声も当然だ――その2か所の回転式のカッターが目指す先は互いの枷の付いた両足。

 

「ヒヒヒヒヒヒヒ……フヒャハハハハハハ!! 大仕掛けのマジックに使われる回転式のカッターです!!」

 

 狂ったように笑い続けるパンドラはその後に勢いよく息を吸い込み、観客に説明するようにオーバーな仕草で語る。

 

「これこそがわたくし、奇術師パンドラの世紀の大脱出ショーのご演目!! もうおわかりでしょう? このデュエルのルールが!!」

 

 回転式のカッターが移動するレールには数字が1000ごとに刻まれており、今の回転式のカッターの位置の数字は「4000」。

 

「くっ……!! 自分のライフが減る度にその刃が迫ってくるのか!!」

 

「ご名答!! 負けた方が刻まれる悪夢のゲームなのです!!」

 

 すぐさま大まかなルールを理解した遊戯の姿にパンドラは笑みを浮かべる。「それだけではない」のだと。

 

「さらに、足元をご覧下さい! この中には足を固定している枷を外す鍵が入っています!」

 

「相手のライフが0になれば箱が開く寸法か……」

 

「その通り! 勝ち残った者だけが脱出可能なのです!!」

 

 どちらか片方は両断される――まさに悪夢のゲーム。

 

 しかしそんな恐ろしいゲームにも関わらずパンドラは狂ったように笑いながら饒舌に語る。

 

「その鍵は、差し詰め、厄災の入った『パンドラの箱』の中の最後の希望なのですよ!!」

 

「楽しいかよ……」

 

 そんなパンドラの姿に遊戯は言葉を震わせる。

 

「おや、何か問題でも?」

 

 怪訝な表情を見せるパンドラ――遊戯から見ればパンドラの姿は正気とは思えない。

 

 ゆえに遊戯に怒りが込み上げる。

 

「――命を奪い合う戦いが! 楽しいかって聞いてるんだよ!」

 

「ええ、勝つのは私ですから」

 

 そんな遊戯の怒りの言葉にもパンドラは平然と外道な返答を返す。

 

 

 遊戯には許せなかった。

 

「人を此処まで歪めるのか…………腐ってる……腐ってるぜ、マリク!!」

 

 パンドラをこんな有様にしたマリクを。ゆえに遊戯は誓うようにデュエルディスクを構え、言い放つ。

 

「なら俺が思い出させてやる! 真の『デュエリストの闘い』って奴をな!」

 

「なら私もお教えしましょう! 真の《ブラック・マジシャン》使いのデュエルを!」

 

 パンドラも「これに勝てば愛する妻にもう一度会える」と気合十分な姿でその遊戯の闘志に応えた。

 

「 「デュエル!!」 」

 

 

 復讐鬼、マリクの狂気を植え付けられた刺客、パンドラの魔の手が遊戯へと迫る。

 

 

 

 

 




「ショットガンシャッフルはカードを傷めるぜ!」は犠牲になったのだ……



ちなみに――
デプレから与えられた事前情報により――

遊戯のパンドラに対するヘイトがダウン!NEW

さらに
遊戯のマリクに対するヘイトがアップ! NEW


ですが、その前に前回に登場した「タイタン」って誰! の声を頂いたので

~入りきらなかった人物紹介~
タイタン
遊戯王GXに登場

黒い帽子に黒いデュエルコートを来た大男。

その正体は依頼人の意向に従いデュエルする、いわゆる「裏デュエル界の雇われデュエリスト」。

その依頼料金は一律、依頼者の給料3ヶ月分。

GX時代にはクロノス教諭に雇われ、十代とデュエルした。

その際、千年パズル(形だけ真似た模造品)を使い催眠術まがいのことをしてライフが減る毎に身体が消える幻覚を用いることで「闇のゲーム」を語り、対戦相手を心理的に追い詰める手を取る。

上述のような色々と手の込んだパフォーマンス染みたものが多い。

だが、突如として本物の「闇のゲーム」が始まり、最後は十代に敗北した後、闇に呑まれた。

過去に闇のゲームを研究していた場所とはいえ、理不尽である――が、遊戯王ではよくあることだ。


その後、セブンスターズの一員にすべく影丸に闇から引き上げられ、「本当の闇のゲーム」を十代の仲間に仕掛けるも、またも敗北し、闇に呑まれた。

GXのセブンスターズの騒動後に黒幕の影丸が改心したが、タイタンが救助された様子がない――影丸ゥ……


――今作では
DM時代に、既に裏世界のデュエリストになっている――だが、まだ日が浅く新米に位置するポジション。

まだ千年パズル(形だけ真似た模造品)などの小道具は持っていない。

現在は裏デュエル界の不文律などを学びつつ、
個性派揃いの裏デュエル界のデュエリストの面々に埋もれないように自分らしい個性を出すことや、信頼を積み重ねるべく頑張っている。

一応グールズ狩りのバトルシティに召集をかけられる程度の実力はあった――だが初戦で遊戯を追い詰めるレベルのパンドラに遭遇し、撃破数0で終わる。無念。



~今作特有の用語~

「デュエル発展途上国」

読んで字のごとく
様々な事情で「デュエル」に関する事柄が極端に遅れている国を差す。

ペガサスもこの社会問題には胸を痛めており、I2社を含めた様々な個所からの支援が行われている。


作者も自分で書いていて「何を言ってるんだ」と思ってしまうが……きっと疲れているんだろう。デュエルしなきゃ(使命感)




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第91話 パンドラ死す



遊戯VSパンドラ ダイジェスト版です



前回のあらすじ
人造人間-サイコ・ショッカー「新天地で頑張るとするか……よろしくお願いします! 《炎の剣士》さん! 新人の《人造人間-サイコ・ショッカー》と申します! 特技は『罠封じ』です!!」

炎の剣士「君が新人か……しかし凄いな、私とレベルが1つ違うだけなのに攻撃力が2400もあって、その上に特殊効果まで……頼りになる! 城之内のこと、頼むよ!」






 

 

 倒れ伏したグールズの面々を回収班へと受け渡しを行っていた牛尾は通信機への連絡が入ったことで、その場を離れた。

 

「おう、こちら牛尾。どうかしたのか?」

 

 そして通信機越しから伝えられた情報に瞠目する。

 

「なぁにぃ!! 遊戯のデュエルディスクの反応が途切れたってどういうことだ!!」

 

 その牛尾の疑問に通信機の向こうから次々に情報が送られていく。

 

 遊戯は恐らくグールズと共に地下でデュエルしていること、遊戯の反応は最後にあった地点、そしてその遊戯に助けられたタイタンの証言など、様々な情報が牛尾に伝えられていく。

 

「おう、おう、分かった。んでもって最後の反応はそのポイントなんだな? 証言もとってると、了解だ! 直ぐに向かう!」

 

 遊戯の実力を知る牛尾は負けはしないと信じていても、今までのグールズのなりふり構わない姿に万が一があってはことだと、この場を他の人間に任せた後、すぐさま上に向けて声を張り上げる。

 

「おーい! 北森の嬢ちゃん! 緊急の要件だから! 早いとこ降りてきてくれー!」

 

 緊急事態との牛尾の言葉からいつもよりも急いで駆け下りてくる北森――とその腕に抱えられた静香と杏子。

 

 その加速度はいつもの比ではない。

 

 杏子の何時ぞやよりも二割増しの絶叫が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな遊戯はグールズのレアハンター、パンドラとの命を賭けたデュエルに興じていた。

 

 互いのフィールドには――

 

 褐色の肌に赤い法衣を纏ったパンドラの《ブラック・マジシャン》が遊戯とその相棒たる《ブラック・マジシャン》を挑発するかのように見下ろし、

 

《ブラック・マジシャン》

星7 闇属性 魔法使い族

攻2500 守2100

 

 色白の肌に紫の法衣を纏った遊戯の《ブラック・マジシャン》が静かにパンドラとその相棒たる《ブラック・マジシャン》を見つめていた。

 

《ブラック・マジシャン》

星7 闇属性 魔法使い族

攻2500 守2100

 

 そしてパンドラの5枚のセットカードに対する遊戯のセットカードは4枚――それらを背に睨み合う《ブラック・マジシャン》。

 

 遊戯はその内の1枚のカードを発動させる。

 

「俺は装備魔法《魔術の呪文書》を《ブラック・マジシャン》に装備! これで攻撃力は700ポイントアップ!!」

 

 固く封印が施された魔術書を《ブラック・マジシャン》が片手に持ち、その深淵なる魔術の知識を得て、その魔力を高めていく。

 

《ブラック・マジシャン》

攻2500 → 攻3200

 

「これでパンドラ! お前の《ブラック・マジシャン》の攻撃力を上回ったぜ! バトルだ! 《ブラック・マジシャン》で攻撃!!」

 

 そして遊戯の《ブラック・マジシャン》は高めた魔力を杖に込め、パンドラの《ブラック・マジシャン》を狙うが――

 

「させませんよ!! 罠カード《マジカルシルクハット》を発動! デッキから魔法・罠カードの2枚をモンスター扱いで呼び出し! 私のフィールドのモンスター1体とシャッフルした後、裏側守備表示に!!」

 

 パンドラの発動したリバースカードにより、パンドラの《ブラック・マジシャン》は大きな3つのシルクハットの中に消え、シャッフルされる。

 

「これで貴方の攻撃は私の《ブラック・マジシャン》へは届かない!」

 

 パンドラのフィールドの3つのシルクハットが佇む――この中のどれかに裏側守備表示になったパンドラの《ブラック・マジシャン》が機を窺っている。

 

 遊戯の《ブラック・マジシャン》はどのシルクハットを狙うか悩む素振りを見せるが――

 

「なら右のシルクハットを攻撃するぜ!!」

 

 遊戯の言葉にその迷いは消え、遊戯から見て右側のシルクハットに狙いを定めた。

 

 

 その遊戯の言葉にパンドラは内心で賞賛を送る。

 

――さすがですね! 本丸をすぐさま見抜くとは! ですが!!

 

 だが、「想定内」だとパンドラは手を掲げ、その動きに合わせてリバースカードの1枚が起き上がる。

 

「そうはさせませんよ、遊戯ィ!! 更なるリバーストラップ発動!! 罠カード《つり天井》!!」

 

 そのパンドラの手の先には大量の鋭利な棘でビッシリ埋められた天井が音を立てて落ち始める。

 

「このカードはフィールドにモンスターが4体以上いるとき! その中の表側のモンスターを全て破壊します!!」

 

 今のフィールドは遊戯の《ブラック・マジシャン》とパンドラの《マジカルシルクハット》によって裏側守備表示になった3つのシルクハット。

 

 ちょうど4体だ――そして《つり天井》によって破壊されるのは「表側」のモンスターのみ。

 

「――ッ!! この為に《マジカルシルクハット》を!?」

 

 遊戯は気付く。

 

 この敵味方関係なく無差別に破壊する《つり天井》の餌食となるのは遊戯の《ブラック・マジシャン》のみだ。

 

「その通り!! 貴方がどのシルクハットを攻撃しようとも結果は変わらないのですよ!!」

 

 全てがパンドラの手の内だった。

 

 

 

 だが遊戯とて無策ではない。

 

「そうはさせないぜ!! ソイツにチェーンして、罠カード《生命力吸収魔術》を発動! フィールドの全ての裏側守備モンスターを表側表示にする!!」

 

 《つり天井》の迫るフィールド全体に光が溢れ、パンドラのフィールドの3つのシルクハットは光の粒子となって溶けていく。

 

 

 シルクハットの中で潜むパンドラの《ブラック・マジシャン》の気配に僅かだが動揺が見られる。

 

「こ、これでは私の《ブラック・マジシャン》も!? ――ですが、貴方の《ブラック・マジシャン》も道連れです!!」

 

 表側になったパンドラのモンスターたちは《つり天井》から逃れる術を失った。しかしどのみち遊戯の《ブラック・マジシャン》も助かりはしないとパンドラは嗤う。

 

「そいつはどうかな? 俺は《生命力吸収魔術》の効果へ更にチェーンして、罠カード《ブラック・イリュージョン》を発動!!」

 

 だが遊戯はその先を行く。

 

 遊戯の《ブラック・マジシャン》の頭上に「BM」と書かれた盾が飛来する。

 

「コイツの効果で俺のフィールドの攻撃力2000以上の闇属性・魔法使い族のカードはターンの終わりまでバトルでは破壊されず、相手の効果も受けないぜ!!」

 

 この盾があれば《つり天井》の一撃は遊戯の《ブラック・マジシャン》に届くことはない。

 

 よって《つり天井》で潰されるのはパンドラのカードのみだ。

 

 

 にも関わらずパンドラの《ブラック・マジシャン》は遊戯たちへ向けて嗜虐的な笑みを見せる。

 

 その笑みを合図とするかのようにパンドラの声が響いた。

 

「ならばそのカードで守られる前に先んじて破壊させて貰いましょう! 私はそのカードにチェーンして罠カード《爆導索(ばくどうさく)》を発動!!」

 

 フィールドに現れた小型の爆弾を連結させた鎖のようなものをパンドラの《ブラック・マジシャン》は手に取り、その鎖を持って遊戯の《ブラック・マジシャン》を拘束する。

 

「この効果により、このカードと同じ縦列にある全てのカードを破壊します!!」

 

 《爆導索(ばくどうさく)》に囚われ、拘束から逃れようと足掻く遊戯の《ブラック・マジシャン》を余所にパンドラの《ブラック・マジシャン》は己が優位に笑みを浮かべる。

 

「私のモンスター扱いの『シルクハット』と貴方のセットカード! そして貴方の《ブラック・マジシャン》をね!!」

 

 《マジカルシルクハット》で呼びだされたカードはバトルフェイズの終わりと共に破壊されるので、パンドラの実質的な損失は0に等しい。

 

「これで《ブラック・イリュージョン》の守りは貴方の《ブラック・マジシャン》を守ることはない!!」

 

 そのパンドラの言葉通り、チェーンは逆順処理で実行される為、遊戯の《ブラック・イリュージョン》の守りが届くのは遊戯の《ブラック・マジシャン》が《爆導索(ばくどうさく)》の爆発に呑まれた後だ。

 

 

 《つり天井》を囮にモンスターを守るカードを無駄打ちさせられた遊戯はパンドラの《ブラック・マジシャン》が爆弾を起爆させる寸前に決断する。

 

「くっ!! ――なら俺はその効果にチェーンして罠カード《闇霊術-「欲」》を発動! 俺のフィールドの闇属性モンスター、《ブラック・マジシャン》をリリースして2枚ドローするぜ!!」

 

 《ブラック・マジシャン》を「守る」のではなく、「逃がす」選択を。

 

 それはパンドラから自身の相棒たるカードを「守れない」と判断したに等しい。

 

 

 そして《闇霊術-「欲」》の力により遊戯の《ブラック・マジシャン》の身体が闇へと消え、《爆導索(ばくどうさく)》の拘束から逃れる。

 

「パンドラ、お前は手札の魔法カードを公開することで、この効果を無効に出来るがな」

 

「私は手札の魔法カードを公開はしません」

 

 そして遊戯のフィールドに「欲」の文字が浮かび上がっていく中で問いかけられた言葉にパンドラは静かに返す。

 

「なら俺は2枚ドローするぜ! そしてパンドラ! お前の発動した《つり天井》が自軍のモンスターを襲うぜ!」

 

 パンドラのモンスターに迫る《つり天井》――だがパンドラの《ブラック・マジシャン》は慌てた様子もなく、余裕を持ってパンドラに目線を送る。

 

「待って貰いましょうか! 私は貴方の《闇霊術-「欲」》にチェーンして、速攻魔法《イリュージョン・マジック》を発動!!」

 

 パンドラの《ブラック・マジシャン》は軽く身を逸らし、《つり天井》の影響が及ばぬ場所へ移動する。

 

「私は自分フィールドの魔法使い族――《ブラック・マジシャン》をリリースし、デッキ・墓地から《ブラック・マジシャン》を2枚まで手札に加えます!」

 

 それはパンドラの手札の中――パンドラの背後に降り立ったパンドラの《ブラック・マジシャン》は遊戯を挑発するように人差し指を軽く振る。

 

「さぁ、チェーンの逆順処理です! 私は《イリュージョン・マジック》の効果で墓地の3枚の《ブラック・マジシャン》の内の2枚を手札に!!」

 

 その後、チェーンの逆順処理が進み――

 

 《闇霊術-「欲」》の効果で遊戯は手札を潤し、

 

 パンドラの《爆導索(ばくどうさく)》が遊戯の最後のセットカードをパンドラのシルクハットとなったカードごと爆破。

 

 遊戯の《ブラック・マジシャン》を守る筈だった《ブラック・イリュージョン》は無為に消え、

 

 《生命力吸収魔術》の効果でフィールドのモンスターが全て表側になり、フィールドの「効果モンスター」の数×400のライフを遊戯が回復するが、表側になったパンドラの《マジカルシルクハット》で呼ばれたカードは「通常モンスター」として扱う為、意味はない。

 

 そしてパンドラの《つり天井》がフィールドに残った最後の《マジカルシルクハット》の効果によりモンスター扱いで呼ばれた魔法・罠カードを貫いた。

 

 

 その後、《つり天井》が落ちた衝撃で誰もいなくなったフィールドに土煙が吹きすさび。やがて《つり天井》が消えていく。

 

 

 

 

 だが、そこには悠然と宙で腕を組む、遊戯の《ブラック・マジシャン》の姿があった。その周囲に本のページが舞う。

 

《ブラック・マジシャン》

星7 闇属性 魔法使い族

攻2500 守2100

 

「なに!? 遊戯のフィールドに《ブラック・マジシャン》が!?」

 

 その事実にパンドラは驚きに目を見開く。遊戯のフィールドに《ブラック・マジシャン》を呼び出すカードなどなく、遊戯の手札のカードが発動された様子もないのだから。

 

 そう驚くパンドラに遊戯は軽く息を吐いた後に返す。

 

「お前が《爆導索(ばくどうさく)》で破壊した俺のセットカード――永続罠《マジシャンズ・プロテクション》の効果さ!」

 

 その遊戯の声に合わせるように遊戯の《ブラック・マジシャン》は杖をパンドラに向ける、

 

「このカードがフィールドから墓地に送られたとき、俺の墓地の魔法使い族モンスターを蘇生させる!」

 

 だがそれだけではない。周囲に舞う本のページの正体は持ち主がいなくなったことでその役目を終えた《魔術の呪文書》のもの。

 

「さらに装備モンスターがいなくなったことで、墓地に送られた装備魔法《魔術の呪文書》の効果で俺はライフを1000回復する」

 

 その《魔術の呪文書》に残された魔力の一部が遊戯を癒すべく、暖かな光となって降り注ぐ。

 

遊戯LP:2200 → 3200

 

 

 確かにパンドラの猛攻に一手届かず一時《ブラック・マジシャン》を手放す選択をした遊戯だが、タダでは終わらない。

 

 文字通りすぐさま態勢を立て直し、反撃に移る――パンドラのフィールドにモンスターはおらず、がら空きだ。

 

 

「フフフ、ならば破壊された罠カード《呪われた棺》を発動させて貰いましょうか!!」

 

 しかしパンドラの笑い声と共に黄金の棺が音を立てて現れる。棺の蓋には古代のファラオらしき人物が彫られている。

 

「そのカードは…………まさか!?」

 

 パンドラの「セットしておいた罠カード」との言葉に遊戯は気付く――パンドラには最後の一手が残されていたことに。

 

 先程の攻防の中でパンドラのセットされた罠カードが破壊されるタイミングは一度しかない。

 

「その通りです! 《爆導索(ばくどうさく)》により破壊された『シルクハット』の一つですよ!!」

 

 答え合わせするかのように大仰に手を広げるパンドラの言葉に続き、《呪われた棺》の蓋が僅かに開く。

 

「よって! 遊戯ィ! 貴方は手札をランダムに捨てるか、自分フィールドのモンスターを1体破壊するかを選ばねばなりません!」

 

「俺は……手札をランダムに捨てるぜ……」

 

 遊戯の選択を聞き遂げた《呪われた棺》はその内部から黒い腕を伸ばし、遊戯の手札の1枚を贄として棺に納め、己と共に墓地に返っていく。

 

 

 遊戯の苦難に満ちた表情を見るに、現状を打破しうるカードが失われたようだ。

 

 しかし、そんな表情も一瞬で消え、いつもの勇敢なる顔つきに戻った遊戯はパンドラを指さす。

 

「だがパンドラ! これでお前のフィールドはがら空きだぜ!! 今度こそ《ブラック・マジシャン》で攻撃! パンドラにダイレクトアタック!! 黒・魔・導(ブラック・マジック)!!」

 

 遊戯の《ブラック・マジシャン》から放たれる黒い魔力の砲弾がパンドラへと迫る。

 

 

 

 

 

 

 だがパンドラに直撃する前に()()()()()()魔力の砲弾――黒・魔・導(ブラック・マジック)により相殺された。

 

「なにっ!?」

 

 驚きに目を見開く遊戯とその相棒たる《ブラック・マジシャン》。

 

 

 そんな2人を見てパンドラと()()()()()()()()()()()()()()()》がニヤリと余裕気な笑みを浮かべている。

 

 そう、パンドラを守ったのは赤黒い衣装に身を包んだパンドラの《ブラック・マジシャン》。

 

《ブラック・マジシャン》

星7 闇属性 魔法使い族

攻2500 守2100

 

「残念ですが、私は永続罠《正統なる血統》を発動し、墓地より通常モンスター1体――《ブラック・マジシャン》を蘇生させて貰いました」

 

 再び互いに睨み合う両者の《ブラック・マジシャン》。

 

「これによりバトルの巻き戻しが起こりますが――どうしますか、遊戯?」

 

 パンドラは遊戯に問いかける「相打ち覚悟」で攻撃するのか、と。

 

 

 しかし遊戯は口を固く結び、内心でパンドラの実力に舌を巻く。

 

――強い……ヤツの『《ブラック・マジシャン》使いの奇術師』の名は伊達じゃない。

 

「俺はバトルを終了し、カードを2枚伏せて、ターンエンドだ」

 

 相打ちを狙うことも出来たが遊戯はそれを良しとせず、カードを伏せてターンを終える。

 

 しかし倒せるときに敵を倒す決断をしない遊戯をパンドラは嗤う。

 

「おやおや、相打ち覚悟で攻撃はしないのですか……甘いですねぇ」

 

 遊戯が2枚の伏せカードのどちらかで迎撃を狙っていることは読んでいても、パンドラにとって、それは「隙」でしかない。

 

「所詮は子供といったところ――世の中は非情なものです。信頼などは無意味であり、犠牲なくして何かを得ることなど出来ません……」

 

 パンドラには覚悟があった。

 

「ゆえに私は非情に徹する!! 私の愛するカトリーヌをこの手に取り戻すまでは!!」

 

 そのパンドラの左側の端のカーテンに覆われたスペースが光り、その中にいるであろう女性のシルエットを映し出す。

 

 その女性こそパンドラの愛する妻、カトリーヌ。

 

 パンドラがグールズに組する理由に「されている」愛しの妻。

 

 愛する妻をこの手に取り戻す為ならば修羅にでも、鬼にでもなる覚悟がパンドラにはあった。

 

「今の私はその甘さに付け入ることを躊躇いはしない!! 私のターン! ドロー!」

 

 そしてパンドラは回収した《ブラック・マジシャン》を更なる一手に変えるべくカードを発動させる。

 

「まずは今引いた魔法カード《手札抹殺》を発動し、互いは手札を全て捨て、捨てた枚数分新たにドロー!!」

 

 新たに引いた手札にニヤリと顔を歪めるパンドラ。

 

「そして《魔道化リジョン》を召喚!!」

 

 赤い三角帽子を被った道化のような恰好をした人形が緑の関節部をカクカク揺らし、おどけて見せる。

 

《魔道化リジョン》

星4 闇属性 魔法使い族

攻1300 守1500

 

「遊戯! 貴方のその実力は確かに《ブラック・マジシャン》使いと呼ばれるだけのことはある――」

 

 パンドラとて遊戯の強さは理解していた――決闘者の王国(デュエリストキングダム)のデュエルを見れば、難敵であることなど誰にでも分かる。

 

「ですが忘れてはいませんか! 私はその事実を知っていたことに――そう! 私のデッキには完璧なマジシャン封じが用意されているんですよ! しかも、非情なね!!」

 

 しかしパンドラにはいくつもの秘策があった。

 

「私は手札の《パペット・プラント》を墓地へ捨てて効果発動!」

 

 ドクロマークや危険を記すシールがいくつも張られた黒い鉢植えが現れる。

 

「相手フィールドの戦士族・魔法使い族モンスター1体のコントロールをこのターンの終わりまで奪い取ります!!」

 

 その黒い鉢植えに錠剤や薬剤が投じられると、すぐさま急成長した食虫植物らしき草々が本来あり得ないようなスピードで急成長を始めた。

 

「なんだと!?」

 

「《ブラック・マジシャン》使い同士のデュエルであればこういったカードを入れるのは当然でしょう?」

 

 遊戯の驚愕を余所にパンドラはほくそ笑む。これで遊戯の手から《ブラック・マジシャン》は失われたも同然だ。

 

「さぁ、裏切りのショーの始まりです!」

 

 その食虫植物こと《パペット・プラント》は遊戯のフィールドの《ブラック・マジシャン》を絡めとっていき、その自由を奪い、パンドラのフィールドへ引き摺り込んだ。

 

「《ブラック・マジシャン》ッ!!」

 

「ヒヒャヒャヒャヒャッ! これで貴方のフィールドはがら空きです!」

 

 相棒が奪われ、悲痛に手を伸ばす遊戯を見てパンドラは嗤う。前のターン、遊戯が非情に徹しきれなかったゆえの苦境だと。

 

「遊戯ィ! 貴方のその甘さが招いた危機ですよぉ! バトル!!」

 

 《パペット・プラント》に動きを制限されるも懸命に足掻く遊戯の《ブラック・マジシャン》。

 

「さぁ! 貴方の主を攻撃しなさい《ブラック・マジシャン》!! 遊戯にダイレクトアタック!!」

 

 だが《パペット・プラント》から伸びるツルが遊戯の《ブラック・マジシャン》の杖を持つ腕を無理やり遊戯の方へ向け、その杖に魔力がチャージされていく。

 

 そして本人の意思に反して遊戯の《ブラック・マジシャン》の杖から黒い魔力弾が遊戯目掛けて発射された。

 

「どうです! 貴方の甘さが! 己の《ブラック・マジシャン》に(あるじ)を攻撃させる結果となったのです!!」

 

 攻撃による衝撃で煙が舞う中、パンドラは遊戯の甘さを嗤う――まるで過去の己を否定するかのように。

 

 

 

 しかし煙が晴れた先にあったのは《クリボー》が遊戯を守るように立ちはだかる姿。

 

「俺は手札の《クリボー》を捨てることで、その効果によりバトルのダメージを1度だけ0にさせてもらったぜ!」

 

 遊戯の《ブラック・マジシャン》に重荷は背負わせないとでも言いたげに、キリリと目を引き締めた後に消えていく《クリボー》。

 

「おや、防ぎましたか……ならば私の《ブラック・マジシャン》でダイレクトアタックです!! 黒・魔・導(ブラック・マジック)!!」

 

 今度はパンドラの《ブラック・マジシャン》が先程の遊戯の《ブラック・マジシャン》の動きをなぞるように球体状の魔力を放つ。

 

 その魔法の一撃は遊戯をしたたかに捉え、そのライフをゴッソリと削り取る。

 

遊戯LP:3200 → 700

 

「ぐぅああっ!! だが俺が戦闘ダメージを受けたことで罠カード《運命の発掘》を発動……俺はデッキからカードを1枚ドローする……」

 

「今更カードを1枚引いたところでどうなるというのです! 貴方は次の《魔道化リジョン》のダイレクトアタックで終わりですよ!」

 

 カタカタと関節をあらぬ方向に曲げながら《魔道化リジョン》が遊戯へと向かっていくが――

 

 遊戯に走り迫る《魔道化リジョン》の足元に2本の触覚の生えた白い毛玉に丸いつぶらな瞳を持つ《ワタポン》が防御を固めるように丸まっていた。

 

《ワタポン》

星1 光属性 天使族

攻 200 守 300

 

「なにっ!? 遊戯のフィールドにモンスターが!?」

 

 その《ワタポン》に蹴躓き、横転する《魔道化リジョン》。その動きは道化の名に違わずオーバーリアクションだ。

 

「《ワタポン》がカードの効果で手札に加わったとき、自身を特殊召喚できる――まだ勝負は終わっちゃいないぜ! パンドラ!!」

 

「ならば《魔道化リジョン》で《ワタポン》を攻撃ィ!!」

 

 《魔道化リジョン》は肩を上下させ、怒りの仕草をしながら《ワタポン》に近づき、サッカーボールを蹴るように《ワタポン》を蹴り飛ばした。

 

「俺を仕留めることは出来なかったようだな……このターンの終わりに俺の《ブラック・マジシャン》を返して貰うぜ!」

 

 パンドラの秘策の一つを凌ぎ切ったと笑みを見せる遊戯。

 

 だがパンドラの「マジシャン封じ」はまだ終わってはいない。

 

「ヒヒヒヒヒヒヒ……フヒャハハハハハハ!! 甘い、甘い、甘いですねぇ!」

 

 馬鹿正直にそのまま己の《ブラック・マジシャン》が返ってくると思っている遊戯を嗤う。

 

 パンドラが「完璧なマジシャン封じ」と銘打ったショーはまだ終わってなどいない。

 

「手品師たるもの不測の事態の備えは常に怠ってはならないのですよ!!」

 

 そして勢いよくカードをデュエルディスクに差し込むパンドラ。

 

「魔法カード《七星の宝刀》を発動! このカードの効果により手札もしくはフィールドからレベル7のモンスターを除外し、カードを2枚ドローします!」

 

 パンドラの《ブラック・マジシャン》が黄金に輝く剣を手に取る。

 

「まさか!?」

 

「そう! 私は貴方から奪ったレベル7! 《ブラック・マジシャン》を除外して2枚ドロー!!」

 

 そのパンドラの《ブラック・マジシャン》はその剣で遊戯の《ブラック・マジシャン》を切り裂く――切り裂かれたその身体はボロボロと崩れていき、やがて異次元へ消えていった。

 

「くっ……《ブラック・マジシャン》ッ!!」

 

 帰らぬものとなった己が相棒に悔しさから拳を握る遊戯。だがそんな遊戯にパンドラは楽し気に声を上げる。

 

「フフフ……《ブラック・マジシャン》の心配をしている場合ですか?」

 

 新たに引いた2枚のカードを手にパンドラは両の手を広げた。ここからが本番なのだと。

 

「私はカードを1枚伏せて――永続魔法《エクトプラズマー》を発動!!」

 

 遊戯を仕留める準備はここに整った。

 

「そしてターンエンド!! この瞬間! 永続魔法《エクトプラズマー》の効果を適用!!」

 

 パンドラのフィールドの周囲に風が集まるように渦巻いていく。

 

「私のフィールドのモンスター1体をリリースし、その元々の攻撃力の半分のダメージを相手に与えます!!」

 

 その風はパンドラの《ブラック・マジシャン》の足元に渦巻いていく、この先の光景を悟ったパンドラの《ブラック・マジシャン》は沈痛な面持ちでパンドラを見下ろしている。

 

 そのパンドラの《ブラック・マジシャン》の姿は狂った主を前に何も出来ない自身に歯噛みするようにも見えた。

 

「私は――自身の《ブラック・マジシャン》をリリース!! そして射出!! フハハハハ! 私の勝利です!!」

 

 そのパンドラの宣言に覚悟を決めた表情でパンドラの《ブラック・マジシャン》は全霊を込めて、その命を魂の砲弾と化し、遊戯を抹殺せんと飛んでいく。

 

 

 そして《ブラック・マジシャン》の攻撃力2500の半分1250のダメージが遊戯を襲う。

 

 残りライフ700の遊戯には耐えられない一撃だ。

 

 

 土煙が周囲を覆う。

 

「冥途の土産にお教えしましょう――『真の《ブラック・マジシャン》使いのデュエル』は時に目的の為ならば己が相棒にすら非情に徹しなければなりません」

 

 勝利を確信したパンドラは土煙の先の遊戯に言葉を投げかける。これが最後の会話になると思いながら。

 

「貴方の敗因は『非情』に徹することが出来なかったゆえの『甘さ』ですよ!!」

 

 

 そう言い放ったパンドラの視線の先の煙の晴れた場所には――

 

 

 

遊戯LP:700

 

 まだ健在の遊戯の姿があった。

 

「なにっ!?」

 

「俺は手札の《ハネワタ》を捨てることで、このターン受ける効果ダメージを0にさせてもらったぜ……」

 

 《ワタポン》に小さな天使の羽を付けたような姿の《ハネワタ》がパンドラの《ブラック・マジシャン》の魂をその2本の触覚で大事そうに抱えていた。

 

「くぅ……私の《ブラック・マジシャン》の渾身の一撃を躱すとは……」

 

 やがて天に昇っていく《ハネワタ》とパンドラの《ブラック・マジシャン》の魂。

 

「ですが貴方のライフは残り僅か700!! もうすぐ! もうすぐ私は世紀の大脱出ショーをパーフェクトに演じ終えるのです!!」

 

 パンドラの残りライフは1400。このターンで遊戯を大きく追い詰めることが出来た事実にこのまま押し切って見せると意気込みを見せる。

 

「そしてマリク様のお力で愛するカトリーヌが戻ってくる!!」

 

 もうすぐ愛する人との幸福な生活が戻ってくるのだと。

 

 しかしそう高揚するパンドラの耳に遊戯の呟きが聞こえる。

 

「…………とも……いのか……」

 

「おや? どうしましたか?」

 

 だが言葉の震えゆえか上手く聞き取れないパンドラ。そんなパンドラに遊戯は声を荒げる。

 

「お前は何とも思わないのか!! グールズに組し、罪を重ねて!!」

 

 遊戯の怒りは止まらないが、その中には憐憫も含まれている。パンドラはただ「愛する人との幸せ」を取り戻したかっただけなのだ。

 

「俺を殺したその後で! お前は自分の愛する人の前で平気でいられるのか!!」

 

 自身の胸に拳を打ち立て、「デュエリストの誇りを思い出せ」との想いを込めた声を上げる遊戯に今度はパンドラが言葉を震わせる。

 

「……れ……」

 

「お前の愛した人は! そんなお前の姿を見て平気で笑い合える人なのか!!」

 

 遊戯には今のパンドラの未来に光が見えなかった。どう見ても破滅しかない。

 

 しかしパンドラはそんな簡単な事すら気付かずに遊戯を殺す為に動いている。

 

「黙れ、黙れ、黙れ、黙れぇえええ!!」

 

 だが今のパンドラにはそのあり得ない未来しか信じられない。いや、信じられないように「されている」。

 

 ゆえに半狂乱になりながらパンドラは己の目元を覆う仮面を勢いよく取り外す。

 

「この私の顔を見ろぉおお!! 遊戯ぃいいい!!」

 

 その仮面の下には醜く焼けただれた顔があった――それはパンドラの拭えぬ過去の証。

 

「私は数年前、世界で最も華麗な奇術師として、名声を欲しいままにしていた!! そして、そんな私を暖かく見守ってくれる、カトリーヌの愛も!!」

 

 かつてのパンドラは幸福の絶頂だった。

 

「しかし! たった一度の脱出トリックの失敗で私は全てを失った!!」

 

 だが神の悪戯か、運命の巡り合わせか、パンドラのその幸福はその手の中から零れ落ちていく。

 

「私の愛するカトリーヌも! 自暴自棄になっていた私は彼女の愛に気付かず、その心を深く傷つけてしまったのです!! そして私がその愛に気付いた時は全てが遅かった……」

 

 そして最後にパンドラに残ったのは《ブラック・マジシャン》のみ。

 

「ですが! そんな失意の私の元に現れたマリク様は約束してくださったのです!! 遊戯ィ! お前を亡き者にすれば、その千年ロッドの力で、カトリーヌの愛を取り戻してくれると!!」

 

 そんなマリクの怪しげな提案を何故信じたのかは「今」のパンドラには分からない。

 

 だが今のパンドラには「それ」しかなかった。

 

「私はカトリーヌの為なら何だってする!!」

 

 カーテンの向こう側の女性の人影に向けて誓う様に叫ぶパンドラ。

 

 

 そんなパンドラの独白を聞いた表の遊戯はもう一人の遊戯を押しのけて人格交代する。

 

「なんでッ!」

 

 心優しい遊戯は「操られている」パンドラの姿に叫ばずにはいられなかった。

 

「カトリーヌさん!! 貴方は何でパンドラさんに何も言ってあげないの!! この人は貴方の為にこれだけ苦しんでいるのに!」

 

 だがカーテンの向こう側の女性の人影はその遊戯の言葉に何も答えず。身動ぎすらしない。

 

 

 そのあまりに無反応な姿に表の遊戯は腰のデッキホルダーのベルトを外し、振りかぶる。

 

「貴方たちは、お互いに顔を見せあって! 向かい合うべきだ!!」

 

 そうして表の遊戯の手で投げられたデッキホルダーのベルトはカーテンを固定していた部分に直撃。

 

 やがてカーテンはハラリと落ちる。

 

 

 だがそこにある筈のパンドラの妻、カトリーヌの姿は――

 

「……人形?」

 

 ない。遊戯は不審げに眉を顰める。

 

 カーテンの向こう側にあったのは、椅子に座らされたマネキン人形と思しきものだけだった。

 

 人っ子一人見当たらない。

 

 そしてそれを目の当たりにしたパンドラの変化は顕著だった。

 

「……えっ? あれ? ……何故、人形が? カトリーヌがここにいるとマリク様が……いや、でも人形……カトリーヌが人形? 人形でカトリーヌが……」

 

 明らかに錯乱した様子で目の前の現実を何とか受け止めようと足掻くパンドラ。

 

 

 

 

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」

 

 だが愛する人の為に今の今まで戦い続けてきたパンドラが受け止められる筈もなかった。

 

 頭を抱え、パンドラは言葉にならない絶叫を上げる。

 

 己の目に映る残酷な現実から逃げ出したい思いを表す様にパンドラは足を動かすが、当然枷による拘束から動けるはずもなく、その場で訳も分からず叫ぶことしか出来ない。

 

 

 そのパンドラのあまりの姿に遊戯は言葉を失う――「これが人の所業なのか」と。温厚な表の遊戯でさえ、マリクに対する怒りが抑えられない。

 

 

 だが突如としてパンドラは叫び声を上げるのを止め、ピタリと動きを止める。

 

 そのパンドラの額にはウジャトの瞳の文様が光り輝く。

 

 やがてパンドラの顔に暗い影が差し、濁った瞳で頬が裂けるかのよう笑みを浮かべる。

 

「――そう! そうです! 遊戯! 貴方を倒せばマリク様のお力であの人形はカトリーヌに戻るのです!!」

 

 そんな訳がない。子供であっても騙されないような嘘だ。

 

 マリクの千年ロッドの洗脳の力が更に強められたことでパンドラは先程よりも凶悪さを増し、まるで別人のように「ゲヒャヒャ」と笑う。

 

 

 そのあまりの変わり様に表の遊戯は言葉が出ない。

 

「なんで……こんなことが……」

 

 心優しい表の遊戯にこの残酷過ぎる世界は受け止められなかった。

 

 そんな表の遊戯にもう一人の遊戯が檄を飛ばす。

 

――相棒……奴を救い出す方法は一つしかない!

 

 そして再び人格交代した名もなきファラオの人格の遊戯はその瞳を力強く見開き、怒りのままに宣言する。

 

「許さねぇ……絶対に許さねぇぜ! マリク!! 俺のターン! ドロー!!」

 

 その遊戯の想いに呼応するかのように引いたカードはこの場を収めるに相応しいカード。

 

「俺は手札を1枚捨てて、装備魔法《D(ディファレント)D(ディメンション)R(リバイバル)》を発動! 除外された俺のモンスター1体を攻撃表示で特殊召喚する!!」

 

 遊戯の頭上に異次元のゲートが開く。

 

「奴を救う為に力を貸してくれ!! 《ブラック・マジシャン》!!」

 

 遊戯の闘志と想いに呼応するかのように頷く《ブラック・マジシャン》。

 

その杖をパンドラ、否――パンドラの先のマリクに向けて構えた。

 

《ブラック・マジシャン》

星7 闇属性 魔法使い族

攻2500 守2100

 

 だがパンドラの想いという名の狂気はそれを上回る。

 

「かかりましたね!! リバースカードオープン!! 罠カード《黒魔族復活の棺》!!」

 

 パンドラのフィールドに現れるドス黒い赤の棺。その十字が埋め込まれた蓋が音を立てて開く。

 

「このカードは貴方がモンスターを召喚・特殊召喚した際に、そのモンスターと私の魔法使い族モンスターを墓地に送ることで――」

 

 その開いた棺から無数の黒い腕がパンドラのフィールドの《魔道化リジョン》を飲み込み――

 

「私のデッキもしくは墓地から闇属性の魔法使い族モンスター1体を呼び出します!!」

 

 さらに遊戯の《ブラック・マジシャン》も取り込まんと無数の腕が殺到する。

 

 魔法を放ち、抵抗する《ブラック・マジシャン》だったが、際限なく迫る黒い腕に最後は飲み込まれ、《黒魔族復活の棺》に引き摺り込まれた。

 

 その棺の蓋が静かに閉じられる。

 

「私の未来の為に!! 舞い戻りなさい! 《ブラック・マジシャン》!!」

 

 そして《黒魔族復活の棺》はムクリと起き上がり、その棺の蓋が扉の様に開かれた。

 

 そこから歩み出るのは棺と同じ、ドス黒い赤の法衣を纏うパンドラの《ブラック・マジシャン》の姿。

 

《ブラック・マジシャン》

星7 闇属性 魔法使い族

攻2500 守2100

 

「さらにフィールドから墓地に送られた《魔道化リジョン》の効果でデッキ・墓地から魔法使い族の通常モンスターを手札に加えます!!」

 

 《魔道化リジョン》がカタカタと動く音だけが周囲に響き渡る。

 

「私は墓地の残り2枚の《ブラック・マジシャン》の内の1枚を手札に!!」

 

 そして腕だけとなった《魔道化リジョン》がパンドラに1枚のカードを差し出した。

 

「これで貴方のモンスターは再びゼロォ! 残念でしたねぇ!」

 

 マリクによって狂わされていてもパンドラのデュエルの実力が衰えた訳ではない。

 

 パンドラの地力の高さに苦戦しつつも、遊戯は次の手を打つ。

 

「くっ……俺は墓地の《ギャラクシーサイクロン》を除外して、お前の表側の魔法カード、永続魔法《エクトプラズマー》を破壊!」

 

 白い竜巻がパンドラのフィールドのカードの1枚を呑み込んでいく。

 

 これで効果ダメージによる攻撃を防ぐことが出来ると遊戯は残りの手札を見やる。

 

「カードを1枚伏せてターンエンドだ」

 

 最後の希望をカードに託し、遊戯はターンを終えた。

 

 

 実質何もせずにターンを明け渡したように見える遊戯の姿にパンドラは狂ったように――いや、狂った笑いを響かせる。

 

「フハハハ、遊戯! いかがです? 私の完璧なるマジシャンデッキは!  召喚スピード、速攻性、マジックコンビネーション、すべてにおいて貴方を上回っている!!」

 

 パンドラの自信に満ちた言葉もあながち間違いではない。

 

 《ブラック・マジシャン》を中心にしたパンドラのデッキゆえに遊戯の様々なカードを詰め込んだ複雑怪奇なデッキに比べ、こと魔法使い族――マジシャンに関してはパンドラに分があった。

 

「私のターン! ドロー!! ――私は《ウジャト(がん)を持つ男》を召喚!!」

 

 フィールドにユラリと現れたのは両の手から火の玉を浮かばせる赤いローブの魔術師。

 

 その額には今のパンドラと同じくウジャトの眼が浮かんでいた。

 

《ウジャト(がん)を持つ男》

星4 闇属性 魔法使い族

攻1600 守1600

 

「そしてその召喚時に相手フィールドのセットされたカードを1枚確認します!! さぁ! 貴方の頼みのセットカードを見せて貰いましょうか!!」

 

 その《ウジャト(がん)を持つ男》の額のウジャトの眼から放たれて光が遊戯のセットカードを照らし出す。

 

「ほう、《聖なるバリア -ミラーフォース-》でしたか、危ない、危ない」

 

 その効果は相手が攻撃宣言した際に相手フィールドの攻撃表示モンスターを全て破壊する罠カード。

 

 不用意にパンドラが攻撃していれば手痛い反撃となっていただろう。

 

「ですがバトルです! フヒャヒャヒャヒャッ! このカードで目障りなそのカードは封じさせて貰います!!  速攻魔法《封魔の矢》!!」

 

 パンドラの《ブラック・マジシャン》の背後から独りでに遊戯のセットカードに降り注ぐ矢の雨。

 

「このカードはバトルフェイズ開始時に発動できる速攻魔法! その効果によりこれ以降は、互いに魔法・罠カードの効果を発動できません!!」

 

 その矢により遊戯のセットカードは縫い付けられたかのようにスゥっと薄まり、力なく佇む。

 

「さらにこのカードの発動に対して魔法・罠・モンスターの効果は発動できない!! これで貴方の対抗手段は全て封じました!!」

 

 これで遊戯のフィールドは文字通り丸裸。遮るカードなど何一つ見られない。

 

「貴方の負けです!! さぁ、やれっ! 《ブラック・マジシャン》!!」

 

 パンドラの《ブラック・マジシャン》が杖に魔力を込め始める。

 

 だがそのチャージが終わる前に遊戯の声が響いた。

 

「そうはさせないぜ! そのダイレクトアタック時に墓地の《クリアクリボー》を除外して効果発動!!」

 

 遊戯を守るように現れた紫色の毛玉、《クリアクリボー》。

 

「俺はデッキからカードをドローし、そのカードがモンスターだったとき! そのまま特殊召喚し! そのカードとバトルさせる!!」

 

 その身体に縦に真っ二つに分かれるような線が入る。

 

「くっ……《封魔の矢》で防げるのは魔法・罠の効果のみ……ですが! そのドローでモンスターを引いて壁としたとしても! 次の攻撃を防ぐ手はないでしょう!!」

 

 パンドラの《封魔の矢》の隙を突く形でカードを発動させた遊戯だが、このドローでパンドラの《ブラック・マジシャン》を上回る攻撃力もしくは守備力を持つモンスターを引き当てなければならない。

 

 

 だが遊戯は何の恐れも感じさせずにデッキの上からカードを引き抜いた。

 

「俺が引いたのはモンスターカード!!」

 

 この状況でモンスターを引ききった遊戯。そのモンスターは――

 

 

「最上級魔術師、《ブラック・マジシャン》からその魔力を譲り受けたたった一人の弟子!!」

 

 

 今のパンドラを止めるに相応しいカード。

 

 

「――現れろ! 《ブラック・マジシャン・ガール》!!」

 

 水色とピンクを基調にした軽やかな法衣に身を包んだ愛らしい魔術師の少女が散っていった《ブラック・マジシャン》の意思を継ぎ、力強く声を上げる。

 

《ブラック・マジシャン・ガール》

星6 闇属性 魔法使い族

攻2000 守1700

 

「ブ、《ブラック・マジシャン・ガール》ゥ!? 何だ! そのカードは! マジシャン使いのこの私ですら知らないカード……だと!?」

 

 パンドラにとって未知のカード、さらにそれが自身の愛用している「マジシャン」カードともなればその動揺は計り知れないであろう。

 

 だが物珍しさはあれど、そのステータスゆえにパンドラの《ブラック・マジシャン》の脅威足り得ない。

 

「ですが! 攻撃力が2000にも関わらず攻撃表示とは……勝てないと悟ってやけになりましたか!」

 

 さらには《クリアクリボー》の効果で守備表示でも特殊召喚が可能であるというのに攻撃表示で特殊召喚した遊戯を嘲笑う。

 

「いいや! やけになってなんかいないぜ! 《ブラック・マジシャン・ガール》は墓地の《ブラック・マジシャン》の魂を受け継ぎ! その数だけ攻撃力を300ポイントアップさせるのさ!!」

 

 《ブラック・マジシャン・ガール》の背後で半透明な姿で弟子を見守る遊戯の《ブラック・マジシャン》の姿があった。

 

 それゆえに遊戯とて何の考えもなしに攻撃表示にした訳ではないと返すが、パンドラはその説明を聞き終え、なおのこと遊戯を嘲笑う。

 

「だとしても! 貴方の墓地には《ブラック・マジシャン》が1体のみ! よって2300止まり!! それでは私の《ブラック・マジシャン》には及ばない!!」

 

 パンドラの《ブラック・マジシャン》は杖に魔力をチャージし終えたゆえにその魔力弾を放とうと杖を振り上げるが――

 

 それより先に遊戯の声が届く。

 

「お前には見えないのか! 墓地に行ってもなお! お前を案ずる自身の《ブラック・マジシャン》の姿が!!」

 

 その言葉にパンドラは《ブラック・マジシャン・ガール》の背後へと目を凝らす。

 

 そこには《ブラック・マジシャン・ガール》を見守る遊戯の《ブラック・マジシャン》の隣に静かにパンドラを見下ろすパンドラの《ブラック・マジシャン》の姿があった。

 

「ブ、《ブラック・マジシャン》……」

 

 瞳の濁りが薄れ、自身の《ブラック・マジシャン》を見つめ返すパンドラ。

 

 

 そして《ブラック・マジシャン・ガール》の杖に3人分の魔力が蓄積されている。

 

《ブラック・マジシャン・ガール》

攻2000 → 攻2300 → 攻2600

 

 やがて両者の手から放たれた魔力弾はぶつかり合うが、パンドラの《ブラック・マジシャン》の一撃は3人分の想いが込められた一撃にかき消される。

 

 そのままパンドラの《ブラック・マジシャン》は最後にパンドラを一瞥した後に消えていった。

 

「私の《ブラック・マジシャン》……」

 

パンドラLP:1400 → 1300

 

「墓地に《ブラック・マジシャン》が増えたことで《ブラック・マジシャン・ガール》の攻撃力は更にアップ!」

 

 パンドラの《ブラック・マジシャン》の想いを更に受け継いだ《ブラック・マジシャン・ガール》の魔力がより高まっていく。

 

《ブラック・マジシャン・ガール》

攻2600 → 攻2900

 

「わ、私は一体……」

 

 呆然自失と言った具合に呟くパンドラの手札は既に最後の《ブラック・マジシャン》のみ。

 

 これ以上何も出来ることはない。それゆえ遊戯は自身のターンだとデッキに手をかける。

 

「俺のターン! ドロー!!」

 

 そしてこの悲劇しか生まぬ、闘いに終止符を打つべく宣言する。

 

「パンドラ!! 今こそお前をマリクの呪縛から解き放ってやるぜ!!」

 

 その遊戯の宣言にパンドラは何も返さない。その視線は手札の自身の《ブラック・マジシャン》に注がれていた。

 

「《ブラック・マジシャン・ガール》で《ウジャト(がん)を持つ男》を攻撃!!」

 

 《ブラック・マジシャン・ガール》の杖の周りに魔力の力場が生まれていく。

 

黒・魔・導 爆・裂・破(ブラック・バーニング)!!」

 

 そしてその放たれた力場が、《ウジャト(がん)を持つ男》に接触すると共に爆発を起こし、その衝撃はパンドラを強く打ち据えた。

 

パンドラLP:1300 → 0

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パンドラのライフが0になったと同時に回転式のカッターの刃がパンドラの身体を切り刻むべく迫りくる。

 

 しかしパンドラは動かない。

 

 パンドラが万が一の為に隠し持っていた予備の鍵も使う様子が見られなかった。

 

「あぁ……もうおしまいだ……これでカトリーヌは人形の姿のまま……カトリーヌのいない世界なんて私には耐えられない!!」

 

 マリクの洗脳であり得ない事実を信じ込まされたパンドラはもはや二度と愛する人とは会えない現実に自暴自棄になり、両手で頭をかかえ苦悩する

 

 

 そんなパンドラを両断する為に回転式のカッターが迫るが――

 

「危ない!!」

 

 人格交代した「表」の遊戯が自身の足の枷を素早く外し、人形を覆い隠していたカーテンを咄嗟にパンドラへと迫る回転式のカッターに挟み込ませた。

 

 僅かに動きを鈍らせる回転式のカッターを余所に遊戯は手持ちの鍵でパンドラ足の枷を外そうと試みるが鍵の形が違うゆえに開くことはない。

 

 

 回転式のカッターの動きを阻害するカーテンの拘束が少しずつ解けていく――それゆえに焦る遊戯の頭上からパンドラの言葉が落ちた。

 

「遊戯、放っておいてください……私はこの世に未練などありません。カトリーヌのいない世界なんて……」

 

 パンドラにもはや生きる気力は残されていなかった。愛する人のいない世界などパンドラにとって地獄に等しい。

 

 そんなパンドラに表の遊戯はいつもらしからぬ強い口調で言い放つ。

 

「人形が人間になる訳がない!! 貴方はマリクに騙されているだけなんだ!!」

 

「違う! マリク様は私を騙してなどいない!!」

 

 遊戯の言葉はマリクに洗脳されているパンドラには届かない。洗脳されたパンドラにとってマリクの言葉は絶対だ。

 

 

 それゆえにもう一人の遊戯も内心で遊戯に焦りの籠った言葉をかける。

 

――相棒ッ! 今のコイツに何を言っても無駄だ! まずは、どうにかしてコイツの枷を外さないと……あれだッ!!

 

 そして視界に入った鉄の棒らしきものを遊戯に示すもう一人の遊戯。

 

 

 そのもう一人の遊戯の考えを察した表の遊戯はその鉄の棒を枷と足の隙間に入れ、強引に枷を壊しにかかる。そして力を込めながらパンドラに言葉を投げかけ続ける。

 

「だったら! 確かめに行こう!! カトリーヌさんのことを!!」

 

「確か……める?」

 

 僅かに様子が変わったパンドラの姿に表の遊戯は希望を見出しつつ続ける――だがパンドラの足の枷は壊れそうにない。

 

「うん! KCは世界中に伝手があるから! 海馬くんならきっとカトリーヌさんがどこにいるか見つけられるよ!!」

 

「で、ですがカトリーヌは、そこに人形となって――」

 

 遊戯の言葉にパンドラは人形から目を逸らしつつ、指さす――受け入れられない現実から逃避するように。

 

「ボクを信じて!!」

 

 だがそのパンドラの視界に入ったのは真っすぐな表の遊戯の瞳。

 

 その瞳にはただパンドラを案ずる優しい色だけが映っていた。

 

 

 己を殺そうとした相手を案ずる表の遊戯の姿にパンドラの心は揺れ動く――そして自身の《ブラック・マジシャン》が最後にパンドラを案ずるかの様な表情が脳裏をよぎった

 

 

 遊戯にスッと手を差し出すパンドラ。その手にはパンドラの足の枷を外す鍵が置かれていた。

 

「これは……」

 

「私の枷を外す為の予備の鍵です」

 

 遊戯の疑問にパンドラは素直に答える――これはパンドラの命綱を遊戯に託す行為だ。

 

 

 今のパンドラの眼は遊戯を真摯に見つめている。ここで見捨てられてもパンドラに悔いはない。

 

 

 

 そのパンドラの想いをくみ取った遊戯はその鍵に手を伸ばす。

 

 

 

 

 

 

――ダメじゃないか、パンドラ。お前はデュエルに負けたんだ。ちゃんと罰は受けなくちゃ。

 

 パンドラの脳裏にそんなマリクの言葉が響くと共に、パンドラの手は横に振られ、その鍵はカーテンの拘束のない遊戯側の回転式のカッターにぶつかり弾かれた。

 

 呆然と自身の腕を眺めるパンドラ。遊戯の伸ばした手は空を切る。

 

「な、なんで……まさかマリク!!」

 

 不可解なパンドラの行動の真意を察知した遊戯。

 

 しかし、回転式のカッターが自由を取り戻す寸前であることに気付き、すぐさま弾かれた鍵を拾い、パンドラの足の枷を外そうとするが――

 

「くっ! ダメだ! 鍵が歪んで合わない!!」

 

 遊戯側の回転するカッターにぶつかった際に変形したパンドラの鍵では枷を開くことは出来ない。

 

 もう一人の遊戯の切迫した声が表の遊戯の中に響く。

 

――相棒! これ以上は!!

 

 回転するカッターがカーテンの拘束を完全に引きちぎり、パンドラの足元にいる遊戯ごと刻まんと迫る。

 

「でもボクはパンドラさんをこのままには出来ないよ!! この人も被害者なんだ!!」

 

――だが! このままじゃ! 相棒まで!!

 

 表の遊戯は最後までパンドラを救うことを諦めない。その表の遊戯の姿にもう一人の遊戯は声を張る。

 

 

 互いの主張は平行線だ。ゆえにもう一人の遊戯が後で表の遊戯に恨まれようとも無理やり人格交代を行おうとするが――

 

 

 

 それよりも表の遊戯の身体がパンドラの手で軽く押される方が早かった。

 

「――えっ?」

 

 表の遊戯は突然の事態に反応できず、ただ茫然と飛ばされる。

 

 そんな遊戯の最後の視界に映ったのは、優しく微笑んだパンドラと、「ありがとう」と短く呟く声。

 

 そしてカッターの刃がパンドラを両断しようとする姿。

 

「パンドラさぁああああん!!」

 

 表の遊戯の悲痛な叫びが一室に響き渡った。

 

 

 






今作ではカードを切り刻まなかった分だけ、パンドラと《ブラック・マジシャン》との関係が良くなりました。





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第92話 うちのパズルカードは特別性でね



前回のあらすじ
今作ではパンドラが《ブラック・マジシャン》のカードを切り刻まなかったので

代わりにパンドラを切り刻みます(迫真)

これが修正力ってヤツなんだよ!(某イカデックス風)


ブラック・マジシャン・ガール「前回のお話では私が大活躍していました!!」

でも(感想欄では)パンドラの話題が大半……
これは負けヒロインの末路ってヤツなんだよ!(イカなんとかさん風)




 

 

 パンドラが両断される寸前の姿が視界にスローに映る表の遊戯は己の無力さを噛み締めるばかりだ。

 

 

 そしてその胸中に渦巻くのはただ一つの思い。

 

――許せない。

 

 パンドラを操り、この惨状を生み出したマリクを、

 

――許せない。

 

 パンドラに降りかかった数多の不運を、

 

――許せない。

 

 そして、そんなパンドラを救えぬ自身の弱さが何よりも表の遊戯には許せなかった。

 

 やがて訪れるパンドラの「死」という結果が表の遊戯を薄暗い闇へと誘い、修羅を生む。

 

 

 如何に名もなきファラオでもこの現状を打開する術はなく、やがて向かうであろう茨の道を表の遊戯に歩ませてしまう事実に沈痛な面持ちを浮かべることしか出来ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だがパンドラを刻もうとしていた回転式のカッターの行く手を遮るように鉄の扉が大きな衝撃と共に地面に叩きつけられた。

 

「――へっ?」

 

 先程の怒りに燃えた表の遊戯の視線は呆気にとられたものに変わり、回転式のカッターと鉄の扉が接触し、火花が飛び散る光景だけが虚しく映る。

 

「……これってこの部屋の扉だよね……なんで?」

 

 表の遊戯はもう一人の遊戯に確認を取るように問いかけるが、もう一人の遊戯の視線は鉄の扉の影に注がれている。

 

 遊戯の言う通り、この扉はこの「パンドラの部屋」の扉。何者も寄せ付けぬように重苦しく鎮座していたものだ。

 

 そんな扉から顔を覗かせるのは遊戯も見知った鼻眼鏡の女性――だがそこに遊戯の知っていた姿はなく、何者も寄せ付けぬ冷徹な雰囲気が纏われていた。

 

 

 やがて周囲を警戒するように見渡した後、その女性は遊戯を視界に入れる。その頃には遊戯の見知った雰囲気に戻り、安心させるような声色の言葉を零す。

 

「大丈夫ですか? 武藤さん」

 

「北森さん!! ――でも何でここに?」

 

 そう、突如乱入した鼻眼鏡の女性はオカルト課のマッスルモンスター……じゃなかった受付の北森だった。

 

 先程の一時の雰囲気の違いは緊急時ゆえに気を張ったゆえのものである――仕事人モードってヤツなのかもしれない。

 

「それは――あっ! ちょっとこれ煩いので失礼します」

 

 だが遊戯の疑問も余所に北森によって肘鉄を上から叩き落とされる回転式のカッター。その最後は「ベキィッ」と金属が歪む音と共に地面に叩きつけられその機能を止める。

 

 そして用済みとなった鉄の扉が北森の手によって邪魔にならないようにズシンと音を立てて倒された。

 

「それでどうかしましたか、武藤さん?」

 

「…………うん、あの――」

 

 そんなトンでもない光景を生み出しつつ、いつもと変わらぬ様相で遊戯に接する北森。

 

 遊戯が戸惑うのも無理はない。

 

「アグッ、グググ! あ、頭が割れる!!」

 

 しかし遊戯の言葉よりも先にパンドラの呻き声が木霊する。

 

「今度は一体!!」

 

 遊戯が思わず北森をもう一度見るが、北森は両手を軽く上げ、首を横にブンブン振り自分の仕業ではないことをアピール。

 

『やれやれ』

 

 そんな2人のやり取りを余所に生気のない瞳になったパンドラの口から出たのは別人の声。

 

「人格が入れ替わってる? キミはまさか……マリク!!」

 

 それが意味する事実に気付いた表の遊戯の推察は正しかった。

 

『ご名答――僕はグールズの長、マリク。この男には僕の記憶を植え付けてあるんでね。いつでもこうやって操れる』

 

 そう言いながらパンドラにおどけたポーズを取らせるマリク。

 

『これも千年アイテムの一つである千年ロッドの力さ』

 

 それはまるで遊戯に自身の持つ千年アイテムの力を見せびらかす様にも見えた。

 

『君のデュエルはパンドラを通じて見せて貰ったよ。この余興は楽しんで貰えたかな?』

 

「キミは一体何が目的でこんなことをするんだ!!」

 

 人の命と尊厳を汚した行為を「余興」と称したマリクに表の遊戯はいつもらしからぬ怒りの声を上げる。

 

『目的? そんなもの決まり切っている! 名もなきファラオ! お前への復讐さ!!』

 

 しかしその遊戯の言葉にマリクは態度を豹変させ、表の遊戯の裏にいる名もなきファラオを睨みつけるように声を張り上げた。

 

『名もなきファラオ!! お前に墓守の秘と三枚の神のカードを託すために自由を奪われてきた一族の復讐だ!』

 

 そう、神崎たちによって色々と邪魔されまくっていたマリクの復讐がついに動きだしたのである!!

 

『その三枚の神のカードを僕が手に入れることで――』

 

 逸る気持ちが抑えられないようなマリクの言葉だったが――

 

 

 

 

 

 

『――へぶしっ!!』

 

 

 

 

 

 そんなパンドラの口から零れたマリクの言葉と共に、パンドラの「肉体」はパタリと倒れ伏す。

 

 そしてそこにあるのは拳を振りぬいた北森の姿。

 

「――えっ? …………ち、ちょっと! 何やってるの! 北森さん!!」

 

 今からマリクによって語られる復讐劇の説明が思ってもみない形で終了を迎えたゆえに表の遊戯はまたも戸惑う。

 

 ゆ、遊戯が戸惑うのも無理はない。

 

「え? 『何』と言われても……静かにさせようと『脳を揺らした』だけなんですが……」

 

 表の遊戯の疑問に「何か間違ったことをしてしまったのか」と心配そうにしながら答える北森だったが、遊戯の質問の意図が微妙に伝わっていない。

 

「何で!!」

 

「え~と、それは博士が言っていたんですが、操るには『脳』がある程度機能していないといけないらしくて……」

 

 遊戯の疑問は「何故脳を揺らす必要があるのか」ではなく「何故マリクの話を中断させるようなこと」をしたのかだ。

 

 互いの会話は噛み合っているようで噛み合っていなかった。相も変わらず見事なまでの言葉のドッチボールである。

 

「――早い話が、『脳を揺らして一時的にその機能を制限すれば、操ることは出来なくなる』とのことです」

 

 そう顎に人差し指を当てながら説明を終えた北森は遊戯を安心させるように拳を握る。

 

「後はKCで待機している博士の元へ連れていけば、大丈夫ですよ!」

 

 最後の最後まで噛み合わなかった両者。

 

「い、いや、そういうことじゃ…………やっぱり何でもないです」

 

 遊戯は諦めたように下を向き、内心でもう一人の遊戯に語り掛けた。

 

――ゴメン。もう一人のボク……せっかくの君の記憶の手がかりだったのに……

 

――い、いや、構わないぜ。パンドラがあれ以上操られているのも……し、忍びないしな!

 

 そんな表の遊戯の気落ちした言葉に対し、もう一人の遊戯は冷や汗を流しそうになりながら納得を見せる――それは諦めたとも言うが、大した問題ではない。

 

 

 

 

 その後、手早くパンドラを拘束し終えた北森はパンドラの枷を何とか開こうとしている表の遊戯のとなりにしゃがみ、尋ねる。

 

「これでよし! 武藤さん、その枷は外せそうですか?」

 

「いや、それが……鍵がさっきの刃に当たって歪んじゃってって……北森さんは『これ』どうにかできますか?」

 

 先程の色々あったやり取りから、何かと多芸に見えた北森を頼った遊戯。ひょっとすれば城之内が得意な鍵開けスキルのようなものを期待してのものだったが――

 

「う~ん、こういうのは苦手なんですが――頑張ってみます!」

 

 そう言って北森が取り出したのはデュエルモンスターズのカードが1枚。それを持った手を振りかぶる。

 

「えっ、一体何を――」

 

「今から集中するので話しかけないでくださいね?」

 

 疑問を投げかけようとした表の遊戯を封殺しつつ、北森は精神を集中させる。そこに先程までいたどこかオドオドした北森の姿はない。

 

 その姿はまるで一本の名刀の如く研ぎ澄まされており――

 

 

 

 

 

 

「おぅーい! 遊戯はいたかー! って、おお、遊戯ッ!」

 

「 あ 」

 

 そんな牛尾の声と共に目にも留まらぬ速さで振り下ろされた北森の腕と明らかに「やっちまった感」溢れる北森の声。

 

「――いや、『 あ 』って何だ! 不吉な予感しかしねぇぞ!」

 

 遊戯を見つけた牛尾の安堵の気持ちも吹っ飛び、すぐさま静香と杏子を連れつつ、北森の姿を見やる牛尾。

 

 そこには――

 

 踵側からキレイに切れたパンドラの足の枷に、大きく地面に入った亀裂――否、斬撃跡。そして北森の手の傷一つないカード。

 

「牛尾さん――切り過ぎてしまいました……」

 

 そして情けない声を出す北森の姿。ちなみにパンドラに怪我はない。

 

 そんなあまりの光景に遊戯は思わず言葉を零す。

 

「なぁにこれぇ……」

 

 …………遊戯が戸惑うのも無理のない話である。今日の遊戯は戸惑ってばかりだ――しかし不思議と遊戯の心は軽くなっていた。

 

 

 

 

 

 若干落ち込みを見せつつ、牛尾と共に意識のないパンドラの移送準備を整える北森はポツリと零す。

 

「私、『斬鉄』って苦手なんですよね……余計なものまで切っちゃうし……」

 

 その北森と牛尾を余所に静香は地面の斬撃跡を「おぉ~」などと感嘆の声を上げつつ、ペタペタ触っていた。

 

 そして北森はどんよりした様子で牛尾に尋ねる。

 

「牛尾さん……これって大丈夫ですかね?」

 

「お、おう。だ、大丈夫じゃねぇか?」

 

 何が「大丈夫」なのかは牛尾にもよく分かっていないが、不利益を被った相手がいない以上は問題にならないだろうと牛尾は考える。床の修繕程度ならどうとでもなるであろうことは明白だった。

 

 

 その牛尾の言葉に安心したと胸を撫で下ろす北森を余所に遊戯が自身のデッキホルダーのベルトを回収する姿に杏子もホッと一息付いていた。

 

「よかったぁ……遊戯が無事で」

 

「でも杏子がなんでここに? 城之内くんたちと一緒にいたんじゃあ?」

 

 表の遊戯の当然の疑問に杏子は頬を掻きつつ目を泳がせる。

 

「え~と、遊戯にこの大会には『グールズって危ない人がいる』ってのを伝えに来たんだけど……遅かったみたいね」

 

 肝心の目的は既に達成しており、杏子が態々動く必要がなかった程だ。しかしそう気落ちする杏子を元気付けるような牛尾の声が響く。

 

「大事がねぇなら構わねぇじゃねぇか。そんで真崎はこの後、どうするよ」

 

「……私はこのまま遊戯と一緒に――」

 

 牛尾から尋ねられた城之内たちの元へ戻るか遊戯と同行するかの選択に杏子は一瞬迷いを見せるも、遊戯の傍にいることを選択するが――

 

「ゴメン、杏子。実は――」

 

 今の表の遊戯はグールズのトップ、マリクに「復讐」という名目で目がつけられている状態ゆえに断りを入れようとする。だが――

 

「いや、やっぱ真崎は俺らといた方が良いかもな」

 

 その遊戯の言葉を遮るようにそう言って腕を組んで頷く牛尾。

 

「えっ? どうして?」

 

「今回みてぇに遊戯がグールズと闘うってときに、言っちゃ悪いが足手まといになる」

 

 その牛尾にあるのは遊戯が杏子を遠ざける言葉を発するよりも、自身がその役を担った方が良いとの牛尾なりの思いやりだ。

 

「後顧の憂いって奴を絶つ為にも、遊戯が安心して前だけ見る為にもそっちの方が良いだろ?」

 

 そう杏子に言い含めつつ、遊戯にだけ見えるように軽くウインクして見せる牛尾。遊戯も牛尾の意図を理解して軽く礼を告げる。

 

 しばし悩んでいた杏子だったが、牛尾の言葉に理解を示し、表の遊戯の肩に手を置いてエールを送る。

 

「でも……いや、そうよね……遊戯、頑張ってね!」

 

「うん!」

 

 その表の遊戯の決意の籠った言葉と共に、後程、牛尾からパンドラの持つ2枚のパズルカードを受け取る遊戯。

 

 そして一同は遊戯ともう一方という形で再び二手に別れ、それぞれの目的の為に歩みだす。

 

 このバトルシティを潜り抜ける為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのバトルシティの本戦の舞台であるKCが用意した飛行船、「バトルシップ」――の着陸予定地点のKCが所有するドーム。

 

 そしてそのドーム内でまだ見ぬ本戦出場者を待つ磯野と同じくKCの茶髭の黒服、河豚田(ふぐた)

 

 さらにその2人の前にユラリと現れた人影。

 

「お前は!?」

 

 その人影の正体に驚きの声を上げる河豚田だったが、磯野はすぐさま手で制する。

 

「よせ――同僚がすまない…………アクター、キミが此処に来たということは――」

 

 その人影の正体はアクター。

 

 マイコ・カトウとのデュエル後に色々考えたものの纏まらなかった為、取り合えずパズルカードを提示しに来た次第だった。

 

 磯野は一応KCに所属する仲間であるアクターに河豚田の無礼を詫びつつ、探るように言葉を選ぶが――

 

「――いや、『バトルシティ』を運営するものの一人として、形式的にいかせて貰おう」

 

 アクターから溢れ出るプレッシャーに精神的に距離を取った対応に努める磯野――このプレッシャーの正体はアクターがただ内心で悩んでいるだけと知ったらどう思うのか。

 

 

 やがて磯野は右手を差し出し、極力事務的になるように言い放つ。

 

「――規定数のパズルカードの提示を」

 

 その磯野の言葉にアクターは何も言葉を返さず、パズルカード6枚を提示し、磯野に手渡す――その磯野の手は僅かに震えていた。一応の同僚と言えなくもないが磯野はアクターへの苦手意識は拭えていない。

 

 そして磯野は左手を懐に入れ、四角い形状の機械を取り出す。その機械にはパズルカードをスライドさせる為の溝と、小さなモニターが付いている。

 

 

 この機械はパズルカードの所有者を判別する為のもの。デュエル以外でパズルカードをやり取りしたものを本戦に上げない為の処置だ。

 

 これ程までに小型化に成功したのはBIG5の《機械軍曹》の人こと、大田の働きによるものである。

 

 

 その機械にパズルカードを1枚ずつスライドさせていく磯野。その度に小さなモニターに所持者であるデュエリストの簡易的な情報が表示されていく。

 

 やがて6枚のパズルカード全てのチェックを終えた磯野は小さく溜息を吐いた。

 

「……ふむ、パズルカード6枚、確かに受理した――これでキミは予選突破だ。一応『おめでとう』と言わせて貰おう」

 

 そんな賛辞の言葉にも何も反応を示さないアクターに磯野はやり難そうに周囲を手で示し、運営側の義務を果たす。

 

「だが見ての通り、キミが最初の突破者――ゆえにまだ規定人数まで集まっていない」

 

 磯野の周囲には同僚の河豚田とアクター以外は存在しない。ゆえに磯野は2つの選択肢を提示する。

 

「此方で用意した場で待つか、周囲を散策するかは自由にしてくれて構わない」

 

 そう言って磯野が指し示すのは軽食が用意された簡素なテーブルとイス。待つ場合は「そこで」との計らいだった。

 

 しかしアクターは何の反応も示さない。

 

 磯野は内心で冷や汗を流しながら説明を続ける。

 

「周囲を散策する場合は、ある程度の人数が集まった段階でキミのデュエルディスクに信号を送る。その時は当然ながら此処に戻ってくる必要がある為、この場所から離れすぎないように気を付けてくれ」

 

 磯野が先程のパズルカードを差し込んだ機械のボタンの一つを押すとアクターのデュエルディスクから警告音のようなものが鳴り始める。

 

 そして磯野がボタンをもう一押しするとその音は鳴りやんだ。

 

「こういった具合だ――そしてあまりに此方への到着が遅くなる場合は失格の処置もありうることを念頭に置いておくように」

 

 最後の念押しを言い終え、その機械を懐に仕舞った磯野。

 

「――以上だ」

 

 その磯野の最後の言葉を後にアクターはフラリとこの場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 アクターの姿が完全に消えた後、磯野は長い溜息を吐く。

 

「ハァ~~~~行ったか……」

 

 そして重圧から解放されたことを確かめるように軽く肩を回す磯野。

 

「……相変わらず彼は何を考えているか、よく分からんな」

 

 磯野は海馬の側近という立場上、様々な情報を見聞きする。

 

 さらに一方的に険悪な海馬と神崎の間に強制的に立たされることも多い為、海馬の部下の中では特にオカルト課に詳しい人間だった。

 

 しかしアクターの情報だけは磯野にも殆ど入ってきたことはない――オカルト課の人間もよく分かっていない為、仕方のない部分ではあるのだが。

 

「実力は確かとはいえ、神崎殿もよく使う気になれるものだ」

 

 そう何度目か分からない溜息を吐く磯野。

 

 

 その言葉から察せられるように磯野の神崎への評価は意外と高い。

 

 磯野の眼から見ても胡散臭さの塊である神崎。

 

 だが磯野からすれば海馬が倒れて植物状態のようになった時も、モクバを支え、BIG5をなだめつつ海馬が作ったKCの在り方を守ってくれた人間である。

 

 信頼は出来なくとも、「下手なことはするまい」という一点は信用していた。

 

 

 そんな磯野に河豚田は眉を顰め、言葉を零す。

 

「ヤツは瀬人様がお呼びになったと聞きましたが、何故ヤツを態々このバトルシティに……」

 

 河豚田のアクターを見る目は厳しい。

 

 元々裏デュエル界のデュエリストであるアクターは何かと黒い噂が絶えない。

 

 そんなデュエリストを表の、しかも海馬のKCが主催する大会に呼び寄せる際のリスクは計り知れないと河豚田は考える。

 

 その考えは磯野も同感だった。しかし河豚田に磯野は重苦しい面持ちで返す。

 

「言うな――私も瀬人様には『彼に関わらない方が良い』と再三進言したが聞き入れては貰えなかった」

 

 そう、理屈ではないのだ。

 

「きっとデュエリストの性なのだろう。こればかりは我々にはどうすることも出来ん」

 

 ゆえに磯野に出来るのはこのバトルシティが何事もなく無事に終わることを願うだけだった。

 

 

 

 

 

 無理そうだと、何となく気付きつつも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人気のない場所でグールズの構成員に直接指示を送るリシドの上から嘲笑うような声が響く。

 

「ヒョーヒョッヒョッヒョッヒョッ!! ついに見つけたぜ~! お前がグールズのトップのマリクってヤツだなぁ~?」

 

 その声の主はインセクター羽蛾。高笑いする場所は少し高めの塀の上――何故、昇ったのやら。

 

 その羽蛾の問いかけに「マリク」呼ばわりされたリシドがとぼけるように返す。

 

「さて、どうかな――それより一体何用か? 見たところ我らを狙う『ハンター』ではないようだが」

 

 リシドから見た羽蛾はハンター特有の「裏の人間らしさ」がない為、一般の参加者であった場合のことを考えたリシドは明言を避ける。

 

 そして話を逸らす様に羽蛾の目的を尋ねるリシド――マリクの立てた今後の計画ではリシドが「マリク役」を命じられる可能性もある為、下手に情報は漏らせない。

 

 だが羽蛾はリシドを気にした様子もなく塀の上から飛び降りつつ続ける。

 

「用だって~? そんなの決まってるじゃないか! お前を倒して俺の力を証明する為だよぉ!!」

 

「名を上げることが目的か……だが私はお前に構っている暇などない。悪いが――」

 

 大して強そうに思えない羽蛾の姿にリシドは配下のグールズを差し向けようとするが――

 

 

 

「――パズルカードを集めてんだろぉ~? それも2人分!」

 

 

 

 その羽蛾の言葉にリシドは一瞬思考が止まるも、すぐさま立て直す。

 

「……何をバカな。パズルカードが必要なのであれば同志から集めればいいだけのこと」

 

 そして「やれやれ」といった雰囲気を出すリシドだが――

 

「いいって、いいって! そんな演技しなくったってよー! お前だって分かってんだろ~? このパズルカードは『デュエル』しなきゃデータの所有権は移らない――」

 

 羽蛾は笑いを堪えるようにリシドの演技を小馬鹿にしつつ、自身が辿り着いた事実を得意気に披露するかのように話し始める。

 

「――でも、だからって仲間同士でやり取りする為に固まれば、KCの情報網にあっという間に捕まって、芋づる式にお前ら捕まっちゃうだろ~?」

 

 羽蛾の言う通りこのバトルシティではデュエルディスクは勿論のこと「パズルカード」の動きもKCによってマークされている。

 

 それゆえにグールズ間でパズルカードをやり取りする為に不自然な動きを見せればたちまちハンターたちに囲まれることは容易に想像が付く。

 

 仮に回数を分けてやり取りしようとも、どうしても不自然な人の流れを隠しきることは困難だ。

 

「その推理では2人分集める必要が見受けられんな」

 

 グールズの動き、ひいてはマリクの計画がKCに殆ど筒抜け状態の事実を誤魔化すようにリシドは応対するが――

 

「慌てないで欲しいねぇ~! 俺はお前らの兵隊の動きがど~もおかしいと思ったんだよ! 本戦に用があるみたいだけどグールズってのはトップ一人と後は操り人形の集まりだろ~?」

 

 羽蛾とて何の確証もなしに行動している訳ではない。

 

「ッ! ……ならば何だというのだ」

 

 千年ロッドのことまでは見抜かれていなくとも、「人を操る」ことは見抜かれている事実にリシドは内心で冷や汗を流す。

 

 しかし羽蛾の言葉は止まらない。

 

「だったら本来集めるパズルカードも1人分あれば足りるってのに、未だに探してるってことは――複数人の数を集めてるって訳だ」

 

 得意気な羽蛾の説明は続く。

 

「んで、お前が集めてるってことは――お前は『マリク』じゃないみたいだなぁ? 今までのやり取りした感じ、『意識』はしっかりしてるから……側近かなぁ?」

 

 リシドを指さし、相手をバカにするようにユラユラと揺らす羽蛾は有頂天と言った具合だ。

 

「よってお前とそのボスの2人分って訳ッ! ヒョッヒョッー! つまりお前を倒してボスの元に案内させれば苦も無く俺の天下って訳さ!!」

 

 そんな挑発染みた説明をペラペラと良くしゃべる羽蛾の姿にリシドは内心で頭を回す。

 

――如何にも小物染みた男だが…………ただの馬鹿ではないようだ……

 

 今、リシドが取るべき行動に大きな変化はない。

 

「そこまで分かっているのなら、お前の相手をしている暇がないことを理解して貰いたいものだな」

 

 リシドが傍にいるグールズの構成員に羽蛾の相手をしておくように再度指示を出そうとするが――

 

「慌てんなって言っただろう~? じゃじゃーん! パズルカード! それも5枚!!」

 

「ッ!」

 

 羽蛾の手に扇子のように広げられた5枚のパズルカードにリシドの眼は見開く――それはリシドが今、最も欲するもの。

 

「ちょーっと悪さしてるヤツらを懲らしめるついでに集めたものだピョー!」

 

 そんな羽蛾の鼻高々に語る言葉など、もはやリシドには届かない。

 

 今のリシドにあるのはマリクが欲するパズルカードを集める使命を果たすことだけだ。

 

「フッ、成程な……私が戦う理由がある訳か――ならば何者かは知らんが私自ら相手をしよう」

 

 そう言ってデュエルディスクを展開させるリシドに羽蛾は鼻を鳴らす。

 

「おいおい……この俺を知らないなんてグールズってのは、随分とヌルい奴らみたいだな~! なら教えてやるぜ!」

 

 そして羽蛾は腕を突き上げながらデュエルディスクを展開させ、天まで届くほどの自信が籠った声で咆える。

 

「俺の名は『インセクター羽蛾』!! お前のデュエルの最後の相手になる男さ!!」

 

 

「 「 デュエル!! 」 」

 

 

 ここに盲目的なまでの狂信を抱えた男と、度し難いほどの過信に塗れた男の闘いが始まる。

 

 

 






ミザエル「ッ!!」

ドルベ「止めろ、ミザエル――(決めセリフを取られた)気持ちは分かるが止めるんだ」





~「アレ? この人って?」と感じた方の為の人物紹介~
河豚田(ふぐた)
遊戯王DMにて登場

茶髪に茶髭のKC社員。黒スーツにグラサンの人。

磯野とよく一緒にいる茶髭の黒服の一人と言った方が分かりやすいかもしれない。

その名前は磯野と同じく、某国民的アニメの系譜を継いでいる。

海馬への忠誠心は磯野と同じく高い。




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第93話 カードパワー≠デュエリストの強さ


羽蛾VSリシド ダイジェスト版です



前回のあらすじ
シリアス「あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ! おれは パンドラに救いようのない悲劇を届けようと思ったら いつのまにか大団円になっていた」

シリアsル「な…何を言っているのか わからねーと思うが、おれも 何をされたのか わからなかった……恐ろしいものの片鱗を 味わったぜ………」




 

 羽蛾のインセクト軍団の一斉攻撃によりリシドのフィールドは土煙に覆われる。

 

 その土煙を振り払うのは背中にウジャトの眼を覗かせる巨大なサソリのモンスター。《聖獣セルケト》が、その牙がビッシリと並んだ口から苛立つような音を発する。

 

《聖獣セルケト》

星6 地属性 天使族

攻2500 守2000

 

「だが永続罠《ディメンション・ガーディアン》の対象になっている私の《聖獣セルケト》は戦闘・効果では破壊されない……」

 

リシドLP:2800 → 2700 → 2500 → 2200

 

 リシドのエースモンスターが破壊されずともダメージは通る為、リシドのライフは着実に減っていった。

 

 そのリシドの姿に羽蛾は有頂天になって笑う。

 

「ヒョヒョヒョー! だけどお前のライフは2200!! そして一方の俺のライフは3000!!」

 

 そして状況を確かめるようにリシドと羽蛾のアドバンテージの違いを得意気に語りだす羽蛾。

 

「しかも~お前のエースの効果は俺の発動した永続罠《スキルドレイン》で無効化!!」

 

 モンスターを倒せば倒す程にその力を際限なく高めていく《聖獣セルケト》の効果も封じられ、今や羽蛾のインセクト軍団のサンドバック状態だ。

 

「さらに、さらに! 俺の5体の最強インセクト軍団!! お前に勝ち目なんてないんだよ!!」

 

 羽蛾のフィールドに並び立つのは――

 

 どこか人に似たフォルムを持つ上半身を持ち、残りの半身は巨大な女王アリのようなモンスター、《インセクト女王(クイーン)》が赤い甲殻を開き、羽を広げ、

 

《インセクト女王(クイーン)

星7 地属性 昆虫族

攻2200 守2400

 

 白いカブトムシを連想させる鎧を纏った褐色肌の男が、手に持つ巨大な三又の槍を構え、

 

《ポセイドン・オオカブト》

星7 地属性 昆虫族

攻2500 守2300

 

 黒ずんだ甲殻に黄土色の腹の巨大なムカデが、その長い身体を竜のようにとぐろを巻いて、その牙をガチガチと鳴らし、

 

地獄大百足(ヘル・センチピード)

星7 闇属性 昆虫族

攻2600 守1300

 

 巨大な青い羽を広げて、宙に留まる黄色い甲殻の蝶が赤い複数の複眼でリシドを見下ろし、

 

怪粉壊獣(かいふんかいじゅう)ガダーラ》

星8 風属性 昆虫族

攻2700 守1600

 

 背中の黒い甲殻に薄い赤を持つ腹の巨大なムカデが空に向かって頭を上げ、口から奇怪な音を発してリシドを威嚇する。

 

《デビルドーザー》

星8 地属性 昆虫族

攻2800 守2600

 

「俺はカードを3枚伏せてターンエンドだ!!」

 

 伏せたカードに羽蛾は内心でほくそ笑む。

 

――俺の伏せた罠カード《メテオ・レイン》があれば、奴がセルケトを守備表示にして守りを固めても貫通ダメージでお仕舞さ!

 

 このデュエルで自身すら、驚く程に実力が高まっているのを感じていた羽蛾。あのオカルト課での拷問染みた訓練は羽蛾を大きく成長させていた。

 

――仮に俺のモンスターが全て効果破壊されても永続魔法《大樹海》で新たな高レベルの昆虫をサーチ! 更に永続罠《強化蘇生》で墓地の《代打バッター》を蘇生して破壊させれば手札の高レベルの昆虫モンスターで立て直しは十分に可能だ!

 

 今の羽蛾には万が一の事態すらないと己の力を誇る。

 

――完璧な布陣だ! 俺の勝利は揺るがないね!!

 

 自身はもっと評価されるべきなのだと。

 

 

 そんな羽蛾の胸中も余所にリシドは負ける訳にはいかないとデッキに手をかける。

 

「……私のターン……ドロー!!」

 

 リシドとて「インセクター羽蛾」の名だけは知っていた。

 

 しかし今までの名も知らぬハンターたちが強敵揃いだった為、事前情報のあった羽蛾をリシドはどこか甘く見ていた。

 

 海馬がいない大会でしか優勝出来ない程度の実力の相手に後れを取ることはない、と。

 

 その認識は改めなければならない。

 

「見事だ、羽蛾……正直、デュエルを始める前はお前が此処まで私を追い詰めるとは思ってもいなかった」

 

 それゆえにリシドは奥の手の使用を決断する。

 

「おいおい、突然どうしたよ。ひょっとして命乞いのつもりか~い?」

 

 相手を嘲笑うような羽蛾の挑発にも、リシドはもう「その手」に騙されはしないと真摯に羽蛾を見つめる。

 

 羽蛾のどこか三下感溢れる姿、それは相手を油断させる罠なのだと――いや、それは素です。

 

「いや、純粋な賛辞だ」

 

 勝利の為ならばあえて己に下賎な仕草すら課す羽蛾の姿にリシドは敬意を示す――実際は違うが、リシドの中では「そういうこと」になっている。

 

「私はカードを1枚セット。そして発動済みの永続魔法《王家の神殿》の効果を使わせて貰おう」

 

 リシドの背後の黄金で彩られた僅かな光で照らされる神殿の中央のジャッカルの銅像が脈動する。

 

「このカードの効果により、1ターンに1度、私は罠カードをセットしたターンに発動できる」

 

 そのジャッカルの銅像の瞳が赤く光り、リシドのセットカードの1枚を引き起こす。

 

「私が先程セットした永続罠《DNA改造手術》を発動! その効果でフィールドの全てのモンスターは私が宣言した『種族』になる――私は『魔法使い族』を宣言!」

 

 フィールドの全てのモンスターに魔法使いらしき帽子が被せられる。「これで君も今日から魔法使い族だ」と言わんばかりに――互いのフィールドのモンスターの姿を見るに大分無理があるが……

 

「今こそお前に見せてやろう! 《王家の神殿》の更なる力を!!」

 

 そのリシドの宣言に《王家の神殿》が地震にあったが如く、揺れ動く。

 

「私は永続魔法《王家の神殿》の第二の効果を発動!! このカードと私のフィールドの《聖獣セルケト》1体を墓地に送ることで、手札・デッキのモンスターまたはエクストラデッキの融合モンスター1体を特殊召喚する!!」

 

 《王家の神殿》が崩れていくと共に《聖獣セルケト》もその身を光の粒子へと変えていく。

 

「私はエクストラデッキから融合モンスターを特殊召喚!!」

 

 その《王家の神殿》の残骸と《聖獣セルケト》の力が集まっていき――

 

「起動せよ!! 神の聖域の守護者!! 《極戦機王(きょくせんきおう)ヴァルバロイド》!!」

 

 現れるのは赤い巨大な古代兵器。

 

 その脚部についた巨大な2つのジェットエンジンで宙に浮かび、塔のようにそびえ立つ身体から腕の様に伸びる2本のキャノン砲と2つのパラボナアンテナのような形状のビーム兵器が伸びる。

 

極戦機王(きょくせんきおう)ヴァルバロイド》

星12 地属性 機械族 → 魔法使い族

攻4000 守4000

 

 その巨大な古代兵器には魔法使いによって込められた力が宿っている。

 

「こ、攻撃力4000のモンスターだとぉ!? だ、だがその効果は俺の《スキルドレイン》で無効になってる! 俺の昆虫軍団が1体破壊されようが――」

 

 圧倒的な巨大モンスターに羽蛾は声を震わせつつも強気に返すが――

 

「お前に次のターンの心配など無用だ! 私はライフを1000払い、魔法カード《拡散する波動》を使わせて貰う!!」

 

リシドLP:2200 → 1200

 

 リシドは羽蛾に今の己が出せる最大の力をぶつけるべく、《極戦機王(きょくせんきおう)ヴァルバロイド》に自身のライフを削ってでも更なる力を与える。

 

「その効果で私のレベル7以上の魔法使い族モンスター1体は相手モンスターに1度ずつ攻撃しなければならない」

 

「この為に《DNA改造手術》を!?」

 

 文字通り、羽蛾のモンスター全てをなぎ倒すまで終わらぬ全体攻撃。

 

 そしてフィールドの羽蛾のインセクト軍団は全て攻撃表示の為、そのダメージは計り知れない。

 

「その通りだ。ではバトルと行こう」

 

 リシドは羽蛾とのデュエルで心の隙を諫められたことに感謝しつつ止めをさす。

 

「ゆけっ! 《極戦機王(きょくせんきおう)ヴァルバロイド》! 羽蛾のインセクト軍団を薙ぎ払え!!」

 

 《極戦機王(きょくせんきおう)ヴァルバロイド》の全砲門が開き、インセクト軍団を破壊しつくすべく、殲滅が開始される。

 

「ぎょぉぇええええ!!」

 

 雨霰と降り注ぐレーザーやミサイルの前に羽蛾は成す術はないゆえに絶叫を上げた。

 

 

 

 

 

 

「なーんてなぁ!! ダメージステップ開始時に罠カード《奇策》を発動!!」

 

 かに思われたが、羽蛾はおどけながらカードを発動させる。

 

「手札のモンスター1体を捨て、フィールドのモンスター1体の攻撃力を捨てたモンスターの攻撃力分だけダウンさせる!!」

 

 《極戦機王(きょくせんきおう)ヴァルバロイド》の頭上に影が映る。

 

「俺は手札の《グレート・モス》を捨て、その攻撃力2600分! 《極戦機王(きょくせんきおう)ヴァルバロイド》の攻撃力を下げるぜ!!」

 

 その影の正体は巨大な芋虫に羽と6本の足が生えた姿の蛾のモンスター、《グレート・モス》。

 

「これで《極戦機王(きょくせんきおう)ヴァルバロイド》の攻撃力は4000から1400にまでダウン!! 返り討ちだ!!」

 

その《グレート・モス》の巨体による体当たりが《極戦機王(きょくせんきおう)ヴァルバロイド》を襲う――

 

 

 

 

 

 

 

 

「カウンター罠《ギャクタン》を発動」

 

「ヒョ?」

 

「罠カードの発動を無効にし、そのカードをデッキに戻す。言った筈だ――『その手には騙されない』と」

 

 なんてことはなく、《極戦機王(きょくせんきおう)ヴァルバロイド》の頭頂部から発せられた電波により感覚を狂わされた《グレート・モス》。

 

 その《グレート・モス》の巨体は《極戦機王(きょくせんきおう)ヴァルバロイド》の横を通り過ぎ、そのまま地面にぶつかって力なく倒れる。

 

 

 当然《極戦機王(きょくせんきおう)ヴァルバロイド》の一斉掃射を遮るものはない為、その攻撃はインセクト軍団諸共、羽蛾を焼き払った。

 

 

「ヒョォェエエエエエエ!!!!」

 

羽蛾LP:3000 → → → → → 0

 

 

 

 

 

 

 

 全てが焼き払われ、黒焦げになったインセクト軍団の倒れ伏すフィールドで羽蛾は呆然と呟く。

 

「そ、そんなバカな……」

 

「約束通り、パズルカードは全て頂こう」

 

 茫然自失な羽蛾からパズルカードを回収したリシドは更に羽蛾の首根っこを掴み、言い放つ。

 

「そして、お前にも一緒に来てもらおうか」

 

 そうして羽蛾を持ち上げるリシド。

 

――末端の人間といえども何らかの情報は持っている筈。

 

 そう内心で考えつつ、リシドは頭を回す。自分たちにあまり時間が残されていないゆえに、早急にマリクと共に対策を講じなければならなかった。

 

「い、嫌だ! 離せ!」

 

 しかし羽蛾は当然暴れだす。

 

 このままでは周囲の他のグールズの一員の様にマリクに「洗脳」され、生きた屍も同然になるのだ。なまじある程度の事情を知るゆえに羽蛾は必死で抵抗する。

 

 だがオカルト課でそれなりに揉まれた羽蛾の身体能力はリシドの拘束から逃れることは出来ても、地面に尻餅をついた後が続かない。

 

 そんな羽蛾を見下ろし、脅すような口調でリシドは羽蛾を見つめる。

 

「往生際の悪いことだ。あまり暴れるようなら此方も相応の手段に訴えるが?」

 

「ヒョ、ヒョエェ!!」

 

 そのリシドの威圧に羽蛾は手足をバタバタさせながら、その場から逃れようと足掻くも、パニックに陥った羽蛾の動きは精細さがない――と言うよりも、結果的にその場から動けていない。

 

 

 羽蛾は端的に言ってピンチだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「待ってもらおうか!!」

 

 だがそんな羽蛾の窮地を救ってくれそうな声が頭上から響く。

 

 

 やがてズシンと着地した男がリシドの前に立ち塞がった。

 

 その人物は「闇」と書かれた丸い縁のない帽子を被った大柄な男。

 

 その左右の目元に黒い縦の一線が入ったメイクに如何にもな強面と大柄な体格がマッチした結果、中々に極悪そうな雰囲気である。

 

 その見上げる程の巨体は体格の良いリシドよりも大きい。

 

 

 増援の声が聞こえたときは「助けが来た!」と安心した羽蛾だったが、来た人物の人相を見て「味方とは思えない」と頬を引きつらせる羽蛾。

 

 

 しかし色々と個性的なハンターたちに追われ続けたリシドは警戒したように言葉を零す。

 

「……新手か」

 

「如何にも、我が名は『闇のプレイヤーキラー』!!」

 

 そのリシドの呟きに、大仰にその拳同士を打ち合わせ、丸太のような腕を見せつける闇のプレイヤーキラー。

 

「グールズ共よ! カードを汚す貴様らに安らかな眠りなどはない!!」

 

 そう声を張る闇のプレイヤーキラーの瞳には確かな怒りが見て取れた。

 

「ヒョッ! ヒョ~! た、助かったぁ~!!」

 

 闇のプレイヤーキラーの物言いから味方だと判断し、慌ててリシドたちから距離を取って闇のプレイヤーキラーの背後に隠れる羽蛾――その心は怯えが抜けていない。

 

 

 そんな羽蛾を歯牙にもかけずにリシドは闇のプレイヤーキラーと視線を合わせ、その実力を肌で感じ取り決断する。

 

「今度は裏の人間のようだな……しかし――悪いが今の私にお前とデュエルしている暇はない」

 

「フッ、逃がすと思うのか?」

 

 撤退の決断をしたリシドに「逃げられると思っているのなら舐められたものだ」と言わんばかりにニヤリと笑う闇のプレイヤーキラー。

 

 

 だがリシドは何としてでも今の手持ちのパズルカードをマリクの元へ届けなければならない。ゆえにゆっくりと闇のプレイヤーキラーのいる方向へ指を差しながら返す。

 

「私を追いたくば好きにするがいい。だがその時は――」

 

 そのリシドが指し示すのは闇のプレイヤーキラーではなく、その後ろに隠れる羽蛾の姿。

 

「――インセクター羽蛾。ヤツがどうなるかな?」

 

 そのリシドの言葉に傍に控えていたグールズの構成員がリシドと羽蛾を分断するように広がる動きを見せる。

 

 その姿に小さく「ヒョェ」と息を吐く羽蛾。

 

 そんな羽蛾を後方へ逃がしつつ、闇のプレイヤーキラーはデュエルディスクを構えながら言い放つ。

 

「くっ! 貴様はデュエリストとしての最低限の誇りすらないのか!!」

 

「…………何とでも言うがいい」

 

 闇のプレイヤーキラーの言葉にリシドは僅かに瞳を揺らすも、マリクの為に内心を押し殺して指示を出す。

 

「お前たち、『闇のプレイヤーキラーの相手をしろ。応じぬ場合はインセクター羽蛾を潰せ』」

 

 マリクからリシドに従う様に命令を受けているグールズの構成員たちはその一人がデュエルディスクを展開し、残りはリシドを追えぬように羽蛾へと視線を向ける。

 

 そしてリシドは足早にこの場から去っていく。 

 

 グールズの構成員を無視してリシドを追えば、羽蛾がどうなるかなど考えるまでもなく明らかだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「《闇魔界の覇王》でダイレクトアタック!! 魔・導・波!!」

 

 棘の付いた枷のような輪を首と腰に巻いた闇色の甲殻を持った紫の体表の悪魔、《闇魔界の覇王》が、どこかエイリアンを思わせる口以外存在しない顔でグールズを見据え、

 

 その両腕を合わせて掌を突き出し、そこから放たれた闇のエネルギーがグールズを呑み込んでいった。

 

グールズ構成員LP:1090 → 0

 

 

 そして最後のグールズの構成員が倒れ伏したことを確認した闇のプレイヤーキラーは周囲に目を配りつつ確認するように呟く。

 

「これで最後のようだな…………」

 

 そうして警戒を続けつつ背後の羽蛾へと向き直る闇のプレイヤーキラー。その闇のプレイヤーキラーの巨体ゆえの威圧感に羽蛾の背筋は伸びた。

 

「インセクター羽蛾と言ったな? 怪我はないか?」

 

 だが闇のプレイヤーキラーの言葉は羽蛾を心配してのもの。やがて闇のプレイヤーキラーは眼を伏せつつ言葉を続ける。

 

「……我々が不甲斐ないばかりに災難な目に遭わせてしまったようだな」

 

「い、いえ、大丈夫です! あ、ありがとうございます!」

 

 羽蛾は外見からのイメージと随分と違う闇のプレイヤーキラーの姿にただ畏まる。

 

「礼には及ばん。本来、我々『裏の人間』が仕事以外で『表の人間』を巻き込んではならない『不文律』がある」

 

 その言葉通り――

 

 闇のプレイヤーキラーからすれば「参加者に扮し、表でグールズ以外の不正を見つける業務」の羽蛾が、「裏のグールズ狩り」に「巻き込まれた」と認識している。

 

 その為、闇のプレイヤーキラーからすれば当然の行為だった――態々礼を言われることでもない程に。

 

「俺はそれに従ったまでだ」

 

 そう締めくくった闇のプレイヤーキラー。そして此方に近づく人影を視界に捉え、踵を返す。

 

「ムッ、増援と回収班が来たようだな。俺はこれで失礼させて貰おう」

 

 向かう先はリシドが立ち去った方角――そのまま追えるとは思えないが、追跡を試みるようだ。

 

「後はKCに戻ることを勧める。見たところパズルカードを失っているようだしな――次は『此方側』に巻き込まれないように気を付けることだ」

 

 そう言い残して立ち去る闇のプレイヤーキラーを見送る羽蛾。

 

 

 

 そんな羽蛾の胸中にあるのは感謝……もなくはないが、それより根強くあるのは「敗北感」だ。

 

 しかしそれは羽蛾がリシドに負けたことによるものではない。

 

「……何で……だよ……俺のデッキの方が強かった筈だろ……!!」

 

 羽蛾の脳裏に過るのは闇のプレイヤーキラーのデュエルだった。

 

 闇のプレイヤーキラーのデュエルで使われたカードはどれも半端なステータスで決して「強い」とは言い辛いカードばかりだった。

 

 純粋なモンスターのカードパワーは明らかに羽蛾に比べ、闇のプレイヤーキラーは劣っていた。これは覆せない事実である。

 

 

 だが羽蛾を下したリシドはそんな闇のプレイヤーキラーから「勝負を避ける」選択を取った。

 

 さらにリシドの命令は「この場にいたグールズ構成員の全員が闇のプレイヤーキラーを狙う」もの。

 

 つまりリシドは羽蛾が闇のプレイヤーキラーを囮に単身で追いかけて来たとしても問題ないと判断しているに等しい。

 

 それはリシドにとって羽蛾が闇のプレイヤーキラーよりも劣っているとの証明に他ならない。

 

「クソッ!! 俺は強くなったのに!! 何で誰も俺を認めない!!」

 

 羽蛾の怒りのままの声が辺りに響く。

 

 だが羽蛾は本当の意味で理解していない。

 

 強いカードを使えば簡単に勝てる程、「この世界」のデュエルはシンプルに出来てはいないことに。

 

 

 

 後に回収班のアヌビスに引っ掴まり、KCに強制送還される羽蛾にはいつもの小生意気な程の自信タップリな態度は鳴りを潜めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある童実野町の一角で海馬はコートをはためかせながら不敵に笑う。

 

「ふぅん、まさかこんなところで貴様に出会うとはな……」

 

 その海馬の見つめる先にいるのは一人のデュエリスト。それは――

 

「ペガサスに『パーフェクトデュエリスト』とまで称された男、『天馬 月行』――貴様の実力を見せて貰うとしよう……」

 

 ペガサスミニオンの一人、月行。

 

 そのデュエルの腕前はペガサスが「もはや自分には教えることがない」と手放しで賞賛する程、まさに「パーフェクト」と呼ぶに相応しい実力を備えている。

 

 しかし海馬の視線の先の月行は困り顔だった。

 

「『海馬 瀬人』…………申し訳ないですが、その申し出はお断りさせて頂きます」

 

 月行はそう言って軽く頭を下げ、踵を返すが、その月行の背中に海馬は嘲笑混じりの言葉を送る。

 

「何を言うかと思えば……デュエリストたる貴様がおめおめと尻尾を巻いて、逃げる気か?」

 

「何とでも言ってくださって構いません、今の私には優先すべき問題がありますので」

 

 そう、月行はペガサスの為に「グールズへの対処」に動いている。

 

 そしてペガサスミニオンの方針として本戦を目指す為にパズルカードを「グールズ」たちから集めなければならないのだ。

 

「――俺が『神のカード』を持っている、と言ってもか?」

 

「今、何と」

 

 だが海馬の言葉に月行の眼は鋭さを増し、膨れ上がった闘志が海馬を突き刺す。

 

「ほう、そんな顔も出来るではないか……だが貴様の質問に答えてやる義理はない」

 

 先程の温和な顔つきから一変した月行の姿に海馬は満足気に頬を吊り上げる。格別な獲物(強者)の実力を肌で感じ取れたのだから。

 

「確かめたくば――デュエルで聞き出してみるがいい!!」

 

 海馬のその言葉と共に、腕のデュエルディスクが展開される。

 

「ならばこの勝負受けさせて貰います! 私の手持ちのパズルカードは3枚!!」

 

 月行は海馬の持つ「神のカード」がグールズに奪われたものなのか、イシズから託されたものなのかを確かめねばならない。

 

 それゆえにデュエルに応じ、パズルカードを提示する。

 

「俺は4枚だ!! どうせだ! 貴様は2枚賭けるがいい、俺は3枚賭けてやろう!!」

 

 海馬の提案は明らかに自身が不利な条件だ――月行へ無理を言った為の海馬なりの誠意にも思える。

 

「つまり、このデュエルで勝った方が本戦に行くと……」

 

 海馬自身に不利を課す提案の裏を探ろうとする月行――だが存外「パズルカードが7枚あっても邪魔なだけ」といった俺様染みたものにも思えるが。

 

「その通りだ!! さぁデュエルディスクを構えるがいい!!」

 

「良いでしょう!! 貴方の『神のカード』、見せて貰いましょうか!!」

 

 海馬の提案の真意は読めなかった月行だが、ならばデュエルで聞き出せばいいとばかりにデュエルディスクを展開。

 

「 「 デュエル!! 」 」

 

 こうして「神のカード」を巡る戦いの火蓋がやっと切られた。

 

 





オベリスクの巨神兵「キタコレ!!」


~今作での闇のプレイヤーキラーの状態~
今作では決闘者の王国(デュエリストキングダム)で出番を失ったことで遊戯の罰ゲームから受ける運命から逃れることが出来た

その結果、現在も裏デュエル界でバリバリ頑張っている。


さらに――
コミック版で決闘者の王国(デュエリストキングダム)編にて
孔雀舞へ夜間にデュエルを申し出て打ち倒した際も、不埒な事はせず、紳士的に接した姿や

デュエリストも卑怯な振る舞いをせず、ペガサスからの依頼に対し職務を全うしようとした姿や

闇遊戯が《竜騎士ガイア》を《カタパルト・タートル》で射出する戦術に対して

「な……なに……! 自らのモンスターを犠牲にする気か!」とのモンスターを大切に思う心などから
(闇遊戯の戦術を否定している訳ではなく、闇のプレイヤーキラー側のポリシーの問題です)

「裏デュエル界の中では」かなり良い人ではないかと推察。

ゆえに今作では本編の様に「裏デュエル界の良心」的な存在のポジションを得た。


ちなみに――
闇遊戯の首にワイヤーの件は闇遊戯側が言い出したことなので、裏の人間としては保証書替わりに必要な処置ということで、ここは一つ(震え声)

アニメ版の火炎放射機?

闇のプレイヤーキラーは犠牲になったのさ
コミック版の闇遊戯のハッスル(トンでもないレベルの口の悪さや俺ルールなどの)行為……
その犠牲にな……(つまり遊戯側の為に闇のプレイヤーキラーが割を食った)



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第94話 エルフなんていなかった



前回のあらすじ
グレート・モス「想像していたのとは違いましたが――出番ゲットォ!!」

なお、しめやかに爆散した模様




 

 

 先攻は月行。海馬の真意を確かめるべくカードを切る。

 

「私の先攻、ドロー。まずは魔法カード《手札抹殺》を発動します。互いに手札を全て捨て、捨てた枚数分ドロー」

 

 いきなりの手札交換カードだが、その月行の瞳に動揺は見られない――誰かさんとは違うのだ。

 

「そして私はカードを3枚セットし、フィールド魔法をセット」

 

 そのまま月行のデュエルは静かな立ち上がりを見せていく。

 

「さらに魔法カード《命削りの宝札》を発動し、手札が3枚になるようにドロー。そしてモンスターを伏せ、更にカードを2枚セットしてターンエンドです」

 

 ギロチンの刃が月行の引いたカードに狙いを定めるが、こういう場合は――

 

「このエンド時に《命削りの宝札》のデメリットにより手札を全て捨てますが、今の私の手札は0です」

 

 大抵、空を切る――ギロチンの刃が日の目を見ることはあるのだろうか。

 

 

 そんな展開らしい展開をしなかった月行の酷く静かなターンに海馬は挑発気に鼻を鳴らす。

 

「ふぅん、どうした守りを固めるだけか? 『パーフェクトデュエリスト』と呼ばれた実力を見せて欲しいものだな――俺のターン! ドロー!」

 

 海馬は月行のような様子見などといった消極的な手は好まない。

 

「自分フィールドにモンスターがいない時! 魔法カード《予想 GUY(ガイ)》を発動! デッキからレベル4以下の通常モンスターを特殊召喚! 来いっ! 《アレキサンドライドラゴン》」

 

 光を反射し、仄かに青く光るアレキサンドライトの鱗を持ったドラゴンがその腕と共に翼を広げ、2足で海馬のフィールドに降り立つ。

 

《アレキサンドライドラゴン》

星4 光属性 ドラゴン族

攻2000 守 100

 

「次に、魔法カード《ワン・フォー・ワン》を発動! 手札のモンスターを1体墓地に送り、デッキからレベル1のモンスター1体を呼び寄せる!!」

 

 お馴染みの《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》の白い石のような卵が転がり、淡く光を放つ。

 

伝説の白石(ホワイト・オブ・レジェンド)

星1 光属性 ドラゴン族

攻 300 守 250

 

「ここで魔法カード《ドラゴニック・タクティクス》を使わせて貰うぞ!!」

 

 《アレキサンドライドラゴン》と《伝説の白石(ホワイト・オブ・レジェンド)》から漏れ出た光が空へと収束していき2本の光の柱を生む。

 

「俺のフィールドのドラゴン族モンスター2体をリリースし、デッキからレベル8のドラゴン族モンスターを特殊召喚する!!」

 

 その光の柱はやがて交わり、天に太陽の如き巨大な光の球体となり――

 

「《伝説の白石(ホワイト・オブ・レジェンド)》と《アレキサンドライドラゴン》をリリース!!」

 

「来ますか、海馬 瀬人の代名詞たるあのカードが!」

 

「フハハハハハッ! 降臨せよ! ブルーアイズ! ホワイトォ! ドラゴンッ!!」

 

 白き竜が光の球体を打ち破るかのように全身を広げ、天を裂くかの咆哮を上げた。

 

青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)

星8 光属性 ドラゴン族

攻3000 守2500

 

「さらに墓地に送られた《伝説の白石(ホワイト・オブ・レジェンド)》の効果でデッキから《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》を手札に!!」

 

 光の柱へと消えた《伝説の白石(ホワイト・オブ・レジェンド)》から更なる白き竜が海馬の手札へと羽ばたき、

 

「《正義の味方 カイバーマン》を通常召喚!!」

 

 橙の長髪を揺らす《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》を模したマスクを付けた、海馬とよく似た出で立ちの男が高笑いと共に現れる。

 

《正義の味方 カイバーマン》

星3 光属性 戦士族

攻 200 守 700

 

「そして《正義の味方 カイバーマン》の効果発動! 自身をリリースして手札の《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》を特殊召喚する!!」

 

 その《正義の味方 カイバーマン》は天に拳を突き上げ、その身体が光を放つ。

 

「並び立て!! 《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》!!」

 

 その光が消えた後にあるのは2体目の《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》が低空で羽ばたき、周囲に突風を起こしていた。

 

青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)

星8 光属性 ドラゴン族

攻3000 守2500

 

「バトルだ!! ブルーアイズよ! そのセットモンスターを焼き払え!! 滅びのバースト・ストリィイイイイムッ!!」

 

 1体目の《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》から放たれた白き暴虐のブレスが月行のセットモンスターを直撃。

 

 それゆえに表側になったセットモンスターは青みがかった色合いの壺。その中から除く一つ目と歯を見せて笑うのが特徴な《メタモルポット》。

 

《メタモルポット》

星2 地属性 岩石族

攻 700 守 600

 

 だが破壊の奔流に呑まれ断末魔らしき声と共に壺が中身ごと消し飛んだ。

 

「《メタモルポット》のリバース効果を発動します――互いは手札を全て捨て、その後5枚のカードをドローします」

 

 バラバラに吹き飛んだ壺のかけらが互いの手札に降り注ぎ、手札を増強していく。

 

「その5枚の伏せカードは飾りか? このまま何もせんと言うのなら、そのまま消し飛ぶがいい!! 2体目のブルーアイズでダイレクトアタックだッ!!」

 

 そんな失望を込めた海馬の言葉と共に2体目の《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》から月行に向けて滅びのブレスが放たれる。

 

「その攻撃を通す訳にはいきませんね――罠カード《カウンター・ゲート》を発動! 相手のダイレクトアタックを防ぎ、私はデッキからカードを1枚ドロー!」

 

 その滅びのブレスを遮るように青い両開きの扉が盾として立ち塞がり、ブレスから月行を守り――

 

「そして、そのカードがモンスターだったとき、そのカードを通常召喚する!! 私が引いたのは――」

 

 その扉が音を立てて開く。

 

「《ヴァイロン・プリズム》!! モンスターカードです! そのまま召喚!!」

 

 キラキラと光と共に扉からゆっくりと現れたのは白く四角いボディに金の縁が散りばめられたどこか十字架を思わせる身体の機械のようなモンスター。

 

 その十字架のような身体の両端から黒い腕が生え、白と金の手甲で覆われる。

 

《ヴァイロン・プリズム》

星4 光属性 雷族

攻1500 守1500

 

「ふぅん、この程度は防いでくるか……俺のバトルは終了だ」

 

 そう挑発気に言いながら、月行のフィールドに召喚された小柄なモンスターを海馬は注意深く観察する――海馬にとって初見のカードだったようだ。

 

「そして俺はフィールドの《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》を2枚墓地に送ることで――」

 

 2体の《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》が渦の中で混ざり合う様に、うねりながらその身を重ねていく。

 

「エクストラデッキから特殊召喚! 美麗なる双竜!! 《青眼の双爆裂龍(ブルーアイズ・ツイン・バースト・ドラゴン)》!!」

 

 混ざり合ったその姿はやがてハッキリとした輪郭を得ていき、2つ首の白き竜となる。

 

 その身体に奔る文様が淡く発光し、2つ首から上がる雄叫びは空間そのものを震わせた。

 

青眼の双爆裂龍(ブルーアイズ・ツイン・バースト・ドラゴン)

星10 光属性 ドラゴン族

攻3000 守2500

 

「更に俺は魔法カード《闇の量産工場》を発動。墓地の通常モンスター2体、《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》2体を手札に戻す」

 

 海馬の手札へと墓地から飛び立つ半透明となった《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》。

 

 しかし海馬の手札に再び《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》が補充されたが、これは新たな展開の為ではなく――

 

「ここで魔法カード《手札抹殺》を発動。互いに手札を全て捨て、同じ数だけドロー!」

 

 手札をより充実させる為のものだ。

 

「この瞬間、墓地に送られた《伝説の白石(ホワイト・オブ・レジェンド)》の効果で、デッキから最後の《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》を手札に加える!」

 

 再び《伝説の白石(ホワイト・オブ・レジェンド)》の淡い輝きが、新たな《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》を海馬の手元へ呼び寄せる。

 

「そして! 墓地の《A-アサルト・コア》! 《B-バスター・ドレイク》! 《C-クラッシュ・ワイバーン》の3体を除外して融合召喚!!」

 

 黄色い装甲のサソリ型のロボ《A-アサルト・コア》が脚部となるべくその尾を上に掲げ、

 

 紫色の装甲のプテラノドンを思わせるロボ《C-クラッシュ・ワイバーン》の頭がその《A-アサルト・コア》の尾に取り付き、

 

 そのまま《C-クラッシュ・ワイバーン》の翼が背面へと移動し、翼の付け根からミサイルタンクが顔を覗かせる

 

 緑の装甲を持つティラノサウルスのようなロボ《B-バスター・ドレイク》の身体がバラけ、頭が《A-アサルト・コア》の尾に取り付き、

 

 《B-バスター・ドレイク》の背中の2つのキャノン砲が《B-バスター・ドレイク》《C-クラッシュ・ワイバーン》の頭の隣に装着された。

 

「変形合体!! 《ABC(エービーシー)-ドラゴン・バスター》!!」

 

 音を立てて組み上がった《ABC(エービーシー)-ドラゴン・バスター》の姿は2つの頭を持ち、翼が生え、先がキャタピラとなった尾が伸びた姿。

 

 ドラゴンの名を持つが、その様相はまさにキメラである。

 

ABC(エービーシー)-ドラゴン・バスター》

星8 光属性 機械族

攻3000 守2800

 

「《ABC(エービーシー)-ドラゴン・バスター》の効果発動! 1ターンに1度! 手札を1枚捨てることで相手のカード1枚を除外する!! そのセットされたフィールド魔法を除外だ!!」

 

 《ABC(エービーシー)-ドラゴン・バスター》の2つの竜の形の頭が火を吐き、月行のセットされたフィールド魔法を焼き尽くさんと迫るが――

 

「させません! 私は手札の《エフェクト・ヴェーラー》を相手のメインフェイズに捨てることで、相手モンスター1体の効果をこのターンの終わりまで無効にします!!」

 

 水色のツインテールを伸ばす白の法衣を纏った魔法使いがその背から伸びる半透明な翼で《ABC(エービーシー)-ドラゴン・バスター》を包んでいく。

 

 すると《ABC(エービーシー)-ドラゴン・バスター》の機能は一時的に止まり、力を失う様にその2つの首は力なく下がった。

 

「くっ……俺はカードを2枚伏せて、ターンエンドだ……」

 

 

 月行の覇気が感じられぬ姿に、違和感が強まる海馬――「パーフェクトデュエリスト」と呼ばれていた筈の月行の姿が海馬にはどこか遠くに感じさせられていた。

 

 

 そんな海馬の認識を余所に月行は静かにデッキに手をかける。

 

 

「私のターン、ドロー。まずは《ヴァイロン・チャージャー》を通常召喚」

 

 ふわりと宙に漂うのは白い柱に腕が生えたようなモンスター。その柱の頂上には扇上の頭部が見て取れ、更に柱のような身体の周りには金のリングが5つ回っている。

 

《ヴァイロン・チャージャー》

星4 光属性 天使族

攻1000 守1000

 

「そして墓地の罠カード《ブレイクスルー・スキル》を除外して効果を発動! 相手フィールドのモンスター1体の効果を無効化します! 《ABC(エービーシー)-ドラゴン・バスター》の効果を無効に!」

 

 《ABC(エービーシー)-ドラゴン・バスター》の足元が崩れ、余計な動きが出来ないようにされかけるが、海馬はさらにその先を行く。

 

「除外効果を嫌ったか! だが甘い! 《ABC(エービーシー)-ドラゴン・バスター》の効果は相手ターンでも発動できる! その効果にチェーンして発動! 手札を1枚捨て、相手のカード1枚を除外!」

 

 再び《ABC(エービーシー)-ドラゴン・バスター》の2つの機械の竜の頭から炎が噴出さんと開く。

 

「雑魚に用は無い……そのセットされたフィールド魔法を今度こそ除外だ! 消えるがいい!」

 

 しかし、それらの動きに合わせカードが発動される。

 

「ならばリバースカードオープン! 罠カード《ゲットライド!》! 墓地のユニオンモンスターを自分フィールドの装備可能なモンスターに装備します!」

 

 異次元のゲートからスパークを放ちながら、黒い影が顔を覗かせる。

 

「更に《ゲットライド!》にチェーンして3枚のリバースカードオープン!! 罠カード《ゴブリンのやりくり上手》!」

 

 さらに己が計算力こそ一番と、競い合うようにそろばんを弾く3体のゴブリン。

 

「さらにチェーンして速攻魔法《非常食》をフィールドの《ゲットライド!》と3枚の《ゴブリンのやりくり上手》を墓地に送り、発動です!」

 

 3体のゴブリンのそれぞれの手には缶に入った乾パンのような《非常食》が握られている――一人のゴブリンが2つの缶を持っている為、揉めているようだ。

 

 

 ここで《非常食》によって魔法・罠が墓地に送られた為に開いた魔法・罠ゾーンに月行は新たにカードを発動させる。

 

「そして最後にチェーンして速攻魔法《禁じられた聖杯》を発動! 相手モンスターの攻撃力を400上げる代わりにモンスター効果を無効にします!」

 

 天より聖杯が《ABC(エービーシー)-ドラゴン・バスター》の頭上に現れ、

 

「さぁ、海馬 瀬人……《ABC(エービーシー)-ドラゴン・バスター》の分離効果を発動しますか?」

 

 月行の言う通り《ABC(エービーシー)-ドラゴン・バスター》には相手ターンに自身をリリースすることで、除外されている光属性・機械族のユニオンモンスター3体をフィールドに呼び戻すことが出来る。

 

 その為《禁じられた聖杯》の効果でモンスター効果を無効化される前に、フィールドを離れれば《ABC(エービーシー)-ドラゴン・バスター》の効果は無効化されない。

 

 

「ふぅん、さっさとチェーンの逆順処理でも何でもするんだな……」

 

 しかし今や《ABC(エービーシー)-ドラゴン・バスター》が除外できるのはセットされた月行のフィールド魔法1枚。

 

 ゆえにこのタイミングで《ABC(エービーシー)-ドラゴン・バスター》を分離した場合に自身のフィールドに低ステータスのモンスターが並ぶ事実を鑑みた海馬は、分離効果を使わない選択を取る。

 

「なら、チェーンの逆順処理がなされます!!」

 

 その月行の言葉を皮切りに――

 

 まず速攻魔法《禁じられた聖杯》の効果により、天に浮かぶ聖杯から赤い雫が《ABC(エービーシー)-ドラゴン・バスター》に降り注ぐ。

 

 音を立てて機能の一部が止まる《ABC(エービーシー)-ドラゴン・バスター》だが、神の雫を受けたその身には新たな力が宿っている。

 

ABC(エービーシー)-ドラゴン・バスター》

攻3000 → 3400

 

 そして速攻魔法《非常食》の効果で墓地に送った数×1000のライフ――4枚墓地に送った為、その回復量は4000。

 

 やがてゴブリンたちの手から《非常食》が飛び立ち、光の粒子となって月行のライフの糧となる。

 

月行LP:4000 → 8000

 

 次に罠カード《ゴブリンのやりくり上手》の効果で墓地の《ゴブリンのやりくり上手》の数+1枚ドローして手札を1枚戻すが、先の《非常食》の効果で3枚とも墓地に送られている。

 

 よって3人のゴブリンの必死の計算により算出されたドロー数は――

 

 4枚ドローして手札を1枚戻す効果を3度繰り返す――大量の手札が月行に舞い込んだ。

 

 最後に罠カード《ゲットライド!》の効果で――

 

「罠カード《ゲットライド!》の効果で墓地のユニオンモンスター《ヴァイロン・テセラクト》を《ヴァイロン・チャージャー》に装備!!」

 

 異次元から顔を覗かせた黒い影の正体である《ヴァイロン・テセラクト》がその黒い六角形の身体から金に輝く腕の先のかぎ爪を《ヴァイロン・チャージャー》へと伸ばす。

 

 そして《ヴァイロン・チャージャー》の柱状の身体の背面に装着された《ヴァイロン・テセラクト》。

 

「ふぅん、これで俺の《ABC(エービーシー)-ドラゴン・バスター》の攻撃力はブルーアイズをも超えた。それに引き換え、貴様は先程から低級モンスターばかり――少しは骨のあるカードを出してみたらどうだ?」

 

 大量に増えた月行の手札を眺めながら期待と挑発が入り混じった言葉を呟く海馬。

 

 そんな海馬の期待に応えるように月行はカードをデュエルディスクに力強く差し込んだ。

 

「ならお見せしますよ! 私のカードたちを! セットしておいたフィールド魔法《祝福の教会-リチューアル・チャーチ》を発動!」

 

 白一色の教会が月行の背後を彩っていく。

 

「その効果により、1ターンに1度! 墓地の魔法カードを任意の数デッキに戻し、戻した数と同じレベルの墓地の光属性・天使族モンスターを特殊召喚します」

 

 周囲に教会の鐘の音が響き――

 

「私は墓地の魔法カード《命削りの宝札》と《手札抹殺》、そして速攻魔法《非常食》の3枚をデッキに戻し――」

 

 そして3つの光が教会を照らし出し、モンスターのシルエットが月行の背後に映し出される。

 

「その数の合計は3! よってレベル3の光属性の天使族、《ヴァイロン・ステラ》を特殊召喚!!」

 

 そこから飛び出したのは星型を思わせる形をした白いモニュメント。その星型の先には金色の輪がそれぞれ浮かぶなか、その左右の先から2つの腕が伸びる。

 

《ヴァイロン・ステラ》

星3 光属性 天使族

攻1400 守 200

 

「まだまだ行きますよ! 魔法カード《トランスターン》を発動! モンスターを1体――《ヴァイロン・ステラ》を墓地に送り、そのカードと属性・種族が同じでレベルが1つ高いモンスターを1体デッキから特殊召喚します!」

 

 《ヴァイロン・ステラ》がクルクルと回転を始め、その姿を別のものへと転化させていき、新たに生まれたのは――

 

「現れろ! 《ヴァイロン・ソルジャー》!!」

 

 金色の頭を持つ白く細い身体が現れるもその身体に脚部はなく、

 

 身体から伸びる黒い腕は金色の大きな肩当てで覆われ、その黒い腕の先に延びる金色の装甲に覆われた巨大な腕を見せつけるように振るった。

 

 そして身体に取り付けられた宝玉が鈍く光る。

 

《ヴァイロン・ソルジャー》

星4 光属性 天使族

攻1700 守1000

 

「モンスターカードゾーン上から墓地へ送られた《ヴァイロン・ステラ》の効果を発動!」

 

 《ヴァイロン・ステラ》が何処からともなく現れ、再びその星型の身体をクルクルと回転させる。

 

「500ライフを払うことでこのカードを装備カードとし、自分フィールドのモンスターに装備します! 《ヴァイロン・ソルジャー》に装備!!」

 

 《ヴァイロン・ソルジャー》の身体の中心にコアの様に装着される《ヴァイロン・ステラ》。

 

月行LP:8000 → 7500

 

「ここで魔法カード《トラスト・マインド》を発動! 自分フィールドのレベル2以上のモンスター1体をリリースし、その半分以下のレベルを持つ墓地のチューナーを1体手札に戻します!」

 

 天から月行のフィールドを打ち抜くような光が放たれる。

 

「レベル4の《ヴァイロン・プリズム》をリリースし、墓地のレベル1の《エフェクト・ヴェーラー》を手札に!!」

 

 その先に打ち抜かれた《ヴァイロン・プリズム》の身体は溶けるように地面へと沈んで行き、その地面から《エフェクト・ヴェーラー》が透明な羽を広げ月行の手札に舞い戻った。

 

「ここで墓地に送られた《ヴァイロン・プリズム》の効果を発動! このカードもライフを500払うことで装備カードとなります!!」

 

 先程の地面から《ヴァイロン・プリズム》がスゥっと浮かび上がり――

 

月行LP:7500 → 7000

 

「《ヴァイロン・プリズム》を《ヴァイロン・チャージャー》に装備!!」

 

 柱のような《ヴァイロン・チャージャー》の前面に鎧の様に《ヴァイロン・プリズム》の十字架のようなボディが装着される。

 

「魔法カード《二重召喚(デュアルサモン)》を発動し、もう1度通常召喚を行います――《ヴァイロン・オーム》を召喚!」

 

 金色の盾でスケートボードのように宙を滑り、同じく金色の翼を広げる白いボディ、《ヴァイロン・オーム》が疾走する。

 

 その両腕はキャノン砲のように巨大であり、その掌にはチャージされた光が爛々と輝いていた。

 

《ヴァイロン・オーム》

星4 光属性 天使族

攻1500 守 200

 

「そして召喚に成功した《ヴァイロン・オーム》の効果! 私の墓地の装備魔法1枚を除外し、次のターンのスタンバイフェイズに手札に加えます――装備魔法《ヴァイロン・マテリアル》を除外」

 

 その両腕から放たれた光が先端に金細工が施された白い杖を異次元へと飛ばす。

 

「最後に『ヴァイロン』モンスターにのみ装備可能な装備魔法《ヴァイロン・マテリアル》を《ヴァイロン・チャージャー》に装備! それにより攻撃力が600アップ!」

 

 先程の杖と同じタイプのものが《ヴァイロン・チャージャー》の腕に収まり、所持者の力を高めていく。

 

《ヴァイロン・チャージャー》

攻1000 → 攻1600

 

「さらに《ヴァイロン・チャージャー》は自身に装備された装備魔法1枚につき私のフィールドの光属性モンスターの攻撃力を300アップさせます! 《ヴァイロン・チャージャー》に装備された装備魔法は――」

 

 《ヴァイロン・チャージャー》の瞳が点滅し、その内に眠る力を解放していく。

 

「装備魔法カード《ヴァイロン・マテリアル》に

装備カードとして扱うユニオンモンスター《ヴァイロン・テセラクト》!

自身の効果で装備カードとなった《ヴァイロン・プリズム》の3枚!」

 

 そして《ヴァイロン・チャージャー》に装備されたカードがそれぞれ光を放ち――

 

「よって私の光属性のモンスターの攻撃力は900ポイントアップ!!」

 

 やがて《ヴァイロン・チャージャー》の柱のような身体の脚部側の先端から光が灯り、月行のフィールド全体を照らしていく。

 

《ヴァイロン・チャージャー》

攻1600 → 攻2500

 

《ヴァイロン・ソルジャー》

攻1700 → 攻2600

 

《ヴァイロン・オーム》

攻1500 → 攻2400

 

 下級モンスターでしかなかった月行のサイボーグ天使たちの攻撃力はその枠組みに収まらぬ程に力が高まっている――これぞ月行のデュエルスタイル。

 

「バトルです!! 《ヴァイロン・ソルジャー》で《青眼の双爆裂龍(ブルーアイズ・ツイン・バースト・ドラゴン)》を攻撃!!」

 

 《ヴァイロン・ソルジャー》が巨大な肩当てを全面に押し出し、《青眼の双爆裂龍(ブルーアイズ・ツイン・バースト・ドラゴン)》に向けて突き進む。

 

「何を隠しているかは知らんが、返り討ちにしろ! ツインバースト!!」

 

 だが《ヴァイロン・ソルジャー》の攻撃力はパワーアップしたとはいえ2600――3000の攻撃力を持つ《青眼の双爆裂龍(ブルーアイズ・ツイン・バースト・ドラゴン)》には届かない。

 

 パーフェクトデュエリストとまで言われた月行の行動ゆえに海馬は何かあるとは思えど、カードに詳しい海馬ですら初見のカードの為、狙いが読み切れないようだ。

 

「それは無理な相談ですね! この瞬間! 《ヴァイロン・ソルジャー》の効果発動!」

 

 海馬の宣言に従い反撃のブレスを放とうとした《青眼の双爆裂龍(ブルーアイズ・ツイン・バースト・ドラゴン)》の動きが突如としてピタリと止まる。

 

「このカードが攻撃宣言した時! このカードに装備された装備カードの数まで相手モンスターの表示形式を変更できる! ツインバーストには守備表示になって貰いますよ!!」

 

 その原因は《ヴァイロン・ソルジャー》の身体に取り付けられた宝玉の光。その胸にある4つの宝玉の内、一つが爛々と光り輝く――それは己に装備されたカードの数。

 

「成程な……確かにツインバーストの守備力をお前のモンスターの攻撃力が上回っている……だが! ツインバーストは――」

 

 《青眼の双爆裂龍(ブルーアイズ・ツイン・バースト・ドラゴン)》の身体はその意に反して守備体勢を取らされ、《ヴァイロン・ソルジャー》のショルダータックルを受けて弾き飛ばされる。

 

 《青眼の双爆裂龍(ブルーアイズ・ツイン・バースト・ドラゴン)》の守備力は2500――《ヴァイロン・ソルジャー》の2600の攻撃力を下回っている為本来なら戦闘破壊される。

 

 だが《青眼の双爆裂龍(ブルーアイズ・ツイン・バースト・ドラゴン)》は――

 

 

 

「『戦闘では破壊されない』ですか?」

 

 

 

 海馬の言葉を引き継ぐように返された月行の言葉。

 

 

 そして海馬の眼前の《青眼の双爆裂龍(ブルーアイズ・ツイン・バースト・ドラゴン)》はその巨体を地に沈めて倒れ伏し、消えていく。

 

「なにっ!?」

 

「《ヴァイロン・ソルジャー》の装備カードとなっている《ヴァイロン・ステラ》の効果です」

 

 驚きを見せる海馬に月行は静かに語りだす。

 

「このカードを装備したモンスターとバトルしたモンスターをダメージステップ終了時に破壊します!」

 

 《ヴァイロン・ソルジャー》に装着された《ヴァイロン・ステラ》の天輪がキラリと光る。

 

「俺のツインバーストの効果を知っていたのか……」

 

「おかしなことを言いますね――私はI2社にてペガサス会長の夢をお手伝いさせていただく身……」

 

 海馬の呟きに月行は苦笑しつつ返す。

 

 I2社でペガサスと共に切磋琢磨する月行ならこの程度は――

 

「――その程度の知識などあって当然です。私には貴方が使うカードの傾向・戦略・戦術、その全てが手に取るように分かる」

 

 出来て当然だった。

 

 さらに月行の言う通り、I2社でカードを生み出す過程で求められるものは多い――あのペガサスとて画家としてのスキル以外も様々なスキルを高い水準で修めている。

 

 月行もペガサスに恥じぬよう、己の力を高め続けてきた。

 

 更にペガサスに送られた「パーフェクト」との評価を「完了」との意味に捉えてしまう程の足掻きに足掻けど抜けど抜け出せなかった停滞感を味わった日々が、月行に確かな糧となって活かされている。

 

「次です! 《ヴァイロン・チャージャー》で《ABC(エービーシー)-ドラゴン・バスター》を攻撃!!」

 

 《ヴァイロン・チャージャー》の手の中の杖、《ヴァイロン・マテリアル》からエネルギーが迸る。

 

「攻撃力が劣るにも関わらず――《ヴァイロン・プリズム》の効果か!」

 

「ご名答。貴方の予想通り装備カードとなった《ヴァイロン・プリズム》も秘められた効果を持ちます!」

 

 先程のバトルの影響ゆえに海馬の理解は早い。月行は言葉を続ける。

 

「装備モンスターがバトルする際に、その攻撃力をダメージステップの間、1000上げる効果が!」

 

 そして《ヴァイロン・チャージャー》の装甲となった《ヴァイロン・プリズム》からエネルギーが迸り、更なる力の奔流が生まれていく。

 

 やがて《ヴァイロン・チャージャー》は《ヴァイロン・プリズム》の効果を受け、一時的に攻撃力を3500まで上げ、そこから放たれたエネルギーの奔流が《ABC(エービーシー)-ドラゴン・バスター》を呑み込み破壊しつくしていった。

 

「チィッ!!」

 

海馬LP:4000 → 3900

 

 僅か100ポイントのダメージだが海馬にはそれ以上の屈辱感に襲われる。

 

 しかし月行の攻勢は此処からだった。

 

「更にこの瞬間! 《ヴァイロン・チャージャー》に装備されたユニオン《ヴァイロン・テセラクト》の効果を発動!」

 

 《ヴァイロン・チャージャー》の背後に静かに装着されていた《ヴァイロン・テセラクト》が起動する。

 

「《ヴァイロン・テセラクト》を装備したモンスターが相手モンスターを破壊した時、自身の墓地からレベル4以下の『ヴァイロン』モンスターを1体特殊召喚します!」

 

 《ヴァイロン・テセラクト》の細長い腕が地面へと溶け込み、新たな仲間を引っ張り出す。

 

「スタンドアップ! 《ヴァイロン・ヴァンガード》!」

 

 《ヴァイロン・テセラクト》に引っ張り上げられたのはどこか《ヴァイロン・ソルジャー》に似たモンスター。

 

 しかしその腕は《ヴァイロン・ソルジャー》の様な巨大さはなく、どこかフットワークの軽そうなボディだ。

 

 その《ヴァイロン・ヴァンガード》は《ヴァイロン・チャージャー》から発される力を受け、自身の力を高める。

 

《ヴァイロン・ヴァンガード》

星4 光属性 天使族

攻1400 守1000

攻2300

 

「《ヴァイロン・ヴァンガード》でダイレクトアタックです!!」

 

 腕を振りかぶり海馬へと迫る《ヴァイロン・ヴァンガード》。

 

「それは通さん! 永続罠《蘇りし魂》を発動! 俺の墓地の通常モンスター1体を守備表示で蘇生する! 舞い戻れ! 《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》!!」

 

 しかしその海馬を守るように《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》が飛び立ち、その翼を盾のように身構えた。

 

青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)

星8 光属性 ドラゴン族

攻3000 守2500

 

「さすがにすんなり通してはくれませんか……」

 

 そんな言葉を零しつつ《ヴァイロン・ヴァンガード》へ攻撃のキャンセルを命じる月行。

 

「ならバトルを終了し、カードを1枚伏せてターンエンドです」

 

 

 海馬の最上級の攻撃力を持ちつつ、厄介な効果を持つモンスターを苦も無く処理した月行。

 

 

 その事実に海馬はデュエリストとしての昂りを覚え、遊戯を打ち倒すべく己が力量を引き上げる絶好の獲物だと笑う。

 

 

「俺のターン! ドロー!!」

 

――感じるぞ! あのカードの脈動が!

 

 ドローしたカードは海馬が目にせずとも感じられる強大な力――そのカードが何たるかなど海馬には分かり切っていた。

 

 ゆえに準備に入る。

 

「まず墓地の魔法カード《ギャラクシー・サイクロン》を除外し、フィールドの表側の魔法・罠カードを破壊する! ユニオンモンスター《ヴァイロン・テセラクト》を破壊!!」

 

 白い銀河の大渦の引力が《ヴァイロン・チャージャー》に装備された《ヴァイロン・テセラクト》を引きはがし、その黒いボディは大渦に呑み込まれて行く。

 

 これでユニオンモンスター特有の身代わり効果はなくなった。

 

「次に魔法カード《アドバンスドロー》を発動! 俺のフィールドのレベル8以上のモンスター、ブルーアイズをリリースし、2枚ドロー!!」

 

 その身を光の粒子と変え、海馬の手札の新たな可能性へとバトンを繋ぐ《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》。

 

「魔法カード《マジック・プランター》を発動! 永続罠の《蘇りし魂》を墓地に送り、2枚ドローだ!!」

 

 海馬のフィールドの最後のカードが地面へと沈んでいき、これにて海馬のフィールドのカードはセットカードが1枚のみ――だがその手札は潤沢なまでに整えられた。

 

「2枚目の魔法カード《予想 GUY(ガイ)》を発動! 効果は貴様も知ってのとおりだ! 来いっ! 《 X(エックス)-ヘッド・キャノン》!」

 

 空になった海馬のモンスターゾーンに放電を奔らせながら現れた《X-ヘッド・キャノン》は、ヤル気を漲らせるように両肩のキャノン砲を構える。

 

《X-ヘッド・キャノン》

星4 光属性 機械族

攻1800 守1500

 

「そしてリバースカードオープン! 罠カード《スクランブル・ユニオン》! その効果により除外された光属性・機械族のユニオンモンスターを3体まで呼び戻す!」

 

 上空から異次元のゲートが開き――

 

「異次元の彼方より帰還せよ!! 《A-アサルト・コア》! 《B-バスター・ドレイク》! 《C-クラッシュ・ワイバーン》!!」

 

 そこから降り立つ黄色いサソリロボこと《A-アサルト・コア》が尾の先の砲台を振り上げ、

 

《A-アサルト・コア》

星4 光属性 機械族

攻1900 守 200

 

 脚部の発達した中型のドラゴン型のロボ《B-バスター・ドレイク》が背中のキャノン砲の照準を敵に向け、

 

《B-バスター・ドレイク》

星4 光属性 機械族

攻1500 守1800

 

 紫のプテラノドン型のロボこと《C-クラッシュ・ワイバーン》が翼を広げつつ、ミサイルポッドを構え、

 

《C-クラッシュ・ワイバーン》

星4 光属性 機械族

攻1200 守2000

 

 これにて贄が揃った。

 

 そして海馬は瞳を閉じる。

 

 

 このカードはバトルシティでは呼び出す機会に恵まれなかったカード。

 

 

 双六とのデュエルはあくまで《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》を示す一戦だった。

 

 レベッカとのデュエルはレベッカの実力があと一歩足りなかった。

 

 

――だが貴様ならば、潰れはしまい!

 

 その内心の雄叫びと共に力強く目を見開く海馬。

 

「貴様に神を見せてやろう!!」

 

 海馬は天へと腕を掲げ――

 

「《A-アサルト・コア》! 《B-バスター・ドレイク》! 《C-クラッシュ・ワイバーン》の3体のモンスターを生贄に(リリース)――」

 

 その指し示した先に3体のモンスターが光と消え、巨大な蒼き光の柱が海馬の背に降り立つ。

 

「極上の獲物だ! 存分に暴れるがいい!!」

 

 蒼き光の柱を吹き飛ばし、現れた三幻神が一角、蒼き破壊神。

 

「――『オベリスクの巨神兵』!!」

 

 その蒼き巨神の巨大さは全てのモンスターを見下ろし、絶対者としての威光を示すかのように地を揺らすような雄叫びを上げる。

 

『オベリスクの巨神兵』

星10 神属性 幻神獣族

攻4000 守4000

 

「これが……神……」

 

「嘆ずるがいい! 称えるがいい! 誇るがいい! 神の力を受けるに値する貴様の力を!!」

 

 月行の呟きに海馬は天へと届かんばかりの賛辞を贈る――『オベリスクの巨神兵』を使うに値すると。

 

 そして神の贄にされた3体のモンスターが墓地より、神にその身を捧げるかのようにその力を示す。

 

「ここで墓地に送られた《C-クラッシュ・ワイバーン》の効果で手札のユニオンモンスター、《Y-ドラゴン・ヘッド》を特殊召喚!!」

 

 紫色のプテラノドンのようなロボ、《C-クラッシュ・ワイバーン》が赤いドラゴンのようなロボ、《Y-ドラゴン・ヘッド》と並走するように飛び、海馬のフィールドへと案内し、

 

《Y-ドラゴン・ヘッド》

星4 光属性 機械族

攻1500 守1600

 

「更に同じく墓地に送られた《B-バスター・ドレイク》の効果でデッキからユニオンモンスター、《Z-メタル・キャタピラー》を手札に加え!!」

 

 緑の脚部が発達したドラゴン型のロボ、《B-バスター・ドレイク》が黄色いどこか蟹を思わせる戦車、《Z-メタル・キャタピラー》と並走し、海馬の手札へと導き、

 

「最後に墓地に送られた《A-アサルト・コア》の効果で自身以外の墓地のユニオンモンスター、《C-クラッシュ・ワイバーン》を手札に戻す!!」

 

 黄色いサソリ型のロボ、《A-アサルト・コア》の尾で投げ飛ばされた《C-クラッシュ・ワイバーン》も海馬の手札へと戻っていった。

 

「そして速攻魔法《魔力の泉》を発動! 貴様のフィールドの表側魔法・罠カードの数だけドローし、俺の表側魔法・罠のカードの数だけ手札を捨てる!」

 

 月行のフィールドには装備魔法が3枚とフィールド魔法が1枚。

 

 一方の海馬のフィールドは《魔力の泉》のみ、よって――

 

「よって4枚ドローし。手札を1枚捨てる!! これで次のターンの終わりまで貴様の魔法・罠カードは破壊されず、発動と効果を無効化されん……」

 

 手札を潤し、《Z-メタル・キャタピラー》を墓地に送る海馬はその程度の耐性などくれてやるとばかりにニヤリと笑う。

 

「だがこれでその事実も無意味となる! 『オベリスクの巨神兵』の効果を発動ォ! 2体の贄を捧げることで発揮される真の力を見るがいい!! ソウルエナジーMAX!!」

 

 《X-ヘッド・キャノン》と《Y-ドラゴン・ヘッド》が『オベリスクの巨神兵』の左右の手に中に収まり、神の更なる力となって神の拳を蒼く光り輝かせる。

 

「そして貴様のフィールドのモンスターを全て破壊! さらに4000ポイントのダメージを与える!! ゴッド・ハンド・インパクトォオオオ!!」

 

 『オベリスクの巨神兵』の破壊の拳が月行のフィールドの4体のサイボーグ天使たちに迫る。

 

「させません! その効果にチェーンして墓地の罠カード《ダメージ・ダイエット》を除外し効果発動! このターン私が受ける効果ダメージを半分にします!」

 

 だが月行は想定内とでも言わんばかりにカードを発動し、うっすらとバリアが神の力の前に現れ、

 

「さらにチェーンして、罠カード《力の集約》を発動! フィールドの全ての装備カードを選択したモンスターに装備させます!」

 

 《ヴァイロン・チャージャー》と《ヴァイロン・ソルジャー》がそれぞれ装備されたカードを振りかぶり、急ぎで他のモンスターに投げつける。

 

「私のフィールドの3枚の装備カードを《ヴァイロン・ヴァンガード》に装備!」

 

 その先にいたのは《ヴァイロン・ヴァンガード》――3枚の装備カードがその身体に装着されていく。

 

「無駄だ! 神の一撃は止めることなど出来ん!!」

 

 そしてこれで何も怖くないと、神の攻撃の前に飛び出す《ヴァイロン・ヴァンガード》だったが、神の一撃を止められる訳もなく、4体のヴァイロンたちと共に消し飛ばされた。

 

「ぐぅううッ!!」

 

 しかし《ダメージ・ダイエット》の効果によりその効果ダメージは半減される。

 

月行LP:7000 → 5000

 

 そのお陰か月行のライフには神の攻撃を受けきれるだけの余力、ライフが残る。

 

 さらに『オベリスクの巨神兵』の効果による一撃で焼け野原となった月行のフィールド。だが残ったものもあった。

 

「ですがカード効果で破壊された《ヴァイロン・ヴァンガード》の効果が発動します! それにより自身に装備されていた装備カードの数だけドローできる! 3枚のカードをドロー!」

 

 消し飛ばされた《ヴァイロン・ヴァンガード》の光の残滓が月行の手札を潤し、

 

「さらにフィールドから墓地に送られた装備魔法《ヴァイロン・マテリアル》の効果! デッキから『ヴァイロン』魔法カードを1枚手札に加えます――装備魔法《ヴァイロン・コンポーネント》を手札に!」

 

 『ヴァイロン』装備魔法特有のサーチ効果が、常に補給を途絶えさせない。

 

「ふぅん、手札を増やしたか……」

 

 月行の初期手札を優に超えた手札の多さに海馬は挑発気に笑う――神の一撃を前に、これだけの手を打てた月行の実力は海馬としても想定外に喜ばしいものだった。

 

「だがこれで邪魔はなくなった! バトル! オベリスクよ!! 奴に力とは何かを教えてやれェ!! ゴォッドォ! ハンドォ! クラッシャァアアア!!!」

 

 海馬の言葉に背を押され、『オベリスクの巨神兵』の拳がゆっくりと振り上げられる。

 

 しかし月行もただ座して神の一撃を眺めることなどしない。

 

「それはどうでしょうか――相手のダイレクトアタック時に私は墓地の《クリアクリボー》の効果を発動!」

 

 遊戯の窮地を何度も救ってきた「クリボー」たちの一人《クリアクリボー》がパカリと半分に分かれ、月行のフィールドに新たなモンスターを呼び寄せる。

 

「カードをドローし、それがモンスターだったとき! そのカードを特殊召喚してバトルさせます!」

 

「ふぅん! 何を呼ぼうとも『オベリスクの巨神兵』の餌食になるだけだ!」

 

 海馬の言う通り『オベリスクの巨神兵』の攻撃力は4000――召喚制限のないモンスターの中では比肩しうるものがいないレベルの数値だ。

 

「残念ですが、そうはいきません! 更に墓地の《超電磁タートル》の効果を発動! 墓地のこのカードを除外することでバトルフェイズを強制終了させます!」

 

 《超電磁タートル》が『オベリスクの巨神兵』の顔に飛来し、視界を奪われたゆえに振り上げられた拳は空を切る。

 

「これはあくまで『バトルフェイズ』に影響を及ぼすカード――ゆえに神と言えど止めることは出来ない!!」

 

「くっ! 神への対策カードか……」

 

 その後、鬱陶しそうに『オベリスクの巨神兵』は自身の顔に張り付いた《超電磁タートル》を引きはがし、握りつぶす。

 

「これで《クリアクリボー》の効果でモンスターを呼んでも問題はありません! 引いたカードはモンスターカード! 《ヴァイロン・ステラ》!!」

 

 2体目の《ヴァイロン・ステラ》が『オベリスクの巨神兵』を挑発するかのようにその星型のボディをクルクルと回す。

 

《ヴァイロン・ステラ》

星3 光属性 天使族

攻1400 守 200

 

「防いだか……ならば俺はバトルを終了し、永続魔法《前線基地》を発動! この効果で手札のユニオンモンスターを特殊召喚! 来いっ! 《C-クラッシュ・ワイバーン》!!」

 

 紫色のプテラノドン型のロボ、《C-クラッシュ・ワイバーン》が翼を丸め『オベリスクの巨神兵』にかしずくように頭を垂れる――守備表示で特殊召喚されたようだ。

 

《C-クラッシュ・ワイバーン》

星4 光属性 機械族

攻1200 守2000

 

「カードを2枚セットし、ターンエンドだ! さぁ、神の前に貴様はどう立ち向かう!!」

 

 

 神を超えてみろと言わんばかりの挑発気な海馬の言葉に月行は何も返さない。

 

 

 『オベリスクの巨神兵』の前であっても何も変わらずいつものようにデッキに手をかける。

 

 

「私のターン! ドロー!! このターンのスタンバイフェイズに《ヴァイロン・オーム》の効果で除外されていた装備魔法《ヴァイロン・マテリアル》を手札に加えます」

 

 天から『ヴァイロン』の杖、《ヴァイロン・マテリアル》が月行の元にゆっくりと降りていく。

 

「再び魔法カード《トランスターン》を発動! 《ヴァイロン・ステラ》を墓地に送り、属性と種族が同じでレベルが1つ高いモンスターを1体デッキから特殊召喚します!」

 

 《ヴァイロン・ステラ》が再びその身を高めていき、その身を更なる力への呼び水と化す。

 

「――来なさい! 《ヴァイロン・ハプト》!!」

 

 白い十字架を思わせるボディに金色の羽を背に、同じく左右の手に装備された金色の幅の広い手甲をかち合わせる《ヴァイロン・ハプト》が現れる。

 

《ヴァイロン・ハプト》

星4 光属性 天使族

攻1800 守 800

 

「墓地に送られた《ヴァイロン・ステラ》の効果でライフを500払い《ヴァイロン・ハプト》の装備カードに!」

 

 《ヴァイロン・ハプト》の右の手甲部分に装着された《ヴァイロン・ステラ》。

 

月行LP:5000 → 4500

 

「此処で《ヴァイロン・ハプト》の効果を発動! 装備カード扱いの『ヴァイロン』モンスター1体を特殊召喚します! 《ヴァイロン・ステラ》をコール!」

 

 しかしすぐさま《ヴァイロン・ハプト》の手甲から《ヴァイロン・ステラ》は射出され、星型の身体を乱回転させながら、空中で静止する。

 

 その《ヴァイロン・ステラ》は目を回したのか、身体をふら付かせていた。

 

《ヴァイロン・ステラ》

星3 光属性 天使族

攻1400 守 200

 

「この効果で特殊召喚されたカードはフィールドを離れた際に除外されます――が些細な問題です! 《ヴァイロン・ハプト》と《ヴァイロン・ステラ》をリリースし、アドバンス召喚!!」

 

 2体の天使たちが光の柱となって天を穿つ。その天から降り立つのは――

 

 

「サイボーグ天使が最上位! 《エンジェル O7(オーセブン)》!!」

 

 

 巨大な十字架のような白い機械的な天使が6つの白い帯のような腕をユラリと揺らし、頭上の天使の輪が光り輝く。

 

《エンジェル O7(オーセブン)

星7 光属性 天使族

攻2500 守1500

 

「それが貴様のエースといった所か……」

 

「ええ、このカードこそ私のフェイバリットカードです――貴方のブルーアイズのようにね」

 

 海馬の呟きに頬を緩めつつ返す月行だったが、その顔は直ぐに引き締められる。

 

「ですがまだ終わりではありません! 此処で発動済みのフィールド魔法《祝福の教会-リチューアル・チャーチ》の効果を発動!」

 

 《祝福の教会-リチューアル・チャーチ》が淡く発光する。

 

「墓地の魔法カード《トランスターン》2枚と、速攻魔法《禁じられた聖杯》に装備魔法《ヴァイロン・マテリアル》の合計4枚をデッキに戻し――」

 

 そして再び教会の祝福の鐘の音色が響き渡り――

 

「その数と同じレベルの光属性・天使族――《ヴァイロン・チャージャー》を墓地より蘇生!!」

 

 その祝福を受け、再び舞い戻る《ヴァイロン・チャージャー》。

 

 そして再起動するかのように、その柱状の身体の周囲を回る金色のリングがゆっくりと回り始める。

 

《ヴァイロン・チャージャー》

星4 光属性 天使族

攻1000 守1000

 

「《ヴァイロン・チャージャー》に装備魔法《ヴァイロン・マテリアル》と《ヴァイロン・コンポーネント》の2枚を装備!これにより攻撃力が600上がり、守備モンスターを攻撃した際、貫通ダメージを与えることができます!!」

 

 先端の金細工が眩しい白い杖、《ヴァイロン・マテリアル》と、

 

 鋭利な棘が2つ全面に突き出している白いリング《ヴァイロン・コンポーネント》が《ヴァイロン・チャージャー》の左右の手にそれぞれ装備される。

 

《ヴァイロン・チャージャー》

攻1000 → 攻1600

 

「更に《ヴァイロン・チャージャー》の効果で自身の装備カードの数×300、私の光属性のモンスターの攻撃力がアップ!!」

 

 そして《ヴァイロン・チャージャー》から光が放たれ、月行のモンスターたちが更に力を高める。

 

《ヴァイロン・チャージャー》

攻1600 → 攻2200

 

《エンジェル O7(オーセブン)

攻2500 → 攻3100

 

「最後に装備魔法を《エンジェル O7(オーセブン)》に装備し、バトルで――」

 

「待って貰おうか! 貴様のメインフェイズに罠カード《戦線復帰》を発動! 墓地のモンスター1体を守備表示で特殊召喚する! 戻ってこい! 《B-バスター・ドレイク》!」

 

 月行のバトルフェイズの宣言を遮るように発動された罠カードの効果により海馬のフィールドに《B-バスター・ドレイク》が走りきて、守備表示となってその身を伏せる。

 

《B-バスター・ドレイク》

星4 光属性 機械族

攻1500 守1800

 

「フハハハハハハハハハ! これで俺のフィールドに2体の贄が揃った! この意味が分からぬ貴様ではあるまい!!」

 

 『オベリスクの巨神兵』の効果は互いのメインフェイズに発動できるもの――ゆえに相手ターンであっても、その破壊の一撃の脅威に晒されるのだ。

 

 そして海馬の宣言を受け、『オベリスクの巨神兵』が動き出す。

 

「貴様のメインフェイズ終了時に効果を発動! 2体の贄を捧げ、再びその力を解放せよ! ソウルエナジーMAX!!」

 

 

 

 かに思えた。

 

 

 

 《エンジェル O7(オーセブン)》の頭上に浮かぶ天使の輪から光輪が広がって行き、フィールド全体を包み込む。

 

「これは一体……!?」

 

 その光景に不審がる海馬へと月行は静かに返す。

 

「無駄です、海馬 瀬人――私のフィールドのアドバンス召喚された《エンジェル O7(オーセブン)》が存在する限り、互いにモンスター効果を発動することは出来ません」

 

「ふぅん、それこそ無駄だ! 『オベリスクの巨神兵』は『神』以外のあらゆる効果を受けず、自身の効果も無効化されん!!」

 

 月行の言葉に神の絶対的な耐性の存在を明かすが――

 

「少し違いますね――《エンジェル O7(オーセブン)》はモンスター効果を『無効化』しているのではなく、『発動できない』状態にしているだけです」

 

 月行の言う通り、そもそもの前提が違う。

 

 それを示す様に《エンジェル O7(オーセブン)》から広がった光輪が2体の贄に手を伸ばす『オベリスクの巨神兵』を縛りつける。

 

「これはモンスターを封じる効果ではありません! ゆえに神のカードといえども、その影響からは逃れられない!!」

 

 その月行の言葉と共に《エンジェル O7(オーセブン)》の力は強まり『オベリスクの巨神兵』の力を封じていく。

 

 

 

 

 だが空気が震える程の雄叫びが響き渡った。

 

 

 そしてガラスの割れるような音と共に『オベリスクの巨神兵』は怒りに満ちた雄叫びを上げながら《エンジェル O7(オーセブン)》の光輪による拘束を砕き、2体の贄をその手に掴む。

 

「これは……」

 

「フハハハハハッ! 貴様のご自慢のカードでもオベリスクの力を止めるには至らなかったようだな!!」

 

 拘束から解放された『オベリスクの巨神兵』は赤い瞳を怒りで染めながら2体の贄である《B-バスター・ドレイク》と《C-クラッシュ・ワイバーン》の力を奪っていく。

 

「さぁ! オベリスクよ!! 神を封じられるなどと驕った愚か者に鉄槌をくれてやれ!! ゴッド・ハンド・インパクトォオオオ!!」

 

 そして怒りのままに『オベリスクの巨神兵』の破壊の拳が振るわれ、両の手から発された破壊の奔流が《ヴァイロン・チャージャー》と《エンジェル O7(オーセブン)》を呑み込み、巨大な爆炎を上げた。

 

「これで貴様のサイボーグ天使どもは全滅! そして4000のダメージを受け、貴様のライフは僅かに1000残すだけだ!!」

 

 『オベリスクの巨神兵』の一撃により爆炎を上げる月行のフィールドを眺めながら鼻を鳴らす海馬。

 

 

 

 

 

 

 しかし爆炎が道を開くように2つに割れ、そこから2()()()サイボーグ天使たちが進み出た。

 

「なんだと!?」

 

 海馬の驚愕に見開かれた眼を余所に月行は想定外だったと言葉を零す。

 

「さすがは神のカード……私の《エンジェル O7(オーセブン)》を以てしても止められないとは……」

 

「何故だ!? オベリスクの効果は確かに発動した筈!!」

 

「ええ、貴方の言う通り『オベリスクの巨神兵』の効果は確かに私のフィールドに届いています」

 

 そう海馬の言う通り確かに『オベリスクの巨神兵』の一撃は月行のカードを吹き飛ばしていた――神の力を止められてはいなかった事実は揺るがない。

 

「ですが破壊したのが『私のフィールドのモンスターではなかった』だけで」

 

「何を言っている……」

 

 訝しむ海馬に月行は手をかかげながら返す。

 

「墓地の儀式魔法《機械天使の儀式》を除外することで、私の光属性モンスターが破壊されるとき身代わりに出来ます」

 

 月行のフィールドをよく見ると砕けた祭壇の破片のようなものが見受けられる。

 

「まさか!?」

 

「そう、『オベリスクの巨神兵』が破壊したのは儀式魔法《機械天使の儀式》だけです!」

 

 海馬にも覚えのある効果――《復活の福音》と同系統の力である。

 

「これは神への影響は全くない効果……ただオベリスクの一撃が別のカードを破壊しただけだ!!」

 

 神の一撃により月行がモンスターを守り切った訳は理解できた海馬だが、まだ解せないことがあった。

 

「だがサイボーグ天使どもを守ろうとも、オベリスクの効果で貴様は4000のダメージを受ける筈だ!!」

 

 そう、如何に『オベリスクの巨神兵』の一撃をモンスターが躱しても、その際の効果ダメージは躱せないのだ。

 

「其方は手札の《ハネワタ》の効果を使わせて貰いました――このカードは手札から捨てることで、このターンに私が受ける効果ダメージを0にします」

 

 しかしこれも月行にとっては問題ではなかった――別のカードで躱せばいいだけだと言わんばかりだ。

 

 それを示すかのように卵色の毛玉に小さな触覚の生えた愛らしい姿の天使、《ハネワタ》が小さな羽を自慢げにパタパタ動かす。

 

「オベリスクの効果が『効果ダメージ』であることは前のターンに《ダメージ・ダイエット》で確認済みです」

 

 月行の全てを見逃さぬ覚悟の籠った言葉と共に『オベリスクの巨神兵』と向かい合う様に佇む《エンジェル O7(オーセブン)》。

 

 三幻神の一角たる『オベリスクの巨神兵』を前にしても《エンジェル O7(オーセブン)》に、そして月行に恐れなどありはしない。

 

「こんな……ことが……」

 

呆然と呟いた海馬の月行は力強く返す。

 

「確かに『オベリスクの巨神兵』は強力無比なカードです。ですが『カード』である以上、世界の法則(ルール)の壁を超えることは出来ない。如何にそれが――」

 

 そして月行は神、『オベリスクの巨神兵』を見据えた。

 

 

 

「――『神』であっても!!」

 

 

 

 

 まさに「神封じ」の戦術に海馬は一瞬言葉を失うも、すぐに立ち直る。その戦術には大きな穴があると。

 

「それが貴様の神への策と言う訳か……だが何の解決にもなってはいないな! 次の俺のターン、再びオベリスクの効果が貴様を襲う! いつまでも躱し続けられると思うな!!」

 

 海馬の言う通り『オベリスクの巨神兵』の効果が止められない以上、月行は「全体破壊」と「効果ダメージ」を躱し続けなければ勝機はない。

 

 だがそれらを躱す為に手札を使い過ぎれば、攻めに回す余力がなくなってしまう。

 

「それはどうでしょうね! バトルです!! 《エンジェル O7(オーセブン)》で『オベリスクの巨神兵』を攻撃!!」

 

 そんな海馬の余裕に溢れた言葉も意に介さず月行は宣言する――突き進むのだと。

 

「神に臆することなく攻撃してくるか!!」

 

 《エンジェル O7(オーセブン)》の頭上の天使の輪にエネルギーが蓄積され、白き光が輝いていく。

 

「行けっ! 《エンジェル O7(オーセブン)》! エンジェル・ビームバスター!!」

 

「ならば返り討ちにしろオベリスク! ゴォッドォ! ハンドォ! クラッシャァアアア!!!」

 

 《エンジェル O7(オーセブン)》から放たれた白銀のビームと『オベリスクの巨神兵』の拳がぶつかり合い、その余波が周囲に突風となって荒れ狂う。

 

 

 ジリジリと押し戻されていく《エンジェル O7(オーセブン)》のビーム。

 

 やがて《エンジェル O7(オーセブン)》のビームが霧散し、『オベリスクの巨神兵』の拳が《エンジェル O7(オーセブン)》の身体を打ち据える。

 

 ピシリ、ピシリとひび割れる音が聞こえ始め――

 

 《エンジェル O7(オーセブン)》に装備された()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そして周囲の視界を覆うほどの蒼い極光が放たれ、その膨大なエネルギーによって互いが弾かれる。

 

 

 

 その蒼き極光が収まった先には――

 

 

 

 その胸に大穴が開いた『オベリスクの巨神兵』の姿。やがて破壊の神の身体は力尽きるように崩れていく。

 

「バ、バカな……オベリスクが……」

 

海馬LP:3900 → 3800

 

 呆然と呟く海馬に月行はそのタネを明かすかのように語り始める。

 

「バトル前に《エンジェル O7(オーセブン)》に装備した装備魔法《月鏡の盾》の効果を使わせて貰いました」

 

 崩れ落ちた『オベリスクの巨神兵』とは違い《エンジェル O7(オーセブン)》の身体に損傷などない。

 

「このカードを装備したモンスターが相手のモンスターとバトルする際にダメージ計算時のみ――」

 

 そしてその《エンジェル O7(オーセブン)》の身体の中央には砕けた跡など無い()()()()()()()()()()()()()()()――《月鏡の盾》が装着されている。

 

「その相手のモンスターの攻撃力・守備力のどちらか高い方の数値の+100ポイントの攻撃力を装備モンスターが得ます」

 

 装備魔法《月鏡の盾》の説明を終えた月行。

 

 その説明の通り《エンジェル O7(オーセブン)》に装備された《月鏡の盾》の効果で『オベリスクの巨神兵』の攻撃力4000に+100した攻撃力を《エンジェル O7(オーセブン)》は得ていたのだ。

 

 しかしあくまで「ダメージ計算時の間」ゆえに、今の《エンジェル O7(オーセブン)》の攻撃力は元に戻っている。

 

《エンジェル O7(オーセブン)

攻3100 → 攻4100 → 攻撃3100

 

「この《月鏡の盾》の効果もあくまで攻撃力を『参照』するだけ、神のカードに直接作用する訳ではありません」

 

 その言葉通り『神のカード』に直接作用していない為、無効化されることはない。

 

「まさか神のカードをこれ程までに熟知しているとは……」

 

「何を驚いているのですか、海馬 瀬人」

 

 思わずそう呟いた海馬に月行は心外だと言わんばかりに返す。

 

「グールズが神のカードを奪った事実がある以上、当然『神』と対峙することは分かり切っている」

 

 三幻神はどれも強力な効果を持つカード――ゆえにあらゆる可能性を考え、対策を立てるのは当然の帰結。

 

「ゆえに私は――いえ、私たち(ペガサスミニオン)はそれ相応の準備をしてきているのですよ」

 

 その言葉通り、ペガサスミニオンたちはそれぞれのデュエルスタイルの中で神を攻略する数多の策を用意しているのだ。

 

 一つや二つ通じなかった程度で手詰まりになる筈がない。

 

 そして月行は海馬へと視線を送る。

 

「貴方が神の力を振るうというのなら、私はその全てを討ち果たすまでです」

 

 神を討つ準備は出来ているのだと示す様に。

 

 






遊戯王Rでの月行のデッキは「天使族のエルフたちを装備カードで補助するデッキ」ですが
OCGには天使族エルフが殆どいなかった……ので


《エンジェル O7(オーセブン)》は「サイボーグ天使」とのこと + 装備ビート

= 『ヴァイロン』ってサイボーグっぽい + 『ヴァイロン』装備カード

の方程式が組み込むことで

今作の月行デッキは――
「サイボーグ天使's ヴァイロン O7(オーセブン)デッキ」になりました
(なおシンクロなしバージョン)


《エンジェル O7(オーセブン)》のアドバンス召喚のタイミングをミスると
エライことになるデッキです(目そらし)

「愛(装備魔法)」でカバーしましょう(`・ω・´)キリッ



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第95話 それぞれの答え



前回のあらすじ
オベリスクの巨神兵「喰らうがいい!! ゴッド・ハンド・クラッシャァアアア!!」

エンジェル O7(オーセブン)「《機械天使の儀式》ガード!!」

機械天使の儀式「自分はところてんの方で――グハァアアアァアアア!!」




 

 

 神を失いガラ空きになった海馬を指差し《ヴァイロン・チャージャー》に命を出す月行。

 

「これで貴方のフィールドはガラ空きです! 《ヴァイロン・チャージャー》でダイレクトアタック!!」

 

 《ヴァイロン・チャージャー》の杖と《ヴァイロン・オーム》の腕から海馬に向けて光弾が放たれた。

 

「させんわ! 罠カード《カウンター・ゲート》! 相手のダイレクトアタックを1度だけ無効にし、カードをドロー! そのカードがモンスターならそのまま召喚する!」

 

 がその光弾は突如現れた扉に阻まれる。そしてその扉が開くが――

 

「ドロー! くっ……モンスターではなかったか……」

 

 その先には誰もいない。

 

「私はカードを1枚伏せて、ターンエンド」

 

 神のカードを攻略した月行だが、特に感情も見せずにターンを終えた――この程度は当然だと言わんばかりだ。

 

 しかし一方の海馬の受けた衝撃は大きい。絶対的な力を持つ『オベリスクの巨神兵』を打ち破られたのだから。

 

「クククク……」

 

 しかし、海馬は笑う。

 

「フフフ……ハハハ……ワーハッハッハッハー!!!!」

 

 狂ったように笑う海馬――だがKCではよく見かける光景。つまり通常運転である。

 

「そうだ! これこそが俺の求めていたものだ!!」

 

 海馬の瞳はもはや正気とは思えぬ程に鋭さを増していくが、そこには理性の輝きがしっかりと残っていた。

 

「――俺は貴様を倒し、更なる高みへと昇る!!」

 

 その高みの先に遊戯がいるのだと言外に示す様な言葉と共に拳を握った海馬は流れるようにデッキに手をかけ、カードを引き抜く。

 

「俺のターン! ドロー!!」

 

 神を失ったことなど感じさせぬような力強さでデュエルを続行する海馬。

 

「まず速攻魔法《サイクロン》を発動! その効果により装備魔法《月鏡の盾》を破壊する!!」

 

 渦巻く青い竜巻に《エンジェル O7(オーセブン)》の身体の中央に光る《月鏡の盾》が呑み込まれていく。

 

 しかし月は沈むことはあれど、消えはしない。

 

「ですが! フィールドで装備魔法《月鏡の盾》が墓地に送られたとき、500ライフを払いデッキの一番上か下に戻す効果が発動します! 《月鏡の盾》をデッキの一番下に!」

 

 月行のライフを糧に、月の魔力を秘めた鏡は再びフィールドという名の天に昇るべく沈んで行く。

 

月行LP:4500 → 4000

 

「貴様に先のターンを与える気などないわ! 墓地の魔法カード《シャッフル・リボーン》を除外し効果発動! フィールドのカード1枚――永続魔法《前線基地》をデッキに戻し、新たに1枚ドロー!」

 

 ユニオンたちの憩いの場が消えていく。

 

「そして俺は2枚目の魔法カード《闇の量産工場》を発動! 墓地の通常モンスター、《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》を2体手札に戻す!!」

 

 海馬の気迫に引き寄せられるように手札に飛翔する2枚の《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》。

 

「更に3枚目の《闇の量産工場》を発動! 墓地の通常モンスター、《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》と《X-ヘッド・キャノン》を手札に戻す!」

 

 そして3枚目の《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》も《X-ヘッド・キャノン》と共に海馬の手札へと舞い戻った。

 

「最後に2枚目の速攻魔法《魔力の泉》を発動! 貴様のフィールドの表側の魔法・罠は装備カードが2枚とフィールド魔法の計3枚! そして俺は《魔力の泉》のみ! よって3枚ドローして、手札を1枚捨てる!」

 

 しかし《X-ヘッド・キャノン》だけ、《魔力の泉》にボチャンと落ちる――手札を最適なものにすべく必要な犠牲である。

 

 

 その甲斐あって海馬の手札には《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》が3体と、必要なピースが揃った。

 

「魔法カード《融合》を発動! ブルーアイズよ! 今こそ一つとなれ!!」

 

 その海馬の宣言と共に手札の3枚の《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》が一つとなって究極の力を呼び覚まし、その波動が空気を震わせる。

 

「融合召喚!! ブルーアイズ・アルティメットドラゴン!!」

 

 美しき3つ首の白き竜が大翼を広げ、その咆哮が天を裂く。

 

 その圧倒的な力――攻撃力は『オベリスクの巨神兵』をも上回る4500ポイント。絶対的な数値だ。

 

青眼の究極竜(ブルーアイズ・アルティメットドラゴン)

星12 光属性 ドラゴン族

攻4500 守3800

 

「バトルだッ! アルティメットよ! 《ヴァイロン・チャージャー》を消し飛ばせ! アルティメット・バァァアアアストォ!!」

 

 海馬の昂りに呼応するかのように《青眼の究極竜(ブルーアイズ・アルティメットドラゴン)》の3つの首から滅びのブレスが輝き、やがて放たれる。

 

 

 その強力な白きブレスに《ヴァイロン・チャージャー》は消し飛ばされていき、その余波が月行を襲うが――

 

「その攻撃をそのまま受ける訳にはいきませんね! リバーストラップ発動! 罠カード《パワー・ウォール》!!」」

 

 3つ首から放たれた滅びのブレスの前に幾枚ものカードが盾として立ち塞がり、月行を守る。

 

「相手の攻撃によって私がダメージを受けるダメージ計算時に、そのダメージが0になるように500ダメージにつきデッキから1枚のカードを墓地に送ります!」

 

 《青眼の究極竜(ブルーアイズ・アルティメットドラゴン)》の攻撃力4500に対し、《ヴァイロン・チャージャー》の攻撃力は2200。その為――

 

「この戦闘で発生するダメージは2300! よってデッキから5枚のカードを墓地に!!」

 

 やがて滅びのブレスに対峙していた5枚のカードが月行の墓地へと落ちていく。

 

「さらに《ヴァイロン・チャージャー》と共に墓地に送られた装備魔法《ヴァイロン・マテリアル》と《ヴァイロン・コンポーネント》の効果により、デッキから『ヴァイロン』魔法カードを手札に加えます!」

 

 しかしヴァイロンの力が途切れることはない――その想いの籠った武具は新たな力を引き寄せ、後の仲間のヴァイロンたちに託される。

 

 やがて月行の手札に光が灯るが、それを余所に内心で眉をひそめる。

 

――攻撃の際に相手の魔法・罠の発動を封じる《ヴァイロン・フィラメント》をサーチしたいところですが、先の《パワー・ウォール》の効果で墓地に送られてしまいましたか……ならば!

 

「それぞれの効果で装備魔法《ヴァイロン・マテリアル》と同じく装備魔法《ヴァイロン・セグメント》をサーチ!!」

 

 その月行の宣言と共に天から飛来したヴァイロンの盾とリングがその手に収まり、次の主を待つ。

 

「だが貴様の《ヴァイロン・チャージャー》が破壊されたことで、効果による全体強化も消える!!」

 

 その海馬の言葉と共に月行の《エンジェル O7(オーセブン)》から光が煙のように抜けていく。

 

《エンジェル O7(オーセブン)

攻3100 → 攻2500

 

 しかし、まだ海馬の攻めの手は途切れない。

 

「さらに速攻魔法《融合解除》を発動し、アルティメットの融合を解除!!」

 

 《青眼の究極竜(ブルーアイズ・アルティメットドラゴン)》の3つの首が三方向に飛び出す様に向き――

 

「その身を元の姿へと戻すがいい! 3体のブルーアイズよ!!」

 

 3体の白き竜の姿に別れ――否、戻り、逃げ道を塞ぐように2体が左右に陣取り、月行の正面の1体が大口を開ける。

 

青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》×3

星8 光属性 ドラゴン族

攻3000 守2500

 

「3体のブルーアイズで貴様の相棒ごと奴に止めをさせ! ブルーアイズ!! 滅びのバースト・ストリーム! 三・連・打ァ!!」

 

 3体の《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》から放たれた滅びのブレスに――

 

 《エンジェル O7(オーセブン)》が頭上の天使の輪からビームを打ち込むも僅かに勢いを削ぐに終わり、やがてぶつかり合いの拮抗が崩れ、その身を散らし――

 

月行LP:4000 → 3500

 

「これで終わりだァ!!」

 

 残った2体の《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》の滅びのブレスが月行を襲った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かに思われた。

 

 突如展開された光の障壁が滅びのブレスを弾き、月行の背後で滅びのブレスが着弾したことで爆炎が上がる。

 

「なにっ!?」

 

 驚く海馬の視線の先にいる光の障壁で月行を守ったのは、矢じりのような身体を持つ白い装甲を固めた大天使。

 

 その足元は白きローブで覆われ、装甲に埋められた黄金の球体から障壁の元となる光を放っている。

 

《テュアラティン》

星8 光属性 天使族

攻2800 守2500

 

「私は《テュアラティン》の効果を発動させて貰いました」

 

 突如として現れた最上級モンスターに警戒を見せる海馬に月行は動じぬ精神で返す。

 

「このカードは相手のバトルフェイズ開始時に私のフィールドにモンスターが2体以上存在し、そのモンスターが1度のバトルフェイズに戦闘で全て破壊されたとき、手札から呼び出すことができます」

 

 同胞の死をトリガーに舞い降りる大天使。

 

 その《テュアラティン》から放たれる暖かな聖なる光は互いのフィールド全域を照らしている。

 

「だがソイツの攻撃力は2800! ブルーアイズの敵ではないわ!!」

 

 そう言いながら《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》に攻撃続行を命じる海馬だが、月行は言葉を挟む。

 

「それだけではありません――この効果で特殊召喚された《テュアラティン》は属性を一つ宣言することが出来ます」

 

「属性だと?」

 

 この《テュアラティン》も《エンジェル O7(オーセブン)》と同じく、神殺しの大天使が一柱。

 

「そしてフィールドに存在する宣言した属性のモンスターを全て破壊し、このカードが存在する限り、相手はその属性のモンスターを召喚、特殊召喚することは出来ません」

 

「成程な、その効果で『神属性』を宣言すれば、神のカードと言えども呼びだすことは叶わん訳か……だが今の貴様にその選択は出来まい」

 

 月行の説明に理解を示した海馬の言う通り《テュアラティン》の効果で特殊召喚され、「神属性」が宣言された場合は如何に神のカードと言えども呼び出すことは叶わない。

 

 裏側守備表示でのセットは可能だが、裏側守備表示ではカードの効果はまず適用されない――ゆえにそれは神の力を捨てるに等しい。

 

 

 しかし、今現在《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》の脅威に晒されている月行が神属性を選択しても、さしたる意味はない。

 

「そうですね――私は『光属性』を選ばせて貰います」

 

 その月行の言葉に《テュアラティン》はフィールドの己を含めた「光属性」を滅殺せんと破壊的なまでの裁きの光を放つ。

 

 

 光の奔流にかき消される「光属性」の《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》。

 

 その白き竜の身体は白き光に塗りつぶされていく。

 

「させん! 俺は墓地の魔法カード《復活の福音》を除外することでドラゴン族モンスターを破壊から守る!! ブルーアイズはやらせん!!」

 

 しかし3体の《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》の前に白き竜の石像が立ちはだかり盾となった。

 

 やがて《テュアラティン》から放たれる光が収まっていく。

 

 

 だが《テュアラティン》の一撃を防ぎ切り海馬のフィールドでそれぞれ雄々しく翼を広げる3体の《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》。

 

 白き竜は倒れてはいない。

 

「そして《テュアラティン》も光属性! よって貴様のフィールドに俺のブルーアイズの攻撃を遮るモンスターはいない!!」

 

 海馬の言う通り《テュアラティン》の「光属性」を消し去る力は当然「光属性」のモンスターである《テュアラティン》をも滅ぼす力。

 

 

 ゆえに「光属性」を主体としたデッキを使う月行のモンスターもただでは済まない。

 

 しかし月行はフッと小さく笑う。

 

「忘れてはいませんか、海馬 瀬人……私にも《復活の福音》と同じ効果を持つカードがあることを!」

 

 月行は海馬にある種のシンパシーを感じていた――海馬も《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》を主軸に添えた「光属性」のデッキの使い手。

 

 くしくも月行のカードたちと同じ属性である。

 

 

 やがて光が収まった先の月行のフィールドに炎が舞い上がる。

 

「――私も貴方と同じように儀式魔法《機械天使の儀式》を除外させて貰いました」

 

 《テュアラティン》健在。

 

 大天使に宿る聖なるオーラにて炎を吹き飛ばし、その身を晒すも身体には傷一つない。

 

「2枚目の儀式魔法《機械天使の儀式》だと!!」

 

 同じタイミングで似通った効果でエース格のモンスターを守った両者――月行がシンパシーを感じるのも頷ける状況だった。

 

「罠カード《パワー・ウォール》の効果で墓地に送られていたか……」

 

 発動タイミングから《機械天使の儀式》が墓地に送られた瞬間を把握する海馬。

 

 

 そしてフェイバリットカードである《エンジェル O7(オーセブン)》すらも囮にして《テュアラティン》の効果で海馬の《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》に最も効果的な一撃を入れるタイミングを見計らっていたのだ。

 

 神の姿に惑わされることなく。

 

 

 どんな状況でも冷静に対処し、私情に流されない月行の強さ――《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》を誇示する傾向にある海馬にはない強さだった。

 

「だが攻撃力の差は埋まらん!! ブルーアイズよ! 《テュアラティン》を破壊しろ!」

 

 しかしこの場においては《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》をこよなく愛する私情むき出しの海馬の強さが白き竜を守り切った。

 

「滅びのバースト・ストリィイイイイム!!」

 

 ゆえに一気に畳みかける海馬――如何に《テュアラティン》の効果が厄介とはいえ、戦闘で破壊してしまえば意味はない。

 

 そしてこと戦闘に、攻撃力にかけて《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》の右に出るものは早々いない。

 

 滅びのブレスの奔流が《テュアラティン》を襲う。

 

 

 その滅びのブレスの奔流に呑まれる《テュアラティン》を満足気に見届ける海馬。

 

 

 

 

 

 

 

 しかしその視界に()()()()が舞った。

 

 

 

 

 その羽は《テュアラティン》の背から()()()()()()()()()の先から虹色の輝きと共に舞う。

 

《テュアラティン》

攻2800 → 攻5800

 

 その虹色の輝きは《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》の滅びのブレスをせき止め、光の威光が白き竜を塗り潰していく。

 

 

 やがて白き竜は光の中に呑まれ、その余波が海馬に降り注ぐ。

 

「なっ! ぐぁああああああ!!」

 

海馬LP:3800 → 1000

 

「ぐぅううううッ! ――な、なにが……」

 

「ダメージ計算前に私は手札の《オネスト》を捨てて、その効果を発動させて貰いました」

 

 確かな手応えのあった《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》の一撃を覆された状況の把握に努める海馬に月行はどこまでも静かに返す。

 

「光属性モンスターがモンスターと戦闘するとき、相手モンスターの攻撃力分、私の光属性モンスターの攻撃力はアップします」

 

「……おのれ、俺のブルーアイズの力を利用するとはッ!」

 

 今までのデュエルの流れが常に月行に握られている現実がそこにある。残った2体の《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》の悲しみに暮れるような声が響く。

 

「バトルは終了だ!」

 

 ゆえに月行の思惑を超えることが出来なかった海馬は己に苛立ちつつ状況を打破する為に手札のカードを再確認する。

 

――光属性のモンスターは特殊召喚できん……

 

 しかし海馬のメインアタッカーとなるモンスターの殆どは「光属性」ゆえに、今の海馬の手札では《テュアラティン》の影響下から逃れる術はない。

 

 残った《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》の攻撃力は《テュアラティン》に勝っているとはいえ、月行がその程度で止まるなどと海馬は考えない。

 

「くっ……カードを3枚伏せてターンエンドだ……このエンド時に《シャッフル・リボーン》の効果で手札1枚を除外するが、俺の手札は既にない!!」

 

「そのエンド時に《オネスト》の効果が切れ、《テュアラティン》の攻撃力が元に戻ります」

 

 《テュアラティン》の背で虹色に輝く翼が天へと昇っていき、オーロラのような幻想的な光となって空へと消えた。

 

《テュアラティン》

攻5800 → 攻2800

 

 

 辛うじて2体の《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》と共に守りを固めた海馬。

 

 しかし、これが現在の海馬に残された一縷の望み。何故なら今の海馬の手札は0枚――次のターンも守りのカードを引ける保障などないのだから。

 

 

「なら私のターンです! ドロー!」

 

 一方の月行の手札は潤沢である。ハンドアドバンテージの差は如実に現れていた。

 

「まずは魔法カード《死者蘇生》を発動! 墓地より舞い戻れ! 《エンジェル O7(オーセブン)》!!」

 

 再び天より降臨する《エンジェル O7(オーセブン)》。だがその姿にかつてはあった神すらも封じる力は感じられない。

 

《エンジェル O7(オーセブン)

星7 光属性 天使族

攻2500 守1500

 

「此処で発動済みのフィールド魔法《祝福の教会-リチューアル・チャーチ》の効果を使わせて貰います! 墓地の装備魔法《ヴァイロン・フィラメント》2枚と、同じく装備魔法《ヴァイロン・マテリアル》、そして魔法カード《死者蘇生》をデッキに戻し――」

 

 再び教会の祝福の鐘の音色が響き渡り――

 

「その数と同じレベルの光属性・天使族――《ヴァイロン・チャージャー》を墓地より蘇生!!」

 

 祝福を受け、再び舞い戻る《ヴァイロン・チャージャー》。

 

 そして再起動するかのように、その柱状の身体の周囲を回る金色のリングがゆっくりと回り始める。

 

《ヴァイロン・チャージャー》

星4 光属性 天使族

攻1000 守1000

 

「装備魔法《ヴァイロン・マテリアル》と同じく装備魔法《ヴァイロン・セグメント》を《ヴァイロン・チャージャー》に装備! これで攻撃力が600上がり、相手のモンスター効果・罠カードの効果の対象にならない!」

 

 もはや何度目か分からぬ程に《ヴァイロン・マテリアル》の杖の柄の部分を握り、もう一方の手には中心にくぼみのある盾のような《ヴァイロン・セグメント》を構える《ヴァイロン・チャージャー》。

 

《ヴァイロン・チャージャー》

攻1000 → 攻1600

 

「更に《ヴァイロン・チャージャー》の効果で装備カードの数×300! 私の光属性のモンスターの攻撃力がアップ!! 装備カードは2枚! よって600ポイントアップ!」

 

 しかし何度打ち倒されようとも《ヴァイロン・チャージャー》は仲間に力を託し、光を託す。

 

《ヴァイロン・チャージャー》

攻1600 → 攻2200

 

《エンジェル O7(オーセブン)

攻2500 → 攻3100

 

《テュアラティン》

攻2800 → 攻3400

 

「バトルです!! 《エンジェル O7(オーセブン)》と《テュアラティン》で残った2体のブルーアイズに攻撃! そして《ヴァイロン・チャージャー》で海馬 瀬人にアタック!!」

 

 《エンジェル O7(オーセブン)》の聖なるビームが輝き、《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》を貫き、

 

 《テュアラティン》から放たれる裁きの光に最後の《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》は掻き消え、

 

 《ヴァイロン・チャージャー》の杖から光の弾が2体の大天使の攻撃の余波と共に迫る。

 

「させん! その攻撃時に罠カード《攻撃の無敵化》を発動! 俺はこのバトル中のダメージを0にする効果を選択!! 許せ、ブルーアイズ……」

 

 罠カード《攻撃の無敵化》の「バトルフェイズ中のモンスター破壊を防ぐ」効果は今の残りライフが僅かな海馬には選択できない。

 

 やがて「海馬だけに届かない」天使たちの攻撃に倒れ行く2体の《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》を海馬は沈痛な面持ちでその眼に焼き付けていた。

 

「…………ならカードを1枚伏せてターンエンドです」

 

 やがてより盤石な布陣を敷きターンを終えた月行に海馬は獰猛な笑みを浮かべる。このままでは終われないと。

 

 

 先の海馬のターンでモンスターを全て失った筈の月行。

 

 しかし《テュアラティン》での反撃を起点とし、今や己がフェイバリットカードと共にモンスターを失った事実など無かったかのように海馬を追い詰める月行の姿はまさに海馬の望むものであった。

 

 

 この先にこそ、海馬の新たなロードが続き、遊戯を打ち倒す為の――否、己が覇道を突き進むための必要なピースが得られるのだと。

 

 海馬は喉の奥がひりつくような緊張感の中、デッキに手をかける。

 

「俺のタァアアアアン!! ドロォオオオオ!!」

 

――来たか!!

 

 これにて準備は整ったと海馬は笑みを深める。

 

「俺は魔法カード《復活の福音》を発動! 墓地よりレベル7もしくは8のドラゴン族モンスターを蘇生する!! 俺が選ぶのはレベル7の――」

 

――《テュアラティン》の効果で光属性であるブルーアイズは呼べない筈……

 

 海馬の宣言にそう試案する月行――今までのデュエルで墓地に送られた中で海馬が宣言したカードはそのどれもが「光属性」。

 

 月行には海馬が呼び出そうとしているカードが読み切れない。

 

「ウイルスの頂点たる毒の王!! 《パンデミック・ドラゴン》!!」

 

 黒き汚泥の水柱が上がり、その中から顔を出したのは流線的な細長い身体を持つ黒き竜。

 

 その身体の中央には紫の巨大な爪にも見える触手らしきものが6本伸び、それらを丸め、3つの円を形作る――それはどこか危険を知らせる標識を思わせる。

 

《パンデミック・ドラゴン》

星7 闇属性 ドラゴン族

攻2500 守1000

 

――あのカードは!?

 

 窮地の海馬が呼び出したカードは月行にとっても既知のもの。

 

 《パンデミック・ドラゴン》――

 

 主のライフを糧にモンスターを弱体化させる効果を持ち、更に自身以下の攻撃力のモンスターを破壊する効果に、己が破壊されたとき全てのモンスターを弱体化させる毒を持ったドラゴン。

 

 まさに「パンデミック」と呼ぶに相応しいカードだ。

 

「させませんよ! 私はリバーストラップ《光の召集》を発動! その効果で手札を全て捨て、捨てた枚数だけ墓地の光属性のカードを手札に加えます!」

 

しかし月行に抜かりはない。

 

「私が捨てた手札は2枚! よって墓地の光属性――《エフェクト・ヴェーラー》と《オネスト》の2体を手札に回収!!」

 

 半透明な翼を持つ魔法使い、《エフェクト・ヴェーラー》に、橙のウェーブのかかった長髪に天使の翼を持つ男、《オネスト》が月行の手札に集う。

 

 その2体は全て手札からその効果を及ぼすモンスターたち。

 

「そして手札の《エフェクト・ヴェーラー》を捨て、このターンの終わりまで《パンデミック・ドラゴン》の効果を無効化します!!」

 

 その1体である白い法衣を纏う少女、《エフェクト・ヴェーラー》の半透明な翼に包まれ、《パンデミック・ドラゴン》は苦し気に呻き声を上げる。

 

「かかったな! 俺は伏せて置いた速攻魔法《エネミーコントローラー》を発動!!」

 

 だが海馬は獰猛に笑う。そんな海馬の前に現れたゲーム用の巨大なコントローラー。

 

「2つのコマンドのどちらかを入力することで《エネミーコントローラー》の力が発揮される!!」

 

 その《エネミーコントローラー》に向けて海馬は腕を横に振りつつ宣言する。

 

「左! 右! A! B!」

 

 その声に合わせてひとりでにボタンが動く《エネミーコントローラー》。

 

「このコマンドにより俺のモンスター1体をリリースすることで相手の表側モンスター1体のコントロールをターンの終わりまで得る!! 《パンデミック・ドラゴン》をリリース!!」

 

 《エネミーコントローラー》から伸びるコードが《パンデミック・ドラゴン》に繋がりコマンドの意のままに動き始め――

 

「貴様の《テュアラティン》は頂くぞ!!」

 

 《テュアラティン》に迫り、その身体をガッチリと捕まえた《パンデミック・ドラゴン》は最後の力を振り絞り海馬のフィールドに強引に引き寄せる。

 

 やがて《パンデミック・ドラゴン》の身体は溶けるように消えていった。

 

「そして前のターンにセットした魔法カード《アドバンスドロー》を発動!! フィールドのレベル8以上のモンスターをリリースし、新たに2枚のカードをドローする!!」

 

 《テュアラティン》の身体が少しずつ光の粒子となって崩れ始める。

 

「当然レベル8! 《テュアラティン》をリリースして2枚ドローする効果を使わせて貰うぞ!!」

 

 今度は《テュアラティン》は苦し気に唸りつつ、その身は光と化し、海馬はデッキに手をかける。

 

「これで《テュアラティン》の効果による制限は完全に解かれた!!」

 

 そう言葉を放つ海馬の手はデッキの上から動かない。

 

 

 《テュアラティン》による制限から解放された海馬だが、今現在手札・フィールド・ライフに至る全てが月行に分がある。

 

 

 このドローが正真正銘、最後の一手になることは自明の理――この一手で月行の思惑の全てを超えなければ海馬に光明はない。

 

「ふぅん、俺は《アドバンスドロー》の効果で2枚のカードを――」

 

 しかし海馬は怯まない。弟、モクバと共に作り上げた最強の――否、「最高」のデッキを手に、何を恐れることがあるのか、と。

 

 

「――ドロォオオオオッ!!!!」

 

 

 右腕を振り切った海馬はその手に、指先にカードの鼓動を確かに感じ取る。

 

 

――見ずとも分かる!! この2枚のカードが何なのかが!

 

「俺は今引いた魔法カード《龍の鏡(ドラゴンズ・ミラー)》を発動!!」

 

 海馬のフィールドに浮かぶ龍を模した縁の鏡、《龍の鏡(ドラゴンズ・ミラー)》が怪しい光を放つ。

 

「俺のフィールドもしくは墓地のカードを除外し、『ドラゴン族』融合モンスターを融合召喚する!!」

 

 その《龍の鏡(ドラゴンズ・ミラー)》は墓地の《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》を鏡の中に引き込み――

 

「墓地の3体のブルーアイズを再び束ね! 融合召喚!!」

 

 墓地から引き上げた3体の《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》が《龍の鏡(ドラゴンズ・ミラー)》の中で一つに混ざり合う。

 

「究極にして最強の力を見るがいい!! 現れろ!! 《青眼の究極竜(ブルーアイズ・アルティメットドラゴン)》!!」

 

 そして《龍の鏡(ドラゴンズ・ミラー)》を砕きフィールドを凱旋するのは究極の力持ちし白き三つ首の竜、《青眼の究極竜(ブルーアイズ・アルティメットドラゴン)》。

 

 その絶対的なまでの威圧感は先ほどよりも心なしか大きく感じられる。

 

青眼の究極竜(ブルーアイズ・アルティメットドラゴン)

星12 光属性 ドラゴン族

攻4500 守3800

 

「この状況で3体融合を再び繰り出してくるとは……!!」

 

 だが今の月行の手札にはバトルの際に常に相手の攻撃力を上回ることの出来る《オネスト》がいる――容易く突破できる布陣ではない。

 

「ふぅん、貴様の下らん小細工など全て吹き飛ばしてやる!! このカードでな!!」

 

 だが海馬は動じない。目指すべきライバルたる遊戯との勝負を見据える海馬に立ち止まっている暇などないのだから。

 

「俺は最後の手札! 魔法カード《アルティメット・バースト》を発動!!」

 

 海馬が最後の一手として発動したのは《青眼の究極竜(ブルーアイズ・アルティメットドラゴン)》の攻撃名と同じ名前のカード。

 

「俺のフィールドの融合召喚した《青眼の究極竜(ブルーアイズ・アルティメットドラゴン)》1体を対象とし、真の力を解放する!!」

 

 その力はまさにワンオフ――《青眼の究極竜(ブルーアイズ・アルティメットドラゴン)》の為だけのカード。

 

「これにより、このターンの俺のアルティメットは3度の攻撃が可能となり、アルティメットの攻撃の際にダメージステップ終了時まで相手は魔法・罠・モンスターの効果を発動できん!!」

 

 《青眼の究極竜(ブルーアイズ・アルティメットドラゴン)》が翼を広げ周囲に突風が吹き荒れる中で、その3つの頭から雄叫びを上げる。

 

 詰まらぬ小細工など無意味だと言わんばかりに。

 

「そう! これでアルティメットの前では全ての力が無力となる!!」

 

 その圧倒的な力の奔流は月行の身体に突き刺さる。

 

――この土壇場で《アルティメット・バースト》を引ききった……!?

 

 これでは攻撃の際に発動する《オネスト》の効果は使うことが出来ない。

 

 偶然や奇跡では片付けられない「ナニカ」が海馬の手の中にあった。

 

「バトルだ!! 貴様の相棒の天使共々消え去るがいい!!」

 

 そして海馬の宣言と共に《青眼の究極竜(ブルーアイズ・アルティメットドラゴン)》の3つの口から滅びのブレスがチャージされていき――

 

 

 

「アルティメットォ! バァァァストォオオ!!!!」

 

 

 

 その3つのブレスが発射されると共に一つに混ざり合い月行を吹き飛ばさんと迫る。

 

 《ヴァイロン・チャージャー》が《エンジェル O7(オーセブン)》と共に光の障壁を張り、主を守るべく奮闘するも、その力の差に成す術はない。

 

 

 

 だが月行は言葉を失っていた。それは絶望でもなければ、諦めでもない。

 

 そのあまりにも美しき、純粋な力の化身たる《青眼の究極竜(ブルーアイズ・アルティメットドラゴン)》の姿に。

 

 

 やがてその滅びの光が月行を呑み込むまで、唯々、月行はその白き竜の姿を見つめる――その先に己が探し求めた答え(殻を破る方法)を見出したように。

 

 

月行LP:3500 → → → 0

 

 

 






パンデミック・ドラゴン「解せぬ」


テュアラティン「百野(ももの) 真澄(ますみ)? そんな人もいた気がしますね」


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第96話 デッキはデュエリストを映す鏡



前回のあらすじ
オベリスクの巨神兵「フッ……如何な『パーフェクトデュエリスト』といえど、我が拳の前では無力よ……」

パンデミック・ドラゴン「えっ?」




 

 

 デュエルを終え、どこかスッキリとした面持ちの月行の態度に海馬はニヤリと笑う。

 

「ふぅん、貴様には感謝するぞ――これで俺は更なる高みへと到達できた」

 

「……お見事です。パズルカードとレアカードを――」

 

 そんな海馬の含みのある言葉にも、月行は探し求めていた「パーフェクト」の先を感じ取れたゆえか満足気に海馬へとカードを差し出す。

 

「貴様のデッキのカードなどいらんわ!」

 

 そんな月行の姿に面白くなさそうにパズルカード「のみ」を受け取る海馬――これではどちらが勝者なのか分からない。

 

「……助かります――それと本戦出場おめでとうございます」

 

「ふぅん、食えん男だ」

 

 そんなどこまでも素直で真っすぐな月行の姿に海馬は毒気を抜かれたかのように息を吐く。

 

 だがやられっぱなしは海馬の趣味ではない――ゆえに1枚のカードを月行に投げ渡す。

 

 そのカードを掴み取った月行の瞳は驚愕に見開かれた。

 

「これは? ……ッ! 神のカード!? 何故――」

 

 その狼狽する月行の姿に満足そうに鼻を鳴らす海馬。

 

「それが俺の持つ神のカード、『オベリスクの巨神兵』だ。イシズとかいう考古学者から預かった」

 

 どのみち海馬は月行の目的を察しつつ、協力を要請するつもりだった――神崎だけに任せておくような選択肢は海馬にはない。

 

 ゆえに『オベリスクの巨神兵』の情報を月行にキチンと公開する配慮を見せる海馬。仮に三幻神をカード化したペガサスから情報はあれど、実物を見ておいて損はないのだから。

 

「先のデュエルの神を封じるような立ち回りを見るに、貴様もグールズを追っているのだろう?」

 

 そう締めくくった海馬に月行は確認するように問いかける。正直にいって我が道を全速前進する海馬に「協力」などと言った言葉は遠く感じてしまう月行。

 

「貴方が神のカードを私に直に見せたということは、協調して頂けると取っても?」

 

「好きに受け取るがいい――俺は貴様の助けなどなくとも問題はないがな」

 

 何とも不器用な協力要請だった。もう少し素直に頼めないのだろうか? ……頼めないのだろうな。

 

「いえ、此方からお願いしたい程です」

 

 そう返す月行は海馬の姿を再度視界に収める。

 

 もっと「絶対者」的な海馬のイメージがあった月行。だが意外な部分を見たゆえなのか、月行の顔は何処か柔らかい。

 

「我々の今の方針は本戦でグールズの総帥とぶつかるつもりです――ただ私はパズルカードをかなり失ってしまったので、集めなおさなければなりませんので、失礼させて貰います」

 

 そう言って神のカードを海馬に渡し、踵を返した月行の足取りは何処か軽かった。

 

 

 そんな月行の姿にどこか苛立つかのように本戦の場所を確認しようとする海馬。

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが遠方から強大な力を放つ赤き竜の姿と咆哮、そして雷撃の轟きに海馬と月行は足が止まる。

 

「あ、あれは――」

 

 瞠目する海馬に月行はその分かり切った正体をポツリと零す。

 

「――『オシリスの天空竜』!!」

 

 そしてすぐさま2人のデュエリストは三幻神が一柱、『オシリスの天空竜』の元へと駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、すぐさま『オシリスの天空竜』の元へと駆け出した海馬と月行。

 

 そしてその2人の気配が遠ざかっていくのを感じながらリシドはその場で崩れ落ちるように腰を下ろす。

 

「『オシリスの天空竜』が召喚されたとなれば、人形……パントマイマーをマリク様が直接操り、動き出されたのか……」

 

 羽蛾から得たパズルカードによりマリクとリシドが本戦に出場する枚数を確保したリシドだったが、『オベリスクの巨神兵』の所持者と「思われる」海馬のデュエルに遭遇。

 

 その為、息を殺しつつ海馬と月行のデュエルを監視していた――『オベリスクの巨神兵』の存在が確認できれば儲けものだと。

 

「あれが……『オベリスクの巨神兵』の所持者、海馬 瀬人……そして三幻神をカード化したペガサス・J・クロフォードの後継者、天馬 月行……」

 

 そして海馬 瀬人が三幻神の一柱、『オベリスクの巨神兵』の所持者と判明したゆえに、今すぐにでもこの情報をパズルカードと共にマリクの元へと届ける必要がある。

 

「……マ、マリク様にお伝えせねば……」

 

 だがそんな己の意に反してリシドの足は動かない――否、動けない。

 

 

――神のカードを「ああ」も翻弄するデュエリストが居ようとは……

 

 

 三幻神に選ばれていない為、神のカードを扱うことの出来ないリシドにとって「神のカード」は絶対的なものである。

 

 圧倒的な力を持つ『オベリスクの巨神兵』に『オシリスの天空竜』、そしてその二柱を超えた最高位の神、『ラーの翼神竜』。

 

 

 リシドはその最高神たる『ラーの翼神竜』がある限り、マリクが負けることなどないと考えていた。

 

――彼らに……勝てるのか……?

 

 リシドのマリクへの、神のカードへの盲目的な信頼が揺らぎ、ピシリとリシドの覚悟に、心にヒビの入る音が聞こえる。

 

 リシドはしばらくその場から動くことが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だがリシドが動けなかったのは幸運だった。

 

 遥か遠く離れた建物の上から海馬と月行のデュエルを眺めていた人物がもう一人――建物の上にいる為かその黒い衣装は風にはためいている。

 

――これで『オベリスクの巨神兵』の効果は完全に割れた。神の耐性の『範囲』も知れたのは大きな収穫。

 

 そう、アクターがその超人的な視力を以て観戦していたのである――その観戦度合いはカードテキストまで読み上げる徹底振りである。

 

 ゆえに辛うじてアクターの視界の死角にいたリシドが動きを見せればマリクの元までアクターを案内する結果になっていた――後はお察しの結果が待っている。

 

 まさにリシドにとってギリギリセーフの状況。

 

 

 イシズがどこかでガッツポーズを取り、息を吐いているのは余談だ。

 

 

 そして、そんなことなどつゆとも知らぬアクターは内心で一人ごちる。

 

――しかし……このまま放っておいても、マリクは問題なく処理されるような気がするが……

 

 最後に圧倒的なデュエルを見せた海馬に、その海馬を終始翻弄していた月行。

 

 海馬の実力は既に、というより嫌というレベルで知っていたアクターだったが、月行の想定をはるかに超えた実力は未知のものだった。

 

 アクターは「どこが『完了』だよ」とため息を吐きたい程である。

 

 

 そんな風に考えるも、ビビり――もとい慎重派のアクターは万が一を考え、マリクを探しに建物の上から飛び降りる。

 

 

 『オシリスの天空竜』が召喚された以上、マリクがグールズの構成員を直接操ってデュエルさせているのは明白な為、足の止まったマリクを探し出すチャンスでもあるのだから。

 

 

 しかしあと数秒アクターが動くのが遅ければ、マリクの元へと動き出したリシドを見つけることが出来たのだが……どこまでも間の悪い男である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 此処で時間はしばし巻き戻る。

 

 エスパー絽場を相手に後味の悪い結果にやり切れぬ思いを抱いた城之内はそれをかき消すように双六に努めて明るく切り出す。

 

「そういや、爺さん――次の相手って誰なんだ? もう決まってたりすんのか?」

 

 そんな城之内のぼやくような言葉に双六は笑いつつ髭を撫でる。

 

「ホホッ! 勿論じゃ、さっき小耳に挟んだ話なんじゃが……まぁ、行ってみれば分かるぞい」

 

 エスパー絽場とのデュエルで並大抵な相手では城之内のレベルアップには繋がらない嬉しい誤算を受けた双六は「とっておき」の相手を見繕っていた。

 

 

 

 

 そしてしばらくして双六が立ち止まった個所を見渡す城之内一同。やがて代表して御伽が疑問を浮かべる。

 

「ここって……水族館だよね? バトルシティは町中が舞台だから、この手の建物の中にデュエリストはいるとは思えないけど……」

 

「ん? これは――」

 

 そんな御伽の言葉を余所に気になるものを見つける本田。それをよく見る――

 

「――何か手書きのポスターが貼ってあるぜ……何々『漁太と鯱子の愉快な水中ショー』? おい、城之内! これって!」

 

「その通り! 次の相手はあの梶木 漁太くんじゃ!! これまで以上の激戦になることは確実じゃぞ~」

 

 本田が城之内に振り向き顔を見合わせると同時に双六が指を一つ立てて「正解」だと元気よく返す。

 

 そう、次の城之内の対戦相手はあの遊戯をあと一歩のところまで追い詰めたデュエリスト「梶木 漁太」――今まで以上の激戦が予想されることは明白だ。

 

 しかしそんな前評判で憶する城之内ではない。

 

「そんなこと言われたってビビるような男、城之内様じゃねぇぜ!! さっさと行くぜ、みんな!!」

 

 そう拳を握り、ズカズカと水族館に突き進む――その強気な姿勢は不安の裏返しである。だが不安があろうとも歩みを止めない強さが城之内にはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで水族館のシャチのショーの会場までたどり着いた城之内一同。

 

 だが梶木はショーの最中ゆえに大人しく観客席に座っていたのだが――

 

「おおっ! 城之内じゃねぇか! また会ったのう!」

 

 城之内に気付いた梶木の方から声がかけられた――そんな梶木は直立で泳ぐシャチの口元の上に立っている。

 

「そっちこそ元気そうじゃねぇか! だがよぉ、大会ほっぽりだして何やってんだ?」

 

 そんな梶木を見上げながら聞き返す城之内――先に御伽も言っていた通り、バトルシティの会場は「町」である為、建物に、ましてや水族館でショーをする必要などない。

 

「なに、ちょっとわけありでな、此処のショーを手伝うことになったんじゃ」

 

 城之内の問いに鼻を擦りながら返す梶木。

 

 

 その訳は――

 

 水族館の魚を昼飯にしようとした梶木を叱った水族館のシャチのショーを担当する職員が高熱により倒れた為、梶木が急遽代理を務めていると言うものだ。

 

 水族館の魚を昼飯に、などと若干おかしな部分もあるが、天然の気が多い梶木の行動である――あまり気にしない方が良い。

 

 

「そうか! だったらこのショーが終わった後でお前にデュエルを挑むぜ!」

 

 そうデュエルの約束を取り付けようとする城之内だが、梶木は悩む素振りを見せつつ城之内の頭から爪先までをジーと眺め――

 

「オメェがワシとデュエル? ふ~む、よし! 了解じゃ!」

 

 少しの思案の後で快諾する梶木。

 

「おっ! いいのか!!」

 

決闘者の王国(デュエリストキングダム)での弱っちい頃のオメェならともかく、今のオメェならワシも楽しめそうじゃ!」

 

 梶木は如実に感じ取っていた――城之内が決闘者の王国(デュエリストキングダム)の時よりも格段にレベルアップしていることを。

 

 楽しいデュエルになりそうだと、梶木はニカッと笑う。

 

「ならショーが終わったらまた来るぜ!」

 

 デュエルの約束が取り付けられたゆえにシャチのショーをこれ以上邪魔することは出来ないと、客席に戻ろうとする城之内だったが――

 

 

「何を言っとるんじゃ! 今直ぐデュエルといくぜよ!! ついでにオメェにもデュエルでショーに協力して貰うぜよ!」

 

 そんな梶木の提案に歩を止める城之内。

 

 

 

 その梶木の言葉にシャチのショーを見に来ていた観客たちも思わぬサプライズに色めき立つ。

 

 城之内が断れそうにない雰囲気だった。

 

 

 そしてシャチがどこか寂しそうにしていたのは気のせいではあるまい――お客を取られた悔しさなど感じてはいない。いないったらいないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがてショーの舞台に上がり向かい合った城之内と梶木。そして梶木は手持ちのパズルカードを提示する。

 

「ワシが今持っとるパズルカードは4枚じゃ!」

 

「奇遇だな! 俺も4枚だ!」

 

 互いに持つパズルカードの数は同じ。

 

 パズルカードの数はデュエリストの強さにも繋がるといっても過言ではない為、梶木は自身の直感が正しかったとやる気を漲らせる。

 

「ほう、ワシの見立て通りやるようになったようじゃのう! なら互いにパズルカードを2枚賭けと行くぜよ! この勝負に勝ったヤツが本戦に出場決定じゃ!!」

 

「いいぜ、その勝負乗った!! だが梶木――お前は別にレアカードを賭けなくて良いぜ!」

 

 豪快な梶木の提案だったが、城之内は快く快諾。だが代わりにレアカードの賭け分にモノ申す。

 

「ん? 別に構わんが、何でじゃ?」

 

 梶木側にしかメリットのない提案に疑問符を浮かべる梶木――この提案では城之内が余計なリスクを背負うだけの結果しか生まない。

 

 そんな梶木を城之内は真摯に見つめ返す。

 

「俺はレアカード欲しさにこの大会に出た訳じゃねぇからな! それにカードにとっても、やっぱ全力で活躍できるとこが一番だろ?」

 

 城之内の想いに納得を見せる梶木――「この勝負を受けて良かった」と笑う。

 

 ならば梶木が返す言葉は一つだった。

 

「成程の……ならワシもオメェのレアカードはいらんぜよ!!」

 

 デュエリストとして対等な条件での勝負を願う梶木の想いが木霊する。

 

「なら行くぜ! 梶木!!」

 

「おう! 来い、城之内!!」

 

「 「 デュエル!! 」 」

 

 その互いの熱意が呼応した声に観客たちのボルテージも沸き上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 デュエルが開始されるが「来い!」といった梶木の方が先攻だった――何だか締まらない。

 

「ワシの先攻じゃ! ドロー!!」

 

 しかし梶木は気にした様子もなくデッキからカードを引き抜いた。手札は悪くない模様。

 

「よっしっ!! 早速行くぜよ!! フィールド魔法《伝説の都 アトランティス》を発動じゃい!! これでフィールドの水属性モンスターの攻撃力と守備力は200アップじゃ!!」

 

 梶木の背後に海底神殿がせり上がり、互いのデュエリストの足元に海がさざ波を打つ。

 

「なにっ!? 《海》じゃねぇのか!?」

 

「いや、《海》ぜよ!! 《伝説の都 アトランティス》はルール上《海》として扱えるんじゃ!!」

 

 決闘者の王国(デュエリストキングダム)での遊戯とのデュエルから《海》を使うとばかりに思っていたゆえに驚いた城之内だが、梶木の言う通り形は違えど《海》である。

 

「魔法カード《二重召喚(デュアルサモン)》を発動じゃい!! ワシはこのターン2回の通常召喚が行えるぜよ!!」

 

 そして新たな《海》の力が今、振るわれる。

 

「ワシはこのカードを召喚じゃ! 海の男!! 《伝説のフィッシャーマン》を通常召喚!!」

 

 (もり)を構えた戦士――否、『漁師』が緑の腰布を付けただけの文字通りの裸一貫でシャチに跨り、海の上を自在に移動する。

 

《伝説のフィッシャーマン》

星5 水属性 戦士族

攻1850 守1600

 

「なぁに!? レベル5のモンスターを召喚するにはモンスターを1体リリースしなきゃならねぇ筈!?」

 

 城之内の驚きの声の通り、《伝説のフィッシャーマン》の星の数――レベルは5。

 

 本来、モンスターを1体リリースする必要があるレベルである。だがこれこそが新たな《海》である《伝説の都 アトランティス》の力。

 

「これこそ《伝説の都 アトランティス》の隠された力ぜよ! このカードがある限り。互いの手札とフィールドの水属性モンスターのレベルは1つ下がるんじゃ!」

 

「なんだと!? ――ん? いや、待てよ……でも、その《伝説のフィッシャーマン》のレベルが5のまま……ん?」

 

 梶木の説明に納得を見せた城之内だったが、腑に落ちない点に気付き頭をガシガシとかきつつ情報を整理する――が、答えはでない。

 

「《伝説のフィッシャーマン》は海の男ぜよ!! フィールドに《海》がある時、真の力を発揮できるんじゃ!」

 

 そんな城之内に誇るように《伝説のフィッシャーマン》の効果を説明していく梶木――このカードはバトルシティへ挑む梶木に梶木の父から餞別として渡されたカードなのだから。

 

「《海》がある限り、魔法カードの効果は受けず、攻撃対象にもされないんじゃ!!」

 

 その《伝説のフィッシャーマン》の姿はどこか梶木の父の姿を思わせる。

 

「え~と……手札ではレベル4になってっけど、フィールドに出れば魔法カードの《伝説の都 アトランティス》の効果を受けなくなってレベル5に戻る、と!」

 

 梶木から《伝説のフィッシャーマン》の説明を聞き終えた城之内はレベルの増減の流れを指折り数えていき、理解を見せる。

 

「その通りじゃ!! 更にワシはコイツも召喚じゃ!!」

 

 先んじて発動された魔法カード《二重召喚(デュアルサモン)》の効果による召喚権が増えていることを表す様に海の一部からポコポコと気泡が漏れ出る。

 

「伝説の海の男の意思を継ぎ! 突き進め! 《伝説のフィッシャーマン二世》!! 《伝説の都 アトランティス》でパワーアップじゃ!!」

 

 やがて海から飛び出すのは紫の体表を持つシャチの背に乗った《伝説のフィッシャーマン》の面影を残した少年の漁師がボウガンを片手に海面をシャチに走るように泳がせる。

 

《伝説のフィッシャーマン二世》

星5 → 4

水属性 戦士族

攻2200 守1800

攻2400 守2000

 

「《伝説のフィッシャーマン二世》はフィールド・墓地では《伝説のフィッシャーマン》として扱うぜよ! まさにその海の男の生き様を継いどるんじゃ!!」

 

 《伝説のフィッシャーマン二世》 → 《伝説のフィッシャーマン》

 

 《伝説のフィッシャーマン》の隣に陣取った《伝説のフィッシャーマン二世》――その姿はどこか親子を思わせる。

 

「そいつも海の男なら《海》があれば、何かあるのか?」

 

 その姿を見た城之内がふと思った疑問に梶木は「勿論だ」と元気よく声を張る。

 

「よくぞ聞いてくれた、城之内!! 《伝説のフィッシャーマン二世》は《海》がある時、他のモンスターの効果を受けないんじゃ!!」

 

 その梶木の言葉通り『伝説のフィッシャーマン』たちは《海》の中でこそ本領を発揮する狩人たちだ。

 

「カードを1枚セットして、魔法カード《命削りの宝札》を発動じゃぁい!! 手札が3枚になるようドローするぜよ!!」

 

 《命削りの宝札》の効果で引いたカードにギロチンがかけられ――

 

「更にカードを2枚伏せて、ターンエンドじゃ! エンド時に《命削りの宝札》のデメリットで手札を全て――と言っても1枚じゃが、捨てるぜよ!!」

 

 その中の1枚のカードがギロチンの餌食となり、墓地に――海に還っていった。

 

 

 梶木のフィールドの2体の海の戦士に対峙する城之内は決闘者の王国(デュエリストキングダム)時とはかなり様変わりした梶木のデッキに興味津々だ。

 

「『海の男デッキ』って訳か! おもしろそうじゃねぇか!!」

 

 しかし城之内はどうしても見過ごせないことがあった。それは――

 

「だけどよ、その《伝説のフィッシャーマン二世》のカード……ど~も梶木、お前に似てる気がすんだけど……気のせいか?」

 

 《伝説のフィッシャーマン二世》の姿が梶木とよく似ていたことだった――偶然にしてはやけに共通点が多い気がするレベルである。

 

 そんな城之内の疑問に梶木は頭を軽くかきつつ照れるように笑う。

 

「やっぱりお前もそう思うか、城之内! ――なんでもペガサス会長が決闘者の王国(デュエリストキングダム)の時のワシのデュエルを見てインスピレーションを受けたとか何とかいう話らしいんじゃ!」

 

 決闘者の王国(デュエリストキングダム)の本戦出場者へはペガサスが厳選したカードが送られている――当然予戦を突破し、本戦に上がった梶木もその一人だ。

 

 その送られるカードの中にはペガサスが手ずからデザインしたものもある。この《伝説のフィッシャーマン二世》もその1枚だった。

 

 ただし世界に1枚のカード――と言う訳ではなく、あくまで先んじて梶木の手に送られたものに過ぎない。

 

 後に普通に一般流通するカードである。

 

 そんな裏側を知らない城之内は思わず呟く。

 

「成程な……羨ましい……」

 

 無理もない――「デュエルモンスターズ」の生みの親であるペガサスが「『一人のデュエリストの在り方』にインスピレーションを受けて作ったカード」だ。

 

 デュエリストにとっては垂涎ものの名誉である――ペガサスミニオンの一人、夜行が半狂乱になるレベルだ。I2社ではリッチーが大変だったらしい。

 

「いやいや! そんなこと思ってる場合じゃねぇ! 俺のターン! ドロー!!」

 

 しかし「今はデュエル中だ」と頭を振り、デッキからカードを引き抜く城之内。相手は遊戯を追い詰めた実力者である。

 

 半端な気持ちではすぐさま呑まれかねないのだから。

 

「最初は魔法カード《カップ・オブ・エース》を発動! コイントスを1度行って、表が出れば俺が2枚ドロー! 裏が出れば、梶木! お前が2枚ドロー出来るぜ!」

 

「城之内! お前のデッキは『ギャンブルデッキ』か! なら、その運気ってもんを見せて貰うぜよ!!」

 

「思う存分見せてやるぜ!」

 

 海の男とギャンブラーの闘いの生末を占う様にコイントス代わりに《カップ・オブ・エース》のカードがクルクルと回る――しかし海の男VSギャンブラー……字面にすると何だかおかしな対戦カードである。

 

 

 やがて《カップ・オブ・エース》の回転が止まった向きは、「正位置」――つまりコインの表扱いだ。

 

「――おっし!! 表だ!! 2枚ドロー!!」

 

 スタートダッシュを成功させた城之内はこのまま流れに乗るべく動き出す。

 

「そして魔法カード《予想GUY(ガイ)》を発動! コイツは俺のフィールドにモンスターが存在しない時! デッキからレベル4以下の通常モンスター1体を特殊召喚するぜ!」

 

 城之内のフィールドのスパークが起こり海が波打っていき――

 

「来い! 《ワイバーンの戦士》!!」

 

 そこに降り立ったのは黒い軽装備に身を包んだ緑の体表のトカゲ人間。

 

 手元のサーベルのような剣を軽やかに振り海水の飛沫を飛ばすその姿はどこか演舞にも見える。

 

《ワイバーンの戦士》

星4 地属性 獣族

攻1500 守1200

 

「次は魔法カード《ワン・フォー・ワン》を発動! 手札のモンスターを1体墓地に送って、デッキからレベル1のモンスターを呼び出すぜ! 頼むぜ! 《伝説の黒石(ブラック・オブ・レジェンド)》!!」

 

 《ワイバーンの戦士》がキャッチした黒い卵、《伝説の黒石(ブラック・オブ・レジェンド)》――その内部でドクンと大きく何かが脈動している。

 

伝説の黒石(ブラック・オブ・レジェンド)

星1 闇属性 ドラゴン族

攻 0 守 0

 

「早速、《伝説の黒石(ブラック・オブ・レジェンド)》の効果を発動だ! このカードをリリースしてデッキからレベル7以下の『レッドアイズ』モンスターを呼び出すぜ!」

 

 やがて《伝説の黒石(ブラック・オブ・レジェンド)》が砕け、空に黒い影が飛び立った。

 

「俺が呼ぶのは当然! 《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》!!」

 

 その影はご存知、城之内のエースカード、可能性の権化たる黒き竜――《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》。

 

 その竜の羽ばたきで海は大波を打ち荒れ狂う。

 

真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)

星7 闇属性 ドラゴン族

攻2400 守2000

 

「そんでもって墓地の《カーボネドン》の効果を発動だ! 墓地のコイツを除外することでデッキからレベル7以下のドラゴン族通常モンスターを守備表示で特殊召喚する!」

 

 《ワン・フォー・ワン》の際に墓地に送られていた《カーボネドン》が海に穴を開けながら飛び立ち、空で光を放つ。

 

「次はコイツだ! 《メテオ・ドラゴン》!!」

 

 やがて光の先から降り立ったのは《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》の可能性を引き出す竜、《メテオ・ドラゴン》。

 

 その隕石のような胴体は海水に着水し、プカプカ浮かんでいる。

 

《メテオ・ドラゴン》

星6 地属性 ドラゴン族

攻1800 守2000

 

「そんでもって《真紅眼の遡刻竜(レッドアイズ・トレーサードラゴン)》を通常召喚!!」

 

 機械の扉が海を割きながら現れ、その扉が開くと共に飛び立ったのは身体全体が赤く脈動する《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》よりも若干小さなレッドアイズ。

 

 その姿はまるで《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》の過去の幼少期にも見える。

 

真紅眼の遡刻竜(レッドアイズ・トレーサードラゴン)

星4 闇属性 ドラゴン族

攻1700 守1600

 

「ここで手札の《黒鋼竜(ブラックメタルドラゴン)》の効果で、自身を俺のフィールドの『レッドアイズ』モンスターに装備! 攻撃力を600アップさせる!!」

 

 鋼の身体を持った小さなドラゴン、《黒鋼竜(ブラックメタルドラゴン)》がパーツごとにバラバラになって空を舞う《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》に装着されていく。

 

 やがて《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》は鋼の鎧を纏い、より強靭な佇まいとなって咆哮を上げた。

 

真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)

攻2400 → 攻3000

 

 一気に4体のモンスターを展開した城之内は果敢に攻め込む――梶木相手に様子見するだけの余裕など城之内にはない。

 

「一気に攻め込むぜ!! バトルだ!!」

 

 鋼の鎧を纏った《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》がバチバチと放電しながらその口元にエネルギーが蓄積されていく。

 

「レッドアイズで《伝説のフィッシャーマン二世》を攻撃!! ダーク・メタル・フレア!!」

 

 その隙にと《伝説のフィッシャーマン二世》は海面からシャチに飛ぶように跳躍させ、《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》を狙うが、放たれたブレスにシャチは爆散。

 

 しかしその爆風に乗って飛んだ《伝説のフィッシャーマン二世》は眼を狙ったボウガンの矢を放つ――が《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》の鋼の鎧に弾かれる。

 

 やがて逃げ場のない空中で無防備になった《伝説のフィッシャーマン二世》は竜の尾に弾かれ、海に水柱を立てた。

 

「ぬぅうう!! じゃが、《伝説のフィッシャーマン二世》はただではやられんぜよ!!」

 

梶木LP:4000 → 3400

 

 海面から水浸しになって現れる《伝説のフィッシャーマン二世》は最後の力を振り絞り、ボウガンから伸びる縄を引き上げる。その縄の先は海の底。

 

「デッキから水属性・レベル7のカード、《海竜(リバイアドラゴン)-ダイダロス》を手札に一本釣りじゃぁ!!」

 

 やがて釣り上げられたのは鎧のような甲殻を持った青い海竜。その海竜は暴れ回りながらも梶木の手札に加わり、それを見届けた《伝説のフィッシャーマン二世》は海の中へと消えていった。

 

「そ、そのカードは!?」

 

 《海竜(リバイアドラゴン)-ダイダロス》――決闘者の王国(デュエリストキングダム)で遊戯のカードを全て破壊し、苦戦させたカード。

 

 そんな強力なカードが梶木の手に舞い込んだ事実に城之内は一瞬心が揺れるが

――

 

「……いや、後だ!」

 

 今考えても詮無き事――城之内に出来るのは今できる最善を尽くすことだけだ。

 

「確か《伝説のフィッシャーマン》は攻撃対象にされないんだったよな」

 

 《伝説のフィッシャーマン二世》が沈んだ先を見つめる《伝説のフィッシャーマン》に向けて確認するように問いかける城之内。

 

 《伝説のフィッシャーマン》はその返事代わりに海の中へと姿を隠す。

 

「だったら梶木! 他に攻撃出来るのはお前だけだ! 《ワイバーンの戦士》でダイレクトアタック!!」

 

 《ワイバーンの戦士》が軽やかに跳躍しながら身体を回転させ、梶木の頭上から剣を振り下ろす。

 

「そう易々と海を突破できると思わんことじゃ! 罠カード《戦線復帰》を発動! ワシの墓地のモンスター1体を守備表示で特殊召喚するぜよ!!」

 

 だがその剣の行く手を遮るように水柱が立ち――

 

「来いっ! 《イマイルカ》!! 《伝説の都 アトランティス》でパワーアップじゃ!!」

 

 その水柱から現れたのは何処かファンシーな小柄なイルカ。

 

 《ワイバーンの戦士》の剣を前に「ひゃー」と言わんばかりにヒレで顔を押さえる。

 

《イマイルカ》

星2 → 1

水属性 海竜族

攻1000 守1000

攻1200 守1200

 

「いつの間にそんなカードを――いや! 《命削りの宝札》の時か!?」

 

「その通りぜよ! じゃがまだワシの一手は終わっとらん! ワシのフィールドに攻撃力1500以下のモンスターが特殊召喚されたとき! コイツを発動させて貰うぜよ!!」

 

 いつの間にやら墓地に送られていた《イマイルカ》が梶木を守るべく身体を張るが――

 

「速攻魔法《地獄の暴走召喚》を発動じゃい!!」

 

 さすがに一人では心細いのかヒレで口元を押さえ、指笛ならぬヒレ笛を鳴らした《イマイルカ》。

 

「コイツの効果でその攻撃力1500以下のカード、《イマイルカ》を手札・デッキ・墓地から可能な限り特殊召喚!!」

 

 その音の合図を受け取り、海から飛び出す新たな2体の《イマイルカ》。

 

 対峙する城之内のフィールドを見て、最初の《イマイルカ》同様に「マジか」と言わんばかりにヒレで顔を押さえつつ悲鳴のような鳴き声を上げた。

 

《イマイルカ》×2

星2 → 1

水属性 海竜族

攻1000 守1000

攻1200 守1200

 

「そして城之内! お前も自分のモンスター1体を選んで同名モンスターを同じように可能な限り呼び出すんじゃ!!」

 

「俺は新しくモンスターは呼ばねぇ! っていうか呼べねぇ!! 俺のフィールドのカードはどれもデッキに1枚しか入ってねぇからな!!」

 

 折角の《地獄の暴走召喚》の効果も、今の城之内には使えない――梶木だけがメリットを得た形だ。

 

「だからそのまま《ワイバーンの剣士》で攻撃続行だ! 守備表示の《イマイルカ》をぶった切ってやれ!!」

 

 《ワイバーンの剣士》の剣に頭を押さえて衝撃に備えていた《イマイルカ》だったが、剣の腹で横殴りにされ、そのまま海面に叩きつけられプカプカ浮かぶ。

 

「じゃが相手によって破壊され、墓地に行った《イマイルカ》は波を呼ぶぜよ!」

 

 しかしただプカプカ浮かんでいる訳ではない――痛みを堪えながらも音波を発し、海を波立たせることで救援信号を送っているのだ。

 

「その効果でワシのデッキの上のカードを墓地に送り、ソイツが水属性モンスターならワシはカードを1枚ドロー出来るんじゃ!!」

 

 そして梶木のデッキの上からカードが1枚墓地に送られ――

 

「デッキの上のカードは――《フラッピィ》! 水属性じゃ! よって1枚ドロー!!」

 

 たのは紫のスライムのようなモンスター《フラッピィ》。

 

 その《フラッピィ》は《イマイルカ》を担ぎ海に沈んでいき、その後、梶木の手札に光を運びその手札を潤した。

 

「手札を増やす算段か! だが俺は怯まねぇ!! 《真紅眼の遡刻竜(レッドアイズ・トレーサードラゴン)》で攻撃表示の《イマイルカ》を攻撃!!」

 

 《真紅眼の遡刻竜(レッドアイズ・トレーサードラゴン)》の爪の一撃に悲痛な叫び声を上げる《イマイルカ》。

 

「くっ……!」

 

梶木LP:3600 → 3100

 

「破壊された《イマイルカ》の効果でデッキトップを墓地に! 『水属性』! よって1枚ドローじゃ!!」

 

 先程と同じようなやり取りと共に梶木の手札は更に潤う。

 

 

 そしてこれで城之内のフィールドの攻撃可能なモンスターはもういない。ゆえに城之内のダイレクトアタックを防ぎ切った梶木は挑発気に返す。

 

「それで終わりか! 城之内!!」

 

「まだまだに決まってんだろ! 梶木!!」

 

 しかし、城之内は攻めの手を緩めはしない――リスク覚悟でガンガン動くのが自分のスタイルなのだと。

 

「俺は手札から速攻魔法《瞬間融合》を発動して融合召喚を行うぜ!! 俺はフィールドの《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》と《メテオ・ドラゴン》を融合だ!」

 

 《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》と《メテオ・ドラゴン》が共鳴し合うかのように咆哮を上げる。

 

 そして2体のドラゴンが《瞬間融合》の渦に呑み込まれて行き――

 

「融合召喚!! 猛ろ! 《メテオ・ブラック・ドラゴン》!!」

 

 その渦から飛び出したのはレッドアイズの進化の可能性の一つ、《メテオ・ブラック・ドラゴン》。

 

 その紫の巨体から放たれた咆哮は海に大波を引き起こす程に力強い。

 

《メテオ・ブラック・ドラゴン》

星8 炎属性 ドラゴン族

攻3500 守2000

 

「攻撃力3000オーバーのドラゴンじゃとぉ!?」

 

「どんなもんよ! そんでもって墓地に送られた《黒鋼竜(ブラックメタルドラゴン)》の効果でデッキから『レッドアイズ』カードを手札に加えるぜ!!」

 

 《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》が融合素材となって墓地に送られた為、共に墓地へ行った《黒鋼竜(ブラックメタルドラゴン)》のパーツの一部が城之内の元へと運ばれる。

 

「俺は《真紅眼の鎧旋(リターン・オブ・レッドアイズ)》を手札に!!」

 

 それはレッドアイズたちの力が込められたカード――いわゆる専用サポートのカードだ――梶木は警戒するようにそのカードを見据えている。

 

「そして追撃だァ!! 《メテオ・ブラック・ドラゴン》で最後の攻撃表示の《イマイルカ》を攻撃!! バーニング・ダーク・メテオォ!!」

 

 《メテオ・ブラック・ドラゴン》から放たれる巨大な火球に《イマイルカ》は懸命にヒレを動かし水を飛ばすが、結果はお察しである。

 

 やがて《イマイルカ》の全身を炎が包み込み、悲痛な鳴き声が木霊した。

 

「これで大ダメージだぜ!!」

 

 炎が踊り狂う海面が互いの視界を奪う。しかし城之内には確かな手ごたえがあった。

 

 攻撃力3500の《メテオ・ブラック・ドラゴン》と攻撃力1200の《イマイルカ》――その戦闘で梶木が受けるダメージは2300ポイントにも及ぶ。

 

 

 初期ライフ4000の半分以上を消し飛ばす一撃だ。

 

 

 だがその荒れ狂う炎が突如として海面から飛び出した竜巻によりかき消された。

 

梶木LP:3100

 

 《メテオ・ブラック・ドラゴン》の攻撃を受けた筈の梶木のライフは1ポイントたりとも削れてはいない。

 

「なにっ!?」

 

「そう簡単に海を攻略できるとは思わんことじゃ! 城之内!!」

 

 驚きに目を見開く城之内に梶木は咆える――その程度では《海》は揺るがないと。

 

「ワシはコイツを使わせて貰ったんじゃ!! 永続罠《竜巻海流壁(トルネードウォール)》をな!!」

 

 《イマイルカ》を焼き尽くし、梶木に迫っていた《メテオ・ブラック・ドラゴン》の炎がかき消された竜巻の正体は梶木の発動した永続罠の効果。

 

「コイツの効果でワシのフィールドに《海》がある限り、ワシの受ける戦闘ダメージは0じゃ!!」

 

 その永続罠《竜巻海流壁(トルネードウォール)》はまさに梶木を守る鉄壁の城塞。だが当然デメリットもある。

 

「まぁこのカードはフィールドから《海》がなくなっちまったら、破壊されちまうがのう!!」

 

 この永続罠《竜巻海流壁(トルネードウォール)》は《海》があってこそのものだ。

 

 

 しかし城之内には解せないことがあった。

 

「な、なんでこのタイミングで?」

 

 そう、永続罠《竜巻海流壁(トルネードウォール)》で戦闘ダメージを無効化できるのであれば《伝説のフィッシャーマン二世》が攻撃された最初の戦闘時に発動しておけばダメージを0に抑えられるのだから。

 

「――いや、まさか!」

 

「そうじゃ! 儂の目的は城之内! お前の攻撃を誘うことにあったんじゃ!」

 

 だがすぐさまその訳を察する城之内。その姿に梶木も満足気だ。

 

「破壊された最後の《イマイルカ》の効果でデッキトップを墓地に! 『水属性』! よって1枚ドローじゃ!!」

 

 散っていった《イマイルカ》の想いを海がさざ波となって示し、梶木の手札を潤す。

 

 そう、梶木の狙いは城之内からの攻撃を誘い《イマイルカ》を破壊させることで手札を補充することにあったのだ。

 

「これでワシの手札は潤った! この程度のダメージは何てことないぜよ!」

 

「くっ……まんまと梶木の策に乗っちまった……だが反省するのは後だ! 今やれることをやるぜ! バトルを終了!」

 

 0枚だった梶木の手札は今や4枚――次のターンで十分に動ける数だ。

 

 相手の思惑の上だった城之内は焦りを見せるも、気持ちを切り替え手札を切る。

 

「俺は魔法カード《馬の骨の対価》を発動!! コイツで効果モンスター以外を墓地に送って2枚ドローだ!」

 

 その城之内の宣言に《ワイバーンの戦士》は膝を突き、城之内に頭を垂れる――いつでも準備は出来ている、と。

 

「《瞬間融合》で呼んだ《メテオ・ブラック・ドラゴン》はこのターンの終わりに破壊されちまうが、これで問題ねぇぜ!」

 

 しかしそんな《ワイバーンの戦士》を余所に《メテオ・ブラック・ドラゴン》が翼を丸めて城之内の背後で小さく丸まった。

 

「《メテオ・ブラック・ドラゴン》を墓地に送って2枚ドロー!!」

 

 その《メテオ・ブラック・ドラゴン》の炎のような暖かな想いが城之内に新たな手札を舞い込ませる――《ワイバーンの戦士》ィ……

 

「よしっ!! 2枚目の《馬の骨の対価》で《ワイバーンの戦士》を墓地に送って、更に2枚ドロー!」

 

 若干恥ずかし気にしていた《ワイバーンの戦士》も城之内に再度かしづき、その剣の腹を両の手で捧げるように持ち上げ、城之内へのドローと変える。

 

「カードを4枚伏せてターンエンドだ!!」

 

 モンスターの溢れていた城之内のフィールドも、今や《真紅眼の遡刻竜(レッドアイズ・トレーサードラゴン)》を残すのみ、4枚のセットカードを背に苦難に負けぬよう小さく喉を鳴らす。

 

 

 結果的に城之内のモンスターは1体まで数を減らしたが、それは逆に言えば「狙われるモンスターが減った」ことでもある。

 

 更には4枚のセットカード――厚い守りを以てして、潤沢な手札を得た梶木の攻勢に城之内は備えた。

 

 

 

 






半魚獣・フィッシャービースト「梶木のデッキは《伝説の都 アトランティス》を軸にしたもの、そして俺のレベルは『 6 』……つまりはそういうことだ」


アナシス「涙を拭くんだっちゅーの! そんでもってこっちのデッキに来いっ!」




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第97話 海の男の下に集うは猛者



前回のあらすじ
シャチ子「我が華麗なる演舞がデュエルに敗れるとは……こうなれば『デュエルが出来るシャチ』として名を馳せるしかない!!」

(ZEXALのデュエルが出来る犬)
忠吉「まずは前足でカードを引く練習ぜよ!」

(GXのデュエルが出来る猿)
SAL「ドローはこうデス!!」





 

 

 城之内の4枚のセットカードをじっと見やる梶木。

 

「守りに入ったか……じゃが! その程度の守りじゃ大自然の脅威は防げんぜよ!!」

 

 しかしその程度では梶木は止まらない。その城之内のガードを崩す手段は梶木の手札に揃っていた。

 

「ワシのターン! ドローじゃあ!! まずは魔法カード《マジック・プランター》で永続罠――《竜巻海流壁(トルネードウォール)》を墓地に送って2枚ドローじゃ!!

 

 梶木のフィールドの竜巻が収まっていく。

 

 折角の守りの要である永続罠《竜巻海流壁(トルネードウォール)》を墓地に送る梶木――その意味が分からぬ城之内ではない。

 

「此処で《竜巻海流壁(トルネードウォール)》を墓地に? まさか!!」

 

「そのまさかじゃ!! ワシは――」

 

「だったら、ちっとばかし待ってもらうぜ! 梶木!! 俺は罠カード《ギャンブル》を発動!! コイントスを1度行い裏か表かを当てる!」

 

 罠カード《ギャンブル》には「自分の手札が2枚以下で、相手の手札が6枚以上」という厳しい発動条件がある。

 

 だが、今の城之内の手札は0、そして梶木の手札はちょうど6枚――条件は満たされている。

 

「当たれば俺はデッキから手札が5枚になるようドロー! 負ければ俺の次のターンをスキップだ!!」

 

「かなりリスキーなカードじゃのう……」

 

「まぁな! だがよ、俺はお前相手にリスクなしで勝てるとは思っちゃいねぇぜ! 俺は表を選ぶ!!」

 

 厳しい発動条件に加えて「自身のターンのスキップ」という重いデメリット――しかし城之内は怯まない。ここで臆せば目指す先へは届かないのだと感覚的に理解しているゆえに。

 

 

 そして運命のコインが宙を舞う。その結果は――

 

「成功だ!! 手札が5枚になるようドロー!!」

 

 城之内の宣言と同じく表。よって城之内の手札は一気に回復する。

 

「手札を随分増やしたようじゃの……」

 

 これで仮に梶木が《海竜(リバイアドラゴン)-ダイダロス》の効果でフィールドのカードを全て破壊しても、城之内には戦況を立て直すだけの力は残る――手札が残っていればの話だが。

 

「ワシは前のターン伏せとった魔法カード《ワン・フォー・ワン》を発動じゃ! 手札のモンスターを1体捨てて、デッキからレベル1のモンスターを特殊召喚するぜよ!!」

 

 梶木のフィールドに小さな水柱が上がる。

 

「ワシはレベル1の《海皇子(かいおうじ)ネプトアビス》を特殊召喚!! 《伝説の都 アトランティス》の効果でパワーアップ!」

 

 その水柱を割り歩みでたのは海のように青い色の鎧を纏った黒い長髪の青年。その方には三又の槍を担ぎ、背からは帯のような布がいくつも揺れる。

 

海皇子(かいおうじ)ネプトアビス》

星1 水属性 海竜族

攻 800 守 0

攻1000 守 200

 

 そして《伝説のフィッシャーマン》へ向けて軽く会釈する《海皇子(かいおうじ)ネプトアビス》――海に生きるモノとしての関係性がある模様。

 

「そして効果発動じゃ!! コイツは1ターンに1度! デッキから自身以外の『海皇』モンスターを1体墓地に送って、デッキから自身以外の『海皇』カードを手札に加えるぜよ!!」

 

 《海皇子(かいおうじ)ネプトアビス》はその名の通り、「海の皇子」――つまり王族だ。ゆえに上に立つものとして自身が臣下へ指示を出す。

 

「ワシはデッキから《海皇の狙撃兵》を墓地に送り、デッキから《真海皇 トライドン》を手札に加えるぜよ!!」

 

 《海皇子(かいおうじ)ネプトアビス》が三又の槍を指示した個所から小さな海竜が梶木の手札へ飛び立って加わり、その後からボウガンを持った魚人が顔を出す。

 

「さらに水属性モンスターの効果を発動するために墓地に送られた《海皇の狙撃兵》の効果発動!! セットされた相手のカード1枚を選択して破壊じゃい!!」

 

 その海から顔を出した《海皇の狙撃兵》は城之内のセットカードへとボウガンを向け――

 

「ワシは城之内! お前から見て一番右のカードを破壊するぜよ!!」

 

 そして梶木の宣言に従い、狙いを修正して矢が放たれた。

 

「ま、まった! まった! その効果にチェーンして永続罠《真紅眼の鎧旋(リターン・オブ・レッドアイズ)》を発動!!」

 

 その矢に対して、むざむざ破壊される訳にはいかないと城之内は慌てて狙われたカードを発動させる。

 

「1ターンに1度! 俺のフィールドに『レッドアイズ』モンスターがいるとき、墓地の通常モンスター1体を特殊召喚できる!!」

 

 その言葉に城之内のフィールドの《真紅眼の遡刻竜(レッドアイズ・トレーサードラゴン)》が自身の存在を示すかのように翼を大きく広げ、雄叫びを上げる。

 

「俺のフィールドには『レッドアイズ』モンスター! 《真紅眼の遡刻竜(レッドアイズ・トレーサードラゴン)》がいる!! よって墓地の《メテオ・ドラゴン》を守備表示で特殊召喚!!」

 

 その雄叫びに呼ばれて海面から飛び出してきたのは、先程融合素材となった《メテオ・ドラゴン》。隕石から生える手足頭を引っ込め、カメの様に丸まり海に浮かぶ。

 

《メテオ・ドラゴン》

星6 地属性 ドラゴン族

攻1800 守2000

 

「…………そう慌てんでも、表側になったカードは《海皇の狙撃兵》の効果では破壊されんぜよ」

 

 あまりの城之内の慌てぶりに溜息を吐く梶木――色々城之内の実力を感じ取り、それを認めていた矢先ゆえに、その眼はどこか呆れ気味だ。

 

「なんだ、そうなのかよ……思わず焦っちまったぜ……」

 

「じゃが折角モンスターを呼んでも結局は無駄になるぜよ! ワシは墓地の《フラッピィ》の効果を発動じゃ!!」

 

 城之内の何とも言えぬ反応を梶木は振り切り、城之内の布陣を崩すべく舵を切る。

 

「……墓地と除外ゾーンの《フラッピィ》が合計3体おるとき! 墓地の《フラッピィ》の1体を除外することでワシの墓地のレベル5以上の海竜族モンスターを蘇生させるぜよ!!」

 

 梶木のフィールドに《フラッピィ》が海面にプカプカ浮かぶ――その数3体。

 

「いつの間に3枚…………ッ! 《イマイルカ》の時に!?」

 

 驚く城之内の言う通り、3枚の《イマイルカ》の効果で墓地に送られた水属性モンスターは3体とも《フラッピィ》だったようだ――剛運である。

 

「その通りじゃ!! 甦れ!! 海の神!! 《海竜(リバイアドラゴン)-ダイダロス》!! 《伝説の都 アトランティス》でパワーアップじゃ!!」

 

 《フラッピィ》を海へと還し、現れたのは《ワン・フォー・ワン》の発動時に墓地に送られていた《海竜(リバイアドラゴン)-ダイダロス》。

 

 その長大な身体をくねらせ、海面を大きく波立たせる。

 

海竜(リバイアドラゴン)-ダイダロス》

星7 → 6

水属性 海竜族

攻2600 守1500

攻2800 守1700

 

「やっぱり《竜巻海流壁(トルネードウォール)》を墓地に送ったのはコイツの効果を使うからか!!」

 

 《海竜(リバイアドラゴン)-ダイダロス》の効果は自分フィールドの《海》のカードを墓地に送ることでフィールド全てを破壊しつくす強力なもの。

 

 その際に永続罠《竜巻海流壁(トルネードウォール)》も墓地に送られるため、ドローに変換したのだと城之内は予想する。

 

「半分正解じゃ!!」

 

「半分? ま、まさか!」

 

 しかし実際の梶木の手はその先を行く――城之内も遅れてその可能性に気付いた――《海竜(リバイアドラゴン)-ダイダロス》には最終形態たる姿があることに。

 

「そう! その『まさか』ぜよ!!」

 

 その効果は遊戯とのデュエルでは発動こそされなかったが、発動されていれば遊戯と言えどもただでは済まない究極の力。

 

「《海竜(リバイアドラゴン)-ダイダロス》をリリースすることで!! 真の姿を現すぜよ!!」

 

 宙に飛び立った《海竜(リバイアドラゴン)-ダイダロス》の周囲に海の水も後に続くように舞い上がり、水の繭にくるまれる《海竜(リバイアドラゴン)-ダイダロス》。

 

「いでよ! 究極海神! 《海竜神-ネオダイダロス》!! 《伝説の都 アトランティス》でパワーアップ!!」

 

 水の繭が弾け周囲に雨を降らせながら現れたのはより長大にその姿を変異させた海の神、《海竜神-ネオダイダロス》。

 

 その2つに別れた頭で城之内を見下ろし、伸びた背ビレは海を裂く。

 

《海竜神-ネオダイダロス》

星8 → 7

水属性 海竜族

攻2900 守1600

攻3100 守1800

 

「さぁ! 海の怒り、見せてやるぜよ!! 《海竜神-ネオダイダロス》の効果発動! ワシのフィールドの《海》として扱う《伝説の都 アトランティス》を墓地に送り――」

 

 《海竜神-ネオダイダロス》の天を裂かんばかりの咆哮により《伝説の都 アトランティス》が崩れていき、更に海水も全て巻き上げられていく。

 

「――自身以外の互いの手札・フィールド上のカードを全て墓地へ送るぜよ! 全て吹き飛ばすんじゃ! アルティメット・デストラクション!!」

 

 やがて天に浮かぶ海となった大海がフィールドの全てを呑み込まんと襲い掛かった。

 

 その一撃は互いの手札まで及び、文字通り《海竜神-ネオダイダロス》以外の全てを消しさる一撃だ。

 

 

 荒れ狂う海の光景を目に焼き付けるかの如く静かに佇む《伝説のフィッシャーマン》。

 

 

 だがその必要はない。

 

「させるかよ!! 速攻魔法《禁じられた聖杯》!! モンスター1体の攻撃力をターンの終わりまで400上げる代わりに、その効果を無効にするぜ!!」

 

 天上から現れた金色の聖なる聖杯から血のように赤い雫が落ち、《海竜神-ネオダイダロス》に触れる。その変化は劇的であった。

 

「これで《海竜神-ネオダイダロス》の効果は無効!! 更に《伝説の都 アトランティス》は墓地に送られちまったぜ!!」

 

 《海竜神-ネオダイダロス》の意思の下一つになっていた海はその制御を失い崩れ、ただの濁流となって消えていく。

 

 その身に突如宿った神の雫を拒絶するかのように《海竜神-ネオダイダロス》は叫びを上げるも、抗う術はなかった。

 

《海竜神-ネオダイダロス》

星7 → 8

攻3100 守1800

攻2900 守1600

攻3300

 

「くっ……《伝説の都 アトランティス》を無駄にしちまったぜよ……」

 

 《海竜神-ネオダイダロス》の効果を発動する際に《海》のカードを墓地に送るのは「コスト」――つまり墓地に送って発動する為、《海竜神-ネオダイダロス》の効果が無効になれば《海》は戻らない。

 

 ゆえに墓地に送られた《伝説の都 アトランティス》は無為に消え、その強化も消えていく。

 

《海皇子ネプトアビス》

攻1000 守 200

攻 800 守 0

 

「コイツを止めるとはやるのう、城之内! じゃがまだ海の猛攻は終わっちゃいないぜよ!」

 

 自身の必殺の一撃が不発に終わった梶木はすぐさま別の手を打つ――海は千変万化に姿を変える大自然の脅威。その気高き力はあらゆる形を持っている。

 

「魔法カード《サルベージ》を発動! 墓地の攻撃力1500以下の水属性モンスターを2体手札に戻すぜよ! 2枚の《フラッピィ》を手札に!」

 

 梶木の手札に舞い戻る2体の《フラッピィ》――しかし《フラッピィ》は墓地にいてこそ真価を発揮するカード。つまりこの後には――

 

「そして魔法カード《手札抹殺》を発動じゃあ!! 互いに手札を全て捨てて、捨てた分だけドローじゃ!!」

 

 すぐさま墓地に送られる。しかしこれで梶木の手札は姿を変え、新たな戦術に切り替わるのだ。

 

 だが城之内の声が響く。

 

「この瞬間! 《エレクトリック・スネーク》の効果を発動! コイツが相手のカード効果で手札から墓地へ捨てられた時、俺は新たに2枚ドローする!!」

 

 その声の先にあったのは緑のコブラ。だがその細長い身体の先端の尾には電流が球体状にバチバチと放電している。

 

「そんな手を隠しとったとはの!」

 

「どんなもんよ! 墓地に送られた《エレクトリック・スネーク》は2体! よって4枚ドローだ!!」

 

 その《エレクトリック・スネーク》は2体――その尾の先の電流が城之内のデッキから新たなカードを引き寄せ、最後は全身を小さくスパークさせた後に消えていった。

 

 これで城之内の手札は現在9枚――何が飛び出してきてもおかしくない数だ。

 

「ならワシは《深海のディーヴァ》を召喚!!」

 

 梶木のフィールドに現れたのは薄っすらと赤みがかった白い人魚。その魚の半身から人の上半身まで全てが白く、どこか神秘的ですらある。

 

《深海のディーヴァ》

星2 水属性 海竜族

攻 200 守 400

 

「そして召喚時に効果発動ぜよ! デッキからレベル3以下の海竜族モンスター1体を呼び出すぜよ! 現れるんじゃ! 《海皇の重装兵》!!」

 

 その《深海のディーヴァ》が歌声を流すと共に縦に二つに分かれた大盾を持った魚人、《海皇の重装兵》が降り立ちシンバル替わりにその歌声に合わせて大盾をかち鳴らす。

 

《海皇の重装兵》

星2 水属性 海竜族

攻 0 守1600

 

 これで梶木のフィールドのモンスターは――

 

 《伝説のフィッシャーマン》・《海竜神-ネオダイダロス》・《海皇子 ネプトアビス》・《深海のディーヴァ》・《海皇の重装兵》の5体。

 

 ステータスの秀でたカードは少なくとも梶木のフィールドに並んだその姿は壮観である。

 

 しかし梶木の布陣はここからであった。

 

「ワシのフィールドの水属性モンスター2体をリリースすることで、墓地から眠れる海の猛者を呼び起こすぜよ!!」

 

 地面から地鳴りのような音が響く。

 

「ワシはフィールドの水属性モンスター! 《海皇子 ネプトアビス》と《海皇の重装兵》をリリースして特殊召喚!!」

 

 その地鳴りに向かって三又の矛を突き刺す《海皇子 ネプトアビス》とそれに付き従う《海皇の重装兵》。

 

 やがて地面のヒビは大きくなっていき、その2体を呑み込み――

 

「――浮上せよ!! 《城塞(じょうさい)クジラ》!!」

 

 大地を砕き宙に躍り出るのは、どこか《要塞クジラ》の面影を強く残した巨大なクジラ。

 

 その頭には巨大な角が一本、天を突き、その大きな背には大量の砲塔がズラリと並ぶ。

 

城塞(じょうさい)クジラ》

星7 水属性 魚族

攻2350 守2150

 

「コイツは……!? 《要塞クジラ》とよく似ちゃいるが、一体……?」

 

「アイツは新たな力を得たんじゃい!! ソイツを見せてやるぜよ! 特殊召喚に成功した《城塞(じょうさい)クジラ》の効果発動!! デッキから《潜海奇襲(シー・ステルス・アタック)》を1枚フィールドにセットするぜよ!」

 

 空を舞う巨大な要塞――否、城塞が如き身体から全てを震わせる雄叫びが上げられる。

 

 その雄叫びは大地を揺らし、梶木に秘策を授けた。

 

「シー・ステルス? 何だそりゃ?」

 

「直に分かるぜよ!! 見てのお楽しみってヤツじゃ!」

 

 聞き慣れぬ単語に疑問符を浮かべる城之内に豪快に笑って返す梶木。どの道、今すぐに使えるカードではないが。

 

「さらに水属性モンスターの効果を発動するために墓地に送られた《海皇子 ネプトアビス》の効果発動!!」

 

 《城塞(じょうさい)クジラ》の贄となった《海皇子 ネプトアビス》の残滓が梶木のフィールドに舞い戻る。

 

「墓地の《海皇子 ネプトアビス》以外の『海皇』モンスター1体を蘇生させるぜよ! 来るんじゃ! 《真海皇 トライドン》!!」

 

 それは小柄な深い青の4足の海竜――しかしその頭部には王冠のような角にも見える甲殻が銀に煌き、その尾の先のハンマーのような銀色の球体で地面を叩く。

 

《真海皇 トライドン》

星3 水属性 海竜族

攻1600 守 800

 

「ん? ひょってして《海皇の重装兵》にも――」

 

 《海皇子の狙撃兵》に《海皇子 ネプトアビス》といった「海皇」と名の付くカードの共通点に気が付き始める城之内。

 

「おうよ! 水属性モンスターの効果を発動するために墓地に送られた《海皇の重装兵》の効果で相手フィールドの表側のカードを1枚破壊じゃ!!」

 

 その予想は間違いではないことを示す様にひょっこり顔を出した《海皇の重装兵》。

 

「毎ターンの蘇生効果は厄介ぜよ!! 永続罠《真紅眼の鎧旋(リターン・オブ・レッドアイズ)》を破壊じゃぁ!!」

 

 《海皇の重装兵》はそのまま城之内のフィールドの永続罠に向かって体当たりして砕き、一仕事終えたと墓地へと返っていった。

 

「うおっ! 折角ダイダロスの効果は防いだってのに……さすがだな、梶木!」

 

 しかし城之内はニヒルに笑う。

 

「だが相手によって破壊された《真紅眼の鎧旋(リターン・オブ・レッドアイズ)》は更なる効果を発揮するぜ!!」

 

 思わぬ形で展開の術の一つを失った城之内だが、ただでは転ばないのがこの男である。

 

「俺の墓地の『レッドアイズ』モンスター1体を特殊召喚だ!! 舞い戻れ!! 《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》!! 守備表示だ!!」

 

 その想いをくみ取るように《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》は大翼を広げ、ゆっくりと城之内を守るようにフィールドに降り立った。

 

真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)

星7 闇属性 ドラゴン族

攻2400 守2000

 

「そんな効果があったとは!? じゃが、後々邪魔になりそうなもんはいなくなったぜよ!」

 

 城之内の展開を助けるような結果に梶木は迂闊だったかと思いつつも、直に頭を振る――毎ターン墓地のドラゴンを永続的に呼ばれる方が危険だったと。

 

「最後の一押しじゃ! 《真海皇 トライドン》の効果を発動じゃい!!」

 

 《真海皇 トライドン》に力を分け与えるように歌声を奏でる《深海のディーヴァ》

 

「自身とワシの海竜族モンスター1体、《深海のディーヴァ》をリリースして、手札もしくはデッキからその海の覇者たる真の姿へと改進するぜよ!!」

 

 その歌声が響くと共に《真海皇 トライドン》の身体はメキメキと音を立てて変貌していく。

 

「――凱旋せよ! 深海の覇者!! 《海皇龍 ポセイドラ》!!」

 

 その《真海皇 トライドン》の巨大に、そして力強く変貌した身体はまさに海の覇者たる風格を備えており、猛る力を示す様に三又の槍の様になった銀の尾で大地を切り裂いた。

 

《海皇龍 ポセイドラ》

星7 水属性 海竜族

攻2800 守1600

 

「そして相手の全てのモンスターの攻撃力は300ポイントダウン!!」

 

 《海皇龍 ポセイドラ》から有り余る力を示すかのように放たれた咆哮は城之内のモンスターに確かな恐怖心を植え付ける。

 

真紅眼の遡刻竜(レッドアイズ・トレーサードラゴン)

攻1700 → 攻1400

 

真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)

攻2400 → 攻2100

 

《メテオ・ドラゴン》

攻1800 → 攻1500

 

「バトルじゃ!!」

 

 梶木のモンスターは5体から4体に数を減らしたが、その総攻撃力は先ほどの比ではない。

 

「《城塞(じょうさい)クジラ》で守備表示の《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》を攻撃!! ボンバー・エアレイド!!」

 

 《城塞(じょうさい)クジラ》の背中の全砲門が火を放ち、砲弾の雨が《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》を呑み込んでいく。

 

 だが《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》は躱すことなどしない――その背には守るべき主がいるのだから。

 

 やがてその想いと共に《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》はその身を散らす。

 

「くっ! レッドアイズ!!」

 

「次じゃぁ! 《海皇龍 ポセイドラ》で守備表示の《メテオ・ドラゴン》を攻撃!! ポセイドン・ブレス!!」

 

 《海皇龍 ポセイドラ》から放たれた鉄砲水が如く水撃に《メテオ・ドラゴン》の身体はガリガリと削られ、やがて吹き飛ばされる。

 

 これで城之内を守るモンスターは残すは1体。

 

「まだまだァ! 《海竜神-ネオダイダロス》で《真紅眼の遡刻竜(レッドアイズ・トレーサードラゴン)》を攻撃! アルティメット・ストォォオオオオム!!」

 

 《海竜神-ネオダイダロス》の2つの頭から放たれた高圧水流による水のレーザーは《真紅眼の遡刻竜(レッドアイズ・トレーサードラゴン)》の身体を貫き、その先の城之内を襲う。

 

「ぐぁああああああ!!」

 

城之内LP:4000 → 2500

 

 これで城之内を守るモンスターはいない――そして梶木にはまだ攻撃可能なモンスターが残っている。

 

「最後に行くんじゃ! 《伝説のフィッシャーマン》! ダイレクトアタックじゃぁ!!」

 

 《伝説のフィッシャーマン》が宙をシャチに泳がせ、城之内の頭上を取って(もり)の一撃を放つが――

 

「――これ以上、やらせるかよ! 罠カード《徴兵令》を発動!! コイツで相手のデッキの1番上のカードを1枚めくり、ソイツが召喚可能なモンスターだった時! 俺のフィールドに呼び出すぜ!」

 

 魔法・罠カードだった場合は相手の手札に加わるが――

 

 

 城之内のフィールドにボウガンを片手に持つ魚人、《海皇の狙撃兵》が現れた。

 

 だが反対側のフィールドに主たる《海皇龍 ポセイドラ》がいることに瞠目している模様。

 

《海皇の狙撃兵》

星3 水属性 海竜族

攻1400 守 0

 

「ならそのまま《海皇の狙撃兵》を撃破じゃ! 《伝説のフィッシャーマン》! ハンティング・アタック!!」

 

 動揺収まらぬままに《海皇の狙撃兵》は《伝説のフィッシャーマン》の(もり)の一撃に沈む。

 

「凌ぎおったか……ワシはカードを1枚伏せてターンエンドじゃ」

 

 城之内へかなりのダメージは与えられたものの、ダイレクトアタックが届かなかったことに梶木は警戒を強める――この一連の攻防を梶木は城之内の「運」で済ませるようなことはしない。

 

「そのエンド時に《禁じられた聖杯》の効果も終了して《海竜神-ネオダイダロス》の攻撃力と効果が戻るぜ」

 

 異物感がなくなったことに身体を伸ばす《海竜神-ネオダイダロス》。

 

《海竜神-ネオダイダロス》

攻3300 → 攻2900

 

 

 

 城之内への警戒を強める梶木だったが、城之内もまた梶木の強さに冷や汗を流しながら言葉を放つ。

 

「大型モンスターが4体かよ! やっぱお前はスゲェぜ、梶木!!」

 

 決闘者の王国(デュエリストキングダム)では梶木の実力を漠然と「凄い」程度にしか分かっていなかった城之内だが、今はその実力をハッキリと感じ取っている――それは城之内が相手の強さを感じ取れるまでに強くなった証だ。

 

 

「だが俺も負けちゃいられねぇ!! 俺のターン、ドロー!! まず墓地の《伝説の黒石(ブラック・オブ・レジェンド)》の効果発動!」

 

 墓地から《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》が半透明な身体になって、ゆっくりと城之内の背後に佇む。

 

「墓地のレベル7以下のレッドアイズ――《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》をデッキに戻し、《伝説の黒石(ブラック・オブ・レジェンド)》を手札に戻す!」

 

 やがてその《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》の姿はみるみる内に小さくなり、時の流れが巻き戻るように卵に、《伝説の黒石(ブラック・オブ・レジェンド)》へと姿を変え、城之内の手札に加わった。

 

「次に《予想GUY(ガイ)》を発動! コイツは俺のフィールドにモンスターが存在しない時! デッキからレベル4以下の通常モンスター1体を特殊召喚するぜ! 来いっ!《アックス・レイダー》!!」

 

 城之内のフィールドに放電が奔り、《アックス・レイダー》が斧を肩に担いでシュタッと着地する。

 

《アックス・レイダー》

星4 地属性 戦士族

攻1700 守1150

 

「更に! 俺のフィールドのモンスターの数が相手のモンスターの数より2体以上少ないとき! コイツは手札から特殊召喚できるぜ!」

 

 梶木のフィールドのモンスターは4体、城之内のフィールドは1体――その差は3体、条件は満たされている。

 

「奔れ! 紫電なる戦士!! 《魔導ギガサイバー》!!」

 

 上半身の全体を白い棘がいくつも付いた黄色の鎧に身に纏い、腰から足もとにかけて伸びる青いローブが風にたなびく。

 

《魔導ギガサイバー》

星6 闇属性 戦士族

攻2200 守1200

 

「次は手札を1枚捨てて、装備魔法《D(ディファレント)D(ディメンション)R(リバイバル)》を発動! 除外されている《カーボネドン》を特殊召喚!!」

 

 異次元のゲートから《カーボネドン》が疲労感タップリにヨロヨロと降り立つ。

 

《カーボネドン》

星3 地属性 恐竜族

攻 800 守 600

 

「そして魔法カード《モンスターゲート》を発動!」

 

 その《カーボネドン》の足元に丸い陣が浮かび上がる。

 

「コイツは俺のモンスターを1体リリースして、デッキからカードをめくり、通常召喚可能なモンスターが出たらソイツを特殊召喚! 後のカードは墓地に送る!! 俺は《カーボネドン》をリリースして――」

 

 やがてその陣に《カーボネドン》は消え、城之内のデッキからカードが墓地に送られて生き――

 

「呼び出せるのはコイツだ!! 《バーバリアン2号》!!」

 

 その陣から棍棒片手に躍り出たのは《バーバリアン2号》。その棍棒を地面に擦らせ、城之内のフィールドの2体のモンスターと並び立つ。

 

《バーバリアン2号》

星5 地属性 戦士族

攻1800 守1500

 

「まだまだぁ! 墓地の《カーボネドン》を除外して、デッキからレベル7以下のドラゴン族通常モンスターの――《ベビードラゴン》を守備表示で特殊召喚!!」

 

 《カーボネドン》が気力を頼りに飛び上がり、光へと消えた後に現れるのは《ベビードラゴン》。

 

 その《ベビードラゴン》は小さな身体を精一杯広げ、梶木のモンスターたちを威嚇する―――

 

《ベビードラゴン》

星3 風属性 ドラゴン族

攻1200 守 700

 

「3枚目の魔法カード《馬の骨の対価》で《ベビードラゴン》を墓地に送り、2枚ドロー!!」

 

―――のだが、梶木のモンスターたちの眼光に怯え、《ベビードラゴン》は逃げ――戦略的撤退を敢行し、城之内の手札の糧となった。

 

「ここで! 魔法カード《龍の鏡(ドラゴンズ・ミラー)》を発動して、墓地のカードを除外してドラゴン族融合モンスターを融合召喚する!!」

 

 しかしフィールドに浮かび上がった《龍の鏡(ドラゴンズ・ミラー)》からは《ベビードラゴン》が再度己を奮い立たせて、フィールドに戻ろうとする姿。

 

「俺は墓地の《ベビードラゴン》と《ワイバーンの戦士》を融合!!」

 

 その《ベビードラゴン》の想いをくみ取り、《ワイバーンの戦士》もフィールドへ戻るべく追従する。

 

「融合召喚!! 飛翔せよ! 《ドラゴンに乗るワイバーン》!!」

 

 やがて我先にと進み《龍の鏡(ドラゴンズ・ミラー)》の鏡から無理やり同時に飛び出した結果、いつの間にやら《ベビードラゴン》の背に《ワイバーンの戦士》が乗った状態で城之内のフィールドに舞い戻った。

 

《ドラゴンに乗るワイバーン》

星5 風属性 ドラゴン族

攻1700 守1500

 

「ここで永続魔法《連合軍》を発動! これで俺のフィールドの戦士族はフィールドの戦士族と魔法使い族の数×200ポイント攻撃力がアップだ!!」

 

 フィールドの3体の戦士たちが拳をかち合わせ、互いに鼓舞し合う――ドラゴン族である《ドラゴンに乗るワイバーン》は気持ちだけ盛り上がっておく。

 

《アックス・レイダー》

攻1700 → 攻2300

 

《バーバリアン2号》

攻1800 → 攻2400

 

《魔導ギガサイバー》

攻2200 → 攻2800

 

「じゃが、それだけじゃぁ、ポセイドラやダイダロスには届かんぜよ!」

 

 全体的に攻撃力を上昇させた城之内だが、梶木の言う通りこのままでは決定打には至らない。

 

「慌てんなよ! 速攻魔法《天使のサイコロ》!! サイコロの出た目の数×100だけ攻撃力をアップさせる!!」

 

 天使の羽の生えたピンクのシルクハットをかぶった小さな妖精が身体全体を使って青いサイコロを放り投げる。

 

 そのサイコロの数字は「6」。

 

「よっしゃぁ! 最高値だぜ!!」

 

 青いサイコロが弾けると共に光が城之内のフィールドを包み、城之内の全てのモンスターに力を漲らせた。

 

《アックス・レイダー》

攻2300 → 攻2900

 

《バーバリアン2号》

攻2400 → 攻3000

 

《魔導ギガサイバー》

攻2800 → 攻3400

 

《ドラゴンに乗るワイバーン》

攻1700 → 攻2300

 

「最後に《魔導ギガサイバー》に装備魔法《天命の聖剣》を装備してバトルだ!!」

 

 銀色に輝く宝剣と盾を《魔導ギガサイバー》が手に取るが、特にパワーアップはしない――この剣の力が発揮されるのは今ではない。

 

「フィールドに《海》のねぇフィッシャーマンは丸腰同然だぜ!! 《アックス・レイダー》で《伝説のフィッシャーマン》を攻撃!! 疾風斬り!!」

 

 一番槍ならぬ一番斧だと言わんばかりに《アックス・レイダー》が斧を振りかぶり《伝説のフィッシャーマン》を両断せんと切りかかる。

 

「甘いぜよ! 城之内!! 海の男はそう簡単に倒れはせん!! 永続罠《潜海奇襲(シー・ステルス・アタック)》を発動!!」

 

「来るか!!」

 

 その城之内の言葉を肯定するかのように海の男は勇猛果敢な叫びを上げる。

 

「このカードの発動時にワシは手札もしくは墓地から《海》を発動できるぜよ!! 《海》として扱うフィールド魔法《伝説の都 アトランティス》を墓地から発動じゃぁ!!」

 

 その海の男の魂の叫びは再びフィールド全体を海で満たし、海底神殿である《伝説の都 アトランティス》が顔を覗かせる。

 

「《伝説の都 アトランティス》により水属性モンスターはパワーアップ!!」

 

 そして水を得た魚の如く、梶木の最上級モンスターたちは《伝説のフィッシャーマン》へと力強く雄叫びを返した。

 

城塞(じょうさい)クジラ》

星7 → 6

攻2350 守2150

攻2550 守2350

 

《海皇龍 ポセイドラ》

星7 → 6

攻2800 守1600

攻3000 守1800

 

《海竜神-ネオダイダロス》

星8 → 7

攻2900 守1600

攻3100 守1800

 

「だが《アックス・レイダー》はもう《伝説のフィッシャーマン》の目の前だぜ! 今更《伝説のフィッシャーマン》の効果で攻撃を躱すことは出来ねぇ!!」

 

 既に攻撃対象に選ばれた後ゆえに《海》がある時の《伝説のフィッシャーマン》の「攻撃対象にされない」効果も時既に遅しだ。

 

「だから甘いと言っとるじゃろうが!! 永続罠《潜海奇襲(シー・ステルス・アタック)》の本領は此処からぜよ!!」

 

 海の男の本領は此処からだった。《伝説のフィッシャーマン》の瞳がギラリと光る。

 

「ワシのフィールドに《海》がある時! 永続罠《潜海奇襲(シー・ステルス・アタック)》の効果で元々のレベルが5以上の自分の水属性モンスターが相手モンスターと戦闘を行うダメージステップ開始時にその相手モンスターを破壊できるんじゃあ!!」

 

 《アックス・レイダー》が振り下ろした斧は空を切る。そこにはいつの間にやら《伝説のフィッシャーマン》の姿はない。

 

「《伝説のフィッシャーマン》のレベルは5!?」

 

「さぁ、海での狩りを見せてやるんじゃ! フィッシャーマン!! シー・ステルス・アタック!!」

 

 やがて《アックス・レイダー》の背後の海面から勢いよく飛び出した《伝説のフィッシャーマン》の(もり)の一撃が《アックス・レイダー》を打ち抜き、そしてシャチに海に引き摺り込まれ、海の藻屑と消えた。

 

「ア、《アックス・レイダー》!!」

 

 どんな圧倒的な攻撃力を持とうとも、どれ程強固な防御力を持ってしても海には――《潜海奇襲(シー・ステルス・アタック)》の前では無力。

 

「そして城之内! お前の『戦士族』が減ったことで永続魔法《連合軍》の効力は弱まる!――海の前にそんじょそこらのモンでは無力じゃ!!」

 

 周囲の海を警戒するように背中合わせになる2体の戦士たち――その不安感が戦士の力を削ぎ落す。

 

《バーバリアン2号》

攻3000 → 攻2800

 

《魔導ギガサイバー》

攻3400 → 攻3200

 

「なら《魔導ギガサイバー》で《海竜神-ネオダイダロス》を攻撃だ!!」

 

 《天命の聖剣》片手に《海竜神-ネオダイダロス》へ切りかかる《魔導ギガサイバー》。

 

「血迷ったか城之内! 永続罠《潜海奇襲(シー・ステルス・アタック)》にターン内の回数制限はないぜよ!!」

 

 しかし《海竜神-ネオダイダロス》は海へと姿を消し、今度は《魔導ギガサイバー》の足元から大口を開け、食らいつく。

 

 長大な《海竜神-ネオダイダロス》の身体で空高く打ち上げられた《魔導ギガサイバー》。その身体は海竜の顎の餌食となる。

 

 如何に《魔導ギガサイバー》の攻撃力が高くとも、《潜海奇襲(シー・ステルス・アタック)》の前には無力であった。

 

 

 だが《海竜神-ネオダイダロス》は悲鳴のような雄叫びを上げながら2つの頭から血を流し、海面に倒れ伏す。

 

 やがて空から自然落下した《魔導ギガサイバー》が海面に水しぶきを上げながら着地した――その身体には傷一つない。

 

「なんじゃと!?」

 

梶木LP:3100 → 3000

 

「ワシの《潜海奇襲(シー・ステルス・アタック)》をどうやって……」

 

 そう呆然と呟く梶木――如何に攻撃力で上回っていても、《潜海奇襲(シー・ステルス・アタック)》の問答無用の破壊効果からは逃れられない筈だと。

 

「装備魔法《天命の聖剣》の効果さ! コイツを装備したモンスターは1ターンに1度だけ戦闘か効果では破壊されねぇ!」

 

 その城之内の説明に合わせて《魔導ギガサイバー》が《天命の聖剣》を誇るように掲げる。

 

「成程の! じゃが、他のモンスターはそうは行かんじゃろ!!」

 

 梶木の言う通り装備魔法《天命の聖剣》の効果で守られるのは装備モンスターである《魔導ギガサイバー》のみである。

 

 他のモンスターでは梶木の《潜海奇襲(シー・ステルス・アタック)》を前に梶木のモンスターを倒す術のない現状は変わってはいないのだから。

 

 そう「モンスターを倒す術」は。

 

「そうでもねぇぜ! 俺の《ドラゴンに乗るワイバーン》は相手のフィールドに地・水・炎属性しかない時、そいつ等を飛び越えてダイレクトアタックが出来るのさ!!」

 

 《ドラゴンに乗るワイバーン》が何者にも届かぬ大空へと舞い上がる。

 

 梶木のフィールドのモンスターは「水属性」のみ――その進撃を遮るものなどない。

 

「行けっ! 《ドラゴンに乗るワイバーン》! 滑空剣(グライド・ソード)!!」

 

 

――筈だった。

 

 

「させんぜよ! 海が荒れるとき! 空もまた荒れるんじゃ!! 永続罠《バブル・ブリンガー》を発動!!」

 

 空に大量の泡がシャボン玉のように浮かび《ドラゴンに乗るワイバーン》の行く手を遮る。

 

 その泡は《ドラゴンに乗るワイバーン》が触れた途端に大きな衝撃と共に弾け、連作的に弾けていく泡の衝撃に《ドラゴンに乗るワイバーン》は梶木に近づくことすら出来ない。

 

「なっ! 《ドラゴンに乗るワイバーン》が!?」

 

「永続罠《バブル・ブリンガー》がフィールドに存在する限り、互いにレベル4以上のモンスターはダイレクトアタックを封じられるぜよ!」

 

 《ドラゴンに乗るワイバーン》のレベルは「 5 」――届かない。

 

「くっ……届かねぇか……」

 

 だが城之内にマイナスばかりな結果でもない。

 

 強力な効果を持つ《海竜神-ネオダイダロス》を破壊できたのだから――特殊な召喚条件を持つモンスターゆえに普通に蘇生することは叶わず、再度呼び出されることはそうない。

 

「くっそー! なら俺はバトルを終了! そして墓地の魔法カード《シャッフル・リボーン》を除外して、永続魔法《連合軍》をデッキに戻して1枚ドロー!」

 

 攻撃力があろうとも梶木の《潜海奇襲(シー・ステルス・アタック)》は超えられないゆえに《連合軍》の強化を止め、戦術を切り替える城之内。

 

「カードを4枚伏せてターンエンドだ! エンド時に《シャッフル・リボーン》の効果で手札を除外しなきゃならねぇが、俺の手札は0だ!!」

 

 そして4枚のセットカードで梶木の出方を窺う。ターンの初めにあれだけあった城之内の手札は今や0――この結果は梶木と城之内とのデュエリストとしての距離を示しているようにも思えた。

 

「そして《連合軍》と《天使のサイコロ》の効果も消えるぜ!」

 

 エンドフェイズに《天使のサイコロ》の効果も消えていく。

 

《バーバリアン2号》

攻2800 → 攻2400 → 攻1800

 

《魔導ギガサイバー》

攻3200 → 攻2800 → 攻2200

 

《ドラゴンに乗るワイバーン》

攻2300 → 攻1700

 

 すぐさま守りを固めた城之内の姿に梶木は顎をさすりながら言葉を零す。

 

「まさか初見の《潜海奇襲(シー・ステルス・アタック)》に一矢報いるとはのう……」

 

 梶木にとって城之内の実力は当初の想定よりも遥かに上だった――その事実に梶木は嬉しい誤算だと笑う。

 

 デュエリストであれば相手が強ければ強い程、魂が燃え上がるものなのだから。

 

 

 

 






城塞(じょうさい)クジラ「兄貴ィ! 俺の活躍どうでしたかッ!」

要塞クジラ「悪くない一撃だったぞ!」



伝説のフィッシャーマン二世「…………(悔しさのあまり握りこぶし)」

伝説のフィッシャーマン「…………(肩をポン)」




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第98話 ラストギャンブル



前回のあらすじ
魔導ギガサイバー「《潜海奇襲(シー・ステルス・アタック)》を受けても大丈夫。そう、《天命の聖剣》ならね」




 

 

 城之内の想定以上の力量に梶木は「それでこそ」と笑いながらデッキに手をかける。

 

「ワシのターンじゃ! ドロー!! ワシは再び墓地の《フラッピィ》の効果を発動するぜよ! 除外ゾーンと墓地、合わせて3体おる内の1体を除外してレベル5以上の海竜族モンスターを特殊召喚!!」

 

 再び《フラッピィ》が海にプカプカ浮かび、強き海竜たちの呼び水となる。

 

「――舞い戻れ! 《海竜(リバイアドラゴン)-ダイダロス》!!」

 

 そして先のターンの焼き増しの如く宙に躍り出る《海竜(リバイアドラゴン)-ダイダロス》。

 

 だがその瞳は己が真の姿を切り裂いた《魔導ギガサイバー》を睨むように視界に収めていた。

 

海竜(リバイアドラゴン)-ダイダロス》

星7 → 星6

水属性 海竜族

攻2600 守1500

攻2800 守1700

 

「ソイツの効果を使わせる訳にはいかねぇぜ!! 罠カード《奈落の落とし穴》を発動!」

 

 《海竜(リバイアドラゴン)-ダイダロス》の真下に奈落への大穴が開く。

 

「相手が召喚・反転召喚・特殊召喚した攻撃力1500以上のモンスターを破壊して除外する!!」

 

 その大穴から緑の亡者が道連れを求めて《海竜(リバイアドラゴン)-ダイダロス》に手を伸ばす。

 

「させんぜよ! 《城塞(じょうさい)クジラ》の効果発動! 1ターンに1度、ワシの水属性モンスター1体を対象とする相手の魔法・罠・モンスター効果の発動を無効にし、破壊するぜよ!!」

 

 その緑の亡者へ向けて突き進む《城塞(じょうさい)クジラ》。

 

「ホエール大回転(スピン)!!」

 

 やがて《城塞(じょうさい)クジラ》は巨体を回転させて《奈落の落とし穴》から手を伸ばす緑の亡者を消し飛ばさんとするが、見えない壁に阻まれてその攻撃は届かない。

 

「どうしたんじゃ! 《城塞(じょうさい)クジラ》!!」

 

「無駄だぜ、梶木! 俺の発動した罠カード《奈落の落とし穴》は『対象を取らない』効果――《城塞(じょうさい)クジラ》でもどうしようもねぇぜ!」

 

 《城塞(じょうさい)クジラ》の決死の動きにも虚しく《海竜(リバイアドラゴン)-ダイダロス》は奈落への穴に引きずり込まれていく。

 

「ダイダロスが!?」

 

 世界には一個人のデュエリストが知らないカードで溢れている――梶木とて全てのカードを網羅している訳ではない。

 

 しかし、知らないからと言って成す術もなく対応できないなどデュエリストの名折れだと梶木は咆える。

 

「じゃったら、永続罠《潜海奇襲(シー・ステルス・アタック)》の更なる効果を発動じゃ!!」

 

「なにっ!? このタイミングで!?」

 

「《海》がある時! 1ターンに1度、ワシのフィールドの水属性モンスター1体をこのターンの終わりまで除外することで、このターン、ワシの表側の魔法・罠カードは相手の効果では破壊されんぜよ!」

 

 梶木の狙いは自身の「魔法・罠カードが破壊されない」効果ではない。

 

「ワシは《海竜(リバイアドラゴン)-ダイダロス》をエンドフェイズまで除外する!!」

 

 《奈落の落とし穴》の穴が海に沈んでいき、それに緑の亡者が気を取られた隙に《海竜(リバイアドラゴン)-ダイダロス》は海へと潜り、一時的に身を隠した。

 

 ギリギリで躱した梶木だったが、当てが外れたと内心で状況を整理しなおす。

 

――ダイダロスでセットカードを一掃する予定じゃったが、予定が狂っちまったぜよ……じゃが!!

 

「――じゃったら! 奈落に落ちかけたリバイアサンの怒りを思い知れ、城之内!! 速攻魔法《海竜神(リバイアサン)の怒り》!!」

 

 海が怒りをあらわにするかの如く荒れ狂う。

 

 焦りを見せる城之内のモンスターたち、だが一方の梶木のモンスターたちは海に生きるものゆえに動じてはいない。

 

「コイツはワシのフィールドに《海》がある時! ワシのフィールドの元々のレベルが5以上の水属性モンスターの数まで城之内! お前のモンスターを破壊するぜよ!!」

 

 やがて大津波となって城之内のフィールドを呑み込まんと迫りくる。

 

「受けてみぃ! 海竜神(リバイアサン)の怒り!!」

 

 大津波に呑まれながらも懸命にクロールで泳ぐ《バーバリアン2号》に大空へと逃げる《ドラゴンに乗るワイバーン》。

 

 だが、その大津波のあまりの規模に大空すら呑み込んで、全てを吹き流していった。

 

「うぉおおおおおっと! だが《天命の聖剣》を装備した《魔導ギガサイバー》は1ターンに1度破壊されねぇ!! 耐えろ! ギガサイバー!」

 

 しかしそんな中で《天命の聖剣》を地面に突き刺し懸命に耐える《魔導ギガサイバー》。

 

 

 やがて大津波が引いていった後に残ったのは膝を突く《魔導ギガサイバー》のみ。

 

「俺のモンスターがギガサイバー以外全滅……」

 

「それだけじゃないぜよ! お前のモンスターがおった場所をよう見てみるんじゃ!」

 

 その梶木の言葉と共に城之内がフィールドを見やると、2か所だけ酷く海の底が深くなっていた。

 

「なっ!? 俺のフィールドが海に沈んでる!?」

 

 その2か所の深さはモンスターを呼び出すこともままならない程だ。

 

「これぞ速攻魔法《海竜神(リバイアサン)の怒り》の更なる効果! 破壊されたモンスターがおったモンスターゾーンは次のターンの終わりまで使用出来んぜよ!」

 

「海の水が引くまで待てってことか……」

 

 大自然の力の前に人が出来るのは、その脅威が過ぎ去るのをじっと待つのみだ。

 

「そういうことじゃ! さらにこれでお前のフィールドはガラ空き同然じゃ!」

 

 城之内のフィールドに残った《魔導ギガサイバー》も厄介な《天命の聖剣》の効果をこのターン使いきった為に梶木の《潜海奇襲(シー・ステルス・アタック)》の前には脅威足り得ない。

 

 だが城之内は鼻を鳴らす。

 

「へっ! だがよ、梶木……忘れちゃねぇか? お前の発動した永続罠《バブル・ブリンガー》の効果で互いにレベル4以上のモンスターはダイレクトアタックが出来ねぇことをよ!」

 

 そう、城之内の言う通り永続罠《バブル・ブリンガー》で守られるのは梶木だけではない。城之内もその恩恵を受けることが出来る。

 

「お前のフィールドのモンスターはどいつも高レベル! 俺まで攻撃は届かないぜ!」

 

「いらん心配ぜよ! 永続罠《バブル・ブリンガー》の更なる効果を発動!」

 

 しかしそんなことなど使用者である梶木が一番良く知っている――その対処法も含めてだ。

 

「ワシのターンに表側のこのカードを墓地に送ることで、ワシの墓地からレベル3以下の水属性の同名モンスターを2体、特殊召喚するぜよ!」

 

 永続罠《バブル・ブリンガー》の泡が全て海へと沈んでいく。

 

「現れろ! 2体の《海皇の狙撃兵》!! アトランティスの効果でパワーアップ!」

 

 やがてその泡が沈んだ先から泡に包まれ飛び出したのは2体の《海皇の狙撃兵》。

 

 互いにボウガンをクロスさせ、キリリと左右対称になるようにポーズを取る。

 

《海皇の狙撃兵》×2

星3 → 2

水属性 海竜族

攻1400 守 0

攻1600 守 200

 

「もっともこの効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化されちまうがの――じゃがこれで問題なくオメェに攻撃が届くぜよ!」

 

「やばっ!?」

 

 そう己のピンチにおののく城之内を余所に梶木は相手の4枚のセットカードを見やり頭を回す。

 

――城之内のセットカードは気になるが、今は《海皇の狙撃兵》の効果は狙えん……ダイダロスの効果が使えなかったのが、痛いぜよ……

 

「じゃが、攻めの手は緩めん! バトルじゃ!!」

 

 セットカードが「対象を取る」カードなら《城塞(じょうさい)クジラ》で守れる事実も梶木の背を押す。

 

「《伝説のフィッシャーマン》で《魔導ギガサイバー》を攻撃!!」

 

 《伝説のフィッシャーマン》が海に潜り、《魔導ギガサイバー》と自身の視界から消えるのを見届けた城之内は思案する。

 

――どのみち《潜海奇襲(シー・ステルス・アタック)》で破壊されちまうなら!

 

「俺はその攻撃宣言時に罠カード《ゴブリンのやりくり上手》を発動! さらにチェーンして、速攻魔法《非常食》も発動だ!」

 

 そしてチェーンは逆処理される。

 

「まず速攻魔法《非常食》で装備魔法《天命の聖剣》と発動した罠カード《ゴブリンのやりくり上手》の2枚を墓地に送ったことで、その数×1000――つまり2000ポイントライフを回復!」

 

 このターンはもう力を発揮しない装備魔法《天命の聖剣》と共にカードを墓地に送り、その墓地に送ったカードの残照が光となって城之内を包み込む。

 

城之内LP:2500 → 4500

 

「そして罠カード《ゴブリンのやりくり上手》の効果で、墓地の《ゴブリンのやりくり上手》の数+1枚ドローして手札を1枚デッキに戻す!」

 

 そしてゴブリンが「いつもの奴ですね」と言わんばかりの笑みを浮かべ、城之内にカードを差し出し、帽子を軽く上げて会釈した後に消えていった。

 

「墓地には3枚の《ゴブリンのやりくり上手》がある! よって4枚ドローして、手札の1枚をデッキに戻す!」

 

 しかしその2枚のリバースカードの効果では《魔導ギガサイバー》に姿なく近づく《伝説のフィッシャーマン》の妨げにはなりはしない。

 

「じゃが《伝説のフィッシャーマン》の攻撃は止まらん! そして永続罠《潜海奇襲(シー・ステルス・アタック)》の効果で《魔導ギガサイバー》を破壊!!」

 

 気付かぬ内に腹に(もり)が突き刺さった《魔導ギガサイバー》は海に倒れ込み沈んでいく。

 

 

 その姿を横目に《伝説のフィッシャーマン》は海中から姿を現し、回収した(もり)の先を「次はお前だ」と城之内に向けた。

 

 しかし梶木は内心で悩む。

 

――最後のセットカードは何じゃ?

 

 城之内にあった4枚のセットカードはもはや後1枚だが、未だに梶木のモンスターの攻撃を防ぐようなものが何一つ発動されていない。

 

 城之内のライフが4500にまで増えたとは言え、今の梶木の残り4体のモンスターの前ではないも同然だというのに――ゆえに様子見とばかりに攻撃力の低いモンスターで攻撃を仕掛ける。

 

「1体目の《海皇の狙撃兵》で城之内にダイレクトアタックじゃ!! シー・スナイプ!!」

 

 《海皇の狙撃兵》がガラ空きの城之内に向けてボウガンから矢を放つ。

 

「ならその攻撃宣言時! 最後のリバースカード! 永続罠《ラッキーパンチ》を発動!」

 

――来たか!!

 

 城之内の最後のリバースカードが発動されたことで、内心でそう梶木は身構えるが――

 

「1ターンに1度、相手の攻撃宣言時にコイントスを3回行って、3枚とも表なら3枚ドロー! 3枚とも裏ならこのカードを破壊! そして表側のこのカードが破壊されたとき俺は6000のライフを失う!!」

 

「攻撃を防ぐカードじゃないじゃと!?」

 

 攻撃を防ぐどころか下手をすればこのまま攻撃が届く前に城之内のライフが尽きてしまうようなカードだった――これは梶木も予想外であった。

 

 やがて宙で回っていた3枚のコインが落ち――

 

「コイントスの結果は――3枚とも表! 大当たりだぜ! 3枚ドロー!!」

 

「じゃが《海皇の狙撃兵》の攻撃は止まらん!」

 

 3枚とも表を差して城之内の手札を潤すが、梶木の言う通り《海皇の狙撃兵》の矢は城之内を貫いた。

 

「ぐぅうう!!」

 

城之内LP:4500 → 2900

 

 城之内の伏せたカードは何一つ「守り」に対応していなかった――ならばこれ以上の警戒は無意味だ。

 

「ならこれで終わりじゃぁあ!! 《海皇龍 ポセイドラ》でダイレクトアタックじゃ!! ポセイドン・スプラッシュ!!」

 

 《海皇龍 ポセイドラ》は己の身体を水で覆い、その巨体を弾丸に見立てて城之内へと突進し、迫る。

 

「終わってたまるかよ! 相手がダイレクトアタックしたとき! 俺の墓地の罠カード《幻影騎士団(ファントム・ナイツ)シャドーベイル》の効果を発動!」

 

 その行く手を遮るように鬼火が浮かぶ。

 

「墓地から罠じゃと!? ――《モンスターゲート》の時か!?」

 

「おうよ! 墓地の《幻影騎士団(ファントム・ナイツ)シャドーベイル》をモンスター扱いで特殊召喚!!」

 

 その鬼火は漆黒のユニコーンに乗った黒い騎士を呼び、城之内を守るべく立ち塞がる。

 

幻影騎士団(ファントム・ナイツ)シャドーベイル》

通常罠

星4 闇属性 戦士族

攻 0 守 300

 

「なら《海皇龍 ポセイドラ》! そのままソイツを薙ぎ払っちまえ!!」

 

 だが互いの体格の差は歴然であり《海皇龍 ポセイドラ》の水を纏った突進により《幻影騎士団(ファントム・ナイツ)シャドーベイル》は吹き飛ばされ、遠くの海面に落ち、水柱を立てた。

 

「この効果で特殊召喚された罠カード《幻影騎士団(ファントム・ナイツ)シャドーベイル》はフィールドを離れるとき除外されるぜ……」

 

「1回切りの盾じゃったか! 次のワシの攻撃は防げんようじゃの!」

 

「そいつはどうかな! 俺は再び墓地の罠カードを発動するぜ! 罠カード《救護部隊》!! コイツは俺のフィールドの通常モンスターが破壊されたとき、墓地のこのカードをモンスター扱いで特殊召喚する!」

 

 救急車のサイレンのような音がほら貝の音色で鳴り響き、海を割って4人の人影が歩み出る。

 

「《幻影騎士団(ファントム・ナイツ)シャドーベイル》は『通常モンスター』扱い! 条件は満たしてるぜ!」

 

 やがてその4人の看護師が腕全体を使って大きな十字のマークを作るようにポーズを取った。

 

 内3人の看護師は普通の女性のようだが、中央にしゃがんでポーズを取る残りの一人の筋骨隆々な男の看護師はどう見ても戦闘要員にしか見えないのは気のせいなのか。

 

《救護部隊》

星3 地属性 戦士族

攻1200 守 400

 

「コイツもフィールドから離れたときに除外されちまうけどな!」

 

「なら2体目の《海皇の狙撃兵》! 《救護部隊》を打ち抜いてやるんじゃ!」

 

 《海皇の狙撃兵》が戸惑いながらもボウガンから矢を放つが、筋骨隆々な《救護部隊》に素手で受け止められ、そのまま矢は握りつぶされる。

 

 そしてグングンと4人での十字のポーズを維持したまま《海皇の狙撃兵》に近づいてくる《救護部隊》。

 

 《海皇の狙撃兵》が恐慌にかられ頭を押さえて蹲るも、そこにちょうど流れ着き、プカプカ浮かんでいた《幻影騎士団(ファントム・ナイツ)シャドーベイル》を引っ掴むと、《救護部隊》は足早に去っていった。

 

 

 《海皇の狙撃兵》の何とも言えない顔に、何とも言えなくなる梶木。

 

「…………これで今度こそオメェのフィールドはガラ空きじゃ! 《城塞(じょうさい)クジラ》でダイレクトアタック! ボンバー・エアレイド!!」

 

 だが先程のやり取りをなかったことにして《城塞(じょうさい)クジラ》に指示を出す。

 

 そして《城塞(じょうさい)クジラ》の背の大砲から雨霰と放たれた砲弾の爆撃に身を焼かれる城之内。

 

「ぐぁああああああ!!」

 

城之内LP:2900 → 350

 

「決着は間近のようじゃの、城之内――ワシはカードを2枚伏せてターンエンドじゃ!!」

 

 城之内は手札こそ大量に補充したが、フィールドアドバンテージは梶木に大きく傾いていた――梶木の言う様に城之内とて長くは持つまい。

 

「このエンド時に永続罠《潜海奇襲(シー・ステルス・アタック)》で除外した《海竜(リバイアドラゴン)-ダイダロス》が戻ってくる――が、ワシのフィールドはモンスター5体で埋まっとる……よって墓地に行くぜよ」

 

 《海竜(リバイアドラゴン)-ダイダロス》が海面から顔を覗かせるが、梶木のフィールドの5体のモンスターと視線が合う。

 

 居場所のない《海竜(リバイアドラゴン)-ダイダロス》は再び静かに海に潜っていった――そんな時もあるさ……

 

 

 

 

 城之内は自身のターンゆえにデッキに手をかけるが、ふと小さく笑い出す。

 

「へへっ、やっぱ強ぇえな梶木!」

 

「なんじゃい、城之内……絶体絶命じゃろうに楽しそうに笑いおって」

 

 そう返す梶木とてその顔には笑みが浮かんでいる。

 

「楽しいからに決まってんじゃねぇか! こっからどうなるか俺にも分からねぇ……楽しくて仕方がないぜ!」

 

 その梶木の姿に城之内は堪らず今の心境を言葉に吐き出す――伝えられずにはいられない、と。

 

「そりゃそうじゃろう! デュエルは最後まで何が起こるか分からんから面白いんじゃ!」

 

 そう笑って返す梶木――お互いにあるのは純粋にこのデュエルを楽しむ心だけだった。

 

「まったくだぜ! 俺のターン! ドロー!!」

 

 しかしだからと言ってお互いに負けるつもりなど毛頭ない。

 

「俺は墓地の魔法カード《置換融合》を除外して効果発動! 墓地の融合モンスター1体をエクストラデッキに戻し、デッキからカードを1枚ドローする!」

 

 まだまだ手札をドンドン増やそうとする城之内――今、己に出せるありったけをぶつけるのだと。

 

「墓地の融合モンスター《ドラゴンに乗るワイバーン》をエクストラデッキに戻して1枚ドロー!」

 

 その城之内の意気に応えるように《ドラゴンに乗るワイバーン》がエクストラデッキへと飛び立ち、城之内にすれ違い様にカードを託す。

 

「魔法カード《マジック・プランター》で永続罠《ラッキーパンチ》を墓地に送って更に2枚ドロー!」

 

「なんじゃ、ギャンブルカードは終いか?」

 

 そんな梶木の挑発がてらの言葉に城之内はニヒルに笑う。

 

「へっ、ギャンブルは『引き際』が肝心なんだよ!」

 

 

 だが引いた2枚を見て城之内の表情は固まった。

 

 

「…………魔法カード《カップ・オブ・エース》を発動! コイントスを1度行い、表なら俺は2枚ドローし、裏なら相手が2枚ドローする!」

 

「おいおい、『引き際』がどうしたんじゃ?」

 

 笑いを堪えながら問いかける梶木――ドヤ顔で『引き際』などと言った矢先の為、城之内もいまいち恰好が付かない。

 

「う、うるせぇ! こういう時もあらぁ!! 結果は――表! 俺が2枚ドロー!」

 

 そう恥ずかしがる城之内の姿を見つつ、梶木は内心で冷静に観察する。

 

――なんだかんだで、城之内のヤツに風が吹いとるの……

 

「よっし! 俺はフィールド魔法《融合再生機構》を発動! 新しいフィールド魔法が発動されたことで、《伝説の都 アトランティス》は破壊されるぜ!」

 

 海底神殿の《伝説の都 アトランティス》が沈むのに合わせて《融合再生機構》の工場が出来上がり、海の加護が失われていく。

 

《海皇の狙撃兵》×2

星2 → 3

攻1600 守 200

攻1400 守 0

 

城塞(じょうさい)クジラ》

星6 → 7

攻2550 守2350

攻2350 守2150

 

《海皇龍 ポセイドラ》

星6 → 7

攻3000 守1800

攻2800 守1600

 

 

「これで《海》は消えた! シーステルスは――」

 

 《海》がなければ永続罠《潜海奇襲(シー・ステルス・アタック)》の効果は使えない。

 

 

 引いていく海の水を見つつ、梶木は内心で思案し――

 

――城之内の豊富な手札から、ドデカい反撃がくるのは見えとる! なら!!

 

「そうはいかんぜよ! 永続罠《忘却の海底神殿》を発動じゃ! これも《海》として扱うカードぜよ!」

 

 一手仕掛ける。そしてフィールドに再び海が広がっていく。その海の中には所々崩れた海底神殿が広がっていた。

 

「トラップカードの《海》だとぉ!?」

 

「それだけじゃないぜよ! 永続罠《忘却の海底神殿》の効果で1ターンに1度、レベル4以下の魚族・海竜族・水族モンスターいずれか1体をワシのエンドフェイズまで除外できるんじゃ! ワシは1枚目の《海皇の狙撃兵》を除外!」

 

 《海皇の狙撃兵》が海の中の《忘却の海底神殿》へと姿を隠す。

 

「更に《潜海奇襲(シー・ステルス・アタック)》の効果で2体目の《海皇の狙撃兵》も除外じゃ! このターンワシの表側の魔法・罠カードは相手の効果では破壊されんぜよ!」

 

 そしてもう1体の《海皇の狙撃兵》も海中へ姿を消した。

 

 

 その光景を見やる城之内は内心で歯噛みする。

 

――くっ……攻撃力の低い《海皇の狙撃兵》に逃げられちまったか……

 

 これで梶木のフィールドにいるモンスターは攻撃されない《伝説のフィッシャーマン》と攻撃力2000オーバーのモンスターのみ――容易には突破できない。

 

「なら魔法カード《名推理》を発動! 梶木! 好きなレベルを宣言しな!」

 

 城之内の頭上でルーレットが回り始める。

 

「今から《名推理》の効果でデッキの上から通常召喚可能なモンスターが出るまで墓地に送っていって、呼び出せるモンスターが出れば、そのまま特殊召喚するぜ!」

 

 城之内が狙うのは「あのカード」――この状況を打破しうる1枚。

 

「だが、もしもそのカードがお前の宣言したレベルのカードだった時は特殊召喚せずに、そのまま墓地に送る!」

 

「なら……レベル7を選択じゃ!」

 

 梶木が選んだのは《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》のレベル――梶木の知る城之内のデッキの中で警戒に値する1枚。

 

「なら《名推理》の効果でカードを墓地に送っていき――来たぜ! 呼び出すモンスターは――」

 

 

 デッキのカードが墓地に送られていき、ついにモンスターカードに辿り着く。海面を押しのけ現れるのは――

 

 

――コイツの力、貸して貰うぜ!!

 

 

「――レベル6!! 《人造人間-サイコ・ショッカー》!!」

 

 

 エスパー絽場とのデュエルで手にした1枚――大会でのデュエルが出来なくなるかもしれないエスパー絽場に代わって城之内がその雄姿を見せるべくデッキに投入する決意を固めた1枚。

 

 

 その城之内の心意気に報いらんと《人造人間-サイコ・ショッカー》はいつもらしからぬ雄叫びを上げ、その赤いスコープから赤い光線を放つ――やる気は十分どころではないレベルである。

 

《人造人間-サイコ・ショッカー》

星6 闇属性 機械族

攻2400 守1500

 

「くっ! モンスターを呼ばれてしもうたか! じゃが! ソイツのパワーくらいじゃ、ワシのシーステルスを突破することは――」

 

 そう梶木が言い終える前にフィールドに異変が起こる。

 

 

「なんじゃ、これは!? 海がどんどん引いて行っとる!?」

 

 そう、この力は――

 

「《人造人間-サイコ・ショッカー》の効果だ! ――コイツがフィールドにいる限り、お互いのフィールドの罠カードの効果は発動されず、効果も無効化されるぜ!!」

 

 やがて互いの膝ほどまであった海水はたちまち消えていった。

 

「くっ……永続罠《忘却の海底神殿》の《海》として扱う効果が無効になった訳か!!」

 

「これでシーステルスを今度こそ封じたぜ!!」

 

 《人造人間-サイコ・ショッカー》の罠封じの力は梶木の永続罠《潜海奇襲(シー・ステルス・アタック)》には天敵ともいえる相手だった。

 

「じゃがソイツの攻撃力じゃ、ポセイドラは超えられんぜよ!!」

 

「だったら超えられるヤツを呼ぶまでだ!」

 

 しかし、梶木はそれだけで攻略できるような相手ではないことは実際に対峙している城之内が誰よりも理解している。

 

「墓地の《カーボネドン》を除外して、デッキからレベル7以下のドラゴン族通常モンスター、《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》を特殊召喚!!」

 

 何度でも舞い戻る城之内のエースたる《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》が翼を広げ、咆哮を上げる。

 

真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)

星7 闇属性 ドラゴン族

攻2400 守2000

 

「そんでもって《融合》を発動だ!! 俺はフィールドのレッドアイズと手札の融合素材の代わりになれる《心眼の女神》を融合!!」

 

 《心眼の女神》の力により《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》の身体は進化を遂げ、白い外骨格でより逞しくなっていき――

 

「融合召喚!! 悪魔の力宿りし竜!! 《ブラック・デーモンズ・ドラゴン》!!」

 

 《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》の時と何ら代わらぬ赤き眼光を光らせ《ブラック・デーモンズ・ドラゴン》がその白き骨格に覆われた悪魔の如き絶対的なる姿で眼下を見下ろし、城之内の頭上で咆哮を上げる。

 

《ブラック・デーモンズ・ドラゴン》

星9 闇属性 ドラゴン族

攻3200 守2500

 

「ここに来て、攻撃力3000オーバーのモンスターか!!」

 

 驚嘆の声を上げる梶木だが、まだ城之内の進撃は終わってはいない。

 

「まだだ! 俺は魔法カード《埋葬されし生贄》を発動! これでこのターン俺が2体のリリースが必要なアドバンス召喚の際に、代わりに互いの墓地のモンスターを1体ずつ除外できる!」

 

 周囲から黒い影のような亡者の嘆きが木霊する。

 

「もっとも、このカードを発動した後、俺はモンスターを特殊召喚できねぇがな! 俺の墓地の《アックス・レイダー》と、梶木! お前の墓地の《海皇子(かいおうじ)ネプトアビス》を除外して召喚だぁ!!」

 

 周囲の亡者に混じる《アックス・レイダー》と《海皇子(かいおうじ)ネプトアビス》だったが、その亡者たちと共に天へと昇っていく。

 

 

「稲妻の戦士は数多の試練を超え、今! 伝説(レジェンド)となる!!」

 

 やがて周囲にイナズマがいくつも落ち始め――

 

「――現れろ!! 《ギルフォード・ザ・レジェンド》!!」

 

 ひときわ大きなイナズマが落ちたと共に現れたのは黒い鎧に身を包んだ大柄な戦士。

 

 その顔の目元は角のある仮面により隠され、赤い髪が背中の茶色いマントと共にはためく。

 

《ギルフォード・ザ・レジェンド》

星8 地属性 戦士族

攻2600 守2000

 

「そして召喚された《ギルフォード・ザ・レジェンド》の効果発動! 俺の墓地に存在する装備魔法カードを可能な限り、俺の戦士族モンスターに装備できる!!」

 

 《ギルフォード・ザ・レジェンド》が大地に手をかざすと、散っていった戦士たちの魂たる武器が、力を貸すぞと言わんばかりに並び立つ。

 

「俺は墓地の装備魔法――《天命の聖剣》と《聖剣カリバーン》を戦士族の《ギルフォード・ザ・レジェンド》に装備!!」

 

 その内の2本の剣を手に取った《ギルフォード・ザ・レジェンド》はそのむき出しの剛腕で2本の剣をまるで長らく共に戦い抜いた相棒の様に軽く振った。

 

「装備魔法《聖剣カリバーン》を装備したモンスターの攻撃力は500アップするぜ!」

 

 やがて剣を振り終えた《ギルフォード・ザ・レジェンド》の力を認めるように2本の剣は小さく脈動する。

 

《ギルフォード・ザ・レジェンド》

攻2600 → 攻3100

 

「さらに装備魔法《聖剣カリバーン》の更なる効果! 1ターンに1度、俺のライフを500回復する!!」

 

 《聖剣カリバーン》に奔る青いラインが淡く光を放ち、城之内のライフを僅かに回復させる。

 

城之内LP:450 → 950

 

「攻撃力3000超えのモンスターが2体か……じゃが! 前のターン発動した速攻魔法《海竜神の怒り》の効果でそれ以上モンスターを呼ぶスペースはないぜよ!!」

 

 大型モンスターを並べ、梶木の罠カードも封じた今この時こそ攻め時な城之内だが、梶木の言う通り、残る2つのモンスターゾーンはこのターンの終わりまで使うことは出来ない。

 

「だったらバトルだ!」

 

 城之内は歯痒い想いを抱きながらも突き進む。

 

「《人造人間-サイコ・ショッカー》! 《伝説のフィッシャーマン》に攻撃しろ! サイバー・エナジー・ショック!!」

 

 《人造人間-サイコ・ショッカー》の手にチャージされるエネルギーが放たれる前に《伝説のフィッシャーマン》はシャチを突撃させ、相手の視界を奪ったうえで回り込み、眉間を狙い(もり)を打つ。

 

 だがシャチに肩を噛まれようが《人造人間-サイコ・ショッカー》の鋼鉄の身体は怯みなどしない。

 

 寧ろ《伝説のフィッシャーマン》の狙いを察し、回り込んだ先にエネルギー弾を放ち(もり)ごと《伝説のフィッシャーマン》を粉砕した。

 

「ぐっ! フィッシャーマンが!!」

 

梶木LP:3000 → 2450

 

 シャチを殴り飛ばしながらダメージを受ける梶木へと手を立ててクイッと動かし、挑発する《人造人間-サイコ・ショッカー》。

 

「次だ! 《城塞(じょうさい)クジラ》をぶった切れ! 《ギルフォード・ザ・レジェンド》!! レジェンド・ブレイバー!!」

 

 そんな《人造人間-サイコ・ショッカー》の横を通り抜けて《城塞(じょうさい)クジラ》へと向かう《ギルフォード・ザ・レジェンド》。

 

 無数に放たれる《城塞(じょうさい)クジラ》からの砲弾の嵐も、《ギルフォード・ザ・レジェンド》の二刀から繰り出される剣捌きに全て切り裂かれて行く。

 

 そして遊戯との一戦を思い出させるようにその砲弾を足場にして跳躍。

 

 宙を浮かぶ《城塞(じょうさい)クジラ》の上を取った《ギルフォード・ザ・レジェンド》の渾身の二連撃が《城塞(じょうさい)クジラ》を地に落とす。

 

 《城塞(じょうさい)クジラ》が地に落ちた際の衝撃を受ける梶木。

 

「ぐぅうううう!!」

 

梶木LP:2450 → 1600

 

「最後は《海皇龍 ポセイドラ》を粉砕しろ! 《ブラック・デーモンズ・ドラゴン》!  メテオフレア!」

 

 《海皇龍 ポセイドラ》の水のブレスと《ブラック・デーモンズ・ドラゴン》の炎のブレスがぶつかり合う。

 

 水と炎――単純な相性で言うのならば水が制するこのぶつかり合い。

 

 しかし《海皇龍 ポセイドラ》の水のブレスが炎によって気化していく。

 

 そして拮抗していた筈のブレスのせめぎ合いの均衡が崩れ、《海皇龍 ポセイドラ》は灼熱の炎でその身を焼かれた――その海竜の強固な甲殻もその炎の前では意味をなさない。

 

 炎のブレスの余波の斬撃が梶木を焼く。

 

「ぐぁああああああああ!!」

 

梶木LP:1600 → 1200

 

「俺はバトルを終了し、カードを2枚伏せてターンエンドだ!」

 

 《人造人間-サイコ・ショッカー》を起点に大きく盤面を盛り返した城之内は「どうだ!」と言わんばかりにターンを終える。

 

「更に! このエンド時にフィールド魔法《融合再生機構》の効果でこのターン融合召喚に使用したモンスター1体、《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》を手札に回収するぜ!」

 

 そして城之内の手札へとスゥっと姿を薄めた黒き竜が舞い戻るが――

 

 

「ならワシもそのエンド時にコイツを発動するぜよ! 速攻魔法《海皇の咆哮》!! この効果で墓地のレベル3以下の海竜族モンスター3体を特殊召喚!」

 

 その《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》にどこからか怒りを向けるような咆哮が木霊する。

 

「蘇るんじゃ! 《海皇の重装兵》! 《深海のディーヴァ》! 《イマイルカ》!」

 

 やがてその怒りに応えたのは、大盾の魚人に、人魚の歌姫、そして小さなイルカ。

 

《海皇の重装兵》

星2 水属性 海竜族

攻 0 守1600

 

《深海のディーヴァ》

星2 水属性 海竜族

攻 200 守 400

 

《イマイルカ》

星2 水属性 海竜族

攻1000 守1000

 

「一気にモンスターを3体も!?」

 

「どんなもんじゃい! ――じゃが、《海皇の咆哮》を発動したターンはワシはモンスターを特殊召喚できんがの!」

 

 しかし今は城之内のエンドフェイズだ。あまり意味はないデメリットである。

 

「さらに永続罠《潜海奇襲(シー・ステルス・アタック)》の効果も使わせて貰うぜよ!」

 

「なにっ!? ソイツは俺のサイコ・ショッカーの効果で無効にされてる筈!?」

 

 城之内の言う通り、《人造人間-サイコ・ショッカー》の前ではいかなる罠も意味をなさない。だが例外的なものもある。

 

「いや、無効化される前に除外した《海皇の狙撃兵》をフィールドに戻すだけじゃ! コイツは特殊召喚じゃなく『戻す』じゃけぇ速攻魔法《海皇の咆哮》のデメリットとは無関係じゃ!」

 

 既に「終わった効果処理」は後から無効化されようにも止まりはしない。

 

 速攻魔法《海皇の咆哮》の呼びかけに応じた3体の海竜族たちの列に並ぶ《海皇の狙撃兵》。

 

《海皇の狙撃兵》

星3 水属性 海竜族

攻1400 守 0

 

「さらに前のターンに発動した速攻魔法《海竜神(リバイアサン)の怒り》で封鎖されたお前のモンスターゾーンの封鎖が解けるぜよ」

 

 これで城之内を縛る制限はない――だが城之内のターンは既に終わっている為、今すぐどうこう出来る話ではないが。

 

 

 

「まさか《伝説のフィッシャーマン》が倒されるとはのう……やるな、城之内! じゃが海の男はこのままじゃ終わらんぜよ! ワシのターン! ドロー!」

 

 エース格が次々と倒されたにも関わらず、まだまだ気力十分な梶木の姿に城之内は気を引き締める。

 

 先のターンでモンスターを全滅させたにも関わらず、今の梶木のフィールドには低ステータスとはいえ、モンスターが4体――どうとでも挽回できる布陣だ。

 

「ワシは墓地に残った最後の《フラッピィ》の効果を使って、墓地の《海竜(リバイアドラゴン)-ダイダロス》を蘇生じゃ!!」

 

 最後の《フラッピィ》の力により三度舞い戻る《海竜(リバイアドラゴン)-ダイダロス》。

 

 その瞳には海と真正面からぶつかり合う城之内を認めるかのような色が映る。

 

海竜(リバイアドラゴン)-ダイダロス》

星7 水属性 海竜族

攻2600 守1500

 

 だが梶木は内心で渋い顔をつくる。

 

――ここで《海竜(リバイアドラゴン)-ダイダロス》の効果をお見舞いしてやりたいが……

 

 城之内のフィールドの《人造人間-サイコ・ショッカー》を視界に入れる梶木。

 

――《人造人間-サイコ・ショッカー》の罠封じの効果で永続罠《忘却の海底神殿》の自身を《海》と扱う効果は無効になっとる……なら!

 

「ワシはここで魔法カード《マジック・プランター》の効果で永続罠《忘却の海底神殿》を墓地に送り2枚ドロー!!」

 

――何も全て吹き飛ばすだけが芸じゃないぜよ!

 

 崩れていく海底神殿を余所に新たに引いたカードで戦法の切り替えに踏み切った梶木だが、すぐさま城之内の声が響いた。

 

 

「待ちな、梶木!! なら俺はコイツを使うぜ! 速攻魔法《月の書》を発動! フィールドのモンスター1体を裏側守備表示にする! 俺は《人造人間-サイコ・ショッカー》を裏側守備表示に!」

 

 《人造人間-サイコ・ショッカー》がヒラリとその身を翻し、カードの裏側を手で持って身を伏せて裏側守備表示になる。

 

 

――このタイミングで《人造人間-サイコ・ショッカー》の罠封じの効果を捨てたじゃと!? ……なら城之内の最後のセットカードは罠カードか! じゃが使わせん!

 

 その姿に梶木は僅かに思考に耽るも、取る手は変わらない。

 

「ワシは墓地の《海皇龍 ポセイドラ》の効果を使うぜよ! このカードはワシのフィールドのレベル3以下の水属性モンスター3体をリリースして、墓地から特殊召喚できるんじゃ!」

 

 地面から間欠泉のような水柱が3つ立ち上る。

 

「ワシはフィールドの《海皇の重装兵》と《海皇の狙撃兵》! そして《深海のディーヴァ》の3体をリリースし――」

 

 その水柱にその身を捧げる3体のモンスターたち。そして――

 

「――海の王者よ! 暴風となりて! 真なる力を示せ! 来いっ! 《海皇龍 ポセイドラ》!!」

 

 その3つの水柱が一つになり、そこから《海皇龍 ポセイドラ》が怒りの咆哮を上げながらフィールドに再臨した。

 

《海皇龍 ポセイドラ》

星7 水属性 海竜族

攻2800 守1600

 

「自身の効果で特殊召喚に成功した《海皇龍 ポセイドラ》の効果を発動じゃァ!!」

 

 《海皇龍 ポセイドラ》を起点に周囲に暴風が吹き荒れる。

 

「フィールドの魔法・罠カードを全て持ち主の手札に戻す!!」

 

「なんだと!?」

 

 その強力な効果に城之内は驚くが、それだけではない――「海皇」たちの効果も城之内を襲う牙となる。

 

「さらに! 水属性モンスターの効果によって墓地に送られた《海皇の重装兵》と《海皇の狙撃兵》の効果も発動じゃ!」

 

 最後の力を振り絞り大盾を構えた《海皇の重装兵》とボウガンで狙いを定める《海皇の狙撃兵》。

 

「それぞれの効果により《海皇の重装兵》は表側のカード――装備魔法《天命の聖剣》を! 《海皇の狙撃兵》は城之内のセットカードを破壊するぜよ!!」

 

 このデュエル中、城之内の危機を救ってきた《天命の聖剣》と最後の頼みの綱のセットカードが今、砕かれる。

 

「させっかよ!! 俺はその効果にチェーンして、最後のリバースカードオープン! 罠カード《重力解除》を発動! フィールドの全ての表側のモンスターの表示形式を変更する!」

 

 

 そしてチェーンは逆処理され――

 

 

 罠カード《重力解除》の効果で梶木の《海皇龍 ポセイドラ》と《イマイルカ》が超重力により地面に叩きつけられ守備表示になる。

 

 それは城之内の《ギルフォード・ザ・レジェンド》と《ブラック・デーモンズ・ドラゴン》も例外ではない。

 

 

 そして《海皇の狙撃兵》が城之内のセットカードに向けて放った水の銃弾は城之内のセットカードが既に発動されていた為に、明後日の方向へと飛んでいき、

 

 《海皇の重装兵》の特攻が、装備魔法《天命の聖剣》を《ギルフォード・ザ・レジェンド》の手から弾き、

 

 最後に《海皇龍 ポセイドラ》の効果で残ったフィールドの魔法・罠カードを全て持ち主の手札に弾き飛ばした。

 

 だが《海皇龍 ポセイドラ》の放った暴風はそれだけでは終わらない。

 

「さらに! 《海皇龍 ポセイドラ》の効果で3枚以上のカードを手札に戻したとき、城之内! オメェのフィールドのモンスターの攻撃力を戻した数×300ダウンさせるぜよ!!」

 

 《海皇龍 ポセイドラ》の効果によりそれぞれの手札に戻ったのは――

 

 城之内のフィールド魔法《融合再生機構》と装備魔法《聖剣カリバーン》。

 

 梶木の永続罠《潜海奇襲(シー・ステルス・アタック)》。

 

 この3枚――条件は満たしている。

 

「戻したカードはちょうど3枚じゃ! よって900ポイントダウンじゃ!」

 

 《海皇龍 ポセイドラ》の雄叫びと共に暴風は《ギルフォード・ザ・レジェンド》と《ブラック・デーモンズ・ドラゴン》の力を削り取っていく。

 

《ブラック・デーモンズ・ドラゴン》

攻3200 → 攻2300

 

 そして《ギルフォード・ザ・レジェンド》の剣は暴風に吹き飛ばされ、城之内の足元に突き刺さる。

 

《ギルフォード・ザ・レジェンド》

攻3100 → 攻2600 → 攻1700

 

「だが俺のモンスターは全員守備表示! 大した意味はねぇぜ!!」

 

 3体のモンスターの守りを突破するのは容易ではないと返した城之内だが、梶木の奥の手は此処からであった。

 

「そいつはどうじゃろうな! ワシはこのカードを発動じゃ!」

 

 そして発動されるのは――

 

 

「――魔法カード《蛮族の狂宴LV(レベル)5》!!」

 

 

「なにっ! そのカードは!?」

 

 城之内も良く使うカード《蛮族の狂宴LV(レベル)5》を梶木が使ったことに目を見開く城之内。

 

「なにもお前だけのカードじゃないぜよ!! ワシはこのカードの効果で墓地のレベル5の戦士族モンスターを2体まで特殊召喚!!」

 

 水飛沫が2つ上がり――

 

「戻ってこい!! 《伝説のフィッシャーマン》! 《伝説のフィッシャーマン二世》!!」

 

 そこから飛び出したのはシャチに乗った漁師の師弟――そして親子のような《伝説のフィッシャーマン》と《伝説のフィッシャーマン二世》。

 

《伝説のフィッシャーマン》

星5 水属性 戦士族

攻1850 守1600

 

《伝説のフィッシャーマン二世》

星5 水属性 戦士族

攻2200 守1800

 

「お前も知っての通り、《蛮族の狂宴LV(レベル)5》で呼んだモンスターは効果が無効化され、このターンは攻撃できんぜよ!」

 

 しかしこれで梶木のフィールドに水属性のモンスターが追加された。よって――

 

「じゃが、フィールドの水属性モンスターを2体墓地に送ることで《城塞(じょうさい)クジラ》も何度でも蘇る!」

 

 《城塞(じょうさい)クジラ》の重低音のいななきが空気を震わせる。

 

「ワシは《イマイルカ》と《伝説のフィッシャーマン二世》をリリースして、特殊召喚!!」

 

 《イマイルカ》と《伝説のフィッシャーマン二世》が天へと跳躍し、宙で水となって弾ける。

 

「――再浮上せよ!! 《城塞(じょうさい)クジラ》!!」

 

 やがてそこに浮かび上がったのはその巨体で悠然と眼下を見下ろす《城塞(じょうさい)クジラ》。

 

城塞(じょうさい)クジラ》

星7 水属性 魚族

攻2350 守2150

 

 

 これで梶木のフィールドには攻撃力2000オーバーのモンスターが3体。

 

 

「だ、だが! ソイツだけじゃ俺の布陣は――」

 

 しかし城之内のフィールドも3体のモンスターが守りを固めている。

 

 梶木にも4体目のモンスターである《伝説のフィッシャーマン》がいるが、《蛮族の狂宴LV(レベル)5》のデメリットにより攻撃には参加できない。

 

 

 ゆえに城之内の布陣を突破してもダイレクトアタックには届かない――そう、「このまま」なら。

 

 

「慌てるな、城之内! オメェに真の海の男を見せてやる!!」

 

「真の海の男!?」

 

 梶木から飛び出した謎のフレーズに思わず聞き返す城之内。

 

 梶木のフィールドに並ぶ《城塞(じょうさい)クジラ》、《海皇龍 ポセイドラ》、そして《海竜(リバイアドラゴン)-ダイダロス》という切り札クラスのカードが並ぶ中に更なる切り札クラスのカードが並ぶのかと。

 

「そうじゃ! このカードはワシのフィールドの《伝説のフィッシャーマン》をリリースすることで、更なる力を宿す――まさに究極の海の男のカードじゃ!!」

 

 歴戦の海の男が更なる試練を掻い潜り、辿り着く境地。

 

「ワシはフィールドの《伝説のフィッシャーマン》をリリースして特殊召喚!!」

 

 《伝説のフィッシャーマン》が天へ加速していき、その身を更なる次元へと高めていく。

 

「――積み重ねた年月が! 伝説を更なる次元へと押し上げる! 見ろッ! 海の男が辿り着いた境地!!」

 

 やがて天から光の柱が梶木の背後に立ち――

 

 

 

「――《伝説のフィッシャーマン三世》!!」

 

 

 

 そこから真なる姿を現すのは額に赤いクリスタルが光る強靭に、そしてより巨大な姿となったシャチ。その巨体が躍り出る。

 

 その背には(もり)をボウガンに装着した得物を持つ若さ溢れる海の男の姿がある――だが、その瞳は長きに渡り紡がれてきた教えに基づいた老獪さが見て取れた。

 

《伝説のフィッシャーマン三世》

星7 水属性 戦士族

攻2500 守2000

 

 その攻撃力は2500――絶対的に高いと言うわけではない。だが城之内は如実に感じとっていた。

 

「なんだよ……このカードは……」

 

 《伝説のフィッシャーマン三世》から発せられる強大なプレッシャーを。

 

「これぞ海の男の中の男! 《伝説のフィッシャーマン三世》じゃ!」

 

 梶木の力強い声が城之内の意識を引き戻す。

 

「そして《伝説のフィッシャーマン三世》は戦闘・効果で破壊されず、魔法・罠のカードも受けん! 文字通り、あらゆる困難をものともせず! 決して倒れぬ海の男ぜよ!!」

 

 しかし意識を引き戻した城之内が聞いたのは、絶対的ともいえる《伝説のフィッシャーマン三世》の耐性効果――その前には殆どのカードが無力だ。

 

「その力を見せちゃる!!」

 

 だが《伝説のフィッシャーマン三世》の力はそれだけではない。

 

「特殊召喚に成功した《伝説のフィッシャーマン三世》の効果発動!! 相手フィールドのモンスターを全て除外する!!」

 

 その梶木の声と共に巨大なシャチへと合図を送った《伝説のフィッシャーマン三世》が城之内とそのモンスターの視界から消えた。

 

「なんだと!?」

 

 驚く城之内を余所に《伝説のフィッシャーマン三世》は空中で3つの(もり)をボウガンで射出し、《ギルフォード・ザ・レジェンド》と《ブラック・デーモンズ・ドラゴン》、そして裏側守備表示の《人造人間-サイコ・ショッカー》をその場に縫い付ける。

 

 そして身動きの取れなくなった3体のモンスターたちは突如として姿を現した巨大なシャチに横合いから次々に喰いつかれ、海へと沈められていった。

 

「俺のモンスターが……!!」

 

 梶木のフィールドに泳ぎ戻った巨大なシャチに着地した《伝説のフィッシャーマン三世》は静かに城之内を見据える。

 

「じゃが、安心せい城之内――この効果を使ったターン、《伝説のフィッシャーマン三世》は攻撃できん」

 

 しかし梶木のフィールドには他の3体の攻撃力2000オーバーのモンスターがいる為、安心など出来るものではない。

 

「さらに相手の除外されたカードを全て墓地に戻すことで、そのターン相手が受ける戦闘・効果ダメージを1度だけ倍に出来る!!」

 

 とはいっても、城之内のライフは僅か950――使う必要はない。

 

「――が、城之内! オメェの除外されたカードは墓地に戻すと厄介じゃから、この効果を使いはせんがの!」

 

 それに加え、城之内の除外されたカードの中には墓地にあってこそ真価を発揮するカードも多い為、下手にこの効果を使えば梶木の首を絞めることになることは明白だった。

 

「邪魔者の掃除だけで十分じゃ! バトル!! 《城塞(じょうさい)クジラ》!! 城之内に止めのダイレクトアタックじゃ! ボンバー・エアレイド!!」

 

 先のターンの雪辱を果たすべく《城塞(じょうさい)クジラ》の背中の砲門が城之内へと照準が合わせられる。

 

そして砲弾による爆撃が敢行された。城之内の視界を奪うほどに降り注ぐ砲弾の雨。

 

 

 

 しかしその城之内の前に光が灯る。

 

「終わってたまるかよ!! 俺は墓地の永続罠《光の護封霊剣》を除外して効果発動! このターン、相手モンスターのダイレクトアタックを封じる!!」

 

 光の正体は光で構成された十字の剣、《光の護封霊剣》。その《光の護封霊剣》が《城塞(じょうさい)クジラ》の砲弾の雨から城之内を守るように盾のように立ち塞がる。

 

 

 周囲を爆炎が覆ったが、その煙が晴れた先の城之内は健在――そして《光の護封霊剣》も立ち塞がるような輝きは衰えてなどいない。

 

「まだ防御カードを隠しとったか!」

 

「これが最後の最後だけどな……」

 

 そう梶木に返した城之内の言葉通り、城之内の墓地の攻撃を防ぐようなカードは品切れだ。文字通り後がない。

 

「ならワシはカードを1枚セットしてターンエンドじゃ」

 

 梶木が伏せたのは当然、《海皇龍 ポセイドラ》の効果で手札に戻った城之内に苦境を課してきたカード永続罠《潜海奇襲(シー・ステルス・アタック)》。

 

 このカードの発動時に《海》は何度でも舞い戻るのだ。

 

「このエンド時に前のターンに永続罠《忘却の海底神殿》で除外した《海皇の狙撃兵》が戻ってくる予定じゃったが、肝心の永続罠《忘却の海底神殿》が既にないから不発じゃ」

 

 防御カードだけでなく、ギャンブルカードも出し尽くした模様の城之内の姿はまさに虫の息――だが梶木はここで手を抜くつもりなど毛頭ない。

 

「さしずめ、これが最後のターンってヤツじゃな」

 

 そんな梶木の声に城之内は返す言葉はない。

 

 次の城之内のターンで最低でも《海竜(リバイアドラゴン)-ダイダロス》をどうにかしなければ、全体破壊効果で何を呼ぼうとも全て吹き飛ばされてしまうのだから。

 

 

 今の城之内の手札は5枚と多いが、その内の3枚は既に中身の割れたもの。この状況を打破できるカードではない。

 

 ゆえに実質の手札は2枚――少し心もとない。

 

 

「――ッ!! 俺のターン! ドロー!」

 

 だが城之内の瞳に諦めなど見られはしない。城之内の知る「真のデュエリスト」たちはどれ程のピンチでも前を向くのだから。

 

「墓地の《伝説の黒石(ブラック・オブ・レジェンド)》の効果を発動!」

 

 《伝説の黒石(ブラック・オブ・レジェンド)》が城之内の闘志に呼応するように赤く輝く。

 

「墓地のレベル7以下のレッドアイズ――《真紅眼の遡刻竜(レッドアイズ・トレーサードラゴン)》をデッキに戻して、墓地の《伝説の黒石(ブラック・オブ・レジェンド)》を回収!」

 

 そしてその赤き鼓動が城之内の手札に加わった。

 

「俺はカードを1枚セットして、魔法カード《手札抹殺》を発動! 互いは手札を全て捨てて、捨てた分だけドローだ!!」

 

 新たに5枚のカードを引いた城之内――文字通り最後のドローになるやもしれないが、城之内に迷いは見えない。

 

 

 その城之内の闘志にデッキは応えるが、まるで城之内を試すような手札だ。

 

――これは!? 一か八かになっちまうが……行くしかねぇ!!

 

 

「俺は手札から《ジャンク・ブレイカー》を通常召喚!!」

 

 六角ボルトに棘の付いたハンマーを手に黒いマントをはためかせて着地するのは銀色の身体を持つ戦士。

 

《ジャンク・ブレイカー》

星4 地属性 戦士族

攻1800 守1000

 

「そして《ジャンク・ブレイカー》の効果を発動! このカードを召喚した俺のメインフェイズにこのカードをリリースすることで――」

 

 その《ジャンク・ブレイカー》はハンマーを振り上げ――

 

「――フィールドの表側表示のモンスターの効果をターンの終わりまで全て無効にする!!」

 

 己の命を燃やすかの如く力を込めて地面へと振り降ろす。

 

魔 封 鎚(ハンマー・オブ・スリーピング)!!」

 

 地面に叩きつけられたハンマーの衝撃はフィールド全体の大地を揺らし、空間を押しつぶすような力場を生みだし梶木の4体のモンスターたちを地に縫い付ける。

 

 

「ワシのモンスターが!?」

 

 梶木が海を味方に付けるというのなら、城之内は大地を味方に付けた一撃。

 

 

「さらに魔法カード《死者蘇生》を発動! 墓地のモンスターを1体蘇生させる! 来いっ! 《鉄の騎士 ギア・フリード》!!」

 

 地上に降ろされた梶木のモンスターたちに対峙するのは、全身を隙間なく黒い鎧で身を固めた《鉄の騎士 ギア・フリード》。

 

《鉄の騎士 ギア・フリード》

星4 地属性 戦士族

攻1800 守1600

 

「ソイツで攻め込む気か城之内! じゃが、お前のセットした装備カードを装備したとしても、攻撃力は足りんぜよ!!」

 

 城之内が《手札抹殺》の前に伏せたカードを言い当てる梶木――しかし少し違う。装備させるのは《鉄の騎士 ギア・フリード》であって、《鉄の騎士 ギア・フリード》ではない。

 

「梶木! お前が『伝説』の真の海の男で来るなら、俺は『伝説』のソードマスターで迎え撃つぜ!」

 

「伝説のソードマスター?」

 

 オウム返しに尋ねた梶木に城之内は誇るように語る。

 

「おうよ! デュエルモンスターズ界にはな――その昔、そのあまりの強さゆえに『敵無し』とまで言われたソードマスターが居たんだぜ!!」

 

 その剣士は鍛え上げた肉体と剣技だけで数多の相手から勝利を勝ち取ったという。

 

「その『伝説』の戦士の剣は! 『天』を割り、『地』を砕き――『海』すら裂いた!!」

 

 そのあまりの巨大な力はいらぬ争いの火種になる程であった。

 

「あまりの強さに、自らに枷を課す必要すらあった程だ!! その枷を! 封印を! 今、解き放つ!!」

 

「枷じゃと? ――ッ! ま、まさか!?」

 

 城之内の言った「枷」との言葉に梶木は《鉄の騎士 ギア・フリード》を再度視界に入れる。

 

 《鉄の騎士 ギア・フリード》の全身を覆う鎧は防具ではなく、「枷」である可能性に辿り着いた梶木。

 

 

「魔法カード《拘束解除》を発動!!」

 

 

 《鉄の騎士 ギア・フリード》の全身を覆う黒い鎧が音を立ててひび割れていき、その隙間から光が溢れる。

 

「俺のフィールドの《鉄の騎士 ギア・フリード》をリリースすることで、手札またはデッキから真の力を解き放つ!!」

 

 そしてその鎧のヒビは全身に広がっていき――

 

 

 

 

 

 砕けた。

 

「――枷を解き放ち、現れよ! ソードマスター!! 《剣聖(けんせい)-ネイキッド・ギア・フリード》!!」

 

 周囲に鎧の残骸を吹き飛ばしながら現れた鋼の如き肉体を持つ戦士が雄叫びを上げ、空気を震わせる。

 

 その装備は腰布と手足のバンテージ程度――その動きを、力を阻害するものは何もなく、雄叫びにより伸びきった黒い長髪が揺れていた。

 

剣聖(けんせい)-ネイキッド・ギア・フリード》

星7 光属性 戦士族

攻2600 守2200

 

 ここに舞い戻った伝説の剣士――海の猛者たちを前にしてもその心は揺れはしない。

 

「ここで! 《剣聖(けんせい)-ネイキッド・ギア・フリード》に装備魔法《神剣-フェニックスブレード》と《メテオ・ストライク》! そしてセットしておいた《聖剣カリバーン》を装備!!」

 

 《剣聖(けんせい)-ネイキッド・ギア・フリード》の手に不死鳥の力を持つ剣が、星の力が、そして王の風格漂う剣が装備されていく。

 

剣聖(けんせい)-ネイキッド・ギア・フリード》

攻2600 → 攻3100 → 攻3400

 

「この瞬間! 《剣聖(けんせい)-ネイキッド・ギア・フリード》の効果発動! このカードが装備カードを装備した時、相手モンスター1体を破壊する!!」

 

 《剣聖(けんせい)-ネイキッド・ギア・フリード》に装備されたカードは3枚。よって――

 

「《海皇龍 ポセイドラ》と《城塞(じょうさい)クジラ》、そして《海竜(リバイアドラゴン)-ダイダロス》を破壊!!」

 

 《剣聖(けんせい)-ネイキッド・ギア・フリード》は剣を手に突き進む。

 

 

 《海皇龍 ポセイドラ》の牙を、爪を、そして尾の先の槍すらも剣でそれらの切っ先を僅かに逸らし最低限の動きで捌き、懐に入り込んで一刀の元に断ち切り、

 

 

 《城塞(じょうさい)クジラ》から放たれる砲弾の壁を3本の剣で寸分なく切り裂きながら突き進み、

 

 

 最後の手段と《城塞(じょうさい)クジラ》の巨大な角による一撃も、その剣で受け止め、角と共にその巨体も両断し、

 

 

 そして《海竜(リバイアドラゴン)-ダイダロス》の水のブレスも切り裂いて跳躍。頭上から兜割りの如く剣を振り下ろす。

 

「させんぜよ! リバースカードオープン! 永続罠《潜海奇襲(シー・ステルス・アタック)》!」

 

 だが、《海竜(リバイアドラゴン)-ダイダロス》はその長大な身体を地面に鞭のように叩きつける。

 

「このカードを発動した際に《海》を発動させる! 墓地の《海》として扱う墓地のフィールド魔法《伝説の都 アトランティス》を発動じゃぁ!」

 

 その瞬間に、その地面から間欠泉のように勢いよく海水が噴出し、周囲を海に変えていき――

 

「さらに《海》があるとき、1ターンに1度! ワシの水属性モンスターを1体除外して、ワシの表側の魔法・罠カードが破壊されんようになるぜよ!」

 

 そして《剣聖(けんせい)-ネイキッド・ギア・フリード》の剣があと僅かで《海竜(リバイアドラゴン)-ダイダロス》に届く寸前に――

 

「躱すんじゃ! 《海竜(リバイアドラゴン)-ダイダロス》!!」

 

 《海竜(リバイアドラゴン)-ダイダロス》は海に潜り、その姿を隠した。

 

「くっ……よりにもよってダイダロスが!?」

 

「如何に『伝説の戦士』と言えども、海の底までは追ってこれんじゃろ!」

 

 城之内が確実に仕留めて置きたかった《海竜(リバイアドラゴン)-ダイダロス》は今や海の底ならぬ、除外ゾーンの中――《剣聖(けんせい)-ネイキッド・ギア・フリード》の剣は届かない。

 

 

「そして《ジャンク・ブレイカー》の効果で《伝説のフィッシャーマン三世》の効果が無効になったことで、フィールド魔法《伝説の都 アトランティス》のパワーが受け取れるぜよ」

 

 海に降り立った《伝説のフィッシャーマン三世》は久しく受けた海の恩恵に己が力を高めていく。

 

《伝説のフィッシャーマン三世》

攻2500 守2000

攻2700 守2200

 

「これで、よしんばネイキッド・ギア・フリードの攻撃で《伝説のフィッシャーマン三世》を破壊出来てもワシのライフは500ばかり残るぜよ! それだけあれば十分じゃ!!」

 

 梶木の言う通り、3400までその攻撃力を上げた《剣聖(けんせい)-ネイキッド・ギア・フリード》の攻撃が通っても、梶木の残り1200のライフは削り切れない。

 

 

 しかし意味のない仮定だ。今の梶木には永続罠《潜海奇襲(シー・ステルス・アタック)》の恩恵があるのだから――ゆえに単純な攻撃力は無力。

 

 先のターンでモンスターを破壊から守る装備魔法《天命の聖剣》を失ったことが尾を引いている。

 

 

 そんな中で梶木はポツリと呟く。

 

「じゃが一つ聞くぜよ、城之内――なんで攻撃力の高い方の《伝説のフィッシャーマン三世》を破壊せんかったんじゃ?」

 

 梶木のフィールドで攻撃力が一番低かったのは《城塞(じょうさい)クジラ》だ。

 

 どちらにせよ梶木のライフは僅かに残るが、普通はダメージの多い選択をするもの。

 

 

 さらに《城塞(じょうさい)クジラ》も仲間を守る厄介な効果を持っているが、《伝説のフィッシャーマン三世》はそれを上回るあらゆる破壊をも通じぬ絶対的な守りを持つ。

 

 先程の城之内の状況ならば、《伝説のフィッシャーマン三世》の効果が《ジャンク・ブレイカー》の力で無効になっている隙に破壊しておくべきだと梶木は語る。

 

「いや、違うぜ梶木……」

 

 しかしそうポツリと零す城之内――そう、梶木の推測は「前提」から間違っていた。城之内の最後の一手は――

 

 

「俺は《伝説のフィッシャーマン三世》も『破壊するつもり』だ!」

 

 まだ終わってはいない。

 

「俺にはこのターンしか残されてねぇからよ!!」

 

 梶木の手札は0――だが、このターンのエンドフェイズに戻ってくる《海竜(リバイアドラゴン)-ダイダロス》の存在。

 

 次のターンで発動される効果を防ぐ手は今の城之内にはない。

 

 

 ゆえに城之内には文字通り、後などないのだ。

 

「俺は! 墓地の最後の魔法カード《シャッフル・リボーン》を除外して、フィールドの《メテオ・ストライク》をデッキに戻してカードを1枚ドローする!!」

 

 《剣聖(けんせい)-ネイキッド・ギア・フリード》が装備する星の力が光の粒子となって天へと昇っていく・

 

 

「梶木…………もし俺が今、引くカードが装備カードだったら、どうだ?」

 

 これこそが城之内の最後の最後の一手。その城之内の狙いを察した梶木は挑発的に笑う。

 

「成程の――まさに最後の大博打ってわけじゃな!」

 

 そう、このドローは最後の城之内のギャンブル――このドローで装備魔法を引かなければならない。

 

 城之内の残りデッキはそう多くはないが、だとしてもその中で装備魔法を引く確率は決して高くはない分の悪い賭けだ。

 

 

 そして梶木の言葉に軽く城之内は頷き、デッキに手をかける。その城之内の手が僅かに震えているのは恐れゆえか、それとも武者震いか。

 

 

「ッ!! ――ドロォオオオオ!!」

 

 やがて城之内は己がデュエリストの全てを込めてカードを引き抜いた。

 

 

 

 天がほほ笑むのは果たして――

 

 






大漁旗 鉄平「えっ!? ちょっと待って貰えます!? 此処で《伝説のフィッシャーマン三世》が使われたってことはワイのデッキはどうなるんでっか!?」


伝説のフィッシャーマン三世「安心しろ! 鉄平殿のデッキはキチンと『ある』とのことだ!! ただ出番が遥か先過ぎるだけで!!」





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第99話 ボーイ! 光のデュエルを……



前回のあらすじ
城之内「どのくらい装備魔法がデッキに入っているのか、俺も忘れちまったよ……」





 

 

 城之内の最後のドローに水族館の観客たちは皆、息を呑む。

 

 圧倒的な実力を有していた梶木の海の攻防に何度弾き飛ばされようとも喰らいつき、ついには梶木の喉元にまで迫った城之内の姿に観客たちは拳を握りしめていた。

 

 

 そんな観客の一人、本田もまた拳を握りしめながら静まり返った観客席で内心で願う様に叫ぶ。

 

――行けっ! 城之内ッ!!

 

 

 

 

 

 

 その本田の内心の声が城之内には届くことはない。だが不思議とその本田の声援に背を押される様に動いた城之内は――

 

「ドロォオオオオ!!」

 

 魂の底から引きずり出したかのような咆哮と共にカードを引き抜いた。

 

 

 

 そんな城之内がカードを確認するよりも先に《剣聖(けんせい)-ネイキッド・ギア・フリード》は《伝説のフィッシャーマン三世》へと突き進む。

 

 

 海の加護を得たことで水を得た魚の如く軽快な動きで巨大なシャチを操り、《剣聖(けんせい)-ネイキッド・ギア・フリード》の二刀の剣に(もり)をぶつけ合う《伝説のフィッシャーマン三世》。

 

 そして海で動きの鈍った《剣聖(けんせい)-ネイキッド・ギア・フリード》の一瞬の隙を突いて巨大なシャチが1本の剣をその牙で奪い取り、さらには《伝説のフィッシャーマン三世》のボウガンでの打撃により、もう1本の剣が弾かれ、海に落ちる。

 

 

「梶木……」

 

 無手となった《剣聖(けんせい)-ネイキッド・ギア・フリード》に《伝説のフィッシャーマン三世》の(もり)が迫る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――俺の勝ちだ」

 

 だが虚空から現れた武器を背中越しに掴み取った《剣聖(けんせい)-ネイキッド・ギア・フリード》――そこに城之内への迷いや疑いなどはない。

 

 

 そしてその武器――《稲妻の剣》から放たれた剣戟の一閃が《伝説のフィッシャーマン三世》の(もり)を弾き、帯電する剣の電撃により海の男と巨大なシャチの動きは僅かに止まる。

 

 

 一瞬だった。

 

 

 すぐさま身体の自由を取り戻し、再度反撃に出た《伝説のフィッシャーマン三世》だったが――

 

 それよりも僅かに早く《剣聖(けんせい)-ネイキッド・ギア・フリード》が上段から振り下ろした剣が《伝説のフィッシャーマン三世》を相棒のシャチ共々両断した。

 

 

 

 海へと還る《伝説のフィッシャーマン三世》を見届けつつ梶木は《剣聖(けんせい)-ネイキッド・ギア・フリード》の手に新たに装備された剣を見る。

 

 

 それは城之内が引ききった装備魔法《稲妻の剣》――戦士族モンスターの攻撃力を800アップさせるカード。

 

 そのイナズマは所持者の反応速度まで高める逸品ゆえに、《剣聖(けんせい)-ネイキッド・ギア・フリード》の動きは先程の比ではない。

 

剣聖(けんせい)-ネイキッド・ギア・フリード》

攻3400 → 攻4200

 

 

 

 これで梶木のフィールドに守り手は誰もいない――海が波打つばかり。

 

 

 そんな中、梶木は城之内を真っ直ぐに見つめ声を張る。

 

「来い!! 城之内!!」

 

「ああ! 最高のデュエルだったぜ!! 梶木!! 《剣聖(けんせい)-ネイキッド・ギア・フリード》でダイレクトアタック!!」

 

 城之内の声に背を押され、《剣聖(けんせい)-ネイキッド・ギア・フリード》は梶木に向けて剣を振りかぶり――

 

 

 梶木はその戦士の姿と城之内の姿をしっかりと見据えたまま、その剣戟を受け止めた。

 

 

梶木LP:1300 → 0

 

 

 そして梶木のライフが0になったことを知らせる音が辺りに響き、少し遅れて観客席からの喝采が2人のデュエリストを包んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、力を出し切ったゆえかその場で大の字に倒れる梶木。

 

「くぁ~! 負けちまったぜよ!!」

 

 そんな梶木の悔し気な言葉が聞こえるも、その顔は負けたにも関わらず楽しそうな笑みを浮かべていた。

 

 その梶木に歩み寄り手を差し伸べる城之内。梶木はその手を握り、起き上がりながら賛辞を贈る。

 

「強ぉなったのう、城之内!!」

 

 城之内の勝利を自分のことのように喜ぶ梶木――その瞳は何処までも真っ直ぐだ。

 

 

 まだ素人同然だった頃の城之内を知る梶木は、これ程までに城之内が実力を上げる為に並大抵では済まない努力をしてきたことをデュエルで感じとったゆえに、唯々城之内の勝利を祝う。

 

 しかし勝者である城之内は握手に応じつつもどこか肩を落としていた。

 

「いや、ギリギリの勝負だったぜ、梶木……俺のギャンブルカードがちょっとでもハズレてたら……きっと――」

 

 城之内のデッキにはギャンブル要素のあるカードが多い。

 

 ゆえに今回の梶木とのデュエルのように恐ろしいまでに成功することなどまずないのだ。本来ならいくつかはハズれ、手痛いしっぺ返しを受ける。

 

 幸運に恵まれに恵まれて「ギリギリ」の勝負だったのならと考えると、梶木とのデュエリストとの差が分からぬ城之内ではない。

 

 

 

 そんな城之内の姿を見た梶木は握手していた手を放し、プールに向けて合図を送り――

 

 その合図を受け取った水族館のヒーロー、シャチのシャチ子は水中から飛び出し、城之内へ向けて軽くタックルを敢行。

 

 

 大型の生物のタックルに城之内が耐えられる訳もなく、軽く飛ばされ尻餅を打つ城之内。

 

「な、何すんだ!」

 

 痛む尻を押さえながら梶木に当然の抗議の声を上げるが――

 

「そんな詰まらんことで悩むんじゃねぇぜよ、城之内!」

 

 梶木から返ってきたのは城之内にとって中々に辛辣な言葉だった。

 

 

「つ、つまんねぇことねぇだろ!」

 

 城之内にとっては「今の方向性でいいのか」と悩む深刻なものだったゆえに城之内はいきり立つように返す。

 

「いーや、つまらん! 『勝負の流れ』ってモンを引き寄せるのもデュエリストの力じゃろ!」

 

 その言葉を城之内に放った梶木の瞳はいつものように揺らぎは見られない。そこには何の後ろ暗い感情もなく、ただ城之内に「胸を張れ」と言外に伝えていた。

 

「それにお前が本当に悩むべきなのは『このデュエルでの感覚を忘れんこと』じゃろうが!! しっかりせい! それでもワシに勝った男か!」

 

 

 本当に梶木は気持ちの良い程に真っ直ぐだった。負の感情など感じさせぬまでに突き抜けて。

 

 その真っすぐさは城之内が今の「ギャンブルデュエル」のスタイルを定めてからずっと何処かでくすぶっていた悩みが吹き飛んだ程だ。

 

「………くっ……フッフフ、ハハハッ!」

 

 そのあまりの精神的な衝撃に城之内は思わず笑う。

 

 ある程度「強くなった」実感のようなものを感じていた城之内だったが、今の自身などまだまだヒヨッコなのだと思い知らされて、そして――

 

 

 今なら決闘者の王国(デュエリストキングダム)でキース・ハワードが城之内の前で声を上げて笑った意味を如実に感じ取れたゆえに。

 

 

 それは「自分にはない輝き」を見つけたときの何とも言えぬ「喜び」の感情。

 

「何をそんなに笑っとるんじゃ?」

 

 かなりの呆れ顔を見せながらそう零す梶木だが、城之内は笑いが止まらない。

 

「梶木……お前スゲェよ、本当にスゲェ」

 

 これでは「どちらが勝った」のか本当に分からない程だった。

 

 

 そんな何処か吹っ切れた城之内の姿に梶木は再度握手を求める。

 

「おかしなヤツじゃな……じゃが、次デュエルするときはこうはいかんぜよ! ワシが必ず勝つからのう!!」

 

 その何処までも真っ直ぐな梶木の姿に城之内は梶木に握手を返し、その想いに応えるように言い放つ。

 

「いや、次も俺が勝って見せるぜ!!」

 

 

 そんな2人を称えるように水族館中に観客たちの拍手が木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 梶木とのデュエルを終え、水族館を後にした城之内たち。

 

 そんな中で城之内は6枚集まった手元のパズルカードを見てニヤニヤしていた――本戦を突破した喜びが溢れ出ているようだ。

 

「じょ、城之内君……嬉しそうだね……」

 

 その城之内の姿に言葉を濁す御伽を余所に本田は感慨深く呟く。

 

「いや~まさか城之内のヤツが本戦出場を決めちまうとはなぁ――いや、こんだけ強くなってりゃおかしくもねぇか!」

 

「うむ、見事じゃったぞ、城之内。じゃがまだ予選を勝ち上がっただけじゃ――本戦では今までよりもっと熾烈を極めるデュエルになる筈じゃ! 覚悟しておくんじゃぞ?」

 

 一方の双六は年寄りくさくなってしまうと思いつつも、パズルカードを見ながら顔を緩める城之内に気を引き締めるように促す言葉を送るが――

 

「へへっ、望む所だぜ!!」

 

 城之内は拳を握りながらキリッとした表情で返した後で、再びパズルカードを視界に収め頬を緩ませる。

 

 

 そんな城之内の姿に、今は予選突破の喜びに浸らせてやろうと双六は小さく溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなバトルシティでの平和な一幕の陰にて人知れず戦うものたちがいた。

 

 捕らえられたグールズの構成員たちをKCのフロアの一角へ運ぶKCスタッフの一団――その先頭で長い黒髪を揺らす女性、『響 みどり』は険しい表情を浮かべていた。

 

 そんな中、到着したフロアの一角は野戦病院ともいえる様相をかもしている。

 

「ツバインシュタイン博士。捕縛したグールズ構成員5名とレアハンターが1人です。牛尾さんの話によるとレアハンターの方は『洗脳から自力で脱した可能性もある』そうです」

 

 そう一息にツバインシュタイン博士に言い切った響みどり。

 

 その背後ではKCスタッフがグールズの構成員を一人ずつストレッチャーのようなものに縛り付けていく。

 

「おや、Ms.響。ご苦労様です。大まかな話は聞き及んでいますよ――確か『パンドラ』と呼ばれているレアハンターだとか」

 

 ツバインシュタイン博士はカルテをパラパラめくった後、個性的な姿のパンドラに目を向けながらマジマジとその姿を眺めていた。

 

「はい、その後、再び洗脳によって『意識の乗っ取り』が成されたとの話です」

 

「おおっ! つまりグールズの首領との接触に成功した訳ですか! 何か新しい情報は――」

 

 その響みどりの言葉にツバインシュタイン博士は大きく目を見開くが――

 

「いや、その……牛尾さんの報告によると玲子さ――北森さんが早々に沈めてしまったらしく……」

 

 そう言葉を濁す響みどりを余所にパンドラの顎の打撃痕を眺めて一人納得するツバインシュタイン博士。

 

「ふむ、そうでしたか……なら、取り合えず彼は他の患者よりも先んじて脳波だけでも取っておきましょう。おーい、そこの君! 彼を先に頼むよ!」

 

 北森が意識を沈めた相手なら早々起きることはないだろうと、研究員の一人に声をかけてパンドラを一足先に運ばせたツバインシュタイン博士。

 

 そんなツバインシュタイン博士にグールズの受け渡しのチェックをしながら響みどりは思わず声をかける。

 

「そういえば何故グールズの構成員の脳波を逐一取るのですか? 治療とは関係ないですよね?」

 

 その響みどりの言葉に行方不明者リストの中から捕らえたグールズと特徴が合致している者がいないかを機械でチェックをかけるツバインシュタイン博士は感嘆の息を漏らす。

 

「おや、中々鋭いですね――Ms.響は確か教員志望でしたな。これは将来有望そうだ」

 

「いえ、これくらいは……」

 

「いやいや謙遜しなくても大丈夫ですよ――ヴァロン君なら『博士に任せるぜ!』ですからね」

 

 謙遜する響みどりにツバインシュタイン博士はバトルジャンキーが服を着て歩いているような青年を脳裏に浮かべつつ続ける。

 

「信用してくれているゆえなんでしょうが、一研究者としてはもう少し興味を持って貰いたいものです」

 

「フフッ、彼らしいですね」

 

 響みどりは軽く笑うがツバインシュタイン博士はどこか呆れ顔だった。

 

「全くですな――それで『脳波』を取る理由ですが、単純にグールズの構成員の『その後の人生』の為ですね」

 

「『その後』……ですか?」

 

 そして疑問への回答へと話題をシフトするツバインシュタイン博士に響みどりは興味深そうに相槌を打つ。

 

「ええ、彼らが行った犯罪行為はグールズの首領によって操られていただけのものですが、それをある程度証明する必要があります」

 

「それで脳波が関係していると」

 

 そんな出来の良い生徒っぷりを見せる響みどりにツバインシュタイン博士も上機嫌だ。

 

「はい、操られた人間の脳波は全て同じです――不気味な程にね。恐らくグールズのトップの脳波と照らし合わせれば全く同じになる筈です」

 

 そこまで話したツバインシュタイン博士はふと手を止め、思い出すかのように今現在、ツバインシュタイン博士側で把握している情報を開示していく。

 

「出身地はエジプト、年齢は15歳前後、男性、性格はかなり感情的で直情的、幼少期はかなり閉鎖的な環境で育っていますね。さらに姉か兄にあたる人物がおそらく協力者としている筈です」

 

 つらつらとグールズのボス、マリクの情報がとめどなく並べられていく。

 

「そして精神的にかなり不安定だ――解離性同一性障害、いわゆる多重人格障害の疑いもあります。現在は安定しているようですがね」

 

「………脳波だけで、そこまで分かるものなんですか?」

 

 どこか引き気味の響みどり――もはや個人を特定できそうな勢いである。

 

「とんでもない――今までのプロファイリングを加味した結果ですよ」

 

 しかしツバインシュタイン博士はイヤイヤと首を振る。

 

 此処までの情報は神崎に対処を願い出た『様々な方々』からの情報提供、もとい被害報告などからプロファイリングした結果である。

 

「まぁ結局のところ、実際に会ってみなければこのデータがどこまで正しいのか分かりませんけどね」

 

 そう肩をすくめるツバインシュタイン博士――だがイシズが聞けば茶を噴き出して驚きそうな程に的中している。

 

 

 

 

 ちなみに『様々な方々』からの被害報告のせいでマリクに逃げ場がなくなっている事実に神崎が「どうすれば……」と頭を抱えていたが、イシズが千年タウクで見た「マリク、フルボッコな未来」でお察しの通り、既に殆ど諦めているのは余談である。

 

 

 

 

 

 

 

 

「がぁああああああああ!!」

 

 そんな和気あいあいとした教師と教え子のような雑談を切り裂くような絶叫が一室に響き渡る。

 

「ッ! 何事ですか!!」

 

「ああ、『また』ですか」

 

 異常事態だと判断した響みどりが警戒態勢を取るが、ツバインシュタイン博士は溜息を吐いて音の先を見やる。

 

「『また』?」

 

「はいはい、今、行きますよー」

 

 響みどりの疑問を余所に、ツバインシュタイン博士はスタスタと声の先にいる簡易ベッドに縛り付けられたグールズの方へと向かっていく。

 

「どれどれ……ああ、『アレ』ですね。では――」

 

 そして特に錯乱しているかのように暴れるグールズに大きな問題がないことを確認した後――

 

 

 

 

 

 

 

「――ソイッ!!」

 

「ぐべしっ!!」

 

 ツバインシュタイン博士の拳がグールズを強かに打ち据えた。

 

 

「 えっ 」

 

 

 唖然とする響みどりを余所に、簡易ベッドの上でグッタリもとい、ぐっすりと眠るように意識を失っているグールズの構成員の一人。

 

「お見苦しいところを見せてしまって申し訳ない、Ms.響。それで先程のプロファイリングの件ですが――」

 

 そして先程の衝撃的な光景などなかったかのようにスタスタと響みどりの方へと戻りながら会話に戻るツバインシュタイン博士。

 

「い、いや! 待ってください、博士!! 今のは!!」

 

「おや? どうかしましたか?」

 

 響みどりの烈火の如き追及にツバインシュタイン博士は首を傾げて見せる――その姿は何を問題にしているのだろうと言わんばかりだ。

 

「『おや? どうかしましたか?』じゃなくて! 何をしているんですか! 一応貴方は医者でしょう!!」

 

 そんなツバインシュタイン博士に向かって見事なノリツッコミを披露する響みどり――ナイスリアクション。将来有望である。

 

 ツバインシュタイン博士はその剣幕に頬をかきながら冷や汗を流すが――

 

「いや、私は一介の『研究者』なんですが…………まぁいいでしょう。先程の当て身の件ですが――彼らはグールズの首領に操られ、『命令』されております」

 

 そう言えば響みどりの前でこの「処置」をしたのは初見だったと思い至り、ツバインシュタイン博士は事情の説明へと移行していく。

 

「それゆえに、『脳を揺らし、その機能を制限』することで洗脳のくびきから『一時的に脱している』――此処まではご存知ですよね」

 

「は、はぁ、それは存じていますが……」

 

「ですが、ある程度まで『脳の機能が回復』すると、ああして『命令を実行すべく動きだす』んですよ」

 

 それを「させない」為にグールズの構成員たちを縛り付けているのだと言外に示すツバインシュタイン博士――だがそれだけでは先ほどの錯乱染みた状態の説明が付かない。

 

「しかし、此処まで拘束されていては当然、動くこと等できません――ですが彼らは『そんなことは関係なく』動こうとします」

 

 微妙に困惑から抜け出せない響みどりを余所にツバインシュタイン博士の授業は進み、集中していない生徒の意識を引き戻す様に質問が投げかけられる。

 

「するとどうなるでしょう?」

 

「………諦めて他の方法を模索する――ではないのですか?」

 

「確かに普通に命令されたものならその通り、『他の方法を模索する』でしょうね」

 

 響みどりの一般的な答えに一拍置いてツバインシュタイン博士はそう返すが、それだけならどれだけ楽だったかと肩をすくめて見せる。

 

「ですが彼らの場合は『関係なく動き続けます』――その結果、『己の身体が損傷』しようが気にせずにね」

 

 しかし自意識を奪われた彼らにそんな「普通」は当てはまらない。

 

「脳が今の自身の状態を正しく認識していないのですよ」

 

 グールズの構成員はKCにて「保護」されていても、マリクの洗脳から「解放」された訳ではないのだ。

 

「そんな中で偶にああいった『命令』と『自身の状態』とのズレに気付き脳がパニックを起こすものが出てくる訳です」

 

 それこそが先程のグールズの構成員の一人の有様――拘束しなければ起こりえないが、何をしでかすか分からない相手を放置することも出来ない実情がそこにはある。

 

「怪我でもされると困るので、彼らには一様に眠って貰っているのですよ」

 

 溜息を吐きながらそう締めくくったツバインシュタイン博士に響みどりは問いかけずにはいられない。

 

「治療法はないのですかッ!?」

 

 この今現在の有様が雄弁にその答えを物語っている。ないものは――

 

 

 

 

 

 

「ありますよ」

 

 あった。

 

「ならっ!」

 

「数に限りがあります」

 

 治療法が「ある」との答えに希望を浮かべて顔を上げた響みどりだったが、すぐさま希望はツバインシュタイン博士の手により両断された。

 

「だったら、症状を抑えるようなものはないんですか」

 

「それもあるにはありますが、あくまで一時的に症状を抑えるだけなので、また同じことが起こります」

 

 ならばと、別のアプローチを試みる響みどりだったが、ツバインシュタイン博士もモノがあれば、とうに使っている。

 

「薬といえども摂取し過ぎれば毒にもなりますからね――ですので『眠って貰う』のが彼らにとっても我々にとっても『一番良い対処』なんですよ」

 

「そ、そんな……」

 

「Ms.響。貴方の気持ちはよく分かります……私もとても、とても心苦しい」

 

 様々な分野で活躍するツバインシュタイン博士ですらどうにもならない現実に肩を落とす響みどりにツバインシュタイン博士は沈痛な面持ちで元気つけるような言葉を選ぶ。

 

「ですがグールズの首領を捕え、洗脳を解除させるまでの辛抱になります。私は現場に立つことは出来ませんが、それぞれの場で共に頑張ろうじゃないですか」

 

 そう、千年アイテムの一つ、千年ロッドとその所持者を確保すればこの問題は解決するのだ。

 

 

 ツバインシュタイン博士が研究したくてたまらない「千年アイテム」の一つ千年ロッドが手に入れば――

 

 勿論ツバインシュタイン博士にあるのは純粋な慈愛の心みたいなものである。

 

 

 他意はない。ないったらないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてそんな何とも言えぬやり取りは脇に置いて、少し巻き戻り、城之内が梶木とのデュエルに興じている頃――

 

死者の腹話術師LP:4000 → 0

 

「こ、これが……神……!?」

 

 そう言葉を震わせ、河川敷にて尻餅をついているのは痩せこけた体型で口に不気味なマスクを付けた男――死者の腹話術師。

 

 彼の足元には黒いサングラスに米国旗のバンダナをした人形が転がっている。腹話術用の人形であり、キース・ハワードを模してある人形のようだ。

 

 その死者の腹話術師を一蹴の元に付したのはスキンヘッドの頭にいくつものピアスを顔に付けた男――人形。

 

 その「人形」との名は勿論本名ではなく、グールズ間で呼ばれるコードネームのようなものであり、マリクが直に操るとき用のグールズのレアハンターの一人である。

 

 

 しかしその人形の顔には何の感情も浮かんではおらず、ただ怯える死者の腹話術師をじっと見つめていた。

 

 

 ガクガクと膝を震わせる死者の腹話術師――彼のデュエルは完璧な手札、そして布陣であった。しかしたった1枚のカードが全てを覆した。

 

(あん)ちゃんが負けた……!? あの全米チャンプのデッキを完全にコピーした(あん)ちゃんが!?」

 

 そう死者の腹話術師の敗北を信じられないと、恐れおののいているのは紫のコートを着た肥満体型の男――死の物真似師。

 

 2人は兄弟の模様。

 

 そんな死の物真似師に死者の腹話術師は焦ったように声を上げる。

 

「に、逃げるのだ、弟よ! あのカードは人の身でどうにか出来るものではない!!」

 

 死者の腹話術師はマリクの操る人形に完全に目を付けられており、逃げられるような状態ではない。

 

「で、でも(あん)ちゃんを置いてはいけないよ!!」

 

 それゆえに弟の死の物真似師だけでも逃げろと兄として声を上げたのだが、置いてはいけないと返す弟の死の物真似師。

 

 

 麗しい兄弟の絆――絵面は酷いが、それは言わないお約束である。

 

 

 だがそんな2人に人形の口からマリクの声が零れる。

 

『悪いけど2人とも逃がす気はないよ。弟の方にもデュエルしてもらう――遊戯を誘き寄せるエサになって貰う為にね』

 

 マリクはパンドラを通じての会合で遊戯への因縁を大して話せなかったゆえにもう一度会合の場を設けるようだ。

 

 復讐をするにも、マリク側の事情を遊戯が知らなければよく分からない内に終わってしまいかねない為の処置なのだろう。

 

 

 近場にいた相手ゆえにターゲットに選んだようだが、誘き寄せるエサにするにも、もっと適した相手がいるだろうに……

 

 

 

 

 

 

 しかしそんな3人に救世主が降り立つ。

 

「その必要はないぜ、マリク!!」

 

 そこにいたのはご存知の遊戯――先の人形と死者の腹話術師のデュエルの際に召喚された『神のカード』が目印となったようだ。

 

「俺が相手になってやる!!」

 

『神の威光に誘われノコノコやって来たか、うれしいよ』

 

 手間が省けたと死者の腹話術師と死の物真似師の隣を素通りし、遊戯と向かい合うマリクの操る人形。

 

 

 その隙に慌ててこの場から走り去る死者の腹話術師と死の物真似師――通信機片手にKC側に連絡を入れて、増援を呼ぶ辺り遊戯への配慮も一応しているようだ。

 

 

 

 そんな2人がこの場を立ち去ったのを確認した遊戯は人形の先にいるマリクを指さし怒り心頭な面持ちで声を上げる。

 

「まずはソイツを解放しろ! 俺が倒すべきはお前だ! マリク!!」

 

『言われなくても僕が相手をしてやるさ。この人形――パントマイマーの心はその奥底にうずくまっている。だから感情など無い』

 

 怒りに燃える遊戯の姿にマリクはどこか優越感に浸りながら嘲笑う。

 

『つまりコイツはただの器――僕が実際にデュエルするのと大差ないさ』

 

「いい加減にしろ!! コソコソ隠れてないで、俺の前に姿を現せ!!」

 

 他者を操りその影で嗤うマリクに遊戯は怒りを向けるが、そんな遊戯の姿をマリクは悦に入ったように煽る。

 

『いやだね。それじゃあ直ぐに終わっちゃうじゃないか――僕は君の苦しむ姿が見たいんだよ』

 

 しかしマリクはふと思い出したかのように人形に周囲の人の気配を探らせる。キョロキョロと周囲を見回す人形だったが、やがて再度遊戯の方へ向き直った。

 

『あの眼鏡の女はいないようだな』

 

 そうふと零したマリク。パンドラの時のように北森に途中で話を中断させられてはマリクも堪ったものではないのだろう。

 

 

『早速デュエルと行こうか』

 

 そして今回の「死のゲーム」についての説明を始めるマリク。

 

『遊戯、このデュエルに君が負ければこの人形が貴様を殺す』

 

「なっ!?」

 

 回りくどいマネは止めたと言わんばかりのルールだった。遊戯の驚く姿に満足気なマリクの声が続く。

 

『貴様が負けた瞬間に、この人形はどこまでも追い続けて確実に貴様を殺すのさ――少しはやる気になったかい?』

 

「どこまで腐ってやがるんだ……!!」

 

 遊戯が驚いたのは人を直接的に殺す命令すら下せる千年ロッドの力と、マリクの性根だった。

 

 パンドラの時にマリクから僅かに語られた「復讐」との言葉から何か訳があるのかと考えていた遊戯だが、それにしても明らかに度が過ぎている。

 

「なら約束しろ!! 俺が勝ったらソイツを無事に解放すると!!」

 

『いいだろう――まぁ、僕に勝てればの話だけどね』

 

 遊戯の提案をマリクは嗤う――パンドラの時とは違うのだと。

 

 神のカードを相手に、神のカードを持たぬデュエリストが勝てるわけがないとマリクは内心で遊戯を嘲笑う。

 

 

「 『 デュエル!! 」 』

 

 

 ここにマリクの手による復讐劇がついに、ようやく、やっとこさ、本格的に動きだした。

 

 






~今作では何故、「死者の腹話術師」と「死の物真似師」が同時に存在しているのか~

この2名は原作にてペガサス島で遊戯に刺客として、海馬のデッキを使い勝負を仕掛けてくるデュエリストなのだが

コミック版では「死者の腹話術師」

アニメ版では「死の物真似師」

とコミック版の原作がアニメ化する際に変更された為、

今作ではどちらを基準にしようか悩んだ際に――

迷宮兄弟を見て「兄弟設定にしよう!」と決意


よって、今作では「コピーデッキ使い」の兄弟になった。
兄が「死者の腹話術師」で弟が「死の物真似師」である。

ちなみに今作での今後の出番は多分ない。



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第100話 「 8 」を横にすれば「 ∞ 」に見える


マリクin人形VS遊戯 ダイジェスト版です。



前回のあらすじ
マリクin人形「眼鏡……いない?」

遊戯「いない」




 

 遊戯と人形を操るマリクのデュエルは膠着状態に陥っていた。遊戯のフィールドには――

 

 2つの頭を持つ四足の幻獣が白い羽を広げ、尾の先の蛇の頭が口を開けて威嚇音を出す。

 

有翼幻獣(ゆうよくげんじゅう)キマイラ》

星6 風属性 獣族

攻2100 守1800

 

 そんな《有翼幻獣(ゆうよくげんじゅう)キマイラ》の隣で宙に浮かぶのはパンドラとのデュエルでフィニッシャーを飾った《ブラック・マジシャン》の弟子、《ブラック・マジシャン・ガール》。

 

《ブラック・マジシャン・ガール》

星6 闇属性 魔法使い族

攻2000 守1700

 

 その《ブラック・マジシャン・ガール》を守るように《有翼幻獣(ゆうよくげんじゅう)キマイラ》は前に出る。

 

 それは遊戯のフィールドの永続罠《ガリトラップ-ピクシーの輪-》による自分の攻撃表示モンスターが2体いるとき、一番攻撃力の低いモンスターを攻撃対象にさせない効果ゆえだ。

 

 しかしその遊戯の2体の仲間たちは黒い金属で網目状に交差した丸いドーム状の檻、魔法カード《悪夢の鉄檻》に遊戯共々囚われていた。

 

 

 やがてその魔法カード《悪夢の鉄檻》を発動しているマリクは操る人形越しにねめつけるように問いかける。

 

「どうだ、遊戯? 鉄檻の中で自由を奪われた気分は……屈辱? それとも絶望か? ――それが墓守の一族の……ボクの背負わされた宿命だ!」

 

 そして声を荒げながら遊戯を指さし宣言するマリク、もといマリクの操るパントマイマーこと人形。

 

「ファラオである貴様への復讐を遂げた時、ボクは真の自由を手にする! そしてボクが新たなファラオとなる!」

 

 そう復讐心を露わにするマリクに名もなきファラオの方の遊戯は内心で考えてしまう。

 

――俺は、マリクの一族に一体、何を……

 

 しかし名もなきファラオである時代の記憶を失っている今の遊戯が如何に考えようとも答えは出ない。しかし今の遊戯には確信を持って言えることが一つだけある。

 

――だが、仮に俺が許されないことをしていたとしても、関係のない人間を巻き込んでいい筈がない!!

 

 だがそんな遊戯の想いを余所に互いのデュエリストを閉じ込めるようにマリクの発動した《ブラック・ガーデン》の黒い茨が周囲を覆い隠す――話し合いが通じるような状況ではなかった。

 

 そこにいるマリクの操る人形のモンスターは――

 

 永続罠《安全地帯》によって守られた白銀の鎧を身に着けた白い虎がその身を伏せて、守備表示を示す――その体躯は王の名に違わず力強い。

 

《王虎ワンフー》

星4 地属性 獣族

攻1700 守1000

 

 そしてその隣に赤いバラのモンスタートークンが葉の手足を伸ばしながら、3体並んでいる。

 

『ローズ・トークン』×3

星2 闇属性 植物族

攻 800 守備 800

 

 更にマリクの魔法・罠ゾーンには魔法カード《悪夢の鉄檻》と永続魔法《補給部隊》が2枚に、そして永続罠《安全地帯》が《王虎ワンフー》を破壊から守り、1枚のセットカードが鎮座する。

 

 ライフに関してはマリクのライフは3000であり、遊戯が初期値のままの4000。ライフアドバンテージはやや遊戯が優勢だが、フィールドのカードの数、手札はマリクが優位に立っていた。

 

 

 しかし遊戯は悔し気に言葉を零す。

 

「くっ……ヤツの魔法カード《悪夢の鉄檻》の効果で攻撃は出来ない……俺は《ブラック・マジシャン・ガール》を守備表示に変更し、カードを2枚伏せて、ターンエンドだ」

 

 《有翼幻獣(ゆうよくげんじゅう)キマイラ》の隣でしゃがみ込んで守備を取る《ブラック・マジシャン・ガール》。

 

 マリクの語った神のカードは3体のモンスターをリリース――つまり生贄に捧げる必要がある厳しい召喚条件を持つカードだ。

 

 だがマリクは魔法カード《悪夢の鉄檻》で攻撃を封じ、更にはトークンを巧みに扱い既に3体の贄を揃えている。さらに――

 

 

「遊戯、貴様のそのエンドフェイズにボクが発動していた魔法カード《悪夢の鉄檻》は2ターン目――よってこのカードは破壊される」

 

 遊戯を覆っていた鉄檻が仕事を終え、煙のように消えていく。

 

「さぁ、いよいよ鉄檻が消える……貴様の命を守ってくれた鉄檻がね……」

 

 そのマリクの言葉通り《悪夢の鉄檻》はプレイヤーの攻撃宣言を制限するカード――ゆえに間接的に遊戯は神のカードの脅威から守られていた。

 

 

 いよいよといった具合にマリクは手札の1枚を見やり、その後、デッキに手をかける。

 

「ボクのターン、ドロー!」

 

 マリクの手札は永続魔法《補給部隊》のドロー加速によって今や8枚――その中に神のカードがいない等という甘い考えは遊戯とてない。

 

「ククク……さぁて、此処からが本番だ――頑張って足掻いてくれよ?」

 

 大いなる力を手札に加えたマリクは遊戯の反応を見るようにそのカードをユラユラと揺らし――

 

「遊戯! 見るがいい、これが神だ! 3体のモンスターを贄に捧げ――」

 

 3体の『ローズ・トークン』が贄となり、赤い光の柱となって天を裂く。

 

 

 

「――降臨せよ!! 『オシリスの天空竜』!!」

 

 

 

 その赤い光の柱が一つとなって弾け、そこから深紅に輝く長大で強靭な身体を持ったドラゴン――否、三幻神の一角たる天空の神が赤き翼を広げ、2つの口の一つから咆哮を上げる。

 

『オシリスの天空竜』

星10 神属性 幻神獣族

攻 ? 守 ?

 

「こ、これが……神……!!」

 

 その咆哮の前に金縛りにあった如く動きを見せない遊戯の姿にマリクは満足気に笑う。

 

「フハハハハハッ! そう! これが三幻神カードのひとつ、『オシリスの天空竜』だ!」

 

 その『オシリスの天空竜』の圧倒的な姿に遊戯は内心で戦慄を見せつつも攻略法を考える。

 

――膝を屈してしまいそうになる程に凄まじいオーラ……天地をも揺るがす神にどう立ち向かう……

 

「考えるだけ無駄さ! オシリスを倒す方法などないね!」

 

 だがそんな遊戯の内心を見透かすようにマリクが強気な姿勢を示すが、今思い出したような仕草と共に語り始める。

 

「おっと忘れるところだった――ボクがカードを召喚したことで、フィールド魔法《ブラック・ガーデン》の効果で召喚されたカードの攻撃力が半減するが――こんな茨が『オシリスの天空竜』に届くことはない!!」

 

 『オシリスの天空竜』に伸びる茨だが、神の威光の前に膝を屈するようにしおれていく。

 

「そして《ブラック・ガーデン》の効果で貴様のフィールドに攻・守が800の『ローズ・トークン』が呼び出される」

 

 遊戯のフィールドに小さなバラが一輪生えるが――

 

『ローズ・トークン』

星2 闇属性 植物族

攻 800 守備 800

 

「だがボクの《王虎ワンフー》がいる限り召喚・特殊召喚された攻撃力1400以下のモンスターは全て破壊される!!」

 

 《王虎ワンフー》の遠吠えにより、『ローズ・トークン』は枯れていき、遊戯のフィールドから消えていく。

 

「くっ……つまりソイツがいる限り、俺は攻撃力1400以下のモンスターを封じられる訳か!」

 

 遊戯は厄介な効果だと険しい顔になるが、『それどころではない』ことを教えてやろうとマリクは神の力を得意気に語り始める。

 

「そして『オシリスの天空竜』のステータスは手札の数×1000!! そして今、ボクの手札には7枚のカード……つまりその攻撃力は7000ポイントということだ!!」

 

 他の追随を許さぬ圧倒的な力が『オシリスの天空竜』から発せられる。

 

 そのステータスは『オベリスクの巨神兵』の攻撃力4000であっても、それを超える4500の攻撃力を持つ《青眼の究極竜(ブルーアイズ・アルティメットドラゴン)》ですら届かぬ数値。

 

『オシリスの天空竜』

攻 ? 守 ?

攻7000 守7000

 

「手札の数だけ無限に攻撃力を高めていく、まさに絶対的な存在!! それこそが『オシリスの天空竜』の力だ!!」

 

 マリクの感情の昂りに呼応するように『オシリスの天空竜』は天を裂くほどの雄叫びを発し、己が力を示す。

 

「バトルと行こうじゃないか――と言っても《有翼幻獣キマイラ》の攻撃力は僅か2100!! 攻撃力が7000のオシリスの一撃を受けて、貴様は終わりだ!!」

 

 守備表示の《ブラック・マジシャン・ガール》を庇うように前に出る《有翼幻獣キマイラ》に『オシリスの天空竜』の強大なプレッシャーが突き刺さるが《有翼幻獣キマイラ》の覚悟は揺るぎはしない。

 

「神の裁きを受けるがいい! 『オシリスの天空竜』で《有翼幻獣キマイラ》を攻撃! 超電導波! サンダー・フォース!!」

 

 

 そしてマリクの宣言と共に『オシリスの天空竜』の口から天のイカズチが如きエネルギーが解き放たれる。

 

 

「迂闊だぜ、マリク!! 俺は『オシリスの天空竜』の攻撃宣言時に罠カード《聖なるバリア -ミラーフォース-》を発動!!」

 

 そのイカズチに晒される《有翼幻獣キマイラ》だったが遊戯の発動した《聖なるバリア -ミラーフォース-》の半透明なバリアが覆い隠す。

 

「相手フィールドの攻撃表示モンスターを全て破壊する!! 『オシリスの天空竜』には消えて貰うぜ!!」

 

 だが『オシリスの天空竜』のイカズチのブレスを受けた《聖なるバリア -ミラーフォース-》はピシリ、ピシリとひび割れていき、やがてあっけなく砕けた。

 

「なにっ!?」

 

「迂闊だと? それは貴様だ、遊戯! 神にその程度のカードが通じるとでも思ったのか!!」

 

 驚きに目を見開く遊戯をマリクは嘲笑う。

 

「『オシリスの天空竜』は『神』以外のあらゆる魔法・罠、そしてモンスター効果を受けない!!」

 

「あらゆる効果を受けないモンスターだと!?」

 

 まさに『オシリスの天空竜』を含めた神のカードは『絶対的』ともいえる耐性を持っている。小細工など早々通用しない。

 

 ゆえにマリクは自信を持って宣言する。

 

「モンスターではない――神だ!!」

 

 まさに『神』――何者も届かぬ領域に存在する力。

 

 

 そして《有翼幻獣キマイラ》は『オシリスの天空竜』のイカズチの裁きを受け、断末魔のような雄叫びを上げ、その余波が遊戯へと向かう。

 

「ぐぁあああああああ!!」

 

 三幻神の一撃はソリッドビジョンを超えて実際の衝撃となって遊戯を襲い、その身体を吹き飛ばす。

 

 

 この戦闘で発生するダメージは4900。一人のデュエリストを屠る程の威力。

 

 それほどの衝撃によりその身体を地に叩きつけられ、倒れ伏す遊戯。

 

「フハハハハハッ!! この程度か! この程度だったか!! 所詮神の前では名もなきファラオといえども敵ではなかったようだな!!」

 

 地に這いつくばる遊戯を見たマリクは、悲願だった復讐を果たしたと高らかに笑う。

 

「さぁ、後は『オベリスクの巨神兵』の所持者を見つけ出し、三枚の神のカードを揃えるとしよう」

 

 そして踵を返し、『オベリスクの巨神兵』の所持者がいると思われる本戦に向けて人形の歩を進めさせるマリク――もうすぐで、復讐が完全な形で終わる事実に胸を躍らせながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、背後から聞こえた地面を踏みしめる音に振り返る。

 

 そこにあったのは傷つきながらも、しっかりと地に足を着けて立ち上がっていた遊戯の姿。

 

遊戯LP:4000 → 100

 

 そのライフは僅かに残されていた。

 

「なにっ!? 何故、生きている!?」

 

 今度はマリクの瞳が驚愕に見開かれる。神である『オシリスの天空竜』の攻撃をどうやって凌いだのかと。

 

「……俺は《聖なるバリア -ミラーフォース-》にチェーンして速攻魔法《虚栄巨影》を発動させて貰ったぜ……」

 

 遊戯は息も絶え絶えに語り始める――勝負はまだ終わってはいないと。

 

「その効果で俺の《有翼幻獣キマイラ》の攻撃力は1000ポイントアップする……」

 

 『オシリスの天空竜』の一撃を受けて半身が消し飛んだ《有翼幻獣キマイラ》がその身を賭して神の一撃を僅かに逸らしていた。

 

「成程な、貴様の《有翼幻獣キマイラ》が攻撃力3100になれば、オシリスとの戦闘で受けるダメージは3900――僅かに命を繋いだか」

 

 事の経緯を把握したマリクは安堵に胸を撫で下ろす――ただの悪あがきだったのだと。

 

 

 しかし遊戯の足掻きはまだ終わってはいない。デュエリストたるものライフが残っている限り闘い続けるのだから。

 

「さらに《有翼幻獣キマイラ》の効果を発動……このカードが破壊されたとき、俺の墓地の《幻獣王ガゼル》か《バフォメット》を特殊召喚する!」

 

 半身が消し飛ばされ、倒れ伏した《有翼幻獣キマイラ》の身体がボコボコと脈動し――

 

「蘇れ! 《幻獣王ガゼル》!! 守備表示だ!!」

 

 そこから額に一本の角の生えた四足の狼のような獣が姿を現し、遊戯を守るようにその身を伏せる。

 

《幻獣王ガゼル》

星4 地属性 獣族

攻1500 守1200

 

「《幻獣王ガゼル》の攻撃力は1500! 《王虎ワンフー》では破壊されないぜ!」

 

 《王虎ワンフー》の召喚・特殊召喚された1400以下のモンスターを破壊する効果を躱しつつ守りを固めた遊戯。

 

「新たなモンスターを呼んだな? 『オシリスの天空竜』の恐るべき能力を見るがいい!!」

 

 しかし神のカードはその上を行く程の力を秘めている。

 

「『オシリスの天空竜』の特殊能力発動! 召・雷・弾!!」

 

 『オシリスの天空竜』の口の上側にあるもう一つの口が開き、球体状の雷撃が《幻獣王ガゼル》を打ち据える。

 

「なにっ!?」

 

「オシリスはいかなる時でも、召喚・特殊召喚・反転召喚された相手のモンスターに2000ポイントのダメージを与える!!」

 

 バトルを終えたにも関わらず《幻獣王ガゼル》へと攻撃を放った『オシリスの天空竜』。

 

 これこそが『オシリスの天空竜』の真骨頂たる力――フィールドの制圧。

 

「よって! その呼び出されたモンスターが攻撃表示なら攻撃力が、守備表示なら守備力が、 2000ポイントダウン!!」

 

 その球体状の雷撃を受けた《幻獣王ガゼル》は助けを求めるように苦し気に叫び声を上げ続ける――だが今の遊戯に成す術はない。

 

《幻獣王ガゼル》

守1200 → 守  0

 

「そしてこの効果を受けたモンスターの対応するステータスが『 0 』のとき! そのモンスターは問答無用で破壊される! 《幻獣王ガゼル》抹殺!!」

 

 やがて雷撃により身を焦がし、倒れ伏した《幻獣王ガゼル》は塵となって消えていく。

 

「そして貴様がモンスターを特殊召喚した段階で、チェーン処理により先んじてフィールド魔法《ブラック・ガーデン》の効果により貴様のモンスターを弱体化させ、ボクのフィールドに『ローズ・トークン』を1体、特殊召喚している!」

 

 その《幻獣王ガゼル》の命を吸った証が、マリクのフィールドの《王虎ワンフー》の横にバラとして咲かせる《ブラック・ガーデン》。

 

『ローズ・トークン』

星2 闇属性 植物族

攻 800 守備 800

 

「だが《王虎ワンフー》の効果で攻撃力1400以下の『ローズ・トークン』は破壊される!」

 

 いくら花を咲かせようとも吹き飛ばすと言わんばかりに《王虎ワンフー》が『ローズ・トークン』をその前足で踏みつぶす。

 

「更に、この瞬間! ボクのモンスターが破壊されたことで 2枚の永続魔法《補給部隊》の効果で2枚ドロー!!」

 

 これによりマリクの手札は増えた。それはつまり――

 

「これでボクの手札は9枚! よって『オシリスの天空竜』の攻撃力は9000に上昇! こうしてオシリスは無限にパワーを上げていくのさ!!」

 

 『オシリスの天空竜』の力の源たるカードが増えたということだ。

 

『オシリスの天空竜』

攻7000 守7000

攻9000 守9000

 

「だが甘いぜ、マリク! プレイヤーは自身のエンド時に手札を7枚以上持つことは出来ない!!」

 

 そう遊戯の言う通り「デュエル」のルールで定められている以上、神であっても覆すことは出来ない。つまり――

 

「よって『オシリスの天空竜』の攻撃力はエンドフェイズに6000まで下がる! 俺のターンのオシリスの攻撃力の最大は6000だ!!」

 

 マリクの言葉に遊戯はそう返すが、攻撃力6000でも十分過ぎる脅威である。

 

「フフフフ……最大6000だと? 甘いな、ボクは無限のパワーと言ったんだ!」

 

 しかしマリクは遊戯をまたもや嘲笑う――「無限のパワー」との言葉に偽りなどないと。

 

「ボクの手札には、更に攻撃力を上げるカードがあるんだよ! 無限の手札を可能にするカードがね! バトルを終了し、永続魔法《無限の手札》を発動!」

 

 デュエルのルールに介入するカード、永続魔法《無限の手札》――このカードがフィールドにて表側表示で存在する限り、互いの手札制限はなくなる。

 

「これでお互いに手札枚数の制限は無くなった!」

 

 手札が1枚減ったことで僅かに力を落とす『オシリスの天空竜』。

 

『オシリスの天空竜』

攻9000 守9000

攻8000 守8000

 

 だが永続魔法《無限の手札》によりエンドフェイズ時に手札が7枚以上あろうとも捨てる必要がなくなる為、『オシリスの天空竜』の力がこれ以上衰えることはない。

 

「そして最後のセットカード永続罠《聖なる輝き》を発動! これで互いはモンスターをセットすることは出来ない!」

 

 互いのフィールドに神の威光たる力が照らされる。

 

 

 これにより互いのプレイヤーはモンスターをセットできない――つまり『オシリスの天空竜』の特殊効果から逃れる術を失った。

 

 

 そしてマリクは意気揚々と宣言する。

 

「これで神の領域が完成した!!」

 

 この領域こそマリクに絶対の勝利を約束する布陣。

 

「このフィールドに揃えた8枚のカードこそ、究極のコンボ、ゴッドエイト!」

 

 神たる1枚、『オシリスの天空竜』にその特殊効果の抜け穴を塞ぐ永続罠《聖なる輝き》。

 

 神に付き従う《王虎ワンフー》とそれを守る永続罠《安全地帯》。

 

 そしてフィールド魔法《ブラック・ガーデン》に永続魔法《無限の手札》と同じく永続魔法《補給部隊》が2枚。

 

 計8枚のカード。

 

 

 これこそが『オシリスの天空竜』の『無限のパワー』を実現させるマリクの必殺の布陣。

 

「完全無欠にして無敵、攻略不可能な神の領域が完成したのさ! ターンエンド!!」

 

 

 圧倒的な陣を敷いたマリクに遊戯の額から汗が落ちる。

 

 辛うじてライフを残したとはいえ遊戯のライフは僅か100――後がないどころではない。

 

 しかし遊戯はパンドラの無念に報いる為にも、更にはマリクの復讐心からなる凶行を止める為にも負けられない。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 そんな想いと共に引き、神、『オシリスの天空竜』を打倒すべく思案する。

 

「クククッ! せいぜい頑張るといい――あがくだけ無駄だけどな。フハハハハッ!!」

 

 だがマリクは遊戯のその姿を今までの鬱憤を晴らすかのように嗤う――マリクの復讐は順調だった。

 

――これが『神』…………だが、あのカードなら……

 

 そう僅かに思案した遊戯は――

 

「俺は魔法カード《マジック・プランター》を発動! 永続罠《ガリトラップ-ピクシーの輪-》を墓地に送り2枚ドロー! …………カードを2枚セットしてターンエンドだ」

 

 必要最低限の動きでターンを終える。

 

 下手にモンスターを呼び出せばフィールド魔法《ブラック・ガーデン》からの《王虎ワンフー》、そして永続魔法《補給部隊》の効果へのルートでマリクの手札が増え、いたずらに『オシリスの天空竜』のパワーを上げる手助けをしてしまうだけだ。

 

 

「ククク、動きを最小限にすればオシリスの攻撃力が上がらないと思っているのなら 浅はかだね!」

 

 

 成す術もない遊戯の姿にマリクはニヤリと頬を歪める――もっと己が味わった苦しみ、苦痛を、その身で味わえと。

 

 

「ボクのターン、ドロー!! 《ヒューマノイド・スライム》を召喚!」

 

 ヌルリと現れたのは黄色い防具で胴体を覆った水色の人型のスライム。

 

《ヒューマノイド・スライム》

星4 水属性 水族

攻 800 守2000

 

「だがコイツの攻撃力は1400以下、よって《王虎ワンフー》の効果により破壊される!!」

 

 しかしすぐさま《王虎ワンフー》の牙に砕かれ、その身を散らす。

 

「お前のフィールド魔法《ブラック・ガーデン》の効果で俺のフィールドにトークンが生まれるが……」

 

「そう《王虎ワンフー》がいる限り無意味だ!」

 

 フィールド魔法《ブラック・ガーデン》が弱体化するモンスターもおらず、呼び出された『ローズ・トークン』は傍から《王虎ワンフー》に破壊されていく為、フィールドに大きな変化はない。

 

「おっと、ボクのモンスターが破壊されたことで、2枚の永続魔法《補給部隊》で1枚ずつドローさせて貰うよ――これでボクの手札は10枚!! よってオシリスの攻撃力は――」

 

 だがマリクの手札は際限なく増えていく。

 

 それに連なり力を高めていく『オシリスの天空竜』――既に素の攻撃力で並べるカードなどありはしないレベルだ。

 

『オシリスの天空竜』

攻10000 守10000

 

「攻撃力1万……」

 

 その圧倒的な力に警戒を見せる遊戯――デプレとのデュエル以来の圧倒的な数値である。やがてマリクは宣言する。

 

「さぁ、オシリスよ! 遊戯を守る最後のしもべ、《ブラック・マジシャン・ガール》を消し飛ばせ!! 超電導波! サンダー・フォース!!」

 

 そして『オシリスの天空竜』から放たれたブレスが天の怒りを示すかの如きイカヅチとなって《ブラック・マジシャン・ガール》の頭上へと降りかかった。

 

 

 イカズチの衝撃が周囲を覆い、互いの視界が覆われる中でマリクはニヤリと笑う。

 

「フフフフフ……魔術師の少女もはかない命だったなぁ」

 

 このイカズチの奔流が晴れた先にあるのは、最後の守りを失い絶望した遊戯の姿があるのだと、マリクは信じて疑わない。

 

 

「そいつはどうかな?」

 

 だが遊戯のその言葉と共に視界が晴れた先にマリクが見たのは巨大な赤い2つの筒――その片側には『オシリスの天空竜』が放った一撃が吸い込まれている。

 

 その2つの巨大な筒を操る《ブラック・マジシャン・ガール》も健在だった。

 

「これは一体ッ!?」

 

「俺はその攻撃宣言時に罠カード《魔法の筒(マジック・シリンダー)》の効果を発動させて貰ったぜ!」

 

 巨大な筒の正体は罠カード《魔法の筒(マジック・シリンダー)》。

 

 片側の筒に集めている神の一撃をもう片方の筒から発射し、跳ね返すマジシャン渾身のトリック。

 

「その攻撃を《魔法の筒(マジック・シリンダー)》で吸収して無効! そしてその吸収した攻撃力分のダメージをマリク! お前に与える!!」

 

 その遊戯の宣言に《ブラック・マジシャン・ガール》が杖をマリクへと向け、《魔法の筒(マジック・シリンダー)》の狙いを定める。

 

 

 三幻神を、「『神』を倒せるのは同じ『神』のみ」だというのなら、神の一撃をそのまま返す遊戯の策だった。

 

――行けるか!?

 

 遊戯の内心の手応えにマリクは余裕の面持ちで返す。

 

「オシリスの、神の攻撃を跳ね返すつもりか……」

 

 だが『オシリスの天空竜』の一撃を吸い込んでいた《魔法の筒(マジック・シリンダー)》 にヒビが入り、《魔法の筒(マジック・シリンダー)》全体へと広がって行く。

 

 その光景を信じられないものでも見るように驚愕の面持ちを見せる《ブラック・マジシャン・ガール》。

 

「なっ!?」

 

「無駄だ!! 神の一撃を受け止める事すら不可能だと知れッ!!」

 

 そのマリクの言葉と共に《魔法の筒(マジック・シリンダー)》は砕け散り、そのまま神のイカズチは担い手である《ブラック・マジシャン・ガール》を消し飛ばした。

 

 魔術師の少女の悲痛な叫びが遊戯に届く。

 

「これで貴様を守る最後のカードも消えた――次のターンで壁となるモンスターが引けるように願うことだ!」

 

 マリクの言う通り今や遊戯の手札は0枚。そしてフィールドはリバースカードを1枚残すのみだ。

 

 次のターンのドローでモンスターを引かなければ己の身すら守るのは難しい。

 

「おっと、雑魚を呼んだところでオシリスの効果の餌食になるがなぁ!!」

 

 さらにマリクの言う通り、ただモンスターを引けば良い話ではない。

 

 《王虎ワンフー》の効果を躱せる攻撃力1500以上のモンスターであり、

 

 『オシリスの天空竜』の効果に耐えきれる攻撃力もしくは守備力が2000以上のモンスターでなければならないのだから。

 

 

――ククク……だがいつまでも守りを固めていられるとは思わないことだ。

 

 仮に遊戯が上記の条件のモンスターで守りを固められたとしても、マリクが表示形式を変更する類のカードを引けば、無意味である。

 

 まさに絶体絶命の状況。

 

「タ ー ン エ ン ド ッ!!」

 

 

 そんな状況にある遊戯の姿にマリクは意気揚々とターンを終える。

 

「フフフ……ハハハハハッ! さぁ、もっと見せてくれよ!! この絶望の中でもがき苦しむ貴様の姿をなぁ!!」

 

 マリクは楽しくて仕方がない――望みに望んだ遊戯の苦しむ姿を最前列で眺めていられるのだから。

 

 マリクの復讐の成就は近い。

 

「くっ……これでも神を倒せないのか……」

 

 頼みの策が不発に終わった遊戯が新たな策を考える姿に内心でマリクは嘲笑う。

 

――そうだ、考えろ。考えるがいい! 考える程に分かるだろう! 貴様が勝つ手段など、残されていない事がなァ!!

 

 

 そして絶望した遊戯に止めを刺す――その瞬間をマリクは待ち望む。

 

 

 

 そのマリクの思惑通りに遊戯は『オシリスの天空竜』の圧倒的な力に成す術がなかった。

 

――これが『オシリスの天空竜』……勝てない、のか……オシリスを倒す手段は…………

 

 遊戯の心に影が差す。

 

 あまりにも絶望的な状況だった。

 

 遊戯が対峙するのは神、『オシリスの天空竜』――あらゆるカードが通じぬ、まさに『無敵』の存在。

 

――『無敵』?

 

 しかし遊戯はその『無敵』との言葉に思い出す。

 

「フッ、そうか――『無敵』か」

 

「恐怖のあまりおかしくなったか? そう! オシリスは攻略不可能な『無敵』の存在だ!!」

 

 この絶望的な状況で笑みを浮かべた遊戯にマリクは「その絶望に膝を屈しろ」と高らかに謳う。

 

 

 しかし遊戯の耳に届いていたのはマリクの言葉ではない――それは過去に立ち会った2人のデュエリストの会話。

 

 

 

『さぁ、キース! ワタシの「無敵」のトゥーンモンスター相手にどう立ち向かいマスカ!』

 

『「無敵」……か。そんなモンはねぇと証明してやるさ!』

 

 

 

 そんなデュエルの最中のやり取りが遊戯の中に木霊する。

 

 

 

 対するは想像を絶する効果を持った無敵の存在――膝を屈するのか?

 

 否

 

 

 対するは絶体絶命の絶望的な状況――諦めるのか?

 

 否

 

 勝機は万が一にもない――戦うこと(デュエル)を放棄するのか?

 

 

 断じて、否

 

 

 

――ただ、()()()()()()()()()!!

 

 その覚悟と共に遊戯の顔から絶望の影が消えた。

 

 

「何だ、その眼は…………ボクが見たいのは貴様が恐怖する姿だ!! この絶望的な状況が分からないのか!!」

 

 この絶望的な状況で遊戯が何故そんな自信に満ちた顔が出来るのかがマリクには分からない。

 

 現実と闘ってこなかった(逃げ続けていた)マリクに分かる筈もない。

 

「マリク!!」

 

 遊戯の真っ直ぐな瞳がマリクを見据える。

 

「『無敵』の存在――ソイツをこのデュエルで打ち破ってやるぜ!!」

 

「ハッ! 何を血迷ったことを。この状況から貴様が勝つ可能性があるとでもいうのか!」

 

 『オシリスの天空竜』を指さし、そう宣言した遊戯にマリクは強がりのような言葉しか返せない。

 

――馬鹿な、この形勢を逆転する方法などあるわけがない。 ハッタリに決まっている……だがあの自信に満ちた顔は何だ!

 

 マリクにあるのは未知への恐怖。

 

「『神の力』を超える俺とカードたちの『結束の力』を見せてやる!」

 

 デュエルモンスターズには数え切れぬ程の数多くのカードが存在し、そのカード毎の組み合わせ、シナジー、コンボ――それは無限と言っていい程だ。

 

 

 

 『オシリスの天空竜』の圧倒的な力? 無限の攻撃力? 無敵の耐性?

 

 

 

 だからどうした。

 

 

 そんな『モノ』に屈する人間は――『デュエリスト』じゃない。

 

 

「結束? 神を超える力? ハハハハッ! 何をバカなことを言っている――神の力を超える力など存在しない!!」

 

 だがマリクにはそれが分からない――神の力に()()()()男には。

 

「俺はお前のエンドフェイズ時にリバーストラップ《裁きの天秤》を発動!」

 

 遊戯の逆転を賭けたリバースカードにより、空に厳かな天秤が浮かぶ。

 

 

 マリクのフィールドには「神の領域―ゴッドエイト」――つまり8枚のカードがあり、

 

 対する遊戯は《裁きの天秤》のみ。

 

「よって俺はその差の数7枚のカードをドローするぜ!!」

 

 やがてマリクの方へと大きく傾いた天秤だったが、天秤が均衡を求めるように遊戯の手札へと光をもたらす。

 

「そして俺のターン! ドロー!! まずはコイツだ! 《ビッグ・シールド・ガードナー》を守備表示で召喚!!」

 

 マリクの永続罠《聖なる輝き》の効果でセットできない為、表側守備表示で召喚された巨大な盾を持つ黒い長髪の男が、その盾を構え遊戯を守るべく膝を付く。

 

 その守備力は2600――『オシリスの天空竜』の効果による一撃にも耐えうるレベルだ。

 

《ビッグ・シールド・ガードナー》

星4 地属性 戦士族

攻 100 守2600

 

「ハッ! オシリスの効果に気を取られるあまり《王虎ワンフー》の効果を忘れてしまったようだな!」

 

 だが《ビッグ・シールド・ガードナー》の攻撃力は僅か100――1400以下の為、《王虎ワンフー》の効果からは逃れられない。

 

「《ビッグ・シールド・ガードナー》の攻撃力は僅か100! 《王虎ワンフー》の効果で破壊だ!」

 

 《ビッグ・シールド・ガードナー》の巨大な盾を飛び越え、その喉元に牙を突き立てる《王虎ワンフー》。

 

「だがその効果にチェーンされたフィールド魔法《ブラック・ガーデン》の効果が先に適用され、ボクのフィールドに『ローズトークン』が特殊召喚される――まぁ、直ぐに《王虎ワンフー》の効果で破壊されるがな!」

 

 そして倒れ伏した《ビッグ・シールド・ガードナー》の命を吸い上げ、赤いバラがマリクのフィールドに咲くが、《王虎ワンフー》によってすぐさま踏みつぶされる。

 

「そして2枚の永続魔法《補給部隊》の効果で2枚ドロー!! これでオシリスのパワーは更に上昇!!」

 

 高まりに高まる己が力に酔いしれるように咆哮を上げる『オシリスの天空竜』――その力にぶつかり合えるものなど、もはや存在しない。

 

『オシリスの天空竜』

攻10000 守10000

攻12000 守12000

 

――《ADチェンジャー》か、良いカードを引いた。これで貴様が壁となるモンスターを呼び出そうとも、コイツの効果で攻撃表示に変更すれば、ボクの勝ちだ!

 

 そして新たに引いたカードに内心で頬を緩めるマリク――これで勝ちは貰ったも同然だと。

 

 

 だが遊戯はそんなマリクを気にもせず手札を切る。

 

「魔法カード《闇の量産工場》を2枚、発動! その2枚の効果の重複で合計4体の通常モンスターを手札に! 《エルフの剣士》・《幻獣王ガゼル》・《デーモンの召喚》・《暗黒騎士ガイア》を回収するぜ!」

 

 《エルフの剣士》・《幻獣王ガゼル》・《デーモンの召喚》・《暗黒騎士ガイア》の4体が遊戯の手札へと帰還する――その4体は壁でも何でも任せてくれと言わんばかりの意気込みがあった。

 

「そして俺はカードを1枚セットし、魔法カード《手札抹殺》を発動! 互いは手札の全てを捨て、同じ数だけドローする!! 俺は手札を7枚捨てて、同じ数だけドロー!」

 

 そのカードたちの覚悟に報いるように遊戯はカードを発動させる――これが神攻略の一手目。

 

「さぁ、マリク! お前の12枚の手札を捨てて、新たに同じだけのカードをドローしろ!!」

 

「何を企んでいるかは知らないが、せいぜいいいカードが引けるように願うんだな!」

 

 自身の《ADチェンジャー》が墓地に送られたことでマリクは内心でほくそ笑む。

 

 それもその筈、《ADチェンジャー》は自身のメインフェイズに墓地で除外することで効果を発動するモンスターだ――マリクからすれば墓地へ送る手間が省けたに等しい。

 

「そしてセットした魔法カード《鳳凰神の羽根》を発動! 手札を1枚捨てて、墓地のカードを1枚デッキの一番上に戻すぜ!!」

 

 炎のような真っ赤な羽根がヒラヒラと遊戯のデッキの一番上へと降りていく。

 

「俺が戻すのは――魔法カード《手札抹殺》!!」

 

「一体何を考えて――ッ! まさか!?」

 

 此処でマリクの余裕は音を立てて崩れ始める――遊戯の「神攻略」の一手を理解したゆえに。

 

「フッ……俺はカードを3枚伏せて、ターンエンドだ!!」

 

 

 だが遊戯は多くを語らず静かにターンを終える。神攻略の策は既に始まっているのだと。

 

 

「ボクのターン! ドロー!!」

 

 マリクの手札が増えたことで『オシリスの天空竜』の力が上昇する。

 

『オシリスの天空竜』

攻12000 守12000

攻13000 守13000

 

 だがマリクはそれどころではない。

 

――コイツ……ボクのデッキを!?

 

 内心でそう確信しつつもマリクは確かめるように遊戯に挑発気に語りかける。

 

「遊戯……まさか神に勝てないからってボクのデッキに狙いを切り替えるとはね――往生際の悪いことだ」

 

 しかしその遊戯の策は1ターン遅い。

 

「だが貴様のフィールドはガラ空き! 神の攻撃を防ぐ手立てはない!! オシリスよ!! 遊戯を消し飛ばせ! 超電導波! サンダー・フォース!!」

 

 『オシリスの天空竜』の口からイカズチが迸るが――

 

「俺は墓地の《超電磁タートル》の効果を発動!! 相手のバトルフェイズを強制終了させる!!」

 

 その口元に磁力の力を身に纏う機械仕掛けの亀、《超電磁タートル》が現れ『オシリスの天空竜』の視界を奪う。

 

「これは神に対する効果じゃない! 如何に神のカードといえども、防ぐことは出来ないぜ!」

 

 そして視界を奪われた『オシリスの天空竜』の一撃はあらぬ方へと向かい、イカズチが放電して周囲を照らす。

 

 

「くっ!! フフフ……」

 

 しかし神の攻撃を躱され、次のターンの遊戯の魔法カード《手札抹殺》によりデッキ切れの危機にも関わらずマリクは嗤う。

 

「何がおかしい……」

 

「おかしいさ! 遊戯、貴様はこれで次のターンに魔法カード《手札抹殺》を発動し、ボクのデッキ切れを狙う魂胆だろうけど――」

 

 遊戯の愚かさをマリクは嘲笑う。

 

「――ボクが何の対策もしていない訳がないだろう!!」

 

 そしてマリクは手札の1枚に手をかける。

 

「ボクはフィールド魔法を再セット!! これでフィールド魔法《ブラック・ガーデン》は破壊される!」

 

 フィールド全体に広がり、2人のデュエリストをドーム状に覆っていた茨が力なくしおれていき、段々と消えていく。

 

「更に《王虎ワンフー》をリリースしてアドバンス召喚!! 来いっ! 《氷帝メビウス》!!」

 

 《王虎ワンフー》が最後の雄叫びを上げ、その身は氷に包まれていく。

 

 やがてその氷塊を砕き、氷のような白さを持つ甲冑に身を包んだ帝が冷気と共に現れた。

 

《氷帝メビウス》

星6 水属性 水族

攻2400 守1000

 

「そしてアドバンス召喚に成功した《氷帝メビウス》の効果を発動! フィールドの魔法・罠カードを2枚まで破壊する! ボクが破壊するのは――」

 

――俺のリバースカードを狙う気か! そうはさせないぜ!

 

 遊戯は自身のリバースカードを守るべくカードを発動させようとするが――

 

「ボクのフィールドの2枚の永続魔法《補給部隊》!!」

 

「自分のカードを!?」

 

 驚く遊戯を余所にマリクの命に従い《氷帝メビウス》は自軍のカードを2枚凍らせ、砕く。

 

「これでボクのモンスターが破壊されようとドローする必要はなくなった!」

 

 そう、マリクの狙いは自身の永続魔法《補給部隊》を遊戯が狙うデッキ破壊に利用されぬ為の対処。

 

「そしてカードを1枚セットしてターンエンド!! 手札が減ったことでオシリスの攻撃力は下がるが――」

 

 《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》の攻撃力に等しい3000もの力を失った『オシリスの天空竜』だが、その圧倒的な力は未だ健在。

 

『オシリスの天空竜』

攻13000 守13000

攻10000 守10000

 

「――今や神の攻撃力は十分過ぎる程の数値だ! 大した問題じゃない!!」

 

 ゆえにマリクには何の不安もない――遊戯が行う神攻略の策を打ち破ったのだから。

 

「フフフ、最後に一つ良いことを教えてやるよ……ボクが今伏せたのは貴様の手札を1枚、抹殺するカード――次の貴様のドロー時にコイツが発動すれば、最後の望みも絶たれるって訳だ」

 

 そう、マリクのデッキ破壊への対応は盤石だった。

 

「ターンエンド!!」

 

 

 だが遊戯の顔に絶望はない――その事実がマリクを苛立たせる。

 

「俺のターン! ドロー!!」

 

 ならばその顔を絶望に歪ませてやるとマリクはリバースカードを発動させる。

 

「貴様のドロー時に罠カード《水霊術-「(あおい)」》を発動!! ボクのフィールドの水属性モンスターをリリースし! 相手の手札を確認した後、好きなカードを1枚墓地に送る!!」

 

 澄んだ青い瞳とその瞳と同じ色の長髪の霊使いの物静かな少女、《水霊使いエリア》が静かに瞳を閉じ、陣を描く。

 

「ボクは《氷帝メビウス》を墓地に送り! 貴様の最後の希望となる魔法カード《手札抹殺》を消し去る!!」

 

 その陣には「葵」の文字が浮かび、水柱が立ち昇り《氷帝メビウス》を包んでいく。

 

 やがて激流となった水柱が遊戯の手札の1枚、《手札抹殺》を打ち抜き、墓地へと押し流した。

 

「これでボクのデッキを破壊するにはそれ相応の手間がかかる――果たしていつまでボクのオシリスの攻撃から逃れられるかな?」

 

 遊戯の逆転の一手を完全に潰したマリクは意気揚々と声を張る――絶望する姿を見せろと。

 

 どの道、遊戯が守備モンスターを用意しようともマリクのメインフェイズに墓地の《AD(エーディー)チェンジャー》を除外して表示形式を変更できるのだから。

 

「俺は魔法カード《無の煉獄》を発動! コイツは手札が3枚以上あるとき、自分のデッキからカードを1枚ドローする!」

 

「またドローカードか? せいぜい良いカードが引けるように願うんだな!」

 

 未だに諦めない遊戯にマリクは苛立ちながら言葉を返すが――

 

「なにを勘違いしているんだ? デッキからカードを引くのはお前だぜ! マリク!!」

 

 遊戯は強気な笑みで返す。

 

「俺は魔法カード《無の煉獄》にチェーンして、罠カード《精霊の鏡》を発動!!」

 

 フィールドの中央に鏡を持った長い髪の精霊が漂う。その鏡に映るのは遊戯の姿。

 

「この効果でプレイヤー1人を対象とする魔法の効果を別のプレイヤーに移し替えるのさ! つまり魔法カード《無の煉獄》の効果でデッキからカードを1枚引きな、マリク!!」

 

 だが精霊が鏡を翻し、その手の中の鏡がマリクの操る人形を映し出す。

 

 これにより魔法カード《無の煉獄》の()()()()()()()()()()()()()

 

「フハハッ! 随分とささやかなデッキ破壊じゃないか! 笑えるよ! この程度ではオシリスの攻撃力をいたずらに上げるだけだ!!」

 

 遊戯が態々2枚のカードを使って破壊したマリクのデッキは僅かに1枚。

 

 デッキ破壊よりも『オシリスの天空竜』の力が増した結果の方が大きい。

 

『オシリスの天空竜』

攻10000 守10000

攻11000 守11000

 

「さらに俺は魔法カード《死者蘇生》を発動! 墓地からしもべを1体呼び戻すぜ!! 今こそお前の出番だ!! 竜破壊の剣士! 《バスター・ブレイダー》!!」

 

 墓地から跳躍し遊戯を守るべく立ちはだかるのは藍色の鎧に身を纏った巨大な大剣を持つ竜狩りの戦士。

 

 そして主君にあだなす神の位階に存在する竜へと大剣を向ける。

 

《バスター・ブレイダー》

星7 地属性 戦士族

攻2600 守2300

 

「竜破壊の剣士だと? たしかにオシリスは竜の名を持つ――だが、その種族は『幻神獣族』! そこらのドラゴンとは一線を画す存在なんだよ!」

 

 《バスター・ブレイダー》は相手のフィールド・墓地に存在する「ドラゴン族」モンスター1体につき攻撃力を500上げる力を持つ。

 

 だがマリクの言う通り『オシリスの天空竜』は「竜」の名を持ってはいてもその種族は『幻神獣族』。

 

 更にはマリクの墓地にもドラゴン族モンスターはいない為、《バスター・ブレイダー》の糧となることはない。

 

「貴様のモンスターが呼び出されたことで、オシリスの効果が発動! 受けろ! 召・雷・弾!」

 

 それどころか『オシリスの天空竜』の効果に晒される運命にある。

 

 そして『オシリスの天空竜』の第二の口から放たれた雷球が《バスター・ブレイダー》を襲う。

 

 神のイカズチを受け、絶叫に近い声を上げる《バスター・ブレイダー》。

 

――耐えてくれ……《バスター・ブレイダー》!

 

 だが遊戯はその身を案じる事しか出来ない。

 

 

 やがて神の効果を耐えきった《バスター・ブレイダー》は苦し気に大剣を大地に突きさし、杖のようにして膝をつく。

 

《バスター・ブレイダー》

攻2600 → 攻600

 

 だが辛うじて倒れはしない。

 

「俺はこれでターンエンドだ!!」

 

 呼びだした《バスター・ブレイダー》で攻撃を仕掛ける訳でもなくターンを終えた遊戯のあり様をマリクは嗤う。

 

「フハハハハハッ! 『神を攻略する』なんて大口を叩いた割にはこの程度か!」

 

 攻略どころか自身の身を守る準備すら出来ていない状況なのだから。

 

「やはりファラオに相応しいのはボク――」

 

 だがマリクがその言葉を言い切る前に轟音が()()()()()()から響く。

 

 

 

 

 マリクの背後に存在していたのはたった1つ。

 

 それゆえにマリクはゆっくりと振り返る――そんな筈がないと自身に言い聞かせながら。

 

 

 

 そのマリクの視界に映ったのは信じられない、否、信じたくないような光景。

 

「オシリス!?」

 

 力なく倒れ伏す『オシリスの天空竜』の姿。そこには先程まであった強大な力も威圧感も何もない。

 

 まさに立ち上がる力すらない程までに弱り切った神の姿だった。

 

「どうした! オシリス――『オシリスの天空竜』!! お前はあらゆる効果が通じない無敵の存在の筈だ!!」

 

 そんなマリクの声にも『オシリスの天空竜』は何も返さない――そんな力すら残ってはいなかった。

 

『オシリスの天空竜』

攻11000 守11000

攻  0 守  0

 

 そのステータスは0――何者すら打ち倒せぬ無力の証。

 

「遊戯ィ! 貴様、神に何をした!!」

 

「俺は『オシリスの天空竜』には何もしちゃいないぜ!!」

 

 マリクは怒りのままに遊戯へと視線を戻すが、そんなマリクを遊戯は指差し返す。

 

「言った筈だ! 俺の敵はマリク!! 貴様だけだとな!!」

 

 そう、遊戯にとってマリクに操られたものたちは被害者――マリクの復讐に巻き込まれただけだ。

 

「確かに『オシリスの天空竜』は無敵に近い程の強大なパワーを秘めている! だが共に戦うデュエリストまでがそうとは限らない!!」

 

「なんだと!?」

 

「魔法カード《無の煉獄》でカードを引いたプレイヤーはそのエンドフェイズ時に自分の手札を捨てなければならないのさ!!」

 

 罠カード《精霊の鏡》によって移された魔法カードの効果は「全て」移された側のプレイヤーが受ける――そのデメリットでさえも。

 

「全ての手札をな!!」

 

 その遊戯の言葉にマリクは茫然自失となってその手からカードが零れるように落ちていく。

 

 今のマリクの手札は0枚。よって――

 

「バカな……神の攻撃力が0だと……」

 

 手札の数が攻撃力に直結する『オシリスの天空竜』の力も0。

 

 自力では起き上がれぬ程に弱った『オシリスの天空竜』の姿はどこか憐れみさえも覚える。

 

 

 やがてマリクは辛うじて意識を引き戻し、震える手でデッキからカードを引く――その震えはマリクの動揺が人形にダイレクトに伝わっているがゆえ。

 

「ボ、ボクのターン……ドロー……」

 

 マリクの手札が増えたことで僅かに力を取り戻し、起き上がる『オシリスの天空竜』だが、その姿に覇気はない。

 

『オシリスの天空竜』

攻  0 守  0

攻1000 守1000

 

 だが僅かに攻撃力が戻った『オシリスの天空竜』の姿にマリクの眼に希望の光が宿る。まだ手は残されている、と。

 

「だが遊戯! 貴様はたった一つミスを犯した!!」

 

 《バスター・ブレイダー》を指さし、声を荒げるマリク。

 

「貴様の《バスター・ブレイダー》は『オシリスの天空竜』の召雷弾(効果)を受け、その攻撃力はたった600!!」

 

 そして自身の背後で僅かに力を取り戻した『オシリスの天空竜』をマリクは視界に収める。

 

「攻撃力が1000までに下がった『オシリスの天空竜』でも問題なく破壊できる!!」

 

 その戦闘で遊戯が受けるダメージは僅かに400――だがそれで十分だ。

 

「そうなれば残りライフ100の貴様の負けだ!!」

 

「なら攻撃してみな!! マリク! お前の全ての想いを乗せてな!!」

 

 だが遊戯に恐れは見られない――そして遊戯のフィールドにはリバースカードが2枚。

 

 

 

「くっ……」

 

 その2枚がマリクの決断を迷わせる。

 

――罠か? ……いや! 神のカードにはあらゆるカードは無力!! 罠であっても問題はない!!

 

 内心で僅かに葛藤するマリクだったが、その決断は早かった。マリクは「如何に攻め込むか」を主眼に置くスタイルゆえに、多少のリスクは挽回できる自負があった。

 

そしてマリクの今のライフは3000――多少のダメージ程度、許容できる事実もマリクを後押しする。

 

「バトルだ!! 行けッ! オシリス!! 超電導波! サンダー・フォース!!」

 

 『オシリスの天空竜』から最後の力を捻りだしたかのようなイカヅチが迸り、膝を突く《バスター・ブレイダー》を打ち据える。

 

 

「これで貴様のライフは――」

 

 

 今、消し飛ばされんとする《バスター・ブレイダー》。その余波は遊戯を襲うことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ()()()()()()()()

 

「俺は罠カード《あまのじゃくの呪い》を発動!! このターンの終わりまで攻撃力・守備力のアップ・ダウンの効果は逆になる!!」

 

 カードの発動と同時にフィールド全体がその呪いによってうねりを上げ、全てのカードの(ことわり)を乱す。

 

「甘いな! その効果でオシリスの攻撃力を再び0にしようとしても無駄だ! 神にそんなものは通用しない!!」

 

 しかしその(ことわり)の乱れすら『オシリスの天空竜』に、神には届かない。

 

 

 ゆえに『オシリスの天空竜』のブレスに変化はない。

 

「誰が神に使うって?」

 

 だがそんな遊戯の言葉がマリクに届く。

 

 このフィールドにおいて攻撃力・守備力のステータスが変化しているのは『オシリスの天空竜』を除けば――

 

「ま、まさか!! この為に!? オシリスの力を!?」

 

 

 召雷弾(神の力)を受けた《バスター・ブレイダー》のみ。

 

「《バスター・ブレイダー》! お前が受けた神の力を! 竜の力を! 己の力にしろ!!」

 

 呪いによる(ことわり)の乱れを力に変え、《バスター・ブレイダー》がその大剣を以って神のイカズチを一歩一歩押し返す。

 

 やがて《バスター・ブレイダー》の大剣が赤く染まる――それは『オシリスの天空竜』の力。

 

《バスター・ブレイダー》

攻600 → 攻4600

 

「こ、こんな……ことが……」

 

「今こそ、神を打ち倒せッ! 《バスター・ブレイダー》!!」

 

 その遊戯の声に背を押され、《バスター・ブレイダー》が神のイカズチを切り裂きながら『オシリスの天空竜』へと迫り、跳躍。

 

 

「破 壊 剣 一 閃 !!」

 

 

 そして天高々に振り上げられた《バスター・ブレイダー》の大剣の一閃が『オシリスの天空竜』を切り裂き、その斬撃がマリクを襲った、

 

「バ、バカなぁあああああああああ!!」

 

人形LP:3000 → 0

 

 

 





原作のような無限ループは作者の技量では出来なかったよ……(燃え尽き)


~「遊戯の残り1枚のリバースカードって?」との疑問が意外と多かったゆえの追記~
遊戯の最後のリバースカードは
《氷帝メビウス》の効果から自身のカードを守るものになります。

ですがマリクは《氷帝メビウス》の効果でマリク自身のカードを破壊した為に
遊戯が温存する結果となりました。


~今作での神の効果 『オシリスの天空竜』編~
『オシリスの天空竜』
星10 神属性 幻神獣族
攻  ? 守  ?

(1)このカードを通常召喚する場合、
自分フィールド上に存在するモンスター3体をリリースして
アドバンス召喚しなければならない。

(2)このカードの召喚・反転召喚・特殊召喚は無効にされない。

(3)フィールドのこのカードは元々の属性が神属性のモンスター以外のあらゆるモンスター効果・魔法・罠カードの効果を受けず、相手によってリリースされない。このカードの効果は無効化されない。

(4)このカードがフィールド上に存在する限り元々の属性が神属性以外の自分フィールド上のモンスターは攻撃できない。

(5)特殊召喚されたこのカードは、エンドフェイズ時に墓地へ送られる。


(6)このカードの攻撃力・守備力は自分の手札の数×1000の数値になる。

(7)相手モンスターが召喚・特殊召喚・反転召喚に成功した場合に発動する。
そのモンスターが攻撃表示なら攻撃力を2000ダウンさせ、守備表示なら守備力を2000ダウンさせる。

この効果処理終了時にそのモンスターの対象能力が0の場合、そのモンスターを破壊する。



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第101話 リアルファイトはデュエリストの嗜み



前回のあらすじ
バスター・ブレイダー「ドラゴンだ!!  ドラゴンだろう!?  なあ ドラゴンだろうおまえ!!」

オシリスの天空竜「いや、ドラゴンじゃ――」

あまのじゃくの呪い「ドラゴンがいるときパワーアップする旦那の攻撃力が上がってるからアイツ、ドラゴンっすよ、旦那!!」

バスター・ブレイダー「キ゛ィィイ゛ィル゛ゥティッッ!!」



 

 

「こ、このボクが……このボクが負けるなんて……」

 

 

 そう茫然自失な声色で膝を付くマリクの操る人形。そして対峙する遊戯。

 

 

 そんな両者の一戦を少し離れた個所で観戦しつつ遊戯に声援を送ろうとしていた月行を制していた海馬はポツリと呟く。

 

「ふぅん、いかに神といえども使い手次第では『ああ』も無様を晒すか……」

 

 海馬のその言葉は圧倒的なまでの力を持つ『オシリスの天空竜』を扱いきれなかったマリクに対するもの。

 

 だが海馬のマリクへの興味はすぐさま薄れる。

 

――やはり『神のカード』は真の強者の元へと集う……

 

 今、海馬の内を占めるのは「神のカードの所持者」となった遊戯の姿のみ――海馬の心に灯る熱がうねりを上げる。

 

 

 

 

 

 しかし遊戯の怒りに満ちた声が聞こえた。

 

「さぁ! ソイツを解放しろ、マリク!!」

 

 そんな遊戯に対し、パントマイマーこと人形を操るマリクは肩をすくめる。

 

「ああ、勿論こんな男の一人や二人、いくらでも解放してやるさ」

 

 マリクにとってグールズの構成員など替えの利く駒に過ぎない。『オシリスの天空竜』を失ったことが痛手とはいえ、その点に関してはマリクも無策ではない。

 

「だが一つ言っておいておこうと思ってね――神のカードはすぐまたボクの手に戻る」

 

「なんだと?」

 

 マリクの意味深な言葉に眉を上げる遊戯。

 

「今ボクには、三つの景色が見える。一つはボク自身が見ている景色。

もう一つは人形の目を通して見える貴様の姿。

そしてもう一つは街の雑踏。これは童実野町に放ったグールズたちの視点さ」

 

 そんな遊戯にマリクは嘲笑を浮かべながら語る。千年ロッドの力を持ってすればこの程度は造作もないと言いたげだ。

 

「その視点では、フフフフ……お前の仲間が見える――城之内というデュエリストに加えて、そのお仲間がね」

 

「まさか!!」

 

 遊戯の仲間が監視されている現状――遊戯には最悪の可能性が頭をよぎる。

 

「フハハハハハッ! 貴様の仲間を使えば『オシリスの天空竜』は簡単に取り返せる!」

 

 その遊戯の苦渋に満ちた表情がマリクに愉悦に溢れる――その顔が見たかったのだと。

 

「グールズたちに貴様の仲間をずっと監視させていたのさ! いつでも利用できるようにな!」

 

 そう、次にマリクが、千年ロッドの力が向かう先は遊戯たちの仲間。

 

「貴様のせいだよ――貴様がここで負けていれば、大事な仲間に不幸が訪れることもなかったのさ!」

 

「どこまで汚いんだ、マリク!!」

 

「何を言う! 我が一族の苦しみは……憎しみはまだまだこんなものではない! さあ遊戯、早く仲間のもとへ急がないと、取り返しのつかないことになるぞ!」

 

 遊戯のマリクへの怒りの言葉もマリクには心地よい――今の遊戯には負け犬の様に咆えることしか出来ないのだと実感できるのだから。

 

「ハハハハハッ!」

 

 そんなマリクの高笑いと共にマリクの操るパントマイマーこと人形は糸の切れた玩具の様に倒れ伏した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パントマイマーこと人形を操ることを止めたマリクは潜伏先にてその背に向けて言葉を投げかける。

 

「さてと、リシド。お前が来たということは――」

 

「はい、パズルカードを規定枚数集めて参りました」

 

 そこにいたのはリシド――マリクが遊戯とデュエルしている間に潜伏先に報告に戻った為、デュエルが終わるまで待機していた次第である。

 

「それと『オベリスクの巨神兵』の所持者は海馬 瀬人であることが判明しました。既に本戦への出場を決めているようです」

 

 任務の完了と重要な情報を持ち帰ったリシドにマリクは笑う――必要なものは揃ったと。

 

「フハハッ! やはり、やはりそうだったか! 良いぞ……やっとボクに運が向いてきた!」

 

 バトルシティに来てからマリクの行動は何一つ上手くことが運ばなかったゆえに、朗報が次々と舞い込んだ現状に歓喜に打ち震える。

 

 だがそんな上機嫌なマリクにリシドは神妙な面持ちで口を開く。

 

「マリク様……ご忠言が……」

 

「……どうした、リシド?」

 

「『オベリスクの巨神兵』を使用したデュエルでしたが、海馬 瀬人に加えて対戦相手もかなりの強者でした――ここは撤退し、今一度策を練り直すべきかと」

 

「何をバカな! ――いや、神の……『オベリスクの巨神兵』の力を間近に見れば不安にかられるのも当然か」

 

 リシドの弱気な考えにマリクは声を荒げる――マリクにとって名もなきファラオへの復讐は今すぐにでも果たしたい宿願ゆえに。

 

 そうは言うものの、マリクとてリシドの不安に駆られる気持ちが分からない訳ではない。単純に考えて三幻神の内の2枚が遊戯たちの手にあるのだから――数の上ではマリクたちが不利であった。

 

「だが安心しろ、リシド! 『ラーの翼神竜』の前では如何に『オベリスクの巨神兵』や、『オシリスの天空竜』の力といえども無力だ!」

 

 しかしあくまで「数」だけだとマリクは力強く語る。

 

「ですが――」

 

「ヒエラティックテキストを読むことの出来ないお前には分からないかもしれないが、『ラーの翼神竜』は三幻神の中で最上位の神! その力は想像を絶するものだ!」

 

 僅かに不安を残すリシドにマリクは言葉を重ねる――『ラーの翼神竜』さえあれば何も恐れることはないのだと。

 

「『ラーの翼神竜』にそれ程の力が……」

 

「そうだ――だからリシド、お前が心配するようなことは何もない。安心して――」

 

 瞳に活力の戻ったリシドを満足そうに見やりながら語るマリク。

 

「――何者だ!!」

 

 だが何者かの気配にマリクを庇う様に前に出たリシドによってその語らいは中断された。

 

 そのリシドの視線の先にいるのは――

 

「おっと、怖い怖い」

 

 白髪の青年――その首には千年リングが見える。バクラだ。

 

「貴様は……? それは『千年リング』!?」

 

 バクラの所有する千年アイテムに目を見開き驚きの声を上げるリシドにバクラは顎で「どけ」と指図しながらマリクを見やる。

 

「俺はバクラ――テメェに用はねぇよ。用があるのはテメェのご主人様さ」

 

「ボクに?」

 

「なぁに簡単だよ。お前の持っている千年アイテムを渡してもらおうか」

 

 マリクの手元の千年ロッドを見つつ要件を切り出したバクラにマリクは思案する――どこまで知っているのか、と。

 

「フフフ……なるほど、集めているのか千年アイテムを。目的は何だ?」

 

「目的ィ? 決まってるじゃねぇか――七つの千年アイテムを石板に収めることで闇の扉を開き、そこに封印された力を手に入れる為さ」

 

 かなり踏み込んだ情報まで知るバクラにマリクの警戒は強まるが、バクラの狙いの方向性がハッキリしたことはマリクにとって朗報だった。

 

「一族が守り通した墓守の秘を知っているとはな……だが、それだけでは闇の扉が開かないことは知らないようだな」

 

 そう、バクラの求めるものはマリクが持っている――それはマリクの背に刻まれた碑文。

 

 ゆえにこの場の主導権を握るのはマリクだ。

 

「ほう、だったら手間が省けてちょうどいい――テメェをぶっ倒して、千年ロッドを奪うついでに情報も聞き出させて貰うとするぜ」

 

 しかしバクラはそんなことは知ったことかと言わんばかりに強硬策をチラつかせる。

 

「マリク様!!」

 

 剣呑な雰囲気を漂わせるバクラを危険と判断したリシドがマリクに下がるように願い出るが、マリクはそのリシドを手で制する。

 

「下がれ、リシド。バクラとか言ったな? ボクの名はマリク――ここは取引と行こうじゃないか」

 

「取引だァ?」

 

 マリクの提案に眉を上げるバクラ――だが内心でほくそ笑む。望んだ流れに持っていけたと。

 

「ボクは名もなきファラオへの復讐さえ終われば、千年ロッドがどうなろうと知ったことじゃない」

 

「つまり遊戯への復讐の手伝いをしろってかァ?」

 

 バクラに取って遊戯は、「名もなきファラオ」が今、死なれるのは困る。

 

「ダメだな、それだけじゃぁ足りねぇ。そうだなぁ、テメェの持つ情報――」

 

 

 しかしそんなことはおくびにも出さずにマリクの足元を見て、更なる対価を要求するバクラ。

 

 

 

 

 だがマリクにとってもバクラが「墓守の秘」を望むことなど想定内だ。その為に背中の碑文の情報をチラつかせたのだから。

 

 

 

 

「――と『千年タウク』もセットだ」

 

 

 

 

「――ッ!?」

 

 されども、この要求はマリクの予想外であった。

 

 千年タウク――マリクの姉、イシズが持つ千年アイテム。

 

「この条件が呑めねぇなら……分かってるよなぁ?」

 

 バクラはこう言いたいのだ――「身内を売れ」と。

 

「貴様ッ!」

 

「リシド!! ――いいだろう。恐らく姉さんの邪魔も入る……その時に千年タウクを回収しよう」

 

 そのあまりの要求にこれまで沈黙を守っていたリシドは激昂するが、マリクが止める方が早い。

 

 相手は千年アイテムの所持者――生身のリシドがどうこう出来る相手ではない。

 

 

「ククク……交渉成立だな……何ならテメェの姉貴は俺様が直々に――」

 

「だが勝手な行動は慎んで貰うぞ! あくまでボクの指示に従ってもらう!」

 

 そんな両人を愉悦混じりな笑みで見やるバクラにマリクは釘をさす――余計なことはするなと。

 

「なら俺様の宿主を使うことをお勧めするぜ――なんせ奴らの固い結束の内側にいるからなぁ……」

 

「成程な……崩すなら内側からか、良いだろうボクの策に組み込ませて貰う。詳細は――」

 

 そのバクラの手間賃替わりの提案にマリクはしばし考え込む。あまり悠長にしている時間はお互いにない。

 

 

 そしてマリクはほくそ笑む――城之内を手中に収め、遊戯と殺し合わせるデスゲームを描きながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして一方の遊戯たちは――

 

「くっ! 城之内くんが!!」

 

 すぐさまどこにいるかも分からぬ城之内の元へと駆け出そうとした遊戯。だがその腕は掴み取られる。

 

「待ってください! 遊戯さん!!」

 

「月行! それに海馬! 悪いが俺は――」

 

 遊戯の腕を掴んだのは月行――その後ろには海馬がパントマイマーこと人形の元からカードを手に取り遊戯に歩み寄る。

 

「――海馬! お前と戦うことはできない!」

 

 そう突き放すような言葉を海馬に向ける遊戯だが、海馬の要件はそこにはない。

 

「ふぅん、焦らずとも貴様との決着は本戦にて付けてやる……だがまずはレアカードとパズルカードを受け取れ、貴様の戦利品だ」

 

 海馬から渡された2枚のパズルカードと『オシリスの天空竜』を受け取った遊戯はすぐさまデッキホルダーにそれらを仕舞うが、その間に月行は遊戯を説き伏せにかかる。

 

「まずは一度落ち着いてください、遊戯さん」

 

「だが!」

 

「この広い童実野町をやみくもに探しても見つかるとは思えません――逸る気持ちは分かりますが、こんなときだからこそ、しっかりと方針を立ててから動くべきです!」

 

 月行の言葉に遊戯は落ち着きを取り戻していく。だが焦る気持ちは完全には消えはしない――友、城之内の安否が気掛かりだ。

 

「…………くっ! だがどうすれば……」

 

「ふぅん、俺がKC本部に連絡を入れてやろう――KCのシステムを使えば、凡骨の居場所など直ぐに分かる」

 

「海馬……」

 

 襟についたKCのロゴマーク型の通信機を操作しながら告げられた海馬の言葉に遊戯は感謝の念を込めて海馬を見やる。

 

「勘違いするな――俺は今の腑抜けた貴様に勝っても意味はない。最強の状態で勝ってこそ意味があるからな」

 

 だとしても海馬はその感謝を素直に受け取ることはしない――海馬にとって遊戯との関係性は競い合うものでなければならないのだから。

 

「チッ、KCの回線が込み合っているな。この様子ではKCスタッフ共も望み薄か……一度KCの大会本部に戻るぞ。そこなら凡骨の居場所も直ぐに探せる」

 

 しかし通信機は沈黙を守ったままだ。これでは遊戯の望む情報は得られない。

 

 遊戯の焦る気持ちが募っていく。

 

「直ぐにもマリクの奴は城之内くんを――」

 

「おっと、お困りみたいだな」

 

 だが遊戯たちの耳に見知らぬ男の声が届いた。

 

「誰だ!?」

 

「これは失礼。俺は『デシューツ・ルー』――しがない賞金稼ぎ(カードプロフェッサー)、さ」

 

 その声の主はカードプロフェッサーの纏め役、デシューツ・ルー。決闘者の王国(デュエリストキングダム)で遊戯の実力を知った故か黒いパーマの長髪を揺らしつつ、芝居がかった大仰な礼を見せる。

 

「ヤツの雇ったハイエナ共か……」

 

 そんなデシューツ・ルーに海馬は冷たく返す――必要悪とはいえデュエル界の裏は海馬にとって好ましいものではない。

 

「うぁ~ボクらスゴイ言われようだねぇ~ あっ、ボクは『ピート・コパーマイン』。よろしくね~?」

 

 その海馬の言葉の中の棘にロックンローラー風の男、ピート・コパーマインはおどけた調子で自己紹介をした。

 

「話は聞かせて貰ったぜ? アンタのお友達探しは俺たちが引き受けてやるよ――アンタが一人で走り回るよりかはよっぽど確かだろ?」

 

 そのデシューツ・ルーの提案に月行は訝しむ。

 

「アナタ方には依頼があったと記憶していますが?」

 

 あくまでカードプロフェッサーは依頼のグールズ狩りを目的としていたにも関わらず、城之内の捜索、所謂ボランティアに近い行為をする意図が月行には読めない。

 

 月行の疑いの眼差しに指で頬をかきながらピート・コパーマインは言葉を零す。

 

「ニャハハ……それなんだけど、今はデュエルどころじゃないからね~。お休みみたいなもんだよ?」

 

「どういうことだ?」

 

 デュエルどころではないとの言葉に眉を上げる海馬。

 

「どういうことも何も、今は町中でグールズが暴れてるもんでな――KCはその火消しに大忙しって訳さ」

 

「……ボクはデュエルの腕には自信があるけど――あの手の荒事は苦手なんだよね……ニャハハ……」

 

 2人のカードプロフェッサーの言葉に嘘はない。

 

 現在童実野町では城之内を手中に収める際にKCの邪魔が入らないようにする為、マリクが陽動として全てのグールズの構成員に騒ぎを起こさせている。

 

 

 その為、大半のKC職員が騒ぎを収めるべく、ヒーローショーの様にグールズの構成員を捕らえることでイベントのように誤魔化しつつ動き回っている。

 

 その現場にはやたらとフットワークの軽い《もけもけ》のキグルミがいたりするのだが、余談である。

 

 

「成程……それなら我々ペガサスミニオンも城之内さんの捜索へ回りましょう。ですので遊戯さんは大会本部へ!」

 

「済まない、月行!!」

 

 大まかなカードプロフェッサーたちの目的を察した月行は彼らを牽制しつつ、遊戯を送り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてKCの大会本部を目指して駆けていく遊戯と海馬の背中を見送るデシューツ・ルーにピート・コパーマインは茶化す様に言葉を投げかける。

 

「サービス残業は嫌いじゃなかったっけ?」

 

「何言ってんだよ――その城之内ってヤツを張ってりゃ、グールズの総帥に会えるんだぜ? なら、取らせて貰おうじゃねぇか――」

 

 しかしデシューツ・ルーは小さく笑みを作りながら熱を灯した瞳で返す。そう彼の狙いは――

 

 

 

 

「――神のカードってヤツの首をよぉ」

 

 

 

 三幻神である。

 

 

 『オシリスの天空竜』は逃したが、最後の神、『ラーの翼神竜』にデシューツ・ルーは狙いを定めていた。

 

 

 

 

 

 

「あっ、その前にあの倒れてる人を運ばないとだね――ニャハハ」

 

 しかし、パントマイマーこと人形の傍で散らばったカードを片付けていた月行の視線に気付いたピート・コパーマインの言葉にデシューツ・ルーはガクッと肩を落とす。

 

 

 何事もそう上手くことは運ばないものである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな色々な人間の思惑の渦中にいる城之内とその一行はつい先ほど梶木とのデュエルが終わり、水族館を後にした後であった。

 

「うん? あれって獏良くんじゃぁ……」

 

 そう言って2人の人影を指さす御伽の言葉に城之内たちの意識は向くが、何やら様子がおかしい。

 

 獏良はグッタリとしており、もう一人の褐色肌の青年が肩を貸さなければ立つことすらままならない程に弱って見える。

 

 

 そんな異常事態に慌てて獏良の元へと駆けつける城之内一同。

 

「大丈夫か、獏良!! お前怪我してるじゃねぇか!!」

 

 その城之内の言葉通りにバクラの左腕にはナイフで刺されたような深い傷跡が残る――包帯で応急処置はされているようだが、その傷口からは血が滲み出していた。

 

「君たち、この人の知り合いかい?」

 

「ああ、俺らのダチだ!」

 

 褐色肌の青年は獏良を庇いつつ、どこか警戒するように城之内たちを見やるが、本田の言葉に肩の力を抜き安心したような顔を覗かせる。

 

「良かった! 彼、誰かに襲われたらしいんだ……応急手当はしたけど、早く病院に連れてった方がいい」

 

「そうじゃったか……いろいろ、すまんかったな。後は儂らに任せてくれ――城之内、手を貸しとくれ」

 

 そう矢継ぎ早に説明を終えた褐色肌の青年から獏良を預かった双六は軽く頭を下げ、感謝の念を示す。

 

 

 傷の状態を確認する双六を余所に、獏良をしっかりと支えた城之内は自身の拳を握りつつ怒りを見せる。

 

「誰だ……こんな事した野郎は!」

 

「うぅ……」

 

「――ッ! 獏良、大丈夫か! 何があったんだ!?」

 

 だが僅かに城之内の言葉に反応した獏良に詳しい経緯を聞こうとするが――

 

「城之内君…… わ、分からない……覚えてないんだ。 うぅ……」

 

 うなされるように言葉を紡ぐ獏良。傷の痛みのせいかその言葉はどこか要領を得ない。

 

「無理に思い出さんでええ、まずは病院じゃ。城之内、獏良君は儂に任せておけ」

 

 そんな獏良に優しい言葉をかけつつ双六はすぐさま大まかな経緯を把握する。

 

「なら僕も手を貸しま――」

 

 そう助力を願い出た御伽だが――

 

「いや、御伽くんたちは城之内と一緒におるんじゃ――幸い病院も近くにある。恐らく獏良君はグールズに襲われたに違いない。じゃとすれば……城之内も気を付けるんじゃぞ」

 

 だが双六はその御伽の申し出をスッパリと断る。

 

 獏良を襲ったのはグールズと考えている双六にとっていま危険なのは、獏良よりも大会を勝ち抜いたゆえに傍から見ればレアカードを豊富に持っていると思われている城之内の方だ。

 

「あぁ! 獏良のことは頼んだぜ、じいさん!!」

 

 そんな双六のメッセージを受け取った城之内は力強く返す――もしグールズたちが自身を襲ってくれば獏良の仇討ち代わりにお灸を据えてやると息巻きながら。

 

 

 

 

 

 

 そうして獏良を連れた双六を見送った城之内たちは獏良の窮地を救ってくれた青年へと向き直る。

 

「いやぁ、獏良のことありがとな! え~」

 

 しかし礼を告げるも相手の名前すら知らないことに今気づく城之内。

 

「ボクは『ナム』って言います。よろしく!」

 

 そんな城之内にナムと名乗った褐色肌の青年は朗らかに笑う。

 

「いや、マジで助かったぜ! 獏良に代わって礼を言わせてくれ!」

 

「そ、そんな! ボクは当たり前の事をしただけで……え、えーっと………」

 

 ガバッと頭を下げた本田にしどろもどろになるナム――そこまでされると気後れすると言おうとするが、城之内たちの名前を知らないゆえか言葉を探すナム。

 

 

 そのナムの仕草に城之内は手をポンと叩き、自己紹介だと口火を切る。

 

「おっと、俺らの自己紹介もまだだったな! 俺は城之内だ!」

 

「俺は本田だ! 獏良のことは本当に助かったぜ!」

 

「僕は御伽――僕からも礼を言わせて貰うよ、ありがとう、ナム君」

 

 そうして互いに自己紹介を終えた一同だったが、城之内はナムの腕に装着されたデュエルディスクに目が付いた。

 

「おぉ! お前もデュエリストなんだな!」

 

「はい! ……とは言っても、実力はそれほどでも。僕と戦おうなんて、言わないでくださいね?」

 

 その城之内の言葉にデュエルディスクを腕で隠す様に身を引くナム――決闘者の王国(デュエリストキングダム)で見た城之内の実力から勝負にならないと言いたげだ。

 

 

「へっ、残念だが俺は既に予選抜けを果たしちまってよ! お前とデュエルする訳にはいかねぇのよ!」

 

 しかし城之内は既にパズルカードを6枚集めた身――これ以上はバトルシティの予選にてデュエルする意味はない。

 

「えぇ! すごいなぁ、強いんですね! 一度、アドバイスして貰いたいな~」

 

 予選抜けとの言葉に城之内が6枚のパズルカードを集めた事実を知り、城之内に尊敬の眼差しを向けるナム。

 

 お世辞も交えつつ会話に花を咲かせる。

 

「ん? 何だ、そんなことくらいお安い御用だぜ! まだまだチャンスはある! 諦めんなよ!」

 

「良いんですか!? 頼んでおいてこう言うのも何ですけど……見ず知らずのボクに……」

 

 ナムの願いがあまりにもあっけなく城之内に了承された為、図々しいかと思ったナムが思わず引きの姿勢を取るが――

 

「何ってんだよ! 俺らのダチの獏良を助けてくれたんだ! オメェだってもうダチみたいなもんだぜ!!」

 

 城之内からすれば獏良を助けて貰った恩人の願いを無下にするつもりなど無い。

 

「あ、はい! よろしくお願いします!!」

 

「おっしゃあ! まずはデュエル出来そうなところを探すぜ!」

 

 そうしてナムの願いを叶えるべく動き出す城之内一同。

 

「なら相手は俺だ――俺もデュエルは始めたばっかで大会に出てる訳じゃねぇから、気負いせずお互いに頑張ろうぜ!」

 

「じゃあ向こうでデュエルしましょう」

 

 練習相手を買って出た本田がナムの肩を軽く叩き、その衝撃にナムはつんのめりながら人気のない路地裏へと城之内たちを案内していき――

 

 

 

 

 人気が全くなくなった途端に城之内たちに近づく虚ろな眼をした集団が一同の視界に入る。

 

「ん? 誰だ? ひょっとしてナム、お前の知り合いか?」

 

 そう予想して無警戒に近づく城之内だったが、返答は強烈であった。

 

「ゴバァ!!」

 

 虚ろな眼をした集団の一人が城之内の顔を殴りぬく。突然の事態に城之内はそのまま吹き飛ばされる。

 

「城之内くん!」

 

「大丈夫か、城之内! テメェら、いきなり何しやがんだ!!」

 

 心配気に叫ぶナムを余所にすぐさま城之内の傍によった本田は城之内の様子を確認しつつ、虚ろな眼の一団に抗議の声を上げるが、彼らからの返答はない。

 

「いや、待って本田君! こいつらまさか――」

 

 その意思のないような姿に虚ろな眼の一団の正体に辿り着く御伽だったが、それよりも先にナムが声を上げる。

 

「グールズだ!! きっと城之内君のレアカードを狙っているんだよ!! グァッ!」

 

 しかし声を上げたゆえかターゲットにされ、一団の一人に殴られるナム。そしれそれを合図に虚ろな眼のグールズの一団は、次々とナムへと攻撃を仕掛けていく。

 

「大丈夫か、ナム!!」

 

「に、逃げてみんな……ボクが囮になっている間に……」

 

 殴られた衝撃から帰還した城之内が声を荒げるが、ナムの声は弱々しい。

 

 この状況で城之内が取る行動は一つだった。

 

「何言ってやがる! ダチを置いて逃げれるかよ!」

 

 そう言いながら飛び蹴りをかまし、グールズの一団を吹き飛ばしつつナムを抱えて距離を取る城之内。

 

「僕も久々に頭に来たよ!」

 

 ナムと城之内を追うグールズたちにサイコロを素早く投げ、牽制する御伽に本田は腕を回しながら問いかける。

 

「ん? なんだ、御伽――お前もイケる口(戦える)か?」

 

「それなりに動けるつもり――だよッ!」

 

 その本田の返答代わりにグールズの一人を蹴り飛ばした御伽の一撃を合図に3対多の一戦が幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……開けたのだが、開けてみれば勝負にはなっていなかった。数で勝る筈のグールズ相手に全くやられる気配のない3人。

 

 無理もない――彼らは童実野高校にてリアルファイト強者の上位陣である3人なのだから。

 

 その戦力差はグールズたちが可哀そうになってくるレベルである。

 

――チッ! 使えない奴らだ! ボクを人質にとれ!

 

 そんなマリクの命を受けたグールズの一人はすぐさま行動に移す。その狙いの先は――

 

「うぅ……じ、城之内くん……」

 

「人質たぁ、きたねぇぞ! テメェら!」

 

 城之内が怒声を上げるようにグールズの人質になったナムの姿があった。

 

 

 そう、優し気な青年「ナム」の姿は城之内たちを騙す偽りの姿! その正体はグールズの首領、「マリク」だったのである!!

 

 

 

 マリクもとい、ナムを人質に取られた城之内は下手に動くことは出来ない。城之内はナムがマリクであることなど知りもしないのだから。

 

「グハッ!」

 

「城之内ィ! ガハッ!」

 

「本田君! このままじゃ――グァッ!!」

 

 ゆえにグールズたちに一方的に殴られていく城之内たち。このまま痛めつけて意識を奪った後で連れていくマリクの算段だった。

 

――よし、このまま奴らを……ん?

 

 しめしめと人質を装い状況を眺めていたナムことマリク。

 

 だがナムことマリクを人質に取らせていたグールズの一人がパタリと倒れた。

 

 訝しむマリク。そして状況が読み込めない城之内たちに一人の男が前に出る。

 

 

「相変わらずの猪突猛進っぷりだな、城之内」

 

 その覚えのある声に城之内は声の主の顔を見るが、そこにあったのは――

 

 詰襟の制服をぴっしりと着こなした、七三分けの髪形をした瓶底眼鏡の青年。そう! 彼は!!

 

「いや、誰だ、お前」

 

 城之内の記憶にない人だった。

 

 

 戸惑いしかない城之内に、瓶底眼鏡の青年はヤレヤレと肩をすくめる――妙にイラっとする仕草だ。

 

「おいおい、忘れちまったのかよ――――この俺を!」

 

 そして青年は手で髪形をオールバックに戻し、瓶底眼鏡を外す。そこにあったのは――

 

蛭谷(ひるたに)!? 何でここに!?」

 

 そう蛭谷(ひるたに)さんである!! だがきっと「誰?」と思う人が多いと考えられる為――

 

 ざっくり説明すれば城之内の中学の頃の不良仲間であり、その後は別々の高校に別れたのだが高校にて衝突し、ひと悶着あった仲であり、

 

 そして「フフ……なかなか良い眺めだぜ、城之内」でお馴染みの人である――今現在は、その……見違えていたが……

 

「近くの図書館で勉強してれば、どうも町の方が騒がしくてな……見に来たって寸法よ!」

 

 そうして襟を緩めつつ城之内の元へナムを引き連れ歩み出る蛭谷――ナムことマリクは状況が呑み込めていない。

 

「昔のよしみだ――手を貸してやる。本田はこの坊ちゃんを見といてやんな」

 

 そしてナムを本田に任せ、倒れた城之内に手を差し出す蛭谷。その澄んだ真っすぐな蛭谷の目に城之内はその手を固く握って応えた。

 

 

 

 

 やがてグールズの一団に向けて城之内と肩を並べた蛭谷はボソリと呟く。

 

「しかし、またテメェと肩を並べられるとはな――フフ……なかなか良い眺めだぜ、城之内」

 

 そんな蛭谷の言葉に中学時代を思い出したのか城之内は鼻を鳴らし、返す。

 

「腕はなまってねぇだろうな、蛭谷!!」

 

「誰に言ってんだ城之内!!」

 

 

 そうして再び始まるグールズたちとの衝突。

 

 

 その結果は――

 

 

 相も変わらずグールズたちが可哀そうになる現実があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とは言え、殴り飛ばされてもすぐさま虚ろな状態で立ち上がり続け、更には次から次へと現れるグールズたちに疲れが見え始める城之内。

 

「何人いるんだよ、こいつら! キリがねぇ! このままじゃジリ貧だぜ!」

 

「泣き言か? らしくねぇな、城之内!!」

 

 そうニヒルな笑みを作って返す蛭谷だが、その身体には疲労は確実に蓄積されていくであろう。

 

 

 

 そんな2人の姿をただ見ているだけしか出来ない本田と御伽は悔しさに拳を握る――本田と御伽はナムが再び人質にならぬように備えている為、加勢は出来ない。

 

 

 だが本田の頭にふと疑問が過る――これだけの騒ぎになっているにも関わらず、KCのスタッフが来ないことに。牛尾たちがグールズたちに後れを取りやられているなどとは思えない。

 

――ひょっとしてこの騒ぎが伝わってねぇのか?

 

 そう結論を出した本田はナムの肩を掴み願い出る。

 

「ナム! わりぃが 牛尾を――KCのスタッフを呼んできてくれ! 頼んだぜ!!」

 

「でも……いや、分かったよ!!」

 

 一瞬の逡巡の後に、そう力強く返し、駆け出すナムの姿を見届けた本田と御伽は城之内と蛭谷の加勢に躍り出た。

 

 

 本田の予想はあながち間違いでもない――ただ違うのは「騒ぎが伝わっていない」のではなく、「騒ぎが溢れかえっている」為、この場に手が回っていないことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 そしてその騒動を起こしたのが――

 

――フフフ……呼んできてやるさ……グールズ共をな!

 

 そうほくそ笑んだナムことマリクの顔を見たものはこの場に存在しない。

 

 

 






~入りきらなかった人物紹介、その1~
蛭谷(ひるたに)

最初期のデュエルしなかった頃の遊戯王に登場。

「フフ……なかなか いい眺めだぜ 城之内」でお馴染みの人

――原作では
城之内とは中学校時代からの付き合いで、当時は城之内と共に周囲の学校の不良と喧嘩に明け暮れていた。

だが卒業し高校に進学する際に城之内が通う童実野高校ではなく、隣玉高校に進学。継続して不良グループを束ねる不良少年に。

やがて不良グループの勢力を拡大の為に城之内に会いに童実野町に向かう蛭谷さん。

そして紆余曲折あって
反抗的だった城之内を「意識改革の処刑」という名目を持って紐で宙吊りにし、袋叩き+スタンガンで痛めつける。上述のセリフはこの時のもの。

その後はやっぱり闇遊戯に粛清された。



だが我らが蛭谷さんはそんなことでは諦めない。

後日、闇遊戯と城之内をおびき出し、リベンジを図る。

今度は手下をヨーヨーで武装化し、城之内を襲撃――いや、ヨーヨーって……

その後、紆余曲折あって、手下たちは闇遊戯に、蛭谷自身は城之内とのタイマンに敗北する。


この一件移行、原作での蛭谷さんの出番はなかった。


――今作では
三度目の正直とばかりに懲りずに不良たちを集めている所を牛尾が発見。

そのまま牛尾の手によってまとめて粛清された。

その結果、蛭谷さんは「キレイな蛭谷さん」となった。

そして瓶底のような分厚い眼鏡(伊達)に七三ヘアーの謎の姿になったが、本人は問題にしていない模様。

最近は図書館や書店で「フフ……まさに知識の宝庫。なかなかいい眺めだぜ」と呟く姿が目撃されている。





~入りきらなかった人物紹介、その2~
ピート・コパーマイン
遊戯王Rに出演
カードプロフェッサーの一人。

目の周りに隈取のようなメイクをした飄々とした青年。「ニャハハ」が口癖。

作中では自身の持ち場に現れる相手を驚かせる為に我慢して隠れていたりするなど、お茶目な一面も。

ちなみに超能力を使え、スプーン曲げが出来るらしい。


――今作では
自身の持つ超能力(スプーン曲げ等)に関して「どういうものなのか」をハッキリさせようとKCのオカルト課にて診て貰おうとしたが、

カードプロフェッサー総出で止められた為に断念。

その後、マイコ・カトウの伝手で診て貰うも、「可もなく不可もなく(大したメリットもデメリットもなし)」といった微妙な結果を得た。

最近は手品(超能力)に嵌まっている。


依頼人との集まりにて神崎とすれ違った際に、神崎がお偉方の子供をあやす為に見せた手品(物理)のタネが分からないのが悩み。

ちなみに彼が見た神崎の手品は「腕が伸びるマジック(物理)」である――異形となった腕は服で隠れている為、スプラッターな現実は見えない。



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第102話 この街をカオスに陥れてやれ!



前回のあらすじ
蛭谷「ナムナム詐欺には気を付けな……しかし騙されているお前は――フフ……なかなか良い眺めだぜ、城之内」






 

 

 城之内がかつての友、蛭谷の協力を得て、グールズ達と終わりの見えない闘いに臨んでいるのだが――

 

 ここで時間はさかのぼり、遊戯とマリクのデュエルが終わった少し後へと戻る。

 

 

 空に上がっていく狼煙のような煙を見つつ牛尾はポツリと呟く。それはKCの大会本部からの緊急連絡――通信が込み合った際の処置。

 

「やべぇな……」

 

「どうしたの、牛尾くん?」

 

 ただ事ではない様相の牛尾に不安げな顔を見せる杏子だが、牛尾は安心させるように返す。

 

「いや、ちょっと緊急事態みたいでな、俺らもそっちの作戦に回らなきゃならねぇ」

 

「作戦?」

 

「あー……早い話が騒ぎ出したグールズ共を『仮装してぶっ飛ばす作戦』だ」

 

「なんなの……それ……」

 

 オウム返しに尋ねた杏子だったが、言い難そうに返ってきた牛尾の謎の説明にどこかゲンナリしていた――文字だけを見れば意味不明な作戦に頭を痛めている様子。

 

「いや~幹部のBIG5のお偉方が考えた策だからな~……上司が違う俺にそんなこと言われても困る」

 

 しかし牛尾とて杏子の気持ちはよく分かる――この緊急時の作戦を聞かされた時は頭痛を堪えたものだ。

 

「まぁ、分かりやすく言やぁ『騒ぎを騒ぎで誤魔化す』作戦だな」

 

 つまりグールズが暴れた事実を表向きに隠蔽することで、一般の人間に不安を与えぬ処置――ただ大人の汚い思惑も多々入り混じってはいるが。

 

 

 そんな物理的にも精神的にも遠くを眺める牛尾に元気いっぱいな声が響く。

 

「牛尾先輩! 私たちはどうすれば良いですか!」

 

 そうピシッと手を上げた静香に牛尾は少し先を指さす。

 

「その辺りはあそこにいるモクバのヤツに聞いてくれ、俺らは一足先に行ってっから」

 

 その牛尾の指の先にいたのはモクバ、と護衛のアメルダ。さらに先でやたらとアクロバティックな動きでグールズたちを倒していく《もけもけ》のキグルミ。

 

「それじゃぁ静香さん、杏子さん。お先に失礼します」

 

 杏子たちに気が付いたモクバとアメルダの姿を確認した牛尾は懐から何やら取り出す。

 

 それは赤い炎のようなデザインの《M・HERO 剛火》のマスク。北森も同様に取り出したのは黒い獣のようなデザインの《M・HERO ダーク・ロウ》のマスクだ。

 

 それらを装着した牛尾と北森はグールズたちを止めるべく駆け出していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 KCの管制室にて通信が混雑するレベルの連絡がひっきりなしに飛び交っていた。

 

 そんな中でBIG5のサイコ・ショッカーの人こと大門は声を張り上げる。

 

「各現場の鎮圧の状況の確認を怠るな!! 一定ラインをクリアした段階で人員の投入レベルを1段階下げ、他へ回せ!!」

 

 このグールズが起こした騒動はKC側の威信にかけて、何としてでも被害を最小限にして片付けなければならない。下手をすればKCの信用がガタ落ちしかねないのだから。

 

 それゆえに大門はいつも以上に気合が入っている。

 

「グールズ共の動きの規模から鑑みて、相手は此処で全ての戦力を使い切る腹積もりだろう! ここが正念場だ!! 各員、気を引き締めろ!!」

 

 そう言い切った大門に綺麗に揃った返事を返したオペレーターたちは流れるように情報を処理していく。

 

 かつては剛三郎の側近であった大門。ゆえにこの手の騒ぎにも動じることはない――あの剛三郎に側近を任されたのは伊達や酔狂ではないのだ。

 

 

 

 

 

 一方、そのオペレーターたちを余所にBIG5のペンギン大好きおじさんこと大瀧が楽しそうに童実野町の地図の上にペンギン型の駒を置いて状況の変化を見定めていた。

 

「グフフ……私の選りすぐったキャンペーンガールちゃん達もしっかりと仕事を果たしてくれているようですねぇ」

 

 そのペンギンの駒が置かれている位置はグールズたちが陽動を行っている地点――そこから人の流れを計算するようにいくつかに色分けされた線をペンで引いていく大瀧。

 

「フフフッ……順調! 順調! これならばこの騒ぎがこれ以上広がることはないでしょう! やはり私の眼に狂いはありませんでしたなぁ! ハッハッハッハッ!!」

 

 高らかに笑う大瀧を見るに情報管理は上手くいっている様子。

 

 普段はペンギン大好きっぷりが目立つ大瀧だが、仮にもKCの幹部にまで上り詰め、人事を取り仕切っていた男である――人の機微には鋭い。ゆえにこの程度はお手の物とでも言わんばかりだった。

 

 

 

 

 

 さらに少し離れた場所にてBIG5の一人《深海の戦士》の人こと大下は何やら連絡を取っている模様。

 

「ああ、そうだ。この騒ぎはあくまでバトルシティのイベントの一環――表向きはそう処理する」

 

 連絡している相手は不明だが、言葉の節々から何やら不穏さを感じさせる。

 

「なに、多少の被害が出ても口を塞ぐ方法などいくらでもある。致命的な被害が出ない限りは――ああ、勿論其方に飛び火はせんよ。此方で十分、対処は可能だ」

 

 そうニヤリと笑う大下――此方も「妖怪」と揶揄される程に企業買収を行ってきたスペシャリスト。その人脈はKCの中でも抜きんでていた。

 

 

 

 

 

 またまた少し離れた個所ではBIG5の《ジャッジ・マン》の人こと、顧問弁護士の大岡も何者かと連絡を取っていた。

 

「お願いしたいのはあくまで『交通整理』ということで――ええ、これさえ果たして頂ければ貴方がたは『世界的犯罪組織グールズ』を捕縛した栄誉が手に入る訳です。安い買い物でしょう?」

 

 此方も先程のBIG5の一人《深海の戦士》の人こと大下と同じく不穏さが感じられるやり取り。

 

「――おや、そうですか。ですがそういったご心配は無用です。我々KCはあくまで『協力した』スタンスを崩すつもりはありません。グールズ捕縛の立役者の座は――ええ、ではお願いしますよ……」

 

 そう言い終えて通信を終えたBIG5の《ジャッジ・マン》の人こと大岡はすぐさま別の相手へと連絡を取っていた。

 

 その「弁護士」という立場上、法関係の様々な伝手が大岡にはある――それらを利用すれば、黒いものでも白く出来るとばかりに眼鏡を光らせた。

 

 

 

 

 

 そんな管制室ではBIG5たち――の内1名、《機械軍曹》の人こと大田はこの場にいないが、その4人の姿を満足気に眺めているのは乃亜。

 

「フフッ、しかし瀬人が切り捨てた人間(BIG5)が、KCの窮地を救う助けになるとは随分と皮肉の効いた出し物じゃないか、神崎」

 

 それはこの場にはいない神崎へと向けられた言葉ゆえに返事が返ってくることはない。だが乃亜は上機嫌だった。

 

「この為の羽蛾の独断専行か……(羽蛾)がグールズの首領を倒せば良し、返り討ちに合っても良い訳か」

 

 このグールズたちの騒動の切っ掛けとなった羽蛾の失態も全ては神崎の掌の上だったと乃亜は悟る――実際は想定外に次ぐ想定外だが。

 

「回収された羽蛾を見るに良い経験が積めたようだし、今後は駒として一段上の活躍が望める」

 

 帰還した羽蛾の様子を聞き及んでいた乃亜は角の取れた羽蛾の姿を見て感心していた――こうやって「矯正」していくのかと。

 

「仮に羽蛾の回収に失敗していたとしても羽蛾が持つのは偏った情報――つまりグールズの足を引っ張ることになれど、助けにはならない」

 

 そして乃亜は思案する。

 

 例え羽蛾が人質にされたとしても、人質の存在に一切躊躇しないアクター(便利な駒)もいる――アクターの「仲間意識」とは無縁の存在ゆえの利便性に目が行く乃亜。

 

 多少の扱い難さを補って余りある程のメリットだった――良い避雷針にもなりえる。

 

 なおアクターこと神崎からすればお断り案件であるが、乃亜が知る由もない。

 

「そしてこの騒動もグールズの首領の洗脳被害にあった人間を纏めて捕縛できる絶好の機会になる訳か……しかも――」

 

 一見すればバトルシティでの大失態に繋がりかねない今回のグールズの騒動だが、入念に計画された罠の中では大した障害にはなりえないと神崎は判断したと乃亜は考える。

 

 ビビり、もといリスクを嫌う神崎からすれば大慌ての事柄だが。

 

「KCが全ての垣根を乗り越えて一丸となって困難に立ち向かうことで、より結束を強固にする――ああ、瀬人だけは除け者か、フフッ」

 

 最後にそう小さく笑った乃亜。

 

 

 今現在のKCはまさにあらゆる垣根を超えた総力戦ともいえる様相である。乃亜は海馬にも見せたかったと一人ごちる

 

 

 こんな「海馬 瀬人(トップ)がいなくともKCが回る状態」――本来は喜ばしいものだが、幹部たちBIG5と溝のある海馬からすれば色々と気が休まらないことは明白だった。

 

 ついでにそのBIG5たちと懇意にしている神崎の存在も海馬にとって目の上のたん瘤以上に厄介であろう。

 

 

 

 海馬と神崎が分かり合える日は果たして来るのか甚だ疑問だが、分かり合えなければ血を見る結果になる予感だけはヒシヒシと感じられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな会議室、もとい管制室を余所にグールズたちと直接対峙している現場は――

 

『もけっ! もけもけッ!!』

 

 身体を振り子のように揺らしながら拳を繰り出すやたらと動きにキレがある《もけもけ》のキグルミがグールズたちを次々とその拳で屠っていく。

 

 周囲の《もけもけ》のキグルミたちもそれに続くようにグールズたちを捕縛していく――やたらと動きにキレのある《もけもけ》はリーダー格のようだ。

 

「《もけもけ》さんの快進撃! 怪人たちは成す術がないぞ~!!」

 

 まるでヒーローショーのナレーターのような言葉で場を盛り上げるのはキャンペーンガールの一人に選ばれている野坂ミホ。

 

 騒動をイベントのように誤魔化し、本戦へのチケットを得るべく此処ぞとばかりに自身の能力をアピールしていた。

 

『もけッ! もけけッ!!』

 

 その言葉に応えるように怪人役の強制的に立たせたグールズにリーダー格の《もけもけ》の気合の入った声と共に繰り出された拳や蹴り、果てはタックルなどが加えられ、次々と吹き飛ばされていく。

 

「危ない! 《もけもけ》さん! 後ろから怪人が!」

 

 そんな野坂ミホの焦るような言葉にもリーダー格の《もけもけ》は動じない。

 

『――もけッ!!』

 

 その背後から迫るグールズに振り返らずに前に跳躍。

 

 そこから跳躍した先にあった壁を蹴って再度跳躍しながら体の向きを変え、攻撃を躱されたゆえに身体が硬直していた先程のグールズに向けて――

 

「でたっー!! 三角跳びからの回し蹴りだぁ~!!」

 

 その野坂ミホのプロレスのような実況と違わず、回し蹴り――と言ってもチョコンと伸びる足ゆえに横向きでタックルしているようにも見える一撃――を繰り出した。

 

 

 

 その一撃で吹き飛ばされたグールズの一人は他の倒されたグールズたちの山へと落ちる。

 

『もけ~!!』

 

 そして倒れ伏したグールズの山の上で雄叫びを上げつつ天に腕を突き上げるリーダー格らしき《もけもけ》のキグルミ。

 

 

 さらにその姿に他の《もけもけ》のキグルミたちも手を突き上げ――

 

『 『 『 もけ~ッ!! 』 』 』

 

 リーダー格の《もけもけ》の勝利を称えるが如く声を揃える。

 

 

 

 

 そんなもけもけした現場の近くで、奮闘していた牛尾は現実感なく呟く。

 

「あの動きは佐藤さんだな……相変わらず強えぇなぁ……」

 

 リーダー格の《もけもけ》の中の人はオカルト課に所属する佐藤――護送班の任務は別の人間に任せ、どこからかキグルミを拝借したらしい。

 

 キグルミを着てよくもあれ程動けるものだと感心しながら牛尾は傍のグールズの意識を刈り取っていく。

 

「とうっ!」

 

 傍ではそんな声と共に北森が軽めに吹き飛ばしたグールズたちが心配になるような速度で地面を転がっていたが、他のグールズたちがクッションになるように衝突していた為、北森も無策ではないのだろうと牛尾は現実から目を逸らす。

 

 

 牛尾の頼れる先輩、ギースも言っていた。「オカルト課の医療技術を加味して、問題ない程度の手加減を北森は出来ている」と――もの凄く不安を駆り立てる言葉である。

 

 

 

 現実逃避気味の牛尾はさておき、《もけもけ》のキグルミたちに歩み寄る野坂ミホ。

 

「ありがとうございます! 《もけもけ》さんたち! これでバトルシティの平和は守られました!!」

 

『もけッ!』

 

 そんな野坂ミホの言葉に「気にするな」とばかりに手で制したリーダー格の《もけもけ》こと佐藤は他の《もけもけ》のキグルミたちへと向き直る。

 

『もけッ、もけもけッ!! もけ~!!』

 

 

『 『 『 もけッ!! 』 』 』

 

 そしてリーダー格の《もけもけ》こと佐藤の指示に倒れ伏したグールズの山に殺到する《もけもけ》のキグルミたち。そして――

 

『もけっ!』

 

『もけっ!』

 

『もけっ!』

 

『もけっ!』

 

 掛け声と共に《もけもけ》のキグルミたちに次々と担ぎ上げられる意識を失ったグールズたち。やがて――

 

『もけもけッ!! もけけっ! もけ~!!』

 

 

『 『 『 もっけッ!! 』 』 』

 

 リーダー格の《もけもけ》が「次なる戦場へ参る」と思しき声を上げて先陣を切って駆け出し、他の《もけもけ》たちもその後に続き、裏路地の方へと走り去っていった。

 

 

 何ともカオスな世界がそこにはあった――こんな作戦を考えたのは誰だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして路地裏に消えていった《もけもけ》の一団は――

 

「お~い、お前ら~! こっちだぜい~!」

 

 そんなモクバの声の方へと突き進んでいた。その隣に便宜上の補佐役として杏子と静香は同行していたが――

 

「えっ!? なんか一杯来た!?」

 

 迫りくる《もけもけ》のキグルミの大群に杏子は引き気味であった――《もけもけ》の見た目は愛らしいものだが、だとしてもこれ程の勢いで迫られればかなりの圧力である。

 

「護送車はこっちになります!」

 

 しかし一方の静香は与えられた役割である「キグルミたちの誘導」を何とかこなそうと護送車の場所を示す。その先には護衛のアメルダが待機しており――

 

『もけっ!』

 

『もけっ!』

 

『もけっ!』

 

『もけっ!』

 

 そんな《もけもけ》のキグルミたちの掛け声と共にアメルダにパスされたグールズたちは護送車に押し込められていく。

 

 やがて《もけもけ》たちは次の現場へと駆けていく――嵐のような連中である。

 

「お仕事頑張ってくださいねー!」

 

 だが咄嗟に出た静香のそんな言葉に《もけもけ》のキグルミたちは走りながら綺麗に息を合わせてサムズアップし――

 

『 『 『 もけッ!! 』 』 』

 

 

 謎の掛け声を返した――頼もしい限りである。

 

 

 

 

 

 ちなみに、他にも《クリボー》のキグルミを装着した一団など様々なタイプのキグルミたちがグールズの騒動を片っ端から片付けている。

 

 

 その光景はやはり裏の事情をはらんだ殺伐とした気配などまるでなく、唯々カオスだった――「騒動を隠す」という意味では成果を上げていたが、素直に喜べないのは何故なのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 走る 走る 走る 走る 走る

 

 

 今は一秒でも惜しいとKCの大会本部へと足を動かす遊戯――その胸中にあるのは間一髪だったパンドラの一件。

 

 城之内が同じ状況に陥っているかもしれないと考えるだけで遊戯の心は締め付けられる。

 

 

 だがそんな先を急ぐ遊戯に立ちはだかるローブで全身をスッポリと覆った人物が2人。

 

 その2人の内の小柄な男の声が響く。

 

「おおっと、行かせないんかんな! 此処を通りたければオレたちを倒すしかないぜ!」

 

「くっ……こんな時に!!」

 

 グールズのレアハンターだと察した遊戯は足を止める――城之内をさらうまでの足止めであることは明白だった。

 

「オレはレアハンター、『光の仮面』!」

 

 そう名乗りを上げた2人のレアハンターの内の小柄な男、顔の右半分を覆う白い仮面を付けた『光の仮面』。

 

 その仮面は遊戯を嘲笑う様に笑みが浮かんでおり――

 

「同じくレアハンター、『闇の仮面』! ――さぁ、武藤 遊戯。どちらからお相手しようか、勿論デュエルでな」

 

 そうデュエルを提案したのは、もう一人の大柄なレアハンター、顔の左半分を覆う仮面を付けた『闇の仮面』。

 

 その仮面は遊戯の怒りを写しとったかの様な怒りの表情が浮かんでいる。

 

「どちらでも構わない!! さっさとかかってこい!!」

 

 一分一秒を惜しむ遊戯はすぐさまデュエルディスクを展開し、デュエルの構えを取るが――

 

「随分威勢がいいことだ――ならこの『闇の仮面』が相手になろう!」

 

「いやいや、相棒! そうはいかないかんな! 遊戯はオレがやる!」

 

 デュエルするべく一歩前に出た闇の仮面を制するように前に出る光の仮面。

 

「いや、俺だ!」

 

「いーや、オレだかんな!!」

 

 そして我こそが、と言わんばかりに遊戯とのデュエルの順番を譲らずコント染みた動きを見せる2人。

 

 遊戯の予想通り、2人の仮面のレアハンターたちがマリクに命じられたのは「時間稼ぎ」である。さらに可能であればそのまま神のカードの回収することも計画されていた。

 

「それじゃあ、『じゃんけん』で決めるかんな!」

 

「いいだろう! じゃん! けん!」

 

「 「 ぽん! あいこでしょ! あいこでしょ! あいこでしょ! あいこで―― 」 」

 

 そうして「じゃんけん」でワザとらしく時間稼ぎを始めた2人のレアハンターに遊戯は焦りから声を荒げる。

 

「貴様らいい加減にしろ!!」

 

「――悪いなぁ、遊戯。でもしょうがねえよなぁ? 二対一でデュエルするわけにもいかねぇしよ」

 

 そんな遊戯の姿に光の仮面は小馬鹿にするように笑う――冷静さを奪う試みは上手くいっているとほくそ笑みながら。

 

 

 

 しかしそんな三者に声が届く。

 

「ならばタッグで掛かって来い! 雑魚ども!! 俺は遊戯と組む!」

 

「海馬!?」

 

 その正体は海馬。

 

 先んじて駆けていた遊戯が仮面のレアハンターたちとのやり取りしている姿を背後から静観していた次第である。

 

 ゆえに一番手っ取り早い方法を提案した海馬。

 

「海馬……」

 

「だが勘違いするな――神聖なカードを邪悪な目的で扱う連中を放っておくわけにはいかん。 決してお前や凡骨に手を貸すわけではない」

 

 遊戯の頼もしい仲間を見るような視線に対し、互いはライバルである関係性を明確にしておく海馬だったが――

 

 

 

「 「 とっうっ!! 」 」

 

 再び新たな乱入者が空から宙返りしつつ現れる。

 

 

 その乱入者はスキンヘッドの男性用のチャイナ服、(ぱお)に身を包んだ2人組。

 

「なんなんだ!? こいつら!?」

 

 そのあまりのインパクトに引き気味な反応を示す光の仮面だったが、その2人の乱入者は遊戯たちの隣に着地した。

 

「 「 我ら迷宮兄弟!! 」 」

 

 息を揃えて名乗りを上げた2人組、迷宮兄弟。

 

 オレンジカラーの服装に額に「迷」の文字が書かれた迷宮、兄が仮面のレアハンターたちを牽制しつつ遊戯へと言葉を投げかける。

 

「『武藤 遊戯』殿とお見受けする――大まかな事情は聞き及んでおる!」

 

「ここは我らに任せて先を急ぐがいい!」

 

 そしてグリーンの服装に「宮」の文字が書かれた迷宮、弟が言葉を引き継ぎ、遊戯に先へ進むように促した。

 

「ヤツの差し金か……」

 

 あまりにもタイミングの良すぎる増援に海馬は思い出したくもない男の影を思い浮かべるが、その辺りの事情を知らぬ遊戯からすれば関係はない。

 

「すまない!」

 

 短い感謝の言葉と共に仮面のレアハンターたちの脇を駆けていく遊戯。そしてすぐさま後を追う海馬。

 

「いかせないかんな!」

 

 だが当然そのまま通す訳にはいかない光の仮面が動きを見せるが――

 

「 「 ハァッ!! 」 」

 

 迷宮兄弟のそれぞれのデュエルディスクから発射された鎖状の物体が仮面のレアハンターたちのデュエルディスクに接続される。

 

「こいつは!?」

 

「これは『デュエルアンカー』――我らとデュエルしなければ外れることはない」

 

 走り去った遊戯と海馬を尻目に立て続けに起こる想定外の事態に瞠目する闇の仮面に迷宮、兄はしたり顔で返す。

 

「人質がどうなっても良いのか!」

 

 そんな咄嗟の光の仮面のハッタリにも――

 

「それは困ったな、弟よ」

 

「全くだ、兄者――このデュエルアンカーを外す残った方法はKCにしかないというのに」

 

 かなりの情報を与えられた迷宮兄弟が惑わされることなど無い――仮に光の仮面の言葉が事実であってもどうすることも出来ないが。

 

「チィッ! 面倒なことになった!」

 

「落ち着け相棒! この変な奴らをさっさと倒して追い掛ければ良いだけだかんな!」

 

 闇の仮面は苛立ち気に舌打ちを打つが、光の仮面はまずはこの状況の打開を優先する。

 

 

 その光の仮面の言葉をデュエルの了承と受け取った迷宮、兄はデュエルディスクを展開し――

 

「ふっ……決まりだな! 遊戯殿を追いたくば――」

 

「 「 我らの迷宮を超えていって貰おうか!! 」 」

 

 合わせてデュエルディスクを展開した迷宮、弟と共に鏡合わせのようなポーズを取った。

 

 

 そのポーズに光の仮面は相手も「タッグ戦」を想定したデュエリストであると考える――くしくも互いに「タッグ戦」を得意とする対戦カード。

 

「だったら、このタッグデュエルは『バトルロイヤルルール』で行かせて貰うかんな!」

 

「 「 此方に異論はない!! 」 」

 

 4人で行うデュエル形式を提案した光の仮面に息を揃えて返す迷宮兄弟。

 

「相棒! 奴らを速攻で潰すかんな!!」

 

「任せろ!!」

 

 だが光の仮面はコンビプレーならば此方も負けてはいないと、闇の仮面と同時にデュエルディスクを展開し、4人制のデュエルに適した距離にアクロバットに宙返りをしながら距離を取る。

 

「果たしてそう簡単にいくかな?」

 

 その迷宮、弟の言葉と共に仮面のレアハンターたちと張り合う様にバク転や宙返りを重ねて距離を取る迷宮兄弟。

 

「新たな力を得た――」

 

「 「 我らの力を思う存分見せてやろう!! 」 」

 

 そして迷宮、兄の言葉に合わせた迷宮、弟――迷宮兄弟の息の合った言葉がデュエルの口火を切った。

 

 

「 「「 「 デュエル!! 」 」 」 」

 

 






今作の迷宮兄弟の
「伝説のデュエリスト武藤 遊戯と戦った」称号が削除されました。
「伝説のデュエリスト武藤 遊戯の危機を救った」称号が追加されました。NEW!!



~「バトルロイヤルルール」って?~

原作にて3人以上のデュエリストがデュエルする際によく用いられる特殊ルール。

基本的に3人以上が順番にターンを回していき、最後に残っていたデュエリストの勝利になる。

今回の場合は4人が2人ずつに分かれた上でのタッグデュエル形式の為、タッグを組んだ2人が敗北した時点で決着となる。

ちなみにタッグだからといってチーム間で相談や、互いの手札を見せあうなどの行為は出来ない。


大まかなルールは通常のデュエルとの大きな差異はない。だが――

最初のターンは全員にターンが回るまでバトルフェイズを行うことが出来ない。

互いのプレイヤーに影響を及ぼすカードは全てのプレイヤーに影響が及ぶ。
上述の「プレイヤー」が「モンスター・魔法・罠」の場合でも同様である。

――などなど、このような細かな違いがみられる(具体的な内容はデュエルで使用した際に説明を入れます)


一例としては、「遊戯王GX」にて迷宮兄弟が兄弟間で、
モンスターカード名を1つ宣言し、そのカードが相手のデッキにある場合に手札に加えさせる効果を持つ――魔法カード《闇の指名者》。

この効果を味方のプレイヤーに対して発動することで、疑似的なサーチ手段としていた。







~今作でのKCオリジナル品~

~「キグルミ型決戦兵器―タイプ《もけもけ》」について~

過去の剛三郎時代にて将来的に出来る海馬ランドが出来た際の警備用に神崎の要望を受けて
BIG5の《機械軍曹》の人こと大田によって開発されたアシストスーツならぬアシストキグルミ。

早い話が神崎の海馬への味方アピールの為に作られた一品――無駄に高性能。

そして開発された段階で実践的なテストの為に
神崎がアメルダ一家を救う際に戦場を潰しまわった際に、ついでの戦災復興の為の用途で使用されていた。

ゴツイ装備をした人間よりも愛らしいキグルミの方が人々に威圧感を与えず、戦乱で擦り減った人々の精神に負担を与え難いであろう、という考えの元でのテスト運用だったのだが、

現場にて愛らしい姿でエゲツナイ作戦を実行する姿ゆえに、逆に対峙した相手に恐怖を煽った。

なお子供受けは良い模様。


問題点として装着者はインカム越し以外では何を言っても対応したモンスター風の声しか外には出ない為、意思疎通が困難になる――どこのフモッフだ。

だが本部でそれぞれをモニターすれば問題はない。BIG5の《機械軍曹》の人こと大田がすぐさまやってくれました、とのこと。さす工場長!


肝心の海馬ランドでは普通のキグルミに紛れむ形で活動している――有事の際には闇に隠れてならぬ、キグルミの群れに隠れて障害を排除するらしい。


ちなみに――
タイプ《もけもけ》はオールラウンダーなタイプであり

タイプ《クリボー》は防衛タイプといった具合にモンスターによって用途が分かれる。

BIG5のペンギン大好き大瀧の強い熱意によって追加で開発された
タイプ《ペンギンソルジャー》は水場で無類の活躍を見せる。



だが操られたグールズ程度ではどのタイプでも一蹴できる為、今回の騒動では大した差は実感できない。




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第103話 立ちはだかる迷宮



前回のあらすじ
佐藤さんの初ゼリフが『もけっ! もけもけッ!!』になってしまうとは……この海のリ〇クの目をもってしても読めなかった……!!

あっ、迷宮兄弟も登場していました。



 

 

 折角の神のカード奪取のチャンスを逃してしまった光の仮面は苛立ち気に思案する。

 

――コイツらに三幻神のキラーカード、《生贄封じの仮面》は必要ないんだな!

 

 その言葉通り、『オシリスの天空竜』を取り戻す為に投入していたカードをデュエル前にデッキから外していた光の仮面――闇の仮面も同様の処置を既に行っていた。

 

 

 そしてタッグ形式のバトルロイヤルルールでの最初のターンプレイヤーとなった光の仮面は「すぐに終わらせてやる」とデッキに手をかける。

 

「最初はオレのターンだかんな! ドロー!」

 

 引いたカードを見た光の仮面は仮面の裏側に取り付けられた小さなマイクで闇の仮面に小声でコッソリと通信を試みる。

 

『相棒、手札の調子はどうだ? 俺が魔法カード《手札抹殺》を使っても問題は?』

 

『いや、問題ないぞ!』

 

 すぐさま返ってきた闇の仮面の言葉に満足する光の仮面。

 

 だが、タッグ形式のデュエルでタッグパートナーとの相談は明確なルール違反である――だからこそコソコソと隠しているのだが。

 

「オレは魔法カード《手札抹殺》を発動! 互いは手札を全て捨て、捨てた枚数だけドローだかんな!」

 

「 「 手札入れ替えのカードか!? 」 」

 

 声を揃えて驚く迷宮兄弟に光の仮面は相手のキーカードを墓地に落とせそうだとほくそ笑む。

 

「そうだ! そしてこのデュエルは『バトルロイヤルルール』! よって《手札抹殺》の効果は全てのプレイヤーに及ぶかんな!」

 

 バトルロイヤルルールゆえの特殊な裁定を光の仮面は説明しつつ、4人のデュエリストは手札を入れ替えていく。

 

「そして魔法カード《予想 GUY(ガイ)》を発動だかんな! オレのフィールドにモンスターがいないとき、デッキからレベル4以下の通常モンスターを特殊召喚! 来いっ! 《仮面呪術師カースド・ギュラ》!!」

 

 小さなスパークと共に地面からスルリと現れたのは金の細工の入った仮面を付けたまじない師。

 

 だがその身体は淡い青の人間味のない肌。そして足はなく、亡霊のような装いでゆらゆら腕を揺らし、親指を下につき下ろす仕草を見せる。

 

《仮面呪術師カースド・ギュラ》

星4 闇属性 悪魔族

攻1500 守 800

 

「そして魔法カード《黙する死者》を発動! 墓地の通常モンスターを蘇生するかんな! 甦れ、《化合獣(かごうじゅう)カーボン・クラブ》!!」

 

 身体の中央の「C」の文字が特徴的な鉱石のような甲殻の蟹が横歩きで光の仮面の足元に歩み寄る。

 

化合獣(かごうじゅう)カーボン・クラブ》

星2 炎属性 水族

攻 700 守1400

 

「《化合獣(かごうじゅう)カーボン・クラブ》はデュアルモンスター! フィールド・墓地では通常モンスターとして扱い、フィールドで再度召喚されることで効果モンスターになるかんな!」

 

 薄黄色の身体を元気いっぱいに伸ばす《化合獣(かごうじゅう)カーボン・クラブ》だったが――

 

「《化合獣(かごうじゅう)カーボン・クラブ》を再召喚! これでコイツの効果が使えるかんな!」

 

 その全身は銀色に輝き、より硬度を増した姿となった。

 

「《化合獣(かごうじゅう)カーボン・クラブ》の効果発動! 1ターンに1度、オレのメインフェイズにデッキからデュアルモンスターを1体墓地に送って、デッキからデュアルモンスターを1体サーチするかんな!!」

 

 《化合獣(かごうじゅう)カーボン・クラブ》は2つのハサミで器用に地面を掘って行き――

 

「デッキから《魔族召喚師(デビルズ・サモナー)》を墓地に送り、デッキから《進化合獣(しんかごうじゅう)ダイオーキシン》を手札に加えるかんな!!」

 

 その穴に落ちていくのは黒い毛を持つ青い悪魔の召喚師、《魔族召喚師(デビルズ・サモナー)》。

 

 そして《魔族召喚師(デビルズ・サモナー)》を足場に光の仮面の手札に跳躍したのは様々な生物を繋ぎ合わせたキメラのような悪魔、《進化合獣(しんかごうじゅう)ダイオーキシン》。

 

「更に魔法カード《トレード・イン》を発動だかんな! 手札のレベル8、《進化合獣(しんかごうじゅう)ダイオーキシン》を捨て、2枚ドロー!」

 

 だが手札に舞い戻ったのも束の間、《進化合獣(しんかごうじゅう)ダイオーキシン》はすぐさま《魔族召喚師(デビルズ・サモナー)》の後を追う結果に――周囲に悲し気な声が木霊する。

 

「此処で2枚目の魔法カード《黙する死者》を発動! 墓地の通常モンスターを守備表示で蘇生するかんな! 来なぁ! 禁忌の術師! 《魔族召喚師(デビルズ・サモナー)》!」

 

 今度こそフィールドに現れた《魔族召喚師(デビルズ・サモナー)》は左手の人の頭蓋骨が先端についた杖を地面に打ち付け、長い尾を揺らしながら右手を天に突き上げる。

 

魔族召喚師(デビルズ・サモナー)

星6 闇属性 魔法使い族

攻2400 守2000

 

「そしてフィールド魔法《化合電界(スパーク・フィールド)》を発動!」

 

 フィールドに電磁波のような磁場が波打ち空を覆っていく。

 

「コイツの効果でオレは通常召喚に加えてメインフェイズに1度、デュアルモンスター1体を召喚できる! 《魔族召喚師(デビルズ・サモナー)》を再召喚!!」

 

 《魔族召喚師(デビルズ・サモナー)》の背後から青いオーラが立ち上る。

 

「これで《魔族召喚師(デビルズ・サモナー)》の効果が使えるぜ! コイツは手札・墓地の悪魔族モンスターを1体呼び出すことが出来るかんな!!」

 

 その青いオーラは光の仮面のフィールドに降り立ち――

 

「オレは墓地の《魔犬オクトロス》を呼び出すかんな!」

 

 小さな身体に似合わぬ2本の角が生えた巨大な頭を持った黒い犬がそこから歩み出る。その黒い身体には赤い人の骨を描いたような文様が浮かんでいた。

 

 しかし、その恐ろし気な外見で尻尾をブンブンと嬉しそうに振っている為、どこか間が抜けた雰囲気がデュエリスト間で流れる。

 

《魔犬オクトロス》

星3 闇属性 悪魔族

攻 800 守 800

 

「そんでもって魔法カード《トランスターン》を発動! 《魔犬オクトロス》を墓地に送って同じ属性・種族でレベルが1つ高いモンスターをデッキから呼ぶかんな!」

 

 その《魔犬オクトロス》の口から黒い泥のようなものが零れ、その全身を覆っていく。

 

「来ぉいッ! 《メルキド四面獣(しめんじゅう)》!!」

 

 やがてその泥を吹き飛ばす様に回転しながら現れたのは駒のような身体の四方に4つの仮面を付けた悪魔――その4つの仮面はそれぞれ別々の表情を浮かべ、異なる感情の声を上げている――って、うるせぇ。

 

《メルキド四面獣(しめんじゅう)

星4 闇属性 悪魔族

攻1500 守1200

 

「此処でフィールドから墓地に送られた《魔犬オクトロス》の効果でデッキからレベル8の悪魔族モンスターを1体手札に加えるかんな! 《仮面魔獣デス・ガーディウス》を手札に!」

 

 《魔犬オクトロス》の地の底に響くような遠吠えが木霊し、やがて光の仮面の手札に禍々しいオーラが集まっていく。

 

「そして《仮面呪術師カースド・ギュラ》と《メルキド四面獣(しめんじゅう)》のどちらかを含むオレのフィールドのモンスターを2体リリースしてコイツは呼び出せる!!」

 

 《仮面呪術師カースド・ギュラ》と《メルキド四面獣(しめんじゅう)》の仮面から亡者の呻き声のような叫びが木霊する。そして2体の身体はボロボロと崩れていき――

 

「このデュエル、さっさと終わらせるかんな! 舞い降りろ! 《仮面魔獣デス・ガーディウス》!!」

 

 2体の贄を喰って降り立ったのは巨大な身体を持った仮面の異形。その縦に長い頭が両肩にもそれぞれ伸びており、その手足は骨のような甲殻で覆われ、その先には鋭利な爪が伸びていた。

 

 そしてその身体の中央には拘束された人間のようなものが苦し気に呻き声を上げる。

 

《仮面魔獣デス・ガーディウス》

星8 闇属性 悪魔族

攻3300 守2500

 

「にゅふふははははははは! どうだ! どうだ! この圧倒的な力は!!」

 

 1ターン目から自身の切り札を呼び出した光の仮面は高らかに笑う。

 

「 「 攻撃力3000オーバーのモンスターだと!? 」 」

 

 声を揃えて驚きを見せる迷宮兄弟の姿に光の仮面は満足気だ。

 

 しかしそんな満足気な光の仮面に闇の仮面からの通信が入る。

 

『俺は次のターンでフィールド魔法を発動したい。お前はどうだ?』

 

『問題ないぜ、相棒!』

 

 そんな闇の仮面の要請を快く引き受けた光の仮面は動き出す。

 

「此処で墓地の魔法カード《シャッフル・リボーン》を除外して効果を発動! オレのフィールドのカードを1枚デッキに戻すことで1枚ドロー出来る!」

 

 フィールドを覆う電磁場が揺らいでいく。

 

「フィールド魔法《化合電界(スパーク・フィールド)》をデッキに戻し、1枚ドローだかんな!」

 

 そして光の仮面の手札に集まっていった。

 

「カードを2枚セットして、ターンエンドだかんな! 《シャッフル・リボーン》の効果でこのエンド時に手札を除外する必要があるが――オレの手札は0! 意味ないかんな!」

 

 

 

 1ターン目からいきなり切り札クラスのカードを呼び出した光の仮面を警戒するように次のターンプレイヤー、迷宮、弟は内心で一人ごちる。

 

――《仮面魔獣デス・ガーディウス》……なんと恐ろし気なモンスターよ。さらに《魔族召喚師(デビルズ・サモナー)》がいる限り何度でも蘇る訳か……厄介な!

 

「1ターン目からこれ程の布陣を引くとは――こやつら、やりおる!」

 

「しっかりするのだ、弟よ! 如何なる相手だろうとも、我らの力を合わせれば恐れることはない!」

 

 そんなどこか弱気な迷宮、弟の言葉に迷宮、兄は発破をかける――タッグ形式のデュエルは自分たちの十八番ではないかと。

 

「すまぬ、兄者! 少し弱気になっていたようだ! 我らのコンビネーション、奴らに見せつけてやらねば! 私のターン、ドロー! 私は《おもちゃ箱》を召喚!!」

 

 赤いリボンでラッピングされた白い箱がフィールドにちょこんと落ちる。

 

 その箱の中には様々なぬいぐるみが所狭しと並んでいた。

 

《おもちゃ箱》

星1 光属性 機械族

攻 0 守 0

 

「更に魔法カード《二重召喚(デュアルサモン)》を発動! このターン、2度の通常召喚が可能になる!! 《カオスエンドマスター》を召喚!!」

 

 次に降り立つのは白い装束で全身を包んだ白い天使の羽を持つ戦士。その戦士は拳を握り、臨戦態勢を取る。

 

《カオスエンドマスター》

星3 光属性 戦士族

攻1500 守1000

 

「此処でカードを2枚セットし、魔法カード《命削りの宝札》を発動! 私は手札が3枚になるようにドローする!!」

 

 新たに補充されたカードに迷宮、弟はニヤリと頬を緩める――良いカードが引けたようだ。

 

「そして新たに3枚のカードをセットし、ターンエンド! このエンドフェイズ時に《命削りの宝札》の効果で手札を全て捨てねばならんが、今の私の手札は0だ!」

 

 2体のモンスターに加えて5枚のセットカードで守りを固めた迷宮、弟は悪くない立ち上がりだと自信ありげに腕を組む。

 

「大きな口を聞いた割に雑魚を並べ、守りを固めただけとはな!」

 

 だが闇の仮面は迷宮、弟を挑発するかのように嘲笑うが――

 

「そのような挑発に乗りはせぬ、『バトルロイヤルルール』では全てのプレイヤーが最初のターンを終えるまで攻撃はできん――守りを固めるのは当然と言うもの……なぁ兄者!」

 

「勿論だ、弟よ!」

 

 迷宮兄弟の息の合った返しに逆にイラっとする闇の仮面。

 

 

「減らず口を! 俺のターン、ドロー!」

 

 そしてイライラしたままデッキからカードを引き抜く。

 

「俺は魔法カード《儀式の下準備》を発動! デッキの儀式魔法《仮面魔獣の儀式》を選び、そこに記された儀式モンスターをデッキ・墓地から選ぶ――《仮面魔獣マスクド・ヘルレイザー》を選択!」

 

 黒い鳥が闇の仮面の肩に止まり、羽を広げて迷宮兄弟の2人を威嚇する。

 

「そしてその2枚を手札に加える!!」

 

 やがてその口元の2枚のカードを闇の仮面に渡した後は満足気に飛び去って行った。

 

「此処でフィールド魔法《祝福の教会-リチューアル・チャーチ》を発動!」

 

 フィールド全体が白い教会へと姿を変えていく――闇の仮面の「闇」の文字にそぐわない景色だ。

 

「早速その効果を使わせて貰うぞ! 《祝福の教会-リチューアル・チャーチ》は1ターンに1度、手札の魔法カードを捨て、デッキから儀式魔法を手札に加える!」

 

 墓地に送られるのは仮面に巨大な足の生えた台座――儀式魔法《仮面魔獣の儀式》。

 

「俺は先程手札に加えた儀式魔法《仮面魔獣の儀式》を墓地に送り、デッキから儀式魔法《高等儀式術》を手札に加える!!」

 

 やがて《祝福の教会-リチューアル・チャーチ》の祝福の鐘が鳴ると共に闇の仮面への手札に加わるのは石碑に刻まれた魔法陣。

 

「手札に加えた儀式魔法《高等儀式術》を発動! レベルの合計が儀式召喚するモンスターと同じになるようにデッキから通常モンスターを墓地に送り、手札の儀式モンスターを儀式召喚する!!」

 

 その魔法陣に一際大きなイカズチが落ちて周囲を照らし、さらに大地を揺らす。

 

「俺はデッキからレベル4の通常モンスター《シャイン・アビス》を2体墓地に送り、儀式召喚!!」

 

 そして魔法陣に贄として丸い青い脚部の機械仕掛けの天使が2体浮かび上がり――

 

「ブルーアイズすら超えた力を見せよ! レベル8! 《仮面魔獣マスクド・ヘルレイザー》!!」

 

 呼び起こされたのは異形の二脚を持った魔獣――かつて魔導士であったのか、その手には杖が握られている。

 

 しかし今やその身体の至る個所に禍々しい仮面が融合し、邪悪な化生の姿で知性など感じさせない声で咆える。

 

《仮面魔獣マスクド・ヘルレイザー》

星8 闇属性 悪魔族

攻3200 守1800

 

「さらにフィールド魔法《祝福の教会-リチューアル・チャーチ》のもう一つの効果を発動! 墓地の魔法カードを任意の枚数デッキに戻し、その数と同じレベルの光属性・天使族モンスターを墓地から蘇生させる!」

 

 《祝福の教会-リチューアル・チャーチ》から讃美歌のようなメロディが流れていく――だが周囲にいるのはグロテスクな異形が大半の為、ムードもへったくれもないが。

 

「儀式魔法《高等儀式術》、魔法カード《儀式の下準備》と《貪欲な壺》、《馬の骨の対価》をデッキに戻し、レベル4の《シャイン・アビス》を蘇生!!」

 

 先程儀式の贄となった《シャイン・アビス》が白い上半身を伸ばし、青い球体の脚部で浮かびながら、黄金に輝く翼を広げた。

 

《シャイン・アビス》

星4 光属性 天使族

攻1600 守1800

 

「最後に永続魔法《カードトレーダー》を発動し、カードを1枚セットしてターンエンドだ!」

 

 

 余力を十分に残してターンを終えた闇の仮面に最後のターンプレイヤー、迷宮、兄は挑戦気にフッと笑う。

 

 

「此方の大男も中々の手練れ――相手にとって不足無し!! 私のターン、ドロー! ほう……」

 

 迷宮、兄は引いた手札を見て小さく鼻を鳴らす――良いカードを引いたようだ。

 

「だが、まずは私の墓地に《堕天使マリー》がいるとき! その効果で私のスタンバイフェイズにライフを200回復する! おぬしの《手札抹殺》、ありがたく利用させて貰ったぞ!」

 

 そう光の仮面を挑発する迷宮、兄の背後に浮かぶ白を基調としたワンピースらしき服装の2本の角が頭に見える黒い悪魔……もとい、堕天使は黒い羽を広げて暗い光を迷宮、兄に向けて放つ。

 

迷宮、兄LP:4000 → 4200

 

「そして魔法カード《七星の宝刀》を発動し、手札のレベル7、《風魔神(ふうましん)-ヒューガ》を除外して、2枚ドロー!」

 

 緑の丸いボディに「風」と書かれた紋章がトレードマークの《風魔神(ふうましん)-ヒューガ》がその丸いボディから左右に伸びる腕で黄金に輝く刀を天に掲げ満足気に消えていく。

 

「そして永続魔法《星邪(せいじゃ)神喰(しんしょく)》を発動し――」

 

 フィールドに光と闇の気配が広がって行く。

 

「私の墓地の《幻獣機(げんじゅうき)ブルーインパラス》の効果を発動! 私のフィールドのモンスターがいない時、墓地のこのカードを除外することで『幻獣機トークン』を特殊召喚する!」

 

 白と青のカラーリングの戦闘機が迷宮、兄のフィールドを通り過ぎ、その後に淡く光る同じ形の幻影――『幻獣機トークン』がフワフワと漂っていた。

 

『幻獣機トークン』

星3 風属性 機械族

攻 0  守 0

 

 此処まで、光の仮面が発動した魔法カード《手札抹殺》を上手く利用していた迷宮、兄。そしてここだと手を掲げる。

 

「この瞬間、永続魔法《星邪(せいじゃ)神喰(しんしょく)》の効果を適用!」

 

 大空にて相反するエネルギーがうごめき始める。

 

「1ターンに1度、私の墓地のモンスターが除外されたとき、デッキからそのカードと異なる属性のモンスター1体を墓地に送る!」

 

 先程飛び去って行った《幻獣機(げんじゅうき)ブルーインパラス》が再び迷宮、兄の頭上を飛び――

 

「除外された《幻獣機(げんじゅうき)ブルーインパラス》は風属性! よって光属性の《雷魔神(らいましん)-サンガ》をデッキから墓地に送らせて貰うぞ!」

 

 そして天から落下するのは巨大な生物の上半身を思わせるくすんだオレンジの身体を持ち、ちょうど顔の辺りに「雷」の文字の紋章が見える《雷魔神(らいましん)-サンガ》。

 

 その落下速度を落とさぬまま、迷宮、兄に手を振りながら流れるように墓地へと消えて行った。

 

「更に私の墓地の《アマリリース》を除外して、その効果も使わせて貰おう! それによりこのターンモンスターを召喚する際のリリースを1体減らすことが出来る!!」

 

 迷宮、兄のフィールドに薄っすらと現れた花瓶に添えられた一輪のつぼみがそっと花開く。

 

「私は2体のリリースが必要な最上級モンスターを《アマリリース》の効果で1体のリリースでアドバンス召喚する!」

 

 そしてその花、《アマリリース》は淡く輝き光と消え――

 

「『幻獣機トークン』をリリースし、現れろ! 三魔神が一体! 水の化身! 《水魔神(すいましん)-スーガ》!!」

 

 巨大な水柱と共に現れたのは額に「水」の紋章が光る蒼いローブで顔以外を覆い隠した水の魔神。

 

 そのローブから僅かに垣間見える巨大な足でズシンと地面に降り立った。

 

水魔神(すいましん)-スーガ》

星7 水属性 水族

攻2500 守2400

 

「さらに手札を1枚捨てて、装備魔法《D(ディファレント)D(ディメンション)R(リバイバル)》を発動! 除外されたモンスターを1体特殊召喚する!」

 

 異次元から2本の緑の腕が伸び、空間を引き裂く。

 

「帰還せよ! 三魔神が一体! 風の化身! 《風魔神(ふうましん)-ヒューガ》!!」

 

 やがて異次元から這い出たのは緑の球体状の身体に左右から太い腕が伸びた風の魔神。

 

 その球体状の身体の中央には黄金で縁取られた「風」の紋章が浮かぶ。

 

風魔神(ふうましん)-ヒューガ》

星7 風属性 魔法使い族

攻2400 守2200

 

「カードを2枚セットしてターンエンド! さぁ、どこからでもかかって来るがいい!」

 

 

 最上級モンスターである三魔神の2体を展開した迷宮、兄は光の仮面と闇の仮面に向けて手を前に出し、指をクイッと動かす。

 

 

 迷宮、兄の「かかってこい」との言葉通り、これで全てのプレイヤーの最初のターンが回った。

 

 その為、「バトルロイヤルルール」の規定により、次の光の仮面のターンからバトルフェイズが解禁される。

 

「言われなくても直ぐに終わらせてやるかんな! オレのターン! ドロー! このターンから攻撃が可能だかんな! さっさと片付けさせて貰うぜ!」

 

 そんな光の仮面の強気の言葉に反して彼は引いたカードを視界に収めるが、眉をひそめる――状況に即したカードではなかったようだ。

 

「……《化合獣(かごうじゅう)カーボン・クラブ》の効果発動!」

 

 《化合獣(かごうじゅう)カーボン・クラブ》が地面に両のハサミを突き刺し、ガサゴソと何やら探す。

 

「デッキのデュアルモンスター、《シャドウ・ダイバー》を墓地に送り、デッキのデュアルモンスター、《インフィニティ・ダーク》を手札に加えるかんな!!」

 

 そして長い影を伸ばす黒い人影、《シャドウ・ダイバー》を地面深くに押し込み、黒いアーマーで全身を隠すように覆った《インフィニティ・ダーク》が黒いマントを背に揺らし、光の仮面の手札に飛び立つ。

 

「此処で《インフィニティ・ダーク》を通常召喚!!」

 

 そしてそのまま光の仮面の手札を離れ、天高く跳躍し、フィールドに膝を突いて降り立つ――その背のマントが風によってフワリとはためいた。

 

《インフィニティ・ダーク》

星4 闇属性 悪魔族

攻1500 守1200

 

「前のターンにセットしておいた魔法カード《馬の骨の対価》を発動させて貰うかんな!」

 

 やがてスッと立ち上がった《インフィニティ・ダーク》は腕を組むが、その足元に穴が空く。

 

「《インフィニティ・ダーク》はデュアルモンスター! フィールド・墓地では通常モンスター扱い! 《馬の骨の対価》の条件は満たしているかんな! 2枚ドロー!!」

 

 そして「あっ」と言う間もなく、その決めポーズのまま奈落へと消えていった――その犠牲は光の仮面の手札となって受け継がれる。

 

「よし! これなら! 《魔族召喚師(デビルズ・サモナー)》の効果を発動! 1ターンに1度、墓地の『悪魔族』1体を呼び出すかんな!」

 

 フィールドの《魔族召喚師(デビルズ・サモナー)》がその杖を地面に打ち鳴らすと、その隣に魔法陣が浮かび上がる。

 

「召喚術により蘇れ! 進化の終着点! 《進化合獣ダイオーキシン》!!」

 

 その魔法陣から呼び出されたのは

 

 赤い身体に黄色い蟹のハサミの腕を持ち、背中にはその蟹の足がびっしりと生え、草食獣の二足で立つ牛の角を持った魔獣、否、キメラ――《進化合獣ダイオーキシン》が生誕の雄叫びを上げる。

 

《進化合獣ダイオーキシン》

星8 闇属性 悪魔族

攻2800 守 200

 

「バトルだかんな!」

 

 最上級モンスター2体を以て迷宮兄弟を一気に攻め崩そうと動き出す光の仮面だったが――

 

「待って貰おう! そのバトルの前に罠カード《破壊指輪》を発動させて貰うぞ!」

 

 そんな迷宮、弟の声が響き、ダイヤの代わりに導火線に火が付いた爆弾をはめ込まれた指輪が迷宮、弟のフィールドに飛来する。

 

「その効果により私のフィールドの自身のモンスター、《おもちゃ箱》を破壊し、互いのプレイヤー、このバトルロイヤルルールの場合は全てのプレイヤーに1000のダメージを与える!!」

 

 その危険極まりない指輪、《破壊指輪》は《おもちゃ箱》の中に投入され爆発――周囲に多くのぬいぐるみがはじけ飛ぶ。

 

 その爆発の衝撃を受ける4人のデュエリストたち。

 

光の仮面LP:4000 → 3000

闇の仮面LP:4000 → 3000

 

迷宮、弟LP:4000 → 3000

迷宮、兄LP:4200 → 3200

 

 敵味方問わずの一撃にそれぞれのライフが4分の1程削られる。

 

「この程度のダメージ! 屁でもないかんな!」

 

 思わぬダメージに苛立ちを見せるもそう挑発する光の仮面。だが迷宮、弟の動きは止まらない。

 

「それだけではない! 破壊され、墓地へ送られた《おもちゃ箱》の効果を発動!!」

 

 爆破された《おもちゃ箱》から散らばったぬいぐるみのグズグズになった身体が迷宮、弟のフィールドに引き寄せられる。

 

「私はデッキから攻撃力または守備力が0のカード名が異なる通常モンスターを2体、表側守備表示で特殊召喚できる!!」

 

 それらの塊はやがて2つに別れ、そこから――

 

「私はデッキから攻撃力が0の《迷宮壁(めいきゅうへき)-ラビリンス・ウォール-》と《千年の盾》を特殊召喚!!」

 

 入り組んだ迷宮の壁が迷宮、弟のフィールドに現れ、侵入者たる相手モンスターを阻み、

 

迷宮壁(めいきゅうへき)-ラビリンス・ウォール-》

星5 地属性 岩石族

攻 0 守3000

 

 その迷宮の入り口と思しき場所には金で縁取られたウジャトの瞳が中央にある赤い盾が何者も寄せ付けぬように鎮座する。

 

《千年の盾》

星5 地属性 戦士族

攻 0 守3000

 

「守備力3000のモンスターが2体も!?」

 

 あの《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》の攻撃すら寄せ付けぬ程の守りに驚愕する光の仮面。

 

 その守りを辛うじて突破できる攻撃力3300《仮面魔獣デス・ガーディウス》がいるも、どちらか一体は今のままでは倒しきれない。

 

 面倒な守りだと軽く舌を打つ光の仮面。

 

「フッ……だが安心するがいい、《おもちゃ箱》の効果で呼び出されたカードは次の私のエンドフェイズ時に破壊される」

 

「……くっ、バトルを続行するかんな!!」

 

 しかし余裕ありげな迷宮、弟の言葉に光の仮面はそう言いながら内心でごちる。

 

――勝手にお陀仏する壁専門のモンスターなんて眼中にないかんな! オレが狙うのは!

 

「《水魔神-スーガ》をやっちまうかんな! 行けっ! 《仮面魔獣デス・ガーディウス》!! ダーク・デストラクション!!」

 

 《仮面魔獣デス・ガーディウス》の両の手の鋭利な爪が迷宮、兄の操る《水魔神-スーガ》に振り上げられる。

 

「甘いな! 《水魔神-スーガ》はフィールド上に存在するとき1度! 相手に攻撃されたダメージ計算時にその相手モンスターの攻撃力を0にすることが出来るのだ!」

 

 だが《水魔神-スーガ》の足元に水が集まっていき、その水は壁となってせり上が――

 

「甘いのはお前だかんな! オレは《仮面魔獣デス・ガーディウス》の攻撃宣言時に罠カード《ブレイクスルー・スキル》を発動させて貰ったかんな!」

 

――ることはなかった。霧散した水が周囲を濡らす。

 

「これで《水魔神-スーガ》の効果はターンの終わりまで無効! そのままお陀仏だかんな!!」

 

 やがて《仮面魔獣デス・ガーディウス》の両の爪が《水魔神-スーガ》を切り裂く。

 

 

 

 こともなく、迷宮の壁がせり上がって《仮面魔獣デス・ガーディウス》と《水魔神-スーガ》を分断する。

 

「な、なんだ!? これは一体どういうことだかんな!」

 

 突如としてせり上がった迷宮の壁こと《迷宮壁(めいきゅうへき)-ラビリンス・ウォール-》を驚き、見上げる光の仮面に迷宮、弟の声が響く。

 

「フッフッフ……甘いのはやはり其方の方だ! 私は罠カード《仁王立ち》を発動させて貰った! これで我が《迷宮壁(めいきゅうへき)-ラビリンス・ウォール-》の守備力が2倍に!」

 

 せり上がり、強度を増した己が存在を誇るように《迷宮壁(めいきゅうへき)-ラビリンス・ウォール-》の周囲で地鳴りが響く。

 

迷宮壁(めいきゅうへき)-ラビリンス・ウォール-》

守3000 → 守6000

 

「守備力6000だと!?」

 

 その圧倒的過ぎる守備力におののく闇の仮面。

 

「もっとも、このターンの終わりにその守備力は0になるがな……」

 

 そしてそう注釈を入れる迷宮、弟に光の仮面は声を張る。

 

「落ち着け、相棒! だとしてもそれでどうやって《仮面魔獣デス・ガーディウス》の一撃を邪魔しやがったんだ!!」

 

「フッ……それは墓地の罠カード《仁王立ち》を除外することで、このターンおぬしは此方が選択したモンスターしか攻撃できなくなったゆえよ……」

 

 そうい言い切った迷宮、弟はチラと迷宮、兄に目線を送り、2人で鏡合わせの様に動き――

 

「 「 さぁ、我ら自慢の難攻不落のこの迷宮! ぬしらはどう挑む! 」 」

 

 2人で左右対称になるように決めポーズを取った迷宮兄弟。

 

 

 この状況では戦闘の巻き戻しが発生する為、《仮面魔獣デス・ガーディウス》はこの迷宮に挑むか否かの選択が突き付けられる。

 

 光の仮面が取った選択は――

 

「チィッ! だったら攻撃はキャンセルだかんな!」

 

「 「 我らが迷宮の前に臆したか! 」 」

 

 バトルの放棄。その光の仮面の姿に迷宮兄弟は声を揃えて挑発をかける。

 

 悔し気に歯ぎしりする光の仮面――迷宮兄弟の息の合った挑発は中々に効いているようだ。

 

「そう言っていられるのも今の内だかんな! オレは装備魔法《凶暴化の仮面》を相棒の《シャイン・アビス》に装備!!」

 

 目元から化生の手が生えた不気味な仮面が闇の仮面の《シャイン・アビス》に装着される。

 

「これで装備モンスターの守備力を1000下げる代わりに、その攻撃力は1000アップするかんな!!」

 

 《凶暴化の仮面》を装着された《シャイン・アビス》は先程までの人形染みた挙動は鳴りを潜め、狂った叫びのような音を発した。

 

《シャイン・アビス》

星4 光属性 天使族

攻1600 守1800

攻2600 守 800

 

「カードを2枚セットしてターンエンドだかんな!」

 

 バトルロイヤルルールにより4人制のデュエルの為、通常のデュエルよりも自身に回ってくるターンのスパンは長い。

 

 さらに闇の仮面のターンは次の光の仮面のターンよりは先に回ってくる為、タッグパートナーである闇の仮面の援護へと回った光の仮面。

 

 そして光の仮面は迷宮、弟を指さし、咆える。

 

「このエンドフェイズにお前らご自慢の迷宮も罠カード《仁王立ち》のデメリットで、雑魚同然になるかんな!」

 

 突貫工事の影響か、一気に老朽化が進みボロボロになった《迷宮壁(めいきゅうへき)-ラビリンス・ウォール-》。

 

迷宮壁(めいきゅうへき)-ラビリンス・ウォール-》

守6000 → 守 0

 

「だとしても我らが迷宮は崩れはせぬ!」

 

 しかし、迷宮、弟の言葉通り、決して崩れることはない――少なくとも次の迷宮、弟のターンの終わりまでは。

 

 そう拳を握る迷宮、弟に迷宮、兄の言葉が届く。

 

「助かったぞ、弟よ!」

 

 三魔神はフィールドに三種の魔神が揃うことで真の力が発揮されるモンスター。先程の攻防で《水魔神-スーガ》を失っていれば真の力は遠のいていたゆえに迷宮、兄は感謝を送る。

 

「何、兄者の助けとなれたのならば、この程度!」

 

 だがタッグ形式のデュエルではパートナー同士協力し合うのは当然だと迷宮、弟は親指を立てて誇らかに笑う。

 

「私のターン! ドロー!」

 

 そしてデッキからカードを引きぬき、迷宮、弟はセットカードの1枚に手をかざす。

 

「私は前のターンに伏せて置いた装備魔法《迷宮変化》を《迷宮壁(めいきゅうへき)-ラビリンス・ウォール-》に装備!」

 

 音を立てて《迷宮壁(めいきゅうへき)-ラビリンス・ウォール-》の迷宮が組み変わっていく。

 

 だがステータス的な変化はない。

 

「これは《迷宮壁(めいきゅうへき)-ラビリンス・ウォール-》専用の装備魔法――その力、とくと見るがいい!」

 

 しかしここからが本番だと迷宮、弟は高らかに宣言した。

 

「装備魔法《迷宮変化》を装備した《迷宮壁(めいきゅうへき)-ラビリンス・ウォール-》と《迷宮変化》自身をリリースすることでデッキから更なる迷宮を呼び覚ます!」

 

 《迷宮壁(めいきゅうへき)-ラビリンス・ウォール-》にて何らかの黒い影が目にも留まらぬ速さで壁の中を疾走し始める。

 

「構築せよ! 狩人うごめく迷宮! 《ウォール・シャドウ》!!」

 

 そして《迷宮壁(めいきゅうへき)-ラビリンス・ウォール-》の壁から音もなく這い出たのは《シャドウ・グール》の半身。

 

 これこそが影の狩人が迷宮に住み着いた姿、《ウォール・シャドウ》。

 

《ウォール・シャドウ》

星7 闇属性 戦士族

攻1600 守3000

 

「此処でセットしておいた魔法カード《馬の骨の対価》を発動! 《千年の盾》を墓地に送り、2枚ドロー!」

 

 《千年の盾》のウジャトの瞳が光を放ち天へと昇り、その光は迷宮、弟の元へと集まっていく。

 

「そして手札から装備魔法《最強の盾》を発動! このカードを装備したモンスターは攻撃表示の際は元々の守備力分の攻撃力を上げ、守備表示なら元々の攻撃力分だけ守備力を上げる!」

 

 さらに《千年の盾》の代わりにと飛来したどこか剣のような鋭さを持つ、黄金の縁の深紅の盾が地面に突き刺さる。

 

――このカードは《ウォール・シャドウ》に装備したいところだが、手札の数が少し不安か……

 

「私はこの装備魔法《最強の盾》を《カオスエンドマスター》に装備! 《カオスエンドマスター》は攻撃表示の為、その元々の守備力1000の分、攻撃力を上げる!」

 

 そして《カオスエンドマスター》は地面から《最強の盾》を引き抜き、大剣を振るうように構えた。

 

《カオスエンドマスター》

攻1500 → 攻2500

 

「バトル! 《カオスエンドマスター》で《魔族召喚師(デビルズ・サモナー)》を攻撃! 同胞を蘇らせる厄介な力! 潰させて貰おう!」

 

 光の仮面が操る《魔族召喚師(デビルズ・サモナー)》へと《最強の盾》を振りかぶる《カオスエンドマスター》。

 

 

 その光景に光の仮面は僅かに自身の伏せカードをチラと見るが――

 

――こんな雑魚にオレの伏せカードは使えないかんな!

 

 攻撃力が上がっていても下級モンスターである《カオスエンドマスター》相手にリバースカードを使わない選択をする光の仮面。

 

 迷宮、兄のフィールドに最上級モンスターでなおかつ厄介な効果を持つ2体の魔神がいることもその決断を後押しする。

 

 

 やがて《最強の盾》の一撃を自身の杖で受け止めていた《魔族召喚師(デビルズ・サモナー)》だったが、ついに愛用の杖はポキリと折れ、《カオスエンドマスター》が振り切った《最強の盾》の一閃に切り裂かれた。

 

「チッ! だが《魔族召喚師(デビルズ・サモナー)》は守備表示! ダメージはないかんな!」

 

「だとしても《魔族召喚師(デビルズ・サモナー)》が破壊されたことで、その術も解ける! 《魔族召喚師(デビルズ・サモナー)》の効果で蘇生された《進化合獣ダイオーキシン》にも消えて貰う!!」

 

 《魔族召喚師(デビルズ・サモナー)》がフィールドを離れたことで、召喚術の繋がりが消えた為に《進化合獣ダイオーキシン》は砂のように崩れ落ちてく。

 

 

 この戦闘による光の仮面にダメージはないが、立て続けに2体のモンスターを失ってしまった事実が重くのしかかる。

 

『大丈夫なのか!』

 

『安心しろ、相棒! この程度は想定内だかんな!』

 

 それゆえに心配気な闇の仮面の通信が光の仮面に届くが、光の仮面は苛立ちつつも努めて冷静に返す。

 

 

 そんな光の仮面を余所に《カオスエンドマスター》の白い翼が淡く輝きを放つ。

 

「さらに戦闘で相手モンスターを破壊し墓地に送ったことで、《カオスエンドマスター》の効果が発動される!」

 

 その輝きは迷宮、弟のフィールドに集っていき――

 

「我がデッキに眠るレベル5以上で攻撃力1600以下のモンスターを1体特殊召喚!! 再び現れろ! 2体目の《迷宮壁-ラビリンス・ウォール-》!!」

 

 再び《迷宮壁-ラビリンス・ウォール-》の迷宮の壁が地面からせり上がり迷宮、弟のフィールドを埋める。

 

《迷宮壁-ラビリンス・ウォール-》

星5 地属性 岩石族

攻 0 守3000

 

「まだ私のバトルは終わってはおらん――《ウォール・シャドウ》で《化合獣カーボン・クラブ》を攻撃だ! 迷宮の鎌鼬(かまいたち)!!」

 

 迷宮にチョイチョイと手招きする《ウォール・シャドウ》の姿に《化合獣カーボン・クラブ》はつい迷宮に足を踏み入れてしまう。

 

 やがて迷宮内で《ウォール・シャドウ》を見失った《化合獣カーボン・クラブ》がキョロキョロと辺りを見渡す背後から《ウォール・シャドウ》の爪の一撃が《化合獣カーボン・クラブ》を切り裂いた。

 

「どうだ! 我ら兄弟の力は!!」

 

「ハン! オレのモンスターを少しばかり倒した程度で調子に乗るなよ! オレには《仮面魔獣デス・ガーディウス》がいる! 何も問題はないかんな!」

 

 3体のモンスターを破壊した迷宮、弟の言葉に光の仮面は強気に返す――自身の切り札たる《仮面魔獣デス・ガーディウス》がいる限り、早々遅れは取らないと。

 

「ふっ、ならば更なる迷宮へと案内してやるとしよう――私はバトルを終了し、2枚目の魔法カード《馬の骨の対価》で《迷宮壁-ラビリンス・ウォール-》を墓地に送り2枚ドロー!」

 

 《迷宮壁-ラビリンス・ウォール-》が地面へと沈んでいき、その際に迷宮の壁の一部が迷宮、弟の手札に舞い込んだ。

 

「カードを3枚セットして、ターンエンドだ!!」

 

 相手の切り札クラスのカードは倒せなかったが3体のモンスターを処理した迷宮、弟の姿に迷宮、兄は自慢げに鼻を鳴らす。

 

「見事だ、弟よ! さぁ、どうした! 我らをさっさと片付けるのではなかったのか!」

 

 

 そんな挑発の言葉に光の仮面と闇の仮面の苛立ちは募っていった。

 

 






今作での迷宮兄弟のデッキは役割を2つに分け、迷宮の部分は攻撃変更で再現してみました――混合は無理だったよ……(脱力)

そして――
「三魔神」と《迷宮壁(めいきゅうへき)-ラビリンス・ウォール-》を以外はいらない子に……(´;ω;`)ブワッ

彼らは犠牲になったのだ……

迷宮の魔戦車「かわいそうに……(キースの元から見下ろしつつ)」

ダンジョン・ワーム「おのれ……」

地雷蜘蛛(じらいグモ)「あっ、自分名蜘蛛さんとこに行くかもなんで」

地獄の魔物使い(モンスター・テイマー)「!?」


仮面コンビは通常モンスターorデュアルモンスターで合わせ――《仮面魔獣デス・ガーディウス》は光の仮面がブン獲っていきました。

特殊召喚に必要なモンスターは光の仮面が使用しているカードですし

そして――
通常モンスターorデュアルモンスターでない為、シナジーは薄いですが

デメリット効果の塊クイーンこと《()邪神ヌヴィア》は悪魔族な為、光の仮面のデッキならば呼び出すことはそう難しくない!

ただ原作で使っていたのは闇の仮面ですが(目そらし)
(闇の仮面のデッキで呼び出す? ハハッご冗談を)



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第104話 「乗っただけ」とは言わないで!



前回のあらすじ
ウォール・シャドウ「走れ走れー! 迷路の出口に向かってよー!」

化合獣カーボン・クラブ「(泣)」


女邪神ヌヴィア「デッキに採用されているということは――後半こそが我が独壇場に違いない!」




 

 

 迷宮、弟が光の仮面の布陣を崩したデュエルの真っただ中にて――

 

 そんな迷宮兄弟とグールズの仮面コンビのデュエルに何処からか2人の人影がそのデュエルの様子を窺っていた。

 

「おお! やってる、やってる! ケッケケケケ!」

 

 そう不敵に笑うのはカードプロフェッサーの一人、左右に尖った針のような髪が伸びる少年、クラマス・オースラーが手を望遠鏡に組みながら見下ろし、

 

「だッハッハッハ! なッ! 俺の言った通りだろ――こんな騒ぎの中でデュエルしてる奴らはグールズくらいなもんだってよ!」

 

 そんなクラマス・オースラーのとなりで豪快に笑う男も同じくカードプロフェッサーの一人、頭にターバンを巻いた盗賊風の衣服の男、メンド・シーノ。

 

 

 メンド・シーノは遊戯と接触したデシューツ・ルーから伝達された情報を元に一儲けしようと画策していた次第だった。

 

 

 そんなメンド・シーノの提案に乗ったクラマス・オースラーはガッツポーズを取りながら降って湧いた幸運、「ツキ」を確認するように現状を眺める。

 

「ナイスな読みだな! しかもちょうど2人いるから分け前はピッタリ! コイツは『ツイてる』ぜ!!」

 

「それだけじゃねぇぞ、クラマス! あいつらは『名持ち』だ! そこらへんの安モンのグールズ共とは賞金の桁が違う! タンマリ金が入るぜ! だッハッハッハ!」

 

 そのクラマス・オースラーの言葉通り、今回の依頼、「グールズ狩り」では狩ったグールズによって得られる賞金は違う。

 

 下級構成員は大した額にはならない――と言ってもそれなりに貰えるのだが、グールズの特記戦力「レアハンター」の中の選りすぐりたる「名持ち」の値段は文字通り桁が違う。

 

 その桁の違いは「名持ち」の実力ゆえの危険性の高さからだが。

 

「だが先約が同業者かよ……これはツイてねェ……おーい、ハゲのおっさん2人ー! 早いとこ負けて俺らにそいつらを譲ってくれよー!」

 

 そんな調子のいいことを迷宮兄弟に投げかけるクラマス・オースラーの声に現在、デュエルにてターンプレイヤーである闇の仮面は額に青筋を立てて怒りをあらわにする。

 

「奴ら……言いたい放題に言いやがって!」

 

 あくまで自分たちを獲物=金としか見ていないような言葉ゆえの怒りだ。ゆえに迷宮兄弟を下した後で奴らも纏めて葬ってやると意気込みながらカードを引き抜く。

 

 本来の目的――遊戯の足止めを忘れている模様。

 

「俺のターン! ドロー!! そしてスタンバイフェイズに永続魔法《カードトレーダー》の効果で手札を1枚デッキに戻し、新たにドロー!」

 

 そして《カードトレーダー》の効果で引き直した手札を眺め、迷宮兄弟のフィールドを眺める。

 

――タッグ形式のデュエルでは弱い方から潰すのが定石……奴らの内、どちらを先に仕留めるか……

 

 迷宮、兄の「魔神」モンスターは使い切りとはいえ厄介な効果を持つ。だが迷宮、弟のフィールドのリバースカードが多く迂闊には責められない。

 

――守備力の高い《ウォール・シャドウ》が攻撃表示……罠か……

 

 迷宮、弟の側は明らかに罠を張っている気配が漂っていた。そんな悩める闇の仮面に光の仮面からの通信が届く。

 

『焦るな相棒、オレのとっておきのリバースカードがある――これでヤツの罠から相棒を守れるかんな』

 

『フッ……そうか! なら最大の一撃を叩きつけてやるとしよう!』

 

 パートナーの頼もしい援護の旨の言葉を聞いた闇の仮面は今の己に出来うる最大の力を出すべく動き出す。

 

「俺は2枚目の魔法カード《儀式の下準備》を発動! 今度は儀式魔法《ゼラの儀式》とそれに記された儀式モンスター《ゼラ》を手札に加える!」

 

 再び闇の仮面の肩に止まった黒い鳥が2枚のカードを託し、禍々しい鳴き声を上げた後、空へと帰っていった。

 

「此処でフィールド魔法《祝福の教会-リチューアル・チャーチ》の効果で手札の魔法カード、儀式魔法《ゼラの儀式》を捨て、デッキから儀式魔法――《高等儀式術》を手札に加える!」

 

 だがその黒い鳥は《祝福の教会-リチューアル・チャーチ》の鐘に頭をぶつけ、意図せず教会の鐘を鳴らす。

 

「そして儀式魔法《高等儀式術》を発動! デッキからレベル4の《ホーリー・ドール》2体を墓地に送り、そのレベルの合計――レベル8の儀式モンスターを手札から呼び出す!!」

 

 人形の上半身に青紫色のローブを被せた不気味な姿の魔術師、《ホーリー・ドール》が2体、その手に持つ杖を交差させ、闇となってうごめく。

 

 やがてその闇は玉座に座った戦士を覆っていき、その闇が晴れた先にあったのは――

 

「儀式召喚!! 邪悪な魔族が王! 《ゼラ》!!」

 

 黒い身体に全身を水色の骨格で覆われた悪魔、《ゼラ》が紫のマントを翻し、玉座からゆっくりと歩み出た。

 

 その顔は魔獣の様に犬歯が伸び、その手足は強靭な爪が伸びる。

 

《ゼラ》

星8 闇属性 悪魔族

攻2800 守2300

 

「さらにフィールド魔法《祝福の教会-リチューアル・チャーチ》のもう一つの効果を発動し、墓地の儀式魔法《高等儀式術》・《仮面魔獣の儀式》・《ゼラの儀式》と魔法カード《儀式の下準備》の計4枚をデッキに戻し――」

 

 《ゼラ》の生誕を祝うかの様におどろおどろしい音色が教会から響く。

 

「その数と同じレベルの光属性・天使族の――2体目の《シャイン・アビス》を墓地から特殊召喚!!」

 

 そんな教会から響く音色に呼び寄せられたのは人形が如き天使、《シャイン・アビス》。

 

 その《シャイン・アビス》は《凶暴化の仮面》を装備した同族をジロジロと眺めつつ闇の仮面のフィールドに並び立つ。

 

《シャイン・アビス》

星4 光属性 天使族

攻1600 守1800

 

「バトル!! 《凶暴化の仮面》を装備した《シャイン・アビス》で《ウォール・シャドウ》を攻撃だ!!」

 

 《凶暴化の仮面》が禍々しいオーラを放ち《シャイン・アビス》の手元に集まっていき、迷宮の壁の中へと潜む《ウォール・シャドウ》に向かって放たれた。

 

「そうはさせん! ダメージ計算前に罠カード《反転世界(リバーサル・ワールド)》を発動! これによりフィールドの全ての効果モンスターの攻撃力・守備力を入れ替える!」

 

 効果モンスターである《ウォール・シャドウ》の守備力は3000

 

 《シャイン・アビス》は通常モンスターの為、罠カード《反転世界(リバーサル・ワールド)》の効果は受けないが、《凶暴化の仮面》でパワーアップを加味しても攻撃力2600。

 

 よってパワーバランスは逆転する。

 

「返り討ちにしろ! 《ウォール・シャドウ》!!」

 

 罠カード《反転世界(リバーサル・ワールド)》の効果があれば恐れるものはないとばかりに《ウォール・シャドウ》は迷宮の壁から姿を現し、《シャイン・アビス》の放ったエネルギー弾を両断し、突き進む。

 

 

――筈だったが、エネルギー弾に《ウォール・シャドウ》の爪が接触した段階でエネルギー弾は爆ぜ、《ウォール・シャドウ》を消し飛ばした。

 

「なにっ!?」

 

迷宮、弟LP:3000 → 2000

 

 何故自身のライフが削れたのかが理解できない迷宮、弟は驚愕に目を見開く。だがそんな姿をあざけ笑う声が響く。

 

「にゅふふははははははは! 残念だったな! オレはカウンター罠《魔宮の賄賂》を発動させて貰ったかんな! これで相手の発動した魔法・罠カードの発動を無効にして破壊!」

 

 そう言い放つ光の仮面の背後には御代官風の男が腕を振り切っていた後のポーズで固まっている。

 

 迷宮、弟のフィールドに突き刺さる小判を見るに小判を投げた後のようだ。

 

「つまりお前の罠カード《反転世界(リバーサル・ワールド)》は不発だったんだよぉ!!」

 

 その小判は迷宮、弟の罠カード《反転世界(リバーサル・ワールド)》をしっかりと打ち抜いている。

 

「迷宮の罠を突破したということか!?」

 

「そういうこった! お詫びと言っちゃなんだが、カウンター罠《魔宮の賄賂》の効果でお前はカードを1枚ドローしな! どうせお前の次のターンは回ってこないだろうがなァ!!」

 

 自身の張った罠を突破された迷宮、弟の悔し気な顔でドローする姿に光の仮面は得意気だ。

 

 更に光の仮面の言葉通り迷宮、弟の次のターンは3人のプレイヤーの後――かなり先であることも迷宮、弟の焦燥感を駆り立てる。

 

「くっ……」

 

 そんな迷宮、弟の姿に闇の仮面は此処ぞと拳を握った。

 

――これでヤツの本命の罠は消えた!! 今こそ好機!!

 

「助かったぞ! 光の仮面! 次はコイツだ! 《ゼラ》で《カオスエンドマスター》を攻撃! デビルズ・クロー!!」

 

 《ゼラ》がマントを揺らしながら、大爪を振り上げ《カオスエンドマスター》を引き裂かんと迫る。

 

 

 だがそれより先に迷宮、弟は声を張り上げた。

 

「これ以上、好き勝手はさせぬ! その攻撃宣言時に罠カード《地縛霊の誘い》を発動!その攻撃の対象は此方で選ぶことが出来る!!」

 

 地面から亡霊の腕が《カオスエンドマスター》を守るように立ちはだかり、《ゼラ》へと殺到していく。

 

「そしてこのデュエルは『バトルロイヤルルール』! 攻撃対象を移すのは他2人とて可能!」

 

 亡霊の腕によって動きを封じられた《ゼラ》は苛立ち気に暴れるが拘束が解けることはない。

 

「なんだと!? まさか俺たちのモンスターで仲間割れさせる気か!?」

 

 闇の仮面の焦った声が響く。

 

 それもその筈光の仮面のフィールドには攻撃力3300の《仮面魔獣デス・ガーディウス》がいる――攻撃力2800の《ゼラ》では太刀打ち出来ない。

 

「否だ! 兄者、頼む! 私は《ゼラ》の攻撃を兄者の《水魔神-スーガ》へと変更!!」

 

 しかし迷宮、弟の狙いは別にあった。

 

 亡霊の腕に操られた《ゼラ》は《水魔神-スーガ》にその大爪を向ける。

 

「任されたぞ、弟よ!! 《水魔神-スーガ》の効果を発動! ダメージ計算時に攻撃を仕掛けた相手モンスターの攻撃力を0にする!」

 

 そして迷宮、兄はすぐさまその意図を読み取り三魔神の力を発揮させる。

 

「水魔神、防御反射(リフレクション)! 水魔昇壁!!」

 

 《ゼラ》の大爪が《水魔神-スーガ》に届くよりも早く水の障壁が地面からせり上がり《ゼラ》の足を止め、その力を奪っていく。

 

《ゼラ》

攻2800 → 攻 0

 

「これでパワーバランスは逆転した! 反撃せよ、《水魔神-スーガ》! 流・水・波!!」

 

 その迷宮、兄の言葉に《水魔神-スーガ》が生み出した水の衝撃は鉄砲水として姿を変え《ゼラ》を吹き飛ばし、近くの建物に衝突。

 

 やがて《ゼラ》は力なく倒れ伏した。

 

「これでおぬしのライフは風前の灯火よ!」

 

「さすがは兄者!!」

 

 この戦闘で闇の仮面が受けるダメージは2500。迷宮、弟の罠カード《破壊指輪》でのダメージも加えれば、闇の仮面のライフは500と僅か。

 

 

 

闇の仮面LP:3000

 

――の筈だった。

 

「 「 なにっ!? 」 」

 

 全くの無傷の闇の仮面のライフに驚愕の面持ちで声を上げる迷宮兄弟に闇の仮面はニヤリと得意気な笑みを浮かべる。

 

「そう易々と貴様らの策には嵌まらん! 俺は罠カード《攻撃の無敵化》を発動していた!このカードのモンスターの破壊から守る効果と俺へのダメージを0にする効果の内、後者を選ばせて貰ったのだ!」

 

 咄嗟にダメージを無効化した闇の仮面――だがそれだけではない。

 

「よって俺のライフは無傷! さらに《水魔神-スーガ》の効果は1度のみ! 次はない!」

 

 その闇の仮面の言葉通り、迷宮、兄が操る「三魔神」たちには攻撃された際に相手の攻撃力を0にする共通効果があるが、それは「フィールド上に存在する限り1度」との制約が入る。

 

 ゆえに今のままでは「攻撃力が高めのモンスター」程度までその脅威度は落ちる。

 

「さぁ、《仮面魔獣マスクド・ヘルレイザー》! これでヤツのモンスターは案山子同然だ!《水魔神-スーガ》を攻撃しろ!!」

 

「しまった!?」

 

 《仮面魔獣マスクド・ヘルレイザー》が声にならぬ雄叫びを上げながら、その異形の足で地響きを鳴らしながら走る。

 

 その先にいるのは《水魔神-スーガ》――やがて《仮面魔獣マスクド・ヘルレイザー》は杖を持たない腕を振りかぶる――って、杖は使わねぇのかよ。

 

 

 だが《水魔神-スーガ》は微動だにしない。そして迷宮、兄の声が響く。

 

「――などと言うと思ったか! 私は罠カード《シフトチェンジ》を発動! 私のモンスターが攻撃された時! その攻撃対象を私のフィールドの別のモンスターが受ける!!」

 

 その迷宮、兄の声と共に《水魔神-スーガ》へと向かう《仮面魔獣マスクド・ヘルレイザー》の前に割り込む影。

 

「《風魔神-ヒューガ》を攻撃するがいい!!」

 

 その影は《風魔神-ヒューガ》。

 

 しかし《仮面魔獣マスクド・ヘルレイザー》は邪魔だと言わんばかりにその拳を《風魔神-ヒューガ》に向けて振り下ろした。

 

「そして《風魔神-ヒューガ》も《水魔神-スーガ》と同じ能力を持っておる!!」

 

 だが《風魔神-ヒューガ》の口から風が吐き出され――

 

「風魔神、防御反射(リフレクション)! ストーム・バリケード!!」

 

 それは暴風の壁となって《仮面魔獣マスクド・ヘルレイザー》の身体を切り裂いていく。

 

《仮面魔獣マスクド・ヘルレイザー》

攻3200 → 攻 0

 

「同胞と同じ末路を辿るがいい! やれっ! 《風魔神-ヒューガ》! 魔・風・波!!」

 

 やがて動きの鈍った《仮面魔獣マスクド・ヘルレイザー》は《風魔神-ヒューガ》の放ったカマイタチに切り裂かれ、断末魔と共に仮面が地面に落ち、砕けた。

 

「バカな!?」

 

 己の最強のしもべを失い狼狽える闇の仮面の姿に迷宮、兄は得意気に鼻を鳴らす。

 

「どうした! それで終わりか!!」

 

「くっ……俺はバトルを終了して――」

 

 そう言って闇の仮面は悔し気にバトルを終えるが、それより先に迷宮、弟が追い打ちをかけるかの様に声を張る。

 

「待って貰おうか! 兄者だけに手間は取らせん! 私は罠カード《導爆線(どうばくせん)》を発動!」

 

 迷宮、弟のフィールドにロープ状のものが現れ――

 

「その効果により、このカードと同じ縦列のカード1枚を破壊する! バトルロイヤルルールではおぬし達どちらでも狙えるが――今、条件を満たすのは闇の仮面の縦列! よって《凶暴化の仮面》を装備した《シャイン・アビス》を破壊!!」

 

 それらは《凶暴化の仮面》を装備した《シャイン・アビス》に絡みつく。

 

「なにぃ!?」

 

 驚く闇の仮面を余所に身体に絡まるそれを嫌がった《シャイン・アビス》が強引に引っ張るが、その先にあったのは木箱に詰められた爆薬。

 

 その爆薬は引き寄せられるままに《シャイン・アビス》へと衝突し爆発――断末魔と思しき声と共に《シャイン・アビス》は炎の中に消えた。

 

「くそぉっ! 俺のモンスターが!?」

 

「相棒、大丈夫か!」

 

 これで闇の仮面のフィールドには装備魔法のない2体目の《シャイン・アビス》だけだ。それゆえに光の仮面が心配気に声を上げるが――

 

「大丈夫な訳があるか! 俺はお前が攻撃しろと言ったから攻撃したのに……結果、この有様だ!」

 

「何! オレのせいにする気か! お前だって見抜けなかったクセに!」

 

「うるさい!」

 

 責任の所在を互いに押し付け合い、仲間割れする仮面コンビ。

 

「見ろ、兄者! 奴らにはタッグデュエルの『いろは』が見えておらぬらしい!」

 

「全くだ、弟よ! タッグデュエルの(きも)は協調と結束! 互いのミスはカバーしあうのが当然だというのに……嘆かわしいことよ!」

 

 そんな仮面コンビに迷宮兄弟はワザとらしくヤレヤレと肩をすくめる。

 

 

 やがて見苦しい言い争いを終えた闇の仮面は焦る内心を隠しつつ思案する。

 

――このままではヤツらのモンスターの攻撃を防ぎきれん……こうなったら相棒には頼らん。自分の身は自分だけで守る!

 

「俺は装備魔法《契約の履行》を発動! 自身のライフを800払い、墓地の儀式モンスターを1体蘇生してこのカードを装備する!」

 

 フィールドに契約書がひとりでに浮かび、文字が羅列されていく。

 

闇の仮面LP:3000 → 2200

 

 やがて闇の仮面のライフの支払いを確認すると契約書は炎が猛り、燃え始め、塵へと消えた。

 

「再び舞い戻れ! 《仮面魔獣マスクド・ヘルレイザー》!!」

 

 その猛る炎から這い出たのは《仮面魔獣マスクド・ヘルレイザー》。先程に不覚を取ったことに怒りを示す様に腕を広げ、怨嗟の雄叫びを上げる。

 

《仮面魔獣マスクド・ヘルレイザー》

星8 闇属性 悪魔族

攻3200 守1800

 

「更に永続魔法《絶対魔法禁止区域》を発動! このカードがある限りフィールド上の表側の全ての効果モンスター以外のモンスターは魔法の効果を受けん!!」

 

 通常モンスターの《シャイン・アビス》と

 儀式モンスターではあるが、「効果を持たない」《仮面魔獣マスクド・ヘルレイザー》の全身が薄っすらと白い膜のようなバリアで包まれた。

 

「これでターンエンドだ!!」

 

 自軍のモンスターにのみ魔法耐性を与え、ターンを終える闇の仮面だが、このタイミングで待ったが入る――迷宮、兄の声だ。

 

「待って貰おうか! 私はそのエンドフェイズに墓地の《プリベントマト》を除外して効果発動! このターン私が受ける効果ダメージが0になる!!」

 

 赤いアメフトのヘルメットを着用したトマトがキリリと顔を引き締めて迷宮、兄を守るべく立ち塞がるが効果ダメージは全くない為、《プリベントマト》は周囲をキョロキョロするばかり。

 

「アイツ……何を考えてやがるんだ?」

 

 そんな光の仮面の呟きと共に《プリベントマト》は周囲を警戒しつつ帰っていった。

 

 その思惑を明かすように迷宮、兄が声を張る。

 

「そして墓地のモンスター1体が除外されたことで永続魔法《星邪の神喰》の効果を使わせて貰おう! 除外された《プリベントマト》は地属性! よってそれ以外の属性の――闇属性《闇・道化師のペーテン》をデッキから墓地に送る!」

 

 笑みを張り付けた仮面に紫の羽毛が伸びる大きな帽子を被った道化師風の装いの《闇・道化師のペーテン》が《プリベントマト》を跳び箱の様に飛び越えてスタコラサッサと墓地へ向かう。

 

「さらに墓地に送られた《闇・道化師のペーテン》の効果発動! このカードが墓地に送られた時、墓地のこのカードを除外することで手札・デッキから《闇・道化師のペーテン》1体を呼び出すことが出来るのだ!」

 

 だが走り去る《闇・道化師のペーテン》の背中からもう一人の《闇・道化師のペーテン》がヌルリと這い出て迷宮、兄のフィールドでしゃがみ、帽子を取って一礼し、ケラケラと笑う。

 

《闇・道化師のペーテン》

星3 闇属性 魔法使い族

攻 500 守1200

 

「これが狙いか!?」

 

 そんな光の仮面の言葉に迷宮、兄は満足気に頷きデッキに手をかける。

 

「左様――そして私のターン、ドロー! スタンバイフェイズに墓地の《堕天使マリー》の効果でライフを200回復!」

 

 《堕天使マリー》の黒い羽が迷宮、兄のライフを僅かに癒す。

 

迷宮、兄LP:3200 → 3400

 

「そして墓地の《ADチェンジャー》を除外することでその効果を発動! フィールドのモンスター1体の表示形式を変更する!」

 

 番長のような装いの青い肌の戦士が「 A 」と「 D 」の旗を持って走り出る。

 

「私は弟の《カオスエンドマスター》を守備表示に!!」

 

 そして《ADチェンジャー》は《カオスエンドマスター》に向け「 A 」の旗を降ろし、「 D 」の旗を掲げた。

 

 その意図を理解し、腕を交差してしゃがみAttack、攻撃表示からDefense、守備表示へと表示形式を変える《カオスエンドマスター》。

 

 これで次の光の仮面のターンに攻撃されようとも迷宮、弟にはダメージは早々発生しない。

 

「ありがたい、兄者!」

 

「なぁに構いはせぬ」

 

 ゆえに感謝を送る迷宮、弟――そして気にするなと手で制する迷宮、兄。

 

 この2人の結束にわだかまりなどない。

 

「そして私の墓地のモンスターが除外されたことで永続魔法《星邪の神喰》の効果! 《ADチェンジャー》の光属性以外の――地属性の《ダンディライオン》をデッキから墓地に!!」

 

 そして除外ゾーンへと消えていった《ADチェンジャー》に変わり、タンポポが2足で立つライオンのような姿をした《ダンディライオン》がガオーと腕を突き出し威嚇する。

 

「さらに墓地に送られた《ダンディライオン》の効果を発動! このカードが墓地に送られた際、私のフィールドに『綿毛トークン』を2体、特殊召喚する!」

 

 だが《風魔神-ヒューガ》にヒューと息を吹きかけられると共に《ダンディライオン》は墓地へと飛ばされて行き、《ダンディライオン》の綿毛だけが残された。

 

『綿毛トークン』×2

星1 風属性 植物族

攻 0 守 0

 

「もっとも、『綿毛トークン』は特殊召喚されたターン、アドバンス召喚のリリースには出来んがな」

 

 穏やかな顔をした『綿毛トークン』と眉をひそめた『綿毛トークン』が仮面のコンビをそれぞれ見やる。

 

「だが大した問題ではない! 私は《闇・道化師のペーテン》をリリースして《光帝クライス》をアドバンス召喚!!」

 

 《闇・道化師のペーテン》がキラキラと光へと変わり、やがてその光を糧に現れたのは光の帝、《光帝クライス》。

 

《光帝クライス》

星6 光属性 戦士族

攻2400 守1000

 

「そして召喚された《光帝クライス》の効果発動! フィールドのカードを2枚まで破壊し、その破壊したカードのコントローラーはその枚数分、ドローできる!」

 

 その《光帝クライス》はマントを棚引かせながら左右の剛腕を握りしめ、腰だめに構える。

 

「マズイかんな! オレたちのモンスターが!?」

 

「私は自身の『綿毛トークン』2体を破壊! そして2枚ドロー!!」

 

 光の仮面の心配を余所に《光帝クライス》の剛腕が振り下ろされたのは『綿毛トークン』の元。

 

 

 まさか自分たちが狙われるとは思ってもみなかった『綿毛トークン』がギョっと目を見開いた後でギュッと目を閉じるが《光帝クライス》は容赦なく殴り飛ばした。

 

「なにっ!?」

 

 そのプレイングの意図を推し量れない光の仮面が訝しむも、《光帝クライス》の効果で2枚のカードをドローした迷宮、兄の動きは止まらない。

 

「さらに墓地の魔法カード《シャッフル・リボーン》を除外して効果を発動! フィールドのカード1枚――《光帝クライス》をデッキに戻し、1枚ドロー!」

 

 仕事は終えたとばかりに《光帝クライス》は額を腕で拭うような仕草と共にマントを翻し立ち去っていく。

 

 その姿を空にて『綿毛トークン』がジトーと見ていたが、気に留めてはいない。

 

「よし! これならば! 私はセットしておいた永続罠《リビングデッドの呼び声》を発動し、墓地の《雷魔神(らいましん)-サンガ》を特殊召喚!!」

 

 3枚に増やした手札を見て迷宮、兄は決断する。

 

 その決断の答えとして呼び出されたのは上半身に腕があるだけの異形の魔神。その身体の中心部には他の魔神たちと同じく紋章があり、「雷」の文字が浮かぶ。

 

雷魔神(らいましん)-サンガ》

星7 光属性 雷族

攻2600 守2200

 

「苦労して呼んだみたいだが、そいつらの攻撃力じゃ相棒とオレのモンスターには太刀打ちできないぜ! 《光帝クライス》の効果で破壊しとけば良かったのになぁ!」

 

 《雷魔神-サンガ》の攻撃力を見て安堵しつつ挑発する光の仮面だったが、迷宮、兄は堪えた様子はない。

 

「フフフ……」

 

「おお、ついにあのカードが来たのか兄者!」

 

 小さく笑う迷宮、兄の姿に迷宮、弟は確信する――三魔神が真の姿を見せるときが来たのだと。

 

「その通りだ、弟よ!! 今こそ三魔神の力を合わせるときだ!」

 

「頼むぞ、兄者!」

 

 やがて迷宮兄弟は互いに拳を仮面コンビにそれぞれ向けるようなポーズを取りながら、まず迷宮、兄が声を張る。

 

「このカードは私のフィールドの《雷魔神-サンガ》・《風魔神-ヒューガ》・《水魔神-スーガ》をそれぞれ1体リリースすることで呼び出すことが出来る! まさに絶対的な力!」

 

 そして迷宮兄弟は顔を見合わせた後、息を合わせて宣言する。

 

「 「 雷水風の三魔神よ! 今こそその力を合体させ、復活の雄叫びをあげよ! 」 」

 

 その声に合わせて三魔神がそれぞれ空へと跳躍し――

 

「 「 ――出でよ!合体魔神!《ゲート・ガーディアン》!! 」 」

 

 《雷魔神-サンガ》・《風魔神-ヒューガ》・《水魔神-スーガ》が串に刺した団子の様に重なり合う。

 

 一番上は《雷魔神-サンガ》が両腕を広げ、

 間に挟まれた《風魔神-ヒューガ》が自身の腕を後ろ手に畳み、

 一番下は《水魔神-スーガ》が青い巨大な足をローブから出し、上の2体を支えた。

 

 そんな具合にドッキングし、真なる姿を見せた《ゲート・ガーディアン》。乗っただけ――ゴホンッ、結束の力である。

 

《ゲート・ガーディアン》

星11 闇属性 戦士族

攻3750 守3400

 

 しかし乗っただけといえども、そのパワーは合体前を遥かに凌ぐ。

 

「 「 攻撃力3750!? 」 」

 

 その互いの切り札たるカードを凌ぐパワーにおののく仮面コンビ。

 

 だが迷宮、兄の展開はまだ終わりではない。

 

「そして魔法カード《マジック・プランター》を発動! 無意味に残った永続罠――《リビングデッドの呼び声》を墓地に送り、新たに2枚ドロー!!」

 

 新たに引いたカードの1枚を迷宮、兄はスッと引き抜きデュエルディスクに叩きつける。

 

「そしてライフを3000払うことで、その効果により手札から《雷仙神(かみなりせんじん)》を特殊召喚!!」

 

迷宮、兄LP:3400 → 400

 

 迷宮、兄の大量のライフを糧に現れたのは青い肌に白い髭の仙人を超えた仙神(せんじん)

 

 青を基調とした法衣に身を包み赤いマフラーのような布を揺らしながらイカズチを模したマークが先についた杖を振るうと、その名に恥じぬ雷が唸る。

 

雷仙神(かみなりせんじん)

星7 光属性 雷族

攻2700 守2400

 

「バトルと行こうか!」

 

 そう言葉にする迷宮、兄だったが、その胸中には迷いが見えた。

 

――さて、どちらを狙う……光の仮面を狙えば単純なライフ上の計算では倒せるが……《仮面魔獣デス・ガーディウス》の不気味な姿、何かある……

 

 更に光の仮面にはリバースカードが1枚残る――ブラフではないことは迷宮、兄も感じ取っていた。

 

――ならば効果のないモンスターであることが確定している闇の仮面の方から狙わせて貰おう!

 

 そう決断した迷宮、兄は自身の切り札へと目を向けた後、手をかざす。

 

「さぁ、《ゲート・ガーディアン》よ! 闇の仮面の《仮面魔獣マスクド・ヘルレイザー》を打ち砕け!」

 

 そして迷宮、弟も迷宮、兄に声を合わせ――

 

「 「 魔 神 衝 撃 波!! 」 」

 

 《ゲート・ガーディアン》の

 《雷魔神-サンガ》の部分がイカズチを降らし

 《風魔神-ヒューガ》の部分が風でそのイカズチを纏め、

 《水魔神-スーガ》の部分が水の力でそれらの攻撃を打ち出す。

 

 そんな《ゲート・ガーディアン》の攻撃が迫る中、闇の仮面は内心で毒づく。

 

――このままじゃ 俺のフィールドがまたガラ空きに!? くそっ! お前のせいだぞ!

 

 迷宮、兄の2体のモンスターの攻撃を受ければ辛うじてライフは残るが、自身のフィールドは魔法カードが残るのみで文字通りのがら空き。

 

 さらに次の闇の仮面のターンが来るのは迷宮、兄の次の光の仮面のターンを挟み、迷宮、弟の後だ。

 

 光の仮面の動き次第ではなんのガードもないまま迷宮、弟の攻撃を闇の仮面は受けることになる――マズイ状況であった。

 

 

 だがそんな闇の仮面の耳に聞きなれた声が届く。

 

「させないかんな! 速攻魔法《旗鼓(きこ)堂々(どうどう)》を発動!」

 

 その声の主はタッグパートナーたる光の仮面。

 

「コイツの効果で墓地の装備魔法カード1枚を正しい対象になるようにフィールドのモンスターに装備する!! このターンの終わりに破壊されちまうがなぁ!」

 

 光の仮面に残った最後のリバースカードが発動され――

 

「オレは墓地の装備魔法《レアゴールド・アーマー》を自分フィールドの《仮面魔獣デス・ガーディウス》に装備するかんな!」

 

 《仮面魔獣デス・ガーディウス》の身体が金で縁取られた白銀の鎧で覆われた。

 

「だからどうした!!」

 

「こうするのさ! 装備魔法《レアゴールド・アーマー》がある限り、装備したモンスター以外のモンスターには攻撃できない!!」

 

 やがて《仮面魔獣デス・ガーディウス》は闇の仮面に迫る《ゲート・ガーディアン》の一撃の前に躍り出てその一撃を腕を犠牲にして逸らす。

 

 そして闇の仮面を守るように《仮面魔獣デス・ガーディウス》は《ゲート・ガーディアン》の前に立ち塞がった。

 

 だが迷宮、兄の攻めは止まらない。再び指を差し示し、《ゲート・ガーディアン》へ攻撃を命じる。

 

「ならば――《ゲート・ガーディアン》よ! 《仮面魔獣デス・ガーディウス》を薙ぎ払え!!」

 

 再度放たれる雷・風・水の混合攻撃に《仮面魔獣デス・ガーディウス》は立ち向かうも

 

 雷の一撃に焼かれ、風の一撃に聞き刻まれ、水の一撃に風穴を開けられた《仮面魔獣デス・ガーディウス》は怨嗟の叫びと共に地に倒れ伏す。

 

「ぐぅうううううっ!!」

 

光の仮面LP:3000 → 2350

 

 《仮面魔獣デス・ガーディウス》を屠った一撃の余波を受け、苦悶に満ちた声を上げる光の仮面だが闇の仮面の方を向き直り息も絶え絶えに声をかける。

 

「あ、相棒……大丈夫か……」

 

「お前……」

 

 そんな光の仮面の心配気な声に闇の仮面は呆然と声を漏らす――それは先のターンでいがみ合っていたにも関わらず、自身の窮地を救ってくれた光の仮面に対する戸惑いゆえだった。

 

 

 しかし光の仮面は気にした様子も見せずに力強く語る。

 

「安心しろ、相棒! このデュエル! 絶対に勝つかんな!」

 

 先のターンの攻防で光の仮面は理解していた。

 

 迷宮兄弟のコンビネーションに対抗するには闇の仮面との協力が不可欠だと――今はいがみ合っている場合ではない。

 

 

 やがて《仮面魔獣デス・ガーディウス》が倒れた後に縦に切れ込みの入った赤い仮面の内側からおぞましいナニカが這い出ようとしている不気味な仮面が地面に残る。

 

「《仮面魔獣デス・ガーディウス》が墓地に送られたとき! デッキから《遺言の仮面》をフィールドのモンスターに装備するかんな!」

 

 その不気味な仮面、《遺言の仮面》は《ゲート・ガーディアン》の雷の文字の部分に取り付く。そして不気味な呻き声を上げていた。

 

「ぬっ!? 《ゲート・ガーディアン》に奇怪な仮面が!?」

 

「デス・ガーディウスがその死に際に残した仮面の力を見るかんな!」

 

 《遺言の仮面》の力に抗う様に《ゲート・ガーディアン》は身をよじらせるが――

 

「魔法カード《遺言の仮面》が《仮面魔獣デス・ガーディウス》の効果で装備された時、その復讐心により装備したモンスターをオレのしもべに出来るのだ!!」

 

 やがてその動きはピタリと止まり、ゆっくりと光の仮面のフィールドに歩み出た。

 

「にゅふふははははははは! お前らが苦労して呼び出した切り札は貰ったかんな!」

 

 そして迷宮兄弟に立ち塞がるように光の仮面のフィールドで獣のような雄叫びを上げ、その姿に光の仮面は愉悦に顔を歪める。

 

「くっ、我らの《ゲート・ガーディアン》が……ならば《雷仙神(かみなりせんじん)》で《シャイン・アビス》を攻撃だ!」

 

 奥の手を失った迷宮、兄はせめてと指示を出し、《雷仙神(かみなりせんじん)》が杖を振りかざして《シャイン・アビス》へと雷の矢を放つ。

 

 《シャイン・アビス》は腕でガードしようとするもあっけなく貫かれ、雷の矢はその先の闇の仮面もついでとばかりに貫いた。

 

「ぐぉおおお!!」

 

闇の仮面LP:2200 → 1100

 

「私はカードを2枚セットして、ターンエンドだ……」

 

 闇の仮面のライフを削れども奥の手たる《ゲート・ガーディアン》が敵の手に落ちたことを考えれば迷宮、兄は歯を食いしばるしかない。

 

 迷宮、兄のライフは僅か400。《雷仙神(かみなりせんじん)》が相手によって破壊されたときに5000ポイントのライフを回復する効果があると言っても迷宮、兄のライフが0になればその効果も意味をなさない。

 

 

 光の仮面の身体を張った一手に迷宮、兄は一転して窮地に陥っていた。

 

 

 一方の仮面コンビは相手の奥の手たる《ゲート・ガーディアン》を奪えたことで光明を見出す中で闇の仮面は光の仮面に声援を送る。

 

「相棒! 頼んだぞ!」

 

「任せろ! オレのターン、ドローだかんな! 良いカードを引いたぜ!」

 

 そんな声援を受けカードを引いた光の仮面の手札はその引いたカード1枚――だがその1枚はこのまま攻めきれる可能性を秘めた1枚であった。

 

「魔法カード《死者蘇生》を発動! 墓地の《魔族召喚師(デビルズ・サモナー)》を蘇生させるかんな!」

 

 魔法陣から浮かび上がるのは光の仮面のデッキのキーカード、悪魔のような外見の術師、《魔族召喚師(デビルズ・サモナー)》。

 

「さらに《魔族召喚師(デビルズ・サモナー)》を再召喚して効果モンスターへ! そして効果発動! 墓地の『悪魔族』を1体蘇生する!」

 

 やがて《魔族召喚師(デビルズ・サモナー)》が最初のターンの様にその手の杖で地面を打ち鳴らすとその背後から青い亡霊のような影が浮かび上がる。

 

「もう1度出番だかんな! 《仮面魔獣デス・ガーディウス》!!」

 

 その青い亡霊のような影は墓地から三つの仮面を持つ異形の悪魔、《仮面魔獣デス・ガーディウス》を引きずり出す。

 

 そんな《仮面魔獣デス・ガーディウス》は次なる獲物を前に舌なめずりするようにその鋭利な爪を地面に奔らせていた。

 

《仮面魔獣デス・ガーディウス》

星8 闇属性 悪魔族

攻3300 守2500

 

「此処で墓地の罠カード《スキル・サクセサー》を除外して《魔族召喚師(デビルズ・サモナー)》の攻撃力を800アップ!」

 

 《魔族召喚師(デビルズ・サモナー)》の杖の先のドクロの窪んだ瞳の部分から赤いオーラが溢れ出し、そのドクロを赤く染め上げる。

 

魔族召喚師(デビルズ・サモナー)

攻2400 → 攻3200

 

 これで光の仮面のフィールドには攻撃力3000オーバーのモンスターが3体。一気に攻め切り勝ちを得ようと光の仮面は思案する。

 

――兄の方は相棒のターンよりも後……なら此処はセットカードのない弟を倒させてもらうぜ!

 

「行けっ! 《魔族召喚師(デビルズ・サモナー)》! 《カオスエンドマスター》を破壊しろ!!」

 

 狙いを次のターンプレイヤーである迷宮、弟に定めた光の仮面の指示に従い、《魔族召喚師(デビルズ・サモナー)》は赤く染まった杖を振るい赤と青の2体の亡霊が《カオスエンドマスター》へと襲い掛かる。

 

 

 その攻撃を躱せないと感じた《カオスエンドマスター》は手に持つ装備魔法《最強の盾》を背後に投げ、肩から伸びる翼で2体の亡霊を受け止めようとするも力及ばず吹き飛ばされた。

 

「だが兄者のお陰で《カオスエンドマスター》は守備表示! ダメージはない!!」

 

 その言葉通り迷宮、弟の前には先程投げられた《最強の盾》が主なき今も、迷宮、弟を守るべく鎮座していた――しかしその《最強の盾》もやがては崩れる。

 

「だとしても、お前のフィールドはこれでガラ空きだかんな! 兄貴のカードで葬ってやるぜ! 行けっ! 《ゲート・ガーディアン》! 魔神衝撃波!!」

 

 がら空きとなった迷宮、弟に光の仮面に奪われた迷宮、兄の《ゲート・ガーディアン》の雷・風・水の三撃が迫る。

 

 いまや迷宮、弟にはモンスターはおろか伏せカードもない為、その攻撃に対して何もすることは出来ない。

 

「此処までか……!!」

 

 ゆえに後を迷宮、兄に託し、瞳を静かに閉じる迷宮、弟――後は頼むと願いながら。

 

 

 

 

 

 だが声が響いた。

 

「我が弟はやらせん! その攻撃宣言時、罠カード発動! 《万能地雷(ばんのうじらい)グレイモヤ》!」

 

 そんな迷宮、兄の声と共に《ゲート・ガーディアン》の足元から巨大な爆発が起き、フィールド全体を揺らす。

 

「これによりフィールドのもっとも高い攻撃力を持つモンスターを破壊する!」

 

 フィールドにて最も攻撃力が高かったのはその足元が爆発した《ゲート・ガーディアン》。

 

 そして《万能地雷(ばんのうじらい)グレイモヤ》の爆発により《ゲート・ガーディアン》の身体を破壊する程の衝撃がその内部に伝わったことで足が崩れたゆえに態勢を崩し、《ゲート・ガーディアン》の三撃は迷宮、弟の頭上を通り抜ける。

 

「済まぬが消えて貰うぞ! 我らが《ゲート・ガーディアン》よ!!」

 

 爆発の只中で身体が崩れていく《ゲート・ガーディアン》を沈痛な面持ちで見送る迷宮、兄――如何に自身のフェイバリットカードとはいえ弟には代えられない。

 

「チィッ! 折角奪った《ゲート・ガーディアン》を失うとは……邪魔しやがって!」

 

 そう舌打ちを打つ光の仮面――だがまだ攻撃できるモンスターは残っている。

 

「なら《仮面魔獣デス・ガーディウス》! 今度こそ弟の方をやっちまえ! ダーク・デストラクション!!」

 

 地面に爪を這わせ大地を削りながら迷宮、弟に迫る《仮面魔獣デス・ガーディウス》。

 

 そして迷宮、弟を射程に捉えた《仮面魔獣デス・ガーディウス》は醜悪な雄叫びを上げなら獲物を狩るべく爪を振り上げた。

 

 だがその爪を受け止めるものがいた。

 

 それは先程破壊された筈の《ゲート・ガーディアン》。

 

《ゲート・ガーディアン》

星11 闇属性 戦士族

攻3750 守3400

 

「なにっ!? 何故弟のフィールドに《ゲート・ガーディアン》が!?」

 

 驚きに目を見開く光の仮面に迷宮、兄は覚悟の籠った声を上げる。

 

「弟はやらせぬといった筈だ! 罠カード《ギブ&(アンド)テイク》を発動させて貰った!」

 

 やがて《ゲート・ガーディアン》に腕で払いのけられた《仮面魔獣デス・ガーディウス》はそれに合わせて後ろに飛び、光の仮面のフィールドで苛立ち気に獣のように喉を鳴らす。

 

「これにより私の墓地のモンスターを相手フィールドに守備表示で特殊召喚し、私のフィールドのモンスター1体のレベルを呼び出したモンスターのレベルだけ上げたのだ!」

 

 レベルが上がった影響か《雷仙神(かみなりせんじん)》は胸を張り、ハッハッハと高らかに笑う。

 

雷仙神(かみなりせんじん)

星7 → 星18

 

「くっ! このデュエルは『バトルロイヤルルール』――それを逆手に取ったのか……!!」

 

 罠カード《ギブ&(アンド)テイク》。

 

 このカードは通常の1 VS 1のデュエルの際では相手――敵にモンスターを渡すカードだが、

 

 バトルロイヤルルールの複数人でのデュエルでは「相手」フィールドであれば場所を問うことはない――つまり味方にモンスターを託すカードとしても機能する。

 

 

 それを利用し迷宮、弟の窮地を救った迷宮、兄だったが、払った犠牲は多い。

 

 これで光の仮面が迷宮、兄への攻撃を躊躇わせていたリバースカードは使い切ってしまった。

 

「そんなに死にたきゃ、お前からぶっ潰してやるかんな!! 《仮面魔獣デス・ガーディウス》! 兄貴の方を先にぶっ潰せッ!! 《雷仙神(かみなりせんじん)》に攻撃!」

 

 ゆえに光の仮面はターゲットを迷宮、兄へと切り替え、攻撃の巻き戻しで攻撃権が残っている《仮面魔獣デス・ガーディウス》がギョロリと《雷仙神(かみなりせんじん)》を見やる。

 

 《雷仙神(かみなりせんじん)》から放たれるいくつもの雷の矢を獣染みた動きで躱しながら《仮面魔獣デス・ガーディウス》は距離を詰め、《雷仙神(かみなりせんじん)》の頭を掴み、その身を縦に割くように爪を振るう。

 

 そして守り手を失った迷宮、兄へともう片方の爪を振るった。

 

「グァアアアアアアッ!!」

 

迷宮、兄LP:400 → 0

 

「兄者ァッ!!」

 

 その《仮面魔獣デス・ガーディウス》の一撃に吹き飛ばされる迷宮、兄の姿に迷宮、弟は駆けよろうとするも――

 

「弟よ、後は……頼んだぞ……」

 

 そんな迷宮、兄の言葉に足を止める――その倒れ伏した迷宮、兄の姿は「デュエリストがデュエルを放棄するなど何事か」と迷宮、弟を叱責しているようにも見えた。

 

 

「オレはこれでターンエンド! エンド時に《魔族召喚師(デビルズ・サモナー)》の攻撃力は元に戻るぜ!」

 

 《魔族召喚師(デビルズ・サモナー)》を覆っていた罠カード《スキル・サクセサー》の赤いオーラが消えていく。

 

魔族召喚師(デビルズ・サモナー)

攻3200 → 攻2400

 

「へっ、手古摺らせやがって、だが後はお前だけだかんな! 直ぐに兄貴の後を追わせてやるぜ!」

 

「さぁ、貴様のラストターンだ!!」

 

 タッグの片方が倒れれば単純に戦力は2分の1――その差ゆえに光の仮面は余裕気に挑発し、闇の仮面も見下す様に言葉を投げかける。

 

 

 だが迷宮、弟にそんな挑発など届いてはいなかった。

 

「……よくも……よくも兄者を! 私のターン! ドロォオオオオ!!」

 

 その身にあるのは「怒り」――それは仮面コンビに対するものもあるが、自身の不甲斐なさこそ迷宮、弟は憤りを感じていた。

 

 タッグデュエルは「助け合い」。

 

 ゆえに先程、迷宮、弟がするべきことは倒れた兄に駆け寄ることではない。

 

――兄者に託されたカードで奴らを倒し、勝利をもぎ取ることこそが兄者の望み!!

 

 そんな迷宮、兄の望みを見落としかけた自身の不甲斐なさこそが迷宮、弟には許せない。

 

「兄者から託されたこの力! 無駄にはせぬ!!」

 

 だがデュエルでのミスを取り返すのはデュエルでのみ――ゆえに迷宮、弟は目を見開き手札の1枚を切る。

 

「私は魔法カード《パワー・ボンド》を発動! これは機械族融合モンスター専用の融合カード!」

 

 迷宮、兄が託してくれた1ターンが迷宮、弟にこのカードをもたらした。迷宮、弟の背後に渦が浮かび上がる。

 

「この効果によりフィールドの戦士族! 《ゲート・ガーディアン》と手札の《ユーフォロイド》を融合!!」

 

 デフォルメされたUFOに顔の付いた《ユーフォロイド》が《ゲート・ガーディアン》と共に渦へと呑まれていく。

 

「融合召喚!! 我ら兄弟の結束の力!! 《ユーフォロイド・ファイター》!!」

 

 そしてデフォルメ感がなくなった《ユーフォロイド》が宙に浮かぶ台座のような姿となり、その上に《ゲート・ガーディアン》がズシンと乗り込む。

 

 またしても、上に乗っただけである。

 

《ユーフォロイド・ファイター》

星10 光属性 機械族

攻 ? 守 ?

 

 しかし乗っただけといえども、そのパワーは合体前を遥かに凌ぎ、そして圧倒的なまでに強大なものとなる。

 

「《ユーフォロイド・ファイター》の元々の攻撃力・守備力は融合素材としたモンスター2体の合計の数値となる!!」

 

「なにっ!? それじゃあソイツの攻撃力は――」

 

「そう! ぬしらのモンスターを容易く超える4950!!」

 

 《ユーフォロイド》に乗った《ゲート・ガーディアン》もとい《ユーフォロイド・ファイター》から周囲を吹き飛ばしかねない程の力の奔流が溢れ出る。

 

《ユーフォロイド・ファイター》

攻 ? 守 ?

攻4950 守4950

 

「攻撃力4950だとぉ!? マズイかんな!?」

 

 光の仮面は焦る中で必死に頭を働かせる。

 

 仮面コンビがその圧倒的な攻撃力に対抗できるカードは今の段階では光の仮面の《仮面魔獣デス・ガーディウス》の効果で呼び出される《遺言の仮面》のみ。

 

 だがその光の仮面のフィールドには攻撃力2400で攻撃表示の《魔族召喚師(デビルズ・サモナー)》がいる――此方を攻撃されれば《仮面魔獣デス・ガーディウス》の効果を使う前に光の仮面のライフが尽きる方が早い。

 

 しかしそんな光の仮面の思考を断ち切るように迷宮、弟はそれだけではないと声を上げる。

 

「さらに魔法カード《パワー・ボンド》で呼び出されたモンスターはその元々の攻撃力が倍になる!!」

 

 迷宮兄弟の結束の力が限界以上の力を引き出し《ユーフォロイド・ファイター》の周囲にイカズチが落ち、暴風が吹き荒れ、飛沫が舞う。

 

《ユーフォロイド・ファイター》

攻4950 → 攻9900

 

「だがこのエンドフェイズに私はこの効果でアップした数値分のダメージを受けるがな……」

 

「コイツ……捨て身か!!」

 

 迷宮、弟の残りライフは2000――4950ものダメージを耐えきることは不可能。

 

 それゆえの闇の仮面の言葉だったが、光の仮面は通信機で闇の仮面へと警告する。

 

『いや、相棒……奴の最後の手札は恐らくそのダメージを回避するものだ! 安心は出来ないかんな!』

 

 光の仮面の言う通り迷宮、弟の手札はあと1枚残されている。油断は出来ない。

 

 

 しかしその光の仮面の通信を聞いた闇の仮面の行動は早かった。

 

「なら俺を攻撃しろ! さもなくば次のターンで貴様を仕留めてくれる!」

 

「相棒!?」

 

 まさかの自己犠牲の言葉に光の仮面は闇の仮面の方を向くが、通信機による声が光の仮面の耳元に響く。

 

『俺にはモンスターも手札もない! ならモンスターのいるお前が生き残った方が良い!』

 

「相棒……」

 

 闇の仮面の戦術的な意味も込めた意見だったが、光の仮面はその内心を察したゆえに小さく呟く――これは先の借りを返す。否、タッグの(きも)「助け合い」ゆえの決断でもあるのだと。

 

 

 そんな闇の仮面の決意の籠った顔に光の仮面も言葉には出さず小さく頷いて返す。

 

 

「安心するが良い! ぬしらは纏めて葬ってくれる!!」

 

 だがそんな迷宮、弟の声が両者の想いを断ち切るように響いた。

 

「 「 なにっ!? 」 」

 

 仮面コンビの息の揃った驚愕を余所に迷宮、弟は最後のカードを切る。

 

「私は装備魔法《エアークラック・ストーム》を発動! このカードは機械族にのみ装備可能な装備魔法! 機械族の《ユーフォロイド・ファイター》に装備!!」

 

 《ユーフォロイド・ファイター》の《ゲート・ガーディアン》の手の中に青い巨大なキャノン砲が装備される。

 

 やがてそのキャノン砲、《エアークラック・ストーム》の背面から伸びる5枚の剣の様なパーツが傘の様に広がった中央からコードが伸び、《ユーフォロイド》部分に接続されエネルギーが循環していった。

 

「そして《エアークラック・ストーム》を装備したモンスターがバトルで相手モンスターを破壊した時! もう一度だけ続けて攻撃が出来る!!」

 

 《エアークラック・ストーム》の内側に雷・風・水のエネルギーが蓄積され、混ざり合う。

 

「そ、そんな……」

 

「バ、バカな……」

 

 《エアークラック・ストーム》の効果を理解したゆえに顔を絶望の色に染める仮面コンビ。

 

 そして《ユーフォロイド・ファイター》の《ゲート・ガーディアン》部分は《エアークラック・ストーム》の砲身を居合切りの際の刀の様に構え――

 

「バトルだ!! 《ユーフォロイド・ファイター》で《仮面魔獣マスクド・ヘルレイザー》を攻撃! そして返す刀で《仮面魔獣デス・ガーディウス》を攻撃ィ!!」

 

 その迷宮、弟の声に合図に砲身から3つのエレメントエネルギーが螺旋のように捻じれ、その莫大なエネルギーの塊が巨大な剣と化す。

 

「神 魔 螺 旋 衝 撃 波!!」

 

 やがて放った《ユーフォロイド・ファイター》の《ゲート・ガーディアン》部分が《エアークラック・ストーム》の砲身を闇の仮面から光の仮面へと薙ぎ払うように一閃。

 

 何ら抵抗できずに両断された《仮面魔獣マスクド・ヘルレイザー》と《仮面魔獣デス・ガーディウス》と共に、闇の仮面と光の仮面の両名もまた切り裂かれた。

 

「 「 ぐぁあああああああッ!! 」 」

 

闇の仮面LP:1100 → 0

 

光の仮面LP:2350 → 0

 

 

 






E・HERO テンペスター「《ユーフォロイド・ファイター》のカードに描かれているのはOCGカードと同じく私だぞ!」



~入りきらなかった人物紹介、その1~
メンド・シーノ
遊戯王Rに出演
カードプロフェッサーの一人。

頭にターバンを巻いた盗賊風の恰好の男。

相手を罵る際に「安モン」との表現を好んで使う。なお笑い方は豪快であり、「だっハハハハ」とかなり特徴的。

遊戯王Rにて城之内とデュエルし、敗北。

その際にチンピラ染みた粗暴さも見せるが、周到に罠を張っていたりとデュエルの腕前は決して低くはない。

ただ格下と思った相手を侮る悪癖があるだけである――ダメじゃねぇか。

カマキリをペットとして飼っている。遊戯王Rの単行本にて、楽し気に戯れている姿も


――今作では
遊戯王Rにて賞金をかなり気にする言動を見せていたことから「お金にがめつい」印象が強まった。

カードプロフェッサー内でギャンブルを始めた張本人。同じくカードプロフェッサーであるテッド・バニアスをよくカモっていた。


なおやり過ぎたゆえにその後、マイコ・カトウにガッツリ儲けを毟り取られた――その経験から若干大人しくなった模様。

その一件以降、マイコ・カトウに頭が上がらない。





~入りきらなかった人物紹介、その2~
クラマス・オースラー
遊戯王Rに出演
カードプロフェッサーの一人。

遊戯王Rにて登場したカードプロフェッサーの中で最年少。

その年でデュエル界の裏側に身を置くとは彼に一体何があったのやら……

左右に尖った針のような髪が伸びる形状記憶ヘアーを持つ。

遊戯王Rにて城之内とデュエルし、敗北。

作中にて自身の「運」の動向をかなり気にしている所作が見て取れた。
自身の運に関して「ツイてる!・ツイてねェ……」とよく一喜一憂している姿が見られる。

実力にムラっけがあるタイプのデュエリストなのかもしれない。


遊戯王Rの単行本にてカードプロフェッサーのミリタリー大好きカーク・ディクソンとラジコンで遊ぶ様子も。

カードプロフェッサー内でのアットホーム感が見て取れる――デュエル界の裏側を感じさせない光景である。


――今作では
トムより少し上程度の年齢(と思われる)にも関わらず、デュエル界の裏側に身を置く理由を考えた結果――

金銭的に困窮している様子も見られなかった為、単純にダーティな世界観への憧れからカードプロフェッサーの道へ進んだと考察。

カードプロフェッサー皆の弟分といった立ち位置。

デュエル界の裏側の深みに嵌まらぬように周囲が色々と目を光らせている。

なお当の本人はカードプロフェッサー内で満足している為、これ以上デュエル界の裏側の深みに陥ることはない。



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第105話 全速前進DA☆



前回のあらすじ
ゲート・ガーディアン「乗っただけ融合☆合体! 《ユーフォロイド・ファイター》!!」

ユーフォロイド「げ、限界を超えたパワーを……見……よ……」





 

 迷宮、兄の《ゲート・ガーディアン》と迷宮、弟の《ユーフォロイド》の融合体、《ユーフォロイド・ファイター》の一万に近い攻撃力によって吹き飛ばされた光の仮面と闇の仮面。

 

 

 その仮面コンビのライフが0になったことを確認するや否やすぐさま迷宮、弟は迷宮、兄の元へと駆け寄った。

 

「我らの勝利だ! 勝ったぞ、兄者!!」

 

 そして倒れた迷宮、兄の身体を起こしつつ勝利報告を行う迷宮、弟に苦笑しつつ迷宮、兄は小さく返す。

 

「そのように声を張らずとも聞こえておる。よくやったな」

 

「何を言う! 兄者が託してくれた《ゲート・ガーディアン》の力があってこそだ!」

 

 迷宮、兄の言葉に鼻をかきつつそう返す迷宮、弟。その姿に迷宮、兄はまた苦笑交じりに言葉を零す。

 

「フッ、ならばそう言うことにしておこう。だがまずは奴らをしっかりと拘束しておかねばな」

 

「なら兄者はそこでしばし休んでおいてくれ! そのくらいは一人でも問題ない!」

 

 そう言って仮面コンビの元へと駆け出そうとした迷宮、弟の隣に立ち上がりつつ迷宮、兄は遊戯が走り去った先を見る。

 

「そういう訳にもいかん。我らはすぐさま動けるようにしておくべきだ――遊戯殿が友の危機に間に合っておればよいが……」

 

 

 どうか間に合っていて欲しいと信じながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな迷宮兄弟を見ていたカードプロフェッサーのクラマス・オースラーは残念そうにぼやく。

 

「チッ、あいつら勝っちまったか……折角のボーナスが、ツイてねェ」

 

 だがそんなクラマス・オースラーの背をバシッと勢いよく叩きつつメンド・シーノは豪快に笑う。

 

「だッハッハッハ! まぁ、いいじゃねぇか! 商売敵の奥の手中の先の先まで見れたんだ――ボーナスに比べりゃちっとばかし劣るが、情報屋にでも売りゃぁそこそこの金になるだろうよ!」

 

 そのメンド・シーノの言う通り、デュエリストの情報は金になる。相手の切り札や戦術をあらかじめ知っておけば対峙する前に対抗策を用意することも可能なのだから。

 

 情報の値段はデュエリストの実力が高ければ高い程に釣り上がっていく。

 

 そして「迷宮兄弟」といえばタッグデュエルの実力者として名の知れた存在――悪くはない値段が予想された。

 

「おお! そんな手もあんのか! いいじゃねぇか、ケッケケケケ! ――で、俺の分け前は!?」

 

 思わぬお宝に目を輝かせるクラマス・オースラー。

 

「ハァ? 俺の作戦で、俺の伝手の情報屋に売るんだ――当然、俺が全部……ってのはさすがに婆さんにどやされっか……」

 

 だがメンド・シーノの返答は辛辣、ではなく、カードプロフェッサーのご意見番、マイコ・カトウのおっかない一面を思い出した後、しばし思案し――

 

「――まぁ、俺が『七』でお前が『三』だな」

 

 ある程度納得させられるだけの分け前を配分したメンド・シーノ。

 

「えぇ!? 俺がアイツらを見つけたんだぞ! 半々でいいじゃねぇか!」

 

 しかしその分け前に不満を漏らすクラマス・オースラーの額に指を向けるメンド・シーノ。

 

「ちょーしにのんじゃ……ねぇ!」

 

「イダッ!」

 

 そして放たれたデコピンに額を押さえるクラマス・オースラーをメンド・シーノは笑い飛ばす。

 

「お前も早いとこ、裏でうまく立ち回る術を覚えるこったな! だッハッハッハ!」

 

「ちぇっ……」

 

 額を押さえながら渋々引き下がるクラマス・オースラーを引き連れ、「今度なにか奢ってやるか」と考えつつ、メンド・シーノは新たな獲物を求めて踵を返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 此処で時間は遡り、迷宮兄弟にグールズの仮面コンビを任せた遊戯は駆けていた。

 

 迷宮兄弟のお陰で短縮できた時間を無駄には出来ないと全力で走り続ける遊戯。

 

「無事でいてくれ! 城之内くん!!」

 

 そんな願いを声に出し、遊戯は駆け続ける。その隣には海馬も全速前進で並走していた。

 

 

 だがその遊戯と海馬の隣を1台のバイクが通り過ぎ、遊戯たちの前で方向を変え、停止。

 

 そしてバイクに乗る男がフルフェイスのヘルメットから顔を覗かせながら遊戯へと声をかける。

 

「武藤 遊戯だな!」

 

「新手かッ!?」

 

「貴様は……」

 

 またもやグールズの足止めかと警戒する遊戯に海馬は小さく声を漏らす――海馬の知った顔であった。

 

「社長は知ってるよな――俺はヴァロン。牛尾の同僚になるが事情は月行から聞いてるぜ! 後ろに乗りな! KC本部まで乗っけてってやる!!」

 

 そう、バイクに乗った男はヴァロン。

 

 死者の腹話術師からの連絡を受け、マリクが操る人形と遊戯がデュエルした河原まで駆けつけたのだが、既にデュエルが終わっており、月行たちを残すのみであった。

 

 そして事情を月行から聞いたヴァロンがこうしてバイクを飛ばし、道なき道を進みショートカットして追い掛け、遊戯に追いついた次第である。

 

 

 海馬の方へと視線を向ける遊戯――もう一人の遊戯にヴァロンとの面識はない。表の遊戯が牛尾と共に見た写真でチラと記憶にあっても、今の精神状態で気づけてはいない。

 

「安心しろ、遊戯。コイツの身元は俺が保証してやる」

 

「話は纏まったみたいだな? さぁ行くぜ!」

 

 海馬の言葉を信じた遊戯はヴァロンから投げ渡されたヘルメットを被りつつ、ヴァロンの後ろに乗り――

 

「助かる!!」

 

「飛ばすぜ! 掴まってな!!」

 

 すぐさまアクセル全開で飛び出そうとしたヴァロン。

 

 

「――ってどうしたよ、社長。そんなとこに突っ立ってると邪魔だぜ?」

 

 だがそのバイクの前には海馬が立ちはだかっていた。海馬の意図が見えないヴァロンはぼやくように零す。

 

 

 

 

「降りろ」

 

「 えっ 」

 

 しかし親指でそう指示した海馬の言葉にヴァロンの口から気の抜けた声が漏れた。

 

 

 

 

「行くぞ、遊戯!!」

 

 やがてヴァロンからバイクを強奪――もとい借り受けた海馬はその際に一度バイクから降りた遊戯に再度乗るように急かす。

 

「いや、海馬……さすがにそれは……」

 

 だが遊戯は海馬とバイクから降りたヴァロンを交互に見つつそう返すが――

 

「早くしろ! さっさと凡骨を探さねばならんのだろう!!」

 

「すまない、ヴァロン! この礼はまたの機会――」

 

 城之内の危機を押し出されては遊戯も申し訳ないと思いつつも急ぐしかない。そしてヴァロンへと感謝の意を示そうとするも、示す前に全速前進でバイクは走り出していった。

 

 

 そんな海馬と遊戯を見送ったヴァロンは気にした様子もなくポツリと零す。

 

「行っちまったか……まぁ、目的は果たせた訳だし問題はねぇか!」

 

 ヴァロンからすれば遊戯を運ぶよりもグールズの中のまだ見ぬ強敵を探す方が魅力的なのだから――相変わらずバトルジャンキーなことで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな遊戯が心配する城之内一同は未だ果てのない戦いに身を投じていた。

 

「コイツら一体どれだけいるんだ!!」

 

 そう肩で息をしながらグールズの1人の攻撃を躱す御伽に本田は元気付けるように叫ぶ。

 

「ナムが助けを呼んでくるまで粘るっきゃねぇぜ、御伽! 踏ん張りな!」

 

 だがそうは言っても痛みを感じず自身の負傷を気にしない状態で城之内たちに拳を振るうグールズたちは一向に減る様子がない。

 

 グールズたちの数もさることながら、中々倒れない――数が減らないことが問題であった。

 

「クソッ! コイツら全然倒れねぇ! なにっ!」

 

 そんな城之内の言葉の最中に地面に倒れ伏していた筈のグールズが城之内の足を掴み、動きが制限された城之内の元へと倒れた仲間など気にせず殴りかかるグールズたち。

 

 彼らに恐怖も躊躇もない――いや、感じなくさせられている。

 

「――ッ! アブねぇ、城之内!!」

 

 城之内に殺到するグールズ達の攻撃に対し、身体を張って全て受け止める蛭谷。その隙に自由を取り戻した城之内は迫ったグールズたちを蹴り飛ばし、膝を突く蛭谷にかけよる。

 

「蛭谷! 大丈夫か!」

 

「なぁに、かすり傷だよ!」

 

 だが駆け寄る城之内を手で制した蛭谷は身体の痛みを隠すかのようにニヒルに笑うとグールズたちの一団へと殴りかかった。

 

 

 

 

 

 

 そんな殴り合いの喧嘩を少し離れた個所から見つつギースは通信機に向けて事態は切迫していることを示す様に声を張る。

 

「乃亜! アクターとはまだ連絡が取れないのか!」

 

『残念ながら未だに連絡が付かない――これは彼の方に何らかのトラブルがあったことは確定だね』

 

 通信の相手は乃亜。だがギースが望んだ答えは返ってこない。

 

 あくまで大会の参加者でしかない城之内たちに負担を強いている現実に歯を食いしばりながらも努めて冷静さを保ちながらギースはポツリと零す。

 

ヤツ(アクター)を止められる程の人間がグールズにいるとは……」

 

 そのギースが零した言葉から垣間見えるのはギースの持つアクターへのある種の信頼に近いもの。

 

 傍から見れば勝手気ままで周囲と歩調を一切合わせる気のないアクターをギースは毛嫌いしているが、その実力だけは認めていた――自身には決して届かぬ力だと。

 

 ただアクターの人間性に関しては毛ほども信頼していないが。

 

 

 そんならしくないギースの様子をその声色から察した乃亜は確認するように問いかける。

 

『その辺りの事情は不明だけど…………ギース、――グールズの首領、マリクはその場から姿を消したんだね?』

 

「ああ、恐らく彼らを捕らえた後で出てくる算段だろう。今なら此方でも追えるが――」

 

 乃亜は様々な情報を頭の中で反芻するが、ギースの聞き逃せない言葉に遮るように話を割り込ませる。

 

『その選択肢はありえないよ。万が一にでも君がマリクに洗脳された場合のリスクが大きすぎる』

 

 ギースはオカルト課の中で最も勤続年数が長く、触れてきた情報も多い。それら全てがグールズの側に渡ればどうなるかなど火を見るよりも明らかだ。

 

 たとえギースがカードの精霊の加護を持つと言っても千年アイテム相手にどの程度通じるかも分からない不確かな状態で対峙させるなど以ての外だと乃亜は断じる。

 

「だがアクターと連絡が取れない以上、この作戦は――」

 

『そうだね。神崎には悪いけど、この作戦は破棄しよう』

 

 2人の言う作戦は冥界の王の力を取り込み、千年アイテムの亜種、「光のピラミッド」を持つアクターこと神崎がマリクを叩き潰す一手。

 

 さすがに上述の2つの力があれば洗脳は届かないゆえの策――肝心の「光のピラミッド」の力は未知数だが。

 

 ただ乃亜とギースは「アクターに洗脳は効かない」程度の情報しか与えられていない――神崎も素直に「冥界の王の力をゲットしました」等とは口が裂けても言えないだろうが。

 

 しかしアクターがいない以上、成り立たない作戦の為、乃亜はすぐさま別の手を打つ。

 

『だからギース、キミは城之内 克也の救助に当たると良い』

 

 マリクが城之内たちから距離を取ったということは、「城之内たちの意識を物理的に刈り取った」場合にしか出てこない腹積もりな事が見て取れる。

 

 ならばグールズの雑兵さえ片付ければ、城之内たちの元へマリクが舞い戻る心配はない――そしてギースならばそれが問題なく行える。

 

「ならマリクはどうする――泳がせたままか?」

 

 乃亜の方針変換にすぐさま行動に移しながら念の為にと問いかけるギース。城之内たちとの距離はグングン縮まっており、到着に殆ど時間はかからない。

 

 

 乃亜はそんなギースの様子を通信機越しに察しつつ、小さく笑う。

 

『心配しなくても羽蛾の話からグールズの首領が6枚のパズルカードを持っていることは確認している――そしてこの騒動でグールズの手足を使い切った以上、彼の取れる手は一つしかない』

 

 マリクの取った策は惜しげもなく全ての人員を使い潰した贅沢な一手。

 

 だがいくら千年ロッドの洗脳の力で人員を望むだけ得られるとはいえ、人を集めるにはそれ相応の時間がかかる為、このバトルシティの開催中に新たに増やせる手駒の数は限られる。

 

 ゆえにマリクがこのバトルシティの間に打てる集団を用いた策はこれが最後。

 

『ならその背を押して上げようじゃないか』

 

 そしてその策が失敗してしまった場合には逃げる以外に取れるマリクの手はたった一つ。

 

『――処刑台(本戦)へとね』

 

 逃げ場のない天空デュエル場への片道切符。

 

 

 その言葉を最後に両者の通信は途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 乃亜との通信を終えたギースは城之内たちと数多のグールズたちとの間に降り立ち、不可視の力――精霊の力でグールズたちを吹き飛ばす。

 

「アンタは!?」

 

 突然現れたギースの姿に驚く城之内だったが、御伽は知らぬ顔だ。

 

「本田君……あの人って知り合い?」

 

 ゆえに警戒しつつ本田に向けてそう尋ねるが――

 

「ああ! 確か牛尾の上司の人だったよな?」

 

 本田とてレベッカの件で一度会っただけであり、そこまで詳しい訳でもない。

 

「後は任せてくれ、キミたちは私の後ろに」

 

 そんなギースの城之内たちを安心させるような言葉が背中越しから伝えられるが、御伽は心配気な声を出す。

 

「でもこれだけの人数を相手に――」

 

 城之内たち4人ですら減る気配のないグールズたちの物量差に辛うじて拮抗していた状況にいくら腕に自信があろうとも1人でどうにか出来るとは御伽には思えなかった。

 

「何この程度――」

 

 迫るグールズたちの先頭の1人が急に()()()に足を引っ張られたようにつんのめり体勢が崩れたところギースに横殴りされ、糸の切れた人形のようにパタリと倒れる。

 

 御伽の前提は間違っていた。

 

「すぐ終わる」

 

 

 (ギース)1人ではない(精霊と共にある)

 

 

 

 

 

 

 

 先程の城之内たちの苦戦が嘘のようにただ圧倒的な光景がその眼に映っていた。

 

 

 的確に人の意識を奪う術を知る素人のソレとは一線を画す動き。そこに一切の無駄はなく、流れるようにグールズたちは倒れていく。

 

 倒れ伏したグールズは完全に意識を手放し、誰一人ピクリとも動かない。

 

 

 だが見るものが見れば異様な光景である。

 

 それもその筈、グールズたちが()()()()()体勢を崩し、ギースの放つ攻撃に当たりに来ているのだから。

 

 それは常人の目には映らぬ精霊の力ゆえ――ギースとて文字通りの1人であれば、この場を収めるにはそれ相応の苦労が伴ったであろう。

 

 

 

 

 

 

 

 やがて最後の1人のグールズが倒れたことを見届けた城之内はポツリと零す。

 

「スゲェな……牛尾の上司……」

 

 腕っぷしに自信のある城之内から見てもギースの力の全貌は見えない程の開きがある。

 

 そんな城之内に蛭谷は小さく笑って返す。

 

「フッ、見事なもんだ。明らかにプロのソレだな――俺たちの『喧嘩』と比べるもんじゃねぇさ」

 

 その蛭谷の言葉通り、ギースはデュエル界の裏の奥の奥まで熟知した男。

 

 精霊との協力により完全なステルスで情報の見聞きが可能なことから、ダーティーな職業の方々とヒットマン的なやり取りや、天変地異レベルの災害現場。

 

 果てはガチの戦場、紛争地帯のハシゴ旅などなど、具体例を上げれば気が遠くなるレベルの危険地帯のフルコースを神崎の補佐として同行し、ギースは網羅している。

 

 強制ではないというのに、ついていく方も方だと思う――なお危険手当によってギースの貯金額がエライことになっているらしい。

 

 そんなギースにとって意思のないグールズなど物の数ではない。

 

 

 

 

 そんなことはさておき、軽く両手を払いながら城之内たちの元へと戻るギースに感謝の言葉を送る城之内。

 

「助かったぜ! え~と、ギースさんで良いんだよな?」

 

 だがそんな感謝も城之内たちを囮として利用していたギースからすればその感謝は受け取ることが出来ない。

 

「大きな怪我はないようだな……済まない。本来なら奴ら(グールズ)は此方で処理しなければならないというのに君たちを矢面に立たせる結果になってしまって……」

 

 ゆえにギースは真意を隠しつつ頭を下げる――今回の一件は此方側の不手際ゆえだと。

 

「あ、頭を上げてくれよ! そもそも俺らが不用心にこんな人気のない場所に来ちまったせいでもあるからよ」

 

「そうか……ならこれ以上は言うまい――まずはKCで怪我の様子を診て貰うと良い。そこまで護衛代わりに案内しよう」

 

 ギースの態度に面食らった城之内が慌てて首を振る姿にギースは内心で気を遣わせてしまったかと思いつつ、事務的に返すが――

 

「あっ! ちょっと待ってくれ! ナムはどこにいるんだ?」

 

 その本田の言葉にギースは少し考えるような素振りを見せた後で嘘を吐く。

 

「ナム? 済まないが、私は騒ぎを聞きつけて現場に来ただけだ――その『ナム』という名に心当たりはない。その人物がどうかしたのか?」

 

「実はKCのスタッフを呼んでもらう様に頼んでたんだが、会ってねぇのか……」

 

 ギースの嘘を信じ、そう呟くように語る本田。だがそんな本田にギースは嘘を重ねるしかない。

 

「なら、その『ナム』という人物がKCスタッフに接触した場合に其方から君たちの無事を伝えるように手配して置こう」

 

 だがナムことマリクがKCスタッフに自発的に近づくことはない――ハンターに囲まれるリスクを考えればあり得ない選択肢であろう。

 

 嘘を重ねなければならない事実に申し訳なくなるギースに御伽が確認するように問いかける。

 

「そういえば、この騒ぎにKCのスタッフが中々来なかったのは……」

 

「それは……いや、直接的な被害にあった君たちに隠し立てするべきではないか――だが他言無用で頼む」

 

 御伽の問いかけに一瞬悩む素振りをあえて見せてから口止めをしつつ話し始めるギース。

 

「実はあちこちでグールズたちによる騒ぎが多発していてな、今の今までその対応に追われていたんだ」

 

「ええっ!? それって大丈夫なんですか!?」

 

 衝撃の事実といった風に語られたギースの言葉に驚く御伽だったが――

 

「その点は安心してくれて構わない。既に事態は収束に向かっている――後は時間の問題だろう」

 

 その安心させるようなギースの言葉を最後に城之内たちはKCへとギースの先導によって歩みだす。

 

 

 やがて倒れたグールズたちはアヌビスが引き連れた回収班によって運ばれ、その場では何も起きなかったように片付けられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「クソッ!! あれだけの人数で城之内一人さらえないとは!!」

 

 城之内をさらい洗脳した後で名もなきファラオこと遊戯と命懸けで戦わせる計画が、最初の段階でつまずいた事実にマリクは壁に拳をぶつけながら怒りを示す。

 

 運が向いてきたと思った後でコレ(失敗)である――多少の運で覆されるような布陣をKCは引いてはいないが、マリクが知る由もない。

 

「マリク様。他のポイントの構成員たちも次々と捕縛されております。これ以上は――」

 

 そんな怒れるマリクにリシドが忠言するが――

 

「分かっている!! クッ、名もなきファラオへ最大限の苦痛を味わわせてやる計画が!!」

 

 怒り心頭のマリクにその言葉が正しく届いているようには見えない。そしてマリクは考えを纏めるように呟く。

 

「人員をまた集めたとしても、あの男(ギース)が出てくれば同じか……眼鏡の女もいる――リシド、お前ならヤツらを止められるか?」

 

 知る人が知ればかなりの無茶振りを行うマリク。

 

「全力を尽くしますが、確約は出来ません」

 

 リシドとて腕に多少の覚えがあるが、実戦を突き詰めた戦いを見せたギースに重厚な鉄の扉を抱えて高々と跳躍できる北森――リシドは正面切って勝てるとは思えない。

 

 だがマリクの命であれば、リシドは死に物狂いで戦う所存であった――悪いことは言わないから止めときなさい。

 

「そうか……まぁいい――ならば本戦にて遊戯を迎え撃つだけだ」

 

 マリクとてリシドに無理をさせる気はない。それゆえに本戦で遊戯と決着をつけてやると息巻く。

 

 そんなマリクを草葉の陰、もとい遥かお空にてイシズが「最初からそうしろ」と言いつつ笑顔で青筋を立てている姿が見えた気が…………気のせいである。

 

 

 

 

 

 

「まだか海馬!」

 

「煩いぞ、遊戯!!」

 

 バイクの後部座席にて焦った声を上げる遊戯に海馬は苛立ちを示す様に声を荒げる。

 

 海馬の怒りももっともだった。それもその筈、現在の2人が乗るバイクは――

 

 

 

 信号待ちである――さすがに交通ルールは守らねばならない。

 

 海馬のお膝元であるKCの周辺で海馬が発端となって交通事故を多発させるような真似は出来ない。それ以前に事故など以ての外だが。

 

「海馬、他に道はないのか!!」

 

「ふぅん、この道が最短ルートだ――他はグールズ共の騒動に巻き込まれかねん」

 

 バイクに2人乗りし、ヘルメットを装着した名の知れたデュエリストの姿は目立ちそうな、いや、さぞ目立つ。

 

 だが童実野町の全域を使ったバトルシティのお祭り騒ぎゆえに車両が通るような個所に人気はなく、多少車両が行き来する程度だった為、目撃者は少ない。

 

 

 バイクのハンドルを握る海馬の背後で焦りを募らせる遊戯に海馬は苛立ちのボルテージを上げていく。

 

 

 だがその海馬の怒りが爆発する前にその隣に信号待ちゆえに停車した青いオープンカーが!

 

「遊戯~! どうしたの? そんなに急いで」

 

 その運転席からそんな言葉と共に顔を覗かせたのは孔雀 舞。

 

 

 バイクに2人乗りする遊戯と海馬の珍しい組み合わせに何かあったのかと想像するが――

 

「舞! 実は城之内くんがグールズに狙われているんだ!」

 

 何かあったどころではない事態が遊戯から伝えられる――城之内に一目置いている孔雀舞にとって聞き逃せない程の緊急事態である。

 

「なんですってぇ!? それでアンタたちは何処へ向かってるの!!」

 

「KCの大会本部だ! そこなら城之内くんの居場所が探せるらしい!」

 

 遊戯の焦った様子から状況を予想した孔雀舞の声に遊戯は情報を開示。それに対する孔雀舞の答えなど決まり切っていた。

 

「アタシも行くわ!!」

 

 その決断を後押しするように信号が青に変わり――

 

 それと同時にバイクとオープンカーの2台がアクセル全開で競う様に飛び出した――見事なスタートダッシュである。

 

 

 ただ、もはや特に急ぐ意味もないのだが……そんな事情は知らぬ2人のカーアクションが童実野町の交通事情を襲った。

 

 ライディングデュエル! アクセラレーション!!

 

 えっ? 違う?

 

 





牛尾「ライディングデュエル、それはスピードの世界で進化した決闘(デュエル)……

 そこに命を懸ける、決闘者(デュエリスト)たちを人々はDホイーラーと呼んだ……」




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第106話 そりゃそうなるわな


前回のあらすじ
海馬・遊戯・孔雀舞「 「 「 ライディングデュエル! アクセラレーション!! 」 」 」




 

 KCに急停車しつつあるバイクから直ぐさま飛び降りた遊戯はバイクを停車させた背後の海馬へと問いかけながら受付へと駆け出す。

 

「海馬! 城之内くんの居場所を探すにはどうすれば良い!!」

 

 だが海馬が言葉を返すよりも先に遊戯の前に人影が現れた。

 

「おっと、武藤くんか」

 

 その人影は駆ける遊戯の両肩を抑え、遊戯を静止させる。その遊戯よりも頭一つ背の高い赤髪の男は――

 

「アンタは確か牛尾の上司の! 頼む! 城之内くんが!!」

 

 ギース・ハント――レベッカとの一件で顔を合わせた程度だが、遊戯の既知の相手。

 

「ああ、その件か。それなら――」

 

「あっ、ダーリン!! ――ってもう一人の方か……」

 

 遊戯の問いかけにギースが口を開く前に遊戯の特徴的な頭を視界に入れたレベッカの声が響く。

 

「レベッカ?」

 

「でも此処でダーリン……今は遊戯だけど……に会えるなんてやっぱり私たち、運命の赤い糸で結ばれ――」

 

 何故KCにレベッカがいるのかと疑問を浮かべる遊戯を余所にレベッカは愛しの人と――今の人格は違うが――会えた運命に酔いしれる。

 

 だが遊戯の背後から若干遅れてKCに到着した孔雀舞が険しい表情で声を張る。

 

「後にしなさい! 緊急事態なのよ!!」

 

「そうなんだ、レベッカ!! 今は城之内くんが!!」

 

「えっ? 城之内がどうかしたの?」

 

 今は子供の相手をしている暇はないのだ、と言わんばかりの形相の孔雀舞に遊戯も城之内に危険が迫っていることを手早く話そうとするが、レベッカには遊戯の危機感は伝わっていない。

 

「グールズの奴らに狙われて――」

 

 

 

 

 

 

此処(KC)で食事中みたいだったけど」

 

「――危険なんだ!!」

 

 だが遊戯が事情を説明し終える前に語られたレベッカの言葉に遊戯の頭は真っ白になる――聞いていた話と違うと。

 

「…………えっ?」

 

「どうしたの、遊戯?」

 

 そんな遊戯に首を傾げつつ心配気に窺うレベッカ。言葉を失っている孔雀舞。そして背後で苛立ち気に静観する海馬。

 

 

 何処か痛々しい沈黙が流れる。

 

「…………詳しい経緯は私が説明しよう」

 

「……頼む、ギースさん」

 

 だがその沈黙はギースによって打ち破られ、遊戯も何が何だか分からない状況に粛々と願い出た。

 

 

 

 

 

 

 やがてギースの説明に安堵の表情を浮かべていく遊戯。

 

「――と言う訳だ。天馬くんたちにもこの情報は伝達してある。そして助けが遅くなって本当に申し訳ない」

 

 そして説明を終えたギースは静かに頭を下げる――此方(KC)の不手際だったと。

 

「いや、俺は城之内くんが無事ならそれで」

 

「ふぅん、凡骨の分際で随分と場を引っかき回してくれたものだ」

 

「全く心配させるんだから……」

 

 安堵の溜息を吐く遊戯に、苛立ち気な海馬、額に手を当て呆れ顔の孔雀舞といった具合に三者三様の反応を見せつつ、頭を上げたギースの案内で城之内がいる食堂へと向かう一同。

 

 

 

 

 

 そこにあったのは――

 

「おお、遊戯! ――と海馬……それに舞も! お前らもKCでメシ食いに来たのか! ここの食堂のメシは美味くてなぁ……牛尾のヤツこんな美味いもん食ってんのかよ……」

 

 牛丼をかっ込みつつ、その味に舌つづみを打つ城之内の姿。遊戯に気付き手を振るも牛丼を食す手は止まらない。

 

 その城之内の姿を呆れ顔で見つつ同席する本田と御伽。

 

 そんな変わらぬ仲間たちの姿に肩の力を抜きつつ歩み寄る遊戯。そして城之内の隣に力が抜けたように腰掛けるが――

 

「いや、俺は城之内くんがグールズに狙われる話を聞いて――ッ! 蛭谷!? 何故貴様が此処に!!」 

 

 城之内の向こう側にいた蛭谷にようやく気付いた遊戯は警戒からか飛びのくように立ちあがる。

 

 その後、蛭谷の目的を探るように強く睨む遊戯。対する蛭谷は粛々と遊戯の視線を受けとめていた。

 

「待ってくれ、遊戯! 今回はコイツのお陰で俺たちは助かったんだ!」

 

 だが城之内がそんな蛭谷を庇う様に牛丼を置きつつ遊戯の前に立ち塞がり、ギースが知らないことになっているゆえに遊戯には説明されていなかった事の顛末を語り始めた。

 

 

「――ってことがあってだな!」

 

 語り終えた城之内の姿に庇って貰えた事実が嬉しいのか小さく笑い遊戯に手を差し出す蛭谷。

 

「フフ……久しぶりだな、遊戯」

 

「俺はお前を許した訳じゃない……」

 

 だが遊戯はその蛭谷の手を取りはしない――遊戯からすれば、かつて蛭谷が城之内にした仕打ちを考えれば、素直に手を取り合うことは出来なかった。

 

 しかし蛭谷は自身の手を引っ込めつつその掌を見てポツリと零す。

 

「なぁに、初めから許して貰おうなんて考えちゃいねぇさ。俺は行動で示し続ける――それしか出来ねぇからな……」

 

「そうか……なら俺からお前に言うことはないぜ」

 

 そんな真っ直ぐな蛭谷の姿に矛先を収める遊戯。

 

 

 両者の間に何とも言えぬ空気が溝となるが、そんな空気を入れ替えるように手を叩くレベッカの姿に一同の視線が集中する。

 

「――で話は終わったの? だったらダーリンの方に替わって頂戴! 久しぶりに話したいもの!」

 

 そのレベッカの提案に遊戯は内心でもう一人の表の遊戯へと意識を向け――

 

「――っと、そういえばレベッカはどうしてKCに? まさかグールズの被害に――」

 

 表の遊戯と入れ替わり、レベッカへと問いかけるが――

 

「ダーリン!」

 

 レベッカはそんな遊戯の言葉を遮るように首元に飛びつき、爛々と笑顔で語りだす。

 

「ダーリンも知っての通り、おじいちゃんのブルーアイズのことで海馬とデュエルするのはちゃんと終わったんだけど――」

 

 そう言葉を区切りつつ、海馬のぞんざいな対応を思い出し「キッ」と海馬を睨むレベッカだったが、すぐさま遊戯へと機嫌よく視線を戻し、続きを話す。

 

「――私……ダーリンの応援がしたくって……だからKCの本部で確認したら、本戦の出場者がOKすれば本戦の場所に案内してくれるって話になったの!」

 

 この取り決めはバトルシティにて遊戯たちのいつものメンバーが本戦の会場であるバトルシップに乗るであろうことは分かっているゆえに神崎がねじ込んだ処置である。

 

 一応、KCとしても個人を贔屓するような真似は避けねばならない――建前は大事なのだ。

 

「だから此処でダーリンの予選突破の報告を待ってたのよ! ダーリンなら余裕でしょ!」

 

「そうだったんだ……」

 

 遊戯ならば予選を突破できると信じきったレベッカのキラキラとした真っ直ぐな瞳に若干、気圧され気味な遊戯。

 

 だが、レベッカの説明を聞いていた城之内が今、思いついたと手を叩く。

 

「そうだ! 折角だし――蛭谷、オメェも俺の応援に来いよ!」

 

 蛭谷に対する溝が遊戯から感じられたゆえの城之内の提案だったが――

 

「ありがたい申し出だが、パスだ――先約があってな」

 

 蛭谷は嘘を交えつつ、きっぱりと断る。

 

 蛭谷はこれ以上、遊戯たちの間に踏み込むつもりはなかった――今の自分にそんな資格などないのだと。

 

「そうか……ならしょうがねぇか……」

 

「そうしょげるな、城之内。本戦の様子はテレビ中継される――お前の活躍はしっかりと眺めさせて貰うさ」

 

 少し肩を落とす城之内の姿に申し訳なさげにフォローを入れる蛭谷だったが、城之内は立ち上がり力こぶを作りながら豪語する。

 

「へっ、なら俺のデュエリストレベルマックスな実力を見せつけてやるぜ!!」

 

 

 城之内なりの「気にするな」との返答に蛭谷は小さく嬉しそうに笑みを浮かべた。

 

 

 

 そんなこんなで話が纏まったと城之内は拳を打ち鳴らす。

 

「うっし、腹も膨れたことだし、いっちょ本戦会場へ向かうか!」

 

「ならアタシの車で――って全員は無理ね……」

 

 口火を切った城之内にそう提案する孔雀舞だったが、一同の人数は孔雀舞を含めて7人――少々人数オーバーだ。

 

「なら此方(KC)で一台車を回そう」

 

「ふぅん、なら俺は其方に乗らせて貰おう――凡骨と同じ車内では煩くて敵わんからな」

 

 そんな困り顔の孔雀舞にギースは連絡を入れながら気を利かせ、海馬はその提案に乗りつつ城之内に向けて鼻を鳴らす。

 

 海馬のあからさまな挑発に城之内が怒りを示す前に孔雀舞がズイッと前に出て城之内を引きつつ――

 

「なら城之内はアタシと一緒ね!!」

 

 決定事項だと有無を言わせず城之内に圧をかける――肝心の城之内が引き気味に戸惑っているのは見ないでやってください。

 

「じゃあ、ダーリンは私と一緒よ!」

 

 そんな「このビッグウェーブに乗るっきゃねぇ!」な心持でレベッカも遊戯の腕を取り――

 

「そんじゃぁ、俺は城之内と一緒に舞の車に同乗させて貰うぜ――頑張りな、遊戯ー」

 

 ニヤニヤしつつ外堀を埋める本田。

 

「ほ、本田君!」

 

「成程、じゃぁ僕も城之内君たちにご同行させて貰うよ」

 

 遊戯の反応を見て全てを察した御伽もその後に続き――

 

 

「行くぞ、遊戯!」

 

 

 そんなライバルである遊戯との語らいの場にどこか機嫌の良さそうな海馬の相変わらずな言葉と姿に遊戯は肩をガクッと落とした――よっ、色男!

 

 

 

 

 

 しかし若干の上方修正がかかった海馬の機嫌も――

 

「さぁ、乗ってください! レッツゴーですぞ!」

 

 海馬の前に止まった車の運転席に座るハイテンションな老人の姿に一気に下降する。

 

「何故、貴様が此処にいる……」

 

「海馬くんの知り合いなの?」

 

 ウッキウキな老人に鋭い視線を向ける海馬におずおずと遊戯は尋ねるが――

 

「ダーリン! この人、天才物理学者のアルベルト・ツバインシュタインよ! 人類最高峰の頭脳を持つなんて言われる程の有名人!」

 

 それよりもレベッカが答える方が早い――飛び級で大学まで駆け上がった天才少女たるレベッカには良く聞く名前だった。

 

 しかし遊戯には当然の疑問が浮かぶ。

 

「でも何でそんなスゴイ人が運転手を?」

 

 そう、それ程の学者が何故遊戯たちの運転手を買って出たのかだ。その遊戯の当然の疑問にツバインシュタイン博士はウキウキと楽し気に返す。

 

「なぁに、数多の凄腕デュエリストが集う本戦での試合をこの目でぜひ見たかったものでね!!」

 

 嘘ではない。ツバインシュタイン博士もデュエリストであるので興味がない訳ではない。ゆえに嘘ではないのだが……

 

 

 ツバインシュタイン博士にとっての一番のメインイベントは千年アイテムの所持者同士が行う「ミレニアムバトル」見たさである。

 

 

 ブレーキ! カムバーック!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな騒がしくも楽し気な遊戯たちを見送ったギースに見計らったように通信が入る。

 

『現在の状況は?』

 

 そんな必要最低限の言葉の主はアクター。

 

「アクター……貴様、今の今まで何をしていた」

 

 剣呑な気配が籠った声で返すギース――その声色は一段と冷たい。

 

 

 それもその筈、今の今までアクターが勝手気ままに行動しても大して咎められていなかったのは常に任務を問題なく処理してきた実績があったゆえ。

 

 しかし今回はマリクを捕らえる千載一遇の機会を逃しただけでなく、一歩間違えれば未来ある青年たち――城之内たちの未来が閉ざされる可能性もあった。

 

 さすがのギースも今回ばかりは怒り心頭といった様子だ。

 

 

 そんなギースのいつもらしからぬ声に背筋を凍らせつつ アクターは過去に思考を傾ける。

 

 

 

 

 時間は遡り、パントマイマーこと人形を操っている為に足が止まっているマリクを捜索していたアクターだったが――

 

 『オシリスの天空竜』が《バスター・ブレイダー》によって切り伏せられたことを遠目に確認する――三幻神の巨体ゆえに遠目からでもデュエルの大雑把な様子はアクターの超人的な視力も相まって見て取れた。

 

 ゆえに時間切れだとアクターは城之内がいる水族館へ向かうべく、振り返るが――

 

「お初にお目にかかります、アクター」

 

 振り返った先に立ちはだかるように立っていたイシズが視界に入る。

 

 アクターも足音から何者かが近づいてきていることを察していたが、イシズの存在は予想外だったのか言葉が出てこない様子。

 

 

(わたくし)は『イシズ・イシュタール』。誠に申し訳ありませんが――」

 

 

 そんな言葉の出ないアクターを余所にそう瞳を閉じて名乗るイシズだったが、その瞳はゆっくりと開かれ――

 

 

「――貴方には此処で消えて貰います」

 

 

 決死の覚悟が籠ったイシズの瞳がアクターを射抜いた。

 

 

 

 

 

 

 だが対するアクターはそれどころではない。

 

 アクターこと神崎にとってイシズ・イシュタールは千年タウクの未来予知の力を加味しても、若干20歳でエジプト考古局局長にまで上り詰めた人物。

 

 端的に言って自身よりもイシズには余程『先』が見えている認識が神崎にはあった。

 

 

 ゆえに神崎には分からない。

 

 

 何故イシズがアクターと一戦交えようとしているのかが皆目見当がつかなかった。

 

 

 ドクター・コレクターの一戦で語られたようにアクターには「1人のデュエリスト」としての性質しか持っていない。

 

 ゆえに仮にアクターを止めてもグールズへの、マリクへの追い込みが止むことは絶対にない。他の人間が送り込まれるだけだ。

 

 その為、イシズの立場をもってすれば他に取れる手段など、いくらでもあると考えられることも相まってイシズの狙いが読めない神崎。

 

 

 しかし、イシズにも言い分はある。

 

 イシズは千年タウクの力によって見た未来を指標として行動方針を決めているのだが、神崎、そしてアクターの未来はイシズにハッキリとは見えてはいない。

 

 それもその筈、千年タウクの力で「明確に」未来を見ることの出来る存在は、千年アイテムなどのオカルト的な対抗手段を『持たない』人間に限られる。

 

 

 つまり千年アイテムの亜種、『光のピラミッド』の所持者になってしまったアクターこと神崎の未来をイシズは『正確に』知ることは出来ないのだ。

 

 

 ゆえにイシズはマリクを救う未来を確固としたものとする為、不確定要素(アクター)を排除するべくこの場に立っていた。

 

 

 そうとは知らず、内心で「ナンデ!?」などと頭を巡らせるのに忙しいアクターはイシズに対して何も言葉を返さない――もう少しだけ立ち直るのに待って上げて欲しい。

 

 

 しかし先手は譲らないとばかりにイシズはデュエルディスクを構え、そこから射出されるのは――

 

「これはデュエルアンカー。貴方も知っての通りコレ(デュエルアンカー)はデュエルしなければ決して外れることはありません」

 

 そう、お馴染みの「デュエルアンカー」――鎖状の物体がイシズとアクターのデュエルディスクに繋がれた。

 

 その鎖は「逃がしはしない」とのイシズの鉄の意思と鋼の覚悟を感じさせる。

 

 

 

 

 

 しかし「ガシャン」という音と共に両断されるデュエルアンカーが地面を転がる。

 

 接続されたデュエルアンカーを混乱したまま握ってしまったアクターが砕いてしまった模様。

 

 デュエルアンカーに不手際はない――人間レベルの力なら問題なく仕事を果たせたのだから。

 

 

 だがイシズからすれば早くも想定外の事態である――自身が辛うじて見た「望む未来」のレールに乗せる為にも是が非でもアクターとデュエルしなければならないのだから。

 

「…………とはいえ、こんなものなど無くとも、デュエリストである貴方が挑まれたデュエルから逃げるような真似はなさらないでしょう――無粋でしたね」

 

 砕けたデュエルアンカーを視界から外し、それっぽい言葉を並べるイシズ。

 

 

――の横を素通りするアクター。

 

 

 残念ながらアクターにデュエリストの規範を問うだけ無駄である。

 

 

 

 だがイシズはめげない。

 

 弟、マリクの未来がかかっているのだから。ゆえに最後の手段に打って出る――早ぇな。

 

「…………お待ちなさい。(わたくし)コレ(千年タウク)を使わせるおつも――」

 

 それは千年アイテムの力で行われる「闇のゲーム」。

 

 やがてイシズが首元の千年タウクに両の手を合わせ、力を込め――

 

「起動」

 

――る前にアクターの右腕が横に上げられ、背中越しに言葉が届く方が早かった。

 

 アクターの右手の甲から「精霊の鍵」が浮かび上がり、閉鎖空間を生み出す。

 

 

 そしてアクターとイシズを見下ろすのは角のようなものが頭に生えた黒い闇の塊のような巨人――否、怨霊。

 

 その正体は最上級モンスター、《闇より出でし絶望》。

 

 

 そんな《闇より出でし絶望》の姿にイシズは己が立ち向かうべき、「絶望という名の未来」を強く意識する。

 

 

 なお実際はイシズが原作にて言っていた『私が立ち向かうのは……一点の光さえ失われた絶望という名の未来!』との言葉の『絶望』との言葉からアクターによって連想された安易なチョイスだが。

 

 

 

 そんな両者の温度差のある思考を余所に互いの頭に直接響くような《闇より出でし絶望》の声が木霊する。

 

――問う。如何に争い、何を望む。

 

 問いかけられたのはアクター。「勝負の方法」か「賭けるものの大きさ」を問われている。

 

 しかしアクターの言葉は決まっていた。

 

「勝負方法はデュエル。追加条件に『千年アイテムの使用禁止』を定める」

 

 イシズが納得しそうな勝負方法を――ついでに千年タウクの未来予知も封じることも忘れない。

 

――問う。異論は?

 

 《闇より出でし絶望》の問いかけにイシズはチラと周囲を見回し答える。

 

「これが貴方の持つ闇のアイテムですか…………勝負の方法に異論ありません」

 

 そのイシズの言葉に《闇より出でし絶望》はギョロリと前に出つつイシズを見やり、更に問いかける。

 

――問う。汝が望むは?

 

「では(わたくし)の望みは貴方が――いえ、貴方がたがマリクから、墓守の一族から手を引くことです」

 

 《闇より出でし絶望》が頭上に来たことで影に覆われながらイシズが提案した賭けの対象だが――

 

――不許可。賭けることが出来るのは「相手」の範囲。

 

 そう「選び直せ」と返す《闇より出でし絶望》にイシズは僅かに思案する。

 

「ではアクター。貴方の(わたくし)たち墓守の一族への一切の手出しを禁じます」

 

――了承。

 

 そう伝え終えた《闇より出でし絶望》を余所に「一切の手出しの禁止」についてアクターは思案する。

 

 次にグールズ対策、ひいてはマリクを潰しに動くのは誰だろう、とつい考えていた――ある程度の倫理観を持った人間であることを願うアクター。

 

 

 そんなアクターの意識を引き戻す様に《闇より出でし絶望》の声が届く。

 

――問う。汝が望むは?

 

「イシズ・イシュタールが持つ全ての千年アイテム」

 

――不許可。イシズ・イシュタールが持つのは「千年タウク」のみ、他の所持者が持つ千年アイテムを賭けの対象にすることは出来ない。

 

 間髪入れずに返答したアクターにすぐさま無理だと示す《闇より出でし絶望》。

 

「千年タウク」

 

――了承。

 

 原作通りの千年アイテムで助かったと安堵しつつ「じゃあ」と修正したアクターに問題ないことを示す《闇より出でし絶望》。

 

 

 だが納得できないと声を上げるものもいた――この場には後1人しかいないが。

 

「――お待ちなさい。明らかに賭けるものが釣り合っていないではありませんか」

 

 その声の主は当然イシズ。

 

 賭けられた「個人の行動の制限」と「オーパーツである千年アイテム」は釣り合いが取れていないとの主張。

 

――肯定。釣り合いは取れていない。

 

 そのイシズの主張を後押しする《闇より出でし絶望》の声が響き、《闇より出でし絶望》は再度問いかけた。

 

――ゆえに再度問う。汝が望むは?

 

 

 

 

 アクターに。

 

「――ッ! 何故!!」

 

 この場で初めてイシズは声を荒げた。

 

 だがアクターも「それは此方が聞きたい」――そんな言葉を呑み込むのに必死だった。

 

 

 精霊の鍵は「公平」を突き詰めた人造の闇のアイテムである。

 

 そこに贔屓もなければ、慈悲もないプログラムに等しい存在――それこそが《闇より出でし絶望》の、カードの精霊の「形をしたモノ」の正体。

 

 使用者であるアクターこと神崎が死ぬような取り立てすら、精霊の鍵は何の感情もなく行う。

 

 

 しかしアクターこと神崎は長年「精霊の鍵」と共にあった経験から、今までにないイレギュラーな状況に一つの仮説を立てる。

 

――「人」と「物」で価値基準が違うのか?

 

 そう考えたアクターはその仮説を証明すべく提案する。

 

「今バトルシティ終了までイシズ・イシュタールが此方の邪魔をしないこと」

 

 これで互いの賭けの釣り合いは凡そ取れる筈だと。

 

 

――了承。三度問う。汝が望むは?

 

 しかし返ってきた《闇より出でし絶望》にアクターは内心で冷や汗を流す。

 

――えっ、ナニコレ怖い……

 

 仮説は間違っていたようだ。アクターの胸中に言い得ぬ恐怖が浮かぶ。

 

「ない」

 

 そんな恐怖を隠したアクターの声を余所に《闇より出でし絶望》は大仰に両の手を開き宣言する。

 

――了承。勝負開始。

 

 《闇より出でし絶望》の合図に互いのデュエリストはデッキをセットし、デュエルディスクを展開した。

 

 

 残された最愛の家族を救うべくイシズ・イシュタールが舞台に上がる。

 

 

 






個人(冥界の王)



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第107話 定められた敗北


前回のあらすじ + 答え合わせ
神崎は一応、冥界の王の力を手に入れている。

そして冥界の王は死後の世界への干渉が可能(ダークシグナーのアレコレ)

世界を滅ぼせる力を持つ(なお赤き竜+シグナ―に防がれまくっている模様)

デュエルでなら「人」でも倒せるといえど、その力は何だかんだで大きい。

それらの点を踏まえて――

イシズ「(無自覚に↑に大して)(わたくし)たち墓守の一族(つまり血族が続く限り+死後も)への一切の手出しを禁じます」

精霊の鍵「了承(えっ!? この子、どエライもん賭けだしたよ……大勝負に出たなぁ……)」

精霊の鍵「問う。汝が望むは?(アクターはどうする? かなり賭けのレート高いけど?)」

アクター「千年タウク」

精霊の鍵「了承(えっ!? それだけ!?)」

イシズ「――お待ちなさい。明らかに賭けるものが釣り合っていないではありませんか」

精霊の鍵「肯定。釣り合いは取れていない(エエこと言った嬢ちゃん! どう解釈しても全く釣り合ってないよ!)」

精霊の鍵「ゆえに再度問う。汝が望むは?(こちとら出来る限り「公平」が売りなもんで、釣り合いが取れてないのはちょっと……)」

アクター「今バトルシティ終了(期間限定)までイシズ・イシュタール(1人)が此方の邪魔をしないこと」

精霊の鍵「了承。三度問う。汝が望むは?(そうそう、その調子で釣り合う感じで頼むよ)」

アクター「ない(ナニコレ怖い)」

精霊の鍵「了承(マジかよ……全然、釣り合いが取れねぇよ)――勝負開始(でも、本人が納得してるし、負荷多めでバランスとらなきゃ……)」


以上のことが、アクター(神崎)が冥界の王の力を持っていることをイシズが知らなかったゆえに起きた喜劇。

最後に――
精霊の鍵の疑似人格はこんな親しみやすい感じじゃないです。もっと機械的な感じです。





 

 

 アクターを静かに見据えるイシズだったが、意を決した様子で口を開く。

 

「デュエルの前に一つよろしいでしょうか?」

 

 だが対峙するアクターは何も返さない――その内心で「なんだろう?」と思ってはいるが。

 

(わたくし)と語る気はないようですね――ですが聞いて頂きたいのです」

 

 しかしイシズは僅かな可能性でも言っておかねばならないことがあった――全ては弟マリクを救う為。

 

(わたくし)の弟、マリクが世界で暗躍するグールズの総帥として罪なき人々を襲い、レアカードを奪ってきた事実。それはもちろん許されるものではありません」

 

 イシズは墓守の一族の中で誰よりも現状を理解していた。既にイシズ個人ではどうにも出来ないレベルで人々の思惑が渦巻いていることを。

 

 ゆえにイシズは協力者を願う――圧倒的なまでの強者を、裏世界の王者の力を。

 

 悪いこと言わないから、他のデュエリストにしときなさい。

 

「ですが、マリクの内にはそれ以上の脅威が宿っているのです――その眠れる邪悪なる人格……」

 

 マリクの恨みや憎しみの感情の結晶の人格、所謂「闇マリク」の危険性を語るイシズだが――

 

 

 だがアクターこと神崎にとって闇マリクの脅威度は低い。

 

 それもその筈、他の問題、「オレイカルコスの神」や「大邪神ゾーク・ネクロファデス」などの「世界を『個人』で相手取れるレベルの敵」と比較した場合、脅威度は相対的に低くなってしまう。

 

 

 さらに表のマリクと闇マリクの残虐な性格に関しても、世の中のドス黒い部分を、吐き気を催す邪悪を、腐るほど見てきたアクターこと神崎からすれば悲しいことに慣れたものだった。

 

 

 アクターにとってのマリクへの脅威は「オカルトの力」と「神のカード所持」くらいのものである。

 

(わたくし)の目的はこのバトルシティを勝ち進み、(わたくし)の弟、マリクを支配しようとする邪悪なる人格を消し去ることにあります。それこそ刺し違える覚悟で」

 

 そうとは知らないイシズは闇マリクの危険性を訴え続ける――あたかも世界の危機かのように。

 

「アナタ方がマリクを罰する為に動いていることは重々承知しております。ですが(わたくし)たちの目的は一致している筈です」

 

 やがて、そう語りながら手を差し出したイシズ。

 

(わたくし)の手を取ってはくれませんか? 其方にとっても(わたくし)の千年タウクの力は魅力的な筈です」

 

 共に戦うのならば手を取ってほしいと――未来予知の力をチラつかせ。

 

「イシズ・イシュタール」

 

「分かって頂けたようですね」

 

 ようやく反応らしい反応を示したアクターにイシズは光明を見出す。存外話せば分かりあえる相手だったのだと。

 

 

 そのイシズの認識は間違っていない。

 

 アクターこと神崎は正面切ってぶつかり合うよりも「話し合い」をした方が楽な相手である。

 

 

 当の本人に大した欲もない為、相手の要望を汲んだ上でWIN-WINの着地点を目指す傾向がある為だ――その方が後々トラブルに発展し難いとの思惑もあるが。

 

 

 なお「話し合い」で纏まらなかった場合は脳筋な手段が飛んでくるので、思わぬ地雷が埋まっていることは横に置いておこう。

 

 

「先攻は其方だ」

 

 だがイシズの決断は遅すぎた――神崎の悪評ゆえに警戒し過ぎた。

 

 今や「話し合い」でどうにか出来る範疇に状況が存在しないことをイシズは正しく理解できてはいない。

 

 

 既に、イシズの願いである原作のような「マリクの無罪放免」は「まともな方法」では限りなく実現不可能である――それを目指すにはマリクは恨みを買い過ぎた。

 

 エジプトにて多大な影響力を持つ「墓守の一族」がどうこう出来る範囲を超えている。

 

 

 今のマリクが「対峙する」のは――

 

 名もなきファラオの魂を持つ「遊戯」でもなく

 

 裏の王者たる「アクター」でもなく

 

 黒幕(フィクサー)(笑)こと「神崎」でもなく

 

 マリクの内に眠る邪悪なる人格「闇マリク」でさえない。

 

 

 

 

 

 「世界」だ。

 

 世界中の恨みが、憎悪が、怨嗟が、犯罪組織グールズと、その首領たるマリクへと向いている。

 

 

 そんな中でマリクを救うべくイシズの手を取ればどうなるか等、考えるまでもない。

 

 アクターこと神崎に墓守の一族と心中する気などなく、墓守の一族の為に全てを賭けて戦う気もなかった。

 

 

 

 イシズがアクターをどうしようとも世界の流れは止められない――デュエルの結果がどうなろうとも、既にイシズの敗北の未来は確定している。

 

 イシズたちが選べるのはマリクが「どう終わりを迎えるか」だけだ。

 

「……話し合いは決裂ですか――ならばマリクを救い出すために(わたくし)はこのデュエルを制します!  (わたくし)のターン、ドロー!」

 

 だがイシズは諦めない。()()()()()をしてもマリクを救って見せると。

 

「スタンバイフェイズに手札の《黄金の天道虫(ゴールデン・レディバグ)》の効果を発動! 手札のこのカードをエンドフェイズまで公開し、ライフを500回復します!」

 

 イシズの手札から黄金のてんとう虫が光の粒子を振り撒きながらイシズの周囲を舞う。

 

イシズLP:4000 → 4500

 

 ライフ回復のカードを使用したイシズにアクターは思案する。

 

――デッキ破壊ではないか。あのデッキは海馬 瀬人に対抗するために用意した戦術ゆえに当然か。

 

 イシズのデュエルスタイルが読めないようだ――原作のイシズのデュエルはかなり例外的なものだったゆえに無理もないが。

 

 

 しかしそんなアクターの疑問はすぐさま解消される。

 

「そして魔法カード《終焉のカウントダウン》を発動! このカードは自身のライフを2000払うことで発動でき、その発動ターンより20ターン後、(わたくし)はデュエルに勝利します」

 

イシズLP:4500 → 2500

 

 互いのデュエリストを覆う様に頭上に雲が現れ、ナニカの顔が浮かび上がり不吉な笑い声のような音が木霊する。

 

「さらに《クリバンデット》を召喚!」

 

 盗賊風の毛玉、《クリバンデット》が音もなく降り立ち、フィールドでアクターをジッと見ていた。

 

《クリバンデット》

星3 闇属性 悪魔族

攻1000 守 700

 

「カードを1枚伏せてターンエンドです――そしてエンド時に《クリバンデット》の効果を発動! 召喚したこのカードをリリースしてデッキの上から5枚のカードの内、1枚の魔法・罠カードを手札に加え、残りを墓地に送ります」

 

 すぐさま墓地へと送られる《クリバンデット》はイシズのデッキの上から5枚のカードを分捕り、その内の1枚をイシズに投げ渡す。

 

(わたくし)は罠カード《威嚇する咆哮》を手札に!」

 

 手札に加えた1枚を宣言するイシズを余所に墓地に送られた4枚のカードを超人的な視力で確認するアクター。

 

 おおよそ、といっても確認の意味合いが大きいがイシズのデッキはアクターの中で確定する。

 

「さらにこのターンの終わりに《終焉のカウントダウン》のカウントが始まります!」

 

 空を覆う雲の化生が禍々しくカウントダウンを始め、空に鬼火が灯る――アクターに残されたターンは後19ターン。

 

終焉のカウントダウン・カウンター:0 → 1

 

 

 ターンを終えたイシズの姿にアクターは考察を重ねる。

 

――《終焉のカウントダウン》デッキ……か、原作で見せたデッキ破壊といい、ライフを削る以外の戦術を好むのか? 幼少のマリクはさぞ戦い難かっただろうな……

 

 そう思考がズレつつもアクターはデッキに手をかけ――

 

「私のターン、ドロー」

 

 ドローし、引いたカードを確認しようとするが、その前にイシズの声が届いた。

 

 

「貴方が引いたのは魔法カード《闇の誘惑》」

 

 

 そのイシズの言葉にアクターが引いたカードを確認すれば、宣言通り《闇の誘惑》。

 

 だが「今」イシズがイカサマをしたわけではない。

 

「アクター、この千年タウクには未来を見通す力が秘められています。 その力でこの戦いの全てを、既に(わたくし)は見ているのです」

 

 イシズがイカサマをしたのはこのデュエルが始まるよりも更に前、アクターと接触することを決めたその時。

 

 

「いつ貴方が何を出し、どのようにして負けるのか――その全てを」

 

 イシズは既にアクターとのデュエルの最後の光景を見た後だった。

 

 

 ゆえに「このデュエル中、千年アイテムを使わない」ルールには抵触していない為、精霊の鍵で形作られた《闇より出でし絶望》の形をしたモノは動かない。

 

 

 アクターは心の内で一人ごちる。

 

――未来予知によるピーピングか……そうか、そうだったな……

 

 これは原作で行われた海馬とのデュエルの時と同じことが起こっただけの話。

 

「本来デュエルに未来予知を持ち入るのは許されないこと……ですが許しは請いません――(わたくし)がマリクを救った暁には、この命! 神に差し出す覚悟で罪を背負います!」

 

 イシズのそんな言葉も既にアクターには届いてはいない。

 

――『ソレ』を捨てられる人間だったな。

 

 『ソレ』はアクターが、神崎がどれだけ望もうとも、願おうとも、絶対に手に入らないもの。

 

――捨てたのか……そうか()()()()()()

 

 マイコ・カトウとの一戦で「この世界でのデュエル」に何も求めていないことを強く自覚した筈だったアクターこと神崎だったが、その心中には不思議な程に大きな落胆があった。

 

 

「…………魔法カード《闇の誘惑》を発動」

 

 アクターのデッキが闇に覆い隠される。

 

「デッキからカードを2枚ドローし、手札の闇属性モンスター、《トワイライトロード・ソーサラー ライラ》を除外する」

 

 デッキに引き寄せられるようにカードを引くアクター。

 

 やがて手札の闇の力を得たライトロードの1体、黒い帽子に黒いマントを羽織った白い法衣の魔導士がイシズに小さく笑みを浮かべ、闇に消えた。

 

――引いた2枚のカードは悪くない……いや、むしろかなり良い……何故? いや、()()()()()()()()か。

 

 アクターの内心の通り、引いたカードは悪くない――かなり動ける手札だ。

 

「魔法カード《光の援軍》を発動。デッキの上の3枚のカードを墓地に送り、デッキからレベル4以下の『ライトロード』モンスター1体を手札に加える」

 

 アクターの背後に光の魔法陣が描かれる。

 

「レベル3《トワイライトロード・シャーマン ルミナス》を手札に」

 

 その魔法陣からアクターの手札に加わったのは水晶を持つ軽装の闇の力を得たライトロードの祈祷師。

 

 その闇を示す様に肩にかけられたローブが揺らめいた。

 

「そして魔法カード《光の援軍》の効果で墓地に送られた《エクリプス・ワイバーン》の効果を発動。このカードが墓地に送られた場合、デッキから光属性または闇属性のレベル7以上のドラゴン族モンスターを除外する」

 

 闇に誘われたかのように、身体の右半分が黒く侵蝕された白いワイバーンが周囲の光を覆い隠し、そして墓地へと還る。

 

「デッキより光属性・レベル8のドラゴン族、《裁きの龍(ジャッジメント・ドラグーン)》を除外」

 

 《エクリプス・ワイバーン》が現れた際に覆い隠した光源から巨大なドラゴンの影が映し出された。

 

「魔法カード《ソーラー・エクスチェンジ》を発動。手札の『ライトロード』モンスター、《ライトロード・サモナー ルミナス》を1体捨て、デッキから2枚ドロー。そして自分のデッキの上からカードを2枚墓地に送る」

 

 白い帯が伸びる軽装の法衣を纏った《ライトロード・サモナー ルミナス》が両の手に輝く光を天へと掲げ、アクターのデッキから力を引き出し、やがて光となる。

 

「《トワイライトロード・シャーマン ルミナス》を召喚」

 

 そんな光を黒く染めながら現れたのは先程の《ライトロード・サモナー ルミナス》に黒いローブを纏い、闇の力を得た《トワイライトロード・シャーマン ルミナス》。

 

 その手に持った水晶越しにイシズを視界に収めていた。

 

《トワイライトロード・シャーマン ルミナス》

星3 闇属性 魔法使い族

攻1000 守1000

 

「《トワイライトロード・シャーマン ルミナス》の効果発動。1ターンに1度、手札・墓地から『ライトロード』モンスター1体を除外し、《トワイライトロード・シャーマン ルミナス》以外の除外された『ライトロード』モンスター1体を特殊召喚する」

 

 《トワイライトロード・シャーマン ルミナス》のローブがその身から溢れ出る力によって棚引き、その手の内の一つの蒼い水晶が輝く。

 

「墓地の《ライトロード・マジシャン ライラ》を除外し、除外された《ライトロード・マジシャン ライラ》を特殊召喚」

 

 やがてその輝きが収まった後には白き魔術師、《ライトロード・マジシャン ライラ》が右手の黄金の杖をイシズへと向けつつ、戦意を示す。

 

《ライトロード・マジシャン ライラ》

星4 光属性 魔法使い族

攻1700 守 200

 

「《ライトロード・マジシャン ライラ》の効果発動。自分のメインフェイズにこのカードを守備表示にし、相手の魔法・罠ゾーンのカードを1枚破壊する」

 

 《ライトロード・マジシャン ライラ》の黄金の杖から光の弾丸が発射され、イシズのセットカードを打ち抜かんと迫るが――

 

「させません。その効果にチェーンして罠カード《和睦の使者》を発動します。このターン(わたくし)が受ける戦闘ダメージは0になります」

 

 チェーンすることで、先んじて発動された水色のローブの集団、《和睦の使者》がこのターンのイシズの安寧を約束する。

 

 

 やがて膝を突き、腕を交差させて守備表示の姿勢を取る《ライトロード・マジシャン ライラ》。

 

 《ライトロード・マジシャン ライラ》の効果を無駄打ちさせられたアクターだが、その心の内に動揺はない。

 

 

 だが、その胸中でナニカがザワツク。

 

「この効果を発動した《ライトロード・マジシャン ライラ》は――」

 

「――次の貴方のターンの終わりまで表示形式が変更できないのでしょう? 存じております……未来に変わりはありません」

 

 アクターの言葉を遮るように効果の説明を引き継ぐイシズ――イシズにとっては既に未来予知によって知りうる情報ゆえに説明は不要だと。

 

 だがアクターは変わらずデュエルを続ける。

 

「さらに《トワイライトロード・シャーマン ルミナス》はこのカード以外の自身の『ライトロード』モンスターの効果が発動した場合に1ターンに1度、自分のデッキの上からカードを3枚墓地へ送る」

 

 《トワイライトロード・シャーマン ルミナス》が水晶を掲げると、そこから闇が這い出し、闇がアクターのデッキを削る。

 

「ターンエンド。エンド時に《ライトロード・マジシャン ライラ》の効果でデッキの上からカードを3枚墓地に送る」

 

 そして《ライトロード・マジシャン ライラ》の杖から溢れ出た光もまた、アクターのデッキを削った。

 

「貴方のターンが終了したことで《終焉のカウントダウン》のカウントは進みます」

 

終焉のカウントダウン・カウンター:1 → 2

 

 空に2つ目の鬼火が灯る――後18ターン。

 

 

 その《終焉のカウントダウン》のカウントを視界に入れたイシズは順調だと、息を吐く。

 

「全ては私が見たビジョンの通り、(わたくし)のターンですね。ドロー」

 

 此処までのデュエルの流れの全てが千年タウクによって見た未来と差異はない。

 

――『ライトロード』……それは己がデッキを削り、力へと変える速効性に優れたデッキ。貴方にとって(わたくし)とのデュエルを速やかに追え、マリクを追う必要があるゆえの選択。

 

 その未来の情報からライトロードの性質は既にイシズは把握済みである。

 

「スタンバイフェイズに手札の《黄金の天道虫(ゴールデン・レディバグ)》の効果で500のライフを回復させて貰います」

 

イシズLP:2500 → 3000

 

 イシズの周囲を再び舞う《黄金の天道虫(ゴールデン・レディバグ)》。

 

 

――そのデッキと(わたくし)の今のデッキとの相性は最悪。

 

 そのイシズの内心の言葉通り、「ライトロード」は基本的に戦闘ダメージを相手に与えることで勝利を目指す一般的なビートダウンを主にしたデッキ。

 

 ゆえに《終焉のカウントダウン》を用いた防御に殆どのリソースを振り分けたイシズのガードを突破する術を殆ど持っていない。

 

「カードを2枚セットし、《カードカー・D(ディー)》を召喚します」

 

 どこからか走り出したボンネットに「D」の文字が書かれた青いおもちゃの車がイシズのフィールドに急停止する。

 

《カードカー・D(ディー)

星2 地属性 機械族

攻 800 守 400

 

「そしてすぐさま《カードカー・D(ディー)》の効果を発動! 召喚に成功したこのカードを(わたくし)のメインフェイズ1にリリースすることでデッキから新たに2枚のカードをドローします!」

 

 だがすぐさまこの場から逃げ出す様に《カードカー・D(ディー)》は、此処ではないどこかへ走り出す。

 

 手間賃代わりの2枚のカードがイシズの手札に加わるが、その代償は少なくはない。

 

「もっともその後、このターンのエンドフェイズになってしまいますが――そして(わたくし)のターンを終えたことで終焉へのカウントが進みます」

 

終焉のカウントダウン・カウンター:2 → 3

 

 3つ目の鬼火が空へと浮かぶ。

 

 だがイシズにとって《終焉のカウントダウン》の効果は保険でしかない。

 

――アクター、貴方の敗北は着々と近づいています。この流れから逃れることは出来ません。

 

 そのイシズの内心の言葉通り、もはやアクターはイシズの策の中――アクターのデッキは既に半分を切っている。

 

「千年タウクの力の前では如何に優秀なデュエリストも無力。既に結末は決まっているのです」

 

 イシズは己の勝利は揺るぎないのだと語る。

 

 イシズのデッキはアクターのような40枚構成ではなく、デッキの限界値、60枚デッキ――仮にアクターが何一つ動かなくとも、先にデッキ切れに陥るのはアクターの側。

 

「いかに足掻こうとも定められた未来からは逃れることは出来ません。貴方の敗北――それは定められた運命……この運命の流れは確定しているのです」

 

 言外に諦めること――サレンダー(降伏)することを提案するイシズ。

 

 

 しかしイシズの言葉にアクターは何も言葉を返さない。

 

「私のターン、ドロー。スタンバイフェイズに墓地の《堕天使マリー》の効果を発動。自身のスタンバイフェイズに1度、ライフを200回復する」

 

 黒い肌の堕天使がその手から闇を振り、アクターのライフを僅かばかり満たす。

 

アクターLP:4000 → 4200

 

「《トワイライトロード・シャーマン ルミナス》の効果を発動。墓地の2体目の《ライトロード・マジシャン ライラ》を除外し、今除外した2体目の《ライトロード・マジシャン ライラ》を特殊召喚」

 

 先のターンの焼き増しの様に《トワイライトロード・シャーマン ルミナス》はその手の水晶をかざし、2体目の《ライトロード・マジシャン ライラ》が姉妹のように並び出る。

 

《ライトロード・マジシャン ライラ》

星4 光属性 魔法使い族

攻1700 守 200

 

「2体目の《ライトロード・マジシャン ライラ》の効果を発動。自身を守備表示にし、相手の魔法・罠ゾーンのカード――右側のセットカードを破壊」

 

 そして2体目も杖から光の魔術を放ち、その反動から先のターンの1体目と同じように守備姿勢を取る2体目の《ライトロード・マジシャン ライラ》。

 

「残念ながらハズレです。貴方が破壊したのは罠カード《運命の発掘》! このカードが相手によって破壊された時、(わたくし)の墓地の《運命の発掘》の数だけドローします」

 

 だが打ち抜かれたイシズのセットカードは破壊されることでも効果を発揮するカード。

 

 《ライトロード・マジシャン ライラ》の効果で砕けたセットカードがイシズの周囲に降り注ぐ。

 

 

 アクターはイシズの《クリバンデット》で墓地に送られたカードへと考えを巡らせつつ、一人ごちる。

 

――運がない……いや必要経費と割り切ろう。

 

(わたくし)の墓地の《運命の発掘》は3枚! よって3枚ドロー!」

 

 イシズの手札は一気に増え、7枚――防御系のカードが豊富にあることは想像に難くない。

 

 

 しかしアクターのするべきことは何ら変わらない。

 

「『ライトロード』モンスター、《ライトロード・マジシャン ライラ》の効果が発動したことで《トワイライトロード・シャーマン ルミナス》の効果が発動され、自身のデッキの上からカードを3枚墓地へ」

 

 《トワイライトロード・シャーマン ルミナス》の水晶から漏れ出た闇がアクターのデッキを削る。

 

 残りのデッキが僅かだというのに、その行為にためらいなど無い

 

「墓地の《妖精伝姫(フェアリーテイル)-シラユキ》の効果を発動。このカードは自分墓地のカードを7枚除外することで墓地から特殊召喚できる」

 

 空に浮かぶ雲から赤いリボンでオシャレしたリスの獣人の薄い桃色の尻尾がピョコンと見え、やがてスポッと雲の中から顔を出したのは絵本の中から飛び出したような白雪姫を思わせるリスの獣人。

 

 青を基調としたドレスとショートの黒髪についた雲の欠片を手や耳、尻尾でパタパタはたき、身嗜みを整えている様子。

 

「墓地の《闇の誘惑》・《エクリプス・ワイバーン》・《ライトロード・ドラゴン グラゴニス》・《光の援軍》2枚、《ソーラー・エクスチェンジ》2枚――計7枚を除外」

 

 やがてリンゴを片手に雲から7枚のカードを階段に見立て、軽やかにステップを踏んでフィールドに降りたった《妖精伝姫(フェアリーテイル)-シラユキ》。

 

 そしてやる気を見せるようにフンスーと息を鳴らし、尻尾を立てた。

 

妖精伝姫(フェアリーテイル)-シラユキ》

星4 光属性 魔法使い族

攻1850 守1000

 

「除外された《エクリプス・ワイバーン》の効果を発動。このカードが墓地に送られた際に除外したカードを手札に加える――《裁きの龍(ジャッジメント・ドラグーン)》を手札に」

 

 空から巨大なドラゴンの影が飛び立ちアクターの手札に舞い込む。

 

「墓地に『ライトロード』モンスターが4種類以上存在する場合のみ《裁きの龍(ジャッジメント・ドラグーン)》は特殊召喚できる」

 

 ライトロードの最終兵器たる龍の雄叫びがフィールドに木霊する――あまりの声量に《妖精伝姫(フェアリーテイル)-シラユキ》はしゃがんで頭の上の耳を押さえていた。

 

「私の墓地には《ライトロード・サモナー ルミナス》・《ライトロード・マジシャン ライラ》・《トワイライトロード・シャーマン ルミナス》・《トワイライトロード・ソーサラー ライラ》の4種類以上のカードが存在する」

 

 墓地に眠るライトロードたちの声を聞き、今、降り立つのは――

 

「――よって手札より《裁きの龍(ジャッジメント・ドラグーン)》を特殊召喚」

 

 赤い爪を持つ四足の白い体毛を持つ龍が白き天使の翼を広げ、光と共にフィールドを凱旋。

 

 東洋の龍を思わせる顔立ちからは確かな知性を感じさせる。

 

裁きの龍(ジャッジメント・ドラグーン)

星8 光属性 ドラゴン族

攻3000 守2600

 

「バトルフェイズ。《裁きの龍(ジャッジメント・ドラグーン)》で――」

 

 その《裁きの龍(ジャッジメント・ドラグーン)》の背から極光が浮かび上がる。

 

「そうはさせません! 罠カード《威嚇する咆哮》を発動! これによりこのターン貴方は攻撃宣言することが出来ません!」

 

 だが天に浮かぶ終焉を告げるナニカの咆哮がその極光を散らし、アクターのフィールドのカードたちの戦意を削ぐ。

 

「カードを1枚セットし、ターンエンド」

 

 獣人ゆえに耳が良すぎる為か巨大な音の連続にとやたらとソワソワする《妖精伝姫(フェアリーテイル)-シラユキ》を余所にターンを終えたアクター。

 

「エンドフェイズ時に2体の《ライトロード・マジシャン ライラ》の効果にてデッキの上から3枚ずつ、合計6枚のカードを墓地に送り――」

 

 そしてライトロードたちの光がアクターのデッキを削っていく。

 

「さらに《裁きの龍(ジャッジメント・ドラグーン)》の効果でデッキの上から4枚のカードを墓地に送る」

 

 これでアクターに残されたデッキは僅か3枚――後がなくなってきた。

 

「ターンの終わりに終焉へのカウントが進みます」

 

終焉のカウントダウン・カウンター:3 → 4

 

 新たな鬼火が天に灯るが、《終焉のカウントダウン》よりも先に勝負が決まりそうな状況である。

 

 

(わたくし)のターン、ドロー。スタンバイフェイズに手札の《黄金の天道虫(ゴールデン・レディバグ)》の効果、ライフを500回復です」

 

 三度イシズの周囲を舞う《黄金の天道虫(ゴールデン・レディバグ)》の光がイシズを癒す。

 

イシズLP:3000 → 3500

 

 その癒しを受けながらイシズはアクターのデュエルディスクにセットされた僅かなデッキを見て、その胸中で安堵する。

 

――貴方のデッキは残り3枚。次のターンを凌げば……その時、千年タウクの指し示した未来の通り、貴方は敗北を迎える。

 

(わたくし)は魔法カード《光の護封剣》を発動! 発動後このカードはフィールドに相手ターンで数えて3ターン残り、その間、貴方は攻撃することは出来ません!」

 

 アクターとそのフィールドのモンスターを封じ込めるかのように天から光の剣――《光の護封剣》が幾重にも降り注ぎ、光の檻となってイシズの敵を封閉じ込める。

 

「カードを2枚セットし、2体目の《カードカー・D(ディー)》を召喚!」

 

 再びイシズのフィールド目掛けて走る《カードカー・D(ディー)》だが――

 

《カードカー・D(ディー)

星2 地属性 機械族

攻 800 守 400

 

「さらに《カードカー・D(ディー)》の効果を発動! このカードをリリースし2枚ドロー! そして強制的にエンドフェイズに移行します」

 

 そのままイシズのフィールドを通り過ぎ、舞い上がった風がイシズの手札として収まった。

 

「ターンエンド! そしてターンの終わりに終焉へのカウントが――」

 

「相手のエンドフェイズ時に罠カード《トワイライト・イレイザー》を発動」

 

 イシズの宣言を遮るようにアクターの声が響き、リバースカードが起き上がる。

 

「自分フィールドに同じ種族でカード名が異なる『ライトロード』モンスターが2体以上存在する場合、自身の墓地の『ライトロード』モンスター2体を除外し、フィールドのカードを2枚除外する」

 

 アクターのフィールドには――

 

「私のフィールドには魔法使い族の《トワイライトロード・シャーマン ルミナス》と《ライトロード・マジシャン ライラ》がいる」

 

 《トワイライトロード・シャーマン ルミナス》と《ライトロード・マジシャン ライラ》が背中合わせに立ち、水晶と杖をイシズへと向けるとその水晶と杖の先に魔法陣が浮かび上がる。

 

「墓地の《ライトロード・ウォリアー ガロス》と《ライトロード・アサシン ライデン》を除外し、セットカードを2枚除外」

 

 やがてその魔法陣に地に眠るライトロードたちの力が込められ、赤と青の2色の奔流が捻じれ合う様に放たれイシズの2枚のセットカードを呑み込んだ。

 

 これで今のイシズを守るのは《光の護封剣》のみ。

 

「……終焉へのカウントが進みます」

 

終焉のカウントダウン・カウンター:4 → 5

 

 空に2人のデュエリストを見据えるように鬼火が灯る。

 

 

 だがその数はイシズの勝利への道のりの4分の1を超えたばかり――終焉への猶予は十分残されていた。

 

 イシズの守りを一気に崩すべくアクターはデッキに手をかける。

 

「私のターン、ドロー。スタンバイフェイズに墓地の《堕天使マリー》の効果によりライフを200回復する」

 

アクターLP:4200 → 4400

 

 《堕天使マリー》がその翼を羽ばたかせ、黒き羽から零れる闇がアクターを僅かに癒す。

 

「表示形式のロックが解かれた《ライトロード・マジシャン ライラ》を攻撃表示に変更し、その後、効果発動。自身を守備表示にすることで相手の魔法・罠ゾーンのカードを――《光の護封剣》を破壊」

 

 攻撃表示へと変更され立ち上がる《ライトロード・マジシャン ライラ》は杖を払い、《光の護封剣》を光へと還した後、またもや膝を突き守備姿勢を取った。

 

「『ライトロード』モンスターの効果が発動したことで、《トワイライトロード・シャーマン ルミナス》の効果が発動――自身のデッキの上から3枚カードを墓地に送る」

 

 《トワイライトロード・シャーマン ルミナス》が持つ水晶から伸びた闇がアクターの最後の2枚のデッキを削る。

 

 これでアクターのデッキは0枚――後はない。

 

「バトルフェイズ。《妖精伝姫(フェアリーテイル)-シラユキ》でダイレクトアタック」

 

 足に力を込め、天高く跳躍した《妖精伝姫(フェアリーテイル)-シラユキ》の手から剣のように鋭い爪が伸び、イシズの首を狙う。

 

 そんな《妖精伝姫(フェアリーテイル)-シラユキ》の姿にそっと瞳を閉じたイシズは想いに耽る。

 

――まるで手負いの獣ですね……ですがその最後の牙も(わたくし)に届くことはありません。

 

「そのダイレクトアタック宣言時に手札の《速攻のかかし》を捨て、効果発動! その攻撃を無効にし、バトルを終了させます!!」

 

 廃材で作られた案山子、《速攻のかかし》が手の木の棒で《妖精伝姫(フェアリーテイル)-シラユキ》の爪を弾き、そして背中のブースターを吹かし煙幕を張って戦闘を続行できぬ状況へと場を荒らす。

 

「メインフェイズ2へ移行――そして《裁きの龍(ジャッジメント・ドラグーン)》の効果を発動。ライフを1000払い、このカード以外のフィールドのカードを全て破壊する」

 

アクターLP:4400 → 3400

 

 《裁きの龍(ジャッジメント・ドラグーン)》から光の波動が吹き荒れ、フィールドの全てに襲い掛かる。

 

 破壊の奔流を受け入れ黒いローブをはためかせながら消える《トワイライトロード・シャーマン ルミナス》。

 

 守備姿勢のまま光に呑まれる2体の《ライトロード・マジシャン ライラ》。

 

 吹き飛ばされまいと踏ん張る《妖精伝姫(フェアリーテイル)-シラユキ》――の頭にぶつかるいつの間にやら光の奔流の加速を得た《妖精伝姫(フェアリーテイル)-シラユキ》の持っていたリンゴ。

 

 

 これによりフィールドに残るは《裁きの龍(ジャッジメント・ドラグーン)》のみ。

 

 だが破壊されたカードは全てアクターのもの――傍から見れば自傷にしか見えない。

 

「2体目の《トワイライトロード・シャーマン ルミナス》を召喚」

 

 《裁きの龍(ジャッジメント・ドラグーン)》を残し更地になったフィールドに現れたのは先程破壊された《トワイライトロード・シャーマン ルミナス》。

 

 先の真意を確かめるように水晶越しに《裁きの龍(ジャッジメント・ドラグーン)》を見やる。

 

《トワイライトロード・シャーマン ルミナス》

星3 闇属性 魔法使い族

攻1000 守1000

 

「《トワイライトロード・シャーマン ルミナス》の効果発動。墓地の《ライトロード・マジシャン ライラ》を除外し、除外された《ライトロード・マジシャン ライラ》を特殊召喚」

 

 やがて納得を見せた《トワイライトロード・シャーマン ルミナス》は水晶から黒い光を放ち同胞たるライトロードの魔術師、《ライトロード・マジシャン ライラ》を呼び起こす。

 

 といってもこのデュエルで呼び出したのは《ライトロード・マジシャン ライラ》のみだが。

 

《ライトロード・マジシャン ライラ》

星4 光属性 魔法使い族

攻1700 守 200

 

「カードを1枚セットし、ターンエンド」

 

 デッキ切れに陥ったというのに手早くターンを終えたアクター。そしてライトロードたちの特性によりデッキを削られるが――

 

「エンドフェイズに《ライトロード・マジシャン ライラ》の効果でデッキの上から3枚のカードを墓地に」

 

 既にアクターのデッキは0枚――墓地に送るカードなどない。

 

「『ライトロード』モンスターの効果が発動した為、《トワイライトロード・シャーマン ルミナス》の効果でデッキの上から3枚墓地に」

 

 だがデッキに送るカードがなくとも、ライトロードたちに問題はない。

 

「《裁きの龍(ジャッジメント・ドラグーン)》の効果でデッキの上から4枚のカードを墓地に」

 

 最後の効果処理を終えたアクターにイシズは勝利を確信する。

 

「ターンの終わりに終焉のカウントが進みます――もはや意味のないカウントですが」

 

終焉のカウントダウン・カウンター:5 → 6

 

 空に6つ目の鬼火が虚しく灯る。

 

 

(わたくし)のターン、ドロー。スタンバイフェイズに手札の《黄金の天道虫(ゴールデン・レディバグ)》の効果でライフを500回復しますが――」

 

 このデュエルの中で毎ターン行われてきたことゆえか、自然と《黄金の天道虫(ゴールデン・レディバグ)》の効果を使い、その光でライフを潤すイシズ。

 

イシズLP:3500 → 4000

 

「ライフの増減など今となっては問題ではありません。もはや(わたくし)が何をするまでもなく貴方は敗北するのだから」

 

 そう、既にイシズは何もする必要はない。

 

「ターンエンド」

 

 ただ何事もなくアクターの次のターンが来れば全てが終わる。

 

「このターンの終わりに終焉のカウントが――とはいえ、貴方のデッキが終焉を迎える方が早かったようですが」

 

――千年タウクで見た未来は此処で終局。

 

 そう内心で確認したイシズは肩の荷を下ろすかのように深く息を吐く。

 

「終わりましたね……貴方は強かった。ですが敗北を恥じる必要などありません」

 

 千年タウクの未来予知をデュエルに持ち込まなければ、勝敗は分からなかったと示すイシズ。

 

「この結果は(わたくし)がデュエリストとして許されぬ行いをしたゆえのもの……罰はいずれ受けます――ですが、今この時はどうか退いてください」

 

 イシズはデュエルに千年タウクを持ち出すことを決めた段階で覚悟していた――全てが終わった暁にはデュエルから離れることを。

 

 それがデュエルを裏切ってしまったイシズ自身の罪への罰なのだと。

 

「さぁ――貴方、自らの手で幕引きを」

 

 

 その言葉と共にイシズはアクターへと手を向け、デュエルの終わりを委ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『 ウ ラ ギ ッ タ ナ 』

 






今作のマリクが罪を犯さない為には――

(1)墓守の一族の悲劇を回避する。

(2)マリクが三幻神を奪いに来るタイミングで既にイシズが神崎と協力体制を取り、その段階でマリクを拘束する。

(3)もしくはグールズの被害が小さい内にイシズを囮にマリクを引きずり出し、その場で拘束する。

拘束した後は墓守の一族の悲劇を説明するなり 説得フェイズで頑張るっっきゃねぇぜ!
かっとビングだ! 姉上サマ!



~現在の状況からマリクが原作のような無罪放免を勝ち取る方法~

関係者全てを千年ロッドで洗脳する――この場合、神崎が全力で抵抗する為、イシズたちは冥界の王を打ち倒さねばならない。


ちなみに牛尾経由で遊戯に上述の内容が伝わった場合、イシズたちはマインドクラッシュされる――ついでに邪悪を晒した神崎もマインドクラッシュ。


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第108話 裏切りの代償



前回のあらすじ
幼少期のイシズ「《現世と冥界の逆転》デッキキル! 《終焉のカウントダウン》で特殊勝利ィ!! 相手の攻撃は封殺ッ!!」

幼少期のマリク「ひっぐ……リシド……姉さんが……(涙)」

青年期のリシド「ではマリク様、次は私とデュエルしましょう」

幼少期のマリク「リシド……!!(感激)」

青年期のリシド「カウンター罠で無効! 無効! 無効! トラップモンスターでダイレクトアタック!!」

幼少期のマリク「あんまりだぁ!!(´;ω;`)ブワッ」


マリク父「いや、イシズがアクターとやら相手にデッキキルした話だった筈……」

天に昇ったマリク母「いいじゃないですか、あの子たちが楽しそうなんですから……」




 

 

『 ウ ラ ギ ッ タ ナ 』

 

 

 アクターの頭上で怨嗟の声が響く。ゆえにアクターが目線を上げると――

 

 

――誰だ? いや、『何』だ?

 

 

 そこに見えたのは辛うじて人型を保つドス黒い泥のような巨大なナニカが、溢れんばかりの負の念をイシズへと向けていた。

 

『恥ヲ知レ。フザケルナ。神官ノ系譜。デュエリストガ。ユルスマジ。エラバレシモノ。ディアハヲ。デュエルヲ。コノヨウナマネ。ミトメヌ。クチオシヤ。コ――』

 

 

「さぁ――自らの手で幕引きを」

 

 しかし、そんな怨嗟の声など気にもせずそう告げたイシズの姿にアクターはある仮説を立てる。

 

――彼女には『コレ』が知覚できていない? 精霊の鍵の疑似精霊も無反応……

 

 イシズもアクターを静かに見守るばかり、精霊の鍵によって構成されている《闇より出でし絶望》も何も言及しない。

 

 

 アクターの頭上で怨嗟の声を上げ続ける泥状のナニカの存在をこの場で知覚しているのは自身のみ。導き出される結論は――

 

 

――冥界の王……か? アヌビスの時とはかなり形が違うな……

 

 そのアクターの予想通り、コレはアクターの内に取り込まれた冥界の王。だがその姿はアクターの知識の中のモノとは大きく異なる。

 

 

 アヌビスとの一戦での冥界の王の姿はジャッカルの頭部を持った獣染みたものだった。

 

 原作の「5D's」にて遊星の《セイヴァー・スター・ドラゴン》に討ち果たされた際の冥界の王の姿は蝙蝠のような翼を持った多脚の異形だった。

 

 だが今、アクターの背後で怨嗟の声を上げる冥界の王の姿はそのどれにも当てはまらない「辛うじて人型を保つ泥の塊」――そんな不安定ともいえる姿だった。

 

 

――依り代によって姿を変えるのか? いや、それは一旦おいておこう。まずは――

 

 

 アクターに疑問は多々あれど、今するべきことは――

 

 

――『やめろ』

 

 イシズへと感情の波を吐き出す冥界の王を制すること。

 

 

『弱者ガ。我ガ怒リ。嘆キ。虚ろナ貴様にハ理解デキマイッ!!』

 

 アクターの言葉に対し、ギョロリと窪んだ眼と思しきものをアクターに向ける冥界の王――その眼にはアクターへの、神崎への強い侮蔑がありありと浮かんでいる。

 

 

 しかしそんな冥界の王の心情が、アクターこと神崎は『よく分からない』が理解は出来た。要するに――

 

――冥界の王からすれば赤き竜やシグナーがデュエルでイカサマを介して冥界の王を倒し、「これが絆の力だ!」と言っている状態に近いのか?

 

 そんなアクターの仮説は(あた)らずと(いえど)(とお)からずといった所。

 

 

 原作でも歴代の世界を滅ぼそうと企てた人ならざるものたちは、大半が歴代主人公たちとデュエルで戦っていた。

 

 どれ程リアルファイトが強い存在でもだ――原作がカードゲーム作品ゆえの設定といえばそれまでだが――所謂、「敵役」の彼らにも、彼らなりの流儀や譲れぬ思想があるのだ。

 

 

――それなら怒る理由も分からなくは……ない?

 

 アクターこと神崎は内心で冥界の王の感情に納得を見せる――「なら、ディスティニードローはいいのかよ」とも思うが。

 

 

 神崎的に考えれば、遊戯や十代、遊星などの原作の歴代主人公たちが、超常の力でイカサマし始めたイメージだろう――天地が引っ繰り返ってもありえない可能性だが。

 

 誇り高きデュエリストである彼らのそんな姿は神崎も見たくないし、もしそんなことをしていれば酷く落胆するであろう。

 

 

 だがアクターこと神崎は冥界の王に続けて語る。

 

――『冥界の王。君の怒りは理解できるが、私にはイシズ・イシュタールの選択もまた理解できる。だから落胆こそすれ、怒りは浮かばない』

 

 

 イシズにとって「弟、マリクはそれ程に大切だった」ただそれだけの話。

 

 神崎も「自分の命」という譲れないラインがある。それと同じことなのだと。そして――

 

 

――『異物である私にそんな資格はない』

 

 

 「カードの心」が分からぬ神崎が「カードの心」を裏切ったイシズに対してどうして怒りを見せられると思うのか――怒り以前の問題だった。

 

 

 だが冥界の王の感情の波は収まりを見せず、荒々しく波打つ。

 

『貴様ニ縛ラレ。不適格。ニンゲン。不適格。精霊ノ加護モ無キ。不適格。オノレ。我ノ力ヲ。貴様ガ。貴様ガ。貴様ガ貴様ガ貴様ガ貴様ガ貴様ガ!』

 

 

 冥界の王は許せない。

 

 イシズの行為(イカサマ)を、他者(マリク)の為に誇りを捨てた在り方を、そしてなにより――

 

 

 

『 ア ノ 時 貴 様 ガ 死 ン デ イ レ バ !!』

 

 

 そんな不届きもの(イシズ)に上手くあしらわれて敗北した神崎が許せない。そんな人間(神崎)に取り込まれている(冥界の王)の立場に憤る。

 

 

 己が取り込まれていなければ、そうすればあの不届き者を縊り殺してやれたというのに――そんな冥界の王の感情が神崎には読み取れた。

 

 

――『それは出来ない相談だ……だが冥界の王よ。一つだけ言わせて貰おう』

 

 

 アクターこと神崎は冥界の王の気持ちをくみ取った――くみ取ったが、そんな無念の感情を見せる冥界の王にアクターは言わねばならぬことがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――『勝手に諦めないで欲しいな』

 

 

 

 

 役者(アクター)の意識がデュエルに戻る。

 

「そのエンドフェイズに墓地の《妖精伝姫(フェアリーテイル)-シラユキ》の効果を発動」

 

 天からアクターのフィールドに続く7枚のカードの階段が生まれ――

 

「墓地の《トワイライト・イレイザー》・《光の援軍》・《ソーラー・エクスチェンジ》・《貪欲な壺》・《おろかな埋葬》・《闇の誘惑》2枚――計7枚を除外し自身を特殊召喚」

 

 その階段から尻尾を揺らしながら上機嫌に降りるのは《妖精伝姫(フェアリーテイル)-シラユキ》。

 

妖精伝姫(フェアリーテイル)-シラユキ》

星4 光属性 魔法使い族

攻1850 守1000

 

「最後までデュエルを続けますか……それもいいでしょう」

 

 イシズの言葉にもアクターは止まらない。

 

「罠カード《サンダー・ブレイク》を発動。手札を1枚捨て、フィールドのカードを1枚破壊する――《妖精伝姫(フェアリーテイル)-シラユキ》を破壊」

 

 フィールドに降り立った《妖精伝姫(フェアリーテイル)-シラユキ》は驚愕の面持ちで発動されたリバースカードを見るが――

 

 天から落ちたイカズチが《妖精伝姫(フェアリーテイル)-シラユキ》を打ち抜き、黒いススだらけの姿になった。

 

「自身のカードを意味もなく破壊するとは……如何にデュエルを長引かせようとも運命は――結果は変わりませんよ」

 

 態々自分のカードを破壊する不可解なプレイングに眉をひそめるイシズ。

 

 

 だがアクターの狙いはそこにはない。

 

「罠カード《サンダー・ブレイク》の効果で捨て、墓地に送られた《コカローチ・ナイト》の効果発動。このカードが墓地へ送られた時、デッキの一番上に戻る」

 

「…………えっ?」

 

 緑の甲殻を持った「G」な害虫の戦士《コカローチ・ナイト》がアクターのデッキに跳躍した姿にイシズは目を見開く。

 

 ススだらけになった《妖精伝姫(フェアリーテイル)-シラユキ》も害虫の存在に絶叫を上げながら墓地へと逃げていった。

 

 その姿に《コカローチ・ナイト》は何処か寂し気だ。

 

「ターンの終わりに魔法カード《終焉のカウントダウン》のカウントが進む」

 

 呆然と言葉を失っているイシズの代わりにアクターが宣言すると同時に天に7つ目の鬼火が灯る。

 

終焉のカウントダウン・カウンター:6 → 7

 

 

 

「――コ、コカローチ……ナイト……!?」

 

 光の軍勢たるライトロードたちの中に混じる害虫の戦士、《コカローチ・ナイト》の存在に心を乱されるイシズ。

 

 イシズが知りえる「アクターのイメージ」にそぐわないカード――あまり「強い」とは言えないカードだ。

 

「なぜ!? こんな……(わたくし)の見た未来にそんなカードは……」

 

 千年タウクの力を打ち消したのか、イシズの戦術が何処からか漏れていたのか――そんな様々な憶測がイシズの脳内に流れる。

 

 しかしまだ決定的な問題は発生していないとイシズは声を張る。

 

「…………ですが! 次のターン、貴方が引いたそのカードを墓地に送るには《裁きの龍(ジャッジメント・ドラグーン)》の効果を使うしかない! 貴方のライフが尽きる方が早い筈です!」

 

 イシズのそんな言葉にアクターは何も返さない。

 

「私のターン、ドロー」

 

 デッキの《コカローチ・ナイト》へと手を伸ばすアクター。

 

「――を行う代わりに墓地の魔法カード《マジックブラスト》を発動。このカードは通常ドローを放棄することで手札に加えることが出来る」

 

 だが《コカローチ・ナイト》を躱す様に墓地から1枚の魔法カードが代わりにアクターの手札に加わった。

 

 しょげるな《コカローチ・ナイト》……君を触りたくない等の意図はアクターにはない。

 

「スタンバイフェイズに墓地の《堕天使マリー》の効果によりライフを200回復する」

 

 《堕天使マリー》から溢れた闇がアクターを僅かに、だが確実に癒していく。

 

アクターLP:3400 → 3600

 

「《トワイライトロード・シャーマン ルミナス》の効果発動。墓地の《ライトロード・プリースト ジェニス》を除外し、除外された《ライトロード・プリースト ジェニス》を守備表示で特殊召喚」

 

 《トワイライトロード・シャーマン ルミナス》はいつものように《ライトロード・マジシャン ライラ》を呼び出そうとするが、「あっ」と間違いに気付き慌てて呼び出した同胞を墓地に押し込む。

 

 やがてテイク2で呼び出されたのはライトロードの僧侶――白き法衣を纏った癒やし手、《ライトロード・プリースト ジェニス》が小さな錫杖をやる気を見せるように揺らす。

 

《ライトロード・プリースト ジェニス》

星4 光属性 魔法使い族

攻 300 守2100

 

「バトルフェイズ。《裁きの龍(ジャッジメント・ドラグーン)》でダイレクトアタック」

 

 そのアギトを開きイシズの首を狙う《裁きの龍(ジャッジメント・ドラグーン)》。

 

「さ、させません! (わたくし)は そのダイレクトアタック宣言時に手札の《バトルフェーダー》の効果を発動! このカードを手札から特殊召喚し、バトルフェイズを強制終了させます!」

 

 しかしそのアギトの餌食となったのは時計の振り子のような姿をした《バトルフェーダー》。

 

 やがてバトルの終わりを告げる鐘の音を鳴らした《バトルフェーダー》に《裁きの龍(ジャッジメント・ドラグーン)》はうっとおし気に投げ放す。

 

《バトルフェーダー》

星1 闇属性 悪魔族

攻 0 守 0

 

「メインフェイズ2に魔法カード《マジックブラスト》を発動。自分フィールドの魔法使い族の数×200のダメージを相手に与える」

 

 アクターのフィールドの魔法使いたちがそれぞれ魔力を練って行く。

 

「私のフィールドには魔法使い族の数は《トワイライトロード・シャーマン ルミナス》・《ライトロード・マジシャン ライラ》・《ライトロード・プリースト ジェニス》の計3体」

 

 その数は3つ。やがて練られた3つの魔力は一つの巨大な魔力の球体になり――

 

「よって600のダメージを与える」

 

 イシズへと放たれ、その身を打ち据える。

 

「うぅっ……!」

 

イシズLP:4000 → 3400

 

「ターンエンド――このエンドフェイズに《ライトロード・マジシャン ライラ》の効果でデッキの上から3枚のカードを墓地に」

 

 ライトロードの効果によりデッキが削れられるが――

 

「墓地に送られた《コカローチ・ナイト》は自身の効果でデッキの一番上に戻る」

 

 墓地に落ちた《コカローチ・ナイト》はシュバッとアクターのデッキに戻っていく。

 

「『ライトロード』モンスターの効果が発動した為、《トワイライトロード・シャーマン ルミナス》の効果でデッキの上から3枚墓地に」

 

 再びライトロードの効果により墓地に落ちた《コカローチ・ナイト》。

 

「墓地に送られた《コカローチ・ナイト》は自身の効果でデッキの一番上に戻る」

 

 だが、すぐさま慌てつつアクターのデッキに戻り――

 

「《裁きの龍(ジャッジメント・ドラグーン)》の効果でデッキの上から4枚のカードを墓地に」

 

 三度、ライトロードの――奥の手の効果によりデッキが削られた。

 

「墓地に送られた《コカローチ・ナイト》は自身の効果でデッキの一番上に戻る」

 

 墓地に落ちた《コカローチ・ナイト》は肩で息をしながらアクターのデッキに戻る。

 

 大変そうだ――だが何処かイキイキしているようにも見える。

 

「《ライトロード・プリースト ジェニス》の効果を発動。『ライトロード』と名のついたカード効果によりデッキからカードが墓地に送られたターンのエンドフェイズ時に相手ライフに500のダメージを与え、自身のライフを500回復する」

 

 《ライトロード・プリースト ジェニス》がその手の小さな錫杖を振るうと2つの光の波動が互いのデュエリストを貫く。

 

 だが一方――イシズを貫いたのは破邪の波動。

 

イシズLP:3400 → 2900

 

 そしてもう一方のアクターを貫いたのは癒しの波動。

 

アクターLP:3600 → 4100

 

「タ、ターンの終わりに《終焉のカウントダウン》の効果でカウントが進みます……」

 

 天に8つ目の鬼火が灯る――もうじき終焉のカウントが半分を超えようとしていた。

 

終焉のカウントダウン・カウンター:7 → 8

 

 

 だがイシズはそれどころではない。

 

「わ、(わたくし)のターン……ドロー」

 

 千年タウクが見せた未来通りにアクターが倒れない――デュエリストの魂たるデッキが一度は尽きたにも関わらず。

 

――デュエリストの魂とも呼ぶべきデッキを実質的に失いながらも、まだ戦うのですか……まさに亡霊……デュエルに憑りつかれた亡霊ですね……

 

 そんなことをイシズは考えつつデュエルを続ける――続けなければならない。

 

「スタンバイフェイズに手札の《黄金の天道虫(ゴールデン・レディバグ)》の効果で500のライフを回復……」

 

イシズLP:2900 → 3400

 

 《黄金の天道虫(ゴールデン・レディバグ)》の癒しの光を受けたイシズはアクターを視界に収め、一人ごちる。

 

――何が貴方をそこまで突き動かすのですか……

 

 しかしそれはアクター本人すら分かっていない――本人的にはただ普通にデュエルしているだけだ。

 

 だが一方のイシズを突き動かすものは明解だ――それは弟、マリクの為。

 

 その事実を強く再確認したイシズの頭はスゥっと冷えていく――まだイシズの優位は崩れてはいない。

 

「取り乱してしまい失礼を――貴方のその在り方は危険過ぎる……確実に仕留めさせて頂きます! (わたくし)は《サイバー・ヴァリー》を召喚!!」

 

 そんなイシズの覚悟と共に召喚されたカードは赤い小さな球体が腹に並ぶ鋼のヘビのようなマシン。

 

 その銀の装甲の身体はどこかサイバー流の象徴たる《サイバー・ドラゴン》を思わせる。

 

《サイバー・ヴァリー》

星1 光属性 機械族

攻 0 守 0

 

「そして《サイバー・ヴァリー》の効果を発動します――このカードとフィールドのモンスター1体、《バトルフェーダー》を除外して新たに2枚のカードをドローすることが出来ます!」

 

 《サイバー・ヴァリー》が《バトルフェーダー》に巻き付き異次元へと引きずり込んでいく。

 

 やがてその2体のモンスターのエネルギーがイシズのデッキの上に集まっていき――

 

「如何に幽鬼の如く戦い続ける貴方でも――(わたくし)がドローを強要するカードを引けばデッキ切れで終わりです!!」

 

 そのイシズの言葉通り、アクターのデッキ切れを防いでいる核は《コカローチ・ナイト》の1枚。

 

 つまりアクターに2枚カードを引かせるだけでイシズの勝利は確定する。

 

 イシズのデッキにドロー加速のカードは多く、互いにドローさせるようなカードも少なくはない。そこにイシズのドロー力を合わせれば決して絵空事ではない確率を持つ。

 

 

 

 

 

 だがアクターには確信があった。

 

――無理だ。今の君では恐らく()()()()

 

 そんなアクターの内心を余所にイシズはデッキに祈る。

 

(わたくし)は 《サイバー・ヴァリー》の効果で2枚のカードをドロー!!」

 

 やがてその祈りと共に引かれた2枚のカードは――

 

――2枚目の《黄金の天道虫(ゴールデン・レディバグ)》に……くっ、違う……

 

 1枚は此処までイシズのライフを回復してきた《黄金の天道虫(ゴールデン・レディバグ)》の2枚目。そしてもう1枚はイシズのみがドローするカード。

 

――ですが、これで(わたくし)のライフが0になる心配は遥か先……

 

 しかしイシズは内心で気を切り替える。

 

 その2枚のカードはイシズにとっても決して悪いものではない――アクターからの効果ダメージを実質的に減らせるのだから。

 

「カードを2枚セット……」

 

――それまでにドローを強要させるカードを引けば良いだけ……引けなくとも(わたくし)のライフが尽きる前に《終焉のカウントダウン》のカウントが満ちる。

 

 そう内心で自身を鼓舞するイシズ。決定的な優位はまだ此方の手の中にあると。

 

「――ターンエンドです!! ターンの終わりに終焉のカウントが進みます!!」

 

終焉のカウントダウン・カウンター:8 → 9

 

 空に9つ目の鬼火が灯る――これによりほぼ半分のカウントが終わった。保険として発動した《終焉のカウントダウン》が活きてきた。

 

 

 マリクの為に負けられないイシズの闘志溢れる姿をアクターは眺めて内心でふと息を吐く。

 

――本来の歴史では、あの海馬 瀬人を追い詰める程のデュエリストが…………哀れだな。

 

 イシズは「真のデュエリスト」といっても過言ではない実力を有していた。

 

 だが今ではデッキにそっぽを向かれたことが冥界の王の力によって精霊の機微を感じ取れるようになったアクターにはよく分かる。

 

「私のターン、ドローの代わりに墓地の魔法カード《マジックブラスト》の効果でこのカードを手札に加える」

 

 相変わらずデッキにてステイ(待て)な《コカローチ・ナイト》の上を魔法カード《マジックブラスト》が通り抜ける。

 

「スタンバイフェイズに墓地の《堕天使マリー》の効果によりライフを200回復する」

 

アクターLP:4100 → 4300

 

 《堕天使マリー》によるライフ回復を受けつつアクターはイシズのフィールドを見やり、その胸中で呟く。

 

――そして……2枚伏せたか。

 

「《ライトロード・マジシャン ライラ》の効果発動。相手の魔法・罠ゾーンのカードを1枚破壊する――左側のセットカードを破壊」

 

 アクターの指示を受け、《ライトロード・マジシャン ライラ》は杖から光の弾を放ち、すぐさまバックステップしつつ守備表示の構えを見せるが――

 

「そうはいきません! その効果にチェーンして罠カード《強欲な(かめ)》を発動! その効果で(わたくし)はデッキからカードを1枚ドローします!」

 

 チェーンの逆処理によって先んじて発動された笑みを浮かべた顔の付いた赤い(かめ)、《強欲な(かめ)》が《ライトロード・マジシャン ライラ》が放った光の弾に砕かれる前にイシズの手札に(かめ)から宝石が投げ飛ばされた。

 

 《ライトロード・マジシャン ライラ》の効果は上手く躱した――このデュエルでは躱されてばかりである。

 

「『ライトロード』モンスターの効果が発動したことで《トワイライトロード・シャーマン ルミナス》の効果によりデッキトップから3枚を墓地に――そして墓地に送られた《コカローチ・ナイト》は自身の効果でデッキの一番上に戻る」

 

 ライトロードのデッキを削る効果にプルプルと足を震わせながら《コカローチ・ナイト》はアクターのデッキへとよじ登る。

 

「《トワイライトロード・シャーマン ルミナス》の効果を発動。墓地の2体目の《ライトロード・マジシャン ライラ》を除外し、除外された同じく2体目の《ライトロード・マジシャン ライラ》を特殊召喚」

 

 もはや何度目かも分からぬ程に呼び出された《ライトロード・マジシャン ライラ》――その姿は先程の《コカローチ・ナイト》と同じく疲労困憊な印象が見える。

 

《ライトロード・マジシャン ライラ》

星4 光属性 魔法使い族

攻1700 守 200

 

「2体目の《ライトロード・マジシャン ライラ》の効果を発動。自身を守備表示にし、最後のセットカードを破壊」

 

 しかし座れる――もとい、守備姿勢を取れるとサッと杖から魔術を放ち着弾したかも確認せずに守備表示になる《ライトロード・マジシャン ライラ》。

 

「その効果にチェーンして2枚目の罠カード《和睦の使者》を発動! このターン、(わたくし)は戦闘ダメージを受けません!!」

 

 だが《ライトロード・マジシャン ライラ》の放った弾丸はあらぬ先へ。

 

 

 

 

 しかしアクターは仮面の奥で静かに瞳を閉じる。

 

 

 

 

 

――条 件 は ク リ ア さ れ た。

 

 

 

 

 そしてアクターは最後の一手を打つべく勝負に動く。

 

「墓地の《BF(ブラックフェザー)-精鋭のゼピュロス》の効果を発動。デュエル中に1度、自分フィールドの表側表示のカードを手札に戻し、墓地のこのカードを特殊召喚。そして自身は400のダメージを受ける」

 

 黒い羽がアクターのフィールドに吹き荒れる。

 

「《トワイライトロード・シャーマン ルミナス》を手札に戻し、墓地から《BF(ブラックフェザー)-精鋭のゼピュロス》を特殊召喚」

 

 その黒き疾風に巻き上げられアクターの手札に戻った《トワイライトロード・シャーマン ルミナス》がいた場所に災いの象徴たる黒き翼が舞い降りる。

 

 その姿は不吉の予兆たるカラスの羽が背中から伸び、くちばしを思わせる兜を被った戦士。

 

BF(ブラックフェザー)-精鋭のゼピュロス》

星4 闇属性 鳥獣族

攻1600 守1000

 

 その《BF(ブラックフェザー)-精鋭のゼピュロス》が舞わせた黒羽はアクターのライフを僅かに削った。

 

アクターLP:4300 → 3900

 

「《裁きの龍(ジャッジメント・ドラグーン)》の効果を発動。ライフを1000払い、このカード以外のフィールドのカードを全て破壊する」

 

 《裁きの龍(ジャッジメント・ドラグーン)》から地に響くような咆哮が木霊する。

 

アクターLP:3900 → 2900

 

 その咆哮にそれっぽく出てきたにも関わらず、すぐさま退場な現実を悟った《BF(ブラックフェザー)-精鋭のゼピュロス》がアクターへと振り返る。

 

 だがアクターの手札に先程戻った《トワイライトロード・シャーマン ルミナス》が親指を立て健闘を祈っていた。

 

 

 またもやアクターのフィールドのカードのみが《裁きの龍(ジャッジメント・ドラグーン)》の極光により薙ぎ払われていく。

 

「今度は一体何を……」

 

 アクターの行動の真意が読めず困惑するイシズ。

 

 《ライトロード・プリースト ジェニス》と《マジックブラスト》の効果ダメージでイシズのライフを削っていく戦術に切り替えたと考えていただけにイシズにはアクターの意図が読めない。

 

「除外されている自分の『ライトロード』モンスターが4種類以上の場合のみ《戒めの龍(パニッシュメント・ドラグーン)》は特殊召喚できる」

 

 アクターのフィールドに闇が竜巻のように渦巻いていく。

 

「私の除外ゾーンには《トワイライトロード・ソーサラー ライラ》・《ライトロード・ドラゴン グラゴニス》・《ライトロード・ウォリアー ガロス》・《ライトロード・アサシン ライデン》の4種類のカードが存在する」

 

 除外されたライトロードたちの力が闇の竜巻に注がれ、やがて弾けた。

 

「よって手札より《戒めの龍(パニッシュメント・ドラグーン)》を特殊召喚」

 

 そこから轟音と共に降り立ったのは《裁きの龍(ジャッジメント・ドラグーン)》と瓜二つなドラゴン。

 

 だがその全身はくすんだ灰色で覆われ、まさに闇に堕ちた装いを醸し出している。

 

戒めの龍(パニッシュメント・ドラグーン)

星8 闇属性 ドラゴン族

攻3000 守2600

 

「切り札のもう一柱といったところですか……」

 

 イシズの言う通り、合わせ鏡のようなステータスに属性――まさに双星のドラゴン。

 

「魔法カード《ブーギートラップ》を発動。手札を2枚捨て、自分の墓地の罠カードを1枚、自分フィールドにセットする――この効果でセットしたカードはこのターンでも発動が可能」

 

 その2体のドラゴンの間を奔るように流水が流れていく――この流水は生者と死者を隔たるもの。

 

「魔法カード《ブーギートラップ》の効果でセットしたカードを発動」

 

 やがて流水が噴出し、現れたカードは――

 

「――罠カード《現世と冥界の逆転》」

 

「そのカードは……成程」

 

 イシズも勝手知ったるカード――過去に幼少時代のマリクとのデュエルでこのカードで勝利を飾ったものだと、イシズは過去に思いを馳せる。

 

「これにより互いの墓地のカードが15枚以上の場合、1000のライフを払い――」

 

 アクターのライフが流水へと奪われていく――これは対価。

 

アクターLP:2900 → 1900

 

「互いのデッキと墓地のカードを全て入れ替え、その後、シャッフルする」

 

 生者(デッキ)死者(墓地)を逆転させる為の贄。

 

 イシズはアクターの狙いを悟る――これでアクターのデッキは大幅に回復し、イシズのデッキは大幅に削れる。

 

 だが逆を言えばイシズの墓地が肥えることにも繋がる。

 

「デッキを補充してきましたか……ですが貴方の寿命が幾ばくか延びたに過ぎません」

 

 ゆえにイシズの有利に変わりはない。だがアクターの声がそんなイシズに届いた。

 

「罠カード《現世と冥界の逆転》にチェーンし、《戒めの龍(パニッシュメント・ドラグーン)》の効果を発動」

 

 闇を引き連れたドラゴンが天を切り裂く咆哮を放つ。

 

「1ターンに1度、1000のライフを払い、『ライトロード』モンスター『以外』のお互いの墓地のカード及び表側表示で除外されているカードを全て持ち主のデッキに戻す」

 

アクターLP:1900 → 900

 

 アクターのライフを喰らい上げられた《戒めの龍(パニッシュメント・ドラグーン)》の咆哮は死せるものたち(墓地のカード)の眠りを覚まさせる。

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

 イシズはどこか実感なく理解した――アクターの本当の狙いに。

 

「チェーンの逆処理により《戒めの龍(パニッシュメント・ドラグーン)》の効果を処理。『ライトロード』モンスター以外のお互いの墓地カード及び表側表示で除外されているカードを全て持ち主のデッキに戻す」

 

 アクターの「ライトロード」モンスター以外の墓地・そして除外されたカードたちが流水を渡り、ウジャウジャとアクターのデッキに集まっていく。

 

 だがイシズのデッキに「ライトロード」などいない。よって墓地の全てのカードがデッキに戻る。

 

「次に罠カード《現世と冥界の逆転》の効果を処理。互いのデッキと墓地のカードを全て入れ替え、その後、シャッフルする」

 

 次にアクターのデッキのカードと墓地に残されたライトロードたちが流水を渡り、すれ違う。

 

 しかし今のイシズの墓地のカードは1枚たりとも存在しない。つまり――

 

「わ、(わたくし)のデッキ……が……」

 

 呆然と呟かれたイシズの言葉通り、デッキのカードは全て墓地に送られ、今やデッキの枚数は0。

 

「ターンエンド。エンド時に《裁きの龍(ジャッジメント・ドラグーン)》の効果によりデッキの上から4枚のカードを墓地に送る」

 

 恒例のライトロードの効果も、これにて最後。

 

「ターンの終わりに魔法カード《終焉のカウントダウン》のカウンターが進む」

 

 呆然自失な様相のイシズの代わりにアクターがそう宣言すれば、天に10個目の終焉の鬼火が灯った。

 

終焉のカウントダウン・カウンター:9 → 10

 

 

 

 

 だが既に意味はない。

 

 

 

 

「こんな……はずは……」

 

 その言葉と共にガクリと崩れるように膝を突くイシズ。

 

 その様子から察せられるようにイシズの墓地にはこの現状を打破するカードは存在しない。

 

 ゆえに《闇より出でし絶望》の声が両者の頭の中に響いた。

 

――終局を確認。清算を行う。

 

 しかしその《闇より出でし絶望》の言葉にイシズは崩れた己を立て直し、叫ぶように願い出る。

 

「ま、待ってください!! (わたくし)は……まだ、マリクを――」

 

――不許可。勝負に不備はなかった。その申し出は受け容れられない。この権利は彼方(アクター)が正当に勝ち得たものである。

 

 だが《闇より出でし絶望》に、精霊の鍵に慈悲など存在しない。

 

「アクター! 貴方が得た権利ならば! 放棄することも出来る筈です!」

 

 ならばとアクターの足元を縋るように掴み願い出るイシズ。

 

「どうか、どうか見逃して貰えないでしょうか!! マリクを、マリクをどうか!!」

 

 イシズと千年タウクの予知の加護がマリクから外れれば、マリクを待つ未来は一つ――目前の脅威の襲来。

 

(わたくし)に払える代償ならいくらでも払います! だからどうか――」

 

 そんな藁にも縋るイシズの頭上からアクターの声が響く。

 

「興味はない」

 

 その何の感情も見えぬアクターの言葉にもイシズは願い出ることしか出来ない。

 

「興味がないのなら、(わたくし)たちは墓守の里に戻ります! マリクと共に二度と外に、表に出ないと誓います! お願いです!」

 

 既にイシズの言葉は支離滅裂としていて要領を得ない――マリクを墓守の里に縛り付けられなかったゆえの現在だというのに。

 

「イシズ・イシュタール」

 

「どうか……どうか、お願いします。どうか――」

 

 再びイシズの頭上からアクターの声が響くが、その先をイシズは察しつつも壊れた機械のように願い出ることしか出来ない。

 

 

 

「――其方がどうなろうと『興味はない』」

 

 

 

「――ッ!」

 

 アクターの空虚な瞳を仮面越しにイシズは垣間見た気がした。

 

 アクターこと神崎としても究極的には本当に「興味はない」ゆえにその言葉の重みはズシリとイシズの心にのしかかる。

 

 先のデュエルで「亡霊」と自身が評した相手に慈悲を問うことがそもそもの間違いであると示すような言葉に、イシズの頬を涙が伝った。

 

「マ、マリク……どうか無事に――」

 

 

 既にイシズには願うことしか出来ない。

 

 マリクが無事に本戦会場に辿り着いていることを――そうすればイシズの見たマリクが撲殺される未来は回避されるのだから。

 

 

 その先に希望があると信じて。

 

――徴収

 

 だがそんな《闇より出でし絶望》の宣言と共に闇の腕がイシズの心の臓を貫き、その身に枷を施す。

 

 これによりイシズは今バトルシティ終了までアクターこと神崎の脅威足り得ない。

 

 

 

 

 

 イシズは本来の歴史(原作)にて「人は未来を変える事が出来るのですね」と、そう語っていた。

 

 その言葉に間違いはなく、きっと可能性に満ちた素晴らしいものであろう。

 

 人は未来を変えることが出来るのだ。

 

 

 

 

 

 良くも悪くも。

 

 





千年タウク「定められた敗北(イシズが勝つとは言っていない)」

コカローチ・ナイト「最初のターンから手札でスタンバってました!」



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第109話 虚仮おどし


前回のあらすじ
以下、冥界の王
( ゚д゚) ・・・
 
(つд⊂)ゴシゴシ
 
(;゚д゚) ・・・
 
(つд⊂)ゴシゴシゴシ
  _, ._
(;゚ Д゚) …!?




 

『おい、聞いているのか、アクター!』

 

 イシズとのデュエルの一戦の記憶を思い出していたアクターの耳に苛立ち気なギースの言葉が届く。

 

『「何をしていた」と聞いている! 貴様の勝手な行動が――』

 

「千年タウクを確保した」

 

『――なんだと!?』

 

 簡潔に、というよりも言葉の足りないアクターの状況説明だったが、その事実はギースの胸中を驚愕に染めるには十分だった。

 

『いや、待て……千年タウクの所持者であるイシズ・イシュタールはどうした?』

 

 しかし何だかんだでアクターとの長らく同僚であったギースはすぐさま立て直す。アクター相手にこの程度でいちいち気をもんではいられないのだと――長年の苦労が目に浮かぶようだ。

 

「処理した」

 

 だから言葉が足りねぇよ、アクター。

 

『……まさか怪我を負わせるような真似はしていないだろうな』

 

 ギースの頭痛を堪えるかのような声色――通信機越しにでもギースが目頭を押さえている姿が見て取れる。

 

 そんなギースの言葉を聞き、手元の千年タウクを見ていた視線を動かすアクター。

 

 その先には呆然と膝を突き、静かに涙を流すイシズの姿が。

 

「生存に問題はない」

 

 そしてあくまで淡々とアクターは返す。このアクターの話し方にも色々事情があるのだ。しょうもない事情が。

 

『本当になんの問題もないのか?』

 

「精神が不安定」

 

 絶望の様相で膝を突き、涙を流す人間の精神状態が良好だとは思えないゆえのアクターの言葉だったが――

 

『なっ!? いや……此方の指示には従って貰えそうか?』

 

 ギースの声に僅かに焦りが見えた――そのギースの脳裏を過ったのは「精霊の鍵」の力。

 

 KCで精霊の鍵の実情を「正確」に知るものは片手で数える程もいない。

 

 その数少ない「正確に実情を知るもの」であるギースは最悪の可能性も視野に入れる。

 

「問題ない」

 

 だがアクターの言葉に胸を撫で下ろし、ギースは方針を定める。

 

『そうか……なら、牛尾たちを向かわせる――どのみち「本戦に連れていく必要がある」とのことだ』

 

 その指示はアクターも知っている――というか、指示したのはアクターこと神崎なのだが。

 

『牛尾たちが来るまで待機していろ。いいな、待機だぞ。繰り返し言うが、絶対にその場から動くなよ! いいな!』

 

 そんなもはやお笑い的な「フリ」ではないかと思えるようなギースの言葉と共に通信はブツンと切られた。

 

 

 

 通信機を仕舞いながら自身の内へと意識を向けるアクター。

 

――しかしデュエル後から冥界の王は何の反応も示さないな……感情の折り合いがついたのだろうか?

 

 そんなことを考えた後、不意に千年タウクを空にかざしたアクターは仮面の奥で目を細める。

 

――やはり千年タウクの力で未来を見ることは出来ないか。所持することは出来ても、「所持者に選ばれた」訳ではないと言ったところか……

 

 所持者に認められなかった場合のペナルティもないことから、そう仮説を立てたアクターは千年タウクを仕舞いながら思案する。アクターには他にも気掛かりなことがあった。それは――

 

――「役者(アクター)」は此処までギースに信用されていないのか……

 

 アクターの正体を見破られることのないように積極的に交流を絶っていたゆえか、溝は思っていたよりも深い。

 

 信用しろ、と言う方が無理な話だが、言いっこなしである……言わないで上げて。

 

――「役者(アクター)」も潮時かな……

 

 そんなアクターこと神崎の思案を余所にこの世の終わりを見たかのようなイシズの姿だけが牛尾たちに引き渡されるまで虚しく残った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 童実野町のお墓が並ぶ霊園の一角で4人のデュエリストが座って、膝を突き合わせていた。

 

 その4人の内の一人、ダイナソー竜崎は首を縦に振りながら、向かいにいる3人の話に理解を示す。

 

「ほ~成程な……それでこんな人が全然おらんとこにおったんか」

 

 そして竜崎に向かい合う3人の内の1人、黒髪を逆立て、頬がこけた顔色の悪い小柄な少年、ゴースト骨塚(こつづか)が緊張した面持ちで肯定を返す。

 

「そうなんだゾ――ここ、霊園はこの辺じゃオレが一番落ち着いてデュエルが出来るからな……だから此処でデュエリストを待ち構えて居たんだゾ」

 

 バトルシティの性質上、人通りの多い場所の方が対戦相手を探し易いが、骨塚は自身がコンディションを保ちやすい場所で留まる作戦を取った。

 

「それで、後は佐竹と高井戸に噂を流して貰ったんだゾ」

 

 そう言いながら骨塚は自身の少し後ろに座る2人の人物を指さす。

 

 その1人は黒髪の空に伸びるほうき頭な髪形のガタイの良い男、佐竹(さたけ)

 

 もう1人はグラサンをかけたボサボサの髪の線の細い男、高井戸(たかいど) (きよし)

 

 やがて竜崎へと視線を戻す骨塚は話を続ける――

 

「それでデュエリストをおびき出したまでは良かったんだけど……」

 

――のだが、その骨塚の後ろで佐竹が小さく吹きだし笑う。

 

「この霊園じゃ、骨塚の奴がお化けにしか見えなかったみたいでよ……ププッ!」

 

 そう笑いながら語る佐竹につられて笑いだした高井戸が言葉を引き継ぐ。

 

「ハハハッ! そうそう! それで相手のデュエリストがブルッちまって骨塚の奴が楽~に倒せちまったんだわ!」

 

 そう愉快気に笑う佐竹と高井戸の姿だったが、今の骨塚はそれどころではない。

 

「お前ら~! 酷いゾ! 他人事だと思って! お前らも悪乗りしてあの後、変な噂を流してただろォ!」

 

 骨塚たちは切迫した事態に晒されているのだ。

 

 それを示すかのような骨塚の物言いに高井戸は目を泳がせながら返す。

 

「い、いや~俺らはデュエリストレベルが足りてなかったらバトルシティに参加できなかったからよ……」

 

「認定試験の方も仲良く落ちちまったからな! 俺らの中で参加できたのはお前だけだったし、助けになればと思って、つい……」

 

 そう追随する佐竹の姿に骨塚は大きく溜息を吐いた後、再び竜崎を見て不安げに零す。

 

「なぁ、竜崎……オレたちは大会のルールに抵触しちまうかな? パズルカードはキチンとデュエルで勝ち取ったゾ?」

 

「いや、ワイに言われても困るんやけど……『相手をビビらせたらアカン』、言う明確なルールはないやろうし……」

 

 しかしその竜崎の言葉通り、骨塚たちの行為がバトルシティのルールに抵触しているかどうかを竜崎には判断できなかった。

 

 デュエル中に話術や仕草などで相手の心理を揺さぶる、いわゆる「心理フェイズ」は明確なルールで規定されている訳ではなく、どちらかといえば「マナー」の範囲で語られる事柄なのだ。

 

 

 さらに事の発端であるのはゴースト骨塚の顔色の悪さ。責めるのは酷な話だった。

 

 

 そんな事情から頭を捻り苦心する竜崎の姿に骨塚の胸中は不安に襲われる。

 

「この大会の主催者って噂じゃあの『神崎』ってヤツなんだろ!? アイツ無茶苦茶ヤベェ奴って聞いてるゾ!」

 

 その骨塚の言い方から察せられるように神崎の噂には碌なものがない。

 

 

 KCを隠れ蓑に生物兵器を生み出しているとか、

 

 オカルトを通り越し、魔法のようなアレコレを行使できるなんてものに加え、

 

 命を握られている人間が世界中にいるらしい等々

 

 

 根も葉もないことを、言いたい放題言われている――まぁ、噂とはそう言う側面を持つものではあるが。

 

「さすがに大丈夫だろ? 俺らも悪乗りしちまったのは悪かったけどよ……さすがにこのくらいで……」

 

 そう言いながら高井戸は同意を求めるように残りの3人を見やるが、佐竹が深刻そうな顔でポツリと零す。

 

「いや、噂じゃ逆らった奴は闇に葬られたとかなんとか……」

 

「お前ら止めてくれよ~! オレがヤバいってことは一緒にやらかしたお前らもヤバいんだゾ~!!」

 

 佐竹の縁起でもない言葉に骨塚は不安が溢れたかのように泣き言を吐き出す。

 

 

 そんな骨塚たちの姿を眺めていた竜崎はその胸中でポツリと零す。

 

――エライ言われようやな……普段はただの気のエエ人なんやけどなぁ……普段は

 

 竜崎の知る神崎像はいつも笑顔な気のいいおっさんである。怒った姿など見たことがない。

 

 その普段は立場を感じさせぬ程に低姿勢であり、海馬やBIG5、更には各方面の顧客やら関係者たちの依頼を捌くべく奔走している姿が大半である。

 

 その内実は根が小市民ゆえだが竜崎が知る由はない。

 

 

 だが、時折その笑みが深くなる合間が竜崎は苦手だった――だが此方も竜崎は知らないが、そういう時は大抵「どうしようもない時」の諦めの自嘲である。

 

 

「なぁ、竜崎……オレたちは大丈夫なのか?」

 

 無言になった竜崎の姿におずおずと切り出す骨塚だが――

 

「いや、ホンマにワイは分からんで?」

 

 立場的に知らない情報ゆえに竜崎には言葉を濁すことしか出来ない。

 

「そ、そんなぁ~! お前がデュエルの前に『バトルシティのルールに抵触しとらへんか?』とか言い出したからだゾ! なんとかしてくれよぉ~!」

 

 そう言いながら骨塚はわらをも掴む心持ちで竜崎にすがりつく。

 

 そんな骨塚を余所に高井戸は佐竹と顔を合わせ――

 

「俺らでKCのスタッフに確認しようにも……なぁ?」

 

「ああ、もし問題だった時は悪ノリした噂を流した俺たちじゃなくて、骨塚がやり玉に上がっちまうだろうからな」

 

 その後、不安げに頭をかく2人。

 

「竜崎、お前が言い出しっぺなんだゾ! 責任取ってKCのスタッフに確認してきてくれよぉ~! お願いだゾ~!」

 

「 「 俺らからも頼む!! 」 」

 

 最後に後生だからと、頭を下げて願い出る3人の姿に竜崎は小さく溜息を吐いた。

 

――噂の真偽を確認しに来ただけやのに、なんやエライ面倒なことになってもうたなぁ……

 

 そう内心で一人ごちる竜崎。

 

 竜崎がこの霊園に来たのは「霊園にて幽霊がデュエルを挑んでくる」といった如何にもオカルト染みた話を聞いたゆえに大きな問題になる前に確認に来た次第であった――にも関わらず、この惨状は何なのか……

 

 

 ちなみに骨塚たちが流した噂は「霊園にはパズルカードを多く持った幽霊が見えるデュエリストがいる」である。

 

 随分、噂が捻じ曲がったものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 KCの病室と思しき一室でベッドに眠る一人の白髪の青年が眼を覚ます。

 

「……此処はKCか……腕の怪我も問題はねぇみたいだな」

 

 その青年は獏良――ではなく、獏良が持つ千年リングに宿る邪悪なる人格、バクラは身体を起こし、周囲を見回す。

 

 だが周囲にあるのは殺風景な病室らしき部屋とバクラの傍で看病疲れからか、イスに座ったままコクリ、コクリと船を漕ぎ、居眠りする双六の姿。

 

 そんな双六を余所にバクラは確認するかのように負傷した腕を回すが、そこにあったのは不気味な程に健康な腕。

 

 腕にかなりの深い刺し傷があったにも関わらず異常らしい異常が全くない――KCのオカルト課、ご自慢の治療技術の高さを感じる以前にもはや不気味な領域である。

 

「――フゴッ! ……ん!? おお、獏良くん! 目が覚めたんじゃな! よかったのぉ……」

 

 近くで動く気配を察したゆえか双六は居眠りから眼を覚まし、目が覚めたバクラの元気そうな姿に喜ぶが、ふと思い出したかのように問いかける。

 

「そういえば、気分はどうじゃ!? ドクターの話では脳波が乱れておったとか、何とか言っておったが……」

 

 双六から出た「脳波」との言葉に城之内たちを相手に一芝居打つ為に、マリクに表の「獏良」を洗脳させて仲間だと思わせたことに思い至るバクラ。

 

 だが確認するべく自身の内へと意識を集中するバクラだったが――

 

――これは!? 俺様の宿主様に対するマリクの洗脳が解けてやがる。KCは伊達じゃねぇってことか……だが社長はオカルト嫌いだった筈だが? まぁ、いい……

 

 そこにあるのは洗脳のくびきから解放されている表の獏良の人格のみ――マリクが植え付けた記憶等はどこにも存在しない。

 

 

 バクラの中でKCへの警戒度が一段上がる。

 

 

「ボクは……一体どうしたんですか? 確か城之内くんたちと最後に会ったような……」

 

 怪我から回復したばかりの弱々しい姿を演じつつ双六へと探りを入れるバクラ。

 

「ああ、その後は城之内たちと別れて獏良君はずっとこの病室じゃ、ここは安全じゃから安心すると良いぞい」

 

 だが双六はそんなバクラの姿を信じ切り、バクラを安心させるように言葉を選ぶ。

 

「城之内くんたちは……?」

 

 しかしバクラが知りたいのはそんな情報ではない為、知りたい情報を得るべく話を誘導するが――

 

「城之内の方は――聞いた話じゃと、ひと悶着あったようじゃ。じゃがKCのスタッフのお陰で大事にはならなかったそうじゃから……今は本戦会場についとるじゃろうな」

 

 肝心の双六の警戒心が皆無の為、バクラが知りたい情報――マリクの計画の成功の有無はあっさり判明した。

 

――マリクの野郎……失敗しやがったか、だらしねぇ

 

 そう唾を吐くように胸中で零したバクラは思案する。

 

 まだマリクが捕まっていない以上、マリクが遊戯の命を狙い続けることは明白――遊戯に、名もなきファラオにまだ死なれては困るバクラの取るべき行動は一つ。

 

「遊戯くんたちの応援に行きたいんですが……」

 

「無茶はいかんぞい!」

 

 しかしバクラの提案を即座に断ずる双六――怪我は完治しているとはいえ、しばらくは安静にしておくべきだと。

 

――チッ、面倒くせぇ……

 

「お願いします!」

 

 面倒だと思う内心を隠しつつ再度頼み出るバクラ――これで聞き入れられない場合は強硬策も視野に入る。

 

「う~む、決意は固いようじゃな……なら儂も行こう!」

 

 そう言って拳を握りながら立ち上がった双六。そして本戦会場の場所を知っているKCのスタッフを探すべく行動に移そうとするが――

 

 

 

「ならこっちで車、回しといてやるよ」

 

 そんなヴァロンの声が病室の扉近くから聞こえた。海馬にバイクを奪われ――もとい貸し出した後、自力でKCに戻っていた模様。

 

「……おぬしは確か、ヴァロン君じゃったな! 助かるぞい!」

 

 知った顔ゆえに手間が省けたと双六は朗らかに笑う。

 

 その双六の背中越しにバクラがニヤリと笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 だったのだが――

 

「……わりぃけど、今、使えるのはこの2人乗りのバイクだけだな――どっちか運転できるか?」

 

 KCから出た2人に用意されたのはバイクが1台――海馬が乗り捨てていったヴァロンが乗っていたものである。

 

 

 バクラはバイクの運転は一応出来るとはいえ、表の人格たる獏良は「出来ない」ことになっている。

 

「ボクは出来ないです……」

 

 ゆえにそう返すしかない。バクラは内心で舌を打つ。

 

「なら儂に任せるんじゃ! こう見えて昔はブイブイいわせっとったんじゃぞい!!」

 

 そんな意気揚々との言葉がピッタリな姿の双六と共にバイクに乗ったバクラは目的地たる本戦会場へと走り出していく。

 

「フフフ……昔の血が騒ぐのう!!」

 

 安全運転でお願いします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本戦会場であるバトルシップが降り立つ予定のKCが所有するドームにて、遊戯たち一同は本戦出場者が揃うまで待機していた。

 

 そんな中で城之内がボヤクように呟く。

 

「しっかし、本戦会場だってのに殺風景なとこだな……もうちょっと何とかならなかったのかよ、海馬?」

 

 城之内の言う通り周囲は未完成のドームが広がるばかりで、本戦会場というには些か以上に不釣り合いだ。

 

 だが対する海馬は――

 

「ふぅん、凡骨風情が煩いぞ。今回の大会は俺が関知していない話を忘れたのか? おめでたい頭だ」

 

 相変わらずの俺様節。

 

 だが今回のバトルシティの情報を知らされていない海馬でも、この大会の名目上のトップであるモクバがこんな場所を本戦会場に選ぶ筈がないと確信している。

 

 ゆえに先の挑発はそんなことすら分からない城之内の頭の弱さを嘲笑っただけだ。

 

「こ、こいつは……!!」

 

 そこまでは分からずとも馬鹿にされていることには気付いた城之内が、さすがに我慢の限界だと苛立ちを見せるが――

 

「まぁまぁ、城之内さん。規定人数が集まれば説明が入るでしょうから」

 

 怒り心頭な城之内をなだめるナム――その正体はマリクであるが、城之内たちは気付いていない。

 

「いや、そうだけどよ、ナム……」

 

 知り合ったばかりのナムに格好の悪いところを見せてしまったことを恥じつつ、矛先を収める城之内。

 

 その城之内の姿を見つつ「ふぅん」と鼻を鳴らす海馬。

 

 

 そんな城之内たちの傍にいた遊戯の視線は「ナム」に注がれていた。

 

――あのナムって人の声……どこかマリクに似ている気が……

 

 そう胸中で名もなきファラオである遊戯へと語り掛ける遊戯。

 

――だが相棒、マリクは向こうの千年ロッドを持つ『大男』だろう? 城之内君の話ではナムもグールズに襲われたそうだから気のせいじゃないか?

 

 だが名もなきファラオである遊戯は離れた個所で壁にもたれ掛かる大男へと視線を向ける。

 

 その腰元には千年ロッドが見えていた――ただ、その正体はリシドであるが。

 

 

――後で牛尾くんにマリクの素顔の写真か何かないか聞いてみよう……

 

 そう考えつつちらと牛尾の方を見る遊戯。

 

 その視線の先にはイシズと静香を北森と共に守るように立つ牛尾の姿がある――今は話しかけられる状況ではなさそうだった。

 

「どうしたんだ、遊戯? そんな難しい顔してよ?」

 

 牛尾に視線を向けつつ考え込んでいる遊戯に本田はそう尋ねるが――

 

「もう、分かってないわね! ダーリンは本戦に向けて集中しているのよ!」

 

 遊戯の腕にくっついているレベッカが呆れ交じりに本田へ返す。

 

「レベッカ、そろそろ遊戯から離れたら?」

 

 そんな遊戯との距離が近すぎるレベッカを牽制する杏子の言葉にレベッカの間でバチバチと火花が散り、恋のバトルが始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

「うぉおおおおおお!!」

 

 だがそんな一同に届く必死さが溢れた声と共に見える此方へと走り迫る4人の姿。

 

「あら? なにかしら?」

 

 そんな孔雀舞の疑問を余所に黒服の磯野へと必死さが溢れた声の主、リッチーが夜行を抱えつつ立ち止まる。

 

「うぉらぁああああ!!」

 

 だが急停止した為か、そのリッチーの腕から夜行が飛んでいき――

 

「――ズペシッ!!」

 

 地面にヘッドスライディングーー不幸な事故である。

 

 だがそんな夜行の末路を余所に息を切らしながら磯野にリッチーは詰め寄り――

 

「これ! パズルカード6枚ずつだ! 俺とコイツの2人――本戦の席は空いてるか!?」

 

 パズルカードを差し出した。

 

「リ、リッチー……もっと優しく降ろして――」

 

 この本戦会場にまで走り詰めだったゆえにバテた自身を運んでくれたことをありがたく思ってはいても、それとこれとは別とばかりに零す夜行。

 

「後1席だったら俺じゃなくて――」

 

 しかしリッチーは取り合わない――色々あって、かなり遅れての到着だったゆえに最悪の可能性も視野に入れていた。

 

 

 そんなリッチーから受け取ったパズルカードを機械にスライドしながら磯野は安心させるように返す。

 

「問題ない。君たち2人でちょうど8名――本戦参加者の規定人数が揃った」

 

 

「――シャッ! セーフ!!」

 

 その磯野の言葉に握りこぶしを作るリッチー。

 

「ギリギリでしたね……」

 

 そして息を切らしながらリッチーに追いついた月行とデプレが安堵の息を漏らす。

 

「夜行……お前がもっと早く……連絡していれば……」

 

 だがデプレが自身の怒りを示す様に夜行の脇腹に連続して拳をゴツゴツ当てている。

 

「痛い、痛いですよ、デプレ!」

 

 地味に痛いと身をよじる夜行だが、リッチーは「もっとやってやれ」とばかりに夜行に苦言を呈する。

 

「お前がパズルカード6枚集めたってのに 報告しねぇからギリギリになっちまったじゃねぇか!」

 

「ですが、あのパズルカードはグールズ以外の一般の参加者から――」

 

 リッチーの言葉に夜行なりの言い分を返すが――

 

「だとしても一報入れるべきですね」

 

 兄である月行のリッチーへの援護射撃が夜行を襲う。

 

 返す言葉もない夜行にデプレの地味に痛いパンチは止まらない。

 

「デプレ! ちょっ! 待っ――」

 

 そんなペガサスミニオンたちの団欒を余所に自身を除いた8名のデュエリストに視線を移した海馬――だが決着をつける相手が一人足りない。

 

 だが海馬からすれば本戦にたどり着けないような相手など眼中にないと言わんばかりにモクバへと向き直る。

 

「これで8名が揃った訳か……モクバ! 本戦の――」

 

 しかしそんな海馬の間に割り込む磯野。

 

「申し訳ありません、瀬人様。まだ本戦に向かっているものが……」

 

「そうなんだぜい、兄サマ! だから本戦の説明はキチンと全員が揃ってからだぜ!」

 

「ふぅん、応援とやらか……面倒な」

 

 磯野の言葉にそう付け足したモクバの姿に海馬はマントを翻しつつ踵を返した。

 

 

 

 

 

 

 

 しばらくして――

 

「遊戯く~ん!」

 

 そんなバクラの声と共に双六が本戦会場に到着。

 

「おおっ!? 爺さんに、獏良じゃねぇか! 獏良、怪我はもう良――」

 

 馴染みの顔に心配しつつ前に出る城之内だが、その横を素早く通り抜ける人影が。

 

「獏良くぅん!!」

 

 案の定、野坂ミホである――本戦への情報媒体の席を勝ち取ったようだ。

 

「やっぱり、ばーくらくんも大会に参加して――」

 

 バクラの手を取りながら、一方的に楽し気に話を弾ませつつグイグイと自身の方へと引き寄せていく野坂ミホ。

 

 

 

 そんな野坂ミホとバクラの様子など放っておけとばかりに、海馬は再度モクバへと声を張る。

 

「さぁ、モクバ! 今こそ本戦の宣言の時だ!!」

 

 

 

 

 

 

 だが、そんな一同の喧噪を断ち切るように黒い影が「カツン」と靴音を立てながら現れた。

 

「アイツは……」

 

 その言葉は誰のものか、しかしこの場にいる全ての人間の視線はその真っ黒な出で立ちに注がれている。

 

 

 人であることを覆い隠したようなその服装。その素顔は頭全体を覆う仮面からは窺えない。

 

 何処からか吹いた風がマントをはためかせ、その腰元に取り付けられたデュエルディスクがこの場のデュエリストを挑発するように鈍く光る。

 

 その歩みが止まると同時に風は吹き止み、周囲の緊張を駆り立てた。

 

 

 

 役者(アクター)。遅ればせながら本戦会場に到着。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最後の最後にそれっぽく出てきたアクターだが、その実情は「千年タウクをツバインシュタイン博士に届けようとKCに寄ったが、本戦会場に出発したことを知らされ、慌てて戻って来た」次第である。

 

 その内実は、まさに取引先に遅刻しそうになるサラリーマンの如く。

 

 皆が知れば、周囲の視線はどうなることやら。

 

 





~入りきらなかった人物紹介、その1~
ゴースト骨塚(こつづか)

不健康そうな顔色に頬がこけた不気味な様相をかもし出す小柄な少年デュエリスト。

その外見はお化けが苦手な城之内を気絶させる程の恐ろしさ。ただ城之内のお化け嫌いが際立っているだけかもしれないが。


しかし「ゴースト」骨塚と呼ばれる様にいわゆる「名持ち」のデュエリストであり、決闘者の王国(デュエリストキングダム)、及びバトルシティに参加できる程の実力を持つ。

そのどちらも戦績は振るわなかったが。

原作では――
決闘者の王国(デュエリストキングダム)に参加したデュエリストの1人であり、闇落ちしたキースの手下として共に行動していた。

その際、墓場フィールドで孤立させた城之内とスターチップを賭けデュエル。

キースから与えられたカードとアドバイスの元、優勢にデュエルを進めるが、最後の最後で城之内に逆転を許し敗北。

その後、キースから見限られ、佐竹、高井戸と一緒に、残ったスターチップを奪われた。



さらに原作のバトルシティにも登場。

キースにボコられ、スターチップを奪われた過去から
見返してやろうと夜の墓地で参加者をお化けの仮装で驚かせつつ脅し、パズルカードを物理的に奪っていた。

何としてでも本戦に辿り着く執念を感じさせる――たがルール的にアウトである。


その後、バクラの一戦交えたが、コミック版ではその出番はほぼカットされた。

だがアニメ版でキッチリ1話を通してデュエルする。

しかしバクラに敗北後の闇のゲーム特有の罰ゲームにより、共にいた佐竹・高井戸も含めて闇に呑まれた――カットされていた方が良かったのかもしれない末路である。

その後、彼らがどうなったかは不明――バクラの性格からして助けては貰えていない気も。


今作では――
決闘者の王国(デュエリストキングダム)にも参加していたが、今作では予選をカットした為、出番もカットされた――済まぬ

バトルシティにも参加していたが、特に気負う理由もないので出来る限り頑張ろうと自身が良いコンディションを保てる場所でデュエルしつつコツコツ、パズルカードを集めていた。

だがバクラとの接敵フラグが圧し折れた為、デュエル自体がお流れになった――本当に済まぬ






~入りきらなかった人物紹介、その2~
佐竹(さたけ)

ゴースト骨塚と共にいる2人のガタイの良い方。黒髪のほうき頭なヘアースタイルが特徴。

原作にてゴースト骨塚の顔を見た際に、お化けと勘違いして恐怖のあまり気絶した城之内にめざましビンタした人といった方が分かり易いかもしれない。

原作では――
決闘者の王国(デュエリストキングダム)に参加したデュエリストの1人。
ゴースト骨塚と共に闇落ちしたキースの手下をしていた。

だがゴースト骨塚が城之内に敗北後、ついでにキースから見限られ、スターチップを奪われた。

バトルシティではデュエルディスクを持っていない姿から参加できなかった模様。

だがバトルシティに参加しているゴースト骨塚のサポートを買って出た――が、その末路はゴースト骨塚と同じく闇の中である。

今作では――
仲間のよしみでゴースト骨塚のサポートを買って出ており、霊園までデュエリストを誘き寄せるべく噂を流した。


――のだが、最初に来たデュエリストが骨塚の顔を見て恐怖のあまり動揺し、まともなデュエルが出来ないままあっけなく敗北。

その姿を見て悪ノリし、高井戸と共にお化け系統の噂を追加で流していた。




~入りきらなかった人物紹介、その3~
高井戸(たかいど) (きよし)

ゴースト骨塚と共にいた線の細い体格にグラサンをかけた方。赤毛のボサボサヘアー。

原作にてバクラの闇のゲームから1人逃げ出そうとしたものの、バクラの闇パワーにより元の場所まで戻ってきてしまった人といった方が分かり易いかもしれ――いや、分かり難いか。

上述の佐竹と違い、フルネームが存在する――骨塚すらなかったのに……

原作では――
決闘者の王国(デュエリストキングダム)に参加したデュエリストの1人。
ゴースト骨塚と共に闇落ちしたキースの手下をしていたが、ゴースト骨塚と共にキースから見限られ、スターチップを奪われた。

バトルシティでは佐竹と同じくデュエルディスクを持っていないようなので参加していないが、ゴースト骨塚のサポートをしていた――その後の末路は上2人と変わらず闇の中である。

今作では――
仲間のよしみでゴースト骨塚のサポートを買って出ており、霊園までデュエリストを誘き寄せるべく噂を流した。

その後は佐竹での説明したようにお化け系統の噂を追加で流していた。


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DM編 第6章 バトルシティ 本戦 罪と罰
第110話 強き想い




前回のあらすじ
ゴースト骨塚「なんでオレの出番はカット続きなんだゾ……迷宮兄弟なんて2話でフル構成だったのに……」

ダイナソー竜崎「実は此処でワイがバクラって兄ちゃんとデュエルする流れもあったらしいで……無くなったけどな……」




 

 

 本戦会場に最後に到着したアクターは一斉に自身を捉えた周囲の視線に内心で居心地の悪さを感じていたが、その傍から見れば緊張感が漂う空気など気にしない海馬の声が届いた。

 

「ふぅん、随分と遅かったではないか……だが、残念ながら既に貴様の席は――」

 

「今、8名のデュエリストが揃った!」

 

 その海馬の声を遮るように我に返って慌てて宣言した磯野の声が響き、「今」揃ったとの言葉に海馬はスッと振り返る。

 

「……なんだと?」

 

 既にこの場には8名のデュエリストが揃っていた筈だと。

 

「い、いえ……彼は本戦突破者、第1号です……」

 

 海馬から発せられる物言わぬ圧力に押されながらも緊張した声色で返す磯野。騙すつもりはなかったとは言え、そう取られてもおかしくない状況に冷や汗をかく。

 

「なっ!? 舞は違うのか!?」

 

 だがその城之内の驚きの声が場の空気を一変させる――そっと溜息を吐く磯野。

 

「アタシは負けちゃってね――アンタたちの手前、中々言い出せなくって……」

 

 そうしおらしく語る孔雀舞。

 

 城之内たちが本戦会場に到着してから、次から次へと人が行き来したゆえに孔雀舞は完全に言い出すタイミングを逃していた。

 

 そんな孔雀舞に杏子は神妙な表情で返す。

 

「舞さんを倒すなんて一体……」

 

「あそこにいる緑の長髪のデュエリスト……天馬 夜行よ」

 

 視線を向けつつそう返した孔雀舞に本田は言葉を零す。

 

「そんなに強そうには見えねぇけどな……」

 

 その本田の視線の先の夜行はリッチーやデプレに小突かれ、月行に何やらお説教のようなものをされている姿。

 

 孔雀舞の実力を知る本田からすれば、何とも言えないのだろう。

 

 しかしそんな本田に双六は喝を入れように間に入る。

 

「何を言うとる、本田――彼はあのペガサス会長に『ラフ・ダイアモンド』――『可能性の塊』と呼ばれとる程のデュエリストじゃぞ!」

 

「マジかよ、爺さん!?」

 

 そんな大物だったとは知らずに驚く本田の声を切っ掛けにざわつき始める城之内たち。

 

 

 

 

 

「選ばれし8名のデュエリストに告げるぜい! まずは本戦会場のご登場だ!!」

 

 だが大会の流れから脱線している今の状況を断ち切るように天を指さしたモクバの声が響く。

 

 モクバの指さす空を見上げた一同の視界に入るのは――

 

「あれは……飛行船?」

 

 その御伽の呟きを肯定するようにモクバが胸を張る。

 

「そうさ! あれこそが本戦会場の舞台! 名付けて『バトルシップ』!! 決勝トーナメントは高度千メートル上空で行われるんだぜい!!」

 

 

 

 やがてKCのドームに着陸した飛行船の扉が開き、階段が現れた。

 

「デュエリスト、並びに同伴者の皆さま! どうぞお乗りください! お部屋の方は本戦参加者の方々に個室がありますので!」

 

 その階段へ手を向けながらこの場の全ての人間にこの後の流れを説明する為、声を張る磯野。

 

「本戦の開始時刻に関しては皆さまのしばしの休息の後、アナウンスでお知らせします。その際はホールまで足をお運びください!! 本戦の概要もその場で説明する流れになっております!」

 

 そして磯野から本戦参加者はカードキーを受け取り、一同はバトルシップに乗り込んでいく。その先頭は他の人間に目もくれずスタスタと飛行船に乗り込むリシド。

 

 

「それじゃあ、遊戯。城之内。頑張るんじゃぞ~!」

 

 そんな双六の見送りの声に遊戯の横に並びながらそう語る城之内。

 

「勿論だぜ、爺さん! 遊戯も行こうぜ!」

 

「俺らは城之内の部屋に厄介になるとすっか」

 

「そうね、遊戯の邪魔しちゃ悪いし」

 

 本田と杏子はその城之内の背に続く。

 

「じゃぁ、僕も」

 

「アタシもね」

 

 さらに御伽と孔雀舞もその流れに続くが――

 

「ばっきゃろー! そんなに大勢入れる訳ねぇだろ!」

 

 この時点で与えられた個室には城之内を含め、5人が入る計算だ――1人部屋であることを考えれば、かなり手狭になりそうな予感である。

 

「あっ、じゃぁ私は玲子さんと一緒にいます! だからお兄ちゃん頑張ってね!」

 

 そんな気を利かせた静香の声に城之内の動きはしばし固まり――

 

「……えっ!? い、いや静香――」

 

 再起動する前に静香は城之内たちへ手を振りつつ北森たちの方へと駆けていった。城之内の伸ばした腕が虚しく空を切る。

 

 その城之内の姿にレベッカが呆れ顔だ。

 

「あーあ、行っちゃった――城之内は乙女心が分かってないわね!」

 

「なぁに、お前みたいなお子様に――」

 

 レベッカの弁に握りこぶしを作りながら言い返そうとする城之内だが――

 

「ダーリン!! 私、ダーリンの部屋に行ってもいいかしら! どうしても話したいことがあるの!」

 

「えっ……それは別に構わないけど……」

 

 既にレベッカは遊戯の元へと馳せ参じている。そのレベッカの目が語っていた――「お子様はどちらかしら」と。

 

 城之内は謎の敗北感にさいなまれる。

 

 だがそんな城之内を押しのけつつ杏子がレベッカにモノ申す――城之内? 今はそっとしておいて上げて下さい。

 

「ちょっとレベッカ、遊戯の邪魔になっちゃうでしょ!」

 

「そんなことないわ――『プ ロ デ ュ エ リ ス ト』である私の意見はきっとダーリンの役に立つ筈よ! ねー、ダーリン? じゃぁ、行きましょ!」

 

 しかしレベッカは杏子の追及を華麗に?避け、遊戯の手を引きつつバトルシップの中へと消えていった。

 

 

 そんな一同のやり取りを後ろから見ていたバクラは猫を被りつつポツリと零す。

 

「ボクはどうすれば……」

 

「ばーくらクンは私と行こっ!」

 

 そう零したバクラの背後から野坂ミホが顔を出す――所謂スタッフルームへのお誘いだ。

 

「いや、オメェは仕事があんだろ」

 

 だがそんな野坂ミホの下心丸出しの提案は牛尾によって一刀両断された。

 

「え~! 牛尾くんのケチ!!」

 

「へいへい、俺はケチな男ですよ――ほれ、行った行った」

 

 ぶーたれた野坂ミホに牛尾は手で先を急がせる。段取りやら何やらで忙しい筈だろうと。

 

 やがて諦めたのか「こ~の、中間管理職!」と牛尾に突き刺さる捨て台詞を吐きながら野坂ミホは去って行く。

 

「ならボクの部屋へどうぞ――城之内くんの部屋はさすがに一杯だろうしね」

 

 強かにダメージを受けた牛尾を余所にそう提案したナムにバクラは追従した。

 

 

 

 

 

「ではリッチー、夜行! 我々は一足先にI2社に帰りますので! 夜行はあまり羽目を外さないように! 朗報を待っていますよ!」

 

「……リッチー……夜行の手綱を……しっかりと……な……」

 

 そんな月行とデプレのあんまりな言いように夜行は肩を落としつつ、零す。

 

「いや、兄さん、デプレ……私を何だと――」

 

「任せとけ! 夜行はキチンとグールズの首領にけしかけとくからな!」

 

「リッチー!?」

 

 だが背後から夜行に突き刺さったリッチーの言葉に、夜行の悲痛な声が木霊した。

 

 

 

 

 

「玲子さん! 私……玲子さんのお部屋にお邪魔しちゃダメ……ですか?」

 

 はにかみながら恐る恐るといった様相で北森に願い出る静香の姿に当の北森は目を泳がせながら返す。

 

「え~と、すみません、静香さん……私はこの方(イシズ)を見張っていないとダメなので……その」

 

 虚ろな瞳と能面のような表情で佇むイシズをバトルシップに乗せつつ、見張ることが北森と牛尾に課せられた新たな任務ゆえに断ろうとするが――

 

「そう……です……か」

 

 目に見えて気落ちしていく静香の姿に北森の声は小さくなる。

 

 友人である静香のそんな姿に助けるを求めるように牛尾へと目線を送る北森の姿に溜息を一つ吐いた牛尾は頭をかきながら返す。

 

「まぁ、いいんじゃねぇか? 俺も待機しとくから1人くらい増えても大丈夫だろ――後、ツバインシュタイン博士……頼むから大人しくしといてくだせぇよ?」

 

 当初の予定にはなかった人員、ツバインシュタイン博士の増援?もある為、それくらいは問題ないと判断する牛尾だが勝手に同行したツバインシュタイン博士へと釘を差すことは忘れない。

 

 牛尾の言葉で明るくなった静香の顔を余所に眼を泳がせながらツバインシュタイン博士はボソリと答える。

 

「……………善処します」

 

――あっ、大人しくする気ねぇな……アメルダをKCに帰しちまったのは失敗だったかねぇ……

 

 そう内心で考えた牛尾は面倒事にならないことを祈りつつ、他の人間と共にバトルシップへと歩を進めた――深く考えたくなかっただけかもしれないが。

 

 

 

 

 

 

 

 そんな一同の騒がしくとも楽し気な飛行船へ乗り込む姿を余所に、最後に一人寂しくアクターも彼らの後に続いた。

 

 同行人? いる訳がない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜空へと飛び立ったバトルシップ。そしてそのバトルシップの城之内に宛がわれた一室に集まった城之内・本田・杏子・御伽・孔雀舞の5名。

 

 そしてその1人、本田が窓に顔を近づけながら声を上げる。

 

「おおっ! 良い夜景だな! ――でも、どうせなら静香ちゃんと見たかったぜ……」

 

 そう落ち込む本田に御伽は肩をすくめつつ返す。

 

「まぁ、大人数だから遠慮させちゃったかもね……友達も一緒みたいだったし」

 

「振られちゃったわね、城之内」

 

 そんな茶化し半分な杏子の言葉に城之内は首を横に振りながら元気よく返す。

 

「よせやい、杏子! いいことじゃねぇか! 最近まで病室ばっかりだった静香に外でダチが出来たんだからよ!」

 

 そう、城之内は兄として妹、静香の交友関係が広がったことが嬉しかった――若干の強がりもあるが。

 

「『北森 玲子』ちゃん、だったよね? 良い子そうだし、城之内君も兄としては安心じゃないかな?」

 

 そんな強がる城之内の背を押す様に御伽も同調するが、杏子は「うーん」と唸りながらポツリと零す。

 

「まぁ、良い子ではあるんだけど……」

 

 杏子は知っている。あの大人しそうな姿の奥に隠されたマッスルを――だがそれをそのまま伝えて良いものかと悩む杏子。

 

「どうしたよ、杏子。一緒にいたとき何かあったの――」

 

「へぇ、あの子が『北森 玲子』なのね」

 

 杏子に問いかけようとした城之内の言葉を遮るように孔雀舞が思い出したようにポツリと零す。

 

「玲子ちゃんがどうかしたんですか、舞さん?」

 

 まさか「あのマッスルを知っているのか!」との思いを込めた杏子の言葉――知っているのなら説明を丸投げ、もとい任せようと杏子は考えるが――

 

「アンタたち『企業デュエリスト』って、知って……知らないわよね」

 

 だが孔雀舞から出てきた言葉は杏子も知らないものだった。

 

「おう!」

 

 周囲の気持ちを代弁するかのような城之内の潔い返事が木霊する。

 

 だが小さく手を上げながら御伽が一歩前に出た。

 

「僕は話くらいなら父さんから聞いたことあるよ――確か、企業間での取り決めの際の『デュエル三本勝負』を請け負うデュエリストのことだった筈だけど」

 

 

 ちなみに「デュエルモンスターズ」が生まれた当初は「一本勝負」であったり、「二本勝負」であったりと企業や組織によってマチマチだったのだが、何だかんだの駆け引きを経て「三本勝負」に落ち着いた裏側がある。

 

 

「マイナーな職業なのに博識ね、御伽」

 

「い、いや~それ程でも」

 

 孔雀舞の感心するような声に頬をかきながら御伽は照れる――美人に褒められ、満更でもないらしい。

 

 そんな御伽を余所に杏子は話を戻す。

 

「それで『企業デュエリスト』がどうかしたの、舞さん?」

 

「その中で『北森 玲子』って言えばかなり名の通ったデュエリストよ――あんな大人しそうな子だとは思わなかったけど」

 

 意外そうに語る孔雀舞だが、本田は懐疑的な声を漏らす。

 

「そんなにスゲェのか? 言っちゃあ悪いが、俺の目にはあんまり強そうな感じはしなかったんだが……」

 

 本田が知る「強いデュエリスト」は大半が強者の風格らしきものを纏っている。あの静香でさえ、それらしいものは本田にも見て取れたが北森にはそれが見られない。

 

 それゆえの本田の言葉だったが、孔雀舞は溜息を一つ入れた後、本田に苦言を呈する。

 

「本田、デュエリストを見た目で判断するのは二流のすること――それにあの子は巷じゃ『イージス』なんて呼ばれる程よ?」

 

 最近デュエリストデビューしたばかりの本田には耳の痛い話。

 

 声を詰まらせる本田を押しのけるように城之内が前に出る。ある種の強者の証である「名持ち」の事実が城之内の琴線に触れたようだ。

 

 なお本人にその話をすれば注目されることに慣れていないゆえにブンブンと首を横に振り否定する。一種の恥ずかしさもあるのだろう。

 

「――ってことは『名持ち』か!? いや、それより『イージス』って何だ?」

 

 だが肝心の「名」の意味が分からない。そんな城之内に呆れつつも御伽が助け舟を出す。

 

「城之内君……確か神話の女神様の盾か何かだったと思うけど……」

 

「防御に重きを置いたデュエルスタイルらしいわ――もっとも詳しいことはアタシにも分からないけどね。企業デュエリストの情報は他よりも秘匿されることが多いから」

 

 御伽の言葉に付け足すように続けた孔雀舞の最後の言葉に本田は深く頷きながら納得を見せる。

 

「あー、成程な。デュエルして自分たちで得た情報がライバル会社みてぇなモンに利用されちゃ勿体ねぇもんな」

 

 

 それこそが「企業デュエリスト」があまり知られていない実情。

 

 とはいえ、人の口に戸は立てられぬ為、不確かな情報が飛び交っている世界だ。

 

 

「へー、よく分かんねぇけど、そんな強ぇデュエリストならいつかデュエルしてみたいもんだな!」

 

 その詳細の理解を放棄した城之内の姿に孔雀舞はクスクスと笑う。

 

「フフッ、でもアンタの目指す『プロデュエリスト』とは対極の世界よ?」

 

 まず対戦の機会に巡り合うことはないことは誰の目にも明らかだった。

 

 

 そんな何処か真っ直ぐな城之内の姿に孔雀舞はこのバトルシティでの敗北を思い出し、ウカウカしていられない、と気を引き締める。

 

 

 その肝心要の夜行とのやり取りは孔雀舞が己を高める為の挑戦だった――あの名高きペガサスミニオンとのデュエルは得るものは多い筈だと。

 

 だが夜行は孔雀舞とのデュエルを拒否した。

 

 夜行からすれば一般の参加者ではなく、グールズをターゲットとしているゆえの拒否だったが、孔雀舞がそれを知る由はない。ゆえに――

 

『ペガサスミニオンともあろうデュエリストが挑まれた勝負から背を向けるのかしら? それとも「ソレ」がペガサス・J・クロフォードの教えなの?』

 

 孔雀舞なりの、いや、デュエリストによくある軽い挑発だった。

 

 普通のデュエリストなら「安い挑発だ……だが良いだろう、乗ってやる!デュエルだ!」となるのだが、相手が悪かった。

 

 

 月行なら事情を説明し、孔雀舞に納得を求めただろう。

 

 リッチーなら苛立ちつつも、努めて冷静に対応しただろう

 

 デプレなら人を射殺しそうな視線を向けた後、舌打ちと共に去っていくだろう。

 

 

 だが今回、孔雀舞が挑発したのは、ことペガサスの事となると暴走しがちな、行き過ぎた親愛を持つ――

 

 

 夜行だった。

 

 

 

 

『貴様ァ……ペガサス様に対して……!! 覚悟して貰いますよ!!』

 

 怒りのままに全力で潰しにかかった夜行のデュエルに孔雀舞は何も出来なかった。

 

『今の私は……阿修羅すら凌駕する存在だ!!』

 

 怒りに呑まれたように見えても、そのタクティクスに一部の隙も無く。

 

『やれっ! バルバロス!! 全て! 根こそぎ! 叩き潰せ!!』

 

 ペガサスに認められた才を余すことなく磨き上げたその牙の苛烈さは他の追随を許さない。

 

『ゴォッドォ! トルネェエエドォ! シェイパァアアアア!!』

 

 いや、やっぱり孔雀舞が色々とついていけなかったのが原因かもしれない。

 

『全てはペガサス様の為にィイイイイ!!』

 

 うるせぇよ。

 

 

 だが孔雀舞の敗北も無理からぬ話である。何故なら――

 

 こんなの……もとい、暴走しがちな夜行だが、そのデュエルの実力は遊戯王Rの作中にて扱いの難しい三邪神を自由自在に活用し、三幻神を持つ遊戯をギリギリのところまで追い詰める程の実力を秘めているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 遊戯に与えられた一室にて、向かい合う様に座る遊戯とレベッカ。

 

 てっきり表の遊戯に用があると考えていた遊戯の予想を裏切り、レベッカは名もなきファラオとしての遊戯へと向かい合っていた。

 

「それでレベッカ……何の話なんだ? やはり相棒に代わった方が――」

 

 いつもの快活な表情は影を潜め、神妙な面持ちで遊戯を見やるレベッカに遊戯は表の遊戯へと人格交代しようとするが――

 

「ううん、今回は王様の遊戯に話があるの。このままでもダーリンに聞こえているんでしょ? だったら、ダーリンはそのまま聞いてて」

 

 レベッカはそれを拒否。そして意を決した様相でレベッカは声を張る。

 

 

 

「『アクターとはデュエルしない』って約束して! アイツだけは本当に危ないの!」

 

 

 

「ヤツのことを知っているのか!!」

 

 意外な名前が出てきたゆえか、バトルシティでの接触からずっと気にかかっていた名ゆえか遊戯は思わず身構える。

 

 しかし対するレベッカは首を横に振りながら返した。

 

「いいえ、私だってそんなに詳しい訳じゃないわ……でもずっと昔からいるデュエリストだから、おじいちゃんに話を聞いたり、私なりに色々調べてみたの……」

 

 レベッカはいわゆる天才児――数多ある噂の中から信憑性のあるものを抜き出し、アクターが「どういった存在」なのかをかなりの精度で探り当てていた。

 

「アイツはデュエル界の裏側の番人よ! 邪魔な相手を消す為だけに存在しているデュエリスト……アイツとデュエルした人はみんな表から姿を消しているわ!」

 

 

 アクターの表の仕事は3人制の企業デュエルでの最後の3人目――いわゆる門番としての姿。

 

 そしてアクターの裏の仕事はレベッカの言う通り、色々と「邪魔」になったデュエリストをデュエルで処理することだ。

 

 

 デュエルで目に余る犯罪行為を行う人間・団体が主なターゲットである為、対象が表から姿を消すのはあまりおかしな話ではない。

 

 

「だがレベッカ……この大会は俺の記憶の――」

 

 アクターの危険性を知らされつつも遊戯は言葉を濁す――このバトルシティは失われた記憶を取り戻せるかもしれないチャンスなのだ。

 

 表の遊戯もそんな遊戯の為に共に戦うと誓っている。であれば、今の遊戯に出来るのはベストを尽くすことだけだった。

 

 

「だとしてもよ! 貴方の身体はダーリンのモノなのよ! 軽く扱わないで!」

 

 だがレベッカがテーブルに掌を叩きつけながら立ち上がり、遊戯に詰め寄りながら声を張る。

 

 万が一の事態があった際に一番不利益を被るのは今を生きる表の遊戯なのだから。

 

「貴方の失った記憶の事なら、おじいちゃんも調べるのを手伝ってくれるって約束してくれたから! それにダーリンは神崎って人と知り合いなんでしょ?」

 

 さらにレベッカは言葉を続ける。

 

 目の前のファラオとしての遊戯に、そしてその心の内にいるレベッカが愛する表の遊戯へと向けて。

 

「聞いた名だったから、あの後で調べてみたんだけど、かなり手広くやっている人みたい……」

 

 レベッカとて代案はキッチリと用意していた。

 

 表の遊戯が大切にするファラオとしての遊戯をレベッカが蔑ろにしたくはないゆえに。

 

「それにオカルト方面にも詳しい噂もあるから、王様の遊戯の過去を探る手掛かりを持っていても不思議じゃないわ!」

 

 他にも道があるのだから、無理をして危険な道を選ぶ必要はないと語るレベッカ。

 

「だがこれは俺たちの問題――」

 

 しかし遊戯も快諾は出来ない。何故ならアクターはその神崎が擁するオカルト課に所属しているのだから。

 

 だがレベッカはなおも前に出る。

 

「ダーリンは優しいから、危険だと知っても王様の遊戯の手助けをするだろうけど、だからって――」

 

 

 そして遊戯の瞳を真っ直ぐに見据えて言い放つ。

 

 

 

「――貴方(王様の遊戯)ダーリン(表の遊戯)の優しさに甘えるようなことはしないで!!」

 

 

 

 レベッカの偽らざる気持ちだった。

 

「レベッカ……」

 

「もっとダーリンのことを大事にして! グールズに狙われて危ない目にも遭ったんでしょ!」

 

 危険な目に遭えば現実にダメージを受けるのは表の遊戯の肉体なのだ。ファラオとしての遊戯はあくまで精神的な存在でしかない。

 

「それは……」

 

「私だってKCから事情の説明は受けたんだから!」

 

 表の遊戯を危険に晒している現実に言葉を詰まらせる遊戯にレベッカは蚊帳の外は御免だと返す。

 

 愛する人である表の遊戯の危機になるのであれば、レベッカは、それが表の遊戯の親友たるファラオとしての遊戯であっても許しはしない。

 

「約束して、遊戯! ダーリンに誓って、安易に危ないことはしないって!!」

 

 そう涙ながらに遊戯に訴えるレベッカの姿に遊戯は静かに瞳を宙へと向け、表の遊戯とアイコンタクトした後、レベッカの方へ視線を戻し、返す。

 

「……そうだな、レベッカ。俺は少し焦っていたみたいだ――約束しよう、『安易に危険な状況に身を投じることはしない』と、相棒に誓って!」

 

「遊戯!」

 

 力強く宣言した遊戯にレベッカの緊迫した様相は取れ、ほころぶが遊戯は最後に待ったをかける。

 

「だが、これだけは言わせてくれ。もしも相棒や城之内くんたちが危険な目に遭いそうな時は迷わず俺は戦う――それが例えどれ程の危機をはらんでいても!」

 

「そっちの方は問題ないわ! その時は私も手を貸して上げる!!」

 

 遊戯の宣言に涙を拭った後で拳を握り返すレベッカ。

 

 レベッカとしても表の遊戯は大切だが、それ以外全てを切り捨てるような真似など望んではいない。

 

 レベッカが愛する表の遊戯は仲間を見捨てるような人間ではないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マリクに与えられた一室の扉がその一室の住人の手で開かれ、その開いた扉に招かれるようにアクターは歩を進める。

 

 その一室は照明の1つも点けられておらず、周囲を一見しても常人には人の姿は見当たらない。だが声が響く。

 

「残念ながら此処にマリク様はいらっしゃらない」

 

 その声の主は一室の奥の壁にもたれ掛かっていたリシド。そのグールズの構成員の証である黒いローブが迷彩服の役割を果たしていたようだ。

 

 

 マリクの部屋にリシドがいる訳は、アクターの存在から警戒したリシドがマリクに警告したゆえだった。

 

 イシズの首元にない千年タウクとデュエル界の裏側の処刑人――その2つが何を意味するか分からないマリクとリシドではない。

 

 

 その為、マリクとリシドは互いの部屋を交換し、万が一アクターが襲撃して来た際は迎撃するようにマリクからリシドは命じられている。

 

 ふたを開けてみればシンプルなトリックだが、シンプルゆえに対策は難しい。

 

 

 内心で「やっちまった」と頭を回すアクターを余所にリシドは語る。

 

「一応、尋ねておこう――其方の目的は何だ、アクター」

 

 警戒を強めつつ油断なくアクターを射抜くリシドの言葉だが、アクターは「表の人格のマリクを倒しにくれば、そこにいたのはリシドだった」という訳の分からない状況をどうにかすべく考えを纏めるのに忙しい。

 

 その為、リシドの問いにキッチリとした返答をする余裕はなかった。

 

 

「その問いかけに意味はあるのか?」

 

 

 ゆえに質問を質問で返し時間を稼ぐアクター。ただ、この状況ではアクターの目的は分かり切っている為、あまり時間は稼げそうにないが。

 

「…………愚問であったな、だが此方から1つ提案させて貰いたい。マリク様を見逃して欲しい。無論タダでとは言わぬ」

 

 しかしリシドはそんなアクターに対して、対話の姿勢を見せる。

 

「全てが終わった暁には、私がグールズの首領、マリクとして全ての罪を背負おう――この命、如何様にして貰っても構わぬ」

 

 リシドの提案は自己犠牲溢れたもの――マリクの為ならば自身の命すら惜しくはないと、その眼が言葉以上に雄弁に語っている。

 

 

 まさに死を覚悟した人間の眼。その覚悟に偽りがないことがアクターにはよく()()()――(バー)は嘘を吐けない。

 

「その覚悟に意味はない」

 

 だがリシドの覚悟を秘めた言葉にアクターは淡々と無意味だと断じる。

 

――どう考えてもマリクが納得するとは思えないのだが……

 

 そう考えつつアクターは己の異変に気付く。この場をどうにかする段取りを考えるのはどうしたのだと。

 

 しかしアクターが思考を再開する前に己が覚悟を無意味と断じられたリシドはポツリと零す。

 

「……意味はない、か……」

 

 リシドの言葉にアクターは胸中で返す。

 

――そうだ。意味はない。他者の為以前に己の命を投げ出すなど……違う……そうじゃない。今はこの場でどう動くべきかを――

 

 アクターは考えが纏まらない己の思考に見切りをつけて扉に向けて移動するが、その背を追うようにリシドの声が届いた。

 

「だとしても私はあの日、誓ったのだ――マリク様の味方であり続けると! マリク様のあの日の闇を払拭できるのならば、私は鬼にでもなろう!!」

 

 そのリシドの覚悟と共に射出されるデュエルアンカーがアクターのデュエルディスクに接続される。

 

「ゆえにお前をこのまま行かせる訳にはいかん!!」

 

 そのリシドの闘志を示す様にデッキがセットされたデュエルディスクが展開していく。

 

 だがアクターは扉付近の壁に手を置き、背中越しにリシドを見やり宣言する。

 

 

「勘違いするな」

 

 

 

 そしてアクターが壁を力強く押すと同時にその部分の壁が四角形状に凹み、次に扉が閉まりロックされ、部屋全体が大きく揺れた。

 

「此方も、この場での決着に異論はない」

 

 そう言って振り返ったアクターの姿を余所に部屋の天井が開き上昇し始め、デュエル場が形成される。

 

「これは……この飛行船自体が、我らを捕らえる為の罠だったという訳か……」

 

 そのリシドの言葉通り、このバトルシップの内部には様々な仕掛けが施されている。

 

 その全てが周囲を下手に巻き込まぬようマリクとリシド、場合によってはイシズを処理するべく盛り込まれたものだ。

 

「起動」

 

 デッキをデュエルディスクへ装着し、片腕を横に突き出してデュエルディスクを展開しながら精霊の鍵を起動するアクター。

 

 

 そのアクターの姿にリシドは決意をもって5枚の初期手札を引いて声を張る。

 

「デュエル!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 だがそんなリシドの声はアクターには届かなかった。またしても、それどころではなかった。

 

――「精霊の鍵」が起動しない?

 

 自身の手の甲へと視線を向けながらそう胸中で一人ごちるアクター。

 

 

 緊急事態である。だが始められたデュエルは止まらない。

 

 

 

 

 決して

 

 






本戦にて決着をつける(本戦トーナメントに参加するとは言っていない)



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第111話 このくらい当然だろ? デュエリストなら


前回のあらすじ
アクター、寂しい一人旅に終止符を打つべく、すぐさま仕事を片付け始める

ですが、そう上手くいかないのが世の常と申します(紅蓮の悪魔のしもべ感)




 

 起動しない精霊の鍵を余所にデュエルはスタートされる。先攻はアクター。

 

――いや、リシドが相手なら精霊の鍵での行動の制限も必要ない。此方が勝ちさえすればデュエルの結果に従うだろう……なら、今はデュエルに集中するべきだ。

 

 そう結論付けたアクターは精霊の鍵の不具合を意識から外し、デッキへと手をかける。

 

「私のターン、ドロー。《ナチュル・アントジョー》を召喚」

 

 葉っぱの羽をぱたつかせながら大きなヒマワリの種を身体全体で抱えるファンシーな見た目の(アリ)がアクターのフィールドに現れる。

 

 その《ナチュル・アントジョー》はヒマワリの種を持つのが大変なのかキュッと目を引き絞っていた。

 

《ナチュル・アントジョー》

星2 地属性昆虫族

攻 400 守 200

 

 そのファンシーな見た目はおどろおどろしいアクターのイメージにはそぐわない。リシドの視線に怪訝なものが混ざる。

 

「カードを1枚セットしてターンエンド」

 

 だが、当のアクターは気にした様子もなくターンを終えた。

 

 

 低ステータスのモンスターにリバースカードが1枚という一見すれば心許ない布陣のアクター。

 

 その内実はそこそこラインの手札ゆえのまあまあな立ち上がりだったが、そんな肩透かしを受けそうな布陣であってもリシドの気が緩むことはない。

 

「ならば私のターン! ドロー! まずはこのカードを発動させて貰おう! 遺宝祀りし聖域! 永続魔法《王家の神殿》!!」

 

 リシドは早速、己のデッキの核となるカードを発動させ、その背後に黄金で彩られた神殿が地面からせり上がった。

 

「そしてカードを1枚セット! ここで永続魔法《王家の神殿》の効果! 1ターンに1度、セットしたターンに罠カードを発動できる!」

 

 《王家の神殿》が脈動し、その真骨頂たる力を発揮する。

 

「永続罠《アポピスの化神》を発動! このカードは発動後、モンスターカードとして我がしもべとなる!!」

 

 だがアクターが待ったをかけた。

 

「その効果にチェーン。手札の《増殖するG(ジー)》を捨て、効果発動。このターン、相手がモンスターを特殊召喚する度に私はデッキからカードを1枚ドロー」

 

 そしてアクターの背後からウジャウジャと嫌悪感を感じさせる黒い影がざわめき始める。

 

「構わぬ! いでよ、《アポピスの化神》!」

 

 紫の煙と共に現れたのは蛇の鱗を持つ戦士。その足は蛇の尾であり、その背中から蛇の頭が伸びていた。

 

 そんな《アポピスの化神》は盾を正眼に構え、その盾に沿えるように剣をアクターへと向ける。

 

《アポピスの化神》

星4 地属性 爬虫類族

攻1600 守1800

 

「《増殖するG》の効果で1枚ドロー」

 

 アクターの手札に黒い影がシュッと通り過ぎ、その後には手札が1枚舞い込む。

 

「相手がモンスターを特殊召喚したことで、《ナチュル・アントジョー》の効果発動。自身のデッキからレベル3以下の『ナチュル』モンスター1体を特殊召喚」

 

 しかしリシドの気迫を受け流す様にアクターの声が響き、《ナチュル・アントジョー》が抱えるヒマワリの種にヒビが入り始め――

 

「レベル3《ナチュル・バタフライ》を守備表示で特殊召喚」

 

 やがてヒマワリの種から飛び立ったのは薄い桃色のファンシーな見た目の蝶。

 

 その《ナチュル・バタフライ》が羽を静かに動かすと共にフィールドにキラキラと水滴が舞い、その水滴に映る自身の姿をウットリと眺める《ナチュル・バタフライ》。

 

《ナチュル・バタフライ》

星3 地属性 昆虫族

攻 500 守1200

 

 結果としてアクターのフィールドに新たなモンスターが呼び出されたが、そのステータスは決して高くはない。

 

 ゆえにリシドは相手の戦術を見極める為にも果敢に攻めることを決意する。

 

「だが攻撃力は此方が上! バトルだ! 《アポピスの化神》で《ナチュル・アントジョー》を攻撃!!」

 

 《ナチュル・アントジョー》へ向けて《アポピスの化神》は自身の蛇の身体をくねらせながら迫り、手に持つ剣を振りかぶる。

 

「その攻撃時、《ナチュル・バタフライ》の効果を発動。1ターンに1度、自身のデッキトップを墓地に送ることで攻撃を無効化」

 

 しかしその剣撃の間に割り込んだ《ナチュル・バタフライ》が剣撃が届かぬ遥か上空へ《ナチュル・アントジョー》を抱えて飛び立った。

 

「躱したか……ならばバトルを終了し、カードを3枚セット!」

 

 裏デュエル界で様々な噂が飛び交う「役者(アクター)」という水面に一石を投じるかのようなリシドの攻勢は不発に終わったが、リシドの瞳に焦りはない。

 

 引き続き警戒しつつ魔法・罠ゾーンを全て使って相手の動きに注意深く備えるリシド。

 

――相手はあのイシズ様を退けた相手……出し惜しみは出来ん!

 

 イシズが千年タウクを身に着けていなかった事実が何を意味するか分からぬリシドではない。その為、アクターに対して強い警戒心を持っていた。

 

 そしてターンを終えようとするリシドにアクターは《増殖するG》の効果で手札に加えたカードを手に声を上げる。

 

「其方のメインフェイズ2終了時に永続罠《連撃の帝王》を発動。1ターンに1度、相手のメインフェイズ及びバトルフェイズにアドバンス召喚を行う」

 

 アクターのフィールドの地面が地響きを立てる――アクターのフィールドには2体のモンスターの存在。リリースが2体必要な最上級モンスター、エースクラスのカードの脈動をリシドは予感した。

 

「《ナチュル・アントジョー》をリリースし、《ナチュル・バンブーシュート》をアドバンス召喚」

 

 やがて地面に潜った《ナチュル・アントジョー》の代わりに出てきたのはつぶらな瞳を持つ2体のタケノコ。

 

 自身の存在をアピールするように小さな手足を目一杯広げていた。またまたファンシーな見た目のモンスターである。

 

《ナチュル・バンブーシュート》

星5 地属性 植物族

攻2000 守2000

 

「上級モンスターを呼び出したか……私はこれでターンエンドだ」

 

 呼び出された《ナチュル・バンブーシュート》の攻・守は共に2000。上級モンスターとしては高くもなく低くもないライン。

 

 このデュエル中に使用したアクターのカードは肩の力が抜けそうなゆるーい見た目のモノばかりだ。

 

 そのせいか何処か緩みそうになる気を引き締めつつリシドは再度アクターを見やる。

 

――まだデュエルは序盤……奴もこの時点で切り札を切る気はないか……

 

 そう一先ず結論付けるリシド。

 

 

 しかしリシドは気付かない――既に己が相手の術中にあることを

 

 

「私のターン、ドロー。永続魔法《進撃の帝王》を発動」

 

 アドバンス召喚されたモンスターに耐性を付与する永続魔法《進撃の帝王》の効果によりアドバンス召喚された《ナチュル・バンブーシュート》は気合を入れるようにみょーんと身体を伸ばし、その口を引き絞るように閉じる。

 

「《ナチュル・パンプキン》を召喚」

 

 そんな《ナチュル・バンブーシュート》の隣にノンビリと歩みより「どっこいせ」と腰を下ろした眠たげな眼のカボチャのモンスター《ナチュル・パンプキン》。

 

 その両の手を重ねるようにして持つ黄色い花をチラと見た後でフゥと溜息を吐く。

 

《ナチュル・パンプキン》

星4 地属性 植物族

攻1400 守 800

 

「そして相手フィールドにモンスターが存在する場合に召喚された《ナチュル・パンプキン》の効果を発動」

 

 やがて《ナチュル・パンプキン》がおずおずとカツラを外す様に頭を持ち上げるとスポンと上側の皮が取れ、中の空洞になった部分が露わになり――

 

「手札から『ナチュル』モンスター1体を特殊召喚する――《ナチュル・マロン》を攻撃表示で特殊召喚」

 

 その《ナチュル・パンプキン》の頭の空洞からトゲトゲとした「いがぐり」がポンと飛び出し、地面に飛び跳ねながらアクターのフィールドの列に並んだ。

 

 そのいがぐり、こと《ナチュル・マロン》のつぶらな瞳がジッと相手フィールドの《アポピスの化身》を見つめている。

 

《ナチュル・マロン》

星3 地属性 植物族

攻1200 守 700

 

「《ナチュル・マロン》の効果を発動。墓地の『ナチュル』モンスター2体をデッキに戻し、1枚ドロー」

 

 そのアクターの声に《ナチュル・マロン》はキリリと瞳を強め――

 

「墓地の《ナチュル・アントジョー》と《ナチュル・バンブーシュート》をデッキに戻し。1枚ドロー」

 

 墓地に眠る2体の同胞をデッキへと還し、アクターへと手札代わりにとその棘の内側の栗を射出する。

 

「《ナチュル・バタフライ》の効果で墓地に送られていたか……」

 

 そんなリシドの確認するような呟きもアクターは全く意に介する様子はない。

 

「《ナチュル・バタフライ》を攻撃表示に変更し、バトルフェイズへ移行――《ナチュル・バンブーシュート》で《アポピスの化身》を攻撃」

 

 地中に潜った《ナチュル・バンブーシュート》の姿に《アポピスの化身》は周囲を警戒するように蛇の頭と共に自身の目線を動かす。

 

 だが、その眼に最後に映ったのは己を貫く巨大なタケノコのみ――死角となった足元からの一撃に《アポピスの化身》の身体は崩れ落ちた。

 

リシドLP:4000 → 3600

 

「この程度ッ!!」

 

「《ナチュル・バタフライ》でダイレクトアタック」

 

 《ナチュル・バタフライ》の羽から舞う風が刃となってリシドへ放たれる。

 

「そうはさせん! 永続罠《深淵のスタングレイ》を発動! この永続罠は発動後、モンスターカードとして私のフィールドに特殊召喚される!!」

 

 しかしそれを遮るようにリシドのリバースカードが発動される――これこそリシドのトラップデッキの真骨頂である優れた奇襲性。

 

 

 だがその気迫に反し、リシドのフィールドには何の変化もない。

 

「――何故、発動しない!?」

 

「『ナチュル』モンスターをリリースしてアドバンス召喚した《ナチュル・バンブーシュート》がフィールドに表側表示で存在する限り、相手は魔法・罠カードを発動できない」

 

「……なん……だと……!?」

 

 不審がるリシドへと遅ればせながら説明を終えたアクターにリシドは思わず言葉を失う。

 

 

 それもその筈、リシドのデッキは「トラップデッキ」――デッキの中の大半のカードが魔法・罠カードでありモンスターは僅か。

 

 ゆえにリシドの魔法・罠を封じている《ナチュル・バンブーシュート》を除去する術がリシドのデッキには極僅か。

 

 自身の力でリシドを封殺した事実に、えへんと胸を張るように身体を逸らす《ナチュル・バンブーシュート》。

 

 そんな言葉を失うリシドを《ナチュル・バタフライ》の風の刃が僅かに切り裂いた。

 

「ぐぅっ!」

 

リシドLP:3600 → 3100

 

「《ナチュル・マロン》でダイレクトアタック」

 

 続いて《ナチュル・マロン》がリシドに体当たりし、そのいがぐりの棘でリシドを突き刺す。

 

「ぐぁっ!」

 

リシドLP:3100 → 1900

 

「《ナチュル・パンプキン》でダイレクトアタック」

 

 最後に《ナチュル・パンプキン》が外れた頭の上部分をフリスビーのようにリシド目掛けて投げ飛ばす。

 

「ぬぅううう!!」

 

 その頭の上部分はリシドを強かに打ち据えた後、弧を描いて《ナチュル・パンプキン》の手元に戻っていった。

 

リシドLP:1900 → 500

 

「ターンエンド」

 

 まだデュエルが序盤にも関わらず一気に追い詰められたリシド。己のデッキの致命的な弱点を突かれたリシドが今打てる手はない。

 

「くっ……私に対するアンチデッキの答えがこれか!」

 

 苦し気にそう零すリシドにアクターは何も返さない。

 

 そんなアクターの何者をも映さない仮面の奥の瞳を前にリシドは胸中でごちる。

 

――このバトルシティで手の内を明かし過ぎたツケが此処に来て……

 

 このバトルシティにてリシドはかなりの回数デュエルを行ってきた。『パズルカードを集める』――その一点の目的の為に。

 

 

 しかしリシドのその行為は役者(アクター)獲物(リシド)を見定める十分な機会を与えたに等しい。

 

 

 相手のデッキの弱点を突く所謂「アンチデッキ」――そんなものに後れを取るのは二流のデュエリスト。そう評するのは容易いが、言うは易く行うは難しと言うもの。

 

 

 さらに厄介なことにアクターが調べるのは相手デュエリストのデッキだけではない。

 

 

 対戦相手のドロー力などの目に見えぬデュエルに関する情報も含めた上で「相手」を見極め、僅かでも勝つ確率を高めるのだ。

 

 

 

 そうやって役者(アクター)は無敗の称号を重ねてきた――ギリギリの勝負が大半だが、此処は言いっこなしで願おう。

 

 

 勝負(デュエル)は戦う前から始まっているのだ。

 

 

 

 

 なお、これだけやっても遊戯(バグ)クラスには届かない事実が、如何に彼らが化け物染みているかを窺わせる。

 

 

 そんな才能の壁はさておき、リシドはその胸中で焦りを隠す様に呟く。

 

――この飛行船そのものが我らを捕らえる為の罠だったのではない……このバトルシティそのものだけでなく、集められた人間すら……

 

 そう考えた後で、「役者(アクター)とはよく言ったものだ」とリシドは自嘲気に笑みを作る。

 

 

 デュエルが始まった時点で相手は既に舞台の上でストーリーに囚われ、知らず知らずの内に「敗者」の役を演じさせられる――他ならぬ役者(アクター)に。

 

 

 しかしそんな追い詰められた状況でもリシドの瞳に陰りはない。

 

 ならばアクターが描いた筋書きを己が超えれば良いだけだと、デッキに手をかける。

 

「私のターン! ドロォオオオオ! ――私はカードを1枚セットし、ターンエンドだ!!」

 

 引いたカードではなく、元からあった手札を伏せてターンを終えたリシドにアクターは警戒の眼差しを向ける。

 

 

「私のターン、ドロー」

 

――恐らく手札誘発辺りを引いたようだな……だが此方の手札では、どうすることも出来ないか……

 

 そう考えながらアクターはリシドを見やる――視線の先のリシドの心は折れてはいない。つまりそれはまだ手札に抗う術があるということ。

 

 そして自身の手札を見やり内心で深く溜息を吐く。その手札には防御する類のカードがなかった。いつもの何とも言えない手札である。

 

「バトルフェイズ。《ナチュル・バンブーシュート》でダイレクトアタック」

 

 《ナチュル・バンブーシュート》が再度地面に潜っていくが――

 

「まだ私は終わる訳にはいかん! ダイレクトアタック時に手札の《バトルフェーダー》の効果! 自身を特殊召喚し、バトルフェイズを終了させる!」

 

 お馴染みの手札誘発モンスターである時計の振り子のような悪魔、《バトルフェーダー》がバトルを終わらせるべく鐘を鳴らす。

 

《バトルフェーダー》

星1 闇属性 悪魔族

攻 0 守 0

 

 その音が地中に響いたのか、目を回した《ナチュル・バンブーシュート》がぐでんと横たわった状態で地中から顔を出す。

 

「バトルを終了し、メインフェイズ2へ移行。《ナチュル・バタフライ》・《ナチュル・マロン》・《ナチュル・パンプキン》を守備表示に変更」

 

 そんなグッタリする《ナチュル・バンブーシュート》を3体のナチュルたちはせっせとアクターのフィールドに運び、一仕事終えたと守備表示になって座り込んで各々休み始めた。

 

「ターンエンド」

 

 リバースカードを出せず防御に不安が残る胸中を隠しながらターンを終えたアクター。

 

 

 そんなハラハラしているアクターを余所にリシドは辛うじて敗北の危機を避けた事実に息を整えるように深呼吸し、意を決し宣言する。

 

「私のターンだ……」

 

 

――この状況を打開するあのカードを引かねば……頼む、我がデッキよ! 応えてくれ!!

 

 そうリシドは自身のデッキの上に力強く己の手を重ね、祈るように瞳を閉じた。

 

 

「ドロォオオオオ!!」

 

 

 やがて開眼したと同時に大きく右腕を振り切り引いたカードは――

 

――来たか!!

 

 己が相棒たるカード。

 

「私は《バトルフェーダー》をリリースしアドバンス召喚! 出でよ! 聖櫃に眠る神の守護者! 《聖獣セルケト》!!」

 

 《バトルフェーダー》の足元の地面を砕き、《バトルフェーダー》をムシャムシャと食しながら現れた巨大なサソリの身体を持つ《聖獣セルケト》。

 

 リシドの気迫に答えるようにその大きなハサミを上に掲げながらジャキジャキと動かす。

 

《聖獣セルケト》

星6 地属性 天使族

攻2500 守2000

 

 これで《ナチュル・バンブーシュート》の攻撃力は超えた――だがリシドの前には《ナチュル・バタフライ》の攻撃無効効果が立ちはだかっている。

 

「《王家の神殿》の更なる力を発動! 《ナチュル・バンブーシュート》の効果の無効化の能力は既に発動されている《王家の神殿》を止めることは叶わぬ!」

 

 そのリシドの宣言に驚く《ナチュル・バンブーシュート》を余所に《王家の神殿》が地響きを立て、揺れ動く。

 

「私は永続魔法《王家の神殿》と《聖獣セルケト》1体を墓地に送ることで、手札・デッキのモンスターまたはエクストラデッキの融合モンスター1体を特殊召喚する!!」

 

 《王家の神殿》が崩れていくと共に《聖獣セルケト》もその身を光の粒子へと変えていく。

 

「その効果にチェーンして手札の2枚目の《増殖するG(ジー)》を捨て、効果発動。このターン、相手がモンスターを特殊召喚する度に私はデッキからカードを1枚ドロー」

 

 そんな揺れる世界にて嫌悪感漂う気配がアクターの背後でうごめくが――

 

「だが《王家の神殿》の効果は既に止まらぬ! 私はエクストラデッキから融合モンスターを特殊召喚!!」

 

 《王家の神殿》と《聖獣セルケト》の力は止まらない。

 

「起動せよ!! 神の聖域の守護者!! 《極戦機王(きょくせんきおう)ヴァルバロイド》!!」

 

 現れるのは羽蛾を仕留めたリシドの奥の手たる巨大な赤き古代兵器。

 

 塔のようにそびえ立つ身体から伸びる様々な武装がアクターのフィールドの「ナチュル」たちへと向けられる。

 

極戦機王(きょくせんきおう)ヴァルバロイド》

星12 地属性 機械族

攻4000 守4000

 

「相手がモンスターを特殊召喚したことで《増殖するG》の効果で1枚ドロー」

 

 アクターの手元に素早い黒い影が新たな手札を届けるが、リシドは止まらない。

 

「バトルだ!! 行けっ! 《極戦機王(きょくせんきおう)ヴァルバロイド》!! 《ナチュル・バンブーシュート》を攻撃!!」

 

 《極戦機王(きょくせんきおう)ヴァルバロイド》の全ての砲門が《ナチュル・バンブーシュート》へと向けられ、砲撃が放たれるが――

 

「その攻撃時、《ナチュル・バタフライ》の効果を発動。1ターンに1度、自身のデッキトップを墓地に送ることで攻撃を無効化」

 

 《ナチュル・バタフライ》の羽から舞い散る鱗粉が煙幕の役割を果たし、砲撃の雨が《ナチュル・バンブーシュート》を貫くことは避けられた。

 

 しかしリシドは力強く声を張る。

 

「だがヴァルバロイドは2度の攻撃が可能だ!! 追撃せよ、ヴァルバロイド!!」

 

 《極戦機王(きょくせんきおう)ヴァルバロイド》が放つ第二波に《ナチュル・バンブーシュート》は期待に満ちた眼で《ナチュル・バタフライ》を見やるが――

 

 《ナチュル・バタフライ》の効果は1ターンに1度。

 

 ゆえに今は鱗粉が切れて無理だと顔の前で手を振る《ナチュル・バタフライ》の姿に《ナチュル・バンブーシュート》の涙はちょちょぎれた。

 

「――ッ!!」

 

 初期ライフの半分を消し飛ばす衝撃に僅かに体勢を崩すアクター。

 

アクターLP:4000 → 2000

 

 しかしリシドは此処からだと声を張る。

 

「そしてヴァルバロイドが攻撃した効果モンスターの効果はダメージ計算後に無効化される! そのカードが如何な効果を持っていようとも無意味!」

 

 《極戦機王(きょくせんきおう)ヴァルバロイド》の追撃はこれで終わりではない。

 

「さらにヴァルバロイドが戦闘によって相手モンスターを破壊した場合、1000ポイントのダメージを与える!!」

 

 今度は《極戦機王(きょくせんきおう)ヴァルバロイド》の頭上からレーザーが放たれアクターを貫いた。

 

アクターLP:2000 → 1000

 

「これで私の魔法・罠カードを封じる《ナチュル・バンブーシュート》の効果は消えた! セットされたカードを発動させて貰うぞ!!」

 

 相手の行動を大きく制限する《ナチュル・バンブーシュート》が破壊された今、アクターのフィールドに残るのはステータスの低い守備表示モンスターのみ。

 

 

 ゆえにここぞとばかりにリシドは攻勢に出る。

 

「まず1枚目! 永続罠《苦紋様(くもんよう)土像(どぞう)》を発動! このカードも《アポピスの化身》同様、我がしもべとなる!! 守備表示で特殊召喚だ!」

 

 地面からヌッと這い出たのは蜘蛛のような形をした全身に文様が奔る土像(どぞう)

 

 カタカタと全身を震わせるその姿は何処か恐怖心を駆り立てる。

 

苦紋様(くもんよう)土像(どぞう)

星7 地属性 岩石族

攻 0 守2500

 

「相手モンスターが特殊召喚されたことで《増殖するG》の効果で1枚ドロー」

 

 アクターはリシドの残りの3枚のリバースカードを警戒しつつ、カードを引くが、望んだ防御系のカードは来ない。

 

「2枚目だ! 永続罠《カース・オブ・スタチュー》を発動! このカードも罠モンスターだ! 現れよ! 《カース・オブ・スタチュー》」

 

 大きな獣を思わせる仮面に毛皮と思しきローブを羽織った太古の人間を象ったとされる彫像が音を立ててフィールドに降り立つ。

 

《カース・オブ・スタチュー》

星4 闇属性 岩石族

攻1800 守1000

 

「《増殖するG》の効果で1枚ドロー」

 

 淡々とカードを引くアクターを意に介さずリシドは宣言する。

 

「此処で、《苦紋様(くもんよう)土像(どぞう)》の効果を発動! 自身の魔法・罠ゾーンのカードがモンスターゾーンに特殊召喚された場合にフィールドのカードを1枚破壊する!!」

 

 その声に呼応するように《苦紋様(くもんよう)土像(どぞう)》は蜘蛛のような足を地面に叩きつければ、やがて亀裂が蜘蛛の巣のように地面に広がり――

 

「《ナチュル・バタフライ》を破壊!!」

 

 地上で休んでいた《ナチュル・バタフライ》の足元から《苦紋様(くもんよう)土像(どぞう)》の足が飛び出し《ナチュル・バタフライ》が飛び立つ間もなく貫いた。

 

「そして《カース・オブ・スタチュー》で《ナチュル・マロン》を攻撃だ!!」

 

 足を地面から引き抜く《苦紋様(くもんよう)土像(どぞう)》を余所に駆けた《カース・オブ・スタチュー》は左右の手に持つ2本の槍で《ナチュル・マロン》を貫き、引き裂く。

 

《ナチュル・マロン》の身体の棘も槍のリーチの前では届かない。

 

「そして3枚目のリバースカードオープン!! 永続罠《深淵のスタングレイ》!! このカードもその効果によりモンスターカードとして特殊召喚!!」

 

 地面から浮かび上がるように現れ、周囲を泳ぐように身をくねらせたのは白い文様が全身を覆う、青い大きなエイ。

 

《深淵のスタングレイ》

星5 光属性 雷族

攻1900 守 0

 

「《増殖するG》の効果で1枚ドロー」

 

 カードを引くアクターの動きなどもはやリシドの視界には入っていない。あと少しなのだとリシドは突き進む。

 

「そして《苦紋様の土像》の効果を発動! 《ナチュル・パンプキン》を破壊!!」

 

 再び地面へと足を振り下ろした《苦紋様の土像》。

 

 しかし対する《ナチュル・パンプキン》はボンヤリと虚空を見るだけで動きもしなかった為、アッサリと地面から飛び出た《苦紋様の土像》の足に貫かれた。

 

 

 

 《ナチュル・バンブーシュート》によりリシドの動きの大半を封じていた状態からアクターの僅かな防御の隙を突いたリシドの怒涛の連撃。

 

 それにより今や空きが目立ち広くなった自身のフィールドを見ながらアクターは胸中で零す。

 

――やはり強いな……「デュエルを捨てない」デュエリストは。

 

 そう考えながら、何処かアクターは眩しいものでも見るかのようにリシドを見やった。

 

 

 その視線の先のリシドはアクターへと指差し、最後の指令を己がしもべに送り――

 

「ダイレクトアタックだ! 《深淵のスタングレイ》!」

 

 スルリと地面を滑るように近づいた《深淵のスタングレイ》の尾の針がアクターを狙う。

 

「これで終わりだァアアアア!!」

 

 そんなリシドの叫びと共に《深淵のスタングレイ》の尾の針が対象を貫いた。

 

 





ヨハン「このくらいの逆転劇は当然だろ? デュエリストなら」


アポピスの化身「私に『メインフェイズのみ発動可能』の縛りがなければフィニッシャーになれたというのに!!(涙)」


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第112話 どっちがタフかな?


前回のあらすじ
きのこマン「きのこの方がチョコたっぷりでボリューミーなんですよォ!!」

ナチュル・バンブーシュート「いーや、たけのこのチョコとクッキーのバランスがジャスティスなんだよねェ!」


リシド「私はジャガイモを使った菓子が……いや、何でもない」





 

 

 リシドがアクターとデュエルしている最中、本戦参加者の一室でリシドと部屋をトレードしたマリクは眼前の相手に睨みを利かせていた。

 

「さて、バクラ……一体何をしに来た?」

 

「ククク……随分な言い草じゃねぇか――なぁに簡単さ」

 

 城之内たちに疑われぬようにバクラを自室へと招いたマリクの言葉にバクラは小さく笑いながら返す。

 

「折角、俺様の宿主が身体を張ったってのに、しくじりやがったマヌケにもう1度ばかり手を貸してやろうと思ってな」

 

 ナイフの刺し傷があった自身の腕を軽く叩きながらマリクを嘲笑うバクラ。

 

 

 本当の目的は遊戯を来たるべき時に利用する為に死なないように見張る目的があったが、馬鹿正直に教えてやる義理はないと真意を隠す様にマリクをコケにするように振る舞う。

 

「貴様……!!」

 

「それに、テメェの復讐とやらが終わったときに千年ロッドを持ち逃げされちゃ困るからな――その復讐とやらが終わるまでは付き合ってやるさ」

 

 怒り心頭といった具合のマリクにバクラは引き続き本来の目的をぼかす為にそれらしい理由を並べていく。

 

 だがそんなバクラをマリクは鼻で笑い返す。

 

「ふん、既に状況はお前の手など借りる必要がない程に進んでいる――千年ロッドだけと言わず、遊戯の千年パズルもついでにくれてやるさ」

 

 そのマリクの言葉通り、この本戦にてバクラの出る幕はない。

 

 海馬が神のカードを扱える秘密さえ暴けば、後はリシドと共に城之内を血祭りに上げて遊戯を絶望させた後に倒すのみ――バクラの宿主である獏良を使う必要は既にない。

 

 

「ククク、随分と太っ腹なことで」

 

 ゆえに自信タップリなマリクにバクラは肩をすくめて笑みを浮かべ、そして指を一つ立てて手間賃替わりに警告を送る。

 

「なら俺様からも1つ――テメェは気付いていねぇようだが、この飛行船は『檻』だ。獲物を逃がさねぇようにこれでもかって程に罠を張り巡らせてある」

 

 古代エジプトにて名を馳せた盗賊王としての記憶を持つバクラからすればこのバトルシップは些か以上に刺激的なものだった。

 

「そして念入りに『檻』の中には狩人まで放り込んである手の込みよう――随分と人気者じゃねぇか、せいぜい寝首を搔かれねぇように気を付けな」

 

 既にバトルシップは遥か空の上――逃げ場など何処にもありはしないのだから。

 

 

 しかしそんなバクラの言葉の一部にマリクは反応を示す。

 

「狩人? ああ、役者(アクター)とかいうロートルのことか」

 

 マリクに年寄り(ロートル)扱いされているアクターだが、アクターを知る人間の大半はアクターをかなり高齢の人間と見ている。

 

 デュエルモンスターズが生まれた瞬間から、相手の戦術を調べ上げて徹底的な対策を取り、自身の個性を掻き消したデュエルスタイルに何処かその老獪さを感じる人間が多いためだ。

 

 若者らしい熱のようなものを一切感じさせない点などもその認識を加速させていた。

 

 

役者(アクター)だァ?」

 

 だとしても獏良が知り様の無い世界の為、バクラにはアクターに対する大した情報はないゆえに疑問形である。

 

「ハッ、お前は知らないようだな。まぁ無理はない……デュエルモンスターズが生まれると共に、今に至るまでその名だけが独り歩きしているようなデュエリストだからな」

 

 そんなバクラの無知加減に優越感に浸りながらマリクは語る。しかしマリクはアクターの実力に懐疑的だった。

 

「裏の王者だか、伝説だか、色々揶揄されているが――要は相手の弱点を突くしか能がない老いぼれだよ」

 

 幼少時を地下深くで生きてきたマリクは裏の人間は表の世界へ、光ある場所を求めるものだと考えている。

 

 ゆえに本当の意味でアクターが噂通りの実力を持っているのなら、裏の世界ではなく表の世界で生きている筈――これがマリクの主張だった。

 

 にも拘らずアクターが未だに裏デュエル界にいるということは、所詮その程度のデュエリストなのだと考えた――あながち間違いではない。

 

 

「成程な。裏の掃除人ってヤツか……」

 

 そんなマリクの思考を遮るようにバクラはポツリと呟きつつ内心で考えを纏める。

 

――コイツ(マリク)には遊戯をぶつける腹積りかと思ったが……狩人は別に用意してやがったのか? いや、決めつけるには早ぇ。

 

 KCに対する警戒度を高めているバクラにとって、KC側の思惑を探ることは急務だったが、未だに全容が掴めていない。

 

 バクラからすればKC側の動きに一貫性がなく、「何がしたいのか分からない」状態だった。

 

 

 それもその筈、動いている側の神崎も予想外につぐ予想外のことばかり起きているので、細かな個所はよく分かってはいないので無理はない。

 

 そんな深く思考するバクラの姿を「アクターを警戒している」と取ったマリクがいらぬ心配だと息を吐く。

 

「お前が心配するようなことはない。その程度の老いぼれ、リシドの実力なら何も問題はないさ」

 

 それはマリクのリシドへの信頼の証だった。リシドなら大丈夫だと――自身を1人には決してしないのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで終わりだァアアアア!!」

 

 そんなリシドの叫びと共に《深淵のスタングレイ》の尾の針が対象を貫いた。

 

 周囲に立ち込めるナチュルたちが破壊された時の衝撃によりリシドからはアクターの姿は正確には認識できない。

 

 

 だが、対象が崩れ落ちる姿だけは何とか確認したリシドは緊張の糸を緩める。

 

「勝った……のか……これでマリク様への最大の障害はなくなった……か……」

 

 そう零しつつリシドは自身のデッキにそっと手を添えた。

 

 アクターと自身のデッキの相性が悪かったゆえに追い詰められていたリシドだが、最後は己がデッキに救われたのだと感謝の意をデッキへ向ける。

 

「アクターよ。お前は私が戦ってきた中で最も強かなデュエリストだった……」

 

 そしてアクターがいるであろう場所を見据えリシドは今の己の胸中を語る。

 

「つくづく思う――デュエルモンスターズの黎明期(れいめいき)から戦い続けてきた男と、こんな形で戦いたくなかった、と」

 

 リシドから見たアクターはリシドが幼少のころからデュエルの世界で戦い続けた最古参の1人。

 

 デュエルするのであれば、リシドも1人のデュエリストとして相応しい場での決着が望ましかった。

 

 ゆえにリシドは絞り出す様に呟く。

 

「……アクター。このバトルシップから降りろ――私は(めい)によりお前を拘束し、マリク様の元まで連れて行かねばならん」

 

 このリシドの言葉は、主であるマリクへ背信に近い。

 

 マリクが命じた「可能であれば拘束し、連れてこい」に反し、積極的に逃がそうとしているのだから。

 

「そうなればマリク様はお前を千年ロッドの力で意のままに操ろうとするだろう……ゆえにこの場はどうか引いてくれ……」

 

 裏側といえども、仮にも王者と呼ばれる男が意思なき傀儡にされる様はリシドには心苦しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが全く返答の無かったアクターの側から何かが飛来した。

 

「これは?」

 

 その飛来した何かはリシドのフィールドでその尾をクルリと丸め、リシドの指示を待つように身を伏せる。

 

 

 そう、飛来したのは《深淵のスタングレイ》。

 

 そんなリシドのフィールドに戻って来た《深淵のスタングレイ》の姿にリシドの思考は僅かに止まる。

 

 デュエルが終わったのなら、ソリッドビジョンも解除されていなければならない。つまり――

 

「ま、まさか!!」

 

 やがてフィールドの視界が開けていき、リシドの目に映ったのはアクターのフィールドでうごめく小さな影。

 

 それは丸い石の身体に小さな手足、そして頭にコケや花が生える《ナチュル・ロック》の姿。

 

 

 しかしその石の身体の中央には《深淵のスタングレイ》の一突きを受け止めたせいか、亀裂が入っており、その痛みによって《ナチュル・ロック》のつぶらな瞳からは涙が零れていた。

 

《ナチュル・ロック》

星3 地属性 岩石族

攻1200 守1200

 

「いつの間に……」

 

「罠カードが発動した時、デッキトップを1枚墓地に送ることで手札の《ナチュル・ロック》は特殊召喚できる」

 

 言葉を失うリシドに説明を返すアクター。

 

 所謂「発動していたのさ!」な状況ゆえにアクターは内心では申し訳ない思いで一杯だった――リシドの最後の叫びにアクターの声がかき消された問題もあるが。

 

 

 そんなことはさておいて、冷静さを取り戻していくリシドの頭にはどのタイミングで《ナチュル・ロック》が呼び出されたのかもよく分かる。

 

「私の永続『罠』《深淵のスタングレイ》が発動したときか……くっ、ならば《深淵のスタングレイ》で《ナチュル・ロック》を攻撃だ!」

 

 あと一歩のところで追撃を躱されたリシドの悔しさを払うように《深淵のスタングレイ》は《ナチュル・ロック》のダメージを与えてヒビ割れた個所へと体当たりし、目標を打ち砕く。

 

――防いだのか……ならば、まだデュエルは続くのだな。

 

 そんな雑念となりかねない想いを振り切るようにリシドは再度気を引き締め直す。

 

「私はバトルを終了し――」

 

 しかし、アクターはその僅かな気の緩みを見逃さない。

 

「そのバトルフェイズ終了時に手札の《クリボーン》を捨て、効果発動。このターンの戦闘で破壊され自身の墓地に送られたモンスター1体を特殊召喚――《ナチュル・バンブーシュート》を特殊召喚」

 

 白い毛玉こと《クリボーン》が聖なる波動を放つと大地は活力を取り戻していき、大きなタケノコが2つ生えた。

 

 復活のタケノコこと、《ナチュル・バンブーシュート》はリベンジマッチだと言わんばかりに《極戦機王(きょくせんきおう)ヴァルバロイド》を見上げる。

 

《ナチュル・バンブーシュート》

星5 地属性 植物族

攻2000 守2000

 

「だが、そのモンスターの効果はアドバンス召喚したときでなければ適応されない筈……私はバトルを終了し、ターンエン――」

 

 しかし、そんなリシドの言葉に自信を無くしたのか不安げにアクターへと振り返る《ナチュル・バンブーシュート》。

 

 そんな《ナチュル・バンブーシュート》の視線に応えるようにアクターは《増殖するG》の効果で最後に引いたカードを手に動く。

 

「さらにバトルフェイズ終了時、永続罠《連撃の帝王》の効果を使用――フィールドの《ナチュル・バンブーシュート》をリリースし、手札の《ナチュル・バンブーシュート》をアドバンス召喚」

 

 《ナチュル・バンブーシュート》が光の粒子となって新たなモンスター、《ナチュル・バンブーシュート》へと姿を変える――同じカードゆえに見た目は変わってはいないが、気分的には変わっているのだ。

 

《ナチュル・バンブーシュート》

星5 地属性 植物族

攻2000 守2000

 

 三度目のタケノコの降臨。今度はしっかりと魔法・罠封じの効果が適用されている為、リシドはこれを見逃す訳にはいかない。

 

「それを通す訳にはいかん!! カウンター罠《神の宣告》を自身のライフを半分払い発動!!」

 

リシドLP:500 → 250

 

 リシドのライフを削った献身に神々しいオーラを放つ長い髭の老人がお供の天使を連れて現れる。

 

「これにより自分または相手モンスターの召喚・反転召喚・特殊召喚のいずれかを無効にし、破壊する!!」

 

 そして神々しいオーラを纏う髭の長い老人は「タケノコ狩りじゃァ!!」とばかりに白いローブから取り出した鎌で《ナチュル・バンブーシュート》に襲い掛かった。

 

 

 しかし一発の銃弾が放たれる乾いた音が響き、神々しいオーラを纏う髭の長い老人が持つ鎌を砕き、ついでに髭に風穴を開ける。

 

「私はライフを半分払うことで『手札から』カウンター罠《レッド・リブート》を発動」

 

 それはアクターの手札のカードから放たれた一発の銃弾(カウンター罠)

 

アクターLP:1000 → 500

 

「相手の罠カードの発動を無効にし、そのカードをセット」

 

 アクターの説明に神々しいオーラを纏う老人は忌々し気にカウンター罠《神の宣告》の元へとお供の天使を引き連れ戻り、カウンター罠《神の宣告》は再度セットされた。

 

「その後、相手はデッキから罠カード1枚を選びセットすることが出来る――が、このターンの終わりまで相手は罠カードを発動できない」

 

「…………私はデッキからカウンター罠《攻撃の無力化》を選び……伏せる」

 

 アクターの効果説明にリシドはデッキからカードを1枚選択してフィールドにセットするが、アクターのフィールドの《ナチュル・バンブーシュート》の効果により発動は出来ない。

 

「ターン……エンド……だ……」

 

 沈痛な面持ちでターンを終えたリシド。

 

 リシドのフィールドには攻撃力4000の《極戦機王(きょくせんきおう)ヴァルバロイド》がいるものの、アクターの手札は《増殖するG》の効果によって補強されている。

 

次のターンに《極戦機王(きょくせんきおう)ヴァルバロイド》の攻撃が通ると考える程、リシドは楽天家ではない。

 

 

 アクターがデッキに手をかける姿がリシドには酷く緩やかに感じられる。

 

 リシドはそんな緩やかな体感時間の中で「どうにかしなければ」と考えるが、効果的な打開策には繋がらない。

 

「私のターン、ドロー。2体目の《ナチュル・パンプキン》を召喚」

 

 ゴロゴロとカボチャの身体で転がりながら再び《ナチュル・バンブーシュート》の隣で寝そべる《ナチュル・パンプキン》。

 

 相も変わらず眠そうな表情でふわぁとあくびを出す。

 

《ナチュル・パンプキン》

星4 地属性 植物族

攻1400 守 800

 

「召喚時、《ナチュル・パンプキン》の効果を発動。手札の《ナチュル・スティンクバグ》を守備表示で特殊召喚」

 

 そして《ナチュル・パンプキン》の頭から緑のファンシーなカメムシが陽気に飛び出した――かったのだが、先程の《ナチュル・パンプキン》の回転のせいで目を回したのかその足取りはおぼつかない。

 

《ナチュル・スティンクバグ》

星3 地属性 昆虫族

攻 200 守 500

 

「バトルフェイズ。《ナチュル・バンブーシュート》で《カース・オブ・スタチュー》を攻撃」

 

 地中からのドリルのような《ナチュル・バンブーシュート》の一撃が石像である《カース・オブ・スタチュー》を容易く砕き、リシドを追い詰めていく。

 

リシドLP:250 → 50

 

「ぐっ……このままでは……」

 

 残り僅かとなったライフに焦りを見せるリシド。

 

「メインフェイズ2へ移行。カードを1枚セットし、ターンエンド」

 

 だがアクターはそれ以上の大した動きは見せずにターンを終えた。

 

 このデュエルが始まってからアクターはずっと感情の波を見せず、変わらぬ姿でデュエルする。そんなアクターの姿にリシドは一歩後退る。

 

――これが……これが役者(アクター)……裏の……王者……

 

 そう胸中で思うリシドには先のターンの逆転劇すらアクターの筋書きであるような錯覚すら覚える――普通に錯覚である。

 

 

 リシドの手が僅かに震える。今のリシドには「己が勝つビジョン」が見えなかった。今からどう動こうとも、その全てがアクターに封殺される未来を幻視する――何度も言うが普通に錯覚である。

 

 

 だがこの錯覚は存外馬鹿には出来ない。心の折れたデュエリスト程、脆いものはないのだから。

 

 アクターが勝ち続けてこれたのは、こう言った「心理的圧迫」を無自覚に相手に与え続けてきた背景もある。

 

 

 このデュエルは己が主であるマリクの進退も関わる大事なデュエルだというのに、リシドの戦意は折れかけていた。

 

 自身のフィールドに存在する攻撃力4000の《極戦機王(きょくせんきおう)ヴァルバロイド》を視界に入れつつリシドは思案する。

 

――攻撃すべきか? いや、奴のリバースカードが攻撃に反応する類のものであれば、此方に成す術はない……

 

 たった1枚のリバースカードが、相手の残り僅かな手札が、リシドに二の足を踏ませる。

 

――ならば守備を固め、立て直しを図るべきか? いや、どちらのライフも残り僅か……さらに此方に至っては僅かな効果ダメージを与えるカードすら防ぐ術がない。

 

 

 考えれば考える程に、リシドのデュエリストとしての高い実力も相まって今の己の崖っぷちな状況を正しく理解できてしまう。

 

 

――どうする。どうする! どうすれば! このままではマリク様が!

 

 

 リシドが敗北すれば次にアクターはその足でマリクを狙うことは明白。

 

 そして当然アクターは用意している――「神殺しのデッキ」を。

 

 そんな『ラーの翼神竜』の全てを対策したデッキを前に、「最上位の神を持つマリク様が負ける筈がない」と、リシドは楽観視できない。

 

 

 此処で何としてもアクターを止めねばならないと動こうとするリシドの意思に反して、その腕は鉛のように重い。

 

 

 

 ここのドローに全てが懸かっている。だがリシドの手は震えたままだ。

 

 

 リシドの脳裏に過去の記憶が、情景が巡る。

 

 実の親に捨てられたリシド。だがそんなリシドを拾い上げてくれたイシュタール夫妻。

 

 本当の家族となるべく精進したリシドだったが、後継者の問題が解決したゆえに使用人の立場となってしまう。

 

 それでも受けた恩義を返したい一心で忠義を尽くすも、イシュタール夫妻は既に現世を旅立ち、その息子、マリクは道を踏み外した現在。

 

 マリクの姉、イシズと共に残る道もあったが、まだ子供であったマリクを1人にする訳にはいかぬと共に闇の道を歩む。

 

 決して順風満帆とは言えぬリシドの人生だった。

 

 

 だが幸福だった時期がない訳ではない――マリクの幼少時、デュエルをして欲しいとせがまれ、イシズも交えて時間の許す限り遊んだあの楽しき日々。

 

 

 そんな懐かしき日々を思い出したリシドの瞳に火が灯り、アクターを射抜く。

 

 

 そしてリシドは歯を食いしばり後退った足を一歩前に出す――気持ちで負けてはならないと。

 

 

 さらに手札のない左手を血が滲む程に握りしめる――守りたい存在(マリク)を想えば、まだ戦えると。

 

 

 右手をデッキに託す――このドローに全てが懸かっている。だがリシドの手はもう震えてはいない。

 

 

「私のターンだ――――ドロォオオオオ!!」

 

 

 1ターンでも多く、一手でも多く、そして1ポイントでも多くのライフを削り、勝利を手繰り寄せて見せるとドローしたカードは――

 

 

「――ッ! これは!?」

 

 リシドの思考を止めさせた。まるであるべき筈のないカードを引いたかのようにその瞳は揺れ動く。

 

 

 だが対するアクターにはリシドの胸中が読み取れない。

 

――何を悩んでいる? この状況で選択肢はそう多くない筈だが…………

 

 今の盤面を覆す必要がある状況で引いたカードを「使わない」選択肢など、今のリシドにはあり得ない筈だった。

 

 

 そう、ごく普通のカードなら。

 

 

 アクターの胸中に最悪の可能性が過る。

 

――まさか既にコピーカードの《ラーの翼神竜》を!?

 

 

 三幻神のカードは使い手を選ぶカードだ――選ばれていないものが十全に扱うことは叶わず、コピーカードを使用しようものなら、対戦相手すら巻き込んで天罰を下す。

 

 まさに超常たるカードであり、人の身にあまる代物。

 

 

 そして原作ではマリクがリシドに「グールズの首領、マリク」を演じさせる上でリアリティを出す為に、コピーカードの『ラーの翼神竜』のカードを所持させていた。

 

 

 原作で使用したリシドがどうなったかなど語るまでもない。対戦相手だった城之内も危うい目にあっている。

 

 

 

 

「マリク様……今こそ私は墓守の一族として、マリク様の障害を排する矛となりましょう!!」

 

 しかしリシドはそんなリスクを恐れない。否、恐れている場合ではない。

 

 目の前の脅威(アクター)を己が主であるマリクの元へ向かわせないために、リシドは命すら賭ける。

 

 アクターの善戦が皮肉にもリシドの覚悟を後押しする結果となっていた。

 

 

 やがてリシドは最後の手札を前に突き出しつつ宣言する。

 

「そして私は――」

 

「よせッ!!」

 

 アクターのいつもらしからぬ制止の声もリシドを止めるには至らない。

 

「――《苦紋様の土像》! 《深淵のスタングレイ》! そして《極戦機王(きょくせんきおう)ヴァルバロイド》の3体を贄に捧げ(リリースし)、神を呼ぶ!!」

 

 3体のモンスターが空へと吸い込まれていく。

 

――どうか今この時だけでもお力をお貸しください! マリク様の為に!!

 

 そのリシドの願いを聞き届けたように空から雲を掻き分け降りてきたのは黄金の巨大な球体。

 

 その姿はまさに太陽の如く。

 

「三幻神が最高位!! 崇高なる神!! 『ラーの翼神竜』!!」

 

 やがて巨大な黄金の球体は音を立てて展開し、巨大な翼に竜の手足を持ち、鳥のような顎を開き咆哮を上げる黄金の神。

 

『ラーの翼神竜』

星10 神属性 幻神獣族

攻 ? 守 ?

 

「『ラーの翼神竜』の攻守は贄に捧げたカードの攻守それぞれの合計の数値となる!!」

 

 『ラーの翼神竜』の身体に贄に捧げたモンスターたちの力が宿っていく。

 

『ラーの翼神竜』

攻 ? 守 ?

攻5900 守6500

 

 しかし、今のアクターはそれどころではない。『ラーの翼神竜』が神の怒りを落とすのか、否かの確認に忙しい。

 

――安定している? ならば安定している内にデュエルを終わ――

 

 そんなアクターの思考に割り込むようにリシドの声が響いた。

 

「『ラーの翼神竜』で《ナチュル・バンブーシュート》を攻撃!! 神の一撃を受けよ!!」

 

「その攻撃時、永続罠《ナチュルの神星樹(しんせいじゅ)》を発動」

 

 アクターの背後から巨大な大樹が天を割く程に伸びる。

 

「無駄だ! 神にあらゆる効果は通じぬ!! 如何なるカードであっても神を止めることは出来ん!!」

 

 だがそんな大樹では神を止めることは叶わぬことを示すように周囲にプレッシャーを放つ『ラーの翼神竜』。

 

 しかしアクターはすぐさま効果を発動させる――今のアクターに時間は残されてはいない。

 

「自分フィールドのレベル4以下の地属性・植物族モンスター1体をリリースし、デッキから地属性・昆虫族モンスター1体を特殊召喚」

 

 《ナチュルの神星樹(しんせいじゅ)》から巨大な幹がアクターのフィールドに伸びていき――

 

「私は地属性・植物族の《ナチュル・パンプキン》をリリースし、デッキから地属性・昆虫族の《ナチュル・モスキート》を守備表示で特殊召喚!」

 

 《ナチュル・パンプキン》を貫いた。そして《ナチュル・パンプキン》は《ナチュルの神星樹(しんせいじゅ)》に呑み込まれていき――

 

 カラフルでファンシーな夏の風物詩、「蚊」のナチュル――《ナチュル・モスキート》が独特の羽音と共に《ナチュルの神星樹(しんせいじゅ)》から飛び出す。

 

《ナチュル・モスキート》

星1 地属性 昆虫族

攻 200 守 300

 

「《ナチュル・モスキート》の効果。自分フィールドに自身以外の『ナチュル』モンスターが表側表示で存在する限り攻撃対象にはならない」

 

 そのまま《ナチュル・バンブーシュート》と《ナチュル・スティンクバグ》の背後に隠れる《ナチュル・モスキート》の姿。

 

「だとしても、そのまま《ナチュル・バンブーシュート》を攻撃するだけのこと! 行けッ! 『ラーの翼神竜』!! ゴッド・ブレイズ・キャノン!!」

 

 しかし攻撃は止まらないと断ずるリシド。

 

 だが突如として『ラーの翼神竜』は動きを止めた。

 

「……どうした!? 何故『ラーの翼神竜』は攻撃しない! あれは……!」

 

 そして『ラーの翼神竜』の身体は煙のように変化し、天へと昇る――やがて空に不穏な雲がうごめいた。

 

 

 それが何を意味するかに気付いたリシドは頭を垂れる。

 

「運命は……神は……私を墓守の一族としては認めてくれぬ……か……」

 

 そんな意気消沈した様相のリシド。

 

 今のリシドにあるのは神の怒りをその身に受ける恐怖ではなく、墓守の一族が崇める三幻神に認められなかったこと。その事実に打ちひしがれていた。

 

 それはマリクの隣に立つ資格がない、そう言われた気がしてならない。

 

 既にリシドに先程までの覇気はなく、全てを諦めたかのような様相だった。

 

 

 だが一方のアクターは自身の命のピンチである為、諦めてなどいられない。

 

――やはり無理だったか……だが!

 

 如何に冥界の王を取り込んだアクターとはいえ、三幻神の頂点たる『ラーの翼神竜』の天罰を受けてみようなどとは思わない。

 

「《ナチュル・モスキート》の更なる効果。自分フィールドに表側表示で存在するこのカード以外の『ナチュル』モンスターの戦闘によって発生する自身への戦闘ダメージは相手が代わりに受ける」

 

 既にリシドの攻撃宣言は成されている――その為、《ナチュル・モスキート》が羽を広げ高く飛び立つ。

 

 

 しかし空には神の怒りを示すように雷雲が立ち込め始め、その雷雲はイカヅチを迸らせながら益々巨大になっていく。

 

「だが神にあらゆるカードは効か――」

 

 神の怒りを前にしても止まらぬアクターにリシドが義務感からかそう返すが――

 

「『ラーの翼神竜』の耐性は『このカードは他のカードの効果を受けない』もの。そして《ナチュル・モスキート》はあくまで戦闘ダメージの対象を相手に移すカード。よって――」

 

 自身の命が賭かっているアクターからすれば止まれば死ぬので、止まる訳にはいかない。

 

「――『ラーの翼神竜』といえども防ぐことは出来ない」

 

――多分!

 

 そんな内心の自信のなさを隠したアクターの言葉だったが、根拠が0な訳ではない。

 

 海馬の持つ『オベリスクの巨神兵』と今は遊戯が持つ『オシリスの天空竜』のデータから、問題はない筈だと判断している。

 

 しているのだが、「『ラーの翼神竜』は最高神だから無効デース!」等と言われれば、アクターにはもはやどうしようもない。

 

 

 リシドの元へ突き進む《ナチュル・モスキート》の動きがアクターにはやけに遅く感じられる。

 

 その間にも、イカヅチが迸る雷雲が『ラーの翼神竜』の頭部を形作っていく。

 

 

 

 

 

 

 しかし、その前に《ナチュル・モスキート》の針がリシドの首筋を貫いた。

 

リシドLP:50 → 0

 

 それと同時にリシドのライフが尽きる――それは問題なく効果が適用された証。

 

――よしッ!

 

 リシドのライフが尽きたと同時にそう意気ごむアクターはすぐさま次の手を打つ。

 

 するとアクターの影から黒い泥のようなモノが噴出し、互いのデュエリストを覆う様に素早くドーム状に形成され始めた。

 

――間に合うか!?

 

 そう考えながら、互いのデュエルディスクに繋げられたデュエルアンカーを自身の方へ力強く引くアクターだったが――

 

 

 

 そんな2人のデュエリスト目掛けて、天より神の怒りが数多のイカヅチとなって降り注いだ。

 

 

 

 






次回、『ラーの翼神竜』による神の怒り VS 冥界の王バリアー

今作の『ラーの翼神竜』の効果説明は次の機会に





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第113話 焦るなよ、本戦は始まったばかりだぜ?


前回のあらすじ
ラーの翼神竜「きのこ、たけのこ――下らぬ争いよ……アーモンドの力に、古の力の前にひれ伏すがいい!」

きのこマン「すぎのこ……だと!?」

ナチュル・バンブーシュート「バカな!? 村のモノは既に滅んだ筈!?」



 リシドとアクターがデュエルしていた個所には人影はなく、ドス黒い泥を固めたような巨大なドームのみが鎮座していた。

 

 その不可思議なドームの周囲には藍色の球体に目玉の付いた群体のモンスター、《モンスター・アイ》がいくつも宙に浮かび周囲を探るように辺りを見渡している。

 

 地面に転がる黒焦げの残骸は神の怒りのイカズチを受けた《モンスター・アイ》たちの一部だ。

 

 

 そんな完全防備な有様の巨大なドームの内側で光のピラミッドの赤い宝玉の光が収まっていく光景を見ながら、アクターはその胸中で溜息を吐く。

 

――久々に肝を冷やした……

 

 泥のようなモノの正体は冥界の王の身体を構成していた謎物質であり、それを幾重にも折り重ね、即興のシェルターを生み出すことで神の怒りを防ごうとした次第であった。

 

 

 さらにシェルターに落ちた神の裁きであるイカズチのエネルギーを光のピラミッドで吸収する徹底っぷりである。

 

 

 そしてそのシェルターの外側に浮かぶ《モンスター・アイ》はこれまた冥界の王を神崎が取り込んだ際に獲得した「カードの実体化」によってシェルターの外が安全か否かを確認していた。

 

 

 

 ちなみにこれはあくまで「カードの実体化」であるため、ギースのように「カードの精霊」の力、というわけでは「ない」。

 

 

 やがて周囲の《モンスター・アイ》の視界を借りたアクターは外が安全であると確認した後、シェルターを解除。

 

 その後、冥界の王の力である泥の塊はアクターの影へと呑み込まれていく。

 

――存外何とかなるものだ。

 

 九死に一生を得た、と内心で脱力するアクター。

 

「これは……一体……」

 

 そしてその冥界の王印のシェルターへとアクターに押し込められていたリシドは見たこともない現象に未だ理解が追い付いつかぬことを示すように呟くが――

 

 

「知る必要はない」

 

 アクターはリシドへの説明を放棄するような言葉を返しつつ《モンスター・アイ》の実体化を解除していく。

 

「私を……助けた……のか? 何故だ……お前にとって私は邪魔な存在の筈……」

 

 状況を呑み込み始めたリシドが困惑の面持ちで追及するが、アクターには答えられない。

 

 その理由である「闇マリクを目覚めさせない為」を話せば、「何故知っている」という答えられない質問へと行き着くのだから、

 

 

 ゆえに《モンスター・アイ》のカードを仕舞い、デュエルアンカーを外した後でこの場を離れようとするアクター。

 

 

 だが、その動きを止めるようにリシドの声がアクターに届く。

 

「違うな……どんな理由があれ窮地を救われたのだ。まずは感謝を」

 

 そう言いながらスッと頭を下げて感謝の意を示すリシドにアクターの足はふと止まる。

 

 

 冥界の王の力を得たことで(バー)が見えるようになり相手の感情をダイレクトに知ることが出来るようになったアクターにはそのリシドの感謝がただの言葉の上のものではなく、心からのものであることが見て取れるゆえに。

 

 

 そのリシドの真っすぐさにアクターは内心でやり難そうにするが――

 

「――礼といっては何だが、其方の言い分を聞き入れよう。目的は何なんだ?」

 

「マリク・イシュタールを止める――それが今回の依頼だ」

 

 そんなリシドの思わぬ言葉に内心で動揺しつつ気の変わらぬ内にとアクターは即座に返す。

 

 

 正確には「グールズ排除、もしくは組織の解体」が依頼内容であるが、詳しい説明をし始めるとキリがないのでアクターは現在の目的を告げるに留めた。

 

 

 実のところ今回のアクターの仕事は依頼人であるグールズの被害者が多すぎる為に様々なオーダーがある。

 

『此方のメンツを潰されたからには相応の報復が必要じゃけん――ケジメを付けさせェ』と危うげな意見や、

 

『殺せ』などの物騒な発言に加えて、

 

『わたくしたちの兵隊(デュエリスト)と死ぬまで戦わ(デュエルさ)せましょう? 面白いおもちゃ(衝撃増幅装置)を作らせたの』といった性根の腐った提案まである次第だ。

 

 そんな人の黒い部分を眺めつつ神崎は内心でドン引きしているが――

 

 彼らがそんな過激な意見を強気で発言したのは神崎がグールズの対処の先頭に立ったからだということに神崎は気付いていない。

 

 

 

 原作ではグールズに関する騒動終了後にマリクは特に罰らしい罰も受けずに平穏を享受していた。

 

 上述のような人間の思惑を無視できたのは遥か古代から連綿と年月を重ねてきた墓守の一族の力によるところがかなり大きい。

 

 

 それに加えて墓守の一族には摩訶不思議な力を持つとの噂もある。

 

 墓守の一族の長であるイシズが積極的にグールズの首領への働きかけるのを見た人間が、今回のグールズの騒動も「その力の一部では?」との声が上る程だ。

 

 原作にてマリクの罪が特に言及されていないのは、イシズがその墓守の一族の力をフル活用したゆえなのだろう。

 

 

 誰だって虎の尾は踏みたくない。藪蛇は御免なのだ。

 

 

 しかし今回はオカルト課の存在が待ったをかけた。

 

 オカルト課――その設立当初の名は「神秘科学体系専門機関」だった。だったのだ。過去形である。

 

 

 だが、神崎が嵐の中を生身で泳いで人命救助したり、オカルト課の技術を強引に奪うべく放たれた刺客を神崎が物理的に殴り飛ばしたり、デュエルエナジーのバックアップがあったとはいえ、マッスルで戦場を渡り歩くなどの、様々なぶっ飛んだ行為を続けていた為――

 

 

『神秘なんちゃら機関? あー、はいはい、あのオカルトなところね? おーい、オカルト課からお客さんだってー!』

 

 な人々の意思により「オカルト課」としか呼ばれなくなった為、もはや形骸化している名称である。

 

 

 話を戻そう。

 

 そんな「墓守の一族の摩訶不思議な力」には「オカルト課の意味不明な技術」での対応が出来そうな為、依頼人たちは強気な姿勢を示しているのだ。

 

 

 早い話が、オカルト課に代わりに虎の尾を踏ませ、怒れる虎をそのまま絞め殺してくれれば良し――その虎を剥製(見世物)にしようが敷物にしよう(愛でよう)が自由。

 

 逆に怒れる虎にオカルト課が返り討ちに合えば、「手を出さなくて良かった」と胸を撫で下ろす。

 

 

 汚い大人の思惑ってヤツである。一応、神崎側も成功の暁には「依頼料」との名目で色々分捕れるが。

 

 つまり今現在マリクの崖っぷちな状況は言ってしまえばオカルト課が、神崎が原因なのである。

 

 

「……それだけなのか?」

 

 そんな事情を知らぬリシドがアクターの「マリクを止める」との言葉を信じていいものかと不安げに問いかけるがアクターは努めて事務的に返す。

 

「此方の仕事はそれだけだ。その後は他のKCの人間が対応する」

 

「その後はどうなるのだ? まさかマリク様の命を――」

 

 意外と質問に答えてくれるアクターの姿に立て続けに質問するリシド――この際、聞いておけることは聞いておく腹積りなのだろう。

 

「KCの人間が、表の人間が対応する以上、表のルールに則ったものになる」

 

「つまりマリク様はどうなるのだ!!」

 

 だがアクターの返答は具体的なアレコレは明言しないものばかり、ゆえにもどかしさを感じたリシドは声を荒げつつ無自覚に避けてきた問いかけを投げ打った。

 

「…………司法の判断に委ねられるのが()()()だ」

 

「マリク様は大丈夫なの……か?」

 

「其方の対応次第だ」

 

 最後までフワッとしていたアクターの説明だが、その言葉に嘘はない。

 

 

 何故ならアクターの中の人こと神崎も「まずは止める」な認識である。

 

 神崎も色々準備はしているが、マリクを止めた段階での状況がハッキリしない今の段階では明言できないのだ。

 

 早い話が、今は「多分こうなる」程度の話しか出来ない。

 

 

 そんな思惑があれど、アクターの言葉に嘘がないことを見て取ったリシドはその言葉を信じる。

 

 先のデュエルで命を救われた恩人相手にこれ以上懐疑的な眼を向けることがリシドの性格上できなかった。

 

「そうか……私はお前のことを勘違いしていたのかもしれないな……」

 

 マリクと共に起こした数々の犯罪行為に対してリシドには「許されない行為」との認識があった。

 

 さらに他の刺客たちには明確な嫌悪などの負の感情があった為、マリクたちを狙う刺客の手にかかれば最悪の結末を辿るとリシドは危惧していたが、眼前のアクターは違った。

 

 

 アクターは機械的だった。グールズの罪を糾弾する訳でもなく、侮蔑の眼差しを向ける訳でもない――唯々依頼に忠実なだけの存在。

 

 

 依頼である「マリクを止める」目的さえ果たせるのなら、グールズに与するリシドの命すら助ける姿にリシドは希望を持った。

 

 

 リシドやマリクの味方にはならなくとも、マリクを止める上で邪魔になるマリクの内に眠る邪悪なる人格を討ち果たしてくれるかもしれないと。

 

 

 ゆえにリシドはアクターに最後の希望を託す――デュエルで負けた己には果たせぬ使命だと。

 

「協力の証に、このカードを受け取って欲しい――きっとお前になら扱える筈だ」

 

 そうして1枚のカードがリシドからアクターに差し出された。

 

 

 アクターはそのカードを内心で訝し気な視線を向けるが、リシドの(バー)から読み取れるものは「誠意」・「信頼」などの真っ直ぐなものであるため、邪険には扱えない。

 

――《聖獣セルケト》か? 問答する時間も惜しい。今は受け取って後で返すとし――

 

 ゆえにそんなことを考えながらリシドの差し出したカードを無警戒に受け取ろうとするアクター。

 

 

 だがその手がカードに触れた瞬間にバチンと弾くような音と小さな光と共にリシドが倒れ、更にアクターの視界からナニカが背後に飛んでいき、ボトリと落ちる。

 

――えっ?

 

 アクターの目の前で糸の切れた人形のように倒れたリシド。

 

 さらにアクターが差し出した筈の右手は手首から先がない――その右手はアクターの背後に転がっていた。

 

 そして腕の切断面から遅れてやってきた、焼けるような痛みがアクターに奔る。

 

「――ッ……!!」

 

 何とか叫び声を上げずに痛みに堪えるアクターだが、その腕は神聖さすら感じる炎が侵食するかのように広がって行く。

 

 そしてリシドの手から離れ、地面に落ちたコピーカードの『ラーの翼神竜』が崩れていく姿がアクターの視界に入る。

 

――正確な状況は読み込めないが、このままではマズイことは確か……

 

 そうアクターが思案している間にその聖なる炎とでもいうべきものは肘まで浸食していくが――

 

 

 それよりも早く、肉の千切れる音と共にアクターの肩口から右腕がゴッソリ地面に落ちた。

 

 残った左腕で自身の右腕を千切り取ったアクターは地面で轟々と燃える己の右腕だったものに視線を向け――

 

 

「 『 喰らえ 』 」

 

 

 そう呟いたアクターの言葉と同時に首元に光のピラミッドが現れ、その中心の赤い宝玉が輝いた。

 

 そして地面に転がるアクターの右腕だったものを燃やす聖なる炎が光のピラミッドに吸い込まれて行く。

 

 やがて光のピラミッドの光が収まった後には右腕をゴッソリとなくしたアクターと、倒れ伏してピクリとも動かないリシドの姿。

 

 

――これは…………痛みはないな。不思議な感覚だ。

 

 命の危機を感じたゆえに「己の腕を千切る」という強引過ぎる手段をアッサリと決断したアクターだったが、覚悟していた痛みが来ないことに疑問符を浮かべた。

 

 右腕を千切り、尚且つ千切られた右腕はほぼ焼失したにも関わらず、アクターに痛みはない――先程の焼けるような痛みが炎によるものだけである証明だった。

 

 そしてアクターは順番に状況を整理していく。

 

――今の状況は……いや、まずはリシドの治療……いや、その前に腕だ。

 

 リシドを治療すべく「カードの実体化」を試みようとしたアクターだが、その右手が飛んでいき、残りは千切ったことに再度、思い至る――まだ冷静になれていないらしい。

 

 そしてアクターが腕――といっても肩口からゴッソリないが――を掲げ、右手と右腕の一部へと意識を向けると落ちた2つの肉片は泥のような状態となってアクターの右腕へと還り、ドス黒い泥と化す。

 

 しばしドス黒い泥が脈動した後、ゴッソリと失った右腕は何もなかったかのような状態に戻った。

 

 

 そんな光景を「此処まで人間ではなくなったんだな」とアクターは何処か他人事のように思いつつ、治った右腕にすぐさまカードをかざし、再度「カードの実体化」を行使した。

 

「魔法カード《至高の木の実(スプレマシー・ベリー)》」

 

 すると何処からか小さな白い鳥がリシドの元に降り立ち、そのクチバシに咥えた緑の木の実がリシドに向けて落とされる。

 

 やがて木の実は急激に育ち始め、草花が生い茂る。やがて《至高の木の実(スプレマシー・ベリー)》は草花のゆりかごのように姿を変え、リシドを癒した。

 

 

 魔法カード《至高の木の実(スプレマシー・ベリー)》――早い話がライフを2000回復する魔法カードである。

 

――肉体的な損傷もなく、(バー)へのダメージが見て取れたゆえにライフの回復を試みたが、一応の効果は見込めている……か……次だ。

 

 そう考えつつ、平行して何故リシドがこの状態に陥ったのかを冥界の王が持つ知識を参照しつつ思案する。

 

「罠カード《天使の涙》」

 

 此方もザックリ説明すれば、ライフを2000回復するカード。

 

 その《天使の涙》のカードが「カードの実体化」の力により顕現。

 

 淡い緑の衣を纏った天使が降り立ち、涙を流す――その涙はリシドへと落ち、魔法カード《至高の木の実(スプレマシー・ベリー)》から生まれた草花のゆりかごは暖かな光に包まれた。

 

 

 そんなどこか幻想的な光景を余所にアクターはリシドの状態を冥界の王の力をフルに使い読み取る。

 

――これで回復したライフは合計4000。平時の人間ならこれで問題はない筈……(バー)にも淀みは見られない。後は専門家に任せる……か

 

 そう結論付けたアクターはカードの実体化を解き、米俵を担ぐように意識のないリシドを肩に乗せてツバインシュタイン博士の元へと向かう。

 

 

 そんな中でふと、アクターの脳内にある仮説が浮かぶ。

 

――成程。『ラーの翼神竜』から見たリシドは『邪悪の権化である冥界の王に三幻神を託そうとした裏切者』に該当する訳か……

 

 

 それが冥界の王の知識から導き出された現在の状況を端的に示したものだった。

 

 リシドの行動は『ラーの翼神竜』からすれば「何やってんだ、お前」状態だったのだ――神の怒りを見せて当然の状態だった。

 

 

 アクターよ。いや、神崎よ――もっと冥界の王としての自覚を持ってほしいものである。

 

 

 

 

 

 

 

 その後、時間との勝負とばかりにリシドが耐えうる限界ギリギリのスピードでツバインシュタイン博士の待機する部屋に駆けつけるアクターの姿にツバインシュタイン博士は目を丸くしながらポツリと零す。

 

「おや、これはアクター。その後ろに担いでいるのは?」

 

 担がれた人間がリシドであり、それを運んできたのがアクターだった為、大まかな経緯をツバインシュタイン博士は把握していくが――

 

「治せ」

 

 アクターから返ってきたのは端的過ぎる言葉。相変わらず説明が足りていない。

 

「まぁ、構いませんが……これは、神の怒りに触れたようですね。それに応急処置の跡も」

 

 しかしツバインシュタイン博士は気にした様子もなく診察台に乗せられたリシドの様子を手早く見ていく。

 

 そして特徴的な処置痕を把握したツバインシュタイン博士は両の手をパンと合わせながら納得した様子で語る。

 

「ということは、貴方はカードの実体化が出来たのですね――おっと、ご安心を……これ以上の詮索はしませんよ」

 

 だが一歩前に出たアクターに一歩引きながらそう返すツバインシュタイン博士。

 

 しかしアクターが前に出た後に突き出された精霊の鍵にツバインシュタイン博士は目を丸くする。

 

「ん? これは精霊の鍵? 今からグールズの首領、マリクの元へ行くのでしょう? だというのに、何故?」

 

「不具合だ。起動しなかった」

 

 不審げなツバインシュタイン博士だったが、そのアクターの言葉に精霊の鍵をふんだくり大慌てで精霊の鍵を様々な角度でマジマジと観察する。

 

「……!? そ、そんな筈は!? うーむ、鍵の外装パーツである結晶化させたデュエルエナジーに問題はなさそうですし……うむ? これは核となる『欠片』に損傷が見られますね……こんな事は初めてです」

 

 精霊の鍵の持ち手部分に輝く緑色の鉱石らしき欠片部分に入った亀裂に注視するツバインシュタイン博士は少し考える素振りを見せた後でアクターに問いかける。

 

「何か思い当たる節は?」

 

「ない」

 

 だがアクターにそれらしい心当たりはない――イシズとのデュエルでは問題なく使用できたのだから。

 

「そんな筈はないで――光のピラミッド! そう、光のピラミッドですよ! Mr.神崎は貴方をテスターに選んだのですね!」

 

 しかしツバインシュタイン博士はアクターの首にかけられていた光のピラミッドの存在を把握すると何かに気付いたように目を輝かせる。

 

「つまり精霊の鍵の核となる『欠片』は千年アイテムと相性が悪い! 成程、千年アイテムの研究を厳しく禁じていたのは精霊の鍵の優位性を崩さない為に――」

 

 精霊の鍵と千年アイテムを同時に所持していたゆえに精霊の鍵の耐久限界を超えたのではないかとツバインシュタイン博士は仮説を立てつつ、神崎の不可解な行動への推察も織り交ぜ始める。

 

「――いえ、それではMr.神崎が欠片の正体を語らなかったことの説明がつかない……あの方は扱う上での注意事項は、必ず明言する筈」

 

 そうして自分の世界へトリップし未知への探求に心躍らせるツバインシュタイン博士の姿にアクターは内心で引き気味だった。

 

 

「となれば――『欠片』そのものではなく、『欠片』を利用している事実を隠したかった?」

 

 

 そのツバインシュタイン博士の推察にアクターは内心で表情を凍り付かせる。

 

 しかしそんなアクターの変化に気付かないツバインシュタイン博士の未知への探求心は留まることを知らない。

 

「他も隠しているでしょうに『欠片』に対する徹底っぷりは何の為に? いや、誰に対して? その誰かも『欠片』を利用している? 千年アイテムの研究はその誰かに目を付けられかねない可能性を――」

 

 次々と可能性を並べつつ、精査していくツバインシュタイン博士の姿にアクターは内心で慌てふためく。

 

 

 普段のぶっ飛んだ様子から忘れがちだが、「アルベルト・ツバインシュタイン」氏は特殊な力を持つ訳でもなく、純粋な頭脳のみで精霊の存在を把握し、精霊界へのゲートを科学的に生み出すレベルの大天才である。

 

 

 そんな大天才を前にすれば神崎の情報規制など大した意味を持たない。「どうにかしなければ」とアクターこと神崎は考えるも、今はとにかく時間がなかった。

 

「アルベルト・ツバインシュタイン」

 

 ゆえにアクターは無理やりにでもツバインシュタイン博士の意識を引き戻しにかかる。予定が詰まっているゆえに後にしろと言外に言い含めつつ。

 

「おっと、これは失礼。少々白熱してしまいましたね――精霊の鍵はお返ししておきます。それ以外の機能に問題はなさそうですし、この場の設備では修復することは無理ですから」

 

 アクターの声にツバインシュタイン博士は申し訳なさそうに謝罪しながら精霊の鍵をアクターに返すが、ツバインシュタイン博士の視線には探るような色が見える――いつも以上に探求心が天元突破していた。

 

「意識が覚醒し次第、連れてこい」

 

 そんな見え見えなツバインシュタイン博士の精神状態にアクターは「後で釘を刺さねば」と考えながら内心で焦りつつも表面上は事務的に返すが――

 

「彼を? 何故です。先程も言いましたが、今からマリクの元へ向かうのでしょう? となれば間に合わない可能性もありますが……」

 

 アクターの「意識が覚醒し次第」との言葉から「アクターとマリクのデュエル中にリシドを連れて行く」と判断したツバインシュタイン博士が疑問を呈すが、アクターからの返答はない。

 

 

 しかしその内心は「えっ? 無理なの?」と思いながら別の方法を考えていたが、無言で立つアクターのプレッシャーは無駄に大きい。

 

「――いえ、間に合わせて見せましょう。他には?」

 

 それゆえにツバインシュタイン博士は溜息を一つ吐き前言を撤回したが、返事代わりにアクターは部屋を後にしていた。

 

 

「では……まぁ、私の言葉など必要ないかもしれませんが、御武運を」

 

 そのアクターの背にツバインシュタイン博士が軽くエールを送るが、既にその背は搔き消えた後。

 

 

 

 相変わらず忙しい男である。

 

 

 

 

 

 

 

 といった具合でリシドが倒れた為――

 

 リシドに与えられた一室に待機していたマリクは頭を押さえながら苦悶の表情を見せる。

 

「うぐぐぐ…………うぐぉぁああああ!!」

 

「おい、どうしたよ――腹でも壊したか?」

 

 叫び声を上げるマリクの様子を笑いながら見やるバクラだったが、蹲ったマリクはやがて小さく笑いながら静かに立ち上がる。

 

「…………フフフ」

 

 そのマリクの姿は灰色の髪が逆立ち、額にはウジャトの眼が光る。

 

「ハハハハハハッ! ハーハッハッハッハ!!」

 

 何よりその顔には邪悪さが滲みだしていた。

 

「ハーハッハッハッハッハー!! やっと出てこられたぜ!!」

 

 両の手を広げながら高らかに笑うマリクはマリクであってマリクではない。

 

「状況は読めねぇがリシドの野郎がくたばったみてえぇだな……フフフ、愉快、愉快」

 

 その正体はマリクの内に眠る邪悪なるもう一つの人格――所謂「闇マリク」である。

 

 

 この闇マリクはリシドが自らの顔に刻み付けた刻印によって封印されていたが、アクターがポカやらかしたお陰でリシドは倒れ、封印が部分的に解かれたのである。

 

 

 そんなこの世の春とばかりに高らかに笑う闇マリクに向けバクラは訝し気に問いかける。

 

「テメェは?」

 

「あぁ、俺か? 俺はマリクのもう一つの人格ってヤツさ。まぁ、俺は主人格サマほど甘くはないがな――闇を恐れる腰抜けとは違って俺は闇が大好きでねぇ」

 

 バクラの問いかけにマリクを侮蔑しながら意気揚々と返す闇マリクだが、闇マリクの人格の大本はマリクの恨み辛みの塊の為、闇マリクの言葉には自己嫌悪と自己陶酔が混じり合った歪な様相が感じられる。

 

「フフフ……今から真の闇を披露してやってもいいが……また封印されるのも御免だ――まずはリシドの奴がキッチリくたばったか確認しておかねぇとな」

 

 闇マリクが危惧するように、リシドはまだ死んではいない――アクターの行った「カードの実体化」による治療で回復傾向にある。

 

 

 このままリシドが完全復活を果たせば闇マリクは再びマリクの心の闇深くへと幽閉される。

 

 ゆえに闇マリクは人格の主導権を確固としたものとすべくリシドを亡き者にしなければならない為、リシドがいるであろう場所に当たりをつけて向かうが――

 

「待ちな――テメェがどうなろうと知ったこっちゃねぇが、その千年ロッドは置いて行って貰うぜ」

 

 その行く手を遮るのはバクラ――闇マリクが、マリクとバクラが交わした契約を守る様子が見られないことから力尽くで千年ロッドを奪う方向に切り替えたようだ。

 

 とはいえ、バクラ側もマリクとの契約をまともに果たす気はなかったのだが、脇に置いておこう。

 

「おいおい、折角この俺が見逃してやろうってのに……そんなに死に急ぎたいのか?」

 

「ほざけ、テメェの言う貧弱な宿主サマに封じられてたマヌケが何を言ってやがる」

 

 闇マリクの挑発に更なる挑発で返すバクラ。互いの敵意がバチバチとぶつかり合う。

 

「フッ、そうかい―――なら俺の力をその身で確かめてみな!! 授業料はお前の命にしといてやるよ!!」

 

 だがその言葉と共に鈍く光る千年ロッドを突きつけた闇マリク。

 

「やれるもんなら、やってみなァ!!」

 

 一方のバクラの首にかけられた千年リングも光を放つ。

 

 

 そして一室に闇の波動がせめぎ合い、周囲の空間が軋みを上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなオカルトバトルを余所に全力ダッシュで駆け抜けるアクターの次なる行先は――

 

「ん!? アクターか……どうしたよ」

 

 突如として姿を現したアクターに驚きを上げる牛尾の元――ではなく、その牛尾が外で見張りとして壁にもたれ掛かっている扉の内側の住人の元だ。

 

「席を外せ」

 

 時間が押している為か、いつも以上に言葉の足りないアクターの要請が牛尾に下されるが――

 

「イシズ……さんに要件か? 残念だが、あの人を見張る――つーか護衛が俺らの仕事なんでな。オメェさんみたいな人間と1対1にする訳にはいかんのよ」

 

 しかし牛尾は壁から背を離しながらアクターと向かい合いつつその瞳に剣呑な色を宿す。

 

 アクターの悪評は牛尾の耳にも届いている――牛尾とて、すんなりと通す訳にはいかない。

 

「それとも――――俺と戦り合うかい?」

 

 そしてデュエルディスクとデッキを片手にアクターを挑発するように獰猛な笑みを浮かべる牛尾だが、その胸中は――

 

――まぁ、俺じゃあ時間稼ぎにしかならねぇだろうが、北森の嬢ちゃんがコイツを見切る程度のことは出来……ると良いなぁ……

 

 何とも自信がなさ気なものだった。

 

 それもその筈、牛尾の実力はデュエリスト歴が短い割には中々のものだが、才能の塊のような人間ばかりを集めたオカルト課のデュエリストの中では実戦経験の少なさからか現在、中堅程度。

 

 

 逆にその自信の無さが慎重さを呼び、自身を捨て石とする策すら躊躇わない強みが牛尾にはあったが。

 

 

 しかし今のアクターにはとにかく時間がないのである。そんな牛尾の策に付き合っている暇はない。

 

――説き伏せる時間は……ないか。

 

 牛尾の(バー)の様子を見ながら内心でそう結論付けたアクターの決断は早い。

 

「ならば牛尾 哲。其方が同行しろ」

 

 

「へっ?」

 

 

 そう言いながら一歩前に出たアクターに牛尾は間の抜けた顔を見せる――が、すぐさま顔を引き締めアクターの言葉の真意を読み解くべく思案する。

 

――意外だな、コイツが譲歩するなんて……ギースの旦那の話じゃ周りと歩調を合わせる気が皆無だったって話だったのに……それほど状況が切迫してんのか?

 

「俺か? デュエルの実力なら北森の嬢ちゃんの方が――」

 

 軽く腹の内を探ってみようとジャブ代わりに問いかけるが――

 

「荒事だ」

 

「――ッ! 了解!」

 

 アクターの言葉に牛尾はすぐさま部屋にいる北森へと通信を取る。

 

 牛尾が知らされている範囲は「バトルシップでグールズの首領を捕らえる」程度の情報だ。具体的な方法はグールズの首領の洗脳の力への警戒の為、牛尾には知らされていない。

 

 そんな中で詳しい事情を知るであろうアクターが譲歩を見せる「荒事」とならば牛尾からみて十分に緊急事態であることが窺えた。

 

 とはいえ、最初からもっと分かり易く状況を説明すれば拗れはしなかったのだが……

 

「北森の嬢ちゃん、妹さんを連れて席を外してくれねぇか!」

 

『了解です! ――静香さん、もうすぐ本戦が始まるので――』

 

 牛尾の指示を受け、別ルートで静香を連れ退出した北森の状況を把握した牛尾は部屋の扉を開けながらアクターに振り返りつつ問いかける。

 

「……で、どう動くんだ?」

 

 しかし振り返った先に既にアクターの姿はない。

 

「精霊の鍵――『イシズ・イシュタールへ行使した権利を破棄する』」

 

 そんな声が牛尾の背後で聞こえると共に。パリンとガラスの砕けるような音が響く。

 

 

 牛尾は「どうやって動いてんだ……」などと考えながら再度振り返りつつ部屋に入るが――

 

「…………(わたくし)は一体――――ッ! アクター!?」

 

 そこにあったのは先程まで能面のような無表情でジッとイスに座っていたイシズがその眼に光を取り戻し、目の前のアクターから距離を取るように立ちあがる姿。

 

「イシズ・イシュタール。状況が変わった」

 

 そんなイシズの動揺冷めやらぬ内にアクターは淡々と語る。

 

「マリクのもう一つの人格が目覚めた。これより此方はその対処に移る。それに同行し、本来の人格へと人格交代を試みろ」

 

「何を言っているのですか……まさかリシドが!?」

 

 そんなアクターの説明にいまいち追い付いていないイシズ。先程まで精霊の鍵に強く行動を制限されていた状態から復帰したばかりなので無理はない。

 

「要件は以上だ。同行するか否かの選択、及び人格交代の方法は其方に委ねる」

 

 しかしアクターは伝えることは伝え終えたとばかりに牛尾の横を通り過ぎながら部屋を後にした。

 

「――お待ちなさい! もし……もし人格交代に失敗すれば!!」

 

 そんなアクターを追って部屋から飛び出しつつ声を張るイシズだが、既にアクターの姿は何処にも見当たらない――何も答えなかったことこそが答えなのかもしれない。

 

 

「おい、アクター! 俺にも、ちっとも話が見えてこねぇんだが――って、もういねぇ……」

 

 そのイシズの後を追う様に慌ててアクターへと問いかける牛尾だが、当然その相手はいない――牛尾には事情がサッパリ飲み込めなかった。

 

「こりゃあギースの旦那でもお冠になるのが頷けるなぁ……」

 

 そうぼやきながら、「轟音」がした方向を覚えつつコミュニケーションを取る気が皆無なアクターの姿勢に頭を後ろ手に掻く牛尾。

 

 

 しかし、「分からないから何もしません」で許される立場でもない牛尾は一先ずイシズに向き直る。

 

「スンマセンが、俺にも『アンタらの事情』ってのを説明して貰えっと、助かるんですが」

 

「……そうですね。では移動しながら話しましょう」

 

 その牛尾の言葉にイシズは肯定を示しつつ、駆け出す。今のイシズは家族への心配のあまりジッとしてはいられなかった。

 

 だがそんなイシズに牛尾は後ろから声をかける。

 

「あっ、待ってくだせぇ」

 

「何ですか! 今は一刻を争う事態の――」

 

 緊急事態であることは互いに承知である筈にも関わらず牛尾の悠長な言葉にイシズは怒りを見せるが――

 

「いえ、アクターが向かったのはアッチですんで、ソッチに行っても合流できませんぜ?」

 

 そう言いながらイシズが向かった方角とは反対方向を指さす牛尾――先程の轟音の正体がアクターの仕業であることは明白な為、大まかな方向を牛尾は把握していたが――

 

 混乱冷めやらぬイシズが見落とし、ならぬ聞き落とししていても無理はない。

 

「…………行きましょう」

 

 中々に恥ずかしい状況だったが、一息吐いた後は何事もなくシリアスな面持ちで先を急ぐイシズの姿に牛尾は無言で従った。

 

 

 世の中には触れない方が良いこともある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 相変わらずの超スピードでリシドに与えられた一室の扉の前に到着したアクターは部屋の内部の気配を探る。

 

 その扉の奥には邪悪な気配が2つ渦巻いている。そして――

 

――扉が開かない。闇の力場か………

 

 人の力では開きそうにない扉が何者をも寄せ付けぬように佇んでいた。

 

――解除は可能だが、今はとにかく時間が惜しい。

 

 しかしすぐさま決断したアクターは大してデュエルに貢献しないその無駄なマッスルを駆使し、無駄に洗練された蹴りを繰り出した。

 

 

 振りぬかれた足を戻すと同時に木端微塵になった扉だった残骸が一室に吹き飛び、遅れて轟音が響く。

 

 

 そんな一室の中には突如として木端微塵になった扉に向けて呆然と視線を向ける闇マリクとバクラ。

 

 互いにデュエルディスクを構えている姿を見るに、今まさにデュエルを始めようとしていた所のようだ。

 

 一瞬の空白から復帰した闇マリクはバクラへと茶化すように言葉を投げかける。

 

「おいおい、随分とド派手なご登場じゃねぇか……お前の知り合いか?」

 

「いーや、俺様とは無関係だぜ――で、何の用だ?」

 

 そう尋ねるバクラだったが、既にアクターは無言で入室した後。

 

 そしてアクターのデュエルディスクから射出された鎖状の物体、デュエルアンカーが闇マリクのデュエルディスクと接続されていた。

 

「――クッ、なんだコイツは、外れねぇ!?」

 

 無駄に鮮やか過ぎる動きに気付くのが遅れた闇マリクが状況の把握に努めるが――

 

 

 対するアクターは壁に手を当てて何時ぞやのように四角形にくぼませ、部屋のギミックが音を立てて動き出す。

 

「デュエル」

 

 そんなアクターの言葉と共に闇の瘴気がバクラだけを器用にはじき出した。

 

「チィッ! 俺様の獲物を!!」

 

 そう舌打つバクラだがその視線はアクターの首にかかる鈍い光を放つ光のピラミッドへと注がれている――その輝きは闇のゲームの始まりを喜ぶようにも見えた。

 

 

 そして状況を理解した闇マリクは顔を歪めて裂けるような笑みを浮かべつつ語り始める。

 

「ハハハッ! 成程な、お前も千年アイテムの所持者って訳か……随分と強引なお誘いなこって!」

 

 闇のゲームは闇マリクも望むところである為、その身体を高揚感に包ませながら眼前の相手をどう甚振ってやろうかと舌なめずりをする闇マリク。

 

「良いぜ! ちょうど一暴れしたかったところだ! ミレニアムバトルの始まりと行こうじゃねぇか!」

 

 そのマリクの声と共に表のマリクのデッキではない、闇マリクのデッキがセットされたデュエルディスクが展開する。

 

「まずはお前を闇への生贄にしてやるよォ! ハハハハハハッ!!」

 

 そんなマリクの下卑た笑い声を合図に互いの命を弄ぶ、闇のゲームの幕が切って落とされた。

 

 

 

 

 

 千年ロッドの輝きに呼応するように、光のピラミッドの赤い宝玉が爛々と輝く。

 

 




バトルシティ編のメインイベント、闇マリク戦がスタート。

信じられるか? まだ本戦の第1試合すら始まっていないんだぜ?



~さらっと出た用語紹介~
「面白いおもちゃ」と評されていた「衝撃増幅装置」って?

アニメ遊戯王GXにて非合法な地下デュエルで用いられる首と左右の二の腕に装着する小型のリング状の機械。

読んで字のごとくソリッドビジョンで発生する「衝撃」を人体に有害なレベルに「増幅」する「装置」

遊戯王GXではカイザー、丸藤亮が「ヘルカイザー」へと闇落ちした後、愛用していた。

それが原因の一端となり、後に身体がズタボロになったが


今作では――
DM時代に既に存在している。
命を奪い合うデュエルを「観戦」するのが楽しいアウトな人たちが思惑によって作り出された。

しかし今作では神崎がデュエル関係のアレコレを色々頑張った為、この「衝撃増幅装置」は使用はおろか、所持しているだけで罪に問われる一品となった。

製造など以ての外である。

とはいえ、コソコソ使っている人間は未だに出ている為、その都度摘発されている。



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第114話 ウルトラ上手に焼けました~!


前回のあらすじ
匿名希望の探偵「俺たちが参加したデュエル大会の本戦会場は空の上だってッ!?

そんな驚きを受けつつ飛行船に乗り込む俺たちだが、最後に乗り込んだ身元不明の謎の人物の姿。

俺たちはそんな謎の人物に不信感を持ちながらも、
それぞれ飛行船の中でしばしの憩いの時間を取っていた。

そんな中、飛行船に雷が落ちる。

緊急事態に慌てて事態を確かめにいった俺たちの眼に映ったのは――

雷に打たれ倒れ伏したリシドさんだった!

現場に共にいたのは件の謎の人物。

その人物はリシドさんに『神の怒りが降った』と語るが――

違う! これは神の仕業なんかじゃない! 巧妙に仕組まれた殺人トリックだ!


大自然の力すら利用した大胆不敵なこの犯行……必ず俺が解き明かして見せる!

じっちゃんの名に懸けて!」




 

 天井が開き、風が吹きすさぶリシドの一室だった個所に闇マリクとアクターが対峙し、傍ではバクラが楽し気に観戦していた。

 

 そんな中、闇マリクの先攻でデュエルは始まる。

 

「成程な、お前が噂の『役者(アクター)』か……光栄だねぇ、闇への最初の生贄がそんな大物でよぉ! 俺の先行、ドロー! ん~? コイツが気になるかァ?」

 

 カードを引いた闇マリクの隣の闇の中で浮かぶマリクの姿を顎で指し示しながらアクターに下卑た笑いを向ける闇マリク。

 

――いや、別に

 

 だがそのアクターの内心の声の通り、全く興味はなかった。既に原作からの情報で知っているのだから。

 

 しかし闇マリクは楽し気に説明を始める。

 

「フフフ……コイツは俺の主人格サマだ。この闇のゲームを特等席で眺めて貰おうと思ってねェ! といっても、まだ意識は沈んだままだがな――リシドがくたばった事実が余程ショックだったらしい」

 

 その闇マリクの言葉通り、闇に浮かぶマリクの瞳は閉じられ意識は眠っている模様。

 

 とはいえ何の反応も見せないアクターの姿に闇マリクは若干の苛立ちを見せながらデュエルに戻る。

 

「さぁて、前口上はこのくらいにしてお前にはこの世で最も恐ろしいゲームを体感させてやるぜ――この漆黒の闇は全てを塗りつぶし、お前を死へと誘う!!」

 

 周囲の闇がうごめく中で、闇マリクの最初の一手は――

 

「まずは《ニュードリュア》を召喚!」

 

 身体のいたるところに黒い輪が装着された緑のズボンの赤い肌の悪魔、《ニュードリュア》。

 

 苦し気に呻き声を上げる《ニュードリュア》の姿は身に着ける黒い輪が拘束具にも見えることも相まって囚人のようにも見えた。

 

《ニュードリュア》

星4 闇属性 悪魔族

攻1200 守 800

 

 やがて《ニュードリュア》の胸の中心、心臓部から光るラインが伸び、闇マリクの胸の中心へと繋がる。

 

「フッ、見えるか? 俺のモンスターと俺を繋ぐ光るラインが……コイツが、とびっきりの恐怖と苦痛を感じさせてくれるのさ!! 今までのデュエルとは比べ物にならない程にな!」

 

 その光るラインの正体を明かしながらアクターの反応を見やる闇マリクだが悲しい程にアクターは無反応である。

 

 しかし闇マリクのテンションは留まることを知らない。

 

「フフフ、ハハハハッ! カードを4枚セットして、魔法カード《命削りの宝札》を発動! 手札が3枚になるようにドローだ!」

 

 命を弄ぶ闇のゲームを心の底から楽しむように3枚のカードを引き、3枚のカードがギロチンにかけられた。

 

「おっと、手札が悪いな――俺はこれでターンエンドだ!! エンド時に《命削りの宝札》の効果により俺は手札を全て捨てる!」

 

 引いたカードを一切プレイせずにターンを終えた闇マリクの言葉を合図に《命削りの宝札》のギロチンが落ち、3枚のカードを刈り取り墓地に送る。

 

「さぁて、姉上サマとリシドを倒したお前のお手並み拝見、拝見」

 

 そうして3枚のカードを墓地に送った闇マリクは大仰に両の手を軽く叩きながらアクターを馬鹿にするように挑発する。何らかの反応を期待しているようだ。

 

 獲物が恐怖におののく様が見たいのだろう。

 

「私のターン、ドロー。《ゼンマイラビット》を召喚」

 

 デュエルディスクに置かれたカードから飛び出した赤と白のフレームの二足歩行のウサギ型ロボットがフィールドに着地し、窮屈だったと言わんばかりに手を上げて背伸びする。

 

《ゼンマイラビット》

星3 地属性 獣戦士族

攻1400 守 600

 

 のだが、自身の身体から伸びる光のラインを不思議そうに引っ張る《ゼンマイラビット》。危ないから止めなさい。

 

「カードを5枚セットし、ターンエンド」

 

 大きな動きもなくターンを終えたアクターに闇マリクは大袈裟に肩をすくめつつヤレヤレと首を振る。

 

「おいおい、何だァ? 攻撃しねぇのかァ? あんまり俺をガッカリさせるなよ――それとも手札事故でも起こしたのか? ハハッ!!」

 

 そう言ってアクターを嘲笑う闇マリクだが、対するアクターは文字通り何の反応も見せない。

 

 いつも通りにデュエル「のみ」に集中しているアクターにとっては闇マリクの揺さぶりは「デュエルに関係のない何か」程度の認識でしかない。

 

「――チッ、詰まらねぇな……人形野郎が……俺のターン! ドロー!!」

 

 そんなアクターの在り方に闇マリクは唾を吐きつつカードを引く。しかしその闇マリクの瞳には確かな警戒の色が見て取れた。

 

「だが俺は主人格サマのようにお前を侮りはしねぇ……あの姉上サマとリシドを殺った男だからな……最初から全開で行かせて貰うぜ!!」

 

 闇マリクにとってイシズやリシドは厄介な相手である――その2人に負けはしないと闇マリクは豪語出来ても、気の抜けないデュエルになると。

 

 そんな相手を苦も無く倒してきたように見えるアクターの存在は闇マリクから余裕を奪うには十分だった。

 

「魔法カード《死者蘇生》を発動! 墓地よりモンスター1体を蘇生させる!!」

 

 ゆえに闇マリクは一気にアクターを殺しにかかる――折角、表に出れたのだ。すぐさまマリクの精神の奥深くに逆戻りなど御免だと言わんばかりに。

 

 

「さぁて、俺の墓地にはどいつがいたかな? ――コイツに決めたぜ!」

 

 

 空に輝く十字架のようなアンクが輝く。

 

 

「フハハハハハ! さァ、神を見よ! 我が墓地より、舞い戻れ! 三幻神が最上位! 太陽の神! 『ラーの翼神竜』!!」

 

 やがて降り立つのは黄金の神――『ラーの翼神竜』。

 

 翼を広げながら圧倒的な威圧感を放つ姿には圧倒的な神々しさが宿る。

 

『ラーの翼神竜』

星10 神属性 幻神獣族

攻 ? 守 ?

 

「だが『ラーの翼神竜』の攻・守は召喚時に贄に捧げた(リリースした)モンスターの攻・守の合計――つまり墓地から特殊召喚された『ラーの翼神竜』の攻・守は0だ」

 

 鳥のようにいななく『ラーの翼神竜』だが、そのステータスは0――このままではデュエルにおいては何ら脅威にはならない。

 

『ラーの翼神竜』

攻 ? 守 ?

攻 0 守 0

 

「しかし『ラーの翼神竜』には主人格サマも知らない真の力があるのさ!!」

 

 当然、三幻神の中で最高位の力を持つ『ラーの翼神竜召喚』がこのままで済む訳がなかった。

 

「ヒエラティックテキストを、古代神官文字を唱えることで『ラーの翼神竜』の真の力は解放される!!」

 

 そして闇マリクは腕を交差して祈るように瞳を閉じ、ヒエラティックテキストを唱え始める。

 

 

 闇マリクの語る「ヒエラティックテキスト」はあのペガサスですら解読できなかった摩訶不思議な文字。

 

 その為、ペガサスは『ラーの翼神竜』のテキスト部分に壁画に描かれたヒエラティックテキストをそのまま記すしかなかった程だ。

 

 

 やがて闇マリクがヒエラティックテキストを唱え終えたと同時に『ラーの翼神竜』に変化が生じた。

 

「フハハハハ! 『ラーの翼神竜』の特殊能力発動!! 俺のライフを1000ポイント捧げることで、相手フィールドのモンスターを全て焼き尽くし、破壊する!!」

 

闇マリクLP:4000 → 3000

 

 闇マリクの命の炎が『ラーの翼神竜』に灯り、やがて業火となってその身を炎に包んで行き、その身を不死鳥と化す。

 

「そのモンスターがどれほどの耐性を備えていようともなァ!!」

 

 轟々と燃え盛る炎の不死鳥の姿にアクターは相も変わらずノーリアクションだが、その内心では「あっ、コレ(神の一撃)まともに喰らったら死ぬわ」な現実と闘うことで忙しかった。

 

 

 リシドの際のレプリカカードではなくオリジナルの『ラーの翼神竜』から発せられる力の波動は文字通り次元が違う。

 

 リシドを襲った神の怒りを防げたのは依り代となるカードが粗悪なコピーだったからであろうことはアクターには容易に推察できた。

 

「ん? どうした? 恐怖で声も出ないか? それともモンスターを破壊されても挽回できる――そう思っているのかァ?」

 

 そんな闇マリクの恐怖心を煽るような言葉を余所にアクターは思案する。

 

――恐らくこの()マリクのデッキは『ラーの翼神竜』を蘇生させることに特化したデッキ……

 

 それはつまり、今の闇マリクのデッキは原作のような勝敗を度外視したような「相手を痛めつける為のデッキ」ではなく、『ラーの翼神竜』の力を遺憾なく発揮して相手を叩き潰すデッキであるとアクターは予想する。

 

「ハハハ! なら愚かと評すしかねぇなァ! このデュエルは闇のデュエル!! モンスターが受ける苦痛は、プレイヤーも体感する事になるんだよ……フフフ!!」

 

 もはや頑張ってアクターの気を引く為に言葉を尽くしているような闇マリクを完全に無視しながらアクターは己のデッキをチラと見る。

 

――『ラーの翼神竜』の効果の全容はリシドが使ったレプリカカードのヒエラティックテキストで確認した……今のデッキで相性はそう悪くない筈……

 

 今のアクターのデッキはかなりの特化構築――このデッキが闇マリクに刺さらなければ待っているのは闇マリクにジワジワと嬲り殺される未来だけだ。

 

「そのモンスターとプレイヤーを繋ぐラインはその為のものだからなァ!!」

 

 アクターが何の反応を見せずともテンション高めで高らかに笑う闇マリク――ちょっとくらいリアクションして上げて……

 

 

 だが安心して欲しい、アクターの胸中は気合で隠しているものの結構いっぱいいっぱいである。

 

――しかし外から見た時と、対峙した時で神の威圧感が此処まで違うとは……膝は震えていないだろうか?

 

 そんな胸中の言葉通り、神の威光に恐怖で震えあがっていた。

 

「状況が理解できたか? 今からお前は神の裁きを受け! その精神力は灰となって燃え尽きる!! 例えお前のライフが残っていようとも、デュエルが続行できないようにしてやるよ!!」

 

 不死鳥となった『ラーの翼神竜』へと指示を出すべく大仰に手を上げ高らかに宣言する闇マリクの命を受け、不死鳥が天へと飛翔する。

 

「冥途の土産にその眼に焼き付けな! お前を死へといざなう不死鳥の舞いを!」

 

 やがて宙で反転してその炎に燃える翼を広げ、アクターのフィールドの《ゼンマイ・ラビット》を焼き尽くすべく向かう。

 

「魂の叫びを上げて焼け死になァ!!」

 

――悪いが、あんな思いは二度と御免だ。

 

 闇マリクの言葉に胸中でそう返したアクター。

 

「 ゴ ッ ド ・ フ ェ ニ ッ ク ス !!」

 

 しかし不死鳥の『ラーの翼神竜』の炎はアクターのフィールドを焼き尽くした。

 

 

「ハハハハハッ! ハーハッハッハッハー!!」

 

 轟々と燃え盛るアクターとそのフィールドの光景を見ながら狂ったように笑う闇マリクの姿を眺めていたのは闇のゲームから弾き出された後、沈黙を守っていたバクラだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 此処で時間はしばし巻き戻る。

 

「ん? 今、何か変な音しなかったか?」

 

 そんな言葉と共に窓に顔を近づけ外の様子を窺う城之内。

 

「いや、僕には聞こえなかったけど……」

 

「どんな音だったの、城之内?」

 

 だが御伽の否定の声と杏子の疑問の声に窓から離れた城之内は腕を組みながら悩まし気な表情を見せる――どんな音と聞かれると表現し難いようだ。

 

「う~ん? 金属がひしゃげる音?」

 

「なんだそりゃ? さすがにねぇだろ? もし本当なら下手したらこの飛行船が墜落しかねねぇし……」

 

 何とか捻りだした城之内の言葉に本田は顔の前で手を振りながら否定する。

 

「ちょっと怖いこと言わないでよ、本田」

 

「大丈夫よ、杏子。もし、そんな事態が起きているなら緊急事態を知らせるアナウンスの一つでも鳴っている筈よ」

 

 最悪の可能性が脳裏に過ったせいか身体を軽く震わせる杏子に状況的にあり得ないと安心させるよう語る孔雀舞。

 

「……気のせいだったのか?」

 

 仲間の意見からそう首をひねる城之内に本田がからかう様に笑う。

 

「なんだ城之内――お前、ひょっとして……緊張してんのか?」

 

「そうなのかい? 城之内くんでも緊張するんだね」

 

「そりゃどういう意味だ、御伽ィ!」

 

 御伽のポロリと零れた若干失礼な言葉に城之内はふざけ半分でヘッドロックをかけるが――

 

『規定時刻が迫っております。本戦参加のデュエリストの皆さまはホールまでお越しください。繰り返します。規定時刻が――』

 

 そんな磯野のアナウンスがタイミングよく届いた。

 

「はいはい、2人ともそこまで――本戦が始まっちゃうわよ」

 

 その杏子の言葉に城之内は渋々御伽へのヘッドロックを外し、デッキとデュエルディスクを手に取るが――

 

「城之内――準備は万端?」

 

「愚問だぜ、舞! バッチリに決まってんだろ!」

 

 今の調子を問いかけた孔雀舞に城之内はデュエリストディスクを左腕に装着しながら意気揚々と返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなでホールに集まったデュエリストとその関係者たち。その隅では野坂ミホと黒服の撮影スタッフたちがカメラ片手に中継している模様。そんな中で――

 

「来たな、お前ら! そして規定時刻になったから、本戦の説明を始めさせてもらうぜ!」

 

 集まったデュエリストたちに向けてやる気十分に声を張るモクバだが――

 

「待ってくれよ、モクバ! 予選を突破した奴が3人足りねぇじゃねぇか!」

 

「ナムのこと、呼んできた方が良いんじゃねぇか?」

 

 城之内はこの場に姿を見せていないナムことマリク・マリクの振りをしたリシド・アクターの3名がいない事実を問題視し、本田は友人であるナムの様子を心配する。

 

「遅れた奴に関する話もこれからするから安心するんだぜい、城之内!」

 

 しかしそんな城之内たちに対してモクバはチッチと指を振りつつ磯野を見やり――

 

「まずは本戦トーナメントの組み合わせを決める抽選の説明だ! 磯野ッ!」

 

「ハッ! ――カモン!! アルティメット・ビンゴ・マシーン!!」

 

 モクバの指示を受けた磯野が気合の入った掛け声と共に手をかざす。

 

 するとホールの一角からせり上がってきたのは丸い透明な球体の中に8つのボールが入った機械。

 

 その丸みがかった機械を三角形に覆う様に3つの白き竜の首が鎮座する。

 

 そう、そのビンゴマシーンの姿はまさに「アルティメット」の名を関する《青眼の究極竜(ブルーアイズ・アルティメットドラゴン)》そのもの――ただ、全体的にデザインは簡素だが。

 

「ふつくしい……」

 

 しかしブルーアイズ病とも評される海馬の様子を見るに琴線に触れる出来らしい。

 

 ただ、このビンゴマシーンは海馬と溝のあるBIG5の1人、《機械軍曹》の人こと大田がモクバからの要請を受けてデザイン、製造を一手に引き受けたと知ればどんな顔をするのだろうか。

 

「どうだ! これで本戦の対戦相手の組み合わせを決めるんだぜ! カ――」

 

 満足気な海馬の姿に鼻高々なモクバだったが――

 

「ビンゴ……マシーン?」

 

「センスゼロだな」

 

 そんな本田と御伽の真っ当な意見が――ゴホン、全くもってけしからん意見がモクバに突き刺さる。

 

「――カッコ良い……だろ……」

 

 モクバ的にはとてもカッコ良いビンゴマシーンだったのだが、一般的な感性の人間、もとい一部の人間にはこの良さは理解されなかったようだ。

 

「モクバ様! このビンゴマシーンはとてもカッコ良いですよ!!」

 

「ふぅん、美的感覚の乏しい輩の戯言など放っておけ、モクバ」

 

 しょげ気味なモクバに必死にフォローを入れる磯野と胸を張れと励ます海馬――おい、あんまり甘やかすような……素晴らしいデザインゆえに理解されないのは大変遺憾である。

 

「うん、そうだよね、兄サマ! 磯野! ――本戦の組み合わせはこのビンゴマシーンで随時、決めていくんだぜい!」

 

「つまり対戦相手はデュエルの直前まで分からないってことね」

 

 メンタルが復活したモクバによって再開された説明に孔雀舞は成程と相槌を打つ、

 

「その通りだぜい! そして勝ち抜いた選ばれたデュエリストだけがバトルシップが向かう先、デュエルタワーの舞台で雌雄を決するのさ!」

 

「マジかよ……」

 

 モクバの説明により、このバトルシップでのトーナメントにより参加者の数はさらに厳選されることが判明した為、城之内はゴクリと息を呑む。

 

 右を見れど左を見れど、世界で名の知れたデュエリストばかり――3名ほど今はこの場にいないが。

 

「ちなみに今、この場にいない奴はソイツの対戦カードが組まれる前にこの場にいれば大丈夫だぜい! 一応、河豚田(ふぐた)が様子を見に行っているからお前らは此処にいな! 入れ違いになっちまうからな!」

 

 そんな城之内の不安を余所にモクバの説明は佳境に入り――

 

「大まかな説明は以上だぜい! 早速! アルティメット・ビンゴ・マシーン――スタート!!」

 

 運命のトーナメントが始まる。

 

 アルティメット・ビンゴ・マシーンの中で踊る8つの球体。その球はそれぞれのデュエリストを示し、その球が《青眼の究極竜(ブルーアイズ・アルティメットドラゴン)》の左右の口から1つずつ計2つがコロンと落ち、備え付けられていた受け皿に転がった。

 

 

「これにてバトルシティ本戦、第1戦の対戦カードは――」

 

 

 その2つの球が差す2人のデュエリストは――

 

 

「城之内 克也 VS リッチー・マーセッド!!」

 

 凡骨デュエリストこと城之内と、ペガサスミニオンの苦労人、リッチー。

 

 その組み合わせにレベッカは遊戯の肩に手を置きつつポツリと零す。

 

「城之内のバトルシティは終わったわね……遊戯、骨は拾って上げて」

 

 リッチーの強さはレベッカも良く知ったもの――早い話がプロの上位レベル。城之内からすれば圧倒的なまでの格上である。

 

「聞こえてるぞ、レベッカァ!!」

 

「レベッカ……『強敵だ』と注意を促すにしても言い方が……」

 

 レベッカのあんまりな言いように城之内が魂の叫びを上げるが、名もなきファラオの遊戯の言葉に城之内はハッとする。

 

 そう、これはレベッカなりのアドバイス。互いの実力差を明確に意識しておけ――そういうことなのである。

 

 レベッカの城之内を見る視線に何とも言えないものが混ざっているのもきっと意味があるのだろう……多分。

 

 「ではお二方とデュエルを直接観戦なさる皆さまは此方のエレベーターへ」

 

 やがてそんな磯野の言葉に従い、大型のエレベーターに乗った一同が辿り着いたのは――

 

 

 

 

 

 飛行船の頂上に作られたスペース。その名も――

 

「本戦はこの『天空決闘(デュエル)場』で雌雄を決して頂きます!」

 

 磯野の気合の入った掛け声が空気を震わせ、夜空に響く。

 

 

 しかしオーディエンスは磯野を気にした様子もなく――

 

「うわぁ~! いい景色ですね、玲子さん!」

 

「静香さん! あまり身を乗り出すのは――」

 

 静香が天空決闘場の端に手をかけ、夜空に浮かぶ月を指さし、それを心配性な北森があたふたする姿や――

 

「おっと、気を付けな! 今の高度は1000m――落ちたらタダじゃすまないぜ!」

 

「マジかよ!!」

 

 モクバの注意を含んだ説明に慌てて静香を止めに行く城之内の姿があったり、と皆が各々楽しんでいる状態であった。

 

 しかし磯野はめげない。

 

「ですがご安心を――万が一の事態を避ける為の様々な準備がございますので、安心してデュエルに集中なさってください」

 

 相手の会話の流れにスッと入り込みつつ、バトルシップの安全性を挟み込んでいく。

 

「ふぅん、突風吹き荒む気流の刃は体を切り裂くほどの痛みを決闘者に与えることになる――」

 

 しかしそんな海馬の言葉が城之内に向けて放たれ――

 

「――だが、凡骨デュエリストには些か過酷すぎたようだな――棄権した方が身の為だぞ」

 

「ここまで来て棄権なんかするかよ! ちょっと驚いただけだ!」

 

 城之内への挑発の炎となり城之内の怒りの導火線に火が灯った――相も変わらずの沸点の低さである。相手が海馬だから、というのもあるだろうが。

 

 

 混沌と化す天空決闘場にて若干の頭痛にさいなまれる磯野だが、大きく息を吸い何度でも声を張る。

 

「では対戦するお二方は定位置におつき下さい! その後、1回戦の開始の宣言を執り行わせて頂きます!」

 

 そんな磯野の声にオーディエンスは観客席に当たる場所へと移動し、城之内とリッチーはデュエル場に上がっていった。

 

 

 一先ず場が収まったことに安堵する磯野を見るリッチーの目がとても優し気だったのが印象的である――苦労人同士、シンパシーを感じたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 そんな優しい気持ちになったリッチーが相対するのは城之内――特に裏の事情に関係のない表の人間である。

 

「本戦の初戦が一般の参加者かよ……やりづれぇなぁ……」

 

「なんだ? この男、城之内サマが相手でビビっちまったのか!!」

 

 ゆえにそうぼやいたリッチーの姿に城之内はジャブ代わりに言葉を返すが――

 

「いや、俺は誰が相手だろうともビビりゃぁしねぇさ――バカみてぇに強い奴なんざ腐る程見てきたからな。いちいちビビってちゃあ、勝てるもんも勝てなくなっちまう」

 

 リッチーには暖簾に腕押しだ。

 

 それもその筈、リッチーの仕事現場がI2社であることを鑑みれば圧倒的な格上との遭遇や衝突は日常茶飯事。

 

 その度にいちいち気を揉んでいてはペガサスやシンディアを心配させてしまうことは自明の理――ゆえにリッチーは折れないハートを手に入れていた。

 

 

 それに加えて、夜行や月行、ときどきデプレの付いていけないテンションに慣れたリッチーにその程度の挑発は無力。

 

 ペガサスとシンディアに誕生日を盛大に祝われ、狂喜乱舞した夜行とのバトルを乗り切ったリッチーに恐れるものはない。

 

 

 そんな夜行ォ!なリッチーを余所に孔雀舞は城之内に声援代わりに注意を促す。

 

「気を付けな、城之内! ソイツはペガサスミニオン――あのペガサスに才能を見込まれてデュエルを叩きこまれた強敵よ!!」

 

「上等じゃねぇか! 相手にとって不足なしだぜ!!」

 

 相手が強者ならばより一層、燃えるだけだと意気込みを示す城之内の遥か背後で巨大な火柱がたった。

 

「……えっ?」

 

 これは城之内の熱意に反応して火柱が上がった――訳では当然ない。

 

 

 

 そんな今現在も轟々と天を焦がす勢いで燃え続ける火柱に本田のテンションは上がる。

 

「うぉおお!! なんだよ、あの炎! 天下のKCの大会だけあって、やっぱ派手だなぁ!」

 

 祭りは派手な方が良いと相場が決まっていると言わんばかりだ。

 

「では本戦の第1試合を――」

 

 ゆえに物理的に温まった会場のボルテージの流れを殺さぬように磯野が右手を掲げ、試合開始の宣言をしようとするが――

 

「待て、磯野! あんな炎の演出は予定になかったぞ! ひょっとしたらバトルシップに何か異常があったのかもしれ――」

 

「いえ、問題ありません、モクバ様」

 

 その磯野に向けてモクバは待ったをかけ、緊急事態の可能性を上げるが、磯野はその可能性をバッサリと切り捨てた。

 

 その考慮すらしていないような磯野にモクバは一瞬言葉を失うも、バトルシティを運営するものの一員として食い下がる。

 

「いや、問題ない訳ないだろう! だってあんな――」

 

「待て、モクバ――磯野……貴様、何を隠している?」

 

 しかしそんなモクバを逆に海馬が制し、磯野の前に一歩出た。

 

「何も隠してなど――」

 

「俺の目を見て同じことを言えるのか?」

 

 咄嗟に偽ろうとした磯野を海馬は鋭く見つめ、再度問いかける――虚偽は許さないと。

 

「…………あくまで一参加者である瀬人様に……お教えする訳には……いきません」

 

「ふぅん――」

 

 磯野の歯切れの悪い返答に海馬は小さく笑みを浮かべた後――

 

 

「――貴様はいつから奴の犬に成り下がった!!」

 

 磯野の襟首を吊り上げて激昂する海馬――「奴」と評した相手が誰なのかなど磯野はよく分かる。

 

「違い……ます……これも瀬人様や……モクバ様の為に……」

 

 しかし磯野は裏切りなどでは断じてないと海馬に示す。己の忠義は海馬とモクバと共にあると。

 

「ならば下らん隠し立てなどするな!! あの男の思惑程度に潰される俺ではないわ!!」

 

 だがそんな海馬の上に立つものとしての姿に磯野は己がいらぬ気を回してしまったことを恥じる。

 

 そしてゆっくりと語り始めた。

 

「瀬人様……いらぬ配慮を見せてしまい、申し訳ございません――ですが私も全てを知る訳ではないのです……」

 

 とはいえ磯野もそこまで多くの情報を持っている訳ではない。

 

「まず『バトルシップの仕掛け』の存在、

そして『バトルシップにてアクターが動く』事実、

最後に『何があっても大会を中止しない』決定」

 

 海馬の目をしっかりと見すえて磯野は嘘がないことを示す。

 

「私が知らされているのは、この三点のみ……です」

 

「成程な……グールズの首領に噂されるマインドコントロールを警戒して情報を分散させた訳か……」

 

 磯野に知らされた情報はたった3つ――しかもその情報だけでは半端な対策しか立てられないようなものばかり。

 

 だが海馬には悪辣に笑みを浮かべる神崎の姿が良く見えた――気のせいだが。

 

 

 一方の磯野と海馬の衝突にハラハラしていたモクバは「あっ」と手を叩く。

 

「つまりあの炎はアクターの仕業なのか!」

 

「いや違うぜ、副社長さんよ――あれは恐らくマリクが持つ三幻神のカード、『ラーの翼神竜』のものだ」

 

 そんなモクバの予想を違うと断じたリッチーに海馬はギロリと睨みつつ問いかける。

 

「根拠は?」

 

 しかしその問いに答えたのはリッチーではなく、夜行だった。

 

「『ラーの翼神竜』はペガサス様ですら知りえない力を持つ……そう聞き及んでいます。あれ程の余波を放つ一撃は神のカード以外、あり得ないでしょう」

 

「ふぅん、十分だ――ならば凡骨のデュエルを観戦している暇などない。行くぞ、遊戯! 最後の神のカードの所持者のデュエルをこの目で見定める!!」

 

 その夜行の言葉に我答えを得たりと海馬はあの炎の柱の元へ全速前進するが、完全に蚊帳の外だった城之内が声を上げる。

 

「ちょっと待て、海馬!! 俺には何が何だかサッパリだぞ!!」

 

「貴様如き凡骨の知能に合わせて態々説明してやる義理などないわ!!」

 

 城之内の疑問を一刀両断しつつ、『ラーの翼神竜』の元へとひた走る海馬。

 

「夜行。此処は構わねぇから『ラーの翼神竜』を見極めてこい」

 

 そんなリッチーの指示に小さく頷き海馬の後に続く夜行。

 

 

 

「誰か俺にも分かるように説明してくれよ!」

 

 目まぐるしく変わる状況に完全に置いてけぼりな城之内。

 

「えーと、あの炎が上がった先にマリクって人がいる――って話だと思うんだけど……」

 

 だがそんな城之内の救いとなったのは静香の言葉――話の内容の殆どはよく分かっていなくとも、肝心な部分は辛うじて拾っていた。

 

「何ィ!? 本当か静香!!」

 

 そう確認するように問いかける城之内にレベッカは喝を入れつつ情報をプラスする。

 

「相変わらず鈍いわね、城之内! みんなマリクの持つ『ラーの翼神竜』の力を見定めようって話よ!」

 

「そういうことか…………って俺の試合は!?」

 

 大まかな事情を把握し、納得を見せた城之内に新たに疑問が湧くが――

 

「遊戯! それとダーリン聞こえてる? 城之内には酷だけど王様の遊戯の記憶の手掛かりになるかもしれないから、私たちも行くわよ!!」

 

「…………済まない、城之内くん! 健闘を祈る!!」

 

 既にレベッカと遊戯はこの場を離れるまさにその時であった。

 

「なら俺も行くぜ! マリクにはダチを殴られた借りがあるからな!」

 

 しかし城之内はその遊戯たちの後に続くべくデュエル場から降りるが――

 

「いや、城之内……お前の試合はどうすんだよ……」

 

「棄権になっちゃうわよ?」

 

 そんな本田と杏子の呆れた視線が城之内に突き刺さる。

 

 完全に動きを止め、固まる城之内の姿を見るに何も考えていなかったようだ。

 

 

 そんな城之内を見かねてリッチーは提案する――脊髄反射で行動する城之内の姿にどこかデジャヴを感じながら。

 

「……確か城之内とか言ったな? これは提案なんだが、俺たちの試合は向こうのデュエルを見届けてからにしねぇか? まぁ無理にとは言わ――」

 

「乗ったぜ!! 本田! 海馬たちはどっちに行った!」

 

 リッチーの提案に2つ返事で了承した城之内は遊戯と共に駆け出そうとするが、今度は御伽が待ったをかけた。

 

「城之内くん、その前に磯野さんに確認した方が……」

 

 その御伽の言葉を受け、城之内たち一同の視線が磯野に注がれる。

 

 

「…………止むを得まい」

 

 そんな絞り出したかのような磯野の声が零れた。

 

 だが此処で今の今まで上の指示で大人しくしていた野坂ミホ率いる情報媒体‘sが危機的状況を語りだす。

 

「ちょちょちょ、ちょーっと待ったー! もうカメラ回っちゃってるんだけど! しかも生放送で色々問題だらけな映像を録っちゃった気がするんだけど!!」

 

 野坂ミホたち+黒服の手によって撮られた映像は火災現場もビックリな火柱に、KCの内輪もめっぽい何かに加えて、大会をほっぽり出して火柱の元へと向かうデュエリストたち。

 

 

 些か以上に問題のある映像だった――生放送であるのなら取り返しのつかないレベルだ。

 

 

 だが安心させるような言葉がモクバから届く。

 

「それは大丈夫だぜい! 実は生放送じゃないからな!」

 

「えっ、そうなのモクバくん!?」

 

 そうモクバに問いかける野坂ミホだが、磯野が説明を引き継ぎ一気に語る。

 

「グールズの活動が活発になっていた情勢から情報統制しなければならない状況も考慮し、一旦全ての情報をKCに集め、問題ないように編集する手筈になっている。多少の融通は利かなくはない」

 

 これは原作の闇マリクの闇のゲームがお茶の間には流せないことが明白の為、神崎によって予め決められていたことだった。

 

 

 ちなみに情報の出口を任されているのは乃亜+BIG5たちである。

 

 

 と、そんなことはさておき――

 

「よし! ソッチは頼んだぜ、磯野! 俺は兄サマを追う!」

 

 磯野と野坂ミホの周辺で撮影機材を持つ黒服たちに後を任せるモクバ。

 

 そんな中、磯野にリッチーは軽い口調で語る――

 

「なら俺は一応、残っとく――時間がかかるようなら大会参加者のインタビューでも何でも時間稼ぎに使ってくれて構わないぜ」

 

「じゃあ、アタシも残っておくわね。エキシビジョンマッチでも何でもドンと来なさい」

 

 そのリッチーの選択に、孔雀舞も同調を見せた。

 

「お二方……助かります」

 

 そんな2人に礼を尽くす磯野に対し、北森も手を上げる。

 

「私も牛尾さんからの指示もありますので、此処に残りますね」

 

「う~ん、じゃあ私も残ります! これでもバトルシティに携わる人間ですから! お兄ちゃん! 頑張ってね!」

 

 牛尾とのやり取りから残ることを選択した北森に静香も「KCスタッフの手伝い」の認識から同調。

 

「そうか! なら俺たちは行くぜ! 直ぐ戻ってくるからな!!」

 

 そして城之内の一声で炎の柱の元へと向かう遊戯たち――その先に待ち受けるは三幻神の最高神たる不死鳥。

 

 彼らはその大いなる力をその眼にすることになるだろう。

 

 





バトルシティ本戦、第1試合の会場に残った人

磯野・孔雀舞・リッチー・北森・静香・野坂ミホ+α(撮影スタッフ)


マリクVSアクターの元へ向かった人

牛尾・イシズ・夜行・海馬・モクバ
遊戯・城之内・本田・杏子・レベッカ・御伽


トーナメント第1試合「みんなの興味が薄いッ!(´;ω;`)ブワッ」


『ラーの翼神竜』の詳細な能力は次回に発表です。



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第115話 神の炎に抱かれて消えろ!

前回のあらすじ
匿名希望の少年探偵「デュエル大会に参加すべく博士に連れられ、飛行船に乗った俺たちだったが、参加者の1人リシドさんが何者かの手によって殺られちまっただと!?

だが犯人に繋がる証拠は何も出ない……文字通り完全犯罪って訳か、おもしれぇ……

捜査を続ける俺だったが、試合が始まる時間になったにも関わらずホールに来ない参加者に気付く。

そんな不穏な気配が漂うデュエル大会だったが、大会の進行はスムーズに進み、第1試合は城之内兄ちゃんのデュエル

――の筈だった。


突如として天に届くまでの火柱が俺たちの意識が集まる。

デュエル大会の参加者たちは大会の演出の一環だと思っているようだが――

バーロー! あの炎はただの炎じゃねぇ! 何らかの目的で犯人が引き起こした可能性が高い!

クソッ! 第二の事件が起こっちまったのかもしれねぇ! 現場に急がねぇと!!」




 

 天を焦がす程の火柱の前で狂ったように闇マリクは笑い続ける。

 

「フハハハハハ!!  燃えろ燃えろ! 燃やし尽くせ! 奴の命という燃料を一滴残らずなァ! ハハハハハハハ!!」

 

 不死鳥となった『ラーの翼神竜』の炎の中で声なき叫びを上げるアクターを幻視しながら闇マリクは己の嗜虐心を満たすように高らかに笑い続ける。

 

 

 

「マリク!!」

 

 だがそんなイシズの声を筆頭に牛尾に加えて海馬や遊戯を含めた多くの人間がこの場に集まった。

 

「ん? 新しい獲物が向こうからやってきてくれたぜ――姉上サマもごきげんよう! ハハハ!!」

 

 そんな人がごった返す簡易デュエル場にて闇マリクは楽し気に新たな闇の生贄たちを歓迎するが――

 

「これは一体!? それにお前はバクラ!?」

 

「えっ、アイツはナムじゃねえのか!? それにお前は!!」

 

 続いてこの場に辿り着いた遊戯と城之内には今の状況が上手く把握できない――新たな情報が少しばかり多すぎた。

 

「久しぶりだな、遊戯ィ――だが安心しな、今はお前の味方ってことにしといてやるよ」

 

 遊戯の声に争う意思がないことを示すバクラ。

 

「後、ナムだか何だか知らねぇが、アイツはマリクだよ。ナムじゃねぇ」

 

「なっ!? アイツの言葉は嘘だったのかよ!?」

 

 そして城之内に向けてサラッと自身の関与をなかったことにしつつ注釈したバクラに本田は事のあらましを理解する。

 

 

 だがそんな一同の中の遊戯を視界に入れた闇マリクは力の差を見せつけるように不死鳥となった『ラーの翼神竜』を示した。

 

「遊戯ィ! これこそ、あらゆる存在に絶対的な死を与える『ラーの翼神竜』の力だ!」

 

 そして次の獲物を遊戯に定めた闇マリク。次なる闇のゲームの幕開けを示す様にその顔を笑みで歪める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マリク・イシュタール。其方のターンだ」

 

 だが、そんな声が響いた。

 

 『ラーの翼神竜』の力によって轟々と燃え盛る火の海から届いた声に、その声の主が誰なのかを闇マリクは理解できる――ゆえに信じられない。

 

「あ、ありえない………『ラーの翼神竜』の……神の炎に焼かれたんだぞ!!」

 

 闇マリクの言う通り、現在行われている闇のゲームではモンスターのダメージが直接プレイヤーを襲う仕様になっている。

 

 その為、『ラーの翼神竜』程の、三幻神の内の最高クラスの「力」を持つ一撃がモンスターを襲えば、命のラインが繋がるデュエリストもただでは済まない筈だった。

 

「な、何故だ! 神の攻撃を、あの男の精神力が上回ったとでもいうのか! くっ、炎で見えねぇ……戻れ、『ラーの翼神竜』!!」

 

 その闇マリクの声に従い、闇マリクの背後へと戻る『ラーの翼神竜』――その身体を覆う炎が消え、通常形態へと移行する。

 

 

 しかし神の炎の残火漂うフィールドに佇むのは無傷のアクター。フィールドに《ゼンマイラビット》の姿もなく、5枚のリバースカードの数も減ってはいない。

 

 『ラーの翼神竜』の効果が防がれた痕跡がないにも関わらず、アクターには焦げ跡一つなかった。

 

「何故だ! どうやって神の一撃を耐えきった!!」

 

 デュエル開始時と何一つ変わらず佇むそのアクターの姿に思わず後退る闇マリクにアクターの声が届く。

 

「《ゼンマイラビット》の効果。自身が表側表示で存在する時、1度のみ自分フィールドの『ゼンマイ』モンスター1体を次の自分のスタンバイフェイズまで除外する」

 

 そんなアクターの宣言を肯定するように《ゼンマイラビット》がアクターの足元から少し顔を出し、闇マリクの様子を窺っていた。

 

 

 つまり、『ラーの翼神竜』の効果によって焼かれたモンスターがいない為、アクターへの闇のゲームによるダメージも発生しなかった。ただそれだけの話である。

 

 

 そう、アクターは自分のフィールドが特に意味もなく燃え上がる姿を眺めつつ、満足そうに高らかに笑う闇マリクに対して、声をかける良い感じのタイミングをずっと窺っていたのである――律儀か。

 

 

 そんなアクターが無事だった理由を理解した闇マリクは再び強気な笑みを見せる。

 

「フフフ……ハハハ! なんだ、驚かせやがって……ただ逃げただけじゃねぇか……」

 

 そうアクターは『ラーの翼神竜』の効果を防いだ訳ではない。神の絶対性は何一つとして揺らいでなどいないのだ。

 

 

 そうして自身の優位性を確認した闇マリクだったが、その隣に浮かぶマリクに異変が起こる。

 

『ぐぅうう……!』

 

「マリクの身体が!?」

 

 苦し気に呻き声を上げながら、意識が覚醒するマリクの身体の所々は黒い影に呑まれ、消失していく。

 

 心配気に声を上げたイシズを余所にマリクの身体はドンドン闇に呑まれて行き、身体の4分の1程を消失させた後で収まった。

 

「おっと、新しいギャラリーの為に説明してやらねぇとな――これこそが『究極の闇のゲーム』! ライフを失う度に己の身体を闇に喰われちまうのさ!!」

 

 ざわめくギャラリーを相手に嗜虐的な笑みを浮かべて闇のゲームに対する説明を行う闇マリク――ようやく望んだ反応が見れたゆえか、些か上機嫌にも見える。

 

「とはいえ、俺の方は主人格サマが身代わりになってくれるがなァ!」

 

 その言葉の通り、アクターに別人格のような存在はいない為、ダメージを受ければ消えるのはアクターの身体だ。

 

 

 ちなみに冥界の王はカウントされない。あちらは実質的にはアクターこと神崎が冥界の王を取り込んだ為、同一の存在として扱われている状態ゆえだ。

 

 

 そんな若干、理不尽なルールではあるが、勝てば問題ないのだ。勝てば。

 

 

 闇マリクのライフが『ラーの翼神竜』の効果発動のコストで1000ポイント削れた為、身体の所々の合計4分の1が消えたマリクが痛みからか意識を戻す。

 

『ぐっ……ここは……?』

 

「ようやく主人格サマのお目覚め――」

 

 意識を取り戻したマリクに今の絶望的な状況を教えてやろうとする闇マリクだが、その足をナニカが引っ張った。

 

「ん? なんだ?」

 

『マリク……マリク……貴様……よくも……』

 

 そんな恨み辛みを吐き出すのは泥のようなナニカで覆われた人らしき影。しかしその声にマリクは聞き覚えがあった。それは忘れる筈もない相手。

 

『……父上?』

 

 そのマリクの言葉の通り、過去に闇マリクによって殺害されたマリクの父だ。

 

 そんなマリクの父が亡霊となって闇マリクの足元にしがみ付き、怨嗟の籠った声を向けていた。

 

「フハハハハッ! これはこれはお父上様、ご機嫌いかがッ!」

 

 何故この場に死んだマリクの父が亡霊となって存在するかの察しがついた闇マリクは亡霊を足蹴にし、踏みにじる。

 

 だがマリクの父は怨嗟の声を上げながら闇マリクに己の恨みをぶつけていた――その憎悪に濁った瞳は闇マリクを睨んでおり、マリクからは父の背しか見えない。

 

「成程、成程――これがお前の闇のゲームって訳か……」

 

 やがて闇マリクはアクターの光のピラミッドが生み出した闇のゲームの詳細をマリクに語り掛けるように説明し始める。

 

「ライフが減る度に俺たちに強い思念を向ける怨霊が相手を闇へと誘う――中々に良い趣味なこって!」

 

 これこそが光のピラミッドの――いや、アクターこと神崎の悍ましいまでの生への執着から生じた心の闇が形作った闇のゲーム。

 

 

 この闇のデュエルの敗者に待ち受けるのは闇マリクの言った「闇に呑まれる」だけではなく、「敗者はその身から怨霊が欲する全てを簒奪される」それが敗者の罰だった。

 

 

 己の咎が大きければ大きい程にこの闇のゲームの危険性は高まっていく。

 

 

 そしてこの闇のゲームの対戦カードは墓守の一族に強く恨まれている闇マリクに、あちこちから無駄に恨みを買っているアクター。

 

 

 よって、このデュエルで負けたものは命を奪われるだけでは「済まない」。

 

 

 しかしマリクには聞き逃せない言葉があった。それは――

 

『どういうことだ! 何故、父上がお前に怨みを向ける!』

 

 そう、マリクの中では名もなきファラオに殺されたことになっている父親がどうして闇マリクを恨んでいたのかマリクは疑問でならなかった。

 

 墓守の一族の中でマリクだけが知らない事実。

 

 

「そんなもん決まってるじゃねぇか! (お前)が殺したからだよ!!」

 

 

 それが今、マリクに明かされた。

 

『なっ!? そんな……だって父上は名もなきファラオに……』

 

「まだそんな寝ぼけたこと言ってやがったのか……呆れるね」

 

 動揺するマリクに闇マリクは呆れた様相を見せ――

 

「当時、主人格サマと同じガキだった遊戯にそんなこと出来る訳がねぇだろう!!」

 

 そんな明確な矛盾に対し、ずっと眼を逸らしていたマリクの心の弱さを闇マリクは嘲笑う。

 

 

 だが本当の仇を見つけたマリクの瞳は憎悪が滲み、その濁った瞳で闇マリクを睨む。

 

『お前が……お前が父上を!!』

 

「おいおい、虫のいいこと言ってんじゃねぇよ! 俺はお前の負の感情から生まれたんだぜ? お前の業を俺『だけ』に押し付けてんじゃねぇ!!」

 

 しかし闇マリクからすれば見当違いも甚だしい。マリクと闇マリクは一般的な二重人格であり結局のところ、その存在は同一のものだ。

 

 

 マリクの墓守の一族に対する閉塞感や、外の世界に対する強いあこがれも、闇マリクのものだ――それゆえに望んだ。下らない縛りを砕くことを、「破壊」を望んだ。

 

 

 そして一方の闇マリクの残虐性も、他者を痛めつけ、命を奪う行為に快楽を覚えるその異常な精神性も、父親を殺したい程に目障りに感じた殺意も――

 

「お前がお父上サマを殺したい程、憎んだからだろうがよォ!」

 

――全てマリクの一部、心の闇だ。

 

 マリクと闇マリク――この2人は結局のところ同じ存在である。少しばかり見える側面が違うだけ。

 

 

 しかしマリクには「その現実(己の心の闇)」が受け入れられない、誰しもが持ちうる己の醜い部分を直視できない。

 

『ち、違う……ボクじゃない……名もなきファラオの仕業だって……リシドが……姉さんが、あの男がそう言――』

 

「違う? 何が違うんだ? ちょっと考えれば嘘と丸分かりな作り話に縋って、復讐の為にと何をした? 俺に教えてくれよ――グールズの首領サマよォ?」

 

 マリクは己のしでかしたことの罪の重さを自覚し始めていた。しかし自覚し始めているゆえにその現実が受け止められない。

 

 その事実を闇マリクは誰よりも理解しているゆえに、その心の隙を穿つ。

 

『違う……ボクは……』

 

「今になって、都合が悪くなったら被害者面かァ? ハハッ! さすが俺の負の感情の大本、俺と同じで性根が腐ってやがるなァ!!」

 

『……ボクは……こんな筈じゃ……』

 

 罪悪感に押し潰されそうになっているマリクの姿に闇マリクはほくそ笑む。

 

――いいぞ、もっと絶望しろ……そうすりゃこの身体の主導権は更に俺に傾き、強固になる!

 

 しかしそんな闇マリクの思惑に抗う声が響く。

 

「マリク! 今は心を強く持ちなさい! 邪悪なる人格に負けてはいけません!!」

 

 そんなマリクを呼び戻すようなイシズの声だが、マリクに効果的に届いているとは言い難い。

 

「フフフ、姉上サマ……そいつはあんまりじゃねぇか? 被害だけを見れば主人格サマの方がよっぽど邪悪だろうによォ!!」

 

『……ボクは……ボクは……』

 

 イシズの発言をあげつらいマリクへの糾弾の材料に変える闇マリクの発言にマリクの心はますます弱っていくばかりだ。

 

「リシドはくたばった、姉上サマも千年タウクを失いあのザマ――お前を助けてくれる奴なんて1人もいねぇんだよ!!」

 

 歯向かう気力すら消えたマリクの姿に満足しつつ闇マリクは高らかに笑う。

 

「諦めて俺が全ての命を破壊する様を眺めてな!! そうすりゃ、俺の支配する世界の誕生を見せてやるぜェ? 闇の世界の誕生だがなァ!! ヒハハハハハッ!!」

 

 闇マリクは高揚感に身を包まれながら笑う――これで本当の自由まで後少しだと。

 

 

「ふぅん、下らん御託を並べているようだが、貴様のご自慢の『ラーの翼神竜』の攻撃力は0――最高神と聞いていたが、存外マヌケを晒しているようだな」

 

 しかしそんな闇マリクの気分に水を差す海馬の声が届いた。

 

「フハハ……海馬、お前は知らないんだったな――お前の持つ、『オベリスクの巨神兵』を超える俺の『ラーの翼神竜』の力を!!」

 

 そんな海馬の言葉に挑発気に返す闇マリク――『ラーの翼神竜』の力は此処からなのだと。

 

「だがまずは下準備だ――永続罠《強化蘇生》を発動! 墓地のレベル4以下のモンスター、《グラナドラ》を蘇生!! そして永続罠《強化蘇生》の効果で攻守100アップ!!」

 

 巨大な顎に多くの牙が四方に並ぶ異形の頭部を持つ生物が、爬虫類と思しき足で歩みだし、その尾を揺らす。

 

《グラナドラ》

星4 水属性 爬虫類族

攻1900 守 700

攻2000 守 800

 

「そして《グラナドラ》の効果! コイツが召喚・反転召喚・特殊召喚したとき、俺のライフを1000回復するぜ」

 

 《グラナドラ》から発せられる奇声が暗い光を生み出し、闇マリクを癒していく。

 

闇マリクLP:3000 → 4000

 

「今こそ見よ! 『ラーの翼神竜』の更なる効果を!!」

 

 ついに『ラーの翼神竜』が動く。

 

「『ラーの翼神竜』は俺のフィールドの全ての命を喰らい(リリースし)、その力を己がモノとする能力を持つ!!」

 

 その力は命を集める力。

 

「《ニュードリュア》と《グラナドラ》を神の糧とする!!」

 

 その闇マリクの声に呼応して《ニュードリュア》と《グラナドラ》が炎に包まれ、『ラーの翼神竜』の周囲に灯り、神の糧となる。

 

『ラーの翼神竜』

攻 0 守 0

攻3200 守1600

 

「まだまだ! セットしておいた魔法カード《マジック・プランター》を発動し、俺のフィールドの永続罠――《強化蘇生》を墓地に送り、2枚ドロー!」

 

 『ラーの翼神竜』の力の一端を見せた闇マリクだったがすぐさま手札を補充し、両の手を広げ、宣誓するかの如く叫ぶ。

 

「さぁ、目ん玉かっぽじって見な!! 『ラーの翼神竜』の更なる力を!!」

 

 そして天へと向けて唱えられるは『ラーの翼神竜』に記されたヒエラティックテキスト。

 

 言語としての機能を一切排し、神の頂きに立つためだけのような言葉が周囲に木霊する。

 

 やがて闇マリクがヒエラティックテキストを唱え終わり――

 

「このヒエラティックテキストを唱えた時! 俺は100の倍数のライフを払い、その(ライフ)を『ラーの翼神竜』の力とする!! 俺は可能な限り、全て(ライフ)を捧げる!!」

 

闇マリクLP:4000 → 100

 

 ライフが減ったことで身体が闇に喰われていくマリクの姿と共に、何故か闇マリクの身体も消えていく。

 

「フハハハハッ! この能力により『ラーの翼神竜』と俺が一体化するのさ――まさに神との融合!!」

 

 そして闇マリクの身体は『ラーの翼神竜』の額の宝玉から半身だけ現れた。

 

『ラーの翼神竜』

攻3200 守1600

攻7100 守5500

 

「ハハハハハハッ! ハーハッハッハッハッ!」

 

 神との一体化を果たした闇マリクは上機嫌に笑う。己の身体に流れる圧倒的な力の奔流により絶対的な己の勝利を確信しながら狂ったように笑い続ける。

 

 

 これによりあらゆる効果を受けない攻撃力7000超えのモンスター、否、「神」がたった「1ターン」で降臨した。

 

 

 この『ラーの翼神竜』の力の前ではデュエリストがあらかじめ持つ初期ライフ4000など吹けば飛ぶ数値でしかない。

 

 

 圧倒的な力を見せつける『ラーの翼神竜』の姿に海馬はポツリと零す。

 

「まさにワンターンキル……」

 

 『オベリスクの巨神兵』のような攻撃力4000という制限もなく、

 

 『オシリスの天空竜』のように手札を増やす準備すら必要ない。

 

 デュエリストの命(ライフ)ある限り、あらゆる障害を焼き尽くし、すぐさま際限なく力を高める能力。

 

 それこそが三幻神が最高神『ラーの翼神竜』の力だった。

 

「これで貴様は終わりだぁ……覚悟しな! 血の一滴まで焼き尽くしてやるぜ!! バトル! ラーの攻撃ィ!!」

 

 『ラーの翼神竜』の頭上の宝玉から宣言する闇マリクの言葉に神が動き出す。

 

「闇のゲームの醍醐味を、究極の苦痛をその身に味わって死んじまいなァ!!」

 

 やがて『ラーの翼神竜』の口元に巨大な炎が集まっていき――

 

「 ゴ ッ ド ・ ブ レ イ ズ ・ キ ャ ノ ン !! 」

 

 神の炎がアクターを焼き殺さんと放たれた。

 

 

 

 『ラーの翼神竜』の炎が迫る中、アクターは闇マリクの姿、そして在り方を見て思う。

 

――君も消え(死に)たくないのか。

 

 何処か鏡に映った己を見るかのような感情をアクターは抱いていた。

 

 闇マリクとアクターの行動原理は近い。

 

 闇マリクはアクターという仮初の脅威に対して「獲物をいたぶる」ことを止め、一息に殺しに来た。その行動の本質にあるのは――

 

 

 再び封印され、二度と表に出られなくなることに闇マリクは怯えているのだ。アクターが己の死に怯えるように。

 

 結局どちらも「自分の生存の為に」動いているだけであった。アクターには闇マリクの姿が「生きたい」と叫びを上げる赤子のようにも見える。

 

――だが私も死に(消え)たくない……悪いが……

 

 そんな事実にアクターは強いシンパシーと憐憫の感情を持った。ただ、だからといって――

 

 

 

 

 

――君に消えて(死んで)貰う

 

 容赦はしないが。

 

「その攻撃に対し、罠カード《ゴブリンのやりくり上手》を発動。墓地の《ゴブリンのやりくり上手》+1枚のカードをドローし、手札を1枚デッキに戻す」

 

 

「今更カードを1枚ドローしたところでどうなるよ!!」

 

 1体のゴブリンが『ラーの翼神竜』の炎の前で必死にそろばんをはじく――闇マリクの言う通り、その行為に大した意味はないが。

 

「チェーンして罠カード《和睦の使者》を発動。このターン私は戦闘ダメージを受けない」

 

 そんなゴブリンの後ろで何やら契約を交わす一団。このターンのダメージに関して話し合っているらしい。

 

 チラチラと後ろを気にするゴブリン。

 

「ケッ、ダメージは避けてきたか――だが寿命を僅かばかり伸ばしたに過ぎないんだよォ! ハハハハハ!!」

 

 ダメージが回避された事実にそう笑う闇マリクだが、その言葉通り次のターンも『ラーの翼神竜』の攻撃を防げる保証はない。

 

 今のアクターの手札は0――次のターンでダメージを回避するカードを引けなければそれまでの話。

 

 

 神の炎の切っ先がアクターから僅かに逸れるも、その炎は洗礼代わりと言わんばかりに止まる気配はない。

 

 

 

 

 

「チェーンして罠カード《妖精の風》を発動。フィールドの表側表示の魔法・罠カードを全て破壊し、破壊した数×300ポイントのダメージを互いのプレイヤーに与える」

 

 アクターの背後から小さな妖精が突風を吹かせ、そこから青い流体が形を変えながら浮かぶ。

 

 やがてその青い流体は2つの瞳で闇マリクを見やった。

 

「ハハハ……ハ?」

 

 その《妖精の風》と目が合った闇マリクの笑いはピタリと止んだ。

 

 

 そんな闇マリクの様子など気にせず、アクターは残りの2枚のリバースカードを発動させていく。

 

「チェーンして罠カード《積み上げる幸福》を発動。チェーン4以上に発動が可能。デッキから2枚ドローする」

 

 天からあわい蒼の光がアクターの手元に落ちる。

 

「チェーンして2枚目の罠カード《積み上げる幸福》を発動。デッキからカードを2枚ドローする」

 

 さらにもう1つの蒼い光もアクターの手元に落ちていった。

 

「チェーンの逆処理へと移行」

 

 やがてチェーンが処理されて行き――

 

 まず、2枚の《積み上げる幸福》の効果でアクターの手札が4枚に増え、

 

 次に《妖精の風》で互いのフィールドの表側表示の魔法・罠カードが全て破壊され、破壊した数×300のダメージが互いを襲う。

 

 表側の魔法・罠カードの合計は4枚。よって1200のダメージが互いを襲い。

 

 そして《和睦の使者》の効果でこのターンのアクターへの戦闘ダメージが0になり、

 

 最後に《ゴブリンのやりくり上手》の効果が適用されるが、《妖精の風》の効果で破壊されている為、2枚のカードをドローして手札の1枚を戻す。

 

 

 

 『ラーの翼神竜』の業炎と《妖精の風》の突風が入り混じるフィールドの衝撃に吹き飛ばされないように腕を交差し、防御姿勢を取る観客の中でレベッカが叫ぶ。

 

「――アイツ! 『ラーの翼神竜』の効果でライフが減ったマリクを直接狙ったのね!!」

 

「初見だろうに、よくやるぜ! 一歩間違えればそのままお陀仏だったろうに!」

 

 己の命すらチップとしてテーブルに乗せたアクターの姿に感心する牛尾の声を余所にイシズは弟の名を叫ぶ。

 

「マリク!!」

 

 この闇のゲームでマリクが負ければ世にも恐ろしい罰ゲームが待っている。ゆえにマリクの身を案ずるように祈るイシズ。

 

「これでマリクの野郎は――」

 

 そんな城之内のフラグ満載の言葉を余所に神の炎と妖精の風が止み、フィールドの様子が視認可能になり始めた。

 

 

 そのギャラリーたちの視線に映ったのは――

 

 

 

 

 

 

闇マリクLP:100 → 7200 → 6000

 

 『ラーの翼神竜』の額の宝玉ではなく、地に足を付けて立つ闇マリクの姿。傍で浮かぶマリクの身体の欠損はなくなっていた。

 

「そんな! どうしてっ!?」

 

 そんな御伽の声に応えて闇マリクは小さく笑う。

 

「フフフ……残念だったなぁ……俺は『ラーの翼神竜』の最後の効果を発動させて貰ったぜ」

 

 闇マリクの言葉を肯定するように『ラーの翼神竜』から空気を震わせるような声が鳴る。

 

「俺の手札1枚を捨てることで神との融合を解除し、神の攻守を0に! そしてその攻守どちらかの数値分、俺のライフを回復する効果をなァ!」

 

 その声が示すのは『ラーの翼神竜』が己の力を闇マリクのライフとして移し替え、力を失った喪失感からなるもの。

 

『ラーの翼神竜』

攻7100 守5500

攻 0 守 0

 

 アクターの一手を躱した闇マリクは得意気に笑う。

 

「ハハハ! だがよく考えたじゃねぇか、神に勝てないと悟って俺を狙うとは――お利口さん。お利口さん。ハハッ!!」

 

 そんな何処か相手をコケにするように手を軽く叩きながらアクターを挑発する闇マリクだったが、ふと残念そうな顔を作り大袈裟に溜息を吐く。

 

「――とはいえ『ラーの翼神竜』の攻撃力が0になったことで、お前を焼く筈だった炎は消えちまったがな……」

 

 その闇マリクの言葉通り、アクターに迫っていた炎は既になく、『ラーの翼神竜』も今や攻撃姿勢を取っていない。

 

「だがお前のライフが減っちまったぜ! さぁ、闇のゲームの醍醐味をしかと味わいな!!」

 

アクターLP:4000 → 2800

 

 闇マリクの宣言通り、罠カード《妖精の風》は互いにダメージを与える為、闇のゲームのシステムは容赦なくアクターを襲う。

 

 闇がアクターの身体を喰い始め、身体全体の30%程を消すと同時に闇の浸食が止まる。

 

 

 

 次にアクターの背後からアクターに強い思念を向ける怨霊とも言うべき存在がアクターに憑りつく。

 

 大多数の亡者が言葉すらなっていない呻き声を上げる中で、2人の亡者がアクターに囁くように声を発する。

 

『……きろ…………ほ……』

 

『わ…………の……ぶ……で……』

 

 しかしその声は風化したように掠れ、正しく伝わっているようには思えない。

 

 

 そんな亡者たちに憑りつかれるアクターの姿に闇マリクは面白いものを見たと高らかに笑う。

 

「フハハッ! そいつらは一体、お前の何だったのかねぇ……クククッ!」

 

 アクターに憑りつきうごめく亡者の中で明らかに違う動きを見せる2体の亡者の姿を興味深そうに闇マリクは見やる。

 

 とはいえ、アクターの表面上は相変わらずのノーリアクション。そんな姿に闇マリクは若干の慣れを覚えつつ、闇に囚われているマリクの方へ向き直る。

 

「それはさておき、今や俺のライフが回復したことで、お父上サマも消え、宿主サマもこの通り」

 

 そう芝居がかった仕草で闇に喰われた身体が戻ったマリクを指し示す闇マリクだが、その身に縋りつく3つの影が怨嗟の声を上げる。

 

『マリク……よくも……よくも墓守の一族の悲願を……』

 

 その怨嗟の声の正体の1つはマリク父のものであり――

 

『お前が居なければマリク様は――』

 

『貴方は私が刺し違えてでも――』

 

 他2つはリシドとイシズのものだった。

 

 一瞬、リシドが死亡した可能性を考えた闇マリクだが、観客としてイシズがいる以上これは――

 

「んん? コイツは生霊か? チッ、ライフを回復しても消えねぇのか……」

 

 ギャラリーとしてイシズがいる以上、イシズの強い思念が生霊となって己の身体に憑りついたと当たりを付ける闇マリク。

 

 

 やがてこの闇のゲームのルールに対して思案を巡らせつつ闇マリクはデュエルに意識を戻す。

 

「まぁいい……攻撃力0じゃあ、これ以上のバトルは無理だな――俺はカードを1枚セットし、ターンエンド! 特殊召喚された神はエンド時に墓地へと戻る」

 

 闇マリクのエンド宣言を受け、『ラーの翼神竜』が炎となって闇マリクのデュエルディスクの墓地ゾーンへと吸い込まれて行く。

 

「これで俺のライフは6000――頑張って削るんだな! ハハハハハハハッ!!」

 

 そうアクターへと余裕の笑みを見せて闇マリクは高らかに笑った。

 

 




~注意書き~
原作では直接的なバーンは禁止扱いでしたが

今作ではルールの土台がOCGになった為、バトルシティでも禁止になっておりません。


ちなみに――
初期ライフ4000の環境から大半のバーン効果を持つカードはデッキに1枚のみ入れることが出来る「制限カード」扱いになっております。



~今作での神の効果 『ラーの翼神竜』編~
『ラーの翼神竜』
星10 神属性 幻神獣族
攻  ? 守  ?

(1)このカードを通常召喚する場合、
自分フィールド上に存在するモンスター3体をリリースして
アドバンス召喚しなければならない。

(2)このカードの召喚・反転召喚・特殊召喚は無効にされない。

(3)フィールドのこのカードは自身以外のカードの効果の対象にならず、効果も受けず、相手によってリリースされない。このカードの効果は無効化されない。

(4)このカードがフィールド上に存在する限り元々の属性が神属性以外の自分フィールド上のモンスターは攻撃できない。

(5)特殊召喚されたこのカードは、エンドフェイズ時に墓地へ送られる。



(6)このカードの攻撃力・守備力はこのカードのアドバンス召喚のためにリリースしたモンスターの攻撃力・守備力を合計した数値になる。


(7)1ターンに1度、このカード以外の自分フィールドのモンスター全てをリリースし、このカードの攻撃力と守備力はリリースしたモンスターの攻撃力・守備力分アップした数値になる。

(8)1ターンに1度、自分ライフを100の倍数払って発動する。このカードの攻撃力・守備力は払ったライフ分アップした数値になる。

以下の効果は1ターンに1度、発動でき、相手ターンでも発動できる。

(9)1000ライフを払って発動する。
相手フィールド上の全てのモンスターをあらゆる耐性を無視して破壊する。
この効果を発動したターン、このカード以外の自身のモンスターは攻撃出来ない。

(10)手札を1枚捨て、このカードの攻撃力・守備力どちらかの数値のライフ回復し、このカードの攻撃力・守備力を0にする。



ラーの翼神竜「これで不名誉な呼び名は無くなる筈だ!!」

しかし、効果が10個って(白目)



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第116話 その力の名は――



前回のあらすじ
ラーの翼神竜「『ライフちゅっちゅギガント』なんて呼ばせない!!」

オシリスの天空竜「効果が10個って盛り過ぎでしょ」

オベリスクの巨神兵「元々の効果も多かったゆえだろう」




 

 

 『ラーの翼神竜』の力によって千載一遇の機会をふいにしたアクターは相変わらずの無反応でカードを引く。

 

「私のターン、ドロー。このスタンバイフェイズに自身の効果で除外されていた《ゼンマイラビット》はフィールドに戻る」

 

 アクターの足元からフィールドに手と足が同時に出る緊張した歩き方で歩み出る《ゼンマイラビット》。

 

 『ラーの翼神竜』の力を見た後ゆえの恐怖からか頭上の兎耳がプルプルと震える。

 

《ゼンマイラビット》

星3 地属性 獣戦士族

攻1400 守 600

 

「バトルフェイズ。《ゼンマイラビット》でダイレクトアタック」

 

 しかし拳を握り、己の身体の震えを振り切った《ゼンマイラビット》は闇マリクに向けて駆け出し拳を振るうが――

 

「おっと、そうはさせねぇ――永続罠《拷問車輪》を発動! 発動時に相手モンスター1体を捕らえ、そのモンスターの攻撃と表示形式の変更を封じる!!」

 

 その勇気を遮るように巨大な顎を持つ骨に車輪が取り付けられた拷問危惧が現れ、そこから《ゼンマイラビット》を捕らえんと鎖が射出された。

 

「《ゼンマイラビット》の効果で自身を除外」

 

 だがその鎖が届く前に月に届きそうな程に慌てて天高く跳躍した《ゼンマイラビット》。《拷問車輪》から放たれた鎖は空を切る。

 

「チッ、面白くねぇ奴だ――だがダイレクトアタックは不発! 早く俺のライフを削らないと『ラーの翼神竜』の力から逃げられないぜ?」

 

 相手をいたぶりつつ防御するカードが躱された事実に己の楽しみを邪魔されたように闇マリクは舌打ちするも、まだデュエルは始まったばかりだと軽く挑発を混ぜるが――

 

「メインフェイズ2へ移行。フィールド魔法《エンタメデュエル》を発動。さらにカードを5枚セットして、ターンエンド」

 

 ビルが立ち並ぶ街並みが現れていくのを余所に何の反応もなくデュエルを続けるアクターに苛立ち気な視線を向ける闇マリク。

 

 だがニヤリと笑みを浮かべて己のセットカードの1枚に手をかざした。

 

「お前のエンドフェイズに罠カード《深すぎた墓穴》を発動!」

 

 闇マリクの背後に巨大な穴が開く。

 

 その穴はかなり奥底まで続いており、遥か先にうごめくモンスターたちの気配がこのデュエル場に僅かばかり感じられる程度だ。

 

「この効果により俺は墓地のモンスターを1体選び、次のスタンバイフェイズにソイツを蘇生する!!」

 

 そのモンスターたちの中から瞳を光らせたのは――

 

「俺が選ぶのは当然、『ラーの翼神竜』!!」

 

 三幻神の最高位、『ラーの翼神竜』――その赤い瞳がアクターを突き刺す。内心で背筋が凍るアクター。

 

 

 そんなアクターの戦々恐々な内心を知らぬ闇マリクは最後のリバースカードに手をかざす。

 

「さらにもう1枚のリバースカードも発動だ! 罠カード《裁きの天秤》!!」

 

 フィールドに現れた神々しいオーラを放つ老人が天秤を構える姿に闇マリクは高らかに笑う。

 

「フィールドにカードを山ほど出してくれてありがとよ! お陰で山程カードが引き込めるぜ!」

 

 その闇マリクの言葉通り、《裁きの天秤》は相手のフィールドのカードが多ければ多い程にその効果を最大限に発揮する。

 

「本当に最高だよ、獲物が罠にかかった瞬間はなァ!! ハハッハハハハハハ!!」

 

 その為、アクターの大量にカードを伏せる戦術は闇マリクにとって鴨が葱を背負って来るようなものだった。

 

「《裁きの天秤》の効果で俺の手札・フィールドのカードがお前のフィールドのカードより少ない時! その差だけ俺はドローする!!」

 

 闇マリクのフィールドには罠カード《裁きの天秤》と無意味に残った永続罠《拷問車輪》の2枚。

 

 一方のアクターのフィールドはフィールド魔法《エンタメデュエル》に加え、5枚のセットカードを合わせた計6枚。

 

 その2つが《裁きの天秤》に乗せられ傾き始め――

 

「その差は4枚! よって4枚のカードをドロー!!」

 

 《裁きの天秤》の上の4つの光が闇マリクの手札として舞い込んだ。

 

 

 一気に手札を増やした闇マリクは再び攻勢に出る。

 

「手札の補充はタップリだ!! 俺のターン! ドロー!! このスタンバイフェイズに罠カード《深すぎた墓穴》の効果により神が復活する!!」

 

 空に浮かぶ大穴から黄金の太陽が空高く昇っていく。

 

「不死鳥は、再び墓地より、舞い戻る! 降臨せよ! 『ラーの翼神竜』!!」

 

 やがてその黄金の球体は展開し、黄金の不死鳥となって周囲全てを押し潰してしまいそうなプレッシャーを放ちながら『ラーの翼神竜』は舞い戻った。

 

『ラーの翼神竜』

星10 神属性 幻神獣族

攻 ? 守 ?

 

 

「お次はコイツだ――《ドリラゴ》を召喚!」

 

 さらに闇マリクの手札から新たに飛び出したのは全身の至る個所からドリルが伸びる二脚のマシン。獲物を恐怖させるようなドリルの駆動音が体中のドリルから響く。

 

《ドリラゴ》

星4 闇属性 機械族

攻1600 守1100

 

「そして『ラーの翼神竜』の効果を発動! 俺のモンスターの命を力へと変えよ!!」

 

 だが肝心要の《ドリラゴ》はすぐさま神の炎に包まれ、『ラーの翼神竜』へと呑み込まれて行った。

 

『ラーの翼神竜』

攻 0 守 0

攻1600 守1100

 

 

 そんな中で城之内が疑問の声を上げる。

 

「アイツ……なんで態々『ラーの翼神竜』の効果を? 攻撃力の合計は変わらねぇじゃねぇか?」

 

 闇マリクが態々モンスターの1体を減らしたプレイングに対しての言葉だったが、三幻神の効果を知らぬ城之内が不審がるのも無理はない。

 

「ふぅん、だから貴様は凡骨なのだ――神にはあらゆるカード効果を物ともしない絶対的な耐性が存在する」

 

「つまりマリクはアクターの5枚のセットカードを警戒しているんだ」

 

 その城之内の無知を鼻で笑った海馬に城之内は怒りを見せるが、続く遊戯の補足に矛先を収めた。

 

 そんなギャラリーの声に闇マリクは得意気に笑う。

 

「ご高説どうもありがとよ!」

 

 しかし、5枚のセットカードという面倒な状況に闇マリクは思案する。

 

――とはいえ、奴のライフは2800……前のターンで自分のライフを削るようなカードがあった以上、自身のライフを回復させるカードもある筈……

 

 先程のターンのように闇マリクのライフが減った瞬間にアクターがバーン効果で闇マリクのライフを直接狙うことは明白。

 

 ゆえに闇マリクは己のライフにある程度の余裕を持たせながら動かなければならない。

 

 ライフを糧に力を発揮する『ラーの翼神竜』の特性を狙い打たれたような状況だった。

 

――チマチマ回復されても面倒だ。ここは初期ライフ4000を目安に一気に削る!

 

 しかし闇マリクは己の手札の1枚を見やり、攻める姿勢を崩さない。

 

「さらに俺のライフを100の倍数――2400ポイントを神に捧げ! 神との融合を果たす!!」

 

闇マリクLP:6000 → 3600

 

『ぐぁああッ!!』

 

 身体の1割が闇に喰われて行くマリクの苦し気な声が木霊し、その喰われたライフという名の命が『ラーの翼神竜』の力となっていく。

 

 やがて再び『ラーの翼神竜』の額の宝玉から身を伸ばす闇マリク。

 

『ラーの翼神竜』

攻1600 守1000

攻4000 守3400

 

「今度こそ死にな!! 『ラーの翼神竜』でダイレクトアタック!! ゴッド・ブレイズキャノン!!」

 

 再び『ラーの翼神竜』から煉獄の炎がアクターへと向けて放たれた。

 

 

「その攻撃時、罠カード《ディメンション・ウォール》を発動。この戦闘で受ける戦闘ダメージは相手が受ける」

 

 しかしアクターの前に浮かび上がったのは鏡のような不可思議な壁。その壁には闇マリクの姿が映っている。

 

「チィッ!! 読み違えたか!! ならば俺は手札を1枚捨てて『ラーの翼神竜』との融合を解除する! これで神の攻撃力は0! 戦闘ダメージは発生しない!!」

 

 闇マリクのライフは3600の為、今現在、攻撃力4000の『ラーの翼神竜』の攻撃を受け止めきることは出来ない。

 

 ゆえに『ラーの翼神竜』との融合を解除すべく動く闇マリクだったが――

 

「その効果にチェーンして罠カード《仕込みマシンガン》を発動。相手の手札・フィールドのカードの数×200のダメージを与える」

 

 地面からカラフルなカラーリングのマシンガンが現れ、ライフが回復する前の闇マリクを打ち抜かんと顔を覗かせる。

 

 その数は5つ――ちょうど闇マリクのフィールドのカード2枚と手札3枚の合計分。

 

「ハッ! 神との融合が解除され、俺のライフが回復する前にダメージを与える魂胆だろうが、その程度は見切ってんだよォ!!」

 

 しかし闇マリクは動じない。

 

 今の闇マリクが受ける《仕込みマシンガン》のダメージは1000――それでは3600ある闇マリクのライフを削り切るには至らないのだから。

 

「チェーンして2枚目の《ゴブリンのやりくり上手》を発動。墓地の同名カードの数+1枚のカードをドローし、手札を1枚デッキに戻す」

 

 しかしアクターは止まらない。先のターンの焼き増しのように現れる1体のゴブリンは伏せの姿勢をとって《仕込みマシンガン》の衝撃に備えている。

 

「チェーンして速攻魔法《非常食》を自分フィールドの魔法・罠カードを任意の数、墓地に送り発動」

 

 そんなゴブリンの手に《非常食》が配られた。

 

「罠カード《ディメンションウォール》・《仕込みマシンガン》・《ゴブリンのやりくり上手》の3枚を墓地に送り、そのカードの枚数×1000のライフを回復する」

 

 その数は3枚――ゴブリンもホクホク顔である。

 

「チェーンして速攻魔法《連鎖爆撃(チェーン・ストライク)》を発動。チェーン2以降に発動でき、このカードの発動時のチェーンの数×400のダメージを与える」

 

 しかしそのゴブリンの足には何か嫌な予感を感じさせる鎖が巻かれ始める。その先は《仕込みマシンガン》や闇マリクへと向けて繋がっていた。

 

「発動時のチェーンは『 6 』よって2400ポイントのダメージを与える」

 

「なっ!?」

 

 予想外の大きな効果ダメージに目を見開く闇マリクだったが直ぐに頭を冷やし状況を整理し始める。

 

――いや、落ち着け……合計3400のダメージを受けても俺のライフは200残る。何も問題は……

 

 そう考えた辺りで闇マリクの脳裏にふと疑問が浮かぶ。

 

 

――あのフィールド魔法の効果はなんだ?

 

 アクターが先のターンで発動したフィールド魔法《エンタメデュエル》。

 

 その効果は未だに発動されておらず、闇マリクにとっては未知のカード。それがもし――

 

 

 

 

 

 

 ダメージを追加するような効果だったら。

 

 

 

 そんな考えが浮かんだ闇マリクの背に嫌な汗が流れる。そしてその危機感を振り切るように手札の1枚を切った。

 

「――ッ!! 俺は手札から《ジュラゲド》の効果を発動! バトルステップにコイツを手札から特殊召喚し、1000のライフを回復する!!」

 

 すぐさま闇マリクの手札から飛び出したのは二本の角を持った足の無い青い悪魔。

 

「チェーンの逆処理だ!! まずは俺の《ジュラゲド》が特殊召喚され、ライフを1000回復!!」

 

 そこから《ジュラゲド》は両の手の鋭利な3本の爪を地面に突き立て、胴体から伸びた丸い球体に一本の棘が生えた下半身を下げて伏せた。

 

《ジュラゲド》

星4 闇属性 悪魔族

攻1700 守1300

 

 やがてその身体から青いオーラが溢れ闇マリクを覆っていく。

 

闇マリクLP:3600 → 4600

 

 初期ライフをオーバーする程に回復した闇マリクにアクターの声が届く。

 

「フィールド魔法《エンタメデュエル》の効果」

 

「やはりか!!」

 

「互いのプレイヤーが1ターン中に特定条件を満たした時、1つの条件に付き1ターンに1度、デッキから2枚ドローする」

 

 周囲のビル群から明かりが灯り、ネオンが光る。そんな中を駆け抜けるのは除外されている《ゼンマイラビット》。

 

「『チェーン5以上でカードの効果を発動した』条件を満たした為、2枚のカードをドローする」

 

 そんな《ゼンマイラビット》が宙でクルリと一回転した後、闇マリクに向けて星型の光を投げ渡した。

 

「俺へのドロー効果だと?」

 

 予想外の臨時収入に手札を潤す闇マリクだったが、喜んでばかりもいられない。

 

「速攻魔法《連鎖爆撃(チェーン・ストライク)》の効果により2400のダメージ」

 

 繋がれた鎖が次々に爆発していき、闇マリクへと迫っていく。そして都度6回目の一際大きな爆発が闇マリクを襲った。

 

「ぐぉおおおッ!!」

 

闇マリクLP:4600 → 2200

 

「此方もチェーン5以上でカードを発動した為、フィールド魔法《エンタメデュエル》の効果で2枚ドロー」

 

 先程の爆発に巻き込まれたのか天を飛んでいく《ゼンマイラビット》がすれ違いざまにアクターへと手札を投げ渡し、夜空へと消え星になる。

 

「次に速攻魔法《非常食》の発動時にカードを3枚墓地に送ったことでライフを3000回復」

 

 ゴブリンが持っていた筈の《非常食》は先程の爆発でアクターの足元に転がっており――

 

アクターLP:2800 → 5800

 

「次に罠カード《ゴブリンのやりくり上手》の効果――墓地の同名カードは2枚よってデッキから3枚ドローし、手札の1枚をデッキに戻す」

 

 その肝心のゴブリンは既にこの場にはおらず、夜空で親指を立てて良い笑顔をアクターに向けていた。アクターは見ていないが。

 

「次に罠カード《仕込みマシンガン》の効果で1400ポイントのダメージを与える」

 

 5つから7つに増えたマシンガンが一斉に火を噴き、闇マリクへと闇のゲーム特有のリアルダメージを与えていく。

 

「ぐぁああああッ! ぐっ……この為にフィールド魔法の効果でドローさせたのかッ!!」

 

闇マリクLP:2200 → 800

 

 大きくダメージを受けた闇マリクは苦し気に膝を付くが、苦し気な表情の中に確かな笑みが残っていた。

 

「だが! 次のチェーンで俺と『ラーの翼神竜』の融合が解除される! 神の攻守は0になり俺のライフを攻撃力分回復だ!!」

 

 アクターを狙っていた『ラーの翼神竜』の業炎が消え、代わりに傷を癒す炎の祝福が闇マリクに降り注ぐ。

 

『ラーの翼神竜』

攻4000 守3400

攻 0 守 0

 

闇マリクLP:800 → 4800

 

「最後に罠カード《ディメンションウォール》の効果によりこの戦闘でのダメージは相手が受ける」

 

「ハハハッ! だとしても既に神の攻撃力は0! 俺にダメージはない!!」

 

 不可思議な壁に鏡のように闇マリクの姿が映るが、何の影響も与えはしなかった。

 

 

「ククク……しかしさっきのは効いたぜ……痛かった――なぁんてもんじゃねぇ……この苦痛はキッチリ倍返ししてやらねぇとなァ!!」

 

 予想外にライフを大きく削られた闇マリクだったが、その余裕は崩れない。

 

――お前のカードのお陰でいいカードが引けたぜ!

 

 アクターの発動したフィールド魔法《エンタメデュエル》でのドローは闇マリクの背を押すカードを引き込ませていた。

 

「俺は魔法カード《マジック・プランター》を発動! 無意味に残った永続罠《拷問車輪》を墓地に送り2枚ドロー!」

 

 用済みになった《拷問車輪》が木っ端微塵に砕け散り、残ったパーツが手間賃替わりに闇マリクの手札に舞い込む。

 

「さらに速攻魔法《ご隠居の猛毒薬》を発動し、俺への回復か相手へのダメージかを選ぶ! 俺のライフ回復効果を選び1200ポイント回復する!」

 

 赤いローブの老婆が緑と紫、2つの液体がそれぞれ入ったビンを闇マリクに向けるが、闇マリクが選んだのは回復効果のある緑の液体。

 

 その緑の液体が気体となって闇マリクの周囲を覆い癒した。

 

マリクLP:4800 → 6000

 

 ちなみに紫の液体は相手に800の効果ダメージを与えるものである。

 

「まだだ! 永続魔法《強欲なカケラ》を発動し、さらに魔法カード《悪夢の鉄檻》も発動!」

 

 砕けた壺の欠片が闇マリクのフィールドに散らばり、黒い格子状の鉄檻がアクターを閉じ込めた。

 

「これでフィールドに残った《悪夢の鉄檻》が存在する限り、互いのモンスターは2ターンの間、攻撃が封じられた……もっとも、俺の『ラーの翼神竜』はこんな檻じゃ止められねぇがなァ!!」

 

 その闇マリクの言葉通り、攻撃を封じる効果を持つ《悪夢の鉄檻》だが、その効果はあくまでモンスターに対してのもの。

 

 その為、あらゆる効果を受けつけない『ラーの翼神竜』にとって《悪夢の鉄檻》など無いも同然だった。

 

「つまりお前の死と敗北の運命は変わらねぇのさ! カードを2枚セットしてターンエンド!!」

 

 残りの手札も全て伏せ、盤石の態勢を敷いた闇マリクは得意気にターンを終える。

 

「エンドフェイズに――不死鳥は、再び墓地に、舞い戻る……」

 

 そして『ラーの翼神竜』は再び炎の身体となって闇マリクのデュエルディスクの墓地ゾーンへと吸い込まれて行った。

 

 

 

 互いに譲らぬ攻防の中、アクターはデッキに手をかけながら焦燥感に苛まれていた。

 

 

 デッキはかなり動けているが、肝心要の闇マリクのライフは中々削れずアクターのデッキは半分を切りかけている。

 

 残りのデッキのバーン系統のカードの枚数に意識を向けながら、カードを引くアクター。

 

「私のターン、ドロー。このスタンバイフェイズに自身の効果で除外されていた《ゼンマイラビット》はフィールドに戻る」

 

 その宣言に空から耳をパラシュートのように広げた《ゼンマイラビット》がフワフワと降りて、地面に立つ。

 

 そしてアクターの元へ行こうとするが、アクターの周囲を覆っていた《悪夢の鉄檻》の鉄格子を前に立ち止まりバシバシと鉄格子を叩く――外で待っていなさい。

 

《ゼンマイラビット》

星3 地属性 獣戦士族

攻1400 守 600

 

「……カードを5枚セットし、ターンエンド」

 

 三度、5枚のカードを伏せたアクターは緊張感を隠しながらターンを終える。

 

 

 

 だがそんな戦々恐々な面持ちのアクターだったが、その無駄に人間離れした聴力がある音を拾った。

 

 

 それは希望の足音。

 

「さぁて、俺のターンだ」

 

 そんな闇マリクの声を掻き消す様に大きく響いた足音と共に声が届く。

 

「マリク様!!」

 

「何とか間に合ったようですな……」

 

 その正体は神の怒りによるダメージから回復したリシドと、そのリシドを背負うツバインシュタイン博士の姿。

 

 そのツバインシュタイン博士の腕は血管が脈動し、心なしかいつもと違い手足が丸太のように太い――何やったんだ、この爺さん。

 

「あぁ? ケッ、生きていやがったのかリシド……しぶとい奴だ」

 

 ツバインシュタイン博士の背から降りるリシドに目障りそうな視線を向ける闇マリクがそう一人ごちる。

 

「だが、もはやお前が出てきたくらいじゃ俺が人格交代することはねぇ……」

 

 しかし、闇マリクの言う通り、全ては遅かった。

 

「その忌々しい刻印があろうが、肝心の主人格サマは心を閉ざしちまったからなァ!」

 

 既にマリクの心は罪悪感によって押し潰される寸前であり、リシドの姿を見ても気力が戻らない程に精神的に弱っていた。

 

 そんなマリクに闇マリクはご機嫌で語り掛ける。

 

「ほら、主人格サマよォ! お仲間のリシドが駆けつけてくれたぜ? お前のせいで数々の罪を背負った哀れな男がなァ! ハハハハハ!」

 

『……リ……シド……済まな……い……ボクは……』

 

 弱々しくリシドに謝罪の言葉を繰り返すマリクの姿には覇気の欠片もない。これではリシドが復帰し、顔の刻印の力があったとしても闇マリクを封じるには至らない。

 

 

 しかしリシドはマリクに向けて声を張る。

 

「マリク様! 絶望に、負けないでください! 例え闇の中であっても人は生きていかなければなりません!」

 

 マリクを元気付けるように言葉を選ぶリシド。

 

「墓守の宿命など関係のない、人の宿命として!!」

 

 そんなリシドの言葉を後押しするようにイシズも続く。

 

「そうです、マリク! 生きて光を掴むのです!」

 

『もう……良いんだ……リシド……姉さん……ボクに生きる……価値なんて……』

 

 だがマリクの精神は闇に沈むばかり、今のマリクには「生きる意志」が何よりも欠如していた。

 

「そんな……マリク……」

 

 そんな絶望に沈むマリクの姿に涙ぐむイシズ。

 

 

 

「そんなことは絶対にない!!」

 

 

 だがリシドはらしからぬ程に声を荒げた。

 

『……リシド?』

 

 リシドらしくない荒い口調をマリクが疑問に思うが、リシドの言葉は止まらない。

 

「例え世界中の人間が、マリク様自身が! マリク様の死を望んでも! 私は! 私はマリク様に生きていて欲しいのです!!」

 

 それは偽らざるリシドの本心。

 

「マリク様! 生きてください! 私は貴方と共に歩んでいきたい!! イシズ様と共に!! 昔のようにしがらみなく、共に生きたい!!」

 

 マリクとイシズはリシドにとってかけがえのない「家族」だった――世界の誰よりも、代わりなど存在しない大切な存在だった。

 

 ゆえにリシドは駄々をこねる子供のように叫ぶ。

 

 

「生きてください、マリク様!!」

 

 

 そんなリシドの姿に闇マリクは唾を吐く。

 

「生きてどうするよ! コイツ(表のマリク)のしでかしたことは取り消せねぇ! コイツに自分の罪を背負う度胸も、度量もねぇよ!!」

 

 闇マリクは誰よりもマリクの心の弱さを知っていた――他ならぬ己のことゆえに。

 

 よって最もマリクを絶望させうる闇マリクの言葉がマリクの気力を削っていく。

 

『リシド……』

 

「どうか、どうか! 生きてください、マリク様!」

 

 活力のないマリクの言葉にリシドは涙ながらに膝を付く。

 

「……私は……もう……置いて行かれるのは……嫌だ……」

 

 実の両親に置いて行かれ(捨てられ)、拾われた先でも置いて行かれ(拒絶され)、そして今、マリクに置いて行かれ(死に別れ)そうになっていたリシドが最後に漏らした言葉。

 

 それは、ずっと己を強く保ってきたリシドが初めてマリクに零した弱音だった。

 

 

 そのリシドの姿にマリクの心が揺れ動く。

 

『……リ……シド』

 

 マリクにとってリシドは頼りになる兄のような存在だった。

 

 ゆえに辛い時も苦しい時も、マリクはリシドを頼った――リシドの心に見向きもせずに。

 

 

 マリクが結成したグールズの行いに加担したことで罪悪感に苛まれ、

 

 マリクを守る為に様々な人間の嫌悪といった負の感情を向けられることに耐え続け、

 

 マリクを救うべく己の命を投げ出す覚悟を持つ為に、気を張り詰め続ける日々。

 

 

 リシドの心はとうに限界だったのだ。

 

 

 その事実をようやく目の当たりにしたマリクは己を恥じる。

 

 復讐心に囚われていたマリクは見えていなかった。自身が本当に欲したものが何だったのかを。

 

 

 

『リシド!!』

 

 マリクの心に復讐の炎以外の火が灯る――それはマリクが己の弱さと向き合おうとした瞬間でもあった。

 

「ぐあぁああッ! コイツ急に!?」

 

 マリクの心が絶望から脱したことで、身体の主導権が闇マリクからマリクに傾き始める。

 

 苦し気に顔を押さえる闇マリクを余所に、闇への生贄として浮かぶマリクはリシドとイシズに強く視線を向けて想いを解き放つ。

 

『済まない、リシド! 姉さん! ボクはいつも自分のことばかり!』

 

「バカな! お前には……もうそんな力は残っていない筈!!」

 

 身体の主導権を取り返そうとするマリクに苦し気に抵抗する闇マリクの「何故」との言葉にマリクは力強く返す。

 

『ああ、ボクにそんな力は残っていない! ――この力はリシドがくれたものだ!!』

 

 自分だけの力ではないのだと。

 

「うるせえッ!  そんなくだらねぇ御託で! 如何にかされてたまるか!!」

 

 負の感情で動く闇マリクに理解できない「信頼」という名の正の感情――それは「心の闇」の塊である闇マリクには酷く癪に障るものだった。

 

『ボクは許されないことをした――だけど、こんなボクを家族と思って、今まで共にいてくれたリシドの想いまで裏切りたくはない!!』

 

「うるせえって言ってんだよッ! ぐっ……うああッ……!?」

 

 マリクの感情の発露を戯言だと切って捨てようとする闇マリクだが、人格の主導権は闇マリクの手からどんどんと離れていく。

 

 

『うぉおおおぉおおおおぉおおおお!!』

 

「がぁあぁああぁああああああッ!!」

 

 

 やがて互いの全霊を賭けた最後の心のぶつけ合いの後、立っていたのは――

 

 

 

 

「ぐっ……」

 

『バカな……こんなことが……!?』

 

 苦し気に膝を付くマリクと、闇への生贄として宙に固定された闇マリクの姿。

 

 そう、マリクへと身体の主導権が戻ったのである。

 

「……これで……もうお前の意思で、この身体を動かすことは出来ない……」

 

『死に損ないの主人格サマがこの俺を追い出し、再び肉体を取り戻すとは……』

 

 息を切らしながら、マリクを見やり闇マリクは信じられないと零す。

 

 

 やがてマリクは亡霊となった父と最後の会話をすべく父へ――亡者たちへと目を向けた。

 

「父上……ボクは――父上?」

 

 そのマリクに届いたのは――

 

 

 

『熱い、熱い、熱い、熱い熱い熱い熱い熱ィイイイイ!!』

 

 身体を神の炎に焼かれ、その痛みに絶叫を上げる男の声。

 

『おばあさま の かたみ の だいじな かーど が――』

 

 涙ながらに残酷な現実を突きつけられた少女の悲痛な声。

 

『あの人がグールズの仲間に!? そんな訳ない! あの人は優しい人で――』

 

 幸せだった日々が音を立てて崩れた事実が受け入れらず、錯乱する女の声。

 

『息子が行方不明なの!』

 

 愛する我が子を失い悲しみに暮れる母の声。

 

『カァトリィイイイイヌゥウウウウ!!』

 

 愛する人の存在を利用された事実に嘆く男の声。

 

『グールズに会社が!? 破滅だ! 俺は破滅だ!!』

 

 全てを失い、寄る辺もなく絶望する男の声。

 

『父さん……目を開けてよ……なんで父さんがこんな目に……』

 

 越えるべき大切な背を奪われ、沸々と憎悪を掻き立てる少年の声。

 

 悲劇。悲劇。悲劇。悲劇。悲劇。悲劇。悲劇。悲劇。悲劇。悲劇。悲劇。悲劇。悲劇。悲劇。

 

 

 マリクに憑りつくおびただしいまでの亡者の数だけ、悲劇があった――全てグールズの被害者たち。マリクが生み出した惨劇。

 

 そんな亡者の1人ががらんどうな瞳でマリクと視線を合わせ――

 

『オマエ ノ セイダ』

 

 呪いの言葉を呟く。

 

「これは……ボクが……」

 

 人格が交代したことで亡者の対象も変わったゆえの現象だった。

 

『フフフ……ハハハハハハハハッ! そうだ! そうだぜ、主人格サマよォ!! お前がこのデュエルに負ければ、コイツらにお前の全ては根こそぎ奪いつくされ、そして死ぬ!』

 

 驚き瞳を見開くマリクにここぞとばかりに闇マリクは畳み掛ける。

 

『リシドと生きるんだろう? なら答えは一つだ!』

 

 生きてさえいればいつか身体の主導権を奪うことが出来るとほくそ笑みながら。

 

『俺たちは同じ肉体を共有する仲間だろう? 今はこの場を生きて切り抜けることを考えな! まだライフもカードも十分にある! 俺のことは(アクター)を殺した後で――』

 

「黙れ! もうボクは過ちを繰り返しはしない!」

 

 甘言を語る闇マリクだったが、対するマリクはその提案に拒絶の意を示す。

 

 

 

『カエシテ ワタシ ノ――』

 

「済まない……本当に……」

 

 そしてマリクへと手を伸ばす亡者の1人の手を取った。

 

「ボクは許されない罪を犯した。心の闇に呑まれ、もう一人のボクを作り上げ、 父を殺め、陽だまりを生きる人から多くを奪った……」

 

 亡者たちを前に懺悔するように言葉を並べるマリク。

 

「今、償うよ――例え、償えなくても」

 

 そして固い決心と共に亡者たちを見やる。

 

「アクター。このデュエルでボクに贖罪の機会をくれたことに礼を言うよ」

 

 背中越しにアクターにそう言いながら、マリクの手はデッキの上にと向かっていく。「デッキの上に手をかざす」――その意味を知らぬデュエリストはまずいない。

 

 ゆえに闇マリクは叫ぶ。

 

『ま、まさか! やめろォッ! そんなことすりゃお前も死ぬかもしれねぇんだぞ!』

 

「だとしても……ボクは逃げない! 彼らの想いから、ボク自身の罪から、お前(闇マリク)からも……もう逃げない!」

 

 闇マリクの必死の訴えにマリクは恐怖で震える足を叩き、己に叱咤激励しながら闇マリクに宣言する。

 

「そして生きて償うんだ! ボクはリシドと姉さんに誇れる人間でありたい!」

 

 恐怖を感じながらも、マリクの決心は揺るがない。

 

「姉さん……沢山迷惑をかけてゴメン……」

 

 今際の言葉のようにイシズに小さく笑いかけるマリク。

 

「そしてリシド、ボクと生きたいと願ってくれてありがとう……でもボクはこの罪と向き合わなきゃいけない」

 

 そしてリシドにも最後の願いだとその瞳を真っ直ぐに見据えた。

 

 

「そんな! ダメよ、マリク!!」

 

 マリクの言葉の真意を感じ取ったイシズは悲痛な声を上げ、前に出る。

 

「……イシズ様……マリク様の覚悟を見届けて上げて下さい……!!」

 

 しかし歯を食いしばりながら駆け出したい思いに耐えたリシドの手がイシズの動きを制した。

 

 

 

 そんなイシズとリシドの姿を心の支えにマリクは闇マリクへ向き直る。

 

「ボク自身の闇よ……共に行こう」

 

『や、やめろぉ……』

 

 そしてマリクの手がデッキの上にかざされた。

 

「サレンダーだ」

 

『ぬおっ、サ……レンダー……此処で終わっちまう……のかッ!』

 

 2人のマリクの言う通り、この所作は自らの敗北を認めてデュエルを終える――所謂「投了」にあたる所作。

 

 

 マリクは己からデュエルを降り、闇のゲームの罰ゲームを自ら受けることで亡者たちの無念を受け止めることを選んだ。

 

「ボクの全てを君たちに」

 

 その言葉を最後に、静かに瞳を閉じるマリク。

 

 亡者たちの奔流を受ければどうなるかなど分からぬ恐怖がマリクにはあったが、その心は不思議な程に静寂に包まれていた。

 

 

 

 それは、やっと己と向き合うことが出来たからなのかもしれない。

 

 

 

 亡者たちの無念を待つマリク。

 

 

 

 だがいつまで待っても闇のゲームの罰ゲームが開始される素振りはなかった。

 

「何も……起こらない?」

 

 そっと瞳を開き、周囲を見渡すマリク。

 

 周囲には瞳を閉じた前と変わらぬ光景が広がっている。

 

 

「マリク・イシュタール」

 

 不思議そうな表情を見せるマリクにアクターの声が届いた。

 

「ボクを……見逃すのか?」

 

 そのアクターに対し、浮かんだ疑問をそのままぶつけるマリク――これが、マリクの覚悟を受け止めたアクターなりの答えなのかと。

 

 

 やがてアクターはいつものように変わらず返す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「其方のターンだ」

 

 闇のゲームにサレンダーなどない(止める方法が分からない)

 

 






引きたくても引けないアクター。

誰かー! 取扱説明書ー! 取説どこー!!





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第117話 強き心、弱き心



前回のあらすじ
♪~(例の音楽)

杏子「やったぁ! マリクが闇マリクから身体の支配権を取り返したわ!

そしては己の過ちを認め、罪を償うことを誓い自らサレンダーを選んだマリク

長く続いた悲しみの連鎖もこれでようやく終わるのね!


ええっ!? 闇のゲームはどちらかが負けるまで止められないの!?

そんな! マリクが自分の心の弱さ――心の闇を受け入れたのに!

此処まで来て、どちらかが犠牲にならなきゃいけないの!? そんなの悲し過ぎるわ!

前回!『何とかしろ、遊作!!』 デュエルスタンバイ!」





 

 

 闇のゲームにサレンダーがない事実に闇マリクは高笑いしつつ、まだツキは残っていると希望を見出す。

 

『フハハハハハッ! 千年アイテムはこの戦いから降りることを許さねぇとよォ!』

 

 だがこの状況を看過できない人間――城之内が声を張る。

 

「おい、お前! 降参してる相手にこれ以上の追い打ちはやめろよ! もう十分だろ!!」

 

 アクターに向けて放たれた城之内の言葉だったが、アクターからの返答はない――それもその筈、今の状況に一番戸惑っているのはアクター自身だ。

 

「そうだよ、彼は『償う』って言っているじゃないか!」

 

「もうやめてよ!」

 

 しかしそんなこと等知る由もない一同の中から御伽と杏子が続くがアクターは何一つ返答しない。

 

 今のアクターはこの状況をどうにかして良い感じに纏める為の手段を模索するのに忙しかった。

 

 原作ではマリクがサレンダーすることで闇のゲームが無事に終わっていたにも関わらず、今の状況がある為、アクターは冥界の王の知識も含め全力で頭を回していた。

 

 

 ゆえに何の反応もないアクター。しかし痺れを切らした本田が怒鳴る。

 

「この野郎、聞いてんのか!! 無視するんじゃねぇ!」

 

「ククク……」

 

 しかしその本田をバクラは嘲笑っていた。

 

「何がおかしいんだ、バクラ!!」

 

 バクラの馬鹿にするかのような姿に怒りを見せる本田だったが、バクラからすれば滑稽で仕方がない。

 

「そりゃテメェらの馬鹿みてぇな話なんざ、ヤツ(アクター)も聞く耳を持たねぇだろうよ」

 

「なぁんだと!?」

 

 嗤いながら告げられた言葉に怒りを見せる城之内。

 

「テメェも知っている筈だぜ――闇のゲームがそんな甘いもんじゃねぇってことをよ」

 

 だが続くバクラの発言に言葉を失った。

 

 遊戯を含め、城之内たちはバクラの仕掛けた闇のゲームを経験している。

 

 

 ゆえに誰よりも理解していた。理解していた筈だった。

 

 闇のゲームは基本的に「止めたくなったから止められる」ような甘いゲームでは決して「ない」ことを。

 

 

 文字通り「闇」のゲームであることを。

 

 

「ッ! だったら遊戯!」

 

 しかし城之内は諦めない――まだ不思議な力を持つ遊戯の「千年パズル」に希望を託して。

 

「無駄だよ」

 

 だがその希望はすぐさまバクラによって両断された。

 

「やってみなくちゃ分かんねぇじゃねぇか!」

 

「出来たらとっくにやってるだろうさ――出来ねぇからこそ、今も指をくわえてみているしか出来ねぇんだろうが」

 

 がなる城之内にバクラは遊戯を顎で示しながら現実を突きつける。その先の遊戯は――

 

「済まない……城之内くん……」

 

 悔し気に握り拳を固め、沈痛な面持ちをしていた。

 

「マジ……かよ……」

 

 どうにもならない現実に絶望の色を見せる城之内――とコッソリ聞き耳を立てていたアクターは眩暈を覚える。『遊戯でも無理なのか』と。

 

 ちなみに冥界の王の知識からは碌な解決手段はなかった。

 

 

 

 そんなギャラリーの喧噪に背を押されるように闇マリクは高らかに笑う。

 

『その通りだ! 闇のゲームにサレンダーはねぇ! お前は戦わなきゃならねぇんだよ!!』

 

「そうか……ならばボクのターン、ドローだ!」

 

 しかし闇マリクの言葉にも、今のマリクは動じない。リシドとイシズに誇れる人間であろうと己の心の闇と向かい合うと決めたのだから。

 

「このドロー時に永続魔法《強欲なカケラ》に強欲カウンターが1つ乗る」

 

強欲カウンター:0 → 1

 

 壺の欠片が集まり、壺に描かれたニヤケ面が半分浮かび上がった。

 

「最後に、ボクのわがままを通そう」

 

 そんな覚悟の籠った言葉と共にリバースカードに手をかざすマリク。

 

「ボクは永続罠《リビングデッドの呼び声》を発動! 墓地から『ラーの翼神竜』を蘇生させる!!」

 

『いいぞ! 戦え! 戦い続けろ!』

 

 三度顕現する三幻神が最高位、『ラーの翼神竜』――その全てを焼き尽くす絶対的な存在が翼を広げる。

 

『ラーの翼神竜』

星10 神属性 幻神獣族

攻 ? 守 ?

攻 0 守 0

 

「そしてボクはライフを100の倍数――いや、ライフを100のみ残し! 全てのライフを神に捧げる!! 『ラーの翼神竜』よ! どうかボクの最後の願いを聞き遂げてくれ!!」

 

マリクLP:6000 → 100

 

 マリクの想いを受け取った『ラーの翼神竜』はそのライフを根こそぎ吸収し、その力は強大さを増していき絶対者としての存在感を高めた。

 

『ラーの翼神竜』

攻 0 守 0

攻5900 守5900

 

 マリクのライフが100に「減った」ことにより闇マリクの身体の大半が闇に喰われ、その片側の瞳だけが残る。

 

 さらに亡者たちの数が増え、それら全てがマリクに憑りついて行った。

 

 これがマリクの最後のわがまま。

 

「ボクには彼らの想いを受け止めることしか出来ない……」

 

 効果ダメージを主体とするアクターのデッキならば100のライフなど削るのは容易い。つまりこれは自らの首を差し出す行為だった。

 

『ふざけるなよォ! ここで戦わねぇなら俺たちは死ぬんだぞ!!』

 

 ゆえに闇マリクは激昂する――己から死に行く馬鹿があるか、と。

 

 

――何故……

 

 そしてアクターも仮面の奥で瞠目しつつ胸中で呟いた。

 

 (バー)が見えるアクターにはマリクの覚悟が本物だと分かるゆえに理解できない――命を捨てる覚悟などアクターには絶対に出来ないものだ。

 

「死ぬつもりはない……ボクは彼らの想いを全て受け止めきって見せる! アクター、最後のわがままを聞いてくれてありがとう……ターンエン――」

 

『死んでたまるかよォ!!』

 

 ターンを終えようとしたマリクだったが、闇マリクのそんな咆哮と共にマリクの手元のカードが一人でに動き出す。

 

『俺は《レクンガ》を召喚!!』

 

 目玉が1つの緑の丸い球体から根がいくつも伸びる不気味な植物がマリクのフィールドにフワフワと浮かぶ。

 

《レクンガ》

星4 水属性 植物族

攻1700 守 500

 

『そして《レクンガ》の効果発動! 俺の墓地の水属性モンスター2体をゲームから除外し、トークン1体を生成する!!』

 

「バカな!? 何故、お前が自由に!」

 

 マリクの意思に反して闇マリクの意に沿って動くカードたちを驚愕の面持ちで見やるマリク。

 

 そんなマリクに闇マリクは苛立ち気に語る。

 

『簡単な話さ! お前を見限って神との融合を果たしたまで! たった100ぽっちのライフしかねぇお前に俺は止められねぇ!!』

 

 そう、これはマリクがライフを払い神に力を受け渡す際の流れに乗って、闇マリクの人格の一部を『ラーの翼神竜』に流し込んだゆえのもの。

 

 プレイヤーと神を融合させる『ラーの翼神竜』の力を逆手に取ったものだった。

 

『俺は墓地の水属性モンスター、《グラナドラ》と《リバイバルスライム》を除外!!』

 

 《レクンガ》が墓地のモンスターたちを養分に育ち、根っこの一つが膨らみんでいく。

 

 やがてその根っこの先の新たな球体は本体から離れ、小さな《レクンガ》として生まれ落ちた。

 

『レクンガトークン』

星2 水属性 植物族

攻700 守700

 

 

「そんな……ことが!?」

 

『最後に礼を言っておくぜ主人格サマよォ! お前のくだらねぇ自己満足のお陰で俺はお前という枷から解き放たれた!!』

 

 しかし、神と人――その存在の差ゆえか『ラーの翼神竜』の額の宝玉から這い出た闇マリクの身体は少しづつボロボロと崩れ始めていた。

 

『フィールドの全てのモンスターの命を『ラーの翼神竜』に捧げる!!』

 

 ゆえに焦った様相で闇マリクは《ジュラゲド》・《レクンガ》・『レクンガトークン』の3体を神への贄として捧げる。

 

 命の炎を喰らい、より強大な力を示す『ラーの翼神竜』。

 

『ラーの翼神竜』

攻5900 守5900

攻10000 守8400

 

「攻撃力一万!?」

 

『俺は死なねぇ! こんなところで死んでたまるか!!』

 

 闇マリクには時間がなかった。刻一刻と神によってすり減らされていく己の精神が保てる間に決着を付けなければならない。

 

 そう、アクターを殺し、返す刀でマリクが希望を持つであろう全てを消し去らねばならない。そして再度マリクの身体を奪う。

 

『神の炎に焼かれて、死ねぇええええええ!!』

 

 その為、最高に高めた『ラーの翼神竜』の力で闇のゲームのダメージを最大限増幅し、アクターの精神を焼き殺しに動く。

 

『ゴッド・ブレイズ・キャノン!!』

 

 やがてこれまでとは比べ物にならない程の巨大な炎がアクターに目掛けて放たれた。

 

 

「その攻撃時、速攻魔法《ご隠居の猛毒薬》を発動。2つの効果から相手に800のダメージを与える効果を選択」

 

 先程の赤いローブの老婆が今度はビンに入った紫の液体をマリクに向けて投げ放つ。此方は800のダメージを与える猛毒。

 

『邪魔すんじゃねぇええ!! チェーンして罠カード《エネルギー吸収板》発動ォ!! 俺にダメージを与えるカード効果を俺への回復効果に変換する!!』

 

 しかし黒い板が地面からせり上がり、マリクを守るように立ち塞がった。

 

 

「チェーンして――」

 

『くっ、次は何だ!?』

 

 だがアクターのセットカードはまだ4枚残っている。その事実に闇マリクは冷や汗を流すが――

 

「罠カード《ゴブリンのやりくり上手》を発動。墓地の同名カード+1枚のカードをドローする」

 

 その1枚はこのデュエル中に何度も見かけたドロー系のカード。ゴブリンがアクターの背後でそろばんをはじく。

 

「チェーンして罠カード《チェーン・ヒーリング》を発動。ライフを500回復する。このカードがチェーン4以上で発動した場合、このカードを手札に戻す」

 

 次の1枚は水色のトロフィーのような物体から癒しの波動がアクターを照らした。

 

「チェーンして2枚目の速攻魔法《非常食》を発動。フィールドの速攻魔法《ご隠居の猛毒薬》・罠カード《ゴブリンのやりくり上手》・《チェーン・ヒーリング》を墓地に送り、その枚数×1000のライフを回復する」

 

 そして先のターンにも使用された《非常食》――3枚のカードが缶詰となってフィールドの《ゼンマイラビット》の手元に落ちる。

 

 

 

 

「チェーンの逆処理に移行」

 

 5枚目の最後のセットカードは発動されずチェーンの逆処理が始まった。

 

「速攻魔法《非常食》で墓地に送ったカードは3枚――よってライフを3000回復」

 

 缶詰を頬張る《ゼンマイラビット》を余所にアクターのライフが回復し――

 

アクターLP:5800 → 8800

 

「チェーン5以上でカードを発動したことで、フィールド魔法《エンタメデュエル》の効果で2枚ドロー」

 

 腹が膨れたゆえに元気が出たのか、光る街並みで両の手を広げて盛り上がる《ゼンマイラビット》。

 

 そんな《ゼンマイラビット》の手から空の缶詰がアクターのドローカードとして手札に加わった。

 

「罠カード《チェーン・ヒーリング》の効果で500回復」

 

アクターLP:8800 → 9300

 

 僅かばかりの癒しを与えるトロフィーのような形状の《チェーン・ヒーリング》。手札に戻る効果は《非常食》によって既に墓地に送られている為、適用されない。

 

「罠カード《ゴブリンのやりくり上手》の効果。墓地に存在する同名カードは3枚――よって4枚ドローし、手札の1枚をデッキに戻す」

 

 さらにゴブリンがそろばんで自身の肩を叩きながらこの場を後にする。

 

『次は俺の発動した罠カード《エネルギー吸収板》でお前の《ご隠居の猛毒薬》のダメージ効果を回復に変換し、ライフを800回復!!』

 

 そしてマリクの残り僅かなライフを削る筈だった《ご隠居の猛毒薬》は《エネルギー吸収板》の壁に呑み込まれて行き、マリクのライフを癒す働きへと変換された。

 

マリクLP:100 → 900

 

『これでお前の速攻魔法《ご隠居の猛毒薬》の効果は無駄になった!! 最後のセットカードも効果ダメージを与えるものじゃねぇようだな! 俺は賭けに勝ったんだ!!』

 

 アクターの最後のセットカードがバーン系統のカードではない事実を確信した闇マリクは勝利を確信する。

 

『例えお前のライフが残ろうとも、お前の精神を神の炎で焼き殺してやるよォ!!』

 

 既に《ディメンション・ウォール》のような戦闘ダメージを押し付ける類のカードの発動タイミングではなく、《和睦の使者》のような戦闘ダメージそのものを無効にする効果も同上である。

 

 例え、アクターのライフが残ろうとも闇マリクのそもそもの目的は『ラーの翼神竜』による精神的なダメージにある為、意味はなさない。

 

『死ねぇえええええええ!!』

 

 今のアクターに残されているのは《ゼンマイラビット》で一万を超える『ラーの翼神竜』の攻撃を受け止めるしか残されてはいない。

 

 

 

 

「アクター!!」

 

 おびただしい数の亡者に憑りつかれたマリクの悲痛な叫びが木霊する。

 

 

 

 

 

 

 しかしアクターはデュエルを続ける――彼にはそれしか出来ない。

 

「ダメージ計算時、速攻魔法《ぶつかり合う魂》を発動」

 

 『ラーの翼神竜』が放った巨大な業炎が迫る中、《ゼンマイラビット》の右腕が光を放つ。

 

「自身の攻撃表示モンスターが、その攻撃力より高い相手の攻撃表示のモンスターと戦闘を行うダメージ計算時――」

 

 《ゼンマイラビット》は拳を腰だめに構え――

 

「――その戦闘を行う攻撃力の低いモンスターのコントローラーはライフを500払うことで、そのモンスターの攻撃力をダメージ計算時のみ500アップする」

 

『たかが500の強化がどうなるよ!!』

 

「その後、互いがライフを払わなくなるまでこの効果を繰り返す」

 

 《ゼンマイラビット》の右腕の輝きが増していく。

 

『……繰り返す……だと!?』

 

「私は効果を繰り返し、合計9000ポイントのライフを払う」

 

アクターLP:9300 → → → → 300

 

 ライフを大幅に失ったゆえにアクターの身体の殆どが闇に喰われて行き、亡者がその身を苛む。

 

 だがその莫大なアクターのライフは《ゼンマイラビット》の右腕に灯り、黄金の輝きを放ち始めた。

 

《ゼンマイラビット》

攻1400 → → → → 攻10400

 

 僅かばかり『ラーの翼神竜』の攻撃力を上回った《ゼンマイラビット》。

 

『馬鹿が! お前がどれだけライフを払おうが俺がライフを1度払えば逆転して、意味がねぇん――』

 

 しかし闇マリクは最終的な結果は変わらないと嘲笑う――いや、嘲笑おうとした。

 

 闇マリクは、はたと気付く。

 

『――ッ! 神はあらゆる効果を……受け……ない!?』

 

 神の最大の利点――ありとあらゆる障害をものともしない絶対的な耐性。

 

 だがそれは「誰の力も借りることが出来ない」脆さも併せ持っていた。

 

 

 『ラーの翼神竜』の業炎を前に拳を振りかぶる《ゼンマイラビット》の姿が闇マリクにはやけにスローに見える。

 

『一万を超える攻撃力の迎撃だとォ! いや、そんなことをすれば主人格サマ諸共――』

 

 アクター相手に人質など無意味と分かっていても、そう語る闇マリクだが――

 

「速攻魔法《ぶつかり合う魂》の効果が適用された戦闘で発生するダメージは0」

 

『つまり神と融合している俺だけが――』

 

 知らされるのは闇マリクを絶望させるに十分な事実。

 

『くるなぁああああああ!!』

 

 そんな絶望に対し、闇マリクの絶叫と共に振りぬかれた《ゼンマイラビット》の拳。

 

 

 

 

 神の炎と兎の拳がぶつかり合う――拮抗は一瞬だった。

 

 

 業炎の壁を真っ二つに割りながら突き進んだ拳圧はその先の『ラーの翼神竜』を消し飛ばし、同化していた闇マリクを吹き飛ばし、その先の雲を真っ二つに引き裂きながら天へと昇った。

 

 

「ダメージ計算終了後、攻撃力は元に戻る」

 

 拳を振り切ったまま動きを止める《ゼンマイラビット》の拳から黄金の輝きが消えていく。

 

《ゼンマイラビット》

攻10400 → 攻1400

 

 やがてブイサインを作りアクターを振り返る《ゼンマイラビット》を余所にマリクの傍で闇マリクが再度浮かび上がり、息も絶え絶えな様相を見せる。

 

『グぅ……ガハッ……だが……だが、まだだ! まだ負けちゃいねぇ――《悪夢の鉄檻》で奴の攻撃は封じられてる! ヤツの手札にバーン系のカードがなければ、まだ逆転は可能だ!』

 

 マリクを縋るように見つめる闇マリクだが、対するマリクの瞳に揺るぎはない。

 

「言った筈だ――ボクは全ての咎を受けると」

 

『冗談はよせよ、主人格サマ……このデュエルに負ければ、お前だってタダじゃ済まねぇんだぞ!!』

 

「だとしてもだ! ボクはもう逃げないと誓ったんだ!」

 

 闇マリクが言葉を尽くせば尽くす程にマリクの強固な意思は固まっていく――リシドとイシズに誇れる人間であろうと。

 

『ふざけるんじゃねぇ! そんなに死にてぇならお前一人で勝手に死にやがれ!!』

 

 怒りのあまり喚く闇マリクだが、追い打ちをかけるような言葉が響く。

 

「速攻魔法《ぶつかり合う魂》の効果が適用された戦闘でモンスターを破壊されたプレイヤーのフィールドのカードは全て墓地に送られる」

 

 マリクのフィールドの《強欲なカケラ》とアクターを覆っていた《悪夢の鉄檻》が先程の《ゼンマイラビット》の拳の余波を受けてボロボロと崩れていく。

 

『バカ……な……』

 

 その光景に闇マリクは声を失う――己を守るものはもはや何一つ存在しない。

 

「さぁ、アクター! ボクに止めを!! そして彼らの無念をボクに受け止めさせてくれ!! ターンエンドだ!!」

 

 そう言ってアクターを真っ直ぐ見つめるマリクの視線にアクターは恐怖する――自ら命を捨てる行為をアクターは理解できなかった。

 

「…………私のターン、ドロー」

 

 しかしデュエルは終わらせなければならない。他ならぬアクター自身が生き残る為に。

 

 だがその動きはいつも以上に精彩が欠けるようにも見える。

 

「バトルフェイズ。《ゼンマイラビット》でダイレクトアタック」

 

 その指示に、アクターの顔色を窺っていた《ゼンマイラビット》はマリクへと向けてとっとこ駆け出す。

 

『止めろぉおおおおお!!』

 

 目前に迫る絶望に叫び声を上げる闇マリクだが、一方のマリクは自身の頭に振り下ろされた《ゼンマイラビット》の拳骨をしっかりと受け止めた。

 

 コツンと小さな音が周囲に響く。

 

マリクLP:900 → 0

 

 

 

 

 

 マリクの最後のライフがなくなったことで、闇に囚われている闇マリクの最後に残った片側の瞳も崩れ始めた。

 

『……クソッ! 俺は此処で終わりかよ……だが主人格サマも道連れだァ! ハハハハハッ!』

 

 しかし、その死に際に闇マリクは嗤う。一番目障りだった己の部分――主人格であるマリクも消えるのだと。それも己の一面であることを受け入れないままに。

 

 

『先にあの世で待ってるぜ!』

 

 

 それが互いに嫌悪しあっていたマリクのもう一つの人格の最後の言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マリクに憑りついていた亡者たちが闇のゲームの枷から解き放たれ、マリクの身体を同化するように呑み込んでいく。

 

『かえして』『返して』『カエシテ』

 

「済まない……ボクが君たちから奪ったものは……もはや、どうしようとも返すことは出来ない……」

 

 悪夢にうなされるかの如く同じ言葉を繰り返す亡者たちの望む言葉をマリクは返すことは出来ない。

 

 彼らが望んだ「普通の平穏」は既に戻ってこないのだから。

 

 

『カエシテ』『カエシテ』『アツイ』『カエシテ』『カエセ』『カエシテ』『カエシテ』『カエシテ』『カエシテ』『ワタシノ』『カエシテ』『カエセ』『カエシテ』『クルシイ』『カエシテ』『カエシテ』『カエシテ』『ボクノ』『カエシテ』『カエシテ』『イタイ』『カエシテ』『カエセ』『カエシテ』『オレノ』『カエシテ』『カエシテ』『カエセ』『カエシテ』『カエシテ』『カエシテ』

 

 叶わぬと知っても亡者たちは願うことを止めることは出来なかった。

 

「代わりにはならなくとも――ボクの全てを君たちに捧げよう」

 

『アァァァアアアァァアアアアアア!!』

 

 そのマリクの言葉がトリガーとなったように亡者たちの言葉にすらなっていない叫びが響き、マリクは思念の渦に呑み込まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 その地獄のような光景に名もなきファラオとしての遊戯は足を一歩前に出すが――

 

「くっ……」

 

「止めとけよ、遊戯――巻き込まれるぜ?」

 

 そんなバクラの声に遊戯は足を止める。

 

 迷いを振り切れぬまま踏み出した一歩など容易く止まる。

 

 そう、遊戯は迷っていた――マリクをこのまま見捨てることも出来ないが、亡者たちも被害者なのだ。

 

 

 今の遊戯には何が正しいのか分からなかった。

 

 下手に飛び込めば表の遊戯に危険が及ぶ現実も遊戯を地面に縫い付ける。

 

 

 

 その傍らでイシズがマリクの元へと向かいながら叫ぶが――

 

「マリク! マリク!!」

 

「イシズ様……此処は……堪えてください……!!」

 

 そのイシズの歩みはリシドによって止められていた――マリクの覚悟を受け取ったリシドにはあの思念の渦からマリクが無事戻ってくることを信じることしか出来ない。

 

 

 

 

 

 

 そんな中で名もなきファラオの人格と人格交代した表の遊戯は隣のレベッカに声をかけた。

 

「レベッカ」

 

「遊戯……じゃなくてダーリン?」

 

 人格が変わったことを察したのか呼び方を変えたレベッカに遊戯は少し罰が悪そうな顔を向ける。

 

「ゴメン……先に謝っておくよ」

 

「いらないわ」

 

「えっ?」

 

 先んじての謝罪を拒否したレベッカの真意が読み取れなかった遊戯だが、レベッカは昔を懐かしむように返す。

 

「私が好きになったダーリンなら、こんなとき黙って見ていないもの」

 

 遊戯に向けて「しょうがない」とばかりに小さく溜息を吐くレベッカ――惚れた弱みという奴なのかもしれない。

 

 そして遊戯を真っ直ぐに見据え問いかけた。

 

「それでどんなプランなの?」

 

「…………頑張って引っ張り出す?」

 

「ちゃんとしたプランはないのね――いいわ、このジーニアスな私の頭脳を貸して上げる!!」

 

 まだまだ学業が苦手な遊戯の言葉にレベッカはもう1度溜息をついた後、勝気な笑みを遊戯へと向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 亡者の思念の渦の中に殆ど呑み込まれているマリクの姿に誰もが動けなかった中、2つの人影が先のデュエルの最後の衝撃で千切れ飛んだデュエルアンカーを己の元に引っ張った。

 

 確かな手応えを感じた2つの人影の内の1人、遊戯は自身のデュエルディスクにデュエルアンカーを接続しながらマリクに向けて言い放つ。

 

「よしッ! これなら! もう少し待ってて、マリク!!」

 

「器の……遊戯……一体何を……」

 

「アンタをそこから引っ張り上げるのよ!」

 

 膨大な思念に呑み込まれたゆえか精神が摩耗し、弱っているマリクが消え入るように問いかけるが、人影の内のもう1人、レベッカがすぐさま声を張って返す。

 

 

 時間との勝負だった最初のステップはクリアされた。次のステップに進むべくレベッカは振り返り呼びかけようとするが――

 

「そういう力仕事なら、この男、城之内サマに任せな!!」

 

「俺らの得意分野だぜ!!」

 

 それより先に遊戯の行動の意図を察した城之内と本田がすぐさま遊戯の背に回り、共にデュエルアンカーを引っ張り始めた。

 

「城之内くん! 本田くん!」

 

 仲間の以心伝心な在り方に嬉しくなる遊戯だが、そんな2人にレベッカは確認するように問いかける。

 

「良いの? 命の保証は出来ないわよ!」

 

「 「 構わねぇよ!! 」 」

 

 すぐさま城之内と本田の息の揃った声が返り、そんな2人の後ろに更に2人の影が追い付いた。

 

「私も手伝うわ!」

 

「僕も手を貸すよ!」

 

 杏子と御伽の合流を見て、牛尾は怯んだ己に叱咤激励し、後に続くことを選択。

 

「しょうがねぇな、俺も行くぜ!! 他の奴らは万が一に備えて待機しといてくれ!」

 

 最後にそう言って牛尾は遊戯たちと共にデュエルアンカーを引っ張り始めた。

 

 

 

 

 

 そんな遊戯たちをバクラは冷めた視線で見やる。

 

「ケッ、揃いも揃って馬鹿な奴らだ……人の力でどうこう出来る訳がねぇだろうが」

 

 その通りだった、力でどうにかなるのならアクターが無理やりにでも引っ張り出している。

 

 闇のゲームは人の力如きでどうにかなるものではない。あんな行為はただの自己満足以外の何物でもないのだとバクラは内心で嘲笑う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マリクを引っ張り出そうとする遊戯たちだったが、デュエルアンカーに亡者たちが群がり始める姿に城之内はレベッカに向けて声を上げる。

 

「なんか纏わり始めてんぞ!? この鎖みてぇなヤツ大丈夫なのか!?」

 

「デュエルアンカーよ! これの丈夫さは折り紙付き! 私の計算上は大丈夫よ! ジーニアスな私の頭脳を信じなさい!!」

 

 そのレベッカの言葉通り、デュエルアンカーは易々と壊れる物ではない為、強度は問題なかった。

 

 しかし亡者たちはデュエルアンカー伝いに思念の渦の範囲を広げ、遊戯たち諸共呑み込まんと迫り始めていた。

 

「もう良い……器の遊戯……これ以上は……君たちも巻き込んで……」

 

「諦めちゃダメだ!!」

 

 遊戯たちを巻き込むことを良しとしないマリクの言葉にも遊戯は諦めない。

 

「ボクは彼らの想いを受け止めなきゃならない……償いの為に――」

 

「そんな言葉で生きることから逃げちゃダメだ!! 確かに君は許されないことをした――だからって命を投げ捨てることが償いになる訳じゃない!!」

 

 思念の渦に呑まれることを選んだマリクの選択を遊戯は否定する――それは「償いじゃない」と、罪と向き合えてはいないのだと。

 

「だったらボクはどうすれば良いんだ!!」

 

 罪の重さを自覚したゆえにそう叫ぶマリクだったが、それに対し城之内が堪らず言い放つ。

 

「知るかよ、そんなもん!! 俺だって昔は人に誇れるような人間じゃなかった! だけどよ、遊戯のお陰で変われたんだ!」

 

 城之内とて清廉潔白な人間という訳ではない。昔は遊戯に対して酷い行いをしたこともあった。

 

 更に城之内は続ける。

 

「俺だけじゃねぇ! 俺の昔からのダチも過去のテメェの罪と向き合って、苦しくても前向いて踏ん張ってた!! 人はいつだってやり直せんだよ!!」

 

 生きてさえいればやり直せるのだと声を張る城之内――生きている人間が安易に死を選んではならないと。

 

 そんな城之内の弁に本田が続く。

 

「城之内の言う通りだ! ナム! 後ろばっか見てないで、ちゃんと前向きな!!」

 

「詳しい事情は分からないけど、自暴自棄になっちゃだめよ!」

 

「アンタは黙って助けられていれば良いのよ! その後のことは後で考えなさい!!」

 

 そして杏子とレベッカがそう続く――皆が皆、前を向いていた。

 

「そうだな! お先真っ暗だとしても、今足掻かなきゃ暗いまんまだ!!」

 

 そんな牛尾の言葉を最後に遊戯が再度マリクに問いかける。

 

「マリク! 君、自身の言葉(想い)を聞かせて!!」

 

「ボクは――」

 

 マリクが遊戯たちの声に力を貰い、己の言葉を向けようとするが、それより先に御伽の声が響いた。

 

「危ない、遊戯くん! 前!?」

 

 それは亡者たちがデュエルアンカーを辿り、先頭の遊戯の目前にまで迫っていた現実。

 

 マリクに注意が向くあまり、周囲の警戒が疎かになっていた。

 

「ダーリン!!」

 

 レベッカが遊戯を案ずるように叫ぶが亡者たちは止まらない。

 

 

 咄嗟に瞳を閉じた遊戯だが、亡者たちの嘆きの手は遊戯には届かなかった。そっと瞳を開いた遊戯の目に映るのは――

 

「……アクターさん?」

 

 それはアクターの背中。

 

 今の今まで内心がパニック状態だったが、遊戯に何かあっては大変だと大慌てで盾になりに来た次第だった。

 

 亡者たちがアクターの腕に纏わりついていき、そこから伝わる死のイメージにアクターは内心で恐慌にかられる。

 

 

 そんな状況にマリクは頭を振り、遊戯たちを突き放すように言い放つ。

 

「ありがとう! 器の遊戯! でもこれ以上、ボクは誰かを巻き込みたくない! アクター! 早く彼らを安全な場所へ!!」

 

 しかしアクターは動かない。

 

「アクター! 早く彼らを!!」

 

 再度アクターに叫ぶマリクだったが、アクターは背中越しに遊戯へとチラと顔を向けて語る。

 

「武藤 遊戯――千年パズルだ」

 

 

 アクターこと神崎は遊戯の味方であろうと心掛けている。ゆえにこの危険極まりない鉄火場に身を投じた。

 

 

 そして今の状況を解決する可能性を秘めているものは千年パズルを置いて他にないとアクターは考え――

 

 

 どう解決するかは分からない無計画っぷりだったが、通り過ぎる合間に起爆剤代わりにデュエルエナジーを千年パズルに叩きつけていた――何やってんだ。

 

 

 デュエルエナジーの「人の想い」に反応する力は表の遊戯のような心の強い人間程その力を発揮する特性を持ち、アクターはそれに賭けるしかなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 やがてデュエルエナジーが作用したゆえか、遊戯の身に危機が起きたゆえかは不明だが、千年パズルはそのウジャトの眼を起点に光を放ち始める。

 

「これは……千年パズルが光って……?」

 

 その光り輝く千年パズルは遊戯に何を願うか問いかけているようにも見えた。

 

 

 両手で千年パズルを持った遊戯はそれを振り上げながら己が答えを示す。

 

「力を貸して! 千年パズル! ボクはもう――」

 

 

 そして亡者たちに侵食されつつあるデュエルアンカー目掛けてその答えと共に振り下ろした。

 

 

「これ以上、誰にも傷つけあって欲しくないんだ!」

 

 

 周囲が目の眩むようなオレンジ色の光で覆われる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは一体……」

 

 オカルト過ぎて、全く状況に追いつけない海馬の呟きを余所にバクラは首元の千年リングも光を放っていることに気付く。

 

「……千年アイテムが共鳴してやがるのか?」

 

 そのバクラの言葉通り、その光は遊戯の千年パズルに共鳴するように輝いていた。

 

 

 そしてアクターの持つ千年アイテムもまた光を放っている。

 

――懐の千年タウクだけでなく、厳密には千年アイテムでは「ない」光のピラミッドまで?

 

 そんなアクターの胸中を余所に、思念の渦の中のマリクが持つ千年ロッドからも呑み込まれた中より光が漏れ出ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 この場に集まった5つの千年アイテムの光が千年パズルに集まり、そこから亡者たちを優しく包んでいく。

 

『…………ろ…………い………』

 

「その声は――」

 

 あまりに不可思議な現象に声を失っていたマリクだったが、聞きなれた声が離れると共に亡者たちの力が抜け、拘束が弱まった。

 

 

――亡者の狙いが別に逸れた?

 

 ハッキリとした状況はこの場の誰もが理解していなかったが、アクターは「此処だ」とばかりにマリクを覆う亡者たちに腕を突き入れ、マリクを掴み引き摺り出す。

 

 

 するとマリクを引き摺りだしたと同時に光は弾けて大きな衝撃が起こり、デュエルアンカーを砕きながらその場の全てを吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 吹き飛ばされた中で体勢を立て直し、遊戯たちを引っ掴み、己をクッション代わりに受け止める牛尾。

 

「うぉっとっとっと! 全員無事か!?」

 

 そして慌てて団子状に固まった遊戯たちに怪我の有無と人数の確認をするが――

 

「お、重ぇ……」

 

「レディに重いは禁句よ! 本田!」

 

 潰れたカエルのような声を出す本田に、杏子の責めるような声。

 

「しょうがねぇだろ、俺らの一番下は牛尾か……下の方にいんだから……遊戯は無事かー」

 

 城之内が本田にフォローを入れつつ遊戯に声をかける姿。

 

「ボクは大丈夫……レベッカは?」

 

「私はダーリンが庇ってくれたから……」

 

 最後に遊戯の腕の中のレベッカの安否を確認した遊戯の姿を見た牛尾は大きく溜息を吐いた。

 

「……みんな大丈夫そうだな」

 

「マリクは!?」

 

 しかし安心したのも束の間、遊戯はすぐさま身を起こし、マリクの安否を気にするが――

 

「アクターの奴が抱えてるよ」

 

 そう言って牛尾が指さす先には俵を抱えるようにマリクを肩に乗せたアクターが膝を突いて着地する姿。

 

 

 さらにマリクを抱えるアクターに慌てて駆けよるリシドとイシズの姿に遊戯は小さく安堵の息を吐く。

 

 

 

 

 

 やがてアクターから受け渡されたマリクをリシドとイシズはしっかりと抱き締めながらマリクの名を叫ぶ。

 

「マリク! マリク!!」

 

「マリク様!!」

 

 そんなリシドとイシズの声に小さく身体を揺らしたマリクはポツリと呟いた。

 

「く、苦しいよ……姉さん。リシド」

 

「あぁ……良かった……」

 

 マリクが無事に生きている事実に安堵し、涙を流してへたり込むイシズ。

 

 そしてマリクはリシドに小さく笑いかけながら言葉を零す。

 

「リシド……あの中で父上に会ったんだ……『生きて償え』って、それとリシドに『済まない、もう1人の息子よ』って」

 

「マリク様……私になど……勿体ないお言葉です……」

 

 息子たちへマリクの父が最後に残した言葉にリシドは静かに涙を流した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな家族の団欒を余所に亡者たちへ突きいれた腕を押さえながらアクターはフラフラとバトルシップの端に移動するが、海馬が待ったをかけた。

 

「待て、アクター。バトルシティ中だというのに、どこへ行く気――」

 

 しかし海馬は途中で言い止め、獰猛な笑みを見せる。

 

「ふぅん、貴様にそんな顔が在ったとはな……面白い……」

 

 それもその筈、今まで誰一人として本当の意味で「見ていなかった」アクターが海馬に向けて「邪魔をするな」と対峙――つまり「見て」いた。

 

 

 アクターから漂う気配も邪悪なソレが滲み出ており、アクターの本質が垣間見えた事実に海馬は上機嫌で闘志を向ける。

 

「止めるべきです、海馬 瀬人――これ以上、『アレ』は刺激しない方が良い」

 

 だがその海馬の腕は夜行の手によって止められた。

 

 夜行の目には今のアクターの内のナニカが爆発寸前な状態が見て取れたゆえに、この場でこれ以上荒事が起きることを防ぐべく海馬を制する。

 

 

 その牽制し合う2人の間を割くように声が響いた。

 

 

 

「アクターさん! ありがとう!!」

 

 それは表の遊戯の感謝の声――遊戯の中で状況はよく分からずとも「助けられた」認識ゆえの感謝の言葉だった。

 

 

 

 

 そんな遊戯の真っ直ぐな声に海馬は踵を返す。

 

「兄サマ……」

 

 最後に夜行をうっとおし気に見る海馬だったが心配気なモクバの声に切っ先を下ろし――

 

「……此処から消えるなら俺の気が変わらん内にさっさと行くがいい」

 

 やがてそう返し背を向けた海馬だったが、当のアクターは海馬が背を向けた段階で飛行船から海へと飛び降りていった後だった。

 

 雲の海にアクターは消える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなひと段落した簡易的なデュエル場で牛尾はマリクたちに近づき、腰を下ろしつつ職務を果たす。

 

「必要ねぇとは思うが、拘束させて貰うぜ?」

 

 その牛尾の手には拘束バンドのようなものが握られていた。

 

「ああ、構わない。だが少しだけ待ってほしい」

 

 それに対し、マリクは小さく頷きながら立ち上がるも牛尾の傍でマリクたちを窺う城之内たちに向き直る。

 

「城之内、それに他のみんなも――ボクの行いでキミたちには本当に迷惑をかけてしまった……どうか詫びさせて欲しい。気のすむようにしてくれて構わない」

 

 一度頭を下げたマリクはそう言って城之内たちを前に瞳を閉じるが――

 

「なら、しょうがねぇな」

 

 そんな城之内の言葉と共にマリクの頭に小さな衝撃が奔った。

 

「痛っ!」

 

 目を開き、頭を押さえるマリクが見たものは拳骨を軽く落とした城之内の姿。

 

 そして城之内は傍の本田たちへと頷いた後で胸を張って返す。

 

「他の奴らのことは知らねぇが、これで『俺たちの分』はチャラだ!」

 

「そんな訳にはいかない!」

 

 城之内の言葉にすぐさまマリクは否定で返す。マリクが城之内たちにしたことを考えれば、こんな程度でチャラになる訳がないと。

 

 

 しかし城之内は腕を組みながら断固として譲らない。

 

「チャラなもんはチャラだ! ダチをこれ以上殴れるかよ!」

 

「ボクが……友達?」

 

「おうよ! 男、城之内サマに二言はねぇ!!」

 

 だが城之内から放たれた「ダチ」との言葉にマリクは不思議そうな顔をするが、城之内はマリクへと向けて手を差し出しつつ続ける。

 

「ナム……じゃなくてマリク! しっかり罪を償ったら、そん時は約束通り俺がデュエルの極意ってもんを教えてやるぜ!」

 

「あの時の約束を……」

 

 そう、これはマリクが城之内たちを騙す為に近づいた時の話。

 

 それに対し、城之内はあの場でマリクをダチと認めたのだから、後でその事実を破棄するのは男じゃねぇ、といった理屈だった。

 

 ダチが間違ったことをしていれば、止めるのがダチだと。

 

 

 そんな城之内の男の理論を余所に城之内と肩を並べながら本田はニッと笑みを浮かべつつ続く。

 

「そうだな、城之内――その時はあの時できなかったデュエルをしようぜ! まぁ、俺が相手じゃ歯応えねぇかもだけどな!」

 

「本田くんもそれまでに腕を磨けばいいんじゃないかな?」

 

「それもそうだな!」

 

 御伽の言葉に笑いながら肯定する本田。そして笑い合う城之内たちの姿にマリクは言葉を失う。

 

 マリクが奪ってきたものの輝きは今のマリクには眩し過ぎた。

 

「みんな……ボクは……なんてことを……本当に、すまな――」

 

「顔を上げろよ、マリク! こういう時に言うのはソイツじゃねぇぜ!」

 

 顔を俯けるマリクの肩を叩く城之内の言葉にマリクは差し出されていた方の城之内の手を取りつつ笑顔を作る。

 

「……そうだね――ありがとう、みんな」

 

 

 そんな涙ぐむマリクに遊戯が一歩前に出る。

 

「マリク」

 

「器の遊戯……」

 

「きっと君のこれからは沢山の困難が共にある長い旅路になると思う――でも君の贖罪を、君の帰りを待っている人がいるってことをどうか忘れないで欲しい」

 

 マリクと城之内が固く握手した先に手を置きながらそう語る遊戯。

 

「君がその全てを終えた時……その時は、今度はボクとも普通にデュエルしようよ! きっと楽しいデュエルになると思うんだ!」

 

 そんな遊戯の言葉に本田や杏子、レベッカに牛尾がマリクに手を重ねていく姿にマリクは誓うように返す。

 

「みんな……ありがとう……本当にありがとう……!!」

 

 これからは、決して彼らの想いを裏切らぬように生きようと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海の上で黒い思念が渦巻く。

 

――何故、受け入れられる。何故、覚悟できる。何故。何故。何故。

 

 そう胸中で黒い思念を渦巻かせるのはアクター。

 

 

 バトルシップから飛び降り、海の上に降り立った後、己の中を渦巻く黒い感情を抑えるかのように蹲っていた。

 

 

「何故だ。何故だ。何故だ。何故だ。何故だ。何故だ。何故だ。何故だ!!」

 

 

 その胸中に止めていた思念が言葉として外に発され、その影が怨念渦巻くように周囲を黒く染めながら生き物のようにうごめき絶えず姿を変える。

 

 

 アクターには理解できなかった。

 

 

 マリクを覆う亡者たちに手を突き入れたアクターは如実に感じていた――思い出したくもない「死の感覚」を。

 

 

 そんなものに呑み込まれたマリクが真っ直ぐな視線を向け、受け入れようとしていた事が理解できない。

 

 

 

「何故、あんなもの(己の死)を受け入れられる!!」

 

 

 あの時、確かに死を受け入れたマリク。その行動はアクターにとって理解の外だ。当然である――

 

 

 

 

 死から逃げ続けている男に理解できよう筈もない。

 

 

 

 

 

――生きろ

 

 男の声が聞こえる。

 

「煩い」

 

――私たちの分まで

 

 女の声が聞こえる。

 

「止めろ」

 

――(うつほ)

 

 2人の声が重なる。

 

 

 

「――私は神崎 (うつほ)じゃない!!」

 

 

 

 その叫びは誰にも届かない。

 

 

 

 






「めでたしめでたし」やな( ^ ω ^ )ニッコニコ



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第118話 本戦トーナメントの始まり始まり~



??? VS ??? ダイジェスト版+αです。


ですが、その前に今後についてのご報告を――

バトルシティ編の予選にて
あまりに展開が遅かった事態を受け、この先はどうにかせねば! と色々考えた結果――


アクターもしくは神崎のデュエル
そして「このデュエルだけはどうしても書いておきたい」デュエル

以外のデュエルはダイジェスト版、もしくは1シーン版にすることで

少しでも展開の遅さを改善していく方向に舵を取ることにしました。


キチンと全ての展開をお書き出来ず申し訳ございません。

代わりと言っては何ですが、ダイジェスト版であっても読み応えのあるデュエルになるよう頑張る所存です。




では続きをどうぞ!




前回のあらすじ
遊戯「生きる事から逃げちゃダメだ! マリク! 君、自身の言葉(想い)を聞かせて!!」

マリク「ボクは……ボクは……(腕を引っ張られているから肩がもの凄く痛いなんて言えない)」

城之内「お前がッ! 助かるまでッ! (デュエルアンカーを)引くのをやめねぇッ!」

本田「ファイトー!!」

牛尾「いっぱーつ!!」

ゼンマイラビット「あの人、あのままだと腕が千切れちゃうんじゃ……」

レベッカ「大丈夫よ! ジーニアスな私の計算上は問題ないわ!」




 

 

 闇マリクの騒動が収束した後、事態の収拾を行っていた牛尾はマリクに確認するように問いかける。

 

「じゃぁ、この『ラーの翼神竜』のカードは俺が預かっときゃいいのか? んで、『バトルシティの優勝者に渡す』と」

 

「はい、お願いします。それと千年ロッドについてなんですが――」

 

 周囲を見渡しながら地面に転がっているであろう千年ロッドを探すマリクだったが――

 

「ふぅん、これの事か」

 

「海馬 瀬人!?」

 

 海馬が千年ロッド片手に歩み出ていた。その反対側の腕は誰かの頭を押しているようだ。

 

「このオカルトグッズは俺が預かっておいてやろう――さっきから鬱陶しいぞ、貴様!」

 

「研究させてくれてもイイじゃないですか! ケチですね! KCの発展の為ですぞ!」

 

 その相手は勿論ツバインシュタイン博士。千年ロッドを何とか確保しようと足掻いていた。

 

 だがこれでも相手が所属する組織のトップという件も相まって、抑え目である。いつもはもっと鬱陶しい。

 

「奴の狙いに態々乗ってやる義理などないわ!」

 

 しかし海馬からすれば今の段階で十分に鬱陶しいので目障りなことこの上なかった。

 

「まぁまぁ喧嘩しねぇで、いい加減トーナメント会場に戻りやしょうぜ――磯野さんも待ってるでしょうし」

 

 そんな牛尾の声に一同は磯野が待つ、天空デュエル場へと戻っていき――

 

 

 

 

 

 

「では本戦、第1試合を始めさせて貰いましょう! 対戦カードは、城之内 克也VSリッチー・マーセッド!! デュエル開始ィイイイイ!!」

 

 あれやこれやと舞台を整えた後、磯野のその宣言でようやくバトルシティのトーナメントが開催された。本当にようやくである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、海の上で黒い思念を蠢かせていた海の上に立つ神崎。

 

 

 だが、海面に映る神崎の影が囁いた――なら、お前は誰なのだと。

 

 

 その声の主は冥界の王。

 

 

 そんな神崎の影越しに語り掛けてきた冥界の王の姿に神崎は言葉を失う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――何故このタイミングで私に語り掛けた?

 

 揺らいでいたアクターの精神は突然に出てきた冥界の王に対して警戒心で染まる。

 

 

 冥界の王は神崎に取り込まれた後は基本的に全く表に出てこない。例外的に表に出てきたのはイシズとのデュエルの時だけだった。

 

 

 ゆえにアクターは冥界の王に対して強い警戒を持ち、現在の状況を鑑みて思案する。

 

 

 そんな考え込んだアクターに向けて、やれ「力が欲しいか」だの「その悩みから解放してやろう」だの語り掛けている冥界の王を余所にアクターは1つの結論を出す。

 

――此方が精神的に弱っていると判断し、懐柔しようとしたのか?

 

 そう考えたアクターは冥界の王からの甘言を放っておき、自身の状態を顧みる。

 

 過去の嫌な思い出(死の記憶)を思い出させるような一件に加えて、命懸けのデュエルの連続。

 

 さらに遊戯の命のピンチなど様々な問題が立て続けに起こったことを振り返り、アクターはふと思い至る。

 

――今、思えば…………いや、今はそれどころではないか。

 

 そう結論付けたアクターは未だ色々語り掛けている冥界の王に向けて返す――「あ、そういうのはいいんで」と。

 

 

 アレな対応に苛立ち気な声を上げる冥界の王を余所にアクターは無駄に限界を超えた肉体を駆使して宙を蹴り上げ、雲に紛れて空を駆ける。

 

 

 アクターこと神崎にとってマリクの暴走を止めた後処理の方が忙しい為、あまりノンビリしている訳にもいかない――ゆえにその足取りは自然と早まり突き進む。

 

 

 

 

 

 

 

 向き合うべきだった過去を置き去りにして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなアクターの向かうKC本社の様子は――

 

 バトルシティの大会本部ことKC本社から重い足取りで出てきた3人組の青年はやがて近くのベンチに腰掛け、1人の青年が大きく溜息を吐く。

 

「ハァ~~~~、厳重注意で助かったゾ~」

 

 その青年はゴースト骨塚、何時ぞやに霊園にて竜崎とアレコレやり取りしたデュエリストである。

 

「……このとき程、こんな怖い顔で生まれて良かったと感じたときはないゾ」

 

 竜崎に背を押され、KCにて事情を話した骨塚だったが大事にならなかったようだ。

 

 ゆえに肩を落とす骨塚に佐竹がそのガタイの良い身体を小さくしながら頭をかきつつ返す。

 

「いや、悪かったって……」

 

「この後、何か奢ってやるから元気だせよ」

 

 そう佐竹に続いた小さいサングラスをかけた線の細い男、高井戸の謝罪に骨塚は息を吐く。

 

「……でも世の中には俺よりおっかねぇ顔した人がいたんだなぁ……」

 

 その骨塚の言葉にウンウンと頷く佐竹と高井戸。

 

 彼らが結果的に起こした何とも言えないラインの事件――お化け扱いされた骨塚とのデュエル事件。

 

 被害者の全員がバトルシティのイベントの一環だと判断しており、厳密な被害者がいなかったこと、骨塚たちに悪気がなかったことなどが鑑みられ厳重注意という名のお説教で済んだ。

 

 しかし、そのお説教が問題だった。

 

 そのお説教を担当したのはかなりの大男であるアヌビス。おまけに眼光も鋭い。

 

 そんな物理的に圧のあるアヌビスと骨塚たちは1人ずつ順番に狭い室内で向かい合い全力で言葉なく威圧してくる姿は骨塚たちを震え上がらせるに十分な威力を有していた。

 

「やっぱ、KCってヤバい仕事してんだよ――絶対そうだって!」

 

 サングラスを光らせながらそう語る高井戸の言葉に佐竹も頷きながら同意する。

 

「あれは堅気じゃねぇわ……」

 

「もう止めようぜ――今日は高井戸のおごりで飯食って解散するゾ」

 

「あ~、そうだな! ごっつぁんです!」

 

 やがて二度と変なことはしないと誓った3人を代表した骨塚の提案に佐竹は高井戸の背を叩きつつ、近場のファミリーレストランへと歩を進めた。

 

「いや、俺は佐竹にまで奢るとは言ってねぇぞ!」

 

 そう高井戸は先の衝撃でずれたサングラスを直しながら、骨塚と佐竹の後を追う。

 

 

 3人組は今日も平和である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さらに同時刻、KCにて――

 

「大まかな手続きは此方で済ませておいた。後、明日はお前の休養日にしてある――時間は十分に取れるだろう」

 

「ホンマにありがとうございます!」

 

 ギースの言葉と共に差し出された資料を深々と頭を下げて受け取る竜崎の姿があった。

 

 

 やがて軽く手を振って去っていたギースを見送った竜崎は、弟たちを家に帰した後でKCに待機していたエスパー絽場の元に走り寄る。

 

 

「よっしゃ! 明日は忙しなるで、絽場!」

 

 そんな竜崎が握り拳を作る姿にエスパー絽場は小さく呟く。

 

「何で……」

 

「何でもなにも、やったことのケジメは付けなアカンやろ? 詫びはいれるべきや」

 

 直ぐさまそう返した竜崎は「事前に話したではないか」と首を傾げた。

 

 そう、竜崎がギースに頼み込んだのは、エスパー絽場のイカサマを受けた被害者たちとの会合の場だった。

 

 

 彼らがエスパー絽場にイカサマされ、負けた際に被った被害は存外馬鹿にはならない。

 

 大会で受け取る筈の賞金や、名声。さらにはバトルシティの参加権の為のデュエリストレベル等々、様々な問題も起こってくる。

 

 特に大会での結果はプロデュエリストなどの将来、デュエルに関わる仕事を目指すデュエリストにとっては致命的だ。

 

 下手をすれば、「イカサマを見抜けないデュエリスト」というマイナスなレッテルを貼られかねない。

 

 デュエルの比重が圧倒的に重い「遊戯王ワールド」特有の問題だった。

 

 

 ゆえに誠意を見せるのは当然と断ずる竜崎だったが、エスパー絽場が知りたかったことは其方ではない。

 

「違う! 何でボクに此処までしてくれる!」

 

 その絽場の叫びから察せられるように、絽場と竜崎は仲が良かった――という訳では決してない。

 

 お互いに名前を知る程度で面識も大してなく、ハッキリ言って赤の他人レベルの関係性だった。

 

 にも関わらずエスパー絽場の罪が少しでも軽くなるようにと、奔走する竜崎の姿は理解できないと示す絽場に竜崎は此処ではない遠くを眺めながら零す。

 

「そっちかいな……まぁ、お前とは特に仲良かったわけやないし、ワイに兄弟もおらんし、イジメられとった訳でもない」

 

「だったら何で――」

 

 竜崎の言葉に絽場が返す前に竜崎は先を続ける。

 

「でも、お前の感じてた焦りみたいなモンはワイにも覚えがあるんや――何とかせなアカンと思って、余裕なくなって、視野狭なって、アホやらかす」

 

 絽場がイカサマに奔り、デュエリストの誇りを捨てたように竜崎も一度、己を見失ったことがある。

 

 大好きな恐竜カードで頂点を目指すと誓ったことも忘れ、高額なレアカード(真紅眼の黒竜)があれば勝てると安易な方へと流れた過去。

 

 

 形は違えど、どちらも心の弱さが招いた事象。

 

「せやから……なんや他人事のような気がせえへんのや」

 

 ゆえにそう言いながら竜崎は小さく息を吐いた。

 

「竜崎……」

 

「まぁ、お前に比べればワイの方は大したことあらへんけどな――ただ全財産が消し飛んだだけや」

 

 揺れる絽場の瞳に竜崎はそう言いながら軽く笑った。

 

「ワイのカード……いや、もうアイツのカードか……ソイツは今、一体どうなっとるんやろうなぁ」

 

 竜崎を変えるきっかけとなった1枚のカード、《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》。

 

 その現在の所持者がいるであろうバトルシップの飛ぶ方向へと視線を向ける竜崎の姿は絽場には酷く遠くに見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》の所持者はペガサスミニオンのリッチー・マーセッドを相手に苦戦を強いられていた。

 

 リッチーのフィールドに並ぶのは――

 

 如何にもな西部のガンマン風の青年が銃を持つ腕を悪魔のソレに変えながら城之内に狙いを定め、

 

魔弾(まだん)の射手 ザ・キッド》

星3 光属性 悪魔族

攻1600 守 200

 

 両腕と両肩に装備した重火器を持ったドレッドヘアーの大男が城之内をジッと見つめ、

 

《魔弾の射手 ワイルド》

星4 光属性 悪魔族

攻1700 守 900

 

 目元を赤いドクロの仮面で隠した紳士風の悪魔が大きな銃を両手に、赤い翼を広げて笑みを広げていた。

 

《魔弾の悪魔 ザミエル》

星8 光属性 悪魔族

攻2500 守2500

 

 

 対する城之内のフィールドにはセットカードが1枚に永続魔法《未来融合-フューチャー・フュージョン》とその効果でこのターンに融合召喚された――

 

 レッドアイズの可能性の一つの姿、赤く脈動する紫の巨体でフィールドに佇む《メテオ・ブラック・ドラゴン》の姿。

 

《メテオ・ブラック・ドラゴン》

星8 炎属性 ドラゴン族

攻3500 守2000

 

 そして妹、静香の力――《心眼の女神》の助力を得て導き出したレッドアイズの更なる姿、《ブラック・デーモンズ・ドラゴン》が悪魔の骨を全身に鎧のように纏った雄々しい姿を見せ、

 

《ブラック・デーモンズ・ドラゴン》

星9 闇属性 ドラゴン族

攻3200 守2500

 

 最後に赤い鎧に青い衣、そして赤き大剣を持つ、城之内の相棒ことフェイバリットカード《炎の剣士》が大剣を相手に向けて構えていた。

 

《炎の剣士》

星5 炎属性 戦士族

攻1800 守1600

 

 しかし、レッドアイズの可能性はこれだけではないと城之内は三度、カードを発動させる。

 

「まだまだ行くぜ! 俺はフィールドの《炎の剣士》と手札の《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》を融合!」

 

 《炎の剣士》の大剣から昇る炎が手札の《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》を包んでいく。

 

「レッドアイズの黒き鱗は、剣士の猛る炎で研鑽され! より強靭さを増す!!」

 

 やがてその炎は鋭さを増していき、《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》の新たな可能性を導き始め――

 

「その黒き輝きは(つるぎ)の如く! 融合召喚! 切り進め! 《真紅眼の(レッドアイズ・)黒刃竜(スラッシュドラゴン)》!!」

 

 やがて炎の中から飛翔したのはその全身が刃のような鋭き鱗に覆われた《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》の姿。

 

 新たなる姿の名は《真紅眼の(レッドアイズ・)黒刃竜(スラッシュドラゴン)》。

 

 その両腕から伸びる刃はあらゆる障害を両断し、その尾の先に延びる剣は全てを貫かん輝きを示していた。

 

真紅眼の(レッドアイズ・)黒刃竜(スラッシュドラゴン)

星7 闇属性 ドラゴン族

攻2800 守2400

 

 このターンの始めは空っぽだった筈の城之内のフィールドに瞬く間に揃った3体の黒き竜の姿に観客の遊戯は拳を握り、声援を送る。

 

「これで城之内くんのフィールドには3体のレッドアイズの進化系が勢揃いだ!」

 

「いいぞー! 城之内ー! そのまま一気に逆転だー!!」

 

「行けー! 城之内ー!!」

 

 続く本田と杏子の応援に城之内はガッツポーズで返す。

 

「おう! 任せときな!」

 

――奴のフィールドのセットカードは今や0! 一気に行くぜ!

 

 長らく苦しめられていたリッチーのセットカードもない今、城之内は一気に攻勢に出る。

 

「バトル!! 《真紅眼の(レッドアイズ・)黒刃竜(スラッシュドラゴン)》で《魔弾の射手 ザ・キッド》を攻撃!」

 

 《真紅眼の(レッドアイズ・)黒刃竜(スラッシュドラゴン)》が額の3つ目の瞳と関節を炎の熱で赤く染めながら、《魔弾の射手 ザ・キッド》の元へと強襲をかける。

 

「そして、この瞬間、スラッシュドラゴンの効果発動! 『レッドアイズ』モンスターの攻撃時に俺の墓地の戦士族モンスター1体を攻撃力200アップの装備カード扱いとして自身に装備する!」

 

 迎撃として《魔弾の射手 ザ・キッド》の二丁の拳銃から放たれる銃弾も物ともせず突き進む《真紅眼の(レッドアイズ・)黒刃竜(スラッシュドラゴン)》の腕の刃に炎が灯っていく。

 

「俺は《炎の剣士》を装備!! 行っけぇ! ダーク・メテオ・スラッシュ!!」

 

 それは《炎の剣士》の炎。

 

 その炎が《真紅眼の(レッドアイズ・)黒刃竜(スラッシュドラゴン)》の更なる力となり、敵を切り裂く。

 

真紅眼の(レッドアイズ・)黒刃竜(スラッシュドラゴン)

攻2800 守2400

攻  0 守  0

 

 筈だった。

 

 突如として《真紅眼の(レッドアイズ・)黒刃竜(スラッシュドラゴン)》の腕の刃に宿った炎は霧散し、その身に宿る力が抜けたように墜落した《真紅眼の(レッドアイズ・)黒刃竜(スラッシュドラゴン)》は地面を転がる。

 

「なにっ!?」

 

 《魔弾の射手 ザ・キッド》の少し前で地面に横たわる《真紅眼の(レッドアイズ・)黒刃竜(スラッシュドラゴン)》に驚きの声を上げる城之内だったが、リッチーが手札のカードを1枚見せつつ返す。

 

「俺はコイツを『手札から』発動させて貰ったぜ! 速攻魔法《魔弾-クロス・ドミネーター》!!」

 

「俺のターンに、手札から速攻魔法だと!? それにそのカードは!!」

 

 驚く城之内に間違いはない。速攻魔法を手札から発動できるのは原則として自身のターンにのみ。

 

 しかし何事にも例外がある。

 

「『魔弾』モンスターの効果だ――コイツらが俺のフィールドにいるとき、俺は手札から『魔弾』魔法・罠カードを発動できる!」

 

「そんなこと出来んなら、何で今までセットして――いや!?」

 

 リッチーの説明に納得しつつも新たな疑問が浮かぶ城之内。なら今まで態々セットしていたのは何故なのかと。

 

 しかし城之内はすぐさま気付く。そう――

 

「そうさ! この状況を生み出す為だよ!」

 

 城之内がリッチーのセットカードが途切れ、攻めのチャンスだと誤認した今の状況が全てを物語っていた。

 

「《真紅眼の(レッドアイズ・)黒刃竜(スラッシュドラゴン)》は速攻魔法《魔弾-クロス・ドミネーター》の効果を受け、攻・守が0になり、効果も無効化!」

 

 倒れ伏した《真紅眼の(レッドアイズ・)黒刃竜(スラッシュドラゴン)》は城之内の為にと必死に起き上がろうとするが、その意思に反して身体は思う様には動かない。

 

「《真紅眼の(レッドアイズ・)黒刃竜(スラッシュドラゴン)》には自身に装備されたカードを墓地に送ることで対象を取る効果を無効化し破壊する効果に――」

 

 リッチーの口から語られる《真紅眼の(レッドアイズ・)黒刃竜(スラッシュドラゴン)》の効果に城之内は言葉を失う。

 

「自身が破壊された時に装備されたモンスターを蘇生させる効果――どっちも厄介だ。使わせる訳にはいかねぇな」

 

「知ってやがったのか……」

 

 このバトルシティの中で初めて――否、城之内がデュエルで初めて使ったカードだったにも関わらず見抜かれていた現実に歯噛みする城之内。

 

 だがリッチーからすれば――

 

「ペガサス様のお力になる為なら、これくらいは出来て当然だよ」

 

 これ程度はペガサスミニオンにとって「出来て当然」だった。

 

 

 I2社のデザイナー側の人間ではあっても、カードへの深い理解が不可欠である。

 

 自身のカードすら把握できていないなど論外――そして様々なカードへの理解を深めることなど、やっていて当たり前。

 

 そんな当たり前をこなせる中での更にトップの一握り――それこそがリッチー・マーセッドのいる頂き。

 

 

 城之内の前に立つ男は、ただの苦労人ではないのだ。

 

 

 やがて城之内の反撃の切っ先を制したリッチーは声を張る。

 

「さらに《魔弾の射手 ザ・キッド》の効果! このカードと同じ縦列で魔法・罠カードが発動した場合、手札の『魔弾』カード1枚を捨て、デッキから2枚ドローする!」

 

 自身の銃に再度、弾を込めていた《魔弾の射手 ザ・キッド》は空の薬莢をリッチーへと放り、

 

「俺は手札の永続罠《魔弾-デビルズ・ディール》を捨て、2枚ドロー!」

 

 それにリッチーの手札1枚が交差し、新たな弾丸となって補充された。

 

「もはやバトルは止まらねぇ」

 

 ゆっくりと歩み出た《魔弾の射手 ザ・キッド》は右手の銃を構え直し、倒れ伏す《真紅眼の(レッドアイズ・)黒刃竜(スラッシュドラゴン)》にほぼゼロ距離で引き金を引いた。

 

 そして相棒たるカードと託されたエースの想いを継いだ《真紅眼の(レッドアイズ・)黒刃竜(スラッシュドラゴン)》が爆散し、その衝撃が城之内を襲う。

 

「俺のスラッシュドラゴンがッ!!」

 

城之内LP:3300 → 1700

 

 相手に一杯食わされたと悔しさに燃える城之内はリッチーの手札を把握するべく頭を回すが――

 

――奴の手札に後何枚『魔弾』カードがあるんだ? クロスなんとか、なんちゃらディールに……あーッ!! 全部『魔弾-なんちゃら』だから、どれがどれだか分かんねぇ!!

 

 目まぐるしく変わるリッチーの手札に城之内の頭は全く追いついていない。

 

「《ブラック・デーモンズ・ドラゴン》で《魔弾の射手 ザ・キッド》を攻撃だ!!」

 

「バカ、城之内! 奴の手札には!」

 

 先程痛い目を見たにも関わらず無謀に見える攻撃を敢行する城之内の姿に本田が慌てた様子で叫ぶが――

 

「今攻撃しなきゃ、どのみち次のターンで使われちまうだけだ! それに『魔弾』魔法・罠カードは1ターンに同じカードは1度しか使えなかった筈!!」

 

 城之内とて何の考えもない訳ではない。

 

「その通りだ! 俺はダメージ計算時『魔弾』モンスターの効果で『手札から』速攻魔法《魔弾-ネバー・エンドルフィン》を発動!」

 

 そしてそんな城之内に更なる迎撃を見せるリッチー。

 

「俺の『魔弾』モンスター1体の攻・守をターンの終わりまで元々の数値の倍にする! もっとも倍になる代わりにソイツでダイレクトアタックは出来なくなるがな!」

 

 悪魔の弾丸の力のよってその両腕を異形の悪魔の元へと変質させた《魔弾の射手 ザ・キッド》は脈動し始める二丁の拳銃で《ブラック・デーモンズ・ドラゴン》を狙い打つ。

 

《魔弾の射手 ザ・キッド》

攻1600 守 200

攻3200 守 400

 

 さらにリッチーの一手はこれだけではない。

 

「そしてこの瞬間! 俺のフィールドの《魔弾の射手 ワイルド》の効果発動! コイツと同じ縦列で魔法・罠カードが発動したとき、墓地の『魔弾』カード3枚をデッキに戻し、デッキから1枚ドローする!」

 

 《魔弾の射手 ワイルド》がその大男っぷりに偽りのないような獣のような咆哮を上げ、地面に向けてランチャーの1発を放つ。

 

「俺は墓地の《魔弾-クロス・ドミネーター》・《魔弾-ネバー・エンドルフィン》・《魔弾-デッドマンズ・バースト》をデッキに戻して1枚ドロー!」

 

 そのランチャーによって爆散した地面から飛び散った墓地に眠る悪魔の弾丸――『魔弾』がリッチーのデッキに戻っていき、やがて1枚のカードが新たに手札に加わった。

 

 

 リッチーの手札が増えたということは当然、手札から突如として強襲する魔弾の脅威が増えたと同義。

 

 しかし城之内は怯まない。

 

「だが攻撃力は互角! 粉砕しろ! 《ブラック・デーモンズ・ドラゴン》! メテオフレア!!」

 

 《ブラック・デーモンズ・ドラゴン》から悪魔の力が籠った獄炎が放たれ、

 

「なら迎撃しろ! 《魔弾の射手 ザ・キッド》! クイック・デスペラード!!」

 

 《魔弾の射手 ザ・キッド》の二丁拳銃から悪魔の力が宿る弾丸が連射される。

 

 やがてぶつかり合い、弾丸は炎を突き抜け《ブラック・デーモンズ・ドラゴン》を打ち抜いたが、その炎は勢いを留める事なく突き進み《魔弾の射手 ザ・キッド》を燃やし尽くした。

 

「済まねぇ、《ブラック・デーモンズ・ドラゴン》! だが、お陰でヤツの手札を削れたぜ!」

 

 犠牲となった《ブラック・デーモンズ・ドラゴン》に詫びつつ、その犠牲は無駄にはしないと突き進む城之内。

 

 リッチーの使う「魔弾」カードは同名カードを1ターンに1度しか使えない。つまりリッチーはそろそろ城之内の攻撃を防ぐ手段が少なくなってきている。

 

「仇討といくぜ! 《メテオ・ブラック・ドラゴン》! 《魔弾の悪魔 ザミエル》を攻撃! メテオ・ダイブ!!」

 

 その事実に背を押された城之内の気迫に応えるように《メテオ・ブラック・ドラゴン》はその身を炎で包みながら《魔弾の悪魔 ザミエル》に向けて突撃する。

 

「まだだ! 『魔弾』モンスターの効果で手札から罠カード《魔弾-デスペラード》を発動! 俺のフィールドに『魔弾』モンスターがいるとき! フィールドの表側表示のカードを1枚破壊する!」

 

 だがその隣に立つ《魔弾の射手 ワイルド》が新たに担いだ巨大な大砲のような重火器が火を噴いた。

 

「《メテオ・ブラック・ドラゴン》には消えて貰うぜ!」

 

 その弾丸というにはあまりに巨大な一撃を受け、断末魔を上げる《メテオ・ブラック・ドラゴン》。

 

 

 そして煙が晴れた先にあるのは倒れ伏した《メテオ・ブラック・ドラゴン》の姿。

 

 

 ではなく、雄々しく翼を広げる黒き竜――《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》が赤い眼光を光らせていた。

 

真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)

星7 闇属性 ドラゴン族

攻2400 守2000

 

「なにっ!?」

 

「俺はチェーンしてコイツを発動させて貰ったぜ! 罠カード《メタバース》! この効果でデッキからフィールド魔法1枚を発動したのさ!」

 

 デジタルデータのようなものが城之内の背後で集まっていき――

 

「フィールド魔法《遠心分離フィールド》か!」

 

 リッチーの宣言を肯定するかのように《融合》のような渦が浮かんでいた。

 

「ご名答! コイツは融合モンスターがカード効果で破壊された時、その融合モンスターに記された素材モンスター1体を蘇生させる!」

 

 竜崎とのデュエルから学び取った城之内の一手がリッチーの想定を僅かに上回った瞬間であった。

 

「さぁ! 残りの手札で止めてみな! 行けっ! レッドアイズ!! 《魔弾の射手 ワイルド》を攻撃! 黒・炎・弾!」

 

 重火器を乱射する《魔弾の射手 ワイルド》に向けて《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》の黒き炎が降り注ぐ。

 

 そして火薬類に誘爆したのか巨大な爆発が《魔弾の射手 ワイルド》を覆った。

 

リッチーLP:4000 → 3300

 

「ぐぁっ!? くっ……少しばかりモンスターを減らされちまったな……」

 

「俺はカードを1枚セットしてターンエンドだ! どんなもんよ!!」

 

 リッチーの布陣を一部砕いた城之内が最後の手札を伏せ、此処から逆転だと息巻いた。

 

「だが、そのエンドフェイズに《魔弾の悪魔 ザミエル》の効果が発動される!」

 

 しかしそう簡単に超えられる程にペガサスミニオンの壁は、リッチーの壁は低くはない。

 

「相手のエンドフェイズにそのターン俺が発動した『魔弾』魔法・罠カードの数だけ、デッキからドローする!」

 

 魔弾の力を授けていた《魔弾の悪魔 ザミエル》はその力の代償を取り立てるように高笑いと共に手を天にかざす。

 

「俺がこのターン使った『魔弾』魔法・罠カードは3枚!! よってデッキから3枚のカードをドロー!!」

 

 そして手により降り注いだ悪魔の光がリッチーの手札を一気に潤した。

 

「くっ……奴の手札が全然減らねぇ!?」

 

 

 城之内がギャンブルカードでリスクを取ってまでリターンを得ようとしているにも関わらず、リッチーとのアドバンテージの差は縮まる所か広げられていく一方だ。

 

 

「そして俺のターンだ。ドロー! 《魔弾の射手 スター》を通常召喚」

 

 《魔弾の悪魔 ザミエル》の隣にスッと降り立つのは踊り子のような衣装を纏う女ガンマン。

 

《魔弾の射手 スター》

星4 光属性 悪魔族

攻1300 守1700

 

「手札から速攻魔法《魔弾-ネバー・エンドルフィン》を発動! 《魔弾の悪魔 ザミエル》の力は倍増!!」

 

 《魔弾の悪魔 ザミエル》が持つ銃が禍々しさを増していく。

 

《魔弾の悪魔 ザミエル》

攻2500 守2500

攻5000 守5000

 

「さらに《魔弾の射手 スター》と同じ縦列で魔法・罠カードが発動したことで効果発動――デッキからレベル4以下の『魔弾』モンスター1体を守備表示で呼び出す」

 

 《魔弾の射手 スター》が踊り子のような衣装をクルリと翻した後に現れたのは――

 

「来いっ! 《魔弾の射手 カスパール》!」

 

 金髪を逆立てたマントの青年が異形の右腕で悪魔によって授けられた銃を握る。

 

《魔弾の射手 カスパール》

星3 光属性 悪魔族

攻1200 守2000

 

「お前の剛運もこれまでだ! やれ! 《魔弾の悪魔 ザミエル》! レッドアイズを攻撃しろ!!」

 

 《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》へと向けて銃を構える《魔弾の悪魔 ザミエル》。

 

「待ちな! その攻撃時、速攻魔法《ルーレット・スパイダー》を発動!」

 

 だったが、毒針が矢印になっているおもちゃのような蜘蛛が互いのフィールドに蜘蛛の巣代わりのルーレットを広げていく。

 

「ソイツが最後の一手か!」

 

「そうだ! 俺はサイコロを1つ振り、出た目によって効果を適用するぜ!」

 

 その効果は――

 

 1が出れば、城之内のライフを半減。相手の攻撃は止まらず城之内の敗北。

 

 2が出れば、城之内が直接その攻撃を受け、残りライフを守れない。

 

 3が出れば、自身の他のモンスターに攻撃対象を移すが、今の城之内のモンスターは1体――意味はない。

 

 4が出れば、相手の別のモンスターと戦闘させ、大ダメージを与えられ、

 

 5が出れば、その攻撃を無効にし、そのモンスターの攻撃力分のダメージを与える一発逆転の一撃になり、

 

 6が出れば、その攻撃モンスター《魔弾の悪魔 ザミエル》を破壊し、この窮地を乗り越えられる。

 

 

 実質2分の1のギャンブル――そこまで分の悪い賭けではない。

 

「最後の大博打だ!!」

 

 その城之内の声と共に《魔弾の悪魔 ザミエル》の顔目掛けて《ルーレット・スパイダー》が飛んでいく。

 

 

 だが城之内の耳に銃声が届いた。

 

 

 そして眉間を打ち抜かれた《ルーレット・スパイダー》は地面に落下し、その動きを止める。

 

「カウンター罠《魔弾-デッドマンズ・バースト》発動――残念だがその博打には乗れねぇな」

 

 先の銃声の正体は《魔弾の射手 カスパール》が放った1発の銃弾。

 

「コイツの効果は『魔弾』モンスターが存在するとき、相手の魔法・罠の発動を無効にして破壊する」

 

 その銃弾が《ルーレット・スパイダー》を打ち抜き、その効果を無効化していた。

 

「なん……だと!?」

 

 驚愕に目を見開く城之内を余所に《魔弾の射手 カスパール》に打ち抜かれた《ルーレット・スパイダー》は光となって新たな銃弾――魔弾へと姿を変える。

 

「そして《魔弾の射手 カスパール》と同じ縦列で魔法・罠カードが発動したことでコイツの効果によりデッキから発動したカードと名の違う『魔弾』を手札に加える――俺は《魔弾-デスペラード》を手札に」

 

 その魔弾は当然リッチーの手札に舞い込んだ。

 

「あばよ、城之内――お前とのデュエル、中々にスリリングだったぜ」

 

 そのリッチーの言葉を合図に《魔弾の悪魔 ザミエル》の放った魔弾は《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》を容易く打ち抜き城之内を貫く。

 

「ちっくしょぉおおお!!」

 

城之内LP:1700 → 0

 

 最後に一人のデュエリストの悔し気な咆哮が天空デュエル場に響き渡った。

 

 

 






真紅眼の(レッドアイズ・)黒刃竜(スラッシュドラゴン)「自分、初の出番だったんですよ。城之内さんを象徴する2つの力が合わさり、華麗な活躍を見せると思ってたんですよ――なのに効果すら使わせて貰えないって(涙)」

魔弾の射手 カラミティ「出番があっただけ断然マシだろうがよォ!!」

魔弾の射手 ドクトル「その通りです! 出番のない我々の前で言う話ではない!!」


遊戯王Rでのリッチーのデッキはガンマン風デッキ――だったのですが、
漫画で使用したガンマンが1枚もOCG化されていなかったので

今作では無難に「魔弾」になりました(´・ω・`)ショボーン


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第119話 本戦トーナメント[完]



前回のあらすじ
本戦トーナメント「俺の時代がキターーーー!!」







 

 

「そこまで!! 本戦、第1試合! 勝者! リッチー・マーセッド!!」

 

 そんな磯野の宣言が響く天空デュエル場にて2人のデュエリストの戦いが終わりを迎えた。

 

「くそぉおお! 負けちまったぁああ!!」

 

 だがその一方の城之内は膝を突きつつ天へと敗北の悔しさを吐き出していた。

 

「――でも楽しかったぜ! 俺の分まで勝ち進んでくれよな!」

 

 しかし叫んでスッキリしたのか、すぐさま立ち上がり対戦相手であったリッチーの元へと駆け寄って手を差し出す城之内。

 

 そんな城之内の姿にリッチーは肩を軽くすくめつつその手を握りながら返す。

 

「勝者の義務って奴か? まぁ頑張らせて貰うぜ」

 

 純粋にバトルシティに挑んでいた城之内とは違い、リッチーの目的はグールズの壊滅にあった為、一抹の申し訳なさを感じていたゆえに城之内の前向きなスタンスはありがたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな互いの健闘を称える両者を余所に磯野は大会進行に勤しむ。

 

「そして棄権者が3名出たことで、これにてバトルシップでの本戦は終了となります!!」

 

 しかしバトルシティ本戦トーナメントはマリク・リシド・アクターの3人が棄権した為、今や遊戯・海馬・城之内・夜行・リッチーの5人。

 

 さらに先の1戦で1人脱落した段階で既に決勝トーナメントの4人の席は埋まっている――というかギリギリである。

 

 

 そんな「大会として……どうよ?」な有様にレベッカはポツリと呟く。

 

「……本戦トーナメントが1戦で終わっちゃったわね」

 

 レベッカの声色から察せられるように些かマズイ状態だった。あれだけ色々あったにも関わらず、1戦だけでは問題しかない。

 

 そんな状況ゆえにモクバは磯野の傍に寄り、小声で尋ねる。

 

「……大丈夫なのか、磯野?」

 

「いえ、あまり大丈夫では……ですが、瀬人様のデュエルでなら十分に挽回できるかと」

 

 磯野的にも大丈夫ではなかった――だが、何の手も用意していない訳ではない。

 

 磯野は咳払いを一つ入れ、再度声を張り上げる。

 

「ゴホン、そしてここより! デュエルタワーでの決勝の舞台に立つ2人のデュエリストを決めるべく、再度アルティメット・ビンゴ・マシーンで組み合わせを決定します!!」

 

 

 磯野の取った選択は予定の前倒しである。

 

 デュエルタワーでの決勝トーナメントを決勝戦のみに当て、この場で決勝戦に上がるデュエリストを決めてしまおうとの決定だった。

 

 

「おっと、連戦は勘弁して欲しいとこだぜ」

 

「そこはクジ運次第ですね」

 

 そんなリッチーと夜行の会話を余所に、磯野はシュバッと手を上げ――

 

「カモン! アルティメット・ビンゴ・マシーン!!」

 

 その声と共に天空デュエル場の一角からゴゴゴと厳かな雰囲気を出しつつ、何時ぞやの《青眼の究極竜(ブルーアイズ・アルティメットドラゴン)》型のビンゴマシーンが姿を現した。

 

「モードォ!! チェンジッ!!」

 

 しかしその磯野の言葉と共に、アルティメット・ビンゴ・マシーンのビンゴマシーン部分が仕舞われて行き、残ったドラゴン部分が2本の足で立ち、翼を広げ、その三つ首からグワリと持ち上がる。

 

「おお、変形した!?」

 

 目を輝かせるヤロウどもを代表した本田の声のとおり、これこそがアルティメット・ビンゴ・マシーンの真の姿。

 

 通称、「バトルモード」である――海馬の「おお、これが……」な視線が誇らしい。

 

 

 しかし「ロマンなど知ったことか!」な杏子は隣の牛尾に尋ねた。

 

「あれって意味はあるの?」

 

「俺の聞いた話じゃ特に意味はねぇらしいぜ――視覚効果ってのを狙ったもんだな」

 

 杏子の問いに頬をかきながら目を逸らし、返す牛尾だが――

 

 牛尾には知らされていないが、「バトルモード」となったアルティメット・ビンゴ・マシーンは単騎で戦場を駆け巡る程のポテンシャルを秘めている――文字通り走り回るだけだが。

 

 その用途は闇マリクがアクターを倒し、さらには遊戯や海馬すら破り、誰にも止められなかった最悪の事態の際の緊急時に「闇マリクを捕らえて、そのままお空へとダイブ」する為で、そういう作戦も組まれていた。

 

 

 最終手段ってヤツである。オカルトパワーにもそう簡単にはやられない丈夫設計だ――卑劣な作戦である。誰が考えたのやら。

 

 

 そんなマル秘な事案はさておき――

 

「ではネオ・アルティメット・ビンゴ・マシーン! スタート!!」

 

 その掛け声と共に磯野の腕が振り下ろされ、ネオ・アルティメット・ビンゴ・マシーンが起動した。

 

 

 ちなみに選出方法は3つの首の内、2つの首の眼からデュエリストに光を照射する仕組みだ――ビンゴ要素皆無である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところ変わって何処ともしれぬ大空を雲に紛れながら大気を踏みしめ駆け抜ける神崎は通信機片手に通信を試みていた。

 

 それはアクターとしての仕事が終わった為、KCに良い感じなタイミングで戻る為に色々工作する要件。

 

 やがて神崎の手の中の通信機から声が届く。

 

『やぁ、神崎――君が直接連絡してきたところを見るに何か問題でも起きたのかな?』

 

 その声の主は乃亜。その声色からは何処か挑戦的な姿勢が見える。

 

「はい、ようやく時間が取れたので、現状の確認だけでも――と」

 

 まずKCの状況を確認しようとする神崎だったが、乃亜が不審気な声を上げる。

 

『そうかい――でも少し音声が……移動中かい? 音の拡散具合から察するに空の旅かな?』

 

 通信機の音声のブレのようなものを指摘する乃亜に神崎は慌てて宙を駆ける速度を落としながら、誤魔化しにかかる。

 

「え、ええ、今は雲の中を突っ切っているところです」

 

 あたかも「今は飛行機の類に乗っていますよー」と神崎はアピールする――必死か。

 

「それで其方の状況はどうなっていますか?」

 

 だがこれ以上追及されても面倒な為、本題にて話題を逸らす神崎の言葉に乃亜は気にした様子もなく返す。

 

『此方の状況? ギースの報告では洗脳された人間が次々にそのくびきから解放されているとのことだよ――アクターは仕事を果たしたようだね』

 

 バトルシップに搭乗してから僅かな時間で仕事を終えたアクターに対し、感心するように声を上げる乃亜だったが――

 

『とはいえ、本戦で始末をつけたのがマイナスかな――お陰で大瀧が大忙しさ』

 

 そもそも予選の段階で全てを終わらせる計画だったと零す乃亜。

 

 だがその言葉通りに本戦にズレ込んだ為、情報統制の為にペンギン大好きおじさんことBIG5の大瀧が海を泳ぐペンギンのような素早さで年齢を感じさせぬ程に現在進行形でフル回転していた。

 

「そうですか……では大瀧殿含めて後でお詫びをしておかないと」

 

 成果には対価を、とそれっぽいことを語る神崎を余所に乃亜は問いかける。

 

『それだけじゃないんだろ?』

 

「はい、私は少しKCに戻るのが遅れそうなので事後処理も始めておいて貰おうかと思った次第です。計画書もありますのでそれを――」

 

 乃亜に向けて本題を明かす神崎――その言葉通り神崎は直ぐに「オカルト課の責任者」としてKCに戻る訳にはいかない。どうしても確認が必要な件があった。

 

 

 やがて神崎の説明を受け、計画書を見つけた乃亜が紙をめくる音が通信機越しに聞こえるが――

 

『別件かい? まぁいいけど、計画書はこれか――ッ!』

 

 計画書をめくっていた乃亜の手が止まると共に息を呑む声が通信機越しに神崎に届く。なにかマズイことをしてしまったのかと戦々恐々する神崎を余所に乃亜は声を張る。

 

『マリク・イシュタールの立場を!? 残念だけどそれは――』

 

 今回の神崎の要件はザックリ言えば「マリクをフォローすること」――墓守の一族+遊戯と可能な限り良好な関係を結んでおきたいゆえの決定だったが、乃亜は否定的だった。

 

 

 それもその筈、「マリクを庇う」ということは「グールズの首領を庇う」と同義である。

それはグールズの被害者たちの存在を考えれば、KCにとってマイナスにしかならない。

 

 しかし神崎も何の考えもない訳ではない。ある程度の裏口くらいは用意していた。

 

「確かに難しい問題ですが、計画書に概要があります――それで、()()()()()()?」

 

『…………これか、成程――()()()()()()か』

 

 とはいえ神崎としては自身よりはるかに優秀な乃亜が「無理」と断じるのなら別の方法を模索し、それでも無理なら「しょうがない」と諦める腹積もりであった。

 

 遊戯に恩は売っておきたい神崎だが、その恩を売ったことで自身が破滅して死ぬようなことになっては意味がない。

 

「出来ないのなら、別の――」

 

 乃亜のトーンの落ちた声色から神崎は恐る恐るな内心を隠しつつ問いかけるが、そこから「方法を模索する」とは神崎は続けられなかった。

 

『いや、僕がやる』

 

 乃亜の決意に満ちた声に阻まれて。

 

 しばらく通信機から紙をめくる音や何やら機械を操作する音が鳴った後、乃亜は己の脳裏で組み上げた段取りを元に宣言する。

 

『――よしOKだ。後は大岡と大まかな話は詰めておくよ』

 

 任せてくれ、と言わんばかりの乃亜の言葉を最後に通信は切られた。

 

 

 ブツリと通話が切られた通信機を懐に仕舞いつつ、神崎は「さすが乃亜」と呑気なことを考えながら引き続き宙を蹴り、加速していく。

 

 

 この調子ならKCまであと少しである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな通信を終えた乃亜はKCの一室にて受話器を置き、何処か楽し気だった。

 

「しかしこれは大きな買い物になったかもしれないね――お互いに」

 

 そんな誰に語り掛ける訳でもない独り言の軽い言葉とは裏腹に乃亜の胸中は燃えていた。

 

――このくらいは「超えて見せろ」。そう言いたいんだね、神崎……その挑発、乗ってあげるよ。

 

 この仕事を「『別の』者に任せる」との意が籠った言葉に乃亜は我慢がならぬと燃えていた。

 

 

 

 

 

 やがてそんな燃えに燃える乃亜は振り返る。

 

「――と待たせたね、ギース。要件はなんだい」

 

 乃亜が通信中であった為に待機していたギースに向けて。

 

 そうして乃亜に話を振られたギースは手に持った紙の束を乃亜のデスクに置きつつ報告する。

 

「グールズの構成員にされていた人間への諸々の聞き取りが終わった――とのことだ。其方は?」

 

 そして乃亜の通信相手が神崎であったことを察して問いかけるギースに、乃亜は肩をすくめながら返す。

 

「神崎から面倒事を言い付かったよ」

 

「面倒事?」

 

 その乃亜の顔にはヤレヤレと何処か呆れた様子すら見えた為か、ギースも愚痴くらいは、と聞く姿勢に入るが――

 

 

「ああ、とっても可哀そうな過去を持つ『グールズの首領』、マリク・イシュタールくんに僕たちが手を差し伸べて上げよう――って話さ」

 

 

 乃亜からオーバーな芝居がかった仕草で語られた言葉はギースを一瞬、固まらせる――何故、そんな話が出てくるんだ。と言わんばかりの反応だった。

 

「…………何故だ? このバトルシティでの追い込みを見るに、マリクに厳しい処罰を与えるんじゃなかったのか?」

 

 ギースはグールズの被害者の惨状に加えて、グールズの排除を願った依頼者たちの熱意と悪意を目の当たりにしている。

 

 そんな依頼者の要望ゆえにKC側はグールズには厳しい対応を取ると考えていた。バトルシティでの追い込みっぷりを見ればギースにはそうとしか考えられない。

 

 

 しかしそんなギースを乃亜は小さく笑う。

 

「フフッ、キミにはそう見えたかい?」

 

「そう言われても、私にはあの方が何を考えているかなどサッパリ分からんぞ」

 

 オカルト課における古株のギースの言葉には中々の苦悩が見えた――上司がよく分からない人などやり難いことこの上ない。

 

「そうなのかい? キミはかなりの古株だと聞いていたのだけれど、意外だね」

 

「……それで面倒事の具体的な内容は?」

 

 乃亜の面白いものを見たと言わんばかりの視線から目を逸らしつつ仕事の話題に戻すギース。

 

 

「神崎の考えは大きく5つ」

 

 そんなギースに対し、乃亜は握った右手を突き出し、その内の人差し指を立てる。

 

「1つ目は単純にグールズという組織を崩すことで被害を食い止めること――馬鹿にならない被害だからね」

 

 この考えは当然のもの――グールズを放置することなどKCには出来ないのだから。

 

 

 そして乃亜は2本目の指を上げながら続ける。

 

「2つ目は世界が手を焼いたグールズという組織をKCには容易く処理する術があることの証明――此方の力を示す目的」

 

 此方も分かり易い目的である。

 

 誰もが止められなかったグールズをKCが容易く止めた事実は良からぬことを考える人間に対して大きな牽制になるだけでなく、KCに対する信用・信頼にも繋がる。

 

 名を売る行為はいつの時代も重要だ。

 

 

 此処までは予想通りといった様相を見せるギースを見つつ乃亜は3本目の指を上げる。

 

「3つ目はグールズという組織の中で頭角を現した優秀な人材、『名持ち』の引き抜き――恩人である此方側の提案を無下には出来ないだろう」

 

 これはいつもの「人材集め」である。

 

 操られていたとはいえ、犯罪行為に手を染めてしまったグールズの構成員たちの立場は弱い。

 

 そこに恩義のあるKCから助け舟が出れば、彼らは大して疑うことなどせず乗ってくる公算が高い――何とも底意地の悪いスカウトである。

 

 

 次に乃亜は4本目の指をもったいぶるように上げる――此処からはギースが想定していない領域。

 

「4つ目は依頼者の人間性の確認と選別――『グールズの首領』という『どう扱おうが後腐れのない人間』をぶら下げて、過激な思想を持つものや此方の思惑を読めない相手を区分けするのさ」

 

 最初はマリクを含めたグールズの構成員たちに対し、過剰なレベルの人員投入を匂わせ、奥の手――ということになっているアクターまで投入することを示し、KCの圧倒的優位を演出。

 

 そんな有利な状況の時こそ人のタガは緩み、「どうせなら」と欲を見せる。

 

 それらの欲望のままに依頼者たちが要望した内容の書かれた書類の1枚をめくりながら乃亜は嗜虐的な笑みを見せた。

 

「依頼の追加要請のアレコレを見るに、かなり釣れたようだね」

 

 その書類の束は己の欲望を制御できなかった人間のブラックリストとなりえる。

 

 依頼に関しては「グールズという組織の解体」である為、要望はあくまで要望でしかない。それゆえKC側が絶対に叶えなければならない必要性など何処にもないのだ。

 

 

 やがて乃亜は最後の5本目の指を上げて語る。

 

「5つ目は墓守の一族へ借りを作り、彼らの持つ所謂オカルトの力に探りを入れること――とボクは思ったんだけど、どうやら違うらしい」

 

 しかし、乃亜はそう言いながら肩をすくめて見せる。

 

「では何だ?」

 

 乃亜の勿体ぶるかのような姿に気乗りしない様子を見せつつ問いかけるギース。

 

 

 

 

 

「オカルト案件に対する法整備」

 

 

 

 

「…………は?」

 

 だが乃亜から語られた最後の目的にギースはタップリと間を置いた後で呆けた顔を見せた。

 

「ハハハッ! そんな顔になっちゃうよね! こんなの『お化けを罰する法律を作りましょう』って言ってるようなものなんだから!」

 

 そのギースのリアクションに乃亜は満足気に笑う。大爆笑である。そんなに笑わなくても良いんじゃないかと思ってしまうような笑い方である。

 

 乃亜も神崎から詳しい説明をされていなかったら鼻で笑うか、神崎の精神状態を疑っただろうことは置いておく。

 

 

 しかし大爆笑されているギースだが、顎に手を当てて考え込む仕草からハッと顔を上げる。

 

「いや、そういうことか……サイコ・デュエリスト」

 

「おや? 察しがついたようだね」

 

 荒唐無稽な話の裏側に勘付いたギースに対し、乃亜は満足気に説明に移る。

 

「そう、君のように精霊と対話できたり、デュエルモンスターズのカードを実体化できる人間のことだね――でも少し違う」

 

「ああ、正確な定義は存在しない――今の段階では『異能を持つ者』程度の定義付けしかされていないのが実情だ」

 

 乃亜の言葉に咄嗟に訂正を入れるギースだが、乃亜の論点はそこにはない。

 

「違うよ、ギース。そっちじゃない――今回の目的はあくまで『摩訶不思議なアイテム』で実行された証明の難しい犯罪行為に対する『刑罰』を定義するだけだ」

 

 そう乃亜は返すが、指を一つ立て付け加える。

 

「ただ将来的には『不思議な力を持つ人間』に対する表の処置も進めていくんじゃないかな?」

 

「そうか……」

 

「おや? 嬉しそうだね、ギース」

 

 その過程に小さく穏やかな笑みを浮かべるギースの姿に珍しいものを見たと声を漏らす乃亜。

 

「フッ、そう見えるか」

 

「ボクはキミがそんなにも上機嫌な姿なんて初めて見たよ」

 

 オカルト課そのものへの勤続年数が短い乃亜だが、ギースの性格からこんなにも素直に「喜」の感情を表に出すとは思っていなかったらしい。

 

 

 しかし乃亜が語った過程はギースにとって何よりも喜ばしいものだった。それは――

 

「『キミは化け物じゃない――人間だ』」

 

「何だいそれ?」

 

 ギースから語られた「誰か」の言葉に疑問符を浮かべる乃亜に遠い過去を思い出しながらギースはポツリと言葉を零す。

 

「あの方が私を引き上げてくれた時の言葉だ」

 

 それは「精霊の知覚」という異なる力を持ったゆえに孤立し、疑心暗鬼から己すら見失いかけていた地獄から引き上げられた日の言葉。

 

 あのままであれば自身は精霊を憎悪していたかもしれないとギースは昔を懐かしむ。

 

「ふーん、成程ね――『オカルト』に対する定義付けはキミたちのような人間を呼び寄せる為のものでもあるのか」

 

「……もう少し言い方というものが、あるだろう」

 

 しかし乃亜の「人材集め」を示唆する発言にギースは小さく息を吐く――その言い方ではまるで「悪党」ではないかと言いたげだ。

 

 だが乃亜はそんなギースに呆れ気に返す。

 

「でも神崎の目的に『善性』を求めるだけ無駄だよ――ただ必要なときの為に『拾い上げ易くする準備』をしているだけだ」

 

「……分かっている――だが、どんな形であれ過去の私のような人間が苦難から逃れられるのなら喜ばしい限りだ」

 

 さらっと神崎を極悪人のように語る乃亜の言葉にギースは「それでも遥かにマシになる筈だ」と考えている。

 

「まぁ、神崎なら下手には扱わないか」

 

「ああ、私も微力ながら助力するさ」

 

 そしてその点に関しては乃亜も同意見だった。

 

 やがてギースの決意の言葉を最後に今後の仕事の話に戻る2人。だが乃亜の脳裏をある考えが過る。

 

 

――でも気付いているのかい、ギース? ソレは君を繋いでおく為の鎖だよ。

 

 しかし、その言葉は終ぞ乃亜の口からは語られなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 KCの所狭しと何らかの機材が並ぶとあるフロアにて、如何にもペンギンが好きそうなおっさんの声が響く。

 

「あー、ちょっとキミ! 此処のデュエリスト紹介はもっとレッドアイズに関するドラマ性を重視して!」

 

 その正体ことBIG5の1人、ペンギン大好き大瀧は書類片手にその書類を担当した社員を呼び止め書類をペチペチ手で叩きながらグフフと指示を出す。

 

「『ライバルから受け継がれたカードが、妹のカードによって新たな姿となって兄を助ける』――これは話題性もイイですよ~! グフフ……」

 

 人事担当ゆえに多くの人間を見てきた大瀧は求められる話題に聡かった。

 

 このまま上手くことを運べば乃亜からの覚えもよくなり、「ペンギンランド2」の計画も認められるかもしれないとほくそ笑んでいたが、指示を出していた社員とは別の社員から差し出された書類に意識を戻す。

 

「えっ? なに? チェック? はいはい――あっ、キミは作業に戻りなさいね! さっきの忘れちゃダメですよ~!」

 

 手渡された書類をペラペラとめくりながら、最初の社員に向けてヒラヒラと手を振る大瀧。

 

「えー、ふむふむペガサスミニオンに関する説明は問題なしっと! 一時プロとして腕を磨くも、今はI2一筋に――あー、ダメダメ! これじゃあ、ダメ!」

 

 だが大瀧の書類をめくる手がピタリと止まる。

 

「これだとグールズ関係が匂っちゃうでしょ! 気を付けて貰わないと困るよ! バトルシティの表向きは『普通の大会』なんだから!」

 

 そしてその書類をペシペシ叩きながら、担当した社員にペンペンと苦言と呈する大瀧だったが――

 

「えっ? ならどうすれば良いって? 全くしょうがないですねー」

 

 担当の社員からの言葉に矛を収めて「ヤレヤレ」とオーバーに呆れて見せた――イラっとする仕草である。

 

「彼らはペガサス会長と強い絆があります。ですからそのペガサス会長が注目する『武藤 遊戯』の実力を直に感じにきた――」

 

 しかし大瀧から語られる内容は至って真面目そのもの。いつものペンギン狂いな姿は見られない。

 

「と、こんな感じでグールズ関係から目線を逸らす! いいですね! ほら、すぐ作業に戻った戻った!」

 

 そのBIG5としての大瀧のシュバッとした姿を見てポカンとしている社員に対し、ボサッとするなと檄を飛ばす大瀧。

 

 ペンギンだけのおっさんではないのだ。

 

 

 やがていそいそと作業に戻っていく社員を見送る大瀧の背後から声がかかった。

 

「ペンギンのおっさ――じゃなかった。大瀧のおっさん、『城之内VSリッチー』の試合データ持ってきたぞ~」

 

 その声の主はヴァロン。その手にはデュエルを纏めた書類とデュエルデータが入っている端末が握られている。

 

「ペェン!!」

 

「うぉっ!?」

 

 しかしその書類と端末は大瀧の獲物を狙うペンギンが如き動きでヴァロンの腕からひったくられた。

 

 その一連の大瀧の動きの背後にヴァロンは何故か5匹の皇帝ペンギンの姿を見たという。

 

「待ってましたよ! デュエルの結果は――」

 

 端末をせっせと起動させながらパラパラと書類をめくるが――

 

「リッチー・マーセッドが勝ったってよ」

 

「そうですか。前評判通りですね……順当過ぎて面白みがない」

 

 ヴァロンの言葉にふと動きを止め、僅かに考え込む大瀧。

 

「そこのキミ! これを頼むよ! 私は試合前のやり取りにジャイアントキリングな煽りをぶっこんで来ますので!」

 

 そしてベテランっぽい社員に書類と端末を任せ、大瀧は動き出す。

 

「あっ、大瀧のおっさん。後、アクターの奴が本戦のデュエリストを2人狩って、とんずらかまして棄権したそうだぜ」

 

 動き出す筈だったのだが、そんなヴァロンの言葉でピタリと動きを止める大瀧。

 

「なんですと!? と、言うことは――」

 

「ああ、デュエルタワーでの4人制トーナメントを取りやめて決勝の舞台にするんだと――だから後3デュエル分の情報統制を頼むって、乃亜の奴が」

 

 此処にきての追加注文である――鬼か。

 

「アクター!! あの男は急過ぎます! 此方にも段取りと言うものが――」

 

 かなりの忙しさに追われている大瀧が此処にはいないアクターに恨み言をぶつけるが――

 

「無理そうなら乃亜にそう伝えとくぜ?」

 

「いえ、乃亜様には『お任せを!』と伝えてください! 最初のデュエルさえ放送できれば後はこっちのモノです!」

 

 気を利かせたヴァロンの言葉をすぐさま断る大瀧。こんなときだからこそ自身の有能さを乃亜に見せつけておかなければならない。

 

 オカルト課の後継者と思しき乃亜に落胆されることの意味が分からぬ大瀧ではない――全ては愛するペンギンたちの為に。

 

「それで次の対戦カードは!」

 

「遊戯VS夜行だとさ」

 

 キリリと目元を引き締めながらかけられた大瀧の問いに引き気味に答えるヴァロン。

 

「グフフ……となればその次は海馬社長の試合ですか! 皆さん! 後、もう一踏ん張りですよ!!」

 

 やがてそんな気合の入った大瀧の声が一室に響き、社員たちの綺麗に揃った返事が木霊した。

 

 

 

 

「『終わった後の方が大変』か……おっと、俺も急がねぇと」

 

 そんな状況をさらに一歩引きながら見守るヴァロンはそう零しつつ、その気合に焚き付けられた様相でオカルト課へと戻っていく。

 

 

 今なら苦手な書類仕事もドンとこいとばかりな姿だった。

 

 

 

 

 なお現実はそう甘くなかったことを此処に記しておく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バトルシップにてネオ・アルティメット・ビンゴマシーンによって決定された決勝トーナメントの対戦カードは――

 

「準決勝、第1試合の対戦カードは――武藤 遊戯 VS 天馬 夜行!!」

 

 その磯野の宣言に夜行は小さく笑い始めた。

 

「ふっふっふ……とうとうこの時が来たようですね!」

 

 本来の目的であったグールズの問題は既に解決してしまったが、他のペガサスミニオンとは違い夜行にはもう1つ目的があった。

 

 そして夜行はクワッと目を見開き続ける。

 

「遊戯さん! どちらがペガサス様に相応しいデュエリストか雌雄を決しようじゃないですか!!」

 

 その夜行の目的とは嫉妬――もとい、ペガサスの関心を引いている遊戯に対する宣戦布告だった。

 

「えっ!?」

 

 夜行の圧倒的な気迫が込められた、全く身に覚えがない理由に面食らう遊戯。

 

 表の遊戯こと相棒は心の中で苦笑いしつつ静観している模様。

 

 しかし夜行は止まらない。

 

「ペガサス様は仰っていました……『遊戯ボーイは素晴らしいデュエリストデース!』と!」

 

「そ、そうなのか……」

 

 意外と似ていたペガサスのモノマネに思わず感心しつつ、遊戯はこの話の肝を探るが――

 

「ですが私の方がペガサス様にとって素晴らしい存在である筈と自負しております――それを、このデュエルで証明してみせましょう!!」

 

「あ、ああ」

 

 夜行の要求はハッキリ言って「言い掛かり」以外の何物でもないが、遊戯は取り合えず了承の意を戸惑いつつ見せる。

 

 夜行が悪い人間ではないことは遊戯も分かっているが、それとこれとは別な問題があった――ヤル気に燃える夜行についていけていない。

 

 

 夜行の深すぎる愛の洗礼を初めて浴びた遊戯に対し観客席のリッチーは申し訳なさげに声をかけた。

 

「あー……夜行のことはあんまりマトモに相手しなくていいぞ。普通にデュエルすりゃコイツも満足するだろうから」

 

 そう語るリッチーの疲れた表情に全てを悟る遊戯。

 

 

 遊戯も夜行の熱意に何とか応えようと言葉を探すが――

 

 

「では準決勝、第1試合を始めさせて貰いましょう! デュエル開始ィイイイイ!!」

 

 それより早く「このままじゃ埒が明かねぇ!」とばかりに磯野が強引に試合開始を宣言。

 

 

 

「デュゥエェルゥ!!」

 

 

「…………デュエル!」

 

 夜行と遊戯の両名のデュエルは温度差の激しいスタートとなった。

 

 

 






激闘の本戦トーナメントが終わり、

決勝(で戦う2人を決める)トーナメントが今、始まる!(`・ω・´)キリッ


なお試合数(目そらし)



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第120話 「 神 」 VS 「 神 」



遊戯 VS 夜行 ダイジェスト版です。ただ押し込んだ感がスゴイですが……



前回のあらすじ
本戦トーナメント「1試合だけ……だと!? 嘘だ!! そんなの嘘だ!!」

ペンギンおじさん「本戦トーナメント―――彼はもう終わりですね」





 

 

 夜行のペガサスへの家族愛が成せる進撃は確実に遊戯を追い詰めつつあった。

 

 

 そんな夜行のフィールドには――

 

 黒い翼を開く白髪の悪魔、《闇の侯爵ベリアル》が黒い大剣を肩に担ぎ、

 

《闇の侯爵ベリアル》

星8 闇属性 悪魔族

攻2800 守2400

 

 キャタピラの付いた赤いドラゴン型の戦車が2つの砲門を遊戯に向け、

 

《可変機獣 ガンナードラゴン》

星7 闇属性 機械族

攻2800 守2000

 

 目元を仮面で隠し、黒い鎧で全身を包んだ白い長髪の女戦士が鞭を振るい、

 

《カオスハンター》

星7 闇属性 悪魔族

攻2500 守1600

 

 ヴェールで覆われた帝王の1体が静かに佇む。

 

《真源の帝王》

星5 光属性 天使族

攻1000 守2400

 

 

 一方の遊戯のフィールドには――

 

 遊戯の相棒たる黒衣の魔術師、《ブラック・マジシャン》が腕を組み、

 

《ブラック・マジシャン》

星7 闇属性 魔法使い族

攻2500 守2100

 

 絵札の三騎士が一体となった融合モンスター《アルカナ ナイトジョーカー》が黒と金で彩られた雄々しい鎧から伸びる剛腕を振るい、剣が空気を切り裂く。

 

《アルカナ ナイトジョーカー》

星9 光属性 戦士族

攻3800 守2500

 

 そして遊戯は攻めに転じる。

 

「最後に装備魔法《魔術の呪文書》を《ブラック・マジシャン》に装備! 攻撃力が700ポイントアップ!」

 

 手元に現れた《魔術の呪文書》によって《ブラック・マジシャン》は魔術の更なる深淵に振れる。

 

《ブラック・マジシャン》

攻2500 → 攻3200

 

「さぁ、バトルと行くぜ!」

 

「ですが私の《闇の侯爵ベリアル》の効果で貴方は他のモンスターを攻撃出来ません!」

 

 遊戯の攻撃宣言に対して一歩前に出た《闇の侯爵ベリアル》は肩に担いだ大剣を地面に突き刺し、交戦の意を示す。

 

「ならソイツからだ! 《アルカナ ナイトジョーカー》で《闇の侯爵ベリアル》を攻撃!」

 

 そんな《闇の侯爵ベリアル》に対する《アルカナ ナイトジョーカー》は剣を構えて疾走し、

 

「そして次に《ブラック・マジシャン》で守備表示の《カオスハンター》を攻撃だ!」

 

 その後に《ブラック・マジシャン》が続く。

 

「永続罠《連撃の帝王》の効果でアドバンス召喚を行います!」

 

 しかしその夜行の宣言と共に夜行のフィールドに強大なプレッシャーが空気の波となって脈打ち始めた。

 

「《可変機獣 ガンナードラゴン》! 《カオスハンター》! 《真源の帝王》の3体をリリースしアドバンス召喚!!」

 

 《闇の侯爵ベリアル》の背後で3体のモンスターが光の柱となって天に昇る。

 

「3体のモンスターをリリースだと!?」

 

 3体のリリース(生贄)――その召喚条件はまさに三幻神の如く。

 

 

 やがてその光の中から飛び出したのは――

 

「降臨せよ! 神に仕える従属神の王!! 《神獣王(しんじゅうおう)バルバロス》!!」

 

 獅子の獣人の顔に赤い突撃槍と盾を持った浅黒い人の肌の上半身に、獣の下半身を持つ獣王。

 

神獣王(しんじゅうおう)バルバロス》

星8 地属性 獣戦士族

攻3000 守1200

 

「私が2体以上のモンスターをリリースしてアドバンス召喚に成功したことで永続魔法《冥界の宝札》が適用され、2枚のカードをドロー!」

 

 効果を発動させる夜行を余所に《神獣王バルバロス》は《闇の侯爵ベリアル》を横切り、《アルカナ ナイトジョーカー》の剣をその盾で受け止めた。

 

「だが攻撃力3000じゃ、俺の《アルカナ ナイトジョーカー》は止められないぜ!」

 

 その言葉通り、ジリジリと押され始める《神獣王バルバロス》だが、その赤い突撃槍が猛るように輝く。

 

「まだです! 3体の贄を以て呼び出された《神獣王バルバロス》の効果! 相手フィールドの全てのカードを破壊します!! 根こそぎ薙ぎ払え、バルバロス!!」

 

 その槍の赤き波動は渦を巻き、巨大な力の奔流と化す。

 

「ゴッドォ! トルネェエエエドッ! シェイパァアアアアアア!!」

 

 その夜行の声と共に《神獣王バルバロス》からその力が放たれた。

 

 

 赤き波動の力の奔流によって消し飛ばされる《アルカナ ナイトジョーカー》と《ブラック・マジシャン》。

 

「遊戯くんの場ががら空きに!?」

 

 そんな思わず声を上げた観客の御伽の言葉に夜行は力強く宣言する。

 

「どうです! 武藤 遊戯! 従属神の頂きに立つ百獣の王の力は!」

 

 

 しかし《神獣王バルバロス》の力によって舞う煙から伸びた杖が振るわれ、煙が払われる。

 

 その杖の主は破壊された筈の黒衣の魔術師のもの。

 

「何故、《ブラック・マジシャン》が!? いや、違う!!」

 

 夜行の驚きの声を余所に煙が晴れていき、その姿がハッキリと周囲に映る。

 

 それは拘束具のような装いが見える黒い装束を身に纏う《ブラック・マジシャン》が更なる力を得た姿――《マジシャン・オブ・ブラックカオス》。

 

 2本の角のような帽子から黒い長髪を揺らし、悠然と佇んでいた。

 

《マジシャン・オブ・ブラックカオス》

星8 闇属性 魔法使い族

攻2800 守2600

 

「《マジシャン・オブ・ブラックカオス》……!?」

 

「お前の破壊した速攻魔法《滅びの呪文-デス・アルテマ》の効果さ! このカードが相手の効果で破壊された場合! デッキから召喚条件を無視して《マジシャン・オブ・ブラックカオス》を呼び出すことが出来る!」

 

 遊戯のフィールドにモンスターを繋いだのは他ならぬ夜行の《神獣王バルバロス》が放った一撃によって破壊されたカード。

 

「クッ……ですが、その攻撃力は2800! 《神獣王バルバロス》には届かず、《闇の侯爵ベリアル》と相打つのが限度です!」

 

 その事実に歯噛みする夜行だが、状況は未だ夜行が有利だ。

 

「確かにその通りだ――だが破壊されたカードはそれだけじゃない! 《神獣王バルバロス》の効果で破壊された装備魔法《魔術の呪文書》の効果! 俺はライフを1000回復する!」

 

遊戯LP:3800 → 4800

 

 しかしすぐさまライフアドバンテージを稼ぐ遊戯。

 

「まだだ! 破壊された2枚の罠カード《運命の発掘》の効果発動!」

 

 さらに遊戯はもう一歩先を行く。

 

「このカードが相手によって破壊された時、墓地の同名カードの数だけデッキからドローする! 墓地の《運命の発掘》は3枚! よって合計6枚のカードをドローだ!」

 

 やがて砕けたカードたちが遊戯の手元に集まっていく。

 

「そしてカードを5枚セットし、ターンエンド!!」

 

 フィールドアドバンテージを一時失った代わりに一気に手札を増やした遊戯は、さらに5枚ものセットカードで防御を固める。

 

 夜行とて、そう易々とは踏み込めない布陣だ。

 

「盤石の体制を敷いてきましたか……ですが私のフィールドの永続魔法《進撃の帝王》がある限り、効果破壊は勿論、カード効果の対象になることさえありません!」

 

 しかし夜行のフィールドのアドバンス召喚されたモンスターは全て強固な耐性を得ている。多少の罠には怯まない。

 

「さらに貴方のエンドフェイズにこのカードも発動させて貰いましょう! 罠カード《トゥルース・リインフォース》!」

 

 その夜行の声と共に空から降り立つのは――

 

「このカードの効果によりデッキからレベル2以下の戦士族――《天帝従騎イデア》を特殊召喚!」

 

 帝たちお馴染みの白銀の従騎士が膝を突く。

 

《天帝従騎イデア》

星1 光属性 戦士族

攻 800 守1000

 

「そして《天帝従騎イデア》の効果発動! デッキから《天帝従騎イデア》以外の攻撃力800、守備力1000のモンスター1体を特殊召喚! 来なさい! 《邪帝家臣ルキウス》!」

 

 《天帝従騎イデア》が天に腕をかざすと光が放たれ、その光によって生まれた影から二頭身の黒い全身鎧を纏った帝の家臣がボロボロのマントを揺らして降り立った。

 

《邪帝家臣ルキウス》

星1 闇属性 悪魔族

攻 800 守1000

 

「アドバンス召喚の為のリリースを揃えてきたか……」

 

 警戒の色を強める遊戯の言葉から察せられるように夜行のデッキは最上級モンスターが次々と繰り出される超重量デッキ。

 

 

 そのどれもが強力なモンスターであるだけでなく、アドバンス召喚されたモンスターに耐性を与える《進撃の帝王》といったカードでの援護も相まって遊戯はなかなか攻めきれない。

 

 

 そして当然そんな隙を夜行は逃さない。

 

「私のターン! ドロー! 早速行きましょう! 《天帝従騎イデア》と《邪帝家臣ルキウス》をリリースし、アドバンス召喚!!」

 

 2体のモンスターが紫の炎に呑まれ、一つの巨大な火球となる。

 

「フェニックスよ、舞うのです! 《炎神機(フレイムギア)紫龍(しりゅう)》!!」

 

 やがて炎をまき散らしながら青い羽を広げるのは青い不死鳥が如き龍。

 

 その全身は紫焔に燃え、周囲をおどろおどろしく照らす。

 

炎神機(フレイムギア)紫龍(しりゅう)

星8 炎属性 炎族

攻2900 守1800

 

「そしてチェーンです! まず永続魔法《冥界の宝札》により2枚ドローする効果、次に

墓地に送られた《天帝従騎イデア》によって除外されている永続魔法《進撃の帝王》を手札に加える効果が!」

 

 次々とチェーンが組まれアドバンテージを稼ぐ夜行に対し、遊戯は自身のセットカードをチラと見る。

 

「最後にアドバンス召喚の為のリリース素材となった《邪帝家臣ルキウス》の効果で貴方のセットカードを全て確認させて貰います! チェーンの逆処理へ!!」

 

 その遊戯の視線の先には《邪帝家臣ルキウス》が遊戯のリバースカードを1枚ずつひっくり返している姿が映った。

 

「なっ!?」

 

「ふむ、成程――トークンを呼び出し、守備を固める戦法ですか……ブラフで伏せられた永続罠《リターン・オブ・ザ・ワールド》を見るに、次のターンでの反撃の準備は整っていると」

 

 《天帝従騎イデア》のよって回収された『帝王』カードと《冥界の宝札》の効果でドローした2枚のカードを手札に加えつつそう思案する夜行。

 

 《邪帝家臣ルキウス》の効果によってガン見したリバースカードを元に遊戯の手を明かした夜行は方針を決める。

 

「ならば此処で墓地の《冥帝従騎エイドス》の効果発動! 墓地の自身を除外し、墓地から《冥帝従騎エイドス》以外の攻撃力800、守備力1000のモンスター1体を特殊召喚します!」

 

 黒き鎧で隙間なく全身を包む従騎士の力によって夜行のフィールドに広がる影から、墓地から眠れる従者を呼び起こす。

 

「蘇れ! 《天帝従騎イデア》! そして再び効果発動! デッキから今度は《冥帝従騎エイドス》を特殊召喚です!」

 

 そして夜行のフィールドに並ぶのは白と黒の従騎士。

 

 《天帝従騎イデア》がスッと膝を突き、

 

《天帝従騎イデア》

星1 光属性 戦士族

攻 800 守1000

 

 《冥帝従騎エイドス》が拳を合わせて臣下の礼を取る。

 

《冥帝従騎エイドス》

星2 闇属性 魔法使い族

攻 800 守1000

 

「そして《冥帝従騎エイドス》が特殊召喚されたターン、私はもう1度だけアドバンス召喚できる! 《天帝従騎イデア》と《冥帝従騎エイドス》をリリースし、アドバンス召喚!!」

 

 光の粒子となって消えていく2体の従騎士の間を奔りぬけるのは――

 

「滾る熱は我が闘志! 私と共に燃え上がりなさい! 《熱血獣王(ねっけつじゅうおう)ベアーマン》!!」

 

 青いアーマーに赤いバイザーを身に着けた熊こと《熱血獣王(ねっけつじゅうおう)ベアーマン》。

 

 やがて《熱血獣王(ねっけつじゅうおう)ベアーマン》は雄叫びと共に腕で円を作り、拳をへその中央で合わせるポーズを取った――脈打つ上腕二頭筋が色んな意味で眩しい。

 

熱血獣王(ねっけつじゅうおう)ベアーマン》

星8 炎属性 獣戦士族

攻2600 守2700

 

「そして! 私のフィールドに炎属性が2体存在するとき、このカードは手札から特殊召喚されます! 私のフィールドには炎属性の《炎神機(フレイムギア)紫龍(しりゅう)》と《熱血獣王(ねっけつじゅうおう)ベアーマン》が存在する!」

 

 夜行の宣言を聞き遂げた《炎神機(フレイムギア)紫龍(しりゅう)》と《熱血獣王(ねっけつじゅうおう)ベアーマン》が発した炎が1つの巨大な火柱と化す。

 

「よって手札より特殊召喚! 現れよ! 《嚇灼(かくしゃく)魔神(まじん)》!!」

 

 やがてその炎が巨大な人型へと転じていき、炎の巨人となってその巨体の身の丈ほどもある燃え滾る炎の斧を地面に突き立てた。

 

嚇灼(かくしゃく)魔神(まじん)

星8 炎属性 獣戦士族

攻2600 守2200

 

「攻撃力2600のモンスターがそんなに簡単に!?」

 

 手札から容易く飛び出した高火力モンスターに驚く観客の本田の声に夜行は小さく首を振りながら返す。

 

「当然デメリットもあります――このカードが特殊召喚されたとき、私のフィールドの炎属性モンスター2体を破壊しなければなりません」

 

 《嚇灼(かくしゃく)魔神(まじん)》の炎の身体から漏れ出る熱が逃げ場を求めるように揺らめき――

 

「《炎神機(フレイムギア)紫龍(しりゅう)》と《熱血獣王(ねっけつじゅうおう)ベアーマン》を破壊! と言いたいところですが、このアドバンス召喚された2体は永続魔法《進撃の帝王》の効果によって破壊されません!」

 

 《炎神機(フレイムギア)紫龍(しりゅう)》と《熱血獣王(ねっけつじゅうおう)ベアーマン》が炎に包まれるが、その2体は平然と佇んでいた。

 

 

 これにて夜行のフィールドのモンスターゾーンは全て埋まった。

 

「最上級モンスターが5体……!!」

 

 その遊戯の言葉通り夜行のモンスターは全て最上級モンスター。そのどれもが一線級のパワーを持つ。

 

「貴方に次のターンでの余力を残させはしません! バトル!」

 

 遊戯の実力を肌で感じ取っている夜行は出し惜しみなどせず、全力で叩き潰しにかかる。僅かな隙が致命打になると感じ取っているゆえだ。

 

「《炎神機(フレイムギア)紫龍(しりゅう)》で《マジシャン・オブ・ブラックカオス》を攻撃!!」

 

 羽を広げ、フェニックスの如く飛翔した《炎神機(フレイムギア)紫龍(しりゅう)》は《マジシャン・オブ・ブラックカオス》に狙いを定めるが、夜行はこの攻撃が通るなどとは考えていない。

 

「さぁ! そのセットされた罠カード《亜空間物質転送装置(あくうかんぶっしつてんそうそうち)》を使うのでしょう!」

 

 既にこのターンの遊戯の動きは《邪帝家臣ルキウス》の効果にてリバースカードを確認したゆえに把握済みだ。

 

 そして遊戯はその通りに動くしかない。

 

「くっ……俺は罠カード《亜空間物質転送装置(あくうかんぶっしつてんそうそうち)》を発動! 《マジシャン・オブ・ブラックカオス》をこのターンの終わりまで除外する!」

 

 魔力を込めた杖を振り、異界へのゲートを開いた《マジシャン・オブ・ブラックカオス》はその身を異次元へと隠す。

 

「なら私はそのまま《炎神機(フレイムギア)紫龍(しりゅう)》でダイレクトアタックしますが――」

 

 そんな《マジシャン・オブ・ブラックカオス》を尻目に《炎神機(フレイムギア)紫龍(しりゅう)》はそのまま遊戯の元へと急降下を始めた。

 

「私の5体のモンスターの攻撃を防ぐには《クリボー》をリリースし、《増殖》で5体のトークンとするしかない!」

 

そう語る夜行の言葉通り、今の遊戯にはその通りのままに動くしかない。

 

「速攻魔法《クリボーを呼ぶ笛》! その効果でデッキから《クリボー》を特殊召喚!」

 

 笛の音と共にフィールドに久々に表れた小さな黒い毛玉の悪魔、《クリボー》が遊戯の盾にならんとキリリと目を引き締めて両手を広げるが、夜行のフィールドの大型モンスターの数に目を見開く。

 

《クリボー》

星1 闇属性 悪魔族

攻 300 守 200

 

 《クリボー》も、「さすがに無理」と言いたいらしい。

 

「さらに速攻魔法《増殖》を発動! 《クリボー》をリリースして俺のフィールドに可能な限り『クリボートークン』を守備表示で特殊召喚する!!」

 

 しかし遊戯からの援護を受けた《クリボー》は小さな手を忍者のように印を組み、「クリー!」と声を上げると煙が上がり――

 

「来いっ! クリボー5兄弟!!」

 

 煙が晴れた先には5体の《クリボー》こと『クリボートークン』が遊戯を守るべくスクラムを組んでいた。

 

『クリボートークン』

星1 闇属性 悪魔族

攻 300 守 200

 

「だとしても、そのまま追撃しなさい! 《炎神機(フレイムギア)紫龍(しりゅう)》!!」

 

 『クリボートークン』の1体を急降下した勢いを殺さず炎を纏った身体で貫く《炎神機(フレイムギア)紫龍(しりゅう)》。

 

「ぐぁあああッ!! グッ……」

 

 その炎は『クリボートークン』を貫き遊戯を貫く――「なんで!?」とばかりに遊戯へと振り返る残った4体の『クリボートークン』。

 

遊戯LP:4800 → 2100

 

「どうして!? 遊戯のモンスターは守備表示だったのに!?」

 

 そんな杏子の声に『クリボートークン』たちも「クリクリッ!」と抗議の声を上げるが――

 

「《炎神機(フレイムギア)紫龍(しりゅう)》には守備表示モンスターを破壊した際に貫通ダメージを与える効果があります!」

 

 その夜行の説明に腕を組んで「成程」と頷きながら『クリボートークン』たちは納得の色を見せる。

 

「さぁ次です! 《神獣王バルバロス》! 《闇の侯爵ベリアル》! 《熱血獣王(ねっけつじゅうおう)ベアーマン》! 《嚇灼(かくしゃく)魔神(まじん)》! 残りのクリボーを破壊してしまいなさい!」

 

 しかし、そんな『クリボートークン』たちに容赦のない最上級モンスターたちの猛攻が襲い掛かる。

 

 赤い槍に貫かれ、

 

 黒い大剣で両断され、

 

 ベアーナッコォ!で殴り飛ばされ、

 

 斧の一撃で叩き割られた。

 

 そんな些かオーバーキルな攻撃に『クリボートークン』たちは悲痛な断末魔と共に消えていく。

 

「だが、これ以上のダメージはない!」

 

 しかし『クリボートークン』たちの犠牲によって遊戯は辛うじて夜行の攻撃を防ぐことが出来た。《クリボー》も身体を張った甲斐があるものだ。

 

「ええ、そうですね――私はカードを2枚セットし、ターンエンドです!」

 

 夜行のターンエンド宣言に遊戯は此処ぞとばかりに態勢を整えに動く。

 

「待ちな! 俺はそのエンドフェイズ時に永続罠《リターン・オブ・ザ・ワールド》を発動! 俺のデッキから儀式モンスター1体を除外するぜ!」

 

 白い長髪の女神が両の手で斧を掲げ、古の力を異次元に留めていく。

 

「さらに罠カード《貪欲な瓶》を発動! 俺は墓地の5枚のカードをデッキに戻し、1枚ドロー!」

 

 さらに宝石の散りばめられた欲深い顔が象られた瓶が遊戯の墓地の5枚のカードをペロリと平らげるとカタカタと揺れ始め、やがて木っ端微塵に砕け散り、宝石の1つが遊戯の手札に飛んでいく。

 

「そしてターンの終わりに《亜空間物質転送装置》によって除外されていた《マジシャン・オブ・ブラックカオス》が帰還する!」

 

 最後に異次元を割き、ゆっくりと遊戯の元へと降り立つ《マジシャン・オブ・ブラックカオス》。

 

《マジシャン・オブ・ブラックカオス》

星8 闇属性 魔法使い族

攻2800 守2600

 

 

「そして俺のターン! ドロー! まずは墓地の《ギャラクシー・サイクロン》を除外し、効果発動! フィールドの表側の魔法・罠カード1枚――永続魔法《進撃の帝王》を破壊!厄介なソイツに消えて貰うぜ!」

 

 夜行の守りを僅かに削いだ遊戯は手札の1枚を切る。

 

「魔法カード《アースクエイク》を発動! こいつで全てのモンスターには守備表示になって貰うぜ!」

 

 カードの発動と共に大地を揺るがす地震が起き、全てのモンスターがその災害に対し防御姿勢を取っていく。

 

「おっしゃぁー! 一番攻撃力の高い《神獣王バルバロス》の守備力は1200! これで大分やりやすくなったぜ!」

 

 そんな観客の城之内の声を余所に夜行は冷静に状況を分析していく。

 

「成程、こうきましたか。ならば恐らく貴方の手札にあるであろう魔法カード《拡散する波動》の効果で私のモンスターの一掃を狙っている――そんなところでしょう」

 

 現在の夜行のフィールドのモンスターの守備力はそれなりに高いものも存在する。

 

 だが、《マジシャン・オブ・ブラックカオス》の攻撃力2800を防ぐことのできる守備力を持つモンスターはいない。つまり――

 

「俺は《マジシャン・オブ・ブラックカオス》を攻撃表示に戻し、前のターンにセットした魔法カード《拡散する波動》を1000のライフを払って発動!」

 

遊戯LP:2100 → 1100

 

 遊戯の声に攻撃姿勢を取った《マジシャン・オブ・ブラックカオス》の杖に波動が蓄積されて行く。

 

「これで俺のレベル7以上の魔法使い族に全体攻撃能力を与える! これにより《マジシャン・オブ・ブラックカオス》の魔法攻撃が――」

 

 夜行の予測した通りへと戦況が移り変わっていく。

 

「夜行! お前のフィールドの全てのモンスターに襲い掛かるぜ! バトルだ! 《マジシャン・オブ・ブラックカオス》! 夜行のフィールドを薙ぎ払え!!」

 

 遊戯の宣言に杖を天に掲げる《マジシャン・オブ・ブラックカオス》。その杖の先には黒い魔力がチャージされて行き、《拡散する波動》の力と混ざり合う。

 

「滅びのアルテマ・バースト!!」

 

 やがて振り下ろされた杖と共に拡散する滅びの力が夜行のフィールドを薙ぎ払った。

 

 

 魔力の奔流が夜行のフィールドを蹂躙していく。

 

「よっしゃぁ! これで遊戯は一気に逆転だぜ!!」

 

 戦況を一気にひっくり返した遊戯にそう声援を送る本田。

 

 

 だがその本田の横を黒い魔力弾が通り過ぎていった。

 

「へっ?」

 

「なにっ!?」

 

 呆ける本田と驚く遊戯を余所に魔力の奔流の中で左手を振り切った《神獣王バルバロス》の姿があった――その腕の盾がボロボロと崩れていく。

 

「なんで!? 《神獣王バルバロス》の守備力じゃ遊戯くんの攻撃は受け止めきれない筈!?」

 

 その観客の御伽の言葉通り、あの状況では《マジシャン・オブ・ブラックカオス》の攻撃を《神獣王バルバロス》で防ぐことは出来なかった。

 

 

 しかし《神獣王バルバロス》の体表の色が灰色に変わっていき、その身体がベキベキと変質していく。

 

「コイツは一体……」

 

 やがて大地を踏みしめたのは《神獣王バルバロス》であって、《神獣王バルバロス》に非ず。

 

 獅子の如きたてがみも消え、獣人の毛皮は硬質な灰色の表皮へと変化し、その所々を赤い装甲が覆っている。

 

 そしてその両手には槍と盾の姿はなく、巨大な赤い砲台が拳を覆い隠す様に握られていた。

 

獣神機王(じゅうしんきおう)バルバロス Ur(ウル)

星8 地属性 獣戦士族

攻3800 守1200

 

 生物と機械が混じり合った異形の獣戦士の雄叫びが周囲の空気を震わせる。

 

 その雄叫びに周囲が気圧される中、夜行は意気揚々と宣言する。

 

「これこそが私の奥の手――もっとも神に近い我が切り札! 《獣神機王(じゅうしんきおう)バルバロス Ur(ウル)》!」

 

 これこそが《神獣王バルバロス》の真なる姿、《獣神機王(じゅうしんきおう)バルバロス Ur(ウル)》だと。

 

「私は貴方の攻撃に合わせて、永続罠《連撃の帝王》の効果でアドバンス召喚させて貰いました。永続魔法《冥界の宝札》の効果で2枚ドローさせて貰います」

 

 真相は至極単純、遊戯の《マジシャン・オブ・ブラックカオス》の一斉攻撃によって全てのモンスターがなぎ倒される前に、アドバンス召喚しただけだ。

 

 

 しかしその力は破格――攻撃力の高さもさることながら「アドバンス召喚されたモンスター」ゆえに今は除去されたが、『帝王』カードのサポートを受けることが出来る。

 

 

 さらに遊戯にとって間の悪いことに――

 

「まずいわ! このままじゃ《マジシャン・オブ・ブラックカオス》が!!」

 

 孔雀舞の焦った声を肯定するように夜行は説明を引き継ぐ。

 

「その通り! 魔法カード《拡散する波動》の効果を受けた《マジシャン・オブ・ブラックカオス》は攻撃『しなければならない』――例え勝ち目がなくとも!!」

 

 魔法カード《拡散する波動》の効果を逆手にとった夜行の一撃が遊戯を襲う。

 

「《獣神機王(じゅうしんきおう)バルバロス Ur(ウル)》はその強大な力ゆえに戦闘ダメージを与えられないデメリットがありますが、貴方のエースを屠るのに何ら問題はない!!」

 

 《獣神機王(じゅうしんきおう)バルバロス Ur(ウル)》のデメリットが夜行から語られるが遊戯には何の気休めにもならない。

 

 どのみちエースモンスターを失ってしまうのだから。

 

「一度、見せた戦術で私を出し抜けるなどとは思わないことです! 打ち抜きなさい! 《獣神機王(じゅうしんきおう)バルバロス Ur(ウル)》!!」

 

 《マジシャン・オブ・ブラックカオス》に向けて両腕の巨大な砲門を向ける《獣神機王(じゅうしんきおう)バルバロス Ur(ウル)》。

 

 

 しかし遊戯も黙ってはいない。

 

「なら俺は速攻魔法《滅びの呪文-デス・アルテマ》を発動! 俺のフィールドにレベル8以上の魔法使い族がいるとき! フィールドのカード1枚を裏側表示で除外する!」

 

 《マジシャン・オブ・ブラックカオス》の杖に赤黒い禍々しい魔力がチャージされていく。

 

「罠カード《貪欲な瓶》でデッキに戻したカードを引き込んでいましたか!?」

 

「攻撃力だけじゃ、俺は捉えられないぜ!!」

 

 驚きを見せる夜行と拳を握る遊戯を余所に《マジシャン・オブ・ブラックカオス》から禍々しい魔力が放たれた。

 

 

 だが雄叫びと共に振るわれた《獣神機王(じゅうしんきおう)バルバロス Ur(ウル)》の腕がその一撃を弾き飛ばす。

 

「なッ!? このカードは仮にお前のフィールドに永続魔法《進撃の帝王》があっても防げない筈……」

 

 遊戯の言う通り、永続魔法《進撃の帝王》で防げるのは「対象を取る効果」と「破壊する効果」――しかし《滅びの呪文-デス・アルテマ》にはそのどちらも当てはまらない。

 

 とはいえ、所詮IFの話――どのみち《獣神機王(じゅうしんきおう)バルバロス Ur(ウル)》には防げない筈の一撃であった。

 

「フッ……私が『最も神に近い』と評したのは攻撃力だけではありませんよ」

 

 そんな遊戯に向けて小さく笑う夜行はタネを明かす。

 

「私はチェーンしてこのカードを発動させて貰いました――罠カード《帝王の凍志》!!」

 

 そのカードの力によって《獣神機王(じゅうしんきおう)バルバロス Ur(ウル)》の表皮は永久凍土の如き強靭さを持っていた。

 

「このカードは私のエクストラデッキにカードが存在しない場合に発動が可能な罠カード。その効果は――」

 

 そう、《滅びの呪文-デス・アルテマ》を防いだのは永続魔法《進撃の帝王》では「ない」。

 

「私のアドバンス召喚したモンスター1体の効果を無効化する代わりに、『このカード以外の効果を受けない』効果を与える!!」

 

「なん……だと……!?」

 

 夜行の言葉に遊戯の目は驚愕に見開かれる――そう、『このカード以外の効果を受けない』。このフレーズはこのバトルシティで印象に残っている。

 

 

 あらゆる効果を受けないモンスター。それはまさに――

 

「そう! 今、この瞬間! 私の《獣神機王(じゅうしんきおう)バルバロス Ur(ウル)》は! 三幻神の力にすら届きうる耐性を得たのですよ!!」

 

 

 神の如く。

 

 

 その事実に海馬は楽し気に笑みを浮かべる。

 

「ふぅん、成程な……さらに、あのカードのデメリットであった『戦闘ダメージを与えられない』も無効化された――文字通り、神に匹敵しうるモンスターに化けた訳だ」

 

 神の前では如何な小細工も無意味――ゆえに速攻魔法《滅びの呪文-デス・アルテマ》は別の対象を打ち抜く。

 

「くっ……なら速攻魔法《滅びの呪文-デス・アルテマ》でお前の永続魔法《冥界の宝札》を除外するぜ……」

 

 遊戯が選んだのはドローブーストである永続魔法《冥界の宝札》。これで夜行の手を少しでも削れればとの考えであるが――

 

 

 状況は何も変わらない――いや、それどころか悪化している。

 

「だとしても、もうバトルは止まらない! 《獣神機王(じゅうしんきおう)バルバロス Ur(ウル)》! 閃光烈破弾(クラッグ・ショット)!!」

 

 《獣神機王(じゅうしんきおう)バルバロス Ur(ウル)》の効果が無効化されたことで、遊戯に攻撃力の差だけ戦闘ダメージが発生する。

 

 攻撃力の差は1000。このままでは遊戯の残りライフ1100はたった100にまで落ち込む。

 

 

 しかしそんな窮地の状況であっても《獣神機王(じゅうしんきおう)バルバロス Ur(ウル)》は止まらない。

 

 その剛腕に握られた巨大な赤い砲台が火を噴き、遊戯のフィールドの《マジシャン・オブ・ブラックカオス》に着弾して爆炎が上がり遊戯を襲う。

 

 

 

 

 

 だがその爆炎は最強の剣士の一閃が切り裂き、遊戯のフィールドに藍色の鎧を躍らせる。

 

《カオス・ソルジャー》

星8 地属性 戦士族

攻3000 守2500

 

 突如として現れた守備表示で膝を突く《カオス・ソルジャー》の姿にも夜行は動じない。

 

「永続罠《リターン・オブ・ザ・ワールド》の効果ですね……」

 

「その通りだぜ、夜行。俺はバトルが発生する前に、永続罠《リターン・オブ・ザ・ワールド》のもう1つの効果を発動させて貰ったのさ!」

 

「そのカードを墓地に送ることで、発動時に除外した儀式モンスター――《カオス・ソルジャー》を《マジシャン・オブ・ブラックカオス》を素材に儀式召喚し、躱しましたか」

 

 夜行に向けて窮地を脱した一手を明かす遊戯だが、その説明は他ならぬ夜行に遮られた。

 

 夜行のカード知識の深さに内心で舌を巻く遊戯だが、それを表に出すような愚行は侵さず、いつも通りに返す。

 

「ですがその躱し方も予想通りです」

 

 揺るがぬ夜行の姿に遊戯は手札をチラと見て、決断する。

 

「俺はバトルを終了し、魔法カード《光の護封剣》を発動! これでお前は3ターンの間、攻撃出来ないぜ!」

 

 夜行のフィールドに光の十字架が幾重にも降り注ぎ、夜行のフィールドのモンスターを封じるが、今は《獣神機王(じゅうしんきおう)バルバロス Ur(ウル)》のみ。

 

 さらに《獣神機王(じゅうしんきおう)バルバロス Ur(ウル)》は神クラスの耐性を持った為、魔法カード《光の護封剣》では止められはしない。

 

 しかしこれで次のターンに夜行が新たにモンスターを展開しても、追撃は出来ない。

 

「最後にフィールド魔法《心眼の祭殿》と永続魔法《補充部隊》を発動して、カードを1枚セット――ターンエンドだ」

 

 ガードを固めてターンを終える遊戯の背後に杖を祭った神殿が現れる。

 

 

「ですが、そのターンの終わりにこのカードを発動させて貰いましょう! 速攻魔法《デーモンとの駆け引き》!」

 

 しかし夜行の攻めの手は止まらない。

 

 夜行の背後から這い出た悪魔の手が1枚の契約書をヒラリと落とし――

 

「この効果は私のフィールドのレベル8以上のモンスターが墓地に送られたターンに発動出来るカード! その効果で私はデッキからあるモンスターを呼び出すことが出来ます!」

 

 その契約書が炎に包まれ燃え尽きる。これにて契約はなされた。

 

「闇より生ずる狂気の龍! 《バーサーク・デッド・ドラゴン》!!」

 

 やがて地響きと共に大地を押しのけ現れるのは死して骨となってもなお戦い続ける狂気に苛まれたドラゴンだった亡者。

 

《バーサーク・デッド・ドラゴン》

星8 闇属性 アンデット族

攻3500 守 0

 

 そんな《バーサーク・デッド・ドラゴン》の狂声をバックミュージックに夜行はデッキに手をかける。

 

「そして私のターン! ドロー! まずは2枚目の永続魔法《進撃の帝王》を発動! これで再び私のアドバンス召喚したモンスターたちは守られます!」

 

 とはいえ、今の夜行のフィールドにアドバンス召喚したモンスターは1体のみだ。だが些細な問題である。

 

「そして墓地の《冥帝従騎エイドス》の効果で自身を除外し、《天帝従騎イデア》を蘇生させます! そして三度効果発動! 《冥帝従騎エイドス》を特殊召喚!」

 

 先のターンの焼き増しのように現れる白と黒の従騎士。

 

《天帝従騎イデア》

星1 光属性 戦士族

攻 800 守1000

 

《冥帝従騎エイドス》

星2 闇属性 魔法使い族

攻 800 守1000

 

「特殊召喚された《冥帝従騎エイドス》の効果で私はアドバンス召喚の権利が+1!」

 

 夜行のフィールドにすぐさま贄が揃えられた。よって此処からはご察しの通り――

 

「《天帝従騎イデア》と《冥帝従騎エイドス》をそれぞれリリースし! 2体のモンスターをアドバンス召喚!!」

 

 2体の従騎士が光となって消えていく。

 

「現れなさい! 神の従者が1体! 《神禽王(しんきんおう)アレクトール》!!」

 

 白き従騎士を贄に現れたのは白銀の鎧で身を固めた赤き翼を広げる鳥の獣人。

 

 2本の足で悠然と佇む姿はまさに王たる気品すら感じさせる。

 

神禽王(しんきんおう)アレクトール》

星6 風属性 鳥獣族

攻2400 守2000

 

「さらに大総統たる悪魔! 《軍神(ぐんしん)ガープ》!!」

 

 そして黒き従騎士を贄に現れたのは黒い甲殻で覆われた何処か昆虫を思わせる姿の悪魔の長。

 

 その背から生えた巨大な腕のような翼から禍々しい爪が伸びる。

 

軍神(ぐんしん)ガープ》

星6 闇属性 悪魔族

攻2200 守2000

 

「そして《軍神ガープ》の効果が貴方を襲います! このカードが表側表示で存在する限り、全てのモンスターは攻撃表示となり、表示形式を変更できない!!」

 

 夜行の宣言に《軍神ガープ》が遊戯に指を向けると守備表示で防御を取っていた《カオス・ソルジャー》の意に反し、身体が動き攻撃姿勢を取った。

 

「《カオス・ソルジャー》が!?」

 

 戦う意思を見せた戦士の姿を《軍神ガープ》は満足気に眺める。

 

 

 先のターンに遊戯に4体のモンスターを破壊されたにも関わらず、今や夜行のフィールドのモンスターは4体。

 

 しかもその全てが強者たる風格を兼ね備えている。ゆえに観客の城之内はポツリと零す。

 

「こんな……こんな切り札みてぇなモンスターがこんなポンポン出てくるのかよ……」

 

 城之内の知る強者である孔雀舞を倒した相手との前評判はあったが、実際にそのデュエルを間近に見れば城之内は悟らざるを得ない。

 

――地力が違い過ぎる……

 

 己の無力感を。遊戯や海馬が立つ頂との差を。

 

 

 やがて夜行は動き出す。

 

「さらに《軍神ガープ》のもう一つの効果を発動! 私の手札の『悪魔族』モンスターを任意の数だけ公開し、このターンの終わりまで、その数×300ポイント自身の攻撃力を上昇させます!」

 

 《軍神ガープ》の肩の巨大な手のような翼が夜行の手札を貫く。

 

「私は手札の《バトルフェーダー》と《クリボール》の2枚を公開し、《軍神ガープ》の攻撃力は600ポイントアップ!!」

 

 その2枚のカードから力を得て、その身を黒いオーラで包みながら更に攻撃力を高めていく《軍神ガープ》。

 

《軍神ガープ》

攻2200 → 攻2800

 

「だが、いくら攻撃力を上げても俺のフィールドの魔法カード《光の護封剣》がある限り、そいつらの攻撃は届かないぜ!」

 

 遊戯の言う通り、夜行のモンスターは光の十字架によってその進軍を遮られている。

 

「心配無用ですよ、武藤 遊戯! 《神禽王(しんきんおう)アレクトール》の効果を発動! フィールドの表側表示のカード1枚の効果はこのターンの終わりまで無効になります!」

 

 だが《神禽王(しんきんおう)アレクトール》の赤き翼から放たれた突風が光の十字架を一時、吹き飛ばす。

 

「魔法カード《光の護封剣》を無効にさせて貰いましょう! ですが、貴方の発動した《心眼の祭殿》の効果で1000ポイントずつしかダメージは与えられませんが、十分です!」

 

 これで遊戯を守る壁は《カオス・ソルジャー》のみ。

 

「バトル! 《バーサーク・デッド・ドラゴン》で《カオス・ソルジャー》に攻撃!」

 

 《バーサーク・デッド・ドラゴン》の朽ちた顎が歪な音と共に開き、全てを薙ぎ払わんと血のように赤いエネルギーが放たれた。

 

「罠カードオープン!」

 

「先のターンのようにいくら壁モンスターを増やそうとも、《バーサーク・デッド・ドラゴン》の全体攻撃能力の前には逆効果ですよ!」

 

 遊戯の声に《バーサーク・デッド・ドラゴン》の力を示す夜行だが――

 

「俺が発動した罠カードは《和睦の使者》! このターンのダメージを0にし、モンスターは破壊されない!」

 

 遊戯の援護に背を押され《カオス・ソルジャー》は何とか《バーサーク・デッド・ドラゴン》の一撃を切り裂き、遊戯を守った。

 

「1ターンばかりの猶予を得ましたか……私はこれでターンエンドです」

 

 遊戯の2段構えの防御の前に攻めきれなかった夜行。

 

 その夜行が持つ神の如き力を得たエース《獣神機王(じゅうしんきおう)バルバロス Ur(ウル)》も心なしか振るう力の先を失い苛立っているようにも見える。

 

「このエンドフェイズ時に《神禽王(しんきんおう)アレクトール》で無効化されていた貴方の魔法カード《光の護封剣》の効果は戻り、《軍神ガープ》の攻撃力は元に戻ります」

 

 《軍神ガープ》を覆っていた黒いオーラが消えると同時に《光の護封剣》が降り注ぐ。

 

 そんな光の結界を《軍神ガープ》は目障りそうに見やっていた。

 

《軍神ガープ》

攻2800 → 攻2200

 

「そして《バーサーク・デッド・ドラゴン》は私のターンエンド毎に攻撃力を500ダウンしていきます」

 

 死からは逃れられないことを示す様に《バーサーク・デッド・ドラゴン》の骨の身体が朽ちていく。

 

《バーサーク・デッド・ドラゴン》

攻3500 → 攻3000

 

 

 辛うじて《カオスソルジャー》を守り切った遊戯だが、状況は予断を許さない。

 

「なら俺のターン! ドロー! そして墓地の《シャッフル・リボーン》を除外し、その効果で俺のフィールドの魔法カード《光の護封剣》を戻し、1枚ドロー!」

 

「《光の護封剣》による守りを捨てましたか……」

 

 状況を覆す為に遊戯は手を変える――それと同時に夜行のフィールドのモンスターたちの進軍を妨げていた光の十字架が消えていく

 

「バトルだ! 《カオス・ソルジャー》で《軍神ガープ》を攻撃! カオス・ブレード!!」

 

 引いたカードは発動させずに攻撃を命じる遊戯の声に突撃する《カオス・ソルジャー》は《軍神ガープ》が迎撃として放った手刀を躱し、巨大な手のような翼を剣でいなし、悪魔の長を両断してみせた。

 

夜行LP:4000 → 3000

 

 フィールド魔法《心眼の祭殿》の効果により互いが相手から受けるダメージが1000となっている為、本来受ける800のダメージよりも割り増しされたダメージを受ける夜行。

 

「《軍神ガープ》を破壊したということは――守備モンスターで守りを固める気ですか」

 

 だがその瞳は遊戯の狙いを捉えて離さない。

 

――読まれているか……ならヤツの思惑を超えるまで!

 

 当然そんな夜行の視線に気付いている遊戯は内心のそんな覚悟を持って先程引いたカードを発動させた。

 

「俺はバトルを終了し、魔法カード《アドバンスドロー》を発動! 俺のフィールドのレベル8以上――《カオス・ソルジャー》をリリースし、新たに2枚ドロー!」

 

 剣を天に掲げた《カオス・ソルジャー》が光と消え、遊戯のデッキに集まっていく。やがてその光を引いた遊戯は小さく笑みを浮かべる。

 

「そして魔法カード《死者蘇生》を発動! 《翻弄するエルフの剣士》を守備表示で特殊召喚!」

 

 マントを翻し、剣を地面に突き刺して遊戯を守るように《翻弄するエルフの剣士》が膝を突く。

 

《翻弄するエルフの剣士》

星4 地属性 戦士族

攻1400 守1200

 

「攻撃力1900以上のモンスター相手では戦闘で破壊されないモンスター……」

 

 その夜行の言葉通り、高い攻撃力のモンスターで攻める夜行のデッキには面倒なモンスターである。

 

「さらに魔法カード《魂の解放》を発動! 墓地の5枚のカードを除外する!」

 

 青い光の中に浮かぶ透明な妖精と思しき精神体が墓地に眠るモンスターを戦いの場から解放していく。

 

「俺はお前の墓地の《軍神ガープ》・《天帝従騎イデア》・《冥帝従騎エイドス》・《神獣王(しんじゅうおう)バルバロス》・《真源の帝王》を除外!」

 

 解放――除外されたのは夜行の墓地の5枚のカード。

 

 その内の3枚はアドバンス召喚用のリリースを揃える為のカードの為、夜行にとっては手痛い一撃だ。

 

「最後にモンスターをセットし、リバースカードを4枚セットしてターンエンドだ! エンドフェイズに《シャッフル・リボーン》の効果で手札を除外するが、除外する手札はないぜ!」

 

 《光の護封剣》による守りを捨て、切り札たる《カオス・ソルジャー》の力も手放したが、4枚のリバースカードに2体の守備モンスターが遊戯を守る。

 

「私のターン、ドロー! 私は――」

 

「待ちな! お前のスタンバイフェイズに罠カード《バトルマニア》を発動! このターン相手フィールドのモンスターは全て攻撃表示となり、表示形式を変更できない!」

 

 しかしその守りをどう崩すかを思案してカードをドローした夜行を待っていたのは思わぬ一撃。

 

 遊戯の説明を引き継ぐように夜行が呟く。

 

「さらに私のモンスターはこのターン攻撃可能な場合は攻撃しなければならない効果ですか……」

 

「その通りだ――さぁ、どうする?」

 

 明らかに罠を思わせる遊戯の声に夜行は思案する。

 

――攻撃を誘っている……残りの3枚のカードは此方を迎撃するタイプの罠と考えるのが自然。此処は手札の魔法カード《ソウル・チャージ》を使い、無理やりにでもバトルを躱すべきか?

 

 しかし夜行の手札には墓地からモンスターを可能な限り蘇生させ、その数×1000のライフを失う魔法カード《ソウル・チャージ》が存在する。

 

 このカードを発動すれば、そのデメリット効果によりバトルフェイズを「行えなくなる」が――

 

――いや、武藤 遊戯ならばその1ターンの猶予で一気に逆転されかねない……

 

 その1ターンを稼ぐことこそが遊戯の狙いかもしれない。

 

 そして永遠にも思える一瞬の中で下した夜行の決断は――

 

「《神禽王(しんきんおう)アレクトール》の効果を発動! 《翻弄するエルフの剣士》の効果を無効化します!」

 

 突き進む選択――罠を踏む危険性よりも、あの「武藤 遊戯」に1ターンの猶予を与えることを夜行は嫌った。

 

 《神禽王(しんきんおう)アレクトール》の赤い翼から放たれた羽の矢が《翻弄するエルフの剣士》に突き刺さり、その特異なる力を消失させる。

 

「そしてバトル! 2体の守備モンスターを薙ぎ払い《獣神機王(じゅうしんきおう)バルバロス Ur(ウル)》の道を開きなさい! 《バーサーク・デッド・ドラゴン》!!」

 

 全体攻撃能力を持つ《バーサーク・デッド・ドラゴン》のブレスが遊戯の《翻弄するエルフの剣士》とセットモンスターに襲い掛かる。

 

 そのブレスを受けた《翻弄するエルフの剣士》の身体は風化していき、消えていく。

 

 

 そして正体不明のセットモンスターである小さな槍を持った額と頬に角が生えた小さな悪魔が攻撃を躱すべく伏せていたが、躱せる訳もなく消し飛ばされた。

 

《ダークファミリア》

星2 闇属性 悪魔族

攻 500 守 500

 

「《ダークファミリア》? 成程、前のターンではなく、このタイミングで呼び出すべきモンスターがいたという訳ですか」

 

 その夜行の言葉通り、《ダークファミリア》は墓地の仲間を呼ぶ効果を持っている。

 

「リバースした《ダークファミリア》の効果発動! リバースした自身が墓地に送られた時、お互いは墓地のモンスター1体を選んで表側攻撃表示か裏側守備表示で特殊召喚する!」

 

 しかしその力は相手プレイヤーにも働いてしまう欠点もあった。

 

 

 やがて《ダークファミリア》の命の残照が互いのフィールドを包み――

 

「ならば私は《カオスハンター》を攻撃表示で特殊召喚!」

 

 夜行のフィールドには《カオスハンター》が鞭で地面を叩きながら現れ、

 

《カオスハンター》

星7 闇属性 悪魔族

攻2500 守1600

 

「これで貴方はカードを除外することは出来ません!」

 

 遊戯の除外を封じる。

 

「俺はモンスターをセット! さらに発動しておいた永続罠《召喚制限(しょうかんせいげん)猛突(もうとつ)するモンスター》の効果が適用されるぜ!」

 

 そして遊戯はモンスターをセット。

 

 さらに先の攻撃の前に発動されていた永続罠《召喚制限(しょうかんせいげん)猛突(もうとつ)するモンスター》の効果でセットモンスターの下の地面から煙が漏れ出ている。

 

「特殊召喚されたモンスターを表側攻撃表示にし、そのターン可能な限り、そのモンスターは攻撃しなければならない」

 

 やがて煙は小さな爆発を起こし、セットモンスターを表側攻撃表示にさせる。そのモンスターを興味深そうに眺める夜行は呟くが――

 

「また攻撃強要カード? いや表示形式の変更が狙いですか……貴方は一体どんなモンスターを蘇生したの――」

 

 

 現れたのは先程、墓地に送られたものと同じモンスターである小さな悪魔、《ダークファミリア》。

 

 その手の小さな槍を威嚇するようにブンブン振り回す。

 

《ダークファミリア》

星2 闇属性 悪魔族

攻 500 守 500

 

 

「ダーク……ファミリア!?」

 

 蘇生されたのは大した攻撃力も持たないモンスターだが、夜行の背に嫌な汗が流れる。

 

「さぁ、お前のモンスターは俺が発動した罠カード《バトルマニア》の効果で必ず攻撃しなければならない――」

 

 語られる遊戯の言葉に夜行の瞳はゆっくりと見開かれて行く。

 

「――すると、どうなると思う?」

 

 その遊戯の言葉を肯定するように《バーサーク・デッド・ドラゴン》の口から死者のブレスがチャージされ――

 

「――ッ! 待てッ! 《バーサーク・デッド・ドラゴン》!!」

 

 夜行の制止の声を振り切り《ダークファミリア》に向けて放たれた。

 

「攻撃力の差は2500ポイントだが、フィールド魔法《心眼の祭殿》の効果で受けるダメージは1000ポイントに!」

 

 当然その攻撃に耐えられる筈のない《ダークファミリア》は消し飛ばされ、遊戯をその余波が襲う。

 

遊戯LP:1100 → 100

 

「さらに永続魔法《補充部隊》の効果で相手の攻撃によって俺がダメージを受けた時、1000ポイントに付き1枚のカードをドローする!」

 

 作業員風のゴブリントが乗ったトロッコから届けられたカードが遊戯の手札に加わり、

 

「そして発動しておいた2枚の永続罠《神の恵み》の効果でカードをドローする度にライフを500回復! 2枚の効果で回復量は1000!」

 

 天から癒しの光が遊戯を包む。

 

遊戯LP:100 → 1100

 

「やはり……!!」

 

「さぁ、リバースして墓地に送られた《ダークファミリア》の効果が発動するぜ? 俺は三度、《ダークファミリア》をセット! そして永続罠《召喚制限(しょうかんせいげん)猛突(もうとつ)するモンスター》の効果でリバース!」

 

 三度現れた《ダークファミリア》に対し、夜行のフィールドには――

 

《ダークファミリア》

星2 闇属性 悪魔族

攻 500 守 500

 

「私は……《闇の侯爵ベリアル》を特殊召喚……します」

 

 天から黒い羽を舞い散らせながら《闇の侯爵ベリアル》が降り立つ。

 

《闇の侯爵ベリアル》

星8 闇属性 悪魔族

攻2800 守2400

 

 だがもはや意味はない。

 

「そしてお前のモンスターは《ダークファミリア》を攻撃しなければならない!」

 

 《バーサーク・デッド・ドラゴン》の効果は「相手の全てのモンスターに1度ずつ攻撃出来る」もの。

 

 だが今や遊戯の発動した《バトルマニア》の効果によって「攻撃しなければならない」状態にされている。

 

 

 ゆえに《バーサーク・デッド・ドラゴン》は新たに呼び出された《ダークファミリア》を攻撃し「続け」なければならない。

 

「これは……!」

 

 夜行は思わず後退る――夜行のデュエリストとしての実力の高さが今の状況を明確に理解できてしまう。

 

 しかしこの状況は止まらない。

 

「《ダークファミリア》との戦闘によって俺はダメージを受けるが、フィールド魔法《心眼の祭殿》の効果でダメージは1000ポイントに!」

 

 遊戯に再びダメージが襲うが、それは1000ポイントに固定され、

 

遊戯LP:1100 → 100

 

「永続魔法《補充部隊》で1枚ドロー!」

 

 永続魔法《補充部隊》の効果によってドローに変換される。

 

「これは……これは!!」

 

「2枚の永続罠《神の恵み》の効果で1000ポイントのライフを回復!」

 

 そして失った分のライフが回復され、遊戯のライフが尽きることはない。

 

遊戯LP:100 → 1100

 

「リバースして墓地に送られた《ダークファミリア》の効果で墓地の《ダークファミリア》をセット!」

 

 何度でも自身のリバース効果で蘇る《ダークファミリア》。

 

「そして永続罠《召喚制限(しょうかんせいげん)猛突(もうとつ)するモンスター》の効果でリバース!」

 

 そして攻撃表示となって攻撃を受け止め、遊戯はダメージを負いドローと回復が成される。

 

「全てのモンスターを攻撃しなければならない《バーサーク・デッド・ドラゴン》は新たに呼び出された《ダークファミリア》に攻撃しなければならないぜ!」

 

 

 《バーサーク・デッド・ドラゴン》の攻撃が

 

 

 《ダークファミリア》の復活が

 

 

 遊戯のドローが永遠と繰り返される

 

 

「――無限ループ!!」

 

 

 夜行の驚愕の声が今の状況を端的に示していた。

 

 無限ループによって手札を増やし続ける遊戯に海馬は感嘆の息を漏らす。

 

「まさに無限のドローが約束されたループ……」

 

 その言葉通り、永遠と遊戯の手札は増えていく。だが本田は焦った声を上げた。

 

「だがマズイぜ! このままドローを続けちまうと、遊戯のデッキが尽きちまう!」

 

 その本田の通り、この無限ループには終わりがある――それは遊戯の残りデッキの数という明確な終わりが。

 

「違う!! 武藤 遊戯のデッキには……」

 

 だが全てを悟った夜行が声を張る。

 

「ふぅん、そうだ。遊戯のデッキには――」

 

 同じくこの無限ループの「本当の終わり」を知る海馬は遊戯を称えるように獰猛な笑みを浮かべる。

 

 

「 「 あのカードがッ!! 」 」

 

 

 やがて重なった夜行と海馬の2人の声を肯定するように遊戯の手が止まった。

 

「その通りだぜ! そして今! あの5枚のカードが俺の手札に揃った!」

 

 大量のカードが扇子のように並ぶ遊戯の手札から強大な力が巻き起こる。

 

「こんな……こんな方法で……!!」

 

 その圧倒的な力に夜行は信じられないと遊戯の背後へと目を向け――

 

 

 

「今こそ、その封印を砕き! 我が前に降臨せよ! 『エクゾディア』!!」

 

 

 

 その視線の先の虚空から《封印されし者の右足》と《封印されし者の左足》が歩み出し、

 

 《封印されし者の右腕》と《封印されし者の左腕》が封印を引き裂くように腕を振るい、

 

 《封印されしエクゾディア》がその姿を現した。

 

 

「バカな……」

 

 信じられない様相を見せる夜行を余所に「エクゾディア」の掌に灼熱の業火が燃え盛り始め、

 

「神の力をその身に受けな! 怒りの業火!! エクゾード・フレイム!!」

 

 天をも覆う程の巨大な業炎となって夜行のフィールドに降り注いだ。

 

 

 やがて神に仕えし鳥獣の王――《神禽王(しんきんおう)アレクトール》が、

 

 あらゆる獲物を狩ってきた女悪魔――《カオスハンター》が、

 

 誇り高き悪魔の権威――《闇の侯爵ベリアル》が、

 

 全てを滅する不死の龍――《バーサーク・デッド・ドラゴン》が、

 

 三幻神に等しき力を持った魔獣神――《獣神機王(じゅうしんきおう)バルバロス Ur(ウル)》が、

 

 

 エクゾディアによって放たれた炎に等しく焼き尽くされていく。そしてその炎は平等に夜行も燃やしつくした。

 

 

「バカなぁあああぁあああ!!」

 

 巨大な火柱が立ち昇る中で夜行の叫びが虚しく響く。

 

 

 






オシリスの天空竜「えっ? 出番は?」

獣神機王(じゅうしんきおう)バルバロス Ur(ウル)「耐性あっても、相手がエクゾディアって……」

バーサーク・デッド・ドラゴン「済まねぇ! 戦犯で済まねぇ!」

オシリスの天空竜「ねぇ、(われ)の出番は!」



今作の夜行デッキは――
「家臣+帝王(魔法・罠)で援護! ソロモン風(モンスター)アドバンス召喚ビート」です。

もう《獣神機王(じゅうしんきおう)バルバロス Ur(ウル)》は通常召喚しちゃおうぜ!( -`ω-)✧
(一応、特殊召喚ギミックもありますが)

そして罠カード《帝王の凍志》で三幻神のような超耐性をゲットだ!(☆ゝω・)b⌒☆



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第121話 龍穿つ魔弾



前回のあらすじ
獣神機王(じゅうしんきおう)バルバロス Ur(ウル)「あ、あれは《ダークファミリア》! 遊戯さんを支え続けてきたカード!!」

ダークファミリア「( ・´ー・`)ドヤァ・・・」

エクゾディア「誰だお前!?」




 

 

「そこまで!! 準決勝、第1試合! 勝者――武藤 遊戯ィ!!」

 

 デュエルの終了と共に消えていくエクゾディアを余所に磯野の宣言が響く。

 

 そしてエクゾディアの放った炎が渦巻く火柱も消え、その中から膝を突いた夜行が見えた。

 

「申し訳ありません、ペガサス様ァアアアアアア!!」

 

 夜行はそのまま蹲ったまま、絶叫のような叫び声をあげてポロポロと涙を零す。

 

 

 今の夜行の胸中に渦巻く感情は自身に対する不甲斐なさ――遊戯の狙いを見抜くことが出来なかった己を恥じる感情。

 

 結果論ではあるが、遊戯が繰り出した無限ループに入る前の「予兆」があった筈だと夜行は考えているようだ。

 

「やはり私は! 私などでは! ペガサス様のお力になることなど――」

 

「そんなことはないぜ、夜行!」

 

 己を責める夜行の肩に遊戯は軽く手を置く。

 

「お前のデュエルは見事だったぜ! コンビネーションも戦略も! タクティクスもだ!」

 

 その遊戯の言葉通り、夜行の実力は、その牙は、確実に遊戯の喉元寸前に届いていた。

 

「俺も一手たりとも間違えることの出来ないデュエルだった!」

 

 紙一重の勝負だったと語る遊戯は世界の広さを如実に感じていた。

 

「俺はお前と戦えたことを誇りに思うぜ!! だからお前も下を向かず、胸を張るべきだ!」

 

 ゆえに遊戯はそんな実力者である夜行が俯く姿を見たくないばかりに目を合わせる。

 

 

 そんな遊戯の真っ直ぐな瞳を見た夜行はクワッと目を見開き、すぐさま立ち上がって遊戯の手を握り、ブンブン振る。

 

「…………武藤 遊戯! これが! これこそが! ペガサス様がお認めになった『心』なのですね!」

 

 感動する夜行の言葉に対し、何も返せない遊戯。

 

 それもその筈、どちらかと言えば小柄な遊戯を長身な夜行が振り回しているような状況なのだから。

 

 

 しかし大会を進行させねばならぬ磯野はいそいそとその謎の触れ合いに介入しようとするが――

 

「あ、あの、そろそろ……あの! 済みませんが!」

 

 磯野の声は全く夜行に届いていない。そして遊戯はされるがままで、どうすることも出来ない。

 

 

 夜行のI2社での高いポストゆえに強硬策に出られない磯野を見かねたリッチーがデュエル場に上がり夜行の肩を掴む。

 

「おーし、そろそろ終わりにしときな――どうみても磯野さんが困ってるだろー」

 

「リッチー! やはり武藤 遊戯を見定めたペガサス様の目に狂いは――」

 

「次は俺のデュエルだなー!」

 

 夜行の平たく言えば「遊戯イイ人!」な主張を封殺しつつデュエル場から追い出したリッチーは磯野の方をチラッチラッと見やる。

 

 

 そのリッチーの視線の意図を察した磯野は、対面に立つ海馬がデュエルの準備を終えていることを確認し、ビシッと腕を掲げた。

 

「では次の試合に移らせて頂きます! 準決勝、第2試合! リッチー・マーセッドVS海馬 瀬人の試合を開始します!! デュエル開始ィイイイイ!!」

 

 

 これ以上バトルシティを滞らせてはいけないと、頑張る磯野の声を合図にこのバトルシップ最後のデュエルが幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 童実野町から少し距離のある人里離れた何処かのとある焼き肉屋にて、カードプロフェッサーたちは打ち上げに興じていた。

 

 その店の貸し切られたフロアにてワイワイ騒ぐ中、

 

 バンパイア大好きっ娘ことティラ・ムークとミリタリー大好き男ことカーク・ディクソンはデュエルディスクに取り付けられた「デュエルディスク改造セット」を見せびらかしている模様。

 

 それを見たこの場の最年少クラマス・オースラーは感嘆の声を上げる。

 

「おおー! なんかカッケーじゃんソレ!!」

 

「そうでしょう! そうでしょう! この優美さ――」

 

 そう言いながらティラ・ムークがコウモリの翼のように装飾されたデュエルディスクを見せつけるようにテンション高めにポーズを取るが――

 

「だッハッハッハ! よりによって『今』買ったのかよ、バカだなぁ! デュエルディスク周りのモンはもう少しすりゃぁ安くなるだろうに」

 

 その姿を、ターバンを巻いたお金に煩いメンド・シーノが買い物下手だと爆笑していた。

 

「!? 待ってください! どういうことですか!」

 

 それに対し、軍隊風のポーズを取ろうとしていたカーク・ディクソンが詰め寄る姿にメンド・シーノは上機嫌に語る。

 

「んなもん決まってんだろ――KCのターゲット層はガキだろ? だったらデュエルディスク含めて、そいつらの手が届くくらいの値段になるくれぇ想像できんだろうが!」

 

「おお~頭いいな! でもデュエルディスクがガキの小遣いで買える程、安くなんのか?」

 

 しかし割り込むクラマス・オースラーが当然の疑問を上げる。

 

 その言葉通り、デュエルディスクは最先端技術の塊である――普通に考えれば子供が手軽に買えるような値段で販売すればたちまち赤字になりかねない。

 

 

 だがメンド・シーノはチッチと指を振りながら、もっと視野を広く持てとばかりにニヒルに笑う。

 

「分かってねぇな~お前は! ちっと値の張るモンは、ガキの親に誕生日プレゼントか何かで買わせるようにすりゃぁ良いんだよ」

 

「成程なー! 家族をターゲットにしてんのか!」

 

 子が買えないのなら親に買わせれば良い、の理論にクラマス・オースラーは年相応の感嘆の息を吐く。

 

「このバトルシティはあくまで宣伝なんだよ――購買意欲ってのを煽ってんのさ」

 

 説明を続けるメンド・シーノの言葉通り、このバトルシティでは至るところでソリッドビジョンのデュエルが行われ、KCの情報発信も相まって多くの関心を集めている。

 

 

「くっ……つまり今は最も値段が高い時期という訳ですか……」

 

「私たちが買ったコレもその時には安くなる公算が高いってことね……」

 

 そんなデュエルディスクの裏事情という訳でもない事情にカーク・ディクソンはガックリと膝を突き、ティラ・ムークも痛い出費になったと意気消沈する。

 

 

 だがそんな落ち込みを見せる2人のデュエリストの傍を強大なプレッシャーを放つ車椅子が横切る。

 

 しかし変わらず膝を突く2人。

 

 そんな中、肉を華麗に焼いていた「ハイテクマリオネット使い」のシーダー・ミールから肉を強奪していた長いパーマのかかった髪の男、カードプロフェッサーの纏め役、デシューツ・ルーは確認するように呟く。

 

「カ、カトウの婆さんだよな?」

 

 いつもの厳しくも優しい温和な老婆の姿はそこにはない。そこにいるのはまさに一匹の獣。

 

「今回の依頼はかなり大口だった――だから休みを貰うよ。無期限で」

 

 無期限の休みとの発言に周囲がざわめき立つ。それもその筈、それではまるで――

 

「ソレは引退するってことでいいの~?」

 

 周囲が聞けなかった問いを超能力者ことピート・コパーマインがいつもの軽い調子で尋ねるが、マイコ・カトウに揺らぎはない。

 

「そんなつもりはないよ――で、どっちなんだい?」

 

 詳しい内容は語らず、是が非かだけ問うマイコ・カトウの姿勢に周囲の視線が今度は纏め役のデシューツ・ルーに向くが――

 

 その両者の間に肉を焼きながら割り込む影が1つ。

 

「おっと、これは無視できんな! 休暇の話は問題ないとしても、仲間なら理由(わけ)くらい話すのが筋ってものじゃあないか!」

 

 肉を焼きながらそう返すのはいつも自分の世界全開のシーダー・ミール。だが今はそんな素振りを見せず、強い視線でマイコ・カトウを射抜く。

 

 しかしマイコ・カトウは休暇の許可は取ったとばかりに車椅子の向きを変え、店の出口へと向かうが、部屋の扉をくぐる前に立ち止まりポツリと零した。

 

「休暇の理由は大したものじゃないさ」

 

 やがて僅かにマイコ・カトウは振り返るとポツリと呟く。

 

 

 

 

 

「少しばかり武者修行の旅に出ようと思ってね」

 

 

 その瞳には溢れんばかりの闘志が宿っていた。

 

 

 

 

 マイコ・カトウが立ち去った後、重苦しい空気から脱するように息を吐く逆立てた髪の男、ウィラー・メットはマイコ・カトウの豹変の実態を知りそうな人間を見やる。

 

「テッド――何があった?」

 

 虚偽は許さないとばかりに問いかけるウィラー・メットだが、未だに継続して肉を焼いていたシーダー・ミールはまたも割り込む。

 

「肉でも食べて落ち着きな! どんなときでも『己を失わない』――それが男の美学だぜ!」

 

 そんないつも通りなシーダー・ミールの姿に、冷静さを取り戻した一同が差し出された皿に盛られた肉を食べる中でテッド・バニアスが切り出す。

 

「いや、俺もよく分からねぇんだけどよ――なんか元気がなかったから気晴らしになるかと思ってバトルシティのトーナメントの中継を見てたんだ」

 

 テッド・バニアス自身、マイコ・カトウがあれ程までに豹変した理由は分かっていない。

 

「んでバトルシップでのデュエルが終わってから急に――って感じだ」

 

 まさに唐突に起こったと語るテッド・バニアスに超能力者ことピート・コパーマインは変わらず軽い調子で流す。

 

「にゃはは~昔の血が騒いだってやつかもねー! 昔はブイブイ言わせてた時期があったらしいし~」

 

 今でこそ温和な老婆なマイコ・カトウだが、そのデュエリストの闘志は一級品。その昔は世界各地で大会を荒らしまわっていた過去があるとか、ないとか。

 

 そんな言葉に事態が深刻ではないことが分かればそれでいいとメンド・シーノは肉を頬張りつつ一同に告げる。

 

「なんだ。そんなことかよ! 気ィ張って損した! ほらドンドン食おうぜ、元取るまでは帰らねぇからな!」

 

 その言葉から察せられるようにカードプロフェッサーたちが注文したのは所謂「食べ放題」のメニュー。

 

 ゆえにメンド・シーノは元を食べきるまで帰らない鉄の意思と鋼の覚悟を持っていた。

 

 

 そうしてカードプロフェッサーたちはワイワイと騒ぎに戻る――打ち上げは騒いでなんぼだと言わんばかりに。

 

 

 

 ちなみに、彼らがマイコ・カトウの分の支払いの件に思い至るのはしばらく時間がかかるとだけ言っておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところ変わってバトルシップでは《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》がリッチーに白銀のブレスを放つ。

 

リッチーLP:1000 → 0

 

「そこまで!  準決勝、第2試合! リッチー・マーセッドVS海馬 瀬人の試合は決着です!! 勝者、海馬 瀬人ッ!!」

 

 そんな磯野の声が響いた。

 

 

 立ち尽くすリッチーを余所に額の汗を拭う海馬。それもその筈、海馬のライフは残り僅か200――ギリギリの攻防だったと息を吐きポツリと零す。

 

「見事だったと褒めてやろう――貴様とのデュエル、楽しませて貰ったぞ……」

 

「そうかい。だが生憎と俺は負けて楽しいとは思えないタチでね」

 

 しかし対するリッチーの視線は鋭い。敗北は力不足の証――つまり敬愛するペガサス会長の力になれない可能性をはらんでいる。

 

 やがて背を向けデュエル場から降りるリッチーだが、ふとその足を止め、海馬に視線だけを向け――

 

 

「次はこうはいかねぇ」

 

 

 闘争心を剥き出しに海馬にぶつけた。

 

「ふぅん、それは此方のセリフだ――次は完膚なきまでに叩き潰してやる」

 

「ならアンタの言う『戦いのロード』って奴が交わるのを楽しみにしておくよ」

 

 海馬の返答にデュエル場から降りて返したリッチーはふと息を吐く。

 

――あー、やっぱ悔しいなー

 

 リッチーは胸中でそう零すが夜行の姿を視界に入れ、I2社に戻る準備を勘定し始める――目を輝かせる夜行はあまり頼れそうになかった。

 

 

 

 

 

 そして「これにてデュエルタワーでデュエルキングの座を駆けて雌雄を決する選ばれしデュエリストが決まった」とカメラにそれっぽく語る野坂ミホを尻目に磯野は宣言する。

 

「決勝の舞台であるデュエルタワーで対戦するデュエリストが決定したことで本日のバトルシティにおける各種トーナメントの日程を終了します」

 

 色々と長かったバトルシップの騒動もこれにて終了。

 

「なおデュエルタワーへの到着は明朝を予定しております。それまでは皆様方、ご自由にお過ごしください」

 

 磯野から説明された今後の予定を最後に一同の張り詰めていた気は緩んでいく。

 

 

 

 そんな中で杏子が遊戯にポツリと零す。

 

「――って言われても遊戯も、もう一人の遊戯も今日は疲れたんじゃない?」

 

「ああ、さすがに色々あったからな」

 

 杏子の言葉にそう返す遊戯は、もう1人の表の遊戯へと人格交代するが、そんな中で城之内が軽く伸びをしながら息を吐く

 

「まぁ、ちっとばかし早いけど寝ちまおうぜ――俺はもうクタクタだよ」

 

 激戦に次ぐ激戦――といって城之内は1試合のみだが、予選での疲れも溜まっている様子。

 

「うん、じゃあみんな! また明日!」

 

 それゆえに表の遊戯のそんな言葉を合図に一同は与えられたそれぞれの部屋に向かった。

 

 ようやくの休息の時間である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜も更ける中、KCにて念の為にと周辺の見回りをしていたギースだったが、怖気の奔る気配に振り返る。

 

「誰だ!!」

 

 そのギースの声と共に懐中電灯を向けた先にはアクターの姿。

 

 だがそのアクターの様子にいつも以上に得体が知れない様を感じ取ったギースは一歩後退る。

 

「お前は……アクター……なのか?」

 

 確認するように問いかけるギースだが、アクターがどう返答してもギースに確認の術はない。

 

 やがて物言わぬアクターからなにやら投げ渡されたものをキャッチするギース。

 

「これは報告に有った千年タウクと、精霊の鍵まで……」

 

 こんな重要なもん投げんじゃねぇ、と思いつつも投げ渡されたものを確認するギースだったが、そこにアクターの声が届く。

 

「神崎 (うつほ)に伝えろ」

 

 

 それは頼み事――と言うよりも命令に近い。メッセンジャーを務めろと。

 

 

 しかしギースはアクターから発せられる圧力が一段上がったのを感じ、意を決する。

 

 

 一瞬が永遠に感じるような時間が流れる。

 

 

 

「『次はない』」

 

 

 

 そんな重苦しい空気の中で放たれたその言葉と共にアクターは夜の闇に溶けるように消えていった。

 

 

 圧し潰されそうなプレッシャーから解き放たれ、息を吐くギースはメッセージの意味を思案するが、その全容は見えない――恐らく分かる者しか分からないような暗号染みたものなのだと。

 

 

 

 だが案ずることはない。

 

 

 

 

 ただの引退宣言である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、飛行中のバトルシップにて朝早くに牛尾から呼び出された表の遊戯は牛尾の立ち合いのもとマリクたちから墓守の一族が守り通してきた碑文を受け取った。

 

 そして深々と頭を下げるマリクたちを置いて部屋を出た遊戯の隣に立つ牛尾は軽く頭を下げる。

 

「朝っぱらから済まねぇな、遊戯――向こうに到着した後、アイツらは直ぐに移送しなきゃならなくてよ」

 

「ううん、こっちこそ無理言っちゃったみたいでごめんね」

 

 しかし遊戯は「此方こそ」と申し無さげにするが、それに対して牛尾は「自分が言い出したことだ」と軽く返し――

 

「いや、構わねぇよ……んで、もう1人のお前さんの記憶は戻ったのか?」

 

 確信に迫る牛尾。

 

「全部の記憶が戻った訳じゃないって――記憶の石板、7つの千年アイテム、そして三幻神のカード。それに……」

 

 だが対する表の遊戯の返答は要領を得ない。

 

「マリクの背中の碑文から、もう1人のボクが感じ取ったビジョン……」

 

「にわかには信じられねぇ話だが、アクターのデュエルの時のアレを見せられちゃなぁ」

 

 遊戯はその身に感じた不思議な体験を零すも、牛尾からすれば否定こそしないが「よく分からない」としか返せない。

 

 

 そんな様相で頭をガシガシかく牛尾を遊戯は小さく笑いつつ、果たすべきシンプルな事柄を上げる。

 

「だからまず海馬君の『オベリスクの巨神兵』と優勝者に渡される『ラーの翼神竜』を集めなきゃね!」

 

 3枚の神のカードを揃える事こそが、名もなきファラオの記憶を呼び覚ますピースとなる。

 

――そうだな。そうすればシャーディーが持っていた千年アイテムも合わせて全ての条件が揃う。

 

 遊戯の背後で幽霊のように浮かぶ名もなきファラオの遊戯の声に表の遊戯は遠くを見つめる。

 

「その全てが終われば、その時はきっと――」

 

 その瞳はやがて来る別れを見据えていた。

 

――相棒……

 

 そんな表の遊戯の姿にかける言葉が見つからない名もなきファラオの遊戯だったが、その間を通るようにアナウンスが流れる。

 

『決勝の舞台、デュエルタワーに到着いたします。デュエリストの皆さんはデッキに集合して下さい。繰り返しま――』

 

 その磯野から告げられたアナウンスに遊戯の意識は引き戻された。

 

「あっ、もう行かなくちゃ!」

 

「おう、頑張ってきな。俺らはアイツらと一緒にいなきゃなんねぇから応援に行けねぇのが残念だぜ」

 

 その言葉通り牛尾にはマリクたち墓守の一族を見張る必要がある――ただ全てを受け入れた今のマリクたち相手では形骸的なものだが。

 

「うん、頑張ってくるよ! 牛尾くん!」

 

 そんな遊戯の言葉を最後に、デュエリストたちの戦いの地はバトルシップからデュエルタワーに移行する。

 

 

 このバトルシティでの最後のデュエルの為に。

 

 

 

 

 

 

 

 そんなバトルシップを降りた一同を出迎えたのは2人。1人は茶色の髪の角刈りのおじさん。

 

「ようこそ、デュエリストたち! ワシの誇る一大工場――通称、『アルカトラズ』へ!!」

 

 その正体は――

 

「ワシは『大田 宗一郎』! 此処の工場長だ!」

 

 BIG5の《機械軍曹》の人こと工場長、大田 宗一郎。

 

 

 そしてもう1人は何時もニコニコ営業スマイルが染みついた――

 

「此処からデュエルタワーへの案内をさせて頂く、神崎 (うつほ)と申します――そして暫くぶりです、海馬社長」

 

 オカルト課のトップ、神崎である。

 

 アクターとしてKCに戻り、ギースに色々託した後、夜を徹してお空を全力ダッシュして此処「アルカトラズ」まで来た次第だった。

 

 

 何やってんだ、と思われるかもしれないが、時間的に移動不可能な距離を無理やり移動することでアクターの正体を隠す涙ぐましい努力である。

 

 

「神崎ッ!? 何故、貴様がここに!」

 

 しかし、裏事情を知らない海馬からすれば遊戯とのデュエルが迫り、上機嫌だった気分に水を差す存在でしかない。

 

 だが海馬の不機嫌そうな顔にも嫌な顔一つせずに対応する神崎――悲しい事にセメント対応に慣れているのだろう。

 

「此方に用事があったので、寄らせて頂きました」

 

 その神崎の言葉に嘘はない。可及的速やかに済ませておく要件があった。

 

 

「此処っていったい何処なんですか?」

 

 そんな静香の疑問に神崎は出迎えの1人として職務を全うする。

 

「此処は『アルカトラズ島』と呼ばれる人工島です。此処で日夜、様々な技術を――」

 

「ふぅん、昔は軍事産業の中枢だった場所だ」

 

 しかし海馬からマイナス過ぎる経歴が明かされる。海馬は剛三郎が犯した過ちを隠す気はない――それを含めて今のKCがあるのだと。

 

「――『今』はデュエルディスクなどのデュエル製品をメインに取り扱っております」

 

 とはいえ醜聞が悪すぎる過去である為、耳障りの良い言葉で流す神崎だったが、遊戯は一際目立つ天高くそびえ立つ塔らしきものを指さす。

 

「あのデュエルタワーはどういうものなんですか?」

 

 さすがに「デュエルする為だけに建てた」筈がないだろうと思う遊戯だが、KCのトップである海馬の存在を考えると、あり得ない選択肢ではないのが恐ろしい。

 

 しかしその問いに答えたのは神崎ではなく、BIG5の《機械軍曹》の人こと大田が遊戯に向けてグイッと迫りつつニッと笑みを浮かべる。

 

「フフフ、気になるかね?」

 

「う、うん」

 

 かなりの圧ゆえにたじろぐ遊戯を余所にBIG5の《機械軍曹》の人こと大田は大仰に手を広げながら饒舌に語りだす――よくぞ聞いてくれた、と。

 

「あの塔は新しいエネルギー機関でな! 永久的なエネルギーを約束し! 世界中のエネルギー問題を全て解決出来る程の可能性を秘めた代物だ!!」

 

 語られた内容は中々にトンでもないものだった。しかも何処かで聞いたことのあるような内容である。

 

「おおッ! よく分かんねぇけどスゲェな!」

 

 だがそんなことは知らない城之内は「超技術」程度の認識だ――他の面々も大体同じ印象を持ったようである。

 

 そんな賞賛の眼差しに「ハッハッハッハ」と笑うBIG5の《機械軍曹》の人こと大田。

 

「まだ研究段階で実現の目途は立っていませんが」

 

 しかしそんな神崎の追加説明に野坂ミホは目を輝かせる。

 

「研究中のスゴイ技術……」

 

 もの凄くお金の匂いがする情報だが、KCと事を構える程ではないと思うので探るようなことは止めときなさい。

 

 

 人工島の工場という見慣れぬ風景ゆえに張り詰めていた緊張感が緩んだのを感じ取った《機械軍曹》の人こと大田は手を叩き注目を集める。

 

「さて雑談もこの辺りにして早速、このバトルシティを締めくくる決勝の舞台! デュエルタワーに案内しようじゃないか! 付いてきたまえ!!」

 

「おーし、みんなこっちだぜい!」

 

 先頭を行く《機械軍曹》の人こと大田にモクバが続きながら、他の人間にも続くように促すなかで神崎はモクバのすぐあとに続いた海馬に向けて頭を下げる。

 

「ではご健闘をお祈りしております、海馬社長」

 

「ふぅん、貴様に祈られる筋合いはないわ!!」

 

 相変わらずの海馬の敵対心を受けつつ遊戯たちが通り過ぎ、野坂ミホ率いる撮影スタッフも通り過ぎ、ツバインシュタイン博士が通り――

 

「ツバインシュタイン博士――貴方は此方です」

 

 過ぎるのを防ぐべくツバインシュタイン博士の首根っこを掴む神崎。

 

「ハハハ……バレていましたか……」

 

 そう軽く笑いながらもツバインシュタイン博士の歩む足取りは止まらない。ただ神崎に掴まれているせいで、前には進めていないが。

 

「…………ツバインシュタイン博士、グールズの被害者たちの件がありますので、先にKCに戻って頂きます――もう十分堪能したでしょう?」

 

 決定事項であることを強調する神崎の言葉にツバインシュタイン博士は足を止め、頭を掻きつつもう逃げないことをアピールしながら観念したように零す。

 

「お見通しでしたか」

 

 しかし神崎が手を離した瞬間にデュエルタワーに走り去ろうとするツバインシュタイン博士。

 

「隠す気すらなかったでしょう……後、これを」

 

 の進行方向に素早く移動した神崎が書類を手渡す。というかツバインシュタイン博士の顔に叩きつけた。おい、もっと老人を労われ。

 

「これは?」

 

「今後の予定です」

 

 顔面に書類の束を叩きつけられたにも関わず平気な顔で書類をパラパラめくるツバインシュタイン博士に短く答えた神崎。

 

 書類の束の分厚さからツバインシュタイン博士の仕事はかなり溜まっている模様。

 

「ではイシュタール家の方々と先に戻って頂きます――よろしいですね?」

 

 そして神崎はツバインシュタイン博士の肩に手を置きながら、念を押す。ギリギリと掴まれる老人の肩が唯々心配だ。

 

「……はい」

 

 しばらくして、観念したかのようなツバインシュタイン博士のそんな呟きが漏れた。

 

 

 

 

 

 

 

 そうして神崎が乗ってきたことになっている――というか、抱えて持ってきた中型ヘリに乗り込んだツバインシュタイン博士は壁で仕切られた先に隔離されている墓守の一族に対し、恨めし気に視線を送る。

 

 グールズの騒ぎがなければ千年パズルを持つ遊戯のデュエルをもっと観察することが出来たと思う反面、今回の事件があったからこそ光のピラミッドのデータが取れた事実。

 

 

 その二律背反にツバインシュタイン博士は何とも言えぬ表情を見せながら神崎から受け取った書類をパラパラ眺めていた。

 

 

 そんなKCに向かう中型ヘリの中で牛尾は脱力しつつ一人ごちる。

 

「あー、これでやっと終わりか……何だかドッと疲れたぜ……」

 

 マリクたちの護送の為に同乗している牛尾だが、マリクがもう問題を起こさないと確信しているゆえか緊張感は皆無である。

 

 そんな牛尾に同じ理由で同乗している北森が別行動の旨を伝えた後に静香から手渡された電話番号が書かれた紙を仕舞いつつ返す。

 

「今回は色々大変でしたね、牛尾さん――そういえば、博士は熱心に何を見ているんですか?」

 

 しかし先程まで書類をペラペラとめくっていたツバインシュタイン博士の動きが止まったことに注視する北森。

 

「北森さんに後、牛尾くんも――見ちゃいけませんよ」

 

 様子を窺う牛尾と北森の姿に気付き慌てて書類を隠す仕草を見せつつ茶目っ気タップリに舌を出すツバインシュタイン博士。

 

「……ヘイヘイ、分かってますよ」

 

「あっ、済みません!」

 

 呆れ顔の牛尾と慌てて視線を逸らす北森。

 

 

 だがツバインシュタイン博士は考えを纏めるように独り言を呟く。

 

「しかし……あれ程までに苛烈に対応していたのに、この変わり様は…………ん? ひょっとすると、このバトルシティの目的は――」

 

 そしてツバインシュタイン博士の脳裏に過ったのは――

 

――武藤くんに貸しを作ること『だけ』を目的に?

 

 このバトルシティ中に起きた事件が全てそれだけを目的にして対処されたと内心で結論付けるツバインシュタイン博士。

 

 他の全ては副次的なものでしかないとの仮説。

 

――優しい彼は『悲しい過去を持つ相手』を見捨てられないと考えたゆえのストーリー……

 

 そう考えると全てが繋がるとツバインシュタイン博士の思考は加速する――いや、繋がらないから。

 

――Mr.神崎でしか『助けられない』状況にマリクくんを追いやり救うことで、武藤くんから見れば『友達を救って貰った恩人』になる。印象操作でしょうか?

 

 そこまで考え終えたツバインシュタイン博士は小さく息を吐いた。

 

「……うーむ、読めませんね」

 

「何の話っすか?」

 

 相槌代わりに問いかける牛尾の言葉にツバインシュタイン博士はいつものヤツだと返す。

 

「いえいえ、今回の騒動も大多数にとって問題のない結果に落ち着くのだろうな、とね」

 

 オカルト課での「いつもの」――それは大半の人間が妥協できる範囲で平和に終わらせる結果。

 

 しかし北森は疑問を呈する。

 

「墓守の一族のみなさんもですか?」

 

 グールズの首領であるマリクの罪状からなる憎しみの連鎖はどうなるのだろう、と。

 

「ええ、恐らくね」

 

 だがツバインシュタイン博士は明言を避け、そう短く返した後で書類に目を戻す。

 

 

――フフッ、『千年パズル』を持つ彼に一体、どんな秘密が隠されているんでしょうかねぇ

 

 今のツバインシュタイン博士の胸中には次の面白そうな研究素体(おもちゃ)に対する期待感で一杯だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな件の遊戯は名もなきファラオとしての遊戯と人格交代し、デュエルタワーの頂上にて海馬と対峙していた。

 

「お仲間との下らんやり取りは終わったか?」

 

 遊戯と仲間たちのやり取りをデュエル場から眺めていた海馬はつまらなそうにそう語るが――

 

「海馬……お前は、また1人で戦うのか?」

 

 遊戯からすればその言葉は少し物悲しいものだった――デュエリストキングダムでのデュエルでは海馬の心を揺さぶることが出来なかったのかと。

 

「ふぅん、またその話か」

 

 しかし海馬の対応は変わらない。

 

「俺は仲間の力などに頼る気はない――俺の戦いのロードに俺以外の力は不要だ!」

 

「海馬ッ!」

 

 己の力以外は不純物だと断じる海馬の姿に遊戯は声を荒げるが、海馬は意に介さず続ける。

 

「俺は誰の力も『借り』はしない。だが――」

 

 静かに瞳を閉じた海馬は先の言葉を続けると共にその瞳を見開く。

 

「俺の力になりたくば、俺の背に付いてくるがいい! いや、隣に立って見せるがいい! 追い越してみるがいい!」

 

 借り物の力など不要と断ずる海馬。

 

「俺の糧、足り得る力を示してみるがいい!!」

 

 相手の強さを己の糧とする方が海馬の性に合っていた。

 

「その全ての力を『俺の力』としてくれるわ!」

 

「海馬……」

 

 このバトルシティでも幾人もの強者の力を己が糧としてきた海馬の言葉に遊戯は返す言葉を失う。

 

 これこそが遊戯が示した「結束の力」に対する海馬なりの答えなのだと感じ取ったゆえに。

 

「下らん繰り言もこれで終わりだ」

 

 海馬の在り方を受け入れた遊戯に海馬は饒舌に語る。

 

「後は貴様のデュエルで語るがいい! そして今こそ神を従えたデュエリストが激突するときだ!」

 

 待ちに待った最高の舞台――そして最強の宿敵。

 

「勝者が三幻神の全てと『決闘王(デュエルキング)』の称号を手にし、デュエリストの頂点に君臨する!」

 

 海馬の闘争心は際限がなく昂っていく。

 

「その頂きに立ち! 俺は全てを超越するのだ!」

 

 誰の思惑にも縛られない力を示すような海馬の宣言に遊戯が返す答えは1つ。

 

「なら行くぜ、海馬!!」

 

 デュエルディスクの展開――デュエルの意思のみ。

 

 

 互いのデュエルディスクが展開したのを確認した磯野は腕を天に掲げ、力の限り宣言する。

 

「ただいまより、バトルシティ決勝戦! 海馬 瀬人VS武藤 遊戯のデュエルを開始する!」

 

 この場に立ち会えた幸福を噛み締めながら振り下ろされた磯野の腕と共に――

 

「デュエル開始ィイイイイ!!」

 

 決戦の火蓋が落とされた。

 

「 「 デュエル!! 」 」

 

 

 今、運命に導かれた2人のデュエリストが雌雄を決す。

 

 






リッチー「出番が丸ごとカット……だと!?」


い、いや~「リッチー VS 海馬」は熱戦でしたねぇ(目そらし)




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第122話 全てを超えた先に



遊戯VS海馬 ダイジェスト版です。

前回のあらすじ
リッチー「俺のデュエル……(1シーン版+フルカットだった人)」

デプレ「…………元気……出せ(濃いめのダイジェスト版だった人)」

夜行「ペガサス様ァ……(かなり濃いめのダイジェスト版だった人)」

月行「我々の中で唯一『勝ち』デュエルがあったじゃないですか!(フル構成だった人)」

リッチー「――この裏切り者ぉおおぉおおおッ!(サティスファクションのリーダー感)」





 

 

 遂に始まった遊戯と海馬のデュエルは互いの闘志が激しくぶつかり合い、熾烈を極めていた。

 

 

 そんな遊戯のライフは900と少な目だが、フィールドには表側表示の永続罠《便乗》に加えて、4枚のセットカードと盤石。

 

 さらに切り札格の2体のモンスター《磁石の戦士マグネット・バルキリオン》と《電磁石の戦士マグネット・ベルセリオン》が融合合体した巨大なモンスターが佇む。

 

 その巨躯を支える馬のような四脚に翼の生えた天馬――ペガサスのような下半身に、巨人の上半身から伸びる右手の巨大な剣と左肩の巨大なランチャーが磁力の力でスパークを起こす。

 

超電導戦機(ちょうでんどうせんき)インペリオン・マグナム》

星10 地属性 岩石族

攻4000 守4000

 

 

 対する海馬のライフは2000と優勢。そしてフィールドは5枚のセットカードに、加えて――

 

「攻撃力4000の超大型モンスターか……だが!! 俺にはコイツがいる!!」

 

 巨大な砲台が4つズラリと並び、機械のドラゴンの顔が3つ伸びる異形のマシンが蛇の尾のような脚部で鎮座する。

 

「刮目せよ、遊戯! これが《XYZ-ドラゴン・キャノン》と《ABC-ドラゴン・バスター》が一つとなった究極すら超えた機械神!!」

 

 これこそが、海馬の2体の融合合体したモンスターを更に融合合体させた究極マシーン。

 

「《AtoZ(エートゥズィ)-ドラゴン・バスターキャノン》!!」

 

 その姿は何処か3つ首の《青眼の究極竜(ブルーアイズ・アルティメットドラゴン)》を思わせる。

 

AtoZ(エートゥズィ)-ドラゴン・バスターキャノン》

星10 光属性 機械族

攻4000 守4000

 

 

 そしてその隣で斧片手に気合を見せる牛の獣戦士、《ミノタウルス》が隅に寄るようにいた。超大型モンスターが並ぶゆえに居心地が悪いのかもしれない。

 

《ミノタウルス》

星4 地属性 獣戦士族

攻1700 守1000

 

「バトルだ!! 行けッ! 《AtoZ(エートゥズィ)-ドラゴン・バスターキャノン》! AtoZ(エートゥズィ)! インフィニティ・キャノン!!」

 

 《AtoZ(エートゥズィ)-ドラゴン・バスターキャノン》を構成する6体のモンスターがそれぞれの砲門を開き、エネルギーが輝き――

 

 《超電導戦機(ちょうでんどうせんき)インペリオン・マグナム》を滅殺せんと放たれた。

 

 

 しかしその破壊の砲撃が届くより先に遊戯の声が響く。

 

「さすがに迂闊だぜ、海馬! 俺は罠カード《聖なるバリア -ミラーフォース-》を発動!」

 

 《超電導戦機(ちょうでんどうせんき)インペリオン・マグナム》を覆っていく虹色に輝く半透明なバリアが放たれた数多の砲撃を受け止めた。

 

「これでその攻撃は全て跳ね返り、お前のモンスターを全滅させる!!」

 

 それらの砲撃を弾き返そうとするが――

 

「ふぅん、その程度など想定済みだ! 《AtoZ(エートゥズィ)-ドラゴン・バスターキャノン》の効果を発動!」

 

 《AtoZ(エートゥズィ)-ドラゴン・バスターキャノン》の3つの機械仕掛けのドラゴンの頭の瞳が赤く輝く。

 

「相手の魔法・罠・モンスター効果が発動したとき! 俺の手札を1枚捨てることで、その発動を無効にし、破壊する!」

 

 やがてその3つの首に新たに赤いエネルギーがチャージされ――

 

AtoZ(エートゥズィ)の前にそんな壁如きが通じると思うな! インフィニティ・ディストラクション!!」

 

 《聖なるバリア -ミラーフォース-》を粉砕すべく3つの火球となって放たれた。

 

「読んでいたか……だが! 俺もお前が超えてくることは予想していたぜ! この瞬間!《超電導戦機(ちょうでんどうせんき)インペリオン・マグナム》の効果を発動!」

 

 しかし放たれた3つの火球に向けて《超電導戦機(ちょうでんどうせんき)インペリオン・マグナム》はその巨大な剣を振り下ろす。

 

「このカードは1ターンに1度! 相手の魔法・罠・モンスター効果の発動を無効にし、破壊する!!」

 

 そしてその巨大な剣にマグネットの力と3つの火球がぶつかり合い、周囲に火花が散る。

 

「奇しくも同じ効果のぶつかり合いになったな、海馬――だがソイツには消えて貰うぜ! マグネット・ブレイバー!!」

 

 だが3つの火球は根負けしたように押されて行き――

 

「ふぅん、同じだと? 笑わせる――《AtoZ(エートゥズィ)-ドラゴン・バスターキャノン》の効果に回数制限などないわ! 俺は最後の手札を捨て、そのデカブツの効果を無効にし、破壊だ!!」

 

 その押されかけた瞬間に海馬の高笑いが木霊し、《AtoZ(エートゥズィ)-ドラゴン・バスターキャノン》の3つのドラゴンの頭から新たな3つの火球が灯る。

 

「なんだと!?」

 

「インフィニティ・ディストラクション! 二連打ァ!!」

 

 新たに飛来した3つの火球が《超電導戦機インペリオン・マグナム》の腕を吹き飛ばし、巨大な剣が宙を舞う。

 

 やがて巨大な剣から解放された最初に放たれた3つの火球が《聖なるバリア -ミラーフォース-》を砕き、《超電導戦機インペリオン・マグナム》を炎で包む。

 

「ぐぁああッ!!」

 

 その巨大な炎の威力に身構える遊戯を余所に《超電導戦機インペリオン・マグナム》は炎の中で崩れていった。

 

「さぁ、これで邪魔者は消えた! 遊戯にダイレクトアタックしろ! AtoZ(エートゥズィ)!!」

 

 やがて最大の障害がなくなったことで《AtoZ(エートゥズィ)-ドラゴン・バスターキャノン》の爆撃が遊戯に狙いを付けるが――

 

 

 

 そんな遊戯を守るように磁石の巨人が剣を盾のように構え、守備表示で佇む。

 

《磁石の戦士マグネット・バルキリオン》

星8 地属性 岩石族

攻3500 守3850

 

 さらにもう1体の電磁石の巨人もまた槍を地面に突き刺し膝を突いて守備姿勢を取っていた。

 

《電磁石の戦士マグネット・ベルセリオン》

星8 地属性 岩石族

攻3000 守2800

 

「なにっ!? 2体の壁モンスターが!?」

 

 その2体は《超電導戦機インペリオン・マグナム》の元となったモンスターたち。

 

「《超電導戦機インペリオン・マグナム》の効果さ――このカードが相手によって破壊されたとき、デッキから素材となる2体のマグネットを特殊召喚できる!」

 

 《超電導戦機インペリオン・マグナム》が倒れたとき、残ったパーツは再度集まり、主を守るべく立ち上がるのだ。

 

「成程な……その効果で融合素材である2体の大型マグネットモンスターを呼び寄せたと言う訳か……」

 

 遊戯の説明に納得を見せる海馬。しかしクワッと目を見開き宣言する。

 

「だが、その程度の壁モンスターで俺を止められるなどとは思うな!」

 

 一般的なデッキであれば十二分に切り札を張れるモンスターであっても、海馬からすればただの壁にしかならない。

 

AtoZ(エートゥズィ)!! 《磁石の戦士マグネット・バルキリオン》を抹殺しろ!!インフィニティ・バスター!!」

 

 再び《AtoZ(エートゥズィ)-ドラゴン・バスターキャノン》の全砲門が開き、《磁石の戦士マグネット・バルキリオン》をハチの巣にする。

 

「クッ……済まない、マグネット・バルキリオン!」

 

 打ち据える数多の砲撃に死のダンスを踊らされた後、崩れ落ちる仲間に遊戯は拳を握るがーー

 

「ふぅん、倒れた仲間の心配をしている場合か?」

 

 まだ海馬のバトルは終わってなどいない。

 

「ここで《AtoZ(エートゥズィ)-ドラゴン・バスターキャノン》の更なる効果を発動! 自身を除外することで、除外された《XYZ-ドラゴン・キャノン》と《ABC-ドラゴン・バスター》を特殊召喚する!!」

 

 究極を超えた機械神の進撃は止まらない。

 

 《AtoZ(エートゥズィ)-ドラゴン・バスターキャノン》の全ての関節が光を放ち、やがてその身体を構成する6体のモンスターに分かれた。

 

「分離能力だと!?」

 

「奇しくも似た効果を持ったことだ――分離し、追撃せよ! 《XYZ-ドラゴン・キャノン》! 《ABC-ドラゴン・バスター》!」

 

 やがて組み上がるのはお馴染み三段重ねの《XYZ-ドラゴン・キャノン》に、

 

《XYZ-ドラゴン・キャノン》

星8 光属性 機械族

攻2800 守2600

 

 2つのドラゴンの頭を持つキメラマシーン、《ABC-ドラゴン・バスター》が翼を広げる。

 

《ABC-ドラゴン・バスター》

星8 光属性 機械族

攻3000 守2800

 

 バトルフェイズに特殊召喚されたこの2体のモンスターには当然、まだ攻撃権が存在する。

 

「さぁ、《ABC-ドラゴン・バスター》よ! 最後に残った守備表示の壁モンスターを破壊しろ! ABC・ハイパー・バスター!!」

 

 《ABC-ドラゴン・バスター》の両肩のキャノン砲と2つのドラゴンの頭が火を噴き、遊戯を守る最後の砦《電磁石の戦士マグネット・ベルセリオン》を消失させる。

 

「だが、この瞬間! 破壊された《電磁石の戦士マグネット・ベルセリオン》の効果が発動するぜ!」

 

 しかし燃え滾る炎の中から身体を3つにバラし、燃えるからだをゴロゴロと転がることで消火しながら窮地を脱する影が見える。

 

「除外されている3体の電磁石の戦士――α(アルファ)β(ベータ)γ(ガンマ)の3体を帰還させる! 戻って来い! 磁石の戦士たちよ!」

 

 それは両剣と盾を持った小さな戦士、《電磁石の戦士(エレクトロマグネット・ウォリアー・)α(アルファ)》と

 

電磁石の戦士(エレクトロマグネット・ウォリアー・)α(アルファ)

星3 地属性 岩石族

攻1700 守1100

 

 獣のように伏せ、様子を伺う《電磁石の戦士β(エレクトロマグネット・ウォリアー・ベータ)》に加えて、

 

電磁石の戦士β(エレクトロマグネット・ウォリアー・ベータ)

星3 地属性 岩石族

攻1500 守1500

 

 ズングリとした丸い身体の《電磁石の戦士γ(エレクトロマグネット・ウォリアー・ガンマ)》の3体が遊戯を守るべくそれぞれ腕を交差し、守りの姿勢を取った。

 

電磁石の戦士γ(エレクトロマグネット・ウォリアー・ガンマ)

星3 地属性 岩石族

攻 800 守2000

 

「チッ、雑魚がワラワラと! ならば《ミノタウルス》! そして《XYZ-ドラゴン・キャノン》! ソイツらを蹴散らせ!」

 

 遊戯の守りが中々崩せず苛立つ海馬の声に《ミノタウルス》は久々の獲物に斧を振りかぶって迫り、さらに《XYZ-ドラゴン・キャノン》の6つの砲塔が火を噴く。

 

 

 しかし遊戯は此処ぞとばかりに宣言する。

 

「そうはさせないぜ! 永続罠《連撃の帝王》を発動! このカードの効果で俺は海馬!お前のメインフェイズ及びバトルフェイズでアドバンス召喚を行えるぜ!」

 

「今更なにを呼ぶつもり――――まさか!!」

 

 今の遊戯のフィールドに存在する3体のモンスター。そしてアドバンス召喚。よって導き出される答えは――

 

「俺は3体の電磁石の戦士を生贄に捧げる(リリース)!!」

 

 3体の《電磁石の戦士(エレクトロマグネット・ウォリアー)》が3つの光の柱となって天を穿つ。

 

 

 やがて穿たれた天から一際巨大なイカヅチが遊戯のフィールドを打ち抜き――

 

 

「降臨せよ! 三幻神が一柱! 天空を統べるもの!」

 

 

 そのイカヅチの奔流が収まった先に存在するのは――

 

 

「――『オシリスの天空竜』!!」

 

 天空の神、『オシリスの天空竜』がその長大な赤い身体をデュエルタワーにとぐろを巻くように這わせ、2つの口を持つ龍の瞳が相手を見定めるかのように海馬を視界に収めた。

 

『オシリスの天空竜』

星10 神属性 幻神獣族

攻 ? 守 ?

 

「此処で神を呼んだだと!?」

 

「『オシリスの天空竜』のステータスは俺の手札の枚数によって決定する――今の俺の手札は3枚! よってその攻撃力は3000!!」

 

 圧倒的な威圧感を以て遊戯のフィールドを舞う三幻神の1柱、『オシリスの天空竜』が己の力を誇示するかのように咆哮を上げた。

 

『オシリスの天空竜』

攻 ? 守 ?

攻3000 守3000

 

 その咆哮を余所に神が召喚された衝撃で海馬の隣まで吹き飛ばされた《ミノタウルス》が転がる。

 

「さぁ、どうする海馬?」

 

 やがて遊戯が挑発気に海馬を見やる、海馬が有利に進めていた筈の盤面は遊戯が神のカード、『オシリスの天空竜』を呼び出した時点で覆った。

 

 遊戯の放った僅か一手だけで。

 

 

 

 その事実を受け海馬は――

 

「ハハハハハッ! ハーハッハッハッハ!」

 

 笑う。心の底から今の状況が楽しくて仕方がない。

 

「昂る、昂るぞ、遊戯!!」

 

 海馬はこのバトルシティで様々な強者と戦ってきた。

 

「このギリギリの戦い! これこそが俺の全身からアドレナリンを掻き出させ、血液を沸騰させる!!」

 

 その強者との戦いでも海馬は追い詰められたときは幾度となくあったが、これ程までに楽しいのは――

 

「やはり貴様が相手でなくてはならない!!」

 

 デュエルの相手が、海馬が認めた生涯のライバルたる遊戯であってこそ。

 

「だが勝つのは俺だ!!」

 

 そう決意を再確認するかのように海馬は声を張り、状況を動かす。

 

「バトルを終了! そしてセットしておいた魔法カード《融合識別(フュージョン・タグ)》を発動!」

 

 ドッグタグを模した首にかけるように鎖が伸びる小さな金属のプレートが宙を舞う。

 

「この効果で俺のフィールドのモンスター1体――《ミノタウルス》をエクストラデッキの融合モンスター1体を公開することで、そのモンスターの同名カードとして扱う!」

 

 そのプレートを《ミノタウルス》は空中でキャッチし――

 

「これにより《ミノタウルス》は融合モンスターである《VW-タイガー・カタパルト》の名を得る!」

 

 そのプレートに描かれているのは青い四角いロケットに虎型のロボットがドッキングした姿。

 

 やがて《ミノタウルス》の姿がそのプレートに示された姿形へと変貌していく。

 

《ミノタウルス》→《VW-タイガー・カタパルト》

 

「この布陣は!!」

 

「そうだ! 『VW』と『XYZ』を除外し、融合召喚! ファイナァッル! フューージョンッ!!」

 

 海馬との過去の一戦に記憶を巡らせる遊戯に海馬は未来を突き進む為、右手を掲げて叫ぶ。

 

「今こそ起動せよ! 究極機械神! 《VWXYZ(ヴィトゥズィ)-ドラゴン・カタパルトキャノン》!!」

 

 その右手の先の天に跳躍した《ミノタウルス》と《XYZ-ドラゴン・キャノン》が光と共に交錯し、降り立つのは――

 

 鍵爪のような黄色い腕にドラゴンの翼、そして肩から伸びるキャノン砲。そして青い2本の足で立つ巨大なロボット。

 

《VWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノン》

星8 光属性 機械族

攻3000 守2800

 

 そう、デュエリストキングダムにて遊戯を苦しめた大型モンスター。

 

「だが! 新たにモンスターが呼び出されたことで『オシリスの天空竜』の効果が発動する! 召・雷・弾!!」

 

 しかし、あの時とは状況が違うとばかりに『オシリスの天空竜』の上側の口が開き、球体状のイカズチが《VWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノン》を打ち据える。

 

「コイツを受けたモンスターは――」

 

「ふぅん、説明は不要だ――対応するステータスが2000ポイント下がり、効果処理の終了時0だった際に破壊されるのだろう?」

 

 遊戯の説明を海馬は切って捨てる。如何に神の一撃といえどもこのカードならば耐えられると。

 

「だが《VWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノン》の守備力は2800! 倒れはせん!」

 

 やがて神の一撃に苦悶の声を上げていた《VWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノン》だが、そのイカヅチを振り払い、身体の至る所から煙を出しつつ守備姿勢を取った。

 

《VWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノン》

守2800 → 守800

 

「そして《VWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノン》の効果で遊戯! 貴様のフィールドのカード1枚を除外する!」

 

 そしてお返しとばかりに《VWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノン》の砲門が遊戯のフィールドに狙いを定める。

 

「だが神に神以外の効果は通じないぜ!」

 

「だからどうした! 俺は真ん中のリバースカードを除外!」

 

 遊戯の言葉など意に介さずリバースカードの1枚を打ち抜いた砲撃。

 

「――ふぅん、罠カード《マインドクラッシュ》か……悪くない」

 

 砕かれたカードは何時ぞやのデュエルの時に海馬の悪しき心を砕いた千年パズルの力と同じ名を持つカード。

 

 その効果は宣言したカードが相手の手札に存在するときにそのカードを捨てさせる厄介な効果を持つ――除去できたのは海馬にとって大きくプラスだ。

 

「これで俺はターンエンドだ。エンド時にこのターン発動しておいた速攻魔法《超再生能力》の効果でリリースもしくは手札から捨てられたドラゴン族1体につき1枚ドローする」

 

 ターンを終えた海馬だが、ただでは終わらない。

 

「俺が捨てたドラゴン族は2体――よって2枚のカードをドローする」

 

 しっかりと手札を回復し、次のターンに備える。

 

「だがお前が通常のドロー以外でドローしたことで発動済みの永続罠《便乗》の効果で俺は新たに2枚のカードをドローできるぜ!」

 

 しかし、海馬の手札補充がトリガーとなって遊戯の手札を潤す。それはつまり――

 

「そして手札が増えたことで『オシリスの天空竜』の攻撃力もさらに上昇!」

 

 天空の神が更なる力を得ることに等しい。

 

 『オシリスの天空竜』が己が身体に漲る力を表す様に咆哮を上げ、空気を震わせる。

 

『オシリスの天空竜』

攻3000 守3000

攻5000 守5000

 

 

「俺のターン! ドロー! これで俺の手札はさらに増えたぜ! よって『オシリスの天空竜』は更にパワーアップ!」

 

 どんどん手札の差を広げていく遊戯。そして力を高めていく『オシリスの天空竜』。

 

『オシリスの天空竜』

攻5000 守5000

攻6000 守6000

 

 

 だが海馬に焦りはない。

 

「バトル! 『オシリスの天空竜』で――」

 

 そんな海馬に対し、『オシリスの天空竜』が力を誇示するように口元から紫電を迸らせ、神のイカヅチを放とうとするが――

 

「待って貰おうか! 俺は貴様のメインフェイズ1の終了時に《ABC-ドラゴン・バスター》の効果発動! 自身を除外することで除外されている光属性・機械族のユニオンモンスターを3種、帰還させる!」

 

 《ABC-ドラゴン・バスター》の機械の身体が音を立ててドッキングが解除されて行く。

 

「再び分離せよ! 《ABC-ドラゴン・バスター》!!」

 

 やがて黄色いサソリ型のロボットが、

 

《A-アサルト・コア》

星4 光属性 機械族

攻1900 守 200

 

 二足で地を駆ける緑のドラゴン型のロボットが、

 

《B-バスター・ドレイク》

星4 光属性 機械族

攻1500 守1800

 

 翼を広げる紫のプテラノドン型のロボットの3体が海馬のフィールドに舞い戻る。

 

《C-クラッシュ・ワイバーン》

星4 光属性 機械族

攻1200 守2000

 

 新たにモンスターが呼び出された。これの意味する所は――

 

「だがこの瞬間、新たなモンスターが呼び出されたことで、『オシリスの天空竜』の効果が発動する! 召・雷・弾!!」

 

 天空の神のイカヅチの洗礼が3体のモンスターに降り注ぐ。

 

「その3体のステータスはどれも2000以下! さっきのようにはいかないぜ!」

 

 3つの雷弾が海馬の3体のロボットを消し飛ばさんと襲い掛かる。

 

 ステータスがそこまで高くないレベル4以下の下級モンスターではひとたまりもない。

 

 

 そう、このままでは無駄死にである――この3()()()()()()()()は。

 

「甘いわ! 神の効果にチェーンして、リバースカードを発動! 永続罠《連撃の帝王》! そしてすぐさま効果を使用する!」

 

 相手ターンでのアドバンス召喚を可能にするカードに3体のモンスター(いけにえ)

 

 この状況で海馬が繰り出すカードが遊戯には分かる――いや、遊戯だからこそ誰よりも理解出来た。

 

「まさか、お前も!?」

 

「当然だ! 貴様が神を操るのなら、また俺も神で挑もう!」

 

 海馬のフィールドに青い波動が脈動する。

 

「《A-アサルト・コア》! 《B-バスター・ドレイク》! 《C-クラッシュ・ワイバーン》の3体のモンスターを生贄に(リリース)し、降臨せよ!!」

 

 やがて『オシリスの天空竜』の雷弾が着弾する海馬のフィールドに3本の青い光の柱が昇り――

 

 

「――『オベリスクの巨神兵』!!」

 

 現れるは破壊神たる蒼き巨人、否、巨神。

 

 赤き眼が鈍く輝き、対峙する『オシリスの天空竜』に向けて歓喜の雄叫びを上げた。

 

『オベリスクの巨神兵』

星10 神属性 幻神獣族

攻4000 守4000

 

「これで俺のユニオンモンスターを狙った『オシリスの天空竜』の効果は不発だ」

 

 その海馬の言葉通り、効果を受ける前にフィールドを離れてしまってはいくら神といえども追い打つことは出来ない。

 

 空を切ったイカヅチの砲弾が海馬の背後に着弾し、その衝撃が海馬のコートを揺らす。

 

「だとしても新たに『神』が召喚された! 『オシリスの天空竜』の効果を受けて貰うぜ! 召雷弾!!」

 

 しかし、代わりに受けろとばかりに放たれた『オシリスの天空竜』のイカヅチの一撃が『オベリスクの巨神兵』を強かに打ち据える。

 

 神の一撃をその身に受け、苦悶の叫びを上げる『オベリスクの巨神兵』。

 

「耐えろ! オベリスク!」

 

 やがてその一撃を耐えきった『オベリスクの巨神兵』だが、その身体は所々損傷し、ボロボロと崩れていく。

 

 だが蒼き巨神が倒れることはない。

 

『オベリスクの巨神兵』

攻4000 → 攻2000

 

「これで『オベリスクの巨神兵』のパワーは大幅にダウンしたぜ!」

 

「だが墓地に送られた《A-アサルト・コア》・《B-バスター・ドレイク》・《C-クラッシュ・ワイバーン》のそれぞれの効果により――」

 

 しかし先の『オシリスの天空竜』の後にチェーンして発動された3枚のカードが逆処理によって先に発動され、いつの間にやら海馬は戦線を立て直していた。

 

「《B-バスター・ドレイク》の効果でデッキからユニオンモンスター《W-ウィング・カタパルト》を手札に加え」

 

 緑のドラゴン型ロボットこと《B-バスター・ドレイク》がてってと走って海馬の元に運んだのは青いロケット台のようなモンスター。

 

「《A-アサルト・コア》の効果で自身以外の墓地のユニオンモンスター《B-バスター・ドレイク》を手札に戻し」

 

 立ち去ろうとする《B-バスター・ドレイク》だが、黄色いサソリ型ロボットに海馬の手札に引っ張り上げられ、

 

「《C-クラッシュ・ワイバーン》の効果で手札のユニオン《W-ウィング・カタパルト》を特殊召喚させて貰ったぞ」

 

 空を飛ぶ紫のプテラノドン型のロボットが置き土産とばかりに先程のロケット台のようなモンスター《W-ウィング・カタパルト》をポトリと落とす。

 

《W-ウィング・カタパルト》

星4 光属性 機械族

攻1300 守1500

 

 

 これで海馬のフィールドには『オベリスクの巨神兵』と《W-ウィング・カタパルト》に加えて、《VWXYZ(ヴィトゥズィ)-ドラゴン・カタパルトキャノン》が存在する。

 

「だが三度、『オシリスの天空竜』の効果が発動する! 召雷弾!!」

 

 三度放たれる天空の神のイカヅチ。

 

 しかし既に海馬の究極の一手を止めるには至らない。

 

「もう遅いわ! その効果にチェーンして『オベリスクの巨神兵』の効果を発動ォ! 2体のモンスターを贄に捧げることで発揮される真の力を見るがいい!! ソウルエナジーMAX!!」

 

 2体の贄が破壊の神に捧げられ、『オベリスクの巨神兵』の拳に蒼いエネルギーが高まり、究極の一撃が放たれる。

 

 

 

 

 

 

 筈だった。

 

 『オベリスクの巨神兵』の両の拳のエネルギーは霧散し、《W-ウィング・カタパルト》が『オシリスの天空竜』のイカヅチを受け爆散する。

 

「なにっ!?」

 

 そして海馬のフィールドに存在するのは『オベリスクの巨神兵』1()()()()

 

「何故、オベリスクの効果が発動しない!」

 

「残念だったな、海馬! 俺はお前が『オベリスクの巨神兵』を召喚する前にこのカードを発動していたのさ!」

 

 驚愕する海馬に遊戯はタネを明かす様に語る。

 

「罠カード《戦友(とも)の誓い》をな!」

 

「罠カード《戦友(とも)の誓い》……だと!?」

 

 オウム返しのように返す海馬の顔に理解の色が浮かぶ。そう、初めから『オベリスクの巨神兵』の効果の発動条件が整っていなかったのだ。

 

「そうさ! コイツは俺のフィールドにエクストラデッキから特殊召喚されたモンスターがいないとき! 相手フィールドのエクストラデッキから特殊召喚されたモンスター1体のコントロールを得る!」

 

 そのカードの効果は、まさしく海馬の融合モンスター、《青眼の究極竜(ブルーアイズ・アルティメットドラゴン)》を狙いすましたかのようなもの。

 

「よって、お前の《VWXYZ(ヴィトゥズィ)-ドラゴン・カタパルトキャノン》は既に俺のしもべとなっていたのさ!」

 

 本来の狙いとは大きく逸れたものの海馬にとって手痛い計算違いとなることだろう。

 

「ターンの終わりにコントロールは戻り、俺はこのターン特殊召喚できないが問題ないぜ!」

 

 遊戯のフィールドに佇む《VWXYZ(ヴィトゥズィ)-ドラゴン・カタパルトキャノン》の姿が海馬を苛立たせる。

 

「ぐっ、おのれ……」

 

 そして未だ遊戯のメインフェイズ1だ。

 

「俺は《VWXYZ(ヴィトゥズィ)-ドラゴン・カタパルトキャノン》の効果で左端のセットカードを除外だ!」

 

 遊戯を苦しめてきた厄介な効果が今度は海馬に襲い掛かる。音を立てて海馬に狙いを定める《VWXYZ(ヴィトゥズィ)-ドラゴン・カタパルトキャノン》の砲塔。

 

「させん! 永続罠《デモンズ・チェーン》を発動! モンスター1体の効果を無効にし、攻撃を封じる!」

 

 だが地中から飛び出した数多の鎖が《VWXYZ(ヴィトゥズィ)-ドラゴン・カタパルトキャノン》を捕らえ、行動を封じた。

 

「ならバトルフェイズだ! 『オシリスの天空竜』で『オベリスクの巨神兵』を攻撃! これで終わりだ!!」

 

 『オシリスの天空竜』から放たれるイカヅチのブレスと『オベリスクの巨神兵』の破壊の力を纏った拳がぶつかり合う。

 

 とはいえ攻撃力は6000と2000――その差は歴然だ。

 

 やがて『オベリスクの巨神兵』の拳が押され始める。だが己の神が敗北する様を黙って見ている海馬ではない。

 

「俺は速攻魔法《手札断殺》を発動! 互いは手札を2枚捨て、新たに2枚ドローする!」

 

 しかし発動されたカードはただの手札交換カード。

 

「迂闊だぜ、海馬! お前が新たにカードをドローしたことで永続罠《便乗》の効果で俺は更に2枚ドロー! そしてオシリスがパワーアップ!」

 

 手札を入れ替えた後そう叫ぶ遊戯の言う通り、状況は悪化の一途を辿っている。

 

 『オシリスの天空竜』から放たれるイカヅチの規模が巨大になり、より『オベリスクの巨神兵』を追い詰める結果となった。

 

『オシリスの天空竜』

攻6000 守6000

攻8000 守8000

 

「俺が迂闊だと? 真に迂闊なのは貴様だ、遊戯!」

 

 だが全ては海馬の計算通り。

 

「俺はさらなるリバースカードオープン! 罠カード《大暴落》を発動!」

 

 これこそが遊戯の『オシリスの天空竜』を打ち砕く海馬の一手。この世の終わりを感じさせる悲痛な叫びが木霊する。

 

「このカードは相手の手札が8枚以上存在するとき! その全てをデッキに戻し、新たに2枚ドローさせる!」

 

「この為に俺の手札を!?」

 

 そう、今の遊戯の手札はちょうど8枚。これが罠カード《大暴落》の効果で一気に2枚まで減少する。

 

 その身に宿っていた溢れんばかりの力が消えうせ戸惑う『オシリスの天空竜』。

 

『オシリスの天空竜』

攻8000 守8000

攻2000 守2000

 

「オシリスの攻撃力を維持しようとするあまり、手札を保持し過ぎたな!」

 

 『オシリスの天空竜』の放つイカヅチが大きく弱まったことで、勢いを取り戻した『オベリスクの巨神兵』の拳が押し返す様に突き進む。

 

「さぁ、神々の戦いに終止符を打つがいい! オベリスクよ!! ゴォッドォ! ハンドォ! クラッシャァアアア!!!」

 

 やがて限界まで振りぬいた『オベリスクの巨神兵』の拳と、

 

「迎撃しろ、オシリス! 超電導波! サンダァアア! フォオオオスッ!!」

 

 最後の力を振り絞るかのような『オシリスの天空竜』のイカヅチがぶつかり合う。

 

 

 そして互いの一撃は混ざり合い巨大なエネルギーの奔流となって互いを消し去っていく。

 

 

 

 しかし唐突に遊戯の千年パズルと海馬が預かっている千年ロッドが光を放ち始めた。

 

「オカルトグッズが光を!?」

 

 

 やがて遊戯と海馬は謎のビジョンを垣間見る――それは古代エジプトの歴史の一部。

 

 

 遊戯と瓜二つな姿の名もなきファラオと対峙する海馬と瓜二つの神官が争う姿。

 

 互いは黒き魔術師と白き龍を呼び出し、命を賭けてぶつかり合う。

 

 その姿はまるで現代の遊戯と海馬のデュエルの如く。

 

 

 やがてそのビジョンが消え、遊戯と海馬は元のデュエルタワーの頂上たるデュエル場に意識が引き戻された。

 

「くっ……」

 

「あのビジョンは一体……」

 

 怒涛のオカルト現象にふらつく海馬に摩訶不思議な現象の意図を考える遊戯。

 

 既に互いのフィールドに神の姿はない。

 

 

 やがて海馬は先の遊戯の呟きから状況を把握し尋ねた。

 

「遊戯、まさか貴様も俺と同じビジョンを見たのか!?」

 

「ああ……海馬、お前もあのビジョンを見たようだな――俺は確信したぜ! このデュエルは3000年の時を超え、受け継がれた宿命のデュエルだ!!」

 

 しかし遊戯から返ってきた返答はオカルト過ぎる回答――海馬を苛立たせるには十分な威力だった。

 

「なにを訳の分からんことを言っている!」

 

「このバトルシティは俺の記憶を取り戻す戦いでもある! お前との戦いによって、俺の閉じられた記憶の扉が開く!!」

 

 海馬の怒声にも変わらず遊戯の主張は変わらない。

 

 海馬は苛立っていた。

 

 最大、最強、最高のライバル(遊戯)自身(海馬)とのデュエルではなく、別のもの(失われた記憶)を向いていたことに苛立つ。

 

「くだらん御託はそこまでにしろ!! 神の激突でどんなトリックが起きたのかは知らんが――」

 

 海馬は遊戯の言葉を断ち切るように叫ぶ。

 

「――このデュエルにそんな過去の残照など存在せん! 俺と貴様! 2人のデュエリストのロードが導いたものだ!」

 

 過去の因縁に振り回される気はないとばかりに海馬は右腕を振り切り、断言する。

 

「俺たちのデュエルに――そんな過去のくだらん宿命など持ち込むな!!」

 

 海馬は「遊戯の失われた過去」の為にデュエルをしている訳ではない。

 

 己が認めた遊戯というデュエリストと「全力でデュエルしたい」――それだけの理由で戦っているのだ。

 

「さぁ、遊戯! これで互いの神は消えた! さっさとカードの剣を振るえ!! 俺に貴様の輝きを魅せてみろ!!」

 

 そんな海馬の言葉に遊戯は返す言葉を持たない。ゆえにデュエルで語る。

 

「なら俺はバトルを終了し、魔法カード《アドバンスドロー》を発動!」

 

――あのビジョンが本当なら此処で引くカードにもさだめが……ならば、このドローが俺の記憶の新たな1ページとなる!!

 

 名もなきファラオの遊戯の想いは過去を向いている。過去の記憶のない遊戯にとってそれは己を構成する為の重要なピースなのだから。

 

「俺のフィールドのレベル8以上のモンスター《VWXYZ(ヴィトゥズィ)-ドラゴン・カタパルトキャノン》をリリースし、2枚ドロー!」

 

 海馬からコントロールを得た《VWXYZ(ヴィトゥズィ)-ドラゴン・カタパルトキャノン》が光の粒子となって消えていき遊戯の新たな手札となっていく。

 

「俺は2枚の魔法カード《闇の量産工場》を発動! 俺はそれぞれの効果で墓地の通常モンスターを合計4枚手札に戻す!」

 

 さらに墓地から遊戯の力となるべく4体のモンスターが何でも任せろとばかりに遊戯の手札に戻り――

 

「《磁石の戦士α》・《磁石の戦士β》・《磁石の戦士γ》・《幻獣王ガゼル》を手札に!」

 

 遊戯はそんなカードたちの想いを受け取り1枚のカードを発動させる。

 

「そして魔法カード《手札抹殺》を発動! 互いに手札を全て捨て、その分だけ新たにドロー! これにより、海馬! お前が新たにドローしたことで永続罠《便乗》の効果で俺は更に2枚ドロー!」

 

 海馬の手札交換を誘発させ、更に手札を増やす遊戯だったが海馬もなされるままではない。

 

「だが墓地に送られた2枚の《伝説の白石(ホワイト・オブ・レジェンド)》の効果が発動し、俺はデッキから《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイトドラゴン)》を1体ずつ手札に加えさせて貰うぞ!」

 

 墓地に送られた2つの白き龍の卵、《伝説の白石(ホワイト・オブ・レジェンド)》が光り輝き、2体の《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイトドラゴン)》を海馬の手札に導いた。

 

 しかし遊戯は止まらない。このデュエルに負ける訳にはいかないと。

 

「まだだ! 魔法カード《マジック・プランター》を発動! 永続罠《連撃の帝王》を墓地に送り、さらに2枚ドロー!」

 

「一気に手札を回復させたか……」

 

 2枚にまで減っていた遊戯の手札が今や7枚。

 

 このターンに遊戯が発動した罠カード《戦友(とも)の誓い》の効果でモンスターを特殊召喚できないことを加味しても驚異的なアドバンテージである。

 

「俺はカードを3枚セットし、ターンエンドだ!!」

 

 守りを固めターンを終えた遊戯だが、海馬は待ったをかける。

 

「だが、そのエンドフェイズ! このターン墓地に送られた《太古の白石(ホワイト・オブ・エンシェント)》の効果が発動し、俺はデッキから『ブルーアイズ』モンスターを呼び出すことが出来る!」

 

 海馬自身が発動した速攻魔法《手札断殺》のときに墓地に送られていた白き卵の化石がひび割れていき――

 

「俺はデッキから『ブルーアイズ』モンスターとして扱う《白き霊龍》を特殊召喚!」

 

 デッキから海馬のフィールドに舞い降りるのはより一層白さを増したブルーアイズの精霊(カー)としての姿を持つ《白き霊龍》。

 

 それは先の古代エジプト時代のビジョンを連想させる。

 

《白き霊龍》

星8 光属性 ドラゴン族

攻2500 守2000

 

「そして特殊召喚された《白き霊龍》の効果で貴様のフィールドの永続罠《便乗》を除外する!」

 

 その《白き霊龍》から放たれたブレスの白き一閃は遊戯のフィールドの永続罠《便乗》を打ち抜く。

 

「これで今後は易々と手札を補充できまい……」

 

 他のセットカードよりも手札補充のカードを除去した海馬――「手札の数は可能性の数」とまで評される程に重要なアドバンテージ。

 

 遊戯の実力を加味すればその脅威度は桁違いである。

 

「俺のターンだ! ドロォオオオオ!!」

 

 そしてカードを引く海馬には自負がある。多少の罠程度ではビクともしない己の力に対する自負が。

 

――フッ、来たか……やはり貴様に引導を渡すのは神をも超越したブルーアイズでこそ!

 

 手札を見て胸中でそう零しつつニヤリと笑う海馬。遊戯を屠る相応しいカードが揃いつつあると。

 

「だが、まずは俺も魔法カード《アドバンスドロー》を発動! 《白き霊龍》をリリースし、新たに2枚ドロー!」

 

 《白き霊龍》が海馬の元に飛び立ちやがて2枚の手札となって海馬に寄り添い――

 

「魔法カード《マジック・プランター》を2枚、発動! 無意味に残った永続罠《デモンズ・チェーン》と永続罠《連撃の帝王》を墓地に送り、それぞれの効果で合計4枚ドロー!!」

 

 更に発動された2枚のカードによって海馬の手札も一気に補充される。

 

 そして条件はクリアされた。

 

「行くぞ、遊戯! 魔法カード《融合》を発動!!」

 

「来るのか!?」

 

 このタイミングで発動される《融合》のカード。何が呼ばれるかなど自明の理。

 

「究極にして最強の力で貴様を叩き潰してやる! 現れろッ! 《青眼の究極竜(ブルーアイズ・アルティメットドラゴン)》!!」

 

 海馬の手札の3体の《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイトドラゴン)》が今一つとなる。

 

 やがて暴風と共に舞い降りるのは巨大な体躯を持つ3つ首の美しき白き龍。

 

 究極のブルーアイズ、《青眼の究極竜(ブルーアイズ・アルティメットドラゴン)》が己こそが王者たることを示す様に咆哮を上げる。

 

青眼の究極竜(ブルーアイズ・アルティメットドラゴン)

星12 光属性 ドラゴン族

攻4500 守3800

 

「くっ……」

 

 その圧倒的な《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイトドラゴン)》の威圧感に究極の龍を見上げることしか出来ない状況に冷や汗を流す遊戯に海馬の声が届く。

 

「遊戯、先程の下らんイメージ映像――それを貴様が現実の過去と考えるなら好きにするがいい」

 

 その海馬の言葉はまるでオカルトを認めたような物言いだ。

 

「このデュエルがあの石板の、3000年前の再現と言うのならそれもいい」

 

 しかし海馬の真意はそこにはない。

 

「だが覚えておけ、遊戯! 3000年前のくだらん因縁も、貴様に負けた屈辱的な事実も俺にとっては所詮、ただの過去でしかない!」

 

 過去は未来を構成する上で重要なピースではある。それは海馬も理解している。

 

「俺は貴様のように過去に縛られる愚かなマネはせん! 俺は――」

 

 だが過去に拘るあまり、今を、未来を生きぬものは愚かだと断ずる海馬。

 

 

 

「――過去を凌駕する!!」

 

 

 常に進化し続ける――これこそが海馬のデュエルの答え。

 

「俺は《青眼の究極竜(ブルーアイズ・アルティメットドラゴン)》をリリースし、このカードを手札から特殊召喚する!!」

 

 《青眼の究極竜(ブルーアイズ・アルティメットドラゴン)》の全身にヒビが広がって行く。

 

「アルティメットを捨てるのか!?」

 

「捨てる? ふぅん、違うな――更なる高みに昇るのだ!」

 

 遊戯の言葉を強く否定する海馬――過去に縛られた遊戯とは違うのだと示す様に。

 

「ブルーアイズよ! 今こそ究極を超え、全てを圧倒する絶対なる光の覇者として君臨するがいい!!」

 

 やがて砕け散った《青眼の究極竜(ブルーアイズ・アルティメットドラゴン)》からは眩いばかりの光が溢れ――

 

「――《青眼の光龍(ブルーアイズ・シャイニングドラゴン)》!!」

 

 現れたのは光り輝く白き龍。

 

 その身体は三つ首が1つに戻っており、全身を機械的な装甲に覆われており、何処か《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイトドラゴン)》を強く意識させる姿をしていた。

 

青眼の光龍(ブルーアイズ・シャイニングドラゴン)

星10 光属性 ドラゴン族

攻3000 守2500

 

「シャイニング……ドラゴン……」

 

「《青眼の光龍(ブルーアイズ・シャイニングドラゴン)》の攻撃力は俺の墓地のドラゴン族1体につき300アップする! 俺の墓地のドラゴンの合計は15体! よって4500ポイントアップ!!」

 

 圧倒的な光の輝きに言葉を失う遊戯に向かって海馬は意気揚々と《青眼の光龍(ブルーアイズ・シャイニングドラゴン)》の力の一端を示す。

 

 その海馬の声に従い、《青眼の光龍(ブルーアイズ・シャイニングドラゴン)》の全身の関節から光の線が伸びていき、その身に纏う力がより強大になっていく。

 

青眼の光龍(ブルーアイズ・シャイニングドラゴン)

攻3000 → 攻7500

 

「見るがいい、遊戯! 俺の未来へのロードを切り開く光輝くブルーアイズの姿を! 雄姿を!」

 

 圧倒的な輝きを魅せる《青眼の光龍(ブルーアイズ・シャイニングドラゴン)》を誇るように語る海馬。

 

「この輝きが、貴様の見た過去のビジョンに在ったか!!」

 

 これこそが過去を、今を、そして未来の全てを圧倒する究極を超えた力なのだと海馬は示す。

 

「今の貴様はくだらんビジョンに惑わされ、過去の鎖に囚われた哀れな囚人だ! 過去に囚われたものに未来などない! 今、貴様の目を覚まさせてやろう!!」

 

 そんな海馬の言葉と共に《青眼の光龍(ブルーアイズ・シャイニングドラゴン)》は翼を広げ飛翔し、遊戯を視界に収め――

 

「やれい! ダイレクトアタックだ! 《青眼の光龍(ブルーアイズ・シャイニングドラゴン)》!! 殲滅の――シャイニング・バースト!!」

 

 《青眼の光龍(ブルーアイズ・シャイニングドラゴン)》の全身を奔る光が口元に集まっていき巨大なブレスとなって蓄積されていく。

 

 その輝きは三幻神にも勝るとも劣らない。

 

「――ッ! そうはさせないぜ、海馬! 俺は罠カード《六芒星の呪縛》を発動! 相手モンスター1体の攻撃を封じる!!」

 

 だが遊戯が発動した六芒星が描かれた魔法陣が《青眼の光龍(ブルーアイズ・シャイニングドラゴン)》を拘束する。

 

「無駄だァ!! シャイニングドラゴンは己を対象とするカードの発動を受けるか否か選択できる!!」

 

「なにっ!?」

 

 それは全てを思うがままに選択するまさに神の如き力。

 

 それにより《六芒星の呪縛》に拘束される筈だった今を改変した《青眼の光龍(ブルーアイズ・シャイニングドラゴン)》の動きは何一つ封じられていない。

 

「当然、そんなカードは無効だァ!! シャイニング・フレアッ!!」

 

 やがてその海馬の言葉と共に《青眼の光龍(ブルーアイズ・シャイニングドラゴン)》が翼を一度羽ばたかせただけで《六芒星の呪縛》は砕け散る。

 

 

 今まさに放たれんとする《青眼の光龍(ブルーアイズ・シャイニングドラゴン)》のブレス。

 

 しかし遊戯は怯まない。

 

「だが俺はあの石板に刻まれた魂が、俺たちに受け継がれていることを証明する! 罠カード《マジシャンズ・ナビゲート》を発動!!」

 

遊戯の背後から魔法陣が描かれ、その魔法陣の中央に黒いゲートが生み出される。

 

「俺は手札から《ブラック・マジシャン》1体を特殊召喚! 今こそ来たれ! 黒き魔術師よ!!」

 

 そのゲートを潜って遊戯の元に馳せ参じたのは黒い法衣に身を纏う遊戯の相棒たる魔術師、《ブラック・マジシャン》。

 

 そして遊戯を守るように腕を交差し、守備表示で攻撃に備える。

 

《ブラック・マジシャン》

星7 闇属性 魔法使い族

攻2500 守2100

 

「《ブラック・マジシャン》……貴様は未だ過去に拘るか――あまり俺を失望させるなよ!」

 

「慌てるなよ、海馬――まだ罠カード《マジシャンズ・ナビゲート》の効果は終わりじゃない! 更なる効果により俺はデッキからレベル7以下の闇属性・魔法使い族を特殊召喚する!」

 

 海馬の挑発を軽く流した遊戯の背後に浮かぶ魔法陣のゲートから1つの影が見え――

 

「今こそ師の元に現れよ! 《ブラック・マジシャン・ガール》!」

 

 そのゲートを潜って現れたのは水色の軽装の法衣を纏う《ブラック・マジシャン》の弟子たる魔術師、《ブラック・マジシャン・ガール》が師の隣に降り立った。

 

《ブラック・マジシャン・ガール》

星6 闇属性 魔法使い族

攻2000 守1700

 

「ふぅん、守りを固めたか――だが俺が発動しておいた速攻魔法《竜の闘志》の効果でこのターンのみ《青眼の光龍(ブルーアイズ・シャイニングドラゴン)》は貴様が特殊召喚したカードの数だけ追加攻撃できる!」

 

 新たに2体のモンスターで守りを固めた遊戯だったが、海馬の語るようにいつの間にやら罠カード《マジシャンズ・ナビゲート》にチェーンして発動されていた速攻魔法《竜の闘志》の効果により意味をなさない。

 

「貴様が呼び出したのはマジシャンの師弟2体! よってこの三連撃の攻撃が貴様を襲う!!」

 

 遊戯がモンスターで守りを固めれば固める程に《青眼の光龍(ブルーアイズ・シャイニングドラゴン)》の連撃は続いていくのだから。

 

「くらうがいい!! 圧倒的な力を!!」

 

 《青眼の光龍(ブルーアイズ・シャイニングドラゴン)》のブレスが魔術師の師弟たちに狙いを定め、今放たれ――

 

「俺は速攻魔法《黒・爆・裂・破・魔・導(ブラック・バーニング・マジック)》を発動!」

 

 る前に更に遊戯は更にカードを発動させる。

 

「俺のフィールドに《ブラック・マジシャン》と《ブラック・マジシャン・ガール》の魔術師の師弟がいるとき! 相手フィールドの全てのカードを破壊する!!」

 

 まさに魔術師の師弟の結束の力を象徴するかのようなカード。

 

「コイツは対象を取る効果じゃない! シャイニングドラゴンの力じゃ止められない筈だ!!」

 

「フハハハハハッ! そうだ! くだらん過去など凌駕し! 乗り越えろ! 俺の敵は常に最強でなければならない!!」

 

 《青眼の光龍(ブルーアイズ・シャイニングドラゴン)》の効果の穴を突いた一撃に満足そうに笑う海馬に遊戯は《青眼の光龍(ブルーアイズ・シャイニングドラゴン)》を指差し、宣言する。

 

「やれッ! 《ブラック・マジシャン》! 《ブラック・マジシャン・ガール》!! 黒・爆・裂・破・魔・導(ブラック・バーニング・マジック)!!」

 

 2人の魔術師の息を合わせた魔術によって《青眼の光龍(ブルーアイズ・シャイニングドラゴン)》を囲むように巨大な魔法陣が形成され、その中心に黒い魔力が膨張していき、やがて爆ぜた。

 

 

 巨大な爆発によって爆炎が海馬のフィールドに舞うが、その爆心地から吹いた突風が全てを吹き飛ばす。

 

 

 

 その突風に思わず目を覆った遊戯がやがて目を開いた時に見たのは――

 

「ふぅん、それで終いか?」

 

「…………無傷……だと!?」

 

 傷一つない《青眼の光龍(ブルーアイズ・シャイニングドラゴン)》の姿。

 

 遊戯のフィールドの魔術師の師弟も驚愕に目を見開く。

 

「俺は墓地の魔法カード《復活の福音》を除外させて貰った――これによりシャイニングドラゴンは破壊されん!」

 

 その説明に何も返さない遊戯に海馬は苛立ちを持って答える。

 

「何を呆けている? 言った筈だ! 過去に縛られたままの貴様では何をしようと無駄だと! さぁ、過去の鎖を断ち切れ、遊戯!!」

 

 圧倒的なまでの《青眼の光龍(ブルーアイズ・シャイニングドラゴン)》の姿に動かぬ遊戯にならばと海馬は遊戯を指さす。

 

「断ち切れぬようなら、そのまま俺の糧となって消えるがいい! 《青眼の光龍(ブルーアイズ・シャイニングドラゴン)》!! シャイニング・バースト! 三連打ァ!!」

 

 そして海馬の宣言に導かれた《青眼の光龍(ブルーアイズ・シャイニングドラゴン)》の極光のブレスは放たれ、遊戯の相棒たる魔術師の師弟を一瞬にして消し去り、遊戯に着弾した。

 

 

 

 

 

 

遊戯LP:900

 

 しかし光が晴れた先の遊戯のライフにダメージはなく。

 

「俺へのダイレクトアタックは手札の《クリボー》の効果でダメージを0に……」

 

 遊戯を守るように佇む《クリボー》に海馬は獰猛に笑う。

 

「ふぅん、僅かに命を繋いだか……俺はバトルを終了し――」

 

「待って貰うぜ! 海馬、お前のバトルフェイズ終了時に手札の《クリボーン》を捨てて効果を発動! このターン戦闘で破壊されたモンスター1体を蘇生! 舞い戻れ、《ブラック・マジシャン》!!」

 

 頭に白いベールをつけた白い毛玉こと《クリボーン》が天から白いベールをヒラヒラ揺らすと、そのベールの影から遊戯の危機に駆けつけんと、相棒たる《ブラック・マジシャン》が守備表示で膝を突く。

 

《ブラック・マジシャン》

星7 闇属性 魔法使い族

攻2500 守2100

 

 その《ブラック・マジシャン》の姿に海馬は満足気だ。

 

「ならばカードを2枚セットし! ターンエンド!!」

 

 それもその筈、舞い戻った《ブラック・マジシャン》――それは遊戯から戦う意思が折れていない事実だと海馬には感じ取れたゆえに。

 

「覚悟するがいい遊戯! 貴様の記憶に真の勝利者であるこの俺の名を刻み付けてやろう! フハハハハハッ!!」

 

 腑抜けた遊戯を倒しても海馬にとっては何の意味もない。

 

 

「海馬! 俺はこのデュエル! 負ける訳にはいかない! 失われた記憶を取り戻す為に!」

 

「ならばデュエルで示してみせろ!」

 

「ああ、俺はこのデュエルを制する!! 俺のターン! ドロー!!」

 

 デュエルに何をかけるのかはデュエリスト次第。そしてそれはデュエルを以て示すのがデュエリストの流儀。

 

「俺はメインフェイズ1の開始時に魔法カード《貪欲で無欲な壺》を発動! 墓地の異なる種族のモンスター3体をデッキに戻し、新たに2枚ドローする!」

 

 引いたカードを手札に加え、すぐさま手札の1枚を切った遊戯のフィールドに欲深な顔と穏やかな顔の2つの側面を持つ壺が現れ、遊戯の選んだ3枚のカードが投入される。

 

「俺は墓地の魔法使い族《ブラック・マジシャン・ガール》! 岩石族《電磁石の戦士マグネット・ベルセリオン》! 悪魔族《クリボー》の3体をデッキに戻し、2枚ドロー!」

 

 やがて砕けた壺から新たな2枚のカードが遊戯の手札に加わる。

 

「バトルフェイズを捨てたか……」

 

 その海馬の言葉通り、魔法カード《貪欲で無欲な壺》を発動すればデメリットとしてそのターン、バトルフェイズを行えなくなる。

 

 ゆえに遊戯がどう動くか興味あり気に見やる海馬。

 

「墓地の《置換融合》を除外し、融合モンスター《超電導戦機(ちょうでんどうせんき)インペリオン・マグナム》をエクストラデッキに戻して新たに1枚ドロー!」

 

 しかし遊戯は4枚の手札を見た後、瞳を閉じて――

 

「カードを3枚セットしてターンエンドだ!!」

 

 3枚のカードを伏せターンを終えた遊戯。だが明らかに罠を仕掛けた様相が垣間見える。

 

「ふぅん、何を仕掛けたかは知らんが、貴様の目はまだ死んでいない――それだけ分かれば十分だ!!」

 

 だが海馬からすれば「それでこそ」だった。

 

「俺のターン!! ドロー!!」

 

 海馬がカードを引き、メインフェイズにはいる前に遊戯は宣言する。

 

「俺はお前のスタンバイフェイズに罠カード《バトルマニア》を発動! これでお前のシャイニングドラゴンはこのターン必ず攻撃しなければならない!!」

 

 発動されたのは攻撃強要のカード。これが遊戯のラストアタックの第一手。

 

「どんな罠を仕掛けたかは知らんが、貴様に強制されずとも攻撃してやるわ!」

 

 そう語る海馬だが、ただ攻撃する訳ではない。

 

「リバースカードオープン! 永続罠《最終突撃命令》を発動! これでフィールドのモンスターは強制的に攻撃表示になる!!」

 

「《ブラック・マジシャン》が!?」

 

 永続罠の効果によって無理やり攻撃姿勢を取らされる《ブラック・マジシャン》。これで戦闘ダメージを防ぐことはできない。

 

「これで終局だ!!  《青眼の光龍(ブルーアイズ・シャイニングドラゴン)》!! 殲滅の――シャイニング・バースト!!」

 

 《青眼の光龍(ブルーアイズ・シャイニングドラゴン)》の極光が今度は逃がさぬとばかりに《ブラック・マジシャン》に襲い掛かる。

 

「さぁ、どう動く、遊戯ッ!!」

 

「なら! 見せてやるぜ! 俺の勝利へのラストアタックを!!」

 

 海馬の覚悟に応えるように遊戯は1枚のリバースカードを発動させる。

 

「俺は速攻魔法《破壊剣士融合》を発動! このカードの効果で《バスター・ブレイダー》を融合素材とする融合モンスターをこの瞬間に融合召喚する!!」

 

 《ブラック・マジシャン》の隣に宙から躍り出た巨大な大剣が突き刺さる。それは伝説のドラゴンバスターの至高の魔剣。

 

 

 その魔剣が《青眼の光龍(ブルーアイズ・シャイニングドラゴン)》の一撃を防ぐ。

 

「《バスター・ブレイダー》……だと? まさかその最後の手札が!?」

 

「その通りだぜ、海馬!! 俺は手札の《バスター・ブレイダー》とフィールドの《ブラック・マジシャン》を融合!!」

 

 《ブラック・マジシャン》が龍殺しの魔剣を手に取ったと同時に遊戯の手札から飛び出した《バスター・ブレイダー》が光となって《ブラック・マジシャン》を覆っていく。

 

 そして龍殺しの力が《ブラック・マジシャン》の身体を駆け巡り――

 

「――《超魔導剣士(ちょうまどうけんし)-ブラック・パラディン》!!」

 

 現れるは金の意匠が全身に奔る鎧のような法衣を身に纏った魔術師――否、魔導剣士。

 

 《ブラック・マジシャン》の杖は《バスター・ブレイダー》の大剣と一体化し、どこか薙刀(なぎなた)を思わせる逸品と化していた。

 

超魔導剣士(ちょうまどうけんし)-ブラック・パラディン》

星8 闇属性 魔法使い族

攻2900 守2400

 

 その攻撃力は2900。現在の《青眼の光龍(ブルーアイズ・シャイニングドラゴン)》の攻撃力7500には遠く及ばない。

 

 だが《超魔導剣士(ちょうまどうけんし)-ブラック・パラディン》は相手がドラゴンであればより一層の力を増す《バスター・ブレイダー》の力を受け継いでいる。

 

「《超魔導剣士(ちょうまどうけんし)-ブラック・パラディン》の攻撃力は互いのフィールド・墓地のドラゴン族1体につき500アップする!!」

 

 ゆえに今の状況でこそ、圧倒的な力を発揮する。

 

「その合計は16体! よって《超魔導剣士(ちょうまどうけんし)-ブラック・パラディン》の攻撃力は――」

 

 《超魔導剣士(ちょうまどうけんし)-ブラック・パラディン》の薙刀(なぎなた)のような武器に散っていったドラゴンの力が集まっていき――

 

「1万900ポイント!!」

 

 巨大な魔力の刃を生み出した。

 

超魔導剣士(ちょうまどうけんし)-ブラック・パラディン》

攻2900 →攻10900

 

「攻撃力1万超えだと!?」

 

 此処でバトルフェイズ中に攻撃対象モンスターが消え、更に新たなモンスターが呼び出されたことで、このまま攻撃するか、否かを海馬が選択する。

 

「さぁ、海馬! お前のシャイニングドラゴンは罠カード《バトルマニア》の効果で攻撃しなければならない!!」

 

 だがこのターンに限れば海馬は攻撃する以外の道を持たない。

 

「やれ! ブラック・パラディン!!」

 

 《超魔導剣士(ちょうまどうけんし)-ブラック・パラディン》が持つ巨大な魔力の刃が振りぬかれ、《青眼の光龍(ブルーアイズ・シャイニングドラゴン)》の極光のブレスとぶつかり合う。

 

 

 しかし攻撃力の差から《青眼の光龍(ブルーアイズ・シャイニングドラゴン)》のブレスはジリジリと押し負けていく。

 

「バカな……俺のシャイニングドラゴンが……負ける!?」

 

 此処から先がどうなるか分からぬ海馬ではない。

 

 その胸中に浮かぶのは「敗北」の2文字。

 

 己のリバースカードの1枚を見て逡巡する海馬だったが、その視線の先のモクバを視界に収めた海馬の決断は早かった。

 

「――このまま見す見すやられるくらいなら我が勝利の為に最後の輝きを見せろ! ブルーアイズよ!!」

 

 海馬のデッキを構成しているのは己の力だけではない。ゆえに勝利の可能性があるのなら例えブルーアイズを失う結果となっても止まる訳にはいなかい。

 

 足踏みして敗北するなど寧ろブルーアイズに対する侮蔑だと。

 

「罠カード《破壊指輪(リング)》発動! これにより俺は自分モンスターを1体破壊し、互いは1000ポイントのダメージを受ける!!」

 

 迫る魔力の刃が光のブレスを切り裂き、その白き龍に迫る寸前に《青眼の光龍(ブルーアイズ・シャイニングドラゴン)》の全身に奔る光のラインが輝きを放つ。

 

「ブルーアイズの命の輝きを見よ!! シャイニング・ノヴァ!!」

 

 その《青眼の光龍(ブルーアイズ・シャイニングドラゴン)》の全ての力をかけた輝きは互いのフィールドを呑み込んでいき――

 

「これで終わりだァアアアア!!」

 

 やがてその輝きは互いのライフを1000ポイント削る――つまり最後にはライフに僅かな余裕がある海馬の勝利を届ける極光となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 筈だった。

 

「カウンター罠《神の宣告》!! 俺のライフを半分払い、お前の発動した《破壊指輪(リング)》を無効!!」

 

遊戯LP:900 → 450

 

「なんだと!?」

 

 神の威光が海馬の罠カード《破壊指輪(リング)》を貫いた。これでは罠カード《破壊指輪(リング)》の効果は適用されない。つまり――

 

「ブラック・パラディンの反撃を受けな、海馬! 超・魔・導・無・影・斬!!」

 

 互いのデュエリストを襲う筈だった光の輝きは《超魔導剣士(ちょうまどうけんし)-ブラック・パラディン》の魔力の刃と接触し、膨大な魔力が籠った刃と共に光は爆ぜる。

 

 

 

 辺り一帯はその爆ぜた光に包まれ、2人のデュエリストの姿を覆い隠した。

 

 

 

 その光が晴れた先で、最後に立っていたものは――

 

 






原作では《オシリスの天空竜》と《オベリスクの巨神兵》の激突による衝撃で

世界各地のモニターがぶっ壊れていましたが


今作では「デュエルエナジー回収機構」のお陰で大丈夫です。



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第123話 苦い勝利



前回のあらすじ
三幻神の2体の攻撃がぶつかり合う爆心地にいる
磯野「――ッ!!(バカな!? ソリッドビジョンでこれ程の衝撃が発生することはない筈ッ!!)」


精霊としての格が高いモンスター同士の激突(片方1万オーバーの攻撃力持ち)の爆心地にいる
磯野「――ッ!!(何という眩しさッ! だが瀬人様のデュエルを見届けねばッ! このサングラスは伊達ではないッ!!)」



 

 

 《青眼の光龍(ブルーアイズ・シャイニングドラゴン)》と《超魔導剣士(ちょうまどうけんし)-ブラック・パラディン》の攻撃がぶつかりあった衝撃で互いのデュエリストの状態が何一つ分からない。

 

 

 だが視界が晴れた先にはフィールド上に唯一佇む《超魔導剣士(ちょうまどうけんし)-ブラック・パラディン》の姿が視界に入る。

 

 フィールドのどこにも《青眼の光龍(ブルーアイズ・シャイニングドラゴン)》の姿はなかった。

 

 そう、この勝負は――

 

「よっしゃぁ! 遊戯が勝った!」

 

 城之内はそう叫びながら遊戯の元に駆け出し――

 

「さすがだぜ、遊戯!」

 

「遊戯~!」

 

 本田と杏子も城之内の後に続き、残りの面々もその後に続いていく。

 

 

 その先の遊戯は駆け寄る仲間の方に向き、ポツリと零す。

 

「みんな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

遊戯LP:450 → 0

 

 だがその遊戯のライフは0。

 

「な、なんで遊戯くんのライフが……」

 

 

 そんな訳の分からない状況に一同を代表したような御伽の声が虚しく響くが、海馬がギリッと歯を食いしばりながら答える。

 

 

「俺は貴様のカウンター罠《神の宣告》に対し、手札のカウンター罠《レッド・リブート》をライフを半分払うことで『手札から』発動した……」

 

海馬LP:2000 → 1000 → 0

 

 その海馬の説明にレベッカはすぐさま理解を示す。

 

「つまりカウンター罠《神の宣告》は無効化され、罠カード《破壊指輪(リング)》のダメージが海馬と王様の遊戯を……」

 

 

「……ってことは――」

 

 そんな城之内の呟きを肯定するように大会進行を任されている磯野が声を張る。

 

「互いのライフポイントが同時に0になった為、この勝負は『引き分け』となります!!」

 

 決勝戦の舞台でまさかの引き分けにざわめく周囲を黙らせるように磯野は続ける。

 

「そして引き分けの場合はこの後、エキストラデュエルを行いその上で勝敗を決定し――」

 

「再度、デュエルだと? そんな半端な決着など俺は認めん!!」

 

 しかし磯野の進行を海馬は遮る――海馬にとって遊戯との決着は完璧なものでなければならない。

 

「い、いえ、ですが瀬人様! これはバトルシティの規定に――」

 

「貴様との決着をつけるにはこのバトルシティすら狭すぎたようだな!!」

 

 頑張って説得しようとする磯野を尻目にどんどん話を進めていく海馬。

 

「今しばらく貴様に勝利を預けておいてやるわ!! 行くぞ、モクバ!」

 

 そして海馬の手から投げ渡された『オベリスクの巨神兵』のカードを受け取った遊戯が返答する前にモクバを引き連れ、デュエルタワーの頂上から海馬は姿を消した。

 

 磯野が伸ばした手だけが虚しく空を切る。

 

 

「…………では今バトルシティを制し、デュエルキングの称号を得たのは――」

 

 しかし磯野は大会進行の職務を全うしなければならない。

 

「武藤 遊戯ィイイイイ!!」

 

 その磯野の宣言と共に何だかんだで紆余曲折あったものの名誉ある称号を得た遊戯を励ます様に祝う城之内たちにもみくちゃにされる遊戯の姿。

 

 

 こうしてバトルシティはなんとも言えぬ形で幕を閉じた。

 

 

 ちなみに『ラーの翼神竜』はその後、牛尾から預かっていた磯野が遊戯に手渡したそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがてデュエルタワーの頂上から降りエントランスに到着した一同。だが名もなきファラオとしての遊戯は握りしめた自身の拳を眺めつつ想いに耽る。

 

――引き分け……か

 

 その胸中に合ったのは先のデュエルの結果。

 

 あの時、遊戯は今持ちうる最大の一撃を叩きつけ、海馬を引き離した――いや、引き離したつもりだった。

 

 だが結果は海馬が遊戯の想定を上回り、引き分けの結果を生んだ。

 

 引き分け。イーブン。対等――の筈だ。

 

 しかし遊戯の心にあるのは拭えぬある感覚。その感覚は――

 

 

「そういえば遊戯、肝心の記憶はどうなったの?」

 

 その感覚の正体に没頭する遊戯の意識を引き戻したのは何気ない杏子の疑問だった。遊戯は拳をほどき、顔を上げる。

 

「それなら三枚の神のカードと、マリクに見せて貰った背の碑文のお陰で大まかなことは分かったぜ」

 

 その遊戯の言葉通り、失われた記憶を呼び起こす為に必要なピースは全て揃った。残りの条件は石板の元へ向かうのみ。

 

 

 別れは刻一刻と近づいている。だが重くなる空気を払拭させるように城之内は宣言する。

 

「そうか、なら帰ろうぜ! 俺たちの童実野町へ!」

 

 別れまでの時間が分からずとも、自分たちの故郷たる町で精一杯想い出を作ろうと。

 

 

 しかし名もなきファラオとしての遊戯から表の遊戯へと人格交代した遊戯が待ったをかける。

 

「あっ、ちょっと待って城之内くん!」

 

 その遊戯の視界にはバトルシップに乗り込む夜行やリッチーを見送る神崎の姿。

 

 やがて神崎の元まで駆け寄った遊戯は意を決した様子で語りだす。

 

「すみません、神崎さん!」

 

「おや? どうかしましたか、武藤くん」

 

 急接近してきた遊戯に対し、すぐさま営業スマイルで対応する神崎は内心で気が気ではない。

 

 一応、神崎はバトルシティでの失敗の経験を活かし、冥界の王としての気配をキチンと隠しているが、遊戯相手では問答無用で見抜かれかねないと強く警戒している。

 

「あの……お願いがあって……」

 

 だが遊戯の要件は「お願い」――遊戯が言い難そうにしていることから神崎自身が心配しているような事態はないと警戒心を一段階下げる。

 

――「相談」ではなく「お願い」である以上、ある程度その内容は想像が付くが……

 

「……此処では話し難いことのようですね――此方で一室ご用意しましょうか?」

 

「じゃぁお願いします……」

 

「では、手短に済みそうな話でもなさそうですし、武藤くんの帰りも此方で用意させて頂きますが――」

 

 さすがに遊戯の為だけにバトルシップの出発を遅らせる訳にはいかない為、帰りの手配の段取りを頭の中で組み立てる神崎。

 

「はい! じゃあ友達にそう伝えてきます!」

 

 そんな神崎を余所にもう1度勢いよく頭を下げた遊戯は城之内達の元へと駆け出していった。

 

 

 

 

 

 

 

 やがて戻って来た遊戯を応接室に案内しようとする神崎。

 

「お待たせしちゃってすみません!」

 

「いえ、構わないですよ。それと――」

 

 軽く会釈した遊戯の言葉を神崎は軽く流しつつ、物陰へと声をかける。

 

「――其方のお嬢さんも一緒に来られますか?」

 

「えっ? ――レベッカ!」

 

 神崎の言葉に振りかえった遊戯が見たのは揺れる長い金髪の少女、遊戯に恋慕の感情を向けるレベッカ。

 

「ならお言葉に甘えて同席させて貰うわね」

 

 そんなレベッカの声に神崎は快く了承を返した。

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで応接室で応対した神崎に対して、遊戯から語られたのは大きく分けて2つ。

 

 1つはパンドラの妻、カトリーヌに関すること――早い話がパンドラの周辺の問題の解決。

 

 もう1つはマリクの過去の一件から何とか情状酌量の余地が貰えたら、といった願い。

 

 

 思った以上に大したことではなかった為、神崎は内心で安堵しつつ努めて笑顔で対応する。

 

「そう言ったお話であれば、構いませんよ」

 

「本当ですか!」

 

「ええ、私もそのような話を聞かされては思う所がない訳ではありません」

 

 顔に喜色を浮かべる遊戯に神崎は此処ぞとばかりに味方アピール。

 

「無罪――は無理ですが、可能な限り便宜を図るようにお願いしてみます」

 

「ありがとうございます!!」

 

 遊戯の喜びようを見るに大分イイ感じに神崎は味方アピールできているようだ。

 

「ちょっと待って、ダーリン」

 

 しかし一段と声色を低くしたレベッカが割って入る。

 

「レベッカ?」

 

 いつもらしからぬレベッカの鋭い瞳に首を傾げる遊戯だが、構わずレベッカは神崎に向き直る。

 

「何でそこまで二つ返事でOKが出せるの?」

 

「あのような話を聞いて何も感じない人間などいま――」

 

 雲行きが怪しくなってきた事態を感じ取った神崎はレベッカに対する警戒度を一気に引き上げるが――

 

「違うわ。今回の話は取り方によってはグールズの首領の味方をするって話に聞こえなくもない――それってKCにとってリスクしかない筈よ?」

 

 まるで尋問するかのようなレベッカの問答に神崎は内心でドン引く。年端も行かぬ少女が出していい顔ではない。

 

「なのに、KCの一介の幹部でしかない貴方がどうしてそこまで断言できるの?」

 

 そう、レベッカの言う通りぱっと見の神崎の立ち位置は「KCの幹部の1人」である。

 

 神崎は気にせずガンガン動きまくっているが、本来であればそう好き勝手は出来ない。

 

 過去の剛三郎と今の海馬が放任主義・結果主義なきらいがあるゆえに問題視されていないだけだ。

 

「それもダーリンに何の対価も求めずに――本当に動く気があるの?」

 

「神崎さん……?」

 

 レベッカから上げられる不審な点の怒涛のピックアップに神崎を見る遊戯の瞳に懐疑的なものが混ざる。

 

 

 ただ遊戯の願いを聞いただけで何故こんな状態になっているのか内心で頭を抱えたい神崎だったが、そうする訳にもいかない為に少々手を変える方へ舵を切る。

 

「……では、此処からの話はご内密にお願いします――実は私は様々な方々から訳あって依頼を受けている立場なんです」

 

 神崎から明かされた新たな情報にレベッカは考え込みながら返す。

 

「その依頼が?」

 

「ええ、『グールズ』という組織への対処です――ですので、ある程度は私に裁量権が委ねられている状態になります」

 

 それに対し、神崎は真摯に返す――神崎は基本、取引事で嘘を吐かない。それが疑念に繋がると経験則で知っているからだ。

 

「ならなおの事、その『依頼者』たちが望む結果を提供するべきじゃないの?」

 

 薄く笑うレベッカの言葉に神崎はニッコリと笑みを浮かべ――

 

 

 

「それが『ろくでもない』ことでも?」

 

 

 

 毒を垂らす。

 

「そんなに酷い……望みなの?」

 

 レベッカの声が此処で初めて揺れる。

 

 レベッカは薄汚れた汚い世界があると「知識」では知っていても、実物を目にすることはない。

 

 祖父のアーサーがかわいい孫には見せたくないと遠ざけてきた。

 

 だが人は己が欲望の為なら容易く化生に落ちる――神崎はその事実を嫌と言うほど見てきている。

 

「彼らは『メンツ』を重んじますからね――『コケにされた』と感じた以上、二度と同じことが起こらないように『見せしめ』に相応以上の罰を与えかねません」

 

 その神崎の言葉に嘘はない――事実を以て隠したい本質を覆っているだけだ。

 

「そんなことって……!」

 

 そんな遊戯が義憤にかられたように漏らした声に神崎は同調する。

 

「ええ、私『も』貴方がたと同じく、そんなことは許容できません」

 

 此処ぞとばかりに語られる神崎の聞こえの良い言葉は遊戯の身体を満たしていく。

 

「ですので武藤くんの願いは、願われなくても初めから此方で対処する予定があった話になります」

 

 神崎の口から語られる言葉は真っすぐで、とても正しいことのように思える。

 

「それに対して、武藤くんから何かを要求するのはお門違いというものでしょう?」

 

 最後にニッコリ笑顔を浮かべて語り終えた神崎にレベッカは返す言葉を失う――神崎の話に一応の筋は通っているゆえに。

 

「…………そう……なの……」

 

「ご納得して頂けましたか、ホプキンスさん?」

 

 そう確認するように問いかける神崎の姿に遊戯はレベッカに視線を向ける。

 

「レベッカ?」

 

 遊戯からすれば「お願いする」立場の自身たちがあらぬ「嫌疑」をかけた状態だ。

 

「ええ、そういうことなら……」

 

 それをレベッカも理解しているゆえに一先ず納得の姿勢を見せるが――

 

「でも、何だか申し訳ないわね……コッチからお願いしたのに……」

 

「確かに、そうだよね」

 

 今度はしおらしく返すレベッカに遊戯も申し訳なさげに続く。

 

 神崎は一難去ってまた一難とばかりに内心で冷や汗を流す。未だに神崎に対するレベッカからの疑惑は晴れていないようだ。

 

「そうですか……なら、お二方は将来の夢はお持ちですか?」

 

 唐突に話題を変えた神崎に遊戯たちは疑問を浮かべるも――

 

「ボクはゲームデザイナーを!」

 

「私はおじいちゃんみたいに考古学者の仕事を」

 

 遊戯とレベッカは素直に答える。先程の負い目が後を引いているようだ。

 

「なら、お二方がその夢を叶えた暁には、是非ともKCを御贔屓にして頂く――それが対価と言うのはどうでしょうか?」

 

 神崎から提案された対価と呼べないような対価だが、その提案には優しさが詰まっていた――というか無理やり詰め込んである。

 

「そんなことで良ければ!」

 

「……構わないわよ」

 

 その優しい対価に対しての2人の温度差のある言葉を最後にこの会合の場は一先ずの幕を下ろす。

 

 

 

 しかしレベッカが神崎を見る視線には最後まで疑念の色が消える事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神崎と別れ、応接室からエントランスと思しき場所に向かった遊戯とレベッカに声がかかる。

 

「おっ、遊戯ー! 話は終わったのかー?」

 

 その声の主は城之内。その傍には杏子や本田、御伽に静香の計5名の姿が見られた。

 

「城之内くん! みんな! どうして――」

 

「なに水くせぇこと言ってんだよ。お前を置いて先に帰っちまう訳ねぇだろ」

 

 驚く遊戯に対し、鼻をかきながらそう語る城之内。さらにその隣の本田は空を見ながら呆れたように続く。

 

「海馬とモクバはブルーアイズの形をしたジェット機に乗ってすっと飛んで行っちまったけどな」

 

 あれは一体何だったのか、と未だに現実感のない本田の姿に遊戯はクスクスと笑う。いつもの日常が戻って来たことが嬉しいようだ。

 

「だけどバクラくんにミホと舞さん。それとペガサスミニオンの2人は用事があるから先に帰っちゃったけどね」

 

「俺らは暇だから良いんだよ!」

 

 杏子の説明でこの場にいない人間の経緯を理解する遊戯だが、そんな遊戯とグッと肩を組んだ城之内が意気揚々と顎を尖らせる。

 

 城之内とじゃれ合う遊戯だったが御伽がふと問う。

 

「それで遊戯くん、帰りはどうするって話なんだい?」

 

「神崎さんは此処での仕事が終わったらKCに向かうらしくて、それに同乗させて貰うって話だったけど……」

 

 遊戯から語られる童実野町に帰る手段に納得を見せる一同だったが――

 

「それなりに時間がかかるらしいわよ」

 

「え゛っ」

 

 レベッカからの追加情報に城之内のテンションが露骨に下がる。

 

「マジか~待ち時間暇だよな……ここ何もねぇし」

 

 そう本田が語る通り、此処は人工島の上に立つ工場地帯。居住区にでも足を運ばない限り辺りには工場しかない。

 

 とはいえ、遊戯たちは居住区への立ち入りを許可された訳でもないので、そもそも行けないが。

 

 

 

 

 しかしそんな暇を持て余している一同に救世主が現る。

 

「暇を持て余しているようだね、若人よ!!」

 

「アンタは!? ――誰だ?」

 

 だがテンション高めで現れた角刈りのおっさんは城之内の良く知らない人――であっても、取り合えずリアクション良く反応する城之内はきっといい子だ。

 

 

 そんな中で御伽は記憶を掘り起こす。

 

「確かバトルシップから降りた時に出迎えてくれた人だった筈……」

 

 しかし名前が出てこない――名乗った後で遊戯と海馬の怒涛のデュエルがあった為、吹き飛んでいてもおかしくはない。

 

 

 この場の誰もが「このおっさん、誰?」な状態にも関わらずおっさんはめげない。

 

「ならば再度名乗ろう! 儂の名前は『大田 宗一郎』! このKCの工場、アルカトラズの工場長だ!!」

 

「お、おう」

 

 キリリと再度名乗ったテンション高めなBIG5の《機械軍曹》の人こと大田の姿に引き気味の城之内。相手に年相応の落ち着きが欲しいところだ。

 

「諸君らを儂の工場に招待しようじゃないか! なに遠慮せんで構わんぞ! なにせ――」

 

 とはいえ、BIG5の《機械軍曹》の人こと大田とていつもこのテンションな訳ではない。

 

 今日この日はBIG5の《機械軍曹》の人こと大田にとって痛快な出来事があったのだ。そう――

 

「――海馬……社長が悔しがる痛快な姿も見れたことだからな! はっはっは!」

 

 かなり嫌っている海馬のグヌヌな姿を最前線で見れたのだから――自分とこの社長だろうに。

 

「海馬とは仲が悪いの?」

 

 レベッカから零れた当然の疑問にBIG5の《機械軍曹》の人こと大田は過去の出来事を思い出し憤慨しながら返す。

 

「悪いも何も、奴は儂が心血を注いできた大切な工場を爆破しろなどと言ってきた男――儂とは相容れん!!」

 

 剛三郎と海馬が社長の席を懸けてぶつかった際に、海馬に味方したにも関わらずの仕打ちだった為、未だに根に持っているようだ。

 

 ただ海馬の言い分としても軍事産業から撤退する旨を強くアピールする為の側面があるのだが。

 

「神崎の協力もあって、何とか工場は守り通せたが、儂は奴があの事について頭を下げるまで絶対に許すつもりはない!」

 

「子供染みた理由ね……」

 

 過去の海馬とのやり取りを思い出し、プンスカ怒るBIG5の《機械軍曹》の人こと大田を見て、大人のすることではないと冷めた目で呟くレベッカ。

 

 

 しかし実家が工場である本田はふと思ったことをそのまま零す。

 

「でも此処でデュエルディスクとか作ってるんだろ? なら海馬の仕事を手伝ってるのと同じじゃねぇか」

 

 KCに所属している以上、海馬の部下として命令は聞かねばならない筈だと――本当だよ。

 

 だがBIG5の《機械軍曹》の人こと大田は頑として首を振る。

 

それ(仕事)ソレ(楽しい)これ(海馬)コレ(嫌い)だ!」

 

 子供か。

 

 そんな子供染みた理屈を振りかざすBIG5の《機械軍曹》の人こと大田の姿に杏子は思わず零す。

 

「この人、KCの幹部……よね?」

 

 遊戯たち一同からアレな視線を向けられているBIG5の《機械軍曹》の人こと大田だが、個人としてのスペックは普通に高い。

 

 超巨大企業であるKCの前社長、剛三郎の徹底した実力主義の中を生き抜き、当時に主産業であった軍事産業を任され、「工場長」などと呼ばれる程の男である。

 

 

 過去のビジネスは死の商人と揶揄されかねないが、技術やノウハウなどは未だ健在だ。

 

 

「フハハハ! さぁ、こっちだ! ついてきたまえ!!」

 

 そんなことはさておき、テンションが昂るままに駆け出したBIG5の《機械軍曹》の人こと大田に、遊戯たち一同も他にすることもないので追従する。

 

 

 

 やがて辿り着いたのは――

 

「まずは此処! KCと言えばソリッドビジョン!」

 

 ソリッドビジョンの動きを確認する為に大きめのスペースが作られた場所。

 

「ソリッドビジョンを活用した様々な研究が此処で実践されているのだ!!」

 

「んで、何するんだ?」

 

 一気に説明を終えたBIG5の《機械軍曹》の人こと大田に城之内がそう零すが――

 

 その城之内の足元をこげ茶の毛色の小型犬が通り過ぎる。

 

「おっ、犬じゃねぇか。何でこんなとこに? おー、よしよし。こっちに――えっ?」

 

 唐突に表れた小型犬に本田は自身もブランキーと名付けた大きめの犬を飼っていることも相まって癒されようと背中を撫でようとするが――

 

 小型犬は本田の胴体に飛び込み、本田の身体を『貫通』。

 

 本田ァ!!

 

「すり抜けた……だと!?」

 

 しかし本田の身体に怪我はない。当然である。

 

「フフフ……既に始まっているのだよ! 儂らが心血を注いだ技術の披露は!!」

 

 何故ならその小型犬はBIG5の《機械軍曹》の人こと大田の言う通り――

 

「これぞソリッドビジョンの行動をラジコンで動かすように出来る――操縦システム(仮)!!」

 

 ソリッドビジョンなのだから――だがその小型犬の動きはまさに本物と見間違う程。

 

「(仮)なんだ……」

 

 技術云々よりもネーミングの問題に目が行く遊戯。しかしBIG5の《機械軍曹》の人こと大田側にも言い分はある。

 

「一応は『立体映像操作機能』という名称がある――だがもっとカッコ良い呼び名にするつもりだ! 未だに決まってないがな!」

 

 自身が手塩にかけて生み出したものにはロマン溢れる名前が欲しいという言い分が。

 

「これで何が出来るんだ? ソリッドビジョンと同じようなもんだろ?」

 

 そんな城之内のもっともな意見に《機械軍曹》の人こと大田はキリッと返す。

 

「フッ、素人意見だな!」

 

「いや、素人に決まっているでしょ」

 

 レベッカの鋭いツッコミが《機械軍曹》の人こと大田を襲う。

 

 だが小型犬は何処からかペンとパネルを取り出し、両の前足でペンを器用に掴み、パネルに『こんにちは』と書いた後、前足でスタンプを押したパネルに前足をかけてこの場の一同に示す。

 

「こんにちは~!」

 

 小型犬に向けて挨拶を返す静香を余所に《機械軍曹》の人こと大田は自慢気に語る。

 

「そう! 愛らしくコミュニケーションを取る姿は病院でのアニマルセラピーに最適!!」

 

 この「立体映像操作機能(仮)」には小型犬が普通は出来ないような動きを本物の犬の様々な動きをベースに自然な形で行わせることが出来る。

 

 そしてそれは小型犬だけに限らず様々なものが投影可能だ。《機械軍曹》の人こと大田は説明を続ける。

 

「さらに人が入れない場所であっても座標さえ示せれば『ソリッドビジョン』は問題なく存在できる!」

 

 その言葉通り、ソリッドビジョンに実体はなく、障害物は障害になりえない。

 

「例えば! 外から救助できない場合に避難誘導を担うことだって出来る! とはいえ、こっちは試験的な導入だがな!」

 

 上述の使い方が確立されれば避難誘導だけでなく、災害現場でどう動けばいいのかの指南や、孤立した人間に対しての心の支えになる可能性もあるのだ。

 

 

 《機械軍曹》の人こと大田に対する評価が若干上昇する遊戯たち一同の中でレベッカが声を漏らす。

 

「へ~他には何かあるの?」

 

「後は映画やドラマなどの演出が分かりやすいな――こっちは既に広く導入されとる」

 

 此方はさっきと打って変わって身近な一例――とはいえ、知名度はあまり高くないが。

 

「これは人以外の役には確かに便利だね」

 

 感嘆の声を上げる御伽に気を良くしたのか、《機械軍曹》の人こと大田のテンションは留まることを知らない。

 

「フフッ! まだまだあるぞ!」

 

 その言葉と共に指をパチンと鳴らした《機械軍曹》の人こと大田の仕草を合図に城之内に異変が起こる。

 

「お、おい! 城之内! お前の服装!」

 

 本田が目を見開きながら城之内の身体を指さす。そこにあったのは――

 

「城之内くん、それって!!」

 

 驚く遊戯が目にしたのはTシャツとジーンズのラフな服装だった城之内の服装が青い衣に赤い鎧と兜、そして背中には真っ赤な大剣が備わった戦士風の姿になっていた。これはまさに――

 

「おわっ!? 《炎の剣士》じゃねぇか!!」

 

 そう、城之内の相棒たるカード《炎の剣士》が身に纏う装備と瓜二つ。驚きを見せる城之内の動きに合わせて腰布がゆらりと揺れる――まるで本物のように。

 

 

 遊戯たち一同の驚く姿に満足気な《機械軍曹》の人こと大田は高笑いしながら答える。

 

「これぞソリッドビジョンを活用し、対象と合わせた動きを取らせることで可能となる――変身システム(仮)!!」

 

「おぉー! これも映画とかで使われてんのか!」

 

 最初の乗り気ではなかった姿はどこへやら、ブンブン身体を動かす城之内が興奮した様相で楽しんでいる模様。

 

「その通りだ! 後はミュージカルや演劇などの演出にも使われておるぞ!」

 

「それって『ブラック・マジシャンガール 賢者の宝石』にもですか!?」

 

 《機械軍曹》の人こと大田の「ミュージカル」との言葉に杏子も続いてグワッと食いつく。

 

「ああ、勿論だとも!」

 

「でもこれって意味あんのか? 始めから全部ソリッドビジョンでやれば良いじゃねぇか」

 

 しかし本田から語られる当然の疑問に《機械軍曹》の人こと大田は小さく笑う。

 

「フッ、素人意見だな!」

 

「だから素人だって」

 

 《機械軍曹》の人こと大田の言葉にレベッカが再びツッコミを入れるも無視しつつ説明が続く。

 

「ソリッドビジョンはあくまで機械で動きの表層を再現したものに過ぎん――つまり人が持つ、心の機敏ゆえの『感情の籠った動き』までは再現できんのだ」

 

 出来る事、出来ないことの線引きをしていく《機械軍曹》の人こと大田は最後に今までのテンションを何処かに置いてきたように零す。

 

 

「技術は人と共にあるのだよ」

 

 

 それが《機械軍曹》の人こと大田の持つ信念だった。

 

 

「おぉ~なんかプロフェッショナルっぽい」

 

「いや、一応プロフェッショナルだろ」

 

 その言葉に感嘆の声を上げる城之内とツッコミを入れる本田。一応じゃないから。

 

 

 しばらくそれらソリッドビジョンを活用した技術を堪能した一同は《機械軍曹》の人こと大田によって次の施設の元へと案内される――静香さん、小型犬との戯れは此処までです。

 

 

 

 

「次は此方だ!」

 

 そして案内されたのは何やら1つのデュエルディスクを加工している現場。

 

「これは……デュエルディスク? でも形が違うな……」

 

 御伽が考えに耽る中、《機械軍曹》の人こと大田は声を張る。

 

「特注のデュエルディスクだ! 通常タイプのデュエルディスクとは違い、世界で1つだけのデュエルディスクを生み出すことが出来る!」

 

 その言葉通り、加工されているデュエルディスクは遊戯たちが持つものとは大きく違い、流線形の形をしており、白くコーティングされるようだ。

 

「値段は馬鹿みたいに張るがな!!」

 

「あちらはペガサス会長が直々にブルーアイズをモデルにデザインされたものです」

 

 大きく笑う《機械軍曹》の人こと大田の言葉に続くように追記された説明と共に足音が響く。

 

「あっ、神崎さん」

 

 そう遊戯が反応するように一同に合流したのは神崎。一仕事終えてきたようだ。

 

「お待たせして申し訳ありません。そして大田殿もご無理を言ってしまい――」

 

「なぁに、構わんぞ――話にもあった見学のテストにもなるからな!」

 

 ペコリと頭を下げる神崎を豪快に笑い飛ばす《機械軍曹》の人こと大田。

 

「ああ、だから急に工場長が私たちの所に来たのね」

 

 事の真相を理解したレベッカの言葉に神崎はニッコリ返す。

 

「はい、ただお待たせしてしまうのも忍びなかったもので」

 

「つーか、ブルーアイズって……海馬の趣味全開じゃ――まさか!?」

 

 だがその隙に城之内が真実に辿り着いてしまった――恐ろしく勘の良い男だ。

 

「海馬社長の要請によってお創りしたものになります」

 

 しかし相変わらず平静に返す神崎は一応、とばかりに一同に伝える。

 

「此方の要件は済みましたので、今すぐにでも童実野町に向かえますが――」

 

 とはいえ、一同の視線がその答えを何よりも物語っていた。

 

「――最後まで見学していかれますか?」

 

「おう!」

 

 ゆえに一同が望む問いを返した神崎に城之内が代表して親指を立てた。

 

 

 

 実家が工場の本田はデュエルディスクが形を変えていく姿に釘付けである。将来、実家を継ぐ予定の本田にとって勉強になるのだろう。

 

「へ~あれが海馬のデュエルディスクになんのか……」

 

「あの(海馬)の為に態々特注品を作るなど御免被りたかったが、神崎のたっての願いでな! なので、ヤツの度肝を抜くものを作ってやることにした!!」

 

 《機械軍曹》の人こと大田から語られる制作秘話というか愚痴だったが、ならばと本田は振り返りつつ問う。

 

「飛んでったブルーアイズジェットもおっさんが作ったのか?」

 

 《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》を機械化しました、と言わんばかりに海馬の高笑いと共に空へと消えていったジェット機はこの工場から飛び立ったものだ。

 

 此処の工場長である《機械軍曹》の人こと大田が無関係とは思えないと考えたゆえの問いかけだったが、《機械軍曹》の人こと大田は胸を張って返す。

 

「勿論だとも! アレは儂が直々にプロジェクトを率いて完成させたものだ!」

 

「仲が悪い割に、結構、頼み事を聞いてるのね……」

 

 呆れ顔でそう呟くレベッカの言う通り、なんだかんだでKC内の仕事は回っていた。

 

「『ふぅん、無理なら無理と言えばいいだろうに』などとふざけたことを抜かしおったのでな! ヤツの想像を超える代物を生み出してやったわ!」

 

 海馬に屈し、頼み事を聞いたわけではない、と当時の状況を熱く語る《機械軍曹》の人こと大田だが――

 

「究極的なまでに機能美と造形美を追求した機体を前に言葉を失ったヤツ(海馬)の顔は傑作であったぞ! ハッハッハッ!」

 

「完全に売り言葉に買い言葉だね……」

 

 そう零す御伽の言葉通り、完全に子供のやり取りを思わせる。

 

「ちょろいおっさんだなぁ……」

 

 

 そんな城之内の呟きに遊戯たち一同は何とも言えぬ空気になっていた――でも何だかんだで優秀な人だから……

 

 

 その後――

 

 

 《もけもけ》型のパワードスーツの性能実験がまるで拷問部屋のようだと眺めたり、

 

 ソリッドビジョンを利用したゲームマシンの研究風景を眺め――

 

 現実世界の街並みを再現し、疑似的に世界中の何処であっても走れるレースマシンや、

 

 ゾンビ映画の世界に放り込まれたような体感型ガンシューティングに、

 

 空手家風モンスター、《カラテマン》と人間が疑似的に戦う格闘ゲーム等々、

 

 そんな様々なアトラクション――もとい最新技術を見て、感じて、体験していく遊戯たち。

 

 

 

 だったのだが、ふと本田が疑問を零す。

 

「つーか思ったんだけどよ……なんでこんな海のど真ん中で工場建てたんだ? 不便だろ?」

 

 日夜、あらゆる物資が行きかう工場において流通の重要性は町工場のせがれでもある本田は理解している。

 

 

 その理由は軍事産業で後ろ暗いことをしているから――などは既に過去の理由。

 

「それは――」

 

「待て、神崎! ――フッフッフ……よくぞ聞いてくれた! 少し待て……よし!!」

 

 キチンとした理由の一部を明かそうとする神崎だが《機械軍曹》の人こと大田が待ったをかけ、意味深に笑う――楽しそうなことで。

 

 

『これよりソリッドビジョンの誤作動を想定した訓練を行います。これは訓練です。繰り返しま――』

 

 不審がる遊戯たち一同に届いたのは意味深なアナウンス。

 

「おっ!? 何が始まるんだ!?」

 

 そんなワクワクする城之内に――

 

「影?」

 

 杏子が零したように影が差す。今の天気は雲一つない快晴の為、このように影が差す筈もない。

 

 

 ゆえに視線を上げた一同の視界に映ったのは――

 

 

 

『グリ゛ィイ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛ッ!!』

 

 山のように巨大な毛玉がもの凄く野太い声をうるさい程に上げていた。

 

 だがこれは、地球の怒りを受け、巨大化した精霊などではないので安心して欲しい――ソリッドビジョンである。

 

「デカッ!?」

 

「うるさっ!?」

 

 城之内と本田の当然のリアクションを余所に静香は首を傾げながら毛玉の正体を零す。

 

「あれって《クリボー》……ですよね?」

 

 だがそれどころではない一同――うるさいからね。

 

「成程ー! 此処は色々実験するのがメインって訳ねー!」

 

 耳を押さえながらレベッカがたどり着いた真実に《機械軍曹》の人こと大田は満足気に耳を塞ぎながら返す。

 

「その通りだー! 量産などは別の工場でやっとるー! つまり此処はこういった事故があった際に、余所に迷惑が掛からんようにする為なのだー!」

 

 だが超巨大な《クリボー》がうるさすぎてその説明が遊戯たち一同にキチンと入ってきているようには見えないが……

 

 

 

 

 やがて超巨大な《クリボー》のソリッドビジョンによる音テロは終わりを告げ、一同の耳がキーンとなる中で《機械軍曹》の人こと大田は遊戯たち一同に振り返って笑う。

 

「――と、まぁ色々回ったが社会見学くらいにはなっただろう?」

 

「おう、中々楽しかったぜ!」

 

 《機械軍曹》の人こと大田に笑い返し、礼を言う城之内。

 

 

 そして《機械軍曹》の人こと大田が立ち止まった最後の見学場所は――

 

「最後にお土産も用意しているぞ!」

 

 お土産コーナーというか、というよりは製品置き場のような所。

 

「マジかよ、太っ腹だな!」

 

「これはどんな製品なんですか?」

 

 喜びに拳を握る本田に対し、杏子は大きめのケースに積まれた部品のようなものを手に取って問いかけた。

 

「デュエルディスクカバーです」

 

「デュエルディスクの改造は値が張るからな、大衆向けに作ったものだ――1パーツやろう。好きなデザインのモノを持っていくといい」

 

 神崎から説明を引き継いだ《機械軍曹》の人こと大田の声に喜色を上げる遊戯たち一同。

 

「おぉー! いいのか!」

 

「ええ、お二方のような有名デュエリストにご使用して頂ければ、それだけで宣伝になりますので」

 

 だが城之内の言葉に返した神崎の言葉は中々にアレだった。それは――

 

「うぁ~汚い大人の事情じゃねぇか……」

 

 そう本田が語るように遊戯と城之内の知名度の利用を狙ったものなのだから――もうちょっと隠す努力をして欲しいものだ。

 

「僕たちも貰っていいんですか?」

 

 そんな御伽の「自分たちは有名なデュエリストでない」ゆえの声にも《機械軍曹》の人こと大田は明るく返す。

 

「構わんぞ――種類はあれど、デッキ装着部分のパーツしか置いていないがな」

 

「他の部分にも、つけるパーツがあるんですか?」

 

「デュエルディスクのカードを置く部分に取り付けるものや、腕に巻く部分に取り付けるものもある。ちなみにこれの付け方は『こう』だ」

 

 静香の疑問の声に《機械軍曹》の人こと大田は何処からか取り出したデュエルディスクで実演して見せる――そのデュエルディスクには全てのパーツが装着されていた。

 

「そんなに種類あんのに、なんでお土産用はコレだけなんだ?」

 

 パーツの種類の多さを見た本田の当然の疑問が浮かぶが――

 

「他の子のを無理やり取っちまう子がいるかもしれん――その点、同じ部位のパーツなら複数持っておっても意味はないからな」

 

 《機械軍曹》の人こと大田から語られるのは余所からの「見学」の話も出ているゆえのもの――子供を引き連れ社会見学なんて話もある為だ。

 

 

「本来は他の部位のパーツも使いオリジナリティを目指すものですので、この1つを手にしたことで他の部位のパーツに目を向けて貰えれば――と」

 

「へぇ~成程、だから付けた時に一番目立つ部分をチョイスしたって訳ね……」

 

 説明を引き継いだ神崎の言葉にレベッカはテディベアのマークのついたパーツ片手に納得の色を見せる。

 

 

 そう、早い話が――

 

「汚ねぇ! 大人って汚ねぇ!」

 

 その城之内の言葉が全てを物語っていた――他の人が使っていると自分も欲しくなるのが人の性ってヤツなのだ。

 

「ならいらんか?」

 

 しかし、そんな茶目っ気タップリにかけられた《機械軍曹》の人こと大田の声に――

 

「いえ、いります!」

 

 城之内は食い気味に返した――こうして青年は大人へと成長していくのである。えっ、違う?

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで楽しい工場見学も終え、更にはお土産もゲットした遊戯たち一同は神崎の案内の元で再び空の旅を経て、童実野町に帰って行った。

 

 






光のピラミッド「三幻神(2体)+強力な精霊(2体)の力、ウマウマ」





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第124話 ハイパー社畜タイム



前回のあらすじ
《機械軍曹》の人こと大田「ふっふっふ……見るがいい、海馬! これが我が工場の力によって生み出された究極のジェット機――『ブルーアイズ・ジェットMAX』だ!!」

海馬「ふ、ふつくしい……」

モクバ「兄サマ……(さっきまでのイライラが嘘のようだぜい……)」





 

 

 バトルシティの激闘も終え、デュエルキングとして一躍有名になった遊戯の周囲の熱が冷め止らぬ頃、遊戯・城之内・本田・杏子の4名は博物館まで来ていた。

 

 

 そう、彼らは遊戯の内に眠る名もなきファラオとしての遊戯の記憶を完全に戻す為に、博物館に展示されている墓守の一族が守り通して来た石板を見に来たのだ。

 

 

 

 しかし博物館に入ろうとした遊戯たちが最初に出会ったのはイシズではなく――

 

「あれ? 武藤さん? 博物館に何か御用ですか?」

 

 オカルト課の北森が出迎える――というか博物館には他に客はおらず、全体が慌ただしい。

 

「何で北森さんが? あっ、用事は展示されている古代エジプトの石板を見に来たんだ」

 

 表の遊戯はこの場に北森がいる事を疑問に思うも、この展示はKCも関わっていることに思い至り、要件を明かすが――

 

 

「もうありませんよ?」

 

 実現不可能だった。

 

「えっ、なんで!?」

 

 動揺を見せる遊戯に北森は顎に指を当てながら続ける。

 

「えーと、墓守の一族の方がグールズのトップだったので……あの……その……少々ゴタゴタがあったらしくて……」

 

 だがその説明はフワッとし過ぎて要領を得ない――とはいえ、北森は詳しい事情を知る立場でもないゆえに仕方のない側面もあるが。

 

「イシズさんは?」

 

 杏子がこの博物館の展示を企画した責任者のポジションの人物の名を上げるが――

 

「既にエジプトの方に帰られています。今回の展示はKCも関わっていたので、私は残りの片付けを……」

 

 既にイシズはこの博物館にはいない――というかそれどころではない。

 

 

 頼みの綱が途切れた状態に城之内が当事者である遊戯に零す。

 

「エジプトってどうすんだよ、遊戯……」

 

「うーん、やっぱり直接向かうしかないかなぁ?」

 

 だが返ってくるのは些かハードルの高い選択。

 

 そんな遊戯たち4人の悩む姿に北森は親切心から問いかける。

 

「石板がどうかしたんですか?」

 

「えーと、その詳しくは言えないけど、ボクにとって大事なことなんだ」

 

 とはいえ、遊戯も詳しく話すことは出来ない。早々信じられる内容でもない為、遊戯の口は自然と重くなる。

 

「そう……なんですか? でしたら向かうのは時間を置いた方が良いと思います。まだゴタゴタしているでしょうし……」

 

「そんなになの?」

 

 しかし北森から告げられたアドバイスに首を傾げる杏子。バトルシティの熱があれどエジプトはあまり関係なさそうに思えたゆえに。

 

「はい、グールズは国際的な犯罪組織だったので問題はどうしても大きくなりますから……」

 

 その北森の言葉通り、今のイシズはこの博物館での後始末を全てKCに丸投げしなければならない程の事態に見舞われていた。

 

 

 それはザックリ言えば、グールズのトップが墓守の一族の人間であった為、墓守の一族へ向けてのグールズの被害にあった人間からの突き上げがもの凄いので、もの凄く忙しい。

 

 

 そう、イシズはその対処に追われている――マリクとリシドを守る為に頑張っているのだ。

 

 

 現状が思った以上に自分たちではどうにもならない事実を知った遊戯たち一同だったが、本田はふと問いかける。

 

「それって、どのくらいかかるんだ?」

 

 その言葉通り、今の遊戯たちに出来るのは古代エジプトの石板を管理するイシズの周辺が落ち着くまで待つしかない。

 

「さすがにそこまでは……済みません、お役に立てなくて……」

 

 しかし北森は過労で疲れ切ったイシズの顔を一度ばかり見た程度な為、明言は出来なかった。

 

「ううん、そんなことないよ――ありがとう北森さん! 助かったよ! 他の詳しいことは日を改めて神崎さんに聞いてみるね!」

 

 申し訳なく頭を下げる北森に明るく返す遊戯の言葉を最後に遊戯たちは博物館を後にする。

 

 

 その後、折角集まったのだからと遊びに向かった遊戯たちの心に何処か安堵があったのは気のせいではない。

 

 

 別れはいつだって辛いものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 KCの一室にて1人黄昏る神崎は書類片手に息を吐く。

 

「バトルシティは無事に乗り切れたか……」

 

 最大の脅威であった『ラーの翼神竜』の威圧感を思い出し、内心で身震いする神崎はそれから逃れるようにこのバトルシティでの問題を纏めた報告書を眺める。

 

「報告にあったエスパー絽場は『公式試合の無期限出場停止』――意外と処分が重いんだな……」

 

 その1つの「手札の盗み見」のイカサマを常習的に続けていたエスパー絽場に「デュエル協会」が下した決定は中々に重い。

 

 この処分は、プロデュエリストはおろか、企業デュエリストのようなマイナー職だけでなく、「デュエル」を僅かにでも関係する職業全般が選べなくなる。

 

「『出場停止処分』が解除されるかはエスパー絽場の今後次第……」

 

 今現在のエスパー絽場の「デュエリスト」としての未来は暗いが、報告書には「強い反省が見られ、更生する可能性は極めて高い」とほぼ確定事項のような内容でギースが太鼓判を押していた。さらに――

 

「竜崎が色々動いたのか……動かなかった場合は『もっと重い処分になっていた可能性が高い』と、やはり『デュエル』に関することは厳しい世界……か」

 

 この遊戯王ワールドにおいて「デュエルを侮辱した行為」は酷くペナルティが重い。

 

 さらに当のエスパー絽場が、大衆がいる場で「自白」した為、隠蔽や情報統制のような手段も取れなかったと報告書には記されていた。

 

 原作ではナアナアで許されていたエスパー絽場だったが、今回は神崎が「デュエルに関する発展」を加速させた為、明確な罰則が発生していた。

 

 ゆえに神崎は自身が原因の自覚がある為、なるべく力になりたいが――

 

「オカルト課で雇うにも、周囲を納得させられるだけの理由も力もない…………だが、多少は関われる口実が出来たのなら人間関係のトラブル(イジメ問題)だけでも大下殿に口添えを頼んでみるか」

 

 神崎の立場が邪魔をする。

 

 ゆえに企業買収のスペシャリストであり、広い人脈を持つBIG5の《深海の戦士》の人こと大下を頼ることに決めた神崎。

 

 やがて報告書片手に自身の影から新しく目玉と腕を生やした神崎はBIG5の《深海の戦士》の人こと大下に願い出る為の書類を作成しながら、報告書を読み進めていく。

 

 おい、冥界の王の力を便利アイテム扱いするんじゃない。

 

「これは羽蛾の諸々の勝手な行動に対する罰則か……『反省の色が見られる』とある……なら特にこれ以上は必要ないか――次も問題行動を起こすようなら、『ただデュエルすればいい』ポジションに置けばいいだろう」

 

 報告書には「BIG5の工場長こと大田に預けてはどうか」との提案が記されていた。メカに強い部分を見ての判断だろうが神崎は否定的であった。

 

 羽蛾には「承認欲求が強い」という点がある為、あまり表に出ない部署は向いていない。

 

 神崎は報告書を読み進めていく。

 

「ドクター・コレクターも引き渡しが済んだ……グールズの構成員たちの洗脳も解け、元の生活に戻せつつある」

 

 そこには国際的な犯罪者であるドクター・コレクターとグールズを日本の警察組織が捕まえた――ことになっている旨が書かれていた。

 

「コネクションくらいになると良いんだが……治安維持局――セキュリティとまではいかずとも『デュエル犯罪に対する部署』くらいは在っても困らないか」

 

 そう一人ごちた神崎はまたまた自身の影から新しく目玉と腕を生やし、デュエル犯罪に対するノウハウを伝える講習会の企画書を組み上げ、書類を作成していく。

 

 完全に冥界の王の力の無駄使いをしながら報告書を読み進める神崎。

 

「マリクたちの件は大岡殿次第……」

 

 そんな中で今の自身ではどうにもならないマリクの行く末を余所に神崎の報告書をめくる手が止まる。そこに書かれていたのは――

 

「残るはパンドラの家庭問題と人形の彼の心のケアだが……」

 

 それは操られていたグールズの中でも面倒な事情を持つ2人。

 

 1人はパンドラの拗れに拗れた夫婦関係。

 

 色んな意味で面倒だが、パンドラ自体は愛するカトリーヌが幸せになれる選択であれば自身はどうなっても文句はないというスタンスからあまり問題ではなかった。

 

 そう、問題だったのはもう1人の「人形」と評されていた構成員である。

 

 虐待を行っていた両親を殺害してしまった過去から自責の念を受けて心を閉ざしていただけでなく、マリクの洗脳を受けてさらにその心は奥深くに沈み込んだ。

 

 そして今度は犯罪行為に加担してしまったことで更に自責の念を受け、自身を責めている状態である。

 

 強引な手段は使えず、更には心の問題ゆえにオカルト課の治療技術もあまり意味をなさない。

 

「これらは一朝一夕で終わる問題でもない。気長にやっていくしかない……か」

 

 ゆえに今すぐどうこうすることも出来ない為、神崎にはあまり出来ることは多くない。

 

「そして一番の問題の――」

 

 やがて報告書を閉じた神崎はアルカトラズの工場にて入手した様々なデータが並ぶ書類を手に取る。それは――

 

「――『デュエルエナジー回収機構』がソリッドビジョンに与える影響」

 

 そう、アクターとカードプロフェッサーであるマイコ・カトウとのデュエルで発生した《森の番人グリーン・バブーン》のソリッドビジョンの挙動に関する調査結果である。

 

「大田殿にも調べて貰ったが、機能的な問題はなし」

 

 しかしその結果は神崎の予想を裏切り、ソリッドビジョン自体に目立った問題はない。

 

「ツバインシュタイン博士とギースに調べて貰ったが、ソリッドビジョン自体に精霊が憑いている訳でもない」

 

 さらに精霊関係の問題もない為、神崎は内心で肩透かしを受けていた。

 

「あくまで精霊世界とこの世界の干渉力が影響している程度――デュエルエナジー回収機構によってソリッドビジョンが実体化する危険性はなし」

 

 つまりマイコ・カトウのデュエルの際に起こった出来事を「精霊持ち」の事情を抜きにして、もの凄く大雑把に説明すれば――

 

 

 今日もソリッドビジョンはイキイキ動いています。そんな程度の問題とも言えないものだった。

 

 とはいえ、デュエルディスクが世に羽ばたくこのタイミングで問題が発生すればそれこそ大変なことになるゆえに今の神崎には安堵の方が大きい。

 

「問題はない……が」

 

 だが、このまま流していい問題なのかと悩む神崎。

 

 デュエルエナジー回収機構を外す選択肢は神崎にはない――何故ならあれは今、神崎が持つ最も強力な鬼札(ワイルドカード)

 

 これから続いていく世界の滅亡の危機のオンパレードに対抗する為の武器なのだから――もうちょっと冥界の王を頼ってあげても……

 

 

 

 

 しかし悩みに耽る神崎がいる一室の扉が開く――前に神崎は影から新たに伸ばしていた目玉と腕の全てを引っ込める。

 

 やがて開いた扉から歩み出たのは――眼鏡をかけたインテリ風のおっさん。BIG5の《ジャッジ・マン》の人こと大岡である。

 

「これは大岡殿。言ってくだされば此方から伺いますのに――」

 

 そんなBIG5の《ジャッジ・マン》の人こと大岡の来訪に神崎は慌てた様子で立ち上がり、礼を尽くすが――

 

「いや、構わないですよ――道すがら立ち寄っただけですからねぇ」

 

「お手数をおかけして申し訳ありません」

 

 BIG5の《ジャッジ・マン》の人こと大岡の言葉に神崎は畏まる仕草を見せるが、BIG5の《ジャッジ・マン》の人こと大岡に気にした様子はない。

 

「本当に構わないとも、キミには色々と借りがある――ただ、少しばかり愚痴が言いたくなりましてねぇ」

 

「何か問題でも?」

 

 BIG5の《ジャッジ・マン》の人こと大岡から語られた「愚痴」との言葉に聞く姿勢に入る神崎――愚痴だけで態々訪ねてくる筈もないことは分かり切っているゆえに。

 

「なぁに、大したことじゃぁありません。『あのイシズとかいう考古学者が中々に強かだったなぁ』とね」

 

 しかしBIG5の《ジャッジ・マン》の人こと大岡から語られるのは電話対応したイシズに対する愚痴だった――愚痴じゃねぇか。

 

「しかし末恐ろしい女性でしたねぇ――あの手この手でマリク・イシュタールの刑を軽くしようとする様には執念すら感じられた」

 

「家族を想う故かと」

 

 だが嫌な顔一つせずに対応する神崎。実際にイシズの厄介さを知る神崎からすれば他人事ではない。

 

「だとしても被害者の数を考えれば今以上を望むのは些か強欲とも思いますがねぇ」

 

 とはいえ、面倒だったと語るBIG5の《ジャッジ・マン》の人こと大岡。

 

 彼からすればイシズは「犯罪者を無罪にしろ」と無茶振りを権力に任せて強引に推し進めてきた相手ゆえに面倒なことこの上ないのだろう。

 

「確かあの2人は――」

 

 その話の中で神崎はマリク・イシュタールとリシドの今後に考えを向けるが――

 

「ええ、長期刑と多額の賠償金でケリが付きそうです」

 

 BIG5の《ジャッジ・マン》の人こと大岡が先回りするように零す方が早かった。

 

 やがてヤレヤレと肩をすくめて見せるBIG5の《ジャッジ・マン》の人こと大岡は息を吐きながら大変だったと語りだす。

 

「ただ、さすがに悪魔の証明染みたことを論ずる羽目になるとは思いませんでしたがねぇ」

 

 そう、今回のグールズの一件はオカルト的な側面が多く、証明が限りなく面倒だったのである。

 

 マリクの二重人格の証明と、犯行を行ったのは今の人格であるとの証明する脳波データ。そして目撃情報。

 

 KC所属のデュエリスト含め、ハンターたちのデュエルディスクから音声情報を抜き出し、マリクが主導していたことの証明。

 

 そしてマリクの家庭環境の問題に関する証明。

 

 例を上げればキリがないレベルだった。

 

「とはいえ、あれだけの物証があれば問題はありません――前もっての準備が功を奏しました」

 

 しかし逆を言えば証明してしまえば、どうということはないとBIG5の《ジャッジ・マン》の人こと大岡は自信タップリに鼻を鳴らす。

 

 童実野埠頭にあった大量の爆発物にマリクたちの痕跡が残っていたことが決め手の1つになったと笑みを浮かべながら。

 

 黒いものでも白くする、と揶揄された――彼の弁護士としてのスキルの前ではまな板の上の鯉も同然だと。

 

「後、此方が本題なのですが――」

 

 ひとしきり笑って満足したBIG5の《ジャッジ・マン》の人こと大岡は最後に本題を明かす――ようやくだよ。

 

「例のオカルト絡みの法整備の話ですが既存の法に沿ったものになるかと、ザックリ語ればオカルトの力を『凶器』と認める形といったところですねぇ」

 

「色々此方の要望を聞き入れて下さり感謝の言葉もありません」

 

 乃亜づてに願い出た一件の現状報告に神崎は深く頭を下げ、感謝を示す。

 

「ですので、これを」

 

 ゆえに神崎は用意していたブツを――といっても封筒に入った書類だが――BIG5の《ジャッジ・マン》の人こと大岡に手渡した。

 

「……また頼み事ですか? ――おや、これは……」

 

 また面倒事かとイヤイヤながらに受け取るBIG5の《ジャッジ・マン》の人こと大岡だが、封筒を開き書類をパラパラめくった後に笑みを深める。

 

「成程、成程。今回の一件で私は人情派弁護士としての――そう文字通り、ヒーローとなる訳だ」

 

 神崎が手渡したブツはBIG5の《ジャッジ・マン》の人こと大岡に対する「心ばかりのお礼の品」だ。

 

「そして未知(オカルト)に立ち向かい定義した1人となり、歴史に名を遺す可能性だってありえる! このわたくしが!」

 

 お礼の品は「現代の英雄の証」――直接的に金銭には繋がらなくとも、間接的に考えればその限りではない。

 

 そしてBIG5の《ジャッジ・マン》の人こと大岡にはそれを成す力がある。

 

「喜んで頂けたのなら何よりです」

 

 満足そうなBIG5の《ジャッジ・マン》の人こと大岡の姿に一安心な神崎――頑張って用意した甲斐があるというもの。

 

「ふふっ、相変わらず君は乗せ上手だねぇ」

 

 やがて踊りだしそうな程に上機嫌なBIG5の《ジャッジ・マン》の人こと大岡は神崎の肩に手を置きポツリと零す。

 

「また何かあれば何でも言いたまえ、君の頼みならいつでも手を貸しますよ」

 

 そう言い残した後、BIG5の《ジャッジ・マン》の人こと大岡は軽やかに去って行った。

 

 

 閉まる扉を確認した後、神崎は影から無数に眼球と腕を生やし、仕事に戻る――忙しい事実はなにも変わっていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 KCのオカルト課の一室にいる3人の間には緊迫した空気が流れていた。

 

「牛尾、お前は羽蛾と竜崎の仕上がりを『問題ない』と判断した――そうだな?」

 

「はい」

 

 ギースの問いかけに言葉少なく返す牛尾。その後ろには羽蛾が控えていた。

 

「だったら何だこれは!! 職場放棄! 独断専行! 最後には危うくグールズの手にかかる所だったぞ!!」

 

 いつもらしからぬギースの怒声が牛尾に飛ぶ。

 

「すんません! 俺の責任です!」

 

 今の牛尾には頭を下げることしか出来ない。

 

「やはりお前にはまだ早かったのかもしれんな……」

 

 牛尾なら出来ると神崎に推薦したギースがそう思うのも無理はない。

 

 しかし此処で今まで沈黙を守っていた羽蛾が思わず声を上げる。

 

「ちょっと待てよ! さっきから黙って聞いてれば! 牛尾は関係ないだろう! 文句なら俺に言えよ!! 俺がミスしたんだから俺の責任だろ!!」

 

 この場に呼び出されたのは羽蛾の勝手な行動を咎めるものだが、肝心の羽蛾には事実確認以外でギースは一言たりとも言葉を向けていない。

 

 ギースに怒鳴られているのはずっと牛尾1人だ。

 

「此処は黙っとけ、羽蛾!」

 

 そう牛尾が小声で羽蛾に向けて伝えるもギースは先の怒りの表情などなく、いつもの様子で羽蛾に問いかける。

 

「羽蛾……お前は勘違いしているようだから言っておこう――お前に何の責任が取れるんだ?」

 

「ヒョッ?」

 

「答えてみろ――最悪の可能性が起こったとして、どう責任を取るつもりだったんだ?」

 

「そんなの!」

 

 淡々と事実を確認するように問いかけるギースに羽蛾は決まり切ったことだと声を張ろうとするが――

 

「まさか辞める『だけ』等と言うんじゃないだろうな?」

 

 スッと先回りするように語られたギースの言葉に羽蛾はようやく気付く。

 

「ヒョ……それは……」

 

 そう、今の羽蛾に「責任など取れない」ことを。

 

 羽蛾の不用意な行動はKCに大きな危険を与えた。辛うじて問題は起きなかったが、問題が起きた場合の被害は考えるだけでも恐ろしい。

 

 

 やがて下を向く羽蛾から視線を外したギースは牛尾を見やり怒声を飛ばす。

 

「理解したな――分かったか、牛尾! 羽蛾がこの程度の事も理解していなかったのはお前の甘い認識と怠慢が原因だ!!」

 

 そう、本来であればこの程度のことは「牛尾がキッチリと分からせておく」べき問題なのだ。

 

 新人の訓練はただデュエリストとしての力量にテコ入れするだけではない。デュエリストの「心」に対しても鍛え直す場なのだから。

 

「お前の言葉を信じた私が馬鹿だった!!」

 

 そんなギースの怒声が牛尾の身に響いた。

 

 

 

 

 やがてギースから解放された牛尾と羽蛾。そんな中で牛尾は息を吐きながら羽蛾の肩に手を置く。

 

「ふぃ~やっと終わったか……まぁ、ギースの旦那が言う通り羽蛾、お前が責任感じる必要なんて――」

 

 しかしその肩に置かれた手を振り切り、羽蛾は駆け出していった。その逃げ出したい心中を示す様に。

 

「行っちまったか……アメルダ、済まねぇが様子見といてくんねぇか? 俺が直接行くよりいいだろ」

 

 走り去る羽蛾を見送る牛尾は人払いの役を買って出ていたアメルダに願いでる。放っておくわけにもいかないが、牛尾が行けば逆効果だろうと。

 

「ああ、了解した」

 

 そんな短いアメルダの言葉と共に遠ざかっていく背中を見ながら牛尾は扉の向こうに語りかける。

 

「んで、ギースの旦那。羽蛾のヤツはもう行っちまったんで大丈夫っすよ」

 

 その牛尾の言葉のしばらく後、扉を少し開けて顔を覗かせるのは先程、らしからぬ程に怒鳴っていたギース。

 

 しかし今はその影もなくおずおずと言った具合に牛尾に問いかける。

 

「そうか……どうだった?」

 

「かなり反省してたかと……すんません、嫌な役やらせちまって」

 

 先のやり取りは羽蛾の反省をより促す為のものだったようだ。

 

「いつものことだ。構わんさ……それに私に言われた方がまだマシだろう」

 

 ギースからすればデュエリストは個性派揃いの為、見慣れたものだった。

 

 過去の狂犬のようなヴァロンをたしなめたり、

 

 過去の入社したてのアメルダが力に魅入られた所を正気に戻したり、

 

 過去のオラオラしていた牛尾に現実を叩きつけたりなど例を上げればキリがない。

 

「――ただ羽蛾の認識の甘さはお前が原因だぞ、牛尾」

 

「返す言葉がないっす」

 

 だが最後に付け足されたギースの言葉に牛尾は肩を落とす。

 

「とはいえ、そこまで責める気もない。竜崎が連絡したにも関わらず乃亜が動かなかった問題もある」

 

 とはいえ、ギースもそこまで牛尾を責める気はない。

 

 本来であれば羽蛾の暴走は未然に防がれている筈のものである。

 

 乃亜が神崎の意を汲んだゆえに起こった状態だ――神崎にそんな意は毛ほどもなかったが。

 

「しっかし、神崎さんの場合はそんなにヤベェんですかい?」

 

 その牛尾の言葉通り、牛尾は神崎が怒っているところを見たことがない為、怒られた場合の状況をイメージするも上手くいかない模様。

 

「いや、あの方は怒りを見せたりはしないさ。そもそも誰かに強い感情を持っているかどうか怪しい」

 

 しかしギースは牛尾の前提から否定する。ギースの見てきた神崎はいつも「楽」一択だが、それすらも作られた表情だと。

 

「ギースの旦那ですら見たことないんすか? 結構、長い付き合いなんでしょ?」

 

「私など所詮は換えの利く駒の1つだよ」

 

――あのアクターでさえ……

 

 ギースは思い出す。アクターからのメッセージを神崎に伝えた時も、神崎は大した感情を見せず淡々としていたことを。

 

 文字通り「どうでもいい」と言わんばかりに――そりゃ中の人的なことを考えればそうならざるを得ないのだが。

 

 そしてギースは意識を牛尾に戻し、続ける。

 

「それにあの方のやり方は――『自発的に気付かせる』方法を取る。しかしこれが厄介でな」

 

「あー、その段階ですら篩にかけてるってことですかい?」

 

「ああ、気付かないようなら良くて私のように部署替え、悪くて――」

 

「ギースの旦那、部署替えって――いや、なんでもないっす。悪くてクビっすか?」

 

 ギースの言葉の一部分に反応する牛尾だが「踏み込むべき話ではない」と、強引に話を戻すが、ギースは首を横に振る。

 

「違う。それはまだマシな部類だ。最悪、歯車にされる」

 

「……歯車っすか?」

 

 なんとも妙な例えだと思う牛尾。

 

「ああ、ただ言われたことを黙々とこなすだけの歯車に……な」

 

 しかしギースが語るのは鬼畜の所業のような言葉だった――神崎はただ適材適所を心掛けているだけなのに。

 

 

 やがてしばし沈黙が続くが、重くなってしまった空気を変えるように牛尾は手を振る。

 

「あーもう止めましょうぜ、こんな話――んで話は変わるんですがマリクたちはどうなったんすか?」

 

 強引な話題転換だったが、牛尾とて気になっていた内容である。できれば遊戯にも結果を知らせたい思いがあった。

 

「長期刑と多額の賠償金で落ち着くらしい――まだ正式な決定は降りていないらしいが」

 

「――ってーと、出てこれるって聞こえるんですけど、なんつーか意外ですね」

 

 敵対者に容赦のない神崎の在り方から最悪の可能性すら考えていた牛尾だったが、ギースから返ってきたのは思いの他に温情に溢れたもの。

 

 とはいえ、かなりの長期間の刑になる為、出られるとはいっても人生の大半を無駄にする結末が待っているが。

 

「どうだろうな……なまじ希望がある分、彼は逆に退路を塞がれたようなものだ」

 

「下手に問題を起こせば『それすらもなくなる』っつう話ですか……片棒担いだ手前、やるせねぇっすね……」

 

 ギースの言葉に牛尾の言葉に力がなくなる――マリクを司法の場に向かわせた人間の中に牛尾も当然含まれている。

 

 マリクの過去を知る牛尾からすれば気持ちの整理がいまいち出来ていなかった。

 

「だが彼は良い目をしていた――あの様子ならきっと大丈夫さ」

 

 しかしそんなギースの言葉に牛尾は顔を上げる。

 

「そうかもしれねぇっすね……じゃぁ俺はこの結果を遊戯たちに知らせてきます――アイツらも気にしてたんで」

 

 顔を上げた牛尾に先程の影はない。空元気であっても前に進もうとする強さがそこにはあった――それは遊戯たちに教わった強さ。

 

 

 牛尾の心と歩調は不思議と軽くなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 墓守の一族が管理する地下にあるテーブルと4つのイスだけがある一室。そこでイシズは過去に思いを馳せていた。

 

 ひっきりなしに対応を求められるグールズの一件に対する忙しさから一時の休息を得たイシズが最初にしたことはこの想い出のある部屋で心を休めること。

 

「この場所に来るのも久しぶりですね」

 

 そう一人ごちるイシズの心には過去の状況が蘇る。

 

 

 マリクがイシズとデュエルし、時にはリシドも交えてデュエルした過去。

 

 負けが続き拗ねるマリクに対し、手加減をしようとしたリシドを「それはデュエリストとして無礼だ」とたしなめた父の姿。

 

 特訓だとマリクを鍛えようとした父が実はそれほどデュエルが強くなかった為、大した特訓にならなかった想い出。

 

 リシドに負けてマリクと共に悔しがる父の姿――2人のあまりにそっくりな姿に思わず笑ってしまったイシズ。

 

 そして時折父から語られる亡くなった母との思い出話に3人で静かに耳を傾けた夜。

 

 

 どうしてあの幸福な時を留めて置けなかったのだろうか、とイシズは考えてしまう。

 

 だが全ては過ぎ去った過去。もう二度と取り戻せない日々。

 

この場所(墓守の里)で1人待つことが、(わたくし)に与えられた罰なのかもしれませんね」

 

 

 そんなイシズの言葉が誰の耳にも届かず消えた。

 

 

 

 






長らくかかりましたが、ようやく――バトルシティ編 完結




~今作特有の用語~
デュエル協会

デュエリストに関する様々な規定を定めている機関。

デュエルでイカサマなどの不正を行ったデュエリストに対する処分は此処で降される。

他の仕事内容は「プロデュエリスト」の資格認定試験などが有名。




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DM編 第7章 劇場版 超融合編 歪んだ世界
第125話 時間旅行に行きたいな




前回のあらすじ
本田「牛尾のヤツからマリクたちが受ける罰が分かったてよー!」

御伽「本当!? でも、これって…………彼らが出られる頃には彼ら含めて、僕たちは……」

城之内「マジかよ……なら俺ら――――スッゲー長生きしなきゃな!」

遊戯「そうだね! 健康にも気を付けなきゃ!」

杏子「いや、そういう問題じゃないと思うんだけど……」





 

 

 バトルシティでの諸々の問題も大半が片付き、久々に纏まった時間の取れた神崎はある場所を訪れていた。それは――

 

 

『こんな山に何のようだ? この土地に大した力はないぞ――それとも山に住まう命を喰らうのか?』

 

 神崎から伸びる影――冥界の王の語るように何の変哲もない緑が生い茂る山だった。

 

「…………随分と流暢に話せるようになりましたね」

 

 対する神崎は冥界の王の過激な提案に呆れつつそう返す。

 

 今までの冥界の王は怨念に塗れていたゆえか、その言葉はどこかたどたどしかったが、今は流暢に話せていた。

 

『これ程までに長期間、現世に留まったことがないからな』

 

 その言葉通り、「冥界の王」が現世に一度現れれば「赤き龍」と世界の命運をかけて雌雄を決する戦がすぐさま始まる。

 

 そしてその戦に言葉など不要。

 

 しかし現在は神崎を騙して奪われた己の力を取り戻さなければ冥界の王は何も出来ない為、あれやこれやと「言葉」で甘言を繰り出すしかないゆえに上達せざるを得なかった。

 

 神崎は全てスルーしたが。

 

 何処か苛立ちを見せる冥界の王に神崎は今回の目的をポツリと零す。

 

「そうですか……今回の用事はただの墓参りです――両親のね」

 

 神崎の両親が死んだのは、まだ神崎が年端もいかぬ程に幼かった頃である。

 

 ゆえに頼る人がいなかった神崎が身辺を整理した際に捻出できた金額で可能だった両親の供養の方法は自然葬だった。

 

 

 その場所がこの緑生い茂る山である。

 

 墓参りと聞いた冥界の王はその影を近くの木に伸ばし、神崎と視線を合わせ囁く。

 

『ダークシグナーにしてしまえば良いだろう。再び会うことが――』

 

「無理ですね――2人は何も未練を持っていない」

 

 しかし神崎はすぐさま淡々と否定の意を示す。

 

 だが「駄目」ではなく「無理」との言葉に冥界の王は意地の悪い声を出しながら笑う。

 

『何を言う。未練がなければ()()()()()――お前の得意分野だろう?』

 

 冥界の王は強い手応えを感じていた。

 

「その気はないですよ――それに恐らく、耐えられない」

 

 否定の言葉を重ねる神崎に食い下がろうとした冥界の王だが、ふと疑問を覚える。

 

『? 魂や肉体の強度など大した問題には――』

 

 ダークシグナーとして蘇生させる過程において、魂や心、肉体の損傷は関係がない――ただ強い負の感情を内包した未練があればいいのだから。

 

 

 不思議そうな冥界の王に神崎はポツリと零す。

 

「2人は『普通』なんです。だから――」

 

 

 神崎の両親は普通の人間だった。

 

 

 精霊に関係する力を持っている訳でもなく、

 

 カードに選ばれた訳でもなく、

 

 前世に因縁がある訳でもなく――

 

 

「『ダークシグナーになった事実』に耐えられない」

 

 強き心を持っている訳でもない。

 

『なんとも弱きものだな』

 

 冥界の王は呆れたようにそう呟いた――己を喰らった男の両親ゆえにどれ程の人間かと思えば、弱いと断ずるしかない程に何もない。

 

「それが『普通』ですよ」

 

 神崎は力なくそう零すと踵を返し、来た道を引き返していく――墓参りは終わったらしい。

 

 

 そんな神崎の脳裏に『無理に子供らしく振る舞わなくていい』――そう言いながら無理をして笑みを浮かべた両親の姿が過る。

 

 

 両親からすれば『神崎 (うつほ)』は不気味な存在だった。

 

 生まれたばかりにも関わらず強い自我を持ち、学んだ訳でもないに関わらず「子供らしさを求められている」と2人の意図を理解する。

 

 唯々不気味だった――自分たちの子だと、人間だと、信じられなくなる程に。

 

 しかし、それでも親とあろうとした2人にもはや神崎は何も返せない。

 

 

 絶対に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本当に?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 KCのオカルト課に訪れていたモクバに指名され、アメルダは言われるがままにモクバと同じテーブルで向き合っていた。

 

「なぁアメルダ?」

 

 今の今まで言い難そうに身をよじっていたモクバが意を決した様子で発した言葉にアメルダは「ようやくか」と息を吐く。

 

「どうかしましたか、モクバ様」

 

「アメルダは何でオカルト課に入ったんだ?」

 

 しかしモクバから問いかけられた言葉にアメルダの瞳が鋭くなる。

 

「念の為聞いておきますが、ボクらの中に『事情』がある人間が多いことを知っての問いですか?」

 

 分かり易く「怒っている」アピールをするアメルダ――軽い気持ちで問いかけたのならアメルダは立場を無視してでもモクバを叱らねばならない。

 

 

 ただでさえオカルト課は海馬に睨まれている現状、海馬の逆鱗に触れるようなマネは避けたいとアメルダは考えるが――

 

「うん、でも俺は知りたい――いや、知らなきゃならないんだ」

 

 しかしモクバの視線は真っすぐアメルダを向いていた――怯えを隠す様に膝の上に置かれた拳は握られている。

 

「理由を聞いても?」

 

 これは厄介だと思いつつアメルダは続きを促す。

 

「俺さ、KCのみんなには仲良くして欲しいんだ……でも兄サマは神崎と仲が悪いだろ?」

 

「……海馬社長が一方的に嫌っている状況ですがね」

 

 モクバから語られたのは海馬と神崎の一触即発な様相を危惧してのもの。とはいえ、神崎側が海馬に敵対する意思がこれっぽっちもない為、完全に海馬の1人相撲だが。

 

 モクバは続ける。

 

「それでさ、俺は兄サマに聞いたんだ――『何で神崎に厳しいのか』って」

 

 神崎のスタンスは常に海馬やモクバのプラスになっている――裏切る素振りなど全くない。

 

 少なくともモクバにはそう見えていた。ゆえに海馬の神崎に対する過敏なまでの対応がモクバには分からない。

 

 しかし海馬にはモクバでは見えない部分が見えていた。

 

「そしたら兄サマは言ったんだ――『お前はヤツの何を知っている?』って」

 

 それが答えだった。

 

 神崎の行動には1つだけ大きくポッカリと穴が開いている。それは「何故、海馬とモクバに味方するのか」という1点。

 

 本人に聞けば「海馬とモクバの持つ理念に感動した」といった如何にもな理由が語られるが、海馬がモクバのようにそれを素直に信じる訳がない。

 

 神崎の目的が何も()()()()()

 

 神崎が何を考えているのか()()()()()

 

 神崎と言う人間が()()()()()

 

「俺は何も答えられなかった」

 

 意気消沈した様相で零すモクバ。

 

「ボクも答えられませんけどね」

 

 しかしアメルダは無理もないと同意を示す。神崎本人が秘密主義過ぎて距離の近いオカルト課の人間でも答えられない問題である。

 

 そうフォローを入れたアメルダに対し、モクバは首を横に振る。

 

「俺さ……神崎とは仲良くやれてると思ってたけど、実は神崎のことを何にも知らなかったんだ」

 

 モクバは神崎と良好な関係を築いている自負があったが、それは何処までも空虚なものだった――「何も知らない相手と『仲良くなった気にさせられていた』だけ」だった。

 

 酷い言われようである。

 

「何にも知らない相手と仲良くなれる筈なんてないのに……」

 

 何を喜び、何に怒り、何に悲しみ、何に笑い、何を好み、何を嫌うのか、モクバは神崎を何も知らない。

 

 今の今まで何も知らないことに気付きすらしなかった。

 

 だがモクバは下を向きはしない。

 

「だからさ! 『これから知っていこう』って思ったんだ!」

 

 モクバは顔を上げる。その顔には悲観はなく、KCの副社長として前だけを向いていた。

 

 そのモクバの瞳をアメルダは真摯に見つめ返し、小さく息を吐いて納得の色を見せる。

 

「成程、だからボクのところ――いえ、ボクたちの所に来たわけですか。神崎さんが自分の事を話すとも思えませんし」

 

「ああ、そうなんだよ! 神崎に聞いてもはぐらかされて、いつの間にか別の事話してたりするし! いつの間にか世間話してそのまま別れちまうこともあるし!」

 

 アメルダの神崎に対する若干アレな言いように全面的に肯定を返すモクバ――本人が聞いたら泣くぞ。

 

「神崎さんの秘密主義は今に始まったことでもないですが、無理に問い質すのもどうかと」

 

 とはいえ、アメルダも神崎への一応のフォローは入れる――アレでも一応、上司だと。

 

「でもさ、『人となり』くらいは知っておくべきだろ! だからさ! 神崎がやってきたことから、どんな奴か知ろうと思ったんだ!」

 

 モクバの作戦は至極単純――「本人から『人となり』を掴めないなら、その行動から『人となり』を確かめる」である。

 

 既にその作戦はかなりの段階まで遂行中だ。

 

「モクバ様がオカルト課を探っているとの噂は本当でしたか……」

 

 そう、目の前のアメルダの言う通り、他のオカルト課の人間へのモクバへの聞き込みは大半が終わっていた――ただ、未だに神崎の人物像を掴めてはいないが。

 

「ああ! そうだぜい! ヴァロンや他の奴らからも話は聞かせて貰ってるぜい!

 

「!? あのヴァロンが? 意外ですね――本人は恥ずかしいからと言って話したがらないのに……」

 

 モクバから出た意外な名前に驚きを見せるアメルダ。

 

 ヴァロン自身が拳の振るう先を見失い喧嘩に明け暮れていた過去を恥じていることを知るアメルダからすれば想定外だった。

 

 しかしそれはモクバの本気度をヴァロンが認めたゆえと考えたアメルダは意を決したように口を開く。

 

「……分かりました。お話ししましょう――ですがボクの場合はあまり面白い話ではないですが」

 

「いいのか!」

 

「ええ」

 

 ようやくこぎ着けた事実に喜ぶモクバを余所にアメルダは自身が神崎と出会った過去に思いを馳せる。

 

「ボクの故郷は綺麗な町が並ぶ良いところだったんですが……突然、紛争が起こりました――いわゆる戦争ですね」

 

 アメルダから語られるのは自身の故郷を襲った突然の悲劇。

 

 その悲しみの連鎖は留まることを知らず、そこら中に広がって行く。

 

「ボクと弟は両親に守られながらも恐怖に震える日々を過ごしていました。ただ弟を、ミルコはボクが守るんだと、力もないのに息巻いていましたが」

 

 当時、ただの子供だったアメルダは無力感に苛まれる毎日だった。

 

「そんなこと言うなよ……」

 

「事実ですよ――当時のボクには何の力もなく、そして現実も知らなかった」

 

 モクバが小さく零した言葉にアメルダは首を横に振る――過去のアメルダはその自身の弱さが許せなかった。

 

 もっと己が強ければ、と思ったことは1度や2度ではない。

 

 そんなアメルダ一家を更なる悲劇が襲う。

 

「ある日、ボクたちの両親が戦火に巻き込まれたことを知って……最悪の可能性の考えが浮かんだボクは怖くて仕方がなかった」

 

 それは両親を襲った戦火の炎――紛争地帯となったアメルダの故郷では何時、誰に降りかかるともしれぬ不幸。

 

 ただ、その不幸がたまたまアメルダの両親を襲っただけのこと。

 

「ボクはミルコを連れて走りました。走って、走った先には元気な両親が『心配をかけたな』って笑いかけてくれることを願って……」

 

 しかし、その当事者であった子供の頃のアメルダは信じたくない想いと共に弟、ミルコの手を引き駆けた。

 

 駆けて、駆けて、駆けた先に幸運がある筈なのだと信じて。

 

 他ならぬアメルダ自身がその幸運を信じてはいなかったが。

 

「アメルダ……」

 

「そしてボクたちが辿り着いた場所で見たのは――」

 

 想像を超えるアメルダの過酷な過去に言葉を失うモクバだが、アメルダの語りは止まらない。

 

「もういい! もういいよ! アメルダ!」

 

 これ以上は聞いていられないとばかりに叫ぶモクバの制止の声を振り切り、語られたのは――

 

 

 

 この世の地獄のような光景。

 

 

 発生した戦闘によって崩れた建物。轟々と燃える炎。空を覆うまでの黒煙。そして――

 

 

 

 

 

「――《もけもけ》の大群でした」

 

 その地獄の中を練り歩く白い悪魔(天使族)の大群。

 

 

「もういいって言って! …………えっ?」

 

 絶叫のような声を発したモクバから酷くマヌケな声が零れた。

 

 モクバには、ちょっと何を言っているのか分からない。

 

 しかしアメルダは気にせず話を続ける――いや、ちょっと待って。

 

「大人より少し背の高い大型の《もけもけ》の大群です。その《もけもけ》たちに担がれた両親はボクたちに手を振っていました」

 

 子供の頃のアメルダの眼に映ったのはバトルシティで八面六臂の大活躍を見せたパワードスーツ・タイプ《もけもけ》の部隊。

 

 

 その《もけもけ》たちに抱えられていたアメルダの両親は健在だった――なお非現実的な出来事が起こったゆえか現実的な我が子の存在にもの凄く安堵していたが。

 

 

「えっ? ……えっ?」

 

「ボクは何が何だか分からなくなりましたが、ミルコがボクの手を引いて両親の元に駆けて行ったことだけは辛うじて覚えています」

 

 今の動揺するモクバのように当時の自身も混乱の最中にあったのだとアメルダは語る。

 

 弟、ミルコは幼かったゆえか「両親が無事」という事実をただ喜んでいたが。

 

「それからしばらくして争いはバカみたいにアッサリ終わりました」

 

 《もけもけ》たちの進撃は恐ろしいものだったとアメルダは語る。

 

 武器の1つたりとも持っていなかった《もけもけ》たち、その肉体こそが武器と言わんばかりに突貫する白い姿に相手は「バカが来た」と笑っていたが――

 

 その《もけもけ》たちは大地を風のように駆け抜け、

 

 その身体は銃弾を弾き、砲弾をぶん殴ってぶっ飛ばし、

 

 ミサイルなどの爆撃も気にせず足を進め、

 

 人質を取ろうものなら、いつの間にやら地面から飛び出した《もけもけ》に殴り飛ばされ、その後、タコ殴りにされる始末。

 

 そして抵抗する敵を1人残らずその拳で沈めていくその姿はまさに悪夢。

 

「あれは人間(もけもけ)じゃない――化け物(もけもけ)の進軍だ」

 

 返り血でその身体の所々が赤く染まった《もけもけ》たちの存在は悪魔(天使族)そのものだったとアメルダは語る。

 

「えっ? ちょっと待って!? どうしてアメルダはオカルト課に、それに神崎の影も形も――」

 

 だがようやくモクバの理解が追い付く――神崎、関係ねぇじゃねぇかと

 

「落ち着いてくださいモクバ様。神崎さんの話は此処からです」

 

「お、おう」

 

 しかしアメルダの言葉からは語られていないだけで、キチンと神崎はいたのである。

 

「その進軍の中で1人だけ《もけもけ》じゃない人がいたんです――その人はその《もけもけ》たちよりも敵を屠り、張り付けた笑顔で戦場を縦横無尽に駆けていて……後、《もけもけ》たちはその人に敬礼をしていました」

 

 神崎は突貫する《もけもけ》たちの中で先頭を突っ走っていたのである――いや、パワードスーツ(もけもけのヤツ)着ろよ。

 

 そして、その神崎は《もけもけ》の中の人との立場の関係上やたらと敬礼されていた。

 

「それが……神崎なのか?」

 

 モクバの胸中を一言で表すなら「何やってんだ、神崎」である――いや、本当に何やってんだよ。

 

「はい、当時のボクは生身で戦場に突撃していく『アレ』は悪魔なんじゃないかと思っていました」

 

 《もけもけ》に交じって敵を撲殺(不殺)していく神崎の姿は当時のアメルダには同じ人間には見えなかった――当時はデュエルエナジーのドーピングがあれど、まだ一応人間だったのだが……

 

「そうして争いが終わった後はKCの人員が復興の為に来ました――そしてある程度の《もけもけ》たちを残して、神崎さんは去って行ったんです」

 

 まさに世紀末を思わせるヒャッハー!な日々だったとアメルダは頭を押さえながら語る――自身の常識が崩壊した日でもあった。

 

 

 ちなみにアメルダの故郷では住民たちの手によって片腕を突き上げる《もけもけ》の銅像が立てられたが完全に余談である為、割愛する。

 

「でも当時のボクはその悪魔の力が欲しいと思ったんです――あの悪魔の力があれば父も母も、弟もボクが守れると考えて」

 

「それで神崎のとこに来たのか……」

 

 モクバはようやくかと息を吐く――此処でやっとアメルダと神崎が出会った。

 

 よくスカウトする神崎からではなくアメルダからの売り込みだったことが「意外だ」とモクバはふと思う。

 

「ええ、両親の反対も押し切って、ミルコの手も振り切って……今思えば、バカなことをしたと思っています」

 

 だがアメルダの選択は多くを切り捨てたものだった。

 

「当時のボクは力の意味を履き違えていました――家族を守ろうと力を求めるばかりで、逆に家族を不安にさせていたことに気付かず、自分のことばかりでした」

 

 過去の己を恥じるように語るアメルダ。

 

 当時のアメルダはやたらと里帰りさせられていたが、それを面倒だと思う程に心に余裕がなかった。

 

 あのまま行けば、道を踏み外していたかもしれないとアメルダは思う。

 

「でも、ようやく間違いに気付いたボクは、度々実家に帰って笑い話にされています」

 

 しかし里帰りした時は暖かく迎えてくれた家族の姿を見てアメルダは自身の間違いを悟り、今はデュエリストとしての力を手にした――家族を守るための力を。

 

「お前は昔、悪魔の力を得て、《もけもけ》を従えようとしていたんだぞって」

 

 そんな両親からの茶化すような言葉が未だにアメルダにはこそばゆいが。

 

「そ、それは…………でも、良かったな」

 

 アメルダのツッコミどころ満載な過去だったが、最後は幸福を掴めたアメルダの姿にモクバは笑みを浮かべる。

 

 終わり良ければ総て良しだと――良しなんだよ。

 

「ありがとうございます。そういえば……ボクが間違いに気付いて初めて神崎さんに『アメルダ』と名乗った時に神崎さんが、らしくない疲れた顔をしていたような……」

 

 だがふと思い出したようなアメルダの言葉にモクバは食いつく――そこに神崎の本質があるような気がして。

 

「それってどんな!?」

 

「いや、なんというか……『えぇ……』って感じ――ですかね?」

 

 だが語られるのは「仕事に疲れたサラリーマン」のような言葉。

 

「? うーん、よく分かんないな……」

 

「安心してください――ボクもよく分かってません」

 

 モクバとアメルダは互いに首を傾げるが、答えはでない。

 

 

 とはいえ、実はそう難しい話ではない。

 

 アメルダを救うべく紛争地帯を巡っていた神崎からすれば「もう全部回っちゃったよ……アメルダいないよ……どうしよう――えっ、キミがアメルダ!?」といっただけのことだ。

 

 何処までも脳筋な男である。

 

 

 

 それはさておき、アメルダの過去を聞き終えたモクバだが――

 

「そんなことがあったんだな……なんだか神崎のことがもっとよく分からなくなったぜい……」

 

 結局のところは神崎の人物像を掴むには至らなかった――こんな説明で分かる訳ねぇだろ。

 

「うーん、他のヤツらからは聞いたし、残りは……ギースだな!」

 

 やがてオカルト課での最後の人間にモクバは狙いを定める――アクター? 行方が探しようがないので選択肢に存在しない。

 

「ギースはボクよりも手強いですよ?」

 

「望む所だぜい!」

 

 最後の最後に厄介そうな人間が残ったと笑うアメルダにモクバは強く拳を握って返した。

 

 

 きっと答えが得られると信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どこかの時代、どこかの国、どこかのビルの上でパラドックスは小さく舌打つ。

 

「バトルシティが開催された時代にモーメントだと? 形だけのハリボテだとしても、ふざけたマネを……」

 

 パラドックスが問題にしているのはバトルシティの決勝にて遊戯と海馬がデュエルしたデュエルタワーと呼ばれる塔の存在。

 

 

 永久的なエネルギー機関。そして塔――それは「モーメント」のひな型であることはパラドックスには直ぐに理解できた。

 

 そのエネルギー機関「モーメント」は本来であれば遥か先の未来である所謂「5D’s」の時代に生み出される技術である。

 

 そして神崎がいる時代の「DM」時代――その先の「GX」時代すら飛び越えた荒業だ。

 

 

 モーメントが人々の際限なき欲望によって暴走することで破滅の未来に繋がることを知るパラドックスからすれば破滅の未来を加速させるような神崎の行為に殺意すら覚える。

 

 しかも神崎は明らかに「イリアステル」の存在を知っている前提で動いている。

 

 つまり上述の神崎の行為は破滅の未来の事情のアレコレも知っている上でのものと考えれば自ずと答えは出る。それは――

 

「これは明らかに此方側に対する挑発――いや、招待状か」

 

 イリアステルを誘き寄せる意図がパラドックスには見えた。

 

 対話の意思を見せているとも取れなくはないが、パラドックスはその可能性を排除する。

 

 対話の意思を見せるのならもっと早くに出来た筈だと――なお実態は地盤を固めるのに忙しかったゆえの遅れだが。

 

「フッ、ちょうどいい機会だ――私の大いなる計画の過程で生まれる究極のデッキで仕留めてやるとしよう」

 

 ゆえに今のパラドックスにあるのは戦う意思のみ――「モーメント」をチラつかせる存在など放っておくには危険すぎる存在だ。

 

 Z-ONE(ゾーン)の方針とも相違はない。

 

「あらゆる時代の最強モンスターを集めたデッキでな……」

 

 仮に神崎が集めたデュエリストが立ちはだかろうとも、パラドックスにはその全てを打ち払う術がある。

 

「狙うなら邪魔になりそうな海馬 瀬人がいない時期」

 

 とはいえ、不要な争いをする気はパラドックスにはない――ゆえに確実に「神崎のみ」を殺す為の準備を頭の中で組み上げていく。

 

 そうして当初の計画を修正していくパラドックスだが、その脳裏に仲間の影がチラついた。

 

「アンチノミーには悪いが、ヤツの口車で心を乱されでもすればZ-ONEの計画に支障が出かねない」

 

 アンチノミーが願った「神崎との最後の対話の機会」をパラドックスは用意する気は初めからなかった。

 

 万が一の事態を考えればリスクは少しでも少ない方が良い――操られた仲間(アンチノミー)と争うことなどパラドックスには我慢がならない。

 

「済まないな、アンチノミー」

 

 きっと全てが終わった暁には優しいアンチノミーは烈火の如く怒るのだろうとパラドックスは息を吐く。

 

 しかしパラドックスは滅んだ世界を見て、誓ったのだ。

 

 目的の為なら、仲間を、未来を救う為なら全ての(Sin)を背負うことを。

 

「キミとの約束は守れそうにない」

 

 そんな謝罪の言葉は空に溶けるように消えていった。

 

 






「劇場版 遊戯王 ~超融合!時空を超えた絆~」編――始まります

ただ、間にいくつか挟むので、少々長くなりますが。


~原作と今作での変化――「街」編~
アメルダの故郷

過去に戦火に焼かれるも《もけもけ》たちの活躍によって平和を取り戻す。

街の中央に市民たちの手によって建てられた《もけもけ》の銅像は街のシンボルになった。

その活躍は日々語り継がれている。

さらに年に1回《もけもけ》の仮面(仮装でも可)を装着し、
街をぐるりと一回りし、順位を競う障害物競争が祭りとして開催されている。

戦火のあった過去を忘れないようにする為のものらしい。

ちなみに見事1位を獲得した人間にはその年の「もけ男(女)」の称号と、金一封が送られる。
「もけ男(女)」の称号は大変縁起が良いとされており、街のみんなの憧れなんだとか。


前回の優勝者は三連覇が確実とされていたアメルダ――ではなく、

やたらと尖ったリーゼントを持つ筋骨隆々な男が掻っ攫っていった。


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第126話 あなた は だぁれ?



前回のあらすじ
かなり若い頃のギース「地獄だった。空気は腐臭と硝煙の匂いで満ち、砂は流れた血で重く湿る。そんな中でふと思う――この地獄を生み出した人間の業の重さを」


人だった頃の神崎「ギース、捕虜の追加です。意識が戻る前に対処を――私はこのまま残りを片付けてくるので」

かなり若い頃のギース「あっ、はい」


もけもけA「もっけっ!!(タックル)」

もけもけB「もけけもけけ!!(連続パンチ)」

もけもけC「もけーっもっけっ!!(跳び蹴り)」

プロフェッサー・コブラ「この化け物どもがァアアァアアアア!!(銃乱射)」




アメルダ「――と、このように戦場はいつだって無慈悲な現実を突き付けてくるのです、モクバ様」

モクバ「お、おう……」




 

 

 海馬は己が向き合わなければならない問題にケリを付ける為に一時KCを離れ、ある場所を訪れていた。

 

 

 それはとある別荘地。そこで海馬は老執事の制止の言葉など聞かず乱暴に目的の人物がいる扉を勢いよく開く。

 

 そこにいたのは――

 

「ん? おお、久しいな瀬人」

 

 海馬の憎しみの象徴であった筈の海馬剛三郎。

 

「KCでのお前の活躍は耳にしているぞ。見事なものじゃないか」

 

 剛三郎は突然来訪した海馬に嫌な顔一つせず老執事を手で下がらせ世間話を繰り出す。

 

「俺は此処にくだらん世辞を聞きに来たわけではない。俺は――」

 

 だが海馬は取り合わない。そもそも用が無ければ剛三郎になど会いたくもないのだから。

 

 そんな海馬に剛三郎はティーセットを用意しながら穏やかに返す。

 

「そう慌てるな。いい茶葉が手に入ったんだ――お前もどうだ?」

 

 その剛三郎の姿に海馬にKCを追われた怨みなどは微塵も感じられない。

 

――こいつは誰だ……

 

 海馬の心に不気味な波が立つ。

 

「フフッ、儂も最近になってようやく美味く淹れられるようになったんだぞ?」

 

――こいつは誰だ……

 

 海馬が見たことのない、剛三郎の「普通の親」ともいうべき在り方に海馬の内心での動揺の波がさらに大きく揺れる。

 

「どうした瀬人。さっきから黙りこんで、気分でも悪いのか?」

 

 そんな「純粋に海馬を心配する」剛三郎の優しげな視線に、不気味な違和感に堪えられなくなった海馬は声を荒げた。

 

「いい加減にしろっ! 貴様が俺にした仕打ちを忘れたか!!」

 

――こいつは一体、誰だ!!

 

 内心でそう叫んだ海馬にとって「剛三郎」はこんな人間ではなかった。

 

 別人かとも考えるが、海馬が自身の憎しみの象徴たる剛三郎を見間違える筈が無い。

 

 海馬の怒気に肩を落とし小さくなる剛三郎。

 

「……それもそうだな、許される筈もない……それで一体何のようだ? 儂に恨み言をぶつけに来たのか?」

 

 だがそれも当然のことだと海馬の怒りを真摯に受け止める剛三郎。

 

 海馬は吐き気を覚える――人はここまで変わる(歪む)のかと。

 

「そんな暇は俺にはない! 貴様の知っているヤツのことを全て話せ!!」

 

「ヤツ、か……儂の所まで聞きに来た姿を見るに余程、追い詰められているようだな……」

 

 ゆえにさっさと用件を済ませこの場から立ち去るために急かすように言い放った言葉に剛三郎は言いよどむように声を細める。

 

 だが海馬は剛三郎の言う「追い詰められた」という言葉を否定するように声を荒げる。

 

「黙れ! 話すのか話さないのかはっきりしろ! 暇ではないと言った筈だ! ヤツは何を企んでいる! アクターとは何者だ!」

 

 そんな海馬に剛三郎は紅茶を入れながら資料を読み上げるように説明を始める。

 

「『神崎 (うつほ)』――特に裕福でも、貧しくもない普通の一般家庭に生まれた男。両親から児童虐待の類を受けていた訳でもなく、よくある家族のすれ違いもない」

 

 神崎の過去は剛三郎がKCにいた時代に全て調べ上げている。

 

「ごく一般的な愛情を持って育てられた」

 

 そのあまりにも「普通」なその調査結果に剛三郎は何度も再調査を命じたものだ。

 

「だがヤツが幼少の頃、両親と共に鉄骨の落下事故に巻き込まれた」

 

 しかし悲劇がその家族を襲う。

 

「両親は死亡、即死と思われる――その事故も特に事件性のない偶発的なものだ。不審な点はない」

 

 神崎の過去の中で唯一「普通」ではないと言えたのが、早すぎた両親の死。

 

「無傷だった1人の子供を除いてな」

 

「それがあの男……」

 

 神崎の過去の一端を垣間見た海馬がそう零すも、剛三郎は説明を続ける。

 

「そして既に両親の祖父母も他界しており、頼る親類縁者もいなかったためそのまま施設に預けられた」

 

 しかし、それもさほど珍しいモノでもない。探せばどこにでもある「ありふれた悲劇」だ。

 

「施設での生活でも大きなトラブルもなく育ち、苦学生として勉学に励み、やがて施設を出て儂の前に姿を現した」

 

 剛三郎が不気味に思う程に神崎の過去には「何もなかった」。

 

「ヤツの出自に歪みの原因になりそうなものは『両親の死』くらいなものだ。だが施設での暮らしぶりを調べた限り、そこで『歪み』が生まれたわけではない」

 

 剛三郎が語り終えた神崎のプロフィールだが海馬の求めた答えに辿り着いてなどいない。

 

「さっきからあの男の身の上話ばかり……そんなものに俺は興味などない!」

 

 海馬の先を促す言葉にカップの紅茶を飲み干す。まるで覚悟を決めるように。

 

「焦るな、瀬人。次に役者(アクター)だが、ヤツに関する情報はない――文字通り何もかもな」

 

 此方の情報は全くなかったと断じる剛三郎。

 

「何処からともなく神崎が連れてきたデュエリストだ」

 

 剛三郎はアクターを戦災孤児辺りではないのか、と当たりを付けている。

 

「さて前置きは此処までにして、本題に入ろう」

 

 そして剛三郎は懺悔するように海馬に告げる。

 

「瀬人、儂は始めから、貴様の両親が死んだ段階でお前に目を付けておった――その聡明さはKCの後継者に相応しいとな」

 

「だったらどうした」

 

 過去の海馬、否、瀬人の家庭はかなり裕福だった。ゆえに剛三郎との接点があってもおかしくはない。その為、海馬は興味なさげに続きを促す。

 

「そしてそのことは神崎も知っていた」

 

「待て、俺がKCに来たのはヤツがまだ――」

 

 だが続いた剛三郎の言葉で海馬は不審がる。それもその筈――

 

「ヤツは始めから全てを知っていた。KCの、儂の、貴様の全てをな」

 

 当時、軍事産業をメインにしていたKCの情報の入手難度は高いどころではない。

 

「ただの学生でしかなかった男が、だ」

 

 そこいらの学生が手に入れられるようなものでは決してなかった。

 

「全てを知った上で儂が推し進めていた軍事産業をコケにした」

 

 しかし全てを知った上で取った神崎の最初の行動は剛三郎に喧嘩を売ること。

 

「『未来の利益を食い潰しているだけの愚かな行為』と評してな」

 

 当時、後ろ暗い行為にためらいのなかった剛三郎相手に実行するには命知らず所ではない。

 

「とはいえ、ヤツが提示したプラン――『医療技術の発展と独占』による間接的支配も当時の儂は悪くないと思ったのも事実だ」

 

 だが、それゆえに剛三郎の目に強く留まった。

 

「ゆえに使える内は使ってやろうとヤツを迎え入れた――いつでも殺せると若造だと嘲笑いながらな」

 

 そして神崎は医療分野の発展を目指しつつ、オカルト的なアプローチを始め、オカルト課が生まれた。

 

「少々勝手が過ぎるきらいもあったが、ヤツが及ぼした成果は中々だった」

 

 オカルトパワーと言えば胡散臭いことこの上無いが、『魔法』と評すればその利便性は分かり易く、計り知れない。

 

 剛三郎は過去を懺悔するかのように続ける。

 

「『長きに渡る戦乱に終止符を打つ英雄』との名誉を争う者の前にチラつかせてKCの力を駆使することで戦を終わらせ、復興の名目で干渉し、国家を疑似的に乗っ取る」

 

 もの凄くアレな言われようだが、アメルダ探しのついでに神崎は頑張って復興支援しただけである。

 

 結果的に相手を恩義で縛る形になってはいるが、クリーンなスタンスは崩してはいない。

 

 それに何だかんだで経済効果によってKCは潤っている。

 

「そして救国の立役者の栄誉を別の人間に売り渡す――特にBIG5の奴らは喜んでおったよ」

 

 神崎的にはイリアステルに目を付けられないようにしつつ、BIG5たちとの友好関係を築ける一石二鳥の作戦である。

 

「儂も『もうしばらく使ってやろう』と思った……『思ってしまった』」

 

 それは剛三郎の気の緩み。それが全ての明暗を分けた。

 

「そうしてあの日を迎えた訳だ――儂が気付いた時には全てが遅かった」

 

 剛三郎が全てを失う日、KCの社長の交代劇。

 

 もはや剛三郎に抗う術は既になく、状況に流されるままだった。

 

「儂はヤツの掌でずっと踊らされていたことにも気付かぬ道化だった訳だ」

 

 僅かに声が震える剛三郎。そして閉じていた感情の蓋が外れる。

 

「儂があの時! あの時、殺しておけば! そう何度思ったか!」

 

 その剛三郎の目に映るのは「後悔」、「怒り」、そして拭えない「恐怖」。

 

「そこまでにしろ! 俺は貴様のくだらん後悔を聞きに来たわけではない!」

 

 心を乱す剛三郎を制止するような言葉をかけつつ海馬は歩み寄り、剛三郎の胸倉を掴み上げて喝を入れるかのように追及する。

 

「貴様にはヤツが手を下すだけの『何か』があった筈だ! 貴様が俺にした仕打ちを悔いていると言うのなら、ソレを教えろ! 心当たりの一つ程度はあるだろう!」

 

 その海馬の覇気に我に戻った剛三郎は弱々しい声で呟く。

 

「………………あくまで、あくまで儂の仮説だ。荒唐無稽すぎて儂自身も信じておらん……」

 

「構わん、話せ」

 

 了承の言葉と共に剛三郎を掴んでいた手を離す海馬。

 

 剛三郎はヨロヨロと椅子に座る。

 

 そしてティーセットの横に置かれた箱から何かを取り出した。

 

「儂もデッキを組んでみた――かなりの値打ちものだぞ」

 

 それは「デュエルモンスターズ」のカードの束、所謂「デッキ」だった。

 

「? 急にどうした? そんな自慢に興味はない――まさか呆けたか?」

 

 話の中身が急に変わったゆえに海馬は純粋な疑問をぶつけるが、剛三郎は溜息を吐くように続ける。

 

「気付かないか、瀬人? いや、『気付く筈も無い』か」

 

「……何が言いたい」

 

 意味深な剛三郎の発言に眉をひそめる海馬。

 

 そんな海馬の反応を余所に剛三郎は過去に思いをはせる。

 

「初めて聞いたとき、儂は耳を疑ったよ。こんなゲーム一つで世界が一喜一憂しているのだから」

 

「俺たち、デュエリストを侮辱するつもりか……」

 

 剛三郎の言葉に一人のデュエリストとして苛立ちを覚える海馬。

 

 だが剛三郎の話の本質はそこにはない。

 

「そんなつもりはない。ところで瀬人、『チェス』で世界は動かせるか?」

 

 海馬と剛三郎に馴染み深く世界的に知られているゲームを例に上げる剛三郎。

 

 しかし海馬にはその質問の意図が読み取れない。

 

「何の話だ……無理に決まっているだろう」

 

「なら『デュエル』ではどうだ」

 

「……可能だ」

 

 続く剛三郎の言葉に海馬の背に嫌な汗が流れる。

 

 その海馬の動揺から答えに辿り着いたと考えた剛三郎は震える声で「仮説」を言葉にする。

 

「――――『世界の変革』。それがヤツの目的の『一つ』だ」

 

「なに……を言っている……」

 

 海馬は心のどこかで自覚しつつも認められない。

 

 そんな海馬に現実を突きつけるように剛三郎は(変革後)の世界について話し始める。

 

「今や世界の在り方は様変わりした。通常兵器など大して見向きもされない」

 

 未だに兵器の存在があれど、もはや過去の遺物になりつつある。

 

「犯罪者共も銃を片手に悦に入る時代は終わり、レアカードを片手に悦に入る時代だ。儂から見れば――」

 

 犯罪組織グールズなどがその最たるモノだった。

 

「――(変革後)の世界は『狂っている』」

 

 偽らざる剛三郎の本音。

 

 所詮「デュエルモンスターズ」など遊びに過ぎないと考える剛三郎の「過去の思想」が見て取れた。

 

 

 海馬は己がデュエリストであることを誇りに思っている。

 

 これは海馬だけでなく多くのデュエリストの共通認識と言える。

 

 だがそれが「与えられたもの」だったという剛三郎の仮説。

 

 

 ミエナイ イト ヲ カンジル

 

 

 海馬は身体にいくつもの糸を幻視する。そして酷く身体が重く感じたが、海馬はそんなものはまやかしに過ぎないと力強く目を見開く。

 

 これ(その仮説)は「否定」しなければならない。認められるわけがない。

 

「何を言っている! 『デュエルモンスターズ』を生み出したのはペガサスだろう!」

 

 海馬はデュエルモンスターズが創造されるときに神崎が立ち会ったことは知っている。

 

 だがあくまで「デュエルモンスターズ」を生み出したのはペガサスだった。

 

 ゆえにその仮説はまやかしに過ぎないと海馬は叫ぶように宣言する。

 

「ならば何故ペガサスが生み出したのかは知っているか?」

 

「古代エジプトの遺跡とやらにインスピレーションを受け――」

 

 そんな剛三郎の質問に海馬は過去に剛三郎の元で帝王学を学ぶ中で知り得た知識で答えるが――

 

「それは表向きの理由だ。実際はヤツが不治の病に侵されたペガサスの恋人の命を救った対価を『カードゲームの創造』という形で要求したものだ」

 

 剛三郎がその裏側を明かす。

 

 厳密には違うのだが剛三郎がそう受け取るのも無理はない。

 

「だとしても! ペガサスが作り上げた『デュエルモンスターズ』がこれ程までに世界に広がることなど予測できん筈だ!」

 

 海馬瀬人にとって「デュエルモンスターズ」は、《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイトドラゴン)》は、その内面を大きく構築するものである。

 

 己が絶対の信頼を置く「力」が「敵」の手によって「与えられていた」現実など海馬は認められない。

 

「予測が出来ない? 違うな、間違っているぞ、瀬人」

 

 だが剛三郎は笑う。

 

 

「――予測は可能だ」

 

 

「そんな筈が――」

 

 バカバカしいと頭を振る瀬人に剛三郎は己が辿り着いた答えを提示する。瀬人の突破口になると信じて。

 

「過去にもあったのだ――『デュエルモンスターズ』が力を振るった時代が」

 

「古代エジプトのことか……」

 

「ほう、さすがに知っていたか。だがそれは一例に過ぎん――各地に根付く様々なオカルト話は全てカードの精霊と呼ばれるものと密接な関係を持っておる」

 

 その考えはレベッカの祖父、ホプキンス教授によって示唆されている。

 

「そしてヤツはそれらの過去を利用した。『今』の情報発信技術を使ってな……そのための『KC』だったのだろう」

 

 世界的に影響力が強く、なおかつある程度は自由に動ける場所だったのだと。

 

「古代エジプト史にはバー()カー(魔物)ヘカ(魔力)等といった不可思議なシステムが多々あった。ヤツはそれらを利用したのだろう」

 

 今までのオカルト課が生み出してきた医療技術などの様々な成果はこれゆえだと剛三郎は考えていた。

 

「そして『ペガサス・J・クロフォード』が『世界の改変』の(キー)であると神崎は確信した」

 

 そして続く剛三郎の言葉に海馬はバカバカしいと鼻を鳴らす。

 

「仮にそうだったとしても、ただ偶然その恋人とやらが病に侵されていたことで恩人になれただけだ!」

 

 そうでなければペガサスも傍から見れば胡散臭さの塊である神崎の頼みを聞くわけがない。

 

 ゆえに「偶然」に過ぎないと。

 

 しかし剛三郎は目を伏せる。「偶然」等どうとでもなると言いたげに。

 

「どうだろうな……その恋人が健康だったならば、『偶然』不治の病にかかるか、『偶然』不慮の事故でヤツ以外には治療不可能な程の大怪我を負うだけだと思うがな」

 

「そんなことが! そんなことが、まかり通る筈がない!!」

 

 そんな吐き気を催すIF(もしも)を海馬は唾棄する。

 

「何を言う、当時『まかり通った』ゆえに今も平然としているのだろう」

 

 だが剛三郎のその言葉が全てを物語っていた。

 

 

 海馬は呟くように言葉を零す。

 

「…………何故、『デュエルモンスターズ』なんだ……」

 

 よりにもよって海馬の魂とまで言える《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイトドラゴン)》を擁する「デュエルモンスターズ」が「道具」に選ばれてしまったのか、そんな遣る瀬無い思いが海馬から零れる。

 

 KCを守るため、兄弟の夢を守るため、そして何よりモクバを守るためにその力(デュエルモンスターズ)で戦うと誓ったゆえに。

 

 

 そんな海馬の問いに労わるように剛三郎は答える。

 

「……『デュエルモンスターズ』のルールは複雑怪奇だ。タイミングがどうとか、任意がどうとかな」

 

 そのコンマイ語の難解さはK○NAMIさんの仕業でございます。

 

「ヤツは己でルールを定めたかっただけなのだろう。つまり『たまたま目についた』、その程度の理由だ。そしてルールを定めたゆえに世界の誰よりもその複雑怪奇なルールに詳しい存在と言える」

 

 デュエルモンスターズに何ら愛着のない剛三郎は今の海馬の心をくみ取ってやることはできない。

 

 ゆえに剛三郎は己が知る全てを海馬に伝える――自身の二の舞にさせないために。

 

「『新たな世界』においてこれ程のアドバンテージはないだろう」

 

 大まかな「仮説」を話し終えた剛三郎はティーセットに紅茶を注ぎ、その波打つ紅茶に映った自身の姿をみやる。

 

「少し話が逸れてしまったな……」

 

 そして最後の締めとして剛三郎自身がKCを追い出された理由を考察したものを語りだす。

 

「それらの事実に気付いた儂に警告を与える為か、それとも扱いやすいお前も十分に育ったからかは知らんが儂はお払い箱になった。そう儂は考えておる」

 

「…………俺が扱いやすいだと?」

 

 聞き逃せぬ言葉にギロリと剛三郎を見やる海馬。

 

 だが剛三郎はその視線を意に介さず答える。

 

「ああ、そうだ。分かりやすいウィークポイント(モクバ)を持ち、汚れた手段を唾棄する『高潔さ』。さぞ、扱いやすいことだろう」

 

 この海馬瀬人はその性格的にいわゆる「悪」にカテゴリーされる行動をとれない。

 

 弟、モクバに誇れる存在であろうとするスタンスもその一つだ。

 

 一方で過去の剛三郎は「悪」であろうが何だろうが気にも留めないその差が明暗を分けたと剛三郎は考える。

 

「言った筈だ、瀬人。『ヤツは殺しておけ』と――もっとも、今のお前には無理な話だろうがな。そして儂にも出来ん」

 

 だが剛三郎がKCにいた時代の神崎はその牙をのらりくらりと躱し、確実に殺すと剛三郎が決めた段階ではその牙はもう届かない領域にいた。

 

 そして今や、その牙すら剛三郎にはない――時間をかけてゆっくりと削り取られた。

 

 

 しかし牙を無くした剛三郎とて出来ることはあると、意を決した表情で父として息子(海馬)に忠告する。

 

「瀬人、もう抗うのは止せ。ヤツは邪魔さえしなければ基本的に無害だ」

 

 摩訶不思議なオカルト技術を持つ神崎に対する敵対者は剛三郎の後ろ盾があってもなお多かった。

 

 しかし明確に敵対しなければ神崎は何もしない――気付いていないことも多々ある。それでいいのか……

 

 だが敵対者の末路は皆同じ。

 

「下手に抗えば『幸福にさせられる』ぞ」

 

「なにを……言っている……」

 

 一見すれば意味不明な剛三郎の言葉だったが、海馬は嫌な予感だけはヒシヒシと感じていた。

 

 そんな海馬に剛三郎は続ける――今の自身の有様が何よりの証明だと言わんばかりに。

 

「簡単なことだ。相手の望む『幸福』の在り方を用意し、周りを囲み、逃げ場を塞ぎ、縛り、味わわせ――」

 

 今の剛三郎は「幸福」だ。乃亜に海馬、そしてモクバの3人の息子の躍進を眺めながら心穏やかな時間を過ごせる。

 

「その上で問いかけるのだ――『良い関係を築いていきましょう』とな」

 

 それと同時に剛三郎には常に突きつけられていた――その「幸福」が誰の手によってもたらされているかという点を。

 

「断ればどうなるかなど、阿呆でも分かる」

 

 ゆえに剛三郎は抗えない。この幸福感を手放したくない――なら答えは一つだ。

 

「『別にいいじゃないか』と割り切れる――いや、割り切らせてしまう」

 

 今までの神崎は「表側」で過激な手段は何一つとっていない。

 

 ならば「表側」にいる海馬も「今のままなら」安全の筈だと剛三郎は考える。

 

「俺に敗北を認めろと……!」

 

 地の底から響く海馬の怒りの声に剛三郎は首を横に振りながら返す。

 

「そうは言っとらん。相応の距離感と言うものがある……ソレを見誤れば――全てを失うぞ」

 

 だが海馬にその選択(神崎と協力)は許容できない。

 

 人の在り方をこうまで歪める(今の剛三郎の状態に作り替えた)存在と肩を並べるなど言語道断であった。

 

「断る! 俺は断じてヤツには屈しない! そして貴様のような哀れな負け犬になるつもりもない!」

 

「儂が負け犬か……否定はせん。だが――」

 

 海馬の啖呵に剛三郎はゆっくりと立ち上がり、海馬の前に立って見下ろす。

 

 

「お前にそのポスト(社長の座)を与えたのは誰だ?」

 

 海馬が自力で勝ち取ったものだ――障害であった筈のBIG5は何故か海馬に従順だったが。

 

「お前に戦う力(デュエルモンスターズ)を与えたのは誰だ?」

 

 海馬が己で選び取ったものだ――世界の根幹をなしていたゲームを無視できる訳もないが。

 

「お前に誇る剣(ブルーアイズ)を与えたのは誰だ?」

 

 海馬が己で見染めたものだ――所持者は始めから海馬に渡すつもりだったが。

 

「お前に超えるべき目標(遊戯に勝利する)を与えたのは誰だ?」

 

 海馬が生涯のライバルと定めたゆえだ――試合の段取りはあらかじめ全て用意されていたが。

 

「お前の夢を叶えた(世界海馬ランド計画)のは誰だ?」

 

 海馬とモクバが共に夢を実現させようと邁進したからだ――その前に、諸々の準備は既に終わっていたが。

 

 剛三郎が間近で海馬の目を覗き見る。

 

「お前という存在を構成しているのは誰だ?」

 

 海馬のこれまでの人生は全て海馬自身が踏み出した一歩が積み重なりロードとなったものだ――

 

 しかし剛三郎の瞳が海馬に問うている――『本当にそう思っているのか?』と。

 

 

 それに対し海馬は俯き言葉を返さない。そんな海馬の肩に手を置こうとした剛三郎だったが――

 

「フフフ……ハハハ……ハーハッハッハッハー!!!!」

 

 天を仰ぎ、狂ったように海馬は高笑いを上げる。上げ続ける。

 

「……瀬人?」

 

 明らかに様子のおかしい海馬に戸惑う剛三郎だったが、海馬はひとしきり笑いを得た後、ニヤリと笑って呟く。

 

「ククク……良いだろう! あくまで俺のロードの手綱を握ろうと言うのならば、好きなだけ握らせてやろう!!」

 

「瀬人! 何を言っている!!」

 

 その言葉を額面通りに捉えるなら逆らわないことを誓うようにも聞こえるが、剛三郎はそんなものではないと理解していた。

 

 そしてその剛三郎の危惧を肯定するように海馬は返す。

 

「ふぅん、簡単な話だ――俺がヤツの手の届かぬ高みに昇れば良いだけのこと! この俺を御せると思わんことだ!」

 

「止せ、仮にそんなことになれば――」

 

 制御できない存在など、まさしく「邪魔」でしかない。争いは必至――だが海馬は望む所だと獰猛に笑みを浮かべる。

 

 剛三郎の制止の声も無視して、海馬は背を向け立ち去る。

 

「ふぅん、邪魔をしたな! ここにいては貴様の負け犬がうつるわ!!」

 

 そして扉に手をかけながら言い放つ。それは――

 

「だが貴様の情報、活用させてもらうとしよう」

 

 海馬なりの感謝だった。

 

 そして扉が閉まる寸前に剛三郎の弱々しい声が海馬に聞こえる。

 

「すまん……瀬人。何の力にもなれん愚かな父で――本当にすまん」

 

 その言葉に「フン」と鼻を鳴らしKCへと帰る海馬。

 

 

 閉じられた扉の向こう側で剛三郎は椅子に座りこむ。

 

 我が子の危機にも拘わらずその膝は震えていた。

 

 






今話のテーマ:それなりに事情を知る人から見た神崎


こんなの(神崎)を信じる方がどうかしてる(`・ω・´)キリッ



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第127話 かくして舞台の幕は上がる



前回のあらすじ
剛三郎、あなた疲れてるのよ





 

 

 神崎はKCの自身の仕事場にて燃え尽きたように項垂れていた。それは思った以上に重労働だった仕事がようやく終わったゆえの脱力。

 

 職務を完遂した社畜(おっさん)の姿である。

 

「マリク・イシュタールの身柄を司法機関に引き渡す際の被害者たちの反対……なんとか乗り切れた……」

 

 その仕事は「マリクを司法機関へと正式に引き渡す」――字面にすれば大した事のようには思えないものだが、実態は想像以上に面倒だった。

 

 

 マリクの供述をもとにグールズの犯行のアレコレを調べてみれば、表に出ていなかったものが出るわ出るわの大収穫。

 

 そんな犯罪行為のオンパレードに「司法機関に引き渡すなんて生温いんじゃァ!!」と声を荒げる人たちをなだめる作業に神崎は奔走していた。

 

 感情的な問題は実態が伴うものに比べて、折り合いが付けにくい。

 

 マリクに対し、様々な罰と多額の賠償の確約があったとしても被害者たちの感情の問題はまた別なのだ――遊戯との約束がなければ投げ出していたかもしれないと神崎は息を吐く。

 

 精神的に死にそうになる日々だったと。

 

 冥界の王の死因が「過労死」――笑えない。一部の人は大爆笑しそうだが、当事者である神崎からすれば微塵も笑えなかった。

 

 上述の声を上げた人間にマリクを引き渡せば、そのまま帰らぬ人になることは分かり切っている為、神崎も頑張った。めっちゃ頑張った。

 

 全ては遊戯から信頼を勝ち取る為――動機が不純だ。

 

 

 色々な汚いやり取りや、被害者たちを含む関係者に「マリクへの個人的な糾弾の場」の確約などを経て結果としては何とか抑えられたが、神崎はふと考えてしまう。

 

――此方はある種の反則技染みた手段が使えたが、原作でのイシズ・イシュタールはどうやって回避したんだ?

 

 

 墓守の一族ならどうやったのだろう、と。

 

 

 なお今回、此処まで問題の規模が膨らんだのはマリクたちに関する調査結果を依頼に則り被害者たちに報告した神崎の自業自得だ。

 

 神崎的には「被害者には知る権利があるだろう」といった「良かれと思って」の判断だったのだが。

 

 

 と、そんな裏事情はさておき、精も根も尽き果てた気分の神崎はゆっくりと立ち上がりつつ零す。

 

「疲れた……今日の業務も終わらせたし、後は乃亜に引き継いで一先ず帰るか……」

 

 肉体的な疲労は冥界の王の力も相まって問題がないが、精神的な疲労はまた別だった。

 

 だがそんな神崎に声がかかる。

 

「冥界の王の力を奪った貴様が疲れる筈もないだろう」

 

 それはつい先程この一室に訪れたアヌビスのもの。

 

「冥界の王とてダメージは受けますよ、アヌビス――それで何か用ですか?」

 

 とはいえ、神崎もアヌビスの接近には気付いていた為、大した反応も見せず対応するが――

 

「まずはその腕と眼球を仕舞ったらどうだ……」

 

 アヌビスから零れたのはそんな呆れた声だった。

 

 それもその筈、今の神崎は先の業務で手が足りぬ、目が足りぬ、と冥界の王の力を使って影から目玉や腕を大量に生やした状態。

 

 端的に言ってグロい。

 

 事情を知らぬ誰かが見れば大騒ぎになるだろう。

 

「ああ、これは失礼――それで要件は? 貴方の復讐の件ならまだ先ですよ」

 

 しかし神崎はそんな軽い調子で目玉や腕を影に仕舞っていく――便利なもんだ。

 

「要件はこれだ」

 

 アヌビスから手裏剣の様に飛来した幾枚ものカードを影で盾を作って受け止める神崎。

 

 カードはズブズブと影の盾へと呑まれて行き、やがて神崎の手元にポトリと落ちた。

 

「これは……昆虫族のカード?」

 

「羽蛾からだ。詳しいことは我も知らんが、『返す』とのことだ」

 

 その幾枚もの昆虫族のカードは神崎が羽蛾に報酬の一つとして与えていたカード。

 

「そうですか……では預かっておきます――それで他に何か?」

 

 そのカードを丁寧に仕舞う神崎はなにか言い淀んでいる様子のアヌビスにそう問いかけるが――

 

「いや、少し問題があるように思えてな」

 

 だが対するアヌビスの表情は硬く、語られた内容は深刻さが見て取れる。

 

「何かありましたか?」

 

 にも拘らず神崎に緊張感はない。特に思い当たる節がなかったようだ。

 

「バトルシティの後に貴様が乃亜に頼んでいた要件。あれは何が狙いだ?」

 

「貴方が知る必要はありませんよ――いや、むしろ知っている人間は最小限にしておくべき事柄です」

 

 追及するように続けるアヌビスだったが神崎は語る気がないように、ボカシて見せる。

 

「乃亜が不審がっていた。あのままならいずれ貴様の内の冥界の王の力に辿り着――」

 

「ああ、なんだ。そんなことですか」

 

 やがてそんな踏み込んだ話を始めたアヌビスだったが、アヌビスが心配する内容に理解が及んだ神崎の様相は何処までもいつも通りだった。

 

 乃亜に冥界の王の力が発覚するかもしれない可能性に対する危機感が感じられない。

 

「そんなことだと!! 冥界の王が倒れれば我の復讐はどうなると思っている!!」

 

 そんな神崎の姿にアヌビスが激昂交じりに怒鳴り、怒り心頭な様相を見せるが――

 

 

 

「いや、私を不審がる人間はかなりの数いますので、今更だと思うのですが」

 

 

 神崎からすれば今更過ぎる問題だった。神崎に対して大抵の人間は信頼など見せず、疑われるのが常であると――泣いていいと思う。

 

 

「…………それもそうだな」

 

 納得したように怒りの矛先を見失うアヌビス――いや、否定してやれよ。

 

 

 乃亜の優秀さはずば抜けているが、ツバインシュタイン博士という前例もある為、言われてみるとそこまで問題がないようにすら思える――その信頼の無さは十分問題だと思う。

 

「そうハッキリ言われると傷つきますね」

 

 神崎はアッサリ納得してしまったアヌビスの姿に何とも言えぬ気分になりながら、一応の補足とばかりに付け足す。

 

「それに仮に乃亜が気付いたとしても、彼は『話し合える相手』です――であれば、相手が『世界を滅ぼす力』を持っていたとしても、感情論で排斥するような真似はしませんよ」

 

 それは神崎が乃亜の人間性をよく知るゆえの判断――乃亜が早々に神崎を切り捨てる選択を取れはしないと知っているゆえだ。

 

 

 やがて帰り支度を始めた神崎はアヌビスに頼み出る。

 

「ではアヌビス。これで私は失礼します――ついでに乃亜への引継ぎをよろしくお願いしますね」

 

「何故、我が!?」

 

 忠告しにきたらお使いを任された状況のアヌビスは眉をひそめるが――

 

「いえ、最近の乃亜はモクバ様と隠れて何やら企てているようなので、私は向かわない方が良いでしょう?」

 

 神崎がポツリと零した言葉にアヌビスは目を見開く。

 

「知っていたのか……」

 

 その一件は海馬と神崎に知られぬように乃亜とモクバが周囲に言い含めていたもの。

 

 それなりに情報統制染みた根回しをしていたにも関わらずあっさりバレている事実にアヌビスは思わず頭を押さえた――今までの周囲の頑張りは何だったのだろうと。

 

「ええ、貴方が川井さんの時のデュエル教導の基礎マニュアルを持ち出していた所を偶然見たもので」

 

 アヌビスの頑張りが足りなかったようだ――とはいえ、相手の化け物染みた視界と視力ゆえに対処は難しいだろうが。

 

「大方モクバ様が海馬社長と武藤くんの一戦に触発されてデュエルでも始めたのでしょう」

 

 最近に起きた切っ掛けになりそうな事柄を上げる神崎だが、隠していた理由も神崎にはおおよそ分かった――海馬を驚かせたいのだろうと。

 

「私に内緒の体のようですし、極力接触は避けておきました」

 

 そう淡々と語る神崎。

 

 自身に隠していたのは神崎と海馬の仲の悪さを鑑みてのものだろうなと予想した神崎。

 

「貴様は…………いや、何でもない。貴様はそういう奴だったな」

 

 しかし肝心なところに気付いていない神崎の姿にアヌビスは力なく溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんやかんやで神崎を殺す為の全ての準備を終えたパラドックスはここぞとばかりに気を引き締める。

 

「いよいよか……全ての準備は整った――後は予定通りにヤツが1人になった時に叩くだけ」

 

 どこぞのビルの頂上で来たるべき時を待つパラドックス。

 

 パラドックスの調べでは神崎が孤立し、確実に殺せる最も早い時期が今日この日だった。

 

 

 あくまで今回の行為は未来を救う為のもの――ゆえに必要以上の犠牲はパラドックスとて望んではいない。

 

 

 

 

 だが1つ目の眼球を身体の中央から伸ばし、腹に穴が開いた足の無い異形の魔物がパラドックスの眼の前に現れた。

 

「――ッ!」

 

 その異形の魔物は羽のようなものを広げ、太い腕から伸びる鍵爪をゆっくりとパラドックスに近づけている。

 

 そんな魔物の姿にパラドックスは思わず身を引いたが――

 

 

「動くな」

 

 

 背後から聞こえた男の声にパラドックスは動きを止める――その男の声はパラドックスが知りうる人間のもの。

 

「そのまま此方の質問に答えて貰う――お前の持つカードは誰から奪った?」

 

「ギース・ハント」

 

 魔物に指示を出していた男ことギースの名を零すパラドックスに対し、ギースは淡々と続ける。

 

「お前のデッキからは精霊の、ドラゴンの嘆きが聞こえる――そしてお前は精霊の存在を知覚した。言い逃れは出来んぞ」

 

 この場にギースがいるのは精霊の声に導かれたゆえだ。

 

 そしてパラドックスを発見。

 

 諸々の事情を察したギースは確認の意味も込めてギースの仲間たる精霊と協力し、パラドックスの犯行の裏付けを取ったが――

 

「――『精霊狩りのギース』か」

 

「私が『精霊狩り』だと?」

 

 パラドックスから出た『精霊狩り』との呼び方にギースは疑問符を浮かべる。ギースにとって全く身に覚えのない話だった。

 

 そんなギースを無視し、パラドックスは現状を確認するように呟く。

 

「非番といった風貌だな……私を発見したのはヤツの差し金ではなく偶然といった所か――しかしキミの口から『精霊の嘆き』とはな」

 

「何を言っている?」

 

 ギースのラフな服装からそう判断するパラドックスだが、ギースにはパラドックスの言葉が頭の何処かに引っかかる。

 

「本来であれば『精霊狩り』だった男に『精霊が力を貸す』か――これ程までに歴史に歪みが出ていたとは……やはりヤツは危険だ」

 

 そう続けたパラドックスの言葉にギースの中で1つの仮説が立てられた。それは――

 

「その口ぶりでは私が『精霊狩り』との悪名で呼ばれることが『本来あるべき姿』とでも言いたげだな」

 

 ギースが神崎に手を差し伸べられなかった際の未来予想。

 

 あの絶望の只中にいればその原因となった精霊にギースは憎悪に近い感情を向けていたかもしれない。

 

 であれば「精霊狩り」といった非道に奔る可能性は十分にあり得る――そんな仮説。

 

 

「やはり私の考えは間違っていなかった」

 

 対するパラドックスはギースの言葉を気にした様子もなく今回の計画の必要性を強く再確認する――歴史の綻びは想定以上に根深い。

 

 

「あの絶望の只中にいることが、『本来あるべき姿』だと?」

 

 しかしそんな怒気混じりのギースの声にパラドックスの意識は引き戻された。

 

 過去にギースが味わった誰からも理解されず、迫害からただ逃げるしか出来なかった地獄にいることこそが「当然」との言い様にギースの心は怒りで燃える。

 

「……必要な犠牲だ」

 

 とはいえ、世界の全てが滅んだ未来の絶望を知るパラドックスにはそう返すしかない。

 

 大多数を生かすべく少数を犠牲にする――そう決断しなければ世界は滅びの道をひた走るのだから。

 

 

「詭弁にもならんな。『犠牲になる側』がそんな言葉で納得すると思うのか?」

 

 だがギースは鋭い視線をパラドックスに向けながら力強く返す。

 

 ギースとて「犠牲になれ」と言われて、はいそうですかと納得できる程に聖人ではない。

 

 例えそれが――

 

 

「その犠牲がなければ、数え切れぬ程の悲劇を生むとしてもか?」

 

 そう、パラドックスが言う様に数多の犠牲を生む未来に繋がるとしても――誰とも知れぬ相手の為に賭ける命などギースは持ち合わせていなかった。

 

「ならば救われた我々が手を差し伸べる側になればいい」

 

 とはいえ、ギースには救われた事実に対しての恩義は強く持っている。ゆえに手を差し伸べることに迷いはない。

 

 そしてKCに、オカルト課に、その土壌はしっかりとある。

 

「そんな場当たり的な対処でどうこうなる問題ではない――と言ってもキミに理解して貰おうなどとは思っていない」

 

 だがパラドックスは甘い理想論だと断ずる。あの滅びの未来の前では吹けば消える程度のものだと。

 

 

 パラドックスは今のギースが語った言葉のように手を差し伸べ続けた男を知っている。

 

 しかしその男の、Z-ONE(ゾーン)の献身に世界が返した答えは「滅び」――残酷なものだった。

 

 あの絶望の未来を変えるにはもっと大きな力が必要であることがパラドックスには、いや、イリアステルの4人には嫌というほど思い知らされている。

 

「私は果たさなければならない使命がある。キミの理想論に付き合っている暇はない」

 

 そう言って身を翻そうとするパラドックスだったが、それよりもギースが動く方が早かった。

 

「行かせるとでも思っているのか?」

 

「デュエルアンカーか……よせ、私はキミに危害を加えるつもりはない」

 

 パラドックスの腕のデュエルディスクに繋がれたデュエルアンカーを見ながらそう返すパラドックス。

 

 今のパラドックスにギースとデュエルするメリットもデメリットもない――文字通り時間の無駄だと。

 

「其方にはなくとも私にはある――あの方の元へお前を行かせる訳にはいかない」

 

 しかし一方のギースには戦う理由があった。

 

 ギースの過去の大きな起点となった人物――神崎がパラドックスの狙いであると気付いたゆえに。

 

「キミとてヤツの危険性を知らぬわけではあるまい――あの男が善人だとでも?」

 

 ギースと争う気のないパラドックスは神崎の歪んだ精神性を前に出し、命を賭けて守る価値などないと語るが――

 

「だからどうした」

 

 ギースは全く取り合おうとしない。

 

 そのギースの姿にパラドックスは初めて声を荒げる。

 

「『だからどうした』だと? ヤツの存在が如何に世界の危機となっているのかが分からないのか!!」

 

 神崎の行動によって救われた人間が多い? 違う。その先の人類の滅亡の未来は何1つ変わっていない。

 

 

 未来が救われたのならイリアステルという組織が存在する筈がない。こうしてパラドックスが神崎を殺しに動く必要すらない。

 

 

 パラドックスから見て、神崎の行為は滅亡の未来を回避し、人類の救済に尽力しているイリアステルの邪魔をしているだけだ。

 

 もし、神崎の行った改変によってZ-ONE(ゾーン)が主導する人類救済の計画が失敗しようものなら今度こそ手詰まりになりかねない。

 

 ゆえに万全を期すために殺さねばならない――絶対に。

 

「何度でも言おう『だからどうした』――例えそうであっても『恩人を売れ』と言われて首を縦に振るような卑劣漢になる気はない」

 

 しかしギースは取り合わない。

 

 本来の歴史のギースであれば恩人であろうとも売り飛ばしたかもしれないが、今のギースは「マトモにされている」――ゆえにその決断はありえない。

 

「『恩人』だと? キミを体よく利用する為のものだろう!!」

 

「だとしても『救われた事実』に変わりはない――その事実は私が命を賭けるに値する」

 

 パラドックスの言葉にギースは「知っている」と返す――初めから「精霊を知覚する力」が神崎の目当てであることは分かっていたと。

 

 だが神崎はギースに何一つ「強制」しなかった。全ての選択を神崎はギースに委ねた――その上で何があろうとも付いていくとギースは誓ったのだ。

 

「ヤツの人間性を知ったとしてもか?」

 

「人間性がどうであれ、私の知る限りあの方の行為によって救われた人間の方が遥かに多い」

 

 ゆえにどんなパラドックスの言葉にもギースは迷わない。

 

「『必要な犠牲』と切って捨てるお前よりも、余程ついていくに値する」

 

 例え悪魔の掌の上であろうとも「誰も傷つかない優しい世界」があるのなら、ギースはそれでよかった。

 

 もうあんな地獄は嫌なのだと。

 

 

 そんなギースの覚悟にパラドックスは倒すべき相手と見定めてデュエルディスクを構える。

 

「フッ、衝突は避けられんか――ならば押し通させて貰うぞ! ギース・ハント!!」

 

「 「 デュエル!! 」 」

 

 そうして誰の眼にも触れることのない戦いの幕が上がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな一大バトルを余所に業務を終え、疲れた精神を引き摺りつつ神崎はKCから退社しようとしていたが、その背にモクバの声が届いた。

 

「神崎、今日の仕事は終わったって乃亜から聞いてるぜい! この後、時間あるか!」

 

 そう意気揚々と胸を張るモクバの姿に神崎はふと思う。

 

――この飲みに誘うおっさんのノリは一体……

 

 モクバ側からこういった接触が今までなかった――当然だが――為、どう対応すべきか悩む神崎。

 

「いえ、特に大きな予定はありませんが」

 

 まずは無難な対応をした神崎にモクバはデュエルディスクを構えながら、もう1つの待機状態のデュエルディスクを神崎に差し出す。

 

「なら神崎! 俺とデュエルだぜい!」

 

 そのモクバの言葉はもの凄く神崎の想定の範囲外の言葉だった。

 

 神崎はモクバがデュエルを始めたことは察していたが、そのデュエルは海馬との団欒の為と思っていたゆえに予想外だった模様。

 

「デュエル……ですか? 随分と急な話ですね。ですが私はデュエルをしないも――」

 

 取り合えず神崎はデュエルの面倒事から避ける為のいつもの方便を語るが――

 

「でもデッキは持ってるだろ!」

 

「ええ、社の決まりですから。ですが私とデュエルしても――」

 

 被せるようにグイグイきたモクバの言葉に肯定を示す神崎。

 

 そう、KCの社訓として全ての社員は「デッキ」の所持が義務付けられている。

 

 デュエリストとしての強い弱いはともかく、あの海馬の側近の磯野ですら持っているレベルだ。

 

 いや、何言ってんの? と思われるかもしれないが、この社訓は大抵の会社で存在するポピュラーなものだったりする。

 

 ようは、いつもの「遊戯王ワールド」クオリティだ。

 

 

「なら問題ないぜ!」

 

 神崎の方便も意に介さずグッと親指を立てるモクバの姿――問題しかない気がするが、気にしちゃダメだ。

 

「…………モクバ様は何故、私とデュエルを?」

 

 グイグイくるモクバの姿に神崎は状況を見定めるべくそう問いかけるが、モクバは元気よく返す。

 

「よくぞ聞いてくれたぜ、神崎! ――お前、兄サマと仲悪いだろ」

 

 モクバの言葉ド直球だった。真ん中ストレートである。

 

 

 とはいえ、モクバがオカルト課の人間にアレコレ聞いて回っていた事実は神崎も知っている為――

 

「…………確かに、私は海馬社長とはあまり親しい訳ではありません。ですが仕事上の付き合いは問題ない筈で――」

 

 ゆえに用意しておいた当たり障りのない答えを返すが――

 

「それじゃダメなんだぜい! その仲の悪さがBIG5の奴らと兄サマの間に溝を生んでいるんだ!」

 

 モクバのお気に召さなかったようだ――BIG5との溝は神崎の動き関係なく元々あったのだが。

 

「そうでしたか。であれば私からBIG5の皆様方へその問題をお伝えしておきま――」

 

 モクバが危惧する状態には早々ならないと神崎が返すも――

 

「だ~か~ら~! それじゃあダメなんだよ! 言葉だけじゃ伝わらないこともあるんだ!」

 

 モクバは頑なにデュエルすることを押し通す――デュエルする必要性が見いだせないとは神崎は言わない。というか、言えない。

 

「…………成程、それでデュエルと」

 

 神崎も信じたくはないが、デュエルでのコミュニケーションはこの遊戯王ワールドではかなりポピュラーなものである。

 

 悩める生徒を教師がデュエルで導く――なんてドキュメンタリーもある程に。

 

 色々あって、その手のドキュメンタリー制作に立ち会った神崎には何一つ理解できなかったが。

 

「そうだぜい! 遊戯の奴も言ってたみたいにデュエルすれば、言葉以上に分かり合えるんだ!」

 

 モクバの意思が固いことを確認しつつ此方の様子を窺っている気配に内心で溜息を吐く。

 

――提案したのは乃亜か……とはいえ、拒否も出来ない……

 

「……了解しました」

 

「いいのか!?」

 

「ええ」

 

 小さく頷いた神崎に驚きを見せるモクバ――デュエルを提案しておいて酷い反応である。

 

 とはいえ、今の今まで神崎がデュエルを避けてきたことを知る人間なら驚きもするだろう。

 

「じゃぁ、早速行くぜ、神崎! デュエル場の準備もバッチリだぜい!」

 

 そう元気いっぱいに宣言したモクバに手を引かれつつ神崎は思案する。

 

――今は面倒事を起こしたくない。それに一度デュエルすれば、しばらくは距離を置けるだろう。

 

 

 できれば「今日」は避けたかった神崎だが、そんな思惑を隠しながらモクバに引っ張られて行く。

 

 

 やがて辿り着いたデュエル場にてデュエルディスクを装着し、適切な距離を取る2人。

 

「神崎の方は準備、大丈夫かー!」

 

「はい、大丈夫ですよ」

 

 距離が離れたゆえに声を張るモクバに対して、にこやかに返す神崎はデッキをデュエルディスクにセットする。

 

――このデュエルにおいて勝敗はさほど重要じゃない。なら普段使いのデッキで問題ないか……

 

 このデッキはアクターが使用したような相手に合わせたデッキではなく、「神崎 (うつほ)」のデッキ。

 

 

 ゆえに神崎の内心では何処まで戦えるだろうかとハラハラしていた――ほぼ初心者であろうモクバ相手に何を気負っているのやら。

 

「よーし、行くぜい! デュエル!」

 

「デュエル」

 

 こうして何とも締まりのないデュエルが開始された。

 

 






ようやく神崎のデュエルや……(白目)


ちなみに、ギースのデュエルはモクバのデュエルが決着した後になります。

同時進行は無理です(`・ω・´)キリッ




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第128話 フェイバリット カード



前回のあらすじ
ギース「動くな」

パラドックス「非番といった風貌だな……(何故エコバックを置いてこなかった……)」



モクバ「俺のデュエルが受けられねぇのかってっばよ!(背伸び)」

神崎「(これが噂のデュエルパワハラか……)」





 

 

 デュエルが始まりモクバの先攻であることを確認した神崎は内心で思案する。

 

――このデュエルはどういった結末に持って行くべきか……

 

 普通に考えれば「モクバが気持ちよくデュエルする」が目標であろう――「なんで俺に気持ちよくデュエルさせねぇんだ!」な状態は避けねばならないと思われた。

 

 

 相手がモクバであればその心配は不要に思われるが……

 

 しかし神崎はこのデュエルの方針を考える己の姿に息を吐く。

 

――世界の危機も、命の危機も何もないデュエルにそんな考えを巡らせる自分が嫌になる。

 

 そんな軽い自己嫌悪に陥っていた。

 

 遊び(デュエル)に此処まで神経を使わなければならない状況とその状況に慣れ切った己の姿に神崎の気分が滅入る。

 

 

 だがそんな神崎の状態など気にした様子もなく、モクバは元気いっぱいにデッキに手をかける。

 

「俺のターン、ドロー! やったあッ! 最強カードを引いたぜい!」

 

――最強カード?

 

 モクバの喜ぶ顔を尻目に当然の疑問を浮かべる神崎。

 

 どんな強力なカードがモクバのフィールドに呼び出されるのかと警戒心を上げるが――

 

 

「俺は《正義の味方 カイバーマン》を通常召喚!!」

 

 モクバの宣言と共にフィールドに現れるのは橙色の長髪を棚引かせながら《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》を模したマスクを装着している白いコートの男が高笑いを上げる。

 

《正義の味方 カイバーマン》

星3 光属性 戦士族

攻 200 守 700

 

 というか、完全に海馬社長であ――いや、正義の味方の正体を暴こうとは野暮な話。

 

「最高にカッコイイモンスターだぜい!!」

 

 腕を突き上げ、決めポーズを決める《正義の味方 カイバーマン》のソリッドビジョンにモクバは大喜びだ。

 

 しかし相対する神崎からすればそれどころではない。

 

――《正義の味方 カイバーマン》!?

 

 神崎が胸中で驚くように《正義の味方 カイバーマン》は自身をリリースすることで手札の《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》を特殊召喚する効果を持つカードである。

 

 だが肝心の《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》は世界に4枚しか存在しておらず、その3枚を海馬が所持。残り1枚を神崎が保管している。

 

 つまりモクバのデッキにはそのいずれかの《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》が存在することに――

 

 

「さらに装備魔法《ライトイレイザー》をカイバーマンに装備!!」

 

 《正義の味方 カイバーマン》の元に現れ、その右腕に握られたナックルガードのような装備の水晶から青白い光のブレードが伸びる。

 

「コイツは光属性・戦士族のみ装備できるカードだ! まさにカイバーマンの為にあるようなカードだぜい!」

 

 モクバの声に呼応するように《正義の味方 カイバーマン》が宙に向けて《ライトイレイザー》を振るう度に「ブォーン」と独特な音が響く。

 

「そして永続魔法《レベル制限B地区》を発動しておくぜい! これでレベル4以上のモンスターは全て守備表示になる!」

 

 モクバの背後に石像に挟まれた「B」のマークが祭られたような近未来的な街並みと神殿が広がって行く。

 

 その神々しさはレベル4以上のモンスターであれば思わず跪き守備表示になってしまいそうだ。

 

 ただレベル3である《正義の味方 カイバーマン》は変わらず《ライトイレイザー》を振るい「ブォンブォン」言わせているが。

 

「後はカードを2枚セットしてターンエンドだぜい! さぁ、神崎! どっからでもかかってきな!!」

 

 自身満々にターンを終えたモクバの姿に合わせて《正義の味方 カイバーマン》は声高に笑う。

 

 

 そんなモクバと《正義の味方 カイバーマン》を余所に神崎が当初抱いていた驚きは収まりつつあった。

 

――《正義の味方 カイバーマン》には面食らったものの、分かり易いデッキだな。

 

 そう胸中で零す神崎の言う通り、このモクバのデッキには《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》は存在しない。

 

 海馬から託された1枚や、幻の5枚目などといったものはなかったのだ――良かった。良かった。

 

 そう、モクバのデッキは――

 

――《レベル制限B地区》で相手モンスターを守備表示に変更し、《ライトイレイザー》で除外。さしずめ《正義の味方 カイバーマン》で戦うデッキといった所か……

 

 神崎が内心で考えるように《正義の味方 カイバーマン》で戦うデッキ。

 

 デッキ構成にモクバのブラコンっぷりが垣間――いや、普通に見える。

 

「では私のターンですね。ドロー。スタンバイフェイズを終え、メインフェイズ1に」

 

 にこやかにカードを引き、丁寧にフェイズを進める神崎は自身がKCに登録しているデッキをそのまま使用してしまったことを悔やむ。それもその筈――

 

――しかしデッキの相性が悪いな……此方のデッキに《レベル制限B地区》はあまり意味がない。

 

 そう、KCに登録されている神崎のデッキはモクバのデッキのロックを普通にすり抜けられるデッキだった。

 

「私は速攻魔法《クリボーを呼ぶ笛》を発動します。この効果で私はデッキから《クリボー》か《ハネクリボー》を1体、手札に加えるか特殊召喚します」

 

 長さの異なる木の管が並んだ楽器が安らかな音色を奏でる。

 

「私は《クリボー》を攻撃表示で特殊召喚」

 

 その音色に誘われた《クリボー》が神崎のフィールドにちょこんと降り立った。

 

 小さな手でボクサーのようにシャドーを取る姿から察せられるように攻撃表示である。

 

《クリボー》

星1 闇属性 悪魔族

攻300 守200

 

 その姿を「ふぅん」と笑う《正義の味方 カイバーマン》を余所にモクバは己が良く知るカードの思わぬ登場に面食らう。

 

「ク、《クリボー》!? 何やってんだ、神崎! ソイツは手札にいてこそ効果を発揮するモンスターだぜい!?」

 

 そう、モクバの言う通り《クリボー》は戦闘ダメージが発生する際に「手札から捨てる」ことでダメージを0にする効果を持っている。

 

 フィールドにいてはその効果を活用することは出来ない。

 

 

 しかし神崎側にも事情がある。

 

「いえ、今このカードしか攻撃できそうなカードがなくて……」

 

 現在、神崎の手札にアタッカーになりえるカードがなかったのだ。

 

 《クリボー》の攻撃力は300と決して高くはないが、《正義の味方 カイバーマン》の攻撃力は200――つまり問題なく戦闘破壊を狙える。

 

「そ、そうなのか?」

 

 神崎の手札事故を心配した様相のモクバを余所にデュエルは続き――

 

「ええ、他はこのカードくらいです――《ミスティック・パイパー》を召喚」

 

 ステップを踏みながら赤い外套を揺らすのは軽快な笛の音を鳴らす《ミスティック・パイパー》。

 

《ミスティック・パイパー》

星1 光属性 魔法使い族

攻 0 守 0

 

「そして《ミスティック・パイパー》の効果を発動します。自身をリリースして私はデッキからカードを1枚ドロー。それがレベル1のモンスターだった場合はもう1枚ドローできます」

 

 笛の演奏も佳境に入ってきた辺りで光となって消えていく《ミスティック・パイパー》。

 

「私が引いたのは――おや、これは運がいい。レベル1の《クリアクリボー》です。よってもう1枚ドロー、と」

 

 その光が導いたのは《クリボー》の2Pカラーこと紫がかった毛色の《クリアクリボー》。

 

 もう1枚カードを引いた神崎は1枚のカードをデュエルディスクに差し込む。

 

「さらに魔法カード《ワン・フォー・ワン》を発動。手札のモンスター《クリアクリボー》を捨て、手札・デッキからレベル1のモンスター1体を特殊召喚します」

 

 パッカリと真っ二つになった《クリアクリボー》の中から飛びだすのは――

 

「私はデッキからレベル1の《クリボン》を特殊召喚」

 

 長いまつげに細長い尻尾が伸びる《クリボー》の仲間の《クリボン》。

 

 その名の由来であろう赤いリボンが尻尾の先に蝶々結びされていた。

 

《クリボン》

星1 光属性 天使族

攻 300 守 200

 

「レ、レベルの低いモンスターばっかりだぜい……」

 

 モクバがそう零す様に神崎から繰り出されるモンスターはどれもレベルの低いモンスター。

 

――これじゃあ《レベル制限B地区》の意味がないぜい……レベルの高いモンスターを呼ばないかな?

 

 これではモクバが内心で考えるように永続魔法《レベル制限B地区》が無意味のカード――死に札と化している。

 

 

 上級・最上級モンスターが呼び出されないだろうかとのモクバの期待を裏切り神崎が発動したのは――

 

「此処でフィールド魔法《心眼の祭殿》と永続魔法《ウィルスメール》を発動」

 

 赤き杖を祭った神殿――フィールド魔法《心眼の祭殿》が神崎の背後にそびえ立つ。

 

「そして永続魔法《ウィルスメール》の効果――1ターンに1度、自身のフィールドのレベル4以下のモンスター1体に直接攻撃の権利を与えます」

 

 さらにドクロのマークで封蝋された手紙がヒラヒラと落ち――

 

「効果の対象に《クリボー》を選択――とはいえ、バトルの終わりに墓地に送られるデメリットを負いますが」

 

 《クリボー》の背に張り付けられた。

 

「ではバトルフェイズへ。《クリボン》で《正義の味方 カイバーマン》を攻撃」

 

 《クリボン》が尻尾を揺らしながらとっとこ走り、《ライトイレイザー》を持つ《正義の味方 カイバーマン》に突撃していく。

 

 絵面的には返り討ちに合いそうだが攻撃力は辛うじて《クリボン》が勝っている為、問題はない――「このままなら」との注釈が付くが。

 

「させないぜい! ダメージステップ時に、永続罠《幻影剣(ファントム・ソード)》を発動! コイツは発動時に選んだモンスター1体の攻撃力を800アップさせるカード!」

 

 空から《正義の味方 カイバーマン》の足元に突き刺さったのは紫のクリスタルのような刀身を持った怨霊が憑いた魔剣。

 

――永続罠《幻影剣(ファントム・ソード)》……成程、そういうデッキか。

 

 その永続罠《幻影剣(ファントム・ソード)》の発動に神崎はモクバのデッキ構成の大半を理解する。

 

 とはいえ、神崎は今動くことが出来ない為、「あっ」と己の末路を悟った《クリボン》を見ても何も出来ないが。

 

「俺は当然、《正義の味方 カイバーマン》をパワーアップだ!」

 

 呪われし魔剣であろうとも知ったことか、とその手に取って二刀流の構えを見せる《正義の味方 カイバーマン》。

 

《正義の味方 カイバーマン》

攻 200 → 攻1000

 

「しかも《正義の味方 カイバーマン》が破壊されるときは永続罠《幻影剣(ファントム・ソード)》を代わりに破壊して身代わりに出来るぜい!」

 

 永続罠《幻影剣(ファントム・ソード)》も《正義の味方 カイバーマン》を所持者として認めたように脈動した。

 

「これで《クリボン》はどうやったって、装備魔法《ライトイレイザー》で除外だ! ぶった切れー! カイバーマン!!」

 

 そのモクバの声援を受け、可愛いらしい毛玉モンスター《クリボン》に《幻影剣(ファントム・ソード)》を突き刺し、もう一方の《ライトイレイザー》で《クリボン》を真っ二つに焼き切る《正義の味方 カイバーマン》。

 

 正義って何だろう。

 

 やがて《クリボン》の断末魔と共に斬撃の衝撃が神崎を打ち据えた。

 

神崎LP:4000 → 3000

 

――さすがにそう簡単には通らないか……

 

 手痛い反撃を受けた神崎だがモクバのデッキをより正確に知ることが出来たのならば僥倖と判断するが――

 

「1000のダメージ!? なんで!?」

 

 本来発生する戦闘ダメージ700よりも300程多いダメージを受けた神崎の姿にモクバの驚きの声が上がる。

 

 一応、モクバも観戦した遊戯と月行のデュエルにて使用されたカードだが、モクバは覚えていなかったらしい。

 

「フィールド魔法《心眼の祭殿》の効果です――このカードが存在する限り互いが受ける戦闘ダメージは一律1000になります」

 

「へー成程な! そのカードでダメージを増やそうとしたんだろうが、逆効果だった訳だな!」

 

 神崎の説明に納得の色を見せるモクバ。

 

 攻撃力の低い『クリボー』たちならではの戦い方なのだろうと首をうんうんと縦に振りつつモクバは元気よく語る。

 

「さらに装備魔法《ライトイレイザー》を装備したカイバーマンと戦った相手はダメージステップ終了時にゲームから除外されるぜ!」

 

 そのモクバの言葉通りに真っ二つになって地面に転がる《クリボン》の身体は崩れるように消えていく。その瞳は神崎をじっと見つめていた――威力偵察に使われたゆえに思う所があるのだろう。

 

 しかしその犠牲は無駄ではない。お陰でモクバの最後のセットカードの正体に当たりが付いたのだから。

 

「永続魔法《ウィルスメール》の効果を受けた《クリボー》でモクバ様を直接攻撃します」

 

 ドクロマークの印が付いた手紙片手に空高く浮かび、《正義の味方 カイバーマン》の二刀流の剣の間合いの外からモクバに向けて突進する《クリボー》。

 

「うわっ!?」

 

 その《クリボー》の突進は見た目のショボさとは裏腹にフィールド魔法《心眼の祭殿》の力によってモクバに確かなダメージを与える。

 

モクバLP:4000 → 3000

 

「でも、永続魔法《ウィルスメール》の効果を受けた《クリボー》はバトルフェイズの終わりに墓地に送られちまうんだよな! だったら神崎のフィールドはこれでガラ空きだぜ!」

 

 そのモクバの言葉通り、《クリボー》の背中に張り付いた《ウィルスメール》はジリジリと煙を上げ始める――今にも爆発しそうだ。

 

「ええ、このままならそうなりますね――私はバトルフェイズを終える前に速攻魔法《増殖》を発動」

 

 しかし神崎がカードを発動したと共に《クリボー》は爆ぜ、辺りに煙が立ち込める。これは《クリボー》が爆死した訳では当然ない。

 

「このカードはフィールドの《クリボー》を1体リリースし、自身のフィールドに可能な限り『クリボートークン』を守備表示で特殊召喚します」

 

 《クリボー》の分裂能力が発揮されたゆえのもの。やがて煙が晴れた先には――

 

「5体の『クリボートークン』を特殊召喚」

 

 5体の《クリボー》こと『クリボートークン』が「どんなもんだ」と鼻を鳴らしていた。

 

『クリボートークン』×5

星1 闇属性 悪魔族

攻300 守200

 

「墓地に送られる前に躱したのか!?」

 

「はい、その通りです――バトルを終了し、メインフェイズ2へ。カードを1枚セット。ターンエンドです」

 

 5体の『クリボートークン』で守りを固めた神崎は最後の手札を伏せてターンを終えるが――

 

「よーし、じゃぁ俺のターン――の前に神崎のエンドフェイズ時にコイツを発動だ! 永続罠《(あけ)(よい)の逆転》!」

 

 モクバが待ったをかけた。

 

「コイツの効果で1ターンに1度、俺の手札の『光属性』か『闇属性』の戦士族モンスター1体を墓地に送って、デッキから同じレベルで反対の属性のモンスター1体を手札に加えるぜい!」

 

 光と闇がモクバの足元から溢れ、2体の戦士を象っていく。

 

「俺は手札のレベル3の『闇属性』の戦士族、《幻影騎士団(ファントム・ナイツ)ダスティローブ》を墓地に送って、デッキから同じレベル3で反対の属性の『光属性』の戦士族、《カオスエンドマスター》を手札に加える!」

 

 黒いボロボロのローブの残骸と赤いストールのような布切れが鬼火を浮かべながら一人でに動く《幻影騎士団(ファントム・ナイツ)ダスティローブ》。

 

 そして上述した姿とは対照的な白き衣を纏った天使の翼を広げる戦士、《カオスエンドマスター》。

 

 その2体のモンスターがモクバの手札から入れ替わるように交錯した。

 

「そして今度こそ、俺のターンだぜい! ドロー!」

 

 手札を入れ替えたモクバは順調な立ち上がりだと意気揚々とターンを進める。

 

「まずは墓地の《幻影騎士団(ファントム・ナイツ)ダスティローブ》の効果発動! 墓地のコイツを除外してデッキからコイツ以外の『幻影騎士団(ファントム・ナイツ)』カードを手札に加える!」

 

 先程、墓地に送られた《幻影騎士団(ファントム・ナイツ)ダスティローブ》がボロ切れとなったローブからモクバに向けて何かを手渡そうとした瞬間に神崎の声が届く。

 

「ではその効果にチェーンして速攻魔法《相乗り》を発動します」

 

 そしてモクバの隣に悪魔の運転する屋根のない車が停車した。その車の運転席には額に「1」の数字が書かれた紫の体色の悪魔がおり、手招きしている。

 

「このターン、モクバ様がドロー以外の方法でデッキ・墓地からカードを手札に加える度に私はデッキから1枚ドローします」

 

「うぇっ!? そんな!?」

 

 神崎の説明にモクバは素っ頓狂な声を上げる――それもその筈、モクバはこのターン大量にカードをサーチする予定だ。

 

 それが神崎のドローの手助けになってしまう事実にモクバは面倒なことになったと内心で頭を抱える。

 

「……じゃぁ、俺はデッキから《幻影騎士団(ファントム・ナイツ)サイレントブーツ》を手札に加えるぜい……」

 

 《幻影騎士団(ファントム・ナイツ)ダスティローブ》からモクバに手渡されたのは古びたブーツ。

 

 やがてそのブーツからボコボコと鬼火が溢れ、ボロ切れを纏った幻影の戦士となる。

 

「速攻魔法《相乗り》の効果でカードを1枚ドロー」

 

 役目は終わったとばかりに《幻影騎士団(ファントム・ナイツ)ダスティローブ》は停車していた車の後部座席に乗り込んだ。

 

 此処から更にサーチするか否かをモクバは僅かに思案するも――

 

「此処で永続罠《(あけ)(よい)の逆転》の効果を使うぜ!」

 

 自身の手札をより充実させるべくサーチの続行を選択。

 

「今手札に加えたレベル3の『闇属性』の戦士族、《幻影騎士団(ファントム・ナイツ)サイレントブーツ》を墓地に送って、デッキから同じレベル3で反対の属性の『光属性』の戦士族、《サイレント・ソードマン LV(レベル)3》を手札に加える!」

 

 そして《幻影騎士団(ファントム・ナイツ)サイレントブーツ》が墓地へと飛び出し、その姿と交錯するように青いコートでその身を覆った少年剣士がモクバの手札に飛び込み――

 

「速攻魔法《相乗り》の効果でカードを1枚ドロー」

 

 《幻影騎士団(ファントム・ナイツ)サイレントブーツ》も停車している屋根のない車に乗車した――まさに《相乗り》状態。

 

「うぐぐ……なら《サイレント・ソードマン LV(レベル)3》を召喚だぜ!」

 

 増えていく神崎の手札に危機感を覚えつつ召喚されたのは先程モクバが手札に加えた白い縁の深い青色のコートを纏った少年剣士。

 

 その少年剣士の小柄な体躯の半分以上ある巨大な剣を肩に担ぎ、《正義の味方 カイバーマン》の隣に降り立った。

 

《サイレント・ソードマン LV(レベル)3》

星3 光属性 戦士族

攻1000 守1000

 

 そんな《サイレント・ソードマン LV(レベル)3》の姿にふぅん、と鼻を鳴らす《正義の味方 カイバーマン》の姿を余所に神崎はモクバのデッキへの考察を続ける。

 

――攻撃力の高い《カオスエンドマスター》ではなく、《サイレント・ソードマン LV(レベル)3》を召喚したとなると……あのカードか。

 

 《カオスエンドマスター》を召喚しなかったモクバの選択から自ずと手札の1枚に想像が付く。

 

「バトルだぜい! カイバーマン! サイレント・ソードマン! 神崎の5体の『クリボートークン』の内の2体に攻撃だ! 行っけー!」

 

 しかし、神崎にデッキを探られているとは夢にも思っていないモクバは『クリボートークン』を少しでも減らすべく果敢に攻める。

 

 2体の戦士――いや、正義の味方によって切り伏せられる2体の『クリボートークン』の姿と断末魔に残った3体の『クリボトークン』は身を寄せ合い身体を恐怖で震わせていた。

 

「よっし、これで2体減った! バトルを終了するぜい!」

 

 モクバのバトル終了の宣言に露骨に安堵の息を吐く3体の『クリボートークン』。

 

「そして墓地の《幻影騎士団(ファントム・ナイツ)サイレントブーツ》を除外して効果発動! デッキから『ファントム』魔法・罠カード1枚を手札に加えるぜい!」

 

 相乗りした車から《幻影騎士団(ファントム・ナイツ)サイレントブーツ》はモクバに1枚のカードを飛ばす。

 

「俺は罠カード《幻影翼(ファントム・ウィング)》を手札に!」

 

「速攻魔法《相乗り》の効果でカードを1枚ドロー」

 

 その《幻影騎士団(ファントム・ナイツ)サイレントブーツ》が《相乗り》する車がエンジン音を響かせる。

 

 その度に増えていく神崎の手札に焦りを募らせるモクバ。

 

「うっ、なら魔法カード《マジック・プランター》を発動だ! 永続罠《幻影剣(ファントム・ソード)》を墓地に送って2枚ドロー!」

 

 《正義の味方 カイバーマン》が持つ紫の水晶のような剣、永続罠《幻影剣(ファントム・ソード)》が砕け散り、その欠片がモクバの手元に集まっていった。

 

「《正義の味方 カイバーマン》の攻撃力は元に戻るぜい」

 

 剣を1本失った《正義の味方 カイバーマン》だが、変わらず《ライトイレイザー》をブォンブォンさせている。

 

《正義の味方 カイバーマン》

攻1000 → 攻200

 

「俺は最後にカードを2枚セットしてターンエンドだぜい!」

 

 ターンの終わりと共に悪魔の運転する車に《相乗り》したモンスターが走り去っていく。

 

 《正義の味方 カイバーマン》の攻撃力を下げてでも次のターンに備えたモクバ――

 

 ゆえにキッチリと迎撃の準備は出来ているとばかりに「へへん」と鼻を鳴らす。

 

 

 とはいえ、神崎からすればモクバの動きは素直過ぎる為、狙いが筒抜けだが。

 

「私のターン、ドロー」

 

「待ちな、神崎! そのドローフェイズに、俺は永続罠《(あけ)(よい)の逆転》の効果を使うぜ!」

 

 神崎がドローフェイズですぐさま動いたモクバは手札の1枚のカードを墓地に送る。

 

「手札のレベル3の『光属性』の戦士族、《カオスエンドマスター》を墓地に送って、デッキから同じレベル3で反対の属性の『闇属性』の戦士族、《幻影騎士団(ファントム・ナイツ)ダスティローブ》を手札に加える!」

 

 それは前のターンに手札に加えていた《カオスエンドマスター》。

 

 やがて《幻影騎士団(ファントム・ナイツ)ダスティローブ》がボロボロローブを揺らしながらモクバの手札に吸い込まれて行く、

 

「ではスタンバイフェイズを終え、メインフェイズ1に」

 

 そんなモクバのモンスターたちの動きを眺めつつ神崎は自身の手札に再度視線を向け――

 

――セットカードの1枚は《幻影翼(ファントム・ウィング)》で確定。さて、どう躱すか……

 

 モクバの布陣を崩す方法に思案を巡らせる。

 

――此処は思い切って動くか。

 

 だが神崎の今の手札で取れる手はそう多くなかった。

 

「速攻魔法《機雷化》を発動。私のフィールドの《クリボー》及び『クリボートークン』を全て破壊。その後、破壊した後と同じ数まで相手フィールドのカードを破壊します」

 

 自分たちの末路を宣告された3体の『クリボートークン』がギョッとした表情で神崎の方を振り返るが――

 

「へっへーん、でも罠カード《幻影翼(ファントム・ウィング)》があれば俺のモンスター1体は破壊できねぇぜい!」

 

 そんなモクバの声に意識を向けた神崎にはその『クリボートークン』たちの視線は届いていない――時には諦めも肝心だ。

 

「さぁ、神崎はどのカードを破壊するんだ?」

 

 そう言いながら神崎の動きを待つモクバだが、神崎も過去に通った「初心者あるある」に言葉を濁す――ハッキリ言うべきなのか否かと。

 

「…………モクバ様。速攻魔法《機雷化》が破壊対象を決めるのは、効果の適用がなされた後ですので、今このタイミングでチェーンしなければモクバ様のモンスターは破壊されてしまいますが」

 

 そうおずおずと速攻魔法《機雷化》の「対象に取らない」特性を説明していく神崎。

 

 これはザックリ言えば「カードの発動時に選択するか、効果の適用時に選択するか」の違いである――大変ややこしい。

 

 早い話が、今モクバがカードを発動しなければ大事な《正義の味方 カイバーマン》が爆散するという話だ。

 

「…………えぇっ!? えっと、じゃぁチェーンして罠カード《幻影翼(ファントム・ウィング)》を《正義の味方 カイバーマン》を対象にして発動して――」

 

 しばしの沈黙の後、理解に至ったモクバは慌てて《正義の味方 カイバーマン》を守るべくセットカードを発動させる。

 

「もう1回、チェーンして速攻魔法《イージーチューニング》を墓地のチューナーモンスター《カオスエンドマスター》を除外して、《正義の味方 カイバーマン》を対象に発動するぜい!」

 

 さらにどうせ破壊されてしまうのならと、最後のセットカードも発動させた――しかしそれによって神崎がブラフを踏む心配がなくなったが。

 

「チェーンの逆処理だから……速攻魔法《イージーチューニング》の効果からだ! 除外したチューナーモンスター《カオスエンドマスター》の元々の攻撃力――1500分、《正義の味方 カイバーマン》の攻撃力をアップ!」

 

 そのモクバの声に《正義の味方 カイバーマン》に向けて天へと消えていく《カオスエンドマスター》から光が降り注ぐ。

 

 やがてその光を浴びた《正義の味方 カイバーマン》は白いオーラを滾らせながら溢れ出る力に高笑う。

 

《正義の味方 カイバーマン》

攻200 → 攻1700

 

「次は――罠カード《幻影翼(ファントム・ウィング)》の効果だな! これで《正義の味方 カイバーマン》の攻撃力は500アップし、このターンの間だけ、戦闘・効果で1度だけ破壊されないぜい!」

 

 さらに影から飛翔した黒い翼が《正義の味方 カイバーマン》の背に装着され、漆黒の翼を広げ、空を舞う《正義の味方 カイバーマン》――すごく強そう。

 

《正義の味方 カイバーマン》

攻1700 → 攻2200

 

「では速攻魔法《機雷化》の効果で私のフィールドの3体の『クリボートークン』を破壊し、破壊した数――3枚、モクバ様のフィールドのカードを破壊させて頂きます」

 

 3体の『クリボートークン』が覚悟を決めたのかキッと目を鋭くし、モクバのフィールドへと駆け、ターゲットにしがみ付く。

 

「《サイレント・ソードマン LV(レベル)3》・装備魔法《ライトイレイザー》・永続魔法《レベル制限B地区》を破壊」

 

 やがてターゲットにしがみ付いた『クリボートークン』は爆発し、

 

 モクバの背後の神殿を砕き、

 

 少年剣士とあの世へのランデブーを敢行し、

 

 《正義の味方 カイバーマン》が持つ光の剣を破壊した。

 

「うわっ!? くっそー! サイレント・ソードマンが!?」

 

 咄嗟に《ライトイレイザー》を離し、爆発の衝撃を避けてモクバと同じように顔を覆う《正義の味方 カイバーマン》。

 

 そんな中でモクバは思案する。

 

――てっきり永続罠《(あけ)(よい)の逆転》を破壊すると思ってたのに想定外だぜい……でも何でだろう?

 

 神崎のデッキの動きはクリボーたち低レベルモンスターを主軸にしたものの為、永続魔法《レベル制限B地区》は破壊する旨味があまりないカードだ。

 

 それに対し、永続罠《(あけ)(よい)の逆転》はモクバの手札を充実させうるカード。

 

 にも拘らず前者を破壊した神崎の動きに疑問を浮かべるモクバだが、神崎の動きは淀みない。

 

「《ジャンクリボー》を通常召喚します」

 

 次なる『クリボー』一族は金属の球体に青い前後に並ぶ2本角と尖った2本の足、そしてネジのような尻尾を持ち、頭から奔る黄色いラインが右目を通っていた。

 

 その身体は今までの毛玉のようなクリボーとは違い、金属質な身体を持っている。

 

 しかし、その瞳は強い意志を感じさせるように鋭い――世界でも救いそうだ。

 

《ジャンクリボー》

星1 地属性 機械族

攻 300 守 200

 

「そして永続魔法《ウィルスメール》の効果を攻撃表示の《ジャンクリボー》に与え、直接攻撃権を付与」

 

 《ジャンクリボー》の背中にドクロのメールが張り付き――

 

「バトルフェイズへ。《ジャンクリボー》でモクバ様に直接攻撃です」

 

 やがてスピードの先を超え、光をも超えた速度を出した風にモクバに激突する《ジャンクリボー》。

 

 これこそがスピードの極地。

 

「うわわっ!」

 

モクバLP:3000 → 2000

 

「これでバトルフェイズは終了です。そしてこの瞬間に永続魔法《ウィルスメール》の効果を受けた《ジャンクリボー》は墓地に送られます」

 

 風となった《ジャンクリボー》は身体が崩れるも、満足気な表情で消えていった。

 

「メインフェイズ2へ移行して――カードを2枚セットしてターンエンドです」

 

 変わらず笑顔でターンを終えた神崎と、警戒を強めるモクバ。

 

 そしてそれに合わせるようにフィールドの《正義の味方 カイバーマン》と墓地のクリボー軍団の闘志が激しくぶつかり合う。

 

 まさに互いに譲らぬ壮絶なバトルはまだまだ始まったばかりである。

 

 






今作のモクバデッキは――

「兄サマ――もといカイバーマンは最強なんだぜい!」デッキ

コンセプトは《正義の味方 カイバーマン》でひたすら殴る。

早い話が「光・闇属性が多めのレベル3戦士族ロックビート」

とはいえ、永続罠《(あけ)(よい)の逆転》と「幻影騎士団(ファントム・ナイツ)」での手札交換は光属性・戦士族であれば何でもいいので、

《正義の味方 カイバーマン》じゃない基礎火力高めのモンスターの方が動き易(此処からは血で汚れていて読めない)



神崎のKC登録デッキは見ての通り、「クリボー軍団デッキ」

コンセプトはモクバのデッキと似ており、
オールスターな「クリボー軍団」でひたすら素材など甘えと言わんばかりに戦う

厳密には『クリボー』ではない《クリボン》・《クリボルト》・《クリフォトン》なども採用するのが愛。
(なお現段階では《クリボルト》・《クリフォトン》などは入手出来ていない模様)

なお遊戯王ワールドにおける《クリフォトン》の入手難度(白目)


最終的には《リンクリボー》を含む全クリボーをデッキに投入し、真のオールスターとなるべく
頑張ってVRAINS編まで生き延びるんだ、神崎!

えっ? 《屋根裏の物の怪》? ――ヤツはクリボーではない(無言の腹パン)




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第129話 低い攻撃力を侮る者は敗北に泣く



前回のあらすじ
左右の手に、光り輝く剣と亡霊渦巻く闇の剣を持ち、

その身体から白いオーラを滾らせ、

漆黒の翼で空を舞う海馬社長――もとい《正義の味方 カイバーマン》が降臨!


天高く舞うカイバーマンの姿はまさに神の如く! ゴッド・カイバーマンと呼ばねばなるまい!


なお、お相手はクリボー軍団なので絵面が酷い模様(目そらし)




 

 

 ライフ差は微妙に上回ったものの大きくは動かなかった神崎。だがモクバはここぞと強気な笑みを浮かべる。

 

「やるな、神崎! だけどお前のフィールドのモンスターはこれで0だぜい!」

 

 そう、これで神崎のモンスターは0――そしてモクバには最強のカード《正義の味方 カイバーマン》が存在する。

 

「こっから巻き返しだ! 俺のターン、ドロー! 永続罠《(あけ)(よい)の逆転》の効果を使うぜ!」

 

 チャンスだと、一気に攻めるべくメインエンジンたるカードを発動させるが――

 

「チェーンして2枚目の速攻魔法《相乗り》を発動。これでモクバ様がデッキか墓地からドロー以外でカードを加える度に私はカードを1枚ドローです」

 

 先のターンで苦汁を飲まされた悪魔の運転する車がモクバの元に停車する――運転手の悪魔の笑顔が眩しい。

 

「またそのカード!? ――あっ、だから前のターンに《機雷化》で永続罠《(あけ)(よい)の逆転》を破壊しなかったんだなッ!!」

 

「はい、手札補強は大事ですから」

 

 先のターンの神崎の不審な動きの意図に辿り着いたモクバはにこやかに対応する神崎に一杯食わされたと悔しがる。

 

 とはいえ、発動してしまった効果は取り消せない。

 

「くっそー! またかよ……俺は手札のレベル3の『闇属性』の戦士族、《幻影騎士団(ファントム・ナイツ)ダスティローブ》を墓地に送って、デッキから同じレベル3で反対の属性の『光属性』の戦士族、《レベル・ウォリアー》を手札に!」

 

 《幻影騎士団(ファントム・ナイツ)ダスティローブ》に代わり、赤いバトルスーツを着た星のマークを顔と胸に付けた茶色のマントを付けた愛と勇気が友達のヒーローに似た《レベル・ウォリアー》がモクバの呼びかけに応える。

 

「速攻魔法《相乗り》の効果で1枚ドローします」

 

 それを尻目にカードを引く神崎。

 

 増えていく神崎の手札にモクバは前回と同様に危機感を覚えるが――

 

――でも俺の今の手札じゃあんまりモンスターは呼べない……此処は行くしかないぜい!

 

 神崎のモンスターゾーンがガラ空きな今を逃す手はないと、強気に動く。

 

「俺は今、墓地に送った《幻影騎士団(ファントム・ナイツ)ダスティローブ》を除外して効果発動! デッキから《幻影騎士団(ファントム・ナイツ)サイレントブーツ》を手札に!」

 

 前回と同様の動きで手札を着実に増やしていくモクバ。

 

「速攻魔法《相乗り》の効果でドローします」

 

「此処で魔法カード《手札抹殺》を発動だぜい! 互いは手札を全て捨て、捨てた分だけドローだ! 俺は3枚捨てて、3枚ドロー!」

 

 そして此処で手札の質を一気に高める――これでモンスターばかりのバランスの悪い手札は一新された。

 

「此方も2枚の手札を捨て、新たに2枚ドローです」

 

「俺は魔法カード《モンスター・スロット》を発動!」

 

一新した手札から繰り出されたのは緑の巨大な顔に手足が生えたモンスター――といっても魔法カードだが。

 

「コイツは俺のフィールドのモンスターと同じレベルの自分の墓地に存在するモンスターを除外してカードを1枚ドロー! そのドローしたカードが除外したモンスターのレベルと同じ時! ソイツを特殊召喚できるぜい!」

 

 その緑のモンスターは額に「当」のマークを付け、口元はスロットのようになっており、左右から伸びる腕がスロットの開始レバーを握っていた。

 

「俺はレベル3の《正義の味方 カイバーマン》を選び、墓地のレベル3《レベル・ウォリアー》を除外して、頼むぜ~~ドロー!!」

 

 スロットに「《正義の味方 カイバーマン》」・「《レベル・ウォリアー》」の絵が表示され、最後の1つのスロットが回転を始める。

 

「俺が引いたのは――」

 

 やがてスロットが止まり、表示されたのは――

 

「やったぜい! レベル3のモンスターだ! 来いっ! レベル3、《サイバー・チュチュ》!!」

 

 水色のバイザーで目元を隠した赤と水色が混じった色彩のライダースーツと腰に半透明なバレリーナの舞台衣装のフリルのある桃色のボブカットの少女がスロットから飛び出した。

 

《サイバー・チュチュ》

星3 地属性 戦士族

攻1000 守 800

 

「最後に《共闘するランドスターの剣士》を召喚だぜい!」

 

 丸い豆のような顔の小さな戦士がドヤッと剣を掲げるが、その姿を《正義の味方 カイバーマン》は鼻で笑っている。

 

《共闘するランドスターの剣士》

星3 地属性 戦士族

攻 500 守1200

 

 この構図、どこかで見た気が……いや、気のせいだろう。

 

「そして《共闘するランドスターの剣士》の効果で俺の戦士族モンスターの攻撃力は400アップだ!」

 

 《正義の味方 カイバーマン》の態度に憤慨する《共闘するランドスターの剣士》を余所に強化されていく戦士たち。

 

《正義の味方 カイバーマン》

攻2200 → 攻2600

 

《サイバー・チュチュ》

攻1000 → 攻1400

 

《共闘するランドスターの剣士》

攻500 → 攻900

 

「バトルだ! 《共闘するランドスターの剣士》でダイレクトアタックだぜい!!」

 

 《正義の味方 カイバーマン》に目にもの見せてやるとばかりに《共闘するランドスターの剣士》は気合タップリに剣を振りかぶり突撃するが――

 

「その直接攻撃宣言時に墓地の《クリアクリボー》を除外し、効果を発動します」

 

 突如現れた紫の毛玉こと《クリアクリボー》がその剣を受け止めつつ真っ二つに切り裂かれる――いや、受け止めてない。

 

「さらにチェーンして速攻魔法《クリボーを呼ぶ笛》も発動」

 

 スプラッターな現場を余所に流れる笛の音を合図にチェーンは逆処理されていく。

 

「チェーンの逆処理へ移行――まずは速攻魔法《クリボーを呼ぶ笛》の効果でデッキから《ハネクリボー》を守備表示で特殊召喚」

 

 笛の音に呼ばれたのは天使の羽を持つ毛玉こと《ハネクリボー》。その身を小さく固め、蹲る。

 

《ハネクリボー》

星1 光属性 天使族

攻300 守200

 

「次に《クリアクリボー》の効果で、私はデッキから1枚ドロー。そのカードがモンスターだった際に、そのモンスターを特殊召喚し、攻撃対象をそのモンスターに移し替えます」

 

 神崎の言葉を余所に切り裂かれた《クリアクリボー》の中身がうごめき――

 

「攻撃力900以上だったらヤバいぜい!?」

 

「ではドロー」

 

 モクバの緊張が高まる中で神崎はカードをドロー。

 

「そのカードは!?」

 

「おや、モンスターですね」

 

 モンスターカードであった。

 

「えぇっ!? そんな!?」

 

 もしこのカードの攻撃力が900以上なら、そう考えるモクバの不安に神崎はニッコリと笑う。

 

「ですがご安心くださいモクバ様。私がドローしたカードは《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》――特殊な召喚条件を持つゆえに《クリアクリボー》の効果では特殊召喚できません」

 

 迎撃することは出来ないと――いや、そのカードって……

 

「よ、よかったぁ~」

 

 一安心な様相のモクバは攻撃を続行する。

 

「なら《共闘するランドスターの剣士》で《ハネクリボー》を攻撃するぜい!」

 

 《ハネクリボー》を剣の腹でポカポカ叩く《共闘するランドスターの剣士》。

 

 そんな猛攻に《ハネクリボー》は涙を零しながら墓地へと逃げていった。その姿に満足気な《共闘するランドスターの剣士》。

 

「このまま追撃だ!」

 

「お待ちを――フィールドで破壊された《ハネクリボー》の効果発動。ターンの終わりまで私が受ける戦闘ダメージは全て0になります」

 

 《サイバー・チュチュ》で追撃しようとしたモクバだが、《ハネクリボー》が最後に放った加護が残る間――このターンの攻撃はあまり意味をなさない。

 

「つまり攻撃しても意味がないってこと?」

 

「はい、そうなります」

 

「ならバトルは終わりにするぜい!」

 

 神崎の言葉に納得を見せるモクバは次のターンに備えるべく動く。

 

「それでメインフェイズ2で墓地の《幻影騎士団(ファントム・ナイツ)サイレントブーツ》を除外して効果発動だぜい! デッキから永続罠《幻影霧剣(ファントム・フォッグ・ブレード)》を手札に!」

 

 《幻影騎士団(ファントム・ナイツ)サイレントブーツ》がモクバに更なる剣を授けるが――

 

「速攻魔法《相乗り》の効果でドロー」

 

「あっ、ソイツの効果がまだあったんだった……」

 

 そのサーチは神崎のドローに利用される――モクバはしまったと口を開けるが後の祭り。

 

「まぁ、しょうがないぜい! カードを2枚セットしてターンエンドだ!」

 

 直ぐに切り替え、全ての手札をセットしたモクバ。これでどんな攻撃もへっちゃらだと。

 

「私のターンですね。ドロー。スタンバイフェイズを終え、メインフェイズ1に」

 

 カードを引き、フェイズ確認を終えた神崎は早速あのカードを使う――そう、あのカードである。

 

「私はモクバ様のフィールドの《サイバー・チュチュ》と《共闘するランドスターの剣士》をリリースしてこのカードを呼び出します」

 

「おいおい、何言ってんだよ、神崎――アドバンス召喚するには自分のモンスターをリリースしなくっちゃ駄目だぜい」

 

 神崎の言葉に微笑ましい勘違いを見せるモクバ――だがデュエルは時として非情なのである。

 

「いえ、呼び出すのはモクバ様のフィールドです」

 

「えっ?」

 

 呆けたモクバの声を余所に《サイバー・チュチュ》と《共闘するランドスターの剣士》は足元から噴出したマグマに呑まれていき――

 

「《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》をモクバ様のフィールドに特殊召喚」

 

 突如として檻に閉じ込められたモクバ。

 

 やがてその檻は噴出したマグマが集まり巨大な魔物と化した《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》の首から吊るされる。

 

《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》

星8 炎属性 悪魔族

攻3000 守2500

 

「お、俺のモンスターが!?」

 

 急展開を見せた自身のフィールドに驚愕の声を漏らす檻の中のモクバ――海馬に見られればエライことになりそうな絵面である。

 

 だが今現在、海馬は留守なのでセーフだ。

 

「《共闘するランドスターの剣士》がフィールドを離れたことで、戦士族に対する強化は消え、《正義の味方 カイバーマン》の攻撃力がダウン」

 

 モクバを捕らえる檻に手をかけ、必死に檻を壊そうとする《正義の味方 カイバーマン》。

 

 マグマの熱ゆえに高温となった檻は《正義の味方 カイバーマン》の手を焼くが、意に介した様子はない。

 

《正義の味方 カイバーマン》

攻2600 → 攻2200

 

 一気に絵面がアウトになったが、ソリッドビジョンなのでモクバに害はない。本当にない。ないったらない。

 

「あぁ、カイバーマンの攻撃力が!? あと何だよ、この檻!? それとこのマグマみたいなヤツ!?」

 

 《正義の味方 カイバーマン》の奮闘を余所に未だ状況の理解が追い付かないモクバに神崎は変わらず返す。

 

「そのモンスターは『あの』《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイトドラゴン)》に匹敵する攻撃力3000ものパワーを持つ超強力モンスターです」

 

「いや、これ絶対に何かあるだろ!」

 

 確かに攻撃力は高いが、デュエリストを檻に捕らえるモンスターがマトモな筈がないと返すモクバ――ブラコンっぷりをデッキに反映した人物に言われてもブーメランだが。

 

 神崎は説明を続ける。

 

「しかし、そのあまりのパワーは使い手を傷つけてしまう程――《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》をコントロールするプレイヤーは毎ターンのスタンバイフェイズに1000ポイントのダメージを負います」

 

「やっぱり!?」

 

 毎ターン初期ライフの4分の1を削っていく主殺しの魔物――それが《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》の本質だった。

 

 だが属性・種族以外のステータスだけは《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイトドラゴン)》とお揃いである。やったね!

 

「ではデュエルに戻りましょう――魔法カード《簡易融合(インスタントフュージョン)》を1000のライフを払い発動します」

 

神崎LP:2000 → 1000

 

 何処でも便利なカップ麺にライフという名のお湯を注げば、アッという間に――

 

「その効果によりエクストラデッキからレベル5以下の融合モンスター1体を融合召喚扱いで特殊召喚します」

 

 融合モンスターのお出ましである。漏れ出る煙から現れたのは――

 

「レベル1、《サウザンド・アイズ・サクリファイス》を融合召喚です」

 

 1つ目のウジャトの眼球がぬるりと伸び、身体の中央には丸く巨大な口が開き、巨大な鍵爪と大きな翼を持つ深紫色の体色の異形のモンスターが翼を広げる。

 

《サウザンド・アイズ・サクリファイス》

星1 闇属性 魔法使い族

攻 0 守 0

 

「とはいえ、エンドフェイズには破壊されてしまいますが」

 

 そんな神崎の言葉に《サウザンド・アイズ・サクリファイス》の全身に浮かぶ数多の閉じた目がクワッと開く――「聞いてないよ」と言わんばかりに。

 

「なんか不気味なモンスターだな……」

 

 モクバの声に左右の鍵爪の付いた腕を伸びたウジャトの眼球の下部分で合わせ、ショックを受けている様相を見せる《サウザンド・アイズ・サクリファイス》――いや、十分不気味でしょうに。

 

「そうですか? まぁ、それはさておき《サウザンド・アイズ・サクリファイス》の効果発動。 1ターンに1度、相手モンスター1体をこのカードの装備カードとし、その元々のステータスを奪います」

 

 しかし言葉を濁しつつ指示を出した神崎に《サウザンド・アイズ・サクリファイス》の全身の眼は神崎を見やる――いや、目標を見ろよ。

 

「当然、《正義の味方 カイバーマン》を選択」

 

 やがて《サウザンド・アイズ・サクリファイス》の腹の口が圧倒的な吸引力を持って吸い込みを敢行。

 

 地面に踏ん張る《正義の味方 カイバーマン》だが、その身体はジリジリと《サウザンド・アイズ・サクリファイス》の方へと吸い寄せられていく。

 

「カ、カイバーマーン!!」

 

 《正義の味方 カイバーマン》のピンチに悲痛な声を上げるモクバ。

 

 だが《正義の味方 カイバーマン》はモクバに心配をかけまいと親指を立てて見せる。

 

 正義の味方は子供たちの応援がある限り決して負けない。負けられなどしない。

 

 

 そう、今こそ《正義の味方 カイバーマン》を応援すべき時だ!

 

 

「あの……そこまで《正義の味方 カイバーマン》を失いたくないのなら、モクバ様のセットした永続罠《幻影霧剣(ファントム・フォッグ・ブレード)》を発動すれば良いのでは……?」

 

 しかし空気を読まない神崎の声がモクバに届き、ハッとデュエリストとしてすべき事に気付いたモクバは1枚のカードを発動させる。

 

「あぁっ!? そうだった! チェーンして永続罠《幻影霧剣(ファントム・フォッグ・ブレード)》を《サウザンド・アイズ・サクリファイス》に向けて発動!」

 

 モクバの宣言の元、現れた二本の角を持った獣の頭の骨を持った《正義の味方 カイバーマン》。

 

 するとその骨から怨霊の叫びと共に紫の霧のような剣が噴出した。

 

「発動時に選んだモンスターはこのカードが存在する限り、効果は無効化され、攻撃を封じて、攻撃対象にも選べない!!」

 

 やがてその霧のような剣は《正義の味方 カイバーマン》によって投擲され、《サウザンド・アイズ・サクリファイス》の腹の口に突き刺さる。

 

「不発になってしまいましたね――カードを2枚セットして、ターンエンドします」

 

 吸引を止めた《サウザンド・アイズ・サクリファイス》は異物が詰まって気持ち悪いのか、霧の剣こと永続罠《幻影霧剣(ファントム・フォッグ・ブレード)》を引き抜こうと足掻く。

 

「このエンドフェイズに魔法カード《簡易融合(インスタントフュージョン)》で特殊召喚された《サウザンド・アイズ・サクリファイス》は破壊されます」

 

 だが時間切れとばかりに《サウザンド・アイズ・サクリファイス》の身体は溶けて崩れていった。

 

「対象のモンスターがフィールドから離れちまったら永続罠《幻影霧剣(ファントム・フォッグ・ブレード)》は破壊されるぜい」

 

 やがて最後に地面に落ちた永続罠《幻影霧剣(ファントム・フォッグ・ブレード)》が砕ける。

 

「色々やられたけどカイバーマンは守れた! それに神崎のフィールドにモンスターは0のままだぜい! チャンスだ!」

 

 《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》の首から伸びる檻の中でマグマのダメージに晒されながらも強気の姿勢は崩さないモクバ。

 

「俺のターンだ! ドローだぜい!!」

 

「スタンバイフェイズに《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》の効果でモクバ様に1000のダメージが発生します」

 

 しかし容赦なく《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》の身体からはドロリと多量のマグマが零れ、檻の中のモクバの身を焼いていく。

 

「うわっ、熱っ――くはないけど!」

 

モクバLP:2000 → 1000

 

 これで残りライフは1000――レベル3の下級モンスターを中心にしたロックビートが主戦術であるモクバに《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》を何とかする術は決して多くはなく、ライフにも余裕はない。

 

「永続罠《(あけ)(よい)の逆転》の効果を使うぜい!」

 

 とはいえ幸いにもモクバの1枚限りの手札は理想的なもの。

 

「手札のレベル3の『闇属性』の戦士族、《幻影騎士団(ファントム・ナイツ)サイレントブーツ》を墓地に送って、デッキから同じレベル3で反対の属性の『光属性』の戦士族、《シャインナイト》を手札に加える!」

 

 どんな手札であってもモクバは諦めも弱音も吐きはしない。

 

 モクバの知る本物のデュエリスト(海馬や遊戯)たちもどんな窮地であれ諦めなどしないのだから。

 

――互いのライフはあと1000! どっちが先に相手に一撃を入れるかの勝負だ! なら引いてる場合じゃないぜい!

 

「《シャインナイト》を召喚!!」

 

 光り輝く銀の西洋鎧で全身を固め、純白のマントを翻し現れるのは白き突撃槍を持つ聖戦士。

 

 その甲冑の目元の隙間から覗く赤いモノアイが神崎を射抜いていた。

 

《シャインナイト》

星3 光属性 戦士族

攻 400 守1900

 

「バトルだ!」

 

「お待ちを――モクバ様のバトルフェイズ開始時に罠カード《共闘》を使わせて貰います」

 

 攻めの気を崩さないモクバの出鼻を挫くような神崎の声が響く。

 

「発動時に手札のモンスターを捨て、選択したモンスターの攻・守をターンの終わりまで、その捨てたモンスターの攻・守と同じにします――手札の《クリボーン》を捨て、《正義の味方 カイバーマン》を選択」

 

 白い毛玉こと《クリボーン》が白いベールを揺らしながら《正義の味方 カイバーマン》に浄化の光を浴びせていく。

 

 《カオスエンドマスター》が死の間際に《イージーチューニング》で託した力が、

 

 漆黒の闇の翼たる《幻影翼(ファントム・ウィング)》が浄化され、消えていき――

 

《正義の味方 カイバーマン》

攻2200 守700

攻300 守200

 

「カイバーマンが!?」

 

 力を大きく失った《正義の味方 カイバーマン》は悔し気に膝を突く。

 

「さて、どうしますかモクバ様?」

 

「くっそー! なら《シャインナイト》で今度こそ神崎にダイレクトアタックだ!! 行けっー!!」

 

 ならばと《シャインナイト》の突撃槍が神崎に向かうが――

 

「その攻撃宣言時に墓地の《クリボーン》の効果を発動――墓地のこのカードを除外し、墓地の『クリボー』モンスターを任意の数だけ特殊召喚します」

 

 《クリボーン》の光に導かれ、墓地の仲間たちが神崎の窮地に駆けつける。

 

「《クリボー》・《ハネクリボー》・《ジャンクリボー》・《クリボール》・《虹クリボー》の合計5体を守備表示で特殊召喚」

 

 ノーマル毛玉の《クリボー》が毛を逆立たせ、

 

《クリボー》

星1 闇属性 悪魔族

攻300 守200

 

 天使の羽の生えた毛玉《ハネクリボー》が羽を畳み、

 

《ハネクリボー》

星1 光属性 天使族

攻300 守200

 

 鉄球のタイプの《ジャンクリボー》が身を伏せ。

 

《ジャンクリボー》

星1 地属性 機械族

攻300 守200

 

 完全にまん丸な球体状の《クリボール》が転がり、

 

《クリボール》

星1 闇属性 悪魔族

攻300 守200

 

 紫の丸い身体にヒレのような手足と尾が生えた虹色に輝く額のプレートを持つ《虹クリボー》が最後に並んだ。

 

《虹クリボー》

星1 光属性 悪魔族

攻 100 守 100

 

「一気に5体のモンスターを蘇生!?」

 

 クリボー軍団の思わぬ爆発力に面食らうモクバだが、ふと零す。

 

「だけど《虹クリボー》よりステータスの高い《クリボン》を除外して置いて正解だったぜ……」

 

 《虹クリボー》よりも《クリボン》は若干、攻・守が高い。

 

 数値に大きな差はないとはいえ、その微妙な差が勝敗を分けることもある為、安堵を見せるモクバだが――

 

「いえ、《クリボーン》の効果は『クリボー』でないといけないので《『クリボ』ン》はどのみち特殊召喚できませんよ?」

 

 悲しい事に《クリボン》はクリボー軍団には含まれていないのだ――効果的な意味で。

 

「同じクリボーの仲間なのにか?」

 

「はい」

 

 見た目やステータスから明らかに仲間であろうにもかかわらず効果的な意味では仲間ではない悲しい事情にモクバは若干しょんぼりして見せる。

 

「なんだか仲間外れみたいで可哀そうだぜい……」

 

 そんなモクバの言葉に草葉の陰こと除外ゾーンの《クリボン》も涙を流していることだろう。

 

「いや、今はデュエル中だ! 集中しなきゃ! 《シャインナイト》で攻撃を続行だ! 《ハネクリボー》を攻撃!!」

 

 しかし若干、下がった自身の気合を立て直すモクバに呼応するように突撃槍を構え直した《シャインナイト》が《ハネクリボー》を貫かんと迫る。

 

「罠カード《アルケミー・サイクル》を発動。効果により私のフィールドの表側モンスターの元々の攻撃力は全て0になります」

 

 だがその突撃槍が刺さる前に身体をグッタリとさせる《ハネクリボー》。

 

「代わりにその攻撃力が0になったモンスターが戦闘に破壊され墓地に送られる度に私はカードを1枚ドローできますが」

 

「どのみち《シャインナイト》の攻撃は止まらないぜい!」

 

 効果の説明を聞けども、既にモクバの攻撃宣言はなされている為、《シャインナイト》の攻撃は止まらず、《ハネクリボー》を貫いた。

 

「破壊され墓地に送られた《ハネクリボー》の効果でこのターンのダメージを0に――さらに罠カード《アルケミー・サイクル》の効果で1枚ドロー」

 

 《ハネクリボー》の最後の力が神崎の手札となり盾となる。

 

 とはいえ、モクバは手を緩める様子はないようだ。

 

「次だ! 《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》で《虹クリボー》を攻撃するけど……うーん、これだ!」

 

 だがモクバの動きは突然止まり、悩む仕草を見せる。

 

 罠カード《アルケミー・サイクル》の効果でドローすることを警戒しているのかと考えた神崎だったが――

 

「行っけぇ!! ゴーレム・ボルケーノォ!!」

 

 そのモクバの宣言に満足気に《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》の口から巨大な炎の砲弾が放たれ《虹クリボー》を打ち抜いた。

 

「罠カード《アルケミー・サイクル》の効果で1枚ドロー」

 

 カードを引きながら神崎は思う――そっちかよ、と。

 

――悩んでいたのは技名か……いや、それよりもステータスの低い《虹クリボー》の方を狙った? 「光属性」を意識したのか? となればセットカードの1枚は……

 

 しかしモクバの攻撃によって前のターンに伏せられたカードも予想がついてきたようだ。

 

「俺はバトルを終了! カイバーマンを守備表示にして――」

 

 モクバの声に悔し気に守備表示になる《正義の味方 カイバーマン》――とはいえ、今は1度のダメージが勝敗を左右する状況の為、守りも疎かには出来ない。

 

《正義の味方 カイバーマン》

攻300 → 守200

 

「墓地の《幻影騎士団(ファントム・ナイツ)サイレントブーツ》を除外して効果発動だぜい! デッキから永続罠《幻影霧剣(ファントム・フォッグ・ブレード)》を手札に!

 

 最後に前のターンと同じカードを手札に加えたモクバは此処が正念場だとばかりに力強くカードを伏せる。

 

「カードを1枚セットしてターンエンドだ!」

 

「そのエンドフェイズに罠カード《共闘》の効果が終了し、《正義の味方 カイバーマン》のステータスは元に戻ります」

 

 その神崎の声と同時に《正義の味方 カイバーマン》から良し悪しに関わらず全ての力が抜けていく。

 

《正義の味方 カイバーマン》

攻300 守200

攻200 守700

 

「そして罠カード《アルケミー・サイクル》の効果も終了し、攻撃力が元に戻ります」

 

 さらに3体の残ったクリボー軍団もまた力を取り戻した。

 

「私のターンですね。ドロー。スタンバイフェイズを終え、メインフェイズ1に」

 

――このままターンを終えても次のモクバ様のターンに《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》のバーン効果で終わりだが……

 

 引いたカードを見つつ神崎は状況を確認するように思案するが――

 

――モンスターの効果を無効化する永続罠《幻影霧剣(ファントム・フォッグ・ブレード)》だけは片付けておかないと

 

 やるべきことは変わらない。

 

「《クリボー》・《ジャンクリボー》・《クリボール》の3体を守備表示から攻撃表示に変更」

 

 攻撃姿勢を取る3体のクリボー軍団。その姿は何とも頼もしい――気がする。

 

「《比翼(ひよく)レンリン》を通常召喚」

 

 しかしそのクリボー軍団の隣に降り立つのは2つの頭と尾を持つ虹色の羽を持った四足の緑の怪鳥。

 

比翼(ひよく)レンリン》

星3 闇属性 ドラゴン族

攻1500 守 0

 

 神崎へクリボー軍団たちの戸惑いの視線が向く。

 

「《比翼(ひよく)レンリン》の効果発動。このカードを装備カード扱いとしてフィールドのモンスターに装備します――《ジャンクリボー》に装備」

 

 しかし戸惑うクリボー軍団たちの中の《ジャンクリボー》をくちばしで咥えた《比翼(ひよく)レンリン》。

 

 全てを諦めたような《ジャンクリボー》の眼が残ったクリボーたちを射抜く。

 

「《比翼(ひよく)レンリン》を装備したモンスターの元々の攻撃力は1000になり2回攻撃の効果を得ます」

 

 だが《比翼(ひよく)レンリン》の足元で騒ぐ2体のクリボー軍団の予想は外れ、《ジャンクリボー》はその怪鳥の背に乗せられた。

 

 やがて状況を理解した《ジャンクリボー》の視線に力が戻る――その頼もしさはまるで竜騎士の如く。鳥だけど。

 

《ジャンクリボー》

攻300 → 攻1000

 

「永続魔法《ウィルスメール》の効果――《クリボール》に直接攻撃権を付与」

 

 次に《クリボール》にドクロメールが張り付く――いつものである。

 

「バトルフェイズへ。《クリボール》でモクバ様に直接攻撃」

 

 《クリボール》が止めは任せろとばかりに球体の身体をジャイロ回転させながらモクバの元に突撃するが――

 

「させないぜい! 罠カード《光子化(フォトナイズ)》! 相手モンスター1体の攻撃を無効!!」

 

 檻の中のモクバの背後から光が輝き、《クリボール》の眼をくらませ、狙いをずらす。

 

 ついでに至近距離で光を喰らった《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》が目玉を押さえて唸り声を上げるが、特に何もない。

 

「それだけじゃないぜい! そのモンスターの攻撃力分まで俺の光属性モンスターの攻撃力を次の俺のエンドフェイズまでアップする! 俺は光属性の《シャインナイト》の攻撃力をアップ!!」

 

 やがてその光は《シャインナイト》の身に宿り、その力を僅かばかり高めた。

 

《シャインナイト》

攻400 → 攻700

 

「では次に《ジャンクリボー》で《シャインナイト》を攻撃」

 

 怪鳥騎士となった《ジャンクリボー》は《比翼(ひよく)レンリン》の力を借り、更なるスピードの地平に飛び立ち、一気に加速するが――

 

「まだまだぁ! 永続罠《幻影霧剣(ファントム・フォッグ・ブレード)》で《ジャンクリボー》の動きを封じるぜい!」

 

 永続罠《幻影霧剣(ファントム・フォッグ・ブレード)》の霧の刃に囚われ、ジタバタしていた――これでは風に、スピードに乗れない。

 

「よっし! これで防ぎ切った!」

 

 モクバの言う通り、これで神崎に残ったアタッカーは《クリボー》のみ。

 

 そして《クリボー》の300ぽっちの攻撃力ではモクバのモンスターたちを突破することは出来なかった。

 

 

 《シャインナイト》の光り輝くポージングに、

 

 目玉を押さえる《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》の苦悶の声。

 

 そして勝ち誇った《正義の味方 カイバーマン》の高笑い。

 

 

 そんな三者三様の姿に《クリボー》は力不足を感じて俯く――もっと攻撃力があれば、と。

 

「速攻魔法《エネミーコントローラー》を発動。相手フィールドのモンスター1体の表示形式を変更します――守備表示の《正義の味方 カイバーマン》を攻撃表示に」

 

 しかし高笑いしていた《正義の味方 カイバーマン》は巨大コントローラーの力によって攻撃態勢を取らされていた。

 

《正義の味方 カイバーマン》

守700 → 攻200

 

 

「えっ?」

 

 呆けた声を漏らしたモクバと同じように《クリボー》も顔を上げ、首を傾げる。

 

 《クリボー》の攻撃力は300。そして《正義の味方 カイバーマン》は200。つまり――

 

「《クリボー》で《正義の味方 カイバーマン》に攻撃」

 

 反撃のチャンスである。

 

『クリクリャァッ!!』

 

 そんな色々な思いを込めた叫びと共に放たれた《クリボー》のタックルが《正義の味方 カイバーマン》のどてっぱらを強かに打ち据えた。

 

「カ、カイバーマーン!!」

 

 《クリボー》のタックルに吹き飛ばされた《正義の味方 カイバーマン》は檻に囚われたモクバの隣を親指を立てながら通り過ぎ――

 

 モクバの背後で未だに目を押さえていた《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》の身体に沈んでいった。

 

モクバLP:1000 → 0

 

 マグマの中に親指を立てながら沈む《正義の味方 カイバーマン》の姿はとても男らしいものであったことを此処に記しておく。

 

 






クリボー「攻撃力300」

正義の味方 カイバーマン「くっ、俺の攻撃力は……200!!」


たかが100ポイントでも、単身では覆せぬ「差」があるのだよ!(邪神アバター感)




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第130話 罪



前回のあらすじ
正義の味方 カイバーマン「おのれ……守備表示であればあのような攻撃……!!(守備力700)」




 

 

 デュエルの決着が付き、ソリッドビジョンが消えていく中でモクバは両腕を天に突き上げる。

 

「あー! 負けちまったぜいー!」

 

 その身に染みわたる悔しさに歯噛みするモクバに歩み寄りながら神崎はにこやかに接する。

 

「危ないところでした……モクバ様は本当に初心者ですよね? とてもそうは思えない……」

 

 互いのライフはギリギリだったと、少しばかりオーバーに話す神崎の姿にモクバは嬉しそうに鼻を鳴らす。

 

「へへっ、まぁな! これも乃亜が色々教えてくれたお陰だぜい!」

 

「モクバ様はデュエルを始めて間もないというのにこの実力――きっと私など直ぐに追い抜かれてしまいますね」

 

 そう返す神崎の言葉は、偽らざる本音だった――あっという間に追い抜かされそうである。

 

 それもその筈、相手の弱点を突くスタンスを崩した神崎の実力は大きく落ちる。その為、純粋な実力差は直ぐに埋まりそうだった。

 

「そんなことないぜい! 神崎も頑張ればもっと強くなれるさ!」

 

 そう元気に返すモクバだが、神崎としては差を感じられずにはいられない。

 

――頑張れば……か

 

 この世界に生を受け、それなりに年月を重ねた神崎がデュエルに費やした時間はかなりのものだ。

 

 身体を鍛え、心を鍛え、デュエルの腕を磨き、知識を蓄え、デッキと心を通わせようと死に物狂いでやってきた。

 

 

 その積み上げてきた神崎の年月は「相手の弱点を突く」ことを止めただけで、始めたばかりの初心者のモクバにあと一歩まで追い詰められる程度。

 

「そうですね。私もモクバ様のように精進しないと」

 

 モクバの才を差し引いても今の神崎には乾いた笑いを隠すことしか出来ない。

 

「でもさ、神崎のデッキって変わってるよな! 俺の周りじゃあんまり見ないタイプだぜい!」

 

「そうでもありませんよ。プロの世界には色んなデュエリストがいますので、私など大したものでは……」

 

 モクバが話題を変えた声に神崎は否定をいれる。

 

 先の神崎のデッキは攻撃力の低いモンスターが多い、所謂「ロービート」に近い構築である。

 

 だが今の時代は高い攻撃力を持ったモンスターや、カードの効果で攻撃力を高めて攻め込む「ハイビート」が主流だ。

 

 ゆえに珍しいと評したモクバだが、世界的に見れば決してそういった訳ではない。少し外に目を向ければ自然と目に映る程度には存在する。

 

「うーん、そんなことないと思うけどなぁ……」

 

 神崎の否定に腕を組むモクバ――いや、モクバのデッキの方がよっぽど珍しいのだが……

 

「じゃぁさ、神崎! なんで『クリボー』を使おうと思ったんだ?」

 

 何気ない問いかけだった。

 

 この問いを取っ掛かりに話題を広げ、神崎の人となりを知ろうとしたモクバの何でもないような問いかけに神崎は答えない。

 

 

 仮面が剥がれるように神崎の顔から表情が消えていく。

 

「神崎?」

 

 モクバが初めて見る顔だった。

 

 だがそれも瞬きの間に消えうせ、先程のことなど無かったように神崎はいつも通り、にこやかに対応する。

 

「――ああ、理由ですね。そんな大した理由じゃありませんよ」

 

「どんな!」

 

 神崎に対して身を乗り出すモクバ。きっとそこにはモクバが求めていたものがあると信じるが――

 

 

「最初に手にしたカードだった――ただそれだけです」

 

 

 しかし神崎から語られた内容はあまりに普通な理由だったが、モクバには神崎が嘘を吐いているようには見えない。

 

「へぇ~、そうなのかー」

 

 何かあると思ったモクバの予想を裏切った結果だが、元よりモクバにも分かる筈もない。

 

 やがて緊張していた身体の力を抜きつつモクバは続ける。

 

「でもなんか意外だな! 神崎って、ペガサスとデュエルモンスターズを作ったんだろ?」

 

「いえ、とんでもない――最後にルールなどに関していくつか話した程度です」

 

 そのモクバの言葉は正確ではないと訂正する神崎――全体から見れば神崎の関わった範囲など大した量ではない。

 

「でもさ! あのペガサスと関わりがあったら、何ていうか『もっと凄いカード』を最初に手にしそうなもんだけど――あっ、『クリボー』たちが凄くないって訳じゃないぜい?」

 

 とはいえ、モクバは身振り手振りを交えながら続ける。

 

 様々な立場を持つ神崎が最初に手にしたカードが、レアカードとは言えないカードの『クリボー』であったことは――

 

「そんな状況で手にした『クリボー』たちって、こう、えっと、運命的じゃねぇか?」

 

 逆に凄いのではないのかと。

 

 しかし神崎からすれば「凄い」とは言えない。()()()()()()()()、神崎はそれらのカードを取り寄せたのだから。

 

「…………そんなことは――いえ、そうかもしれませんね」

 

 だが神崎は息を吐いて小さく笑う。

 

 

 小銭を握り締めて店に行き、購入したパックから初めて手にしたカードを「運命」というには些か安っぽいように感じたゆえに。

 

 

 

 

 そんな感慨を余所に今度はモクバに問いかける神崎。

 

「そう言えば――『デュエルを通じて分かり合えました』か?」

 

 その神崎の問いかけに僅かに首を傾げたモクバが今思い出したとばかりに慌てて零す。

 

「えっ? あっ! えーと、どうだろ……最初から最後まで普通にデュエルしてたから、そんなこと考えてなかったぜい……」

 

 当初の目的を完全に忘れてただデュエルを楽しんだだけのモクバは「しまった」と頭を抱えるが――

 

「デュエルが楽しめたのなら、それが一番かと」

 

 それは「神崎にとっての正しいデュエルの在り方」だと笑って見せる。

 

 不要なしがらみなど背負うものではないと。

 

「うーん、それは、そうだけど……」

 

 しかしモクバの目的はデュエルを通じて神崎の人となりを知ることである為、残念そうに息を吐くが、そんなモクバの何とも言えぬ表情に神崎は腕時計を見つつ返す。

 

「では私はこれでお暇させて貰います――お帰りになられた海馬社長ともデュエルなさるのでしょう?」

 

「おう! 兄サマは強いからな! 兄サマから託された《正義の味方 カイバーマン》に恥じないように兄サマが帰ってくる前に乃亜とデッキを見直すぜ! 今のままじゃダメだろうからな!」

 

「ご健闘をお祈りしておきます」

 

 モクバの宣言に軽い声援を送った神崎は踵を返し、KCを後にしようとするが――

 

「あっ! でもちょっと分かったことがあるぜい!」

 

 そんなモクバの声に神崎は足を止める。

 

「おや、何でしょう?」

 

「神崎! お前って結構――」

 

 立ち止まり顔だけ振り返った神崎にモクバが告げたのは――

 

 

「――『意地悪』だろ!」

 

 

 なんとも反応に困る主張。

 

「フフッ、どうでしょうね」

 

 ゆえに小さく笑ってそう返した神崎はその言葉を最後にKCを後にした。

 

 

 

 

 例えその仮面を外そうとも、その顔は誰にも見えはしない。

 

 

 絶対に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人の気配のないビルの頂上にてデュエルに興じるパラドックスとギース。

 

 そのパラドックスのフィールドにはフィールド魔法《Sin(シン) World(ワールド)》の不気味な光を放つビル群が立ち並び、永続罠《便乗》が発動されていた。

 

 そしてその只中に浮かぶのは《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》の翼と頭にパラドックスの仮面のような黒と白の文様が奔る仮面が装着され、『Sin(シン)』化させられたドラゴンの姿。

 

Sin(シン) 青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)

星8 闇属性 ドラゴン族

攻3000 守2500

 

 これこそがパラドックスのデッキ。

 

 数多の時代を渡り、強力なモンスターたちを集め、その全てを『Sin(シン)』モンスターと化すことで己が力とした究極のデッキ。

 

「これ程までに容易く最上級モンスターを……」

 

 そう驚愕の声を漏らすギースの言う通り、対となるモンスターを除外するだけで容易く呼び出された『Sin(シン)』モンスターの奇襲性は中々に厄介だ。

 

「しかし、お前の《Sin(シン) 真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》を装備した私の《サクリファイス》がいる!!」

 

 だがギースには相棒たるカード――翼とかぎ爪を持ち上半身だけで浮かぶギョロリと一つ目の眼球が伸びた緑の身体に白い骨格のような模様が奔るモンスター、《サクリファイス》がフィールドに佇む。

 

 その羽には《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》を『Sin(シン)』化させたモンスター、《Sin(シン) 真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》が捕らえられていた。

 

《サクリファイス》

星1 闇属性 魔法使い族

攻 0 守 0

攻2400 守2000

 

 《サクリファイス》の力は相手の――パラドックスのモンスターを1体のみ奪い、己の力とするもの。

 

 そんな《サクリファイス》を前にしてもパラドックスの余裕は崩れない。

 

「だが攻撃力は此方が上だ――行くがいい、《Sin(シン)青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》! 滅びのバーストストリーム!!」

 

 《Sin(シン)青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》の口元から滅びのブレスが放たれ、

 

「迎え撃て、《サクリファイス》! 幻想(イリュージョン)・メガフレア!!」

 

 《サクリファイス》の眼球から《Sin(シン) 真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》より奪った力によって黒き炎の砲弾が放たれた。

 

 だが、その黒き炎も白き滅びのブレスに押し込まれて行く。

 

 そして黒き炎を消し飛ばし、滅びのブレスは《サクリファイス》を滅さんと迫るが――

 

「まだだ! 《サクリファイス》は自身の効果で装備したモンスターを身代わりにし、戦闘破壊を免れる!」

 

 その前に《サクリファイス》の開いていた翼が盾の様に前面に閉じられた。

 

 盾となった翼にうごめくのは《サクリファイス》に吸収された《Sin(シン) 真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》の姿。

 

サクリファイスシールド(生け贄の盾)!!」

 

 やがて滅びのブレスが《サクリファイス》に着弾するが前面に押し出された翼に囚われた《Sin(シン) 真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》が盾となり、《サクリファイス》に傷一つない。

 

「だがダメージは受けて貰う!」

 

 しかしパラドックスの声と共に爆散した《Sin(シン) 真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》の衝撃が実際のものとなってギースを襲うが――

 

ギースLP:2500 → 1900

 

「だとしても! 《サクリファイス》が自身の効果でモンスターを装備した状態で発生した戦闘ダメージは相手も受ける!!」

 

 仲間に討たれた《Sin(シン) 真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》の無念がパラドックスを襲った。

 

「チィッ!」

 

パラドックスLP:4000 → 3400

 

 特殊な力を持つカードの攻防により実際の衝撃となって襲う痛みに舌打つパラドックスにギースの声が届いた。

 

「装備された《Sin(シン) 真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》が墓地に送られたことで、《サクリファイス》のステータスは元に戻る」

 

 翼に捕らえていた《Sin(シン) 真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》がいなくなったと共に、翼を広げていく《サクリファイス》。

 

《サクリファイス》

星1 闇属性 魔法使い族

攻2400 守2000

攻 0 守 0

 

 ステータスは下がったが、これで《サクリファイス》は新たにモンスターをその身に吸収することが出来る。

 

「存外粘るようだが、キミの手札は既に0。敗北は時間の問題だ――私はカードを3枚セットしてターンエンド」

 

 だがパラドックスの言う通り、今のギースの手札は0。さらに《サクリファイス》で《Sin(シン) 青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》を吸収しても、3枚のリバースカードが立ちはだかる。

 

 そして次のターンには新たなSinモンスターが呼び出されることは明白。

 

 ゆえにギースの窮地は未だに脱してなどいない。

 

「ならば私のターン! ドロー!」

 

 しかしギースは怯まずカードを引く。己に迷うだけの余裕はないと。

 

「良いカードは引けたかね?」

 

「私は《サクリファイス》の効果発動! 1ターンに1度、相手モンスター1体をこのカードの装備カードとする!!」

 

 パラドックスの挑発を余所に宣言したギースの声に《サクリファイス》は腹にぽっかりと空いた穴がうごめく。

 

「ダーク・ホール!!」

 

 そして《Sin(シン) 青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》を吸収すべく吸い込むが――

 

「無駄だ――チェーンしてカウンター罠《無償交換(リコール)》を発動。キミの発動したモンスターの効果を無効にし、破壊する!」

 

 《Sin(シン) 青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》の口から放たれたブレスが吸い込まれ、予想外のものを吸い込んだ《サクリファイス》は身体の状態を崩し、爆散する。

 

「ぐっ!? 《サクリファイス》!!」

 

「だが、キミはカードを1枚ドローすることが出来る――さぁ、カードを引きたまえ」

 

 己が相棒たるモンスターを失ったギース。

 

「……くっ、ドロー」

 

「そしてキミがドローフェイズ以外でドローしたことで、発動済みの永続罠《便乗》の効果で私はカードを2枚ドロー」

 

 そればかりかパラドックスの手札を充実させる結果すら生んでしまった。

 

「キミの語る力など所詮この程度――『救われた己が手を差し伸べる側になればいい』だと?」

 

 成す術のないギースにパラドックスは高らかに宣言する。これが限界だと、そんな力では未来など救えないのだと。

 

「そんなものは絵空事に過ぎないのだよ」

 

 そう呟くパラドックスには世界を救う為にはどんな手段ですら厭わない覚悟があった。

 

 

 

「それはどうだろうな!」

 

 だがギースとて何の覚悟もなしにこの場にはいない。

 

「なに?」

 

「速攻魔法《サクリファイス・フュージョン》を発動! 手札・フィールド・墓地の融合素材モンスターを除外することで、『アイズ・サクリファイス』融合モンスターを融合召喚する!!」

 

 ギースの背後に無数の目玉が渦のようにうごめき、墓地に眠るギースの相棒を呼び覚ます。

 

「私は墓地の《サクリファイス》と融合素材の代わりとなるモンスター《パラサイト・フュージョナー》を除外し、融合召喚!!」

 

 《サクリファイス》とオタマジャクシのような身体に爪のように鋭い6本の足を持つ6つの眼を持つ虫が渦に呑み込まれて行く。

 

「現れろ、全てを見通す眼! 《サウザンド・アイズ・サクリファイス》!!」

 

 渦から現れたのは全身が紫の体色になった《サクリファイス》。

 

 そしてその腹の口から新たに牙が覗き、緑の眼のような模様が覗く。

 

《サウザンド・アイズ・サクリファイス》

星1 闇属性 魔法使い族

攻 0 守 0

 

「そしてフィールドに『アイズ・サクリファイス』融合モンスターが特殊召喚されたことで墓地の《ミレニアム・アイズ・イリュージョニスト》の効果発動! このカードを手札に加える!!」

 

 墓地からギースの手札に舞い戻るのは、黄金の鎧のような上半身に緑のマントをはためかせ、腹に棘の付いた青いリングで浮かぶ十字の顔に目玉が1つ浮かぶ異形の魔術師。

 

 その異形の魔術師、《ミレニアム・アイズ・イリュージョニスト》がギースの背後でカタカタと音を鳴らし、手札に消えていった。

 

「《サウザンド・アイズ・サクリファイス》がフィールドに存在する限り、このカード以外のモンスターは表示形式を変更できず、攻撃できん! 千眼呪縛!!」

 

 そのギースの説明と共に《サウザンド・アイズ・サクリファイス》の全身から目玉が這い出し、ギョロリと開いた。

 

 その視線によってパラドックスのフィールドの《Sin 青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》の身体は張り付けにされたような様相となり、動きを封じられる。

 

「そして《サウザンド・アイズ・サクリファイス》の効果発動! 相手モンスター1体をこのカードに装備する!!」

 

 動きを封じられた《Sin 青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》を吸い込むべく、《サウザンド・アイズ・サクリファイス》の腹の口がうねりを上げた。

 

「無駄だよ! その効果にチェーンしてライフを1000払い、永続罠《スキルドレイン》を発動!」

 

パラドックスLP:3400 → 2400

 

 だがパラドックスの発動されたカード、永続罠《スキルドレイン》が《サウザンド・アイズ・サクリファイス》の力を弱め――

 

「これでこのカードが存在する限り、フィールドのあらゆる効果は無効化される!」

 

 《サウザンド・アイズ・サクリファイス》の力は抜けていくように吸引は弱まっていく。

 

「ただではやらせん!! チェーンして手札の《ミレニアム・アイズ・イリュージョニスト》を捨て、効果発動!」

 

 しかしギースの声により手札の《ミレニアム・アイズ・イリュージョニスト》は飛び出し、《Sin 青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》を羽交い絞めにする。

 

「相手モンスター1体を私の『アイズ・サクリファイス』融合モンスター、《サウザンド・アイズ・サクリファイス》の装備カード扱いとし、装備させる!!」

 

 抵抗する《Sin 青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》だが、《ミレニアム・アイズ・イリュージョニスト》の黄金の身体は物ともせず――

 

邪眼の魔力(ダーク・アイズ・マジック)!!」

 

 やがて放り投げられた《Sin 青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》が行き着く先は、《サウザンド・アイズ・サクリファイス》の腹の口の中。

 

 そして吸収され、《サウザンド・アイズ・サクリファイス》の翼に捕らえられるも――

 

「フッ、辛うじて此方に痛手を与えに来たか……だが、効果が無効化された以上、ステータスが上がりはしない」

 

 《サウザンド・アイズ・サクリファイス》の力が封じられた瞬間に墓地に送られる《Sin 青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》。

 

「くっ……私はカードを1枚セットし、ターンエンドだ……」

 

 パラドックスに辛くも追いすがるギースだが、明らかに地力の差が垣間見えた。

 

 万策尽きた様相のギースの姿にパラドックスはフィールド魔法《Sin(シン) World(ワールド)》の効果を使うまでもないとカードを引く。

 

「私のターン、ドロー。ほう……」

 

 だが引いたカードにパラドックスは仮面の奥底で瞳を細める。己のデッキが格の差を見せろと囁いているような引きだった。

 

「今こそキミに見せよう――私の力の片鱗を」

 

 ゆえにパラドックスはそのデッキの言葉に応えるべく、1枚のカードをかざした後でデュエルディスクに示す。

 

「チューナーモンスター《Sin パラレルギア》を召喚!!」

 

 ギアの名を示す様に黄土色の歯車の頭から棒状の身体と手足が伸びる機械仕掛けのモンスターがパラドックスの元に降り立った。

 

《Sin パラレルギア》

星2 闇属性 機械族

攻 0 守 0

 

 今までの対応するモンスターを除外して呼び出すSinモンスターの性質を崩したモンスターの出現にギースは眉を上げる。

 

「チューナーモンスター?」

 

 そのギースの呟きは「チューナーモンスターとはなにか?」ではない。

 

 本来の歴史では「チューナーモンスター」は5D’sの時代までは存在しない筈のカードだが歪んだ今の歴史では神崎の度重なる改変により、この時代でも存在するカード群である。

 

 ギースの疑問の本質は「何故『チューナー』であることをパラドックスが宣言したのか」だ。

 

 

 しかしその疑問は直ぐに解消される。

 

「そして手札の2枚目のレベル8、《Sin 青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》にフィールドのレベル2の《Sin パラレルギア》をチューニング!!」

 

 パラドックスの宣言と共にフィールドの《Sin パラレルギア》が2つの光の輪となり、手札の《Sin 青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》が8つの光の球となる。

 

「な、なにを!?」

 

 何が起こっているのか理解できないギースを余所に8つの光の球は2つの光の輪を潜り、一つとなって光り輝き――

 

「次元の裂け目から生まれし闇よ! 時を越えた舞台に破滅の幕を引け!」

 

 そのパラドックスの宣言と共に光が弾けた。

 

「シンクロ召喚! レベル10! 《Sin(シン) パラドクス・ドラゴン》!」

 

 そしてパラドックスの元に降り立ったのは黒い身体に関節が白い巨大なドラゴン。

 

 その《Sin(シン) パラドクス・ドラゴン》は巨大な翼を広げ、2つの足で大地を踏みしめ尾の先を揺らし、黒い首から伸びる獅子のようなたてがみを持つ黒い頭をギースに向ける。

 

Sin(シン) パラドクス・ドラゴン》

星10 闇属性 ドラゴン族

攻4000 守4000

 

「シンクロ召喚……だと?」

 

 この時代の人間が知る由もない召喚法にギースは驚愕の面持ちだが、パラドックスに容赦の二文字はない。

 

「装備魔法《メテオ・ストライク》を装備し、行けッ! 《Sin(シン) パラドクス・ドラゴン》!! 《サウザンド・アイズ・サクリファイス》を破壊し、止めをさせ!!」

 

 《Sin(シン) パラドクス・ドラゴン》の口から放たれるブレスが《サウザンド・アイズ・サクリファイス》を苦も無く打ち抜き、その背後にいるギースを貫かんと迫った。

 

「罠カード《ガード・ブロック》を発動! 戦闘ダメージを0にし、カードを1枚ドローする!」

 

 しかし、そのギースの前に1枚のカードが壁として立ち塞がり、ギースのライフを守った後、手札に加わった。

 

「だがキミがドローしたことで永続罠《便乗》の効果で私は2枚のカードをドロー!!」

 

 とはいえ、そのドローによってパラドックスはさらにカードを引き込み、互いのアドバンテージの差はどんどん広がって行く。

 

 しかしギースは諦めない。

 

「まだだ! まだ私は戦える!! 『アイズ・サクリファイス』融合モンスターである《サウザンド・アイズ・サクリファイス》が破壊された時、手札・墓地からこのカードを特殊召喚する! 私は手札から――」

 

 先程《ガード・ブロック》で引いたカードをデュエルディスクにセットするギース。まだデッキはギースの想いに応えてくれている。

 

「《幻想魔術師(マジカルイリュージョニスト)・ノー・フェイス》を特殊召喚!!」

 

 やがて《サウザンド・アイズ・サクリファイス》の残骸から這い出たのは顔に口以外のパーツが存在しない赤いローブと橙色のマントを揺らす不気味な魔術師。

 

 その左右の肩には少年と少女を象った人形の首が生え、ケタケタと笑い声を上げていた。

 

幻想魔術師(マジカルイリュージョニスト)・ノー・フェイス》

星5 闇属性 魔法使い族

攻1200 守2200

 

「如何にSinとやらの攻撃力が高くともダメージが通らなければ同じことだ!」

 

 ギースの言葉に左右の肩の人形と共に笑う《幻想魔術師(マジカルイリュージョニスト)・ノー・フェイス》。

 

 その笑い声はパラドックスへの挑発のようにも感じられた。

 

「すぐさま態勢を立て直したか、見事だ――しかし!」

 

 そんな挑発に乗るかのようにパラドックスは声を張る。

 

「一見正しいように見えたその動き……だがそれは、大いなる間違い!!」

 

 そう続けたパラドックスは1枚のカードをギースに示す。

 

「私が発動しておいた速攻魔法《竜の闘志》の効果で《Sin(シン) パラドクス・ドラゴン》はキミがこのターン、モンスターを特殊召喚した数だけ追撃できる!」

 

 そう、念の為にと発動されていた《竜の闘志》の効果で、ギースがこのターン特殊召喚する度に攻撃権が追加される。

 

 つまり《幻想魔術師(マジカルイリュージョニスト)・ノー・フェイス》が特殊召喚されたことで《Sin(シン) パラドクス・ドラゴン》はもう1度攻撃が可能だ。

 

「だとしても《幻想魔術師(マジカルイリュージョニスト)・ノー・フェイス》の守備力は2200! 装備魔法《メテオストライク》による貫通ダメージを考慮しても私のライフは残る!」

 

「認識が甘いと言わざるを得んな!! 罠カード《Sin(シン) Claw(クロウ) Stream(ストリーム)》を発動!」

 

 ギースの主張をパラドックスは嘲笑うかのようにリバースカードを発動させる。

 

「私のフィールドに『 Sin(シン)』と名の付くモンスターが表側表示で存在する場合、キミのフィールドのモンスター1体を破壊する!」

 

 その効果によって異次元からゲートが開き、左右に白と黒で別れた仮面の付いたコウモリのような影が群れを成して獲物を狙う。

 

「よって《幻想魔術師(マジカルイリュージョニスト)・ノー・フェイス》は破壊だ!!」

 

 その不気味なコウモリのような影の大群の突撃により身体が食い千切られて行く《幻想魔術師(マジカルイリュージョニスト)・ノー・フェイス》は悲痛な叫びと共に消え去った。

 

「なっ!? ――だ、だが《幻想魔術師(マジカルイリュージョニスト)・ノー・フェイス》が破壊された時、墓地の『アイズ・サクリファイス』融合モンスターか、《サクリファイス》を蘇生する!」

 

 だが《幻想魔術師(マジカルイリュージョニスト)・ノー・フェイス》の両肩の人形の首が最後に高らかに叫びを上げ、墓地に眠る魔眼の異形を呼び覚ます。

 

「私は墓地より《サウザンド・アイズ・サクリファイス》を守備表示で蘇生!!」

 

 《幻想魔術師(マジカルイリュージョニスト)・ノー・フェイス》の最後の叫びに導かれ、紫の身体から伸びる翼を丸めて盾とする千の目玉が蠢く《サウザンド・アイズ・サクリファイス》が降り立つ。

 

《サウザンド・アイズ・サクリファイス》

星1 闇属性 魔法使い族

攻 0 守 0

 

 しかし、その効果は永続罠《スキルドレイン》に封じられ、その守備力は0。

 

 守備モンスター越しにでもダメージを与える装備魔法《メテオ・ストライク》を装備した《Sin(シン) パラドクス・ドラゴン》を止められはしない。

 

「これで《Sin(シン) パラドクス・ドラゴン》の追撃を邪魔するものはすべて消えた!」

 

 そのパラドックスの言葉通り、ギースを守るものは何もない。

 

 《Sin(シン) パラドクス・ドラゴン》の顎がゆっくりと開いていく。

 

「これで今度こそ終わりだ、ギース・ハント!!」

 

 やがて全てを貫く白と黒のカオスの波動が《Sin(シン) パラドクス・ドラゴン》から放たれ、《サウザンド・アイズ・サクリファイス》を粉砕し、その先のギースを貫いた。

 

「ぐ、ぐぁああぁあああああッ!!」

 

ギースLP:1900 → 0

 

 そのあまりの衝撃によりビルの上を転がるギースだが、下の階に続く扉に激突して止まる。

 

 

 そして苦し気な声を漏らし倒れるギースに歩み寄ったパラドックスはポツリと零す。

 

「元よりキミ程度の実力で私に勝てる訳がないだろう――他ならぬキミ自身がそれを最も理解していた筈だ」

 

「だ、黙れ……」

 

 パラドックスの言葉を否定するようにギースが言葉を零すが、ギースとて理解はしていた。自身がデュエリストとして「並」であることを。

 

「ヤツの求める『(デュエリスト)』として不適格な烙印を押されたキミにはな」

 

「だ、黙れと……言っている……」

 

 パラドックスから語られる言葉にギースは否定を重ねることしか出来ない。

 

 ギースは理解していた。恩人である神崎が「並」のデュエリストなど欲していないことを。

 

 神崎が求めるのは『選ばれし真のデュエリスト』――本物の実力を持った強者。ギースが届き得なかった頂きに至れるものたち。

 

 ギースとて努力と呼ばれるものは腐る程にこなしてきた。今現在も継続している。しかしそれでも届かない。

 

 存在するのだ「才能」という名の無慈悲な壁が。

 

「私は……俺は……!!」

 

 この場でデュエルしていたのが「役者(アクター)」だったら――そんな嫌悪の対象がギースの頭に過る。

 

 ヴァロンだったら、アメルダだったら、北森だったら、佐藤だったら、響みどりだったら――そんなIFがギースの脳裏に巡る。

 

「出来るのは精々が時間稼ぎ――いや、それも満足に行えぬ体たらく」

 

 今のギースにパラドックスの言葉に何も返すことが出来ない。

 

 己のデュエリストとしての力の足りなさがギースには恨めしい。才能を持たぬ己の身が恨めしい。

 

「だが安心するがいい、キミを蝕む『劣等感』は直に消え去る――未来は元の形を取り戻すのだから」

 

 しかしその言葉にギースは力なくパラドックスの足を弱々しく掴む。

 

「あ、あの方の……元に行かせる……か……あんな世界はもう……」

 

 ギースの胸中にあるのは恐怖。

 

 恩人を失う恐怖。

 

 過去味わった地獄に再び落ちるかもしれない恐怖。

 

 分かり合えたカードの精霊たちを自身が憎んでしまうかもしれない恐怖。

 

「それが本来あるべき世界だ」

 

 だがそう返したパラドックスはギースの手を無視して踵を返す。

 

 パラドックスにはギースを、カードの精霊を、数多の人間を地獄に落としてでも果たさなければならない使命がある――それは己が身であっても例外ではない。

 

 

 

 

 全ては未来の為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある廃墟の一角に立つ神崎は背後に声をかける。

 

「こんにちは、パラドックス」

 

 冥界の王の力を奪い、(バー)の知覚が可能になった時期から様々な気配を感じ取ることが出来るようになったゆえか異次元を渡ってきたパラドックスの気配も神崎にはよく分かる。

 

「此方の要件は理解しているようだな」

 

 竜を思わせる巨大な白いバイクで次元を超えたパラドックスが仮面を外しながらそう静かに語る中で感じられる、パラドックスの身に内包する圧倒的なまでの(バー)も含めて。

 

――対話に応じてくれる……と見ていいか?

 

 神崎は自身の動きがイリアステルからどう見えているか分からなかったゆえに「ハリボテのモーメント」でイリアステルからの接触を待った。

 

「ええ、理解しております――ですが、少し話しませんか? 私なりに滅びの未来の結末を変える方法を――」

 

 そしてその誘いに乗ったのはパラドックス「1人」。

 

 つまり「イリアステル滅四星」が4人がかりで神崎をフルボッコにしにきたパターンはない為、神崎は対話の可能性があることに胸を撫で下ろすが――

 

「貴様などと手を組む気など毛頭ない――私がこうして貴様と対峙したのは、今回の歪みの原因を精査する為だ」

 

 パラドックスの「貴様など」との言葉に神崎の内心は硬直する――印象が最悪であることは言わずとも分かる。

 

「貴様はただ此方の問いに答えていればいい」

 

「私を殺すことは変わらないと」

 

 神崎から見て淡々と事務的に語るパラドックスの(バー)に揺らぎはない――敵意・警戒・怒りの色が見えた。

 

「少し違うな、本来の歴史に『神崎 (うつほ)』という人物は存在しない――つまり私が行うのは本来あるべき姿に戻すだけだ」

 

「存在しない?」

 

 パラドックスの言葉に「この世界に転生した」神崎はとぼけて見せる――「転生した」事実を知られるなど厄介事しか呼ばないと神崎は考えていた。

 

 こと(バー)を明確に定義できる「この世界」においては。

 

「ああ、そうだ。私は様々な観点から歴史を観察し、貴様という歪みの発生原因を探ったが……終ぞ原因は分からなかった」

 

 そのパラドックスの言葉にイリアステルの技術力を以てしても「転生」がバレていない事実に神崎は安堵するが――

 

「貴様――何故、生きている?」

 

 

 パラドックスから言葉のニュアンスに神崎は疑問を覚えた。

 

「おかしな質問ですね。私は生まれてこのかた大病や大怪我――」

 

 しかしその違和感の正体が分からない神崎は取り敢えずその問いかけに額縁通りに答えつつパラドックスの真意の考察を続けるが――

 

 

 

 

 

「死産だった」

 

 

「――を?」

 

 そのパラドックスの言葉に神崎の脳裏から全ての思考が吹き飛んだ。

 

 思考の止まった神崎を余所にパラドックスは続ける。

 

「いや、それは正確ではないな。正しくは生まれたとすら評せない――母親の腹の中で既に生命の体を成しておらず、『出てきた』のは人とも言えぬ肉塊だけだったのだから」

 

 パラドックスから語られるのは神崎が知らない本来の歴史での神崎の両親の過去。

 

「なにを……」

 

 その過去を神崎は直ぐに受け入れることが出来ていなかった。

 

「理解できたようだな、貴様という存在が『生きている』段階で既に異常事態だ」

 

 続いたパラドックスの言葉も神崎には正しく届いてはいない。

 

 神崎は自身が「憑依もしくは転生した存在」だと考えていた――それ自体は間違いではない。

 

 

 神崎は肉塊に「憑依」した訳ではない。この世界に「転生」したのだ。

 

 

 

 命と呼べぬ肉塊を喰らって。

 

 

 

「もう1度、問おう――貴様はどうやって生き延びた」

 

 パラドックスの言葉に神崎は僅かに顔を下げる。

 

 

 冥界の王を喰らう前の神崎は己が人間である自負があった。

 

 だが本当に人間だったのだろうかと神崎は考えてしまう。

 

 パラドックスの言葉を神崎が信じるのならば、それを「人間」と評して良いのかと。

 

 

 しかし此処で断じておこう。

 

 多少のイレギュラーがあれどこの世界に生まれた神崎は人間だった。

 

 ただそのプロセスを解明することが出来ないだけだ。神崎にも、イリアステルにも。

 

 その「分からない」事実が神崎を苦しめる。

 

 

 何も言葉を発しない神崎に眉をひそめながらパラドックスは語ることを止めはしない。歪みの発生原因の確認が必要なのだから。

 

「本来の歴史では貴様は生まれず、『我が子を殺してしまった』と悔やんだ貴様の両親は心を病み、やがて罪の意識に堪えられず自ら命を絶った」

 

 本来の歴史でも神崎の両親は死亡している。ゆえに自殺か事故死の違いしかない。

 

「アンチノミーは貴様を『歴史の改変の成果』などと評していたが、私は貴様の存在に『希望』を見出すことは出来ない」

 

 しかし本来存在しない「新たな命」はイリアステルにとって未来の新たな可能性と評せなくはない。

 

 イレギュラーの発見から神崎に関してある程度の調査をしていく中、イリアステルのメンバーの1人、アンチノミーは特にその可能性を期待していた。

 

 調査を行っていたパラドックスもそんなアンチノミーの姿に僅かながらに可能性を抱いていた。

 

 

 

「――()()()()()()()()貴様にそんな可能性などありはしない」

 

 

 その事実を知るまでは。

 

 

 神崎の精神性に「善」はない――それがパラドックスの出した調査結果。

 

 Z-ONEやアポリアもその事実に同意を示している。

 

 そして「悪意」はモーメントにとって毒にしかならない。

 

 ゆえに「排除した場合の危険性」と「神崎自身の危険性」を十分に精査し、その結果の上でパラドックスは此処にいるのだ。

 

「いつまで黙っているつもりだ? 答えろ。どうやって生き延びた」

 

 伝えるべき点を伝え終えたパラドックスは苛立ち気にそう零す。

 

 語らぬならばそのまま処理しようかと考えながら、見下ろすパラドックスだったが、ふと神崎はゆっくりと顔を上げ、ポツリと零す。

 

「…………悪いが分からない」

 

 その神崎の言葉にパラドックスは眉をひそめる。どう見ても神崎が何かを隠していることは明白だ。

 

 ゆえに追及しようとしたパラドックスだが、それを遮るように神崎はいつものにこやかな表情で考える仕草を見せ――

 

「強いて挙げるなら、『死にたくない』と足掻いたから――といったところかな?」

 

 そう己の状態を評した。前世から、今世にかけて変わらぬ神崎の行動の核となる部分である。

 

「あくまで真実を語る気はないということか……」

 

 とはいえ、パラドックスはお気に召さなかった模様――説明になっていないので、当然と言えば当然だが。

 

――自分なりの答えだったんだが……

 

 そう内心で零す神崎だが、パラドックスは明確な答えを求めていたので、仕方のない側面でもある。

 

「なら質問を変えよう――お前の目的は何だ」

 

 質問内容をガラリと変えてきたパラドックスに神崎はニッコリ笑って返す。

 

「これから殺す相手に問いかける話ではないね」

 

 その答え如何によっては神崎の命を見逃して貰えるならともかく、何を答えようとも殺す気満々なパラドックス相手に答える意味が神崎には見いだせなかった。

 

「答えろ」

 

「ふむ、そうだな……命という当たり前を除外するなら――」

 

 しかし「答えないならば――」な気配を匂わせるパラドックスの姿に神崎は少し悩む素振りを見せた後で小さく零す。

 

「平穏……いや、平和……かな?」

 

 神崎が一番に求めるのは「命の危機に怯えなくてよい世界」つまりラブ&ピース。

 

「みんなが幸福を享受し、心から笑い合える世界――素敵だとは思わないかい?」

 

 にこやかにそう返す神崎の姿はパラドックスの心を揺さぶった。

 

 

 勿論、悪い意味で。

 

「フッ、どれだけ素晴らしい理想でも貴様の口から出た言葉では反吐が出る」

 

 神崎の傍から見れば弱みを握り、意のままに他者を操る姿っぽいものを知るパラドックスからすれば、そんな平和は平和などと呼べはしないと唾吐く。

 

「『世界を統べて争いをなくす』とでも言われた方がまだ理解できる」

 

 そんな独裁者気取りの答えの方がまだパラドックスから見た神崎像に合致すると零すが――

 

「私は世界征服なんて望みはしないよ――それじゃぁ世界に平穏は訪れないし、平和にはならない」

 

 神崎はその仮定を完全否定する。

 

 それは「平和と呼べない」ではなく、「平和自体が訪れず、争いは続く」と。

 

「何が言いたい」

 

 不審気な視線を向けて返すパラドックスに神崎は両手を広げながら語る。

 

「世界を統べるということは1つの人間の意思に倣うこと、つまり全ての意思は無理やり統一された世界になる」

 

 世界征服とは、早い話が究極の独裁である――1人の意見が、決定が、決断が全ての世界。

 

「そんな世界に未来はないよ」

 

 それは神崎の望む平和とはかけ離れていた。

 

 しかしそれは人道的な観点から来る問題ではない。

 

「多様性がなければ、将来起こりうる数多の問題に対応しきれない」

 

 システム上の問題だと神崎は語る。

 

「滅びが垣間見える世界では、人は本当の意味で平和を享受できない」

 

 沈む泥船の上で誰が平和を享受できようか、と語る神崎にパラドックスは明確な怒気を見せる。

 

「なんだと?」

 

 それはZ-ONEの献身を否定するかのような主張。

 

 滅びに向かう世界でただ1人戦い続けた男の献身を否定する神崎の言葉にパラドックスは強く怒りを見せる。

 

 しかしそんなパラドックスを余所に神崎は続ける――内心は恐怖に震えていたが。

 

「例外はあれど、人は心に『余裕』があって初めて他者に優しく出来る生き物だ」

 

 優しさは無償ではない。

 

 世の中には己が身を顧みず献身を行える素晴らしい人間性を持った存在がいるが、そんな人間は極一部。

 

 己の身すら危うい状況で他者に思いやれる人間は殆どいないだろう。

 

「今の世界には『余裕』がない。誰も彼もが自身のことで精一杯だ。他者のことなど気に掛ける『余裕』がない程に」

 

 よって「余裕」が必要だと語る神崎。

 

 肉体的に、精神的に、金銭的に、経済的に、あらゆる面で余裕が「平和」には必要なのだと。

 

 しかし今の世界は――いや、未来の世界でも「余裕」など大して存在しない。

 

「だから奪い合う。だから殺し合う。だから他者との違いを――己が理解できないものを許容できない」

 

 ゆえに人は「余裕」を求める。他者から奪ってでも欲する。

 

 己が平穏を享受するために。

 

「私に余裕がないとでも言いたいのか?」

 

「それはお互い様だよ――私にだって『余裕』なんてものはない」

 

 端正な顔を怒りで染めるパラドックスに、神崎は笑顔の仮面を張り付けて己が身の恐怖を隠す。

 

「――だから争うんだろう?」

 

 今から始まる圧倒的強者との戦いを覚悟して――神崎には己がどこまで戦えるのかを知る必要があった。

 

「詭弁だな――だが私も貴様と争うことに! 殺し合うことに異論はない!!」

 

 そんな神崎の意思を感じ取ったパラドックスが指を鳴らすと共に、パラドックスのバイクが音を立てて変形していく。

 

「さぁ、デュエルディスクを構えろ! 貴様の語る命の足掻きを見せてみるがいい!!」

 

 やがてバイクのシート以外が3つの翼のように広がった姿となったマシンが宙を浮かび、その上に立つパラドックスの叫びに神崎もデュエルディスクを展開し、応える。

 

「言われずとも」

 

「 「 デュエル!! 」 」

 

 

 此処に、互いの主張がデュエルを通じて、火花をぶつけ合う。

 

 

 

 

 

 

 とはいえ、語られた神崎の主張はただの対外的なポーズであるが。

 






ギース・ハント――今作でも実はそこまでデュエルは強くない。

今作のギース・ハントのデッキは原作の相手モンスターをキャプチャーするデッキに寄せて――

『サクリファイス』になりました。
相手モンスターを装備カード化するカードって意外とバラけてるのね(白目)


『コントロール操作』と悩みましたが、相手モンスターのコントロールを奪うのは「捕獲」を言うよりは「洗脳」に近いと思ったので。



最後に――

本来、その世界に生まれる存在の身体を乗っ取るのが、「憑依」

本来、その世界に生まれる筈のなかった身体を得て生まれるのが「転生」


なので、タグは「転生」で大丈夫……だと思います(多分)

ダメだった場合は該当箇所を「そもそも子供が授からなかった」と書き直し、他もそれに倣う形になるかと。



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第131話 真のデュエリストの力



前回のあらすじ
モクバ「ごめんな、カイバーマン……俺がちゃんとしてればクリボー達みたいに活躍させて上げられたのに……」

カイバーマン「フハハハハハハハ!!」


ギース「我々が手を差し伸べる側になればいい!(なお当の本人のデュエルの実力は並)」

パラドックス「その程度の力で世界を救えると思うなッ!! 力なき理想に意味はない!!」


肉塊「この世界では実は我々は双子だったんだよ!!(なお生まれたのは1人)」

神崎「な、なんだってー!?」


といった三者三様の発見がありました(小並感)



 

 

 白い巨大なバイクが変形して宙に浮かび、その上でデュエルディスクから5枚の初期手札を引いたパラドックスを地上から見上げる神崎はこのままデュエルを続ければ首が痛くなりそうだと場違いなことを考えていた。

 

 そこに先程パラドックスから語られた自身の過去を気にした様子はない。

 

 そんな緊張感のない神崎を余所に先攻のパラドックスはデッキに手をかける。

 

「私の先攻だ。ドロー! まずはフィールド魔法――罪深き世界、《Sin(シン) World(ワールド)》を発動する!」

 

 やがて1枚の手札が発動され、互いのデュエリストを怪しげな光を放つビル群が覆っていく。

 

「私のデッキはあらゆる時代から最強カードを集めた別次元の領域。その力の前に消えるがいい!」

 

 そう高らかに語るパラドックスを余所に、神崎はフィールド魔法《Sin(シン) World(ワールド)》の存在から、パラドックスのデッキが自身の記憶と、ギースのデュエル記録と相違ないことに安堵する。

 

 弱点を突くデッキが武器の神崎にとって、事前情報に誤りがない事実は非常に重要だ。

 

「私はエクストラデッキから『シンクロモンスター』である《スターダスト・ドラゴン》を除外することで、手札のこのカードを特殊召喚する!」

 

 パラドックスの言葉と共に白い流線型のドラゴンがフィールドに降り立つ。

 

「現れろ、《Sin(シン) スターダスト・ドラゴン》!!」

 

 だがその白いドラゴンに黒と白の鎧のような装甲が翼と身体、そして膝に装着され、左右が黒と白で別れた仮面が装着された。

 

Sin(シン) スターダスト・ドラゴン》

星8 闇属性 ドラゴン族

攻2500 守2000

 

 これが、元となるモンスターをSin化させて戦うパラドックスの戦術の真骨頂。

 

「シンクロモンスター?」

 

 神崎はシンクロの事実など知らない様相でとぼけつつ、パラドックスの「Sin」カードがOCG準拠であることを確信する。

 

――ギースのデュエルの記録と同じく効果はOCG版か。つまり「Sinモンスター」はフィールドに1体しか表側表示で存在できない……嬉しい結果だ。

 

 パラドックスのカードパワーの低下に、幾分か戦いやすくなったと内心で息を吐く神崎。

 

「ふっ、直に死ぬ貴様は知らなくていいことだ」

 

 シンクロを知らぬ神崎に対して、説明する義理はないと突っぱねるパラドックスを余所に神崎はポツリと零す。

 

「そうですか……しかし、大した消費もなくいきなり攻撃力2500のモンスターが呼び出されるとは……」

 

 あくまで「知らない体」を崩さない神崎。

 

 それで相手が自身を侮ってくれるなら御の字だと。

 

「フッ、これこそが対となるモンスターを糧に呼び出される『Sin(シン)モンスター』の特性だ」

 

 そのパラドックスの言葉に《Sin(シン) スターダスト・ドラゴン》は翼を羽ばたかせ、暴虐的なまでの突風を引き起こす。

 

「とはいえ、基本的には『Sin(シン)モンスター』はフィールドに1体しか存在できず、このカード以外は攻撃出来ない――安心するんだな」

 

 そう語り終えたパラドックスに「教えてくれるんだ」などと考える神崎を余所にパラドックスは己の手札全てをデュエルディスクにセットする。

 

「私は残りの手札4枚を全て伏せ、ターンエンド――さぁ、貴様の最期のデュエルを精々楽しむがいい」

 

 手札の全てを使って神崎を殺しにかかるパラドックスの姿に神崎は警戒心と共に緊張しつつ、デッキからカードを引きぬく。

 

「ではそうさせて貰うよ――私のターン、ドロー。スタンバイフェイズを終え、メインフェイズ1に」

 

 フェイズ確認を行いながら手札を眺める神崎だが、今の手札にパラドックスの4枚のリバースカードを除去する術はない。

 

「魔法カード《成金ゴブリン》を発動。私は手札を1枚ドローし、キミは1000のライフを回復する」

 

 リッチな装いのゴブリンが神崎とパラドックスに金貨を落とす。

 

 それは神崎には新たなカードとなり、パラドックスにはライフを癒す光となる。

 

パラドックスLP:4000 → 5000

 

 そして神崎は引いたカードをそのままデュエルディスクに置き――

 

「相手フィールドにモンスターが存在し、私のフィールドにモンスターが存在しない場合、手札の《H(ヒロイック)C(チャレンジャー)強襲(きょうしゅう)のハルベルト》を特殊召喚」

 

 神崎の声に空から大地に着地するのは藍色の全身甲冑で身を覆ったハルバードを持つ戦士。

 

 その《H(ヒロイック)C(チャレンジャー)強襲(きょうしゅう)のハルベルト》は空に浮かぶパラドックスにハルバードを向ける。

 

H(ヒロイック)C(チャレンジャー)強襲(きょうしゅう)のハルベルト》

星4 地属性 戦士族

攻1800 守 200

 

「さらに《異次元の女戦士》を通常召喚」

 

 そんな《H(ヒロイック)C(チャレンジャー)強襲(きょうしゅう)のハルベルト》の隣に続いて現れたのは黒いライダースーツに身を包んだ金髪の女剣士。

 

 その光輝く剣を低く構えて、攻撃に備える。

 

《異次元の女戦士》

星4 光属性 戦士族

攻1500 守1600

 

「バトルフェイズへ。《異次元の女戦士》で《Sin スターダスト・ドラゴン》を攻撃します」

 

 攻撃力の差などお構いなしに《異次元の女戦士》は光る剣を《Sin スターダスト・ドラゴン》に向けて投擲しようとするが――

 

「ふっ、効果による除外が狙いか――なら罠カード発動!」

 

 《異次元の女戦士》のバトルしたモンスターを自身と共に除外する効果を知るパラドックスは待ったをかける。

 

――さすがにそうすんなり通してはくれないか。

 

 神崎は胸中で相手の罠の傾向をしれれば御の字とばかりにパラドックスの発動する罠カードを見守るが――

 

 

「《マジカルシルクハット》!!」

 

――《マジカルシルクハット》!?

 

 発動されたカードは些か神崎の予想を裏切るもの――なんともパラドックスらしくないカードだ。

 

――いや、Sinモンスターを複数体並べる為なら理解できる。ギースとのデュエルで見せた《スキルドレイン》はこの為の採用と考えるのが自然か。

 

 しかし意外性を除けば神崎にも何故そのカードが採用されたのかは理解できた。

 

「私はその効果でデッキの魔法・罠カードをモンスター扱いでフィールドに2枚セットし、《Sin スターダスト・ドラゴン》を裏側守備表示にして3枚の位置をシャッフル!!」

 

 《Sin スターダスト・ドラゴン》の姿がシルクハットに隠され、そのシルクハットが3つに増えて忙しくフィールドを動き回る。

 

――シルクハットになる前に一瞬見えたカードは《呪われた棺》と《速攻魔力増幅器(クイック・ブースター)》。

 

 《マジカルシルクハット》の効果によってモンスター扱いとなった魔法・罠カードからパラドックスのデッキの方向性を探っていく神崎。

 

――となれば速攻魔法をサーチする《速攻魔力増幅器(クイック・ブースター)》の存在から《月の書》などでSinモンスターを裏側守備表示にして強引に複数体並べる気か……

 

 今現在の仮説は何とも強引なデッキというイメージだが、それを成すのがパラドックス程のデュエリストなら唯々脅威だ。

 

 光剣を振りかぶったまま攻撃するか否かの決断を待つ《異次元の女戦士》を尻目に神崎は――

 

――動けるうちに1体でも多く除去すべきか。

 

 攻撃の続行を選択する。

 

「《異次元の女戦士》で中央のセットモンスターに攻撃」

 

 神崎の声に全身のバネを使いシルクハットの1つに向けて《異次元の女戦士》は光剣を投擲した。

 

 貫かれるシルクハットが煙のように消えていく。その中身は――

 

「攻撃したか――だが、その選択は大いなる間違いだ! 貴様が破壊し墓地に送った《速攻魔力増幅器(クイック・ブースター)》の効果! デッキから《速攻魔力増幅器(クイック・ブースター)》以外の速攻魔法を1枚手札に加える!」

 

 何やら暴走しかけな魔法の機械に光剣が突き刺さり、止めとなったようで爆発四散。

 

 しかし破壊されたときこそ本骨頂と言わんばかりに機械の破片の一つがパラドックスの手元に飛んでいく。

 

「私はデッキから速攻魔法《手札断殺》を手札に加える!」

 

 そのカードは互いのプレイヤーの手札交換を可能とするカード。

 

――デッキの全容が見えてきたな……Sinモンスターが並ぶのも面倒だ。多少のダメージは必要経費と割り切ろう。

 

 パラドックスの使用した《速攻魔力増幅器(クイック・ブースター)》と《手札断殺》からおおよそのデッキ構成を把握していく神崎は攻めの姿勢を崩さず追撃をかける。

 

「《H(ヒロイック)C(チャレンジャー)強襲(きょうしゅう)のハルベルト》で右側のセットモンスターを攻撃」

 

 ハルバードを地面に突き刺し、それを足場として跳躍した《H(ヒロイック)C(チャレンジャー)強襲(きょうしゅう)のハルベルト》がシルクハットに跳躍する際に回収したハルバードを振り下ろす。

 

 真っ二つに切り裂かれたシルクハットの中身は――

 

「残念だったな――其方もハズレだ」

 

 《Sin スターダスト・ドラゴン》ではなく、古代の王が眠る黄金の棺――罠カード《呪われた棺》。

 

 《Sin スターダスト・ドラゴン》には届かないとパラドックスはニヤリと笑う。

 

「そうでもないさ」

 

 だが宙で身体を捻った《H(ヒロイック)C(チャレンジャー)強襲(きょうしゅう)のハルベルト》から横なぎに振るわれたハルバードがパラドックスを切り裂く。

 

パラドックスLP:5000 → 3200

 

「ぐっ!! 貫通効果か……」

 

「ご名答。《H(ヒロイック)C(チャレンジャー)強襲(きょうしゅう)のハルベルト》が守備表示モンスターを攻撃した時、自身の攻撃力が相手の守備力を超えていた場合戦闘ダメージを与える」

 

 実際のダメージとなって襲う衝撃に苦痛の声を上げるパラドックスの言葉を肯定する神崎はそれだけではないと続ける。

 

「そして戦闘ダメージを与えた《H(ヒロイック)C(チャレンジャー)強襲(きょうしゅう)のハルベルト》の更なる効果により、デッキから『ヒロイック』カードを1枚手札に加えます」

 

 地面に膝を突きながら着地した《H(ヒロイック)C(チャレンジャー)強襲(きょうしゅう)のハルベルト》はハルバードを天に掲げ、仲間に召集をかける。

 

「私は《H(ヒロイック)C(チャレンジャー)サウザンド・ブレード》を手札に」

 

 やがて神崎の手札に馳せ参じたのは銀と白の武者鎧に身を包んだ薙刀を持った戦士。しかしその背には薙刀だけに留まらず、数多の刃のある武器を背負っていた。

 

「バトルフェイズを終了し、メインフェイズ2へ――魔法カード《一時休戦》を発動し、互いに1枚ドロー。そして次のターンの終わりまであらゆるダメージが0に」

 

 そんな手札の質の向上と、守りの為に発動したカードに対し、パラドックスのリバースカードは牙を剥く。

 

「貴様がドローフェイズ以外でドローしたことで、私は永続罠《便乗》を発動する。これ以降、貴様がドローフェイズ以外でドローする度に私は2枚のカードをドローする――精々、気を付けることだ」

 

 パラドックスに発動された永続罠《便乗》を視界に収めつつ、神崎は内心で息を吐く。

 

――此方の1ターン目でこれか……早めに除去したいが、今の手札に除去札は…………ない。

 

 神崎は己のドロー力の低さを補うべくドローカードを豊富に採用する傾向がある為、神崎のドローに反応してパラドックスの手札を増やす永続罠《便乗》は厄介なことこの上なかった。

 

 とはいえ、ギースのデュエル記録からパラドックスが《便乗》を使うと知っていても、ドローカードを大して減らさない辺りに手札事故を恐れる神崎の臆病さが見える。

 

「……カードを4枚セットしてターンエンドです」

 

 《H(ヒロイック)C(チャレンジャー)サウザンド・ブレード》以外の全ての手札をセットした神崎は気を引き締める。

 

――歴代主人公3人を同時に相手取る程の実力を持つパラドックス相手に出し惜しみは自殺行為……とはいえ、何処まで食い下がれるか……

 

 相手は今まで以上の難敵。本来であれば神崎が挑むべきではない程に実力差が離れている相手だ。

 

 しかし神崎は戦わねばならない。それは世界の為――ではない。

 

 先の世界の危機に己が生き残れるだけの強さを手に入れる為に。

 

 そんな神崎の秘めた意思を感じたのかパラドックスの瞳に鋭さが増す。

 

「ならば私のターン! そしてドローフェイズにフィールド魔法《Sin(シン) World(ワールド)》の効果発動!」

 

 周囲の怪しげな光を放つビル群が揺らめく。

 

「通常ドローを行う代わりに私のデッキの『Sin』と名の付くカード3枚を選択し、貴様はその3枚の内の1枚をランダムに選ぶ――そして選んだカードを私の手札に加え、残りをデッキに戻してシャッフルする」

 

 その宣言と共にパラドックスのデッキから3枚の「Sin」カードが飛び出し、パラドックスの背後にソリッドビジョンとして浮かぶ。

 

「私はこの3枚の『Sin』カードを選ぶ――さぁ、貴様も選ぶがいい! 運命の選択を!」

 

「では真ん中のカードを」

 

 大して悩む素振りも見せず選んだ神崎――とはいえ、どのみち3枚とも全てSinモンスター。何が呼ばれるか程度の違いしかない。

 

「私はデッキの《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》を除外し、手札の《Sin(シン) 真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》を特殊召喚!!」

 

 空から裏側守備表示の《Sin スターダスト・ドラゴン》の隣に舞うのは黒き竜、《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》。

 

 やがて先のターンと同じように黒と白の装甲と仮面が取り付けられ、Sin化されていく。

 

Sin(シン) 真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)

星7 闇属性 ドラゴン族

攻2400 守2000

 

 その悲痛な声を上げる黒き竜の姿を視界に収める神崎にはその《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》が城之内のものであることが感じられた。

 

 精霊の知覚による思わぬ恩恵だが、神崎にはその意をくみ取ってやることは出来ない。

 

「ではその特殊召喚に対して罠カード《奈落の落とし穴》を発動します。効果により召喚・反転召喚・特殊召喚したモンスターを破壊し、除外です」

 

 ゆえにせめて不本意な形で使われることを止めるべく、リバースカードを発動する。

 

 奈落への穴が開き、緑の体色の亡者が腕を伸ばす。

 

「させん! カウンター罠《魔宮の賄賂》! 相手の発動した魔法・罠カードを無効にして破壊!! そして貴様は1枚カードをドローする――さぁ、遠慮せずに引くがいい!」

 

 だがその腕は御代官が投げ打った小判に弾かれ、空を切った。

 

「……ドロー」

 

「そして貴様がドローフェイズ以外でドローしたことで永続罠《便乗》の効果で私は2枚のカードを新たにドロー!!」

 

 そして小判が神崎のドローとなった瞬間にパラドックスのドローブースト、永続罠《便乗》の効果によりパラドックスの手札が一気に増える。

 

「さらに手札から速攻魔法《手札断殺》を発動! 互いは手札を2枚捨て、新たに2枚のカードをドロー!」

 

 2枚のカードを捨て、新たに2枚ドローするパラドックスに倣い、神崎も折角舞い込んだ魔法・罠を除去するカードを墓地に送る羽目になりつつ、手札を交換するが――

 

「これにより貴様がドローフェイズ以外でドローしたことで永続罠《便乗》の効果が発動し、私は更に2枚ドロー!」

 

 当然、永続罠《便乗》の効果でパラドックスの手札は増強される――マズい流れだ。

 

「行けっ! 《Sin(シン) 真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》! 《H(ヒロイック)C(チャレンジャー)強襲(きょうしゅう)のハルベルト》を攻撃しろ!黒炎弾!!」

 

 《Sin(シン) 真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》の黒き炎の砲弾が放たれ、《H(ヒロイック)C(チャレンジャー)強襲(きょうしゅう)のハルベルト》に襲い掛かる。

 

 だが《H(ヒロイック)C(チャレンジャー)強襲(きょうしゅう)のハルベルト》はハルバードを構えもせずに佇むのみ。

 

「攻撃宣言時に永続罠《死力のタッグ・チェンジ》を発動します」

 

「そのカードで後続に繋ごうと言うのか!」

 

 神崎の発動したカードにそう予測を立てるパラドックスだが、神崎は更なるリバースカードを発動させる。

 

「いえ、保険です――チェーンして罠カード《次元幽閉》を発動。攻撃モンスターを除外します」

 

 黒き炎の砲弾を《Sin(シン) 真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》ごと呑み込まんと異次元への穴が開く。

 

「だが甘い! チェーンしてリバースカードオープン! 速攻魔法《皆既日蝕(かいきにっしょく)の書》!!」

 

 しかしそれよりも先に太陽の光が遮られ、モンスターたちの警戒心を煽る。

 

「これによりフィールドの全てのモンスターは裏側守備表示に! よって貴様の《次元幽閉》は対象を失い不発だ!!」

 

 やがてパラドックスの《Sin(シン) 真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》を含め、

 

 神崎の《H(ヒロイック)C(チャレンジャー)強襲(きょうしゅう)のハルベルト》と《異次元の女戦士》が身を屈め、裏側守備表示となった。

 

「そしてバトルを終了し、魔法カード《一時休戦》を発動!  互いは1枚ドローし、次のターンのエンドフェイズまでお互いはあらゆるダメージを受けない!」

 

 パラドックスの怒涛のドローブーストは留まることを知らない。神崎もカードを1枚引く。

 

「貴様が新たにドローしたことで、永続罠《便乗》の効果が再び発動! 私は更に2枚ドロー!!」

 

 神崎の側も手札の質を上げることは出来ているが、この状況を大きく打開する一手は舞い込まない。

 

 確率の上では何枚か舞い込んでも良さそうではあるが、パラドックスとの実力の差がそれを阻害するかの如く、偏りが激しい。

 

 そして当然、対するパラドックスの手札は言わずもがなである。

 

「此処で私はエクストラデッキの融合モンスター《サイバー・エンド・ドラゴン》を除外し、手札の《Sin(シン) サイバー・エンド・ドラゴン》を特殊召喚!!」

 

 裏側守備表示のモンスターたちの中に凱旋するのは銀に光る装甲を持つ機械のドラゴン。

 

 その3つ首はそれぞれ違う形をしており、巨大な翼は突風を巻き起こす。

 

 やがて《サイバー・エンド・ドラゴン》は他のSinモンスターと同じように黒と白の装甲が翼に付けられ、3つの頭それぞれに左右に白と黒に別れた仮面が装着された。

 

Sin(シン) サイバー・エンド・ドラゴン》

星10 闇属性 機械族

攻4000 守2800

 

「その特殊召喚に対し、2枚目の罠カード《奈落の落とし穴》を発動します。そのモンスターを破壊し、除外し――」

 

 しかし再び奈落の穴から緑の亡者の腕が道連れを求めるように腕を伸ばすが――

 

「無駄だ! その効果にチェーンして手札から速攻魔法《月の書》を発動! これで《Sin(シン) サイバー・エンド・ドラゴン》を裏側守備表示に!」

 

 月の魔力によって影へと潜った――裏側守備表示となった《Sin(シン) サイバー・エンド・ドラゴン》には届かない。

 

「またもや不発だ――残念だったな」

 

 そう挑発気に神崎を見下ろすパラドックス。

 

「これはお手上げですね」

 

 しかし神崎は乾いた笑いを返すことしか出来ない――全て躱されるとは思っていなかったようだ。

 

 1つくらいは当たって欲しかったのだろう。

 

「その余裕もいつまで続くかな? 私はデッキの《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》を除外し、手札の《Sin(シン) 青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》を特殊召喚する!!」

 

 だがパラドックスは手を緩めるような真似はせず、《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》をフィールドに呼び寄せ、その龍の身体をSin化させていく。

 

Sin(シン) 青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)

星8 闇属性 ドラゴン族

攻3000 守2500

 

 次々と呼び出されて行くSinモンスターに神崎は内心で驚愕を見せる。

 

――3枚が裏側守備表示とはいえ、Sinモンスターが4体揃うとはな……

 

 フィールドに1体しか存在できないデメリットを持つというのに、4体も並ぶのはどういう了見だと。

 

 だとしても、Sinモンスターがいるときには同じSinモンスターは反転召喚すら出来ない為、今現在そこまでの脅威はないが。

 

「カードを3枚セットし、ターンエンドだ!! そしてこのエンド時に発動済みの速攻魔法《皆既日蝕(かいきにっしょく)の書》の効果によって貴様の2体のモンスターは表側守備表示となる」

 

 万全の耐性を常に維持し、ターンを終えたパラドックス。だが僅かながらに神崎には希望がある。

 

「さらに貴様はその数だけドローできるが――」

 

「表側になったモンスターは2枚――よって2枚ドローさせて頂きます。そして私がドローしたことで其方のフィールドの永続罠《便乗》の効果で貴方は更に2枚ドローできると」

 

 パラドックスの発動した《皆既日蝕(かいきにっしょく)の書》の効果によるドロー効果にてありがたくドローする神崎。

 

 とはいえ、そのドローはパラドックスの手札増強に繋がるのだが。

 

「その通りだ! 永続罠《便乗》の効果で2枚ドロー!」

 

 あれだけのカードを使ったパラドックスの手札が全く減る様子を見せない様に神崎は内心で焦りを募らせる。

 

 一体、己はどこまで戦えるのかと。

 

「私のターン、ドロー。スタンバイフェイズを終え、メインフェイズ1に」

 

 しかし神崎はそんな考えをおくびにも出さず、変わらぬ態度でカードをドローする。

 

――とはいえ、相手の此方にドローさせるカードのお陰で手札の数は良し。数だけだが。

 

 内心に焦りがあれど、手札は決して悪くない。良くもないが、悪くないだけで神崎にとっては大躍進である。

 

「《黒き森のウィッチ》を通常召喚」

 

 紫の長髪を揺らしながら黒いローブに身を包む額の第三の眼のみを見開く魔術師がゆっくりと歩み出る。

 

《黒き森のウィッチ》

星4 闇属性 魔法使い族

攻1100 守1200

 

「《H(ヒロイック)C(チャレンジャー)強襲(きょうしゅう)のハルベルト》と《異次元の女戦士》を攻撃表示に変更」

 

 ハルバードと光剣をそれぞれ構える戦士たち。

 

 その瞳には例え強大な力を持つドラゴンたちが相手であっても怯まぬ闘志があった。

 

「バトルフェイズに移行させて貰うよ。そして《異次元の女戦士》で裏側守備表示の《Sin スターダスト・ドラゴン》を攻撃」

 

 地を這うように駆け抜ける《異次元の女戦士》の光剣が裏側守備表示の《Sin スターダスト・ドラゴン》に迫るが――

 

「先程と同じ狙いか――だが既に手遅れだ! 永続罠《スキルドレイン》発動! 発動時にライフを1000払い、このカードが存在する限り、フィールドのモンスターの効果は無効となる!!」

 

パラドックスLP:3200 → 2200

 

 ガクリと《異次元の女戦士》から力が抜ける――効果が封じられたゆえにこれでは《Sin スターダスト・ドラゴン》に光剣は届かない。

 

「これで貴様のモンスターの効果は発動することすら出来ん!!」

 

「さらに『Sinモンスター』のデメリットも無効にできると」

 

「その通りだ!」

 

 パラドックスの言葉を肯定するように《異次元の女戦士》の光剣は《Sin スターダスト・ドラゴン》の身体に弾かれ、宙を舞い逆に神崎を襲った。

 

Sin(シン) スターダスト・ドラゴン》

星8 闇属性 ドラゴン族

攻2500 守2000

 

「ですが貴方の発動した魔法カード《一時休戦》の効果によって私もこのターンの終わりまではダメージを受けません」

 

 だがその光剣は見えない壁に弾かれて再度宙を舞い《異次元の女戦士》の手元に戻っていった。

 

――これ以上の攻撃は逆効果か……

 

 これ以上の攻撃はSinモンスターの展開を助けるだけだと判断した神崎は残りの手札を見やる――これで何処まで相手の喉元に迫れるかと。

 

「私はバトルフェイズを終了し、カードを4枚セットしてターンエンドです」

 

 出し惜しみなしに全てのカードを伏せた神崎。しかしその胸中には焦燥感が広がり続けている。

 

 神崎にはパラドックスの底が見えない。

 

「私のターンだ! ドローフェイズにフィールド魔法《Sin(シン) World(ワールド)》の効果発動!」

 

 Sinモンスターのデメリット効果など気にした様子もなくデッキを回し続けるパラドックス。

 

「通常ドローの代わりに3枚の『Sin』カードを私が選択し、その内の1枚をランダムに貴様が選ぶがいい!」

 

 新たに表示される3枚のカードだが、神崎にはどれを選んでも結果が変わるようには思えなかった。

 

「では右端のカードを」

 

「そして私は――」

 

 カードを手札に加えたパラドックスの動きに躊躇いはない。

 

 デッキが十全に力を発揮しているのが神崎には見て取れた。

 

「お待ちを、貴方のドローフェイズに永続罠《暴君の威圧》を私のフィールドの《黒き森のウィッチ》をリリースして発動。これで私のモンスターは《暴君の威圧》以外の罠の効果を受けません」

 

 しかし神崎も指をくわえて見ている訳にはいかない。

 

 裸の王様に飛び蹴りをかまし、玉座に座った《黒き森のウィッチ》が消えていくと共に力を取り戻す《H(ヒロイック)C(チャレンジャー)強襲(きょうしゅう)のハルベルト》と《異次元の女戦士》。

 

「フィールドから《黒き森のウィッチ》が墓地に送られたことで、その効果によりデッキから守備力1500以下のモンスター1体――《異次元の戦士》を手札に」

 

 その2人の戦士の姿を見届けた《黒き森のウィッチ》は1枚のカードを神崎に投げ渡し、王者の如く華麗に立ち去っていった。

 

「もっともこの効果で手札に加えたカード及び同名カードはこのターン使用できませんが」

 

 神崎の狙いは手札に戦士族を加えることではない。

 

「フッ、私の永続罠《スキルドレイン》を躱すカードか――なら魔法カード《手札抹殺》を発動! 互いは手札を全て捨て、捨てた分ドローする!」

 

 パラドックスが発動するであろう、手札交換カードの恩恵を活用する為だ。

 

 手札の《異次元の戦士》を墓地に送りつつ、新たにカードを手札に加える神崎だが劇的に状況を逆転するカードではなかった模様。

 

「そして貴様がドローしたことで永続罠《便乗》の効果により新たに2枚ドロー!」

 

 しかし対するパラドックスのドローブーストに神崎のような心配事など通用しない。

 

「私は2枚目の魔法カード《暗黒界の取引》を発動! 互いは1枚ドローし、手札を1枚捨てる! そして私は永続罠《便乗》の効果で更に2枚ドロー!」

 

 再び手札交換を繋げ、手札増強を図っていくパラドックスは引いた手札の1枚を見やりニヤリと笑う。

 

「此処で2枚目の速攻魔法《皆既日蝕(かいきにっしょく)の書》を発動! フィールドの全てのモンスターを裏側守備表示に!!」

 

 発動された2枚目の《皆既日蝕(かいきにっしょく)の書》の効果により太陽が再び一時的に隠れ、全てのモンスターが裏側守備表示の態勢となって身をひそめる。

 

――このタイミングで? 《死力のタッグ・チェンジ》の追加展開の効果を嫌ったのか? いや、まさか……

 

 一見すれば複数表側表示で並べることが難しいSinモンスターを2体並べた成果をふいにするようなものだが、神崎の背に嫌な汗が流れる。

 

 Sinモンスターの同族が居る際に反転召喚すら行えないデメリットは《スキルドレイン》によって効果を無効化されていても「なくならない」。

 

 

 しかしその前提を覆す方法は存在する。

 

「私はデッキの《究極宝玉神 レインボー・ドラゴン》を除外することで手札の《Sin(シン) レインボー・ドラゴン》を特殊召喚する!!」

 

 虹色の輝きを放つ強大な力を感じさせる白きドラゴンが蛇のような長大な身体をしならせながら天使のような白い羽を羽ばたかせ、首元の7色に別れる宝玉を煌かせる。

 

 だがそんな輝きも白き羽は白と黒の装甲に覆われ、黒と白の仮面がその顔を覆ってSin化させられる。

 

Sin(シン) レインボー・ドラゴン》

星10 闇属性 ドラゴン族

攻4000 守 0

 

「さぁ、今こそ揃うがいい! 罠カード《砂漠の光》を発動!! 私のフィールドのモンスターを全て表側守備表示にする!!」

 

 隠れていた太陽が顔を出すと共に、パラドックスのSinモンスターたちは己が楔を解き放ち、今フィールドに並び立つ。

 

 紅き瞳を持つ黒き竜が、

 

Sin(シン) 真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)

星7 闇属性 ドラゴン族

攻2400 守2000

 

 星屑の輝きを持つドラゴンが、

 

Sin(シン) スターダスト・ドラゴン》

星8 闇属性 ドラゴン族

攻2500 守2000

 

 青い瞳を持つ白き竜が、

 

Sin(シン) 青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)

星8 闇属性 ドラゴン族

攻3000 守2500

 

 3つ首の巨大な機械竜が、

 

Sin(シン) サイバー・エンド・ドラゴン》

星10 闇属性 機械族

攻4000 守2800

 

 5体のSin化したドラゴンたちがパラドックスのフィールドにて翼を丸め、守備表示で佇む。

 

「そして墓地の《AD(エーディー)チェンジャー》を除外し、《Sin(シン) レインボー・ドラゴン》を攻撃表示に変更! さらに残りの4体のSinモンスターも攻撃表示に!!」

 

 すぐさま5体のSinモンスターたちが翼を広げ、咆哮を放つ。

 

 《Sin(シン) 真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》が黒い炎を口から吹き、

 

 《Sin(シン) スターダスト・ドラゴン》がきらめく光を放ちながら翼を羽ばたかせ、

 

 《Sin(シン) 青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》がその眼光で見下ろし、

 

 《Sin(シン) サイバー・エンド・ドラゴン》の3つの首から唸るような音が漏れ、

 

 《Sin(シン) レインボー・ドラゴン》の白く長大な身体がうねりを上げる。

 

 圧倒的な盤面に神崎は言葉が出ないが、頭を回すことだけは止めはしない。

 

――フィールドに1体しか存在できないSinモンスターが5体も並ぶとは……

 

 例え、それが無意味な感嘆の声を上げることであっても、考えることを止めた先にあるのは敗北という名の「死」だけだ。

 

「バトルだ!!」

 

 パラドックスの宣言に5体の罪深きドラゴンたちが神崎を殺さんと、牙を剥いた。

 

 

 彼我の戦力差の隔たりは大きい。

 

 

 

 






5体のOCGのSinモンスターを並べることが出来て満足だぜ……


ちなみに神崎のデッキは戦士族に寄せた「次元斬」――強そうな名前ですが、火力勝負は苦手。
除去主体で戦うデッキ。

ちなみに対パラドックス用にと魔法・罠を除去するカードが沢山入っているが未だに手札に残らない。



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第132話 超えられぬ壁



前回のあらすじ
次元斬 VS 罪―Sin

何だか厨二心くすぐるカッコイイ響き(* - ω - ) ウーン




 

 

「さぁ、行くがいい! Sinモンスターたちよ! あの男を八つ裂きにしろ!!」

 

 そのパラドックスの言葉に神崎は5体のドラゴンの姿に圧倒されていた己の意識を強く引き戻す。

 

「そのバトルフェイズ開始時に永続罠《超古代生物(ちょうこだいせいぶつ)の墓場》を発動。これにより特殊召喚されたレベル6以上のモンスターは攻撃宣言できず、効果の発動も――」

 

 パラドックスの5体のSinモンスターが氷漬けにされていくが――

 

「無駄だ! 速攻魔法《サイクロン》を発動!! フィールドの魔法・罠カード1枚――貴様の永続罠《超古代生物(ちょうこだいせいぶつ)の墓場》を破壊!!」

 

 だがその氷はパラドックスの発動したカードから渦巻く竜巻によってひび割れ、その隙に翼を羽ばたかせたSinモンスターたちによって砕かれる。

 

――《暴君の威圧》で釣れなかったカードか……

 

 そう内心で当てが外れたと零す神崎が裏守備表示となった自身の2体の戦士たちに望みを託す中、パラドックスの宣言が響く。

 

「《Sin 真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》で裏側守備表示の《異次元の女戦士》を攻撃!! 黒炎弾!!」

 

 Sinの力に囚われた黒き竜の黒炎が裏側守備表示で身を伏せる《異次元の女戦士》を焼き尽くす。

 

「その攻撃時、罠カード《神風(しんぷう)のバリア -エア・フォース-》を発動。相手フィールドの攻撃表示モンスターを全て持ち主の手札に戻します」

 

 筈だったが、黒炎は荒れ狂う風の障壁に遮られ、《異次元の女戦士》には届かない。

 

 そして荒れ狂う風が猛る黒炎を轟々と燃え盛らせ、パラドックスのフィールドに押し戻さんとするが――

 

「無駄だと言った筈だ!! 2枚目のカウンター罠《魔宮の賄賂》を発動し、魔法・罠の発動を――エア・フォースを無効! そして貴様は1枚ドローするがいい! その瞬間、私は永続罠《便乗》の効果で2枚ドローする!」

 

 風の障壁が霧散し、遮る存在のなくなった黒炎が《異次元の女戦士》を焼き尽くす。

 

「ですが其方の永続罠《スキルドレイン》によって無効化されていたモンスター効果は永続罠《暴君の威圧》の『このカード以外の罠カードの効果を受けない』によって打ち消されています」

 

 だが最後の力を振り絞った《異次元の女戦士》が投擲した光剣が《Sin 真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》に向けて放たれた。

 

「よって《異次元の女戦士》の効果で《Sin 真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》を除外」

 

「随分と甘い想定だな! ダメージステップ時に速攻魔法《禁じられた聖杯》を発動! モンスター1体の攻撃力を400アップし、効果を無効にする!!」

 

 しかし投擲する寸前に《禁じられた聖杯》の聖水を《異次元の女戦士》が浴びた途端、光剣の輝きは失せる。

 

《異次元の女戦士》

星4 光属性 戦士族

攻1500 守1600

攻1900

 

 無情にも《異次元の女戦士》の剣は《Sin 真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》の鱗に弾かれた。

 

「次だ! ヤツの最後の守備モンスターを蹴散らせ! 《Sin(シン) スターダスト・ドラゴン》! シューティング・ソニック!!」

 

 《Sin(シン) スターダスト・ドラゴン》のブレスを地面にハルバードを突き刺しながら受け止め、後ろの神崎には届かせないと踏ん張りを見せる《H(ヒロイック)C(チャレンジャー)強襲(きょうしゅう)のハルベルト》。

 

H(ヒロイック)C(チャレンジャー)強襲(きょうしゅう)のハルベルト》

星4 地属性 戦士族

攻1800 守 200

 

 やがて《Sin(シン) スターダスト・ドラゴン》のブレスによってボロボロになった《H(ヒロイック)C(チャレンジャー)強襲(きょうしゅう)のハルベルト》が倒れ、散っていく。

 

 最後に残ったハルバードも担い手の後を追うように砕けた。

 

「これで貴様を守るモンスターは消えた――終局といこう! 《Sin サイバー・エンド・ドラゴン》よ! ヤツに止めを刺せ! エターナル・エヴォリューション・バーストォ!!」

 

 3つ首の機械の魔竜――《Sin サイバー・エンド・ドラゴン》の3つの口からビームの如きブレスが神崎を滅殺せんと迫る。

 

 

 その威力は初期ライフ4000など容易く消し飛ばす威力。

 

 

「罠カード《ダメージ・ダイエット》を発動。このターン私が受ける全てのダメージは半分になります!」

 

 だがその3つのブレスの前に半透明な壁が現れ、その内の1つを打ち消し、もう1つを半減させた後、砕けた。

 

 半減された1つのブレスと防げなかったブレスが神崎を打ち抜く。

 

「――ぐっ!!」

 

神崎LP:4000 → 2000

 

 半減されたにも関わらず圧倒的な威力を内包した《Sin サイバー・エンド・ドラゴン》の一撃は神崎に確かなダメージを与え、吹き飛ばす。

 

 宙で身を捻り地面を削りながら着地する神崎だが受けたダメージゆえか、その膝が崩れ落ちた。

 

「ふっ、ライフが残ろうとも貴様の気力が持たなかったようだな」

 

 その姿を見下ろすパラドックスだが、その瞳に侮りや油断などありはしない。

 

「だが手を緩めるつもりはない――直ぐに貴様を両親の元に送ってやろう!」

 

 やがてパラドックスから続けざまに語られた「両親の元」との言葉に神崎の脳裏に過るのは過去の残照。

 

 

 その過去の光景は地面に鉄骨が突き刺さり、幾重にも積み重なった檻のようなもの。その中には――

 

『怪……我はな……い?』

 

『……良……がった……』

 

 潰れた臓腑に血まみれの身体で自分たちを見捨てた子を真摯に案じ、最後の願いを託した2人の姿。

 

――恨み言の一つでも言ってくれれば楽だったんだがな……

 

 そう胸中を零す神崎。過去の神崎は自身が「望まれていなかった」と考えていた――もっと「普通の子供」が良かっただろう、と。

 

 だがその過去の神崎の予想に反し、内心で神崎のことを不気味に感じていても彼らは最後まで親として子を愛した。

 

 その想いが、願いが、神崎を縛る罪科の鎖となる。

 

 最も助けたかった2人を我が身可愛さに見捨てたのだと。

 

「まだ……だ……!!」

 

 神崎は震える身体で立ち上がる。膝を突いてなどいられない。

 

 

 神崎は憎んでいた。

 

 

 他の何よりも憎んでいた。

 

 

 無力な己を憎んでいた。

 

 

 ゆえに倒れるなど――己が弱いままであることなど、許容しない。

 

 そんな神崎の眼に宿る暗い光にパラドックスは目を細めつつ宣言する。

 

「立ったか……だとしても残り2体のSinモンスターの攻撃は防げまい!」

 

 まだ攻撃は終わっていないと。

 

 だが対する神崎もこのまま終わる気はない。

 

「そう……簡単にはやられませんよ――私が戦闘・効果でダメージを受けた時、墓地の《H(ヒロイック)C(チャレンジャー)サウザンド・ブレード》を攻撃表示で……特殊召喚」

 

 フラフラと立ち上がる神崎の闘志に呼応するように数多の武器を担いだ武者鎧の戦士、《H(ヒロイック)C(チャレンジャー)サウザンド・ブレード》が5体のSinドラゴンたちに立ちはだかる。

 

H(ヒロイック)C(チャレンジャー)サウザンド・ブレード》

星4 地属性 戦士族

攻1300 守1100

 

「だが結局は同じことだ! 《Sin 青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》! ソイツを蹴散らせ! 滅びのバースト・ストリーム!!」

 

 《Sin 青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》の滅びのブレスに苦悶の声を上げる《H(ヒロイック)C(チャレンジャー)サウザンド・ブレード》。

 

 その滅びのブレスは本来ならば《H(ヒロイック)C(チャレンジャー)サウザンド・ブレード》の身を貫通し、神崎をも貫くが――

 

 圧倒的な力の奔流に消し飛ばされそうになる《H(ヒロイック)C(チャレンジャー)サウザンド・ブレード》の背を支える戦士の影が1つ。

 

「ですが永続罠《死力のタッグ・チェンジ》により戦闘ダメージを0に!」

 

 その戦士の鼓舞を受け、滅びのブレスをその身で受け止めた《H(ヒロイック)C(チャレンジャー)サウザンド・ブレード》は立ち尽くしたまま、その命を散らした。

 

「そして手札のレベル4以下の戦士族モンスター1体――2体目の《H(ヒロイック)C(チャレンジャー)強襲(きょうしゅう)のハルベルト》を特殊召喚!」

 

 だがその戦士の想いは先と同じ戦士、《H(ヒロイック)C(チャレンジャー)強襲(きょうしゅう)のハルベルト》に受け継がれる。

 

 やがて大地を踏みしめる《H(ヒロイック)C(チャレンジャー)強襲(きょうしゅう)のハルベルト》はハルバードを盾のように構え、守備表示で攻撃に備えた。

 

H(ヒロイック)C(チャレンジャー)強襲(きょうしゅう)のハルベルト》

星4 地属性 戦士族

攻1800 守 200

 

「守備表示か……手札の戦士族モンスターは尽きたようだな! 《Sin レインボー・ドラゴン》! その最後の壁モンスターを粉砕しろ! オーバー・ザ・レインボー!!」

 

 《Sin レインボー・ドラゴン》の首に並ぶ宝玉が光り輝き、やがて口から虹色のブレスが放たれ、《H(ヒロイック)C(チャレンジャー)強襲(きょうしゅう)のハルベルト》を粉砕する。

 

 だが神崎は辛うじて己の足で立っていた。

 

「辛うじて防いだか……往生際の悪いことだ――私はカードを2枚セットしてターンエンド!」

 

 想定以上に粘る神崎の姿に苛立ちを見せながらターンを終えるパラドックス。

 

 そんなパラドックスのデュエルディスクにセットされたデッキを見つつ神崎は思案する。

 

――これで相手のデッキは36枚削れた……が、デッキの厚みを見るに60枚デッキ……未だ道半ば……か……

 

 一般的なデュエルにおいてデッキの枚数の規定は40~60枚以内に抑えるルールであり、特殊なタイプのデッキを除いて普通のデッキは40枚程度に抑えるのが常だ。

 

 その方が手札事故の確率が下がる。

 

 ゆえに手札事故を強く警戒する神崎は40枚程度に収めるが、パラドックスのような己のドロー力に絶対の自信を持つデュエリストは大抵が60枚限界までデッキの枚数を増やすのが通例だ。

 

 その方が様々な局面に対応できるカードを投入でき、戦術の幅が広がると――そこに手札事故への恐れなどない。

 

「私のターン……ドロー。スタンバイフェイズを終え……メインフェイズ1に」

 

 引いたカードを視界に収めた神崎は状況を劇的に打破するカードではなかったことに力が抜けるが、それは精神的なものではなく、肉体的なものであることに気付く。

 

――ライフ半分のダメージは思いの外に効く……相手がパラドックス程の強者だからか?

 

 身体の頑強さにある程度の自負がある自身ですら倒れそうになるダメージに神崎は強く思う。

 

 こんなものを歴代のデュエリストたちは耐えながら逆転の機会を窺い、戦い続けていたのかと。

 

 

 だが神崎にはこのダメージを、パラドックスの猛攻を、ただ耐えることしか出来ない――己の無力が恨めしかった。

 

「カードを1枚セットし……魔法カード《命削りの宝札》……を発動……私は手札が3枚に……なるようドロー」

 

「貴様がドローしたことで永続罠《便乗》の効果で2枚ドロー!」

 

 腕が震えぬようにドローする神崎を余所にパラドックスも手札を増やす――アドバンテージの差が広がって行くばかりだ。

 

「《命削りの宝札》のデメリットで……ターンの終わりまで相手はあらゆる……ダメージを受けず……私はこのターン……モンスターを特殊召喚できない……」

 

 引いた手札を見ながらそうふらつきながら語る神崎。今の手札は良いとは言い難い。

 

「《D(ディー). D(ディー).アサイラント》を……通常召喚」

 

 呼び出されたのは身の丈ほどある出刃包丁のような剣を持つ白い甲冑を身に纏う女戦士。

 

 後ろ手に持つ剣を持ち、クラウチングスタートを取るように身体を低く構える。

 

D(ディー). D(ディー).アサイラント》

星4 地属性 戦士族

攻1700 守1600

 

「バトルフェイズ……《D(ディー). D(ディー).アサイラント》で――」

 

「待って貰おうか! 貴様のメインフェイズ1の終わりに手札から《エフェクト・ヴェーラー》を捨て、効果により《D(ディー). D(ディー).アサイラント》の効果をターンの終わりまで無効にさせて貰う!」

 

 《D(ディー). D(ディー).アサイラント》が腕を引き絞り、加速しようとした瞬間に透明な羽根をもつ白衣の少女が《D(ディー). D(ディー).アサイラント》に光を振り撒く。

 

 その光を受け、力の一部を失いガクリと体勢を崩した《D(ディー). D(ディー).アサイラント》の姿を見つつ神崎は思案する。

 

――此方の反撃を一切許さない気か……望みは完璧な勝利か? 私の存在が余程腹に据えかねているらしい……

 

 だが、それはパラドックスが「勝ち方に拘っている」事実に他ならない――神崎が付け入る隙は十分にある。

 

「メインフェイズ1を継続……カードを2枚セットし……ターンエンドです……エンドフェイズに魔法カード《命削りの宝札》……のデメリットにより……私は手札を全て捨てますが――」

 

「捨てる手札はないようだがな」

 

 手札の全てのカードを伏せた神崎の姿にパラドックスは死に体だと見る――手札に戦士族がなければ永続罠《死力のタッグ・チェンジ》のダメージを0にする効果は発動できない。

 

 

 パラドックスの視線が鋭さを増す――確実に仕留める算段を立てているようだ。

 

「ふっ、遂に万策つきたといったところか――私のターン、フィールド魔法《Sin(シン) World(ワールド)》の効果を使用せず、ドロー」

 

「そのドローフェイズに罠カード《貪欲な瓶》を発動」

 

 しかし神崎は未だに諦めた様子を見せず金品がゴテゴテと付けられた欲に塗れた顔を象る瓶に墓地の5枚のカードを取り込ませる。

 

「墓地の5枚のカード《異次元の戦士》・《H(ヒロイック)C(チャレンジャー)強襲(きょうしゅう)のハルベルト》2体と《ハーピィの羽箒》・《超古代生物の墓場》をデッキに戻し、1枚ドロー」

 

「ふっ、永続罠《便乗》を躱したか……」

 

 その5枚のカードを咀嚼した《貪欲な瓶》は満足気に砕け、神崎の手札に1枚のカードをもたらした。

 

 パラドックスのドロー加速となる《便乗》を発動させないように動いた神崎だが、パラドックスの手札には――

 

「しかし無駄だ! 魔法カード《暗黒界の取引》を発動し、互いは1枚ドローし、1枚捨てる――さらに私は永続罠《便乗》の効果で更に2枚ドローだ!」

 

 手札交換カードがある――パラドックスの手札の補充は止められない。

 

――此処で引くか……とはいえ、墓地に送るしか……ない。

 

 引いたカードの1枚に乾いた笑みを見せ、墓地に送る神崎。後2ターン程早く来てほしかったと。

 

 しかしそんな神崎を余所にパラドックスの牙が神崎の命を狙う。

 

「バトル!! 《Sin 真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》で《D(ディー). D(ディー).アサイラント》を攻撃!! 黒炎弾!!」

 

 《Sin 真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》の口元にチャージされる黒い炎の砲弾に対して、《D(ディー). D(ディー).アサイラント》は己の剣が持つ力で迎え撃とうとするが――

 

「そしてダメージステップ時に速攻魔法《禁じられた聖杯》を発動! これで《D(ディー). D(ディー).アサイラント》の効果を無効化だ!!」

 

 またしても神の雫がその力を封じる。《D(ディー). D(ディー).アサイラント》の剣が持つ輝きが鈍る。

 

D(ディー). D(ディー).アサイラント》

攻1700 → 攻2100

 

 そして黒き炎の砲弾が《D(ディー). D(ディー).アサイラント》を焼き尽くし、その衝撃が神崎を襲う。

 

「ぐっ……!! 永続罠《死力のタッグ・チェンジ》により……戦闘ダメージを0に――さらに手札のレベル4以下の戦士族……《荒野の女戦士》を守備表示で特殊召喚」

 

 だが金の髪に縁の広い帽子で乗せたボロボロのマントを羽織った緑の皮の衣服を身に纏う女戦士が背に担ぐ剣を振り切りその衝撃を切り裂く。

 

《荒野の女戦士》

星4 地属性 戦士族

攻1100 守1200

 

 しかしその衝撃の余波の一部は神崎の精神を削っていく。

 

――戦闘ダメージが発生しないにも関わらず、此処までの肉体的なダメージを受けるとは……

 

 ギリリと歯を食いしばりながら耐える神崎にパラドックスはその悪運を小さく笑う。

 

「戦士族モンスターを引いていたか――悪運の強いヤツだ」

 

 神崎のデッキが戦士族が多い構築であることはパラドックスも理解していが、この土壇場で必要なカードを引ききった神崎の胆力を認めつつ、確実に神崎を殺すべく次なる一手を繰り出す。

 

「だがそろそろ終わりにさせて貰おう! 《Sin(シン) スターダスト・ドラゴン》! シューティング・ソニック!!」

 

「くっ……ですが守備表示の為……戦闘ダメージは……発生しま……せん」

 

 星屑のブレスに《荒野の女戦士》が身を散らす衝撃に腕を盾にするように交差する神崎。

 

 ただのモンスターのバトルが、神崎の肉体的及び精神的な余力を削っていく。

 

――しかし嫌になる程に強い……が、もう少しばかり付き合って貰わないと

 

 倒れそうになる身体と折れそうになる心を奮い立てつつ神崎は宣言する。

 

「さらに戦闘で破壊された……《荒野の女戦士》の効果でデッキから……攻撃力1500以下の地属性・戦士族モンスター1体を……攻撃表示で特殊召喚しま――」

 

「これ以上、貴様の足掻きに付き合う気はない! カウンター罠《無償交換(リコール)》!」

 

 だが無常にもその宣言はパラドックスの発動したカウンター罠によって潰えた。

 

「この効果により発動したモンスター効果を無効にし、破壊する! これで《荒野の女戦士》の効果で新たな壁モンスターを呼ぶことは叶わない!」

 

 パラドックスの一手一手が着実に神崎の余力を削り取っていく。

 

「だがカウンター罠《無償交換(リコール)》の効果で貴様はカードを1枚ドローできる――精々いいカードが引けるように願うことだ」

 

「……ド……ロー」

 

 最後の望みになりそうな神崎のドローも――

 

「そしてそのドローに対し、永続罠《便乗》の効果が適用される! 私は2枚のカードをドロー!!」

 

 それを上回るパラドックスのドローにかき消されてしまう。

 

 未だに初撃以外の一切の被弾を通さないパラドックスは拍子抜けとばかりに息を吐く。

 

「その3枚のリバースカードは飾りだったようだな」

 

 先の神崎のターンに伏せられた残りのセットカードも未だに発動する素振りすら見せない。

 

 いや、発動出来る筈もない――発動条件を何一つ満たしていないのだから。

 

――飾りか……(パラドックス)からすれば私など歯牙にもかけない相手ではあるだろうな……

 

 パラドックスが相手ではブラフにすらならない事実に神崎は内心で乾いた笑いを零す。

 

 少しばかり思惑があったとはいえ、相性の良いデッキなら戦える筈――そんな神崎の前提条件が何一つパラドックスには通じない。

 

 魔法・罠を除去するカード1つでこの状況を大きく打開することが出来るというのに、未だそれらのカードを使う場が与えられない。

 

 

 そんな今にも倒れそうな神崎に向かってパラドックスは零す。

 

「とはいえ、貴様はよくやった」

 

 それは意外にも賛辞の言葉。

 

「事前に私のデッキを調べ上げ、数の限られるSinモンスターを除外して此方の攻め手を0にする――狙いは良い」

 

 デュエル中に神崎の狙いを見抜いたパラドックスは言葉を続ける。

 

「Sinモンスターの火力の高さにも臆することなく迷いなく行動し、私とデッキの双方の虚も突いた」

 

 知りえる筈のないSinモンスターの特性をギースを使って調べ、その弱点である層の薄さ――Sinモンスターの数の少なさを突く神崎の作戦自体に不備はなかったと語るパラドックス。

 

「お前の戦術には何の落ち度も無い――良く練り上げたものだ」

 

「それは……どうも……」

 

 思わぬパラドックスの賛辞の連続に神崎は力なく返す。

 

 褒められようがその作戦が通じていない事実がある以上、素直に喜べはしないのだろう。

 

「だが貴様がそんな有様になっているのは何故だか分かるか?」

 

「……是非とも……お教え……願いたい……です……ね」

 

 

 パラドックスの言葉に会話に乗る神崎――実際問題として、強いデュエリストが「強者」としてある理由は是非とも知りたい事柄だった。

 

 

 パラドックスの言葉を聞き逃さぬように倒れそうになる身体に檄をいれる神崎に届いたのは――

 

 

「――格の差だ」

 

 

「…………格?」

 

 

 神崎にとってよく分からない理屈だった。

 

 パラドックスは続ける。

 

「そう、純粋なまでの……な――半端な覚悟では届き得ぬ頂きがある。貴様はその頂きの前にすら立っていない」

 

 神崎に足りないものは「戦術」や「カードの心」といった踏み込んだものではなく、「もっと根本的なもの」が足りないと語るパラドックスの言葉が神崎には理解できない。

 

「そんな有様で私の、いや私たちの前に立ちはだかるとはな……とはいえ、その心意気だけは褒めてやろう」

 

 パラドックスの言葉が神崎には何一つ理解できない。

 

 理解できない?

 

 当然だ。理解出来る筈もない。

 

 何故なら神崎は――

 

 

「『()()()()()()()()()()』割には健闘した方だ」

 

 

 デュエリスト(この世界の人間)ではないのだから。

 

 

 

「私は……デュエリストじゃ……ない……のか?」

 

 デュエリストの定義とは何だろう?

 

 カードを集めれば? デッキを組めば? デュエルをすれば? カードの心を理解すれば?

 

 そのどれもが正しく、そのどれもが間違い。

 

「そんなことに『すら』気付いていなかったのか?」

 

 自身のデッキを呆然と見つめる神崎の姿にパラドックスの瞳から怒りの感情が消える。

 

 神崎に対して、憎悪に近い感情を持っていたパラドックスだが、今の神崎には怒りなど湧かなかった。

 

「気付いていなかったのか…………憐れだな」

 

 そう憐れみの視線で神崎を見下ろすパラドックス。

 

 パラドックスにとって今の神崎は初めて見るタイプのデュエリストであり、そしてあまりに見ていられないデュエリストであった。

 

 デュエリストと評せないデュエリスト――何とも憐れな存在だ。

 

「せめてもの情けだ。安らかに眠れ、神崎 (うつほ)――来世というものがあるのなら、私たちの手によって救済された未来で己を見つめ直すがいい」

 

 今、引導を渡してやろうと攻撃権の残った3体のSinモンスターたちに攻撃を命じるべく片腕を掲げるパラドックス。

 

 

 今のパラドックスが眼下の憐れな男である神崎に示せるのはイリアステルによって救済された未来のみ。

 

 

 きっと神崎の言う「余裕」があれば、己の問題に気付くことが出来るだろうと。

 

 

「……それは……お断り……だな」

 

――時間切れだ。

 

 ふらつく身体で立つ神崎はパラドックスにそう返しながら視線を逸らし、不意にゆっくりと驚愕に目を見開いて見せる。

 

 

「何処を見ている?」

 

 急に関係のない方向を向きだした神崎の反応にパラドックスは訝しむが――

 

 

「直ぐに……此処から離れるんだ! 早く!!」

 

 今まで見たことのないような焦った様相を見せながら叫ぶ神崎の姿にパラドックスもさすがに何かがおかしいと神崎が視線を向ける方向へと顔を向けるが――

 

「何を言って――」

 

「この場は危険だ! 来た道を……引き返すんだ!!」

 

 パラドックスの疑問は直ぐに解消された。必死な様相で叫ぶ神崎の視線の先にあったのは、いや、居たのは――

 

 

「何故、キング・オブ・デュエリストたちが此処に!?」

 

 パラドックスが驚愕の声が示す様に、

 

 ヒトデのような髪型の青年「武藤 遊戯」

 

 クラゲのような髪型の青年「遊城(ゆうき) 十代(じゅうだい)

 

 カニのような髪型の青年、「不動(ふどう) 遊星(ゆうせい)

 

 歴代の遊戯王シリーズ、「DM」・「GX」・「5D’s」の主人公たちの姿。

 

 

 本来であれば同じ時間軸に存在しない3人の姿に驚愕で目を見開くパラドックス――彼らがこの時間軸に来る為の情報などパラドックスは一つたりとも与えてはいないのだから。

 

 だが追い打ちをかけるように神崎はパラドックスに向き直り、懇願するように叫ぶ。

 

「彼らは……関係ない! キミの狙いは……私なのだろう! 殺すのは……私だけにしろ!!」

 

 少し離れた箇所にいる遊戯・十代・遊星を守るような位置取りで、3人に()()()()()()()()()叫ぶ神崎の姿にパラドックスは己が罠にかかったことを悟る。

 

 

「貴様ッ! それが狙いか! ふざけたマネをォ!!」

 

 

 先程抱いた憐れみなど吹き飛んだ憤怒の表情でパラドックスは怒りの雄叫びを上げた。

 

 

 そんなパラドックスの姿がどう映るかなど忘れて。

 

 






そんなことしているから「デュエリストじゃない」って評されちゃうんだよ(呆れ)

なお肝心の「デュエリストとは?」の答えに関してはまた別の機会に――ち、ちゃんと考えてあるから!(目泳ぎ)




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第133話 歪んだ世界



ネタバレを恐れるなッ!――ってばっちゃが言ってた



前回のあらすじ
次元(を渡り集まった原作主人公にパラドックスを)斬(り捨てて貰う) VS 罪―Sin


神崎の過去の一端? あーはいはい、あれね――えっ? 分かっていますよ。あれでしょ、あれ。



 

 

 怒りに彩られた瞳で今にも倒れそうな神崎を射抜くパラドックスの背後に翼を広げる5体の強力なドラゴンたち。

 

 

 ()()()()()がどちらに駆け寄るかなど自明の理だった。

 

「神崎さん!!」

 

 その悲痛な遊戯の叫びが木霊する。

 

 

 だが何故、遊戯・十代・遊星の本来であれば異なる時間軸に存在する3人が同じ時間軸に存在するのかを説明せねばなるまい。

 

 

 それには時計の針を神崎がデュエルを始める前まで戻す必要がある。

 

 

 いや、この場合は時計の針を「()()()」と言った方が正確かもしれない。

 

 

 

 

 今現在のDMの時代より先の時代、GX時代を越えた時代にて、ヴェネツィアのサンマルコ広場で暴れる2体のドラゴンの姿があった。

 

 その2体のドラゴンは神崎とのデュエルにてパラドックスが使用していたモンスター《サイバー・エンド・ドラゴン》と《究極宝玉神 レインボー・ドラゴン》。

 

 そんな2体のドラゴンが暴れ、美しい街並みを炎が猛る地獄へと変えながら1人佇むのはパラドックス。

 

「ふむ、サイバーエンドを含め、必要なカードは手に入った――後は計画を進めるのみ」

 

 そう一人ごちるパラドックスは仮面の奥で覚悟の火を灯す。

 

「待てッ!」

 

遊城(ゆうき) 十代(じゅうだい)

 

 だが突如として乱入した()と赤の入り混じった上着を羽織った何処かクラゲのような髪型の青年が駆けつける。

 

 その正体はパラドックスが呟いた通り、遊戯王GXの主人公、「遊城(ゆうき) 十代(じゅうだい)」。

 

「カイザーと、ヨハンのカード! 返してもらうぜ!」

 

 十代の言葉通り、パラドックスの背後に浮かぶ2体のドラゴンは十代の先輩こと丸藤 亮――通称、カイザーの相棒たるカード《サイバー・エンド・ドラゴン》と友人ヨハンの切り札《究極宝玉神 レインボー・ドラゴン》をパラドックスが奪ったもの。

 

 

 そんな仲間の奪われたカードを取り戻すべく、パラドックスに対峙する十代だが――

 

「フッ、悪いがキミに構っている暇はない」

 

 パラドックスはこれが答えと言わんばかりに《サイバー・エンド・ドラゴン》へ指示を出し、その3つ首から十代に向けてブレスが放たれた。

 

「うぉっ――と!! 危ねぇ、危ねぇ!」

 

 しかし十代は咄嗟に横に飛び《サイバー・エンド・ドラゴン》の3つのブレスを回避する。

 

 だがその回避した先で十代が目にしたのは《究極宝玉神 レインボー・ドラゴン》が口に虹色のブレスをチャージしている姿。

 

「やべっ!?」

 

 ピンチだと冷や汗を流す十代に構わず、《Sin レインボー・ドラゴン》から虹色のビームの如きブレスが放たれた。

 

 

 しかしそのブレスは十代の少し前で不自然に拡散し、十代の身には届かない。

 

『怪我はないかい十代』

 

 ブレスを止めたのは左右の眼が緑と橙であり、額に赤い三つ目の眼を持つ紫と黒の肌を持つ翼の生えた人型の精霊、《ユベル》。

 

 その左右に青色と灰色で違う髪を揺らしながら十代を心配気に振り返るが、十代に目立った怪我はない。

 

「助かったぜ、ユベル! お前こそ大丈夫か!」

 

『おいおい、ボクの力を忘れたのかい? このくらいの攻撃どうってことないさ』

 

 十代が己の身を案じてくれた事実を嬉しく思いながらも強気に笑みを浮かべるユベル。

 

 《ユベル》のカードはその効果の中に「戦闘では破壊されない」力を持つ、ゆえに大丈夫だと語るユベルだが――

 

「だからって痛くない訳じゃないだろ!」

 

『十代……』

 

 十代の心配気な表情にユベルはウットリとした表情で愛する十代の名を零すが、そんな2人だけの空間を切り裂くように《サイバー・エンド・ドラゴン》のブレスが再度放たれた。

 

 

 そのブレスが着弾した先は全てが消し飛んでおり、跡形もない。

 

 

 しかし頭上から声が響く。

 

『おっと、空気の読めないドラゴンだ――でもカイザーも恋愛事には鈍かったし、そういうところはよく似ているじゃないか』

 

 その先には十代の両脇を抱えて空を飛ぶユベルの姿。

 

 やがて十分に距離を取ってからユベルは名残惜しそうに十代を地上に降ろし、状況を確認するように語り掛ける。

 

『十代、2人のカードを奪ったのは彼の仕業みたいだね――デッキから途方もないエネルギーを感じる。油断できない強敵だ』

 

 だがそんな2人に向けて新たな脅威が迫る。

 

「なんだ、この白いドラゴンは!?」

 

 その脅威は白と淡い水色のスリムな身体を持った正体不明のドラゴン。

 

 その正体不明のドラゴンが十代の逃げ場を塞ぐように空を舞った。

 

 

 

 

 

 

 

 此処で時代は移り変わる。

 

 GX時代よりもさらに先の5D’s時代の展望台のような個所にて、災害でもあったかのように所々崩れたネオ童実野シティを眺める蟹のような髪型をした男がこの世を憂うかのような面持ちでいた。

 

 男の名は遊戯王5D’sの主人公、「不動(ふどう) 遊星(ゆうせい)」。そんな遊星の背後から2人の人影が近づく。

 

「此処にいたのか」

 

「探したぜ、遊星」

 

「ジャック、クロウ」

 

 遊星の元に向かう2人は――

 

 白いコートをはためかせる長身の逆立てた金髪の男、ジャック・アトラスと、

 

 ベストから肩を出した、バンダナで橙色の髪を箒のように上げている男、クロウ・ホーガン。

 

 そんな2人の内、クロウは遊星の隣に並び街の様子を眺めながらポツリと零す。

 

「しっかし、街は復興で色々大変そうだな」

 

 そしてそれに続く形で並んだジャックは握った己の拳を視界に入れながら街が破壊された原因に向けて苦悩の声を漏らす。

 

「『機皇帝』……恐るべき相手だった……」

 

「ああ、俺たちの力がまるで通じなかった……赤き龍の力――《セイヴァー・スター・ドラゴン》がなければ、どうなっていたか正直分からない」

 

 ジャックの言葉に遊星は服の腕をまくり、右腕の()()()のような痣を見ながら零す。

 

 

 機皇帝――それは巨大なロボットのようなモンスター群。

 

 共通効果として「シンクロモンスター」を装備カードとして吸収し、その力を攻撃力として奪う効果を持つカード。

 

 その効果はシンクロモンスターを主軸にして戦う遊星の時代のデュエリストたちにとって大きな脅威だった。

 

 さらに脅威はそれだけではなく、ソリッドビジョンである筈の攻撃が実際の衝撃となってデュエリストと周囲に降り注ぎ、ネオ童実野シティは大きな打撃を受けている。

 

 

 辛うじて遊星たちが機皇帝を撃退し、死者や重傷者こそ出なかったものの破壊の傷跡が残る街を見た遊星は無力感に苛まれていた。

 

「此処まで被害の出た街を見て俺は思う――『このままでいいのか』と」

 

 遊星には確信がある――この一件はまだ何も終わっていないのだと。

 

 しかしそんな焦る遊星に向けてクロウが大きく息を吐いた。

 

「ハァ、遊星……お前は一人で背負いこみすぎなんだよ。機皇帝を止めた功労者ってことで休暇貰えたんだから今は身体を休めるのが先決だろ?」

 

 機皇帝との熾烈を極めるデュエルを乗り越えたばかりだというのに、我が身を顧みないような遊星に苦言を漏らすクロウ。

 

 その苦言にジャックも同調する。

 

「クロウの言う通りだ。まずはいざという時の為に万全のコンディションを整えておくことを考えるべきだろう」

 

「だが、ヤツら(機皇帝)はモーメントに導かれるように現れた……父さんの作ったモーメントから」

 

 しかし遊星はジッとしていると余計に考えてしまう。

 

 機皇帝の目的は分からず、突然発生したと言わんばかりの現れ方。さらにはI2社に問い合わせても全くの未知のカードを使っていた事実。

 

 謎ばかりだ。

 

 

 なまじ専門的な知識に深い理解がある遊星は考え続けるが、デュエル一辺倒のジャックはスパッと言い放つ。

 

「だとしても、セキュリティからの機皇帝の残骸の調査結果が出るまではどうにも出来んだろう! お前が気を揉んでもどうしようもあるまい!」

 

 難しいことは分かる人間に任せておけとバッサリと遊星の悩みを両断するジャックの姿にクロウはジャックの背を叩く。

 

「偶には良い事いうじゃねぇか!」

 

「なにを!?」

 

 基本的に俺様全開のジャックのいたわりの言葉に意外だと笑うクロウにジャックは噛みつくが――

 

「遊星、デュエルに行こうぜ! 街のみんなもお前の顔を見りゃあ安心できるだろうからよ」

 

 それをスルリと躱したクロウはDホイールを指さし、バイクに乗って行うデュエル――ライディングデュエルを提案する。

 

「フッ、そうだな――こんなときこそデュエルだ」

 

「スカッとしようぜ」

 

「ああ!」

 

 首を縦にふるジャックに親指を立てるクロウ――その2人の仲間の姿に遊星は嬉しそうに小さく笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 風を切ってデュエルを行えるバイク――D・ホイールをハイウェイで走らせる3人。

 

 その中の赤い流線形のD・ホイール「遊星号」に乗る遊星は力強く宣言する。

 

「俺はどんなことがあっても、この街を守ってみせる!」

 

 風を切ってD・ホイールを走らせたゆえか遊星の気分も上向いていた。

 

 

 しかしそんな遊星たちの背後から白を基調としたカラーリングの直列3輪の巨大なバイク――D・ホイールが迫る。

 

 

 そのD・ホイールが遊星を挑発するように迫る姿からジャックは1つの大きなタイヤの中央に操縦席を取り付けたD・ホイール「ホイール・オブ・フォーチュン」を巧みに操縦し、背後を振り返る。

 

「俺たちに勝負を挑むとはいい度胸だ」

 

 ネオ童実野シティにてかなり名が売れている遊星たち相手に臆さず挑戦を挑んできた相手の闘志を称えるように笑みを浮かべるジャック。

 

 だがそんなジャックに並走する後輪側部に翼がついたD・ホイール「ブラックバード」を操るクロウが遊星に向けて親指を立てる。

 

「お前をご指名のようだぜ、遊星!」

 

「なら受けて立つ! ライディングデュエル! アクセラレーション!!」

 

 やがて遊星のその言葉を合図に白い巨大なD・ホイールに乗るパラドックスとのデュエルが幕を開けた。

 

――不動 遊星とクロウ・ホーガンの顔にマーカー(前科者の証)がない?

 

 そんなパラドックスの不信感だけを置き去りにしながら。

 

 

 

 

 そしてデュエルが始まり、遊星のフィールドに橙色のアーマーを装着した眼鏡をかけたロボットの戦士が遊星のD・ホイールと並走するように宙を飛び――

 

《ジャンク・シンクロン》

星3 闇属性 戦士族

攻1300 守 500

 

 その隣を青い装甲の機械仕掛けの戦士が背中のブースターを吹かせながら遊星の隣を飛ぶ。

 

《ジャンク・ウォリアー》

星5 闇属性 戦士族

攻2300 守1300

 

「レベル3のチューナーモンスター、《ジャンク・シンクロン》にレベル5、《ジャンク・ウォリアー》をチューニング!!」

 

 やがて《ジャンク・シンクロン》が3つの光の輪になり、《ジャンク・ウォリアー》が5つの光る星となる。

 

「集いし願いが、新たに輝く星となる。光差す道となれ!」

 

 そこから3つの光の輪を潜った5つの光る星は輝きを増し――

 

「シンクロ召喚! 飛翔せよ! 《スターダスト・ドラゴン》!!」

 

 遊星の相棒たる水色のラインが奔る白い身体のドラゴン、《スターダスト・ドラゴン》が翼を広げ、D・ホイールに跨る遊星の隣で羽ばたいた。

 

《スターダスト・ドラゴン》

星8 風属性 ドラゴン族

攻2500 守2000

 

 しかしその瞬間、パラドックスの手から1枚のカードが示される。そのカードは――

 

「なにッ!? 白紙のカードだと?」

 

 驚きの声を上げる遊星の言う通り、白紙のカード。

 

 そしてその白紙のカードから大量のカードが《スターダスト・ドラゴン》を捕らえる網のように展開され、白紙のカードに引きずり込んでいく。

 

 やがて白紙のカードに《スターダスト・ドラゴン》が封じ込められ、遊星の《スターダスト・ドラゴン》のカードが逆に白紙になっていた。

 

 

 そんなまるで意味の分からない状況に観客としてD・ホイールで並走していたジャックはあり得ないものを見たように呟く。

 

「バカな、《スターダスト・ドラゴン》が……」

 

「不動 遊星――お前のスターダストは頂いていく」

 

 しかしその下手人、パラドックスは気に留めた様子もなく、《スターダスト・ドラゴン》を封じ込めたカードを懐に仕舞い、この場を後にする。

 

 

 

 

 

 いや、後にする筈だった。

 

「そうはさせられねぇなァ!!」

 

 そんな声と共に白と青を基調としたD・ホイールが上側の道路から飛び出し、パラドックスに襲い掛かる。

 

「貴様は!?」

 

 そのD・ホイールに描かれた死神のマークと「Satisfaction(サティスファクション)」の文字がギラリと鈍く光る。

 

 そのD・ホイールに乗るのは――

 

「ヒャーッハッハッハッハッハッ!! 人様のカードを奪うような輩を逃がす訳にはいかねぇぜ!!」

 

 エキサイティングな様相で笑い声を上げる短く切りそろえた水色の髪に赤いシャツを着た青年が、腕を通しただけのセキュリティの革ジャンを風で揺らしながらパラドックスに追走。

 

鬼柳(きりゅう)……京介(きょうすけ)……!? 何故、貴様が此処に!?」

 

 パラドックスの言葉通り、その男の名は「鬼柳(きりゅう) 京介(きょうすけ)」。

 

 もの凄く悪役風に笑う鬼柳だが、その実態はかつて存在した伝説の自警団「チーム・サティスファクション」のリーダーを務めたナイスガイである。

 

 

 仮面の奥で驚愕に目を見開くパラドックスにD・ホイールで並走する鬼柳は裂けたような笑みを浮かべ言い放つ。

 

「何故って? そんなもん決まってるじゃねぇか――お前みてぇな奴を取っちめる為さ!!」

 

 やがて遊星に向けて手を掲げて「任せろ」と合図を送り、自身のD・ホイールのあるボタンに手をかける鬼柳。

 

「遊星、待ってな! 今お前のカードを取り返してやるからよォ! 『スピード・ワールド2』セットオ――」

 

「やはり歴史の歪みがアポリアの報告以上に大きくなっているようだな――貴様の相手をしている時間は残されてはいない!!」

 

 だが鬼柳がそのボタンを押す前に、そう小さく呟いたパラドックスはD・ホイールを急加速させた。

 

「なんて加速だ!?」

 

「逃がすかよォオオオオオ!!」

 

 

 既存のD・ホイールを大きく凌駕した加速に驚く遊星だが、鬼柳は怒声と共に追い掛ける。

 

 しかし終ぞパラドックスに追いつくことはなかった。

 

 この後、ネオ童実野シティ中を走り回り、パラドックスを探す鬼柳の姿があったのだが余談である。

 

 

 

 

 

 パラドックスの追跡を鬼柳に任せてきた遊星・ジャック・クロウは別方面からパラドックスの正体や目的を探るべくセキュリティを訪れていた。

 

 そして幾人の人間が集まる中の1人、牛尾が代表して現在の状況を一言でまとめる。

 

「――んで、その白い仮面の男はお前さんの《スターダスト・ドラゴン》を奪って何処かに消えちまった、と」

 

「ああ、ヤツは俺の名を知っていた……」

 

「あんまりそれはアテにはならねぇな――お前さんは相応に有名だ」

 

 遊星の呟きを若干の呆れを見せつつ流す牛尾。

 

――遊戯もそうだったが、強ぇヤツは自分の存在のデカさに疎いのかねぇ……

 

 そんなことを考えつつ牛尾は現在分かっている情報を並べていく。

 

「現場の報告から精霊の類の仕業じゃねぇってことらしい」

 

 その牛尾の説明を付けたす様に緑の髪を頭の上でツーサイドアップにした少女、「龍可(るか)」が手を上げ続く。

 

「私も《エンシェント・フェアリー・ドラゴン》にお願いして色々調べて貰ったけど、悪い気配は感じないって言ってたわ」

 

 精霊を知覚し、会話することの出来る龍可を守護する大きな力を持つ精霊、《エンシェント・フェアリー・ドラゴン》の太鼓判だと語る龍可。

 

 そんな龍可の隣で頭の後ろで手を組む緑の髪を頭の後ろで1本に纏めた少年、龍可の兄、「龍亞(るあ)」がぶー垂れたように零す。

 

「俺も精霊が見えたらなー」

 

 龍可が心配だからと精霊の協力を得た捜査に同行した龍亞だが、精霊が見えない龍亞には唯々仲間である遊星たちの力になれなかったことがご不満のようだ。

 

「ありがとう、龍可。それに龍亞も態々済まない」

 

 そんな龍可と龍亞に遊星は近づいてしゃがみ、その両手を2人の頭に乗せ感謝の意を示す。

 

「ううん、みんな(精霊たち)が頑張っただけで、私は何も……」

 

「へへっ、良いって良いって! 龍可だけじゃ心配だし!」

 

 恥ずかしがって謙遜する龍可と照れを隠す様に笑みを浮かべる龍亞を余所にクロウが腕を組んで悩まし気に言葉を零す。

 

「でもよ、牛尾。これじゃぁ手詰まりじゃねぇか」

 

「そうでもねぇさ」

 

 しかし何やら牛尾にはアテがある様子。

 

「遊星!」

 

「おっと、来なすった」

 

 新たな来訪者に牛尾は待ち人来たれりとばかりに声の方を向き、一同もそれに倣う。

 

 その視線の先にいたのはデュエルアカデミアの赤いブレザーの制服と長い赤髪を筒状の髪留めのようなもので纏めた女性、「十六夜(いざよい) アキ」。

 

「これ! ディヴァインからの調査報告書!」

 

 そのアキの手の書類の束が遊星の手元に渡り、周囲の人間が遊星の後ろで共に資料を眺めていた。

 

「ディヴァイン先生が関わってるってことは――」

 

 そんな中で龍可が精霊の力を師事した赤毛の前髪で顔の右半分が隠れたおじさんこと「ディヴァイン」の仕事から今回の事件の手掛かりに辿り着く。

 

「おうよ、遊星の《スターダスト・ドラゴン》を奪ったのはサイコ・デュエリスト方面の可能性が高い」

 

 龍可の考えを肯定する牛尾――恐らく科学的にサイコ・デュエリストの力を再現したものではないか、と推察されていた。

 

 

 ちなみに。ディヴァインもデュエルモンスターズのカードを実体化させる力を持つ「サイコ・デュエリスト」――龍可も毛色は違えど異能の力を持つディヴァインに色々教わっている。

 

 

「んで、こっちも見てみな」

 

「なんだ、この写真は?」

 

 牛尾の端末から差し出された写真データを受け取ったジャックは首を傾げるが、龍亞が端末を指さし、声を張る。

 

「あー! これ俺、知ってる! 授業で見た! 世界で1枚しかないスッゲーカードの……『究極の宝石のなんとかドラゴン』!」

 

「《究極宝玉神 レインボー・ドラゴン》でしょ……確か『ヨハン・アンデルセン』さんのカードって話だった筈……」

 

「ああ、それ! そのドラゴン!」

 

 龍可の補足に首を縦に振る龍亞の姿に牛尾を見ながらジャックは咆える。

 

「こんな昔の記事がどうした、牛尾!」

 

 消えたパラドックスを探さなければならない状況下で過去の記録を持ち出している場合ではないと憤慨するジャック――仲間の一大事ゆえに悠長にはしていられないと焦っているようだ。

 

「焦んなよ、ジャック。続きを見てみな」

 

「この記事は!? 《スターダスト・ドラゴン》とあの仮面の男が!?」

 

 しかし牛尾に促されて写真データの先の記事を読み進めた先にはパラドックスの姿が――同じ仮面と同じ衣服と《スターダスト・ドラゴン》の姿に間違いないとパラドックスを見た一同は声を揃えた。

 

「おうよ。お前さんから連絡が入った後でセキュリティとKCのログを探ったときに聞いた特徴と一致した人間を見つけてな――結果、案の定よ」

 

 そんな一同に牛尾は厄介なことになったと頭をかく。

 

「つまり――」

 

「そうだ。やっこさんは時間をさかのぼれる――タイムトラベラーってとこだな」

 

 息を呑む遊星に牛尾が荒唐無稽な結論を出すも、これだけ情報が出揃ってしまえば信じるしかない。

 

「街に崩壊の兆しも出てるらしい――遊星、行けるか?」

 

「ああ、勿論だ!」

 

 牛尾の確認するような言葉に力強く返す遊星。すると――

 

「背中に赤き龍の痣が!?」

 

「遊星のDホイールが光っているわ!」

 

 クロウとジャックの言葉通り。遊星の背中に蛇のような長い身体を持つ赤き龍の痣が浮かび上がり、外に停車しておいた遊星のD・ホイールが赤く輝く。

 

「赤き龍もやる気みてぇだな」

 

 牛尾のそんな呟きを余所に旅立ちの準備を整えた遊星は、次々と仲間から激励を受け、D・ホイールに跨り――

 

「よっしゃ! 行ってこい、遊星!」

 

「ああ、行ってくる! 赤き龍よ! 俺をスターダストのもとに連れて行ってくれ!」

 

 牛尾の最後の言葉を合図に赤き龍の力を受けた遊星のD・ホイールは時間の壁を突き抜けた。

 

 

 

 

 

 

 此処で舞台は十代たちの時代へと戻る。

 

 十代を追い詰める正体不明のドラゴン――遊星の《スターダスト・ドラゴン》。

 

「なんだ、この白いドラゴンは!?」

 

『危ない、十代!』

 

 《スターダスト・ドラゴン》のブレスを受け止めるユベルだが背後から襲来する《サイバー・エンド・ドラゴン》のブレスが十代に迫る。

 

「《ハネクリボー》!!」

 

『クリリッ!!』

 

 だが十代の声と共に呼び出された天使の羽の生えた《クリボー》こと《ハネクリボー》がそのブレスを逸らすが、更に襲い掛かる《究極宝玉神 レインボー・ドラゴン》が十代を攻撃しようとブレスをチャージしていた。

 

「あ、やべ」

 

 なんとも緊張感のない十代の声と共に放たれる《究極宝玉神 レインボー・ドラゴン》のブレス。

 

『十代ッ!!』

 

『クリリッ!!』

 

 2体のドラゴンの攻撃をそれぞれ受け止めるユベルと《ハネクリボー》から悲痛な声が漏れるが。

 

「頼むぜ、《E・HERO(エレメンタルヒーロー)――」

 

 だがその僅かな瞬間に1枚のカードを持った十代の左右の瞳がユベルと同じようにオッドアイの輝きに満たされ――

 

 

 迫る《究極宝玉神 レインボー・ドラゴン》のブレスに盾になるように割り込んできた巨大な赤き龍の身体が十代を守った。

 

「へっ?」

 

 呆けた声を上げながらオッドアイに輝く瞳をいつもの茶色がかった瞳に戻す十代。

 

「チッ、もう追って来たか」

 

 その赤き龍の姿に心当たりしかないパラドックスは踵を返す。

 

「大丈夫ですか、十代さん!」

 

 そしてD・ホイールに跨った遊星がヘルメットを外しながら十代に駆け寄った。

 

「誰だか分かんねぇけど、ありがとな! 助かったぜ! 《ハネクリボー》もさっきはサンキュー!」

 

『クリィ……!』

 

 十代に感謝を送られた遊星と《ハネクリボー》は何処か照れくさそうに対応していたが、そんな3人にユベルが割り込む。

 

『十代、ヤツがいない』

 

「あれ!? いつの間に!?」

 

 パラドックスへの警戒を続けていたユベルだったが、どうやら既にこの場から立ち去った後のようだった。

 

『気付いていなかったのかい……しょうがないなぁ。なら一先ず彼と情報交換しようか――彼からも大きな力を感じる。今回の事件と無関係ってことはないだろうさ』

 

 十代を呆れ顔で眺めるユベルの言葉に早速とばかりに十代が遊星に再度向かい合う。

 

「それもそうか! 俺は『遊城 十代』! こっちはユベルとハネクリボー! 2人ともカードの精霊なんだ! 精霊ってのは、えーと、神秘なんとか――」

 

 自己紹介とパートナーと相棒の精霊を紹介する十代だが、精霊の説明に四苦八苦するが――

 

「俺は『不動 遊星』です。遊星で構いません。それにデュエルモンスターズの精霊の存在は俺も知っています。見える仲間がいるので」

 

 遊星が助け舟を出すように名乗ったことで十代は小さく息を吐く――小難しいことは苦手なようだ。

 

「おっ、そっか! 話が早くて助かるぜ! お前の頭の後ろに隠れているのはお前の精霊か?」

 

 だが十代が遊星の頭の後ろ辺りに視線を向けながら返した言葉に遊星は小さく頷く。

 

「はい、《ジャンクリボー》です――といっても俺には精霊は見えないので、いつも何処にいるかは分からないんですが……」

 

 そう自信なさげに語る遊星――精霊が見えない遊星にとって精霊との関係は一方的なものになりがちな為に「精霊に見放されないか」と、その顔には何処か不安が見える。

 

 

 そんな遊星を小さくユベルは笑う。

 

『そんなに心配することはないよ――仕草からして君の頭の上がお気に入りらしい』

 

 ユベルの眼から見ても遊星と《ジャンクリボー》の関係は良好のようだ。

 

「そうなんですか? ありがとうございます――それにユベルさんは精霊が見えない俺にも見えるとは……かなり力のある精霊なんですね」

 

「へへっ、まぁな!」

 

 続く遊星の言葉にユベルではなく十代が照れる――パートナーを褒められれば自分も嬉しい模様。

 

 そんな十代の気持ちを嬉しく思うユベルはその十代の姿をいつまでも眺めて居たいと思うも、今は非常時だと話を進めにかかる。

 

『それで、キミから感じられる力の正体は?』

 

 緊迫した様相で問われたユベルの言葉に腕まくりをしながら遊星は腕を見せる。

 

「この痣の力――赤き龍の力です」

 

『さっきの赤いドラゴンか……』

 

 その遊星の腕には赤いラインで竜の「頭」が浮かび上がっていた。

 

「つまりキミもデュエルモンスターズに選ばれたデュエリストって訳だ」

 

 その赤き竜の痣に対し、そう零す十代。

 

 そして、3人はそこから詳しい話を進め――

 

 

「へ~、遊星は未来からタイムスリップしてきたのか!」

 

「その通りです。信じて貰えないと思いますが……」

 

 遊星が未来の人間であることを知る十代。信じて貰えるか心配気な遊星だったが十代は疑う素振りも見せず笑顔を見せる。

 

「いや、俺は信じるぜ。時を超えるなんて無茶苦茶ワクワクする話じゃないか!」

 

 しかし急に遊星の背後に視線を向けた十代は目を輝かせながら遊星に問いかける。

 

「――ってことはあのバイクが未来のデュエルディスクなのか?」

 

「あっ、はい」

 

「うぉー! カッコいいー!」

 

 D・ホイールに向けて駆け出し、あれやこれやと眺めていく十代。何とも楽しそうだ。

 

『……十代』

 

 そんな子供心を忘れない十代のあどけない姿をユベルはいつまでも眺めて居たいが、何度も言う様に今は緊急時である。

 

 心を鬼にして十代に苦言を呈するユベル。

 

「おっと、わりぃわりぃ」

 

 恥ずかしい所を見せてしまったと照れながら謝る十代は「何処まで話したか」と思案し――

 

「俺はさっきのアイツに仲間のカードが奪われちまって、ソイツを取り戻そうとしてたんだ」

 

 現状の確認を行う。

 

「俺も同じです十代さん。俺の大切なカード、《スターダスト・ドラゴン》を奪われました」

 

「そうか! なら一緒にアイツから取り返そうぜ!」

 

「はい!」

 

 2人の目的はほぼ同じだ。奪われたカードを取り戻す――後、ついでにパラドックスをぶっ飛ばす。

 

 方針が決まった2人だが水を差すようにユベルが小さく零す。

 

『盛り上がっているところ悪いけど、相手が何処にいるか分からないよ』

 

「お前こそ忘れたのかよ、ユベル! 俺には頼りになる仲間がいるんだぜ!」

 

 だが問題はないと十代はショルダーバッグの中から小型のPCを取り出し、何やら操作。すると――

 

「おーい、三沢ー!」

 

『そろそろ連絡が来ると思っていたよ、十代――何か困りごとなんだろう?』

 

 PCはテレビ電話に早変わり、その画面には白衣を纏ったオールバックの青年、「三沢(みさわ) 大地(だいち)」が映っていた。

 

「おう! コイツのこと調べて欲しいんだ!」

 

 そんな三沢に対し、十代は似顔絵を提示するが――

 

『済まないが、その画力……いや、独創的な表現法では厳しいと言わざるを得ないな……ユベルの方に――』

 

 十代の下手な――ゴホン、前衛的過ぎる美術センスあふれる似顔絵に三沢は近くにいるであろうユベルに懐からだしたモノクルをかけながら返すが――

 

「ならこれでどうですか?」

 

 割り込んだ遊星がPCを操作し、三沢の元にこれまでのデータを送る。

 

『キミは?』

 

「俺は『不動 遊星』です! あの三沢 大地さんとお話出来るなんて、俺たちD・ホイーラーにとって――」

 

 知らぬ顔だと疑問符を浮かべる三沢だったが、興奮した様相で語る遊星の言葉に三沢は声を荒げた。

 

『十代! 済まないが、代わってくれ!!』

 

「えっ!?」

 

 十代の知る三沢は早々に声を荒げる人間ではないことを知るゆえに「何か事情があるのだろう」と、驚きのあまり固まる遊星を脇にどけて十代が対応するが――

 

「どうしたんだよ、三沢。そんな怒ることじゃ――」

 

『彼は未来から来た――違うか?』

 

 三沢は今回の一件の核心を突く。

 

「相変わらず、スゲーな! 何で分かったんだ!」

 

 デュエルの学校、デュエルアカデミアにいた頃から、三沢の聡明さを知る十代は感嘆の声を上げつつ問いかける。

 

『後ろに停まっている赤いバイク、デュエルディスクが取り付けられている――あれはまだ構想段階のものだ。今、現存している筈がない』

 

 そんな驚きを見せる十代に毒気を抜かれたような顔をしながらタネを明かす三沢だったが、ユベルが待ったをかけた。

 

『その理屈だと、他に別の人間が作った可能性もあるように思えるけど?』

 

 それだけでは理由として弱い、と。

 

 しかし三沢は首を横に振りながら返す。

 

『かもしれない。だが今の時代に「D・ホイーラー」なんて職業は存在しない――つまり「俺たち」とは評せない筈だ』

 

「おお~!」

 

 まるでドラマの探偵のようだと十代が感嘆の声を漏らす姿を三沢は照れ臭そうに見ながら先を続ける。

 

『彼が未来の人間である以上、今の時代の人間との接触は最低限にするべきだ――そういう訳で済まない、不動 遊星くん』

 

「いえ、俺は一目会えただけで!」

 

 頭を下げる三沢の姿に遊星は慌てて手を振るが、その間にユベルが再度割り込む。

 

『相変わらず頭の回転が速いね――で、どうなんだい』

 

 そんなユベルの言葉に三沢はキーボードと思しきものに奔らせていた指を止めながら返す。

 

『今、調べ終わったところだ。その仮面の男が確認できた場所はこの大会だな――正確な時間と座標を送っておいたが、相手の介入によってズレが生じる可能性は十分にある。気を付けろ、十代』

 

「助かったぜ、三沢! ――ってペガサス会長が死亡!?」

 

 三沢から送られてきたデータに親指を立てる十代だったが、記事の内容に驚き口をあんぐり開ける、

 

 送られたデータの記事にはペガサスがとある大会にて《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》と《サイバー・エンド・ドラゴン》が放ったブレスによって死亡したとのもの。

 

 その現場にて撮られた写真には白い仮面の男が写っている――十代と遊星はパラドックスと相違ないと顔を見合わせる。

 

 そんな世界的に一大事な事件であるが、十代はそんな事件など知らない。つまり一連の事件は繋がっている可能性が高い。

 

『ああ、にわかには信じ難いが……これが写真に写る仮面の仕業と考えれば、由々しき事態だ』

 

「ならグズグズしてられねぇな! ちょっと過去に行ってくるぜ、三沢! 後で土産を持って行くからな!」

 

 三沢の声に十代は先を急ぐように立ち上がりながらショルダーバッグを三沢に見せて、そう返す。

 

『随分と気の早い話だな……だが楽しみに待つとしよう』

 

「じゃぁ、またな!」

 

『ああ』

 

 自信満々な十代の姿に変わらないなと小さく笑った三沢とのやり取りを得て、通信を終えた十代。

 

「よっしゃ! 行こうぜ、遊星!」

 

 その十代の言葉を合図に遊星と共にD・ホイールに跨り、赤き龍の力を借りて一同は時間をさかのぼって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 そして時代はDMの時代に舞い戻る。

 

 童実野町に、カバン一杯に詰めこんだ本を両手にせっせと自宅まで歩を進める表の遊戯の姿があった。

 

 そんな中、名もなきファラオの遊戯こと、所謂「闇遊戯」がその胸中にて零す。

 

――相棒、さすがに借り過ぎじゃないか?

 

 図書館にて無料だからと本を借り過ぎたのではないかと――だが表の遊戯は否定する。

 

「そんなことないよ――キミがいた古代エジプトの時代は謎が多いんだ! エジプトに向かう前にしっかり調べておかないと!」

 

 表の遊戯が借りた大量の本は全て古代エジプトに関する歴史や神話などが書かれたものに加え、信憑性に疑問が浮かぶゴシップ染みたものまである。

 

 そんな本の山に闇遊戯は表の遊戯の胸中で息を吐く。

 

――まぁ、北森の話じゃイシズたち墓守の一族の元に向かえるのは大分先になるらしいからな……

 

「うん! だから今の内に色々知っておきたいんだ!」

 

 エジプトに向かうまでの時間的余裕がかなり空いた為、「予習」とばかりに表の遊戯は手あたり次第に闇遊戯のルーツを探ろうとしているようだ。

 

――マリクたちに聞くのはどうだ?

 

「それはボクも考えたんだけど、どの国に収監されるかも内緒って話らしいし、実際に会うにも刑期が長すぎて、待ってたらボクがお爺さんになっちゃうよ」

 

 闇遊戯からの提案だが、表の遊戯は残念そうに否定する。マリクたちの刑期は膨大な年月だと。

 

――そうだったな……さすがに俺にもそこまでの時間は残されちゃいない……

 

「でも安心して、もう一人のボク! この本の此処のページにあるようにキミが帰る『冥界』って所はいわゆる人が死んだ後に行く世界らしいんだ!」

 

 カバンの中から1冊の本を取り出し、ページを開く表の遊戯。

 

 その本の中身を信じるならば、いずれ来る闇遊戯との別れはあくまで「一時的」の可能性もあり、また冥界で再会できるかもしれないと目を輝かせる表の遊戯。

 

「だからボクの人生が終わった後、しっかりマリクくんたちとの話を伝えて上げるからね!」

 

――随分と気の長い話だな……だが相棒、ありがとう。

 

 なんの確証もない話だが、「いつかまた会えるかもしれない」との表の遊戯の言葉は闇遊戯の中で「希望」として残る。

 

 表の遊戯の心遣いが闇遊戯には唯々嬉しかった。

 

「お礼にはまだ早いよ、もう一人のボク! キミがキチンと冥界に帰れるかどうかはまだ分からないんだ……それにもしかしたら、ずっと一緒にいられる方法だって――」

 

 しかしそんな表の遊戯の言葉に闇遊戯は切って捨てるように返す。

 

――それは無理だと言った筈だぜ、相棒? 俺は既に死んだ人間なんだ。本来であればこの世界にいることすら許されない可能性だってある。

 

「それは……そうだけど……」

 

 死者は現世に留まってはならないとの闇遊戯の言葉に表の遊戯は悔し気に拳を握る――表の遊戯の中で一番の友との別れはまだ受け入れがたいものだった。

 

――だから相棒、残りの時間を目一杯楽しもう。その思い出があれば、俺はいつまでだって冥界でお前を待っていられる……

 

「もう一人のボク……」

 

 だが闇遊戯の労わるような言葉に表の遊戯は嬉しそうにも、寂しそうにも見える表情を浮かべるが――

 

 

 

「遊戯さん!」

 

「うわっと!? ……え~と、キミは?」

 

 そんな第三者の声に表の遊戯はビクリと背を伸ばしながら驚き、自身の名を呼んだ相手と追従するもう1人に恐る恐る問いかけた。

 

「俺は『遊城 十代』って言います!」

 

「俺は『不動 遊星』です。遊星で構いません!」

 

「十代くんに、遊星くん?」

 

 それぞれ名乗りを上げた十代と遊星だが表の遊戯に面識はない。

 

 何のようだろうと首を傾げる表の遊戯に十代は1枚の紙を手に要件を語る。

 

「信じられないかもしれませんが、俺たちは未来から来ました! この記事を見てください!」

 

 いきなりぶっ飛んだことを言い出した十代の姿に戸惑う遊戯だが、一応、手渡された紙を見て――

 

「これは、デュエル大会の記事? でも日付が未来だ……えっ、ペガサス会長が死亡!?」

 

 そこに書かれていた事実に目を見開く。本当であれば一大事だ。

 

 そんな驚きの只中にいる表の遊戯に遊星は説明を引き継ぐ。

 

「はい! 今から少し先の未来で開かれる大会でペガサス会長が亡くなられてしまうんです! ペガサス会長がいなくなればデュエルモンスターズの歴史……いや、世界の歴史までもが大きく変わってしまいます!」

 

「えっ!? えっ!?」

 

 未だに事態が呑み込めない遊戯に十代は頭を下げ、遊星もそれに続く。

 

「一緒に戦ってください! 遊戯さん!」

 

「お願いします!!」

 

 2人の真摯な姿勢に戸惑う表の遊戯だったが、ふと闇遊戯がポツリと零す。

 

――この2人が嘘を吐いているようには見えないぜ。それに2人からなにか不思議な力を感じる……

 

 十代も遊星も嘘を言っている様子はなく、この手の荒唐無稽な話に全く縁がなかった訳ではないだろうと。

 

 その闇遊戯の言葉にアクターと闇マリクの闇のゲームが脳裏に過った表の遊戯は覚悟を決め表情になり――

 

「うん、ボクで良ければ協力するよ! でもどうやって……」

 

 十代と遊星の頼みを快諾する。とはいえ、未来を変える方法など知る由もない表の遊戯。

 

 だが頭を上げた十代は当てがあると拳を握る。

 

「今から未来に行って、その大会を中止にするんです! 大会が中止になればこの事件は起きない筈です!」

 

 相も変わらず「未来に行く」というぶっ飛んだ解決手段を提示する十代だが、闇遊戯はふと表の遊戯に零す。

 

――ならKCに連絡すれば早いんじゃないか?

 

 ペガサスが死んだ大会がKC主催であるのなら、KCに事情を話せば簡単に大会を中止にできると。

 

「そうか! じゃぁKCに電話してみるよ!」

 

 それだ! とばかりにバトルシティにて城之内たちの一件を受けて仲間と共に最近買った携帯電話を片手に番号をプッシュする表の遊戯。

 

「あっ! 未来の情報なので、あの、えーと」

 

「知らせる人は最低限にするんだね! 任せて!」

 

 十代の注釈にも表の遊戯は小さく頷いて電話のコール音に耳を澄ませる。やがて通話が繋がり――

 

「……あっ、もしもし」

 

『おや、どなたかな?』

 

 表の遊戯が知らない人が電話に出た。

 

「えっ、神崎さんじゃない!? えーと、ボクは武藤 遊戯と申し――」

 

『ああ、キミか。ボクは海馬 乃亜――神崎の代理だよ。今、彼は留守でね』

 

 神崎の電話にかけた筈にも拘わらず電話口に出たのは少年のような声の相手だったゆえに慌てて名乗る表の遊戯に乃亜は軽い調子で返す。

 

『だけど神崎から大まかな話は聞いているから安心してくれ、何か頼み事なんだろう? 何でも言ってくれて構わない。デュエルキングの頼みを無下にするようなマネはしないさ』

 

「なら、えーと……KCで開催される大会なんですけど――」

 

 乃亜の「海馬」の苗字に警戒心を解いた表の遊戯は要件を説明し始め、やがて説明を終えたが、対する乃亜の反応は――

 

『……この大会を? そもそも一体どこから……』

 

 何らかの不可解さを感じているようなものだった。

 

「あの、出来ますか?」

 

『……あ、ああ、任せてくれ直ぐに取り掛かろう』

 

 無理ならば構わないと返そうとする表の遊戯に乃亜は快諾する。

 

「無理を言って本当に済みません! この埋め合わせは――」

 

 どこか難色を示していたことから無理を言ってしまったのではと慌てて電話口で頭を下げる表の遊戯に乃亜は小さく笑う。

 

『おっと、安易にそんなことを言うのはお勧めしないな――だけど気持ちだけは受け取っておくよ。それじゃあ早速、取り掛からさせて貰うとしよう』

 

「本当にありがとうございます!」

 

 そんな乃亜の冗談めかした言葉に再度感謝の念を伝えた表の遊戯の頭が下がると共に通信はプツリと切れた。

 

「これで大丈夫の筈だけど……」

 

 携帯電話を仕舞いながら表の遊戯は自信なさげに呟くが、十代は強く拳を握る。

 

「おっしゃあ! これで後は待つだけだな!」

 

『そうだね。これで相手側からボクたちへなんらかの動きを見せる筈だ』

 

「そこを叩きましょう!」

 

 十代の言葉に同意を見せるユベルと、方針を決めた遊星の言葉が並び、何処か拠点とするべき場所を決めようとする一同。

 

 

 だがそんな一同に遠くから謎の轟音が響く。

 

「えっ!?」

 

「何だ!?」

 

「なんて衝撃だ!?」

 

 遊戯・十代・遊星がその轟音の後に響いた衝撃に身構える中、ユベルが空を指さし、声を張る。

 

『十代! あれ!』

 

 その指の遥か先には――

 

「《サイバー・エンド・ドラゴン》!? カイザーのドラゴンだ!」

 

 3つ首の機械のドラゴンたる《サイバー・エンド・ドラゴン》「だけ」が宙に浮かび、3つの口からブレスを何処かへ向けて放っている姿があった。

 

「きっとあの場所にヤツが!!」

 

 明らかに戦闘中を思わせるその姿に遊星は全てを察し、表の遊戯は誰よりも先に駆け出し、振り返りながら十代と遊星に向けて声を張る。

 

「行こう! 十代くん! 遊星くん!」

 

 既に事件は起こっており、ノンビリしている時間などはないのだと。

 

 

 やがて走るよりも、遊星のバイクに乗った方が早いとの言葉にD・ホイールに3人乗りし、その頃には姿を消した《サイバー・エンド・ドラゴン》が居た場所へとD・ホイールは走り出した。

 

 






いる筈の誰かがいない。いない筈の誰かいる――まるで間違い探しやな、パラドックス!(煽り)


なお此処までやっても未だに滅びの未来は回避できていない模様(白目)



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第134話 戦う理由は人それぞれ



前回のあらすじ
ねぇ、おかしくないかな?

何故、神崎の殺害を優先したパラドックスが先にペガサスを殺しているの?

何故、十代を襲ったのは《サイバー・エンド・ドラゴン》と《究極宝玉神 レインボー・ドラゴン》と《スターダスト・ドラゴン》だったのに、

ペガサスを襲ったのは《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》と《サイバー・エンド・ドラゴン》だったんだろう?

何故、モンスターを変えたのかな?

何故、赤き龍は三沢から教えられた大会の日時に飛んだ筈なのに、その日時に大会は始まっていないんだろう? 本当にパラドックスの行動によるズレなのかな?

何故、《サイバー・エンド・ドラゴン》が攻撃しているんだろう? 神崎とパラドックスのデュエルで攻撃――いや、融合召喚されたっけ?

ねぇ、おかしくないかな?





おかしくないよ。




 

 

 パラドックスの5体のSinドラゴンたちの内、攻撃権が残る3体がパラドックスの怒りに呼応するように攻撃姿勢に入る中、表の遊戯は駆けながら叫ぶ。

 

「神崎さん!!」

 

「来るな、武藤くん! 早くこの場から離れるんだ! 時間は私が稼ぐ!」

 

 そう叫ぶ神崎の姿に表の遊戯の足が僅かに鈍るが――

 

「《Sin青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》! ヤツに止めをさせ! 滅びのバースト・ストリーム!!」

 

 残りライフ2000の神崎に向けて《Sin青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》の白き滅びのブレスが放たれた。

 

「グッ!!」

 

 白きブレスが神崎の身を打ち据え、神崎が背後に飛ぶとあたかもブレスで吹き飛んだようにその身体を廃墟の壁へと叩きつける。

 

「これで……ッ!」

 

 壁に叩きつけられた神崎の姿に攻撃が防がれた様子がない為、確かな手応えを感じるパラドックスは幾分か溜飲を下げるが――

 

「ぐっ……2000以上の戦闘ダメージを受ける場合、そのダメージを計算前に罠カード《体力増強剤(たいりょくぞうきょうざい)スーパーZ》を……発動できる」

 

 ゆっくりと立ち上がる神崎の姿にパラドックスの視線は鋭さを増していく。

 

「……ダメージを受ける前に……私は4000のライフを……回復」

 

神崎LP:2000 → 6000 → 3000

 

 ふらつきながらも遊戯・十代・遊星の盾になる位置取りに立つ神崎の姿にパラドックスの苛立ちは募り――

 

「死にぞこないがァ!!」

 

 激昂したような声で叫ぶ。

 

 神崎が人知れず世界の脅威と戦う――そんな印象操作の為の出しに使われたのだ。パラドックスが怒りを見せても無理はない。

 

 

 だがこの場においては悪手だった。

 

 

「私が戦闘ダメージを受けたことで、墓地の……《H(ヒロイック)C(チャレンジャー)サウザンド・ブレード》を……攻撃表示で特殊召喚」

 

 ふらつく神崎の前に主を守るように薙刀を構える《H(ヒロイック)C(チャレンジャー)サウザンド・ブレード》。

 

H(ヒロイック)C(チャレンジャー)サウザンド・ブレード》

星4 地属性 戦士族

攻1300 守1100

 

「早く……逃げるんだ……私が持ち堪えている間に……!」

 

 そう零す神崎の傷つきながらも遊戯・十代・遊星を守ろうとする姿に対して、怒りに突き動かされ怒涛の攻撃を仕掛けるパラドックスの姿は「悪役」として映える。

 

 パラドックスもその事実は頭の片隅では理解していた。だが溢れ出る怒りの感情を抑えることは出来ない。

 

 これ程の屈辱を味わったのは初めてなのだから。

 

「《Sin サイバー・エンド・ドラゴン》! サウザンド・ブレードを攻撃しろ! エターナル・エヴォリューション・バースト!!」

 

 3つ首の機械竜のビーム砲が《H(ヒロイック)C(チャレンジャー)サウザンド・ブレード》の薙刀を容易く砕き、貫通したビームが神崎を貫いた。

 

神崎LP:3000 → 300

 

「ぐうっ……」

 

 苦痛に耐える神崎の姿は演技ではない。実際の攻撃の余波や衝撃は着実に神崎の肉体と精神を削っている。

 

 文字通り命懸けの演技。命懸けの舞台――ゆえに遊戯たちの眼に鮮烈に映る。

 

「これで今度こそ止めだ! 《Sin レインボー・ドラゴン》でヤツにダイレクトアタック!オーバー・ザ・レインボー!!」

 

 《Sin レインボー・ドラゴン》から虹色のレーザーが神崎を貫かんと放たれるが――

 

「相手の直接攻撃時に……墓地の《虹クリボー》は特殊召喚……できる」

 

 その前を遮るように額に虹色のプレートを付けた丸い紫の球体状の《虹クリボー》が神崎を守るように虹色のレーザーに耐える。

 

《虹クリボー》

星1 光属性 悪魔族

攻 100 守 100

 

「この効果で特殊召喚された《虹クリボー》はフィールドから離れた時、除外され――」

 

「くっ、ならそのままソイツを破壊しろ! 《Sin レインボー・ドラゴン》!!」

 

 神崎の言葉を遮ったパラドックスの言葉によって《Sin レインボー・ドラゴン》から放たれる虹色のレーザーはより力強さを増し、《虹クリボー》を破壊。

 

 

 その際に発生した爆風が神崎を打ち据える。

 

 ダメージはなくとも、足で地面を削りながら両腕を交差させ、その衝撃に耐える神崎。

 

 だがその蓄積されたダメージから膝を突き、倒れそうになる神崎だったが、その背を支える人間がいた。

 

「神崎さん! 大丈夫か!」

 

 それは先の3人の内の1人、遊城 十代。

 

「キミたちこそ、無事……かい? 怪我はない……ようだね……」

 

 そんな十代に対して事前情報など無いとばかりに知らぬ人間として接する神崎。

 

「早く……この場から離れるんだ……一刻も……早く」

 

 やがて背を支えていた十代をパラドックスとは逆方向に押しつつ神崎はフラフラと立ち上がる。

 

 遊戯・十代・遊星の3人を守るような口振りで。

 

 

 その突き放すような神崎の姿に十代は声を張る。

 

「俺たちの恩人、見捨てて逃げられるかよ!」

 

 そんな十代の熱い思いだったが――

 

「何の話……だい? それに……キミは……私を知っている……のか?」

 

 神崎からすれば寝耳に水どころの話ではなかった――ただ、ある程度の予想は付くが。

 

 基本的に起こりうる問題は「早めに処理」の神崎のスタンスから未来の自身の行動であろうと。

 

 

 しかしそんな事情を知らない十代はショックを受けたような表情を見せる。

 

「え゛っ!? 俺って忘れられてる!?」

 

 意気揚々と恩人を救いに来たら、肝心の相手から「誰だ、お前は」と言われたようなものなのだから。

 

 そんな十代の背後でユベルは溜息を吐く。

 

『十代……キミが神崎と出会ったのはこの時間軸より先の未来だよ。この時代の彼が十代を知る筈がないじゃないか』

 

 そそっかしい十代の姿に「しょうがないな」と暖かい視線を向けながら語られたユベルの言葉に十代は照れながら頭をかく。

 

「おっと、そうだった!」

 

「……精霊?」

 

 その2人のやり取りに「知らない体」を崩さない神崎――ただ一方的に知っているだけで、面識は一応ないが。

 

「おう! 俺の大事なパートナーのユベルだ!! 神崎さんは俺とユベルを仲直りさせてくれたんだぜ!!」

 

『十代……未来のことをあまり話しちゃダメだって三沢にも言われただろう?』

 

「あっ、今の無し!」

 

 そんな十代とユベルのコント染みたやり取りを得て、ユベルは小さく溜息を吐き神崎に向き直る。

 

『……もう、しょうがないなぁ十代は……久しぶりだね、神崎――まぁ、さっきも言ったように会ったのは未来の君だけど』

 

 だが神崎はそのユベルの言葉に戦慄する。

 

 あの想像を絶するヤンデ――もとい、愛が深すぎるユベルを将来的に説き伏せる必要があることが確定したのだから。

 

 そんな神崎の戦慄を余所に遊星がこれ以上無理はさせないとばかりに神崎の肩を押さえながら丁寧に挨拶する。

 

「始めまして、神崎さん――貴方の話は父から聞いています」

 

「キミ……も未来から? いや、未来から……来たのなら下手に情報を……明かさない方が良い……か……早く逃げな……さい」

 

 しかし対する神崎は何だかんだで肉体的、精神的にフラフラな為、一気に話を進めるべく遊星の手を振り切って緩慢な動きで前に出るが――

 

「すみませんが、それは出来ません! 此処から先は俺たちで戦います! 構いませんか、遊戯さん! 十代さん!」

 

 その神崎の前に遊星はデュエルディスクを構えながら出て、表の遊戯と十代に確認を取るように問う。

 

 十代と表の遊戯の答えは決まり切っていた。

 

「勿論だぜ、遊星!」

 

「うん、詳しい状況は分からないけど放ってはおけないよ」

 

 そんな2人の言葉に望んだ流れに持っていけたと内心でガッツポーズを取る神崎。

 

 だが更にこの場を効果的に演出すべく遊星の隣を通り過ぎながら神崎はポツリと零す。

 

「そんな訳には……いかない……彼は……パラドックスは強大な力……を持つデュエリスト……」

 

 身体を引き摺るように前に出る神崎は命懸けで語る――何だかんだで一杯一杯である。

 

「そんな危険な相手の……矢面に身を晒すのは大人の仕事……だ」

 

 そう言ってデュエルディスクを構える神崎はパラドックスと戦う姿勢を見せるが、内心では背後の遊戯・十代・遊星の反応に戦々恐々していた。

 

 3人に「それじゃぁ任せますね」――なんて言われれば神崎は十中八九死ぬ未来しかない。いや、頑張れよ。

 

 内心の恐慌と戦う神崎。

 

『そんな身体で何が出来るのさ――キミは大人しく座っているんだね』

 

「止……せ……」

 

 だがユベルが神崎の制止を振り切り、その身体を念力で宙に浮かべ、背後にゆっくりと置く。

 

 なお神崎は「止せ」とか言っているが、その内心でもう1度ガッツポーズを取っている――ミッションコンプリートだ。

 

「そういうことだぜ、神崎さん! 俺はもう守られるだけの子供じゃない!」

 

「パラドックス! 此処からは俺たちが相手だ!!」

 

 やがて続く十代と遊星の言葉に臨戦態勢はバッチリと言わんばかりの3人。

 

 

 だがその3人に相対するパラドックスの苛立ちは頂点に達していた。

 

「何処までも……何処までもふざけた男だ!!」

 

 パラドックスからすれば、下らない三文芝居を見せられただけなのだから。

 

「良いだろう! ならばこのデュエルを引き継いで見せるがいい!!」

 

 やがて激昂と共に怒声を上げるパラドックス。

 

「待って、パラドックス!」

 

 に向けて制止の声を上げる表の遊戯。

 

「どうした武藤 遊戯! 今更怖気づいたのか!」

 

「違うよ――ただ聞いておきたいんだ。キミが何の為に戦うことを選んで神崎さんを殺そうとしているのかを」

 

 怒り心頭と言ったパラドックスに事情の説明を求める表の遊戯。

 

「ひょっとすれば話し合いで済むかもしれ――」

 

 目的次第では争うことなく解決できるかもしれないと考えての表の遊戯の姿勢だったが、パラドックスはにべもなく返す。

 

「話し合いの段階はとうに過ぎている! だが、その問いには答えよう――しかしそれにはまず私の目的から明かさなければなるまい」

 

 だが表の遊戯の真摯な姿勢に怒りを抑えてパラドックスは語りだす。

 

「私は滅亡した未来からの使者だ」

 

「滅亡した未来だって!?」

 

 語られたパラドックスの言葉に遊戯は驚きを見せる。未来は滅びに瀕しているのかと。

 

「そうだ! 私は滅亡した未来を救うべく時空を超え、最善の歴史を探し求めている!」

 

 己が大義を語るパラドックスだったが、十代は何が大義だとばかりに怒りの声を上げる。

 

「それが何故、神崎さんやペガサス会長を殺すことに繋がる!!」

 

 未来を救う為に何故、滅びに関係なさそうな人間を殺すのだと。

 

 しかし十代から零れたペガサスの名前にパラドックスは眉をひそめる。

 

「……ペガサスだと? 何故、今『ペガサス・J・クロフォード』の名が出てくる?」

 

 神崎を殺そうとしているパラドックスにとってペガサスは今の計画には関係のない人物の筈だった。

 

 だが十代は声を荒げる。

 

「とぼけるな! サイバーエンドやレッドアイズの攻撃で崩れた建物のせいでペガサス会長が死んだ現場にお前の映った映像が残っていたんだぞ!!」

 

 証拠は明確に存在するのだと。

 

 パラドックスの胸中に言い得ぬ淀みが蠢くが、全くの心当たりがない訳でもなかった。それは――

 

――どういうことだ……それは神崎 (うつほ)を殺した後に実行する計画だ……何故それが既に行われている?

 

 神崎を殺した後で実行する計画なのだから。

 

 思考に意識を回すパラドックスに遊星も糾弾するように声を張る。

 

「そうだ! それが原因で俺の時代も崩れかかっていた!」

 

 しかしパラドックスは何も返さない。

 

――未来の私が既に計画を進めていたのか? その結果として彼らが此処にいるのか?

 

 今のパラドックスにはこの違和感の正体を探ることの方が重要に思えた。

 

――だとするならば問題はない筈……いや、本当にそうなのか?

 

 纏まらないパラドックスの思考だが「何かを見落としている」ことを感じ、再度今の状況に考えを巡らせるが――

 

「パラドックス! 犠牲の先に未来なんかないよ!」

 

 そんな表の遊戯の言葉にパラドックスの意識は引き戻される。

 

「言わせておけば、破壊に犠牲か……フフッ、そうか――キミたちにはそう見えるか。だがそれは違う!」

 

 その表の遊戯の言葉はパラドックスにとって否定せねばならないものだった。

 

「正しいと思える未来は間違っていて、一見、間違っていると思える未来こそが正しい」

 

 そう、「犠牲」とはあくまで一面に過ぎない。

 

「考えてみるがいい。私が何もしていなくても既に世界は矛盾だらけではないか!」

 

 現実を知らぬ3人に残酷な世界の真理を大仰な仕草で語るパラドックス。

 

「環境破壊、世界紛争、人間同士の差別――」

 

「いや、俺の時代ではモーメントエネルギーの普及とKCとセキュリティに加え、様々な人の尽力によってそれらの問題は終息に向かっている!」

 

 だがパラドックスの説明にそれは違うと遊星は割り込む。

 

 確かにパラドックスの言う様に世界は悲しみの連鎖が広がっているが、遊星は知っている。

 

「足掻き続けた先に父さんと母さんが、みんなが掴んだその想いをそんな言葉で否定はさせない!! 人には未来を変える力があるんだ!!」

 

 そんな不条理に立ち向かう両親の背中を、その不条理を僅かでもなくそうと尽力し続けた人たちの雄姿を幼い頃から見てきたのだから――ゆえに遊星はその小さな歩みを否定させないと力強く宣言する。

 

 

 しかしパラドックスには聞き逃せない単語があった。

 

「――待て、不動 遊星」

 

「どうした、パラドックス! これでもまだ破壊や犠牲を許容す――」

 

 ゆえに待ったをかけたパラドックスだが、遊星はその内から溢れ出る熱い思いを――

 

「いま、『父』と『母』と言ったな」

 

「……? ああ」

 

 出す前に問われたパラドックスの問いかけに内心で首を傾げる――何故このタイミングでそんな質問をするのだろうか、と。

 

「貴様の両親は生きているのか?」

 

「……何を……言っているんだ?」

 

「そうか……いや、忘れて――」

 

 パラドックスの質問に対して眉をひそめる遊星の姿。

 

 親の死の問題など軽々しく聞いてはいけないと遊星の過去を知るパラドックスは自身の失言を悔やみ、話を終わらせようとするが――

 

 

「生きているに決まっているだろう!!」

 

 

「――ッ!? バ、バカな!?」

 

 無情にもあり得ない現実がパラドックスを襲う。

 

「貴様の両親はゼロリバースの時に死んでいる筈!? そして貴様だけがサテライトで生き延び――」

 

 ゼロリバース――それはモーメントが逆回転することで暴走した際のエネルギーが破壊的な衝撃波を生み、周囲を崩壊に巻き込んだ大事件。

 

 その際の地殻変動によって街は分断され、廃墟と化した地域である「サテライト」が生まれたのだ。

 

 ゼロリバースという大事件の際に遊星の両親は死亡している――これがパラドックスの知る本来の歴史。

 

 

 だが遊星は何の話だとばかりに、自身が知る歴史を語る。

 

「確かにゼロリバースは死者が………出なかったとはいえ、多くの人の心に傷跡を残した……だが『サテライト』とは何の話だ? 衛星の話なのか?」

 

 後、「サテライト」って何? と。

 

「何を……言っている……」

 

 パラドックスは突き付けられた現実を理解できない。

 

 ゼロリバースは一度起これば圧倒的な破壊の奔流を生み出す――犠牲者が0などありえない。

 

 モーメントを稼働させる為に必要な職員はかなりの数が必要であり、ゼロリバースが発生すれば全ての研究員が逃げおおせる時間など存在しないのだ。

 

 そしてゼロリバースの圧倒的な破壊の奔流に大地が耐えられる筈がない。場所が変われどサテライトが存在していなければ辻褄が合わない。

 

 つまり遊星の言った2つの事象を回避する奇跡など存在しない。そんな奇跡などなかったからこそZ-ONEは、アポリアは、アンチノミーは、パラドックスは絶望を味わったのだ。

 

「そんな……筈が……」

 

 だが遊星が嘘を吐いている様子がないことから、パラドックスは小さく現実逃避の言葉を漏らしながら眩暈と格闘する。

 

――未来が此処まで歪みを見せているとは……だが!

 

 しかし脳裏に過ったイリアステルの仲間の姿にパラドックスはクワッと目を見開いて、返す

 

「だとしても! その先に待つのが人類の滅亡という名の破滅であることに変わりはない!!」

 

 そう、そうなのだ――いくら歴史がおかしくなっていようとも、どれ程の人間が救われていようとも、肝心要の滅亡の未来の住人たるパラドックスが救われていない。

 

 よって未来の人類全てが死に絶える結末は何一つ変わっていない。

 

「その程度の変化では未来は救えぬのだよ、不動 遊星!!」

 

 つまり神崎の行動は何一つ未来の為にはなっていないのだと理論武装するパラドックス。

 

 最終的に辿る道が同じ滅亡の世界であるのなら、Z-ONEのメインプランを構築できる本来の歴史の方がリスクが格段に下がる。

 

「私には果たさねばならぬ大義があるのだ!!」

 

 自身の正当性を再確認したパラドックスは声高に叫ぶが――

 

「それが何故、神崎さんを殺す話に繋がるの?」

 

 表の遊戯の当然の疑問にようやく話が元の場所へと戻ったことで、パラドックスは説明を再開する――寄り道し過ぎたと。

 

「私は歴史を観測し、最善の歴史を探っていたが――その中で歴史を歪めている存在を見つけた」

 

「それが神崎さんなんだ……だけど、パラドックス――仮にそうだとしても、キミの行動と神崎さんの行動にそこまで違いがあるとは思えないんだけど」

 

 だが表の遊戯の語るように神崎もパラドックスもその行動はさして変わりはない。

 

 互いに「歴史に影響を与えている」だけだ――その違いが表の遊戯には分からない。

 

「違うな! 間違っているぞ、武藤 遊戯! ヤツの起こした変化は既に本来の歴史から大きく逸脱し、破滅への未来を加速させている!!」

 

 しかし「一緒にするな」とばかりに声を張るパラドックス。だが此方にも言い分があるとユベルがスッと会話に割り込んで返す。

 

『何を根拠にそんなことを言っているんだい? ボクらが関わった範囲では所謂、悪行といった行為は見たことがないけど』

 

 ユベルはそれなりに神崎の行動を見てきたが、そのどれもが「何の罪もない他者を害する」類のものはなかった。

 

 だが「良い行い」が「最良の結果」を生むとは限らない。

 

「視野が狭いと言わざるを得ないな、デュエルモンスターズの精霊よ! ヤツが行ってきた『デュエルモンスターズの発展の加速』が破滅の未来を引き寄せているのだ!!」

 

 パラドックスは神崎の人となりを一切信じていないが仮に聖人の如き善人であったとしても、どのみち与えた影響から殺す対象であることに変わりはないのだ。

 

「だったらそのことを教えてやれば良いじゃねぇか!!」

 

「無駄だよ、遊城 十代――既に手遅れなレベルで状況は悪化している……もはやあの男を歴史から消し去る以外に道はない!」

 

 十代の当然の意見も、今までのやり取りで散々歴史の歪みを見せられてきたパラドックスからすれば論外だった。この状態では細かな軌道修正はもはや不可能である。

 

「そうなんだ……」

 

「状況が理解できたようだな、武藤 遊戯――退くのなら止めはしない」

 

 理解の色を示した表の遊戯の姿に「分かってくれたか」とパラドックスは息を吐く。無用な争いはパラドックスも望む所ではない。

 

「ボクはキミの言っていることも少し分かるよ」

 

「なんだと?」

 

 しかし遊戯の「分かる」との言葉にパラドックスは眉をひそめる。

 

 絶望の未来を誰よりも知るパラドックスの前で軽々しく「分かる」などと口にする姿は看過できないようだ。

 

 だが表の遊戯は構わず続ける。

 

「ボクも少し前に似たような経験をしたから……」

 

 享受する筈だった幸福を奪われた(グールズに人生を狂わされた)被害者と、過去の悲劇によって恐慌に奔った加害者(グールズとして多くの人生を狂わせたマリク)

 

 加害者を切り捨てるべき――それが世間一般な答えなんだろう

 

 しかし、表の遊戯は「どちらも救いたい」と、そう思った――エゴだった。それは表の遊戯にも分かっている。

 

「キミは自分の大切な人や未来を守る為に行動しているだけなんだよね……でもね――」

 

 話のスケールの違いがあれど本質の部分は同じだと語る表の遊戯。

 

 ゆえに表の遊戯はパラドックスの選択にこう返す。

 

 

「誰かから奪ったり、殺したり――そんな先に得た未来なんてきっと悲しいよ」

 

 

 そんな選択しか出来ないパラドックスの環境が、

 

 世界の全てを背負おうとするパラドックスの在り方が、

 

 己の身すら顧みないパラドックスの心が、

 

 

 唯々表の遊戯には悲しく映った。

 

 

 そんな表の遊戯の視線にパラドックスは歯を食いしばる――怒りではない。

 

「悲しい……だと? そんな感情(モノ)はどうでも良い!! 世界が救われるのなら、私が幾ら血に塗れようとも後悔はない!!」

 

 それは叫びだった。決意だった。覚悟だった。

 

 悲しい叫びだった。悲しい決意だった。悲しい覚悟だった。

 

 滅んだ世界でパラドックスに出来るのはそれだけだった。

 

「だったらボクは示すよ」

 

 滅んだ世界の命運を背負うパラドックスに表の遊戯は強い視線で返す。

 

「未来の、ボクたちの可能性を他ならぬキミに!」

 

 パラドックスが全てを背負う必要はないのだと。

 

「十代くん、遊星くん――協力してくれるかな?」

 

 そう2人に問いかけた表の遊戯に返す言葉など決まっている。

 

「勿論だぜ、遊戯さん! ワクワクしてきたぜ!」

 

「見せてやりましょう、遊戯さん! 俺たちの可能性を!!」

 

 そんな十代と遊星の声に表の遊戯は闇遊戯へと人格交代し、決意に満ちた瞳で宣言する。

 

「行くぜ、パラドックス! 俺たちの全てをその眼に焼き付けな!」

 

 その闇遊戯の視線にパラドックスが返すモノなど1つだ。

 

「…………良いだろう! ならばその可能性とやらで、この絶望的な状況を覆してみるがいい!!」

 

 デュエルで雌雄を決しようと。

 

「 「 「 「 デュエル!! 」 」 」 」

 

 こうして神崎のデュエルを引き継いだ遊戯・十代・遊星のチームとパラドックスの互いの信念を賭けたデュエルが幕を上げた。

 

 

 当の神崎はそのデュエルに巻き込まれぬように極力存在感を薄めていたが。

 






相手のフィールドにはSinモンスター5体、

自軍の残りライフ300・手札1枚の状況で引き継ぎさせる神崎……いや、もうちょっと頑張れなかったのか……


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第135話 叫ばずにはいられない



1 VS 3のデュエルが大分長くなったので前編・中編・後編の三編構成にしました。

パラドックス VS 遊戯・十代・遊星 戦――前編です。


前回のあらすじ
Z-ONE「歴史の観測が上手くいっていないゆえに神崎 (うつほ)が及ぼした影響が中々確認できませんね……」

アポリア「此方も手探りで観測を続けているが、歪みが多過ぎて何がなんだか分からない状況だ」

アンチノミー「うーん、神崎 (うつほ)の対処を担当しているパラドックスが心配だな……」


パラドックス「おのれ、神崎ィ!!」




 

 

 1 VS 3の変則的なデュエルが開始されるが「その前に」とばかりに闇遊戯が声を張る。

 

「こっちは3人で挑むんだ――数の上での優位を貰った以上、複数戦での特殊ルールはお前が選びな、パラドックス!」

 

「ならば――1人が神崎の手札を引き継ぐ特殊ルールを取る」

 

 その言葉にすぐさまパラドックスはその脳内でルールを取捨選択し、語る。

 

「フィールドは別だが、キミたち3人はチーム――よって、それぞれ味方のカードなどを利用は可能だ。そして墓地に加え、ライフは共通……要は神崎の残りライフを引き継ぐ形を取る」

 

 語れるルール内容にそこまでの不備は見られない。

 

「つまり俺たちのチームは神崎さんの手札を受け継いだデュエリスト以外の手が0枚のスタートで――」

 

「ライフも先のデュエルで残った分だけ……」

 

 しかしデュエル開始時にアドバンテージの少なさに遊星と十代は確認するように呟く――3人がかりとはいえ、ライフはともかく初期手札0は中々に厳しいものがある。

 

「その通りだ! 万全な状態ならまだしも、モンスターは0! ライフはたった300! そして手札はたった1枚!」

 

 その現実を突きつけるようにパラドックスは声高に語る。

 

 神崎が残した永続罠やリバースカードがあったとしても、そのカードが3人のデッキに効果的に作用するとは限らない。

 

「そんな状況でこの私に勝てると思っているのなら、舐めるのも大概にして貰いたいものだ!」

 

 つまり圧倒的に不利な状況化でのスタートが遊戯・十代・遊星に課せられている。神崎のデュエルを引き継ぐとはそういう意味を持つのだ。

 

 パラドックスの実力を考えれば、次のパラドックスのターンで勝負が決しかねない。

 

 その絶望的な状況の中で遊星は一歩前に歩み出る。

 

「遊戯さん……俺から行かせてください。俺は持てる力の全てを出して戦いたい……!」

 

 遊星のデッキは少ない手札でも大きく動けるカードが多いゆえの決断だったが、闇遊戯が待ったをかける。

 

「いや、神崎のデッキが不明な以上、俺がこのターンを継ごう――その次のターンからは遊星に任せるぜ」

 

 闇遊戯のデッキはよく言えば多彩、悪く言えばごちゃごちゃしている為、神崎のリバースカードがなんであれ、対応できる自信が闇遊戯にはあった。

 

「遊戯さん……」

 

 そんな闇遊戯の姿に尊敬の眼差しを向ける遊星にパラドックスの声が上から降り注ぐ。

 

「順番は決まったようだな――私はバトルフェイズを終了し、カードを3枚セット! ターンエンドだ! さぁ、この絶望的な状況をどうやって乗り切る!」

 

 パラドックスのフィールドに佇む5体の強力なドラゴンたちの姿に遊星はゆっくりとデッキに手をかける。

 

 手札のない遊星はこのドローに全てがかかっているのだから。

 

「俺の――」

 

「待ちな、遊星」

 

 しかしそんな遊星を腕で制した遊戯が一歩前に出た。

 

「遊戯さん?」

 

 疑問を見せる遊星に遊戯は宣言する。

 

「俺は――パラドックス! お前のエンドフェイズに神崎が残したリバースカードを使わせて貰うぜ!」

 

 神崎のフィールドの正体不明のカードが今、明かされる。

 

「罠カード《早すぎた帰還》!! コイツの効果で俺は手札1枚を除外し、除外されているモンスター1体を裏側守備表示で特殊召喚する!!」

 

 遊戯のはるか上空から、異次元の穴が開き、1枚のカードがヒラヒラと遊戯のフィールドに落ちる。

 

「《虹クリボー》1体を呼んだところでどうなる!」

 

 神崎のデッキには相手モンスター諸共、自身を除外するカードが多いが、今現在に除外されているカードは《虹クリボー》のみ。

 

 そんなモンスター1体でこの盤面は覆らないと嘲笑うパラドックス。

 

「遊星! 思いっきり行け!」

 

 だが遊戯は親指を立てて、遊星に後を託した。

 

「はい! 俺のターン! ドロー!!」

 

 遊戯が無意味なことはしない筈とセットされたモンスターを確認する遊星。

 

――セットされたモンスターは……これなら!

 

 そのセットモンスターにはこの状況を打開する可能性が十分にあるカードだった。

 

「俺は遊戯さんがセットしたモンスターを反転召喚!」

 

 ポンッと現れた藍色の壺から一つ目のナニカがニヤリと笑いながらパラドックスを見やる。

 

《メタモルポット》

星2 地属性 岩石族

攻 700 守 600

 

「《メタモルポット》だと? チッ、最後のドローで引いていたか」

 

 パラドックスは遊戯の動きの真意を理解する。

 

 最後の神崎の手札である《メタモルポット》を罠カード《早すぎた帰還》のコストで除外し、セットしたのだと。

 

「リバースした《メタモルポット》の効果で全てのプレイヤーは手札を全て捨て、新たに5枚のカードをドローす――」

 

 全てのプレイヤーに影響を及ぼす《メタモルポット》の効果は遊戯たち3人の手札不足を一気に解消する。

 

「だが甘い! リバースカードオープン! 3枚目の速攻魔法《禁じられた聖杯》を発動!」

 

 筈だったが、《メタモルポット》の壺に神の雫が投入される。

 

「効果により《メタモルポット》の攻撃力を400上げ、ターンの終わりまで効果を無効にする!!」

 

 壺の内部で目が染みると絶叫を上げる《メタモルポット》。これではドロー効果を発動できない。

 

「遊戯さんが繋いだ可能性を断ち切らせはしない! その効果にチェーンして速攻魔法《神秘の中華なべ》を発動!」

 

 だがその《メタモルポット》は中華なべに放り込まれ、中華なべは強火で着火。

 

「自軍フィールドのモンスター1体をリリースして、そのリリースしたモンスターの攻撃力か守備力分のライフを回復する――俺は攻撃力を選択!」

 

 神の雫を強火の熱で蒸発させながら、イイ感じに香ばしく焼かれた《メタモルポット》は天へと昇った。

 

遊戯・十代・遊星LP:300 → 1000

 

「これで速攻魔法《禁じられた聖杯》の効果を《メタモルポット》が受けることはない!」

 

 《禁じられた聖杯》の無効化の力を回避したことで《メタモルポット》の効果が適用される。

 

「くっ……《メタモルポット》の効果で手札を捨て、新たに5枚ドロー」

 

 それにより大量の手札を捨て、新たに5枚のカードを引くパラドックス。

 

 そして遊戯・十代・遊星も新たな手札5枚をドローする。これで心許なかった手札が補充された十代は感謝の言葉を漏らした。

 

「よっしゃあ! これで俺たちの手札は補充できたぜ! ありがとな、遊星!」

 

「いえ、遊戯さんのお陰です」

 

 だが遊星自身は遊戯があのタイミングで《早すぎた帰還》を発動したお陰だと謙遜するが――

 

「いや、あの状況でヤツの《禁じられた聖杯》を躱すことが出来るカードを引き当てた遊星の力があってこそだ」

 

 遊戯はパラドックスの《禁じられた聖杯》を躱すカードを引き込んだ遊星の手柄だと語る。

 

 そんな和気あいあいとする3人に対し、パラドックスは状況を示すように声を張る。

 

「だとしても其方がドローフェイズ以外でカードをドローしたことで、私は永続罠《便乗》の効果で更に2枚ドロー!!」

 

 結果としてパラドックスの手札も大きく充実したのだから、まだ逆転された訳ではないと。

 

「そして《スターダスト・ドラゴン》を失ったキミは所詮、私の敵ではない」

 

 そう、こと遊星においては彼のエースモンスター《スターダスト・ドラゴン》のカードはパラドックスの手元にあり、遊星のデッキは些か弱体化しているのだから。

 

 そのパラドックスの言葉に《Sin スターダスト》を視界に収めた遊星は悔し気に声を漏らす。

 

「くっ、よくもスターダストをこんな姿に!! 待っていてくれ、スターダスト! 今、お前を解放してやる!」

 

 だが奪われたのなら取り返せば良いと、手札の1枚のカードをデュエルディスクに差し込む遊星。

 

「俺は魔法カード《ワン・フォー・ワン》を発動! 手札のモンスター1体、《チューニング・サポーター》を捨て、デッキからレベル1のモンスター1体を特殊召喚!」

 

 中華なべを被りマフラーを巻いた寄せ集めのパーツで作られた小さなロボットが墓地行の穴に落ちていく中で頭の中華なべを開くと――

 

「来い! 龍可から託された力! チューナーモンスター、《サニー・ピクシー》!!」

 

 そこから仲間の1人に餞別として託された桃色の長髪を揺らす4枚羽根の小さな妖精がフワリと舞う。

 

《サニー・ピクシー》

星1 光属性 魔法使い族

攻 300 守 400

 

「さらにチューナーモンスター、《ジャンク・シンクロン》を召喚!」

 

 橙色のブリキのアーマーに身を包んだ眼鏡を付けた機械の戦士が両腕を広げながら、遊星の足元に着地する。

 

《ジャンク・シンクロン》

星3 闇属性 戦士族

攻1300 守 500

 

「そして召喚した《ジャンク・シンクロン》の効果! 俺の墓地のレベル2以下のモンスター1体を蘇生する! 蘇れ、《チューニング・サポーター》!!」

 

 その《ジャンク・シンクロン》の背には先程墓地に送られた中華なべを被る小さなロボットが手足を目一杯広げて、元気さをアピールしていた。

 

《チューニング・サポーター》

星1 光属性 機械族

攻 100 守 300

 

「この効果で蘇生されたモンスターの効果は無効化される! そして俺の墓地のモンスターが蘇生されたとき、手札の《ドッペル・ウォリアー》を自身の効果で特殊召喚!!」

 

 遊星の呼び声に応じ、手札から銃を持った黒い軍服に身を包んだ兵士が現れる。

 

 その背には半透明ながらも、その兵士と全く同じ姿を持つドッペルゲンガーと思しき影があった。

 

《ドッペル・ウォリアー》

星2 闇属性 戦士族

攻 800 守 800

 

「おっしゃぁ! 遊星のフィールドに一気に4体のモンスターが並んだぜ!」

 

 怒涛の連続召喚を見せる遊星に十代は感嘆の声を上げるが――

 

「俺のデッキは此処からです、十代さん!」

 

 遊星のデッキの真骨頂は此処からだった。

 

「俺はレベル2の《ドッペル・ウォリアー》にレベル3の《ジャンク・シンクロン》をチューニング!!」

 

 腰に付いたエンジン起動用のスターターを引っ張る《ジャンク・シンクロン》が3つの光の輪となり宙を舞い、《ドッペル・ウォリアー》は2つの光る星となる。

 

「集いし星が、新たな力を呼び起こす! 光さす道となれ!」

 

 やがてその3つの輪の中を通る2つの星が輝き、光が収まった先には――

 

「シンクロ召喚! いでよ、《ジャンク・ウォリアー》!!」

 

 青い装甲に身を包んだ機械仕掛けの戦士が、背中に装着されたブースターで宙に浮かびながらマントのように伸びる長い2つの白い布をはためかせていた。

 

《ジャンク・ウォリアー》

星5 闇属性 戦士族

攻2300 守1300

 

「おおー!! なんだその召喚! スゲー!!」

 

「これが俺たちの時代にある召喚法――シンクロ召喚です」

 

 自身が知らない召喚法に目を輝かせる十代に照れながら自身のフェイバリットカードの1枚の姿を誇る遊星。

 

「そしてシンクロ召喚した《ジャンク・ウォリアー》の効果が発動! そしてその効果にチェーンしてシンクロ素材となって墓地に送られた《ドッペル・ウォリアー》の効果も発動!」

 

 しかし遊星のフェイバリットカードの真価はまだまだ此処からだ。

 

「まずは《ドッペル・ウォリアー》の効果で俺のフィールドに『ドッペル・トークン』を2体、特殊召喚!!」

 

 遊星のフィールドにチョコンと現れる2体の小さな《ドッペル・ウォリアー》とも言うべきモンスタートークンが小さな銃を構えてパラドックスを威嚇する。

 

『ドッペル・トークン』×2

星1 闇属性 戦士族

攻 400 守 400

 

「そして《ジャンク・ウォリアー》の効果! このカードがシンクロ召喚した時、俺のフィールドのレベル2以下のモンスターの攻撃力の合計分、このカードの攻撃力をアップする!」

 

 そして《ジャンク・ウォリアー》がその一際強靭で太い右腕を掲げるとフィールドのモンスターの力がその身に宿っていく。

 

「パワー・オブ・フェローズ!!」

 

 2体の『ドッペル・トークン』に加え、《サニー・ピクシー》と《チューニング・サポーター》の計4体の力をその拳に蓄えた《ジャンク・ウォリアー》の攻撃力は3000ラインを超える。

 

《ジャンク・ウォリアー》

攻2300 → 攻3500

 

「まだだ! 俺はフィールドの戦士族――『ドッペル・トークン』をリリースすることで手札の《ターレット・ウォリアー》は特殊召喚できる!!」

 

 『ドッペル・トークン』の1体が飛び上がり、その背に現れた光の円にその身を沈めていく。

 

「来いっ! 《ターレット・ウォリアー》! この効果で特殊召喚したこのカードはリリースした戦士族の元々の攻撃力分、攻撃力がアップ!」

 

 やがてその光の円から身を乗り出したのは砦のような四肢を持つゴーレムのような戦士。

 

 その肩からは大砲が左右合わせて4つ伸びていた。

 

《ターレット・ウォリアー》

星5 地属性 戦士族

攻1200 守2000

攻1600

 

「そして俺はレベル1『ドッペル・トークン』とレベル1《チューニング・サポーター》! そしてレベル5の《ターレット・ウォリアー》にレベル1の《サニー・ピクシー》をチューニング!!」

 

 再びシンクロ召喚が実行され1つの光の輪に7つの光の星が通って行く。

 

「星海を切り裂く一筋の閃光よ!! 魂を震わし世界に轟け!!」

 

 やがてその合計8つの光は輝きを増していき――

 

 

 

 

「シンクロ召喚!! 《閃珖竜(せんこうりゅう)スターダスト》!!」

 

 

 その光の先から飛翔したのは《スターダスト・ドラゴン》。

 

 ではなく《スターダスト・ドラゴン》と瓜二つと言わんばかりに似た姿を持つドラゴン。

 

 だがその身体は煌く光が零れており、属性も風属性ではなく、光属性だ。

 

閃珖竜(せんこうりゅう)スターダスト》

星8 光属性 ドラゴン族

攻2500 守2000

 

「《サニー・ピクシー》が光属性のシンクロモンスターのシンクロ召喚に使用され墓地に送られた場合! 俺はライフを1000回復する!」

 

 天へと昇って行く《サニー・ピクシー》の光が遊星たちを癒していく。

 

遊戯・十代・遊星LP:1000 → 2000

 

「さらにシンクロ素材として墓地に送られた《チューニング・サポーター》の効果で俺はカードを1枚ドロー!」

 

 そして《チューニング・サポーター》から投げ渡されたカードをキャッチする遊星――手札補充も忘れない。

 

「そしてお前は永続罠《便乗》の効果で2枚ドローだ!」

 

 そうカードを引け、と語る遊星だったが、パラドックスはあり得ないものでも見たかのように驚愕に目を見開き揺らす。

 

「スターダスト……だと?」

 

 今現在《スターダスト・ドラゴン》はパラドックスの手の内にある筈だった。

 

閃珖竜(せんこうりゅう)……だと?」

 

 そんな名前のドラゴンをパラドックスは知らない。

 

 そしてパラドックスが知る本来の歴史でも、そんなドラゴンを遊星は使用しておらず存在すらしない。

 

 しかし今のパラドックスにあるのは焦燥感――歴史の歪みの大きさが想定以上だったことを目の当たりにしたゆえに、未来の状況が唯々気がかりだ。

 

 だがそんなパラドックスの事情を知らぬ十代は首を傾げる。

 

「どうしたんだ、アイツ? 様子が変だぜ?」

 

 遊星が何かおかしなことをしたようには見えなかったゆえに、十代は唯々疑問符を浮かべるばかりだ。

 

「そんなドラゴンは知らない! 本来の歴史には存在しなかった!」

 

 パラドックスは確認するように声を張る。そのカードを、《閃珖竜(せんこうりゅう)スターダスト》を認める訳にはいかないと。

 

「なら、これこそが俺たちの可能性の一つ! 決闘竜(デュエル・ドラゴン)だ! パラドックス!」

 

 だが遊星は仲間と切磋琢磨し、己の闇を受け止め手にしたこの力を誇るように語る。

 

 しかし対するパラドックスは叫ぶように返す。

 

「可能性だと? 可能性だと! 否、断じて否! そんなものは――ただの歪みだ!!」

 

 歴史の歪みをまざまざと見せつけられ、当事者である遊星がその歪みの影響を全く気にした様子もない事実。

 

 そんなものはパラドックスに、いや、イリアステルにとってあってはならない。

 

「ならその可能性の力を今、見せてやる! バトル! スターダスト! 今、解放してやる――《閃珖竜 スターダスト》! 《Sin スターダスト・ドラゴン》に攻撃!」

 

 だとしても遊星のスタンスは何も崩れない。

 

 2体のスターダストが鏡合わせのように身体を逸らし、ブレスをチャージする。

 

流星閃撃(シューティング・ブラスト)!!」

 

「相打ち狙いか!? 迎え撃て、《Sin スターダスト・ドラゴン》! シューティング・ソニック!!」

 

 互いのブレスが放たれ、ぶつかり合う。

 

 やがて逃げ場を求めるように交錯した2つのブレスはそれぞれを貫かんと突き進むが――

 

「違う! この瞬間《閃珖竜 スターダスト》の効果発動! 自分フィールドの表側表示のカード1枚を選択し、そのカードはそのターン、戦闘及び効果で1度だけ破壊されない!」

 

 《閃珖竜 スターダスト》が翼を翻すと共に発生した光がその周囲に集まっていく。

 

「俺は《閃珖竜 スターダスト》を選択! 波動音壁(ソニック・バリア)!!」

 

 そして透明なバリアと化した光の壁に《Sin スターダスト・ドラゴン》のブレスは弾かれる。

 

 だが《閃珖竜 スターダスト》のブレスは《Sin スターダスト・ドラゴン》を打ち抜きその身を砕く。

 

「くっ! 《Sin スターダスト・ドラゴン》が!!」

 

 闇が崩れるようにその身体が消えていく《Sin スターダスト》を余所に遊星は声を張る。

 

「まだだ! 《Sin 青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》を攻撃!」

 

 《ジャンク・ウォリアー》の背中のブースターが火を噴き、爆発的な加速をもたらす。

 

「叩き込め、《ジャンク・ウォリアー》! スクラップ・フィストォ!!」

 

 やがて宙で身を翻しながら振りかぶられた《ジャンク・ウォリアー》の拳が《Sin 青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》のブレスを打ち払い、その白きドラゴンの身を貫いた。

 

 その拳の衝撃が白き龍をSinの呪縛から解き放ち、余波がパラドックスを打ち据える。

 

「ぐぁああああッ!!」

 

パラドックスLP:2200 → 1700

 

「俺はバトルを終了し、カードを1枚セットしてターンエンド! どうだ、パラドックス! これが俺たちの可能性だ!!」

 

 苦悶の声を上げ、膝を突くパラドックスに遊星は力強く宣言する。

 

 これこそが可能性の力だと、パラドックスが否定したものの力だと。

 

 そんな遊星にパラドックスは小さく笑う。

 

「ククク……ハハハ……可能性だと? 確かに可能性だな!」

 

 可能性の力――そう声高に叫び、シンクロ召喚を積み重ねてきた人類が辿った末路をパラドックスは知っている。

 

 パラドックスにとって遊星の語る可能性など――

 

「滅びの未来を加速させる可能性だ!!」

 

 パラドックスが、イリアステルが味わった滅びに向かう破滅への道だと。

 

 イレギュラーな《閃珖竜 スターダスト》に動揺を見せたパラドックスだが、そのお陰かやることはより明確になった。

 

「やはりヤツは此処で確実に殺さねばならん! 私のターン、ドロー!!」

 

 神崎は確実に殺しておく必要があると。

 

――奴らのライフは多少回復した程度、問題はない!

 

 多少盤面が遊星たちの元に傾こうとも、パラドックスの場には攻撃力4000のSinモンスターがいる。

 

 その圧倒的な攻撃力の前では遊星たちの肝心要のライフは風前の灯火同然だった。

 

「バトルだ!! 《Sin サイバー・エンド・ドラゴン》! 《ジャンク・ウォリアー》を破壊しろ! エターナル・エヴォリューション・バースト!!」

 

 機械竜の3つの頭からそれぞれビーム砲が《ジャンク・ウォリアー》に迫るが――

 

「そうはさせない! 《閃珖竜 スターダスト》の効果発動! 俺は《ジャンク・ウォリアー》に1度の破壊耐性を与える!! 波動音壁(ソニック・バリア)!!」

 

 庇う様に前に出た《閃珖竜 スターダスト》の翼がそのビーム状のブレスを弾く。

 

「相手ターンでも発動が可能な効果だったか……だがダメージは受けて貰う!」

 

 だが弾かれたブレスは遊星たちの身を打ち抜いた。

 

遊戯・十代・遊星LP :2000 → 1500

 

「 「 「 ぐっ……!? 」 」 」

 

 衝撃に耐える3人のデュエリストを尻目にパラドックスは思案する。

 

――《Sin レインボー・ドラゴン》でどちらを破壊するべきか……いや、答えは始めから決まっている!

 

「《Sin レインボー・ドラゴン》! 下らぬ可能性とやらを粉砕しろ! オーバー・ザ・レインボー!!」

 

 仲間を守るべく前に出ていた《閃珖竜 スターダスト》を天を舞う《Sin レインボー・ドラゴン》の虹色のブレスが打ち抜いた。

 

「くっ、済まない! 《閃珖竜 スターダスト》!」

 

 《閃珖竜 スターダスト》を貫いたブレスが墜落するドラゴンを余所に遊星たちに向かうが――

 

「だがこれ以上のダメージは通さない! 罠カード《スピリット・フォース》! この効果で戦闘ダメージを1度だけ0に! そしてその後、墓地の戦士族チューナーを手札に加える! 《ジャンク・シンクロン》を手札に!」

 

 その虹色のブレスから仲間を守るべく墓地から《ジャンク・シンクロン》が飛び出し、その身を盾とする。

 

 やがて《ジャンク・シンクロン》は遊星の手札に向けて吹き飛ばされて行った。

 

 思う様にダメージが通らない事実に眉をひそめつつパラドックスは攻撃権が残る《Sin 真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》を見やるが――

 

「私はバトルを終了し、《Sin 真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》を守備表示に変更」

 

 バトルを終了させ、守りを固めるべく手札を見やる。

 

――存外にしぶとい……デッキの数に不安が残るか

 

 だがそうパラドックスが胸中で零すようにパラドックスのデッキは既に残り10枚を切っている。

 

 神崎を確実に叩き潰すべく永続罠《便乗》で手札を充実させ続けてきた弊害がこのタイミングで表に現れた。

 

 僅か300のライフを削るだけなら問題ないと、遊戯・十代・遊星のデュエルの引継ぎも許したが相手は伝説のデュエリストたち、如何に時代を巡り、最強のデッキを構築したパラドックスでもこのままでは分が悪い。

 

 このままなら。

 

「私は魔法カード《魔法石の採掘》を発動し、手札2枚を墓地に送って墓地の魔法カード《一時休戦》を手札に戻す――そしてすぐさま魔法カード《一時休戦》を発動!」

 

 2枚の手札が宝石のように砕け、墓地から1枚のカードが舞い戻り、再び発動される。

 

「チェーンしてリバースカード《貪欲な瓶》を発動! 墓地のカードを5枚デッキに戻し、1枚ドローする!」

 

 だがそれと合わせて宝石類で欲深き顔を象った壺が5枚のカードを呑み込み――

 

「さらにチェーンしてセットしておいた速攻魔法《非常食》を発動! 今発動した魔法カード《一時休戦》と罠カード《貪欲な瓶》と永続罠《便乗》を墓地に送り、その枚数×1000のライフ――3000のライフを回復する」

 

 最後とばかりに上述の2枚を合わせた3枚のカードを缶詰へと変えた。

 

 やがて光の粒子となって消えた缶詰がパラドックスのライフを癒し、

 

パラドックスLP:1700 → 4700

 

「チェーンの逆処理によって次に《貪欲な瓶》の効果が! 次に《一時休戦》の効果が適用され、全てのプレイヤーはカードを1枚ドローし、次のターンのエンドフェイズまであらゆるダメージを受けない」

 

 墓地のカードをデッキに戻し、デッキを充実させるパラドックス。そこに次のターンの布石も忘れない。

 

「カードを3枚セットし、ターンエンドだ」

 

 そして多めの手札を残してターンを終えた。その次のターンプレイヤーは遊城 十代。

 

「よっしゃあ! 俺のターンだな! 俺のヒーローデッキの力を見せてやる! ドロー!」

 

 諸々のやり取りで充実した手札から十代は楽し気に1枚のカードをかざす。

 

「よし! 早速行くぜ! 俺は魔法カード《融合》を発動!」

 

 遊星の真骨頂が「シンクロ召喚」にあるのなら、十代の真骨頂は「融合召喚」にこそある。

 

「手札の《E・HERO(エレメンタルヒーロー) フェザーマン》と《E・HERO(エレメンタルヒーロー) バーストレディ》を手札融合!」

 

 十代の目の前で白い羽を広げる緑の体毛に覆われた風の力を持ちし鳥人のようなヒーローと、

 

 赤と白のライダースーツを纏い、黄金のヘルムから伸びる黒い長髪をなびかせる女ヒーローが渦の中に飛び込みその力を合わせる。

 

「融合召喚! 来いっ! マイフェイバリット HERO(ヒーロー)! 《E・HERO(エレメンタルヒーロー) フレイム・ウィングマン》!!」

 

 渦の中から現れたのは赤い竜の頭の右腕と赤い竜の尾を持つ緑と黒の身体を持ったヒーロー。

 

 その左肩から伸びる白い鳥のような片翼を広げながら、右腕の竜の顎をパラドックスへと向けた。

 

E・HERO(エレメンタルヒーロー) フレイム・ウィングマン》

星6 風属性 戦士族

攻2100 守1200

 

「ほう、《E・HERO(エレメンタルヒーロー) フレイム・ウィングマン》とは――」

 

 そんな《E・HERO(エレメンタルヒーロー) フレイム・ウィングマン》の姿に何処か侮るような視線を向けるパラドックス。

 

 それもその筈――

 

「遊城 十代。キミの切り札たる《E・HERO(エレメンタルヒーロー) ネオス》を使わないとは――私も随分と舐められたものだ」

 

 歴史に轟く、遊城 十代の代名詞たる最強のヒーロー《E・HERO(エレメンタルヒーロー) ネオス》を使わないプレイングなど、パラドックスからすれば出し惜しみ以外のなにものでもない。

 

 自身の最強を誇るSinドラゴンたちを前に、そんな気の抜けたプレイングを見せる十代の姿にパラドックスは不満気だった。

 

 そんなパラドックスの挑発染みた言葉に十代は――

 

「へっ、俺は出し惜しみなんてしちゃいない! いつだって全力全開だ! だけど1つだけ言わせて貰うぜ!」

 

 ことデュエルにおいて手加減・手抜きなど生まれてこのかたしたことがないと。

 

「どうした? 今更プレイミスだとでも言うつもりか?」

 

 そしてパラドックスに向けて宣言するように返そうと口を開く十代にパラドックスは冗談交じりの言葉をかけつつ小さく笑うが――

 

 

 

 

 

「『ねおす』って何だ!!」

 

 

 

 キリッとした顔の十代から発された爆弾発言にパラドックスはその発言を一拍置いた後に理解し、その瞳は驚愕で見開かれる。

 

「……? ……!? な、なにを言っている! 『ネオスペーシアン』と力を合わせ、多用な力を発揮するキミの切り札だろう!?」

 

 そう、そうなのだ。

 

 パラドックスの知る歴史では遊城 十代は《E・HERO(エレメンタルヒーロー) フレイム・ウィングマン》も使用していたが――

 

 十代の切り札の座は《E・HERO(エレメンタルヒーロー) ネオス》が有していた。

 

 宇宙にて正しき闇の波動を受けた新たなヒーロー。それが《E・HERO(エレメンタルヒーロー) ネオス》。

 

 そしてキモイルカ――もといイルカ頭と筋肉質な身体を持つ二足歩行の宇宙人こと《N(ネオスペーシアン)・アクア・ドルフィン》を含めた『ネオスペーシアン』たち。

 

 そんな『ネオスペーシアン』たちと《E・HERO(エレメンタルヒーロー) ネオス》で行う特殊な融合――『コンタクト融合』を駆使して十代は数多の敵を倒し、世界を救ってきたのだ。

 

 

 そんな相棒と呼ぶべきカードたちを知らない等あり得ない筈だと、頭でも打ったのかと、嘘だと言ってくれとワナワナと震えるパラドックス。

 

「ねおすぺーしあん?」

 

 しかし十代はパラドックスの期待を打ち破り、首を傾げる――「聞いたこともない」といった様相だ。

 

「馬鹿な!? 何故!?」

 

 想定を遥かに超えたレベルで歴史が歪みまくっている事態にパラドックスは頭をかかえるが、十代の背後にて事の成り行きを見守っていたユベルが「あっ」とばかりに手を叩く。

 

 何か思い出したらしい。

 

『どこかで聞いた名前だね……あっ! 十代、君が小さかった頃にデザインコンテストに出したカードじゃなかったかい?』

 

 そう、《E・HERO(エレメンタルヒーロー) ネオス》は幼少時の十代の純粋な想いがインスピレーションとなって引き寄せた正義の化身。

 

 その事実はパラドックスも良く知る本来の歴史のもの――その瞳に希望が宿る。

 

「えっ!? あれってカード化されてるのか!?」

 

 だが十代はまたもその希望を神回避――ズレている。圧倒的なまでにズレている。

 

「キミが使っていたカードだろう!!」

 

 堪らず絶叫するように声を張るパラドックス――もう止めて! 彼の胃のライフは0よ!

 

「そうなのか!?」

 

『アイツは未来から来たって言っていたし、未来の君が使っているんじゃないのかな?』

 

「おお! そういうことかよ! く~! 未来が楽しみだぜ!」

 

 当事者であるにも関わらず、完全に他人事な十代にユベルが提示した「未来の可能性」ではとの仮説に期待を膨らませる十代。

 

 新しいヒーローとの巡り合いに心を躍らせる。

 

 だが違うのだ!

 

「違う! キミがアカデミアに在学中に『光の結社』と戦う際に手にした力だろう!!」

 

 パラドックスが知る十代はデュエルを学ぶ学園――デュエルアカデミアにて起こったある事件に立ち向かう際に手にしたカードであると叫ぶ。

 

 つまり既に社会人として様々な場所に飛び回っている十代は《E・HERO(エレメンタルヒーロー) ネオス》を手にしていなければならないのだ。

 

「光の……なに?」

 

 しかし十代は全く記憶にない模様――「アカデミアでそんなことがあっただろうか?」と記憶を巡らせていたが、思い当たる節はやはりないようだ。

 

「遊城 十代! キミはアカデミアを卒業したんだろうな!?」

 

「卒業したぜ! 主席は逃しちまったけどな!」

 

 十代は座学が苦手だったことを思い出したパラドックスが「まさか退学になったのでは?」と心配するが、十代は「主席」を争っていた旨を明かす――座学もイケる口らしい。

 

「どういうことだ……歴史が……このままでは……」

 

 パラドックスの知る本来の歴史に何一つ沿っていない現実にその明晰な頭脳は悲鳴を上げるが――

 

「どうしたんだ、アイツ?」

 

『うーん、よく分からないけど……彼の知る未来とボクたちが過ごした日々はかなり違うようだね』

 

 当事者である十代やユベルは逆に心配そうにパラドックスを見上げていた――いや、キミらが悩みの原因ッ!

 

 やがて深呼吸し、落ち着きを見せたパラドックスは頭を振る。

 

「……だが! 《E・HERO(エレメンタルヒーロー) ネオス》を持たないキミなど私の敵ではない!」

 

 そう、逆に十代が弱くなったのなら脅威度は下がると――十代たちを下した後で、神崎を殺せばオールOKだと。

 

 しかし十代はその言葉に眉を上げる。

 

「そいつはどうかな? 『ねおす』ってカードがどんなにスゲェカードなのかは知らねぇけど、俺がアカデミアの仲間たちとぶつかり合って、助け合って組み上げたデッキは――」

 

 十代とて、今の己のデッキがパラドックスの言うデッキと違うことは分かったが、だからと言って仲間たちと切磋琢磨した結晶である(デッキ)が――

 

「最高のデッキだぜ!!」

 

 劣っているとは言わせないと。

 

『そうさ。ボクの十代を舐めないで貰いたいね』

 

 ユベルも十代と共に数々のデュエルを戦い抜いてきた自負に胸を張る。

 

「俺は《E・HERO(エレメンタルヒーロー) スパークマン》を召喚!」

 

 そんな十代の闘志に応えるように青いライダースーツに黄金の装甲と背中の機械翼を持った水色のバイザーで顔を覆ったヒーローが降り立つ。

 

 その掌の水晶からは滾る闘志のようにイカヅチが迸っていた。

 

E・HERO(エレメンタルヒーロー) スパークマン》

星4 光属性 戦士族

攻1600 守1400

 

「そして装備魔法《スパークガン》を《E・HERO(エレメンタルヒーロー) スパークマン》に装備だ!」

 

 横に振り上げた《E・HERO(エレメンタルヒーロー) スパークマン》の右腕に特殊な突撃銃が握られ、突撃銃から伸びたケーブルがその腕に接続される。

 

「コイツはスパークマン専用の装備魔法! その効果で3回までモンスターの表示形式を変更できる! でも3回効果を使ったら破壊されちまうけどな!」

 

 その突撃銃、《スパークガン》からの銃口からはイカヅチが小さくスパークする。《E・HERO(エレメンタルヒーロー) スパークマン》の掌から漏れ出るイカヅチを利用しているようだ。

 

「ッ! キミの狙いは――」

 

「おうよ! 《Sin サイバー・エンド・ドラゴン》と《Sin レインボー・ドラゴン》には守備表示になって貰うぜ!」

 

 《E・HERO(エレメンタルヒーロー) スパークマン》が《スパークガン》を空に浮かぶ2体のドラゴンに向けて構え――

 

「やれっ! スパークマン! ツイン・スパークショット!!」

 

 イカヅチの弾丸が2発放たれた。

 

 回避しようと宙を舞う2体のドラゴンだが、イカヅチの弾丸は対象に近づいた瞬間にスパークして弾け、2体のドラゴンたちの身体に痺れを与え、動きを鈍らせる。

 

《Sin サイバー・エンド・ドラゴン》

攻4000 → 守2800

 

《Sin レインボー・ドラゴン》

攻4000 → 守 0

 

 如何に攻撃力が4000あろうとも、守備力はそこまでの高さとは限らない。

 

「上手いぞ、十代! これなら!」

 

 遊戯の声援に背を押されながら十代は《Sin レインボー・ドラゴン》を指出す。

 

「行っくぜー! バトルだ! まずはスパークマンで《Sin レインボー・ドラゴン》を攻撃! スパークフラッシュ!!」

 

 跳躍した《E・HERO(エレメンタルヒーロー) スパークマン》が《スパークガン》を持たない左手の掌からイカヅチが放たれ、動きの鈍った《Sin レインボー・ドラゴン》の仮面を砕く。

 

 Sinの呪縛から解き放たれた宝玉のドラゴンは光の粒子となって消えていった。

 

「くっ! 守備力の低さを狙い打たれたか!!」

 

「ヨハンのカードはお前じゃ使いこなせやしないぜ!」

 

 想定外の十代の攻勢の衝撃に腕を盾にしながら耐えるパラドックスに十代は仲間のカードを1体解放出来た事実に笑みを浮かべる。

 

 だがまだ十代の攻撃は止まらない。

 

「次だ! 頼むぜ、フレイム・ウィングマン! 城之内さんのカードを解放してやってくれ! 《Sin 真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》を攻撃!!」

 

 天高く跳躍した《E・HERO(エレメンタルヒーロー) フレイム・ウィングマン》の右腕の竜の顎から漏れ出る炎に身体全体が包み込まれて行き――

 

「フレイム・シュート!!」

 

 宙で身を翻し、龍の顎を《Sin 真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》の仮面に貫く、《E・HERO(エレメンタルヒーロー) フレイム・ウィングマン》。

 

 砕けた仮面と共に、《Sin 真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》は炎に包まれ、その身を散らしていくが――

 

「フレイム・ウィングマンが戦闘でモンスターを破壊し、墓地に送った場合! そのモンスターの元々の攻撃力分のダメージを相手に与える!」

 

 その《Sin 真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》の炎が《E・HERO(エレメンタルヒーロー) フレイム・ウィングマン》の竜の顎に吸い込まれ、やがて炎の弾丸がパラドックスに向けて放たれた。

 

 だがその炎は透明な壁に阻まれ、パラドックスには届かない。

 

「――けど、《一時休戦》の効果でダメージはないけどな! やっぱ、ライフが上手く削れねぇな……」

 

 そう残念そうに零しながら落ち込んだように頭をかく十代だが、闇遊戯が声を張る。

 

「いや、気を落とすことはないぜ、十代! ヤツの発動した魔法カード《一時休戦》のドロー効果は俺たち全員に及ぶ――お陰で手札が潤った!」

 

「なら良かったです、遊戯さん!」

 

 2人以上でのバトルロイヤル特有のルールの特性からアドバンテージを稼げたとの闇遊戯の声に十代は伝説のデュエルキングに褒められたことが嬉しいのか照れたように笑う十代。

 

「じゃぁ最後は遊星のモンスターの力を借りるぜ! コイツはカイザーの分だ!」

 

 そしてもっと良いとこを見せようとばかりに遊星と、そのモンスターへと声をかける。

 

「叩き込め! 《ジャンク・ウォリアー》! 《Sin サイバー・エンド・ドラゴン》に攻撃! スクラップ・フィストォ!!」

 

 身体を丸めて守りを固める《Sin サイバー・エンド・ドラゴン》の巨体をブースターで加速した《ジャンク・ウォリアー》の拳が打ち据え、吹き飛ばす。

 

 やがてパラドックスの横を通り過ぎ壁に叩きつけられた《Sin サイバー・エンド・ドラゴン》の身体は砕けるように消えていった。

 

「よっしゃ! これでお前を守るモンスターは0だ!」

 

「しかし、これ以上の攻撃は出来まい!」

 

 十代の宣言に強気な言葉で返すパラドックスだが、その胸中には不安が残る。

 

――くっ、神崎との一戦でカウンター罠を使い過ぎたか……

 

 神崎を相手にする際にかなりの数のカウンター罠を使ったゆえに十代たちの妨害が上手く行えないと。

 

 だがそんなパラドックスの胸中も気にした様子がない十代は、このデュエルを楽しむように笑みを浮かべながらデュエルを続行する。

 

「だよな! 俺はバトルを終了して、装備魔法《スパークガン》の最後の弾丸を放つぜ! 《E・HERO(エレメンタルヒーロー) フレイム・ウィングマン》を守備表示に!」

 

 最後の弾丸を味方に向けて放った《E・HERO(エレメンタルヒーロー) スパークマン》。

 

E・HERO(エレメンタルヒーロー) フレイム・ウィングマン》

攻2100 → 守1200

 

 腕を交差し、膝を突いてしゃがむ《E・HERO(エレメンタルヒーロー) フレイム・ウィングマン》に対し――

 

「3回効果を使った装備魔法《スパークガン》は破壊されるぜ」

 

 《E・HERO(エレメンタルヒーロー) スパークマン》の腕の《スパークガン》が役目を終えたとばかりに爆発する。

 

「そして俺は魔法カード《一時休戦》を発動! 全てのプレイヤーはカードを1枚ドローして、次のターンのエンドフェイズまでお互いはあらゆるダメージを受けない!」

 

 そんな間近で起こった小さな爆発に顔を腕で覆う《E・HERO(エレメンタルヒーロー) スパークマン》を余所に新たにカードを引く十代。

 

 そのドローは全てのプレイヤーにも適応される。

 

「おっ、ラッキー! 魔法カード《マジック・プランター》を発動! 表側表示の永続罠《死力のタッグ・チェンジ》を墓地に送って2枚ドロー!」

 

 引いたカードがドローを追加させるカードだったことから喜色の声を上げつつ、神崎の残した永続罠を墓地に送って手札を充実させる十代。

 

「さらに魔法カード《貪欲な壺》を発動! 墓地のカードを5枚デッキに戻して、新たに2枚ドローするぜ! 俺は墓地の――」

 

 またまたドローを加速させるカードを引き当てた十代――どんなドロー力してんだ。

 

 やがて宝石をちりばめて強欲な顔をデザインされた壺に投入する5枚のカードを墓地から選ぼうとした十代だが、ふとその手が止まる。

 

「墓地にこんなにモンスターが……ずっと戦ってたんだな……」

 

 その墓地に眠る散っていった数多のヒーローたち(戦士族)の姿に十代は神崎とパラドックスのデュエルが熾烈を極めていたことを感じる。

 

 なお、その実態は一方的に神崎がボコられていただけだが。

 

「墓地の《D(ディー). D(ディー).アサイラント》・《荒野の女戦士》・《黒き森のウィッチ》・《H(ヒロイック)C(チャレンジャー)サウザンド・ブレード》・《メタモルポット》の5枚のカードをデッキに戻して2枚ドロー!」

 

 やがて5体のカードがしんみりとした顔の《貪欲な壺》に吸い込まれて行き、新たな2枚のカードとなる。

 

「永続魔法《ブランチ》と同じく永続魔法《未来融合-フューチャー・フュージョン》を発動! 最後にカードを2枚セットしてターンエンド!」

 

 どちらも融合モンスターに関係する永続魔法の布陣を敷き、2枚のセットカードで備えた十代は気合の籠った声でパラドックスに返す。

 

「どうだ、パラドックス! 俺のヒーローたちの力は!」

 

 これでパラドックスのフィールドのSinモンスターは全滅。

 

 仲間のカードは全て解放したと宣言する十代だが、対するパラドックスの余裕は崩れず、その顔には不敵な笑みが浮かんでいた。

 

 






E・HERO(エレメンタルヒーロー) ネオス「十代! 十ゥ代ィ!! じゅうぅだァアアァアアアいィッ!!」

N(ネオスペーシアン)・アクア・ドルフィン「十代! ワクワクを――えっ? 僕のことを知らない? えっ?」


閃珖竜(せんこうりゅう)スターダスト「デッキからハブられるとは……かわいそうに」


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第136話 罪ヲ背負イシ者



パラドックスVS 遊戯・十代・遊星 戦――中編です。



前回のあらすじ
E・HERO(エレメンタルヒーロー) ネオス》……貴方はもう過労死しそうになるまで頑張らなくていいの……


後のことは《ユベル》と《E・HERO(エレメンタルヒーロー) フレイム・ウィングマン》に任せて
N(ネオスペーシアン)・アクア・ドルフィン》たちとゆっくりとお休みなさい……




――永遠にねぇ!!



 

 

 がら空きになったフィールドを眺めつつパラドックスは過去、いや、未来に想いをはせる。

 

 

 イリアステルの本拠地であるアーククレイドルにて瞳を閉じるZ-ONEを視界に捉えたパラドックスは年齢ゆえにガタがき始めた身体でZ-ONEに近づく。

 

「どうした、Z-ONE? なにをしている?」

 

 そのパラドックスの老いを感じさせるしゃがれた声にZ-ONEは瞳を開いて返す。

 

「犠牲にしてしまった者たちへの『祈り』でしょうか……いや、ただの自己満足ですね」

 

 Z-ONEは今現在の滅びた世界を救うべく歴史改変を行った結果、死んだ人間へと想いを馳せていた。

 

 直接的ではないとはいえ、手を汚した側が何をしているのだろうとZ-ONEは自嘲気に息を吐く。

 

「だが歴史改変の結果、この滅亡した未来に僅かだが改善が見られる。彼らの犠牲は無駄ではない――この方法に問題はない筈だ」

 

「問題のない犠牲など存在するのでしょうか?」

 

 しかし歴史改変の成果は着実に出ていると返したパラドックスにZ-ONEは視線を合わせる。その瞳には何処か濁った色が見え始めていた。

 

「迷っているのか、Z-ONE?」

 

「いえ、迷いは最初の歴史改変の犠牲の際に振り切りました」

 

 心配気にZ-ONEの様子を窺うパラドックスにZ-ONEは小さく首を振り、やがて崩壊した世界へと視線を移しながら続ける。

 

「きっと、私はこの滅亡した未来を救った時、その時は歴史を歪めた大罪人として処されるのでしょう」

 

「だとしても我々が足掻かねばこのまま世界が滅ぶだけだ」

 

「そうですね……ですが例え、良き未来をもたらす為であっても過去の改変を許容すれば、悪用を始める人間が生まれることは必至」

 

 真っ直ぐに現実を見やるパラドックスの言葉にZ-ONEは話を変えるように「歴史改変」の危険性を上げていく。

 

 

「全てが終わった暁に我々の元に残るのはその罪科だけです」

 

 

 やがてZ-ONEが零した言葉はイリアステルという存在が「悪」ではないかという証明――血に塗れた手で救われた未来を掴んだとしてもZ-ONEに、彼らに未来はない。

 

 

 何処かZ-ONEはパラドックスたちを計画から遠ざけようとしているようにも感じられる。

 

 しかしパラドックスはなおのこと、と一歩前に出て返す。

 

「フッ、安心しろZ-ONE。例えどれ程の大罪であっても私たちで背負っていけばいい――私も含め、アポリアも、アンチノミーもそこまで軟ではない」

 

「――頼もしい限りですね」

 

 Z-ONEの憂いに「当時」のパラドックスはそう返した。自分たちの末路が地獄であっても4人でならきっと乗り越えていける、と。

 

 

 だが当の本人であるパラドックスはZ-ONEを置いてこの世を去った。

 

 時間移動すら可能にするイリアステルの科学力でも人の身に流れる時を留めておくことは出来ない。

 

 アポリアも、アンチノミーも、Z-ONEを置いてこの世を去ってしまった。

 

 全ての重責をZ-ONEに背負わせたまま。

 

 

 ゆえに冥府から機械の身体で全盛期の状態で舞い戻ったパラドックスはもう二度と、約束を違えないと誓う。

 

 

 

 やがて意識をデュエルに引き戻したパラドックスはフィールドにモンスターがいなくなった状況など気にした様子もなく不敵に笑い、デッキに手をかける。

 

「フッ、Sin化したモンスターを退けたか……ならばキミたちには私の真なる力をお見せしよう! 私のターン、ドロォオオオ!!」

 

 パラドックスの扱うSinモンスターたちは彼があらゆる時代から集めたカードをSin化させたものだ。

 

 だが「Sin」とはそもそも何なのか――それをこのターンでパラドックスは披露すべくカードを発動させる。

 

「まずは魔法カード《マジック・プランター》を発動! こいつはもう必要ない――永続罠《スキルドレイン》を墓地に送り、2枚ドロー!」

 

 Sinモンスターを複数並べる上で必要不可欠な《スキルドレイン》を捨てるパラドックス。

 

「此処でリバースカード発動! 2枚目の罠カード《貪欲な瓶》を発動! 墓地のカードを5枚デッキに戻し、1枚ドローする!」

 

 さらに瓶に5枚のカードを詰め、必要なカードをデッキに戻し――

 

「さらに速攻魔法《大慾な壺》を発動! 除外されたカードを3枚デッキに戻し、1枚ドローする――除外された《スターダスト・ドラゴン》・《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》・《レインボー・ドラゴン》をデッキに戻し、1枚ドロー!」

 

 壺の効果のドローで手札に引ききる。

 

 ここぞとばかりに手札を増やすパラドックスの姿が、嵐の前の静けさのように感じられた。

 

「魔法カード《暗黒界の取引》を発動。全てのプレイヤーはカードを1枚ドローし、手札を1枚捨てる!」

 

 最後に手札の質を高めるべくカードを使うが、引いたカードにパラドックスの動きが止まった。

 

――此処でこのカードか……

 

 引いたカードをそのまま捨てたパラドックスは目を見開き高らかに宣言する。

 

「そして魔法カード《死者転生》を発動! 手札を1枚墓地に送り、墓地のモンスター1体、《Sin 真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》を手札に戻す!」

 

 パラドックスの手札に引き寄せられるSinに囚われた黒き竜。

 

 これで再び《Sin 真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》の特殊召喚条件を満たしたが――

 

「準備は整った――私はチューナーモンスター、《Sin(シン) パラレルギア》を召喚!」

 

 パラドックスの狙いは別にある。

 

 黄土色の歯車の頭と棒状の手足を持つ今までのSinドラゴンとは一線を画すモンスターがパラドックスの元に降り立った。

 

Sin(シン) パラレルギア》

星2 闇属性 機械族

攻 0 守 0

 

「チューナーだと!?」

 

「――ってことは遊星みたいにシンクロ召喚ってヤツをするのか!?」

 

 闇遊戯と十代がパラドックスの狙いに気付くが――

 

「さらに私は墓地の罠カード《妖怪のいたずら》を除外し、効果発動! フィールドのモンスター1体のレベルを1つ下げる! 《Sin パラレルギア》のレベルをダウン!」

 

 着物の女性に小突かれ、頭の歯車の回転が鈍って行く《Sin パラレルギア》。

 

《Sin パラレルギア》

星2 → 星1

 

「だがシンクロ召喚にはフィールドにチューナー以外のモンスターが必要な筈だ!!」

 

 遊星の言う通り基本的にシンクロ召喚はフィールドのモンスターを素材として行う召喚法である。

 

 しかしいつの世にも例外はある。

 

「私のデッキにそんな常識は通用しない! 《Sin パラレルギア》を素材にシンクロ召喚とするとき、手札の『Sinモンスター』1体を素材とする!!」

 

「手札のモンスターをシンクロ素材にするだと!?」

 

 そんなトリッキーなシンクロ方法に驚愕の面持ちを見せる遊星を余所にパラドックスは宣言する。

 

「私は手札のレベル7《Sin 真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》に、フィールドのレベル1となった《Sin パラレルギア》をチューニング!!」

 

 1つの光の輪を7つの星が潜り抜けていき――

 

「感動の再会と行こうじゃないか――シンクロ召喚!! 飛翔せよ! 《スターダスト・ドラゴン》!!」

 

 星屑のきらめきと共に翼を羽ばたかせるのは遊星の相棒たるカード、《スターダスト・ドラゴン》。

 

 その白と水色の身体を宙を舞わせ、悲しむようにいななく。

 

《スターダスト・ドラゴン》

星8 風属性 ドラゴン族

攻2500 守2000

 

「俺の《スターダスト・ドラゴン》をッ!!」

 

「まだ終わらんよ、此処からが本番だ! 魔法カード《死者蘇生》を発動! 蘇れ、《Sin パラレルギア》!」

 

 沈痛な面持ちの遊星を余所に再びパラドックスの元に舞い戻る《Sin パラレルギア》はやる気を漲らせるように頭のギアを回す。

 

《Sin パラレルギア》

星2 闇属性 機械族

攻 0 守 0

 

「そして手札の2枚目のレベル8《Sin 青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》に、フィールドのレベル2の《Sin パラレルギア》をチューニング!!」

 

 やがて2つの光の輪となった《Sin パラレルギア》を8つの星が潜り抜けていき、眩いばかりの光を放つ。

 

「次元の裂け目から生まれし闇よ! 時を越えた舞台に破滅の幕を引け!」

 

 やがて光から伸びるのは巨大な白い骨格を持った大きな黒い翼。

 

「シンクロ召喚! 《Sin(シン) パラドクス・ドラゴン》!」

 

 やがて獅子のようなたてがみを持つ灰色の龍の顎が唸り声をあげながら巨大な翼を羽ばたかせ、突風を起こす。

 

Sin(シン) パラドクス・ドラゴン》――パラドックスと似た「パラドクス」の名を持つ魔龍。

 

 これこそがパラドックスのSinの力の象徴。Sinの力の根源。

 

Sin(シン) パラドクス・ドラゴン》

星10 闇属性 ドラゴン族

攻4000 守4000

 

 その圧倒的な威圧感に3人は声を失うが――

 

「『パラドクス』――つまりこのカードこそパラドックスのエースモンスター……」

 

 そう評する闇遊戯の言葉が全てを物語っていた。

 

 そんな中、パラドックスは遊星を指さし、声を張る。

 

「不動 遊星――キミの言う可能性など破滅の未来の前では塵芥に等しいことを教えてやろう!」

 

 更なる絶望を味わわせてやろうと。

 

 そのパラドックスの意思に呼応するように《Sin(シン) パラドクス・ドラゴン》が咆哮を上げ空気を震わせる。

 

「シンクロ召喚に成功した《Sin(シン) パラドクス・ドラゴン》の効果発動! 自分または相手の墓地のシンクロモンスター1体を私のフィールドに特殊召喚する!」

 

 やがて足元に広がった影のような丸い円に《Sin(シン) パラドクス・ドラゴン》はその尾を差し込み――

 

「可能性とやらを従えろ! 《Sin(シン) パラドクス・ドラゴン》! 《閃珖竜(せんこうりゅう)スターダスト》を私のフィールドに特殊召喚!!」

 

 尾で絡めとった墓地のドラゴンがパラドックスのフィールドに引き摺り出された。

 

 そのドラゴンは《スターダスト・ドラゴン》と瓜二つの遊星が示した「可能性」こと《閃珖竜(せんこうりゅう)スターダスト》。

 

閃珖竜(せんこうりゅう)スターダスト》

星8 光属性 ドラゴン族

攻2500 守2000

 

「《閃珖竜(せんこうりゅう)スターダスト》まで……!!」

 

 自身のドラゴンが2体も奪われたことに悔しさのあまり拳を握る遊星。

 

 だがパラドックスの猛攻は止まらない。

 

「そして此処で速攻魔法《サイクロン》を発動! 永続罠《暴君の威圧》を破壊! これでキミたちのモンスターは私の罠カードから逃れることは出来ない!」

 

 一陣の竜巻が遊星たちを守っていた神崎の残したカードを破壊する。

 

 それによりパラドックスの放つ罠カードから3人のモンスターが逃れる術は失われた。

 

「さらに永続罠《召喚制限(しょうかんせいげん)猛突(もうとつ)するモンスター》を発動! これで特殊召喚されたモンスターは全て攻撃表示となり、必ずバトルしなければならない! これで容易く壁となる守備表示モンスターを揃えることは叶わん!」

 

 特殊召喚しなければその効果を躱すことが出来るが、パラドックスを相手にモンスターの展開を押さえる行為はハイリスクだ。

 

「さぁ、バトルと行こう! 《Sin パラドクス・ドラゴン》! 《ジャンク・ウォリアー》を破壊しろ!!」

 

 《Sin パラドクス・ドラゴン》から放たれたブレスに拳をぶつけ合わせて耐える《ジャンク・ウォリアー》。

 

 だが僅かな攻撃力の差にジリジリと追い込まれて行き、耐えられないと悟った《ジャンク・ウォリアー》は己が身を盾に3人への衝撃を最小限に抑えた。

 

「だが《一時休戦》の効果でダメージはない! 済まねぇ、遊星! お前のモンスターを守れなかった!!」

 

「気にしないでください、十代さん!」

 

 仲間のモンスターを守れなかったことを悔やむ十代だが守るべき相手を守り通した《ジャンク・ウォリアー》を誇るように遊星は返す。

 

 しかしそんな友情を崩すかのようにパラドックスの追撃が迫る。

 

「いつまでその余裕が続くかな? 《スターダスト・ドラゴン》! 《E・HERO(エレメンタルヒーロー) フレイム・ウィングマン》を攻撃! シューティング・ソニック!!」

 

 それは奪われた仲間のドラゴンによって放たれる裏切りのブレス。

 

 そのブレスに対し、右腕の竜の顎から炎を噴き出し対抗する《E・HERO(エレメンタルヒーロー) フレイム・ウィングマン》だったが、最後は力負けしたように消し飛ばされた。

 

 しかしヒーローが倒れようとも、その意思は受け継がれる。

 

「融合召喚された《E・HERO(エレメンタルヒーロー) フレイム・ウィングマン》が破壊されたことで永続魔法《ブランチ》の効果が発動するぜ!」

 

 散っていった《E・HERO(エレメンタルヒーロー) フレイム・ウィングマン》の素材――力となっていたヒーローが地上に影を落としながら空より舞い降りる。

 

「《E・HERO(エレメンタルヒーロー) フレイム・ウィングマン》の融合素材となったモンスター1体を復活させる! 甦れ! 《E・HERO(エレメンタルヒーロー) フェザーマン》!!」

 

 その正体は緑の体躯を持つ鳥の翼が生えた風のヒーロー。腕に装着された鳥の爪のような武器を前方に突き出し、臨戦態勢を取った。

 

E・HERO(エレメンタルヒーロー) フェザーマン》

星3 風属性 戦士族

攻1000 守1000

 

「まだだ! さらに罠カード《ヒーロー・シグナル》も発動! コイツは俺のモンスターが戦闘で破壊され、墓地に送られた時に手札・デッキからレベル4以下の『 E・HERO(エレメンタルヒーロー)』を特殊召喚する!」

 

 更にヒーローが敗れるピンチとなれば新たなヒーローが助けに来るのがお約束とばかりに空に浮かぶ「 E 」の文字から飛び立つ影が1つ。

 

「頼むぜ! 《E・HERO(エレメンタルヒーロー) バブルマン》!!」

 

 深い青のヒーロースーツに水色のアーマーを付け、水の入ったタンクを2つ背負った水を操るヒーローが、腕に装着された発射口を天に掲げつつ降り立つ。

 

E・HERO(エレメンタルヒーロー) バブルマン》

星4 水属性 戦士族

攻 800 守1200

 

 パラドックスの永続罠《召喚制限-猛突(もうとつ)するモンスター》の存在から攻撃表示で呼び出された新たな2体のヒーロー。

 

 これで十代のフィールドにはヒーローが3体。数の上ではパラドックスのモンスターと互角。

 

「壁モンスターを増やしたか……だが大した攻撃力ではない! 《閃珖竜(せんこうりゅう)スターダスト》でスパークマンを攻撃! 流星閃撃(シューティング・ブラスト)!!」

 

 《E・HERO(エレメンタルヒーロー) スパークマン》目掛けて発射される星屑のブレスに掌からイカズチを出して対抗するが、ブレスの勢いが収まる気配など無い。

 

 そしてブレスの渦に呑まれ苦悶の声を上げる《E・HERO(エレメンタルヒーロー) スパークマン》。

 

 だがその《E・HERO(エレメンタルヒーロー) スパークマン》の背を支えるものがいた。

 

「俺は速攻魔法《瞬間融合》を発動! 今、この瞬間に俺は自分フィールドのモンスターで融合召喚を行う!!」

 

 それは《E・HERO(エレメンタルヒーロー) フェザーマン》と《E・HERO(エレメンタルヒーロー) バブルマン》の姿。

 

 そこには互いの苦楽を共に分かち合うヒーローの結束があった。

 

「フェザーマン! バブルマン! スパークマンの3体でトリプル融合!!」

 

 やがてその結束はヒーローに新たな力をもたらす。輝きと共に3体のヒーローの力が1つに結集していき――

 

「風を呼び! 雨を呼び! 雷を呼ぶ暴風となれ! 《E・HERO(エレメンタルヒーロー) テンペスター》!!」

 

 星屑のブレスを打ち消しながら飛翔する青い影は緑の鳥の翼をその背に広げる新たなヒーローの勇姿。

 

 その左腕には手甲に付けられた鍵爪が光り、右腕には腕と一体化した巨大な銃が音を立て、エネルギーを充填し、目元を隠すバイザーが煌く。

 

E・HERO(エレメンタルヒーロー) テンペスター》

星8 風属性 戦士族

攻2800 守2800

 

「此処に来てテンペスターだと!?」

 

「さらに、お前のモンスターはお前自身が発動した永続罠《召喚制限-猛突(もうとつ)するモンスター》で攻撃しなきゃならいないぜ!」

 

 相手のターンにも関わらず3体融合を決めて見せた十代に驚愕を見せるパラドックスだが、十代の声を聞き、この機を逃さないと《E・HERO(エレメンタルヒーロー) テンペスター》が右腕の銃身を《閃珖竜(せんこうりゅう)スターダスト》へと向ける。

 

「《閃珖竜(せんこうりゅう)スターダスト》をぶっ飛ばせ、テンペスター! カオス・テンペストォ!!」

 

 望む所だとばかりに再度放たれた《閃珖竜(せんこうりゅう)スターダスト》のブレス。

 

 だが《E・HERO(エレメンタルヒーロー) テンペスター》の右腕の銃から放たれた3つの属性エネルギーを込めた弾丸はそのブレスを容易く打ち抜き、《閃珖竜(せんこうりゅう)スターダスト》を貫かんと迫る。

 

「だが甘い! 私は《閃珖竜 スターダスト》の効果を使い、自身を選択! それにより、このターン一度だけ破壊されない! 波動音壁(ソニック・バリア)!!」

 

 だが初見の《閃珖竜 スターダスト》の効果を使いこなすパラドックスの前にはその一撃は届かない。

 

 空を舞う《閃珖竜 スターダスト》の姿は健在だ。

 

「くっそー! 躱されちまったか……遊星のモンスターは強いな!」

 

 悠然と宙を舞う2体の遊星のドラゴンの姿を眩しそうに見つめる十代――シンクロモンスターに興味津々である。

 

「くっ、モンスターを残す結果となったか……カードを1枚セットしてターンエンドだ!」

 

 《E・HERO(エレメンタルヒーロー) ネオス》を所持していない十代といえども、その実力に陰りはないと考察するパラドックスは警戒心を高めながらターンを終えた。

 

「そのエンド時に速攻魔法《瞬間融合》で融合召喚したテンペスターは破壊されちまう……だけど永続魔法《ブランチ》の効果で融合素材となった――スパークマンが復活だ!」

 

 その瞬間、《E・HERO(エレメンタルヒーロー) テンペスター》が負傷した身体で無理に融合した弊害か、身体が粒子となって消えていく。

 

 しかしその粒子の消えた先から《E・HERO(エレメンタルヒーロー) スパークマン》が降り立った。

 

E・HERO(エレメンタルヒーロー) スパークマン》

星4 光属性 戦士族

攻1600 守1400

 

「すみません、遊戯さん! モンスターを残すので精一杯でした!」

 

 パラドックスとの攻防によって次のターンへの余力を残せなかったと意気消沈する十代だが、闇遊戯は親指を立てて賞賛する。

 

「いや、キミのお陰でかなり手札が潤った――感謝するぜ! 俺のターンだ! ドロー!!」

 

 十代や遊星のお陰でプレイヤー全体がドローするカードが多く発動された為、遊戯の初期手札は8枚と破格の枚数。

 

 だが十代はそれだけでは申し訳ないとばかりに宣言する。

 

「この遊戯さんのスタンバイフェイズで俺の発動した永続魔法《未来融合-フューチャー・フュージョン》の1度目のスタンバイフェイズだ!!」

 

「特殊ルールの特性を利用したか……」

 

 そう零すパラドックスの言葉通り、3人のデュエリストを1人として扱っているこの特殊なデュエルの状況において、この手のフェイズを参照する効果の扱いは難しい。

 

「俺のエクストラデッキの融合モンスター1体を公開し、その融合素材モンスターをデッキから墓地に送る!」

 

 しかし活用すれば自身のターンが回っていなくとも効果的に動くことが出来る。

 

「俺は融合モンスター《E・HERO(エレメンタルヒーロー) ネクロイド・シャーマン》を公開し、その融合素材の《E・HERO(エレメンタルヒーロー) ワイルドマン》と《E・HERO(エレメンタルヒーロー) ネクロダークマン》を墓地に送る!」

 

 やがて十代の宣言を聞き、浅黒い肌の歌舞伎役者のようなヒーローの姿がチラと見えた後、ジャングルの王者を思わせるワイルドな出で立ちの無骨な大剣を背にしたヒーローが十代のデッキから墓地へ送られる。

 

 そして赤い体躯に肩と腕に土色のアーマーを付け、数珠を身体に巻き付けたヒーローがその後を追った。

 

「やるな、十代! 俺も負けてられないぜ!」

 

 特殊ルールを上手く活用した十代の姿に闘志を燃やす闇遊戯は剣と杖が交錯するマークが見えるカバーが付いたデュエルディスクに手をかけ、宣言する。

 

「まずはコイツを受けな、パラドックス! 墓地の魔法カード《ギャラクシー・サイクロン》を除外し、効果発動! フィールドの表側の魔法・罠カードを1枚破壊する!」

 

 すると遊戯のデュエルディスクの墓地ゾーンから白い竜巻が発生し始めた。

 

 

――神崎 (うつほ)が墓地に送っていたカードか!

 

 そのパラドックスの予想通り、最後に引き当てた頼みの綱だった除去カード。

 

 これでSinモンスターのデメリットを誘発させる狙いだったのだが、引き継いだ遊星や十代がSinモンスターの効果を知らなかったゆえに今の今まで放置されていたカードだ。

 

「永続罠《召喚制限-猛突(もうとつ)するモンスター》を破壊!」

 

「そうはさせん! 《閃珖竜 スターダスト》の効果! フィールドの表側のカードに1度の破壊耐性を付与す――」

 

遊戯の宣言に当然、破壊されるカードを守る選択を決断したパラドックスだったが、ふと脳裏に不安が過る。

 

――本当に永続罠《召喚制限-猛突(もうとつ)するモンスター》を守っていいのか?

 

 今の今まで使用されていなかったカードが急に使用された事実にパラドックスは頭をフル回転させ――

 

――《閃珖竜 スターダスト》の効果はこのデュエルで何度も使用された。武藤 遊戯が知らない筈がない……これは罠!!

 

「フィールド魔法《Sin(シン) World(ワールド)》に耐性を付与する! 波動音壁(ソニック・バリア)!!」

 

 パラドックスは自身のデッキの中核となるカードを守ることを選んだ。《閃珖竜 スターダスト》から放たれた光が周囲を彩る。

 

 そんな姿に闇遊戯は己の仮説が正しかったことを確信する。

 

――神崎の墓地には《ギャラクシー・サイクロン》を含め、魔法・罠カードを除去するカードが多かった……そしてヤツの反応。

 

 遊星や十代がパラドックスの気を引いている間、素早く神崎の墓地を確認していた闇遊戯の中にあった仮説。それは――

 

「やはりお前の『Sinモンスター』はそのフィールド魔法が大事なようだな」

 

 Sinモンスターの特性――所謂デメリット効果の実態。

 

「その通りだ――このフィールド魔法を失ったとき、私の『Sinモンスター』たちは自壊する」

 

 よくぞ見抜いたと闇遊戯に賞賛を送るパラドックスだが――

 

「だが武藤 遊戯。ヤツの残したカードを頼ったということはキミの手札に除去カードはそう残ってはいまい。破壊するには一度の破壊耐性に《スターダスト・ドラゴン》の破壊無効化の力も超えねばならない!」

 

 見抜かれたとしても、その弱点を突くのはそう容易くはないとパラドックスは返す。

 

「ふっ、安心しな――今の俺の手札にフィールド魔法を除去するカードはないぜ」

 

「なんだと?」

 

 だが始めから闇遊戯の狙いにSinモンスターの弱点を突く――などは存在しない。

 

「これでお前を守っていた遊星の《閃珖竜 スターダスト》の効果はこのターンは使えない!」

 

「其方が狙いか!?」

 

 その真の狙いは《閃珖竜 スターダスト》が持つ毎ターン、仲間を守る効果を無駄打ちさせること。

 

 これでパラドックスのモンスターに破壊耐性が付与されることはない。

 

「早速、十代が残してくれたヒーローの力を借りるぜ! スパークマンをリリースし、アドバンス召喚!!!」

 

 《E・HERO(エレメンタルヒーロー) スパークマン》が光のスポットライトとなるべく空へと跳躍し、命の灯火を光とする。

 

「来い! 《ブラック・マジシャン・ガール》!!」

 

 その光から躍り出たのは水色とピンクを基調にした軽やかな法衣を身に纏う魔術師の少女。

 

《ブラック・マジシャン・ガール》

星6 闇属性 魔法使い族

攻2000 守1700

 

「そして魔法カード《賢者の宝石》を発動! 俺のフィールドに《ブラック・マジシャン・ガール》が存在するとき、手札・デッキから師たる《ブラック・マジシャン》を呼び出すぜ!」

 

 さらに《ブラック・マジシャン・ガール》が地面に描いた魔法陣から浮かび上がった赤い宝石が砕け――

 

「並び立て! 《ブラック・マジシャン》!!」

 

2人の遊戯の頼れる黒き魔術師たる《ブラック・マジシャン》が《ブラック・マジシャン・ガール》の隣に浮かぶ。

 

《ブラック・マジシャン》

星7 闇属性 魔法使い族

攻2500 守2100

 

「ブラマジきた~!!」

 

 デュエルキングの相棒たるカードの出現にテンションを高める十代。だがそんな中で――

 

『お師匠様。なんだかすっごく強そうな敵なんですけど』

 

《ブラック・マジシャン・ガール》はソリッドビジョンと関係なくしゃべる。所謂「精霊」というヤツだ。

 

 そのカードの精霊たる《ブラック・マジシャン・ガール》は《Sin パラドクス・ドラゴン》の圧倒的な威圧感に気後れしている模様。

 

『臆するな』

 

 だが師匠たる《ブラック・マジシャン》は動じた様子を見せず、不肖の弟子に苦言を呈する――主たる遊戯の前で狼狽えるんじゃない、と。

 

 

 地面に膝を突き、腕を交差しながらまだまだ未熟な弟子に頭を痛める《ブラック・マジシャン》。

 

『――と言うか、お師匠様! 何で守備表示なんですか!!』

 

 その姿に弟子たる《ブラック・マジシャン・ガール》の鋭いツッコミが炸裂した。

 

 弟子が攻撃表示で臨戦態勢を取っているというのに、師匠が何故、守備姿勢なのだと。

 

『臆するな』

 

『お師匠様!?』

 

 しかしキリリとした表情で先と同じ言葉を返す師匠の言葉に弟子たる《ブラック・マジシャン・ガール》が素っ頓狂な声を上げるのも無理はない。

 

 

 だが師たる《ブラック・マジシャン》は信じているのだ――己の主たる2人の遊戯を。

 

「さらに速攻魔法《スター・チェンジャー》を発動! モンスター1体のレベルを1つ上げる! 《ブラック・マジシャン・ガール》のレベルがアップ!!」

 

 こなくそーとばかりに杖を突き上げる《ブラック・マジシャン・ガール》――いいぞ、その調子だ。

 

《ブラック・マジシャン・ガール》

星6 → 星7

 

「さらにライフを1000払い、魔法カード《拡散する波動》を発動!」

 

遊戯・十代・遊星LP:1500 → 500

 

 天に突き上げた《ブラック・マジシャン・ガール》の杖の先端の周囲を回るように魔力が満ち溢れる。

 

「これで俺のレベル7以上の魔法使いモンスター1体――《ブラック・マジシャン・ガール》は相手フィールドのモンスター全てに攻撃が可能だ!!」

 

 その杖に宿る魔力に《ブラック・マジシャン・ガール》は「これなら」と喜色の表情を見せる――が、師匠の《ブラック・マジシャン》がその弟子の姿に頭を押さえていた。

 

「だがその攻撃力では私の《Sin パラドクス・ドラゴン》はおろか、2体のスターダストの攻撃力にすら届かない!」

 

 そう、パラドックスの言う通り、攻撃力が足りないのである。

 

 その本人的には衝撃の事実に《ブラック・マジシャン・ガール》は闇遊戯を慌てて見やる。

 

 だが安心して欲しい。デュエルキングが何の考えもない筈がない。

 

「それはどうかな? まずは装備魔法《ワンショット・ワンド》を《ブラック・マジシャン・ガール》に装備し、攻撃力800ポイントアップ!!」

 

 《ブラック・マジシャン・ガール》の杖の先が三日月のような形に変化し、月の魔力がその身に宿る。

 

《ブラック・マジシャン・ガール》

攻2000 → 攻2800

 

「さらに魔法カード《一騎加勢(いっきかせい)》を発動! モンスター1体の攻撃力をターンの終わりまで1500ポイントアップする!!」

 

 守備姿勢からスクッと立ち上がり加勢の意思を見せる《ブラック・マジシャン》の姿に《ブラック・マジシャン・ガール》は「おぉっ!」と視線を向けた。

 

「師弟の力を合わせろ! 《ブラック・マジシャン》! 《ブラック・マジシャン・ガール》!!」

 

 やがて互いの持つ杖を交錯した魔術師師弟の力は限界を超え、高まっていき――

 

《ブラック・マジシャン・ガール》

攻2800 → 攻4300

 

 《Sin パラドクス・ドラゴン》の攻撃力を超える程の数値となった。

 

 攻撃力4000オーバーに全体攻撃能力を持った《ブラック・マジシャン・ガール》は自信タップリな様相だ。

 

 そんな状況で遊星はポツリと零す。

 

「遊戯さん――俺に構わずスターダストたちを破壊してくれ!」

 

 苦渋に満ちた表情の遊星の言葉に闇遊戯は小さく頷き――

 

「装備魔法《リボーンリボン》を《スターダスト・ドラゴン》に装備! そしてバトルだ!」

 

 バトルフェイズへと移行する。

 

 その主の言葉に《ブラック・マジシャン》は《ブラック・マジシャン・ガール》へと視線を向け――

 

『いくぞ!』

 

『はい、お師匠様!』

 

 2人の魔術師の力を合わせた強大な魔力の球体が形成されて行き――

 

『 『 ブラック・ツイン・バースト!! 』 』

 

 無数の魔力の刃となって弾けた。

 

 空を舞って魔力の刃を躱し、ブレスで攻撃を相殺する3体のドラゴンだが、無限とも思える物量の魔力の刃の雨の前に全てのドラゴンたちが切り裂かれた。

 

 周囲をその攻撃の余波が爆風となって襲う。

 

「スターダスト諸共、《Sin パラドクス・ドラゴン》を破壊したか……だが発動しておいた罠カード《攻撃の無敵化》の効果により私はこのターン戦闘ダメージを受けない」

 

 しかしパラドックスを守るように広がる障壁によりライフにダメージはない。

 

「なら装備魔法《ワンショット・ワンド》の効果でこのカードを破壊し、カードを1枚ドローするぜ」

 

 《ブラック・マジシャン・ガール》の杖から魔力が零れ、闇遊戯の手札を繋ぐ、

 

《ブラック・マジシャン・ガール》

攻4300 → 攻3500

 

 元の形に戻った杖を残念そうに眺める《ブラック・マジシャン・ガール》を余所にダメージを防ぎ切ったパラドックスへ闇遊戯は警戒を強めるが――

 

「これでお前の頼みの切り札は消えたぜ!」

 

 だとしても、その十代の言葉が示す様に、再びモンスターを全て失ったパラドックスが再度自軍を立て直すには相応の手間がかかる。

 

 

 普通のデュエリストが相手なら。

 

 

「フッ、一見正しいように見えた今の攻撃――――だがそれは、大いなる間違い!!」

 

 遊戯・十代・遊星が相対しているのはそんな「普通」の人間が届き得ぬ頂きに存在するパラドックス。

 

 己のエースたる《Sin パラドクス・ドラゴン》が敗れることも織り込み済みだと天に左利き用のデュエルディスクを装着した腕を掲げ、宣言する。

 

「私の『Sinモンスター』が破壊された瞬間! 我が身を生贄とし、ライフを半分払うことで墓地から究極の(シン)を呼び覚ます!!」

 

 デュエルディスクの墓地ゾーンから黒い闇が這い出し、パラドックスの命たるライフを喰らっていく。

 

パラドックスLP:4700 → 2350

 

――Z-ONE。もうキミが罪を背負う必要などない……その(Sin)を受け止めるのが(Sin)だ。その為のSin()だ。

 

 パラドックスは守らなければならない嘗ての約束を胸に己が身を捧げる。

 

「う、おぉおおおおぉおおおッ!! キミ達はこの私自らの手で葬ってやる……!!」

 

 やがてその闇がパラドックスのD・ホイールとパラドックス自身を覆い、巨大な繭のように肥大化。

 

 そしてその闇の繭にヒビが入り、砕け散った際に周囲一帯を闇の暴風と言うべき衝撃が襲う。

 

「我が身に宿るがいい! 罪背負いし、黄金の翼!! 《 Sin(シン) トゥルース・ドラゴン》!!」

 

 その衝撃に遊戯・十代・遊星の3人がそれぞれ腕で顔を覆う。やがてその暴風たる衝撃が晴れた先に佇むのは巨大な黄金のドラゴン。

 

 その巨体は先の巨大な《Sin パラドクス・ドラゴン》よりもさらに上。

 

 そして左右に伸びる翼はその身体よりなお巨大なものだった。

 

Sin(シン) トゥルース・ドラゴン》

星12 闇属性 ドラゴン族

攻5000 守5000

 

 そんな《 Sin(シン) トゥルース・ドラゴン》の額からパラドックスの上半身が一体化した状態で存在する。

 

 まさに一心同体の様相である。その姿は――

 

「自分の姿をモンスターに変えやがった!?」

 

 そう十代が評するのも無理はない。

 

「コイツがヤツの本当の切り札……」

 

「これ程の力を持っていながら、何故デュエリストたちからカードを奪ったんだ!!」

 

 警戒を見せる遊戯の姿を余所に遊星は叫ぶ――パラドックスのデュエリストの実力を肌で感じるゆえにカードを奪う必要性が理解できない。

 

 そんなことをしなくとも、パラドックスは十分過ぎる程の力を持っていた筈だと。

 

 だがパラドックスは「それでいいのだ」と笑う。

 

「フハハハハッ! 言いたいことはそれだけか! なら好きなだけ(そし)るがいい、(ののし)るがいい!」

 

――その全ての(Sin)は私が背負う!! Sin()の化身となろうとも!!

 

 パラドックスはイリアステルの罪の象徴としての己を望む。

 

 破滅の未来を回避し、人類を救った暁にZ-ONEも共に救う為に。

 

 

 イリアステルの全ての(Sin)を背負う覚悟を持ったパラドックスはデュエルへと意識を戻し、遊戯を指さし返す。

 

「そして武藤 遊戯! キミが発動した魔法カード《拡散する波動》の効果で《ブラック・マジシャン・ガール》は我が《 Sin(シン) トゥルース・ドラゴン》を攻撃しなければならない!!」

 

 そのパラドックスの言葉に引き寄せられるように《ブラック・マジシャン・ガール》は《 Sin(シン) トゥルース・ドラゴン》に引き寄せられていく。

 

『わわわ!?』

 

 そんな慌てた声を漏らす《ブラック・マジシャン・ガール》を待つのは《 Sin(シン) トゥルース・ドラゴン》の顎が開きエネルギーが充填され、今放たれんとするブレス。

 

 

 やがて放たれた破滅のブレスに《ブラック・マジシャン・ガール》はギュッと目を閉じた。

 

「墓地のモンスター《タスケルトン》を除外し、効果発動! モンスター1体の攻撃を無効にする! 俺は《ブラック・マジシャン・ガール》の攻撃を無効!!」

 

 だがそのブレスと競り合うように黒い子ブタがその身を盾とする。

 

 闇遊戯から《ブラック・マジシャン》に託され、その手から投擲されたものだ。

 

 やがて《 Sin(シン) トゥルース・ドラゴン》のブレスを天へと弾くと同時にその身を覆う肉が消し飛ぶ《タスケルトン》。

 

『た、助かった~』

 

 安堵の息を吐く《ブラック・マジシャン・ガール》の前に骨格標本のようになった《タスケルトン》が転がり、ビクッとする弟子の姿に平常心が足りないと呆れた様相で見守る《ブラック・マジシャン》。

 

「上手く躱したか……」

 

 そう小さく零すパラドックスを余所に――

 

「さっすが遊戯さんだぜ!」

 

「これがデュエルキング……!!」

 

 突発的なピンチを鮮やかに回避した遊戯の姿に十代と遊星は感嘆の声を漏らす。

 

 そんな2人の姿を余所に闇遊戯はデュエルへ意識を引き戻す。

 

「俺はバトルを終了し、カードを2枚セットしてターンエンド!! この瞬間に魔法カード《一騎加勢(いっきかせい)》の効果が終了し、《ブラック・マジシャン・ガール》の攻撃力が元に戻るぜ」

 

 溢れんばかりの魔力を迸らせていた杖から魔力が抜けていく様子に残念そうな声を漏らす《ブラック・マジシャン・ガール》。

 

《ブラック・マジシャン・ガール》

攻3500 → 攻2000

 

 パラドックスの真なる切札たる《 Sin(シン) トゥルース・ドラゴン》の出現に、3人が引き戻した状況は一気に巻き返された。

 

 

 だが闇遊戯たちに対抗手段がない訳ではない。

 

 

 3人を守るように白と水色の体表のドラゴンが羽ばたき、星屑のような煌きを見せる。そのドラゴンは――

 

《スターダスト・ドラゴン》

星8 風属性 ドラゴン族

攻2500 守2000

 

「スターダスト? 何故、俺たちのフィールドに……」

 

 パラドックスに奪われていた筈の遊星の相棒たるドラゴン《スターダスト・ドラゴン》。

 

 相棒の帰還だというにも関わらず呆然した様子の遊星に闇遊戯は語る。

 

「このエンド時に装備魔法《リボーンリボン》の効果が適用されたのさ」

 

 それはバトルの前に発動されていた装備魔法の効果。

 

「このカードを装備したモンスターが戦闘で破壊され墓地に送られた場合、そのターンのエンドフェイズに俺たちのフィールドに特殊召喚できる――キミの大切なカードなんだろ?」

 

 そう、遊戯の本当の目的は遊星の大切なカードを取り戻すこと。

 

 デュエリストにとってデッキのカードは仲間と同義。闇遊戯もデュエリストの一人として奪われたまま放っておくことなど出来ない。

 

「スゲェ! 遊戯さん! 遊星のカードを取り返した!」

 

 自身に出来なかったことを事も無げにやってのけたデュエルキングの姿に舞い上がる十代。

 

「ありがとうございます! 遊戯さん!」

 

 尊敬の視線と共に感謝を送る遊星。

 

 

 だがパラドックスからそんな3人を冷たく見下ろす。

 

「ふっ、スターダストを取り戻したか……だが、もはやキミがスターダストを手にしたとしても、この絶望的な状況に変わりはない! 私のターン! ドロー!!」

 

 圧倒的な攻撃力と強力無比な効果を持つ《Sin トゥルース・ドラゴン》が存在する限り、いくらモンスターを並べようとも無意味だと。

 

「バトル! 《Sin トゥルース・ドラゴン》よ! 《スターダスト・ドラゴン》を攻撃!! これで残りライフ500のキミたちは終わりだ!!」

 

 《Sin トゥルース・ドラゴン》の顎が再び音を立てて開き、破滅のブレスが自由を取り戻した《スターダスト・ドラゴン》に迫る。

 

「遊星のカードをこれ以上、お前の好きにはさせないぜ! 罠カード《亜空間物質転送装置》を発動!」

 

 だが闇遊戯の宣言と共に、そのブレスに晒される筈だった《スターダスト・ドラゴン》の身体は捻じれたようにその姿を歪めると同時に消失した。

 

 対象を失ったことで《Sin トゥルース・ドラゴン》のブレスが素通りし、闇遊戯の背後に着弾し、炎を上げる。

 

「その効果により俺たちのフィールドのモンスター1体をターンの終わりまで除外する! 除外された《スターダスト・ドラゴン》にお前の攻撃は届かないぜ!」

 

 そんな炎が猛る中、遊戯の声が木霊するが――

 

「なら《ブラック・マジシャン・ガール》を攻撃するまでだ!!」

 

 どのみち結果は変わらないとパラドックスは己と一体化した《Sin トゥルース・ドラゴン》に再度攻撃を敢行させる。

 

「これで私の勝ちだ。消え去れ、遊戯! 十代! 遊星!」

 

 破滅のブレスに身を晒され、悲痛な叫びと共にその身を散らす《ブラック・マジシャン・ガール》。

 

 

 やがて巨大な爆発が発生する中、パラドックスは勝利を確信する。闇遊戯の最後のリバースカードも発動された様子はない。

 

「さらばだ。歴戦のデュエリストたちよ」

 

 これでようやく歴史を歪みに歪ませた神崎を殺しにいけると、名立たるデュエリストたちに別れの言葉を送るパラドックス。

 

 

 未来が救われた暁には彼ら3人もまた救われるだろうと未来に想いをはせながら。

 

 

 

 

 

 

遊戯・十代・遊星LP:500

 

 だが爆炎が晴れた先には辛うじて立つ3人の姿が残る。

 

「なんだと!?」

 

「相手の攻撃によって戦闘ダメージを受けるダメージ計算時にコイツを発動させて貰ったぜ! 罠カード《パワー・ウォール》をな!!」

 

 驚愕に目を見開くパラドックスに闇遊戯は最後のリバースカードを発動させていたことを語る。

 

「その効果で受けるダメージが0になるように500ダメージにつき1枚、デッキトップからカードを墓地に送る! ダメージは3000! よって6枚墓地に!!」

 

 そしてデッキの上からカードを6枚墓地に送る闇遊戯にパラドックスは追い打ちをかける。

 

「悪足掻きを! この瞬間、《Sin トゥルース・ドラゴン》の効果が発動される!」

 

 《Sin トゥルース・ドラゴン》がその巨大な黄金の翼を羽ばたかせると共に黒き疾風が吹き荒れ――

 

「《Sin トゥルース・ドラゴン》が戦闘で相手モンスターを破壊した時、相手フィールドの表側表示モンスターを全て破壊する!!」

 

 その風は無数の黒い針のように姿を変え、3人のフィールドのモンスターに殺到する。

 

「消えるがいい! 《ブラック・マジシャン》!!」

 

 それら全てに貫かれる《ブラック・マジシャン》が苦悶の声を上げた後に倒れる姿に十代は悲痛な声を上げる。

 

「遊戯さんの《ブラック・マジシャン》が!!」

 

「だとしてもこのターンは凌げました!」

 

 しかしその犠牲は無駄にはしないと拳を握る遊星にパラドックスは小さく笑みを浮かべ――

 

「それはどうかな?」

 

 手札の1枚のカードを発動させる。

 

「私は手札から速攻魔法《旗鼓堂々(きこどうどう)》を発動! 墓地の装備カード1枚をフィールドのモンスター1体に装備する!」

 

 《Sin トゥルース・ドラゴン》の雄叫びが空気を震わせる中、装備されたのは――

 

「私は《閃光の双剣-トライス》を《Sin トゥルース・ドラゴン》に装備! これにより攻撃力が500下がるが、2回攻撃が可能になる!!」

 

 2本の剣――その二振りの剣を喰らった《Sin トゥルース・ドラゴン》の身体に剣の特性が引き継がれて行く。

 

《Sin トゥルース・ドラゴン》

攻5000 → 攻4500

 

「もはや、キミたちを守るカードはない! 《Sin トゥルース・ドラゴン》でダイレクトアタック!!」

 

 連撃能力を得た《Sin トゥルース・ドラゴン》がブレスを再チャージする中、パラドックスは声を張る。

 

「遊星! 人には未来を変える力があると言ったな! キミはこの絶望から何を変えられると言うのだ!?」

 

 遊戯・十代・遊星たちですら変えられない絶望が存在するのだと語るパラドックス。

 

 そんなパラドックスの言葉に遊星は弱々しく零す。

 

「くっ……ダメなのか……俺たちの未来は……破滅」

 

 既にモンスターもおらず、リバースカードも存在ない絶望的な状況に遊星の心に揺らぎが見えた。

 

 

 

 だが闇遊戯が力強い口調で語る。

 

「顔を上げろ、遊星――デュエルはまだ終わっちゃいない」

 

 十代が楽しそうに返す。

 

「そうだぜ、遊星! デュエルは最後の最後まで楽しむもんだ!!」

 

 ユベルが愛おしさを込めて零す。

 

『そうだよ、遊星――ボクの十代がこんな絶望なんかに負けやしないさ』

 

 

 彼らの瞳に「諦め」なんてものは欠片も映ってはいなかった。

 

「遊戯さん……十代さん……ユベルさん……」

 

 遊星の顔に活力が戻る。

 

 そして《Sin トゥルース・ドラゴン》のブレスが放たれる中、十代は闇遊戯に振り向き――

 

「――ってことで、遊戯さん! 貴方のカードを使わせて貰います!」

 

「ああ!」

 

「ダイレクトアタック宣言時に墓地の《クリアクリボー》を除外して効果発動! 俺はデッキから1枚ドロー! それがモンスターカードだった時には特殊召喚し、そのモンスターとバトルさせる!!」

 

 墓地から飛び出た毛玉こと《クリアクリボー》の身体がパカリと開く。

 

「ふっ、果たしてそう都合よくモンスターを引き当てることが出来るかな?」

 

「へへっ、でも引いたら面白れぇよな――――ドロー!!」

 

 パラドックスの挑発染みた言葉に十代は楽しそうに笑いデッキからカードを引く。引き当てたカードは――

 

 

 

 

『やっとボクの出番のようだね』

 

 パートナーたる精霊が宿るカード《ユベル》が翼を広げ、愛する十代を守るべく立ち塞がる。

 

《ユベル》

星10 闇属性 悪魔族

攻 0 守 0

 

「バカな! 《Sin トゥルース・ドラゴン》の攻撃を全て躱しただと!?」

 

 壁モンスターが現れたことで《Sin トゥルース・ドラゴン》は十代たちには届かない。

 

 この土壇場にて《ユベル》を引ききった十代のドロー力に驚愕するパラドックスだが――

 

「躱すだけじゃないぜ! 《ユベル》は戦闘では破壊されず、戦闘ダメージも0に!」

 

 ()()()()の《ユベル》は《Sin トゥルース・ドラゴン》のブレスをこともなげに受けて止め――

 

「そして相手に攻撃された場合はダメージ計算前に攻撃モンスターの攻撃力分のダメージをお前に与えるぜ!!」

 

 十代の声に倣うように《Sin トゥルース・ドラゴン》の圧倒的な攻撃力を利用し、反撃に転じる《ユベル》。

 

『今までの痛みを返して上げるよ』

 

 やがてブレスを掻き消した《ユベル》はそうポツリと零し、十代と視線を合わせ――

 

「 『 ナイトメア・ペイン!! 」 』

 

 その足元から《Sin トゥルース・ドラゴン》の力を存分に吸い上げた植物のツタのようなものがパラドックスに向けて放たれた。

 

「チィッ!!」

 

 その一撃によってパラドックスと一体化している《Sin トゥルース・ドラゴン》の巨体が揺れ動く。

 

 

 4500もの効果ダメージに2350のライフのパラドックスは耐えられない。

 

 

パラドックスLP:2350

 

 だがパラドックスにダメージはなかった。

 

『無傷?』

 

「私は罠カード《ホーリーライフバリアー》を発動していた――その効果により手札を1枚捨て、発動ターンに私が受ける全てのダメージは0!」

 

 訝し気に首を傾げるユベルにパラドックスはリバースカードを指し示す。

 

 まだデュエルは終わりではないと。

 

「《ユベル》の一撃すら躱すなんて……」

 

「だがヤツの手札はこれで0――早々動くことは出来ない筈だ」

 

 悔し気な声を漏らす十代に闇遊戯は毅然とした態度で返す。まだ挽回は可能だと。

 

「くっ……だが手札が心許ないのはキミたちも同じこと――私はこれでターンエンド!」

 

 アドバンテージの差がジワジワと狭まって行く状況に焦りを見せるパラドックス。

 

「そのエンドフェイズに罠カード《亜空間物質転送装置》で除外した遊星のスターダストが帰還するぜ!」

 

 そんな中、遊戯の呼びかけに応じて遊星の相棒たる流線形のドラゴンが異次元より舞い降りる。

 

《スターダスト・ドラゴン》

星8 風属性 ドラゴン族

攻2500 守2000

 

「此方もこのエンド時に速攻魔法《旗鼓堂々(きこどうどう)》の効果で装備された《閃光の双剣-トライス》は破壊される」

 

 ターンの終わりと同時に《Sin トゥルース・ドラゴン》からガラスの砕けたような音が響き、その力が元に戻って行く。

 

《Sin トゥルース・ドラゴン》

攻4500 → 攻5000

 

 《Sin トゥルース・ドラゴン》の圧倒的な姿に遊戯・十代・遊星は苦戦を強いられていた。

 

 

 






バトルロイヤルルールの特殊ルールに関しては、深く考えないでください(懇願)


ちなみに十代のデッキは「初期融合HERO(ヒーロー)に《ユベル》投入デッキ」です。

属性HERO(ヒーロー)や『M・HERO(マスクヒーロー)』なんておらんかったんや……
(属性HERO(ヒーロー)は漫画版GXに出た響 紅葉の方がやっぱりしっくりきますし)


その内実は《ブランチ》でHERO(ヒーロー)融合体の素材を繋ぎ、そこから再び融合召喚を狙うことが主戦術になっております。

つまり倒れた仲間の意思を継ぐHERO(ヒーロー)たちってことさ!(☆ゝω・)b⌒☆

《ユベル》は手札コストにして墓地に送り、蘇生して効果を狙おう!(目そらし)



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第137話 時を超えた絆



パラドックスVS 遊戯・十代・遊星 戦――後編です。疲れた……


前回のあらすじ
クリボー「クリッ!?(出番を失った気がする……)」

E・HERO(エレメンタルヒーロー) ネオス「こっちに……こっちに来るんだ……」

N(ネオスペーシアン)・アクア・ドルフィン「仲良く……ワクワクしよう……」

ジャンク・ガードナー「止めろォオオオ!」



 

 

 《Sin トゥルース・ドラゴン》の連撃に耐えた遊戯・十代・遊星。

 

 そして次のターンプレイヤーである遊星が光を取り戻した瞳でカードを引くが――

 

「《スターダスト・ドラゴン》を守ってくれた遊戯さんの想い、無駄にはしません! 俺のターン! ドロー!」

 

「この遊星のスタンバイフェイズで俺の発動した永続魔法《未来融合-フューチャー・フュージョン》の2度目のスタンバイフェイズだ!!」

 

そんな遊星に対し、十代は援護を行う――空に《融合》の渦が逆巻く。

 

「1度目のスタンバイフェイズで公開した融合モンスターを融合召喚するぜ! さぁ、今こそ出番だぜ!! 《E・HERO(エレメンタルヒーロー) ネクロイド・シャーマン》!!」 

 

 やがて空に浮かぶ渦から降り立ったのは浅黒い肌をした筋肉質な身体をしめ縄を歌舞伎役者のような装いで巻き、錫杖を構えるヒーロー。

 

E・HERO(エレメンタルヒーロー) ネクロイド・シャーマン》

星6 闇属性 戦士族

攻1900 守1800

 

「そして特殊召喚された《E・HERO(エレメンタルヒーロー) ネクロイド・シャーマン》の効果を発動! 相手フィールドのモンスター1体を破壊し、相手の墓地のモンスター1体を相手フィールドに蘇生させる!!」

 

 長く赤い髪を揺らしながら錫杖を揺らして音を鳴らす《E・HERO(エレメンタルヒーロー) ネクロイド・シャーマン》。

 

「当然、破壊するのは《Sin トゥルース・ドラゴン》! 蘇生させるのは攻撃力が0の《Sin パラレルギア》だ! シャドウ・ストライク!!」

 

 やがてその錫杖が《Sin トゥルース・ドラゴン》に向けられ、《E・HERO(エレメンタルヒーロー) ネクロイド・シャーマン》の身体に描かれた墨の文様が錫杖から放たれた。

 

 《Sin トゥルース・ドラゴン》の身体に纏わりつく墨の文様が脈動し、その身体を締めあげるが――

 

「無駄だ! 墓地の《復活の福音》を除外することで、破壊されるドラゴン族の身代わりとする!!」

 

 巨大な翼をはためかせ、その巨体を宙に浮かし回転した《Sin トゥルース・ドラゴン》によって墨の文様は打ち払われてしまった。

 

「コイツも躱されちまったか~済まねぇ、遊星――援護できなかった」

 

「いえ、最高の援護です! 十代さん!」

 

 《E・HERO(エレメンタルヒーロー) ネクロイド・シャーマン》の効果が躱されたことを悔やむ十代だが、遊星は先程の攻撃能力を持つモンスターがいなかった状況に比べれば、と感謝の意を示す。

 

 これにて条件は整ったと。

 

「十代さん! 貴方のヒーローの力、貸して貰います!!」

 

「おう!」

 

 遊星の頼みに勿論だと返す十代。そして――

 

「魔法カード《融合》を発動! 俺の《スターダスト・ドラゴン》と十代さんの戦士族! 《E・HERO(エレメンタルヒーロー) ネクロイド・シャーマン》を融合!!」

 

 遊星の相棒たるシグナーのドラゴンと十代のヒーローが背中合わせに天へと飛翔し――

 

「集いし想いが新たな可能性の扉を開く! 光差す道となれ!」

 

 その二つの姿は混ざりあい、青き光を紡ぎ渦と化す。

 

「融合召喚! 顕現せよ――《波動竜騎士(はどうりゅうきし) ドラゴエクィテス》!!」

 

 やがて渦から飛び出したのは竜の翼を持つ青い鎧で全身を包み、竜の頭のような兜で素顔が伺えぬ竜の騎士の姿。

 

 その手に持つ巨大なランスを横薙ぎに払いながら翼を広げ、周囲に疾風を起こす。

 

波動竜騎士(はどうりゅうきし) ドラゴエクィテス》

星10 風属性 ドラゴン族

攻3200 守2000

 

「更に《ジャンク・シンクロン》を召喚し、効果発動!」

 

 再び現れた橙色のアーマーを身に纏った小さな戦士、《ジャンク・シンクロン》が《波動竜騎士(はどうりゅうきし) ドラゴエクィテス》の隣におずおずと並び――

 

《ジャンク・シンクロン》

星3 闇属性 戦士族

攻1300 守 500

 

「墓地のレベル2以下のモンスター1体――《チューニング・サポーター》を復活させる!」

 

 更にその《ジャンク・シンクロン》の背に乗った中華なべを被った小さなロボット、《チューニング・サポーター》がその背から「よっ」と飛び降り、中華なべの位置を調整する。

 

《チューニング・サポーター》

星1 光属性 機械族

攻 100 守 300

 

「そしてレベル1、《チューニング・サポーター》に! レベル3の《ジャンク・シンクロン》をチューニング!!」

 

 そして3つの光の輪に1つの星が潜り――

 

「集いし星が、勝利を掴む一手となる! 光さす道となれ! シンクロ召喚! 掴み取れ、《アームズ・エイド》!!」

 

 やがて光の先から現れたのは、黒い手甲の先に鋭い赤い爪が付いた機械の腕がひとりでに浮かぶ

 

《アームズ・エイド》

星4 光属性 機械族

攻1800 守1200

 

「シンクロ素材として墓地に送られた《チューニング・サポーター》の効果で俺はカードを1枚ドロー!」

 

 カードを引いた遊星は《Sin トゥルース・ドラゴン》を打倒する為、力を結集すべく声を張る。

 

「此処で《アームズ・エイド》の効果発動! このカードは俺のモンスターの装備カードとすることが出来、その攻撃力を1000ポイントアップさせる!! 《アームズ・エイド》を《波動竜騎士 ドラゴエクィテス》に装備!!」

 

 手に持ったランスを天高く放り投げた《波動竜騎士 ドラゴエクィテス》の腕に装着される《アームズ・エイド》。

 

 やがてその赤い爪を力強く開き、時間差で落ちてきたランスを握って構えた――やがてランスに赤い光が灯る。

 

《波動竜騎士 ドラゴエクィテス》

攻3200 → 4200

 

「遊星! コイツも使え! 墓地の罠カード《スキル・サクセサー》を除外し、効果発動!モンスター1体の攻撃力を800アップする!!」

 

 そんな闇遊戯の言葉と共に《波動竜騎士 ドラゴエクィテス》のランスの赤い輝きは増していき――

 

《波動竜騎士 ドラゴエクィテス》

攻4200 → 攻5000

 

 《Sin トゥルース・ドラゴン》に迫る攻撃力を得た。

 

「ありがとうございます、遊戯さん!」

 

 闇遊戯に感謝を送った遊星は《波動竜騎士 ドラゴエクィテス》に視線を送り、対する《波動竜騎士 ドラゴエクィテス》も小さく頷く。

 

「此処で《波動竜騎士 ドラゴエクィテス》の効果発動! 墓地のドラゴン族シンクロモンスター1体を除外し、ターンの終わりまでそのモンスターと同名カードとして扱い、同じ効果を得る!!」

 

 ランスを地面に突き立てた《波動竜騎士 ドラゴエクィテス》。

 

「俺は墓地の《閃珖竜スターダスト》を除外し、その力はドラゴエクィテスに受け継がれる!!」

 

 やがてそのランスに蓄積されていた赤いエネルギーがドラゴンのように変化していく。

 

《波動竜騎士ドラゴエクィテス》 → 《閃珖竜スターダスト》

 

「さらに《閃珖竜 スターダスト》の効果を使って《波動竜騎士 ドラゴエクィテス》を守る!! 波動音壁(ソニック・バリア)!!」

 

 《波動竜騎士 ドラゴエクィテス》がランスを掲げると共に赤いドラゴンのオーラがその身を包んでいき――

 

「バトル!! 《波動竜騎士 ドラゴエクィテス》で《Sin トゥルース・ドラゴン》を攻撃!!スパイラル・ジャベリン!!」

 

 ランスを前方に押し出し《波動竜騎士 ドラゴエクィテス》は《Sin トゥルース・ドラゴン》から放たれるブレスを切り裂きながら迫る。

 

「そして《アームズ・エイド》を装備したモンスターが戦闘で相手モンスターを破壊し、墓地に送った時! その破壊したモンスターの元々の攻撃力分のダメージを相手に与える!!」

 

 やがて《Sin トゥルース・ドラゴン》に深々と突き刺さったランスからその内に蓄積されたエネルギーが暴発し、巨大な爆発となって2体のモンスターを襲う。

 

 だが《波動竜騎士 ドラゴエクィテス》の身は《閃珖竜 スターダスト》から受け継いだ力に守られ、爆風に乗って青い翼を広げ、空を舞う。

 

 これでパラドックスは5000ポイントの効果ダメージを受ける――リバースカードのないパラドックスに防ぐ術は存在しない。

 

 

 

 

 筈だった。

 

「無駄だ!」

 

「《Sin トゥルース・ドラゴン》が!?」

 

 爆炎の中から無傷の《Sin トゥルース・ドラゴン》が翼を広げ、怒りを示す様に唸り声を上げる。

 

「私は墓地の永続魔法《幻影死槍(ファントム・デススピア)》を除外することで闇属性モンスターの破壊を免れた――よって《アームズ・エイド》の効果は発動しない!」

 

 幾度となくパラドックスが行っていた手札入れ替えの際に墓地に送られたカードが《Sin トゥルース・ドラゴン》に、パラドックスに不死の力を与え続ける。

 

 未だパラドックスの墓地に眠る身代わりとなるカードがなくなるまで、不死の力が途切れることはない。

 

「くっ、これでも倒れないのか!? ……俺はカードを2枚セットしてターン……エンド」

 

 機皇帝たちに対抗する為に遊星が手にした《波動竜騎士 ドラゴエクィテス》ですら届き得ぬパラドックスの壁に悔し気にターンを終える遊星。

 

「エンドフェイズに《ユベル》さんの維持コストとして自身のモンスター1体をリリースする――俺は《波動竜騎士 ドラゴエクィテス》をリリース……」

 

『済まないね、遊星』

 

 その奥の手たる《波動竜騎士 ドラゴエクィテス》も、今の状況では《ユベル》に後を託すことしか出来ない。

 

「いえ、今の俺では次の十代さんに繋ぐことしか……」

 

 維持コストに対し、軽く手を上げて遊星に言葉を送るユベルだが、遊星の胸中は晴れない。

 

 

 そして対するパラドックスのターンだが――

 

「私のターン、ドロー! ふっ、そのまま《ユベル》の効果で身を守るつもりのようだが――そうはさせんよ」

 

 手札のないパラドックスが引いたカードを見やり、笑みを浮かべる――引くべきカードは引き当てたと。

 

「私はカードを1枚セットしてターンエンドだ!」

 

『ふふん、ボクの力を前に防戦一方のようだね』

 

 結果的にすぐさまターンを終えたパラドックスを挑発気に笑うユベルだが、パラドックスの瞳にブレはない。

 

 

 悔し気な遊星に十代は楽し気な笑みを浮かべ、デッキに手をかける。

 

「後は任せな、遊星! まだまだこっからだぜ! 俺のターン! ドロー!」

 

「この瞬間、永続罠《生贄封じの仮面》を発動! これでキミたちは《ユベル》を維持することは叶わない!」

 

 しかしパラドックスの背後に浮かび上がる「封」の文字が額に浮かぶ不気味な仮面が3人の希望を断つように《ユベル》を見下ろす。

 

 これで《ユベル》の守りに頼ることは叶わない。

 

 だが十代の瞳は何処までも真っ直ぐだった。

 

「なら俺は遊星の残したセットカード――罠カード《ゴブリンのやりくり上手》を2枚とも発動! 墓地の同名カードの数+1枚のカードをドローし、手札を1枚戻す!」

 

 闇遊戯の墓地から飛び出したゴブリンが十代にコッソリと紙幣を渡す――へそくりらしい。

 

「更にチェーンして手札の速攻魔法《非常食》を発動! 2枚の罠カード《ゴブリンのやりくり上手》と無意味に残った永続魔法《未来融合-フューチャー・フュージョン》を墓地に送り、送った分だけライフを1000回復!」

 

 だがその紙幣は非常食へと換金させられる――十代は花より団子なタイプ。紙幣より菓子の類の方がいい。

 

「よって俺たちのライフは3000ポイント回復するぜ!」

 

 そうして一気にライフを初期近くまで回復させる。

 

遊戯・十代・遊星LP:500 → 3500

 

「そして次に《ゴブリンのやりくり上手》の効果がそれぞれ適用! 墓地には遊戯さんが残してくれた《ゴブリンのやりくり上手》を合わせて4枚! よって5枚ずつ、計10枚ドローして、1枚ずつ――2枚のカードをデッキに戻し、シャッフル!」

 

 希望を託す莫大なドローによって十代の手に舞い込んだのは――

 

「よっしゃあ! 魔法カード《融合回収(フュージョン・リカバリー)》を発動! 墓地の融合と融合召喚に使用したモンスター、《E・HERO(エレメンタルヒーロー) バーストレディ》を手札に!」

 

 十代の呼びかけに墓地から《E・HERO(エレメンタルヒーロー) バーストレディ》が炎を纏いながら舞い戻り――

 

「更に魔法カード《闇の量産工場》を発動! 墓地の通常モンスター2体、《E・HERO(エレメンタルヒーロー) フェザーマン》と《E・HERO(エレメンタルヒーロー) スパークマン》を回収!」

 

 その後に続くように《E・HERO(エレメンタルヒーロー) フェザーマン》と《E・HERO(エレメンタルヒーロー) スパークマン》が十代の手札に集う。

 

 此処から繋がるのは当然――

 

「そして回収した魔法カード《融合》を発動!」

 

「キミの今の手札で融合召喚出来るモンスターは――《E・HERO(エレメンタルヒーロー)プラズマヴァイスマン》か!」

 

 十代の手札と墓地のカードから融合先を予測するパラドックス。

 

「だが数度の効果破壊を繰り返そうとも、我が《Sin トゥルース・ドラゴン》を敗れるなどとは――」

 

 パラドックスが語るように《E・HERO(エレメンタルヒーロー)プラズマヴァイスマン》は手札を1枚捨てることで相手の攻撃表示モンスターを破壊する効果を持つ。

 

 その効果にターン制限がないとはいえ、「捨てる手札の枚数」という間接的な制限がある以上、パラドックスの墓地の身代わり効果を持つ数多のカードの盾を超えるには些か不足だ。

 

「手札の《E・HERO(エレメンタルヒーロー) フェザーマン》と《E・HERO(エレメンタルヒーロー) バーストレディ》を手札融合!」

 

 だがそんなパラドックスの予想を裏切り、融合されるのは最初のターンで十代が融合した面々と同じ顔触れ。

 

「バカな!? 2体目のフレイム・ウィングマンなど……」

 

 その言葉が示しているように十代はエクストラデッキに同名モンスターを複数枚詰むタイプのデュエリストではない為、あり得ないようなものでも見るように十代を眺めるパラドックス。

 

「これが俺のマイフェイバリット HERO(ヒーロー)のもう一つの姿! 来い! 不屈のヒーロー! 《E・HERO(エレメンタルヒーロー) フェニックスガイ》!!」

 

 しかし融合召喚されたのは赤と黒の二色の身体を持つ緑の翼と赤い尾が生えた竜戦士のようなヒーロー。

 

 とはいえ、名前は「フェニックス」と不死鳥染みているが。

 

E・HERO(エレメンタルヒーロー) フェニックスガイ》

星6 炎属性 戦士族

攻2100 守1200

 

「フェ、フェニックスガイ……だと!?」

 

 これもまたパラドックスが知る本来の歴史では十代が使用していないカードゆえにその動揺は計り知れない――そろそろ慣れよう。

 

 そんな驚きを見せるパラドックスに笑みを浮かべた十代は楽しそうに語る。

 

「知らないのか、パラドックス! ――E・HERO(エレメンタルヒーロー)には複数の可能性が眠っているんだぜ!」

 

『昔のキミも知らなかったじゃないか』

 

「そ、それは言わないでくれよ、ユベル……」

 

 しかしユベルからの無情のツッコミによって思わずガクリと肩を落とす十代。

 

「おのれ、神崎 (うつほ)ォ……歴史にこれ程までの歪みを……!!」

 

 とはいえ、対するパラドックスは神崎への怒りで忙しかったが。

 

 やがて十代はデュエルに戻る。

 

「気を取り直して、2枚目の魔法カード《融合》を発動! 俺はフィールドの《E・HERO(エレメンタルヒーロー) フェニックスガイ》と、手札の《E・HERO(エレメンタルヒーロー) スパークマン》を融合!!」

 

 《E・HERO(エレメンタルヒーロー) フェニックスガイ》に雷の力が落ち、その身を光で包んでいく。

 

「不屈のヒーローは更なる高みへ! 融合召喚! 来いっ! 《E・HERO(エレメンタルヒーロー) シャイニング・フェニックスガイ》!!」

 

 やがて光を解き放ち現れたのは緑の身体に白いアーマーで頭と手足を覆った《E・HERO(エレメンタルヒーロー) フェニックスガイ》の新たな姿。

 

 その背の巨大な機械の翼を広げ、パラドックスと対峙する。

 

E・HERO(エレメンタルヒーロー) シャイニング・フェニックスガイ》

星8 炎属性 戦士族

攻2500 守2100

 

 しかしそんな切り札クラスのヒーローを呼び出したにも関わらず十代は止まらない。

 

「まだまだァ! 魔法カード《ミラクル・フュージョン》を発動! フィールド・墓地のモンスターを除外して融合召喚するぜ!」

 

 新たに発動された一枚は墓地に眠るヒーローに新たな可能性を与えるカード。

 

「俺は墓地の《E・HERO(エレメンタルヒーロー) フレイム・ウィングマン》と、《E・HERO(エレメンタルヒーロー) スパークマン》を除外して墓地融合!!」

 

 ヒーローの頭文字「H」の文字の元、《E・HERO(エレメンタルヒーロー) フレイム・ウィングマン》に《E・HERO(エレメンタルヒーロー) スパークマン》の力が加わり、更なる高みへと至るべく2つの影が1つに渦巻いていく。

 

「融合召喚!! フレイム・ウィングマンを更なる次元へ! 来いっ! 《E・HERO(エレメンタルヒーロー) シャイニング・フレア・ウィングマン》!!」

 

 新たな力を得て空に飛び立つのは白い装甲に身を包んだニューヒーロー。

 

 その背には光り輝く白い翼が広がり、かつて竜の顎があった右腕には黄金の手甲が光る。

 

E・HERO(エレメンタルヒーロー) シャイニング・フレア・ウィングマン》

星8 光属性 戦士族

攻2500 守2100

 

 2体の光り輝くヒーローが立ち並ぶ中、十代はここぞとばかりにカードを切る。

 

「そして俺は手札を1枚捨て、装備魔法《閃光の双剣-トライス》を《E・HERO(エレメンタルヒーロー) シャイニング・フェニックスガイ》に装備! 攻撃力が500下がるけど、2回攻撃が可能になるぜ!」

 

 空から地面に交差するように突き刺さった二振りの剣をその手に取る《E・HERO(エレメンタルヒーロー) フェニックスガイ》。

 

 その剣は「閃光」の名に恥じぬ輝きを見せ、「シャイニング」――光の化身であるヒーローを主と認めた。

 

E・HERO(エレメンタルヒーロー) シャイニング・フェニックスガイ》

攻2500 → 攻2000

 

「さらに魔法カード《手札抹殺》を発動! 全てのプレイヤーは手札を全て捨て、捨てた分だけドローだ! 俺は1枚捨てて、1枚ドロー!」

 

 これで全ての準備は整ったとばかりに十代は楽しそうに笑う。

 

「そして2体のシャイニング・ヒーローたちは散っていったヒーローの想いを継ぎ、墓地の『E・HERO(エレメンタルヒーロー)』の数×300ポイント攻撃力を上げるぜ!」

 

 散っていったヒーローの意思が《E・HERO(エレメンタルヒーロー) シャイニング・フレア・ウィングマン》と《E・HERO(エレメンタルヒーロー) シャイニング・フェニックスガイ》の翼に宿り、眩いばかりの光を放ち始め――

 

「俺の墓地の『E・HERO(エレメンタルヒーロー)』はバーストレディ、フェザーマン、バブルマン、ワイルドマン、ネクロダークマン、ネクロイド・シャーマン、テンペスター、フェニックスガイ、エッジマン、プリズマーの合計10体!」

 

「墓地のカードの数が合わない……《閃光の双剣-トライス》と《手札抹殺》の時か!?」

 

 パラドックスの声を肯定するように2体のシャイニング・ヒーローの翼の光は全身に広がっていく。

 

「その通りだぜ! よって2体のシャイニング・ヒーローたちの攻撃力は3000ポイントアップ!!」

 

 やがて右腕に力を集め、誇るように握りしめ、パラドックスに向けて突きつける《E・HERO(エレメンタルヒーロー) シャイニング・フレア・ウィングマン》。

 

E・HERO(エレメンタルヒーロー) シャイニング・フレア・ウィングマン》

攻2500 → 攻5500

 

 《E・HERO(エレメンタルヒーロー) シャイニング・フェニックスガイ》もまた、両の手の《閃光の双剣-トライス》をパラドックスに向けて構える。

 

E・HERO(エレメンタルヒーロー) シャイニング・フェニックスガイ》

攻2000 → 攻5000

 

「バトル! シャイニング・フェニックスガイで《Sin トゥルース・ドラゴン》を攻撃だ! 輝け、終局の光! シャイニング・フィニッシュ!!」

 

 《E・HERO(エレメンタルヒーロー) シャイニング・フェニックスガイ》が振り下ろした《閃光の双剣-トライス》の斬撃と、《Sin トゥルース・ドラゴン》のブレスが互いにぶつかり合い、拮抗を見せる。

 

 だがその二つの攻撃は当然、逃げ場を失う様に交錯し、それぞれに襲い掛かる。

 

「墓地の2枚目の魔法カード《復活の福音》を除外! これで《Sin トゥルース・ドラゴン》は破壊されない!!」

 

 その攻撃から《Sin トゥルース・ドラゴン》を守るように竜の石像が盾となり――

 

「こっちもだ! シャイニング・フェニックスガイはフェニックスガイの『戦闘で破壊されない』効果を受け継いでいるぜ!」

 

 迫る竜のブレスを《E・HERO(エレメンタルヒーロー) シャイニング・フェニックスガイ》は切り払う。

 

「そして装備魔法《閃光の双剣-トライス》で2回目の攻撃だ!」

 

 そしてすぐさま《E・HERO(エレメンタルヒーロー) シャイニング・フェニックスガイ》は《閃光の双剣-トライス》を振るい追撃に移った。

 

「墓地の3枚目の《復活の福音》を除外! 《Sin トゥルース・ドラゴン》は破壊させん!」

 

 その斬撃から再び竜の石像を身代わりとし、己を守る《Sin トゥルース・ドラゴン》。

 

 しかし十代の追撃は止まらない。

 

「だったらもう一撃だ! シャイニング・フレア・ウィングマンで《Sin トゥルース・ドラゴン》を攻撃! 究極の輝きを放て! シャイニング・シュートォ!!」

 

 翼を広げながら光り輝く拳を振り上げて《E・HERO(エレメンタルヒーロー) シャイニング・フレア・ウィングマン》は対する《Sin トゥルース・ドラゴン》に飛び掛かる。

 

「シャイニング・フレア・ウィングマンはフレイム・ウィングマンの力を受け継いでいるぜ! よって破壊したモンスターの攻撃力分の効果ダメージを与える!!」

 

 《Sin トゥルース・ドラゴン》のブレスをものともせず、その拳を黄金のドラゴンに打ち据える《E・HERO(エレメンタルヒーロー) シャイニング・フレア・ウィングマン》。

 

 

 だが咆哮を上げながら巨大な翼を盾とした《Sin トゥルース・ドラゴン》に阻まれ、パラドックスを仕留めるには届かない。

 

「まだだァ! 墓地の2枚目の永続魔法《幻影死槍(ファントム・デススピア)》を除外! これで《Sin トゥルース・ドラゴン》は無傷!」

 

「ダメかー! だけどダメージは受けて貰うぜ!」

 

パラドックスLP:2350 → 1850

 

 幾度、その身に牙を突き立てられようとも《Sin トゥルース・ドラゴン》は倒れない。

 

「ぐっ……だとしても、私は倒れる訳にはいかない! 未来を救わねばならないのだから!!」

 

 それは一体化しているパラドックスの不屈の闘志がそうさせるようにも見えた。

 

「負けられないのは俺も同じさ! バトルを終了して魔法カード《HERO(ヒーロー)の遺産》を発動!」

 

 だが十代にも譲れないものがある。

 

 散っていったヒーローたちの武具が十代を助けるように集まっていく。

 

「コイツは俺の墓地の『HERO(ヒーロー)』モンスターを融合素材とする融合モンスター2体をエクストラデッキに戻して新たに3枚のカードをドローするカード――」

 

 墓地のヒーローから託されたのは腕に装着する銃と、錫杖。

 

「よって俺は対象となる融合モンスターの《E・HERO(エレメンタルヒーロー) ネクロイド・シャーマン》と《E・HERO(エレメンタルヒーロー) テンペスター》をエクストラデッキに戻して新たに3枚のカードをドロー!」

 

 2体のヒーローの無念をくみ取り十代はデッキからカードを引き抜き――

 

「墓地のヒーローが減ったことで、2体のシャイニング・ヒーローたちの攻撃力が下がるぜ!」

 

 ヒーローの無念が解消されたゆえか、闘志が幾分か収まりを見せ、背中の翼の輝きが収まる2体のシャイニング・ヒーローたち。

 

E・HERO(エレメンタルヒーロー) シャイニング・フレア・ウィングマン》

攻5500 → 攻4900

 

E・HERO(エレメンタルヒーロー) シャイニング・フェニックスガイ》

攻5000 → 攻4400

 

「そんでもって、今引いた3枚のカードを全て伏せてターンエンドだ! 《ユベル》の維持コストは払えねぇから自壊しちまうぜ――ゴメンな、ユベル」

 

『なぁに、構わないさ――でも分かってるよね?』

 

 無為に墓地に送られるユベルだが、その表情に悲観はない。ただ言葉なく「後は任せた」と返すだけだ。

 

「おう、分かってるよ!」

 

 そんなユベルに任せろと、太陽のように笑う十代。

 

 その2人のやり取りに、パラドックスはポツリと苛立ち気に声を漏らす。

 

「何故、この状況で笑っていられる……」

 

 このデュエルが始まってから十代は終始、笑顔だった。

 

 互いのギリギリの攻防の中であっても、時に悔し気に、時に自信ありげに笑みを浮かべ。

 

 苦難を前にしても、強気に笑い。

 

 敵味方問わずエース格のモンスターが呼ばれる度に楽し気に笑う。

 

 そんな十代の姿がパラドックスには唯々不可解だった。「状況を理解しているのか?」とすら思う。

 

 だが十代のスタンスはブレない。

 

「いや、『お前スッゲー強いな!』って思ってさ――どうせならこんな命懸けのデュエルじゃなくて、もっと普通にデュエルしたかったぜ!」

 

「自分たちの命が懸かっているというのに悠長な……」

 

「何だよ――強いヤツとのデュエルはワクワクする! それだけじゃダメなのかよ?」

 

 デュエルに対して、何処までも純粋で真っすぐな想いがパラドックスの心に突き刺さる。

 

「くっ……私のターン! ドロー!!」

 

 自身の心に燻る想いにフタをしながらパラドックスは戦う――先に抱いた感情に流されてはならないと。

 

「キミの《ユベル》が消えた今! このカードはもう必要あるまい! 私は魔法カード《マジック・プランター》を発動! 永続罠《生贄封じの仮面》を墓地に送り新たに2枚のカードをドロー!」

 

 宙に浮かぶ《生贄封じの仮面》が砕ける中、パラドックスは2枚のカードを見やり、己が切札に新たな力を付与する。

 

「装備魔法《孤毒(こどく)(つるぎ)》を《Sin トゥルース・ドラゴン》に装備!」

 

 そして《Sin トゥルース・ドラゴン》の、パラドックスの身体をあらゆる存在を拒絶するような禍々しいオーラが覆う。

 

「このカードを装備したモンスターの元々の攻撃力・守備力は相手モンスターと戦闘する際のダメージ計算時のみ倍になる!!」

 

「実質、攻撃力1万だと!?」

 

 装備するだけで攻撃力が無条件で倍化する強力な効果に驚愕に目を見開く遊星。

 

「当然デメリットもある――私のフィールドに装備モンスター以外のモンスターが存在すれば、このカードは墓地に送られてしまうデメリットがな」

 

 しかしパラドックスから語られるデメリット――それは1人になっても戦い続けるパラドックスの覚悟にも思えた。

 

「だが今、この瞬間には何も問題はない! 《Sin トゥルース・ドラゴン》! 遊城 十代の光を――シャイニング・フレア・ウィングマンを打ち払え!!」

 

 禍々しいオーラを身に纏う《Sin トゥルース・ドラゴン》から放たれるブレスは先程の比ではない。

 

 その巨大なブレスによる一撃が《E・HERO(エレメンタルヒーロー) シャイニング・フレア・ウィングマン》諸共3人を滅殺せんと迫る。

 

「そうはいかねぇぜ! その攻撃宣言時、罠カード《立ちはだかる強敵》を発動! このターンの全ての攻撃を俺が選んだモンスターで受ける!」

 

 しかし十代の声にすぐさま《E・HERO(エレメンタルヒーロー) シャイニング・フレア・ウィングマン》を庇う様に前に出る《E・HERO(エレメンタルヒーロー) シャイニング・フェニックスガイ》。

 

 戦闘で破壊されない自身の効果を活かす時だと。

 

「頼むぜ! シャイニング・フェニックスガイ!!」

 

 その《E・HERO(エレメンタルヒーロー) シャイニング・フェニックスガイ》の姿に頼もしさを覚える十代。

 

「だが装備魔法《孤毒(こどく)(つるぎ)》によって倍化する《Sin トゥルース・ドラゴン》の力によってどのみちキミのライフは尽きる!」

 

 しかしそんなヒーローの想いを打ち砕くように《Sin トゥルース・ドラゴン》は禍々しいオーラを纏いつつ、ブレスを発射し、超過ダメージによって十代たちを抹殺せんと動く。

 

《Sin トゥルース・ドラゴン》

攻5000 守5000

攻10000 守10000

 

 そんな《Sin トゥルース・ドラゴン》の圧倒的な攻撃力から放たれた一撃が5600ポイントものダメージとなって周囲を揺らすが――

 

 

 

 

遊戯・十代・遊星LP:3500 → 700

 

 十代たちのライフは僅かばかりに残った。

 

「チッ、最後のリバースカードの効果か……」

 

「ああ、俺は罠カード《ダメージ・ダイエット》を発動していたぜ……これでこのターン受ける全てのダメージを……半分に……!」

 

 即死クラスのダメージは防げども、発生した余波に傷つく遊戯・十代・遊星――だが決して倒れはしない。

 

 そして2体のシャイニング・ヒーローたちもまた健在だ。

 

「くっ……何故だ! 何故、倒れない!! ――カードを1枚セットし、ターンエンドだ!!」

 

 その3人の姿にパラドックスの心が揺れ動く。

 

 

 状況は未だパラドックスが優勢である。

 

「だとしても攻撃力は私の《Sin トゥルース・ドラゴン》には遠く及ばず!」

 

 だがパラドックスは己のアドバンテージを示す様に叫ぶ。

 

「未だ私の墓地には《Sin トゥルース・ドラゴン》の破壊を回避するカードが眠っている!」

 

 叫ばずにはいられなかった。

 

「キミたちの絶望的な状況は何一つ変わってなどいない!!」

 

 その心に巣食う感情を否定する為に。

 

 

 しかしそんな危機的な状況であっても闇遊戯は動じずデッキに手をかける。

 

「俺のターンだ! ドロー!!」

 

「何故だ! 何故、この絶望的な状況で諦めない! 何故、戦う!」

 

 迷いなくカードを引く闇遊戯の姿にパラドックスが思わず問いかけた言葉に闇遊戯は視線を合わせながら返す。

 

「簡単な話だぜ、パラドックス。それは俺が、俺たちが――」

 

「そうだぜ、パラドックス! 俺たちが――」

 

 十代も続くように返す。

 

「そう、俺たちが――」

 

 遊星も頷きながら続く。

 

 

 その答えなど決まり切っていた。それは――

 

「 「 「 デュエリストだからだ!! 」 」 」

 

 

 デュエリストは最後の最後まで、それが敗北の瞬間であっても、デュエルに向き合う人間なのだから。

 

 デュエルから背を向けるような真似など出来ない。

 

「墓地の《置換融合》を除外し、融合モンスター《波動竜騎士 ドラゴエクィテス》をエクストラデッキに戻して更に1枚ドロー!」

 

 遊星の奥の手が闇遊戯の手に可能性を運ぶ。

 

「さらに魔法カード《アドバンス・ドロー》を発動! フィールドのレベル8以上のモンスター、《E・HERO(エレメンタルヒーロー) シャイニング・フェニックスガイ》を墓地に送り、2枚ドロー!」

 

 己が身の光を遊戯に捧げる《E・HERO(エレメンタルヒーロー) シャイニング・フェニックスガイ》。

 

 やがて役目を終えたように《閃光の双剣-トライス》が地面に落ち、砕ける。

 

「来たぜ! 魔法カード《黙する死者》を発動し、墓地の通常モンスター1体――《ブラック・マジシャン》を蘇生する!! 舞い戻れ、《ブラック・マジシャン》!!」

 

 舞い戻り、杖を構える黒き魔術師、《ブラック・マジシャン》が闇遊戯の元に馳せ参じ、その身を捧げ、

 

《ブラック・マジシャン》

星7 闇属性 魔法使い族

攻2500 守2100

 

「更に魔法カード《死者蘇生》を発動! 遊星! 君のスターダストの力! 貸して貰うぜ!!」

 

 遊星の相棒たるドラゴン、《スターダスト・ドラゴン》が闇遊戯に力を貸すべく舞い降りる。

 

《スターダスト・ドラゴン》

星8 風属性 ドラゴン族

攻2500 守2000

 

「そして魔法カード《融合》を発動!! 《ブラック・マジシャン》とドラゴン族モンスター《スターダスト・ドラゴン》を融合!!」

 

 そして闇遊戯の最後の手札が奇跡をもたらす。

 

「カードの精霊が力を貸してくれているのか!?」

 

 精霊の力を感知した十代の瞳がオッドアイに輝き、

 

「赤き龍の痣が!?」

 

 遊星の腕の赤き龍の痣が赤い光を放ち、

 

「黒き魔術師の力が眠れる伝説の竜の力を呼び覚ます! 融合召喚!!」

 

 闇遊戯の千年パズルが眩いまでの光を見せ、エクストラデッキが光り輝く。

 

 やがて飛翔した《スターダスト・ドラゴン》の隣を飛ぶ《ブラック・マジシャン》の姿は光と共に一つに重なり――

 

「招来せよ! 伝説の竜魔術師! 《呪符竜(アミュレット・ドラゴン)》!!」

 

 全身に魔術の文様の帯が光る《スターダスト・ドラゴン》の背に《ブラック・マジシャン》が騎士の如く佇む姿が降り立った。

 

呪符竜(アミュレット・ドラゴン)

星8 闇属性 ドラゴン族

攻2900 守2500

 

「《呪符竜(アミュレット・ドラゴン)》の効果発動! このカードが特殊召喚に成功した時、自分・相手の墓地の魔法カードを任意の枚数除外する!!」

 

「なにっ!?」

 

 《スターダスト・ドラゴン》の身体を奔る魔術の文様が淡く光り、周囲に突風を起こして魔力の残照を巻き上げるが――

 

「だが好きにはさせん! チェーンしてリバーストラップ《貪欲な瓶》を発動! 墓地のカードを5枚デッキに戻し、1枚ドローする! これで5枚の魔法カードをデッキに戻す!」

 

 しかしそんな風の中、宝石をちりばめた欲深い顔を模した瓶が魔力の残照の一部を呑み込んでいく。

 

 やがてその大半は舞い上がる風が引き寄せていき、魔力の残照――墓地の魔法カードは《スターダスト・ドラゴン》の口へと吸い込まれて行った。

 

「だとしても、これで《Sin トゥルース・ドラゴン》の鉄壁の防御は打ち破られた!!」

 

 そう、これでパラドックスの墓地に身代わり効果を持つ魔法カードは存在しない。

 

「くっ!?」

 

「さらにこの効果で除外したカードの数だけ《呪符竜(アミュレット・ドラゴン)》の攻撃力は100アップする! 除外したのは21枚! よって2100ポイント攻撃力がアップ!!」

 

 やがて取り込んだ魔術の残照が《スターダスト・ドラゴン》とその背に佇む《ブラック・マジシャン》の魔力へと変換されていき――

 

呪符竜(アミュレット・ドラゴン)

攻2900 → 攻5000

 

 その力は《Sin トゥルース・ドラゴン》と互角になる程まで高まった。

 

「バトルだ! 《呪符竜(アミュレット・ドラゴン)》で《Sin トゥルース・ドラゴン》を攻撃!」

 

「血迷ったか!!」

 

 闇遊戯の攻撃宣言にそう返すパラドックス。

 

 例え《呪符竜(アミュレット・ドラゴン)》が《Sin トゥルース・ドラゴン》の攻撃力と互角のパワーを持ったとしても、《孤毒(こどく)(つるぎ)》が存在する限り、《Sin トゥルース・ドラゴン》の攻撃力は1万にまで上がる。

 

 互いのドラゴンのブレスと黒き魔術師の魔法がチャージされる。

 

 当然、このままなら返り討ちだが――

 

「十代! 今度は君のカードの力を借りるぜ!」

 

「はい、遊戯さん!!」

 

 闇遊戯の声に小さく頷いた十代は闇遊戯の声を揃えるように共に宣言する。

 

「 「 自身の融合モンスターがバトルする攻撃宣言時に速攻魔法《決闘融合(けっとうゆうごう)-バトル・フュージョン》を発動! 」 」

 

 《呪符竜(アミュレット・ドラゴン)》の周囲の白いオーラが立ち込める。

 

「俺の融合モンスターの攻撃力はバトルする相手モンスターの攻撃力分アップする! よって《呪符竜(アミュレット・ドラゴン)》の攻撃力は――」

 

 そう続けた闇遊戯の言葉と共に《スターダスト・ドラゴン》のチャージするブレスがより強大さを増し、《ブラック・マジシャン》の魔術により発生した魔力弾の数が倍に増える。

 

呪符竜(アミュレット・ドラゴン)

攻5000 → 攻10000

 

「攻撃力一万だとォ!?」

 

「さすがだぜ、遊戯さん――攻撃力が並んだ!」

 

 驚愕の声を漏らすパラドックスに対し、拳を握る十代。

 

 そして闇遊戯の宣言と共に――

 

「行けッ! 《呪符竜(アミュレット・ドラゴン)》! マジック・デストーション!!」

 

 《スターダスト・ドラゴン》と《ブラック・マジシャン》の合わせ技が螺旋を描きながら《Sin トゥルース・ドラゴン》に迫る。

 

「装備魔法《孤毒(こどく)(つるぎ)》の効果でモンスターとのバトルの間だけ《Sin トゥルース・ドラゴン》の攻守は倍になる!!」

 

 しかし《Sin トゥルース・ドラゴン》も負けてはいない。その身に宿った禍々しいオーラの全てをブレスに変換し、《呪符竜(アミュレット・ドラゴン)》の攻撃に向けて放つ。

 

《Sin トゥルース・ドラゴン》

攻5000 守5000

攻10000 守10000

 

 互いの全てをかけた攻撃がぶつかり合う中、互いの身体がピシリと音を立てると同時にぶつかり合う力が逃げ場を求めるように爆ぜた。

 

 

 その強大な爆発の衝撃が《Sin トゥルース・ドラゴン》と《呪符竜(アミュレット・ドラゴン)》を消し飛ばす。

 

 その衝撃に耐える遊戯・十代・遊星だったが、対するパラドックスは《Sin トゥルース・ドラゴン》と一体化していたゆえかダメージが大きい。

 

「ぐぁああああッ!!」

 

 だが《Sin トゥルース・ドラゴン》がその身が砕ける前にパラドックスを強制的に分離させ、パラドックスは地面を転がった。

 

 我が身に等しいモンスターの献身により、何とかその身が残ったパラドックスは震える膝を叱責しながら立ち上がる。

 

「……マズイ……このままではシャイニング・フレア・ウィングマンの攻撃が――」

 

 まだデュエルは終わっていないのだから。

 

 

 だがそんなパラドックスを見下ろすのは――

 

 

 2人の遊戯の相棒たる黒き魔術師、《ブラック・マジシャン》が杖を構え、

 

《ブラック・マジシャン》

星7 闇属性 魔法使い族

攻2500 守2100

 

 そして遊星の相棒たるドラゴン、《スターダスト・ドラゴン》が翼を広げていた。

 

《スターダスト・ドラゴン》

星8 風属性 ドラゴン族

攻2500 守2000

 

「何故、その2体のモンスターが……」

 

 呆然と呟くパラドックスに闇遊戯は静かに語る。

 

「破壊された《呪符竜(アミュレット・ドラゴン)》には墓地の魔法使い族モンスター1体を呼び戻す力がある」

 

 その言葉と共に闇遊戯が手に持ち示していた《呪符竜(アミュレット・ドラゴン)》のカードが光の粒子となって文字通り、消えていく。

 

「そして融合モンスターである《呪符竜(アミュレット・ドラゴン)》が破壊されたことで、永続魔法《ブランチ》の効果により融合素材モンスターを復活させた」

 

 一見すれば効果の説明が語られただけだが、パラドックスの受けた衝撃は大きい。

 

「バ、バカな……」

 

 数多の攻撃を受け続けてきた彼らのエースが並び、パラドックスの周りには何者も存在しない。

 

 文字通り、パラドックスは1人だ。

 

 

「もう終わりにしよう、パラドックス」

 

「こんなことが……」

 

 静かに告げた闇遊戯にパラドックスは現実を受け止められないかの如く言葉を紡ぐことしか出来ない。

 

 

 

「《ブラック・マジシャン》!」

 

 遊戯の声に《ブラック・マジシャン》の杖から黒い魔力弾が形成されていき――

 

「シャイニング・フレア・ウイングマン!」

 

 十代の声に《E・HERO(エレメンタルヒーロー) シャイニング・フレア・ウィングマン》の右拳に光が輝き――

 

「《スターダスト・ドラゴン》!」

 

 遊星の声に《スターダスト・ドラゴン》の口に星屑のブレスがチャージされていく。

 

 

 そんな3人のデュエリストと3体の相棒のモンスターの様相にパラドックスは納得した様相で呟く。

 

「そうか……」

 

 彼らの瞳に、身体に、心に宿る力の正体へパラドックスは理解が及び呟く。

 

 

 

 そんな中、《ブラック・マジシャン》が杖を天に向け、黒い魔力弾を掲げ、

 

 隣でその杖に向かって《E・HERO(エレメンタルヒーロー) シャイニング・フレア・ウィングマン》が右腕に輝く光を注ぎ、

 

 その光と闇が混ざり合ったエネルギーへと《スターダスト・ドラゴン》の星屑のブレスが混ざり合う。

 

「 「 「 ブラック・シャイニング・ソニック!! 」 」 」

 

 やがて遊戯・十代・遊星の声と共に三つの力が一つとなり、宇宙の如き輝きを放つ一撃がパラドックスに迫る中――

 

「これがキミたちの可能性か……」

 

 思わずそうポツリと零したパラドックスは満足気な顔で笑みを浮かべる。

 

 

 黒き魔術が、ヒーローの光の一撃が、ドラゴンのブレスがパラドックスの身を包み、焦がす。

 

 

 

 そんな圧倒的な力の奔流に呑まれるパラドックスは最後の力を振り絞って叫んだ。

 

「だが! キミたちは必ず後悔する! あの男を生かしたことをォオオオオ!!」

 

パラドックスLP:1850 → → → 0

 

 最後に今の今まで気配を消していた神崎に向けて怨嗟の声を上げながら、パラドックスの身体は破壊の奔流に呑まれていった。

 

 

 

 

 

 そのパラドックスの視線の先には変わらぬ笑みが浮かんでいた。

 

 






《ブランチ》の効果で蘇生できるのは『自分の墓地』だけなので、本当は《スターダスト・ドラゴン》は蘇生できませんが――

此処は千年パズルの力が《スターダスト・ドラゴン》を遊星の元(コントロール)に返したということで……(震え声)

デュエルの結果は変わりませんし(目そらし)



そしてエクストラ創造の第一号は《呪符竜(アミュレット・ドラゴン)》!

千年パズル、精霊の力、そして赤き龍の力で伝説の三竜の封印が一時的に解いたということで(小声)


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第138話 みらいいろ――の様子がおかしい



前回のあらすじ
3 VS 1と数の暴力に晒される中でパラドックスは頑張った方だと思う


ちなみに最後の主人公エースの証、2500打点の3体同時攻撃の中で
E・HERO(エレメンタルヒーロー) シャイニング・フレア・ウイングマン》だけが
自身の効果で打点が上がっていたのは――密に密に(目そらし)


 

 

 《ブラック・マジシャン》・《E・HERO(エレメンタルヒーロー) シャイニング・フレア・ウイングマン》・《スターダスト・ドラゴン》の3体の合体攻撃をその身に受けたパラドックス。

 

 そして光の中で最後の叫びを上げながら宙に浮かべていた足場のD・ホイールと共にパラドックスは吹き飛ばされ、その身を散らしていく姿を見て神崎は乾いた笑いと共に呟く。

 

「…………私のこれまではなんだったんだ」

 

 神崎はこの世界が「遊戯王の世界」だと知り、迫りくる世界の危機を自覚して死に物狂いでデュエルの腕を磨いてきた。

 

 そんな人生の大半を費やした神崎の足掻きは、全ては、何一つ、通じなかった。

 

 

 無意味だった。

 

 無価値だった。

 

 無力だった。

 

 デュエリスト(戦うもの)ですらなかった。

 

 スタートラインにすら立てていなかった。

 

 

 絶望感がその身を蝕む中、神崎の胸中に恐怖が広がる。

 

――このままでは先は見えている……嫌だ。嫌だ。また死ぬのは嫌だ。

 

 パラドックスは「強者」ではあったが、「最強」ではない。

 

 つまりまだ上がいる。

 

 とはいえ、どのみち今の神崎ではどちらにも勝てない。

 

 

 遊戯たちに任せればいい? 集めたデュエリストたちに任せればいい?

 

 神崎にはそんな楽観視が出来なかった。

 

 

 もしも彼らが全員敗北すれば、戦うものが居なくなってしまえば――

 

 

 

 その時は自身(神崎)が戦うしかない――勝ち目がないにも関わらず。

 

――死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。

 

 神崎には絶望することさえ許されていない

 

 死から逃れ続ける為に強くならねばならなかった。

 

 

 生きる為に、死なない為に、足掻き続けなければならない。

 

 

 例え、どれ程の苦難があろうとも。

 

 

 ゆえに神崎は決断する。最後の希望(絶望)に縋ってでも力を欲する。

 

 

 彼には力が必要だった――比肩しうるものが存在しない圧倒的なまでの力が。

 

 生きる為に、死なない為に、強く、より強く、より先へ、より高みに。

 

 手にしなければならない――

 

 

 

 

 

――どんな手を使っても。

 

 

 

 

 

 

 やがて周囲を覆っていた重苦しいプレッシャーが消えたことを確認した神崎は先程の焦燥感など感じさせぬように遊戯・十代・遊星に向けてポツリと呟く。

 

「驚いた。あれ程の実力者を打ち破ってしまうとは……」

 

 それは賛辞の言葉だが、そこに嘘はない――ただニュアンスが「やっぱ強ぇ……」だが。

 

 そんな怪我を押して3人に歩みよった神崎に闇遊戯は表の遊戯へと人格交代しながら心配気に尋ねる。

 

「神崎さん、怪我は大丈夫ですか?」

 

「はい、まだ少し痛みますが動くのに問題はありません――ありがとう、皆さん……お陰で命拾いしました」

 

 そう3人に向けて頭を下げて感謝の意を示す神崎だが、顔を上げた後、背後を気にしながら零す。

 

「だが直ぐに此処から離れた方が良い――そろそろKCの社員が到着するでしょう。未来から来たキミたちの存在を考えれば要らぬ面倒事に巻き込んでしまう」

 

 その言葉通り、既に神崎がKCへと連絡を入れている為、直に増援が来るのだ。

 

 

 未来から来た人間にとって面倒なことこの上ない状況に遊星の腕の赤き龍の痣が輝き始める。

 

「赤き龍の痣が……」

 

 その赤き龍の痣の輝きに十代は慌てた様子で遊星のD・ホイールに向かおうとするが、その前に神崎に振りかえり――

 

「もう帰るのかよ! じゃぁ神崎さん! 今度は未来になっちまうけど、またな!」

 

「はい、未来であった時はよろしくお願いします」

 

 神崎と短く別れの挨拶を躱し、急いだ様子で駆ける十代の後ろをユベルが追うが、その前に――

 

『十代との仲、よろしく頼むよ――当時のボクは愛を拗らせていたから、諦めず根気強くね』

 

「ええ、お任せください」

 

 ユベルが「絶対だから」とばかりに、かなり強めに頼み、その2人の後を遊星が追う前に神崎をジッと見やり言葉を探す。

 

「神崎さん! ……いえ、何でも……ないです。お元気で!」

 

「? ――お元気で」

 

 そんな何かあり気な様相で去る遊星に疑問符を浮かべる神崎。

 

「あっ、乃亜くんから色々言われると思うのでその辺りはお願いします!」

 

「そうですか、了解しました」

 

 やがてそれぞれのカードを互いに返した後、表の遊戯の言葉を最後に赤き龍の力が遊星のD・ホイールを赤く輝かせ、赤い竜が空へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

「あれ? ボクは?」

 

 表の遊戯だけを残して。

 

――相棒、お前はこの時代の人間だろう……

 

 そんな呆れ気味の闇遊戯の言葉が表の遊戯に届いたが、最後は神崎が教えたルートを辿って無事にこの場を離れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 十代を元の時代に送り届けた遊星は5D’sの時代に戻った際に仲間たちが駆け寄る姿を見てその胸中でポツリと零す。

 

――パラドックスの言っていた絶望の未来がいつ来るのかは分からない……だが俺たちが力を合わせれば、きっとどんな困難な未来でも乗り越えていける!

 

 

 D・ホイールを停車させ、仲間たちに出迎えを受けつつ遊星は決意を固める。

 

――遊戯さん、十代さん、神崎さん……守ってみせます! このかけがえのない仲間と共に俺たちの未来を!

 

 

 どんな困難であっても、仲間たちと乗り越えて見せると。

 

 

 

 

 

 

 

 自分がいるべき時代に戻った十代は三沢の職場に訪れていた――報告会ってヤツである。

 

 とはいえ、両者に重苦しい雰囲気はなく、2つのソファに対面して座りながら和気藹々としたやり取りが続き、ふとオレンジジュースを飲んだ十代は呟く。

 

「何処まで話したっけ?」

 

 先程のパラドックスの一件の説明を終え、その地点からさかのぼって精霊世界での行動を話していた十代だったが、ジュースで喉を潤す最中に話が飛んでしまったらしい。

 

『十代……』

 

 そんな十代も愛らしいと視線を向けるユベルを余所に学生時代から変わらぬ十代のマイペースさに三沢は昔を懐かしみつつ返す。

 

「『暗黒海でシャケ召喚』の話までは聞いたが?」

 

 いや、それはどういう状況なんだ。

 

 三沢の返しに十代は置いていたショルダーバッグを探りながら再度、語り始める。

 

「そうそう! その《ジェノサイドキングサーモン》の卵が美味くってさ! 暗黒界の人――てーか、悪魔なんだけど――に頼んで分けて貰ったんだ! 《屈強の釣り師(アングラップラー)》のおっさんの一本釣りも凄くってさ! その時の土産、一緒に食おうぜ!」

 

 精霊界にて巨大なシャケのモンスター《ジェノサイドキングサーモン》を悪魔族モンスターである不気味な装いの『暗黒界』のモンスターたちと共に釣り――というか漁を行ったと話しつつ、ショルダーバッグから目当ての品を出そうとする十代。

 

 同行した青い肌に角の生えた老人――《屈強の釣り師(アングラップラー)》に関して熱く語る十代に対し――

 

『噂とは違って気の良い奴らだったね』

 

 一見すれば恐ろしい見た目の『暗黒界』のモンスターだが、話してみれば普通に良い人だったと語るユベルはショルダーバッグをひっくり返す十代から1枚の写真を手に取る。

 

 それは暗黒界のモンスターたちと十代、そしてユベルが映っており、《ジェノサイドキングサーモン》の卵を海鮮丼にしている光景だった。

 

 《ジェノサイドキングサーモン》自体は暗黒海に帰しているようで、海の水面で跳ねている。

 

「なまものだろうに……大丈夫なのか?」

 

 そんな十代とユベルに心配気な声を上げる三沢。

 

 十代が長期間、旅をしていたことを考えれば、些か鮮度が心配であろう――ってツッコム所は多分、そこじゃない。

 

 しかし十代は親指を立てて、宣言する。

 

「大丈夫だって! 《魔法都市エンディミオン》で最新技術の『何とか』って魔法がかかったバインダーを買ったからな!」

 

 十代が語る《魔法都市エンディミオン》は精霊界に存在する行政組織によって魔法の研究が管理された都市である。

 

 そこで扱われる魔法道具はまさに至高の一品。

 

『「状態保存魔法」だね、十代』

 

 ショルダーバッグから目当てのバインダーを取り出した十代にそう注釈するユベル――早い話が「物体の劣化を防ぐ」というもの。

 

「精霊界にはそんな技術があるのか……しかし、何故バインダーなんだ?」

 

 そのトンでも技術に感嘆の声を漏らす三沢だったが、当然の疑問が浮かぶも――

 

「ソイツはこうなってるからさ! ――『発動』!」

 

 十代がバインダーの中から1枚のカードを取り出し、トリガーとなる言葉を叫ぶとポンッとタッパーと思しき容器が十代の手元に現れた。

 

 そう、このバインダーは――

 

「成程――カード化して保存してあるのか……興味深いな、カードにする時はどうするんだ?」

 

 物体をカード化することで劣化を防ぎ、なおかつ持ち運びがしやすくなる精霊界の道具だった。

 

 三沢の追及に十代はその容器に向けてバインダーをかざし――

 

「その時はバインダーをこうして――『セット』」

 

 トリガーとなる言葉と共に容器はポンと音と小さな煙を上げて、カードに変化する。

 

「これは凄いな……どの程度のサイズまでカード化できるんだ?」

 

「うーん、どうなんだろ? 聞いた説明じゃ『意思のあるもの』はダメって話らしいけど……」

 

 続く三沢の問いかけに十代は購入の際に大荷物を持った二足で歩く虫型モンスター《魔導雑貨商人》から受けた説明を思い出すも、サイズに関しての説明を必死に思い出している模様。

 

『ボクらが試した中で一番大きいものは――《W(ダブル)星雲隕石(せいうんいんせき)》の抜け殻かな?』

 

「あー、ワームたちに貰ったアレが一番大きいか……でも《ナチュルの森》で貰った――」

 

 しかしユベルの言葉から十代が零した「ワーム」との言葉に三沢は待ったをかける。

 

「ワーム? 定時報告にそんな名はなかったと記憶しているが……」

 

 記憶を巡らせる三沢に十代は楽しそうに語る。

 

「ああ! 旅の道中で『ワーム』って奴らとばったり会ってさ!」

 

『いや、空から急に降ってきて思いっきり襲われたじゃないか――この星を侵略するとか言ってさ』

 

 さらっと重要事項を語るユベルだが、十代は気にした様子はない。

 

『ワーム』とは爬虫類族のカテゴリーモンスター。そのどれもが不気味な宇宙生物の様相であり、星々を渡り侵略することを是とする一族であるが――

 

「でもデュエルしたらちゃんと分かり合えただろ? 侵略なんかより仲良くする方が楽しいってさ!」

 

 十代とデュエルで分かり合え、更にその場での被害もないのだから問題はないと語る姿に三沢は眉間を指で押さえながら呟く。

 

「外宇宙からの侵略者か……精霊界の方は大丈夫だったのか?」

 

「おう! ワームの奴らも分かってくれたし、今は『三竜同盟』ってとこで世話になってるぜ!」

 

 さらっと精霊界のピンチを解決していた十代。

 

 報告が遅れたのはパラドックスの一件を含め、様々な問題が立て続けに起こったゆえであろうことは三沢にも十分理解出来ている為、咎めるような視線はなかった。

 

「ふむ、なら大きな問題はなさそうだな……種族間の争いは今も落ち着いているか?」

 

「他は報告したのと大差ない……かな? 色々不満はあるみたいだけど、デュエルで決着付けて落とし所を見つけていくんだってさ――三沢の作ったデュエルシステムのお陰でみんな大助かりだぜ!」

 

 十代の話を聞きつつ三沢は精霊界へとの交流の為のアレコレを考えていたが――

 

「つーか三沢、もう良いだろ? 今日は色々あって疲れたから後はパーっと騒ごうぜ! 開発中のD・ホイールの話も聞きたいし!」

 

 十代のそんな声に三沢の意識はふと戻る。

 

 考えることは山積みだが、今この時だけは友との語らいにだけ意識を向けようと。

 

「疲れたのに騒ぐのか……十代らしいな。なら腕に寄りをかけて《ジェノサイドキングサーモン》の卵とやらを料理しようじゃないか!」

 

 やがてソファから立ち上がり、十代から《ジェノサイドキングサーモン》の卵の入った容器を受け取りつつ何処からともなく現れたキッチンに立つ三沢。

 

「よっ! 頼むぜ、三沢!」

 

 料理とは科学実験である――そんな言葉を実践したような三沢の料理に十代とユベルは舌鼓を打ちつつ久しく語らう友との時間を楽しんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 少年は森の中を駆ける。

 

 何故、こんなことになってしまったのだろうと頭の片隅で考えるが答えは出ない。

 

 前を飛ぶ異形の化け物に先導されながらただ駆ける。

 

 息も絶え絶えに駆ける少年の耳に追い掛けてくる故郷の人間の怒声が響く。

 

「アイツは何処に行った! あの化け物が厄を呼んだんだ!」

 

 その怒声に少年は耳を塞いで駆ける。自分は化け物ではないのだと。

 

 

 少年には他者には見えないものが見えた。

 

 空に浮かぶように漂う彼らとのやり取りは少年にとって普通のことだった――「少年にとっては」

 

 

「早く見つけ出して厄払いしねぇと! 俺たちも呪われちまうぞ!」

 

 先とは別の人間がガサガサと草木を掻き分けながら少年を追う仲間へと焦ったような声を上げる。

 

 

 少年が自身の異能が「異常」だと認識できた頃には既に手遅れだった――小さな故郷だ。噂など直ぐ広まる。

 

 

 耳を塞ぎながら駆けていた少年だが、不安定な姿勢での全力疾走に足をもつれさせ地面に倒れた。

 

 その際に響いた大きな音に少年を追う一団の中の1人が声を張り上げる。

 

「音がしたぞ! 向こうだ!!」

 

 その声に今まで広範囲に散っていた一同が少年のいる方角へと集まっていく。

 

 

 少年は異形に見守られる中、足の痛みに耐えながら、歯を食いしばり立ち上がる。立ち止まってはならないと。

 

 

 異常だった少年に向けられたのは偏見の視線と、言われなき中傷。そして同じ年代の子供がふざけて投げる石。

 

 少年にとって決して満たされた環境ではなかった。

 

 だがそんな劣悪な状態でも少年と周囲の人間との関係性のバランスは辛うじて取れていた。

 

 

 あの時までは。

 

 

「全部、アイツのせいだ! あの化け物のせいだ!!」

 

 少年を追う一団の1人が唾吐くようにがなり声を上げる。自身の故郷に降りかかった不運は全て少年のせいだと。

 

 

 現在に至った切っ掛けはいつものように少年に向けて投げられた石――が弾かれたことが発端だった。

 

 ただ石を弾いただけなら問題はない。弾いた相手が問題だった。

 

 

 身体から蛇のように飛び出しているウジャトの瞳。

 

 不気味に脈動する翼に大きな鍵爪を持った太い腕。

 

 足がなく、その腹に大きな穴が開いた異形の身体。

 

 

 少年が見慣れていた異形の姿が他者にも知覚できた瞬間に、今の今まで燻っていた感情が爆ぜた。

 

 

 ざわめく住人の姿。

 

 泣き叫ぶ子供の姿。

 

 手に近場の武器になりそうなものをもつ大人たちの姿。

 

 力尽きたように異形の姿がいつものように少年以外に見えなくなったとしても、一度火のついた彼らの感情は収まりを見せない。

 

 

 ゆえに少年はわき目も振らずに駆け出した。異形の指さす方向へと。

 

「足跡だ! まだ新しい! 近いぞ!!」

 

 そんな少年を追う人間の声が響き、周囲が殺気立って行く。

 

 少年は疲労と恐怖で震える足を動かすが、思う様に前には進めない。元より子供の足と大人の足ではいずれ追いつかれる。

 

 少年は異形の指さす方向へ進むことを諦め、木の幹に隠れるように蹲る――どうか見つからないようにと願って。

 

 だが異形は少年を急かす様に目の前に浮かび、向かうべき方角を指さす。

 

 

 現実から逃れるように蹲る少年だったが、その身を影が覆う。

 

 本来姿の見えぬ異形に影など出来ない。少年の心に絶望が過る。

 

 

 見つかった。

 

「違う。違う。違う。俺は! 俺は!!」

 

 まるで現実を、世界を、異形を、否定するように呟く少年に届いたのは――

 

 

 

 にこやかな笑顔と、差し出された右手。そしてある言葉が少年に――

 

 

 

 

これが(今のキミが)本来あるべき世界だ」

 

 届く前に、パラドックスの言葉が少年の心を絶望で包んだ。

 

 

 

 

 

「止め――ッ!!」

 

 KCの病室と思しき場所でベッドから跳ね上がるようにギースは身体を起こす。

 

 何かを求めるように腕を伸ばすギースだが、その視界には暗い部屋しか映らない。

 

 

 そんなギースの隣から子供の声が響く。

 

「おや、お目覚めかい、ギース? 随分とうなされていたようだけど」

 

「乃亜? 此処は……いや! 今の状況は――グッ!」

 

 その声の主であるイスに腰掛けていた乃亜にすぐさま詰め寄ろうとするギースだが、その身体は痛みにより上手くは動かない。

 

「キミを倒したと思われるデュエリストに関する件なら既に終わっているよ――神崎は詳しい内容を語らなかったけどね」

 

 そんなギースに突き放す様に言葉を返した乃亜はイスから立ち上がり、ギースを押した乃亜。

 

 小柄な乃亜に軽く押されただけにも関わらず、ギースはベッドに倒れ込むことしか出来ない。明らかに先のデュエルでのダメージが抜けていなかった。

 

「一応ケガ人なんだ。しばらくは大人しくして――」

 

 そう言いながら今回の報告書をギースにポンと投げ渡し、病室の扉に手をかけようとした乃亜だったが――

 

「無事かギース!!」

 

 猛スピードで此処まで駆け抜け、勢いよく扉を開けたヴァロンによって扉に伸ばした乃亜の手は空を切る。

 

「ヴァロン……病室では静かにしとくも――」

 

 溜息を吐きながら反動で戻ってくるスライド式の扉に手を伸ばす乃亜。だが――

 

「ギースの旦那がぶっ倒れただってェ!!」

 

 猛スピードで此処まで駆け抜け、勢いよく扉を開けた牛尾によって扉に伸ばした乃亜の手は空を切る。

 

 頬をぴくぴくと痙攣させる乃亜。

 

「牛尾……キミは羽蛾が希望した再研修を――」

 

「そっちは終わらせてあるよ!!」

 

 しかし大人な対応を見せようと頑張った乃亜に牛尾はそう告げ、病室へとドタドタ入る。

 

「ハァ……じゃぁボクは戻るよ。お大事に」

 

 そんな猪突猛進な2人の姿に乃亜は大きく溜息を吐き、病室を後にした――これでも忙しい身なのだと。

 

 

 決して暑苦しさが倍増した現場から離れたかった訳ではない。ないったらないのだ。

 

 

 

 

 

 そうして内心の気怠さを隠しながら廊下を歩く乃亜に向かい側から近づく影が見える。

 

「これは乃亜くん、お見舞いですか?」

 

「いや、今帰るところだよ、佐藤。ギースの意識も戻った以上、要件は済んだも同然だからね」

 

 乃亜の前で立ち止まったのは丸い眼鏡に長い黒いくせ毛気味の長髪の男、佐藤(さとう) 浩二(こうじ)の穏やかな声に乃亜は軽い調子で返すが――

 

「それは良かった――彼の悪い癖が出たのかと心配していましたが、何事もなかったようで一安心です」

 

 安心するように息を吐く佐藤の言葉の端に乃亜は興味を向けた。

 

「悪い癖? そう言えば君もオカルト課が正式に創設された時のメンバーの1人か……ギースに何か問題でもあるのかい?」

 

 乃亜が知る限りギースとツバインシュタイン博士はオカルト課のメンバーの中で神崎との関わりが最も長い。

 

 その次に関わりが長い人間――それはオカルト課と呼ばれる前の「神秘科学体系専門機関」が正式に発足した時のメンバーの1人である佐藤だった。

 

 それゆえ佐藤とギースの関わりも長く、互いの年齢が近いことも相まって交流は意外と多い。

 

 

 探るような乃亜の視線に佐藤は昔を懐かしむように零す。

 

「問題――と言う程ではありませんが、昔からデュエルに対しては強いコンプレックスを持っていたので、その点だけが少し心配で……」

 

「へぇ、意外だね――なんでもそつなくこなすイメージがあったんだけど」

 

 佐藤の言葉にそう返す乃亜。

 

 乃亜の知るギースは様々な業務を一手にこなすオカルト課の中核を担う立場――そんなギースが自身の明確な「苦手分野」をそのまま放置するとは乃亜には思えない

 

「本来であればそんな悩みなど持たなくて良い程度には強いのですが、神崎さんが求めるレベルが高すぎたことが問題の発端です」

 

「成程ね……どうりで彼がデュエルする所を見ない訳だ」

 

 だが佐藤の言葉に乃亜は納得の姿勢を見せる。

 

 神崎は優れたデュエリストを重宝する――とはいえ、これは神崎だけでなく、世界中で見られる現実だ。

 

 だが、こと神崎の場合はそのハードルがえらく高い。

 

 当然だ――神崎が欲するのは「世界の脅威と戦えるデュエリスト」である為、世間一般的な「強い」レベルではまるで強さが足りない。

 

 

 そしてギースはそのハードルを越えられなかった。

 

「彼は未だにそのことを悔いているようです――『恩人の力になれない』と……そんなことはないと私は思いますが、こればかりは本人の気持ちの問題なので」

 

 そんなギースに与えられたのは「デュエル以外の業務」――実質的な戦力外通告に近い。

 

 とはいえ、その分野でギースは目覚ましい活躍を見せている為、佐藤の言うように神崎的には大助かりなのだが。

 

「そうかい……まぁ、ボクにはあまり関係のないことかな」

 

 佐藤から語られたギースの過去に興味がなくなったように返す乃亜だが、そんな乃亜の姿を微笑ましいものでも見るような視線で佐藤は返す。

 

「おや、冷たいですね――まぁ、キミらしいと言えばキミらしいですが」

 

 佐藤には乃亜の心情が良く見えた――早い話が、ばつが悪いのだろう。

 

「子供扱いするのは止してくれないか?」

 

「確かにキミは優秀ですが、私から見れば年相応に子供ですよ――無理して背伸びしようする所なんて特に」

 

「――なっ!」

 

 生暖かい佐藤の視線に噛みつく乃亜だったが、返ってきた佐藤の最後の一言に返す言葉を失う。

 

「子供扱いが嫌なら、斜に構えるのを止めることです。では、これで」

 

 そんな言葉を最後に佐藤は乃亜の隣を通り過ぎ、ギースのいる病室へと歩を進めていった。

 

 

 その佐藤の姿を呆然と見送ってしまった乃亜は拳を握りながら自身に言い聞かせるように呟く。

 

「…………いや、此処で喚けば負けだ――落ち着くんだボク……あんな眼鏡のいうことに心揺らされては……」

 

 頑張って怒りを呑み込もうとしている模様――あんまり呑み込めていないのはご愛嬌だが。

 

「……よし――うん?」

 

 やがてヤレヤレと首を振り平静を取り戻した乃亜だったが、手持ちの通信機から音が鳴る。

 

「なんだい、神崎。今ボクは――」

 

 通信の相手は神崎に要件を尋ねる乃亜だったが――

 

「近い内にオカルト課から離れる? またか……」

 

 その要件に乃亜は小さく溜息を吐く――また神崎の悪い癖が始まったと。

 

「今度は何を見つけたんだい? ああ、分かった。引き継ぐのは通常業務だけなんだね? 了解だ」

 

 そんな短いやり取りで通信を終えたのは再度深い溜息を吐きながら零す。

 

「はぁ、トップがこうも軽々しく……ボクがいなかった時はどうしていたんだ……」

 

 その乃亜の言葉から察せられるように神崎はオカルト課の責任者であるにも関わらず「自由人か!」とツッコミを入れたくなる程に奔放に世界を駆け回っている。

 

 とはいえ、その度にアレコレ発見し、成果を出してくる為、表だって糾弾するものはあまりいないが。

 

「今度は何を見つけたのか……そもそも神崎の目的は何処にあるんだ? 今度――いや、語る気なんて始めからないか」

 

 しかし乃亜には神崎の行動が解せなかった。

 

 情報の出処。用途。そして神崎の目的――その何もかもが分からない。

 

 問いかけたところで煙に巻かれるのは目に見えている。

 

「モクバのようにいくら距離を詰めても神崎は何も語らない……となれば、神崎の行動から思考パターンを読まないと……」

 

 モクバの願いに対して協力の姿勢を見せている乃亜だったが、アプローチの手段の間違いを訂正する気はない――神崎の本質を覗くことはモクバには荷が重いだろうと。

 

「とはいえ、今までの神崎の行動を見ても皆目見当が付かない……間近の不審な動きはやっぱり――」

 

 ゆえに神崎という人間の行動から真意を測ろうと乃亜は画策しているが、未だに明瞭な答えは得られず、謎が深まっていくばかりだ。

 

 

 そして今回新たに追加された神崎の動き――それは乃亜に向けて「何があっても必ず完遂するように」と告げられたもの。

 

「『取り消された』あの指示……何が狙いだったんだ?」

 

 しかし今現在はその「必ず」が覆され、「取り消された」指示。それは――

 

 

 

 

 

「ペガサス・J・クロフォードの死亡事件の捏造に何の意味がある?」

 

 そんな乃亜の呟きに返る言葉はなかった。

 

 

 

 真実は闇の中。

 

 






端末世界こと、ターミナル世界に迫る魔の手(白目)




ちなみにギース・ハントの過去話は今作のオリジナルです。

原作の遊戯王GXにて見せた「精霊を狩ることを生き甲斐にした」ギースの姿は
「精霊に対し、憎悪を抱く切っ掛けになった事件」があると考え、

幼少時の過酷な体験に対する防衛本能としての「精神的な逃避」から

「結果的に原因となった精霊を憎むことで自身の心が壊れるのを防いだ」と解釈し、
生まれたエピソードになります。



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第139話 パラドックス



前回のあらすじ
和気藹々と希望を胸にそれぞれの時代、生活に戻る遊戯・十代・遊星。そして意識を取り戻したギース。

そんな彼らを余所に神崎 (うつほ)は最後の一線を越える。


手段など選んではいられない。






ゆえに神崎はマッスル以外の方法を取り始める。




 

 

 身体の節々から煙を上げ、大地に倒れて瞳を閉じるパラドックスには焦燥感とそこはかとない充足感が満ちていた。

 

 

 焦燥感の正体は明白である。それは「神崎 (うつほ)を殺せなかった」こと。

 

 そして充足感の正体は遊戯・十代・遊星――彼ら3人の力なら滅びの未来を退けることが出来るかもしれない、との思い。

 

 

 そうして来たる「二度目の死」を待つことしか出来ないパラドックスだったが、その意識はいつまでも沈むことなくただあり続ける。

 

 

 さすがに不審に思ったパラドックスが最後の力を振り絞り立ち上がろうとするが、その身体はピクリとも動かない。

 

 やがて瞳をゆっくりと開いたパラドックスの視線が捉えたものは「闇」。

 

 

 己の身体を雁字搦めに捕らえる闇が何処までも広がる異常な光景だった。

 

 

 

 

 

 これが「罪人が辿り着く地獄なのか」と呆然と闇を見やるパラドックスに声が届いた。

 

「良かった――無事、命を繋げたようだ」

 

 その声にパラドックスの淀んでいた意識は急激に覚醒していくが、その身体はやはりピクリとも動かない。そして辛うじて動く瞳を向けた先には――

 

「かん……ざき……うつ……ほ……」

 

「いや、良かった。本当に良かった」

 

 パラドックスの怨敵たる神崎の姿――そこへ向けて恨めし気に名を零すパラドックスだが、対する神崎には変わらぬ笑みが浮かぶばかり。

 

――此処は……ヤツの持つとの情報があった闇のアイテムの力……か?

 

 ゆえにパラドックスは今の自身を取り撒く状態をそう考察しつつ神崎を睨む。

 

「貴様………今度は何を企んでいる!」

 

「先程の勝負はうやむやになってしまったでしょう? 早い話が再戦ですよ」

 

 ボロボロの身体に鞭打ちながらパラドックスは叫ぶが、神崎の対応は変わらない。

 

 さらに今のSinモンスターの大半を失った己に対して「再戦」との言葉を吐く、神崎の姿にパラドックスは白々しさすら覚える。だが――

 

「ほざけ……あれは私の敗北だ。デュエリストの誇りも理解せぬ貴様に、とやかく言われる筋合いは……ない」

 

 デュエリストとしてデュエルの引継ぎを了承し、敗れたパラドックスは己の敗北を誤魔化しはしない。

 

「おかしなことを言う――貴方が私を『デュエリストではない』と評したのではないですか」

 

「だとしても、私は『デュエリスト』だ」

 

 神崎がそう苦笑を浮かべるも、パラドックスは「デュエリスト」として数々の非道を行ってきたが、最後の一線だけは己がデュエリストの矜持に賭けて越える気はないと断ずる。

 

 その瞳には強い意思が見えた。

 

「そうですか――貴方が納得しているのならこれ以上は言えませんね」

 

 そんなパラドックスの瞳を羨ましそうに眺めた神崎は小さく息を吐き気持ちを切り替える。

 

「ですが、私は貴方と話がしたい」

 

「話だと? 私に貴様と話すことなど何一つない――私が仲間の情報を売るとでも思っているのか?」

 

 そうして「対話」を提案した神崎だが、対するパラドックスはデュエルに負けた己の身ならまだしも、仲間を売る真似などしないと神崎を睨むが――

 

「ふむ、そうですか……ですが今回は『会話』である必要はありません。ただ私の話を聞いてくれるだけでいい」

 

 神崎の目的に「パラドックスの言葉」は不要であった――それを「対話」と言えるのかは甚だ疑問ではあるが。

 

 そんな提案に疑惑に満ちた視線を向けるパラドックスの警戒心が上がり、拒絶的な雰囲気が漂い始めた事実に神崎はもう一度息を吐く。

 

「これは頑なですね……では緊張をほぐして頂く為にも、まずは貴方が興味のありそうなことでも話すとしましょう」

 

「貴様が何を語ろうとも――」

 

「あなた方の障害である私の情報は少しでも多い方が良いのでは?」

 

 

「くっ……」

 

 神崎の言葉など聞きたくもないパラドックスだが、イリアステルの仲間の名前を出されると口をつぐむしかない。

 

 とはいえ、この状況から逃れられる術を今のパラドックスは持っていない為、その情報を伝える方法が今はないが。

 

 

 そんなパラドックスを余所に神崎は考える素振りを見せた後、一人納得したようにごちる。

 

「ではそうですね……一先ずは今回の目的に関して」

 

「……目的だと? そんなもの、私を退けるこ――」

 

「『確認』――今回の目的の全てはそこにあります」

 

 パラドックスの言葉を遮るように語られた神崎の目的に「パラドックス」のパの字も出てこない。

 

 ゆえに訝し気な表情を見せる中、神崎は流れるように説明を続ける。

 

「貴方がギースとデュエルし、私の前に現れデュエルを始めた段階で私の目的の8割方は既にクリアされていました」

 

「何を言っている……私がギース・ハントと交戦したのはイレギュラーだった筈だ!」

 

 だが神崎の説明にパラドックスは「そんな筈はない」と否定の声を上げる。

 

 パラドックスが偶発的に遭遇したギースとデュエルをしただけで「神崎の目的が8割も完遂される」事態に繋がる筈がないと。

 

「はい、イレギュラーです――あの日に彼に休暇を与えたのは本当に偶然です」

 

 しかし神崎はこの周辺一帯を覆っている闇の拘束の中で前に出ようとするパラドックスへとにこやかに返す――全ては偶然であると。

 

 

「ですが此処最近の仕事は全て童実野町から離れるようなものは指示していない。さらに僅か1日の休日で遠出するタイプでもない」

 

 偶然、今日この日がギースの休日だった。

 

 偶然、ギースは童実野町に留まった。

 

 偶然、童実野町に来たパラドックスのデッキからよからぬ気配を感じたギースがその現場へと向かった。

 

 偶然、その下手人であるパラドックスはギースの恩人である神崎の殺害を企てていた。

 

 

 全ては偶然でしかない。

 

「つまり貴方が童実野町にSinカードと共に来た段階でギースとの衝突は避けられない」

 

「ならば何故、ギース・ハントをけしかけた! もっと実力の高いデュエリストを――」

 

 だが「必然でもあった」と語る神崎にパラドックスは声を張り上げる。だとするのならば完全な迎撃態勢を敷けた筈だと。

 

 始めから遊戯たちを呼んでおけば、神崎が死にかけることもなかったのだから。

 

 

「万が一にも貴方(パラドックス)を倒して貰っては困るからですよ」

 

 しかし神崎はうっすらと笑みを浮かべながらそう零す――今回の神崎にとって「パラドックスを退ける」はあくまで副次的な作用しか持っていない。

 

(ギース)の実力なら程よくデュエルが長引き、情報を引き出した後で()()()()()()()()()

 

 ゆえに神崎は「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()」としてギースを差し向けた。

 

 己のデュエルの実力に関してギースが苦悩していることを知った上で。

 

「貴様は……貴様は己を慕うものすら捨て駒にしたというのか!!」

 

 その事実はパラドックスの怒りを駆り立てるには十分だった。

 

 パラドックスはギースのデュエルの実力を唾棄しはしたが、それは「敵対する関係」だったゆえだ――しかし神崎は己の部下という立場を持つ者に向けてそれを決行した。

 

 それは人として決して褒められた行為ではない。

 

 

 だが神崎の笑みは崩れない。

 

「それに関しては見解の相違です。誇り高いデュエリストである貴方なら歴史の歪みの被害者であるギースを処理することはないと確信していました――ゆえに捨ててはいない」

 

 とはいえ、神崎側にも言い分はある。

 

 原作から神崎が知りうるパラドックスの性格から、むやみやたらに人類救済と全く関係のない相手を害する男ではないと確証があったゆえだと。

 

「詭弁だ!」

 

「ですが事実、(ギース)は生き残りました」

 

「こんな無意味な行為をなんのために!」

 

 しかしだからといって看過できる問題ではないと怒りを見せるパラドックス――己の仲間すら切り捨てる神崎の在り方はパラドックスにとって理解の外だ。

 

 だが最後にそう叫んだパラドックスに神崎は指を一つ立て、自身の「目的」を順番に明かしていく。

 

「私の実力を測る為――の前準備です。実は私はスランプというヤツでして、貴方という圧倒的強者とのデュエルなら何かが掴めるかもしれないと思ったんですが……」

 

 一つは自身のデュエルの実力の「確認」。

 

「そうは上手くいかないようで――とはいえ得られたものも多かったですが」

 

 しかしその結果は危うく死にかけた程に散々であった。だがリスクに見合うリターンはあったと神崎は零す。

 

「『ドロー力』というものがどういうものか、その確証を得られました」

 

 これが二つ目の目的である「ドロー力の性質」の「確認」。

 

「ドロー力はそのデュエリストの引きの強さに影響する――だけではなく、突き詰めれば相手の引きの強弱にすら影響を与えうる」

 

「くだらない仮説だな」

 

 神崎の説明にパラドックスは唾を吐く。

 

 デュエリストのドロー力をそんな「イカサマ」めいたものだと評されたくはないのだろう。

 

 とはいえ、神崎はドロー力を「勝負の流れを引き寄せる力」に近いものだと考えていたが、態々教えるような真似はせず、デッキケースからデッキを取り出し、カードを扇子のように広げる。

 

「私のデッキを見て貰えば分かるかと」

 

「……なんだ、これは? バランスが――」

 

「はい、仰られる通り――このデッキの大半は相手の魔法・罠カードを除去するカード」

 

 あり得ないものでも見たかのように呆然と呟くパラドックスの言葉を示す様に今回使用した神崎のデッキは大半が魔法・罠を除去するカードだ。

 

 しかし実際の神崎とデュエルしたパラドックスはその異質さが誰よりも理解出来る。理解出来てしまう。

 

 神崎が使用したカードとデッキに残っていたカード、そして今判明した魔法・罠カードを除去するカードの枚数を計算すればその異質さは明らかだ。

 

「普通なら貴方のデッキの中核をなすフィールド魔法《Sin(シン) World(ワールド)》もしくは永続罠《スキルドレイン》を除去し、早急に貴方を無力化できる『筈だった』」

 

 瞳を揺らすパラドックスを余所に神崎は説明を続ける。

 

 パラドックスのデッキのカウンター罠の守りも、墓地で発動する《ギャラクシー・サイクロン》の効果は防ぐことが出来ない為、十分以上に可能性があった。

 

「モンスターの除外を狙っていたのはあくまで『できれば』の範囲を逸脱しない」

 

 神崎が使った除外効果を持つモンスターは高火力を持つパラドックスのSinモンスターの攻撃を躊躇わせる為のもの――デッキの主軸と言う程でもない。

 

 しかしパラドックスは理解出来なかった。

 

 

「何故、このデッキで『それ』が出来ない!?」

 

 

 パラドックスの主観では、デュエル中に神崎は最低でも魔法・罠の除去カードの4、5枚を引き込んでいただろうと考察するが、そうはならなかった。

 

 もし引き込んでいればパラドックスは苦戦を強いられただろう。いや、強いられていなければ『おかしい』。

 

「耳の痛い話です……が、それに関しては貴方が教えてくれた通りです――『私がデュエリストではない』ことが答えなのかと」

 

 そんなパラドックスの視線に神崎は申し訳なさげに視線を逸らす――自分でも此処まで酷いとは思っていなかったらしい。

 

 これがイレギュラーながら発生した三つ目の確認――バトルシティにてマイコ・カトウが言い淀んだ言葉の真意の「確認」。

 

「そんなことの為に命を懸けたのか!?」

 

 だがそんな神崎にパラドックスが戸惑いに満ちた声を上げる――早い話が「自分の力量を測る為に命を懸けた」のだから。もっと他の方法があるだろうに。

 

「命は懸けたつもりはありません――死ぬ前に増援も手配していました」

 

 しかし対する神崎は首を小さく横に振って否定を見せる――そんなことに「自身の大事な命を懸けはしない」と。

 

 つまり助かる当てがあった。当然それは遊戯・十代・遊星の事であろうことはパラドックスにも理解できる。つまり――

 

「やはりペガサス・J・クロフォードを殺害したのは貴様か!」

 

 遊戯・十代・遊星がパラドックスを追ってくる切っ掛けになった「ペガサス・J・クロフォードの死亡」は神崎によってもたらされたものを意味する。

 

 己の感じた違和感はこれだったのだと。

 

「殺害はしていませんよ」

 

「だが偽の情報を流したとしても、I2社の会長という地位にある男の生存を完璧に隠蔽することなど不可能だ!」

 

 そんな神崎の軽い否定も、パラドックスを惑わすには至らない。ペガサスの知名度と影響度を考えればこの世から抹消する以外に「完全な隠蔽」は不可能だ。

 

 ペガサスミニオンが血眼になって探すことは容易に想像できる――優秀な彼らならこの世の何処にいても必ずや探し出すだろう。

 

 そう、この世にいれば必ず見つかるのだ。

 

 

 

 

「『精霊(デュエルモンスターズ)界』に隔離しました」

 

 

 なら、この(世界)から別の(世界)へと物理的に移動させればいい。

 

「……なん……だと?」

 

 掟破りな方法に言葉を声を失うパラドックスに注釈するように神崎は語る。

 

「既に解放していますが、一時ご夫婦二人で精霊界に隔離しただけです。怪我の一つも負っていませんよ。今頃は『同じ夢を見た』と笑い合っていることかと」

 

 ことこの世界(遊戯王ワールド)において、世界は「唯一無二では『ない』」――なら後は簡単だ。

 

 冥界の王の力である『カードの実体化』を用いてペガサスたちを監視し、必要なタイミングで精霊界に引き摺り込む――文字にすれば、たったそれだけ。

 

「この(世界)にいない――そういう意味では間違いではないですね」

 

 神崎が『実体化させたカード』の力で元の世界に戻さねば、ペガサスとシンディアが「この(世界)」に戻ることはない。

 

 ゆえに偽造した死亡記事の信憑性が跳ね上がる。

 

 

 これが四つ目の確認――神崎がどの程度まで意図的に歴史改変を行えるかの「確認」。

 

 結果は上々だ。

 

「だとしても、彼らが確実に来るとの確証はなかった筈だ!」

 

 とはいえ、パラドックスがそう叫ぶように神崎にも確証はなかった。

 

「はい、それに関しては否定できません――ですが問題視もしておりません」

 

 だが神崎からすれば「成功すれば儲けもの」程度の認識だ。

 

「武藤 遊戯だけは確実におびき出す算段が此方にはありました。後は芋づる式で仲間を呼び、多少の違いはあれど似たような状況になります」

 

 なにせ、この時代には「武藤 遊戯」とその仲間という最高クラスのジョーカー(切り札)が存在するのだから。

 

 これが五つ目の確認――遊戯たちと神崎との関係性の「確認」。

 

 これには印象操作の点もあった。結果は言わずもがなである。

 

 

 

「くっ……私が――」

 

 やがて神崎の企みを完全に見抜くことが出来なかったと歯を食いしばるパラドックス――いや、こんな勢い任せな作戦を何の情報もなく初見で見抜くのは無理難題だと思うが。

 

「『一人で来るべきではなかった?』 それは違いますよ、パラドックス」

 

 しかし神崎はパラドックスの言葉を先回りしつつ、その選択を評価する。

 

「貴方の判断は間違っていない――理想を言えば協力関係を築いて頂ければ此方としても幸いでしたが、私の存在はイリアステルの中では受けいれられないことを考えれば無理はありません」

 

 パラドックスが一人で来たお陰で、イリアステルは最低限のダメージで済んだのだ。

 

「もしも2人以上で動き、2 VS 1の状況になれば貴方たちの中に過度の余裕が生まれる――ゆえに私が望む話し合いの余地が発生したでしょう」

 

 神崎のデュエルの実力はイリアステルの視点から見れば「どうにかなるレベル」でしかない。

 

 そんな格下相手に「慢心するな」という方が無理な話だ――神崎は知らないが、対話を望んでいたアンチノミーなど鴨が葱を背負って来るようなものだろう。

 

「であれば、方針の違いから内部衝突だってあり得た」

 

 もし二人以上で来ればイリアステルの結束にヒビが入っていたかもしれない。というか、神崎が意地でも入れに動く。

 

 途中参戦するであろう遊戯・十代・遊星たちのデュエルがより苛烈を極め、双方に甚大な被害が出ていたかもしれない。

 

 リスクを上げれば数えきれない程だ。

 

 しかし「デュエリストとしては微妙」な神崎はイリアステルが総出でかかる問題ではなかったことが明暗を分けた。

 

 これが六つ目の確認――そしてイリアステル側が「神崎 (うつほ)」という存在の情報をどれだけ持っているかの「確認」。

 

 

 そして神崎は締めの部分を返す。パラドックスのミスは突き詰めれば一つしかないのだと。

 

「貴方のミスはただ一つ――『デュエルしたこと』」

 

 ただ、それだけなのだと。

 

「貴方はギースとデュエルすべきではなかった。

 

私ともデュエルすべきではなかった。

 

そして彼ら3人ともデュエルすべきではなかった。ただ――」

 

 そうすれば、パラドックスは大小あれど無事に情報を持ち帰れた。

 

 

 

「――『デュエリスト』である貴方にその選択が取れるとも思えませんが」

 

 

 

 とはいえ、この世界(遊戯王ワールド)の人間にその選択はあまりに酷なものだが。

 

 

 その誇り(デュエリストであること)を捨てられる人間はそういない。

 

 

 

 言葉を失うパラドックスに神崎はニッコリと笑みを浮かべ次なる目的を果たす。

 

「そろそろ落ち着いてきたようなので、本題に入らせて頂きましょうか」

 

「本題……だと?」

 

「私が考えた『未来救済の計画(プラン)』のご説明です」

 

 訝しむパラドックスに語られたのはイリアステルが欲する「未来救済」を成す為の計画(プラン)の説明。

 

 神崎側とて「滅びの未来」について全く考えていない訳ではないのだと。中身はその脳筋っぷりが発揮されているだろうが、言わない約束で願いたい。

 

 

 これが七つ目の確認――自身の計画がイリアステルにどう映るかの「確認」。

 

 

 

 そうして「神崎式! 未来救済プラン!」が手早く説明されたが――

 

「――以上になります。どうでしょう? 完璧とは言いませんが、それなりに自信を持って勧められる計画になりますが」

 

「これが……計画……だと?」

 

 にこやかに振る舞う神崎とは違い、パラドックスは頭を垂れ、闇に囚われた身体をわなわなと震えさせる。

 

「今までの貴様の行動は全てその為に……」

 

 語られた「滅亡の未来を救済する計画」を聞き、パラドックスの脳裏に自ずと今までの神崎の行動の全てが線となって繋がっていく――いや、あんまり繋がらないと思う。

 

 

「是非とも、未来救済を掲げる貴方がたのご意見を――」

 

 そうして自身の計画がイリアステルとの「友好の架け橋になれば」と考える神崎は営業スマイル全開で、その商品(プラン)を勧めるが――

 

「ふざけるな! そんなことをすれば今度こそ未来は! 世界は終わる! 出来る筈がない!!」

 

 パラドックスは勢いよく顔を上げ、身体が闇に拘束されたことなど気にも留めないように食って掛かるも、その身体は自由にはならない。

 

 解けぬ拘束に苛立ちを覚えながらもパラドックスが叫ぶのは「神崎の計画の否定」――こんな悍ましい計画を見逃す訳にはいかないと。

 

「はい、計画の『完璧な成功』が難しいことは事実です。ですが――」

 

「その計画が実行されれば世界規模でどれ程の犠牲が生まれ得ると思っている! もはや計画とすら評せない! そんなものはただの博打――いや虐殺だ!!」

 

 しかし神崎は気にした様子もなく計画の利点を語るが、パラドックスが問題視しているのは利点云々の問題ではないのだ。

 

 成功しようが失敗しようが世界規模で夥しい数の死者を生むだけの計画に意味など見いだせない。

 

「それに関しては貴方も言っていたじゃないですか――」

 

 だがパラドックスが「虐殺」と評する計画に微笑んで見せる。

 

 

 

「――『些細』な犠牲ですよ」

 

 

 

 神崎の計画は「破滅の未来」をほぼ確実に回避できる目算がある。

 

 どのみちイリアステルの語る「滅びの未来」ではZ-ONE「1人」しか生き残れないのだ――なれば「世界」と「人類という種」を救えるのならこの程度の犠牲は「些細」でしかない。

 

 

 しかしパラドックスは断固として否を唱える。

 

「些細だと? 仮に成功したとしても暴走するモーメントの問題は何一つ解決しない計画になんの意味がある!」

 

 パラドックスがそう語るように神崎が語った「計画」には「モーメント問題の解決」はまったく組み込まれていない――完全にほったらかしである。

 

 さらに問題点はそれだけではない。

 

「そして失敗した際に発生し得る夥しいまでの死者を考えれば一考の余地すら介在しない計画だ!」

 

 神崎の計画が失敗した段階で、世界規模で数えきれない程の犠牲者が出る――早い話が「取り返しがつかない程に世界が大打撃を受ける」のだ。

 

 これでは「人類が滅ぶ原因が変わるだけ」の結果しか生まない。そう、パラドックスが考えるのも当然だ。

 

 

 

 

「この計画に『失敗』は介在しませんよ?」

 

 

 しかし神崎は「あり得ない事象」をさも当然のように返す。

 

 成功確率が100%でないにも関わらず「失敗しない」計画――純然たる「矛盾」がそこにはあった。

 

「貴様は……一体なにを――」

 

 そんな神崎の姿に呆然と呟くパラドックス。相手の言葉への理解を脳が拒む。

 

「この計画の良いところは『成功しなくとも』、『失敗しない』点――ノーリスク・ハイリターンな面が自慢です」

 

 商品のおすすめポイントでも語るような神崎の姿に、パラドックスは初めて眼前の男に恐怖を覚えた。

 

 唯々、歪だった。

 

 何を言っているのかマトモに理解できない。

 

 完全に「矛盾」している主張を是と返す男の姿が不気味でならない。

 

 

 辛うじてパラドックスに理解が及んだことは、眼前の「人の形をしたナニカ」は迷うことなくその狂気の計画を実行に移すであろうことだけ――止めなければならない。

 

「成功しないにも関わらず『失敗しない』……だと? 何をバカなことを言っている! そんなものはあり得ない! この計画は破棄すべきだ!」

 

 パラドックスは眼前の存在を止めなければならない。ただその一念だけで懇願するように声を上げるも――

 

「一見すると矛盾しているように思えますが――」

 

 対する神崎の通販番組でお得ポイントを挙げるような様子は崩れない。その光景にパラドックスは力の限り叫ぶ。

 

「無駄な死に何の意味がある!」

 

「その死が『無駄』であることに意味があります」

 

 叫ぶが、叫べば叫ぶ程に返ってくる神崎の言葉は正気の沙汰とは思えない。

 

 

 しかし神崎は知っていた「人間という生物が救い難い程に『愚か』」である現実を――他ならぬ自身が「その愚かな人間」である自負が神崎にはあるゆえに悲しい程に良く分かる。

 

 

 そんな愚かな人間は「自分だけは大丈夫」だと心の何処かで思ってしまうことを――神崎も未だにそう信じている。いや、信じなければ己を保てない。

 

 

 ゆえに滅亡の未来を覆すには原作で結果的にZ-ONEがその立場を担ったように「痛みを伴う教訓」が必要だった。

 

 

 愚者にも分かり易く、効果的に、無視できない程、徹底的に演出しなければならない。

 

 

 そう、今回の一件で判明した神崎が歪めた未来の世界には原作以上の「脅威」が必要だった。

 

 

 そんなことを意気揚々と並べる神崎の姿にパラドックスはポツリと零す。

 

「――狂っている」

 

 それは拒絶の言葉。

 

 パラドックスには神崎が理解できない。理解したくもない。

 

「やはり貴様はこの世に存在するべきではなかった!!」

 

 こんな人間がこの世に存在してはならない――その一念がパラドックスの中に渦巻き、叫びとして発される。

 

 

 虐殺という行為に享楽を求めているのなら唾吐くだけだ。

 

 滅亡の未来に正気を失ったのなら憐れむだけだ。

 

 狂人の類であれば現実を叩きこむだけだ。

 

 

 だが眼前の男は本気で「虐殺の先に滅亡の未来を回避できる」と信じている。

 

 

 イリアステルが計画する「都市」を破壊する計画ではなく、「人」を虐殺する計画が未来を救うのだと。

 

 

 そんなものを認める訳にはいかないと拒絶の意を示すパラドックスに神崎は朗らかに笑みを浮かべる。

 

「いらぬ犠牲が許せませんか――優しい方ですね」

 

 神崎の視界にはパラドックスの感情が良く見える。

 

 何処の誰とも知れぬ人間の生き死に強い忌避感が見える――神崎にはないものだ。

 

 とはいえ、同時に「潔癖すぎる」とも神崎は感じていた。不必要な犠牲など、この世界にすら溢れかえっているというのに。

 

 しかし神崎はそのパラドックスの姿を眩しくも思えていた。

 

「平和な世ではさぞ名のあるデュエリストだったのでしょう」

 

 きっと「滅亡の未来」なんてモノがなければパラドックスは非道を行う必要などなく、真っすぐ進み、誰からも「真のデュエリスト」と評される存在になれたのだろうと。

 

 それは神崎には叶わぬ願い。

 

「今更貴様が何を語ろうともッ――ッ!?」

 

 だがその神崎の言葉を「ご機嫌取り」と取ったパラドックスは更なる否定の言葉を述べようとするが、その口は周囲からせり上がった闇に覆われる。

 

 そうして周囲の闇がパラドックスを包んでいく中、神崎は大仰に礼を取った。

 

「忌憚のないご意見、大変ありがとうございます」

 

 とはいえ、肝心のパラドックスは口をふさがれ言葉を出せない。だがその胸中で気付く。

 

――ッ!? この力は!?

 

 神崎が力を行使したゆえか、その力がどういったものなのかを。

 

「私の計画はあなた方(イリアステル)には受け入れ難いもののようですね――ですが、それを知ることが出来ただけで今回の会合は大変、有意義なものでした」

 

 そうして感謝を示す神崎を余所にパラドックスは戸惑いの声を内心で叫ぶ。

 

――何故この力が! デュエリストでもない貴様の身に宿っている!?

 

 だがその声は誰にも届かない。

 

「貴方の貴重なご意見は計画の修正の為に大いに活用させて頂きます」

 

 もはや神崎の言葉などパラドックスの耳には届いていない。

 

――貴様が! 何故、「お前」がこの時代から動き出している!?

 

 パラドックスには眼前の存在が、この時代では「封印されている筈」の存在が活動していることの方が重要だった。

 

「とはいえ、このまま貴方を帰す訳にも行きませんので、しばしお休みください。では――」

 

 パラドックスの身体を闇に沈めながらそう語る神崎。

 

 これが急遽、決定した八つ目の確認――真のデュエリストを理解する為にどうすれば良いのかの「確認」。

 

 きっとこれで理解できる筈だと、神崎の口は裂けるような笑みを浮かべる。

 

 

 

「――さようなら、パラドックス」

 

 

 

――冥界の王ッ!!

 

 闇に沈んで行ったパラドックスの胸中の声は終ぞ、誰にも届くことはなかった。

 

 

 







冥界の王「いや、我の意思じゃないから」


これにて劇場版 超融合編 完結

「並行世界では?」との声が多かったですが、
今作では原作を倣い「未来は分岐しない」とのことを此処に記しておこうと思います<(_ _)> ペコリ



しかし次の幕間を挟んでアレコレでもうすぐDM編も終わり……いや、まだ結構あったわ(汗)

先は長いですね(白目)



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DM編 第8章 幕間 二つの顔
第140話 力が欲しいか?




前回のあらすじ
神崎式の未来救済プラン!

完璧に成功させれば、犠牲はなく、みんな幸せハッピー!
滅亡の未来を覆し、なおかつ理想の未来を享受することが出来るよ!

完璧じゃなくとも一定のラインをクリアすれば一先ずは成功!
犠牲は出るけど、滅亡の未来を覆し、明るい未来を享受することが出来るよ!

その一定のラインを下回った場合は成功とは言い難いかな? でも失敗って訳でもないんだ!
世界中でとんでもないレベルの犠牲が出るけど、滅亡の未来を覆し、傷つきながらも未来を享受することが出来るよ!


でもパラドックスのお気には召さなかったみたい――なんでだろうね?(濁った眼)
(なお成功率は上から「奇跡」、「ミラクル」、「そりゃそうなる」の模様)





 

 

 あくる日、表の遊戯は神崎に会う為にKCのオカルト課を訪れていた。

 

 だがKCの受付の職員から「仕事でKCを出ているので戻るのに時間がかかる」と言われた為、促されるままにオカルト課の応接室にて待機している。

 

 

 そしてそんな表の遊戯の元に眼鏡の人物が訪れる。その正体は――

 

「あっ、羽蛾くん! あれ? でもオカルト課の受付の人って北森さんじゃ――」

 

 表の遊戯が語るようにオカルト課の所属となっていた羽蛾の姿。

 

 KCの受付の人間が「神崎が来ればオカルト課の受付の人間が知らせる」との言葉からてっきり北森が来ると思っていた遊戯からすれば意外な人物だった。

 

 そんな言葉に羽蛾はばつが悪そうに視線を逸らしながら表の遊戯が座る向かい側のソファに腰掛ける。

 

「あの人はバトルシティでの働きが認められて、他の業務も積極的に任されることになるって話だ」

 

 苦虫を嚙み潰したようにそう返す羽蛾には後悔の表情が見て取れる。

 

「『昇進した』ってこと?」

 

「大体はそんな感じだよ。くっ、俺だって――」

 

 表の遊戯が博物館の展示の後処理を任されていた北森のことを思い出しつつそう零す声に羽蛾は嫉妬を見せるが――

 

「ならどうして羽蛾くんがボクの所に?」

 

 表の遊戯には「羽蛾が此処に来た理由」が読めない。羽蛾はどう考えても「受付」なんてタイプではない。

 

「ん? ああ、遊戯が相手なら『顔見知りの方が良いだろう』ってことで手の空いてる俺に話が回って来たんだよ」

 

 その表の遊戯の考えは間違っていなかった。今回、表の遊戯の元に羽蛾が遣わされたのは「ただ待つのも暇であろう」との配慮である。

 

 ゆえに羽蛾は表の遊戯の機嫌を取るようにデッキ片手に提案する。

 

「ただ待つのも暇だろ? 俺とデュエルでもするか?」

 

「うーん、今日は止めとくよ」

 

「ヒョヒョ、なら俺のリニューアルしたデッキを見せてやるよ!」

 

 拒否を示した表の遊戯の姿に羽蛾は「ならば次の矢だ」とばかりにテーブルに自身のデッキを広げるが――

 

「どうかしたの、羽蛾くん? なんだからしくないよ?」

 

 そんな羽蛾の姿は表の遊戯には何処か不審に見えた。今の気遣いを全面に押し出す姿は自信家な羽蛾「らしく」ない。

 

「う、うるさい! 暇してるお前の相手をするように――いや、なんでもない!!」

 

「何かあったの? ボクで良ければ話を聞くけど……」

 

「ぐっ……分かったよ。暇つぶしにはなるだろうから話してやる。実は――」

 

 図星を突かれたゆえに取り乱す羽蛾を心配そうな視線を向ける遊戯の姿に羽蛾は己の失敗談を静かに語りだす。

 

 バトルシティでは周囲に迷惑をかけ、散々な結果だったのだと。

 

 

 やがておおよそを語り終えた羽蛾に遊戯は優し気な口調で零す。

 

「そうなんだ……バトルシティで失敗しちゃったから、次は失敗しないように気を張っているんだね……」

 

「笑いたきゃ、笑えよ! 大口叩いといて足引っ張っただけだって!!」

 

 情けなさを誤魔化すように叫ぶ羽蛾だが、遊戯は小さく横に首を振る。

 

「頑張ってる羽蛾くんを笑いなんてしないよ」

 

「ッ!? ……その……ありがとよ」

 

 羽蛾を真摯に見つめる遊戯の視線に嘘や誤魔化すような色は一切ない。それゆえに羽蛾は顔を背けつつか細い声で礼を告げる。

 

「うん、どういたしまして! そうだ! ボクも羽蛾くんのデッキ調整、手伝うよ!」

 

「べ、別にそこまで――いや、ほらよ」

 

 礼を受け取りつつそう提案する遊戯の姿に羽蛾は一瞬ためらいを見せるも、テーブルに半端に広げていたデッキを良く見えるように配置する。

 

 その羽蛾のデッキは――

 

「……レベルの高いモンスターばかりなんだね。展開用のカードはこれとかかな?」

 

 レベルの高いモンスターが多く、パッと見ではバランスが悪いように見える。

 

 だが遊戯にはそのデッキに羽蛾の苦心した証が感じ取れ、自ずとどういったデッキなのかを理解し始めていた。

 

「……そうだよ。下級モンスターは最低限にしてある。そのカードや、魔法カードでの展開をメインの形にする予定だ」

 

「このカードってこっちのカードとのコンボ用?」

 

「ああ……それでこのカードでリカバリーを狙うつもりだけど――」

 

 自身の問いかけに答えた羽蛾の姿に遊戯は考える素振りを見せた後、テーブルに広げられた1枚のカードを手に取り提案する。

 

「じゃあこのカードはもう少し枚数を減らした方が良いんじゃない?」

 

「そうか……でも、このカードは他のカードとの繋ぎになるんだ。ほら、そっちのカードとか」

 

「でもそれだとそのカードは使い難くなるかも」

 

 だが納得を見せつつも他のカードとのシナジーを示す羽蛾に、遊戯は別のカードを手に取り、そう零すが――

 

「こ、このカードだけは入れときたいんだよ!! 使い難くてもな!」

 

 羽蛾は慌てた様子でそのカードを遊戯の手から回収し、譲れないラインを示す。使い難くても自分にとっては大切なカードなのだと。

 

「じゃあ、デッキの全体から見直そう!」

 

 そんな羽蛾の姿に何処か嬉しそうに笑う遊戯の言葉を皮切りに羽蛾のデッキ調整は進んでいく。

 

 

 

 やがて広げたカードから取捨選択され、一纏めにされたデッキを見て遊戯が達成感に満ちた息を吐く。

 

「こんな感じかな?」

 

「ヒョヒョー! 一先ず完成だぁー!」

 

 そうして完成した新たなデッキを手にはしゃぐ羽蛾。

 

 デッキ調整の最中のやり取りのお陰か当初よりもかなり遊戯との壁がなくなったように見える。

 

 それはカードと言葉を交えれば、人との心の距離が縮まることを示すようだ。

 

 

「おや、楽しそうですね」

 

 

 しかし2人にそんな声がかかる。

 

「ヒョッ!? か、神崎さん!?」

 

 大して大きくもない声ではあったが、羽蛾はビックリしたように姿勢を正して立ち上がり、ギギギと油の切れた機械のように神崎へと首を向けた。

 

「お待たせして申し訳ない、武藤くん」

 

「いえ、羽蛾くんとデッキを見てたら直ぐだったので……」

 

 そんな羽蛾を余所に謝罪を見せた神崎に遊戯は困ったような表情を見せながら「気にしていない」と返す。

 

 その遊戯の姿にオーバーに安堵した様相を見せた神崎は次に羽蛾に向き直る。

 

「それは良かった――羽蛾くんも無理を言ってしまい申し訳ありません」

 

「い、いえ! と、当然の事をしたまでで!? そ、それじゃあ、し、失礼します!!」

 

 しかし対する羽蛾は壊れたロボットのようにカクカクした動きで一礼した後、必死な様相でこの場を後にすべく駆け出していった。

 

――そう必死に逃げなくても……

 

 そんな羽蛾の姿に思わず内心で神崎はそう零してしまう程である。

 

「はい、助かりました――と、では行きましょうか、武藤くん」

 

 とはいえ、今は客人である遊戯を放っておく訳にもいかないと、そう零しながら神崎は遊戯を自身の仕事部屋の一室まで案内するのだった。

 

 

 

 

 

 やがて神崎の仕事部屋に舞台を移し、ソファに座って向き合った2人。そんな中でまずは神崎が口火を切る。

 

「それで、今回はどういったご用件で?」

 

「あの……神崎さん……今日って忙しかったんですか?」

 

「お待たせしてしまった件は――」

 

 遊戯の質問に「客人を待たせてしまった事実」を再度詫びを入れようとした神崎だったが――

 

「い、いえ、違うんです! ボクが急に来ちゃったから……その」

 

 慌てて手を振りながら遊戯は「自分たちが悪いのだ」と零し、遊戯の内のもう一つの人格、闇遊戯も胸中で呟く。

 

――相棒、アポイントメントでも取っておけば良かったな。

 

「……アポイントメントを取っておかなかったボクの責任ですし、その」

 

「成程、急な来訪を気にしていらしたんですね」

 

 そんな遊戯の姿に神崎は先程の問いの意図を理解しつつ、肝心の要件もそう大事ではなさそうだと判断する。

 

「は、はい……お仕事の邪魔して……すみません」

 

「構わないですよ。武藤くんの要件を優先するのは当然ですから」

 

 そう、神崎にとって遊戯の要件はかなりの重要度を持つ。もしも遊戯の身に問題が起きれば大邪神ゾークに対抗する術を一つ失うのだから――酷い理由だ。

 

「そ、そんなボクなんか――」

 

 そんな神崎の「大企業の幹部」という肩書ゆえに遊戯は「一介の高校生」である自身にそこまでの価値はないと返そうとするが――

 

「自分を卑下してはいけません――『キング・オブ・デュエリスト』こと『決闘王(デュエルキング)』であるキミの一挙手一投足に世界の関心があるといっても過言ではありません」

 

「えぇっ!? そんな大袈裟な!?」

 

 神崎だけでなく、他の人間にとっても、遊戯の持つ『決闘王(デュエルキング)』の肩書の方が『大企業の幹部』など霞むレベルの意味を持つ。

 

 とはいえ、いまいち納得がいかない様子を見せる遊戯。現実感が湧かないのだろう。

 

「本当に大袈裟だと思いますか?」

 

「えーと……そう言えば『未来から来た』って言ってた十代くんや遊星くんもボクのことを凄い人を見るような目だった気が……」

 

 しかし神崎の言葉に遊戯は記憶を巡らせれば、思い当たる節は幾分以上に思いつく。そういえばサインを強請られたことなど一度や二度ではなかったと。

 

 そんな降って湧いた注目に戸惑う遊戯に対し、神崎は善意の第三者を装いにこやかに迫る。

 

「ご自身の自己評価が低いようですね。ですが、武藤くんは自身が周囲に与える影響は意識しておいた方が良いかと――でないと、良いように利用されてしまいますよ」

 

「り、利用だなんて、ボクはただ――」

 

「私が武藤くんの要件を優先したのは何故だと思っていますか?」

 

「……ボクがデュエルキングだから?」

 

 自身の言葉を遮るように問いかけた神崎の姿に遊戯はポツリとそう返す――半分正解だ。

 

「はい、私の対応も下心ありきなので、武藤くんが気になさることはありません――『汚い大人だな』とでも思って貰えれば」

 

 とはいえ、神崎はもう半分を語る気などなく、「優しい遊戯」に効果のありそうな言葉を選び並べていく。

 

「そんなことないですよ!? 神崎さんには色々助けて貰って――ってそうだ! アクターさん!」

 

「おや、どうかなされましたか?」

 

 ようやく出てきた本題に聞く姿勢を見せる神崎。やがて遊戯は考えを纏めながらポツリポツリと今回の要件を語り始める。

 

「えーと、今日神崎さんに会いに来たのはパラドックスさんがあの後どうなったか気になったのと……」

 

 まずは最初に零れた「アクター」ではなく、パラドックスの一件に対する遊戯の疑問に神崎は用意しておいた答えを返す。

 

「彼に関しては武藤くんが去った後に牛尾くんたちに調べて貰ったのですが、どうにも姿が見えず痕跡すら見つからなかったようで――ひょっとすれば未来に帰ったのかもしれません」

 

 遊戯たちが立ち去った後、「一仕事」してから牛尾たちを現場に引き寄せた神崎は情報を取捨選択しながら遊戯に告げていく。

 

「武藤くんとのデュエルでなにか掴んだようでしたから」

 

「そうだったんですね――良かったぁ……」

 

 最後にそう締めくくった神崎の言葉に安堵の色を見せる遊戯――遊戯の中では『パラドックスは自身の時代に戻って滅びの未来に対する新たなアプローチを探している』のだろう。

 

 

 神崎は「嘘は吐いていない」――ただ牛尾たちが「何も見つけられなかった」事実を示しつつ、「それらしい可能性」を示唆しただけだ。

 

「ええ、私の殺害も諦めたようなので、枕を高くして眠ることが出来そうです。それで他の要件の方は?」

 

 ゆえに話は終わりだと別の話題にシフトさせようとする神崎に遊戯はハッとした表情を見せつつ、慌てて次の要件を話し始める――神崎も忙しい身だろうと。

 

「あっ、はい。他はもう1人のボクのことで相談したかったのもあるんですけど、それとアクターさんにキチンとしたお礼をしようと思って――」

 

 次の要件は「アクター」に対してのもの。

 

「その件は誠に残念ですが、既にKCから離れております――退職という奴です。今現在、何処にいるかは此方では把握しておりません」

 

 とはいえ、神崎はこれに関して「遊戯たちに情報を開示する気はない」為、表向きの答えを返す。

 

「えっ!? そうなんですか!? 何で――って聞いても大丈夫ですか?」

 

「大丈夫ですよ――と言っても私も詳しく知る訳ではありませんが……バトルシティの件で色々と思う所があったのでしょう」

 

「そう……だったんですか……」

 

 遊戯の追及にも「人間関係が希薄であるアクター」の考えを知る術などない為、「感謝を実際に会って告げたい」程度の執着では神崎の「知らない」との言葉に遊戯は返す言葉を持たない。

 

 

 恩人に直接お礼が言えず残念そうな遊戯。

 

「それで『相談』というのは?」

 

「それなんですけど……えっと、その」

 

 しかし神崎の言葉に意識を引き戻され、話そうとするが、どうにも言葉が出ない様子。

 

――相棒、此処からは俺が変わろう。俺の問題だからな。

 

――うん……

 

 だがその胸中での闇遊戯の言葉に遊戯は小さく頷き、人格交代する。

 

「――神崎。アンタに聞いておきたいことがあるんだ。アンタは俺『たち』のことについて何処まで知ってる?」

 

「おや、急にどうしまし――」

 

 やがて「名もなきファラオ」として神崎に対峙する闇遊戯に対し、「遊戯の雰囲気が変わった」ことを不思議そうな顔で眺める神崎だったが――

 

「とぼけないでくれ、俺も相棒が信じようとするアンタを疑うようなことはしたくない……俺にアンタを信じさせてくれ」

 

 闇遊戯は惑わされない。

 

 バトルシティで「光のピラミッド」を持つアクターの存在を知り、なおかつそのアクターが千年パズルについて詳しく知っている事実。

 

 そしてアクターをバトルシティに差し向けたのが神崎であろうことはKCの部外者である闇遊戯にも分かる。

 

 よって千年アイテムに詳しいであろう神崎は「名もなきファラオ」としての遊戯を知っている可能性がかなり高いのだ――ゆえに闇遊戯は追及の手を緩める訳にはいかない。

 

 そんな確信に満ちた眼を向ける闇遊戯の姿に神崎は小さく笑みを浮かべると観念した様子で返す。

 

「成程、そういうことでしたら――私は武藤くんの内に古代エジプトの王の一人であった魂が宿っている事実までは把握しています」

 

「……そうか。他には?」

 

 しかし闇遊戯の追及の手は止まらない。マリク以外で碌な情報が掴めなかった自身の出自に関する手掛かりが掴めるかもしれないとの思いもあってか、闇遊戯は矢継ぎ早に言葉を並べる。

 

「アクターが持っていた千年アイテムは? アクターが使った不可思議な力は? アンタがパラドックスに狙われたのは何故だ?」

 

 闇遊戯からすれば「神崎 (うつほ)」という人間の周囲には謎が多すぎた。

 

「相棒には悪いが俺はアンタのことが……少し信用できない。海馬が強い警戒を見せるアンタの周囲には疑うに値する材料が多すぎる」

 

 親友である城之内の恩人の立場を持つ神崎を疑ってしまう自身を悔やむように闇遊戯は沈痛な面持ちでそう呟いた。

 

 

 闇遊戯からの疑惑を向けられる――そんな大ピンチの事態だったが、神崎の余裕はギリギリ崩れない。ギリギリなのかよ。

 

――疑われてはいるが、「信じたい」と思われているなら問題はないか。

 

 神崎には冥界の王の力による(バー)の知覚から相手の感情をダイレクトに知ることが出来る。

 

 ゆえに今の闇遊戯の精神状態であれば今までのピンチに比べればまだマシな部類である為、神崎は柔らかな表情を見せつつポツリと返す。

 

「私の仕事がどういったものか、ご存知ですか?」

 

「なんの話を……いや、医療関係くらいしか知らない」

 

 明らかに話題を変えた神崎の姿に「誤魔化すつもりなのか」と考えた遊戯だが、真摯に闇遊戯を見つめる神崎の視線に矛先を収め、一先ずの問いかけに返答する。

 

 その闇遊戯の認識は大体の人間が持っているソレだ。

 

 

「実はその医療は『副産物』に過ぎません。私の仕事――いえ、神秘科学体系専門機関ことオカルト課の業務を簡単に評するのなら――」

 

 しかし「ソレ」は正しくもあり、見当違いでもある。神崎の仕事を言葉にするのならば――

 

 

 

「『魔法』を扱う便利屋です」

 

 

 

 魔法使い――そんなファンタジー感溢れる答えが最も相応しいだろう。

 

 

「魔法?」

 

 だが対する闇遊戯からすれば全くイメージに合致しない。

 

 一般的に連想される「魔法使い」は黒いローブに身を纏い、箒に乗って空を飛び、杖を振って魔法を行使する――そんなイメージだ。

 

 とはいえ、所属する牛尾を含めて「普通の会社員」にしか見えないオカルト課の人間とは対極に感じるのも無理はない。

 

 

 しかし神崎は3枚のカードを何処からか取り出しテーブルの上に1枚ずつ並べながら語る。

 

「カードの精霊――ご存知ですよね。ならこう考えたことはありませんか?」

 

 神崎は語る――夢物語のように。

 

「カードの精霊の力を借り受けることが出来れば、あらゆる病を癒す万能薬に成り得るかもしれない」

 

 そして最初にテーブルに置かれたカードは白衣に身を纏った天使のイラストが描かれた罠カード《白衣の天使》。

 

 

 神崎は明かす――夢物語ではないのだと。

 

「荒廃した大地に緑豊かな自然を取り戻すことが出来るかもしれない」

 

 次のカードは植物が活力を漲らせるようにうねるイラストが描かれた速攻魔法《狂植物の氾濫》。

 

 

 神崎は示す――そんな夢物語は実現可能なのだと。

 

「汚染された区域を、汚染される前の状態に戻せるかもしれない」

 

 最後に並べられたのは石に厳かな神を思わせる存在を掘ったモニュメントが描かれた永続魔法《水神の護符》。

 

 

 普通に考えれば「とんだロマンチストだな」と一笑に付す話であろう。

 

「そんなことが……可能なの……か?」

 

 だが闇遊戯はそうは出来なかった。彼は知っている――その「魔法」の正体を。

 

 そんな闇遊戯に対し――

 

「可能です――と言いたい所ですが、今現在の段階ではごく一部しか実現できてはいません」

 

 神崎はそう言いながら力なく笑みを浮かべた。全てが上手くいっている訳ではないのだと。

 

 ただ冥界の王の力をフルパワーで発揮すればどうにかなるかもしれないが、赤き龍に見つかり、ぶっ殺される可能性がある以上、神崎にその選択肢はないも同然だが。

 

「成程な……その一部を医療技術と称して扱っている訳か」

 

「はい、ですが海馬社長はそういった『オカルトの類』を毛嫌いしていらっしゃるので、私の仕事は酷く嫌がられるものなのかと」

 

 そうして神崎への理解を示し、「疑惑」を薄める闇遊戯の姿に神崎は内心で安堵しつつ海馬に睨まれている理由の「一部」をさも全てのように上げて置く。

 

 

「海馬らしいな……それでアクターが持っていた千年アイテムは?」

 

 闇遊戯は「オカルトグッズ」と鼻で笑う海馬の姿を幻視しつつ、明らかに神崎に対して警戒心を下げながらの問いかけに神崎は「ここだ」とばかりに畳みかける。

 

「其方の件ですが、あれは『光のピラミッド』――厳密には千年アイテムでは『なく』亜種に当るものとのことです。貴方が感じた不可解な力はこれによるものでしょう」

 

 全ての疑惑や違和感を「光のピラミッド」に押し付ける神崎。あながち間違っていないゆえに性質が悪い。

 

「『魔法』の研究の為に『いわくつきの品』を世界から集める過程で手にし、色々調査はしたのですが、あまり多くは分かっておりません。精々が使い方くらいです」

 

 そうして自身への疑惑を余所へと向けていく――そういうことするから海馬に疑われるのに……

 

「そしてどうにも使用者を選ぶようで、今は封印――との名目で研究室にて精査中です」

 

「そうか……ならパラドックスに狙われていたのは何故だ? アイツの発言からアンタは意図的にデュエルモンスターズの発展を加速させているらしいが……」

 

 やがて一先ずの納得の色を見せた闇遊戯は次の疑問である「パラドックスが神崎を殺そうとした理由」に移る。

 

 闇遊戯にはパラドックスから語られ、デュエルで互いを確かめ合ったその事実が嘘とは思えない。とはいえ、神崎が「滅亡の未来」を望んでいるとも思えない。

 

 それゆえの問い。

 

「それが何とも言い難く――心当たり程度で構いませんか?」

 

「ああ、構わない」

 

 しかし神崎は困ったような――いや、実際に困っているのだが――笑みを浮かべながら「心当たり」と注釈した。

 

 何故なら神崎の行動の大半が「遊戯たちと敵対しない」をモットーにしている為、過激な手段は使えども最終的には「善寄り」に傾くようになっている。

 

 ゆえに神崎側の心当たりは一つしかない。

 

「先程『魔法』と評したこれらの力ですが、夢のような技術――ではあっても、問題があります」

 

「問題?」

 

「まず、この手の力は下手に表に出せば、迫害の対象になります――『魔女狩り』をイメージして貰えれば分かり易いかと」

 

 闇遊戯にオカルト課の、精霊の力を利用した技術――魔法の問題点を語って行く神崎。

 

 この問題はギースの幼少期の一件のように、未だに根深いものだ。

 

「そして悪用を考えれば際限がない」

 

「つまりパラドックスはその『オカルトの力』を表で使うアンタが目障りだった?」

 

「恐らくは」

 

 合点がいった様子の闇遊戯に神崎は肯定を返す。

 

 純粋な「デュエルモンスターズの発展」はペガサスが精力的に活動したものであり、その結果はシンディアの生存ゆえに起こったものである為、神崎が直接的に発展に寄与している訳ではない。

 

「彼の言葉を借りるなら、私の行動が未来に与える影響が未知数だった為に放ってはおけなかったのでしょう。これが『発展の加速』を意味するのだと思われます」

 

 とはいえ、突き詰めれば「シンディアの生存」を担った神崎が原因だ――この辺りが神崎を狙うパラドックスの理由なのだが、そんなことは知らぬといった風に神崎は闇遊戯に対してとぼけて見せる。

 

「デュエルモンスターズの発展の加速……か……」

 

 だが今の闇遊戯は得られた情報を噛み砕くのに忙しく、神崎の様子は気にも留めていない――疑惑が薄れたゆえだった。

 

 そんな中で神崎は己の立場を明確にする意味も込めて宣言する。

 

「それでも私は『魔法』の研究を止める気はありません。グールズのように『力』を悪用する人間に対しての盾にも矛にも、そして薬にも成り得ます」

 

「だがマリクは――」

 

「KCでもっとこの技術が詳細に扱えていたら、グールズの事件はより早急に解決できていたかもしれないと思えばなおのことです」

 

 マリクの話題に咄嗟に庇う声を上げようとした闇遊戯を封殺するように神崎は畳みかける。

 

「早期解決が叶っていれば被害に遭われた方々を減らせただけでなく、マリク・イシュタールくん自身も、あれ程までに罪を重ねる前に手が打てたかもしれません」

 

「それは……そうだが……」

 

 神崎の言葉に否定する材料を失う闇遊戯。実際イシズの邪魔がなければ早い段階でグールズの騒動は終息し、マリクも今のような超長期刑ではなく、もっとマシな刑に落ち着いていただろう。

 

 神崎が自身に対する評判を正しく把握していれば避けられた問題ではあるが。

 

「私はこの技術の運用を急がねばならないと強く実感します――ただ、焦ってことを成せば碌な結果を生まないのは自明の理……ですので慎重な協議が必要ですが」

 

「だが……」

 

 そして繰り出される神崎の「未来を憂いています」といった主張に闇遊戯はパラドックスの最後の言葉が頭から離れない――「必ず後悔する」との言葉が。

 

「武藤くんのご心配も理解しております――確かに扱いを誤れば危険な力ではあるのでしょう。ですが人にはそれを律する心があると私は信じております」

 

 だが自身の瞳を真っ直ぐと見つめながら語る神崎の姿を疑うことも闇遊戯には出来ない。

 

「そして、それを手助けするのが、法であり、社会規範であると」

 

「そうか……済まなかった。こんな形で疑うような真似をして……」

 

 ゆえに大きく息を吐いた後、闇遊戯は小さく頭を下げる。ガッツリ疑いの視線を向けたことを悔いているようだ――まぁ、悔いる必要がないくらい神崎の腹の内は真っ黒なのだが。

 

「いえ、仕事柄、誤解されることには慣れておりますので」

 

 しかしそんなことはおくびにも出さずに穏やかな笑みを以て接する神崎の姿に闇遊戯から表の遊戯に人格交代しながら2人は胸中で言葉を交わす。

 

――だから言ったでしょ、もう一人のボク? 気にし過ぎだって。

 

――ああ……そうだったな……

 

 親友、城之内の恩人は「悪人」ではない事実を再確認できたことを喜ぶように表の遊戯は別れの挨拶を交わす。

 

「今日は忙しい所、ありがとうございます!」

 

「いえ、このくらいならいつでも頼って頂いて構いませんよ――ですが、次からは此方の頼み事も聞いて貰えると幸いです」

 

「あー、はい! なんでも――じゃなくて、ボクに出来る範囲なら!」

 

「はい、その時はよろしくお願いします」

 

「じゃあ、お仕事頑張ってください!」

 

 そうしてサラッと願望を漏らしつつ神崎は帰路に就く遊戯を見送った後、「仕事」に移る。

 

 

 

 ()()()()()()()理想の未来の為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 何処かのある国の大地の下にて岩盤が轟音と共に爆ぜ、その先に地下空間を拡張し、地下深くへの道がかなり強引に作られて行く。

 

 その無茶苦茶っぷりは周囲が崩落しそうな勢いだが、地下で破壊活動に勤しむ神崎の影から伸びる冥界の王の力を利用した黒い腕がせっせと地下空間を整備している様子から安全管理はなされているようだ。

 

 そんな便利アイテム扱いにも慣れた様子に神崎の影から声が響く。

 

『まさかヤツの手を借りる事になろうとは……』

 

 その声の主は「冥界の王」――素手で岩盤を砕く神崎の姿を現実感なく眺める姿に何処か哀愁が漂うのは気のせいではあるまい。

 

「パラドックスの記憶を見た限り、『今までのやり方』では未来に私の居場所がないようですからね。ある程度の軌道修正は必要かと」

 

『貴様の計画とやらを変更するのか? あのパラドックスという男の「記憶」を見た限りでは未来は崩壊した建物が散乱する滅びた街が広がっていた』

 

 返ってくるとは思ってもみなかった神崎の返答に冥界の王は甘言など用いず普通に問いかける――まずは信頼関係を築くことにしたようだ。

 

『あの様子を見るに、貴様の計画は成功していないように見えるが』

 

 そう冥界の王が言う様に神崎の「世界中の人間を巻き込んだ未来救済の計画」はパラドックスの記憶では「成功」したとは思えない。

 

 しかし神崎は否を返す。

 

「いえ、計画の根本を変える気はありませんよ。私が考えた中であの計画が一番『被害が少ない』――それに街の様子だけで計画の成否を問うのは不可能です」

 

 パラドックスの記憶だけでは「成否の確認」には不十分だと。

 

 だが冥界の王は「被害が少ない」との言葉が引っ掛かった――パラドックスが「虐殺」と評する計画にも関わらず「被害が少ない」とはどういうことだと。

 

『? 何故だ? 都市一つを潰すイリアステルとやらの計画に対し、貴様の計画は世界中の人間を虐殺――』

 

 普通に考えて、「都市一つ」と「世界全て」では前者の方が圧倒的に被害は小さい筈だ。

 

「おっと、おしゃべりは此処までのようです――目的地まで掘り進めました」

 

 しかし神崎は地下を掘り進む手を止めたと共に話を打ち切る。まずは今の目的を果たすことが重要だと。

 

『ふむ、ようやくか』

 

「交渉事は此方で行いますので、貴方は表に出ないように」

 

『元より貴様に手を貸すつもりはない。我の力も勝手に使っているだけだろうに』

 

「そうですか――ただ、こういったことは第一印象が大事ですので念押しさせて貰います」

 

 そんな冥界の王のやり取りを最後に神崎は冥界の王の意識を自身の内の深くに沈めていく。余計な事を言われたくないのだろう。

 

『……全くもって忌々しい』

 

 とはいえ、そんな好き勝手を許している現状は冥界の王としても不服で仕方がなかったが。

 

 

 

 

 

 

 そうして地下深くに潜っていった神崎の視界に入ったのは巨大な地下神殿。そこには何らかの存在を模した石像が祀られるように祭壇に鎮座する。その祭壇の前には――

 

「おや?」

 

 そう小さく零す人影が映る。

 

「おやおやおやーん? どなたかと思えば、冥界の王サマじゃあーりませんか!」

 

 だがその人影は「人」ではない。

 

 燃え盛る火の玉の頭に、真っ赤に燃える炎の身体から伸びる細い手足に悪魔の尾を持つ「炎の悪魔」とでも呼ぶべき存在は芝居がかった仕草で神崎――ではなく、冥界の王を出迎える。

 

「このようなところまで遠路はるばると! 主に代わってこのワタシ、『紅蓮の悪魔のしもべ』が精一杯のおもてなしをさせて頂きますよ! アハハハハッ!」

 

 

 そう言いながら両の手を広げて高らかに笑い声をあげる紅蓮の悪魔のしもべの姿に神崎は覚悟を決めるように前に出た。

 

 

 






スカーレッド・ノヴァ・ドラゴン「嫌な予感がする……」

E・HERO(エレメンタルヒーロー) ネオス「こっちに……早くこっちに来るんだ……」

N(ネオスペーシアン)・アクア・ドルフィン「ワクワク……ワクワク……!」



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第141話 最強の地縛神――なおOCGカード化は……



前回のあらすじ
神崎……嘘を吐かなきゃ良いってもんじゃないよ……(´・ω・`)ショボーン




 

 

 ある国の地下深くの古代の神殿にて炎の身体を揺らす紅蓮の悪魔のしもべは珍しい来客に愉快そうに笑う。

 

「ヒヒヒヒッ、アハッハッハハ! ワタシめに一体何用で?」

 

「スカーレッドノヴァと話せますか?」

 

 そんな紅蓮の悪魔のしもべに神崎は神殿に祀られている石像に目を向け答えた。

 

 

 この祭壇に祀られているのは「最強の地縛神」との呼び声高い「紅蓮の悪魔、スカーレッドノヴァ」が封印されたもの。

 

「おっーとっと! 我が主にご用でしたか――差し支えなければご用件をお聞きしても?」

 

 その神崎の返答に紅蓮の悪魔のしもべはオーバーに驚いて見せた後、頭を垂れつつ問う。その瞳は「差し支えなければ」と言いながら、有無を言わせぬ雰囲気が漂っていた。

 

「構いませんよ――ただ、『助力を得られたら』と思いまして」

 

 今回の神崎の目的は「紅蓮の悪魔、スカーレッドノヴァ」の力といっても過言ではない。

 

 

 だが、この「紅蓮の悪魔、スカーレッドノヴァ」は今よりさらに先の未来、5D’s時代にてジャック・アトラスが「バーニング・ソウル」の境地に至り、シグナーの竜の一体、《レッド・デーモンズ・ドラゴン》に更なる進化をもたらす為に必要な存在である。

 

 そう――結構、重要な存在なのだ。

 

 ゆえに将来的にジャックが必要になるであろうことから神崎は放置していたのだが、パラドックスとの一件で力不足を思い知ったゆえに放置を止めて、助力を求めにきたのだ。

 

 原作ブレイクにちょっとは配慮して欲しいものである。

 

 だが神崎にも一応の考えはある。5D’s時代の前に放流こと、キャッチ&リリースすれば問題ないだろうと――いや、問題しかねぇよ。

 

「ククク、フフフッ! アッハッハッハッ!!」

 

 そんな神崎の言葉に紅蓮の悪魔のしもべは狂ったような笑い声を上げる。

 

「そのようなことでしたら、我が主に問いかけるまでまりませぇん! 答えは一つです!」

 

 そして神崎に指差し紅蓮の悪魔のしもべは意気揚々と宣言する。

 

 

 

 

「貴方に貸す力なんて、これっぽっちもございませ~ん!!」

 

 

 拒絶の意思を。

 

 紅蓮の悪魔、スカーレッドノヴァは冥界の王の眷属である「地縛神」の一体であるにも関わらずの仕打ちに神崎は小さく溜息を吐く――冥界の王は思ったよりも人望がないらしい。

 

「そうですか……ご無理を言ってしまったようですね。では――」

 

「逃がす訳ないでしょうッ!!」

 

 やがてそう零しながら一歩後ろに下がった神崎に紅蓮の悪魔のしもべが声を上げると共に、周囲をグルリと炎の陣が奔り、相手を閉じ込めるように炎が猛る。

 

「一応、『何故』と聞いておきます」

 

「アッハッハ! 本気で言っておられる? 言っておられるぅ? これは愉快!」

 

 相手の意を確認するような神崎の言葉に紅蓮の悪魔のしもべは小躍りするように笑いながら両手で神崎を指さしながらおちょくるように返す。

 

「分かっていないのなら、教えて上げちゃうYO! つまり我々は――」

 

 そう、もはや紅蓮の悪魔、スカーレッドノヴァと紅蓮の悪魔のしもべにとって冥界の王は――

 

 

「もう貴方に仕える気がないってことだYO!!」

 

 

 従う価値のある相手ではないのだ。

 

「ただの人間に取り込まれっちゃったマヌケにはねぇ!」

 

 精霊の力も持っていなかった人間の罠に嵌まり、生殺与奪を含め、全てを剥奪された負け犬を崇めてやる道理など彼らにはない。涙拭けよ、冥界の王……

 

「で・す・が! その無駄に丈夫な器は有効活用してやるYO!」

 

 だが、冥界の王を受け止めた神崎の器としての性能は紅蓮の悪魔のしもべも評価している。

 

 デュエルマッスルの為に、「頭おかしいんじゃないの?」なレベルのトレーニングを欠かさず続けた神崎の身体は豊富な生命エネルギーを秘めているのだ――過去のアヌビスもアテにした程に。

 

「古の儀式といこうじゃあーりませんか! イッツショーターイム!!」

 

 ゆえに紅蓮の悪魔のしもべはショーの始まりとばかりに大仰に手を広げる。

 

「そう! デュエルです! 貴方が勝てば、その助力とやらを我が主は聞きいれてくださることでしょう!」

 

 そう、紅蓮の悪魔のしもべの狙いは――

 

「そして、貴方が負ければその器は紅蓮の悪魔の生贄として捧げられます! 冥界の王と共にねえ!!」

 

 紅蓮の悪魔、スカーレッドノヴァの完全なる復活――その為の依り代の入手。その事に思い至った神崎は確認するように零すが――

 

「つまり貴方たちは――」

 

「その通り! 下剋上ってやつだYO!!」

 

 その言葉は紅蓮の悪魔のしもべに割り込まれる。話し合いの余地は介在しない。

 

「さぁ、儀式の始まり始まり! どちらかが倒れるまで終わらない! 闇の儀式!」

 

 そしてその紅蓮の悪魔のしもべの声に神殿の天井から40枚の石板が浮かびシャッフルされていく。

 

 この石板は昔のデュエル――ディアハにおいて石板をカードとして用いていたゆえの光景だ。ゆえに特に今の時代のカードとの違いはない。

 

「貴方にとっては『最後の晩餐』ならぬ『最後のデュエル』! 思い残しがないように盛大にいこうじゃあーりませんか!」

 

 そう神崎に嘲笑うように告げる紅蓮の悪魔のしもべの声に神崎は用意していたデッキをデュエルディスクにセットし、デッキをシャッフル。

 

 やがて5枚の初期手札を引きながら、その胸中で集中力を研ぎ澄ませる。

 

――話が早くて助かる。

 

 このデュエルは己の今後を大きく左右するのだから。

 

 

 

 

 そうしてデュエルが開始され、紅蓮の悪魔のしもべが5枚の初期手札の「石板」を並べる光景を余所に先行を得た神崎はデッキからカードを引く。

 

「私のターン、ドロー。スタンバイフェイズを終え、メインフェイズ1に」

 

 だがフェイズ確認をしながら神崎は内心でげんなりした面持ちになる。

 

――手札が悪いな……手札交換カードがあるだけマシか。

 

 自身が進歩しているかどうか判断に困る手札だ。

 

「カードを1枚セットし、魔法カード《手札抹殺》を発動。互いは手札を全て捨て、捨てた枚数分ドローします――私は手札を4枚捨てて新たに4枚ドロー」

 

 そして手札を一新して動こうとする神崎だが――

 

――微妙。

 

 手札の質は芳しくない。

 

「魔法カード《一時休戦》を発動。互いにカードを1枚ドロー。そして次の相手ターン終了まで一切のダメージは発生しません」

 

 そうしてダメージ回避のカードで1ターンの猶予を確保しつつ神崎は先兵代わりにモンスターを呼び出す。

 

「自分フィールドの効果モンスターのレベルの合計が8以下の時、手札・墓地の『インフェルノイド』モンスター2体――墓地の《インフェルノイド・ルキフグス》と《インフェルノイド・アスタロス》を除外し――」

 

 様々な生物を寄り集めた獣染みた様相の機械の悪魔たちが墓地に眠る同胞すら食らいつき、やがて奈落より溶け合い、一つに混ざりあう。

 

「手札・墓地の《インフェルノイド・ベルフェゴル》を特殊召喚できる――手札から特殊召喚」

 

 やがてその奈落から醜悪の悪徳を持つ悪魔が、何処か機械を思わせる深い藍色の手足と尾を翻し、その翼を広げて宙に佇む。

 

 その身体を覆う鎧のような装甲版の隙間から怨霊のようなうめき声が響いていた。

 

《インフェルノイド・ベルフェゴル》

星6 炎属性 悪魔族

攻2400 守 0

 

「さらにもう1枚カードをセットし、ターンエンド」

 

――さて、相手のデッキは此方の知識ではOCG化されていない「黄泉」というカード群だった筈だが……どう動く。

 

 結果的に消極的なターンとなった神崎は内心でそう一人ごちつつ紅蓮の悪魔のしもべの様子を伺う。

 

「ならワタシのターンです! ドロー!」

 

 だが紅蓮の悪魔のしもべは神崎の様子など気にした様子も見せずに、何処からかカード代わりの巨大な石板を自身の前に並べドローしていた。

 

 そして7枚の石板を眺めていた紅蓮の悪魔のしもべは口を小さく歪め、意気揚々と石板を指差して動き出す。

 

「まずは墓地の《ヘルウェイ・パトロール》を除外して効果発動! ワタシの手札から攻撃力2000以下の悪魔族モンスター1体を特殊召喚しちゃうYO!」

 

 指差された石板が前に動くと同時にバイクのエンジン音が響く。

 

 そうして左右に角の生えたヘルメットを被った悪魔が件のバイクを奔らせ紅蓮の悪魔のしもべのフィールドを通り過ぎ、その際にバイクの後部座席に乗っていた手札の悪魔族モンスターがフィールドに舞い降りた。

 

「来ちゃいなよ! 《インターセプト・デーモン》!」

 

 それはドクロのマークが腹に浮かぶアメフトの防具を身に纏った悪魔が左右の肩から新たな4本の腕を伸ばして四方に広げ、迎撃するような姿勢を取る。

 

《インターセプト・デーモン》

星4 闇属性 悪魔族

攻1400 守1600

 

「さらにさらに! ワタシが攻撃力1500以下のモンスターを特殊召喚したことで――手札の速攻魔法《地獄の暴走召喚》を発動!」

 

 その声と共に石板の1枚が神崎に公開され、その効果が発動――地面から新たに2枚の石板がせり上がる。

 

「ワタシの手札・デッキ・墓地から同名モンスターを特殊召喚しちゃうYO! カモーン! 2体の《インターセプト・デーモン》!」

 

 其処から新たに現れた2体を合わせ、3体の《インターセプト・デーモン》が並び、肩を組んでスクラムするも、肩から生える4本の腕が微妙に邪魔そうだ。

 

《インターセプト・デーモン》

星4 闇属性 悪魔族

攻1400 守1600

 

 速攻魔法《地獄の暴走召喚》のもう一つの効果として神崎は自身のフィールドのモンスター1体の同名モンスターを展開できるが――

 

「此方の《インフェルノイド・ベルフェゴル》は特殊召喚モンスターの為、速攻魔法《地獄の暴走召喚》での展開は出来ません」

 

 今回の神崎のデッキの『インフェルノイド』は大半が自身の効果以外での特殊召喚が出来ない為、意味はない。

 

「ざぁんねんですね! 次にワタシは永続魔法《強欲なカケラ》を発動して、残りの4枚のカードを全て伏せてターンエンドだYO!」

 

 自身が一方的に展開できた事実にご機嫌で笑う紅蓮の悪魔のしもべは魔法・罠ゾーンに5枚のカードを発動・セットし、ターンを終える。

 

 動きとしてはあまり大きくはないが、明らかに「罠を仕掛けています」と言いたげな態度だ。

 

「さぁ、さぁ、さぁ! 貴方サマのターンですよ!」

 

 そんな挑発するような紅蓮の悪魔のしもべの声に神崎は内心で考える。

 

――今のところはOCG化されているカードだけ使用されているようだが、原作のデッキと随分毛色が違うな……

 

 自身の知識をフル動員して、紅蓮の悪魔のしもべのデッキがどういったものなのかを組み立てていく神崎。

 

「私のターン、ドロー。スタンバイフェイズを終え、メインフェイズ1に」

 

――だが《インターセプト・デーモン》か……ならコンセプト自体に相違はない筈だ。

 

 カードを引きながら神崎が辿り着いたのは「原作と似たデッキ」であるということ。

 

 紅蓮の悪魔のしもべの原作でのデッキは「黄泉」というシリーズの内の3体のカードでコンボを組み、「相手が攻撃した際にダメージを与えつつ、戦闘を強制終了させる」――そんなデッキ。

 

 相手が攻撃した際にダメージを与える《インターセプト・デーモン》の効果とも合致する。

 

――とはいえ、今の手札は……相変わらず微妙だ。リカバリーも効きそうにない。幸い相手は待ちのデッキ――攻撃は見送るか。

 

 ただ、そんな神崎の内心の通り、今の手札では攻勢に移るにはリスクが高いが。

 

「メインフェイズ1を終了し、エンドフェイズへ――」

 

「おっと、お待ちを! ――そのメインフェイズ終了前に永続罠《竜星の極》を発動しちゃうんだYO!」

 

 ゆえにすぐさまターンを終えようとした神崎に紅蓮の悪魔のしもべはカードを発動させる。

 

 すると紅蓮の悪魔のしもべの背後から神崎のフィールドのモンスターを引き寄せるような風が吹き込み始めた。

 

「これによりこのカードが存在する限り、貴方サマは攻撃可能なモンスターで攻撃しなければなりません!」

 

 そのバトルを強要させる効果により《インフェルノイド・ベルフェゴル》は牙をガチガチと鳴らし、今にも飛び出さん様子だ。

 

「さらに永続罠《最終突撃命令》も発動! アハハ! これで守備表示で逃げることも出来ないよん!」

 

 そして守備表示にして「攻撃できない状態」にすることも叶わない。

 

 ゆえに神崎の残された選択肢はほぼ一つだ。

 

「ではバトルフェイズへ。《インフェルノイド・ベルフェゴル》で《インターセプト・デーモン》を攻撃」

 

 その神崎の声に待ってましたと言わんばかりにおどろおどろしい声を漏らしながら地を這うように低空で飛行し、相手に迫る《インフェルノイド・ベルフェゴル》。

 

「イッツショーターイム!」

 

 だが待っていたのは此方だとばかりに紅蓮の悪魔のしもべが意気揚々と声を上げる。

 

「この瞬間、3体の《インターセプト・デーモン》の効果が発動しちゃうYO! 相手モンスターの攻撃宣言時に500ポイントのダメージを与えちゃう!」

 

 その声が開始の宣言だと、3体の《インターセプト・デーモン》がそれぞれフットボールを神崎に向けて蹴り飛ばす。

 

「つ・ま・り――3体の合計で1500ポイントのダメージをお受けなさいな!」

 

 やがてその3つのフットボールは神崎に当ると同時に爆ぜ、その周囲に爆炎が上がった。

 

神崎LP:4000 → 2500

 

 だがそれ自体は《インフェルノイド・ベルフェゴル》の進行を妨げはしない。

 

 

 その為、爆炎を引き裂きながら3体の《インターセプト・デーモン》の内の1体に《インフェルノイド・ベルフェゴル》の爪が迫るが――

 

「そして! その攻撃は発動しておいた永続罠《アストラルバリア》によりワタシへのダイレクトアタックに!」

 

 だがその《インフェルノイド・ベルフェゴル》の爪は急に方向を変え、紅蓮の悪魔のしもべの方へと向かう。

 

「発生するダメージは発動済みの永続罠《スピリットバリア》の効果により、ワタシのフィールドにモンスターがいる限り――なんと、ゼロ! ノーダメージだよーん! アヒャヒャヒャヒャ!」

 

 しかし《インフェルノイド・ベルフェゴル》の爪は紅蓮の悪魔のしもべを切り裂く前に透明なバリアに阻まれ、届かない。

 

 やがて火花を散らすバリアからうっとおし気にガチガチと歯を鳴らしながら翼を羽ばたかせ宙で一回転して神崎の元に戻る《インフェルノイド・ベルフェゴル》。

 

「私はバトルフェイズを終了し、そのままターンエンドです」

 

――デッキのタイプは完全に割れた。デッキ相性は問題ないが、手札が悪い……拙いな。

 

 初撃を譲ってしまった神崎は内心でそう考えつつターンを終える――今の手札ではそう長くは持ちそうになかった。

 

「アハハハハッ! 成す術もないご様子! ワタシのターン! ドロー!」

 

 そんな神崎の様子を感じ取ったのか自身の有利を確信するように笑い新たなカード――石板を己が前に並べる紅蓮の悪魔のしもべ。

 

「このドロー時に永続魔法《強欲なカケラ》に強欲カウンターが1つ乗るんだYO!」

 

 ご機嫌な様子を見せる紅蓮の悪魔のしもべの笑い声に釣られて壺のニヤケ面が半分浮かぶ。

 

強欲カウンター:0 → 1

 

「ですが、これにてターンを終了――ヒャハハハハ! だってやることないんだもん!」

 

 しかし紅蓮の悪魔のしもべは両の手を手持ち無沙汰に揺らしながらターンを終える。

 

 とはいえ、紅蓮の悪魔のしもべからすれば既に相手は己の策の中――後はゆっくりと死に様を眺めていればいいのだと余裕タップリであろう。

 

 

 対する余裕皆無な神崎はデッキから淡々とカードを引く。

 

「私のターン、ドロー。スタンバイフェイズを終え、メインフェイズ1に」

 

 引いたカードに内心でピクリと反応を見せる神崎だが、そのカードは今直ぐにこの状況を打開できるカードではない。

 

「……バトルフェイズへ移行し、《インフェルノイド・ベルフェゴル》で《インターセプト・デーモン》を攻撃」

 

 ゆえにこのターンも紅蓮の悪魔のしもべに強制されるままに攻撃を行うしかなかった。

 

 ただ、当の《インフェルノイド・ベルフェゴル》はそんなことなど気にした素振りも見せずに牙をギラつかせて獲物に飛び掛かっていたが。

 

「またまたイッツショーターイム!」

 

 だが意気揚々と手を掲げ、宣言する紅蓮の悪魔のしもべの声が響く。

 

「その攻撃は永続罠《アストラルバリア》によりワタシへのダイレクトアタックになり、永続罠《スピリットバリア》の力でダメージはゼロ!」

 

 その結果、《インフェルノイド・ベルフェゴル》の牙は《インターセプト・デーモン》には届かず、空を切る。

 

「そして貴方サマが攻撃宣言したことで3体の《インターセプト・デーモン》の効果で合計1500のダメージを受けちゃいなYO!」

 

 さらに《インターセプト・デーモン》が今度は死のパスとばかりに投げたフットボールが先のターンの焼き増しのように神崎を襲い、爆炎が舞った。

 

神崎LP:2500 → 1000

 

 これで神崎のライフは4分の1――次のターンに神崎が攻撃しただけで消し飛ぶ数値。

 

「アハハハハッ! 此処まで手応えがないとは――なんたる無様! 笑いが止まらないYO! アヒャヒャヒャヒャ!」

 

 そんななされるがままの神崎を紅蓮の悪魔のしもべは嗤う。

 

 元は肉体の頑強さを除き、特殊な力を何一つ持たなかった神崎に対し、冥界の王をその身に封じ込めた存在として警戒していただけに、こうまで手応えがなければ心配しただけ無駄だったと思わざるを得ないだろう。

 

 そうゲラゲラと神崎を嗤う紅蓮の悪魔のしもべの姿を余所に神崎はフェイズ確認の後、手札の1枚をデュエルディスクに差し込む。

 

「私はバトルフェイズを終え、メインフェイズ2へ移行。永続魔法《未来融合-フューチャー・フュージョン》を発動し、ターンエンドです」

 

 そして神崎がようやく引けたキーカードの1枚が発動され、周囲の神殿を覆うようにビル群が立ち並ぶ。

 

 とはいえ、このターンの神崎の動きはそれだけであり、他は紅蓮の悪魔のしもべに完全になされるがままだが。

 

 だが紅蓮の悪魔のしもべは発動されたカードを視界に収め、眉をひそめる。

 

「未来融合? ……まぁ、良いでしょう。ワタシのターン、ドロー!」

 

 このタイミングで「融合召喚」に関するカードが発動されたことを紅蓮の悪魔のしもべは訝しむも、その新たに加わった手札を含め、除去する類のカードはない。

 

「このドロー時に永続魔法《強欲なカケラ》に強欲カウンターが1つ乗るんだYO!」

 

 そんな紅蓮の悪魔のしもべの警戒を余所に、完成した強欲な様相を漂わせる顔の付いた壺は己の誕生を喜ぶようにゲラゲラと笑う。

 

強欲カウンター:1 → 2

 

 やがて紅蓮の悪魔のしもべは緩んでいた気を引き締める。

 

――念を入れておくとしましょうか……

 

 このデュエルは自身の主、「スカーレッドノヴァ」の封印を完全に解く大事なデュエル――失敗は許されない。

 

「強欲カウンターが2つ乗った永続魔法《強欲なカケラ》を墓地に送り、2枚ドローするんだYO!」

 

 ひとりでに笑う壺が「壺は砕くもの」と言わんばかりに砕かれ、その中身たる2枚のカードが紅蓮の悪魔のしもべの手元に舞い込んだ。

 

「ワタシはカードを1枚セットし、《クリバンデット》を召喚!」

 

 盗賊風の装いの《クリボー》こと《クリバンデット》が紅蓮の悪魔のしもべの警戒に触発されたように音もなく降り立つ。

 

《クリバンデット》

星3 闇属性 悪魔族

攻1000 守 700

 

「そしてターンエンド! エンド時に通常召喚した《クリバンデット》をリリースし、デッキの上の5枚のカードから魔法・罠カードを1枚選んで手札に加え、残りを墓地に送っちゃうYO!!」

 

 先のターンと同じく殆ど動きを見せない紅蓮の悪魔のしもべだったが、《クリバンデット》がすぐさま墓地に潜り、主人の為に次なる一手を打つ為の布石を揃える。

 

「ワタシは魔法カード《強欲で金満な壺》を手札に加えます――さぁ、其方のターンだYO!」

 

 その中から選ばれたのは欲深い顔が二つ付いた壺のカード。だが紅蓮の悪魔のしもべの狙いの大本は其方ではない。

 

 立ち去る《クリバンデット》と共に墓地に送られた4枚のカードこそが狙い――とはいえ、保険の意味合いが強いが。

 

「で・す・が! 貴方サマはなんと! 後1度の攻撃でライフが尽きてしまいますけどねぇ!!」

 

 そして両の手を煽るようにパシパシ叩きながら笑う紅蓮の悪魔のしもべの背後から巨大な赤い蛇が数匹現れ、その赤い蛇の先に深紅の身体を持つ巨人の如き存在が朧気ながらに姿を現す。

 

 その赤き巨人の如き存在こそ最強の地縛神たる紅蓮の悪魔、「スカーレッドノヴァ」。

 

 かつて赤き龍に選ばれた戦士、「シグナ―」の中の荒ぶる魂――バーニングソウルを持つ者に封じられてはいるが、復活の時は近い。

 

「我が主! 紅蓮の悪魔もお喜びです! 直に復活の依り代が手に入るのですから!!」

 

 そう楽し気に語る紅蓮の悪魔のしもべの言葉通り、闇の化生である紅蓮の悪魔に相応しい贄がもうじき手に入るのだから。

 

「是非とも人生最後のターンを楽しんでくださいな!」

 

 だが、そんな自身の主の間近に迫った復活に心躍らせる紅蓮の悪魔のしもべの心の内には確かな「隙」があった。

 

 

 あと少し、あと少しで憎っくきシグナーに封じられた己が主と完全な形で再会できるのだと――勝敗が決まっていない段階で、未来に想いを馳せる「隙」が。

 

 

 

 

 

 

 ただ、神崎がその隙を突けるかどうかは別問題だが。

 

 






今回の神崎のデッキは結構普通に「インフェルノイド」

原作にて紅蓮の悪魔のしもべが使用した墓地でループする効果を持つ「黄泉」カードをメタったチョイス。

インフェルノイドたちの効果で墓地除外すれば容易く機能不全を起こすだろう――なお肝心の「黄泉」シリーズは未OCG(目そらし)



~入りきらなかった人物紹介~
紅蓮の悪魔のしもべ
遊戯王5D’sにて登場

最強の地縛神との呼び声高い、「紅蓮の悪魔、スカーレッドノヴァ」の下僕。

だが作中では「紅蓮の悪魔のしもべ」としか評されない為、名前が不明どころか、あるのかすら謎。

見た目は細い身体と手足、そして火の玉のような顔を持ち、悪魔の尻尾が生えている。

「紅蓮の悪魔の仕業でございます」とやたら繰り返し言っていたせいか印象に残っている人も多いのではないだろうか。


原作ではシグナーに封印された主の復活の為、ジャックの身体を贄にするべく甘言でデュエルの場に引きずり込んだ。

そのデュエルの際にやたらと対戦相手であるジャックを煽っていた姿から何処か人を小馬鹿にしたような性格が垣間見える気がする。

しかし、その最後はジャックの持つシグナーの竜に主であるスカーレッドノヴァが吸収され、その力によって討ち果たされる――慕った主の力に打たれる救いのない最後となった。


~今作では~
主の封印が解ける機会を待っていた所に現れた鴨が葱を背負って来たレベルに理想的な器である神崎が来たため、古の儀式によって神崎を主の復活の贄にするべくデュエルを挑んだ。



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第142話 紅蓮の悪魔



前回のあらすじ
紅蓮の悪魔のしもべ「皆々様、我が主では冥界の王を取り込むことは出来ないと思われているようですが――この(いにしえ)の儀式はその問題をクリアする為にあるんだYO!」

なお原作では勝負途中に紅蓮の悪魔、スカーレッドノヴァがシグナーの力により再封印される模様







 

 

 紅蓮の悪魔のしもべに圧倒的なアドバンテージの差を広げられている神崎。だが、その胸中に焦りはない。

 

「私のターン、ドロー。スタンバイフェイズを終え、メインフェイズ1に」

 

 相変わらずの代わり映えの無い神崎のドローだが、引いたカードを見た神崎はその内心で小さく笑みを浮かべる。

 

「永続魔法《未来融合-フューチャー・フュージョン》を発動した1度目のスタンバイフェイズによりその効果を適用します」

 

 神崎の背後に立ち並ぶビル群が怪し気な光を放つ。

 

「私はエクストラデッキの融合モンスター《インフェルノイド・ティエラ》を公開し、その融合素材であるモンスターをデッキから墓地へ」

 

 そこには蛇のような細長い身体に、白と黒の翼を広げるインフェルノイドの最高位、《インフェルノイド・ティエラ》が半透明に浮かび、その咆哮が周囲の空気を震わせ――

 

「デッキから《インフェルノイド・ネヘモス》と《インフェルノイド・リリス》――そして任意の数の『インフェルノイド』モンスターを。デッキの全ての『インフェルノイド』モンスターを墓地に」

 

 その咆哮に導かれるように神崎のデッキから闇をうごめかせながらインフェルノイドたちが次々と墓地に送られて行く。

 

 そしてデッキから全てのインフェルノイドモンスターが消えた後、その闇もまた消えていった。

 

「成程、成程……墓地に多くのカードを送り、新たな『インフェルノイド』を呼びだす算段ですか」

 

 インフェルノイドの特性を把握し、指を銃のような形にして顎に当てる紅蓮の悪魔のしもべの言葉を肯定するように神崎のデッキはようやく動き出す。今回はいつも以上に立ち上がりが悪い。

 

「墓地の2枚目の《インフェルノイド・ルキフグス》と2枚目の《インフェルノイド・アスタロス》、そして《インフェルノイド・デカトロン》を除外し――」

 

 3体の同胞を喰らい、業炎と共に現れるのは――

 

「墓地から《インフェルノイド・ネヘモス》を特殊召喚」

 

 薄い紫の透けた翼を広げ、赤き龍を思わせる長大な身体を躍らせる悪魔――《インフェルノイド・ネヘモス》が狂ったような雄叫びを上げる。

 

《インフェルノイド・ネヘモス》

星10 炎属性 悪魔族

攻3000 守3000

 

「《インフェルノイド・ネヘモス》が特殊召喚に成功した時、このカード以外のフィールドのモンスターを全て破壊します」

 

 やがてその雄叫びは炎となって周囲に広がっていき全てを呑み込まんと互いのフィールドを焼き尽くさんと迫っていく。

 

「なんと!? クッ! ククク……」

 

 その炎の海に呑まれる自身の《インターセプト・デーモン》を尻目に紅蓮の悪魔のしもべは堪え切れないように笑い始める。

 

「アヒャヒャヒャヒャ! 残念、残念! これで《インターセプト・デーモン》の効果から逃れようとしておられるのでしょうが――」

 

 《インターセプト・デーモン》がいなくなれば神崎は攻撃の際にダメージを受けることはなくなる為、神崎は一気に攻勢に移ることができる。

 

 

 紅蓮の悪魔のしもべの策を踏破すれば――との前提が付くが。

 

「このカードで逆に己に止めを刺す結果になっちゃうんだYO! チェーンして罠カード《ナイトメア・デーモンズ》をワタシの《インターセプト・デーモン》の1体をリリースし、発動!」

 

 神崎の放った逆転の一手を嘲笑う紅蓮の悪魔のしもべの笑い声に合わせてケタケタと笑う黒い影が3つ神崎のフィールド目掛けて迫る・

 

「この効果により貴方サマのフィールドに3体の『ナイトメア・デーモン・トークン』を特殊召喚します! ですが~このカードは破壊された際にコントローラーへと1体につき800のダメージを与えちゃいます!」

 

 それは白髪に細い黒の身体を持つ3体の悪魔。ただし、その悪魔は主に牙剥く可能性を持つ裏切りの兵。

 

「そう! もうお判りでしょう――この3体は直ぐに貴方サマの《インフェルノイド・ネヘモス》に破壊されちゃうんだYO!」

 

 その3体の『ナイトメア・デーモン・トークン』は早速とばかりに神崎に止めを刺すべく《インフェルノイド・ネヘモス》の放つ炎に飛び込んでいく。

 

「最後は自爆で自滅! 滑稽な最後になりましたねぇ!」

 

 これで破壊された3体の『ナイトメア・デーモン・トークン』の効果によって1体につき800――合計2400ポイントの効果ダメージが神崎を襲い、その残り僅かなライフを刈り取る。

 

 

 

 

 筈だったが、《インフェルノイド・ベルフェゴル》が紅蓮の悪魔のしもべの発動された罠カード《ナイトメア・デーモンズ》のカードをその爪で貫いた瞬間にその黒い身体とカードが溶けるように消えていく。

 

 それに伴い3体の『ナイトメア・デーモン・トークン』の身体も崩れていった。

 

「…………あれ? あれれ?」

 

 自身の放った必殺の罠が神崎を殺す筈だったにも関わらず、未だ健在な相手の姿に紅蓮の悪魔のしもべは現実感なくそう零す。だがタネは簡単だ。

 

「《インフェルノイド・ネヘモス》は1ターンに1度、自分フィールドのモンスターをリリースすることで魔法・罠の発動を無効にし、除外することが可能です」

 

 そう、これは罠カード《ナイトメア・デーモンズ》の発動が無効化された為、3体のトークンが呼び出されなかっただけのこと。

 

「《インフェルノイド・ベルフェゴル》をリリースして罠カード《ナイトメア・デーモンズ》の発動を無効にし、除外させて頂きました」

 

「なんと!?」

 

 つまり神崎のライフを削ることは叶わず、残った《インターセプト・デーモン》も《インフェルノイド・ネヘモス》の放った炎に呑まれ、破壊される。

 

「グッ!? ワタシのモンスターが!?」

 

 自軍のモンスターが全て消え去り、壁となるモンスターを失った紅蓮の悪魔のしもべは顔を歪ませるも――

 

「ですが! 『インフェルノイド』は自軍のフィールドのモンスターレベルが8以下でなければ後続を呼ぶことは出来ません!」

 

 《インフェルノイド・ネヘモス》のレベルは10――よって大半の『インフェルノイド』の持つ特性からこれ以上新手が並ぶことはない。

 

 つまり己のライフを削り切るには至らない事実に紅蓮の悪魔のしもべは余裕を見せて嘲笑の笑みを浮かべる。

 

 

 だが神崎はそんな言葉などに興味も示さずセットされたカードを発動させた。

 

「セットしておいた永続魔法《煉獄の虚夢》を発動。これにより元々のレベルが2以上の『インフェルノイド』モンスターのレベルは1になります。代わりに相手への戦闘ダメージが半分になってしまいますが――」

 

 そして白い石造りのクリフォトの木の図形が大地からせり上がり、そこから発せられる光が《インフェルノイド・ネヘモス》から発せられるプレッシャーを幾分か和らがせていく。

 

《インフェルノイド・ネヘモス》

星10 → 星1

 

「――大した問題じゃない」

 

 戦闘ダメージの問題も、墓地に眠る『インフェルノイド』の数を考えれば些細なことだ。

 

「墓地の2体目の《インフェルノイド・ネヘモス》、《インフェルノイド・アシュメダイ》、《インフェルノイド・シャイターン》を除外し――」

 

 再び墓地に眠る同胞を喰らい、顕現するのは――

 

「墓地の《インフェルノイド・リリス》を特殊召喚」

 

 蛇を思わせる長大な身体を持つ悪魔が白い翼を広げ、その身体から金属質な駆動音を鳴らす。

 

《インフェルノイド・リリス》

星9 → 星1

炎属性 悪魔族

攻2900 守2900

 

「《インフェルノイド・リリス》が特殊召喚に成功した時、互いのフィールドの『煉獄』カード以外の魔法・罠カードを全て破壊します」

 

 やがて《インフェルノイド・リリス》の身体から飛び出た九つの真空管のような物体からレーザーが放たれ、フィールドの魔法・罠カードを打ち抜いていく。

 

「ワタシのフィールドが焼け野原に!?」

 

 これにて紅蓮の悪魔のしもべのフィールドは文字通りのがら空き。インフェルノイドたちの攻撃を遮るものは何一つとして存在しない。

 

 ただ、その《インフェルノイド・リリス》が放ったレーザーは神崎のフィールドの魔法・罠カードも打ち抜くが――

 

「チェーンして発動したセットしておいた速攻魔法《煉獄の死徒》の効果により《インフェルノイド・ネヘモス》はこのターン相手のカード効果を受けない」

 

 その1枚はチェーンして今、発動されたゆえに意味はなく、破壊されたのは永続魔法《未来融合-フューチャー・フュージョン》のみ――損害は軽微だ。

 

「墓地から3枚目の《インフェルノイド・ネヘモス》と2枚目の《インフェルノイド・リリス》を除外し、《インフェルノイド・アドラメレク》を墓地から特殊召喚」

 

 そして墓地に眠る同胞を喰らい、次に現れたのは猛るように四肢を震わせて翼を広げる機械染みた身体を持つ悪魔――《インフェルノイド・アドラメレク》。

 

 その《インフェルノイド・アドラメレク》は身体から炎を漏らし、敵対者である紅蓮の悪魔のしもべを見下ろす。

 

《インフェルノイド・アドラメレク》

星8 → 星1

炎属性 悪魔族

攻2800 守 0

 

「墓地の《インフェルノイド・ベルフェゴル》と《インフェルノイド・ベルゼブル》を除外し、墓地から《インフェルノイド・ヴァエル》を特殊召喚」

 

 そして4体目のインフェルノイドたる槍を持った悪魔が翼を広げ、深い紫の金属板のような装甲の隙間から紫電を奔らせる。

 

《インフェルノイド・ヴァエル》

星7 → 星1

炎属性 悪魔族

攻2600 守 0

 

「《ネクロフェイス》を召喚」

 

 最後に不気味な人形の頭だけが浮かび上がり、崩れた個所から肉塊がせり出す。

 

《ネクロフェイス》

星4 闇属性 アンデット族

攻1200 守1800

 

「召喚した《ネクロフェイス》の効果により除外されたカードを全てデッキに戻し、戻した枚数×100ポイント攻撃力が上昇」

 

 そんな《ネクロフェイス》の不気味に脈動する肉塊から触手が伸び、除外されたインフェルノイドたちを取り込んだ後、残った命の木漏れ日が神崎のデッキに引き寄せられ、戻って行く。

 

「互いのデッキの戻したカードの合計は14枚――よって1400ポイントアップ」

 

 それに伴い肉塊は体積を増し、人形の身体となって肉体美を示すようにポージングを取り始めた――不気味さが薄れた代わりに不快度がスゴイ。

 

《ネクロフェイス》

攻1200 → 攻2600

 

 これにて神崎のフィールドには攻撃力2000オーバーのモンスターが5体。思わず後退りながら紅蓮の悪魔のしもべは小さく零す。

 

「ご、五体のモンスターが……」

 

「バトルフェイズへ移行。《インフェルノイド・ヴァエル》で直接攻撃」

 

 だがそんな紅蓮の悪魔のしもべの様子など無視し、その手の槍を紅蓮の悪魔のしもべに突き立てるべく飛翔する《インフェルノイド・ヴァエル》。

 

「ですが! ワタシは手札から《バトルフェーダー》の効果を発動し――」

 

「《インフェルノイド・リリス》の効果発動。自分フィールドのモンスターをリリースし、モンスター効果の発動を無効にし、除外します」

 

 その行く手を阻もうとした振り子の悪魔、《バトルフェーダー》も背後に佇む蛇のような体躯を持つ悪魔、《インフェルノイド・リリス》が同胞の血肉を糧に口から怨霊となった同胞を放つ。

 

「《ネクロフェイス》をリリースし、その効果を無効。そして除外」

 

 ポージングを取りながら《バトルフェーダー》を異次元まで殴り飛ばした《ネクロフェイス》は満足気に消えた――これで《インフェルノイド・ヴァエル》の槍を遮るものはない。

 

「くっ! ならば墓地の罠カード《光の護封霊剣》を除外し、このターンのダイレクトアタックを封じます!!」

 

 筈だったが、紅蓮の悪魔のしもべの背後から放たれた幾重もの光の剣がその槍を弾き、攻勢の出鼻を挫く。

 

 しかし神崎に動揺はない。《クリバンデット》の効果で墓地に送られたカードはその超視力によって把握している。

 

――これで残る攻撃を防ぐ類の墓地のカードは0。

 

 ゆえに紅蓮の悪魔のしもべには次のターンの防御手段は今のところ存在しない。好機だ。

 

「バトルフェイズを終了し、メインフェイズ2へ――2枚目の永続魔法《未来融合-フューチャー・フュージョン》を発動し、カードを1枚セットしてターンエンド」

 

 また前のターンと同じように永続魔法《未来融合-フューチャー・フュージョン》を発動しターンを終えた神崎。

 

 

 だがフィールドの状況は大きく異なる。

 

 紅蓮の悪魔のしもべのフィールドには何もなく、神崎のフィールドには4体の『インフェルノイド』たちに加え、永続魔法《未来融合-フューチャー・フュージョン》による次弾も見える――盤面は一気に覆された。

 

 

 そんな事実に地団駄を踏みながら紅蓮の悪魔のしもべは怒りを見せる。

 

「クッ、グググググッ! ただの器の分際で!! 紅蓮の悪魔も怒っておられますぞー!!」

 

 さらにその紅蓮の悪魔のしもべの言葉に違わず、背後に朧気ながらに浮かぶ紅蓮の悪魔が放つ咆哮は怒りに満ちていた。

 

「ワタシのターン! ドロー まずはスタンバイフェイズに墓地の《ブレイクスルー・スキル》を除外し、《インフェルノイド・ネヘモス》の効果をこのターン無効にさせて貰うYO!!」

 

 そんな主従の怒りを示すように墓地からカードが発動されオーラが噴出する。

 

 やがて竜のような身体に纏わりつくオーラに不快気に身体をくねらせて怒りの雄叫びを上げる《インフェルノイド・ネヘモス》。

 

「そしてメインフェイズ1の開始時に魔法カード《強欲で金満な壺》を発動! このカードの効果によりワタシのエクストラデッキを3枚または6枚をランダムに裏側表示で除外します――ワタシは6枚のカードを除外!!」

 

 緑の欲深い顔と黄金の下卑た表情の顔がそれぞれ浮かぶ壺が紅蓮の悪魔のしもべのエクストラデッキにかぶりつき、グチャグチャと6枚のカードを平らげる。

 

「そして除外したカード3枚につき、1枚のドローできる! 除外したカードは6枚! よって2枚ドローです!!」

 

 やがて満足した表情で砕けていった《強欲で金満な壺》の後には2枚のカードが浮かび、紅蓮の悪魔のしもべの手元に戻る。

 

「魔法カード《死者蘇生》を発動! 墓地の《インターセプト・デーモン》を――」

 

 そして十字架の元に墓地に眠るカードが呼び覚まされんとするが――

 

「チェーンして《インフェルノイド・ヴァエル》の効果を発動。自分フィールドのモンスターをリリースし、相手の墓地のカードを1枚除外する」

 

 その前に、手に持つ槍で己を突き刺し、命を絶った《インフェルノイド・ヴァエル》はその身体を泥のような亡者へと変え――

 

「蘇生対象となった《インターセプト・デーモン》を除外」

 

 道連れとばかりに《インターセプト・デーモン》を墓地より深い冥府へと送った。

 

――くっ、《インターセプト・デーモン》が!?

 

 そう「計算が狂った」と内心で舌を討つ紅蓮の悪魔のしもべ――だが、まだ手は十二分に手札に残されていると次なるカードを繰り出す。

 

「ならば魔法カード《簡易融合(インスタントフュージョン)》を発動! ライフを1000払い、エクストラデッキからレベル5以下の融合モンスターを融合召喚扱いで呼び出します!」

 

 宙に躍り出たカップ麺にライフを注げば、そこから煙が噴き出し――

 

紅蓮の悪魔のしもべLP:4000 → 3000

 

「《バロックス》を融合召喚だYO!」

 

 青い身体に獣のような茶毛が伸びる悪魔が、大口を開けながら地の底から響くような笑い声を漏らす

 

《バロックス》

星5 闇属性 悪魔族

攻1380 守1530

 

「さらに墓地の2体目の《ヘルウェイ・パトロール》を除外し、効果を発動します! ワタシの手札から攻撃力2000以下の悪魔族モンスター1体――3体目の《ヘルウェイ・パトロール》特殊召喚しちゃうYO!」

 

 最初のターンの焼き増しとばかりに左右に角の生えたヘルメットを被ったライダースーツの悪魔2体、並走しながら紅蓮の悪魔のしもべのフィールドに迫る。

 

 そして1台のバイクが走り去った後、もう1体のバイクが停止し、エンジン音を唸らせる。

 

《ヘルウェイ・パトロール》

星4 闇属性 悪魔族

攻1600 守1200

 

「ワタシは《バロックス》と《ヘルウェイ・パトロール》をリリースしてアドバンス召喚!!」

 

 だがすぐさま《バロックス》と《ヘルウェイ・パトロール》が贄として炎に呑まれ、次なる一手へと繋がれる――これぞ紅蓮の悪魔のしもべの最後の一手。

 

「怒りは炎となり貴様を喰い尽くすであろう!」

 

 やがて紅蓮の悪魔のしもべの怒りを示す様に猛る炎は巨人の如き巨大な姿を形どっていき――

 

「来たれ! 紅蓮を冠する炎の悪魔! 《絶対服従魔人》!!」

 

 その巨体で神崎を見下ろすのは顔に五つの目玉をぎょろつかる鬼の如き形相を見せる巨大な赤い悪魔――《絶対服従魔人》。

 

その巨躯は神崎が見上げる程に巨大だ。

 

《絶対服従魔人》

星10 炎属性 悪魔族

攻3500 守3000

 

「ククク……アハハハハハ! この力の前では貴方のインフェルノイドも雑魚同然!!」

 

 その《絶対服従魔人》の攻撃力は3500と、神崎のフィールドの最大の攻撃力3000を持つ《インフェルノイド・ネヘモス》を上回る。

 

「最後に墓地の《スキルサクセサー》を除外し、《絶対服従魔人》の攻撃力を800アップ!」

 

 更にダメ押しとばかりに紅蓮の悪魔のしもべによって発動されたカードにより、《絶対服従魔人》の全身から熱気の如く赤いオーラが滾り、周囲を圧倒する姿はまさに神の如く。

 

《絶対服従魔人》

攻3500 → 攻4300

 

「バトル! やっちゃいな! 《絶対服従魔人》!!」

 

 紅蓮の悪魔のしもべの声に《絶対服従魔人》の巨体は揺れ動き、巨大な腕がインフェルノイドたちに迫る。

 

 その《絶対服従魔人》の拳の一撃によってその身を貫かれた《インフェルノイド・ネヘモス》の身体が炎となって爆ぜる。

 

「アヒャヒャヒャヒャ! これで残りライフ1000の貴方は終わりです!」

 

 この戦闘で発生するダメージは1300――紅蓮の悪魔のしもべの言う様に、神崎にそのダメージを防ぐ術はなく、残り僅かだったそのライフの灯火は消えるだろう。

 

 

 炎となって爆ぜた《インフェルノイド・ネヘモス》の残照が風に乗って天に昇り、地下神殿に深紅の空を広げた。

 

 

 

 だがその業炎の空はいつまでたっても消えず、ライフが尽きる筈の神崎も動きがない。

 

「……アヒャ?」

 

 さすがにおかしいと勝鬨の笑いを止めた紅蓮の悪魔のしもべを見下ろすように業炎の空は《インフェルノイド・ネヘモス》の姿を象っていく。

 

「これは一体……」

 

「罠カード《火霊術-「(くれない)」》――自分フィールドのモンスターをリリースし、その元々の攻撃力分のダメージを与える」

 

 紅蓮の悪魔のしもべの疑問に答えるようにそう返す神崎のフィールドには赤い髪を揺らす霊使いの少女、《火霊使いヒータ》が杖をビシッと相手に向けている。

 

 そんな相手のフィールドの光景に紅蓮の悪魔のしもべは震える声で呟く。

 

「そ、そんなカードがあるのなら、なぜ今のタイミングで――」

 

 3000ポイントのダメージを与えることが出来るのならば、魔法カード《簡易融合(インスタントフュージョン)》の発動の際にライフコストによって紅蓮の悪魔のしもべのライフが3000になった段階で削り切れる計算だ。

 

 なにも《絶対服従魔人》をアドバンス召喚し、紅蓮の悪魔のしもべが展開を終えるまで待つ必要はない筈だと。

 

 しかし神崎は小さく首を振る。

 

「貴方の最後の手札が不確かだったので」

 

――使用したカードが全てOCGカードだからといって、此方が知らないカードを所持していない証明にはならない。

 

 神崎の考えはシンプルだった。

 

 神崎は超常的な存在とデュエルする際は常に相手のカードに「自身の知らないカード」がある可能性を想定する――彼らは「カードの入手」の仕方の時点で普通とは一線を画しているのだから。

 

 今までの相手が全て「OCGカード」を使っていたとしても、その考えは変わらない。むしろバトルシティで「三幻神」という例外を体感した以上、その警戒心は跳ね上がっている。

 

 

 今回の場合も、紅蓮の悪魔のしもべの最後の手札が「バーン効果を跳ね返す」カードであれば目も当てられない。

 

「そ、そんな理由で――」

 

「終わらせましょうか――リリースした《インフェルノイド・ネヘモス》の元々の攻撃力は3000。よって3000ポイントのダメージが貴方を襲います」

 

 わなわなと震える紅蓮の悪魔のしもべを余所にそう突き放すように返した神崎の言葉を合図に、新たに紅蓮の炎の身体を得た《インフェルノイド・ネヘモス》が翼を大きく広げ咆哮のような音を発しながら紅蓮の悪魔のしもべを焼き尽くさんと迫る。

 

「ただの器風情にィイイイイ」

 

 やがてその業炎に身を焼く紅蓮の悪魔のしもべの声だけが遺跡の中に響いた。

 

紅蓮の悪魔のしもべLP:3000 → 0

 

 

 

 デュエルの終了と共に消えていく炎のフィールドを余所に紅蓮の悪魔のしもべは力なく零す。

 

「負けちゃったYO……申し訳ありません、我が主……」

 

 そうして半覚醒状態で背後に佇む自身の主、紅蓮の悪魔スカーレッドノヴァへと向き直り、頭を下げる紅蓮の悪魔のしもべ――その胸中は重い。己の不手際で自身の主に手間を取らせてしまうのだから。

 

「それでは我らは貴方サマに一体なにを助力すれば――」

 

 やがて神崎へと振り返り、ヤレヤレ顔を向ける紅蓮の悪魔のしもべに差すのは黒い影。

 

 

 その神崎の足元から伸びた影はいつのまにやら地下神殿全体を包み込むように這われており、ウゾウゾと蠢く影の合間からは歪な黒い牙が今か今かと焦がれるようにガチガチと音を鳴らし、眼球が何処を見る訳でもなくギョロギョロと忙しなく視線を彷徨わせる。

 

「こ、これは一体、どういった意図があるのでしょう……」

 

 明らかな異常事態に恐る恐ると言った具合に尋ねる紅蓮の悪魔のしもべ。

 

 

 だが何も語らない神崎。

 

「我らが盟主! なにか言ったら――」

 

 そんな神崎に嫌な予感だけはヒシヒシと感じていた紅蓮の悪魔のしもべに向けて、返答代わりとばかりに影が一斉に紅蓮の悪魔スカーレッドノヴァに向けて殺到した。

 

「――(あるじ)!!」

 

 咄嗟に己が主に手を伸ばす紅蓮の悪魔のしもべの悲痛な声が周囲に木霊する。

 

 

 彼ら主従に待ち受けるのは果たして――

 

 






(冥界の)王者と悪魔、今ここに交わる!!



今作の紅蓮の悪魔のしもべデッキはアニメの「黄泉シリーズ」を参考に――
何と言えば良いのか……「攻撃強要バーン」?

原作再現を目指し過ぎたあまりに、些か受動的過ぎるデッキに……

ちなみに切り札は未OCGカードである『黄泉の邪王 ミクトランコアトル』を意識し、
同じレベル10の悪魔族モンスターの中から攻撃力の近い《絶対服従魔人》をチョイス。

とはいえ、「自身の手札0」+「フィールドに己のみ」の場合でしか攻撃できないデメリットアタッカーな為、基本は「相手に攻撃させて返り討ちにする要員」。


うーん、全体的にパッとしない分を解消できなかったなぁ……(´・ω・`)ショボーン

こんな半端な再現デッキになってしまって申し訳ない<(_ _)> ペコリ


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第143話 冥界の王



前回のあらすじ
紅蓮の悪魔のしもべが勝った場合 → 神崎の肉体をスカーレッドノヴァの贄として使用

紅蓮の悪魔のしもべが負けた場合 → 神崎の望みである「助力」の義務を主従が負う。


紅蓮の悪魔のしもべ「つまり、ワタシが負けたとしても、影に襲われるいわれなどない筈なのです!!」


助力――てだすけ。また、てだすけすること。力を貸すこと。加勢。

うん! 何も間違っていないね!( ^ ω ^ )ニッコニコ




 

 

「ア゛ア゛ア゛ァァア゛ア゛ア゛ッ!!」

 

 殺到する影から紅蓮の悪魔スカーレッドノヴァを庇う様に身を差し出した紅蓮の悪魔のしもべだったが、地面を転がりながら叫びを上げる様子から分かるように代償は大きかった。

 

 右肩を起点に根こそぎ喰い破られたように消失した半身を残った左腕で抑えながら痛みに悶える紅蓮の悪魔のしもべはうずくまる。

 

 

 だがいつまでも痛みにうずくまっている訳にはいかないと紅蓮の悪魔のしもべは歯を食いしばりながら立ち上がり、自身の主がいる方へと叫ぶ。

 

「わ、我が主、お、お逃げください!! この男は――」

 

 しかし、そう叫ぶ中で紅蓮の悪魔のしもべは自身の背後にいた筈の主――紅蓮の悪魔スカーレッドノヴァの気配が感じられないことに気付く。

 

「我が……主?」

 

 最悪の可能性が脳裏を過る中、紅蓮の悪魔のしもべはそれを振り切るかのように自身の主を今一度見やる。

 

 やがて紅蓮の悪魔のしもべが知覚した光景は――

 

 

 グシャリ、グシャリと皮と骨を砕く音が流れ、

 

 グチャリ、グチャリと血肉を咀嚼する音が響き、

 

 消え入りそうな声量で届く、紅蓮の悪魔のしもべが聞きなれた声がうめく様だった。

 

 

 紅蓮の悪魔のしもべの視界では数多の闇が、影が、我先にと奪い合うように紅蓮の悪魔スカーレットノヴァを貪り喰っている。

 

 

 そしてそんな光景を変わらぬ張り付いた笑顔で内心ドン引きしつつ見やる神崎の姿を視界に捉えた紅蓮の悪魔のしもべの動きは早かった。

 

「あ……あぁ!! お止めください、我らが盟主! 冥界の王! 貴方サマは我が主から助力を得るのではなかったのですか!!」

 

 そう語る紅蓮の悪魔のしもべは平伏し、頭を下げて自身の主の助命を願う――神崎の目的が「紅蓮の悪魔スカーレッドノヴァから助力を得る」ことである以上、助命の願いは聞き入れられる公算が高い。

 

「これは申し訳ない。このように恐怖を駆り立たせるつもりはなかったのですが……」

 

「何故! 何故です! 何故こんなことを!!」

 

「こうなっては事情を説明すべきですね。ふむ、何処から話したものか……」

 

 戸惑いを隠しつつ応対する神崎に力の限り叫ぶ紅蓮の悪魔のしもべはやがて一つの可能性に行き当たる。

 

「……我らが……我らが貴方サマを裏切ったからですか!?」

 

 本来であれば冥界の王に仕える地縛神の一角である紅蓮の悪魔スカーレッドノヴァが、主君である冥界の王が弱っているのをいいことに――と、牙を剥いたことに対する罰なのかと。

 

 裏切り者に相応しい末路を用意したのかと。

 

 そう考える紅蓮の悪魔のしもべは「言いだしたのは自分だ」と主を庇おうとするが――

 

 

 

「いえ、初めから『こうする』つもりでした」

 

 

 

 神崎はあっけらかんとそう言ってのける。つまり、紅蓮の悪魔の主従が忠義を示していたとしても、今の末路は変わらない現実がそこにはある。

 

「何故!」

 

 そんな現実に紅蓮の悪魔のしもべは「そんな馬鹿な話があるか」と力の限り叫ぶも――

 

 

「強くなっておきたいので」

 

 

 神崎の対応は変わらない。そして影の狂乱の宴も止まらない。

 

「強く……なる? 貴方サマはもう十分に強いでしょう!」

 

「冥界の王が強い? 可笑しなことを言いますね」

 

 だが紅蓮の悪魔のしもべが何気なく言い放った言葉に神崎の意識は初めて紅蓮の悪魔のしもべに向けられる。

 

 冥界の王――文字通り、圧倒的な力を持って世界を滅ぼす5000年周期で現れる厄災。

 

 過去に幾度となく世界に襲来し、多くの犠牲を生んできた。今の今まで辛うじて赤き竜とシグナーたちに撃退されているも、その脅威は変わらない。

 

 

 

 そう、「変わらない」のだ。

 

 

「赤き龍に負け続けている冥界の王が本当に『十分に』強いと本気で思っているのですか?」

 

 

 今の今まで赤き竜に負け続けているにも関わらず、膨大な時間があったにも関わらず、様々な力を持っているにも関わらず――

 

 

 冥界の王は過去から「何も変わっていない」。

 

「スカーレッドノヴァも『赤き龍をあと一歩のところまで追い詰めた』とのことですが、私からすれば『負けて』おいて『次は勝てる』と無条件に考えているあなた方の考えは理解の外だ」

 

 一度や二度ならまだ知らず、遥か古代から負け続けているにも関わらず未だにそんな認識を持っている冥界の王の思考回路が神崎には理解できない。

 

 実質「パラドックスに敗北している」事実に恐怖に駆られた神崎からすれば、冥界の王の何処か「呑気」ともいえる考えは「世界を滅ぼす気があるのだろうか?」と思う程だ。

 

 

「お、お待ちください! 我が主と冥界の王たる貴方サマが共に戦えば、必ずや赤き龍を――」

 

 だが、紅蓮の悪魔のしもべが「力を合わせれば」と提案するも、神崎は一段と冷えた声で返す。

 

「あなた方も冥界の王と同じですよ――今の今まで『赤き龍に負け続けている』にも関わらず打開策すら考えない相手に何を期待するというのですか?」

 

 最強の地縛神などと謳われていても、結局は一度たりとも「勝っていない」のだ――ただ彼らの勝利は「世界の滅亡」を意味する為、勝たれても困るのだが。

 

「5000年をただ漫然に過ごすとは――危機感が足りていない」

 

 そして封印されている間も何もしない。「紅蓮の悪魔のしもべ」という「自由にできる戦力」がある以上、「封印によって活動できない」と言い訳はできない。

 

 彼らが漠然と過ごした膨大な年月の間に、シグナーたちが――人間がどれほど進化したと思っているのか。

 

「次は『封印では済まない(死ぬ)』かもしれないというのに」

 

 神崎にとって、冥界の王も、紅蓮の悪魔スカーレッドノヴァも、そして己自身も、等しく「敗者」でしかない。

 

 そして神崎にとって「敗北から何一つ学ぼうともしない相手」にかける期待などない――そんな余裕は神崎には残されていない。

 

 今日この瞬間にZ-ONE、アポリア、アンチノミーが3人掛かりで自身を殺しに来るかもしれない。

 

 今日この瞬間にダーツが自身を殺しに来るかもしれない。

 

 今日この瞬間に赤き竜が自身を殺しに来るかもしれない。

 

 今日この瞬間に遊戯たちが冥界の王の力を感じ取り、問答無用で自身を殺しに来るかもしれない。

 

 今の神崎はそんな可能性が脳裏を過って仕方がない。幾ら策を用意しても、安心など出来ない。

 

 

 ゆえに初めから期待していない相手に「直接的な助力など始めから求めていない」と示す神崎に紅蓮の悪魔のしもべは怒りのままに叫ぶ。

 

「――そんな我らに助力を願ったのは貴方サマでしょう!!」

 

 そもそも、そんな「期待していない相手」に助力を求めたのはお前だろう、と。

 

「ええ、あなた方には『期待していません』――だから私の『糧』になってください」

 

「……か……て……?」

 

 にこやかにそう、言い切った神崎に対し、声を失う紅蓮の悪魔のしもべ。

 

 

 そう、神崎は彼らという「個人」に期待していない――だが、その力には期待している。

 

 5D’s時代のシグナーであるジャック・アトラスに強大なパワーを授けたその「特異な力」を。

 

「我らにエサに……なれと……そう仰るのですか!!」

 

「はい」

 

「なんの為に!!」

 

 紅蓮の悪魔のしもべの叫びに神崎は淡々と返す。「強くなる為」だけでは説明不足だったようだと。

 

「もしもの為に、赤き竜の脅威に備えなければなりませんから――力を蓄えておくに越したことはない」

 

「全ては……赤き竜に……勝つ為……」

 

 その言葉通り、最悪の場合、神崎は赤き竜と殺し合わなければならない。

 

 そして「今までの冥界の王と同様に次に復活できる確証」が無い神崎にとって文字通り一発勝負――それゆえに怠けてなどいられないのだ。

 

「そう受け取って貰っても問題はないかと。私の思惑はこんなところです。ただ――」

 

 一先ず、今回の自身の目的の凡そを語り終えた神崎が紅蓮の悪魔のしもべに向けて影を伸ばす。

 

「――あなた方に理解は求めませんが」

 

 そんな突き放したような神崎の言葉と共に緩やかにうごめく影が狙うは一つ――眼前の喰い残した獲物(エサ)

 

 

 主の元に送ってやろうと言わんばかりにウジャウジャとざわめく影が紅蓮の悪魔のしもべから逃げ道を奪い、迫りゆく。

 

 

「勝て……るのですか?」

 

 

 だがそんな紅蓮の悪魔のしもべの呟きに思わず固まった神崎と同様に影はピタリと停止した。

 

「……? どうかしましたか?」

 

 明らかに先程までと様子が変わった紅蓮の悪魔のしもべの姿に伺うように問いかける神崎。

 

「此度の戦に勝てるのですか!!」

 

 その神崎に向けてクワッと目を見開いた紅蓮の悪魔のしもべは周囲に迫っていた影など気にした素振りも見せずに声を張る。

 

「我らが力を貴方サマが喰らえば、赤き竜に! シグナー共に勝てるのですか!?」

 

 紅蓮の悪魔のしもべの熱に浮かされたような声色が、表情が、仕草が、神崎には理解出来ない――どうみても、今の紅蓮の悪魔のしもべはこれから喰われる者の姿ではない。

 

 

「明言はできません。そもそも彼らとの会合はかなり先でしょうから。とはいえ、争う可能性がある以上、シグナーたちに対しても手を打つ予定ではあります」

 

 そんな戸惑いを隠す様に神崎は当面の目標を語るが、紅蓮の悪魔のしもべの陶酔するような感情は揺らがない。

 

 

 紅蓮の悪魔のしもべは神崎に光を見た。

 

 

 

 自分はただ喰われるのではない。

 

 

 自分は「勝利の為の礎」として喰われるのだと。

 

 

 そう、紅蓮の悪魔のしもべは考えた――いや、思い込んだ。

 

 それが迫る恐怖から逃げる為の感情であっても、今の紅蓮の悪魔のしもべは甘美なそれに抗う力などない。

 

「あぁ……ああ!!」

 

「何のマネですか?」

 

 やがて両の手を広げ、自ら己の身体を差し出す紅蓮の悪魔のしもべ。神崎が不審気な視線を向けるも、紅蓮の悪魔のしもべは高らかに叫ぶ。

 

「不肖ながらこの我が身! どうか、お喰らいください! それで此度の戦に勝てるのであれば、本望です!!」

 

「主を捨てると?」

 

 現在進行形で喰われている紅蓮の悪魔スカーレッドノヴァに視線を向けて、そう零す神崎に紅蓮の悪魔のしもべは宣言する。

 

「いえ、違います! 我が主と共に貴方サマと一つになるのです!」

 

 自身と、その主は死ぬのではない。大いなる力の本流に戻るだけなのだと――都合のいい解釈であっても、今の紅蓮の悪魔のしもべにとってはどうでも良いことだ。

 

「冥界の王! 万歳! 我らが力を一つに束ね! 難き、難き、赤き龍を討ち果たしてくださいませ!!」

 

 自身は神の一部となれる栄誉を得られたのだから――すでにその瞳は狂信者のソレだ。

 

「貴方サマならそれが出来る!」

 

「そうですか」

 

「赤き龍に破滅を! シグナー共に災いを! 世界に呪――」

 

 そんな紅蓮の悪魔のしもべの変わり様が感情の知覚によって真実だと理解出来る神崎は紅蓮の主従を影で覆いながら内と外で小さく零す。

 

「――面倒がなくて助かります」

 

――この手の思想は相変わらずよく分からないな。

 

 狂信者の考えなど、神崎には理解の外だった。

 

 

 

 

 

 

 

 やがて神崎以外、何物もいなくなった地下神殿にて神崎は背後に声をかける。

 

「さて、何か用ですか?」

 

 そんな神崎の声に応えるように虚空から現れるのは8体のモンスターたち。

 

 その8体のモンスターの内、一歩前にいる青いマントをはためかせ、王の装いで杖を持つのは赤毛の大柄な猿のモンスター――《猿魔王ゼーマン》

 

 そして背後に控える7体のモンスターは――

 

 赤い外套に黒いローブを纏った杖を持つ魔術師風の悪魔――《漆黒のズムウォルト》

 

 十字架の如き様相の氷の身体を持つ悪魔――《氷結のフィッツジェラルド》

 

 巨大な蜘蛛の頭から伸びる布で口元を隠した女性の上半身を持つアラクネ――《地底のアラクネー》

 

 身の丈程の巨大な杖を持つ水色の長髪を二つに分けた竜の尾が伸びる女魔導士、《フォーチュンレディ・エヴァリー》

 

 顔が彫られた青い月から4つの蒼き龍の頭を伸ばす――《月影龍クイラ》

 

 空母の如き、巨体な空飛ぶ戦艦――《ダーク・フラット・トップ》

 

 体中に浮かぶ百の眼玉で視線を向けるは黒き魔龍――《ワンハンドレッド・アイ・ドラゴン》

 

 彼らは「ダークシンクロ」と呼ばれるモンスターたち、遊星たちが使った「シンクロ」モンスターたちがレベルを足して呼び出される特性とは真逆に位置する存在。

 

 真逆との言葉通り、彼らはレベルを引いて呼び出される「ダークシンクロ」という特殊な召喚方法で呼び出される冥界の王の眷属たる精霊だ。

 

 

 

 やがて8体のモンスターたちを代表するように《猿魔王ゼーマン》が神崎に向けて宣言する。

 

「我が名はゼーマン! 一同を代表し、貴方様に今一度、忠誠を示すべく参りました!」

 

――ああ、そういえば精霊界にいた彼らへの対処は保留していたな。

 

 臣下の礼を取る《猿魔王ゼーマン》と、それに続く残りのモンスターたちを眺めながら神崎は他人事のようにそう考えていた。

 

「此度は――」

 

「前口上は必要ありませんよ。早い話が『様子見を止め、此方に従う』旨を伝えたいのでしょう?」

 

 だがいつまでもそうしている訳にはいかないと《猿魔王ゼーマン》の言葉を遮り、簡潔にそう告げる神崎――このタイミングで現れたダークシンクロたちの要件は容易に察しが付く。

 

「すぐさま貴方様の元に馳せ参じることが出来なかった御無礼をお許しください――『人』であった貴方様の価値観を測りかねておりました」

 

「そう言ったことは気になさらなくて構いませんよ――どのみち私が下す結論は変わりません」

 

 深々と首を垂れる《猿魔王ゼーマン》の言葉に神崎は興味なさそうに返す――ご機嫌取りめいたやり取りなど神崎にとってはどうでもいい。

 

 

 どのみち結果は変わらない。

 

 そして首を垂れる《猿魔王ゼーマン》たちの傍を巨大な深紅の蛇が蠢く。それが何か分からぬ彼らではない。

 

「これは……スカーレッドノヴァの力!?」

 

 先程、眼前の男に喰われた同胞の力だ。やがてその深紅の蛇の体色に黒さが混ざり始め、何処か血を思わせる赤黒さを見せる。

 

 そうして生まれた血染めの大蛇はその巨大な口を開く。

 

「蛇の頭は獲物を丸呑みに出来て便利ですね」

 

 変わらぬ笑顔でそう語る神崎の言葉がなによりの答えだった。

 

「貴方様は――」

 

「まさかとは思いますが、従う素振りを見せれば『喰われはしない』と思っていたのですか?」

 

 咄嗟に出た《猿魔王ゼーマン》の声に不思議そうに神崎は返す。今の今まで「様子見」しておいて反旗を翻した同胞の末路を知ってから「忠義を示す」などと言われて信じる馬鹿はいるまい。

 

 

 

 

 彼らの末路に変わりはない。

 

 

 

 

「いえ、貴方様に我らが力を! 我らが血肉を! 捧げさせて頂けるのであればこれ以上なき誉れ!!」

 

 しかし彼らはそれを知った上でこの場に立っていた。

 

――やけに好意的だな。

 

 その予想外の反応に内心で首を傾げる神崎は現状を正しく理解していない。

 

 《猿魔王ゼーマン》たちにとって冥界の王は自分たちが崇める神そのもの――その糧となることが、どれ程の意味を持つのかを。

 

「必ずや赤き龍に我らが神の鉄槌を!!」

 

 そしてその《猿魔王ゼーマン》の号令と共に、ダークシンクロたちは己が身を自ら大蛇の顎に捧げ、満足そうに消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 辺り一面が闇で覆われた不可思議な世界の中にただ一つポツンと佇む十字架の前で《猿魔王ゼーマン》は目をゆっくりと開く。

 

「うっ……此処は……」

 

 周囲を見渡せば己と共に冥界の王の贄となった筈の同胞たるダークシンクロたちが《猿魔王ゼーマン》と同じように戸惑い様相を見せていた。

 

 そんな彼らに声が届く。

 

「ふむ、一先ずは成功のようですね」

 

「我らは神の糧となれた筈……貴方様は!? いえ! 我らが王の前で、このような無作法を――」

 

 すぐさま其方へと視線を向けた《猿魔王ゼーマン》たちがその声の主である神崎の姿を見るや否や、慌てて姿勢を正そうとするが――

 

「お気になさらず――此方の都合ですから。それと『神崎』で構いませんよ。便宜上、ややこしいですし」

 

 それを手で制した神崎は自身の影から泥の様にせり上がる腕を模った冥界の王の力を示しつつ自己紹介代わりににこやかに笑みを浮かべる。

 

 神崎からすれば自身の内に冥界の王を取り込んでいる為、区別をつけなければ言葉通り「ややこしい」のだろう――ただ、その内心で「主」やら「王」やらの呼び方に辟易していることもあるだろうが。

 

「で、では恐れながら、神崎殿……我らはどうなったのでしょうか?」

 

 やがてダークシンクロたちの一同の疑問を代表して《猿魔王ゼーマン》は問う。

 

 何故、自分たちはこうして生かされているのかと、「自分たちの命が冥界の王の糧となる」という話ではなかったのかと。

 

「キミたちは(ダーク)の力を失い、ただの『シンクロ』モンスターとして生まれ変わりました――あなた方が『ダークシンクロ』のままでは不都合だったので」

 

「つ、つまり……我らを……『生かした』と?」

 

「ええ、その認識で問題ありません」

 

 それに対する神崎の返答はシンプルに「必要だから」――ただそれだけの理由。

 

 パラドックスの記憶にあった「未来の街の様子」と、パラドックスと対峙する前の神崎が完全に除外していた選択肢から導き出した「今後、必要になっていくもの」――それが彼らダークシンクロモンスターたち。

 

 いや、今は「シンクロモンスター」たちと言った方が良いだろう。紅蓮の悪魔スカーレッドノヴァもその一環だ。

 

 

 そして暫くの硬直を得て、自身の置かれた状況を把握した《猿魔王ゼーマン》一同は再度姿勢を正して跪き、臣下の礼を取る。

 

「そのご慈悲、感謝の言葉もありません! そして我らがそれらに報いられるのはこの身のみ! なんなりとご命令ください!!」

 

 彼ら元ダークシンクロたちからすれば自分たちの不義を許されただけでなく、冥界の王に「必要とされている」事実に心が震えていた。とはいえ――

 

――忠誠心重いな……

 

 そんなことなど知る由もない神崎は胸中で若干引いていたが。やがて神崎はいつまでもそうしている訳にはいかないと《猿魔王ゼーマン》たちに命を出す。

 

「ではゼーマン。あなた方には精霊界にて『人助け』を命じます」

 

「ひ、人助けですか? 今や元とは言え闇の眷属であるダークシンクロたる我々に?」

 

「はい、あなた方の記憶から精霊界に争いが溢れていることは確認しております。ですので、それら諸問題を解決し、平定を目指しなさい」

 

 しかし神崎が命じたものは《猿魔王ゼーマン》たちからすれば馴染みのないもの――世界を滅ぼす冥界の王の臣下である彼らとは真逆に位置するものだった。

 

 だが神崎は《猿魔王ゼーマン》たちの戸惑いなど気にした素振りも見せず指を一つ立てて強調するように宣言する。

 

 

 

「ただし、方法は『善人を装う』こと」

 

 

 

「善……人?」

 

「そうですね……英雄的(ヒロイック)であることを意識する――今の段階はその認識で構いません」

 

 今の《猿魔王ゼーマン》たちは只々理解が追い付かない。神崎の命令はどう考えても人――シグナーたちに力を貸す赤き竜寄りの考えだ。

 

 そんなことを闇の眷属である自分たちに命じるのが腑に落ちない。そして彼らが垣間見た神崎の悍ましい人間性と合致しない。

 

「とはいえ、動くときは計画を立て書面にして此方に確認を取り、報告・連絡・相談を怠らないことを忘れずに」

 

 しかし神崎は淡々と説明を続ける。並ぶ説明のどれも大したものではない。

 

「必要なものは此方で用意しますので、好きなだけ言ってくれて構いませんよ。ただ、結果は出して貰いますが――今はこのくらいです」

 

 そう説明を終えた神崎だが、やがて思い出したように手を叩く。

 

「ああ、それと此方でも用を頼むこともあるでしょうから、常に1人は手を空けておいてください」

 

 だが、それも「連絡役」くらいのものであり、《猿魔王ゼーマン》たちの戸惑いを晴らすものではない。

 

「お、恐れながら! 恐れながらお聞きしたいことが!」

 

 ゆえに《猿魔王ゼーマン》は代表して、声を上げる――相手の機嫌を損ねれば何をされるか分からない恐怖があれど、今は自分がこれから何をさせられるのか分からない恐怖が勝っていた。

 

「そう緊張せずいくらでも聞いてくださって構いませんよ――何事にも協議は重要です」

 

「…………精霊界を平定し、何をなさるつもりですか?」

 

「この段階で貴方がたに明かしても仕様の無いことです。今は命じたことを十全にこなすことへ意識を向けなさい」

 

「で、ですが!」

 

朗らかに笑みを浮かべて質問を待つ神崎に《猿魔王ゼーマン》は目下の疑問を問うが、神崎から返ってきた返答とも言えぬ返答に再度声を上げるが――

 

「将来の展望がなければ不安ですか?」

 

「――ッ!?」

 

 自身の胸中を見切ったような神崎の言葉に《猿魔王ゼーマン》は声を失う――ただ、神崎は実際に《猿魔王ゼーマン》の感情を(バー)越しに見ている為、見えて当たり前なのだが。

 

「なら今の段階の目的を明かしましょう。それは――」

 

 そして少し勿体ぶったように神崎はゆっくりと両の手を広げて告げたのは――

 

 

「『立場を明確にする』――それだけです」

 

 

 今度は与えられた情報の範囲が広すぎて答えに困るものだった。

 

「た、立場……ですか?」

 

「はい、残りは貴方たちの宿題にします。思い思いに『この行動の意図は何なのか』と考えるように」

 

 眉間にしわを寄せ、考える素振りを見せる《猿魔王ゼーマン》と思い思いに悩む素振りを見せる元ダークシンクロたちに神崎は満足そうに視線を向ける。

 

 

 やがて神崎が小さく手を掲げて指を鳴らし宣言する。

 

「では行きなさい」

 

 その神崎の言葉と共に《猿魔王ゼーマン》たちは音もなく周囲の闇に沈み、精霊界ことデュエルモンスターズ界に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて消えていった元ダークシンクロたちの姿を見届けた後、神崎は軽く肩を回して闇の世界に脈動する黒き大地に手をかざす。

 

「さて、次か――」

 

 すると黒い大地の脈動が大きくなり、手をかざした部分から数多の闇の腕がうごめき始める。

 

 やがてその闇の腕に引き摺り出されたのは――

 

 

「――ブハアァアァアアア! ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ」

 

 

 赤く揺らめく炎の身体を持つ悪魔、紅蓮の悪魔のしもべが黒き大地に投げ出され、うつ伏せになりながら苦し気に呻いていた。

 

「紅蓮の悪魔のしもべ」

 

 そんな紅蓮の悪魔のしもべの頭上から響く神崎の言葉に紅蓮の悪魔のしもべはガバッと身を起こす。

 

「此処は一体!? 何故、ワタシを……いえ! それより我が主は一体どうなったのですか!?」

 

 混乱は在れど、自身の主を一番に心配する紅蓮の悪魔のしもべの姿に神崎は試す様に返す。

 

 

「私が『スカーレットノヴァ』ですよ」

 

 

 明らかに挑発を含んだ神崎の言葉に対し、ブルブルと肩を震わせる紅蓮の悪魔のしもべは自身の感情を(バー)越しに見ている神崎の視線には気付いていない。

 

 やがて紅蓮の悪魔のしもべは――

 

 

「――我が主は神と一つになる栄誉を賜れたのですね!!」

 

 感嘆の息を漏らしながら、濁った瞳でそう述べて見せた。

 

 そんな紅蓮の悪魔のしもべの姿に神崎は思わず瞳を細める。それもその筈、神崎が見た紅蓮の悪魔のしもべはの(バー)は――

 

――嘘は吐いていない……のか。相手の感情は「信仰」……感じ方は人それぞれか。

 

 神崎を好意的に捉えたもの。一波乱あると考えていた神崎からすれば酷く予想外のものだった。

 

「それで、我が神に愚かにも歯向かったこの罪深き身に一体、何用でございましょう!」

 

「……頼み事を一つ願おうかと思いましてね」

 

 戸惑う神崎を無視して片膝を突き、首を垂れる紅蓮の悪魔のしもべの姿に引き気味で神崎は返すが――

 

「不敬を働いた我が身にそのような栄誉! なんでもお申し付けください! この命に代えても完遂してみせましょう!!」

 

 紅蓮の悪魔のしもべの態度は揺るがない。

 

――相手の感情が見えれど、そこに行き着いたプロセスが良く分からないな……主が喰われて何故、そんな考えに至る。

 

 神崎の内心が全てを物語っていた――全て「演技」だと言われた方が神崎は納得できるが、得られる情報からその事実は根こそぎ否定されている。

 

 

「では紅蓮の悪魔のしもべ――ふむ、少し呼びにくいですね……」

 

 ならばともう一歩踏み込んだ対応を取る神崎。それは「名」を奪うもの――「名」というのはオカルト的には現実以上に大きな意味を持つ。

 

「ならば『シモベ』とお呼びください、我が主よ!」

 

 だが紅蓮の悪魔のしもべは迷う素振りも見せずエサを前にした子犬のような眼差しで過去の名を捨てて見せた。

 

「貴方サマの『下僕』として――是非とも、そう呼んで頂きたい!」

 

 そう続けた紅蓮の悪魔のしもべこと「シモベ」の姿に軽く眩暈を覚える神崎。だが考えるのも疲れた様子で話を進めにかかる。

 

 やがて黒き大地から黒い泥のような物体で形作られた石板が浮かび上がる。それはとある石板のレプリカ――というか、人相書きみたいなものである。

 

「この石板の捜索を貴方に命じます」

 

「これは…………かしこまりました! 必ずやこの石板、貴方サマに献上してみせましょう!!」

 

 そんな神崎からの命令にルンルンな様子でスキップでもしそうな程に軽やかに「紅蓮の悪魔のしもべ」こと「シモベ」は走り去る。

 

 そのシモベの姿に神崎は手を翻し、シモベが走り去った先に現実世界へのゲートを開いた後、思わず胸中で息を吐いた。

 

――まぁ、裏切っても問題はないように処置した以上、今は保留にしておこう。しかしこれから「しなければならないこと」が多すぎるな……頑張るしかないか。

 

 そう一人ごちた神崎もまた、この黒き世界に一つ立つ十字架に視線を向けた後、闇の中へと消えていった。

 

 






冥界の王「なんかディスられた……」

紅蓮の悪魔スカーレットノヴァ「なんかハブられた……」



そしてダークシンクロをシンクロ化――ダークシンクロだとOCGルールでは使えないので
リ・コントラクト・ユニバースするしかなかったんや!(´;ω;`)ブワッ

ダークシンクロは冥界の王が力を与えた存在でしょうし、奪うのも自在かと(多分)




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第144話 そろそろシリアスには消えて貰おう



前回のあらすじ
彼は、そして(冥界の)王になる(王になるとは言っていない)





 

 

 遺跡からKCまで戻って来た神崎はしばしの日常に戻っていた。とはいえ、冥界の王の力で自身の身体に超重力で負荷をかけつつデュエルマッスルを鍛えながら社畜よろしく働きまわっているが。

 

 そんな神崎に対し、影が蠢き何時もの如く冥界の王がポツリと零す。

 

『何故ヤツをもう一度選り分けたのだ? ヤツの主は取り込んだままだというのに』

 

「……シモベくんのことですか? 何か問題でも?」

 

 冥界の王が語る「ヤツ」との言葉に神崎はどちらかと一瞬迷うも、そう内心で首を傾げつつ返す。

 

『ああ、「意外だな」と思っただけだ――貴様があの「裏切り者」をもう一度使うとは思っていなかった』

 

 冥界の王は不思議でならなかった。

 

 神崎は敵対者に容赦がない。それを身を以て味わった冥界の王は誰よりもよく理解している。

 

 にも関わらずその敵対者――さらには合わせて「裏切り者」のレッテルを持つ「紅蓮の悪魔のしもべ」こと「シモベ」に対する甘いとすら思える神崎の対応が疑問だった。

 

 

 冥界の王以上にぞんざいに扱われていてもおかしくはない。現に主である紅蓮の悪魔スカーレッドノヴァは冥界の王のように表層に出る事すら許されていない。

 

 とはいえ、それは将来的に紅蓮の悪魔スカーレッドノヴァをリリースもとい放流する為、自身との関係性を見せたくない神崎の思惑ゆえだが。

 

 だが神崎は訝しむ冥界の王に申し訳なさそうに返す。

 

「裏切られたのは貴方であって、私ではないですから」

 

 その言葉が示す様にハッキリ言って神崎自身は「裏切られた」とは微塵も思っていない。

 

 むしろ紅蓮の悪魔の主従が「人間! 今すぐに我らの盟主、冥界の王を解放しろ!」などと言わなかった事実に、冥界の王が不憫でならない。

 

 そんな憐みに満ちた神崎の視線に冥界の王は額に青筋を浮かべる――ことは出来ないが、もの凄く苛立った声を漏らす。

 

『言わせておけば……ふん、精々背中には気を付けることだ』

 

「もはやその心配も不要だと思いますが、その忠告は受け取らせて頂きます」

 

『……また何かしたのか?』

 

 しかし神崎の言葉に捨て台詞と共にシュルシュルと影へと身を引っ込めようとしてた冥界の王の動きはピタリと止まり、思わず問いかける。

 

 そんな冥界の王に神崎が返すのは――

 

「大したことでは――ただ、シモベくんの心臓には《生贄の抱く爆弾》が取り付けてあります。次に裏切れば牙剥く前に片が付きますよ」

 

『…………えっ?』

 

 サラッと語られたかなりえげつない対処にドン引きして見せる冥界の王。人の倫理観からすれば普通にアウトだと思う。

 

 だが神崎は説明を続ける。そう、シモベに行った処置の説明はまだ「続く」のだ――マジかよ。

 

「それに頭には《真実の眼》が仕込んであるので、彼の思考は此方に筒抜けです」

 

 続けて語られるのは冥界の王の力による「カードの実体化」をとことん利用したもの。

 

「眼球には《封神鏡》を埋め込んであるので、彼が見たものは此方でモニターできます」

 

 並ぶのは「取り合えず試せるだけ試してみた」とでも言わんが如く。

 

「全身に《旧神の印》も刻んであるので、居場所も常に把握できます」

 

 それらはD・ホイールと合体しながら「遊星、『人権』という言葉(蜂の踊り)を知っているか?」と問いかけたくなる程だ――いや、本当に。

 

「他に――」

 

『いや、もういい……十分わかった』

 

 引き続き説明を続ける神崎の姿に冥界の王は待ったをかけた。

 

 そこには「ひょっとすれば自分にも」との考えが過ったのか、「もう聞きたくない」との思いがふんだんに詰まっている――うん、いや、酷いと思う。

 

「ただあの心境の変化が想定以上だったので、少し気がかりではありますね」

 

『アレは貴様が洗脳の類を行使したのではないのか?』

 

 しかしふと零した神崎の言葉に冥界の王は驚く。

 

 此処までやっておいて「洗脳」していないのかと――逆の驚きである。神崎にも人の心がまだ残っていたのかと。

 

 互いの立場が逆だと思うのは気のせいか。

 

「ええ、何も。アレ(洗脳)はリターンに比べ、リスクが高いですから」

 

 だがそういう(善の心の)問題ではなかった。ただのリスクマネジメントだった。

 

『何故だ? 相手を意のままに操ることが出来るのだぞ?』

 

「ですが、()()()()でしょう?」

 

『それだけ? それだけで十分ではないか』

 

「発覚すれば世界から敵対されるリスクを負ってまでするものでもないですよ」

 

 神崎から語られる説明は冥界の王にも理解出来る。「人を意のままに操る力」を持つ存在がいれば、周囲はその存在を排斥しようとするだろう。

 

 それは冥界の王にも理解出来る。だが――

 

『身体に爆弾を取り付けた奴の言葉とは思えんな』

 

 もはや今更じゃね? と冥界の王が思ってしまっても無理はない。相手の身体に爆弾を取り付けるヤツも周囲から排斥されるだろうと。

 

 しかし神崎は小さく苦笑し、首を横に振る。

 

「あれはどちらかというと『証拠隠滅用』ですから――発覚の危険を下げる為のものですよ」

 

 そもそも爆弾を取り付けた事実を「自爆」という形で隠蔽する為のものだと――おい、より酷くなっているぞ。

 

『…………ならばあの心境の変化はなんだ?』

 

 やがてシモベの処置から目を逸らすことにした冥界の王は当初の疑問に戻る。現実逃避では断じてない。ないったらない。

 

「ただの精神逃避に近いもの――『溺れる者は藁をもつかむ』というヤツです」

 

『そう……なのか? ……とはいえ、奴が掴んだ――いや、掴まされたのが貴様の手だった訳か』

 

 その神崎の見解に冥界の王は大きく溜息を吐きながら零す。

 

 シモベが憐れでならないと――しかし、全ての自由を奪われた冥界の王と、爆弾付きだが一定の自由を許されたシモベ。果たしてどちらがマシなのだろう。

 

 しかし冥界の王はこれだけは自信を持って宣言できる。

 

『人間とは悍ましいものだな』

 

「私などまだまだですよ」

 

 そんな互いの何処かズレたやり取りを最後に、冥界の王は影の中へと潜っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あくる日、オカルト課への来客があった。その人物は――

 

「Hey! 神崎!」

 

「お久しぶりです、ペガサス会長」

 

 I2社のトップ、ペガサス・J・クロフォードがいつものように子供のような気楽さで手を振る姿に神崎は小さく一礼して返しつつ、ペガサスの要件の確認を取るが――

 

「今回の急な来訪の要件は『精霊界への旅行』とのことでしたが――」

 

「Yes! デュエルモンスターズの精霊が住まう世界を是非ともシンディアと旅したいのデース!」

 

 神崎に詰め寄るペガサスは興奮冷めやらぬ様相で傍から見れば「なに言ってんだ、コイツ」な内容を並べ続ける――とはいえ、応接室ゆえに他者の耳目は此処にはないが。

 

「隠したって無駄デース! ホプキンス教授とツバインシュタイン博士の研究から精霊界の存在は科学的確証がなくとも疑いようがありまセーン!」

 

 しかし子供のようにはしゃぐペガサスとて、何の確証もなく夢物語染みたことを語っているのではない。ある程度の下調べと考察は済ませていた。とはいえ、世間的には「まぁ、あるんじゃない?」くらいの認識だが。

 

「そしてアナタ方、オカルト課はそんなワンダフォーな世界を研究している――ならば精霊界に関する情報を持っている筈デース!」

 

 そんな熱意溢れるペガサスの姿に神崎はふと思う。

 

――「知らない」と言ったら、信じて貰えるのだろうか。

 

 代わりに答えよう――無理だ。

 

「さらに『デュエルモンスターズの精霊を見たことがある』という情報が世界中にある以上、神崎――アナタがそれを見逃す訳がない」

 

「……それは構わないのですが、何故、急に『精霊界に行きたい』と思ったんですか? 今までは全く興味を示していなかったでしょう?」

 

 ペガサスの熱意に押され気味な神崎は突破口を探すようにそう問いかける。

 

「信じて貰えないかもしれまセンガ……実はワタシは少しだけ精霊界の様子を夢に見たのデース! ワタシ一人ならただの夢だと笑って済ませるのですが……」

 

 だが突破口などありはしないのだ。何故なら――

 

「シンディアもワタシと全く同じ夢を見たと聞けば――こんなことは偶然だとはとても思えまセーン!」

 

 原因は神崎になるのだから――パラドックスとの一件の際に一時的とはいえ、精霊界に隔離した事実が神崎の首を絞める。

 

 神崎よ。自分で自分の首を絞めるとは……新手の自殺なのだろうか?

 

 しかし内心で頭を抱える神崎を余所にペガサスの熱弁は続く。

 

「そう! あの夢は精霊たちがワタシに見せたビジョン! そう考えた時、過去にデザインしたカードのイラストのおかしな点に気付いたのデース!」

 

 やがて2枚のカードをテーブルに並べるペガサス。

 

「これらのカードを見てくだサーイ!」

 

「これは《ギゴバイト》と《弱肉一色》ですか……確かシンディア様が絵本の題材に使われていましたね」

 

 それは二足で立つ黄緑色の体色の小さな恐竜のようなモンスター《ギゴバイト》と、その《ギゴバイト》と《もけもけ》を含めた4体の小型のモンスターが横一列に並ぶ魔法カード《弱肉一色》。

 

 サラッと判明するシンディアの職業を余所にペガサスは顔を綻ばせる。

 

「Yes! シンディアの物語は最高デース! ――ってそこじゃありまセーン!」

 

 だがすぐさま華麗にノリツッコミしつつ、シリアス顔を作るペガサス。真面目な話なのだと。

 

「実はこれらのカードは全くの同時期に作られたのデース……全く別のデザイナーの手で」

 

 デュエルモンスターズのカードの大半はペガサスがデザインしたものだが、全てをペガサスが手掛けている訳ではない。

 

 I2社の認可を受ける必要があるとはいえ、他の画家やデザイナーなどもデザインしているのだ。

 

 そしてその際、全く同時期に上述の2枚のカードが審査された為、盗作疑惑が浮上した一件をペガサスは覚えていた。

 

 とはいえ、その一件は平和的解決がなされた為、今の問題ではない――ペガサスが今、問題にしているのはその「偶然の正体」である。

 

「この《ギゴバイト》が世に広まる前に2人が全く同じデザインを思いついた――そう考えるよりも、『精霊界からのインスピレーションを受けた』と考えた時、ストンと納得できたのデース」

 

 つまり精霊界の過去・現在・未来を此方側の世界、『物質世界』の人間がインスピレーションとして受け取った――そんなペガサスの解釈。

 

 人の住まう「物質世界」と「精霊界」は互いに干渉しあっているとのホプキンス教授の論文とも矛盾しない。

 

 

 そんな仮定だらけとはいえ、限りなく真実に近づいているペガサスの姿に神崎は諦めた様相で返す。

 

「……隠し立てするのは難しそうですね」

 

「では!?」

 

「他言無用で願います――下手に表に出れば知った人間の口を塞ぐ必要がありますので……約束できますか?」

 

 ペガサスの期待に溢れる視線に対し、神崎は何時もの笑みを浮かべた顔にシリアスな雰囲気を混ぜる――シリアスな雰囲気ってなんだ。

 

 だがそんなシリアスな雰囲気に気圧されぬとペガサスは意を決した様子で頷き誓う。

 

「……了解デース。墓の下まで持って行くことをシンディアにかけて誓いマース……」

 

「では私が説明するより適任がいますので、其方で」

 

 これにて契約は果たされた――なんの契約かはよく分からないが、果たされたったら、果たされたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 やがて、とある一室にホワイトボードの前に教師よろしく立ったツバインシュタイン博士とテーブル越しに並べられた椅子に腰かけるペガサスと神崎。

 

 そんな彼らの姿はまるで――

 

「こうしていると、アカデミー時代を思い出しマース!」

 

 ペガサスの言う様にアカデミーこと学校を思わせる。ただ一室にいる3人は2人のおっさんと1人のじいさんである為、平均年齢がかなり高いが。

 

「ハッハッハ、では私も教師らしくしましょう! まず始めにこの事実を踏まえて頂きます! 実は――」

 

 そんなペガサスの言葉に口髭をピンと触ったツバインシュタイン博士も満更でもないような仕草を見せつつ、精霊界への講義が始まる。

 

 

 

 

「――この世界は1枚のカードから誕生しました!」

 

 

 

 

 初っ端からぶっ飛んだことを言い始めるツバインシュタイン博士。

 

「……Oh! いきなり驚きの事実デース! ……ジョークという訳ではないようデスネ」

 

「フフッ、私も初めて知ったときは信じられませんでしたよ!」

 

 だがペガサスは一瞬呆けるも、瞳を鋭くさせながら理解を見せる姿にツバインシュタイン博士も当時を振り返り、無邪気に笑う。

 

 

 ちなみにその存在自体は「GX」にて明かされていたが、その始まりのカード――「ヌメロン・コード」――に関する踏み込んだ情報は原作の遊戯王シリーズの「5D’s」の次の舞台「ZEXAL」にて判明する情報だ。

 

 ゆえに原作の「5D’s」までの知識しか持たない神崎は当然知らない為、知った当時は「MA()GI()DE()!?」と内心でひっくり返る程に驚いていた。

 

 とはいえ、直ぐに「遊戯王ワールドならよくあることだな」と妙な納得を見せたが――コイツ、訓練されてやがる。

 

 

「イエ、ワタシは信じマース。否定するにはワタシが世に送り出した『デュエルモンスターズ』は世界にあまりに馴染み過ぎていマース……」

 

 そんな衝撃的な情報だが、ペガサスは直ぐに呑み込んで見せる――今までとて違和感がなかった訳ではないのだと。

 

「さすがデュエルモンスターズの創造主。柔軟な考えをお持ちですな!」

 

「他にこの事実を知っているのは私とツバインシュタイン博士、そして海馬社長だけです」

 

 そのペガサスの反応に満足気に頷くツバインシュタイン博士。一方の神崎は今現在、その情報を知る人間を並べる――その数はペガサスも含めれば4人。

 

 そう示す神崎の言葉は他言無用であることをペガサスに念押しするようにも見えた。

 

「ただ海馬社長は『くだらんオカルト』と仰られていましたが……」

 

「フーム、ですが海馬ボーイが吹聴していないのなら、心のどこかで理解を見せていると思いマース。この情報は今の世界にはスリリングデース」

 

「まぁ、一研究者の私にその辺りの事情は関係ないですがな!」

 

 しかし4人の内の1人は殆ど信じていない――というよりは「神崎の報告を信じていない」状態である。

 

 とはいえ、ペガサスの言う様に吹聴しない約束を違えるようなタイプでもない為、その点は安心だった。

 

 その手の問題を神崎に丸投げしているツバインシュタイン博士とは対極的だ。

 

「デスガ、その世界の始まりであるカードが精霊界――デュエルモンスターズ界とどういった関係があるのデスカ?」

 

「そのカードの表と裏には12次元の世界が存在し、合わせて24次元の世界で構成されているのですよ!」

 

「Oh! つまりその24の次元世界の一つに『精霊界』があるという訳デスネ!!」

 

 やがて話題を戻すようなペガサスの言葉にツバインシュタイン博士がホワイトボードにペンを走らせながら熱論する講義にペガサスは生徒感タップリに相槌を打つ。

 

「はい、まさにその通り! いやぁ、精霊界の観測を目的としていただけに他の世界の存在は盲点でした!」

 

「表と裏の次元とは……フフフ、イマジネーションが広がりマース……」

 

 そうして2人意味深に笑うツバインシュタイン博士とペガサス――神崎は2人のテンションについていけていない。

 

 しかしいつまでもそうしている訳にもいかないと、ホワイトボードに書かれた24の丸の内の1つをツバインシュタイン博士は指さす。

 

「では話を戻しましょうか。まず我々が存在する『物質世界』――これは表の12次元の一つになります」

 

 その説明と共にホワイトボードに書かれた右半分の12の丸の一つに『物質世界』と書き込み、その近くの丸に更に書きこむのは――

 

「そしてペガサス会長がお望みの『精霊界』! この世界も表の12次元に存在し、さらにその観測にも私たちは成功しております!」

 

 ペガサスが望んで止まない『精霊界』の文字――現在、オカルト課が『物質世界』を除き、唯一『正確に』観測している表の12次元の世界の一つである。

 

「Wow! 夢が膨らみマース! それに表と裏にそれぞれ存在する12の次元――ちょうどデュエルモンスターズのレベルと同じ数デース! 無関係とは思えまセーン!」

 

「さすがはペガサス会長! 素晴らしい見識です! そう! 表と裏の次元はプラスとマイナスに別れており、それぞれ正と負の方向のベクトルを持っているのではないか――それが今の我々の見解です!」

 

 ホワイトボードに書かれた右側の12の丸と、中央に書かれた1枚のカードの図、そして左側の12の丸をそれぞれ指し示しながらツバインシュタイン博士はテンションを更なる次元に高める。

 

 

 仮説を基にした「仮称」ではあるが――

 

 カードの表側の12の次元を普通のモンスターの「レベル」。

 

 カードの裏側の12の次元をダークシンクロが持つ「マイナスレベル」。

 

 そう、イメージして貰えれば分かり易いかもしれない。「ランク」と「リンク」はまた別問題なので今回は割愛させて貰おう。

 

 

 ちなみに神崎の原作知識を知らない部分にて明かされた情報から――昇華した魂が行き着く「アストラル世界」や、高次の意識波動を持つプラナたちが目指す理想郷、「プラナ世界」も表の12次元の中の世界の一種と考えられる。

 

 

 やがてツバインシュタイン博士と共にテンションがアクセルシンクロしたペガサスだったが、ふと純粋な疑問を零す。

 

「……そう言えば、裏の世界の観測はどうなっているのデスカ?」

 

 先程の説明はどれも「表の12次元」のものばかり。「裏の12次元」のことは殆ど触れられてはいない。

 

 そのペガサスの疑問にツバインシュタイン博士は元気よくホワイトボードを叩く。

 

「よくぞ聞いてくれました! 裏の12次元世界の一つの観測に――といっても、極僅かな情報ですが――成功しておりますぞ!!」

 

「Oh! 何だか楽しくなってきマシタ! それは一体?」

 

 グワッと拳を握るツバインシュタイン博士にワクワクが天元突破するペガサス。そして未だに2人のテンションについていけない神崎。

 

「それは『ダークネス世界』! ですが、Mr.神崎にそれ以上の観測は止められてしまいましたが……勿体ない」

 

 やがて気合を込めて告げるツバインシュタイン博士だが、言い切った後に恨めし気な視線を神崎に向ける。もっと研究したかったらしい――いや、本当に危ないから止めとこう。

 

――そして冥界。

 

 そんなツバインシュタイン博士の視線を笑顔で受け止めつつ胸中でごちる神崎は知らないが、満たされぬ魂が行き着く先と評される「バリアン世界」もその一つだと考えらえる。

 

 その新たな裏の12次元世界の一つの名にペガサスは険しい顔を見せた。

 

ダークネス()……デスカ……危険な気配を感じさせマース……」

 

「ですな! カードの裏側に存在する12次元世界は表の次元とは大きく異なる(ことわり)で動いておりますので、危険は大きいでしょう!」

 

「そのことから我々のような『普通の人間』が活動するには酷く不向きな世界です――『観測』だけでも大きな危険が伴う為、諸々の研究を中止した次第になります」

 

 そんなペガサスに対し、食い気味に応じるツバインシュタイン博士に神崎は否定的に返す。

 

「ですが! いつかはその危険性を乗り越えて――」

 

「表の12次元の観測で我慢してください」

 

 しかしツバインシュタイン博士の熱意を押さえる神崎の姿を見るに、未だツバインシュタイン博士の中では納得できていないようだ――とはいえ、勝手に研究しださない程度の分別はツバインシュタイン博士にとてある。

 

「フーム……つまり、『悪い世界』ということデスカ?」

 

 そんな暴走列車とブレーキの如き熾烈な争いを余所にペガサスが呟いた言葉にツバインシュタイン博士は自身の欲求を脇に置いて首を横に振る。

 

「それは些か飛躍し過ぎですな。水が高い場所から低い場所へ流れる如く自然の(ことわり)のようなもの――台風や津波などの自然災害を『邪悪』と評しはしないでしょう?」

 

「成程、納得デース!」

 

 手を叩き、感嘆の息を漏らすペガサスにツバインシュタイン博士は気分よくホワイトボードをペンで指さす。

 

「『死後の世界も裏側の12次元の何処かにあるのでは?』との予測もあります!!」

 

「アンビリバボー! それが本当だとするのなら、大変な発見デース!!」

 

 そうして彼らのテンションが再燃し、天にも届きうる勢いになる中、神崎は一段と冷えた声で割り込む。

 

「……情報が情報なので、ペガサス会長――貴方の胸の内に留めておいてください。絶対に」

 

 つい最近、その次元の存在を感じざるを得ない状況になった神崎はペガサスに対する念押しを徹底する。

 

 

 ペガサスの「デュエルモンスターズの創造主」という肩書ゆえに明かされた情報だが、これらは扱いを間違えれば本当に危険なものなのだ――ハッキリ言って神崎の頭では完全に持て余している。

 

 

「勿論デース……シンディアにだって話さないデース。墓の下まで持って行く約束を違える気はありまセーン……」

 

 そんな神崎の真剣な眼差しにキリリとシリアス顔を見せるペガサス――先程までの年甲斐もなくはしゃいでいた姿が嘘のようだ。

 

「ただ、今までの話を聞く限り『精霊界』に行くことに問題はないように思うのデスガ……」

 

「それは……なんとも言い難いのですが……」

 

「確かに、デュエルモンスターズの創造主であるペガサス会長には言い難い状態ですな」

 

 しかし続いたペガサスの言葉に今度は神崎が申し訳なさそうに目を逸らし、ツバインシュタイン博士も困ったように口髭をさする。

 

「? なにかは分かりませんが、気にしなくて構いまセーン! 今更、隠し立てされる方がモヤモヤしマース!」

 

 その両者の姿にペガサスは「なんでも来い」とばかりに両の手を広げ、答えを急かす。

 

 

 だが2人の口は重い。「精霊界に行きたい」というペガサスの純粋な願いに対し、立ちはだかる問題は次元移動のシステム――という訳ではない。

 

 もっと根本的な問題だ。やがて神崎はゆっくりと口を開き、それを明かす。それは――

 

 

 

「戦争中なんです」

 

 

「What?」

 

 

 旅行先が物理的に危険――そんな夢もへったくれもない問題だった。

 

 呆けるペガサスに神崎は詳しい事情を簡潔に述べる。

 

「今の精霊界は争いが絶えない状況です――今の段階では小競り合い程度で済んでいますが、いずれは大戦に発展しかねない程に火種が燻っています」

 

「その原因が何処にあるかは今現在調査中ですぞ! ひょっとすればダークネス世界からの影響の可能性もあるのですが――」

 

「裏の12次元に関する研究再開の許可は出せませんよ」

 

 そんな神崎をチラッチラッと見やるツバインシュタイン博士だが、神崎の答えは変わらない。というか、変えられるものでもない。

 

「…………と、此方でも詳しい原因が判明しておらず、下手に手が出せない状態です」

 

「精霊たちの超常的な力の前では我々『物質世界』が有する通常兵器など大した力にはなりませんからな! ですので、よしんば精霊界に無事に行けたとしても、我が身すら守れない有様ですよ!」

 

 神崎とツバインシュタイン博士が語る内容はどれも「精霊界に行った後」の問題である――単純に「精霊界に行くだけ」なら問題はないのだ。

 

「ツバインシュタイン博士の言う様に、最悪の場合はご夫婦揃って死にますが、それでも行きますか?」

 

 神崎がそう締めくくったように一番の問題は人間側に自衛手段が皆無なことである――ペガサスに神崎並のデュエルマッスルを求める訳にもいくまい。

 

 デュエルモンスターズの創造主がデュエルモンスターズの精霊に殺される――笑えない話だ。

 

 それらの事実に完全に固まったペガサスと共に痛い程の沈黙が場を支配する。

 

 

 パラドックスへの罠の為に神崎がペガサスとシンディアを精霊界に隔離した時のように「カードの実体化」の力をフル活用し、護衛を山ほど用意するような真似も今回はできない。

 

 神崎自身がその力をペガサス側――いや、「人類側」と言うべきか――に一切明かす気がないからだ。

 

 

 やがてスッと席に座り直したペガサスは静かに問う。

 

「………………平和になる目途は立っていマスカ?」

 

 それは何処か諦めが籠った声だった。ペガサスも「戦争」という問題が一朝一夕で解決するものではないことを痛い程に理解できるゆえ。

 

「………………局地的な地域であれば、可能性はゼロではないかと」

 

 だがそのペガサスの落ち込む姿に思わずポツリと呟いた神崎の言葉にペガサスはパァッと顔を明るくしながら席を立つ。

 

「なら……その時を待ちマース!! 精霊界への旅行はシンディアの願い!! 援助は惜しみまセーン!」

 

 世界の津々浦々の美しい情景をシンディアと巡ることがペガサスの願い。

 

 といっても、シンディアが「夢で見た――と思っている――世界をまた二人で見れたら」程度の願いなのだが、愛の聖闘士(セイント)こと戦士、ペガサスには関係ナッシング!

 

 I2社で全面的に支援することをサラッと決めつつ、すぐさまI2社で正式な形を取るべく動き出すペガサス。

 

「いえ、あくまで可能性がゼロではないというだけで……」

 

「朗報を待っていマース!!」

 

 そんな神崎の声も気にした様子もなく、ペガサスは部屋の扉に手をかける。

 

 今のペガサスにあるのは上述の手続きと、今回の話を聞いたことから浮かび上がったインスピレーションをキャンパスに表現する2点に意識が向いている状態だ。

 

「いや、ですから――」

 

「安心してくだサーイ! 此処での話は絶対に誰にも言いまセーン!」

 

 神崎の「いや、待てェ!!」な感情を込めた声も愛の戦士、ペガサスを止めるには至らない。愛ってものはね……その程度じゃ止まらない。いや、止められないんだよ。

 

 

 やがてルンルンな様子で去っていったペガサスの姿を虚しく見送る神崎の姿と期待に満ちた視線を向けるツバインシュタイン博士の視線だけが残った。

 

 

 

 

 

 

 

 やがて渋りに渋るツバインシュタイン博士を仕事に戻しつつ、自身の仕事部屋で倒れるように椅子に腰かけた神崎は大きく息を吐く。

 

 デュエリストとしての実力を高めることに集中したい神崎だったが、関係ない部分で結果的にやることが一つ増えた――とはいえ、緊急性は無いが。

 

 そんな今までで一番疲れた様相を見せる神崎に影からニュッと出た冥界の王も思わず心配気に声をかける。

 

『どうするのだ、神崎?』

 

 冥界の王も精霊界の存在は知っているが、ハッキリ言えば「平和を荒らす側」だった為、「平和を築く為の労力」に関しては専門外だ――「なんか大変そう」くらいの認識である。

 

 その冥界の王の言葉に神崎は力なく零す。

 

「………………適当な場所をゼーマンに統治させるしかないでしょう」

 

 

 精霊界にて活動中の《猿魔王ゼーマン》に無茶振りが襲う。

 

 

 

 だがそんな中、神崎に脳裏に通信機のようにシモベの声が響いた。

 

『我らが主よ! ご所望の品、「全て」このシモベが入手致しました!!』

 

「そうですか。こうも早く見つけるとは流石ですね」

 

 シモベの声に純粋な賛辞を送る神崎。

 

 神崎自身も伝手やらコネやら利用しながら「石板」を探していたが、中々見つからなかった為、シモベの報告は朗報となりえるものであった。

 

 そんな本当の意味で嘘のない神崎の言葉にシモベは喜色の声を上げる。

 

『お褒めの言葉、身に余る光栄! ですが、この程度はワタシの手にかかれば造作もありません!』

 

「では、直ぐに向かいますので、そのまま石板の警護を頼みます」

 

『お任せください! 我らが主の来訪を心よりお待ちしております!』

 

 やがてそう告げて通信を終えるようにパスがプツンと途切れる感覚と共に神崎は今後の予定を立てる中でふと思う。

 

――しかし「全て」とは……この時期では既に石板は発掘され、一纏めにされていた筈だが……いや、今は会合の準備を整える方が先決か。

 

 だが直ぐにその考えを振り切り、来たるべき対話の為に神崎は必要なものを頭の中で組み上げていく。

 

 

 

 今は何をおいても力を蓄えることが必要なのだから。

 

 

 






猿魔王ゼーマン「なんと!? ハネムーンに相応しい場所の確保!? ………………読めぬ! 冥界の王の考えが読めぬ!!」


ちなみにサラッと出た今作でのシンディアの職業は「絵本作家」

原作では職業不明ですし、「専業主婦」ってタイプでもないなーと思ったので
画家のペガサスと接点を付けつつ、
シンディアらしさをイメージして決めさせて貰いました<(_ _)> ペコリ

今作では――
シンディアの手掛けた《ギゴバイト》の旅路――「ギゴの大冒険」が近年KCのソリッドビジョンシステムを使い、映画化されるとか何とか。


最後に――
今話の副題:作者なりに24次元について全力で考えてみた(なお末路)

(無視する訳にはいかない話題とはいえ)
こ、こんなの難し過ぎて、さ、作者の手に余るよ……(燃え尽き)



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第145話 脳筋って言う方が脳筋



前回のあらすじ
海馬「(将来的に冥界へと向けて)全速前進DA☆」

ツバインシュタイン博士「研究! 研究! 研究ゥウウウウ!!」

神崎「(無言の爆弾取り付け)」


冥界の王「なにこのヤベー奴ら」




 

 

 ペガサスの嵐の様な来訪も久しい頃――フランスののどかな雰囲気が漂う田舎町にて、とある男女がたった今、再会を果たす。

 

 

 だが男が見た女の姿は窓から差す陽光からおぼろげな輪郭しか映らない。だが男にとってそんなことは関係なかった。何故なら、男がその相手を見間違えよう筈がない。

 

 やがて溢れ出る衝動のままに男は駆けた。

 

 

 

 

 

 

 

「カ゛ァト゛リ゛ィイ゛イ゛イ゛イ゛ヌ゛ゥウ゛ウ゛ウ゛ウ゛!!」

 

 涙と鼻水でちょちょ切れそうな表情を浮かべ、絶叫しながら迫る濃い赤色のタキシードのような舞台衣装を纏った男――パンドラは眼前の愛する人(カトリーヌ)の元に飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、アウトォ!!」

 

 だが窓から差す陽光からヌッと出てきた牛尾の手にかつてあった火傷の痕をオカルト課の技術で治された顔を掴まれ、パンドラの進撃は終わりを告げた。

 

 そうして周囲ののどかな田舎町の風景と人の姿が崩れていく中、牛尾に顔を掴まれ宙ぶらりんなパンドラは戸惑いの声を上げる。

 

「!? 何故です!? 今度こそ、完璧に私の溢れんばかりのカトリーヌへの愛を! 想いを! 情熱――」

 

「それが駄目だって言っただろうが!! 普通に重いわッ!!」

 

 しかしそんなパンドラの愛ゆえの言葉を一刀両断に切り捨てた牛尾はパンドラを解放しながら、オカルト課のデュエル場――兼、ソリッドビジョンのシミュレートを兼ねた一室で長い溜息を吐く。

 

 このやり取りはこれが一度目ではないらしい。年齢的に年上であろうパンドラ相手に牛尾が敬語をかなぐり捨てている様子からかなり続いていることが見受けられる――牛尾さんガンバ。

 

 

 

 そんなパンドラの主張を頑張って抑えようとする牛尾と、愛する妻への重い――もとい、想いを抑えきれていないパンドラを上の階のモニタールームの窓から見下ろす乃亜は肩をすくめながら零す。

 

「やれやれ……先は長そうだね」

 

 遊戯から要請があったパンドラの夫婦関係の問題の解消――もとい、グールズの被害者たちを支援する活動の一環であるのだが、このザマである。

 

 これでも初期の「疑似的に再現した愛する人(カトリーヌ)の前に立った瞬間に泣き崩れ、嗚咽を漏らすしかできない状態」に比べれば大分マシになってはいるのだ。

 

 愛する人の名を叫べているのだから。「千里の道も一歩より」である。

 

 

 

 とはいえ、逆を言えば「ほぼ千里残っている」ので、先は長い。

 

 

 そんな状況に一度休憩を入れさせるべきかと悩む乃亜だったが、その背後の自動ドアが開くと共に来訪者が現れる。

 

「神崎ー! 此処にもいないか……あっ、乃亜! 神崎は?」

 

 その来訪者はモクバ――どうやら神崎を探しているらしく、乃亜を視界に捉えた途端、速足で駆け寄り居場所を問う。

 

「やぁ、よく来たね、モクバ――神崎は今留守だよ」

 

「そうなのか? 折角リベンジしようと思ったんだけどなー…………ところで、アレってなにやってるんだ?」

 

 モクバの来訪を快く出迎える乃亜が告げた言葉にモクバは右手に持ったデッキケースと左腕に装着されたデュエルディスクに僅かに視線を落とすも、窓から眼下に見える牛尾とパンドラのやり取りに思わず首を傾げた。

 

「ああ、アレか。メンタルケア……かな?」

 

 そんなモクバの姿に苦笑しつつ、乃亜はパンドラの本名を明かすか一瞬悩むも説明を続ける。

 

「オカルト課の所属になった彼……パンドラで良いか――が、奥さんに過去の一件のことで謝罪したいらしくてね。神崎経由で手紙も渡して約束を取り付けたから、今はそのリハーサルさ」

 

「……アイツもグールズ事件の被害者だもんな。出来れば奥さんと幸せになって欲しいぜい」

 

 乃亜の説明に「グールズの構成員」だったとはいえ、「操られていた」実情を持つパンドラを優しく眺めるモクバ。

 

 思わずもたらされた「神崎もキチンと動いている情報」に海馬との溝を埋める切っ掛けになるかもしれない点もモクバの機嫌の上昇にかっている。

 

「かなり迷いを見せていたらしいけど、パンドラからの手紙を()()()()()()()()()()()()()()()ことを止める辺り、チャンスはあるんじゃないかな?」

 

 だがポツリと零した乃亜の発言にモクバは固まる。少しばかり聞き逃せない発言があったと。

 

「……ん? 神崎がパンドラの書いた手紙を奥さんの前で破ろうとしたのか?」

 

「ああ、同行した響の話ではそうらしいよ。あれだけ添削を頑張ったのに酷い話だってね」

 

 しかし対する乃亜はパンドラの手紙を書き直した回数に笑って見せる。初期のひたすらに謝罪の言葉がつづられたホラーチックな手紙を添削するのにオカルト課で四苦八苦したのだと。

 

「――なんてことするんだ! 後で注意してやらないと!」

 

 だがモクバは「パンドラが一生懸命に書いた手紙を神崎が『破り捨てようとした』」部分に着目し怒りを見せる。

 

 副社長として部下の至らぬ点は見過ごせないと。

 

「フフッ、モクバは純粋だなぁ……瀬人の頑張りが見えるよ」

 

「なに笑ってるんだ、乃亜! 普通、そんなことしちゃダメだろ!」

 

 とはいえ、乃亜がクスクスと笑う様にプンスカと怒るモクバの早とちりだ。

 

 人間としてアウトな思考を持つ神崎とて無意味にそんなことはしない――意味があったらやるのかよ。

 

「不自由な二択ってやつだよ、モクバ」

 

 今回の意味はパンドラの妻、カトリーヌに「無理やり」選ばせること。

 

「迷いを見せた彼女に、かつての夫の最後の手紙を『読む』か、『眼前で破り捨てられる』かを突きつけたのさ――その気がないなら後者を選べば良かった」

 

 カトリーヌが「読まない」を選択すれば、手紙は眼前で破り捨てられる――「貴方の選択がこの結果を生んだのだ」と言わんばかりに。

 

 神崎的には相手の(バー)から感情を読み取った結果、「背を押す」との決断だったとしても、明らかに推奨されない「罪悪感を煽る」やり口だ。

 

 こういうやり口を取るから、海馬に嫌悪の感情を向けられるのに……

 

「だからって――」

 

「モクバ、綺麗ごとだけじゃ何も救えはしないよ」

 

 そんな神崎の一面が、海馬との溝を生むことが理解できるゆえにモクバは声を荒げようとするが、乃亜は割り込む鋭い視線と言葉を返す。

 

「例えば――『被害者支援を受けているかつての夫』と『世界的な大企業に勤めているかつての夫』――肩書一つで相手が抱く印象は天と地ほどの差がある」

 

 綺麗事は「綺麗なだけだ」――人を惹きつける力を持っていても、眺める分には良くても、それだけで全て救える訳ではない。

 

 それを示すように並べられた乃亜の言葉にモクバはハッとする。

 

「!? まさかパンドラをオカルト課に引き入れたのって!?」

 

「まぁ、十中八九そうだろうね――パンドラのデュエルの実力が非常に高かった面も決め手にはなったんだろうけど」

 

「でも、そんな…………騙すみたいなやり方しなくったって……」

 

 パンドラが大半のグールズの被害者たちと違い「オカルト課に引き入れられた」事情を察したモクバはダメだと思いつつも、神崎のやり方に何処か嫌悪感を持ってしまう。

 

 結果は出している。誰も見捨てず救っている。みんなが幸せだ。

 

 だが、それらは嘘と欺瞞の上にある幸福だ。偽りの中で「信じ込まされている」幸福だ。死ぬまで――いや、死んだ後すら騙し続けてくれる甘美な幸福()だ。

 

 ゆえにモクバは思ってしまう「もっと良い方法があるだろう」と――しかし、その「もっと良い方法」を提示できないモクバは押し黙るしかない。

 

「悲しいすれ違いを起こしたままよりかは良いんじゃないかな?」

 

 そう返す乃亜の声にモクバは何も返せない。海馬の庇護の元で活動するしかないモクバに返す言葉など持ち合わせていない。ゆえに己の無力を恥じるように左手を強く握り締める。

 

 

 そんなモクバの姿に乃亜はモクバが握り締めている左手を両の手でそっと解き、優しく笑う。

 

「なぁに、仮にパンドラがマジシャンとしての再起を願っても、神崎は無理にオカルト課に縛り付けるような真似はしないさ」

 

 誰も傷つかない優しい世界。

 

 温かな感情が広がる(嘘と欺瞞に塗れた)優しい(虚構の)世界。

 

 皆が幸福に包まれる(いとに囚われる)優しい(支配された)世界

 

 

 そんな世界にモクバは最後まで返す言葉を持たなかった。

 

 その世界に絡めとられ、囚われた人間がどんな言葉を返せるというのか。

 

 

 

 

 

 

 

 そんな謂れのない――かどうかは置いておき、そう思われているとは夢にも思っていない神崎は何時もの闇の世界にてシモベととある残骸を眺めていた。

 

「バラバラですね……」

 

「はい、それはもうバラバラでした! まるでパズルのようです!」

 

 それらの残骸は神崎が捜索を頼んだ「ある魔物(カー)が封じられた石板」が砕けたものだ。

 

「こういったものが世界各地に散らばっておりましたので、探すのは苦労しましたよ!」

 

 しかしそう報告を続けたシモベの言葉に神崎は内心で首を傾げる。

 

――シモベの言葉に嘘はない。だが何故だ? 原作知識では1900年頃に発掘されたとの情報の筈……世界情勢が変化した以上、全く同じではないとは思っていたが……

 

 そのとある魔物(カー)は神崎の持つ「漫画版GX」の原作知識では不完全とはいえ、「既に復活している」筈だった。

 

 ただ、神崎はその魔物(カー)の持つ力――他者の精神を乗っ取り、身体を転々と変えていくもの――により今の今まで発見できていなかったが。

 

――デザイナーのフェニックス氏と、教師のMr.マッケンジーを張っていたのが無駄になったな……

 

 漫画版GXの原作知識にて件の魔物(カー)が取り付く対象の一部を知っていたゆえに張っていた網も無意味な結果に終わった。

 

 

 どう見ても、石板の魔物(カー)は「不完全にすら復活できていない」――休眠状態であることが窺える。

 

「石板との固定観念に囚われず、良く探し当てましたね」

 

 原作知識のアテが外れたゆえに今まで見つからなかったのかと、考える神崎はシモベを手放しに褒める。

 

 シモベの最初の報告の「世界各地にバラバラに散らばっていた」との言葉がある以上、原作のように「石板の欠片は纏めて封印されている」との情報を前提に探していた神崎では見つけられないのも当然である。

 

「おぉ!? そ、そのようなお言葉、ワタシには勿体のうございます!」

 

 そんな神崎の感情が乗った言葉ゆえにシモベの喜びようも一入だ――掛け値なしに評価された事実についつい尾を振り、上機嫌な様子を見せるシモベ。

 

「コホン。それで――この石板に宿る邪悪な影をどうするおつもりで?」

 

 しかし直ぐにハッと姿勢を正し、キリッとした表情をシモベは見せる。照れ隠しだろうか。

 

「後々の布石になればと思いまして――それではシモベ。次の命です」

 

「なんなりと!」

 

 とはいえ、シモベに仕込んだ仕掛けゆえに神崎はその辺りの事情が手に取るように把握できる。ただ、神崎は知らぬ振りをしつつ、話を進めていくが。

 

 やがて元気の良い返事を返したシモベに下されたのは――

 

「此方の『実体化兵』のサンプルをゼーマンの元まで届けてください」

 

 実体化「兵」などと不穏な言葉を放ちながら、いくつかのカードをシモベに差し出す神崎。

 

 

 突然だが速攻魔法《スケープ・ゴート》というカードをご存知だろうか。

 

 ゴート(ヤギ)と言いつつ、橙・青・黄・桃色の4体のまん丸な愛らしい「『(シープ)』トークン」を呼び出すカードだ。

 

 

 次に魔法カード《トークン収穫祭》と《トークン復活祭》、罠カード《トークン謝肉祭》と《トークン生誕祭》というカードをご存知だろうか。

 

 これらのカードはそれぞれ「トークン」を利用する効果を持つカードなのだが、今回注目して欲しい部分は「そこ(効果)」ではない。カードイラストだ。

 

 上述の4枚のカードには「羊トークン」とゴブリンたちが描かれており、さらにゴブリンが「羊トークン」を食している姿が見られる。

 

 

 何が言いたいのかというと、この「羊トークン」は「食用」なのだ――つまり産業動物(精霊)であると言える。

 

 

 

 それらの点を踏まえ、神崎はこう考えた「なら特定の(軍事)産業の為に使っても精霊界で問題にならないだろう」と――問題しかねぇよ。

 

 

 

 話を戻そう。

 

 実体化兵――冥界の王の持つ「カードの実体化」に関する技術を応用して生み出した文字通り「死を恐れぬ兵」。

 

 カードの「精霊ではなく」、ただ「カードを実体化させた」だけの為、精霊的な観点からも一切の問題がなく、さらに上述の理由から外見からのいらぬ糾弾も受けない理想的な(都合のいい)存在。

 

 

 羊トークンの攻撃力・守備力はどちらも「0」と戦いにおいて無力だが、そんな問題は()()()()()()()

 

 何故なら投薬・改造・バンプアップにetc.etc――文字通り何をしても許される(問題にならない)理想的な(都合のいい)存在なのだから。

 

 

 やがて神崎はシモベに向けて言い含めるように続ける。

 

「実体化兵の運用状況は逐一此方に報告する旨も重ねてお願いします。その後はしばらく精霊界にて休んで貰って構いませんよ」

 

「休息とは!? そのようなお心遣い、このシモベ感激でございます! ですがお気遣い無用です! どうかこのワタシめに貴方サマの手助けをさせて頂きたい!!」

 

 だがシモベは裏切りを働いた過去を払拭すべく忠義を示す場(仕事)を求める。そんなシモベの姿に神崎は「なら」と提案した。

 

「では、ゼーマンの補佐をお願いします。彼も不慣れな現場で戸惑っているでしょうから」

 

「我が願いを聞き遂げて頂き感無量でございます! その命! このシモベめが! 必ずや! 必ずや完遂してみせましょう!」

 

「はい、朗報を待っていますよ」

 

 新たな忠義を示す場(仕事)に胸を躍らせ、精霊界へと向かうシモベを見送った神崎は自身の頭に手を当て、通信を測る。

 

「さて――ゼーマン。其方に変化はありましたか?」

 

『これは神崎殿! 今は拠点となる地をいくつか見繕っておるところです。ご命令にあった保養地の確保に関しては未だ目途が立たず……』

 

 その通信相手は《猿魔王ゼーマン》――そのゼーマンは神崎からの通信に答えつつ、未だ明確な成果が上がっていない事実に力ない声を漏らす。

 

「いえ、其方は急がなくて構いませんよ」

 

 しかし神崎とてそこまで早急な成果は求めていない。実際問題、精霊界の緊迫した状況を考えれば「保養地」などそう簡単に見つかるものでもないのだから。

 

 ゆえに今回の要件はただの業務連絡に過ぎない。

 

「今回の要件は先程シモベを其方に使いに出した件です。合流した後は、補佐の名目で休ませて上げてください」

 

『承りました!』

 

 そんな連絡を受けたゼーマンの小気味の良い返事を最後に2人の通信は直ぐに途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 やがて必要な指示を出し終えた神崎はシモベが見つけた石板の欠片の一つを手に取りポツリと零す。

 

「次は……冥界の王の知識から『石板復活の儀式、グランド・クロス』の方法を……把握――魔術か……」

 

 バラバラになっている石板を元の一つの石板に戻す儀式――それが「石板復活の儀式」だ。古代エジプトに存在していた魔術の類である。

 

 そういった魔術に対し、元々全く適性がなかった神崎が「精霊の鍵」などのアイテムで誤魔化してきた分野であったりもする。

 

 一応、冥界の王の力を得た際にその手の適性の問題がなくなっているのだが、神崎は重苦しい面持ちで大きく溜息を吐いた。

 

「カードの実体化で代用できないものか……」

 

 またまた突然ではあるが、魔術の類は術者の「名」が大きな意味を持つことが多い。だが神崎は――

 

――前世関連の記憶は根こそぎ掘り起こした筈にも関わらず、未だに「前世での名」が思い出せない……

 

 その神崎の胸中の声が示す様に今の自身を大きく構成する「前世の名」を欠片も覚えていない為に魔術の類を苦手としている――細かな個所に常に拭えぬ違和感が付いて回るのだ。

 

――他は全て掘り起こせたというのに、「名」だけが綺麗サッパリ思い出せないのはさすがに不自然だ。

 

 そんなスッポリ抜け落ちたような状態の自身の情報()に煮え切らない感情を見せつつも神崎は冥界の王からの知識を基に「石板復活の儀式」の準備を進めていく――時間は有限なのだからと。

 

 

 

 

 暫くして如何にもなオカルトチックな簡易的な祭壇が用意され、地面に描かれた魔法陣の上に砕けた石板の欠片を、パズルを組み上げるように並べていく神崎。

 

「――と、デュエルエナジーに、石板の魔物(カー)の奪われた心臓……は別にしておこう。後、念の為に安全装置として陣を引き――石板復活の儀式の準備はこんなものか。それに色々制約を課して……これで良し」

 

 やがて全ての準備を終えた神崎は最終確認しながら問題がないことを確かめ、早速とばかりに魔法陣に手をかざし、魔力(ヘカ)を込めて石板復活の儀式を敢行する。

 

「発動せよ――『グランド・クロス』改」

 

 そんな適当なネーミング感が満載の呪文と共に魔法陣が光り輝き、バラバラに砕けていた石板がひとりでに浮かび上がって行く。

 

 やがて時間が巻き戻るように石板が修復されて行き、蜘蛛の脚部を持つ異形の悪魔の姿が描かれた石板が復元され、魔法陣の中にゴトンと落ちる。

 

 それと共にその石板から古代エジプト風の衣服を纏ったアラブ系の顔立ちの壮年の褐色肌の男――トラゴエディアの精神体が浮かび上がり――

 

 

 

 

「――あの白饅頭(まんじゅう)どもがァ!!」

 

 

 

 

 憤怒に満ちた感情のままに雄叫びを上げた。だが発言内容は一見すると意味不明である。

 

――白饅頭(まんじゅう)? いや、今は後にするべきか。

 

「おはようございます。トラゴエディア――私はこの度、貴方を呼び覚ませて頂きました『神崎 (うつほ)』と申します」

 

 そんな意味不明なトラゴエディアの叫びを一旦脇に置きつつにこやかに挨拶を交わす神崎の声にトラゴエディアは周囲の状況から今の己が置かれている状況を認識。

 

 そして神崎に意識を向けつつ、先程の怒りなどなかったように不敵な笑みを浮かべ返す。

 

「……ほう、成程な。オレの復活を手助けするとは酔狂なヤツだ――何のようだ? 対話を望むならこの陣をどける誠意くらい見せて欲しいところだがな」

 

 そうしてトラゴエディアは自身を閉じ込めている魔法陣により発生した不可視の壁を軽く叩いて見せた。

 

 何処か試すようなトラゴエディアの態度に神崎は参ったように小さく手を上げながら取引に移る。

 

「それは出来ない相談ですね。ですが貴方にとっても悪くない話かと」

 

「フフッ、オレは安くはないぞ」

 

「今の貴方の復活は不完全です――完全に復活させる対価として『助力』を願いたい」

 

 その言葉通り、神崎がトラゴエディアの心臓を握っている限り、トラゴエディアは完全な復活を果たせない。

 

 

 そんな中、トラゴエディアは内心で「自身が完全復活できるのであれば悪くない話」だとは思いつつも、神崎の出方を待つように返す。

 

「断れば?」

 

「貴方が封じられた石板をもう1度砕き、然るべき処置を取らせて貰います」

 

 そう告げた神崎は左手に用意していた何の変哲もない石板と同じ素材の岩を持ち、それに向けてゆっくりと右拳をぶつける仕草を見せた。

 

 もし自身の石板が再度砕ければ困るトラゴエディアには手痛い一手だろう。

 

「ククク……オレは誰の下に付く気もない……好きに砕くがいい。砕かれた所で復活が遅れる程度の違いしかない」

 

 だが退屈と束縛を嫌うトラゴエディアは一笑に付す。

 

 トラゴエディアには聖なる力を持つ精霊(カー)を真っ黒に染める程の憎悪と復讐の念からなる強大な負の力がある限り、自身の消滅は生半可な方法では不可能な事実を知っている。

 

 それは古代エジプトの神官たちですらトラゴエディアの力の源である心蔵を奪ったにも関わらず「封印」することしか出来なかった程。

 

 精霊の力を持つ者や、サイコデュエリストの力などでどうこう出来る存在ではないのだ。トラゴエディアを真の意味で打倒できるのは「マアトの羽」の力のみ。そしてそれは此処にはない。

 

「もう少し色を付けて貰いたいも――」

 

 ゆえに自身の対価を吊り上げようとするトラゴエディア。

 

 

 

 だが神崎の右拳がブレたと思った瞬間、左手の岩が木端微塵に砕け、砂となる。

 

 

 サラサラと神崎の左手から零れる岩だった砂を凝視するトラゴエディアは震える声で零す。

 

「――のだ……ん? 岩が……砂……に?」

 

 眼の前の現実を把握しながらも嫌な予感をヒシヒシと感じ始めるトラゴエディア。

 

「もう一度確認しますが断られるのなら、今お見せしたレベルまで石板を砕き、世界各地の砂漠に撒いた後にそれぞれの地点を緑化します――構いませんね?」

 

 しかし神崎はそう言いながら魔法陣から器用に石板だけを外に出す。トラゴエディアの嫌な予感はスピードの極致に加速する。

 

 

 トラゴエディアの石板が「ただ砕かれた」のなら長い年月を得れば復活は可能だろう。少しずつトラゴエディア自身が力を取り戻しながら、砕けた石板を集めていけば良いのだから。

 

 

 だが砂レベルまで砕かれた上で砂漠に撒かれ、更には砂漠の緑化の際に「砂」が「土」になれば、元の石板の形にまで集うまで一体どれ程の年月がかかるのかなどトラゴエディアにすら判断できない状態だ。

 

 まず、自身の石板の欠片こと砂が何処にあるか把握するだけで気が遠くなるだろう。「砂漠の中から砂金を探すようなもの」どころではない。文字通り「土の中から元の砂を探す」レベルの話だ。

 

 そしてよしんば集められたとしても、そんな「砂というより土の塊」相手に「石板復活の儀式」が成立するかどうかすら怪しい――場合によっては新しい魔術を生み出す段階から始めなければならないだろう。

 

 

 そんなトラゴエディアの苦行と――いや、拷問と評するしかない旅路の切符を手にする神崎は営業スマイルタップリでトラゴエディアに返す。

 

「とはいえ、其方の決意は固いようなので無意味な確認でしたか」

 

「…………な、何を言っている!?」

 

「復活できると良いですね」

 

 トラゴエディアの戸惑いの声を気にした様子もない神崎はそんな軽い言葉と共に石板に向けて右拳を振りかぶった。

 

 

 

 

 

 

 

 弊社(今作)はトラゴエディア氏の復活を心より願っております。

 

 






アヌビス「何処か既視感を覚えるのは気のせいではあるまい」




~入りきらなかった人物紹介~
トラゴエディア
漫画版・遊戯王GXにて登場

古代エジプトにて王宮に従事していた墓作り職人たちが墓荒らしとなり、移り住んだクル・エルナ村の出身の男。ちなみに盗賊王バクラと同郷。

クル・エルナ村の住人が千年アイテムを生み出す為の生贄に惨殺された際の生き残りでもある――本人は盗みの下調べの為に村を離れていた為に難を逃れた。

やがて千年アイテムの真実を知り、凄まじい憎悪と復讐心から生じた強大な魔物(カー)――《トラゴエディア》が生まれ、自身と一体化し、復讐の為に人の姿で王宮に潜り込む。


そして当時の王や神官たちに復讐すべく行動するが看破され、「白き羽の精霊」こと《ハネクリボー》に力の源である心臓を奪われた。

その際、《トラゴエディア》の強大な闇の力から、元は身体が白かった《ハネクリボー》の身体は真っ黒に染まる――《トラゴエディア》の闇の力が如何に強大だったかを伺わせる。

そして心臓を奪われたゆえに真の力を発揮できなかった《トラゴエディア》は神官たちの手により辛くも石板に封印された後に砕かれ、とある王墓の一室に封印された。

漫画版・遊戯王GXでは1900年代にその石板が発掘され、様々な人間に乗り移りながら完全復活を目論む。

それらの詳しい話は漫画版GXをチェックだ!(姑息な販促)

退屈や束縛を嫌う快楽主義な性格――3000年も封印されていたことが原因で歪んだらしい。

人間のことを「虫ケラ」と呼ぶのは古代エジプトの一件から人間嫌いになったのかもしれない。


今作では――
漫画版の情報通り1900年代に一応復活はしている。その際、そこいらにいた人間に転々と憑りつきながら力を蓄え、完全なる復活を目指していた。

だが当時KCが軍事産業でブイブイ言わせており、各地で戦乱が起こっていた時代である。

そんな中のふとした時に戦乱の中で「面白そうなヤツがいる」との情報から退屈凌ぎに足を運ぶ――それが一番の失敗だった。

その際になんやかんやと大きな時代の波と言うべきものに巻き込まれたトラゴエディアは自身の砕けた石板が散り散りになる事態に見舞われ、ただでさえ復活に不十分だった力が大きく失われる。

その結果、誰かに憑依することもできない程に弱り、疑似的な休眠状態に陥った――《もけもけ》共は絶対に許さない、絶対にだ。

やがてずっと探していた石板が原作情報と異なり、別々に発見されたことを疑問に思う神崎の元にシモベよって集められた――マッチポンプ……いや、なんでもない。

そして復活の際のアレコレを都合して貰い今回アッサリめに復活を遂げた――と思いきや、復活キャンセルのボタンが現在、押されかかっている。



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第146話 悲劇の魔物



前回のあらすじ
もけもけ「トラゴエディア? ヤツは“不運(ハードラック)”と“(ダンス)”っちまったんだよ……」



《トラゴエディア》――ラテン語で「悲劇」を意味する(wiki参照)

悲しい……事件だったね(´・ω・`)ショボーン




 

 

 腕を振りかぶった神崎の姿に不完全に復活させられたトラゴエディアは壁となっている陣を力強く叩き宣言する。

 

「――待て!! キサマの要求を呑もう!!」

 

 石板を粉微塵に――砂になるレベルに砕かれ、さらには緑化して土となれば、それは「石板」としてのアイデンティティーすら失いかねない。

 

 徹底し過ぎである。

 

 過去、とあるイレギュラー(進撃のもけもけ)によって手痛い仕打ちを受けたトラゴエディアはこれ以上の面倒は御免だ。

 

「おや、それは良かった」

 

 しかし対する神崎はアッサリと振りかぶった腕を止め、紳士的な振る舞いを見せる――もの凄く今更だ。

 

 その変わり様にトラゴエディアは訝しむも、また石板を砕きにかかれても困ると対話に移る。

 

「……随分とアッサリだな……助力とは具体的に何だ?」

 

「世界を脅かす存在の――いや、貴方相手に飾った言葉は不要ですね」

 

 そんなトラゴエディアの心配を余所に神崎は至って普通に話し合う――人質(石板)をチラつかせるようなこともしない。

 

「私にとって『邪魔な存在』を排除する際の助力を願えればと」

 

 話す内容も物騒さは在れど、特におかしな点も見られない。ゆえにトラゴエディアは内心で安堵しつつ一手打つ。

 

「ふむ……オレへの他のメリットは? まさか復活の手伝いだけとは言うまい」

 

 これで神崎側が何一つメリットを提示しないのであれば、トラゴエディアとて石板を砕かれる覚悟をせねばならない――譲れない一線を示すトラゴエディア。

 

 

 

 

「では貴方の故郷、クル・エルナ村の『住人の虐殺』を指示した王家の人間の魂を差し上げましょう」

 

 

 

 

「――ッ!? 何故その真相を知っている……」

 

 しかし神崎の提案にトラゴエディアは直ぐさま食いつくも、当然の疑問に神崎への警戒度を「いきなり石板を砕きにかかるヤベー奴」からワンランクアップさせる。

 

 その返答代わりに神崎はトラゴエディアの眼の前に光のピラミッドをぶら下げて見せた。

 

「千年アイテム!! ……いや、オレの知っているものと違う……そいつは?」

 

「これは千年アイテムの亜種に該当するものです――これを調べた際に色々分かったもので」

 

「誰だ! 誰があの惨劇を――」

 

 それに対し、すぐさまそれが千年アイテムの一種であることを見抜くトラゴエディアに神崎は真実を僅かに織り交ぜつつ返すが、肝心のトラゴエディアの興味は既に下手人に向かっている。

 

「当時の王、アクナムカノンに仕えた六神官の1人、王の双子の弟、アクナディンです」

 

 アヌビスの時と同じように相変わらずやり玉に上げられるアクナディン――余罪が多すぎである。

 

「……証拠はあるんだろうな?」

 

「千年パズルの中に彼の(バー)が存在し、クル・エルナ村の亡霊に憑りつかれていることを『この目』で確認しました」

 

 やがてトラゴエディアの望むままに真実を告げた神崎。情報の真偽を問われても、実際に目の当たりにした以上、偽る必要もない。

 

 バトルシティでコソコソ2人の遊戯の(バー)を測定した甲斐があったというものだ。

 

 

 その答えにトラゴエディアは満足気に笑う。

 

「ククク……中々面白いことになっているようだな……良い退屈凌ぎになりそうだ」

 

「それでは――」

 

「だがオレがただ助力するだけでは面白味がない――待て、振り上げた腕を戻せ」

 

 しかし僅かにしぶった様子を見せたトラゴエディアにすぐさま神崎は石板に腕を振り上げる――これ以上、譲歩するつもりはないとの分かり易いアピールである。

 

 とはいえ、その暴挙を止めるトラゴエディアもこれ以上、メリットを望んではいない。ゆえに今から始めるのはただの「退屈凌ぎ」。

 

 長年封印されてきたトラゴエディアは酷く退屈を嫌うのだ。

 

「ここはディアハといこうじゃないか――なぁに安心するがいい。勝とうが負けようがキサマの話には乗ってやる。これから始めるのは『お遊び』に過ぎん。だが『お遊び』にもスパイス(刺激)は必要だ」

 

 そしてトラゴエディアは陣の中で大仰に手を広げながらルールを告げる。

 

「オレが勝てば報酬は前払いだ――オレの要件を最優先しろ」

 

「私が勝てば報酬が後払いになり、貴方の要件は後回しでも構わないと?」

 

「そう言うことだ」

 

 その告げられたルールに「お遊び」との意味を把握する神崎にトラゴエディアは満足気に頷く。

 

「ですが今の時代に『ディアハ』は残っておりません」

 

「そのくらいの情報は持っている。今の時代の『デュエル』といったな? それで構わん――この時代のそれ(ディアハ)にも興味がある」

 

 そうして自然な流れでデュエルに移行するトラゴエディアがいる陣の中に神崎はなにかを放り投げる。

 

「ではその不完全な身体では不便でしょう? これをお使いください」

 

 それは脈動する肉の塊。そう――

 

「『あの魔物(カー)』に奪われたオレの心臓か……準備の良いことだ」

 

 トラゴエディアの力の源たる心臓を返却する――落としたらどうするつもりだったんだ。

 

「復活の用意は済んだ上でお呼びしましたから」

 

「ククク……虫ケラ(人間)にしては面白い男だ」

 

 やがてトラゴエディアを閉じ込めていた陣が神崎を呑み込むように広がっていき、デュエルフィールドと化す中、トラゴエディアの手元に一人でにカードが浮かび上がり、デッキが構築されていく。

 

「ではデュエルといこうじゃないか」

 

 そして腕から生えた何処か生物的なデュエルディスクを構えたトラゴエディアはそう告げつつ獰猛に笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 今後の主導権を賭けたデュエルが幕を開き、先行を得た神崎は微妙な自身の手札に視線を奔らせつつカードを1枚ドローする。

 

「私のターン、ドロー。スタンバイフェイズを終え、メインフェイズ1に――《ミスティック・パイパー》を召喚」

 

 そしてすぐさま召喚された軽快な笛の演奏を鳴らす《ミスティック・パイパー》が軽くステップを刻む。

 

《ミスティック・パイパー》

星1 光属性 魔法使い族

攻 0 守 0

 

「その効果により自身をリリースし、《ミスティック・パイパー》の効果を発動。私はデッキからカードを1枚ドロー。それがレベル1のモンスターだった場合は追加でもう1枚ドローできます」

 

 光となって消えた《ミスティック・パイパー》を余所に笛の演奏の音色だけが空気を震わせた。

 

「引いたのはレベル1の《サクリボー》――よって、もう1枚ドロー」

 

 その音色に引き寄せられた背中にウジャドの眼を持つ《クリボー》――《サクリボー》が神崎目掛けて両手足を広げ、飛びつく。

 

「此処で魔法カード《一時休戦》を発動。互いにカードを1枚ドロー。そして次の相手ターン終了まで一切のダメージは発生しません」

 

 やがて神崎の身体をよじ登り手札に加わる《サクリボー》を余所に発動された《一時休戦》によって次のターンまでの猶予を得た神崎は引いたカードをすぐさま発動させる。

 

「さらに魔法カード《手札抹殺》を発動。お互いは手札を全て捨て、捨てた枚数だけドローします。私は6枚捨てて、新たに6枚ドロー」

 

「オレも6枚捨てて、6枚ドローだ」

 

 互いに初期手札を超えたカードを一気に墓地へ送り、手札を一新させる両者。《サクリボー》もその流れに攫われ墓地に送られる。

 

「カードを2枚セットしてターンエンドです」

 

 しかし神崎はモンスターの一つも残さず、ターンを終えた。リバースカードがあるとはいえ、少々物寂しいフィールドだ。

 

 

 そんな神崎のフィールドの有様にトラゴエディアも小さく息を吐いた後、ボヤいて見せる。

 

「ほう、魔法カード《一時休戦》によってダメージを受けないとはいえ、モンスターすら呼ばんとはな」

 

 退屈を嫌うトラゴエディアからすれば神崎のデュエルはハッキリ言ってつまらない。

 

「全く、折角の余興だというのに……少しは楽しませて欲しいものだ。オレのターン、ドロー!」

 

 ようやく長きに渡る封印が解かれた今のトラゴエディアは享楽的な想いがその身を突き動かす――退屈させるなと。

 

「メインフェイズ1の開始時に魔法カード《強欲で金満な壺》を発動する。オレはエクストラデッキのカードを6枚裏側で除外し、デッキから新たに2枚ドローだ」

 

 緑の欲深い顔と黄金の下卑た顔を見せる壺を砕き、新たに2枚のカードを引いたトラゴエディアは引いたカードを見てニヤリと笑みを深める。

 

「このターン、オレはドローすることが許されなくなるが大した問題ではない」

 

 2枚ものカードをほぼ消費無しでドローできる《強欲で金満な壺》だが、当然、それ相応のデメリットはあった――しかしトラゴエディアのデッキの前では大した意味は持たない。

 

「まずはコイツだ――魔法カード《蛮族の狂宴LV(レベル)5》を発動。オレの墓地のレベル5の戦士族モンスターを2体特殊召喚する。来い! 2体の《剛鬼(ごうき)ライジングスコーピオ》! 2体とも守備表示だ」

 

 トラゴエディアの呼び声に従い空から大地に降り立ったのはサソリを思わせる姿の赤いアーマーを身に纏ったレスラーが2体。

 

 それぞれ挑発気にサソリの尾を地面に叩きつけながら腕を交差させ守備姿勢を取る。

 

剛鬼(ごうき)ライジングスコーピオ》×2

星5 地属性 戦士族

攻2300 守 0

 

「そして魔法カード《トランスターン》を発動する。フィールドのモンスター1体を墓地に送り、属性・種族が同じでレベルが1つ高いモンスターをデッキから特殊召喚だ」

 

 だが1体の《剛鬼(ごうき)ライジングスコーピオ》が自身のアーマーの肩部分に手をかけ、その赤いサソリのアーマーを脱ぎ捨てた後には――

 

「オレは《剛鬼(ごうき)ライジングスコーピオ》を墓地に送り、レベルの一つ高い《剛鬼ハッグベア》を守備表示でデッキから呼び出すとしよう」

 

 クマの毛皮を被った大柄なレスラーが野性の獣の如き雄叫びと共に現れた。

 

 だが、ひとしきり叫んだ後で、いそいそと腕を交差し、守備表示になる。

 

《剛鬼ハッグベア》

星6 地属性 戦士族

攻2400 守 0

 

 

 そうして展開を続けるトラゴエディアのプレイングに神崎はふと思う。

 

――守備表示? 先程の魔法カード《蛮族の狂宴LV(レベル)5》でも守備表示だった……何故だ? 様子見にしてはあからさまだが……

 

 先程から攻撃力が高く、守備力が低いモンスターを展開しているにも関わらず、全て守備表示で呼び出すトラゴエディアの動きに神崎は疑問を持つが、トラゴエディアの動きは止まらない。

 

「この瞬間、墓地に送られた《剛鬼ライジングスコーピオ》の効果発動! このカードがフィールドから墓地に送られた場合、デッキから同名カード以外の『剛鬼』カード1枚を手札に加える」

 

 墓地に散っていった《剛鬼ライジングスコーピオ》の忘れ形見とばかりにデッキから1枚のカードがトラゴエディアの手元に加わる。

 

「オレは魔法カード《剛鬼再戦(ごうきさいせん)》を手札に加えさせて貰おう」

 

 これぞ「剛鬼」たちの最大の特徴――次々に仲間を手札に呼び込み、常に戦線を維持させる継続戦闘能力。

 

 同名効果は1ターンに1度しか使えない制約を負うが、逆を言えば別の「剛鬼」の効果を使えばその問題も殆ど気にはならない。

 

「そしてすぐさま魔法カード《剛鬼再戦(ごうきさいせん)》を発動だ。墓地のレベルの異なる『剛鬼』モンスター2体を守備表示で蘇生する。選ぶのは――」

 

 次にデュエルという名のリングに降り立つのは――

 

「レベル1《剛鬼マンジロック》! レベル2《剛鬼ヘッドバット》!!」

 

 青いタコの被りものをした細見のレスラー《剛鬼マンジロック》。その身体には吸盤を思わせる丸いペイントが見られる。

 

《剛鬼マンジロック》

星1 地属性 戦士族

攻 0 守 0

 

 そして翼を思わせるマスクをつけた紫色のアーマーを身に纏ったレスラー《剛鬼ヘッドバット》。

 

《剛鬼ヘッドバット》

星2 地属性 戦士族

攻 800 守 0

 

「そして永続魔法《エクトプラズマー》と、同じく永続魔法《無限の手札》を発動し、カードを2枚セット――まずはこんなものでターンを終えさせて貰おう」

 

 一通りポージングを取り終えた《剛鬼マンジロック》と《剛鬼ヘッドバット》がそれぞれ守備姿勢を取る中、2枚の永続魔法と2枚のセットカードでフィールドを整えターンを終えるトラゴエディア。

 

 だがただターンを終えた訳ではない。

 

「エンド時に永続魔法《エクトプラズマー》の効果でオレのフィールドの《剛鬼マンジロック》をリリースし、元々の攻撃力の半分のダメージをキサマに与えるが――」

 

 永続魔法《エクトプラズマー》の効果により、《剛鬼マンジロック》が神崎に向けて突撃するが、《一時休戦》のバリアに激突し、神崎には届かない。

 

「とはいえ、《剛鬼マンジロック》の元々の攻撃力も0では発生するダメージも0。しかも魔法カード《一時休戦》の効果によってダメージがない以上、どちらにせよ意味はないがな」

 

 《一時休戦》のバリアにパンチやキックを繰り出す《剛鬼マンジロック》だが、やがて疲れたように息を切らせながら踵を返し、トラゴエディアの手にタッチをかけて墓地に帰って行く。

 

「だが墓地に送られた《剛鬼マンジロック》の効果により、デッキから自身以外の『剛鬼』カードをサーチ――オレは2枚目の魔法カード《剛鬼再戦》を手札に加える」

 

 そうして次のターンの布石を整えたトラゴエディア。だが、その瞬間、神崎の声が響いた。

 

「ではそのエンド時、速攻魔法《クリボーを呼ぶ笛》を発動します。効果によりデッキから《クリボー》を特殊召喚」

 

 笛の音と共に小さな手足を目一杯広げて、ファイティングポーズを取る《クリボー》。

 

 しかし、「剛鬼」たちの眼力に身体を震わせると、ササッと神崎の背後に隠れ、背中越しに剛鬼たちの様子を伺っていた。

 

《クリボー》

星1 闇属性 悪魔族

攻300 守200

 

「さらに速攻魔法《増殖》を発動。自身のフィールドの《クリボー》をリリースし、私のフィールドに可能な限り『クリボートークン』を守備表示で特殊召喚します」

 

 やがて発動されたカードによって神崎の背に隠れる《クリボー》が文字通り《増殖》――5体の『クリボートークン』となって剛鬼たちの様子を神崎の背中越しに伺う。

 

 数が増えたゆえか、背中からはみ出ている個体もいるが、本人は気付いていないようだ。

 

『クリボートークン』×5

星1 闇属性 悪魔族

攻300 守200

 

 剛鬼たちの「なんだアイツら……」な視線を余所に神崎はトラゴエディアのデッキを見定めていく。

 

――『剛鬼』……確か悪用されそうなサーチ能力に長けたテーマだったな……

 

「私のターン、ドロー。スタンバイフェイズを――」

 

「待って貰おうか――そのスタンバイフェイズに永続罠《デビリアン・ソング》を発動する。これでキサマのフィールドのモンスターのレベルは1つ下がる」

 

 だが神崎のフェイズ進行に割り込むように発動されたトラゴエディアのカード――永続罠《デビリアン・ソング》によって茶の長髪を揺らす黒く細い身体を持つドレスを纏った亡霊のあの世に引き込まれそうな歌声が響き渡る。

 

 その死の歌声に神崎の背後で身体を益々恐怖で震わせる『クリボートークン』たち。

 

 これにより彼らは星を奪われ、レベルが1つ下がるのだが『クリボートークン』の元々のレベルは1である為、これ以上レベルが下がることはない。

 

 何!? レベル1からレベルを1引けば、レベル0になるのではないのか!? なんてことはないのだ。

 

「では改めてスタンバイフェイズを終え、メインフェイズ1に」

 

――ああ、成程……此方モンスターのレベルに合わせて剛鬼をサーチし、《トラゴエディア》のコントロールを奪う効果に繋げるのか……

 

 改めてフェイズを進めた神崎はトラゴエディアのデッキの凡そを把握するが、どう動くか考えを巡らせていた。

 

――さて、守備力0のモンスターか……誘っているのか?

 

 そんな謎のDホイーラーみたいなことを考える神崎。

 

 剛鬼は守備力が0のモンスター群。普通に考えれば攻撃表示で呼び出されそうなものだが、トラゴエディアのフィールドの3体の剛鬼は全て守備表示――明らかに罠が見える。

 

 しかし神崎には罠であっても突き進まねばならない理由があった。

 

 それは「デュエリスト」として確かな己を手に入れる為。

 

――手札を補充するこの機会を見逃せば、『剛鬼』の展開力の前に押し切られかねない。なら選択肢は一つだ。

 

 などではなく。今の微妙な手札を改善しないと結構ピンチだからだ。

 

「フィールド魔法《心眼の祭殿》を発動し、さらに5体の『クリボートークン』を全て攻撃表示に」

 

 赤き杖を祭った神殿がそびえ立つ中、恐る恐る神崎の背中からフィールドに戻って行く『クリボートークン』。

 

 剛鬼たちの強面な視線に時折身体を震わせるが、視線を逸らしてくれた剛鬼たちの姿に安堵の息を漏らし、『クリボートークン』は短い手をボクサーの如く前に突き出しながら攻撃姿勢を取る。

 

『クリボートークン』

守200 → 攻300

 

「バトルフェイズへ――3体の『クリボートークン』で3体の剛鬼モンスターそれぞれに攻撃」

 

 やがて誰が剛鬼の元に飛び込んでいくのか押し付け合っていた『クリボートークン』の内の3体が覚悟を決めたように《剛鬼ヘッドバット》、《剛鬼ライジングスコーピオ》、《剛鬼ハッグベア》に向けて両腕をクルクル回しながら突っ込んでいく。

 

「その攻撃宣言時、私は手札から速攻魔法《相乗り》を発動。このターン、相手がドロー以外でデッキ・墓地からカードを手札に加える度に此方は1枚ドローする」

 

 剛鬼のサーチ効果を当てにしてドローを狙う神崎。

 

「ならばダメージ計算時、罠カード《アルケミー・サイクル》を発動だ! 自分フィールドの全ての表側表示モンスターの攻撃力は0となり、そのモンスターが破壊される度にオレはカードを1枚ドローする!!」

 

 しかしトラゴエディアもまた、手札増強の手段として神崎の攻撃を利用する。

 

 そうして力を失った守備表示の3体の剛鬼の腹筋に激突した3体の『クリボートークン』は回した腕でポカポカと叩いていく。だが剛鬼たちの腹筋はビクともしない。

 

《剛鬼ヘッドバット》

攻800 → 攻 0

 

《剛鬼ライジングスコーピオ》

攻2300 → 攻 0

 

《剛鬼ハッグベア》

攻2400 → 攻 0

 

 しかし、しばらくしてオーバーなリアクションと共に吹っ飛んでくれる3体の剛鬼――それは彼らのレスラーとしての本能ゆえなのか。

 

「オレのフィールドは空になったが、罠カード《アルケミー・サイクル》の効果で3枚のドローに加え、フィールドから墓地に送られた3体の『剛鬼』モンスターのそれぞれの効果で、デッキから『剛鬼』カードをサーチ!」

 

 そんな自発的に吹き飛んでくれた剛鬼たちはプレイヤーたるトラゴエディアの手札を潤していく。

 

「《剛鬼マンジロック》、《剛鬼スープレックス》、《剛鬼フェイスターン》の3枚を手札に!」

 

 やがて諸々の効果によってトラゴエディアの手札は3枚から一気に9枚にまで膨れ上がる。

 

「これで手札は潤沢だ」

 

「此方も発動した速攻魔法《相乗り》の効果で3枚ドロー」

 

 余程良いカードでも引いたのか、トラゴエディアは満足気だ。一方の神崎は相変わらずポーカーフェイスだと言わんばかりの笑み一択だが、内心は引いたカードに安心していたりする。

 

「4体目の『クリボートークン』で直接攻撃――発生する戦闘ダメージはフィールド魔法《心眼の祭殿》の効果により一律1000に」

 

 そして追撃として弾丸のような速度で腕をクルクル回しながら突撃する『クリボートークン』。

 

「グッ!」

 

 そのローリングパンチにポカポカと殴られたトラゴエディアのライフは思っていた以上にゴッソリ減る。一応闇のゲームである為、それなりに身体的ダメージを負った模様。

 

トラゴエディアLP:4000 → 3000

 

 そんな『クリボートークン』のパンチを受けたトラゴエディアは小さく笑い始める――殴られるのが好きとかではない。

 

「ククク……だが、オレが戦闘ダメージを受けたことで手札からこのカードを特殊召喚する!」

 

 そう、その『クリボートークン』の攻撃は世にも恐ろしいモンスターを呼び出す引き金となってしまったのだ。

 

 やがてトラゴエディア自身の身体から瘴気のようなものが漏れ始め――

 

「今こそ見せてやろう! オレの憎悪の象徴たる魔物(カー)の姿を!! 我が身に宿れ! 《トラゴエディア》!!」

 

 その瘴気は人間の形をしていたトラゴエディアを呑み込んでいき、その身に宿った魔物(カー)へと変貌を遂げる。

 

 それは憎悪と怒りに満ちた異形の様相を浮かべる蜘蛛の脚部を持つ悪魔――悲劇の魔物(カー)、《トラゴエディア》。

 

《トラゴエディア》

星10 闇属性 悪魔族

攻 ? 守 ?

 

「このオレ――《トラゴエディア》の攻撃力・守備力はオレの手札の枚数×600ポイントアップ!! 今の手札は8枚! よってそのパワーは4800!!」

 

 魔物(カー)の姿と変わった際に宙に浮かんだ自身の手札を示す様にそう声を張るトラゴエディア。

 

 その身体から発せられる闇のオーラは毒々しく禍々しい。

 

《トラゴエディア》

攻 ? 守 ?

攻4800 守4800

 

 そんなデュエリストとモンスターが文字通りフュージョンし、恐ろしい姿へと変貌を遂げた光景に攻撃権利の残った最後の『クリボートークン』が目に涙を浮かべながら神崎を振り返る。

 

 まさか攻撃指示がでるのではないのかと――ちなみに残りの一仕事終えた4体の『クリボートークン』は神崎の背中に隠れていた。

 

「バトルフェイズを終了し、メインフェイズ2へ――カードを3枚セットしてターンエンドです」

 

 ターンを終えた神崎の姿に安堵の息を漏らす『クリボートークン』。だが甘い。

 

「そのエンド時に永続魔法《エクトプラズマー》の効果でキサマは自身のモンスター1体をリリースしなければならない――とはいえ、どれを選んでも変わらんがな」

 

「ええ、そうですね――『クリボートークン』の1体をリリースし、その元々の攻撃力の半分である150ポイントのダメージを貴方に与えます」

 

 安心したのも束の間、その1体の『クリボートークン』に告げられた宣言に、『クリボートークン』は「こなくそー」と言わんばかりにクリクリ言いながら、トラゴエディアに向けて突撃し、爆散。

 

 そして空のお星さまとなった。残った4体の『クリボートークン』が仲間の奮闘に敬礼を向ける。

 

トラゴエディアLP:3000 → 2850

 

「ふっ、この程度では羽虫も殺せんぞ」

 

 だが与えたダメージはたった150。トラゴエディアが『クリボートークン』がぶつかった個所をポリポリとかいて見せるように、さしてダメージは受けていない。

 

 

 トラゴエディアが発動した永続魔法《エクトプラズマー》の存在から互いのデッキ内のカードの素のステータスによる差が出始めていた。

 

 






トラゴエディアのデッキは――

「トラゴう鬼(剛鬼)」――「『剛鬼』に《トラゴエディア》が出張しただけじゃん」などと言ってはならない(; ̄3 ̄)~♪

サーチに長けた「剛鬼」で相手フィールドのモンスターと同じレベルの剛鬼をサーチして《トラゴエディア》のコントロール奪取効果を活用だ!(ランクとリンク? 知らん)

「剛鬼」の手札補充能力は《トラゴエディア》のステータスアップにも貢献するぞ!
(ぶっちゃけ「剛鬼」主軸でエクストラを活用して戦った方が強いけどな!!)

剛鬼は1~12の全レベル体を網羅してくれる! ――そう思っていた時期もありました。
(そうすれば永続罠《デビリアン・ソング》のお世話になることもなかったのに……)

いや、まだ遅くない! レベル12のゴッド剛鬼の可能性はある!!(と良いな!)

剛鬼サーチ効果に対し、「魔妖」風に「剛鬼しかエクストラから特殊召喚できない」とか
「剛鬼カードの効果しか発動できない」とか付ければワンチャンある!(と良いな!)

まだ希望は残されている!!(と良いな!)

なお使い手のGO鬼塚の現在は…………(´;ω;`)ブワッ
カリスマデュエリストだった頃のお前はもっと輝いていたぞ!(チーム満足感)




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第147話 揺るがぬゆるさ



前回のあらすじ
青コーナーのチャレンジャー、『クリボー』!

迎え撃つ、赤コーナーのチャンプは『剛鬼』!

……絵面が完全な弱い者いじめだわ!(´;ω;`)ブワッ




 

 

 神崎がターンを終えたことを見届けたトラゴエディアは本当の攻撃を見せてやるとばかりに異形となった腕でカードを引き抜く。

 

「さて、オレのターンだ。ドロー!! メインフェイズ1の開始時に2枚目の魔法カード《強欲で金満な壺》を発動する――オレはエクストラデッキの6枚のカードをランダムに除外し、デッキから2枚のカードをドロー!」

 

 先のターンの焼き増しとばかりに現れる《強欲で金満な壺》は、やはりいつもの流れと言わんばかりに爆散し、トラゴエディアの元に2枚のカードをもたらす。

 

「オレは《剛鬼スープレックス》を通常召喚! そして召喚時効果発動!」

 

 そしてトラゴエディアが増援として放つは青いアーマーに身を纏った白髪の髪を揺らすレスラー《剛鬼スープレックス》。

 

 その両の手の鍵爪を竜の顎のように構える姿は、腰から伸びる竜の尾の存在も相まってまさにドラゴン――というには若干、無理があるか。

 

《剛鬼スープレックス》

星4 地属性 戦士族

攻1800 守 0

 

「《剛鬼スープレックス》は召喚時、手札から『剛鬼』モンスター1体を特殊召喚することができる! 来い! 《剛鬼ツイストコブラ》!」

 

 やがてそんな竜の構えを見せる《剛鬼スープレックス》の隣にヌルリと降り立つのは緑の蛇を思わせるアーマーを身に纏ったレスラー《剛鬼ツイストコブラ》。

 

 もみあげからと腰から2本ずつ伸びる蛇の頭のような意匠が獲物を探るように動き、さらに臀部から伸びる蛇の尻尾がピシャンと地面に打ち付けられた。

 

《剛鬼ツイストコブラ》

星3 地属性 戦士族

攻1600 守 0

 

「2枚目の魔法カード《剛鬼再戦》を発動! 再び甦れ、レベル1《剛鬼マンジロック》! レベル2《剛鬼ヘッドバット》!!」

 

 続いて前のターンと同じ面々がフィールドに腕を交差しながら降り立ち、タコの被り物と紫のアーマーを纏ったレスラーが並び立つ。

 

《剛鬼ヘッドバット》

星2 地属性 戦士族

攻 800 守 0

 

《剛鬼マンジロック》

星1 地属性 戦士族

攻 0 守 0

 

「さらに魔法カード《剛鬼フェイスターン》を発動! オレのフィールドの『剛鬼』カード1枚を破壊し、墓地の『剛鬼』モンスター1体を蘇生!」

 

 そして《剛鬼マンジロック》がタコの衣装を脱ぎ去り、天へと跳躍する。

 

「そのカードにチェーンし、2枚目の速攻魔法《相乗り》を発動。効果の説明は不要ですね?」

 

「ふっ、構わんさ――魔法カード《剛鬼フェイスターン》の効果により《剛鬼マンジロック》を破壊し、墓地の《剛鬼ハッグベア》が復活!!」

 

 やがて神崎の発動したカードなど気にもせずに降り立ったのはクマの毛皮を纏った大柄なレスラー《剛鬼ハッグベア》が今度こそは暴れてやるとばかりに両の手を広げ天に向けて雄叫びを放つ。

 

《剛鬼ハッグベア》

星6 地属性 戦士族

攻2400 守 0

 

「そして《剛鬼マンジロック》が墓地に送られたことで自身以外の剛鬼カード――フィールド魔法《剛鬼死闘(デスマッチ)》を手札に!!」

 

「速攻魔法《相乗り》の効果でドロー」

 

「さらに召喚または『剛鬼』カードの効果で特殊召喚された《剛鬼ハッグベア》はその瞬間、相手フィールドのモンスター1体の攻撃力をターンの終わりまで半分にする! 『クリボートークン』1体の攻撃力を半減!」

 

 互いに手札を補充する中で放たれる《剛鬼ハッグベア》の獣の如き咆哮が『クリボートークン』の1体を狙い撃つ。

 

 その咆哮により身体を恐怖におののく『クリボートークン』の身体は増々震え、既に涙目である――頑張れ。

 

『クリボートークン』の1体

攻300 → 攻撃150

 

「此処でフィールド魔法《剛鬼死闘(デスマッチ)》を発動! 新たなフィールド魔法が発動されたことでキサマが発動したフィールド魔法《心眼の祭殿》は破壊される!」

 

 だがトラゴエディアの攻めの手は止まらない。フィールドの《心眼の祭殿》を押しのけ、四方を金網に塞がれたリングが2人のデュエリストを迎え入れるように現れた。

 

「フィールド魔法《剛鬼死闘(デスマッチ)》の発動時にこのカードにカウンターを3つ置く!」

 

 自分たちのホームだと拳を突き上げる剛鬼たちを余所に、不安げに周囲をキョロキョロと見回す『クリボートークン』。

 

 そんな金網リングの天井には3つの赤いランプが灯っていた。

 

カウンター:0 → 3

 

 

「バトルといこう。今のオレの手札は7枚――よってオレ自身、《トラゴエディア》の攻撃力は4200となる。これで弱体化した『クリボートークン』を攻撃すれば終局だ」

 

 やがてショータイムだとばかりにバトルフェイズへ移行し、特設リングからゴングが鳴るが肝心のトラゴエディアは退屈そうにそう零す。

 

「詰まらん余興だったな……まぁ、いい。次に期待するとしよう」

 

 そうして腕の一本を『クリボートークン』に向けて振り上げるトラゴエディア。

 

 やがて眼前のガクガクと膝を震わせている『クリボートークン』にトラゴエディアの腕が振り下ろされた。

 

 

「速攻魔法《クリボーを呼ぶ笛》を発動。その効果により今度は《ハネクリボー》を特殊召喚」

 

 だがそんな震える『クリボートークン』を白馬に乗った王子様よろしく抱えて宙を飛ぶ《ハネクリボー》。

 

 何処からともなく現れたその姿に、振り下ろされたトラゴエディアの腕の一本は地面を砕くに終わる。

 

《ハネクリボー》

星1 光属性 天使族

攻300 守200

 

「このタイミングでそのカードをオレの前に呼ぶとは……最後の挑発のつもりか?」

 

 しかしトラゴエディアの言う様に。攻撃対象を選び直すだけでは結局は弱体化した『クリボートークン』を再度攻撃されるだけであり、敗北は変わらない。

 

 ゆえにトラゴエディアの心臓を奪い封印した《ハネクリボー》を見せつける為に呼び出したのかと忌々し気に神崎を見やるトラゴエディア。

 

 だが神崎にそんな意図はない。

 

「いえ、必要だからです――速攻魔法《進化する翼》を発動」

 

 ただのデュエルの流れの一環である。

 

「自身のフィールドの《ハネクリボー》と手札の2枚を墓地に送り、デッキから《ハネクリボー LV(レベル)10》を特殊召喚します」

 

 やがて光り輝く《ハネクリボー》の全身から光が晴れた先には、白き巨大な翼を羽ばたかせる黄金の竜の手足にガッチリとホールドされた《ハネクリボー》の姿が。

 

 これぞ《ハネクリボー》が進化した姿――《ハネクリボー LV(レベル)10》。

 

 永続罠《デビリアン・ソング》の効果でレベルが1つ下がっていてもレベル10なのだ。

 

《ハネクリボー LV(レベル)10》

星10 → 星9

光属性 天使族

攻300 守200

 

 攻撃力・守備力は変わらないものの、その内包する力は『クリボートークン』たちが目を輝かせる程に別次元。

 

「《ハネクリボー LV(レベル)10》の効果を発動。相手のバトルフェイズに自身をリリースすることで相手フィールドの攻撃表示モンスターを全て破壊」

 

 白き巨大な翼を広げ、エネルギーを解き放つ《ハネクリボー LV(レベル)10》の極光は《トラゴエディア》だけでなく、3体の攻撃表示の剛鬼たちにも降り注ぐ。

 

「そして破壊されたモンスターの元々の攻撃力の合計のダメージを与えます」

 

「なにっ!?」

 

 今のトラゴエディアの残りライフは2850――このままでは考えるまでもなくライフが消し飛ぶ。

 

 そんな極光を受けて膝を突く剛鬼たちと、その巨体から煙を出しながら苦し気な表情を見せるトラゴエディア。

 

「攻撃力の合計は――」

 

「させん! オレにダメージを与える効果が発動したとき、手札の《剛鬼マンジロック》を捨てることで、その効果で受けるダメージを半減する!」

 

 しかしその極光の中で力を振り絞るようにカードを切るトラゴエディアの声に従い、手札から青いタコの被りものをした《剛鬼マンジロック》が両手を広げ、その身を賭してダメージを軽減する。

 

 トラゴエディアはまだ止まらない。

 

「さらにチェーンして《剛鬼ツイストコブラ》の効果を発動! フィールドの剛鬼モンスターをリリースし、フィールドの剛鬼モンスターの攻撃力をその数値分アップ!」

 

 《剛鬼ツイストコブラ》の腰にゆれる2つの蛇の頭が味方の2体の剛鬼にそれぞれ伸びていく。

 

「オレは《剛鬼ハッグベア》をリリースし、《剛鬼スープレックス》の攻撃力をアップだ!!」

 

 やがて《剛鬼ハッグベア》のクマの毛皮に噛みついた蛇の頭が、《剛鬼スープレックス》の鍵爪の付いた腕に巻き付いた蛇の頭へと力を流していく。

 

《剛鬼スープレックス》

攻1800 → 攻3200

 

「まだだ! さらにチェーンして速攻魔法《禁じられた聖衣》を我が身たる《トラゴエディア》を対象に発動! このターン、攻撃力を600下げる代わりにカード効果で破壊されなくなる!!」

 

 さらにトラゴエディア自身を守るように白いオーラが立ち込めた。

 

《トラゴエディア》

攻4200 守4200

攻3000 守3000

攻2400

 

 そのトラゴエディアの最後の動きを合図としたかのように、チェーンの逆順処理が成され――

 

「ではチェーンの逆順処理により《ハネクリボー LV(レベル)10》の効果が最後に適用され――」

 

 最後に発動されるのは《ハネクリボー LV(レベル)10》がその身を捧げた全エネルギーがトラゴエディアを仕留めんと眩い輝きを放った。

 

「2体のモンスターを破壊し、その『元々』の攻撃力の合計3400ポイントのダメージの半分である1700ポイントのダメージを受けて貰います」

 

 その一撃を受け、文字通り光となって消し飛ぶ《剛鬼スープレックス》と《剛鬼ツイストコブラ》の元々の力の分だけ発生した余波がトラゴエディアを切り裂いていく。

 

「ガァアアアアァアアアアッ!!」

 

トラゴエディアLP:2850 → 1150

 

 苦悶の声を上げて、膝を突くトラゴエディア。己が身は《禁じられた聖衣》によって破壊されなかったとしても、《ハネクリボー》の持つ「邪を祓う力」は確実にトラゴエディアの身を削っている。

 

「だが……墓地に送られた3体の剛鬼の効果によって自身以外の剛鬼カードをそれぞれサーチ……だ」

 

 だとしても――いや、だからこそトラゴエディアは楽し気に裂けたような笑みを浮かべる――やっと面白くなってきたと。

 

「デッキから《剛鬼マンジロック》、《剛鬼スープレックス》、《剛鬼フェイスターン》の3枚を手札に……」

 

「では此方も速攻魔法《相乗り》の効果で3枚ドローさせて頂きます」

 

 トラゴエディアの手札補充に便乗しっぱなしの神崎を余所に、トラゴエディアは小さく笑い声を上げ始める。

 

「ククク……やってくれたな。だが今のオレの手札は8枚だ。よって《トラゴエディア》の攻撃力は――」

 

 《ハネクリボー LV(レベル)10》の一撃を防ぐ為に消費された筈のトラゴエディアの手札も剛鬼たちの効果により補充され、その闇の力に陰りはない。

 

 いや、むしろ僅かだが増している。

 

《トラゴエディア》

攻2400 守3000

攻4200 守4800

 

「モンスターの数こそ減ったが、キサマに止めを刺すには十分だ! 次はどう止める!」

 

 そう試すような物言いでトラゴエディアは、大口を開きながら灼熱の炎を口元に零れさせ――

 

「オレの憎悪の化身たる魔物(カー)の! オレ自身の復讐の念をその身で受けてみるがいい!! 今度こそ弱体化した『クリボートークン』諸共、キサマを叩き潰してやろう!!」

 

 やがて放たれた灼熱の息吹が弱体化した『クリボートークン』と神崎を襲う。

 

 その灼熱の息吹の熱さに転げまわる『クリボートークン』。

 

 だが神崎の方は――

 

「ダメージ計算時、手札の《クリボー》を捨てることで、この戦闘で発生するダメージを0に」

 

 2体目の《クリボー》の力によって守られていた。

 

 メラメラと身体を炎で燃やす『クリボートークン』の恨めし気な視線が神崎を射抜く。だがしばらくして仕事を終えた《クリボー》に肩をポンと叩かれ、大人しくフィールドから消えていった。

 

「ほう……これも防いだか。ならバトルを終え、魔法カード《蛮族の狂宴LV(レベル)5》を発動! 俺の墓地のレベル5の戦士族モンスターを2体まで特殊召喚だ! 来い、2体の《剛鬼ライジングスコーピオ》!」

 

 そしてトラゴエディア以外いなくなったフィールドにピッタリと揃った動きで現れるのはサソリアーマーでお馴染みの《剛鬼ライジングスコーピオ》が2体。

 

 やがてトラゴエディアを中央に沿え、鏡合わせのように作る力こぶは逞しい。

 

《剛鬼ライジングスコーピオ》×2

星5 地属性 戦士族

攻2300 守 0

 

「エンド時に永続魔法《エクトプラズマー》の効果でオレのフィールドの《剛鬼ライジングスコーピオ》をリリースし、元々の攻撃力の半分のダメージをキサマに与える!」

 

 そしてそんな《剛鬼ライジングスコーピオ》の1体がもう1体へとアイコンタクトを送った後、コクリと頷いて神崎に突撃のドロップキック。

 

神崎LP:4000 → 2850

 

「ぐっ……!?」

 

――結構効くな……

 

 そのドロップキックから発生した闇のデュエル特有のリアルダメージの思わぬ量に内と外で声を漏らす神崎。

 

「フフフ、良い顔だ」

 

 そんな神崎の反応に愉快気に笑うトラゴエディア――リアクションの少ない神崎の反応が見れて満足気だ。

 

「さらに墓地に送られた《剛鬼ライジングスコーピオ》の効果により、デッキから自身以外の『剛鬼』カードをサーチする。オレは3枚目の魔法カード《剛鬼再戦》を手札に」

 

「速攻魔法《相乗り》の効果でドロー」

 

 相手の手札補充に合わせてカードを引く神崎の手札はかなり補充されているが。対するトラゴエディアは気にした様子もない。

 

 トラゴエディアにとって何処までいっても「退屈しのぎ」でしかない為、神崎のような恐怖心とは無縁ゆえの余裕だった。

 

「エンド時に手札が6枚以上あるが、永続魔法《無限の手札》の効果により互いに手札制限はない。ターンエンド――エンド時に《禁じられた聖衣》の効果も消える」

 

 やがてトラゴエディアを守っていた白いオーラが立ち消え、代わりに邪悪なるオーラがその異形の悪魔となっているトラゴエディアを毒々しく輝かせる。

 

《トラゴエディア》

攻4200 守4800

攻4800 守4800

 

 しかしそのトラゴエディアの身体には先程の《ハネクリボー LV 10》のダメージが傷跡として残っていた。

 

「フフ……まさかソイツ(ハネクリボー)に再び苦汁を飲まされるとはな……おもしろい! おもしろいぞ! さぁ、次はどう動く!!」

 

 だがそんな己の天敵による致命的なダメージも今のトラゴエディアにとっては己の退屈を紛らわせるアクセントでしかない。

 

 自身の命すら退屈しのぎの為のおもちゃでしかないトラゴエディアの在り方はひたすらに破滅的だった。

 

 

「……私のターン、ドロー。スタンバイフェイズを終え、メインフェイズ1に」

 

 そしてそんなトラゴエディアの考えは神崎とは相いれない。

 

 先のターンの永続魔法《エクトプラズマー》のダメージを受けて、身体の調子を確かめるように動かす神崎は大幅に増えた手札の中から3枚を扇のように広げ、発動させる。

 

「魔法カード《ワンチャン!?》を発動。自身のフィールドにレベル1モンスターが存在する場合、デッキからレベル1モンスターを手札に」

 

 1枚目のカードの効果により子犬の鳴き声が響く――その声に周囲をキョロキョロし始める『クリボートークン』。

 

「チェーンして速攻魔法《月の書》を発動。《剛鬼ライジングスコーピオ》を裏守備表示に」

 

 次の2枚目のカードによって空から月のマークが浮かぶ青い書物が《剛鬼ライジングスコーピオ》の元に舞い降りる。

 

「チェーンが発生したことで手札の《ハネクリボー LV(レベル)9》の効果を発動――チェーンの逆順処理へ移行。まず《ハネクリボー LV(レベル)9》の効果により、自身を特殊召喚」

 

 そして3枚目のカードによって再び現れた《ハネクリボー》が跳躍すると共に何処からともなく赤いアーマーが《ハネクリボー》の元に集う――そう、合体シークエンスである。

 

 やがて一本角が雄々しい深紅の兜が装着され、背中を覆うように鎧がドッキングし、そこから巨大化した《ハネクリボー》の翼が広がる。

 

 さらに赤い籠手――というよりサブアームが小さな手に装着され、獣の如き爪が振るわれた。

 

《ハネクリボー LV(レベル)9》

星9 → 星8

光属性 天使族

攻 ? 守 ?

 

 まさに獣の如き力を得た《ハネクリボー》こと、《ハネクリボー LV(レベル)9》――永続罠《デビリアン・ソング》でレベルが下がっても気にならない。

 

「チェーンの逆順処理により《剛鬼ライジングスコーピオ》は裏守備表示になり、デッキからレベル1の《金華猫》を手札に」

 

 そしてチェーンの逆順処理が進み、《月の書》を枕にゴロリと寝転がって裏側守備表示となる《剛鬼ライジングスコーピオ》。シエスタ(昼寝)の時間である。

 

 最後に子犬の声の先から神崎の手札に飛び込んだのは白い子猫――どこから声を出していたんだ。

 

「そして《ハネクリボー LV(レベル)9》の攻守は相手墓地の魔法カードの数×500ポイント――よって、攻守は5000」

 

 そんなことはさておきとばかりに宣言した神崎の声にやる気を漲らせ、天に爪を掲げる《ハネクリボー LV(レベル)9》。

 

 トラゴエディアが大量に発動した10枚分の魔法カードが《ハネクリボー LV(レベル)9》の力となる。

 

《ハネクリボー LV(レベル)9》

攻 ? 守 ?

攻5000 守5000

 

「とはいえ、このカードが表側でフィールドに存在する限り、互いの魔法カードは墓地には送られることなく除外されるので、これ以上ステータスが上がることはありません」

 

「ふっ、よく言う――攻撃力5000もあれば十分だろうに」

 

 神崎の事務的な説明にトラゴエディアは皮肉気にニヤリと笑みを浮かべる。

 

 トラゴエディアの現在の攻撃力は4800。僅かばかりではあるが越えているのだ――あまり意味のない過程だろうと。

 

「どうでしょうね。バトルフェイズへ――《ハネクリボー LV(レベル)9》で《トラゴエディア》を攻撃」

 

 そうとぼけるように返しつつ零した神崎の攻撃宣言に《ハネクリボー LV(レベル)9》は籠手から伸びる爪で地面を削りながらトラゴエディアに迫る。

 

 トラゴエディアもただではやられまいと無数の蜘蛛の如き手足を振るが、《ハネクリボー LV(レベル)9》を覆う赤い兜と鎧に弾かれ、振り切られた爪にその身を切り裂かれた。

 

「グッ、またしても……!!」

 

 その斬撃により魔物(カー)としての姿が、まるで外装が剥がれるように霧散し、人の姿に戻ったトラゴエディアの足が地面を削る。

 

トラゴエディアLP:1150 → 950

 

 自身の現身たる魔物(カー)を消し飛ばされつつも苦悶の表情を見せ、楽し気に笑うトラゴエディア。

 

「2体の《クリボートークン》で守備表示の剛鬼2体を攻撃」

 

 だが神崎は気にした様子もなく攻撃を続行。

 

 2体の『クリボートークン』の頭突きが《剛鬼ヘッドバット》と《剛鬼ライジングスコーピオ》を襲った。

 

 頭の痛みにうずくまりながら消えていく2体の剛鬼と完全に目を回している2体の『クリボートークン』の姿が何処か緊迫感がないのは気のせいではあるまい。

 

「だが墓地に送られた《剛鬼ヘッドバット》と《剛鬼ライジングスコーピオ》の効果でデッキから剛鬼カード――《剛鬼ハッグベア》と《剛鬼ヘッドバット》をサーチ!」

 

 しかしタダでは終わらないと、剛鬼カードの効果で手札を絶やさないトラゴエディア。とはいえ、今やそのフィールドはガラ空きだ。

 

「では最後の『クリボートークン』で直接攻撃させて頂きます」

 

 そんなつゆ払いの済んだヴィクトリーロードを神崎の声に従い、ピューと飛んでいく『クリボートークン』はやがてトラゴエディアと曲がり角でぶつかる二人のように何処かラブコメチックに激突した。

 

「チィッ!!」

 

トラゴエディアLP:950 → 650

 

 ぶつかった際の衝撃で神崎のフィールドにバウンドしながら転がる『クリボートークン』を余所に発生した小さなダメージに舌を打つトラゴエディア。

 

 いくら享楽を求めるトラゴエディアも、かつて自身の心臓を封印した《ハネクリボー》の姿に似た『クリボートークン』には煮え切らぬ感情が眠っているようだ。

 

「随分と好き勝手やってくれたな……」

 

 というよりも、このデュエル中、相手の神崎が殆ど「クリボー」ばかり繰り出している状況にさすがに苛立ちを覚えてきたというべきか。

 

 どうみても煽っているようにしか見えない――ただ神崎には「勝ち負けが関係ないのなら、自分の好きなデッキを使おう」程度の浅い考えしかないが。

 

 

 ただ彼のデッキに眠る《ハネクリボー》たちがそう思っているかは定かではない。

 

「速攻魔法《クリボーを呼ぶ笛》を発動します――デッキから《ハネクリボー》を特殊召喚」

 

 そんな思いがあったのかは分からないが、金網リングの鉄柱に小さな手を掲げて立つのはレベル9でもレベル10でもない通常状態の《ハネクリボー》。

 

 その小さな羽を広げ、眼下を威圧するかのように「クリー」と叫ぶ。今デュエルで2度目の降臨だ。

 

《ハネクリボー》

星1 光属性 天使族

攻300 守200

 

「追撃にソイツを選ぶとはな……忌々しい魔物(カー)だ! だが、その攻撃力では永続魔法《エクトプラズマー》のダメージと合計しても、オレの残りライフを削り切れまい」

 

 追撃に、と現れたかつて自身の心臓を封じたモンスターと同じカード《ハネクリボー》に憎悪の籠った視線を向けるトラゴエディアの言う様に《ハネクリボー》の攻撃力は僅か300。

 

 永続魔法《エクトプラズマー》で現在の攻撃力が5000の《ハネクリボー LV(レベル)9》を射出しても、攻撃力分のダメージは墓地の数値を参照する為、元々が「?」の《ハネクリボー LV(レベル)9》では与えるダメージは「0」だ。

 

 ゆえにダメージを与えられるのは300の攻撃力を持つクリボーたちだけ――その半分の150が精々である。

 

 それではトラゴエディアの残りライフが650と僅かであっても削り切れない。そして――

 

――手札には《剛鬼マンジロック》もいる。多少攻撃力が上がろうが問題など――

 

 トラゴエディアの胸中の声が示すように手札には戦闘・効果ダメージを1度だけ半減させる効果を持つ《剛鬼マンジロック》がいる。

 

「《ハネクリボー》で直接攻撃」

 

 しかし、そう考えるトラゴエディアに対し、神崎の攻撃宣言を受けた《ハネクリボー》は鉄柱の上で左右のお手々を見せつけるように掲げる。

 

 そう、これは「二刀流」! これにより《ハネクリボー》本来の攻撃力300にプラス300を加え、600になる――気がする。

 

 

 そんな《ハネクリボー》の唐突な仕草を前にしてもトラゴエディアの余裕は揺るがない。

 

「ダメージ計算時、速攻魔法《バーサーカークラッシュ》を発動。自身の墓地のモンスターを除外し、ターンの終わりまで自身の《ハネクリボー》1体の攻守を写し取ります」

 

 余裕があるトラゴエディアは神崎が発動させたカードにも動じない。何故なら神崎の使用したカードは――

 

「ハッ、だがキサマの墓地のモンスターはどれもステータスの低いものばかり――ッ!?」

 

 だが、その余裕ゆえにトラゴエディアは《ハネクリボー》が羽をパタパタさせながら、いつもの2倍の跳躍をしている姿を見て、ハッと気付く。

 

 このデュエル中、トラゴエディアが神崎のカードを把握できない時があったと。

 

「まさか最初のターンに!?」

 

「墓地の《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》を除外し、攻守をコピー」

 

 そのトラゴエディアの言葉を肯定するようにデュエルを続ける神崎。

 

 いつもより2倍の高さに飛び立った《ハネクリボー》がさらに普段の2.5倍の回転を自身の身体にかけ、限界を超えた《ハネクリボー》の姿が真っ赤に燃える。

 

 

 今や、《ハネクリボー》の攻撃力は伝説の白き竜にすら届きうる力。

 

《ハネクリボー》

攻 300 守 200

攻3000 守2500

 

 

 その攻撃力の前では《剛鬼マンジロック》の効果で戦闘ダメージを半減しても防ぎきれない。

 

「グッ……何処までもその魔物(カー)でオレを仕留めたいよ――」

 

 炎の矢となった《ハネクリボー》の小さな左右のお手々が眼前に迫る中、トラゴエディアがこのデュエルでの神崎の目的を察する――今度こそ確実にトラゴエディアを消し去るべく《ハネクリボー》を繰り出したのだと。

 

 

 

 だが、既に遅い――――というか、そんな目的はない。

 

「――ォオオオオァアアアアアア!!」

 

 トラゴエディアの闇の力によって辛うじて顕在できていた仮の身体が《ハネクリボー》の一撃により大穴が開き、その身体を溶岩の悪魔の炎が包んだ。

 

トラゴエディアLP:650 → 0

 

 

 

 

 

 闇のデュエルが終わり、敗者であるトラゴエディアはその身に受けた甚大なダメージに膝を突く。

 

「グッ……此処までか……」

 

 やがて限界を知らせるように煙を出す身体で倒れたトラゴエディアだったが、楽し気に神崎に視線を向けた。

 

「ククッ……だが中々楽しかったぞ……」

 

「困りましたね……まさか私の持つ《ハネクリボー》でこのような状態になるとは想定外でした」

 

 自身の死を前にしてもそう享楽に身を捧げるトラゴエディアの姿を余所に神崎は想定外の事態に考え込む仕草を見せる。

 

 古代エジプトの神官たちですら辛うじて石板に封印するのがやっとだったトラゴエディア。

 

 そんなトラゴエディアに漫画版GXにて引導を渡したのは「マアトの羽」の力を託された《光と闇の竜(ライトアンドダークネス・ドラゴン)》と《ハネクリボー》の力を合わせたモンスターである《マアト》の一撃。

 

 そのクラスの一撃でなければトラゴエディアの怨念を打ち破ることは出来ない――何度も言うが、そこいらの精霊やデュエリスト、サイコパワーで対処できるものではないのだ。

 

 そして神崎の持つ精霊も宿っていない普通のカードである《ハネクリボー》にそんな力など宿ってはいない筈だった――ゆえに余計に訝しむように考え込む。

 

 この事態を引き起こした原因が今の神崎には分からない。

 

「フッ、世界などそんなものだ――全くもってままならん」

 

 しかしそんな満足気なトラゴエディアの言葉が神崎の思考を絶つ。

 

 そう、トラゴエディアは不満がゼロな訳ではないが、ある程度は満足していた。

 

 このままではその存在は保てずに消えるだけだが、もう一度、封印されて狂いそうになる程の退屈な日々を過ごすことに比べればまだマシだと。

 

 最後に多少の不満があれど、正義だなんだと喚くような相手とは真逆な、それなりに面白い相手ともデュエルできた――その事実もトラゴエディアの最後を彩る花となる。

 

 

 しかしそんなトラゴエディアに影がかかる。

 

「満足そうなところ申し訳ないですが、今から貴方をソコ(消滅)から引き上げます。ただ確実に出来る保証はないので、最初に遺言を――なにか言い残すことはありませんか?」

 

「フフッ、なんだそれは……仮にオレが世界の破壊を願ったらどうするつもりだ?」

 

 その影の正体である神崎の影から伸びる冥界の王の力がトゴエディアの身体に空いた風穴の心臓からチラと覗く車輪のような文様が刻まれた14面体の物体に接続されるのを余所にトラゴエディアはおどけるように返すが――

 

 

「貴方が復讐以外を願うのですか?」

 

 

「ククク……フハハハハハハハッ! そうだな! 全くその通りだ! 奴らを、アクナディンを地獄に落とす以外は願わんな!」

 

 神崎の返答に満足そうに笑う。しかし――

 

「だがそれは『オレ』の復讐だ――キサマに丸投げするものではない」

 

 トラゴエディアは「見くびるな」と神崎を睨んで見せる。復讐は己が手で下してこそなのだと。

 

「そうですか……ではどうしますか? あまり時間は残されてはいません」

 

「ああ、そうだったな。遺言か……ならキサマに最後の言葉でも残してやろう」

 

「構いませんよ。あまり無茶を言われると困りますが」

 

「フフフ……なぁに、そんな大したものではない。ただの問いかけに過ぎんさ」

 

 そして変わらぬ神崎の対応にトラゴエディアは悪戯を思いついた子供――にしては邪悪に笑いながら最後に告げる。

 

 

 

 

 

 

「――人間のフリは楽しいか?」

 

 

 

 

 

 そう告げたトラゴエディアは愉快そうに神崎の反応を眺めるが、神崎は何時もの笑みで表情を隠して返す。

 

 

「変わった遺言ですね」

 

 

 そして闇が全てを呑み込んだ。

 

 

 

 






トラゴエディアの心臓に仕込んだものはなーんだ♪(顔芸)






~お知らせ~

今作の更新をお休みさせて頂く旨を此処にお伝えしたいと思います。
詳しい経緯は活動報告の方に記しておきました。
このような結果となってしまい申し訳ないです。

今まで応援、本当にありがとうございました<(_ _)> ペコリ



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第148話 表があるから裏がある


ヒャッハー! 更新再開だァ!!(チーム満足感)



前回のあらすじ
トラゴエディア「ククク……人間のフリは楽し――」

ハネクリボー「クリリッ!(殴打)」

冥界の王「最後まで言わせて上げて!?」




 

 

 闇だけが蠢く世界にて一人佇む神崎が突き出した右手の上に一枚のカードが浮かんでいた。

 

 

 そんな中、そのカードに記された諸々を確認している神崎の影が伸びる――そう、いつものように冥界の王がにゅっと現れ、嘲笑するような声を漏らす。

 

『ククク……何とも滑稽な最後であったな――貴様が「人間のフリ」などと』

 

 トラゴエディアの最後は冥界の王からすれば失笑ものだった。

 

 終始自身を封じた存在と関連のあるカード『クリボー』たちに翻弄され――ているように傍から見え――さらには最後に頓珍漢なことを言い残す始末。

 

 最近からとはいえ、神崎の行動を見てきた冥界の王からすれば、その行動に「人間のフリ」など介在しないことなど自明の理。

 

 ゆえにそんなことにすら気付かなかったトラゴエディアの最後を「まるで道化であった」と冥界の王はクツクツと嗤う。

 

 

 

 だがそんな冥界の王を余所に神崎は考え込むように手の中に浮かぶカードを見やる。

 

――何処まで知られた?

 

 その声には出なかった思考に被せるように冥界の王は影を伸ばし、上から神崎を覗き込みつつ零した。

 

『これで貴様はまた一つ力を得た訳だ』

 

――デュエルの中で相手を知る……か。実際当事者になれば中々に不気味で厄介だ。

 

 しかし当の神崎は考えを巡らせるのに忙しいのか、冥界の王の話をあまり聞いていなかった――ドンマイ。

 

『……どうした神崎?』

 

 さすがに何の反応もない神崎の姿に「あれ、これひょっとして聞いてなくね?」と気付いた冥界の王の怪訝な声に顔を上げた神崎は何時ものように悩んでいる素振りなど見せず対応する。

 

「トラゴエディアのカード化は問題ないようですね」

 

 その神崎の言葉が示すように右手に浮かんでいたのは《トラゴエディア》のカード。

 

 肉体の崩壊が始まっていたトラゴエディア自身を強制的にカードに封印することで、その命を保つ神崎の一手は一応の成功を見せていた。

 

 そうして、やっと反応を見せた神崎の姿に冥界の王は探るように語るが――

 

『核となる存在を外付けし、石板そのものをカードとして収束させ、強引にヤツの命を留めて何をするつもりだ? そもそも、ソイツは今どうなっている?』

 

「現状は休眠状態――いや、植物状態に近いものです。意識が戻るかどうかは彼次第です」

 

 特に隠す気もない神崎は封印されたトラゴエディアの状態を説明する。

 

 早い話が、トラゴエディアが過去に石板に封じられた時の状況を強引に再現した感じだ。今回は石板ではなくカードだが。

 

『貴様がヤツの意識を戻す為に動く気はないということか』

 

「私にとってどちらでも構いませんから」

 

『仮に復活しようとも外付けした核が……か、相変わらずだな』

 

 しかし、その神崎の行為に「トラゴエディアの為に」などといった意図は一切介在しないことが垣間見える為、冥界の王は思わず深く息を吐く――自分は「そう」ならなくて良かったと。

 

 

 とはいえ、神崎側にも事情はある。それは――

 

「何分、私は賢者にはなれませんから――なりふり構ってはいられませんよ」

 

 神崎自身がさほど能力が高くない点だ。

 

 下手に甘い対応を取ればそれが原因で窮地に追い込まれてしまう可能性が常について回る。

 

 

 肉体(マッスル)は――さておき、それ以外の神崎のスペックはリアクションに困る程に微妙なラインを漂っている。才有るものと比べれば平凡そのものだ。

 

 

 武藤 遊戯のような圧倒的なまでのデュエルの実力がある訳でもなく、

 

 海馬 瀬人のようなカリスマや、未来を切り開く力もなく、

 

 ツバインシュタイン博士のように未知を切り開く力もなく、

 

 乃亜のように優れた知性を持つ訳ではなく、

 

 イリアステルのようにあらゆる未来の可能性を算出する力もない。

 

 

 

 神崎などデュエル好きの一般人にマッスルと醜悪なまでの生への執着が生えた程度だ。

 

 えっ? 『何かがおかしい?』って?

 

 

 気のせいだよ。

 

 

 

 そんなこんなで、色々足りていない神崎は「数」に頼る――いや、縋る。

 

 対峙するであろう問題に対し、解決手段を山のように用意する。自分が考えられる限りの策を持つ――そうしなければ不安でならないのだ。

 

 

 ただ基本的にその膨大な解決手段の大半が失敗する。しかし神崎からすれば「どれか一つ」が成功すれば良いのだ。複数当たれば儲けものである。

 

 パラドックスの一件などが良い例だ。とはいえ、八つも当たった稀有な例だが。

 

 

 やがて《トラゴエディア》のカードをデッキケースに仕舞った神崎は自身を見下ろす冥界の王へと視線を向け――

 

「冥界の王」

 

『なんだ?』

 

「私のデッキのカードに精霊は宿っていない――これに間違いは?」

 

 問う――本来であればマァトの羽の力を持つ《ハネクリボー》の精霊でなければ倒せない筈の《トラゴエディア》を倒せた事実が神崎には不可解だった。

 

 ゆえに精霊の問題に目を向ける。冥界の王視点でなければ分からない情報があるかもしれないと。

 

『ない。貴様のデッキは驚くほどに精霊の干渉を受けていない。これ程までの一例は逆に珍しい程だ』

 

 そんな珍しく神崎が「他者に答えを求めた」事態に冥界の王は思わずそう素で返す。素直か。

 

 とはいえ、この手の問題は神崎も調べ尽くしたものだ――冥界の王が虚偽を伝えてもあっさりバレる為、あまり意味はない。

 

「そうですか……果たして何が悪いのか」

 

『考えるだけ無駄な話だ――そもそもカードに精霊が宿るか否かは「精霊に決定権」がある。人間風情がどうこう出来る問題ではない』

 

「例外もありますがね」

 

 そうして話題が「精霊」の問題へ流れていく。「ドロー力」を考えた時によく注目される存在だ。

 

 しかし、精霊は基本的に自由な存在である為、原作の「精霊狩りのギース」のように「特殊な技術で無理やり拘束する」などしない限り、そもそもどうにか出来る相手ではない。

 

 そんな例外など一握り――というか、その辺りの可能性は神崎が根こそぎ潰して回った後である。精霊と喧嘩したくないだろうからね。ゆえに――

 

『だとしても、本来は此方の物質次元の情報を精霊共がカードから感じ取り、気に入った者の元に行くだけだ――何を気に入るかは当人の好みによるがな』

 

 冥界の王が語る内容がポピュラーだ。

 

 その他はユベルのように「人が精霊に転じる」などだが、今は関係ない為、割愛させて貰おう。

 

「……困りましたね」

 

 精霊の問題は「原作知識」と「ツバインシュタイン博士の研究」、そして「冥界の王の知識」から色々と分かってはいるが、それでも「全て」が明らかになった訳ではない。

 

 今だ謎多き領域なのだ。

 

『ドローの――引きの力に不安があるのか?』

 

 その冥界の王の言葉通り、今回のトラゴエディアの一件や、神崎のドロー力の問題の原因が未だ皆目見当がつかないのだから。

 

「ええ、昔からの悩みですから」

 

『精霊共は優れたデュエリストを好む者が多いゆえに勘違いしている輩も多いが――』

 

 そんな悩める神崎に対し、真剣に相談に乗る冥界の王――善意ではなく「神崎が死ねば自身も死ぬかもしれない」という実情ゆえの助力だが。

 

『精霊の数が多かろうが少なかろうがデュエルの力量やドロー力に影響はせんぞ?』

 

 やがて冥界の王から語られるように「精霊」と「ドロー力」の直接的な関係性は殆どなかったりする。

 

『そもそもアレは異能に対する耐性を上げるものだ』

 

 デュエリストに精霊が憑いても得られるのはその程度だ。簡単に説明すれば、「お気に入りの人間を守る」――そんな感じである。

 

「それも分かっていますよ」

 

 しかしそれも神崎は既に知っている――精霊の数が強さに直結するのなら、当の昔に精霊をスカウトしに赴いていただろう。

 

 

 ちなみに実例としては、遊戯王GXにて万丈目が古井戸から拾ったカードの精霊たちに気に入られ、かなりの数の精霊と共にあった。

 

 その数は作中最多だったが、彼が「作中最強か?」と問われれば肯定は出来ない。

 

 

 考えれば考える程に神崎には「何がトラゴエディアを浄化させたのか」が分からない。

 

「ふむ、今の段階で答えを急ぐべきではありませんね」

 

――もしかすれば……

 

「そろそろ仕事に戻らないと」

 

――それこそが、『カードの心』……なのかもしれないな。

 

 やがてそんな根拠のない憶測を考えながら、神崎はKCへ戻るべく道を作る。

 

 

 やるべきことは未だ山のように存在するのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 KCの休憩所にて昼休みを満喫していた牛尾は椅子に座りながらついと言った風に呟いた。

 

「『カードの心』って一体なんなんすか?」

 

「おや、牛尾君。急にどうしました?」

 

 その牛尾のテーブルを挟んで座るツバインシュタイン博士がコーヒー片手に見ていた何かの資料から顔を上げて眼鏡の位置を直す姿に牛尾は先を話す。

 

「いや、この前に遊戯とデュエルしたんすけど、その時に『カードの心が分かっている』みたいなことを言われたんすよ」

 

 ペガサス島での一件以降、遊戯たちとの交流が増えた牛尾は彼らと色々と関わる機会も増えた。

 

 その中で本田の一応の師匠ということで「実力を見たい」と話が持ち上がったゆえに表の遊戯とデュエルする機会があったのだ。

 

 

 デュエルの結果は遊戯の《ブラック・マジシャン》たちの猛攻に対して牛尾は《手錠龍(ワッパー・ドラゴン)》の弱体化→自己再生のループ効果や、《砦を守る翼竜》と罠カードで「30%回避!」などで凌ぎつつ、

 

 隙を見てレベル8の《神龍の聖刻印》を墓地に送って呼び出された「300倍だァ!」でおなじみの攻撃力7200となった《モンタージュ・ドラゴン》や

 

 攻撃力5000の《F(ファイブ)G(ゴッド)D(ドラゴン)》を融合召喚し、持ち前の火力で盛り返すも、

 

 最後の最後はドラゴン族がデッキの大半を占める牛尾のデッキの鬼門である――《バスター・ブレイダー》によって牛尾のライフ共々スレイさ(斬ら)れた。南無。

 

 

「そんときは『デュエリストとして認められた』みたいに思ってたんすけど、後になってふと『カードの心ってそもそもなんだ?』って思いまして……」

 

 そうして牛尾の敗北で終わったデュエルの後に遊戯に「カードの心」について認められた話があったのだ。

 

 その時は「遊戯に認められた」事実が嬉しく深く考えていなかった牛尾だが、今更ながらに「カードの心って具体的に何?」と疑問が浮かんだのである。

 

 

 そして眼の前にはドラえ――もとい、ツバインシュタイン博士がいるではないか。牛尾からすれば疑問氷解へのチャンスであった。

 

 そんな牛尾の姿にツバインシュタイン博士は確認するように視線を向ける。

 

「それで私に話が聞きたい、と」

 

「うっす」

 

「まぁ、完全に解明された訳ではありませんが、それでよければ」

 

「お願いしやす!」

 

 やがて書類とコップをテーブルに置き、ゆっくりと立ち上がったツバインシュタイン博士は休憩所に備え付けられたホワイトボードにペンを奔らせながら説明を始める。

 

 

 なんで休憩所にホワイトボードがあるんだよ、と思うかもしれないが「休憩して同僚と話していたら議論が白熱し、討論会を開きだす」ような人間がオカルト課には結構いるのだ。

 

 

 ――っていうか、ツバインシュタイン博士がその筆頭なのだが。ゆえにそんな実情を知った神崎が色んな個所に設置したものである。

 

「では――アレ(カードの心)は精霊によるデュエリストの知覚から生ずるものと考えられております。つまり二つの世界の相互干渉によって一種のシナプスのような――」

 

 そうしたツバインシュタイン博士のマシンガントークの如き説明と共にホワイトボードには数式やら公式やらが山のように書き殴られて行く光景が広がる中、暫くして牛尾は軽く額に手を当てる。

 

「す、すんません。あんま難しいのは俺の手に負えないんで、出来ればもうちょっとばかし簡単に……」

 

 現在、聞いておいてあれだが、牛尾にはツバインシュタイン博士の説明に全くついていけていない。

 

 遊戯たちの通っている童実野高校において牛尾の成績は良い方だが、あくまでそれは「一般人」の範囲を逸脱しないレベルだ。

 

 その牛尾が人類最高峰ともいえるツバインシュタイン博士の――ペガサスに説明した時のような「配慮」もあまりない――講義はハッキリ言って意味☆不明である。

 

「ふーむ、なら、そうですね……ザックリと簡略化して説明するなら――」

 

 そうして頭にクエスチョンマークを浮かべる牛尾にツバインシュタイン博士は暫し考える素振りを見せ――

 

 

 

「『カードの心』は『精霊からの応援』みたいなものです」

 

 

 

 そんな逆に分かり難くなるような例えを繰り出した。

 

「……応援っすか?」

 

「はい、デュエリスト――いえ、この次元の人間は精霊から大なり小なり『応援』を享受しています。とはいえ、殆ど自覚出来る者はいませんが」

 

 なんとか理解しようと四苦八苦な姿の牛尾へ言葉を選びながらツバインシュタイン博士は「現在判明している大まかなこと」を並べていく。

 

「その中で『カードの心』を理解し、寄り添える者はその『応援』の量が多いのです――この量の大小は『カードに宿った精霊の有無』に関係ありません」

 

「成程――その応援ってヤツのお陰でデュエルが強くなるんすね」

 

 やがてツバインシュタイン博士の説明に一先ずそう納得した牛尾。

 

 つまり「カードの心を理解する」とは「精霊に『応援』されるような(デュエリスト)になれた」ということであり、その応援の力により遊戯のぶっ飛んだデッキは縦横無尽に動き回っているのだと。

 

 

 

「少し違いますな」

 

 

 

 違った――その牛尾の言葉は他ならぬツバインシュタイン博士にバッサリ切り捨てられる。

 

「えぇ~……いや、今の、そういう話の流れじゃないんすか?」

 

「違います――牛尾くんは誰かから『応援・声援』を受けたことは?」

 

「まぁ、ないこともないですけど……」

 

「その時、いつもより調子が良いと感じたことは?」

 

「なくはないっすね」

 

 思わず頭を抱える牛尾は続いたツバインシュタイン博士の問いかけに素直に答えていくが――

 

「そこから……例えば徒競走にて応援を受けたとして、走っている人間の身体能力自体は変化しません――応援されるだけで人が進化する訳でもないですから」

 

「それはそうっすけど、『カードの心』ってヤツを持っているデュエリストは強いって話じゃなかったんすか?」

 

「ええ、しかし他者からの応援や声援は本人のポテンシャルを最大限に引き出す効果があることが科学的に証明されています」

 

 なんだか話がそれているように感じる牛尾――というか、完全に逸れている。しかしツバインシュタイン博士はそんな牛尾へと「此処からだ」と手で制す。

 

「つまりその『応援』が与えるのは『デュエリストが元々持っているポテンシャルを引き出す』だけです」

 

 ツバインシュタイン博士が正したい牛尾の認識は此処であった。

 

「身の丈に合わぬ力が得られる訳ではありません。あくまで『当人のポテンシャルの範囲』です」

 

 幾ら精霊から便宜上「応援」と呼んでいるものを山ほど受けていたとしても、受け手側のデュエリストのポテンシャルが低ければ、大した意味はない。

 

 実際の「本来の意味での応援」も大勢からそれを受けたとしても、人間の枠組みから外れたポテンシャルを発揮できるわけではないのと同じなのだと。

 

 その辺りがツバインシュタイン博士が「カードの心」を「応援」と評した所以なのだろう。

 

「つーと、ようは『気の持ちよう』ってことっすか?」

 

 しかし最後まで聞いてみればツバインシュタイン博士が提言する「カードの心」に関する説明は「凄さ」が薄いように感じる牛尾。

 

 遊戯が語っていた「カードの心」にはもっと「超常的な何か」があると思っていただけに肩透かし感が拭えない。

 

 なお、そういった「超常的な何か」を引き起こすのは「普通の範囲を超えた精霊()」である為、早々縁のない話ではある。

 

「まぁ、そうですな。ただ存外バカには出来ませんよ? 『極度の集中状態――[ゾーン]の只中に至れる』とも取れますからな」

 

 しかし、牛尾が肩透かしを覚える力も、見ようによってはかなりヤバい力ではある。極めれば常に最高のパフォーマンスを更新し続ける――なんて荒業も可能だ。

 

 ただ、それを突き詰めた先に「人がどうなってしまうのか」はまさに「神のみぞ知る」状態ではあるが。

 

「そいつぁスゲェっすね! しっかし、『応援』っすか……俺にも精霊ってヤツの声が聞けりゃぁ――」

 

「フフッ、いやいや、実際に応援団のように声を上げている訳ではないので、精霊の声が聞こえても『カードの心』を実感するのは無理ですぞ」

 

「へっ?」

 

 そんな最悪(最高)の可能性がチラつくことなど知らず、精霊を知覚できる自身の上司(ギース)を思い浮かべながら未知の可能性に心躍らせる牛尾にツバインシュタイン博士は結果的に冷や水を浴びせた。

 

「今回はあくまで『カードの心』に関して分かり易く説明する為に『応援』との言葉を用いましただけです」

 

 あくまで説明の中で便宜上「応援」と呼んでいるに過ぎないのだと。

 

「あぁ~そういやそうでした」

 

「とはいえ、その『応援』の内実を牛尾君が知りたいというのならもっと踏み込んだ専門的な話を――」

 

 ツバインシュタイン博士の言に「あちゃー」と右手で頭を押さえる仕草を見せる牛尾を余所にツバインシュタイン博士は興が乗ってきたのか、講義に精力的になるが――

 

「――あっ! 俺、用事思い出しました!」

 

 さすがにこれ以上の小難しい話は自身の領分ではないと牛尾はそう言い残し、そそくさと退散していった。

 

「事の始まりは――」

 

「おや、牛尾くん。そんなに慌てた様子でどうしました?」

 

「か、神崎さん!? いや、ちょっと俺急いでるんで――」

 

 いや、退散しようとしたが、休憩室から出る前にあまり関わりたくない方の上司――神崎と出くわし足を止める結果となる。

 

 まさに「前門のマッスル後門のマッド」の状態に陥った牛尾は慌てた様子で背後をチラチラと気にしながら前門のマッスルを攻略しにかかるが――

 

「つまり『カードの心』とは精霊界に住まう者たちからの――聞いていますか、牛尾君?」

 

「い、いやぁ~俺には難し過ぎてなんとも……」

 

「ふむ……『理解できない』ではなく、『難しい』と感じることが出来るのなら問題ありませんな!」

 

「えっ、ちょっ!?」

 

 後門のマッドが牛尾の行く手を遮る。逃しはしないとばかりに肩に置かれた手は老人とは思えぬ力が込められている。

 

「では続きを――」

 

 こんな爺さんの何処にそんな力があるんだ、と牛尾は思いつつも引き剥がせぬ状況にその顔は絶望に染まって行くが――

 

「待って頂けませんか、ツバインシュタイン博士? 頼んでいた件の進捗を確かめておきたいのですが」

 

 前門のマッスルから思わぬ助け舟が出た。

 

 その助け舟を出した人物は牛尾からすればあまり好ましい相手ではないが、今だけは有難みを感じる――かなり現金なことで。

 

「そのことですか……では仕方がありませんね。牛尾君への講義はまたの機会にしましょう」

 

「そ、そっすね――なら俺はちょっと行くとこあるんで」

 

 しぶしぶといった具合に手を放すツバインシュタイン博士から脱兎の如くこの場を後にする牛尾は前門のマッスルこと神崎にすれ違い様に小声で「助かりました」と声をかけ、休憩室を後にした。

 

 

 やがて牛尾の姿が見えなくなったことを確認したツバインシュタイン博士は席へと座り、問う。

 

「此処で話しても?」

 

 昼休みも終わりに近い時間ゆえか今の休憩室には神崎とツバインシュタイン博士しかいない為、サクッと此処で話してしまおうと。

 

 機密情報もなくはないが、隠す術など幾らでもある。

 

「ええ、『今なら』問題ありません」

 

 そのツバインシュタイン博士の姿に神崎はカードの実体化の力で盗聴予防をしつつ、向かいの席に座って、そうにこやかに返した。

 

「では――最上位の精霊の鍵なのですが、不具合の原因が判明しましたぞ」

 

 コップの中で揺れるコーヒーに角砂糖をドバドバといれて、スプーンでクルクル混ぜながらツバインシュタイン博士は神崎が「最優先で」と頼まれていた件の報告を始めていく。

 

 とはいえ、終わったのはつい先ほどだったのだが。

 

「早い話が『安全装置』が作動したは良いものの、かなり強引に作動してしまったことで精霊の鍵は大半の機能を停止させてしまったようです」

 

 コーヒーに溶けていく角砂糖を眺めながら報告を進めるツバインシュタイン博士だが、ふとスプーンで混ぜるのを止め――

 

「さらに鍵の『石の部分』に何らかの『淀み』のようなものが観測できます。これが不具合の原因のようですが、詳しいことは未だ判明しておりません」

 

 溶け切らなかった角砂糖の集合体をスプーンで掬いユラユラと揺らす。まるで精霊の鍵が処理しきれなかった「ナニカ」がその「淀み」の正体だと言わんばかりに。

 

「とはいえ、その『淀み』なのですが、あまり『よろしくない』物のように思いますね。機能停止に陥ったのは『安全装置』がその『淀み』を大きく危険視したゆえかと思われます」

 

 その溶け切らなかった角砂糖の欠片を飴玉のように口に含みながらそう語ったツバインシュタイン博士は「ジャリ」とそれを噛み砕き――

 

「と、まぁ、未だ謎ばかりですので、その原因調査の為にも是非ともご支援を――」

 

 現状では「なんか凄く危なそう」くらいしか分かっていないことを強調しつつ、デュエルエナジーやら諸々のアレコレやらを望むツバインシュタイン博士だが――

 

 

 

 

「廃棄しましょう」

 

 

 

 

 神崎の決定はツバインシュタイン博士の予想に大きく反するものだった。

 

「――お願いできたら…………え? い、今なんと?」

 

「最上級の精霊の鍵を廃棄します。研究データを含め全て」

 

 一瞬なにを言われたのか分からないとばかりに目をきょとんとさせるツバインシュタイン博士だが、神崎から語られる現実に変わりはない。

 

「な、なにを言っているのですか!? アレを作るのにどれ程の苦労が――」

 

「処分は此方で行いますので、早めに纏めて――いや、私が片付けた方が早いか」

 

――もう少し保つかと思ったが……まぁ、代用品もそれなりに馴染んで来た頃だ。丁度良い機会だろう。

 

 ツバインシュタイン博士が神崎を受けて止め、勢いよく立ち上がる姿を余所に神崎は「廃棄」の算段を立てていく。

 

 やがて「話は以上だ」とばかりに席を立つ神崎。しかし「そうはいかない」とツバインシュタイン博士は引き留めるように叫んだ。

 

「お、お待ちください! いくら何でも急すぎます! そもそもオカルト的な問題への対処には精霊の鍵は未だ必須でしょう!」

 

「『上級』と『下級』があれば十分ですよ。あれは『石』を使用していませんから」

 

 だが、そのツバインシュタイン博士の言葉は神崎の決定を覆すには至らない。

 

 元々「最上級の精霊の鍵」は性能を限界以上に大きく引き上げた代償に、酷く不便な点を多々持つ歪な状態の人造闇のアイテムだ。

 

 神崎の知る「タイムリミット」を迎えた以上、「廃棄」以外の選択肢はない。

 

「だとしても! ――いえ、そもそも、あの『石』は一体なんなのですか!」

 

 であっても、未だ諦めが付かないツバインシュタイン博士は声を大に荒げる。

 

 それもその筈、最上級の精霊の鍵の核となる「石」の研究は彼にとって――いや、真理の探究を求める者たちからすれば易々と諦めきれるものではない。

 

「エネルギー・医療・工業製品といった垣根を越え! あらゆる物に利用できる未知の物質! 奇跡の結晶! 私は現段階でその正体に辿り着いておりませんが、貴方はその正体を知っているのでしょう!」

 

 現代科学の全てを覆す力がこの「石」にはある――そう、この石は「この世界の常識の外」にあるといっても過言ではないのだ。

 

「知ってどうするつもりです? 廃棄の決定は覆りませんよ?」

 

 だが、それでも「なにも語る気はない」と言外に語る神崎にツバインシュタイン博士はこれで納得出来なければてこでも動かないとの意思を込めて問う。

 

「くっ……でしたら、何故このタイミングで廃棄を決定したのです!」

 

「それなら大した理由ではありませんよ。それは――」

 

「それは?」

 

 神崎の言葉を息を呑んで待つツバインシュタイン博士。だが、神崎側にも複雑怪奇な理由は本当にない。ただ――

 

 

 

「『危ない』から――それだけのことです」

 

 

 

 それだけの話である。

 

 

 しかし、世界が滅んでも生きてそうな程に保身的な神崎が「危ない」と断じた姿にツバインシュタイン博士は返す言葉を失った。

 

 

 あっ、これ()ダメなやつ(特級の危険物)だ――と。

 

 

 

 

 いや、そもそも、そんな危険物を研究させんなよ。

 

 

 

 






最上級の精霊の鍵「えっ? まさかもう出番二度とないの?」

上級の精霊の鍵「悔しいでしょうねぇ」

下級の精霊の鍵「というか、我々の出番は何時なんですかねぇ」


最後に――
原作では明言されていない「カードの心」に関して、今作ではこんな感じを想定しております。

今度の展開の為にある程度の「理屈」みたいなものを少しばかり示しておく必要があったので……(頭から煙)



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第149話 思わぬ会合



前回のあらすじ
Q:カードの心って?

A:ああ!





 

 

 件の精霊の鍵の廃棄に対し、涙ながらに抗議の声を上げていたツバインシュタイン博士を無視し、デュエルマッスルによって諸々を粉砕した神崎の姿に膝を突く面々の悲痛な嘆きの声も過去の話となった頃――

 

 

 ある日のオカルト課にて――

 

「ダンスにデュエルは関係ないと思うんです!!」

 

 そんな杏子の魂の叫びが神崎にぶちまけられていた。

 

 何を当たり前のことを、と思ってしまいがちだが、この遊戯王ワールドでは「森羅万象、万物全てがデュエル――デュエルモンスターズと関係している」為、残念ながら杏子の主張は極少数派の意見である。

 

 

 とはいえ、話があまりに唐突過ぎよう。

 

 ゆえに何故、こんなことになっているのかについて少々時間を巻き戻す。

 

 

 

 

 

 

 事の発端は杏子が静香と共に北森の元に訪れていた頃から始まる――かなり前で済まない。本当に済まない。

 

 

 杏子の要件は相談。その内容はKCにある憩いの場の一角にてテーブルの上に並べた杏子が持ち込んだカードを見れば一目瞭然であろう。

 

「杏子さんのデッキなんですが、もう少し……その、方向性をハッキリさせた方が良いかと……」

 

 デッキ診断だった――静香を通じ、北森と話を付けた模様。

 

 しかし申し訳なさ気にそう告げる北森に杏子は不思議そうな顔を向ける。

 

「そうなの? このデッキで特に困ったことはなかったんだけど?」

 

「単純に『デュエルするだけ』なら問題ないと思います。でも……杏子さんの望みである『デュエルのステップアップ』を目指すなら、このままはちょっと……」

 

「あっ、私は遊戯や城之内たちみたいに『デュエリスト』じゃないから、どちらかというと、ステップアップしたいのはダンサーとしてだし……」

 

 杏子の「困ったことがない」との言葉に他意はない。そもそも杏子は「デュエリスト」と呼ばれる程にデュエルに傾倒していないのだ。再度述べるが、この世界において少数派な人間である。

 

 ゆえにそのデッキも大まかなルールを把握した中で自分の好みのカードを詰め込んだ程度の完成度しかない。

 

 だが、それではデュエルに侵食された世界では何かと不都合であったゆえの相談だった。

 

「そ、そうでしたね。ですがどのみちデッキの方向性の見直しは必要かと」

 

「うーん、方向性か……」

 

「あの……やっぱりこういったお話は私なんかより、デュエルキングである武藤さんの方が良かったと思うんですが……」

 

 こうして相談に乗る北森だが、悩む素振りを見せる杏子が不思議で仕方がなかった。

 

 そもそも身近に「世界的に見ても()トップクラス()の力量を持つ()デュエリスト()」がいるのなら其方に相談した方がより良いアドバイスが得られるのではないかと。

 

 彼らの関係性を見るに、相談を拒否される心配もないことは明白だ。

 

 しかし杏子は少し恥ずかしそうに頬をかきつつ言い難そうに返す。

 

「あー、うん……それは分かるんだけど今の遊戯はもう一人の――じゃなくて、友達の為に色々頑張ってるから邪魔したくないのよ」

 

 現在、表の遊戯は闇遊戯の為にアレコレ調べまわっていることが多い。とはいえ、何時もの面々で遊ぶ機会が減った訳ではない。

 

 ただ、そういったときは「みんなと闇遊戯の時間を大切にしたい」との想いがそれぞれにある為、個人的なアレコレは何処か言いだし難かった。

 

「なら、お兄ちゃんや本田さんたちなら――」

 

「それなんだけど、城之内のヤツは昔の友達の案内で色んなデュエル大会に顔を出してるみたい――武者修行だって」

 

 ならばと頼れる兄を含めた名を上げる静香だが、此方も此方で忙しい様子。

 

「本田もそれに付き合ってて、ちょっと頼みにくいのよね」

 

 そう困ったように小さく笑う杏子の胸中には、城之内も「プロデュエリスト」という夢に向かって頑張っている以上、道は違えども夢を追う者としてその邪魔をしたくない想いもあった。

 

 プロデュエリストを目指す者たちの中で切磋琢磨するその姿――フフ……いい眺めだぜ、城之内……

 

「そうだったんですか……す、済みません、事情も知らずに……」

 

「お兄ちゃんも、皆さんも、それぞれ用事がありますよね……」

 

「ふ、二人は全然気にしなくて良いから!? えーと、そう! そういえば静香ちゃんのデッキはどうやって組んだの?」

 

 杏子たちの互いが思いやり合うゆえの葛藤を知らず、無粋なことを――と落ち込む2人の姿に杏子は慌てて話題を変える。

 

 少々以上に強引な話題転換だったが、杏子からすれば自分たちの事情のせいで2人の顔が曇るようなことは好ましくなかった。

 

 

 そんな話題転換に静香は顎に人差し指を置きつつ、過去の記憶を巡らせる。

 

「えーと、私はいくつかパックを買って『良いな~』と思ったカードを主軸にするように言われました!」

 

 その言葉通り、初めて購入した数個のパックの中から出た《心眼の女神》と《聖女ジャンヌ》が静香のデッキのルーツだった。他はまばらであった為、割愛させて貰おう。

 

「そこからルールを教わった後で、皆さんから使わないカードを見せて頂いて、いくつか譲って貰ってから――」

 

 そして師匠たちの教えと、譲り受けた光属性のサポートカードのいくつかを盛り込み、方向性を定め――

 

「その後でもう1度いくつかパックを買って開いたら、相性の良いカードが手に入ったんです!」

 

 再度、パックを購入したカードによって静香のデッキは凡そ構築されたのだ。ちなみに《アテナ》や《光神テテュス》などのレアカードはこの時、手に入れたものである。後、効果ダメージことバーン連中も。

 

 そう、カードがデュエリストを導いたのだ――これが存外バカに出来ない。

 

 この世界において、精霊などのスピリチュアルな存在は人々の生活の意外と近くにいるのだから――いない時も結構あるけど。

 

「後は、皆さんと何度もデュエルして微調整を繰り返したんです! でも、皆さんとっても強くて負けてばかりでしたけど……」

 

「あ~、だから城之内のヤツとあそこまで戦えた訳ね……」

 

 そうして自身のデッキ作成の流れを語り終えた静香に杏子は何処か納得の表情を見せる。

 

 オカルト課のデュエリストは神崎が世界中から才あるものを集めた――といった説明を杏子は受けている為、そんな相手に揉まれれば短期間での成長も頷けなくもなかった。

 

 なおその一人である北森は「自分がスカウトされたのは何かの手違いだと思う」と言ってはばからないが。

 

「でも変わった方法ね? 最初だし、ストレージみたいな安めのカードを集めるんだと思ってたんだけど……」

 

 しかし杏子としては友人である遊戯――の祖父、双六がゲーム屋を営んでいる為、そこで交流を通して得たザックリした知識から、最初は「ストレージ」こと「格安でバラ売りされているカード」を活用すると考えていた。

 

 ちなみに杏子の場合は自身で買ったパックと遊戯たちが持つカードを分けて貰ったものや、トレードしたもので構成されている為、ストレージとは無縁だったが。

 

 

 

 ストレージ――それは思わぬ出会いに巡り合えるかもしれぬ冒険の旅路。

 

 

 

 果てはロマンがふんだんに詰まった夢の宝箱。

 

 

 

「それなんですが、『デュエルモンスターズ』ではそういったストレージの類はないので難しいかと……」

 

「ないの!?」

 

 なんてモノはこの世界(今作での遊戯王ワールド)にはねぇんだよ!! 残念だったなァ!!

 

 

 そうした残酷な宣告に対し、そういえば「デュエルモンスターズ」に関しては、全てショーケースに仕舞われていたように思う杏子――普段、あまり興味を向けない分野ゆえか、いまいち記憶が曖昧だ。

 

 そ、そんな馬鹿な……との思いがあるかどうかはさておき、北森は説明を続ける。

 

「はい、ありません――お店側としても、損しかないですし……」

 

 それもその筈、この遊戯王ワールドでは相手に山ほどのカードを提示し、「へっへっへ、ダンナ――これで手打ちでお願ぇしやすぜ」なんてこともある世界だ。そう、悪代官ポジの人にもご用達の代物である。

 

 早い話が「カードの価値」がもの凄く高い。人生を左右しかねない程に――だ。

 

 そんな扱いを受けるカードが格安で売買されることはまずない。

 

「でも、使い難いカードとかは安くても売っちゃった方が――」

 

 しかし、どうみても「この屑カードが!!」なんて謂れを受けかねない残念な仕様のカードも少なからず存在する以上、その辺りのカードは安いのでは――そう杏子のように思う方もいるだろう。

 

 だが「デュエルが全ての世界」において――そんな常識は通用しない!!

 

「えーと、詳しい所を省くと、デュエルモンスターズのカードはペガサス会長や名立たる画家や、デザイナーなどの方々がデザインされた『美術品』にカテゴリーされるらしいです」

 

「美術品!? 絵画でもないのに!?」

 

 北森の説明を額縁通りに受け取れば、世界一金のかかったカードゲームと言えるかもしれない。

 

 実際、レアカードを集めて展示した美術館の存在がある――頭がおかしくなりそうだが、そういう世界だと納得するしかない。

 

 そういった美術館に予告状と共にカードを盗みに現れる猛者もいる程だ――脳が震えざるを得ない。ライフ・イズ・カーニバル!

 

「はい、ですのでどんなカードでも世界中に買い手がいるので、安売りすれば大損です……店に並べられない類のカードでも、買い手が募る場に卸す方がお店側も潤いますし」

 

 とはいえ、その「買い手が募る場」を工面するのが面倒な為、一般的には遠い世界ではある

 

 ちなみに「構築済みデッキ」なんてものもこの世界にはない――「特定のカードが一定の値段で必ず手に入る」といった状況が売る側にとってよろしくないからだ。

 

 もしも構築済みのデッキが販売され、その中に強力な効果を持つカードや、美麗なイラストのカードなどがあれば、文字通り国家の規模で買いに来る――いらぬ火種しか生まない。下手すると血が流れるレベルだ。いや、マジで。

 

 

 遊戯王ワールド特有のカード単価の違いが如実に現れた例と言えるだろう。

 

 ゆえに原作シリーズの一つ「GX」にてプロデュエリストのエド・フェニックスも急増デッキを組む際に8パックを購入して40枚のカードを集めていた。

 

 融合モンスターの1枚でも当てればデッキの規定数40枚以上を満たせないことを鑑みればよくデッキを組めたものだ。

 

「なら欲しいカードとかって簡単に手に入らないのね……」

 

 そんなデュエルモンスターズの世界における世知辛い現実に打ちのめされる杏子――此処でもまたもや「お金」の話である。「地獄の沙汰」ならぬ「デッキ構築」も金次第な状態だ。

 

 しかし何事にも裏技はあるのだ――今回の場合はさして「裏」でもないが。

 

「でも抜け穴があるんですよ、杏子さん! 『他の人もそう思っている』んです! だから――」

 

 そう静香が、上述した裏技のヒントを零せば――

 

「……あっ! カードトレーディングね!」

 

「はい、自分があまり使わないカードであっても、他のデュエリストから見れば必要なカードである――といったことは良くあるので、個人同士でのトレーディングから目当てのカードを探すのが主流ですね」

 

 納得したように手を叩く杏子に北森は注釈を入れる――そう、一般人にとって個人単位のトレードが一番身近なのだ。

 

「勿論、お金を貯めてお店から買うのも『あり』ですが、経済的に余裕がないと難しいでしょうから」

 

「あー、だから前もって遊戯たちに『使わないカードを分けて貰う』ように言ってたのね……」

 

 杏子が零した手段、「経験者から使わないカードを分けて貰う」といった方法もある――信頼の出来る相手に限定される方法ではあるが。

 

 魔が差して……な事態によって破壊された友情は……プライスレス。

 

 

 そうして静香の場合のデッキ作成の流れと、カードの入手のアテも立った中、静香は話を戻すように確認を取る。

 

「それで杏子さんはデッキをどういう方向に組み直すんですか?」

 

「うーん、主軸にするならやっぱり《ブラック・マジシャン・ガール》ね! 私がダンスを始めたのもミュージカルの『賢者の宝石』を観たからだもの!」

 

 杏子から語られたのは「己の夢の原点」たるカードの存在。

 

 デッキを組みなおすのならば、この際大きく変えてしまおうという考えのようだ。

 

 だがそんな杏子の明るい声に北森は困ったような表情を見せる。

 

「ブ、《ブラック・マジシャン・ガール》……ですか……」

 

「うん、やっぱり私の初心は其処かな! 将来の夢を定めたカードなの!」

 

「えーと、大変申し上げにくいんですけど……ご予算ってどのくらいありますか?」

 

「それって、お店で購入するしかないってこと?」

 

 言葉を慎重に選ぶような北森に気にせず杏子は返すが、北森の表情は晴れない。

 

「はい、人気のカードなので、トレードしてくれる方もおられないでしょうし……」

 

「それなら留学資金の為にバイトで貯めたお金の一部を――」

 

 北森の説明に杏子が自身の手持ちの予算から留学資金に影響のない範囲の金額を計算するが、それより先に北森が取り出したタブレット端末が眼の前に差し出された。

 

 そこに映るのはお望みの《ブラック・マジシャン・ガール》のカードの姿と――お値段。

 

「ちなみに最低金額は此方……です」

 

「へ~どれどれ…………ん? えっ? えーと、ゼロが多くない?」

 

 やがて端末に映るゼロを順番に数えていく杏子だが、既に確認は3度目である。

 

 だがその眼に映る値段は何も変わらない。ゼロが一杯だ――真実とは時として無慈悲である。

 

 縋るような杏子の視線が北森を穿つが――

 

「い、いえ、少ないです。此処からオークション方式で値段が跳ね上がるので――――前回での落札価格は…………これですね」

 

 だが現実はもっと酷い。「倍プッシュだ……!」どころではない。

 

 北森の手によって操作され、別の画面に切り替わった端末に表示された金額を見た杏子は眩暈に襲われる。

 

「…………カードの値段よね?」

 

「はい、カードの値段……です」

 

「凄いです! こんなに高価なカードがあるんですね!」

 

 頭痛を堪えるように零す杏子に静かに頷く北森――そんな2人を余所に響く静香の感嘆の声が眩しい。

 

 

 少女よ、これが絶望だ。

 

 

 《ブラック・マジシャン・ガール》――お高い女である。とはいえ、相応のお値段にはそれ相応の理由があるものだ。

 

 ご説明、お願いします! 北森さん!

 

「元々、杏子さんが観たミュージカル――『賢者の宝石』から根強い人気があったみたいで……そこに武藤さんがバトルシティにて実戦的に、そして大々的に扱ったことで人気により大きな火が付いちゃった状態……らしいです」

 

 何度でも言おう。《ブラック・マジシャン・ガール》――お高い女である。こんなところで師匠である《ブラック・マジシャン》を超えなくても……

 

「あー、此処でも結局、お金か!!」

 

 杏子の現実を嘆く声が虚しく響く。

 

 留学の資金・本場でのダンスのレッスン料・海外での生活費etc……なにごとにもお金の問題は付いて回るものだ。

 

 金は天下の回り物であるとはいっても、自分のところに上手いタイミングで回ってくるとは限らないのだ――えっ? 回ってこない? きっと順番待ちのダイヤが乱れているんだよ。

 

 3人の年頃の乙女の会話の内容が「お金」――では、世知辛すぎるゆえか、この場の重苦しい空気を変えるように北森はパンと手を叩き話題を変える。

 

「な、なら手持ちのカードで方向性を決めていきましょう! 杏子さんのデッキは魔法使い族と天使族が多いので……そのどちらかですね!」

 

「そ、そうよね! う、うーん、どっちがいいかしら?」

 

 そんな残酷な現実から逃れるように手持ちのカードに視線を向ける杏子と北森を余所に2つのグループに分けられたカードの1枚を手に取り、静香は変わらぬ明るさで提案する。

 

「私は――私のデッキと同じ天使族なら色々アドバイスもできると思います!」

 

 静香のデッキは「光属性・天使族」をベースにしたデッキゆえに其方への理解は他よりも深い。

 

 天使たちの攻撃で相手を殴りながら、ついでに効果ダメージこと「バーン」にて相手を焼き殺す方向の為、杏子の現在のデッキとはかなり毛色が違うものの「天使族」という部分への理解は他より深い。

 

「成程ね――玲子ちゃんはどう思う?」

 

「私は…………魔法使い族の方が良いかと――将来的に《ブラック・マジシャン・ガール》のカードが手に入った時、デッキに組み込みやすいでしょうから」

 

 静香の提案にうんうんと頷きながら北森の方にも意見を求めた杏子に帰ってきたのは今後を考えてのプラン。

 

 杏子の夢の起点であった《ブラック・マジシャン・ガール》が手に入るかどうかはさておき、同じ「魔法使い族」のデッキであれば種族間のシナジーは強い方だろう。

 

 手に入るかどうかはさておき……ね? 希望を持つのは自由だから。えっ? 希望は奪われるもの? なら、奪い返せば問題ないさ。

 

「そっかーどっちにするべきかしら……」

 

「ダンサーの皆さんってどんなデッキを使っているんでしょう?」

 

「わ、私には分からない世界です……」

 

 2人の提案それぞれが魅力的に映る杏子が悩む中、静香と北森が杏子の「ダンサーを目指している」ことから突破口を探るように視線を向けるが――

 

「いや、私も知らないけど」

 

 杏子とてそんなことは知りようもない――繰り返すが、彼女はそこまでデュエルモンスターズに傾倒している訳でもないのだ。デュエリストに関する情報はさして多くは所持していない。

 

 そうして手詰まり感溢れる三者三様に悩まし気な様相をかもす中、北森がハッと閃く。

 

「うーん、此処は神崎さんに相談してみましょう! 仕事柄、こういったことに詳しい方ですから」

 

 自分の変り者の上司はこの手の問題(デュエル社会)にやたらと詳しかったではないかと――餅は餅屋の理論である。

 

 

 とはいえ、全世界をデュエル中心の社会にするべく、あれよあれよと燃料を直注ぎしているヤツなので、詳しくて当たり前なのだが。

 

 

 

 諸悪の根源じゃねぇか。

 

 

 

 

 

 そうして本日分の仕事も終え、暇潰しとばかりに将来分の仕事をせっせとこなしていた諸悪の根源こと神崎に連絡を入れる北森――社畜ェ……

 

 

 そうして会合の場を整え、かくかくしかじかサラッとパッパな具合で今までの経緯を話し終えた杏子は大きく肩を落としながらボヤく。

 

「もう一人の――じゃなくて、私の友達の一人がもうすぐ遠くに行っちゃうので、その前に私のステージの一つでも見せて上げたいんです」

 

 その杏子の説明に「もう一人の遊戯こと闇遊戯のことだろうな」とは思ってはいるが、態々追及することでもない為、聞きに徹する神崎。

 

「それで色々オーディションを受けたんですけど、何故か、『デュエル』することが多くて……」

 

「そこで躓いてしまうことから、デッキの見直しですか……」

 

 だが杏子はデュエル社会の荒波に呑まれている様子――目の前で相談に乗る男が荒波を津波レベルに増幅させている諸悪の根源の大部分の担い手と知ればどうなるのやら。

 

「でも――」

 

「でも?」

 

「――ダンスにデュエルは関係ないと思うんです!!」

 

 

 そうして最初の問答に辿り着いたのだ。ようやくである。

 

 

 そして杏子の言う「ダンスにデュエルは関係ない」――普通に考えれば当たり前のことである。

 

 ただ遊戯王ワールドでは「おいおい、その言葉――本気か?」と逆に心配されるが。

 

 

「そうですね」

 

 

「あっ、すいません。変なこと――って神崎さんもやっぱり変だと思うんですか!?」

 

 しかし神崎が返した短い言葉の内容にハッと気づいた杏子は驚愕の瞳で神崎を見やる。

 

 杏子の神崎の職業への認識は「医療やら、デュエルに関するアレコレの仕事をしている人」の為、なんでもかんでもデュエルに繋げることに違和感など持っていないと思っていたのだ。

 

 

 なおその実態は――病魔を実体化させデュエルで倒す『デュエル施術』なんてぶっ飛んだものを作ったりしているポジションにいる頭おかしいヤツらを率いている立場だが。

 

 

 だがそんなことなどおくびにも出さずに神崎はお客様対応で杏子の相談に乗って行く。

 

「はい、私は『おかしい』とは思っています」

 

「やっぱりおかしいですよね!! 大体ダンスのオーディションにデュエルなんて関係ないのに、いつも『デュエル審査』なんてのがあるし! 面接で『好きなカードはなんですか』って質問も意味不明だし!」

 

 思わぬ援護に今の今まで溜まり溜まっていた分がドサッと流れ出る杏子の言葉の弾丸に神崎は嫌な顔一つしない。むしろ申し訳なさと罪悪感が凄い。

 

「心中お察し致します」

 

 だが残念! 誠に残念ながら遊戯王ワールドでは「普通」のことだ。

 

「ですが『そういうもの』と思って流せるようにしておいた方が、なにかと楽ですよ」

 

「うっ、やっぱりそうなんだ……」

 

「事を荒立てても何も良いことはありませんから」

 

 そんな「普通」の流れに逆らったとしても、待つのは徒労である――率先してその流れことビッグウェーブを煽っている神崎に言われたくはないだろうが。

 

「でも、どうしてデュエルするんですか? ダンスには関係ないように思うんですけど……」

 

 そんな杏子の素朴な疑問に神崎は一般的な答えを示す――「遊戯王ワールドだから」とはさすがに言えない。

 

「『デュエルから人となりを見る』といった側面からになりますね。既にメジャーな考え方でカードへの姿勢、プレイング、デュエル中の態度などから相手の人物像を読み取ることが出来るとのデータもあります」

 

 デッキはデュエリストを映す鏡――などと揶揄される程に、デッキは使い手以上に雄弁にその内面を語る。

 

 マッドサイエ――もとい、ツバインシュタイン博士たちが出したデータになるが。

 

「私にダンスのアレコレは分かりませんが、『デュエルには表現の幅を広げる効果もある』とのデータもありますので、あまり突っ撥ねてしまうと真崎さんの可能性を狭めてしまうことになるかと」

 

 郷に入っては郷に従えといったヤツである――神崎は慣れた。というか、慣れないと仕事にならない。頭がおかしくなりそうな世界である。

 

「そ、そうなんですね……デュエルか~」

 

 そう悩まし気な声を漏らす杏子。

 

 ダンスの勉強はしていてもデュエルの勉強はそこまでな杏子にとって手痛い問題であろう。

 

 そんな中で静香がおずおずと手を上げ、少しでも杏子のプラスになればと問う。

 

「ダンサーの皆さんってどんなデッキを組むんですか?」

 

「特に『ダンサーだから』といった区切りはあまり見受けられませんでした。皆様、思い思いのデッキを組んでおられたので」

 

 とはいえ、「ダンサーだから踊りに関係するモンスターを使うぜ!」なんてことはないので、あまり参考にはならないが。

 

 中には「見よ、華麗なるドラゴンの舞いを!」なんて猛者もいる為、本当に参考にならない。

 

「あっ! デッキを複数組んでいた人は――」

 

「確かにデッキを2つ組むという選択肢もありますが、金銭的な問題から片方がおざなりになってしまう可能性が高く、あまりお勧めはできません」

 

 杏子が「突破口になるかもしれない」選択肢を上げるも、神崎からすれば逆にマイナスが大きいことを提言する。

 

「真崎さんは『ダンサー』を目指しておられる以上、『デュエル』に関することは極力身軽にしておくに越したことはないかと」

 

 デッキに意識を向けすぎるあまり、ダンスの方が疎かになれば本末転倒だ。

 

 さらに複数のデッキを持ち、どちらもおざなりになってしまった場合、試験官に「どっちつかず」、「優柔不断」などの悪印象を抱かれかねない危険もある。

 

「うぐぐ……うーん………………あのー、神崎さんはどっちが良いと思いますか?」

 

 やがて暫くうんうん悩まし気な声を漏らしつつ考えを巡らせていた杏子は思考放棄気味に神崎からの回答を欲した。

 

 神崎なら恐らく「正解」を知っているのではないか、との杏子の予想だ。断じて頭おかしい世界について考えるのが面倒になった訳ではない。

 

「そうですね……相談したことを判断材料にするのは構いませんが、やはり最後の決断は自身の心に従うのが一番良いと――そう、私は思っております」

 

 だが神崎は何処までも「杏子の意思」を尊重させる。

 

 ハッキリ言って「高校卒業から本格的なダンスを習い始める」状態である杏子が夢へと進む先は茨の道だ。

 

 原作知識からの「オーディションに落ち続けている」との情報から才ある身とも考えにくい。

 

 ゆえにその夢を叶えられる可能性はそう高くないと神崎は見ている。ならば神崎に出来るのは「せめて後悔だけは無いように」との配慮くらいだ。

 

「とはいえ、『片方を選び、もう片方を捨てる』という話でもないですから、あまり重く考えない方が良いかと」

 

 言ってしまえば「片方を選び色々試行錯誤したが、しっくりこなかったのでもう片方も試してみよう!」でも良い。どっちつかずに気を付ければ良いのだから。

 

 金銭的な問題は規定したラインを予め作っておけば早々表面化しない。

 

 そんな「重要な選択を他者に委ねると後悔することが多い」ニュアンスを匂わせた神崎の言葉に杏子は頭痛を堪えるように悩まし気な表情を作った。

 

 

 

 

 やがて一先ず軽く2パターンデッキを作って試しにデュエルしてから決めるとの結論に至り、デュエル場へと向かう3人を見送った神崎は小さく息を吐く。

 

「ああやって、ワイワイしている時が一番楽しいんでしょうね……」

 

 だが、そんな神崎の声は誰にも届かない。

 

 

 

 

 

 

 そんな杏子たちとの会合も過去となったあくる日、予定されていた他社との会合の場に慌てた様子を見せながら入室していた。

 

「遅れて申し訳ありません。移動中に積乱雲に巻き込――足止めを受けたもので」

 

 今回の取引相手はシュレイダー社を懇意にしている会社の一つであり、この会社から神崎がシュレイダー社に拒否られまくっていた儲け話を持っていけたら――といった目的があった。

 

 もう止めて! ジークのライフはゼロよ!

 

 その取引相手は海千山千の初老の男性であるとの情報からボロを出してはいけないと気を引き締めていた神崎だが――

 

 

「やあ」

 

 そう気安さを出しながら声をかけるのは優雅に紅茶を嗜む水色の長髪にオッドアイを持つ白い法衣に身を包んだ男。

 

 神崎はおろか、この会社とも縁もゆかりもない人物である。

 

――え?

 

 だがその外見を神崎は「知っていた」。忘れる筈もない超危険人物。

 

 そのオッドアイの男はカップをテーブルに戻しつつ、気品すら感じる動きで神崎に着席を促す。

 

「こうして顔を合わせるのは初めてになるな。まずは挨拶といこう。私は『ダーツ』。パラディウス社の総帥を――」

 

「――ッ!?」

 

 そんな対話の姿勢を見せるオッドアイの男――パラディウス社の総帥であり、オレイカルコスの神の復活を目論むダーツの言葉など全て無視した神崎はドアノブに手をかける。

 

 今、神崎にあるのは速やかにこの場を離れることだけ。明日への逃亡である。

 

 しかしドアノブは動かず扉としての役目を決して果たさない。

 

「無駄だよ、此処周辺は結界で覆わせて貰った。逃げ――」

 

 既にこの場を支配しているダーツからすれば、扉を開いて逃げようとする神崎の行為は無駄そのもの。

 

 

 

 だが真実は少し違う。神崎がドアノブに手をかけたのは「支点」にする為だ。何の支点だって? そんなものは――

 

 

 

 神崎の腕がメキメキと音を立ててマッスルが解放されていく姿を見れば、説明は不要である。

 

 そしてすぐさま神崎の拳が色々と置き去りにしながら振りかぶられた。

 

「…………やれやれ、此処は少々語らいには適さないようだ」

 

 

 だが、その拳が扉を守る結界に接触し、砕く前に呆れた様子を見せたダーツは神崎を見ながら『虚空に手の甲をかざす』。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「起動」

 

 周囲に光が眩ぐ。

 

 

 

 






原作ではあまり詳しく語られていないカード事情ですが

カードが財産な世界観ですので、今作ではこんな感じを想定しております。


ストレージを発掘しながら少しずつバージョンアップしていく感じもオツなのですが……( ̄へ ̄; ムムム…


代わりに「全人類デュエリスト」と言っても過言ではない世界ですので、
トレードの相手に困ることはないかと――コミュ力や交渉力? ハハッ!(目泳ぎ)



そしてサラッとドーマ編のボス、ダーツ登場。唐突ながらにドーマ編開始です。

此処からダーツ様の華麗なる逆転劇が繰り広げられるで!(フラグ)




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DM編 第9章 ドーマ編 逆転の一手
第150話 精霊の鍵




前回のあらすじ
ブラック・マジシャン・ガール「たたかえ……もっと多々買え……」

杏子「うぅ……」

ダーツ「人は心の闇には打ち勝てぬ弱き者たちでしかない――さぁ、その愚かさに従い多々買い続けるがいい!」




 

 

「起動」

 

 そんな『ダーツ』の呟きと共に彼の手の甲から伸びた歪な形の『鍵』が光り輝き、周囲を覆う。

 

 その直後、すぐさま神崎の拳が扉のあった筈の場所に振るわれ、何やら破裂音が響いた後に遅れて突風が吹き荒れるがその拳は何も捉えてはいない。

 

「さて、これでキミは私と対峙する道しかなくなった訳だ」

 

 剛腕を振り切った神崎に向けてそう語るダーツの姿に動揺は見られず、ただただ自然体である。いつものサイズに戻って行く神崎の腕を見てもそれは変わらない。

 

「相変わらずの身体能力だな――驚嘆に値するよ」

 

 そう軽口を零せる程にその心は平静だった。

 

 ダーツとて神崎のデュエルマッスルによるぶっ飛んだアレコレは幾度となく見た光景なのだから――さすがに慣れる。とはいえ、「ソレ」に慣れてはいけない気もするが。

 

 

 そんなダーツの平静を余所に神崎は全身のデュエルマッスルをボコボコと脈動させているが、そこから動きを見せない――その姿に常日頃の神崎らしさは皆無だ。

 

 いつもの神崎なら未だにデュエルの動きを見せないダーツに「デュエルの意思なし」と判断して殴りかかってもおかしくないにも関わらず、相手の一挙手一投足の見定めに留めている。

 

 

 どうした神崎。いつものお前はもっと輝いていたぞ。

 

 

 そうして動きを見せない神崎の視線の先はダーツの背後に向けられていた。

 

 

 そこに佇むは、白い球体を繋ぎ合わせたような巨躯を持つ天使。その背には複数の色のプレートで組み上げられた翼を広げ、眼下の神崎を見下ろす姿は何処か既視感が溢れるもの。

 

「…………これは参りましたね」

 

 その既視感の正体を誰よりもよく理解できてしまう神崎は慣れ親しんだ物理的解決にも移れない。その為、デュエルマッスルを抑え、所謂「待機モード」に移行させる。

 

 

 やがて打つ手が殆どない状態に神崎は内心でパニックになりながらもいつもの調子で振る舞うが、その内心を抜きにしても今の状況は想定外過ぎた。

 

 ダーツの背後に佇む巨大な機械染みた天使の姿は神崎もよく知っている――レベル12の儀式モンスター《崇光なる宣告者(アルティメット・デクレアラー)》。

 

 手札コストを代償に相手の行動を封殺する厄介な効果を持つモンスターだが、今回はその効果自体はあまり問題ではない。問題はその姿そのものだ。

 

 

 それに加えてダーツの手の中で揺れる「鍵」の姿を見れば、この《崇光なる宣告者(アルティメット・デクレアラー)》の存在が「どういったものか」など神崎には一つしか思いつかない。

 

 そんな神崎の内心を見透かしたようなダーツの声が閉鎖空間の中に響く。

 

「何を驚く? 『最上級の精霊の鍵』の核に使われる原材料――『オレイカルコスの欠片』は我が神の力である以上、私ならば精霊の鍵を模造することが可能なことは明白だろう」

 

 そのダーツの言葉と歪な形の鍵の取手部分に光る緑の石――『オレイカルコスの欠片』の存在が全てを物語っていた。

 

 この《崇光なる宣告者(アルティメット・デクレアラー)》は「最上級の精霊の鍵」によって構成されたアバターとしての姿なのだと。

 

 そして呼び出されたアバターとしてのモンスターのレベルはデュエルモンスターズにおけるカードに記載された最高レベルの「12」だ。

 

 精霊の鍵におけるレベルの高低による違いはレベル1~4の下級、レベル5、6の上級、そしてレベル7~12最上級の括りしかない為、レベル12であっても性能が上がる訳でもないが、実際に目の当たりにすれば何やら言葉にならぬ圧迫感を感じさせる。

 

 

 そんな物言わぬ圧迫感に晒されている神崎は現在かなりピンチだ。

 

 神崎がドーマの傘下のものから奪――もとい譲り受け、最上級の精霊の鍵に利用することでつい最近まで奥の手として使いまくっていた力が、そっくりそのまま敵であるダーツに利用されている状況がそこにあるのだから。

 

 ちょっと前に廃棄したのが裏目に出た。といっても使い続ける訳にもいかない事情があったが。

 

 そうして精霊の鍵が使われた以上、神崎は《崇光なる宣告者(アルティメット・デクレアラー)》の進行に従わなければならない。

 

 

『問問うううううう問うう問問問問問問如何に如何何何如何何何い争争い争い争望望望むむ望む望む問う問問う問ううううう問問』

 

 だが全身を小刻みに振るわせながら壊れた機械のような声を発する《崇光なる宣告者(アルティメット・デクレアラー)》の姿にダーツは落胆した様子で溜息を一つ吐く。

 

「ふむ、やはり疑似人格が上手くいかないか」

 

 ダーツのその言葉に僅かに光明を見出す神崎。その言葉を信じるのならダーツの持つ精霊の鍵は「不完全なものである」ことの証明に他ならない。

 

 そもそも精霊の鍵は豊富なオカルトグッズに加え、「馬鹿じゃねぇの?」なレベルの投資と、ツバインシュタイン博士クラスの頭脳があって初めて生み出せるものだ。

 

 前者二つは大国の国家予算に匹敵する財力を持つパラディス社の総帥であるダーツには容易く用意できたとしても、最後の頭脳面には大きな壁が立ちはだかる。

 

 過去のダーツが如何に優れた王であり、多芸だったとしても、専門的な知識に関してはツバインシュタイン博士と比べればどうしても劣る現実があるからだ。

 

 でなければ、あんな色んな意味で危なっかしい人物を神崎は重宝しない――思想の過激化の原因は神崎の助力? …………気にしちゃダメだ。

 

 とはいえ、不完全ながらに精霊の鍵を再現できているだけでダーツの頭脳が十分以上にヤバいレベルであることが証明されている。普通に『閉鎖空間の構築』だけでも十二分に脅威だ。

 

「『デュエルエナジー』――デュエリストの魔力(ヘカ)の衝突の際に僅かに発生する未知のエネルギー」

 

 やがてダーツは神崎を値踏みするような視線を向けながら独り言のように語る。

 

「この未知のエネルギーが神々の奇跡を遥か古代から生み出してきた根源という訳か。実に興味深い」

 

 それは遥か太古の時代では「神の所業」とされてきた超常的な現象に対し、科学的な見地からメスを入れるに等しい。まさに神々の領域を地に落とす所業と言えるだろう。

 

 だが、そんな神への冒涜とも取れる行いに対し、オレイカルコスの「神」を信奉している筈のダーツは何処か楽し気だ。

 

「そしてオレイカルコスの神の力が宿る欠片をその未知のエネルギーで制御下に置くとは……中々に面白い試みだ」

 

 ダーツの語るように「オレイカルコスの欠片」は文明を数世代後のレベルまで一気に押し上げる程の実用性を秘めた代物であるが、そこには相応以上に重大な欠陥――いや、「罠」がある。

 

 それは「使い続ければある日突然、使用者を『理性なき化け物に変貌させる』」といった致命的なまでのデメリットが存在するのだ。

 

 

 それもその筈、この「オレイカルコスの欠片」は地球の意思が人間を試す為に生み出した産物――人間は己が欲望を律することが出来るのかと。

 

 遥か古代の国家「水の都アトランティス」の王であったダーツはその恩恵と代償に見舞われ、オレイカルコスの神の啓示を受けて己が故郷を亡ぼす決断を取るに至った悲劇を生んだ。

 

 

 将来的に確実な破滅をもたらす時限式の爆弾。それがオレイカルコスの欠片の正体。

 

 ゆえに神崎は爆発する前に破棄した――セコイ。

 

 そんな背景を余所にダーツは神崎を今一度見やり告げる。

 

「とはいえ、『無謀』と言いたくもなる――もう少しでKCが化け物の巣窟になるところだったというのに」

 

――えっ? ……えっ?

 

 そうしてサラッとダーツから語られた想定外の事実に神崎は内心で一瞬呆けるも、すぐさま何でもないように軽口を返すが――

 

「それは危ないところでした。対処が間に合って何よりです」

 

「ああ、そうだな。もう数か月ほど遅ければ手遅れだっただろう」

 

 神崎の想像以上に現実はギリギリだった――地雷原でタップダンスを踊る所の話ではない。

 

「………………ええ、間に合って本当に良かったです」

 

――ツバインシュタイン博士の(バー)を見ながら査問した甲斐があった……

 

 とはいえ、此処で慌てふためく訳にもいかないと、パニックのフィーバーを続ける胸中に喝を入れ、平静で対応する神崎。ポーカーフェイスこと営業スマイルは慣れたものだ。

 

「一時的な産物とはいえ、見事なものだよ」

 

 そんな相手の内心も知らず、ダーツは最後に神崎へと興味深そうな色が籠った視線を見せる。

 

 一時的とはいえ、オレイカルコスの欠片を制御せしめたシステムこと「最上級の精霊の鍵」への興味は尽きない。

 

「キミに対する評価を見直さねばならないな」

 

 満足気にそう語るダーツだが、神崎の内心を知ればひっくり返りそうな評価だ。

 

「かけたまえ。安心してくれていい――今すぐキミをどうこうする気はない」

 

 やがて不敵な笑みを見せるダーツは穏やかな姿勢は未だ、変化はない――だとしても、神崎からすれば何一つ安心できる材料がないが。

 

「まずは話し合おうじゃないか」

 

 やがてそのダーツの提案に内心のおっかなびっくりな様相を隠しながら神崎は対面側の席に座るが、その途端に頭上から耳障りな音が響く。

 

『選択選ぶ選び選選び選ま択しょう選何をどを択方ちら法望み望む勝負争い望む法選問問ううう問選勝選び望む争い選選選争い方勝負望択選選む選』

 

 その正体は、ギチギチと音を立てて身を揺らし、狂ったような言葉を落とす《崇光なる宣告者(アルティメット・デクレアラー)》の姿。

 

 その身体はボロボロと崩壊を始めており、それに伴い周囲の空間も軋みを上げていた。どう見ても先は長くはない。

 

「さすがに騒がしいな――解除」

 

 ゆえに仕方がないとダーツが軽く指を鳴らすと共に閉鎖空間が解除される――が、そこは先程までいた会議室ではなく、巨大な石室のような神殿。

 

 

 その神殿の床や壁一面にびっしりと埋め尽くされた石板の一つ一つにオレイカルコスの神に魂を捧げられた者たちの姿が彫られている。

 

「我が神を祭る神殿へようこそ――此処に誰かを招いたのは久しぶりだよ」

 

 精霊の鍵による閉鎖空間から、オレイカルコスの力による長距離転移の合わせ技を見せるダーツ。

 

 精霊の鍵の模造が不完全であっても、その『不完全さ』を利用した一手に神崎は完全に逃げ場を失う。これではパラドックスの時のように増援を呼ぶことも出来ない。

 

 

 

 だが、それでも周囲の様子をそれとなく窺いながらどうにか逃げる術を模索する諦めの悪い神崎はダーツの注意を逸らすべく会話に乗る。

 

「……随分と急なご招待ですね」

 

「そう警戒しなくてもいい。キミが私の三銃士集めを妨害したことは気にしてはいない」

 

 神崎の内心の警戒を見透かすようにダーツは語るが当人から「怒っていない」と言われて、納得できる筈もない。神崎はそれだけのことをダーツにしてきたのだから。

 

 立場が逆ならば神崎は何が何でも排除に動く――ゆえに信じられない。

 

「キミと私の目的は一致している」

 

「一致?」

 

「少しは話を聞く気になったようだな」

 

 だが続くダーツの言葉に神崎の思考は一瞬止まる。神崎からすればどのあたりが一致しているか皆目見当が付かない。

 

 ダーツの目的である「現人類の淘汰」と、神崎の目的である「平穏に暮らす」――結構対極に位置するのではなかろうか?

 

 その神崎の思考の空白の隙間を縫う様にダーツは語り始める。

 

「キミの妨害によって私が三銃士集めに失敗した段階で手を引かせて貰った。あれ以上続けても此方に利はない」

 

 ドーマの三銃士とは、ご存知の通り――ラフェール、ヴァロン、アメルダの3人のことだ。

 

 原作にてダーツは彼らの身に悲劇を演出し、それにより彼らの心の闇を増幅させて己の陣営に引き込み、自身の手駒としていた。

 

 ちなみにダーツは最初から彼らを最終的に神の贄へと捧げる腹積もりだったが、今は関係ないので割愛しよう。

 

 

 ようは神崎が思いっきり邪魔したので、ラフェールは普通に家族と共に暮らしており、残りの2人は出稼ぎとばかりにオカルト課に放り込まれていることがハッキリしていれば良い。

 

 つまり、神崎は結果的にダーツと敵対する意思を既に見せているのだ。

 

「そうですか……それで態々私などを罠にかけた貴方の目的は?」

 

 にも関わらず、今の今までダーツ側からの報復がなかったことを不審に思っていた神崎からすれば、「随分と回りくどいことするなー」である。

 

 ダーツの圧倒的な力を鑑みれば彼我の実力差は歴然だ。下手に搦め手を用いるより真正面からぶつかられる方が神崎としてはかなり困る。

 

 例えば『ダーツのオカルト的な力を神崎に向けて全力でぶつける』といった真正面からの殴り込みをすれば――

 

 当然、神崎が抱える冥界の王の力を「大衆に見せる」ような状況も自然に生まれ、後は勝手に遊戯たちが討伐する流れになりかねない。

 

 なお、「搦め手」であっても困らない訳ではない。どのみち神崎のピンチではある――悲しい。

 

――精霊の鍵を破棄した途端にこの状況か。どの程度まで探られていたのか……穏健な対応を見るに冥界の王の力はバレていないようだが……

 

 分からないことだらけな現在の情報を胸中で纏める神崎だが、ピタリと当てはまるものは浮かばない。

 

 神崎にはダーツの目的が見えなかった。今まで戦ってきたような「シンプルに神崎をぶっ殺す」ことを目的にしていた相手とは少々違う気配が感じられる程度だ。

 

 ダーツがその気なら、もっとやり様があろうことは明白である。

 

「そう焦ることはない――と言おうともキミが安心できないであろうことは理解している。ゆえに本題から語るとしよう」

 

 そんな神崎の内心を見透かすように語るダーツは一度言葉を区切り、その「本題」を明かす。そう、それは――

 

 

 

 

「神崎 (うつほ)――取引をしよう」

 

 

 

 

――? 何故、そうなる?

 

「随分と突然なお話ですね……」

 

 神崎からすれば謎の提案だった。ダーツが何故、その選択に至ったのかその経緯が想像付かない。謎が一つ増える。

 

「私から提示する対価はキミが求めてやまない――」

 

 ゆえに内と外で疑問を呈する神崎だが、ダーツは気にした素振りも見せずに――

 

 

 

 

 

 

 

「――『安寧』」

 

 神崎の核心を突いた。

 

 

 先程まで訝しんでいた神崎の瞳が僅かに見開かれる。

 

 誰も辿り着かず、そして信じないであろう神崎の望みを当てて見せたダーツ。それはダーツが神崎の内面をかなりの精度で見抜いていることに他ならない。大した中身はないが。

 

「おや、『何故知っている』――そんな顔だね」

 

 神崎の僅かな表情の変化に小さく笑みを浮かべるダーツは続ける。

 

「簡単な推理だよ。キミの行動は一見すると出鱈目で、行動基準が分からない――いや、掴ませない」

 

 小さく笑みを浮かべるダーツは饒舌な調子を見せた。

 

 過去、神崎によってダーツは自身の三銃士集めが妨害されてから「神崎 (うつほ)」という人間を観察し続けたゆえに辿り着いた答えが面白くて仕方がない様相が見える。

 

「そして人の心の繰り言が得意なキミは自身の歪な人間性を全面に押し出し、上手くカモフラージュしていたようだが――」

 

 その過程でダーツが垣間見たもの。それは――

 

「キミの全ての行動を見比べた時、僅かに違和感が――不自然な点が見受けられた」

 

 拭えぬ違和感。

 

 誰もが神崎の表面上に見える歪んだ人間性にばかり目が向き、誰もが意識の外に置いていたものだった。

 

 

 

 

 

――いや、大体不自然だった気がするけど……うん、思い返しても中々に強引に事を運んできている。よく乗り切れたな……

 

 とはいえ、神崎からすれば「今更」な話だったが。「原作知識」を活用するも、解決策が脳筋的な手段ばかりな以上、不自然さは言わずもがなである。

 

 悲しいことに神崎に要領よく問題を解決するだけのスペックはない――というか、あるのなら彼の人間関係が「孤立無援」と言わんばかりの状況になど陥ってはいない。

 

 神崎とて一応は自覚していた――自覚しているのなら、改善して欲しいものだ。

 

 

 そうして内心はともかく、表層は沈黙を保つ神崎へダーツは興味の視線を向けつつ語る。

 

「キミは常に自身を安全圏に置きたがる。だが特定の状況ではその前提が崩れ、自身を鉄火場に置くことを厭わなかった」

 

 これが傍から見た神崎に垣間見える大きな矛盾。

 

 自己保身の塊のような神崎の在り方だが、その割にはよく危険地帯に飛び込んでいる。

 

 死の商人であった過去のKCしかり、紛争地帯しかり、凶悪犯罪者たちの対処しかり、ダーティーな世界しかり、血も涙もない人の皮を被った者たちの相手しかり――例を上げればキリがない。

 

 その例を一言で括るとすれば――

 

「それが世界の安寧を乱すものに対して――それがどんなに小さな綻びでもキミは酷く過剰に対応するきらいが見える」

 

 ダーツの語るように「世界の安寧を乱すもの」と評することが出来るだろう。しかし、そんなダーツの言い様に神崎はとぼけて見せる。

 

「ただの英雄願望かもしれませんよ?」

 

「フッ、冗談は止せ――キミはこの星という名の自身の住処を守りたいだけだろう?」

 

「随分とスケールの大きな住処ですね」

 

 何だかんだで神崎の本質から微妙にズレつつも、その内実に迫りつつあるダーツに対し、頑張って誤魔化そうとする神崎だが――

 

「それは仕方のない話だ――キミの敵が『世界』に手をかけるのだから」

 

 誤魔化せはしない。ダーツは己の確信に従い神崎の内心を紐解いていく。

 

 

「戦争をビジネスに考える人間は世界中の何処が戦場になろうとも気にはしない」

 

 気にして貰わないと困る為、《もけもけ》軍団とマッスルの力とKCの諸々のアレコレを利用し、頑張った――お陰で一時期ヒットマンに狙われていたが。

 

 なお、神崎に狙われていた自覚はあんまりない。彼の規格外のデュエルマッスルの前に膝を折った者が多かったらしい。

 

「破壊衝動に支配された千年アイテムの所持者は目につく人間を手あたり次第に害するだろう」

 

 害されると面倒な為、闇マリクは闇のゲームでデリートし、表のマリクとリシドも既に刑務所の中で「奪った過去は変えられずとも、未来への再出発の手助け」として償いの一つの形として賠償金をせっせと稼いでいる。

 

 なおその過程でイシズからいらぬ恨みを買いまくった。売却は不可である。

 

「そして私はこの世界をリセットしようとしている」

 

 リセットされては困る為、折を見て世界中のデュエリストの中から最強格のデュエリストたちを集めてダーツを集団でフルボッコに「して貰う」計画があったのだが、今の状況ではおじゃんであろう。

 

 神崎の「戦いは(質を備えた)数だよ、兄貴ィ!」作戦は不発に終わった。無念。

 

「そんな世界の危機に対する矛として、盾として、キミは『神秘科学体系専門機関』――通称『オカルト課』を組織した」

 

 だが、これに関しては少し違う。その「原点」はお金儲けの為である。稼がなければ過去のKCの社長であった剛三郎に首切りされるかもしれなかったからだ――神崎の物理的に強靭な首が切れない? そう言う意味じゃないから。

 

 

「『人の力』と、『異能の力』によって世界の安寧を担う組織の前身として」

 

 そう己の推察を告げるダーツに神崎は穏やかな笑みを浮かべるばかりで何も返さない。

 

――も、餅つけ。じゃなかった落ち着け。

 

 というか、何も返せない――ぶっちゃけかなり深いところまで突かれたゆえに返す言葉がない。文字通り言葉を失っている。その内心はアホ丸出しなことを考えていたが。

 

 

 神崎は将来的に5D’s時代にあった組織、警察内部に組織される治安維持部隊「セキュリティ」と、

 

 不思議な力を持つ所謂「異能者」を保護する団体たる「アルカディアムーブメント」への介入を予定している。

 

 

 神崎としても、人間であることを放り投げてしまった実情がある以上、「老い」の問題からいつまでも表の世界にいれば怪しまれるのは必至な為、定期的に姿を消す必要があるゆえだ。

 

 

 だとしても、「姿を消している間の原作介入はどうするのか?」という問題がある為、上述した二つの組織への介入を以てことを成す予定である。

 

 神崎には「介入を止める」という選択肢は既にない。パラドックスの時の一件で未来が変わりまくっている以上、手をこまねくことは下策であると感じている理由がある。他にもあるが、今は関係ないので省略させて貰おう。

 

 

 そんな未来予想図を現実逃避気味に考えつつ、タップリと時間をかけて自身の動揺を抑えた神崎はゆっくりと口を開く。

 

「成程。貴方の目的は――」

 

「ああ、神秘科学体系専門機関、オカルト課を動かせる立場を持つ――」

 

 相手の言葉に割り込むようにスッと立ち上がったダーツは神崎の元に近づいて手を差し出し――

 

 

 

 

 

 

 

 

「キミが欲しい」

 

 

 なにやら勘違いされそうな申し出がなされた。

 

 

 

 

 

 






┌(┌^o^)┐ 「ヒロイン現る(違)」




――と冗談はさておき、

ダーツ様の華麗なる逆転劇、第一幕「手駒がないなら、山ほど持っている相手を自軍に引き込めば良いじゃない」の巻き


此処からダーツ様の華麗なる逆転劇は続いていくで!( ´∀`)bグッ!






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第151話 神の証明



前回のあらすじ
崇光なる宣告者(アルティメット・デクレアラー)「誰も『ダーツに呼び出された』俺のこと話題にすら上げてなかったーッ!!」

E・HERO(エレメンタル・ヒーロー)ネオス「(肩ポンしつつ)本編出れただけマシ」




 

 

「随分と情熱的な申し出ですね」

 

 ダーツからの唐突な勧誘に思わずといった具合に冗談めかしてそう返す神崎。なにせ相手が相手だけにその手を取る訳にもいかない。

 

 もしもその手を取れば「遊戯たちと明確に敵対する」という破滅の道を歩むことになるのだから。

 

「それに値するモノがキミにはある――キミの集めたデュエリストたちは誰もが強き魂を持っているのだから。本当によく集めたものだ」

 

 だからと言ってダーツもそう容易く諦めるには神崎の持つ立場は惜しかった。

 

 オカルト課にはダーツが狙っていたヴァロンやアメルダだけでなく、彼らと同等、あるいは凌駕するかもしれない程の実力を持つデュエリストたちが多数在籍している。

 

 今現在、強力な配下を持たぬダーツからすれば是が非でも手にしておきたい。

 

「彼らはやがて復活する伝説の龍に選ばれたデュエリストたちを倒しうる手駒として相応しい」

 

 何しろダーツの野望を阻まんとする伝説の三体の竜に選ばれたデュエリストたちを退けるには並のデュエリストでは力不足だ。

 

 ダーツのデュエルの実力が幾ら高いとはいえ、多勢に無勢に加えて選ばれし3人のデュエリストの結束の力を侮るなど出来ない。

 

 過去の一戦の際もダーツの父と娘と伝説の三体の竜と精霊たちによる結束の力によって防がれたのだから。

 

「キミの命令にもよく従う――私にとって理想的で強力な手駒に成り得る」

 

 ゆえにダーツが現在抱えている諸々の問題を一挙に解決できる立場にいる神崎は理想的な存在だ。

 

 

 些か都合が良すぎる程に。

 

 

 そう手放しに称賛を送るダーツだが対する神崎は先に説明した事情がある為、当然乗り気ではない。

 

「世界を滅ぼさんとする貴方の提案へ了承を返すとでも?」

 

「無論対価は用意してあるとも、それが最初に告げた『安寧』だ」

 

 そうして拒絶の意思を見せる神崎だが、対するダーツは被せるように相手の心に一手打つ。

 

「私は人々の欲望に醜く歪んだ今の世界を破壊し、新たな世界を創造する」

 

 語られるのはダーツの目的である「世界と人類の再生」。これこそがオレイカルコスの神から降った啓示により辿り着いた計画。

 

「その際に心の闇に打ち勝つことのできる完璧な人間――そう、欲望を持たない新人類を生み出し、私自ら彼らを束ねる」

 

 心の闇を克服できず、自身の住まう星すら破滅させようとする現在の人間に見切りをつけて世界をリセットし、異物を排除した後に新たな人類を生み出す必要があるのだと。

 

「そして永遠の平和が、安寧が保たれるのだ」

 

 さすれば、この星に蔓延る問題は全て解決され、恒久的な平和と安寧が約束される。これがダーツの――と言うよりは、オレイカルコスの神の言い分。

 

「キミにはその新たな世界で好きに過ごして貰って構わない。世界に問題がなければ、アレコレと動く必要もない筈だ――大人しく隠居でも何でもすると良い」

 

 心の闇を持たない完全な人類ならば、この星を壊すこともなく世界が滅ぶような問題も起きはしないのだと。

 

 仮にその平和な世界が文字通り実現すれば、ダーツの言う通り神崎は世界の片隅であろうがひっそりと暮らすであろう。

 

「双方の希望が叶う理想的な契約だろう?」

 

 そう、この契約は互いの望みを最大限叶える理想的なものだ。互いにWin-Winの関係が約束されている。

 

「そう上手くいくとは思えませんね」

 

「ほう?」

 

 たった一つの問題(遊戯たちと戦うこと)を除けば。

 

 神崎にとってそこが一番のネックだった。ならその問題さえ解決できれば乗りそうな有様だが、それは一先ず脇に置いておき――

 

 何故なら、バトルシティやパラドックスのデュエルで遊戯のデュエルキングたる実力を散々見た後からすれば無理ゲーだと悟らざるを得ない。

 

 あんなデュエリストとしての実力が化け物染みている相手にどうやれば勝てるかなど神崎には皆目見当もつかない――身体ばかり化け物になっても悲しいことにデュエルにおいて殆ど意味はないのだ。

 

 

 世の中にはどうにもならないこともある。

 

 時に諦めも肝心だ。

 

 相応の妥協も必要であろう。

 

 

 なので、死にたくない神崎は断る材料を並べ始める。神崎としても此処で荒事に発展するのは好ましくない為、良い感じにこの会談をスルーしたい腹積もりがあった――出来るかどうかは別だが。

 

「額面通りに受け取れば確かに魅力的な提案ですが、提案したのが一度『失敗した』貴方というのが不安材料だ」

 

「フッ、私の過去も調査済みという訳か」

 

 原作知識から神崎が知りうるダーツの過去に起こった一件をやり玉に上げ、その方法では「そもそも世界が救えない」方向へと論点をズラそうとするが――

 

「確かに――古代アトランティスの王としての私は民たちの心の闇を御せず、その心を腐らせてしまった」

 

 対するダーツはどこ吹く風といった具合に堪えた様子はない。

 

 確かに神崎が話題へ上げた通り、ダーツは過去に一度治世に失敗している。

 

 

 件の場所はダーツの故郷であった「聖なる水の都、アトランティス」――素晴らしい都市()()()

 

 今の世界とは異なり、精霊たちと共存が成されており、自然と人が調和した理想郷と呼べる美しい世界()()()

 

 しかし永遠の理想郷など存在しないとばかりに――

 

「オレイカルコスの神から授けられた『欠片』を奇跡の物質と疑わず、神が人類を試していることを見抜けなかった」

 

 突如として発生した「オレイカルコスの欠片」が全てを狂わせる。

 

 そのあらゆる分野に応用可能な万能の物質と言うべき存在により、アトランティスは高度な発展を遂げた――その代償として支払ったものの大きさに気付かずに。

 

「私は民の心が腐って行くことを止められなかった」

 

 そうして利便性を突き詰めていった人々は、それらと引き換えに大地や自然に加え、精霊との関係・恩恵を忘れ、その心を欲望で染めていった。

 

 醜く肥大した心の闇が行き着く先などいつの世もさして変わりはしない。

 

「そしてキミも知っての通り、私は――民だけに留まらず、父と娘、そして妻に至るまでこの手にかける結果を生んだ」

 

 それは滅び。

 

 人々がオレイカルコスの欠片の代償により醜い化け物へと姿を変え、それらの異変に対してオレイカルコスの力を捨てることを提言したダーツの父と娘の声も既に手遅れ。

 

 ダーツはオレイカルコスの神の啓示に従い、父たちと殺し合う道を取った。

 

 

 そうして瞳に影を見せるダーツに神崎は「手痛い思いをしたのならオレイカルコスの力なんて捨てない?」とオレイカルコスの欠片を散々利用した癖に内心でのたまいつつ、やんわりとした口調で返そうとするが――

 

「でしたら、私が貴方の提案に乗れないことも――」

 

「――だが、それがどうしたというのだ」

 

 ダーツは狂信すら感じさせる瞳で神崎を射抜く。

 

 そんな狂気の色の見える瞳に神崎は気圧されるも、いつものように表面上だけでも努めて冷静に問う。内心は知らん。

 

「……と、言うと?」

 

「かつて『アトランティスの王』だった私は既にいない」

 

 そう、国を、民を、家族を、それら全てを失ったダーツにも失った引き換えと言わんばかりに得たものがある。それが――

 

「私は『オレイカルコス』の――『神』の声を聞き、神の使徒として生まれ変わったのだ」

 

 神からの啓示。

 

 神からの使命。

 

 神からの助力。

 

 

 そう、オレイカルコスの神の使徒として生まれ変わったのだと。

 

 

 そんな狂信者らしい主張を見せるダーツに神崎は「胡散臭い事この上ない」とブーメランな考えを持ちつつ、此処からどう話を運べば自分は逃げ切れるのかと思考を巡らせ、一先ず無難に返すが――

 

「だから『過去の失敗は関係ない』と?」

 

「そうは言わない――かつての私の行いは確かにキミの言う『失敗』だ。それは変わらない」

 

「では『その失敗を糧にした』と?」

 

「ああ、そう受け取ってくれて構わない」

 

 だがダーツの主張を聞けば聞くほど、神崎は内心で頭を押さえる。会話になっている気がしないと――そもそも説得が不可能だと受け入れるべきだと思うが。

 

 やがてこの期に及んで逃げの一手を探す神崎の内心を余所にダーツの話は続く。

 

「私はこの星を蝕む人間を浄化しなければならない。今の人間の心は時と共に闇に呑まれ、欲望に支配されてしまう失敗作なのだから」

 

 ダーツの語るようにこの世界こと「星」は滅びの危機に晒されている。それはパラドックスの語ったような「未来のエネルギー機関であるモーメントの暴走」が原因――であるだけでは留まらない。

 

 人間たちが「自分たちの暮らしの為に」と我が物顔で世界を開拓する中で環境を破壊し、汚染し、星への迫害をし続けた弊害が確実に蓄積しているのだ。

 

「世界の裏側を見てきたキミなら分かる筈だ。『人間』など守るに値しない存在だということに」

 

 そして大地と精霊の恩恵を忘れた人間たちの愚行はそれだけには留まらない。守る価値すら存在しないと考えてしまう程に愚かだ。

 

「その眼で見続けてきただろう? 世に蔓延る『不条理』を、『不平等』を、腐る程に」

 

 彼らは自分たちと同じ人間でさえ、迫害の対象である。そこに「仲間意識」などといったものは介在しない。

 

「無辜の民を食い物にする下衆、人の命を財に変える外道、他者の足を引っ張るしか能のない無能、不平不満を述べるばかりの恥知らず――例を挙げれば際限がない」

 

 戦争・差別・貧困・飢餓――世界の影に少しばかり目を向ければ、思わず目を背けてしまうような惨状が数多く広がっている。

 

「既に人の心は手の施しようがない程に腐り果てている」

 

 既に世界には驕り高ぶった人間たちの醜く肥大化した欲望――心の闇に侵食されているのだ。

 

「そうして人々の心の闇を放置し続けてきた結果が、今の世界だ――誰かが手を打たなければならない」

 

 ダーツは自身の計画を進めながらも、その人類の愚行を一万年の長き時に渡って見てきたが、その問題が解決されることは遂になかった。

 

「だから全てをリセットすると」

 

「そうだ。これ以上、この美しい星を穢すことなどあってはならない」

 

 それゆえに事を起こすのだと語るダーツに神崎は静かに返すが――

 

 

「極端ですね」

 

 そんな言葉が神崎から零れる。

 

 それは思わず零れた嘘偽らざる本音。常日頃から「どう動くべきか」と考えるあまり言葉に虚実を織り交ぜがちな神崎らしくないものでもあった。

 

「ほう?」

 

 そうして珍しく表層に漏れ出た相手のらしからぬ感情の変化を感じ取ったダーツがその瞳に興味の色を深めていく中、神崎の語りは続く。

 

「確かに人には『負の側面』が多いですが、だからといって全てを一緒くたに判断するのは『極端』と言わざるを得ない」

 

 それは神崎なりの譲れない一線のようなものだった。

 

 ダーツのような主張は彼の前世――に限らず古今東西、物語中の一つのテーマとしてはよくあるものである。

 

「よくある話ですよ」

 

 そう、よくある話だ。

 

 

 

「『世界に絶望した』などと言う癖に、その絶望の根源は『世界の一部分』でしかない」

 

 

 どれだけの不幸な出来事があったとしても、その原因が世界の全てである例などそう多くはない。

 

 今回の場合は「人の欲望こと心の闇」に人間が囚われ、愚行に奔ることが問題だが、世界中の全ての人間がダーツの語るような「醜い人間」だという訳では当然ない。

 

 

 確かに世界には心の闇に囚われた欲深き人間もいるだろう。その数は多いのかもしれない。

 

 だが、人間の中にも他者を慈しむことができる温かな心を持つ人間も少数であっても確実に存在し、

 

 そうした温かな心を今の段階では持っていなくとも将来的に獲得する可能性を持った人間や、善と悪の狭間に揺れる人間に加え、欲望に囚われつつもそこから抜け出したいと願っている人間など、人の心は千差万別である。

 

「それに加えて『問題のある部分』ではなく、『世界の全てを纏めて』――なんて、『横着』が過ぎる」

 

 だというのに、それら全ての人間を「結局は同じ」と扱うダーツの主張は神崎からすれば理解の外だ。

 

 しかしその神崎の言葉をダーツは「甘い」と断ずる。そんな考えは所詮、理想論に過ぎないのだと。

 

「分かっていないな、神崎 (うつほ)。既にそんな綺麗事など言っていられぬ程にこの星は危機に瀕している。なればこそ多少の犠牲が生まれようとも最短で事を成さねばならない――それが分からぬキミではあるまい」

 

 星が滅べば当然のことながら、そこに住まう全てが死に絶える――であるならば、確実性を取ろうとするのは自明の理であると。

 

 所謂100を生かす為に1を切り捨てる。つまりはそんな理屈。

 

 この世界においても当たり前に行われている残酷な現実。

 

 

 

「――ただ『面倒』なだけでしょう?」

 

 

 しかし神崎はそんな現実にこそ抗うべきだと考える。何故なら「それ」は「切り捨てる側の理屈」でしかない。「切り捨てられる側」の立場を良く知る神崎からすれば到底許容できなかった。

 

「私も色々と手広くやらせて頂いていますが、確かに問題を一つ一つ解決していく作業は気が遠くなる程に面倒です」

 

 国や人種――いや、人間である以上、一人一人の主義や嗜好は当然のことだが異なる。

 

 にも関わらず、それらを全て無視して「世界全てを同じように」などの乱暴なやり方は基本的に脳筋な解決手段ばかりの神崎でも好まない。

 

 商売人としての矜持――と言う程でもないが、神崎とて「お客様」には可能な限り最大限満足して頂けるように、相手によって「提供する商品(幸福)」は細かく変えている。

 

 どれほど優れた「商品(幸福)」であっても万人が満足する訳ではないとよく知っているからだ。

 

 

 とはいえ、その結果として横っ面を殴り飛ばす(もけもけで進撃する)ような事態に陥ることもある為、神崎のやり方が乱暴ではないと言えるのかは甚だ疑問ではあるが。

 

「ですが、だからといってその『面倒』を放り投げてしまえば――そんなもの、ただ楽な方へ逃げているだけでしかない。そんなことが――」

 

 安易に犠牲を許容することは神崎にとっては許されざる行為だった。何故なら、それを認めてしまえば彼が最も大切に――

 

「だが、この方法が最も効果的だ」

 

 逸れかけた神崎の意識がそんなダーツの言葉によって引き戻される。

 

 そうして生まれた僅かな間に、知らず知らずの内に綻び始めていた自身の仮面を再構築し、神崎はいつもと変わらぬ笑みを貼り付けて応対する。

 

「……そうやって何もかも一緒くたにするのは、さぞ楽でしょうね。何も考えなくていいんですから」

 

 心が腐り果てている人間が存在するから全ての人類を殺すなど、極悪非道の犯罪者と、生まれたばかりの無垢な赤子を同列に扱うに等しい。

 

 子を思いやれる親と、誰一人思いやれぬ人間を同列に扱うに等しい。

 

 

 そんなことが許されていいわけがない――それが神崎の中に燻る残照染みた想い。

 

 

 しかしダーツは視野が狭いとばかりに小さく嗤う。

 

「フッ、だとしても心の闇を克服できぬ失敗作である彼らを放置することは出来ない――これは天命なのだよ」

 

 ダーツは星の浄化の為に妻を、娘を、父を、と肉親であっても関係なく事を成してきたのだ。星が滅べば文字通り全てが滅びてしまうのだからと。

 

 そこまで何もかも振り切った相手がその程度の言葉で止まる筈もない。

 

「その失敗作の人間が大人しく死んでくれるとでも?」

 

「確かに今の人類は過去の我が父のように抗うだろう――伝説の竜たちも選ばれし勇士を定め、牙を剥く」

 

 そうして神崎の言葉など意に介さず、ダーツの――いや、オレイカルコスの神の過激な思想が継続して並べられていく中、懸念事項であるかつて父と娘に味方した伝説の三体の竜の存在に警戒を見せるが――

 

 

「しかし些末事だ」

 

 

 今のダーツにはそれら全てを「些末事」と切って捨てられるだけの確信があった。

 

「キミの協力が得られれば、付随する問題は全てクリアされる。そう、私の計画はより盤石なものとなるのだ」

 

 今回の契約が成されれば、伝説の三体の竜すら恐れるに足りぬ程にダーツの陣営は強固になるのだと。

 

「世界中から集めた『強き魂を持つデュエリスト』たちと――」

 

 それはオカルト課に集められた才あるデュエリストたちによる「戦力補充」と――

 

 

 

「――キミの持つ『知識』があれば」

 

 

 神崎が持つ――いや、「知る」とある情報があれば。

 

 

 そんなダーツの言葉に神崎は常に浮かべている笑みの中の瞳を僅かに揺らす。そこには知られてはならない部分まで知られてしまったゆえの動揺がヒシヒシと感じられた。

 

 その神崎の僅かな表情の変化を見逃さず、ダーツは畳みかけるように続ける。

 

「最近まで1つばかり分からなかったことがある――それは何故、キミは世界の綻びに対して、過剰なまでの対応を取るのか」

 

 それは神崎の「行動基準」――何を以て世界の安寧の為に奔走しているのかについて。

 

 ダーツとて神崎が博愛精神で動いているなどとは思っていない。

 

 当然、そこには「神崎なりの目的」が介在している。

 

 

 それは皆さんご存知の通りだろうが、ダーツはそれを知る由もない――が既に鍵となる情報を手にしていた。

 

「だがある人物の存在がその疑問を氷解させてくれたよ」

 

 そう、全て――とはいかずとも証拠はある程度、ダーツの中に揃っているのだ。

 

「未来からの使者、パラドックス」

 

 その証拠の一つはイリアステル滅四星が一人、逆刹のパラドックスの存在。

 

 

 パラドックスと神崎……というよりは遊戯たちの一戦は神崎が精霊の鍵による閉鎖空間を使用しなかったゆえにダーツからすれば探ることはさして難しくはない。

 

 

 つまり、あの時に神崎がとった策から、遊戯たちの実力に至るまで何もかもの情報が筒抜けだったに等しい。勿論、神崎の微妙過ぎるドロー力もだ。

 

 

 そして厄介なことにパラドックスが語った「未来の情報」もその中には含まれている。

 

「何故、未来の人間がこの時代に来たと思う?」

 

「…………観光ですかね」

 

 にも関わらずワザとらしく問いかけたダーツに対し、まさか見られていたとは思ってもいなかった神崎は内心で動揺のカーニバルがパレードインする中、冗談交じりに苦しい答えを返すが――

 

「惚けなくても構わない。答えはシンプルだ――彼の言っていたように我々がいるこの星の未来は破滅に瀕している」

 

 さすがにそんな答えではダーツ以前に誰も誤魔化せないだろう。

 

「ゆえに未来から訪れた彼らが過去の改竄を行い滅びの未来を回避しようとしている訳だ」

 

 というより、先も言ったように実際にオレイカルコスの力の一つである千里眼にてパラドックスとの一戦をリアルタイムで見ていたダーツからすれば真偽を確めるまでもないことだった。

 

 そうして何処か掌で神崎を弄ぶような口調のダーツだが、此処で声のトーンを僅かに落とす。

 

「だが滅びの未来があるということは、私の行った計画は名もなきファラオに防がれ、失敗に終わったということだろう」

 

――『自分が未来を救うのに失敗した』とは考え……ないんだろうな。

 

 相手の主張に内心で思わずそうツッコム神崎を余所に話は続いていく。

 

「ゆえに私はアプローチを変える必要があった。三銃士では不足だったのだろうと」

 

 ダーツの今現在の状況を鑑みて、想定される大きな敗因は「戦力不足」であろうと。

 

 幾らダーツが超常的な能力を持ち、加えて圧倒的なまでのデュエルの実力を有していても数の力を侮ることはできない。さらに相手の質も高いとなれば尚更である。

 

「そしておあつらえ向きな人間がいた――それがキミだよ、神崎 (うつほ)

 

 さらに皮肉にもその「戦力不足」を引き起こした原因がその問題を解決する鍵となっていた。充実し過ぎておつりがくる程に「おあつらえ向き」だった。

 

「キミが集めた人員はハッキリ言って『過剰』なレベルだ。一企業が集めるレベルを大きく逸脱している」

 

 なにせ神崎が集めたデュエリストたちはその誰もが原作にて一線級の実力者であり、普通の企業ならば一人二人いれば戦力的には十分以上なレベルである。

 

「だが、キミはまだ満足していない」

 

 しかし、その十分以上を大きく逸脱する程のデュエリストを集めても神崎は未だに優れたデュエリストを探し、求め続けている。

 

 そう、神崎の認識からすれば今のままでは「戦力不足」なのだ。未だ目標とするレベルには程遠い。

 

「当然だろう――いずれ滅びの未来が訪れるのだから、備えは多い方が良い」

 

 それもその筈、見据えているのは「滅びの未来」に対処する為の戦力。一企業が対峙する問題でもないと思うが、KCこと海馬社長の元ならばノープロブレムである。

 

「そう、キミは滅びの未来に立ち向かう『戦士』を育てる必要があった――大量に」

 

――これは……拙いな。

 

 そんな誰も信じないであろう神崎の主目的の凡そ全てがダーツに見抜かれている事実に内心で冷や汗ダラッダラな神崎だが、未だダーツの追及の手は衰えない。

 

「しかし、そう考えたとき当然の疑問が浮かぶ」

 

 

 だがダーツの言う通り、今までの仮定を証明する為には「一つの大きな疑問」が立ちはだかる。

 

 

「――『何故、滅びの未来を知っているのか』という疑問が」

 

 

 それは神崎が持つ情報の出処だった。

 

「始めはパラドックスのように『未来の知識を有している』と考えていた。だが実際は違う」

 

 普通に考えればパラドックスのような「未来の住人」と考えるのが自然だろう――が、ダーツはそれを否定する。

 

 何故なら、もし神崎が未来の住人が先の世の歴史を利用したとするのなら――

 

「『未来の知識を有している』割にはキミの行動は何処か、そう――杜撰(ずさん)だ」

 

 

 神崎の行動は「雑過ぎる」と言わざるを得ない。未来の知識と未来の技術があれば普通に考えて、もっと上手くやれる筈だと。

 

「貴方のように才有る方から見れば、凡夫である私の行動など滑稽なものでしょう」

 

――杜撰(ずさん)で……すみません……

 

 そうして自身の脳筋な解決手段ばかり取る面を上げられ、神崎は思わずといった具合に内心でその肩を落とす。

 

 それについては神崎も申し訳なさで一杯だが、そもそも土台である前世が普通の人だった神崎には無茶な話でもある。

 

 イリアステルのような緻密な計画を以て活動するだけのスペックは神崎にはない。解決策を山のように用意して片っ端から試し、ごり押していくしかない。その為にデュエルマッスルを鍛えていくしかなかったのだ。

 

「そう自身を卑下することはない。キミに大きな落ち度はなかった」

 

――それはない。

 

 謙遜するような――その内心は凹んでいるが――神崎の声にダーツはフォローする言葉を投げかけるが、対する神崎は胸中にて即座に否定する。

 

 落ち度があったからこそ、瀬人とモクバの実の両親を救えず、マリクたちの問題に手が届かなかった為、被害を食い止められず、エスパー絽場と兄弟たちの問題に手が回らず、パラドックスを凶行に走らせないだけの「未来救済プラン」を用意できなかった。

 

 後、現在シュレイダー社ことジークに対する働きかけの雲行きが凄く怪しい。

 

 そういった「助けられなかった人間」が存在する以上、「落ち度がない」など神崎には口が裂けても言えはしない。

 

 

 そんな神崎の内心など知らずダーツは己の仮説を述べる。こう考えれば全てがストンと納得できると。

 

「ただ、未来の知識を『十全に得ている』人間の行動では『ない』というだけだ――そして私は一つの仮説を立てた」

 

 それは本来のダーツが知ることが出来ない。いや、そもそも考慮に上げることすらない「視点」。

 

 

 

 

「キミは『酷く限定的』な未来の知識を有している」

 

 

 それは平面の向こう側の情報。

 

 それは(原作者)によって紡がれた物語(ストーリー)

 

 それは神崎が――いや、『転生者(異物)』が知り得る知識。

 

 

 

「そう、まるで――」

 

 

 それは「この世界(遊戯王ワールド)の住人」に決して知られてはならなかった。

 

 

 

 

 

「――誰かの人生を傍から眺めただけのように」

 

 

 そんなこの世界(遊戯王ワールド)の人間が知り得る筈のない確信に迫ったダーツの言葉に神崎は常日頃浮かべていた温和な笑みは消え、その瞳がスッと細められる。

 

 

 

「キミは一体、『誰』の人生を眺めたのかな?」

 

 やがて最後にそう告げたダーツに対して神崎はゆっくりと席を立ちあがり、背を向け――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――其処まで辿り着いたのはキミが初めてだよ」

 

 

 全力で誤魔化しにかかった。

 

 

 

 

 

 いや、無理やろ。

 

 

 






神崎の迂闊な行動から「原作」こと神の存在を感じ始めるダーツ。


さすがダーツ様や!

次はダーツ様の高度なデュエルスフィンクスが火を噴くで!




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第152話 許せないヤツがいる



平成最後の更新が間に合わなかったよハルトォォォォ!!(ノД`)・゜・。




前回のあらすじ
取り合えずお墓を2人分予約しておくウラ……





 

 

 まるで「キミは知り過ぎた」と言わんばかりの神崎の言葉にもダーツは動じず、軽口を以て返そうとするが――

 

「それは光栄に――」

 

 ジャランと鎖の鳴る音と共に神崎が何処からか取り出した『光のピラミッド』から放たれた闇が周囲を覆い、ダーツを呑み込まんと迫った。

 

 

 話術で誤魔化すのかと思いきや、まさかの闇のアイテムによる強硬策に踏み切った神崎。

 

「フッ、千年アイテムの力か……だが、無駄だ。オレイカルコスの力の前では意味をなさない」

 

 しかし対するダーツが指を一つ鳴らせば光のピラミッドから漏れ出た闇は綺麗サッパリ晴れてしまう。

 

「ただの確認ですよ」

 

 そうして余裕を崩さないダーツだが、神崎も表面上は何でもないように振る舞った。これは「小手調べ」だと――実際は奥の手だが。

 

「ほう、確認か」

 

「ええ、出来ればこのまま尻尾を巻いて逃げ帰りたかったのですが、どうやらそうもいかなくなったようなので試せるだけ試しておこうかと――悔いは残したくないですから」

 

 興味あり気に弱者の足掻きを眺めるダーツへ神崎は色々言葉を重ねつつ次なる手を打とうとしていた。

 

「此方としても貴方と『直接戦う』選択は避けたかったのですが……何事も思う様にはいかないものです」

 

 そう、もはや神崎に「戦わない」選択肢はない。

 

 世界に対し、神の視点――安く言えば『メタ的な視点』を持つということは言葉のように安くはない。

 

 アホ――ゴホン、脳筋な神崎ですらメタ的な知識――原作知識により大きな改変を起こしているのだ。それを頭脳明晰なダーツが行えばその危険性は語らずもがなである。

 

 

 しかしそうして戦う意志を見せる神崎にダーツは語り合いを止める気はないとポツリと零す。

 

「『悔いを残したくない』……か。未だに過去を引きずっているようだな」

 

「何のことでしょうか?」

 

「なに――キミが私の過去を調べたように、私もまたキミの過去を調べたに過ぎない」

 

「……一体、何のことでしょう」

 

 それは神崎の拭えぬ過去(心の闇の根源)――誰もがさして重要視しなかった神崎の心の内。

 

「キミが『救えなかった人間』の話だよ」

 

「凡庸な私が全てを救えるなどとは始めから思っていませんよ」

 

 ゆえに一石を投じた。

 

 

 

「知識の中ではキミの両親の存在は『無価値』だったようだな」

 

 

 神崎の心を大きく揺らす巨石を。

 

 

 変化は劇的だった。

 

「初めて此方を見たな」

 

 その言葉通り、ダーツへと真っ直ぐ視線を向けた神崎の顔からいつもの貼り付けた笑顔が傍と消え、

 

「どんな気分だった? 大切な相手が『知識』の中においては路傍の石程度の価値すらなかったと知った時は」

 

「『何に価値を抱くか』なんて、人によって千差万別ですよ」

 

 続いたダーツの問いかけに、いつもの温和な声色もまた抜け落ちるように鳴りを潜める。

 

 

 ダーツの言う様に遊戯王ワールドにおいて、神崎の両親の立ち位置など端役も端役。主役(遊戯)を引き立たせることすらしない。

 

 

 ただ『その世界』にいるだけの存在。フレーム外の群衆の1人――いや、2人か。

 

 本来であれば文字通り「いてもいなくても問題のない人間」だ。

 

「本当にそうか? その知識の中に僅かでも情報があれば『死なずに済んだかもしれない』、『助けられたかもしれない』とは考えなかったのか? キミなら欠片程度の情報でも辿り着けた筈だ」

 

 そんな無価値な存在が「いつ死ぬか」など誰が気にするというのか。

 

 そうして続いたダーツの言葉に神崎は言葉を絞り出す。

 

「…………それは挑発のつもりですか?」

 

 

 幼少期の神崎は何の力も持っていなかった。

 

 成熟していた精神(転生の産物)以外は等身大の子供でしかなかった。

 

 無力な存在でしかなかった。

 

 ゆえに救えなかった過去を嘲笑っているのかと。

 

 

 だが違う。

 

「フッ、なに――『ただの確認』だ」

 

 これはダーツの確認作業に過ぎない。

 

「私にはキミが持つ『知識』の全容は分からない。しかしパラドックスの様子を見るに既に『本来辿るべき道筋(原作)』からは大きく逸脱し始めていることは明白」

 

 そう、ただダーツは確かめたかった。

 

「だが何故だ? 『知識』のアドバンテージを活かすのならば、改変は最低限に留めるべきなのは誰の目にも明らかだろう?」

 

 そうして続く説明の通り、原作からの変化が大きくなれば、当然「原作知識がアテにならなくなる」事態に見舞われる。パラドックスの一件からもそれは明白だ。

 

 少し考えれば誰にでも分かる理屈だ――それは神崎だってさすがに理解している。

 

「なれば程よく見捨てていくべきだ。『知識(原作)』を長く利用していく為にもな」

 

 未来の知識というアドバンテージを長く保たせるのなら、原作通りに動かしつつ要所々々で僅かに改変した方がより旨味を享受できる。

 

「だというのに、キミは『知識』を利用し、積極的に『観測された世界』を改変……いや、破壊している――何故だ?」

 

 だが、神崎はそれをしなかった。今までの神崎の行いは自身のアドバンテージを掃いて捨てているようなものだ。

 

「何が言いたい…………のでしょうか?」

 

「なぁに、そう難しい話ではない」

 

 ダーツは確認しておきたかった。

 

 

 

 

 

「――憎いのだろう? その知識の根源(原作知識)が、その観測された世界(遊戯王ワールド)が」

 

 

 

 神崎が己で蓋をした心の闇の根源を。

 

 

 遊戯王ワールドにおいて、神崎の両親の命など何の価値もなかった。

 

 2人が死のうが生きようが、世界(原作)には何一つ影響を与えない群衆(モブ)の中の非ネームドキャラ(名すら与えれていない存在)に過ぎない。

 

 原作において神崎の大切な人は「どうでもいい存在」だった。

 

 自身の大切な人間が世界に「無価値だ」と断じられれば、「ふざけるな」と思ってしまうのも無理からぬ話だ。ならば――

 

 

「『壊れてしまえ』と思う程に」

 

 

 そんな世界(原作)に配慮する義理など何処にもない。そう思うことは「悪」なのだろうか?

 

 未来を変える可能性は、生きる人々、一人一人の手に平等に存在する――そうだろう? 原作(本来の歴史)でも不動 遊星はそう言っていたじゃないか。

 

 

 ゆえにダーツは神崎に再度手を差し出す。

 

 

「ならば『壊そう』じゃないか――私たちの手で! この世界を! 完膚なきまでに!」

 

 ならば、変えてしまえ(壊してしまえ)

 

 星を、未来を、世界を。

 

「キミの大切な存在を否定したこの世界を!!」

 

 生きる人々の一人一人に平等に存在する権利(可能性)とやらで。

 

 彼ら(二人)を殺した世界(原作)を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やはり貴方とは相いれそうにない」

 

 しかし拒否するように放たれた神崎のいつもの調子を戻した言葉がダーツの手を振り払う。

 

 その声色に何処かこれ以上の問答を望まないような色が見えるのは果たして気のせいなのか。

 

「……つれないな。だが考えてもみろ。私はキミと同じ視点に立てることは既に証明されている筈だ。合理性を重視するキミならば、今まで以上に――」

 

 そんな不明瞭な感情が乗った神崎の誤魔化すような話題転換にダーツは引き留めるように語り掛けるが、既に神崎の腹は決まっている。

 

 どれだけダーツが神崎の内面にかなりの精度で踏み込めたとしても、互いの思想の一点が致命的なまでに合わないのだ。

 

 そう、此処からはトラゴエディアのときのように平和的な――もとい、命のやり取りを行わずに済んだようにはいかない。

 

 もはや建設的なやり取りは不可能である。それもその筈、神崎はダーツとは違い――

 

 

「私は人の『可能性』を信じているもので」

 

 

 人間の可能性という力を信じていた――近場に否が応でも信じざるを得ない具体例(遊戯たち)に加え、

 

 自身が逃れられなかった死の恐怖の只中であっても変わらぬ想い(愛情)を持ち続けた無価値な弱者の存在が、神崎に人の可能性を信じさせる。

 

「……フッ、『可能性を信じる』とは、意外とロマンチストだな」

 

「そうでしょうか? 私は『可能性』の力を持つ者たちを知っています。彼らの存在を見れば『人もそう捨てた者では無い』と思えますよ――それに貴方が『無価値』と断じた2人も、私に……かけがえのないものを残してくれました」

 

「若いな。私とて『そう』思っていた時期もある」

 

 話題の矛先を逸らされたダーツだが、思わず飛び出た神崎の青臭い答えに嘲笑を返す。そんなものはダーツに取って「夢見がちな思想」だと断ずるほかない。

 

「遥かなるいにしえ――1万年を超える長きに渡って私はこの世界を見てきたが、世界の腐敗は留まることを知らず、人間は過ちを繰り返し続けている……もはや『人間という種』の限界はとうに見えているのだ」

 

 何故なら、それは幻想に過ぎないのだと他ならぬ歴史が証明してしまっている。それがその歴史を文字通り己が目で見続けてきた者が悟った世界の真理だった。

 

「この石室を見渡してみるがいい。これまで多くの賢者と呼ばれる者たちが、キミのように『可能性』とやらを信じて心の闇から逃れようと苦悩し、打ち勝つ術を見出してきた」

 

 この一室を見渡す限りに存在する心の闇を克服できず、オレイカルコスの神に囚われた者たちの末路である『魂を封じた石版』が何よりの証だ。まさに「人の愚かさの証明」と言えよう。

 

 彼らは過去にその運命から抗おうと足掻いたが――

 

「だが皮肉にも彼らが証明したのは『人が心の闇に打ち勝てるのは、ほんの一時でしかない』という残酷な現実だった」

 

 全ては無駄だったとしか思えぬ結果が残っただけだった。

 

「心の闇に打ち勝ち続けるには人の心はあまりに弱く、儚い」

 

 弱さは時として罪である。その現実は神崎も幼少時、まざまざと突き付けられた。

 

「ゆえにオレイカルコスの神を降臨させ、腐敗した人間どもを滅ぼし、新しい人間を作り上げなければならない」

 

 もはや「可能性」などという曖昧な尺度を夢見ていられる段階は通り過ぎたのだと。

 

「今の人は、世界は、終焉に向けて堕ちていくことしか出来ない――それこそがこの世界の真実なのだ」

 

 それこそが世界の残酷な真実。

 

 真実から目を背けようとも、世界は何も変わらない。変えられない。

 

 ならば受け入れる他に道などありはしない。

 

「それは違いますね」

 

「……なんだと?」

 

 だが、此処で珍しく明確に断言するような神崎の否定の言葉にダーツはその動きをピタリと止める。眼の前の若造が一体なにを言うつもりなのかと。

 

「この世界は――」

 

 しかし神崎はこの世界(遊戯王ワールド)の揺るがぬ真実を知っている。

 

 それは何よりも絶対的で、何よりも無慈悲で、何よりもシンプルで、そして――

 

 

 

「『全てがデュエルによって左右される世界』です」

 

 何よりも狂っていた。

 

 

 ゆえに今一度神崎はその狂気に身を晒す。

 

 勝ち目など殆どないだろう。可能性など論ずるに値しない程に僅か。しかし無策ではない。

 

 そう、神崎はあの日から生きる為に戦い続けることを誓った。そうだ、神崎は『戦わなければならない』――そう、生きる為に。

 

「フッ、交渉は決裂か」

 

 これは一本取られたと小さく笑みを浮かべるダーツは指をパチンと一鳴らしてテーブルや椅子の類を消し去り、

 

「しかし、カードの叫びに耳を傾けないキミがデュエルとは……まぁいい」

 

 何処か呆れたような言葉と共に神崎からデュエルに適した距離を取る。

 

「仕方がない。キミの魂をオレイカルコスの神に捧げ、抜け殻となったその身体を私が有効活用するとしよう」

 

 やがて腰のホルダーから青銅を思わせる色合いの特注のデュエルディスクを腕に装着しつつ、あらぬ誤解を招きそうなことを語るダーツ。

 

「さぁ、キミの言う様に(いにしえ)より受け継がれてきた魂を懸けた闘いの儀式――デュエルを始めようじゃないか」

 

 そしてその言葉と共にダーツのデュエルディスクが起動し、まるで死神の鎌のようなボード部分が展開された。

 

 そうして自身がデュエルの準備を整える間、追従するように数あるデッキから一つを選びデュエルディスクにセットした神崎を確認したダーツはデュエリストとして牙を剥く。

 

「汝、魂を捧げよ」

 

 これから行われるのは神への生贄を処す儀式。

 

「 「 デュエル!! 」 」

 

 その命懸けの一戦の火ぶたが切られ、先攻・後攻の選択権を得たダーツはさして悩むことなく――

 

「では先攻は私が貰おう――私のターン、ドロー」

 

 先攻を選ぶ。相手の実力の底を既に知っているのだ。様子見の必要もない。

 

「スタンバイフェイズに私は手札の《黄金の天道虫(ゴールデン・レディバグ)》の効果により、自身を公開することでライフを500ポイント回復する」

 

ダーツLP:4000 → 4500

 

 手始めにダーツの周囲をクルリと舞った黄金の虫の癒しの輝きの中、ダーツは手札の1枚を神崎に見せつけるように指に取る。

 

「そしてこのカードを発動させて貰おう」

 

 それはダーツの、オレイカルコスの神の象徴たるカード。

 

「漆黒の闇より生まれしカードよ! 我が手に天命の力を!」

 

 やがてダーツが天に掲げたカードは眩い光を放つ。

 

「発動せよ! 《オレイカルコスの結界》!」

 

 その光は地面に六芒星に似た陣となって敷かれ、二人のデュエリストを閉じ込めるようにドーム状にオーラが広がって行く。

 

「これで敗者の魂はオレイカルコスの神に捧げられる。もはやお前に逃げ場など無いと悟るがいい」

 

 やがて広がった《オレイカルコスの結界》が足元を怪しげな光で灯す中、ダーツは神崎を挑発するようにそう告げつつ、自身の手札の一枚へと手を伸ばす。

 

「さてデュエルに戻ろう。まずは魔法カード《コア濃度圧縮》を発動――私は手札の魔法カード《コアキメイルの鋼核》を見せ、手札の『コアキメイル』モンスターを捨てて2枚ドローする」

 

 だが、そうしてダーツの使用したカードに神崎は内心で疑問符を浮かべた。

 

――『オレイカルコス』シリーズではなく、コアキメイル?

 

 それはダーツのデッキが原作とは大きく異なっていたゆえ。その変化はアヌビスの時とは比べものにならず、もはや『全く別のデッキ』と言える程の差だった。

 

 これに関しては、オレイカルコスシリーズが1枚しかOCG化されていないからどうしようもないんだ……無力な私を許してくれ……

 

 と、そんなことは置いておいて――

 

「私は《コアキメイル・テストベッド》を捨て2枚ドロー」

 

 神崎の思考を置き去りにしながら《コアキメイルの鋼核》が赤く染まり、鼓動の如き脈動を見せるに伴い、ダーツもデッキの呼応に応えるようにカードを引き抜いた。

 

「続けて2枚目の魔法カード《コア濃度圧縮》を発動! 手札の《コアキメイル・ウルナイト》を捨て2枚ドロー」

 

 次に引いた2枚のカードの内の1枚をダーツは早速使用し、先と同様の光景が繰り返されて行く。

 

「まだだ、3枚目の魔法カード《コア濃度圧縮》を使用し、《コアキメイル・ウルナイト》を捨て2枚ドロー」

 

 都度3度の墓地肥やしとドローを軽く行って見せたダーツ――羨ましい程のドロー力である――は此処からだとばかりに動きを見せる。

 

「そして魔法カード《ソウル・チャージ》を発動! 自分、墓地のモンスターを任意の数だけ復活させ、その数×1000のライフを失う。私が呼び戻すのはこの3体――」

 

ダーツLP:4500 → 1500

 

 1ターン目にも関わらず己のライフが大幅に減少することを一切躊躇わないダーツが呼び出すのは――

 

「舞い戻れ、《コアキメイル・テストベッド》! そして2体の《コアキメイル・ウルナイト》! 共に《オレイカルコスの結界》の効果を受け、攻撃力が500ポイントアップ!」

 

 コアキメイルの鋼核を緑のアーマーで覆い四脚で支える戦闘兵器が背中から伸びたコードの先の黄色い機械の瞳を無機質に揺らす《コアキメイル・テストベッド》と、

 

《コアキメイル・テストベッド》

星4 地属性 岩石族

攻1800 守1800

攻2300

 

 ケンタウロスを思わせる姿をした2体の機械魔獣こと《コアキメイル・ウルナイト》が盾と剣を鏡合わせに構え、眼球代わりの赤いモノアイを光らせるが――

 

《コアキメイル・ウルナイト》×2

星4 地属性 獣戦士族

攻2000 守1500

攻2500

 

 突如として、その3体の額に浮かび上がるオレイカルコスの結界の文様が彼らをダークモンスターへと変貌させ、その瞳に狂気の赤を宿らせる。

 

 

 これこそが《オレイカルコスの結界》の力の一部。単純な攻撃力の強化とはいえ、一切の制限のないそれは中々に厄介だ。

 

「魔法カード《ソウル・チャージ》を発動したターンはバトルを行うことは出来ないが、今は先行1ターン目、些細な問題だ」

 

 そうしてドローと併用して墓地に送っていた3体のコアキメイルを展開したダーツはその内の2体を指さし宣言する。

 

「此処で2体の《コアキメイル・ウルナイト》の効果をそれぞれ発動! 手札の《コアキメイルの鋼核》を見せ、デッキから《コアキメイル・ウルナイト》以外のレベル4以下の『コアキメイル』モンスター1体を特殊召喚する」

 

 そんなダーツの声に従い剣を天に掲げた二体の《コアキメイル・ウルナイト》。やがてその個所を起点に宙に異次元の扉を開く。

 

「私は2体の《コアキメイル・ウルナイト》のそれぞれの効果によりデッキから2体の《コアキメイル・クルセイダー》を特殊召喚!」

 

 そこから現れるのは銀の西洋甲冑に身を包んだ剛腕さを窺わせる2体の巨躯の重戦士な獣戦士、《コアキメイル・クルセイダー》。

 

 そして2体の《コアキメイル・クルセイダー》の額にも先程の同胞たちと同じようにオレイカルコスの文様が輝き、剣と盾を掲げながら内から溢れ出る力のままに狂ったような雄叫びを上げた。

 

《コアキメイル・クルセイダー》×2

星4 地属性 獣戦士族

攻1900 守1300

攻2400

 

「そして永続魔法《大胆無敵》を発動し、次に魔法カード《手札抹殺》を発動! 互いは手札を全て捨てて、捨てた枚数分ドローだ。私は2枚の手札を捨て、新たに2枚ドロー」

 

「なら私も5枚の手札を捨て、その枚数分ドローします」

 

 5体のモンスターを展開したにも関わらずダーツのデッキの回転は落ちる様子は見られないが、今の神崎にはそんなことよりも重要なことがあった。

 

――此処までのデュエルを見るに、相手のデッキはトークンか? となると、あのカードも多分OCG仕様だと思うが……

 

 原作から大きく変化を受けたダーツのデッキの精査である。今、使用しているデッキが問題なく作用しなければ神崎に待つのは魂を奪われる結果のみ。

 

 何せ、今の神崎のデッキはかなりピーキーな仕様なのだから。

 

「この瞬間、墓地に送られた《闇より出でし絶望》の効果を発動――このカードが相手の効果で手札・デッキから墓地に送られた際に、自身を特殊召喚します」

 

 そんな心配を余所に伸びに伸びた神崎の影から――

 

「《闇より出でし絶望》を攻撃表示で特殊召喚」

 

 闇が噴出し、巨大な闇の魔人となって神崎を守るべくコアキメイルたちの前に立ちはだかった。

 

《闇より出でし絶望》

星8 闇属性 アンデット族

攻2800 守3000

 

 闇の中で光る《闇より出でし絶望》の瞳がコアキメイルたちを射抜く中、ダーツは感心するように息を吐く。

 

「ほう、私のターンにも関わらずモンスターを呼び出したか。成程、お前も誰と闘っているか分をわきまえているようだな」

 

 それは神崎の足掻きに対する評価――相手の微妙なドロー力を知っているがゆえのものだが――

 

――いえ、偶然です。悲しいことに……

 

 実態は神崎の内心の声が示すように、いつもの通り初手でもたついていただけである。

 

「しかしこの瞬間、永続魔法《大胆無敵》の効果が適用される。お前がモンスターを召喚・反転召喚・特殊召喚する度に私のライフは300回復する」

 

ダーツLP:1500 → 1800

 

 そんなことなど知る由もないダーツはその程度は読んでいたとばかりに失ったライフを補填しつつ、盤石の盤面を敷くべく仕上げにかかる。

 

「最後にカードを2枚伏せてターンエンドだ」

 

 攻撃力が2000越えのモンスターを自軍のフィールドに並べられる最大数の5体展開しきったダーツ。

 

 それだけではなく2枚のセットカードまで用意する徹底振りは例え相手がどれ程の弱者であっても全力をかける獅子の如き強靭さが感じられる。

 

 だが高いステータスを持つ「コアキメイル」モンスターたちには大きなデメリットがあった。

 

「このエンド時に《コアキメイル・ウルナイト》と《コアキメイル・クルセイダー》は手札の自身と同じ種族のモンスターを公開するか、魔法カード《コアキメイルの鋼核》を捨てなければ自壊する」

 

 彼らはその力の代償として定期的なエネルギーこと維持コストが必要な個体が多いのだ。

 

「今の私の手札は0――当然、どちらも行うことは出来ない。よってこの4体のモンスターは露と消える結果が待つ」

 

 しかし今のダーツにその維持コストを支払う術はない。ならばコアキメイルたちが辿るのは自壊の道のみ。

 

 《コアキメイル・テストベッド》以外の4体のコアキメイルたちの身体がピシピシとひび割れていき、最後はガラス細工のように粉々に砕け散るが――

 

「だがこの瞬間、《コアキメイル・テストベッド》の効果が発動する!」

 

 その砕ける寸前に《コアキメイル・テストベッド》の身体から突如として伸びた数多のケーブルが件の4体のコアキメイルたちに接続された。

 

「自身の『コアキメイル』モンスターがエンドフェイズに破壊された時、自身のフィールドに『コアキメイルトークン』の特殊召喚が可能!」

 

 すると、やがて砕け散った4体のコアキメイルたちの残骸から同様のケーブルがウジャウジャと這い出し、新たな命を生み出すかの如く形を成していく。

 

「私は自壊した4体のコアキメイルの数だけ『コアキメイルトークン』を特殊召喚! そして《オレイカルコスの結界》の力を得る!」

 

 そうして生まれたのは《コアキメイル・テストベッド》と不気味な程に同じ姿をした4体のトークン。

 

 彼らは新たに生まれ変わった事実に歓喜の声を上げるように歪な音を盛大に鳴らした。その額にはオレイカルコスの文様が輝いた。

 

『コアキメイルトークン』×4

星4 地属性 岩石族

攻1800 守1800

攻2300

 

 ターンを終え、盤石の布陣を整えたダーツは静かに語りだす。

 

「お前のターンが始まる前に教えておこう。《オレイカルコスの結界》には私のフィールドに2体以上モンスターが存在するとき、最も低い攻撃力を持つモンスターを相手の攻撃から守る効果がある」

 

 こうして自身の扱うカード効果を教えるのは強者としての余裕なのか。それとも離れた位置であっても気合いでカードテキストを確認してくる神崎への牽制なのか。

 

「成程、今の貴方のフィールドには『同じ攻撃力』を持つモンスターが5体存在する」

 

「そうだ――つまりお前は私のモンスターを攻撃することは叶わない」

 

 成程と自身が確認したテキストと相違ないことに頷く神崎を見る限り後者の意味合いが強そうである。

 

 

 やがて「どう動いたものか」と考える神崎は自身の手札を再確認するが――

 

――さして動けないな……

 

 相変わらずのまるで成長が見られない手札であった。

 

 手札にドローソースがあれど、言ってしまえばそれだけの手札。

 

 デュエリストとしての一歩を踏み出すべく外法染みた試みすら手を出したというのに、その足掻きの成果は何一つみられない。

 

 この通常ドローでまともなカードを引かなければ次のターン、コアキメイルたちになぶり殺される未来とてあり得る。

 

「では私のターン、ドロー」

 

――これなら……次に引くカード次第か。

 

 そうして己の命運がかかった通常ドローで引き込んだのは今の手札では壁にするしかない下級モンスター。いきなり打つ手なし――とはまだならない。

 

「スタンバイフェイズに墓地に存在する《死霊王(しりょうおう)ドーハスーラ》の効果発動」

 

 ダーツが必ず発動するであろう《オレイカルコスの結界》を見越したカードがあるのだ――なお、墓地に送っておく必要があったが、ダーツによってその問題もクリアされている。完全に相手頼りな有様だ。

 

「フィールド魔法が表側表示で存在する場合、このカードは互いのスタンバイフェイズに墓地から守備表示で特殊召喚できる」

 

 大地を砕き、地の底から舞い戻るように現れるのはいくつもの巨大な生物の頭蓋を鎧のように纏う死霊の王。

 

 半身から伸びる双頭の蛇の足が獲物を探す様に揺らめく中、右の手の巨大な杖を地面に叩きつけ、己が威容を示す。

 

死霊王(しりょうおう)ドーハスーラ》

星8 闇属性 アンデット族

攻2800 守2000

 

 今回の神崎のデッキはパラドックス戦での保守的過ぎた構築を反省し、若干の攻め気味の構築がなされている。

 

 自己再生能力持ちとはいえ、若干「重さ」を許容し、その分だけパワーのあるカードを頑張って盛り込んであるのだ。

 

「フッ、《オレイカルコスの結界》に対抗する為のカードか――だが、相手モンスターが特殊召喚されたことで永続魔法《大胆無敵》の効果によりライフを回復させて貰おう」

 

 しかし対するダーツはその程度の小細工では揺るがないとばかりに着実にライフを回復していく。

 

ダーツLP:1800 → 2100

 

「魔法カード《強欲で金満な壺》を発動。エクストラデッキのカードを6枚ランダム除外し、デッキからカードを2枚ドローします――そしてこのターン、私はドローすることが叶いません」

 

 そうして手札の唯一の望みであった欲深き顔と成り金顔が貼り付いた壺をぶっ壊し、手札を補充するが――

 

 

――……微妙。 動けるだけマシと……考える他ないな。

 

 劇的に良くなっている訳ではないが、「あ、これ死んだわ」と言う程に絶望的でもないリアクションに困るもの。攻めの構築にしたのが此処に来て――というか、早速悪い意味で響いている。

 

 やはり大人しめのデッキにしておくべきだったかと、若干の後悔を感じる程だ。

 

 

 しかし最初のターンにてダーツが放った魔法カード《手札抹殺》のお陰もあって、動けなくはない。

 

「魔法カード《ブーギートラップ》を発動。手札を2枚捨て、墓地の罠カードを1枚自分フィールドにセットします。私は墓地の罠カード《絶滅の定め》をセット」

 

 足元から水が噴き出し、墓地から罠カード1枚を神崎のフィールドに押し上げる。そうしてセットされたカード名の不吉さは気のせいではあるまい。

 

「この効果でセットした罠カードはセットしたターンに発動可能です。早速、罠カード《絶滅の定め》を発動――その際にライフコストを2000支払います」

 

神崎LP:4000 → 2000

 

 やがてその不吉さを示す様に発動されたカードの効果によって天――といっても、室内ならぬ遺跡内だが――に暗雲が立ち込める。

 

「罠カード《絶滅の定め》の効果により、発動後の3回目のバトルフェイズ終了時に互いのプレイヤーは自分フィールドのカードを全て墓地に送らなければなりません」

 

 それは文字通り絶滅の定め――確約された破滅の未来。

 

 その未来の前には強固な耐性を持つ三幻神ですら抗うことは許されない。そしてそれは当然――

 

「フッ、《オレイカルコスの結界》を恐れたか」

 

 オレイカルコスの力――1ターンに1度の破壊耐性を持つ《オレイカルコスの結界》とて例外ではない。

 

 それがOCG効果ではなく、原作での強力無比な効果であってもだ――――多分。

 

 しかしこの変えられぬ未来の破滅をもたらす《絶滅の定め》を覆す方法が一つだけ存在する。

 

「だが、3度目のバトルフェイズまでお前が立っていられるかな?」

 

 それがプレイヤーである神崎の死――3度目のバトルフェイズを迎えなければ破滅は訪れない。

 

「そうならないことを願います」

 

 とはいえ、神崎とて「それ」は重々承知である為、全力で抗う。何としてもダーツには破滅して貰わなければならない。思考が完全に悪役である。

 

「私は先程、墓地に送った《馬頭鬼(めずき)》の効果を発動――墓地の自身を除外し、墓地のアンデット族モンスターを特殊召喚します」

 

 やがて神崎が手を突き出した先の地面が巨大な斧によって断ち切られ、そこからまさかり担いだ金太――もとい、馬の頭を持つ地獄の鬼が顔を出し、冥府よりの客人をお送りする。

 

「墓地より《冥帝エレボス》を特殊召喚」

 

 そして冥府と言ったらこのお方、とばかりに黒き重厚な鎧を纏った帝王が髑髏をあしらった玉座に威圧感タップリに座した。

 

 隣に守備表示で佇む《死霊王(しりょうおう)ドーハスーラ》を意識しているようにも見える。

 

《冥帝エレボス》

星8 闇属性 アンデット族

攻2800 守1000

 

「だがその特殊召喚の瞬間、永続魔法《大胆無敵》の効果によりライフを回復させて貰おうか」

 

 そうして神崎がモンスターを展開すれば展開する程にダーツはライフを回復させていく。

 

ダーツLP:2100 → 2400

 

 数値の上では300と微々たるものだが、数が重なれば無視できないものとなるだろう。

 

「魔法カード《クロス・アタック》を発動」

 

 だがそんな神崎の声に自軍の死霊王と冥帝を挑発するように大地に両の手を叩きつけ、グワッとその巨体を躍らせる《闇より出でし絶望》は「我こそは」とばかりに気合の乗った咆哮を上げた。

 

「自身のフィールドの同じ攻撃力を持つ2体の攻撃表示モンスターを選択――このターン、一方の攻撃権を放棄することで、もう一方のモンスターは相手プレイヤーに直接攻撃が可能に」

 

 そんな張り合う3体のモンスターの攻撃力は全て同じ「2800」――つまり《クロス・アタック》の効果を問題なく受けられる。

 

 ただ《死霊王(しりょうおう)ドーハスーラ》は守備表示の為、今回は条件から外れるが。

 

 

 ゆえに攻勢に出るべく神崎は動き出す。

 

「バトルフェイズへ移行し、《闇より出でし絶望》の攻撃権を放棄し――」

 

 顎で指図する《冥帝エレボス》を無視して《闇より出でし絶望》がダーツを直接ぶっ飛ばしに行こうと雄叫びを上げるが、突如ピタリと止まり神崎を振り返る。

 

 そんな2体のモンスターの胸中を評するのなら「えっ、今なんて?」といったところか。

 

「魔法カード《クロス・アタック》により《冥帝エレボス》でプレイヤーに直接攻撃」

 

 気を取り直して玉座から頬杖をついていた《冥帝エレボス》は気怠い様子で指をパチンと鳴らすと――

 

「少しは知恵を絞ったようだな」

 

 そう呟くダーツの背後から闇色の槍が対象を射殺さんと迫る。だが対するダーツは振り向きもせずに嘲笑を見せた。

 

「――だがその程度の一撃が私に届くとは思わないことだ」

 

 そして余裕を崩さないダーツの背を貫く筈だった闇色の槍は不可視の障壁に阻まれ届かない。

 

「永続罠《スピリットバリア》を発動させて貰った。その効果によって自分フィールドにモンスターが存在する限り、バトルによって発生する私へのダメージはゼロとなる」

 

 発動されたセットカードの1枚の効果を述べるダーツに対し、何処か歯がゆさを感じさせる動きを見せた《冥帝エレボス》――己が一撃を止められたことが不服らしい。

 

「ではバトルフェイズを終了――これで《絶滅の定め》の1回目のカウントがなされます。そのままメインフェイズ2へ移行して、《闇より出でし絶望》を守備表示に変更」

 

 出鼻を挫かれた神崎だが、セットカードの1枚が分かれば儲けものとばかりに堪えた様子もなく、《闇より出でし絶望》もそんな神崎を守るべく闇の身体を盾とする。

 

《闇より出でし絶望》

攻2800 → 守3000

 

「後は……そうですね。モンスターをセットし、カードを1枚セットしてターンエンドです」

 

 やがて少し考え込んだ後、神崎は手札を1枚残して全てをフィールドにセットし、ターンを終えた。

 

 今回も相手のダーツが圧倒的に格上である以上、出し惜しみなどしていられない。とはいえ、デュエルにおいて神崎が出し惜しむことが出来た試しなど殆どないが。

 

 状況が状況ゆえに内心でハラハラしている神崎だったが、ダーツは自身のターンとなったにも関わらず、ドローする様子も見せずにポツリと零す。

 

「所詮はこの程度か。やはりと言うべきか、パラドックスとのデュエルから何も成長していないようだな」

 

 その言葉から感じられる感情は失望――ではなく、何処か呆れに近い。

 

「そんな有様では運命の歯車からは逃れられぬ。素直に天命を受け入れるが良い」

 

「耳の痛い話ですが、凡夫は凡夫らしく最後までみっともなく足掻かせて頂きますよ」

 

 そうして見切りをつけるように続けるダーツに対し、相手との埋まらぬ差を痛感する神崎は表層だけでもと平静を装う。神崎は常に『そう』して来た。

 

 己の弱さを隠す為に。

 

 強くある為に。

 

 もう二度と大切な『――』を失わない為に。

 

「フッ、やはりお前は空虚だな。神崎 (うつほ)

 

 だがそうして平静を装う神崎にダーツはそう告げた。

 

 神崎の内など、心の機敏など、長き時を生きてきたダーツには手に取るように分かる。相手の言葉など必要としない程までに。

 

 ダーツから見た「神崎 (うつほ)」という人間は何処までも弱者だった。

 

 腕力といった物理的な力云々の話ではない。それは心の問題。

 

 神崎の心に「生き汚さ」はあれど「強さ」はない。その心は弱さと共にある。

 

 弱さゆえに恐怖し、弱さゆえに備え、弱さゆえに足掻き、弱さゆえに信じられず、弱さゆえに安堵できず、弱さゆえに力に縋る。

 

 神崎がどれだけ仮面で取り繕うとも、その心の内には常に恐怖の感情が渦巻いていた。

 

 アヌビスのデュエルの時も、冥界の王と対峙したときも、パラドックスのデュエルの時も、そして今、このデュエルの時も例外はない。

 

 

 それらは何よりも――

 

「その空虚さはデュエルにも表れている――お前のそれ(デュエル)はまるで『熱』が存在しない」

 

 神崎のデュエルが示していた。

 

 この世界においてデュエルは相手の心の内を言葉以上に雄弁に語ってくれる。

 

 役者(アクター)という仮面越しにマイコ・カトウが見抜いた神崎本人すら自覚のない本質が今、紐解かれていく。

 

「なんのことでしょう?」

 

「お前は理解出来ないのだろう? 他の人間(デュエリスト)の在り方が。そのデュエルが」

 

 そんなダーツの言葉に神崎の眉が僅かにピクリと動いた。

 

 

 この遊戯王ワールドにおいて、デュエルとは非常に大きな意味を持つものである。その重要性は神崎がいた世界では考えられない程に高い。

 

 その事実を神崎が理解出来ないと語るダーツだが、神崎とて全く理解出来ない訳ではない。多少のイメージは掴めなくもないのだ。

 

「そんな周囲の人間とのズレが、お前が無意識に他者を遠ざける要員となっている」

 

 しかし決して明確な実感は伴わない――その事実こそが問題なのだとダーツは語る。

 

 その問題こそ神崎のデュエルが、ドローが、そして人間関係が、上手くいかない原因の一つなのだと。

 

「お前のデュエルの空虚さの根源を当ててやろう。お前は――」

 

 ダーツが語る神崎の内に隠された、その正体は――

 

 

 

 

「『勝てば他はどうでも良い』のだろう?」

 

 

 神崎を全否定する代物だった。

 

 

 それが問題なのだとすれば、勝利をリスペクトするように、自己生存へ特化した生き方をしてきた神崎の人生の全否定である。

 

 

 

「……それが、そこまで『おかしなこと』だとは思えませんが」

 

「無自覚か……ならば断言しよう――『おかしい』とも。他の人間はそうは思わない。無論、この私でさえ」

 

 思わず目が点になりそうな表情筋を抑えつつ絞り出した神崎の言葉もやはりと言うべきか、ダーツに全否定される。そこには神崎を追い込むような意図が見えた。

 

 しかしダーツとて神崎を糾弾したい訳ではない。ただ事実を述べているだけに過ぎないのだ。

 

「デュエリストは当然勝利を求めるが、同時にその心の内に……そうだな、『こだわり』が介在する。どれ程までに僅かであってもな」

 

 ダーツが「こだわり」と評したそれは――

 

 

 勝利のみを追い求め、『勝利をリスペクトする』と断言した者も、

 

 実利のみを追い求め、己を『リアリストだ』と評した者も、

 

 魂の昇華の為にそれ以外を削ぎ落してきた者も、

 

 妹と仲間を取り戻す為、あらゆる躊躇いを振り切って足掻いた者も、

 

 効率を突き詰め、手段は選ばず、時に悪辣さをすら厭わなかった者も、

 

 

 この世界の誰一人として、その『こだわり』は捨てられない。

 

 

 だが何もそれは悪いことではない。むしろ良いことだ。その『こだわり』ゆえに彼らは己がアイデンティティを完全に見失うことがないのだから。

 

「だが、お前はそれを容易く捨てられる。躊躇なく、気にすらしない」

 

 しかし、神崎だけはこの世界において唯一『それ』を気にしない。

 

 気にする筈もない。何故なら、神崎にはこの世界の人間が当たり前に持っているものを持っていないのだから。

 

「理解が及ばないようだな。いや、『理解に至れない』だけか」

 

 それを言葉で評するのならデュエルに対する『熱』という他あるまい。

 

 神崎とて多少の好みの範疇であればなくはない。だが、それさえも状況次第では捨てられるものでしかなかった。

 

 

 

 人はデッキに、カードに、何処まで想いをかけることが出来るだろう?

 

 

 『結束の証』と評せるだろうか?

 

 『己がプライド』と評せるだろうか?

 

 『無二の相棒』と評せるだろうか?

 

 『絆の象徴』と評せるだろうか?

 

 『魂そのもの』と評せるだろうか?

 

 

 

「やはりお前は異端だよ、神崎 (うつほ)

 

 神崎は返す言葉を持たない。

 

 

 

 

 






~「ダーツが言った最後のアレは何が言いたいんだってばよ!」な方々の為の簡略化した説明~


パラド――匿名希望のQ:見るがいい! あらゆる時代から最強カードを集めた究極のデッキを!!

遊戯王ワールド風のA:なんという力だ……!!

OCGことリアル思考のA:ねぇ、もっと強いカードやテーマ使えば?


カルチャーショックですわ(真顔)


~今作のダーツのデッキ~
トークン軸のコアキメイル――「オレイカルコス」シリーズ添え

未OCGカード『オレイカルコス・ミラー』のトークンを生み出す能力の再現を重視したデッキ。

さらに唯一OCG化された「オレイカルコス」モンスターとのコンボも取れなくはない設計になっている。

というか、OCG化されたカードの方は効果が原作効果からかけ離れ過ぎてるんですけど……(遠い目)

???「許さねぇ……絶対に許さねぇぞ! K〇NAM〇イイィイィ!!」




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第153話 心の闇



前回のあらすじ
神崎ィ! お前に足りないモノ!

それはァ! 情熱、思想、理念、頭脳、気品、優雅さ、勤勉さァ!

そして何よりもおォーッ!

速………… 速 さ は 足 り て る !(マッスル的な意味で)





 

 

「異端……異端……ですか」

 

 ダーツの語った「異端」との評価に神崎は返す言葉を探すようにそう呟くが、上手く言葉は浮かばず否定も肯定も出来なかった。

 

 否定しようにも、この世界(遊戯王ワールド)の中で自分の価値観がズレている自覚があまりに強く、

 

 肯定するにはその事実はあまりに受け入れ難い。

 

 もし認めてしまえば、神崎はこの世界(遊戯王ワールド)にて弱さを克服できない証明になりかねないのだから。

 

「そうだ。お前はこの世界において永劫の孤独に囚われた哀れなる魂」

 

 続くダーツの言葉に神崎はバトルシティにてアクターを通じてマイコ・カトウから「(から)っぽ」だと告げられた一件が脳裏を過る。

 

 色を持たない。何者にもなれない者――なれば当然、「デュエリスト」にもなれない。

 

「彼の――パラドックスの言葉を借りるのならばお前は『デュエリスト』ではない。いや、『なれない』」

 

 それはパラドックスが神崎を「デュエリストではない」と評したことが何よりの証明になっているように神崎は思えた。

 

「だがデュエルに戻る前に一つ言っておこう。そんな『個』を失いつつある弱き心で運命の歯車から逃れようとは無謀が過ぎる。それでは足掻けば足掻く程に苦しみが続くだけだ」

 

 そうしたデュエリストの――いや、この世界(遊戯王ワールド)での「個」を失った先にあるのは一つ。

 

 世界中の人間がデュエリストになりつつある世界において唯一その可能性を持たない文字通り世界の「異物」であることの証明。

 

 それは存在してはならないイレギュラー。

 

「…………貴方のターンですよ」

 

「変わらぬと知ってなお足掻くか。私のターン、ドロー!」

 

 自身の惨状が受け入れられないのか、言葉少なくデュエルの進行を急かす神崎。だが、それはこの場における最も愚かな選択である「逃げ」でしかない。

 

 しかし、今の神崎は「それ(デュエル)」に縋るしかなかった。

 

 そう、勝てば良い――そうすれば「敗者の戯言」だと()()言い訳できる。

 

「……そのスタンバイフェイズにフィールドにフィールド魔法が存在する為、墓地の2体目の《死霊王ドーハスーラ》を守備表示で特殊召喚させて頂きます」

 

 そんな神崎の内に膨らむ歪んだ闘志に呼応するように2体目の《死霊王ドーハスーラ》が大地を砕き、些か以上に悪役感溢れるモンスターの列に並ぶ。

 

《死霊王ドーハスーラ》

星8 闇属性 アンデット族

攻2800 守2000

 

「だが此方も永続魔法《大胆無敵》の効果により回復させて貰おう」

 

 そうして新たにモンスターが呼び出されたことでダーツは最初のターンに失ったライフを着実に取り戻していく、

 

ダーツLP:2400 → 2700

 

「私は魔法カード《貪欲な壺》を発動――墓地の5枚のモンスターをデッキに戻し、シャッフル――新たに2枚ドロー!」

 

 互いに壺を砕きながら手札を充実させる壺に厳しいデュエルが続く中、ダーツはさらに攻勢に出るべく2枚の手札の内の1枚に手をかける。

 

「此処で永続魔法《オーバー・コアリミット》を発動。これにより私のフィールドの『コアキメイル』モンスターの攻撃力はさらに500アップ!」

 

 やがてオレイカルコスの結界の力に加え、コアキメイルたちの鋼核がその力を引き出すように紋様が鈍く輝き、新たな力の鼓動に歓喜するような駆動音が鳴り響いた。

 

《コアキメイル・テストベッド》

攻2300 → 攻2800

 

『コアキメイルトークン』×4

攻2300 → 攻2800

 

 赤く輝くコアキメイルたちの攻撃力は3000ラインに届きうる程である。

 

 そうして対峙する歪な人造生物の軍勢と、闇に生きる不死者たちの集い。

 

 見比べると、どちらが正義側なのかリアクションに困る――えっ? 神崎が『正義』とかワロス? い、一応、世界の安寧を願っているから……

 

「さぁ、バトルといこう。まずは1体目の『コアキメイルトークン』で《冥帝エレボス》を攻撃!」

 

 そして始まるはコアキメイルたちの行軍。

 

 一番槍とばかりに飛び出した『コアキメイルトークン』が《冥帝エレボス》の瘴気の波動を躱しもせず、我が身など厭わずに身体からコードを伸ばし絡みつく。

 

 

 やがて『コアキメイルトークン』のモノアイが点滅を始め、その感覚が段々と短くなっていき――

 

 眩い光の後に自爆した『コアキメイルトークン』は巨大な爆炎を上げて敵諸共散っていった。

 

「フッ、冥府の帝王もその最後は存外あっけのないものだったな」

 

 消し飛んだ玉座を薪とくべるように轟々と炎と煙が立ち込める先を見つつそう零すダーツ。

 

 

 だがその炎と煙が逆巻くように奔り始め、それらが散った先から最初に見えたのは風の残照に揺れるマント。

 

 そして風が収まった後に映る全容は傷一つない身で腕を組んで佇む《冥帝エレボス》の姿。風の残照に揺れるマント彼の姿は『帝』と呼ぶに相応しい。

 

 

 互いに同じ攻撃力ゆえに相打つしかなかった両者の差を分けたのは――

 

「ダメージ計算時に速攻魔法《アンデット・ストラグル》を発動。フィールドのアンデット族モンスター1体の攻撃力をターンの終わりまで1000アップもしくはダウンさせる――私はアンデット族の《冥帝エレボス》の攻撃力を1000アップ」

 

 プレイヤー(デュエリスト)の援護。

 

 そうして《冥帝エレボス》のマントの下で蠢く黒いオーラがその身を一時ばかり強靭に高めていた。

 

《冥帝エレボス》

攻2800 → 攻3800

 

「ほう、返り討ちにしたか――だが勝負を急いだな。お前は罠に落ちた!」

 

 しかし、援護するだけが能ではないとダーツは片腕を天に掲げ宣言する。全て己の筋書き通りだと。

 

「この瞬間! オレイカルコスの番人が降臨する!!」

 

 ダーツの真の狙いは己が切り札たる強靭なしもべを呼び起こすことにあった。

 

「今こそ真の姿を現すがいい!」

 

 やがて周囲に揺らめき始めた霧を切り裂くように現れるのは――

 

「――《オレイカルコス・シュノロス》!!」

 

 圧倒的なまでの巨躯を誇る土偶のようなモンスター。

 

 その強大な体躯は神崎のフィールドの大型モンスターたちですら見上げる程のサイズ。

 

 さらに全てを押しつぶすようなプレッシャーに加え、何処か神聖さすら感じるその威容は他のモンスターとは隔絶した存在であることの証明にも思える。

 

《オレイカルコス・シュノロス》

星10 闇属性 機械族

攻 ? 守 0

 

「このカードは私の通常モンスターが戦闘で破壊された際に呼び出すことが出来る――オレイカルコスの番人!」

 

 それもその筈、このカードは「オレイカルコス」の名を持つモンスターであり、まさにダーツが崇拝するオレイカルコスの神の使いとも言える一柱。

 

「このカードの攻撃力はお前のモンスター1体につき1000アップする! そう、お前が敵意を向ける程に《オレイカルコス・シュノロス》の力は増していく!」

 

 その力こと、効果は強力無比の一言。かの三幻神と対を成す三邪神の一柱と酷似しており、まさに神々と並び立つ存在といっても過言では……過言では……ないだろう。ないといいな。

 

「今のお前のフィールドのモンスターは5体! よって今の攻撃力は《オレイカルコスの結界》の力も合わせ5500!」

 

 やがて己が能力と結界の力により『オベリスクの巨神兵』をも上回る攻撃力を得た《オレイカルコス・シュノロス》はその存在感をより一層高め、ただそこに存在するだけで周囲の空間が恐怖に震えるように軋みを上げる。

 

《オレイカルコス・シュノロス》

攻 ? → 攻5500

 

「それだけではない! 《オレイカルコス・シュノロス》は私のしもべたちに盾を授ける!」

 

 しかし未だ《オレイカルコス・シュノロス》の力は留まることを知らない。その身から溢れ出る神々しいオーラがダーツのフィールドを満たしていく。

 

「シュノロスが存在する限り、フィールドのレベル4通常モンスターは効果では破壊されない!」

 

 そのオーラは3体の『コアキメイルトークン』たちに宿り、その身を盾――は持てないので鎧のように包んでいった。

 

「これにより通常モンスター扱いである『コアキメイルトークン』が効果破壊によって消滅することはない」

 

 つまり《オレイカルコス・シュノロス》の存在が『コアキメイルトークン』たちを守り、

 

「そしてお前のモンスターが減り、《オレイカルコス・シュノロス》の攻撃力が下がろうとも、その際に攻撃力の勝る『コアキメイルトークン』が存在する限り、《オレイカルコスの結界》の力によってシュノロスへ攻撃は届かない」

 

 また『コアキメイルトークン』も《オレイカルコス・シュノロス》の為に敵に立ちはだかる。

 

「まさに究極の(つるぎ)と盾を備えた絶対のしもべ!」

 

 互いの力をそれぞれ高め合う強固な布陣が今ここに完成した。

 

 

 

 3体の攻撃力が3000近いモンスターの火力に破壊耐性が加わればかなりの脅威である。

 

「さぁ、《オレイカルコス・シュノロス》よ! 冥府の帝王をあの世に送り返してやるがいい! フォトン・リング!」

 

 やがてダーツの宣言の元、《オレイカルコス・シュノロス》の足元から浮かび上がった光輪が高速回転と共に上昇を始め、頭上にまで達した瞬間に放たれた光輪は《冥帝エレボス》の鎧を紙のように切り裂き、その先の神崎を打ち付けて弾き飛ばした。

 

「ぐっ……!!」

 

神崎LP:2000 → 300

 

 発生したあまりの衝撃で地面を転がった先にある周囲を覆う《オレイカルコスの結界》の壁に叩きつけられた神崎は想像以上の実体化したダメージに「みんなリアルダメージで殺しに来すぎだろ」などとブーメランな事を考える。

 

 だが、そんな神崎の思考を裂くようにダーツの声が響く。

 

「さらに此処で永続罠《暴走闘君》を発動! これによりフィールドのトークンは攻撃力が1000上がり、戦闘では破壊されない!」

 

 そうして発動された永続罠の効果により『コアキメイルトークン』がメキメキと肥大化していき、狂ったような雄叫びを上げた。

 

 体中から奔るコードが周囲に叩きつけられた際の接触からバチバチと火花を散らす。

 

『コアキメイルトークン』×3

攻2800 → 攻3800

 

「これで私の『コアキメイルトークン』は何者にも破壊されぬ力を得た」

 

《オレイカルコス・シュノロス》による破壊耐性に加えて永続罠《暴走闘君》による戦闘耐性を得つつ、その攻撃力を4000近くまで押し上げた『コアキメイルトークン』が3体。

 

 その耐性は神のカードの「それ」に近づきつつある。

 

「さぁ、コアキメイルたちよ! 残りの雑兵共を蹴散らすがいい!!」

 

 そんな神の領域に迫る『コアキメイルトークン』と、それを量産し続ける力を持つ《コアキメイル・テストベッド》の行軍が神崎の4体の守備表示モンスターへ向けて行われる。

 

 死すらも恐れぬ彼の軍勢によって2体の《死霊王ドーハスーラ》が砕かれ、《闇より出でし絶望》が打ち倒され、セットモンスターがブチリと踏み潰された。

 

 

 これにて神崎のフィールドは文字通りのがら空き。

 

「っ……ですが、リバースした《メタモルポット》の効果により互いは手札を全て捨て新たに5枚のカードをドローさせて貰います」

 

 だが、神崎にはコアキメイルたちに破壊された壺こと《メタモルポット》のドローが文字通りの最後の希望となる。

 

《メタモルポット》

星2 地属性 岩石族

攻 700 守 600

 

「フッ、これで互いの手札は0枚から5枚になった訳か……仕切り直しと行くにはお前のライフは風前の灯火だな」

 

 しかし、その希望はダーツも享受する。0枚から5枚に増えた手札には神崎へ止めを刺す準備が整っていることだろう。

 

「これでバトルは終了だ。お前のモンスターが全滅したことでシュノロスの攻撃力もダウン」

 

 そして相手モンスターこと敵意が失われたことで《オレイカルコスの結界》の効果を抜けば無力な程に攻撃能力を失った《オレイカルコス・シュノロス》。

 

 これならば容易に戦闘破壊が狙える――とはならない。

 

《オレイカルコス・シュノロス》

攻5500 → → → 攻500

 

「だが攻撃力が下がったことで《オレイカルコスの結界》の力により、お前はシュノロスを攻撃することは出来ない!」

 

 此処までのデュエルではさして目立たなかった《オレイカルコスの結界》のもう一つの効果が《オレイカルコス・シュノロス》を守護する。

 

 そうしてコアキメイルたちに守られる《オレイカルコス・シュノロス》の姿を余所に神崎はダメージによって重くなった身体を無視しつつ宣言した。

 

「……そのバトルフェイズ終了時、罠カード《絶滅の定め》のカウントが進みます」

 

「それがお前の最後の希望という訳か。『絶滅』が希望とは何とも皮肉なものだ」

 

 それは《絶滅の定め》のカウント。発動後から3度目のバトルフェイズが訪れた時、抗えぬ滅亡を互いのプレイヤーのフィールドにもたらす。

 

 今、そのカウントは2回目――次のカウントで定められた滅亡が約束されている。さすればダーツの軍勢へ大打撃を与えることが可能だ。

 

 

 しかしそんな只中で『コアキメイルトークン』たちの鋼核部分がパラパラと崩れていく。

 

「おっと、先程の攻防で外装が剥がれてしまったか」

 

「それは……」

 

 その先には人の顔が生えていた――その表情は抜け落ちているかのように無。

 

――成程な……『ミラーナイトトークン』代わりということか。

 

 『ミラーナイトトークン』――それは原作にて登場した未OCGの儀式モンスター『オレイカルコス・ミラー』の効果によって生み出されるトークンである。

 

 原作では『オレイカルコス・ミラー』の更なる効果によって戦闘に対して強力無比な力を得るのだが、今回の問題はそこではない。

 

 そのトークンがオレイカルコスの神に囚われた魂によって構成されていることが問題だった。

 

「見ての通りだ。オレイカルコスの神の生贄となった魂は全て私の手の中にある。お前にも聞こえるだろう? この者たちの嘆きの声が」

 

 そう、ダーツの語るように早い話が人質である――原作では城之内たち仲間の魂を人質にし、闇遊戯に攻撃を躊躇わせた。

 

 

 やがて試す様に反応を待つダーツだが、対する神崎は沈黙を守ったままゆえに仕方がないとデュエルへと意識を戻す。

 

「だんまりか……私は魔法カード《マジック・プランター》を発動。私のフィールドの表側の永続罠――《スピリットバリア》を墓地に送り、新たにカードを2枚ドロー」

 

 神崎相手に人質などさして意味がないことはダーツも理解している――だが、『これ』はそういった効果を求めた手ではない。あくまで仕込みだ。

 

「カードを2枚伏せ、ターンエンドだ」

 

 そうしてダーツはもう一手の布石を用意し、ターンを終えた姿に神崎は《オレイカルコス・シュノロス》の一撃で受けたダメージにてふらつく身体に鞭打ちながらデッキに手をかける。

 

「私の……私のターン、ドロー」

 

 だが、引いたカードに僅かに目を見開いた。

 

「……スタンバイフェイズにフィールド魔法が表側で存在する為、墓地の《死霊王ドーハスーラ》を守備表示で特殊召喚」

 

「その効果にチェーンして手札のモンスター、《増殖するG》の効果を発動しておこう。このターン、お前がモンスターを特殊召喚する度に私は1枚ドローする」

 

 引いたカードに対し、僅かに悩んだ仕草を見せた神崎はこのデュエルで過労死コース一直線な《死霊王ドーハスーラ》を蘇生させる。

 

 杖を突いて膝を突く《死霊王ドーハスーラ》の身体がプルプル震えているのは気のせいに違いない。

 

《死霊王ドーハスーラ》

星8 闇属性 アンデット族

攻2800 守2000

 

「《死霊王ドーハスーラ》が特殊召喚されたことで《増殖するG》の効果により1枚ドロー。さらに永続魔法《大胆無敵》の効果で300のライフを回復する」

 

ダーツLP:2700 → 3000

 

「2枚目の魔法カード《強欲で金満な壺》を発動。エクストラデッキをランダムに6枚除外し、2枚のカードをドロー」

 

 壺をぶっ壊しながら引いたカードを視界に収めた神崎だが、先程から何かを悩むように動きを見せない――そこに見える感情は躊躇。

 

「フッ、どうした? バトルフェイズを終わらせ、罠カード《絶滅の定め》の効果を狙わないのか?」

 

 その感情の機敏をすぐさま感じ取ったダーツは此処ぞとばかり挑発的な言葉を選んで放つ。

 

 神崎にとって絶望的な今のフィールドを罠カード《絶滅の定め》の効果によって除去できれば情勢は一気に神崎の方へと傾くだろう。

 

 ただし、その場合は『コアキメイルトークン』たちの内に存在する囚われた魂が犠牲となるが。

 

「まさか彼らの身を案じている訳ではあるまい? 幼少期にも関わらず、実の両親を見殺しに出来たお前が――」

 

「バトルフェイズへ移行」

 

「躊躇はしないか――それで『人の可能性を信じる』などとは滑稽だな」

 

 ダーツは神崎の姿を嗤う。

 

 切り捨てることの愚かさを語ったその口で、眼の前の哀れな魂を見捨てると断ずるのだから。

 

「しかし、どんな気持ちだ? 『あの時と同じように』見殺しにするしかない選択を取る気分は? 彼らの怨嗟の声はどうだ? あの時と同じだろう?」

 

 神崎の過去の傷を抉るようにダーツは並べる。ダーツにとって神崎の過去などオレイカルコスの力があれば当時の現場にいなくとも、詳細に把握できる程度のものでしかない。

 

 そう、あの不幸な事故の際の神崎の決断を知っている。

 

 その際に成された選択が、何も知らぬ子供がしていい「それ(決断)」ではないことを知っている。

 

 ゆえにダーツはこのデュエルで勝利以上のものを求めた。

 

「バトルフェイズを終了」

 

「そうやって耳を塞ぎ続けるつもりか? 無駄なことは分かっているだろう。お前にはあの日の出来事が昨日のことのように鮮明に記憶されている筈だ」

 

 最後のカウントがなされ罠カード《絶滅の定め》により巨大な隕石が落下する中、語られるダーツの言葉は闇へと誘う手招きだった。

 

 神崎の性質はどちらかと言えば「悪」である。自分以外を必要とあらば容易く切り捨てられる性質を「善」などとは評せはしまい。

 

 

 そして神崎は過去を悔いている。そして自身を嫌悪していた。

 

 あの事故の際に死の間際、恐怖に駆られて両親を見捨てた己を嫌悪している――訳ではない。

 

 あくまで冷静に、冷淡に、合理的に『3人死ぬより、助かる1人()が生きるべき』と決断した自分が唯々憎い。

 

 何故、あの時の己は弱かったのだろうと、今の自分ならば鉄骨如きに後れを取ることなどなかったと――そんな考えが神崎の脳裏に過って仕方がない。

 

 ゆえにその心に(ダーツ)が付け入る隙は十二分にあった。

 

「そうして過去から逃げ続けるのか?」

 

「この瞬間、罠カード《絶滅の定め》の効果により互いはフィールドのカードの全てを……墓地に送らなければならない!!」

 

 フィールドに落ちた巨大な隕石が互いのフィールドの何もかもを消し飛ばす。

 

 

 そんな只中で『何故、あの時の己は弱かったのだろう』と神崎は悔いている――滑稽だ。

 

 

 

 

 

 

 お前は今も弱いままだろうに。

 

「お前を見ているとつくづく思う――人は心の闇に打ち勝つことはできないのだと」

 

 そう語るダーツのフィールドは罠カード《絶滅の定め》により更地となっている。

 

 

 

ダーツLP:3000 → 7000

 

《オレイカルコス・シュノロス》

星10 闇属性 機械族

攻 ? 守 0

攻 0

 

 筈だった。

 

「シュノ……ロス……!?」

 

 大きく回復したダーツのライフと、未だ健在の《オレイカルコス・シュノロス》の存在に神崎は驚愕に瞳を見開いた。

 

「どうした? まさかシュノロスを退けたとでも思ったのか?」

 

 ダーツのフィールドの『コアキメイル』たちがいないことから罠カード《絶滅の定め》は問題なく作用している。

 

「お前の心に巣食う悪夢を振り払えたとでも思ったのか?」

 

 だが、ダーツの象徴たる《オレイカルコス・シュノロス》には傷一つない。絶望的な状況は何一つとして振り払えてはいない。

 

 とはいえ、そのタネはシンプルだ。

 

「私はバトルフェイズ開始時に発動しておいた永続罠《ディメンション・ゲート》の効果により《オレイカルコス・シュノロス》を一時的に除外していた」

 

 所謂「発動していたのさ!」とダーツはサラッと告げる。罠カード《絶滅の定め》が防がれた訳ではない。躱されたのだ。

 

 ただ、そんなことにすら気が付かない程に神崎は周囲の状況が見えていなかったことが問題なだけだ。

 

「さらに速攻魔法《非常食》を発動し、永続罠《ディメンション・ゲート》以外の魔法・罠カードを墓地に送ることでその数×1000のライフを回復させて貰った訳だ」

 

「そしてバトルフェイズの終了に伴い適用された罠カード《絶滅の定め》の効果で墓地に送られた永続罠《ディメンション・ゲート》の効果により、《オレイカルコス・シュノロス》が……帰還した」

 

「その通りだ」

 

 奇跡でもなんでもない効果処理の流れを把握した神崎の心は動揺から立ち直る。隠された効果があった訳ではないことは神崎としても僥倖であろう。だが――

 

「お前は始めから私の掌の上で踊っていたに過ぎない」

 

 神崎の最初のターンに罠カード《絶滅の定め》が発動されてから、此処までのデュエルは全てダーツの想定内の範囲を出ていない。

 

 その結果は神崎の底が既に見抜かれていることに等しい。

 

「お前の足掻きなど大いなる流れの中では児戯に等しい。そうして辿る先は、『定め』は、文字通り破滅――いや、『絶滅』しかない」

 

 ダーツの語るように今の神崎の力では眼前の頂きを超えるには至らない。

 

「もう一度ばかり告げよう――運命の歯車からは何者も逃れることは叶わぬと知れ。素直に天命を受け入れるのだ」

 

「…………クッ」

 

 自分の力では運命を覆すことは叶わない。

 

 そう突き付けられた超えられぬ現実に神崎は顔を俯かせる。その胸中は如何ほどなのか。

 

 デュエルモンスターズが生まれてから、やれドロー力だの、やれカードの心だの、やれデッキとの交信(コンタクト)だの、神崎の前世基準では訳の分からないアレコレ。

 

 それらに対して科学的な調査や手探り感溢れる修行を延々と続け、今の今までの人生をつぎ込んできたにも関わらず、一向に芽の出ない日々。

 

 ゆえに外法染みた手段すら取り、人として大事なものを一つ、また一つと削ぎ落とし、強さを求めて邁進し続けた――だが、それでも届かない現実。

 

 

 その心はさぞ無念に、悔念に打ちひしがれていることだろう。

 

 

 

 

「ククク……」

 

 そんなことなかった。

 

「……どうした? 遂に気でも触れたか?」

 

 らしからぬ様子で、もの凄く悪役風に笑い始めた神崎に思いっきり不審がるダーツ。神崎の急変した姿に酷く戸惑っているようにも見える。此方も同意見だ。

 

 だが安心して欲しい。何も神崎がおかしくなった訳ではない。思わずといった具合に零れた笑みには別の意図がある。

 

「――いえ、此処までのデュエルの流れが『運命』とやらの導きなら、今の私の手札の有様もまた『運命』とやらの仕業なのかと思いましてね」

 

 そう、神崎にはおかしくて仕方がない。

 

 己に降った運命がこれなのかと。

 

 これが天命だと言うのなら、何とも滑稽だと。

 

「ほう、興味深い話だな」

 

「――魔法カード《二重魔法(ダブルマジック)》を発動。手札の魔法カードを1枚捨て相手の墓地から魔法カードを自分フィールドの正しいカードゾーンに置く」

 

 神崎の発言に対し、見定めるように注意深く視線を向けたダーツだが、その後、発動されたカードにゆっくりと目を見開く。

 

「私の墓地の……魔法カード……!?」

 

 魔法カード《二重魔法(ダブルマジック)》――それは相手の墓地の魔法カードを「奪う」効果。

 

 ダーツの墓地には此処までのデュエルの中で数ある魔法カードが使用されたが、その多くは神崎のデッキと強いシナジーを持たない。

 

 

 ただ1枚を除いては。

 

 

「手札の3枚目の魔法カード《強欲で金満な壺》を捨て、貴方の墓地の魔法カードを私の『フィールドゾーン』へセット」

 

 そう、『今』の神崎ではダーツと差を埋めるには叶わない。それは変えられぬ現実である。

 

 

「発動せよ――」

 

 

 ならば話は簡単だ。

 

 

――「いき…………たせ…………うつ……」

 

 

 足りないなら足せばいい。

 

 

――「わ……の……に」

 

 

 必要なら奪えばいい。

 

 

――煩い。

 

 

 躊躇いなど捨ててしまえ。

 

 

 

「――オレイカルコスの結界」

 

 

 彼はそうやって生きてきた。

 

 

 

 

 







突き抜けるのだ、心の闇を





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第154話 拒絶



前回のあらすじ
だが奴は弾けた






 

 

 オレイカルコスの力の奔流に呑み込まれる中、神崎の意識はその力の流れのままに過去の記憶へと引き寄せられていた。

 

 

 神崎 (うつほ)のデュエルは常に孤独だった。

 

 

『なんでだっ……!』

 

 虚構の姿で(アクターとして)戦い続け、

 

『貴様……よくも我を…………ゆ゛る゛さ゛ん゛!!』

 

 手段を問わず、敵を排除し、

 

『私が幕を引かせてもらおうか!!』

 

『凡百の紛い物共の下らない戯言を一蹴してくれることを願いますよぉ!』

 

『貴方からすれば私の言葉は「() () () () ()」でしかないものねぇ!』

 

 多くのデュエリストたちの誇りを知らぬままに踏み砕いてきた。

 

『貴方のその在り方は危険過ぎる』

 

『お前をこのまま行かせる訳にはいかん!!』

 

『チッ、詰まらねぇな……人形野郎が……』

 

『彼らの無念をボクに受け止めさせてくれ!!』

 

 その歩みが理解されるとは神崎とて思ってはいない。その心の内にあるのは延々と燻り続ける無意味な感情だけだ。

 

『俺の周りじゃあんまり見ないタイプだぜい!』

 

『気付いていなかったのか…………憐れだな』

 

 ただ、己の弱さが憎かった。強さが欲しかった。強くなれば次は、次こそは、と――求めたものは「次」ではないことから目を逸らして。

 

『強く……なる? 貴方サマはもう十分に強いでしょう!』

 

 足りない。まだ足りない。

 

『人間のフリは楽しいか?』

 

 足りない。もっとだ。

 

 

 

 そんな神崎の意思に応えるようにオレイカルコスの力がその身に奔り、その心を闇に染めることと引き換えに(から)の器を満たすべく注がれて行く。

 

 

 そうした中、ふと神崎の脳裏にかつてよく聞いたフレーズ(謳い文句)が過る。そうだ。今こそ――

 

『老婆心ながらに言わせて貰うわね。貴方、今のままだと――』

 

 

 

 

 

 

 

――カードの剣を取れ(で殺し合え)

 

 

 

 

 

 

 

『己を失うわよ』

 

 それは届かなかった言葉。

 

 

 

 

 

 

 

 一度は罠カード《絶滅の定め》により解除された《オレイカルコスの結界》の陣が再び敷かれる中でダーツは小さくほくそ笑む。

 

「フッ、少々予定は変わったが――あの男がオレイカルコスの力を取ったのならば問題はない」

 

 今回のダーツの主な目的に「神崎の排除」は含まれていない。狙っていたのは今、眼の前にある状況。

 

 そう、ダーツは神崎に《オレイカルコスの結界》を使わせる。その一点にこそあった。

 

 その為に神崎の心の傷を抉り、在り方を貶め――そうして精神的に追い詰めていき、その心が弱り切った頃合いを見計らって《オレイカルコスの結界》の使用を促す。そんな計画。

 

 

 しかし「ただ特定のカードを使わせることに何の意味が?」と、そう思う方もいるだろう。

 

 だが《オレイカルコスの結界》はただのカードではない。使用者の心の闇が強ければ強い程にその力を引き出し、使用者を闇へと誘うまさに闇のカードなのだ。

 

 一度そのカードを使えばその心は闇に侵食され、辿る末路は凡そ二つ。

 

 ダーツのようにオレイカルコスの意思に準じるか、その力の虜となりオレイカルコスに心を呑まれるかの二択だ。

 

 無論、ダーツにとってどちらであっても問題はない。

 

 

 やがて完全に展開しきった《オレイカルコスの結界》が周囲を覆う中、その額にオレイカルコスの文様を浮かばせ、抜け落ちた表情に加えて瞳に何処か暗く赤黒い色を見せながら神崎はポツリと零す。

 

「――最悪の気分だ」

 

 その言葉に呼応するように神崎の背後からギチギチと金属がこすれ合う音と共に鈍い光を放つ機械の身体を持つ三つ首の機械竜が巨体を躍らせながら翼を広げ《オレイカルコス・シュノロス》に対峙する。

 

 さらにその三つの頭に白と黒の仮面が装着され、それぞれの額にオレイカルコスの文様が浮かんだ。

 

Sin(シン) サイバー・エンド・ドラゴン》

星10 闇属性 機械族

攻4000 守2800

攻4500

 

「このカードはエクストラデッキの《サイバー・エンド・ドラゴン》を除外し、手札から特殊召喚できる。そして《オレイカルコスの結界》の効果により攻撃力は500上昇」

 

 そうしてギョロリとダーツへと視線を戻しながらデュエルへと意識を戻す神崎を余所に《Sin(シン) サイバー・エンド・ドラゴン》は《オレイカルコス・シュノロス》に向けて雄叫びを放つ。

 

 その二つの姿それぞれに何処か黒い感情が見えるのは気のせいなのか。

 

「ほう、そのカードは……死肉を漁るとはあまり褒められた行為ではないな」

 

 しかしダーツは動じない。遊戯たちに敗れたパラドックスのその後など状況的に容易に想像できる以上、その程度は想定の範囲内だ。

 

「だが、この瞬間! フィールド魔法《オレイカルコスの結界》の発動に対し、手札から捨て発動した《儚無みずき》の効果発動! このターン、お前が効果モンスターを特殊召喚する度に私はその攻撃力分のライフを回復する!」

 

 やがて何処からか現れた白い髪のシスターの少女が犬の幽体を《Sin(シン) サイバー・エンド・ドラゴン》へと向けると犬の幽体はピキピキとその身体を肥大化させ、三つ首の機械竜の姿を模した途端に弾けて消える。

 

「よって《Sin(シン) サイバー・エンド・ドラゴン》の攻撃力分4500のライフを回復!そしてモンスターが増えたことでシュノロスはパワーアップ! さらに《増殖するG》の効果で1枚ドロー!」

 

 そして消えた犬の幽体はダーツの頭上から光となって降り注ぎ、そのライフを大幅に回復させていく。

 

ダーツLP:7000 → 11500

 

 ついでに《増殖するG》からの追加ドローと共に《オレイカルコス・シュノロス》の攻撃力も微力ながら上昇した。

 

《オレイカルコス・シュノロス》

攻0 → 攻1000

 

 

 盾となる『コアキメイルトークン』を失った今の《オレイカルコス・シュノロス》に攻撃力4500となった《Sin(シン) サイバー・エンド・ドラゴン》の一撃を叩きこめば形成は一気に引っ繰り返るであろう。

 

 だが、現在は既にバトルフェイズを終えたメインフェイズ2――とうに攻撃する機は逃している。

 

――残りのデッキも僅か。早々に終わらせよう。

 

 しかし神崎の心に珍しく動揺はなかった。その胸中は不思議な程に落ち着いている。

 

「カードを2枚セットし、ターンエンド」

 

 そうしてクリアになった思考への戸惑いも見せずターンを終えた神崎にダーツは溜息交じりにヤレヤレといった雰囲気を出しつつ語り始める。

 

「まさか《オレイカルコスの結界》を自発的に使用するとはな……驚いたよ」

 

 ダーツが用意していた順序を大きく飛ばしに飛ばした現在は少々想定外だったと――悪い意味で神崎がダーツの思惑を超えた事実がそこにある。

 

 自発的に闇落ちする輩を見れば溜息も吐きたくなろう。

 

「だが、どうだ? 世界の――星の嘆きの声は? 地獄もかくやといった有様だろう?」

 

 とはいえ、ダーツの目的は既に果たされている。神崎が持つ心の闇の深度を考えれば過去のダーツのようにオレイカルコスの神からの啓示が授けられている筈だと。

 

 そしてそれはダーツの瞳と同じようにオッドアイになりつつある神崎の瞳を見れば明白だ。

 

「しかし誇ると良い。その声に耳を傾けることが出来るのは今、この世界において私とお前だけだ」

 

 その星の嘆きを聞いたのならば神崎の語った希望など理想論にすらなりえない綺麗事でしかないことが理解できただろう、と。

 

「我々はその声を聞いたものとして、『それ』に応える義務がある。世界の安寧を目指すのだろう? ならば『見捨てる』選択肢など無い筈だ」

 

 そうダーツが語るように神崎とて頭の中で繰り返されるこの星の怨嗟の声は聞こえてはいた。頭の中を直接掻きむしられるような感覚に見舞われていたが――

 

 

 

 

 

「貴方のターンですよ?」

 

 神崎にとって今はどうでもいい(デュエルに関係のない)ことだ。

 

 

 そう壊れた機械のように淡々と返す神崎にダーツの表情が此処にきて僅かに歪む。

 

「……いい加減に耳を塞ぎ続けるのは止せ、お前とて理解している筈だ。そうして蹲っていても過去を振り払うことなどできはしないのだと」

 

 同じようにオレイカルコスの神からの洗礼を受けたにも関わらず、まるで興味なさげな神崎の姿はダーツの神経を逆なでするのだ。

 

 何故、オレイカルコスの神が掲げた崇高な使命を理解出来ないのかと。

 

 

 そうして無自覚の内に怒りを滲ませるダーツの感情にようやく気付いた神崎は申し訳なさそうに打ち明ける。

 

「成程。此方の言い分を理解して頂けていないようなので、もうこの際ハッキリ申し上げます」

 

 こういう時はオブラートに包むような飾った言葉より、少々不躾でも真っ直ぐ簡潔に告げた方が良いだろうと。

 

 

 

 

 

「――御託はいいから、さっさとターン(デュエル)を進めろ」

 

 

 それは飾りなどかなぐり捨てたような簡潔過ぎる物言いだった。

 

 

 

「あくまで戦う姿勢は崩さないか――少々残念だよ」

 

 そうした非常に分かり易い神崎の主張を受けつつ、此処までお膳立てしたにも関わらず未だに現実を直視しない相手の姿にダーツは大きく落胆を見せる。

 

 ダーツからすれば「良き配下になりうる」と期待していただけにその失望は計り知れないが、逆に此処まで頑なであるのなら諦めがつくこともまた事実。

 

 

 ゆえにお遊び(勧誘)は此処までだと言わんばかりにダーツが身に纏う空気が、意思が、攻撃的なまでの鋭利さを見せる。

 

「ならば私のターン! 私は通常ドローを放棄することで墓地の《コアキメイルの鋼核》の効果発動! このカードを手札に加える!」

 

 そして地面からせり出した《コアキメイルの鋼核》が光と共にダーツの手元に舞い戻り、すぐさまスタンバイフェイズへ移行。当然、その瞬間――

 

「スタンバイフェイズに自身の効果で墓地の《死霊王ドーハスーラ》を守備表示で特殊召喚。そして《オレイカルコスの結界》により攻撃力が上昇」

 

 死霊の王が地獄の底から舞い戻るように地面を腐らせながら這い出し、その額にオレイカルコスの文様を輝かせながら、瞳に荒ぶる意思を映し出す。

 

《死霊王ドーハスーラ》

星8 闇属性 アンデット族

攻2800 守2000

攻3300

 

「フッ、モンスターを増やすか……愚策だな――この瞬間、シュノロスの効果により自身の攻撃力がアップ!」

 

 敵となるモンスターが増えたことで、その敵意を感じ取った《オレイカルコス・シュノロス》が相手の心の闇を糧とし、その身体に力を漲らせていく。

 

《オレイカルコス・シュノロス》

攻1000 → 攻2000

 

 しかし未だその攻撃力は2000。これでは守備表示の《死霊王ドーハスーラ》どころか《Sin(シン) サイバー・エンド・ドラゴン》の攻撃力には届かない。

 

 しかしダーツの余裕は崩れない。

 

「そしてメインフェイズ開始時に魔法カード《強欲で金満な壺》を発動! エクストラデッキのカードを6枚除外し、2枚ドロー!」

 

 二つの欲深き顔が張り付いた壺が砕ける中で新たにカードを手札へ加えながら、元々あった手札の1枚を手に取り――

 

「手札の《コアキメイルの鋼核》を除外することで、我が手札から新たな兵――いや、『竜』が降臨する! 現れろ! 白銀の破壊者! 《コアキメイル・マキシマム》!!」

 

 呼び出されるはヌルリと蛇のように長い首を伸ばし、翼を広げる何処か非生物的な装いを感じさせるコアキメイルの頂点たる白銀のドラゴン。

 

 その身体は皮が剥ぎ取られたように肉が露出しており、ギチギチと細く歪に発達した四足の足で大地を踏みしめ甲高い異音めいた声を落とした。

 

《コアキメイル・マキシマム》

星8 風属性 ドラゴン族

攻3000 守2500

 

「《コアキメイル・マキシマム》の効果発動! 1ターンに1度、フィールド上のカード1枚を破壊する! 右のセットカードを破壊だ!!」

 

 ダーツの声に緑に光る目をギラつかせながら《コアキメイル・マキシマム》の口から放たれたレーザーが神崎のセットカードの1枚を打ち抜き、焼き尽くす。

 

 

 その破壊されたカードは罠カード《レインボー・ライフ》――手札コストと引き換えに1ターンのみ互いの全てのダメージを回復に変換するカード。

 

 罠カードゆえにチェーンすれば発動可能だったが、動きを見せなかった神崎にダーツは暫し逡巡し、別の手札を切る。

 

「……此処で魔法カード《ブーギートラップ》を発動! 手札を2枚捨て、墓地の罠カード1枚をフィールドにセットする! 私は今、墓地に送った罠カード《ナイトメア・デーモンズ》をセット!」

 

 最初の神崎のターンを写し取ったのように墓地から罠カードがセットされ、当然、すぐさま発動される。

 

「そして発動! 自分フィールドのモンスター1体――《コアキメイル・マキシマム》をリリースし、相手フィールドに『ナイトメア・デーモン・トークン』を攻撃表示で3体特殊召喚!」

 

 そうして《コアキメイル・マキシマム》の身体が泥のように崩れると共に神崎のフィールドに3つの影となって襲来し――

 

「フィールド魔法《オレイカルコスの結界》の効果により攻撃力が500ポイント上昇」

 

 真っ黒な身体と白い髪を持った3体の悪魔が陽気な様子で神崎のフィールドに降り立った。

 

 3体の悪魔それぞれが額に浮かぶオレイカルコスの文様を指さしながらゲラゲラと笑っている。

 

『ナイトメア・デーモン・トークン』

星6 闇属性 悪魔族

攻2000 守2000

攻2500

 

「これでお前のフィールドのモンスターは5体! よって《オレイカルコス・シュノロス》の攻撃力は最高値に到達する!」

 

 これにより攻撃力3000の切り札級モンスターこそ失ったが、攻撃力0にまで落ち込んだ《オレイカルコス・シュノロス》は再びその力を極限まで高めた。

 

《オレイカルコス・シュノロス》

攻2000 → → 攻5000

 

 その攻撃力を以てすれば破格の攻撃力を持つ《Sin(シン) サイバー・エンド・ドラゴン》とて敵ではない。

 

「バトルだ!! 再び《オレイカルコス・シュノロス》の一撃を受けるがいい!」

 

「ですが《オレイカルコスの結界》の効果で貴方は私のフィールドの最も攻撃力の低い『ナイトメア・デーモン・トークン』へ攻撃することはできません」

 

「だとしても《Sin(シン) サイバー・エンド・ドラゴン》の攻撃力を上回っている以上、無駄なことだ!」

 

 残りライフ500の神崎へ最後の一撃を喰らわせるべく、守備表示の《死霊王ドーハスーラ》ではなく、攻撃表示の《Sin(シン) サイバー・エンド・ドラゴン》へ攻撃を敢行するダーツ。

 

 そうして《オレイカルコス・シュノロス》が高速で回転する光のチャクラムを生成する一方で《Sin(シン) サイバー・エンド・ドラゴン》もその三つ首に光り輝くブレスをチャージし始め――

 

「これでお前に引導を渡してやろう! フォトン・リング!!」

 

 ダーツの声を皮切りに光のチャクラムとブレスがそれぞれ放たれ、ぶつかり合った。

 

 やがてせめぎ合うように火花を散らす両者の攻撃が空気を揺らすが、機械竜のブレスが高速回転するチャクラムに削られていった後、最後は《Sin(シン) サイバー・エンド・ドラゴン》を両断しながら神崎を襲った。

 

 

 

 傍からみれば「これ死ぬんじゃないか」と思う程にぶっ飛んでいく神崎を余所に一拍遅れて爆散する《Sin(シン) サイバー・エンド・ドラゴン》によって発生した爆炎轟くフィールドを眺めるダーツは神崎の動きを待つ。

 

 このターン破壊された罠カード《レインボー・ライフ》を神崎が使用しなかった以上、この攻撃を防ぐ一手は用意されている筈だと。

 

 

 

 

 やがて爆炎が晴れていく中、しっかりと地に足をつけて立つ神崎は淡々とデュエルを続ける。そう、まだデュエルは終わっていない。

 

「罠カード《ダメージ・ダイエット》の効果により、このターン、私が受ける全てのダメージは半分に」

 

 神崎のライフは発動されていた罠カードの効果によってダメージを軽減したことで、極僅かながら残されていた。

 

神崎LP:300 → 50

 

 しかし既に《Sin(シン) サイバー・エンド・ドラゴン》を失い、残ったライフはたった50ポイント。

 

 だが、未だ神崎は倒れない。

 

「引導を渡し損ねたようですね」

 

「だがお前の頼りのモンスターは消え、希望は潰えた」

 

 そうして倒れぬ神崎が軽口を零すも、対するダーツからすれば死に損ないの戯言に過ぎない。

 

「所詮、デュエリストにもなれぬお前がこの私に勝てる道理など無い」

 

 そう、あらゆるしがらみを振り切ったダーツにとって、デュエリストとしての不完全さを振り切れない神崎は燻り続ける小さな火――脅威足り得ない。

 

「ああ、またその話ですか。生憎ですが、もう『それ』に構わないことにしたので、気になさらなくて良いですよ」

 

「なんだと?」

 

 だった筈が、己の根源に巣食う苦悩に対し、神崎はあっけらかんとそう述べてみせた。そこに今まで見えた葛藤は感じられない。

 

 ゆえに不審気に眉を上げるダーツに神崎は俗世から解放された様子で語り始める。

 

「《オレイカルコスの結界》を使ったあの時、今一度、『真のデュエリスト』と呼ばれるような方々の在り方について考えてみたのですが……」

 

 それは自身の内に燻っていた問題の再定義に始まり――

 

 

 

「なれなくても良い――いや、むしろ『なりたくない』……かな? そう、思いまして」

 

 

 

 嘘偽りない己の本心へと辿り着く。

 

 

 そこに潜む拒絶の意思にダーツは理解が及ばないと疑問を呈する。

 

「なりたくない……だと? お前は世界とのズレに対し、己の矯正を試みていた筈だが……どういう風の吹き回しだ?」

 

「そうですね……どう言ったものか……あえて言葉にするなら――」

 

 ダーツの認識である「神崎はデュエリストを目指していた(理解しようとしていた)」事実を覆す変わり様は彼には異様に映るだろう。

 

 

 だが、神崎は《オレイカルコスの結界》の発動時にある種の啓示を授かった際に気付かされたに過ぎない。

 

「『デュエルの実力を上げる為にカードの心への理解を深める』。その行為自体が不純だと思ってしまった……そんな感じでしょうか」

 

 そのオレイカルコスの神によってもたらされた悪意の雫は、神崎の心へ自己矛盾を併発させるようなもの。

 

「不純だと?」

 

「だって、そうでしょう? 心を通わせる行為を試みる根源にあるのが『強くなる為』だなんて、相手の心を蔑ろにしているとは感じませんか?」

 

 それは神崎が試みてきたことが、行っていたことが、「カードの心への理解」に対して最も遠い位置にあることの証明。

 

 

 オレイカルコスの神はそこを突いた。突いたのだが――

 

 

「ただ私は原点に立ち戻っただけですよ」

 

 その結果として、神崎は「これまで」と「これから」を捨てた。

 

「『デュエリスト』は――そうですね……安い言葉ですが『凄い』とは思います」

 

 そんな何もかも捨ててしまった神崎は届かない何かへと手を伸ばすように静かに語る。

 

「世界の危機であっても、自身の命の瀬戸際であっても、大切な誰かを守る時であっても、カードを信じて共に戦う――私の理解はきっと不足しているのでしょうが、凡その方向性はそういったものなんでしょう」

 

 デュエリストとは、選ばれた真のデュエリストとは、互いの魂を、誇りを、運命を賭けて戦う高潔な者たち――拙いながらも言葉にすればそういったニュアンスを含むものなのだろう。

 

「そこまで理解していながら、何故、デュエリストの在り方を拒絶する?」

 

 そう語った神崎がダーツには理解できない。そう届き得ぬ程に高みにあると評した存在を否定する意図が理解出来ない。

 

 

 もし、これが「なれない」ならばダーツも理解ができる。それは「諦め」だ。

 

 

 だが、神崎は「なりたくない」と告げた。「凄い」と認めつつ、「拒絶」した。

 

 

 

 しかし、それは何もおかしくない(おかしい)

 

 

 

「――楽しくない」

 

 

 

 神崎は終ぞ彼ら(デュエリスト)の在り方を受け入れることが出来なかった。

 

「楽しさ……だと? その程度の好悪で『デュエリスト』を否定するというのか?」

 

「いえ、否定はしませんよ。彼らは高潔なんでしょう。貴方も使命に準じているだけなのでしょう。ただ、それでも私は――」

 

 これまで理解しようと試みてきたが――

 

 

 

「――殺し合い(戦い)が嫌いなんだよ」

 

 

 

 あえてもう一度言おう。

 

 神崎は終ぞ彼ら(デュエリスト)の在り方を受け入れることは出来なかった。

 

 

 いや、無理やり(オレイカルコスの神の力で)現実を叩きつけられたと言ってもよいかもしれない。

 

神崎LP:50 → 25

 

 その拒絶の意思に沿うように神崎の残り僅かなライフの半分を対価に現れた黄金に輝く泥のような物体が、神崎の身体を呑み込むようにせり上がって行く。

 

 やがてその黄金は巨大な翼を広げる黄金の竜となって、生誕の雄叫びを上げた。

 

Sin(シン) トゥルース・ドラゴン》

星12 闇属性 ドラゴン族

攻5000 守5000

攻5500

 

「自分フィールドの『Sin(シン)モンスター』が破壊された時、ライフを半分支払い、墓地から《Sin(シン) トゥルース・ドラゴン》を特殊召喚――そして《オレイカルコスの結界》の効果で攻撃力上昇」

 

 その黄金の竜――《Sin(シン) トゥルース・ドラゴン》の頭部から上半身を伸ばす神崎はダーツを見下ろしながら、その背後に遊戯たち(主人公たち)を映す。

 

 

 パラドックスから見た遊戯たち(主人公たち)はこんな感じだったのかと。

 

 

 

 

 自身の命が懸かったデュエルにも関わらず――ワクワクする。

 

 世界の行く末(他者の命)が天秤ならぬカードに乗っているにも関わらず――ワクワクする。

 

 もし負ければ世界中の人間が死ぬ可能性があるにも関わらず――ワクワクする。

 

 強い相手(デュエリスト)であればある程にそれ(高揚感)が顕著になり、思わず不敵な笑みを浮かべてしまう程に感情が昂る。

 

 

 自他問わず、命を弄んでいるような状態であっても、それは変わらない。

 

 

 そんな彼ら(デュエリスト)に対し、神崎は思った。思ってしまった。

 

 

「私はね……好きなこと(デュエル)嫌いなこと(殺し合い)を並べたくない」

 

 

 ()()()()()()()――と。

 

 

 ずっと蓋をしていたそんな感情。理解できないものを理解しなければ「強く」生きられない「この世界」に対する意思。

 

 

 それは世界に選ばれた(原作)主人公(遊戯たち)の一側面への否定であり、嫌悪であり、拒絶であった。

 

 

 

「ほう、随分と飛躍した理屈だな。なればどうする?」

 

 告げられた神崎の思想にダーツは挑発気な言葉を返す中、《Sin(シン) トゥルース・ドラゴン》の額から眼下に見下ろす神崎は心の内を明かす。

 

 神崎の心の中にはずっと息苦しさだけが残っていた。

 

 

「――二つが並ぶ原因である貴方たちが死んでください」

 

 

 だが、もはやどうでも良い。

 

 その顔にいつも以上の深い笑みを浮かべながら神崎に迷いはない。

 

 無意識の内に神崎を縛っていた枷から親切なカミサマ(オレイカルコスの神)が解き放ってくれた。

 

 

 そうだ。嫌いなもの(殺し合い)は排除してしまえばいい。

 

 そうだ。原因(嫌いなもの)を取り除けば、彼の知っているデュエルの形に戻るじゃないか。

 

 そうだ。彼の知るデュエルを歪める全て(原因)を取り除けばいい。

 

 

 

 

 そんな支離滅裂な神崎の主張にダーツは不敵に笑みを浮かべる。

 

「フッ、強気だな――だが、既にお前のライフは風前の灯火」

 

 未だ、互いの力量に明確な差がある以上、ダーツを揺さぶれなどしない。

 

「そう易々、(デュエリスト)との差を覆せるとは思わないことだ! カードを1枚セットし、ターンエンド!」

 

 巨体を誇る《オレイカルコス・シュノロス》に対峙するのは、此方も巨大な金色の竜たる《Sin(シン) トゥルース・ドラゴン》が睨み合うような只中でデュエルは再開される。

 

 フィールドアドバンテージを神崎は盛り返したが、残りライフは極僅か。

 

 こんな時、いつもならばハラハラしながらカードを引くところだが、今の神崎は只々機械的だ――やるべきことが明白になったのだから、他へと思考を割く余地はない。

 

「私のターン、ドロー。スタンバイフェイズを終了し、メインフェイズ1へ」

 

 淀みなく引いたカードを視界に収め、半身が固定されている事実に動き難さを感じながら手札の1枚を使用する。

 

「魔法カード《アドバンスドロー》を発動。自分フィールドのレベル8以上のモンスター――《死霊王ドーハスーラ》をリリースし、2枚ドロー」

 

 そして《死霊王ドーハスーラ》が砂の城が崩れるように消え行く中で、手札に舞い込んだ2枚のカードの内の1枚を見た神崎は小さく嗤う――やはりカードは応えてくれないと。

 

「永続魔法《冥界の宝札》を発動。2体の『ナイトメア・デーモン・トークン』をリリースし――」

 

 だが、それでいい。

 

 そして神崎のフィールドにて陽気に笑っていた『ナイトメア・デーモン・トークン』の2体が大地からせり出した蜘蛛の足にからめとられる様を最後の『ナイトメア・デーモン・トークン』の1体がゲラゲラ笑う中――

 

「――《トラゴエディア》をアドバンス召喚」

 

 大地からその全容が現れ、蜘蛛のような脚部を持つ多腕の巨大な悪魔が地中からせり出し、その瞳に虚ろな色を映しながら佇んだ。

 

《トラゴエディア》

星10 闇属性 悪魔族

攻 ? 守 ?

 

「このカードは……」

 

 思わぬカードの出現につい声を漏らすダーツ。

 

 1万年もの長きを生きるダーツは、名もなきファラオが生きた時代である古代エジプトでの出来事もその眼で見ており、当然その中のトラゴエディア(悲劇)にも覚えがある。

 

「2体以上のリリースを使用したアドバンス召喚に成功した為、永続魔法《冥界の宝札》の効果により2枚ドロー」

 

「封を、墓を暴いたか……」

 

 そんなダーツの呟きなど聞く気もないように神崎のデュエルは淀みなく流れていく。

 

「そして《トラゴエディア》の攻撃力・守備力は手札の数×600――さらに《オレイカルコスの結界》の効果も重複。今の私の手札は6枚。よって――」

 

 そうしてその額にオレイカルコスの文様を浮かばせながら、虚ろな瞳のままで憎悪を募らせるようにギチギチとズラリと並んだ牙を鳴らす《トラゴエディア》。

 

《トラゴエディア》

攻 ? 守 ?

攻3600 守3600

攻4100

 

「これで私のモンスターの数が減りました。よって貴方の《オレイカルコス・シュノロス》の攻撃力は下がる」

 

 そして増大した悪意の影響という訳ではないが、《オレイカルコス・シュノロス》の身体から力が抜けるようにその威圧感が薄れていく。

 

《オレイカルコス・シュノロス》

攻5000 → → 攻3000

 

「バトルフェイズへ移行。《Sin(シン) トゥルース・ドラゴン》で《オレイカルコス・シュノロス》を攻撃」

 

 そうして力を落とした《オレイカルコス・シュノロス》を消し飛ばすべく、内から湧き出る破壊衝動に指向性を持たせ《Sin(シン) トゥルース・ドラゴン》の顎を開かせる。

 

 

 やがて悲鳴のような雄叫びと共に放たれた《Sin(シン) トゥルース・ドラゴン》のブレスが今の今までフィールドに君臨し続けてきた《オレイカルコス・シュノロス》へ直撃し、その巨体が吹き飛び、《オレイカルコスの結界》へと激突した。

 

ダーツLP:12500 → 10000

 

「シュノロスを倒したか――だが想定内だ」

 

 その衝撃にライフを削られるダーツだが、項垂れるように倒れた《オレイカルコス・シュノロス》の姿にも余裕を崩さない。

 

 やがてピシピシと全身にヒビを奔らせ、その命を散らす《オレイカルコス・シュノロス》。

 

 だがその身が砕けたと同時に闇が噴出、異界の扉を開くと共にそこから緑の鱗に覆われた巨体を奔らせながら長大な身体を持つ大蛇が顔を覗かせた。

 

蛇神(じゃしん)ゲー》

星12 闇属性 爬虫類族

攻 ? 守 0

 

「《蛇神(じゃしん)ゲー》――これぞ、我が最強のしもべ」

 

 そう、ダーツの余裕は崩れない。

 

 神崎が心を闇に喰わせてまで倒した《オレイカルコス・シュノロス》は神の()()()()()()

 

 ダーツのフィールドで底冷えするようなオーラを放つ《蛇神(じゃしん)ゲー》こそが「神」の名を関する文字通り、凡百のモンスターとは一線を画す奥の手たる切り札。

 

 神崎がダーツの想定を上回る奮闘を見せたとしても、《蛇神(じゃしん)ゲー》の前では塵と消える程度の誤差でしかないのだ。

 

「《オレイカルコス・シュノロス》が――私のフィールドのモンスターが相手の攻撃・効果で破壊された際にライフを半分払い、このカードは手札から特殊召喚できる」

 

 とはいえ、《蛇神(じゃしん)ゲー》を呼び出す際にかなりのライフコストを消費してしまうデメリットがあるが――

 

「その効果により、私は一万以上のライフの半分を捧げ、《蛇神(じゃしん)ゲー》を呼び出させて貰った」

 

ダーツLP:10000 → 5000

 

 圧倒的なまでのライフアドバンテージを有するダーツからすれば安い買い物だ。

 

 

 そうして三幻神に匹敵し得る絶対者としての存在を示す《蛇神(じゃしん)ゲー》の存在に神崎は恐れを抱く――なんてことはない。

 

――効果は……原作効果じゃない。罠カード《レインボー・ライフ》は不要だったか。

 

 どれ程までに理不尽な力を持とうとも、「デュエル」の土俵に「カード」として降りた以上、「絶対」はない。

 

 仮に原作効果であったとしても、それに対応する為の準備をしてきたのだ――通じるかは別だが。

 

「バトルフェイズを終了し、メインフェイズ2へ移行」

 

「フッ、攻撃しないか……賢明な判断だな」

 

「魔法カード《一時休戦》を発動。互いはデッキからカードを1枚ドローし、次のターンの終わりまでお互いに一切のダメージが生じません」

 

 やがて自身の超人的な視力で《蛇神ゲー》のテキストに目を奔らせた神崎はバトルを終了し、守りを固める。そして引いたカードに目をやった後――

 

「墓地の速攻魔法《アンデット・ストラグル》の効果を発動。除外されているアンデット族モンスター1体――《馬頭鬼(めずき)》をデッキに戻し、墓地のこのカードを自分フィールドにセット。これでターンエンドです」

 

 墓地の馬頭の鬼をデッキに戻し、墓地より不死者の力を高める闇が1枚のカードとなって伏せられた。

 

「ならば私のターン! ドロー!」

 

「スタンバイフェイズに自身の効果で墓地の2体目の《死霊王ドーハスーラ》を守備表示で特殊召喚。《オレイカルコスの結界》により強化」

 

 やがてダーツがカードを引き、ターンを進める横で毎度おなじみの様子で復活していく《死霊王ドーハスーラ》。

 

 だが、そこに疲労の色はなく、オレイカルコスの文様が額に浮かぶと共に悪辣な笑みを見せた。

 

《死霊王ドーハスーラ》

星8 闇属性 アンデット族

攻2800 守2000

攻3300

 

「守りを固めたか……賢明だな」

 

 これで神崎のフィールドのモンスターは《Sin(シン) トゥルース・ドラゴン》、《トラゴエディア》、『ナイトメア・デーモン・トークン』と、今しがた加わった《死霊王ドーハスーラ》の4体。

 

 そのどれもが高い攻撃力を有しており、攻撃力が0の《蛇神ゲー》など敵ではない。

 

「だが相手がどれ程の攻撃力を有していようとも《蛇神ゲー》の前には無力――バトルだ!」

 

 しかし「攻撃力の数値」など「神」の前では縋るに値しない脆い希望に過ぎない。

 

「《蛇神ゲー》で《Sin(シン) トゥルース・ドラゴン》を攻撃! そしてダメージ計算時、《蛇神ゲー》はフィールドの最も高いモンスターの元々の攻撃力を得る!!」

 

 これが《蛇神ゲー》の第一の効果――いや、神の「権威」というべきか。

 

 《蛇神ゲー》の瞳に《Sin(シン) トゥルース・ドラゴン》が映ったと同時にその黄金の竜のオーラを簒奪し、《蛇神ゲー》は己の力へと変換していく。

 

 だが神の暴威はまだ終わらない。

 

「《蛇神ゲー》の力はそれだけではない! さらにこのカードが攻撃したダメージステップの間、バトルする相手モンスターの効果は無効にし、攻撃力を元々の数値の半分にする!」

 

 これが第二の効果ならぬ権威。

 

 神の前に立つものはその威光にひれ伏してしまう様に、敵対者は本来の力を発揮できずに頭を垂れる。

 

《蛇神ゲー》

攻 0 → 攻5000

 

Sin(シン) トゥルース・ドラゴン》

攻5500 → 攻2500

 

「消えろ! インフィニティー・エンド!!」

 

 そうして見えない重圧によって地面にひれ伏すように倒れ伏した《Sin(シン) トゥルース・ドラゴン》へ向けて《蛇神ゲー》の口から白光のブレスが放たれ、黄金の竜はその存在を否定されたように消失した。

 

「ですが、魔法カード《一時休戦》の効果によりこのターンの終わりまで互いにダメージは発生しません」

 

 しかし戦闘ダメージを回避したゆえか、黄金の竜の額から吹っ飛んだ神崎自身へのダメージは少ない。いや、オレイカルコスの力によって歪んだ精神がダメージを感じさせないだけかもしれないが。

 

「フッ、だとしてもお前の奥の手であろう《Sin(シン) トゥルース・ドラゴン》の力は奪わせて貰った――高い攻撃力が仇となったな」

 

 だが危機的状況は何一つ脱してなどいかった。

 

 ダーツの語るように今の神崎のデッキは『Sin(シン)』を除いて飛び抜けて高い攻撃力を有するモンスターはいないのだ。

 

「理解したか? 常に相手の力を上回るまさに無限の力を持った存在……それが《蛇神ゲー》――我が最強のしもべの力!」

 

 そして仮に上回れる攻撃力を持つモンスターを呼び出したとしても再び《蛇神ゲー》の神の力がそれすらも奪っていく。

 

「私はカードを1枚セットし、ターンエンドだ」

 

 そうして最後の希望だった《Sin(シン) トゥルース・ドラゴン》すら失った己に突き付けられた現実を余所に冷静に残りのデッキのカードの種類を神崎は思い返す。

 

「私のターン、ドロー。スタンバイフェイズに自身の効果で墓地の《死霊王ドーハスーラ》を守備表示で特殊召喚。そして《オレイカルコスの結界》により攻撃力がアップ」

 

 そして見飽きた程の《死霊王ドーハスーラ》の復活劇を余所に――

 

《死霊王ドーハスーラ》

星8 闇属性 アンデット族

攻2800 守2000

攻3300

 

「魔法カード《アドバンスドロー》を2枚発動。フィールドの2体の《死霊王ドーハスーラ》をそれぞれリリースし、2枚ずつ――合計4枚ドロー」

 

 2体の《死霊王ドーハスーラ》を贄に一気に手札を増強する。だが、引いた1枚のカードに神崎はその内心で小さく笑みを浮かべた――予定変更だと。

 

「……墓地の《馬頭鬼(めずき)》を除外し、墓地のアンデット族モンスター1体――《闇より出でし絶望》を攻撃表示で特殊召喚。《オレイカルコスの結界》の力を得る」

 

 最初のターン以来、全く姿を現さなかったうっぷんを晴らすべく、神崎の影を大きく引き伸ばし現れた巨大な闇の化身たる《闇より出でし絶望》の額にオレイカルコスの文様が浮かぶ。

 

《闇より出でし絶望》

星8 闇属性 アンデット族

攻2800 守3000

攻3300

 

「《闇より出でし絶望》と最後の『ナイトメア・デーモン・トークン』をリリースし、アドバンス召喚」

 

 やがてそんな《闇より出でし絶望》と『ナイトメア・デーモン・トークン』が黒い闇となって天に昇り、その形を変えていく。

 

「次は何を呼ぶつも――」

 

 そんな光景を今までと同じように弱者の足掻きを眺めるように眺めていたダーツだが、その視線が宙に浮かび上がった『石造りの心臓』を映すとともにその瞳はゆっくりと開かれ、此処に来て初めてその瞳孔が揺れる。

 

 

「――貴様ッ!? どうやってそのカードをッ!?」

 

 

 そんなダーツの声を余所に脈動を続ける石の心臓へと神崎の内から漏れ出た心の闇が吸い込まれて行った後――

 

 

「――地縛神(じばくしん)

 

 

 その石の心臓からドロドロと黒い泥のようなものが噴出し、段々とこの世に邪なる存在が顕現されていく。

 

Ccapac(コカパク) Apu(アプ)

 

『■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!』

 

 やがて悲鳴のような叫び声と共に神殿を砕きながら闇色の巨人が躍り出る。

 

 それによって神殿の天井にまで敷き詰められていた石板が形を保ったまま地面へ転がり、青い空が広がるが、闇色の巨人は狂ったように空へと怨嗟を上げるように生誕の産声を上げるばかり。

 

地縛神(じばくしん)Ccapac(コカパク) Apu(アプ)

星10 闇属性 悪魔族

攻3000 守2500

 

「オレイカルコスの力を得よ」

 

 だが神崎がそう零したことを切っ掛けに《地縛神(じばくしん)Ccapac(コカパク) Apu(アプ)》の身体に奔る青いラインが暗い光を放ち、その額にオレイカルコスの文様が浮かんだ途端に沈静化されていく。

 

地縛神(じばくしん)Ccapac(コカパク) Apu(アプ)

攻3000 → 攻3500

 

 

 そうして異様な雰囲気を漂わせるフィールドの只中でダーツは信じられないとばかりにポツリと零す。

 

 

「地縛神……だと……!?」

 

 ダーツには信じられない。神崎が地縛神を使っていること――ではなく、この場に地縛神がいる事実が信じられない。

 

 そう、この場に地縛神がいる筈がないのだ。

 

「地上絵は未だ存在していた筈!」

 

 何故なら、地縛神はナスカの大地にて地上絵として封印されていなければならないのだから。

 

 もし地縛神の封印が解かれ、復活していたのなら当然、地上絵は消失していなければ辻褄が合わない。

 

 原作でも同様の現象がある為、ダーツの勘違いなどでは説明が付かないのだ。

 

 

 

「描き直しました」

 

 だが神崎からメッチャシンプルな答えが返された。描き直したのなら仕方がない。

 

 

「馬鹿なッ! あのサイズの地上絵を描き直す程の力の流れを私が見逃す筈が――」

 

 とは言えなかった。

 

 地上絵のサイズを考えれば人力で描き直すことはまず不可能。当然、オカルトの領域である「特殊な力」が必要になってくる。

 

 しかしそんな「大きな力」を使えば、流石にダーツだって分かる。赤き竜だって分かる。シグナーの竜だって分かる。

 

 

「地縛神を少しづつ解放しながら、手書きで地上絵を描き直しました」

 

「手書き……だと……!?」

 

 

 だが「特別な力」なんてなかった。純粋な力技だった。マッスルだった。マッスルかよ……

 

 

「クッ、相変わらずだな――だが、過程はどうあれ地縛神にまで手を出していたとは……」

 

 そうしてダーツからの「コイツはそういう奴だった!!」という視線が注がれるが、ダーツは崩れたシリアスな雰囲気をすぐさま立て直す様に不敵に笑いだす。

 

「フフフ……醜いな、神崎 (うつほ)

 

「醜い?」

 

 

「ああ、醜いとも――」

 

 そう、ダーツから見た神崎の「心」はあまりにも醜かった。

 

「眠るべき命を奪い(喰らい)

 

 供養されるべき肉塊(死体)を依り代にこの世に生を受け、

 

「家族の命を奪い(見捨て)

 

 なんの罪もない善良な二人(両親)の命を糧に生き延び、

 

「人々の意思を奪い(捻じ曲げ)

 

 多くの人間の人生を己の都合で狂わせ、

 

「精霊の恩恵を奪い(歪め)

 

 力欲しさに守られるべき秘たる世界の力を利用し、

 

「神域すら奪い(を貶め)

 

 人が触れるべきでない領域にすら手を伸ばした。

 

 

 

 そう、神崎が振るう力はそのどれもが他者から奪ったものばかり。

 

 今回の神崎のデッキもそうだ。

 

 ダーツから奪った《オレイカルコスの結界》だけでなく《Sin(シン) サイバー・エンド・ドラゴン》に加え、《トラゴエディア》に至り、更には「地縛神」までも組み込まれている。

 

 

 

「他者から奪い継ぎ接いだその身体は見るに堪えない程に醜い」

 

 継ぎ接ぎに継ぎ接いで、歪に肥大化したその心はなんと醜いことか。

 

「文字通り、生まれながらの簒奪者」

 

 奪いに奪い、簒奪した力を我が物のように振り上げる姿のなんと醜いことか。

 

「そこまでして生にしがみ付き何を成す? 幾ら奪った力を継ぎ接いだところで、お前が満たされることはない」

 

 それ程までに生にしがみ付く神崎に「生きる為の明確な目的」が存在しない。

 

 己が「やりたいこと」、「成したいこと」、「遺したいこと」など――終着点(満足)が存在しない。

 

「どこまで行こうともお前は(から)の器でしかないのだから」

 

 己の心を本当の意味で満たすべきものが存在しない。

 

 当然だ。

 

「お前を満たす筈だったモノは過去にしかない――いや、過去に()()()()()()()()()

 

 神崎の「それ」は既にこの世界に存在しないのだから。

 

「お前の運命は父母が死んだときから止まったまま、その事実は決して覆らない」

 

 神崎の心は未だ過去に囚われている。そうして時計の針を動かさぬままに此処まで来てしまった。

 

「ゆえにお前は永遠に空虚なままだ」

 

 己を満たす新たな目的(新たな一歩)求めぬ(踏み出さぬ)ままに生きてきたのだから。

 

「決して満たされることのない(から)の器――それがお前だ、神崎 (うつほ)

 

 そうして等身大の神崎を語るダーツは何かを握るような所作と共に手を伸ばして告げる。

 

「そんな抜け殻のままに生きて何になる? お前の未来にあるのは満たされぬ渇きだけ……お前自身も分かっているだろう? 何が己の救いになるかを」

 

 ダーツから見ても神崎の「救い」は一つしかなかった。

 

 それは「平穏な生活」ではない。そんなものでは神崎の心は救えない。

 

 だが、空虚なる魂を救える唯一の道は――

 

「それが仮に私の『救い』になるとしても、私が『それ』を選ぶことはありませんよ」

 

 神崎の選択肢には数えられすらしない程度のものでしかなかった。

 

「フッ、やはり命は惜しいか」

 

「いえ……いや、惜しくはありますが、それよりも私は――」

 

 何故なら、今までの神崎を突き動かす原動力になっていたのは――

 

 

「『神崎 (うつほ)』として生きなければならないもので」

 

 

 大切な2人からの最後の願い(呪い)だった。

 

「……どういう意味だ?」

 

「そのままの意味です。私は2人の最後の願いを叶えたい」

 

 告げられた言葉のニュアンスに違和感を覚えるダーツを余所に神崎から小さく柔らかな笑みが零れる。

 

 

「つまるところ親孝行ですよ」

 

 

 そう、『神崎 (うつほ)』は生き続けなければならない。

 

 

 

 

 

 

 どれ程の地獄の只中(滅びの危機に常に晒される世界)であろうとも。

 

 

 






人は「自分以外の誰か」にはなれない。





デュエルが長くなりましたが、語るべきことは終えたので次で決着です。

テンポが悪くて申し訳ない<(_ _)> ペコリ



~今回の神崎のデッキ~

デッキ名を名付けるのなら――「カードは奪った」

その名の通り、色んなデュエリストから奪ったカードで構築されている。デュエリストを目指す者としてそれはどうなんだ……

フィールド魔法《オレイカルコスの結界》を起点に永遠と蘇生される《死霊王ドーハスーラ》や、蘇生手段が豊富なアンデット族を素材に最上級モンスターをアドバンス召喚していくデッキ。

「Sin」は《Sin(シン) サイバー・エンド・ドラゴン》と《Sin(シン) トゥルース・ドラゴン》しか採用していない。

2種の「Sin」は瞬間的な火力要員や、アドバンス召喚のリリース素材など他とのシナジーもなくはないが、基本的に呼べればラッキー程度の運用。

魔法カード《強欲で金満な壺》で素体が3枚とも除外されなくて良かったね!

ぶっちゃけ採用しない方が手札で腐る可能性が減るが、「相手の力を奪った」との認識を強める為に採用されている。他のSin?知らない。





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第155話 欲



前回のあらすじ
クロノス「デュエルとーは希望と光に満ち溢れたものであーり、苦痛と闇を与えるものではないノーネ!」

神崎「しかし現実問題としてデュエルで苦痛と闇を与える輩がいる……ならば、それらを全て排除すれば、デュエルは希望と光に満ちたものに戻るのでは?」

某狸型ロボット「いや、その理屈はおかしい」





 

 

「詰まらない話を聞かせてしまいましたね。そろそろデュエルに戻りましょうか」

 

「……成程な。それがお前の心の闇か」

 

 自身の「生きる目的」を語った神崎がカードに目を戻す中、ダーツは吐き捨てるように呟く。

 

「――やはり醜い」

 

 ダーツから見た神崎の在り方は唯々歪で醜かった。「親孝行」と評しているが、その実態は酷く歪んだもの。

 

「簒奪者として生きることを彼らが望むと思っているのか?」

 

 そう、両親の想いに沿わない形で行使されている。

 

「今のお前の有様を見れば、彼らが嘆き悲しむことは明白だ」

 

 彼らが今の神崎を見れば、ダーツの語るように悲しみに暮れることだろう――とはいえ、唯の人間でしかない二人が現世に舞い戻る術を持つとも思えないが。

 

「そう、お前という『個』は既に破綻している。どうしようもない程にな」

 

 神崎の両親が願った我が子への最後の想いが果たされることはない。

 

「お前が『彼らの為に』と、うそぶくのなら、既にその価値は存在しない。彼らの願いゆえ? 滑稽だな。その最後の願いを踏みにじったのは他ならぬお前だろう!」

 

 それは他ならぬ神崎自身がその願いを歪んだ形で認識しているからだ。

 

 そんなダーツの糾弾染みた声に神崎は自覚しつつも何処かズレた言葉を返す。

 

「そうですね。私と言う個人にさしたる『価値』はないと思います」

 

 その言葉通り、神崎という「個人」に価値はない。

 

「ただ、私がどれ程無価値な人間であっても、貴方がどれ程の決意を持って動いていようとも――」

 

 生きるべきは「神崎 (うつほ)」でなければならない。ゆえに――

 

「――貴方を生かしておく理由になるのでしょうか?」

 

 神崎は――いや、「彼」は「神崎 (うつほ)」を害する全てを排除しなければならない。

 

 それがどれ程までに強大な相手であろうとも。

 

 そうやって「彼」は「神崎 (うつほ)」の生存に必要な為の全て(世界)を維持しなければならない。

 

 何故なら、「生きろ」と願われたのだから、彼は「生かさなければ」ならない。

 

 ゆえに話は終わりだと言わんばかりに神崎はデュエルを続行させる。

 

「2体のモンスターをリリースしてアドバンス召喚に成功した為、永続魔法《冥界の宝札》の効果で2枚ドロー。これで私の手札は8枚――よって《トラゴエディア》の攻撃力は更に上昇」

 

 一気に増えた手札によってその身に益々力を漲らせ、《トラゴエディア》の瞳に生気が戻って行く。

 

《トラゴエディア》

攻4100 守3600

攻5300 守4800

 

「ではバトルフェイズへ。ご存知かもしれませんが、《地縛神Ccapac(コカパク) Apu(アプ)》は相手プレイヤーへの直接攻撃が可能です」

 

 だが、そうして《蛇神ゲー》を超える攻撃力を得た《トラゴエディア》ではなく、《地縛神Ccapac(コカパク) Apu(アプ)》による攻撃を選ぶ神崎。

 

 その声に呼応するように《地縛神Ccapac(コカパク) Apu(アプ)》が拳を振りかぶり、ダーツの頭上に大きな影が落ちる中――

 

「当然、直接攻撃します。Ccapac(コカパク) Apu(アプ)で攻撃」

 

 ダーツを圧殺せんと、その巨大な拳がギロチンよろしく振り下ろされた。

 

「させん! 永続罠《スピリットバリア》を発動! その効果により私に戦闘ダメージはない!!」

 

 しかし、ダーツが発動させた2枚目の《スピリットバリア》によってその拳は阻まれ、ぶつかり合ったエネルギーが逃げ場を求めるように周囲へと吹き荒れる。

 

「……くっ!? ――攻撃順を違えたな!」

 

「《トラゴエディア》で《蛇神ゲー》を攻撃」

 

 そんな中での衝撃に腕で顔を覆うダーツを余所に、スーツを傍と揺らす神崎は気にした様子もなく、追撃に移る。

 

 そして《トラゴエディア》の口から放たれた炎が周囲に吹き荒れる風に煽られ、業火と化しながら《蛇神ゲー》を焼き尽くさんと包み込んだ。

 

「だが、安心するがいい――どちらを選ぼうともお前の運命は変わらない!」

 

 とはいえ、ダーツが声を張るように、その炎は《蛇神ゲー》を焼き尽くすには至らない。

 

「墓地の永続魔法《幻影死槍(ファントム・デススピア)》を除外することで闇属性モンスターである《蛇神ゲー》は破壊されぬ!」

 

 己が身を焼く炎を脱皮することで躱した《蛇神ゲー》の身体は文字通り、傷一つない。

 

 そう、未だ神崎の攻撃はダーツの奥の手たる《蛇神ゲー》に届いてはいなかった。

 

「そうですか――私はバトルフェイズを終了し、メインフェイズ2へ移行。カードを2枚セットし、ターンエンド」

 

 しかしそんな絶望的な状況の中でもダーツとの問答を完全に放棄したような神崎の姿勢は変わらない。

 

 その心の内には眼前の存在を排除しなければならない――ただそれだけの意思が鋭さを増していく。

 

「どこまでも簒奪者であることから逃れられないか……!」

 

 だがダーツの瞳には今の神崎の姿がそう映ってしまっても無理はない。それ程までに今までの神崎に確かにあった「己の在り方」に対する葛藤が垣間見えないのだから。

 

「ならば私が引導を渡そう! 私のターン、ドロー!」

 

「スタンバイフェイズに自身の効果で墓地の《死霊王ドーハスーラ》を守備表示で特殊召喚。オレイカルコスの力により攻撃力が上昇」

 

 見飽きた風景と化した死霊の王が現世に舞い戻る光景を余所に――

 

《死霊王ドーハスーラ》

星8 闇属性 アンデット族

攻2800 守2000

攻3300

 

「幾ら壁となるモンスターを増やしたところで、所詮は焼け石に水――この一撃で死ぬがいい!!  バトル!」

 

 ダーツは勝負を終わらせるべく《蛇神ゲー》へと指示を出す。

 

「ですが《地縛神Ccapac(コカパク) Apu(アプ)》は攻撃対象に選択できません」

 

 地縛神の効果と《オレイカルコスの結界》によって今のダーツには《蛇神ゲー》の攻撃力の勝る《トラゴエディア》しか攻撃できない。

 

 そして《トラゴエディア》の攻撃力は「元々の攻撃力」ではないゆえに《Sin(シン) トゥルース・ドラゴン》の時のように攻撃力を映しとる(奪いとる)ことも出来ない。

 

「ならば《トラゴエディア》を攻撃するまでのこと! その効果が無効化されれば攻撃力は0にまで落ちる!」

 

 だが、《蛇神ゲー》の効果によって《トラゴエディア》の効果を無効にしてしまえば済む話だ。

 

「インフィニティ――」

 

 そうして《蛇神ゲー》の口元で破壊のブレスがチャージされていく。迎え撃つ《トラゴエディア》の力も今の状態では役に立たない。

 

 

 《蛇神ゲー》の攻撃の前ではあらゆるモンスターの力が無力と化す。

 

 

「バトルフェイズに永続罠《連撃の帝王》を発動。その効果により相手のメインフェイズ、及びバトルフェイズにアドバンス召喚を行います」

 

 攻撃できればの話だが。

 

 神崎が発動した永続罠の効果によって手札の1枚のカードがデュエルディスクへと向かう。

 

「私は守備表示の《死霊王ドーハスーラ》と《トラゴエディア》をリリースし、《闇黒(あんこく)の魔王ディアボロス》をアドバンス召喚。そしてオレイカルコスの力を得る」

 

 やがて《蛇神ゲー》の矛先を奪うようにリリースされた2体の贄が闇と化す中、その闇から鎖が引きちぎれる音が響くと共に黒き魔龍が大地を踏みしめながら翼を広げて雄叫びを放つ。

 

 そして額にオレイカルコスの文様が浮かぶと同時に身体の節々で赤い光が零れた。

 

闇黒(あんこく)の魔王ディアボロス》

星8 闇属性 ドラゴン族

攻3000 守2000

攻3500

 

「……くっ!」

 

 その黒き龍の出現と同時に《蛇神ゲー》が攻撃姿勢を解いた姿にダーツは忌々し気に舌を打つ。

 

 新たなモンスターの召喚により神崎のモンスターの数が減少――つまり変化したゆえに「通常」ならば追撃するか否かを選択できるが――

 

「これで今の私のフィールドには攻撃力3500のモンスターが2体のみ――よってフィールド魔法《オレイカルコスの結界》の効果により貴方は攻撃することができない」

 

 発動された《オレイカルコスの結界》の「最も攻撃力の低いモンスターを相手は攻撃できない」の効果により制限がかかる。

 

 これは「プレイヤー(デュエリスト)」そのものに制限をかける効果ゆえ、例え「神の耐性」を持っていようとも覆すことは叶わない。

 

 

 つまり攻撃権利を実質失った状態だが、ダーツを止めるには至らない。その程度で打つ手をなくすようなデュエリストではないのだ。

 

「フッ、心の闇が深いだけはある――私はカードを1枚セットし、ターンエンド!」

 

 ゆえにそんな軽口を叩きながらダーツはターンを終えた。

 

 確かに《オレイカルコスの結界》は使用者の心の闇が大きければ大きい程にその邪悪な力を高めていくとはいえ、神崎の心の闇をかなりの精度で把握しているダーツからすれば、今の相手の状態は己の想定を超えるものではないのだろう。

 

 

 だがダーツは明確に意識しておくべきだった。

 

 

「私のターン、ドロー」

 

 神崎の手がダーツの背に届きつつある現実を。

 

「スタンバイフェイズに自身の効果で墓地の《死霊王ドーハスーラ》を守備表示で特殊召喚」

 

 やがて自身の最上級モンスターが多い偏った手札を眺める神崎を余所に、数えるのも億劫になる程に蘇生される《死霊王ドーハスーラ》。これによって《オレイカルコスの結界》による攻撃ロックが解除される。

 

 とはいえ、ダーツのターンが回るまでにフィールドから離せば気にならない程度のことだが。

 

《死霊王ドーハスーラ》

星8 闇属性 アンデット族

攻2800 守2000

攻3300

 

 そう、着々と手札及びフィールドのアドバンテージは広がっている。

 

 それはターンを跨げば跨ぐ程に広がっていくだろう。

 

「この瞬間、罠カード《バトルマニア》を発動!」

 

 だが「次のターンなど与えるつもりなどない」と言わんばかりにダーツは最後のリバースカードを発動させた。

 

「これにより今のお前のフィールドの表側のモンスターは攻撃表示となり、このターン、必ず攻撃しなければならず、表示形式の変更もできない!」

 

 その効果により、殺気立っていく《地縛神Ccapac(コカパク) Apu(アプ)》と《暗黒の魔王ディアボロス》。

 

 ついでにこのターン、守備表示で呼び出された《死霊王ドーハスーラ》も攻撃表示になりながらその列に加わった。

 

《死霊王ドーハスーラ》

守2000 → 攻3300

 

 勝ち目のない勝負を強要されるモンスターを余所に神崎は手札に目を落とす。

 

「メインフェイズへ――魔法カード《貪欲な壺》を発動。墓地の5枚のカードをデッキに戻し2枚ドロー」

 

 一瞬の思考の後、発動された壺の欲深い顔が高笑いを上げながら砕け散る中、神崎はペラペラになった残り僅かなデッキを見つつダーツの唯一の不確定要素である最後の手札を見やる。

 

 神崎の知るカードプールでは脅威となる可能性は低いが、それでも「もしも」があるのがデュエルの世界。

 

「此処で《闇黒の魔王ディアボロス》の効果を発動。自分フィールドの闇属性モンスターである――《死霊王ドーハスーラ》をリリースすることで、相手は手札を1枚選び……といっても1枚だけですが、デッキの一番上か下に戻さなければなりません」

 

 ゆえに一つ一つ確実に削って行く。

 

 《暗黒の魔王ディアボロス》が放った鎖によってリリースされた《死霊王ドーハスーラ》の魂が抽出され、その魂が怨嗟の声と弾丸のように放たれ、ダーツの手札の1枚を打ち抜いた。

 

「……私はこのカードをデッキの一番下に戻す」

 

――クッ、《蛇神ゲー》の身代わりとなる《ガード・ヘッジ》を失ったか……

 

 やがて自分モンスターの戦闘破壊の身代わりとなるカードを自身のデッキの下にダーツが戻す中、神崎は勝負を詰めにかかる。

 

「魔法カード《死者蘇生》を発動。その効果で墓地の《トラゴエディア》を特殊召喚。自身の効果とフィールド魔法《オレイカルコスの結界》によりステータスが上昇」

 

 そうして蘇るは悲劇の魔物たる《トラゴエディア》。

 

 その身体に再びオレイカルコスの力が満ちる中、意識が覚醒していくかのように身体を覆う憎悪からなる闇は濃くなっていく。

 

《トラゴエディア》

星10 闇属性 悪魔族

攻 ? 守 ?

攻4800 守4800

攻5300

 

「バトルフェイズへ――《トラゴエディア》で《蛇神ゲー》を攻撃」

 

「まだだ! 墓地の2枚目の永続魔法《幻影死槍(ファントム・デススピア)》を除外することで《蛇神ゲー》の破壊は免れる!」

 

 僅かに攻撃力を上回った《トラゴエディア》の怨嗟の炎も《蛇神ゲー》を焼き尽くすには至らず、ダーツのライフも永続罠《スピリットバリア》により影響はない。

 

 

 よって此処から辿る道は最後に残った《暗黒の魔王ディアボロス》が《蛇神ゲー》に勝ち目のない勝負を強要され、残り25ポイントの神崎のライフを消し飛ばすのみ。

 

「これで終幕と――」

 

「――速攻魔法《デーモンとの駆け引き》を発動。手札より《バーサーク・デッド・ドラゴン》を特殊召喚」

 

 

 だが、未だ幕は降りず、脚本は僅かに毛色を変えていく。

 

 

 そして自身のフィールドのレベル8以上のモンスターが墓地に送られた「死」を感じ取り、空から舞い降りるのは不死者の如き骨と皮だけの竜。

 

《バーサーク・デッド・ドラゴン》

星8 闇属性 アンデット族

攻3500 守 0

攻4000

 

 そうして腐臭と腐肉を巻き散らしながらオレイカルコスの文様を光らせ、唸り声を上げる姿は生者への憎悪が感じられた。

 

「《バーサーク・デッド・ドラゴン》で《蛇神ゲー》を追撃」

 

 そんな負の感情に促されるままに眼前の《蛇神ゲー》へと襲い掛かる《バーサーク・デッド・ドラゴン》。

 

 それは《蛇神ゲー》との攻撃力の差から生じる迎撃によりその身が削られるようとも止まることはない。

 

「ダメージステップ時にリバースカードを発動。速攻魔法《アンデット・ストラグル》」

 

 だが、死者は道連れを求めるのが世の理。

 

「《バーサーク・デッド・ドラゴン》の攻撃力が1000上昇。自身の効果でセットされた速攻魔法《アンデット・ストラグル》はフィールドを離れる際に除外されます」

 

 《バーサーク・デッド・ドラゴン》もその例にもれず、内から滲み出た力のままに獲物に喰らいつく悍ましき怨嗟に対して、抗う様に身をよじる《蛇神ゲー》。

 

《バーサーク・デッド・ドラゴン》

攻4000 → 攻5000

 

 そんな互いを喰らい合う光景が暫し広がっていたが、さして長くは続かず共にその命を散らす結果に終わることはある種の必然だったのかもしれない。

 

「《蛇神ゲー》が……!」

 

 己の奥の手たる神の化身が血溜まりに沈み、その身体が崩れていく様に思わずといった具合に零すダーツ。

 

 

 ダーツは明確に意識しておくべきだった。

 

 

 確かに神崎はデュエリストとしては不適格であり、素の実力もさほど高くない。

 

 その実力差を鑑みれば、相応の余裕を持って対峙することも間違ってはおらず、

 

 勝利以外を求める寄り道も悪くはないだろう。

 

 

 だが「侮る」ことだけは避けるべきだった。

 

 

 相手を侮った者が辿る先など、歴史(先人)がその身をもって証明しているだろうに。

 

 

 

 ダーツは明確に意識しておくべきだった。

 

 

 己の敗北(最悪)の可能性を。

 

 

「さてと」

 

 《蛇神ゲー》を最後にようやく倒せたと息を吐いた神崎は未だ攻撃権利が残っている《暗黒の魔王ディアボロス》と《地縛神Ccapac(コカパク) Apu(アプ)》に視線を向ける。

 

 とはいえ、既に神崎に選択肢は存在しない。何故なら、ダーツの発動した罠カード《バトルマニア》の効果によって「戦闘を強制されている」のだから。

 

 

「では――」

 

 

「――神崎ッ!!」

 

 

攻撃(殺れ)

 

 

 やがて相手の名を忌々しく叫ぶダーツへ神崎は何時もの笑顔でそう告げた。

 

 

『■■■■■■■■■■■■■■ッ!!』

 

 

 振り下ろされるは神の一撃。

 

 

ダーツLP:5000 → 0

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《地縛神Ccapac(コカパク) Apu(アプ)》と《暗黒の魔王ディアボロス》の攻撃によってライフを失ったダーツが倒れ伏す中、《オレイカルコスの結界》がダーツの周囲に収束していき、その魂を奪う。

 

 やがて神崎に1枚のカードがもたらされ、それを手に取った神崎は興味深そうに呟いた。

 

「これが『魂の封印』……こんな1枚のカードに魂が保管できるとは、どうなっているんでしょう?」

 

 カードの表裏をまじまじと眺めていた神崎だったが、何かを思い出したように冥界の王の力を行使して自身の影を伸ばす。

 

「とはいえ、研究させる訳にもいきませんし……ああ、その前に(肉体)は壊しておかないと」

 

 その影はプレス機のアームのように成型され、そこにズラリと並んだ刃が魂の抜けたダーツの(肉体)に叩きつけられ、地面とサンドしながらギャリギャリと高速回転を始めた。

 

 とはいえ、血飛沫や肉片が飛び散るスプラッターなことは起こらない。

 

 何故なら、ダーツは過去に既に肉体を失っており、今やその身体は水晶のような謎物質で仮初の代物を用意して代用している状態なのだ。

 

 なので、血飛沫や肉片の代わりに水晶の欠片のようなものが飛び散り、それが地縛神召喚の際に空いた天井の大穴から差し込む陽光に反射し淡く光る光景はなんだか幻想的だ――行っていることはホラー映画さながらだが。

 

「《蛇神ゲー》はともかく、《オレイカルコス・シュノロス》はかなりデッキを選ぶなぁ……」

 

 しかし神崎は気にした様子もなく影を伸ばして回収していた戦利品(ダーツのカード)を物色していた――ダーツに「簒奪者」と揶揄されるだけはある。

 

 

 

 

 そうして手にしたカードの使い道を考えていた神崎だが、その頭上にて巨大な影が蠢く。

 

「ああ、そう来ましたか」

 

 だが、神崎は原作知識から知る情報より驚くこともなく手元のカードをデッキケースに仕舞い込みつつ、空を見上げた先には――

 

「復活に不足した魂を『これ(ダーツの魂)』が補ったという訳ですか。しかし――」

 

 海中から突如として現れ、空中都市さながら空に浮かぶダーツの故郷であり既に滅びを迎えた古代の都、アトランティス。

 

 そしてそんな空中都市を背に宙に漂う深い紫の体色の長大な巨躯を誇る竜の姿をしたオレイカルコスの神。

 

 本来であれば伝説の三竜に選ばれた強き魂を含む多くの強者の魂が復活に必要であるが――

 

「不完全な復活のようですね」

 

 そのオレイカルコスの神の身体の所々が腐食している様子を見るに、復活の為の贄となる魂が不足した状態にも関わらず、ダーツの魂を以て強引に復活させたのであろうと、神崎は当たりを付けた。

 

 そんな神崎の予想を肯定するかのようにオレイカルコスの神の額にて神と一体化するように佇むダーツは忌々し気に声を落とす。

 

「神崎……貴様だけは此処で確実に仕留めさせて貰おう――お前の知識が魅力的に映っていた私はどうやら腑抜けていたらしい……」

 

 これは魂をオレイカルコスの神の元に送られ、尚且つ仮初の肉体を神崎に粉微塵に破壊されたダーツに残された最後の手段。

 

 文字通り、己の魂を賭けた最後の一手。

 

 原作知識(神の視点の知識)は魅力的ではあったが、それ以上に神崎という存在を脅威と判断したゆえの決断。

 

 ダーツが初めて神崎を「対等な相手()」と認めた瞬間でもあった。

 

「そうでしょうか? 私のような凡庸な人間が此処まで来れたのも、その知識のお陰ですので欲することにそう間違いはないかと」

 

 にも拘わらず、神崎は先程までのダーツの行動方針を肯定する。

 

 マッスル以外のスペックが微妙な神崎がこれまで何とかやってこれたのは原作知識のお陰である以上、その有用性は明白である――なれば、それを確保しようと思うことは必然であろうと。

 

「私はまだ終われぬ……世界を人間の心の闇から――欲望から救わねばならない!!」

 

 だが、オレイカルコスの神による精神の侵食が加速しているダーツは相手の言葉など気にも留めずに決意を固めるように叫ぶ。

 

 時間はそう残されてはいない。

 

「私はそうは思わないですけどね」

 

「……なんだと?」

 

 しかし、ポツリと零した神崎の言葉にダーツはピクリと反応した――いや、反応したのはオレイカルコスの神の意思によるものなのかもしれない。

 

「『欲望』は人の原動力です」

 

 そんな相手の反応に「時間稼ぎになるかもしれない」とダーツの興味を引くような言葉を選びながら神崎は続ける。

 

「それは世界へ広がり、星の縛りも超え、未来を突き進む為の力です」

 

 欲望とは悪い印象を持たれがちだが、人間の大きな原動力となる側面も持つ感情だ。

 

 より強く、より先へ、より上へ――そうした先人たちの欲望が今の世界を形作っている。

 

 そう、人の世界は、文化は、欲望によって発展してきたと言っても過言ではないのだと。

 

「フフフ……貴様はついぞ『愛』を理解出来なかったようだな」

 

 しかし、そう語った神崎をダーツは嗤う。

 

 欲望こそ人の原動力であるのなら、神崎の両親が幼かった神崎を助けた行為()の否定だと。

 

 あれだけ大事に語っていた二人を否定する神崎の物言いがダーツには滑稽でならない。

 

「『愛』……ですか、皆さんよく言いますよね。『愛』、『結束』、『絆』――それらは素晴らしいものだと声高に。ですが――」

 

 だが神崎の本意はそこにはない。

 

 述べたのは「愛」や「結束」などのプラスに位置する感情の否定ではなく――

 

「――それも突き詰めれば欲望の一種でしょう?」

 

 それらの根源が欲望であるとの暴論だった。

 

 

 神崎は仕事柄、「言葉」というものを信用していない。

 

 言葉など、如何様にも装飾でき、心地の良い響きで本質を隠し、誤魔化すことが出来るものだと――とはいえ、それは神崎もよくやっていることだったりする。おい。

 

「愛する者を守りたいと願う『欲』」

 

 愛を語ったその言葉に一片たりとも欲望が介在しないと言い切れるだろうか?

 

 愛するあの人に自分を見て貰いたい、笑っていて欲しい、幸せにしたい――それは優しい欲望(願い)だ。

 

「誰かと共にありたいと願う『欲』」

 

 結束を、絆を語ったその言葉に一片たりとも欲望が介在しないと言い切れるだろうか?

 

 対等でありたい。切磋琢磨できる関係でありたい。あの背中に追いつきたい――それは尊い欲望(願い)だ。

 

「『意志』とは、『願い』とは、『想い』とは、『欲』――つまるところ『欲望』に辿り着く。結局は全て同じなんですよ」

 

 繰り返すが、欲望とは悪い印象を持たれがちだ。

 

 他者の物を欲し(奪い)害し(殺し)――と、そんな負の側面のイメージがなされがちだろう。

 

 だが、欲望は「望み、欲する」ことでしかない。

 

 上述したような正の側面を持った感情もまた「望み、欲する」ことで生じる欲望でしかないと。

 

「とはいえ、そんな欲望も『用法・用量を守って正しく』扱わなければ、貴方が語った『滅び』の結果を生む訳ですが」

 

「……れ」

 

 そして「人間から欲望(願い)を切り離すことが出来ない。いや、するべきではない」――と、用意した論を述べる神崎にダーツは小さく呟く中、神崎は説明の締めの部分に入る。

 

「人を愛することも、貴方が願う世界の救済も、全ては『欲』によって形成されているものに過ぎません」

 

 人間が欲望を失う時、それは「願いを失う」時とも言える。

 

 それは果たして人間なのだろうか?

 

「……まれ」

 

「『心の闇に、欲望に囚われない完璧な新人類』――それを『人』と評せるかはともかく、どのみち貴方には手の届かない代物だと思いますよ」

 

 何の望みも持たず、唯々健やかに生きている「だけ」の存在を人間と呼んでしまってよいのだろうか?

 

 いや、そもそも、そんな生物として破綻した存在をどう生みだすというのか。

 

 果たして、「それ」は新たな理想郷とやらで、地球の、星の、世界の、守り手としてあれるのだろうか。

 

 それは理想(願い)を持つダーツが理解できる存在なのだろうか。

 

「――『願いに殉ずる(欲に塗れた)』貴方に生み出せるとは思えません」

 

「黙れぇええええええええ!!」

 

 返答はオレイカルコスの神の龍の顎から放たれたブレス(叫び)だった。

 

 

 

 魔物へと変貌した妻をその手で殺し、

 

 父と娘と殺し合い、

 

 そして故郷すら失ったダーツに唯一残されたのは「神から賜った使命」だけだった。

 

 

 

 だが、突き付けられたのは唯一残された使命が、実現不可能――いや、実現した瞬間にダーツの望みが叶わない結果が待つ。

 

 その事実をダーツは許容できない。

 

 そんな暴論に心の何処かで腑に落ちてしまった事実も、己の感情の大きな発露を後押しする。

 

 

 

 何故なら、今のダーツにはもはや「神から賜った使命(呪い)」しかないのだから。

 

 

 そうして遥か上空から落ちた神の鉄槌を、影から伸ばした冥界の王の腕を盾に防ぐ神崎は「ダーツの感情」が乗った叫びに平坦な声を漏らす。

 

「それが貴方の欲望(心の闇)ですか――意外と人間味が残っていたんですね」

 

 原作知識によるダーツの精神状態はオレイカルコスの神の洗礼を浴びたことで、神の思想に染まりきった忠実な使徒としての印象が強かったが、こうして個人的な感情を爆発させている姿はまさしく「人間」だった。

 

「お前は此処で……! 此処で……!!」

 

「おや、此処に来て初めて意見が合いました――私も同意見です」

 

 オレイカルコスの神のブレスを冥界の王の腕で弾いた神崎はダーツの敵意に同意する。

 

 此処からはデュエルを終えた後のお約束たる最後の足掻き(リアルファイト)

 

 

「ええ、ここからはデュエル(誇りある仕合)とは無縁の古来より存在する最も原始的で野蛮な問題解決手段」

 

 

 そう、デュエリストの適性もなく、原作知識がなければ会社員としても微妙な神崎の持つ数少ない強味が活きる時。

 

 

「そう純粋な――」

 

 

 そんな何処までも凡庸な神崎にもただ一つだけ才能と呼べる代物があった。そう――

 

 

 

 

 

 

「殺し合いだ」

 

 

 殺し合いの(己が嫌う行為を成す)才能が。

 

 

 







神崎に戦い(殺し合い)の才能なければ鉄骨(事故)か、殺し屋(ヒットマン)か、KU☆MA(クマ)で死んでた。

 



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第156話 ※原作は「カードゲーム世界」です。



おい、デュエルしろよ(先制攻撃)



前回のあらすじ
ただの殴り合い(リアルファイト)でしたら少々自信がございます




 

 

 オレイカルコスの神と一体化したダーツの放ったブレスを受け止めていた冥界の王の闇が蠢く腕を払いブレスを逸らした神崎は、海へと手を向けた後に指を上へかざしつつポツリと返す。

 

「《ポセイドン・ウェーブ》」

 

 その瞬間、周囲の海から海水が意思を持ったかの如く巨大な手の形を幾重にも形成し、ダーツを捕らえんと殺到した。

 

「その程度ッ!!」

 

 それに対して雄叫びと共にダーツが迎撃に再びブレスをチャージする中――

 

「《体温の上昇》・《剣闘獣の底力》・《燃える闘志》・《バーバリアン・レイジ》・《ライジング・エナジー》」

 

 神崎は自身に対してカードの実体化の力を使用し、身体能力を引き上げていく――その結果、身体を覆う熱により煙が漏れる中、グッと足に力を込める仕草を取る。

 

 そして宙で《ポセイドン・ウェーブ》によって生み出された水の腕がオレイカルコスの神のブレスによってはじけ飛んだ瞬間に神崎は地を砕き蹴ってダーツ目指して駆けた。

 

「《超音速波(ソニック・ブーム)》」

 

 というか、跳んだ――いや、「飛んだ」と言うべきかもしれない。それを証明するように軽い掛け声に似合わず宙に踊りでた神崎の速度は異常の一言。

 

 カードの実体化の力と冥界の王の力、そしてマッスルをフル活用しているとはいえ、遅れて響く空気が破裂するかのような音は端的にいってエグイ。

 

「――なっ!?」

 

 そうして夥しい程の海水を目くらましに弾丸もかくやな勢いで爆風を切り裂きながら飛んでくる人……いや、人型の存在にオレイカルコスの神の長大な竜の如き身体の額から生えるダーツの瞳はありえないものを見るかのように見開かれる――回避は間に合いそうにない。

 

「《魂の一撃》」

 

 そんなダーツの驚愕の表情を余所に宙で蹴りの姿勢に入った神崎はカードの実体化の力もプラスしつつ、発生させた熱を集めたゆえに真っ赤に燃え滾った右足をオレイカルコスの神に向けて蹴り抜いた。

 

「――グッ!!」

 

 生じた轟音と共に空に突き上げられ、雲の上に吹き飛んだダーツだが、すぐさま体勢を立て直して眼下の神崎へと視線を向けようとする瞬きの間に――

 

「《緊急テレポート》」

 

 神崎はダーツの背後へ短距離転移し、拳を振りかぶっていた。

 

「《強制進化》」

 

 やがて神崎が振りかぶった己の右腕から骨が飛び出し、外骨格のように右腕を覆わせた後に――

 

「《ハーフ・カウンター》+《渾身の一撃》」

 

 ダーツが振り返るよりも早く神崎の拳が振りぬかれた。

 

 

 

 

 一瞬の無音と共にオレイカルコスの神の巨体が吹き飛ぶ中、遅れて轟音が響く最中ですら吹き飛ぶ勢いを止められないダーツ。

 

「《突進》+《シールドバッシュ》」

 

「――舐めるなァ!!」

 

 そして追撃をかけようとする神崎だが、ダーツがオレイカルコスの神のブレスを放って強引に吹き飛ぶ己を止めながら、首を回してそのままブレスを迎撃へと向ける姿に僅かに速度を落とす。

 

「《魔法の筒(マジック・シリンダー)》」

 

 そうして落とした速度の中、空中に実体化させた赤い二つの筒をブレーキ代わりに蹴飛ばし、相手のブレスの直線状に設置。

 

 やがてオレイカルコスの神のブレスが《魔法の筒(マジック・シリンダー)》に吸い込まれて行くが、もう一つの筒へとエネルギーが移動することはなく、限界を迎えたように爆ぜた。

 

「辛うじて躱したか――だが、次はそうはいくまい!!」

 

 《魔法の筒(マジック・シリンダー)》が爆ぜた横から、そう語ったダーツから放たれたのは水色の刃状の物体。それも十や二十ではない程の数が放たれており、弾幕さながらの様相である。

 

 夥しい程の数の暴力――これらを一つ一つ殴り飛ばすのは難しいだろう。

 

「《仕込みマシンガン》・《地獄の扉越し銃》・《スパークガン》・《インフェルニティガン》・《ブレイズ・キャノン》・《波動キャノン》・《全弾発射(フルバースト)》」

 

 だが、弾幕が相手なら弾幕だと言わんばかりに空を飛びつつ距離を保ちながら実体化される重火器の数々が火を噴き、弾丸に砲弾、果てはミサイルまで雨霰と打ち込まれていく。そんな飛び道具の撃ち合いへと舞台を移す中――

 

「《ディメンション・ゲート》。《ロケット・ハ――」

 

 神崎はダーツの死角へと空間の歪曲によりゲートを開き、そこへとアーマーを装備した拳を差し込もうとするが、それよりも早く、その繋がったゲートからダーツが放った黒い触手が神崎を呑み込むようになだれ込んで来た。

 

「――《拡散する波動》」

 

 そうして右腕を呑み込み、身体へと迫る触手に対して神崎は左の指から無数の斬撃を放ち、自身の右腕諸共ダーツが放った触手を切断しながら、ゲートから距離を取った後に閉じる。

 

 

 

 右腕を肩口まで失った神崎が冥界の王の力にてヘドロのような物体を以て右腕を再生させる中、奪われた腕はオレイカルコスの神の身体にズブズブと沈み込んでいた。

 

 それは冥界の王の力の極一部分が贄となったに等しい。それにより幾分かオレイカルコスの神の身体が持ち直す。

 

「贄が……贄が足りぬ……」

 

 しかし、そう零すダーツの言う通り、それでも完全なる復活には至らない。

 

 数多の強き魂を喰らい復活した本来の歴史(原作)と比べ、今回の復活には強き魂が全くといって足りていない。

 

「この身が朽ちる前に、貴様を神の贄として喰らい尽くしてやろう!!」

 

 ゆえに足りない分を埋めるべく神崎の――その内に秘められた冥界の王の力を奪わんと雄叫びと共に迫った。

 

「冥界の王」

 

 だが、神崎が伸ばした左手からヘドロのような闇が大量に噴出されると共に数多の生物を辛うじて人型に押し留めたような闇の化け物がダーツに向けて飛びつき、その血肉に喰らいつく。

 

「愚策だな! 己から喰われに来るとは!」

 

 とはいえ、この場合はダーツの言う様に愚策と評する他ない。これでは冥界の王の力をオレイカルコスの神に献上するようなものだ。

 

 当然、醜悪な人型の闇の塊から冥界の王の力を奪うべく牙を立てるダーツ。これ程の巨体を取り込めば神の完全復活も夢ではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「《不運の爆弾》・《仕込み爆弾》・《パイナップル爆弾》・《鎖付き爆弾》・《時限カラクリ爆弾》・《古代の機械爆弾(アンティーク・ギアボム)》・《生贄の抱く爆弾》・《ボム・ガード》・《パルス・ボム》・《セメタリー・ボム》・《トロイボム》・《万能地雷グレイモヤ》・《グレイモヤ不発弾》・《爆導索》・《導爆線》」

 

 かに思われたが、そんな醜悪な人型の闇の塊の装甲は非常に薄くハリボテ同然であり、さらにその中身にはタップリ詰め込まれた爆弾の数々がひしめき合っている。

 

 そう、これは某忍者ご用達のいわゆる人間(卑劣)爆弾である。

 

「――くっ!?」

 

 その今にも爆発しそうな火薬庫同然の冥界の王(ハリボテ)からダーツは距離を取ろうとするが――

 

「《闇の呪縛》」

 

 その冥界の王(ハリボテ)から数多の鎖が伸び、ダーツことオレイカルコスの神の身体を「一緒にフィーバー(爆死)しようぜ」と言わんばかりに縛る。

 

「この程度の鎖で――」

 

 だがその鎖は縛られた時点でギチギチと限界を示す様に今にも千切れそうな嫌な音を立てていたが――

 

「《ポイズン・チェーン》、《パラライズ・チェーン》、《連鎖解呪(チェーン・ディスペル)》、《連鎖破壊(チェーン・デストラクション)》、《連鎖除外(チェーン・ロスト)》、《デモンズ・チェーン》」

 

「――チィッ!?」

 

 追加に追加を重ねた大量の鎖がダーツことオレイカルコスの神の巨大な竜のような身体をくまなく拘束していき――

 

「《サンダー・ボルト》」

 

 そうして数多の爆弾とダーツの距離が最大限縮まった瞬間を見計らったように天からイカヅチが起爆の合図を示すように落ち、空に紅蓮の華を咲かせた。

 

 

 

 その爆発により大気が熱風となって周囲を奔っている中で煙も収まっていくが、その先には未だ健在のオレイカルコスの神の姿。

 

 とはいえ、その身体は焼け爛れたようにボロボロであり、更には鎖が爆発の衝撃で散弾と化したのか、身体の所々に抉れた傷跡が目立つ。

 

「フフフ……存外やるようだな――だが無駄だ」

 

 しかしダーツの余裕は崩れず、「無駄」と評したことを示すようにオレイカルコスの神の傷が逆再生されるように元の形へと戻っていく。

 

「確かに今回の我が神の復活は非常に不完全な状態だ――そう長く維持は出来ないだろう」

 

 そのダーツの言葉の通り、強き魂を贄に復活するオレイカルコスの神への生贄が原作のように足りてはいない。

 

 現在はダーツの魂で強引に保たせているとしても、限界はある。

 

「しかしお前がいくら攻撃しようとも、『それ』自体が我らの神の身を討つことに繋がることはない」

 

 だがダーツには、オレイカルコスの神には、圧倒的なアドバンテージが存在する。

 

「何故なら、この神の力の源である捕らえられた魂たちの心の闇がある限り、我が神の力は早々尽きはせぬ」

 

 それが「心の闇」を己が力に変える能力。

 

「私の限界を待っているのだとすれば無駄なこと。お前になら聞こえるだろう――我が神の中に渦巻く声が」

 

 完全な復活には足りていないとはいえ、オレイカルコスの神はかなりの魂を贄としてその身に内包している。ダーツが遥か1万年前から集めてきた魂が、だ。

 

「彼らの心の闇が尽きぬ限り、我が神も永遠を得るのだ」

 

 オレイカルコスの神に囚われた魂が存在する限り、心の闇も無限に等しく供給され続け、疑似的に無尽蔵の力を得られるのだ。

 

 それさえあれば、不完全な復活による身体の崩壊を誤魔化す程度のことは容易に可能。

 

「今の人間に心の闇を完全に克服することが不可能である以上、お前に勝機はない」

 

 原作では遊戯たちの言葉により、囚われた魂が心の闇に一時的に打ち勝てたことで覆すことが出来たが、彼らの心に響く言葉を持たない神崎ではその方法も取れない。

 

「そして私の限界より、お前の限界が来る方が遥かに早い――後、どれだけその力を振るえる?」

 

 それに加えて回復手段のあるダーツと、デュエルエナジーを大量に摂取したとはいえ、限界が存在する神崎の方が我慢比べにおいてかなり分が悪いだろう。

 

「この期に及んで何も語らぬとは……先程の飛ばしていたご自慢の軽口はどうした?」

 

 挑発するように神崎の出方を窺うダーツに神崎はなんら言葉を返さない。

 

 

 

「《地縛神の咆哮》」

 

「地縛神……だと? そんなものが何処に――」

 

 だが、ポツリと神崎がそう宣言すると共に――

 

 

 

 

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■ッ!!」

 

「■■ォ■■■■■■■オォ■■■ッ!!」

 

「■■■■ャ■■■■■ァ■■■■ッ!!」

 

「■■■■■ゥ■■■■■■■■ッ!!」

 

「■ィ■■■■■■■■ィ■■■■■ッ!!」

 

 ダーツの、オレイカルコスの神の内部から肉を、骨を、皮を引き千切りながらフクロウ男こと巨人、コンドル、ハチドリ、シャチ、クモの地縛神がそれぞれ宙に飛び出した。

 

「なにっ!?」

 

「《魂の解放》」

 

 突然の事態に驚愕するダーツを余所に青く文字通り透き通った身体を持つ妖精を思わせる女性が合図代わりに手をかざす。

 

 するとハチドリを模した《地縛神 Aslla(アスラ) piscu(ピスク)》とコンドルを模した《地縛神 Wiraqocha(ウィラコチャ)Rasca(ラスカ)》が翼を広げながら、そのクチバシを大きく開き、

 

 

 蜘蛛を模した《地縛神 Uru(ウル)》と、フクロウ男こと巨人を模した《地縛神 Ccapac(コカパク) Apu(アプ)》が瞳から涙が零れるように、

 

 シャチを模した《地縛神 Chacu(チャク) Challhua(チャルア)》が大口を開け、

 

 そうしてそれぞれの個所からオレイカルコスの神に囚われていた魂が解放されていく幻想的な光景の中でダーツは全てを悟る。

 

「グッ!? ググ……オ……貴様ッ! 魂を……神の贄を……!」

 

――あの時、取り込んだ腕に仕掛けを……

 

 ダーツが気付いた通り、神崎は始めから囚われていた魂への「心の闇の克服」などは期待していなかった。ゆえにこう考えた「ダーツが利用できない状況にすればよい」と。

 

 

 それが「地縛神たちに囚われていた魂を取ってこさせる」なんとも無茶苦茶なもの――過去修業中に「よく分からない(食べられるか不明な)ものを食べて死にかけた」男らしい作戦だ。

 

 経験に学んだ愚者っぷりだが、結果的に強靭な胃袋を得ているところを見るに、転んでもただでは起きない男である。

 

 

 やがて地縛神たちが役目を終えたと消えていく中、ダーツは今までとは大きく毛色の違う苦悶の声を漏らす。

 

「グ……グ、グガグ……」

 

 オレイカルコスの神が復活する為の贄たる魂を全て――いや、ダーツを残し根こそぎ奪われたことから、神の長大な竜の身体から黒い煙が立ち昇り、その身体が崩壊を始めていた。

 

 

 ただでさえ不完全な復活だったにも関わらず、無理やり維持する為のエネルギー源を失ったダーツにオレイカルコスの神の急激な崩壊を止める事は出来ない。

 

「もう……止めませんか?」

 

 此処で今の今までカードの実体化の力の行使以外で言葉を発しなかった神崎が此処に来て初めてそう零す。

 

「私を……! 私を……!!」

 

 戦局が大きく傾いたゆえに勝敗は決したと評する如き提案に対し、その神崎の瞳に映る感情を読み取ったダーツの返答は――

 

 

 

 

「――私を憐れむなッ!!」

 

 

 

 開かれたオレイカルコスの神の顎だった。

 

 そうして崩壊を始めた身体を強引に抑えながら雄叫びと共にブレスを放つが、その動きは先程と比べて緩慢で、精細さを欠いている。明らかにこれ以上の戦闘を行える状態ではない。

 

 そうして空中で立つ己へと迫るブレスを神崎は――

 

 

 

 

 

 片腕を振るい、弾き飛ばした。

 

 

 

 弾かれたブレスは海面に叩きつけられ、巨大な水柱を上げる。

 

「……なん……だと……!?」

 

「……まだ()りますか?」

 

 ダーツが信じられない様子で呆然と零す中、神崎は再度終戦を投げかける。これ以上の戦闘に意味はない、と。

 

 

 だが、ダーツはもはや止まれる筈もない。

 

「……当然……だ! ……私は……私は! 神の使命を! 世界を! 救――」

 

「《鎖付きブーメラン》」

 

 その宣言を最後まで聞くことなく神崎は《鎖付きブーメラン》を投擲し、相手の首に巻き付かせた途端に一気に自身へと引き寄せる。

 

「――ぐっ!?」

 

 それにより強引に引き寄せられる中で、ダーツは再びブレスをチャージするも神崎はその竜の下顎を蹴り飛ばし、強引に口を閉じさせた神崎はゼロ距離になったオレイカルコスの神の身体に向けて――

 

「《連撃の帝王》+《カウンターマシンガンパンチ》」

 

 力の限り、連撃を放った。

 

 その拳撃の嵐により吹き飛ばされる――ことは《鎖付きブーメラン》によって縫い付けられている為になく、唯々サンドバッグのように殴られ続けるダーツ。オレイカルコスの神による捕食も拳の雨に遮られ届かない。

 

 やがてその連撃はオレイカルコスの神の肉体の治癒能力を超え、その先から皮を裂き、血が噴き出し、肉が削れ、身体の芯が抉られていき、流れるように冥界の王に捕食されていく。

 

――拙い……! このままでは……

 

 神の血に塗れながらも殴ることを止めない神崎にダーツは危惧を覚えるが――

 

 その危惧より先に「パキン」と《鎖付きブーメラン》の鎖が砕け、互いの位置を固定していた存在の喪失から、拳撃の衝撃を止めるものがなくなった途端に放たれた神崎の回し蹴りを受けて、一気に叩き落されるダーツ。

 

 その下には己の故郷たる古代アトランティスの都。このままではかつての故郷に叩きつけられるだろう。

 

 

「《伝説の剣》・《闇の破神剣》・《執念の剣》・《稲妻の剣》・《竜殺しの剣》・《魂喰らいの魔刀》・《神剣-フェニックスブレード》・《孤毒の剣》・《サイコ・ソード》・《サイコ・ブレイド》・《サクリファイス・ソード》・《ライトロード・レイピア》・《沈黙の剣》・《聖剣アロンダイト》・《聖剣ガラティーン》・《聖剣カリバーン》・《蝶の短剣-エルマ》・《破邪の大剣-バオウ》・《女神の聖剣-エアトス》・――」

 

 だがその前に神崎が空中に浮かべに浮かべた数多の剣が――

 

「《アース・グラビティ》+《重力砲(グラヴィティ・ブラスター)》+《鈍重》+《グラヴィティ・バインド-超重力の網-》」

 

 カードの実体化の力によって発生した超重力によって――

 

 

 剣の雨となってダーツに降り注ぐ。

 

 

 

 

 爆発的な加速を得て、ダーツを貫きながら眼下の古代アトランティスの都にその竜の如き長大なオレイカルコスの神の身体が縫い付けられていく。

 

「ぐぬぉおおおおオおオ―――――」

 

 それはダーツが古代アトランティスの都に叩きつけられた後も続き、己が身を貫く剣撃の落下の際の轟音が声なき叫びすら掻き消す規模だ。

 

 

「《破天荒な風》・《ストライク・ショット》・《突進》+《崩界の守護竜》」

 

 そうして古代アトランティスの都に重力と剣で縫い付けられつつあるダーツを蹴り殺さんと、神崎は自身の身体に生じた炎を風で煽り、威力と速度を最大限に高めて己を砲弾と化した。

 

 

 遅れた轟音を余所に古代アトランティスの都に囚われたオレイカルコスの神に着弾した神崎という砲弾。

 

 その衝撃により破壊の傷跡が痛々しい古代アトランティスの都から神崎はめり込んだ足を引き抜き、潰れたオレイカルコスの神の「身体」に視線を向ける。これにて終局。

 

 

 

 

 

 

「――最後に気を緩めたな!!」

 

 とはならず、一瞬逸れた意識を縫うように神崎の視界の外から、オレイカルコスの神の「頭部」だけのダーツが大きく牙を開き、神崎に喰らいつかんと迫る。

 

 

 オレイカルコスの神の頭部以外の身体を囮とし、それを隠れ蓑にした上での奇襲は「相手が動けない」との先入観を持っていた神崎の虚を突く。

 

 完全に背後を取られた状態ゆえに神崎の迎撃にはワンアクション必要だが、その一瞬がこの場においては致命的だった。

 

 神崎の心臓に神の牙が迫る。

 

「《痛恨の訴え》」

 

「遅い――」

 

 その前に神崎の影から放り投げられ、竜の顎に放り込まれた栗色の長髪を揺らす女性の姿にダーツは目を奪われる。

 

 ダーツがその姿を忘れる訳がない。かつて、オレイカルコスの力によって化け物の姿となったゆえにダーツ自身が切り殺した――

 

「――イオ……レ」

 

 愛した妻「イオレ」の存在にダーツの瞳が、心が、大きく揺れ動く。

 

――人質か……!! だが無駄だ! 私が使命を違えることはない!

 

 しかし、大局を違うことはない。彼は、ダーツは世界救済の為にオレイカルコスの神が掲げた理想にのみ準じると決めたのだ。

 

 この顎が妻を穿つことになろうとも、返す牙で神崎の心臓から冥界の王の力を喰らう――そうすればダーツの勝ち。この千載一遇の機会を人質の身可愛さにふいにすることなどしない。

 

 

 人質程度で己が止まると判断した相手の愚かさをその身をもって知らしめてやろうとダーツは一瞬の逡巡を振り切って牙を剥く。

 

 

 

 だが神崎の意図は少し違う。

 

 

 

「《不死式冥界砲》」

 

 そう、神崎はダーツからその一瞬の時間を引き出せれば十分だった。それが躊躇であろうが、逡巡であろうが、一切関係がない。

 

 そんなダーツの一瞬の意識の空白の隙を縫い、己の左腕を亡者が寄り集まったような醜悪な外装の大砲へと変貌させ、怨念の如き砲弾が生成される。

 

 当然、それは「イオレ諸共」ダーツを打ち抜かんとする魔の砲弾。

 

 放たれた精神を掻き毟るような歪な悲鳴にも似た音と共に飛来する怨嗟の一撃がやけにダーツにはスローに映った。

 

 だが、ダーツは焦らない。先の神崎の一手を逆手に取るようにイオレを盾にその場の回避を試みる。

 

 

 人間の身体とはいえ、極一瞬であれば肉壁としては機能する筈だと。

 

 そうしてその一撃を紙一重で躱しながら突き進めば十分に状況の挽回は可能。

 

 

 

 そう、()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

「――イオレッ!!」

 

 

 だがダーツの身体はその意に反してイオレを庇うように抱き留め、その破壊の奔流を一身にその背で受け止めた。

 

 オッドアイの片側の目が元の色を取り戻しつつ、残り僅かなオレイカルコスの神の力が大きく目減りするのを感じるダーツの胸中は混乱の極みにあった。無理もない。

 

――何をしている。何をしている! 何をしている!!

 

 ダーツには今の己の非合理な行動の意味が分からない。

 

 

 どう考えてもダーツはイオレを見捨てるべきだった。

 

 折角の千載一遇の機会をふいにしてまで、己は何をやっているのだと。

 

 理解できない。己に残されたオレイカルコスの神の力が僅かであることは分かり切っている筈であろう。

 

 理解できない。オレイカルコスの神の身体の大半を囮にした以上、後はないことは明白であろう。

 

 

――私は一体、何をしている!!

 

 ダーツは己の不合理極まりない行動が理解できなかった。

 

 

 そんなダーツの胸中にて反芻される問いに答えるとするのなら、古代アトランティスの都から弾き飛ばされたことで、破壊の奔流から逃れ落下する中で真っ先に行った――

 

「良かった……」

 

 オレイカルコスの神の身体ではなく、その頭部から伸びた己の身体でイオレを抱き留めた際に漏らしたダーツの言葉と安堵した表情が全てを物語っている。そう――

 

 

 愛する妻を二度殺すような真似が彼には耐えられなかった――そう答える他ない、

 

 

 それは「(欲望)」と呼ばれるものだ。

 

 眠ったように動かないイオレの頬を優しくそっと撫でたダーツはオレイカルコスの神の神託により、瞳がオッドアイに戻る中、上空にいるであろう神崎の襲来へと備える。

 

 

 

 結果的に大打撃を受けたダーツだが、未だその瞳に絶望は見えない。

 

 勝機がないのなら、手繰り寄せれば良いと数多の策を立てていくダーツ。

 

 神崎から未だに迎撃がない以上、相手の限界も近い筈だと。

 

 

 そう、ダーツの勝機は僅かながらも未だ残っていた。

 

 

 無茶をしたゆえに朦朧とする意識を立て直すダーツだったが、ふいにその手を『誰か』が掴む。

 

 そして『その誰か』は繋ぎとめるようにダーツの身体を強く抱く。今のダーツの傍にいるのはただ一人。

 

「イオレ!? 何を――」

 

 ダーツの困惑する声に何も語らず瞳を開いたイオレの眼は黒く染まっていた――それはダークシグナーの証。

 

 彼女の背後から噴出した闇が全身に緑の文様を浮かべる巨大なトカゲの姿をした地縛神を形成していく。

 

 その地縛神の名は《地縛神(じばくしん)Ccarayhua(コカライア)》。

 

 

 そして夫、ダーツを決して離さないようにその夫と一体化したオレイカルコスの頭部を抱きかかえた。

 

 

 本来の歴史(原作)では家族を失った運命を呪い、闇に堕ちた女性と共にあった地縛神。

 

 そう、(欲望)ゆえに闇に堕ちた者の象徴ともいえる。

 

 

 

 これにてダーツの最後の勝機は潰えた。

 

 

「イオレ! 操られているのか!」

 

 愛する妻の凶行に当然そう考えるダーツ。神崎がなにかしたのだろうと――あながち間違いではない。

 

 しかしイオレの瞳は慈愛に満ちたものであり、操られている様子などは全く見られない。

 

 

 その瞳に困惑の色も強めるダーツ。だがその瞳の中に僅かに見える悲哀の感情が今のダーツには見えない。

 

 それこそが彼女の「未練」であるというのに。

 

 

 

 やがて《地縛神(じばくしん)Ccarayhua(コカライア)》の両の手によって拘束され、天に捧げられているダーツに影がかかる。

 

 それはダーツが自切したオレイカルコスの神の残骸を平らげた後に神崎が生み出した剣山のような牙が並ぶ巨大な闇の大口。

 

 

 

 

 自分たちに迫るその牙の意味が理解できないダーツではない。

 

 

 ダーツが此処からの立て直しを思考するが、もはやどう足掻こうとも詰みの状況であることの証明にしかならない。

 

 

 決して勝算の低い勝負ではなかった筈にも拘わらずの結果に「何故」との思いにダーツは駆られる。だが理屈は至ってシンプルだ。

 

 

 そう、単純な理屈だ――「心の闇に打ち勝ち続けるには人の心はあまりに弱く、儚い」と、そうダーツが語った「人の弱さ」が勝機を奪った。

 

 

 ただ、それだけの話。

 

 

 愛する妻を二度、その手にかける決断が取れなかった。

 

 過去の己の罪の意識から逃れることが出来なかった。

 

 彼は()()()()()()()()()()

 

 彼は()()()()()()()()

 

 

 ダーツとイオレ、愛し合った二人を纏めて食い千切らんと並ぶ牙が迫るが、もはやダーツにはどうすることも出来ない。

 

 それを成す為の時間は愛する妻の為に使ってしまった。

 

 いや、使わされてしまった。

 

 ダーツの内に心の闇が一段と強まる。だがもはや今のダーツに出来るのは――

 

 

「かんざきうつほぉお゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛!!」

 

 

 怨嗟を込めて叫ぶだけだった。

 

 

 

 

 空に無慈悲な音が響く。

 

 

 






たんとおたべ






頂いたご感想に中々返事を送れない為、恐らく疑問に思われるであろうことを先んじてQ&A――

Q:丸々一話使ってリアルファイト……だと!?

A:趣味に奔――ゴホン、原作では不完全な復活にも関わらず、真なるファラオの宣言の元で放たれた三幻神の三位一体の攻撃で辛うじて倒せたオレイカルコスの神が、

今作ではそれ以上に不完全な復活だったとはいえ「万全ではない冥界の王パンチ」で倒せるとは思えなかった為、しっかり目の攻防の描写が必要と感じたゆえです(目そらし)


Q:なら、この一戦を見るに、オレイカルコスの神より、冥界の王の方が強いの?

A:原作では「どちらが強い」と言った話は不明ですが、今作では互いが万全の状態なら大体同じくらいの力であると想定しております。

ですが、今回の場合――

デュエルに敗北した上に、非情に不完全な状態で無理やり復活したオレイカルコスの神(しかも戦闘中にエネルギー源を失う)と、

最近大きなダメージを受けたとはいえ、新鮮なデュエルエナジーをたらふく摂取し続けた冥界の王。

この両者の状態の違いを考えれば、この一戦においてのパワーバランス的にはこんな感じかと判断しました。


Q:カードの実体化の力って此処まで出来るの?

A:5D’sの「ファイアーボールおじさん」こと「ディヴァイン」が規模は違えど似たようなことをしていたので、冥界の王クラスの力があれば可能であると判断しました。

今作では「ヒロイン」や「相棒」などと茶化されている冥界の王ですが、原作の発言から単騎で世界を滅ぼせるポテンシャルを持っていることは明白な為、この程度は十分可能かと思われます。


Q:もしダーツが躊躇なくイオレ諸共神崎を食い千切ろうとしていたらどうなっていたの?

A:イオレの意思で地縛神パンチが炸裂します。


Q:なら、そのイオレが裏切ったら?

A:卑劣(人間)爆弾が炸裂します。





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第157話 ヒトデナシ



前回のあらすじ
貴方の大切な人を救いたくはないですか?

そうですよね。救いたいですよね。それはもうどんな手を使ってでも救いたい。

その気持ち、よく分かります。私にも覚えがありますから。

彼は悪くないんですよね。本当は心優しい人なんですよね。存じております。変えられてしまったんですよね。理解しております。

彼を助ける力が欲しいですか? そうですよね。是が非でも欲しいですよね。なら願いましょう。欲しましょう。強く、より強く、地を砕く程に。

そんな貴方の願い(未練)が力になる。

そして示そうじゃないですか、貴方の愛を。

確かめようじゃないですか、彼の――







――(欲望)を。





 

 

「アはハハはハはハハハはははハはハハはははハハはハはハははははハハははははハハはハははハはハはハはははハはハはハハはハはハはハハはハははははハハハはははハはハハはハはハはははハハはハはハはハハはハはハはハはハハははハはハはハはハはハハははハはハハはハはははハハはははハハはハハハはははハはハはハはハハはハはハはハはははハはハハハはははハはハはハハハはははハはハははハはハはハはハはハハはハはハはははハハ!!」

 

 

 オレイカルコスの神をその身に取り込んだ神崎は空に浮かびながら、赤く染まった片側の瞳で天を見上げつつ狂ったように嗤い声を響かせる。

 

 

 それは先の一戦を征したことによる高揚感ゆえ? 違う。

 

 それは更なる力を得た全能感ゆえ? 違う。

 

 それは人の滅びを願う神の意思に呑まれた破壊衝動ゆえ? 違う。

 

 それは世界の危機をまた一つ砕いた達成感ゆえ? 違う。

 

 

 

 

 

 それはきっと、己が嫌うデュエルを穢す(デュエルで殺し合う)存在により近づいてしまったゆえの自嘲染みたもの(嗤い)なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 違う。

 

 

 その世界を嘲笑うかのような笑い声は神崎のものではない。それは神崎がその身に取り込んだ「オレイカルコスの神」のもの。

 

 

 数多の異形を喰らったことで、その心を歪めながら変質に変質を重ね、異形(自分たち)にとって都合よく形成された上質な器を得たのだ。笑みも零れよう。

 

 

 そうしてSAN(正気)値を彼方へシュゥゥゥーッ!! しつつ、超! エキサイティン!! な様相を神崎に浮かべつつ、その身体を乗っ取りつつあるオレイカルコスの神だったが――

 

 

『■■■■■■■■■■■■■■ッ!!』

 

 

 その神崎の心の部屋でもまた、黒い大蛇が同様に声にならぬ声を上げていた。

 

 

 

 この神崎の精神世界で超! エキサイティン!! している黒い大蛇は「オレイカルコスの神」の正体である星が持つ怨念――心の闇が生み出した化け物(モンスター)である。

 

 この存在はオレイカルコスの神の本体といっても過言ではない。まさに地球の心の闇の根源。

 

 そう、オレイカルコスの神は未だ朽ちてなどいない。この星に人間たちが行ってきたことへの怨念が尽きぬ限り、消滅することなど決してないのだ。

 

 その怨念はまさに星が消えぬ限り、途絶えぬ「呪い」染みたもの――死の外にある事象。

 

 

 原作では闇遊戯がその心の闇を引き受け、自身の心の奥底へと封印される結末を辿っていた――彼が王たる器を持つゆえにその闇を制することが出来たのである。

 

 

 だが、今回その心の闇を引き受けた――というか、強引に喰い千切ったのは自称小市民の神崎である。悲しいことに王の器などありようもない。

 

 

 このままではかつてのダーツのように星の心の闇に呑まれ、第二のダーツとなって世界へと、人へと牙を剥く邪悪となることだろう。

 

 

 そうして神崎のだだっ広いだけの不気味なほどに真っ白な心の部屋――精神世界にてポツンと立つ神崎本人へと叩きつけられるのは星の憎悪、星が「世界の、人の、ありとあらゆる存在の破滅を願う意思」そのもの。

 

 星の怒りが叫びを上げる。

 

 壊せ、砕け、破壊しろ、潰せ、滅ぼせ、崩せ、殺せ――響く意志は多岐に渡れど、その全てが「人を害せよ」と憎悪のままに悪意をばらまくものばかり。それらが怨嗟の渦となって響き渡り、人の心を塗り潰していく。

 

 そんな全てを壊してしまえとばかりに鳴り響き侵食する怨念が破壊衝動を誘発し、狂気となって精神世界に伝播する只中で――

 

 

 

「では、この星の浄化プランについてご紹介したいと思います」

 

 

 なんか始まった。

 

 

「まず1つ目のプランは『地球再生』プラン! このプランは読んで字のごとく――」

 

 

 なんか続くらしい。

 

 

 周囲に何処かで聞いたようなメロディが流れたような気がするが、空耳だ。この精神世界にそんな音声はない。

 

 そうして何処かの特徴的な高音トークが聞こえてきそうな雰囲気の中で神崎の説明が続くが、ポカンと呆気に取られたようにピタリと止まっていた星の怨念が仕事を思い出したかのように憎悪と狂気の波を再燃させる。

 

 それは神崎の主張など知ったことかと跳ねのけるようにも思えた。

 

 そんなオレイカルコスの神の怨嗟が神崎の精神を消し飛ばさんとうねりを上げる中――

 

「――お気に召さないようですね……では2番目のプラン『人類統制』プランをご紹介しましょう!」

 

 

 神崎は未だ、このアホな――もとい、不可解な行為を続ける気らしい。

 

 

 星の怨念をセールストークで受け止めるなどと、馬鹿じゃ――ゴホン、無謀と評すしかない蛮行を決行し続ける神崎だが――

 

 

 果たして本当に無謀なのだろうか?

 

 

 よくよく考えてみて欲しい。

 

 

 人の身では受け切れぬ怨嗟も、企業戦士(社畜)であれば受け切れるのではないだろうか?

 

 

 何を馬鹿なとお思いになるかもしれないが、聞いたことはないだろうか――「お客様は神様です」との言葉を。

 

 

 そう! お客様は神様なのだ!

 

 なれば、逆説的に本物の神様はお客様である!

 

 

 そんなお客様のご要望をお聞きすることが出来るのは企業戦士(社畜)に他ならない!

 

 

 王の器はなくとも、会社員の器なら此処にはある!!

 

 

 なれば、神崎も企業戦士(社畜)の一人として、この困難な商談(勝負)に立ち向かえるのではないのだろうか!

 

 

 そう! 邪神 VS 会社員! なんだか言葉の響きも似ている気がするぞ!!

 

 

 

 とはいえ、此処まで語っておいてなんだが「馬鹿じゃねぇの!」って思うけどな!!

 

 

 そんなこんなで神崎とオレイカルコスの神の熾烈な論争(ビジネス)が始まった――どういうことだってばよ。

 

 

 

 

 

 そうして、一体どれだけの時間が経っただろうか? 生憎、神崎の精神世界に時計はない為、正確な時刻は定かではないが――

 

 

「1395番目の『地球上から人類排除』プランもお気に召しませんか……では――」

 

 

 未だに弾切れの見せぬ神崎のビジネストークを見るに、かなりの時間が経過していることが容易に想像できた。脅威の1000番台である。

 

 そんな時間経過が原因なのか怨念を神崎の精神世界にぶちまけ続けた巨大な大蛇ことオレイカルコスの神にも疲れのようなものが見えた。

 

 どうか気のせいであって欲しい。頼む、気のせいだと言ってくれ。頼むから……

 

 

 やがて怨念をぶちまけていたオレイカルコスの神が初めて怨み辛みの感情以外を神崎へ向けた。

 

 それを訳すなら、「いつまで続けるつもりなのか」といった具合だ。

 

 オレイカルコスの神とて、もっとスピリチュアル的なバトルを望んでいるのだろう。

 

 ダーツの時のように自身の国を、民を、そして家族を、そんな愛するべき者たちへの想いで神の洗礼と言う名の洗脳に抗って貰った方が、「らしい」だろうと。

 

 此方はIFになるが、原作の闇遊戯のように全てを受け止める王の器を以て挑んで欲しいことだろう。

 

 なんだったら、デュエルでも構わないかもしれない。

 

 

 だが、残念ながら現実は神たる身にビジネストークで挑んできた神崎(アホ)の姿があるばかり。そんな相手に対する困惑がオレイカルコスの神から感じられるのは……此方もどうか気のせいであって欲しい。

 

 とはいえ、きっと初めての経験であろうと思われる為、困惑するのも無理からぬ話だ。しかし、神崎のビジネストークは――

 

 

「今のところ2万とんで964程、ご用意させて頂いております」

 

 序の口だった。しかも「今のところ」との言葉から時間が経てば経つほど増えていくようだ。悪夢のような現実だ。

 

 そう、「まだ神崎のバトルフェイズ(ビジネストーク)は終了していないぜ!!」状態である。

 

 

 此処に来てオレイカルコスの神の怨嗟(クレーム)の動きが全てピタリと止まった。何処か意識が現実から飛んでいるような有様は気のせい――であって欲しいが、悲しいことに気のせいではない。

 

 人らしく表現すればまさしく「ゑ?」と言った感じだろう。

 

「お客様にピッタリのプランをお約束します!」

 

 しかし社畜(神崎)は作り物めいた朗らか笑顔を向けつつデスマーチに戻る。誰にとっての「デス()」かは直に分かる。

 

「では1396番目のプランである『地球崇拝』のご説明に移らせて貰います。このプランの最大の特徴は――」

 

 

 その社畜アタックはどちらか一方の心が折れるまで続くまさに仁義なき戦い。

 

 

 では皆さん、お手を拝借。

 

 

 

 ドロー! モンスターカード(お客様にぴったりのプランをご提供します)!!

 

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 もう止めて! そう言ってくれる誰かは此処にはいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて」

 

 やがて現実世界にてオレイカルコスの神殿の残骸に降り立った神崎は周囲に影を伸ばしながら空に浮かぶ古代アトランティスの都と共に周辺一帯を丸ごと呑み込んで証拠隠滅を図る。

 

 オレイカルコスの神? もう済んだことだ。そっとしておいて上げて欲しい。

 

 そして振り返った神崎は――

 

「――これで貴方との契約は果たされました」

 

 虚空に向かってそう告げた。何も神崎がおかしくなった訳ではない。元からおかしい――ゴホン、よくよく視線の先を見ればうっすらと人のようなものが何かを優しく抱き留めている姿が垣間見える。

 

 所謂、「霊魂」の類だ。

 

 その幽体の如き人影の正体は先の一戦でかなり酷い扱いを受けたダーツの妻、イオレ。

 

「いやぁ、それに関しては申し訳ない。貴方の『未練』――いや、願いである『夫の凶行を止める』為には必要であったことですので」

 

 当然、イオレも小さく怒りの感情を見せているが、そんな姿に神崎はそう言いつつ、申し訳なさ気に頭を下げる。かなり酷いことをしてしまったと。本当だよ。

 

 

 だが、神崎とて事情はある。

 

 神崎にとってイオレは「超常的な力を持ち、なおかつデュエルの実力も秀でていたダーツ」に対する唯一の鬼札である存在の為、最も効果的なタイミングで切る必要があったのだ。

 

 神崎がもっと有能であれば始めから使わずに済んだ鬼札ではあるが。

 

 

 とはいえ、原作では父と娘すら平然と手にかける(殺害する)ダーツに対して原作でもあまり語られていなかったイオレにそこまでの重要性があるのか? と疑問に思われる方もいるだろう。

 

 ゆえに軽く説明するなら――

 

 

 イオレはオレイカルコスの欠片の呪いによりその身を化け物に変貌させてしまった後のこととはいえ、ダーツが「オレイカルコスの神の洗礼を受ける前に自らの意思で手にかけた(殺害した)相手」なのだ。

 

 

 そう、ダーツによる父と娘の殺害は「オレイカルコスの洗礼を受けたせい」と弁も立つが、イオレに対してだけはその弁は通じない。

 

 早い話がイオレは最もダーツの心を揺さぶる可能性が高い存在。

 

 

 心の機微が、情動が、感情が、その実力に大きく影響を及ぼす「デュエリスト」という存在に対し、これ程までに重要な存在はいまい。

 

 

 そういった事情が神崎にはあるのだが、遊戯たちに知られれば普通にアウト案件である。

 

 

 

 やがて頭を下げたままの神崎に呆れ気味に溜息を零したおぼろげな人影ことイオレはすぐさま踵を返す様に背を向け、空の向こうへと飛び立とうとするが――

 

「おや、もう帰られるのですか? では、この場所に寄っては如何でしょう? そこには貴方のお父君と娘さんとがおられます――家族で団欒しながら帰られては如何ですか?」

 

 呼び止めた神崎の提案に懐疑的な雰囲気を滲ませる。神崎の人道的にアウトなアレコレを見てきたイオレからすれば突然の提案に警戒するなと言う方が無理であろう。

 

「この提案に裏などありませんよ。純粋な善意――そう、サービスです」

 

 しかし、神崎はイオレの最後の未練を、願いを掬い取ったこともまた事実。これ以上の疑惑の眼差しは恩を仇で返すようなものだと、その手の内の小さな光(ダーツの魂)をギュッと抱き留めた。

 

 そうして目的地を再度確認するように指さしたイオレに、肯定で返した神崎から確認を取り――

 

「では、貴方とご家族の幸福を願って」

 

 最後にもう一度深々と礼を取った神崎の姿をチラと見つめて小さく一礼した後、イオレは煙のように空へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 暫くしてダークシグナーの証である《地縛神(じばくしん)Ccarayhua(コカライア)》の文様が影の中に戻った後、神崎は背後に向けて声を放つ。

 

「お待たせしてしまったようですね」

 

「いえいえ、とんでもございません! 我らが主の聖戦を妨げるような真似がどうして出来ましょうか!」

 

 その背後に膝を突いて待機していたのは紅蓮の悪魔のしもべこと「シモベ」が人型の炎の身体をご機嫌な様子で揺らめかせながら喜色の声を漏らす。

 

――いや、聖戦って……

 

「むしろ、このような重大な局面にお邪魔してしまい申し訳ない程ですYO!」

 

 シモベの言葉に内心でちょっと引く神崎を余所に炎の尾はユラユラと動き、なんとも楽し気だ。

 

「ただ……いえ、なんでもございません。ご報告の方に移らせて――」

 

 しかし、シモベが僅かに言葉を濁した瞬間に神崎は間髪入れずに問いかける。

 

「疑問点は?」

 

「か、可能な限り、速やかに解消……」

 

「はい、良く出来ました」

 

「で、では恐れながら……」

 

 だがシモベからすれば神崎――というか、冥界の王は立場が大きく違うゆえ、妙に歯切れが悪い。そんな「ようやく」といった具合に口を開いたシモベから語られたのは――

 

「何故、あの者の魂に救いをお与えになられたのでしょう? あの者が成した我が主への数々の無礼を思えば、その魂を引き裂こうとも足りぬ筈です! 今すぐにでもそうすべきかと!!」

 

 ダーツの処遇の件だった。

 

 シモベが見ていたのはリアルファイトが始まってからだけだが、その間のやり取りだけでもシモベからすれば「殺されても文句は言えない」レベルらしい――やっぱり邪悪である。

 

 にも拘わらず、ダーツからオレイカルコスの神を引っぺがした後、普通に成仏させたことが不服らしい。

 

 とはいえ、神崎としても言い分はある。

 

「それが彼女との契約でしたので」

 

 第一にダーツの妻、イオレとの契約により助力の代価としてダーツの身の安全――魂しか残っていないが――を保証していたゆえ。

 

 なお助力の内容は酷いものだったが、当の本人が納得していればセーフである。いや、セーフだと思うしかない。

 

「そんな約定など反故にしてしまえばよかったのです! あのような霊魂ごときがそれを止める手立てなどありはしないのですから!」

 

 なのだが、シモベは納得できないご様子。

 

 単純な力関係に大きな差がある以上、態々相手の言い分を聞いてやる義理など何処にもない筈だと。

 

 そんなシモベの狂信に若干の危惧を持ちつつ神崎は問を投げかける。

 

「……成程。では問いますが、それを成した場合に得られるメリットは?」

 

「メリットですか? それは当然、苦しみのたうち回る彼の者の姿によって我が主のお心を慰撫することが出来ましょうぞ!」

 

 その「人間ではない」シモベの精神性を確かめるような問に、シモベは拳を二度三度出してシャドーボクシングの真似事をしながらもの凄く悪役感溢れる答えを返す。まぁ、原作でも悪役なゆえに当然かもしれないが。

 

――いや、むしろ無駄に罪悪感味わうから。

 

 そんな返答に内心で何処か頭痛を堪えるように頭を押さえる神崎。

 

 

 そもそもの話、神崎はダーツに対してそこまで「怒り」の感情は持っていない。ダーツが神崎に語ったことは凡そ的を射ており、否定する材料もあまりないのだ。

 

 

 

 

 それに加え、オレイカルコスの神(星が抱える心の闇)に侵食されきった相手(ダーツ)を糾弾する気持ちになど、そもそもなれない。

 

 相手は超常的な存在によって人生を狂わされた身なのだ。神崎としても「怒り」よりも「憐み」の感情が先に立つ。

 

 

 

 そんなダーツに対しての感情の向け方に大きく差のある2人の問答は続いていく。

 

「……ではデメリットは?」

 

「デメリットなど、ありはしません! どのみち、消えゆく命! 積み重ねた咎を鑑みれば自業自得というもの! なれば誰が咎めましょうか!」

 

 続いていくのだが、元ダークシンクロたちと同じく言い含めた『善人を装う』・『英雄的(ヒロイック)であれ』との指示など忘れてしまったようにシモベは言葉を並べる。

 

 シモベからすれば「どうせ死ぬのだから、どう死のうとも結局は同じ」といった具合だろう。

 

「つい先程までこの世界に留まっていた彼の父と娘の魂――もし、彼らを通じてその報復が他者の耳に入ればどうなりますか?」

 

「それは僥倖! さすれば貴方様の恐ろしさを伝える良き語り部となりましょう!」

 

 神崎がヒントと言うよりは思考誘導染みた発言をするも、シモベの悪役感溢れるスタンスは何一つブレない。神崎的にはブレて欲しいところである。

 

――ズレてるなぁ……だから「悪役」なんだろうけど。

 

「成程、『恐ろしさ』――『脅威』が情報として伝わるわけですね。もし、それを聞いて義憤に駆られたものがいればどうなるでしょう?」

 

「なれば新たなる戦火が…………あぁ、成程、成程!」

 

 そう内心でゲンナリしながら、ほぼ答えを明かす神崎の言葉にシモベもようやく理解が及んだ様子で手をポンと叩いた。

 

「理解に及びましたぞ! ええ、理解に及びましたとも! これがあの者たち(ゼーマンたち)に仰られた『善人を装う』の答えなのですね!」

 

 やがてやたらとオーバーに称えるような仕草を取りながらクルクルと回るシモベは意気揚々とガッツポーズを取るように拳を握る。

 

「余計な敵を作らず、なおかつシグナー共の気勢を削ぐ! そのゆえに『英雄的(ヒロイック)』であれと!」

 

「はい、大まかにはそんなところです」

 

 そう、これが元ダークシンクロたちや、シモベに神崎が指示した「善人を装う」に対して、建前として用意した理由である。

 

 普通に「悪い事しちゃダメだぜ!」と言ったところで、納得して貰えるとは思えなかったゆえの苦肉の策だ。今までのシモベの発言を見るに普通に言っても納得しないのは明白だろう。

 

「我が主のお考えを汲めなかったこの身が恨めしい限りですYO!」

 

「いえ、構いませんよ。どのみち答え合わせはする予定でしたから」

 

――といよりは、そういう存在(打ち倒されるべき悪)としてデザイン(創作)された彼らには平和的な発想に辿り着かないようになっているのかもしれないな。

 

 神崎的には自分で気付いて欲しかったのだが、シモベの何処までも破壊的な思考パターンに対して、思わずそう考えてしまったゆえに予定を変更して明かしたに過ぎない。

 

――今回みたいな単純な連想すら破壊的な方向へと向いている。恐らく「冥界の王」として命じていなければ、「善人のフリ」すらしないだろうな……

 

 やはり、彼らはどうあっても「悪」であることから逃れられないのだろうと。

 

 

 この調子では元ダークシンクロたちの方も望み薄である。

 

 

 

「では要件の方に移りましょうか」

 

 しかし何時までも肩を落としてもいられないと、話を戻す神崎にシモベはすぐさま膝をついて平伏し、臣下としての体に戻った。

 

「ハッ! それなのですが、少々精霊界の方で問題が起きてしまったようでして……」

 

「問題? 緊急ですか?」

 

 シモベから語られた「問題」との言葉に上述のこともあって、「何かやらかしたのか!?」と焦りながらも頑張って冷静を装い問う神崎にシモベは慌てた様子でブンブンと首と手を横に振る。

 

「いえいえいえ! とんでもございません! 主の御計画は万事が万事、滞りなく進んでおりますとも!」

 

 そのシモベの慌てっぷりは神崎の慌てた心が逆に落ち着いてしまう程に大仰だったが、暫くそうしていて一息ついたシモベはキリっと元の姿勢に戻す。

 

 とはいえ、あれだけ焦った姿を見た後では、その姿勢を正した姿が何とも微笑ましく感じてしまうが。

 

「ただ、荒事の一つを収めた際に疑問が少々……今後の方針にも影響しかねないと皆で判断し、我が主のお知恵を頂きたく馳せ参じた次第なんですYO!」

 

「そうですか。ではその『荒事』とやらの報告を」

 

「ハッ、手短に申しますと――」

 

 シモベの荒事との言葉に今の時期で精霊界に特徴的な事件はあっただろうかと、原作知識を思い返す神崎に語られるのは――

 

 

 

 

「数多の命を糧に《超融合》なるカードを生み出そうと画策していた《暗黒界の狂王 ブロン》を首領とした『暗黒界』の面々を捕縛しましたが、処遇の方は如何しましょう?」

 

 

 

「えっ?」

 

 神崎の予想だにしない答えだった。

 

 

 

 間の抜けた声が周囲に木霊する。

 

 

 

 

 

 こうしてまた未来の脅威の一つが、なんかよく分かんない内に消えた。

 

 

 






覇王十代「えっ?」

超融合「えっ?」

超越融合「えっ?」

暗黒界の混沌王 カラレス「えっ?」

E・HERO(エレメンタルヒーロー) ネオス「キミたちは……一人じゃない……!!」

N(ネオスペーシアン)・アクア・ドルフィン「ボクたちは同じ痛みを共有できる仲間だよ!!」






読者の皆様方から頂いたご感想への返信が作者の返信力の低さにより滞っている為、先んじてQ&A――

Q:オレイカルコスの神はどうなったの?

A:アイツは喰われた、もういない! だけど……神崎の心の中で一つになって生き続けているんだ!!

――と、冗談はさておき、オレイカルコスの神が「星の浄化プラン(おまかせ仕様)」を神崎から購入した為、今現在は神崎の心の奥底で再復活に供えてエンジョ――もとい、休眠しております。

ゆえに今後、神崎は「星の守護者としての使命」に準じる必要があります――つまり何時も通りに「世界の危機への対処」を永遠に頑張っていかなければなりません。

それが滞れば、神崎を第二のダーツにするべく(精神の)限界バトルが叩きつけられます。


Q:イオレと交わした契約内容って?

A:「私はどうなっても良い……! だから……あの人(ダーツ)を救って……おねがい……」と涙ながらに訴えるイオレを神崎は前話の通りに運用しました――この、クズ野郎!!(牛尾感)

現在は家族仲良く冥界に旅立っております(なお罪への罰の重さはそれぞれ別とする)


Q:あ、あの……数話前までのシリアスは何処に……

A:現在、担当者(シリアス)が休暇中の為に此方でも対応が取れず、回答を差し上げることができません。


Q:覇王城「ボクには出番を待つ病気の新規E-HERO(イービルヒーロー)たちが……」

A: 関係ねぇよ! 既存E-HERO(イービルヒーロー)と一緒に(出番的な意味で)地獄に逝け!!(ユーリ感)


Q:《超融合》関連の話はGXの3期の中核を成すテーマなんですけど、GXの3期どうするの!?

A:次回、遊戯王GX――3期、ほぼ死す! デュエルスタンバイ!





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第158話 相手を外見で判断しちゃいけないぜ!




前回のあらすじ
いやぁ、GXの三期は強敵でしたねぇ……





 

 

「おや、どうかなされましたか、我が主?」

 

 なされた報告に暫しポカンとしていた神崎だったが、シモベの不思議そうな声に慌てて己を取り繕う。

 

「……ほ、報告を続けてください」

 

「ハッ! 実はですね――」

 

 ダーツとの一戦以上に荒れまくる神崎の心を余所にシモベから語られるのは――

 

 

 

 

 

 時間は結構さかのぼり――

 

 ゼーマンたちは精霊界にて、鬱蒼と大樹が生い茂る森、《クローザー・フォレスト》を一先ずの拠点とし、現地住民の精霊とあれやこれやと取り決めをようやく交わし終え、一息ついていた。

 

「一先ずの拠点は用意できたか……これで神崎殿に良き報告が出来る」

 

「ワタシも手を貸したかいがあるというものだYO!」

 

 肩の力を抜くように大きく息を吐いた己の横で胸を張るシモベの姿に《猿魔王ゼーマン》はゴリラ顔の顎をさすりながら「フッ」と小さく笑う。

 

「うむ、そうだな。シモベ殿には色々助けられた」

 

 休養させるようにとの神崎の指示にシモベへ周辺の調査を名目にぶらぶらさせていたのだが、そんな中でさして誰の手も入っていない《クローザー・フォレスト》を見つけてきたのだ。

 

 そこに住まう精霊たちとのコンタクトも、紅蓮の悪魔スカーレッド・ノヴァの元で色々計画(悪だくみ)していただけあって、その手の計略も慣れたもの。

 

「そうでしょう。そうでしょう! ワタシにかかればこの程度――」

 

 そう自慢気に零すシモベの背後で風を切るような音と共に空に小さな狼煙が上がった。

 

「おやおや~ん? 敵襲のようですね……折角、めでたい時だというのに無粋なものです」

 

 これは《地底のアラクネー》が森とその周囲に張っていた蜘蛛の糸による警戒網に敵が接触したことを知らせる合図。

 

 さらに狼煙の種類から相手に戦闘の意思があることが示されていた。

 

「ふむ、だがこの襲撃を切り抜けられれば、この地に住まう(精霊)たちの我々への目も大きく変わるだろう。良い――と言うべきではないのだろうが、良い機会かもしれん」

 

 そうして「初仕事だな」と招かれざる来客の元に向けて《ワンハンドレッド・アイ・ドラゴン》の背に乗って向かった《猿魔王ゼーマン》とシモベが対峙したのは――

 

 

 

 

 異形の大群だった。

 

 立ち並ぶその体色は人間らしさを持たない灰や黒などに染まり、それぞれの持つ禍々しい特徴と共にズラリと隊列を成すその姿はまさに悪魔の軍勢。

 

 やがて軍勢の只中から一体の悪魔が前に出る。

 

「我が名は《暗黒界の狂王 ブロン》!」

 

 《猿魔王ゼーマン》に向けて高らかに名乗りを上げるのは、角のようなものがいくつも生えた頭を持つ黒い外套を羽織った悪魔、《暗黒界の狂王 ブロン》。

 

 そして身体に巻き付いた鎖をジャラジャラと揺らしながら両の手を広げ、何かの儀式めいた仕草で続ける。

 

「喜ぶがいい! お前たちは大いなる(カード)――《超融合》を生み出す為の最初の贄となる栄誉を賜った!!」

 

「……ハァ? 随分と訳わかんない方々が来られましたね~」

 

 語られるのは、あまりに一方的過ぎて関係者以外よく分からない要求。シモベが呆れた様子で思わず首を捻るのも無理はない。

 

 だが、その要求が「ろくでもないこと」であることだけはヒシヒシと感じられる。

 

「我が名は《猿魔王ゼーマン》! この地にて守護者を担わせて貰っている! 其方の要件の詳細を問いたい!」

 

 しかしそんな決めつけで判断するのは『英雄的(ヒロイック)』ではないと、《猿魔王ゼーマン》は対話の姿勢を示すが――

 

「詳細だと? そのようなことをお前たちが知る必要はない! 我らが望むは汝らが贄として恐怖におののく姿のみ!」

 

 《暗黒界の狂王 ブロン》は取り合うつもりはないと暗に告げつつ、片腕を天へと振り上げる。

 

「さぁ、我が暗黒界の猛者たちよ! 此処に地獄もかくやな狂乱の宴を催そうではないか!!」

 

 やがて振り下ろされた《暗黒界の狂王 ブロン》の腕と宣言を合図に、背後に集う暗黒界の悪魔たちの軍勢は雄叫びを上げながら進軍し、駆け出していく。

 

 これから行われるのはただの蹂躙である。強者が弱者を踏み潰していくだけの理不尽極まりない運命(悲劇)

 

「衝突は避けられぬか……ならば! 此方も迎え撃とう! 今こそ、我らが力を使う時!! 来るがいい、我が軍勢――」

 

 ゆえに立ち向かうしかないと決断した《猿魔王ゼーマン》もまた、背後の森に潜ませていた兵たちに向けて声を張る。

 

 

 今こそ、守護者としての任を果たすときなのだと。

 

 

「――ジャイアント・《スケープ・ゴート》たちよ!」

 

 やがてその声が響くと共に森の中から大量に飛び出すのは丸くてドデカい羊っぽい生き物の群れ。

 

 そう、これはカードの実体化の力で弄られた(品種改良された)ことで凄まじい巨体とパワーを得た《スケープ・ゴート》である。

 

「 「 「 「 メェェエエェエェエエェエエエエエエエッ!!!! 」 」 」 」

 

 周辺の大気を震わせる程の爆音で愛らしい鳴き声を放ちつつ、

 

 悪魔の軍勢に向けて、巨体ながらもチャーミングな姿で駆ける毎に大地が揺れ動き、

 

 そんなキューティーな軍勢が森の中から次々と飛び出し、視界一杯に広がっていく姿はまさに悪夢(ファンタジー)

 

「ちょっ、何そ――」

 

 そのあまりにプリティな相手の姿に、暗黒界の軍勢に突撃の指令を降した《暗黒界の狂王 ブロン》も素っ頓狂な声で「何そいつら!?」と続け――ることはできなかった。

 

 

 そうして丸くドデカい羊っぽい生き物の群れのビッグウェーブに文字通り呑み込まれた《暗黒界の狂王 ブロン》と悪魔の軍勢らの手足が羊毛から飛び出す中、一方的過ぎる戦い……と呼べるかも分からぬ代物はあっけなく終わりを告げた。

 

 

 さぁ、羊を数える(安らかなる眠りに向かう)がいい。

 

 

 

 

 

 

 

 そうして事の顛末を語り終えたシモベは戦果を誇るように片手で天を指さす。

 

「――と言った次第であります。相手の兵は全て主のご用意した実体化兵により羊毛に絡めとられ死傷者は0! 此方の損害も皆無ですYO!」

 

初陣は圧倒的なまでの快勝を誇り、なおかつ「実体化兵」の運用も存分に熟せたゆえに得られる実りは非常に多かった一戦である。誇らし気に思いたくなる気持ちも分かるというもの。

 

「……我が主?」

 

――どうしてこうなった。

 

 だがシモベの不思議そうな視線の先で頭痛を抑えるように眉間を抑える神崎。その姿は世の理不尽を嘆くかの様だった。

 

 

 その原因は一つ。今、そこで頭痛を堪えている(神崎)のせいである。

 

 

 

 

「…………それで報告は以上ですか?」

 

「いえいえ、此処からが問題の核でして……そうして捕らえた者たちの様子が何処か不審な点が見られた為、我が主のお力添えが欲しいとのことだYO!」

 

 そんな自業自得っぷりは脇に置いておき、促されるままに説明を続けたシモベの言葉に神崎は「どんな答えが返ってきても動じないようにしよう」とフラグ満載なことを考えるも――

 

「不審な点?」

 

「はいはいはい! それなのですが、彼らの魔力(ヘカ)に淀みが見られなかったんだYO! 悪行を成すものは(バー)が穢れ、それに伴い魔力(ヘカ)に淀みが生ずるのですが――」

 

――確か古代編で盗賊王バクラやアクナディンがそんなことを言っていたような……

 

 シモベの言葉に原作知識でどうにかなりそうな問題であると、一先ず内心で胸をなでおろす。

 

「あの者たちの主義主張をそのまま信じた場合、魔力(ヘカ)にああも淀みがないのは不自然でして……」

 

「私に相手の心を探らせようと?」

 

「その通りでございます! 我が主のお手を煩わせてしまい申し訳ありませんが、我々だけでは『英雄的(ヒロイック)』であれとのご命令を完遂できなく――」

 

 そうして続くシモベの説明を聞きながら、神崎にあるのは以前から抱いていた疑問が反芻されていた。

 

 それもその筈、《暗黒界の狂王 ブロン》を含め「暗黒界」モンスターは遊戯王GXにて遊城 十代の仲間たちを次々と特殊なカード《超融合》を生み出す為の生贄にし、十代が闇落ちする切っ掛けを生み出す程に邪悪な存在として描かれている。

 

 だが、OCGによる公式情報から「見た目は怖いけど本当は優しい」と評されており、なおかつ暗黒界の通常モンスターたちのフレーバーテキスト(モンスターの説明)は邪悪とはかけ離れたものの為、神崎としてもどちらを指針とするべきか判断に困る実情があったのだ。

 

 そんな長年の疑問が氷解する機会に何の因果か立ち会うことになった事実に感慨深いものを覚える神崎はおずおずと反応を伺うシモベに快諾を返す。

 

「構いませんよ。丁度ゼーマンに一仕事頼もうと思っていましたし、すぐに向かいましょう」

 

――とはいえ、(バー)の知覚だけだと表層の感情しか見えないんだけどな。他はカードの実体化の力で強引に記憶を引き出す……くらいか。

 

 

 そうして精霊界へと続くゲートを生成しながら、シモベと共に現場へと向かう神崎だが、その心は「この状況での記憶の閲覧は原作主人公(正義側)的にはセーフなのだろうか?」と不安一杯だった。

 

 

 

 

 だが、心配はいらない。

 

 

 

 アウトなら神崎が正義の名(原作主人公’s)の下に処されるだけである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで《猿魔王ゼーマン》の元に合流した神崎は「ゼーマンが魔法の類を扱っているように見せる」とのプランを立てた後、《クローザー・フォレスト》にて増設した地下に設置した木製の檻、《無視加護》の前に《光学迷彩アーマー》によって姿を隠しながら立っていた。

 

 

 

 その《無視加護》の内部には「暗黒界」のモンスターたちが、黄金色に輝く手枷のモンスター《ホールディング・アームズ》によって腕が拘束された状態で項垂れている姿が見られる。

 

 やがてそんな囚われの暗黒界のモンスターたちとは別の《無視加護》に囚われた《暗黒界の狂王 ブロン》の前に立った《猿魔王ゼーマン》は威厳タップリに告げる。

 

「《暗黒界の狂王 ブロン》よ、真実を話す気になったか?」

 

「くっ、殺せ!」

 

 しかし《暗黒界の狂王 ブロン》は何も語る気はないと、《猿魔王ゼーマン》から目線を外しつつ、屈辱に耐えるように吐き捨てた。

 

 とはいえ、人間らしい特徴のない悪魔の凶悪な顔でやられても、人間的な感性からはただの怖い顔にしか見えないが。

 

「そう気を張らずとも、此方は汝らを取って食いはせぬ」

 

「我が身がどうなろうとも、何も話すつもりはない!」

 

 何だか定番すぎる流れに「何を見せられているんだろう」などと神崎が現実逃避を始める中、《猿魔王ゼーマン》がU字の先端を持つ杖「カースドニードル」を構える姿に慌てて意識を引き戻して準備に映る。

 

「そうか。では致し方ない――我が魔術により探るとしよう」

 

「――ぐっ!?」

 

 そうしてカースドニードルを掲げる《猿魔王ゼーマン》の動きに合わせて神崎がカードの実体化の力により《念導力》を発動させたことで、首を掴まれたように宙に浮かぶ《暗黒界の狂王 ブロン》。

 

「ブロン様!」

 

「ブロンさまー!」

 

 そんな見えない力によって宙吊りになったことにより、息苦しさから苦悶の声を漏らす王の姿に隣の《無視加護》の暗黒界のモンスターたちが檻を掴みながら心配気な声を上げていた。

 

 

 やがて《猿魔王ゼーマン》の背後から石板にウジャトの眼のように描かれた瞳――《真実の瞳》が現れ《暗黒界の狂王 ブロン》を射抜く。

 

 すると、地面からせり出した青い淵の儀式鏡が波紋を浮かべて波打ち、《儀水鏡との交信》を果たした後に浮かび上がるのは――

 

 

――とある王の記憶。

 

 

 

 

 

 精霊界は争いばかりだった。

 

 

 様々な勢力が「己こそが」と覇を唱え、骨肉の争いを繰り広げ、ただいたずらに血を流し続ける。

 

 

 その戦いの連鎖は留まることを知らず、日々、世界を侵食していくばかりだった。

 

 

 そんな戦乱の世に対し、暗黒界の王は苦悩する。

 

 

 

 

 

 悪魔族らしく恐ろしい外見を持つ彼ら暗黒界の者たちだが、その優しき心は各地で戦の知らせを聞く度に深い悲しみに包まれていた。

 

 

 王は自問する。

 

 

 また血が流れた。

 

 だが、戦乱は終わらない。

 

 

 この戦乱の世はいつ終わる。

 

 無論、覇の頂きに至る者が決まるまで。

 

 

 そんなものを決めてどうなる。

 

 さぁて、どうだろう? きっと気分が良くなるのさ。

 

 

 そんなことの為に血を流すのか。

 

 お前の価値基準が世の全てだとでも?

 

 

 返る言葉は無慈悲なものばかり。当然だ。

 

 

 王に世を変えるだけの覚悟も、力もないのだから。

 

 己が民を守ることにすら苦心する有様で、世界のうねりに対して何が出来ると言うのか。

 

 

 

 

 王は苦悩する。

 

 流れる血を止めることが出来ない事実に。

 

 このままでは自国どころか、この精霊界に住まう全てが死に絶えるという現実に。

 

 

 王は苦悩する。

 

 それらの問題を全て解決し得る魔法のような一手の存在に。

 

 だが、それは屍を積み上げた大罪の果てにある許されざる一手。

 

 

 語るも悍ましい闇の書物――「邪心経典」によって成される奇跡の御業。

 

 

 

 だが王は決断する。

 

 一縷の望みをかけて各勢力へ送った書状からの返答は優しき王が覚悟を決めるには十分過ぎる代物だった。

 

 

 

 

 

 

 

 王は「邪心経典」を手に、狂人の仮面を被る。

 

 

 「今」を血に染めてでも――全ては「未来」の同胞(精霊)たちの為に。

 

 

 やがて同志を集めた王は宣言する。

 

「我らは今宵、悪鬼羅刹となろう!」

 

 全てを包み隠さず話し終えた王は声高に叫ぶ。

 

「数多の罪なき命を捧げ、暗黒のカードたる《超融合》を生み出すのだ!」

 

 こんな罪深き所業に皆が付き合う必要などないと。

 

「そして! その力により世界の意思を束ね! 精霊界に安寧を齎す!」

 

 そう、誰も己の行為に付き合わないで欲しい。

 

「我らが名は! 誇りは! 地に落ちるだろう!」

 

 狂った王だと追放し、新たな王を選んで欲しい。そうすれば王が突然いなくなる事態も避けられよう。

 

「だが全ては精霊界の! そこに住まう全ての者たちの未来の為に! 我らが身を供物として捧げようぞ!!」

 

 そうすれば、咎を背負うのは己一人で済む。

 

「これより、我らは討ち滅ぼされるべき絶対悪となるのだ!!」

 

 やがてそう宣言し終えた王――いや、狂王は瞳を閉じる。

 

 罵声でも何でも浴びせてくれと。そうして国から追われれば、後は計画の為に命を捨てるだけ。

 

 

 だが、同志たちからの返答は喝采だった。

 

 

 それは共に破滅の道を歩むことへの誓い。

 

 

 そんな彼らに「馬鹿者共が」と涙が零れそうになる王だが、これから成すことを考えれば涙を流す資格すらないとグッと堪え、暗雲漂う天に手を掲げると共に――

 

 

 暗黒の軍勢が雄叫びを上げた。

 

 

 

 

 

 彼らの魂は王と共にあるのだと天に示す様に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 なおその覚悟諸共、速攻でドデカい《スケープ・ゴート》の群れに吹っ飛ばされたが。

 

 

 

 

 

 

 そうして《暗黒界の狂王 ブロン》の記憶を映画さながらに眺めた《猿魔王ゼーマン》はポツリと零す。

 

「――このような事情があったとはな」

 

――のっけから躓いた訳か……

 

 ついでに神崎も「GXの舞台裏にこんなことがあったのか」と内心で思いつつ、姿を消したまま感慨深く頷いていた。

 

「くっ……」

 

 なんだか、しんみりしている雰囲気だが、ゆっくりと地上に降ろされていた《暗黒界の狂王 ブロン》がその雰囲気を切り裂くように悔し気な表情から一転して声を張る。

 

「だとしても我らが罪なき命を屠ろうとした事実に変わりはない! その罪は死をもって償おうぞ!」

 

 如何なる理由があろうとも、彼らの行いは「悪」であるのだと。その罪の重さを考えれば償いの方法など「死」以外にありはしない。

 

 

「…………成程。そういう流れですな」

 

「……? どうした! 我らが――」

 

 だが、コッソリと神崎の指示を受けた《猿魔王ゼーマン》は不審気な《暗黒界の狂王 ブロン》に向けて――

 

「――フン!!」

 

「ヒデブッ!?」

 

 その顔面に拳を振りぬいた。ゴリラパンチである。

 

 その突然の拳の一撃に地面を転がる《暗黒界の狂王 ブロン》。

 

「ブロン様!?」

 

「ぐっ、その程度の拳では死にはせんぞ!!」

 

 暗黒界の同胞の一体が心配気な声を上げるが、《暗黒界の狂王 ブロン》は鋭い視線で黙らせた後に《猿魔王ゼーマン》に挑発するような声を上げるが――

 

「己が罪から目を背けるでないわ!!」

 

「なんだと? 命を以て償――」

 

「それが間違っているというのだ! 汝の死に何の意味がある!」

 

 《猿魔王ゼーマン》は《暗黒界の狂王 ブロン》の覚悟を一笑に付した。

 

 

「我らの覚悟が無意味だと言うのか!!」

 

「黙れィ!! 明確な被害にあったものがいない以上、汝の死は慰撫にすらならぬわ!!」

 

「……くっ!」

 

 己の覚悟に泥を塗られたも同然の行いに思わず叫びを上げるが、《猿魔王ゼーマン》の上げた理屈に《暗黒界の狂王 ブロン》は小さく気圧される。

 

 そう、今回の一件はザックリ言えば「なんかよく分からないスケールの大きい話をしていた暗黒界の面々がドデカい羊トークンに一瞬でぶっ飛ばされた」文字にすれば、ただそれだけ。

 

 それに対し「命で償う!!」と言われても、「お、おう」としか現地民としては返せない。

 

 ぶっちゃけた話、現地の精霊たちは《超融合》が何かも分からず、どうやって生み出されるのかもよく分かっていないのだ。

 

 《猿魔王ゼーマン》たちすら先程の記憶の閲覧によって初めて具体的な話が分かった状態である。

 

 暗黒界の計画が未遂で終わってしまった弊害が此処にきて浮上していた。

 

 此処で《猿魔王ゼーマン》が暗黒界の面々の命を取る選択をしようものなら、現地の精霊たちに恐怖心を抱かせる切っ掛けとなり、英雄的(ヒロイック)どころではない。

 

「だが、我らが決起した行為は決して許されざるものだ! 罪には罰がなければならない!」

 

 とはいえ、暗黒界の面々からすれば神崎側の事情など知らないゆえに「罪には罰が」といってはばからない。

 

 だが、そんな暗黒界の面々に向けて《猿魔王ゼーマン》は用意されたシナリオに沿ってマントを翻しながら王としての風格を見せつつ告げる。

 

「許しはせん」

 

「なんだと?」

 

 その言葉をそのまま受け取るのなら、望み通りの罰が――と取ってしまいそうだが、膝を突き、地面に伏す《暗黒界の狂王 ブロン》に目線を合わせる《猿魔王ゼーマン》の姿はとてもそうは思えない。

 

「我は現在、精霊界の争いの連鎖を止めるべく動いておる。その為の準備は着々と進めてきた――汝が矛を交えたジャイアント・《スケープ・ゴート》もその一つだ」

 

「あれ程のものが……手段の一つだと?」

 

 そんな中で続けられる《猿魔王ゼーマン》の言葉に戦慄を覚える《暗黒界の狂王 ブロン》だが、真剣な顔でゆるーい外見の羊トークンについて語り合う彼らは凄くシュールだ。

 

「そうだ。今の段階では全てを詳細にはあかせんが、この名に誓い! 無用な血など決して流させはせぬ!」

 

「まさかお前は……」

 

 そうして続いた言葉に《暗黒界の狂王 ブロン》の瞳に理解が浮かぶ。眼の前の(ゴリラ)が己に告げる残酷な(優しい)罰の正体に。

 

「理解したか? お前たちはこれから償っていくのだ!」

 

 彼ら(暗黒界)の行いは未遂に終わったとはいえ、決して許されざる行為だ。それこそ「己の命一つ」では到底償えない程に。

 

 

 なれば、こそ「死」という安易な「逃げ」を選ぶなど許さないとばかりに、悪魔(咎人)へ向けて(ゴリラ)は宣言する。

 

「このゼーマンの元で!!」

 

 己の元で千の民を、万の民を、いや、未来の民すらも――永劫に渡り救い(償い)続けるのだと。

 

 

 

 

 

 

 こうして暗黒界の面々との会合を終えた《猿魔王ゼーマン》は別室にて件の危険物こと「邪心経典」を影にムシャらせている己が主に膝をつく。

 

「あれでよろしかったでしょうか?」

 

「ええ、彼らの(バー)を見るに、自暴自棄になることもないでしょう――名演技でしたよ」

 

「お褒めに預かり恐悦至極! 私などには勿体なきお言葉!」

 

 そんなやり取りと共に影にゴクンと飲み込まれる「邪心経典」を余所に神崎へ深々とかしずく《猿魔王ゼーマン》だが、その忠誠心は神崎にとっては些か以上に重圧である。

 

「後のことはズムウォルトに任せております! それでシモベ殿が語っていた『一仕事』とは何でしょう?」

 

 そうして何を返したものかと言葉を選んでいた神崎を余所に《猿魔王ゼーマン》は件の「頼み事」に触れる。

 

 既に自身の力不足によって主にいらぬ手間をかけさせた上に、主の命をこれ以上後回しにすることなど許されないと。

 

 なお神崎的にはそう急ぐ代物でもないが、仮にそう言った所で、眼の前の忠臣が納得するとは思えない――なんとも面倒臭いゴリラだ。

 

「手を」

 

「ハッ!」

 

 命じた瞬間にすぐさま差し出された腕に神崎が手をかざせば、《猿魔王ゼーマン》の腕に摩訶不思議な文様が奔り、ブレスレットのように手首に巻き付き一回りした後、何もなかったかのようにスゥッと消える。

 

「む? これは……」

 

「今から貴方はある場所に赴き、其処に封じられている『三体の竜』の封印を解きなさい」

 

「封印を……ですか?」

 

「ええ、今の貴方の腕に仕込んだモノがあれば可能です」

 

 語られる神崎からの指令は平たく言えば何とも「おつかい」染みたもの。《猿魔王ゼーマン》が成すべきことは「行って帰ってくる」だけ――なんてことはない。

 

「そしてその三体の竜と協力関係を取り付けなさい。可能であれば担ぎ上げる神輿にするのが理想ですね」

 

 サラッと語られる神崎の無茶振り染みた指示だが、流石に手ぶらで送り出すことなどしない。そう、神崎お得意の――

 

「『封印を解いた』という『恩』があれば、そう邪険にはされないでしょう」

 

 恩義(心の鎖)による心象操作(媚び売り)である。

 

「詳しいバックボーンは此方で用意しておきました」

 

「お任せください! この大任! 完璧に遂行してみせましょう!!」

 

「期待していますよ」

 

 そうして詳細を詰めた後、とある精霊たちの隠れ里への道を次元の扉を開き繋げた神崎へと一礼し、《猿魔王ゼーマン》は突き進む。

 

 その背にはこの大任を一部の隙も無く完遂してみせるとやる気を漲らせていた。

 

 

 そんな《猿魔王ゼーマン》を見送った後、神崎もまた次元の扉をくぐって「物質次元」こと人間の世界へと戻っていった。

 

 その背はまだまだやるべき後始末が残っているゆえか何処か項垂れており、足取りも重いのは気のせいではない。

 

 

 

 

 

 

 やがて《猿魔王ゼーマン》が足を運んだのは、神聖さすら感じさせる白き神殿。

 

 その神殿の内部に安置されている三体の氷像の前まで案内したこの精霊の隠れ里の代表を務める《ブラック・マジシャン・ガール》は《猿魔王ゼーマン》へと視線を向け――

 

「此処が、伝説の三体の竜の方々が封じられている場所です……本当に封印が解けるんですか?」

 

 若干、懐疑的な視線を向ける。

 

 今回、《猿魔王ゼーマン》はこの地に封じられた三体の竜の存在を知り、自身の魔法ならば封印を解くことが出来るかもしれないと訪ねた――という設定である。

 

 当然、すんなりとは信じて貰えないとの想定から幾重ものパターンを用意してきたのだが――

 

「この封印を解けるのは『選ばれたマスターたちだけ』って伝承なんだけど……」

 

「なに、『封じる方法』がある以上、『解く方法』があるのは自明の理――確約は出来ぬが、任せて貰いたい」

 

 結構、アッサリ入れてしまったことに《猿魔王ゼーマン》も戸惑いを隠せない――《ブラック・マジシャン・ガール》ェ……

 

 とはいえ、封印自体が神の如き巨大な力によってなされている為、封印の改変どころか、封印の上から強引に破壊するなんてことも出来ない以上、警戒するだけ無駄だという面もあるのだろうが。

 

 

 やがて《ブラック・マジシャン・ガール》と精霊たちが見守る中、《猿魔王ゼーマン》がカースドニードルを構えながら傍から見れば意味不明な呪文を唱える。

 

 ちなみにヒエラティックテキストではない。本当に意味のない呪文である。そうして唱えられた呪文を余所に神崎から渡された仕掛けを起動させれば――

 

「…………何も起きないじゃないですか」

 

 傍からみれば何の変化も見られない氷の中に封じられた三体の竜の姿が残るばかり。その光景にダメで元々だったとはいえ、「ひょっとしたら」との想いがあったゆえに《ブラック・マジシャン・ガール》は大きく肩を落とす。

 

「ハァ、失敗かぁ……やっぱりマスターたちじゃないと――」

 

 だが三つの声が響く。

 

「誰だ。我らを呼ぶ声は」

 

「深く眠りし魂を」

 

「呼び覚ます者は」

 

 その英雄の資質を存分に感じさせる声に《猿魔王ゼーマン》はかしずくように己が名を叫ぶ。今こそシナリオの一つ「それっぽいことを力強く叫ぶ」を実行するときだ。

 

「我が名は『ゼーマン』――今こそ、我が魔術にて忘却されし、お三方の名! 呼び起こしましょうぞ! ハアァッ!!」

 

 ゆえに取り合えず、それっぽい気合の掛け声を入れる《猿魔王ゼーマン》。

 

 それに伴い、オレイカルコスの神の力によってかけられた封印は、同じくオレイカルコスの神の力によって今、解かれる――まごうことなきマッチポンプだ。

 

 

「 「 「 ――ッ!! 」 」 」

 

 そうして三体の竜を覆っていた氷の壁は砕け散り、緑・黒・赤の竜の姿が現れたと共にその姿を光が覆う。やがてその光が晴れた先には――

 

「我が名はティマイオス!」

 

 緑の全身鎧に身を包んだ何処か闇遊戯に似た隻眼の戦士――《伝説の騎士 ティマイオス》が、剣を天にかざし、

 

「我が名はクリティウス!」

 

 青の全身鎧に身を包んだ何処か海馬に似た戦士――《伝説の騎士 クリティウス》が、己の剣を仲間の剣と交差させ、

 

「我が名はヘルモス!」

 

 赤の全身鎧に身を包んだ何処か城之内に似た戦士――《伝説の騎士 ヘルモス》が、最後の剣を添え、

 

 

「 「 「 我らが力! 心の光と共に!! 」 」 」

 

 

 高らかにそう宣言した。

 

 学☆芸☆会――もとい遊戯・海馬・城之内と瓜二つの外見の三騎士の登場にざわめく周囲を余所に《ブラック・マジシャン・ガール》はその三つの神聖な姿に祈るように手を握る。

 

「これが伝説の三体の竜の真のお姿……」

 

 そう、これこそが名も無き竜の真の姿! 名もなき三体の竜はオレイカルコスの神の呪いによって竜の姿に封じられた上に更なる封印を重ねられていたのである!!

 

 オレイカルコスの神の力を振るう者(ダーツ)によってかけられた封印が、

 

 オレイカルコスの神の力を振るう者(神崎)によって解かれた瞬間であった。

 

 

 バレたらぶっ殺される可能性も結構ありそうな状態だが、真実は闇の中である。

 

 

 

 

「汝が我らの封を解いたようだな!」

 

「ならば、その恩に報いなければなるまい!」

 

「汝の望みを申して見せよ!」

 

 そうして伝説の騎士、ティマイオス → クリティウス → ヘルモスの順で、3人で順番に会話していく「ローテーショントーク」を巧みに扱う三騎士の姿に《猿魔王ゼーマン》は深々と頭を下げ、願い出る。

 

 彼の願いは一つのみ。

 

 

「なれば、精霊界の安寧の為にどうか力を貸していただきたい!!」

 

 

 争いなき理想の世界(神崎にとって都合の良い世界)だけだ。

 

 

 

 

 此処に「伝説の三竜」――否、「伝説の三騎士」の名の元に手を取り合った二つの勢力。

 

 

 伝説の三騎士の気高き心と大いなる力。そして《猿魔王ゼーマン》の英知に加え、数多の精霊たちが手を取り合い、その輪は広がって行く。

 

 

 

 やがて彼らはこう呼ばれるようになる。その名は――

 

 

 

 

 『三竜同盟』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あくる日、童実野町の童実野高校の屋上にて、銀髪のツインテールの少女が夕焼けをジトっとした瞳で眺めていたが、やがてそのピントが虚空の方へと向き――

 

「報告。指定された歴史の歪みの観測に失敗。都度再試行を試みるも全て同様に失敗。結果から当機は改変された歴史の歪みへの耐性不足が懸念される。なお現時点での世界崩壊の予兆は未確認。よって現時間軸の安定性に問題は見られない。次に該当機からの信号は現在も捕捉不能。定時連絡が継続しているとの情報から機能停止の可能性は依然低い。その為、何らかの不測の事態により行動制限を併発する事態へ発展したと想定。最終活動地点を中心に捜索を継続。また――」

 

 何やらもの凄い勢いでぼそぼそ話し始めた。

 

 だが、此処には少女を除き、人っ子一人いはしない。

 

 そんな誰に向けて話しているか分からない有様だったが、一通り話し終えた後、返答が返ってきた様子でコクリと頷く。

 

「了解。引き続き、歴史観測並びに対象の捜索に当たる」

 

 やがて虚空を見つめていた視線が切れると、階下への扉に立てかけていた学校指定のカバンの隣の紙袋から最後の一つとなったカレーパンを取り出し頬張る。

 

「……おいしい」

 

 彼女の任務は未だ終わりを見せない。

 

 

 

 

 






これにてドーマ編は完結になります。ようやくDM編のゴールが見えてきたぜ……(汗)

ちなみに――
暗黒界の面々の裏事情は彼らのフレーバーテキストがある以上、原作GXでの凶行には最低でもこれくらいの理由はあると考えたゆえのオリジナルになります。

原作の真相は不明ですが、今作ではこんな感じで行きますので、どうかご容赦を<(_ _)>


しかし精霊界とのことで《光をもたらす者 ルシファー》のカードを見た時、ふと思う

『モ〇スト』次元も存在するのではなかろうか、と( ̄へ ̄; ムムム…

まぁ、本編が疎かになりそうなので触れないけどな!(逃げ)



最後に先んじてQ&A――

Q:最後の人って誰? オリキャラ?

A:遊戯王シリーズの原作には登場しておりませんが、とある遊戯王ゲームにて登場する人物です。

その特殊な立ち位置からの登場になりますが、詳細を語るとネタバレになりかねないので、本編にて紹介するまでどうかご勘弁を。

とはいえ、知名度的に隠せるものでもない気もしますが。



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DM編 第10章 KCグランプリ編 ジークさんのダイナミック破滅講座
第159話 カードが違います




ようやく記憶編の背中が見えてきたぜ……(`・ω・´)



前回のご質問が多かったことへのQ&A(ご感想への返信遅くて本当に済みません)――

Q:《光学迷彩アーマー》を装備していた神崎ってレベル1なの?

A:デュエルにおいて「属性・種族・レベル」等の要素はカード効果によって変更可能なものです。





前回のあらすじ
ディマイオス「フッ、ついに俺たちにかけられたオレイカルコスの封印が解かれたようだな……」

ヘルモス「ならば俺たちが大活躍! と思ったが――そんなことはなかったぜ!」

クリティウス「それに伴い《ブラック・マジシャン・ガール》のヒロイン的な出番も無効だァ!」

ブラック・マジシャン・ガール「!?」





 

 

 I2社の自室にて、ペガサスは自身のデスクの引き出しが光を放つ摩訶不思議な光景に見舞われていた。

 

「おや? ……Wow!? これは一体……」

 

 そうして不思議そうに引き出しを開けたペガサスの視線に映るのは一枚の「カード名どころか、イラストも、そして効果すら記されていないカード」が光の粒子となって消えていく姿。

 

 そのカードはペガサスがとある壁画に描かれた伝承から強くインスピレーションを受け、生み出そうとするも「何故か描く気になれなかった」一枚。

 

 ゆえに「その時が来るまで」とデスクの中にお守り代わりに仕舞っていたカードが消えていく姿を見届けたペガサスは感慨深く息を吐く。

 

「Oh……フフフ、既にデュエルモンスターズはワタシ(創造主)であっても、その全容を推し量ることは出来ないという訳ですか」

 

 デュエルモンスターズの生みの親――創造主と呼ばれるペガサスだが、世間で評される程に自身を「創造主」と自覚することはない。

 

 何故なら、ペガサスは知っているからだ。

 

「世界には科学では推し量れない、未知に溢れていマース。Mr.神崎――貴方にすら把握しきれない程に」

 

 歴史を紐解けば、現代科学では決して説明ができない事象や存在の影が至る所に点在している事実に。

 

 それはその手のオカルト分野の先頭に立つ神崎が立ち上げたオカルト課にすら全てを解き明かすには至らない。

 

 

 そしてペガサスは一人ごちる。

 

「にも拘わらず、全能を気取る人間――なんと愚かなことでしょう」

 

 今思えば全てが運命だったのかもしれない、と。

 

 古代エジプトの石板に描かれたモンスターの姿を見た時、そして三幻神の壁画を見た時に奔ったインスピレーション――そしてビジョン。

 

 その多くが神崎によって誘導されたと考えていたペガサスだが、その神崎もまた「運命」に踊らされていた道化に過ぎなかったのではないかと。

 

 

 そうして何時もの朗らかで快活な在り方が鳴りを潜め、鋭い視線で窓の外の景色を眺めるペガサスだったが――

 

「ペガサス、絵本のイラストのことなんだけど――あら? どうかしたの?」

 

「なんでもありまセーン!」

 

 愛する人(シンディア)の姿に、そのシリアスは一瞬にして霧散した。そこにいるのは何時もの愛に生きる陽気な男そのもの。

 

「そう? ……前みたいに抱え込んでない?」

 

「勿論デース! 辛くなったら、シンディア――貴方にドンドン甘えちゃいマース!」

 

 そう、此処にいるのは愛の戦士――ラブ&ピースである。身を預ける仕草と共にクネクネ動く姿は築かれた幻想(イメージ)を打ち砕く。

 

「フフッ、でもあんまり私ばっかりペガサスと一緒にいると、あの子たち(ペガサスミニオン)に妬かれちゃうわ」

 

「Oh!! それは困りマース!」

 

 だが、そう冗談めかして零すシンディアの姿に胸を打たれたかのようにオーバーなリアクションに興じるペガサスは幸せ一杯だった。

 

 世界の未知? デュエルモンスターズの全容? そんなの後々!

 

――精霊界へのバカンスが楽しみデース!

 

 今のペガサスにとって何より重要なのは愛する人(シンディア)と、愛する我が子たち(ペガサスミニオン)とのかけがえのない毎日である。

 

 

 

 そうして伝説の騎士の心を灯す一枚のカード(レジェンド・オブ・ハート)は人知れず役目を終えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある会社の応接室にて静かに瞳を閉じて椅子に座る海馬と、その背後で立つ磯野。

 

 そんな如何にも待ち人染みた空気の中で磯野が腕時計の時刻を確認しようとした瞬間にガチャリと扉の開いた音に二人の意識が其方に向かう。

 

「ふぅん、ようやくか」

 

「おや、待たせてしまったかな?」

 

 そんな海馬の視線の先には扉を開いた秘書風の男と――周囲を圧し潰すようなプレッシャーを放つ水色の長髪の男の姿に磯野は緊張感からか小さく息を呑んだ。

 

 眼前にて挨拶代わりの洗礼を浴びせる男の姿だが、海馬は怯むことなく牽制代わりに言い放つ。

 

「生憎だが、俺はその手のくだらん駆け引きに興味はない」

 

 そんな相手のペースに乗る気はないと示す海馬だが、その内心は何処か息苦しさを感じていたのは気のせいか――否、気のせいではない。

 

 今、海馬の眼前に座した男こそ、海馬の養父、剛三郎が「手を出すな」と恐れた、国家にすら介入する程の力を持った超巨大企業の長。

 

「お前がパラディウス社の総帥、ダーツか」

 

 パラディウス社の総帥、ダーツ。

 

 この世界において唯一真正面からKCを相手取り、圧倒することが出来る企業のトップ。

 

「如何にも――初めましてと言っておこうか、海馬 瀬人」

 

 一挙手一投足に絶対的な王者の風格を佇ませるダーツの姿に対し、海馬は挑発気に小さく強気な笑みを浮かべた。

 

 海馬がデュエリストではなく、KCの長としてこうも挑み甲斐のある相手はいないだろう。だが――

 

 

 

 

 

 

 

 何!? ダーツは神崎に喰われ――じゃなくて奥さんたちと共に成仏した筈!? と、お思いの方もいるだろう。だが安心して欲しい。

 

 

――ダーツっぽく! ダーツっぽく振る舞わねば!!

 

 中身は別の人である――というか、神崎だ。

 

 ちなみに二人が感じているプレッシャーや息苦しさの正体はカードの実体化の力によって心なしか増強された重力や、空気の濃度の調整による賜物だったりする。そう、物理である。

 

 

 

 

 

 

 

 色々言いたいことはあるだろうが、一先ずは『何故、こんなことになったのか』を説明せねばなるまい。

 

 

 時間はそこそこ巻き戻る。

 

 

 ダーツが死亡――というか、オレイカルコスの神から解放されたことで魂が自由となり、本来向かうべき死後の世界へと還っていったことが発端だった。

 

 

 そう、この世に「ダーツ」という存在が突然消えたことによる問題が発生するのである。

 

 

 

 具体的に語るのなら――

 

 アメリカの国家予算に匹敵するとまで噂される資金力を持ち、

 

 大国の大統領をも動かせる権力を影ながら持ち、

 

 人類が文明を手にした何千年も昔から現代に至るまで世界の影で糸を引いていた秘密結社の存在が問題だった。

 

 

 そう、ダーツが総帥を務めていたパラディウス社が完全に宙ぶらりんな状態になっていた件である。

 

 

 放置しておけば世界全土を巻き込んだ大恐慌など目でもない程の混沌とした混乱を引き起こしかねない。

 

 

 とはいえ、いつもの脳筋スタイルでパラディウス社をぶっ壊す訳にも行かない。こういったものは時間をかけて少しづつ崩していかなければ世に与える影響の反動が凄まじいのである。

 

 

「『オレイカルコス・ソルジャー』各員に通達。一先ずは通常業務の維持を徹底」

 

「 「 UGAGA 」 」

 

 そんな神崎の声に灰色の鎧に身を包んだ赤い瞳が輝く大柄の異形の石像染みた化け物、『オレイカルコスソルジャー』たちがコクリと頷き、PCの前に座ってカタカタ始めたり、書類仕事を始め出す。

 

 

 何だ、コイツ!? とお思いの方もおられるであろう為、この『オレイカルコスソルジャー』についても説明しておこう。

 

 

 このオレイカルコスソルジャーは原作にてダーツが従えていた――簡単に言えば量産型の兵隊である。

 

 オレイカルコスの力があれば幾らでも生み出せ、腕の鎧と一体化したブレードタイプのデュエルディスクから察せられるようにデュエルも可能であり、更には自立活動だけでなく遠隔操作も可能な一品だ。

 

 

 

 

 いや、そうじゃなくて何でそんなのが事務仕事してるの? とも、お思いだろう。それには、やんごとなき事情があるのだ。

 

「シモベ。キミはオレイカルコスの神から解放された魂の内のこの時代の者への対処を――影ながら支援するように。それと並行してパラディウス社が問題なく回っているかどうかについて精査も頼みます」

 

「お任せください、我が主!」

 

 表の人間に任せられない仕事(ダーツが起こした事件のフォロー)という事情が。

 

 そうしてシモベが炎の尾を楽し気に揺らしながらオレイカルコスソルジャーの何体かを引き連れて仕事に向かったことを見送った神崎は小さく息を吐く。

 

「指揮取り出来る手がもう少し欲しいな。ゼーマンたち――は精霊界で大きく動く以上、其方に集中して貰うべきか……」

 

 そう神崎が語るように圧倒的なマンパワーを用意できるオレイカルコスソルジャーにも致命的な欠点があった。それは外見上の問題――などではない。その手の問題はカードの実体化の力による幻術の類でどうとでもなる。

 

 彼らの一番の問題は一切言葉を話せない性質だった。「ウガウガ」しか言えねぇレベルである。

 

 それによりパラディウス社にいるダーツの裏側など知る由もない普通の人間の社員とコミュニケーションが取れないのだ。

 

 そうした普通の人間とコミュニケーションが取れ、更に神崎が裏側であっても自由に動かせ、なおかつコミュニケーション能力に問題がないのは――

 

 先程、指示を出した「元」紅蓮の悪魔のシモベ。

 

 現在、精霊界のアレコレにかかりっきりな、「元」ダークシンクロたち――の一部。

 

「アヌビスは……KCに置いておきたい」

 

 そして古代エジプトの神官だったアヌビス――だが、彼はKCに何かあった時の為に置いておきたい為、今回はスルーである。

 

 

 やがてそこまで考えた神崎は自分の影に視線を落とす。そう、最後の一人がいるではないか。

 

「冥界の王――は論外」

 

『なっ!?』

 

 それが冥界の王――だが、今の今まで赤き竜と殺し合うことが生活のメインだった存在に何を期待すれば良いのかと神崎は選択肢から外した。

 

「トラゴエディアも覚醒には未だ至らない。やはり手が足りないな……いや、表に出せる人員が少な過ぎると言うべきか」

 

 冥界の王のカチンときたような声も無視して現状の打破を思案する神崎だが、冥界の王は腹の虫が収まらぬと怒りのままに巨大な影を伸ばすが――

 

『神崎! 貴様! 我を愚弄――』

 

「キミがこの手の仕事をやりたいと望むのであれば、割り振っても構わないが?」

 

『……やらん』

 

 書類や電話を片手に告げられた神崎の一言にピタリと動きを止め、そのままシュルシュルと元のサイズへと戻っていった。

 

 しかし冥界の王の苛立ちは収まらないのか何処かグギギとしているように見えるのは気のせいなのか――否、普通に不機嫌である。

 

「そうか。なら大人しくしていてくれ――何分、今は本当に余裕がない」

 

 とはいえ、忙しさの只中にいる神崎からすれば気にしている余裕はない。オレイカルコスを取り込んだ際に冥界の王が色々言っていたことを雑に流す程度には一杯一杯である。

 

 ゆえに相も変わらず影から黒い手や目玉を出しながらあれやこれやと働きながら借りられる猫の手は何処かと考えるも――

 

「乃亜を巻き込――いや、ダメだ。いくら大人顔負けに聡くとも、子供をこの問題に巻き込んじゃいけない」

 

 今のところ「神崎がメッチャ頑張る」以外の選択肢がない。友達いな――ゴホン、少ないもんね。

 

「『兵士』方面ばかり気にしていたツケが此処に来て……いや、そもそもパラディウス社を運営するなんて想定していないんだよなぁ……」

 

 そんな「どうやって(企業戦士として)戦えばいいんだ!」な状況に頭を抱えつつも影から山ほど出した目や腕をグワングワン動かし、職務を片付けていく神崎。

 

 

「……そろそろアリバイ作りの為にKCに戻る頃合いか。いつまでもパラディウス社にいる訳にもいかない。というか、そもそもKCの社員の私が何してるんだろう……」

 

 しかし、ふと視界に入った時計の針が差す時刻に一気に現実に戻される。「自分は遊戯王ワールド(カードゲームの世界)で何やってんだろう」と。

 

 

 それは「夢も希望もない社畜」と評するしかあるまい。

 

 

 そんな無慈悲な現実に神崎は流石に「休まねば」と考え始める。

 

「最近、働き詰めだな……そろそろマトモな睡眠時間を確保し――そう言えば前に眠ったのはいつだろう?」

 

 神崎は基本「仕事人間」であり、不思議パワーで身体に負荷をかけつつトレーニングに並行して仕事をしながら僅かでも時間に余裕が出来れば将来の為にデュエル諸々の修行し続ける毎日を過ごしている――もはや新手の拷問である。

 

 とはいえ、神崎とて定期的に短期間ながら睡眠を取っていたのだが、こと最近を振り返ってみると、どうにも記憶が怪しい。「あれ、休んだっけ?」と。

 

『我が見ていた限り、いつも何かしらゴチャゴチャやっとったぞ』

 

「えっ?」

 

 しかし残酷な事実が冥界の王から告げられた。

 

 

 無理もない。冥界の王を不思議パワーと共に取り込んだ人間はもう……人間ではないのだ。その辺の問題も力技で解決されてしまっている。もはや弊害と言ってもいい。

 

 

 その「もう止めて! とっくに神崎のライフはゼロよ!」な状態でもライフレスコンボで睡眠放棄の無限ループを続けていた神崎は此処に来て無慈悲な現実に頭痛を堪えるようにこめかみを押さえる。

 

 とはいえ、デュエルマッスルと不思議パワーによって色々ぶっ飛んだ肉体に頭痛などそう起こりはしないのだが。

 

 

 そんな社畜スピリットから今の今まで気付かないとは……悲しい男である。スピリットモンスターよろしくターンの終わりに手札に戻って休んで欲しいところだ。

 

 

「GUGAGA」

 

 そうして現実から解脱しそうになっていた神崎の精神だが、受話器片手に膝をつくオレイカルコスソルジャーの姿にその意識は引き戻される。

 

「あぁ、電話かい? この状況でこれ以上の問題は――」

 

――しゃ、しゃっちょー!?

 

 だが、電話越しに聞こえた「ふぅん」との聞きなれた声とフレーズに、何処かの巡査長のような心の声を放つことになった。

 

 

 

 と、まぁ、そんな経緯があった感じである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 上述した理由からパラディウス社の社員とその家族の為に、そしてダーツの被害者の為に既にこの世に存在しないダーツという存在を演じる必要が出てきた神崎は「『気品』ってなんだよ」などと考えながら今までの経験をフル動員して頑張っていた。

 

「『瀬人』と呼んでも?」

 

 そう語りながら海馬の正面に足を組みつつ椅子のひじ掛けに肘を置いて頬杖を突くダーツのガワを被った神崎――「威厳」とやらを頑張って出そうと必死である。

 

「……好きにしろ」

 

「ならば、瀬人。今回はどういった要件かな?」

 

 何処か苛立ちを見せる海馬の声色に「フッ」と小さく笑みを浮かべながらダーツは要件を問いただす――なお内心の神崎は「どう見ても怒ってるよ……」と戦々恐々しているが。

 

「磯野」

 

 そんな内と外のギャップがエライことになっている相手を余所に海馬は磯野へと声をかけ、磯野もその意図を汲み用意していた書類の束を秘書風の男――中身はオレイカルコスソルジャーだが――に手渡した。

 

 

 当然、秘書風のオレイカルコスソルジャーはそのまま流れ作業のようにダーツに手渡すが、内心の神崎は書類の情報量に「この量を今から読むの?」と若干引き気味だ。

 

 しかしダーツらしさを優先しなければならない神崎にそんな泣き言など言ってはいられない。

 

 ゆえに神崎なりにダーツらしさを出すべく、書類の束をパラパラ漫画でも読むように素早くめくる。そんな中、磯野が大まかな概要を説明し始めるが――

 

「僭越ながら私からご説明させて頂きます。この『KCグランプリ』は強豪デュエリストを集――」

 

「ふむ、世界規模のデュエル大会か」

 

 それより早くパタンと書類をめくり終えたダーツはそんな言葉と共に興味なさげに秘書風のオレイカルコスソルジャーに書類の束を手渡した。

 

 

 冥界の王の力とデュエルマッスルによって鍛え抜かれた視力任せの芸当に何処か呆然とする磯野と、鋭い視線を崩さない海馬を余所にダーツはその内心で神崎として目まぐるしく頭を回す。

 

――今のKCは特に原作でのドーマ編によるダメージは負っていない筈だが……何故、この話が? 折角、ジークの逆恨みによる復讐を封殺できたと思ったんだが……

 

 その思考の大半が「原作と事情が違う」ことへの疑問。悩んでいる当人が原因であろうことは明白だが。

 

 そう、「KCグランプリ」はダーツことドーマ編の騒動によって低迷したKCの株価を回復させる為に海馬が打った一手である――今作では当然、KCの株価の低迷などない。原因であるダーツが既に成仏した為だ。

 

 それゆえの疑問が当然浮かぶのは必然であろう。とはいえ、直ぐに「何で!?」と問えぬのが悲しいところ。

 

 やがて先程の「足組み」+「頬杖」+「不敵な笑み」の王者っぽい所作トリプルコンボな姿勢に戻ったダーツは茶化すようにポツリと零す。

 

「出資の願いかな?」

 

「…………ふぅん、勘違いするな。KCだけで十分に大会の運営は可能だ――今回はただ国際デュエル協会の顔を立ててやったに過ぎん」

 

 しかし対する海馬は「KCの力を舐めるな」と言わんばかりにそんな言葉を切って捨てた。今回、海馬がダーツの元を訪れたのはそんな理由ではない。

 

 国際デュエル協会――早い話がデュエルに関してアレコレ携わる組織の――そう、権力構造的なアレコレだったり、お役所的なやり取りの諸問題である。

 

「奴らは口を揃えて『パラディウス社に話を通しておけ』と喧しくてな」

 

「それは災難だったね」

 

 国際デュエル協会を無視して無秩序にアレコレ動かすことは当然リスクしかない。

 

 とはいえ、お偉方にお伺いを立てるような真似など海馬はしないが、まるっきり無視するような大人げない対応もまた問題なゆえに今、面倒に思いつつも此処にいるのだ。

 

 

――知ってはいたが、パラディウス社の影響力……凄いな。

 

 そんな海馬の姿にパラディウス社の影響力の巨大さに内心で舌を巻く神崎はしみじみと思う――早いとこ解体した方が良さそうだと。

 

 そうして将来の展望へと意識を向けていた神崎だが、眼前の海馬の思惑を探るように言葉を並べる。

 

「しかし、デュエルキングを決めるバトルシティの熱も冷めたばかりだというのに随分と急な話だ」

 

 上述したようにこの世界において「KCグランプリ」の開催理由がない以上、海馬には別の理由が当然存在する筈だと。

 

 渡された書類に示された「各国のデュエリストの交流の場」などのお行儀の良い理由ではないことだけは容易に理解できる。

 

「……この大会の裏はデュエルキングの称号に不満を持つデュエリストを黙らせる為のものだ」

 

 そして語られたのは――バトルシティの決勝にて遊戯と海馬が「引き分け」たのが問題だったのだ。そう、またしても神崎が原因の一端を担いでいた。

 

――成程、KCグランプリの開催理由がズレたと。未来は簡単には変わらないということか……ん? いや、これって……チャンスじゃないか?

 

 そんな「もう大体お前のせいじゃねぇの?」な状態だったが、神崎はめげない――ピンチとチャンスは表裏一体なのだと。

 

『手空きのオレイカルコスソルジャー各員に通達。総力を結集し、大至急「これ」を用意するように』

 

 やがてテレパス染みた力でオレイカルコスソルジャーに指示を出した神崎は確かな手応えを感じていた。

 

 上手くいけばジークの海馬への復讐を止めさせることが出来るかもしれない――と、フラグ感満載なことを考えながら。

 

 

「プロ・アマ問わず、スケジュールの都合でバトルシティに参加できなかった者たちが煩くて敵わん――俺と遊戯のデュエルを見ても理解出来なかったらしい」

 

「フッ、デュエリストとは元来そういうものだ――誰もが『己こそが』と心に秘めている」

 

「だが、この『KCグランプリ』でそんなくだらん考えは覆される」

 

 そんなこんなで我がロードを突き進む社長節に合いの手を入れていたダーツ。だが対する海馬は用が済んだとばかりに席から立ち上がった――帰るらしい。磯野も慌てて扉を開きにかかる。

 

「話はそれだけだ――奴らへの義理は通した。これで文句は言わせん」

 

「手間をかけさせてしまったようだな」

 

「ふぅん、心にもないことを」

 

「なに本心だとも」

 

 海馬の牽制するような言葉に努めて余裕を見せながら返すダーツ――内心の神崎はオレイカルコスソルジャーが間に合うかハラハラしているが。

 

 だが、退出するべく扉に手をかけようとした磯野がドアノブに触れる前に新しく入ってきた社員風の人間――やはり中身はオレイカルコスソルジャーだが――が入室し、磯野を経由して差し出されたものに海馬は僅かに眉をひそめる。

 

「……これはなんの真似だ?」

 

 自身が手に取り、軽く目を奔らせた「それ」は海馬の心を大きく揺さぶるものだった。

 

「スケジュール調整表といったところだ――手間賃替わりに受け取ると良い」

 

「俺が言いたいのは『何故、これを俺に渡すのか』ということだ」

 

 軽いダーツの説明も海馬を納得させる要素はない。こんなものを軽く用意し、なおかつ他社の人間にポンと手渡すなど正気の沙汰ではないのだから。

 

 しかしダーツは変わらぬ余裕を見せる――中身の神崎も「珍しく冴えたアイデアが出た」と自信タップリだ。

 

「言葉の通り、ただの『手間賃』だよ。どんな時代でもよく言うだろう? 『祭りは派手な方が良い』と」

 

「……ふざけているのか?」

 

「至って真面目だとも。つわもの共を集めるのであれば――」

 

 そう、ダーツが海馬に授けたのは「つわもの」を集める為の招待状――いや、挑戦状と言える。

 

 だがそれは原作のKCグランプリの比ではない。

 

 

「――世界『各地』などと言わず、世界『全て』から集めようじゃないか」

 

 これは、ほぼ全人類がデュエリストと言える遊戯王ワールドゆえに可能な荒業。

 

「プロもアマも、表も裏も、名有りも名無しも、一切の区分なく――」

 

 この大会は原作のKCグランプリのように「招致し、参加してもらう」ものではない。

 

 デュエリストなら「是非、参加させてくれ」と諸手を振って願いでるような魔法の如き代物。

 

 

「文字通り、全人類を篩にかけて競い合う」

 

 

 それはデュエリストなら誰もが思い描いた到達点。

 

 

 

「さしずめ――『World(ワールド) Duel(デュエル) Grand Prix(グランプリ)』と言ったところか」

 

 

 そう静かに言い切ったダーツに海馬は小さく息を呑む。

 

 

 その耳には文字通り、「世界最強」を決める戦いの足音がハッキリと聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 空耳である。

 

 

 






大会の規模を爆上げすることで、ジークの介入を躊躇させる作戦。


ジーク! 逆恨みで復讐は止めろよ! フリじゃないからな! 絶対に止めろよ! 本当に止めろよ!(とある鳥類の倶楽部感)





最後に――

(リンクスでの召喚演出を見つつ)
《フォーチュンレディ・エヴァリー》ってダークシンクロモンスター(扱い)なのかよぉ!!

同じダークシグナーであるミスティ(が使っていたテーマのシンクロ)の方の《レプティレス・ラミア》は普通のシンクロ(演出)だったのにぃ!!


このままでは《猿魔王ゼーマン》が戦力を隠していたことになってしまう……(頭痛)

――以上のことから、何処かで辻褄合わせすることになると思われますので、どうかご容赦ください<(_ _)>




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第160話 KCグランプリ? アイツはいい奴だった



前回のあらすじ
ワールドグランプリ「今編はKCグランプリ編だと言ったな――あれは嘘だ」





 

 

 KCの会議室にて、6人のおっさんが集っていた。むさいおっさんたちがそれぞれ椅子に座る姿は何とも華のない光景である。

 

 

 そんな中の一人、《ジャッジ・マン》の人こと大岡が眼鏡をクイッと上げながら話題をポンと投げかけた。

 

「フフフ、まさか我々一同が海馬社長直々に呼び出しを受けるとは思いませんでしたねぇ」

 

 そう、此処におっさん共が集まっているのは海馬が呼び寄せたゆえ――とはいえ、肝心の海馬はこの場に見当たらないが。

 

 そうした《ジャッジ・マン》の人こと大岡の言葉に待たされている事実を発散するかのように他の面々も食いついていく。

 

「全く、儂の工場長ライフを邪魔立てするとは……これでつまらん要件なら許さんぞ!」

 

「グフフ、いえいえ、きっと大田殿も満足出来る筈。なにせ今回の要件は私のペンギンランドの増設の知らせに違いありません! なにせ大盛況でしたから!」

 

 やがてイライラした様子を隠そうともしない《機械軍曹》の人こと大田の一方で対照的に《ペンギン・ナイトメア》の人こと大瀧が輝かしい未来予想図を語るが――

 

「フッ、捕らぬ狸の皮算用とはこのこと――おっと、皮はペンギンの方がお似合いか」

 

「大下! いくら貴方でもペンギンちゃんを害するような発言は許しませんよ!!」

 

 《深海の戦士》の人こと大下の言葉に《ペンギン・ナイトメア》の人こと大瀧はらしからぬ程に怒気を込めた声を上げた。ペンギンのこととなると、本当に見境いのないおっさんである。

 

 

 そんな風向きが怪しくなってきた会話の流れに《人造人間サイコ・ショッカー》の人こと大門が場を収めるような言葉と共に、ついでに自分の頭も押さえる――頭痛の種が絶えないようだ。

 

「止さないか、みっともない。しかし、乃亜様がこの場に呼ばれていないとなると……いや、失礼。形式上の乃亜様の扱いはオカルト課の一社員だったな――それで神崎、何か聞いていないか?」

 

「いえ、特に何も」

 

 そうして流れてきた神崎への問いだが、当の本人はいつものように表情を笑みで固めながら惚けてみせるばかり。その内心で冷や汗がダラダラと流れているのは様式美であろう。

 

 

 

 

 暫し、ああでもない、こうでもない、とガヤガヤざわついていたが、バタンと開かれた扉と共に歩み出た海馬の姿に一室の空気はピシリと引き締まる。

 

「これは海馬社長、我々を呼びつけて一体なんのご用で――」

 

「パラディウス社と共にデュエルの世界大会を開くことになった」

 

「「「 え? 」」」

 

「「 ……は? 」」

 

 そんな中で口火を切った《深海の戦士》の人こと大下の声を遮るように返された海馬の声にBIG5の面々は言葉を失った。神崎は何も知らない風を装うのに忙しい。

 

「I2社含めて、各企業への通達は既に済ませた。KCが世界を獲る――貴様らに、その恩恵をくれてやろう」

 

 だが、そうしてピタリと固まったBIG5を余所に相も変わらず俺ロード全開の海馬だったが――

 

「いやいやいやいや、お待ちください、海馬社長! 『ドーマとは関わるな』これは企業人にとって常識ですぞ!」

 

 《ペンギン・ナイトメア》の人こと大瀧が顔の前で手がヒレに見える程にブンブン振りながら慌て、

 

「私も概ね同意見だ。ドーマの背後にパラディウス社があることは周知の事実――『人間万事塞翁が馬』とも言う。短慮は避けるべきではないかね?」

 

 《深海の戦士》の人こと大下が大きな溜息と共に何処か呆れたような視線を送り、

 

「それよりも、我々に何の断りもなく、そのような大きな案件を動かすなど少々不義理ではありませんかねぇ」

 

 《ジャッジ・マン》の人こと大岡が我が意を得たりとニヤリと笑みを浮かべ、

 

「そうだとも! 儂らがお前――もとい、海馬社長の為にどれだけ身を削っていると思っている! にも拘わらず、未だ邪魔者扱いをするつもりか!!」

 

 《機械軍曹》の人こと大田がイライラを爆発させながら、拳をテーブルに叩きつけた。

 

 そんな三者三様ならぬ四者四様の反応だが――

 

「ふぅん、言いたいことはそれだけか? かつて言った筈だ――『俺のやり方に従って貰う』と、まさか忘れた訳ではあるまい」

 

 海馬は何時もの我が道を行くスタンスを保ちつつ、試すような言葉を放つ。

 

 今回の海馬が歩み寄るかのようならしからぬ提案はKCが主催する筈だった大会、「KCグランプリ」がパラディウス社の横やりから紆余曲折を経て世界全土を巻き込んだ「ワールドグランプリ」へと姿を変えた結果を踏まえたゆえ。

 

 

 ちなみにパラディウス社からは今大会へ「ワールド『デュエル』グランプリ」との呼称が提案されたが、KCグランプリの面影を僅かでも残すべく海馬が「ワールドグランプリ」と命名した経緯があるが、現状とは関係がない為、割愛させて貰おう。

 

 

 そうした相手の規模が規模ゆえに海馬もロートルの手も借りるべきだと考えた訳だが、このBIG5の様子を見れば、そんな気も失せる。

 

「だが、貴様らにやる気がないのなら、俺とて無理強いはせん。精々指をくわえて見ているがいい」

 

 ゆえに腰の引けた老いぼれに用はないとばかりに踵を返そうとするが、その背を《人造人間サイコ・ショッカー》の人こと大門が慌てた様子で引き留める。

 

「待て待て、お互いにそう結論を急ぐな。ハァ……神崎、お前はどう見る?」

 

 そして繰り出される神崎へのキラーパス。この混沌としつつある場をなだめる役目が神崎の肩にクリティカルヒットした。

 

――此方に振らないで欲しい。

 

 そんな「来るなぁあああ!!」とかつての闇マリクの最後のようなことを思う神崎だったが、僅かに考える素振りを見せた後、努めて平静に返す。

 

「……今回の場合、話を持ち掛けたのがパラディウス社側である以上、その意に沿う形で動く方が賢明かと思われます」

 

 語られるのは色々とオブラートに包んではいるものの、早い話が――

 

「海馬社長もその点を危惧したゆえに、皆さんへの応対を後に回さねばならない状況になったのでしょう? であれば、此方側がいがみ合っている場合ではないかと」

 

 シンプルに「みんな仲良くしようぜ!」と、これ一点に尽きる。

 

 そうしたハッキリ言ってしまえば中身のない主張だったが、変化は劇的だった。

 

「ふむ、となれば当然、断る方が角が立つか。良いだろう、企業間の連携は此方で受け持とう」

 

 まず《深海の戦士》の人こと大下が指でテーブルをコツンと叩いた後、己の領分を買って出て、

 

「ぐふふ! ならば情報管理に関しては、またまた私が頂きますぞ! 情報の発信源にとびっきりの可愛い子ちゃんを用意しなければ! ぐふふふふ!」

 

 次に《ペンギン・ナイトメア》の人こと大瀧が自身の願望を垂れ流しつつも、上機嫌に快諾し、

 

「これだけの規模の大会となれば動く金額も相応のものになるでしょうねぇ。その辺りは任せて貰いましょうか――KCに、此方側にはそれなりの金額を頂いておきましょう。勿論、角が立たない程度にねぇ」

 

 更に《ジャッジ・マン》の人こと大岡が金の匂いを嗅ぎつけつつ、眼鏡の位置を直しながらギラリと眼光を光らせ、

 

「なら私は一般の参加者の絞り出しへの手配に回ろう。相手がパラディウス社ともなれば、相応の実力者でなければいかんだろう。大田、デュエルロボの調子はどうだ?」

 

 続いて《人造人間サイコ・ショッカー》の人こと大門が、大会の中核であろう部分に気を向けつつ話を振り、

 

「アレならバトルシティのデータで十分以上に出来上がっとる。しかし世界大会となれば舞台となる海馬ランドUSAでの映像周りの機器の見直しをせんとならんな。全く、こういうことはもっと早くに言ってほしいものだ」

 

 最後に《機械軍曹》の人こと大田が自信たっぷりに返した後、海馬に向けて嫌味タップリの言葉を投げつけてから立ち上がった。

 

 

 そこにあったのは圧倒的なまでに華麗なる手の平リバース(返し)

 

 

 海馬への対応とは180度違う超協力的な姿勢のまま動き出すBIG5たちと――

 

 

「では、私はデュエル協会の方に手回ししておきますので」

 

 おずおずと席を立つ神崎。

 

 

 やがて会議室にポツンと海馬の姿だけが残される。

 

 

 そう、海馬とBIG5の溝は想像以上に深かった。

 

 そしてBIG5の神崎への友好度はビックリするくらい高かった。

 

 

 これでは神崎がクーデターを画策しているように思われても仕方がない。

 

 

 こんな有様で海馬と神崎の溝が埋まる日は果たして来るのだろうか。それは神のみぞ知る。

 

 

 海馬の苛立ち気な視線が神崎の背を射抜くが、どうすることも出来ない神崎は社風に乗っとる形で仕事に全速前進するしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして動き出したKCグランプリならぬ「ワールドグランプリ」――強豪デュエリストたちが「己こそがデュエルキングだ」と証明する為の舞台。

 

 となれば、世界中から集めた優れたデュエリストを擁するオカルト課の企業デュエリストたちも無視はできない。ゆえにオカルト課にて事情の説明がなされ――

 

「うぉおおお!? マジかよ! 世界一を決める大会って!」

 

「此処までの大規模な大会は歴史上、初めてでしょうね……」

 

 テンション爆上げで燃え上がるヴァロンと、それを余所に思わぬ規模の大会に思案顔を見せるアメルダに神崎は業務連絡とばかりに要点を詰めていく。

 

「ええ――今回、皆さんには主催者側ではなく、参加者側に回ってもらいます。ノルマも特にないですので、普通に大会を楽しんで貰って問題ありませんよ」

 

「おいおいおいおい! 最高じゃねぇか! 一生ついていくぜ、ボス!」

 

 そうして語られたフリーダムな仕事内容にバトルシティで不完全燃焼気味だったヴァロンは大喜びだ。

 

 そんな中、竜崎は遠慮がちに手を上げながらポツリと零す。

 

「これって、新米のワイらも参加してエエんですか?」

 

「はい、勿論です。ただ参加資格が取れるか否かは皆さん次第ですが」

 

「ヒョヒョヒョー! 見くびって貰っちゃ困るぜ……困りますよ! こんな試験、俺にかかればヒョヒョイのヒョーですから!」

 

「よっしゃ! ならワイも頑張らんと!!」

 

 新参ゆえに――との心配は杞憂だと返しつつも何処か挑戦的な言葉を選んだ神崎だったが、割り込むように拳を握った羽蛾の姿に竜崎もやる気を漲らせる。

 

「でもいいんすか? I2社やらパラディウス社やらも人出してんでしょう? KCが出さねぇ訳にもいかねぇでしょうに」

 

 そして牛尾から語られるごもっともな言葉にも――

 

「其方も心配ないですよ。今回はバトルシティとは違い、海馬社長が大会運営に関して直接指揮を執るそうなのでオカルト課の方は殆どフリーです」

 

――私は忙しいですけど。

 

 神崎の内心は置いておいて心配は無用である。その辺りの人員はBIG5たちの方で工面されるのだ。むしろ、参加デュエリストに関わらせる訳にはいかない部分である。

 

「その言い方だと、海馬社長はエントリーしないようにも聞こえますが」

 

 やがて出てきたアメルダの当然の疑問にも一応、表向きは「公平性の為」と銘打ってはいるが、その本質は――

 

「ええ、海馬社長は『どうせ遊戯と俺が勝ち上がる――決勝でまた引き分けでもすれば外野が煩い』との理由で不参加だそうです」

 

 社長節全開である。ただ、実際問題として、海馬の実力ならば同じような状況を引き起こしかねないのが、また厄介なところだ。

 

 流石に二度目の引き分けともなれば色々困ったことになる。

 

「せ、折角のお祭りなのに残念ですね……」

 

 だが、そんなことなどつゆ知らず、此処まで会話に割り込むタイミングを逃しまくっていた北森が、そう気落ちしたように呟いた。

 

 デュエリストならば誰もが是が非でも参加したいであろう大会に、そういった外的要因で参加できないのはデュエリストとして辛いところだろうと。

 

 しかし、対するギースは待ったをかける。立場を考えるべきだと。

 

「いや、パラディウス社のトップが参加せず大会運営に尽力する旨を明かした以上、KCやI2社含めたそれぞれのトップが勝手をする訳もいかんだろう」

 

「はぁ~、お偉方はお偉方で大変なんすねぇ」

 

 デュエリストとして矜持を取るか、KC社長としての義務を取るかと難儀な話だな、と牛尾の何処か他人事のような声が最後に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 別室にて上述の説明を乃亜と、そのサポートにとついた佐藤と響みどりの前で再び語った神崎。

 

「――と、言う話になります」

 

「大会参加の話なら言われなくとも分かっているさ」

 

 しかし乃亜は神崎が自分たちに別口で告げた理由など言わずもがなだ、と肩をすくめて見せた。

 

「今回はモクバの願い通り、一緒に瀬人のサポートに回るよ。相手はあのパラディウス社だ。瀬人の力はよく知っているけど、今回ばかりは分が悪い」

 

 そう、今は海馬といがみ合う――もとい、つんけんしている場合ではない。大国すら影で操るとされるパラディウス社が相手ではKCといえども油断すればタダでは済まないだろうと。

 

 ゆえに此度は海馬三兄弟が一体となって動く時、皮肉にも相手の強大さがモクバの望みを叶える結果となるとは世の中分からないものである。

 

――お、おう。

 

 ただ、その辺りの背後関係(脅威となるダーツがもういないこと)を知る神崎からすれば、内心で困ったようなリアクションを取ってしまうのも無理からぬ話だ。

 

 

 そうして「フッ」と小さく不敵な笑みを浮かべていた乃亜だったが――

 

「モクバくんに頼まれる前から不参加を決めていましたけどね」

 

「佐藤……その眼鏡をカチ割られたいのかい?」

 

 佐藤の何気ない密告により、その笑みは崩れ、「余計なことを言うな」とばかりに頬を引くつかせる。だが佐藤は小さくリアクションを取りながら気にした様子もなく暴露する。

 

「おや、怖い――ただ余計なお世話かもしれませんが、キミは少々理屈屋過ぎる。時には素直さも必要ですよ」

 

「何が……言いたいのかな?」

 

「素直に『心配だから』で良いじゃないですか、という話です」

 

 そうして暴かれるのは乃亜も乃亜なりに海馬を気に掛けていた事実。

 

 にも拘わらず、「モクバに言われたからには仕様がないな」なスタンスで己の感情を隠した乃亜の姿に、無言で事の成り行きを見守る神崎の視線が微笑ましいものを見るかのように変わるのも致し方ない。

 

「そうだね。モクバ『が』心配だね」

 

「やれやれ、やはり年相応に素直じゃないですね」

 

「へぇ、良い度胸じゃ――」

 

「――はい、喧嘩しない!」

 

 だが、そんな乃亜と佐藤のバトルフェイズは大きく手を叩いた響みどりによって強制終了された。メインフェイズ2へ移行である。

 

「乃亜くんは一旦落ち着く! それと佐藤さんもからかうような物言いは止める! 良いですね!」

 

「でも――!」

 

「『でも』も、『だけど』もない!」

 

 しかし、腹の虫が収まらぬとカウンターを仕掛ける乃亜だが、響みどりの額に青筋を浮かべたカウンター返しに沈黙を余儀なくされた。

 

「おや、お姉さんに怒られてしまいましたね、乃亜くん」

 

「この眼鏡……!」

 

「佐藤さんッ!」

 

「フフフ、これは失礼」

 

 追撃とばかりに佐藤が茶々を入れるが、乃亜の怒りが再燃する前に此方も封殺。降参とばかりに小さく手を上げる佐藤の姿はかなり煽り度が高い。

 

「というか、神崎さんも笑ってないで喧嘩はキチンと止めてください!」

 

「…………あれは喧嘩だったのですか? 私には仲の良いやり取りに見えましたが」

 

 そんな苛立ちのカウンターパンチを無情にも喰らう神崎だが、当人には「仲が良くてよろしい」くらいの面持ちである為、いまいちズレていた。

 

「……くだらない理由でも喧嘩は喧嘩です」

 

「くだらないだって? それは聞き捨て――」

 

「――なに?」

 

「…………なんでもない」

 

 自身の沽券に関わる問題を「くだらない」と揶揄された乃亜が再度、発起するが、響みどりの据わった瞳にその矛先はベキリと圧し折られた。

 

 そこに姉より優れた弟の存在を許さない鉄の意思と鋼の覚悟を感じさせ()(リィ)

 

「手慣れてますね」

 

「ご存知の通り、私にも弟がいますから……乃亜くんと違い、素直な方ですけど」

 

 そう、響みどりには弟がいる。

 

 彼の名は「紅葉(こうよう)」――短い黒髪に眼鏡のナイスキッドだ。後、精霊が見え、《ハネクリボー》の精霊が宿る主人公属性の塊である。

 

 現在はプロデュエリストとして日本のプロリーグで、若過ぎる新星として頑張っており、スターダムを爆走中だ。

 

 ちなみに公式試合の時はコンタクトを使用している――キャラ作りだろうか。

 

 

 そんな弟の相手をしてきた彼女からすれば、精神年齢が未だ年相応の乃亜の足掻きなど児戯にも等しい。

 

 そうして乃亜と佐藤のじゃれ合いを収めたみどりは神崎に確認を取っておくべき事柄へと思考を向かわせ――

 

「大会参加以外は仕事のアレコレは考えなくていいんですよね?」

 

「ええ、ほぼ休暇と思って頂いて問題ありませんよ」

 

「なら私は紅葉――弟と一緒に行動します。海外ですし、羽目外さないと良いんだけど……」

 

 そう、一抹の不安と共に今後の方針を固めるみどりは、みどりには勝ち目がないと悟ったのか、佐藤へリベンジマッチに向かう乃亜を叩きのめしに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 更に更にと別室でアヌビスを呼び出した神崎はまたもや同じ説明を告げ――

 

「そんな具合でオカルト課はお祭り騒ぎな訳ですが――」

 

「ふん、このような祭り事に興じることとなろうとはな。デッキから地縛神のカードを抜いて再調整せねばならんではないか」

 

 大きく鼻を鳴らすアヌビスが、取り合えず自身のデッキから《地縛神 Cusillu(クシル)》を抜く光景に神崎は待ったをかける。

 

「あっ、キミは不参加ですよ、アヌビス。試験には落ちて置いてください」

 

「……!? な、何故だ!?」

 

 だが神崎から告げられるのは無情な指示。デュエリストに「ワザと負けろ」とは酷な話である。

 

 それゆえにアヌビスの叫びにも怒りと戸惑いの感情が乗るのも無理からぬ話。彼も邪悪ではあれどデュエリスト――強者が鎬を削る大会とあっては参加に燃えるのも当然なのだから。

 

「復讐の前準備です」

 

「――!! 遂にその時が来たのか!!」

 

 しかし続いた神崎の一言にアヌビスの興味は一気に其方に移る。待ちに待った怨敵への復讐の時が来たのかと。

 

「前準備ですので、そう気を逸らせずに……もう暫くすれば私の手が空きますから、その時、貴方にはエジプトに転勤――KCを離れる理由は此方で適当にでっち上げますが――行って貰います」

 

「ほう、そこにアクナディンがいるのだな?」

 

「いえ、いません。そこで貴方は古代エジプトの遺跡の管理をしていてください。詳細はエジプト政府の方が説明してくれますから」

 

 だが「前準備」との言葉通り、復讐の「ふ」の字くらいしか出ていない。これはあくまで復讐の舞台作りの土台部分といったところ。

 

 しかしアヌビスの当然ながら疑問が浮かぶ。

 

「? それらの遺産はイシュタール家が管理しているのではなかったか?」

 

 冥界の石板などの古代エジプトの遺産は墓守の一族の分野であると。古代エジプトに関わりがあれど、今はKCの一社員でしかないアヌビスには縁遠い筈だった。

 

 しかし今更なことかもしれないが、現状は既に本来の歴史(原作)とは大きく異なっているのだ。

 

「エジプト政府も『世界的犯罪者(グールズ)を支援した疑い』のある人物(イシズ)に、世界へ強い影響力を持つデュエルモンスターズの起源である古代遺産を任せておきたくはないそうです」

 

 墓守の一族(イシズたち)の元から、一切合切(古代エジプトの遺産)が離れるレベルに。

 

 そう、マリクとリシドが法によって裁かれた過程で「あれ? これ(グールズ)、イシズも隠蔽とか関わってんじゃね? いや、関わってるよね?」な疑惑漂う情報がボロボロ出てきたのだ。

 

 その辺りの事情を発掘したのは神崎で、追及したのはBIG5の《ジャッジ・マン》の人こと大岡だったりするが、今は関係のない話である為、割愛させて貰おう。

 

――ペガサス会長がグールズに嫌悪感を示していた事実が怖いんだろうな……海馬社長も激怒していたようだし……

 

 そんな神崎の内心の通り、これまで幾度となく説明されてきたように「グールズ」という組織はやたらと嫌われているのだ。

 

 当然、その中にペガサスも含まれ、エジプト政府並びに関係各所のイシズへの評価が「創造主の起源を任せるにはちょっと……」な具合に大幅なランクダウンした結果がこれ(没収)である。

 

「他の一族の方もいるにはいるのですが、一番大きな力を持っていた一族(イシュタール家)がやらかした手前、任せる側(エジプト政府)任される側(他の墓守の一族)も二の足を踏んでいるようでして」

 

――シャーディーがボバサの名で名乗りを上げると思ったんだが、未だに出てこないからな……

 

 そして代わりに管理する人間も、前任者の末路を知れば、おいそれとは手が出せない。今はエジプト政府が戦々恐々としながら頑張っているところである。

 

 神崎的にはシャーディーが出て来てくれれば助かるのだが、この件に関しては静観するつもりなのか出てこない為、今回アヌビスに話が回ってきたのだ。

 

「……だとしても、小さな島国の一企業の人間に過ぎない貴様に話が来る訳もないだろう」

 

「昔から、この手のオカルト的なアレコレの関わりが深いですから、『オカルトで困ったらウチ(オカルト課)へ』と言われる程度には頼られていますよ」

 

 しかしアヌビスからすればなおのこと、エジプトとは無縁のKCに話が回ってきたことを疑問に思うが、そこは安心安全がモットーなオカルト課クオリティ――「まぁ、あそこなら何とかしてくれるでしょ」と思われる程度には信頼されている。

 

「グールズの件もそれで話が回ってきた部分がありますから」

 

 依頼されたグールズの問題をキチンと片付けた事実も仕事への信頼を加速させる。

 

「……何故、我なのだ?」

 

「貴方は神官の系譜――というか張本人ですが――と、いうことになっていますので、墓守の一族と言えなくはありません」

 

――後、将来的に復讐を終えて成仏した際、急にこの世からいなくなっても処理がしやすい立ち位置でもある。

 

 だが僅かに気後れするかのようなアヌビスの言葉に神崎は安心させるような言葉を選んでいく。その内心は微塵も安心できないことを考えているが、知らぬが仏だ。

 

「だが我の経歴はお前が偽造したものだろう? 本当に大丈夫なのか?」

 

「大丈夫ですよ。千年アイテムによる確認が通れば、まず疑われませんし――亜種である光のピラミッドを扱えた貴方ならまず問題ありません」

 

 しかし、アヌビスは経歴が経歴だけに安心できないようだが、実は大した問題ではないのだ。

 

 少し身に着けただけで所持者をぶっ殺すことすらありうる厄介な代物な千年アイテムを「問題なく扱い、管理できる」――それはオカルトへの恐怖を持つ人間にとって何よりの安堵となるのだから。

 

 

 

 それにもし、失敗してもダークシグナー(既に死人)のアヌビスならへっちゃらである。

 

 

 

 死人は死なない――これ真理。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 此処で舞台はガラリと変わり、ヨーロッパの何処かの貴族のお城のような住居に移る。

 

 そこのバルコニーにて風呂上りなのかバスローブ姿の男、ジークフリード・フォン・シュレイダーはその長い桃色の髪をフサァッとしつつ、指にピシッと挟んだ封筒片手に不敵に笑う。

 

「ワールドグランプリ……文字通り、世界中の人間が注目する大会」

 

 やがて「ジークフリード・フォン・シュレイダー」もとい「ジーク」はその封筒の中の手紙に目を奔らせた後、テーブルへと指でピッと弾き、やがてワイングラスに手をかける。

 

「フフフ……素晴らしい。例の計画をいつ決行するか機を窺っていたが、これ程までに相応しい舞台はあるまい」

 

 そんな何やら上機嫌なジークが持つワイングラスにメイドと思しき女性が持つボトルからワインが注がれる。

 

「かのパラディウス社も海馬ではなく、この私を選んだ――ククク、そうだ。そうだとも。私が海馬に劣っていることなどある筈がない」

 

 そうして黙したまま一礼して下がった女性を余所に、ジークは一方的にライバル視している男の姿を脳裏に浮かべた。

 

 そう、今こそ因縁に決着をつける時だと。

 

 当の海馬はジークのことなど一切覚えていないが、言わないお約束である。

 

「フッ、キミはまだ知らない。このKCの権威を示すイベントこそが海馬 瀬人、キミの命取りとなることを。フフフフフ……!」

 

 そしてワイングラスを天に掲げ、グラスの中で波打つワインの色彩を眺めたジークは――

 

「今こそ真の勝利者が誰なのかを教えてやろうじゃないか」

 

 些か以上に早い勝利の美酒に酔いしれていた。

 

 






出た! ジークさんの華麗なるフラグ回収コンボだ!





~先んじてQ&A~
Q:ジークが「パラディウス社に選ばれた」って言っていたけど、どういうこと?

A:原作のように「ジーク・ロイド」の偽名で参加して失格になられてもあれなので、パラディウス社からシュレイダー家へとワールドグランプリの招待状が届けたことを指しています。

ジークの「ヨーロッパ無敗の貴公子」との肩書から、ネームバリューは十分ある為、招待状を送られる立場にあったゆえです。


Q:えっ!? イシズさん、墓守(はかも)れてないの!?

A:普通に考えて、あれだけの犯罪行為を働いたマリクの逃亡をほう助した強い疑い(ほぼ確定)がかかっている人間に

扱いを僅かでも間違った瞬間に国際問題レベルに発展する世界的に超重要な遺跡の管理・維持を任せたいと思う人おる?

原作なら「他に適任者がいない……」な状態でしたが、今作では都合良くいたのでボッシュートになります。


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第161話 視線



諸々が何とも言えぬ有様で遊戯王VRAINSが終わってしまった……(´;ω;`)ブワッ

くっ、このモヤモヤは今作でのVRAINS編で晴らすしかねぇ!!(なお現在DM編)




前回のあらすじ
おそろしく速いフラグ回収、オレでなきゃ見逃しちゃうね






 

 

 KCグランプリの情報が世界を駆け巡り、参加者が続々と名乗りを上げる中、運営側の企業のトップ3に入るI2社でもまた、デュエリストたちの闘志が燃え盛っていた。

 

 

「聞きましたか、リッチー! 世界一を決める大会ですよ!」

 

 そんな燃え盛っている代表の夜行が休憩室に駆けつけたと共に出た声から、何時ものメンバーでだべっていたリッチーは最後のメンバーが揃ったと夜行に着席を促しつつ返す。

 

「ああ、聞いてるぜ。海馬の奴が参加しねぇのが残念だな――リベンジの機会はまた今度だ」

 

 そうして着席した遠足前の子供のような状態の夜行に、月行は落ち着かせるような声色で先を促すが――

 

「そうですね。私もリベンジの機会を逃してしまいました。それで夜行、その大会がどうしたのですか?」

 

「我々ペガサスミニオンで上位を独占すべきではないですか!?」

 

「いや、無茶言うなよ」

 

 そんな夜行から飛び出した提案は無謀なものだった。思わずリッチーが素でツッコんでしまうのも無理はない。

 

 世界各国から最強との呼び声が高いデュエリストが集まる中で、上位を独占できると思う程、リッチーは自分たちの力量を過信はしていないのだ。

 

 だが、そんなリッチーの「夜行の何時もの悪い病気か……」との視線が向けられる中、ハッとしたデプレが夜行を援護する。

 

「……確かに……参加できない……ペガサス様が……軽んじられることなど……あってはならない……」

 

「そうだろう、デプレ! それに参加資格が得られなかったシンディア様の仇討にもなる!」

 

 そう、ペガサスは企業のトップとして海馬と同じような理由で参加できない為、他の参加者に「逃げた」などと思われるかもしれない――それが夜行の心配だった。

 

 それに加え、シンディアが大会の参加規程を満たせなかったのは他の参加者がとんでもなく多かったゆえ――という、強引な理論武装。

 

「いや、仇じゃねぇだろ」

 

 だが、リッチーのツッコミの通り、仇ではない。他の参加者からすれば逆恨みですらない何かである。

 

「くっ、惜しくも参加できなかったシンディア様がお心を痛めておられると思うと……!」

 

「いや、シンディア様は悔しがっちゃいたが、特に落ち込んではいなかっただろ」

 

 しかしリッチーのツッコミなど意に介さないとばかりに夜行のシリアス顔が響き――

 

「……俺たちの力は……ペガサス様と……シンディア様の力……」

 

「確かにそうですね。我々が上位を独占すればそれはペガサス様とシンディア様が独占したに等しい」

 

 デプレと月行もシリアス顔で追従する。これには夜行も我が意を得たりと力強く宣言する。

 

「ええ、そうですとも! 今こそ、ペガサスミニオンの力を結集し、その力を示すべき時です!!」

 

「くっ、ツッコミが追い付かねぇ!!」

 

 

 そうしてI2社ではデュエリストのボルテージが一人を置き去りにしながら跳ね上がっていく。

 

 そんなI2社では優れたツッコミスキルを有する人材を求めております。というか、リッチーが求めております。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな具合に熱気沸き立つデュエリストたちへの舞台作りの為にパラディウス社ではオレイカルコスソルジャーたちが頑張っていた。

 

「UGOGOGO! GUGIGI!」

 

「GUGAGAGE、GOGIGOGO」

 

「Amazing blackness」

 

「UGEGE、GOGUGIGA!」

 

 パソコンでカタカタと何やら入力する者、書類を作成し、然るべき手続きを踏む者、大会の運営に関わる全ての会社の進捗状況をチェックする者、それをホワイトボードに書き出し、要点を纏める者、そこから規定される問題点と改善策を上げる者、etc.etc――

 

 この場を見渡す限り、ウジャウジャと言うべき程の数のオレイカルコスソルジャーたちが労働に汗――は流れないが――流していた。

 

 

 そうしてオレイカルコスソルジャーたちの働く土壌を整えたダーツの姿をした神崎は一息入れるようにため息交じりに零す。

 

「…………これでパラディウス社の方は一先ず問題ないか」

 

――此方の手も空いた。これならアヌビスの方もKCからエジプトに飛ばす話を進めて問題ないだろう。

 

 今にも倒れそうな程に項垂れている神崎だが、パラディウス社における「問題」を強引に片付けたとしてもKCの幹部としての仕事が残っている為、ダーツの姿から元の神崎自身の姿に戻しつつ、頭の中で今後の予定を立て始める。

 

 

 だが、そんな神崎の影が蠢き、平面の世界から抜け出たように顔を出す冥界の王が声をかけた。

 

『働き手である人間どもを締め出して良かったのか?』

 

 そう、冥界の王が言ったように今現在のパラディウス社に「人間の社員」はいないと断じて良い程に少数だ。それもその筈、神崎がダーツの姿で何かと理由を付けて外に出したゆえ。

 

 冥界の王に「人間の仕事のいろは」は分からないが、オレイカルコスソルジャーがひしめき合うが如く仕事をしている光景が最適解だとは思えない。

 

「ええ、構いません。いや、むしろ彼ら(人間たち)には転職・転勤・寿退社――理由はなんであれ、とにかくパラディウス社から距離を取って貰った方が良い」

 

 しかし将来的にパラディウス社を畳むつもりである神崎からすれば最適解とは言えずとも、そこそこの結果は生める公算だった。

 

『だが手が足りぬと嘆いた癖に、仕事を増やし、更には人手を減らすとは……相変わらず何を考えているか分からん奴だな』

 

「別に大した考えでもありませんよ。単にこれだけ大きな大会ならば、パラディウス社の規模から考えて、各企業や諸々に人員を向かわせる必要がある」

 

 だとしても冥界の王は「忙しい癖に膨大な仕事を増やした」件が唯々疑問な様子。ゆえに神崎はパラディウス社の屋上に向かう最中に自分なりの考えを語って見せる。

 

「そこを全面に押し出して、外への対応を人間に、内での通常業務をオレイカルコスソルジャーが対応すれば、直接対峙することでの人間との意思疎通に苦心することもない」

 

 とはいえ、デュエルマッスル以外はボチボチスペックな神崎の考えなど、そう大層なものではない。

 

 問題を生んでいた要員である2つの存在を強引に引き離しただけである。

 

「仕事が増えたからと言って、必ずしも全社員が忙しくなる訳じゃないのが面白いところだ」

 

 単純な話、仕事が2倍に増えたとしても、優秀な人材が5倍、10倍と増えれば、さしたる忙しさは感じないだろう――ただ、マンパワーのこれ以上ない程の無駄使いだが。

 

 

 神崎がパラディウス社の職務で苦心していたのは「人間とオレイカルコスソルジャーの間の意思疎通」一点のみ。

 

 そして海馬の持ち込んだKCグランプリ――今はワールドグランプリだが――の発案はパラディウス社から人間の社員を外へ向かわせる絶好の機会であった。

 

 将来的にパラディウス社を解体する上での人間の社員のその後も、今回の一件が大いにプラスに働き、そうして意思疎通の問題が解消されれば、オレイカルコスソルジャーの数の力が暴威を振るう。

 

 外の対応に当たる「普通の社員」へのやり取りは、会社にいないことを理由に文書で成せば問題なく、その圧倒的なまでの数によって生まれる多くの「成果」は栄転と称して人間をパラディウス社から遠ざけることも買って出る。

 

 それゆえ一石二鳥、三鳥――と上手くいくかはさておきお得な作戦だ。

 

 

 やがて神崎はパラディウス社の屋上に立ち、カードの実体化の力によって発動されたコウモリのような影がひしめく大きな布――《遮攻カーテン》を纏いつつ、夜の闇に紛れていく中、冥界の王はつまらなそうに言葉を落とす。

 

『やはり、くだらんな。有象無象にあれやこれやと、物好きなことだ』

 

 そんなどこか侮蔑を孕んだ言葉を余所に屋上から空へと跳躍した神崎が雲を突き抜けたと同時に身に纏った《遮攻カーテン》が風で翼のようにはためく中、さして気にした様子もなく返す。

 

「そんな有象無象の中に、貴方を幾度となく退けてきたシグナー(選ばれた者)たちがいたのでは?」

 

『…………相も変わらず口が減らん奴だ』

 

 そうして空を駆ける彼らを月の光だけが映していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バトルシティの熱も収まりを見せ、海外で空に巨大なネッシーが飛び立っていった等といったゴシップニュースも陰りを見せた頃、童実野高校の教室にて遊戯は自身の机に置かれた手紙を視界に収めつつ、うんうんと唸っていた。

 

「う~ん、どうしよう……」

 

――あまり深く考える必要はないんじゃないか、相棒。

 

「でも海外だし、今はキミのことを調べることの方が先決だよ」

 

 そんな遊戯の心の内の闇遊戯が軽く返すが、遊戯の悩みは未だ晴れない。今、なにより優先すべきことがある事実が遊戯の苦悩を加速させる。

 

 

 

「どうしたんだ、遊戯? そんな難しい顔してよ」

 

 だが、そんな悩める遊戯の背に聞きなれた声が響いた。

 

「あっ、城之内くん。それにみんな」

 

 遊戯の背にいたのは城之内、本田、杏子の何時もの面々。何やら深刻そうな遊戯を見かねて力になりにきたようだ。

 

 そんな頼れる友人たちの姿に遊戯はポツリと己の悩みを零す。

 

「実はデュエルの大会の招待状が届いたんだけど、参加するかどうか迷ってて……」

 

「ん~? なんだよ、参加すりゃぁいいじゃねぇか?」

 

「でも開催地が海外なんだ」

 

「そっかぁ……海外だとちょっと気後れしちゃうわよね」

 

 そうして相槌を打った城之内と杏子と共に遊戯の悩みにどうしたものかと思案を巡らせるが――

 

「ん? んんんッ!? 遊戯! その大会、ひょっとしてこれのことじゃねぇか!?」

 

 何かに気が付いた本田が慌てた様子でデュエル雑誌を広げながらとある記事を指さす。

 

「ちょっと本田! アンタまた学校に雑誌なんか持ってきて……没収されても知らないわよ?」

 

「なんだ? 俺にも見せてくれよ――なになに……KCにI2社――とパラディウス社? は知らねぇけど、海馬とペガサス会長含め、えー、世界中が……此処はいいや」

 

 だが杏子の呆れ顔の注意も意に介さず、本田から雑誌をサッと手にした城之内が件の記事を音読していくと――

 

「えーと……全人類の中から最強……世界一を決める大会、ワールドグランプリ!?」

 

 中々に無視できない情報が舞い込む。

 

「真のデュエルキングを決める戦い!? 世界中のプロに留まらず、各国のチャンプが参加表明――って、キースも参加すんのかよ!?」

 

 そして興奮冷めやらぬ顔の城之内は皆に見えるように机に雑誌を開いておきつつ遊戯に詰め寄った。

 

「こんなもん参加するに決まってんじゃねぇか!」

 

 そもそも悩む必要がないだろう――それが城之内の結論である。デュエリストなら参加して当然ではないかと。だが、遊戯は小さく首を振る。

 

「でも、今はもう一人のボクのことに集中したいんだ」

 

「まぁ、城之内のやる気は置いておいてよ――そもそもの話、現デュエルキングのお前に『参加しない』選択肢があんのか?」

 

「? ボクは別に参加しなくても構わないけど」

 

「いや、そういうことじゃなくてだな……」

 

 闇遊戯の記憶の件を優先したいと語る遊戯に本田が「デュエルキング」の立場云々から踏み込むが、遊戯はいまいち理解に乏しい模様。

 

「確かに、あの海馬くんが許すとは思えないわね……」

 

「そ・ん・な・こ・と・よ・り!」

 

 そんな中、遊戯の悩みの解消の為に考えを巡らせる面々の間を断つように城之内が堪え切れない想いを零す。

 

「急になんだよ、城之内」

 

「――なんで俺には招待状が来てねぇんだよ!? バトルシティでベスト8にまで残った男、城之内サマに!」

 

「ベスト8止まりだからじゃない? アンタ、リッチーって人にかなり力負けしてたでしょ」

 

 そうして本田に先を促されるままに飛び出した城之内の魂の叫びだったが、杏子にバッサリと両断された。

 

「でも俺だってあの後、色んな大会で武者修行したんだぜ!? なぁ、本田!」

 

「つっても、何処も町内大会レベルの小せぇ大会ばっかだったしなぁ……」

 

 しかし「自分とて強くなった」とグイグイ行く城之内に反し、蛭谷と共に武者修行に付き合った本田からすれば些か「名を上げる」という観点からみれば不十分にも思えた。

 

 

 そもそも招待状が来るのは「プロ」レベルのデュエリストである。幾ら城之内の成長速度に目覚ましいものがあれど、アマチュアの身ではそう言った話は余程の話題性がなければ縁遠いと言わざるを得ない。

 

 

 だとしても、「はい、そうですか」と諦めるような男、城之内ではない。何事にも裏道や抜け道の類はある筈だと決意を新たに頭を回す。

 

「ぐっ……! ……こうなったら、俺もその大会に出るぜ!」

 

「あのねぇ……招待状も持ってないのにどうすんのよ……」

 

「そこは何とかすんだよ!」

 

「『何とか』って?」

 

「んぬぬ……そうだな。あー、あれだ、あれ! 参加者とっ捕まえてデュエルするとかよ!」

 

「それ、下手したら警察沙汰になるわよ……」

 

 そうして頭を回す城之内だが、その全ては杏子によってむべもなく一蹴された。流石に勢いしかないようなプランでは協力しようもない。

 

 頭痛を堪えるような杏子の仕草に呆れが見えるのは気のせいではあるまい。

 

 

「それならいい方法があるよ」

 

 だが、そんな一同の背後に救世主が現れる。その正体は――

 

「御伽!? 久しぶりじゃねぇか! ゲーム開発のなんかはもういいのか?」

 

 城之内が語るように御伽の姿。

 

 彼は自身が制作したゲーム「D(ダンジョン)D(ダイス)M(モンスターズ)」を世に広げるべく、一時的に休学していた頼りになる――かどうかはさておき――仲間の一人が舞い戻った瞬間であった。

 

 そんな御伽は城之内の悩みに光明を見出す情報を送るが――

 

「ああ、今は丁度フリーでね。それと静香ちゃんに城之内くんのこと頼まれちゃったし、良い機会だと思ってさ」

 

「んだとォ!? なんでオメェの口から静香ちゃんの名前が!?」

 

 城之内ではなく、関係のない本田が釣れた。

 

「あれ? 知らないの? この大会、『理論上は誰でも参加できる』んだよ?」

 

「マジかよ!? ……理論上?」

 

「この大会のコンセプトは『全人類の中から最強デュエリストを決める』――だから、僕たちみたいなプロデュエリストじゃない、一般の人間にも戸口は開かれているって寸法さ」

 

「でも『理論上』ってことはなにか条件があるのよね?」

 

 しかし、そんな本田(恋のライバル)の追及を華麗に躱した御伽の説明にパァッと顔を明るくしていく城之内だが、杏子の問いかけに難しい顔になった。

 

 あまり頭を使うことは城之内の得意分野ではないゆえに――だが、答えはシンプルである。

 

「勿論だよ。招待状を持たない人が参加するには各種施設で試練を突破する必要があるんだ」

 

「おお!」

 

「……!? まさかお前が静香ちゃんと会ったのって――」

 

 御伽の説明に手ごたえを感じる親友、城之内のことなど忘れてしまった様子の本田がグイッと前に出つつ予想したように――

 

「うん、その試練の時に偶然一緒になってね。勿論、僕も静香ちゃんも突破したよ――相手はかなり手強かったね。勝てたのは運が良かったよ」

 

 城之内の妹、静香と御伽が偶然出会ったのは一般参加者へ向けての戸口にてであった。

 

 その事実に、恋のレースに出遅れたことを知った本田の焦りが加速する。ゆえにその差を埋めるべく、城之内以上に話題に喰いつくが――

 

「くっ、出遅れたじゃねぇか!? おい、御伽! その各種施設って何処だ!」

 

「国際デュエル協会管轄の――いや、こっちより海馬ランドとかの方が僕たちには身近かな? そこで主催者側が用意したデュエルロボをデュエルで倒せば晴れて参加資格がゲットできるって仕組みだよ」

 

 余裕の表情の御伽から語られるのは何とも身近な場所。KC本社のある童実野町の人間であればかなり手軽だ。

 

「だったら、城之内くんなら大丈夫だね! じいちゃんも太鼓判を押してたし!」

 

「だよな! よっしゃぁ! 今日の放課後はみんなで海馬ランドに殴り込み――」

 

 となれば「今日の予定は決まった」と遊戯は小さく手を叩き、力強く握りこぶしを作った城之内も気合タップリに宣言――

 

 

 

「武藤 遊戯……」

 

「――だうぉおわっ!?」

 

 しようとした矢先に、城之内の背後からかけられた言葉の主の気配の「け」の字も感じなかった城之内は驚きのあまり素っ頓狂な声を上げた。

 

 

 

 やがて心臓を抑えながら息を整える幽霊の類が本当に駄目な城之内に代わり、遊戯が応対する。

 

「えっと……どうかしたの?」

 

 しかし件の音もなく現れた銀髪のツインテールの少女はジトーと暫く遊戯に視線を向け続けた後、遊戯が気まずさから視線を逸らそうとしたタイミングで視線を教室の出口へ向けてポツリと告げる。

 

「……お客さん」

 

 その少女の視線の動きにつられるよう視線を動かした遊戯たち一同の眼に映ったのは――

 

「お客さん? ――牛尾くん!」

 

 軽く手を振っている牛尾の姿であった。

 

「あっ、どうもありが――って、行っちゃった」

 

 そうして伝言役を買って出ていた少女にお礼を告げようとする遊戯だが、既に件の少女は自席に戻っており、相も変わらず虚空を眺めている。

 

「なんだよ、脅かせやがって……しっかし、無愛想なヤツだなぁ――つーか、アイツ誰だったっけ?」

 

「ちょっと城之内、クラスメイトくらい覚えときなさいよ」

 

「いや、つっても全然印象に残ってなかったからよ……」

 

 やがて驚きから立ち直った城之内が件の少女について思い出そうとするも、いまいち印象に残っていない様子。

 

「確か、あの子は『レイン(めぐみ)』さんだよ。定期テストで『平均点ピッタリ取り過ぎだ』って一時期カンニング疑惑で騒がれていた子だね」

 

「あ~、牛尾が奔走してたアレか」

 

 しかし御伽の説明に顎に手を当てていた城之内は思い出したと手をポンと叩き、納得すると同時に牛尾が合流したことで、件の少女の話題は終息し――

 

「よう、久しぶりだな遊戯」

 

「うん、久しぶり。ところで今日はどうしたの?」

 

「まぁ、此処じゃなんだから、面貸してくれや」

 

 一同の話題は牛尾の要件にシフトしたものの、その内実は教室で話す訳にはいかない模様。

 

 

 

 

 

 ゆえに御伽をハブり――もとい遠慮して貰いつつ、童実野高校の屋上に場所を移した一同。そんな中、早速とばかりに牛尾が要件を切り出した。

 

「もう招待状は届いてるだろ? そのワールドグランプリの件でちょっとな」

 

「うん、でも参加するかは迷ってて……」

 

「参加してくれ」

 

「えっ?」

 

「悪ぃがこいつは『お願い』じゃねぇんだ――『強制』……いや、『義務』って言いかえてもいい」

 

「でも、ボクは――」

 

「スマン。お前さんに拒否権はねぇんだ」

 

 しかし矢継ぎ早に繰り出される牛尾の言葉は何処か有無を言わせない様相を感じさせ、遊戯も思わず後退る。

 

「おい、牛尾! 急になんだよ! 確かにスゲェ大会だけどよ。だからって遊戯の意思、無視して無理やり参加させるようなモンじゃねぇだろ!」

 

「そうだぜ、牛尾。らしくねぇじゃねぇか」

 

 だがそんな遊戯の肩に手を当てつつ、城之内と本田が援護に回り、場の雰囲気に剣呑なものが見え始めるも――

 

「ちょっと待ちなさいよ、二人とも。怒るのは分かるけど、まずは牛尾くんの事情を聞いてからでも遅くはないでしょ?」

 

「そうだね。牛尾くんはどうして急にこんな話を? 了承できるかは分からないけど、出来る限り力になるよ?」

 

「助かる」

 

 杏子が間を取り持ったことで遊戯の気持ちにもワンクッション置けたことで、一先ず場が荒れることは回避された。

 

――ちっとばかし急ぎ過ぎたか……でも事が事だからなぁ。そもそも、なんで俺にお鉢が回ってくんだよ……

 

 やがてそんな内心と共に頭を軽くかいた牛尾はこんな重大な件を年若い自身に任せた上司に恨みがましい感情を向けつつ順序立てて説明を始める。

 

「まず、お前さんはデュエルキングだ」

 

「う、うん……でも、それはもう一人のボクが勝ち取ったもので――」

 

「まぁ、そうなんだが――世間様には、その辺りのこたぁ関係ねぇんだ」

 

「うーん、確かにそうよね。私たちはある程度事情を知っているから大丈夫だけど、他の人は簡単に信じられないでしょうし……」

 

 そう、最後に杏子が零した(オカルト関連)が問題だった。

 

 確かにバトルシティの中で激戦を潜り抜け、デュエルキングの称号を得たのは「名もなきファラオの魂」――所謂、闇遊戯だが、その身体は「遊戯」のものだ。

 

「『戦わない』なんてことが許されねぇ立場にある」

 

 ゆえに「遊戯」には牛尾が評したように「デュエルキングとして生きること」が「強制」される立場にある。

 

 そう、真のデュエルキングを証明する大会であるワールドグランプリに「参加しない」という選択肢はそもそも存在しない。

 

 とはいえ、誇りを捨てて、無理を通せばその道から抜け出すことは可能だろう。とはいえ、一人のデュエリストとして遊戯にそんな選択が取れるとは思えないが。

 

「そういう事情があるなら、参加するのは構わないけど……」

 

「安心しな。手間取らせる分、ちゃんと報酬はある。取り合えずコレは挨拶代わりだそうだ」

 

 やがておずおずと参加の旨を伝えた遊戯に牛尾が差し出したのは一枚の紙。

 

「これって……」

 

「なんだ、この紙切れ? 遊戯、ちょっと見せてくれよ」

 

「うん、良いよ、本田くん」

 

 その紙を何処か不思議そうに眺める遊戯から、本田がその紙の正体を確かめるように一同の元に晒せば――

 

「紙? ……小切手よね? 初めて見た」

 

「デュエル協会から、お前さんにだ」

 

 その正体はアッサリと判明した。小切手ことマネーである。

 

「おいおい、めちゃくちゃ0が並んでんじゃねぇか!? しかも円じゃねぇぞ!? ドルだ!」

 

「ドル!? ドル…………ドルだと、どうなるんだ?」

 

 しかし記された金額が問題だった。本田のたまげたリアクションに対して、反射的に反応した城之内だったが、いまいち驚く材料が分かっておらず牛尾に縋るような視線を向ける。

 

「……相場が違ぇから、『円』表記より高ぇ金額になる」

 

「おいおい、だったらペガサス島での大会の時よりスゲェじゃねぇか! 優勝したら、こんな貰えんのかよ!?」

 

「いや、『参加したら』だ」

 

「へっ?」

 

 サラッと語られた牛尾の説明に城之内もようやく理解が及び、及び過ぎて今度は目が点になった。本田もあまりの事態にポカンと口を開けている。

 

 そこにあるのは参加権を求める城之内との圧倒的な対応の差……! 格差……! 格差社会……!

 

「予選で負けようが、参加するだけで『遊戯』はこんだけの金が手に入る」

 

「ゆ、ゆ、優勝した場合……は?」

 

「ほれ」

 

 更に恐る恐ると言った具合に情報を求めた本田に示される牛尾の手元の端末のモニターには優勝者に贈られる莫大な賞金と、様々な副賞が立ち並ぶ。

 

 それらは「こんなに貰ってどうすんだ?」と思ってしまう程の代物。だが当然である。デュエルが全てに関わる世界において、世界最強デュエリストの座に付随する名誉が安い訳がないのだ。

 

「ゆ、遊戯……か、返す。こ、こんなモン持ってたら、正直生きた心地がしねぇ……」

 

 やがて本田は自身が軽く持っていた物の恐ろしさに震えた手で小切手を遊戯に返す。破れでもしたら弁償の事態に――などと天元突破した心配が恐怖を駆り立てていた。

 

「うん――後、牛尾くん、これ返すね」

 

 だが、遊戯はそれ(小切手)をアッサリ牛尾に返す。

 

「ん? どうした? ソイツはお前さんの好きに――」

 

「大会には参加するよ。でも悪いけど、これをデュエル協会の人に返しておいて欲しいんだ」

 

「そうか……お前さんらしいな」

 

 牛尾も僅かに突っ返そうとするも、遊戯の言葉に多くを語らず引き取った――が、まだこれで終わりではない。

 

「――つってもタダって訳にはいかねぇ。こっちにもつまんねぇメンツの問題もあるんだわ」

 

「でも、ボクは――」

 

「分かってる。分かってる。つーわけで、こっちだ」

 

 小切手の代わりに差し出された物はまたしても紙――だが、今度は4枚ある。

 

 それを受け取った遊戯が内容を確認すれば、そこにあるのは――

 

「エジプト旅行の手配?」

 

「北森の嬢ちゃんから聞いたんだが、墓守の一族が管理してい『た』古代エジプトの石板に用があるんだろ?」

 

 旅行券の存在。神崎の仕込みだ。

 

「4人分となると、飛行機代だって馬鹿にはならねぇ筈だ。それにガイドやら、文化遺産の開示の許可やら色々入用になる――コイツはその辺の諸々の手配だな。お前らも行くんだろ?」

 

「当ったり前じゃねぇか! もう一人の遊戯のことなんだぜ! 行くに決まってんだろ!」

 

「まぁ、つーわけでだ。コイツは俺らからのお節介ってことで受け取っちゃくれねぇか?」

 

 牛尾の問いかけに即答する城之内の姿を余所に困り顔で頼む牛尾の姿と、自身の手元のチケットを交互に見やった遊戯。

 

――まあ、それくらいなら良いんじゃないか、相棒。これ以上、牛尾を困らせる訳にもいかないだろ?

 

「うーん……分かったよ」

 

 だが、その心の内の闇遊戯の言葉に困ったように頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 そうして遊戯たちへの野暮用を片付けた牛尾は一同と別れ、童実野高校を後にしようとするが、その背に声がかかる。

 

「牛尾 哲」

 

「おん? どうしたよ、レイン――またテストで変なことでもやらかしたか?」

 

 その正体であるレイン恵ことレインの姿に牛尾は茶化す様に先を促すが――

 

「――話がある」

 

「……只事じゃねぇみてぇだな」

 

 レインの何時もの無機質な視線ではなく、しっかりと牛尾を見据える眼光に牛尾は内心で小さく覚悟を決めた。

 

 

 






~入りきらなかった人物紹介~

レイン(めぐみ)
ゲーム、遊戯王タッグフォースシリーズに登場。

外見はシリーズ事に微妙に異なるが、現在は「銀髪ツインテールのジト目」で固定されている。

冷静で口数少ない女学生であり、居住地、経歴なども一切不明の謎多き人物。なお猫好き。

学内での成績や体力測定などは全て平均値ピッタリを取るという離れ業をこなす。

――と色々細かな人物像はあるものの、ゲーム内での立ち位置は所謂「モブキャラ」。

此処からはゲーム版のネタバレになってしまうのであしからず。








――にも関わらず、「イリアステルが未来から送り込んだデュエルロイド(ロボット)」というトンでもない背景を持つ。


その主な役割は身体の限界が近いZ-ONEの目となり耳となること。

TFSPではDM時代にて登場する為、恐らく歴史の特異点(原作主人公)たちを影ながら観測・監視していたと思われる。


今作では――

その重要過ぎる立ち位置から色々出番を控えている者たち(ネオスとか)を押しのけ登場。

上述した通り、原作主人公である武藤 遊戯をクラスメイトの立場から観測・監視している。

――ものの、神崎が歴史改変のアレコレの波が大きすぎたゆえに現在の歴史を正確に観測できていない為、本来の歴史との齟齬が把握できていない。
(5D’sにて三長官に疑問を持っていなかったセキュリティ職員と同様の状態)

童実野高校では他者との関わりを最低限に留め、目立たぬように任務に準じていたが、平均値ピッタリの点数を取り続けたゆえにカンニングを疑われ、逆に目立ってしまう結果を生んだ。ポンコツェ……

なお牛尾との関係性はその一件の際に牛尾がお節介を焼いたことから生まれたもの。






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第162話 溺れる者は藁をもつかむ



前回のあらすじ
???「あら~~! 金だ! カネ、カネ! 金だらけだ~~! うれしぃ~楽しぃ~! 金ー!」



 

 

 

 世界の何処とも知れぬ場所に佇む冷たい金属質な檻が立ち並ぶ巨大な監獄にて、檻の中の囚人たちを見下ろすように椅子に腰かける男が何処か退屈さを感じさせる声を落とす。

 

「さて……何故、私がこの場にいるか理解しているかな」

 

 問いかけるような男の口ぶりだが、檻の中の囚人たちは何も語らない――いや、語れない。

 

 相手は自分たちの生殺与奪を握っている存在である以上、出方の分からぬ内に悪目立ちするリスクを負える訳もないが――

 

――こうも無反応だと話を進めにくいな……

 

「件の大会に参加する為に――と、脱獄を企てる者がいるとの報せを受けてね」

 

 そんなことを考えながら話を続ける男――というか、ダーツの姿をした神崎からすれば、少々やり難い状況であった。

 

 

 何故、神崎がこんなことをしているのかと言えば――

 

 かつてダーツが管理していた監獄から上述の報せを受け、「なら他は?」と調べてみれば「誰もかしこもデュエリストでした」と返す他ない結果が出た為、生じた問題を解消するべくダーツごっこに興じているのである。

 

 早い話が、原作では大人しかった囚人たちも爆上げされた大会のスケールを前にデュエリスト魂が抑えきれなかった状態だ。

 

「この祭りの邪魔をされては困る。とはいえ『全人類を』と語った以上、キミたちを此方の都合で排するのは祭りの趣旨に反するだろう」

 

 ゆえに責任の一端――というか、全部――を担った神崎が、ダーツに扮して火消しを行う為に色々準備してきたのである。

 

「なに、そう難しい話ではないとも」

 

 それが――

 

 

 

「キミたちもデュエリストならば、デュエルで勝ち取るといい」

 

 めんどくせぇから、デュエルで決めようぜ! である。雑か。

 

 

「試練を受ける席を一つばかり用意させて貰った。無論、カードも此方に揃っている」

 

 やがてダーツの背後にてスポットライトに照らされた一台のデュエルロボと、幾重にも重なったケースから顔を覗かせるカードの山に檻の中の囚人たちはざわめき立つ。

 

「勝ち取れば参加権と共に一時ばかりの自由を謳歌できる訳だが――」

 

「チャッピーが! チャッピーが出る! お金稼ぐ! 寄付いっぱいすればアイツ来ない!!」

 

 そうして説明を続けるダーツに囚人の一人が、丸太のように太い腕で檻の扉をガタガタ揺らしながら、傷だらけの顔を外に向けた。

 

「出たいかね?」

 

「出たい! お金稼ぐ! いっぱい稼ぐ!」

 

「なら、何をすれば良いか分かるだろう?」

 

 自身を「チャッピー」と自称した囚人――通称「チョップマン」を煽るように言葉を選ぶダーツへ向けて、別の囚人が何処か咎めるような声を漏らす。

 

「ドーマの親玉ともあろう人間が随分と悪趣味だな」

 

 そのもっさりとした顎髭に失われた頭頂部の毛を補う様にボサボサに伸びた長い髪の筋肉質な男の声にダーツは振り返ることなく言葉短く零すも――

 

「不服かい?」

 

「いや、願ってもない限りだとも」

 

 ダーツへの返答代わりに獰猛な笑みを浮かべる姿を見るに今回の提案に乗り気のようだ。

 

「質問がある」

 

 だが、そんな囚人たちの高まるモチベーションに水を差すように、顔の半分に何やら文様が彫られた浅黒い肌のほぼスキンヘッドの男の静かな声が響く。

 

「聞こう」

 

「勝ち取った権利を他者に譲渡することは可能か?」

 

「止せ、リシ――」

 

「許可しよう。どのみちアレ(デュエルロボ)に勝てなければ同じ話だ」

 

 そんな囚人の一人の質問に対して灰色の髪をした浅黒い肌の少年が何か言い切るよりも早く、ダーツはデュエルロボへと視線を移しながら軽く肯定してみせた。

 

 ダーツとしても脱獄を企てられるよりは、多少の融通を利かせた方が労力も少なくて済む。

 

 とはいえ、彼が大事な主君を愛しの姉上様と一時ばかりでも会わせたいのなら、それ相応のものを支払って貰う必要があるが。

 

「その言葉、忘――」

 

「無駄話はそれくらいにして、さっさと始めて貰いたい」

 

 そうして主君の為にと決意の籠った瞳を見せる囚人の一人だったが、その宣言を目つきの悪い長髪の男が何処か呆れと苛立ちを感じさせる声で遮った。

 

「そう焦るな。これはキミたちにとって――」

 

「そんな議論に意味などない。何故なら此処にいる全てを降し、その席を頂くのは私だ!」

 

 雲行きが怪しくなった話題の流れを戻そうとするダーツだったが、男の主張は変わらない。

 

 勝利者が得られる栄光に対し、勝負の前から問答することなど無駄でしかないと語るその瞳には「己こそが勝利する」との絶対の自負が見えた。

 

「フッ、そうか。他の者もキミと同意見のようだな」

 

 やがてその男の自負に触発されたように沸き立つ囚人たちの闘志溢れる気配にダーツはやれやれと言った具合に肩をすくめる。他に参加の上でのデメリット――注意事項がいくつかあったが、こうなってしまえば聞く耳を持たないだろうと。

 

 そう、もはや彼らにダーツとの問答など必要ない。

 

「ならば最後の一人になるまで――」

 

 なれば、降す言葉は一つであろう。

 

 囚人たちの檻に事前の要望通りのデッキとデュエルディスクが放り込まれ、全ての檻のロックが外れる音が響いていく。

 

 今ここに悪魔を縛っていた鎖は砕け、その悪意を解き放たんとする者たちに告げられるのは――

 

 

 

 

 

「戦え」

 

 

 

 待ち望んだ言葉そのもの。

 

 

 その瞬間、囚人たちの剝き出しの醜い闘争心が雄叫びを上げた。

 

 

 

 囚人たちの孤独(蠱毒)な戦いが今、始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まぁ、全描写カットするけどな!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海馬ランドにてワールドグランプリの参加権を獲得すべく訪れていた遊戯たち。そんな中、折角なのでと本田もデュエルに興じていた。記念参加である。

 

 だが、そのデュエルは既に佳境に入っていた。

 

 

 本田は相手フィールドに佇む青き四足の海竜、《海皇龍 ポセイドラ》が身をかがめるように伏せたことで視界に大きく映ったその背の全体を覆う黄金の鎧に小さく溜息を吐く。

 

《海皇龍 ポセイドラ》 守備表示

星7 水属性 海竜族

攻2800 守1600

 

 相手の攻撃を罠カード《パルス・ボム》によって守備表示にすることで何とかそのターンの窮地を脱したゆえの光景に冷や汗を流す本田だが、相手のセットカードは4枚とかなり多い。

 

 そして一方の自身のフィールドにモンスターはおらず、永続魔法とフィールド魔法を何とか残せた程度――だが、此処から逆転してみせると本田は力強くデッキに手をかけた。

 

「俺のターン! ドローだ! この瞬間、永続魔法《凡骨の意地》の効果が発動! 俺がドローした通常モンスター《鋼鉄の巨神像》を公開し、追加でドローだ!」

 

 そうして友から連綿と託されたカードによって手札を増強し、今、勝利の方程式が揃ったとばかりに1枚のカードを発動させる。

 

「魔法カード《予想GUY》を発動! 自分フィールドにモンスターがいないとき、デッキから通常モンスター1体を呼び出すぜ! 現れろ、俺の分身――《コマンダー》!!」

 

 そして飛び出すのは本田のフェイバリットカードたる《コマンダー》。

 

 当の《コマンダー》も肩のランチャーと手にした重火器を己が強靭なマッスルで軽やかに構える姿はやる気タップリだ。

 

《コマンダー》 攻撃表示

星2 闇属性 機械族

攻 750 守 700

 

「此処で魔法カード《融合》発動! 手札の《鋼鉄の巨神像》と《レッサー・ドラゴン》を手札融合!! 融合召喚!! 出てこい! 《メタル・ドラゴン》!!」

 

 その隣を白銀の列車のような身体が駆け抜けると共に空へと昇った《メタル・ドラゴン》が竜の顎から気炎を上げた。

 

《メタル・ドラゴン》 攻撃表示

星6 風属性 機械族

攻1850 守1700

 

「まだだ! フィールド魔法《融合再生機構》の効果発動! 手札を1枚捨てて墓地の魔法カード《融合》を手札に戻す!」

 

「そして再び魔法カード《融合》を発動! 手札の機械族、《アクロバットモンキー》とドラゴン族の2体目の《レッサー・ドラゴン》を融合!!」

 

 だが、本田の攻勢は衰えることなく、高まる。

 

「融合召喚! 爆進しな! 《重装機甲 パンツァードラゴン》!!」

 

 そうして飛び出すのは金縁の白い戦車。だがその砲塔はハリボテ感溢れるドラゴンの頭になっており、更にはその首の根本から飛行用なのか定かではない機械の翼が伸びる。

 

 なお操縦席と思しき場所から白い装甲の猿型ロボ、《アクロバットモンキー》が親指を立てていた。

 

《重装機甲 パンツァードラゴン》 攻撃表示

星5 光属性 機械族

攻1000 守2600

 

 

「さらに魔法カード《思い出のブランコ》を発動! こいつで墓地の通常モンスター《レアメタル・ソルジャー》を復活だ!!」

 

 そして少なくなってきた本田の手札から繰り出されたカードにより、青い全身装甲に身を包んだ男、《レアメタル・ソルジャー》がブランコに乗りながら、キリッとした視線をデュエルロボに向ける。

 

《レアメタル・ソルジャー》 守備表示

星3 地属性 機械族

攻 900 守 450

 

「んでもって、《融合呪印生物―地》を通常召喚して、効果発動!!」

 

 これで最後とばかりに本田のフィールドに転がったのはゴツゴツした岩を頑張って球体状に固めたようなモンスター。

 

 そう、城之内とのトレードでゲットした友情のカードである。

 

《融合呪印生物―地》 攻撃表示

星3 地属性 岩石族

攻1000 守1600

 

「フィールドの自身と融合素材となるモンスターをリリースし、融合モンスターを呼び出すぜ!」

 

 やがてブランコに揺られる《レアメタル・ソルジャー》に岩の破片がドッジボールの如く炸裂する中、その衝撃によって全身装甲が変形していき――

 

「勇気と情熱が今、交わる! 生贄融合! 来いッ! 《レアメタル・ナイト》!!」

 

 ブランコが木端微塵に吹っ飛んだ先から上下に伸びる特殊な剣を持った精悍な顔つきの青いアーマーの男が歩み出た。

 

《レアメタル・ナイト》 攻撃表示

星6 地属性 機械族

攻1200 守 500

 

 1ターンで一気に4体のモンスターを展開した本田は此処で決めるとばかりに力強く宣言する。

 

「バトル! 《レアメタル・ナイト》で守備表示の《海皇龍 ポセイドラ》を攻撃だ!」

 

 攻撃力1200の《レアメタル・ナイト》では《海皇龍 ポセイドラ》の守備力1600を超えることは通常なら出来ないが、《レアメタル・ナイト》の「モンスターとのバトル時に攻撃力が1000上昇する」効果により、突破は可能だ。

 

 《レアメタル・ナイト》の手中の剣が放電を始め、《海皇龍 ポセイドラ》に迫るが――

 

 

「フフ……デス」

 

「なに笑ってやがる……!」

 

 そんな状況であるというのに、デュエルロボの不敵な笑みを感じさせる声色に本田は嫌な汗を流す。

 

「今、『攻撃』と言いましたネ?」

 

「……? ああ」

 

 そう、察しの悪い本田は今ここに世にも恐ろしいカードの洗礼を受けることとなる。

 

「フフフ……私が伏せてあるカードへの警戒が足りていないようデスネ……」

 

「まさか罠カード!?」

 

「その通りデス! 貴方の『攻撃』との言葉がスイッチとなる罠カード! リバースカードオープン!!」

 

 ようやく自身へ罠カードの毒牙が迫っていることを知り、慌てふためく本田だが、もう遅い!!

 

「今こそ底知れぬ絶望の淵へ、沈むのデス! 発動せよ――」

 

 カードの発動と共にデュエルロボが両の腕を顔の前で交差した後、腕をそのままサッと左右に広げ、右拳を振るう様に前に突き出す流れの中で、そのまま腕を弧を描くように戻しつつ、両方の手を腰だめに構えると――

 

 

 

 

 

「《 聖 な る バ リ ア - ミ ラ ー フ ォ ー ス - 》!!」

 

 

 

 

 

 世界が光に包まれた。

 

 

 眩いばかりの崇高なる輝きは破壊の奔流となって本田のフィールドの4体のモンスターを蹂躙。

 

「な、な、な、なあぁぁぁにぃぃぃぃいいいいいいーーーーッ!?」

 

 やがて崇高なる光が収束した後に残るのは「無」――圧倒的なまでの無。

 

 その現実に驚愕した本田の声が虚しく響く。

 

「お、俺のメタルソルジャーたちがぁぁぁぁぁ……ぜ、ぜん……め、めつめつめつ……!?」

 

 逆転の一手となる筈だった一斉攻撃を、一瞬の内に情勢と共にひっくり返された本田の動揺は大きい。

 

 そして手札を使いきってしまったゆえに此処からの立て直しが出来ず、本田は手詰まりの状態だ。

 

 だが、本田とて一人のデュエリストとして最後まで戦い抜くのだと、自身に喝を入れる。

 

「くっ、ここまでか……だが、俺は最後まで戦うぜ! 破壊された《重装機甲 パンツァードラゴン》の効果でフィールドのカード1枚を破壊……する! 俺はお前の右端のセットカードを破壊だァ!」

 

 その宣言と共に天高く宙を舞っていた《重装機甲 パンツァードラゴン》の翼の部分がデュエルロボのセットカードに突き刺さった。

 

 

 どのみち《海皇龍 ポセイドラ》を破壊しても、前のターンに相手が手札に加えていたモンスターを召喚されれば敗北は変わらない為、自身への戒めの意味も込めてセットカードを破壊した本田。

 

「フッ、愚かな……デス」

 

 だが、そんな本田の自身への戒めは更なる教訓を示す結果となる。

 

「セット状態で破壊された永続罠《ミラーフォース・ランチャー》の効果を発動! 墓地のこのカードと《聖なるバリア -ミラーフォース-》をセットしマス」

 

「なん……だと……!?」

 

 ありのまま今、起こった事を話せば、《聖なるバリア -ミラーフォース-》に全てを吹っ飛ばされたと思ったら、再び《聖なるバリア -ミラーフォース-》がセットされていた。

 

 そんな何を言っているのか分からねー事態に本田は見舞われていた。

 

「フフフ、貴方のターンデスヨ」

 

「くっ、俺はこれでターンエンドだ……エンドフェイズにフィールド魔法《融合再生機構》の効果で融合素材に使用したモンスター《レッサー・ドラゴン》を手札に……戻すぜ」

 

 何処か得意気なデュエルロボのモノアイがキラリと光る中、恐ろしいものの片鱗を味わった本田が悔し気にターンを終える。もう、打つ手は残されていない。

 

「ならワタシのターン、ドローデス! そして《海皇龍 ポセイドラ》を攻撃表示に変更し、すぐさまバトル! ポセイドラでダイレクトアタック!!」

 

 やがてデュエルロボの声にグワンと長い首をうねらせながら立ち上がった《海皇龍 ポセイドラ》は顎が外れるのではないかと思う程に大口を開け――

 

「受けるがいいデス! このデュエルに決着をつける、止めの弾丸!! 深海のヴァブル・カノン!!」

 

「やっぱ駄目だったかぁああああ!!」

 

 その大口から生成された水の弾丸が周囲の空気を切り裂きながら放たれ、やがて本田を撃ち抜いた。

 

本田LP:1000 → 0

 

 

 

 

 

 

 

 そうして惨敗を喫した本田に向けて、海馬ランドにてばったり出会った際に案内役を買って出たモクバが得意気に胸を張る。

 

「どうだ、スゲェだろ! これが世界中のカードデータを基に色んなデッキを熟練のデュエリストレベルで使いこなすKCの最新技術! 『デュエルロボKC-1』だぜぃ!!」

 

 そう、これこそが《機械軍曹》の人こと大田がグギギ顔で海馬と協力しつつ完成させた正式型のデュエルロボ。

 

 初心者モードから、(相手が)即死コースまで幅広いレベルに対応したスペシャルな逸品だ。プロトタイプには神崎も現在進行形でよく世話になっている。

 

「いやぁ、滅茶苦茶強ぇな。俺じゃ手も足も出なかったぜ……」

 

「まぁ、本田の奴がデュエルしたのは今回のワールドグランプリ用にハイレベルに設定されたデュエルロボだからな――そう簡単には勝って貰っちゃ困るってもんだぜぃ!」

 

 トホホと肩を落とす本田の背を軽く叩きながら励ますような言葉を送るモクバだが、その当人も試験的にデュエルした際にフルボッコにされたことは内密で願いたい。

 

 なお仇は海馬が頼まずとも討ってくれた。

 

 そんなデュエルロボの実力を目の当たりにした中で杏子がふと、一同が海馬ランドに着いた途端に漲らせたやる気のまま単身で突撃していった為、この場にいない城之内の姿を思い出しつつ返す。

 

「なら、まだ戻ってない城之内も、ひょっとして苦戦してるかしら?」

 

「んじゃぁ俺たちで応援にでも行ってやるか――遊戯も付き合わせて悪かったな」

 

「そんなことないよ! ボクや城之内くんとトレードしたカードを本田くんが使いこなしててボクも嬉しかったから……」

 

「そうか……へへっ、そう面と向かって言われるとなんか照れるな!」

 

 杏子の声に城之内の応援に向かうことにした一同は遊戯の賛辞に照れる本田を先頭に別のデュエルブースへと歩を進めようとするが――

 

「いよぉ、本田! 応援に来てやったぜ――って、終わっちまった後かよ」

 

 その前に意気揚々とした姿の城之内が現れ、出鼻が挫かれた。だが付き合いの長い本田は慣れた調子でハイタッチと共に言葉を交わす。

 

「よぉ、城之内。遅かったじゃねぇか」

 

「いやぁ、デュエルの後でばったり絽場たちにあってよ。話が弾んでたら応援に来んのが遅れちまった。悪い」

 

「まぁ、俺の方は記念参加みてぇなもんだから構わねぇよ――で、勝ったのか?」

 

「あたぼうよ!」

 

「へへっ、やったじゃねぇか!」

 

「それで絽場くんの方は合格できてたの?」

 

 親友のワールドグランプリの参加権獲得の事実を笑顔で祝う本田だが、杏子の声に城之内が語ったエスパー絽場とその兄弟たちの様子へと話題はシフトしていく。

 

「いや、それがよ……バトルシティの件もあって参加できねぇんだと。此処にいたのも今回の試験のボランティアスタッフとしてらしいんだ」

 

「おう、アイツらが『何か少しでも償いがしたい』って言うもんだから、此処での雑事を俺が手配してやったんだぜい!」

 

 だが城之内が語ったようにエスパー絽場はデュエル協会によって『公式試合の無期限出場停止』の処分が降っている為、当然ながらワールドグランプリに参加することは出来ない。

 

 しかしエスパー絽場とその兄弟たちはその事実を受け止め、今の自分たちが出来ることを精一杯行っているのだと、語るモクバは鼻高々だ。同じく兄弟を持つ者として、他人事とは思えないのだろう。

 

 

「でも、なんか勿体ねぇよな。アイツの実力ならデュエルロボ相手に良いとこまで行けただろうによ……何とかならねぇもんかねぇ」

 

「こればっかりはダメだぜい! 本田、お前だって大会参加の為に正々堂々頑張っただろ? そんな風に他のヤツらだって正々堂々頑張ってるんだ!」

 

 そんな中、バトルシティでエスパー絽場のデュエルを直に観戦していた本田から思わず口に出た言葉だが、対するモクバは譲れない一線があるのだと返す。

 

「そこには絽場のヤツがズルしたことで、本当は勝てるデュエルを落としちまったヤツだっている――やったことのケジメは付けないといけないんだぜい」

 

 本田も今やデュエリストとして当事者となった状態なら実感できる筈だと。

 

「まぁ、これはヴァロンの奴……友達の受け売りなんだけどな」

 

「……そうだよな。無理言っちまったみたいで悪い」

 

 誰かの受け売りをさも自分のことのように話してしまったと照れるように頬をかくモクバだが、本田から送られた謝罪の言葉に握りこぶしを前に出しつつ力強く宣言する。

 

「構わないんだぜい! それに絽場にだって復帰のチャンスはキチンとあるからな! 後はアイツの頑張り次第だぜぃ!」

 

「そうだぜ、本田! アイツもこの《人造人間サイコ・ショッカー》に相応しいデュエリストになって戻って来るって言ってたからな! そん時まで、このカードは男、城之内様が引き続き責任を持って預かるぜ!」

 

「負けられない理由が増えたわね、城之内」

 

「うん、そうだね! 絽場くんの分までワールドグランプリで頑張らなきゃ!」

 

 そうして城之内の固い決意へと杏子と遊戯が発破をかけ、一同の空気は和やかさを増していく。

 

 

 エスパー絽場の犯した過ちはなかったことには出来ない。

 

 だが、彼らの「これから」は無限の可能性で満ちているのだ。

 

 

 それを活かすも殺すも本人次第である。

 

 

 

 

 とはいえ、真っすぐな瞳で前を向く彼らにはいらぬ心配であろうが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて少しばかり海馬ランドで遊んだ後、日も暮れてきたゆえに解散した一同。

 

 そして我が家へと帰った遊戯は保護者である双六に「ワールドグランプリ」に関する様々な事情を説明していた。

 

「――と、そういう訳で海外の大会に参加することになったんだけど……」

 

「ふーむ、じゃから遊戯の保護者である儂の出番という訳じゃな」

 

「うん。長くなるかもしれないから、学校に届けを出さなきゃならないんだ」

 

 ワールドグランプリの開催地はKCが生んだ夢の国「海馬ランドUSA」――アメリカである。つまり「海外」だ。

 

 それに加え、全人類の中から選りすぐりの実力者を厳選したとはいえ、その数は原作の比ではない――それに伴い大会期間も長くなる為、1日で終わることなどない。

 

 それゆえに「デュエルの大会に出るので学校を休みます」といったリアル世界ならば「ハァ?」な届けを学生である遊戯は出さねばならないのだ。

 

 出さなくても良いが、その場合はサボり――もとい欠席になる。

 

 

「じいちゃんも観戦に行くんでしょ? ……あれ? そういえば、じいちゃんが持ってるのって――」

 

 ゆえに双六は遊戯から受け取った書類にペンを奔らせるが、遊戯がふと零した問いかけを避けるように牛尾との一件の話題を何処か残念そうに声を漏らす。

 

「そ、それよりも遊戯。折角貰った小切手を牛尾くんに返してしまうとは、なんと勿体ない……それがあれば店のリフォームだって軽く出来たじゃろうに……」

 

 具体的な金額は遊戯の口からは語られていなかったが、「デュエルキング」への贈り物となればとんでもない大金であることは双六にもよくわかる。

 

 となれば、そんな大金の使い道を考えてしまうのが人の性というもの。

 

 

 なお、その金額は双六の予想を大きく上回り、店一件を丸々リフォーム出来るどころか二、三件新店舗を出しても余裕なレベルであることを記しておこう。

 

 

「ちょっと止めてよ、じいちゃん」

 

 だが、遊戯からすれば自身の祖父が軽い冗談めかした言葉でも、今のような姿はどうにも見たくないゆえに双六への視線がジトッとしたものに変わる。

 

 そんな遊戯の視線にたじたじになる双六だが――

 

「いや、じゃがのう、遊戯……ちょっとくらい貰ってもバチは当たらなかったんじゃないかの?」

 

「もう、じいちゃん!」

 

 このくらいなら――と、2本の指で小さく隙間を作る双六の仕草に遊戯は呆れを多分に含ませながら咎めるように声を張った。

 

 

 心技体共に優れたデュエリストとして尊敬しているだけに、たとえ軽いジョークであってもその双六の姿は遊戯としても少々目に余る。

 

 こういう時こそ、ビシッとカッコいい姿を見せて貰いたいものだと。

 

 

 だが、そんなやり取りを経たせいか双六のもう一方の手に何やら「参」との文字が見える紙が握られていたことなど遊戯の記憶からはスッポリと抜け落ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 此処で暫し時をさかのぼり、遊戯たちが海馬ランドへ向かっている頃、レイン恵の覚悟の籠った視線を受けた牛尾が場所を馴染みの喫茶店へと移しながら諸々の事情を聞いていた。

 

 

 レインの只ならぬ様相から余程のことだと身構えていた牛尾だが、凡その話を聞き終えた牛尾は額に片手を置きつつ、今回の話の肝を確認する。

 

「えー、話を纏めると――つまるところ、レインはKCの見学がしてぇってことか?」

 

「肯定」

 

――普通に只事じゃねぇか……

 

 コクリと小さく頷いたレインの姿に牛尾が内心でそう呆れてしまうのも無理はない。

 

 多少の物珍しさはあれど、もの凄く普通の要件だった。

 

 そんな具合に肩透かしを受けたことで緊張感が霧散したゆえか、肩の力が抜けた牛尾はそのまま場の空気も緩めるべく――

 

「ハァ、緊張して損した……店員さん、すんませーん。コーヒー1つお願いしまーす――オメェさんもなんか食うか?」

 

「カレー」

 

「じゃぁ、それも頼んます」

 

 店員に注文を入れる。そうして店員を見送った牛尾は「そういえば」と対面に座るレインへと話題振りも兼ねて問う。

 

「しっかし、オメェさんは相も変わらず同じもんばっか食って……飽きねぇのか?」

 

「思い出の味……」

 

「おっと、余計なお世話だったか」

 

 人様の思い出にズカズカ踏み入れる気もない牛尾は軽く流す中でレインの脳裏に浮かぶのは過去の残照。

 

 

 

 

 

 それは彼女がアーククレイドルで生み出され、現在の任務に就くまでの僅かな間の思い出。

 

 デュエルロイドとして起動したばかりのレインにはインプットされた知識はあれど、実感という意味において理解が不足していたゆえに暫しZ-ONEたちと過ごした時間。

 

「私たちデュエルロイドに食事でのエネルギー摂取は必要ない」

 

「黙って食べろ」

 

「パラドックス、そんな言い方しちゃダメだよ」

 

 イリアステルの本拠地にて食卓を囲むZ-ONEに向けて無感情な瞳で語るレインに棘のある言葉を送るパラドックス。そしてそれをやんわりと制するアンチノミー。

 

「確かに貴方にとって無用な行為でしょう。ですが、貴方の任務は『人間に紛れる』ことが重要です。これはその予行演習ですよ」

 

「Z-ONEが起動したばかりのキミの為に用意した場だ。素直に受け取っておけ」

 

 そんな何処かピリピリとした気配が場に漂う中、Z-ONEは静かに返し、アポリアも難しく考えるなと場を収めようと動く。

 

「任務に必要な情報は既にインストール済みである以上、この場の必要性に疑問が生まれる。イリアステルが掲げる未来救済の目的において現在の荒廃した世界の崩壊というリミットを考えれば活動時間が限られていることは明白であり、不必要な時間は排するべきであ――」

 

「必要性ですか」

 

「肯定。この場の必要性を問う」

 

 だが、レインから飛び出した無機質さすら感じさせる言葉の羅列にZ-ONEは小さく息を吐く。やがて自身の問いに対する己が創造主の言葉を待つが――

 

 

「皆で食卓を囲むのは楽しいですよ」

 

 

 それはその時のレインにとっては理解できないものだった。何故なら、既に彼女の創造主は寿命の問題から肉体の機械化に併用し、人間的な生命維持を必要としない生命維持装置に座し始めている。

 

「否定。貴方は既に経口摂取によるエネルギー補給は不可――」

 

「――レイン!!」

 

 ゆえに食事の不必要性を示そうとしたレインだったが、その先の言葉はヒビが入る程の力でテーブルに拳を叩きつけたアポリアの怒声によって掻き消された。

 

 しかし目に見えて怒りを見せるアポリアの巨躯を前にしてもレインの瞳は何一つブレない。デュエルロイド――機械であるという己の自己認識が、彼女から感情を奪っていた。

 

「アポリア、少し落ち着くべきだ。生まれたての子供に心を問うたところで、どうにかなるものではない」

 

「否定。当機は既に一般的な義務教育課程は修了しており、更に外見設計も赤子のものではな――」

 

「あはは……それはそうだけど……うん、そうだよね」

 

 怒りに震えるアポリアをパラドックスがなだめようとするが、火に油を注ぐようなレインの姿にアンチノミーも何処か疲れた声を漏らす。

 

 混沌とし始めるこの場の雰囲気にパラドックスは逆転の発想を突破口とせんとするが――

 

「時間が無駄だと言うのなら問答など交わさず、速やかに食事を終えた方が建設的ではないかな?」

 

「否定。この問題の焦点は無駄な行為を許容していた現状の改革を目指したものであり、今後の活動の効率化を図る為にもこの場にて明確な――」

 

「――さっさと食え!!」

 

 なんか面倒臭くなったので、スプーンに掬ったカレーをレインの口に押し込んだ。

 

「――むぐっ!? ……むご……もぐもぐ……」

 

 有無を言わせず突っ込まれたカレー(華麗)なる一撃に今までの機械的さを感じさせない素っ頓狂な声を漏らしたレインが、仕方なく咀嚼を繰り返すうちにその瞳に色が見え始め――

 

 

 

 

 

「……おいしい」

 

 やがて思わずといった具合な素直な感想がレインの口から零れた。

 

「だよね! パラドックスはこういうの上手でさ! 昔も――」

 

「お前たちは放っておくと三食とも携行食で済ましかねんから上達せざるを得なかっただけだ」

 

 ほっとした反動から始まったアンチノミーの昔語りを有無を言わせず封殺するパラドックス。それもその筈――

 

 

 自身の得意分野(機械いじりなど)に没頭し、食事すら疎かになりがちなアンチノミー。

 

 幼少期に両親を亡くし、青年期は機皇帝との戦いに明け暮れ、老年期はたった一人孤独に生きたゆえにその辺りがスッポリ抜け落ちているアポリア。

 

 人類救済の為に己が身すら顧みなかった何処か自罰的な様相を見せるZ-ONE。

 

 

 こんな有様では消去法でパラドックスが頑張るしかなかった。

 

 そうして二口目を頬張るレインに向けて、鉄仮面の隙間から見える優しい瞳と共にZ-ONEは語る。

 

「確かにデュエルロイドである貴方に食事の必要はないのかもしれない。ですが今貴方が感じた『おいしい』との感情を含めた様々な想いが、貴方を心なき機械ではない『人間』に近づけてくれる」

 

 ただ命令に忠実なだけの機械などZ-ONEは求めていない。未来を救うのは「人の意思」そのもの。

 

「貴方はその『人間』を救うべく私たちと共に歩むのだから」

 

 ゆえに「人間」であることを忘れてはいけないと返すZ-ONE。

 

「懐かしいな~昔はキミに引っ張られてみんなで食事会を開いたんだよね」

 

「キミのお陰で根を詰めるばかりが最善ではないと思い出させてくれた」

 

「……昔のことだ」

 

 そうして思い出を語るアンチノミーやアポリアに対し、何処か照れた様子を見せるパラドックスと、過去を懐かしむZ-ONEの姿。

 

 

 そこにレインを加え、5人で食卓を囲んだ一時の思い出。彼女の胸に広がった温かなもの。

 

 

 

 それらの思い出からレインは「彼らは欠けることなく共にいて欲しい」と願う――それが彼女に芽生えたささやかな『心』の始まりだった。

 

 仲間がくれた大切なもの()

 

――私が……見つけてみせる。

 

 

 ゆえに反応がロストする前にパラドックスが処理しようとしたターゲットである神崎のいる件の魔窟、KCのオカルト課への調査に踏み切ったレイン。

 

 

 その表情は変わらずとも、瞳には強い決意と覚悟が見える。

 

 パラドックスを無事に救助できれば、あの温かな世界が戻ってくるのだと――いや、取り戻してみせるのだと心に誓う。

 

 

 

 

 何もかも無駄であることなど知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最後に、カレーはとても美味しかったことを此処に記しておく。

 






Q:レイン恵ってカレーが好きなの?

A:ゲーム内の一場面でコナミ君(プレイヤー)が他に無数の選択肢がある中で《モウヤンのカレー》をチョイスしたので、なんらかの思い入れはあると推定しました。

それゆえに原作での要素を盛り込みつつZ-ONEが彼女を特別扱いしていた節があったことも相まって、今作でのオリジナルエピソードを追加した次第です。



~一瞬だけでた人物の紹介~
チョップマン
原作コミック「遊☆戯☆王」で登場。

DEATH-T編にて登場した猟奇殺人鬼。一夜で10人を惨殺した凶悪犯。

継ぎ接ぎのマスクで顔を隠した巨漢の男。自分のことを「チャッピー」と称する。

だが原作でも本名は明かされておらず、切り刻む男――「チョップマン」と呼ばれており、キャベツだった頃の海馬に雇われて死のアトラクション「殺人の館」の責任者に採用された――どうかしてるぜ!

原作ではその後、DEATH-T編にて焼き殺されている。


今作では――
分かり易い「悪人」だった為、神崎――ではなく、アクターとのリアルファイトを経て投獄された。その際、イシズが予知したIFのマリク戦より酷い状態になった為、チャッピーの心にトラウマが植え付けられたが余談である。

現在は囚人をしながら書類上は存在しないとされる地下デュエルにてファイトマネーを稼ぎ、賠償金の支払いや、寄付を行っている。

なお、反省したゆえの行動ではなく、「善行を行えばアクターが来ない」とチャッピーが考えているゆえ。


ちなみに――
何故かOCGで《凶悪犯―チョップマン》としてカード化されているが、遊戯王ワールド的にはどういった立ち位置のカードになるのだろう……






~一瞬だけ出た本田が相手にしていたデュエルロボのデッキ~

《海皇龍 ポセイドラ》の自身の効果による特殊召喚に特化したデッキ。

その特殊召喚時の魔法・罠を全体バウンスする効果にて《ミラーフォース・ランチャー》と《聖なるバリア -ミラーフォース-》を繰り返し伏せつつ――

???「我はセットカードを(バウンスした後で)ランダムに並べ替える」

???「あれ(のどれか)はミラーフォースのような逆転のカード……」

???「底知れぬ絶望の淵へ、沈め!」

???「だから、あのカード(のどれか)はミラフォだっつってんだろ!」

――するデッキ。ミラフォの恐ろしさを再確認できる。なお弱点も再確認できる(´;ω;`)ブワッ

なお破壊されることで発動する地雷系のカード《藪蛇》なんかも混ぜて伏せてあるが、本田は無警戒にミラフォに突っ込んだ。だから、あのカードは(以下略)

???「伏せカードが変わっていないか確認しただけだ!」



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第163話 決戦の地へ



前回のあらすじ
本田「城之内……デュエルロボは、あいつは……恐ろしいカードを持っている……」

(城之内が対戦した)( ◇ ◇)(デュエルロボ)「今こそ驕り腐った人間共に天誅を下せ! 天を穿つ光の嵐! 魔法発動! 《 ラ イ ト ニ ン グ ・ ス ト ー ム 》!!」

城之内「エスパー絽場が言っていた恐ろしいカードはコイツのことだったのか!」

ミラフォ「参加資格獲得の試験デッキは情報アドバンテージの観点から、同じものは存在しません」





 

 

 囚人たちのサバイバルトーナメントは苛烈を極めながらも一人、また一人と数を減らしながら続いていき、敗退したものは眼前に広がる勝ち残った囚人たちの潰し合いにヒートアップしていく。

 

 

 だが、そんな楽しい時間も最後まで勝ち残った二人の囚人のデュエルが佳境に入れば、勝利の女神が何方に微笑むのかと固唾を呑んで見守り始めた。

 

 

 

 しかし、その互いのフィールドの差は歴然。

 

「この瞬間、《黒魔導師クラン》の効果発動! キミのモンスターの数×300ポイントのダメージを与える!!」

 

 頭頂部が寂しくとも周囲と髭がもっさりヘアーのドクターコレクターのフィールドには黒いゴスロリチックな服装の小さな少女が鞭で威嚇するように地面を叩く《黒魔導師クラン》のみ。

 

《黒魔導師クラン》 攻撃表示

闇属性 魔法使い族

攻1200 守 0

 

 対する目つきの悪い長髪の男――百野(ももの) 真澄(ますみ)のフィールドは3体のモンスターの姿が立ち並ぶ。

 

 

 幾重にも積み重なった骨の集合体の鬼である《龍骨鬼》が、《黒魔導師クラン》が打ち鳴らした鞭の音にサッと百野への道を開くように脇に退き、

 

《龍骨鬼》 攻撃表示

星6 闇属性 アンデット族

攻2400 守2000

 

 皮膚を剥したような骨と黒い腐肉がむき出しの《ゴブリンゾンビ》がそれに追従した。

 

《ゴブリンゾンビ》 攻撃表示

星4 闇属性 アンデット族

攻1100 守1050

 

 そんな二体のモンスターの様子を百野の後ろで佇むヤギの角を持つ死人のような青白い肌の死神を思わせるドレスを纏った《死の(ジェネレイド)ヘル》が憐れみの視線で見下ろしていた。

 

《死の(ジェネレイド)ヘル》 守備表示

星9 闇属性 アンデット族

攻 800 守2800

 

 ドクターコレクターの魔法使いたちを「魔法使い族を破壊する効果」を持つ《龍骨鬼》やコントロールを奪う《パペット・プラント》で削ってきた百野だが、その表情は苦虫を嚙み潰したように険しい。それもその筈――

 

 

「馬鹿な……この私が……こんな……アイドルカードに固執するような男に……!!」

 

 既に百野のライフは500しか残っていない。そして《黒魔導師クラン》の効果によって生じる900ポイントのダメージを防ぐ手立てがない。

 

 

 100のデッキを持つ男と呼ばれ、その中から最適なアンチデッキを用意し、勝利を重ねてきた百野からすれば、アイドルカード――所謂、自身の好みに走ったドクターコレクターにこうも翻弄される事実は、これ以上ない程に屈辱だった。

 

「さぁ、行くんだクラン! お仕置き(ご褒美)の時間だ!!」

 

「くっそぉおおおおおッ!!」

 

 やがて百野の身体へ《黒魔導師クラン》の振るう鞭が襲いかかり、何処かの業界ではご褒美なのだろうが、百野からすれば唯々屈辱的な一撃がその身を打ち据えた。

 

百野LP:500 → 0

 

 

 そうしてデュエルの終了と共にソリッドビジョンが消えていく中、長い髪が地面につくほどに項垂れる百野にドクターコレクターは伸びたあご髭をさすりながら得意気に零す。

 

「100のデッキを持つと評されたキミも、私のデッキには対応できなかったようだね」

 

「私のアンチデッキは完璧だった筈だ!」

 

 百野はドクターコレクターの趣味全開のデッキから「魔法使い族に偏っている」という性質を見抜き、魔法使い族メタデッキで挑んだが、それが全ての間違いだった。

 

「策に溺れたな。愛なきデュエルで私を屠れるなどとは思わんことだ」

 

 ドクターコレクターの新たなデッキはビートダウン(攻撃主体)コントロール(行動阻害)ロック(行動制限)――そのいずれも加味された「明確な弱点を極力排除したデッキ」……悪く言えばごちゃまぜのデッキ。

 

 そう、アクターとのデュエルで自身のカードを守り切れなかったことを悔やみに悔やんだゆえに「次こそは守り切ってみせる」と再構築された――

 

 まさに愛するアイドルカードに全てをかけた男の叡知の詰まったデッキ!

 

「くっ、こんなふざけた男に……!!」

 

 とはいえ、地面へと悔し気に拳を落とした百野からすれば、眼前のむさいおっさんのキャピキャピ全開な趣味など理解しようもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて百野が独房に戻された後、この監獄でのサバイバルトーナメントデュエルを生き残ったドクターコレクターが別室に案内されれば、その勝利を祝う様に軽く拍手しながらダーツが歩み寄る。

 

「おめでとう。見事なデュエルだったよ」

 

――よもや彼が早々に敗退するとは……とはいえ、罪悪感と迷いを抱えたまま勝ち抜けるものでもないか。

 

 だが、その胸中では優勝候補筆頭だった罠使いの男が敗れた事実に意識が向いていたが。

 

「止してくれないかね。私は見え透いた世辞など求めていない」

 

「これは手厳しいな。ならば実りのある話をしよう。これで晴れてキミも参加権利を得たも同然な訳だが、参加する上で条件――いや、約束事がある」

 

 そんなダーツの胸中を読んだようなドクターコレクターの声に、ならばと早々に話を進めていくが――

 

「ふっ、あの大会に挑めるのなら大抵の条件は呑も――」

 

 

「キミはデュエルキングにはなれない」

 

 

 些か以上に聞き逃せない単語がドクターコレクターに届いた。

 

「……詳細は話してくれるんだろうね?」

 

「何、簡単な話だ」

 

 此処に来て初めて眉をひそめ顔を歪めたドクターコレクターの胸中を評するのなら「騙したのか」といったところか。

 

 だが、ダーツからすればそんな気は毛ほどもない。詳細を話す前に囚人側が勝手に盛り上がっただけである。ゆえに悪びれた様子もなくダーツが語るのは――

 

「キミが大会を勝ち進み続けたある段階で『不正があった』旨が明かされる」

 

「成程ね。囚人が脱獄し、不正に大会に参加し、イカサマでもしていたと言い張る訳か――断れば?」

 

「キミは参加権を得ながらも『犯罪者がこの大会に参加すべきではない』とその権利を破棄した扱いになる」

 

 デュエリストにとって夢の舞台に上がる代償に卑怯者の謗りを受け入れるか、

 

 夢の舞台を英断を以て諦め、デュエリストの誇りと矜持を守るか、

 

 その二択。

 

「……飴か、鞭か、悩みどころだね」

 

「フッ、感じ方は人それぞれだろう。さて――」

 

 ドクターコレクターにとってどちらが「飴」か「鞭」かは定かではないが、ダーツは決断を急かすように再度問う。

 

「デュエリストとしてこれ以上ない程の不名誉を受けるか」

 

 もっとも――

 

「我が身可愛さにデュエリストの誇りを捨てるか」

 

 犯罪者に態々「飴」を用意してやる義理もないが。

 

「どちらでも好きな方を選ぶと良い」

 

 用意したのはガス抜きの場(監獄内でのデュエル)と鞭である。いや、咎か。

 

――どうする。

 

 だが、ドクターコレクターが思い悩むのはその二択に関してではない。

 

 そう、彼は名誉を求めている訳ではないのだ。誇りも「罪人」である以上、論ずる立場にいない。彼の懸念はただ一つ。

 

――私がデュエルキングに近づき邪魔になれば、彼は現れるだろうか。

 

 脳裏に過るは己を終わらせたデュエリスト(アクター)の姿。

 

 

 光有る場所に、表の世界には決して現れず、粛々と闇に生きることを選んだ虚構(裏世界)頂き(王者)

 

 

 犯罪者がデュエルキングの称号を手にすれば、きっとアクターが処理に動くと考え、参加を狙ったドクターコレクターだが、ドーマが提示した条件で己の願いが叶うのか。その一点が問題だった。

 

――相手はドーマのトップ。刺客は最上の者を用意することは明白。となれば必然的に声がかかり易いのは……

 

 だが、そこまで思案した段階でドクターコレクターは思考を打ち切る。

 

――いや、来なければ刺客の全てを返り討ちにしていけば、何時かはヤツが動く。

 

「…………良いだろう。どの道、あの時に終わる筈だったこの身。悪魔に売り渡そうとも惜しくはない」

 

 来ないのならば、向こうから来ざるを得ない状況を作ればいいのだと。

 

「豪胆なことだ」

 

 そんなやり取りを得て、デュエルロボへと挑みに行く闘志に満ちたドクターコレクターを見送ったダーツ。

 

――やっぱり参加するのか……まぁ、二、三戦すれば敗退していくだろうから、そこまで気を張ることでもないか。

 

 だが、その内心では中々に酷いことを考えていた。

 

 

 とはいえ、ダーツの中の人の神崎からすれば、ドクターコレクターは「十分な事前準備が行えなかった『アクター()程度』に負ける存在」という認識が強い為に仕方のない側面もある。

 

 神崎がデュエリストに求める水準がヤベェの(遊戯クラス)であるゆえの弊害であろう。

 

 

 ドクターコレクターの明日はどっちだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで月日はサラッと流れ、ワールドグランプリの開催間近に迫った空に星空が輝く夜、海馬はKCの屋上にて腕を組みつつ形状記憶コートをはためかせながら仁王立ちしていた。

 

 なにやってんだ、海馬――と思われるかもしれないが、海馬とてこの状況は不本意なものである。

 

「ふぅん、会合の場としては不適切極まりないな」

 

 なにせ、こんな場所を待ち合わせ場所に指定されたのだから。

 

――神崎……あの男とて、この状況で俺をたばかろうとは考えんだろう……

 

 しんしんと輝く月夜の元、雲一つなく、ヘリの一つも飛んでいない空を眺めながら海馬は心の内でひとりごちる。

 

 

 そう、海馬は神崎経由でアクターとの会合をセッティングしたのだ。

 

 なお神崎からは「アクターは辞職しました」との説明を受けたが、そんなもので納得する海馬ではない。どうせ神崎ならば後々利用すべく連絡手段は確保している筈だと詰め寄ったゆえに今の状況がある。

 

「つまり始めからこの俺を待たせる腹積もりだったとは……良い度胸だな、アクター」

 

 しかし未だにヘリの一つも見えなければ、アクターの到着に時間がかかることは明白。

 

 待たされるのは嫌いな方である海馬からすれば中々に苛立ちもしよう。自身が無理を通した状況でなければ、踵を返すところだ。

 

 そして海馬の胸中にて、このままアクターが来なかったら、神崎をどうしてやろうかと考え始めた頃――

 

「要件は何だ」

 

 その海馬の少し離れた後方から声が響いた。

 

「――ッ! 貴様……何時からそこにいた」

 

 そこにいたのは何処からともなく現れたアクター。

 

 黒い衣服が風に揺れ、なんかコートがカッコよくはためく姿は、相変わらず威圧感タップリだ。

 

「その問いが要件か」

 

 海馬の驚愕の声に対し、アクターは短く返すが、その内心では「呼び出しておいて驚くのかよ」などと益体もないことを考えていた。

 

 

 とはいえ、海馬が驚くのも無理はない。屋上に通じる階段の類は押さえ、空への警戒も怠っていなかった中で背後を取られれば「驚くな」と言う方が無茶であろう。

 

 

「ふぅん、そんな訳がないだろう」

 

 だが海馬はそんな内の動揺を一瞬で消し去り、不敵に笑みを浮かべる。

 

 海馬の要件はただ一つ。裏世界の王者と揶揄される程のデュエリストが――

 

「アクター、ワールドグランプリに参加しろ。貴様程のデュエリストが埋もれたままというのは我慢がならん」

 

「断る」

 

 速攻で断られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか。ならば良い」

 

 しかし海馬の精神は揺るがぬままにアクターを見据えていた。

 

「要件は終いだ。何処へなりとも行くがいい」

 

 そうして暫し視線を交錯させた――といっても、アクターはフルフェイス越しだが――後、僅かに瞳を閉じた海馬は踵を返してこの場を後にする。

 

 いや、しようとした。

 

「俺がすんなりと引いたのがそんなに意外か?」

 

 海馬の足を止めたのは、要件が済めば風のように消えると思っていたアクターが未だにその場を動いていなかったゆえ。

 

 それゆえに思い当たる節を並べた海馬だが、アクターからの返答はなく、その場に佇んだままだ。なおアクターの内心でコクコクと頷いているが余談である。

 

「動かないところを見るに図星か」

 

 そんな相手の胸中など知らず小さく息を吐く海馬――とはいえ、バトルシティでの一件を思えば、そう思われても無理はない。

 

「貴様が頑なに表舞台に上がることを拒み、裏の世界に留まる理由など、先を望む(全速前進する)俺には知ったことではない」

 

 やがて振り返りつつ、語り始めるのは海馬の美学の問題。

 

「だが、デュエリストにはデュエリストの数だけ、それぞれロード()があることも真理」

 

 海馬は己がロードを何より重要視する。己が突き進む先、その先にこそ自身が求めるものがあるのだと。

 

「モクバにも、遊戯にも、……凡骨(城之内)にも、無論BIG5の老いぼれ共にも、そして…………あの(神崎)にも――俺には少々気に食わん(ロード)だがな」

 

 しかしデュエリストの数だけ(ロード)があることも海馬は当然理解している。

 

「その幾重ものロード()は時に交錯し、時に並び立ち、時に反発する」

 

 いや、数えきれぬ程の(ロード)の存在こそが海馬を駆り立てるのだ。

 

 

 闇遊戯と激しくぶつかり合う闘争(デュエル)による充足感。

 

 モクバと肩を並べ、己が夢を追い求め、叶えること(世界海馬ランド計画の実現)へと突き進む一体感。

 

 パラディウス社をいつの日かKCが追い抜き、凌駕した瞬間に訪れるであろう達成感。

 

 

「だが何処まで行こうとも、己のロード()は己だけのものだ。そこには己が意思だけが介在する」

 

 そのどれもが海馬一人のロード()では満たされぬもの。

 

「俺とて貴様のロード()を捻じ曲げてことを成そうなどとは思わん。そんなものに意味はない」

 

 ゆえに海馬には他者のロード()へ最低限のリスペクトが存在する。

 

 それは海馬が普段から凡骨だ何だと評している城之内であっても、「無駄な足掻きだ」と返すことはあれど「無駄だから止めろ」とは強制しない。

 

「貴様と俺のロード()は終ぞ交わることはなかった。ただ、それだけの話だ」

 

 それ(他者のロード)を強制し、捻じ曲げることを許容してしまえば、眼前に広がるのは何処まで行っても己の想像を超えない「つまらない世界」だけだ。

 

 ゆえに裏切者感溢れる神崎ですら、海馬はリスペ――放置する。己が喉元に牙を突き立てんとするのならば返り討ちにするまでだ、と。

 

「少し喋り過ぎたか……」

 

 そうして己がロード()への想いを語り切った海馬は思わぬ程に胸の内を晒す結果に、小さく舌を打つ。何の反応も返さないアクターでは語り損に感じよう。

 

「邪魔をしたな」

 

 やがて今度こそ踵を返し、立ち去る海馬。

 

 しかし、その心に僅かばかりの失意の影が落ちた気がしたのは果たして、気のせいだったのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「海馬 瀬人」

 

「――なんだ?」

 

 だが、その海馬の背をアクターから思わずと言った具合に零れた言葉が止める。

 

 これ以上、何を論ずるのかと顔だけ振り向く海馬に暫しの沈黙と共に告げられたのは――

 

 

 

 

「デュエルは楽しいか?」

 

 

 

 海馬が想定すらしていなかった言葉。だが、それに返す言葉など海馬は一つしか持ち合わせていない。

 

 

「ふぅん、愚問だな」

 

 

 是以外に返す言葉があるものかと。

 

 

「そうか」

 

 その言葉を最後に吹き荒れた突風に海馬の眼がくらんだ僅かな瞬間にアクターの姿はかき消えていた。

 

 

 

 

 かくしてデュエリストと、デュエリストになれなかった者の(ロード)は交わることなく、その会合(接近)を終える。

 

 

 今後も様々な(ロード)と共にその生涯を突き進む海馬に対し、

 

 (アクター)(ロード)は何処かもの寂しさを感じるものとなるだろう。

 

 

 だが、いつの日かそんな彼に並び立つ(ロード)を持つ者が現れるかもしれない。

 

 数えきれない人の数だけ(ロード)は存在するのだから。

 

 

 

 

 

 それこそが、きっと彼の救いになることを信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 またまた別の日、KCのオカルト課のロビーにて牛尾はワールドグランプリの開催地であるアメリカに出発する前にツバインシュタイン博士に個人的に頼んでいた要件に関して念押ししていた。

 

「つーわけで博士――後日、俺の知り合いが見学に来ますんで、案内頼みます」

 

 それはレインのKC見学の話。牛尾とて頼まれた自身が案内するのが筋だとは思ったのだが――

 

「ええ、了解しました。しかし……ワールドグランプリの真っただ中に見学に来るとは変わった方ですな」

 

 レインが、牛尾が外せない用事(ワールドグランプリの参加)のある日時を指定した為、ツバインシュタイン博士に頼む他ない状況になったゆえだった。

 

 

 牛尾も他の日時ならば幾らでも――と何度も提案したが、レインは頑なだった。

 

 

 ワールドグランプリ程の大きな大会ならば普通は現地まで行かなかったとしても、テレビ観戦などで共に盛り上がるもの。

 

 にも拘らず、その最中を態々指定して会社見学を要望する人間などツバインシュタイン博士にすら「変り者」と揶揄されても仕方がない。

 

 

「まぁ、良くも悪くもマイペースなヤツなんで、お祭り騒ぎを前に『はしゃぐ』タイプじゃないんすよ」

 

 しかし自身の後輩をマッドな変人と同列に扱われてはあんまりだ、と牛尾はフォローを入れるが――

 

「それに『変り者』ってんなら、博士だってそうでしょうに」

 

「変り者であることは否定しませんが、私とて一人のデュエリストですぞ――まぁ、参加資格は少々逃してしまったとしても、テレビ中継くらいは見ますよ」

 

 僅かに眉をひそめて肩をすくめてみせたツバインシュタイン博士の言い分に牛尾も小さく乾いた声を漏らす。相手の普段を知るだけに急に常識人振られても反応に困るのだろう。

 

「そうっすか……ああ、それと変なとこ案内しねぇでくだせぇよ。唯でさえオカルト課は変なもんが多いんすから」

 

「おっと、心外ですな。流石に私とて機密に関わるような場所は見せませんぞ」

 

 ゆえに釘差しのやり取りを最後に空港へと向かうべく踵を返した牛尾と、見送りがてらに手を振ったツバインシュタイン博士。

 

 

 だが、そんなツバインシュタイン博士の見送りを受けた牛尾は思う。分野は違えども同じ所属なのだから「変なものが多い」ことは否定して欲しかった、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ワールドグランプリの開催地、アメリカにまでやってきた遊戯・城之内・杏子・本田、そして保護者の双六は出迎えてくれた双六の親友アーサーと、その孫レベッカの案内の元で海馬ランドUSAに訪れていた。

 

 そこはKCが生み出した夢の国。ジェットコースター、メリーゴーランド、観覧車などの定番は当たり前、文字通りありとあらゆるアトラクションを網羅した遊園地。

 

 後日、ワールドグランプリの会場となる決戦の地である。

 

「ハハッ!」

 

 そこでメタリックな兎――《ゼンマイラビット》の着ぐるみが風船片手に手を振る姿を余所にレベッカは遊戯の手を引き、快活に声を張る。

 

「此処が海馬ランドUSAよ! アトラクションの数と規模じゃ世界一なんだって、ダーリン!」

 

「おもしろそうね! 遊戯も――」

 

「今度、二人でデートに来ようね!」

 

 だが自身のことなどそっちのけで遊戯をエスコートするレベッカの姿に杏子は僅かに頬を引きつらせるが、此処は年上の余裕を見せるべきだと小さく息を吐く。そう、優先すべきは友情だと。

 

「……い、今は先のことより、みんなで楽しみましょ! ねぇ、城之内や本田もそう思――」

 

「うわっ! やっぱりある!」

 

「むっちゃ動いてんな……あの工場長のおっさんの仕事か?」

 

 だが、話題を振った城之内も本田も海馬ランド名物である《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》の銅像が自分たちの動きに合わせて獲物を狙うように台座の上で姿勢を変える姿に夢中であった。

 

 ブルーアイズ好き(海馬)の心を放さない憎い演出(ファンサービス)である。

 

「ハハ……レベッカが済まないね。あの子もみんなとの再会を楽しみにしていたんだ」

 

 ゆえに何とも言えない苛立ちと、もどかしさを抱えていた杏子だったが、申し訳なさそうなアーサーの声に矛先を失う。

 

「そうじゃな。今日は主催者側が用意した参加者が大会前に英気を養う一日――色々下調べしてくれとった二人のナビは心強いぞい」

 

「そうだぜ、杏子。大会参加者と同伴一名は好きなだけ遊んで良いんだからよ! 絶叫マシン乗りまくろうぜ! なぁ、本田!」

 

「おう! ――って、そろそろ聞いときたいんだが……」

 

 そうして杏子含めた一同は気持ちを切り替え――ようとするが、本田には少々気になることがあった。それは――

 

 

「ハハッ! キング ハ 1人、コノ ボク ダ!」

 

 

「アレってなんなんだ?」

 

 風船片手に人差し指で天を差す《ゼンマイラビット》の着ぐるみの姿。

 

 日本の海馬ランドにはこんなロボ兎はいなかった筈だと《ゼンマイラビット》の着ぐるみを指さす本田にアーサーは朗らかに告げる。

 

「あれは海馬ランドUSA発祥のNEW(新たな)マスコットキャラクター『ラッビー』くんだね。『(キング)』と呼ばれる程にデュエルが得意なんだ」

 

 そう、これはアメリカに海馬ランドを設立する際に「日本と同じでは芸がない」と主に日本で活動する海馬の眼を盗――んだ訳ではないが、BIG5たちが各々の手を加えた影響ゆえ。

 

 このラッビーくんもその一つである。

 

「えっ? 『ミッ――」

 

「『ラッビー』くんだ。良いね? 間違えてはいけないよ」

 

「お、おう」

 

「その誕生にはペガサス会長が直々に関わったのも相まって、カイバーマンに次ぐ人気者でね」

 

 城之内の言い間違いを珍しく厳しい声色で修正したアーサーはやがてそんな険しさなどなかったように説明を続ける横で――

 

「風船 ガ ホシイカ~イ? ナラ競争ダ~!」

 

 子供の風船欲しさと遊んで欲しさが混ざった「まてー!」との声を背に大地を駆けるラッビーくん――結構早い。

 

「追ワレルッテノ ハ 気分ガ イイ……ボク ガ キング ナノダト 実感デキル……」

 

 そうして怪我をさせないように子供を引き付けつつ、尚且つ決して追い付かせない華麗なダッシュを見せながら、「こいつ(ラッビーくん)風船を渡す気あるの?」と思える言葉を優越感交じりに零すラッビー。

 

 カイバーマンといい、もけもけ軍団といい、海馬ランドには一風変わったやつ(イロモノ)が多い。だが、これは仕方のないことなのだ。

 

「なんであんな性格なんだよ……」

 

「カイバーマンの濃過ぎ――インパクトに負けない為らしいよ」

 

 そう、思わず零れた本田の呟きに返されたアーサーの説明が全てを物語っていた。

 

 最初のインパクト(カイバーマン)に負けないような、そして埋もれないような――圧倒的な個性(キャラ)の強さが必要なのだ。3000打点くらいのパワーが。

 

 

 

 

 

 

 

 かくして張り切るレベッカの案内の元、一同が案内されたのは海馬ランドUSA内のドームの一つ。その内部には――

 

「ダーリン! 此処が私のオススメよ! やっぱりデュエリストなら一度は此処に来ておかないと!」

 

「ここは……」

 

 巨大なデュエルリングが鎮座し、その一方に少年が、もう一方にはモノアイを光らせるワールドグランプリ参加券獲得試験でおなじみデュエルロボが設置されていた。

 

「デュエルロボとの対戦が可能なデュエル場よ! 参加資格取得の時とは違って、レベル変更が可能だから最高レベルを試せるわ! とんでもなく強いのよ!」

 

「へぇー、凄いところなのね」

 

 感嘆の声を漏らし興味津々な遊戯に確かな手応えを感じるレベッカ。そして取り合えず置いていかれないように相槌を打つ杏子。

 

 そう、此処はデュエリストたちの修練場とも言うべき場所。誰もが思ったことがある筈だ――世界的な実力を持った相手とデュエルしてみたいと。

 

 此処は間接的にそれを叶えてくれるデュエリストにとっての夢の場所。

 

「どのくらい強いんだ?」

 

「名のあるプロでも勝つのが難しいくらいだよ。だから、ほら――最高レベルに勝った時には賞品が出る」

 

「ふむ、丁度あの少年も最高レベル……の2段下のレベル10に挑んでおるようじゃの」

 

 興味あり気な城之内の声にアーサーと双六が視線を向ければ、その先には某小さくなった名探偵のような服装の前髪を中央で分けた茶髪の少年が蝶ネクタイの位置を直した後でデッキ片手にデュエルリングへと歩を進めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 此処で時と舞台は少々様変わりし、ヨーロッパのシュレイダー家の執務室にて何故かバスローブ姿のジークがノートパソコンの前で不敵な表情を見せていた。

 

「初代デュエルキング武藤遊戯に、この男は……フッ、おもしろい」

 

 その視線の先の画面にはハッキングした監視カメラの映像が流れており、ジークの語るように遊戯と何やら話している大柄の男の姿が見える。

 

「まさかこの場にこれ程のデュエリストが二人も居合わせるとは、運命のいたずらか、女神の気まぐれか。フフフ……本当の幕が上がるまでのよい余興になる」

 

 やがて愉快気に何処からか取り出した一輪の薔薇の香りを楽しむように顔の前で揺らしたジークはキーボードを片手でタップすると――

 

「まずは、ほんの挨拶代わりだ」

 

――海馬 瀬人。この程度はクリアして欲しいものだ。

 

 その瞬間、ノートパソコンの画面に慌ただしく文字列が奔る中、ジークは己がライバルと見定めた海馬がどう反応するかを思い描き、薄く笑みを浮かべた。

 

 

 

 






(ノ∀`)アチャー



Q:リシドが負けたってことはドクターコレクターより弱いってこと?

A:単純な実力云々だけではなく、リシドの罪悪感などからなる精神状態が芳しくなかったなどの副次的な要因で惜しくも敗退してしまった状態です。

早い話が、運命力の低下による敗北。



~今作オリジナル(マスコット)キャラ紹介~
ラッビーくん

BIG5が発案した海馬ランドUSA発祥のNEWヒーロー。
なおその誕生にはペガサス会長が手ずから関わっている。

正義感が強いが、普段は紳士的でありつつも何処かお茶目で陽気な性格。

デュエルの時は普段らしからぬ熱い側面も垣間見せる。

特技はデュエル。(キング)と評される程にデュエルが得意。エースは《ラビ―ドラゴン》。


打倒カイバーマンを掲げているが、彼のエースカード《ラビ―ドラゴン》ではどう足掻いても攻撃力が50ポイント届かない。でも守備力は勝っている(負けず嫌い)

モデルは某有名なネズ――ペガサス会長の愛読するコミックのキャラクター、ファニーラビットだよ! ハハッ!ʅ(´◓౪◔`)ʃ



~一瞬だけ出てきた人物紹介~
百野 真澄(ももの ますみ)
特別読み切り編で登場――本編とは関係ないが、遊戯王Rにて掲載されている。

ロン毛の眼つきの悪い男。100のデッキを所持している。

カードショップを潰す為、デュエルでレアカードのアンティと売上金を頂戴する「ストア・ブレーカー」と呼ばれるグループのリーダー。(仲間は舎弟と思しき2人のみ)

戦術は100のデッキの中から相手の苦手なデッキをぶつけるもの。三沢のデュエルスタイルに近い。

原作では双六の店を狙った際に色々あって闇遊戯と三幻神を賭けてデュエルした。結果は言わずもがな闇遊戯の勝利に終わる。

そのデュエルの際に《テュアラティン》を使用。遊戯のデッキを「闇属性」と判断したゆえの属性メタチョイスらしいが、闇遊戯の闇鍋デッキに対してあまり意味がないと思うのは作者だけなのか……


~今作では~
「ストア・ブレイカー」の行為が普通に犯罪行為な為、国家権力(お巡りさん)に逮捕される。

デュエル犯罪に対する部署が出来たばかりということも相まって、百野からすれば「全く知らない相手」をメタれる訳もなく、プレイングで食い下がるも、運悪くデッキ相性が悪かった為、敗北。

作者もそのデュエルを描写しようか考えるも「モブポリスVSマイナーキャラ」の対戦カードが誰得過ぎたのでカット。

今回は「ワールドグランプリ」の参加権利を賭けて囚人たちがデュエルを勝ち抜くも、ドクターコレクターのデッキ愛の前に敗北。




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第164話 電子戦



前回のあらすじ
ラッビー「束の間の栄光を味わうといい、カイバーマン…………ハハッ!」





 

 

 デュエルリングに上がった、蝶ネクタイに合う仕立てのよい服を着た茶髪の少年がデッキをセットするとスィーとゴンドラ部分が稼働していく。

 

「ジュリアン、頑張るのよー!」

 

 そんな中、自身の背に届いた声援に「ジュリアン」と呼ばれた少年は声の主の方を向きブンブンと手を振った。

 

 その先にいたのは薄桃色のドレスを着た遊戯より少し背丈の高いウェーブがかった長い金髪の少女の姿。

 

「うん! 見てて、ソニア姉様! えーと、僕は後攻か……」

 

 そうした姉、ソニアの声援を受け、蝶ネクタイをつけた少年、ジュリアンはデッキから引いた5枚の初期手札を手に、デュエルロボの出方を窺う。

 

 窺うのだが――

 

「――の効果で、私がフィールドの《イビリチュア・ガストクラーケ》をリリースし、三度、儀式召喚した《イビリチュア・ガストクラーケ》の効果により、貴方の手札を2枚選び、その内の1枚をデッキに戻して頂きマス」

 

 フィールドに座する赤いウェーブの長い髪の女性の半身が頭から生えた黒い体色をした巨大なイカ――《イビリチュア・ガストクラーケ》が脱皮するようにドロリととけ、その内部から新たな《イビリチュア・ガストクラーケ》となって降臨する。

 

 さしずめ「転生儀式召喚」といったところか。うむ、カッコいい呼び方だ。

 

 そうして現れた儀式モンスターが、そのイカ足でジュリアンの二枚の手札を突き刺し、その内の1枚をデッキに戻す。

 

《イビリチュア・ガストクラーケ》 攻撃表示

星6 水属性 水族

攻2400 守1000

 

 デュエルロボが語ったように、これは既に三度目の光景――そう、先攻を取ったデュエルロボの最初のターンが同じモンスターを何度も呼び出しているせいか、とにかく長い。だが、ジュリアンからすれば由々しき事態だった。

 

「残り……2枚……」

 

 そう、チラチラと自身の手札とデュエルロボを交互に見やるジュリアンの様子から分かるように、最初の自分のターンが回ってくる前に3枚の手札を失っているのだ。

 

 しかも「デッキに戻された」為、再利用にも苦心する始末。次のターンでなんとか挽回せねばと考えるジュリアン。

 

 

 だが、いらぬ心配だ。

 

「これで私の墓地の水属性モンスターは5体になりマス。よって手札から《氷霊神ムーラングレイス》を自身の効果で特殊召喚」

 

 残った最後の希望を刈り取る準備は済んでいる。

 

 そうして吹雪と共に空を舞い翼を広げるのは白い鎧に身を包んだ竜の姿。鎧の隙間からいくつも伸びる氷の角がドーム内のライトに晒され爛々と輝く。

 

《氷霊神ムーラングレイス》 攻撃表示

星8 水属性 海竜族

攻2800 守2200

 

「そして特殊召喚時、自身の効果により、相手の手札を2枚ランダムに捨てさせマス」

 

 やがて《氷霊神ムーラングレイス》から放たれた咆哮によって吹き荒れた冷気がジュリアンの残り2枚の手札を凍り付かせていった。

 

「て、手札がなくなっちゃった!?」

 

「カードを1枚セットし、ターンエンドデス」

 

 やがて砕けた手札が墓地に送られ、手札0(ハンドレス)で己の最初のターンを迎えることになったジュリアン。

 

 絶望のゴールはもうすぐ傍まで来ている。

 

「うぅ……手札が……で、でも!」

 

 目じりに薄っすらと涙が浮かぶジュリアン。だが、応援してくれる姉の姿にグッと涙をこらえ、憧れの兄の言葉を思い出す。

 

「お兄様も言ってた――デュエルには無限の可能性が宿ってるんだって!」

 

 そうだ! 泣き虫な己から転生しろ! ジュリアン!

 

「…………ドロー! やった! このカードなら――」

 

 そんな気分はバーニングドローなジュリアンの引きが奇跡の炎を――

 

「ドローフェイズに罠カード《水霊術-「葵」》を発動。自分フィールドの水属性モンスター、《リチュア・アビス》をリリースし、相手の手札を1枚選んで墓地に送りマス」

 

「えっ」

 

 起こす前に水色の長髪の少女が杖から放った光により、その身を水へと変えて突撃したサメ頭の魚人、《リチュア・アビス》によって消化された。

 

 

 どうやら此処までらしい、ソウルバ――ではなく、ジュリアン。

 

 

「………………………タ、ターンエンド」

 

 再び訪れた手札0の(サティスファクションな)状況に茫然としていたジュリアンだが、暫くして絞り出したかのような声が零れる。

 

 少年よ、これが絶望だ。

 

 

 そうして一切の対抗手段を持たないジュリアンにデュエルロボは死刑宣告を降す。

 

「う、うぅ……」

 

「私のターン、ドロー。バトルフェイズ。《イビリチュア・マインドオーガス》と《氷霊神ムーラングレイス》でダイレクトアタックしマス」

 

「うわぁあああぁあああッ!!」

 

 やがて2体のモンスターによる津波と吹雪のコンボ攻撃がまるっきり無防備なジュリアンを襲った。

 

ジュリアンLP:4000 → → → 0

 

 

 半端な気持ちで挑むなよぉ……高レベルのデュエルロボによォ!!

 

 

 

 

 そうしてデュエルが終わり、デュエルリングのゴンドラ部分がスィーと戻って行くが、ぶっちゃけジュリアンからすれば何もすることなく、デュエルを終えたのでその胸中には虚無感が凄い。

 

 出来たのは、カードを引いて戻すだけである。

 

 

 

 だが、そんなジュリアンを周囲の「無茶しやがって……」な視線が暖かく迎えていた。

 

 

 そうして一連の流れを見届けた本田は苦々しく零す。

 

「あんなもんどうやって勝ちゃぁいいんだよ……」

 

「でも、あの子のターンに3枚のカードが墓地に送られていたから、反撃の隙がなかった訳じゃないよ」

 

「うむ、遊戯の言う通りじゃ。あの時のデュエルロボのデッキは手札破壊に注力しておったようじゃから、あの場さえ乗り切れば勝負の流れを引き込めたじゃろうな」

 

「いや、普通はそんな風に立ち回れねぇからな!」

 

 遊戯と双六から語られるありがたいアドバイスも本田からすれば「意味☆不明」でしかない。

 

 

「ソニア姉様~!」

 

 やがてデュエルリングから降りた「お前の手札をフルボッコだドン」されたジュリアンが涙を堪えながら姉のソニアにかけよるが――

 

「だからレベル10は貴方には早いって言ったじゃない……ほら、次の人の邪魔になるから、来なさい」

 

「う、うん……」

 

 ジュリアンの姉、ソニアからすれば兄の気を引こうと無茶をしただけなのは分かり切っている為、慰めつつも少々厳しめのご対応。

 

 そんなジュリアンを余所に――

 

「今度はボクの番だ! おじさんのアドバイス、早速試してみるよ!」

 

「リック。キミがカードを想う気持ちがデッキを、そしてキミ自身を大きく成長させる――それを忘れないようにな」

 

「うん!」

 

 何やらデッキ相談をしていたとみられる赤いジャケットのこげ茶の髪の少年、リックが自身のデッキ片手に空いた手でレ型のもみあげをした金髪の大柄な男と拳をぶつける動作の後、デュエルリングにかけていった。

 

 

「お兄様~!」

 

 やがてジュリアンはリックにファンサービスを済ませた兄のレ型のもみあげをした人の黒いシャツ越しにも分かる強靭な腹筋にダイブ。

 

「おっと――最後まで心折らずデュエルした姿は見事だったぞ、ジュリアン」

 

「お兄様! お兄様なら勝てるよね!」

 

 そうして瞬殺――もとい奮闘した己のデュエルを褒められ満足しつつも、今度は兄のデュエルが見たいと言外にねだるジュリアン。

 

「どうだろうな。デュエルに絶対はない。ひょっとすれば私とて成す術もなく負けてしまうかもしれないな」

 

「お兄様、少々冗談が過ぎますわ。幾ら最新鋭のデュエルロボと言えども――」

 

 だが「今日はオフ日」だと冗談めかしつつ返すレ型のもみあげの兄だが、その(もみあげ)の実力を知るソニアからすれば、少々悪い冗談が過ぎる。

 

 ゆえに弟ジュリアンをたしなめる方向に話の舵を切ろうとするが――

 

 

「ラフェール……!」

 

 此処で遊戯たちと観戦ムードだったレベッカの心なしか常よりも低くなった声が響いた。

 

 そう、このレ型のもみあげの男の正体は「ラフェール」――本来の歴史ではドーマの三銃士の一角を連ねた男であり、圧倒的なまでのデュエルの実力を有するデュエリスト。

 

 その実力の程は「遊戯クラス」と言えば、どれ程のものか窺い知れるだろう。

 

「あら、貴方は確か……」

 

「これはこれは、あの時のお嬢さんじゃないか――いい目をするようになったな」

 

「……レベッカの知り合い?」

 

 ソニアとラフェールが過去の記憶を巡らせた最中、遊戯が小首を傾げる。明らかに「何かありました」と言わんばかりの会合に少々困惑気味だ。

 

「彼はプロデュエリストのラフェール――レベッカにプロの壁を示したデュエリストだよ」

 

「ちなみに次の全米チャンプを確実視されとる程のデュエリストじゃ」

 

 そんな疑問に答えるように今作でのラフェールの肩書の一つ「プロデュエリスト」であることを説明するアーサーとその実力の程を評する双六。

 

 

 早い話が、過去に天才少女と呼ばれ、天狗になっていたレベッカの鼻っ柱を圧し折った人物である。

 

 

 だが、「全米チャンプ」と聞いて黙ってはいられない人物もいた。

 

「マジなの――」

 

「生憎だが、私は『次』を狙うつもりはないよ。彼から直接その座を貰い受けるつもりだ」

 

「――かよって、なにぉ! キースを倒すのは俺だぜ!」

 

「ふーんだ! お兄様の方が強いもん!」

 

「なんだとぉ!」

 

 そう、打倒キースを掲げ、プロを目指す城之内だ。

 

 サラッとジュリアンによって言外に兄より弱いと評された城之内は、ラフェールそっちのけで顎をとがらせながら食って掛かる。煽り耐性が皆無だ。

 

 城之内とて子供相手にこれ以上、踏み込むことはないだろうが、デュエリストとして、また先達として道を示してやるべく、ガツンと言ってやろう――

 

「止すんだ、ジュリアン。相手を侮るような真似は礼を失するだけでなく、己の品位すら下げる」

 

 などと考えていたが、それより先にラフェールがジュリアンと目線を合わせて先程とは打って変わって厳しい声色を向ける方が早かった。

 

「……で、でも、お兄様の方が強いもん……」

 

「その気持ちは嬉しいよ」

 

 言葉尻小さく眼前の城之内よりも兄の方が強いのだと示したかった様子を見せるジュリアンに、ラフェールはその頭に優し気に手を置く。

 

 その気持ちはラフェールとて理解できるが、だからといって「無礼」を働いて良い理由にはなりはしない。

 

「城之内 克也……だったな」

 

「おっと、やる気かぁ! この男、城之内様は逃げも隠れも――」

 

 やがてズイッと前にでたやたらとガタイの良いラフェールに張り合う様に胸を張る城之内だが――

 

「弟が済まなかった。だが私を想うゆえの言葉――どうか許してやって貰えないか」

 

「……ご、ごめんなさい」

 

「お、おう……」

 

 サッと下げられた兄弟の頭に返す言葉を完全に失った。なんとも度量の違いを見せつけられているようで、城之内も居心地が悪そうだ。

 

「めっちゃ気圧されてるじゃねぇか……」

 

「城之内が苦手なタイプかもね」

 

――アイツら~! 後で覚えとけよ!

 

 背後で味方の筈の本田と杏子が小声で話すフォロー皆無な援護射撃というよりも誤射な内容に、己が心中にて「後でコーヒーカップをぶん回してやる」と固く決意する城之内。

 

 

 そんな仲間同士のじゃれ合いを余所にラフェールが遊戯の方へと向き直り、右手を差し出す。

 

「そしてキミが武藤 遊戯か。海馬 瀬人とのデュエル、見事だったよ。あの時程バトルシティに参加しなかったことを悔やんだことはない」

 

 ラフェールが城之内の名前を紹介されずとも知っていたことから分かるように、彼も当然「バトルシティ」の情報はチェックしている。ゆえの後悔、ゆえの高揚。

 

「だが、この大会でデュエルキングとなったキミに挑める――その時は互いにベストを尽くそう」

 

「はい、その時はよろしくお願いします!」

 

 両者ともサラッと互いがぶつかるまで負けるつもりなど皆無な自負を見せつけつつ、名立たる二人のデュエリストの会合は握手と闘志を交わせつつも穏やかに終わる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かに思われたが、此処でドーム内部の全ての照明が一気に消えた。

 

「何だ? 停電か?」

 

 思わず零した本田の声を否定するようにチカチカと明滅する照明に加え、突然に閉まる非常シャッター。

 

 

 そんな非日常的な雰囲気を漂わせる出来事の連続に、ざわざわとこの場に来ていた子供たちの不安が今にも溢れ出しそうに燻り始めた。

 

 

 

 

「みんな落ち着くんだ! キミたちもデュエリストとして、デュエルキングに恰好の悪いところを見せる訳にはいかないだろう!」

 

 だがドーム全体に響いたラフェールの声にハッと遊戯の元に視線を向け、デュエルキングの加護を求めるようにワラワラと集まる少年少女――己が内の不安や恐怖を少しでも和らげようと必死だった。

 

 やがて年の割に小柄な遊戯が子供たちの中でおしくらまんじゅうしているかのような状態にラフェールは小さく謝罪をいれる。

 

「済まないな、キミの名前を勝手に使ってしまって」

 

「そ、そんな! 気にしないでください」

 

 とはいえ、遊戯も近くに漂う不安の感情を見れば、文句など出る筈もない。

 

 そうして場の雰囲気が落ち着きを見せた頃、大人――というか、老人組が動き出す。

 

「うーむ、何かトラブルがあったのかもしれんの」

 

「なら、緊急時の連絡用に備え付けの電話が――あったあった」

 

 言外に「大した問題ではない」ことを双六が匂わせつつ、アーサーが「分かり易い希望」を見せてパニックの事態の芽を摘む。

 

「えーと、もしもし。はい、実は――えっ? もう動いてる? はい、はい、分かりました。では……はい」

 

 やがて受話器片手に軽い調子のやり取りを得て――

 

「どうだったのお爺ちゃん?」

 

「既に近くの職員が此方に向かっているそうだ。直に……うん? スポットライトがデュエルリングに?」

 

 幾つかのスポットライトがデュエルリングを照らし始め、頭上からドラムロールが響く。

 

 そしてモノアイを赤く狂暴さを感じる色に変化させたデュエルロボ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひぇえぇええええええっ!」

 

 が空から降ってきたペンギンの着ぐるみ――の裏に隠れた神崎に叩き潰された。

 

「ぐふっ!? ……ちょっと着地が乱暴じゃありませんか!?」

 

 

 そんな具合で突如としてデュエルリングに降り立った蝶ネクタイに仕立ての良いスーツだけを纏った《ペンギン・ナイトメア》の着ぐるみに先程までの緊迫感が一気に霧散していく。

 

「ペンギン伯爵だ!」

 

「わぁー、本物だー!」

 

 やがて盛り上がる少年少女たちの黄色い?声援に右手を掲げる決めポーズで返す《ペンギン・ナイトメア》の着ぐるみ。

 

 そしてその裏でコソコソと胸の中央あたりに拳の跡が生々しく残るデュエルロボを手にデュエルリングから離れる神崎。

 

 

 そんな混沌とし始めたデュエルリング周辺に杏子は《ペンギン・ナイトメア》に視線を移し、思わずポロリと言葉を零す。

 

「何なのアレ……」

 

「あれは『ペヌート・ペラッペ・ペ・ペギーン・ペンペン』伯爵――ラッビーのライバルであり、海馬ランドUSAの一員だよ」

 

「えっ? ペ……ぺ、ペ……なんですか?」

 

 アーサーの説明にまさか返事がくるとは思っていなかったのか慌てて砕けた口調を正す杏子だが、サラッと語られたその名は一度で覚えらない程に長ったらしい。

 

「『ペヌート・ペラッペ・ペ・ペギーン・ペンペン』伯爵だよ。とはいえ、名前が長いから、まず『ペンギン伯爵』としか呼ばれていないけどね」

 

 スポットライトに照らされたペヌなんとかペン……「() () () () () ()」の登場に周囲の子供は沸き立って行く光景を見る限り、このペヌなんとかは人気者らしい。

 

 

 そのなんとかペンギン――もといペンギン伯爵の背中が見える位置にデュエルリングから降りた後に陣取った神崎。

 

 そしてデュエルロボの残骸をカバン程のサイズに無理やり綺麗に折りたたみながら、何やらUSBのような機械をデュエルリングの操作盤らしき場所に突き刺した後、無線機に向けて小声で話す。

 

「よし――大田さん、繋ぎましたよ。」

 

――ハッキング対策は強化したんだけどな……ジークの方が上手ということか。

 

 肉塊ならぬ機塊のアートにされたデュエルロボを余所に内心でそんなことを考えていた神崎に、通信機越しの《機械軍曹》の人こと大田が現在の状況を簡潔に纏める。

 

『うむ、これは……デュエルリング経由でデュエルロボに向けたハッキングか。その最大レベルの12に設定されたデュエルロボをデュエルで倒さん限り、外へは出られんようにしとるようだな』

 

「なら大瀧さ――ペンギン伯爵、手筈通りにお願いします」

 

「このペンギン伯爵がキミにデュエルを申し込みますぞ!!」

 

 小声で告げられた神崎の声に威風堂々とデュエルディスクを構えるペンギン伯爵。

 

「さぁ、デュエルディスクからカードの剣を取るのです、少年!!」

 

「よーし、負けないぞー!」

 

「 「 デュエル!! 」 」

 

 その姿に少年リックもまたテーブルにおいたデッキをデュエルディスクにセットして応えた。

 

 ペンギン伯爵とリックのデュエルがデュエルロボを完全に蚊帳の外に置きながら始まる。

 

 

 

 そうして厄介な現状に対し、今ここに、おっさんたちが立ち向かうのだ。

 

 

 

「か、神崎さん!? どこから入ってきたんですか!?」

 

「上からです」

 

 立ち向かうのだが、此処でペンギン人気ゆえか、おしくらまんじゅうから解放された遊戯が告げた当然の疑問にドームの天井を指さしてサラッと返す神崎。

 

「上って…………でも何でアンタが? 確かお偉いさんだろ?」

 

「偶々近くにいたからですよ。丁度、手も空いていましたし」

 

 その返答に呆れ顔を見せる本田の言う様に普通ならば神崎は立場上、現場に駆け付けるポジションではないように思われる。

 

 だが、ことがことだけに速やかに問題を解決する必要がある為、スピードが求められることは明白。

 

 となれば、KC内でもっとも足の速い神崎に白羽の矢が立つのも自明の理。そう、自明の理なのだ。

 

 ゆえにお土産コーナーにあった小型のドラムや、偶々、着ぐるみを着用して自撮りに勤しんでいた《ペンギン・ナイトメア》の人こと大瀧などを抱えて、神崎は文字通りの「最短距離」を駆け抜けてきた感じである。

 

 

 

 そうした遊戯たちのやり取りを余所に先攻を得たペンギン伯爵はフィールド魔法を発動した後、手札の1枚をデュエルディスクにペシィッとおく。

 

「私は《トビペンギン》を召喚! そして私の発動したフィールド魔法《ウォーターワールド》の効果でステータス変化! テンションアップ!!」

 

 目の上の眉が左右に翼のように伸びたペンギンがフィールド魔法《ウォーターワールド》によって生じた浅瀬を見つけるや否や、その足元の水をパシャパシャしながら挑発交じりにステップを踏む。

 

《トビペンギン》 攻撃表示

星4 水属性 水族

攻1200 守1000

攻1700 守 600

 

「此処で2000のライフを払い、魔法カード《同胞の絆》を発動! レベル4以下のモンスターである《トビペンギン》と同じレベル・種族・属性のモンスターをデッキから2体特殊召喚しますぞ!」

 

ペンギン大好きおじ――ペンギン伯爵LP:4000 → 2000

 

 ペンギン伯爵の声に従い《トビペンギン》は仲間を呼ぶべく空に向けて鳴き声を飛ばすが――

 

「レベル4のモンスターが一気に3体も!?」

 

「ぐふふ、それはどうですかね――チェーンして速攻魔法《スター・チェンジャー》を発動! フィールドのモンスター1体のレベルを1つ上げます! これで《トビペンギン》のレベルは5にアップ!!」

 

 空から飛来したのは一つのラッパ。それを手にした《トビペンギン》はノーマルペンギンから演奏者ペンギンへとクラスアップした――気になって上がったテンションに伴いレベルも上昇した。

 

《トビペンギン》

星4 → 星5

 

「やがて適用される魔法カード《同胞の絆》の効果により、私はデッキからレベル5・水属性・水族のモンスター2体を特殊召喚できますぞ!」

 

 やがておろしたてのラッパにより運動会で良く聞くメロディを吹き鳴らしなせば――

 

「来なさい、ペンギン界の王――《大皇帝ペンギン》! 後、亀! 《カタパルト・タートル》!! フィールド魔法の効果でパワーアップ!」

 

 氷の大地を砕きながら浮かび上がるのは頭皮からたなびく王冠の如き黄金のたてがみを揺らす巨大なイワトビペンギンのような《大皇帝ペンギン》が手を空に掲げて、王者の威容を下々の者へと示す。

 

《大皇帝ペンギン》 攻撃表示

星5 水属性 水族

攻1800 守1500

攻2300 守1100

 

 その《大皇帝ペンギン》の足元にはカタパルトを背負った緑の亀型ロボットである《カタパルト・タートル》が球体上の足でホバリングしていた。

 

《カタパルト・タートル》 攻撃表示

星5 水属性 水族

攻1000 守2000

攻1500 守1600

 

「こんな方法があるんだ……流石ラッビーのライバルのペンギン伯爵、凄いね!」

 

「ぐふふ、褒めても手加減は致しませんぞ」

 

 魔法カードのコンボで一気にレベル5のモンスターを2体展開したプレイングに尊敬の眼差しを向けるリックの視線を受け、満更でもないペンギン伯爵。

 

「ですがまだ終わりではありません! 《カタパルト・タートル》の効果発動! フィールドのモンスター1体をリリースして射出し、相手にその攻撃力の半分のダメージを与えますぞ!」

 

 《大皇帝ペンギン》の指示に敬礼を返した《トビペンギン》は《カタパルト・タートル》のカタパルトにてうつ伏せに寝転がり、

 

「さぁ、あの子にペンギンちゃんの愛らしさを届けるのです! 《トビペンギン》射出!」

 

 リック目掛けてダイブした《トビペンギン》の羽毛ボディが炸裂。

 

 それによりフィールド魔法《ウォーターワールド》によってパワーアップした《トビペンギン》の攻撃力1700の半分、850のダメージがリックを襲う。

 

「うわわっ!?」

 

リックLP:4000 → 3150

 

「最後に永続魔法《水舞台(アクアリウム・ステージ)》を発動し、更にカードを2枚セットしてターンエンドです――ぐふふ、これからペンギンちゃんたちの絆をタップリと見せて差し上げましょう!」

 

 ペンギン伯爵のエンド宣言に、ターンの終わりを示す様に《大皇帝ペンギン》が《カタパルト・タートル》の上で挑発するようなダンスを踊る光景が、中々にファンシーだった。

 

 

 

 

 そんなペンギン伯爵に少年少女の尊敬の眼差しが集まるデュエルを余所に、城之内は「今はデュエルを観戦している場合ではない」と神崎に詰め寄る。

 

「それより、最大レベルのデュエルロボ倒さなきゃならねぇって聞こえた気がしたんだが、本当なのかよ!」

 

 そう、通信機越しの僅かなやり取りを小耳に挟んだ城之内からすれば、今はペンギンなんちゃらが悠長にデュエルしている場合ではない。

 

「そ、そんな……最大レベルはプロでも倒すのが難しいんでしょ!?」

 

「何とかならねぇのか、工場長のおっさん!」

 

『その声はあの時の坊主か――儂らも手は尽くしているが、相手の方が中々やり手でな。此方からの操作は受けつけんありさまだ。今すぐどうこうは出来ん』

 

 杏子の悲痛な声に縋るような言葉を投げかける本田だが、《機械軍曹》の人こと大田からすれば、下手人の腕に舌を巻くほかない。

 

「ですが肝心要のデュエルロボは処理しましたから、今すぐどうこうなる心配はありませんよ。現場の方は私たちで何とかしますので、大田さんは大本の方をお願いします」

 

『ふむ、なら其方は任せた。儂は下手人を追おう――KCに喧嘩を売った阿呆に目にもの見せてくれるわ』

 

 だが、既にデュエルロボは神崎の手によって悪趣味な現代アートになっている。ゆえに後の問題はハッキングを受けているこのデュエルリングと、閉じてしまった非常シャッターだけだ。

 

 少なくともペンギン伯爵がデュエルしている間に対処すれば良い為、そう焦ることはない。

 

 それゆえの神崎の対応だったが、此処で天才少女レベッカが動く。

 

「ちょっと借りていい?」

 

「情報管理の観点から駄目です。あと、少し離れてください」

 

 そう、彼女は若くして天才の名を欲しいままにする少女。その頭脳は大学に飛び級する程であり、特に電子系の――と、色々語るべきことはあったが、レベッカの協力を神崎が拒否った為、またの機会としよう。

 

「あっ、はい。邪魔してすみません。ほら、レベッカ――ボクたちはボクたちで出来ることをしよう」

 

「で、でもダーリン、今は緊急事態な――」

 

 遊戯がレベッカの手を握り、神崎の邪魔にならないようにと距離を取らせようとするが、初めて遊戯側から握られた手にドギマギするレベッカが神崎の対応に納得がいかないと再度、協力の姿勢を見せる前に――

 

 

 

 

 

 

 

 デュエルリングに神崎の拳が放たれた。

 

 

 

 

 この場の誰にも止める事の叶わない一撃は強かにデュエルリングの中枢部分を貫き、その命を無慈悲に刈り取る。

 

「――えっ? ……えっ?」

 

 それは一体誰の声だったのか。だが、その声の主の心情を端的に評するのなら「何が起こったんだ」――この一言に尽きよう。

 

 やがて神崎の一撃に耐えられる筈もないデュエルリングはプシューと気の抜ける音を僅かに漏らした後、息絶えるようにその機能を止めた。

 

 そして遊戯たち数名の視線がデュエルリングに突き刺さる神崎の拳と、相変わらずの胡散臭い笑顔の神崎本体を数回に渡り、行ったり来たりした後――

 

「な、なにやってるのよ!?」

 

 眼前で行われた自身の常識から大きく逸脱した行為に遊戯たち一同の声を代弁するかのような小声の叫びがレベッカから飛び出した。

 

 

 だが、対する神崎は当然のことのように返す。

 

「ハッキングを受けたのはあくまでこのデュエルリングだけなので、破壊しました」

 

 そこにあるのは圧倒的ゴリラ(知性)……! 圧倒的ゴリラ(パワー)理論……!

 

 やはり暴力……! 暴力は全てを解決する……!

 

 ジー〇ロ〇ド(没落貴族)だろうが、〇星(カニ)だろうが、ブルー〇(身も心もメカ)だろうが、プレ〇メー〇ー(復讐の使者)だろうが、草〇さん(ジャ〇アン)だろうが、ハ〇イ(テロリスト)だろうが――

 

 どれ程のハッキングスキルを持つ天才でも「ネットワークに存在しないもの(ぶっ壊れた残骸)」にはアクセスできない。逆転の発想である。

 

 

 失うことを恐れない人間のなんと恐ろしいことか。

 

 

 

 

 そんなゴリズム(マッスル主義)に呼応するようリック少年は今まさに攻勢に移る場面であった。

 

「バトル! 《サファイアドラゴン》と《天空竜(スカイ・ドラゴン)》で攻撃だぁ!」

 

 リックの声に呼応するのは、全身が青いサファイアで覆われた美しきドラゴンと、4枚の羽を持つ鳥の特徴を色濃く残したグリフォンのような紫色のドラゴンの2体。

 

 その攻撃力はどちらも1900と中々高く、ペンギン伯爵のフィールドの厄介な《カタパルト・タートル》を片付けるには十分だ。

 

「おっと、キミ自身が発動した永続魔法《平和の使者》の効果で攻撃力1500以上のモンスターが攻撃できないことを忘れてしまったのですかな?」

 

「へへん、心配いらないよ! 永続魔法《絶対魔法禁止区域》の効果でボクの効果モンスター以外――つまり通常モンスターは魔法の効果を受けないのさ!」

 

 そしてサッと入るペンギン伯爵の忠告にも心配ご無用とリックは己の敷いた攻防一体の布陣に得意気だ。

 

「行っけぇ! ボクのドラゴンたち!!」

 

 相手のリバースカードが気掛かりであるが、どちらか1体の攻撃は通してみせると2体のドラゴンが《カタパルト・タートル》に牙を剥き、空中から襲い掛かるが――

 

「やりますな――ですが無駄です! 永続魔法《水舞台(アクアリウム・ステージ)》の効果により私の水属性――つまりペンギンちゃんたちと後、亀は同じ水属性モンスター以外との戦闘では破壊されません!」

 

「でもダメージは受けて貰うよ!」

 

「甘ィ! リバースカードオープン! 永続罠《スピリットバリア》を発動! このカードにより私のフィールドにペンギンちゃんたちが存在する限り、私への戦闘ダメージは全て0に!」

 

 襲来する《サファイアドラゴン》と《天空竜(スカイ・ドラゴン)》にペンギンたちが飛ばした大量のシャボンのような泡が壁のように立ちはだかり、ドラゴンたちの強襲を妨げる。

 

「ふっふっふ、どうです! この完全無欠のペンギンちゃんの絆の力は!」

 

「くっそ~! カードを3枚セットしてターンエンドだ!」

 

 

 

 

 かくしてリック少年の攻撃を軽くあしらってみせるペンギン伯爵のタクティクスに完全に観客状態の双六は感嘆の声を漏らす。

 

「あのペンギン……中々やるぞい!」

 

「当たり前だよ! ペンギン伯爵はラッビーを何度もあと一歩のところまで追い込んだことがあるんだから!」

 

 そしてジュリアンが「当然だ」と返すが、その後で「キング ガ 最初カラ 全力ナラ 一瞬ダ!」と瞬殺されることは、ペンギン伯爵の名誉の為にも伏せて置こう。

 

 

 

 だが、そんな双六とジュリアンのやり取りに「ハッ」と現実に戻る遊戯たち。そしてぶっ壊れたデュエルリングを指さし本田が状況の確認を行う。

 

 なお双六は現在も変わらず、ペンギン伯爵VSリックのデュエルに釘付けだ。

 

「これって何したんだ? もう解決したってことで良いのか?」

 

「ハッキングされた端末を破壊して、大瀧さ――ペンギン伯爵の持つデュエルディスクでデュエルしている状態ですから、ハッキングの影響は気になさらずとも問題ありませんよ」

 

 早い話がハッキングを受けたPCことデュエルロボ+デュエルリングを物理的に破壊し、

 

 その横でハッキング云々とは関係のないデュエルを始めた状態である。

 

 そう、デュエルロボは放っておいても世界を破壊したり、物理的手段で襲い掛かってこない以上、無視しておけばいいのだ。

 

 

 そうして語られた神崎の説明に遊戯は小さく安堵の息を吐く。

 

「なら、これで一安心だね」

 

「でもよぉ、遊戯。シャッターを開けるにはデュエルロボに勝つ必要が――」

 

 とはいえ、未だ問題もある。

 

 神崎はドームの天井から強引に侵入したが、現在このドームはハッキングにより非常シャッターが閉まってしまった為、実質的な密室状態なのだ。

 

「開きました」

 

「えっ?」

 

 かと思ったら、神崎がシャッターを人力で上げたその一瞬で解決した。オカルト能力のない密室など、マッスルの前では無いも同然である。

 

「なんだよ、ただシャッターが下りてただけかぁ――閉じ込められたのかと思ったぜ」

 

 思いの外、アッサリと非常シャッターが開いた為、城之内はロックの類がされていなかったのかと早合点するも――

 

「シャッターが歪んでねぇか?」

 

「…………きっと気のせいよ」

 

――そういえばこの人、玲子ちゃん(マッスル)の上司なんだった……

 

 本田の呟きに対し、杏子が吐露した心の声が全てを物語っていた。でも北森は此処まで脳筋じゃないから……。

 

 

 

 

 こうして凡そ力技で全ての問題を解決したゆえに残すところはペンギン伯爵とリックのデュエルのみ――ぶっちゃけ勝敗は今後に影響しないが、デュエリストたるもの勝利を目指すものである。

 

「手詰まりのようですな! ですが、攻めの手は緩めませんぞ! 私のターン、ドロー!」

 

「で、でもペンギン伯爵のペンギンたちは《カタパルト・タートル》でいっぱい飛んでいっちゃったから、残りは《ペンギン・ナイトメア》だけだよ!」

 

「そのようなものペンギンちゃんの生命力の前では無用な心配です!」

 

 ペンギン伯爵の止まらぬ猛攻にリックがリソースの限界を示すが、その程度の問題はペンギンパワーの前では些細なことだ。

 

「魔法カード《トランスターン》を発動! この効果で《ペンギン・ナイトメア》を墓地に送り、同じ属性・種族でレベルの1つ高いモンスターをデッキから特殊召喚です! 来なさい、2体目の《大皇帝ペンギン》!!」

 

 《ペンギン・ナイトメア》が海の中にポチャンと飛び込んだ後、一気に海面から飛び上がれば、そこにいるのは《大皇帝ペンギン》。

 

 そう! 極寒の海はペンギンたちの進化を促すのだ!

 

《大皇帝ペンギン》 攻撃表示

星5 水属性 水族

攻1800 守1500

攻2300 守1100

 

「そして《大皇帝ペンギン》の効果を発動! このカードをリリースしてデッキから自身以外のペンギンちゃんを2体まで特殊召喚しますぞ!」

 

 フィールド魔法《ウォーターワールド》の効果でパワーアップした《大皇帝ペンギン》が宙返りしながら海に飛び込めば――

 

「私は《ボルト・ペンギン》と《ペンギン・ナイト》を特殊召喚です! さらに墓地の《否定ペンギン》の効果により『ペンギン』ちゃんの効果が発動した瞬間、自身を復活!!」

 

 お次は三つの水柱が立ち上る。

 

「おいでなさい、3体のペンギンちゃんたちよ!! そしてフィールド魔法《ウォーターワールド》でパワーアップするのです!」

 

 やがて現れたのは「×」マークの書かれたプラカードを持った億劫そうな表情を見せる黒いペンギンと、

 

《否定ペンギン》

星3 水属性 水族

攻1600 守 100

攻2100 守 0

 

 両手のヒレの先端から電撃がほとばしる鞭をテンション高めで叩きつける青いペンギンに、

 

《ボルト・ペンギン》

星3 水属性 雷族

攻1100 守 800

攻1600 守 400

 

 剣を構え、肩に赤いアーマーを付けたペンギンがペンギン伯爵の元に集った。

 

《ペンギン・ナイト》

星3 水属性 水族

攻 900 守 800

攻1400 守300

 

「また増えた!?」

 

「当然です! ペンギンちゃんは大家族なのですから!」

 

 これにて《カタパルト・タートル》を含め、合計4体のモンスターがズラリと並ぶペンギン伯爵のフィールドにリックは自身のピンチを悟る。

 

 そう、モンスターが増えたということは――

 

「永続魔法《平和の使者》で攻撃は出来ませんが――《カタパルト・タートル》の効果により《否定ペンギン》を射出! さぁ、何度でもペンギンちゃんの愛を受けるのです!!」

 

「うわっ!?」

 

 再び、《カタパルト・タートル》によるペンギン砲弾がリックに炸裂するということ。

 

リックLP:2000 → 950

 

 更に今回は攻撃力が2100と高めな《否定ペンギン》の潤いボディによる一撃とあってか1050ポイントと中々に侮れないダメージだ。

 

「ぐふふ、着実にペンギンちゃんの愛は伝わっている(ライフが削れている)ようですな……」

 

――さらに私の手札には《ガード・ペンギン》がある。これで神崎くんとのデュエルの時のように《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》が飛んで来ても、ペンギンちゃんは不滅です!

 

「ターンエンド! さぁ、少年よ――キミの輝きを見せてご覧なさい!」

 

 やがて並んでいたライフもこれで覆ったと、内と外の両方で満足気なペンギン伯爵だったが、神崎から自身に問題解決の合図が送られたのを確認すると、了承した旨を示す様にサッと襟を正す仕草を見せた。

 

 

 

 

 そんなペンギン伯爵と神崎のやり取りを見ていたレベッカは頭痛を堪えるように頭を押さえる。

 

「なんなの、この人たち……」

 

 思わずそんな言葉が零れてしまうのも無理はない。なにせ――

 

「書き換えられたプログラムは無視して機械を破壊、非常シャッターは力づくで開けるって、そんな前時代……いえ、原始的な……」

 

 凡そ文明人にあるまじき程の力技である。原始人でも、もう少し工夫するのではないだろうか。

 

 KCのポテンシャルを考えれば、もっと良い方法が幾らでもあったことは明白だ。

 

 

「あの少年のデュエルに『この場の行く末』なんてものを乗せる方が嫌だったもので」

 

 しかし神崎からすれば、くだらない大人の思惑に関係のない子供が巻き込まれずに済むのなら、目先の損失などに躊躇はしない。

 

 

 それで誰も傷つかずに解決できるのであれば、デュエルロボ+デュエルリングの修理代などプライスレス(安いもの)である。

 

 

 

 そんな神崎の瞳にはペンギン伯爵と楽しそうにデュエルするリックと、その二人のデュエルに一喜一憂する少年少女たちの姿が映っていた。

 

 

 

 

 

 






ジーク「やめろぉおおッ! こんものは電子戦ではない! 私の信じる電子戦は、もっと優雅に知略を張り巡らせて……!」




~入りきらなかった人物紹介~

「ソニア」と「ジュリアン」

遊戯王DMに登場
ラフェールの妹と弟。

原作では双方とも、ラフェールの幼少時(が普通のもみあげだった頃)にダーツの引き起こした海難事故で幼くして死亡している。

ソニアはウェーブがかった長い金髪の少女であり、作中ではピンクのリボンと同色のフリルのドレスを着ていた。ピンク色が好きなのかもしれない。
ラフェールを「お兄ちゃん」と呼ぶ。

ジュリアンは前髪を中央で分けた茶髪の少年であり、作中での服装は某小さくなった名探偵のような赤い蝶ネクタイと青いジャケット、半ズボンを着用――名のある家だけに正装が求められるのだろうか。
ラフェールを「お兄たん」と呼ぶ。舌足らずゆえだろう。



今作では――
上述の海難事故から強引に救助された為、ソニア、ジュリアンともに生存。それゆえに順当に年を重ねた。それに伴いラフェールの呼び方も「お兄様」へと変化。

ちなみに、ワールドグランプリの現在の時期での二人の年齢は――
ソニアは遊戯より少し高い程度の身長くらいの、ジュリアンはモクバくらいの年齢を想定している。

でも明確な数字の算出は勘弁な!(逃げ)


~入りきらなかった人物紹介2~

リック
遊戯王DMに登場


ドラゴンが大好きな少年。デッキはドラゴン族一色! かと思えば原作では炎族である《ビッグバンドラゴン》も混ざっていた――多分、あんまりデュエルのルールを理解していない。

原作ではKCグランプリにてジークの策略により最高レベルのデュエルロボとデュエルする羽目になる。なおそのデュエルはデッキ諸共、闇遊戯が引き受けてくれた。

デッキは遊戯からデッキ診断を受け、城之内く――もとい永続魔法《凡骨の意地》をプレゼントされたことで、ドラゴン族モンスターを手札にため込み、《スピリット・ドラゴン》の効果でワンショットキルを目指すデッキと化す。

今作では――
遊戯が持つ永続魔法《凡骨の意地》が城之内の元を経て本田の元へ旅立ったので、彼のデッキ診断はラフェールが担当。

詳細は次回。

~今作オリジナルキャラクター紹介~
ペンギン伯爵

正式名称――『ペヌート・ペラッペ・ペ・ペギーン・ペンペン』伯爵。

だが、その冗長過ぎる名前のせいか、「ペンギン伯爵」としか呼ばれない。

BIG5のペンギン大好きおじさん大瀧によって海馬ランドUSAにぶっこまれたニューキャラクター。外見は《ペンギン・ナイトメア》そのもの。

海馬ランドUSAのアトラクション――海中観覧車を管理している設定がある。

本来は海馬ランドUSAの「リーダー」として君臨する筈だったが、海馬社長の「白黒ならパンダの方がまし」との声で却下された。
でもリーダーならばパンダよりウサギ(ファニーラビット)の方が素敵デース!


何処かつっけんどんな性格と爵位を意識した口調から傲慢に見られがちだが、

伯爵の地位にいる己が「民を守らねばならない」との責任感から来るものであることが周知である為、あまり気にされていない。

デュエルの実力はそこそこ。

ラッビーのライバルを自称しているが、自身にはない奔放さを持つラッビーを何処か羨望している節がある。




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第165話 終わりの始まり


前回のあらすじ
親方! 空からペンギンが!!




 

 

 ペンギン伯爵の永続魔法《水舞台(アクアリウム・ステージ)》を利用した疑似的な戦闘耐性にリックは攻めあぐねている。

 

 しかし一方のペンギン伯爵はリックの永続魔法《平和の使者》により、攻撃できない点を《カタパルト・タートル》によって補っていた。

 

「うーむ、互いに防御寄りのデッキだね。だが、ペンギン伯爵の《カタパルト・タートル》の存在があの少年には痛いところだ」

 

「そうじゃな。早いとこ除去カードを引くか、デッキに戦闘以外でライフを削る術があると良いんじゃが……」

 

 やがて完全に観戦モードに移行した老人二人。

 

 そして周囲の少年少女もペンギン伯爵を応援したり、少年リックを応援したりと、先程までの停電騒ぎなど忘れてしまったように眼の前のデュエルに熱中している。

 

 

 

 

 だが、リックのライフは残り後850にまで減少し、もはや風前の灯火。

 

 このままでは毎ターン維持コストとしてライフを100払う必要がある今までリックを守ってきた永続魔法《平和の使者》の維持もままならない。

 

「うぅ……もうダメだ……」

 

 そんな絶体絶命のピンチに心が折れそうになるも辛うじてドローし、メインフェイズ1に移行したリックだが、その心には諦めの色が淀んでいた。

 

 

 しかし、そんなリックにラフェールの声が届く。

 

「リック、手札とフィールド、そして墓地を見渡してみるんだ。そこには可能性が眠っている」

 

「……可能性?」

 

「ああ、キミのカードたちも最後まで戦う意志を見せているよ」

 

 そう、ラフェールには既にリック少年の勝利の道筋が見えていた。後は「それ」にリックが気付くか否か。カードたちも、その瞬間を今か今かと心待ちにしていることだろう。

 

「ボクのドラゴンたちが……あっ!」

 

 そうして今、引いたカードに目を向けたリックが気付いたその一手に一か八かだと勝負に出た。

 

「ボクは《スピリット・ドラゴン》を召喚!」

 

 青い外殻を持った蛇のように長いドラゴンが頭の横から伸びる翼を広げ、いななく。

 

《スピリット・ドラゴン》 攻撃表示

星4 風属性 ドラゴン族

攻1000 守1000

 

「バトル! 《スピリット・ドラゴン》で《ペンギン・ナイトメア》を攻撃! そしてその瞬間、効果発動! ボクの手札のドラゴン族を捨てることで、《スピリット・ドラゴン》の攻撃力・守備力は1000アップする!」

 

 《スピリット・ドラゴン》が翼を広げて、甲高い声を漏らせば――

 

「ボクは《プチリュウ》・《ベビードラゴン》・《暗黒の竜王(ドラゴン)》・《カース・オブ・ドラゴン》の4枚のドラゴンを捨て、この効果を4回発動! これで4000ポイントのパワーアップだ!!」

 

 手札のドラゴンが自身を霊――スピリットに変換され、勝利の為にと《スピリット・ドラゴン》に溶け込むように一体となっていき、その身体が淡い光を灯す。

 

《スピリット・ドラゴン》 攻撃表示

攻1000 守1000

攻5000 守5000

 

 一気に5000ものパワーを得た この攻撃が通り、「戦闘ダメージ」を与えることができれば、残りライフ2000のペンギン伯爵を倒せるだろう。だが――

 

「おっと、忘れたのですか、私のフィールドの永続罠《スピリットバリア》の存在を!」

 

 ペンギン伯爵のフィールドに永続罠《スピリットバリア》が存在する限り、ペンギンたちがフィールドに存在する限り、ペンギン伯爵に戦闘ダメージは与えられない。

 

「ボクが手札からカードを捨てたことで、永続罠《強制接収》の効果でペンギン伯爵には手札を捨てて貰うよ!」

 

「ほほう、狙いは手札破壊でしたか……ですが少々遅かったようですな。既に私のフィールドは盤石ですぞ!」

 

「それはどうかな! 此処で永続罠《魔力の棘》の効果だ! 相手が手札からカードを捨てる度に500ポイントのダメージを与える!」

 

 だが、リックの狙いはその先にこそあった。そう、これにて勝利の方程式は整った。

 

 やがて氷の大地をスレスレでグライドするように飛行して《スピリット・ドラゴン》がペンギンたちに迫り――

 

「ボクは《スピリット・ドラゴン》の効果で4枚捨てたから、それをトリガーに永続罠《強制撤収》でペンギン伯爵の4枚の手札を墓地へ!」

 

「ペェン!? しまったぁ!?」

 

「これで永続罠《魔力の棘》の効果で合計2000のダメージ! ボクの勝ちだ!!」

 

「ぬわぁあぁああああぁああっ!?」

 

 やがて《スピリット・ドラゴン》が通り過ぎた際に生じた突風によって宙に舞い上がったフィールドと手札のペンギンたちが、ペンギン伯爵に激突していった。

 

ペンギン伯爵LP:2000 → → 0

 

 

 

 

 

 

 

 そのデュエルの一部始終をヨーロッパのシュレイダー家の執務室にて眺めていたジークは吐き捨てるように零す。

 

「よもやハッキングを受けたデュエルリングを破壊するとは……品のないことだ」

 

 自身のハッキングに対し、海馬がどんな知略を巡らせてくるのかと楽しみにしていたジーク。

 

 だが蓋を開ければ、問題の対処に動いたのはジークが精神的な疲労で倒れた父に代わり暫定的な代表を務めるシュレイダー社に手を出そうとする目障りな神崎であったこと、

 

 更には解決手段が知性の欠片すら感じられない「野蛮」と称する他ないものだったこと、

 

 他にも理由は多々あるがジークの挨拶代わりの一手は満足のいくものではないゆえの苛立ち。

 

――ふん、よくも海馬はあんな男を傍に置いておけるものだ。あまり失望させないで欲しいな。

 

「折角の余興が台無し――ん? ほう、此方を突きとめようとするか。しかしこの手口は海馬……ではないな。多少は腕に覚えがあるようだが――」

 

 だが、目の前のノートパソコンに外部からのサイバー攻撃――いや、反撃というべきか――がなされたことを瞬時に把握したジークはそんな苛立ちを脇に置き、すぐさまコンソールに指を奔らせた。

 

 

 そうして電子上の戦いがなされるが、全てはジークの手の中と言わんばかりに撃退されていく。

 

 自信家な面がありありと見えるジークだが、その自信を持つだけの腕は十二分にあるのだ。ただ――

 

 

 

 

『我が主! 見えておりますか? この男と、この男が使う「ぱそこん」とやらを見ていろとのことでしたが、何やら数字が山のように動きまわっておりますぞ!?』

 

「この程度で私の元に辿り着けるなどとは思わないことだ」

 

『この男も何やら悪い顔をしておりますが、この「ぱそこん」とやらはワタシには何がなんだか分からないんですYO! ――えっ? 分からなくても良いから見ておけ? 了解だYO!』

 

 ジークの背後でテンション高めに炎の身体を揺らしながら事の成り行きを見守るシモベの存在――オカルト的な存在――には、これっぽっちも気付いていなかった。

 

「――たわいない」

 

『ん~? 数字が収まりましたね……全く面妖な……』

 

「フッ、少々予定からは外れたが、挨拶代わりの一手はまた別に用意するとしよう」

 

 そうしてゆっくりと席を立ったジークはワールドグランプリの前夜祭への準備に意識を向けた。

 

 

 

 

 

 状況証拠は押さえられたが、物的証拠はまだない! だから早いとこ復讐は諦めるんだ、ジーク!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 此処で舞台は海馬ランドUSAに戻り――

 

「ハハッ! ウケトルガイイ!」

 

「わーい!」

 

「つぎ、わたしー!」

 

「キング ノ ファンサービス ハ、エンターテインメント デ ナケレバ ナラナイ!」

 

 デュエルリングのあるドームからハッキングによるトラブルなどなかったとばかりに少年少女たちにカードパックをプレゼントする《ゼンマイラビット》の着ぐるみ――ラッビーの姿があった。

 

 その隣にはカードパックの入ったカゴを持つペンギン伯爵の姿もある。

 

「神崎さん……あれって……」

 

「此処に来る道中で『今回の騒動用に』と買っておいたカードパックです。皆さんもどうぞ」

 

 ふと遊戯が零した疑問に営業スマイルたっぷりで返す神崎。これはどうみても――

 

「これで有耶無耶にする魂胆か……」

 

「これが大人のやり口か……!」

 

 本田と城之内の言う様に「ハッキング騒ぎなんてなかった――いいね?」な具合でこの場の表面上は終わらせようとする考えが透けてみえる。

 

 だが、「トラブルに巻き込まれ、怖い思いをした」より「イベントの演出でドキドキしたけど、最後は楽しかった」の方が良いことは城之内たちとて分かる為、ほじくり返す気もない。

 

 それに加え――

 

「アーサー、何が出た?」

 

「おいおい、双六。そんなケチ臭いこと言わずに『せーの』で見せあおうじゃないか」

 

「うむ、そうじゃな!」

 

「 「 せーの! 」 」

 

「ぬ!? そのカードは!? 《さまようミイラ》!?」

 

「そう言えばキミのデッキは地属性のリバースデッキだったな。なら、そっちのカードと交換でどうだい?」

 

 追及する立場にいる大人――というか老人二人が、袖の下に一喜一憂していた。そして互いにカードをトレードし、ムフフとほくそ笑む。

 

「よし! このカード、《竜魔導の守護者》で私のデッキは更に柔軟性を増す――双六、敵に塩を送る結果になってしまったね」

 

 そう語るアーサーのデッキ――《キャノン・ソルジャー》の効果で《黒き森のウィッチ》をリリースして次弾を用意するスタイルは新たなステージを迎える。

 

「ふっ、それはどうじゃろうな。儂とて――」

 

 ゆえに友であり、ライバルでもあるアーサーと双六がバチバチと火花を散らすが――

 

「ねぇ、おじいさん! そのカードとボクのカード、トレードしようよ!」

 

「こら、ジュリアン!」

 

「ほっほ、いや構わんぞい。トレードはデュエリストの交流じゃ」

 

「わたしのカードも!」

 

「僕も!」

 

「おっと、順番だよ」

 

 段々と双六とアーサーの周りに少年少女が集まり、次々とトレードの願いが交わされる様はどこかお祭りのようだ。

 

 

 そこには子供心を忘れない老人たちの姿がある。とはいえ、遊戯たちからすれば、もう少しの間だけでも大人な部分を見ていたかっただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして一騒ぎが収まった後、海馬ランドUSAを思う存分楽しんだ遊戯たちは、「デュエルキングのエスコート」として遣わされたモクバの案内の元、前夜祭の会場に訪れていた。

 

「うわ~人がいっぱいだ」

 

――でも……

 

 そう、感嘆する声を漏らす遊戯だが、その内心にて陰りを見せる。それもその筈――

 

 

 

 

「デュエルキング様のご登場か」「まだ子供じゃないか」「いやいや、デュエルに年は関係ありませんぞ」「闘志の欠片もない顔だねぇ」「可愛らしい顔してるじゃないか」「デュエルの時には人が変わるって噂ですぜい」「ふぅん、ようやくお出ましか」「あれがデュエルキングねぇ……」「我が弟もいずれはあの領域に至って貰いたいものだ」「何を言う兄者! アイツは最初に覚えた言葉が『ドロー』だったデュエルの申し子だぞ」「フッ、そうだったな」「スンゴイ覇気をビンビン感じるノーネ」「世間を知らないガキだろう?」「お友達ごっこが楽しい年頃さ」「無知であればこそ都合が良いじゃないか」「金のなる木……か」「だが、キース・ハワードに負けたのだろう?」「なに、あの年でベテランクラスと考えれば将来性は十分以上だろう」「デュエル界での影響力は無視できない程だ」「孫娘でもけしかけてみるかね」「止せ止せ、海馬の眼がある」「あの青二才が……!」「その青二才を侮って痛い目を見たのは何方だったかな?」「私を下に見るのはよせ!」「そういえばKCがアレ(ドーマ)に目を付けられたんだろう?」「先んじてデュエルキングにすり寄ったゆえだとか」「それだけの理由で?」「確かに、キースすら無視したアレが何故、今になって……」「アクターに逃げられたからじゃないか?」「あぁ、それで」「彼は良くも悪くもバランサーでしたからなぁ」「あの若造の……確かロードでしたかな?」「それ、それ、ロード、ロード」「ロード途切れちゃったねぇ」「傲慢なのは彼の方だったな」「彼はもう終わりですね」「明日は我が身ですな」「くわばらくわばら」「どうした相棒?」『クリィ……』「変な気配がする? じゃあ後で神崎さ――」『クリリッ!』「相変わらず苦手なんだな……なら姉さんに相談してみるよ」「表の王者様のお手並みは如何ほどでしょうな」「いずれわかるさ。いずれな」「価値の有無はこの大会の結果如何でしょうよ」「運だけの男ではないと期待しましょう」「でも唾を付ける程度はしておきたいわね」「今はまだ私が動く時ではない」「お友達へのご挨拶くらいなら」「将を射んとする者はまず馬を、と言いますし」「姑息な手を……!」「それの何がいけないのかな?」「『馬』ねぇ、金魚のフンの間違いじゃないかい?」「馬でもフンでも構わないさ」「そうそう」「利用価値の有無が問題さね」「首輪になりそうなのは誰かねぇ」「おいたも程々にされたら?」「そうですなぁ」「墓守のお嬢さんの二の舞は……ねぇ」「ククク、あれの末路は嗤えましたなぁ」「家族も忠臣も一族の誇りも根こそぎですから」「同情するぜ!」「いやぁ、あれだけでは我らの気は済みませんぞ」「同感ですな」「イラッとくるぜ!」「それはもう」「出た死人の数を考えれば甘い、甘い」「よくもまぁあの程度で済んだものだ」「それっておかしくないかな?」「確かにおかしいですな」「噂では決闘王様のお慈悲があったとか」「優しい人のようデアール」「『優しい』ねぇ」「お友達が死んでも同じ言葉が吐けるのかなぁ?」「フッ、無自覚な悪か」「何を仰る」「善悪などどうにでも出来ましょう」「好きにさせて置けばいい」「それもそうですなぁ」「一番の問題は誰が王冠を管理するのか」「これこれ、人聞きの悪い」「猫を被るでない」「始まりが嘘だろうと、辿る結果は同じだろう」「いやいや、耳障りは重要ですぞ」「世間体は必要ですからなぁ」「いや、待て――今の段階であの男を引き込みアイツの師とすれば……!」「ッ!? 流石は兄者! それならば――」

 

 

――これは視線が痛いよ。

 

 この場の誰もがデュエルキングに向けて値踏みするように視線を向け、遊戯に聞こえぬ声量でヒソヒソ話している。

 

 とはいえ、おおっぴらにジロジロみるのではなく隠すようなものだが、人数が人数である為、気休めにもならない状態だ。

 

 だが、そんな視線など慣れたように気にしないモクバは遊戯に会場の趣旨を明かす。

 

「此処は参加者の集まる前夜祭の会場の一つだぜい――こういった場所が他にもいくつもあるんだ!」

 

「こんなドでけぇドームにいるヤツ、全員が!?」

 

「多分、私たちみたいな人もいるでしょ?」

 

「それに世界中が注目してるからマスコミも大勢いるぜい!」

 

 驚く本田に杏子がモクバの説明から周囲を見わたせば――

 

「あっ、ミホもいる。インタビューしてるのは……御伽く――」

 

「ギースさんと、神崎さんも向こうにいるね。仕事中かな?」

 

「キースはいねぇか?」

 

「パッと見た感じじゃ見当たらねぇな。静香ちゃんもいねぇし……あっ、御伽だ」

 

 そうして周囲の見知った顔を探し始める遊戯たち――それは、大会にてライバルになるかもしれない存在を見定めるデュエリストの本能ゆえか。

 

 そんな中、遊戯は前回見た時よりかなり収まった火傷の痕のある顔の赤いタキシードの男に駆け寄った。

 

「あっ、パンドラさん!」

 

「これは武藤 遊戯。あの時の御恩はなんと言えば――」

 

「いいんです、気にしないでください。ボクが勝手にしただけですから……」

 

「……感謝の言葉もありません」

 

 その火傷顔の男は「パンドラ」。かつてマリクに洗脳され、グールズにて捨て駒として扱われていた悲劇のマジシャン。

 

 そのパンドラが恩人だと深々と頭を下げる姿に遊戯は慌てた様子で身体の前で手を振り、「なんでもない」と返す。そう、遊戯は感謝を強請りにきた訳ではない。

 

 遊戯の要件は再会を喜ぶことと、パンドラのその後が気掛かりだったゆえ。

 

「そうだ! カトリーヌさんとは会えたんですか?」

 

「まだ手紙のやり取りだけです。この大会での私の姿をカトリーヌに見定めて貰おうと――何時までもKCのお世話になる訳にもいきませんから」

 

「えっ? パンドラさんって今KCにいるんですか?」

 

「ええ、ですがカトリーヌとの件が終われば結果はどうであれ、マジシャンとして再び世界を渡っていきたいと考えております」

 

「そうですか……頑張ってくださいね!」

 

「はい、貴方から受けた恩も必ずお返ししますので……」

 

「そ、そこまで気にしなく――」

 

 徹頭徹尾、己が受けた恩義を如何にして返すかと神妙なパンドラを、遊戯はどうしたものかと考えるが――

 

 

「 「 久しいな、遊戯殿! 」 」

 

 そんな遊戯に中華服を着たスキンヘッドの兄弟が鏡合わせのポーズと共に現れる。

 

「迷宮兄弟さん!」

 

 彼らは迷宮兄弟。バトルシティにて遊戯の窮地に馳せ参じたタッグ戦に秀でたデュエリストだ。

 

 そして額に「迷」の文字が書かれた、橙色の中華服を着た迷宮兄弟の兄が腕を組みつつ、チラと城之内に視線を向けた後、遊戯へと向き直る。

 

「その様子を見るに友の危機には間に合ったようだな」

 

「はい! あの時は助けて貰って、ありがとうございます!」

 

 あの時、感謝を伝えることが出来なかったと、元気よく礼を述べる遊戯に額に「宮」の文字が書かれた緑色の中華服の迷宮兄弟の弟が兄に目配せしながら返す。

 

「いやいや、我らは依頼のままに動いただけに過ぎん――なぁ、兄者」

 

「如何にも、既に依頼主から報酬を受け取った身――オヌシの感謝はありがたく貰い受けるが、それ以上は受け取れぬ」

 

「そんな……」

 

 なにやら先程の遊戯とパンドラのやり取りを焼き増ししたような光景が広がる中、迷宮兄弟の兄が手をポンと叩きながら提案した。

 

「ふむ、遊戯殿の気が済まぬというのなら……此度の大会で相まみえた時、全力でぶつかり合う――それを礼として受け取ろうではないか」

 

「おお、名案であるな、兄者!」

 

 そんな兄の提案に迷宮兄弟の弟もオーバーに同意して見せる。そんな迷宮兄弟の姿に遊戯は自身とパンドラのやり取りを見て、助け舟を出しにきたことは容易に想像できる。なれば、返す言葉は一つしかない。

 

「……はい、その時は全力を尽くしましょう! ……そうだ! パンドラさんもそれがボクへのお返しってことにしませんか?」

 

「そのような……いえ、此処はお言葉に甘えさせて貰います」

 

 やがて僅かに逡巡を見せたパンドラだが、根負けしたように遊戯の言葉を受け止めた。

 

 

 かくしてビシッと動きをシンクロさせながら去って行った迷宮兄弟と、最後に小さく会釈して場を離れたパンドラを見送った遊戯に、城之内はビュッフェ形式で振る舞われた料理を皿に山盛り乗せながら問う。

 

「アイツら……ムグムグ……知り合いみてぇだったが、誰だ?」

 

「バトルシティの時にお世話になった人たちだよ」

 

「へぇー、そうなのか」

 

 なのだが、バトルシティにて城之内が巻き込まれた騒動の関係者だというのに、当人は完全に他人事だった。

 

 とはいえ、本人のあずかり知らぬ場での面々であれば、仕方のない話だろう。

 

「城之内~!」

 

 そうして見知らぬ顔ばかりの会合だったが、自身を呼ぶ聞きなれた声に城之内の意識は其方へ大きく向かう。

 

「おおっ、舞じゃねぇか! やっぱお前も来るよな!」

 

「あったりまえじゃないの――バトルシティのリベンジを果たさせて貰うわ!」

 

 そうして合流した孔雀舞とハイタッチしつつ、再会を喜ぶが――

 

「あ~っ!」

 

 その二人の横を黄色いチャイナドレスを着た髪を二つのお団子頭にした「The 中華」な女性が通り過ぎ、遊戯の元へ詰め寄った。

 

「ユウギ ムトウね?」

 

「は、はい……」

 

「やっぱり! うれし~い! お会いしたかったわ~!」

 

 グイグイと迫られ引き気味の遊戯の両手を包むように握り、一方的に親睦を深めようとするチャイナドレスの女性はやがて更に顔を近づけウィンクしながら名乗る。

 

「私、ヴィヴィアン・ウォン。よろしくね?」

 

 彼女、「ヴィヴィアン・ウォン」は中国出身の拳法家であり、同時にデュエリストでもある女性だ。さしずめ拳法デュエリストと言った所か。

 

 風の噂(御伽の情報)では華麗なタクティクスでアジアの大会を総ナメにした――といった前評判を持ち「九龍(クーロン)の熱き花」こと「アジアのデュエルクィーン」と称される程のデュエリストである。

 

 なお、「デュエルクィーン」と言ってもデュエルは男女差のない競技の為、特にデュエルキングと関係する訳ではない。「強い女性デュエリスト」くらいの意味である。

 

 

 そんな具合で顔を近づけウィンクするヴィヴィアンの姿に思わず遊戯も赤面――こうもアグレッシブにアプローチする「年上」の女性への免疫がないのだろう。

 

「アナタみたいな有名なデュエリストにお目にかかれてうれしいわ。この大会ではライバルだけどプライベートでは仲良くしてね~」

 

「 「 お~っ! 」 」

 

 さらに遊戯へ送られた熱いハグに黄色い声を上げる城之内と本田。一方で――

 

「ちょっとアナタ! 私のダーリンに――」

 

「あら……あれは海馬社長! ステキ~!!」

 

 レベッカが怒りの声を上げようとするが、それよりもヴィヴィアンが海馬の方へと駆けて行く方が早かった。

 

「何あれ……」

 

 嵐のような行動力に思わず杏子がそう零すのも無理からぬ話だろう。

 

「……世界は広いな、城之内」

 

「……そうだな、本田」

 

 やがて未だに顔を赤くしている遊戯を余所に本田と城之内が羨ましそうな声を漏らすが――

 

「鼻の下、伸ばしてんじゃないわよ」

 

「痛ェ!?」

 

 諫めるように城之内の頬をつねる孔雀舞によって一先ずはこの場の騒動は終着を見せた。

 

 

 

 

「舞さーん!」

 

「ゲッ……!?」

 

 かに思われたが、白いタキシードの長身のアメリカンな伊達男が孔雀舞に駆け寄る姿にレベッカは女性にあるまじき声を漏らす。

 

「ちょっといきなり…………誰?」

 

「お久しぶりです、舞さん。約束通り貴方を迎えに来ました」

 

 サッと孔雀舞の手を取り、己の顔すら覚えられていない事実など気にも留めずに伊達男――ハリウッドスターある「ジョン・クロード・マグナム」はキザなセリフを並べて見せる。

 

 ここで孔雀舞と同様に「この人、誰?」と思った方もいよう。だが、実は今作でもバトルシティにてちょびっと登場している。

 

 そう、マグナムをゲンナリした表情で見やるレベッカが予選にて対戦した忍者デッキの男だ。

 

 原作でもパズルカードを5枚集める程の実力があり、実際のデュエルの腕も孔雀舞を追い詰めたりと中々のもの。

 

 ゆえにワールドグランプリの参加券をギリギリもぎ取れたのだが――

 

「……人違いじゃないの?」

 

「ノォー! 舞さん、私との約束、忘れてしまったのですか!?」

 

 当のマグナムはデュエルキングの称号ではなく、孔雀舞にご執心だった――ある意味スゴイのではないだろうか。

 

 やがて暑苦しい程に真っ直ぐ見つめるマグナムの視線に孔雀舞が過去の記憶を巡らせる。眼前の男がこうまで言うのだ。何らかの因縁があることは明白であろう。

 

「約束? ……約束……約束!? ひょっとしてアタシがディーラーやってた時の――」

 

そういうジョーク(プロポーズ)はデュエルに勝ってからにして欲しいわね』

 

 思い出されるのは過去に己が口にした言葉。

 

 それは嘗て、孔雀舞が豪華客船にてディーラーを務めていた時、マグナムをデュエルであしらった後にそのデュエルを切っ掛けに惚れ込んだマグナムが孔雀舞へと婚約指輪と共に送ったプロポーズへの返事。

 

「Yes! この大会でアナタにデュエルに勝って結婚をOKして頂きます――100万年も待たせませんよ?」

 

「あぁ、そういうこともあったような……」

 

 だからこそ「デュエルの腕を磨いたのだ」とウィンクしながら言外に語るマグナムだが、孔雀舞の様子から彼女にとって彼が有象無象の一人に過ぎなかった様子がありありと見える。悲しい話だ。

 

「今更なかったことに――ってのは可哀想だし……いいわ。その勝負受けて上げる」

 

「オー! 本当ですか!?」

 

「じゃが、大会の規模を考えれば、二人が戦う機会すら怪しくはないかの?」

 

 それゆえなのかマグナムの挑戦を受け取った孔雀舞だが、言葉を挟んだ双六の言う様にワールドグランプリの膨大な参加者の中から特定の人物と早期にデュエルできる確率など語るまでもないだろう。

 

 しかし、そんなものはマグナムにとって何の問題もない。

 

「それはノープロブレム! 私がこの大会で優勝し、デュエルキングとなれば、それは舞さんに勝ったに等しい――そうでしょう?」

 

「確かに、理屈の上ではそうなるわね……」

 

 世界最強の称号、「デュエルキング=孔雀舞より強いデュエリスト」の愛の超理論の前では些細な問題だ。

 

 そんな具合で、完全にデュエルキングの称号を「ついで」扱いしている有様だが、「愛する人の為にデュエルキングになる」――そう文字にすると、なんだか素敵に見えてしまうのは愛が成せる奇跡なのか。

 

「おい、急に誰だテメェ! 優勝は俺たちだって狙ってるんだぜ!」

 

 ただ、その辺の事情を一切把握していない人間からすれば、唯の「デュエルキングを甘くみるような言葉」でしかないゆえに城之内は噛みつくようにマグナムに詰め寄った。

 

「ソーリー、すまなかったね、ボーイ――待ち焦がれた麗しの華の前で少々舞い上がってしまったんだ」

 

「…………ん? あっ……! あ~!? ジョン・クロード・マグナム!? うぉ、本物だ! ハロー、ハウ、ドゥ、ユー、ドゥー」

 

 詰め寄ったのだが、相手の正体が自身が大ファンのB級映画「忍者ヒーロー」シリーズの主演を務める男だと気づき、手をシャツで拭いて綺麗にした後に握手を求める。

 

「ミーはユーの『忍者ヒーロー』シリーズのベリーベリーファンで……」

 

「おっとそうだったのかい、嬉しいね。お詫びと言っては何だが、サインの一つでも――」

 

「グッド! グッド! ベリーグッド!」

 

 これには身構えていたマグナムも肩の力を抜き、何処からか取り出したサイン色紙にペンを奔らせた。そんな姿に城之内も大満足の模様。

 

「城之内……お前、恋敵相手になにやってんだよ……」

 

 ただ、そんな本田の呟きが、遊戯たち一同の心の内を代弁していた。彼には、城之内には恋の駆け引きは少々早かったようだ。

 

 

 そんなマグナムが、サインをプレゼントする姿に、「今なら」と水色のシャツにセーターと半ズボンの少年が勇気を出して遊戯の名を呼ぶ。

 

「遊戯さん!」

 

「あっ、キミは確かデュエルロボの時の……」

 

「はい! 『レオンハルト・フォン・シュレイダー』っていいます。『レオン』って呼んでください! 後……サインいいですか?」

 

 そうして自己紹介の後におずおずとサイン色紙を両手で差し出す肩口程に伸びた紫の髪を後ろで縛った少年、レオン・ウィルソン。

 

 その正体は「シュレイダー」の名から分かるように「ジークフリード・フォン・シュレイダー」の弟だ。遊戯の大ファンでもある。

 

 ちなみに「デュエルロボ撲殺事件――海馬ランドUSAに響くペンギン伯爵の叫び」に巻き込まれつつも、リックを応援していたが、余談である。

 

 

 今の今まで、憧れの遊戯と話しかけるタイミングを見計らっていたレオンだが――

 

 

 次代の全米チャンプと呼ばれるラフェールや、

 

 突如として起こった停電騒ぎ(知らぬ間に兄が起こしたサイバーテロ)

 

 果てはペンギン伯爵の登場(その火消し)に、

 

 なんかKCのお偉いさん(神崎)

 

 パンドラや迷宮兄弟の存在(インパクトの強い人たち)と、

 

 あれやこれやと状況が目まぐるしく変化した為、今の今まで話かけることが出来なかったのだ。

 

 

「うん、構わないよ」

 

――サインも手馴れてきたな、相棒。

 

――よしてよ、もう一人のボクまで……

 

 やがて快くサインを書く遊戯と、それを茶化す闇遊戯を余所にレオンは幸せの絶頂にいるかのように楽し気だった。

 

 

 

 

 

 かくしてデュエリストたちや、関係者の様々な思惑や目標を渦巻かせる中、そのピリピリと闘志が響き合う空気に満足気な海馬が、磯野の耳打ちに水を差されたかのように返す。

 

「一名遅れているだと? 規定時刻にまで到着しなければ失格にしろ」

 

「はっ」

 

 それは参加者の一人が未だ、いくつかある前夜祭の会場の何処にも姿を現していないゆえ。その為、磯野に最悪の場合を告げるが――

 

「失礼、ジークフリード・フォン・シュレイダーだ。ご招待ありがとう。そして久しいな、ミスター海馬」

 

 その遅れていた参加者、ジークフリード・フォン・シュレイダーことジークが赤いバラを片手にさっそうと登場し、海馬と視線を合わせる。

 

――フフフ、海馬。ようやく私たちが相まみえるときが来た。その号砲代わりにこうして直接キミに挨拶するのも悪くない。

 

 その心には「遂にこの時が来た」と闘志を露わにしていたが、その横で――

 

『我が主~! 貴方のシモベめが戻りましたよ~!』

 

 ジークについてきていたこの場の大半の人間に知覚されることのない炎の悪魔、「シモベ」が「万丈目帝国」などと言う謎の野望に耳を傾ける神崎の元に駆け寄っていた。

 

「……揃ったのなら前夜祭開始の宣言をしろ、磯野」

 

――あの男、俺を知っているような口ぶりだったが……誰だ?

 

 そんなこんなで海馬の疑問を余所にワールドグランプリの前夜祭は幕を上げ、お祭り騒ぎの始まりを告げる。

 

 

 多くの思惑、闘志、運命が交錯する中でデュエリストたちは果たして何を得るのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レオン、手遅れになる前に早く兄をぶっ飛ばすんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 前夜祭が海馬のマイクパフォーマンスなどで盛り上がる中、その喧噪から離れたバルコニーらしき場所にて神崎は小型の端末にて通話していた。

 

『神崎、時限式ウィルスとのことだが、本当にあるのか?』

 

 その通話相手はBIG5の《機械軍曹》の人こと大田であり、内容は今後ジークが起こすであろうハッキングなどのサイバー攻撃への対処。

 

 神崎が原作でのジークの動きを知るとはいえ、既に本来の歴史から歪みが見えている以上、ジークが同じように動くとは限らない。それゆえなのだが――

 

「なければそれに越したことはないんですけどね」

 

『いや、他ならぬお前が言うんだ。あるんだろう』

 

「この手の問題は昔から皆さんに任せっきりで……私にも何か手伝えればとは思うのですが」

 

 結果の方はあまり芳しくない。BIG5の《機械軍曹》の人こと大田の信頼の声にも神崎は力なく返す他ない。

 

 それもその筈、神崎には冥界の王の力を利用できようが、深い専門的な知識と感覚が必要な部門については文字通り無力なのだ。

 

 初回のサイバー攻撃の際はスピード解決の為にデュエルリングを物理破壊したが、そこには力技で解決する他なかった側面も少なからず存在する。

 

『そう心配するな。今のところ下手人の方が一枚上手だが、逆を言えば、KCから一枚上手を取れるヤツは限られとる』

 

 そんな何処か言葉に陰りが見えた神崎にBIG5の《機械軍曹》の人こと大田が朗報……とまではいかずとも、良い知らせを送りつつ――

 

『だから大下のヤツにそっちを当たるように頼んでおいた。ヤツの人脈なら何か見つけてくるだろう』

 

 頼りの同僚――BIG5の《深海の戦士》の人こと大下が突破口になるとの言葉に神崎は声を取り繕いつつ冗談めかして返す。

 

「なら、私はパラディウス社に泣きついておきます」

 

『ハハハ、そりゃぁ良い! とはいえ、パラディウス社も恥を晒しかねん状況ではそう大きくは動かんと思うぞ』

 

「駄目なら駄目で他のアテを頼ることにしますよ」

 

『そうか。まぁ、儂も出来れば海馬のヤツにも協力を頼みたいところだ。ヤツの腕は確かなことは儂も認めとる――しかし立場上、今、そこから離れる訳にもいかんのがなぁ』

 

 そうして結構、天才に類されるジークの八つ当――もとい、野望を挫く為、おっさんたちは日夜頑張り続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで太陽がぐるっと日時を回し、今やワールドグランプリの開始を告げる開会式が海馬ランドUSAのドームにて行われていた。

 

 そんな中、檀上に立ったモクバがマイクスタンドの前に立ち、各種アトラクションに散らされた多くの参加者に向けて宣言する。

 

「これより真のデュエルキングを決める大会――ワールドグランプリを開催するぜい!」

 

 すると会場のモニターにトーナメント表の略図がいくつも現れ――

 

「今大会のルールはいたってシンプル! 世界中から選りすぐられたデュエリストが各ブロックに分かれトーナメントを闘い、各ブロックごとを勝ち抜いたデュエリストたちで再度トーナメントを組み、最後の一人になるまでデュエルする!」

 

 前夜祭にて説明されたワールドグランプリのルールが世界中の観客に向けて簡易的に説明された。

 

「そして最後に勝ち残ったデュエリストこそが、真のデュエルキングだ!!」

 

 だが、その内実はデュエリストたちが闘志をぶつけ合い、最後に残った1人が王の座に至る。たったそれだけ。

 

 あまりのシンプルさゆえに一切の誤魔化しが通用しない。くじ運で勝ち上がろうにも、層の厚さがその運否天賦を敗者として地に墜とす。

 

 そう、ワールドグランプリにおいて二番手、三番手など意味はない。

 

 頂点以外の全てが敗者――残酷なまでに決闘王(デュエルキング)とそれ以外を分かつ為の舞台。

 

 

 

 その事実を言われずとも感じ取る各種アトラクションに散らされたデュエリストたちが息を呑む中、開会式はつつがなく進行され――

 

 

「――社、代表によるお言葉が――」

 

 所謂、最後のお偉方のお話も淀みなく続き――

 

「続いて――」

 

 

 

 やがて檀上に立った海馬の姿に会場のボルテージは一段上がる。

 

「諸君! 有象無象がデュエルキングの称号に不平不満を並べているようだが――」

 

 そして海馬がマイク片手に挑発するような言葉を並べ――

 

「――喜ぶがいい! 今、此処に! その舞台を用意してやったぞ!」

 

 大仰に空いた拳を握った後、海馬ランドUSAに集った強者共を一喝した。

 

「プロもアマも、表も裏も、名有りも名無しも、このワールドグランプリにおいては全て平等! それは現デュエルキングであっても例外ではない!!」

 

 そうして語られる内容は一見すれば全世界の人間に発信しているように感じられるが、その一方で誰か一人を狙い打ちしたかのようにも見える。

 

「この場に現れぬ者が王者の席に至れるとは思わんことだ!」

 

「お前は参加してねぇじゃねぇかー!」

 

 その海馬の主張に偶々このドームにて待機するように言われた城之内の声が何処かのマイクで拾われたのか檀上の海馬に届く程に響く。

 

「ふぅん、喚くな凡骨。この大会を運営する俺が参加すれば公平性が保てんことが理解出来んようだな」

 

 だが、そんな城之内のもっともな主張など海馬には想定の範囲内だ。理屈的な返答は勿論のこと――

 

「ゆえに遊戯! この俺のデュエリストとしてのプライド! 今、この時ばかりはお前に預けるぞ!」

 

 モニター越しに己がライバルに向けて指を差す海馬の姿を見れば、デュエリストとしての返答が意味することなど明白。

 

 そう、これは遊戯と海馬のデュエルを見ても、己こそがデュエルキングに相応しいなどと勘違いした者たちへの海馬なりの宣戦布告。

 

「分かったか!」

 

 海馬は遊戯に負けたのではない。

 

「文字通り、全人類がたった1つの王者の席を奪い合う! まさにデュエリストのプライドを賭けた生き残りのゲーム!」

 

 海馬は遊戯に「だけ」負けたのだと。

 

「一切の言い訳の余地も介在しない、真の最強が今ここに決定する!!」

 

 そんな演説するかの如く放たれる海馬の言葉は大きな熱力を持つ。

 

「その雄姿を眺めるがいい!!」

 

 かくして相変わらずの海馬節で締められた宣言に会場のボルテージは一段と高まった。

 

 

 

 

 

 

 

 だが、未だ開会式は終わらない。

 

 世界中を巻き込んだ大会に、デュエルモンスターズの生みの親、ペガサス・J・クロフォードの言葉を抜きに始めることなどあってはならないだろう。

 

「海馬ボーイの熱い宣言、見事デシタ」

 

 何時もの朗らかさを感じるペガサスの声が海馬とは真逆な様子で周囲に静かに広がる。

 

「ですが、参加できない代わりに、己がライバルに全てを託す――イイですね。という訳で、Hey、キース! ワタシのデュエリストのプライドは貴方に預けマース!」

 

 のだが、ウィンクしつつ茶目っ気タップリにモニター越しにキースに向けて両の人差し指を差すが――

 

「ペガサス様~! 私に預けてはくれないのですかー!」

 

「そういうことは、ワタシに勝ってから言いなサーイ!」

 

 城之内と同じく、偶々この会場にいた夜行の声を都合よくマイクが拾って響くも、冗談めかして笑うペガサスに一蹴された。

 

「しかし参加資格を得る為の試練によって多くのデュエリストがふるいにかけられたというのに、この参加者の数!」

 

 そうして視界一杯に広がるデュエリストや、観客の姿を見やるペガサスは感慨にふけつつ、喜色を見せる。

 

「これ程までにデュエルを愛する者たちがいると言う事実は、デュエルモンスターズを世に送り出したものとして、これ以上ない喜びデース!!」

 

 始まりは第三者からのお世辞にも褒められない謀略によるものだった。

 

「多くを送ることは出来ませんが、皆さんの健闘をお祈りシマース!」

 

 だが、我が子同然のデュエルモンスターズが世界で愛されている事実はペガサスにとって福音に他ならない。

 

 

 

 この愛の力がくだらぬ策略を打ち破ってくれるのだとペガサスは心の内でヒシヒシと感じていた。

 

 

 

 

 

 

 そしていよいよ最後、世界最大規模の企業、パラディウス社の総帥ダーツの言葉がトリを飾る。中の人は緊張のあまり死にそうだ。

 

「さて、本日はお日柄も良く――などと言った話など、キミたちデュエリストにとっていい加減に退屈なことだろう」

 

 だが、ご自慢の面の皮の厚さで平静を装い用意してきた台本通りに語る。

 

 とはいえ、海馬とペガサスの後に話すことなど、中の人的にもない。というか、霞む。

 

「ゆえに手短に行こう」

 

 それゆえに望まれるのは火蓋を切ることのみ。

 

「舞台は整った」

 

 求められるのは爆発力。圧倒的なパワー。唯一の得意分野だ。

 

 

「今こそ、己こそが最強だと証明して見せるがいい!」

 

 

 此処までの静かなトーンなど忘れたように力強く宣言し――

 

「以上をもって開会の宣言とする!」

 

 そしてすぐさま大仰に両の手を広げ、力の限りダーツは声を張る。

 

 

 

 

「――さぁ、戦え! デュエリストたちよ!!」

 

 

 

 その言葉を合図にデュエリストの雄叫びが響き渡った。

 

 

 

 






なんとか「KCグランプリ」ならぬ「ワールドグランプリ」開催に漕ぎ着けました。

大会編ですが、テンポよく進められるよう頑張りたいです(小並感)


Q:あれ? 原作ではレオンハルトって『レオン・ウィルソン』の偽名で参加してなかったっけ?

A:レオンもまた数多くの大会で結果を出しているデュエリストの為、普通に招待状が届いたんだよハルトォオオオオオオオ!!

偽名で参加されると、余計なトラブルの元だからね!

レオンの詳しい紹介は再登場までお待ちを。





~今作での少年リックのデッキ~
永続魔法《平和の使者》で相手の攻撃を制限しつつ、自分は永続魔法《絶対魔法禁止区域》により通常モンスターのドラゴンで一方的にぶん殴るAiちゃん風デッキ(違)

キーパーツは回収しやすい通常モンスターをコストに手札交換をガンガン使って集めていこう!

その過程で永続罠《強制撤収》を発動できれば相手の手札も破壊できちまうんだ!(なお除去)

奥の手として《スピリット・ドラゴン》の効果で発動済みの永続罠《強制撤収》の効果を適用し、永続罠《魔力の棘》でバーンすることも可能。

これで相手の手札に《クリボー》のような手札誘発があっても、《スピリット・ドラゴン》の攻撃によるダメージは防げないぜ!

なお綺麗に決まることはほぼなく、魔法・罠ゾーンの圧迫感がスゴイ。





~BIG5の《ペンギン・ナイトメア》こと大瀧さんのデッキ~

基本的によくある「ペンギン」デッキ。
魔法カード《トランスターン》で《大皇帝ペンギン》を呼んで展開するオーソドックスな構築。
ただDM時代にはエクストラ枠の候補が不足している為、火力不足の他、多くの問題を抱えている。

だが持ち前の展開能力に加え、永続魔法《水舞台(アクアリウム・ステージ)》のお陰で場持ちはいいので、余ったペンギンは《カタパルト・タートル》で射出しよう。

相手が水属性デッキなら? ペンギンちゃんは仲間(水属性)とは争はない主義だから……(目そらし)

魔法カード《同胞の絆》と魔法カード《スター・チェンジャー》のコンボで超大量展開だぜ!――なお、ない方が安定する。


アニメで使用していたとはいえ、ペンギン大好きおじさんが愛するペンギンを《カタパルト・タートル》で射出するのは如何なものかと思ったが

アニメの乃亜編でも「ペンギン魚雷」なる似たようなモンスターを使っていたので、気にしちゃいけない。



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第166話 熾烈なる(枠の)争い


前回のあらすじ
演説はデュエリストの嗜み







 

 

 海馬ランドUSAのジャングルゾーンにて2人のデュエリストの闘志がぶつけられる中、解説兼進行役を任された野坂ミホはマイク片手にヒートアップする会場の雰囲気を更に盛り上げんと声を張る。

 

「さぁさぁさぁ、遂に始まったデュエルキング――そう! 世界最強を決める大会ワールドグランプリ! 此処、Gブロックの実況は私! 自分で言うのもあれですが、人気急上昇中の野坂ミホがお送り――」

 

「NoooooOOOO! 舞さぁぁああああん!!」

 

 のだが、緑、黄、赤の三色のゴリラ――もとい、バブーンたちの三位一体の拳が強かに打ちつけられたことによって弾き飛ばされるマグナムの断末魔が野坂ミホの声を遮った。

 

 そうして一方的に愛する人の名前を叫び倒れたマグナムは土煙が晴れた先にて、まるで宇宙人の自爆攻撃を受けたようにヤム――もとい、身体を丸めるようにうずくまっている。

 

「あーあーっと! 私の名乗りを余所に、決まったー!! ハリウッドスター、マグナム選手は奮闘するも、マイコ・カトウ選手の大量展開の前に敗れた~~!!」

 

 そうして鮮やかな出オチを披露したマグナムが「初戦敗退」という、どう考えても孔雀舞との婚約が果たせない現実にさめざめと心の中で涙を流す中、海馬ランドUSAの各アトラクションにて続々と歓声が上がっていく。

 

 

 まだまだワールドグランプリは始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ところ変わって、海馬ランドUSAの大型の観覧車のあるエリアにて響 紅葉がプロ用の赤を基調にしたコートのようなコスチュームにてデュエルに挑んでいた。

 

 

 そんな彼のフィールドには黒茶色の甲殻の如きアーマーで全身を覆い、大地を揺るがしかねん程の巨腕を誇る大地のエレメンタルを持つヒーロー、《E・HERO(エレメンタルヒーロー)ガイア》と、

 

E・HERO(エレメンタルヒーロー)ガイア》 攻撃表示

星6 地属性 戦士族

攻2200 守2600

 

 緑の装甲と、黄色いリングで装飾された黒いマントで半身を隠す様に覆った風のエレメンタルを持つヒーロー、《E・HERO(エレメンタルヒーロー) Great TORNADO(グレイトトルネード)》がマントをはためかせながら佇む。

 

E・HERO(エレメンタルヒーロー) Great TORNADO(グレイトトルネード)》 攻撃表示

星8 風属性 戦士族

攻2800 守2200

 

 

 そんな2体のヒーローの連撃によってフィールドのモンスターを失った紅葉の対戦相手、カードプロフェッサーの1人、メンド・シーノは頭のターバン越しにこめかみを指でトンと叩いた後、鼻で笑う。

 

「ハン……安モンのわりには中々やるみてぇだが、ビギナーズラックも此処までだ! 俺は魔法カード《天啓の薔薇の鐘(ローズ・ベル)》を発動! デッキから攻撃力2400以上の植物族モンスター、《ギガプラント》を手札に加えるぜ!」

 

 既に自身の手札には眼前の若造を屠る準備が出来ているのだと示す様にメンド・シーノの頭上で鐘の音が響き――

 

「そして魔法カード《融合》発動! 手札の《ギガプラント》と《炎妖蝶ウィルプス》――この2体のデュアルモンスターを手札融合!」

 

 その音色に引き寄せられたように巨大なツタの身体を持ち、赤い花を顔とする《ギガプラント》と、炎の羽を揺らす妖しき蝶《炎妖蝶ウィルプス》が溶けあうように混ざり合う。

 

「万物に秘められた本性を暴き出せ! 融合召喚! 《超合魔獣ラプテノス》!!」

 

 そうして鐘の音が響く頭上からドロリと生れ落ちるのは幾重もの生物を継ぎ接いだような歪なドラゴン。

 

 何者かすら分からぬ翼を広げ、誰の物とも知れぬ頭を天に向け、誰でもない喉から耳障りな産声を漏らす。

 

《超合魔獣ラプテノス》 守備表示

星8 光属性 ドラゴン族

攻2200 守2200

 

「《超合魔獣ラプテノス》がフィールドに存在する限り、フィールドのデュアルモンスターはもう一度召喚された状態――デュアル召喚された状態となる!」

 

 その《超合魔獣ラプテノス》の本質はデュアル――二側面を持つモンスターたちの個性の開放。この歪なドラゴンの前ではあらゆるデュアルモンスターたちが、本来の自己を取り戻す。

 

「まだだ! 永続罠《デュアル・アブレーション》を発動! コイツの効果で1ターンに1度、デッキからデュアルモンスター1体をデュアル召喚された状態で特殊召喚する! もっともラプテノスのお陰でさして意味はねぇがなぁ!」

 

 やがて大地を砕き、緑の影が急成長するように這い出し――

 

「来いッ、《ギガプラント》!」

 

 幾重ものツタが中央で固まって幹と化した巨大な食虫植物が赤い花から大口を開けつつ、デュアルの真の力を示すように身体の至る場所から鋭利な茎を伸ばす。

 

《ギガプラント》 攻撃表示

星6 地属性 植物族

攻2400 守1200

 

「デュアル召喚されている《ギガプラント》の効果発動! 1ターンに1度、手札・墓地から植物族か昆虫族モンスターを特殊召喚する! 俺は手札の昆虫族、《デスサイズ・キラー》を特殊召喚!!」

 

 そして《ギガプラント》の身体が蠢き、その胴体部分となった幹の内側が脈動し、赤い花の大口から新たな生命が産み落とされた。

 

「さぁ、メシの時間だ! 底なしの捕食者! 《デスサイズ・キラー》!!」

 

 身体を覆う、薄い膜を引きちぎりながら姿を現すのは大鎌を持った巨大なカマキリの化け物、《デスサイズ・キラー》は威嚇するように2体のHEROに向けてチキキと音を鳴らす。

 

《デスサイズ・キラー》 攻撃表示

星8 風属性 昆虫族

攻2300 守1600

 

 しかし、その攻撃力は2300――レベル8の最上級モンスターにしては少々心もとない数値。

 

「まだだ! 墓地の《薔薇恋人(バラ・ラヴァー)》の効果発動! 墓地の自身を除外し、手札から植物族モンスターを特殊召喚する! 呼ぶのは当然コイツだ! 2体目の《ギガプラント》!!」

 

 それをよそに赤い薔薇をアクセントにしたドレスを纏う長いブロンドの髪を揺らす女性が一輪の薔薇をフィールドに投げ入れると、それを養分とするかの如く、大地から新たな《ギガプラント》が顔を覗かせる。

 

《ギガプラント》 2体目 攻撃表示

星6 地属性 植物族

攻2400 守1200

 

「《デスサイズ・キラー》の効果発動! 自分フィールドの昆虫族モンスターをリリースし、攻撃力をこのターンのエンドフェイズまで500アップさせる!」

 

 だが、《デスサイズ・キラー》の力は共食いにこそある。食えば食う程に力を際限なく高めていく、まさに味方殺しの死神。

 

「だけど、キミのフィールドに他の昆虫族はいないみたいだね」

 

 そんな響 紅葉の一言をメンド・シーノは嘲笑う。既に仕込みは済んでいるのだと。

 

「心配いらねぇよ! 俺は永続罠《DNA改造手術》を発動! 俺は『昆虫族』を宣言! これでフィールドのモンスターは全て『昆虫族』だ!!」

 

 やがてその宣言と共に、フィールドの《デスサイズ・キラー》を除く全てのモンスターから、昆虫の足や羽、眼球がそれぞれの身体を突き破るように生え始め、不気味さすら醸し始める。

 

《超合魔獣ラプテノス》

ドラゴン族 → 昆虫族

 

《ギガプラント》×2

植物族 → 昆虫族

 

E・HERO(エレメンタルヒーロー)ガイア》

戦士族 → 昆虫族

 

E・HERO(エレメンタルヒーロー) Great TORNADO(グレイトトルネード)

戦士族 → 昆虫族

 

「もう分かるよなァ?」

 

「これは……!」

 

「さぁ、『メシの時間』だ《デスサイズ・キラー》!!」

 

 挑発気なメンド・シーノの声に紅葉が僅かに目を見開くと共に《デスサイズ・キラー》の大鎌がギロチンの如く振り上げられる。その行く先は――

 

「俺は効果を使用した《ギガプラント》を《デスサイズ・キラー》で墓地に送ってパワーアップ!」

 

 己が同胞たる《ギガプラント》。そのツタの身体を大鎌で引き裂き、横に開いた顎からグチャリ、グチャリと捕食していく。

 

「そして呼んだばかりの《ギガプラント》の効果を発動! 墓地から新たな《ギガプラント》が復活!」

 

 だが、捕食された《ギガプラント》はもう一方の《ギガプラント》によって復活され――

 

「そしてそしてェ! 効果を使用した《ギガプラント》を《デスサイズ・キラー》で墓地に送ってパワーアップ!」

 

 力を使い果たした《ギガプラント》は先程の焼き増しのように《デスサイズ・キラー》に捕食される。

 

「そしてそしてそしてェ! 呼んだばかりの《ギガプラント》の効果を発動! 墓地から新たな《ギガプラント》が復活!」

 

 しかし、捕食された《ギガプラント》によって復活させられた元気いっぱいの《ギガプラント》はまたまた同胞の《ギガプラント》を己が力で再生させる。

 

「無限ループ……!!」

 

 そう、これは2体の《ギガプラント》がお互いを蘇生させ続ける無限ループ。

 

 

 これにより交互に2体の《ギガプラント》を捕食し続ける《デスサイズ・キラー》は文字通り、際限なくその攻撃力を高めていく。

 

 

 だが、此処で審判員として両者の間に立っていた磯野が手をピシッと上げながら、メンド・シーノへ声をかけた。

 

「メンド・シーノ選手! このループを続ける場合、大会進行の観点から計算可能である倍率の数値を宣言し、過程を省略して頂く規定となっております!」

 

 これはワールドグランプリの参加人数の多さゆえの処置。

 

 純粋な大会進行の妨げにならない為や、世界中の観戦者たちへの配慮などなど――早い話が色んな大人の事情が絡んだゆえのものである。

 

 

 

「なら、∞――って言いてぇところだが、計算可能な数値か……じゃぁ53億だ」

 

 そんな舞台裏にメンド・シーノはサラッとトンでもない数値を宣言した。

 

「だっハッハッハ! これで《デスサイズ・キラー》の攻撃力は53億とんで2300だ!」

 

 そうして高笑いするメンド・シーノの声に呼応するように《デスサイズ・キラー》はベキベキと身体中から異音を上げつつ膨れ上がっていく。

 

 やがて地の底を震わせるような雄叫びを上げる《デスサイズ・キラー》の身体は海馬ランドUSAのアトラクションの中でもかなりの高さを誇る観覧車が小さく見える程、巨大化した。

 

 間近に迫った捕食者の姿に観覧車に乗る観戦者たちも息を呑む。

 

《デスサイズ・キラー》

攻2300 → 攻53億2300

 

 2体の敵――否、エサを見下ろす《デスサイズ・キラー》。そして見上げるHERO。

 

「……超大型怪獣(モンスター)って訳か。ヒーローと共に戦うボクからすれば、これ程までに挑み甲斐がある相手はいないよ」

 

「口の減らねぇ奴だ――売り出し中のプロだかなんだか知らねぇが、所詮は安モン! この一撃でお前のプロ人生諸共吹っ飛ばしてやるぜ!!」

 

 そんな構図にポツリと漏らした響 紅葉の言葉など意に介さずメンド・シーノは勝負を決めにかかる。

 

――《カタパルト・タートル》が呼べりゃぁ良かったんだが、こいつに搦め手なんざ必要ねぇ!

 

「《デスサイズ・キラー》!! Great TORNADO(グレイトトルネード)諸共、その安モンを処刑してやりな! 地獄の大鎌(デスサイズ・ヘル)!!」

 

 見上げる程に巨大化した《デスサイズ・キラー》が空を覆い隠す様に大鎌を振りかぶる。

 

 その眼下の影の中にいる2体のヒーローなど《デスサイズ・キラー》から見れば無力な虫けらも同然。

 

「生憎だけど、此処で負ければ姉さんに顔見せできなくてね――ボクは速攻魔法《クリボーを呼ぶ笛》を発動! デッキから《ハネクリボー》を特殊召喚!」

 

『クリー! ――クリリッ!?』

 

 頭上から全てを叩き潰す大鎌が振り下ろされる前に現れたのはゆるふわ毛玉に天使の羽が生えた《ハネクリボー》。

 

 そんな愛らしい身体から突如として本人が驚きの声を上げる程に虫の手足や触覚が生えるが、ファンシーさは健在である。

 

《ハネクリボー》 守備表示

星1 光属性 天使族 → 昆虫族

攻 300 守 200

 

「今更、なに呼ぼうがテメェのHEROがお陀仏になることに変わりはねぇんだよォ!!」

 

 だとしても、死神の超巨大な大鎌は止まることなく、Great TORNADO(グレイトトルネード)に迫るが――

 

「更に罠カード《デストラクト・ポーション》を発動! 自分フィールドのモンスターを破壊し、その数値分ライフを回復する! 頼むぜ、相棒! 《ハネクリボー》を破壊!」

 

『クリリーッ!!』

 

 その前に《ハネクリボー》の気合の入った声と共に響 紅葉の前にうっらと光が集まり――

 

響 紅葉LP:4000 → 4300

 

 その光を叩き潰すように振り下ろされた《デスサイズ・キラー》の圧倒的な質量による一撃によって激震が走るフィールド。

 

 そこには巨大なクレーターにて奇跡的に残った《 E・HERO(エレメンタルヒーロー) Great TORNADO(グレイトトルネード)》のマントが響 紅葉の末路を示す様に風に飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

 

響 紅葉LP:4300

 

「フィールドで破壊された《ハネクリボー》の効果! このターン、ボクのバトルダメージを全て0にする!」

 

 だが、響 紅葉への衝撃は彼の前でグルグル目を回す《ハネクリボー》によって受け止められていた。

 

「チッ、んな安モンカードに……!」

 

「助かったぜ、相棒!」

 

『ク……クリィ……』

 

 そうして未だグワングワンと揺れる頭を余所に《ハネクリボー》は響 紅葉とハイタッチした後、粒子となって消えていく。これにて窮地は脱した。

 

「これでキミの《デスサイズ・キラー》の攻撃力はこのターンの終わりに失われる!」

 

「所詮は売り出し中の安モン……浅いんだよォ!! 罠カード《反転世界(リバーサル・ワールド)》を発動!これでフィールドの全ての効果モンスターの攻守は入れ替わる!!」

 

 そう、響 紅葉の言う様に《デスサイズ・キラー》の効果による自身への強化はそのターンのエンドフェイズまでしか保たない。

 

 しかし、そんな制限を如何にかするのがデュエリストの腕の見せどころ。

 

《デスサイズ・キラー》 攻撃表示

攻53億2300 守1600

攻1600 守53億2300

 

《ギガプラント》 守備表示

攻2400 守1200

攻1200 守2400

 

E・HERO(エレメンタルヒーロー)ガイア》 攻撃表示

攻2200 守2600

攻2600 守2200

 

「ターンの終わりに戻るのは『攻撃力』……!」

 

「その通り! これで53億の力が失われることはねぇ! カードを3枚セットしてターンエンド!!」

 

 ズシンと大地にどっしりと着地した《デスサイズ・キラー》の内には圧倒的なまでのエネルギーが蓄積されている。

 

 

 そうして響 紅葉のターンが回るが、その視線は相手のセットカードに注がれる。どう考えても《デスサイズ・キラー》を援護する為のものであることは明白。

 

「ならボクのターン、ドロー! 手始めに魔法カード《ギャラクシー・サイクロン》を発動! フィールドにセットされた魔法・罠カードを1枚破壊する! 右のセットカードを破壊!」

 

「お見通しなんだよ! 2枚目の罠カード《反転世界(リバーサル・ワールド)》を発動! これで《デスサイズ・キラー》は最強だ!!」

 

 なればと、白銀の竜巻がメンド・シーノのセットカードの1枚を呑み込むが、先んじて発動されてしまい――

 

 大地を砕き揺らしながら立ち上がった《デスサイズ・キラー》が己が内にあふれ出すエネルギーを攻撃性に変化させるかのように雄叫びを上げた。

 

《デスサイズ・キラー》 攻撃表示

攻1600 守53億2300

攻53億2300 守1600

 

《ギガプラント》 守備表示

攻1200 守2400

攻2400 守1200

 

E・HERO(エレメンタルヒーロー)ガイア》 攻撃表示

攻2600 守2200

攻2200 守2600

 

「デュエルキングが操る神だか、何だか知らねぇが――上から叩いちまえば等しく潰れちまう安モンなんだよ! だっハッハッハ!」

 

 これで永続的に《デスサイズ・キラー》の攻撃力は53億越えで固定される。文字通り、神のカードであっても届き得ない数値。とはいえ、神の効果による効果破壊は防げないが。

 

「ならボクは魔法カード《融合》を発動!」

 

 しかし、どれ程の相手であろうともHEROの心が折れることはない。そしてまた響 紅葉の心も同様である。

 

「手札の水属性モンスター、《E・HERO(エレメンタルヒーロー) オーシャン》とフィールドの『HERO(ヒーロー)』モンスター、《 E・HERO(エレメンタルヒーロー)ガイア》を融合!」

 

 フィールドに鎮座する《 E・HERO(エレメンタルヒーロー)ガイア》に二股の矛を持つイルカのヒレのようなものが頭から伸びる海中戦士が水を操り互いの全身を覆って水を卵型に形成していく。

 

「現れろ、氷結の支配者!! 《E・HERO(エレメンタルヒーロー) アブソルート Zero(ゼロ)》!!」

 

 やがて水の卵が一瞬にして凍り付くと共に弾けた先には白銀の鎧を纏う氷のHEROが白いマントをはためかせながら腕を組み佇んでいた。

 

E・HERO(エレメンタルヒーロー) アブソルート Zero(ゼロ)》 攻撃表示

星8 水属性 戦士族

攻2500 守2000

 

「更に魔法カード《ミラクル・フュージョン》を発動! 墓地の《E・HERO(エレメンタルヒーロー) オーシャン》と《E・HERO(エレメンタルヒーロー) フォレストマン》を除外し、墓地融合!!」

 

 そして墓地にて先程の水のHERO《E・HERO(エレメンタルヒーロー) オーシャン》と右半身が樹木で覆われた緑の肌の戦士が天にて一体となり、生命を生み出す星となる。

 

「プラネットが1体! 命溢れる星の力を呼び覚ませ! 《E・HERO(エレメンタルヒーロー) ジ・アース》!!」

 

 そうして空より降り立つのは穢れなき純白のHERO。額と両肩の海を思わせるアーマーと、身体の中心の赤いコアが鮮烈な輝きを放つ。

 

E・HERO(エレメンタルヒーロー) ジ・アース》 攻撃表示

星8 地属性 戦士族

攻2500 守2000

 

 

 だが、此処で《E・HERO(エレメンタルヒーロー) ジ・アース》の姿に解説役の一人、ペンギン伯爵――中身はちゃんとした人バージョン――が驚きの声を漏らす。

 

「あ、あれはー!!」

 

「シ、知ッテイルノカ、ペンギン伯爵!!」

 

「勿論だペン! あれはI2社のデザイナー『フェニックス』氏が太陽系の惑星をモチーフに生み出した10枚のカード――『プラネットシリーズ』の1枚だペン!」

 

「ナ、ナンダッテー!」

 

「しかもフェニックス氏のたっての願いで普通のパックに投入された文字通り、幻の一品だペン!」

 

 隣のラッビーのオーバーリアクション気味な小気味のいい相打ちにもの凄く安易な語尾で《E・HERO(エレメンタルヒーロー) ジ・アース》の説明を続けていくペンギン伯爵。

 

「ぐふふ、流石はペンギン伯爵! 博識ですねぇ」

 

 これにはその隣にいたBIGの《ペンギン・ナイトメア》の人こと大瀧さんも満足そうだ。でも安易な語尾でのキャラ付けはどうかと思うザウルス。

 

 

 そんな降って湧いた情報にメンド・シーノは僅かに警戒の色を見せるが――

 

「レアもんを持ってるみてぇだが、攻撃力が毛ほども足りちゃいねぇぜ!」

 

「此処でジ・アースの効果! このカードはフィールドの『HERO《ヒーロー》』をリリースし、その力――攻撃力を受け継ぐ! アブソルート Zero(ゼロ)をリリースだ! 地球灼熱(ジ・アース マグマ)!!」

 

 《E・HERO(エレメンタルヒーロー) アブソルート Zero(ゼロ)》がその身にヒビが入る程に力を託したことで《E・HERO(エレメンタルヒーロー) ジ・アース》の赤いコアが眩いまでの輝きを放ち、その全身を赤く染めていく。

 

 身体から立ち上がる炎を見れば、まさに彼の語るように「灼熱(マグマ)」という言葉が相応しい。

 

E・HERO(エレメンタルヒーロー) ジ・アース》

攻2500 → 攻5000

 

「攻撃力を上げてきたか――だが、たった5000! 53億には逆立ちしたって届かねぇなぁ!!」

 

「この瞬間、アブソルート Zero(ゼロ)の効果発動! このカードがフィールドを離れた時、相手フィールドのモンスターを全て破壊する!!」

 

 しかし此処で力を全て託したことで崩れかけている《E・HERO(エレメンタルヒーロー) アブソルート Zero(ゼロ)》の身体の亀裂が一段と大きくなり――

 

瞬 間 氷 結(Freezing at moment)!!」

 

 砕けたと共に吹き荒れる絶対零度の冷気の暴風がメンド・シーノのフィールドの

《超合魔獣ラプテノス》、2体の《ギガプラント》。そして《デスサイズ・キラー》を氷河の世界へ誘う。

 

 

 ぺキリぺキリとその身を凍らせ、断末魔すら上げることなく4体のモンスターの命を奪っていく。

 

 

「どれ程の攻撃力を有していようとも――」

 

「無駄ァ!」

 

 だが、そんな絶対零度の暴風を自慢の大鎌で切り裂いた《デスサイズ・キラー》が大質量の一撃が氷河の時代を終わらせる。

 

 やがて《E・HERO(エレメンタルヒーロー) アブソルート Zero(ゼロ)》の身体は最後の力を失ったかのように砕け散った。

 

「――なっ!?」

 

「発動していた永続罠《ディメンション・ガーディアン》により、俺の《デスサイズ・キラー》は破壊されねぇ!! 安モンの考えることなんざ見え透いてるんだよ!」

 

 己がエースHEROの一撃すら躱してみせたメンド・シーノだが、響 紅葉が視線で射貫く残るリバースカードは後1枚。

 

「なら、魔法カード《ブーギー・トラップ》を発動! ボクは手札を2枚捨て、墓地の罠カード――永続罠《大捕り物》をセット! この効果でセットしたカードはそのターンに発動できる!」

 

 その1枚が何なのかによって響 紅葉が取るべき手は大きく変わるが――

 

「永続罠《大捕り物》発動! 相手フィールドの表側表示モンスター1体のコントロールを得る!!」

 

「だが、そいつで奪ったモンスターは効果の発動はおろか、攻撃にすら参加できねぇ筈だ!」

 

――次のターンでソイツを破壊すりゃぁ、コントロールは戻る。所詮は安モンのその場しのぎでしかねぇ!

 

 メンド・シーノの内と外の言葉を余所に超巨大になった《デスサイズ・キラー》が超巨大な網で捕縛され、《E・HERO(エレメンタルヒーロー) ジ・アース》によって一本釣りされる。

 

 

 これでメンド・シーノのモンスターは全て処理した。後はダイレクトアタックによるチェックメイトのみ。

 

「ジアースの効果を再び使わせて貰うよ!

 

「何ッ!? そいつの効果は『HERO』モンスターにしか使えねぇ話の筈!?」

 

 だが、響 紅葉のデュエルは更に一歩先を行く。

 

「知らないのかい? 誰の心にもHEROの鼓動は宿っているのさ! 魔法カード《ヒーローマスク》発動!!」

 

 身体に絡まった網を相手にもがく《デスサイズ・キラー》の顔へと装着されるのはお祭りで売られているような「HERO」のお面。

 

「このカードはデッキからHEROを墓地に送ることで、ボクのフィールドのモンスター1体を墓地に送ったHEROと同名モンスターとして扱う! 《E・HERO(エレメンタルヒーロー) アイスエッジ》を墓地へ!!

 

 その仮面を付けた瞬間、《デスサイズ・キラー》の心に正義の心が宿ったことで大鎌を捨て去り、《E・HERO(エレメンタルヒーロー)ジ・アース》に向けて拳をぶつけ合わせるように腕の一本を向けた。

 

《デスサイズ・キラー》 → 《E・HERO(エレメンタルヒーロー) アイスエッジ》

 

「そしてHEROの力はジ・アースに受け継がれる!! 地球灼熱波動(ジ・アース マグマ バースト)!!」

 

 そうして《デスサイズ・キラー》――いや、デスサイズ・HEROの内に秘められた莫大なエネルギーが《E・HERO(エレメンタルヒーロー)ジ・アース》に送り込まれ、溢れんばかりの力が地球の力を持つHEROに炎の翼を授けた。

 

E・HERO(エレメンタルヒーロー)ジ・アース》

攻5000 → 攻53億7300

 

「これでフィニッシュだ! 行け、ジ・アース! 地球灼熱斬(アース・マグナ・スラッシュ)!!」

 

 やがて命脈する炎の翼の力で空から襲来し、背中の出っ張りから引き抜いた2本のビームソードがメンド・シーノをX字に切り裂く。

 

 

「――馬鹿が! その攻撃時、罠カード《ドレインシールド》を発動! 攻撃を無効にし、その攻撃力分、俺のライフを回復する!!

 

 だが、その攻撃は半透明な壁によって遮られ、2本の剣のエネルギーがどんどん吸収されていき――

 

メンド・シーノLP:1200 → 53億8500

 

「だーっハッハッハ! どうよ! これで俺のライフも脅威の50億越え! まともな方法じゃ削り切れやしねぇぜ!」

 

 そして《E・HERO(エレメンタルヒーロー)ジ・アース》が半透明な壁に弾かれたと共に莫大なライフを得たメンド・シーノ。

 

 

 普通にデュエルしていてはとてもではないが削り切れる量ではない。

 

 

「次のターンの心配は無用さ」

 

「あん?」

 

 しかし何事にも例外は必ず存在する。

 

 赤から、黄金へと変化させた輝きを放つ《E・HERO(エレメンタルヒーロー)ジ・アース》は2本のビームソードを1本に束ね、極大の一撃と化す。

 

E・HERO(エレメンタルヒーロー)ジ・アース》

攻53億7300 → 攻106億14600

 

「………………はァ!? こ、こ、攻撃力100億越え!?」

 

「ジ・アースの攻撃が無効になったことで、速攻魔法《ダブル・アップ・チャンス》を発動させて貰ったよ」

 

 天に向けて振りかぶられる極大の光の剣は――

 

「それによりジ・アースの攻撃力を倍にしてもう1度攻撃できる!!」

 

「そ、そんなふざけたことが――」

 

「終わりだ! 地球灼熱撃斬(アース・マグナ・メテオ・スラッシュ)!!」

 

「ぐぁあぁぁあぁああああぁああああッ!!??」

 

 裁きの光となって振り下ろされ、無防備なメンド・シーノを襲った。

 

メンド・シーノLP:53億8500 → → → 0

 

 

 

 

 

 眩き輝く斬撃が消えていき、デュエル終了のブザーが鳴り響く中、解説席のラッビーはガッツポーズしながら宣言する。

 

「今日モ スバラシキ デュエル ヲ 見セテモラッタゾ!」

 

「僕たちに出来るのは盛大な拍手を送ることだペン!」

 

「ぐふふ、その通りです! 素晴らしきデュエルを称えるとしましょう!」

 

 そうしてラッビー、ペンギン伯爵、ペンギン好きのおじさん――の三者三様の言葉と共に観客たちが喝采を響かせた。

 

 

 

 

 

 

 そんなイロモノ感溢れる解説者たちが担当したデュエル場を上階より眺める影が一つ。

 

「ふむ、マアトの羽を間近にしても反応はなし。プラネットシリーズ自体に影響する様子もなし。デザイナー、フェニックスには元々イマジネーション――構想があったとみるべきか」

 

 そこには頑張って威厳を出すように座すダーツの姿。考えを纏めるように小声で零した言葉を見るに中の人的に注目の一戦だった模様。

 

 ただ、「デュエルの内容」ではなく、「使用されたカードやその背景」に意識が向けられている辺り、デュエリストらしからぬものであろう。

 

「ふぅん、どうした――プラネットシリーズがそうも気になるか」

 

 しかし、此処で空席を挟んだ向かい側から響いた海馬の声にダーツは中の人から飛び出そうな素っ頓狂な声を気合で押し込みつつ、努めて平静に振る舞うのみ。

 

「……興味深いデュエルだったものでね。しかし海馬 瀬人――キミもペガサス・J・クロフォードのように気になる試合でも見に行ったらどうだい?」

 

「いらん心配だ。遊戯が俺以外のデュリストに負ける訳がなかろう」

 

 やがて軽快なジョークでも投げかけるようなダーツに海馬は唯々鋭い眼光を返すのみ。ゆえに返答代わりにダーツは薄く笑みを浮かべる。とはいえ――

 

――いや、そうではなく、そんなにジッと睨まれると息が詰まるのですが…………中身、バレてないよね?

 

 何処までも小心者なダーツのガワの中身からすれば、海馬の眼光は些か以上に厳しいものだったが。

 

 

 

 

 

 

 またまたところ変わって、ゴーストリックのお化け屋敷エリアにて、美女と野獣と言うべき絵面の二人がデュエルに興じていた。

 

 その野獣側――「闇」の文字の書かれた丸い縁のない帽子の大柄な男、闇のプレイヤーキラーは自身がカードをドローした後、スタンバイフェイズにて自身のフィールドの4体のモンスターを誇るように効果を発動させる。

 

「このスタンバイフェイズ、《闇晦ましの城》の効果で、俺のフィールドのアンデット族モンスターの攻・守は更に200ポイントアップ――当然、永続罠《DNA改造手術》によりアンデット族となった俺の4体全てのモンスターが更にパワーアップだ」

 

 所有者と同じく「闇」と書かれた浮遊リングによって闇の只中に浮かぶ土色の魔城から漏れ出た闇の瘴気が悪魔族――ではなく、アンデット族となったしもべたちに力を与える。

 

《闇晦ましの城》 守備表示

星4闇属性 悪魔族 → アンデット族

攻 1320 守2330

攻1520 守備2530

 

 何処かエイリアンを思わせる口以外存在しない頭部を持つ闇色の甲殻を持った大きな悪魔が「己こそが覇王だ」と言わんばかりに腕を天に振り上げ、

 

《闇魔界の覇王》 攻撃表示

星5 闇属性 悪魔族 → アンデット族

攻2400 守1530

攻2600 守2130

 

 コアとなる青い宝玉を抱えるように体となる紫色の触手が伸びる悪魔が、左右の殆ど枠組みだけの黒い翼で場違い感ゆえか、身を小さくするように屈む。

 

《ティンダングル・エンジェル》 守備表示

星4 闇属性 悪魔族 → アンデット族

攻 900 守2200

攻1100 守2400

 

 目玉が一つの王冠を被った巨大なカボチャの化け物が裂けて広がった大口を広げながら、手足代わりの緑のツタで身体を支えていた。

 

《ゴースト王-パンプキング-》 攻撃表示

星6 闇属性 アンデット族

攻2300 守2500

攻2500 守2700

 

「そして同じくスタンバイフェイズに《ゴースト王-パンプキング-》は自身の効果で攻・守をまた100ポイント上昇させる」

 

 だが、そんなカボチャの化け物、《ゴースト王-パンプキング-》は前のターンから着々とその身体を大きく育てている。《闇晦ましの城》から放たれる瘴気が良い栄養となるのだろう。

 

《ゴースト王-パンプキング-》

攻2500 守2700

攻2600 守2800

 

 そうして僅かずつではあるが、着実にパワーを上げていく闇のプレイヤーキラーのしもべたちに美女と野獣の美女の方、孔雀舞の顔には僅かに焦りが見え始めていた。

 

「この強化も2回目……そうやって永続的にパワーアップしていくつもり?」

 

「安心するんだな。この効果は4回目のスタンバイフェイズで最後になる――つまり、後400ポイントしか上昇しない。嬉しい情報だろう?」

 

「随分と控えめなのね」

 

 自身の心の内を隠すように軽い調子を見せる孔雀舞だが、毎ターン200ポイントずつパワーアップしていくモンスターたちの地味な面倒臭さよりも、眼前の闇のプレイヤーキラーにこそ警戒心を向ける。

 

――カードパワーは問題じゃないわ。問題なのは、これらのカードを意のままに操るコイツの腕そのもの。

 

 正直な話、闇のプレイヤーキラーの使うカードは時代遅れも甚だしい程の低パワーだが、使い手の腕一つで此処まで化けるとは孔雀舞の想定外だった。

 

 今の今までまるで自分のデュエルをさせて貰えない――厄介だと彼女は内心で舌を巻く。

 

「フッフッフ、その余裕がいつまで続くかな――俺は魔法カード《トランスターン》を発動! 《ティンダングル・エンジェル》を墓地に送り、同属性・種族でレベルの一つ高いモンスターをデッキから呼び出す!」

 

 そんな孔雀舞の胸中を読み取ったのか、意気揚々と1枚のカードを発動させた闇のプレイヤーキラーによって《ティンダングル・エンジェル》の頭上の《闇晦ましの城》から闇が落ち――

 

「そして《ティンダングル・エンジェル》は墓地で永続罠《DNA改造手術》の効果から逃れ『悪魔族』に戻る。つまり――」

 

 その闇にくるまれた後、内側の何かが暴れるように脈動した後、《ティンダングル・エンジェル》を覆っていた闇が周囲に飛び散った。

 

「デッキよりレベル5の悪魔族を呼び出す! 顕現せよ、秤を乱す悪意! 《ダーク・キメラ》!」

 

 だが、そこにいる筈の《ティンダングル・エンジェル》はなく、代わりに竜人を思わせる特徴を持った鍵爪の悪魔が身体に残った闇を払い、黄土色の鱗を覗かせる。

 

《ダーク・キメラ》 攻撃表示

星5 闇属性 悪魔族 → アンデット族

攻1610 守1460

 

「さらに墓地の《ヘルウェイ・パトロール》を除外し、手札から攻撃力2000以下の悪魔族モンスターを特殊召喚する――出でよ、闇の城の守護者! 《メタル・ガーディアン》!」

 

 バイク乗りの悪魔、《ヘルウェイ・パトロール》の誘導により一歩足と両手合わせて3つの車輪で進み出るのは鈍く光る重厚な鉄色の装甲を持つ機械の悪魔。

 

《メタル・ガーディアン》 守備表示

星5 闇属性 悪魔族 → アンデット族

攻1150 守2150

 

「此処で魔法カード《馬の骨の対価》を発動。折角呼んだところ少々悪いが、通常モンスター《メタル・ガーディアン》を墓地に送り、2枚ドローさせて貰おうか」

 

 だが、そのまま《ヘルウェイ・パトロール》の誘導の元、機械の悪魔、《メタル・ガーディアン》は何処かへと走り去って行った。きっと今日は非番だったのだろう。

 

「くくく、来たぞ――此処でリバースカードオープン、罠カード《早すぎた帰還》を発動。手札を1枚除外し、除外されたモンスター1体を裏守備表示でセットする」

 

 そうしてシフト交代を果たした闇のプレイヤーキラーの手札の1枚が発動させた罠カードによって次元へと飛ばされ――

 

「手札の《カードを狩る死神》を除外し、今除外した《カードを狩る死神》を裏守備表示でセットだ」

 

 飛ばされたカードが先程と同じように戻ってきた。とはいえ、裏守備表示なのでその正体は微妙に不明のままだが。

 

「そして永続罠《星遺物の傀儡》の効果を発動! 自分フィールドに裏守備表示でセットしたモンスターを表側の攻撃表示・守備表示にする! 攻撃表示に変更だ!」

 

 しかしシフトの時間だと強引に表側攻撃表示にされた黒いローブで全身を覆った謎の人物が身の丈程の鎌を片手に現れ、空中でフワフワと浮かんでいた。

 

《カードを狩る死神》 裏守備表示 → 攻撃表示

星5 闇属性 悪魔族 → アンデット族

攻1380 守1930

 

「《カードを狩る死神》のリバース効果で相手の罠カード1枚を破壊する! セットしていれば確認した後、罠カードであれば破壊だ!! 中央のセットカードを切り裂け!!」

 

 が、ユラリとローブを揺らした《カードを狩る死神》は一気に孔雀舞の守備モンスターの飛び越え、鎌をセットカードに振り下ろした。

 

 だが接触したカードからガキンと金属質な音が響き、その反動で腕が痺れたのかブルブルと身体を震えさせる《カードの死神》――勢いよく振り下ろし過ぎたようだ。

 

「セットしていたカードは……永続罠《銀幕の鏡壁(ミラーウォール)》……破壊されるわ」

 

 とはいえ、セットカードである永続罠がガラスの砕けるような音ともに破壊された光景に《カードを狩る死神》は満足気にクルリと宙を一回転した後、闇のプレイヤーキラーの元へ戻った。

 

「これで反撃の芽は潰した! バトルといこう! 闇の進軍だ!! 《ゴースト王-パンプキング-》! 《ハーピィ・チャネラー》を叩き潰せ!」

 

 強力な罠カードを破壊したことで、今が好機だと孔雀舞の2体のモンスターに攻勢をかける。

 

 やがて《ゴースト王-パンプキング-》のツタの鞭が、その1体である黒い羽根の髪を左右に結ったハーピィ――《ハーピィ・チャネラー》が持つ杖を奪い取り、「返せ」とぴょんぴょん飛び跳ねる元々の所有者の頭にゴツンと振り下ろされた。ツタの使い方が違うだろ!

 

 そして目を回しフラフラと千鳥足で一回りした後、バタンと倒れた《ハーピィ・チャネラー》。

 

「くっ……《ハーピィ・チャネラー》が……!」

 

孔雀舞LP:4340 → 3140

 

 一応、攻撃表示だった為、ダメージは中々無視できない。

 

「だとしても! アタシのハーピィが破壊された時、永続魔法《魅惑の合わせ鏡(スプリット・ミラー)》の効果でデッキから新たなハーピィを特殊召喚するわ!」

 

 しかし倒れた《ハーピィ・チャネラー》を映す鏡から抜け出す様に現れた紫髪の何処か使い手に似て強気な部分が垣間見える視線をした《ハーピィ・パフューマー》が腕から伸びる緑の翼を交差させ、肌が死人のような土色に変わろうとも主を守らんと立ちはだかる。

 

《ハーピィ・パフューマー》 守備表示

星4 風属性 鳥獣族 → アンデット族

攻1400 守1300

 

 だが、それだけではない。

 

「このカードを呼び出した時、デッキから《ハーピィ・レディ三姉妹》のカード名が記された魔法・罠カードを手札に加えるわ! そしてアタシのフィールドにレベル5以上の『ハーピィ』がいれば、その枚数を2枚にできる!」

 

「貴様のフィールドにはレベル7の《ハーピィズペット(ドラゴン)》がいる……!」

 

「その通りよ! よって魔法カード《万華鏡-華麗なる分身-》と同じく魔法カード《トライアングル・X(エクスタシー)・スパーク》を手札に!」

 

 登場時に舞い散った羽根の2つが孔雀舞の希望となって降り注ぐ。

 

「だが闇の進軍は止まらん! 《カードを狩る死神》よ! パフューマーを切り裂け!」

 

 だとしても、その貧弱なステータスでは同じく貧弱なステータスの《カードを狩る死神》の鎌のフルスイングは止められない。

 

 そして手からすっぽ抜けた鎌の棒の部分が《ハーピィ・パフューマー》の頭にカコーンと炸裂し、仲間の後を追うことになった。

 

「くっ……! でも守備表示! アタシへのダメージはないわ!」

 

「だとしても仲間のハーピィが消えたことでペット(ドラゴン)の力は元に戻る! その程度の力では《闇魔界の覇王》の前では無力!」

 

 そうしてコソコソと鎌を回収する《カードを狩る死神》を余所に仲間のハーピィがいなくなったことでテンションダウンした孔雀舞の最後の砦たる薄桃色のドラゴンは寂し気に「クゥ」と鳴く。

 

《ハーピィズペット(ドラゴン)》 守備表示

攻2300 守2800

攻2000 守2500

 

 が、《闇魔界の覇王》のかめはめ――もとい、両手首を合わせて開いた手から放たれた闇のエネルギー波が《ハーピィズペット(ドラゴン)》を消し飛ばし、その身を灰とする。

 

「さぁ、道は開けた! 《ダーク・キメラ》でダイレクトアタック!!」

 

 最後は《ダーク・キメラ》の無駄にスタイリッシュな連続バク転からの跳躍による頭上からの鍵爪が孔雀舞を襲った。

 

「ぅあぁぁぁっ!?」

 

孔雀舞LP:3140 → 1530

 

「俺はカードを1枚セットし、ターンエンドだ。さぁ、我が闇の前では全てが無力なのだと思う存分、噛み締めるがいい!」

 

 やがてターンを終えた闇のプレイヤーキラーに対し、孔雀舞の手札は6枚と大変多いが、形勢を一気に逆転させるにはあと一歩及ばない。

 

「アタシのターン……」

 

――此処であのカードを引かないと、この先にアタシの勝機はない……

 

 多少のアドバンテージを盛り返す術があったとしても、そんな小手先の技が眼の前のデュエリスト(闇のプレイヤーキラー)に通じる程、甘い考えは持てない。

 

 

 根無し草だった孔雀舞にとって此処までの大舞台の経験はない。いや、大半のデュエリストにとってこの規模は未知数だろう。ゆえの不安。ゆえの焦燥。

 

 

 だが、そんな時に脳裏に過るのは個人的にもっとも注目しているデュエリストの顔。「アイツなら」――そう考えた時、なんだかプレッシャーを感じている自身が急に馬鹿らしくなる。

 

「……ふっ、そうよね。俯くなんてらしくないわ――ドロー!!」

 

 何時だって良い意味悪い意味合わせて、子供のように全力で、考え無しで、自分にないものを、失ってしまったものを思い出させてくれる彼女にとっての青空。

 

「アタシは《ハーピィ・オラクル》を召喚!!」

 

 そして吹っ切れた孔雀舞の手札から現れるのは青空のように澄んだ水色の髪を後ろで纏めた丸形の天体模型を眺める黒い翼を持つハーピィ。

 

《ハーピィ・オラクル》 攻撃表示

星4 風属性 鳥獣族 → アンデット族

/攻1300/守1400

 

「このカードの召喚・特殊召喚時に効果を発動! このターンのエンドフェイズ時にアタシの墓地から《ハーピィ・レディ三姉妹》のカード名が記されたカードを1枚手札に加える」

 

「ほう、それで魔法カード《ハーピィ・レディ -鳳凰の陣-》を回収する気か。だが、次のターンで発動するには3体のハーピィが必要になる――果たして、その時、3体ものハーピィを展開する力が残っているかな?」

 

 そんな《ハーピィ・オラクル》が授けるのは未来の可能性。彼女が彼から貰ったもの。

 

「お生憎様――次のターンなんて、アタシも待つ気はないわ!」

 

 だが残念。彼女は少々せっかちだ。未来の可能性など待ってなどいられない。自分の手で先んじて掴みに行く。

 

「魔法カード《万華鏡-華麗なる分身-》を3枚発動!」

 

「――3枚同時発動だと!?」

 

 ゆえに《ハーピィ・オラクル》によって合わせられた鏡で暗闇の中の光を集め、キラキラと世界を彩り――

 

「地獄のハーレムを体感させて上げるわ――来なさい、《ハーピィ・レディ三姉妹》たち!!」

 

 闇の世界から光を引き連れ現れるのは孔雀舞にとってのフェイバリットカード。

 

 赤い長髪、橙のウェーブがかった前髪、青い箒頭の三者三様のハーピィ・レディたちが、それぞれ3体ずつ空から舞い降り、孔雀舞を鼓舞するようにフィールド内を埋め尽くす。

 

《ハーピィ・レディ三姉妹》×3 攻撃表示

星6 風属性 鳥獣族 → アンデット族

攻1950 守2100

 

 モンスターの数は4体だが、フィールドに並ぶ10体のハーピィ・レディの存在は敵対者からすればまさに「地獄のハーレム」であろう。

 

「そして魔法カード《トライアングル・X(エクスタシー)・スパーク》を発動! これでアタシの《ハーピィ・レディ三姉妹》の攻撃力はこのターン2700になるわ!」

 

 やがて《ハーピィ・レディ三姉妹》が3体で三角――トライアングルを作るような陣形をそれぞれとると、そのトライアングルの空間がバチバチとスパークし始め――

 

「更に相手の罠カードの発動を封じ、罠カードの効果も無効化する!!」

 

 それが大きく輝いた瞬間、フィールドを覆っていた闇を、《DNA改造手術》の呪縛を切り裂き、空に雲一つない晴天をもたらした。

 

《ハーピィ・オラクル》

アンデット族 → 鳥獣族

 

《ハーピィ・レディ三姉妹》×3

アンデット族 → 鳥獣族

攻1950 → 攻2700

 

「くっ!? 闇が晴れ、俺のモンスターたちまでもが……!!」

 

 そうして闇が晴れたゆえに元の姿に戻って行くハーピィたちと、闇の恩恵が失われ、忌むべき光の元に晒される悪魔たち。

 

《闇晦ましの城》

アンデット族 → 悪魔族

 

《闇魔界の覇王》

アンデット族 → 悪魔族

 

《ダーク・キメラ》

アンデット族 → 悪魔族

 

《カードを狩る死神》

アンデット族 → 悪魔族

 

「アタシのハーピィの翼は闇をも切り裂くのよ!」

 

 そう、彼女に闇は似合わない。

 

 彼女は、そして共に歩むハーピィたちが羽ばたくべき世界に、空に、闇の居場所は何処にもないのだ。

 

「そして鳥獣族に戻ったことでこのカードが使えるわ! 罠カード《ゴッドバードアタック》! フィールドの鳥獣族――《ハーピィ・オラクル》をリリースし、フィールドのカード2枚を破壊する!」

 

 やがて、さんさんと輝く太陽の光が《ハーピィ・オラクル》を赤き情熱の炎で包み込み――

 

「《闇晦ましの城》と《ゴースト王-パンプキング-》を破壊!!」

 

「ぬぅううッ!?」

 

 自軍を焼く炎の舞いに苦悶の声を漏らしつつ、自身のセットカードに悔し気な視線を一瞬向けた闇のプレイヤーキラーのキーカードであった2体のしもべたちが燃えていく。

 

 その炎の中でボロボロと崩壊を始め、墜落する《闇晦ましの城》と、こんがり焼けて香ばしい匂いを放つ《ゴースト王-パンプキング-》――というか、焼きカボチャ。

 

「そして《ハーピィ・レディ三姉妹》‘sの攻撃! トライアングル・X(エクスタシー)・デルタスパーク!!」

 

 そうして隊列の崩れた闇の軍勢が浮足立つ光景に放たれるのは《ハーピィ・レディ三姉妹》が放つ九位一体の三連撃。

 

 放たれる「X」の文字状の波動は《ダーク・キメラ》を十字に切り裂き、生じた紫電が《カードを狩る死神》を断末魔の中で焼きつくし、

 

 対抗して闇の波動を放った《闇魔界の覇王》の一撃すら押し返し――

 

闇のプレイヤーキラーLP:4000 → 1490

 

「ぐぅぉぉおおぉぉおおッ!? 俺の闇のしもべたちが全滅だとぉ!? ……だが、俺のライフは――――なっ!?」

 

 己が闇の軍勢が一掃された事実に空に舞う九つの翼を忌まわし気に見やる闇のプレイヤーキラーだが、その内の三つの影が「別々」に降り立つ光景に大きく目を見開く。

 

 その1体は赤い長髪をなびかせながら蠱惑気に笑い、

 

《ハーピィ・レディ1(ワン)》 攻撃表示

星4 風属性 鳥獣族

攻1300 守1400

攻1600

 

 2体目は橙のウェーブがかった前髪を掻き上げながらクスクスと笑みを浮かべ、

 

《ハーピィ・レディ2(ツー)》 攻撃表示

星4 風属性 鳥獣族

攻1300 守1400

攻1600

 

 3体目は青い箒頭を揺らしながらケラケラと嗤う。

 

《ハーピィ・レディ3(スリー)》 攻撃表示

星4 風属性 鳥獣族

攻1300 守1400

攻1600

 

「なん……だと……!?」

 

「罠カード《華麗なるハーピィ・レディ》を発動させて貰ったわ。《ハーピィ・レディ三姉妹》をデッキに戻すことで、手札・デッキ・墓地からそれぞれ元々のカード名が異なる『ハーピィ』を特殊召喚できる」

 

 新たに降り立った――いや、ペアを解消した3体のハーピィ・レディたち。

 

「言ったでしょ――地獄のハーレムを体感させて上げるって」

 

 彼女たちは思わず後退った獲物の逃げ場を塞ぐように翼を広げ飛び立ち、左右と上空に分かれ――

 

「――三重(トリプル)爪牙(スクラッチ)砕断撃(クラッシャー)!!」

 

「ぐぬぁぁああぁあぁぁあッ!!」

 

 三方向から繰り出された華麗なる3体の狩人の一撃が、闇の住人に断末魔を上げさせた。

 

闇のプレイヤーキラーLP:1490 → → → 0

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなでデュエルキングの座を奪い合うかの如く熾烈なデュエルが繰り広げられる中、待合室にて、らしからぬように行儀よく座る城之内が拳を握りつつ呟いた。

 

「もうじき俺の試合……くっそ~、心臓の音がうるせぇ」

 

 そうして自身の胸に拳をぶつける城之内は己が内の緊張をほぐす様に独り言を続ける。

 

「最初のトーナメントは小分けにされるって話だから、俺は今日3回勝てば……最初のトーナメント突破……」

 

 そう、ワールドグランプリではモクバが説明したように細かく8人ずつのトーナメントに分けられる。それは参加人数的な側面からなるものと、先の対戦カードを隠す側面など、色々事情があるが、城之内の緊張の根っこはそこではない。

 

「そんでもって、何日かかけて他の奴らの最初のトーナメントが全部終わったら、勝ち抜いたヤツの中からまた次のトーナメントが組まれる……牛尾の説明だとこんな感じだったよな」

 

 やがて開会式終了後に近くを通りかかった牛尾に噛み砕いて説明して貰った内容を反芻する城之内の脳裏に映るのは――

 

「勝ち上がれば……」

 

――まさか、こんなに早く……

 

 再戦を誓ったデュエリストの背中。自身がプロになってから挑む機会が得られると考えていただけに、城之内の心は猛るばかりだ。

 

「ん? おぉ! 城之内じゃねぇか!」

 

「――うぉッ!? って、梶木!? まさか俺の対戦相手ってお前か!?」

 

 だが、通りがかった梶木からの声にその猛りは驚きとなって吐き出された。

 

「何を言うとるんじゃ? ワシのデュエルはもう終わっとるぜよ? モニター見とらんかったんか?」

 

「モニター? あっ、あれか」

 

「なんじゃ、緊張しとったか――肝の小さいヤツじゃのう!」

 

 常日頃の城之内らしさのない姿にガハハと豪快に笑い飛ばす梶木だが、一方の城之内は笑われっぱなしは趣味ではないと拳を握る。

 

「う、うるせぇ! そうやって余裕ぶっこいてんのも今の内だぜ! 今度も俺が勝たせて貰うからな!」

 

「…………アッハッハッハ! そりゃ無理ぜよ、城之内!」

 

「なんだとぉ! 確かにお前も強くなったのかもしれねぇが、俺だってパワーアップしたんだぜ!!」

 

 そうしてバトルシティではギリギリの勝負だったが、再戦の時は目にもの見せてやると返す城之内。

 

 

「ワシはもう負けてしもうたからの」

 

 

「強くなったとこを……え?」

 

 しかし、既に此度の再戦の機会は消失している。

 

「いや~、世界は広いのぉ。まさか最初の試合で負けるとは……天狗になっとった気はなかったんじゃがなぁ」

 

 やがて自身の敗北を何処か気まずそうに語る梶木だが、その両肩を城之内はガバッと掴んだ。

 

「お前ほどのデュエリストが!?」

 

「のらりくらりでいなされて――な具合で負けてしもうたんじゃ」

 

「相手は誰だったんだ!」

 

 何処かまくし立てるように問い質す城之内。

 

 梶木の実力は実際に闘った城之内が誰よりも知っている。だが、知っているがゆえに簡単に信じられない。

 

「ヘンテコな覆面した爺さんでな。確か……マスク……マスクなんとか……地属性モンスターを使っとった……岩石、岩……そう、ロックじゃ!」

 

 そして梶木が城之内に揺さぶられながら己を敗ったデュエリストの名を思い出そうとするが、見た目のインパクトが先行し、中々名前が出てこない。

 

 

「『マスク・ザ・ロック』じゃ!」

 

 

「…………誰だ?」

 

 しかし、ようやく出てきた名前も城之内にとって納得できるものではなかった。普通に聞いたこともない相手である。

 

 とはいえ、城之内が知るのはトップクラスに有名なごく一部のデュエリストである為、そもそも判別可能な相手が少数なのだが。

 

「さぁの。聞いたことない名じゃったが、世界にはワシらが知らんような強ぇデュエリストがまだまだおるんじゃ。城之内、お前もワクワクするじゃろ!」

 

――梶木が……こんなに早く負けた?

 

 そうして意気揚々と楽し気に語る梶木を余所に城之内の胸中にあるのは拭えぬ不安。

 

 梶木が戦った謎のデュエリスト「マスク・ザ・ロック」は別のブロックだが、自分がこれから戦うことになるであろう対戦相手への警戒心が城之内の中で高まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 そんな不安の只中でデュエルの舞台となるジェットコースターのコースが縦横無尽に立ち並ぶエリアに立つ城之内。

 

「まさか初戦の相手がお前だったとはな――竜崎!」

 

――普通に顔なじみかよ……やっぱ、ごちゃごちゃ考えるのは俺らしくねぇな!

 

 しかしふたを開けてみれば、対戦相手は見知った顔だったゆえに余計な緊張がほぐれたのか普段の調子を取り戻していく城之内。

 

「デュエリストキングダムの時の俺とは一味も二味も違うぜ!」

 

「ぬかせ、城之内! ワイかて今まで遊んどった訳やない――進化したワイのダイナソーデッキで今度こそ蹴散らしたるわ!」

 

 対する竜崎もペガサス島での一戦のリベンジをかけて燃えている様子。そこには互いに交錯する心地良い闘志が傍目にも十二分に見てとれる。

 

 そうして二人のデュエリストがデュエルディスクを構えた後、刀を抜くようにデッキからカードの剣が抜かれた。

 

「 「 デュエル!! 」 」

 

 浅からぬ因縁が今、紐解かれる。

 

 

 

 






―追記―2019・11・25
読者の皆様方からのご指摘から
罠カード《華麗なるハーピィ・レディ》でハーピィ・レディ1(ワン)2(ツー)3(スリー)を同時に呼び出せないことを知り、
幾つか修正案を考えたのですが、どれもしっくりこなかったので
誠に申し訳ありませんが、このままにさせて頂きます<(_ _)>

デュエル結果自体は他のハーピィ・レディを呼んでも問題ないないので
OCG的な側面が気になる場合はお好きなハーピィ・レディで脳内変換してください。
タグにOCGと銘打っておいて本当に申し訳ないです……

罠カード《華麗なるハーピィ・レディ》で原作風にハーピィ・レディ1(ワン)2(ツー)3(スリー)を呼びたかった……
(ノД`)・゜・。





そして大会編ですが、進行の方はこんな感じでAcceleration(アクセラレーション)!していくので、バトルシティ編の二の舞は避けられるかと思います……多分(おい)

テンポ良くするのって難しい(遠い目)


そして『マスク・ザ・ロック』……イッタイ、ナニモノナンダー(棒)


最後にザックリとデッキ紹介――マグナムとマイコ・カトウはさして変化ないので割愛

~今作でのメンド・シーノのデッキ~
彼のエースたる《デスサイズ・キラー》を最大限に活かす為に「デュアル植物族」化。
植物族デッキのお供、《ギガプラント》の隠された(訳でもないけど)効果により
昆虫族の《デスサイズ・キラー》も展開できちまうんだ!!

《超合魔獣ラプテノス》と《DNA改造手術》、そして《ギガプラント》たちによる無限ループで《デスサイズ・キラー》は無限にパワーアップするぜ!

パワーアップした後は作中のように強引に強化を持続したり、みんな大好き《カタパルト・タートル》で終末戦争したり、《神秘の中華なべ》でボイルだ!

ぶっちゃけ《デスサイズ・キラー》いれない方が強い事は内緒な!


~今作の響 紅葉のデッキ~
凡そは普通の「属性融合体のHEROデッキ」
変わったところはコントロールを奪うカードを多数採用している程度。

奪ったモンスターを融合素材にして《超融合》ごっこするもよし、
《ヒーローマスク》被せてジ・アースの効果で「地球灼熱(ジ・アース マグマ)ァ!」するもよしな塩梅。

これでジ・アースも相手疑似除去+打点強化が出来て、要らない子扱いされない筈! ……筈!(おい)

ただし、「相手のモンスター奪い利用する姿ってHERO的にどうよ?」という真理的な問題を抱えている。


~今作の孔雀舞のデッキNEWバージョン~
かなり普通のハーピィデッキ。一応、《ハーピィ・レディ三姉妹》を主軸にしているのが特色と言えなくもない。
しかし《F(ファイブ)G(ゴッド)D(ドラゴン)》のような新規イラストを《ハーピィ・レディ三姉妹》は貰えないものか……

えっ? アマゾネス? タニヤ+タイラー姉妹に任せておくのです(目そらし)


~今作の闇のプレイヤーキラーのデッキ~
原作では悪魔族デッキだったにも拘わらず、OCGの際にアンデット族のサポート効果がぶっこまれた《闇晦ましの城》を介護――もとい、全力でサポートするデッキ。

闇のプレイヤーキラーの使用カードが攻撃力2000以下のレベル5の悪魔族だけな為、《ヘルウェイ・パトロール》から《トランスターン》しつつ、《ヘルウェイ・パトロール》の墓地効果で――が主な流れ。

リバースモンスターである《闇晦ましの城》をサポートできる《ティンダングル・エンジェル》がレベル4の悪魔族なのも頼もしい。

更に原作にて《闇晦ましの城》に一切関係のないゴースト骨塚が使用した《ゴースト王-パンプキング-》もOCG化の際に何故か《闇晦ましの城》とコンボ効果が生まれた為、投入されている。

魔法カード《簡易融合(インスタント・フュージョン)》で呼んだ《バロックス》をリリースしてアドバンス召喚するか、同上のカードで《ナイトメアを駆る死霊》を呼んで魔法カード《トランスターン》でレベルアップしよう。


――と、此処まで色々上げたが、完成する布陣が「強化により攻撃力1900~2600くらいになった(特に効果もない)モンスターが並んだらラッキー」程度なので、悲しい程に非力。

有力どころが多い、闇属性サポートがあれどキツイぜ!

火力の高いバニラ並べる方がよっぽど建設的だ!(´;ω;`)ブワッ



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第167話 逆だったかもしれねェ……



前回のあらすじ
闇晦ましの城「なんで原作の悪魔族強化ではなく、関係ないアンデット族強化になったのだ……」

ゴースト王-パンプキング-「ゴースト骨塚(の使用カード)と闇のプレイヤーキラー(の使用カード)にいったい何の関係が……」

K〇NAMI「いずれ分かるさ、いずれ……な」




 

 

 此処で時間は少々戻り、城之内と竜崎のデュエルが始まる前の海馬ランドUSAのメリーゴーランドがあるエリアにて、その場にそぐわない薄暗い霧が周囲に立ち込めていた。

 

 そこで戦うデュエリスト、ゴースト骨塚が小柄な体躯を元気よく動かし、顔色の悪さを感じさせない程に意気揚々と宣言する。

 

「俺は永続罠《不知火流(しらぬいりゅう)輪廻(りんね)の陣》の効果を発動! 除外されている守備力0のアンデット族カードを2枚デッキに戻して1枚ドローするゾ!」

 

 その宣言と共にゴースト骨塚の背後にて鬼火が浮かび、空中に陣を描いていく。やがてその陣に吸い込まれて行くのは鎌を持った道化と死してなお彷徨う赤き兜の武者。

 

「《マーダーサーカス・ゾンビ》と《鎧武者ゾンビ》をデッキに戻してドロー! 来た来たァ! 魔法カード《融合》を発動だゾ! 手札の《メデューサの亡霊》と《ドラゴン・ゾンビ》を手札融合!」

 

 そうして不死者たちの怨念により導かれた手札から、蛇の髪と胴体を持つ緑の表皮の化生と、肉が腐り紫色になり果てたドラゴンが溶けあう様に混ざり合い――

 

「融合召喚! 来たれ、死の国の番人! 《金色の魔象》!!」

 

 パオーンと何処から声を出しているのか一切が不明な巨大な象の骨格標本とでもいうべき黄金の骨がひとりでに動き出し、大地を踏み鳴らす。

 

《金色の魔象》 攻撃表示

星6 闇属性 アンデット族

攻2200 守1800

 

「そして《マーダーサーカス・ゾンビ》を通常召喚だゾ!」

 

 そんなガタガタと骨がぶつかり合う音が煩い横で大きめな球に乗りながらカタカタと陽気な声を漏らすのはボロボロの道化服を纏ったゾンビと化したピエロ。

 

《マーダーサーカス・ゾンビ》 攻撃表示

星2 闇属性 アンデット族

攻1350 守 0

 

「最後に永続魔法《エクトプラズマー》を発動して、カードを1枚セットォ――ターンエンドだァ!」

 

 そうして何やかんやと騒がしさを増したゴースト骨塚のフィールドだが――

 

「だが、この瞬間! 永続魔法《エクトプラズマー》の効果で《金色の魔象》をリリースして射出!! 攻撃力の半分――1100ポイントのダメージを受けて貰うゾ!」

 

 《金色の魔象》の身体から黄金の蒸気が立ち上り、抜け殻となったかの如く身体が崩れたと同時に対戦相手であるジークの身を怨念と化したエネルギーが穿つ。

 

「ほう、私のライフに傷をつけるか」

 

ジークLP:4000 → 2900

 

 此処に来てライフの増減のなかった互いのライフの内、ジークのライフを削ったことで初撃を制したとゴースト骨塚は強気に笑う。

 

「ふっふっふ、これはほんの挨拶代わりだゾ」

 

 そんなゴースト骨塚の感情に呼応するように、己のみとなったことで広くなったフィールドを《マーダーサーカス・ゾンビ》が玉乗りしながら移動しつつ馬鹿にするように嗤い声を上げた。

 

 しかしそんな光景を前にジークは自信タップリに笑って見せる。

 

「ならば、挨拶も早々にこのデュエルを終わらせてやろう。私のターン、ドロー」

 

「ハン! 出来るもんならやってみろォ! そのドローフェイズに永続罠《不知火流(しらぬいりゅう)輪廻(りんね)の陣》のもう一つの効果を発動するゾォ! 俺のフィールドのアンデット族モンスター1体を除外し、このターン、俺が受けるダメージは全て0だァ!」

 

 先のターンの焼き増しのようにゴースト骨塚の背後で火を灯す炎陣に今度は《マーダーサーカス・ゾンビ》が火の輪をくぐるように飛び込むと、その身体が灰となって主を守るように宙に漂った。

 

「更にィ! リバースカードオープン! 永続罠《死霊の誘い》も発動だゾ! これで互いのカードが墓地に置かれる度に、その持ち主に300ポイントのダメージだァ!」

 

 そして最後のキーカードが発動させたことで、ゴースト骨塚は自身の勝利を確信しながら声高らかにジークに、周囲のデュエリストに、観客に誇るように語る。

 

「ハーハッハッハ! 遂に完成したゾ! 完全無欠のアンデットロックが!」

 

「決まったぜ、骨塚の十八番が!」

 

「あのコンボを正面から破ったヤツは……えーと……あんまりいないぜ!!」

 

 ゴースト骨塚の究極コンボの成立に応援にかけつけたガタイのいい箒頭の佐竹と、線の細い体格で眼鏡の高井戸のヤジが観客席から飛ぶが、対峙しているジークは肩を軽くすくめながら小馬鹿にしたように問う。

 

「ほう、これがかね」

 

「そうだゾ! お前がカードを使う度にダメージを負い、俺は一切のダメージを受けない――まさに必殺のコンボだゾォ!」

 

 そう、これは相手だけではなく、自身にまでダメージが及ぶ永続罠《死霊の誘い》の効果を、自分へのダメージを永続罠《不知火流(しらぬいりゅう)輪廻(りんね)の陣》で完全シャットアウトするコンボだ。

 

 永続罠《死霊の誘い》のダメージは何処からであってもカードが墓地に送られればダメージが発生する為、その避けにくい厄介な点を相手にだけ押し付ける――まさに真綿で首を締めるかのような一手。

 

 

 一つ一つのダメージは決して大きくなくとも、蓄積していけば魔法カード1枚すら発動出来ない状況にすら陥る。

 

 

 

 しかし、そんなゴースト骨塚の策など意に介した様子もなくジークはあざけ嗤う。

 

「フッ、愚かな――私は魔法カード《Walkuren(ワルキューレン) Ritt(リット)》を発動。手札から可能な限り、『ワルキューレ』たちを特殊召喚する」

 

 そうしてジークの周囲に花吹雪が竜巻のように巻き上がり、そこからヴァルハラの乙女たちの影が見えるが――

 

「壁モンスターで凌ごうとしても無駄だゾ! 永続魔法《エクトプラズマー》がある限り、お前の墓地にカードが置かれることは避けられず、永続罠《死霊の誘い》のダメージがお前を襲うゾ!」

 

「キミが次のエンドフェイズの心配をする必要はない」

 

「ハハハハハ! なに言ってるんだ! 俺は永続罠《不知火流(しらぬいりゅう)輪廻(りんね)の陣》の効果で『このターン』全てのダメージを受けないんだゾ!」

 

 ゴースト骨塚の言う様に、ダメージが与えられない以上、あまり効果的な一手とは言えない。

 

 確かに魔法カード《Walkuren(ワルキューレン) Ritt(リット)》は一気にモンスターを展開できる強力なカードだ。

 

 だが、呼び出されたワルキューレたちはエンド時にデッキに戻るデメリットがある。これでは壁モンスターとすることすら叶わないだろう。

 

「次のターンだって、また『新たに』アンデット族モンスターを召喚すれば、永続罠《不知火流(しらぬいりゅう)輪廻(りんね)の陣》の効果が使える! お前に俺のライフは削れないんだゾォ!」

 

 そしてゴースト骨塚がアンデット族も供給し続ける限り、ダメージを与える事すら叶わない。いくら展開したところでワルキューレたちの剣が届くことはないのだ。

 

 

 そう、ターンを飛ばすような魔法のような一手がない限り、ゴースト骨塚の守りは崩せない。

 

「何人も時の女神の前では無力なのだよ」

 

 しかし、そんなジークの呟きと共に花吹雪が止むと――

 

 

 

 

 

 

 

ゴースト骨塚LP:4000 → → → 0

 

「えっ? ……えっ?」

 

 なんということでしょう――己のライフに傷一つ付けられないと豪語したゴースト骨塚のライフが0になっているではありませんか。

 

 

 そう、ジークが指に挟んだ1枚のカードによってゴースト骨塚のアンデットロックは破られたのです。その詳細はジークが海馬らへんと相まみえるときには判明するでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなジークの華麗な……華麗なデュエルが終わりを告げた光景をモニター越しに眺めていた海馬はふと零す。

 

「ふぅん、バトルシティに参加していなかった中にも多少は骨のある奴がいるようだな」

 

「キミの琴線に触れるデュエリストがいたようだな。間近で見てきてはどうかね?」

 

――よし! やったぞ、ジーク! 海馬が注目しているぞ!! 此処で海馬とジークが本格的に会合すれば……!

 

 その海馬の声に返されるダーツの軽い調子の提案だが、その内では口調の軽快さなど感じさせない程に熱弁していた。

 

 

 これこそがダーツの中の人の――神崎の策。ワールドグランプリで勝ち進んでいけば、それは海馬が好む「強きデュエリストである」ことの証明に他ならない。

 

 となれば、その事実を経て、海馬とジークが企業人としてライバル関係になることとて不可能ではない。デュエルは人との関係を良し悪しに関わらず大きく変える力があるのだ。

 

 

 そんなスゴクあっさい策を無駄に大きなスケールで実行したダーツの中の人が確かな手ごたえを感じるが――

 

 

「それも悪くはないが、生憎と先約がある――――始まるようだな」

 

 海馬はこの場でのデュエルを観戦する姿勢を崩さず動きだす様子はない。

 

『我が主、少々お耳に入れて頂きたいことが。不審な動きはございませんが、KCにて――』

 

「ふむ、そう…………ん? 少々失礼するよ」

 

 だが、此処でステルス状態のシモベからの報告にダーツはゆったりと優雅さアピールしながら席を立つ。

 

「このデュエルは見て行かないのか? 貴様からすれば興味深いものかもしれんぞ」

 

「生憎だが、先の見えた結末に興味はなくてね」

 

 海馬の引き留めるような声も今のダーツを止めるには至らない。

 

「確かにあの凡骨の実力など貴様からすればたかが知れたものだろう。だが――」

 

 だが、その言い様に海馬は挑発気に笑みを浮かべる。そう、これから眼下で始まるデュエルは――

 

「ヤツにはKCのスーパーコンピューターにすら測り切れぬ一面もある。文字通り、何をしでかすか分からん程の……な」

 

 海馬が一目置く――と言うには少々異なるが、当人の言葉を借りるなら「興味深い実験ネズミ(モルモット)」の一戦。

 

 歴戦のデュエリストである海馬にとて測り切れぬと語る声に対し――

 

「キミの注目株と言った所か」

 

「ふぅん、くだらん冗談は止せ」

 

「そうか。だが、あえてもう一度言おう」

 

 その全速前進語をザックリ訳したダーツだったが、対する海馬は「何を馬鹿な」と鼻で笑う。しかしダーツからすれば――

 

 

 

 

「先の見えた結末に興味はないよ」

 

 実験するに値しない程に分かり切ったテーマ(結末)だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その海馬が注目するデュエルは――

 

「俺はこれでターンエンドだぜ! どうだ、竜崎! デュエリストレベルマックスを超え、マキシマムになった俺の力は!」

 

 絶好調だとガッツポーズと共に顎をとがらせながら語る城之内のフィールドに佇む《炎の剣士》の炎によって鋼の如き鱗に鍛えられた《真紅眼の(レッドアイズ・)黒刃竜(スラッシュドラゴン)》の姿。

 

 自身の効果によって装備された《炎の剣士》により攻撃力は200上昇し、《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》と同じ3000打点を誇るように両手首から伸びる剣を構える。

 

真紅眼の(レッドアイズ・)黒刃竜(スラッシュドラゴン)》 攻撃表示

星7 闇属性 ドラゴン族

攻2800 守2400

攻3000

 

「くっ……やるやないか、城之内!」

 

 一方の竜崎のフィールドには永続魔法《一族の結束》で強化された茶の表皮を持つ小型のティラノサウルスのような恐竜――《ワイルド・ラプター》が心配そうにチラチラと竜崎を見やる。

 

《ワイルド・ラプター》 攻撃表示

星4 地属性 恐竜族

攻1500 守 800

攻2300

 

竜崎LP:200

 

 そんな竜崎のライフは文字通り風前の灯。

 

 様々な恐竜モンスターで攻めに転じていた竜崎だったが《時の魔術師》の破壊効果を起点に一気に城之内から追い上げを受け、辛うじて罠カード《カウンターゲート》でギリギリ耐えた。

 

 それゆえにフィールドアドバンテージは城之内に利がある。

 

「でも、ワイの手札の補給は終わったで! こっからが本番や! ドロー!」

 

 だが手札の数ことハンドアドバンテージは竜崎が握っていた。そんな豊富な手札から繰り出されるのは――

 

「ワイは《レスキューラビット》を召喚や! こいつは獣族やから《一族の結束》の効果は受けられへん! せやけど――」

 

 工事用のヘルメットを被った可愛らしい兎、《レスキュー・ラビット》が眼前の巨大なドラゴンの姿に恐怖から全身の毛を逆立たせながらポテンと腰を抜かしてへたり込む。

 

《レスキュー・ラビット》 攻撃表示

星4 地属性 獣族

攻300 守100

 

 永続魔法《一族の結束》は自身の墓地の種族が1種類の時、同種族の攻撃力を800アップさせることが出来るが、墓地を恐竜族で統一した今の状態では獣族の《レスキュー・ラビット》は強化の対象外だ。

 

 しかし些細な問題である。

 

「そいつは!?」

 

「そうや! お前も知っての通り、そんなん関係あらへん! 《レスキューラビット》の効果発動! デッキからレベル4以下の同名通常モンスターを2体呼ぶで!」

 

 観客席から黄色い声が上がる中、焦った調子で跳躍した《レスキュー・ラビット》がドロンと空中で煙と共に消えた後、大地を砕きながら現れるのは――

 

「来るんや! 2体の《二頭を持つキング・レックス》! 《一族の結束》でパワーアップや!」

 

 竜崎のフェイバリットカードたる切り込み隊長、紫の表皮の頭が二つある恐竜――《二頭を持つキング・レックス》が眼前の相手との攻撃力の差など感じさせぬように雄叫びを上げた。

 

《二頭を持つキング・レックス》

星4 地属性 恐竜族

攻1600 守1200

攻2400

 

「此処で永続罠《決戦の火蓋》を発動! このカードの効果でワイの墓地のモンスターを除外することで通常モンスター1体、追加で召喚できるようになるで!」

 

 そして3体では足りぬとばかりに召喚権利を追加して盤面を整える竜崎。

 

「ワイは墓地の《屍を貪る竜》を除外して召喚権利を+1や!」

 

 そんな彼の手札から放たれるのは――

 

「《ワイルド・ラプター》をリリースしてアドバンス召喚! 邪魔なもんはぶっ潰せ! 《メガザウラー》!!」

 

 土色のトリケラトプスが一歩踏み出すごとに地響きを起こしながら現れた。当然、外見通り「恐竜族」である為、永続魔法《一族の結束》の強化を得る。

 

《メガザウラー》

星6 地属性 恐竜族

攻1800 守2000

攻2600

 

「永続罠《決戦の火蓋》にターン制限はないで! お次は墓地の《ジャイアント・レックス》を除外して、召喚権利+1!」

 

 だが、竜崎の展開はまだ終わらない。

 

「《二頭を持つキング・レックス》の1体をリリースして、またまたアドバンス召喚! ぶった切れ、《剣竜(ソード・ドラゴン)》!!」

 

 やがて降り立つのはステゴサウルスのような外見だが、背中の放熱板や尻尾の先が鋭利な剣となっている恐竜モンスター。

 

 その鋭利さは全てを断ち切らんかのような鈍い輝きを放つ。

 

剣竜(ソード・ドラゴン)

星6 地属性 恐竜族

攻1750 守2030

攻2550

 

「此処で除外された《ジャイアント・レックス》の効果発動! このカードが除外された時! 除外された自身をフィールドに特殊召喚できるで! 戻ってくるんや、《ジャイアント・レックス》!!」

 

 異次元のゲートから降り立つのは背中のヒレが特徴的な恐竜、《ジャイアント・レックス》が大地に立つ。

 

《ジャイアント・レックス》

星4 地属性 恐竜族

攻2000 守1200

攻2800

 

「さらにさらに! この効果で特殊召喚された《ジャイアント・レックス》は除外されとるワイの恐竜族モンスター1体につき攻撃力が200アップや! 除外されとる恐竜族は4体! よって追加で800ポイントパワーアップ!」

 

 雄叫びと共に全身の筋肉がバンプアップされ、一回りも二回りも大きくなった姿はなんとも力強い。

 

《ジャイアント・レックス》

攻2800 → 攻3600

 

 そうして次々と自身のフィールドを「ダイナソー竜崎」の名に違わぬ恐竜たち――否、ダイナソーで埋め、5体のモンスターを展開し終えた竜崎は

 

「バトル! 《ジャイアント・レックス》でスラッシュドラゴンを攻撃や!!」

 

 《ジャイアント・レックス》が《真紅眼の(レッドアイズ・)黒刃竜(スラッシュドラゴン)》の放つ黒い炎など意に介さず突進する中で――

 

「待ちな! その攻撃宣言時罠カード《ラッキーパンチ》を発動! ターンに1度、コインを3枚投げ、3枚とも表なら3枚ドローし、3枚とも裏なら自壊するぜ! コイントス!!」

 

「破壊された時に6000のライフを失うカード……やけど、永続罠《宮廷のしきたり》で破壊されへん――つまりノーリスクギャンブルって訳か!」

 

 城之内が発動させたカードによりリスク管理の為された一か八かのギャンブル効果により3枚のコインが宙を舞う。

 

「ノーリスク? 違うぜ! 絶対に当るギャンブルさ!」

 

「ハァ? んなもんあるわけないや――あっ」

 

 しかし、このギャンブルに失敗はない。

 

「気付いた見てぇだな――コイントスの結果は……裏! 裏ッ! 裏!? ……って、マジかよ!? だが永続魔法《セカンドチャンス》でターンに1度、コイントスをやり直すぜ!」

 

 それは永続魔法《セカンドチャンス》により、もう一度コイントスが行えるから――ではない、観客たちがギャンブル効果の結果に固唾を見守る中で――

 

「裏! 裏……! 裏ァ!?」

 

 逆に凄いことやってのけた城之内に観客たちも思わず苦笑い。

 

 

「全部裏なんてとっても凄いわ、ペガサス!」

 

「Yes、シンディア! とってもワンダフォーデース! デスガ、城之内ボーイへのデメリットはありマセーン!」

 

 実況席に特別ゲスト枠でデュエル観戦に勤しむシンディアとペガサスの声を余所に、「一か八か」ではなく「一か一」しかないタネが明かされる。

 

「此処でフィールド魔法《エンタメデュエル》の効果発動! コイントスを5回行ったぜ! 新たに2枚ドロー!!」

 

 それは特定の条件を満たすことで2枚のドローを互いのプレイヤーに与えるフィールド魔法《エンタメデュエル》の効果。今回はコインやサイコロを1ターンの内に5回振る条件を満たした。

 

 ゆえに華やかに輝く都会の街並みからネオンの光が城之内の手札に落ち、2枚のカードとなって補充されて行く。

 

 1ターンに1度とはいえ、確定2枚ドローと、確率は低いが3枚のドローが見込めるコンボとあり、城之内の手札は中々品切れになることはない。

 

「やとしても攻撃は止まらへん! スラッシュドラゴンはお陀仏や!」

 

 しかしバトルそのものに影響しないとばかりに《真紅眼の(レッドアイズ・)黒刃竜(スラッシュドラゴン)》の首に噛みつき、そのまま地面に叩きつけた《ジャイアント・レックス》が勝利の雄叫びを上げた。

 

城之内LP:2900 → 2300

 

 

「ぐっ!? だが、スラッシュドラゴンが破壊された時、コイツに装備されていたモンスターが思いを引き継ぐぜ!」

 

 しかし切り札たるレッドアイズの力の一つが敗れようともその闘志は連綿と受け継がれて行く。

 

「炎逆巻き舞い戻れ、《炎の剣士》!!」

 

 その黒き竜の亡骸から炎と共に現れるのは城之内のフェイバリットカードたる青き衣と赤い鎧の炎操る戦士。

 

《炎の剣士》 攻撃表示

星5 炎属性 戦士族

攻1800 守1600

 

「なら《メガザウラー》! そいつをぶちのめすんや!」

 

 しかし、この状況で攻撃力1800など的にしかならないとばかりに《メガザウラー》が戦車の如き突撃を敢行するが――

 

「その攻撃の瞬間、速攻魔法《天使のサイコロ》を発動! サイコロを1つ振り、出た目の数×100ポイント! 俺の全てのモンスターの攻守がパワーアップだ!」

 

 《炎の剣士》の背後でぬいぐるみのような天使が大きなサイコロを一つフィールドに放り投げた。

 

「無駄や! たとえ6の目が出ようが結果は変わらん!」

 

「出た目は……『 2 』! 200ポイントパワーアップ!」

 

 すると地面に転がったサイコロから光が溢れ、《炎の剣士》を包み、その炎を業炎と化す。

 

《炎の剣士》

攻1800 守1600

攻2000 守1800

 

「たった200ぽっちか! 運にまで見放されたみたいやな!」

 

 しかし《メガザウラー》の攻撃力2600には届かないと竜崎は内心で警戒しつつも《メガザウラー》の攻撃を見守る中――

 

「そいつはどうかな?」

 

 ニヤリと笑みを浮かべた城之内が地面を指さしながら宣言する。

 

「俺は墓地の《天融星(てんゆうせい)カイキ》の効果発動! こいつは俺のフィールドに元々の攻撃力と異なる数値のレベル5以上の戦士族モンスターがいるとき、墓地から蘇生できる!」

 

 鬼のような面に青い肩当て、そして腹に巨大な口のある鎧を纏った戦士が背中にクロスさせた二つの棒――(こん)を携え、《メガザウラー》の進路を妨げるように現れる。

 

天融星(てんゆうせい)カイキ》 守備表示

星5 光属性 戦士族

攻1000 守2100

 

「壁モンスターを増やすんが目的かッ!?」

 

「なに、勘違いしてんだ? 俺はいつだって全力全開で攻めまくるぜ! 特殊召喚された《天融星(てんゆうせい)カイキ》の効果発動!俺はライフを500払い、手札・フィールドのモンスターを素材に戦士族モンスターを融合召喚する!!」

 

 そうして《天融星(てんゆうせい)カイキ》が2本の(こん)を天に掲げれば、そこに青と赤の摩訶不思議な渦が生まれた。

 

城之内LP:2300 → 1800

 

 

「此処で融合召喚やと!? いや、今のお前のフィールドで一体なにを――」

 

 しかしフィールドには《炎の剣士》しかいない。いや、そもそも《炎の剣士》と融合できるカードなど城之内とのデュエルを見てきた竜崎の記憶にはない。

 

 当然だ。

 

「俺はフィールドの《炎の剣士》と融合素材の代わりになれる手札の《心眼の女神》を融合するぜ!」

 

 それは「城之内のデュエル」で使用された訳ではないのだから。

 

 妹から託された緑の衣を纏う天使たる《心眼の女神》の額の第三の目によって導き出される《炎の剣士》の新たな力は――

 

「天星融合!! 黒衣の騎士! 《黒炎の騎士-ブラック・フレア・ナイト-》!!」

 

 かつて友のデュエルを助けた黒い衣のような鎧を守った騎士が黒い炎を噴出させながら悠然と佇む。

 

《黒炎の騎士-ブラック・フレア・ナイト-》 攻撃表示

星6 闇属性 戦士族

攻2200 守 800

 

「こいつは遊戯がキースとのデュエルで使っとったカード……」

 

 その悠然たる姿と城之内のデュエルの変わり様に竜崎は思わず声を漏らす。

 

 最初の頃はルールの理解すら怪しかった。しかし彼は一歩一歩踏みしめて歩み続けたのだ。

 

「ワイとの最初の一戦の時の運否天賦なデュエルでもなく――」

 

「バトルシティでの何処か不安定さを感じさせるデュエルでもありマセーン」

 

「でも……なんだかビックリ箱みたいでとっても楽しそうよ?」

 

 そうして竜崎、ペガサス、シンディアが城之内の無茶苦茶でハチャメチャな歩みに三者三様の答えが返る。

 

 

 

「こいつを戦闘で破壊すりゃぁ、どうなるかは知ってるよな?」

 

 だが、そんな城之内の声に意識を引き戻す竜崎。

 

 《黒炎の騎士-ブラック・フレア・ナイト-》の登場で竜崎の予定は大きく狂った。眼前の相手を破壊すれば、出てくるのは戦闘において無類の強さを発揮する黄金の騎士。

 

 強引に突破しようにも竜崎の残り僅かなライフがそれを許さない。

 

「成程な……お前も強おなっとるのは分かっとる。やけど――」

 

 過去の素人同然だった姿を知る相手が短期間で此処まで大きくなった事実に才能の差を感じて歯噛みする竜崎。

 

「――ワイかて遊んどったわけやないんやで!」

 

 だが、その歩みは止まらない。

 

「《メガザウラー》! 《炎の剣士》の代わりにそのまま《天融星(てんゆうせい)カイキ》をぶっ飛ばせ!」

 

 攻撃対象であった《炎の剣士》が消えたことで、獲物を変えた《メガザウラー》の突進に対し、《天融星(てんゆうせい)カイキ》が2本の棍を構えて踏ん張るが、ボキリと武器諸共鎧を粉砕されて吹き飛ばされた。

 

「そして《剣竜(ソード・ドラゴン)》でブラック・フレア・ナイトを攻撃!!」

 

 やがて次なる一撃として《剣竜(ソード・ドラゴン)》の尾の剣と《黒炎の騎士-ブラック・フレア・ナイト-》の剣が交錯するが、体格差からそのまま《剣竜(ソード・ドラゴン)》に持ち上げられ、背中にズラリと並ぶ剣山によって両断される。

 

「ブラック・フレア・ナイトが戦闘する時にダメージは発生しねぇ!そして黒炎の騎士が散った時! その炎は黄金と化す!」

 

 だが、《黒炎の騎士-ブラック・フレア・ナイト-》の身体から黄金の炎が噴出し、その熱に思わず尾を払った《剣竜(ソード・ドラゴン)》と対面するように着地するのは今まで戦っていた黒衣の騎士ではなく――

 

「俺のデッキより顕現せよ! 《幻影の騎士-ミラージュ・ナイト-》!!」

 

 大鎌を持った金色(こんじき)の鎧を纏った騎士。はためく青いマントは何処か蒼炎を思わせる。

 

《幻影の騎士-ミラージュ・ナイト-》 攻撃表示

星8 光属性 戦士族

攻2800 守2000

 

 

「此処でワイはバトルを終了して魔法カード《融合》を発動! フィールドの《二頭を持つキング・レックス》と手札の《屍を貪る竜》を融合!」

 

 そうして現れた《幻影の騎士-ミラージュ・ナイト-》を迎え撃つべく竜崎はバトルを終了し、《融合》を渦巻かせる。

 

「融合召喚! その巨体で全てを薙ぎ倒せ! 《ブラキオレイドス》!!」

 

 そこに吸い込まれた二つの恐竜たちが一身となれば、ブラキオサウルスに似た姿を持った青い恐竜、《ブラキオレイドス》が現れ、その巨躯で金色の騎士を見下ろした。

 

《ブラキオレイドス》 攻撃表示

星6 水属性 恐竜族

攻2200 守2000

攻3000

 

「まだまだ行くで! 魔法カード《時空超越》を発動! ワイの墓地の恐竜族モンスターを2体除外して、そのレベルの合計と同じレベルの恐竜族モンスターを手札か墓地から特殊召喚や!」

 

 次に竜崎のフィールドで卵のように輝く光へと《二頭を持つキング・レックス》と赤いトカゲのような恐竜が吸い込まれた瞬間、フィールドに巨大な氷柱が出現する。

 

「ワイは墓地のレベル4《二頭を持つキング・レックス》とレベル2《ジュラック・スタウリコ》を除外! そしてそのレベルの合計は6! 氷河を砕き、甦れ、レベル6! 《フロストザウルス》!!」

 

 やがてその氷柱を砕き現れたのは全身氷漬けになった首の長い巨大な恐竜。どこか《ブラキオレイドス》に似ているようにも思える姿だった。

 

《フロストザウルス》

星6 水属性 恐竜族

攻2600 守1700

攻3400

 

「カードを3枚セットしてターンエンドや!」

 

 そうして手札を全て使い切り、迎撃の準備を整えた竜崎のセットカードを見やった城之内は楽し気にニッと笑みを浮かべる。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 竜崎のフィールドに仕掛けられた3枚のセットカードに対し、城之内が一石がわりに投げかけるのは――

 

「此処で魔法カード《ギャラクシー・サイクロン》発動! 竜崎! お前の右のセットカードを破壊させて貰うぜ!」

 

 銀河の彼方より襲来した白い渦が竜崎のセットカードを呑み込まんと迫る。

 

「そうはいかへんで! チェーンして罠カード《生存境界》を発動! フィールドの通常モンスターを全て破壊して、その数だけデッキからレベル4以下の恐竜族モンスターを特殊召喚や!」

 

 だが、これは先んじて発動されたことで躱された。そうして白い渦による突風が収まっていく中で――

 

「通常モンスターは《剣竜(ソード・ドラゴン)》・《メガザウラー》・《フロストドラゴン》の3体! よってその3体は全て破壊され、新たな恐竜に転生するんや!」

 

 フィールドの3体の恐竜たちの雄叫びが大気を揺らす。やがて砕けたその身から転生したのは――

 

「ワイの魂を揺らす大いなる力! この身に宿りて、大地轟く新たな力となるんや! 転生召喚! 来い! ワイの恐竜たち!」

 

 2体目の《ジャイアント・レックス》が身体を伏せながら現れ、

 

《ジャイアント・レックス》 守備表示

星4 地属性 恐竜族

攻2000 守1200

攻2800

 

 卵の殻を被った小さなプテラノドンがその翼で身体を覆うように身を固め、

 

《プチラノドン》 守備表示

星2 地属性 恐竜族

攻 500 守 500

攻1300

 

 卵の殻をオムツのように身に着けた小さなトリケラトプスの赤ん坊がポスンと座った。

 

《ベビケラサウルス》 守備表示

星2 地属性 恐竜族

攻 500 守 500

攻1300

 

 

「もっとも、この効果で呼び出したモンスターはターンの終わりに破壊されてまうけどな」

 

「一気に守りを固めてきやがったか! だが、此処でライフを1000払って魔法カード《サモンダイス》を発動! サイコロを振り、出た目によって効果を得る!」

 

 モンスターを展開しなおすことで守備表示に変更し、守りを固めた竜崎に対し、城之内はライフロスを恐れず果敢に攻めの姿勢を貫く。

 

城之内LP:1800 → 800

 

「『1か2』ならモンスター1体を召喚し、『3か4』なら墓地のモンスターを蘇生! 『5か6』なら手札からレベル5以上のモンスターを特殊召喚だ! ダイスロール!!」

 

 そうして放り投げられたサイコロがコロコロと転がり、呼び出されるモンスターは――

 

「出た目は『 2 』! よって手札から《竜魔導の守護者》を召喚!」

 

 水色の鎧で全身を覆った女騎士。自身の自慢の槍をクルリと一回転させた後、敵対者へと向ける。

 

《竜魔導の守護者》 攻撃表示

星4 闇属性 ドラゴン族

攻1800 守1300

 

「そして《竜魔導の守護者》 その効果でエクストラデッキの融合モンスターを見せることで、その素材となるモンスター1体を墓地から裏守備表示で復活させるぜ!」

 

 しかし、その前に槍を杖のように持ち直し、地面をポンと叩けば魔法陣が浮かび上がる。

 

「俺は《千年竜(サウザンド・ドラゴン)》を見せ、その融合素材の《時の魔術師》を裏守備表示でセットだ!」

 

 そこから飛び出し、裏側になるのはおもちゃの時計に手足とシルクハットとマントを付けた魔術師、《時の魔術師》。

 

「またソイツか!? いや、セット状態なら、効果は発動できん!」

 

「そいつは残念――だが、まだまだァ! 魔法カード《思い出のブランコ》発動! 墓地から通常モンスター1体、《格闘戦士アルティメーター》を蘇生!」

 

 不確定ながら強力な効果を持つモンスターに警戒する竜崎を余所にこのターン並べられる3体目のモンスター、青いバトルスーツの戦士、《格闘戦士アルティメーター》が拳を交差させながら膝をついた。

 

《格闘戦士アルティメーター》 守備表示

星3 地属性 戦士族

攻 700 守1000

 

「さぁ、準備は整ったぜ! 《竜魔導の守護者》! 《時の魔術師》! 《格闘戦士アルティメーター》の3体のモンスターをリリースしてアドバンス召喚!!」

 

「3体のリリースやと!? まさか!?」

 

 そうして神のカードと同じ条件を以て呼び出されるのは神の象徴ともいうべき天空より放つ一撃を持つ伝説の戦士。

 

「今こそ真の力を見せな!! 《ギルフォード・ザ・ライトニング》!!」

 

 空から落ちた雷と共にフィールドに紫電を奔らせながら降臨したのは目元を隠した銀の鎧の上からでも分かる強靭な肉体を見せる赤いマントをはためかせた戦士。

 

 その剣の内には溢れんばかりのエネルギーがバチバチと音を立てて蠢いている。

 

《ギルフォード・ザ・ライトニング》

星8 光属性 戦士族

攻2800 守1400

 

「俺は3体のモンスターをリリースしてアドバンス召喚された《ギルフォード・ザ・ライトニング》の効果を発動!! 相手フィールドのモンスターを全て破壊する!!」

 

 やがて上段に振りかぶられた《ギルフォード・ザ・ライトニング》の大剣から蓄積されたイカズチが迸り――

 

「唸れ!! ライトニング・サンダー!!」

 

 解き放たれた雷撃は竜崎のフィールドの全ての恐竜たちを打ち払った。

 

 焼け焦げ炭となり、灰となった恐竜たち。

 

「せやけど《ベビケラサウルス》と《プチラノドン》が効果で破壊された時、それぞれの効果でデッキからレベル4以下、レベル4以上の恐竜族モンスターを特殊召喚するで!」

 

 しかし、焼け焦げた2体の小さな恐竜たちの最後の叫びは竜崎のデッキに確かに届いていた。

 

「ワイはレベル4の《ワイルド・ラプター》を2体、守備表示で特殊召喚や!」

 

 そうして最後の願いである「主を守る」を果たすべく、再び《ワイルド・ラプター》が2体、その身を盾とするべく馳せ参じる。

 

《ワイルド・ラプター》×2 守備表示

星4 地属性 恐竜族

攻1500 守 800

攻2300

 

――くっ、突破できねぇ。なら!

 

「魔法カード《カップ・オブ・エース》発動! コイントスを行い、表なら俺が、裏ならお前が2枚ドローする!」

 

 《ギルフォード・ザ・ライトニング》の強力無比な一撃の為とはいえ、結果的に2体のモンスターを失った城之内は攻め手を稼ぐべく手札補充の手を打つ。

 

「よっしゃ、表だ! 2枚ドロー! んでもって魔法カード《ブーギートラップ》を発動! 手札を2枚捨て、墓地の罠カード――《デビルコメディアン》をセットだ!」

 

 コインの女神様の粋な計らいによって増えた手札の1枚を視界に収める城之内が決めた次なる手。

 

 噴水のように飛び出た水から1枚のカードが現れる。その水飛沫の中から、濡れた髪をファサッとかき上げながら現れるのは――

 

「この効果でセットした罠カードは直ぐに発動できるぜ! リバースカードオープン! 罠カード《デビル・コメディアン》!」

 

 アフロ頭の悪魔とズラを被った緑の悪魔。

 

 その2体の悪魔はそれぞれ自身の頬を引っ張ったり、舌を出したりと恐らく「変顔」の類で笑いを誘うが、当人たちの顔が凶悪な様相の為、微塵も笑えない。

 

「コイントスの表裏を当てれば相手の墓地のカードは全て除外! ハズレなら相手の墓地の枚数分、俺はデッキからカードを墓地に送る!」

 

「ほー、成程な。ワイの永続魔法《一族の結束》の強化を無効化させるか、自分の墓地を肥やすかの2択かい……どっちに転んでも厄介やな!」

 

 そんな2人の悪魔の仕事は竜崎の墓地アドバンテージに狙いを定めたもの。

 

 竜崎のフィールドの永続魔法《一族の結束》の強化もそうだが、永続罠《決戦の火蓋》も墓地リソースを必要とする為、成功すれば竜崎にとって手痛い一撃となるだろう。

 

「へへっ、俺は表を選ぶぜ! コイントス! ……裏か。永続魔法《セカンドチャンス》の効果でもう一度コイントスだ!」

 

 しかし、コイントスはあえなく失敗。2体の悪魔もオーバーに悲しんで見せるが、文字通りのセカンドチャンスにすぐさま顔を喜色の染める。

 

「……やっぱ裏かよ! しゃあねぇ、俺はデッキからお前の墓地の枚数分、カードを墓地に送るぜ!」

 

――よっし! 墓地に落ちたカードは悪くねぇ! これで次のターンの備えもバッチリだぜ!

 

 だが、2度目の本命の狙いが失敗にその喜びも抜け落ちて肩を落とす2体の悪魔がすごすごと引き下がって行く。とはいえ、結果的に墓地が肥えた城之内からすれば損はないが。

 

「そして 2枚目の魔法カード《カップ・オブ・エース》発動! 効果の説明はいらねぇな――コイントス!」

 

 さらにこのターンで5度目のコインが宙を舞うが、今回は表と裏のどちらがでようとも城之内の目的は果たされる。

 

「チィッ! 此処に来てフィールド魔法《エンタメデュエル》の効果での確定ドローか!?」

 

「そういうことだぜ――コイントスの結果は! ……裏か! だが、5回目のギャンブル効果によりフィールド魔法《エンタメデュエル》の効果で俺は2枚ドロー!」

 

「ワイも魔法カード《カップ・オブ・エース》の2ドローをありがたく頂戴するで!」

 

 コインの結果が裏だったにも拘わらず、手札の1枚を視界に収めた城之内は勝気な笑みを浮かべ、補充した手札でダメ押しの一手を打つ。

 

「俺は魔法カード《名推理》を発動! デッキの上からカードを墓地に送っていき相手が宣言したレベルでなければソイツを特殊召喚できる!」

 

「ならワイはレベル6を選択や!」

 

――《人造人間サイコ・ショッカー》を警戒されたか……!

 

 自身の問いかけに対し、迷うことなく決断された竜崎の宣言に城之内は竜崎の残り2枚のセットカードが罠カードであることを確信しつつ、デッキをめくり――

 

「特殊召喚可能なモンスターが出るまでデッキをめくり――よしっ! モンスターは《蒼炎の剣士》! レベルは4だ!」

 

 デュエルディスクにセットされたデッキから飛び出すのは青い《炎の剣士》というべき存在が同じように大剣を構え、2体の最上級戦士の間に立つ。

 

《蒼炎の剣士》 攻撃表示

星4 炎属性 戦士族

攻1800 守1600

 

 

 そうして竜崎の2体の守備モンスターに対し、3体の攻撃モンスターを得た城之内は勝負を決めるべく右手を前に突き出し、宣言する。

 

「バトルだ!! 《蒼炎の剣士》と《ギルフォード・ザ・ライトニング》で2体の《ワイルド・ラプター》を攻撃!」

 

 その宣言に《蒼炎の剣士》と《ギルフォード・ザ・ライトニング》が大剣を構え、竜崎への道を開くように《ワイルド・ラプター》たちに切りかかり――

 

「そしてミラージュ・ナイトでダイレクトアタックだ!!」

 

 2体の戦士の背中を追うように追従する《幻影の騎士-ミラージュ・ナイト-》が黄金の大鎌を構えた。

 

――さぁ、どうでるよ、竜崎!!

 

「――この時を待っとったで!!」

 

 そんな城之内の内心の声に応えるように竜崎は1枚のセットカードを発動させる。

 

「罠カード《地霊術-「鉄」》を発動や! こいつはワイの地属性モンスターをリリースして、墓地のレベル4以下の地属性モンスターを蘇生させる!!」

 

 やがて現れた緑のセーターに土色のローブを着た眼鏡の少女が杖を一振りすれば――

 

「《ワイルド・ラプター》をリリースして、《ベビケラサウルス》が復活するで!!」

 

 《ワイルド・ラプター》が卵の殻で包まれ、すぐさまパキンと卵が砕ければ、そこにいたのは小さなトリケラトプスの赤ん坊、《ベビケラサウルス》の姿が見える。

 

 当人もそのイリュージョンに驚いているのか、それとも迫る3体の戦士の姿に驚いているのかは定かではないが、腰を抜かして足元に水たまりを作っている様子。

 

《ベビケラサウルス》 守備表示

星2 地属性 恐竜族

攻 500 守 500

攻1300

 

「だとしても俺の攻撃は止められねぇ!」

 

 新たにモンスターを展開――いや、交換した竜崎だが、それだけでは三体の戦士たちの剣撃を止めるには至らない。

 

 そう、それだけでは。

 

「まだや! そしてワイがモンスターを特殊召喚したことで、更なる罠カード《激流葬》を発動! これで互いのフィールドの全てのモンスターを破壊や!!」

 

「なっ!?」

 

 やがて《ベビケラサウルス》の足元から当人を天高く押し流すような水流が間欠泉のように噴き出し、フィールド全土を呑み込む激流となって襲い掛かる。

 

 この大自然の脅威の前では強じんな生命力を持つ恐竜も、卓越した武を持つ戦士たちも成す術はない。

 

 

 

「これで綺麗サッパリ仕切り直しや!!」

 

 そうして互いのモンスターを呑み込んだ激流によって更地になる筈のフィールドだが――

 

「だが!」

 

「やけど!」

 

 城之内と竜崎が同時に宣言し、

 

「俺は――」

 

「ワイは――」

 

 同時に叫ぶ。

 

 

「破壊された《蒼炎の戦士》の――」

 

「破壊された《ベビケラサウルス》の――」

 

 それは互いの魂のカードを呼びさます一声。

 

「 「 ――効果発動! 」 」

 

 やがてフィールドから砕ける大地と噴出した炎から鏡合わせのように現れる二つの影。

 

「墓地の炎属性の戦士族モンスターを復活させるぜ!」

 

「デッキからレベル4以下の恐竜族モンスターを特殊召喚や!」

 

 それは彼らの魂のカード。またの呼び名は――

 

 

「 「 来い! マイフェイバリットカード!! 」 」

 

 文字通り、城之内がデュエルを始めた最初のその時から共に苦楽を共にしてきた《炎の剣士》が、噴出した炎から現れ、

 

《炎の剣士》 攻撃表示

星5 炎属性 戦士族

攻1800 守1600

 

 

 文字通り、竜崎が最初に手に取ったお気に入りの一枚たる《二頭を持つキング・レックス》が砕けた大地の破片を二つの首をザッと揺らして払い佇む。

 

《二頭を持つキング・レックス》 攻撃表示

星4 地属性 恐竜族

攻1600 守1200

攻2400

 

 互いに攻撃表示で呼び出された両者のフェイバリットカードだが、攻撃力は永続魔法《一族の結束》により竜崎に軍配が上がる。

 

 しかし城之内は止まらない。

 

「此処で速攻魔法《手札断殺》を発動! 互いは手札を2枚捨て、新たに2枚ドローする!」

 

「――くっ!? この為に魔法カード《カップ・オブ・エース》でワイの手札を……!」

 

 最後の最後とばかりに切られたカードはギャンブルが外れたことで打てるようになった一手。

 

 今現在、手札が丁度2枚しかない竜崎には捨てるカードの取捨選択はできない。

 

「へっ、今更気付いても遅いぜ! 手札にあるんだろ? 《レスキュー・ラビット》みてぇな恐竜族以外のカードが!」

 

「くっそ! ワイは手札を2枚捨て、2枚ドローや。ワイの墓地の種族が統一されなくなったことで永続魔法《一族の結束》の強化も消えてまう」

 

 やがて捨てられた2枚の手札の内の1枚、獣族の《レスキュー・ラビット》が墓地に送られたことで《二頭を持つキング・レックス》の内に滾っていた力が失われて行く。

 

《二頭を持つキング・レックス》

攻2400 → 攻1600

 

「バトル続行だ! 《炎の剣士》!」

 

 これで僅か200だけであっても上回った《炎の剣士》の大剣が《二頭を持つキング・レックス》に迫る。

 

 

「闘 気 炎 斬!!」

 

 文字通りの最後の最後の一撃が《二頭を持つキング・レックス》に振り下ろされ、竜崎の残りライフ200を炎の斬撃によって一刀に下した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、振り下ろされた大剣が粉々に砕け散る。

 

「炎の……剣士……!?」

 

 砕け散った大剣の破片が宙を舞い、刀頭が地面に突き刺さるが、眼前の《二頭を持つキング・レックス》に傷一つない光景に信じられない様子がありありと込もった城之内の声が零れた。

 

 

 フィールドにこの状況を打破するカードはなかった筈だと思考を巡らせる城之内の目に留まったのは1枚の竜崎の手札。

 

 2枚ではなく、1枚である事実に気付きその瞳は見開かれた。

 

「ワイは《ジェム・マーチャント》を発動したんや。これで地属性通常モンスターの攻撃力は1000ポイントアップするで」

 

 そう、最後の最後で引ききったカードによって岩石の鎧を身に纏った《二頭を持つキング・レックス》の前に《炎の剣士》の大剣は砕け散ったのだ。

 

《二頭を持つキング・レックス》

攻1600 → 攻2600

 

 

「ワイの……勝ちや!!」

 

 そして砕けた大剣を短剣として構え、最後まで戦う姿勢を見せた《炎の剣士》に二つの首から放たれた牙の二撃で《二頭を持つキング・レックス》は応える。

 

 決着は一瞬だった。

 

城之内LP:800 → 0

 

 

 

 

 

 

 かくして城之内と竜崎の一戦が終わり、勝者の義務を一通り果たした後でデュエル場から戻った二人。

 

 そして最後の最後でしてやられたと嘆く城之内は竜崎の肩にバシッと手を置きながらエールを送る。

 

「最・高に楽しかったぜ、竜崎! ――でも今度は負けねぇからな! それまでお前も負けんじゃねぇぞ!」

 

「無茶言うなや、城之内――でも、まぁ行けるとこまで行くつもりやで! 一人のデュエリストとしてデュエルキング目指すんは本能みたいなもんやからな!」

 

 そんな城之内のエールに照れを隠すように鼻を掻く竜崎。

 

「へへっ、お前も言うじゃねぇか。応援してっから頑張れよ!」

 

「おう! お前の分までしっかり戦ってきたるわ!」

 

 そこに敗者と勝者などという、くだらぬ区分は存在しない。

 

 

 デュエリストにとって敗北は悔しいものではあるが、失うだけではない。

 

 彼らの魂は対戦相手に受け継がれ、決して途絶えることはないのだから。

 

 

 

 

 

 そうして次なる試合に臨んだ竜崎。その躍進劇の行く末は――

 

 

 

 

 

 

 

竜崎LP:4000 → → 0

 

――え?

 

 周囲に響く、自身の敗北を知らせるブザー音が全てを物語っていた。

 

 しかし、竜崎には何が起こったのか理解が及ばない。

 

 この場で起きたことなど竜崎が全力を賭してデュエルし、相手も全力を以てそれに応えた――ただそれだけだ。

 

「……ハ……ハハ……なんや、これ……」

 

 思わず膝をつく竜崎にレ型のもみあげをしたガタイの良い男、ラフェールは竜崎と戦えたことを誇るように手を差し出す。

 

「良いデュエルだった」

 

 そこには慰めも、皮肉も、負の感情など欠片一つたりとも存在しない。そこにあるのは文字通り、竜崎への敬意と誇りのみ。

 

 それが理解できるゆえに竜崎には敗北感が重くのしかかる。こんな気持ちを味わうのなら「雑魚だった」などと鼻で笑われた方が何百倍もマシだった。

 

「……あっ、ハイ。こらどうも」

 

――なんや……これ……

 

 辛うじて握手を返した竜崎は震える声を隠しながら何とかその場を流していく。

 

 しかし、その胸中は穏やかではいられない。先程までの全てを吹き飛ばされる一戦。文字通りの別次元。

 

 デュエルキングにもっとも近いであろうデュエリストたちの一角。

 

 残酷な差。

 

 埋めようのない差。

 

 

 それら全てが理解できるゆえに返す言葉がでない。言い訳の一つもできない。

 

 その差を自覚した竜崎には倒れそうになる己を奮い立たせることすら叶わない。

 

 

 

――なんなんや、これ!!

 

 井の中の蛙などという話で断ずることが出来ない現実に、竜崎の心は叫びを上げていた。

 

 

 

 

 

 





平和な大会であっても、「苦」の類がないとは限らない。



Q:《黒炎の騎士-ブラック・フレア・ナイト-》と《幻影の騎士-ミラージュ・ナイト-》って城之内が持ってるカードなの!?

A:ああ!




~今作の城之内デッキ改~
戦士族・ドラゴン族+融合軸デッキ――《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》? アイツは犠牲になったのだ。

真紅眼の(レッドアイズ・)黒刃竜(スラッシュドラゴン)》や《鋼鉄の魔導騎士-ギルティギア・フリード》の「戦士族」指定の犠牲にな……

上述の要素をギャンブル効果のあるカードで盤面を整えつつ、フィールド魔法《エンタメデュエル》のトリガーで手札を増強していく。

ギャンブルカードの総括はローリスク・ハイorローリターンを主に選択。なんだかソウルバーナー戦のボーマンっぽいなと思った(小並感)


~今作の竜崎デッキ改~
竜崎が使用したモンスターをメインに沿えた通常モンスター軸の恐竜族デッキ。バトルシティでの融合軸は添えるだけ。

永続罠《決戦の火蓋》で通常モンスターの召喚権を強引に増やして展開し、罠カード《生存境界》を交えれば一斉攻撃感がすっごくすごいぞ!(セレナ感)

永続罠《決戦の火蓋》の墓地除外コストから墓地整理がしやすい為、永続魔法《一族の結束》の打点強化を阻害する可能性がある別種族のモンスターも結構採用できる。

《ジャイアント・レックス》の帰還効果とかみ合う点もグッド。



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第168話 無慈悲な現実

すみません、投稿ミスりました<(_ _)>

此方が本当の168話です2019・12・7


前回のあらすじ
漆黒の豹戦士パンサーウォリアー「強くなったな、城之内……もう俺の助けは必要あるまい」

匿名希望のE・HERO「デッキ改修にベンチ落ちはつきものさ。なぁ、フレイム・ウィングマン」

勲章おじさん「勲章ものだな」




 カードを引く。絶好調だ。展開する。調子も良い。攻撃へ転じる。届かない。追撃を敢行。届かない。効果破壊を狙う。届かない。カウンターを狙う。届かない。物量で攻める。届かない。高火力で攻める。届かない。搦め手で攻める。届かない。自爆覚悟で攻める。届かない。相手の攻撃が迫る。防御。届かない。回避。届かない。迎撃。届かない。届かない。届かない。届かない。届かない。届かない。届かない。届かない。届かない。届かない。届かない。届かない。届かない。

 

 

 

 

 どうして届かない。自分のデュエルは出来ているのに、最高のコンディションで挑めているのに、何故届かない。

 

 

 足掻きに足掻けども届く気配がまるで感じられない。

 

 どうすれば届く。何をすればいい。今まで頑張ってきたんだ。きっと頑張れる。

 

 

 

 

 頑張って、頑張って、頑張って、頑張れば、何時か必ず、絶対に、追い付ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本当に?

 

 

 

 

「おい、大丈夫かよ、竜崎! お前、顔真っ青だぞ!?」

 

 そんな城之内の声に自身の奥深くに潜っていた竜崎の意識が一気に引き戻される。

 

「――お、おう。大丈夫や……」

 

 しかしそう零す待合室の近くにあったベンチに魂が抜けたように座り込む竜崎の顔色は優れない。

 

「どうみたって大丈夫じゃねぇよ」

 

「……放っといてくれて大丈夫や」

 

「放って置けるわけねぇだろ」

 

 圧倒的なまでの力の差を見せられた一戦ゆえに様子を見に来た城之内が心配気な視線を向けつつ、どうしたものかと頭をガシガシするが、上手い言葉は浮かばなかった。

 

 そっけなく何処か遠ざけるような竜崎の態度だが、熱血派な城之内の性分を鑑みれば放っておける訳もないだろう。

 

「……なら、ちょっと場所変えよか」

 

 そんな相手の姿に根負けしたように零した竜崎が力なく腰を上げる光景は城之内が見たことがない程に弱々しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして各々のデュエリストたちの浮き沈みする心を余所にワールドグランプリはデュエルキング以外を振り落とすように何の停滞もなく進んでいく。

 

 

 やがて現在デュエル中のジークは天馬にまたがるワルキューレたちと共に眼前の圧倒的攻撃力を誇る機械仕掛けの三つ首のドラゴンを指さす。

 

「魔法カード《ワルキューレの抱擁》を発動。私のワルキューレ1体を守備表示にすることで、相手モンスター1体を除外する――これでキミご自慢の《サイバー・エンド・ドラゴン》にはヴァルハラに旅立って貰おう」

 

 ジークの声にワルキューレの1体が天に祈りを捧げた後に剣を掲げると、天上より降り注いだ光が三つ首の機械竜、《サイバー・エンド・ドラゴン》に降り注ぐ。

 

 暫くして、天に召されるように消えていった《サイバー・エンド・ドラゴン》。

 

「くっ、私のサイバー・エンドが……!!」

 

 そんな己のエースであり、切り札を失ったスキンヘッドのずんぐりした体形の口元に少々髭が見える男――デュエル流派の一つ、サイバー流を修めた鮫島は悔し気だ。

 

「どれ程の攻撃力を有していようとも、攻撃できなければ独活(うど)の大木でしかない」

 

 そしてジークは相対する鮫島の実力を鼻で笑いながら、嘲笑してみせる。

 

 有名なデュエル流派「サイバー流」を修め、なおかつ「師範」にまで上り詰めた男の力が「この程度なのか」と。海馬に自身の実力を見せつける前に倒れる相手などジークは求めていない。

 

「さて、こんな座興など早々に終わらせてしまうとしよう。行け、ワルキューレたちよ!愚かな夢想家に現実を教えてやるがいい!!」

 

 ゆえにジークは天に舞うワルキューレたちに終局の鐘を鳴らさせるべく声を張る。

 

 

 そうして5体のワルキューレたちの剣撃が天馬の疾走と共に鮫島の元に降り注いだ。

 

「ぬぐぁああああぁあああああ!!」

 

鮫島LP:4000 → → → 0

 

 

「くっ……」

 

 デュエルの決着と共に膝をつき、無力を噛み締める鮫島の頭上から声が落ちる。

 

「敗者にはお似合いの末路だな」

 

「貴方に……貴方にリスペクトの心はないのですか!!」

 

 そのあまりな言いように鮫島は怒りの声を張る。

 

 彼が誇る「サイバー流」の理念は「互いに全力を尽くし、勝負の後は互いに心から称え合う」――そうしたデュエルを誇りとしている。

 

 ゆえにジークの言葉はサイバー流の師範の1人として、鮫島は無視することが出来なかった。

 

「リスペクト? あぁ、キミは『リスペクトデュエル』などというものを掲げた流派だったな――くだらない。負け犬の遠吠え程、聞くに堪えぬものはない」

 

「それは聞き捨てなりませんね!」

 

「くだらないとも」

 

 しかしジークからすればサイバー流の正道の教えなど「くだらない」ものだった。鮫島を嘲笑し、見下す視線に呆れの色が見え始める。

 

「『キミたち』の語る『リスペクトデュエル』は集団内の漠然とした好悪に乗っ取っただけの代物に過ぎない。それは『嫌悪する対象への弾圧』と何が違う?」

 

 そうしてサイバー流の理念たる「リスペクトデュエル」に対し、悪意をふんだんに含んだ解釈を返すジークは鮫島を皮肉気に嗤って見せた。

 

「違う! リスペクトデュエルは全力でデュエルに挑み、勝ち負けなど関係なく、互いを称え合え――」

 

「なら、何故『私をリスペクト』しない?」

 

「――ッ!!」

 

 激昂さすら感じさせる鮫島の勢いだったが、ジークの一つの言葉でピタリと止まる。そんな光景に満足そうなジークは嗜虐的な笑みを浮かべながら続ける。

 

「勝敗関係なく称え合うのだろう? 何故、私を称えない? 私が『リスペクトの心』とやらを持っていないからか?」

 

「それは……」

 

 殆どこじ付け同然の返答だが、今現在返す言葉を失った鮫島は確かに「ジークのデュエルを一方的に否定している」。

 

 ジークが何故そんなデュエルをするのか? 何故それを正しいと考えたのか――そういったものを全て無視して否定していることは確かに事実だ。

 

 とはいえ、どうみてもジークのデュエルが世間一般に正しいものには見えない為、やはり「ただの言いがかり」でしかない。

 

 

 しかし真実などジークにとってはどうでも良かった――いや、「どうとでもなる」と言うべきか。

 

「私が『気に喰わない』から――そうだろう? だから『リスペクトの心がないのか』と問うた。それがないものは『幾らでも糾弾して構わない』から」

 

 誇りだなんだと語った鮫島と、敗者を嗤う自身に何の違いがあると、ジークは悪魔のささやきを落とす。

 

「違う……違う……!! リスペクトデュエルはそんなものじゃない!!」

 

「フフフ、オウムのように同じ言葉を繰り返すのではなく、論理的な反論を願いたいものだね」

 

 やがて誇りをもって敗北した鮫島を「敗者らしく」彩ったジークは満足気に背を向ける、最後の最後に追い打ちをかける。

 

「もっとも、敗者の弁に耳を貸すものがいるとは思えないがな」

 

「それでも……それでも、私は……!!」

 

「世界は勝利者が動かすものだ。敗者はそうやって地べたで喚いているがいい」

 

 そうして海馬への溜まりに溜まったフラストレーションを適度に発散させたジークは胸ポケットの薔薇をピンと鮫島に放りつつ、会場を後にする。

 

 

 会場に残るのは項垂れる敗者だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 控室に戻ったジークは高級そうなソファーに腰を落とし、退屈そうに息を吐く。

 

「大会のシステムとはいえ、有象無象とのやり取りはうんざりする」

 

 早々にデュエルキングの称号を得て、その場で海馬に勝負を挑もうと考えているジークからすれば、膨大な参加者によって伸びた道筋は些か以上に長すぎた。

 

 多少骨のあるデュエリストがいようとも、自身からすれば敵ではない現実がある以上、作業感が強いのだろう。

 

「だが……フッ、舞台が整いつつあるな――通信?」

 

 しかし、その裏で海馬へのもう一つの決戦を企てていたジークは己の未来予想に笑みを深めるが、専用の電話の呼び出し音に応えれば――

 

「これは父上。どうかなされましたか ほう、パラディウス社から……ご安心ください。何も問題はありません」

 

 シュレイダー家にて朗報を待つジークの父からの連絡。

 

 それはパラディウス社から釘を刺すようなメッセージを聞いたゆえに計画の安否を問うものだった。

 

 早い話がパラディウス社からシュレイダー社に向けて「平和な大会にしようね!」的なことを態々名指しでダーツが伝えたのである――言外の圧力ってやつだ。

 

「計画は順調そのものです。掴んだ尻尾が何なのかすら理解していない愚者が一喜一憂している光景をお楽しみください」

 

 リックVSペンギン伯爵の際にKCから打たれた手も、ジークが用意したダミープログラムに引っ掛かり、サイバーテロに関する物的証拠が得られなかったゆえのダーツの中の人の苦肉の策だったが、ジークを止めるには至らない。

 

「そろそろ次の試合の準備を行いますので……はい、朗報をお待ちください――――フッ、海馬 瀬人。キミには少し失望したよ」

 

 そうして父との通信を終えたジークは海馬に落胆するように小さく息を吐いた。

 

 今回のパラディウス社の言外の圧力は、つまりはKCが、海馬が、己との勝負から背を向け、逃げたと同義だとジークは考えたゆえ。

 

 実行したのは神崎やらBIG5やらの面々だが、実行した相手が問題ではない。KCが、海馬がそれを止めなかったことが問題なのだ。

 

「これではあのペガサスも海馬を見限り、我がシュレイダー社をパートナーに選ぶであろうことも時間の問題だな」

 

 そして海馬への失望と共に、己が思い描く未来予想図に修正を加える必要性を考えるジークの心は少しばかり「張り合い」を失っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところ変わって、ダーツの為に用意された一室にて膝をつくシモベが炎の悪魔ボディをメラメラさせる中、ダーツの中の人はそのままの姿でダーツらしからぬ口調で零す。

 

「『レイン恵』……ですか」

 

「はい、ご命令によりKCに待機させていたワタシめの配下から『人間ではないもの』を発見したとの報告があったんだYO!」

 

 シモベによってもたらされた情報は神崎に色々と二の足を踏ませるものだった。パラドックスが所持する活動記録の詳細の把握を、未来のテクノロジーの前に頓挫した事実が此処に来て響く。

 

 神崎にとって「パラドックスの身柄」はイリアステルへのジョーカーともなり得る為、無茶はできない。

 

「で・す・が! この会場には精霊を知覚できる者もおりますのでー、ワタシが直接お知らせに馳せ参じた次第です」

 

「助かります」

 

「いえいえいえいえ! この程度、当ー然のことですとも!」

 

 そうして「気を利かせたワタシはどうよ! どうよ!」なシモベが謝辞を前に手を前に振りながらオーバーに謙遜して見せる姿を余所にダーツの中の人、神崎は思案する。

 

――牛尾くんが言っていたKC見学の話か……後輩としか聞いていなかったが、まさか彼女が関係するとは……

 

 レイン恵――既に軽く紹介は済ませているが、彼女は遊戯王のゲームTFシリーズの住人であり、イリアステルのメンバーの1人だ。ちなみに、この世界には他にも――

 

 先祖代々プリンを作り続け、1日10個しか手にはいらない「プリン・トリシューラ」なる幻のスイーツを作っている職人の存在や、

 

 ものまね稼業の茂野間家の息子の一人が「オレっちは教師になるんだぁい!!」と家を飛び出したとの話。

 

 海産業界のドンと名高い海野家、先祖代々が考古学会一家の宇佐美家や、ファッションブランド「シーサイド」に加え、ヤク――もとい反社会組織、龍剛院一家などなど。

 

 

 DM時代にも関わらずチラホラ出てきている人たちの存在は神崎もある程度入手している。とはいえ、原作の事件には殆ど関わることもなかった為、周辺調査に留めた後は特に何もしていないのだが――

 

「周辺に赤帽子の男はいましたか?」

 

 TFでのプレイヤーキャラ(赤帽子の男)がいた場合、神崎の全てが瓦解する。

 

 文字通り、世界に「そういう存在(勝利が約束された者)」として生み出された彼の前ではあらゆる存在が無力だ。

 

「……? いえいえ! そのような報告は受けていないんだYO!」

 

「そうですか」

 

「その赤帽子とやらに、何か問題がおありで?」

 

「いえ、いないのであれば其方に関しては気にせずとも構いませんよ」

 

 シモベの報告にレイン恵は「イリアステルの命令、もしくは自発的に行動した」と判断した神崎は内心で小さく息を落としながら考えを纏める。

 

――此処まで本来の歴史が歪んでいるにも拘らず、未だに姿を現さないのならば存在の有無はどうであれ、「いない」扱いで問題はない。

 

 そう、実際に動かないのであれば無視して問題ない――というか相手が本気になった場合、神崎は明日への逃亡をかますか、リアルファイトで殴り合うしかない。お腐りになられるようなエンドは個人的に御免であろう。

 

 

「ふーむ。では、あの者への対処は如何様に?」

 

「そうですね……相手の目的がハッキリしない以上、初手で強硬策を取る気にもなれませんし――」

 

 そうして話の核がレイン恵への対処に戻ったことで神崎は顎に手を置きつつ悩む素振りを見せる。

 

――アヌビスをKCから離した途端にこれとは……相手は此方の状況をかなり詳細に把握していると考えるべきか? しかし相手の強硬策どころか様子見するような動きも気になる。

 

 イリアステルが神崎の情報を何処まで掴んでいるかが不明瞭な為、「何処まで動いて問題ないか」の線引きがやりにくい。神崎はイリアステルに冥界の王の力がバレれば速攻でぶっ殺されかねない為、下手を打つわけにもいかないのだ。

 

「――念には念を入れておくことにしましょう」

 

 ゆえに最悪の事態だけを避ける方針を固めた神崎は幾枚かのカードをシモベに差し出す。

 

「立て続けに申し訳ありませんが、幾つかお願いしても構いませんか?」

 

「勿論ですとも! このシモベめをどうぞ使ってくださいな!!」

 

 かくして打たれる一手が転がる先は吉か凶か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで色々と思惑が渦巻くワールドグランプリだが、そんなこととは無縁な二人がデュエルするのは様々な列車モンスターが行き交うゴーカートならぬゴー列車エリア。

 

 

「BGMだか、4WDだか言うゲームを作った相手って話だけど、デュエルの方もちょっとはやるようね」

 

 そこでデュエルする一方、ヴィヴィアン・ウォンはセンスを片手に口元を隠しながら、対戦相手を挑発する。

 

ヴィヴィアンLP:2300

 

 そのフィールドに4枚のセットカードに守られた1体のモンスター、両肩から幾重もの銀の棘が生えた漆黒の全身鎧に身を包む《闇魔界の戦士 ダークソード》が二刀の剣を構える。

 

 

《闇魔界の戦士 ダークソード》 攻撃表示

星4 闇属性 戦士族

攻1800 守1500

 

「D・D・M――ダンジョン・ダイス・モンスターズ、だよ」

 

 そんなヴィヴィアンの発言に注釈を入れるもう一方、御伽。

 

御伽LP:2800

 

 互いのライフは似たようなものだが、そのフィールドにはセットカードはない。だが、モンスターは――

 

 手足を金の輪のアーマーで覆った赤いマフラーをたなびかせるクナイを持った忍者が腕組みし、

 

《速攻の黒い(ブラック)忍者》 攻撃表示

星4 闇属性 戦士族

攻1700 守1200

 

 一つ目のついた三角形のような形をした水色の小型の飛行船が独楽のような脚部を浮かべながら、目玉をギョロギョロ動かし、

 

《異次元の哨戒機(しょうかいき)》 攻撃表示

星3 闇属性 機械族

攻1200 守 800

 

 目玉に細いアームが幾つか伸びたマシンがフヨフヨと浮かんでいた。

 

《異次元の偵察機》 攻撃表示

星2 闇属性 機械族

攻 800 守1200

 

 

 フィールドのモンスターの総数は御伽が勝っているものの、攻撃力とセットカードの差は歴然である。そして手札の方も2枚と少々心もとない。

 

「あ~ら、ごめんなさ~い。私、無名の人には興味なくってぇ」

 

「無名か……否定はできない、かな。でもデュエルにそんなことは関係ないよ! 僕のターン、ドロー!!」

 

 ゆえに余裕綽々なヴィヴィアンがセンスと共に豊富な自身の手札をヒラヒラ揺らして挑発する姿に対し、返答代わりに御伽は力強くドローしつつ天を指さす。

 

「このスタンバイフェイズに自身の効果で除外されていた《ヴェルズ・サンダーバード》が帰還し、その効果により攻撃力は300アップ!」

 

 その御伽の指の先からけたたましい鳴き声と共に何もない空間からヌルッと飛翔したのは首元から5本の触手が伸びた不気味な黒いハゲワシのような鳥。

 

《ヴェルズ・サンダーバード》 攻撃表示

星4 闇属性 雷族

攻1650 守1050

攻1950

 

 翼を広げ、悠々と己の強さを示す様に宙をクルクルと飛ぶ《ヴェルズ・サンダーバード》の攻撃力は《闇魔界の戦士 ダークソード》より150と僅かだが上回っている。

 

「《異次元の哨戒機》と《異次元の偵察機》をリリースしてアドバンス召喚!!」

 

 しかしヴィヴィアンの4枚のセットカードの前には少しばかり頼りないと、天高く飛び立った二体のマシンを贄に天より巨大なサイコロが降り立ち――

 

「ダイスに眠るダンジョンの王よ! 今こそ目覚めよ! ディメンジョン・ダイス! 生誕せよ! 《ゴッドオーガス》!!」

 

 巨大なサイコロが展開すると共にそこから現れるのは藍色のアーマーを見に纏った巨躯の戦士。その手中の身の丈程もある大剣を振ると共に疾風が舞う。

 

《ゴッドオーガス》 攻撃表示

星7 地属性 戦士族

攻2500 守2450

 

「《ゴッドオーガス》の効果! 1ターンに1度、ダイスを3つ振り、同じ目が出た時に効果を得る! クレスト・ダイス!!」

 

 そして《ゴッドオーガス》が地面に大剣を突き刺せば、その柄の部分から飛び出した3つのサイコロが空中でクルクルと回転を始めた。

 

「1か2なら相手のターンの終わりまで戦闘・効果で破壊されず」

 

 ぶつかり合いながら回転する3つのサイコロは段々と回転速度をゆるめていく。

 

「3か4なら僕は2枚ドロー! 5か6ならこのターンのみダイレクトアタックでき、3つとも同じ数字なら全ての効果を得る!」

 

「ふふん、手札補充の2枚ドロー狙いだろうけど、そう上手く行くかしら?」

 

 やがてヴィヴィアンの軽口と共に3つのサイコロがピタリと止まり宙に浮かぶ中、示す出目は――

 

「出た目は2・2・6! よって《ゴッドオーガス》は相手ターン終了まで破壊されない!」

 

 そうして三つのサイコロが《ゴッドオーガス》の剣の柄に戻ると共に、その全身にエネルギーが漲り始める。

 

「そして出た目の合計は10! よって、その合計の100倍――1000ポイントのパワーアップだ! ゴッド・フォース!!」

 

 やがて拳を胸の前で握りしめ、体内を巡っていた力がオーラのようにその全身を覆い力強さを増す《ゴッドオーガス》。

 

《ゴッドオーガス》

攻2500 守2450

攻3500 守3450

 

 これで攻撃力は《闇魔界の戦士 ダークソード》を大きく上回り、セットカードが《聖なるバリア―ミラーフォース―》のような逆転のカードでも《ゴッドオーガス》を止めるには至らない。

 

「なら、攻撃してみなさい! 私の伏せカードを乗り越えられるものならね! おーほっほっほっ!」

 

 しかし手の甲を口元に当て、お嬢様感溢れる高笑いするヴィヴィアンの姿を見れば、罠があることは明白。ゆえに御伽は相手の予想を超えるべく一手打つ。

 

「僕は魔法カード《ブラック・ホール》を発動! フィールドの全てのモンスターを破壊する!!」

 

「自分のモンスターごと!?」

 

 天より全てを呑み込まんと黒き破壊の奔流が渦巻く。

 

 自身のフィールドの3体のモンスター諸共、ヴィヴィアンの唯一のモンスター《闇魔界の戦士 ダークソード》の破壊を狙った御伽。アドバンテージの観点から見れば悪手のようにも思えるが――

 

 

「それはどうかな! チェーンして《速攻の黒い(ブラック)忍者》の効果発動!」

 

 御伽のデッキにとってはあまり痛手にはならない。

 

「墓地の闇属性モンスター2体――《異次元の哨戒機》と《プリーステス・オーム》を除外し、このカードをエンドフェイズまで除外! 隠れ身の術!!」

 

 《速攻の黒い(ブラック)忍者》が手で幾つかの印を組めば、その身体が自身の影へと沈んで行き―――

 

「まだだよ! 《ヴェルズ・サンダーバード》の効果も発動! 魔法・罠・モンスター効果の発動をトリガーに自身を次のスタンバイフェイズまで除外!!」

 

 一方でけたたましい鳴き声と共にアタフタと異次元に頭を突っ込む《ヴェルズ・サンダーバード》。だが、腰が引っ掛かったのかバタバタともがいていた。魔法カード《ブラック・ホール》の着弾は秒読みである。

 

 やがて《ヴェルズ・サンダーバード》が間一髪で《ブラック・ホール》から逃れた中、地面に二本の剣を突き刺し堪えていた《闇魔界の戦士 ダークソード》が黒い渦に呑まれて行く。

 

 だが、《ゴッドオーガス》は悠然と佇みこゆるぎもしない。

 

「そして《ゴッドオーガス》は自身の効果で破壊されない! これで破壊されるのはキミのモンスターだけだ!!」

 

「私のダークソードが!?」

 

「これで道は開けた!」

 

 そうしてヴィヴィアンのキーカードであり、守り手となっていた《闇魔界の戦士 ダークソード》が消えたことで、大剣を構える《ゴッドオーガス》。

 

「きぃ~! な・ま・い・き! 私は手札の《天威龍-シュターナ》を除外して効果発動!」

 

 だが、その大剣の先の地面から大地を砕きつつ氷柱と共に流氷の如く青白い竜が天に消えて行けば――

 

「破壊された効果モンスター以外のモンスターを復活! さらに相手モンスター1体を破壊するわ!!」

 

 その竜の背から黒いマントをはためかせながら《闇魔界の戦士 ダークソード》が大地に降り立ち、二本の剣をクロスさせて守り手として対峙する。

 

《闇魔界の戦士 ダークソード》 守備表示

星4 闇属性 戦士族

攻1800 守1500

 

 そして流氷の如き竜《天威龍-シュターナ》の氷の鱗が氷剣の雨となって《ゴッドオーガス》に降り注ぐ。

 

「だとしても《ゴッドオーガス》は破壊されない! 魔法反射剣(リフレクトソード)!!」

 

 だが、オーラによって強化された身体には傷一つつかない。

 

「でも貴方のモンスターは今やたった1体!」

 

「ならバトルだ!! 《ゴッドオーガス》でダークソードを攻撃!! 金剛剣(ダイヤモンドブレード)!!」

 

 そうして《ゴッドオーガス》が大きく上段に振りかぶった大剣を二本の剣で受け止める《闇魔界の戦士 ダークソード》だが、暫しの均衡の後ペキンとひび割れたと同時に身体諸共両断され、大地に沈む。

 

「無駄よ、ダークソードは守備表示! 私へのダメージは0よ! 攻め時を誤ったみたいね――うふふふ……おーほっほっほ! このデュエル、頂くわ!」

 

 しかし主は守り通せた、とその最期は何処か満足気だった。

 

「……僕はカードを1枚セットしてターンエンド。そしてエンド時に《速攻の黒い(ブラック)忍者》がフィールドに戻り」

 

 相手の守りを突破できないどころか、セットカード1枚すら使わせられなかった御伽は内心の歯噛みを隠しつつターンを終えると共に――

 

 

 《速攻の黒い(ブラック)忍者》が影からシュタッと現れ、相も変わらず腕組みし、

 

《速攻の黒い(ブラック)忍者》 攻撃表示

星4 闇属性 戦士族

攻1700 守1200

 

「除外された《異次元の哨戒機》の効果で墓地のカードを除外することで、自身を帰還させる! 《異次元の偵察機》を除外して戻って来い!!」

 

 キーンと空気を切る音を鳴らしながら、飛んできた《異次元の哨戒機》がホバリング。

 

《異次元の哨戒機(しょうかいき)》 攻撃表示

星3 闇属性 機械族

攻1200 守 800

 

「そして除外された《異次元の偵察機》はこのエンド時にフィールドに攻撃表示で戻る!!」

 

 その《異次元の哨戒機》背に乗っていた《異次元の偵察機》がパッと背から降りると共に宙に浮かぶ。

 

《異次元の偵察機》 攻撃表示

星2 闇属性 機械族

攻 800 守1200

 

 2体のアドバンス召喚のリリースに加え、魔法カード《ブラック・ホール》で一度全てを吹っ飛ばしたにも拘らず4体のモンスターが立ち並ぶ御伽のフィールドにヴィヴィアンは苛立ちを隠さず舌を打つ。

 

「ワラワラうっとうしいわね……でも、壁モンスターなんかじゃ私の攻撃は毛ほども止まらないわ! 私のターン、ドロー!」

 

「キミのスタンバイフェイズに自身の効果で除外されていた《ヴェルズ・サンダーバード》が攻撃力を300アップして帰還する!」

 

 相変わらずの煩い声と共に黒いハゲワシ、《ヴェルズ・サンダーバード》がバタバタと翼を動かしながら列に加わった。

 

《ヴェルズ・サンダーバード》 攻撃表示

星4 闇属性 雷族

攻1650 守1050

攻1950

 

「本当にうっとうしいわね!!」

 

 これで5体目が並び御伽のフィールドを埋め尽くす光景にヒステリックに叫ぶヴィヴィアン。消えたと思ったら直ぐに現れてな光景が繰り返されれば面倒臭くもなろう。

 

「フィールドアドバンテージの差を保たせて貰うよ」

 

「ふん、強がっちゃって――魔法カード《予想GUY》を発動! 私のフィールドにモンスターがいないときデッキからレベル4以下の通常モンスターを特殊召喚よ!」

 

 常にモンスターを絶やさない御伽に対し、ヴィヴィアンの一点集中なデュエルスタイルは変わらない。

 

 空から舞い降りるのは通常モンスターの何度目か分からぬ程に現れる《闇魔界の戦士 ダークソード》。

 

「デッキから舞い降りなさい、《暗黒の竜王(ドラゴン)》!」

 

ではなく、緑の体表を持ったTheドラゴンな外見の《暗黒の竜王(ドラゴン)》。

 

《暗黒の竜王(ドラゴン)》 攻撃表示

星4 闇属性 ドラゴン族

攻1500 守 800

 

「そして魔法カード《トランスターン》を発動! 《暗黒の竜王(ドラゴン)》を墓地に送ってデッキから同じ属性・種族でレベルが一つ高いモンスターを特殊召喚!」

 

 そうしてグオーと叫ぶ《暗黒の竜王(ドラゴン)》の身体が光に包まれ、進化――もとい、一つレベルアップすれば――

 

「おいでなさい! ユニオンモンスター! 《騎竜》!!」

 

 赤い鱗を持つスリムなドラゴンへと変貌を遂げた。4足で立つ細長い身体はなんともスピードがありそうである。

 

《騎竜》 攻撃表示

星5 闇属性 ドラゴン族

攻2000 守1500

 

「攻撃力2000……どんな効果を持っているかは知らないけど、この盤面差を覆すのは容易くない筈だ!」

 

「焦らないの――ユニオンモンスターには担い手が必要なのよ。私のような美しき担い手が! 魔法カード《思い出のブランコ》を発動! 墓地から通常モンスターを復活させるわ!」

 

 そして勝利の道筋を描き出したヴィヴィアンが呼ぶのは今度こそ――

 

「蘇りなさい、ダークソード!!」

 

 己が戦術の起点となる《闇魔界の戦士 ダークソード》が《騎竜》の背に飛び乗るように現れた。

 

《闇魔界の戦士 ダークソード》 攻撃表示

星4 闇属性 戦士族

攻1800 守1500

 

「《騎竜》のユニオン効果! このカードを《闇魔界の戦士 ダークソード》の装備カードとし、その攻・守を900ポイントアップ!」

 

 そうしてそのままユニオン状態になったことでパワーアップを果たす。

 

《闇魔界の戦士 ダークソード》

攻1800 守1500

攻2700 守2400

 

「だとしても僕の《ゴッドオーガス》には届かない!」

 

「本物の『美』っていうのはね、無駄な拳を一切振るわないものよ――ユニオン状態の《騎竜》の効果! 装備された自身をリリースすることでダークソードはこのターン、ダイレクトアタックできる!」

 

 御伽の言う様に攻撃力は足りないが、破壊されない相手を態々相手してやる義理もないと《騎竜》の全エネルギーをかけた飛翔と共に天を舞う《闇魔界の戦士 ダークソード》。

 

《闇魔界の戦士 ダークソード》

攻2700 守2400

攻1800 守1500

 

「バトル! 有象無象なんて飛び越えなさい、ダークソード! ダイレクトアタック!!」

 

 そしてそのまま《ゴッドオーガス》たちを飛び越え、天より御伽に向けて二本の剣を構えるが――

 

「此処で罠カード《ゲットライド!》を発動! 墓地のユニオンモンスターを装備可能なモンスターに装備するわ!」

 

 その落下に合わせて隣に飛翔する影が一つ。

 

「墓地のユニオンモンスター、《漆黒の闘龍(ドラゴン)》をダークソードに装備! これで攻・守は400ポイントアップ!!」

 

 それは己が愛馬ならぬ愛竜――黒き身体を持つ《漆黒の闘龍(ドラゴン)》に空中でまたがった《闇魔界の戦士 ダークソード》は更なる加速をつけて御伽に切りかかる。

 

《闇魔界の戦士 ダークソード》

攻1800 守1500

攻2200 守1900

 

「くっ……!」

 

――セットカードを……いや、魔法カード《思い出のブランコ》で復活したモンスターはターンの終わりに破壊される。温存すべきだ……!

 

 やがて己のセットカードをチラと見て一瞬の逡巡を見せた御伽に二つの剣撃がその身を切り裂いた。

 

「うぁあッ!!」

 

御伽LP:2800 → 600

 

「あら、リバースカードは発動させないの――なら終わりよ!!」

 

 そんなセットカードを発動させない御伽につまらないものでも見るかのような視線を向けたヴィヴィアンは中国拳法のように拳を腰だめにした後に突き出し宣言する。

 

「速攻魔法《コンビネーション・アタック》を発動! 戦闘を行ったユニオンを装備したモンスターのユニオンを解除し、攻撃権利を+するわ!」

 

 そうして《漆黒の闘龍(ドラゴン)》にまたがり宙を舞ってヴィヴィアンの元に戻っていた《闇魔界の戦士 ダークソード》がその背から飛び降りれば――

 

「ユニオンモンスター《漆黒の闘龍(ドラゴン)》を特殊召喚し、ユニオンを装備していたダークソードの攻撃権は+1!!」

 

 《漆黒の闘龍(ドラゴン)》がフィールドにドスンと着地する。

 

《漆黒の闘龍(ドラゴン)》 攻撃表示

星3 闇属性 ドラゴン族

攻 900 守 600

 

 そして《闇魔界の戦士 ダークソード》は飛び降りた勢いのまま――

 

《闇魔界の戦士 ダークソード》

攻2200 守1900

攻1800 守1500

 

「そしてこのターンのダークソードはダイレクトアタックが依然可能なまま! トドメよ!!」

 

 空中から御伽に二の太刀を浴びせんと剣を振りかぶる、当然、御伽のフィールドのモンスターは手が出せない。

 

――しまった!?

 

「くっ……! なら罠カード《つり天井》発動! フィールドのモンスターが4体以上の時、フィールドの全てのモンスターを破壊する!」

 

 セットカードにばかり意識が向いていた為、手札からの奇襲が疎かになっていたと自身の失策を悟った御伽が発動させたカードによって天から己を狙う刃の上からスパイク付きの天井が落下し、フィールドの全てのモンスターを串刺しにせんと迫った。

 

「チェーンして《速攻の黒い(ブラック)忍者》の効果! 墓地の闇属性モンスター2体除外して自身を除外! そして《ヴェルズ・サンダーバード》も自身の効果で除外する!」

 

 だが、先程の焼き増しで異次元へと姿を消す《速攻の黒い(ブラック)忍者》と《ヴェルズ・サンダーバード》。

 

「そして魔法反射剣(リフレクトソード)の力が続く限り、《ゴッドオーガス》は破壊されない!」

 

 名前の挙がらなかった《異次元の哨戒機》と《異次元の偵察機》は……うん、さよならの未来である。

 

「なら、私もチェーンさせて貰うわ――速攻魔法《瞬間融合》を!」

 

「《瞬間融合》!?」

 

 しかし此処でヴィヴィアンが待ったをかけた。思わず顔ならぬ目玉を上げる異次元’sたち。

 

「その効果により私のフィールドのモンスターを、ダークソードと《漆黒の闘龍(ドラゴン)》を融合!!」

 

 しかし行われたのは先程の焼き増しのように竜の背に乗る戦士があるだけ――久々の乗っただけ融合である。

 

《闇魔界の竜騎士 ダークソード》 攻撃表示

星6 闇属性 戦士族

攻2200 守1500

 

「無駄だよ! このタイミングで融合召喚されれば、どのみち《闇魔界の竜騎士 ダークソード》は罠カード《つり天井》の効果で破壊される!!」

 

 だが登場早々に天井のスパイクに貫かれ、地面に叩きつけられる《闇魔界の竜騎士 ダークソード》。

 

 その横で《異次元の哨戒機》と《異次元の偵察機》がペシャンコに潰れるが、残った《ゴッドオーガス》は《つり天井》を砕きながら無傷の身体を誇るように大剣を天に掲げていた。

 

「それで良いのよ! フィールド魔法《遠心分離フィールド》の効果発動! 融合モンスターが破壊された時、そのカードに記された融合素材モンスターを墓地より復活させるわ! ダークソードは何度でも蘇るのよ!」

 

 しかし此方も負けじと《闇魔界の戦士 ダークソード》も二本の剣を天に掲げていた。

 

《闇魔界の戦士 ダークソード》 攻撃表示

星4 闇属性 戦士族

攻1800 守1500

 

「だとしても、そのダークソードは《騎竜》の効果を受けていない以上、ダイレクトアタックは出来ない!」

 

「そうね――《ゴッドオーガス》に攻撃するのよ、ダークソード!!」

 

 そして主の言に迷わず先のターンのリベンジとばかりに二本の剣を左右に広げて構え、突撃する《闇魔界の戦士 ダークソード》。

 

「――なっ!?」

 

「その攻撃宣言時、手札の《天威龍-ナハタ》を除外し、効果発動!」

 

 さらにその横を援護するかのように疾風の如き身体を持つ緑の竜が先陣を切る。

 

「私の効果モンスター以外のモンスターが相手モンスターへ攻撃した時、ターンの終わりまでバトルする相手の攻撃力を1500ポイントダウンさせるわ!」

 

 やがて《ゴッドオーガス》に噛みつき、絡みつき、全身に大きくダメージを与えた後、果然のように消えていく《天威龍-ナハタ》。

 

《ゴッドオーガス》

攻3500 → 攻2000

 

「だ、だとしても! ダークソードの攻撃力は1800! 《ゴッドオーガス》の敵じゃ――」

 

「おバカさんね――2枚目の罠カード《ゲットライド!》を発動! 墓地のユニオンモンスター1体をフィールドのモンスターに装備!」

 

 そうして《闇魔界の戦士 ダークソード》の左右から襲い来る剣に《ゴッドオーガス》の大剣がその頭上へと振り下ろされるが――

 

「ダークソード! 《騎竜》に飛び乗るのよ!!」

 

 何処からともなく現れた《騎竜》の背に手をかけ空中へと三度躍り出た《闇魔界の戦士 ダークソード》には届かない。

 

《闇魔界の戦士 ダークソード》

攻1800 守1500

攻2700 守2400

 

 

 そして天より竜と騎が一体となった一撃によって《ゴッドオーガス》はその身を散らした。

 

「うぁわぁああぁあああッ!!」

 

御伽LP:600 → 0

 

 

 

 

 

 

 遠方から歓声が響く余所で会場から離れた場所で缶ジュース片手にベンチに腰を落とした竜崎の隣に座る城之内は相手の肩を叩きつつ問う。

 

「落ち着いたか、竜崎」

 

「ワイの今までは一体なんやったんや……」

 

「負けちまってへこんじまうのは分かるけどよ。結局のところ腕磨いて、また挑戦すりゃぁいいだけじゃねぇか」

 

 しかし竜崎の心は未だ、晴れぬ模様。

 

 一方的なデュエルだった。先程、城之内が死力を尽くして僅かに届かなかった相手――竜崎の全てが何一つ通じないままに力の差を見せつけられた。

 

 それを間近でみた城之内にも、竜崎が放心する気持ちも分からなくはない。だが――

 

 

「腕磨く? アレはそんなんでどうにか出来るもんやない。持っとるモンが、力が違い過ぎるんや。ワイが逆立ちしたってどうにもならへんもんが……今、目の前に立っとるんや」

 

 竜崎から零れた言葉は心が折れてしまったかのような覇気のないものだった。

 

「どうしたんだよ。随分弱気じゃねぇか」

 

「ワイはアイツに勝てるビジョンが浮かばへんのや……追いつける気が欠片もせえへんのや……」

 

「なんだ。そんなことか――まぁ、俺だってハナから強かった訳じゃねぇ。いや、今だってそうだ。何度も何度も負けて負けて。でもその度にもっと強くなってやるって……そうやって此処まで這い上がってきたんだ――お前だってそうだろ?」

 

 だが、壁があろうとも立ち止まっていては先に進むことは出来ないと語る城之内。自分も壁にぶつかったことなど幾らでもあるゆえにやるべきことはシンプルだと。

 

「ワイはそう言う話をしとるんやない!! 絶対に埋まらへん力の差の話をしとるんや!!」

 

 しかし城之内の言葉に竜崎はベンチから勢いよく立ち上がり、激昂するかのようにがなり立てる。

 

「さっきから何だよ! 力、力って! デュエルは力が全てじゃねぇだろ!!」

 

「なんやと? 城之内! お前、いつからそんな優等生になったんや! そんなんは綺麗事や! デュエルは真剣勝負! 勝つか負けるかの世界や! 自分のデュエルを通すには『力』は避けて通られへん!!」

 

 相手の怒気に当てられたように声を荒げる城之内だが、竜崎の行き場のない思いもまた止まらない。

 

「勝負は勝ってこそが華なんや!!」

 

「なに言ってんだ、竜崎――その為に腕磨いてんだろうが!!」

 

 力が足りないから

 

 頑張れば、何時か追い付ける。足を止めてはならない。ゆっくりでも前に進もう。

 

 ある種の真理だ。

 

「ああ、お前が言っとることは、正しいんやろうよ。ムカつくくらいに正しいんやろうよ!」

 

 それは竜崎も理解している。

 

 城之内の言葉は正しい。頑張れば報われる。努力は裏切らない。

 

「お前の言う努力なんざみんな死ぬ程しとるわ! せやけどワイはあのデュエルで知ったんや……どうにもならへんもんを……『才能』ってやつを……」

 

 しかし、「差」は生まれる。

 

「才能がなんだよ! お前はペガサス島より強くなってたじゃねぇか! だったら――」

 

「強ぉなったからこそ、分かったんや!! ……ワイかて、こんなん知りとうなかった……」

 

 その差に打ちのめされた今の竜崎には己を奮い立たせる気力が欠如していた。

 

 そんなライバルの姿を城之内は見たくはないと己の熱に当てられ、言葉は乱暴なものへと変わって行く。

 

「だからって、ちょっと負けたくらいでいじけてんじゃねぇよ!!」

 

「なに他人事みたいに言ってるんや……お前かて、遊戯に本気で勝てると思っとんのか!」

 

 だが、竜崎のその言葉に城之内は一瞬返す言葉を失った。

 

 城之内とて考えなかった訳ではない。遊戯の強さを。その差を。

 

「……止めろよ」

 

 先程までの熱が嘘のように消えいりそうな声で零す城之内。

 

「時間かけて腕磨いたら追い付けるなんて本気で信じとるんか!」

 

「止めろよ、竜崎!」

 

 考えないようにしてきた現実を突きつける言葉に城之内は思わず竜崎の胸倉を掴む。

 

 その差をどうやって埋める?

 

 時間をかけて? 相手は自分の倍どころではない程の速度で強くなっていくのに?

 

 沢山頑張れば? 今だって必死に頑張っているのに?

 

 

 どうすればいい? どうして追い付けない。()はこんなに頑張っているのに。

 

 

 

 

 

 

 本当はお前だって分かっているんだろう?

 

「今の強なったお前やったら薄々分かっとる筈やろ! 世の中にはどないしても埋めようがない差ってもんが――」

 

「――止めろって言ってんだろ!!」

 

 そんな自身の脳裏に過った残酷な答えから逃げるように城之内は竜崎へと拳を振るった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 が、その拳が動かなくなった。

 

「喧嘩はよくありませんよ」

 

「――うぉっ!?」

 

――神崎のおっさんじゃねぇか!? 何時の間に!?

 

 そして聞き覚えのある声の主である神崎に対し、幽霊でもみたように驚く城之内。だが、神崎が軽く抑えた城之内の腕を起点に金縛りにあったかのように動かない。

 

 相手は軽く腕に手を添えているだけだ。ただそれだけで、城之内の腕はピクリとも動かない。

 

「おおよその話は怒声交じりに聞こえてきましたが、感情のままに拳を振るえば大抵、後になって悔やむものですから、あまりオススメしませんよ?」

 

「えっ!? お、おう。つーか、いつの間に――」

 

 しかしそんな城之内の戸惑いを余所に定番のセリフを並べる神崎だが、今気づきましたとばかりにパッと手を放す。

 

「おっと、これは失礼。何やら只ならぬ様子が聞こえてしまったので、ついお節介を」

 

「そ、そうなのか」

 

――腕はなんともねぇ……なんだったんだ、さっきの?

 

 とはいえ、未だ城之内の戸惑いは晴れない。しかし、今はそれよりも――

 

「止めてくれて助かった――じゃなくて、助かりました」

 

 思わず拳を振るってしまった自身を止めてくれた相手への感謝が先だった。忘れた敬語も慌てて治す。

 

「ああ、敬語などは気になさらなくて構いませんよ。あまり気にしない性質なので」

 

「いや、うーん……そうか。なら、助かったぜ」

 

「いえいえ、偶々通りがかっただけなので」

 

 しかし穏やかな姿勢を崩さない神崎の言葉に頭をガシガシとかいた後、観念したように城之内は口調を崩し、肩の力を抜いた。ちなみにヴァロンなどは公式の場以外で、ほぼタメ口だ。

 

 だが、そうして冷静さを徐々に取り戻した城之内は踵を返す。

 

「なら――俺はちょっと頭冷やしてくるんで、竜崎のこと頼んます」

 

「勿論ですよ。彼は海馬社長のKCに勤める同僚ですから」

 

 それは若干の熱は引いたとはいえ、完全に何時もの状態とは城之内も思えないことから一度冷却時間が必要だと考えたゆえ。

 

 朗らかに了承した神崎の姿もその決断に拍車をかける。そうして返事も待たずにこの場を去ろうとする城之内だが――

 

「だけどよ、竜崎……最後にこれだけは言わせてくれ」

 

 ふと、その足を止めて竜崎に偽らざる己が胸中を零す。

 

「俺はお前とのデュエルはスゲェ楽しかった。勝ちとか負けとかなんざ吹っ飛んじまうくらいに――それだけはぜぇってぇ間違ってねぇことだって胸張って言える」

 

 そうして背中越しに語られた城之内の言葉だが、竜崎は何も答えない。いや、答えられる状況ではない。

 

「だからよ。俺はちっとばかし先に行かせて貰うぜ――またな」

 

 ゆえに最後にそう付け加えてこの場を去った城之内。それは竜崎ならば何時か立ち上がり、前に進むであろうと信じているゆえに「待っている」――そう伝えているようにも思えた。

 

 

 

 

 

 そうして城之内の背を言葉なく見送った竜崎は未だ動きを見せない己が上司に送る一先ずの言葉を探すも――

 

「すんません、神崎ハン。あないにボッコボコに負けただけやのうて、こんな無様見せてもうて……」

 

 上手く言葉にはできない。今話すべき内容ではない当たり障りのないことしか竜崎には出てこない。そんな竜崎に神崎は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――少し、話しましょうか」

 

何時もと変わらない張り付けたような笑顔でそう告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな失意の底にある竜崎と対戦したラフェールは会場にて、本日最後の対戦相手の前に立っていた。

 

「良いデュエルにしよう」

 

 そうして差し出されたラフェールの右手に対し、対戦相手であるジークは応えることなく手に持った薔薇を口元に持って行きながら問う。

 

「良いデュエル? それはキミの先程の戦いのようなかね?」

 

「ああ、お互いに力の限り――」

 

「フッ、くだらない茶番、ご苦労なことだな」

 

 だが、ラフェールが返答するよりも早く、ジークは肩をすくめながら嘲笑してみせた。

 

「なんだと?」

 

「あのような道化との戯れなど退屈だっただろう――そう言っているのだ」

 

 ジークからすれば竜崎の実力は「格下」だ。それは名うてのデュエリストであるラフェールにとってもそうだろう。

 

 ゆえに先程までの自身と同じく、張り合いのない相手ばかりで「うんざりしていただろう」と。

 

「取り消せ」

 

「フフフ、どうした? 道化が踊り狂う様に憐みでも覚えたのか?」

 

「彼は道化ではない。最後の最後まで戦い抜いた一人の戦士(デュエリスト)だ」

 

 しかしラフェールはジークの言に静かに返す。声こそ荒げてはいないが、そこに何処か怒りが見えるのは気のせいではあるまい。

 

「彼を侮辱するような物言いは止して貰おうか」

 

「言うに事を欠いて、デュエリストの魂とは――くだらないな」

 

 そう誇りを語るラフェールに対し、ジークは己のスタンスを変えはしない。

 

「無様な敗北を晒した道化を面白おかしく嗤って何が悪い」

 

 勝利者であれ、と幼少期から厳しく育てられたジークにとって勝利こそが全て。敗者にかける言葉など嘲笑以外は持ち合わせていない。

 

 そう(敗者に)なりたくなければ、勝利せよ。その為に万全を期せ、くだらぬ綺麗事など捨てろ――それが彼の真理。

 

 

 そんなジークの本質を垣間見たゆえかラフェールの瞳に何処か悲しい色が宿るも――

 

「……そうか。どうやらお互いの考えは平行線のまま交わることがないようだ」

 

「そうかね? 誇り高き戦士とやらが踊り狂う様はさぞ見応えがあると思うが?」

 

 相容れぬ現実を受け止め、ジークのジョーク交じりの言葉に、同じく茶目っ気を含めた返答を返す。

 

「生憎だが、キミとダンスを共にするには音楽性の違いが致命的だな」

 

「――戯言を!」

 

 もはや、互いに言葉を交える段階は終えた。

 

「 「 デュエル!! 」 」

 

 デュエルで決着をつけるのみ――彼らはデュエリストなのだから。

 

 

 




もっとも愚かなものは自分の力量を知らぬものだ――Byジークフリード・フォン・シュレイダー


Q:ジークが色々言ってたけど、この作品はリスペクトデュエルをアンチするの?

A: 作者はリスペクトデュエル好きですよ! 今作でもリスペクトデュエルをリスペクトしていき、原作のリスペクトデュエルになるようリスペクトしていきたいです!(ややこしい)

ただ、「ジークは性格的にも鼻で笑うだろうなー」となった為に色々言った状態です。


Q:なんか荒ぶってる竜崎はラフェールとのデュエルで何を知ったの?

A:「竜崎が全ての人生を捧げてデュエルの腕を高めたとして、遊戯に勝てる?」――その答え。

相手が自分より努力した?

成程、キミは努力すれば追い付けると信じたいんだね。



~前回紹介しそびれた今作のゴースト骨塚のデッキ~
原作でのゴースト骨塚のデュエルは「VS城之内」と「VSバクラ」の2戦だが、
VS城之内の時は「キースの仕込みが大きかった」と考え、
VSバクラの時のデュエルで使用されたカードを主軸に組んだデッキ。

《金色の魔象》の融合素材である《ドラゴン・ゾンビ》とシナジーのある
永続罠《不知火流(しらぬいりゅう)輪廻(りんね)の陣》で自身へのダメージをシャットアウトしながら、

原作でも使用されていた永続罠《死霊の誘い》で相手の動きに反応してチマチマ削って行く。

相手が動かなければ永続魔法《エクトプラズマー》で《金色の魔象》を射出してダメージ。蘇生手段が豊富で別にフィールドに残すメリットもない為、惜しみなく射出できる(おい)

更に相手の面倒なモンスターも永続魔法《エクトプラズマー》が間接的に処理してくれるので結構助かる。

決まると地味に鬱陶しい――なお「沢渡さん、《大嵐》っすよ!」の除去カードの類で一瞬に崩壊する。流石っすよ、沢渡さん!


そしてジークの使う「あるカード」が凄まじく(弱点として)刺さる。


~今作の御伽デッキ~
極力「D(ダンジョン)D(ダイス)M(モンスターズ)」からOCG化されたカードでデッキを組もうとしたら
コミック版で登場した中でOCG化されたのが《速攻の黒い(ブラック)忍者》と《ゴッドオーガス》しかいねぇ! な状態だったのでその2体を主軸にして構築。

全体除去を撃ちつつ、《速攻の黒い(ブラック)忍者》は自身の効果で回避、《ゴッドオーガス》は自身の戦闘・効果耐性を付与する効果により維持していくのが主戦術。

ザックリ言えば、よくある《速攻の黒い(ブラック)忍者》主軸の除去ビートに《ゴッドオーガス》を放り込んだだけの代物(おい)

ただ《ゴッドオーガス》の耐性はサイコロ効果による不確定なものなので、除去のタイミングに気を付けないと《速攻の黒い(ブラック)忍者》が仲間諸共爆殺する汚い忍者になってしまうのは確定的に明らか。



~今作でのヴィヴィアン・ウォンのデッキ~
アニメで使用していた彼女を象徴するカード
皇帝龍淑女(ドラゴンレディ)
功夫娘々(かんふーにゃんにゃん)」がどちらもOCG化されていないので、
(《本気切れパンダ》を主軸にしようにもパンダカードは数も少ない上にそれぞれのシナジー薄いですし)

《闇魔界の戦士 ダークソード》でにゃんにゃんするしかねぇ!!(無謀)
な具合で構築されたデッキ。

――と冗談はさておき、原作にて使用されたカード(といっても打点強化の為に墓地に送られたカードですけど)

《漆黒の闘龍(ドラゴン)》と《騎竜》の
「《闇魔界の戦士 ダークソード》ユニオンセット」が採用されていた為、其方を主軸に構築。
(彼女が使用した《暗黒の竜王(ドラゴン)》が魔法カード《トランスターン》と魔法カード《ダウンビート》によって、それぞれのユニオンに繋げられる点も後押しに)

作中のように《コンビネーション・アタック》からの《瞬間融合》の三連撃が決め技(なお成功率)
失敗してもエンド時の自壊からフィールド魔法《遠心分離フィールド》により《闇魔界の戦士 ダークソード》が帰還し、再度ユニオンの起点になってくれる。

そのまま通常モンスターの《闇魔界の戦士 ダークソード》でビートダウンしよう!
通常モンスターサポート(厳密には違うけど)な中華っぽい「天威龍」のサポートを最大限受けられるぜ!


よくよく見れば《闇魔界の戦士 ダークソード》も中華っぽく見え(る気がする)

そしてユニオン+融合体を巧みに乗り換える《闇魔界の戦士 ダークソード》の姿は
巧みにハニートラップを仕掛け、男を乗り換える彼女の在り方に似ているのではなかろうか(おい)



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第169話 強さとは


ジークVSラフェール 前編+αです。


前回のあらすじ
リスペクトデュエル「『その態度は対戦相手に失礼だし、良くないよ』って注意したら、『勝者である私を称えろ』と訳わかんないこと言われたでござる」





 

 

 互いのデュエルディスクが先攻後攻の運命を占うかのようにほのかに明滅を終えると、決定権を得たランプが灯ったのはジーク。選ぶのは当然――

 

「選択権は此方か――なら私は後攻を選択する。さぁ、カードを引くがいい。最初で最後のターンとならぬよう祈りながらな」

 

 そんな挑発的な言葉の後、5枚の手札を揃えたジークの姿に来賓席なのか実況席なのか解釈に困る席からワクワクを抑えられないペガサスの遠足前の子供のような声が響く。

 

「Oh! Mr.ジークフリードのデッキはワルキューレたちの一斉召喚からの速攻が強力デース! これは最初から目が離せマセーン!」

 

「つまり、最初に攻撃できる後攻を選んだのね」

 

「Yes! Mr.ラフェールが攻撃できない最初のターンにどこまで守りを固められるかが重要になりマース!」

 

 そのペガサスの様相に対し、クスクスと微笑ましそうにシンディアが接する中、ラフェールはこのデュエルの始まりを告げる鐘を響かせるようにカードを引く。

 

「私の先行、ドロー! 私は永続魔法《守護神の宝札》を発動! これにより手札を5枚捨て、新たに2枚ドロー! そしてこのカードが存在する限り、私の通常ドローは2枚になる!」

 

 そして発動されたカードにより青い長髪の女神の涙がラフェールの手札を洗い流し、やがてその場に留まった。

 

 これにより、女神の涙の奇跡たる永続魔法《守護神の宝札》がある限り、毎ターンその恩恵に与れる――だが、5枚あった手札が今や2枚。少々心もとない。

 

「良いカードは引けたかね?」

 

「さてな。デュエルは水物――終わってみるまで『何がベストだったか』など分からないものだ」

 

 ゆえにジークから軽口が飛んでくるも、暖簾に腕押しとばかりにラフェールには届かない。

 

「フッ、弱者の理論だな。真の強者は一挙手一投足の全てが完璧であるというのに」

 

「それは是非ともお目にかかりたいな」

 

 むしろ今のラフェールには此処までのデュエルで名立たる相手を降してきたジークへの興味の方が大きい。デュエリストは常に好敵手を求めるもの――それはラフェールも例外ではなかった。

 

「私はモンスターをセットし、魔法カード《命削りの宝札》を発動! 手札が3枚になるようドローだ! そして引いた3枚のカードを全てセットしてターンエンド」

 

 そして当然とばかりに魔法カード《命削りの宝札》のエンド時に手札を捨てるデメリットを回避したラフェールの盤面は2枚の手札から繰り出されたハンデなど感じさせない。

 

 

「ならば、とくと見るがいい。真の強者のデュエルを! 私のターン、ドロー!」

 

 だが、どんな布陣であれ、今のジークは突破する自信があった。それもその筈――

 

「完璧な手札だ。やはり私は運命の女神に愛されている」

 

 自身の6枚の手札が示すのはまさに勝利への天啓。圧倒的な即効性とパワーに優れたものだ。

 

「《ワルキューレ・ドリット》を通常召喚!」

 

 やがて一番槍を務めるのは白馬に乗ったかなり軽装な鎧を纏った赤毛の短髪の赤毛のワルキューレ。逸る気持ちを示す様に盾を構え、右手の剣を天に掲げた。

 

《ワルキューレ・ドリット》 攻撃表示

星4 光属性 天使族

攻1000守1600

 

「召喚された《ワルキューレ・ドリット》の効果でデッキから『ワルキューレ』カード――魔法カード《Walkuren(ワルキューレン) Ritt(リット)》を手札に加え、すぐさま発動!」

 

 そして《ワルキューレ・ドリッド》が掲げた剣が向けられた天より花吹雪と共に舞い降りるのは――

 

「手札から可能な限り、『ワルキューレ』たちを特殊召喚する! 天空に座す光の軌跡と共に舞い降りろ! ヴァルハラの乙女たちよ!!」

 

 白い仔馬と共に駆ける小型の盾を身に着けた茶の髪の見習いと思しきワルキューレに加え、

 

《ワルキューレ・セクスト》 守備表示

星1 光属性 天使族

攻 0 守2000

 

 緑の髪を後ろで纏めたワルキューレの少女が、その背丈と同程度の成長途中の馬と共にかけ、

 

《ワルキューレ・フィアット》 攻撃表示

星3 光属性 天使族

攻1400 守1400

 

 最後に成体の白馬にまたがる桃色の長髪のワルキューレが隊列を整えるように馬を止めた。

 

《ワルキューレ・ツヴァイト》 攻撃表示

星5 光属性 天使族

攻1600 守1600

 

「そして特殊召喚された《ワルキューレ・セクスト》と、《ワルキューレ・ツヴァイト》の効果発動!」

 

 そうして周囲に舞う花吹雪を余所に4体のワルキューレたちが二手に分かれ――

 

「セクストの効果でデッキから新たな『ワルキューレ』を特殊召喚し、ツヴァイトの効果で相手モンスター1体を破壊する! セットモンスターには消えて貰おう!」

 

 花吹雪がラフェールのセットモンスターを消し飛ばすかのように荒れ狂う。

 

「そしてセクストの効果で呼び出すワルキューレは我がデッキの象徴たる戦乙女! 《ワルキューレ・ヴリュンヒルデ》!!」

 

 やがて天より4体のワルキューレの中央に降り立つのは白馬にまたがり青い長髪をたなびかせるワルキューレ。

 

 他のワルキューレにはない額から上を覆う兜の姿が、位の違いを示すかのようにキラリと輝いた。

 

《ワルキューレ・ヴリュンヒルデ》 攻撃表示

星7 光属性 天使族

攻1800 守2000

 

「これでキミの盾となるモンスターはいなくなった――このワルキューレたちの攻撃で終局といこう!」

 

 花吹雪が収まる中、まだ1ターン目にも拘らず5体のワルキューレを展開したジークは自身のフィールドに立ち並ぶワルキューレたちを誇るように笑みを浮かべる。

 

「それはどうかな?」

 

 だが、ラフェールのフィールドには未だセットモンスターの存在を示す裏側表示のカードのソリッドビジョンが浮かんだままであった。

 

 そう、《ワルキューレ・ツヴァイト》の破壊効果は届いていない。

 

「ほう、この程度は防いでくるか」

 

「私はワルキューレたちの効果にチェーンして墓地の罠カード《スキル・プリズナー》を除外し、効果を発動させて貰った。これによりこのターン、私の選択したカードへのモンスター効果は無効化される」

 

 花吹雪を遮るように薄っすらと浮かぶ半透明な壁はこのターンのラフェールのセットモンスターを守り続ける。

 

「ふん、だが所詮は小細工に過ぎない――相手フィールドのモンスターの数だけヴリュンヒルデの攻撃力は500アップする」

 

 しかしジークの「小細工」との言葉通り、過信は出来ない。この壁――罠カード《スキル・プリズナー》は相手の攻撃に対しては一切の無力なのだから。

 

 天上の輝きを増す《ワルキューレ・ヴリュンヒルデ》の剣の前では無いも同然である。

 

《ワルキューレ・ヴリュンヒルデ》

攻1800 → 攻2300

 

「だが、此処で私は《ワルキューレ・フィアット》の効果を発動! このカード以外の『ワルキューレ』たちの数だけデッキからカードをめくり、その中から魔法カードか罠カードを手札に加え、残りを墓地に送る!」

 

 ジークの声に《ワルキューレ・フィアット》が緑のポニーテールを揺らしながら指笛を吹けば、白馬がグルリとジークの周りを奔り――

 

「なければめくったカードは全てデッキに戻すが、勝利の女神に愛された私に失敗などない! 4枚のカードをめくり――魔法カード《魔法石の採掘》を手札に! 他は墓地に送る!」

 

 戻ってきた白馬のたてがみに添えられたカードが《ワルキューレ・フィアット》越しにジークに受け渡された。

 

「壁となるモンスターを守れてご満悦のようだが、キミに次のターンなどない!」

 

 しかし、折角手にしたカードをジークが使うことなく宣言する。このデュエルを長引かせる気はないと。

 

「バトル! 4体のワルキューレたちによって天に召されるがいい!!」

 

 そして守備表示の《ワルキューレ・セクスト》が自身の仔馬が飛び出さないように「どうどう」する中、4体のワルキューレたちが愛馬と共に剣を構え、走り出す。

 

 

 狙うはセットモンスターを破壊した後の本丸たる敵将の首。

 

 

「私はその攻撃に対し、永続罠《アストラルバリア》を発動! 私のモンスターへの相手の攻撃をダイレクトアタックとして受ける!!」

 

 だが、セットモンスターを貫く筈だった剣は他ならぬ敵将に向かう。

 

「フハハハ! 何を伏せているのかと思えば、そんなカードか! ならば壁モンスターを守り、誇りとやらと共に散れ!!」

 

 やがて4体のワルキューレたちの馬上からの剣撃がラフェールの身体を打ち据えた。

 

 

 語るまでもなく、ワルキューレたちの攻撃力の合計は4000を超える。

 

 

 

 

 

 

ラフェールLP:4000

 

 しかしラフェールのライフに変動はない。

 

「リバースカードでダメージを防いだか。誇りとやらの為に難儀なことだ」

 

 そしてジークもそれに対し、動揺することはない。「次代の全米チャンプ」、「生まれが早ければキースの代わりに玉座に座していた男」とまで言われた相手がこの程度の攻撃で終わるとは思っていない。

 

「ご名答――私はもう一枚のリバースカード、永続罠《スピリットバリア》を発動させて貰った。これにより私のフィールドにモンスターがいる限り、私への戦闘ダメージは0となる」

 

「これならば少しは楽しめそうだ――ツヴァイトが戦闘を行ったダメージ計算後に墓地の永続魔法カードを回収できる。永続魔法《女神スクルドの託宣》を手札に」

 

 だが、ジークとて「ヨーロッパ無敗の貴公子」と呼ばれた男。実質的なヨーロッパチャンプといっても過言ではない。

 

 桃色の髪を揺らしながら馬をジークに寄せ、盾から光が零れジークの手札を潤す光景に、ラフェールは相手の次の手を測るように言葉を投げかける。

 

「魔法カード《Walkuren(ワルキューレン) Ritt(リット)》による速攻は強力だが、力あるカードにはリスクも伴う――このターンの終わりにワルキューレたちにはご退場願おうか」

 

「その程度のリスクなど想定済みだとも、バトルフェイズ終了時に速攻魔法《時の女神の悪戯》を発動!」

 

 そうして魔法カード《Walkuren(ワルキューレン) Ritt(リット)》によるデメリットの時が、そのターンのエンドフェイズが近づく中、天より淡い光が灯る。

 

「私のフィールドのモンスターが『ワルキューレ』のみの場合、このカードを墓地に送ることで、次の私のターンのバトルフェイズ開始時までターンをスキップする」

 

 やがて青いツインテールの白いロングドレスに黄色いショールをアクセントに沿えた時の女神が茶目っ気タップリにウィンクしながら赤い宝玉の輝く杖を一振りする。

 

 すると周囲に時計のオブジェクトが大量に浮かび上がり、チクタクと時を刻み始めた。

 

「……これが噂のカードか」

 

「そうだ。これこそが、この私に相応しい時を操り、運命すら己がままとする力」

 

 文字通り、相手の時を飛ばすことで何もさせることなく、次のターンのバトルフェイズ開始時へと至ったと共に、周囲の時計のオブジェクトは煙のように消えていく。

 

「これで魔法カード《Walkuren(ワルキューレン) Ritt(リット)》を発動したターンの終わりは既に過去となった――よってデメリットも発生しない」

 

 そんな中、小さく手を振って「バイバイ」と消えていった時の女神の加護を誇るように揃って剣を掲げるワルキューレたち。

 

 これでジークの言う様にエンド時にフィールドを離れることもない。そのデメリットが発動する「ターンの終わり」は訪れることなく過去となった。

 

「だが、手札及びフィールドの状況に変化がない以上、追撃も出来ない筈だ」

 

「だったら何だと言うのかね? 状況に変化がないことで困るのはキミの方だろう」

 

 しかしラフェールの言う様に永続罠《スピリットバリア》と《アストラルバリア》のコンボがある限り、ジークの攻撃は届かない。

 

 だが、ジークからすればそんなことは些事だった。

 

「たった1枚の壁モンスターしかないキミと、5体のワルキューレたちを従える私。どちらが優勢かなど火を見るよりも明らかだ」

 

 手札及びフィールドアドバンテージは圧倒的にジークが握っている。だが、ジークとて相手を嘲笑することはあれど過度な慢心はない。

 

「しかし、獅子は兎を狩るにも全力を尽くすもの……手を緩める気はない。ツヴァイトで攻撃!」

 

「永続罠《アストラルバリア》と永続罠《スピリットバリア》の効果により、その攻撃は実質的に無効化させて貰おう」

 

 再び、先程の光景の焼き増しのように桃色の長髪をたなびかせながら白馬を操る《ワルキューレ・ツヴァイト》の剣撃が2枚のバリアに守られたラフェールに弾かれる。

 

「だとしても戦闘が発生したことで、ツヴァイトの効果により、墓地の永続魔法《神の居城-ヴァルハラ》を手札に加える――どうやらハンドアドバンテージの差も広がってきたようだな」

 

 だが、先程の焼き増しであるのなら、ジークの手札が潤うのもまた道理。着実に、そして確実にアドバンテージの差は現れていた。

 

「此処でバトルを終了し、永続魔法《女神スクルドの託宣》を発動――発動時、私のフィールドのモンスターが『ワルキューレ』のみの場合、デッキから永続魔法《女神ヴェルダンディの導き》を手札に加える」

 

 やがてジークが繰り出す次なる手である青い髪のツインテールの女神――先程の時の女神の人、というか神が、天上からフワリとロングドレスを揺らしながら現れ、

 

「そして永続魔法《女神ヴェルダンディの導き》を発動――このカードも発動時、私のモンスターが『ワルキューレ』のみの場合、デッキから永続魔法《女神ウルドの裁断》を手札に」

 

 そしてすぐさま隣に水色のフリルが揺れる青いロングドレスの桃色の長髪の女神が緑の宝玉の輝く杖と共に現れ、

 

「最後に永続魔法《女神ウルドの裁断》も発動――これで女神ウルドの加護により、私の『ワルキューレ』たちは相手の効果の対象にならず、相手の効果では破壊されない」

 

 最後に薄桃色のロングドレスの金髪のショートカットの女神が青い宝玉が光る杖を手に並んだ。

 

 

 たった1枚のカードから2枚のカードを展開したジークのフィールドは溢れんばかりに聖なる乙女たちが立ち並ぶ。単純な数の合計は8――孔雀舞のデュエルと何だか似たような状態だ。

 

「まさに鉄壁の守りと言う訳か……」

 

「フッ、違うな――守るだけではない。今こそ三女神たちの力を見せてやろう」

 

 しかし美麗なる薔薇には棘がつきもの。

 

「永続魔法《女神スクルドの託宣》の効果発動! 相手のデッキの上から3枚のカードを確認し、好きな順番でデッキの上に戻す!」

 

 青いツインテールの女神が赤い宝玉を輝かせながら杖を掲げ、

 

「さらに永続魔法《女神ヴェルダンディの導き》により相手のデッキの一番上のカードの種類を宣言し、的中した場合は互いに確認した後に相手フィールドにセット!」

 

 桃色の長髪の女神が緑の宝玉が光る杖をクロスさせ、その輝きを増し、

 

「そして永続魔法《女神ウルドの裁断》によりフィールドにセットされたカード名を宣言し、的中した場合はそのカードを除外する!」

 

 最後に金色のショートカットの女神が青い宝玉の杖で止めとばかりに交錯されれば――

 

「女神ヴェルダンディとウルドの効果でカードの種類を間違えた場合は相手に手札を補充、自身のフィールドのカードを除外せねばならないが、三女神が揃った状況では意味のない仮定だ」

 

 ラフェールのデッキがひとりでに光を放ち、3枚のカードがジークにだけ見えるように空に磔にされたように浮かぶ。

 

 磔との言葉は比喩ではない。この3枚のカードの内の1枚は女神の力を以て天に召されるのだから。

 

「さぁ、永続魔法《女神スクルドの託宣》でデッキの上のカード3枚を見せて貰おうか」

 

「まさにこのデュエルの行く末――未来を己が手で定めるコンボ……!」

 

「その通り、これでキミのキーカードを――」

 

――さ、三枚とも魔法カードだとぉ!?

 

 だが、警戒を見せるラフェールを余所にジークへともたらされた未来の選択肢は物凄く偏っていた。更に3枚の内の1枚はなんかヤバいカードに見える。

 

 しかしジークは心の内の動揺を一瞬で消し去り、不敵な笑みを浮かべた。

 

――いや、こういう時もある。フッ、モンスターがデッキの底に尻尾を巻いて逃げたと言った所か、壁モンスターの工面すら苦労しそうな有様だな。

 

「……3枚の内の3枚目のカードを一番上にし、他はそのままに変更! そして永続魔法《女神ヴェルダンディの導き》により宣言するのは魔法カード!」

 

「私のデッキトップは魔法カード《サンダー・ボルト》だ。フィールドにセットされる」

 

 そうして現在はデッキに1枚のみ投入可能な制限カードだが、一時期禁止カードにすら指定されていた程の強力カードがラフェールのフィールドにセットされる光景にワルキューレたちも思わずジークをチラ見した。

 

 喰らえば一溜まりもないだろう。

 

「そして永続魔法《女神ウルドの裁断》で今セットされたカードに対し、魔法カード《サンダー・ボルト》を宣言し、除外だ」

 

 しかし魔法カード《サンダー・ボルト》がゴロゴロと雨雲模様な音を漏らしつつ天へと送られ除外されたことでワルキューレたちは間一髪だったと額の汗を拭う。気分は爆弾処理班だ。

 

「此処でフィアットの効果発動。この効果は1ターンに1度のみ発動可能なものだが、速攻魔法《時の女神の悪戯》によって既に次のターンとなっている」

 

 そうして安堵の息を漏らすワルキューレたちだが、ジークの声に慌てて緩んだ気を引き締め、《ワルキューレ・フィアット》が再び緑のポニーテールを揺らしながら指笛を吹く。

 

「よって、このカード以外のワルキューレの数――4枚のカードをデッキの上からめくり、その中から魔法カード・罠カードのいずれかを手札に加え、残りを墓地へ!」

 

 やがて馬がクルリと周囲を回り、やがてジークに届いた光が新たな手札となった。

 

「罠カード《フライアのリンゴ》を手札に加え、残りを墓地へ送る。カードを1枚セットして、ターンエンドだ」

 

「そのエンドフェイズに永続罠《星遺物の傀儡》を発動。その効果により、裏側守備表示のモンスターを攻撃表示にする――私は裏側守備表示の《ガーディアン・エルマ》を攻撃表示に」

 

 盤石の布陣だと自信たっぷりにターンを終えたジークに対し、ラフェールは此処ぞとばかりに攻勢に移るべく動き出す。

 

 ラフェールの一番槍として現れるのは蝶を思わせる踊り子のような衣装を纏った赤毛の女性、《ガーディアン・エルマ》がフワリとフィールドに降り立った、

 

《ガーディアン・エルマ》 裏側守備表示 → 攻撃表示

星3 風属性 天使族

攻1300 守1200

 

 

「《ガーディアン・エルマ》……だと?」

 

 そうして呼び出されたモンスターの姿にジークは信じられないようなものを見る目でラフェールと《ガーディアン・エルマ》を見やりぽつりと零す。

 

 そのカードを使うデュエリストの存在など、ジークにとって理解しがたいものだった。

 

 

 そこに「感心」や「感嘆」などはない。あるのは嘲笑のみ。

 

「ククク、ハハハ、フハハハハハッ! よもやこの大舞台にも拘らずそんなカードを使っているとはな! 噂には聞いていたが実際に目の当たりにすると何とも愚かしい」

 

 ゆえに嗤う。愉し気に、まるで愉快なものでも見るように嘲笑う。

 

「そうおかしなことでもないさ。キミが『ワルキューレ』たちと共にあるように、私もこのカードたちと共にあることを誓った――ただ、それだけの話だろう?」

 

「フフフ、私のワルキューレたちとそのカードが同列だと? 面白いジョークだ。コメディアンの方が向いているんじゃないかね?」

 

 ラフェールが何を語ろうとも、ジークの愉し気な嘲笑が止むことはない。

 

 このデュエルキングを、世界最強のデュエリストを決める舞台で、「そんな」カードを使ってデュエルしている人間の存在など滑稽以外の何物でもなかった。

 

 

 そうして嗤いに嗤うジークの姿を不思議そうに眺める実況席のシンディア。

 

「ペガサス、あのカードって何か問題があるの?」

 

「あれは『ガーディアン』シリーズの1枚デース。一部の例外を除き、対応する装備魔法がフィールドに存在する時に初めて表側で呼び出すことが出来るカードなのデスガ……」

 

 そんなふと零れた疑問にペガサスは神妙な顔でジークが嘲笑う理由を語る。

 

 ペガサスとて、そのカードに対して嘲笑うジークの姿に共感は出来ないが、一定の理解は示せる現実がそこにはある。

 

「あの《ガーディアン・エルマ》に対応する装備カード――《蝶の短剣-エルマ》は公式試合では使用できない『禁止カード』になっていマース」

 

 そう、《ガーディアン・エルマ》はその固有能力も語られた実情により使えず、付随するデメリットも他の形で利用することがほぼ不可能なカード。

 

 つまり、《ガーディアン・エルマ》は「普通に召喚することすら手間がかかる上に、手間に見合った効果もステータスもないカード」なのだ。

 

 ジークでなくとも「普通に召喚できて、似たような属性・種族・ステータスのカード使った方が良くない?」と思ってしまっても無理からぬ話だ。だが――

 

 

 

「あのカードが普通に召喚するのも大変だったなんて……そんな扱いの難しいカードで今まで戦ってきたラフェールさんはとってもすごい人ね!」

 

「Yes! より強力なカードが次々と台頭していく中で、あのカード群をああも愛用してくれていることは、デュエルモンスターズを世に送り出した者として、とても喜ばしいことデース!」

 

 説明を受けたシンディアは微妙に本筋からズレた感想を抱きつつ称賛を送る姿に、ペガサスも我がことのように喜色を見せた。

 

 カードの強さなど関係なく、好きなカードでデュエルを楽しむラフェールの在り方はデュエルモンスターズの創造主冥利に尽きるのだろう。

 

 

 

「フフフ……余程カードに困っているのなら、私から強力なカードの1枚でもプレゼントしてあげようか?」

 

 とはいえ、ジークからすれば「弱いカードに固執する愚か者」でしかないのだが。そして冗談めかして馬鹿にするように提案するジークの言葉にラフェールは怒りを抱くことなく静かに返答する。

 

「カードの強弱など評する者の価値観の一つでしかない。それでもなお強弱を語るのであれば、デュエリストの腕の良し悪しがあるだけだと思うがね」

 

 カードの強弱は誰が決める? カードがひとりでに喋りだすのか? 否、それは使用者が勝手に判断するものでしかない。

 

 どれだけ「強い」と評されるカードを使おうとも、負け続きのデュエリストが「強い」と語って誰が信じようか。

 

 ゆえにどうしても論じたいのですあれば「扱う者の腕」こそ主題にすべきだと語るラフェール。

 

「くだらない屁理屈だな――そんなカードで私に勝てるとでも?」

 

「それはデュエルが終わる時に自ずと分かることだ。私のターン、永続魔法《守護神の宝札》の効果で通常ドローを2枚に! ドロー!」

 

 しかしジークの心にそんな言葉は響かない。とはいえ、響かなくともラフェールのやることは変わらないとデッキから2枚のカードを引く。

 

 彼がやるべきことなど決まっている――目の前のデュエル一つ一つに全霊を込める。ただそれだけ。

 

「魔法カード《マジック・プランター》を発動! 私のフィールドの永続罠――《アストラルバリア》を墓地に送り、2枚ドロー!」

 

 そうしてフィールドの守りのカードが砕け散る中、ひいた2枚の内には――

 

「そしてモンスターを裏側守備表示でセットし、永続罠《星遺物の傀儡》の効果で表側攻撃表示にする! 《ガーディアン・ケースト》!!」

 

 大地より流水が噴き出すと共に、緑の流れるような長髪を持つ黄色いワンピースを纏った人魚が現れ、空中にてフヨフヨと浮かぶ。

 

《ガーディアン・ケースト》 裏側守備表示 → 攻撃表示

星4 水属性 海竜族

攻1000 守1800

 

「また、観賞用に過ぎない骨董品のガーディアンシリーズか」

 

 呆れたようにジークがそう零すが、この《ガーディアン・ケースト》に対応する装備カードが禁止カードに定められている訳でもない為、活用法は十分にある方だ。

 

「さらに2枚目の《マジック・プランター》を発動! 永続罠《星遺物の傀儡》を墓地に送り、2枚ドロー!」

 

 そして活用できるだけの腕がラフェールにはある。やがて再び更なるカードをドローしたラフェールは手札の2枚を抜き取った。

 

「此処でカードを1枚セットし、装備魔法《重力の斧-グラール》を《ガーディアン・エルマ》に装備! 攻撃力が500ポイントアップ!」

 

 そうして残った最後の1枚の手札がセットされるすぐ隣の大地から、せり上がるように現れた両刃の大きな斧。

 

 その大斧を《ガーディアン・エルマ》はその細腕でなんとか持ち上げるが、明らかにサイズが合っていない。だが当然である。

 

《ガーディアン・エルマ》

攻1300 → 攻1800

 

「フィールドに《重力の斧-グラール》が存在し、手札が自身だけの時! 手札より《ガーディアン・グラール》を特殊召喚する!!」

 

 何故なら、その斧は恐竜の頭を持つ恐竜人間とでも言うべき大男が持つべき代物。

 

 フィールドで力強く声を上げた《ガーディアン・グラール》の黄色いベストから覗く腕は筋骨隆々でなんとも力強い。

 

《ガーディアン・グラール》 攻撃表示

星5 地属性 恐竜族

攻2500 守1000

 

「まだだ! 墓地の魔法カード《汎神の帝王》を除外し、デッキから『帝王』魔法・罠カード3枚を相手に見せ、相手が選んだカードを手札に加え、残りはデッキに戻す!」

 

「ならば魔法カード《帝王の凍気》を手札に加えろ」

 

 3体のガーディアンたちを展開したラフェールだが、未だその歩みが緩む様子はない。宙に浮かぶ3枚のカードの内、ジークが指差した1枚を引き抜くように手札に加え――

 

「此処で、このターンにセットした魔法カード《汎神の帝王》を発動し、手札の『帝王』カード――《帝王の凍気》を墓地に送って新たに2枚ドロー!」

 

 すぐさま己が手札を増強していく。かれこれこのターン、3度目のドローだ。

 

「そして3枚目の魔法カード《マジック・プランター》を発動!永続罠《スピリットバリア》を墓地に送り、2枚ドロー!!」

 

「キミの守りの要だった永続罠《スピリットバリア》と《アストラルバリア》をどけてしまって良かったのかね?」

 

 そうして4度目のドローを行ったラフェールに待ちくたびれたように肩をすくめながらジークが一人ごちる。

 

 永続罠《スピリットバリア》と《アストラルバリア》のコンボによる攻撃封殺をワルキューレたちの剣の前で、己から捨てるなど愚の骨頂でしかないと。

 

 しかしラフェールは不敵に笑って見せた。

 

「無論だ――バトルといこう!」

 

「だがキミのモンスターが3体に増えたことで、ヴリュンヒルデの攻撃力は更に上昇!」

 

 やがて3体のガーディアンで攻勢に移るラフェールだが、そんな敵対者たちを阻むように馬上の《ワルキューレ・ヴリュンヒルデ》の剣が輝きを増していく。

 

《ワルキューレ・ヴリュンヒルデ》

攻2300 → 攻3300

 

 今、ラフェールのフィールドでもっとも攻撃力が高い《ガーディアン・グラール》の攻撃力は2500――突破は叶わない。

 

「ならば《ガーディアン・エルマ》で《ワルキューレ・ドリッド》を攻撃! 情熱の雷鳴!!」

 

「無駄だ! 永続罠《闇の増産工場》を発動! 1ターンに1度、自身のフィールドか手札のモンスター1体を墓地に送ってカードを1枚ドローする!」

 

 ゆえに斧を地面に打ち付け、大地に雷撃を奔らせる《ガーディアン・エルマ》だが、狙っていた筈のワルキューレの赤髪の少女の姿は既にない。

 

「ドリッドを墓地に送り、ドロー! これで攻撃対象は失われた」

 

 それもその筈、ベルトコンベアから射出されたはんぺん状の謎生物の背に《ワルキューレ・ドリッド》は乗り、一足先にヴァルハラこと墓地へと送られた。白馬もその後を追う。

 

「ならば《ワルキューレ・フィアット》へ攻撃対象を変更!!」

 

「無駄だと言っただろう! 既に相手の攻撃宣言をトリガーに発動されたヴリュンヒルデの効果により、自身の守備力を1000下げることで、このターン私のワルキューレたちは戦闘で破壊されない!」

 

 だが攻撃を止めはしないと、地面の斧で大地を抉るように引き抜き、岩のつぶてを飛ばした《ガーディアン・エルマ》。

 

 しかし、その岩のつぶては間に割って入った《ワルキューレ・ヴリュンヒルデ》の盾に阻まれ、目標には届かない。

 

《ワルキューレ・ヴリュンヒルデ》

守2000 → 守1000

 

「だが、ダメージは受けて貰おう」

 

「この程度のダメージ、どうということはない」

 

 とはいえ、つぶてを飛ばした際の突風は確かにジークの身とライフを削って行く。

 

ジークLP:4000 → 3600

 

「ならば《ガーディアン・グラール》でもう一度、《ワルキューレ・フィアット》を攻撃させて貰おう! 英断の突撃!!」

 

「ぐっ……!」

 

 そうして堪えた様子を見せないジークを余所に、恐竜の力強さのままにショルダータックルをかました《ガーディアン・グラール》に盾の半分を砕かれながらも《ワルキューレ・ヴリュンヒルデ》は倒れない。

 

 そのまさに戦乙女な姿に、その背後で両の手を胸の前で握り、熱っぽい視線を向ける《ワルキューレ・フィアット》。

 

「フッ、これで攻撃は終わりかね?」

 

ジークLP:3600 → 2500

 

「そんなところだ。バトルを終了し、私はカードを3枚セットしてターンエンド」

 

 ライフ差が生まれようとも余裕を崩さないジークに対し、ラフェールも軽口を叩いて見せる。

 

 

 これにて互いに最初の攻撃を交えた二人。

 

 一方のラフェールは扱いの難しい「ガーディアン」シリーズを巧みに指揮し、

 

 もう一方のジークもまた立ち並ぶワルキューレたちは殆ど健在。

 

 

 双方がジャブを交わした程度の攻防だが、未だ互いの底は見えぬまま。

 

 

 だが、此処から二人のデュエルは次なる局面を見せていく――そんな予感が会場中を覆っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな会場の熱気を余所に、海馬ランドUSAの関係者側に宛がわれた一室でテーブルを挟み向かい合う様に椅子に腰を落とす竜崎。

 

 彼の視線は対面するニコニコと人の良い笑顔を浮かべる神崎に向けられているが、その視線を己の膝の上の拳に向けた竜崎は絞り出すようにポツリと零す。

 

「ワイは……ラフェールハンや遊戯みたいに強うなれますか? 追い付けるんでっか?」

 

「何時の日か追い付けますよ」

 

 

 縋るような竜崎の言葉に対し、あっけらかんと返してみせる神崎。だが、今の竜崎はそう言われて「そうですね」と信じられるような精神状態はしていない。

 

 

 そんな無責任さすら感じさせる言葉を求めているのではないと竜崎は心の内から再燃した憤りと共に勢いよく席を立つ。

 

 

「――などという、聞こえの良い言葉を求めてはいないことは私も理解しておりますから、極めて現実的な話をしましょう」

 

「……た、頼んます」

 

 いや、立とうとしたが、その動きの初動に被せるように告げられた神崎の言葉に一先ず椅子に座り直す。

 

 そうして姿勢を戻す己が「聞く態勢」が出来るまで笑顔で待つ神崎の回りくどさすら感じる在り方は今の竜崎にとって妙に居心地が悪く感じた。

 

「可能性という曖昧な尺度で論じるならば『不可能ではない』のでしょう。ただ、それに至るまでの道筋を考えれば、とてもではありませんが割に合わないと思われます」

 

「割に合わん……ですか」

 

「ええ。竜崎くんが文字通り、これからの人生を全て『デュエルの為だけに』消費することで追い付ける『可能性』が『現実的』になります」

 

 やがて語られたのは「極めて現実的」との言葉に違わず中々に無情なもの。

 

 ラフェールとのデュエルで感覚的に感じた「差」をこうして言葉として理路整然と並べられ、竜崎は己の心が折れそうになるのを自覚する。

 

「ワイの人生かければ……」

 

「オススメは出来ませんけどね」

 

 しかし心の内で奮起し、決心を固めようとする竜崎の意思をくじくように神崎は言葉を被せる。

 

 正直な話、この選択は修羅の道どころではない。

 

 遊戯たちはそんな苦労――いや、苦行などせずともその頂きに至れることを考えれば、竜崎が強さを得て遊戯たちに並べたところで、何になるというのか。

 

 その選択はきっと竜崎を不幸にする。一時の感情で進んで良い道ではない。

 

「私は『才能なんてない』とは言いません。『差』が生まれる以上、なんらかの要因はある筈です。それを一緒くたに『キミの頑張りが足りないんだ』なんて言葉で片付けたくない」

 

 そして神崎は知っている。「オカルト課に所属してから」という期間でだが、竜崎が時に苦心し、一歩一歩前に進んできた姿を。

 

「竜崎くんが頑張っていたのは私も知っていますから」

 

 それを見た上で、彼が重ねた多くの努力を、創意工夫を、修練を『頑張りが足りないんだ』なんて安い言葉で他ならぬ己に、竜崎自身に、否定して欲しくないと神崎は考える。

 

 

「やったら、『割に合わん』って、デュエルキングは諦めろ言うんですか!」

 

 だが、テーブルへと怒りのままに拳を落とし、椅子を倒しながら立ち上がった竜崎からすれば納得できる筈もない。

 

 見上げた先の壁の高さを、分厚さを知ったのだ。それらと比べれば己が怠けていたようにしか考えられない。いや、心の奥底にチラつく「追い付けないと認めたくない」といった感情の発露なのかもしれない。

 

 

 そうして怒髪天を衝く竜崎だが、対する神崎は暖簾に腕押しとばかりに堪えたようすはなく、唯々坦々と問う。

 

「キミはデュエルキングになりたいんですか?」

 

「そんなんデュエリストやったら当たり前や!」

 

「デュエルを始めたばかりの時も?」

 

「当たり前や言うとるやろ! その為にどうしたらエエかを悩んどるんやろうが!!」

 

 分かり切ったことを繰り返し問う神崎の何時もと変わらぬ姿に怒りのままに怒鳴り声を上げる竜崎。

 

 

「当時に『デュエルキング』なんて称号はありませんよ」

 

 だが、神崎が坦々と語る事実に冷や水を浴びせられたように一気に怒りの矛先を見失う。

 

「――えっ? あ……いや、それは……そうですけども」

 

「では改めて問います」

 

 そうして混乱冷めやらぬ竜崎に対し、逃げ場を塞ぐように神崎は問う。

 

「貴方の夢はなん(は何になりたい)ですか?」

 

「ワイの……夢……?」

 

「ええ、夢です。キミにもある筈だ」

 

 そうしてゆっくりと席を立った神崎は続け、

 

「『デュエルキング』などという称号ではなく」

 

 静かに竜崎へ歩を進めながら、

 

「己が成したいと願った想いが」

 

 そして竜崎の背後越しに話し、

 

「こうありたいと目指した理想が」

 

 竜崎の両の肩にそっと手を添えて語る。

 

「キミの中にも確かにあった筈だ」

 

「ワイの……夢……」

 

「ええ、『夢』です」

 

 やがて添えられた手によって両肩を上から押され、椅子にドサリと腰を落とした竜崎が呆然と呟く。彼には現実が見えていなかった。

 

 ただ漠然と「強く」なろうとしても、方向性を見失いあらぬ力を得るだけだ。ゆえの目的。ゆえの道標。

 

 

 そして過去に想いを馳せる竜崎の脳裏に映ったのは――

 

 

『ワイの恐竜カードは最強や!』

 

 そんな原点。

 

 なんてことのないものだ。「恐竜カードがカッコイイ!」――それらでデュエルするのが楽しかった。

 

 そうして竜崎の心から怒りや困惑が消えたことを(バー)越しに感知した神崎は何時の間にやら元の席に座りつつ、和やかに語る。

 

 

 

 

「キミはその年では――いえ、それを差し引いても十分に強い。そろそろ力を『どう扱うべきか』を考える時期ではないでしょうか?」

 

 実際問題、竜崎の実力はかなり極まっている。

 

 辛うじてとは言え、城之内に勝てたこともそうだが、ラフェールに「認められる」デュエリストである事実がプロであっても、そこで経験を積んでいけば十分やっていけるだろう。

 

「確かにデュエルキングは素晴らしい称号なのかもしれません。ですが、キミが抱いた夢とて勝るとも劣らない素晴らしいモノの筈だ」

 

 だからこそ、視野を狭めるようなことは避けるべきだった。

 

「今一度思い出してみてください」

 

 ゆえに神崎は竜崎の心に楔を打ち付けるべく、言葉を投げかける。

 

「名誉や称号、肩書などに惑わされず、ありのままの己が何を望んだのかを」

 

「それは……それは…………」

 

 デュエルキングは称号でしかない。

 

 色々と便宜が図れる立場ではあるのだろうが、逆を言ってしまえば「それだけだ」――デュエルキングの称号を以て『何を成したいのか』。それは『デュエルキング』とは大抵の場合、密接な関係はないだろう。

 

 現デュエルキングである遊戯でさえ「ゲームデザイナー」というデュエルキングとは関係のない夢を持っている。

 

「どうなんやろ?」

 

 しかし、竜崎は己の夢が答えられなかった。

 

 それが「今まで明確な目標もなく過ごしてきた」ように思えたゆえか、妙な気恥しさを覚えた竜崎は取り繕うように神崎に向けて待ったをかけるように掌を向ける。

 

「い、いや、ワイかて真面目に考えたんですよ!? でも、なんていうか、こう、上手い具合に言葉にできひんくて……ちょっとアレで……アレなんですよ!」

 

「つまり『デュエルキング』ではなかったと?」

 

「あー、いや、うん。そう言われるとそうなんやけど、別に目指してないって訳でもなくて……」

 

 神崎の確認するような声にも竜崎は明確な答えが返せない。今までそこまで先の話を考えてこなかったのだ。返せる筈もない。

 

 そんな竜崎に神崎は逃げ道を用意するかのように告げる。

 

「何も『デュエルキングになるのを諦めろ』と言う話ではありませんよ。単純に自分の夢に加えて、デュエルキングにもなりたい――それでも構わないんです」

 

 夢は「一つ」でなければならないルールはない。当たり前の話だが、沢山あっても構わないのだ。

 

「デュエルキングの称号が持つ意味はあくまで世界で一番デュエルが強い『だけ』なんですから」

 

 デュエルキングを目標に掲げる人間が勘違いしがちだが、デュエルキングになったとして、あるのは「今日からキミがデュエルキングだ! スゲー!」だけだ。

 

 その際に色々特権もあるだろうが、そんなものは他の強いデュエリスト――例えば、プロデュリストも似たようなものを享受している。

 

 本当の意味で得られるのは「名誉」だけしかない。大変名誉な話だが、「それ」しかないのだ。

 

「ですので、デュエルキングは『ついで』でいいんですよ、『ついで』で」

 

「いや、『ついで』って……」

 

 そうして神崎のあんまりな言い様に頭をかく竜崎の肩から力が抜けていった。

 

「確かにデュエルキングになれるか――ってことばっかり考えてたけど、デュエルキングになって『何するか』ちゅーことは考えたことなかったなぁ……」

 

 やがてアチャーと言った具合で額を抑えながらウンウン唸る竜崎。彼は此処に来て初めて将来の展望が、目標の類がかなり不明瞭である事実を把握する。

 

 そんな竜崎に投げかけられるのは――

 

「結論を急かす気はありませんから、ゆっくり悩んでくださって問題ありませんよ。答えに詰まるようなら、他の皆さんに相談してみるのも良いかもしれません」

 

「他の人……でっか?」

 

「はい、ヴァロンくんは孤児院経営の為に色々勉強していますし、響さんは教師を目指しているそうです。他の皆さんも各々に目指す先を定めておられますよ」

 

 手を緩めない神崎の追撃の提案。竜崎の周囲の人間を例に挙げながら想定していた方向へと話を持って行く。此処から竜崎が「闇落ち」などという面倒なことをされても困るのだ。

 

「へぇ~、みんな色々考えてはるんやなぁ……」

 

 暫くして憑き物が落ちたように感嘆の声を漏らす竜崎。その顔を見た限り、先程までの悩みは既に吹き飛んでいるように思える。

 

「ええ、力とは目的の為にある――私はそう思っています。目標を『明確に』定めた人間の爆発力は侮れませんよ」

 

 そして念入りに竜崎の(バー)を確認し、問題ないと判断した神崎は話を締めにかかる。後は本人の意思が固まり次第、環境を整えるだけだと。

 

「ですから、力も『目的のついで』くらいに考えた方が良い。力『だけ』に囚われた者の末路なんて、何時の時代もさして変わりませんから」

 

「力に囚われたもん……か」

 

 しかし、そんな最後の最後に気の抜けた神崎が思わず零した言葉に対し、竜崎の脳裏に過った姿が誰だったかなど、神崎は知る由もあるまい。

 

 

 

 

 悩めるデュエリストの迷いが晴れたのなら、そんなことは些事である。

 

 

 

 






竜崎、騙されちゃいけない――神崎は論点ズラしただけだぞ



~今作のジークのデッキ紹介~
原作で使用されたカードが海の向こうにて再現され、来日したので、普通の「ワルキューレデッキ」です。

ただジークの性格的に「醜い(外見)のカード」は使用しなさそうだったので
壺カードなどを使用していない縛りがあります――手札都合が面倒ゥ!

ちなみに、「ワルキューレ」カードは作中にて「とても珍しいカード」とのことだったので
ジークのデッキには全て1種類1枚ずつです。なので、《魔法石の採掘》などのサルベージ手段を色々盛り込んでおります。

基本的に大量展開からのダイレクトアタックか、《時の女神の悪戯》による連撃でワンショットキルを狙うスタイル。


~今作のラフェールデッキ~
此方も原作で使用されたモンスターが9割方OCG化されているので、結構普通の原作同様の「ガーディアン+装備ビート」デッキ。

作中で語られた諸事情によりどうにもならない《ガーディアン・エルマ》を永続罠《聖遺物の傀儡》で強引に並べるのが特徴。

他は「帝王」シリーズでドローブーストしたり、《ガーディアン・グラール》を強引にアドバンス召喚するサポートする程度。


ぶっちゃけ、普通の下級モンスターに装備カード装備した方が遥かに楽なのは内緒な!


なお、エクストラデッキも0枚で、メインデッキにモンスターが4体しか入っていない狂気の構築である――並のデュエリストでは絶対に事故る(迫真)


そしてこのデッキの5体目のモンスターになる「バックアップ・ガードナー」のOCG化まだかなぁ……(遠い目)

今なら――
装備魔法及び「ガーディアン」サーチ・サルベージや、
装備カードの付け替え、
対応する装備カードがフィールドにある時、召喚制限無視して「ガーディアン」モンスターをリクルート!

エクストラ縛りさえつけて置けば、これくらい許される筈……筈!(*’ω’*)



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第170話 終幕の光



ジークVSラフェール 後編+αです。



前回のあらすじ
OCG化されていない「バックアップ・ガードナー」の扱いはラフェールのデッキにいるけど、OCG化されるまでは今作で召喚されない仕様だよ!(シュレディンガーの猫感)

精霊としての描写もOCG化されるまでは勘弁な!


後、《ガーディアン・バオウ》や《ガーディアン・トライス》などの他の「ガーディアン」をラフェールは使わないの?

――ってお声が多かったですが、他のガーディアンは、実のところラフェールは原作でも使用しておらず、デッキにも投入されていないんだぜ!(なので出番はないです)




 

 

 上司との人生相談もどきを終え、「城之内に謝ってくる」と駆けて行った竜崎の背を見送った神崎は通信が入った端末へと話し相手を移す。

 

「どうかしましたか、大田さん」

 

『おお、ようやく繋がったか! 朗報だぞ。時限式のウィルスを発見した――凡その除去も済んどるぞ』

 

――早ッ!? この段階で一番の問題が解決するとは……ん? いや、待て「時限式」?

 

 電話の主たるBIG5の《機械軍曹》の人こと大田から告げられた朗報に一瞬肩の力を抜こうとした神崎だが、聞き逃せなかった一点へと確認の意味も込めて話題を移す。

 

「どういったものだったんですか?」

 

『うーむ、専門的なアレコレを取っ払って言えば、海馬ランドUSAのアトラクションを誤作動させる為のもんじゃな』

 

「それだけでしたか?」

 

――あー、そちらか…………なら、まだ警戒は必須だろう。原作でもスキャンして見つからなかった代物だ。

 

 だが、大田からの説明に原作での城之内VSジークの試合でアトラクションを暴走させた代物だと把握した神崎は、未だジークの脅威が健在であることに気を張った。

 

 神崎の策――海馬にジークの試合を見せる――は、海馬の反応が薄い以上、失敗と言わざるを得ないだろう。

 

 ゆえにラフェールが相手ではジークは敗退すると考える神崎は、ウィルスの起動が止められなかった時の対処へと頭を回すが――

 

『その口ぶり……やはりか』

 

――ん?

 

『お前の懸念通り、今までの細かい牽制で色々カモフラージュしとったようだが、相手のド本命を見つけた。見つけたんだが……』

 

――見つけたの!? この段階で!?

 

 BIG5の《機械軍曹》の人こと大田の神妙な発言に神崎はその心の中で驚天動地な具合に驚く。

 

 大田の優秀さは知ってはいたが、海馬が見つけられなかったものを見つけられるとは予想していなかったのだろう。

 

 とはいえ、実際はBIG5の《機械軍曹》の人こと大田だけの力と言うよりは、元、軍事工場であるアルカトラズが丸々健在な為、KCの諸々のスペックが引き上げられている影響が大きいが。

 

「除去は難しいと?」

 

『…………うむ、ハッキリ言ってコイツを作ったヤツは天才の類だ。儂らの手に負えるもんではない――被害を抑える……くらいなら焼け石に水程度のことは出来るが……』

 

しかし、それでもなお全てを引っ繰り返すには至らない。BIG5の《機械軍曹》の人こと大田の悔し気に歯噛みするような声が事態の深刻さを伺わせる。

 

――うーん、無理なのか。原作でも海馬がメインシステムを破棄するレベルの代物だからな……

 

「海馬社長のお力ならば?」

 

『海馬なら…………どうだろうな。此処までシステムに食い込んどると、除去した時にどうなるかすら分からん』

 

 やがて神崎が一縷の望みを賭けるような提案にもBIG5の《機械軍曹》の人こと大田は通信機越しに首を振りつつ、無念さを感じさせる大きな溜息を吐く。

 

『それに儂から連絡を入れた時に海馬本人が、サブプログラムに手を加えるとの方針を固めおったから、ヤツでさえ限られた時間で事に当たるには割に合わんと判断したのだろう』

 

 当然のことであるが、BIG5の《機械軍曹》の人こと大田とて海馬にイラッとした気を向けつつも既に報告は済ませている。

 

 それらを含めて「破棄」を決断したのだと。「除去に手間取っている間にウィルスを起動させられ、全システムがおじゃんになりました」な最悪な事態は避けねばならない。

 

 それは神崎も理解できる。というか、専門的過ぎる分野の為、その手のノウハウがない神崎には「任せる」以外の選択肢がないが。だが――

 

――流石は原作で唯一、特殊能力を用いずカードを書き換えた男だけはある。だけど、これだけの能力があるのに何故サイバーテロに走るかなぁ。

 

 ジークの復讐計画が理解できなかった。

 

 KCの専門家たちを唸らせる代物を作れる癖に、破滅一択の計画を推し進める相手の精神性は文字通り「何をしでかすか分からない」恐怖がある。

 

 普通に真っ当な仕事をしてI2社に売り込みをかけた方が、遥かに海馬がライバル視するであろうことは明白だ。そうして別分野にて苦渋を味わわせた方が建設的である。

 

 他にも――例えば、「海馬ランド」の隣に「シュレイダーランド」でも建てれば海馬と思う存分バチバチと競えるだろう。勝敗も入場者数や満足度辺りに設定すればハッキリと分かり易い。

 

 

 そうして詮無きことを考えていた神崎の沈黙を「不安」と受け取ったBIG5の《機械軍曹》の人こと大田が、安心材料となるものを並べていく。

 

『基盤となるもんも貰っとるから心配はいらん。しかし、こんなものをポンと用意できる辺りヤツもまた傑物なのだと思いしらされる――流石は剛三郎の最高傑作よ』

 

「私に出来ることはありますか?」

 

『いやいや、お前に機械周りのことなど期待しとら――いや、そうだな。コイツを仕掛けた本人なら解除法を持っとるかもしれん。毒は解毒剤と共に使うもんだからな』

 

――除去プログラムがあったとしても、一度ウィルスに侵食されたメインプログラムが無事な保証はない。むしろ相手の性格から考えれば、素直に元に戻すとも思えない。

 

 もたらされた情報に色々と頭を回す神崎だが、良い案は出ない。しかし、此処でそうして考えを巡らせていた神崎にBIG5の大田は思わず問う。

 

 それは何だかんだで、剛三郎の魔の手から逃れ切った男なら、抜け道の一つでも見つけてくれるかの期待だったが――

 

『何か良い案でも思いついたか?』

 

「いえ、相手が思い留まってくれることを願うしか」

 

――今動こうにも、証拠がない。そして情に訴えて通じる相手でもない。

 

 だが、やはりと言うべきか良い案は浮かばない。平和的な解決の糸口さえも見つからなかった。

 

 しかし「願う」との言葉を聞いたBIG5の大田は過去を振り返るようにポツリと零し、最後に告げる。

 

『願う……か。神崎………………いらぬ節介かもしれんが、あまり剛三郎時代のような振る舞いは控えておけよ――今は海馬のヤツがとやかく煩いからな』

 

「……? ええ、そうですね」

 

 そんな神崎からすれば意図の見えない忠告を最後に通信はプツリ途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうした件の騒動の首謀者であるジークのデュエルは、というと――

 

 

 ラフェールの初撃を危なげなく捌き切ったジークは肩をすくめて余裕を見せつつ「ガーディアン」カードを視界に収め、呆れたような声を漏らす。

 

「よもやそんなカードで、この私を相手に大口を叩いていたとはな――私のターン、ドロー。ほう」

 

 やがて引いたカードに満足気な笑みを浮かべた後、フィールドの三女神を指さした。

 

「まずは永続魔法《女神スクルドの託宣》! 《女神ヴェルダンディの導き》! 《女神ウルドの裁断》! の三女神の力によりキミのデッキの上からカードを3枚選び、1枚をセットさせ、それを除外す――」

 

 そうすると前のターンの焼き増しのように三女神たちの杖が輝き、ラフェールのデッキの上から3枚のカードを磔とせんと動くが――

 

――くっ、また魔法カードばかり……!

 

 モンスターの除外に関する効果を持つワルキューレたちの力を活用する為のキーとなるカードは見当たらない。

 

 更に面倒なことに、ラフェールの魔法・罠ゾーンが5枚とも埋まっている為、フィールドにセットさせて除外することも叶わぬ事実に苦虫を噛み潰したような顔を見せるジーク。

 

「その顔を見るに、未来は余程悪かったようだな」

 

「減らず口を――最初のカードを2番目にして他はそのままデッキに戻せ! 《女神ヴェルダンディの導き》と《女神ウルドの裁断》の効果は発動しない」

 

「フッ、その様子を見るに私のデッキの上は魔法か罠カードという訳か。さて、装備魔法《重力の斧-グラール》が存在する限り、表示形式の変更は叶わない――どう動く?」

 

「ふん、私がその程度のカードに対し、守りを固めるとでも?」

 

 望むカードが除外できなかったとはいえ、アドバンテージを着実に広げ、調子を上げていくジークからすれば、ラフェールの問いかけなど取り合うに値しない。

 

「フィアットの効果発動。自身以外のワルキューレの数――3枚をデッキの上から確認し、その中から通常罠――《ゲットライド》を手札に加え、残りを墓地へ!」

 

 デッキのエンジンたる白馬が三度ジークの元へ駆け寄れば、当然とばかりに1枚のカードがその手に舞い込む。

 

「そして永続罠《闇の増産工場》の効果によりセクストを墓地へ送り、1枚ドロー!」

 

 お次はジークの声に今まで守備表示で攻撃する必要もなかった為、仔馬の毛並みを撫でつつ戯れていた《ワルキューレ・セクスト》が慌てた様子で帰り支度した後、消えていった。

 

「此処で魔法カード《魔法石の採掘》を発動! 手札の2枚――永続魔法《神の居城-ヴァルハラ》と、罠カード《フライアのリンゴ》を墓地に送り、墓地の魔法カードを手札に加える!」

 

 最後に淡い桃色の魔法の鉱石が大地よりせり上がり、砕け散った中から――

 

「さぁ、我が手札に舞い戻り、再びその力を行使せよ! 魔法カード《Walkuren(ワルキューレン) Ritt(リット)》発動!!」

 

 天上からのロードが開かれ、2体のワルキューレが白馬を走らせフィールド内に現れる。

 

「天上より舞い降り、レクイエムを奏でよ! ワルキューレたち!!」

 

 片方は黄緑の長髪を揺らすワルキューレが白馬をいななかせ、

 

《ワルキューレ・アルテスト》 攻撃表示

星6 光属性 天使族

攻1600 守1800

 

 他のワルキューレにはない黄金の兜に土色のアーマー、そして大盾と、装備品からすら位の違いを見せる《ワルキューレ・ヴリュンヒルデ》と同じく最上級レベルのワルキューレが馬上より3体のガーディアンたちを見下ろす。

 

《ワルキューレ・エルダ》 攻撃表示

星8 光属性 天使族

攻2000 守2200

 

「『ワルキューレ』カードによって特殊召喚された《ワルキューレ・エルダ》がいる限り、キミのモンスターの攻撃力は1000ダウン!」

 

 そんな《ワルキューレ・エルダ》の眼光から垣間見えるプレッシャーに身体を緊張感で強張らせるガーディアンたち。

 

《ガーディアン・エルマ》

攻1800 → 攻 800

 

《ガーディアン・ケースト》

攻1000 → 攻 0

 

《ガーディアン・グラール》

攻2500 → 攻1500

 

「これでカビの生えたガーディアンどもは雑魚同然だ」

 

 ジークが嘲笑するように攻撃力の数値は酷く頼りないものだ。しかし、ガーディアンたちの瞳の闘志は陰る様子すら見られない。

 

「更に《ワルキューレ・アルテスト》が魔法カードの効果で手札から特殊召喚された場合、墓地の速攻魔法《時の女神の悪戯》を手札に戻す!」

 

 しかしそんな彼らへ追い打ちをかけるように黄緑色の長髪を揺らしながら掲げた剣の先にフィールドの永続魔法《女神スクルドの託宣》の青いツインテールの女神がパチンと指を鳴らせば、時の力が舞い戻る。

 

 そう、またもジークの手の内にある《時の女神の悪戯》のカードの存在。

 

「この意味が分からぬキミではあるまい」

 

「見事なハンドコントロールだな。此処からの攻防が楽しみだよ」

 

 その脅威は数多のデュエリストたちの身に刻まれているが、この場のラフェールには動揺や緊張は見られず、平静そのもの。

 

「いちいち癪に障る男だ――バトル! ヴリュンヒルデで《ガーディアン・グラール》を攻撃!」

 

 未だこゆるぎもしない相手へ目にもの見せてくれると言い放ったジークの宣言に、白馬を力強く跳躍させ、揺れる青い長髪と共に《ガーディアン・グラール》の脳天に剣を振り下ろす《ワルキューレ・ヴリュンヒルデ》。

 

「させんよ。墓地の罠カード《仁王立ち》を除外し、効果発動! このターン、キミは私が選択したモンスターにしか攻撃できない! 私が選ぶのは――」

 

 だが、両者の間に割って入る影が一つ。それは――

 

「――《ガーディアン・ケースト》!!」

 

「使えないモンスターを囮に、このターンを凌ぐ気か! ならば、ヴリュンヒルデよ!そいつを斬り伏せろ!」

 

 青い人魚――《ガーディアン・ケースト》が両の手で輪を作るように構え、戦乙女の剣劇に備える。だが、その攻撃力は現在「 0 」。3000越えの剣の前では塵芥に等しい。

 

「囮? 私は彼らを蔑ろにし、墓地に置くような真似などしない――《ガーディアン・ケースト》! 潔白の怒涛!」

 

「ヴリュンヒルデの剣が!?」

 

 だが、振り下ろされた《ワルキューレ・ヴリュンヒルデ》の剣は《ガーディアン・ケースト》の両の掌から生じた激流の壁が弾き、宙を舞った後にはるか後方の大地に突き刺さった。

 

 その濁流の如き水の壁を前に武器を失った《ワルキューレ・ヴリュンヒルデ》は白馬の手綱を引き、距離を取らせる。

 

「貴様、何をした……!」

 

「悪いが《ガーディアン・ケースト》は相手モンスターから攻撃対象にされない効果がある。戦乙女との剣舞のお誘いは遠慮させて貰おうか」

 

 やがて苛立ち気な声を漏らすジークの元に戻った《ワルキューレ・ヴリュンヒルデ》は地面に突き刺さった己の剣を馬上から手を伸ばし引き抜く。

 

 そんな姿を視界に収めながらラフェールは己がカードの効果を語る中、実況席のペガサスは熱のこもった声を放つ。

 

「Oh! 攻撃対象にされないモンスターへ攻撃を強要されては、攻撃することは出来まセーン」

 

「でも、シュレイダーさんの手札にはあのカードがあるわ!」

 

 だが、シンディアの言う様にジークの真骨頂は此処からだ。己にとって不都合な結末など時を操る女神の前では如何様にも出来る程度の代物でしかない。

 

「それこそ無駄だというもの! 時の女神に愛された私にそんな小細工は通用しない!」

 

 そして発動されるは当然――

 

「速攻魔法《時の女神の悪戯》を発動! 次のターンのバトルフェイズへスキップする!これで罠カード《仁王立ち》の効果は消えた!!」

 

 時の女神の力によって周囲に時計のオブジェクトが浮かび、時を加速させる。これで魔法カード《Walkuren(ワルキューレン) Ritt(リット)》のデメリットの踏み倒しだけでなく、ラフェールを守っていた罠カード《仁王立ち》の盾すら消える。

 

 《ガーディアン・ケースト》は攻撃対象にされないが、逆を言えば相手の直接攻撃を防ぐことは出来ない。そして残りの2体のガーディアンの攻撃力では戦乙女の進撃を止めるには力不足。

 

「行けっ、ヴリュンヒルデ! 今度こそ《ガーディアン・グラール》を打ち倒すのだ!!」

 

 ゆえに次こそは、と剣を横なぎに構えた《ワルキューレ・ヴリュンヒルデ》が白馬を突進させた。

 

 

 

 

「かかったな――速攻魔法《旗鼓堂々》発動! 墓地の装備魔法を装備可能なモンスターに装備させる! 私は装備魔法《魔導師の力》をグラールに装備!」

 

 しかし、一陣の風が吹き荒れたと共に、力の奔流となってフィールドを駆け巡る。

 

「これにより私の魔法・罠ゾーンのカードの数×500ポイント、ステータスがアップ!」

 

「貴様の魔法・罠ゾーンには4枚のカードが……!」

 

「その通り、よって2000ポイントの強化!」

 

 すると《ガーディアン・グラール》の全身に赤い闘気が脈々と溢れ出し、その力を増大させていく。やがてそのエネルギーを右手に集中させ――

 

《ガーディアン・グラール》

攻1500 守1000

攻3500 守3000

 

「ヴリュンヒルデの効果は相手の攻撃宣言時のみ! 迎撃しろ、グラール! 英断の突撃!!」

 

 手刀として放たれた後、《ワルキューレ・ヴリュンヒルデ》の剣を両断。返す《ガーディアン・グラール》の左拳がその盾を砕く。

 

「ぐっ!? 私のヴリュンヒルデを……!!」

 

 その衝撃により白馬諸共吹き飛ばされ、大地を転がった《ワルキューレ・ヴリュンヒルデ》が悔し気に地面を握るが、最後は力尽きたように消えていった。

 

ジークLP:2500 → 2300

 

 己が切り札でありエースでもある攻防一体の力を持つ戦乙女を失ったジークは心中穏やかでない。

 

 攻撃力が大幅に上がった《ガーディアン・グラール》の存在から、このターンでの決着は望めないが、僅かでもラフェールが後生大事にしているカードと共にライフへ傷を負わせるべくジークは憤りを晴らすように決断する。

 

「ならば、エルダで《ガーディアン・エルマ》を攻撃だ! ヴリュンヒルデの無念はキミの同胞の命であがなって貰おう!」

 

 そうしてジークは《ワルキューレ・エルダ》を進軍させ、攻撃力が800にまで弱った《ガーディアン・エルマ》を撃ち狙った。

 

 馬の蹄で大地を揺らし、茶の大盾と共に振りかぶられた剣が《ガーディアン・エルマ》を頭上から両断するように放たれる。

 

「甘い! 罠カード《アームズ・コール》! この効果により私はデッキの装備魔法をフィールドのモンスターに装備する! 装備魔法《月鏡の盾》を受け取れ、エルマ!!」

 

 だが、その剣撃はいつの間にか《ガーディアン・エルマ》の手の中にあった鏡の盾を両断するだけに留まり、当の目標は間一髪とばかりに僅かに後方へと弾き飛ばされていた。

 

「装備魔法《月鏡の盾》の効果により、このカードを装備したエルマはバトルする相手モンスターの攻撃力+100になる!!」

 

 しかし、追撃に移ろうとした《ワルキューレ・エルダ》の頭上からパキンと音が鳴ると、頭上から両断されたように真っ二つに割れた兜が地面に音を立てて転がる。

 

 そんな《ワルキューレ・エルダ》が最後に見たのは自身が両断した鏡の盾に左右に分かれて映る己の姿だった。

 

「おのれ、エルダまでも……!」

 

ジークLP:2300 → 2200

 

「そしてキミの《ワルキューレ・エルダ》がフィールドを離れたことで、私のガーディアンたちの攻撃力は戻る――少々私を侮り過ぎたようだな」

 

 かくして最上級ワルキューレを2体失ったジークが苛立ち気な声を漏らす中、ラフェールの宣言を皮切りにガーディアンたちは《ワルキューレ・エルダ》のプレッシャーから解放されたことを示すように肩を動かし、腕を回し、身体の調子を確かめていた。

 

《ガーディアン・エルマ》

攻 800 → 攻1800

 

《ガーディアン・ケースト》

攻 0 → 攻1000

 

《ガーディアン・グラール》

攻3500 → 攻4500

 

 

 これで互いのモンスターは3体と同数。だが、そんな最中、実況席にて芝居がかった声が響く。

 

「あの男、上手いな」

 

「それってどういうこ――? 貴方は?」

 

「俺はシーダー。シーダー・ミール――しがない(トーナメントに敗退した)デュエリスト……さ!」

 

 そんないつの間にやらいた相手に不思議そうな顔を見せるシンディアに対し、キリッとキメ顔を作りつつ、名乗るのはカードプロフェッサーの一人、シーダー・ミール。

 

 

 突如としてマイクとパイプ椅子片手に現れたデュエリストにペガサスも側に置いていた黒服の老執事、クロケッツへと確認を取る。

 

「Mr.クロケッツ、彼は?」

 

「KCにてトーメントに敗退した腕の立つデュエリストを解説役として派遣しているとのことです。大瀧様からそのようなご連絡が」

 

「オオタキ……?」

 

「ペンギンの人です」

 

「Oh! あの人デスネ!」

 

 やがて凡その事情を把握したペガサスがポンと手を叩くのを余所に自前のパイプ椅子にサッと座ったシーダーが眼前の己を降した相手について語りだす。

 

「あの盤面、先に装備カードによる迎撃を行えば、時の女神様のお力にあやかれた――何故『そう』しなかったと思――う!」

 

「確かに……どうしてなのかしら……」

 

 これは最初の攻撃で《旗鼓堂々》を発動していれば、やがて発動されるであろう《時の女神の悪戯》の効果でエンド時に自壊を回避することが出来た――というもの。

 

 だが、ラフェールが「何故それをしなかったのか」と問われれば、今のシンディアには納得のいく答えは出ない。

 

 しかし、実態はさして難しいものではないとペガサスは語る。

 

「シンディア――それは恐らくMr.ジークに《時の女神の悪戯》のカードを使わせる為デース。最初にグラールとエルマを強化しては、残りのワルキューレで突破できマセーン」

 

「あっ、本当ね! 追撃できないならターンを飛ばす必要がなくなるわ」

 

「それだけじゃない……ぜ! あの貴族様も、相手の罠は承知の上で踏み込んだのさ。《ワルキューレ・エルダ》の維持を狙いつつ、厄介そうなリバースカードを使わせる為に……な!」

 

 蓋を開けてみれば大したことのない答えではあるが、その過程こそが、読み合いこそが重要であるのだ。

 

「Yes! 2体の最上級ワルキューレを失ったのは確かに痛手デース。ですが展開能力に優れたワルキューレの性質に加え、Mr.ジークの潤沢な手札の前では守りのカードを削られたMr.ラフェールの損失も無視できまセーン!」

 

「あんなに短い間にそんな攻防があったなんて……2人とも凄い人たちなのね」

 

 そんなシーダーとペガサスの解説に感嘆の息を漏らすシンディアを余所に眼前のデュエルにおける天秤が傾き始める。

 

 

――だが、これでヤツはリバースカードを使いきった! その僅かな手札で私のワルキューレの進軍をいつまでも阻めると思わぬことだ。

 

「ふん、この程度でいい気になられては困るな。私の本当の力はこれからだ! バトルを終了し、女神コンボを発動!」

 

 ジークの内と外の声の通り、互いの手札の差は歴然――手札の数が可能性の数とまで言われるデュエルにおいて、この差は決して無視できるものではない。

 

 ゆえにラフェールの未来の手札となる筈だったカードを削り、勝利をより引き寄せるように三女神の力によって浮かび上がる3枚のカード。

 

――チッ、未だモンスターが1枚も出ないとは……!! これではモンスター除外からなるワルキューレの効果が使えない。なれば!

 

「順序を逆にして戻せ! そして魔法カードを宣言し、フィールドにセットさせた魔法カード《一時休戦》を宣言し、除外!!」

 

 だが、それらはまたもや魔法カードばかり。アテが外れたと1枚のカードを差し示し、三女神の力で消し去ったジークが打つ次なる手は――

 

「フィアットの効果! フィールドのワルキューレの数だけデッキの上を確認し、その中の魔法カード《終幕の光》を手札に加え、残りを墓地に送る!」

 

 このデュエル中に何度も発動されたなんだかお疲れ気味な《ワルキューレ・フィアット》の力により、ジークの手札に次のターンの備えが舞い込む。

 

「さらに永続罠《闇の増産工場》の効果も発動! もはや不要となったフィアットを墓地に送り更に1枚ドロー!」

 

「不要……だと?」

 

 やがて《ワルキューレ・フィアット》が一度背伸びした後でフィールドから消えていく際に発したジークの発言にラフェールはピクリと反応を見せる。

 

 それは唯の言葉の綾なのか、それとも――

 

「どうした――よもやキミも『カードへのリスペクト』だなんだと語る気か? 私にとってはカードなど道具に過ぎない」

 

 その答えは、ジークが前の一戦で戦った鮫島のことをあげつらいつつ、馬鹿馬鹿しいと肩をすくめる姿が全てを物語っているだろう。

 

「むしろ『たかがカードゲーム』に『魂』だの『相棒』だのと入れ込む方が理解できないな」

 

「私とてその考え方自体を否定する気はない。カードを道具のように扱う担い手もいる」

 

 やがて吐き捨てるように言い放ったジークだが、ラフェールは一定の理解を示した。

 

 何故なら、彼は知っている。文字通り、カードに何の愛着も向けず、力以外の全てを削ぎ落したようなデュエリストの存在を。

 

「だが生憎と、道具を蔑ろにする優れた担い手は見たことがない」

 

「ならば、光栄に思うがいい――私がその1人ということだ!」

 

 それゆえに苦言を呈するラフェールにジークは絶対の自負を返して見せた。勝利者こそが真理を語れるのだと。

 

「速攻魔法《非常食》を発動! 自身の魔法・罠ゾーンのカード――三枚の女神カードを墓地に送り、その分×1000のライフを回復する!」

 

 此処でラフェールに対し、三女神の除外が効果的に働いていないと判断したジークは別の手を打つべく魔法・罠ゾーンのカードを除けにかかる。

 

 それに対し、三女神たちもウィンク、お辞儀、軽く手を振るなど思い思いの別れの挨拶と共に煙のように消えていく。

 

ジークLP:2200 → 5200

 

「カードを2枚セットしてターンエンド!」

 

「そのエンド時に速攻魔法《旗鼓堂々》の効果で装備された装備魔法《魔導師の力》は破壊され、グラールのステータスが元に戻る」

 

 そして豊富な手札から2枚のカードを選び取り、伏せたジークの宣言を合図に《ガーディアン・グラール》の身体を覆っていたオーラが消えていった。

 

《ガーディアン・グラール》

攻4500 守3000

攻2500 守1000

 

 

「私のターン、永続魔法《守護神の宝札》により2枚ドロー!」

 

 やがてジークの2枚のセットカードへ意識を向けたラフェールは引いたカードに目を向けた後、墓地を示す様に大地へと手を向け宣言する。

 

「此処で墓地の魔法カード《汎神の帝王》を除外し、その効果でデッキから3枚のカードを選択――さぁ、再び1枚を選んでもらおうか」

 

「ならば速攻魔法《帝王の烈旋》を加えるがいい!」

 

「手札に加えた速攻魔法《帝王の烈旋》を墓地に送り、魔法カード《汎神の帝王》で2枚ドロー!」

 

 そうして宙に浮かんだ3枚のカードの内、ジークが選んだ1枚がラフェールの手札に加わった先から墓地に送られ、新たな手札となって舞い込んだ。

 

「バトルだ! 《ガーディアン・エルマ》でアルテストを攻撃!」

 

 しかし特に動きを見せずにラフェールは《ガーディアン・エルマ》に短剣を構えさせ、馬上の《ワルキューレ・アルテスト》を仕留めるべく跳躍。

 

「これ以上の勝手は許さん! リバースカードオープン! 永続罠《ローゲの焔》!」

 

「エルマの攻撃が!?」

 

 だが、その空中からの剣の舞は大地よりせり上がった炎の壁によって阻まれてしまい、《ガーディアン・エルマ》は近づくことすら叶わない。

 

「我がワルキューレが、この神の炎と共にある限り、弱者は――攻撃力2000以下の貴様のモンスターは攻撃できない!」

 

「ならば行けっ! 《ガーディアン・グラール》!!」

 

 その炎の壁を突破できるのは強者のみ。ゆえに強靭な恐竜の肉体持つ《ガーディアン・グラール》が腕を顔の前で交差させ突撃し、強引に炎の壁をぶち破った。

 

「さらに速攻魔法《移り気な仕立て屋》を発動! フィールドの装備魔法を別の対象へ移し替える! エルマに装備された装備魔法《重力の斧-グラール》をグラールに装備させる!」

 

 さらに《ガーディアン・エルマ》から放り投げられた宙を舞う愛用の斧を止まることなく手に取り――

 

《ガーディアン・グラール》

攻2500 → 攻3000

 

「アルテストを打ち倒せ、グラール!! 英断の斬撃!!」

 

 突進の勢いを殺さず放たれた横なぎに振るわれた斧の一撃が白馬諸共《ワルキューレ・アルテスト》を切り飛ばした。

 

ジークLP:5200 → 3800

 

「チィッ! だが、それ以上の攻撃は永続罠《ローゲの焔》によって阻まれる!」

 

 しかし、他に弱者を阻む炎の壁を突破できるものはラフェールのフィールドにはいない為、追撃は叶わない。

 

「ならば、カードを2枚セットしてターンエンドだ」

 

「ふん、そのエンド時に永続罠《闇の増産工場》の効果でフィールドに最後に残った《ワルキューレ・ツヴァイト》を墓地に送り1枚ドロー!」

 

 互いに決定打を許さぬ状況が続く中、着実に手札を増やしていくジークは必要なパーツが揃ったとデッキに手をかける。

 

「そして私のターン! ドロー!」

 

 だが、そうして引いたカードにピタリと動きを止めたジーク。しかし、それは引きが悪かった訳ではない。

 

「フハハハハハ! やはり運命の女神は私に微笑んだようだ!」

 

 むしろ勝利の鐘を鳴らす最高の引きと言える代物だった。

 

「私はフィールドの表側の魔法・罠カード――永続罠《ローゲの焔》を墓地に送り、手札からこのカードを特殊召喚する! 輪廻より舞い降りろ! 《ワルキューレ・シグルーン》!!」

 

 やがて蹄の音を響かせフィールドに駆け付けた白馬の背にあるのは黒い長髪と藍のマントを揺らす黄金の兜をつけた重厚な紫の鎧に身を纏う年増――ゲフンゲフン、大人の魅力あふれるワルキューレが槍を天にかざす。

 

《ワルキューレ・シグルーン》 攻撃表示

星9 光属性 天使族

攻2200 守2400

 

「更にシグルーンの効果発動! 自身の召喚・特殊召喚時、墓地のレベル8以下のワルキューレ1体を蘇生させる! 舞い戻れ、ヴリュンヒルデ!! 自身の効果によりパワーアップ」

 

 さすれば天に向けた槍より一筋のイカズチが落ち、スパークが消えた後には死の国より舞い戻った《ワルキューレ・ヴリュンヒルデ》がリベンジを誓う様に剣を《ガーディアン・グラール》に向けながら青い長髪をたなびかせていた。

 

《ワルキューレ・ヴリュンヒルデ》 攻撃表示

星7 光属性 天使族

攻1800 守2000

攻3300

 

 その攻撃力は3300――装備魔法《魔導士の力》を失った《ガーディアン・グラール》では僅かに届かない。

 

「これでキミのグラールも敵ではない」

 

「だとしても、そう容易く突破させるつもりはないよ」

 

「ふん、減らず口もそこまでだ。このカードがキミを終幕へと導く――魔法カード《終幕の光》を発動!」

 

 だが、それでも動じぬラフェールに目にもの見せてやるとジークが1枚のカードを天にかざせば、空よりオーロラがカーテンのようにたなびき――

 

「このカードは払ったライフ1000ポイントにつき、墓地より1体のワルキューレを蘇生させるカード。そして蘇生させた数だけ相手は攻撃力2000以下のモンスターを蘇生できるが――」

 

 ジークのライフを光に変えて、光の道を生み出し、そのロードを白馬が駆け抜ける。

 

「生憎と私の墓地にモンスターは存在しない」

 

「――そう! よって私のみが恩恵を受ける! ライフを3000払い、墓地より3体のワルキューレを蘇生させる! さぁ、今こそ終局を告げる時だ、ワルキューレたちよ!!」

 

ジークLP:3800 → 800

 

 そうして現れるのはこのデュエル中、今のところ良いとこなしの桃色の髪を揺らすワルキューレに、

 

《ワルキューレ・ツヴァイト》 攻撃表示

星5 光属性 天使族

攻1600 守1600

 

 《月鏡の盾》によって己が攻撃を弾き返された怒りを示すように白馬の足を力強く大地に降ろさせる茶の装備に身を固めた白髪のワルキューレ。

 

《ワルキューレ・エルダ》 攻撃表示

星8 光属性 天使族

攻2000 守2200

 

 そして白馬と滑車を繋いだ戦車――チャリオットに武骨な灰の兜で目元まで隠したワルキューレが立ち並ぶ。

 

戦乙女の戦車(ワルキューレ・チャリオット)》 攻撃表示

星3 風属性 天使族

攻 500 守1000

 

「特殊召喚されたツヴァイトの効果発動! 相手モンスター1体を破壊する! 《ガーディアン・エルマ》には今度こそ消えて貰おう!!」

 

 やがて今度こそはと《ガーディアン・エルマ》へと剣を振りかぶる《ワルキューレ・ツヴァイト》。

 

「させん! リバースカードオープン! 速攻魔法《我が身を盾に》! ライフを1500払い、モンスターを破壊するカードの効果を無効にし、破壊する!! ぬぅううッ!」

 

ラフェールLP:4000 → 2500

 

「ならば、チェーンして永続罠《闇の増産工場》の効果でツヴァイトを墓地に送り、1枚ドロー!」

 

 しかし、その剣は《ガーディアン・エルマ》ではなく、ラフェールを切り裂くに留まり、またもや良いとこなしで墓地へと舞い戻って行く《ワルキューレ・ツヴァイト》。

 

 

「だが、これで《ガーディアン・エルマ》の破壊は免れた……」

 

「モンスターを守れてご満悦のようだな――ならば、その望みをかなえてやろう」

 

「……なんだと?」

 

 そうして己がカードを守り切ったラフェールに対し、ジークは嗜虐的な笑みを浮かべる。

 

「そんな骨董品共の盾として朽ちる栄誉を与えてやるというのだ。このカードでな! 魔法カード《天馬の翼》発動!!」

 

 ジークが放つ次なる一手は文字通り、ラフェール「のみ」を打ち倒すもの。

 

「私の墓地にユニオンモンスターが存在するとき、このターン、私が選んだワルキューレたちは与えるダメージが半減する代わりにダイレクトアタックすることが可能となる!!」

 

 周囲に白い鳥の羽根が舞い始める中、ジークはフィールドの全てのワルキューレに号令をかけるように宣言する。

 

「私の墓地には『ワルキューレ』として扱うユニオンモンスター、《運命の戦車(フォーチュン・チャリオット)》がいる!」

 

 すると、宙を舞っていた羽根が白馬たちの背に集まり――

 

「もう理解できただろう。ご自慢の骨董品共の盾として消えるがいい!」

 

 白馬たちの背に翼を生成し、その身を白馬からペガサスへと変貌させていった。

 

「最後にユニオンモンスター《戦乙女の戦車(ワルキューレ・チャリオット)》を《ワルキューレ・シグルーン》に装備――ユニオンさせ、バトル!!」

 

 だが、その内の1体の白馬――否、ペガサスを2頭編成に変え、3体のモンスターでこのデュエルを終局に導く。

 

「3体のワルキューレでダイレクトアタック!! この一斉攻撃で終わりだ!!」

 

 やがて大地を駆けていた白馬たちは、空を駆けるペガサスとして、眼下のガーディアンたちを無視してラフェールに向けて殺到する。

 

 その3つの刃はたとえ与えるダメージが半減するものであっても、ラフェールのライフを削るには十分な一撃、いや、三撃となろう。

 

 

 

 だが、そんな空を駆けるペガサスたちの進軍は突如として現れた水の壁に阻まれる。

 

「――これはっ!?」

 

「私は墓地の2枚目の罠カード《仁王立ち》を除外し、効果を発動させて貰った。これで再び《ガーディアン・ケースト》の力がワルキューレたちを阻む」

 

――くっ、あんな骨董品の如きカードに一度ならず二度までも……!

 

 ラフェールの声に内心で忌々し気な声を漏らすジークと同じように空に立つペガサスの馬上から《ガーディアン・ケースト》へと視線を降ろすワルキューレたち。

 

 彼女たちの攻撃は未だに届かない。

 

「だが、《戦乙女の戦車(ワルキューレ・チャリオット)》を装備したモンスターが攻撃宣言した為、その攻撃力を500アップする」

 

 そんな中、下がった士気を盛り返すように槍を掲げて力を示す《ワルキューレ・シグルーン》。

 

《ワルキューレ・シグルーン》

攻2200 → 攻2700

 

「その程度の足掻きなど所詮はその場しのぎ――バトルは終了だ! カードを2枚セットし、ターンエンド!!」

 

 やがて空中から己が元へとワルキューレたちが戻ったと共に2枚のカードをセットするジーク。だが、その闘志に陰りはない。

 

――もはやヤツの墓地に攻撃を防ぐカードはない! 次のターンのワルキューレたちが貴様を葬る!

 

「次のターンも、ワルキューレの剣から逃げ続けられるとは思わないことだ」

 

 何故なら、このターンの攻防により、手札、フィールドのアドバンテージをジークは得ている。ライフアドバンテージの方も幾らでも都合をつける算段がジークにはあった。

 

 そう、着実に両者の実力の差が盤面に答えとして出ているのだ。

 

 此処からはターンが進めば進む程にその差は顕著になっていくだろう。

 

「私のターン、永続魔法《守護神の宝札》によって2枚ドロー!」

 

 そんな盤面上は追い詰められつつあるラフェールだが、引いたカードの1枚を視界に収めた後、フッと笑みを浮かべる。

 

「――来たか。私の墓地にモンスターが存在しない時、このカードは手札から特殊召喚できる! 来たれ、我が翼!」

 

 やがて空の太陽を指さしラフェールが宣言すると共に、空より白い羽が舞い散り――

 

「――《ガーディアン・エアトス》!!」

 

 フワリとその白い翼で降り立ったネイティブアメリカン風の民族衣装に鳥の被り物を被った《ガーディアン・エアトス》がゆっくりと閉じられた瞳を開いた。

 

《ガーディアン・エアトス》 攻撃表示

星8 風属性 天使族

攻2500 守2000

 

「八星モンスター……多少はみれるカードを持っていたか――だが、モンスターが増えたことでヴリュンヒルデはパワーアップ!」

 

 その幻想的な面持ちに「ほう」と感心するような声を漏らすジークだが、自身のワルキューレたちに比べれば大したことはないと、その力を誇るように宣言する。

 

《ワルキューレ・ヴリュンヒルデ》

攻3300 → 攻3800

 

「此処で装備魔法《女神の聖剣-エアトス》をエアトスに装備! これにより攻撃力が500上昇!」

 

 そんな《ワルキューレ・ヴリュンヒルデ》との攻撃力の差を埋めるべく、天より舞い降りるのは神聖さすら感じる一振りの剣。

 

 大地に突き刺さったそれを引き抜いた《ガーディアン・エアトス》はスッと剣を一振りすれば――

 

《ガーディアン・エアトス》

攻2500 → 攻3000

 

「そしてリバースカードオープン! 罠カード《力の集約》! フィールドの装備カードを全て私が選択したカードに集約し、装備させる!」

 

 《ガーディアン・グラール》の持つ斧が、《ガーディアン・エルマ》の持つ鏡の盾が所有者の手から離れ、宙に浮かぶ。

 

「私が選ぶのは《ガーディアン・エアトス》!」

 

 そして《ガーディアン・エアトス》の元へと集うが、《ガーディアン・エアトス》は手に取ることはなく、翼を広げて剣を天上に掲げた。

 

《ガーディアン・エアトス》

攻3000 → 攻3500

 

「そしてエアトスの効果発動! 自身に装備された装備カードを1枚墓地に送るごとに相手の墓地のカードを3枚まで除外し、その枚数×500ポイントこのターン攻撃力をアップさせる!」

 

 すると、《重力の斧―グラール》と《月鏡の盾》は光の粒子となってジークのデュエルディスクへと向かう。

 

「装備魔法《月鏡の盾》と装備魔法《重力の斧-グラール》を墓地に送り、キミの墓地から6体のワルキューレたちを除外! さぁ、ヴァルハラへ旅立つがいい! 聖剣のソウル!!」

 

 その光によってジークの墓地に眠るワルキューレたちが《ガーディアン・エアトス》の剣に導かれるように除外されて行き、その残り火の光が剣に収束されていく。

 

《ガーディアン・エアトス》

攻3500 → 攻3000 → 攻6000

 

「そして墓地に送られた装備カード《月鏡の盾》の効果により、500ライフを払い、このカードをデッキの上に戻させて貰おう」

 

ラフェールLP:2500 → 2000

 

 そうして攻撃力6000となった《ガーディアン・エアトス》に対し、残りライフ800のジークは不敵な笑みを返す。

 

「攻撃力を上げてきたか。だが、その程度は想定内だ! 永続罠《闇の増産工場》の効果発動! エルダを墓地に送り、1枚ドロー!」

 

 やがて手札補充の為に《ワルキューレ・エルダ》が消えていく中、フィールドのモンスターをあえて減らす選択を取ったジークは意気揚々と語る。

 

「これでキミが攻撃できるワルキューレの攻撃力の最低値は更新された。最初のバトルの時のような雑魚狙いは叶わぬと知れ!」

 

「……ならば此処で魔法カード《拘束解放波》を発動! 装備カード《女神の聖剣-エアトス》を破壊することで、フィールドのセットカードを全て破壊させて貰おうか!」

 

 明らかにリバースカードに罠があると匂わせるジークに対し、ラフェールはその挑戦に乗るように1枚のカードを発動させる。

 

 すると《ガーディアン・エアトス》の剣は光と共に弾け、その破片がジークのセットカードに降り注ぐが――

 

「私のセットカードを警戒したようだが――甘い!」

 

 それすらもジークの想定内。

 

「チェーンして罠カード《ゲットライド!》を発動! さらにチェーンして速攻魔法《非常食》をフィールドの魔法・罠カードゾーンのカードを3枚墓地に送って発動だ!」

 

 セットされたカードは全てフリーチェーンのカード。そう、これではラフェールは除去札を無駄打ちしたに等しい。

 

「これにより、速攻魔法《非常食》の効果によって罠カード《ゲットライド!》、永続罠《闇の増産工場》、装備カード扱いの《戦乙女の戦車(ワルキューレ・チャリオット)》の3枚を墓地に送ったことで3000のライフを回復!」

 

ジークLP:800 → 3800

 

 そうして大きくライフを盛り返したジーク。

 

「そして罠カード《ゲットライド》の効果で墓地のユニオンモンスター《運命の戦車(フォーチュン・チャリオット)》をシグルーンに装備!」

 

 墓地に送られたユニオンカードも、時が巻き戻ったかのようにフィールドに戻っており、ラフェールが除去カードを発動する前の状況と何も変わりない。

 

「これでキミの発動した魔法カード《拘束解放波》は不発に終わった」

 

 そうしてライフの回復、相手の除去カードの無駄打ち、更には《ガーディアン・エアトス》の効果による攻撃力の上昇も妨害したジークは得意気に語り始める。

 

 

 確かに圧倒的な攻撃力を得た《ガーディアン・エアトス》は脅威ではあるが、その攻撃力はこのターンの終わりと共に失われ、

 

「そして《ガーディアン・エアトス》でどちらのワルキューレを攻撃しようとも、私のライフは残る」

 

 《ワルキューレ・シグルーン》と《ワルキューレ・ヴリュンヒルデ》――そのどちらを攻撃しようとも、ジークの回復したライフを削り切るには至らない。

 

「攻撃力を一点に集中させ過ぎたようだな」

 

 さすれば当然、次のターンのジークのワルキューレたちの進軍を上昇した攻撃力を失った《ガーディアン・エアトス》含めたガーディアンたちに止める手立てはないだろう。

 

 

 そう、此処から誇り高き戦士が、仲間を一人一人失っていき、やがて最後は地に這いつくばる末路を辿るのだ。

 

 

 と、ジークが自身満々に語っているが、実際のところラフェールとしてもピンチではある。

 

 

 ラフェールのデッキはモンスターの数が酷く少ない為、1体失うだけでも大打撃だ。ゆえにジークの考えはまるっきり絵空事という訳でもない。

 

 

 

 

《ガーディアン・エアトス》

攻6000 → 攻5500 → 攻8500

 

「――なにッ!?」

 

 次のターンがあればの話だが。

 

「装備魔法《女神の聖剣-エアトス》の効果だ。このカードがフィールドから墓地に送られた時、エアトスの攻撃力を除外されたモンスターの数×500アップさせる」

 

「こ、これでは……!」

 

 砕けた筈の光り輝く剣を手に、爛々と輝く翼を広げ、天に佇む《ガーディアン・エアトス》の姿を見上げたジークは思わず一歩後退る。

 

 ジークからすれば、眼前の天使はまさに己のライフと言う名の命を刈り取る神――絶対者でしかない。

 

「バトルだ! エアトスでシグルーンを攻撃!」

 

 やがて天上より振り下ろされる光の刃が迫る中、思わずと言った具合にジークは手を突き出し、宣言する。

 

「くっ、 ヴリュンヒルデの効果発動! 相手の攻撃宣言時、守備力を1000下げることで、このターン、ワルキューレは戦闘破壊されない!」

 

 すると、その破壊の一撃の前に《ワルキューレ・ヴリュンヒルデ》が盾を構え、立ちはだかり、《ワルキューレ・シグルーン》の身を守らんとするが――

 

《ワルキューレ・ヴリュンヒルデ》

守2000 → 守1000

 

 その行為に意味はない。

 

 結局のところ戦闘ダメージを防げないのだから――だが、そんなジークの無意味な行為にラフェールは何処か嬉しそうに小さく笑みを浮かべた。

 

「勝敗が決しようとも、最後まで全力を尽くすか――その意気や良し!!」

 

 正直な話、ラフェールにはジークの在り方を理解は出来ようとも、受け入れることはできない。だが、この瞬間だけは別だった。

 

「エアトス! かの闘志に私たちも応えよう! フォビデン・ゴスペル!!」

 

「迎え撃て、戦乙女たちよ!!」

 

 天より極光の斬撃が振り下ろされる中、砕け散った盾を余所に2体のワルキューレが槍と剣でその破壊の一撃を受け止める。

 

 そうしてワルキューレたちがギリギリで弾いた極光だが、その行き着く先は――

 

「互いに相容れぬ私たちだったが――」

 

 ラフェールの何処か誇らし気な視線がジークへ向かう。

 

 傍若無人を絵にかいたようなジークだったが、彼が思わず最後にとった無意味な行動の根底にあるのは――

 

 

「――キミのワルキューレを思う気持ちだけは、私もよく知るものだったよ」

 

 

 せめて己が大事にするカードは、ワルキューレたちだけは守ろうとする一人のデュエリストの姿だったのだから。

 

「ぐぅあぁぁああぁあああ!!」

 

ジークLP:3800 → → 0

 

 やがて極光がジークを呑み込んだ。

 

 

 

 






《ガーディアン・エアトス》の効果で装備魔法《女神の聖剣-エアトス》を墓地に送るとタイミング逃すのなんでなのK〇NAMIさんェ……




Q:工場長が語っていた「アトラクションを誤作動させるプログラム」って?

A:原作アニメにて城之内VSジークの対戦時に発生していたものです。今作では様々な要因から、問題発生前に見つかりました。


Q:ジークの本命のプログラムってそんなに凄いものなの?

A:あの海馬が「そんなプログラムなど俺の手で粉砕してやったわ!」ではなく、

核となる要因を遊戯が破壊した後で、サブで維持してから再起動をかけての「メインプログラムの修復」だったので、かなりの代物だと思われます。



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第171話 せ ま る ま の て



前回のあらすじ
バックアップ・ガードナー「(OCG化されるまで)今はまだ私が動く時ではない」





 

 

 周囲のソリッドビジョンが消えていき、デュエルの決着を示す中、その勝負の結末に対してジークは呆然と膝をつく。

 

「私が……負けた……?」

 

 己に落ち度はなかった筈なのに、己が勝利者である筈だったのに――脳裏を過る言葉は数多あれど、この結果を覆すに足るものには至らない。

 

「キミは強い。だが、その強さへの自負ゆえに相手を過小評価するきらいがある。それゆえに時に目を曇らせ、戦局を見誤った」

 

 そんなジークにラフェールは語る。それはこのデュエルで感じたジークの本質、そして在り方。

 

 ジークの本質は、強さの源は、絶対的なまでの己への自負――それだけ聞けば唯の自信過剰な人間に思えるが、見方を変えれば「自分ならば出来る」「出来ない筈がない」と言った具合に己への自信を原動力に迷いなく進み続けることの出来る力だ。

 

 だが、ジークには相手を必要以上に侮る悪癖があることもまた事実。自信が過信に変わった時、それは己を高める力以上に視野を狭める。

 

 前も見ずに駆けた者の末路など語るまでもない。

 

「それがなければ……勝負の行く末はまた違ったものになっていただろう」

 

「黙れ! 慰めの言葉など不要だ!!」

 

 ゆえにラフェールは肌で感じた相手の実力に対し、思わず「惜しい」と感じた心のままに吐露するが、ジークは突き放すように腕を振り、叫ぶ。

 

「己が敗北は! 己が力によってのみすすがれるものだ!!」

 

 ジークとてこの敗北を糧に出来ぬ程、盲目なデュエリストではない。かつて味わった海馬への敗北感が彼を強くしたように、どれだけ忌々しくとも相手の力量を受け止めるだけの度量は一応ある。

 

「貴様の勝利はこの日のものが最後だと思え!」

 

 そうして捨て台詞と共に立ち上がり、踵を返したジークの背に向けてラフェールは小さく息を吐いた。

 

「フッ、どうにも節介が過ぎたようだな」

 

 確かにジークの在り方は刺々しく周囲を遠ざけるものかもしれない。しかし、それは彼自身が選んだ己が道――守るべき花の矛であり盾。

 

 

 シュレイダー社という薔薇を美しく花開かせる為に、彼は戦っているのだ。

 

 

 

 

 そうして勝利者の義務をカメラの前で熟すラフェールを余所に一足先に会場を後にしたジークは壁に拳を打ち付けながら忌々し気に呟く。

 

「そうだとも、この敗北の汚名は別の形ですすげばいいだけのこと……!」

 

 当初の計画であった「己がデュエルキングになり、その場で海馬に勝負を挑んで栄光を勝ち取る」との道は途絶えたが、ジークにはまだ奥の手がある。

 

 それはKCが防いだアトラクションの誤作動などを一笑に付す程の一手。

 

 その一手によってシュレイダー社という薔薇は美しく花開くのだと。

 

「どんな手を使ってでも……!」

 

 とはいえ、周囲に「害」と思われれば、どれだけ美しい花を開かせようと摘み取られてしまう現実が立ちはだかるのだが。

 

 

 

 彼が大事な薔薇を守り切ることが出来るのかどうかは神のみぞ知る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 眼下にて先の一戦に対し、カメラの前で問答を交わすラフェールを視界に収めた海馬は鼻を鳴らす。

 

「ふぅん、ラフェール……か。恐らくあの男は最後の舞台まで勝ちあがってくるだろう」

 

 それは思わぬ強敵の出現に対する高揚感に近いもの。世界にはまだ見ぬ猛者がひしめき合っているのだ――とはいえ、ラフェールの知名度は高い方だが。

 

「遊戯、貴様であっても少々骨が折れる相手。だが、デュエルキングとして俺に無様を見せることなど許さんぞ」

 

 だとしても、海馬の心を揺さぶるのは唯一無二――闇遊戯のみ。そんな闇遊戯とラフェールの一戦に想いを馳せつつ、一抹の歯痒さを覚える海馬だが――

 

「しかし、あのワルキューレ使い――確か『ジークフリード・フォン・シュレイダー』といったか……」

 

 ふと、そのラフェールと先程デュエルした相手であるジークへと意識が向く。前夜祭にて言葉を交わした時は気にも留めてすらいなかったが、こうしてデュエルしている姿を見れば海馬とてデュエリストとして無視はできない。

 

 最終的に力及ばず敗れはしたが、その力量はラフェールも認めた程だ。強者を好む海馬としても認めてやらんでもない気持ちもあった。

 

 

「この序盤で消えるには少々惜しいデュエリストだったかもしれんな」

 

 それゆえに、そうなんとなしに零れた言葉は誰にも届くことなく、空へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 竜崎との一触即発だった件に対し、城之内は頭を冷やすべく遊戯たちの元に向かっていた。仲間の顔を見れば、荒んだ感情も少しは整理できるだろうと。

 

 

 そうして集合場所にしていたゴーカートならぬゴー列車エリアにて見つけた仲間の姿に城之内は軽く手を上げた。

 

「おう、遊戯」

 

「あっ、城之内くん――竜崎くんとの試合……残念だったね」

 

「後の大会はダーリンと私に任せておきなさい!」

 

「あー、おう、そうだな」

 

 表の遊戯とその腕に手を回すレベッカが、先の己の敗戦に対して真逆の対応を見せるが、当の城之内には些か覇気が見られない。

 

「なんだよ、随分大人しいじゃねぇか。城之内の癖にいっちょまえに凹んでんのか?」

 

「そんなんじゃねぇよ……」

 

 そんな姿に不思議そうに眉をひそめる本田の声にも城之内の反応は芳しくなかった。

 

「どうしたの? 本当にらしくないわよ? 変なものでも食べた?」

 

「だから拾い食いは止めとけっていっただろ?」

 

「うるせぇぞ、お前らァ! 俺をなんだと思ってんだ!!」

 

 だが、杏子と本田から流れるように放たれる冗談交じりの軽口に、城之内はナイーブな気分など吹き飛んだようにウガーとワザとらしく怒って見せる。

 

「フフッ、何時もの城之内くんだね」

 

「遊戯、そりゃどういう意味だァ!」

 

 そんな中で思わず零れた表の遊戯の声に城之内は本田への絡みを止め、顎をとがらせながら表の遊戯にヘッドロックをかけ、拳をグリグリと頭に当てるが、あくまで軽くであり、じゃれ合いの範疇を出ないものだ。

 

「く、苦しいよ、城之内くん……」

 

「そのまんまの意味だろうよ!」

 

 ゆえに苦笑しながら腕をタップする表の遊戯と、茶化すように笑う本田の姿に城之内は肩の力が抜けていくのを感じつつポツリと零す。

 

「本田も――ったく、あんがとな」

 

「ん? なんか言ったか?」

 

「なんでもねぇよ。そういや、もう一人の遊戯のデュエルはどうだったんだ? それに敵情視察なら遊戯に丸投げしねぇで直接みりゃぁいいのによ」

 

 そうして城之内のヘッドロックから解放された表の遊戯がレベッカによって引き戻される中、反対側の遊戯の隣に腰を落とした城之内は、照れくささを隠すように話題を変えた。

 

「今はボクの心の奥で休んでるよ」

 

「休む? なんかあったのか?」

 

「疲れちゃったみたいなんだ――今日は激戦だったから」

 

「……相手って誰だったんだ?」

 

 だが、なんとなしに放った話題は城之内の心中に波を起こす。

 

 自分よりも遥かに強い闇遊戯が、表の遊戯が「激戦」だったと語るその内容を何処か触れてはならないと考えつつも、思わず先を促した城之内に返るのは――

 

「えーと、最初は『ピケクラマスク』さんって言う覆面デュエリストで……魔法使いデッキなんだけど――とにかく多彩なプレイングで凄く強い人だったんだ」

 

 初戦は変、もとい特徴的なリングネームのデュエリスト。というか、ドクターコレクターである。

 

 彼は囚人でありながら、原作GXにてプロデュエリストの頂点に立った男に挑む権利を得る程のデュエリストだ――つまり、凡百のプロたちとは一線を画す実力を持つ。

 

 闇遊戯であっても、快勝とはいかなかった。それは闇遊戯が繰り出した《ブラック・マジシャン・ガール》の一撃が凌がれていれば、危うかったかもしれない程。

 

「それにカードのことをとっても大事にしてて、デュエル後は泣きながらもう一人のボクと握手してたんだ。もう一人のボクもとっても困った顔してた」

 

 そうして思わぬ「アイドルカード対決」となったデュエルにて一回戦敗退を喫したドクターコレクターだったが、その顔は憑き物が落ちたように清々しかったという。

 

「それで2戦目は城之内くんも知ってる北森さんだったよ。デッキ破壊とライフ管理が凄くて、もう一人のボクのデッキが削り切られちゃったんだ」

 

 次の試合の相手は北森――彼女もまた原作遊戯王Rにて1か月程の経験で、バトルシティを勝ち抜いた城之内に実質勝利する程の実力者。

 

 今作ではそこに心技体を鍛えぬく時間と指導者、各種設備etcをつぎ込んだ結果、才ある者を集めたオカルト課の中で上位の実力者として君臨している。当人の自覚が薄いのが玉に瑕だが。

 

「ボクの知ってるデッキ破壊とまた違ったところが色々あって…………とにかく厄介な相手だったよ」

 

 そのデュエルの最後は、デッキが破壊されようとも手札は破壊されない――との超理論からなるエクゾディアによる特殊勝利で決着した。

 

 そう、デッキ破壊によりエクゾディアパーツが墓地に送られたことで、墓地回収による疑似的なサーチとする相手の戦術を逆手に取った策が決定打となったのだ。

 

「今日の最後の試合の3戦目は軍人さん――って聞いてたけど」

 

 そして本日最後の相手は匿名希望の鋭いリーゼントが特徴の筋骨隆々の大男。

 

 名前は当人の希望により明かせないが、彼は原作GXのボスキャラポジションを務めたデュエリスト。

 

 その腕前は様々な強敵たちを退けてきたGX主人公、遊城 十代をあと一歩のところまで追い詰める程の実力者だ。実力者ばっかりである。

 

「特殊なフィールド魔法でボクのカードは弱体化させられちゃって、上手く攻め切れなかった場面が多かったかな」

 

 そのデュエルは《ブラック・マジシャン》に「毒を注入!」され、フラフラになったところで、師匠を贄にアドバンス召喚された弟子――にまた「毒を注入!」と、とにかく厄介だったと語る表の遊戯。

 

「それで最後に出てきた切り札が凄かったんだ! 後一回攻撃が通されてたら、その効果で負けてたかもしれなかったよ!」

 

 更に彼の奥の手たるカードはまさに「神」を思わせるパワーを持っていたと表の遊戯は力説した。

 

「だから、次のトーナメントが組まれるまでの何日かの間に休めるだけ休んで置こうって――大会はまだまだ序盤だからね」

 

「そう……か。ス、スゲェ相手ばっかだったんだな!」

 

 そうして何でもないように語られた表の遊戯の言葉に城之内が取り繕うように空元気を見せるが――

 

「王様の遊戯がお休みしてる間に、私の試合があるから、応援よろしくね、ダーリン! 後、城之内も」

 

「相変わらず可愛い気のねぇ奴だなぁ…………まぁ、頑張れよ」

 

 割り込むように声を上げたレベッカの楽し気な姿に気勢を削がれたように城之内の語気は小さくなっていく。

 

「当たり前よ! もし勝ち進んだダーリンとデュエルすることになっても手加減抜きだからね!」

 

「うん、その時はボクも全力を尽くすよ」

 

 

 そんな先を進むデュエリストたちの姿に城之内はその心に何処か焦燥感を渦巻かせる。

 

 

 仲間の元に来れば心の整理がつき、またいつものように戻れると思っていただけに、城之内の心は落ち着かない。

 

「…………なぁ、遊戯」

 

「どうしたの、城之内くん?」

 

 

『俺たち、ライバルだよな』

 

 ゆえに証明代わりの言葉を求めようとした城之内。

 

 だが、常日頃なら簡単に出ていた言葉が今日に限って出てこない。

 

『遊戯に本気で勝てると思っとんのか!』

 

 つい先ほど、竜崎から告げられた言葉がその脳内に響く。

 

 ライバル。競争相手――競い合えているのか? 一方的に目標にしているだけではないか? 追い掛けているだけではないか? いや、後ろに続いているだけではないか?

 

 一度たりともその背の影すら踏めなかった己が「ライバル」などと、どの口で言える? 影を踏む所か、その背に手をかけるデュエリストの方が相応しいのではないか?

 

 

 とはいえ、どちらの遊戯も城之内がそう問えば、「勿論ライバルだ」と、そう返してくれるだろう。

 

 

 そうだろう。そうだろう。だって、彼らは「友達」だから。熱くて厚い友情の絆で結ばれた大親友なのだから。それはそれは、傷つかない優しい言葉を選んでくれることだろう。

 

『強ぉなったからこそ、分かったんや!!』

 

 竜崎の言葉がその内に響く。

 

 本当は自分だって分かっていた筈だ。海馬にも言われた筈だ。ラフェールの試合を見て感じた筈だ。いや、もっと最初から――キースと戦った時に既に分かっていた筈だ。

 

 竜崎の言葉が響く。

 

『世の中にはどないしても埋めようがない差ってもんが――』

 

 自分は、違うと信じたかっただけ――

 

 

「――城之内くん?」

 

 そんな思考の渦に呑み込まれていた城之内の意識を心配気な表情を見せる遊戯の声が引き上げる。

 

「……いや、やっぱなんでもねぇ」

 

 しかし、城之内は誤魔化すように口をつぐんだ。

 

 

 やがて遊戯との間に沈黙が流れる中、杏子がおずおずと城之内に言葉を投げかける。

 

「ねぇ、城之内。一つ聞いときたいんだけど……」

 

「なんだよ、杏子。急に畏まって?」

 

「あれって、どう見ても遊戯のおじいさんよね」

 

 そうして杏子が指差す先には、小型のゴーカートならぬゴー列車のレールが周囲をグルリと回った即席のデュエル場にてデュエルの前に挨拶代わりに握手を交わすヴィヴィアンとマスク・ザ・ロックの姿。

 

 ヴィヴィアンのウィンクにマスク・ザ・ロックがデレデレしている姿が何とも情けない。

 

「ハァ? なに言ってんた? アイツは梶木を倒す程のデュエリスト――『マスク・ザ・ロック』だぜ? ん? そういや爺さんの姿が見えねぇな……便所か?」

 

 そんな姿を双六と間違えた杏子に呆れた声を返す城之内。

 

 そして今更ながらこの場に双六がいない事実に気が付くが、そんな城之内に対して杏子は待ったをかけた後、背を向けて本田とひそひそと話し始めた。

 

「……ねぇ、本田。ひょっとして城之内、自分の師匠のこと気付いてないの?」

 

「……そうなんだろうな。アイツはみょーなところで鈍いところあるからよ」

 

 それはマスク・ザ・ロックの正体の話――杏子たちは彼の謎に包まれた正体を知っているようだ。なんてかんさつがん(観察眼)なんだー

 

「やはり分かってしまうか……私も止めたんだが……双六が『一花咲かせたい』と言って聞かなくてね……」

 

 二人の内緒話の内容に思わずため息を吐くアーサーがなんとなしに明かしたようにマスク・ザ・ロックの正体は、表の遊戯の祖父――双六だったのだ。衝撃の事実である。

 

 とはいえ、弟子である筈の城之内はキョロキョロと双六を探すのに忙しく、聞こえていないようだが。

 

 そんな師弟のすれ違いを余所に今まで会話の輪に入れ――もとい、沈黙を守っていた御伽が神妙な表情を見せる。

 

「でも遊戯くん。デュエルしたボクが身を以て知ったけど、彼女――ヴィヴィアン・ウォンは噂に違わぬ実力者だよ」

 

 それは対戦相手のヴィヴィアンの実力。

 

 城之内の師とのことから双六の実力が高いことは御伽にも理解できるが、「九龍(クーロン)の熱き花」とまで呼ばれるヴィヴィアンを上回れるかと問われれば、御伽とて首を縦には触れなかった。

 

「うん、御伽くんのデュエルも見てたからヴィヴィアンさんの実力は分かってるよ。でも――」

 

 しかし、表の遊戯は小さく拳を握った後、ポツリと零す。

 

 

「――じいちゃんは強いよ」

 

 

 それはこの場の誰よりも双六を知るがゆえの確信染みたものだった。

 

 

 

 

 

 そんな遊戯の声を余所にヴィヴィアンとマスク・ザ・ロックのデュエルは熾烈を極め、今、佳境に迫っていた。

 

 

 ヴィヴィアンのフィールドには御伽との一戦で活躍した彼女のデッキの中核たる黒の鎧の戦士が両の手の二本の剣を構える――ことはなく、ダランと地面に向けて垂らし、兜で素顔は見えないものの明らかに呆然とした様相で上を見上げていた。

 

《闇魔界の戦士 ダークソード》 攻撃表示

星4 闇属性 戦士族

攻1800 守1500

 

 

 そんな《闇魔界の戦士 ダークソード》の視線の先にはマスク・ザ・ロックが従える彼の伝説のエクゾディアを思わせる風貌の圧倒的なまでの巨躯を誇る守護神が、合わせた両拳を離し、拳を構え始めていた。

 

《守護神エクゾード》 守備表示 → 攻撃表示

星8 地属性 岩石族

攻 0 守4000

攻 0 守8000

攻 0 守16000

攻16000 守 0

 

 その圧倒的なまでの守備力は罠カード《仁王立ち》と罠カード《D2(ディーツー)シールド》によって倍々ゲームの如く増大。

 

 更にその高めに高めた守護の力が罠カード《反転世界(リバーサル・ワールド)》によって攻撃力へと変換され、究極の破壊の力として今、解き放たれんとしていた。

 

「行くのじゃ、エクゾード!!」

 

「うそ、ちょっと、待って、いや、おじいさん、なんで、そんなに、って――」

 

 見上げる程の《守護神エクゾード》の巨躯から伸びる剛腕がゆっくりと振りかぶられ、ヴィヴィアンに影を差す。

 

 テンパるヴィヴィアン。手札の《天威龍-ナハタ》の効果で相手の攻撃力を1500下げても焼け石に水である。

 

 やがて呆然としていた《闇魔界の戦士 ダークソード》がやけくそ気味に剣を構えた瞬間に――

 

 

 

 

「 エ ク ゾ ー ド ・ ナ ッ コ ォ オ !!」

 

 

 

 

 

「きゃぁぁああぁぁぁああああ!!」

 

 全てを叩き潰すような鉄拳が《闇魔界の戦士 ダークソード》を地面にプレスし、大地が砕ける程の衝撃が戦闘ダメージとしてヴィヴィアンを襲った。

 

ヴィヴィアンLP:2000 → → 0

 

 

 

 

 守備を固め効果ダメージを狙う戦術から、一転して繰り出される圧倒的攻撃力からなるド派手な一撃の落差に沸く観客の声を後押しするように実況席の野坂ミホは叫ぶ。

 

「決まったー! イロモノ枠かと思われたマスク・ザ・ロック選手、怒涛の快進撃だー!」

 

 顔を覆うバンダナを巻いただけの覆面以外は「普段着です」と言わんばかりな恰好の双――もとい、マスク・ザ・ロックの姿に観客含めてあまりに期待値が低かったゆえの反響。

 

 初戦で「海の男」こと梶木 漁太を降し、

 

 次戦にて「南海の人食いザメ」と呼び声高い世紀末ファッションの男、イーサン・シャークを降し、

 

 最後の試合にて「九龍(クーロン)の熱き花」ことヴィヴィアン・ウォンを降し、

 

 といった具合に前評判を覆し名立たるデュエリストから勝利を勝ち取ったマスク・ザ・ロックの注目度は爆発的に高まっている。当人の希望通り一花咲かせられたようだ。

 

「全くの無名ながらの躍進! その強さは一体何処で手にしたのかー!」

 

「ふっふっふ、儂の強さの秘密は日本の童実野町にある『亀のゲーム屋』にあるぞい!」

 

 そうしてカメラに向かってVサインでピースしながら姑息なステマを測るマスク・ザ・ロックの姿に何とも言えない顔になる遊戯たち一同。だが、その中で――

 

 

「世界にはまだこんな強ぇ奴がいんのかよ……」

 

 城之内は世界の壁ともいうものを如実に感じ取り、神妙な顔を見せていた。己が知らないだけで、世界には強者に溢れていて、その中では自分が如何にちっぽけな存在であるのかを。

 

 名も知れぬ全くの無名の相手が見せた圧倒的実力を前にすれば認めざるを得ない――なお、めっちゃ身近な人である。

 

 強くなった自覚のある己が、世界という大海の前ではまさに井の中の蛙でしかないのだと。

 

『絶対に埋まらへん力の差の話をしとるんや!!』

 

 竜崎の言葉が城之内の胸中に響く。

 

 

 

 

「見とるか、アーサ――ゲフンゲフン、我が友よ! 儂だってまだまだ若い者には負けとらんぞい! やはりデュエルは良いのう! 何時でもワクワクを思い出させてくれる……」

 

 

 だが、マイク越しのマスク・ザ・ロックの言葉もまた城之内に響いた。

 

「そう……だよな。デュエルって、楽しいもんだよな」

 

 思わず城之内の口から零れた呟きは不思議なまでに自身の中へと沁み込んでいき、先程まで感じていた閉塞感を解き放っていく。今の城之内にあるのは、まるで師匠である双六に諭されたかのような気分だった。

 

 そうして城之内が視線を向けた先のアトラクションの只中にてインタビューを受けながら、子供のようにはしゃぐマスク・ザ・ロックの姿が、城之内には自身の師匠である双六の姿に重なって見える――本人だよ。

 

 

――竜崎。俺には何時になったら遊戯に追い付けるのかなんざ、分かんねぇ。ひょっとしたらお前の言う通り、追い付けねぇのかもしれねぇ。でもよ……

 

 不思議と心が軽くなった今の城之内なら、竜崎の語った現実の壁に拳以外を返すことが出来る。

 

――デュエルの世界はこんなにも広ぇんだ。なら、立ち止まっちまうなんて勿体ねぇじゃねぇか。

 

 世界には数え切れぬ程のデュエリストがいて、彼らは自分が想像だにしない一手を繰り出し、己が負けじと繰り出した一手を思いもよらない方法で躱す。

 

 そう、デュエリストの数だけ道が、価値観が、答えがあるのだ。

 

――だからよ、竜崎。俺は馬鹿の一つ覚えみてぇに突っ走ることにするぜ。

 

 ゆえに、才能の有無だとか、越えられない壁だとか、絶対に埋まらない差だとかに悩むよりもガンガン相手にぶつかって行く方が城之内の性に合っていた。

 

 そうしてぶつかっていけば、誰かの道が、交錯した価値観が、掛け合った答えが、己を構成していく。

 

 

 

 それは「答え」というには不確かで、将来の展望を鑑みぬ愚者染みた在り方なのかもしれない。

 

 だが、愚者の愚直な歩みは、お利口な理屈如きで止められるものではない。

 

 その歩みがどれ程小さくとも、彼は一歩ずつ進んでいくと決めたのだ。

 

――まずはプロの世界ってもんを見せて貰うとすっか!

 

 

 その先に目指したもの(遊戯)がなくとも。

 

 

 

 

 

 

 

 とはいえ、そうして才に対し苦悩した彼も傍からみれば「才ある者」に含まれるのは何とも皮肉な話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 かくして、ワールドグランプリの初日は幾人かのデュエリストに壁を示したものの、さして大きな事件もなく終わりを告げようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 此処で時間は少々巻き戻る。

 

 時はワールドグランプリにてデュエリストたちがしのぎを削り始めた頃、KC本社にてレイン恵とツバインシュタイン博士がテーブルを挟み何やら話し込んでいた。

 

「もぐもぐ……私は……もぐ……歴史の調査……ゴクン……を趣味としている……もう一つ……いい?」

 

 のだが、当のレインはリスのように頬を膨らませながら頬張る茶請けにと出されたマカロンやらマフィンやらに意識が向いている模様。

 

「はいはい、沢山ありますから、どうぞ遠慮なく。しかし歴史ですか……時代区分の方はどちらを?」

 

 そしてレインのKC見学を牛尾から頼まれたツバインシュタイン博士は戸棚から来客用の茶請けでレインの好みそうなものを選びつつテーブルに並べていく。

 

 無表情ながら並べられる菓子類を目で追うレインを見るに、気分は帰郷した孫を歓迎するお爺さんと言った所か。

 

「むぐ……現代……史……もぐもぐ……その為……近年目覚ましい……もぐ……躍進を遂げるKCの……」

 

「成程、成程。KCそのものの見学ではなく、KCの辿ってきた記録を見学したいと言う訳ですな――手広くやっているKCならば、現代での大きな情勢の変化に関わる機会が多いと踏んだと」

 

「……肯定」

 

 そうしてレインの言葉を纏めたツバインシュタイン博士が語った内容こそが、彼女の用意したバックストーリーだった。

 

 素直に「パラドックスを探しに来ました」などと言って「此処にいるよ!」と答えて貰えるとはレインも思っていない。

 

 ゆえにKCの動向から怪しい点を割り出し、調査する場所の絞り込みの為の情報収集こそが今回の目的である。こうして菓子を頬張っているのも全ては相手を油断させる為、他意はない。ないったらない。

 

「ふむ、やはり牛尾くんの言う様に変わったお嬢さんですな。普通はもっとメジャーな時代に目を向けるでしょうに」

 

「……ゴクン……私は……普通……」

 

 だが、歴史に興味を持ったのなら、歴史上の有名な偉人などの方面に流れるのが一般的だと零したツバインシュタイン博士にピタリと手を止め、己の普通っぷりをアピールするレイン。

 

 しかし普通の人間は学校のテストで平均点ピッタリを取り続けることなどしない……彼女は「普通」をなんだと思っているのだろうか。

 

「おっと、これは失礼を――何を趣味とするかは人それぞれでしたな」

 

 とはいえ自身が変人であることに自覚のあるツバインシュタイン博士であれば問題はないと誤魔化せた手応えを感じ、心の中で小さくガッツポーズを取るレイン。

 

――まぁ、普通の人は「普通」であることを自称しないものですけどね。

 

 いや、ツバインシュタイン博士の胸中の声を見るにやっぱり誤魔化せてはいなかった。

 

「ふーむ、ならその方向で案内するとしましょうかね」

 

 そうして感じた若干の不信感を余所にツバインシュタイン博士は自身の顎に手を当てながら「本日の予定」と銘打たれた用紙の束をパラパラとめくり、見学ルートの修正を測る。

 

 

 かくしてワールドグランプリを余所にイリアステルの魔の手がKCのオカルト課に迫りつつあった。

 

 

 

 

 

「……もう一つ貰っても……」

 

「構わないですとも」

 

 迫りつつあった!

 

 

 






Q:双六が戦った「イーサン・シャーク」って?

A:原作のKCグランプリにて登場した参加者選手の1人。元祖シャークさん――世紀末ファッションを着こなすナイスガイ。

扱いはほぼモブ同然だったが、「南海の人食いザメ」と呼ばれる実力者とのこと。

デュエルシーンすらない為、デッキ内容はおろか使用カードすら不明。

外見とは無関係な「南海の人食いザメ」と称されていることから、サメデッキを使っているのかもしれない……


Q:レイン恵って食いしん坊キャラなの?

A:KCの茶請けが良いやつなだけだから……(小声)

人類が滅び荒廃した未来では嗜好品も限られてくるでしょうし(目そらし)

後、今作オリジナルエピソードのイリアステルの面々との食事の件の影響が少なからずある感じです。




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第172話 社会人流究極奥義




前回のあらすじ
エ ク ゾ ー ド ・ ナ ッ コ ォ オ !!








 

 

 

「戦乱の世を子の代に継がせぬ為だ」

 

 

 世間から「死の商人」などと揶揄されている事実に対し、どう考えているかを問うた我々取材班に海馬 剛三郎はそう決意に満ちた瞳で語った。

 

 

 武力――つまり戦争によって、戦争をなくす。

 

 そんな何処か矛盾を抱えた剛三郎氏の主張だが、現在に至るまで人類が目を背けて来た問題に真正面から対峙した男の覚悟は本物だった。

 

 しかし、人の業は容易くは覆らない。現実はあまりに残酷だった。

 

「兵器も所詮は道具に過ぎない。なれば問題とすべきは扱う側の人間の方だ」

 

 だが、そんな中でそう語るのはKCにて数々の兵器を売りさばいてきた剛三郎氏の右腕たる大門 小五郎――彼もまた同じ理想を掲げた男。そんな二人が袂を連ねるのは必然だったのかもしれない。

 

「乱世は英雄を求めているのですよ。誰かが前に立ち導かねばならない――とはいえ、『誰か』などと他力本願な考えでは改革は果たせませんがねぇ」

 

 そしてKCの顧問弁護士たる大岡 筑前は二人の理想に明確なビジョンを与えた。立ち向かうべき壁に蟻の一穴が垣間見えた瞬間である。

 

「技術は人と共にある――儂は常々そうあるべきだと思っとるよ」

 

 そうして連なった男たちの意思を現実に落とし込むのは技術畑を一手に引き受ける工場長、大田宗一郎。彼の語る理念は愚直なまでに真っ直ぐだった。ゆえにブレない。

 

「人類はペンギンちゃんの家族想いっぷりを見習うべきですぞ!」

 

 皆とはかなり毛色が違うも、大瀧 修三の個人的な好みはさておき、平和を願うその熱意だけは本物だった。 

 

「『勝利は多兵に存す』ともいう。その理想を荒唐無稽だと笑い飛ばすのは少々惜しい」

 

 最後にそう語るのは「妖怪」とすら揶揄される老獪さを持つ企業買収のスペシャリスト、大下 幸之助。戦争という巨大ビジネスに立ち向かうとなれば、これ程頼もしい男もいまい。

 

 

 

 かくして、死の商人と揶揄されてきたKCによる人類から戦争を買い取りに動く一大プロジェクトが動き始めた。

 

 

 

 そしてその音頭を取る剛三郎氏は「祝福の夜明け」と呼ばれる日まで戦い続ける。

 

 だが、その夜明けに彼の姿はなかった。

 

 彼もまた「戦争」を成したもの――如何なる理由があれど、その咎が消えることはない。

 

 KCを義息子である海馬 瀬人に託した後、全ての責を負い表舞台から去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 そんな具合で悠然な大陸の生命を感じさせる情熱的なBGMに、計画的にクロスされた当時の声とナレーションが響く中、最後を飾るスタッフロールが流れていく様子をレインは何時もの無表情っぷりを更に際立たせながら眺めていた。

 

――私は…………何を見せられているのだろう……

 

 KCの(歪められた)歴史である。

 

 レインの「KCの歴史が知りたい」との声を受け、ツバインシュタイン博士が気を利かせて施設周りの見学を早々に終わらせたゆえの現在。

 

 そう、今レインはKCの歴史を纏められた映像を巨大スクリーンにて視聴中であった。

 

 何故こんなものがあるんだ……と困惑される方もいるだろう。しかし、これも原作改変もとい歴史改変を受けて動くであろうイリアステルに対するかく乱を目的にしたちゃんとしたものなのだ。

 

 後、BIG5たちが自分たちの偉業を懐かしむ為にも利用されている。

 

 

 そうして思わぬ形で得られた情報だが、改変された歴史の歪みへの耐性不足を抱えるレインには少々受け止められていなかった。

 

 BIG5たちなど本来の歴史では海馬にリストラされてそのままフェードアウトした人たちに過ぎない。

 

 早い話が今見ている映像は、彼女からすれば「よく分からないおっさんたちの活躍映像」に過ぎないのだ。

 

 多分に脚色されたストーリーと随所随所に挟まれるドラマパートに対し、そこそこの面白さを感じてしまうのが、なんか悔しい。

 

 

 

 

 そうして何とも言えぬ満足感と、胸中が色んな意味でいっぱいいっぱいのレインに無情の宣告を告げるかの如くスクリーンに再びおっさんが映る。

 

『私はね――ペンギンちゃんの愛らしさを通じて、自然の美しさを、尊さを、知って貰いたいのですよ』

 

『そう語る大瀧 修三の顔には文明に溺れ、自然を尊ぶことを忘れた現代社会を憂う色が見えた』

 

――……第二部……続く……の?

 

 続くよ。

 

 

 

 

 

 

 そんな具合でレインが映画鑑賞に勤しむ中、時間をワールドグランプリの初日が終わる少し前に戻せば、フリーフォールが上下する横で当然とばかりに二人のデュエリストがしのぎを削っていた。

 

 

 

 その一人は頬のこけたやせ型の長身の白い肌の男――クロノス・デ・メディチが金髪のおかっぱ頭を揺らしながら出方を伺う様に対戦相手を指さし、声を張る。

 

「ワタクシの《古代の機械(アンティーク・ギア・)究極巨人(アルティメット・ゴーレム)》を前ーに、アナタがどう動くのか見物なノーネ!」

 

 そんな彼のフィールドには自身のエースたる《古代の機械巨人(アンティーク・ギアゴーレム)》が融合進化した馬の脚部に巨人の身体の付いたケンタウロスのような特徴を持つ歯車仕掛けの機械巨人が佇む。

 

 大地を踏みしめ、巨大な右腕を構える姿は見る者に圧倒的な威容を示していた。

 

古代の機械(アンティーク・ギア・)究極巨人(アルティメット・ゴーレム)》 攻撃表示

星10 地属性 機械族

攻4400 守3400

 

「ご希望とあらば、お見せしましょう! スタンバイフェイズに永続魔法《未来融合-フューチャー・フュージョン》の効果発動です!」

 

 それに立ち向かうは軍服にヘルメットまで装着した眼鏡の青年、カードプロフェッサーの1人、カーク・ディクソンがモンスターのいない自身のフィールドへと手を突き出しながら宣言する。

 

「エクストラデッキから融合モンスター《キメラテック・オーバー・ドラゴン》を見せ、《サイバー・ドラゴン》を含む機械族モンスターを任意の数、墓地に送らせて頂きます!」

 

 すると、彼のデッキから数多の機械の兵隊たちが異次元のゲートを通じ、墓地へ送られて行き――

 

「そして魔法カード《死者蘇生》発動! 今こそ出陣の時! 来るのです! 《督戦官コヴィントン》!」

 

 その中から、縦に長い帽子のような頭部を持つ赤いカラーリングの指揮官型マシンが現れ、胸に手をおき、敬礼した。

 

《督戦官コヴィントン》 守備表示

星4 地属性 機械族

攻1000 守 600

 

 

「指揮官サマのご登場という訳デスーネ……しかーし! 兵がいなければ指揮能力も意味を成さないノーネ!」

 

「ふっ、それはどうでしょう――《ファントム・オブ・カオス》を召喚! その効果で墓地の《マシンナーズ・フォース》を除外し、その姿をこのターン、写しとらせて頂くであります!」

 

 クロノスの焚きつけるような言葉に応え、カーク・ディクソンが繰り出すのは大地をうごめく姿なき影のモンスター、《ファントム・オブ・カオス》。

 

 だが、その実体なき影はボコボコと盛り上がって行き、身体の中央で狙撃銃を構え、型から巨大なアームを伸ばし、腰元のアームからナイフが伸びる巨大なマシーンへと変貌していく。

 

《ファントム・オブ・カオス》 → 《マシンナーズ・フォース》 攻撃表示

星4 闇属性 悪魔族

攻 0 守 0

攻4600

 

「にゃにゃ!? 攻撃力4600ゥー!? ワタクシの《古代の機械(アンティーク・ギア・)究極巨人(アルティメット・ゴーレム)》の攻撃力を超えーた!? で、でも《ファントム・オブ・カオス》はバトルダメージを与えられないモンスターなノーネ!」

 

「そんな心配はご無用です! 《マシンナーズ・フォース》の効果発動! このカードをリリースし、墓地のソルジャー、スナイパー、ディフェンダーを呼び戻します!」

 

 1ターン限定とはいえ、ポンと出てきた攻撃力4600のモンスターに大仰に驚くクロノスだが、此処からだとカーク・ディクソンは腕を天に掲げ、宣言する。

 

 そうして真っ黒な《マシンナーズ・フォース》の姿をした影の中から這い出るのは――

 

「兵を集うのもまた指揮官の務め!! 分離し、今こそ集うのです、マシンナーズよ!!」

 

 近接用ナイフを右アームに装着した、緑の装甲を持つ人型戦闘マシンが左アームをナイフに沿えた構えを見せ、

 

《マシンナーズ・ソルジャー》 攻撃表示

星4 地属性 機械族

攻1600 守1500

 

 土色の装甲を持つ人型戦闘マシンが狙撃銃を右肩に担ぎつつ、隊列に加わり、

 

《マシンナーズ・スナイパー》 攻撃表示

星4 地属性 機械族

攻1800 守 800

 

 戦車を思わせるフォルムをした藍色の装甲を持つ重歩兵マシンが両肩の四連キャノン砲を構えた。

 

《マシンナーズ・ディフェンダー》 守備表示

星4 地属性 機械族

攻1200 守1800

 

「この布陣ゥーは!? ま、拙いノーネ!?」

 

「そして《督戦官コヴィントン》の力により――」

 

 クロノスの《督戦官コヴィントン》が号令をかければ、3体のマシンナーズたちが、空中に跳躍し、合体シークエンスに移行。

 

 

「――三 体 合 体 !!」

 

 

 空中で三体のマシンがガコン、ガコンと音を立てながら変形し、ジャキーン、ジャキーンとドッキングしていく光景はまさにロマンの塊。

 

「デッキより降臨せよ! 機甲部隊の軍神! 《マシンナーズ・フォース》!!」

 

 やがて何故かピカーと光った後、大地を砕きながら着地するのは、先程の《ファントム・オブ・カオス》が写しとった姿と全く同じ、巨大な戦闘マシーンが降り立った。

 

 だが、その装甲の色は先程の黒ではなく、緑、土色、藍色の装甲がメタリックに光る。

 

《マシンナーズ・フォース》 攻撃表示

星10 地属性 機械族

攻4600 守4100

 

「これで全ての枷は解き放たれました! バトル!! 私のライフ1000を動力に突き進むのですッ! 《マシンナーズ・フォース》!!」

 

 カーク・ディクソンLP:5000 → 4000

 

「ならば迎え撃つノーネ! 《古代の機械(アンティーク・ギア・)究極巨人(アルティメット・ゴーレム)》!!」

 

 そうして《マシンナーズ・フォース》の肩から伸びたアームと《古代の機械(アンティーク・ギア・)究極巨人(アルティメット・ゴーレム)》の巨腕がぶつかり、組み合って手四つ力比べと洒落込み大地が力の逃げ場を求めるようにミシミシと音を立てる。

 

 だが、互いにこのままでは埒が明かないと、示し合わせたように同時に頭突きをぶちかまし、金属がぶつかり合う音を周囲に響かせながら互いの距離が開けた後、互いに右腕を振りかぶり――

 

「マシンナックル!!」

 

「アルティメットェ・メガ・パウンドゥッ!」

 

 二つの拳が激突した。その地点を起点に突風が舞う。

 

 

 

 そうして二体の巨大マシンが轟音を響かせながら殴り合う光景を少し離れた場所にて缶コーヒー片手にベンチに腰かけながら観戦するのはBIG5の《深海の戦士》の人こと大下。

 

 やがてなんとなしに自身の近くの柱に向けて声を零す。

 

「盛況だな」

 

「それは何よりです。これならば海馬社長にもご満足して頂ける結果が得られるかと――それで何を掴んだのですか?」

 

 その柱の影から振り向くことなく言葉を返すのは如何にも「予定をチェックしています」とばかりに手元の手帳をパラパラとめくる神崎の姿。

 

 BIG5の《深海の戦士》の人こと大下からの呼び出しに応じたものの、人気がまばらなものの開けた場所だったゆえに「おっさん二人が並んで座る」という悪目立ちしそうな行為を避けた為、こうしてスパイ映画っぽいことをしている有様だ。

 

 

 しかし、大下は気にした様子もなく、視界の先で殴り負けた《古代の機械(アンティーク・ギア・)究極巨人(アルティメット・ゴーレム)》が地面を削りながら倒れ伏す姿に「ほぅ」と小さく息を漏らす。

 

「大下さん?」

 

 神崎の声など聞こえていないかの様相だが、《古代の機械(アンティーク・ギア・)究極巨人(アルティメット・ゴーレム)》の効果で蘇生された歯車仕掛けの巨人たる《古代の機械巨人(アンティーク・ギアゴーレム)》が罠カード《競闘-クロス・ディメンション》の効果で一時的に除外されている光景を見収めた後に肩をすくめて見せる。

 

「そう急くこともないだろう。このデュエルの行く末を眺めてからでも遅くはあるまい」

 

「私のような若輩の身では、そのような余裕など、とてもとても……」

 

 だが、ビビりな神崎からすれば怪しまれる行動は可能な限り控えておきたいゆえにすぐさま本題に入ろうとするも、対する大下は大きく溜息を吐く。

 

「時は金なり――か、相変わらずの仕事人間だな。大瀧ほどとは言わんが、キミも少しは羽目を外したらどうかね」

 

「羽目を外すとすれば、この大会を無事終えた後かと」

 

「やれやれ、キミの『遊び』への無頓着さは玉に瑕だよ、全く――では本題に入ろうか」

 

 だが、やがて根負けしたように残った缶コーヒーを一息に飲み干した大下は視界に映る罠カード《競闘-クロス・ディメンション》による除外から帰還したことで攻撃力が倍化された《古代の機械巨人(アンティーク・ギアゴーレム)》が怨敵である《マシンナーズ・フォース》をクロスカウンターで殴り飛ばす光景を尻目に自身の伝手で探り、調べた内容を並べ始める。

 

「色々探ってみたが当初の想定通り、KCに怨みを持つ者の犯行だろう――が、その中で大きく動ける連中の大半はキミの『土産』が利いている。腹が膨れている内は大人しい筈だ」

 

 そうして語られるのは今回のクラッキング騒ぎの犯人像の絞り込み。

 

 KCに恨みを持つものは数あれど、実行に移すとなると越えるべきハードルはそれなりに多い。

 

 そして実行に移したが最後、海馬の在り方からKCを潰す気で動かねば逆に潰される可能性を多分に含んでいるのは明白。

 

 そんなリスクを負うくらいなら一応の表面上は平和的なスタンスを取る神崎などからアプローチした方が余程建設的だろう。

 

「それに時間不足とはいえ、海馬に二の足を踏ませたとなれば、数は更に限られる」

 

 そうして数を絞った中で、「ソリッドビジョンシステム」を組み上げた海馬の頭脳に比肩しうるとなれば、更に数は絞られる。

 

「秘密結社イリアステルや、パラディウス社を隠れ蓑にしたドーマの介入も考えたが、それにしては打つ手打つ手に個人的な感情が強すぎる」

 

 可能性の一つとしては超巨大組織による物量押しが考えられるが、大下はそれを否定する。これは極めて個人的な「復讐」だと。

 

 なれば、海馬に比肩しうる「個人」の範囲ならば――

 

「現実的な可能性を述べるのなら、I2社の双星と名高い天馬兄弟」

 

 I2社の天才兄弟の二人。遊戯王RでもKCのネットワークを完全掌握する程の手腕の持ち主だ。

 

「血気盛んに多方面へ手を伸ばす万丈目グループの万丈目兄弟――おっと、今は三兄弟だったか」

 

 此方は畑違いではあるものの、政界、経済界に強い影響力を持ちつつある2人。なお3人目である末っ子は未だひな鳥未満な為、それは脇に置いておこう。

 

「後は経営が傾き気味なシュレイダー社の舵を取る実質的トップのジークフリート・フォン・シュレイダー。軍事産業からアミューズメント産業へ転身を図ったが今のところ順調とは言えんだろうからな」

 

 過去の剛三郎時代にシュレイダー家の神童だの秘蔵っ子だのと噂されていたと大下は思い起こす。とはいえ、今現在はそこまで名は聞かないが。

 

「他は北欧の小国ミズガルズ王国も怪しいと言えば怪しいところだ。KCが軍事から撤退したことで技術提供の話が水泡と帰したことは面白くあるまい」

 

 此方は王家の発言力が非常に大きい一例だ。「個人的感情で大きく動ける相手」とも言える。

 

「残るは影丸……はないな。あの老人が求めるのはKCのアミューズメント部門ではなく、キミの持つ医療部門の方だ。こんな回りくどい真似はしないだろう」

 

 そうして語り切った大下を余所に眼前のデュエルは永続魔法《未来融合-フューチャー・フュージョン》の効果で呼び出された《キメラテック・オーバー・ドラゴン》の効果で連鎖的に空っぽになったカーク・ディクソンのフィールドが物寂しい有様だ。

 

「まぁ、こんなところだ」

 

「大下さんはどうみますか?」

 

「質問を返して悪いが、キミの方はどうみるね?」

 

 下手人の正体がジークと知っていても、そのまま言葉にする訳にも行かない神崎はカモフラージュの為の手帳めくりの手を止めてそれとなく問うが、丸々打ち返された言葉に僅かに返答に詰まる。

 

「……シュレイダー社が怪しいかと」

 

――シモベの目撃情報から、ジークだと分かってはいるのだけれども。

 

 とはいえ、情報元を明かせない以上、結論ありきの答えをあたかも感覚派っぽく返すしかない神崎。こういうところが誤解の元である。

 

「だろうな。ペガサス・J・クロフォードがキミに疑念を抱いているようだが、恋人の恩人である事実がある限り、こういった強硬手段には踏み切らんだろう」

 

 その答えに満足気な表情を見せる大下は軽い調子で語る。

 

「万丈目グループの現当主もあの兄弟の手綱を握れぬ程には耄碌していまい――そしてミズガルズ王国のトップは無類のデュエル好きとくれば、こんな真似はしまい」

 

「では、その心は? 消去法という訳でもないのでしょう?」

 

「無論だとも」

 

 やがて空っぽのフィールドから魔法カード《晴天の霹靂》によって突如現れた2体目の《マシンナーズ・フォース》が《古代の機械巨人(アンティーク・ギアゴーレム)》へ逆襲のマシンナックルをぶっ放したタイミングで大下の手によりベンチの上に封筒が置かれた。

 

 

 その瞬間に神崎の手元がブレ、何時の間にやらその手元に収まっていた封筒の中身の資料をパラパラとめくれば――

 

「これは……ジーク・ロイドとレオン・ウィルソン名義の大会出場記録?」

 

「シュレイダー家の兄弟は偽名を使いお忍びで大会に参加する趣味があったようだ」

 

 神崎の言葉を肯定するように大下の注釈が入る。

 

「そして今回もまた何時ものように偽名でのエントリーを狙ったようだ……が、パラディウス社が直々に招待状を送ったお陰で無為に帰したがね。だが、キャンセル料とてタダではないだろうさ」

 

 神崎がダーツを演じ、パラディウス社名義で招待状を送ったゆえに行われていなかったと判断した裏工作の痕跡を大下は入手していた。

 

 とはいえ、これだけではサイバー攻撃との関連性を直接結びつけるには弱い。

 

「彼ら兄弟は傾く自社の絶好の売名チャンスを不意にしようとした――実に怪しいじゃないか」

 

 しかし、疑う材料としては申し分なかった。だが、此処で神崎はガクリと脱力するように力なく零す。

 

「初めから絞りこんでいたと……意地が悪いですね」

 

「なに、忌憚のないキミの意見を聞いておきたかったのだよ」

 

 大下は初めから「ジークが怪しい」と当たりを付けていたにも拘らず、神崎への報告の際に余分な情報を混ぜ込みつつ試すような真似をしたのだ。肩も落ちよう――当人はどこ吹く風だが。

 

「シュレイダー社は十中八九黒だろう。叩けば埃が出る筈だ――とはいえ、此方にもそれなりのリスクはあるがね」

 

「なら――」

 

 やがて神崎から一つの提案がなされる。とはいえ、その内容は――

 

 

 《マシンナーズ・フォース》の拳を墓地の罠カード《競闘-クロス・ディメンション》を除外することで大地を削りながらギリギリで耐え、膝をついた《古代の機械巨人(アンティーク・ギアゴーレム)》が残った力を振り絞って立ち上がる駆動音に掻き消され、大下以外には聞こえていない。

 

 

「――と、こういったものはどうでしょう? お願いできますか?」

 

「ふむ、それならば此方の被害は最小限に抑えられる……か。大岡の手回しが活きるな。私から伝えておこう――キミはどうするね?」

 

 神崎の願い出に顎に手を当て考える素振りを見せた大下はBIG5の《ジャッジマン》の人こと大岡へのコンタクトを予定に組み込み確認を取る。

 

 この策に対し、当人はどの立ち位置で動く気なのかと。

 

「私は……最後の悪足掻きの準備をしようかと」

 

 しかし、神崎から零れた「悪足掻き」とのフレーズに大下は呆れたように鼻を鳴らす。

 

「フッ、相変わらずの平和主義か。仮にもテロリズムの一線を越えた相手にする提案とも思えないがね」

 

「ですが、取返しの付かない一線はまだ越えていない。銭勘定でギリギリなんとかなる範囲です」

 

 大下が言外に「キミの悪い癖だ」と語るが、対する神崎はそのスタンスを崩すつもりはなかった。

 

 今の段階で終息することが出来れば、バトルシティのような取りこぼしは最小限に抑えられるだろうと。

 

「大団円を迎えられるのなら、其方の方がいいでしょう? では、これで」

 

 そんなガラでもない甘っちょろい理想論をうそぶいた後、神崎はこの場を後にする。

 

 最後にベンチ越しにすれ違ったその背を見送った大下はその背中が見えなくなった段階で小さく息を吐いた。

 

「賽は投げられた――と言った所か」

 

 そう何処か感慨深げな大下を余所に、眼前のデュエルは速攻魔法《星遺物を巡る戦い》によって一時的に除外から帰還した《マシンナーズ・フォース》と罠カード《死魂融合(ネクロ・フュージョン)》によって融合され、瓦礫を押しのけ転生した《古代の機械(アンティーク・ギア・)究極巨人(アルティメット・ゴーレム)》が再び殴り合う。

 

 

 

 それは今回の一件も、彼らのようにどちらかが倒れるまで終わらないのだと示している様にも思えた。

 

 

 

 

 

 

 

「…………下見は……済んだ」

 

 此処で舞台はKCに戻り、熱いおっさん推しの自伝映像をこれでもかと言う程に見せられたレインはらしからぬ程に重くなった足取りで帰路についていた。

 

 夕焼けに鳴くカラスの声がなんともいえぬ雰囲気を醸し出す。

 

 

 なにせ、当初の目的であったKCの歴史から内部情報を探る策はあまり芳しくなかったのだから。

 

 だが、収穫がなかった訳でもない。菓子類以外でレインが一番目を引いたのはツバインシュタイン博士の案内で足早に済ませた施設周りの見学の際に通った通路の一つ。

 

 

 その周辺施設の作りを鑑みて僅かに見えた立地の不自然さ。

 

 そして壁しかない筈の場所にて、肉眼では殆ど分からない程に僅かに擦り減った床――まるで定期的に誰かが壁の前で足踏みしたかのように見えた床への違和感。

 

 

「後は……あの人の……モーメントの反応が……手掛かりが、見つかれば……」

 

――みんな……一緒に……

 

 か細い希望の糸を掴んだレインが見定めるのはかつての光景。

 

 

 

 

 全ては自分たちの創造主たるZ-ONEの為に、レインは戦う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがてワールドグランプリの初日の行程が完全に終え、夜も更けた頃――管制室と思しきモニターが立ち並ぶ部屋にて、海馬は一人、モニターに向けて簡潔に告げる。

 

「俺だ。手を貸せ」

 

『それが人にものを頼む態度かな、瀬人?』

 

 そのモニターから音声のみが響き、呆れた様子を感じさせる声の主は乃亜。

 

 他の業務の合間だったとはいえ、自身が見つけられなかった代物を見つけてみせたBIG5の《機械軍曹》の人こと大田からの報告を受けた海馬の脳裏に真っ先に映ったのはジーク――ではなく、乃亜だった。入れ知恵したのだろうと。

 

 受話器越しにも分かる不遜な態度を見るに当たりのようだ。不慮の事故さえなければKCを継いでいたと評される乃亜ならば、この程度は当然のように熟すことは明白。

 

 だが、下手人への反撃に対して朗報がないとなれば、海馬とて現状を打破する手を打たねばならない。

 

 ゆえの「手を貸せ」との言葉だったが、乃亜の反応は芳しくなかった。しかし、海馬とて想定の範囲である。

 

「ふぅん、良いのか? このままKCを虚仮にされたままで――貴様も手を焼いているのだろう?」

 

『そのセリフ、そっくりそのまま返したいところだけど、確かにこのままじゃ面白くないね』

 

 現在、後手に回っている事実が、後れを取っている事実が、海馬と乃亜――水と油な二人を掛け合わせる。

 

『いいだろう。一時休戦と行こうじゃないか』

 

 それは犬猿の仲だった海馬義兄弟が轡を並べた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 此処で時間はグルッと巡り、ワールドグランプリ二日目。海馬ランドUSAにマイク越しの声が響く。

 

「さぁ、さぁ、さぁ! 本日もデュエル日和の晴天模様! なればワールドグランプリ二日目!! デュエリストたちだけではなく、私たちも負けじと! ドンドン盛り上げて行きましょー!!」

 

 

 

 そんな野坂ミホの放送をBGMにブルーアイズ像の前でポツンと立つ城之内へと駆け寄る人物からの声が響く。

 

「お兄ちゃーん!」

 

「よぉ、静香! 牛尾から聞いたぜ! 昨日の1回戦、惜しかったんだってな! 後、応援行けなくて悪い……」

 

「ううん、お兄ちゃんも試合があったんだからしょうがないよ。それに応援に行けなかったのは私も同じだから……」

 

 その声の主は城之内の妹、静香。初日は彼女も試合があった為、互いに応援に行くことが出来なかった二人だ。

 

 ゆえに二日目からは一緒に試合観戦しようとの話になり、待ち合わせしていたのである。

 

「…………あー、そうだな! なら、この話は止め止め! 北森――さんも静香のことありがとな!」

 

 そうして暗い話題を一蹴した城之内は静香を此処まで送り届けた北森に礼を言うが――

 

「い、いえ! このくらい、な、なんてことないです! ――あぁっ、もうこんな時間!? 早く会場に行かないと……! それでは静香さん、城之内さん、大会中は色々催しものがあるとのことなので、楽しんでいってください! で、では!」

 

 当の北森はアワアワと距離感に戸惑った後、慌ただしい様子で最後にペコリと一礼して足早に去って行った。

 

「おう! ――って、行っちまったな。なんか用事があったんなら悪いことしちまったかな……」

 

「確か、同僚のみどりさんの応援に行くって言ってたよ。私も一人で大丈夫って言ったんだけど、心配だからって送って貰えたの」

 

 その背を見送った城之内が、つい話し込んでしまった件を申し訳なさそうに後頭部をかくが、静香からの情報に首を傾げる。覚えのない名だと。

 

「みどり……さん? 同僚ってことはKCのヤツだよな?」

 

「うん、私の師匠の一人だよ、お兄ちゃん! とってもデュエルが強いの!」

 

「へー、そうなのか! なら、遊戯たちともその内デュエルするかもな! そん時は両方応援させて貰うぜ!」

 

 やがてそんな具合に静香とたわいのない話をしながら、遊戯たちの元へと歩を進める城之内。

 

 その談笑はレベッカの第一試合が始まっている光景をモニターで見つけ、大慌てするまで続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 かくして平和な様相を漂わせながら始まったワールドグランプリ二日目だが、その平穏を崩すように己の計画を押し進めるジークは弟であるレオンハルト――レオンの元に歩を進めていた。

 

 

「――ぐふぉあっ!?」

 

 だが、そんなジークに対し、少女漫画でよくありそうな曲がり角での接触事故が襲い掛かる。

 

 くの字に身体を曲げた後に己の持ち物を巻き散らしながら膝をつくジークに対し、声と共に手が差し伸べられた。

 

「おっと、大丈夫ですか? 躱しきれず申し訳ない……」

 

「気を付けたまえ――貴様は!!」

 

 ダメージが膝に来たのか咄嗟に立てないジークに申し訳なさそうに差し伸べられた手の持ち主は案の定、神崎。

 

 彼の身体能力ならこの程度の接触事故を躱すことなど造作もないことを考えれば、意図的にぶつかったであろうことは明白だ。

 

「これはシュレイダーさん、お久しぶりです。前日の試合は残念でしたね」

 

「黙れ! 貴様のような臆病者に労われてなるものか!」

 

 にも拘らず白々しくとぼけてみせる神崎だが、対するジークは嫌な顔を見たと差し出された手を振り払う。

 

 そんな辛辣な対応にたじろいで見せた神崎は代わりとばかりに接触事故の際に散らばったジークの薔薇やカードなどを拾っていくが――

 

「これはお手厳しい――これで全部……ですね。おや? このカード……テキストがおかしいですよ?」

 

 そうして拾い終えたジークの持ち物を手渡す際にあたかも偶然目に入ったかのように1枚のカードに話題を移す。

 

 それは黄金の城が描かれたカード。だが、そのテキスト欄にはあり得ない文字が見えた。

 

「グールズ騒ぎの影響で出回った偽造カードの回収もまだ完全には済んでおりませんし、こういった大会の際は気を付けないといけませんね」

 

「余計な世話だ!」

 

 ゆえにそのカードを「偽造カード」であり、なおかつ「偽物を掴まされた」と定義づけて忠告染みた言葉を混ぜた神崎だが、ジークは語気を荒げながら件のカード諸共ふんだくる。

 

「これは失礼。既にご存知のことでしたか」

 

「ふん! 悪いが先を急いでいるものでね。これで失礼させて貰おう!」

 

「少々お待ちください、シュレイダーさん。実は貴方に折り入ってお頼みしたいことがあるのですが……」

 

「……急になんだね?」

 

 訝しむジークに対し、神崎は努めて温和な様相を見せつつ本題をポツリと零す。

 

「止めにしませんか」

 

「一体なんの話かな?」

 

 だが、その発言は文字通り「どうとでも取れるもの」だ。ジークの瞳に警戒の色が宿る中、神崎は言葉を選んだ事実を隠すように笑顔で人差し指を立てて返す。

 

「このワールドグランプリで起きた騒動の件です」

 

「大会での情報開示の中にせせこましく小さく混ぜ込んだ件のことかね」

 

「人聞きの悪い――あれは色々と立て込んだゆえですよ。しかし、そんな小さな案件だというのによく覚えておられましたね」

 

 言外に「疑っている」と評する神崎だが、ジークは揺るがない。

 

――それで揺さぶりのつもりか? つくづく底の浅い男だ。

 

「なに、この失敗の許されない催しとくれば、そのような不祥事など海馬の影に隠れる臆病者ならば揉み消すと思っていただけに印象に残っただけだとも」

 

 内と外とで嘲笑を見せつつ、挑発的にジークは己が身の潔白を示して見せる。

 

「まるで犯人扱いするような真似は止して貰いたい。それとも私が下手人だとでも言う証拠でもあるのかね?」

 

――ある訳がない。ネットワークに私へと繋がる痕跡を残すようなヘマはしていないのだから。

 

 そう、ジークの語るように表に出てくるような証拠はないのだ。どれ程までに相手を下手人だと結論付けても、明確な証拠がなければ所詮、唯の言いがかりに過ぎない。

 

 

「……では仮定の話になりますが、このままでは双方ともただでは済みません」

 

 ゆえに方針を変えた神崎の姿をジークは内心で嘲笑う。

 

――やはりハッタリか。この程度で私の影を踏めると思っているのか? 愚かな。

 

 そんなジークの内の嘲笑を余所に神崎から提案されるのは――

 

「ですので、此処で手打ちといきませんか? 此方も相応のものをご用意します」

 

 停戦の申し出である。何処からか取り出した書類に並ぶ儲け話を土産に今回の事件を強引に終わらせたいのだろう。

 

「争わずに済む道があるのなら、穏便に済ませることが出来るなら、私は其方の道を選びたい」

 

「何を言うかと思えば、馬鹿馬鹿しい――仮に私が下手人ならば、そんな腰抜けの理屈でなびきはしないがね」

 

 しかし、続いた神崎の提案はジークの言う様に「馬鹿馬鹿しい」限りだ。

 

 ハッキリ言って悪手以外のなにものでもないだろう。テロに対し、要求を呑むという行為がどんな意味を持つかなど論ずるに値しないまでに明確である。

 

「どうか、お願いします」

 

 しかし愚かなままに深々と頭を下げた神崎に返すジークの言葉など一つしかない。

 

「くだらない――時間の無駄だったな」

 

 ゆえにそんな失笑交じりの言葉と共にこの場を足早に去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうしてジークがいなくなった後、下げた頭をゆっくりと上げた神崎は困ったように小さく息を吐く。

 

「…………無理だったか」

 

――海馬社長以外は基本眼中にない人だからな……とはいえ、彼の計画は万が一にでも成功されるとデュエルモンスターズが根底から瓦解しかねない可能性もある。

 

 この一手を打った当人も実を結ぶ可能性は低いと考えていた為か、あまり堪えた様子はない。

 

 そもそも、いくら海馬が擁するKCに勤めているとはいえ、大した接点もない神崎が頭を下げたところでジークが止まる筈もない。

 

 ジークを止めたいのならば、海馬が「お前の勝ちだ、ジーク――どうか慈悲をくれ」と頭を下げるくらいしないと無理だろう。つまりは実質不可能だ。

 

 

――仕方がない。やれるだけのことはやっておこう。

 

 ゆえに失敗は失敗だと、切り替えた神崎は携帯電話片手に番号をプッシュ。

 

 

「あっ、大下さんですか? はい、例の件なんですが――――はい、予定の変更は――ええ、特になく――」

 

 頼れるKCの幹部メンバー、BIG5に連絡を入れたかと思えば――

 

「お久しぶりです、万丈目様。今回お電話させて頂いたのは念の為にお耳に入れておきたいことが――」

 

 返す刀で新たな番号をプッシュし、電話越しにペコペコと頭を下げる神崎。

 

「ご無沙汰しております、ガラム様――――あの会合の件でしたら、ご安心を。穏便にことは終えましたので――全くです。まさかかのドーマに目を付けられるとは思っても―――いえ、今回は少々お騒がせしてしまうかもしれないと、ご連絡させて――」

 

 そしてまた別の番号へと連絡をかけ、またも平謝り。

 

「ご――――これは……アナシス様も変わらずご健在のようでなによ――――」

 

 電話をかける度に謝っている神崎の謝罪ロードは止まらない。

 

「ようやく繋がりました。実は少々―――――」

 

 そうして代わる代わる様々な相手に謝り倒す神崎。次なる一手の全容は窺えないが、どうやら大人の絆パワーで立ち向かう――訳ではなさそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神崎のザルな追及を余裕を持って回避したジークは第二試合の前にデッキを確認していた弟レオンの背に声をかける。

 

「レオンハルト」

 

「あっ、兄さん!」

 

 尊敬する兄の姿にデッキに向けていた視線を上げ、嬉しそうに駆け寄るレオンの頭をジークはそっと撫でながら語る。

 

「よく初戦を突破したな、レオンハルト……信じていたよ。流石我がシュレイダー家の一員だ――父上と母上も喜んでいる」

 

「父さんと母さんが!?」

 

「勿論だとも。そして次なる戦いに赴くお前に、この兄からのプレゼントだ」

 

「ボクの為に……ありがとう、兄さん!」

 

 やがてジークから手渡された黄金の城が描かれた1枚のカードを大事そうに受け取ったレオンは優秀な兄と家族から期待されている事実に高揚感を覚えつつ、カードに視線を落とす。

 

「こんなカード見たことない……」

 

「お前の為に手に入れたのだよ――レオンハルト、そのカードを引いた時は遠慮なく使うのだ。きっと勝利の女神がお前に微笑むことだろう」

 

「はい!」

 

 みたこともない珍しいカードであれば、入手に多大な労力がかかるだろうことはレオンにも分かる。

 

 ゆえにそこまでしてくれた兄の贈り物をデッキに入れない選択肢はレオンにはなかった。

 

「ボク、兄さんの分まで頑張るよ!」

 

「お前の勝利を信じているよ」

 

 そうして兄の期待を背に、会場へと駆けて行ったレオンと、それを見送ったジーク。

 

 

 

 そんなレオンを会場で待ち受ける対戦相手はレベッカ。観客席の表の遊戯の姿に大きく手を振った後、レベッカはレオンに対峙する。

 

「やる気十分って感じね!」

 

「はい、今日は負けられない理由が一つ増えました!」

 

 一見するだけで、気力に満ち溢れたレオンのコンディションはバッチリであろうことは明白。だが――

 

「負けられないのは私も同じよ!」

 

 対するレベッカも大切な人たちの前で情けないデュエルは見せられない。

 

「 「 デュエル!! 」 」

 

 そうして二人の天才児の闘志が揺るがぬままに、戦いの火蓋は落とされた。

 

 

 

 

 だが、そんな光景を眺めるジークはほくそ笑む。

 

「対戦相手はアメリカが生んだ天才少女――現デュエルキングに比べ、ネームバリューは遥かに劣るが、仕方あるまい」

 

 何故なら、ジークのKC転覆を成す為の究極の一手は既に放たれた。

 

「フフフ、デュエルの勝敗などどうでもいい。最後に私が勝利者となりさえすれば、何の問題もない」

 

 もはやジークが何もせずとも、砂の城が崩れるが如く、破壊の流れは止まることはない。

 

「ククク、ハハハッ! 見ているがいい、海馬! キミの築き上げてきたものが崩れる瞬間を!!」

 

 そう、全ては己が掌の上だと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――其方の捜査局へ情報提供したくお電話させて頂きました――――はい、その事件です。お伝えしたいのは――――」

 






もしもしポリスメン?



Q:原作では決勝――というか、KCグランプリに優勝して遊戯とデュエルすることになってからジークはレオンにカードを渡していたのに、何故このタイミングになったの?

A:今作ではジーク自身が大会序盤で敗北したので、レオンが最後まで勝ち抜けるとは信じ切れなかったゆえに、早めに仕掛けました。神崎とのやり取りのせいで1回戦は逃しましたが。


BIG5の《深海の戦士》の人こと大下が観戦していた――
~今作のカーク・ディクソンのデッキ~
彼の切り札たる《マシンナーズ・フォース》を呼び出すことに全力を賭したデッキ。

合体前マシンナーズの属性・種族・レベルが揃っているので魔法カード《同胞の絆》で強引に並べて、次のターンで合体だ! えっ? 次のターンまで生き残れない?

でも大丈夫! みんな大好き永続魔法《未来融合-フューチャー・フュージョン》からの《キメラテック・オーバー・ドラゴン》チラ見せを交えて一式墓地に揃えてしまえば

《ファントム・オブ・カオス》さんのお力で《マシンナーズ・フォース》の名称をコピー!

生き残った《督戦官コヴィントン》の効果で
からの~分離! からの再合体!! 《リミッター解除》の自壊回避に再分離! からの再々合体! からのエンド時に爆散する《督戦官コヴィントン》!

巨大ロボの合体・分離シークエンスは最高に熱いぜ!

えっ? 《督戦官コヴィントン》すら生き残らねぇよ、って?

でも大丈夫! そんな状況ならが魔法カード《青天の霹靂》の発動条件を満たせるぞ! これで召喚条件無視して《マシンナーズ・フォース》が降☆臨!

相手のエンド時にデッキに戻るのデメリットも速攻魔法《星遺物を巡る戦い》で一時的に除外して踏み倒すんだ!

さぁ、今こそ究極嫁すら超えた4600ポイントの脅威の攻撃力を叩きつけてやれ!!( ´∀`)bグッ!

でもライフ4000環境だと《マシンナーズ・フォース》の攻撃時のライフコスト1000が辛い……(´;ω;`)ブワッ


ちなみに――
クロノス先生のデッキはかなり普通の「古代の機械(アンティーク・ギア)」なので割愛。積極的に融合していく軸なのが特徴といえば特徴。


巨大ロボのぶつかり合いは最高だぜ!( ´∀`)bグッ!




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第173話 カードテキストはしっかり確認しよう



前回のあらすじ
マ シ ン ナ ッ コ ォ !!




 

 

 会場のボルテージの高まりと共に開始されたデュエルの先攻はレベッカ。

 

「私の先攻、ドロー! 魔法カード《手札抹殺》を発動! 互いは手札を全て捨て、その分、新しくドローよ!」

 

「ですが、この瞬間! 墓地に送られた2枚の《エレクトリック・スネーク》の効果を発動させて貰います! このカードは相手の効果によって墓地に送られた時、ボクはデッキからカードを2枚ドローできる!」

 

 引いたカードで早速とばかりに手札交換+墓地肥やしを行うが、レオンの手札から緑のコブラが2匹その腕に巻き付き、デッキから2枚ずつ――計4枚のカードを咥えて引き抜いた。

 

 これでレオンの初期手札は9枚と増加。してやられたと僅かに険しい顔を見せるレベッカだが、すぐに表情を戻して手札の1枚のカードをかざす。

 

「なら、私は墓地の闇属性と光属性モンスターの数が同じ時! その片方を全て除外して、このカードを特殊召喚するわ!」

 

 すると、墓地から光と闇の球体がそれぞれ浮かび上がり――

 

「墓地の闇属性モンスター、《クリッター》と《マジック・リサイクラー》を除外して現れなさい! 混沌の闇を受けし騎士! 《カオス・ソルジャー -宵闇(よいやみ)の使者-》!!」

 

 その内の闇の球体が弾けたと共に、影より浮かび上がるのは縦に黒と白の半分に分かれた鎧を纏った混沌の剣士が佇む。

 

《カオス・ソルジャー -宵闇(よいやみ)の使者-》 攻撃表示

星8 闇属性 戦士族

攻3000 守2500

 

「そして闇属性モンスターを除外して、特殊召喚された宵闇の使者はバトルを放棄することで、相手の手札の1枚を相手のエンドフェイズまで除外するわ!」

 

 やがてその剣士が左手の白き盾を下げ、右手の黒き剣を一振りすることで放たれた斬撃がレオンの手札の1枚を打ち抜いた。

 

「最後にモンスターをセットしてターンエンドよ!」

 

 最序盤に表の遊戯から託されたカードを呼び出せたことに満足気なレベッカがターンを終えたが、盤面自体は高火力のモンスター1体と、セットモンスターが1体並ぶだけの少々抑え目な布陣。

 

――このカードが除外されると、うーん、

 

「なら、ボクのターン! ドロー!」

 

 だが、レオンは自身の手札が一時的に除外された事実に予定が狂ったと、考えを巡らせながらカードを引く。

 

「ボクはメインフェイズ開始時に魔法カード《強欲で金満な壺》を発動! エクストラデッキのカードを6枚裏側で除外して、デッキから2枚ドロー!」

 

 そうして引いた二つの欲深い顔が浮かぶ装飾がゴテゴテした壺が砕ける中、引いたカードに対し、嬉し気な表情を見せた。

 

「良し! 永続魔法《王家の神殿》を発動! これでボクは1ターンに1度、罠カードをセットしたターンに発動できるようになります!」

 

 やがて発動される黄金作りの神殿が大地からせり上がる中、現れるのは――

 

「カードをセット! そして魔法カード《死者蘇生》を発動! このカードで墓地から《鉄のハンス》を復活させます!」

 

 立派な髭を携えたボサボサのくせ毛を伸ばす木こりが自慢の斧をホームラン予告するかのように前方へと向けた。

 

《鉄のハンス》 攻撃表示

星4 地属性 戦士族

攻1200 守 800

 

「《鉄のハンス》の効果発動! このカードが召喚・特殊召喚に成功した場合、デッキから《鉄の騎士》を1体特殊召喚できる! 来い、《鉄の騎士》!」

 

 そんな《鉄のハンス》の背後から馬の蹄の音を響けば、黒毛の立派な馬がその背を飛び越し、フィールドにて足を止める。

 

 その馬の背には細身の突撃槍を持った銀に鈍く光る鋼鉄の鎧を纏う騎士の姿が見られた。

 

《鉄の騎士》 攻撃表示

星4 地属性 戦士族

攻1700 守 700

攻 700

 

「攻撃力が下がった?」

 

「《鉄の騎士》は《鉄のハンス》と一緒にいるとき、攻撃力が下がっちゃうんです」

 

 しかし、《鉄のハンス》の姿を視界に収めた途端、主君に道を譲るように下がる《鉄の騎士》。

 

「でも下がった攻撃力も――速攻魔法《地獄の暴走召喚》を発動! 特殊召喚された攻撃力1500以下の同名モンスターをデッキ・手札・墓地から可能な限り特殊召喚!」

 

 そして《鉄のハンス》を鼓舞するように細身の突撃槍を天に構え、友軍となる兵を呼ぶ。

 

 だが、その行為は敵兵にすら作用してしまう。しかし、今回は少々事情が異なった。

 

「代わりにレベッカさんは自分のフィールドのモンスター1体と同名モンスターが呼べますが――」

 

「私の宵闇の騎士は自身の効果でしか特殊召喚できないモンスターだから、呼べない……まぁ、私のデッキには1枚しかないカードだから、どのみち呼び出せないけどね」

 

 レベッカが最後に軽く肩をすくめながら語ったように《カオス・ソルジャー -宵闇(よいやみ)の使者-》は特定の条件を満たさなければ呼び出すことの出来ないカードだ。

 

「これでボクのフィールドに新たな《鉄の騎士》2体が増援に駆け付けます!」

 

 そんなレベッカの隙をついたレオンの一手によって《鉄のハンス》の背後に新たに2体の《鉄の騎士》が立ち並ぶ。

 

《鉄の騎士》×2 攻撃表示

星4 地属性 戦士族

攻1700 守 700

攻 700

 

 しかし、それらの攻撃力は僅か700。レベッカの布陣を崩すには至らない。

 

「4体のモンスターが……だとしても、そのままじゃ攻撃力が足りないわ!」

 

「でもこのカードで《鉄の騎士》たちの力は解放される! 手札から永続魔法《鉄の檻》を発動! ボクのフィールドのモンスター1体を――《鉄のハンス》を墓地に送る!」

 

 そんな中、突如として空から落ちた鉄檻が《鉄のハンス》を閉じ込める。

 

「これで《鉄の騎士》たちは本来の力を発揮できる! さらにセットしたカードを永続魔法《王家の神殿》の効果で発動させます! 永続罠《アクアの合唱》を発動!」

 

 そうして主君が檻の中で待機する姿を確認した《鉄の騎士》たちはその意を汲み、馬を前進させ――

 

「これでフィールドに同名モンスターがいるモンスターのステータスは500アップです!」

 

 三体の《鉄の騎士》が揃って細見の突撃槍を前方の《カオス・ソルジャー -宵闇(よいやみ)の使者-》に向けて構えた。

 

《鉄の騎士》×3 攻撃表示

星4 地属性 戦士族

攻 700 守 700

攻1700

攻2200 守1200

 

「まだです! ボクはまだ通常召喚を行ってません! 《シンデレラ》を召喚!」

 

 その武骨な騎士たちを警戒しながらチラチラ見つつ、歩み出るのは度重なる修繕の跡が見える古着を着た女性。

 

 そんな女性の元に何処からか箒に乗って飛んできた魔女の老婆が杖を一振りすれば、女性の衣服が青と白を基調にしたドレスに早変わり、

 

《シンデレラ》 攻撃表示

星4 光属性 天使族

攻 300 守 600

 

「そして《シンデレラ》の召喚に成功したことで、デッキから《カボチャの馬車》を特殊召喚!」

 

 さらに魔女の老婆が杖を振れば、足代わりと二頭の白馬が引くカボチャ風の馬車が用意され――

 

《カボチャの 馬車》 守備表示

星3 地属性 植物族

攻 0 守 300

 

「最後に手札から装備魔法《ガラスの靴》を《シンデレラ》に装備! これで天使族の《シンデレラ》の攻撃力は1000アップ!」

 

 締めにガラス仕立ての美しい靴もサービスした魔女の老婆は一仕事終えたとばかりに箒の力で空へと消えていった。

 

《シンデレラ》

攻 300 → 攻1300

 

「バトルです! 《シンデレラ》は《カボチャの馬車》がいるとき、相手にダイレクトアタックできる!」

 

 そうして老婆の魔女のごり押しでパワーアップした《シンデレラ》が「明日天気になれ」とばかりにガラスの靴をレベッカに向けてララランとクルリと回った後に投擲。

 

「うっ!?」

 

レベッカLP:4000 → 2700

 

 砕けた《ガラスの靴》の破片がレベッカに中々のダメージを与えた。

 

「でも、残りのモンスターじゃ私のカオス・ソルジャーを突破できないわ!」

 

「このままならそうですね――ダイレクトアタックで《シンデレラ》がダメージを与えた時、自身に装備された《ガラスの靴》を他のモンスターに装備させることが出来ます!」

 

 だが、砕けた《ガラスの靴》の破片が風に流されるように周囲を舞い――

 

「ボクはカオス・ソルジャーに装備魔法《ガラスの靴》を装備! そして天使族以外のモンスターが《ガラスの靴》を装備すると攻撃力が1000下がります!」

 

 《カオス・ソルジャー -宵闇(よいやみ)の使者-》の足元を覆い、甲冑の一部が《ガラスの靴》に置き換わる。

 

 そうしてガラス越しに《カオス・ソルジャー -宵闇(よいやみ)の使者-》の鍛え抜かれた素足が見える中、当人は不快そうに足を地面に振り下ろすが、ガツンガツンという音だけが響くだけで《ガラスの靴》はヒビ一つ入らない。

 

 完全に呪いのアイテムのソレだ。

 

《シンデレラ》

攻1300 → 攻 300

 

《カオス・ソルジャー -宵闇(よいやみ)の使者-》

攻3000 → 攻2000

 

「行けぇ! 《鉄の騎士》! カオス・ソルジャーに突撃!」

 

 そうして思わぬ呪いの装備品に戸惑う《カオス・ソルジャー -宵闇(よいやみ)の使者-》に《鉄の騎士》の1体の突撃槍が馬の加速を得て迫る。

 

 

 そんな中、剣を構えようとする《カオス・ソルジャー -宵闇(よいやみ)の使者-》だが、その足は《ガラスの靴》の力によって縫い付けられたように動かず、その隙をつかれアッサリと突撃槍に貫かれた。

 

「ダーリンのカードが!?」

 

レベッカLP:2700 → 2500

 

「そして装備モンスターが破壊されることで装備魔法《ガラスの靴》が墓地に送られた場合、このカードはボクのフィールドの《シンデレラ》の元に戻る!」

 

 やがて所有者を失ったことで砕け散った《ガラスの靴》が、破片のまま宙を舞い、《シンデレラ》の足元に集まって行く。

 

「魔法使いの魔法はまだ解けません!」

 

 そうして再び足元に収まった《ガラスの靴》の輝きをウットリと眺める《シンデレラ》。この光景を見る限り、魔法ではなく、呪いの間違いではなかろうか。

 

《シンデレラ》

攻 300 → 攻1300

 

「2体目の《鉄の騎士》で最後のセットモンスターを攻撃! 3体目の《鉄の騎士》のダイレクトアタック!」

 

 やがて脅威であった《カオス・ソルジャー -宵闇(よいやみ)の使者-》を排したことで道が開けたと残りの2体目の《鉄の騎士》がレベッカの最後のセットモンスターを馬の蹄で叩き潰し、

 

 3体目の《鉄の騎士》の突撃槍がレベッカを貫かんと迫る。

 

「そうはさせないわ! リバースした《魔導雑貨商人》の効果でデッキの上から魔法・罠カードが出るまでカードを墓地に送る!」

 

 だが、その瞬間に、馬に踏み潰されていた赤いズボンの紫の昆虫の荷物が宙を舞った。

 

《魔導雑貨商人》 裏側守備表示 → 守備表示

星1 光属性 昆虫族

攻 200 守 700

 

 とはいえ、《魔導雑貨商人》自体はそのままピクリとも動かず息絶えた様子。

 

「私は魔法カード《貪欲な壺》を手札に!」

 

「でも3体目の《鉄の騎士》のダイレクトアタックは止まらない!」

 

 ゆえにレベッカが手札に《貪欲な壺》を加えようとも、迫る《鉄の騎士》の突撃槍は止まらない。

 

「止めて見せるわ! 墓地の《タスケルトン》の効果発動! このカードを除外して攻撃を1度だけ無効にする! お願い!」

 

 だが、その槍が貫いたのはつぶらな瞳の黒毛の小さな豚。さらに豚の骨が足元に転がり、それを見た馬が驚きてんやわんやの大騒ぎの後、逃げるようにレオンの元へと急いで戻って行った。

 

「やりますね! ならボクは墓地の《ADチェンジャー》を除外して効果発動! ボクの《シンデレラ》を守備表示にする!」

 

 あと一息のところで攻撃を防がれたレオンは楽し気に笑みを浮かべながらバトルを終え、墓地の学ランを纏う小さな応援団長に旗を振らせて指示を出し、それに応えた《シンデレラ》は腕を交差し、膝をつく。

 

《シンデレラ》

攻撃表示 → 守備表示

 

「そしてカードを1枚セットしてターンエンド! このエンド時にカオス・ソルジャーの効果で除外されていたボクのカードが手札に戻ります!」

 

 最後にセットカードを添えてターンを終えたレオンのフィールドには5体のモンスターが立ち並ぶ。それに反し、レベッカのフィールドにはカードは0――劣勢だ。

 

「まだまだデュエルは始まったばかり! そう簡単に終わってたまるもんですか! 私のターン、ドロー! スタンバイフェイズに墓地の《堕天使マリー》の効果で私はライフを200回復!」

 

 しかし、その状況にも堪えた様子のないレベッカに、白いケープとピンクのワンピースを着た真っ黒な肌を持つ悪魔の漆黒の翼から祝福の光が送られる。

 

レベッカLP:2500 → 2700

 

「さらに墓地に送られた《アーク・ブレイブ・ドラゴン》の効果も発動よ! 墓地のレベル7、8のドラゴン族モンスターを復活させるわ! 墓地より蘇るのよ! 《ダーク・ホルス・ドラゴン》!!」

 

 そんな光が一段と強まった後、炎噴き出す中で飛翔するのは黒き大鷲の如きドラゴン。空を舞い、口から気炎代わりの炎を猛らせる姿にレオンの《鉄の騎士》たちは身構えた。

 

《ダーク・ホルス・ドラゴン》 攻撃表示

星8 闇属性 ドラゴン族

攻3000 守1800

 

「そして《裏風の精霊》を召喚! 召喚時にデッキからリバースモンスター1体を手札に加えるわ! 2枚目の《魔導雑貨商人》を手札に!」

 

 次に一陣の風と共にフワリとフィールドに降り立つのは葉っぱをイメージさせる髪飾りとスカートを長い緑の髪と共に揺らす妖精が並び、

 

《裏風の精霊》 攻撃表示

星4 風属性 天使族

攻1800 守 900

 

「次はこの子よ! 私の手札の光と闇属性モンスターを墓地に送ることで、墓地のこのカードは復活するわ!」

 

 更にレベッカの手札から光と闇が渦を巻いて飛び立ち――

 

「手札の光属性《魔導雑貨商人》と闇属性《ネクロ・ガードナー》の力を得て、蘇りなさい! 《ライトパルサー・ドラゴン》!!」

 

 青い身体を白い鎧のような甲殻で覆ったドラゴンとなって、フィールドにて翼を広げ、胸の中心のコアと思しき部分を輝かせながら天へといなないた。

 

《ライトパルサー・ドラゴン》 攻撃表示

星6 光属性 ドラゴン族

攻2500 守1500

 

 だが、レオンの連続召喚に対抗するようなレベッカの動きは止まらない。

 

「更に墓地の風属性、《裏風の精霊》と闇属性、《クリッター》を除外して、このカードを手札から特殊召喚するわ! カモン!  《ダーク・シムルグ》!!」

 

 黒い風が地面を砕きながら立ち上り、黒き翼を広げる黒き怪鳥が灰の尾を揺らしながら空を舞う。

 

《ダーク・シムルグ》 攻撃表示

星7 闇属性 鳥獣族

攻2700 守1000

 

「この子がいる限り、貴方はカードをセットできなくなるわ!」

 

 その羽ばたきによって舞い散る羽がレオンのフィールドに呪いを授ける中――

 

「最後に墓地の《馬頭鬼》を除外して、墓地のアンデット族のモンスター1体を復活させるわ! 私が選ぶのはこの子!」

 

 レベッカの背後の影からニュルリと何者かが蠢く。

 

「私のマイフェイバリット! 《シャドウ・グール》ちゃん!! そしてこの子は墓地のモンスターの、仲間の数だけ攻撃力が100ポイントアップ!」

 

 それは勿論、4本の足を持つ緑の異形の不死者たる《シャドウ・グール》が左右の手の爪を拳法家のように構えながら、顔中にズラリと並ぶ複眼でレオンを射抜く。

 

《シャドウ・グール》 攻撃表示

星5 闇属性 アンデット族

攻1600 守1300

攻4000

 

「攻撃力4000!?」

 

 その圧倒的な攻撃力に驚きを見せるレオン。だが、攻撃力だけでなく、モンスターの数も5体と互いに並んだ。

 

「バトル!! 《シャドウ・グール》と《ダーク・ホルス・ドラゴン》で2体の《鉄の騎士》を攻撃! ティアーズ・オブ・ファイアー!」

 

 《ダーク・ホルス・ドラゴン》が空から炎を吐き、その炎によって生じた影に潜り込んだ《シャドウ・グール》の爪が迫り――

 

「ぐぅうううッ!?」

 

 そうして炎によって2体の《鉄の騎士》の鋼鉄の鎧がドロドロに溶け、脆くなった鎧が《シャドウ・グール》の爪で一刀の元に切り伏せられる中、その斬撃によって逆巻いた炎がレオンの身を襲う。

 

レオンLP:4000 → 2200 → 1400

 

「くっ……でも《鉄の騎士》は戦闘で破壊された時、デッキから《鉄のハンス》を手札に加えることが出来ます……!」

 

「だとしても、同名モンスターがいなくなったことで永続魔法《アクアの合唱》の強化は途切れるわ!」

 

 1体の《鉄のハンス》を手札に加えたレオンの横で同胞の末路に3体目の《鉄の騎士》も奮起しようと突撃槍を構えるが、その切っ先は恐怖からか精彩を欠いていた。

 

《鉄の騎士》

攻2200 守1200

攻1700 守 700

 

「そして《ダーク・シムルグ》で最後の《鉄の騎士》を! 《ライトパルサー・ドラゴン》で《シンデレラ》を! 《裏風の精霊》で《カボチャの馬車》を攻撃よ!!」

 

 やがて残ったレオンの3体のモンスターに向けて、妖精とドラゴン、怪鳥の三者三様の息吹が黒き炎の竜巻となって、レオンのフィールドに吹き荒れる。

 

 その暴風の前には《シンデレラ》を守るように立ちはだかった《鉄の騎士》も、《シンデレラ》を乗せた《カボチャの馬車》諸共吹き飛ばしていった。

 

「うわぁッ!?」

 

レオンLP:1400 → 400

 

 

「どんなもんよ! これで私はターンエンドよ!」

 

 その余波の突風に腕で顔を覆ったレオンに確かな手応えを感じつつレベッカはターンを終える。

 

 総勢5体のモンスターからなる逆転劇にフィールドを丸裸にされてしまったレオンだが、その目に陰りはない。

 

「そのエンド時にボクは罠カード《貪欲な瓶》を発動します! 墓地の5枚のカードをデッキに戻し、1枚ドロー!」

 

 ゴテゴテと装飾品で作られた顔が浮かぶ壺を砕きながら、次なる一手の下準備とし、引いたカードに小さく笑みを見せた。

 

――《鉄の騎士》を戻したってことは、また《鉄のハンス》とのコンボを狙ってる?でも肝心の《鉄のハンス》は墓地に残したままだし……

 

 

 そんなレオンの折れぬハートに警戒心を募らせるレベッカだが――

 

「ボクのターン、ドロー! そしてこのスタンバイフェイズに永続魔法《鉄の檻》のもう一つの効果を発動! このカードを破壊し、発動時に墓地に送ったモンスターを復活させます!」

 

 レオンのフィールドの鉄檻が砕けた衝撃にその意識を引き戻す。

 

「《鉄の檻》を砕き、舞い戻れ! 《鉄のハンス》!!」

 

 そうして鉄檻を蹴り砕いた《鉄のハンス》が斧片手にズシンズシンと歩を進めれば――

 

《鉄のハンス》 攻撃表示

星4 地属性 戦士族

攻1200 守 800

 

「再び《鉄のハンス》の効果発動! デッキから《鉄の騎士》を特殊召喚! そして再び速攻魔法《地獄の暴走召喚》を発動!!」

 

「くっ……《鉄の騎士》は3体に増えるけど、私のフィールドは既にモンスターで埋まってる……!」

 

 速攻魔法のコンボにより、《鉄のハンス》に付き従う《鉄の騎士》たちがズラリと隊列を組んだ。

 

 更に複数体揃ったことで永続罠《アクアの合唱》の恩恵も享受する。

 

《鉄の騎士》×3 攻撃表示

星4 地属性 戦士族

攻1700 守 700

攻 700

攻1200 守1200

 

「でも前のターンみたいに《鉄の騎士》の攻撃力を戻したって、私の布陣を突破することはできないわ!」

 

「確かにそうですね……でも、メインフェイズ開始時に2枚目の魔法カード《強欲で金満な壺》を発動! エクストラデッキのカードを6枚除外し、2枚ドロー!」

 

 しかし3体揃おうとも、レベッカの語るように敵陣を崩す決定打にはならない。それはレオンも承知の上だ――ゆえに金色の欲深き顔が浮かぶ壺を砕きながら、逆転の一手を引き込む。

 

――此処で罠カード《あまのじゃくの呪い》を引いて、墓地のカードで《アクアの合唱》を除ければ……!

 

 レオンの胸中の声が示すように、ステータスアップとダウンを入れ替える《あまのじゃくの呪い》があれば、3体の《鉄の騎士》の攻撃力は2700まで上昇し、レベッカのフェイバリットである《シャドウ・グール》も無力化が可能だ。

 

 さすれば、盤面を覆すことは容易。やがてデッキを信じ、カードを引き抜いたレオンの眼に映ったのは――

 

――こ、このカードは!?

 

 レオンの望んだカードではない1枚。だが、絶好の1枚でもある。

 

 

「よくこの場面で引き当てた。運命はお前に味方しているようだな」

 

 そんなレオンの姿に対して何時の間にやら、その背後から少し離れた個所に陣取っていたジークが声援を送る。その声は()()()()()()()()()()()()

 

「兄さん!」

 

「レオンハルト――今こそ、そのカードを使う時だ。誰も私たちの勝利を阻むことは出来ない」

 

 尊敬する兄の言葉と、託されたカードがピンチを助けるべく手元に来た事実に喜色を見せるレオンはジークの声に従い1枚のカードを発動した。発動してしまった。

 

「…………はい、兄さん!! ボクはフィールド魔法《シュトロームベルクの金の城》を発動!!」

 

 やがてフィールドを塗り替えるようにその名の通りの宮殿を思わせる「金の城」がレオンの背後に立ち並ぶ。

 

 その輝きは見る者を引き付け、魅了する妖しき美しさを放っていた。

 

 

 

 だが、そのカードに対し、観客席の双六は隣のアーサーへと目くばせさせながら思わず零す。

 

「アーサー、あのカードは……」

 

「ああ、まさかあのカードがこんな所でお目にかかれるとは……」

 

「あのカードがどうかしたんですか?」

 

 ()()()()()()()()()自分たちと、杏子の疑問の声に気にした様子もなく、アーサーは双六へと小さく頷いた後に語りだす。

 

「ペガサス会長の作ったカードの中には量産化されず、世界に1枚しか存在しない幻のレアカードがいくつかあるんだ」

 

「4枚しかない海馬のブルーアイズみたいなもんか?」

 

「うむ、何年か前に何処かの大会の優勝賞品として出されたことがあるものでの!」

 

 本田の声に双六もまた「珍しいものを見た」とどこか興奮した様子だ。

 

「勿論量産化されていないとはいえ、実際のデュエルでも使用できる一品でね」

 

「さらにペガサス会長直筆のレアカードとあってコレクターの間では喉から手が出る程欲しい幻のカードの一つなんじゃ」

 

「いやはや、まさか実際にデュエルで使われる場面に立ち会えるとは……コレクター冥利に尽きるね」

 

 そうしてアーサーと双六からなされた周囲によく響く説明に他の観客たちも、そんな珍しいカードを間近に見ることが叶った事実に感嘆の声を漏らしていく。

 

 

 

 そんな周囲の反応から、尊敬するジークに認められたような感覚を受けたレオンは先程以上に気力に満ちた顔で宣言した。

 

「兄さんがボクの為に手に入れてくれたカードで貴方に勝ちます! フィールド魔法《シュトロームベルクの金の城》がある時、《鉄のハンス》の真の力が解放される!!」

 

「真の力?」

 

「フィールドの《鉄の騎士》の数×1000ポイント、《鉄のハンス》の攻撃力がアップ!!」

 

 やがて黄金の城の魔力によって奮起した《鉄の騎士》たちの力から注がれたことで《鉄の騎士》の身体から生命力が溢れ、その肉体をパンプアップさせていく。

 

 服がはち切れんばかりに筋肉が増大したと同時に、その手の斧も担い手に合わせるように身の丈を超える程に巨大化した。

 

《鉄のハンス》

攻1200 → → 攻4200

 

 

「《シャドウ・グール》の攻撃力を超えた!?」

 

「まだです! フィールド魔法《シュトロームベルクの金の城》の効果発動! 通常召喚権を放棄することで、デッキから《シュトロームベルクの金の城》のカード名が記されたモンスター1体を特殊召喚します!」

 

 観客の御伽の焦ったような声を余所にレオンが天に手をかざし、それに呼応するように《シュトロームベルクの金の城》が妖しき光を放てば――

 

「現れよ、深淵覗きし、いにしえの魔女! 《ヘクサ・トルーデ》!」

 

 肩と胸元の開いたVネックのドレスを纏った藍の長髪の女性が現れ、血のように赤いドレスを揺らす。

 

《ヘクサ・トルーデ》 攻撃表示

星8 闇属性 魔法使い族

攻2600 守2100

 

「《ヘクサ・トルーデ》の効果! フィールド魔法《シュトロームベルクの金の城》が存在するとき、1ターンに1度フィールドのカード1枚を破壊し、2回攻撃が可能になります!」

 

 《ヘクサ・トルーデ》の涙のように彩られた文様が目元にある瞳がレベッカのフィールドの1体の僕を見定め――

 

「ボクが破壊するのは――《シャドウ・グール》! デスティニー・クラッシュ!!」

 

 その掌から放たれた光が《シャドウ・グール》を木端微塵に吹き飛ばした。その身体は溶けるように影へと消えていく。

 

「《シャドウ・グール》ちゃん!」

 

「まだです! ボクは2枚目の永続魔法《鉄の檻》を発動!」

 

 レベッカの悲痛な声を余所にレオンは手を緩めることなく次なる一手を繰り出す。

 

「このタイミングで自分のモンスターを減らすの?」

 

 最初のレオンのターンにて効果が判明した既知のカードゆえにプレイングに疑問を持つレベッカだが――

 

「今回はちょっと違いますよ――フィールド魔法《シュトロームベルクの金の城》がある時、永続魔法《鉄の檻》は相手のモンスターを墓地に送ることが出来る!!」

 

「なんですって!?」

 

「ボクは《ダーク・シムルグ》を墓地に送る! これでボクのセット封じは解かれた!」

 

 その《鉄の檻》は、今度はレオンのモンスターではなく、レベッカの《ダーク・シムルグ》を空から大地に叩き落とし、檻の中に封じ込めた。

 

 思ったよりも狭くて居心地が悪いのかジタバタと暴れる《ダーク・シムルグ》。だが、檻は壊れる気配を見せない。

 

「でもタダじゃ通さないわ! 相手が魔法カードを発動したことで《ダーク・ホルス・ドラゴン》の効果発動! 墓地のレベル4の闇属性モンスターを特殊召喚する!」

 

 しかし、そんな《ダーク・シムルグ》がいた場所に《ダーク・ホルス・ドラゴン》が口から火の玉を落とせば――

 

「私が呼び出すのはこの子! レベル4! 《黒き森のウィッチ》!!」

 

 先程まで自分がいた場所に我が物顔で座る黒きローブを纏う三つ目の魔女――《黒き森のウィッチ》の姿にあんぐりと大口を開ける檻の中の《ダーク・シムルグ》。

 

《黒き森のウィッチ》 守備表示

星4 闇属性 魔法使い族

攻1100 守1200

 

 モンスターを減らされようとも、すぐさま補充したレベッカの姿にレオンは臆することなく、突き進む。

 

「ならバトルです! 《鉄のハンス》で《裏風の精霊》を攻撃!」

 

「不味いぜ! この一斉攻撃が通ればレベッカのヤツのライフが!?」

 

 ムッキムキになった《鉄の騎士》が斧を振り上げながら、少女の外見をした妖精に迫る犯罪チックな光景に観客席の城之内が焦った声を漏らした。

 

 その声の示す様に攻撃力4200の《鉄のハンス》の一撃に対し、《裏風の精霊》の攻撃力は1800――これを受ければ、レベッカの残りライフ2700は風前の灯と化し、その後続く《ヘクサ・トルーデ》の連続攻撃も加味すれば後がない。

 

「そうはさせないわ! 墓地の《SR(スピードロイド)三つ目のダイス》を除外し、効果発動! その攻撃を無効にする!」

 

 だが、《鉄のハンス》の巨大な斧を受け止めたのは《裏風の精霊》ではなく、三角錐のサイコロ――《SR(スピードロイド)三つ目のダイス》に斧を振り下ろし、綺麗にパカッとサイコロが割れた姿に満足気な様相で帰って行った。

 

「なら《ヘクサ・トルーデ》で《ライトパルサー・ドラゴン》を攻撃です!」

 

 しかし、続く《ヘクサ・トルーデ》の腰だめにした両の掌から放たれた光の波動に弾き飛ばされる《ライトパルサー・ドラゴン》が地面を転がり目を回す。

 

「くっ……!」

 

レベッカLP:2700 → 2600

 

「そして《ヘクサ・トルーデ》がバトルでモンスターを破壊した時、ボクのフィールドのモンスター1体の攻撃力を400アップさせ――犬?」

 

 だが、高まるテンションのままに追撃を放とうとする《ヘクサ・トルーデ》の足元に三つ首の小型の犬がギョロギョロと飛び出た目を不気味な様相で動かした後、その足に噛みついた。

 

 その痛みに飛び上がり、悲鳴を上げながら霧のように消えていく《ヘクサ・トルーデ》。

 

「うわっ!? どうして!?」

 

「墓地のモンスター、《ペロペロケルペロス》の効果よ! 私がダメージを受けた時、墓地のこのカードを除外してフィールドのカード1枚を破壊するわ!」

 

「そのカードの効果でボクの《ヘクサ・トルーデ》を……」

 

「そう言うこと! そして除外した2枚目の《ペロペロケルペロス》の効果でフィールド魔法《シュトロームベルクの金の城》を破壊するわ!」

 

 効果の説明を受け、現状の理解を示したレオンに対し、レベッカはすぐさま二の矢を放つ。

 

 そして2匹目の《ペロペロケルぺロス》が巨大な建造物である《シュトロームベルクの金の城》に噛みついた。

 

「――しまった!?」

 

 だが、レオンの焦ったような声を余所にガキンという音が響き、《ペロペロケルペロス》はレベッカの方に一瞬ばかり顔を向ける。

 

 やがて、もう1度トライするかのように《シュトロームベルクの金の城》に噛みつくが、「やっぱり無理だ」とレベッカの方を恨めしそうにみながら《ペロペロケルペロス》は明後日の方向へと駆けて行った。

 

「……弾いた?」

 

「くっ、そのフィールド魔法には破壊耐性があったのね……!」

 

 破壊を免れた現実に不思議そうな顔を向けるレオンと対照的に、レベッカは悔し気な声を漏らす。破壊耐性があるのなら、別のカードを狙うべきだったと。

 

 

 

 しかし、此処で観客席の双六の()()()()()()()()()()不審気な声が漏れた。

 

「むむ? フィールド魔法《シュトロームベルクの金の城》にそんな効果はなかった筈じゃが……」

 

「双六、キミもそう思うか。私たちが覚えている限り、強力なカードではあったが、反面デメリットも大きかった筈……」

 

 アーサーも含め、コレクターである自分たちが把握している効果との相違に、「記憶違いだったか」と頭を捻る老人組。

 

 

 だが、その答えは他ならぬジークが()()()()()()()()()()()()()()()声で明かした。

 

「無駄だよ。《シュトロームベルクの金の城》は如何なる効果を以てしてでもフィールドから離れることはない!」

 

「如何なる効果もじゃと? 馬鹿な! あのカードのテキストにそんな効果はなかった筈じゃ!」

 

「まさかテキストデータを書き換えたのか!?」

 

 しかし、語られた内容は「ありえない一文」。ゆえに驚きの声を上げる双六と、すぐさま一つの可能性に思い至るアーサー。

 

「兄さん……『テキストデータを書き換えた』って、本当なの?」

 

 そんな中、次々と浮上する情報に、最も困惑しているであるレオンの声が響く。やがて自身の兄に対して、縋るように問いかけるが――

 

「レオンハルト、勝つためには手段を選ぶな! どんなことをしても勝利を手にすることこそ重要なのだ。それがシュレイダー家の為! きっと母上もお喜びになる!」

 

「お母様が……?」

 

 その答えは少年にとって信じたくない現実となって重くのしかかる。だが、知らぬままに犯罪行為の片棒を担がされていたレオンの反応は要領を得ない。

 

「その通りだ! このフィールド魔法《シュトロームベルクの金の城》の発動をスイッチとし! その瞬間、KCのメインコンピューターに仕掛けたウィルスプログラムが全てを侵食していく」

 

 ゆえにジークは権力闘争とは無縁だった不出来な弟に分からせるように言い放つ。

 

「KCではなく、我がシュレイダー社が頂点を取るのだ! それこそが我がシュレイダー家の宿願!」

 

 それを成す為に、全てお膳立てしたのだと。やがてそう言い切ったジークは檀上に立つ海馬へと指差し、嘲笑った。

 

「存分に眺めるがいい、海馬! キミの築き上げてきたものが崩れる瞬間を!!」

 

 もはや賽は投げられたのだと、KCの破滅の運命は確定したのだと。

 

 

 それはジークにとって、まさに勝利宣言に等しい宣言だった。

 

 

 

 

 

 

 

「……どうやらネズミが入り込んだようだな」

 

 そんな中、海馬の隣で、自身の腕を眺めながらそうポツリと零すダーツの姿が印象的だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところ変わって、シュレイダー家にて――

 

「さぁて、もう見てお分かりかと思いますが……令状です――この意味、分かりますよねぇ?」

 

 門を無縁慮に開き、玄関口で1枚の紙きれを得意気に見せるのはBIG5の《ジャッジマン》の人こと大岡。

 

 そんな大岡のドヤ顔を間近で見せられたジークの父、シュレイダー家の現当主の顔は怒りで赤く染まって行く。

 

「なんだ、お前たち! 此処を何処だと思って――」

 

「――では、皆さん、お願いしますよぉ」

 

 だが、そんなシュレイダー家の当主の声など耳を貸す気もないとばかりに大岡の宣言で背後に控えていた大量の捜査局の人間たちは殺到するようにシュレイダー家に押し寄せていった。

 

 

 そんな俗にいう「ガサ入れ」こと家宅捜索の現場を眺める牛尾はポツリと零す。

 

「つーか、なんで一介のKC社員の俺がこんなとこに同行してるんすか?」

 

 ワールドグランプリの初日に北森のデッキ破壊戦術によりデッキを爆殺されて敗退した牛尾が急遽ギースから呼び出しを受け、あれやこれやと流された結果の現在だった。

 

 そんな「俺は何処に向かっているんだ」な牛尾に大会の参加権利すら得られなかったギースが牛尾の肩を軽く叩きながら返す。

 

「我々の立場はあくまで捜査協力者だ。それにシュレイダー社の方はアメルダに任せてある――お前はそう気負う必要はない」

 

「いや、そういう意味じゃないんすけど……」

 

 だが、牛尾の脱力しきったような声を余所に建物内部から顔を覗かせる《サクリファイス》のハンドサインを目視したギースはすぐさま顔を引き締める。

 

「牛尾、あのメイドを追え、私は老執事の方を追う」

 

「へーい」

 

 やがて間延びするような牛尾の返事と共に2人は二階の窓からシュレイダー家にお邪魔していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 いい加減に目を覚ませ、ジーク――キミの実家+会社がポリスメンの侵攻を受けているぞ。

 

 

 






遊星! これがスピードの極致! アクセル手続きだ!




~今作でのレオンのデッキ~

原作での《シュトロームベルクの金の城》が「世界に一枚しかないカード」という扱いから

普段は《シュトロームベルクの金の城》がない『シュトロームベルクの金の城』とでも呼ぶべきデッキ。

《鉄のハンス》からの《鉄の騎士》のリクルート、そして《地獄の暴走召喚》での展開がメインウェポン。

そうして展開した《鉄の騎士》を永続罠《アクアの合唱》や罠カード《あまのじゃくの呪い》で強化して攻撃していく。《あまのじゃくの呪い》は彼が原作で使用した《おかしの家》とも相性が良い点もグッド。

《シンデレラ》一式+《ヘクサ・トルーデ》+《怪鳥グライフ》は添えるだけ(目そらし)


――だが、やはり核となる《シュトロームベルクの金の城》がないと全体的にパワー不足感が否めない。


ちなみに――
それらの童話シリーズはペガサスがレオンの声を聞き、作ったとされているが、「量産していない」との話も出ていない為、今作では非常に珍しいが流通している設定。

というか、原作でもレオンが《鉄の騎士》をデュエル中に複数体展開していたので、そう考えるのが自然と判断しました。
(「ペガサスが各種カードを3枚ずつ用意した」もしくは「《鉄の騎士》だけ3枚用意した」とすると少々不自然ですし)


レベッカのデッキ紹介は次回。
まぁ、分かり易い構築なんですけどね(目そらし)



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第174話 魂の灯火



前回のあらすじ
国 家 権 力 ナ ッ コ ォ !!





 

 

「ぐふふふふ! いいですねぇ、いいですねぇ! こうも明け透けに公表するとは予想外でしたが、それはそれで良い絵になる!」

 

 試合会場にて、海馬との(一方的な)因縁を語るジークをモニター越しに眺めるBIG5の《ペンギン・ナイトメア》の人こと大瀧は海馬ランドUSAの情報を管理するモニタールームにて下卑た笑い声を漏らしながら、悦に入っていた。

 

「さぁさぁさぁ! 海馬ランドUSAの各地のモニターだけではなく、文字通り全世界に! この一大ニュースをお伝えし続けなさい! デュエルを穢す不届きものに『正ェ義』の鉄槌をくだすのです! ぐふふふ……!」

 

 とはいえ、部下に檄を飛ばしているように仕事の方もきっちり熟している。

 

 大瀧の役目は「偽造カードが使用された場合、その件とジークの関連性を大々的に広めること」――これにより相手を「明確な犯罪者」と定義することで各種機関への手続きをスムーズに行う手筈だった。

 

 状況如何ではアトラクションへのハッキングの件にも触れる予定ではあったが、思った以上にジークが現在進行形でアレコレ暴露してくれている為、大瀧の手腕もへったくれもない。

 

 そんな相手の愚行だが、大瀧とて一応ジークが此処まで明け透けなスタンスを示す意図は理解できる。

 

「大方、自社の力を誇示する為の捨て身の戦法でしょうが、少々はしゃぎ過ぎましたなぁ」

 

 KCのソリッドビジョンシステムが破壊されれば、諸々の罪状でジークが捕まったとしても、「KCを完全に手玉に取った力」を欲する人間は星の数ほどいる事実は無視できない。

 

 誰だって、我がとんでもなく強い海馬よりも、我の強さがまだマシな方で、なおかつ明確な手綱(犯罪歴)のついたジークの方が利用しやすかろう。

 

「ウィルスプログラムに手が出せずとも、計画の全容さえ掴んでしまえば、取れる手は幾らでもあるというもの――ぐふふ」

 

 しかし全ては皮算用。とある事情ゆえにもの凄く早い段階でジークの計画の全容が発覚したゆえに、怒涛の勢いでジークへのハシゴというハシゴが外されまくっている以上、論ずる意味すらない仮定だ。

 

 

 仮に上述に示したように「KCのソリッドビジョンシステムがおじゃんになった」としても、既に「家族の今後の安否」という首輪を獲得した以上、ジークに選択肢はないに等しい。

 

 ゆえにジークが他を頼った段階で――――いや、これ以上は止そう。

 

「ですが、そろそろ悪を挫くヒーローたちの姿をお送りしないといけませんねぇ!」

 

 どのみち意味のない仮定だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 此処で舞台は大会会場のドームにて戻り、ジークから語られたサイバーテロの情報にざわつき始める観客。

 

 詳しい状況は理解できずとも、ソリッドビジョンシステムの一大事な程度は分かる為、今後のデュエルがどうなってしまうのかと不安気な様子。

 

「直ぐにアンチウィルスプログラムを作動させろ!」

 

 だが、海馬の社員への一喝がそんな喧噪を吹き飛ばした。なんだかんだで自信に溢れる存在感のある人間の所作は良くも悪くも大衆に大きく影響を与える。

 

 

 

 

 そうして希望の象徴がデザインされていく一方で、知らぬまま引き金を引いてしまったレオンは呆然自失な様相で零す。

 

「そんな……テキストデータの書き換えだなんて……」

 

「さぁ、レオンハルト! 今こそシュレイダー家の力を示す時だ!」

 

 そんな彼の背に実の兄の煽り、鼓舞するような声が聞こえるが――

 

「ジーク!」

 

「遊戯さん……?」

 

「王様の遊戯……!」

 

「これ以上、デュエルを! デュエリストの魂を! 穢すような真似は止せ!!」

 

 観客席からデュエル場に駆け下り、表の遊戯から人格交代した闇遊戯の声が響いた。

 

 そう「もうこんなことは止めろ」との意味を含んだ発言だったが、ジークはそれを鼻で嘲笑ってみせる。

 

「デュエリストの魂だと? そんなものが何になる! デュエルなどと言っても所詮は児戯に過ぎん!」

 

「お前には分からないのか!  このトーナメントを闘ってきたデュエリストたち! 此処に集まってくれた人たち! 世界中のデュエルを愛する人々! そしてお前の為に闘おうとしていたレオンの心も! その全ての思いを穢したんだ!」

 

 未だ態度を変えぬジークに闇遊戯は熱く胸の内を明かすが、肝心要の相手の心には響かない。

 

「何を言うかと思えば……ヒーロー気取りか? 青いことだ」

 

 そう肩をすくめてみせるジークだったが、そんな彼に対してレオンが縋るように問う。

 

「兄さん、本当はボクを信じて……なかったの? だからこんな細工をしたの?」

 

「勝利をより確実なものにする為だ。お前は私の期待に充分応えているよ」

 

 しかし、弟の言葉に込められた本質の部分に気付かぬままジークは優し気な声を漏らした。

 

「チッ、くだらん真似を……」

 

――ウィルスの侵食の抑制は問題ない。今すぐソリッドビジョンシステムに深刻な影響は出んだろう。だが、肝心の完全除去には、ある条件は満たしておきたい……だが、あの小娘にそれが出来るか?

 

 そんな兄弟のやり取りを余所に小さく舌を打った海馬は、事前の準備が功を奏した現在の状況を加味し、此処から被害を最小限に抑える為の手に頭を回すが――

 

――そして……何故、この期に及んでパラディウス社は動かない。

 

 その一点が海馬には唯々不可解だった。

 

 ペガサスの場合は、今現在別の会場にいる為、モニター越しに情報を知るであろう当人のアクションは管制室辺りが纏めていることを考えれば、この場に届かないことは理解できる。

 

 だが、海馬と同じように「レオンVSレベッカ」の対戦カードを観戦しているパラディウス社の総帥ダーツが、喧嘩を売られたに等しい状況で未だ何一つ動こうとしない姿が酷く不自然だった。

 

 

 やがてダーツへと一瞬視線を向けた海馬の瞳に映る不敵な笑みを浮かべる男の姿に再度舌を打つ。

 

 

「ククク、海馬、私にはキミの考えていることが手に取るように分かる――ゆえに断言しよう! 既に手遅れだと!」

 

 そんな思考に埋没する海馬にジークの得意気な声が届いた。もはや此処から挽回する方法など存在しないと。

 

「KCの全てのプログラムが凄まじいスピードで侵食されていく。このデュエルが終わる時、海馬――キミが創り上げたデュエルモンスターズのデータも全て失われるのだ!」

 

――フフフ、パラディウス社が動く筈もない。こうも不手際を打った相手に手を差し伸べるものか。

 

 ジークからすればパラディウス社は「善悪関係なく力ある存在」を欲していると考えるゆえに、方法はどうあれ「シュレイダー社が完全にKCを手玉に取った事実」を排斥するよりも、手を取った方が旨味は多いと――そう判断するだろうと。

 

 そうしてパラディウス社の手を取れるのならば、罪状の一つや二つ、ジークにとっては必要経費でしかない。

 

 

「ごめんなさい、兄さん……やっぱりボクは兄さんには従えない」

 

 だが、此処でジークの思惑を裏切る形でレオンが動いた。

 

 人一倍デュエルを愛する心を持ち、敬意を以てデュエルモンスターズに接してきた彼にとって、兄であるジークの計画はとうてい許容できるものではなかった。

 

「ボクはデュエルモンスターズが大好きだ。それを失うくらいならボクは、ボクの手で……」

 

 ゆえにデュエルディスクにセットされた自身のデッキの上に手を置き、投了を意味する行為「サレンダー」をしようとするレオンだが――

 

「無駄だ、レオンハルト! お前がサレンダーしたところで一度発動したウィルスは止まらない。お前は私に従う他ないのだよ」

 

 ジークの声がそれを遮る。既にジークの目的は達成されている以上、デュエルの勝敗など意味はない。

 

 しかし、シュレイダー社の力を見せつける意味でも、そして海馬の屈辱に歪むであろう顔を見る為にも、ジークとしては意味などなくともデュエルを続けて貰いたい思惑があるのもまた事実。

 

「だが、唯一つ侵食を止める方法がなくはない。それはフィールド魔法《シュトロームベルクの金の城》をデュエルの中で破壊すること!」

 

 ゆえに僅かばかりの可能性を示唆する。これでデュエリストお得意の「デュエリストの誇り」がある限り、デュエルの舞台からは降りはしないだろうとの確信がジークにはあった。

 

「そんな……あのカードにはあらゆる効果が効かないのに!?」

 

「どうやったってウィルスは止められないって言ってるのと同じじゃないか!」

 

 そうして杏子と御伽がほぼ実現不可能な事実を周囲の観客の声を代弁するかのように叫ぶが――

 

 

「ふぅん、安心しろ! そんな小細工を弄さずとも、アンチプログラムが全てを終わらせる!」

 

 絶対的な自負を感じさせる海馬の声がその弱音を断ち切った。

 

「フッ、どうかな? 現に今も《シュトロームベルクの金の城》はこうして発動している!それが何を意味するか分からない訳でもあるまい!」

 

 しかし、ジークもまた負けじと鼻を鳴らし、甘い見通しだと嗤う。

 

――頃合い……といったところですかね。

 

 そんな両者の眼から火花散る光景にダーツの中の人はそんな胸中の声と共にパチンと指を鳴らした。

 

「取り押さえろ」

 

「GUHEHE」

 

「くっ――だとしても、ウィルスは止まらない! 最後に笑うのは私だ!」

 

 そうして何処からともなく現れた係員に扮したオレイカルコスソルジャーの数体がジークの勝利宣言など気にした様子もなく取り押さえていく、

 

 やがてオレイカルコスソルジャーたちがジークを会場の端に追いやったことを確認したダーツはスッと立ち上がり、一台のカメラへと視線を向け――

 

「この段階で、主催者側の判断により、このデュエルの決着が如何なるものであってもレオンハルト・フォン・シュレイダーを失格処分とする」

 

 そう宣言した。だが、語られたのはそれだけであり、現在問題にされているウィルスプログラムについては触れる様子もなく踵を返そうとするダーツを海馬は呼び止める。

 

「……このまま続けさせる気か?」

 

「無論、このデュエルを即刻打ち切ることも可能だが――どうかな?」

 

 そんな試すような海馬のセリフにダーツは小さく笑みを浮かべた後、眼下で向かい合う2人のデュエリストへと声を落とした。決めるのは彼らだと。

 

 

「勿論、デュエルを続けるわ!」

 

 だが、レベッカが返す言葉など、それ一つしかない。

 

「そんな、どうして!?」

 

 レオンの戸惑うような声が響く。無理もない――カードテキストの書き換えがなされたことで、もはやまともなデュエルが望める状況ではないのだ。

 

「何故ですって? そんなの決まってるわ! デュエリストはどんな時でもデュエルから背を向けないのよ!」

 

――ダーリンだったら絶対に此処で背を向けるようなことはしないもの!

 

 しかし、当のレベッカはその内と外で「だからこそ戦うのだ」と返す。デュエリストの真価が問われるのは苦境に立った時こそ――デュエルは楽しいことばかりではない。

 

「それに『フィールドを離れない』だけのフィールド魔法で如何にかできるとは思わないでね!」

 

 ゆえに最後にやせ我慢のように小さくウィンクしながらレベッカはフィールドに手をかざす。

 

 すると《ヘクサ・トルーデ》の攻撃に倒れた《ライトパルサー・ドラゴン》の身体が光と共に輝き空へと昇り――

 

「私は破壊された《ライトパルサー・ドラゴン》の効果発動! 墓地のレベル5以上の闇属性ドラゴン族モンスター1体を復活させるわ! 来なさい! 2体目の《ダーク・ホルス・ドラゴン》!!」

 

 空ではじけた黒き炎から大鷲の特徴を持った2体目の黒きドラゴンが翼を広げた。その《ダーク・ホルス・ドラゴン》が2体並んだことで、レオンの発動した永続罠《アクアの合唱》の効果を受け、その力を高めていく。

 

《ダーク・ホルス・ドラゴン》 攻撃表示

星8 闇属性 ドラゴン族

攻3000 守1800

攻3500 守2300

 

「さぁ、まだ貴方のターンよ!」

 

 そう相手のターンを促すレベッカのフィールドには2体の《ダーク・ホルス・ドラゴン》に加え、《裏風の精霊》と《黒き森のウィッチ》の計4体が並び、

 

 対するレオンのフィールドは《鉄のハンス》と、それに付き従う3体の《鉄の騎士》に加え、永続魔法《王家の神殿》と《鉄の檻》、そして永続罠《アクアの合唱》、そして件のフィールド魔法《シュトロームベルクの金の城》が立ち並ぶ。

 

 

 互いの盤面は凡そ拮抗しつつあるが、レオンの心はレベッカ程に前を向けていなかった。

 

「ボクは……ボクは、カードを1枚セットしてターンエンドです……」

 

 やがて折れそうになる心を余所に、なんとかセットカードを1枚伏せてレオンはターンを終える。やはりその姿に覇気は見られない。

 

「私のターン、ドロー! スタンバイフェイズに墓地の《堕天使マリー》の効果で私のライフを200ポイント回復!」

 

 そうして覇気の消えたレオンとは対照的に闘志を漲らせるレベッカがカードを引いた直ぐ後に白いワンピースの黒き堕天使から木漏れ日のような光が舞い、レベッカのライフを少しばかり潤した。

 

レベッカLP:2600 → 2800

 

「そして墓地の2体目の《馬頭鬼》を除外して効果発動! 墓地のアンデット族が復活よ! 戻ってきて! 《シャドウ・グール》ちゃん!! そして自身の効果でパワーアップ!!」

 

 そんなレベッカの窮地を救うべく再び影から爪を掲げながら飛び出す四脚の影の化け物が不気味な声を上げながら、幾重にも連なる赤い複眼でレオンを射抜く。

 

《シャドウ・グール》 攻撃表示

星5 闇属性 アンデット族

攻1600 守1300

攻3800

 

「バトル! 《ダーク・ホルス・ドラゴン》で《鉄の騎士》を攻撃! 《鉄の騎士》が減れば、《鉄のハンス》の攻撃力も下がるわ!」

 

 やがて《ダーク・ホルス・ドラゴン》のクチバシから迸る炎のブレスが波のように放出され、《鉄の騎士》の1体を焼き尽くさんと迫った。

 

 だが、その炎は《シュトロームベルクの金の城》の輝きの前に上空へと巻き上げられ、炎の大鷲となって《ダーク・ホルス・ドラゴン》の元へと弾き返され、己を焼く結果を生む。

 

レベッカLP:2800 → 1050

 

「どうして!?」

 

 己が炎に焼かれ、大地に落ちていく《ダーク・ホルス・ドラゴン》の姿に驚愕の声を漏らすレベッカにレオンは全てを諦めた表情で返す。

 

「……フィールド魔法《シュトロームベルクの金の城》には攻撃してきた相手モンスターを破壊し、その攻撃力の半分のダメージを与える効果があるんです……」

 

 これが《シュトロームベルクの金の城》のもう一つの効果。相手のあらゆる攻撃を跳ね返す力。その絶対防御の前ではあらゆる攻撃によるバトルダメージはまず届かない。

 

 さらにはジークのカードテキスト書き換えによって「決してフィールドを離れない」力を付与されたゆえに除去することも叶わないまさに鉄壁の城塞。

 

「もう……止めましょう。ボクたちがこれ以上デュエルしたって、なにも変えられない……」

 

 それゆえにレオンは全てを諦めた様相で俯きポツリとそう零す。

 

 実の弟であるレオンには兄であるジークの手腕は誰よりも理解しているゆえに確信があった。恐らく《シュトロームベルクの金の城》が破壊される隙など残していない筈だと。

 

「そんなことないわ! どんな困難でも、デュエルで道を切り開くのがデュエリストよ!」

 

 だが、レベッカはそんなレオンの言を一蹴する。彼女は常に見てきた。

 

 愛する人が、頼れる祖父が、いけ好かない社長が、デュエルで道を切り開いてきた姿を。

 

「私は魔法カード《貪欲な壺》を発動! 私の墓地のモンスター5体をデッキに戻し、2枚ドローよ!」

 

 逆転を懸けたドローに望みをかけ、欲深い顔が浮かぶ壺がベロリと舌を伸ばし、レベッカの墓地の《紅蓮魔獣 ダ・イーザ》を含めた5枚のカードを取り込みガタガタと《貪欲な壺》が揺れた後に砕け、2枚のカードがレベッカの手元に舞い込み――

 

「――来たっ! 私は今引いた永続魔法《魂吸収》を発動して、《ビッグバンガール》を召喚!」

 

 キーカードを引き切ったレベッカが永続魔法の発動と共に召喚したのは朱色のマントに橙のローブを纏った白みがかった灰のウェーブのかかった長髪を持つ女性。

 

《ビッグバンガール》 攻撃表示

星4 炎属性 炎族

攻1300 守1500

 

「そして墓地の《ADチェンジャー》を除外して効果発動! 《ビッグバンガール》を守備表示に変更するわ!」

 

 その《ビッグバンガール》は墓地から飛び出した2本の旗の誘導に従い、片膝をついて両腕を交差させ、守備姿勢を取った。

 

《ビッグバンガール》

攻撃表示 → 守備表示

 

「……? なにがしてぇんだ?」

 

「いいぞ、レベッカ! これなら!」

 

 態々表示形式を変更しただけのプレイングに疑問を持つ本田に対し、レベッカの考えを読み取ったアーサーは見出した光明に握りこぶしを作った。そう、レベッカの狙いは――

 

「此処で永続魔法《魂吸収》の効果発動! 除外されたカード1枚につき私は500のライフを回復! そして私のライフが回復したことで《ビッグバンガール》の効果発動!」

 

レベッカLP:1050 → 1550

 

 《ビッグバンガール》が木の杖をかざせば、先端の水色の水晶から炎の球体が浮かび上がる

 

「相手に500ポイントのダメージを与えるわ! これでフィニッシュよ!!」

 

「上手い! 幾ら戦闘で無敵の効果を持っていても、効果ダメージなら防ぎようがない!」

 

 御伽の声が説明するように効果ダメージによるバーン。フィールド魔法《シュトロームベルクの金の城》の効果で攻撃によるダメージが与えられないのなら、他の方法でダメージを与えれば良い。

 

「うぉっしゃー! いけぇっー! レベッカぁー!」

 

 やがて城之内の気合の籠った声援を背に《ビッグバンガール》の杖から放たれた炎の球が立ち並ぶレオンのモンスターの頭上を通り抜け、《シュトロームベルクの金の城》の結界も越えてレオンに直撃。

 

 

 このデュエルの最後としては何ともあっけのない幕引きとなった、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レオンLP:400 → 3400 → 2900

 

 かに思えたが、レオンのライフは未だ健在。

 

「どうして!?」

 

「ボクは永続罠《女神の加護》を発動しました……これでボクのライフは3000回復します……」

 

 そんな現実に思わず漏らした杏子の声に応えるようにレオンが視線を俯けたまま返す。その背には身を纏うドレスと同じ緑の長髪をたなびかせる女神が杖から癒しの波動を放っていた。

 

「……隙が無いの」

 

 やがて女神の姿が消えていく中、双六はポツリとそう呟く。

 

 双六には《シュトロームベルクの金の城》の効果を前にレベッカがどう動くかを読み切り、恐らく最初のターンで引いていた守りの一手を仕込んでいたレオンの読みの深さが垣間見える。

 

 デュエルを愛し、敬意を払うレオンの姿は双六にとっても、多くのデュエリストにとっても好ましいものである筈だというのに、こんな騒動に巻き込まれてしまったレオンの姿が双六には唯々不憫だった。

 

「もう……止めましょう。このウィルスだって、KCやI2社の人たちが何とかしてくれる筈です……ボクたちに出来ることなんて……」

 

 だが、そのデュエルへの強い想いがレオンを苦悩させる。

 

 事態の悪化を避ける為にも、余計なことはするべきではないと――他ならぬ自身が「余計なこと」を成したゆえの現在があるゆえにレオンは顔を俯かせたままだ。

 

「なら、どうしてリバースカードを発動させたの? 何も変えられないなら、このデュエルの勝敗だってどうでもいい筈よ」

 

「それは……」

 

 しかし、レベッカの言葉にレオンは思わず顔を上げる。

 

 全てを諦めたのなら、リバースカードを発動させる意味どころか、前のターンにカードを伏せる必要すらない。

 

 何もしないまま敗北することだって出来た。

 

 自ら負けに行くことだって出来た。

 

 

 だが、レオンは「それ」をしなかった。出来なかった。

 

 

「貴方は最後まで戦うことを選んだ。何もしないなんて許せなかったのよ」

 

 

 何故なら、彼は――

 

 

「他ならぬ貴方自身のデュエリストの魂が!!」

 

 デュエリストなのだから。

 

 

「私はこれでターンエンドよ!」

 

 そう語り終え、ターンを終えたレベッカの姿にレオンの瞳は前を向き、今己と戦っているデュエリストの姿を映す。彼女の瞳には一点の曇りもなかった。

 

「ボクの……デュエリストの魂……」

 

 自分の口から思わず零れた呟きがレオンの心に波紋のように広がって行く。

 

「なにが魂だ! 耳を貸すなレオン! すでにウィルスは止められない! 奴らが何をしようとも無駄だ!」

 

「ッ! ボ、ボクのターン、ドロー……このスタンバイフェイズにフィールド魔法《シュトロームベルクの金の城》の維持コストとして、ボクのデッキの上から10枚のカードを除外します」

 

 だが、耳に響いた拘束されているジークの声にハッとしたレオンは一先ずの効果処理として、《シュトロームベルクの金の城》の維持コストを払うべく、デッキに手をかけた。

 

「……あれ? 除外できない……?」

 

 しかし、レオンがデッキに手をかけた段階でアラートが鳴り、代わりに《シュトロームベルクの金の城》から漏れ出た輝きがレベッカのデッキトップに渦巻いていく。

 

「えっ? 私のデッキが……?」

 

「ハハハ! 《シュトロームベルクの金の城》の維持コストは相手プレイヤーが支払わねばならないのだよ!」

 

「くっ……! でもカードが10枚除外されたことで永続魔法《魂吸収》の効果でその枚数×500のライフを回復! そしてライフが回復したことで《ビッグバンガール》の効果でダメージを与えるわ!」

 

 そんな二人の疑問を氷解させるジークの叫びを余所に、一先ずはその除外を利用し、《ビッグバンガール》から放たれた火の球がレオンを襲うが――

 

レベッカLP:1550 → 6550

 

レオンLP:2900 → 2400

 

 ライフ差を離せようとも、今後は「レベッカの残りデッキ」という問題が浮上する。

 

 ただでさえ、デッキのカードを多量に墓地に送るレベッカのデュエルスタイルゆえに減りがちなデッキから毎ターン10枚裏側表示で除外するとなれば、デッキ切れまで秒読みだろう。

 

 思わぬ制限時間をかせられたレベッカの姿に、双六と闇遊戯はジークへと厳しい視線を向ける。

 

「カードテキストをそこまで書き換えておったとは……」

 

「何処までデュエリストの魂を汚せば気が済むんだ!!」

 

 本来自身が払うべき維持コストを無条件で相手プレイヤーに押し付けるという「コストの概念」を無視した有様に怒りを見せる二人の姿をジークは鼻で嗤う。

 

「くだらないな! 誇りなど勝利の前では霞む程度のものでしかない! さぁ、レオンハルト! シュレイダー家の栄光は間近だ!」

 

 ジークからすれば、この勝負など所詮は児戯に、デモンストレーションに過ぎない。彼からすれば「ウィルスの起動」という目的は既に達成済みなのだ。ゆえにこのデュエルの勝敗など「レオンが勝った方が気分が良い」程度の意味しかない。

 

 

「ボクは……」

 

 だが、デュエルの手が止まったレオンは動く様子がない。そんなレオンに更なる発破をかけようとするジークよりも、咄嗟に声をかけようとした闇遊戯よりも先に檀上のダーツの声が落ちた。

 

「どうした、レオンハルト・フォン・シュレイダー。キミのターンだが?」

 

「ボクは……ボクは……」

 

 そんな主催者の1人の声にレオンは思わず目じりに涙を浮かべながら目線を上げ、絞り出したかのような震える声で問う。

 

「デュエルしていいんですか……?」

 

 今回の騒動の引き金を引いてしまったのはレオンだ。

 

 さらにこの事件の発端は彼の過失によるものも少なからず存在する。

 

 何故なら、彼がキチンとカードテキストを確認していれば防げた事態なのだから。

 

 その事実がある限り、知らなかったでは済まされない。

 

 尊敬する兄の言葉を盲目的に受け取り、兄であるジークの凶行を止める機会を見過ごしてしまった事実もまたレオンの中で重くのしかかる。

 

 ゆえにデュエルが大好きなレオンは、つい自他に問うてしまう――「そんな己がデュエルをして良いのだろうか」と。

 

 

 

 その問いに返す言葉もまた一つだった。

 

「構わないとも」

 

 なんともあっけらかんとしたダーツの声が響く。

 

「知らずのこととはいえ、キミも後になんらかの処罰は避けられまい」

 

 淀みなく語られる内容は現実を坦々と表していて、

 

「だが、この瞬間において、『デュエルの権利』を有しているものは我々主催者でなければ、観客でもない」

 

 しかし、何処か有無を言わせぬ力強さを見せつつ、

 

「それを有する存在は唯一つ」

 

 薄っすらと笑みを浮かべてダーツは嘘塗れの口で述べて見せる。

 

「キミたちデュエリストだけだ」

 

 それこそが真理だと。

 

 

「レオンハルト・フォン・シュレイダー――キミはその魂の赴くままに進むと良い」

 

 

 そうして最後にそう締めくくったダーツの突き放すような、はたまた背を押すような言葉がレオンの瞳を僅かに揺らした。

 

 

 

――フハハハッ! あのパラディウス社が静観を宣言するとは!

 

「さぁ、レオンハルト! 後はお前の勝利を以て幕を引くがいい! 父上と母上もそれを望んでいることだろう!」

 

「ボクは…………ボクは……!」

 

 そんなレオンを余所にダーツの「不干渉」とも取れる発言に内外ともにジークは高揚感を覚えながら、計画の完遂を急かすが、レオンの反応は芳しくない。

 

「聞いているのか、レオンハルト! お前にはシュレイダー家の――」

 

「――兄さんは黙ってて!!」

 

「レ、レオンハルト……?」

 

 ゆえに再度発破をかけようとしたジークだが、その声は他ならぬレオンにかきけされた。そして涙を袖で乱暴に拭ったレオンはフィールドに向けて手をかざす。

 

「ボクはこのスタンバイフェイズに永続魔法《鉄の檻》を破壊して、墓地に送った《ダーク・シムルグ》を特殊召喚します!」

 

 それを合図に砕け散った《鉄の檻》から解き放たれた黒き大鷲《ダーク・シムルグ》がレベッカのフィールドではなく、レオンのフィールドで大翼を広げていなないた。

 

《ダーク・シムルグ》 攻撃表示

星7 闇属性 鳥獣族

攻2700 守1000

 

「そうこなくっちゃ! 私は墓地から《ネクロ・ガードナー》3枚と《SR(スピードロイド)三つ目のダイス》2枚を除外して、それぞれの効果で相手の攻撃を1度ずつ防ぐわ!」

 

 だが、そんな大鷲のいななきに対抗するように墓地から歌舞伎役者のような風貌の白髪の戦士が、大きな肩のアーマーで三角錐のサイコロと共にレベッカの周囲を固めていく。

 

「そしてカードが除外されたことで永続魔法《魂吸収》の効果により私のライフが回復し、《ビッグバンガール》の効果が貴方を襲う!」

 

 これにより5枚のカードが除外されたことで、永続魔法《魂吸収》の効果により5回の回復がなされる。

 

 さすれば当然、《ビッグバンガール》の周囲に浮かぶ5個の火の球が示すように、効果が5回発動され、500×5の2500のダメージを与える。

 

 そう、レベッカは残りライフ2400のレオンがメインフェイズ1で動く前に、このスタンバイフェイズで仕留める心算だった。

 

「させません! ボクは墓地の《ダメージ・ダイエット》を除外して、このターン受ける効果ダメージを半減させます!」

 

「でも新たにカードが除外されたことで、永続魔法《魂吸収》と《ビッグバンガール》のコンボが追加!」

 

 だが、墓地のカードをチェーンしたことで、レオンの前に網目状のゴムの壁が浮かび上がった。

 

 それにより、《ビッグバンガール》から射出された1つばかり数を増やした火の玉の半分はボヨーンと弾かれ、空へと消える前に、飛来した火の玉に驚く《ダーク・シムルグ》の脇を通り過ぎていく。

 

レベッカLP:6550 → → → 9550

 

レオンLP:2400 → → → 900

 

「でもボクのライフを削り切るには至りません!」

 

 間一髪のところで窮地を脱したレオンがレベッカの出方を窺うが、動きがないことを確認し、これ以上、好きなタイミングで除外できるカードがないと判断。

 

 ゆえに此処ぞとばかりに手札の1枚のカードを切る。

 

「そしてボクは自分フィールドの全てのモンスターをリリースして、このカードを特殊召喚します!!」

 

 やがて《鉄のハンス》と、3体の《鉄の騎士》に加え、《鉄の檻》によって懐柔した《ダーク・シムルグ》の5体ものモンスターを贄に呼び出されるはフィールド魔法《シュトロームベルクの金の城》よりも巨大な悪魔。

 

「現れろ! 空にそびえる悪魔の城! 《真魔獣 ガーゼット》!! このカードの攻撃力はリリースしたモンスターの元々の攻撃力の合計です!!」

 

 二本の足で大地を揺るがしながら歩み出るは、四本腕に巨大な翼を広げた異形の悪魔。その蒼い身体は骸骨のような外骨格に覆われ、手足と翼は獣染みた体毛で覆われている。

 

《真魔獣 ガーゼット》

星8 闇属性 悪魔族

攻 0 守 0

攻9000

 

「攻撃力9000!?」

 

「だとしても、私が発動した《ネクロ・ガードナー》と《SR(スピードロイド)三つ目のダイス》の効果がある限り、その攻撃が届くことはないわ!」

 

 レベッカの《シャドウ・グール》すらも易々と超えていく攻撃力に観客の驚きの声が響くが、対するレベッカは動じない。

 

「更にボクはフィールド魔法《シュトロームベルクの金の城》の効果でデッキから《怪鳥グライフ》を特殊召喚!」

 

 しかし、それはレオンも想定内だと《シュトロームベルクの金の城》から新たな仲間――深紅の身体を持つ怪鳥が音もなく降り立った。

 

《怪鳥グライフ》 攻撃表示

星4 風属性 鳥獣族

攻1500 守1500

 

「特殊召喚された《怪鳥グライフ》の効果発動! 相手の魔法・罠ゾーンのカード1枚を破壊します! 永続魔法《魂吸収》を破壊!」

 

 そして《怪鳥グライフ》が口から怪音波を放ち、レベッカのフィールドを荒らしていく。

 

 モンスターの総数を減らしてまで《真魔獣 ガーゼット》を呼んだのは、《怪鳥グライフ》の効果を使う為に自身のフィールドに空きを作る為――これでレベッカのコンボは途切れた。

 

「さらにカードをセット! そして永続魔法《王家の神殿》の効果で今セットした罠カードを発動! 永続罠《リビングデッドの呼び声》!」

 

 だがレオンの猛攻はまだ終わりではない。次に黄金に輝く神殿が光を放ち――

 

「墓地からモンスター1体を復活させます! 蘇れ! 《ヘクサ・トルーデ》!!」

 

 吹き荒れる風を右腕で振って晴らしながら、ドレスを翻した藍色のウェーブがかった長髪の魔女が悠然と降り立った。

 

《ヘクサ・トルーデ》 攻撃表示

星8 闇属性 魔法使い族

攻2600 守2100

 

「そして《ヘクサ・トルーデ》の効果で《ビッグバンガール》を破壊! デスティニー・クラッシュ!!」

 

 やがて《ヘクサ・トルーデ》が右腕を振ると共に放たれた風の斬撃が《ビッグバンガール》が盾のように構えた杖を所持者諸共両断し、消滅していく。

 

 これでレオンへの効果ダメージの心配は消えた。

 

「バトル! 《怪鳥グライフ》で攻撃! 《ネクロ・ガードナー》と《SR(スピードロイド)三つ目のダイス》で防げるのは発動された後の最初の攻撃だけです!」

 

 空中に羽ばたいた《怪鳥グライフ》が《黒き森のウィッチ》へとその足の爪を向けるが、我先にと幾重にも折り重なった《ネクロ・ガードナー》と《SR(スピードロイド)三つ目のダイス》が割って入ったことで事なきを得る。

 

 これにより結果的にレベッカの防御カードを無駄打ちさせたレオンが次なる攻勢に出るが――

 

「そして《ヘクサ・トルーデ》で――」

 

「させないわ! 墓地の《超電磁タートル》を除外して効果発動! バトルフェイズを強制終了させる!」

 

 何処からともなく襲来したマシンボディを輝かせる亀がUFOのように高速回転することで生じた磁力が行く手を遮るようにスパークした。

 

 たたらを踏む《ヘクサ・トルーデ》と、腕を振りかぶったまま固まる《真魔獣 ガーゼット》。

 

「くっ! だとしても、これで貴方のコンボは崩れました! ボクはこれでターンエンド!!」

 

 そうして千載一遇の機会を逃してしまったレオンだが、レベッカの厄介な効果ダメージのコンボは完全に崩せた為、一矢報いたといえよう。

 

 《シャドウ・グール》などの高い攻撃力を持つモンスターも《シュトロームベルクの金の城》の前では意味を成さない。

 

 

 ゆえに出方を伺うように相手の動きを待つレオンに対し、レベッカは勢いよくデッキからカードを引き抜いた。

 

「私のターン! ドロー!! スタンバイフェイズに《堕天使マリー》の効果でライフを回復!」

 

「だとしても、《ビッグバンガール》がいない今、回復からの効果ダメージは望めません!」

 

レベッカLP:9550 → 9750

 

 このデュエル馴染みの光景になった黒い堕天使の祝福が光となってレベッカに降り注ぐが、レオンの言う様に狙いであった《ビッグバンガール》が破壊された為、コンボはなされない。

 

 だが、レベッカは既に下準備を整えていた。

 

「そうね――だけど、奥の手は最後まで取っておくものよ!!」

 

 今までその札を切る機会がなかった訳ではない。だが、切らなかったゆえにレオンの、そしてジークの想定の外を行ける。

 

「私は墓地の《黒き森のウィッチ》、《マジック・リサイクラー》、《ティンダングル・エンジェル》の3体のモンスターを除外して、墓地からモンスターを呼び覚ますわ!! 現れなさい――」

 

 そうしてレベッカが腕を突き出して宣言すれば、その背後の大地がひび割れ、火山の噴火のようにマグマが噴出。

 

 

「全てを焼き尽くす炎星!」

 

 

 そのマグマの中から、土色の甲殻を持つ巨大な竜の顎が浮かび上がる。やがて、咆哮と共にその身体を震わせ、マグマを吹き飛ばしながら姿を見せるのは――

 

 

「――《The blazing MARS(ザ・ブレイジング・マーズ)》!!」

 

 巨大な竜の頭だけが浮かぶ中、その頭頂部から黒い装甲を纏った魔人の上半身が這い出、その心臓部の赤いコアが脈動すると共に竜の頭が大口を開け、生誕の雄叫びを轟かせた。

 

The blazing MARS(ザ・ブレイジング・マーズ)》 攻撃表示

星8 炎属性 炎族

攻2600 守2200

 

「プラネット……シリーズ……!?」

 

 この大会中にも響 紅葉が使用したレアカード群「プラネットシリーズ」の新たな1枚に思わず目を輝かせたレオンを余所に御伽が「だとしても」と悲痛な声を漏らす。

 

「だけど、どんな攻撃も《シュトロームベルクの金の城》の前じゃ……!」

 

「いや、あのカードには!」

 

 しかしコレクターとしてカードに詳しいアーサーは知っていた。あのカードが持つその(効果)を。

 

「《The blazing MARS(ザ・ブレイジング・マーズ)》の効果発動!」

 

 レベッカの声を合図に自軍の《裏風の精霊》、《黒き森のウィッチ》、《ダーク・ホルス・ドラゴン》、そして《シャドウ・グール》が火柱となって昇って行く。

 

「メインフェイズ1に、このカード以外のモンスター全てを墓地に送って、その数×500のダメージを与えるわ!!」

 

 そうして昇った炎は《The blazing MARS(ザ・ブレイジング・マーズ)》の身体となった竜の頭の背面から四方に伸びる四本の角へと集い、角が赤く熱を発するにつれ、竜の頭の顎から大炎が渦巻き――

 

「――S y r t i s(シリティス) M a j o r(メジャー)!!」

 

 

 世界を燃やし尽くす大炎のブレスとなって放たれた。

 

 

 その炎はレオンのモンスターを狙うことなく、《シュトロームベルクの金の城》の魔力をも避け、レオンを包み込むように猛り迫る。

 

 

「…………負けちゃった……な」

 

――ごめんね。ボクのデッキ……

 

 やがてそんなレオンの呟きと共に、彼は炎の海に呑まれた。

 

 

レオンLP:900 → → 0

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、効果宣言の際に腕を突き出したまま固まるレベッカはハッとした様相で冷や汗を流しながらポツリと零す。

 

「…………あっ、《シュトロームベルクの金の城》破壊するの忘れてた」

 

 

 ジークの逆転サヨナラホームランだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えーと、これがワクチンプログラムってことでいいんすかい?」

 

 そうしてレオンとレベッカのデュエルが終える少し前、シュレイダーの屋敷にて捜査員がアレコレと動き回る中、牛尾はなにやら端末片手にシュレイダー家の使用人のメイドの1人に問いかけを投げかけるが、当の相手は何も語る様子はない。

 

 頑なな相手の姿勢に困ったように頭をかく牛尾だが――

 

「もう、この際だから正直に話しちまった方が後々――」

 

「牛尾、裏が取れたぞ。乃亜が言うには、それはダミーで此方が本物――おっと、その様子を見るに本物のようだな」

 

 合流したギースの掌に収まった端末に使用人の顔色が変わり、咄嗟に手を伸ばしたが、その手は空を切った。

 

 使用人の反応に対して確証を得た顔のギースに牛尾は思わずゲンナリした顔を見せる。

 

「ハッタリっすか……意地の悪いこって」

 

「いや、最終確認だ。乃亜の言を信じていない訳ではないんだがな」

 

 やがてそんな言葉と共に捜査員の代表と思しき人間へと報告に向かったギースを背に牛尾は思う。

 

 デュエルの実力だけみれば、自身の方が上手だが、こういった面はまだまだ敵いそうにないと牛尾は小さく息を吐いた。

 

 

 

 

 






Q:レオンの童話デッキに童話要素皆無の《真魔獣 ガーゼット》!?

A:《シュトロームベルクの金の城》がない構築だと、《鉄の騎士》並べても《鉄のハンス》がパワーアップしないので、もう一手欲しくなる時が多かったんや……


Q:ジーク、「ワクチンプログラム」作ってたんだ……

A:原作では不明ですが、自社にウィルスが流れた場合を考えれば存在するかと。




~今作でのレベッカデッキ改~
レベッカの初期メンバーの《シャドウ・グール》をリストラせず、
なおかつデッキ変更後の「キュアバーン」も盛り込んみ、
そこに宝石(かどうはともかく)ドラゴン要素も盛り込んだレベッカ全乗せデッキ。

魔法・罠カードは《貪欲な壺》と《ビッグバンガール》の為の《魂吸収》くらいしか入っていない。

とにかく《魔導雑貨商人》がリバースしないと始まらないデッキ。

基本的に墓地リソースからの自力・他力で復活できる面々で戦っていく。
ゆえに《カオス・ネクロマンサー》がリストラ――《馬頭鬼》で蘇生できるのが《シャドウ・グール》の強味やでぇ……

なお、墓地リソースが減る度に《シャドウ・グール》が弱体化していくが、当人の上り幅が100な為、下がり幅も100である――つまり、あんまり気にならない。





更に漫画版GXの使用者、オブライエンの「ヴォルカニック」デッキには合わないので使用者を探していたプラネットシリーズの1枚、《The blazing MARS(ザ・ブレイジング・マーズ)》が

今作のレベッカデッキと高相性だったのも相まって天才少女のネームバリューならば名前負けしないと判断し投入。

その射出効果を阻害しないようにする為に「フィールドから離れた際に除外される」類のモンスターは採用していない。ごめんよ、《異次元エスパー・スター・ロビン》……キミもリストラいおん(獅子)だ。

The blazing MARS(ザ・ブレイジング・マーズ)》により、墓地の光・闇属性の数をコントロールできるので、《カオス・ソルジャー -宵闇(よいやみ)の使者-》が呼び出しやすくなる点もグッド

《カオス・ソルジャー -開闢の使者-》で良くない? と思われるかもしれないが、其方と違い墓地をドバっと除外出来る為、《紅蓮魔獣 ダ・イーザ》の火力アップに単発で大きく貢献してくれる――切り札感のない用途で済まぬ……


最後に――
今後もプラネットシリーズが漫画版GXでの使用者とは別のデュエリストのデッキに投入されることもありますので、どうかご容赦を<(_ _)>

漫画版GXとアニメ版GXのデッキの違いから合わない人が結構多いですし……(ヨハンなどを見つつ)



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第175話 愚かしき人の業



前回のあらすじ
《シュトロームベルクの金の城》は破壊されなかった。やったぜ、ジークの大勝利だ!





 

 

 違法にテキストを改造されたフィールド魔法《シュトロームベルクの金の城》を破壊することなくレオンとレベッカのデュエルが終了した光景にジークは高らかに嗤う。

 

「フフフ、ハハハハハッ! 《シュトロームベルクの金の城》を破壊せずにデュエルを終えるとは……フハハ」

 

 ジークは愉快で仕方がない。あれだけ大口を叩いておきながら、結局フィールド魔法《シュトロームベルクの金の城》を破壊する素振りすら見せずにデュエルを終えたのだから。

 

 火のついたレオンの熱き心に、レベッカもまたデュエルに熱が入ったゆえの結末であることは明白。つまり――

 

「デュエリストの誇りとやらが最後の希望を摘み取ったのだ! これ程滑稽なことはあるまい!」

 

 レベッカが、レオンが、決闘王の闇遊戯が語った「デュエリストの誇り」ゆえの結末。誇り大事さに破滅のスイッチを押した愚か者を嘲笑うジークは気分が良かった。

 

「兄さん、もう止めよう! こんなことしたって――」

 

「『もう止めろ』だと? 分かっていないな、レオンハルト。もはや私が何をするまでもなく、KCのソリッドビジョンシステムの崩壊を止めることは出来ない!」

 

 自分の、シュレイダー家の意に沿わなかったレオンの言葉もジークからすれば「良い余興だった」と返して見せる。

 

「デュエルの勝敗など問題ではないのだよ!」

 

 そう、ジークの海馬への復讐は完了した。

 

「見るがいい! デュエルが終わろうとも、我が黄金の城は健在だ!」

 

 その証拠とばかりにデュエルが終了したにも拘らず、ジークを祝福するように燦然と輝く《シュトロームベルクの金の城》がパリンと砕け散った。

 

「…………は?」

 

 砂の城が風に吹かれて消えるようにパラパラと崩れていく光景にジークは思わずポカンと口を開く。

 

 こんなことはあり得なかった。《シュトロームベルクの金の城》が破壊されることは、それすなわちジークの仕込んだウィルスプログラムが無力化されると同義。

 

 それを成す為のワクチンプログラムは万が一ジークが捕まった際にKCの手に渡らぬようジークの父に託し、更にその上で父の御付きの使用人の誰かに保管させている。

 

 その為、ジーク本人ですらワクチンプログラムの正確な在処を知らないのだ。そして軍事産業時代からKCに強い憎悪を持つジークの父が口を割る筈がない。たとえ殺されようとも在処を吐きはしないだろう。

 

 

 だが、違うのだ。

 

「ふぅん、どうやら上手くいったようだな」

 

「海馬……貴様、何をした……!」

 

 ワクチンプログラムなど使用されていなかったことを示すように自信タップリな海馬の言葉へ目ざとく反応したジークが復讐で濁った瞳で見やれば――

 

「デュエルに組み込まれたプログラムゆえに生じる使用者の敗北によって生まれる僅かな隙をつかせて貰った」

 

「……? ……どういう……ことだ?」

 

 意☆味☆不☆明な超理論が返ってきた。ジークも思わず困惑顔を浮かべる。

 

 

 そんなジークに分かり易く説明するのなら――

 

 《シュトロームベルクの金の城》の破壊によってウィルスプログラムが停止する。

 

≒それはつまり、デュエルとウィルスプログラムが密接に干渉していることの証明。

 

≒なれば、デュエルの勝敗がウィルスプログラムに影響を与えることも必然!

 

≒そこに、二人のデュエリストが全力を賭して戦えばその影響は大きくなる!!

 

≒その影響の隙を海馬と乃亜が突き、ウィルスプログラムを無力化したのさ!!!

 

≒フフフ……ハハハ……ワーハッハッハッハー!!!!

 

 

 と、いう訳だ。態々説明しておいてアレだが、深く考えてはいけない。海馬と乃亜が頑張った位に考えておくといい。

 

「貴様が負けたということだ」

 

 そうして海馬から凄く分かり易いシンプルな回答が成された。

 

「馬鹿な! 私のプログラムは完璧だった筈!」

 

「完全無欠なものなど、この世の何処にもありはしない。俺の進むロードが見果てぬ先まで続くように、完璧など、限界などと言うくだらんものに縛られる俺ではない!!」

 

 ジークの崩れ始めた己への絶対の自負を振り払うような叫び声も、海馬節が「くだらん」と一蹴する。

 

 確かに海馬一人ではこの結果を成すことは出来なかったかもしれない。だが、自身の殻を破り乃亜との協力もとい、手を借りてやったことによって海馬は一段、二段とパワーアップしたのだと。

 

 

 ジークの能力は決して低くはなかったが、「己のみが」と自己完結したものに未来はない。

 

 そんな勝者と敗者を分けた一線が檀上と、会場に引かれる中、海馬の元へ慌ただしく駆ける靴音が響く。

 

「兄サマ!」

 

「瀬人様ぁ! たった今、大岡殿からワクチンプログラムを入手したとの連絡が――」

 

「不要だと伝えろ」

 

 管制室で直接指揮を執っていたモクバが駆け寄り、そのサポートをしていた磯野から海馬へ受話器が託されようとしたが、無情にもその連絡はぶった切られた。

 

「えっ? い、いえ、しかし念の為にも――」

 

「何故それが……ッ! 貴様、父上に何をした!!」

 

 だが、海馬からの思わぬ言葉に冷や汗を流す磯野を余所に、ジークは「ワクチンプログラム」との単語に対し、オレイカルコスソルジャーの拘束から抜け出すように振り払い叫んだ。

 

 そんな拘束からは逃れられなかったジークを見下ろした海馬はその発言と磯野の報告を照らし合わせ、凡その顛末を把握し内心で舌打つ。

 

 始めから海馬とジークの電子上の対決の結果など意味がないとばかりの流れ。

 

 そう、この「まるで全てが予定調和」と言わんばかりの流れには強い既視感が海馬にはあった。

 

「このやり口……あの男の仕業か。ならば乃亜のヤツにでもくれてやれ」

 

「……で、ではそのように!」

 

 そうして投げ捨てるような社長の言葉に磯野はハンカチで汗を拭いながら駆けていく。そんな背を見送った海馬は、今度は観客に向かって大仰に手を広げる仕草の後に宣言する。

 

「さぁ、デュエリストたちよ! くだらん茶番はこれで終わりだ! ワールドグランプリは未だ道半ば! 存分にデュエルキングへの覇道の末を見届けるがいい!!」

 

 

 そんな海馬の一喝によって、「あっ、大丈夫なのね」と把握した観客たちが暫しの時間差の後、勝利者であるレベッカを称えるように喝采を上げた。

 

 

 

 

 やがてジークのことなど忘れてしまったようにワールドグランプリが続行されて行く光景を背に、会場を後にしたジークがオレイカルコスソルジャーによって警察組織への引き渡しを待つ為の適当な一室に連行されていた。

 

 

 そんな中、レオンを連れ添ったモクバと、モクバの背後で念のためと佇む海馬の横をジークは頭を垂れながら素通りしていく。

 

 

 だが、その先で事の成り行きを見届ける為に壁を背もたれにしながら待機していたダーツに対し、ジークは一縷の望みをかけるように叫んだ。

 

「……くっ、何故だ! ダーツ! パラディウス社は私の計――」

 

「何の話かな?」

 

 しかし対するダーツの中の人は本当に何も知らない様子で返す。これが演技なら大したものだ。

 

「――ッ! 私は……私は……踊らされていたに過ぎないという訳か……!」

 

 とはいえ、ジークからすれば素知らぬ振りをされ、尻尾切りされたとしか感じられないのか悔し気に歯嚙みした。

 

 正直、勝手に踊っていただけにも思えるが。

 

 だが、そのジークの姿を見た海馬はこの一件の更なる裏側が見え始めていた。そんなものはない。

 

――成程な。大方、俺への執着心を利用され、現体制のプロパガンダにでも利用されたか。

 

――いやいやいや、完全な言いがかりですよ、これは。

 

 そんな海馬の心中と奇跡的なシンクロを果たしたダーツの中の人がその胸中でブンブンと手と首を横に振っているが、態度に出さない以上、他の人間が知る由もない。

 

 

「私は結局、海馬に勝つことはおろか、勝利者にすらなれないというのか……」

 

 やがて膝が崩れ、何もかも諦めたように項垂れるジークの背をレオンは膝をつきながら撫でる。

 

「ねぇ、兄さん……ボクはこのデュエルで分かったことがあるんだ。諦めなければ何時かきっと何かを掴むことができるんだって」

 

 ジークの計画はレオンにも許容できないものであり、失敗に終わったが、だからといって捨て鉢になることはないと。

 

 最初から最後まで徹頭徹尾デュエルに向き合ったレベッカが勝利の先で結果的にKCの突破口となった光景がレオンに勇気を与えていた。

 

「レオンハルト……」

 

 そうして隣で寄り添うレオンの瞳に己の過ちを認め始め、レオンもまた兄の罪を共に背負っていこうと誓いの言葉を返す。

 

「だから、ボクに兄さんの力にな――」

 

「時間切れだ」

 

「被疑者確保!」

 

 前に、大量のポリスメンの特攻がジークとレオンを引き離した。

 

「――兄さん!?」

 

「レオンハルト!」

 

 二手に分かれた大量のポリスメンによってレオンは抱えられ、ジークは地面に押さえつけられる。

 

 やがて大勢のポリスメンに抱えられたレオンがジークからどんどん引き離される光景にたまらずジークは叫んだ。

 

「レオンハルトを離せ!」

 

 血の叫びの如きそれは弟レオンの身を案じての言葉だったが、ポリスメンたちは「犯罪者のジーク」から「そんな犯罪者に利用されたレオン」を保護しているだけだ。

 

 ポリスメンたちからすれば、「こいつ、何言ってんだ?」な事案だったが、抵抗に抵抗を重ね、なんとかレオンの元に手を伸ばすジークの姿は鬼気迫る。

 

 

 やがて火事場の馬鹿力なのか少しずつレオンに伸びるジークの手だったが、その手はダーツによって叩かれ、結果勢いを失くしたジークはポリスメンたちに完全に抑え込まれた。

 

「それは彼らにも聞けない頼みだろう。経緯はどうあれ少年もまた今回の騒動の一端を担った身である以上、事情を聞かぬ訳にもいくまい」

 

「レオンハルトは関係ない! 全ては私が行ったことだ!」

 

 そうしてダーツの真っ当な主張に、ジークは庇うような言葉を放つが、今更そんなことを言われても困るとばかりにダーツはヤレヤレと肩をすくめて返す。

 

「何を言うかと思えば――巻き込んだのは他ならぬキミだろう?」

 

「ボクは大丈夫! 兄さんの苦しみをボクにも分けて欲しいんだ!」

 

 ポリスメンたちに「もう大丈夫だ! 安心してくれ!」と肩を叩かれるレオンが、ジークを安心させるべく声を発するが、これでは何だか「兄弟の絆を引き離す警官隊」な様相な為、絵面が酷い。

 

「兄サマ……」

 

「今は止せ、モクバ」

 

 そんな酷い絵面に海馬の形状記憶コートを心配気に掴んだモクバへ、海馬は小さく手で制する。この場で自分たちに、KCに出来ることはないと。

 

「そう心配することはない。状況を鑑みれば、さしたる問題にはならないとも」

 

 しかしそんなモクバを安心させる為のダーツの言葉通り、レオンの立ち位置は「明らかに利用されただけの子供」な為、レオンには一応の事実確認などの事情を聴く為の調書的なアレコレ程度が精々。

 

 今回の一件に対する関与があれば、また別だろうが、文字通り何も知らない身ならば、心配する必要すらない。

 

 とはいえ、今回の騒ぎからデュエリストとしては一時的に活動を自粛しておく方が波風が立たないだろうが。

 

 

 だが、この一件をダーツが裏で操った――と思っている海馬からすれば、信用ならない言葉である。

 

「ふぅん、どうだかな」

 

「フッ」

 

――うーむ、「困った時は強気に笑みを浮かべろ」と、我が主に身代わりを頼まれましたが、違和感を抱かれていないようで何よりだYO!

 

 やがて不敵な笑みを浮かべたダーツの中の人――シモベの内の声を最後に、ジークの逆恨みからなる復讐劇は少しばかり後味の悪さを残しつつも収束した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 此処で時間は少しばかり巻き戻る。

 

 時は《シュトロームベルクの金の城》が発動された段階で発生したKCのメインコンピューターへの異常にKC社員が総動員で対処に当っていた頃――

 

 予め用意していたシステム復旧への様々なアプローチの試みや、それに伴うトライ&エラーに加え、海馬や乃亜の指示を受けての動き、各機関への連絡や報告と例を上げればキリがない程にやるべきことが多い。

 

 その戦場やかくやな勢いの慌ただしさは見知らぬ顔が一人二人と紛れ込んでいても分からない程だった。

 

 

 

 

 そんな慌ただしいKC内にて、伊達眼鏡にリクルートスーツでキリリと身を包み社員風を装いつつ、喧噪に紛れて件の壁の前に立ったレインは、そっと壁に手をおく。

 

 すると、彼女の瞳に1と0の情報が夥しい程に流れ込んだ。デュエルロイド――機械である彼女からすれば、この程度のアクセスなどお手の物。

 

「セキュリティはこの時代の最先端……でも骨董品」

 

 立ちはだかる電子の妨害も、遥か未来の住人であるレインからすれば、最先端を行くKCの産物であったとしても過去の遺物でしかない。そう、骨董品だ。

 

 そんなものではレインの足を止めることは出来ない。

 

 やがてロックの外れる感覚と共に、レインの手は壁を通り抜けた。だが、これはレインが扉を破壊した訳ではない。

 

「ソリッドビジョンの……扉……」

 

 実体の壁がスライドして開くと共に、ソリッドビジョンによって映し出された壁が内部の情報を遮断するようにタイムラグなしで現れたのだ。

 

 そうして壁を通り抜けるように歩を進めたレインを余所にひとりでに閉まった扉。だが、気にした様子もなく暫く先に進んだレインの視界に映ったのは――

 

「…………扉が沢山……」

 

 広めの通路の至る所に点在する扉。レインはその瞳で熱源を映し、人間がいないことを確認した後、試しにその一つのロックを未来の技術で易々と外し、慎重に開いて見せれば――

 

 

「…………空?」

 

 天まで抜ける青空が広がる――KCの社内だというのに。

 

 

「…………植物……? ……あれ……《超栄養太陽》……」

 

 そして視界に広がるのは刺々しい葉と茎、そして花を持つ《種子弾丸》、鳳仙花に似た赤い花を咲かせる《デモンバルサム・シード》などなど――現実では見たこともないような数多な植物が立ち並ぶ。

 

 さらに遠方には巨大な大樹《世界樹》が見え、空には鋭い目が目立つ《超栄養太陽》がサンサンとその名に恥じぬ太陽っぷりを見せるように日光を送っていた。

 

 そんな都会のオアシス真っ青の森林地帯に呆けたようにポカンと口を開けるレインだったが――

 

「メェー」

 

「――ッ!?」

 

 目と耳に届いた森の中に佇むまん丸な羊、『羊トークン』の存在にすぐさま退出し、バタンと扉を閉じた。

 

「…………なに…………あれ……」

 

――この場の座標はKCのまま。空間の尺度が合わない。つまり、あの空間を何らかの方法で拡張した証明であり、この時代には不釣り合いなオーバーテクノロジーの産物。出処は不明。だが、問題にすべきは《超栄養太陽》の存在。把握できた範囲は狭いが、あの森に存在するどれもがデュエルモンスターズのカードに記されたものの可能性が高く、サイコデュエリストの能力を応用したものだと考えられるが、あの規模となると歴史上類を見ないものであり、この現状を――――違う。当初の目的を忘れるな。

 

 

 ただ、パラドックスの手掛かりを探しに来ただけだというのに、扉一つ開けただけでキャパシティオーバーしそうな現実にレインは今一度目的を見定める。それ以外にかまけている場合ではないと。

 

 

 ジークによって引き起こされた騒動にKCがかかりっきりな今が好機なのだ。このタイミングを逃せば、次のチャンスはかなり先だ。

 

 それではパラドックスの存命が怪しくなる以上、レインは今回の探索で最低でもパラドックスの現在位置くらいは把握しておきたかった。

 

 ゆえに意を決して次なる扉に手をかければ、広がるのは真っ白な室内に同じく白の金属製のテーブルが立ち並ぶThe研究室な装いの一室。

 

「…………普通」

 

 思わず息を吐くレイン。最初のインパクトが大き過ぎた為だが、今回は大丈夫そうだ。

 

 周囲を見渡せど、モルモットなどの実験生物が多くの強化ガラスの檻に所狭しと個別に並べられ、おかしな所は実験生物の1体の背中が腫瘍と思しきなにかで不自然に膨らんでいる個体がある程度だ。

 

 しかし、さして問題にするレベルではないとレインは判断する。意図的に病巣を生み出して治療薬の効果を確かめる等、先ほどの一室に比べればはるかに常識的だ。

 

「……腫瘍……? 違う……!?」

 

 だが、その腫瘍の形を正確に把握したレインはガタンとテーブルを揺らしながら咄嗟に後ろに下がった。

 

 実験生物の背中にあったのは、人間の腕や足、眼球、心臓などの各種臓器――そしてラベルのように強化ガラスの檻に張られた紙には「適合率」との数値の羅列が見られる。

 

 そう、培養しているのだ。接ぎ木するように人へと繋げる為に。

 

 移植手術にとって、最もハードルが高いのは「拒否反応の出ないドナーの確保」だろう。それは理解できる。

 

 とはいえ、「なら他の生物から生やしちゃおうぜ!」はレインも流石に許容できない。

 

「……シテ……」

 

 そんな世にも恐ろしいものでも見たかの様なレインの背後から何やら小さな音が響く。

 

 それはレインが先程驚きのあまり下がった際に背中が背後の強化ガラスの檻に接触したゆえの反応。しかし、眼前の光景を間近にしたレインからすれば嫌な予感しかしなかった。

 

 

 カリカリと強化ガラスの檻をかくような音が聞こえる。本能的に振り返ってはならないとレインの脳裏に警鐘が鳴り響くが、今は少しでも情報が欲しい時だ。

 

 ゆえにゆっくりと振り向いたレインの視界に入ったのは――

 

「シテ…コロシテ……」

 

 全身の筋肉が歪に肥大化した辛うじて昆虫だったのかと思わせる生物が囁く。

 

 他の檻からも、カリカリと強化ガラスの壁をかきながら、覚えたての言葉を呟くように声が響く。

 

「………シテ……コロ…シテ……」「……モウ………イヤ……」「……コロシテ………」「…………ツライ…………イタイ……」「…………クルシイ……ネムイ……」「……ケテ……タスケテ……」「……ダシテ……」「……ヤダ……」「……コロセ……コロセ……」「……マダ……マダ……」「……コワイ……ツライ……」「……シニタイ……コロシテ……」「……シイ……クルシイ……」「……ダシテ……ダシテ……」「……イタイ……イタイイタイ……」

 

 身体の体積と比較した不要な程に大量の手足が生えた生物。一本の足が異常に発達した生物。体中から骨の棘が伸びる生物。背中から見るからに別個体の翼が逆さに生えた歪な生物。頭が身体の前後にみえる生物。頭と体が分かれ、別々に活動する生物。

 

 

 

 人の業から目を背けるようにレインはすぐさまその部屋を後にした。

 

 

 そして閉じた扉に背を預け、ズルズルとしゃがみ込んだレインは力なく呟く。

 

「………………無事でいて」

 

 人間の所業ではない――ともいえない。人間も、例えば「試薬」と言う形でモルモットなどの生物を利用しており、牛や豚などの品種改良の現実もある。

 

 ただ、今回の場合は相手がオウムのようにそれらしい言葉を吐いているだけだ。そしてオカルト課では「医療技術」と評した確実な「成果」が出てしまっている事実もまた避けては通れない。

 

 

 そんな倫理的なハードルはさておき、あの現場に対してレインが受けた衝撃は大きい。もしパラドックスがこの場を扱う人間に捕まっていたと思えば、その安否が気掛かりだ。

 

 

 やがてもう他の扉を開けたくない気持ちがレインの表層に出そうになるも、気力を振り絞って周囲を警戒しながら、先を急ぐ。

 

 

 次に開いた扉の先にあったのは、先程とは一転して可愛らしい兎が一纏めに飼われた一室。

 

 だが、その兎の身体にはなにやら魔法陣や文様のようなものが描かれており、何らかの研究に利用されていることは明白だった。

 

 やがて他の情報を探すように視線を奔らせたレインはこの部屋の住人と視線が合う。

 

 お相手は書類が散乱したテーブルの上にある他とは別のケージに入れられた兎で、レインの姿に今気づいたようにかじっていたニンジンを脇に置きつつジッと見やっていた。

 

 4分の1程に減ったニンジンを見る限り、新しいニンジンが貰えると、その赤いつぶらな瞳は期待しているのだろう。

 

 一見すればほんわかと心温まる光景――と思ってしまうが、今のレインには「何故、別のケージに入れられているのか」という疑念が大きい。

 

 そんな疑念の元、一羽だけ別のケージに入れられた兎の特徴をよく見れば、その身体はどうにもズングリしていて一頭身だ。愛らしい。だが、その姿がレインの記憶に引っかかる。

 

「まさか…………でも……そんな……」

 

 

 彼女の脳裏に過ったのは1枚のカード。

 

 だが、なにも特別なカードではない。「誰だって」とまでは言えないが、よくあるカードの1枚である。

 

 それはレベル1、地属性、獣族の通常モンスターの1体《バニーラ》――その外見は丁度こんな具合に兎の特徴を強く残した一頭身の愛らしい生物だ。

 

 沢山のなんらかの実験過程の兎と、デュエルモンスターズのカードに描かれた生物にそっくりな兎。

 

 そして「カードの精霊」の存在。

 

 それらが示す事実は唯一つ。

 

「……生物の……精霊化……」

 

 物質世界の生物を、精霊世界の精霊へと転化させる実験。その部分的な成功例の一羽。

 

 よくよく散らばった書類を見れば、定まった方向性に歓喜するように1枚の書類に書きなぐったような二重丸が見える。

 

 

 遥か古代のエジプトでも、人間の魔術師マハードが《ブラック・マジシャン》への精霊化――正確には同化――に成功している。当人は「禁じられた術」と語っていた。

 

 他の例を上げれば《ユベル》も元人間だ。

 

 それらを現代の技術で再現しているに過ぎない。ただ、それだけの話だが先程の一室を見たレインの瞳には忌避感が強かった。

 

 

 やがてパラドックスの情報がないことを確認した後、《バニーラ》もどきの縋るような視線を背に部屋を後にしたレインは次なる一室を調べようとするが、彼女の第六感とでも言うべき感覚に足を止める。

 

 

「……この反応…………モーメント……?」

 

 彼女の動力炉であるモーメントがピクリと反応を示す。それは大きな力の流れ。

 

 

 そうして呼び寄せられるように別の部屋に入り、壁一面に液体から固体、固体から液体へと常に流動し続ける橙色の液体の中に浮かぶ大量の鍵を素通りして辿り着いたのはシェルターのような巨大な部屋。

 

 その一室には様々な機材が円を描くように壁際に並べられ、祀られるように台座の上には――

 

 

 

「千年……パズル……?」

 

 

 光のピラミッドが鎮座していた。その光のピラミッドが手招きするように明滅する光に、レインは引き寄せられるようにフラフラと近づいていく。

 

 

 

 だが、背後から響いたガチャンと強引に扉を壊す音にレインは咄嗟に近場の機材の後ろに身を隠した。

 

 

 そうしてカツン、カツンと足音が響いた後、招かれざる二人目の客人が現れる。

 

「ケッ、御大層な設備の割には、ガキの遊びレベルのもんしかねぇじゃねぇか。だが――」

 

 それは獏良 了の身体の主導権を奪った千年リングに潜む人格、バクラ。

 

――獏良 了。何故、此処に?

 

「――ようやくお目当てのもんに辿り着けたぜ」

 

 慎重に様子を伺いながらバクラを獏良と勘違ったレインの疑問は他ならぬ当人によって明かされた。

 

 

 その視線の先には光のピラミッドを見定めている。盗賊王の記憶を持つ男らしく盗みに入ったことは明白だろう。

 

――介入すべき? 否、私にその権限はない。まずはZ-ONEに連絡……途絶。

 

 一歩一歩、光のピラミッドへと歩を進めるバクラの姿にレインは内から溢れる焦燥感を隠しながら助力を求めようとするも、上手くはいかず。

 

 

 なれば静観しておくべきかとも考えるが、その機械の身体に蠢く感情が警鐘を鳴らす。

 

――何故だろう。彼がアレを手にしてはいけないと感じる。私にそんな機能は存在しない筈……

 

「さぁて、亜種みてぇだが、千年アイテムに変わりはねぇ。俺様の計画の足しにくらいはなるだろう」

 

 だが、レインが躊躇っている間に既にバクラと光のピラミッドの距離は目と鼻の先。時間はない。

 

「これから始める究極の闇のゲームへの不確定要素は少ねぇ方が良い」

 

 そう語りながら光のピラミッドへと手を伸ばすバクラの姿にレインは思わず機材の背後から飛び出した。

 

「あァ?」

 

 

 

 

 

 

 

「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 

 だが、光のピラミッドから放たれた力の奔流にバクラは咄嗟に背後へと飛び、レインはそのまま機材の後ろへと弾き飛ばされる。

 

 

――なに……が……

 

「……なんだ?」

 

「ハハハ、フフフ、ククク……懐かしい気配を感じて出てきてみれば――」

 

 レインとバクラの疑問に答えるように闇が蠢き人の形を形成していけば、そこに立つのはエジプト風のローブを纏った褐色肌の壮年の男がご機嫌な様子で現れた。

 

「――なかなかどうして面白いことになっているじゃないか」

 

 そして黒く染まった瞳の下と右腕から僅かな発光と共に何やら文様が浮かんだ後、光のピラミッドをお手玉のように弄びながら台座の上に愉快そうに腰掛ける。

 

「……おい、そいつは俺様の獲物だ」

 

 そんな壮年の男にバクラは面倒そうにそう零すが、対する壮年の男は意地の悪い顔を見せながら嗤って見せた。

 

「だから『寄越せ』――か? 悪いが、その頼みは聞けんなぁ。こいつはアイツにとって重要なものらしい。契約は契約だ。従うとも」

 

「チッ、流石にそうすんなりとは行かせちゃくれねぇか」

 

 此処まで来る道中の今の今まで何の妨害もなかったことから、眼前の相手はセキュリティの一つなのだろうと当たりを付けたバクラが苛立ち気に舌を打つ。

 

 光のピラミッドの管理をする人間は、この男一人で自分を退けられると判断した事実がバクラには「舐められている」と癪に障ったようだ。

 

 

「んん? ほう、お前――アイツのせがれか。くっくっく、生意気そうな目がよく似ている」

 

 しかし、此処でバクラの顔をニヤニヤと眺めていた壮年の男が何かを思い出したかのように光のピラミッドのお手玉を止めて過去を懐かしむ。

 

「……そーかい」

 

――俺様を知っている? 宿主様の関係者か? いや、記憶にねぇ……となれば「盗賊王バクラ」を知っている人間。俺様が言えた義理じゃねぇが墓荒らしとは罰当たりな野郎だ。

 

 そんな壮年の男の反応に光のピラミッドの管理者が何をしたのかを把握するバクラ。

 

 想定以上に相手は自身のことに精通している事実にバクラは警戒心を上げるが、表層ではなんでもないような態度で応対する。

 

「まさか、俺様以外に生き残りがいたとはな――俺様はバクラ。テメェは?」

 

「フフフ、オレも驚きだ。だが、名か……オレも名乗りたいところだが、生憎と名前は魔物(カー)にくれてやってな。まぁ――」

 

 そうしてバクラの名乗りに肩を揺らして嗤う。

 

 正直な話、壮年の男自身も現在の状況を正確に理解できている訳ではないが、懐かしい気配に覚醒しつつあった己の意識をこの場に引き寄せた人物には心当たりがある。

 

 ゆえに、その人物から贈られた中々に憎い演出へ確かな満足感を覚えながら、諸々の諸事情など思考の外に放り投げ、壮年の男は「今」を全力で愉しむことを誓う。

 

 これは退屈しなさそうだと。

 

 

 

「――トラゴエディアとでも呼んでくれ」

 

 

 

 やがて壮年の男、トラゴエディアは愉快気な笑みを浮かべながら、そう名乗った。

 

 

 

 

 

 






トラゴエディア、同郷の気配にウキウキで復活。


次回 DMラスボス VS 漫画版GXラスボス +見学のレイン恵




Q:神崎、これでツバインシュタイン博士の手綱握れてるの?

A:生物関連はツバインシュタイン博士とは別部門になりますが、一応、手綱は握られております。法のギリギリを潜り抜けるスタイルです(目泳ぎ)

法の専門家が近くにいて助かったな、神崎!


Q:トラゴエディアは盗賊王バクラを知っているの?

A:互いにクル・エルナ村出身な為、トラゴエディアも仲間の顔程度は覚えていると判断。その中から似た顔を思い出し、血縁関係を邪推した状態です。

なお真相は原作でも不明なので、違っていればトラゴエディアが他人の空似を勘違っただけになります。






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第176話 同窓会



前回のあらすじ
見損なったぜ、神崎!(今更感)






 

 

 偶然が重なったことでバクラとトラゴエディアの両者に見つからずに済んだレインは機材の影で息を潜め、事の成り行きを見守っていた。

 

 そんな視線を余所にバクラはトラゴエディアと名乗った男の出現に僅かに逡巡するも、彼が持つ「盗賊王バクラ」の記憶にはない。だが、今問題にすべきはそんな部分ではなかった。

 

「トラゴエディア……ねぇ」

 

「バクラ、だったな。貴様の目的はなんだ? 要件次第なら、乗ってやってもいい」

 

 不審気なバクラに対し、トラゴエディアは久しい同郷相手ゆえか前のめりになりつつ会話を愉しまんとするが――

 

「そいつを寄越しな」

 

「そう邪険にするな、『要件次第』と言っただろう? 貴様の方が面白そうなら、幾らでも応えてやるとも」

 

 目的の光のピラミッド以外眼中にない様子のバクラにトラゴエディアは小さく溜息を吐きながら、肩をすくめてみせた。

 

 しかし当のバクラはそんなトラゴエディアの応対に興味は見せず、その心中で相手を推し量る。

 

――こいつと、こいつを送り込んだヤツとは「主従」……じゃなさそうだ。なら、あくまで「協力関係」にあるだけ……か? 何処まで話す。こいつは俺様の計画にどう影響を与える?

 

「…………つまらんな」

 

「あァ?」

 

 だが、トラゴエディアから零れた失望の色を含んだ声にバクラは苛立ち気に眉を上げた。

 

「貴様の腹の内は分かる。あくまでオレを部外者として体よく使い潰したいのだろう――つまらんなァ……」

 

 そんなバクラを余所にトラゴエディアの落胆は留まらない。折角愉しい気分で復活したにも拘らず、遊び相手が明後日の方向を向いていれば気勢が削がれるというもの。

 

「貴様の考えは堅実過ぎて、オレには些か以上に刺激が足りん」

 

「つまり、俺様の話には乗れねぇって言いたい訳か?」

 

「思えば、アイツはいつでもオレを愉しませてくれた――最初の会合の破天荒振りも、今では愉快だったと笑いが止まらんよ! あの時はひりつくような緊張感があった……愉しかったなァ」

 

 それゆえかバクラの問いかけも無視したようにトラゴエディアは昔を懐かしむ。自身を復活させた男は良い悪い両方の意味を含めて予想を裏切ってくれる稀有な相手だったと。

 

 その際に、今後の主導権を決めるデュエルにて想定外のイレギュラーが発生した為、今の今まで休眠状態だったトラゴエディアだが、その程度で同盟の約束を反故にする気はなかった。

 

「そして今、オレを復活させたこの瞬間も、こんな面白そうなオモチャをくれた――更に遊び相手も用意してくれるときた」

 

 なにせ、復活して早々に退屈を嫌う己へ愉し気なレクリエーションを用意してくれるのだから。ゆえに1枚のカードをヒラヒラと揺らすトラゴエディアは今一度バクラに視線を合わせ――

 

「そんな愉快な相手を裏切るなら、次なるパートナーにそれ相応のモノを願うのに不思議はあるまい」

 

 試すような言葉を投げかける。退屈させるなと。

 

「くだらねぇ」

 

「くだらないか」

 

 だがバクラの返答は辛辣だった。とはいえ、対するトラゴエディアも堪えた様子はない。

 

「まぁ、同郷のよしみだ。大目にみて堅実な貴様に合わせてやろう――貴様はオレに何をくれる?」

 

 やがて値踏みするようなトラゴエディアの視線が自身に突き刺さるが、当のバクラは相手の真意を測りかねていた。相手の目的が見えない。

 

――こいつ、何が目的だ? 「復活させられた」って話がある以上、命握られてるだろうに、裏切る素振りに迷いがねぇ。

 

「そう警戒するな。オレとしても、アイツと殺し合うのも一興なんだ――二度目となれば、遊びの延長とはいかんだろう。今度は何が飛び出すか愉しみで仕方がない、ククク……」

 

 しかしそんなバクラの内心を見抜いたようにトラゴエディアはくつくつと嗤う。そこには文字通り、自分自身すらも遊び道具に過ぎない歪な精神性がありありと見える。

 

「さぁ、後は追加の対価だ。貴様にはこのくらいシンプルな方が良かろう」

 

「ケッ、ならテメェの飼い主は何をくれたんだ?」

 

 そうして話の主導権を握り続けるトラゴエディアに対し、バクラは吐き捨てるように問う。くだらないやり取りだと。

 

 

「神官の魂」

 

 

 だが、トラゴエディアから出た言葉にピクリと動きを止めた。

 

「……どういう意味だ?」

 

「そのままの意味だ。アイツはオレに神官アクナディンの魂を好きにしていい、とな――もっとも後払いになってしまったが」

 

「ハッ、そんな口約束、信じてんのかよ?」

 

――此処には役者(アクター)とか言うヒーロー気取りのヤツがいる筈だ……マリクにさえ、身体張った奴がそんな真似許すとは思えねぇ。

 

 しかし続いたトラゴエディアの言葉にバクラは呆れた声を漏らす。どう考えても相手が約束を守るとは思えない。

 

 トラゴエディアの飼い主が誰かはバクラにも知れないが、アクターがバトルシティで光のピラミッドを所持していた事実を把握している以上、ギリギリとはいえ善側の人間であると認識している為だ。

 

「アイツは契約を違えるようなことはせんさ。善悪の線引きはしても、区分はしないヤツだからな」

 

 だが、トラゴエディアはバクラのそんな認識を嗤う。

 

「考えてもみろ――『目的の為に必要だから』とオレのような人間を呼び戻すヤツがまともな神経をしていると思うか? だからオレには確信がある」

 

 あれ程までに破綻した人間性を持つ相手を知らぬ若人へ「勿体ない」と嗤う。

 

「アクナディンの魂なんぞ、ヤツにとって『どうでもよいもの』だろうからな」

 

「成程な」

 

「おお、貴様にも――」

 

「やっぱテメェは此処で死んどけ」

 

 しかし、それらを踏まえたバクラはトラゴエディアの排除を決める。

 

 正直な話、バクラは「盗賊王バクラ」程に神官たちへの復讐に執心していない。

 

 己が真に優先すべき「大邪神ゾーク・ネクロファデスの復活」という目的がある以上、「神官への復讐を企てつつも、自分が愉しむことを最優先に考える」トラゴエディアの在り方は土壇場で邪魔になりかねないと判断した結果だった。

 

 

「…………ククク、残念だ――だが、生き残ったオレたちが殺し合うのも、また一興」

 

 そんなバクラに対し、「残念」との言葉程に落胆を見せない様子でトラゴエディアは愉快気に笑みを浮かべ、腕から黒く細身のデュエルディスクが肉を押しのけ生やしていき、光のピラミッドを台座に戻しながらデッキを装着。

 

「丁度新しいオモチャの具合も確かめたかったところだ」

 

「だったら、そのオモチャもついでに俺様が頂いていくとするぜ!」

 

「そうか、そうか――なら、存分に死合おうか!」

 

 やがてバクラが市販品のデュエルディスクを腰から取り出し腕にデッキと共に装着したことを確認した後――

 

「 「 デュエル!! 」 」

 

 

 

 二つの悪意がぶつかり合った。

 

 

 

 そして先攻・後攻の選択権を得たバクラは当然とばかりにデッキからカードを引き抜く。

 

「俺様の先攻! ドローカード!! まずはこいつだ――魔法カード《手札抹殺》を発動! 互いは手札を全て捨て、その枚数分ドローする! 俺様は新たに5枚のカードをドロー!」

 

「ククク、さて貴様の手札は良くなったか?」

 

 初手からの手札交換に対し、煽るようなトラゴエディアの声が響くが、バクラのデッキはオカルトが、不死性がテーマのデッキ――墓地にカードを送ることこそがその狙い。

 

「ほざいてな! 墓地の《ヘルウェイ・パトロール》を除外して、手札から攻撃力2000以下の悪魔族モンスターを特殊召喚するぜ! 来なッ! 《死霊伯爵》!!」

 

 ゆえに墓地からバイクのエンジン音が響くと共に、不死者よろしく大地から剣を持った腕を突き出し、這い出たノースリーブの赤いスーツを纏った皮膚を剥がされたゾンビさながらの外見の《死霊伯爵》が襟を正した後、腰から剣を引き抜く。

 

《死霊伯爵》 攻撃表示

星5 闇属性 悪魔族

攻2000 守 700

 

「お次はコイツだ! 墓地の3体の悪魔族モンスターを除外して手札から特殊召喚! 来たれ、死の世界の支配者! 《ダーク・ネクロフィア》!!」

 

 やがてそんな《死霊伯爵》が大仰な礼をすればそのエスコートを合図に、その先に噴出した闇から歩み出るのは髪のない女性のマネキンに歯車仕掛けを組み込んだ悪魔。

 

 その手に抱かれた壊れた赤子の人形がカタカタと音を立てて嗤う。

 

《ダーク・ネクロフィア》 攻撃表示

星8 闇属性 悪魔族

攻2200 守2800

 

「まだだ! 除外された3体の悪魔族をデッキに戻すことでコイツは手札から特殊召喚できる――出でよ、反魂の統率者! 《カース・ネクロフィア》!!」

 

 更に《ダーク・ネクロフィア》の影から、影の主と瓜二つな外見を持つ悪魔が浮かび上がった。だが、その身体は《ダーク・ネクロフィア》とは違い、身体の所々が煙のように揺らめいている。

 

《カース・ネクロフィア》 攻撃表示

星8 闇属性 悪魔族

攻2800 守2200

 

「此処で魔法カード《アドバンスドロー》を発動! 俺様のフィールドにいるレベル8以上のモンスター1体をリリースし、2枚ドローさせて貰うぜ! 《カース・ネクロフィア》をリリース!」

 

 そしてその煙のように揺れ動く《カース・ネクロフィア》の身体が露と消えた途端、バクラの手札に還元され――

 

「カードを2枚セットして、最後にコイツだ――《クリバンデット》召喚!」

 

 2枚のリバースカードとなった。ついでとばかりに呼び出された眼帯を付けた黒い毛玉も小さな手足を伸ばしつつ短剣を構える。

 

《クリバンデット》 攻撃表示

星3 闇属性 悪魔族

攻1000 守 700

 

「俺様はこれでターンエンド! そしてこの瞬間、《クリバンデット》自身をリリースし、効果発動! デッキの上から5枚のカードの内、魔法・罠カード1枚を手札に加え、残りを墓地へ!」

 

 だが《クリバンデット》はすぐさま煙と共にドロンと消え、ヒラヒラと5枚のカードが宙を舞い――

 

「罠カード《メタバース》を手札に――さぁ、テメェのターンだ」

 

 その内の1枚がバクラの手元に、他4枚が地面へと落ち、影の中へ消えていった。

 

「フフフ、そう急くな。オレのターン、ドロー! メインフェイズ開始時に魔法カード《強欲で金満な壺》を発動! エクストラデッキのカードを6枚除外し、2枚ドローする!」

 

 早々に勝負を終わらせようと切り札格の八星モンスターを呼び出したバクラに対し、トラゴエディアはゆっくりとカードを引き、自身とシンクロするようにニヤケ面を浮かべる壺が爆散する中――

 

「……悪くない。オレは《剛鬼スープレックス》を通常召喚! そしてスープレックスの効果で手札の剛鬼1体――《剛鬼ハッグベア》を特殊召喚!」

 

 引いたカードを早速とばかりにデュエルディスクに叩きつけ、飛び出すのは青い竜を思わせるコスチュームのレスラーが、長い白髪を歌舞伎役者のように揺らし現れ、

 

《剛鬼スープレックス》 攻撃表示

星4 地属性 戦士族

攻1800 守 0

 

 その《剛鬼スープレックス》の背後からクマの毛皮を被った大柄なレスラーが腕を仁王立ちするクマのように突き出し――

 

《剛鬼ハッグベア》 攻撃表示

星6 地属性 戦士族

功2400 守 0

 

「剛鬼の効果で特殊召喚されたハッグベアの効果発動! 相手モンスター1体の攻撃力を半減させる! オレが選ぶのは《ダーク・ネクロフィア》!!」

 

 突き出した腕を砲塔にするように雄叫びを放った《剛鬼ハッグベア》の一撃に《ダーク・ネクロフィア》は頭痛を堪えるようにうずくまりながら耳を塞いだ。

 

《ダーク・ネクロフィア》

攻2200 → 攻1100

 

「まだだ! 此処で魔法カード《蛮族の供宴Lv5》を発動! 墓地からレベル5の戦士族モンスター2体――《剛鬼ライジングスコーピオ》2体を蘇生! だが、この効果で蘇生したモンスターの効果は無効化され、このターン攻撃できん」

 

 そんな雄叫びを上げる《剛鬼ハッグベア》の隣にサソリを思わせる赤いアーマーを纏った筋肉質なレスラー2体が互いの拳をぶつけながら並ぶ。

 

《剛鬼ライジングスコーピオ》×2 攻撃表示

星5 地属性 戦士族

功2300 守 0

 

「そして魔法カード《剛鬼フェイスターン》を発動! フィールドの剛鬼――《剛鬼ライジングスコーピオ》を破壊し、墓地の剛鬼1体を蘇生する! 舞い戻れ、《剛鬼ツイストコブラ》!!」

 

 だが、その内の1体がフェイスマスクと共にアーマーを脱ぎ捨てれば赤いサソリから、もみあげと腰から蛇が伸びる緑のアーマーを纏ったレスラーに早変わり。

 

《剛鬼ツイストコブラ》 攻撃表示

星3 地属性 戦士族

攻1600 守 0

 

「そして《剛鬼ライジングスコーピオ》がフィールドから墓地に送られたことで、デッキから『剛鬼』カード1枚を手札に加える――オレは《剛鬼アイアン・クロー》を手札に」

 

 そうして補充され潤沢さを増すトラゴエディアの手札を余所に、フィールドに立ち並ぶ総勢4体――攻撃が可能なのは3体だが――の剛鬼がバクラのフィールドの2体の悪魔たちを挑発するように自身の両拳をぶつけた。

 

「さて、バトルといくか。《剛鬼ツイストコブラ》で《ダーク・ネクロフィア》を! 《剛鬼ハッグベア》で《死霊伯爵》を攻撃!!」

 

 やがて《剛鬼ツイストコブラ》のドロップキックが未だに耳を押さえている《ダーク・ネクロフィア》を蹴り飛ばし、

 

 《剛鬼ハッグベア》のタックルが《死霊伯爵》の振るった剣を己の石頭で砕きながら炸裂し、《死霊伯爵》の方はきりもみ回転しながら吹き飛ばされる。

 

「ぐっ!? 中々やるじゃねぇか……」

 

バクラLP:4000 → 3500 → 3100

 

 そんな2体の悪魔たちが吹き飛ばされた衝撃を受け、顔を腕で覆うバクラだが、トラゴエディアは此処からが本番だと嗜虐的な笑みを浮かべながら腕を突き出す。

 

「なぁに軽いジャブ程度だ――――が、何時までその余裕が持つか見物だな。《剛鬼スープレックス》でダイレクトアタック!!」

 

「させるかよ! 永続罠《ウィジャ盤》と永続罠《死の宣告》を発動!」

 

 そうしてバクラに向けて青い拳を振り上げた《剛鬼スープレックス》が迫るが、バクラもただでは通さない。その背後にアルファベットが記された巨大な盤が浮かび上がる。

 

「そして永続罠《死の宣告》の効果で表側の《ウィジャ盤》及び『死のメッセージカード』の数だけ、墓地及び除外された俺様のカードの中から、悪魔族モンスターを手札に加える!」

 

 すると地面から全てを呪うような叫びと共に怨霊がバクラの手元に集まれば――

 

「俺様が手札に加えるのは――《抹殺の邪悪霊(ダーク・スピリット)》! そして相手が攻撃したダメージステップ時に手札のコイツを墓地に送ることで効果発動!」

 

 その手札から、すぐさま獲物を求めるように剣と盾を生やした怨霊が《剛鬼スープレックス》に襲い掛かる。

 

「俺様の墓地からレベル8の悪魔族1体を効果を無効にして復活させ、そいつとバトルさせる! さぁ、《カース・ネクロフィア》! 地獄から舞い戻り、そいつを八つ裂きにしろ!」

 

 そして迫る怨霊、《抹殺の邪悪霊(ダーク・スピリット)》を《剛鬼スープレックス》は殴り抜くが手応えはなく霧のように霧散し、眼前にいるのは先程同胞が屠った悪魔と似た姿をした片割れ。

 

《カース・ネクロフィア》 攻撃表示

星8 闇属性 悪魔族

攻2800 守2200

 

 やがて己を上回る力を持つ《カース・ネクロフィア》の瞳が赤い光を放ち、霧を貫く怪光線となって放たれ《剛鬼スープレックス》を打ち抜いた。

 

 

 霧が晴れた先に浮かぶ《剛鬼スープレックス》の亡骸――ではなく、胴体を覆っていたアーマー。

 

「――なにっ!? ぐぁッ!?」

 

 そして驚きの声を漏らすバクラ諸共、宙に躍り出ていた《剛鬼スープレックス》から振り下ろされるかかと落としが《カース・ネクロフィア》を叩き伏せた。

 

バクラLP:3100 → 1700

 

「悪いが、《剛鬼ツイストコブラ》の効果を使わせて貰った。これで《剛鬼ハッグベア》をリリースし、その攻撃力分、スープレックスはターンの終わりまでパワーを増す」

 

 生じた衝撃に苦悶の声を漏らすバクラを余所にトラゴエディアの宣言を終えると共に再び宙を舞った《剛鬼スープレックス》がジャンプ台を果たした《剛鬼ツイストコブラ》と《剛鬼ハッグベア》の繋がれた腕に着地する。

 

《剛鬼スープレックス》

攻1800 → 4200

 

「チッ、くだらねぇ小細工を……」

 

「ククク、良い余興だろう? 墓地に送られたハッグベアの効果で『剛鬼』カードを手札に」

 

 悪魔の亡骸が消えた後に《剛鬼ハッグベア》がデッキの仲間とハイタッチを躱して消えていく。

 

「楽しいバトルも終わりだが、次のターンに備えておくか――オレは魔法カード《剛鬼再戦》を発動。墓地の『剛鬼』2体を守備表示で復活させる。《剛鬼ヘッドバット》と《剛鬼ガッツ》を蘇生だ」

 

 やがて守りを固めるトラゴエディアを守護するように頭に翼の意匠をあしらった紫のアーマーを纏ったレスラーが腕を交差させ膝をつき、

 

《剛鬼ヘッドバット》 守備表示

星2 地属性 戦士族

攻800 守 0

 

 黒いアーマーに身を包んだ頭からメラメラと炎を漏らす赤い肌のレスラーがそれに並ぶ。

 

《剛鬼ガッツ》 守備表示

星1 地属性 戦士族

攻800 守 0

 

「そして《剛鬼ガッツ》の効果発動。1ターンに1度、オレのフィールド全ての剛鬼の攻撃力を200アップさせる」

 

 だが、その《剛鬼ガッツ》がガッツポーズしながら声を張れば頭の炎が一層強まり、他の4体の剛鬼たちの頭からも同じような炎が彼ら闘志の如く猛った。

 

《剛鬼スープレックス》

攻4200 → 攻4400

 

《剛鬼ツイストコブラ》

攻1600 → 攻1800

 

《剛鬼ライジングスコーピオ》

攻2300 → 攻2500

 

《剛鬼ヘッドバット》

攻800 → 攻1000

 

《剛鬼ガッツ》

攻800 → 攻1000

 

「最後に永続魔法《補充部隊》とリバースカードを1枚セットし、ターンエンドだ。ターンの終わりにツイストコブラの効果で上昇したスープレックスの攻撃力は元に戻る」

 

 そうして《剛鬼スープレックス》の身体から力が霧散していく中でターンを終えようとしたトラゴエディアだが――

 

《剛鬼スープレックス》

攻4400 → 攻2000

 

「待ちな、そのエンド時に俺様の永続罠《ウィジャ盤》の効果が適用される! 相手のエンドフェイズ毎に俺様のデッキから『死のメッセージカード』が魔法・罠ゾーンに置かれるのさ――まず1枚目! 《死のメッセージ「E」》!」

 

 それを遮るようにバクラの背後のアルファベットが記された巨大な盤《ウィジャ盤》のリングがひとりでに動き始め「 E 」の文字を囲う。

 

「この《ウィジャ盤》を含めた『死のメッセージ』が5枚揃ったとき! 俺様は問答無用でデュエルに勝利するって寸法よ! ハハハハハッ!」

 

 するとその「 E 」の文字が何処からか現れた怨霊によって空に浮かべられ、いつの間にか浮かんでいた「 D 」の文字の隣に位置取った。

 

 これは愉快気なバクラが語ったように死のカウントダウン。そのカウントは――

 

「D、E、A、T、H――DEATH……『死』か」

 

 トラゴエディアが呟いた通り5つ。現在2つが浮かんだ為、残りは3つ。少しばかり先の話だが、油断していればすぐに辿り着く程度の短さだ。

 

「だが、貴様のモンスターは0――そんな悠長に構える時間が残されているかな?」

 

「ククク……まだ気付いてねぇらしいな――テメェは俺様の罠にかかったんだよ!」

 

 しかし、バクラのフィールドのモンスターは0な為に余裕を見せるようにトラゴエディアが不敵な笑みを浮かべるが、その姿をバクラは指さし嘲笑う。既に仕込みは完了しているのだと。

 

「俺様はエンド時に《ダーク・ネクロフィア》の効果発動! コイツが相手によって破壊された時、呪いの人形をフィールドに残すのさ!」

 

 そのバクラの指の先にて地面に転がる《ダーク・ネクロフィア》が倒れた際に残された壊れた不気味な人形が突如としてカタカタと動き出し、目玉をギョロギョロと動かしながら浮かび上がった。

 

「つまり《ダーク・ネクロフィア》がテメェのモンスターの装備カードとなり、俺様の忠実なしもべに早変わりって寸法よ…………その面倒な《剛鬼ツイストコブラ》は頂くぜ!」

 

 やがてその人形は《剛鬼ツイストコブラ》の手の中に納まり、人形を抱えた《剛鬼ツイストコブラ》はフラフラとバクラのフィールドへ向かっていく。

 

「更に《カース・ネクロフィア》の効果発動! モンスターゾーンで相手に破壊されたコイツはそのターンのエンド時に復活!」

 

 そんな《剛鬼ツイストコブラ》を出迎えるようにバクラの影の中から《カース・ネクロフィア》が両の手を広げていた。

 

《カース・ネクロフィア》 攻撃表示

星8 闇属性 悪魔族

攻2800 守2200

 

「そして俺様の魔法・罠ゾーンの表側のカードの数だけ、テメェのフィールドのカードを破壊する! 俺様のフィールドには4枚のカード!」

 

 そうして己が軍門に下った《剛鬼ツイストコブラ》を余所に《カース・ネクロフィア》が空に浮かぶ死をもたらす文字盤へと手をかざせば――

 

「これでテメェの守備モンスター2体に加え、永続魔法《補充部隊》とセットカードはお陀仏だ!」

 

 4体の怨霊が金切声のような叫びを上げながら、トラゴエディアのフィールドを蹂躙していく。

 

 それにより守備表示だった《剛鬼ヘッドバット》と《剛鬼ガッツ》が魔法・罠ゾーンのカードと共に怨霊の渦に呑まれ消えていった。

 

 その光景に対し、戦闘で破壊されない効果を持つ《剛鬼ガッツ》が除去されたのは痛手だとトラゴエディアは舌を打つ。

 

「チッ……だが、破壊された2体の剛鬼のそれぞれの効果でデッキから『剛鬼』カードを2枚手札に加える」

 

「ヒャハハハハ! 随分物寂しいフィールドになっちまったじゃねぇか! 盗みの腕は俺様が上だったみてぇだなぁ」

 

 これでライフはトラゴエディアがリードしているものの、フィールドの差はバクラが語るように歴然。

 

 文字通り、剛鬼モンスター2体だけのトラゴエディアに対し、バクラはモンスターこそ同数だが、魔法・罠ゾーンのカードは4枚と潤沢だ。

 

「フッ、これなら愉しめそうだ」

 

「なら存分に愉しみな――テメェの地獄は此処からだ。俺様のターン、ドローカード!」

 

――さて、これでアイツのデッキのネタは割れた。なら後は何処から崩すかだ。

 

 強がりにしか聞こえぬトラゴエディアの言を嘲笑ったバクラだが、その内心は蛇のように慎重だ。

 

「俺様は墓地の魔法カード《ダーク・オカルティズム》を除外して効果発動! 墓地の『死のメッセージ』カードを任意の数デッキの一番下に置き、その枚数分ドローするぜ」

 

 そして墓地から怨霊の歓喜の叫びが木霊が、バクラのデッキにその身を糧に灯火を与えていく。

 

「俺様は3枚の『メッセージカード』を戻し、3枚ドロー!」

 

 引いた3枚のカードを視界に収めたバクラはダメ押しを求めるように動いた。

 

「此処で永続罠《死の宣告》の効果だ! 《ウィジャ盤》と『死のメッセージカード』は2枚! よって墓地から悪魔族の《死霊伯爵》と《抹殺の邪悪霊(ダーク・スピリット)》を手札に!」

 

 そんなバクラの手札に舞い戻った2体の悪魔は――

 

「そして魔法カード《手札断殺》を発動! 互いに手札を2枚捨て、新たに2枚ドローだ!」

 

 片側が他のカードと共に墓地へと送り返され、対価にと得られたカードをバクラは指で挟みつつ隣のカードをデュエルディスクに叩きつけた。

 

「俺様は今ドローした《ヘルウェイ・パトロール》を召喚!」

 

 それは最初のターンに自身の効果で除外された黒いライダースーツに身を包んだ悪魔のバイク乗り。

 

《ヘルウェイ・パトロール》 攻撃表示

星4 闇属性 悪魔族

攻1600 守1200

 

「そして魔法カード《トランスターン》を発動! 《ヘルウェイ・パトロール》を墓地に送り、デッキから同じ属性・種族でレベルが1つ高いモンスターを呼び出すぜ!」

 

 そんな《ヘルウェイ・パトロール》の身体がボコボコと脈動し、その肉と皮を突き破るように現れるのは――

 

「さぁ、出番だ! ディアバウンド!!」

 

 白い大蛇の頭が揺れる下半身に石像彫刻染みた人の上半身を持った何処か神聖さすら感じさせる白き悪魔が背中の小ぶりな4枚の羽を広げた。

 

 その姿は今までのバクラが繰り出してきた悪魔たちとは大きくことなる雰囲気を感じさせる。

 

《ディアバウンド・カーネル》  攻撃表示

星5 闇属性 悪魔族

攻1800 守1200

 

「最後に墓地の《ヘルウェイ・パトロール》を除外して、手札の攻撃力2000以下の悪魔族――《地獄詩人ヘルポエマー》を特殊召喚!」

 

 だが、そんな空気を切り裂くように最初のターンと同様に響いたエンジン音と共に宙から地面に突き刺さった十字架からうめき声が漏れる。

 

 それは十字架に磔にされたゾンビのような悪魔が縛り付けられた罪過に苦しむようにも見えた。

 

《地獄詩人ヘルポエマー》 攻撃表示

星5 闇属性 悪魔族

攻2000 守1400

 

 そうして2体の悪魔を追加で呼び出し、合計4体となった己が軍勢でバクラは攻勢に転じ――

 

「バトルといくぜ!! 《カース・ネクロフィア》! スープレックスを攻撃! 呪霊殺!!」

 

 最初の獲物である《剛鬼スープレックス》へと《カース・ネクロフィア》が手をかざせば、何処からともなく現れた怨霊が仲間を求めるように迫り、《剛鬼スープレックス》の身体を穿ち、消し飛ばしていく。

 

 苦悶の声を漏らし倒れた《剛鬼スープレックス》の余波がトラゴエディアに突き刺さるが、その顔には不敵な笑みが浮かべられていた。

 

トラゴエディアLP:4000 → 3200

 

「ククク、かかったな――オレがバトルダメージを負ったことで手札のしもべの効果が発動する!」

 

 やがてトラゴエディアの手札の1枚から暗い光が漏れ、トラゴエディア自身の身体を覆っていく。

 

「この身に宿れ! 我が憎悪の化身! 《トラゴエディア》!!」

 

 そして蜘蛛の足を持つ異形の悪魔へと己の身体を変質させたトラゴエディアが、《トラゴエディア》としてフィールドに降り立った。

 

《トラゴエディア》 守備表示

星10 闇属性 悪魔族

攻 ? 守 ?

 

「更にスープレックスが墓地に送られたことで、新たな剛鬼カードをサーチ――そして《トラゴエディア》のステータスはオレの手札の枚数×600ポイント!」

 

 その身をモンスターと化したことで、外されたデュエルディスクと手札のカードが宙に浮かぶ中、己の身に力が漲って行くのを感じるトラゴエディア。

 

《トラゴエディア》 守備表示

攻 ? 守 ?

攻2400 守2400

 

 そうして自身の身体を魔物(カー)へと変貌させたトラゴエディアの姿にバクラは合点がいったと、その胸中で納得を見せる。

 

――魔物(カー)との同化……成程な、こうやって生き延びた訳か。

 

「ケッ、往生際の悪い奴だ」

 

「ククク、そう焦るな。愉しい時間はまだまだこれからなんだ」

 

「ほざけ! 俺様に老いぼれの暇つぶしに付きやってやる時間はねぇんだよ! ディアバウンド! ライジングスコーピオをぶちのめしな!」

 

 主の命に両の手を突き出し、その掌にてエネルギーを回転させていく《ディアバウンド・カーネル》。

 

「タダでは通してやれんなぁ――オレは墓地の《天融星(てんゆうせい)カイキ》の効果を発動! オレのフィールドに元々の攻撃力と異なるレベル5以上の戦士族がいるとき、自身を蘇生する!」

 

 だが、その一撃が放たれる前に鬼の顔のような鎧を纏った戦士が二つの(こん)を携え、現れた。

 

天融星(てんゆうせい)カイキ》 守備表示

星5 光属性 戦士族

攻1000 守2100

 

 しかし、それが《ディアバウンド・カーネル》の攻撃を遮ることはない。

 

「だからどうしたよ!」

 

「こうするのさ! 特殊召喚された《天融星(てんゆうせい)カイキ》の効果により、ライフを500払うことで戦士族モンスターを融合召喚する!」

 

 ゆえに出方を窺うように挑発するバクラにトラゴエディアは天に腕をかざせば――

 

トラゴエディアLP:3200 → 2700

 

「オレはレベル5以上の戦士族2体――ライジングスコーピオと《天融星(てんゆうせい)カイキ》で融合!」

 

 その腕の先に《剛鬼ライジングスコーピオ》と《天融星(てんゆうせい)カイキ》が跳躍し、その空中に渦が形成されて行き、2体のモンスターを呑み込んでいく。

 

「融合召喚! 弱肉強食を是とせよ! 《覇勝星イダテン》!」

 

 やがて渦から降り立った巨大な中華風の鎧武者がマントを揺らしながら槍を構えて攻撃に備えた。

 

《覇勝星イダテン》 守備表示

星10 光属性 戦士族

攻3000 守2200

 

「融合召喚された《覇勝星イダテン》の効果でデッキからレベル5の戦士族――《ターレット・ウォリアー》を手札に加え、墓地に送られたライジングスコーピオの効果でデッキから剛鬼カードを更に手札に!」

 

 そうして2体のモンスターの効果で手札を補充しつつ、己が魔物(カー)の力を増大させるトラゴエディア。

 

《トラゴエディア》

攻2400 守2400

攻3600 守3600

 

「これで貴様のディアバウンドではオレのしもべを突破できまい」

 

「そいつはどうかな? ディアバウンドは攻撃する度に攻撃力を600ポイント上昇させていく――俺様の《カース・ネクロフィア》の効果にびびって守備表示で呼んだのが仇になったなぁ」

 

「なら攻撃してくるがいい、フフフ……」

 

 守備力より攻撃力の高いモンスターが守備表示で呼び出され、どう見ても攻撃を誘っているトラゴエディアの姿にバクラは乗ってやるとばかりに手札の1枚に手をかける。

 

「ケッ、俺様は手札から《ジュラゲド》を特殊召喚させて貰うぜ。こいつはバトルフェイズに特殊召喚できるモンスター、その際にライフを1000回復するオマケつきでな」

 

 そうしてバクラが繰り出すのは足の無い青い二本角の悪魔。

 

《ジュラゲド》 守備表示

星4 闇属性 悪魔族

攻1700 守1300

 

バクラLP:1700 → 2700

 

「さぁ、攻撃続行だ! ディアバウンド! 《覇勝星イダテン》をぶっ潰せ! そしてディアバウンドは攻撃する度にその攻撃力を600ポイント高めていく!」

 

 《ジュラゲド》は自身をリリースすることでモンスター1体の攻撃力を1000上げる効果を持つ。

 

《ディアバウンド・カーネル》

攻1800 → 攻2400

 

「消えな! 螺旋波動!!」

 

 これに《ディアバウンド・カーネル》の効果を合わせれば大抵のカードを屠れる数値になる。

 

 それゆえに《ジュラゲド》の効果のタイミングを計るバクラの横で《ディアバウンド・カーネル》からビーム砲が如き一撃が「螺旋」との言葉通りに回転し、貫通力を高めながら《覇勝星イダテン》へと迫る。だが――

 

「通さんよ――《覇勝星イダテン》の効果発動! 自身のレベル以下のモンスターとバトルする際、相手モンスターの攻撃力をダメージ計算時のみ0にする!!」

 

 《覇勝星イダテン》の槍がその螺旋波動を一刀の元に大地に叩きつけ、叩きつけた衝撃がそのまま《ディアバウンド・カーネル》に返された。

 

「チッ、させるかよ! ディアバウンドの効果発動! 相手モンスター1体の攻撃力をターンの終わりまでディアバウンドの攻撃力分下げ、自身を除外する! ドップラー・ファントム!!」

 

 しかしその衝撃は《ディアバウンド・カーネル》が身体を透明化し、姿を消したことで空を切り、バクラの横を素通りしていく。

 

「ククク、逃げ足は速いようだな」

 

「ハッ、口の減らねぇ奴だ。俺様はカードを1枚セットしてターンエンド。エンド時にテメェのモンスターの攻撃力は元に戻る」

 

 あわや2000越えの大ダメージを回避したバクラに今までの挑発をそのまま返すトラゴエディアだが、対するバクラは動じたようすもなく鼻で嗤ってみせた後、1枚のカードをこれ見よがしにセットしてターンを終えた。

 

 

 これでバクラのフィールドは次のスタンバイフェイズに帰還する《ディアバウンド・カーネル》を合わせれば5体のモンスターが並ぶ。

 

 しかしトラゴエディアも2体と数は劣るものの攻撃力3000のモンスターを従えている。まだまだ勝負は分からない。

 

「オレのターン、ドロー!」

 

「待ちな! そのスタンバイフェイズに俺様のディアバウンドが帰還するぜ!」

 

 ゆえに愉しくなってきたと新たにデッキからカードを空中に浮かべたトラゴエディアだが、その出鼻をくじくようにバクラの《ディアバウンド・カーネル》がその白き身体を伺わせる。

 

《ディアバウンド・カーネル》 攻撃表示

星5 闇属性 悪魔族

攻1800 守1200

 

「ならばメインフェイズ開始時に魔法カード《強欲で金満な壺》を発動! エクストラデッキの6枚のカードを除外し、新たに2枚ドローだ!」

 

「良いカードは引けたかよ」

 

 最初のターンの意趣返しと逆に問いかけたバクラだが、トラゴエディアは実に愉し気だ。

 

「まだまだお愉しみはこれからだというのに、そうはしゃぐな」

 

「ほざけ、テメェのモンスターじゃ俺様の布陣は突破できねぇぜ」

 

――そして俺様のフィールドには既に……ククク、さぁ、存分に攻撃してきな……

 

 明らかに罠を匂わせるバクラの姿にトラゴエディアは喜んで乗って見せると手札の中の1枚のカードに視線を落とした。

 

「フッ、急く展開がお望みなら合わせてやるとしよう。オレはフィールド魔法《剛鬼死闘(デスマッチ)》を発動! そしてこのカードにカウンターを3つ置く」

 

 そしてその隣のカードを発動させ、周囲が金網に塞がれた巨大なリングが形成されて行く。

 

カウンター:0 → 3

 

「此処で魔法カード《剛鬼再戦》を発動! 墓地から2体の剛鬼――《剛鬼スープレックス》と《剛鬼ガッツ》を守備表示で復活! 更に手札の剛鬼を捨て、《剛鬼ヘッドバット》を自身の効果で特殊召喚!」

 

 そうして息切れを見せぬ程に最初のターンの焼き増しの如く――

 

 青い竜を思わせる衣装のレスラー《剛鬼スープレックス》が、

 

《剛鬼スープレックス》 守備表示

星4 地属性 戦士族

攻1800 守 0

 

 燃える闘志をそのまま頭上で燃やすレスラー《剛鬼ガッツ》が、

 

《剛鬼ガッツ》 守備表示

星1 地属性 戦士族

攻800 守 0

 

 翼を思わせる意匠が見える紫のマスクを被ったレスラー《剛鬼ヘッドバット》が立ち並ぶ。

 

《剛鬼ヘッドバット》 守備表示

星2 地属性 戦士族

攻800 守 0

 

「そして自身の効果で特殊召喚された《剛鬼ヘッドバット》の効果により、剛鬼1体の攻撃力をエンド時まで800アップさせる――が、関係ない」

 

 やがて《剛鬼スープレックス》の元へ力を託すべく歩み寄る《剛鬼ヘッドバット》だが、その歩みは腕に何やら文様を光らせるトラゴエディアの腕の一振りが遮った。

 

「オレは《剛鬼スープレックス》と《剛鬼ヘッドバット》の2体をリリースし、アドバンス召喚!!」

 

 するとその腕の文様の詳細が段々と明瞭に映る中、2体の剛鬼が大地から噴き出た紫色の光に呑まれ――

 

 

「さぁ、今こそ地獄の門を開け! 我が憎悪を存分と糧にしろ!」

 

 

 その妖しき光はトラゴエディアの宣言と共に空へと軌跡を描く。

 

 

「大地に縛られし、邪なる神よ! 復活の雄叫びを上げよ!」

 

 

 そして空に浮かび上がり、大地に照射されるのは巨大な蜘蛛の地上絵が描かれ――

 

 

 

「――《地縛神 Uru(ウル)》!!」

 

 

 

『■■ィ■■■ァ■■■■■■シャ■■■■■ォ■■ィ■■ッ!!』

 

 その只中から闇色の巨大な蜘蛛の化け物が蜘蛛の巣代わりの金網に八本の足を降ろしつつ、体中に奔る赤いラインを鈍く輝かせながら、金属擦れ合うような不協和音染みた咆哮を轟かせた。

 

《地縛神 Uru(ウル)》 攻撃表示

星10 闇属性 昆虫族

攻3000 守3000

 

「フハハハハハハハハハハハハッ! アハハハハハハハハハッ! ハハハハハハハハハハハハハハッ!!」

 

 地縛神の一柱を呼び出し、圧倒的な力の奔流の只中にいるトラゴエディアは狂ったように高笑いを上げる。

 

 この力があれば、世界すらも玩具に過ぎないとばかりに愉快だと笑い続ける。

 

「ぐっ……なんだ、そのカードは……!」

 

「最高の気分だ! アイツには驚かされてばかりだな! 退屈しなくてすむよ、フフフ……!」

 

 そんな力の奔流に吹き飛ばされぬよう踏ん張るバクラも知らぬ力にトラゴエディアは終始ご機嫌だ。

 

「デカブツだせて、ご満悦みてぇだな……だが、その程度じゃ俺様のディアバウンドの力でお陀仏だぜ」

 

「ククク、急く展開が好みだったな――墓地に送られた2体の剛鬼の効果で2枚の剛鬼カードをサーチ」

 

 だが、やがて響いたバクラの声に遊び相手の存在を思い出したトラゴエディアは手にしたおもちゃの具合を早速確かめたいと無邪気な子供のような様相で腕を天に掲げた。

 

「さぁて面白いものを見せてやろう! 《地縛神 Uru(ウル)》の効果! 自軍のモンスター1体を贄に相手モンスター1体のコントロールをエンド時まで得る!」

 

 やがて《地縛神 Uru(ウル)》の蜘蛛の足の一本が自軍の《剛鬼ガッツ》を貫き、もがく《剛鬼ガッツ》を器用に口元に運び捕食。肉の潰れる音が響いた後、《剛鬼ガッツ》の断末魔が響く。

 

「《剛鬼ガッツ》を贄に捧げ、《カース・ネクロフィア》を頂こうか!!」

 

 そうして捕食した養分を糧に《地縛神 Uru(ウル)》は口から蜘蛛の糸を吐き出し、《カース・ネクロフィア》を絡めとり、勢いよく引けば《カース・ネクロフィア》の身体はトラゴエディアのフィールドに投げ出された。

 

「更に《トラゴエディア》の効果発動! 相手モンスター1体と同じレベルのカードを手札から捨てることで、そのコントロールを奪う! 返して貰うぞ、オレのしもべを!!」

 

 そして最後のダメ押しとばかりに《トラゴエディア》の口から放たれた瘴気が《剛鬼ツイストコブラ》の身を穿ち、呪いの上書きとばかりに再洗脳された身がトラゴエディアのフィールドにフラフラと戻った。

 

「さぁて、オレのフィールドも随分と賑やかになったものだ――盗みの腕はオレの方が上だったようだな」

 

 これにてフィールドの差は覆ったとトラゴエディアは語る。

 

 バクラのフィールドに3体のモンスターがいれども、そのステータスは高いとは言えず、

 

 一方のトラゴエディアのフィールドには5体のモンスター。しかもそのうち3体は攻撃力3000越えの超大型となれば、差は歴然。

 

「貴様の《抹殺の邪悪霊(ダーク・スピリット)》は 墓地に八星の悪魔族モンスターがいなければ効果は発動できない」

 

「クッ……」

 

 トラゴエディアが愉快気に説明するように、追い詰められつつある現実が迫る中で、バクラは此処にきて初めて顔を歪めた。

 

「更にオレの手札は墓地に送られたスープレックスのサーチも合わせて6枚、《トラゴエディア》の攻撃力は3600と十分だ。守備モンスターを全て攻撃表示に変更し――」

 

 更には相手の手札も剛鬼カードが多いものの潤沢。トラゴエディアの軍勢も獲物を前に殺気立つように闘志を漲らせていく。

 

《トラゴエディア》 守備表示 → 攻撃表示

攻 ? 守 ?

攻3600 守3600

 

《覇勝星イダテン》

守備表示 → 攻撃表示

 

「煩いぞ、今良いところなんだ――貴様の望み通り、早々に終わらせてやろう! バトル!!」

 

 ゆえにこれで終局だとトラゴエディアは我慢しきれぬとばかりに手にした新しいオモチャ――《地縛神 Uru(ウル)》の具合を確かめる。

 

「《地縛神 Uru(ウル)》は相手にモンスターがいようとも直接攻撃できる!! さぁ、この攻撃を受けるが――」

 

 やがて闇色の巨大な蜘蛛の化け物が有象無象を飛び越えてバクラ本人を貫かんと足の一本を振り上げるが――

 

――かかったな、馬鹿が!

 

 その攻撃でさえ、多少のイレギュラーがあれどもバクラの想定内だった。

 

 獲物が罠にかかったと、リバースカードに手をかざそうとするバクラだが、その瞬間にジリリとけたたましい警報音がこの空間に響き渡った。

 

 さらに追い打ちとばかりに周囲の壁がゴウンゴウンと音を立てて隔壁が侵入者を閉じ込めんと駆動する。

 

「…………チッ、邪魔が入りやがったか」

 

 そうした周囲の変化に舌打ち交じりにリバースカードにかざしていた手を収めたバクラは「これ以上のデュエルは望めない」と脱出の算段へと思考をシフト。

 

 だが、方針が固まる前に魔物(カー)としての姿から人の姿に戻ったトラゴエディアの挑発気な声が響く。

 

「やれやれだ……お互い面倒事は困る身――この勝負は次に預けておくとしよう。尻尾を巻いて早々に立ち去ると良い、ククク……」

 

「相変わらず口の減らねぇ野郎だ……が、俺様にも都合がある。今日のところは引き分けってことにしておいてやるぜ」

 

 そんな表に易々とは出れぬトラゴエディアの事情ゆえの停戦の申し出に同意したバクラはデュエルディスクを待機状態へと移行させながら張り合うような言葉を並べ――

 

――ハッ、命拾いしたのは果たしてどっちだろうなぁ。

 

 やがてそんなバクラの内の声と共に、周囲の隔壁が完全に閉まり切る寸前にバクラは滑り込むようにこの空間から脱した。

 

 そんな相手の姿を見送ったトラゴエディアはデュエルディスクとデッキを仕舞い込みほくそ笑む。

 

「フフフ、楽しい時間もこれまでか。さて――」

 

 中断してしまったとはいえ、中々に愉しい時間だったと。だが、それゆえに許容できないものもある。

 

 バクラがこの場を去った後でタイミングよく止まった警報が、己の愉しみを邪魔した下手人の存在の何よりの証明。

 

 さらに背後に新たに生じた気配に「どんな弁解を見せるのか」とトラゴエディアが振り返った先には――

 

 

「――折角の語らいを邪魔するとはどういう要件だ?」

 

 

 

 

「目覚めの気分はどうですか、トラゴエディア?」

 

 

 悪びれた様子もない何時もの張り付けた笑みを感じさせる己の共犯者(神崎)の声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 






ダーツの中の人が神崎だと、一体いつから錯覚していた?




~今作のバクラデッキ~
悪魔族の4・5・8レベルを主軸にしたデッキ。アンデット族はさよなライオン。

バクラを象徴するカード《ダーク・ネクロフィア》と《ディアバウンド・カーネル》を中心に添え、《ウィジャ盤》コンボを組み込んだもの。

バクラの使用カードに《ディアバウンド・カーネル》や《死霊伯爵》といった「レベル5の攻撃力2000以下」のカードが複数あった為、同条件の《地獄詩人ヘルポエマー》などで選択肢を増やしつつ《ヘルウェイ・パトロール》+《トランスターン》で展開。

レベル8悪魔族はその過程で召喚条件が整う《ダーク・ネクロフィア》と《カース・ネクロフィア》の2組のみ。それらを抹殺or怨念の邪悪霊(ダーク・スピリット)で繰り返し、展開していく。

余談だが、闇マリクが使用したレベル8の悪魔族、《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》を追加すれば、同じく闇マリクが使用した《地獄詩人ヘルポエマー》の存在もあって、

「闇マリクと闇バクラはズッ友だよ!」デッキに早変わりする――(精神的に)まさにDEATH☆GAME!┌(┌^o^)┐デス・ゲームォ…

抹殺or怨念の邪悪霊(ダーク・スピリット)で蘇生した《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》の効果は無効化される為、自身がラヴァ・ゴーレムに焼かれることもない――使用者二人は仲悪いのに、カード間の相性が良いのなんで……(困惑)




~今作のトラゴエディアのデッキ改~
新入り剛鬼、《剛鬼ガッツ》や《剛鬼アイアン・クロー》のバンプアップ要素が増えたことで

前回のトラ剛鬼に《天融星カイキ》を追加し、勝鬨ギミック(融合ギミック)を搭載したことで攻撃能力がパワーアップ! レベル5戦士要素も、ちょっぴり追加!

下級剛鬼を《鋼鉄の魔導騎士-ギルティギア・フリード》に
上級剛鬼を《覇勝星イダテン》に融合だ! もう一度融合すれば《覇道星シュラ》も呼べるぞ!

そして《覇勝星イダテン》ならば《ハネクリボー LV9》が来ても安心だ!

《覇道星シュラ》がいれば、《トラゴエディア》が手札不足で攻撃力が下がっても、持ち前のレベルの高さを生かし活躍できるぜ!

《地縛神 Uru(ウル)》の採用は《トラゴエディア》が蜘蛛っぽい外見ゆえ(一応、コントロール奪取のリリースコストが賄いやすい、との理由もありますが)




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第177話 機械の心



前回のあらすじ
(デュエルの)中断オチなんて、サイテー!





 

 

「今、最悪になったところだ」

 

「おや、それは困りましたね。今後とも仲良くしていきたいのですが」

 

 背後から届いた「目覚めの気分はどうだ」との問いに不機嫌さを隠そうともしないトラゴエディアに対し、全身をスッポリと覆う黒いローブの中から若干加工された神崎の声が木霊する。

 

 そこにはバクラとの一戦を邪魔した現実を悪びれる様子もない。

 

「……チッ、何故オレの邪魔をした」

 

 だが、そんな態度ではトラゴエディアも「はい、そうですか」と素直に頷けはしない。ゆえに黒いローブに隠された先にあろう相手の瞳を睨みながら問うが――

 

「最初に説明したでしょう? 今回はあくまで闇のゲームの中断実験だと」

 

「タイミングはオレの裁量に任せるとの話だった筈だが?」

 

「その際に『あのカードは使わない』との約束もした筈ですよね」

 

「相手のリバースカードを吊り上げる為だ。貴様の実験とやらにはオレがデュエルを優勢に進める必要があるだろう?」

 

「おや、あのカードを使わなければ負けていたと――そう仰りたい訳ですね」

 

 並べたトラゴエディアの文句にも、暖簾に腕押しとばかりに手応えがなく、却って痛いところを突かれる始末。

 

 それもその筈、バクラの実力はトラゴエディアも厄介だと感じていたが、地縛神の召喚は自身の愉しみを優先させたゆえ。受けた指示を無視した癖に、相手には「約束を守れ」などとは通らない。

 

「……分かった、分かった。オレの愉しみは暫し自重する。これでいいだろう? メインイベントに期待するとするさ」

 

 ゆえにトラゴエディアは降参だとばかりに両手を上げて形ばかりの謝罪を返す。

 

 同郷バクラとのデュエルで十二分に愉しめていた中で、欲張ったのは己の方だったと。

 

 そうして一先ずの矛先を収めたトラゴエディアだが、此処で相手の黒いローブ姿の恰好へと話題が移る。

 

「しかし、その姿はなんだ? 仮装にしては随分と酔狂だな」

 

「人目を気にしたゆえですよ。この場に――」

 

 だが、その返答がなされる前に物影からカタリと聞き逃してしまいそうな程の小さな音が響いた。

 

 

 途端に黒いローブの足元から這い出た夥しい規模の影が物音の発生源へと津波のように殺到し、この一室の一部分を黒く染める。

 

 

 

 そうして物音の発生源周辺を黒く塗りつぶすような影の暴威が蠢く中、トラゴエディアは呆れたように声を漏らす。

 

「いちいち大袈裟なヤツだな。それで何があった?」

 

 とはいえ、対象がなんであれ明らかなオーバーキルな様相を見れば呆れ声も出よう。しかし影の中から鞭のような一本の影が釣り上げたのは機械の部品が一つ。

 

「…………いえ、ただ機材の一部が落ちただけのようです」

 

「そうか――ところで、色々探られたようだが構わなかったのか?」

 

 ゆえに大した問題ではなかったと話を流し、今回の侵入者騒ぎへの対応を詰めるが――

 

「構いませんよ。見られて困るものは先んじて片付けておいたので――それに彼()にはまだやって貰いたいこともありますから」

 

「フン、全ては掌の上という訳か」

 

「ご想像にお任せします」

 

 しかし既にそれらの対応は済ませたとの返答にトラゴエディアは詰まらなそうに息を吐いた。そこには愉しめそうなイレギュラーがなかったことへの不満が見て取れる。

 

――危なかった……正直、間に合うか賭けだったけど、なんとか間に合って良かった……!!

 

 とはいえ、神崎の胸中は平静とは程遠い。

 

 なにせ、侵入者の報せを受け、ジークが何やら自白している横で、すぐさまカードの実体化の力により《強制転移》を発動し、シモベとダーツ役を入れ替わった後、海馬ランドUSAから大急ぎでアレコレ手を回しながら戻ってきたのだ。

 

 かなりハードな帰路である。トラゴエディアの足止めがなければ間に合わなかったかもしれないと神崎は心中で大きく安堵の息を吐く程に。

 

――しかし、詰めまでは済ませたとはいえ、ジークの件を丸投げしてしまったが、シモベは上手くやっているだろうか……後で通信を入れてみるか。

 

 そうして一先ず落ち着いた神崎はトラゴエディアと今後の予定を軽く詰めた後、海馬ランドUSAのシモベへと意識を向けながらこの一室から去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな話題の人物、ジークの社会的爆死を見届けたダーツの中の人こと「シモベ」は豪勢な個室にてダーツの変装を止め、炎の身体でふかふかソファにゴロ寝しながら、年代物感溢れるワインをラッパ飲みしつつ、高級そうなチーズを頬張っていた。

 

「ほー、そこでああ動きますか。人間共も中々やりますねー」

 

 そうして、もごもご口元を動かしつつ視線は部屋に備え付けられた巨大なモニターに向けられており、モニターに映る海馬ランドUSAのカイバーマンショーを行う劇場にてデュエルを行う大会参加者を眺め、デュエル観戦もこなす始末――全力で今の環境をエンジョイしている。

 

 

 そんなモニターの先のデュエルでは、強面ながらもコアラの面影が見える顔立ちをした筋骨隆々の大男、前田 熊蔵が、ドクロ頭の顎がイッカクの角のように伸びた魚を宙へ泳がせていた。

 

《深海王デビルシャーク》 攻撃表示

星4 水属性 魚族

攻1700 守 600

 

「おいは魔法カード《ユニコーンの導き》の効果で手札を1枚除外し、除外されとる鳥獣族の《BF(ブラックフェザー)-残夜のクリス》を特殊召喚! 続いて装備魔法《DDR》の効果で手札を1枚捨て、除外されとる《異次元竜 トワイライトゾーンドラゴン》を特殊召喚!」

 

 やがて熊蔵は2枚の手札をデュエルディスクに差し込みつつ、自軍の戦力増強を図る。

 

 そうして空から黒い羽を巻き散らしながらカラスの鳥人が赤いチャイナ風の衣服を揺らして着地した後、右手の柄もつばもない刀身が波のようにぐねった短剣を日光にかざし、キラリと光らせ――

 

BF(ブラックフェザー)-残夜のクリス》 攻撃表示

星4 闇属性 鳥獣族

攻1900 守 300

 

 その光の先から次元を歪めて舞うのは手足代わりの4枚の翼を持つ空色のドラゴン。

 

《異次元竜 トワイライトゾーンドラゴン》 攻撃表示

星5 光属性 ドラゴン族

攻1200 守1500

 

 だが、此処で熊蔵の対戦相手であるパンドラが動いた。

 

「ですが、貴方が効果モンスターを特殊召喚したことで、フィールド魔法《天威無崩(てんいむほう)の地》の効果により、通常モンスターである《ブラック・マジシャン》をコントロールする私は2枚ドロー!」

 

 堅牢な岩山を背にパンドラが腕を天にかざせば、土地の力――龍脈が呼応するように自身のフィールドの2体の《ブラック・マジシャン》の杖に灯って行き、その力は他ならぬパンドラの手元に新たな手札となって舞い込んだ。

 

「だとしても、これでおいの墓地に新たに7枚のカードが貯まったど――よって墓地の7枚のカードを除外し、墓地の《妖精伝姫(フェアリーテイル)-シラユキ》を自身の効果で特殊召喚でごわす!」

 

 そうして2枚のドローを許した熊蔵だが、既に仕込みは済んだと大地に手をかざせば、ミーアキャットよろしく、地面からシュタっと、頭を出した童話のお姫様のような青いドレスを纏ったリスの獣人が薄桃色の尻尾を威嚇するように立てながら飛び出す。

 

妖精伝姫(フェアリーテイル)-シラユキ》 攻撃表示

星4 光属性 魔法使い族

攻1850 守1000

 

「そして特殊召喚された《妖精伝姫(フェアリーテイル)-シラユキ》の効果でおはんのモンスター1体を裏守備表示に!」

 

 やがて《妖精伝姫(フェアリーテイル)-シラユキ》からトルネード投法で投げられたリンゴを顔面に喰らった《ブラック・マジシャン》の1体が突如として生じた強烈な眠気に頭を揺らし、最後は裏守備表示を示すカードの裏面を布団がわりにパタリと倒れた。

 

「だとしても貴方のモンスターの攻撃力では私の《ブラック・マジシャン》たちを突破することは叶いませんよ」

 

「そげな心配は無用! おいの薩摩次元流の本領は此処からでごわす!」

 

 裏側守備表示にされども《ブラック・マジシャン》の守備力は2100――熊蔵の従える4体のモンスターのどれもが突破は不可能だ。しかし、熊蔵には自身が修めた剣術流派をデュエルに落とし込んだ必殺の一撃がある。

 

「墓地にカードが存在せず、おいのカードが4枚以上除外されとる時、魔法カード《カオス・グリード》は発動可能! おいはデッキからカードを2枚ドロー!」

 

 しかし、念をいれるように手札を増強した熊蔵は引いたカードを手に、ここぞとばかりに――

 

「薩摩次元流は一撃必殺! 魔法カード《ブラック・ホール》を発動! これでフィールドの全てのモンスターは破壊されるでごわす!」

 

 全てを一撃で吹き飛ばす必殺のカードを放った。

 

 やがてフィールド全体に黒い渦から生じた世界をも呑み込み空間の暴威が吹き荒れ、あらゆる命を奪わんとするが――

 

「なるほど、貴方のモンスターはどれも効果破壊に対して耐性があるカードばかり――」

 

 パンドラのいうように《深海王デビルシャーク》・《BF(ブラックフェザー)-残夜のクリス》・《異次元竜 トワイライトゾーンドラゴン》のそれぞれには微妙な違いはあれど魔法カード《ブラック・ホール》の効果で破壊されない効果を持つ。

 

 それゆえにこの魔法カード《ブラック・ホール》に呑まれ、破壊されるのは何の効果も持たない通常モンスターであるパンドラの2体の《ブラック・マジシャン》だけだ。

 

「ですが、私の《ブラック・マジシャン》を容易く屠れるとは思わないことです!」

 

 しかしこの破壊の奔流に呑まれて行く《ブラック・マジシャン》が杖をかざせば――

 

「カウンター罠《王者の看破》を発動! 私がレベル7以上の通常モンスターをコントロールしているとき、魔法・罠カードの発動を無効にします!」

 

 黒い破壊の奔流はその杖の先にどんどん押し留められていき、やがて拳大にまで縮んだ《ブラック・ホール》は《ブラック・マジシャン》が最後にろうそくを消すように息を吹きかければパキンと砕け、塵となって消え去った。

 

「ぐっ……」

 

「残念ながら剣術のように一撃必殺とはいかなかったようですね」

 

 熊蔵の必殺の一撃をなんなく躱したパンドラが赤紫の自身のシルクハットを指でピンとつつき、余裕を見せるが――

 

「フッ、そげな油断が命取りでごわす! おいは魔法カード《カオス・エンド》を発動! おいのカードが7枚以上除外されとる時、フィールドのモンスターを全て破壊じゃ!!」

 

 熊蔵の必殺の一撃はまだ終わってなどいなかった。

 

 お次は空を毒々しい色へと変えながら、巨大な流星群が今度こそフィールドの全て――パンドラの《ブラック・マジシャン》たちを抹殺せんと迫る。

 

「《妖精伝姫(フェアリーテイル)-シラユキ》をあのタイミングで使用したのは《カオス・グリード》のドローだけでなく、此方の狙いもありましたか――ですが無駄です! 墓地の《マジシャンズ・ナビゲート》を除外することで相手の魔法・罠カード1枚の効果をターンの終わりまで無効にします!!」

 

 しかしそんな流星群は《ブラック・マジシャン》が杖を筆のように空へと振れば、異次元のゲートが開き、まるで的当てのように流星群はその異次元の先に放り込まれて行った。

 

「なんとっ!?」

 

 よもや2度目が防がれるとは思っていなかったのか、熊蔵の瞳に驚愕の色が映るが――

 

「残念でし――」

 

「ならば2枚目の魔法カード《カオス・エンド》を発動でごわす!」

 

「だとしても! 墓地の2枚目の《マジシャンズ・ナビゲート》を除外して無効に!」

 

「だぁとしてもぉ! 3枚目の魔法カード《カオス・エンド》を発動!」

 

「三連続!?」

 

 ならばとばかりに二度目、三度目といつエンドするのか疑問な程に魔法カード《カオス・エンド》が繰り出された。

 

「――ですが! 墓地の永続魔法《幻影死槍(ファントム・デススピア)》を除外し、闇属性モンスターの破壊の身代わりとします!」

 

 やがて降り注ぐ流星群に巻き込まれた《妖精伝姫(フェアリーテイル)-シラユキ》の黒く美しいショートカットの髪が生じた爆発によってアフロへ変貌させながら地面に倒れるも、

 

 攻撃表示の《ブラック・マジシャン》は流石にこうも連続では魔力が足りないのか、最後は杖の形を槍状に変化させながら、自身に迫る隕石のみを切り払う。

 

 だが、そうして払った隕石の1つが、もう一方のお眠むな方の裏側守備表示の《ブラック・マジシャン》に直撃し、その際に身体が破裂したのか、なにやら赤黒い血飛沫を巻き散らした。

 

「がはは! だが、もう1体のマジシャンはこれでお陀仏でごわ――!? なんじゃ一体!? おいの手札のカードに!?」

 

 しかし、その血飛沫はやがて所々で集合していき、「闇」の文字が浮かぶドクロ頭を形成した後、熊蔵の手札にペタリペタリと貼りついていく。

 

「残念ながら、先んじて罠カード《闇のデッキ破壊ウイルス》を攻撃力2500以上の闇属性カード《ブラック・マジシャン》を媒体に発動させて頂きました」

 

 そう、裏側守備表示の《ブラック・マジシャン》は隕石の衝突によって爆散したのではない、己が肉体を魔術の媒体としたのだ。

 

「これで貴方の手札・フィールドの罠カードは全て破壊! つまり、貴方の魔法カード《カオス・エンド》は私のカードを何一つ破壊してなどいないのです!」

 

 やがて熊蔵の手札から罠カード《つり天井》と罠カード《激流葬》がウイルスに侵食されたことで、墓地に送られる中、最後の手札がポツンと残る。

 

 反面、パンドラの手札はフィールド魔法《天威無崩(てんいむほう)の地》のドロー加速も相まって潤沢。熊蔵の逆転は厳しいだろう。

 

「さて、貴方の一撃必殺も品切れのご様子ですが――」

 

「いんや、薩摩次元流の一撃必殺は此処からでごわす! 永続魔法《憑依覚醒》発動! これでおいのモンスターは自軍の属性×300パワーアップ!」

 

 しかし最後の一太刀が熊蔵には残されていた。現在、熊蔵のフィールドの属性は「水」、「闇」、「光」の3種。よって900ポイント上昇する。

 

 さすればパンドラのフィールドに君臨する最後の《ブラック・マジシャン》の攻撃力2500を超えるのだ。

 

「これでそのマジシャンを倒し、がら空きのおはんにダイレクトアタックして一撃必殺でごわす! いざバトル!」

 

「残念ながらそうはいきません。次なる演目をご覧頂きましょう! リバースカードオープン!!」

 

 そうして熊蔵が率いる一体ばかり数を減らし、3体となったモンスターがパンドラの《ブラック・マジシャン》に飛び掛かる。

 

 だが対する《ブラック・マジシャン》が杖を天に振りかざせば、空から3つのシルクハットと共に棘だらけの天井が降り注いだ。

 

 

 

「あーらら、裏をかかれたようだYO! プー、クスクス――だ~か~ら~アレはミラーフォースのような逆転のカードだと言ったではないですか」

 

 やがて嘗ての闇遊戯との一戦を思い出させる罠カード《マジカル・シルクハット》と罠カード《つり天井》のコンボによって破壊耐性が1ターンに1度限定の《深海王デビルシャーク》と《BF(ブラックフェザー)-残夜のクリス》を叩き潰された光景をモニター越しに見たシモベは下卑た嗤い声を漏らす。

 

『シモベ、其方の状況はどうなっていますか?』

 

「このターンに引いた罠カード《つり天井》があれば、逆転の芽もあったでしょうに、罠カード《闇のデッキ破壊ウイルス》に破壊されてまさに絶体絶命だYO! アハハハハッ!」

 

 そんな頭の中に響いた神崎の声を余所にシモベの視線の先のモニターには自軍の数が減ったことで永続魔法《憑依覚醒》の強化も減衰した《異次元竜 トワイライトゾーンドラゴン》が3つのシルクハット相手に右往左往する光景がモニター上に映った。

 

『シモベ』

 

「最後の頼みの綱は墓地の《妖精伝姫(フェアリーテイル)-シラユキ》ですが、復活の為には7枚の除外が必要――後1回分ですし、相手が――あれま、これではおしまいですねー」

 

 呼びかけられる声も忘れて試合の行く末を見守っていたシモベだが、バトルの終わりに《マジカル・シルクハット》によってモンスター扱いでセットされた永続罠《マジシャンズ・プロテクション》が破壊され、墓地から2体の《ブラック・マジシャン》が復活したのを確認し、天を仰ぐような仕草を取る。

 

 やがて次のターンにて反転召喚された《ブラック・マジシャン》を含め、3体のマジシャンに宙から見下ろされる《異次元竜 トワイライトゾーンドラゴン》が恐怖に身体をプルプルと震わせる姿を見れば、後の末路など語るまでもなかった。

 

『シモベ』

 

「しかし、同じ魔術師使いであっても此方のデュエルとは違い、先日の試合でのヒトデ頭は他とは明らかに違いますね。あの瞳は忌々しいシグナー共を思い出…………ん? ――我が主!?」

 

 ゆえに「勝負あった」とパネルを操作し、複数の試合をモニター上に並べて試合を物色していたシモベが過去の試合に意識を向けていたが、此処でようやく神崎の声に気付き、ふかふかソファから飛び起き、慌てて身なりを整えるような仕草の後にソファの上で正座する。

 

『報告を』

 

「いえ、いえいえ! これには、これには深い訳があるのですYO! それこれも、あのヒラヒラコートがやたらとワタシを睨んでガンを飛ばしてくるものですから、これ以上はと怪しまれる前に接触を避けただけ! ですから、ですから、決してサボっていた訳では――」

 

 しかし、端的に告げられた頭の中に響く神崎の声を「怒っている」と感じたシモベは両の手を前に出しながらアワアワと狼狽え、言い訳のようにあれやこれやと言葉を並べたてる。

 

 理由があったとはいえ、傍から見れば請け負った「ダーツのフリをする」を放り投げてダーツの立場を利用し、自堕落に過ごしているようにしか映らない為、シモベが慌てるのも無理はない。だが――

 

『頼んだ件に支障がない範囲の行動であれば特に咎める気はありませんよ』

 

「――えっ?」

 

『ですので、まずは報告を』

 

 神崎からすれば今回は緊急時ゆえに、いつも以上にかなり突貫工事な作戦だった為、細かな部分のアラは仕方ないと割り切っていた。

 

 更に他人のフリがかなり疲れることを神崎自身もダーツに扮し、身を以て知っていることもその認識に拍車をかける。息抜き程度なら目くじらを立てる気もなかった。

 

 万が一、シモベが下手を打っても、シモベを切り捨てれば済む話である。酷い。

 

「か、かしこまり! まず、あのフリル袖……ではなく、ジークフリード・フォン・シュレイダーなのですが――」

 

 やがてシモベが戦々恐々とした様子で報告を始める背後のモニターにて《異次元竜 トワイライトゾーンドラゴン》に向けて3体の《ブラック・マジシャン》から放たれる爆撃染みた魔力弾の嵐によって熊蔵のライフが消し飛ばされていたが――

 

 

 その光景をワインのつまみに嗤うことなど今のシモベには出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 此処で舞台はKCのオカルト課の研究ブースに移る。

 

 その研究ブースの中の光のピラミッドを管理するシェルター染みた一室へ隣の部屋から聞き耳を立てる人物に口元を押さえられたレインは借りてきた猫のように固まっていた。

 

 

 レインが何故、未だに逃げていないのか問われれば、バクラとトラゴエディアのデュエルが邪悪な苛烈さを増す中、唯々嵐が過ぎるのを待つように機材の裏で口を両手で抑え身を潜めていた場所が悪かったと言わざるを得ない。

 

 それもその筈、機材の影に隠れた彼女がバクラのように脱出するには機材の影から出るか、機材の合間を縫って出入口に向かうしかない。

 

 だが、機材の影から出ればトラゴエディアが自身を見逃すかどうかの賭けになり、機材の影を縫って進めば、障害物の多さから隔壁が閉まり切るまでに出入り口に辿り着けるか怪しく、さらに物音一つ立てれば相手に見つかることは明白。

 

 それゆえに一室から人の気配が消えてから脱出しようと考えていたレインへ追い打ちをかけるように現れた黒いローブの男の隠す気もないあまりにも邪悪な気配に動揺し、物音を立ててしまう始末。

 

 そんな自身の死を覚悟したレインを助けたのは背後の壁を貫通して伸びた腕の主――そう、今レインの口を押えている人物である。

 

 

「行ったか……もういいぞ」

 

 やがてレインが「壁から腕が伸びたのは最初の壁の仕掛けと同じソリッドビジョンの壁があったのでは?」と当たりを付けるころに慣れ親しんだ声が頭上から響き、彼女の口元を塞いでいた人物の手が離された。

 

「…………ぷはっ」

 

 やがて解放されたレインはその勢いのままに、ヨテヨテと数歩進んだ後、自身を助けたと思われる人物へと振り返る。

 

「しかし随分と無謀な真似をしたものだ」

 

「…………………………ぁ」

 

 そのレインの視線の先で呆れた声を零す人物の、男の姿に信じられないとばかりに、ゆっくりとレインの瞳は見開いていく。

 

 藍色の前髪にはねた金の長髪、目元の奔る赤いライン。肋骨を思わせるデザインのノースリーブの赤黒のシャツ、黒いアームカバー。

 

 そのどれもが彼女の記憶に残る姿のままだった。

 

「何だ、その間抜け面は――何時ものよく回る舌はどうした?」

 

「生き…………てた…………」

 

 正直、心のどこかで諦めていた。オカルト課の研究ブースを見てからは特にその想いは顕著で、最悪の可能性が、確信に変わってしまいそうで、ずっと不安だった。

 

 研究所で解析の為にと、バラバラにされた彼を見つけてしまうのではないのかと、ずっと怖かった。

 

 

「…………パラドックス」

 

 

 だが、現実を確かめるようにポツリと零したレインの眼前にいるのは他ならぬパラドックスそのもの。

 

 Z-ONEたち程とはいえないが、長らく共にいた仲間の姿を彼女が見間違える筈がない。

 

「半人前だとはいえ、仮にもイリアステルの一員がそう無様に狼狽えるな」

 

「…………狼狽えてない」

 

 だが、パラドックスから何時もと変わらない厳しさの中に優しさが見える言葉にレインは腕で目元をごしごしと擦った後、そっぽを向いて口を尖らせて見せた。

 

 今、思えば結構恥ずかしい姿を見られてしまったと。

 

「相変わらず口の減らない奴だ」

 

 しかし、レインとて何時までも再会を喜んではいられない。今度はパラドックスが無事だったことで生じる問題もあるのだから。

 

「――何故、貴方がKCに?」

 

「探しに来た者の発言ではないな。だがまぁ、良いだろう――KCの幹部の一人を傀儡とし、潜伏場所として選んだに過ぎない。灯台下暗しといったところだ」

 

「その情報では現在、浮上した此方の疑問は解消されない」

 

 ゆえに何時もの調子で問い詰めるようなレインにパラドックスが呆れた調子で返した答えでは、彼女の内に浮上した問題は解決しなかった。

 

 そんなレインの険しい視線にパラドックスは眉をひそめる。

 

「何が言いたい?」

 

「私がこの場に潜入したのは行動不能だと推察される貴方の居場所の手掛かり、もしくは貴方自身の救助の為」

 

「どちらも不要な心配だったな」

 

 本来であれば、レインは「定時連絡止まりで直接通信ができない程に負傷したパラドックスを助ける為に動いた」のだ。

 

 だが、今のパラドックスはどうだろう?

 

「肯定。それが問題」

 

「なんだと?」

 

「私は貴方を…………疑い始めている」

 

 どうみても活動に制限はなさそうで、通信一つ入れられない状態には見えない。

 

 そう、辻褄が合わなかった。そしてレインの中にその辻褄を埋める仮説があった――信じたくない仮説が。

 

「KC内で自由に動き回れる立ち位置を得たのであれば、定時連絡ではなく直接イリアステルに報告を入れるべきことは明白。にも拘らず、貴方は現在に至るまでの潜伏行為を続け、イリアステルの計画遂行の妨げにな…………Z-ONEに不要な感情を抱かせている。これは何よりもZ-ONEと未来救済を優先してきた貴方らしからぬ行動であり、イリアステルにとって無視できない問題だと定義。その原因は不明。可能性の一つとして、貴方が神崎 (うつほ)に組みしたと考えれば今までの事象の辻褄が――」

 

「――ふざけるな!!」

 

 だが、レインから並べられる仮説はパラドックスの怒声によって遮られた。

 

「私がZ-ONEを裏切るだと……! 汎用型のデュエルロイド風情が随分と思い上がった答えを出したな……!!」

 

 レインの記憶の中でも、これ程までに怒りをあらわにするパラドックスは見たことがない。ゆえにその剣幕から一歩後退りそうになる己の足を踏み止め、レインは追及を続ける。

 

「……身の潔白を語るのであれば情報の開示を求む」

 

「お前に態々説明してやる義理などない――と、言いたいところだが、また不愉快な推理を披露されても目障りだ。これを見ろ」

 

 しかし、パラドックスの腕の黒いアームカバーが外された先を見て後悔した。

 

「これは……」

 

「私の身体はデュエルキングたちとのデュエルにより、深刻なダメージを受けた。もはや時代を渡ることが困難な程にな……」

 

 その腕は人間の身体を再現された生体部品が所々剥がれ、内側の損傷の激しい機械部分が生々しく伺える。

 

 語られる説明に、パラドックスの全身は服の下もその腕と同様の状態であることが嫌でも理解させられた――が、レインは心を鬼にして再度問う。

 

「であるのなら、修復の要請をしなかったのは何故?」

 

「所詮は汎用型のデュエルロイドか。考えが浅い」

 

 壊れたのならば治せばいい――と。彼らがデュエルロイドゆえに治療、いや修理は人間よりも格段に容易だろう。だが、パラドックスは小さく首を横に振る。

 

「その程度のことが私に把握できていないと思っているのか? このレベルの損傷では仮にZ-ONEたちの元で修復したとしても、もはや今までのような活動は出来ない」

 

 そうして額に親指をコツコツ当てたパラドックスが示すように問題なのは外側よりも、内側の破損だった。

 

 彼にとって替えの効かない唯一の部分。生前の記憶をインストールされた中枢部。これを取り換えようものなら、もはやパラドックスという存在は消えると同義だ。

 

 つまり、今のパラドックスは事実上の戦力外。足手まとい。

 

「だが、Z-ONEならそんなことなど関係なしに私のことを修復――いや、治そうするだろう。たとえ……既にスクラップ同然であってもな」

 

 しかし、そんな足手まといでも慈悲深いZ-ONEならば、手を差し伸べるだろうとパラドックスは語る。

 

 たとえ、それが未来救済を推し進める彼の重荷に、余計な仕事になったとしても――パラドックスの記憶の中のZ-ONEという人間はそんな優しい男だった。

 

「私の存在がZ-ONEの足枷になることなど絶対に避けなければならない……! 彼の世界救済を阻むのであれば私自身でさえも排除対象だ!」

 

 だからこそパラドックスはその手を振り払う。Z-ONEの願いを、人類の救済を、世界の救済を邪魔する全て(自身までも)を排除することこそが己の役目なのだと。

 

「ゆえに私はこの時代に留まる決断をした――お前に知らせればそのままZ-ONEたちの耳に入り、そしてアンチノミーの耳にも入るのは明白……ゆえに報告しなかった」

 

 それゆえに誰にも話せなかったのだと。パラドックスの決断は、Z-ONEだけでなく、甘さの残るアンチノミーにも、多くを失ってきたアポリアにも反対されることは目に見えていた。

 

「だが、よもやお前が此処まで短絡的な行動を取るとは予想外だったがな」

 

 無論、そんな自分たちの和を断ち切らせはしないと無茶をする半人前(レイン)にさえも、出来れば話したくはなかったのだと。

 

「私は残った力で……この時代で……あの男だけは殺す。その準備も既に済んだ。後は決行の時を待つだけだ」

 

 とはいえ、パラドックスもただで死ぬ気はない。Z-ONEの献身を穢し、多くを歪めた元凶を道連れにする覚悟がその瞳にはあった。

 

 しかし、そこでパラドックスの身体の限界を示すようにガクリと膝が崩れるが、既のところで壁に手をつき、倒れはしない。

 

「ぐっ、喋り過ぎたか……」

 

「………………謝罪する」

 

 そんな死に体のパラドックスに対して、レインが絞りだせたのはそれだけだった。

 

 歴代のデュエルキングたちとの死闘を生き延び、死に体ながらもZ-ONEの計画の為に文字通り身を削っていた相手に自分は何をした?

 

 何故、パラドックスが報告をしなかったのかを考えもせず、「身動きできない状態になっている」のだと決めつけて動き、警戒対象の本拠地にのこのこ足を運んで死にかけたのは一体誰だ?

 

 そんな自身を潜伏先が発覚するかもしれない危険を冒してまで助けてくれた相手に何故、あらぬ疑いをかけた?

 

 それらの罪悪感に身を苛まれるレイン。最悪の場合は此処でパラドックス諸共捕まり、オカルト課の研究に盛大に活かされ、イリアステルの情報の何もかもを抜き取られていたかもしれない。

 

「不要だ。お前はZ-ONEたちに『私はこの時代でのアプローチを試みている』と報告しろ……それ以外は何も言わなくて良い……」

 

 しかしパラドックスは俯くレインの謝罪を一刀に伏し、今後の話へと話題を変えた。彼の中ではレインを助けることは当然だったとでも言わんばかりの態度である。

 

 だが、語られる言葉はパラドックスの限界を示すように苦し気で、今にも消え入りそうなろうそくの炎のように危うげだった。

 

「此処でのことも……だ……ヤツが歪めた全てを消し飛ばし、私がケリをつける……」

 

「でも――」

 

「……もう行け」

 

 やがてパラドックスがこの一室の扉の一つを開き、有無を言わせぬように言い放つ。

 

「お前はお前の役目を果たせ。それがお前の……いや、『私たち』の存在理由だ」

 

 パラドックスも、生前の記憶を移植されているとはいえ、その身体はレインと同じくデュエルロイド、ロボット、機械――そう、人間ではない。

 

 何処まで行こうとも、彼らの存在は機械の身体と、その記憶媒体()生体データ(亡霊)インストールされた(憑りついた)紛い物。

 

 

 そんな紛い物の彼らの存在意義はZ-ONEの心の慰撫と、世界の救済のみ――それがプログラムに設定されたシステムゆえなのか、生前の想いゆえの感情なのかは誰にも分からない。

 

 

 やがてパラドックスの決死の覚悟が見える視線に瞳を揺らしていたレインだが、なにか言わねばと口元を震わせるも、言葉はでない。自分に何ができる。何ができた。

 

 バクラとトラゴエディア相手に隠れることしか出来ず、トラゴエディアの主と思しき黒いローブの相手からは一人では逃げることすら出来なかった。

 

 そんな無力な自分が、(パラドックス)に何ができる。何も出来ない。何も出来なかったじゃないか。足を引っ張っただけじゃないか。

 

 やがて思わず「死なないで」と彼の覚悟を踏みにじって無責任に願ってしまいそうな己の口をキッと結んだレインは視線を逸らし、促された脱出ルートに向けて緩慢ながらも歩み始めた。

 

 歩みが遅くとも動き出さなければ自分が何を言ってしまうか分からなかった。そして彼女の内に溢れかねない感情が行き場を求めるようにその歩みは早くなっていく。

 

 

 そうして無力な彼女は己の弱さから逃げるようにこの場を去って行った。

 

 

「……行ったか」

 

 

 やがてKCの電脳の監視網を見やりレインが無事に脱出したことを確認したパラドックスは力尽きるように壁を背にズルズルとへたり込む。

 

 それはガタが来始めた身体で喋り過ぎた影響か、それとも張り詰めた緊張の糸が切れたゆえかは伺えない。

 

「所詮は汎用型、思慮が浅いな……だが」

 

 やがて力なく一人そう零す彼の脳裏に浮かぶのは、未来の希望か、デュエルキングたちが見せた可能性か、もしくはZ-ONEたちによって救済されるであろう世界の姿か、はたまた――

 

「……今は……今だけは、騙されていてくれ……」

 

 その願いの行く末は終ぞ分からなかった。

 

 

 

 

 

 






良かったね、レイン恵




~パンドラとデュエルしていた人の人物紹介~
前田(まえだ) 熊蔵(くまぞう)
遊戯王GXにて登場するコアラボーイこと前田 隼人の父。つくり酒屋を営んでいる。

ぽっちゃり体系の隼人とは違い、ガタイの良いガチムチなおっさん。でも顔は何処か厳ついコアラっぽい。

一撃必殺の極意を持つ剣術流派「薩摩次元流」の有段者であり、その技術をデュエルに流用しているとのこと。

GX作中では、成績不振で留年した息子、隼人に「やる気ないなら、学校止めて稼業を継げ!」と喝を入れに来た――が、クラスメイトの友人たち(十代+翔)が息子を気にかけていることを知り、「負けたら実家に帰る」と条件が課されたデュエルに敗北した隼人へもう一度チャンスをくれる良い人。

今作では――
大徳寺先生の「恐るべき使い手――かもしれない」との言葉を信じ、結構強い人と定義――なれば、ワールドグランプリに参加できているに決まってるでしょ! と出番を得た。

「男ならてっぺん目指せ!」とか言いそうな人なので


~今作の前田 熊蔵デッキ~
彼の使用した未OCGカードの「自分のフィールドのカードを全て破壊し、その分だけ相手のカードを破壊する」効果を持つ『ちゃぶ台返し』と、
その効果で破壊されない『酔いどれエンジェル』のコンボを再現したデッキ。

『酔いどれエンジェル』ポジションの破壊耐性を持つ下級(一部上級)モンスターで
『ちゃぶ台返し』ポジションの全体破壊カードをガン積みして邪魔な相手のフィールドのモンスターだけを一掃していく。

破壊耐性持ちは《妖精伝姫(フェアリーテイル)-シラユキ》の効果で裏守備表示にしてしまおう。除外コストで4枚目以降の《ブラック・ホール》である《カオス・エンド》と、疑似《強欲な壺》の《カオス・グリード》も狙えたりする。

よくよく見れば、《BF(ブラックフェザー)-残夜のクリス》は酔いどれ感があるかもしれない――目がグルグル感ありますし(おい)

弱点は貧弱な打点(攻撃力)――属性がバラけていることを利用し、永続魔法《憑依覚醒》で補助しているが、頼りなさは否めない。


~今作のパンドラ デッキ改~
素の《ブラック・マジシャン》を主体に置いた通常モンスター軸にカウンター系を混ぜたデッキ。
通常モンスター+遊戯の切り札とのことあって多くのサポートから展開が容易な為、各種ウイルスカードの弾にしつつ、
展開札兼疑似カウンターの《マジシャンズ・ナビゲート》や万能カウンター《王者の看破》で相手の行動を制限していく。結構普通。



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第178話 リベンジマッチ



詰め込んだ_(´ཀ`」 ∠)_



前回のあらすじ
トラゴエディア「記憶編はよ(ノシ 'ω')ノシ バンバン」





 

 

 

 海馬ランドUSAの水中観覧車のエリアにて、そのアトラクションの主(という設定)のペンギン伯爵がドン引きする程にソリッドビジョンの炎が立ち昇っていた。

 

「俺は墓地の儀式魔人4体を除外し、儀式魔法《レッドアイズ・トランスマイグレーション》発動! 手札から《ロード・オブ・ザ・レッド》を儀式召喚し、俺に装備(した体を取る)!!」

 

 その炎に呑まれているのはヴァロン。

 

 そして周囲に浮かぶ黒いアーマーが宿主を求めるようにヴァロンの元に飛来。

 

「うぉおおおおお!! フルアーマー・グラビテーション!!」

 

 やがて黒き竜を思わせるアーマーを全身に装着したヴァロンは雄叫びと共に背中の翼を広げ、己が身体を覆っていた炎を弾き飛ばす。

 

ヴァロンに装備された(気がする)

《ロード・オブ・ザ・レッド》 攻撃表示

星8 炎属性 ドラゴン族

攻2400 守2100

 

「デュエリストに装備するカードだと!?」

 

 そんなヴァロンの意味☆不明な理論を受けて驚愕の声を漏らしつつ、一歩後退るのはかつてグールズのレアハンターと呼ばれていた男――「エクゾ使いの人」と仮称しよう。

 

「俺の戦いはただのデュエルじゃなく、リアルファイトなんでね!  一撃一撃が貴様の精神をえぐり、気力を削り取る!」

 

 だがエクゾ使いの人の反応など意に介した様子もないヴァロンは拳を握り宣言し――

 

「しかと味わうがいい――アーマーモンスターの真の力を!! 俺は墓地の《ADチェンジャー》を除外し、効果発動! 貴様の《岩石の番兵》には攻撃表示になって貰うぜ! チェンジ・ブラスター!!」

 

 己の肘をノコギリを構えるゴーレム――《岩石の番兵》へと向けると、アーマーの肘部分から一筋の光弾が放たれ、目がくらんだ《岩石の番兵》は思わず攻撃姿勢を取った。

 

《岩石の番兵》

守備表示 → 攻撃表示

守2000   攻1300

 

「そしてカードの効果が発動したとき! 《ロード・オブ・ザ・レッド》のアーマー効果が発動し、お前のモンスター1体を破壊する! 裏側守備表示の《禁忌の壺》には消えて貰う! バスターパイル!!」

 

「くっ……!」

 

 更にヴァロンが身を翻して放たれたアーマーの尾の部分がエクゾ使いの人のセットモンスターを穿ち、守りの壁を削って行く。

 

「バトル!! 俺の攻撃!! バーニングナックル!!」

 

 そして《ロード・オブ・ザ・レッド》を装備したヴァロンは背中の翼を展開しながら地を這うように駆け、《岩石の番兵》に拳を振りかぶった。

 

「デュエリスト自身が攻撃するとは珍妙な――だが、攻撃は攻撃! その攻撃をトリガーに罠カード《聖なるバリア -ミラーフォース-》を発動!! これでお前の攻撃モンスターは全滅だ!」

 

 しかしエクゾ使いの人もタダでは通さないとばかりにリバースカードに手をかざし、発動された鏡の壁がヴァロンの拳を弾き返す。

 

「無駄だ! 儀式召喚の素材にされた《儀式魔人ディザーズ》の効果で《ロード・オブ・ザ・レッド》は罠の効果を受けない! うぉおおおぉお! ビッグバンブロー!!」

 

 かと思われたが、鏡の壁に接触したヴァロンの拳は肘のブースターが火を噴いたことで貫通力が増し、押し込まれた拳によってパリンと鏡の壁は砕け散った。

 

「そしてカード効果が発動された瞬間! もう一つの《ロード・オブ・ザ・レッド》の効果発動! 魔法・罠カード1枚を破壊する! フィールド魔法《岩投げエリア》を穿つぜ! パイルシュート!!」

 

 更に鏡の壁を砕いたヴァロンの腕のアーマーの上部からパイルバンカーが放たれ、大地を砕きフィールド魔法を瓦解させた。

 

「おのれっ!? ならば罠カード《岩投げアタック》を発動! デッキから岩石族1体を墓地に送り、お前に500ダメージ! 更に墓地に送られた《タックルセイダー》の効果でご自慢のアーマーを裏側守備表示にしてくれる!!」

 

ヴァロンLP:4000 → 3500

 

 だとしても負けじとエクゾ使いの人はリバースカードを発動させ、岩石の礫をヴァロンにぶつけ、裏側守備表示とすることで襲来する拳を防ごうとするが――

 

「無駄ァ! 儀式召喚の素材にされた《儀式魔人デモリッシャー》の効果で《ロード・オブ・ザ・レッド》をお前の効果の対象には出来ない! アクティブガード!!」

 

「なんだと!?」

 

 飛来した岩石はアーマーから噴出した炎が焼き消し、ヴァロンの拳を止めるには至らない。

 

「そして墓地の《タスケルトン》を除外して俺自身の攻撃を無効化!! ブラックホールシールド!!」

 

 だが、此処でヴァロンの拳は他ならぬアーマーの防御機能によって強制停止させられた。廃熱するかのようにアーマーの各種関節部から煙が漏れる。

 

「な、なにを!?」

 

「攻撃が無効化されたことで速攻魔法《ダブル・アップ・チャンス》を発動! 攻撃力を倍にして再度攻撃できる! 更にチェーンして墓地の罠カード《スキル・サクセサー》を除外して800パワーアップ! グレイトチャージ!!」

 

 しかしその攻撃停止は更なる一撃を放つ為の溜め――廃熱したエネルギーが周囲に漂い、ヴァロンの全身を炎で包み込む。

 

ヴァロンもとい《ロード・オブ・ザ・レッド》

攻2400 → 3200 → 攻6400

 

 やがて黒きアーマーの全身を包む炎によって不死鳥の如き姿となったヴァロンは再度拳を握り――

 

「さぁ、俺の魂の一撃を受けろ! うぉおぉおおおぉ!! フェニックス・グレイトブロー!!」

 

 《岩石の番兵》を殴りぬいた。

 

 炎の拳によって地に沈む《岩石の番兵》。そして不死鳥のいななきと共に襲来した炎の余波がエクゾ使いの人を焼き尽くす。

 

「これは一体なんぬわぁのだあぁぁあああぁ!!」

 

レアハンター改め、エクゾ使いの人LP:4000 → 0

 

 そのエクゾ使いの人の断末魔は世の理不尽を呪うかのようなものだった。

 

 

 

 

 

 

 

「……なんなんですかね、あの人間」

 

 そんなヴァロンVSエクゾ使いの人のデュエルをモニター越しに眺めていたシモベが困惑の声を漏らすのも無理はない。

 

 一応デュエルのルールは守っているとはいえ、デュエリスト自身がモンスターを殴り始めれば誰だって困惑する。

 

「ダーツ様、少々お耳に入れておきたいことが」

 

「入れ」

 

 だが、ノックと共に響いた声にシモベはすぐさまダーツに扮し、先程の困惑などなかったかのようにキリッとダーツとして振る舞うが、パタンと入室者によって扉が閉められた瞬間にボフンと煙を上げながら元の炎の悪魔の姿に戻った。

 

「おかえりでしたか、我が主!」

 

「ただいま戻りました。早速のところ申し訳ありませんが、頼んでいたものは?」

 

 そのシモベの前で此方もパラディウス社の社員に扮していた神崎も変装を解きつつ、早速とばかりに本題に入る。

 

「此方に用意させておりますが……島の所持者の記録など何にお使いになるので?」

 

「念の為ですよ――ところで、お任せした大会の方は問題ありませんでしたか?」

 

 そうして促されるままにシモベが手渡した紙の束はひとりでに宙に浮かび、神崎の影から這い出た数多の目玉が内容を確認していくが、零れたシモベの疑問を神崎は誤魔化しつつ、別の話題を振れば――

 

「それはそれは勿論ご報告した通りに問題なく処理できましたとも! 最後にあの人間がなにやら喚いておりましたが、万事滞りなく終えたんだYO!」

 

 上機嫌にシモベは己が働きを誇る。世界に莫大な影響力を持つ「ダーツ」という仮面を任された事実は、己が「頼りにされている」証明だと。

 

「流石です。貴方に任せて正解でした」

 

「あははのは! この程度の結果、出せて当然です! ワタシの手にかかれば児戯に等しいんだYO!」

 

 そんな相手の感情をシモベの内に仕掛けた数多の細工から読み取った神崎のおだてに悠々と乗るシモベ。

 

「心強い限りです。では引き続きお願いしても構いませんか?」

 

 やがて書類を確認しおえた神崎はにこやかにシモベへ向き直る。

 

「それは……かまいませんが、この大きな立場を持つ人間を放っておいて良いので?」

 

「ええ、もうさして必要ありませんし」

 

「そ、そうですか……」

 

 神崎の指示に僅かに疑問を覚えるシモベだが、相手の「必要ない」の声に矛先を失ったように口ごもった。

 

 とはいえ、シモベが如何に理由を並べようとも、神崎にもパラディウス社を維持していく気は一切ない。なにせ――

 

――原作で解体されているであろう組織である以上、今後も残しておくのはリスクが大きい。

 

 本来の歴史ではパラディウス社はダーツがいなくなった段階で瓦解している為、神崎としてもこれ以上の原作崩壊は避けたいのだ。例え焼け石に水だとしても。

 

「では大会の方はお任せしますね」

 

「お任せください! ……それで主の方はどうなさるのでしょうか?」

 

 やがて、この一室から立ち去る神崎の背へ引き留めるようなシモベの声に対し――

 

「私は少しばかり手続きを整えておかねばならないので、其方に回ります」

 

 神崎は僅かに顔だけ振り返り、にこやかな笑みを作ったパラディウス社の社員に扮した顔を覗かせた。

 

 

 

 

 

 

 かくして大会そっちのけであれやこれやと動き回る神崎を余所に流れた日々の傍らで、海馬ランドUSAの《迷宮壁-ラビリンス・ウォール-》を模した巨大迷路のアトラクションにて二人の大会参加者が対峙していた。

 

「我は手札から《未界域のワーウルフ》の効果発動! このカードを含めた我の手札から相手がランダムに1枚選び、それがこのカード以外であれば選択されたカードを捨て、自身を特殊召喚し1枚ドローする! さぁ、オヌシに課せられた運命の選択だ!」

 

 その内の一人、迷宮兄弟の兄が扇状に広げた手札を突きつける対戦相手――羽蛾は悩む素振りもなく相手の手札に向けて指さす。

 

「なら、右から2番目のカードだ!」

 

「……そのカードは――残念だったな! モンスターカード《ジェノサイドキングサーモン》! ハズレだ! よって《未界域のワーウルフ》を特殊召喚!! そして1枚ドロー!」

 

 さすればその隣のカードから遠吠えと共に人狼の影が飛び出し、フィールド上で赤土色の毛を震わせながら空に咆えた。

 

《未界域のワーウルフ》 攻撃表示

星7 闇属性 獣戦士族

攻2400 守1000

 

「此処で装備魔法《再臨の帝王》を発動! 墓地の攻撃力2400・守備力1000のモンスター1体を復活させ、このカードを装備する! 我が選ぶのは《ジェノサイドキングサーモン》!!」

 

 更に空からやたらと神々しい光と共に茶の鱗に覆われた巨大なシャケが地面に着地し、水辺を求めてピチピチと跳ねる。

 

《ジェノサイドキングサーモン》 攻撃表示

星5 水属性 魚族

攻2400 守1000

 

「装備魔法《再臨の帝王》を装備したモンスターは1体で2体分のアドバンス素材とできる! 《ジェノサイドキングサーモン》を2体分のリリースとし、アドバンス召喚! 現れよ、三魔神が一柱! 《雷魔神-サンガ》!!」

 

 やがて《ジェノサイドキングサーモン》が一際大きく跳ねた後、謎のスパークがその身に走り、雷光の只中から鎧に包まれたような上半身だけが浮かぶ異形の魔神が現れる。

 

《雷魔神-サンガ》 攻撃表示

星7 光属性 雷族

攻2600 守2200

 

「アドバンス召喚に成功した時、永続魔法《帝王の開岩》の効果と、手札の《イリュージョン・スナッチ》の効果を発動! さらにチェーンして速攻魔法《サモン・チェーン》を発動!」

 

 そんな《雷魔神-サンガ》の登場を皮切りに迷宮兄のデッキは一気に動き始め――

 

「これにより我はこのターン3度の通常召喚が行え、手札からアドバンス召喚されたカードのレベル・属性・種族をコピーした《イリュージョン・スナッチ》が特殊召喚された!」

 

 次に現れた何処か個を感じさせない特徴の少ない白い巨人の身体が侵食されるように《雷魔神-サンガ》の姿を模していく。

 

《イリュージョン・スナッチ》 攻撃表示

星7 闇属性 → 光属性

悪魔族 → 雷族

攻2400 守1000

 

「さらに永続魔法《帝王の開岩》の効果で攻撃力2400、守備力1000のモンスター1体――2体目の《イリュージョン・スナッチ》を手札に!」

 

 やがて迷宮兄は手札の2枚のカードを手に、フィールドの2体のモンスターをカードで指し示し宣言する。

 

「さぁ、連続アドバンス召喚といこう! 永続魔法《アドバンス・フォース》の効果でレベル5以上のモンスターは2体分のアドバンス素材となる! 我は《未界域のワーウルフ》と《イリュージョン・スナッチ》をそれぞれリリースし、連続アドバンス召喚!!」

 

 そして《未開域のワーウルフ》と《イリュージョン・スナッチ》の身体がそれぞれ風と水に包まれて行き――

 

「並び立て! 《風魔神-ヒューガ》! 《水魔神-スーガ》!!」

 

 風が収まった先からは緑の球体上の身体を持つ風の魔神が左右に伸びる腕で握りこぶしを作り、

 

《風魔神-ヒューガ》 攻撃表示

星7 風属性 魔法使い族

攻2400 守2200

 

 水が収まった先からは蒼いローブから顔部分だけ出した水の魔神がズシンとローブの中の巨大な足を降ろした。

 

《水魔神-スーガ》 攻撃表示

星7 水属性 水族

攻2500 守2400

 

「バトルだ!! フィールド魔法《真帝王領域》によりアドバンス召喚した我が三魔神の攻撃力は攻撃時のダメージ計算時に800上昇する! 行け、三魔神たちよ!!」

 

 そうして三魔神が羽蛾のフィールドの人擬きの上半身を持つ巨大なアリのモンスター《インセクト女王(クイーン)》と、その《インセクト女王(クイーン)》をより攻撃的にかつ、美しく進化した《究極変異体・インセクト女王(クイーン)》に突撃。

 

「無駄ピョー! 永続罠《DNA改造手術》発動! 俺は『昆虫族』を選択! これでフィールドのモンスターは全てインセクト化するぜ! これでお前の昆虫族モンスターは俺の永続魔法《虫除けバリアー》によって攻撃できないピョー!」

 

 だが、その進軍は突如として三魔神の身体から這い出た虫の足や触覚が光の網によってからめとられたことで阻まれ、敵陣に討ち入ることが出来ずに終わった。

 

《雷魔神-サンガ》

雷族 → 昆虫族

 

《風魔神-ヒューガ》

魔法使い族 → 昆虫族

 

《水魔神-スーガ》

水族 → 昆虫族

 

「さらにフィールドの昆虫族が増えたことで俺の《インセクト女王(クイーン)》もパワーアップ!!」

 

 現在互いのフィールドには迷宮兄の三魔神の3体と、羽蛾の《インセクト女王(クイーン)》と《究極変異体・インセクト女王(クイーン)》を合わせた5体の昆虫族がいる。

 

 その同胞たちの存在に《インセクト女王(クイーン)》の身体に更に力が漲り、その体躯を一回り大きくさせた。

 

《インセクト女王(クイーン)

星7 地属性 昆虫族

攻2200 守2400

攻3200

 

「くっ、小癪な……なら我はカードを3枚セットしてターンエンドだ!」

 

「待ちな! お前のエンド時に《究極変異体・インセクト女王(クイーン)》の効果で『インセクトモンスタートークン』を特殊召喚するぜ!」

 

 忌々し気にターンを終えた迷宮兄の声を合図とするように羽蛾のフィールドの《究極変異体・インセクト女王(クイーン)》の腹の先からポコリと楕円形の卵が産み落とされ、黄緑の体色の芋虫がその殻を破り現れた。

 

『インセクトモンスタートークン』 守備表示

星1 地属性 昆虫族

攻 100 守 100

 

「俺のターン、ドロー! ヒョーヒョッヒョ! 俺は墓地の昆虫族《共振虫(レゾナンス・インセクト)》と《応戦するG》を除外して手札からコイツを呼び出すぜ! 来なァ! 《デビルドーザー》!!」

 

 やがてカードを引いた羽蛾が繰り出したのは、地面から大地を砕き飛び出す背に黒い甲殻を持つ薄い赤の巨大なムカデ――《デビルドーザー》が獲物を探すように頭頂部の2本の触覚をチロチロと動かす。

 

《デビルドーザー》 攻撃表示

星8 地属性 昆虫族

攻2800 守2600

 

「此処で除外された《共振虫(レゾナンス・インセクト)》の効果発動! デッキから昆虫族を1体墓地に送る! 俺は《B(ビー)F(フォース)-毒針のニードル》を墓地へ!」

 

「フッ、新たに強力なモンスターを呼び出し、三魔神を突破する腹積もりか」

 

 迷宮兄の言う通り、フィールド魔法《真帝王領域》による攻撃力アップは自分が攻撃する際にしか適用されない為、羽蛾の3体の最上級昆虫族の攻撃力があれば、三魔神を突破することは可能だ。

 

「だが、オヌシは不条理な三択を選ばねばならぬ! どの三魔神を攻撃するかという三択を!」

 

 しかし、三魔神には相手に攻撃された際に1度だけ、相手モンスターの攻撃力を0にする効果がある。ゆえに突破可能な三魔神は多大な反射ダメージを受けた上で精々一体が限度。

 

「ハァ? なぁに言ってんだぁ? 俺はお前の思惑になんか乗ってやんないピョー!」

 

 とはいえ羽蛾には三魔神を――いや、迷宮兄を倒す手段を既に整えていた。

 

「バトルの前に、俺は罠カード《リバイバル・ギフト》発動!! 俺の墓地のチューナー1体を効果を無効にして復活させる! 甦れ、《B(ビー)F(フォース)-毒針のニードル》!」

 

 ブンブン羽音を鳴らしながら宙に現れた橙色の身体を持つ何処か機械的なフォルムの蜂型モンスターが迷宮兄を挑発するように舞う。

 

B(ビー)F(フォース)-毒針のニードル》 攻撃表示

星2 風属性 昆虫族

攻 400 守 800

 

「効果が無効化されているにも拘らず、低い攻撃力を晒すだと?」

 

 明らかにパワー不足のモンスターの出現にそう不審がる迷宮兄。

 

 だが、そんな彼のフィールドに何処かカエルっぽい2体の全身真っ黒な悪魔が小さく手を上げて挨拶しながら三魔神の隣に並ぶ。その身体からは虫の羽やら触覚が伸び出していた。

 

『ギフト・デモン・トークン』×2 攻撃表示

星3 闇属性 悪魔族 → 昆虫族

攻1500 守1500

 

「なにやつ!?」

 

「罠カード《リバイバル・ギフト》のもう一つの効果さ! 俺のチューナーを復活させる代わりにお前のフィールドに『ギフト・デモン・トークン』をプレゼントするピョー! ありがたく受け取りな!」

 

 こうしてモンスターが、昆虫族が増えたことで――

 

「そして、これでフィールドの昆虫族は10体に! 女王様の攻撃力はフルパワーだ!!

 

 同胞の力を受け、この世の春とばかりにメキメキと巨大化していく《インセクト女王(クイーン)》。

 

《インセクト女王(クイーン)

攻3200 → → 攻4200

 

「バトル!! 《インセクト女王(クイーン)》が攻撃するには俺のモンスター1体をリリースしなきゃならないが、これだけいれば選り取り見取り!」

 

 やがて羽蛾は意気揚々とこのデュエルを終わらせにかかる。

 

「『インセクトモンスタートークン』をリリースした女王様の攻撃と、《究極変異体・インセクト女王(クイーン)》の攻撃が『ギフト・デモン・トークン』共を襲うぜ!!」

 

 お仲間が生んだ幼体へ《インセクト女王(クイーン)》が容赦なくかぶりつきながら、攻撃の為のエネルギーとする中、《究極変異体・インセクト女王(クイーン)》もそれに続くように大口を開き――

 

《インセクト女王(クイーン)

攻4200 → 攻撃4000

 

「女王様'sの攻撃ィ!! クイーン's・インセクト・ブレイザァアァアア!!」

 

 2体の巨大女王昆虫に互いに肩を抱き膝を震わせる『ギフト・デーモン・トークン』たちを余所に迷宮兄はリバースカードに手を掛けるが――

 

「タダでは通さん! 罠カード《ダメージ・ダイエット》を発動! これにより、このターン我が受けるダメージは全て半分になる!!」

 

 そんなものなどお構いなしに仲間の血肉を力に変えた《インセクト女王(クイーン)》と《究極変異体・インセクト女王(クイーン)》の口から放たれた二つの炎がまじりあい、2体の『ギフト・デーモン・トークン』を消し飛ばした。

 

「ぐわぁあぁあぁぁああ!!」

 

迷宮兄LP:4000 → 2750 → 2100

 

 

「ヒョーヒョッヒョ! どうだ! 俺の女王様たちの一撃――いや、二撃の味は!」

 

「くっ、我の三魔神の効果から逃れる為にトークンを送りつけたのか……!」

 

「その通ーり! だが、トークンがいなくなったと安心するのは早いぜ! 《究極変異体・インセクト女王(クイーン)》がバトルで相手モンスターを破壊した瞬間、効果発動!」

 

 生じた衝撃に膝をつく迷宮兄を余所に羽蛾の《究極変異体・インセクト女王(クイーン)》の足の一本が自軍のモンスターを貫く。それは――

 

「俺のモンスター1体をリリースして追加攻撃できる! 《B(ビー)F(フォース)-毒針のニードル》をリリース!! ご飯の時間だ、女王様!」

 

「フッ、そのカードで我が三魔神を攻略しようというのか!」

 

 更なる追撃前の腹ごなし――だが、迷宮兄からすれば望む所だった。

 

「違うピョー! 俺は手札の《寄生虫パラノイド》の効果発動!」

 

 しかし羽蛾は小馬鹿にするようにおどけながら手札の2枚のカードに手を掛けた。

 

「コイツを相手モンスター1体――《雷魔神-サンガ》に装備し、種族を昆虫族にする! ――おっと、もうお前のモンスターは永続罠《DNA改造手術》の効果で昆虫族だったなー!」

 

 深い青に目玉のような模様が見える細長いムカデのような昆虫が《雷魔神-サンガ》の腕に巻き付き、根を張るように尾の先を魔神の身体に穿って行く。

 

「さらに速攻魔法《超進化の繭》発動! コイツは装備カードを装備した昆虫族1体をリリースし、デッキから昆虫族を1体、召喚条件を無視して特殊召喚するカード!」

 

 もがく《雷魔神-サンガ》から《風魔神-ヒューガ》が《寄生虫パラノイド》を引き剥がそうとおっかなビックリ触っていたが、《雷魔神-サンガ》の身体を覆う様に大量の糸が噴出したことでお手上げだとばかりにサッと離れた。

 

「更に墓地に送られた《寄生虫パラノイド》の効果でレベル7以上の昆虫族を召喚条件を無視して特殊召喚だ!」

 

 やがてもがく《雷魔神-サンガ》がグッタリ動かなくなると、その身体を覆う糸は繭となり、全容伺えぬ内側で新たな命が育まれ――

 

「つまり! お前の《雷魔神-サンガ》を喰い破り、俺のインセクト軍団が羽ばたくのさ!! ヒョーヒョッヒョッヒョー! 現れろ! 《グレート・モス》!! 《究極完全態・グレート・モス》!!」

 

 《雷魔神-サンガ》の命を喰らい、2体の毒蛾が空を舞う。

 

 巨大な芋虫に羽根が生えた《グレート・モス》が毒鱗粉を巻き起こし、

 

《グレート・モス》 攻撃表示

星8 地属性 昆虫族

攻2600 守2500

 

 毒々しい羽根を広げ、角と牙が並ぶ頭で奇怪な鳴き声を漏らしながら、毒々しい羽根を広げた《究極完全態・グレート・モス》も並ぶように空を舞う。

 

《究極完全態・グレート・モス》 攻撃表示

星8 地属性 昆虫族

攻3500 守3000

 

「だとしても、未だ我がフィールドには2体の魔神がいる!」

 

「だ・か・ら! お前のモンスターになんか攻撃しないピョー! 罠カード《ナイトメア・デーモンズ》を発動!」

 

 しかしトークンがいなくなった以上、三魔神の効果で耐えきれると断じた迷宮兄の言葉を羽蛾は一蹴する。

 

「こいつの効果で俺の自軍のモンスター1体をリリースし、相手フィールドに3体の『ナイトメア・デーモン・トークン』を特殊召喚するぜ!!」

 

 やがて羽蛾インセクト軍団1体の身体がバラバラに散り、その肉片が迷宮兄のフィールドで棒人間程に細い身体を持つ三体の白髪の悪魔となった。

 

 そんな『ナイトメア・デーモン・トークン』は身体の節々から伸びた虫のパーツを揺らして挑発するように笑い声を漏らす。

 

『ナイトメア・デーモン・トークン』×3 攻撃表示

星6 闇属性 悪魔族 → 昆虫族

攻2000 守2000

 

「またしても!? まさかオヌシのデッキは元々――」

 

「そうさ! 俺の女王様はグルメなんでな! マズイ(厄介な効果を持つ)獲物(モンスター)食べない(攻撃しない)のさ!」

 

 そう、これは迷宮兄の弱点を突いた――という面もなくはないが、羽蛾のデッキは元々相手モンスターと戦う気がないデッキなのだ。

 

 相手がどれ程に強力なモンスターを呼び出そうとも、その隣に雑魚を放り投げ、其方を攻撃するのが羽蛾の新たなスタイル――本人の性格が如実に現れた戦法である。

 

「そして《究極変異体・インセクト女王(クイーン)》の追撃の前に良いこと教えてやるぜ――この効果に回数制限はない! この後どうなるか……もう、分かっちゃうよな~」

 

 無論、放り投げた雑魚を相手に利用させない為に確実に葬り切るだけの手数も既に用意済みだ。

 

「我がフィールドの『ナイトメア・デーモン・トークン』は3体!?」

 

「さぁ、《究極変異体・インセクト女王(クイーン)》の攻撃を受けて貰うぜ! クイーン・アルティメット・ブレス! 三連打ぁああぁあ!!」

 

 そして止めだとばかりに叫ぶ羽蛾の声に《究極変異体・インセクト女王(クイーン)》が攻撃姿勢を取ろうとするが――

 

――くっ、このカードは永続魔法《進撃の帝王》で三魔神に破壊耐性を与えてから使うつもりだったが……致し方無し!!

 

「かくなる上は――リバースカードオープン! 罠カード《激流葬》!! これでフィールドの全てのモンスターを破壊させて貰おう!!」

 

 待ったをかけるように『ナイトメア・デーモン・トークン』の特殊召喚をトリガーに発動された迷宮兄のリバースカードによって大地から間欠泉のように噴き出た激流が生き物のようにフィールドの全てを薙ぎ払おうと牙を剥くが――

 

「無駄ピョー! 《究極変異体・インセクト女王(クイーン)》が他の昆虫族と共にいる限り、俺の昆虫族は相手の効果の対象にも、効果で破壊もされないのさ!」

 

 《究極変異体・インセクト女王(クイーン)》が羽根を広げ、超振動させることで生じた音波が激流を弾いていく。

 

「つ・ま・り! お前のモンスターの無駄死にで終わるんだピョー! ヒョーヒョッヒョ!」

 

「更に永続罠《帝王の溶撃》を発動!」

 

「ヒョ?」

 

 だが、大地から噴き出した灼熱の溶岩が《究極変異体・インセクト女王(クイーン)》を含めた羽蛾のインセクト軍団に降り注いだ。

 

「このカードが存在する限り、アドバンス召喚したモンスター以外のフィールドの表側モンスターの効果は無効化される!! よって《究極変異体・インセクト女王(クイーン)》の効果も無効!!」

 

「ギョェエエェェェー!? じょ、女王さまぁぁぁあぁぁ~!!」

 

 やがて溶岩によって活力を奪われ、更に激流も合わさり急激な温度変化に耐えられなかったのか、フィールドのモンスターの身体が陶器のように砕け散って行く光景に絶叫を上げる羽蛾。

 

「くっ、此方の2体の三魔神も水面へと沈む……そして『ナイトメア・デーモン・トークン』が破壊されたことで我はダメージを負うが、今のオヌシにそれ以上の追撃は出来まい!」

 

迷宮兄LP:2100 → 900

 

 無論、迷宮兄も無傷とはいかなかったが、一先ずの窮地は脱したと言えよう。

 

「くっそ~! よくも俺のインセクト軍団を~!」

 

 リセットされた盤面に互いに別の意味で歯噛みする両者。勝負はまだまだこれからだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 更に日々は流れ、《ゲート・ガーディアン》に殴り飛ばされた羽蛾の断末魔も過去の話となった頃――

 

「――これで良し、と」

 

――記憶編の準備はこれで問題ないだろう。やれるだけのことはやった……と思う。

 

 最後の準備を終えたことを通信で確認した神崎は小さく息を吐き、肩を軽く回していた。とはいえ、肩が凝っている訳ではないので、気分的なものだが。

 

「ワールドグランプリも残すところ後、数日……」

 

――ワールドグランプリも滞りなく進行しているし、名もなきファラオも順調に勝ち進んでいる……(バー)も洗練されているとなれば、後は消化試合だろう。

 

 そう、今の神崎は恐るべき事態に見舞われていた。まさに奇跡とも呼べる瞬間。

 

 この世界に来て、幼少期に忘れてしまった感覚に神崎は戸惑いを覚えていた。

 

――時間も少し出来たし、久々にデュエル観戦でもしようか。

 

 そう! 仕事の無い(フリーな)時間を神崎は得ていた! 休暇と言っても過言ではないだろう。

 

 更におあつらえ向きに、遊戯王シリーズのファンであった神崎からすれば、このワールドグランプリは原作ではありえなかった夢の対戦カードの宝庫。

 

 これを直に見ずに何がファンか。

 

 

 ……今まで見ていなかったのは彼にも仕事があったゆえなので許して上げて欲しい。

 

 

 そうして立場的にタイムスケジュールをほぼ把握している神崎は気になる対戦カードのハシゴ旅だと何処か軽くなった足取りで進み始める。

 

 

 一番槍は「浄化したパンドラVS闇遊戯」の「本当の意味で真の《ブラック・マジシャン》使いを決める一戦」――これは外せない。

 

 

『少々お耳にいれておきたいお話が』

 

 だが、そんな神崎の背後で虚空から現れた《猿魔王ゼーマン》が膝をついた。おい馬鹿やめろ。

 

「なんでしょう?」

 

『ハッ、伝説の三騎士の方々から新たなる脅威の存在を知らされ、ご指示を頂くべく推参しました』

 

「新たな脅威……ですか」

 

 だが《猿魔王ゼーマン》から語られた言葉に神崎の緩んでいた気は一瞬にして引き締まり、さして回転の良くない頭で可能性を総当たりする。

 

――誰だろう。『氷結界』の竜たちは『ワーム』の襲来で戦場が荒れなければ引っ張り出さないだろうし、太古に封印された『インヴェルズ』か、休眠した『魔轟神』あたりかな?

 

 なにせ精霊世界は争いに満ちている。なまじ特異な力がある分、人間が住まう物質次元以上に矛を収める機会に恵まれない。

 

 そして精霊世界は原作では語られ切られていない情報も非常に多く、原作知識を頼りにし難い現実がある以上、細心の注意を払わねばならないのだ。

 

『お話によりますと、自分たちを封じた邪悪なる龍がいるとのこと。今は動きが見られないそうですが、いずれ精霊界を脅かす結果を生むと警戒しておられました』

 

――そ、そっちかー

 

 しかし《猿魔王ゼーマン》から告げられた内容に神崎の張りつめていた気が霧散する。思いっきり既に済んだ(オレイカルコスの神の)ことだった。

 

 情報共有していない弊害である。とはいえ、神崎も《猿魔王ゼーマン》に必要以上の情報を与える気がそもそもないのだが。

 

『強大な力を持たれた伝説の三騎士の方々を封じる程の相手となれば、今後の神崎殿のご計画の妨げになることは明白。此処は相手が動く前に討って出るべきかと具申致します』

 

 神妙な表情で事の重大さを語る《猿魔王ゼーマン》に神崎は返すに詰まる。何処まで話して良いのやら、と。

 

――うん、それ、もう終わった――けど、明かすには情報が漏れた時がなぁ……最悪の場合は後の為にも「ゼーマンはあくまで騙されていた被害者」で通せる程度のポジションは保持したい。

 

 神崎が原作主人公や世界から敵視された場合を考えると、「精霊界の将来を憂う精霊」の《猿魔王ゼーマン》の立場は残しておきたかった。

 

 それは善側の精霊としての立場さえあれば、原作主人公の精霊として同行させることで、原作での事件は大抵なんとかなる為だ。

 

 何だかんだで地縛神の眷属なのだ――邪悪な存在のことは熟知している。ついでにスパイとして逃げ回るであろう己に情報を流して貰えればなおのこと良しであると神崎は考えていた。

 

「では其方の方は私が対処します。精霊界で動きを見せるまでは捨て置くように――未知の脅威よりも、今問題となっている脅威にこそ注視すべきです」

 

『……では、そのように進言しておきます』

 

 ゆえに情報を伏せる選択をした神崎。《猿魔王ゼーマン》も、何やら察したように追求せず、もう一つの報告に移ろうとするが、神崎が人の気配を感じ、足を止めた瞬間に――

 

『それでもう一件、此方は朗報なのですが――』

 

「神崎ー!」

 

 《猿魔王ゼーマン》の背後からモクバの声が響いた。

 

『……時を改めましょうか?』

 

 後ろを振り返りながら、精霊である自身を知覚することなくモクバが己を通り過ぎるのを目で追った《猿魔王ゼーマン》が、そう提案するが、その心の内に神崎の声が響く。

 

『いえ、報告を続けてください』

 

『保養地との話でしたが、観光の目途であれば立てることが出来ました』

 

「ちょっと良いか!」

 

「これはモクバ様、どうかなさいましたか?」

 

 そうして腰を落とし、モクバと目線を合わせながらにこやかに応対する神崎に《猿魔王ゼーマン》は「朗報」を告げる。

 

『どうやら我らが拠点に選んだ森には珍しい薬草や鉱石などが豊富なようで、それらを《魔法都市エンディミオン》に卸すことになり、その際に通行手形なるものを頂きました』

 

「あのさ、実はお前に頼みたいことがあるんだけど……」

 

「なんなりと」

 

「ホ、ホントか!」

 

「はい、存分にお申し付けください」

 

 言葉を濁しつつ願うモクバを笑顔で肯定する神崎。モクバの顔が明るさを取り戻す中で――

 

『ですので定期的な卸しの際に、街を見て回る程度は可能かと』

 

『時期と頻度は?』

 

 《猿魔王ゼーマン》と今後の「ペガサスとシンディアの精霊界旅行」の計画を神崎は本格的に練って行く。

 

『定期的に行き来しておりますので、かなり自由が利く状況です――客人の都合に合わせて問題ありません』

 

――今は記憶編で忙しいだろうし、GXの問題も立て込むとなれば……一先ずは情報を匂わせるに留めて、空いた時間に「今なら!」な方針にしておくか。

 

 《猿魔王ゼーマン》が一先ずの報告を終えた後、笑顔の裏であれやこれやと頭を回す神崎に「いやー、助かったぜい」などと呑気な声を漏らすモクバだが、此処で慌てた様子で自身の口元に指を立て、注釈する。

 

「あっ、でも他言無用で頼むぜい……今回の話はちょっと、アレなんだ」

 

「BIG5の皆様方には反対されることだと?」

 

――ペガサス会長側が無理なタイミングなら、また別の機会を設ければ良い話だ。

 

 そうして白紙だった計画が凡その形を成した頃、モクバが態々己を頼った理由に当たりを付ける。

 

「……うん。それにアイツらだけじゃなく、兄サマにもなんだ。表立って動かせない話だから……」

 

「成程、内緒話ですか」

 

「ああ、そうなんだぜい。実は――」

 

 そうしてモクバから語られ始めた段階で神崎は《猿魔王ゼーマン》に一先ずの方針を伝え――

 

『なら相手側に「何時か客人を――」との話だけでも通しておいて貰えますか?』

 

『御意に。では、これにて失礼します』

 

 それを受け、《猿魔王ゼーマン》が姿を消した後、己の頼みを真摯に聞いているポーズを取る神崎にモクバは力強く今回の願いの重要性を語っていた。

 

 

 

 とはいえ、内容はそこまで裏側めいたもの(内緒話)でもなかったが。

 

 

 

 

 ということで――

 

 

 はい、神崎の休暇終了! 解散!

 

 

 

 

 

 

 そんなモクバの願いを「任せて下さい」と笑顔で応えたことも過去になった頃、海馬ランドUSAの《Em(エンタメイジ)トリック・クラウン》と一緒に回る空中ブランコエリアにてデュエルが佳境に入っていた。

 

「魔法カード《融合派兵》で呼び出した《クリッター》と《レスキュー・ラビット》で呼び出した2体の《メルキド四面獣》の内の1体をリリース! 2体の生贄を喰らい来ぉい! 秘められし暴虐の獣! 《仮面魔獣デス・ガーディウス》!!」

 

 このターンで決めるとばかりに光の仮面は、三つ目の毛玉《クリッター》と4つの面が四方に張り付いた《メルキド四面獣》を贄に捧げ、己が切り札を呼び覚ます。

 

 やがて現れたのは3つの仮面が並ぶ鋭利な爪と骨が剝き出しの巨大な身体を持つ悪魔が大地を踏み砕き現れた。

 

《仮面魔獣デス・ガーディウス》 攻撃表示

星8 闇属性 悪魔族

攻3300 守2500

 

「攻撃力3300のモンスターデスートー、ピ、ピンチなノーネー」

 

 相手の切り札の登場に、棒読み感溢れる狼狽える声を漏らすのは対戦相手であるクロノス・デ・メディチ。

 

 彼のフィールドには自慢の《古代の機械巨人(アンティーク・ギアゴーレム)》が永続魔法《古代の機械城(アンティーク・ギアキャッスル)》と永続魔法《一族の結束》で4000の攻撃力を誇っているが、過信は出来なかった。

 

 なにせ、《仮面魔獣デス・ガーディウス》にはフィールドから墓地に送られた瞬間に《遺言の仮面》が発動され、相手モンスターを奪う強力な効果を持っているのだから。

 

「……チッ、墓地に送られた《クリッター》の効果で攻撃力1500以下の――《魔犬オクトロス》を手札に加えるかんな」

 

 しかし光の仮面はクロノスの大根芝居に苛立つ。

 

――白々しい演技しやがって……ヤツが発動した魔法カード《古代の採掘機(アンティーク・ギアドリル)》の効果でセットされたのは速攻魔法《リミッター解除》だ。迂闊に攻撃しちゃあ一発でお陀仏だかんな……だが!

 

 クロノスのフィールドには今の今まで発動されていない機械族の攻撃力を倍化される速攻魔法《リミッター解除》が伏せられているのだ。

 

 自爆特攻で《仮面魔獣デス・ガーディウス》をぶつけようものなら、《遺言の仮面》が発動する前に倍化された相手の攻撃力に自身のライフが削り切られることは明白。

 

 

 そう、このままでは光の仮面は攻撃することすら難儀な状態だ。しかし、既に突破の為のキーカードは引いている。

 

「俺は魔法カード《融合》を発動するかんな!!」

 

「!? ここで《融合》デスート!?」

 

 発動されたカードに先程の大根演技を置き去りにしたクロノスの驚愕の声が響いた。なにせ光の仮面が今までに使用してきたカードとは明らかに毛色が違う。

 

「フィールドの闇属性《仮面魔獣デス・ガーディウス》と手札の《E・HERO(エレメンタルヒーロー) クレイマン》を融合!! 来なぁ! 《E・HERO(エレメンタルヒーロー) エスクリダオ》!! 墓地のE・HERO(エレメンタルヒーロー)の数×100パワーアップだかんな!」

 

 大半がThe悪魔なモンスターばかり使用していた光の仮面が己のエースを捨ててまで呼び出したのは黒き刃のような四対の翼を広げる漆黒のヒーロー。

 

E・HERO(エレメンタルヒーロー) エスクリダオ》

星8 闇属性 戦士族

攻2500 守2000

攻2600

 

 攻撃力も《仮面魔獣デス・ガーディウス》に比べれば些か見劣りする。だが、光の仮面の狙いはこのHERO自体ではない。

 

「そしてこの瞬間、墓地に送られた《仮面魔獣デス・ガーディウス》の効果発動! デッキから魔法カード《遺言の仮面》がお前のモンスターに装備される!」

 

 光の仮面の狙いは墓地に《仮面魔獣デス・ガーディウス》を送る一点。

 

 やがて死の淵より這い出た《仮面魔獣デス・ガーディウス》の怨念――といっても、今回の場合は八つ当たり染みているが――により、なにかが這い出ようとしている仮面が浮かびあがり、クロノスのエースに憑りついた。

 

「フヒャヒャヒャヒャ! これでお前の《古代の機械巨人(アンティーク・ギアゴーレム)》は貰ったかんな!! 相棒の仇は取らせて貰うぜ!」

 

「デスーガ、ワタクシのフィールドを離れたことで永続魔法《一族の結束》の強化が途切れるノーネ!」

 

 やがてクロノスのフィールドの唯一のモンスター、《古代の機械巨人(アンティーク・ギアゴーレム)》が光の仮面の元に地響きと共に歩み出る光景に光の仮面は相手の注釈など気にした様子もなく得意気に笑う。

 

「だとしても、お前のモンスターは0! 更にお前のモンスターお得意の効果で、コイツがバトルする時に魔法・罠は発動できないかんな! バトル!」

 

「だったらこうするノーネ! バトル開始時に永続罠《古代の機械蘇生(アンティーク・ギアリボーン)》発動ゥ! 墓地の『古代の機械』と名の付くモンスター1体を攻撃力を200アップさせて復活させるノーネ! 来るノーネ! 《古代の機械巨竜(アンティーク・ギアガジェルドラゴン)》!!」

 

 そうして《古代の機械巨人(アンティーク・ギアゴーレム)》が《遺言の仮面》の怨嗟の声に逆らえず拳を振りかぶろうとするが、その前に歯車仕掛けの巨大なドラゴンが割って入るように空から降り立った。

 

 3種のカードの強化を受け、その攻撃力は1200ポイント増大する。

 

古代の機械巨竜(アンティーク・ギアガジェルドラゴン)》 攻撃表示

星8 地属性 機械族

攻3000 守2000

攻4200

 

――あれは前のターン、魔法カード《トレード・イン》で墓地に送っていたカード……!

 

「くっ!? なら永続罠《デーモンの呼び声》の効果発動! 墓地の悪魔族1体を手札から悪魔族――《魔犬オクトロス》を捨て復活させるかんな! 再び降臨せよ、《仮面魔獣デス・ガーディウス》!!」

 

 新たな機械族モンスターの出現に光の仮面はならばと発動済みの永続罠カードの効果により悪魔の声を地の底から響かせ、その声に引き寄せられた《仮面魔獣デス・ガーディウス》が大地から瘴気を噴き出しながら舞い戻った。

 

《仮面魔獣デス・ガーディウス》 攻撃表示

星8 闇属性 悪魔族

攻3300 守2500

 

「さらに手札から速攻魔法《瞬間融合》発動! フィールドの《仮面魔獣デス・ガーディウス》と《E・HERO(エレメンタルヒーロー) エスクリダオ》を融合して、2体目の《E・HERO(エレメンタルヒーロー) エスクリダオ》を融合召喚するかんな!!」

 

 舞い戻ったのだが、速攻で《E・HERO(エレメンタルヒーロー) エスクリダオ》に溶け合い、2体目の《E・HERO(エレメンタルヒーロー) エスクリダオ》がさしずめ転生融合召喚とばかりに4対の翼を広げた。

 

E・HERO(エレメンタルヒーロー) エスクリダオ》 攻撃表示

星8 闇属性 戦士族

攻2500 守2000

攻2700

 

「そして再び墓地に送られた《仮面魔獣デス・ガーディウス》の効果でデッキから2枚目の魔法カード《遺言の仮面》がお前のモンスターに憑りつき、俺のしもべとなる!!」

 

 そうして再び八つ当たりの《遺言の仮面》が地面に落ち、怨嗟の声と共に《古代の機械巨竜(アンティーク・ギアガジェルドラゴン)》に憑りつけば、またもクロノスのモンスターが光の仮面の手に堕ちた。

 

 先程の苦悩は何だったかと言った具合にハイタッチする2体の『古代の機械(アンティーク・ギア)』たち。

 

「今度こそお前のモンスターで――」

 

「ナラーバ、永続罠《連撃の帝王》の効果を発動ゥ! バトルフェイズ開始時にアドバンス召喚するノーネ!」

 

 仕切り直しとばかりに《遺言の仮面》をつけた《古代の機械巨人(アンティーク・ギアゴーレム)》が拳を振り上げるが、またもや頭上から影が落ちる。

 

「馬鹿な!? お前のフィールドにモンスターはいない筈!?」

 

「永続魔法《古代の機械城(アンティーク・ギアキャッスル)》を墓地に送ることで自身に乗ったカウンターの数、アドバンス召喚のリリースの代わりに出来ルーノ!」

 

 状況的にこれ以上の増援は無理な筈と戸惑う光の仮面を余所にクロノスが天を指させば――

 

「来るノーネ! 《古代の機械巨人(アンティーク・ギアゴーレム)》!!」

 

 2体目の《古代の機械巨人(アンティーク・ギアゴーレム)》が空から永続魔法《古代の機械城(アンティーク・ギアキャッスル)》を踏みつぶしながら降り立った。

 

古代の機械巨人(アンティーク・ギアゴーレム)》 攻撃表示

星8 地属性 機械族

攻3000 守3000

攻3800

 

「ほ、本当にしつこいヤツだかんな!?」

 

 空から飛来した巨大なモンスターの襲来に揺れる大地に足を取られるように怯んだ光の仮面の声が戦況の変化を何よりも雄弁に物語っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、つわものたちが熾烈な戦いを経て数を減らし続け、生き残った参加者の数がかなり絞られてきた頃、海馬ランドUASのシューティングゲームエリアにて、一際ごった返す観客の中で城之内が肩の力を抜くように小さく息を吐く。

 

「いやー、一時はどうなることかと思ったけどよ。ワールドグランプリも後少しで終わりとなると、寂しいもんだぜ」

 

「そうよね。それに、心配だったレベッカの試合の騒ぎも直ぐに収まって良かったわ」

 

「海馬くんとモクバくんの頑張りのお陰だね!」

 

 城之内の声に杏子が一時はどうなることかと釣られて溜息を漏らすが、御伽の返したようにKCの尽力の結果、ワールドグランプリはようやく終わりが見えて来たところだった。

 

「王様の遊戯もどんどん勝ち進んで――ダーリンも鼻が高いわね!」

 

 そんな終わりが見えたワールドグランプリに勝ち残った闇遊戯の存在にレベッカは傍らの表の遊戯の肩に頭を乗せつつ誇る姿に――

 

「うん! それに、もう一人のボクのデュエルを最前列で見られるからね。スゴク勉強になるよ!」

 

 表の遊戯も文字通り、間近で闇遊戯の快進撃を眺め続けた身ゆえに心に熱を灯したとばかりに自身の拳を握る。

 

 この大会で戦った誰もが並大抵の相手ではなかったと。

 

 しかしその遊戯の姿に本田は「だからこそ」と脱力を見せる。なにせ――

 

「んで、いよいよか……リベンジは決勝戦――って、訳にはいかねぇとは運命の神様がいるんなら気が利かねぇ奴だぜ」

 

 もうじき始まるであろう好カードが、ワールドグランプリの締めではないのだから。

 

「馬鹿やろう、本田! んなもん関係ねぇよ! 海馬のヤツも言ってただろ? てっぺんを決める大会だって――最初で当たろうが、最後に当ろうが、大事なのは其処じゃねぇんだよ!」

 

「うん、そうだね。城之内くんの言う通りだよ!」

 

 だが、そんな本田の背をバンと叩きつつ顎を尖らせる城之内に表の遊戯も肯定を返したのち――

 

――もう一人のボク、そろそろ出番だよ。

 

――ああ。

 

「みんな――行ってくるぜ」

 

 表の遊戯は闇遊戯と人格交代し、仲間たちの声援を背に戦いの舞台へと歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「久しぶりだな、キース」

 

 今宵は現決闘王(デュエルキング)がチャレンジャーの立場である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな大会の最高潮とも言うべき熱気が海馬ランドUSAに立ち込める中、ヨーロッパのシュレイダー社――いや、シュレイダー社()()()場所で慌ただしく人の行き来による喧噪から逃れるように非常階段に座り込んだ死人もかくやな顔色のジークが頭を抱えていた。

 

 今のジークには文字通り何もなかった。

 

『お前はシュレイダー家を終わらせたのだ!!』

 

 そんな怒声と共に己の頬を平手で打った父の姿にジークは膝をつくしか出来なかった。自身の見通しの甘さが招いた破滅だ。今、その光景が脳裏を過ったことで更に気分は沈む。

 

 その後は、持ちうる力を諸々様々な方面から悠々と引き千切られるも、辛うじて残った力でなんとか猶予をもぎ取ったが、残ったのは莫大な負の遺産のみ。

 

 

 会社を失い。

 

 実家を失い。

 

 父と母の期待を失い。

 

 弟との絆すら失いそうになっている。

 

 

 これも己の醜態を全世界に知らしめた親切なペンギン好きのおじさんの働きの賜物。

 

 

 そう、ジークには失ったものがあまりに多すぎた。

 

 

 レオンは「諦めなければ何時かきっと何かを掴むことができる」とジークに語っていたが、今のジークにはその言葉が呪いにしか聞こえない。

 

 優しい弟の言葉が「諦めてはならない」と強迫観念のようにジークを責め立てる。

 

 

 だが、ジークにはどうすれば良いのか分からなかった。

 

 

 最後の希望とばかりに人格者で知られるペガサスを頼ってI2社に身を寄せようともしたが、クロケッツと名乗った執事に遮られた。無理もない――現在、厄の塊となり果てた彼を主人の元に近づかせる訳もないのだから。

 

 

――何をすればいい……私に何ができる……! 何を! 一体何を!!

 

 何もしなければシュレイダー家が抱えた負の遺産は、心優しいレオンが兄の代わりに背負ってくれることだろう。例え、その身が破滅しようとも。

 

――ふざけるな!! そんなことがあっていい訳がない!

 

 そんな最悪の可能性に怒りを見せるジークだが、頼る寄る辺もない彼ができることなど高々知れている。

 

 

 デュエルモンスターズ市場を、デュエル界を支えるKCとI2に唾吐いた愚か者を誰が助ける?

 

 タブー視されるパラディウス社に喧嘩を売った戯けに誰が手を差し伸べる?

 

 世界に喧嘩を売った愚か者に誰が関わろうとする?

 

 

 そんな都合の良い存在がいる筈がない。いる筈がないのだ。

 

 

 

 本当に?

 

 

 だが、ジークの脳裏に()()()()()()()()()()が過る。それはあまりにも()()()()()()()

 

 

 やがて携帯電話片手に夢遊病のようにフラフラと番号を押してくジーク。耳に何度かコール音が響いた後、通信が繋がったことを辛うじて把握したジークは覇気のない声で呟いた。

 

 いたじゃないか。ずっと己を泳がし続け、嘲笑っていたであろう影が。

 

「私……だ。ジークハルト・フォン・シュレイダーだ……」

 

 過去の海馬への復讐心に囚われていたジークは気付いていなかったが、件の相手の提案は「シュレイダー社に都合がいい」ものばかりだったじゃないか。

 

 しかし、それらの対応をジークが冷静に見えるようになっただけに「より相手の考えが分からなくなった」こともまた事実。

 

 

 相手の狙いが今の頭の冷えたジークにすら分からない。 だが今の彼にはそれしか選択肢がなかった。

 

 

 そして藁にも縋るような面持ちでジークは声を震わせる。

 

「弟を……父上を……母上を……」

 

 今の彼には文字通り、藁に縋るしかない。

 

「………………助けてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――喜んで』

 

 彼の耳元で悪魔が囁いた。

 

 

 

 

 







この話中にかなりの日数が経っています――巻き展開で済まねぇ!





~今作のヴァロンデッキ~
ヴァロンのアーマーモンスターがOCG化されないので、城之内のアーマーこと《ロード・オブ・ザ・レッド》を拝借。盗んだアーマーで走りだせ!

とにかく墓地を雑多に肥やし、墓地の「儀式魔人」で効果を与えつつ儀式召喚。

《ロード・オブ・ザ・レッド》の効果のトリガーは肥えた墓地から墓地誘発のカードを使用していく。他は装備カードの補助が少々。

なお、攻撃するのは「ヴァロン=《ロード・オブ・ザ・レッド》」オンリーなのがポリシー


~今作の迷宮 兄のデッキ改~
新たなテーマ「未界域」によって温めていたデッキ構築が開花した為、大幅変更(肝心の「未開域」は《未界域のワーウルフ》しか入ってないけどな!)

墓地からレベル6のモンスター扱いで復活する永続罠《真源の帝王》や
永続魔法《帝王の開岩》のサーチに対応した俗に言う帝ステータスを持つ《未界域のジャッカロープ》、《ジェノサイドキングサーモン》、《イリュージョン・スナッチ》を

蘇生したカードを2体分のアドバンス素材にできる装備魔法《再臨の帝王》や
永続魔法《アドバンス・フォース》のアドバンス素材軽減効果などで

強引に三魔神のアドバンス召喚を狙っていく。目指せ、《ゲート・ガーディアン》!

なお、デッキに下級モンスターが「 0 」な無謀――もとい強気な構築なので手札事故率が非常に高く、事故った際は速攻魔法《帝王の烈旋》で《ジェノサイドキングサーモン》をシャケ召喚して、シャケビートするしかない。シャケ旨ぇー!(十代感)



~今作の羽蛾デッキ改~
リメイクカード《寄生虫パラノイド》と《超進化の繭》によって最上級昆虫族が展開しやすくなったが――

その結果、生じた問題「《インセクト女王(クイーン)》いらなくね?」な事態を避ける為にトークン軸に舵を切ったデッキ。

具体的には相手のフィールドにトークンをばらまき、永続罠《DNA改造手術》で強引に昆虫族にして《インセクト女王(クイーン)》の攻撃力を最大限に高めるプラン。

なお《インセクト女王(クイーン)》が攻撃力100のトークンを攻撃表示で産むうっかり屋だが、相手ターンでも発動可能な《B(ビー)F(フォース)-毒針のニードル》の効果のコストで妨害ついでに退かしたり、
永続罠《DNA改造手術》と永続魔法《虫除けバリアー》のコンボで守ったり、

罠カード《ナイトメア・デーモンズ》でリリースして相手フィールドにトークンをプレゼントで打点+的を増強だ!

他は《代打バッター》やら《共鳴虫(ハウリング・インセクト)》やら《共振虫(レゾナンス・インセクト)》やら《応戦するG(ジー)》やらの昆虫族サポートの力を借りる普通な構築。



~今作の光の仮面デッキ改~
《仮面魔獣デス・ガーディウス》の召喚コストの2体が通常モンスターゆえに
通常モンスターサポートをふんだんに盛り込んだバニラビート風デッキ。

そこに「初期手札が通常モンスター一色……だと!?」という脅威の手札事故を回避すべく《融合》を放り込み、上述の状態でも《始祖竜ワイアーム》を呼べるようにした。

更に《融合》ついでに魔法カード《融合派兵》に加え、通常モンスターHEROも混ぜて、闇属性を融合素材に含む《E・HERO(エレメンタルヒーロー) エスクリダオ》+指定素材HEROのアクセスも増設。

《融合派兵》で《仮面魔獣デス・ガーディウスデス・ガーディウス》の仮面モンスター以外の召喚コストを賄ったり

フィールドの《クリッター》や《魔犬オクトロスオクトロス》、《仮面魔獣デス・ガーディウスデス・ガーディウス》の闇属性’sを通常モンスターHEROと融合すれば、各種効果が能動的に発動できる。

まさにマスク(仮面)HERO(ヒーロー)デッキ――と言えるかもしれない。





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第179話 両雄相まみえる




前回のあらすじ
マリクに操られていたグールズたち(焼き殺された人たち以外)無事に社会復帰を果たす。






 

 

 距離を取って向かい合う闇遊戯とキースの姿に実況席の野坂ミホは意気揚々とマイク越しに叫ぶ。

 

「かつての決闘者の王国(デュエリストキングダム)の激戦は未だ世界の記憶に新しい!」

 

 過去にぶつかり合った闇遊戯とキースの戦いは未だ色褪せぬままに人々の心に残っている。ゆえにこのリベンジマッチとも呼べる対戦カードの注目度は高い。

 

「バトルシティを制した男がキング(決闘王)として、キング(全米チャンプ)に挑む! まさに王者決定戦! まさに終幕への前哨戦!」

 

 野坂ミホの宣言の通り、まさにワールドグランプリを左右する一戦。決闘王(デュエルキング)を決める戦いの前哨戦ともいえる試合に会場のボルテージが跳ね上がるのも当然であろう。

 

「事実上の決勝戦とか言っちゃっても大丈夫じゃないでしょうか!」

 

「Oh! そう断言してしまえるかは分かりマセーン――が! どちらにせよ、この一戦の結末がワールドグランプリに与える影響はとても大きいことは明白デース!」

 

 興奮した様相の野坂ミホに実況席に同席するペガサスも遠足前の子供のようにテンションアゲアゲである。

 

「フフッ、ペガサス、始まるみたいよ」

 

 そんなペガサスを微笑ましく笑うシンディアの言葉を合図とするように、二人の王者が一つの玉座を巡り、今雌雄を決する。

 

 

 

 やがてデュエルの先攻を得た闇遊戯は過去に想いを馳せながらデッキからカードを引き抜いた。

 

「あの時と同じか……俺の先攻、ドロー! 俺は魔法カード《予想GUY》を発動! デッキからレベル4以下の通常モンスター、《グレムリン》を特殊召喚!!」

 

 そうして一番槍に呼び出されたのは、額に角の生えた緑の体毛を持つ耳の大きな獣のような小柄な悪魔が小さな翼を広げ、威嚇するように鍵爪を構える。

 

《グレムリン》 攻撃表示

星4 闇属性 悪魔族

攻1300 守1400

 

「そして通常モンスターである《グレムリン》を墓地に送り、魔法カード《馬の骨の対価》を発動し2枚ドローだ! さらに魔法カード《手札抹殺》を発動! 互いに手札を全て捨て、捨てた分ドロー!!」

 

 しかし、その身体はすぐさま光の粒子となって闇遊戯の手元に集まり、更にそうして増えた手札も一気に墓地に送られ、新たな手札が闇遊戯の元に舞い込んだ。

 

 呼応するようにキースも5枚の手札を入れ替える。

 

「此処で俺は魔法カード《闇の量産工場》を発動し、墓地の2枚の通常モンスター《グレムリン》と《ブラック・マジシャン》を手札に加えるぜ!!」

 

 だが、闇遊戯の下準備は未だ留まる気配を見せない。相手はかつて死闘の末に一歩及ばなかった相手。一切の手抜かりが許されない。

 

「そして魔法カード《龍の鏡(ドラゴンズ・ミラー)》を発動し、墓地の2体のモンスターを除外して融合召喚!! 今こそ姿を現せ、天空の騎士! 《天翔の竜騎士ガイア》!!」

 

 やがて魔法カード《手札抹殺》で墓地に送っていた暗黒騎士が馬から呪いの竜へと乗り換え、竜騎士となって空へと飛翔し、二双の突撃槍を構えた。

 

《天翔の竜騎士ガイア》 攻撃表示

星7 風属性 ドラゴン族

攻2600 守2100

 

「《天翔の竜騎士ガイア》が特殊召喚されたことで、デッキから永続魔法《螺旋槍殺(スパイラル・シェイバー)》を手札に加える!」

 

 そして《天翔の竜騎士ガイア》が突撃槍を天にかざせば闇遊戯の手元に一陣の風が吹きすさび、1枚の手札となり――

 

「さらに魔法カード《手札断殺》で互いに2枚の手札を捨てその分ドロー! まだだ! 魔法カード《闇の誘惑》でカードを2枚ドローし、手札の闇属性の《グレムリン》を除外!!」

 

 闇遊戯の怒涛の手札交換の呼び水となって、自軍のフィールドに万全な布陣を敷く。

 

「最後にモンスターをセットし、4枚のカードを伏せてターンエンドだ」

 

 そうして敷かれたエース格モンスター1体と、1体の裏守備モンスター。そして4枚のセットカード。

 

 その布陣にキースは絶対的な城壁を間近にしたような圧迫感に襲われる。

 

「へっ、準備万端ってところか。俺様のターン、ドロー!!」

 

 しかし、怯みはしない。決闘者の王国(デュエリストキングダム)から凡そ1年に届かぬ程の時を経ての再戦だが、眼前の相手のバトルシティでの激戦は記憶に新しい。

 

 そう、相手もまたデュエリストの牙を研ぎ澄ませてきたことは誰の目にも明らかなのだから。

 

「俺様も魔法カード《闇の量産工場》を発動し、墓地の通常モンスター2体――《メカ・ハンター》と《スロットマシーンAM(エーエム)-7》を手札に! 更に魔法カード《闇の誘惑》で2枚ドロー!《メカ・ハンター》を除外!!」

 

 やがて意趣返しのように同じ2枚のカードで手札を増強したキースは闇遊戯に見せつけるように1枚のカードを発動させる。

 

 

 腕を上げたのはお前だけではないのだと。

 

「そしてコイツだ! 魔法カード《簡易融合(インスタントフュージョン)》を発動! ライフを1000払い、エクストラデッキからレベル5以下の融合モンスターを融合召喚だ!」

 

キースLP:4000 → 3000

 

 ボフンと煙を上げながら出現したカップ麺から、蒸気が上がり、その中から飛び出すのは――

 

「来なァ! 《メカ・ザウルス》!!」

 

 左腕にレーザー砲を取り付けたワニのような恐竜が二足で大地に立つ。

 

《メカ・ザウルス》 攻撃表示

星5 地属性 機械族

攻1800 守1400

 

「此処で永続魔法《アドバンス・フォース》を発動するぜ! こいつのお陰で俺様はアドバンス召喚の2体のリリースを、レベル5以上のモンスター1体でまかなえる!」

 

 そして発動された永続魔法に闇遊戯は僅かばかりに目を見開いた。この流れはこの大会中に闘ったデュエリストの1人、迷宮兄が使用した戦術に酷似していると。

 

「俺様は《メカ・ザウルス》をリリースし、アドバンス召喚!! さぁ、大舞台だ! 《リボルバー・ドラゴン》!!」

 

 やがて《メカ・ザウルス》の機械部分がメキメキと肥大化するように弾けた先には頭と両手に銃口を備えたくろがねの機械竜が重厚な装甲で大地を揺らし歩み出た。

 

《リボルバー・ドラゴン》 攻撃表示

星7 闇属性 機械族

攻2600 守2200

 

「フィールド魔法《鋼鉄の襲撃者(ヘビーメタル・レイダース)》を発動し、《リボルバー・ドラゴン》の効果を発動! 狙いは《天翔の竜騎士ガイア》! 効果の説明はいらねぇな――コイントス!!」

 

 そうしてキースの代名詞たるフェイバリットモンスターの3つの銃口が《天翔の竜騎士ガイア》に狙いを定め――

 

「大当たりだ! ガンキャノンショット!!」

 

 放たれた二発の弾丸で空を舞う竜の翼を奪い、旋回能力を失った竜諸共その背の騎士を最後の三発目の弾丸が打ち抜いた。

 

「くっ、ガイアが……!」

 

「それだけじゃねぇ! フィールド魔法《鋼鉄の襲撃者(ヘビーメタル・レイダース)》の効果で1ターンに1度、俺様の闇属性・機械族モンスターが相手モンスターを破壊した時、手札から闇属性・機械族モンスターを呼び出すのさ!」

 

 早々にエース格のモンスターを失った闇遊戯だが、鋼鉄の襲撃者たちの進軍は留まることを知らない。

 

「来い! 《スロットマシーンAM(エーエム)-7》!!」

 

 やがてキースの背後から飛び出した黄金のスロットマシーンから手足が伸びた機械の兵が右手のレーザー砲を構えながら並び立った。

 

《スロットマシーンAM(エーエム)-7》 攻撃表示

星7 闇属性 機械族

攻2000 守2300

 

「最後に魔法カード《死者蘇生》でコイツを復活させておくか――」

 

 

 そしてキースが手札から1枚のカードを引き抜き、天にかざしながら発動させれば――

 

 

「現れろ! 全てを叩き潰す絶対者なる星!!」

 

 

 空から隕石のような球体状の物体が地上に落下するように迫り、キースの頭上で急停止した球体状の物体は金属音を鳴らしながら展開し、その姿を現す。

 

 

「――《The (ザ・)big (ビッグ・)SATURN(サターン)》!!」

 

 

 その姿は赤い中央部のコアを黒い装甲で覆い、白銀の鎧で縁取った球体状の身体を持ったまさに星そのものを思わせるフォルム。

 

 やがて、その名を冠するように己が周囲を奔る光輪で、両の手を宙に浮かばせながら背中のロケットブースターに炎を吹かせた。

 

The (ザ・)big (ビッグ・)SATURN(サターン)》 攻撃表示

星8 闇属性 機械族

攻2800 守2200

 

「プラネットシリーズだと!?」

 

「あれはプラネットシリーズの1枚!? チャンピオンはこの日の為に真打を用意していた~!!」

 

 紅葉戦とレベッカ戦で見られたプラネットシリーズの存在は想定外なのか驚きの声を漏らす闇遊戯と、盛り上げるように声を張る実況席の野坂ミホ。

 

「Oh、キースも此処まで隠し玉を温存していたとは驚きデース!」

 

 此処まで激戦を勝ち抜きつつも、隠し続けてきた奥の手の即時使用を決断したキースにペガサスもまた感嘆の声を漏らす。

 

 闇遊戯の成長はペガサスが外側で見るよりも、実際に闘うキースには遥かに大きく感じられたのだろうと。出し惜しみなど出来ない程に。

 

「一気に行くぜ、バトルだ!! 行けっ! 《The (ザ・)big (ビッグ・)SATURN(サターン)》! Anger(アンガー) HAMMER(ハンマー)!!」

 

 やがて三体のマシーン軍団の一番槍として《The (ザ・)big (ビッグ・)SATURN(サターン)》が振りかぶった剛腕がロケットパンチとして闇遊戯のセットモンスターに放たれ、その衝撃の際に飛び散った火花が極光を放った。

 

 

 三体の重量マシンモンスターの前ではセットモンスターなど壁にしかならず、2体のダイレクトアタックの攻撃力の合計は4000のライフなど容易く消し飛ばす。

 

 

 そんな破壊の奔流たる目が眩むほどの光が収まった先には身体の所々に奔る損傷からスパークが奔るキースの3体のマシンモンスターが今、倒れ伏す瞬間だった。

 

 闇遊戯のセットモンスターは小動もせずに変わらず佇んでいる。

 

「あーとッ! これはどういうことだー!? キース選手のモンスターに一体何が!!」

 

 そんな驚天動地な光景に実況の野坂ミホが観客の声を代弁するように叫べば――

 

「悪いが、アンタの攻撃宣言時に罠カード《聖なるバリア -ミラーフォース-》を発動したのさ――これでアンタの攻撃表示モンスターには消えて貰ったぜ!」

 

「ミラー……フォース……だと……!?」

 

 闇遊戯から明かされたタネはシンプルだった。セットモンスターの前に展開されていた鏡の盾が役目を終えたように消えていく光景が全てを物語っている。

 

 《聖なるバリア -ミラーフォース-》はデュエリストが警戒を忘れた頃に発動されるとはよく言ったもの。

 

「全米チャンプともあろう人間が流石に無警戒過ぎたな」

 

「ハッ、俺様も驚いてるさ――あんまりにも読み通り過ぎてなァ!!」

 

 しかし、今、闇遊戯の前に立つのは全米チャンプ。アメリカ最強の男――そんな暗愚を犯しはしない。

 

「《The (ザ・)big (ビッグ・)SATURN(サターン)》の効果! コイツは相手によって破壊され墓地に送られた時、自身の攻撃力分のダメージを互いに与える!」

 

 逆に罠カード《聖なるバリア -ミラーフォース-》を利用し、3000に届きうる効果ダメージを叩きだす。

 

 やがて倒れ伏していた《The (ザ・)big (ビッグ・)SATURN(サターン)》の身体が明滅を始め、その間隔が段々と短くなっていき――

 

DOUBLE(ダブル) IMPACT(インパクト)!!」

 

 笑い声のような機械音と共に巨大な爆発が互いのデュエリストを襲う様にフィールド全土を包み込んだ。

 

 

 遅れて響く爆音と爆炎が轟々と立ち昇るフィールドを見ながらキースは不敵な笑みを浮かべる。

 

「へっ、先制パンチは譲れねぇな」

 

キースLP:3000 → 200

 

 失ったライフは多いが、それは闇遊戯も同じこと。勝負の流れを左右しかねない先手は譲れないところだった。

 

「チャンピオンのライフがあと僅かに!?」

 

「No! ですが、肉を切らせて骨を断つ――遊戯ボーイに3000近い効果ダメージを与えてイマース! つまり、これはキースが、今の遊戯ボーイには此処まで肉を切らせる必要があったと判断したゆえの攻防デース!」

 

 実況席の野坂ミホがまだ1ターン目にも拘らずギリギリとなったキースのライフに絶叫染みた声を漏らすが、ペガサスはその声を否定するように小さく首を振る。

 

 闇遊戯が伏せていた罠カード《聖なるバリア -ミラーフォース-》を発動させたいのであれば、2体の最上級モンスターを並べただけで十分だった筈だ。

 

 そこに、あえて3体目の《The (ザ・)big (ビッグ・)SATURN(サターン)》を呼んだのは「此処こそが相手のライフを効果的に削れる時」と判断したゆえだと。

 

「あら? なにかいるわ」

 

「えっ? チャンピオンのフィールドは《聖なるバリア -ミラーフォース-》でガラ空きになって――ってホントなにかいますよ!?」

 

 しかし響いた大地を踏み砕く音にシンディアが反応し、野坂ミホがその方が方角に視線を向ければ何やら、爆炎が晴れゆくキースのフィールドに佇む影が一つ。

 

 

 その影は破壊された筈の《リボルバー・ドラゴン》――ではなく、《リボルバー・ドラゴン》へ追加装甲を加え、3つの重厚のライフリングも強化した、《リボルバー・ドラゴン》が更なる進化を遂げたまさに鋼鉄の魔龍。

 

《デスペラード・リボルバー・ドラゴン》 攻撃表示

星8 闇属性 機械族

攻2800 守2200

 

 金属が軋むような咆哮を上げる《デスペラード・リボルバー・ドラゴン》の姿に闇遊戯は挑発的に笑みを浮かべて言葉を零す。

 

「成程な。俺の罠カード《聖なるバリア -ミラーフォース-》は読んでいたってのはハッタリじゃないらしい」

 

「そうさ! コイツは俺様のフィールドの闇属性・機械族モンスターが破壊された時、手札から特殊召喚できるカード! 本当の勝負は此処からだ!」

 

 キースは相手に罠カード《聖なるバリア -ミラーフォース-》の使用を決断させつつ、その被害を最小限に抑えながら、なおかつ相手に特大のダメージを叩きつけた。

 

「まさに《リボルバー・ドラゴン》の進化した姿……か。だが――」

 

 闇遊戯も己の罠を掻い潜ったキースに確かな高揚感を感じるが――

 

 

 

 

闇遊戯LP:4000

 

「――読みは俺の方が上だったみたいだな」

 

「なにッ!?」

 

 闇遊戯のライフには傷一つすらなかった。

 

「俺はアンタの《The (ザ・)big (ビッグ・)SATURN(サターン)》の効果が発動する前に手札から《ハネワタ》を墓地に送ることで、俺へのこのターンの効果ダメージを防がせて貰ったぜ」

 

 そう、此処までのデュエルは全て闇遊戯の想定の範囲内。全米チャンプともあろう者がリバースカードを前に不用意に飛び込むとは闇遊戯とて信じてはいない。

 

 それゆえのセットカードではない相手の思考の海に潜む意識外の罠。

 

――コイツ、初めから……!

 

「くっ……! だが《デスペラード・リボルバー・ドラゴン》の攻撃がまだ残ってるぜ! セットモンスターを攻撃だ!」

 

 キースは心の内に奔った僅かな動揺を己が胆力で強引に黙らせ、《デスペラード・リボルバー・ドラゴン》の3つの銃口がセットモンスターを穿つように火を噴いた。

 

「そいつはどうかな! 罠カード《マジカル・シルクハット》を発動! 俺のデッキの魔法・罠カードの2枚を自軍のモンスター1体とセットし、シャッフルするぜ!」

 

 だが、雨霰と飛来する弾丸を避けるようにセットモンスターが3つのシルクハットの一つに隠れ、シャッフルされるが――

 

「なら左のシルクハットを攻撃だ!!」

 

 薙ぎ払うように銃口を新たな狙いに定めた《デスペラード・リボルバー・ドラゴン》の弾丸の雨がシルクハットを蜂の巣にし、そこに隠れるセットモンスターを打ち抜いた。

 

「ぐっ!? だが、リバースした《メタモルポット》の効果発動! 互いは手札を全て捨て、新たに5枚ドローする!!」

 

 三択をこともなげに当てて見せたキースを余所に、弾丸を受け砕け散った壺の中の一つ目の断末魔が響く。

 

《メタモルポット》 裏側守備表示 → 表側守備表示 → 爆散

星2 地属性 岩石族

攻 700 守 600

 

 そして5枚にまで回復した手札から次なる一手を繰り出さんとするキース。

 

「だが、これで俺様の手札も一気に回復だ。バトルを終了し――」

 

「待ちな! バトル終了と共に破壊されたシルクハットの1つ、永続罠《マジシャンズ・プロテクション》の効果発動! 墓地より魔法使い族1体を復活させる!」

 

 しかし役目を終え砕け散ったシルクハットの一つから黒き法衣が躍り出た。

 

「まさか!?」

 

「来い、我が魂のカード! 《ブラック・マジシャン》!!」

 

 シルクハットから宙に躍り出し、黒衣をひるがえしながらキースの《デスペラード・リボルバー・ドラゴン》の前に杖を突き出すのは《ブラック・マジシャン》。

 

 このカードこそ、闇遊戯がもっとも信を置く相棒たる1枚。

 

《ブラック・マジシャン》 攻撃表示

星7 闇属性 魔法使い族

攻2500 守2100

 

「此処で互いのエースカードが並んだー!!」

 

「役者が揃い踏みデース!」

 

 そんな互いのフェイバリットが形は違えど向かい合った姿に実況席も観客席も熱気を上げていく。

 

「ハッ、フェイバリットのご登場って訳か――なら俺様もオーディエンスの期待にゃ応えてやらねぇとな! 魔法カード《オーバーロード・フュージョン》発動! 墓地のモンスターを除外し、融合召喚する!!」

 

 やがて盛り上がりを高まらせる感情の空気を引き込むようにキースの手札から1枚のカードが引き抜かれた。

 

「俺様は墓地の《キャノン・ソルジャー》と《融合呪印生物-闇》で融合召喚!! 突き抜けろ!! 《迷宮の魔戦車》!!

 

 それにより地中から大地をドリルで砕きつつキャタピラを唸らせ飛び出す巨大なドリルを身体の中央から伸ばした青い装甲の戦車、《迷宮の魔戦車》。

 

 ギャリギャリとドリルを唸らせるその姿はやる気に満ち溢れているようにも見える。

 

《迷宮の魔戦車》 攻撃表示

星7 闇属性 機械族

攻2400 守2400

 

「そして俺様のフィールドに2体の機械族モンスターが揃ったことでコイツが発動できる! 魔法カード《アイアンドロー》! その効果で2枚ドローだ!」

 

 そうして罠カード《聖なるバリア -ミラーフォース-》によって一度は全滅したことなど感じさせない程に並ぶキースのマシン軍団。

 

「だが、このターン、俺様は後1度しかモンスターを特殊召喚できねぇ――まぁ、もうこのターンモンスターを呼ぶ気のねぇ俺様には関係のねぇ話よ」

 

 手札もデメリットをすり抜けつつ補充したお陰で未だ潤沢。

 

「俺様は永続魔法《補給部隊》と同じく永続魔法《機甲部隊の最前線(マシンナーズ・フロントライン)》を発動し、カードを1枚セットしてターンエンドだ!」

 

 ゆえにその潤沢な手札をふんだんに使い、己が戦線を支えるまさに軍事基地を感じせる布陣を敷いたキースはターンを終えた。

 

「さぁ、どっからでもかかってきな!!」

 

「ならアンタのエンド時に罠カード《融合準備(フュージョン・リザーブ)》を発動! エクストラデッキの《超魔導剣士-ブラック・パラディン》を公開し、デッキから《バスター・ブレイダー》を手札に加え、墓地の《融合》を回収するぜ!」

 

 そんな出方を伺うキースに遊戯はリバースカードで手札を補充しつつ、デッキの上に手をかける。

 

「そして俺のターン、ドロー! 魔法カード《ワン・フォー・ワン》を手札のモンスター1枚捨てて発動! デッキからレベル1の――《サクリボー》を特殊召喚!」

 

 そうしてドローしたカードをすぐさま発動させた闇遊戯のフィールドに背中にウジャドの瞳が張り付いた小さな毛玉がボフンと現れ、地面へボヨンとバウンドした。

 

《サクリボー》 守備表示

星1 闇属性 悪魔族

攻300 守200

 

「此処で魔法カード《融合》を発動! フィールドの《ブラック・マジシャン》と手札の《バスター・ブレイダー》を融合!!」

 

 やがて《リボルバー・ドラゴン》が進化すると言うのなら、己が《ブラック・マジシャン》もまた進化すると、闇遊戯が託した竜狩りの戦士の剣から竜の影のような力が噴出し、黒き魔術師の身体を覆ってゆく。

 

「来たれ、宿命の魔導剣士! 《超魔導剣士-ブラック・パラディン》!!」

 

 すると法衣が鎧のような頑強さと鋭利さを持ち始め、魔術師は魔法剣士と化し、大剣と同化したことで薙刀(なぎなた)となった杖を振るった。

 

《超魔導剣士-ブラック・パラディン》 攻撃表示

星8 闇属性 魔法使い族

攻2900 守2400

 

「バトルだ! 超魔導剣士-ブラック・パラディンで――」

 

「待ちな! バトルフェイズ開始時に罠カード《生命力吸収装置》発動! フィールドのモンスターを全て表側表示にし、フィールドの効果モンスター×400のライフを回復する!」

 

 そして残り僅かとなったキースのライフを刈り取らんと薙刀を振るう《超魔導剣士-ブラック・パラディン》を余所に大地から木漏れ日のような光が溢れ――

 

「互いのフィールドに効果モンスターは3体……」

 

「そうさ! よって1200ポイント回復!!」

 

 そのモンスターたちの足元を照らした光がキースの元へと地面越しに伝わり、そのライフを潤していく。

 

キースLP:200 → 1400

 

「だが、ブラック・パラディンの攻撃は止まらないぜ!!」

 

「止めてやるさ! 俺様の《デスペラード・リボルバー・ドラゴン》がなァ!」

 

 そんな光の道を突き進みながら迫る《超魔導剣士-ブラック・パラディン》の凶刃に《デスペラード・リボルバー・ドラゴン》の三つの銃口が向けられ、シリンダーが高速で回転を始める。

 

「《デスペラード・リボルバー・ドラゴン》の効果発動! 互いのバトルフェイズ時に1度、自身の攻撃を放棄することでコイントスを3度行い、表の数まで表側表示のモンスターを破壊する!」

 

 《超魔導剣士-ブラック・パラディン》の逃げ場を奪うように大きく照準を取った三つの銃口の引き金が――

 

「コイントス!! 表の数は――3回! 3回表が出た時、俺様は更にカードを1枚ドローできる!」

 

 全て引き切られ、三つの銃口が火を噴いた。

 

「消えな! デスペラード・キャノン・ショット!!」

 

 シリンダーの高速回転により、空の薬莢を排出しながら込められた弾丸が雨霰と排出され、眼前の全てを蜂の巣にするような弾幕によって視界に土煙が舞う。

 

 だが、その土煙の全域を撃ち抜く程の連射が闇遊戯のフィールドを薙ぎ払った。

 

 

 

 やがて弾丸の排出を停止し、シリンダーがカラカラと回転を収めていく中、土煙が晴れる。

 

 

 

 

 前に、その土煙を切り裂くように襲来した《超魔導剣士-ブラック・パラディン》の刃が《デスペラード・リボルバー・ドラゴン》を縦一文字に切り裂いた。

 

 

キースLP:1400 → 1300

 

「なんだと!?」

 

「墓地の永続魔法《幻影死槍(ファントム・デススピア)》を除外し、効果を使わせて貰ったぜ――このカードは俺の闇属性モンスターの破壊の身代わりに出来るのさ!」

 

 一刀の元に切り伏せられ、膝をつく《デスペラード・リボルバー・ドラゴン》を余所に後ろに跳び、宙を一回転した後に《超魔導剣士-ブラック・パラディン》が主のフィールドに戻る中、仕込みを明かす闇遊戯の声にキースは僅かに歯噛みするが――

 

「チッ、罠カード《マジカル・シルクハット》の時のカードか――だが!!」

 

 キースの表情に不敵な笑みが戻るのを合図とばかりに切り裂かれ、痛々しい傷跡を残す《デスペラード・リボルバー・ドラゴン》の負傷した切断面からメキメキと音を立てて装甲板がせり上がり、その損傷を覆い隠していく。

 

「破壊されていない……?」

 

「フィールド魔法《鋼鉄の襲撃者(ヘビーメタル・レイダース)》の効果さ。このカードがある限り、1ターンに1度、俺様の闇属性・機械族モンスターはバトルでは破壊されねぇ――さらにこの効果を受けたモンスターは俺様が受けたダメージ分、攻撃力がアップする!!」

 

 やがて先程の損傷が消えただけでなく、装甲の追加によって一段と身体を巨大に変貌させた《デスペラード・リボルバー・ドラゴン》が怒りを見せるように機械音を発した。

 

《デスペラード・リボルバー・ドラゴン》

攻2800 → 攻2900

 

「残念だったな。次のターンでソイツは今度こそお陀仏だ」

 

 これで互いの攻撃力は互角。更に次のターンも《デスペラード・リボルバー・ドラゴン》の効果を《超魔導剣士-ブラック・パラディン》が躱せるとは限らない。

 

「フッ、それはどうかな?」

 

 しかし闇遊戯は強気な笑みを零しながら手札の1枚をかざした。

 

「手札から速攻魔法《ディメンション・マジック》を発動! 俺のフィールドに魔法使い族モンスターがいる時、俺のフィールドのモンスター1体をリリースし、手札から魔法使い族を呼び出すぜ!」

 

 それによりフィールドに金属の棒を立方体に骨組みされた鉄檻染みた代物の中心に立方体の角から伸びる鎖で雁字搦めにされた棺が鎮座する。

 

「俺は《サクリボー》をリリースし、手札から黒魔導士より教えを受けた弟子たるカードを呼び寄せる! 師の元に並び立て! 《ブラック・マジシャン・ガール》!!」

 

 その棺の中に《サクリボー》が飛んでいき、ガタガタと揺れた後、ドカンと棺が弾けた先から水色の軽装の法衣を纏った少女がウィンクしながらクルリとターンし、随分と様変わりした師匠の隣にフワリと浮かんだ。

 

《ブラック・マジシャン・ガール》 攻撃表示

星6 闇属性 魔法使い族

攻2000 守1700

 

「さらに速攻魔法《ディメンション・マジック》のもう一つの効果で相手モンスター1体を破壊! 《デスペラード・リボルバー・ドラゴン》には消えて貰うぜ!!」

 

 やがて《ブラック・マジシャン・ガール》が指を一つ鳴らせば、弾け飛んだ棺の残骸が《デスペラード・リボルバー・ドラゴン》が先程受けた傷口をこじ開けるように殺到。

 

 そうして回路に異物が入り込んだことでスパークを起こした《デスペラード・リボルバー・ドラゴン》の身体は内部の燃料が暴発し、内から噴出した炎の中に消えていった。

 

――クッ、《機甲部隊の最前線(マシンナーズ・フロントライン)》は効果破壊には対応してねぇ隙を!!

 

「だが、《デスペラード・リボルバー・ドラゴン》が破壊された時、コイントスが行えるレベル7以下のモンスターを手札に加えるぜ――俺様は《ブローバック・ドラゴン》を手札に!」

 

 キースの舌打ち染みた内と外の声と共に《デスペラード・リボルバー・ドラゴン》から次を繋ぐようにデッキに光が灯り、新たな機械竜が手札に舞い込み。

 

「そして俺様のフィールドのモンスターが破壊されたことで永続魔法《補給部隊》の効果で更に1枚ドロー!」

 

「なら俺もリリースされた《サクリボー》の効果で1枚ドローさせて貰うぜ」

 

 続いて互いに示し合わせたようにカードを1枚ドローした。

 

 己がエースの進化体を失おうともすぐさま次弾を用意したキースが互いの状況を示す様に手を広げるが――

 

「だが、テメェの墓地の《ブラック・マジシャン》は1体――そのマジシャンの小娘じゃ俺の《迷宮の魔戦車》は突破できねぇぜ!」

 

「そいつはどうかな? 俺の墓地には《ブラック・マジシャン》だけでなく、墓地で《ブラック・マジシャン》として扱う《マジシャン・オブ・カオス》がいる! よって《ブラック・マジシャン・ガール》の攻撃力は――」

 

 その宣言を否定した闇遊戯の言葉に合わせて《ブラック・マジシャン・ガール》がその杖をキースへと向ける。

 

《ブラック・マジシャン・ガール》

攻2000 → 攻2600

 

「俺様の《迷宮の魔戦車》を超えやがった!?」

 

「行けッ! ブラック・バーニング!!」

 

 そして《ブラック・マジシャン・ガール》が腕を頭上に掲げた杖を大きく振り下ろしながら放った炎の球体を《迷宮の魔戦車》のドリルを掻き消さんと回転するが、巻き上がった炎は逆に己が身を焼く結果となった。

 

「ぐぅうっ!?」

 

キースLP:1300 → 1100

 

 己を守る最後のモンスターを失ったキースが炎の衝撃に苦悶の声を漏らすが、その炎を掻き消すように腕を横に振れば――

 

「だとしても、《迷宮の魔戦車》が破壊された瞬間に永続魔法《機甲部隊の最前線(マシンナーズ・フロントライン)》の効果で、その攻撃力以下の――《振り子刃の拷問機械》を特殊召喚!!」

 

 その背後から足を巨大な振り子刃を身体の軸と足にした機械兵が飛び出し、丸みのある上半身の装甲から伸びる細い両腕を交差させてキースを守るように立ちはだかった。

 

《振り子刃の拷問機械》 守備表示

星6 闇属性 機械族

攻1750 守2000

 

「なら俺はバトルを終え、魔法カード《闇の量産工場》を発動! 墓地から《デーモンの召喚》と《ブラック・マジシャン》を手札に加え――魔法カード《闇の誘惑》で2枚ドローし、《デーモンの召喚》を除外!」

 

 新たなマシンモンスターの出現に、これ以上の追撃を断念した闇遊戯が墓地から噴出した闇をその手に掴み、その闇は流れるようにデッキと異次元へと奔り、闇遊戯の手札を増強。

 

「此処で永続罠《ミラーフォース・ランチャー》を発動! こいつは俺の手札のモンスター1体を墓地へ送ることで墓地から罠カード《聖なるバリア -ミラーフォース-》を手札に戻すことが出来る!」

 

 更に一筋の光と共に空に浮かび上がった1枚のカードがゆっくりと闇遊戯の手札に舞い降りており、手札に加えられた。

 

「《ブラック・マジシャン》をコストに回収させて貰うぜ。さらにカードを2枚セットして《クリバンデット》を召喚! これでターンエンドだ」

 

 そして罠カード《聖なるバリア -ミラーフォース-》をチラつかせるように伏せられた2枚のセットカードと同時に、眼帯にバンダナと盗賊風の様相の毛玉が短剣を手にピョンピョン跳ねながら現れ――

 

《クリバンデット》 攻撃表示

星3 闇属性 悪魔族

攻1000 守 700

 

「そのエンド時に《クリバンデット》をリリースすることでデッキの上の5枚のカードの中から魔法・罠カードを1枚手札に加え、残りを墓地に送るぜ――俺は魔法カード《貪欲な壺》を手札に」

 

 最後に大きな跳躍を以て煙玉で自身の姿を隠した後、消えていった。

 

「へっ、なら俺様のターンだ! ドロー!」

 

 そうして闇遊戯の猛追を凌ぎ切ったキースはカードを引きつつ、相手のフィールドを眺めながら眼前の布陣を崩す算段を立て始める。

 

――《超魔導剣士-ブラック・パラディン》には魔法を無効化する厄介な効果があった筈だが……今はそれよりも伏せられた罠カード《聖なるバリア -ミラーフォース-》をどうにかしねぇとオチオチ攻撃も出来ねぇ。なら!

 

「俺様は《振り子刃の拷問機械》をリリースし、《ブローバック・ドラゴン》をアドバンス召喚!! そして効果発動! 対象は右のセットカード! コイントス!!」

 

 突破口を見定めたキースが繰り出すのは小型の拳銃を頭部に持つ蛇に足の生えたような機械竜、《ブローバック・ドラゴン》が地面を削りながら滑り出し、その頭部の銃口を構え――

 

《ブローバック・ドラゴン》 攻撃表示

星6 闇属性 機械族

攻2300 守1200

 

「成功だ! そのセットカードには消えて貰うぜ!」

 

 ガコンと引かれた引き金と共に弾丸が闇遊戯の右のセットカードを打ち砕いた。

 

「残念だが、こっちは囮さ! 俺はそいつにチェーンして速攻魔法《滅びの呪文-デス・アルテマ》を発動させて貰ったぜ!」

 

 が、破壊された1枚から飛び散った魔力が《超魔導剣士-ブラック・パラディン》の薙刀の先に集まり、赤黒い光を帯びて獲物を求めるように禍々しく輝いていく。

 

「こいつの効果でアンタのフィールドのカード1枚を除外する! 永続魔法《機甲部隊の最前線(マシンナーズ・フロントライン)》を除外!!」

 

 やがて放たれた禍つの魔力がキースのフィールドの前線基地の一部を薙ぎ払った。抉り取られたような空洞を晒した《機甲部隊の最前線(マシンナーズ・フロントライン)》が音を立てて崩れていった。

 

「さらに相手によって破壊された《滅びの呪文-デス・アルテマ》の更なる効果! デッキから《マジシャン・オブ・ブラックカオス》の召喚条件を無視して特殊召喚! 来たれ、混沌の魔術師よ!!」

 

 そして闇遊戯のフィールドに黒い風が渦巻き、その先から拘束具にも見える黒い装束を纏った混沌の魔術師が、悪魔を思わせる2本角のあつ帽子から長い黒髪を揺らし、杖を構える。

 

《マジシャン・オブ・ブラックカオス》 攻撃表示

星8 闇属性 魔法使い族

攻2800 守2600

 

 こうして闇遊戯のフィールドに3体の魔術師が並び立つ姿にキースは小さく舌を打つ。

 

「チッ、ハズレだったか――だが、テメェのカードを俺様の闇属性・機械族モンスターが破壊したことでフィールド魔法《鋼鉄の襲撃者(ヘビーメタル・レイダース)》の効果も発動だ!」

 

 しかしブラフを踏んでしまい闇遊戯が手札を更に増強させていくが、キースとてタダでは終わらない。

 

「手札から闇属性・機械族であるコイツを特殊召喚! 出てこい! 電子の破壊者たる黒鉄の魔龍! 《クラッキング・ドラゴン》!!」

 

 次元の壁を砕きながら空を凱旋する長大な黒い機械の魔龍が胴回りに浮かぶ花びらのような翼を広げ、身体の至るところから伸びた棘の節から淡い緑の光を零しつつ、甲高い雄叫びを上げた。

 

《クラッキング・ドラゴン》 攻撃表示

星8 闇属性 機械族

攻3000 守  0

 

「更に俺様の墓地の罠カード《ブレイクスルー・スキル》を除外して《超魔導剣士-ブラック・パラディン》の効果を無効化! これで魔法カードの発動を邪魔される心配もねぇ! 魔法カード《アイアンドロー》を発動し、2枚ドロー!」

 

 その生誕の雄叫びの只中で己が力を封じられた《超魔導剣士-ブラック・パラディン》が苦悶に顔を歪める前で引いた2枚のカードのうち1枚をキースはデュエルディスクに叩きつける。

 

「そして俺様の墓地に同名モンスターがおらず、墓地のモンスターの数が5体以上の時にコイツを手札から特殊召喚できるぜ! とはいえ端から俺様のデッキに同名モンスターは1枚もねぇがな!」

 

 さすれば遥か軌道衛星上から来たと思わせる藍色の装甲を持つ楕円形のロケットが大空の雲を裂く。

 

「無窮なる(そら)の支配者! 《影星軌道兵器ハイドランダー》!!」

 

 やがて弾頭部分が展開。中から鞭のように長くしなる八つのアームが伸び、蛇の頭部に酷似した先端から紫電が奔る。

 

《影星軌道兵器ハイドランダー》 攻撃表示

星8 闇属性 機械族

攻3000 守1500

 

「《影星軌道兵器ハイドランダー》の効果発動! 1ターンに1度、俺様のデッキの上から3枚のカードを墓地に送り、フィールドのカード1枚を破壊する! これで《聖なるバリア -ミラーフォース-》には消えて貰うぜ!!」

 

 そんな、まさにヤマタノオロチを思わせる機械竜《影星軌道兵器ハイドランダー》の八つの首から放たれたレーザーが闇遊戯の最後のセットカードを貫いた。

 

「そいつはどうかな? この瞬間、破壊された罠カード《運命の発掘》の効果が発動する! それにより墓地の同名カードの数だけドローだ!  墓地の《運命の発掘》は3枚! よって俺は3枚ドロー!」

 

「《聖なるバリア -ミラーフォース-》じゃないだと!?」

 

 が、破壊される1枚は誰もが予想だにしていなかったカード。

 

 闇遊戯のフィールドに伏せられた2枚のカードがどちらもブラフであった事実にキースは内心で舌を巻く。

 

――クッ、裏目裏目に出てやがる……いや、そう誘導されちまったか。

 

 現在、遊戯に勝負の流れを完全に持っていかれた状況だが、なれば引き戻せば良いのだと、キースは更なる一手を打つべく天を舞う黒鉄の機械竜を指差した。

 

「まさか両方ともブラフだったとはな――だが、逆を言えば俺様のマシンモンスターの行く手を阻む邪魔者は消えた!」

 

 そう、今の闇遊戯に己を守るセットカードはない。そしてキースのフィールドには3000打点のマシンモンスターが並ぶ。まさに好機。

 

「小細工抜きのバトルでぶっ飛ばしてやるぜ! 《クラッキング・ドラゴン》で攻撃! トラフィック・ブラスト!!」

 

「甘いぜ! 墓地の《超電磁タートル》の効果発動! 自身を除外してこのターンのバトルを強制終了させる!!」

 

 そうして《クラッキング・ドラゴン》が身体にため込んでいた電撃を口からブレスとして放つが、その雷撃は磁力の壁を生み出す機械仕掛けの亀、《超電磁タートル》によって拡散され、闇遊戯のモンスターには届かない。

 

 

 それどころか、フィールドに奔る電磁波によってこのターンの追撃も出来なくなる始末。

 

――チッ、やはり罠カード《聖なるバリア -ミラーフォース-》を伏せなかった以上、当然他の防御手段は用意していやがるか。こいつは長丁場になりそうだぜ。

 

「……俺様はカードを2枚セットし、ターンエンドだ」

 

 現在進行形で己が攻防を完全に凌がれているキースは次のターンに訪れるであろう猛攻に備え、静かにターンを終える。

 

――たった1年足らずでこれとはな……こいつが「挑戦者(チャレンジャー)」だァ? ハッ、冗談が過ぎるぜ。

 

 だが、その胸中には以前のデュエルとは別次元の力を得た闇遊戯への賞賛と畏怖が垣間見えた。

 

 僅かでも気を抜けば全てを一瞬で食い千切られかねない緊迫感が今のキースには逆に心地よさすら錯覚させる。

 

 

 もはや前回のデュエルで勝ち取った勝利など、今の闇遊戯相手には何の意味もない。

 

 己が、挑戦者たちと積み上げてきた全米チャンプという称号すらも眼前の相手(デュエルキング)には霞む程度のものだ。

 

 

 

 

 そう、今宵の挑む側(チャレンジャー)は己なのだと。

 

 







漫画版GXにおける
The (ザ・)big (ビッグ・)SATURN(サターン)》の本来の使い手「オイオイこれじゃ……Meのデッキはどうなるんだ!」



Q:《クラッキング・ドラゴン》はハノイの専用カードじゃないの!?

A:原作のVRAINSの作中にて――
「リボルバー様から授かった最強モンスター」とは語られていても
「これはハノイの技術によって作られたカードだ!」とは言及されていない為、
今作では「ハノイに使い手が多いのはチームカラーを揃え、団結感を出す」などの理由であると判断しております。


~今作のキースのデッキ改~
リメイク新規カード + 遊戯王Rでの使用カード + 良さげな闇属性・機械族を取り込みつつ――

元々上級・最上級が多い構築な為、フィールド魔法《鋼鉄の襲撃者(ヘビーメタル・レイダース)》にプラスして
永続魔法《アドバンス・フォース》を追加し、最上級マシンモンスターをガンガン展開していく重量パワーデッキになっている(なお事故率)

他の面々はさほど変わらず至って普通。精々が《影星軌道兵器ハイドランダー》の為にモンスターは全てピン刺しにしたというくらいか。



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第180話 魂の一撃



前回のあらすじ
匿名希望のハノイのリーダー「良き力だ」





 

 キースのフィールドに立ち並ぶ二足の竜《ブローバック・ドラゴン》、黒鉄の魔龍《クラッキング・ドラゴン》、八つ首の機竜《影星軌道兵器ハイドランダー》のマシンモンスターに対し、

 

 闇遊戯は己が相棒たる黒き魔術師の新たな姿、《超魔導剣士-ブラック・パラディン》と、《マジシャン・オブ・ブラックカオス》に加え、その弟子たる《ブラック・マジシャン・ガール》で迎え撃つ。

 

「俺のターン、ドロー! 一気に行かせて貰うぜ! 魔法カード《儀式の下準備》を発動! デッキから儀式魔法――《カオスの儀式》を手札に加え、そこに記された儀式モンスター《カオス・ソルジャー》をデッキから手札に!」

 

 仮面を張り付けた不気味な黒き鳥の鳴き声が木霊する中、闇遊戯の手に超戦士の鼓動が灯り――

 

「そして儀式魔法《カオス・フォーム》発動! このカードは墓地の《ブラック・マジシャン》を除外し、儀式素材とすることの出来るカード!」

 

 そしてその灯火に火をつけるのは墓地に眠る己が相棒たる黒き魔術師の力。

 

「よってこの効果で墓地の《ブラック・マジシャン》として扱う《マジシャン・オブ・カオス》を除外し、更に墓地の《クリボール》を自身の効果で除外! その合計のレベル8のカオスモンスターを儀式召喚する!」

 

 その力が大地より噴き出し、フィールドに混沌の陣を描いていく。

 

「光と闇の魂は、今ここに混沌を誘い、超戦士を呼び覚ます! カオス・フィールドより降臨せよ! 超戦士! 《カオス・ソルジャー》!!」

 

 やがて混沌の陣――カオス・フィールドより一筋の光が奔り、青き影がこの場に降り立った。

 

 堅牢なる藍の鎧に身を包み、剣を構える姿はまさに「超戦士」の称号が相応しい。

 

《カオス・ソルジャー》 攻撃表示

星8 地属性 戦士族

攻3000 守2500

 

「ククク、モンスターを呼びやがったな?」

 

「……何がおかしい」

 

「――この瞬間、《クラッキング・ドラゴン》の効果が発動するぜ!」

 

 だが、その超戦士の出現に対し、不敵に笑ったキースの声を合図に《クラッキング・ドラゴン》の身体から伸びる幾重もの棘からスパークが奔り、イカヅチの雨となって闇遊戯に降り注ぐ。

 

「新たに呼び出されたテメェのモンスター《カオス・ソルジャー》の攻撃力をターンの終わりまでレベル×200ダウンさせ、その数値分のダメージを与える! クラックフォール!!」

 

「甘いぜ! 手札から《クリアクリボー》を墓地に送り、効果発動! 俺にダメージを与えるモンスターの効果を無効化する! 頼むぜ、《クリアクリボー》!」

 

 が、薄紫の毛玉《クリアクリボー》がその間に割って入り、代わりにイカヅチを受け、電気によって毛を逆立てながら消えていく。これも躱された。

 

「チッ、これも躱しやがったか! だが、《クラッキング・ドラゴン》は自身以下のレベルを持つモンスターには戦闘破壊されねぇ! テメェのモンスター共じゃ、突破は不可能だってこった!」

 

「なら、こうするまでだ! 俺のフィールドに《ブラック・マジシャン・ガール》が存在するとき、魔法カード《黒・魔・導・爆・裂・破(ブラック・バーニング)》を発動できる!」

 

 そして先程の雷撃のお返しだ、とばかりに《ブラック・マジシャン・ガール》が水色の帽子を押さえつつ、杖を前に突き出して赤みがかった魔力を迸らせ――

 

「その効果により、相手の表側攻撃表示のモンスターを全て破壊する!!」

 

「なんだと!?」

 

「やれ、《ブラック・マジシャン・ガール》! 黒・魔・導・爆・裂・破(ブラック・バーニング)!!」

 

 やがてその杖から灼熱を思わせる朱色の魔力が炎のように弾けたことで、キースのフィールドは火の海と化す。

 

「ただでは通してやれねぇな! チェーンして《影星軌道兵器ハイドランダー》の効果を発動! 俺様のデッキの上から3枚墓地に送り、テメェのブラック・パラディンは道連れだ!!」

 

 しかしそんな炎の海を裂きながら八つのレーザーが、迎撃の構えをとった《超魔導剣士-ブラック・パラディン》の薙刀の猛攻を掻い潜り、最後の一筋のレーザーがその胸を貫いた。

 

「だが、アンタのモンスターには消えて貰うぜ!」

 

「だとしても、俺様のモンスターが破壊されたことで永続魔法《補給部隊》により1枚ドロー!」

 

 炎の海に崩れ落ちる3体のマシンモンスターだが、その想いは1枚のドローとなってキースに次なる一手を与える。しかしがら空きとなったフィールドを見逃す程、闇遊戯も甘くはない。

 

「これでアンタのフィールドはがら空きだ――バトル! 《マジシャン・オブ・ブラックカオス》と《カオス・ソルジャー》でダイレクトアタック! カオス・アルテマ・ブレード!!」

 

 やがて混沌の、カオスの力を持ちし、魔術師と超戦士が放つは魔力の刃と、剣気の刃が混じり合い、黒白の斬撃となってキースの身を断ち切らんと放たれた。

 

 この一斉攻撃をキースが受ければどうなるかなど語るまでもないだろう。

 

「――終わってたまるかよ!! 罠カード《ピンポイントガード》発動! ダイレクトアタックされた時、墓地のレベル4以下のモンスター1体を! 《BM-4ボムスパイダー》を復活させる!」

 

 しかし、その斬撃を主に代わり、一身に受け止めるのは小柄な緑の装甲の機械蜘蛛。2体のカオスモンスターの一撃による衝撃で赤い頭部に大きく亀裂が入るが倒れはしない。

 

《BM-4ボムスパイダー》 守備表示

星4 闇属性 機械族

攻1400 守2200

 

「テメェの攻撃はこいつでシャットダウンだ! 罠カード《ピンポイントガード》で呼び出されたカードは、このターン戦闘・効果では破壊されねぇからな!!」

 

「防いだか――なら俺は魔法カード《貪欲な壺》を発動! 墓地の5枚のモンスターをデッキに戻して新たに2枚ドロー!」

 

 強大な一撃の前に、負傷しながらも未だしっかりと八本の足で立つ《BM-4ボムスパイダー》を闇遊戯は視界に映しつつ、だらけた顔が張り付いた壺を粉砕しながら引いたカードを確認し――

 

「此処で俺は永続魔法《黒の魔導陣》を発動! 発動時にデッキの上から3枚のカードを確認し、《ブラック・マジシャン》と記されたカードがあれば1枚手札に加える!」

 

 その内の1枚のカードを発動させ、フィールドに魔法陣が敷かれる中、遊戯は2枚の手札に手をかける。

 

「俺は罠カード《マジシャンズ・ナビゲート》を手札に! カードを2枚セットしてターンエンドだ!!」

 

 そして二択を迫るようなセットカードが伏せられ、ターンを終えた。

 

 その2枚は先のターンと同様に二つともブラフなのか、はたまたどちらか片方は罠カード《聖なるバリア -ミラーフォース-》なのか――キースの額に僅かに汗がにじむ。

 

 

「なら俺様のターン、ドロー!」

 

 だが、そんな畏れを振り切りカードを引いたキースはカッと目を見開いた。

 

「――来たかっ! 此処で俺様はリバースカード、永続罠《強化蘇生》発動! 墓地のレベル4以下のモンスターのレベル1つと攻守を100上げて特殊召喚!! 復活させるのはコイツだ! 《ハードアームドラゴン》!!」

 

 表皮を剥がれ、肉と骨が剥き出しになった灰と白の四足のドラゴンが身体を丸めるように蹲る。

 

《ハードアームドラゴン》 攻撃表示

星4 → 星5

地属性 ドラゴン族

攻1500 守 800

攻1600 守 900

 

「ドラゴン族だと?」

 

 今の今まで、いや、前のデュエルからずっと「機械族」を愛用していたキースのフィールドに現れた「ドラゴン族」モンスターに闇遊戯は僅かに眉をひそめるが、その答えは直ぐに明らかとなる。

 

「そしてレベルが5となった《ハードアームドラゴン》は永続魔法《アドバンス・フォース》の効果の適用内! こいつを1体リリースして最上級マシンをアドバンス召喚するぜ!」

 

 やがて永続罠《強化蘇生》によって上がったレベルを利用し、《ハードアームドラゴン》が光の粒子となって消えていく中、それらの粒子が再構築されるように機械の巨人へと変貌していく。

 

「出てきなッ! 深紅の殺戮者! 《デモニック・モーター・Ω(オメガ)》!!」

 

 そうして現れるは、悪魔の角染みた鋭利な突起が頭から伸びた赤黒い装甲の機械兵。

 

 その身にて一際分厚い肩口のアーマーから煙を吐き出しつつ、左右の腕に装着された巨大なブレードを威嚇するようにぶつけ鳴らした。

 

《デモニック・モーター・Ω(オメガ)》 攻撃表示

星8 闇属性 機械族

攻2800 守2000

 

「そしてフィールドに残った永続罠《強化蘇生》を魔法カード《マジック・プランター》で墓地に送って2枚ドローさせて貰うぜ!」

 

 その2枚のドローカードをみやったキースは小さく笑みを浮かべる。良い引きだと。

 

「此処で《BM-4ボムスパイダー》の効果発動! 俺様のフィールドの闇属性・機械族とテメェのフィールドの表側カード1枚を破壊する!」

 

 そうして、そのツキを手放すまいとのキースの声に《BM-4ボムスパイダー》の背面からカートリッジが排出され、その内部に蠢く赤い球体状の爆弾が獲物を探す様にばら撒かれた。

 

「俺様は《デモニック・モーター・Ω(オメガ)》とテメェの永続罠《ミラーフォース・ランチャー》を破壊!! だが、《ハードアームドラゴン》を素材にアドバンス召喚した《デモニック・モーター・Ω(オメガ)》はカード効果じゃ破壊されねぇ!」

 

 それらの赤い球体状爆弾は味方を巻き込むほどの巨大な爆発を放つが、威風堂々と佇む《デモニック・モーター・Ω(オメガ)》の身体には傷一つなく――

 

「成程な、この為の《ハードアームドラゴン》か」

 

「ハッ、当たりだ! これで《聖なるバリア -ミラーフォース-》の再利用はもう望めねぇぜ!」

 

 対する闇遊戯の永続罠《ミラーフォース・ランチャー》は木端微塵に今度こそ粉砕され、罠カード《聖なるバリア -ミラーフォース-》の脅威は後1度。

 

 相手のカードが破壊されたとなれば、キースの今までのデュエルの流れを見れば何が起こるかなど自明の理。

 

「そしてテメェのカードが破壊されたことでフィールド魔法《鋼鉄の襲撃者(ヘビーメタル・レイダース)》の効果で手札から《ジャック・ワイバーン》を特殊召喚!!」

 

 新たなマシンモンスターとして、翼の生えた蛇のような外見の機械の小竜が関節から《クラッキング・ドラゴン》と同様の淡い光を漏らした。

 

《ジャック・ワイバーン》 攻撃表示

星4 闇属性 機械族

攻1800 守  0

 

「《ジャック・ワイバーン》の効果! 自軍の他の機械族と自身を除外して墓地から闇属性・機械族を復活させる! 《BM-4ボムスパイダー》と共に除外し、復活させるのは――」

 

 やがて《ジャック・ワイバーン》が《BM-4ボムスパイダー》の身体に巻き付き、小さなスパークと共に爆発が生じ、その煙の中から――

 

「――《The (ザ・)big (ビッグ・)SATURN(サターン)》!!」

 

 白銀の土星が宙に浮かぶ拳で煙を消し飛ばしながら現れた。

 

The (ザ・)big (ビッグ・)SATURN(サターン)》 攻撃表示

星8 闇属性 機械族

攻2800 守2200

 

「此処で俺様のモンスターが機械族2体のみになった! よって魔法カード《アイアンドロー》発動! デッキから2枚ドロー!」

 

 こうして盤面を整理したキースが更なるドローを以て、一発逆転の秘策を狙う。

 

「更に魔法カード《闇の量産工場》を発動して墓地の《振り子刃の拷問機械》と《スロットマシーンAM(エーエム)-7》を手札に! そして魔法カード《闇の誘惑》で2枚ドロー! 手札の闇属性《振り子刃の拷問機械》を除外!」

 

 そんな怒涛の手札交換によって得られた1枚のカードをキースはデュエルディスクに叩きつけた。

 

「さぁ、此処で真打の登場だぜ――魔法カード《オーバー・ロード・フュージョン》発動! 墓地のモンスターを素材に機械族融合モンスターを融合召喚する!」

 

 これが一発逆転のキーカードだとキースが高らかに宣言すれば、その背後に次元の渦が捻じれ始める。

 

「俺は《ブローバック・ドラゴン》と《リボルバー・ドラゴン》を次元融合!! 全てを撃ち払え! 最凶最悪の機械龍! 《ガトリング・ドラゴン》!!」

 

 そんな次元の渦から棘のついた車輪を走らせるのは頭部がガトリング砲となった禍つの機械魔竜。

 

 長くなった首をユラユラと揺らしながら獲物を物色する姿は何処か狂気的だ。

 

《ガトリング・ドラゴン》 攻撃表示

星8 闇属性 機械族

攻2600 守1200

 

「《ガトリング・ドラゴン》の効果! コイントスを3度行い、表の数だけ表側モンスターを破壊する! そしてこの瞬間、墓地の永続罠《銃撃砲(ガン・キャノン・ショット)》を除外して効果発動!」

 

 そうしてガトリング砲のカートリッジが回転し、気まぐれな凶弾が今、放たれんとするが、その間にキースの仕込みが牙を剥く。

 

「2回以上行うコイントスの結果を全て表にする!! イカサマコイン!」

 

「なにっ!?」

 

――くっ、《影星軌道兵器ハイドランダー》の効果コストの時に墓地に送られたカードか!

 

 気まぐれな勝利の女神を強引に振り向かせるが如き荒業によって《ガトリング・ドラゴン》の三つ首の砲塔が――

 

「当然3つとも表! 消え失せな! ガトリング・キャノン・ショット!!」

 

 火を噴いた。

 

 三つ首のそれぞれのガトリング砲からばら撒かれる弾丸は壁のように隙間なく闇遊戯のフィールドを蹂躙し、《カオス・ソルジャー》の盾を砕き、《マジシャン・オブ・ブラックカオス》の杖を砕き、《ブラック・マジシャン・ガール》の身を撃ち抜いた。

 

 

 そして闇遊戯の3体のしもべが破壊され、モンスターの消えた相手フィールドを視界に収めたキースは獰猛に笑みを浮かべる。

 

――開けたぜ……!

 

 相手を守るモンスターもなく、厄介な罠カード《聖なるバリア -ミラーフォース-》に対抗するカードも《影星軌道兵器ハイドランダー》の墓地送りのカードが揃えてくれた。

 

「俺は《デモニック・モーター・Ω(オメガ)》の効果発動! 自身の攻撃力を1000上げる! ただし、ターンの終わりに破壊されちまうが、《ハードアームドラゴン》のお陰で問題ねぇ!」

 

 ゆえにその好機を逃さぬと、キースの張った声に《デモニック・モーター・Ω(オメガ)》も両肩の先の排気口から黒い煙を吐き出しながらエンジン音を轟かせ、全身からギチギチと限界を超える力を発揮し、

 

《デモニック・モーター・Ω(オメガ)

攻2800 → 攻3800

 

「さらに《The (ザ・)big (ビッグ・)SATURN(サターン)》の効果! 手札の1枚とライフを1000払うことで自身の攻撃力をエンド時まで1000上げる! SATURN(サターン) FINAL(ファイナル) MODE(モード)!!」

 

キースLP:1100 → 100

 

 《The (ザ・)big (ビッグ・)SATURN(サターン)》もまた、全身の関節部が熱を排出するように音を立てて開き、その身体の中央部に隠していた砲台が獲物を求めるように現れ、続いて両肩と足元からも同様に二門ずつ砲台が姿を覗かせる。

 

The (ザ・)big (ビッグ・)SATURN(サターン)

攻2800 → 攻3800

 

「バトル! 《デモニック・モーター・Ω(オメガ)》でダイレクトアタック! ジェノサイド・クラッシャー!!」

 

――さぁ、存分に《聖なるバリア -ミラーフォース-》を発動してきな!

 

 そうして深紅のマシーンの凶刃が相手の罠など物ともせずに闇遊戯へと振り下ろされた。

 

「そいつは通さないぜ! 俺はそのダイレクトアタック時に墓地の《クリアクリボー》を除外し、効果発動! デッキから1枚ドローし、それがモンスターカードならそいつとバトルさせる!!」

 

「へッ、テメェもギャンブルってか?」

 

――《聖なるバリア -ミラーフォース-》を発動しない!?

 

 だが、キースの内心の動揺と共に、その凶刃が紫色の毛玉を両断するに終わり、切り裂かれた毛玉《クリアクリボー》の中からキースの挑発を受けて現れるのは――

 

「……ドロー!! 俺が引いたのは――《チョコ・マジシャン・ガール》!!」

 

 とんがり帽子に翼のついた青い魔法少女風の衣装を纏ったマジシャンの少女が水色の長髪をたなびかせ、闇遊戯を守るように立ちはだかった。

 

《チョコ・マジシャン・ガール》 守備表示

星4 水属性 魔法使い族

攻1600 守1000

 

「だが、パワーは《デモニック・モーター・Ω(オメガ)》には遠く及ばねぇ!」

 

 しかし、レベル4相応のステータスなど《デモニック・モーター・Ω(オメガ)》の前では塵芥に等しい。バトルが再開されたことで、その凶刃は《チョコ・マジシャン・ガール》の頭上から振り下ろされる。

 

「そいつはどうかな? 攻撃対象にされた《チョコ・マジシャン・ガール》の効果発動! 1ターンに1度、攻撃モンスターの攻撃力を半減させ、墓地から魔法使い族を復活させてバトルさせる!」

 

 筈だったが、そのブレードは《チョコ・マジシャン・ガール》が杖を振れば、あらぬ方向へと向けられ、強引に方向転換させられた影響か、《デモニック・モーター・Ω(オメガ)》の身体が軋む音を立てた。

 

《デモニック・モーター・Ω(オメガ)

攻3800 → 攻1900

 

「《デモニック・モーター・Ω(オメガ)》がバトルするのはこのカード! 墓地より舞い戻れ、《ブラック・マジシャン・ガール》!!」

 

 そしてそのブレードが向かった先には前のターン《ガトリング・ドラゴン》に敗れた水色の軽装の法衣に身を包んだ《ブラック・マジシャン・ガール》が膝をついていた。

 

《ブラック・マジシャン・ガール》 守備表示

星6 闇属性 魔法使い族

攻2000 守1700

 

――チッ、攻撃表示じゃ呼んでくれねぇか。それに《聖なるバリア -ミラーフォース-》も使う様子がねぇ。

 

 現在、キースのライフは僅か100。

 

 なれば、闇遊戯が《クリアクリボー》の強制的に戦闘させる能力で反射ダメージを狙うとキースは読んでいただけに、相手が守りに入った姿勢に内心で舌を打つ。

 

 未だ闇遊戯のライフには一切のダメージがないというのに、一ミリたりとも油断や慢心などしてくれない。

 

 何処までも眼前の相手には隙が無かった。だが、なればこじ開ければ良いだけだとキースは攻撃を再開する。

 

「だが守備力は1700! ダウンした《デモニック・モーター・Ω(オメガ)》ですら止められねぇ!」

 

「だったら、墓地の《サクリボー》を除外して身代わりにするぜ!」

 

 しかし《デモニック・モーター・Ω》が切り裂いたのはまたしても毛玉。今度は背中にウジャトの瞳がついた《サクリボー》。

 

 《チョコ・マジシャン・ガール》が安堵したように胸に手を当て息を吐く。

 

「ならその小娘共には《ガトリング・ドラゴン》と《The (ザ・)big (ビッグ・)SATURN(サターン)》の攻撃をプレゼントだ!!」

 

「そうはさせないぜ! 墓地から罠カード《仁王立ち》を除外! アンタはこのターン俺が選択したモンスターにしか攻撃できない! 俺は《チョコ・マジシャン・ガール》を選択!!」

 

 だが、ガトリング砲の銃口と巨大な拳を前に届いた闇遊戯からの宣告に一瞬固まる《チョコ・マジシャン・ガール》だが、すぐさま顔を引き締め、《ブラック・マジシャン・ガール》を守るように杖を盾のように横に構え、前に出る。

 

「ソイツを蹴散らしな、サターン! end(エンド) of(オブ) COSMOS (コスモス)!!」

 

 そんな膝が笑うように震える《チョコ・マジシャン・ガール》に《The (ザ・)big (ビッグ・)SATURN(サターン)》の身体の中央の大口径の大砲が破壊の一撃を放ち、対象を木端微塵に消し飛ばした。

 

――仕留め損ねたか……だが、勝負は此処からだ!

 

「チッ、絶好の機会を逃しちまったな……俺様は魔法カード《アドバンス・ドロー》発動! 自軍のレベル8以上のカード――《デモニック・モーター・Ω(オメガ)》を墓地に送り、2枚ドロー!」

 

 砲撃の際の揺れが残る中、これ以上の追撃が叶わないキースは次のターンをより盤石なものとするべく1枚のカードを発動すれば、攻撃力の下がった《デモニック・モーター・Ω》が溶けるように消えていき――

 

「そして速攻魔法《大欲な壺》で除外された3枚のモンスターをデッキに戻して1枚ドロー! 更に魔法カード《貪欲な壺》で墓地の5枚のモンスターをデッキに戻し2枚ドロー!」

 

 そんな2枚のドローは二つの欲に塗れた趣味の悪い壺を呼び、それらの壺も爆散してキースの手札を潤していく。

 

「カードを3枚セットしてターンエンドだ!! そしてターンの終わりに《The (ザ・)big (ビッグ・)SATURN(サターン)》の攻撃力も元に戻る!」

 

 ターンを終えたキースの待ちの姿勢に《The (ザ・)big (ビッグ・)SATURN(サターン)》の展開していた装甲が収納されていき、平常時の状態へと移行していく。

 

The (ザ・)big (ビッグ・)SATURN(サターン)

攻3800 → 攻2800

 

――まだまだ長丁場の道半ばってところか。

 

「待って貰うぜ! そのエンド時に罠カード《マジシャンズ・ナビゲート》発動! 俺は手札から《ブラック・マジシャン》を特殊召喚し、さらにデッキからレベル7以下の魔法使い族――《マジシャンズ・ソウルズ》を特殊召喚!」

 

 だが、そんなキースを狙いすましたかのように、闇遊戯の相棒たる黒き魔術師が再びフィールドに馳せ参じた。

 

《ブラック・マジシャン》 攻撃表示

星7 闇属性 魔法使い族

攻2500 守2100

 

 更にフィールドの《ブラック・マジシャン》と《ブラック・マジシャン・ガール》に合わせるように、師弟で背中合わせに立った霊体と思しき半透明な姿をした魔術師もそれに続く。

 

《マジシャンズ・ソウルズ》 守備表示

星1 闇属性 魔法使い族

攻  0 守  0

 

「そして《ブラック・マジシャン》が特殊召喚されたことで、永続魔法《黒の魔導陣》の効果発動! アンタのフィールドのカード1枚を除外させて貰うぜ! 永続魔法《アドバンス・フォース》を除外!!」

 

 やがて《ブラック・マジシャン》が前のターンより敷かれていた魔法陣こと永続魔法《黒の魔導陣》を杖でコツンと小突けば、陣から怪しき光が噴出し、光が収まった先には今の今までキースの展開を助けてきた軍事基地の一部が地面諸共抉られるように消失していた。

 

「くっ、そいつにそんな効果があったとはな……だが、既に俺様のマシンモンスターは十分に展開し終えてる――大した損害じゃねぇ」

 

 キースのその言葉には若干の強がりも含まれているが、現実問題として既に最上級モンスター2体が存在し、要であるフィールド魔法《鋼鉄の襲撃者(ヘビーメタル・レイダース)》も健在となれば、まるっきりハッタリだという訳でもない。

 

「……なら俺のターンだ、ドロー! カードを1枚セットし、《マジシャンズ・ソウルズ》の効果! 俺の魔法・罠ゾーンのカードを2枚まで墓地に送り、その分ドローする!」

 

 《マジシャンズ・ソウルズ》がその身にエクストプラズムと化した2枚のセットカードを両の手に収めていき――

 

「俺は今セットした儀式魔法《カオスの儀式》と罠カード《聖なるバリア -ミラーフォース-》を墓地に送って2枚ドローだ!」

 

「ミラーフォースを捨てやがったか……」

 

 その光は闇遊戯の手札へと舞い込んだ。だが、強力な効果を持つ罠カード《聖なるバリア -ミラーフォース-》を墓地に送ってまでのドローにキースの警戒は加速する。

 

「更に装備魔法《ワンダー・ワンド》を《マジシャンズ・ソウルズ》に装備し、その《ワンダー・ワンド》の効果で装備対象を墓地に送って2枚ドロー!」

 

 だが当の《マジシャンズ・ソウルズ》は先端に丸い緑の宝石の付いた杖、《ワンダー・ワンド》の元に煙のように吸い込まれて行き、闇遊戯の手元に返るように消えていった。

 

 これにて一気に補充された闇遊戯の手札。その枚数を考えれば、何が出てきてもおかしくはない。

 

「手札は切らさねぇか――だが、今の《ブラック・マジシャン》共じゃ、俺様の布陣を突破するには力不足だぜ? どうするよ」

 

「こうするのさ! 俺は魔法カード《千本(サウザンド)ナイフ》を発動! 俺のフィールドに《ブラック・マジシャン》が存在するとき、相手モンスター1体を破壊する!」

 

 ゆえに何処か挑発するようなキースの声に応えるように闇遊戯がカードを発動させ、《ブラック・マジシャン》の背後に数え切れぬ程のナイフが虚空より現れ続ける。その狙う先は一つ。

 

「俺が破壊するのは――《The (ザ・)big (ビッグ・)SATURN(サターン)》!」

 

 相手によって破壊された際に互いに2800のダメージを与える《The (ザ・)big (ビッグ・)SATURN(サターン)》へとナイフの雨が降り注いだ。

 

「チィッ! リバースカード発動! 永続罠《連撃の帝王》! その効果で俺様はこの瞬間にアドバンス召喚する!」

 

――《デモニック・モーター・Ω(オメガ)》の攻撃力を半減させるように動いた理由がこれか……!

 

 降り注ぐナイフの雨に《ハードアームドドラゴン》の力により「効果破壊されない」《デモニック・モーター・Ω(オメガ)》を自ら手放すように誘導された事実に舌を打ったキースは手札の相棒に最後の望みを託す。

 

「《The (ザ・)big (ビッグ・)SATURN(サターン)》と《ガトリング・ドラゴン》の2体をリリースし、アドバンス召喚! 《リボルバー・ドラゴン》!!」

 

 やがて着弾寸前のナイフの雨に対し、最上級マシンモンスター2体のパーツが先んじて弾け飛び、新たに再構築されるキースのフェイバリットカードたる《リボルバー・ドラゴン》が頭と両手の銃口でナイフの雨を躱すように現れた。

 

《リボルバー・ドラゴン》 攻撃表示

星7 闇属性 機械族

攻2600 守2200

 

 こうして間一髪で危機を脱したキースだが、その胸中には不穏な影が残る。

 

――墓地の罠カード《マジシャンズ・ナビゲート》の効果をなぜ使わねぇ。温存する腹積もりか? それとも俺様の残り2枚のセットカードを警戒しているのか……チッ、読めねぇ。

 

 闇遊戯VSパンドラの試合の決定打になった情報を得ていただけに腑に落ちない。

 

 なにせキースの発動した永続罠《帝王の連撃》を闇遊戯が墓地の《マジシャンズ・ナビゲート》の効果で無効化していれば、《The (ザ・)big (ビッグ・)SATURN(サターン)》が破壊され、その効果ダメージが互いを襲っていた。

 

 そうすれば、残りライフが100しかないキースは一溜まりもないだろう。

 

 だが、闇遊戯はそれをしなかった。

 

――くっ、読めねぇ。ヤツの考えが……思考が……!

 

 一応、キースとて防ぐ手立てがなかった訳ではないが、それ以上に決闘者の王国(デュエリストキングダム)の時に感じられた相手の心の機微が、今の闇遊戯からは窺えない事実がキース自身に何処か息苦しさを感じさせていた。

 

 そんな何らかの致命的なズレを感じるキースを余所に闇遊戯は腕を突き出しながら1枚のカードをかざす。

 

「俺は魔法カード《黒魔術の秘儀》を発動! フィールドの師弟を融合する! 俺は《ブラック・マジシャン》と《ブラック・マジシャン・ガール》を融合!」

 

 さすれば《ブラック・マジシャン》と《ブラック・マジシャン・ガール》が互いの杖を交錯させるように天に掲げ、空へと魔法陣を描き、その周囲を魔力の渦が覆っていく。

 

 やがて空に蠢く魔力の渦が魔術師の師弟へと降り注ぎ、その身を覆っていき――

 

「融合召喚! 並び立つ師弟の絆! 《超魔導師-ブラック・マジシャンズ》!!」

 

 魔力の渦が晴れた先には、新たな力を示すように師弟の法衣に魔力のラインが流れ、より力強く、より洗練され、より輝きを増した魔力によって伸びた長髪が黄金に輝く。

 

 そうして並び立つ二人の魔術師は、まさに師弟一体の姿。

 

《超魔導師-ブラック・マジシャンズ》 攻撃表示

星8 闇属性 魔法使い族

攻2800 守2300

 

「此処で永続魔法《補給部隊》を発動! そして魔法・罠カードの発動に対し、《超魔導師-ブラック・マジシャンズ》の効果が発動! 俺はデッキからカードを1枚ドローし、魔法・罠カードならセットできる! 俺は引いたカードをセット!」

 

 そんな師弟が杖を大地に向ければ、フィールドに1枚のカードが浮かび上がり――

 

「さぁ、行くぜ! バトルだ! 《リボルバー・ドラゴン》を攻撃!」

 

 その後、魔術師の師弟は互いに交差させた杖を《リボルバー・ドラゴン》へと向けると、黒と赤の魔力が混じり合うことで巨大な球体状と化した後、砲弾の如き勢いで射出された。

 

 《超魔導師-ブラック・マジシャンズ》と《リボルバー・ドラゴン》の攻撃力の差は僅か200。

 

 たった、その僅かな差がキースの残った100のライフを削り切る絶対的な「差」だ。

 

 

 

――だが勝負を焦ったな!

 

 しかし、その「差」を覆してきたからこそ、キースは――「キース・ハワード」は「全米チャンプ」なのだ。

 

「俺様のダメージステップ時に2枚のリバースカードを発動するぜ! 速攻魔法《リミッター解除》!!」

 

 彼の相棒たる《リボルバー・ドラゴン》もそんなキースの意思に呼応するように3つの銃口を魔術師の師弟が放った魔力弾へと向ける。

 

「ダメージステップ時に発動されたこいつはテメェの墓地の罠カード《マジシャンズ・ナビゲート》じゃ無効化できねぇ! よって俺様の機械族――《リボルバー・ドラゴン》の攻撃力は2倍×2の4倍に!!」

 

 そして脚部から飛び出たスパイクが地面を掴むように貫き、シリンダーの回転と共に弾丸が装填され、銃身の限界など考慮に入れないような勢いで撃鉄が解き放たれ――

 

《リボルバー・ドラゴン》

攻2600 → 攻5200 → 攻10400

 

「土手っ腹に風穴開けてやりな! ガン・キャノン・ショット!!」

 

 1万オーバーの威力となった3つの弾丸が轟音と共に今、放たれた。

 

 そんなでたらめな威力の一撃ならぬ三撃が空気を切り裂きながら闇遊戯の全てを貫かんと迫る。

 

「これが! 俺様の! 渾身の一撃よォ!!」

 

 やがて螺旋を描くように奔る3つの弾丸は《超魔導師-ブラック・マジシャンズ》の魔力弾を撃ち砕き、その先の術者たちすら打ち抜いた。

 

 

 《超魔導師-ブラック・マジシャンズ》の身体がガラスの砕けるような音と共に消えていく。

 

 

 この銃弾がデュエルの決着の瞬間となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「酷い試合だな」

 

 そんな闇遊戯とキースの魂のぶつかり合いへ憐れむような声を落とすのは会場の壁際に背中を預ける神崎。

 

 会場中が熱気に包まれる光景を何処か冷めた視線で見下ろしながら、神崎は独り言を続ける。

 

「キミもそう思うだろう?」

 

 否、独り言ではない。それらの発言は全て己の少し離れた右隣りで静かに立つ者への挨拶代わりの世間話。

 

 

 そんな神崎と距離を取るように佇む沈黙を守るは招かれざる客人。こんなお祭り騒ぎの場所には似つかわない存在。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――シャーディー」

 

 神崎にそう呼ばれた、頭にターバンを巻いた白いローブの褐色肌の男は神崎の声に何も返さない。その瞳は闇遊戯を捉えたまま動くことはない。

 

 ただ、その瞳の相手を見定めるような達観した色が何処か印象的だった。

 

 

 彼の手の内に怪しく光る黄金のアンク――千年錠が怪しく光る。

 

 

 






時代は並んだだけ融合






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第181話 決闘王



前回のあらすじ
匿名希望のハノイのリーダー「良き力だッ!!」





 

 

遊戯LP:4000

 

キースLP:100 → 0

 

「…………………………………………………………ぇ?」

 

 

 それは果たして誰の声だったのだろうか。

 

 膝から崩れ落ちたキースが会場に項垂れる中、消えていく《リボルバー・ドラゴン》を余所に闇遊戯のフィールドには相棒たる黒き魔術師とその弟子が佇む。

 

《ブラック・マジシャン》 攻撃表示

星7 闇属性 魔法使い族

攻2500 守2100

 

《ブラック・マジシャン・ガール》 攻撃表示

星6 闇属性 魔法使い族

攻2000 守1700

 

 デュエル上の出来事を語るのであれば、先のバトルの前に発動された《超魔導師-ブラック・マジシャンズ》の効果で伏せられたカードは「速攻魔法・罠カードであっても伏せられたターンに発動可能」な点が明暗を分けた。

 

 そしてその鍵となった1枚――罠カード《攻撃の無敵化》が発動され、戦闘ダメージを無効化し、戦闘で破壊された《超魔導師-ブラック・マジシャンズ》の効果で《ブラック・マジシャン》と《ブラック・マジシャン・ガール》が墓地より復活。

 

 さらに破壊によって永続魔法《補給部隊》のドローの後、手札から速攻魔法《黒・爆・裂・破・魔・導(ブラック・バーニング・マジック)》が発動され、《リボルバー・ドラゴン》諸共相手フィールドを更地とし、己を守る術を失ったキースへと魔術師の師弟の攻撃が――

 

 

 

 ただ、それだけの話。だが、この場の誰もが――いや、二人以外が、理解が及ばないように言葉が出ず、つい先程までの熱狂が何だったのかと思う程に周囲に静寂が広がるばかり。

 

「あれ?」

 

 全米チャンプ。

 

「えっ? 終わ……り?」

 

 アメリカ最強の男。

 

「おい、嘘だよな?」

 

 嘗て決闘者の王国(デュエリストキングダム)で接戦を繰り広げたまさに好敵手。

 

「これ程とーは思わなかったノーネ……」

 

 凡そ1年越しの再戦。

 

「こんなにあっさり終わるもんなのか? 終わっていいのか?」

 

 傷一つ付けられなかった(1ポイントのライフも削れなかった)

 

「でも終わっちまったかんな」

 

 悪い夢を見ているのか。

 

「そんな訳ねぇだろ! だって、だってさぁ!!」

 

 これが、これこそが――

 

 

「これで一勝一敗だな――良いデュエルだったぜ」

 

 決闘王(デュエルキング)だ。

 

 

 

 

 

 ざわつく観客を余所に己の頭上に響く年若い声と差し出された掌に、膝から崩れ落ちていたキースは呆然としていた頭を振り、ゆっくりと立ち上がった後にその手を握る。

 

 

 一勝一敗。五分五分。イーブン。

 

 次に戦うときこそが真の決着をつける時。

 

「いや……俺様の完敗だ。今すぐ再戦しても勝てる気がこれっぽっちもしねぇ」

 

 などとはキースには口が裂けても言えなかった。

 

 

 終始、相手のペースに進み続けた試合で、キースは無根拠に大口を叩ける程に愚鈍にはなれなかった。

 

 

 そんな米国が生んだ絶対王者の完全な敗北宣言にざわつき始める会場に対し、仕事を思い出したかのように実況席でマイクがゴトンと倒れる音が響き――

 

 

「け、け、決着ぅうううぅうううう!!」

 

 野坂ミホのなんとも間抜けな声が会場中に木霊し、それを合図として、暫し遅れた周囲の観客たちの喝采を響いた。

 

 

 

 

 闇遊戯が天に向けて拳を握り、勝者の責務を果たす中、キースの心は思っていた以上に平静だった。

 

――へッ、デュエルの神様も粋な事しやがる。

 

 力の差を見せつけられた試合。

 

 例えるのなら、雛鳥だった頃(デュエリストキングダム)に己と互角だったのであれば、相手が成体になれば――そんな具合か。

 

 

 だが、不思議と心地よい。そんな感覚。

 

 

――「頂き」だと思ってたもんの、先ってやつを今更突き付けてくるなんてよ。

 

 

 なにせ彼は己が知る由もなかった更なる空の景色を見せてくれたのだから。

 

 

 何時の日か、共に飛ぼう――と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 並び飛べるかは別だが。

 

 

 

 

 

 

 そこから先の大会は特筆すべきことがらはない。

 

 あるのは唯一つ。

 

 誰一人として年若い王の歩みを止めることが出来なかった。

 

 勝ち残っていたカードプロフェッサーたちも、

 

 ペガサスミニオンたち総員も、

 

 名立たるデュエリストを降してきたダークホースたるマスク・ザ・ロックも、

 

 佐藤やヴァロンを含めたオカルト課の人間も、そして――

 

 

 

 

「《カオス・ソルジャー》で《ガーディアン・エアトス》を攻撃!!」

 

 闇遊戯の声に、藍の鎧纏いし超戦士の刃が上段から振り下ろされた。

 

 だが、その向かう先たる相手のネイティブアメリカン風の民族衣装に身を包んだ女性が右手に持った神聖なる輝きを放つ細身の剣で受け止め、互いの刃の衝突が衝撃波となって周囲に伝播する。

 

「甘い! 罠カード《力の集約》! これで全ての装備カードをグラールに!」

 

 しかし、その互いの剣のぶつかり合いは《ガーディアン・エアトス》の剣の刀身が砕け散った衝撃で《カオス・ソルジャー》の剣の軌道がずらされ、空を切る。

 

「そして装備魔法《静寂のロッド-ケースト》は装備対象の他の魔法効果を受けない!」

 

 だが、砕けた刀身は恐竜人の戦士たる《ガーディアン・グラール》が水の如き青き杖《静寂のロッド-ケースト》を一振りすれば、その砕けた刀身の中から光の輝きを見せ――

 

《ガーディアン・エアトス》

攻3000 → 攻2500

 

《ガーディアン・グラール》

攻2500 → 攻3000 → 攻2500 

 

「よって装備魔法《女神の聖剣-エアトス》は破壊され、エアトスの攻撃力を除外されたカード×500アップさせる!! 聖剣のソウル!!」

 

 《ガーディアン・エアトス》の右手に残る《女神の聖剣-エアトス》の柄から、光の刀身が現れ、眼前の超戦士を切り裂く刃へと変貌を遂げた。

 

《ガーディアン・エアトス》

攻2500 守2000

攻5500

 

「これでキミの残り1500のライフも灰燼と化す! 行けッ、エアトス!! フォビデン・ゴスペル!!」

 

 そんな瞬きの間に生成された光り輝く刃を以て《カオス・ソルジャー》と再度剣を交えた《ガーディアン・エアトス》。如何な超戦士も振るわれた一撃に、己の足が地面を砕く程の衝撃に見舞われた。

 

「甘いぜ! 手札の《混沌の使者》を墓地に送り、俺の《カオス・ソルジャー》の攻撃力を1500ポイントアップ!!」

 

 だが、闇遊戯はここぞとばかりに天より一振りの剣を超戦士に託す。

 

《カオス・ソルジャー》

攻3000 → 攻4500

 

「そのカードは!?」

 

「これにより《混沌の使者》の効果を受けた《カオス・ソルジャー》とバトルするモンスターの攻撃力はダメージ計算時のみ元々の攻撃力に戻る!!」

 

 そうして天上より飛来した剣を手に、二振りの剣で《ガーディアン・エアトス》の光の剣を両断した《カオス・ソルジャー》。

 

「さらに儀式召喚に使用した《開闢の騎士》の効果により《カオス・ソルジャー》がモンスターを破壊した時、追加攻撃が可能! さぁ、この連撃を受けて貰うぜ! ツイン・カオス・ブレードッ!!」

 

 その二振りの剣は《ガーディアン・エアトス》と《ガーディアン・グラール》の隙をつくようにそれぞれの胴目掛けて同時に振り切られた。

 

「――くっ、永続罠《アストラルバリア》の効果を発動! キミの攻撃を私へのダイレクトアタックにする!!」

 

「――なっ!?」

 

 が、その刃が捉えたのは《ガーディアン・エアトス》ではなく、ラフェールの身体。

 

「ぐぉぉおぉぉおおおおぉお!!」

 

ラフェールLP:4000 → 0

 

 それにより、生じた剣撃の衝撃がラフェールの身体に奔る中、闇遊戯はポツリと零す。

 

「……フッ、ついぞアンタの仲間を倒すことは叶わなかったな」

 

 しかし、その内容に反して彼の声色は何処か嬉しそうなものだった。

 

 

 

 

 この一戦を最後に、ワールドグランプリは幕を閉じる。

 

 

 そう、此処に決闘王(デュエルキング)は真の意味で生まれ落ちた。

 

「諸君! 理解したか! これこそが決闘王(デュエルキング)の頂き! デュエリストの頂点たる姿! その雄姿! その力! その魂! しかと、その目に焼き付けよ! 己が口から二度とくだらぬ戯言が零れぬように! あわよくばなどと愚考を抱かぬように! そして喝采せよ! 誇れ! この場に居合わせた幸運を! 立ち会えた僥倖を!! これを以てワールドグランプリは幕を閉じる! ゆえに今一度、諸君らの声を以て王を称えるのだァッ!!」

 

 とはいえ、大会最後の言葉は闇遊戯よりも海馬が全て掻っ攫っていった状態だったが、彼の王がその玉座に座すことに今回ばかりは誰も文句はつけられない。

 

 

 何故なら、世界がそれだけのものを見せつけられたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「王の魂は満ちた」

 

 

 そして終わりが始まる。

 

 シャーディーのその言葉を最後に、手の内の千年錠を悔し気にギリッと握った後、その姿が蜃気楼だったのかと思わせるように消えていった。

 

 

 

 

 

 

――終始、無言で何しに来たんだろう、あの人……

 

 そんなシャーディーを遠方より観察していた神崎がそう思うのも無理はない。

 

 なにせ、キース戦を観戦中だった神崎の前に突如として現れたシャーディーは、千年錠を僅かに動かしたものの、その後は当の神崎のことなどまさかのガン無視。

 

 そのガン無視っぷりは「キミもそう思うだろう?」などとハッタリかました神崎が残念な有様な程である。そう、いないものとして扱われたのだ。

 

 とはいえ、神崎もシャーディーが繰り出すであろう闇のゲームが怖かったので、それ以上話しかけなかったことも原因の一つではあるが。

 

 

 その後、どう見ても「闇遊戯の試合観戦ツアー」を堪能した後、上述した意味深な発言と共に消えていったシャーディーの行動は、念の為の観察をしていた神崎には終ぞ分からなかった。

 

 本当に「何しに(神崎の前に)来たんだろう、あの人……」状態である。

 

 

 その真実は神のみぞ――ならぬ、シャーディーのみぞ知る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かくしてデュエルモンスターズを世に送り出した創造主の故郷たる地で、王が誕生する。

 

 

 それらの情報は、参加者・観客含め、様々な人間が各々の道へと戻ると同時に世界を駆け巡り、王の誕生に世界が沸く。

 

 そんな中、とある別荘地にて、壮年の男が大きめなモニターに流れるニュース映像を神妙な顔で眺めていた。

 

『本日、国際デュエル協会は「決闘王(デュエルキング)」の規定を発表し、これを受け各種機関は武藤 遊戯氏へ、正式に初代決闘王(デュエルキング)の――』

 

 モニターに流れるのは、ニュースキャスターと思しき女性が文面を読み上げる姿と、その背後に童実野高校の敷地外から撮られた映像が映る。

 

 

 武藤 遊戯が通う童実野高校にてマスコミやら、スカウトやら、企業人やらの人混みが獲物を狙う野獣の如き眼光を光らせながら、ワラワラと集まっている姿は鬼気迫るものがあり、非常に怖い。

 

 それは学園内に強引に立ち入られない為の門番役に抜擢されたであろう、さすまたを手に立つオレンジジャージに角刈りの体育教師も腰が引け気味だ。

 

 そこには、過去に獏良 了のロン毛をオラオラ注意していた面影はない。

 

 

 

 そうしてニュースキャスターがあれこれ語り終え、次なる話題「海馬 瀬人がデュエリスト養成学園設立!?」に移った頃、モニターを眺めていた壮年の男、海馬 剛三郎は小さく息を吐く。

 

「ふん、あれがヤツが目を付けた男か」

 

 剛三郎の意識は武藤 遊戯に――いや、「決闘王(デュエルキング)」に向けられていた。

 

 彼が語る「ヤツ」が目的を果たす上で最重要人物なのだろうと。しかし剛三郎にはその「目的」が未だにハッキリとは見えなかった。

 

「よもや、こうも担ぎ上げるとはな……さしずめ世界改変の(キー)といったところか」

 

 世界的な知名度と栄誉を与えて「何をさせる」つもりなのかが、剛三郎には読めない。「ヤツ」にとって重要だとは理解していても、(キー)になると理解していても、その先が読めない。

 

「今の儂が何を遺してやれる……」

 

 モニター上で全速・前進・ワハハハッ!している義息子への罪滅ぼしに、「ヤツ」の目的程度は掴んでやりたいと思うが、土台無理な話だ。

 

 

 

 三体の神を束ねて光の創造神を呼び起こし、世界の破壊を目論む邪神を「ジェセル!!」で討滅させる為などと、今までの情報で導き出せる方がどうかしている。

 

 

 

 そうして出口の見えない思考の迷路の袋小路に迷い込み、苦悩する剛三郎の前をウィーンという音と共に真っ白なドラム缶のようなものが横切った。

 

「此方が食堂になりマス。お食事の際はあちらの機械からお望みのお品のパネルをタッチなさってくだサイ。右側の機械がご注文後、直ぐお出しできるお品。左側の機械が少々お時間を頂くお品になっておりマス」

 

 やがて流暢な合成音声を発するその真っ白なドラム缶の正体は、この別荘地の雑事を引き受ける作業用ロボット――「サポートロボくん」である、

 

 小型のドラム缶のような身体に腕と足代わりのキャタピラが付いており、顔部分と思しき場所に丸と棒線で簡易的な表情を浮かべているのが特徴だ。

 

 そしてサポートロボくんから語られる説明は、その背後に続く夫妻へのもの――そう、この別荘地での各種施設の案内と説明を行っていた。

 

「フン、品ぞろえは悪くないようだな」

 

「そうね。あの神崎とかいう男も、分かっているようじゃない――折角だから、何か注文していきませんこと?」

 

 案内されている夫妻は、如何にも貴族感溢れるチョビ髭の壮年の男と、長い茶の髪を後ろで纏めた教育ママ感溢れる女性で、高飛車な言葉と共に周囲の家具や、壁を見やっている。

 

 彼ら夫妻は、この別荘地の外観および内装がお気に召しているようだ。

 

 そうして夫は妻の言葉に暫し逡巡した後、小さく頷いた。

 

「そうだな。このガラクタ共の手並みを拝見するのも悪くはない」

 

「かしこまりまシタ。施設のご案内を一時中断し、お食事の手配を――」

 

「ほう、懐かしい顔だな」

 

 やがて「ガラクタ」呼ばわりされたサポートロボくんが三本線で悩む表情を浮かべた僅かの間に、各種スケジュールと照らし合わせ、今後の予定を調整し、笑顔の表情に戻って職務に戻るが、その前に剛三郎が割って入った。

 

 知り合いのように自分たちに語り掛けた剛三郎の姿に、夫妻の顔が僅かに歪む。

 

「貴様は……!」

 

「あら、嫌な顔を見たわ。貴方」

 

「ああ、分かっている。お前は先に注文を取っていてくれ――おい、ガラクタ」

 

 だが、夫妻の反応を見るに、剛三郎との関係は良好ではないことを窺わせた。

 

「かしこまりまシタ。では奥様へご注文方法の説明に移らせて頂きマス」

 

 やがてデフォルトの表情に戻ったサポートロボくんが妻と共に食券機と思しき機械の元へ去っていくのを確認した夫は再度、剛三郎へと忌々しい視線を向けて零す。

 

「……よもや此処でお前に会うとはな」

 

「フッ、儂もだ。だが、これも何かの縁――牙をもがれた老いぼれ同士、仲良くしようではないか」

 

「黙れ! 我が由緒正しきシュレイダー家と、貴様のような成り上がりの俗物を同列に扱うな!!」

 

 しかし、剛三郎が軽い調子で差し出した手を夫――シュレイダー家の当主たるジーク父は振り払った。

 

「此処にお前を送った男はそう思ってはいないようだが?」

 

 そんな激昂を見せるジーク父に剛三郎は事実を並べるように平坦に返す。

 

 

 そう、ジークの計画が失敗したことで生じた諸々の負債によって、シュレイダー家はぶっ潰れ、にっちもさっちも行かなくなったが、ジークの要請を受け、神崎が一先ずジーク夫妻に用意した場が此処だった。

 

 何を隠そう此処は、剛三郎のような「放っておくのは拙いが、始末すると角が立つ」面々を放り込んでおく為の場。

 

 巡り合わせが違えばマリクたちも此処に放り込まれていた可能性があったりするが、今は関係のない事柄な為、割愛させて貰おう。

 

 やがて剛三郎はこの別荘地をそんな「終わった人間しか送られない場」だと言外に返すが――

 

「フン! あの若造とて、我がシュレイダー家の重要性は理解しているからこその、今の対応だとも! この豪華絢爛な場が何よりも物語っている!」

 

 ジーク父はそれを否定する。

 

 誰の目から見ても、衣・食・住の全てに高級さを感じさせる品々で溢れているこの別荘地の有様がその証明だ。そこに最新鋭の家事用ロボットが加われば、疑う余地はない。

 

 

 終わった人間の為に、此処まで金をかけてもてなす馬鹿はいない、と。

 

 

 そうして両の手を広げたジーク父の視界にサポートロボくんと妻――ジーク母のやり取りが映る。そう、食事一つとっても、金のかけ方が違う。

 

「このメニュー、『~風』なんて書かれていますけど、まさか安物を混ぜたりしてないわよね?」

 

「エラー、『安物』の定義が不明な為、当機にはご質問にお答えできまセン」

 

 ジーク母の懸念するようなことなどない。サポートロボくんに搭載されたAIでは人間の価値基準が理解できなくとも、そのどれもが「良質な食材」である。

 

 とはいえ、サポートロボくんの発言に僅かにイラっとしたジーク母は呆れたように息を吐いた後、再度問う。

 

「……所詮は機械ね。ならお馬鹿な貴方に分かり易く問うて上げましょう。ありがたく思いなさい――『何のお肉なのかしら?』」

 

「エラー、申し訳ございまセン。当機にはご質問内容が理解できまセン」

 

「はぁ!? この肉は何の肉かって簡単な質問でしょう!!」

 

「エラー、当機にはご質問内容が理解できまセン。可能であれば『Yes・No』で回答できる範囲にて再度ご質問をなされてくだサイ」

 

 だが、サポートロボくんの搭載AIは未だ融通が利かない。最新鋭の技術にも限界はある。

 

 イライラが加速するジーク母。

 

「くっ……ホントにガラクタね……!! なら『このお肉は最高級品質の牛ヒレ肉なのよね!!』」

 

「その認識で()()間違いありまセン」

 

「……変な言い回しね。壊れてるのかしら……? もう一度聞くわよ、『このお肉は最高級品質のチキンなのよね?』」

 

 しかし、そこは人間側が少し気を利かせてやれば良い話。続いたジーク母のひっかけ問題のような問いかけにだって――

 

「否定。該当食品とは異なりマス」

 

 問題なく答えられる。最新鋭は伊達ではない。

 

「あら、大丈夫そうね。『このお肉は最高級品質の牛ヒレ肉なのよね?』」

 

「その認識で()()間違いありまセン」

 

「なら、問題ないわ。これを二人分用意しなさい」

 

「かしこまりまシタ。お時間は…………5分程でご用意できるとのことデス。問題ありまセンカ?」

 

 人間が少しばかり気を利かせてやるだけで、馬車馬のように働いてくれるサポートロボくんの姿にジーク母も満足気だ。

 

 

 やがてそんなジーク母とサポートロボくんのやり取りから剛三郎へと視線を戻したジーク父は力強く宣言する。

 

「……少々使用人に難があるようだが、そんなものを補ってありあまる対応! この事実こそが、あの男が我がシュレイダー家を、かしずくまでに欲している証!」

 

 神崎のジーク夫妻へのもてなしは傍から見れば「過剰」だ。

 

「貴様がいるのは癪に障るが――何度でも言おう! あの若造がシュレイダー家の価値を真の意味で理解しているということだ!!」

 

「ああ、そうだな。儂もそう思ってい()よ」

 

 だが、それは此処に来たばかりの過去の剛三郎も思っていたこと。

 

 こうも丁重な扱いを受ければ、誰もが勘違うだろう。騙すにしては無意味過ぎる程に過剰だと。ゆえに此方の機嫌を損ねないようにしているのだと。

 

 まだ「自分たちは返り咲けるのだ」と。なにせ、この別荘地にはそう誤認させるだけのものが揃っている。

 

 

 誰も触れない位置にて施された物理的に不可能なデザインの豪華な調度品の数々。それらは季節ごとに「映像を差し替えるように」「いつの間にか」変えられ、飽きを感じさせない。

 

 加えて此方も手に届かぬ位置だが、品よく飾られた「現存する筈のない」芸術的な絵画を含めた芸術品。

 

 手に触れる家具や食器類などの品は、職人技を感じさせる「寸分違わず全く同じ」仕様。

 

 振る舞われるのは「この世界の何処にあったのか?」とすら思える未知なる美食。

 

 万が一体調を崩そうとも「世界の誰もが受けたことのない最先端の施術」を「最優先」で受けられる充実っぷり。寿命以外で死ぬ要素など「そう」ないだろう。

 

 更に、少々おつむは悪いが、一切の文句も言わず馬車馬のように働き続ける使用人(ロボット)たちが、この施設の住人たちの全ての生活をサポートしてくれる。

 

 

 まさに夢の国。欲の都。

 

 

 どんな荒んだ心へも()()()()()()()安寧をもたらしてくれるであろう様々な配慮。

 

 ジーク夫妻は大満足だった。選ばれし者であるシュレイダー家に相応しいもてなしだと。

 

「フン、貴様と意見が合うなどと、何時もなら虫唾が奔るところだが――今日は()()()()()()()()()()()。水に流してやろう」

 

 やがて剛三郎の言葉に嫌々ながらも同意を見せた後、ジーク父は上機嫌に返す。

 

 そう、此処はまさに選ばれた者(選ばれてしまった者)たちへの特別な住まい(鳥かご)

 

 だが、剛三郎には聞き逃せぬワードがあった。

 

「気……分……? まさか、もう飲んで()()()()のか?」

 

「何の話だ? あぁ、理解した。この場への滞在の祝いにと送られた特別に希少なワインの話だな。当然だろう――あれは今宵、最も熟成していた。飲まねば風味が落ちる一方だというのに、これだから成り上がり風情は……」

 

 しかしジーク父は呆れた表情を見せながら剛三郎を小馬鹿にするようにヤレヤレと肩をすくめる。

 

 

 ちなみに、剛三郎の時は紅茶だった。己が好んでいた品種の更に選りすぐりだと語られて。

 

 とはいえ、眼前の男のように初日ではなかった。この場に慣れ始め、警戒心が緩んだ当たりにポツリと雨粒が垂れるように提案された。

 

 しかし、目の前でワインの味を語る男には、初日の段階で()()するべきだと判断されたのだろう。

 

 そうしてあれやこれやと己の品位を語るジーク父の言葉を遮るように剛三郎は重い口を開く。

 

「……一応、先達として忠告しておこう」

 

「なんだ、聞いてやろう」

 

 何時ものジークの父なら、剛三郎の話など鼻で嗤って聞く耳を持たないだろう。だが、今日は()()()()()。だって、()()()()()()()のだから。

 

「怪我や病の類には気を付けるんだな」

 

「ハッ! 馬鹿馬鹿しい! 契約の内に最先端の施術を受けることが出来るのだよ! 此処で治せぬのなら、他で治せる訳もない!」

 

 とはいえ、相手の発言にジーク父は「やはり聞く価値などなかった」と嘲笑う。医療方面に他の追随を許さぬ歩みを見せるKCのオカルト課のおひざ元で何を言うのかと。

 

「フッ、そうだな。老いぼれ(体調を崩しやすい人間)が多い此処なら、さぞ医者も腕の振るい甲斐があるだろうさ。色々試せるだろうさ」

 

「何を当たり前のことを――所詮は成り上がりの俗物の言葉など、なんの足しにもならんな! いい加減、貴様の顔を見るのも忌々しい! これで失礼させて貰おう!!」

 

 やがて馬鹿にするような捨て台詞と共に踵を返し、背を向けたジーク父は己が妻の元へと歩を進めるが、その背に剛三郎の声が届くが――

 

「……忠告はした。もはや()()()()()と会うこともあるまい」

 

「フン、今日だけでなく、永劫会うこともないだろうとも! 直に我がシュレイダー家は華麗なる復権を遂げるのだからな!! ハハハハハハハッ!!」

 

 くだらない戯言だと断じたジーク父は高笑いを上げながらサポートロボくんの誘導に従い、準備された豪勢に見える食卓へとついた。

 

 

 

 

 

 そんな気分良さげに食事に移るジーク夫妻の団欒を遠目に眺めた剛三郎はポツリと呟く。

 

「過去の()の姿を態々見せて何のつもりだ……」

 

 アレはまさしく過去の己だった。

 

 海馬に敗北を喫するも、未だ野心を残し、乃亜を利用してでも再びKCの覇権を握ろうと考えていた過去の己そのものだと。

 

 だが、所詮は「過去」の話。

 

 牙を気付かぬ内に削り取られた「今」の己とは関係のない話。

 

「……瀬人へ助言した儂への警告のつもりか、神崎?」

 

そうしてソリッドビジョンで豪華絢爛さを映しているだけの壁に手をついた剛三郎の力ない声は誰にも届くことなく消えていった。

 

 

 

 

 

 

 やがて牛肉っぽいけど、実は何の肉か明確に区分できないよく分からない「とっても美味しい肉」に舌鼓を打つジーク夫妻はご機嫌さを見せる。

 

「フフフ、我らシュレイダー家の復権も直に始まる……かつての栄光を取り戻した暁には、隙を見てあの男を蹴落としてくれよう!」

 

「そうよ! ジークフリードとレオンハルトと共にシュレイダーの覇権を取り戻す日が待ち遠しいわ!!」

 

 夫婦揃って高笑いを上げてしまう程に上機嫌だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 綺麗なジーク夫妻になるまで、あと100日。

 

 

 






これにて「KCグランプリ編」改め「ワールドグランプリ編」――完結になります<(_ _)>

最後が(原作ではほぼモブだった)ジーク夫妻の高笑いで済まねぇ……



そして遂に来たぜ――記憶編がよォ!


Q:ジーク夫妻、なにをされたの?

A:様々な角度からのアプローチを用いて、ご夫妻の心身ともにリラックスできるように働きかけました。肉体、精神に害のあることは勿論のこと、違法なことは何一つしておりません。



~今作オリジナルキャラ~

「サポートロボくん」

今話にてジーク夫妻に「ガラクタ」呼びされていたロボット。人々の生活をサポートする為に作られた()()()

真っ白な小型のドラム缶のような身体に手と、足代わりのキャタピラが生えたゆるキャラ擬きな外見を持つ。顔部分に丸と棒線で簡易的に表情を作れるがバリエーションが少ない。

とある様々な()()を行う場で実地テストを行っている。正式発表は目途が立っていないとのこと。

口調はデスマス調だが、搭載AIの会話パターンが少ないのか度々会話が詰まり、「その認識で凡そ間違いありまセン」で説明を放棄するような場面が多い。未だ発展途上なのだろう。

わた優秀な光のイグニスを見習って欲しいものだ。キミもそう思うだろう、プレイメーカー?





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DM編 第11章 記憶編 ディアハしようぜ!
第182話 スタートダッシュで差をつけろ




前回のあらすじ
やったね、レオンハルト! (己の記憶にない程に)優しいお父様とお母様が戻ってくるよ!





 

 

 とある日のKCの会議室にて、BIG5の面々がテーブルを挟んだ先にいる神崎が連れた人間と向かい合っていた。

 

「――と言う訳で、今日からKCの一員となったジーク・ロイドさんです」

 

「……ジーク・ロイドだ」

 

 にこやかに紹介する神崎の声を受けて、バツが悪そうに言葉短く名乗ったジークフリード・フォン・シュレイダー改め、ジーク・ロイドの姿にBIG5の《深海の戦士》の人こと大下は鼻で嗤う。

 

「『ロイド』かね? かのシュレイダー家も落ちたものだな」

 

 かつてはKCとシェアを争った軍事企業の一角が、名を捨て、誇りを捨て、転落に転落を重ねてKCの一介の社員にまで転げ落ちた様はなんとも無様であろう。その現実は言葉なく拳を握るジークが誰よりもそれを理解していた。

 

「だとしても、儂はまだ完全に納得してはおらんぞ……!」

 

 しかし、それでも納得できないもの――BIG5の《機械軍曹》の人こと大田のような人間もいる。

 

 ジークが起こしたサイバーテロ騒ぎで、特大の迷惑を被ったのが技術周りを統括していた彼だろう。

 

 単純に事件への対処に留まらず、ことを終えた後のシステムの復旧や、再点検、更にセキュリティシステムの見直し+再構築と、てんやわんやの大騒ぎ。

 

 その原因を担った相手を「はいそうですか」とすんなり通すには引っ掛かりが大きい。

 

 だが、そんな《機械軍曹》の人こと大田へ《人造人間-サイコ・ショッカー》の人こと大門は苦言を呈する。角を立てても仕様がない理由があるだろうと。

 

「その辺りにしておけ、どうせお甘い副社長の肝入りだろう――お前には何時も苦労をかけるな、神崎」

 

「だとしてもだな!」

 

「確かに私も思う所がない訳ではありませんがぁ、彼が目の敵にしてきた海馬社長の元で一生飼い殺される――そう思えば幾らかは溜飲が下がるのではぁ?」

 

「むぅ……」

 

 そして続いた《ジャッジ・マン》の人こと大岡の言葉に《機械軍曹》の人こと大田は溜飲を下げるように言葉を濁すが――

 

「グフフ、そのような物言いは良くありませんなぁ。肩代わりされた負債をご家族で返済しきれば、晴れて自由の身になれるのですから」

 

 《ペンギンナイトメア》の人こと大瀧の言葉に、ちょっと可哀想に感じたのか《機械軍曹》の人こと大田は口をつぐんだ。

 

 

 やがて、一先ずの愚痴大会が終えた後、最初の発言以降、沈黙を守っていた《深海の戦士》の人こと大下が神崎に向き直りながら問う。

 

「さて、それで彼を我々の前に寄越した理由はなんだね? まさか言葉通りに『顔見せの為』という訳でもあるまい」

 

「はい、彼の得意分野は既に皆様ご存知のことでしょうが、現段階で任せるには――」

 

「成程な、牙抜きの時期という訳か」

 

 しかし問いかけに神崎が答えきる前に理解したと打ち切った《深海の戦士》の人こと大下に、《ジャッジ・マン》の人こと大岡が思案するように腕を組みながら顎に手を置くが――

 

「となれば、誰が受け持つかですねぇ……キミの部署では無用の長物でしょう。そして私も――」

 

「おっと、海馬社長のおなりだ。その話は後にしよう」

 

 

 バタンと会議室の扉が開くと共に磯野を引き連れ、歩みでた海馬の姿にBIG5の面々は無駄口を閉じるように会話を打ち切った。珍しくモクバは同行していない。

 

 

「貴様は確か……ふぅん、まぁいい。磯野、始めろ」

 

 そうして海馬はジークを一瞥した後、興味もないのか気にした様子もなく会議室にて司会役を仰せつかった磯野の音頭にて報告会が始まった。

 

 語られる内容は多種多様で様々だ。

 

「大田が作ったデュエルディスクの『補助器』の医療機関への卸しもつつがなく進行中だ。やはり抑圧があった分、喰いつきが良い。大好評だよ――シェアが独占できている内に公式大会への許可も通しておいた方が良いだろう」

 

「ふぅん、そんなものはとうに済ませた」

 

 《深海の戦士》の人こと大下から告げられる朗報と助言にも、海馬は意に介した様子もなく、

 

「流石と言っておこうか」

 

「くだらん世辞は不要だ」

 

 自社のトップを立てる《深海の戦士》の人こと大下だが、海馬からすれば、見え透いたおべっかに過ぎず、かえって不愉快な程だ。

 

「『補助器』?」

 

 しかし、此処でジークの口から思わずといった風に零れた疑問に一同の注目が集まる中、代表して《機械軍曹》の人こと大田が口を開く。

 

「なんだ、知らんのか? 簡単に言えば、何らかの障害を持ったヤツでも問題なくデュエルを楽しめるようにするもんだ」

 

 とはいえ、最近の商品とはいえ既に販売されている代物の為、説明はかなりザックリしていた。しかし、反応の鈍いジークにもう少しばかり踏み込んだ部分の説明に移る。

 

「例えば、耳が聞こえん場合は、モノクルのレンズにデュエル情報を流して――」

 

 己の目元に指を置き、眼鏡の右手で丸を作る仕草を見せる《機械軍曹》の人こと大田。

 

「目が見えん場合はこう、耳に引っ掛けるヤツを作ってな。骨振動でデュエル情報を伝える代物でだな」

 

 そして次に耳を指さし、引っ掛けるような仕草を続けるがジークからの反応は芳しくない。

 

「はたまた片腕で扱えるように――といった具合に……本当に知らんのか? ……知らんようだな」

 

 やがて腕を回した後に、諦めたようにため息を吐く《機械軍曹》の人こと大田の姿に対し、海馬が一段と低い声を漏らす。

 

「大瀧。情報伝達は貴様に一任した筈だが?」

 

「ふぇー!? 私のせいにする気ですか!?」

 

 思わぬ形で背中から撃たれたと《ペンギンナイトメア》の人こと大瀧が素っ頓狂な声を漏らすが、企業人であるジークが知らないとなれば、「周知に問題があったのではないか?」と判断されてもおかしくはない。

 

 ゆえに鋭さを増す海馬の視線にタジタジな《ペンギンナイトメア》の人こと大瀧に対し、《深海の戦士》の人こと大下が助け舟を出す。

 

「そう虐めてやるな。彼のようなタイプからすれば、縁遠いものだろうさ」

 

「世情に疎いのは大きなマイナスだな」

 

「おやおや、少々大人げないですよぉ」

 

 そうして《人造人間-サイコ・ショッカー》の人こと大門と、《ジャッジ・マン》の人こと大岡の援護射撃により、「ジーク側に問題があった」とやり玉にあげるが――

 

「くだらんやり取りはそこまでにしろ――次だ。大田、例の物はどうなっている?」

 

 その流れを断ち切る海馬の声に、話題を振られた《機械軍曹》の人こと大田は意気揚々と会議室のテーブルになにやら広げていく。

 

「ふっふっふ、無論問題なく完成させたとも! 見よ、この完璧な仕上がりを!!」

 

「これは……シート?」

 

 それはジークの呟きの通り「シート」のようなもの。そこにはカードを置く部分と思しき四角が幾つか表示されていた。

 

「あー、お前は知らんか。まぁ、平たく言えば『超薄型のデュエルディスク』だ。仮の名称は『デュエルマット』になる」

 

 そしてこの商品は発売前の物の為、外様のジークが知る由もないと、《機械軍曹》の人こと大田が自慢するように説明を始める。

 

「用途としてはテーブルデュエルの際にもソリッドビジョンシステムの使用を可能にするコンセプトで、ちょっとした時や、後、病人や怪我人などのデュエルディスクが使えない者にも――まぁ、グダグダ理屈を並べるより見た方が早いだろう」

 

 だが「百聞は一見に如かず」だと半ばで説明を放棄した《機械軍曹》の人こと大田は懐からお気に入りの1枚のカードを取り出し、シートの上にペシッと軽く叩きつけた。

 

「《機械軍曹》召喚!!」

 

 そうしてシートの置かれた1枚のカードの上から、ゴテゴテと多くの勲章を身体に張り付けたロボットが海賊風の帽子を指でピンと弾いた後、腰元から自慢のサーベルを引き抜いた。

 

《機械軍曹》 攻撃表示

星4 炎属性 機械族

攻1600 守1800

 

 ザックリ語られた「超薄型のデュエルディスク」との説明に違わず、召喚されたモンスターが実体化しているが、サイズがカードより少し大きい程度であり、全体的にこじんまりしている。

 

 しかし、これこそが売りなのだと《機械軍曹》の人こと大田は語る。

 

「屋内の使用を想定しとるから、要のソリッドビジョンは縮小版になっとる。その縮小の過程で頭身を幾らか弄る必要があったが、そのお陰で既存のデュエルディスクと差別化できて良いこと尽くめだな!」

 

「ソリッドビジョンのデザイン周りの事情はI2社の方にも話は通してありますから、ご安心くださぁい」

 

「これを流用すればいつか来た若造の言っておったD(ダンジョン)D(ダイス)M(モンスターズ)だったか? それのようなデュエルディスクに非対応の商品にも活用できよう」

 

 《ジャッジ・マン》の人こと大岡の注釈も交えながら《機械軍曹》の人こと大田の説明の最中に何枚か追加で置かれたカードから次々にソリッドビジョンによってカードが実体化され、モンスターどうしがポカポカと喧嘩――もといバトルを始める光景が広がる。

 

「こんなものが……」

 

 しかしジークに返す言葉はなかった。シュレイダー社もソリッドビジョンの技術は有しているが、「その先」に関しては、殆ど発展していない。

 

 ライバルだと一方的に見定めていた海馬との差を、己の復讐心にかまけていた時間のツケが、ジークに重く圧し掛かる。

 

「それでジークとやら――なにか気になった点はあるか?」

 

「…………いや、問題はないように――」

 

「作り直せ、大田」

 

「なんだと―――ぬおあっ!? なんということを!?」

 

 だが、意気消沈とするジークなど眼中にない海馬の拳がデュエルマット(仮名)に勢いよく振り下ろされた。

 

 《機械軍曹》の人こと大田の悲鳴染みた声から察せられるように、海馬の拳によって機械部分はショートし、マット部分に大きな亀裂が奔る。

 

 それにより、ソリッドビジョンの機能が停止したのか、召喚されたモンスターがラグと共に消えていく中、海馬は冷たく言い放つ。

 

「拳をぶつけた程度で機能不全に陥る欠陥品が売り出せると思っているのか?」

 

 思いっきり殴っておいて「ぶつけた程度」は些か厳しい言だが、「強度に不安が残る」という面は《機械軍曹》の人こと大田も理解している。

 

「ぐぐぐ……だが、この薄さを維持するには――」

 

「新しいシステムを組みなおしておいた。これで試してみろ――推定では今より3倍の強度が望める筈だ」

 

 しかし「製品の性質上、仕方のないことだ」と返す前に海馬から解決案が書類の束として提示された。

 

 テーブル上を滑るように己の元に舞い込んだ資料をパラパラとめくって行く《機械軍曹》の人こと大田は歯噛みする。先程の言い訳染みた己の論を容易く覆された事実が悔しいらしい。

 

「…………くっ、相変わらず発想がズバ抜けとるな。 だが、見ておれよ! 3倍どころか5倍の強度にしてやるからの!!」

 

「ふぅん、口の減らん男だ。そういうことは実現してから言ってみせるんだな」

 

 だが「タダでは終わらん」と挑戦的に指を差す《機械軍曹》の人こと大田の声に、海馬は「受けて立つ」とばかりに鼻を鳴らして見せる。

 

 完全に意地の張り合いのような有様だが、これが彼らなりのコミュニケーションなのだろう。

 

 そうしてこの話が一先ずの収束を見せたと判断した《ペンギンナイトメア》の人こと大瀧は気合を入れるようにネクタイをキュッと締め直し、己が成果を語り始める。

 

「ではお次は私から――グフフ、素晴らしい仕上がりになっておりますぞ~!」

 

「御託は良い。さっさと話せ」

 

「やれやれ、風情がありませんね! なら早速……カモーン!」

 

 だが、無駄口を聞く気はない海馬のスタンスに渋々納得を見せた《ペンギンナイトメア》の人こと大瀧の声に、扉を開き少年が青を基調とした服でファッションショーよろしく現れる。

 

 

 ペンギンのクチバシを思わせる鋭角のフードに覆われ、顔は伺えぬが、翼を思わせるポンチョが揺れている様は楽しそうな雰囲気を見せる。

 

 そんなポンチョに覆われた腰元に少年が左手を伸ばせば、その左腕の袖部分が展開し、腰元のデュエルディスクが装着されると共に頭のフードが二つに分かれ、ヒーローのマフラーよろしくヒラヒラとたなびく。

 

 

 そんな荒野のガンマン風ヒーロー・ペンギン仕立てに身を包んだ少年の顔が露わになったことでジークは息を呑んだ。

 

 その瞳に映るのは肩口程に伸びた紫の髪を後ろで縛った顔にそばかすの少年。もの凄く見覚えがある。いや、兄であるジークが見間違う筈がない。

 

「レオンハルト!?」

 

 思いっきりジークの弟レオンだった。

 

「はい、ポーズ! いいですぞ~! いいですぞ~!」

 

 そうした感動的な兄弟の再会を余所に《ペンギンナイトメア》の人こと大瀧は己の声に合わせ、事前に打ち合わせていたであろうポーズをしっかりと取るレオンの姿に満足気に声を漏らす。

 

「さぁ、ご覧ください! この愛らしいペンギン風衣装を! デュエルディスクとの調和性を重視し、尚且つプリティさを全面に押し出し、全世界をターゲットにした――」

 

 《ペンギンナイトメア》の人こと大瀧の熱弁は留まることを知らない。ペンギンの素晴らしさは外見にもあるのだと、海馬に語る。

 

「神崎ッ……殿! 貴様、どういうつもりだ! 何故、弟が! レオンハルトが此処にいる!!」

 

「再就職先です」

 

 その横で、己の胸倉を掴んだジークへ神崎が端的に返すが、そんなことは知ったことではないと、《ペンギンナイトメア》の人こと大瀧の熱意は留まることを知らないが――

 

「――な具合で、こうしたKCのデザイン力を示すことで、プロデュエリストの衣装などの――」

 

「それ以外はどうした?」

 

「……はいはい、チェンジ! はい、ポーズ! うーむ……ヨシ! と、こんな具合に一応他のモデルも揃えておりますよー」

 

 海馬の「ペンギン以外は?」との声に内心で舌打ちしながら、《ペンギンナイトメア》の人こと大瀧が指をパチンと鳴らせば、レオンの衣装は色を変え、形状を変え、赤を基調としたパンダ風の中華服へと変貌を遂げる。

 

 そしてレオンのポージングもカンフーっぽくなる。

 

「私はペンギンちゃんだけで十分だと思いますけどね」

 

 やがて己の手で愛らしいペンギンの姿を崩してしまったことに海馬へ嫌味ったらしく呟く《ペンギンナイトメア》の人こと大田だが――

 

「これに関しては私も社長に同意だ。話題性の為のプロジェクトならば、様々なパターンを試すべきだろう」

 

 此処で《深海の戦士》の人こと大下が、珍しく海馬の援護に回った。

 

「こら、大下! 貴方、裏切る気ですか!」

 

「心外だな。私はあくまでKCの発展の為に進言しているだけだとも――そもそも今回の肝は衣服へのソリッドビジョンの投射技術の披露である以上、キミの趣味を全面に押し出すべきではない……そうだろう?」

 

「何を言うんです! ペンギンちゃんのポテンシャルは無限大ですぞ!」

 

「技術披露の場を儂抜きに話を進めるな! そもそも形状記憶繊維はコストが高いんだ! 披露するのなら一般転用を視野に入れた鏡面に映した衣服をソリッドビジョンで変換する方だろう!」

 

「なぁに、金をかけたがる人間は何処にでもいるものさ。『値段』を『価値』だと誤認してありがたがる馬鹿な連中がね」

 

 《ペンギンナイトメア》の人こと大瀧と、《機械軍曹》の人こと大田、そして《深海の戦士》の人こと大下の論争がヒートアップしていく中――

 

「では両方行えば解決ですね」

 

「……神崎くん、この問題の中核はそこにはありませんよぉ。彼らがそれぞれ推すどの技術をよりプッシュするかという――」

 

 神崎が、議論の争点をぶっ壊しにかかるが、《ジャッジ・マン》の人こと大岡の論に巻き込まれて行く。

 

「ふぅん、纏まりのないヤツらだ。大門、貴様の件はどうだ?」

 

 そんなアホみたいなやり取りを尻目に海馬が《人造人間‐サイコ・ショッカー》の人こと大門へと今もっとも力を入れている事業に触れた。

 

「無論、仔細無い。お前の言う『デュエルの学び舎』との話は関係各所に話は通しておいた。手頃な場所も候補を纏めて置いたから適当に選べ――だが、少々横やりがあってな」

 

「なんだと?」

 

「老い先短い老人の道楽だ。あれやこれやと口うるさくて仕方がない」

 

 だが《人造人間-サイコ・ショッカー》の人こと大門の言葉に僅かに逡巡を見せる海馬。語られた「老人」の狙いが何処にあるのか思案している模様だ。

 

「それと人員の類は其方で勝手に決めるといい。お前の好みはよく分からん。だがペガサス会長の顔は立てて欲し――」

 

 しかしそうして思案を巡らせる海馬だが、続く《人造人間-サイコ・ショッカー》の人こと大門の話は思案の最中であっても、問題なく処理されていく。

 

 

 

 そうして己を置き去りにしながらグングンと進んでいく話に対し、ジークは会話の中へと踏み出すことは出来なかった。

 

 

 惨めだった。

 

 唯々、惨めだった。

 

 

「――以上だ。俺はI2社に向かう。俺の留守中に些事の類は片付けておけ。磯野、モクバを呼べ、どうせ乃亜のところだろう」

 

「ハッ!」

 

 やがて話すことは済んだと会議室から海馬が立ち去るその瞬間まで、ジークは何一つ言葉を発することはなかった。

 

 

 

 

 

 

「やれやれ、相変わらず嵐のような男ですねぇ」

 

「なれば一先ず目下の『些事』を片付けるか」

 

 そして足早に立ち去った海馬を《ジャッジ・マン》の人こと大岡が呆れた様子で見送り、《人造人間‐サイコ・ショッカー》の人ことがジークへ視線を向けるが――

 

「彼、ハッキングの腕を見るにサイバー系統がお得意でしょう? もう思い切って大田殿に預けてはぁ?」

 

「馬鹿を言うな。信用できん奴を儂の工場に入れさせるものか!」

 

 《ジャッジ・マン》の人こと大岡の案を《機械軍曹》の人こと大田はバッサリと切り捨てる。未だにジークのことを許せていない以上、無理もない話だ。

 

「とはいえ、神崎くんの元に置いておいても、あまり旨味はありませんからね! デュエルの腕が高くとも、あそこでは埋もれる程度の才能でしょうし」

 

 やがて続く《ペンギンナイトメア》の人こと大瀧の冷めた視線が、

 

「あれだけやらかした手前、広告塔にも使えない」

 

 《人造人間‐サイコ・ショッカー》の人こと大門の呆れた声が、

 

「当人の意見も聞きたいな。我が社に貢献できることは何かね?」

 

 《深海の戦士》の人こと大下の期待すらしていない雰囲気が、

 

「私は……私は……」

 

 ジークの心を苛んでいく。

 

 シュレイダー社にも、ソリッドビジョンシステムは――と張り合っていたが、

 

 KCはそれらを過去だと置き去りにするが如く、遥かその先を進んでいた現実に打ちのめされていた。

 

 神崎がジークに手を差し伸べたのは、「自身の能力を目当てに」などと考えていた事実を嘲笑うかのように今のKCはジークを必要としていなかった。

 

 KCで再起を図る席を用意した? 違う。その心を完全に折りに来たのだ。

 

 

 二度とくだらぬ考え(サイバーテロ)など起こさないように。

 

 

 頭を垂れるジークに、会議が始まる前にあった覇気は欠片も伺えない。このままKCを去りかねない程に意気消沈していた。

 

「――待ってください! 兄さんにはアレがあります!」

 

「ほう、アレとは?」

 

「止せ、レオンハルト! 私など……」

 

 しかし、待ったをかけたレオンが兄のスゴイ部分を語る。そこには未だに兄への信頼が見えた。

 

 ジークのスゴイ部分はサイバー部門だけではないのだと、レオンは項垂れる当人を余所に自信満々だ。

 

 そしてジークの制止の声も振り切り、発されたのは――

 

 

「――兄さんはお洒落さんです!」

 

 

「レオンハルト!?」

 

 ジークが予想だにしていなかった発言だった。

 

「ふむ、お洒落さんかね」

 

「はい! お母様が言うには『シュレイダー家は高貴な出』だって!」

 

 《深海の戦士》の人こと大下の合いの手にレオンは自信タップリに語る。ジークは父と母から一身に情熱と期待を注がれ、教育を受けていた。

 

 それらから完全に蚊帳の外だったレオンには難しいことは分からなかったが、「高貴であれ」、「上品であれ」と何処か貴族的な価値観による美意識を「お洒落」と判断し、ジークの強味だとレオンは語る。

 

「それにお父様も言っていました――『由緒ある我がシュレイダー家が成り上がりの企業に負けることなどあってはならない』って! だから身嗜みには特に気を付けていると言っていました!」

 

「ククク、我らは成り上がり企業か」

 

 両親が愚痴っていた部分の正しい意図を理解しないままにサラッと明かしたレオンの言葉に《深海の戦士》の人こと大下は含み笑いを零す。

 

「そういえば、シュレイダーの屋敷は貴族趣味な趣でしたねぇ」

 

「ふ~む、芸術関連と言いますか、デザイン関連と言いますか、ファッション関連と言いますか……独特な発想でしたなぁ……」

 

 やがて《ジャッジ・マン》の人こと大岡が過去のパーティでのシュレイダー家の様子を思い出しつつ、《ペンギンナイトメア》の人こと大瀧も、何とも言えぬ表情でそれに追随。

 

「なら決まりだ。まずは大瀧に預けよう――構わないな、神崎」

 

 そして「聞く価値もなかった」と話を打ち切るように《人造人間-サイコ・ショッカー》の人こと大門が言外に「合う場所が見つかるまでたらい回しにする」と語りつつ神崎へ向き直った。

 

「はい、ご無理を通して頂いて感謝の言葉もありません。大瀧さんもどうか彼のことを、よろしくお願い致します」

 

「グフフ、気にすることはありません! キミとは今後も仲良くしてきたいですからね!それに彼がペンギンちゃんの素晴らしさを表現できるのであれば、構いませんとも!」

 

 こうして、ペンギン大好きおじさんの元へ放り込まれたジーク。そこにはKC専属ファッションモデルとして頑張る弟レオンもいる為、収まる所に収まったと言えるだろう。

 

 

 だが、ペンギン大好きおじさんと愉快な仲間たち(大瀧の部下)は兄の暴走に巻き込まれたレオンに同情的である為、親元を離れた子供という立ち位置も相まって猫可愛がりされている。

 

 ゆえに元凶である兄ジークへの好感度は地の底だ。針のむしろであろう。

 

 

 しかし、そんなストレスに負けるな、ジーク! 戦え、ジーク! お家の再興の為に!

 

 シュレイダー家の再興はキミの肩にかかっているぞ!

 

 タイムリミットはご両親の野心が保っている間だ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなジークのサクセスストーリーなど刹那で忘れちゃった頃、夜も更け辺りが暗くなったにも拘らず、多くの人の気配を感じた双六は自宅の2階の窓のカーテンを少し開けて外を見る。

 

「しかし凄い人じゃの」

 

 その視線の先にはマスコミやら、なんやらが獲物(デュエルキング)を狙うようにカメラを構えており、双六が僅かに開けたカーテン越しに中にいるであろう遊戯を狙いシャッターを切る。

 

 フラッシュが焚かれ、明滅する光源に対し、双六は厳しい顔つきを見せ――

 

「――ブイッ!」

 

 Vサインと共にとびっきりのキメ顔をカメラ目線で応えた双六は「用は済んだ」とカーテンを閉じ、孫の遊戯の元へと向き直った。

 

「じいちゃん……どうしてピースしたの?」

 

「ほほ、つい――の。これも大会で儂ゲフンゲフン、マスク・ザ・ロックが儂の店を宣伝してくれたおかげじゃの」

 

 双六の昔語りを聞いていた最中の祖父の奇行に表の遊戯は困惑の視線を向けるが、双六はいたずらっ子のように笑いながら誤魔化すように咳払いした。

 

『未だにバレていないと思っているのか……』

 

「とはいえ、これでは暫く店は開けんな」

 

「……じいちゃん、ごめ――」

 

 しかし闇遊戯の声を余所に呟かれた双六の発言に咄嗟に表の遊戯が謝ろうとするが、双六はそれを手で制した。

 

「何を言っとる。遊戯が謝ることではないじゃろう? なーに、この手の騒ぎは一時のもの。学校の方の騒ぎも合わせて直ぐ収まるもんじゃ」

 

 双六が語った「騒ぎ」――それは闇遊戯が決闘王(デュエルキング)の称号を得たことによる世界からのアクション。

 

 それらは表の遊戯の予想を遥か超えていた。

 

 学校に通おうとするだけでも苦労する程に人混みにもまれ、見ず知らずの人間が己から言質を取ろうとあの手この手を伸ばされる。金の生る木だと欲の籠った瞳を向けられ、

 

 学校内ですら、知らぬ名の生徒にあれこれ言い寄られ、更には教員側からも「今後の進路はどうするか」などと、誰の差し金かも分からぬ探りを入れられる。

 

 騒ぎを聞きつけた牛尾から一旦帰るようにとの提案を受け、ボディーガード料抜きで家まで送り届けられ、自宅に戻れば、鳴り響き続ける電話に嫌気がさした双六が電話線を引っこ抜く姿に遭遇する始末。

 

 

 まさに世界の人気者状態の表の遊戯だが、当人からすれば、決闘王(デュエルキング)は闇遊戯が勝ち取った称号ゆえに、何処か申し訳なさが勝っていた。

 

 無論、そこには己の騒動に巻き込んでしまった祖父へも含めるが、双六は「気にするな」と表の遊戯の肩を叩き宣言する。

 

「それに聞いた話では海馬くんが何やら動いてくれておるんじゃろ? なら、遊戯がエジプト旅行に行っとる間に収束するじゃろうから、気に病むことはないぞい」

 

「じいちゃん……」

 

 家まで送って貰った牛尾から、「海馬に話を通す」と聞いていたゆえに「重く考えることはない」と語る双六の大人な姿に表の遊戯は気恥ずかしさの混じった尊敬の眼差しを向けるが――

 

 

「――ブイッ!」

 

 

 またもやカーテンを少し上げ、取材陣に渾身のキメ顔を披露していた。誇らし気にフラッシュの光を浴びる双六は承認欲求が満たされることに酔いしれているようにも見える。

 

「……この状況を楽しんでるよね、じいちゃん」

 

「ムホホ、まぁ、注目されるというのは気持ち良いもんじゃからな――やっぱりの」

 

「もう、じいちゃん……」

 

 何処か恰好の付かない双六の姿に、小さく息を吐く表の遊戯だが、肩の荷が下りたかのようにその顔からは陰りが失われていた。

 

『まぁ、じいさん程とは言わないが、相棒もあのくらい楽に考えた方が良いんじゃないか?』

 

「そうなのかなぁ?」

 

「さて、そろそろ儂の冒険譚に戻ろうかの。儂が千年パズルを手にした時の侵入者を阻む、第三の仕掛けが――」

 

 そうして闇遊戯と共に表の遊戯は、再開された双六の昔語りへと耳を傾ける。

 

 

 その話を通じ、人は試練を克服して初めて得られる言葉では言い尽くせない宝があるのだと教えられるが、表の遊戯がそれを本当の意味で実感するのは先の話。

 

 やがて双六の話を聞き終えた表の遊戯の意識は明日に控えたエジプトへの闇遊戯の最後の旅路に備えるべく、眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 闇夜に染まった空の元、ゆっくりと歩を進めるバクラは邪悪な笑みを浮かべながら、確かめるように語る。

 

「千年パズルを持つ遊戯」

 

 それは究極の闇のゲームの始まりを告げるゴングであり、

 

「千年リングを持つ俺様」

 

 それは邪悪なる神の復活の前哨戦を表し、

 

「千年眼と千年秤と千年錠を持つシャーディー」

 

 それは神々の戦いへのリベンジを賭けた決意の表れであり、

 

「千年タウクを管理する墓守の一族」

 

 それは世界の終わりをもたらす宣誓式のようであり、

 

「そして千年ロッドを預かった海馬」

 

 それは全ての準備が整った証明でもあった。

 

「ククククク、究極の闇のゲームの駒は出揃った」

 

 やがて小さく嗤い声を漏らしたバクラの足がピタリと止まる。

 

「だが、俺様にはまだやるべきことが遺されている」

 

 そう、全ての準備を終えてなおバクラは更に万全を期す。勝負は始まる前から始まっているのだと。

 

「肝心要の究極の闇のゲームに勝つための下準備がな――ククク、社長さんよぉ。ちっとばかし俺様のゲームに付き合って貰うぜ」

 

 やがて眼前にそびえ立つKCのビル――かの城のトップ、海馬に狙いを定めたバクラは社内に入り込む。

 

 

 千年アイテムに所縁があるものにしか扱えぬ三幻神の一角、『オベリスクの巨神兵』を従えた海馬 瀬人は、神にも匹敵しうる力を宿している竜を有している。

 

 バクラの望みはその力――盗賊らしく、その力を奪い取り、究極の闇のゲームに利用することこそが彼の計画。

 

 

 ゆえに海馬を誘い出す為のエサとして、モクバに狙いをつけ、眼前の眼鏡の女から、その居場所を聞き出そうとするバクラ。

 

「えっ? モ、モクバ様ですか? モクバ様なら、海馬社長と一緒に海外出張に行かれてますけど……なにか約束なされていたんですか?」

 

 

 ダメだった。

 

 

 眼鏡の女――北森の語る言葉に嘘はない。随分前に海馬はモクバを連れて、ペガサス会長の元にブルーアイズジェットで飛び立った後だ。

 

 いない相手は人質に取れないし、いない相手から力を奪うことは出来ない。

 

――いや、この女を人質に社長をおびき出せば……

 

 だが、バクラはめげなかった。モクバの性格を考えれば、大事な社員が人質に――との話を聞けば、海馬を引き連れノコノコ戻って来る筈だと。

 

 北森の実力はバクラとしても未知数だが、多少腕に覚えがある程度ならば、敵ではない。

 

 ゆえに闇のゲームを仕掛けるべく、相手の腕力も知らずに不用意に手を伸ばすバクラ。

 

「ん? こんな時間に客かよ? タイミング悪ぃな」

 

 しかし、その手は夜分にも拘らず明かりのついた部屋から顔を覗かせた缶ジュース片手のヴァロンの姿にピタリと止まった。

 

――チッ、二対一か……

 

 そうして数の不利を悟るも、バクラは己ならば対応できると、千年リングへと意識を向ける。

 

 だが、バクラはもっと深く考えるべきだった。ホワイトな労働環境をモットーにするオカルト課にて、こんな夜遅くに社員(北森たち)がいることに。

 

「まぁ、そう言うなよ、ヴァロン。なんか急な要件なんだろ。あっ、ギースの旦那、買い出しお疲れさまっす」

 

「気にするな。アヌビスの時は送り出しも碌に出来なかったからな……なんだ、客人か?」

 

 やがてヴァロンの背後から顔を出した牛尾に加え、バクラの背後からギースが買い物袋片手に竜崎と羽蛾を引き連れ――

 

「彼、何処かで見た気が……誰だったかしら?」

 

「恐らく、バトルシティの時かと。負傷者リストの中で見た覚えがあります」

 

 牛尾の後ろから、歩み出た響みどりとアメルダが羽蛾と竜崎から荷物を受け取りつつ、バクラの素性に思い至り――

 

「あ~! ば~くらくんだ~! アメルダくん、どいて! ねぇ、ねぇ! 獏良くん! 今、オカルト課でパンドラさんの送別会してるんだけど、一緒に――」

 

 形成されつつある人混みをかき分け、自身の手を握った野坂ミホが矢継ぎ早に自身に迫る光景にバクラの表情は固まった。

 

 

 戦力比は野坂ミホが戦力にならないことを考えても、九対一。しかも実力の方もそこそこながらに侮れない面々+一線級の者たち。

 

 

 だが、数の利がなんだ。バクラには闇のゲームというアドバンテージがある。

 

 肉体と精神に直接ダメージを与える命のやり取りの前では普段通りの力を発揮できるものなど、そうはいない。

 

 

「ゴメンね、野坂さん! ボク、もう空港に向かわないといけないんだ!」

 

 

 ダメだった。

 

 

 全力で猫を被り、バクラはこの場を後にする方針に切り替える。

 

 諦めも肝心である。バクラは引き際を間違えぬ男なのだ。

 

「えぇ~! ……そうだ! 牛尾くんに送って貰えば空港まですぐ着くよー! いや~、私って冴えてるな~! ねぇ! いいでしょ、牛尾くん!! 決まりね! だから、獏良くんもフィーバーしま――あぁ~!? いないー!?」

 

 バクラは引き際を間違えぬ男なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして空港にダッシュし、遊戯たちの動向を観察しながら飛行機に乗ったバクラが、エジプトに着いた後に真っ先に行ったのは――

 

「あっ、獏良君」

 

「やぁ、遊戯くん!」

 

 表の遊戯と偶然を装って会うことだった。無論、猫を被り主人格である獏良のフリも忘れない。

 

「獏良君もエジプト旅行?」

 

「うん、父さんのことで、ちょっとね――それと、これ! 千年パズル! ボクの荷物に紛れ込んでたみたいなんだ」

 

 何処か警戒心を見せる表の遊戯を余所にバクラはなんでもないように千年パズルを差し出して見せる。

 

 しかし、その言葉は嘘に塗れていた。

 

 実際は千年アイテムが手荷物で持ち込めない仕様だった為に、貨物室から流れた遊戯の荷物から盗み取ったものである。

 

 しかし明確な証拠がない以上、表の遊戯も追及は出来ず、慎重に受け取るに留まった。

 

「……そうなんだ。ねぇ、獏良君。キミは今、千年リングをつけ――」

 

「あっ、もうこんな時間!? それじゃあボクは約束があるから、またね! あー! お土産は食べ物がいいなー!!」

 

 やがて表の遊戯が探るように口を開くが、それより先に時計をチラと見たバクラは宿主である獏良 了の演技をしながら慌てた様子で空港を後にする。

 

――ククク、海馬社長の件は失敗に終わったが、なんとか千年パズルへ俺様の魂の一部をパラサイトさせられたぜぇ……少しばかり予定は狂ったが、今はこれで十分だ。

 

 既にバクラの目的は達成された。なれば長居は無用。

 

 それに加え、バクラとしても獏良の「のほほーん」とした性格のトレースは自身の気質の差異が大きいゆえに肩がこる為、長く続けたいものでもなかった面もあったりする。

 

 

 

 

 そうして走り去って行ったバクラを見送り、首から千年パズルをかけた表の遊戯は千年パズルに眠る闇遊戯へと語り掛けた。

 

「ねぇ、もう一人のボク。なにかあった?」

 

『いや。というより、相棒の手から離れた俺に外の様子を知る方法がないのはお前も知っているだろ?』

 

「……そうだよね」

 

 とはいえ闇遊戯は性質上、表の遊戯の身体の元に千年パズルがなければ意識を表に出すことは出来ない。

 

 ゆえにバクラの悪意へ警戒だけが募り、心にモヤモヤが蓄積していくが――

 

「おーい、遊戯ー! 千年パズルはちゃんとあったかー?」

 

「うん、大丈夫だったよ、城之内くん!」

 

 自分たちの荷物を回収し終えた城之内が、杏子と本田を引き連れた光景に表の遊戯は努めて明るく振る舞って見せる。

 

「なら良かったぜ! んで、エジプトについたは良いんだけどよ。こっからどこ行きゃいいんだ? 牛尾のヤツは手続きがどうとか言ってたみてぇだが……」

 

「えーと、ガイドの人がいるらしいんだけど……」

 

 そうして問われるがままに今後の予定を城之内に明かそうとするが――

 

 

「む――ぎ――様――と――ゆ――様――!!」

 

 

 なにやら遠方から表の遊戯を呼ぶ声が響いた。

 

「なんだ、アレ? 段々こっちに近づいて――」

 

 その声に城之内が視線を向ければ、ビヨン、ビヨンと擬音が出そうな程に真ん丸ボディのぽっちゃり系のたらこ唇の巨漢の男が迫る光景が広がり――

 

「いたいた~! むとー ゆーぎー様ね? ガイド、ガイド! 案内するよ~!」

 

「わわっ、よ、よろしくお、お願いします!?」

 

 その巨漢の男は、褐色肌の太ましい体形に違わぬパワフルさを以て表の遊戯の手を取り、己の身体と共に小柄な表の遊戯をグルングルンと回す。

 

 そして「ガイドだ」と身分を明かす、本田は半信半疑な様相で指差しつつ呟く。

 

「なんだ、このデケェの……」

 

「ガイドさん……らしいけど」

 

 そんな本田と杏子の困惑の眼差しに、ピタリと動きを止めた太ましい男は子供のように邪気の無い笑顔を浮かべ――

 

「ボバサだよ~」

 

 表の遊戯を地面に降ろしながら、朗らかに名乗った。

 

「よろしくね~」

 

 かくして、人懐っこそうに手を振る巨漢の男――ボバサの案内の元、遊戯たち一行の最後の旅路が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ボバサの合流を確認――と、コミック版の流れに近いみたいですね」

 

 遥か遠方から超視力まかせに様子を窺う異物(神崎)思惑(お節介)に絡めとられながら。

 

 






Q:あれ? DMではシャーディーが案内するんじゃないの?

A:ボバサ、なんのことか分かんないよ~ ( ´3`)~♪




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第183話 初陣



前回のあらすじ
バクラ「なんて日だ!!」





 

 

「ボバサ、おいしいお店いっぱい知ってるよ~」

 

 そんなボバサの間の抜けた声が響く中、遊戯たち一同はエジプトの有名な料理店にて団欒を囲みつつ、並べられた料理に舌鼓を打っていた。

 

「ボバサ、古代エジプトの石板は――」

 

「焦っちゃダメ、ダメ! 見られる時間決まってるから、早く行ってもボバサなんにもできない。みんな、待ちぼうけだよー」

 

 思わぬ観光の道中に闇遊戯が本来の目的を急かすが、ボバサは口いっぱいに料理を頬張りながらチッチッチと指を振る。

 

 彼の言う様に墓守の一族が代々守ってきた石板などは文化的な価値が非常に高く、「見せて!」「いいよ!」ですんなり通るものではない。

 

 イシズならば、遊戯たちのその辺りの事情を汲んでくれたのだろうが、現在管理者とされているアヌビス――の背後の神崎は平時の物事は平時通りに行うタイプだった。

 

 ゆえに生まれた空白の時間がエジプト観光に当てられている現状である。

 

「まぁ、良いじゃねぇか遊戯! これがお前の最後の旅路なんだ――目一杯楽しんでいこうぜ! なぁ、本田!」

 

「そうだな。俺たちもお前の……『もう一人の遊戯の故郷』のこと、もっと知っときたいしよ」

 

「そゆこと。そゆこと――みんないっぱい食べるよ~!」

 

 何処か焦りが見えていた闇遊戯の背を城之内と本田が軽く叩きながら、ボバサと共にもしゃもしゃと出された料理を平らげていく中、食事の手を止めた杏子がおずおずとボバサに向けて問うた。

 

「あの……カルトゥーシュのあるお店って知ってますか?」

 

「うん、ボバサ知ってるよ~これ食べた後で案内するね~」

 

「なんだそれ? エジプトの名物料理か?」

 

 その問いかけにうんうんと頷くボバサの横で首を傾げる城之内へ杏子は呆れ気味に少しばかり語気を荒げる。

 

「もう、違うわよ! 古代エジプトの王様の名前が彫られてた物のこと!」

 

 闇遊戯の為にと色々考えていた杏子が、頭痛を堪えるように完全にエンジョイ姿勢の城之内を見やった。とはいえ、友と最後の旅を全力で楽しむのも間違いではないのだが。

 

「成程な。そいつに名前を刻んどきゃぁ、もう一人の遊戯がまた名前を失くす心配もないって訳か」

 

「杏子……」

 

「うん、空港のお土産屋さんで見かけたんだけど、まだ時間もあるみたいだし、どうせならちゃんとしたのを送りたくて……」

 

 やがて理解が及んだ本田の声と、想い人である闇遊戯の感嘆の眼差しに杏子が照れるように目を逸らした。

 

「任せて、任せて! ボバサが全部案内してあげるよ~!」

 

 そんな彼らの思いやり溢れるやり取りにボバサも触発されたようにやる気を漲らせる。名もなきファラオに巡った良き縁に墓守の一族の一人として出来得る限り力になろうと。

 

 

 そうして遊戯たち一同の最後の旅は和やかに進んでいき、なんのトラブルもなく終わると彼らは信じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ファラオ、そろそろご準備を。民がファラオの言葉を心待ちにしております。この『シモン』、この場に立ち会えたことは何よりの僥倖でございます」

 

 巨大な王宮の一室にて、双六によく似た顔立ちをした白いローブに身を包んだ褐色肌の老人「シモン」が、玉座に座る闇遊戯へと声をかける。

 

「じい……さん……? 俺がファラオ? いや、それよりも此処は一体……」

 

 その声に朧気だった意識が覚醒した闇遊戯は視界に広がる未知の情報に戸惑いを見せるが、その脳裏に此処に至るまでの過程が描き出された。

 

――確か俺はボバサの案内で観光した後、石板の元で3枚の神のカードをかざして……なら、此処が……

 

 闇遊戯の記憶はエジプト観光を楽しんだ後、古代エジプトの石板に三幻神のカードをかざした段階で途切れている。

 

 そして今までの仲間たちと過ごした時間が嘘だったかのように、己をファラオとして扱う周囲の人間たち。

 

 だが自身の首元の杏子から送られたカルトゥーシュを闇遊戯は強く握った。これが表の遊戯たちと、仲間たちとの日々が夢ではないのだと実感をくれる。

 

「ささ、此方ですぞい」

 

「此処が……俺の記憶の世界……」

 

 シモンの声に闇遊戯は、今己におかれた状況を少しでも理解するべく、ゆっくりと玉座から腰を上げた。

 

 燦然と輝く太陽の元、名もなきファラオの失われし記憶を探す旅が始まる。

 

 

 そうして新たな王の登場を待つ民たちの視線の中に、毛色の違うものが混ざっていることなど闇遊戯は知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻、ジリジリと照り付ける太陽の下、砂漠のど真ん中で己を連行していた兵士を切り捨てた馬にまたがる黒いローブの怪しげな一団の前でバクラは毒づく。

 

「チッ、やっと闇のゲームが始まったと思ったら、いきなりこんな出だしかよ」

 

 その手首は鎖で繋がれ、護送中だった三千年前の己――「盗賊王バクラ」の立ち位置はファラオである闇遊戯と比べ、大きく落ちる。

 

「だが、此処は間違いねぇ。奴の記憶の世界……」

 

 やがて馬を降りた怪し気なローブの一団が己の鎖を外し、跪く姿にバクラは凡その状況を把握した。

 

「こいつらはさしずめ俺様の出迎えって訳か。そうだったな……だんだんと思い出してきたぜ。三千年前の細かい事を……!」

 

 そして記憶を巡らせたバクラは今後の方針を固めていく。古代エジプトの石板を安置していた場所に潜り込み、究極の闇のゲームに参加したバクラの目的は唯一つ、大邪神ゾークの復活。

 

 だが、その為には三千年前と同じシナリオを繰り返す訳にはいかない。如何に己に都合よく、歴史の流れを誘導するかが究極の闇のゲーム攻略の鍵。

 

「だが奴はファラオ。俺様はしがねぇ盗賊――これじゃぁちぃ~と開きがあり過ぎるな……ククク、まずはレベル上げに勤しむとするか」

 

 しかし現状、闇遊戯を相手取るには彼我の戦力は些か以上に大きい。ゆえに戦力増強すべく、怪し気なローブの一団と共に馬に乗って、バクラは王墓の一つへと駆けて行く。

 

 

 そんな彼らの行動をステルス状態で宙に浮かぶ目玉がギョロリと眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 闇夜に輝く月が砂漠を照らす頃、砂漠の只中にあった小高い丘で佇む六対の翼を持つ黄金色のドラゴン、《マテリアルドラゴン》に背中を預けながら神崎は脱力するように零す。

 

「段取りが台無しだ」

 

 そうして1枚のカードを浅黒く変色した指先で器用にクルクルと回転させながら神崎はもう一度溜息を吐いた。

 

 

 なにせ、予め予定していた流れを大きく外れ、究極の闇のゲームの舞台に引き摺り込まれたことは神崎にとってかなりの想定外である。

 

 石板の近くにいたゆえか、それとも光のピラミッドが三幻神の力に共鳴したのか、それとも彼が持つ1枚のカードの導きゆえか――原因は不明だが、現状を鑑みれば論じる意味もない。

 

 そんな神崎の今回の目的は「大邪神ゾーク・ネクロファデスの討滅」であり、「復活の阻止」ではない。脅威は対処できる段階で可能な限り即座に――それが神崎のスタンスだ。

 

 その為に、石板の安置所に侵入しようとしていたバクラをアヌビス経由で警備から素通りさせ、究極の闇のゲームの舞台を整えた。

 

 原作のように「三幻神の力を束ねた創造神の力による討滅」を狙いたいところだが、既に原作の流れから逸脱している部分が多い以上、原作同様のルートを辿ってくれるなどと神崎も楽観視する気はない。

 

 それゆえに可能な限り大邪神ゾークを討滅する手段を整えてきたのだ。オカルト部門を研究させていたのは、伊達や酔狂で行っていた訳ではない。

 

「一番有力な手が打てないのが辛いところだな」

 

 しかし、「自身の肉体ごと」究極の闇のゲームに取り込まれたことで、事前に準備していた手段のかなりの部分が使えなくなった事実に神崎はまた溜息を吐くが、現在の手持ちで何とかするしかない。

 

「とはいえ、必要最低限の人員を巻き込めたのは不幸中の幸い」

 

「神崎殿、全対象の捕捉を確認。総員、諸々の手筈が整ったとのことです」

 

 そうして前向きに考え始める神崎の前に跪いたゼーマンの報告に、神崎は丘の下を見下ろす。

 

「なら、そろそろ始めようか」

 

 軽い調子で落とした神崎の声の先には砂漠一面にひしめき合う数多のオレイカルコスソルジャーの姿。

 

 やがてオレイカルコスソルジャーの身体に黒いラインが奔った後、その瞳が爛々と赤く輝き――

 

 

「散れ」

 

 

 数多の異形が夜の闇に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 此処で舞台は現実世界に戻り、墓守の一族が管理する一室に設置された古代エジプトの石板の前で膝をついたままの表の遊戯の姿に杏子と城之内は心配気な声を漏らす。

 

「どうしたの、遊戯!」

 

「おい、大丈夫か?」

 

 エジプト観光の後、顔を隠した名乗らぬ墓守の一族――アヌビスの手引きによって、ボバサと共に古代エジプトの石板の前に立った遊戯たちだが、闇遊戯が三幻神のカードを石板にかざした途端に発生した謎の発光に目が眩んでいた。

 

 そんな中で、膝をついた表の遊戯の姿に仲間たちが動揺するのは当然だろう。何かあったのは明白だ。

 

「消えた……もう一人のボクがパズルの中にも……ボクの心の中にもいない」

 

「そんな……」

 

 絶望の色が見える表の遊戯の声に杏子は息を呑む。城之内や本田たちも不安気に顔を見合わせるが――

 

「ファラオは記憶の世界に旅立たれました」

 

「そういやボバサ、墓守の一族だったな! なんか知ってんのか!」

 

 古代エジプトの石板の前に立った段階で「墓守の一族」の一人であることを明かし、言葉使いを正したボバサの声に城之内は希望を見出すように破顔させる。

 

「はい、王の記憶によって生み出された世界にて、大いなる脅威を討ち払うことこそが、ファラオに与えられた試練」

 

「その試練って?」

 

 訳の分からぬ状況がひも解かれて行くにつれ、表の遊戯も動揺から立ち直っていくが――

 

「詳細は私にも知らされておりません。ただシャーディー様は『邪悪なる闇と対峙し、三千年前の運命を打破する』とだけ」

 

「なんだよ、それじゃあ結局なんも分かんねぇじゃねぇか」

 

 説明を終え言葉を切ったボバサの姿に城之内は頭を抱えた。説明に具体性が皆無だ。

 

「なら、もっと詳しそうな相手に聞いてみるか? 此処に案内してくれたヤツもボバサとは別の墓守の一族なんだろ?」

 

 そんな中、本田が事情を知っているであろう現在、古代エジプトの石板を管理する人間(アヌビス)の存在を思い出す。

 

 ぽわぽわしていたボバサとは違い「如何にも厳格です」な装いの相手ならば、ボバサ以上に事情に精通していてもおかしくはないと。

 

「確か、神崎さんのところで働いてるって話よね」

 

「うん、ボクの千年パズルみたいな不思議なものを研究しているところだって」

 

「ならいっちょ聞いてみようぜ! あの人なら悪いようにはしねぇだろ!」

 

 そうして顔見知り(神崎)の部下の人ならば――と、遊戯たちがこの状況を打開すべく頼りの元へと進もうと、扉へと歩を進めた。

 

 

「なりません」

 

 

 だが、その遊戯たちの行動をボバサは扉の前に立ちはだかる。

 

「なんでだ? 試練だか何だか知らねぇけど、もう一人の遊戯が大変なんだろ? だったら、協力してくれるヤツは一人でも多い方がいいじゃねぇか」

 

 そうして剣呑とした雰囲気を漂わせるボバサだが、その様子に気付かぬ城之内は極めて一般的な反応で返した。

 

 城之内の発言はそうおかしなものではない。「味方は一人でも多い方が良い」真理だ。表の遊戯もまたそれを肯定する。

 

「そうだよ。ボバサは知らないかもしれないけど、神崎さんは『光のピラミッド』っていう千年アイテムの亜種を調べてた人なんだ。だから今回のことだって――」

 

「――あの者の言葉に耳を貸してはなりません」

 

 しかし、ボバサは静かに語気を強め、遊戯たちの提案を断ち切った。ボバサからすれば神崎は遊戯たちの「味方」にはなり得ないのだ。

 

「……どういうこと?」

 

「彼の者が発するは全てが虚構。全てが虚ろ。全てが(うつほ)――耳を傾けてはなりません。心が囚われかねぬゆえ」

 

 そんなボバサの思惑を察した表の遊戯に返るのは、些か以上に意味深な発言。

 

「ボバサは神崎さんのこと知ってたの?」

 

「シャーディー様はこの千年錠にて、彼の者の心を見定めようとなされました」

 

「あの時みたいに……それで、ボバサはどうして反対なの?」

 

 己が管理していると話した、「千年眼」、「千年秤」、「千年錠」を手に語る少々明瞭さに欠けるボバサの発言を一つ一つ紐解いていく表の遊戯だが――

 

「拒絶」

 

「拒絶……?」

 

「その心の内に踏み入ることが叶わなかった、とのことです」

 

 明かされる情報は千年錠の力を弾いたとのこと。

 

「しかし、その際に感じられた強固な意思の根源が拒絶の心――彼の者の内には世を、世界を、森羅万象その全てを拒む狂気だけが介在しておりました」

 

 その過去の一件を思い出してか、ボバサが千年錠を握る力が少し強まった。

 

「彼の者と言葉を交わせば、いずれその狂気に呑まれることでしょう」

 

「……拒絶……狂気……」

 

 だが、ボバサの語った内容に対し、表の遊戯はいまいちピンとこない。

 

 

 表の遊戯から見た神崎は「拒絶」とは無縁に見えた。対極といっても良い。

 

 朗らかな人柄、争いを好まず、誰とでも歩を合わせ、和を重んじる――そんな人間だと思っていたゆえにボバサの抱いた印象とは真逆に感じていた。

 

 だとしても、千年錠の力は闇遊戯を通じ、表の遊戯も己が身でしかと理解させられている。ボバサの言を嘘だと断ずることもまた難しい。

 

「……なぁ、これって俺らが聞いてて良い話なのか?」

 

「私に聞かれても……」

 

 そんな中、「人の心に踏み入った」との話に本田と杏子が小声で困った表情になるが――

 

「あー! もう面倒臭ぇな! まどろっこしい言い方しねぇで、もっと分かり易く言えよ!」

 

 頭を回すことに限界を感じた城之内が、肩を怒らせながら声を荒げ、ボバサを指さす声が一室に響き渡った。

 

「分かった。ボバサ、簡単に言う」

 

 そんな城之内の姿にキョトンとした表情になったボバサは、正した言葉使いも崩しつつ、極めてシンプルに返す。

 

「あの男、世界が嫌い」

 

「世界が……?」

 

「この世界なんて()()()()()()()()()――って思ってる」

 

 もの凄く分かり易くなった。だが、分かり易くなっただけにその異常性が浮き彫りになる。

 

「――やっっっっぱ!! 俺、お前のこと信じらんねぇ!」

 

 しかしそんなボバサの言を一刀両断するように城之内はがなり立てた。

 

「あの人は俺の妹を、静香を助けてくれた人なんだよ! 昔のどうしようもなかった頃の牛尾に手を差し伸べた人なんだよ! んな人が世界嫌ってる訳ねぇだろ!!」

 

 城之内にとって神崎は「(静香)の恩人」だった。「友人(牛尾)の恩人」だった。

 

 誰かの為に動ける人間が世界を嫌う筈がない――それが城之内の理屈。

 

「ならボバサ聞くけど――どうして助けた?」

 

「…………『どうして』ってそりゃ、怪我とか困ってる人いたら助けるもんだろ」

 

 だが、己の剣幕に一切怯まず淡々と問うボバサの姿に城之内もまた矛先を失うように素直に返答する。

 

「世界には怪我してる人、困ってる人、いっぱいいる――その中で、なんでお前の妹助けた? 友達助けた?」

 

「ボバサ、神崎さんは医療関係の研究もしている人で、えーと、お医者さんみたいな仕事もしている人なんだ」

 

「ならなんで『先に』助けた? 『先に助けて』ってお願いしたのか? お金いっぱい払ったのか?」

 

 そうして淡々と告げられるボバサの言に、表の遊戯が注釈も交えるが、続いた問いかけに一同に沈黙が奔った。

 

 

 城之内の家庭は恵まれているとは言えないが、地の底だと言う程でもない。負の側面が多くとも、それは常識的な範囲だ。

 

 そして過去の牛尾の恫喝も、悪ではあったが、物珍しさはない。

 

 

 ゆえに両者には飛び抜けて目を引くものなど何一つなかった。

 

 助力の手が伸びたのが、どちらか片方ならば「偶然だ」と片付けられただろう。だが、双方に手が伸び、どちらも「城之内に所縁のある人物」となれば、作為的なものを感じざるを得ない。

 

 

「…………そう言えばそうよね」

 

「ばっか、杏子! 色々あんだよ、なんか、ほら、なぁ本田!」

 

「いや、俺に聞くなよ」

 

 やがて暫しの沈黙に零れた杏子の声を城之内が否定するように言葉を探すが、出なかったのか本田に頼る。とはいえ、それは本田も分からない。

 

「ボバサ、神崎って人よく知らない。でもシャーディー様のことよく知ってる。そんなシャーディー様が『危うい人だ』って言ってた――ならボバサはシャーディー様信じたい」

 

 ボバサのスタンスはシンプルで常識的だ。「信頼できる人」だと「知っている」から相手の言葉を「信じる」――ただそれだけ。

 

「お前、神崎って人のなに知ってる?」

 

 だが、それは城之内たちには当てはまらない。

 

「そんなもん決まってんじゃねぇか! あれだよ、あれ! あれで……あれ? えーと…………ん?」

 

 なにせ、城之内は神崎のことを何も知らない。精々「KCで働いている」優し「そう」な人くらいだ。他は海馬が嫌悪している様子が窺えた程度か。

 

「気付いたか? お前、よく知らない人のこと『良い人』だって言ってる――『よく知らない』のに」

 

 やがて告げられたボバサの声に城之内は返す言葉を失う。無条件に「良い人だ」と語るには、神崎の存在は偶然では片付けられない程に「都合が良すぎた」。

 

 

 そうして一同に渦巻く疑惑、疑念、疑心。

 

 人の良い彼らは、神崎を擁護する言葉を探すが、上手く言語化できずにいる。

 

 一介の高校生である彼らに、そこまで手を貸す理由が、彼らには想像ができない。人は得体の知れない対象を、未知を恐れる。更に言語化してしまえば、その事実を認めてしまう気がしたゆえに沈黙は続く。

 

 

「分かったよ、ボバサ――この話は此処までにしよう」

 

 だが、そんな不穏な流れを感じ取った表の遊戯の言葉が彼らの意識を引き戻す。

 

 

 表の遊戯には神崎が自分たちに拘る理由に覚えがあった。それは過去に神崎が己自身を「デュエルキング(武藤 遊戯)の才能に目を付けた汚い大人」だと評したもの。

 

 なれば、城之内は決闘王(デュエルキング)の「親友」だ。手を貸す、いや、借りを作っておく理由に十分なりえる。遊戯の才能を早い段階から見抜いていたゆえの行動だと。

 

 

「ボバサは、墓守の一族は、この試練に無関係な人を巻き込みたくないんだよね」

 

「うん。この試練、とっても神聖なものだってシャーディー様言ってた」

 

 そしてボバサが頑なに神崎を、部外者を排除する理由も表の遊戯にはアテがついた。マリクたちの一件から、墓守の一族が非常に閉鎖的な性質を持っていることは周知。

 

「でも関係のあるボクたちなら、もう一人のボクを助ける手がある――そうでしょう?」

 

 更に、既に名もなきファラオ(もう一人の遊戯)を試練へと送り出したにも拘らず、自分たちの行動を縛るボバサの姿から、「自分たちは試練と無関係ではない」と導き出した表の遊戯の推理に、ボバサは口ごもる。

 

「…………あるけど、とってもとっても危ない」

 

 それはボバサにとって最後の最後に頼るべき手段だった。しかし、表の遊戯も此処で退くわけにはいかない。闇遊戯の危機に、友の危機にただ待っているだけなど出来よう筈もない。

 

「それでも、お願い、教えてよ、ボバサ! ボクはもう一人のボクの力になりたいんだ!」

 

「そうだぜ! ダチの危機に黙ったままでいられるかよ!」

 

「……分かった」

 

 やがて表の遊戯に続いた城之内の発破を受け、覚悟の決まった目を向ける一同にボバサはおずおずと千年錠を表の遊戯たちに向けて構えた。

 

「この千年錠の力で、お前たち、千年パズルの中にあるファラオの心の迷宮に送る……そこで真実の扉を見つければ、出来るかもしれない。でもこれ、何度も言うけどスッゴク危険。それでも――」

 

「よっしゃ、決まりだな! 頼むぜ、ボバサ!」

 

「うん、行こう! もう一人のボクを助けに!」

 

 かくして、波乱一歩手前だったやり取りを経て、表の遊戯たちは記憶の世界に旅立つべく、千年パズルの心の迷宮へとその精神を送る。

 

 彼らを待ち受けるのは、果たして――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 此処で究極の闇のゲームの舞台に戻り、日が暮れた頃、ファラオの即位を祝う催しに襲撃をかけたバクラと、彼のしもべたる人擬きの半身に白い大蛇の胴を持つ精霊獣(カー)ディアバウンド。

 

 その賊であるディアバウンドを神官たちが封印石に封じようとするが、その強大な力は封印石すら砕き、神官側が繰り出した凡百な魔物(カー)など軽く蹴散らしていく。

 

 ならば、と古代のデュエルディスクともいえる「ディアディアンク」を構え、ファラオを守るべく神官団の6人が大きな力を持つ己自身の魔物(カー)を繰り出し、古の決闘法「ディアハ」で迎え撃つが――

 

「ディアバウンド! 螺旋波動!!」

 

 ディアバウンドから放たれた螺旋の衝撃によって6体の魔物(カー)が弾き飛ばされ、余剰のダメージを受けた6人の神官たちが膝をついた。

 

「ハハハハハ! 所詮、テメェらのレベルじゃ俺様は倒せねぇよ!!」

 

「くっ……封印石を砕き、我ら神官団の魔物(カー)をこうも容易く……」

 

「それにそのディアディアンクと魔物(カー)、あの男、よもやアクナムカノン王の王墓を……!!」

 

 海馬に似た神官、「セト」とスキンヘッドの神官、「シャダ」の怒りの声にバクラは高笑う。

 

「ご名答――こいつ(先王のミイラ)のついでにチョイとな。ハハハハハッ!」

 

 そうしてバクラは先代の王――闇遊戯の父であるアクナムカノンのミイラが収められた棺に足を乗せながら、周囲に知らしめるように語り続けるが――

 

「さぁて、早速7つの千年アイテムを頂戴してクル・エルナ村の石板に収めさせて貰うとするか――俺様が冥界の神の力を得る為によぉ」

 

「冥界の神の……力?」

 

 神官団のおかっぱ頭の男、カリムの不審気な声にバクラは内心で舌を打った。

 

――チッ、反応が薄い。この程度の情報すら知らねぇってことは、8つ目の千年アイテムを生み出したのはこいつらじゃねぇのか? もう少し突ついてみるか。

 

「ククク、とぼけるんじゃねぇ。アクナムカノンが、千年アイテムを作らせ邪悪な力を狙ってたことは俺様もとっくに把握済みよ」

 

「俺の父……が?」

 

 8つ目――というよりは亜種の千年アイテム「光のピラミッド」の情報を探ろうとするバクラが相手の反応を見つつ情報を開示していくが、疑問の声を漏らす闇遊戯を含め、望んだ反応は得られない。

 

 だが、此処で神官団の壮年の男、アクナディンがバクラへ向けて怒りの声を上げた。

 

「貴様! 神聖なるアクナムカノン王の王墓を荒らし、ファラオの守護者すら盗み出すとは!」

 

――クル・エルナ村だと? コヤツ、何故あの村のことを知っている? あの村を知る者は全て死に絶えている筈!

 

 しかし、その胸中には闇に葬り去った筈の情報を知る者の出現に動揺が広がっている。先代にて片付けた筈のこの国の負の面が、手足を生やして口語っているのだ。気が気ではなかろう。

 

「神聖ねぇ? テメェら神官の癖に何も知らねぇ――」

 

「黙れ、黙れ! 世迷言を!! 皆の者! あのようなデタラメに耳を貸すでない! 今一度、六神官の力を合わせ邪悪を祓う時!」

 

 だが、此処で秘すべき情報を表に出させる訳にはいかないアクナディンは、バクラの語りを遮るように声を荒げ、武力で黙らせようとするが――

 

「なら、また地べたに這わせてやるよ! こいつみたいになぁ!」

 

「バクラ! その汚い足をどけろ!!」

 

 かかってこい、とばかりに今一度先代の王のミイラの入った棺を足蹴にしたバクラへ闇遊戯の怒声が届いた。

 

「ファラオ、危険です! おさがりください!!」

 

「バクラ! 何が究極の闇のゲームだ! 無益な略奪……殺戮……そして死者までも足蹴にするとは――貴様のやっていることには反吐が出るぜ!!」

 

 ファラオという替えの効かない立場など知らぬとばかりに先頭に立ち叫ぶ闇遊戯を海馬似の神官セトが咎めるが、闇遊戯は止まらない。

 

 彼の中の正義の心が、今のバクラを放って置ける筈もなかった。

 

「ケッ、ソイツは悪かったな。たとえ覚えちゃいねぇ亡骸でもちったぁ未練があるらしい――ほらよ、返してやるぜ!」

 

 そんな正義感を鼻で嗤ったバクラの蹴りによって先代の棺はファラオの足元に無惨に転がるが、その棺に誰よりも早くかけよった双六似の老人、シモンは身を切るような声で叫ぶ。

 

「アクナムカノン王! このようなお姿で…………ファラオよ! どうか信じて下さい! 先代ファラオは! 貴方様の父上は! この国と民の平和の為に一生を捧げた偉大な王であったと!!」

 

「俺の……父が……」

 

 先代の若かりし頃からファラオに仕えていたシモンは闇遊戯の父、アクナムカノンの心が慈愛に満ちていたことを誰よりも知っている。ゆえにバクラの語った悪辣とした面など何かの間違いだと。

 

 そうした記憶にない父が、慕われていた事実を目の当たりにした闇遊戯に対し――

 

『正義は神の名と共にある』

 

 死んだ筈の父の声が届いた。だが、それは空耳だったと思わせる程に一瞬で、夢現か曖昧な程にか細い一言。

 

「やる気になったみてぇだな――なら、さっさとこの究極の闇のゲームを終わらせるとするぜ! 決着といこうじゃねぇか、遊戯!!」

 

 そんな闇遊戯を余所に、ディアバウンドを指さし、意気揚々と宣戦布告するバクラに闇遊戯は首元の千年パズルを握る。今の闇遊戯には何処か確信があった。

 

「そう簡単にいくかな!?」

 

「へっ、寝言は寝てほざきな!」

 

「バクラ――貴様は大事なことを忘れてるぜ! 我が最強のしもべ、三幻神の存在を!!」

 

 父が遺したこの力が、バクラの語るようなものでは決してないのだという確信が。

 

「三幻神ですと!? もしやファラオの神殿に祀られし、選ばれたファラオだけが本当の名を知るという……まさか!」

 

「今ここに神の名と共に召喚する! 我が最強のしもべ、三幻神! その一つの名は――」

 

――父よ、俺は貴方の言葉を信じる!

 

 シモンの驚愕に見開かれた瞳を余所に、闇遊戯が空に手をかざせば、青き光が立ち昇り――

 

「――オベリスク!!」

 

 青き巨人――否、巨神がその剛腕を構え、悪を砕くべくその威容を轟かせた。

 

「オベリスクだと!?」

 

「神の前にひれ伏せ、バクラ!! ゴッドハンドクラッシャァアアアア!!」

 

 早すぎる神の出現に一歩後退るバクラを逃がさないとばかりに闇遊戯の声を受け、オベリスクの巨神兵の拳が振るわれた。

 

 そうして迫る一撃を前にバクラは想定外だと内心で舌を打つが――

 

――チィッ、まさか、こんなに早く神を担ぎ出してくるとは……ブルーアイズを仕留め損なったのが、いきなり響いたぜ……だが!!

 

「――螺旋波動!!」

 

 すぐさま迎撃するように突き出されたディアバウンドの両掌から螺旋に高速回転する衝撃波が放たれた。

 

 やがて神の拳と、螺旋の衝撃波がぶつかり合う――ことはなく、交錯し、オベリスクの巨神兵の拳はディアバウンドに深々と突き刺さる。

 

「ぐぅううぅッ!?」

 

 その一撃の衝撃によって壁に叩きつけられたディアバウンドのダメージが主であるバクラにも伝わり、地面を転がる。しかし神の一撃をまともに受けてなお、その身は健在。

 

 だとしても、受けたダメージは甚大だと闇遊戯は終局を確信する。

 

「バクラ、これで終わ――」

 

「――危ない、ファラオ!!」

 

 だが、ディアバウンドの放った螺旋波動が王宮の柱を根元から砕き、巨大な柱が闇遊戯を押し潰さんと倒れた。

 

 

 闇遊戯を庇うべく飛び出していた神官団の黒い長髪の男、「マハード」の動きも僅かに間に合わず、年若き王は王宮の柱の下敷きとなる。

 

 寸前で一陣のそよ風が吹いた。

 

 

 

 

 

「グッ……ククク……ハハハハハッ!!」

 

 そうして巨大な柱と瓦礫の山の前で絶望の表情を漂わせる神官団たちに、バクラは神の一撃によるダメージに苦しみつつもゲラゲラと高笑いを上げる。

 

 デュエルの起源となったとされる古の決闘法「ディアハ」――だが、その本質は訓練時を除けば、デュエルのようにターン制限やフェイズ確認もなく、ターンを交わすことすらない、「魔物(カー)を用いた問答無用の殺し合い」でしかない。

 

 三千年前の歴史の時よりも早くに現れた三幻神だが、過去の記憶が完全に戻っておらず、ディアハに慣れていない今の闇遊戯なら不意を衝いてしまえばこのザマだ。

 

 どれ程までに強力な魔物(カー)を、神を従えようとも、術者である者は所詮少し小突けば死ぬか弱い人間でしかない。

 

「おのれ、姑息な手を!!」

 

「何とでも言いな! 馬鹿正直に真正面から相手してやる必要なんざ何処にもねぇんだよ! ヒャハハハハッ!」

 

 長髪の青年神官マハードの侮蔑を孕んだ怒りもバクラからすれば褒め言葉に過ぎず、嗤って見せる。

 

――とはいえ、神の一撃でのダメージは思った以上にデカい……早いとこコイツらを片付けねぇとな。

 

「これでファラオは瓦礫の下敷きでお陀仏だ。後はテメェらとファラオの死体から千年アイテムを頂きゃ、俺様の一人勝ちよ」

 

 バクラの受けたダメージはかなりのものだが、闇遊戯を殺れたのなら、安い物。担い手を失った神など、もはや案山子同然だ。

 

 

 

「……まだ……だ」

 

 だが、瓦礫の中から届いた声に神官たちも慌てて瓦礫の幾つかを除けていけば――

 

「ファラオ、ご無事で!!」

 

「ああ、瓦礫が互いに重なりあって上手く空洞が出来た……グッ」

 

 傷つきながらもマハードの声にしっかりと応えて見せる闇遊戯の姿。

 

「それは……何という」

 

「きっと、歴代の王家のご意思がファラオを守護したのでしょう」

 

 その姿に感涙するシモンとイシズ似の神官「アイシス」がファラオの無事を喜ぶが、ファラオの受けたダメージはかなりのものだ。打撲に裂傷――と細かな負傷を含めれば、長期戦は厳しいだろう。

 

「ケッ、悪運の強い野郎だ――が、無傷って訳にはいかなかったようだな。痛み分けってところか」

 

 だが、それはオベリスクの巨神兵の一撃をディアバウンド越しに受けたバクラも同じ。

 

 負傷した身で未だ健在であるオベリスクの巨神兵に加え、六神官を相手取るにはバクラとしても些か分が悪いこともまた事実。

 

「なら王様よぉ、此処は次のターンまで勝負は預けるぜ! フフフフ……あばよ!!」

 

「待て、バクラ! ぐっ……!」

 

 ゆえに呼んだ馬にまたがり、仕切り直しと王宮から走り去るバクラを闇遊戯は止めようとするが、痛んだ傷に膝をつく。

 

「ヤツを逃がすでない!」

 

「追え!!」

 

 やがて壮年の神官アクナディンとスキンヘッドの神官シャダの指示の元、兵士たちがバクラの追跡を始める中、ファラオの治療にあたるイシズ似の神官アイシスを余所に神官マハードは柱が倒れた際に吹いた風の出処へと僅かに視線を向けるが、直ぐに視線を戻し、騒動の収束を図るべく動き出す。

 

 

 

 そんな慌ただしさを増す王宮を、鳥を思わせる深緑の鎧を纏う影が遠方より眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かくして己を追う衛兵たちから苦も無く逃げ切って見せたバクラは一先ずの休息地を目指して馬を時折休めながら進んでいく。

 

「七つの千年アイテム……一気に頂くのはちと、無理だったか……今は傷を癒すことが……先決だ。ククク……要は最後に七つ揃えりゃ……良い」

 

 ディアバウンド越しに受けた『オベリスクの巨神兵』の一撃のダメージは無視できないものだったが、布石は打てた。後は上手く手回ししてやれば、神官団は内部から崩れ落ちる確証がバクラにはある。

 

 そして馬を一旦休ませるべく馬上から降りたバクラは、己が脳裏に今後の予定を浮かべていく。

 

「まずは千年リングから……頂こうじゃ――」

 

 だが馬から降りた瞬間に奔ったふくらはぎへの衝撃に、その左膝が崩れ落ちた。

 

「――ぁ?」

 

 右足でバランスを取り、何とか倒れずには済んだバクラだが、だらんと横たわる左のふくらはぎに空いた小さな穴から流れ続ける鮮血に、己の現状を悟った――瞬間に、右肩に衝撃が奔る。

 

「グッ!?」

 

――狙撃ッ!?

 

 その衝撃により今度はバランスを保てず地面を転がったバクラの胸中の声が示すように、現在、何者かから攻撃を受けていることは明白。

 

 初撃は取られた。闇遊戯との一戦の際の神の一撃によるダメージも抜けておらず、逃亡時の疲弊も少なからず蓄積しており、移動の為の足である馬も今しがた逃げだした後。

 

「ディアバウンドッ!!」

 

 だが、そんな不利など感じさせぬようなバクラの声が月夜の砂漠に響いた。

 

 

 

 (バクラ)も知り得ぬイレギュラー(神崎)との攻防が今、始まる。

 

 






バクラ「近代兵器止めろ」




Q:ボバサが神崎を滅茶苦茶ディスってる……

A:ワールドグランプリ編で神崎との会合時に実はシャーディーが千年錠で心を覗こうとしていたゆえです。

その際、千年錠の力の大半が弾かれ、僅かに垣間見れた部分が思った以上にアレな中身だった為、「ファラオに近づけるべきではない」とシャーディーは判断し、ボバサもそれに倣っております。

人質爆弾を躊躇しない人間性を持つ相手をディスらずに誰をディスるというのか。




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第184話 ファンタジー舐めんな


前回のあらすじ
究極の闇のゲーム「なんか異物が混じった気がするけど……名もなきファラオは参加できたから――ヨシ!」





 

 

 銃弾が飛んできた方向へディアバウンドを盾として配置しながら、バクラは撃たれた右肩を押さえつつ近場の岩陰に無事な右足で跳びつつ身を隠す。

 

「チッ、見晴らしは悪くねぇってのに、狙撃手の影も形も見当たらねぇ……」

 

 銃弾を生身で弾くディアバウンドを余所に撃たれた左ふくらはぎを布で乱暴に縛りながら強引に止血したバクラは腕の金属のバングルを鏡面に見立てながら様子を窺った。

 

 出来れば肉にめり込んだ銃弾も抜いておきたかったが、相手がその時間を許すとは思えない。

 

――右肩が痛むが腕はなんとか動く、左足の方は……ディアバウンドに俺様自身を運ばせりゃ良いとして……

 

「ディアバウンド! 撃ってきた方向に螺旋波動を撃ちまくれ!!」

 

 そうして状況を手早く把握したバクラは銃弾が飛んできた方向へとディアバウンドに螺旋波動を放たせた。

 

 砂の大地を抉るように螺旋の衝撃波がうねり、破壊の軌跡を描いていくばかりか、留まることなく連発される連撃が周囲の地形に破壊の傷跡を生み出していく。

 

 それらの攻撃は狙いをつけて放たれている訳ではないが、狙撃手に当らずとも、神官の魔物(カー)すら蹴散らす一撃は牽制以上の意味を与える。

 

 こうも猛攻が続けば人という小さい的に狙いをつけている暇などないだろう。

 

 

 

 そう考えていたバクラが潜む岩陰の頭上、遥か上空から巨大な槍が、バクラが身を隠す岩場に着弾したと同時に火炎が爆ぜた。

 

「―――グッ!? クソッ、狙撃は囮かよッ!!」

 

 大槍が地面に刺さった段階で身を翻していたバクラは爆発に直撃することこそなかったが、躱しきれずに焼け爛れた左足を押さえながら毒づく。

 

 これでは自力での歩行はかなりの期間、絶望的だ。今後の予定が大きく狂う。そうして左足に奔る激痛に耐えるバクラの正面から飛来した銃弾が、己の右わき腹をかすめた。

 

――なっ!?

 

 砂漠広がる見晴らしのいい場所で、真正面から飛来した銃弾を放った狙撃手の姿は、遮蔽物がないにも拘らず一切窺えない。

 

 まるで無から飛び出してきた有様の銃弾に己の判断が過ちだったと判断したバクラは声を荒げる。

 

「ディアバウンド! 俺様を抱えて走れ!!」

 

 その声に従い、バクラを覆う様に抱え、砂漠を走りだしたディアバウンド。その間も断続的に狙撃が続くが、全てディアバウンドの表皮に弾かれる。

 

 そうして即興の安全地帯を作ったバクラが移動し続けているにも拘らず、全方位から放たれる狙撃の檻に対して、此処までの攻防における違和感の正体を感じ取った。

 

――囲まれてやがるのか……いや、この魔力(ヘカ)は……!

 

「上だ、ディアバウンド! 螺旋波動!!」

 

 魔物(カー)を、精霊獣(カー)を操るものとして魔力(ヘカ)の流れを感じ取ったバクラの指示により、ディアバウンドは上空を薙ぐように螺旋波動を打ち放った。

 

 

 周囲を捻じ切りながら空間を薙ぐディアバウンドの一撃により空気の流れが歪んだことで、《光学迷彩アーマー》のステルスが一時的に弱まり、空に隠れた影の正体が姿を現す。

 

 

 それは真っ黒な影で生み出されたコウモリ――《ヴァンパイアの使い魔》が、螺旋波動を《ミスト・ボディ》によって身体を煙に変えながら躱し、細い尾の先に小さな《異次元トンネル-ミラーゲート-》の欠片をぶら下げていた。

 

「ハッ、成程な。こいつで…………ッ!?」

 

 相手の狙撃のカラクリを看破したバクラだが、闇夜を覆う程に広がるおびただしい数の《ヴァンパイアの使い魔》の群れに言葉を失う。

 

 そう、《ヴァンパイアの使い魔》は群体としてのモンスター。一面の夜空の全てが相手の眼であり、相手の牙であり、相手の罠である現実。

 

 やがて歪んだ空気の流れが戻って行くにつれ《光学迷彩アーマー》のステルスが力を戻し、その姿を闇に潜めてゆく空一面の《ヴァンパイアの使い魔》たちが「キキキ」と嘲笑うが如き耳障りな音を木霊させる中――

 

 

 夜空を舞う《ヴァンパイアの使い魔》の尾に括りつけた《異次元トンネル-ミラーゲート-》のそれぞれの欠片から(退魔)の弾丸が、雨の如く降り注いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうしてバクラに向けて放たれた銃弾の雨がディアバウンドの表皮によって防がれている光景を、突貫で作った何処かの地下深くに潜む一団が眺めていた。

 

「気付かれたか――が、此方の全容が把握された訳ではなさそうだ」

 

 そこで横たわる《マテリアルドラゴン》の隣に立つ神崎は《夜霧のスナイパー》を各々構えるオレイカルコスソルジャーたちの背後で《封神鏡》に映し出されたバクラの姿を眺めつつ、ひとりごちる。

 

 そんな中、オレイカルコスソルジャーたちが《夜霧のスナイパー》のライフルの引き金を引くが、その銃口の先はバクラではなく、様々な角度からバクラを映した《異次元トンネル-ミラーゲート-》に向けられていた。

 

 

 やがて《異次元トンネル-ミラーゲート-》の幾枚かを通し、通常ならばあり得ない軌道を描いた銃弾がバクラに迫るが、やはりディアバウンドの剛腕により容易く弾かれる。

 

 今現在、バクラに襲いかかっている銃弾や大槍、爆薬の類は全て《異次元トンネル-ミラーゲート-》を入り口とし、出口に当る鏡面を管理する《ヴァンパイアの使い魔》によって送り届けられている。

 

 簡単に言えば、放たれた弾丸を空間転移して相手に届ける「テレポートショット」とでも言うべき代物だ。

 

 バクラの周囲には倒されても影響の少ない《ヴァンパイアの使い魔》の群れしか飛んでいない。

 

 とはいえ装備魔法《光学迷彩アーマー》により、ステルス状態が維持され、更に装備魔法《ミスト・ボディ》によって身体を煙のように変化させ、攻撃と言う攻撃を回避してくるので、一匹一匹倒す労力は計り知れないが。

 

「IAZNEK UOYSIAT」

 

「AKUSAMIKIH?」

 

 そうして現状に対して狙撃手が報告をいれ、他のオレイカルコスソルジャーの1体が《城壁壊しの大槍》に《鎖付き爆弾》を取り付け終えたものを《弩弓部隊》の巨大なバリスタにセットする手を止めつつ神崎に何やら忠言した。

 

「このまま続けてください。距離さえ保てば、今の彼はそう脅威じゃない」

 

「IAKUOYR!」

 

 オレイカルコスソルジャーの意味不明言語を棄却し、攻撃続行を指示する神崎だが、「脅威ではない」との言葉程に楽観視できる状況ではないこともまた事実。

 

――とはいえ、警戒すべき『ディアバウンド』、『逆刻の砂時計』、『定刻の砂時計』の3つは未だ健在だが……

 

 

 バクラの精霊獣(カー)――ディアバウンド。

 

 元々の戦闘能力が、神官たちの魔物(カー)を上回る程に強大であり、更には殺した魔物(カー)の能力を奪う力を持つ、まさに文字通り際限なく強くなっていく厄介なモンスター。

 

 加えて、まだバクラ自身が把握していない力に、この究極の闇のゲームの内の時間を巻き戻す、逆刻の砂時計。己が許可したもの以外を停止させる定刻の砂時計――限定的にとはいえ「時」を操る神の如き力。

 

 この3つのワイルドカードをバクラは有しているのだ。

 

 

 現状、銃弾の類はバクラしか負傷させておらず、ディアバウンドには傷一つ付けられてはいないことからも、その強力さが窺えるというもの。下手にモンスターをけしかけるなど相手に塩を送る行為に他ならない。

 

「AHIESUUYS ON NESUKAS?」

 

「このままで問題ありませんよ。彼の精霊獣(カー)、ディアバウンドは確かに並の魔物(カー)の追随を許さぬ程に強力な力を持ちますが、攻撃手段が近・中距離しかない今なら、距離さえ保てば嬲れます」

 

 やがて届いたオレイカルコスソルジャーの要請を神崎は断ちつつ、現状維持に努める。

 

 そう、バクラの持ち札の脅威は未だ健在。ゆえに絶対に近づかない。バクラのディアバウンドは確かに強大だが、究極の闇のゲームの開始時は中近距離射程の「螺旋波動」以外の攻撃手段を持たないのだ。

 

 原作であれば海馬とデュエルし、《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》を《ディアバウンド・カーネル》で破壊することで「滅びのバースト・ストリーム」も習得させていたが、今回は海馬とのデュエルがおじゃんになった為、心配無用である。

 

 海馬がKCに留まるスケジュールを急な要件をぶっこみ外した甲斐があるというもの。

 

 

――この交戦で最低でもどちらかの砂時計は使わせておきたい。

 

「此方の魔力(ヘカ)の供給ラインも問題ないようですし、息切れは相手の方が早いでしょう」

 

 ゆえに神崎は相手が攻撃不可能な距離から、バクラに致命傷を与えない程度に負傷させ続けていく。思わず「時が戻れば」と願わずにはいられない程に。

 

「捕捉は視覚・熱源・魔力(ヘカ)感知と足に打ち込んだマーカーで徹底。余計なことを考えさせない為にも、攻撃は途切れさせないように」

 

「IAKUOYR!」

 

 形成された監視網からバクラが抜け出す方法は一つを除き、まず不可能だ。

 

 空間転移による攻撃の仕掛けがバレたとしても、《ヴァンパイアの使い魔》たちが持ち運べる程度の《異次元トンネル-ミラーゲート-》の欠片ではディアバウンドはおろかバクラすら通れず、螺旋波動による攻撃も中継点で散らせば、神崎の元までは届かない。

 

 

 そうして《封神鏡》に映る破壊を振りまくディアバウンドの姿を眺める神崎だったが、その頭の中にゼーマンの声が響いた。

 

『神崎殿、対象の人物との接触に成功しました』

 

「そうですか。では其方は次のステップに進めてください。此方はもう少しかかりそうです」

 

『御意に』

 

 そうして言葉短いやり取りを終えた神崎が、《封神鏡》を見やればバクラが新たな動きを見せていた。

 

 

 

 

 

 

――チッ、転移系の魔術で弾丸を飛ばしてやがんのか……! 

 

「ディアバウンド!!」

 

 バクラの声に対し、降り注ぐ銃弾の雨に身体を盾にしながら、地を這うように飛行していたディアバウンドは砂地へ螺旋波動を拡散させながら放ち、奔った衝撃が周囲に巨大な砂煙を起こした。

 

 そうして砂煙に紛れて相手の視界を塞ぎ、目に見えて落ちた狙撃の精度によって、一時、銃弾の雨から逃れたバクラは姿の見えぬ敵へと頭を回す。

 

――取り敢えず、この砂煙で狙撃の精度は落とせる。そしてこれだけ俺様狙いを徹底するってことは、相手にディアバウンドを真正面から倒す力がねぇ証拠。

 

 相手が「狙撃」という「距離を取る」手段を取ったということは、「近づかれたくない」ことの証明に他ならない。

 

 更に銃弾の類はディアバウンドを一切傷つけておらず、相手の火力不足は明白。

 

――だが、転移の魔術の連発に、雑魚とは言えあれだけの数の魔物(カー)、銃弾だってタダじゃねぇ。息切れは相手の方が早い筈だ。しかし「銃弾」か……招かれざる客がいるらしいな。

 

 そして攻略の糸口を見つけたバクラが、三千年前のエジプト時代に「銃弾で狙撃される」事実から、敵の姿を見定める前に、ズシャッと周囲の砂漠に何やら落下した音が響いた。

 

 その音の正体を探るべくバクラが足元を眺めるが――

 

「あ?」

 

 それより先に砂漠一面に転がった無数の手榴弾――《パイナップル爆弾(ボム)》が同時にカチリと音を立て、全ての爆発が一体となって炸裂した。

 

 

 

 ディアバウンドが起こした砂煙の内側が爆心地となって、周囲に熱波を引き起こす。

 

 

 砂煙による目くらましは悪手だった。なにせ「自分は砂煙の中に潜んでいます」と宣伝しているようなものだ。

 

 なれば「砂煙全域を吹き飛ばしちゃおうぜ!」となるのは自明の理。

 

「クソッ!? なんでもありかよ!!」

 

 しかし、バクラは健在だった。

 

 咄嗟にディアバウンドを甲羅のように己に覆わせることで熱波や鉄片を防いでいた。だが、衝撃までは完全に防げない。

 

――拙い、今ので右肩の出血が酷くなりやがったッ! 意識が朦朧とする……足の方もこれ以上、無茶すりゃ今後動かなくなるかもしれねぇ……クッ、仕方がねぇな。

 

「ディアバウンド!」

 

 右肩からドクドクと流れ出す血に、撤退を判断するバクラ。

 

 

 ゆえに再度ディアバウンドに足元へと螺旋波動を放たせて砂煙を引き起こし、焼き増しのように敵方から再び投下された大量の《パイナップル爆弾(ボム)》が砂煙を消し飛ばすが、今度はバクラの姿は見えない。

 

 

 それもその筈、彼らがいるのは砂地を潜った地下。

 

 空からの狙撃は砂とディアバウンドの身体に阻まれ、バクラには届かない。

 

――あまり深くは潜れねぇが、このまま地中を進んで狙撃から逃れつつ撤退……水? まさかッ!!

 

 しかし、相手がそのまますんなり逃がしてくれる筈もなかった。

 

 ディアバウンドが掘った穴から地中の砂ごとバクラを溺死させるべく《激流葬》によって大量の海水が濁流となって襲い掛かる。

 

 逃げ場は他ならぬ己が塞いでしまった。

 

「ディアバウンド! 螺旋波動!!」

 

 ならばと即興の出口を砂と海水を蹴散らしながら螺旋波動で作り出し、地上へと強引に脱出するバクラだが、視界に広がったのは赤い世界。

 

 

 夜空を舞う《ヴァンパイアの使い魔》の群れから雨霰と飛来する《火竜の火炎弾》が、《火炎地獄》が、《火の粉》が、砂漠を焼き尽くし、この地を地獄とでも言うべき光景へと変貌させている。

 

「なんだ……こ、グッ!?」

 

 まさに火の海。息を吸うだけでも肺の焼ける感覚がバクラを襲う。

 

 

――このまま蒸し焼きにする気か!?

 

 バクラが少しばかり地中を移動していた合間の出来事。地中の移動で足が鈍ったことで用意できた即興の灼熱地獄。

 

 視界が及ぶ範囲は火の波が立ち昇り、人間の体力ではそう保たない。

 

 熱気に脳がオーバーヒートし、立ち眩むバクラを狙う狙撃。しかし主の危機にその銃弾はディアバウンドによって弾かれる。だが、それだけだ。

 

 追い詰められた現状にバクラは熱気で焼きつく脳を働かせるが、逆転の秘策は浮かばない。

 

 

 狙撃を無視して強引に突破しようにも、立ち昇る熱気はディアバウンドに抱えられようとも防げない。

 

 この熱気の中、自身がどのくらい意識を保っていられるか、分からない。

 

 そして厄介な火の海が何処まで続いているかも分からない。

 

 

――拙い、このままじゃ……どうする? この火の海から逃げるか? いや、狙撃を掻い潜りながら進めるのか? 拙い、拙い、拙い、拙い、拙いッ!!

 

 そして、なにより相手の底が分からない。

 

 相手が後どれだけ手を残しているのか分からないのが一番の問題だった。

 

 言ってしまえば、バクラの残りの全ての力を振り絞り、火の海から逃げ切れたとしても、相手に迎撃の余力があれば、その時点でバクラは詰む。

 

 ゆえにバクラは己に残った力で「捕捉すら出来ない相手」に最低でも撤退を決断させなければならない――どうしろと言うのだ。

 

 

 

 だが、そのとき不思議なことが起こった。

 

 

 立ち昇る炎が巻き戻るように消えていき、地上に出ていた筈の己が地中に戻り、そして爆撃される前の砂煙の只中に戻り、そしてそしてな具合に、時が逆再生を始めていく。

 

「……? 何……だ? 一体、何が起こってやがる……!?」

 

 

 

 彼は知らぬ間に鬼札を切ってしまった。

 

 

 

「どうなって……」

 

 やがて呆けた声を漏らすバクラは馬を休ませるべく馬上から、降りようとするが脳裏を過った直感に従い、身を捻って飛んだ――と同時に左足が着く筈だった砂地に銃弾がめり込む。

 

「――ディアバウンドッ!!」

 

――俺様の足を狙った狙撃ッ! なら次は――

 

 そうして現状を正確に把握したバクラは時が戻ったアドバンテージを十二分に生かし、右肩への狙撃もディアバウンドに弾かせた。

 

――やっぱりな、時間が戻ってやがる……理由は分からねぇが、この場から一気に離脱する方が先決だ!

 

 やがてディアバウンドに己を守るように抱えさせたバクラは近場の適当な村へ向かうべく己が精霊獣(カー)に宙を奔らせる。

 

 

 相手がバクラと闇遊戯がディアハしたタイミングでもなく、王宮からの追手がいたタイミングでもなく、周囲に誰もいなくなった段階で仕掛けてきたのは、バクラが散々煮え湯を飲まされた無差別範囲攻撃の為であることは明白。

 

 それは同時に相手は「民衆ごと攻撃することは出来ない」ことの証明にもなる。

 

 

 ゆえに空からの銃弾の雨にも足を止めず、近場の村へとディアバウンドに宙を奔らせるバクラだが、その行く手を遮るように砂地からせり上がった巨大な茨の壁――《棘の壁(ソーン・ウォール)》が、閉じ込めるように周囲に現れる。

 

――チッ、向こう側も時間が巻き戻ったことに気付きやがったか。だが、こんな壁がディアバウンドの障害になると思うなよ!!

 

「一点突破で砕け、ディアバウンド!!」

 

 だが、ディアバウンドの膂力の前には「一撃」で砕け散る程度のものでしかない。

 

 そうして《棘の壁(ソーン・ウォール)》を殴り砕いたディアバウンドと、バクラ。だが、その一瞬ばかり鈍った移動速度に狙いを定めるように夜空がチカリと光を放ったかと思えば――

 

 

 

 

 

 

 空から降り注いだ極光が主従を呑み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 《封神鏡》をモニター代わりに衛星軌道上の《サテライト・キャノン》から落とされた科学的な破壊の光から、バクラに覆いかぶさることで主を一身に守るように極光を受け止めるディアバウンドを眺める神崎はオレイカルコスソルジャーに指示を出す。

 

「1体目の《サテライト・キャノン》の掃射が終わる前に、2体目の《サテライト・キャノン》を発射するように。3体目も同様でお願いします。掃射を終えた先から再充填も忘れないように」

 

 バクラの奥の手の一つ『逆刻の砂時計』の使用を確認した神崎は、当初の想定よりも魔力(ヘカ)のプールが確保できた為、予定を繰り上げて、もう一つの目的に乗り出した。

 

「此処で『停刻の砂時計』も使い切らせましょう」

 

「AYSSAH AYS2IAD!」

 

「ISIAK NETUUJIAS NAH1IAD!」

 

「ESAWA NUJUOYS YAS3IAD!!」

 

そうして1体目の《サテライト・キャノン》の極光を受け止めるディアバウンドの余波から少しずつ体力を奪われ続けているバクラに、2体目の《サテライト・キャノン》から極光が放たれた。

 

そして2発目の着弾が確認された段階で、1体目の《サテライト・キャノン》は再チャージを始めていく。ついでに3体目の《サテライト・キャノン》がバクラに狙いを定めている。

 

「そのまま継続して掃射を続行――相手の(バー)魔力(ヘカ)はどうですか? 此処で死なれると困ります」

 

「USAMIROETTIK OW IRAW3」

 

「3割ですか……なら続けてください」

 

「AYSSAH AYS3IAD!」

 

「ISIAK NETUUJIAS 2IAD!」

 

「UOYRNAK NETUUJIAS 1IAD!」

 

 やがてオレイカルコスソルジャーからの報告を受けつつ、バクラを殺さないように3体の《サテライト・キャノン》で代わる代わる撃ちまくらせる神崎。

 

「IESUOY UUYKOH ON AKEH!」

 

魔力(ヘカ)の補給ですね。了解しました――魔力(ヘカ)の補給ラインは問題ないようなので、足りない場合は遠慮せず言ってください」

 

――しかし、これだけの攻撃を受けて殆ど傷を負わないディアバウンド凄いな……

 

 ときおり、オレイカルコスソルジャーと握手しながら魔力(ヘカ)を託す中、ディアバウンドの頑強さに舌を巻きつつ、眺めている内に――

 

 

 世界の時が暫しの間、停止した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 此処で時間は少しばかり進み――

 

 停刻の砂時計によって己以外の時間が停止したことで、《サテライト・キャノン》三人衆の連撃から逃れることに成功したバクラは何処かのオアシスで疲労困憊の身体を休めていた。

 

「クソが……俺様たち以外の招かれざる客ってヤツがいるみてぇだな」

 

 夜通し移動した為、今は太陽が昇っている時間帯だが、一眠りするように木陰に寝そべったバクラは舌を打つ。だが、その内は何処までも冷静だった。

 

「巻き戻った時間に、止まった時間……相手の狙いは『それ』を起こさせること――そう考えて問題ねぇ筈だ」

 

 先の攻防での相手の狙いも既に看破している。

 

 そして逆刻の砂時計によって時が巻き戻ったことで、足と肩の負傷は帳消しになった為、多少のダメージを除けば、ほぼ無傷と言って良い。

 

 だが、失ったものはあまりに多すぎた。

 

「どうやら俺様は知らぬ間に下手を打たされちまったようだな……こいつは早いとこ究極の闇のゲームの全容を把握しないと厄介そうだ」

 

 だとしても、バクラはただでは転ばない。お陰で究極の闇のゲームの(キー)も、おぼろげながら掴めてきた。

 

「しかし、あの狙撃者は深追いもせず、未だに追撃もしてこねぇ……用心深いのか、それとも俺様を舐めてやがるのか、もしくは俺様に何かをさせてぇのか」

 

 とはいえ、バクラにも解せない部分は残る。それは「相手の対応が中途半端過ぎる」一点。

 

 殺す気ならば、ファラオとの共闘も含め、幾らでも手があったことは明白。

 

「なんにせよ、あの時に俺様を仕留めておかなかったことを後悔させてやるぜ、ククク……」

 

 しかし今のバクラには「相手は今の段階では己を殺せない」情報だけで十分だった。そこから相手の狙いを紐解けば、十二分に活用は可能だ。

 

 誇りなどとは無縁のバクラには相手の戦力すらも利用する強かさがある。

 

「まずは戦力強化だ。適当な村でも襲って、ディアバウンドに人間共の邪念を取り込ませて貰うぜ」

 

――そうすりゃ、目当ての多くの邪念を宿す千年リングの所持者も釣れるだろうよ。

 

 そうして次なる目標を定めたバクラだが、そのまえに今は疲弊した己の身体を休めるべく、木陰にて暫しの休眠を取り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 此処でまたまた時間はそこそこ進み、バクラが手頃な村々を襲撃し終えた情報が王宮に伝わり始めた頃――

 

 黒い長髪の神官の男、マハードと、その部下たちは、バクラによって暴かれた先代のファラオ、アクナムカノンの王墓に結界を張るべく、王家の谷を目指していた。

 

 そんなマハードの脳裏に浮かぶのは同僚である二人の神官の姿。

 

『もし、バクラが現れてもお前一人で立ち向かおうとするな――お前如きがかなう相手ではない』

 

 海馬似の神官セトの忠告はマハードも理解している。

 

 だが、バクラによって村々が襲われ、民が傷ついている現実に、正義感の強いマハードは黙ってなどいられなかった。

 

『それでも……最後に勝利するのは貴方です』

 

 マハードが王宮を発つ前に告げられたイシズ似の女神官アイシスの言葉が過る。

 

 己の行動を「未来を予知する」千年タウクで見通した彼女の「決心は変わらないのか」との言葉を振り切ってマハードは此処にいる。

 

 アイシスが他の神官に忠言していれば、マハードの行動を止めることが出来たことは明白だが、彼女はマハードの勝利を信じ、沈黙を選んだ。

 

 

 

「王家の谷は左の道の筈じゃ……」

 

「黙って歩け! 我らはマハード様についていけばよい!」

 

 やがて曲がり角にさしかかり不審がる部下を叱責する部隊長のやり取りを余所にマハードたちは「修練場」へと歩を進める。

 

 そこがバクラとの決戦の地。バクラが己の邪念を孕んだ千年リングを最優先で狙うことは所持者であるマハードが誰よりも理解している。それゆえの今回の策。

 

『マハードに赤い血が流れているように俺にも赤い血が流れている。そこに一体何の違いがある――同じじゃないか』

 

 かつて若かりし王子だった頃の闇遊戯は、毒蛇に噛まれた己を介抱した際に、そう告げたことをマハードは忘れない。その時、マハードは幼き背中に王の資質を見たのだ。

 

『いずれ、皆が身分など関係なく自由に暮らせる世界が来る。俺が絶対にして見せる』

 

―――王子が言われた新たなる世界。理想に未だ遠くとも、きっと貴方なら実現できることでしょう。

 

 己に告げた優しき願いの為、マハードはバクラを討たねばならない。ディアバウンドの圧倒的な力に対抗できるのは、神を除けばエジプト一の魔術師と呼ばれたマハードくらいなものだ。

 

――さぁ来い、バクラ。私が持つ魔力(ヘカ)を最大限解放して挑もう! たとえ禁断の奥義を用いてでもお前を討つ!

 

 

 ゆえに、禁じ手すら使う覚悟を持ったマハードの頭上からバクラ――

 

 

 

 ではなく、複数のオレイカルコスソルジャーが現れた。

 

「HeHe……」

 

「IYaッHoooooo~~~~!!」

 

 そのオレイカルコスソルジャーの内の2体が左右を持って運ぶのは、ドーナツ状の黄色い悪魔《デス・ドーナツ》。

 

――来たか、バクラ…………ではない!?

 

「I I I I I I I I I YAッ!」

 

 そうして予想だにせぬ襲撃者に一瞬反応が遅れたマハードに《デス・ドーナツ》が頭上から被せられ、その胴体に装着。これによりマハードは両手の自由を奪われた。

 

「何者だ、お前たち!」

 

「KiKi i i i i i」

 

 マハードの問いかけなど意に介さぬオレイカルコスソルジャーはマハードに装着された《デス・ドーナツ》の上から殴る蹴るの暴行を加え始め、他の兵にも残りのオレイカルコスソルジャーが奇声と共に拳を振るう。

 

 その知性の欠片もない行動からは、問答無用だとの意思表示が窺えた。

 

 

 






ディアハって、たーのしー!




Q:定刻の砂時計による時間停止って、永続的に続くものじゃないの?

A:永続的に効果が続くものなら、原作のバクラが「大邪神ゾークの復活の直前」まで出し惜しみする必要性が見いだせない為、なんらかの制限があるものだと思われます。

ゆえに今作では「一定時間、停止させる」ものと判断させて頂きました。



Q:マハード!?

A:なんという卑劣な!



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第185話 ファラオの黒き盾



念の為のQ&A――
Q:オレイカルコスソルジャーの言葉ってどうなってるの?

A:基本はローマ字表記になっております。
作者の頭じゃ外国語の難しいのは無理だからな!(おい)

「会話文」などの意味を持つ言葉が右読みに――所謂「ウェルズ語」になっており、

「叫び」や「驚き」などの感情的なあまり意味を持たない言葉が左読みになっております。




前回のあらすじ
ディアバウンド+マハード「 「 主は私が守り抜いて見せる!! 」 」







 

 

 王宮のテラスにて、マハードが向かった王墓の方角を眺めていた闇遊戯、シモン。そしてマハードの弟子――《ブラック・マジシャン・ガール》に似た少女、マナはポツリと零す。

 

「お師匠様大丈夫かなぁ……」

 

「王墓の結界を張り直す時は術者も無防備になる……か。確かにもしもの時を考えれば……」

 

「そうなんですよ、王子! あっ……じゃなくてファラオ!」

 

 闇遊戯が師であるマハードを己と同じように心配してくれた事実に声を弾ませるマナだったが、シモンの存在に慌てて口調を正す。

 

「なぁに、儂はおぬしら師弟とファラオとの昔からの仲は知っとる。この場くらいならば、かしこまる必要はないぞい」

 

 しかしシモンは好々爺らしく朗らかに笑って見せた。

 

 

 マハードとマナ、そしてファラオである闇遊戯は幼い頃から交流が多かった。

 

 魔術の研究に励んだり、武芸を磨いたり、と実の兄弟のように育ってきたことは先代アクナムカノン王の時代から王家に仕えてきたシモンも良く知ること。

 

 なれば、誰の目もない非公式な場にてその仲を引き裂く真似など出来よう筈もない。ゆえにシモンは二人を安心させるべく語る。

 

「それにファラオも、そう心配なされることはありません、マハードはエジプト一、いや、世界を見渡してもあそこまで優れた魔術師はおりませぬ」

 

――そう、マハードは強すぎる魔力ゆえ力の一部を封印せねばならんかった。だが全ての力を解放すれば……恐らく六神官の中でもかなう者はおらん。

 

 シモンの内と外の声の通り、マハードの魔術師の腕は一級品である。

 

 普段は他の神官との連携の為などの理由から力を押さえているが、ひとたび力を解放すれば、その実力は他の追随を許さない。

 

 原作にて、バクラが強大な力を持つ精霊獣(カー)、ディアバウンドを有しているにも拘らず「正面戦闘を避ける程」と言えばその力量が窺えるというもの。

 

 

「お師匠様、早く帰ってこないかなー」

 

 だが、小難しい話になってきたからか、弟子のマナはシモンの話を上の空で聞き流していた。

 

「随分と気が逸っているようじゃの――なにか待ちきれぬ理由でもあるのかの?」

 

「はい! この任務の後、新しい魔術を教えて貰える約束になってるんです! あっ、その時は王子も――じゃなくてファラオも一緒に教えて貰いましょうよ!」

 

「そう……だな」

 

――こんなにも俺のことを慕ってくれる人たちを、何故俺は忘れてしまったんだ……

 

 元気ハツラツな様子で予定を勝手に固めていくマナと、呆れた様子でそれを眺めるシモンの姿を余所に、闇遊戯の心は何処か己を責めるような想いに囚われ始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 そんな話題の人物はというと――

 

 バクラとの一騎打ちを画策し、王墓ではなく、修練場に足を運んでいたマハードと兵士たち一行へ谷の上から襲い掛かったオレイカルコスソルジャー軍団。

 

 最大戦力であり、この場のトップであるマハードは《デス・ドーナツ》によって動きを封じられ、その《デス・ドーナツ》の内の歯でガジガジされている。

 

「HiHiHiーッ」

 

「マハード様!!」

 

 さらに縦横無尽に動き回って自分たちを翻弄するオレイカルコスソルジャーの攻撃に兵士たちが浮足立つのも無理はない。

 

――クッ、此処で余計な魔力(ヘカ)を消費する訳には……

 

 そして相手の目的はおろか、何を目的にした一団なのかすら分からない事実にマハードが後に控えたバクラとの決戦に意識を向けるが――

 

「うぁああッ!?」

 

「マハード様、お逃げください!」

 

 瓦解し始めるも、己を案じる兵士たちの声にマハードはカッと目を見開く。

 

――迷っている場合ではない!

 

「ハァアアア!!」

 

 そして身体に魔力(ヘカ)を巡らせ、解放すれば己を拘束していた《デス・ドーナツ》が弾け飛んだ。

 

 粉々になった《デス・ドーナツ》の残骸を余所に周囲のオレイカルコスソルジャーもその衝撃に吹き飛ばされまいと、足を止める。

 

「現れよ、幻想の魔術師!! 魔導波!!」

 

 その隙を見逃すマハードではない。

 

 素早く呼び出した己が魔物(カー)である霧のような身体を持つ霊魂が黒衣を纏った幻想の魔術師を呼び出し、杖から黄色に光る魔力弾を放たせ、オレイカルコスソルジャーの1体を吹き飛ばした。

 

「GUAAAAAAー!!」

 

「受けよ、幻想の呪縛!!」

 

 そして相手に立て直す暇を与えず、マハードは幻想の魔術師に宙を飛ばせ、制空権を生かしつつ、幾人かのオレイカルコスソルジャーの胴体へ魔法陣を挟み込み、動きを封じていく。

 

「GUGAッ!?」

 

「USOYAN!?」

 

「臆するな! 敵の足は私が止める! 陣形を組み直し、各個撃破せよ!」

 

「りょ、了解です!」

 

「お前たち、マハード様に続けぇ!」

 

 そうして動きを封じられ、もがくオレイカルコスソルジャーの何体かに兵士たちが剣を槍をと攻撃を仕掛けていく。

 

「TYO、OMA!?」

 

 やがて身体の一部分とはいえ、砕かれ始めたオレイカルコスソルジャーが焦ったように、拘束されていない仲間へと助けを求めるが――

 

「幻想の魔術師! 連撃の魔導波!!」

 

「GYAAAAAAッ!!」

 

「HYOEEEEEEッ!!」

 

 マハードの操る魔物(カー)、幻想の魔術師が一瞬で彼らの背後に回り込み、その杖から連続して放たれた魔力弾が、オレイカルコスソルジャーの数を1体、また1体と減らしていく。

 

「流石、マハード様!」

 

「行ける! このまま行けるぞ!」

 

 そうして形成を押し返せたことで、士気を高めていく兵士たち。

 

「このまま一気に行きましょ――ゴガッ!?」

 

 そんな兵士たちの1人が谷の上から襲来したオレイカルコスソルジャーの1体の拳によって大地に殴り潰された。

 

「なに……が……」

 

「オォオオォオオオオォオオオォッ!!!!」

 

 やがてそのオレイカルコスソルジャーは倒れ伏した兵士を片腕で掲げ、天を裂く咆哮を響かせる。

 

 その大気を震わせる威圧的な振動に思わず兵士たちの足が止まり、視線は当然叫んでいるオレイカルコスソルジャーの1体と、その突き上げた腕にて晒された仲間の無惨な姿へと向けられる。

 

 やがて件のオレイカルコスソルジャーによって乱雑に仲間の元に放り捨てられる兵士。

 

「ぁ……ぇ……」

 

「ひっ……!」

 

 そうして仲間の足元に転がった、見るからに重症の兵士が助けを求めるようになにか呟こうとしていたが、そのあまりに凄惨な有様に他の兵士の1人の腰が引けた――と同時にその身に影がかかる。

 

「ぇ?」

 

「メリタフ」

 

 そして乱雑に振るわれた拳によって壁に叩きつけられた。

 

 

 ベキリと骨の砕ける音と共に仲間がまた一人倒れ、苦し気な呼吸音を響かせる姿は、周囲の恐怖をあおって行く。そうして兵士たちの間に動揺が広がって行く中――

 

「メスス」

 

「HYAHAHAHAHAー!!」

 

「GEHYAHIHIHIHIッ!!」

 

 そんな恐怖が潜り込んだ心の隙をつくように他のオレイカルコスソルジャーたちも、狂ったように進軍を始めた。

 

 幻想の魔術師によって身体の自由を封じられた者が、己の身体が損傷している者が、いずれもそんなことなど気にも留めずに身体の一部分でも動く限り、それを駆使して文字通り兵士たちに喰らいついていく姿はまさに狂気的。

 

「な、なんだコイツら……!?」

 

「ひっ、く、来るなッ!?」

 

「怯むな! 我らにはマハード様がおられる! 私に続けぇ!! ハァッ!」

 

 そんな相手の凶行に自軍の士気の乱れを感じた兵士の一人が、戦場の空気を変えたオレイカルコスソルジャーに向けて上段から剣を振り下ろした。

 

 だが、件のオレイカルコスソルジャーは振りかぶられた剣を半身で躱し、相手と背中合わせになるように踏み込んだ瞬間に、足をかけながらインパクトした背中越しのタックルによって、その兵士は交通事故にでもあったかのように吹き飛ぶ。

 

「カハッ!?」

 

 そうしてまた一人、兵士を行動不能にしたオレイカルコスソルジャーが、次なる獲物へ拳を振りかぶるが――

 

「魔導波!!」

 

 それよりも先に、その身に魔力弾が飛来する方が早かった。咄嗟に背後に跳んでその一撃を躱したオレイカルコスソルジャーとマハードの視線が交錯する。

 

――ヤツだけ明らかに動きが違う……指揮官か!

 

「幻想の魔術師! 全力で行くぞ! 魔力(ヘカ)解放!! ハァッ!!」

 

 その僅かな瞬間、相手の力量を把握したマハードは封じていた力を解放。

 

 それに伴い、少年のような体躯だった幻想の魔術師も、成人男性程の体躯に変化――内包する力も、見た目以上に膨らんでいく。

 

 出し惜しみしていられる状況ではない。そう判断したマハードに対し、件のリーダー格と思しきオレイカルコスソルジャーも、同調するようにマハードへ向き直り――

 

「ツモケウ ハレア」

 

「IAKUOYR!」

 

「aAReET OZUKI!!」

 

 他のオレイカルコスソルジャーに何やら指示した後、跳躍し、己を囲う兵士たちを飛び超えマハードに迫る。

 

――あちらも私に狙いを定めたか……だが!

 

「――魔導波ッ!!」

 

 しかし、一騎打ちならばマハードも望む所だと、跳躍したゆえの無防備になった滞空中のリーダー格と思しきオレイカルコスソルジャーへと魔力弾を放った。

 

 威力も速度も先程の比ではない一撃。さらに身動きの取れない空中では躱すことは困難。

 

 

 かに思われたが、右腕で壁面を殴り、めり込んだ腕を支点に更に跳躍して一回転したリーダー格のオレイカルコスソルジャーはその一撃を回避、さらにその回転の速度を緩めぬまま――

 

「なにっ!? くっ、ならば――」

 

 幻想の魔術師が杖に魔術を再チャージし始める数瞬の間に、回転の勢いを殺さずかかと落としが繰り出された。

 

 

 爆ぜた地面に、砕け散る大地。残骸の石礫が周囲に散らばるが、相手の着地点を見極めていたマハードは一足、距離を取った後だ。そして――

 

「連撃の魔導波!!」

 

 チャージの終了と共に、数発の魔力弾が放たれる。

 

 そんな弾幕の如き攻撃を前に、リーダー格はめり込んだ足を起点に、地を這うように深く身体を沈め込ませて回避しつつ、スライドするように移動し、その右の爪を沈んだ反動を利用して斬撃として繰り出した。

 

「――ッ!? 千年リングがッ!」

 

 そんな首を狙われた一撃を間一髪で回避するマハード。だが、完全に躱しきれなかったのか、首元の千年リングが紐を切られたことで宙を舞う。

 

 その宙を舞った千年リングへ一瞬意識を奪われたマハードに返されるのは、振り切った右手の勢いのままに左手を地面に置きつつ、放たれた右回し蹴り。

 

「幻想の魔術師ッ!!」

 

 マハードは咄嗟に幻想の魔術師を己が前に配置して障壁を張らせるが、その瞬間に回し蹴りを強引に下段へ変化させて地面へ叩きつけ、そこを起点に強引に回り込んだリーダー格の左の逆回し蹴りがマハードの背を打ち付けた。

 

「ぐっ!?」

 

 ミシミシと音を立てて軋む己が骨の音と共に吹き飛ぶマハードと、幻想の魔術師。そして地を這うような低い姿勢で追撃を仕掛けるリーダー格。

 

 

「――舐めるなッ! 魔導波!」

 

 だが、蹴り飛ばされたことで、互いの距離が開けた――此処はマハードの距離。

 

 ゆえに幻想の魔術師に魔力弾を放たせるが、リーダー格が回し蹴りの際に拾った左手の石がとんでもない速度で投擲されて接触し、誘爆を引き起こす。

 

 そうして爆ぜた魔力弾によって一時視界を奪われたマハードの正面――ではなく、右側面からリーダー格のタックルが直撃し、ミチミチと肉の繊維が千切れるような音の後、壁面にプレスされるマハード。

 

「ガハッ!?」

 

 壁面に大きな蜘蛛の巣上のヒビを生みながら、叩きつけられたマハードの口から空気が漏れるような苦悶の声が漏れた。

 

 己より大柄なリーダー格のオレイカルコスソルジャーの全体重が、一つの砲弾となって直撃したのだ。並の人間では即死してもおかしくはない。

 

 だが、神官として厳しい修練を潜り抜けたマハードは、途切れそうになる意識を気迫で繋ぎつつ、震える手でリーダー格の身体を掴んだ。

 

 そして更に影から伸びた何者かの腕がリーダー格の足を掴む。

 

「ンウ?」

 

「伏……兵の……シャドウグール……だ……」

 

 壁抜けの力を持つ四本脚の異形の魔物(カー)、シャドウグールによる不意打ち気味の拘束に、完全に動きを止めたリーダー格を余所にマハードは叫ぶ。

 

「私ごとやれ!! 幻想の魔術師!!」

 

 その頭上には先程爆ぜた魔力弾を目くらましにし、制空権を取った己が魔物(カー)、幻想の魔術師が天に掲げた杖に「黒い」魔力の球体を形成しており――

 

「――黒・魔・導ッ!!」

 

 黒き暴虐の一撃が三つの対象を纏めて消し去らんとする勢いで炸裂した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなマハードと、リーダー格と思しきオレイカルコスソルジャーの一戦の決着がつかんとする頃――

 

 

 闇遊戯がいるであろう記憶の世界を目指している表の遊戯たち一同は、千年パズルの内部「心の迷宮」にて足止めを受けていた。

 

 冷たい石造りの牢獄のような広大な空間に点在する前後左右に物理法則を無視して数え切れぬ程の扉の数々に本田はお手上げだと零す。

 

「此処がもう一人の遊戯の心の中……扉ばっかりだな。この中にある『真実の扉』つったって、こんなもんどうすりゃいいんだ、ボバサ?」

 

「それはボバサにも分からない。でもこの心の迷宮を突破できるのは、きっとみんなだけ」

 

「つーか、本田! こいつの言うこと丸々信じていいのかよ! 俺はまだ納得してねぇぞ!」

 

 そんな本田にボバサが知り得る情報を明かしていくが、城之内がそれに待ったをかけた。

 

「おい、城之内……今は、んなことで争ってる場合じゃねぇだろ……」

 

 石板の前でのやり取りを蒸し返すような城之内の主張に、今は闇遊戯の元へ駆けつけることを優先すべきだと返す本田だが――

 

「いーや、この際だから言ってやるぜ! 心覗き見ただの、心がなんかアレだの、言いたい放題言いやがって――確かに、俺はあの人のことそんなに知らねぇけど、それでもお前よか、信頼できらぁ!」

 

 頭を使うことが苦手な城之内は、神崎の行動方針や、目的はやっぱりよく分からなかったが、一度、時間が空いたことで冷えた頭で下した結論が「悪い人ではないと思う」だった。

 

「…………ゴメン、ボバサ言い過ぎた」

 

 そんな城之内の真っ直ぐな瞳に、ボバサはその巨漢を小さくしながら謝罪を入れる。そうして左右の指をもじもじするボバサに城之内も気勢を削がれるが――

 

「きゅ、急に素直に謝んなよ……調子狂うぜ」

 

「まぁ、ボバサを俺らの元に連れてきたのは十中八九、神崎さんだろ? なら当の本人も大して気にしてねぇんじゃねぇか?」

 

 だが、此処で本田から城之内の憤りの根本を吹き飛ばしかねない情報が明かされた。よくよく考えてみれば、論ずる意味のない話だったと。

 

「そうなのか!?」

 

「そうなの!?」

 

「いや、ボバサはともかく、城之内……お前、この旅行の話、持ってきたのが牛尾だった時点で予想つくだろ……」

 

 仲良く声を揃えて驚く城之内とボバサの姿に本田は頭痛を堪えるように頭に手を置く。

 

 立場上、神崎の部下である牛尾が持ってきた話だ。ならば神崎が無関係だと考える方がおかしいだろう、と。

 

 そして石板を管理する墓守の一族のアヌビスも神崎の関係者となれば、ボバサが石板の前に来れた段階で、ボバサの立場は他ならぬ神崎に保障されているようなものだ。

 

 そう、図的には「ボバサを信じない=神崎を信じない」――な状態である。

 

「ちょっとアンタたち、なに無駄口叩いてるの! 記憶の世界に通じるっていう真実の扉をちゃんと探しなさいよね!」

 

 そんな衝撃的な情報に目を白黒させる城之内へ、「サボっている」と判断した杏子の怒りの声が届くが――

 

「杏子! 杏子はボバサと神崎さんが――」

 

「なに? また、その話? ……確かに急に色々言われてビックリしちゃったけど、よくよく考えれば、あの海馬くんがKCの一員って認めてるんだからきっと大丈夫よ」

 

 城之内の発言を別の意味で捉えた杏子が語るように、神崎の問題点は「海馬」という苛烈な監督者がいる段階で、論ずる意味があまりないのだ。

 

 人道に外れた行いを「あの海馬が許すのか?」――これで神崎の疑念は()()晴れる。

 

「ボバサが色々言ったのだって、海馬くんが神崎さんと仲が悪いみたいにボバサとの仲が悪い――って話じゃない?」

 

 そう、闇遊戯という仲間がいなくなった状況、非現実的なオカルトの話――といった混乱を生む非日常から、一旦冷静にさえなれれば、ボバサの語った内容は「あぁ、仲悪いんだろうな」で片付けられてしまうのだ。

 

 急に世界がどうとか言われても、普通はまともに取り合えなどしない。

 

「それに此処までの道中でボバサが悪い人じゃないってのは、アンタにも分かってるでしょ?」

 

 そしてボバサの人間性も、エジプト観光にてカルトゥーシュの件も含め、色々と親身になってくれたことを鑑みれば、そう排他的になる程でもない。

 

 その交流すら疑い始めれば、彼らとのトータルの交流期間がもっと短い神崎などどうしようもない。

 

「それは……そうかもしれねぇけど! な、なら! 心読んだ話は!」

 

 やがて「あれ? 分かってなかったの俺だけ?」な様子の城之内が、錦の旗とばかりに掲げるが――

 

「それ、ボバサが答える……あの人、墓守の一族のみんなが代々三千年の間ずっと秘していたことを世界に発表してる。悪いことに使われちゃダメだからって、ボバサたち頑張ってたのに……」

 

「それって、千年アイテムの不思議な力のことよね……」

 

「まぁ、昔のマリクみてぇなヤツかもしれねぇって考えたら、放ってはおけねぇか」

 

 マリクが起こした一件が、「オカルトの危険性」を十二分に物語ってしまう。

 

 とはいえ、その件は墓守の一族の失態といえば失態だが、三千年の間であの1件だけだと考えれば、首謀者以外を責めるのも酷であろう。

 

 

 危険性を考えれば徹底して秘するべきと考える墓守と、利用できるのなら利用していくべきとオープンに考える神崎。

 

 そんな二者のスタンスを見れば、「そりゃ溝になるよな」と本田が頷く中――

 

「んなもん、実際に聞きゃぁいいじゃねぇか!!」

 

「ウソ吐かれたら? 口では何とでも言えちゃう」

 

「うっ……」

 

 城之内が掲げた最後の頼みの綱も、アッサリ両断された。人は嘘を吐く生き物である。

 

「でも、ボバサもゴメンなさいする。この試練、とっても大事なもの――だから『関係ない人、巻き込んじゃいけない』ってキツく言った……でもやっぱり言い過ぎた。ボバサ、反省」

 

 しかしボバサにも非がある。墓守の使命に気を取られるばかりに、必要な配慮を疎かにしてしまったのだ。知り合いを悪く言われれば、誰だって怒る。

 

「その辺にしとけよ、城之内――そもそも心読んだのは『シャーディー』だろ? ならボバサに当っても仕方ねぇだろ。それに記憶の世界ってのにもちゃんと案内してくれてんだし、今はそれで良しとしようぜ?」

 

 そんな中、本田は城之内を説き伏せるように語る。本田とて城之内の気持ちは理解できるが、今は闇遊戯のピンチなのだ。

 

 そしてボバサの人間性もそう悪いものではないと判断できる以上、「個人的な好悪」に基づく感情的な問題は一旦棚に上げておくべきだろう、と。

 

「あー、分かった! 分かった! ……俺もちょっと意固地になっちまって悪かったな、ボバサ」

 

「うぁ~、城之内ー! 許してくれてありがとう~! ボバサ頑張る! いっぱい頑張って、今度はちゃんと――」

 

「止めろ!? 抱えんな! こら!?」

 

 そうして一先ずの仲直りを終えたことに感極まって城之内を掲げ、喜びを身体全体で示すボバサ。

 

 年齢を考えれば、子供のように高い高いされている状態は恥ずかしいと、抵抗を見せる城之内だが、ボバサの喜びの舞いは留まることを知らない。

 

「この扉に囚われてちゃダメなのかもしれない……」

 

 そんな騒々しくなり始めた一同を余所に、今まで黙々と心の迷宮を調べていた表遊戯が合流した。

 

「遊戯! なにか分かったのか!?」

 

「分かったのか!?」

 

 語られた言葉に突破口を見つけたのだと確信した城之内とボバサが口を揃えて表の遊戯を見やる中、表の遊戯から語られるのは何時の日か彼らが交わした言葉。

 

「多分、見えるんだけど、見えないもの――なんだと思う」

 

――それに多分、神崎さんは「もう一人のボク」のことをかなり細部まで知ってる……

 

 そうして心の迷宮の突破法を導き出した表の遊戯の脳裏を占めるのは、現在の用意されたような状況から組み立てられたある仮説。

 

 

 なにせ、大会参加のお礼だと、この旅行の話を持ってきたのがデュエル協会などの人員ではなく、牛尾だったことが本田の言う様に神崎の関与を伺わせる。

 

 さらに態々己と溝のあるボバサをガイドとして起用したことからも、表の遊戯が立てた仮説が現実味を帯びていく。

 

――同じ墓守のマリクくんがもう一人のボクを狙っていた時だって、色々動いてくれていた……なら今回だけ、関わっていないと考える方が逆に不自然だ。

 

 闇遊戯の為にと、アレコレ調べていた表の遊戯が持つ「闇遊戯がいた古代三千年前のエジプト」の情報は決して多くはない。明確なものは精々、己が拘わった範疇である――

 

 千年アイテムの一つ――光のピラミッド。

 

 墓守の一族――イシュタール家の騒動。

 

 3枚の神のカード――三幻神にまつわる決戦。

 

 この3つ程度だ。しかし、その全てに神崎という男が関わっている事実は表の遊戯にも無視できない。

 

 この状況で、「記憶の世界」の一件にだけ関わっていないと考える方が還って不自然だろう。

 

――あの人は悪い人じゃない。海馬くんだって、それを分かってるから、KCにいることを許してるんだ。

 

 だが、それが悪しき目的ではないことを表の遊戯は信じていた。

 

 パラドックスから命懸けで自分たちを逃がそうとした姿が、表の遊戯に神崎を()()()()()

 

 そしてシャーディーのことも表の遊戯は信じていた。

 

 かつて己に忠言に来たその姿に、闇遊戯を案じる心に、嘘偽りがないことが感じ取れたのだ。その事実は表の遊戯にとって大きい。

 

 そう、表の遊戯の中ではシャーディーも神崎も「悪人」にカテゴリーされていない。

 

――でも……でも、あの人にはそれ以上の大きな隠し事がある……誰にも言えないような……ボバサが、ううん、シャーディーが「危うい」と感じた何かが。

 

 しかし双方に拭えぬ程の溝があることもまた事実。

 

 とはいえ、その詳細は表の遊戯にも分からない。人の心はそう容易く推し量れるものではないのだから。ゆえに今の表の遊戯は――

 

「みんなの力を貸して欲しいんだ」

 

 己が出来ることを成すことだけに注力していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

――その調子だ。精々俺様の為にこの迷宮の謎を解いてくれよ、ククク……

 

 その選択が邪悪な影の道案内をしているとも知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ……ハァ……ギリギリの戦いだった……」

 

 右半身が消し飛び、更には両足も砕けたリーダー格のオレイカルコスソルジャーの残骸を前に、肩で息をするマハード。

 

 己を囮とし、自分ごと攻撃させる自爆染みた一撃だったが、最後の最後は自身の身体を魔力(ヘカ)で覆い、即興の鎧のような防御壁を張ったことで、なんとか命を繋ぐことに成功したマハード。

 

「ぐっ……! 私の魔力(ヘカ)の限界も近いな……」

 

 しかし払った代償は安くはない。

 

 表立った外傷こそ軽微に見えるが、全身に蓄積したダメージはかなりのものであり、さらに術を行使する為の魔力(ヘカ)も余裕がなくなってきた。

 

「幹部格と思しき相手で、これ……とは、セトの忠言が身に染みるな……」

 

 やがてフラフラと立ち上がったマハードはその脳裏に過るのは「一人で戦うな」とのセトの言葉。

 

 

 魔術師であるマハードは、対人戦はともかく魔物(カー)が相手では近接戦にそう秀でている訳ではない。

 

 どちらかと言えば、後方から味方の強化や、拘束技での錯乱、もしくは砲台としての役割が適しているだろう。

 

 そう、個の力はシモンが語るように飛び抜けているマハードだが、その本領は他との連携にあるといって良い。

 

 

 今回の苦戦は、バクラとの一騎打ち前提で行動した為、「群体」の敵への警戒が疎かになったゆえに起こるべく起こったものだ。

 

「早く……皆の援護に……向かわねば……」

 

 しかし、今はないものねだりができる状態ではない。

 

 幹部格と思しき相手を降したとはいえ、雑兵のオレイカルコスソルジャーたちは一般兵士たちだけでは厳しい相手。

 

 ゆえに重くなった足取りでマハードは仲間の元へ向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナタッイマ」

 

 だが、そんな歩みの一歩目に己の背後から声が届くと共に、マハードは背中から蛇のように羽交い絞めにされた。

 

「――なっ!?」

 

 その主は先程倒した筈のリーダー格のオレイカルコスソルジャー。右半身が消し飛んだとは思えぬ程の怪力でマハードを締めあげていく。

 

「その傷で……まだ、生きて……!?」

 

「ダウヨ ノイカンゲ ハダラカノコ」

 

 ギリギリと締め付けられるマハードが何とか相手を振りほどこうとするが、己が背後で何か呟いたリーダー格から爆発的に暴走を始める魔力(ヘカ)の気配を感じ取り、敵の狙いを察した。

 

「なにを……まさか貴様ッ!?」

 

 だが、時すでに遅し。

 

 ピキピキとリーダー格の残った身体へヒビが広がって行き、その隙間から赤い熱気が零れていく。

 

「ンサシツュジマ ラナウヨサ」

 

 

 そんなリーダー格の最後の呟きと共に閃光が迸り、そこでマハードの意識はプツリと途切れた。

 

 

 

 

 

 

 





遊戯王二次は多々あれど、マハードに襲撃かました(一応)正義側のものはない筈……




ご感想の返信が出来なさそうなので、いつものQ&A――

Q:神崎は何故、闇遊戯側のマハードに襲撃をかましたの?

A:このバクラとマハードの一戦を放置すると、バクラはディアバウンドの力を増大させることのできる千年リングと、倒した魔物(カー)の能力を奪うディアバウンドの力で「壁抜け」という厄介な能力を得る為です。

この際、マハードは己が魔物(カー)と同化する禁術を使い、幻想の魔術師が強化されますが、バクラ強化のマイナスが大きいと神崎は考えた為、介入しました。

やったね、マナちゃん! 師匠が帰ってくるよ!(なお状態)


Q:他と動きの違うリーダー格のオレイカルコスソルジャーって誰? 原作キャラ?

A:自立活動しているオレイカルコスソルジャーの1体を遠隔操作しているだけです。



Q:あれ? 遊戯たちの神崎への不審感は?

A:「神崎の内面に何らかの問題がある」ことの把握に留まっております。

183話の争点はそこだったのですが、作者の想定以上に、読者の皆様方からのボバサとシャーディーへの風当たりが強かった様子だった為、細かい部分の注釈を追加で入れてみました。
(カットし過ぎたゆえに勘違いさせてしまい申し訳ないです<(_ _)>)

作中で語られたように一般人目線の神崎の不審感は「海馬社長」の存在が大体晴らしてくれます。
原作でも己の理念に反せば、幹部のBIG5すら容赦なく排除する人ですし




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第186話 砕け散る黒き盾



前回のあらすじ
マハード「弟子が私の死亡フラグ立ててくる件」





 

 

「ドクター、彼の怪我は問題ありませんか?」

 

 そんな神崎の声に対して《DNA改造手術》の第一人者たる緑の肌の悪魔の医師が医療器具を置き、2人の看護師悪魔の女性が手術台を稼働させ、ベッドに乗せられた正装を纏うマハードを運び出す。

 

「!!」

 

 やがて神崎に良く見えるように運ばれたマハードの状態は悪魔の医師が親指をグッと立て施術の成功を伝えるように――

 

 

 なんということでしょう。

 

 施術前は血だるま同然だったマハードの肌はみずみずしさを取り戻し、

 

 度重なる攻撃により折れていた骨も綺麗にくっつき、更には身体の至る所で断裂しまくっていた筋繊維の面影すら感じさせません。

 

 そして内臓や各種呼吸器に深刻なダメージが入っていたゆえにおかしかった呼吸音や顔色も、今では静かに寝息を立てる程に穏やか。

 

 そう、此処に死の境目を走り幅跳びしようとしていたマハードの姿はありません。

 

 匠の技によって、瀕死から華麗なる転身を遂げたエジプト一の魔術師の姿に、依頼人である神崎も大満足です。

 

「なら、偽装工作の為に少々痛めつけておきますね」

 

 そんな依頼人は満足気な笑顔のままベッドを蹴り飛ばしました。当然、眠らされ意識のないマハードは地面に投げ出され、身体に幾つかの小さな擦り傷を負います。

 

「!? ……!?」

 

 突然の奇行に神崎を二度見しつつ、おろおろする悪魔の医師たちを余所に、意識のないマハードを神崎は砂や土で汚しつつ、戦闘があったように野蛮なお色直しを決行。

 

 折角綺麗に治ったマハードの身体を適当に殴って打撃痕を残すのも忘れない。鬼か。

 

「《ナイトメア・スコーピオン》、彼にも悪夢で他の兵士たち同様に記憶処理を」

 

「チチチ」

 

 更には四つの尾を持つ赤いサソリ――《ナイトメア・スコーピオン》の毒針で引き起こす意識の混濁から悪夢を誘発。

 

 これにより現実の記憶と悪夢を混同させ、先の一戦の情報をあやふやにしてしまいます。

 

 

 これは先の一戦で神崎が可能な限り手札を隠したゆえに、想定以上に接戦になった結果、マハードが重症を負ったゆえに必要になった工作。

 

 なにせ、己が負った負傷が綺麗サッパリ治っていれば誰だって不審に思う。

 

 ゆえに悪夢の方でそれっぽい戦闘を演出し、「現実だと思っていた方が夢であり、悪夢の方が現実だった」と誤認させるのだ。

 

 

 そうして悪夢を見せられた結果、先程まで安らかな寝顔だったマハードの表情が苦悶に満ちたものへと変化していきます。

 

 

 そんな急転直下な扱いを受けるマハードを所定の位置にセットしつつ、現場の偽装工作へと戻った神崎は、己が遠隔操作したオレイカルコスソルジャーの残骸を手に小さく息を吐く。

 

「しかし、随分と派手にやられてしまいましたね……遠隔操作ではこの辺りが限界か――まぁ、千年リングは確保できたことですし、良しとしましょう」

 

 当初の予定では、もう少しスマートにことを終える筈だったが、エジプト一の魔術師マハードの底力を前に、多くのオレイカルコスソルジャーの犠牲が出てしまっている。

 

 神崎がオレイカルコスソルジャーの1体を遠隔操作し、持ちうるポテンシャルを引き上げた個体ですら、マハードの前に敗れ去った――最後の隙をついて自爆が成功したのも、あくまで初見殺しでしかない。

 

 

 ゆえに神崎は残骸から回収したオレイカルコスの欠片に無駄に豊富な心の闇を注入しなおした後、それをサッと砂地に撒き、生まれ直したオレイカルコスソルジャーを補充していく。

 

 

「キキキ」

 

 そうして数を揃え直したオレイカルコスソルジャーたちが再起動し、偽装工作に合流していく中、神崎の肩に留まった《ヴァンパイアの使い魔》の伝言に、神崎は神妙な声を漏らした。

 

「ん? バクラの足止めに失敗した? ……術者狙いも二度目は通じないか」

 

 バクラへ千年リングが渡らないようにする為に、足止め用の狙撃部隊が配置されていたが、バクラはそれを突破し、此方へ向かっているとの報告に神崎は暫し考えこむ仕草を見せ――

 

「なら、彼らの後処理を終えた後は皆に千年リングと共に撤退して頂きます。そろそろ王宮からの増援も到着するでしょうから、マハードたちの保護は問題ないでしょう」

 

 この場からの撤退を決断し、空間に切れ込みを入れて此処と拠点と繋ぐ《ディメンション・ゲート》を開いていく。

 

 そして千年リングを持ったオレイカルコスソルジャーを筆頭に、作業の終わったものから、順次拠点に向かう中――

 

「UOYRNNAK ITTES!」

 

「うん、悪くない出来です――題して『兵士たちを守りながら孤軍奮闘した魔術師』といった装いだ」

 

 1体のオレイカルコスソルジャーの声に視線を向けた神崎の満足気な視線の先には、兵士たちを庇う様に倒れたマハードと、そのマハードの眼前で二つに分かれた衝撃が地面を抉る光景が広がる。

 

 そう、これを見た者は――「傷つき倒れ伏した兵士たちを狙った相手のチョー強力な攻撃をマハードがその身をもって退けた」――な印象を受けることだろう。

 

 

 やがて、最後のオレイカルコスソルジャーが拠点に戻ったことを確認した神崎は《ディメンション・ゲート》を閉じ、倒れ伏した兵士たちに近づきながら通信を繋ぐ。

 

「トラゴエディア、聞こえますか? 探知機能持ちの千年リングは此方で確保したので、貴方はアヌビスの手引きで王宮に潜入してお宝の奪取をお願いします」

 

『ようやくオレの出番か。了承した――が、未来予知が可能な千年タウクの方は問題ないのか?』

 

「はい、この時代の千年タウクに明確な未来を見通すだけの力はまだありませんよ。それにもうじき、それどころではなくなるでしょうから」

 

 己の頭に響く退屈そうに欠伸を漏らすトラゴエディアの懸念の声に対し、神崎はバクラの最初の襲撃とマハードの行動から、原作知識の裏取りを済ませた情報を告げる。

 

 

 三千年前の千年アイテムは、現代の千年アイテムに比べて性能は大きく落ちる――というよりは、曰く付きの品のよくある特徴の一つである「月日と共に内包する力を高めていく」性質が大きいが。

 

『ククク、用意のいいことだな……それで貴様はどうする気だ? また高見の見物か?』

 

「ええ、最前席で見物です」

 

 そうして整えられつつある舞台にほくそ笑むトラゴエディアを余所に、短くそう告げた神崎の肌はペキリペキリと音を立てて変化し始めていた。

 

 

 

 

 

 

 そうしたマハードの華麗なる転身があったことなど、知る由もない表の遊戯たち一行は友の絆が手繰り寄せた真実の扉を潜り、遅ればせながら記憶の世界に到着。

 

 だがそんな中、王宮のおひざ元たる城下町で本田は参った様子を見せる。

 

「此処がもう一人の遊戯の記憶の世界か……つっても、俺たちはこの世界の人に見えていねぇし、触れもしねぇ――こんなもんどうすりゃ良いんだよ」

 

「なぁ、ボバサ! もう一人の遊戯は何処にいるんだ? アイツに会えば何とかなるだろ?」

 

「ファラオなら王宮にいるとボバサ思う。でも――」

 

 記憶の世界に来たは良いが、自分たちがその世界に何一つ干渉できない事実にお手上げだと、思考を放り投げた城之内からの問いかけにボバサは困ったような顔を見せるが――

 

「この世界、少しおかしいよ……」

 

 周囲を調べていた表の遊戯の声に一同の注目は其方へ移った。

 

「なにか分かったの、遊戯?」

 

「うん、この辺りをぐるりと回ってきたんだけど……新しいファラオの話題で持ち切りだったんだ」

 

「それってもう一人の遊戯のこと……よね?」

 

「そうだと思う。先代のアクナムカノンの次の新たなファラオと盗賊王を名乗るバクラが一戦交えたけど、神の一撃の前に逃げていった――って話」

 

 杏子に促されるままに明かされて行く情報は、表の遊戯が住民の噂話を整理して纏めたもの。

 

「バクラの奴もこの世界に来てんのか? アイツ、また千年リングに乗っ取られちまったのかよ……」

 

「でもよ、それの何がおかしいんだ? もう一人の遊戯とバクラの奴が戦ったって話だろ? そりゃぁ自分とこの王様の話なら噂くらい流れるだろ」

 

 しかし本田と城之内の零す様に、そうおかしな部分があるとは思えない。

 

「違うんだ。この世界は『もう一人のボク』の『記憶の世界』――つまり失われた記憶で構成されていることになるけど、もう一人のボクが街の人の全ての会話を覚えているとは思えないんだ」

 

 此処がもう一人の遊戯の「記憶の世界」という前提がなければ。

 

 彼らは「記憶の世界」との言葉から「闇遊戯の記憶の世界」だと認識していたが、実際に見聞きすれば、それでは説明がつかない部分が多すぎる。

 

「それは……そうよね」

 

「それに、先代のファラオ、アクナムカノンの名前は聞くけど、もう一人のボクの名前は不自然な程に誰一人呼ばない……ボバサ、これってどういうことか分かる?」

 

「ボバサも詳しいこと知ってる訳じゃない。知ってるのはボバサたち墓守の一族が代々語りついできたことだけだもん」

 

 悩ましい仕草を見せる杏子を余所に表の遊戯が情報を有しているであろうボバサを頼るが、当のボバサもそこまで詳細な情報を持っている訳ではなかった。

 

 考えてもみれば、何一つ欠落なく、遥か三千年前の情報を連綿と紡ぐことなど土台不可能であろう。

 

「結局、詳しいことは分かんねぇままか……」

 

 やがて本田が一同の気持ちを代弁したように頭をかく中、表の遊戯は手詰まり感からか、この世界に来てから消失した首元の千年パズルがあった場所で手を握る。

 

「だったらよ! やっぱ実際にアイツに会って確かめるっきゃねぇぜ! 王宮にいるんだろ、ボバサ! 案内頼むぜ!」

 

「……分かった! ボバサ、頑張って案内するよー!」

 

 だが、そんな沈んだ空気など吹き飛ばすような楽観すら感じさせる城之内の提案から、一同は王宮へと歩を進めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 そんな話題の王宮にて包帯を巻かれ、手当ての痕が残るマハードが玉座に座る闇遊戯へ向けて跪く中、闇遊戯の左右に並ぶ神官団の中から、神官セトの怒声が響く。

 

「勝手な行動の挙句、千年リングまで何者かの手に奪われ! 更には、どのように負けたかすら覚えていない有様――此度の失態! その首を以てしてもあがなえんぞ、マハード!!」

 

 現在のマハードの状況を端的に評せば、「仲間を欺いてまで勝手にバクラとの一騎打ちを画策したと思えば、全然関係ない相手に敗北し、国宝の兵器を奪われた」感じだ。

 

 時代を鑑みれば、普通に極刑ものである。

 

 さらには「敵の情報すら碌に持ち帰れない」という擁護不可能に近い状況だ。

 

「いいえ、此度の件はわたくしがマハードの行動を予知――」

 

「――アイシス!! 全ては私が自ら行ったことだ!!」

 

 そんな中、アイシスが何かを明かそうとするが、マハードの強い口調に言葉を失い、やがて沈痛な面持ちでグッと押し黙る。

 

 そうして、それ以上は黙して語る気のないマハードには全ては己の不始末と、どんな処罰でも受ける覚悟が見えた。

 

 だが、そんなファラオと神官団のみが介在する場に、番兵たちを押しのけて現れた兵士の一人が頭を地へこすりつけて平伏しながら叫ぶ。

 

「お待ち下さい、セト様! マハード様が賊に不覚を取ったのは我々がマハード様の足を引っ張ってしまった為! 記憶の混濁も、そうして負傷した我らへ向かった攻撃を一身に受け止めた結果! ゆえに罰されるべきは……どうか、どうか、兵たちを代表して私めに!!」

 

「ほう……貴様がマハードの代わりになると?」

 

 そうして現れたマハードを庇う兵士の姿に神官セトの声色が一段と低く、冷たさを帯びていく。

 

 地位の力が現代以上に重いこの時代にて、一兵卒が神官に勝手に意見することすら許されない。それにも拘らず、神官団の会合に割って入った陳述など、その場で斬り殺されても文句は言えない所業だ。

 

 やがて腰から剣を抜き、兵士の首筋にスッと当てたセトの姿に、今まで跪いていたマハードが、その剣の前に庇うように立ち塞がる。

 

「待て、セト! 此度の一件の責を負うべきは私一人に――」

 

「マハード様はこの先、ファラオの剣となり、盾となるお方! そのようなお方の未来を! 私程度の命で繋げるのなら何ら惜しくはありません!!」

 

「――ッ!!」

 

 しかし、兵士の覚悟を決めた決死の声に言葉を失うマハード。彼は此処へ死にに来ているのだ。命を救われた恩義のあるマハードを助けられるなら――と。

 

 どのみち此処までの無礼を働いた兵士が生き残る術はない。もはや彼にはマハードを庇って死ぬか、無駄死にするかの二択しかない。

 

 そして、その二つの選択が今のマハードに突きつけられる。

 

 

 だが、そんな究極の二択の中、壮年の神官アクナディンが前に出て、マハードへ助け舟を出した。

 

「そこまでにしておくのだ、セト。此度の襲撃者の一件はバクラにばかり気を取られ、神官団を王宮の守護に回し過ぎていた我らの不手際でもある」

 

 アクナディンの言うことも一理……くらいはある。マハードが余計な事を考えずに王墓の結界をきっちり張っていたとしても、孤立したマハードをバクラや謎の一団が襲い掛かる可能性は十二分にあった。

 

 ゆえに神官が独立して動かなければならない場合は複数人で組ませて動かしていれば、今回のようなことは防げた可能性もある。

 

 そうすればバクラも下手に手を出せなかった公算が高い。なお、神崎は人員を増員して普通に襲撃するが。

 

「――そうはいきませぬ! 何事も信賞必罰を避けては皆に示しがつかぬ以上、不肖ながらこの私めが、マハード! お前に責を告げる!」

 

 しかしアクナディンの言をセトは一蹴しつつ、マハードへ千年ロッドを向けて宣言する。この状況で「罰を与えない」選択肢は存在しない。いや、存在してはいけない。

 

「王墓警護隊長の任を解き! 此処、ファラオがおられる王宮にて謹慎を命じる! またくだらぬ考えを持ち、勝手に動こうとするのなら、それはファラオの顔に泥を塗る行為であると思え!!」

 

 告げられた罰は、役職の剥奪と、謹慎――並べられると弱い気もするが、地位がモノをいう時代で、地位に密接する役職を奪われるのはかなり重い罰である。

 

 とはいえ、やらかしを鑑みれば、やはり軽いと言わざるを得ないが。

 

 そんな明らかに温情の見える裁決にマハードが戸惑いに顔を上げるが――

 

「……セト」

 

「ふぅん、勘違いするな。今現在、バクラだけでなく、正体不明の賊まで出た以上、ファラオの御身を守る弾避けは少しでも多い方が良い」

 

 対するセトは「死ぬのなら、ファラオを守り抜いて死ね」とばかりに冷たく返す。

 

 セトも初めからマハードへ死に類する罰を与えるつもりはなかった。今現在、バクラという強大な敵がいる状況で、エジプト一の魔術師を自陣営の都合で無意味に失うなど、損失が大き過ぎる。

 

 それだけマハードという「個」は替えが利かないのだ。

 

「貴様は大人しくファラオの守護者――盾としての役目を果たすのだな」

 

「――この命に代えても!」

 

 そうして告げられるセトの言に含まれた嫌味など、マハードは気にした様子もなく、その瞳に決意の色をにじませる。

 

 しかし対するセトはそんなマハードの反応など袖にしつつ、ファラオへと跪いた。

 

「ファラオ、このようなつまらぬ座興を見せる事になり、申し訳ありません。この愚か者にどうか挽回の機会を――」

 

「いや、構わない。今は皆が一致団結してことに当たるべきだ」

 

 さすれば、セトから予め此処までの流れを聞かされていた闇遊戯は小さく頷きながら肯定を見せた。闇遊戯個人の感情としても、マハードを処することが避けられてホッとした様子が見える。

 

「マハード、ファラオのお言葉をしかとその耳に刻め――二度目はないぞ」

 

「無論だ」

 

 やがて再度釘を刺しながら剣を収めるセトの姿にマハードはファラオに絶対の忠誠を誓うように再び頭を垂れた。

 

「アクナディン様も見苦しいものを見せることになり――」

 

「構わんとも。お前が、皆が纏まる為に必要にと思ってのことは理解している」

 

 そうして神官団のアクナディンに小さく礼を伏すセトに、アクナディンは「気にするな」とばかりに軽く首を振る。

 

――やはりお前の中にも……いや、何を考えている。

 

 やがてアクナディンが己が内に芽生えた願いを払拭するように瞳を閉じる中、セトはファラオへと向き直り、声を大にして宣言する。

 

「ファラオよ! 正体不明の賊だけでなく、バクラの出方が見えぬ以上、警備を強化すべきかと具申します! 私の軍隊を街に配備する許可を願いたいのです!」

 

 それは次なる襲撃の備え――ではない。セトが前々より考えていた計画の実行への布石。

 

「これ以上、ナイルに悲しみの涙を流してはなりませぬ! 一刻も早く民を! バクラと、謎の一団の脅威から救うのです!」

 

「分かった……だが、決して民を脅かしてはならぬぞ!」

 

 しかし、そんなこととなど露も知らない闇遊戯は額縁通りに言葉を受け取り、許可を出す。

 

 そして、その決定を合図とばかりにマハードの件が一先ずの収束を見せ、神官団がそれぞれの職務に戻って行く中、セトはマハードの助命を願った頭を垂れた兵士の肩に労う様に軽く手を置いた後、他の兵と共に街へ向かう準備を始めていった。

 

 

 

 

 

 

 そうしてマハードの首が皮一枚で繋がった頃、王宮の前にそびえ立つ巨大な門の前にて表の遊戯一同は途方に暮れていた。

 

「扉、閉まってるわね」

 

「問題ねぇよ。此処じゃ俺たち幽霊みたいなもんなんだぜ? こんな門なんか幾らでもすり抜け――アダッ!?」

 

 呆然と呟く杏子の声など気にせず、城之内は記憶の世界でモノが触れぬ自分たちの利点を生かして門をすり抜けようとするが、門はその軽そうな頭を物質的に弾いた。

 

 小気味の良いゴイーンという音が響いた気がする。

 

「どうなってんだ!? 思いっきりぶつかったぞ!?」

 

「本当だ……ってことは、俺たちは王宮に入れねぇってことか?」

 

 額に奔った鈍痛にうずくまる城之内を余所に、本田は門をゴンゴンとノックするように拳を当てるが、とてもではないがすり抜けられそうにはない。

 

「うん、ファラオの意思が拒んでる。だから入れない」

 

「早く言えよ!」

 

 明かされるボバサからの情報に城之内は当然の抗議の声を上げるが――

 

「ボバサ、ファラオの友達のみんななら、ひょっとすれば入れるかも――って思った。でも無理だった。ボバサ、また余計なことしちゃった……」

 

「……あー! もう! 変に気を使うんじゃねぇよ!」

 

 また申し訳なさからモジモジし始めるボバサの姿に、城之内が今度は別の意味で頭を押さえて叫んだ。

 

 またもや手詰まりな状況である。

 

 

「……なら、今ボクたちができることをしよう。多分、もう一人のボクの名前が重要なカギを握ると思うんだ。だからじいちゃんが千年パズルを見つけた王墓を目指そうと思うんだけど――」

 

 だが、そんな中で旅の前に聞いた双六の昔語りから、闇遊戯の王墓に何らかの手掛かりがあると判断した表の遊戯の提案がなされ――

 

「まぁ、それしかアテがなさそうか」

 

「そうよね。此処まで隠してるんだから、きっと重要なものに違いないわ」

 

「よっしゃぁ! これで次の目的地が決まったな!」

 

「うん! じゃあ、これをこうして――」

 

 そうして仲間の賛同から、この場を離れようとする一同を余所に表の遊戯は懐から取り出したハンカチを地面に置き、しゃがんでなにやら手を動かす。

 

「ハンカチ?」

 

「うん、これをこうやって……」

 

「あっ、ピースの輪ね! なら私も――よし、これでもう一人の遊戯に私たちのことを知らせられるわね」

 

 その様子を伺った杏子の声が示すように、これは闇遊戯と皆の友情の証であるピースの輪を再現したメッセージ。自分たちの存在と状況、そして動きを記したものだ。

 

 王宮の出入り口である門の前においておけば、嫌でも目につくだろう。

 

 とはいえ、町人たちの様にそのメッセージすら闇遊戯には見えない可能性があるにはあるが、その場合は表の遊戯たちの姿すら見えない公算が高い為、表の遊戯は留まることではなく、動くことを選択する。

 

 この世界が、究極の闇の「ゲーム」であるのならば、時間を無為に過ごすことのリスクは計り知れない。

 

「次の目的地はファラオの墓って訳か――ボバサ、今度はちゃんと頼むぜ!!」

 

「分かった! ボバサ、みんな案内する! こっちだよ~!」

 

 やがて城之内の音頭を合図に、表の遊戯たち一同は闇遊戯の王墓を目指して広大な砂漠を突き進む。

 

 

 その完全な徒歩の行軍は、果たして何日かかることやら。

 

 

 

 

 

 

 そうして表の遊戯たちが旅立った少し後、開いた門から兵士を引き連れ街へと向かったセトとシャダの二人の神官が町人を集めて、整列させていた。

 

 やがて千年錠の力で町人の心の内の(バー)を推し量り、その心に潜む魔物(カー)を探るが――

 

「……この者の心には魔物(カー)がいない」

 

「ふぅん、そう容易く数は揃わんか。シャダ、次の場所に行くぞ」

 

――見つけたのはザコばかり……だが、数の力は馬鹿には出来ん。マハードも数の力に後れを取った。

 

 そう上手くはいかない様子。そんないまいち成果の出ぬ現実に内と外で僅かに苛立ちを見せるセト。

 

 やがて一纏めにした心に魔物(カー)が潜んでいた町人たちへと視線を向けたセトにシャダが苦言を呈そうとするが――

 

「セト、やはり魔物(カー)狩りなど――」

 

「くどいぞ、シャダ! バクラは再び、ファラオのお命を狙うことは明白! ヤツのディアバウンドの力に対し、またもファラオを危険に晒し、神の力に頼り切るつもりか!」

 

 セトの一喝がそれを遮る。

 

 現在、彼らは「魔物(カー)狩り」を行っている。平たく言えば毛色は違うが「徴兵」のようなものだ。

 

 彼らの語る「魔物(カー)」は所謂「カードの精霊」である。これを兵力として扱い戦うのが「ディアハ」だ。

 

 ちなみに、この時代は魔物(カー)が「人の心が生み出す化生」と認識されているが、実際のところは「当人と心の波長の近い精霊が寄ってきている」が近い。

 

 なにせ、人間が存在しない遥か太古の時代にも精霊は存在していたのだから。

 

 

 閑話休題。

 

 

 そんなセトたちの目的は「魔物(カー)」を扱う者を増員する戦力強化。

 

 現状の神官団の戦力では、バクラのディアバウンドからファラオを守るどころか、ファラオに守られる状況である。

 

 ファラオの矛となり盾なるべき自分たちがそんなザマではいられない。ゆえの戦力強化。

 

「だが罪なき者の心を見ることは、たとえ神官といえども許されぬ! 今はマハードの千年リングが失われた以上、より慎重に事に当たるべきだろう!」

 

 しかし怒声を上げるシャダが言う様に、千年アイテムは「罪人を裁く」際に用いられる神具――それを罪もない町人へいたずらに向けることなど言語道断。

 

 更にマハードの失態を鑑みれば、これ以上の軽率な行動は避けるべきだとシャダは語る。

 

「シャダ……確かにマハードの行動は愚かだった。だが村々を襲撃し、邪念を取り込むことで力を強大化させているバクラの力を危惧し、神に縋らず挑もうとした意思は間違ってなどいない!」

 

 しかし、セトはマハードの行動を部分的に支持してみせた。

 

 方法・結果は完全に擁護不可能な程にアウトだったが、「ファラオを守る為の行動」である一点は評価できる。

 

「そして今、必要とするのはヤツのディアバウンドに対抗し得る新たな力! 手に負えぬ事態になってからでは遅いのだぞ!」

 

 そう、現状の「ファラオ以外、ディアバウンドに手も足も出ない」状況を放置しておくことなど、神官として許されるものではない。

 

 万が一ファラオが敗北すれば、王権崩壊に直結し、引いては民草の安寧も保てないのだから。

 

「くっ……このものたちの扱いはどうなる?」

 

「安心しろ。魔物(カー)を宿しているとはいえ、未だ罪を犯してはおらぬ者たち――扱いはあくまで『新兵』といったところだ」

 

 ファラオの御身の危機を出されては返す言葉がないシャダへ、セトは反対材料になり得る要因を排していきつつ、兵士へ指示を飛ばす。

 

「お前たちはこやつらを王宮へ移送しろ!」

 

「お待ちくだされ!!」

 

 だが、その声に野次馬たちの中から待ったがかかった。

 

「何者だ!!」

 

 気迫の籠ったシャダの喝に、野次馬たちが「己ではない」と脇に退く中で現れたのは一人の男。

 

 

 その姿はゴリラのように大柄で、ゴリラのように力強さを感じる歩みを見せ、やがてゴリラのように毛深い手足で跪き、ゴリラのような彫りの深い顔を神官たちに向け、ゴリラのように野性味溢れる声で、ゴリラに相応しい名を名乗る。

 

 

「我が名はゼーマン! しがない商人でございます! 神官セト様! 貴方様に言伝を預かった次第です!!」

 

「私に……だと?」

 

 その、ゴリラ――もといゼーマンと名乗るゴリラ――もとい大男、ゼーマンがセトへと差し出すのは――

 

「ハッ、これを」

 

「……白い髪?」

 

 紐で纏められたひとふさの透き通るような白い髪。それには何処か神聖さすら感じさせる。

 

「その者は過去、貴方様に助けられた恩を返すべく、忠言に参ったと申しておりました!」

 

「……セト、思い当たる話はあるか?」

 

 やがて続いたゼーマンの言葉を疑わし気な視線を向けるシャダ。そこには神官という高い地位に群がる欲深き者への可能性を鑑みた警戒を感じさせるが――

 

「騙すのならば、もっとマシな嘘を述べるだろう。だが、過去…………」

 

 当人のセトはその白い髪から目が離せない。何かが脳裏に引っかかる。

 

 白き髪、過去、助けられた、恩――脳内に巡る情報の数々に頭痛を堪えるように額に手を当てるセト。

 

 だが、その脳髄を白き竜の威容が揺さぶった。

 

「――ッ! どのような者だった!」

 

「透き通るような肌と白い髪、そして青い瞳を持つ女人でございます!! その外見ゆえにいらぬ諍いを起こすと思い、今はこの街の端にある――」

 

「直ぐに案内せよ! シャダ! ついてこい!!」

 

 そしてゼーマンから聞き出した外見的特徴より、セトの内のそれは確信に変わる。やがて馬に飛び乗り、シャダを急かした。

 

「待て、セト! 我らを誘い出す為の甘言やもしれんぞ!」

 

「賊であるのなら、どのみちファラオのお膝元となるこの街に潜ませておく選択肢はない! お前たちは先に指示したように王宮に戻れ! 万が一の時は狼煙を上げる! 神官団にいつでも動けるように、と伝えろ!!」

 

「くっ、やむを得んか!」

 

 かくして、白き龍の導きがもたらすのは――

 

 

 






おまえのような商人がいるか




《闇・道化師のサギー》の魔物(カー)が憑りついていた人、流刑を全うして砂漠で死す!
(あくまで究極の闇のゲーム内の話ですが)



いつものQ&A――

Q:セトの魔物(カー)狩りがソフトになってる……

A:マハードが生存したゆえの変化です。マハードはなんだかんだで魔術師としての腕は一級品なので、戦力不足に悩むセトの精神に若干の余裕が生まれています。
(セトが態々マハードへ「一人で挑むな」と忠言すると言うことは、期待の裏返しな訳ですし)


Q:表の遊戯の行動が早くない?

A:神崎から語られたオカルト分野の科学転用を受けて、そちらの方面を闇遊戯の為に色々調べていたゆえに事前情報が多かった為、行動方針を固めやすくなった状態です。
(パラドックス編にて調べていた部分になります)


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第187話 広がるズレ



2020/05/16
《フォーチュンレディ・エヴァリー》のダークシンクロ問題をクリアできなかったので、143話を修正することになりました。

とはいえ、ダークシンクロたちの登場の場に《フォーチュンレディ・エヴァリー》を追加しただけですので、大筋はさして変化しておりません。

辻褄が合わせられず申し訳ないです<(_ _)>





前回のあらすじ
ゼーマン「ゴリラ感は拭えませぬが、一応は人間に擬態しておりますので」






 

 

 あだ名をつけるならば確実に「ゴリラ」であろう商人の男の案内の元、セトたちが馬を走らせる一方で――

 

 ところ変わって、千年アイテムを生み出した既に滅んだ盗賊たちの村――クル・エルナ村の地下神殿でバクラは苛立たし気に舌を打った。

 

「チッ、千年リングは横取りされちまったか……だが、力の方はもう一押しってところだな」

 

 そうして千年アイテムを収める冥界の石板に腰掛けたバクラが、この地に彷徨う千年アイテム製造の生贄になった者たちの怨霊をディアバウンドに喰わせつつ、考えを纏めるように一人ごちる。

 

「しかし解せねぇ。俺様を狙撃したヤツは遊戯の陣営だと思ってたが、マハードの襲撃に加え、千年リングの奪取――どういうことだ?」

 

 今回の究極の闇のゲームにはイレギュラーが多すぎる――と。

 

 当初は狙撃してくる相手単品がイレギュラーだと判断していたが、それも今回のマハードを襲った一団の存在により雲行きが怪しくなってきた。

 

 なにせ、双方を「闇遊戯の味方」と評するには二つの行動は結びつかない。

 

「よお、手古摺ってるみてぇじゃねぇか」

 

 だが、そうして思案するバクラに声をかけるものがいた。

 

 しかし、おかしなことにその相手はバクラと瓜二つの存在。違いといえば、肌の色と服装が宿主である現代の獏良 了を踏襲している程度だ。

 

「ようやくお出ましかよ。俺様の魂をパラサイトした千年パズル内部の攻略に随分と手間取ったみてぇじゃねぇか」

 

 そのもう一人のバクラの正体は、千年パズルにバクラの魂の一部を潜り込ませた者――ややこしいので、此処は「闇バクラ」と仮称しよう。

 

「そっちはどうだった?」

 

「器の遊戯どもは失われた王の名を探して王墓に向かったみたいだぜ――俺様も『王の名』は究極の闇のゲーム攻略のキーになるって考えは同意見だ」

 

 やがてバクラの問いに闇バクラが表の遊戯たちの動向を語りつつ――

 

「しかし、未だに千年アイテムを一つも手にしちゃいねぇとは……俺様の癖に、だらしがねぇ」

 

 バクラの不甲斐なさへ呆れを見せる闇バクラ。

 

「ほざけ、俺様の邪魔をする招かれざる客共がいるんだよ」

 

「あぁ? どういうことだ?」

 

 だが、バクラの面倒そうな表情から、詳しい話を聞いてみれば――

 

「片や盗賊王バクラを狙う相手に、片や千年アイテムを集める一団か……」

 

 存外ややこしいことになっていることを闇バクラは把握した。

 

 闇遊戯とバクラの一騎打ちかと思えた究極の闇のゲームに生じた新たな2つの勢力――しかも1つは完全に闇遊戯たちの味方となれば、己が苦戦する現実にも納得がいく。

 

「ああ、チマチマ狙ってくる方はディアバウンドで対抗できるようにはなったが、面倒で仕方がねぇ」

 

「だったら、千年アイテムを集めている方は、街で噂になっていた『石像の軍団』か――兵士共の話じゃ、野蛮人そのものみてぇな戦い方らしい」

 

「だとすれば、別の勢力と考えた方が自然か……俺様を狙った奴らは現代技術を駆使してやがったからな」

 

 そうして闇バクラが街で入手した情報と照らし合わせ、イレギュラーの存在を測って行く。

 

「こりゃ乱戦になりそうだ。ククク……ならディアバウンドもクル・エルナ村の怨霊共を取り込んでパワーアップしつつある。そろそろ本格的に仕掛けさせて貰うか」

 

「となれば、俺様は器の遊戯共から『王の名』を頂くとするぜ」

 

 やがて双方が新たな獲物を見定め、闇バクラが地下神殿から退出しようとしたとき、バクラは指をパチンと鳴らす。

 

「だったら、こいつらを連れて行きな。どのみち三幻神の戦闘じゃ役に立たねぇだろうからよ」

 

 その音と共に闇バクラの元に集うのは、バクラが従えていた黒ローブの騎士たち。

 

 闇遊戯とのディアハには些か実力不足ゆえに浮いた駒を、闇バクラの守りとして配置する。狙撃手への警戒だ。

 

 

 かくして、己が戦力を、計画を着々と盛り返していくバクラは地下神殿にて、より禍々しく変貌したディアバウンドを視界に収めほくそ笑む。

 

 

「ククク、後は夜を待つだけ――盗賊らしく闇に紛れて夜襲といくぜ」

 

 

 王宮へのバクラの襲撃は近い。

 

 

 

 

 

 

 

 此処で舞台はゴリラの下に戻り、セトたちがゼーマンに案内されたのは誰にも使われていないであろう小屋の前。

 

 小屋自体に罠と思しき不審な点はなく、精々がなんかデカくて丸い羊がいるくらいだ。

 

「あの家屋にてお待ちしております。エヴァリー!」

 

 そうしてゼーマンが小屋に向けて声を飛ばせば、小屋の前のデカくて丸い羊の影から白いローブで全身を覆った頬に文様のある水色の長髪を揺らす女性が手を振って応える。

 

「あの者は? いや、それよりもあの巨大な生物は……」

 

「連れと、番犬代わりの『ゴート』でございます。ああ見えて力も強く、我が行商を幾度となく助けてくれました」

 

「そう……か」

 

 用意された設定を並べるゼーマンの話を聞くシャダだが、いまいち疑念は晴れ切らない模様。

 

 やはり「家畜盗みはダメでしょ」と『スケープ・ゴート』トークンを採用し、もっとマトモな生物を用意できなかったのが、此処に来て響いている。

 

 とはいえ、持ち込めた他の選択肢が二足歩行の馬戦士(剣闘獣ダリウス)や、まさかり担いだ馬ゾンビ(馬頭鬼)、果ては木造ウママシーン(トロイホース)に加え、なんか燃えてるバーニング馬(ナイトメア・ホース)と一発アウトな代物だった為、苦肉の策である。

 

「我らへの疑念が晴れぬのであれば、その神具で心を見通して頂いてもかまいません」

 

 それゆえか真摯な対応で誤魔化すゼーマンに、シャダは告げられたように千年錠を向けるか悩むが――

 

「……いや、罪人ではないものに使うつもりはない」

 

――この商人が我が国の民ではないのなら、徴兵する訳にいくまい。

 

 今回の「魔物(カー)狩り」以外に例外を作りたくないのか、千年錠を懐に収めた。

 

 現代の千年錠のように心を見通せれば良いのだが、この時代の千年錠では魔物(カー)の有無と強大か否か程度の判別しか出来ない為、用途が限られる弊害であろう。

 

 とはいえ、仮に見られても、ゼーマンたちは精霊(魔物)そのものな為、心の内に魔物(カー)が潜む訳がないのだが。

 

「シャダ。俺が帰らなければこの男を縛り首にしろ」

 

「覚悟の上です」

 

「殊勝なことだ」

 

 やがてセトは物騒な発言と共に、小屋へと一人突き進む。やがて《フォーチュンレディ・エヴァリー》が扉を開け、黙して去る姿を最後に、小屋の中で巡り合ったのは――

 

「セト様!」

 

 椅子に腰かけていた白い肌と青い瞳の美しい女性が、黄白色のシンプルなワンピースタイプのドレスを揺らしながら待ちわびた来訪者に顔をほころばせた。

 

 その姿に己が記憶と相違ないと、警戒心を解いたセトは小さく息を吐く。

 

「やはりお前だったか、キサラ……だが、また人攫いに遭いかねんというのに、何故ここに来た? 故郷で何かあったのか?」

 

「……いいえ」

 

 そうして女性――キサラの要件へと話題をシフトしていくセトだが、キサラは沈痛な表情を以て、顔を俯かせる。

 

「私を救ったせいで、貴方の故郷は滅びました……なら、今度は私がセト様を助ける番です」

 

 セトがまだ年若い青年だった過去、人攫いにあったキサラを助けたことで、セトの村は人攫いの襲撃に遭い、その際にセトの母の命を落とす結果になった。それがキサラが恩と罪悪感を覚えている一件。

 

 最終的にはキサラの内に秘めた魔物(カー)白き竜の力によって人攫いたちは滅したものの、失われた命は戻らない。

 

 ゆえに「今度は」と決意に満ちた視線を向けるキサラに、セトは首を振る。

 

「私はそんなことの為にお前を助けた訳ではない。そして今の私は神官……いや、あの時とて神官を目指していた身――民を守ることは当然のことだ」

 

「ですが、私には分かるのです。邪悪な影があなた方に迫りつつあることに」

 

 キサラを闘いの場から遠ざけようとするセトに対し、キサラは己が内に眠る魔物(カー)の恩恵なのか、感じ取った悪い予感に警鐘を漏らす。

 

「あの商人が語っていた『忠言』との話……か」

 

「はい、それは――」

 

 そうして語られる強大で邪悪な脅威の概要。

 

 それは決して詳細なものではなかったが、何処か予言染みていて決して無視はできない情報。

 

 

 やがて、己が感じた限りの全ての情報を伝え終えたキサラにセトは暫し瞳を閉じ――

 

「お前の忠告、確かに受け取った。だが、お前は故郷に帰れ――これは我々の問題だ」

 

 突き放すように返す。なにせ此度の騒動はあのマハードがあわや命を落としかけた程だ。

 

 どんな想いがあれども戦いのイロハも知らぬ他国の相手を引き入れることなど、どちらの為にもなりはしない。

 

「ですが――」

 

「私に恩を返したいと思うお前の心は確かに受け取った。しかし、お前の外見はこの地では目立つ。私が四六時中お前を守ってやる訳にもいかん」

 

「それでも!」

 

 しかし、キサラは譲らない。この身に滾る想いは理屈ではないのだ。何を言われようとも引く気はなかった。

 

「ゆえに待っていてくれ」

 

「……待つ?」

 

 だが、告げられた言葉のニュアンスの変化に出鼻をくじかれたようにキサラは小首をかしげる中、セトは静かに語る。

 

「今代のファラオは優しき心と気高き心を持つお方。あの方ならば、きっとお前も迫害なく生きられる世にしてくださることだろう――お前の力は、その時にまで取っておいてくれ」

 

 セトは現ファラオ――闇遊戯に、今までのどのファラオとも違うものを感じ取っていた。

 

 それは先代すら叶わなかった三幻神を呼び出したことに留まらず、負傷してなおバクラ相手に一歩も引かぬ胆力に加え、マハードの処罰の際の掟破りの陳述すら呑みほした器と多岐にわたる。

 

 セトは、マハードの件の陳述が通るとは思っていなかった。

 

 マハードと闇遊戯が幼少より仲が良く、親交が深かったことを考えれば、歴代のファラオの王墓を管理・維持する誉れ高き役職、王墓警護隊長の解任など、許す筈がないと。

 

 なにせ、末代の恥になりかねない代物だ。それゆえに、セトの受けた衝撃は大きい。

 

 

 情に深く、それでいて現実を見据えた在り方は、甘さばかりが目立った先代ファラオ、アクナムカノンとは大きく異なる。セトをして「この方ならば」と思わせるだけのオーラが闇遊戯にはあった。

 

 

 なお、闇遊戯が許可したのは、その辺り(当時の身分の基準)の事情をよく分かっていなかった為、「マハードの命が助かるなら」な具合だったが、知らぬが仏である。

 

 

 閑話休題。

 

 

 そうしてセトの将来を見据えた主張に、キサラの気勢が此処に来て削がれる。そんな言い方をされれば、引きさがるしかないではないか――と。

 

「セト様……」

 

「なに、案ずるな。お前の語った脅威なぞ、我が魔物(カー)デュオスの剣の錆びにしてくれようぞ」

 

 やがて不敵に強気な笑みを浮かべたセトの姿に小さくクスリと笑ったキサラは懐から取り出したものをセトへと差し出す。

 

「……では、これを」

 

「これは?」

 

「あの商人の方の故郷で、願いに準じた守護の加護が宿るお守りとして言伝されている物とのことです。この服を頂いた際に商人のお連れの方に作り方を教わり、手慰みですが……」

 

 そうして青と白の糸で編まれたリング状のお守りを手に取るセト。

 

 とはいえ、なにやら御大層な肩書がキサラから語られているが、その内実は一般的な「ミサンガ」である。

 

 お守り的なポジションで、尚且つ現地で用意できる材料、そしてキサラが手作りできる範囲のものがそのくらいが限度だった経緯がある――「託す」という行為が代替え行為に都合が良いゆえの仕込みだ。

 

「フッ、そうか――ありがたく頂こう。しかし、あの時と服装が違ったのは商人の計らいだったか」

 

 そうしてキサラお手製のミサンガを手首に巻いたセトは、「そういえば」とキサラの服装へと話題が移る。

 

 これに関しては、原作ではキサラはボロを着ていたのだが、「保護したのにボロ着せたままだと印象悪くね?」な思惑から、《フォーチュンレディ・エヴァリー》の手によって《青き眼の乙女》風の衣装をキサラにこしらえられたのだ。商人設定が活きた部分である。

 

「……おかしかったですか?」

 

 そんなセトからの問いに、スカートの裾を持ちながら不安気に声を落とすキサラだが――

 

「いや、よく似合っている」

 

「そ、そうで……す……か……」

 

 恥ずかし気もなくストレートに答えたセトの評価に、キサラは赤くなった顔を俯かせながらか細い声を漏らす。

 

 そうして語尾を弱めるキサラを余所にセトは小屋の窓から外へ視線を向けた。

 

「帰る足のアテはあるのか?」

 

 それはセトにとってネックな部分であった。外見ゆえにあらぬ迫害を受けかねないキサラを安全に故郷まで送り届けるに値する人物は、そう多くはない。

 

「――は、はい! 商人の方が道すがら送って頂ける、と」

 

「ならば、お前の故郷で朗報を待っていてくれ」

 

「はい……!」

 

 しかし、キサラからの返答に僅かに逡巡するも、短く別れのやり取りを済ませたセトは、小屋から出てセトたちの元へと合流。

 

 それに対し、シャダが駆け寄りながら尋ねるが――

 

「セト、どうだった?」

 

「バクラの存在を察知しての忠言だった。もう少し早くに――と思ってしまうが、王権崩壊の可能性がある事態だと把握できただけでも十分だ」

 

「それ程なのか!?」

 

 そこに先程までの優し気な表情をしていたセトの姿はない。ファラオの為に、民の為に、時に冷酷な決断すら下せる神官の姿があるばかり。

 

「すぐさま王宮に戻るぞ、シャダ! 此度の一件、心してかからねばならん!!」

 

 そうして馬の背に乗り、王宮へ駆ける前にゼーマンへと向き直る。

 

「貴様、ゼーマンと言ったな。褒美を取らせたいところだが、今は少々立て込んでいる――あの者を故郷に送った後、騒動が収まった後で王宮を訪ねるがいい! 望む褒美を取らせよう!」

 

「それでは今、この場で頂いてもよろしいですかな?」

 

「話を聞いていたのか?」

 

「いえ、私は少々星詠みを嗜んでおりまして、あの者に会ったのもその導きによるものなのです」

 

 相手の声に僅かに怪訝な表情を見せるセトだがゼーマンの話を聞き、その瞳に興味の色が映る。己とキサラとの縁を結んだ信がおけそうなこの男が、己に何を見るのかと。

 

「ほう、つまり我々を占うと」

 

「ハッ、差し出がましい願いだと承知しておりますが」

 

「いいだろう。申してみよ」

 

 そうしてセトに促されるままにジャラジャラと小石を地面に撒いたゼーマンは暫し眺めた後に瞳を閉じ、見えた未来の残照を告げる。

 

「『敵は外からだけではない』――そう出ました」

 

 告げられたものは抽象的で曖昧などうとでも取れるような言葉だが、その取り得る可能性の一つに思い至ったシャダは怒声を上げる。

 

「我ら神官団の中に裏切者がいるとでも言うのか!!」

 

 敵は外から「だけ」ではない――となれば「内」から――つまり裏切者がいると考えるのは極めて自然な発想だ。

 

 だが、凡百な一兵士が裏切ろうとも、神官の「敵」にはなり得ない。となれば、敵になりうる「神官」のいずれかが、と結論付けるのも無理からぬ話。

 

 そんな神官団の忠誠を疑うような結果に、怒り心頭のシャダだが――

 

「何も直接的に裏切るとは限りませぬ、ファラオの為にと行動した結果、御身を危険に晒すこととてありましょうぞ」

 

「くっ……」

 

 ゼーマンから語られた注釈に、つい最近思い当たる節があった為、口をつぐむ結果となった。

 

「その言葉、この胸にしかと刻んでおこう! 行くぞ、シャダ!」

 

 かくしてセトの号令を合図に、セトとシャダ、そして兵士たちは王宮へとひた走る。

 

 魔物(カー)狩りの最中に得られた思わぬ情報は、すぐにでも周知するべき情報ゆえか、馬を走らせるセトの腕にも力がこもる。

 

 そこに、守るべき相手が増えたことへの力みがあるのか否かは、神のみぞ知ることだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「此方、ゼーマン及びエヴァリー。問題をクリア――これより対象の護送に移ります」

 

 とはいえ、ゴリラ(ゼーマン)には関係のない話だ。

 

 

 

 

 

 

 シャダの思い当たる節ことマハードは、ファラオの私室の前にて、座禅を組み、瞑想にふけっていた。

 

 これはファラオの警備をしつつ、先の一戦で己に修練が足りぬと感じたゆえに魔力(ヘカ)を高める為の修行中である。

 

 片手間と思うなかれ、瞑想によって研ぎ澄まされたマハードの感覚は、ファラオに迫る数多の脅威をすぐさま看破すること請け合いだ。

 

「お師匠サマが謹慎だなんて…………なら、王子と一緒にいられる時間が増えますね!」

 

「……何を馬鹿なことを言っている。セトが私に温情を与えてくれたのは、ファラオをお守りする為――なれば、今の私がすべきはファラオの盾としての責務を果たすべく研鑽を重ね、力を高めることに他ならない」

 

 だが、上から己を覗き込むよう弟子であるマナの楽し気な声で語られた頓珍漢な主張に、スッと瞳を開いたマハードは苦言を漏らす。

 

「マナ、これも良い機会だ。お前も修練を積――」

 

「王子~! お師匠サマ、大丈夫そうでーす!」

 

「お、王子!? ゴホン――いえ、ファラオ。何用でしょうか」

 

 しかし、マナの声で王の私室の扉が開き、顔を覗かせた闇遊戯の姿に、マハードは狼狽えつつも、サッと平静を取り繕いながら臣下として跪く。

 

 正直、先の失態によって「失望された」との思いがあるゆえか、マハードは闇遊戯の顔を直視することが出来ない。

 

「いや、此度の責でマハードが気を落としていないか心配だったんだ」

 

「わたしにそれとなく確かめて欲しいって!」

 

「大丈夫そうで安心した。怪我の方は問題ないか?」

 

 だが、闇遊戯の常と変わらぬ声にマハードは思わず緩んだ心を引き締めながら跪き、襟を正す。

 

「はい、問題ありません。そして身に余るご配慮への感謝を。ですがご安心ください――セトがくれたこの時間、全て王子を守る為に使わせて頂きます」

 

「あ~、お師匠サマ、またファラオのこと『王子』って呼んだ~!」

 

「こ、これはだな――」

 

 しかし指を揺らしながらのマナの指摘に、またも心を乱すマハード。どうやら明鏡止水の心に至るには修業がまだまだ足りぬ様子だ。

 

 

 

 

 

 

 

 魔物(カー)狩りを終えたセトは、諸々の報告を済ませた後、神官になりたてだった頃から世話になっていた恩師でもある神官アクナディンの元へ訪れるべく、魔物(カー)を封じた石板が安置されているウェジュの神殿の一つに訪れていた。

 

 そして目当ての人物を見つけたセトは挨拶も早々に開口する。

 

「アクナディン様、ご報告申し上げます。街での魔物(カー)狩りは想像以上の成果を上げています。やはり民衆の中にもそれなりに優れた魔物(カー)を宿す者が存在しました」

 

 それは単純に戦果の報告に留まらず、ファラオの御身を守る為の計画をより万全のものとする為に、己が恩師の意見を求めてのものにも思えた。

 

「セトよ……今からでも遅くはない。直ぐに無実の者たちを解放するのだ――後ろめたき行為は心に恐れを生み、恐れはいずれ人を闇へといざなう」

 

 だが、アクナディンから静かに返されたのは計画の否定。それは神官として正しい主張であろう。それはセトも理解している。

 

「何も罪人として扱う訳ではございません。あくまでファラオを守護する兵として扱うつもりです」

 

「だとしても、戦いへの心構えを持たぬ者たちを戦場に駆り立てる行為は――」

 

「バクラと賊共の起こした此度の一件、王権崩壊の危機すら孕んだものであるとご報告申した筈! なればこそファラオの為に神官だけでなく、民も一丸となってこの危機に立ち向かうべきではないでしょうか!!」

 

 しかし続く論争の中、アクナディンの言を遮るようにセトは声を荒げた。ファラオの御身を守る盾が何一つ機能していない状況でそんな悠長に構える余地は存在しない、と。

 

「私の行いの根源は全てファラオの! このエジプトの大地の! そしてそこに住まう民の為! 間違っているとは思いませぬ!!」

 

「セト……」

 

 熱を帯びるセトの論にアクナディンの瞳に悲哀の色が宿る。眼の前の若人が、過去に「国の為に」と非道を起こした己と重なって仕方がない。

 

「まだ仕事が残っておりますゆえ……では」

 

 やがて話題を断ち切るように一礼し、背を向け去ったセトにアクナディンはかけてやるべき言葉が見つからなかった。

 

 

 

 

 そして暫しの間、アクナディンは己の無力さに打ちひしがれる。

 

「セトよ……お前は私と同じ過ちを犯そうとしているのか……クッ」

 

「ククククク……」

 

「――ッ!? 貴様はバクラ!?」

 

 しかしそんな中、無から生じたとしか思えぬほどに突然現れたバクラの姿に、すぐさま臨戦態勢を取ってディアディアンクを構え、魔物(カー)を呼び出そうとするアクナディンだが――

 

「ぐはっ!?」

 

 突如として背中に奔った衝撃に訳も分からぬまま、地面に転がった。

 

「フフフ……老いぼれが! そのトロさじゃ魔物(カー)を1体も召喚することなく勝負が決まっちまうぜ――クククク……ハハハハハッ!!」

 

 更にはバクラに喉元近くを踏みつけられ、今のアクナディンはもはや声を出すのも厳しい有様。

 

 そしてウェジュの神殿の天井を見上げる事しか出来ぬアクナディンの視界に入ったのはバクラに加え、初戦時の白き姿から黒く邪悪に、強大に変貌したディアバウンドの姿。

 

――ディアバウンドがあの時以上に強大に……!

 

「貴様、それ程の力……どうやって……!」

 

 だが増援を期待し、息も絶え絶えに会話で時間を稼ごうとするアクナディンだが、対するバクラは上機嫌に嗤って見せた。

 

「なぁに、ちぃっとばかり里帰りしてなぁ――テメェなら分かるだろう?」

 

「や、やはり……クル・エルナ村の生き残り……だったか……!」

 

「ご名答。俺様の中で喚いてやがるぜぇ? テメェが千年アイテムを生み出す為にぶっ殺した奴らが復讐したいってよぉ!」

 

 そうして死に体ながらも時間稼ぎと情報収集を必死に熟すアクナディンだが、そんな相手へバクラは興味深そうな視線を向けながらカマをかける。

 

「まさか8つ目まで作るとは思っちゃいなかったがな」

 

「……8つ……目……? なんの……ことだ……」

 

「チッ、本当に知らねぇのか。まぁ、良い」

 

 だが、怪訝そうなアクナディンの声と表情を前に、バクラの興味は一気に消え失せた。

 

「簡単に殺しはしねぇ。面倒な邪魔者がいるもんでな――テメェには働いて貰わねぇと、三千年前の時のようによ!」

 

 ゆえに使い道のなくなった老神官にバクラが下すものは唯一つ。

 

「さぁ、タップリと受け取りな」

 

 バクラとディアバウンドの内から怨霊が叫びを上げ、その憎悪が、怨嗟が、心の闇となってアクナディンの左眼に埋め込まれた千年眼へと注がれる。

 

「テメェが殺した奴らの怨嗟の声ってヤツをなァ! ヒャハハハハッ!!」

 

 ウェジュの神殿にアクナディンの絶叫が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがてその夜、王宮内に喧噪が広がる。そして慌ただしく兵士の叫びが飛び交った。

 

「アクナディン様がバクラの襲撃に遭われたぞ!!」

 

「探せ! 下手人はまだ遠くに逃げてはいない筈だ!!」

 

「いたぞ、バクラだ!!」

 

「止まれ!」

 

 そんな兵士たちの視線の先には馬にまたがりかけるバクラの姿。

 

「ハハハハハ! 近づく奴はディアバウンドの餌食だぜ!」

 

 その行く手を兵士たちが阻もうと槍を向けるが、バクラの背後から不可視の何かが腕を払えば、兵士たちは木端のように吹き飛ばされて行く。

 

 そうして誰に邪魔されることなく悠然と王宮を駆けるバクラを、馬で追い掛ける者がいた。

 

「ハァ!!」

 

「ハッ、王様直々のご出陣かよ!」

 

 それは兵士たちの、いや、この国の長であるファラオたる闇遊戯。

 

「今度こそ逃がさないぜ、バクラ! 神の召喚! 出でよ――」

 

 そして闇遊戯はその身に魔力(ヘカ)を巡らせ己がシモベを呼べば、腕のディアディアンクに竜の文様が浮かび上がる。

 

「――オシリスの天空竜!!」

 

 彼の姿は、赤き長大なる龍、天空を統べる支配者たる三幻神が一柱、オシリスの天空竜が豪咆と共に宙を舞い、闇遊戯に並走した。

 

「出やがったな2体目の神、オシリスの天空竜! いいぜ、王様よぉ――こっからは新たな戦いの第二幕だ! 地獄の底まで追い掛けて来な!」

 

 そんな2体目の神を挑発するように両の手を広げ、嘲け笑うバクラが王宮の門を通り抜けたことで、戦いの舞台は街へと移っていく。

 

「望むところだ!!」

 

「私もお供します、ファラオ!!」

 

「助かるぜ、マハード! ――バクラ! 貴様にこれ以上、無益な血を流させはしない!!」

 

 やがて闇遊戯の馬に己の馬を並走させるマハードが戦線に加わり、此度の戦闘は馬上にて大地を駆けた戦となる。

 

 

 

――ん? あれはピースの輪? まさか相棒たちもこの世界に来ているのか!? いや、今は眼の前の戦いに集中するべきだ!

 

 かくして、マハードと共に門を通り過ぎた際に己が瞳に映った情報を一先ず脇に置いた闇遊戯は、戦いへの士気を高めるが如く叫んだ。

 

 

「 「 ディアハ!! 」 」

 

 

 ライディングディアハ! アクセラレーション!!

 

 

 






馬に乗ってディアハだと!? ふざけやがって!(漫画版遊星感)


いつものQ&A――

Q:キサラを王宮から遠ざけたのは何故?

A:キサラの身に宿す強大な魔物(カー)、白き龍をアクナディン(闇落ちバージョン)が彼女を殺害することで、その魔物(カー)をセトに託そうと画策し、

さらにキサラの死がセトに及ぼす影響が未知数だった為、介入した状態です。

(原作での本来の三千年前の歴史では、経緯は不明ですが、セトがファラオと袂を分かち、第三勢力になる程の出来事があるようですし)


Q:バクラが二人!?

A:来るぞ、遊馬!!

――と冗談はさておき、今話で登場したもう一人のバクラは手荷物検査の際に千年パズルにパラサイトしたバクラの魂の一部です。

原作では究極の闇のゲームへ侵入する際に使用されていたようですが、今作ではイレギュラーにより別ルートから入れた為、表の遊戯たちの後をつけて参戦し、バクラのサポートを買って出ました。


Q:アクナディン、闇落ちしちゃうの?

A:心の光の力を信じるのです(なお原作)



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第188話 天空の神



マナ「さぁ、お師匠(マハード)サマの大活躍ですよ!(先制フラグ)」




前回のあらすじ
ディアハが開始されます。一般市民はただちに退避してください。繰り返します。ディアハが開始されます。一般市民は――





 

 

 バクラと闇遊戯の馬上の戦いが始まる前に、此処で舞台は究極の闇のゲームの盤上から、現代へ戻る。

 

 

 そしてアメリカのI2社の会議室にて、巨大なスクリーンに向けて夜行が、ペガサス含めたペガサスミニオンたちと海馬兄弟を交えて、なにやら論じていた。

 

「学園システムは三つの階級を用意し、それぞれ待遇に差を設けることで競争心を煽り――」

 

「待つのデース、夜行ボーイ。それでは下の階級にいる者たちが可哀想なことになってしまいマース」

 

「会長、お言葉ですが『デュエルエリート』を育成するにあたって、足切りは避けては通れません」

 

「……海馬ボーイ、これでは生徒が、強さのみを追い求めてしまいかねまセーン」

 

 ペガサスが今回の話――デュエルの学び舎こと「デュエルアカデミア」を持ち込んだ海馬に苦言を呈するが――

 

「安心しろ。貴様が心配する精神面の成長を促す用意は出来ている。あるデュエル流派の教えが、貴様の眼鏡に叶う筈だ」

 

 それは海馬が先んじて用意しておいた書類の束がペガサスの元へとMr.クロケッツを通じて届けられたことで矛先を失う。

 

 なにせ、その中身はペガサスが望む「デュエリストの心」を重んじる内容なのだ。

 

「Oh! これは! それに彼はワールドグランプリでMr.シュレイダーに諦めず教えを説いた……成程、これならば……では夜行ボーイ、続きを」

 

「ハッ。そして階級の上下の条件として――」

 

 そうして喜色の声を漏らし、顔をほころばせるペガサスは先を促し、進行役を買って出た夜行もペガサスに注目されたことでルンルンになりながら話を進めていった。

 

 そんな中、黙して難しい顔をする海馬を、モクバは下からのぞき込む。

 

「どうしたの、兄サマ?」

 

「……なんでもない」

 

 だが海馬は空返事を返した後、デュエルディスク及びデッキ、そして千年ロッドの入った足元のジュラルミンケースへ視線を向けた後、己が脳裏に神の啓示とばかりに突如として奔った情報へと意識が向いていた。

 

――遊戯と『オシリスの天空竜』に加え、あれは……《ブラック・マジシャン》の姿。それにあの街並みには見覚えがある。

 

「……オカルトグッズが見せた幻か……だが何故だ? 牛尾の話では、遊戯は凡骨共と観光に行ったとの話だった筈……」

 

 バトルシティ以来の己が嫌うオカルト紛いの出来事に、考えを纏めるように呟く海馬。だが、「馬鹿げた話だ」と一方的な否定はしない。

 

 今の海馬は「オカルト」に対して、「未だ科学で証明できない分野」――そう考えている。

 

 なにせ身近にオカルトへ科学的なアプローチを試みているものがいるのだ。その成果も通達されている以上、全面否定はできない。

 

「磯野、ヤツの動きは?」

 

「ハッ! エジプトにてオカルト案件の依頼があったとの話です」

 

「遊戯のエジプト旅行に合わせて……か。偶然と片付けるにはきな臭い」

 

 やがて磯野からオカルト課の動向を聞き出した海馬は、すぐさま席を立ちペガサスへと視線を向けた。

 

「ペガサス、今回はあくまで情報共有だ。アカデミアに関する要望があるのなら、纏めておけ」

 

 そう短く告げて、ジュラルミンケース片手に相手の返事を聞くつもりもないかのように踵を返す海馬をペガサスは呼び止める。

 

「海馬ボーイ、そう急ぐことはありまセーン! そうデース! シンディアも呼んじゃいマース!」

 

 だが、その内容は「仕事にかこつけてシンディアとイチャつきたい」願望が透けて見えたゆえかどうかは分からないが、海馬の足を止めるには至らない。

 

「行くぞ、モクバ」

 

「あっ、兄サマ! 俺、もうちょっとペガサス会長たちと話していっていいかな? 後で追いかける……から」

 

 しかし、モクバの足は止まった。そうして恐る恐る返答を待つモクバへ――

 

「……そうか――なら、()()()

 

 すれ違いながらかけられた言葉にモクバは破顔する。

 

「!? うん! 任せてよ!!」

 

「磯野、お前はモクバについてやれ」

 

「ハッ! 瀬人様はどちらに?」

 

「なに、少し人に会いに……な」

 

 そうして浮足立つモクバを磯野に任せた海馬はブルーアイズジェットへと向かいながら、己が脳裏に奔った下らぬビジョンを否定するべく動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 此処で舞台は究極の闇のゲームの盤上に戻り――

 

 

 馬を走らせ駆けるバクラと、それを追う闇遊戯とマハードたちが街道を突き抜け、民たちを避け、黒いローブの人物とすれ違い、王宮からかなり離れた頃、馬上のバクラは背後へ向き直りながら宣言した。

 

「さぁて、ここらをテメェらの墓場にしてやるか――ディアバウンド!!」

 

「なら迎え撃つ! 行くぞ、オシリス!!」

 

 そしてバクラの背後から現れた黒く邪悪に変貌を遂げたディアバウンドの姿に、闇遊戯は頭上を舞う赤き竜、オシリスの天空竜で相手の攻撃に構えるが――

 

「やれ、螺旋波動!!」

 

 ディアバウンドの腕から放たれた螺旋波動は、闇遊戯とはまるで見当違いな方角へと放たれた。その先にあるのは――

 

「何処を狙って……街を!?」

 

「さぁ、民衆共! ファラオのお通りだ! ハハハハハ!」

 

 民が住まう街々。当然、ディアバウンドの放った攻撃は無情にも民衆たちへと着弾。

 

「――魔導波!!」

 

 する前に、襲来した青い魔力球がその一撃とぶつかり合い、掻き消された。

 

「なっ!? ディアバウンドの攻撃が!?」

 

「バクラ! これ以上、貴様の好きにはさせん!」

 

 驚きに目を見開くバクラの視線の先にいるのは幻想の魔術師を操るマハードの姿。そんな思わぬ横やりにバクラは軽く舌打ちするも、嘲笑を以て返す。

 

「チッ、誰かと思えば、千年リングを奪われた負け犬様じゃねぇか。生憎だが千年アイテムを失ったテメェに用はねぇんだよ!」

 

「貴様にはなくとも、私にはある! ファラオに牙剥くお前を許す訳にはいかない!!」

 

「ククク、随分と粋がるじゃねぇか。だが、此処が俺様にとってとてつもなく有利な場所であることには変わりねぇ――ディアバウンド! 手あたり次第に街をぶっ壊せ! 手が回らなくなる程になァ!!」

 

 挑発目的のバクラの声にも動じぬマハードへと向けられるのは、両の手を広げたディアバウンドが縦横無尽に街へと攻撃を放つ無差別攻撃の一手。

 

「頼む、オシリス!!」

 

 それに対し、闇遊戯は街とディアバウンドの間にオシリスの天空竜を配置し、盾とする。だが、神が受けるダメージが闇遊戯にフィードバックすることを考えれば悪手というほかない。

 

「フフフフ……街の奴らの盾になる気か? だが、一体何時まで耐えられ――」

 

「千本刃!!」

 

 だが、街中にバラまかれたディアバウンドの攻撃はマハードが操る幻想の魔術師から放たれた数え切れぬ程に射出されたナイフによって誘爆させられ、その全てが宙で弾けた。

 

「馬鹿なっ!? ディアバウンドの全ての攻撃を捌いた……だと……!?」

 

「バクラよ、お前のディアバウンドが力を上げたように、私も修練を積み魔力(ヘカ)の能力を高めたのだ」

 

 よもや全て防がれるとは思ってもみなかったバクラは、油断も慢心も捨てた瞳のマハードへと今度は忌々し気な視線を向ける。バクラの中で、マハードが「目障りな駒」から、「厄介な敵」へと評価が変わった瞬間だった。

 

 そうして先の敗北から一回りも二回りも成長を遂げたマハードの姿は、闇遊戯にとってもこれ以上ない程に頼もしいもの。

 

「ファラオ! 街の守りはお任せください! この命に代えても民へ手出しはさせません!!」

 

「助かるぜ、マハード!」

 

「ククク、そうかよ――だが、単純なパワーはディアバウンドが上だ! 螺旋波動!!」

 

「なら、その力! 俺が受け持つまで! オシリス! 超電導波サンダー・フォースッ!!」

 

 やがてオシリスの天空竜の口から放たれた雷撃の砲撃染みた一撃と、ディアバウンドの螺旋を描きながら迫る衝撃が真正面からぶつかり合う。

 

 生じた衝撃が、周囲の空間を軋ませていくが、やがてオシリスの天空竜の雷撃が打ち勝ち、空気を裂きながら迫る雷撃が直撃したディアバウンドは大きく吹き飛び、地面を削りながら転がった。

 

「チィッ!!」

 

――クッ、ディアバウンドが力を上げたとはいえ、神に真正面から挑むにはまだキツイか……!

 

「諦めろ、バクラ! もうお前に勝ち目はない!」

 

 ディアバウンド越しに受けたダメージに顔を歪ませて馬を止めたバクラに、闇遊戯は馬の足を止めながら馬上から投降を勧めるが――

 

「なら、こうだ」

 

 いつの間にか闇遊戯の背後にいたディアバウンドがその爪を闇遊戯へと振り下ろした。

 

「ッ!? 魔防壁!!」

 

 だが、その爪の一撃は魔法陣の壁に阻まれつつも振り切られたが、魔法陣を砕く一瞬の隙に飛びのいた闇遊戯には届かなかった。

 

「ご無事ですか、ファラオ!!」

 

「ああ、なんとかな」

 

「チッ、神官様のお陰で命拾いしたな、遊戯ィ――だが、いつまで保つかねぇ」

 

 傍へ寄るマハードへ己が無事を伝える闇遊戯の横で、ディアバウンドの身体は闇に解けるように消えていく。

 

「ステルス能力……」

 

「そうさ! 死霊共を取り込んだディアバウンドは新たな能力を得てんだよ! 周囲の闇に同化した不可視の攻撃を何時まで防げるかな?」

 

 バクラによって明かされたディアバウンドの能力に対し、厄介だと警戒心を募らせる闇遊戯だが、マハードは合理的に宙の幻想の魔術師の杖をバクラに向けさせる。

 

「ならバクラ! 直接お前を狙うまでだ!!」

 

「浅いんだよォ! ディアバウンド!!」

 

「クッ、街へ!? 魔導波!!」

 

 だが、その前に何もない空間から放たれた螺旋波動が街へと降り注ぐ光景に、幻想の魔術師の攻撃は其方への対処に当てられた。

 

 そうしてディアバウンドの攻撃に右往左往する相手へと優越感を覚えつつ、バクラは嗤う。

 

「ククククク、王様よぉ……ゲームはとっくに難易度を増してるんだぜ? 俺様には幾らでも選択肢がある。テメェらを狙うか、街を狙うか、それとも魔物(カー)を狙うか」

 

 そう、この場はバクラにとって敵地であっても、己の優位性を十二分に確保できるフィールド。

 

「対するテメェらはその全てを守らなきゃならねぇ――大変だなぁ、正義の味方ってのもよぉ」

 

 この場には闇遊戯が、マハードが守りたい対象があまりにも多すぎた。ディアバウンドが適当に暴れるだけで、闇遊戯たちはその対処に手を回さなければならない。

 

 ゆえに此処は多少の民衆を見捨ててでもバクラを早急に倒す非情とも取れる選択こそが求められるが――

 

「マハード、守りは頼む!!」

 

「お任せを!!」

 

 闇遊戯はマハードへ短くそう告げながら、オシリスの天空竜を街の空へと飛び立たせた。

 

「ククク、千年リングすら守り切れなかった負け犬様に守り切れるのかねぇ?」

 

――チッ、欠片も疑ってねぇ目しやがって……

 

 その闇遊戯の行動の意図を理解し、内面を隠しながらも強気に振る舞うバクラに闇遊戯は力強く宣言する。

 

「さぁ、かかってこい、バクラ! 俺は逃げも隠れもしない! こんな馬鹿げてるゲームも此処で終わりだ!!」

 

 それは一対一の誘い――己と民衆の守りはマハードに全て任せ、バクラにのみへ集中するとの宣言。

 

 これではバクラが下手に街を狙えば、その背をオシリスの天空竜の一撃で狙い打たれるだろう。

 

 しかしその反面、マハードが守り切れなければ民の犠牲は計り知れぬものとなる――だが闇遊戯の瞳にはマハードへの信があるのみ。

 

「ハッ、天空の神お得意の空中戦がお望みか――なら、乗ってやるよ! 毒牙連撃波!!」

 

 それゆえか、その誘いに乗ったバクラはディアバウンドの姿をオシリスの天空竜の正面に配置しながら、ステルス状態を維持した蛇の下半身を闇遊戯の背後に伸ばしたのち、牙を剥きながらその背を不意撃った。

 

「暗黒魔連弾!!」

 

 だが、その蛇の顎は幻想の魔術師の杖から放たれた魔力弾の弾幕に遮られる結果となる。

 

「ケッ、邪魔臭ぇ神官サマだ」

 

「無駄だぜ、バクラ! もうお前の好きにはさせないといった筈だ!」

 

「ククク、なら天を操る神サマに、闇を操るディアバウンドの恐ろしさをタップリ教えてやるぜ!!」

 

 不意打ちの失敗に舌を打つバクラだが闇遊戯の声にも動じることはなく、ディアバウンドを闇へと紛れさせ、その全身をステルス状態へと移行。

 

 一対一ならば勝てると考えている闇遊戯の思惑など、バクラからすれば浅慮でしかなかった。

 

「くっ、またしても姿が!」

 

「問題ない! マハードは民たちの守りに集中してくれ!!」

 

「螺旋波動!!」

 

 姿の消えたディアバウンドを懸命に探るマハードと闇遊戯を余所に、オシリスの天空竜の背後から放たれたディアバウンドの一撃が神の身を削り、闇遊戯へダメージを与えていく。

 

「ぐぁッ!? オシリス! サンダー・フォース!!」

 

 とはいえ、闇遊戯もタダではやられまいと受けた攻撃から場所を割りだし反撃するが、オシリスの天空竜が放った雷撃は宙を素通りするだけで何も捉えはしない。

 

「遅い遅い! テメェの攻撃じゃ闇に紛れたディアバウンドは捉えられねぇよ!!」

 

「ならば、バクラへ攻撃せよ! 幻想の魔術師!!」

 

「だから遅ぇんだよ!」

 

 咄嗟に放ったマハードの一撃も、何時の間にか移動していたディアバウンドに阻まれ、掻き消される。

 

「クッ、また闇に紛れた……!」

 

「ハハハハハ! まだまだ奥の手はあったが、それを使うまでもなかったなぁ!!」

 

 そして再び姿を闇へと消したディアバウンドの行方を捜すマハードの姿へとバクラは嘲笑を向ける。このままでは闇遊戯たちのジリ貧だろう。

 

 さすれば着実にダメージが重なって行き、天空の神が地に落ちるのも時間の問題だ。

 

「このままなぶり殺しにしてやるよ!」

 

「出でよ、新たな魔物(カー)!!」

 

 だが、バクラの勝利宣言染みた言葉に対し、闇遊戯のディアディアンクに新たな魔物(カー)の文様が浮かび上がり、黒い小さな影がバクラへと向かって突っ込んでいくが――

 

「今更なにを呼ぼうが俺様のディアバウンドの敵じゃねぇ!」

 

 闇より現れたディアバウンドの爪によって、アッサリとその魔物(カー)は両断された。

 

「クリー!」

 

「クリリー!」

 

「クリリッ!」

 

 と共に、その数を爆発的に増やしていく。やがて空一面に広がるのは小さな黒い毛玉のような魔物(カー)、クリボー。

 

 ディアバウンドが空に無数に浮かぶクリボーの一体に不意に接触した途端、小さな爆発が生じる。

 

「なんだ、コイツらは!? グッ!?」

 

「機雷化と増殖能力を持った魔物(カー)――クリボーさ!」

 

 そう、これこそが闇遊戯のディアバウンドのステルス能力攻略の一手。

 

「成程な、機雷化の力で闇に紛れたディアバウンドの居場所を割り出そうって訳か」

 

 バクラにも察しがついたように、クリボーが爆ぜた場所こそが、ディアバウンドの位置。見えなくなっていても、攻撃が当たらない訳ではない。

 

 これでステルス能力は攻略されたも同然だ。

 

「だが、所詮はくだらねぇ小細工! これだけ隙間があればディアバウンドは自在に移動できる」

 

 かに思えたが、バクラの言う様に如何に空一面をクリボーの大群がいるとはいえ、一切の隙間がない訳ではない。

 

 この程度では、空を縦横無尽に移動できるディアバウンドからすれば、ザル以下の包囲網である。

 

「所詮は浅知恵……なぶり殺しは止めだ。さっさと死にな、遊戯! 生と死の狭間の世界を永遠に彷徨え!」

 

「何勘違いしてるんだ? 俺の一手はまだ終わっちゃいないぜ!」

 

 とはいえ、小細工と馬鹿にしつつも、これ以上余計な考えを出される前に、しっかり勝負を決めにかかるバクラだが、既に闇遊戯の仕込みは終えていたと天に指差す。

 

 新たな魔物(カー)――モンスター(カード)が呼び出されたことで、オシリスの天空竜の第二の口が開き、そこから球体上のイカズチが顔を覗かせた。

 

「オシリスの第二の口が……!?」

 

「新たに呼ばれた魔物(カー)の存在が、オシリスのもう一つの力を呼び起こす――召・雷・弾!!」

 

 その球体上のイカズチの狙いはディアバウンド――ではなく、空一面を覆いつくさんとする数多のクリボーたち。

 

 数多のクリボーの数だけオシリスの天空竜の第二の口から放たれた球体上のイカズチ、召雷弾がクリボーたちを屠って行く。

 

「馬鹿が! テメェの魔物をテメェで潰してりゃ世話な――空が……!?」

 

 そして空一面にクリボーたちの断末魔が響く中、召雷弾によるイカズチが迸り――

 

「オシリスのイカズチによって照らされた空に、お前のディアバウンドが隠れる闇はない!!」

 

 夜空に雷撃の明かりが一時ばかり灯った。

 

 その輝きにより、一時ばかり闇を奪われたディアバウンドのステルス状態が解除され、その姿が露わとなっていく。

 

「こんな……こんな方法で……!!」

 

「マハード!!」

 

「しまっ――」

 

 そして姿を露わにしたディアバウンドの背後にはマハードが操る幻想の魔術師が杖を構えており――

 

――何時の間にッ!?

 

「我が全ての魔力(ヘカ)を此処に!!」

 

 ディアバウンドへ向けた杖から幹部格のオレイカルコスソルジャーすら屠った時よりも、更に磨きをかけた黒き暴虐の一撃が――

 

「 黒 ・ 魔 ・ 導 ! !」

 

 放たれた。

 

 

 空に眩き黒い奔流が迸る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やったか!!」

 

 やがてマハードの魔物(カー)、幻想の魔術師の渾身の一撃によって空に咲いた紅蓮の花に勝利を確信するように拳を握る闇遊戯。

 

 

 そうして空の爆炎が晴れていった先から力なく落下していくのは、球体上の身体に小さな翼の生えた魔物(カー)、イル・シユウの姿。

 

 

 マハードの瞳がゆっくりと見開かれて行き、驚愕の色を覗かせる。

 

「――なぁんてな」

 

「ディアバウンドではない……だと!?」

 

 やがてそんな周囲の反応を愉しむようなバクラの声を合図にイル・シユウの背後から現れるのは無傷のディアバウンドの姿。

 

「ククク……残念だったなぁ、王様よぉ。今、テメェらは千載一遇の機会を逃したぜ――同じ手が二度通じるとは思わねぇこった」

 

 そう、完全に捉えたかと思われたマハードの一撃だが、バクラは念の為にと同行させていた別の魔物(カー)を犠牲にすることで、ディアバウンドへの直撃を防いでいた。

 

 そして空から雷撃の輝きが消え失せ、闇が戻ることでディアバウンドもその姿を闇へと紛れさせていく。

 

 バクラの言う様にまさに千載一遇の機会を逃した現実にマハードは沈痛な面持ちで悔し気にギリッと歯を食いしばった。

 

「くっ、申し訳ありません、ファラオ……!」

 

「そいつはどうかな!!」

 

「ケッ、負け惜しみ…………ん?」

 

 だが、闇遊戯の顔に陰りはない。その姿へ挑発を織り交ぜつつ不審気に思うバクラだが、その頬を空から飛来した一筋の雫が濡らした。

 

 その出処に思わず空を見上げたバクラの視界には、夜空に暗雲が立ち込め、ゴロゴロと空模様が変貌していく。そして落ちるは――

 

「雨……!? まさか!!」

 

 雨。

 

 降り注ぐ雨が、建物に弾かれつつも、街全域を覆っていく。そしてそれは空に浮かぶオシリスの天空竜も然り。

 

「なにもお前のディアバウンドは存在そのものが消えている訳じゃない。あくまで『見えなくなっている』だけだ!」

 

 闇に紛れたディアバウンドも然り。

 

「雨でディアバウンドの姿を……!!」

 

 闇にステルスし、実質的な透明になったディアバウンドの身体を雨が伝い、その姿を暴き出していく。

 

「さっきの雷撃と爆発は空を照らす為ではなく、雨雲を呼ぶ為に……!!」

 

「お前のディアバウンドが闇を操るのなら、俺のオシリスは天を操る! 全ての(そら)はオシリスの元にあると思え!!」

 

 そう、バクラの推察通り、先のオシリスの天空竜の行動すべてが、この雨雲を呼ぶ為のもの。

 

 空に手を掲げる闇遊戯の姿に、オシリスの天空竜も応えるように咆哮を轟かせる。

 

「クッ……本命の一手って訳か」

 

「確かにこの闇のゲームへの理解はお前の方が深い……だが、俺にはお前にはないものがある!」

 

 バクラの打つ手は闇遊戯にとってどれも厄介だ。だが、闇遊戯にとって厄介な相手は慣れたもの。

 

「多くの戦友(とも)との戦いの記憶(デュエリスト同士の軌跡)が!!」

 

 (闇遊戯)決闘王(デュエルキング)――全てのデュエリストの頂点に立つ存在。

 

 その頂きに立つまでに戦った相手とて、一筋縄ではいかない相手ばかりだった。

 

「その力――そう簡単には砕けないぜ!!」

 

 それらを思えば、バクラとて「その中の一人」でしかない。

 

 

 これにてステルス能力は今度こそ完全に封じた。

 

 術者や民への攻撃もマハードが捌き、

 

 ディアバウンドの強大な力はオシリスの天空竜が砕く。

 

 

「くっ……」

 

「ファラオ! 此処で彼奴との因縁に終止符を!」

 

「無論だ! さぁ、バクラ! 今こそ決着をつけるぞ!」

 

 そしてバクラに残されたのは小細工抜きの神との一騎打ちのみ。

 

 マハードと闇遊戯が詰めに入る中、バクラはギリリと苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべながらディアディアンクに鳥の文様を浮かばせつつ、やぶれかぶれな様相で叫んだ。

 

「くっ……だが、まだ俺様の負けじゃねぇ! ディアバウンド! 最大火力で王様をぶっ殺しな!」

 

「迎え撃て、オシリス!!」

 

 やがて闇を従えた魔獣が両腕を突き出して破壊の奔流を腕の先に形成し、対する天を駆る神竜がその口元にイカズチを迸らせ――

 

「螺 旋 波 動!!」

 

「超電導波! サンダー・フォース!!」

 

 両者の声と共に解き放たれた二つの力がぶつかり合う。

 

 その衝突の拮抗により、周囲に破壊的な突風が吹き荒れるが、やはり力の差は覆らぬとばかり、オシリスの天空竜の雷撃がジリジリと敵の一撃を喰い破って行く。

 

 

 やがて糸がプツンと途切れたように雷撃によって破壊の奔流は掻き消され、神の一撃がディアバウンドの身を打ち抜いた。

 

 

「ぐぁあああああああッ!!」

 

 その衝撃により吹き飛ぶディアバウンドと、ダメージのフィードバックにより馬から転げ落ちるバクラ。

 

 そうして雨に濡れた地面に転がり泥に汚れたバクラを馬上から見下ろす闇遊戯は止めを刺すべく腕を突き出し、オシリスの天空竜へと命じた。

 

「これで終わりだ、バクラ!!」

 

 やがて再びオシリスの天空竜の口元にイカズチが迸り始め解き放たれんとするが、そのタイミングでバクラの背後からハヤブサの頭を持つ白き衣を纏った魔物(カー)が広げた翼を折りたたみながらバクラの背後に降り立った。

 

「――待て、オシリス!!」

 

 その魔物(カー)、有翼賢者ファルコスの姿に闇遊戯は腕をオシリスの天空竜の射線にかざしながら叫ぶ。

 

 やがて攻撃姿勢を解いたオシリスの天空竜の姿にバクラはクツクツと嗤った。

 

「グッ……ククク――ファルコス、良い仕事だ」

 

 そのバクラの声に対し、魔物(カー)、有翼賢者ファルコスは腕の中に抱きかかえている何処かモクバに似た意識のない少年の細い首に指先の爪をそっと添える。

 

 そう、これは――

 

「バクラ、貴様ッ!!」

 

「ハハハハハハッ! 攻撃できねぇよなぁ、できねぇよなぁ!!」

 

「人質とは卑劣な!!」

 

――この為にあえて神の一撃を受け、己とディアバウンドすら囮に……!

 

 マハードの内と外の声が示すように人質。

 

 神の一撃がぶつかり合う最中、呼び出した新たな魔物(カー)に適当な街の住人を拐わせたのだ。マハードの注意がディアバウンドの最後に向いた一瞬の隙を狙った一手。

 

「くっ……往生際が悪いぜ、バクラ!!」

 

「へッ、俺様とて気に入らねぇ手ではあるが、こっちも大事な詰めの部分でな――下手を打つ訳にはいかねぇのさ」

 

 闇遊戯の声を余所に、バクラは空の雨雲の様子を見ながら、神官たちの伏兵を危惧して周囲に気を配る。

 

 当人の言う様に、こういった手はバクラとて気に入らない勝ち方に類される行為ではあるが、今回ばかりはそうも言っていられない実情があった。

 

 ただでさえイレギュラーによって敵味方が増え、混沌としつつある状況の中で見つけた光明を基に立てた策が、最高の形――からは幾分か落ちたものの綺麗に嵌まったのだ。

 

 この機を逃せば、挽回の可能性は限りなく低くなる。ゆえにバクラは此処で何が何でも「勝ち」にいかねばならなかった。

 

「だが、そのようなもの所詮は時間稼ぎにしかならぬ手! 無駄な抵抗は止めろ!!」

 

「ククク、無駄だァ? 相変わらず状況の見えてねぇヤツだ」

 

「なんだと?」

 

 そんな中で繰り出されたマハードの言を鼻で嗤うバクラだが、これには闇遊戯も不審がる。

 

 なにせ、この状況は時間をかければかける程にバクラが不利になる状況だ。

 

 王宮から闇遊戯を援護するべく増援が来るであろうことも明白であり、

 

 更には夜が明け、闇がなくなればディアバウンドのステルス能力も使えなくなる。

 

 それらをバクラも知っているからこそ、「夜襲」という短期決戦に臨んだ筈だ。

 

 だというのに、バクラの瞳には己が勝利を見定めた色が見える。闇遊戯にはそれがハッタリの類には思えなかった。

 

――クッ、なんだ。俺には何かを見落としている気がしてならない……俺は何を見落としている?

 

 闇遊戯が記憶を洗い、バクラの狙いを看破しようとするが――

 

 

「時間は俺様の味方なんだよ!!」

 

 

 それよりも先に、確信を秘めたバクラの叫びと共に王宮がある方角にて火の手が上がった。

 

 

 






オシリスの天空竜「ドジリスとは言わせないッ!」



いつものQ&A――

Q:雷撃と爆発で雨雲って呼べるの?

A:神の力を疑うのですか?(by天空竜)


Q:人質になったモクバっぽい古代エジプト人って誰? 今作オリジナルキャラ?

A:アニメ版にて登場した原作キャラです。

大邪神ゾークが放った炎で兄共々焼き殺され、それをモクバと重ねて見た海馬社長がガチギレアルティメット融合アタックを大邪神ゾークにかます際に登場していました。

やったね! 出番だよ!(なお)



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第189話 その想いは永遠



前回のあらすじ
ラーの翼神竜「勝ったな。風呂入ってくる」





 

 

 雨の中、爆薬でも爆ぜたように立ち昇る火炎が見える王宮を遠方から目撃した闇遊戯たち。

 

「王宮から火の手が!?」

 

「バクラ! 貴様、一体何をした!!」

 

「ククク、俺様『は』なにもしちゃいねぇさ」

 

 闇遊戯の怒りの声に対し、有翼賢者ファルコスから受け取った人質のモクバ似の少年の首を掴みながら、バクラはせせら笑いながら返す。

 

 だが、その言葉のニュアンスに込められた中身にマハードは真っ先に気付いた。なにせ、己に大きく関わりのある相手。

 

「ッ!? まさかあの石像共が!?」

 

「奴らはお前の仲間だったのか!?」

 

「フフフ、どうかねぇ」

 

 続いた闇遊戯の追及に、どうとでも取れる言葉で濁し、相手の反応を愉しむバクラ。

 

「ファラオ、お待ちを。奴らがバクラの手のものであるのなら、バクラがディアバウンドを強化できる千年リングを所持していないのは不自然です」

 

「チッ――流石にそうすんなりと騙されちゃくれねぇか」

 

 だが、マハードがファラオに説明した内容に小さく舌打ちする。とはいえ、バクラの余裕は崩れない。その程度、いや、バクラの策は今更見破られようとも問題はないのだ。

 

「そう、俺様は奴らを利用したに過ぎねぇ」

 

「利用だと?」

 

「神官様よぉ、テメェを狙った一団――狙いは何だと思う?」

 

「そんなもの千年アイテムに決まって……いや」

 

 そうしてタップリ時間をかけるように説明するバクラの隙を窺いながら情報を探って行くマハード。

 

 そう、マハードには疑問があった。それは「石像たちの目的」。

 

 石像たちは、マハードの命は取らず、兵の命すら取っていない。「千年リングだけ」を奪っていった。

 

 野蛮人のような行動の割に、やっていることが割とスマートなのだ。誰かブレイン――頭脳担当がいると勘ぐっても無理はない。

 

 その頭脳担当の「目的」を考えれば、思い浮かぶのは一つ。

 

 千年アイテムの悪用? 違う――なれば、千年リングを用いて石像たちを強化しても良い筈だ。

 

 千年アイテムの保護? 違う――なれば、ファラオの元から奪う意味がない。

 

 そう、一つだ。そしてバクラも、いや、「その目的に準じている」バクラだからこそ誰よりも早く気づけた。

 

「冥界の石板……」

 

 石像たちの目的は、「冥界の石板に千年アイテムを収め、冥界の門を開く」こと。

 

「ククク、その通り――この国に喧嘩売ってまで千年アイテムを集める理由なんざ、それしかねぇだろうよ」

 

 マハードの呟きを大仰な仕草で肯定してみせたバクラは語る。

 

「だが、あの石像共はあれ以来パッタリと動きを見せねぇ。まぁ、当然だろうな。ヤツらはマハード、テメェを何とか倒せる程度の実力――つまり三幻神が相手じゃ歯が立たねぇ」

 

 石像たちの「目的」、「力」、「戦力」、「出来ること」、「出来ないこと」。そして「己の目的にどう利用できるか」について。

 

「テメェを襲った時のように神の目を盗んで『こと』を起こそうにも流石に二度目は警戒されてる」

 

「――バクラ! 貴様、まさか!!」

 

 だから、バクラは一石を投じてやった。

 

「そうさ! だから俺様は奴らが仕事をしやすいようにファラオを引きずり出してやったのよ!」

 

 闇遊戯の後悔の色が見え始めた表情に満足気に笑みを浮かべたバクラは高嗤う。

 

「今頃、奴らは悠々と千年アイテムに群がってるだろうさ!! 俺様はこうして待ってりゃぁ良い! それだけでテメェらの元から千年アイテムは零れ落ちていく!!」

 

 己の策にまんまと嵌まり、今の今まで得意気な面をしていた間抜けを嗤う。良い見世物だったと嗤い尽くす。

 

「遊戯ィ! テメェが馬鹿正直に俺様の相手をし始めた時点で! 既にお前は負けてんのさ!! ヒャハハハハハハハッ!!」

 

 さぁ、仲間のピンチだぞ?

 

 

 決闘王(デュエルキング)サマ。

 

 

 

 

 

 

 

 その件の王宮では、正門前で二人の神官が操る魔物(カー)2体と幹部格のオレイカルコスソルジャー1体が死闘を繰り広げていた。

 

「行けッ! 双頭のジャッカル戦士!」

 

 そんな神官の1人、シャダの操る魔物(カー)、双頭のジャッカル戦士が、二つのジャッカルの頭から雄叫びを上げながら獣人の強靭な筋力任せに二つの両手斧の一つを投げ放つ。

 

 対する幹部格はそれを宙に跳躍して回避するが、双頭のジャッカル戦士が手元に残った二つ目の両手斧に繋がる鎖を操れば、投げ放った方の斧は生き物のようにうねり動き、幹部格の足を絡めとった。

 

「捕らえた!! 今だ、セト!!」

 

「デュオス! オーラ・ソード!!」

 

 そうして相手の動きを制限したことで生まれた隙を、身体中に血管のような文様が浮かぶ青き体表の魔戦士、セトの魔物(カー)、デュオスが狙う。

 

 そのデュオスの手に輝く一太刀の剣がセトの言葉通りにオーラに覆われ、悪を断つ一刀として振るわれたが、幹部格はその振りかぶられた剣に拳を滑らせつつ太刀筋をズラした。

 

「いなした!?」

 

「ッラオ!!」

 

 それにより、相手の剣を強引に振り切らせたまま腕を取った幹部格は身体のバネを利用してデュオスを一本背負い。

 

 だが、投げたデュオスが己の頭上に来た瞬間に、そのまま相手を肩に抱え上げ、デュオスを逆立ち状態にしながら己が腕で相手の両足をホールドしつつ、一気に宙から落下。

 

「あのままでは!? 受け止めよ、双頭のジャッカル戦士!!」

 

 当然、幹部格は大地を砕きながら地面に着地――する筈だったが、相手の狙いを咄嗟に看破したシャダが幹部格の足に絡まったままの鎖を引き、己の魔物(カー)、双頭のジャッカル戦士をクッション材として挟み込んだ。

 

 しかし、それでも着地の際の衝撃が、デュオスの首に、背骨に、股関節に奔り、そのダメージが術者にも反映されたことでセトが膝をつく。

 

「ぐっ……!?」

 

「無事か、セト!!」

 

「……ああ、問題ない。これがマハードを退けたとの相手……か」

 

――動きがデタラメ過ぎる……戦い方がまるで読めん……

 

 駆け寄って肩を貸すシャダの手を借りて立ち上がったセトは、先の着地のどさくさにまぎれ足の鎖を外し、自由の身になった幹部格のオレイカルコスソルジャーへと視線を向ける。

 

 思っていた以上に、厄介な相手だと。

 

 王宮から、ファラオとマハードがバクラを追い、そして街の住民の王宮への避難が滞りなく始められた段階で、アイシスとカリムの2人の神官をファラオの増援として放った矢先の此度の襲撃。

 

 油や火薬の入った壺に火を放ち、王宮に投げ入れることで混乱を生み、その隙に王宮の四方から襲撃。そして残りの神官を幹部格が抑える――数の利を抑えられたのが痛手だった。

 

 雨がなければ、火の手はもっと広がっていたと思うと、背筋が凍る。

 

 だが、安心してもいられない。一般の兵たちでは通常のオレイカルコスソルジャーの相手すら満足に熟せず、神官が援護に向かおうにも、幹部格が妨害。

 

 このままでは――そう思い始めているのは、セトだけではなかった。

 

「どうする、セト! このままでは避難してきた民を守る兵が保たん! 新たな魔物(カー)を複数体呼び、援護に当てるか!?」

 

「止せ、他へ魔力(ヘカ)を割いて抑えられる相手ではない」

 

「だが、このままでは――」

 

「――分かっている!!」

 

 焦ったシャダの声を、怒声で掻き消すセト。相手の戦力を見誤っていたことを認めざるを得ない。

 

 孤立したマハードを襲う相手ゆえに、戦力も神官1人を囲う程度だと判断していたが、王宮を四方から大群で襲い掛かれる程の数を有しているなどとは想像だにしていなかった。

 

「KiKi i i i i i」

 

「HiHiHiーッ」

 

「セト様!! 西門、突破されました!! このままでは防衛線を維持できません!!」

 

「シャダ様!! 場外の混乱により、民の避難は未だ完了の目途が立たず!! 直に兵の損耗率にも限界が!!」

 

 オレイカルコスソルジャーたちに追われながらも、必死に伝令を届けに来た兵士が各所から、神官である二人に助けを求めるように状況を発するが、今はとにかく手が足りなかった。

 

「セト様!!」

 

「シャダ様!!」

 

 絶叫のような兵士たちの声にセトは頭を回すが、妙案は浮かばない。

 

 神官一の戦闘能力を持つマハードを倒しうる相手に背を向ける選択肢がない以上、今セトに出来るのは、バクラの襲撃に遭い倒れたアクナディンの回復を待つ程度だ。

 

 噂に名高い双六似の神官シモンの魔物(カー)の力ならば、状況をひっくり返すだけの破壊力があるにはあるが、王宮に民を避難させてしまった以上、民ごと焼く羽目になる。

 

 せめて、己が組織しようとしていた魔物(カー)の軍が――と、セトは考えてしまうが、間に合わなかった以上、ないものねだりだ。

 

「セト! こうなれば危険は承知で――」

 

「……シャダ、千年錠を寄越せ」

 

 そんな中、シャダが短期決戦を目論み、新たに複数体の魔物(カー)を呼び出そうとするが、それよりもセトが決意に満ちた瞳で腕を差し出す方が早かった。

 

「ああ、構わないが……何か策が浮かんだのか?」

 

「今から行うことは全て私の独断だ……良いな?」

 

「どういう意味だ?」

 

 そのセトの視線を信頼し、迷うことなく千年錠を託したシャダに返されるのは意味深な言葉。その真意をシャダが確かめる間もなく――

 

 

「出でよ、新たな魔物(カー)! ガレストゴラス!! ミノタウルス! ケンタウロス!!」

 

 

 セトのディアディアンクに新たな魔物(カー)の姿が次々に表示され、それに伴い赤い体躯の背中にヒレを持つドラゴン――ガレストゴラスが、

 

 軽装の赤い鎧に身を包んだ斧を操る牛の獣人――ミノタウルスが、

 

 人型の上半身に馬の四脚を持った獣戦士――ケンタウロスが、

 

 セトの前に立ち、幹部格のオレイカルコスソルジャーを牽制する。

 

 しかし、現在使役しているデュオスを含め同時に4体もの魔物(カー)を操るとなれば、魔力(ヘカ)の消費だけでなく術者の負担も計り知れない。

 

「止せ、セト! 流石に4体もの魔物(カー)を同時に扱うなど負担が多き過ぎ――」

 

「賊共よ!! 目当ての千年アイテムは此処だ!! 欲しければ奪い取って見せるがいい!!」

 

「なにを!?」

 

「ヲニナ!?」

 

 ゆえに忠言を叫ぼうとしたシャダだが、千年ロッドと千年錠を掲げて叫ぶセトの姿に幹部格と共に面食らう。

 

「デュオス!! ガレストゴラス!! 空にて二手に分かれ! この千年錫杖と千年錠を砂漠の果てに放り投げてこい!!」

 

「血迷ったか、セト!!」

 

 そして空へと放り投げた二つの千年アイテムへと飛行できる魔物(カー)であるデュオスとガレストゴラスが翼を広げながら向かう。

 

「カトコウイウソ!!」

 

「行けッ! デュオス!! ガレストゴラス!!」

 

「ンセサ!!」

 

 だが、此処でセトの思惑を把握した幹部格が強引に最短距離で迫るが――

 

「邪魔はさせん! ヤツを阻め! ミノタウルス! ケンタウロス!!」

 

「ダマャジ!!」

 

 上段から振り下ろされたミノタウルスの斧を幹部格は前方に飛び込むように回避。

 

 続くケンタウロスの馬の脚力を活かした突進を、幹部格は己の手が地面についた瞬間に逆立ち状態で跳び上がりながら真っ向からのカウンターとなる形でケンタウロスの顎を蹴り飛ばす。

 

 やがてかち上げられたケンタウロスの顔に、幹部格は宙で前転しながら踵落としを叩きこむことで足場としながら、空へ再度跳躍。

 

「ぐぅっ!?」

 

 頭が叩き潰されケンタウロスが力尽きたことにより、大きくダメージを受けたセトがよろめく中、空へ跳躍した幹部格が宙を舞う千年アイテムを持ったデュオスたちに手を伸ばす。

 

 だが僅かに届かず、二手に分かれ飛び立ったデュオスとガレストゴラスの姿に、セトは強気な笑みを浮かべた。

 

「ふぅ……ん、随分と……慌てた様子、だな」

 

――空を飛べぬ貴様らでは容易く追い付けまい。

 

 その笑みの先にいる地上に着地した幹部格のオレイカルコスソルジャーはふらつく隙だらけなセトなど目に映らぬように叫ぶ。

 

「セダヲテッオ ツズウュジ!」

 

 幹部格の声に、周辺で兵士と戦っていた幾人かのオレイカルコスソルジャーたちがピタリと動きを止めて反応。

 

「ロシメドシア デココ ハリコノ!!」

 

 そう言い終えた幹部格が王宮から街へと走り出す背中に追従し、残りはセトとシャダを囲むように陣形を組み始めた。

 

「千年アイテムを追う気か! 行かせん!!」

 

「捨て置け、シャダ! ぐっ……、私もそう長く保たん。奴らが千年アイテムを追っている内に、雑兵共を片付けるぞ!」

 

 幹部格の動きから目的を察したシャダが敵の陣形が整いきる前に突破しようとするも、その腕をセトが掴む。

 

 オレイカルコスソルジャーの狙いは「千年アイテム」であることはマハードの襲撃の際に当たりが付いている。

 

 そしてその重要性は「敵兵を屠る」ことよりも「優先」されていると仮定したゆえの此度の一手。だが、それは同時に――

 

「セト、まさか……」

 

「安心……しろ。此度の不始末は……私がつける」

 

 神官が自ら千年アイテムを手放す――そんな許されざる咎の上で成り立っているのだ。

 

 どんな処罰が降されるかなど論じるまでもない。

 

「そこまでの覚悟を……くっ!」

 

 そんなセトの死罪すら覚悟した一手に、シャダが応える方法など一つしかない。

 

 己が魔物(カー)、双頭のジャッカル戦士に片方の斧を掲げさせて注目を集めつつ、シャダはあらんかぎり声を張る。

 

「皆、聞けいッ! 敵の主戦力は撤退した!! 残りは雑兵だけだ!! これ以上、一人の犠牲者も出してはならぬ!! ファラオのお心に涙を流させることは、決して許されぬと知れ!!」

 

 王宮中に響くのではないかと思われる声量で放たれたシャダの宣言に、各地から兵士たちの返答代わりの雄叫びが響く中、2体の魔物(カー)がオレイカルコスソルジャーへ己が獲物を向けた。

 

「行くぞ、双頭のジャッカル戦士!」

 

「お前もだ! ミノタウルス!!」

 

――キサラ、やはり此処はお前がいるべき世界ではない。ファラオがお造りになる優しき世界こそがお前に相応しい……

 

 セトの心中の決意と共に放たれたミノタウルスのショルダータックルが、オレイカルコスソルジャーの1体を吹き飛ばし――

 

斧 断 砕(アックス・クラッシャー)!!」

 

 横なぎに振るわれた斧の一撃が、新たな敵を両断した。

 

 

 全ては愛しき人が健やかにいられる優しき世界の為に。

 

 

 

 

 

 

 そうして王宮内が追い上げを見せる中、ファラオの増援にと馬で街の中を駆けていた筈のイシズ似の神官アイシスは、何故かおかっぱ頭の青年神官カリムのガタイのいい背で目を覚ます。

 

「目が覚めたか、アイシス」

 

 背中で動きがあったゆえに、おぶっていたカリムが安堵の声を漏らすが、アイシスには未だ状況が理解できない。

 

「カリム? ……此処は……わたくしは何故、貴方の背に?」

 

「ああ、馬がなくてな――だが、ファラオの元へ向かわねばならん。少し我慢してくれ。つい先程、神の動きも止まった……なにかあったのは明白だ。急がねば」

 

「……待ってください、カリム。確かわたくしたちはファラオの元に赴く際に襲撃を受けて――」

 

「少し記憶が混乱しているようだな……無理もない。私も意識が戻った時もそうだった」

 

 現状を端的に説明しようとするカリムだが、意識が戻ったばかりのアイシスにはその前の状況すら曖昧な為、順序立てた説明へとシフトするカリム。

 

「そなたの魔物(カー)、スピリアが相手の角の突撃を受け、跳ね飛ばされた」

 

 それはオレイカルコスソルジャーたちの襲撃を受けて直ぐのことだった。雑兵のフリをして突撃してきた1体の幹部格にアイシスは敗れたのである。

 

 なにせ、ハリケーンにでも見舞われたかの如く回転しながら跳ね飛ばされていき、ミキサーにでもかけられたように空を舞う妖精のような魔物(カー)スピリアの全身に生じたダメージは、術者への反動によりアイシスの意識を刈り取るには十分過ぎた。

 

「悪いが、私が覚えているのはそこまでだ。情けない話だが、どう負けたかが思い出せない……我が魔物(カー)、ヘリィマァイでスピリアを助けようとしたまでは覚えているのだが……」

 

「わたくしは……その時のスピリアの負傷が原因で意識が……いえ」

 

 だが、カリムの記憶は負傷からくる記憶の混濁により、その後が続かない。ゆえにアイシスの残った記憶から己が記憶を探ろうとするが――

 

「意識が途切れる前に貴方の魔物(カー)、ヘリィマァイが投げられ、背中に相手の頭突きを受けながら大地に叩きつけられた姿を……見ました」

 

「成程な。その時の一撃が致命打になったか……」

 

 アイシスから語られた内容に意気消沈するように肩を落とす。記憶が途切れている訳ではなかった。そもそも「その先がなかった」のだ。

 

「それでカリム、何故貴方はわたくしを背に?」

 

「無論、ファラオの元に駆け付ける為だ。歩けるか?」

 

 やがて前後の状況を把握し終えた為、「此処から先」の話題へと移行する中、カリムの背からアイシスはゆっくりとおりつつ、先を促す。

 

「……はい。ですが、今の魔力(ヘカ)が心もとない状態では――」

 

「案ずるな、そなたならファラオの傷を癒すことが出来る。そして今の私とて残った魔力(ヘカ)をファラオに託すくらいは可能だ」

 

「いけません! そんなことをすれば、貴方の命が――」

 

 だが、カリムの語った内容にアイシスは待ったをかける。

 

 己が魔力(ヘカ)を託す行為自体に危険はないが、枯渇気味な状態でそれを成せば、命の危険すらある行為だ。

 

 それゆえにカリムの暴挙を止めようとするアイシスだが、かなりの速度で移動する気配を感じ取ったカリムは、アイシスの腕を引き建物の影に身を隠す。

 

「待て! 弱まった雨空に何か……あれは、セトのデュオス?」

 

 そうして、その気配へと目を向ければ、街の外へと全速力で飛行する魔物(カー)デュオスの姿が彼らの瞳に映った。

 

 

 状況の変化は彼らを置き去りにしながら加速していく。

 

 

 

 

 

 

 此処で舞台は闇遊戯たちの元へ戻る。

 

 降りしきる雨の中、人質のモクバ似の少年の首を掴みながら、バクラは背後にディアバウンドを従えつつ上機嫌で語る。

 

「さぁ、どうする王様よぉ――このガキを見捨てて俺様を倒すのか? それとも仲間を助けに行く為に尻尾巻いて逃げるのか? ククク、焦ることはねぇ、好きなだけ考えな。考える時間はタップリとあるんだからよ、フフフ……」

 

――焦れ、焦れ。お仲間のピンチだ。焦りは隙を生み、その隙は俺様の突破口になる。クククク……

 

 現在の状況を並べるように語られる言葉の内容自体に意味はない。バクラからすれば、こうして話している間に過ぎ去る「時間」こそが何より重要なのだ。

 

 そんな中、闇遊戯はバクラから語られた現状を否定するように強気に笑みを浮かばせて見せる。

 

「だが、バクラ! その作戦じゃ、お前の元に千年アイテムは集まらないぜ!」

 

「分かってねぇなぁ――俺様はどっちでも構わねぇんだよ。冥界の門さえ開けりゃぁな」

 

「くっ……!?」

 

「ほら、どうしたよ? 次はどんな負け惜しみを俺様に聞かせてくれるんだァ?」

 

 しかし、バクラの軽口に口を塞ぐ結果を生んだ。そう、石像たちの存在は、バクラの目的をなんら妨害しない。

 

 仮に、石像たちが冥界の石板に千年アイテムを収めずとも、マハード相手に手子摺る程度の相手ならば、ディアバウンドの力でどうとでもなる。

 

 そうして人質の存在から動けぬ闇遊戯たちと、時間を稼ぎたいバクラが互いに睨み合っていたが、そうこうしている内に雨模様も収まりを見せ、曇り空が広がって行った。

 

 やがて雨が完全に止んだことを確認したバクラは一度肩をすくめて見せた後、「仕方なし」と言った具合に零す。

 

「とはいえ、テメェの言う様にこれじゃ芸がねぇ。雨も止んできたことだ――此処は一つゲームといこうじゃねぇか」

 

「ゲームだと……?」

 

「まずはテメェらの望み通り――人質を解放してやるよ!!」

 

 そして雨の縛りから解放されたディアバウンドをステルス状態にしながら、バクラは人質の少年を力の限り空高く放り投げた。

 

 さらにすぐさま姿の消えたディアバウンドへと指示を飛ばす。

 

「ディアバウンド! あのガキを八つ裂きにしろ!!」

 

「オシリス!!」

 

「援護します!!」

 

 だが、不可視の一撃が人質の少年に届く前に、空から落ちる少年を守るようにオシリスの天空竜が受け止め、幻想の魔術師がディアバウンドの襲撃に備えた。

 

 攻撃の瞬間を見極め、ディアバウンドが姿を見せた瞬間にカウンターを目論む闇遊戯とマハードだが、来る筈のディアバウンドの攻撃は一向に見えない。

 

 そうして時間だけが無為に過ぎていく。

 

「………………なにも……起きない?」

 

「あばよ、遊戯!」

 

 だが、警戒しつつも呆然とする闇遊戯たちを余所に、既にバクラはこの場から走り去っていた。

 

 それなりに距離が取れたゆえか、煽るように手を振るバクラの背中は腹立たしい。

 

「……ッ!? 待て、バクラ!!」

 

「逃がすな、幻想の魔術師!!」

 

 その背にハッと一杯食わされた(騙された)、事実に気付き、急いでバクラへの追手を差し向ける一同。

 

 オシリスの天空竜が、闇遊戯が、マハードが、幻想の魔術師が、その全ての意識がバクラに注視されている。

 

 ゆえに気付かなかった。

 

――() () ()

 

 闇遊戯たちの背後から迫る脅威に。

 

 やがて己の後ろから、ステルス状態を解除したディアバウンドが大きく腕を振りかぶっていることに闇遊戯はようやく気付く。

 

「――なっ!?」

 

 人質の少年の安否はフェイク。

 

 人質の保護に意識を向けさせ、その目的を「自身の逃亡」と誤認させた後の不意打ちこそがバクラの取った手。

 

 オシリスの天空竜が、幻想の魔術師が、闇遊戯を守るべく急旋回しつつ向かうが、バクラを追ってしまった距離ゆえに間に合わない。

 

 やがて己が身に迫るディアバウンドの大爪が、やけにスローに映る闇遊戯。

 

 その迫る凶刃はスッと闇遊戯の首に吸い込まれるように進んでいき――

 

 

「――ファラオッ!!」

 

 

 遮るように闇遊戯を身体で覆ったマハードの背を切り裂いた。

 

 その一撃により風に飛ばされた木の葉のように吹き飛ぶマハード。宙を舞う鮮血。術者の限界により消えていく幻想の魔術師。そしてファラオへの第二撃を振りかぶるディアバウンド。

 

 そしてオシリスの天空竜の突進が、ディアバウンドを吹き飛ばした。

 

――ククク、まずは一人。

 

 バクラが内心で、そうほくそ笑む中、地面を二転三転と転がったマハードへ、モクバ似の少年を抱えながら駆け寄る闇遊戯。その姿にマハードは消え入りそうな声で安堵の声を漏らす。

 

「王子……ぐっ、ご無事で……」

 

「ああ、無事だ! だから無理に喋るな!」

 

「この程度、問題……ありません」

 

魔物(カー)の維持すら出来なくなっている状態で、なにを言ってるんだ!」

 

 そうして限界の見えた震える足で、血だらけの背中で、辛うじて立ち上がったマハードを止めようとする闇遊戯だが――忘れてはいまいか? 今は戦闘中だ。

 

――フフフ、焦りで周りが見えてねぇなぁ、遊戯ィ。天秤に乗ったお仲間の命の前じゃぁ、流石の決闘王(デュエルキング)サマも素面じゃいれねぇらしい。

 

「おーおー、大事なファラオを守れて神官冥利につきるじゃねぇか」

 

 逃げたと思われたバクラが、何時の間にやらディアバウンドの掌に乗りながら馬鹿にしたように挑発して見せる。

 

「バクラ! 貴様だけは――――なっ!?」

 

 バクラに怒りに満ちた視線を向ける闇遊戯の瞳に映ったのは、バクラに首根っこを掴まれた先程のモクバ似の少年と似た顔立ちの少年。モクバ似の少年の兄であった。

 

 そう、これは――

 

「ククク、ハハハハハッ!! 此処はテメェの国なんだ! 民衆は何処にでもいる! まったく人質の補充が楽で助かるぜ! ハハハハハッ!!」

 

 新たな人質。

 

 状況は何一つ好転してはいなかった。むしろマハードが大きく負傷した分、悪くなっている。

 

 本来の歴史(原作)より、命のやり取りの経験が不足したゆえの弊害が此処に来て闇遊戯を窮地に追い詰めていた。

 

「さぁて――もう一度だ。流石にルール説明はもういらねぇよなぁ?」

 

 そしてバクラは嗜虐的な表情を浮かべながら、己が勝利を確信しつつ、見せつけるように意識のない少年をブラブラと揺らす。

 

 此処から行われるは先の光景の焼き増し。

 

 人質を放り投げて、ステルス状態のディアバウンドをけしかける。

 

 闇遊戯は選ばねばならない。人質を守るか、それとも己が身を守るか。

 

 先程のようにマハードは動けない。いや、動けたとしても、それは「マハードの死」を意味する。

 

 新たな魔物(カー)を呼ぼうにも、バクラが人質を殺す方が早いだろう。

 

 

 そう、今度こそ誰かを()()()()()()()()()()()

 

 

 闇遊戯の瞳が絶望で揺れ動く。

 

「ファラオ……ご安心……を、私に考えが……ございます」

 

「ククッ、勇ましいねぇ。後、何度保つか見物だぜ」

 

「人質は……私が守るゆえ、ファラオはバクラのことだけに……専念を」

 

 そんな中、零れたマハードの声に闇遊戯はハッと顔を上げるが、バクラの挑発気な声を余所に弱々しく横に首を振る。

 

「止めてくれ、マハード……他に……他に方法が……」

 

 マハードは死ぬ気だった。それが言葉に出さずとも分かってしまったゆえに闇遊戯は受け入れられない。

 

 増援が到着する可能性がある「かもしれない」。

 

 バトルシティのように千年アイテムの力が状況を好転させる「かもしれない」。

 

 闇遊戯の脳裏に浮かぶのはそんな希望的観測ばかり。

 

「作戦会議は終わったかァ? なら、そろそろ始めさせて貰うぜ」

 

――ククク、分かってねぇなぁ、マハード。遊戯のヤツなら必ずテメェらを庇う……どんなに懇願しようが無意味なんだよ。

 

――バクラ、貴様は知らない。我が禁術の存在を……次の攻防こそがお前の最後だ!

 

 やがてバクラとマハードの二つの思惑が勝負の天秤に乗せられる。傾くのは果たしてどちらなのか。

 

「行くぞ、バクラ!!」

 

「止めろ、マハード! そんなことしちゃいけない!!」

 

 出血も止まらぬ身体で立ち上がり、死の間際とは思えぬ程の活力を見せるマハードの背を闇遊戯は引き留めんとするが、その言葉には力がない。

 

 此処でマハードが止まろうとも、仲良く揃って死ぬだけだ。ゆえにマハードは止まれぬ――だが、最後の別れとばかりにチラと闇遊戯へと顔を向け、優し気な表情でポツリと零す。

 

「王子……私は一足先に先王の元へと参ることに致します……」

 

「止めろ。止めてくれ……!」

 

 そんな遺言染みた言葉など、闇遊戯は聞きたくなかった。だが、時は非情にも止まることを知らない。

 

「どうか立派な王になられてください!!」

 

「 ゲ ー ム ス タ ー ト だ ッ !!」

 

 最後の言葉と共に、バクラへと一直線に駆け出したマハードと、人質の少年を天高く放り投げ、ステルス状態のディアバウンドを解き放つバクラ。

 

 そして術者の命を代償にしたマハードの禁術が今、発動されんとし、一方のディアバウンドの不可視の一撃が、無防備な獲物へと迫る中――

 

「止めろぉおおおおおおおおぉおおおお!!」

 

 闇遊戯の絶望の声が周囲に響き渡る。

 

 

 零れるは誰の命か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 渦中に一陣の風が逆巻いた。

 

 

 





次回、神官サマ死す! デュエルスタンバイ!



いつものQ&Aはご感想へ返信する余裕が戻った為、お休みです( ˘ω˘)スヤァ








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第190話 神官サマ死す


前回のあらすじ
やめろっと言われてももう遅いッ!
やめろっと言われてももう遅いッ!!

2回言ったのは意味がある!





 

 

「止めろぉおおおおおおおおぉおおおお!!」

 

「さぁ、ゲームエンドだッ!!」

 

 闇遊戯の絶望の叫びの只中、己が勝利を確信したバクラの頬を風が撫でる。

 

――風?

 

 そんな風に僅かに意識が向いた途端に風は荒々しさを増して吹き荒れ、巨大な竜巻となって対峙する彼らの間に吹き荒れた。

 

「――竜巻!? 馬鹿な、こんな場所で!? 一体誰がッ!?」

 

 暴風を巻き散らす巨大な竜巻を前に、腕で顔を守りながら視線を向けるバクラの瞳の先には、竜巻の内側で力を行使しているであろう鳥を思わせる深緑の鎧の姿が見える。

 

――あれは《風帝家臣ガルーム》? いや、《風帝ライザー》ッ!?

 

 しかしその身を成長させたように体躯が伸び、全身の鎧は帝王に相応しき重厚なものへと変化し、濃緑のマントをはためかせながら膨れ上がった魔力の気配にマハードは禁術の行使を切り上げ、足を止めた。

 

「ファラオ! 彼らと共に私の後ろにッ!!」

 

 そしてマハードがファラオと人質だった兄弟を己の背に保護した瞬間に、竜巻から全方位に向けて数多の風の刃が降り注ぐ。

 

 

 その風刃は密かに新たな人質を物色していた有翼賢者ファルコスを両断し、

 

 闇遊戯の首元の千年パズルを吹き飛ばし、それにともない維持できなくなったオシリスの天空竜が消えていき、

 

 ステルス状態だったディアバウンドが弾幕の如き風を躱しきれず被弾し、

 

 吹き飛ばされまいと、踏ん張りながら風の刃を懸命に躱していたバクラの頬を切り裂いた。

 

 

 そんな無差別に周囲を切り裂く風刃の奔流にバクラは苛立ち気に建物の影に身を隠す。

 

「クソッ! ディアバウンド! 俺様を守れ!!」

 

――クッ、滅茶苦茶だ! 姿を消そうが、人質がいようがお構いなしかよ! これじゃあディアバウンドが遊戯に近づけねぇ!

 

 そうして呼び戻したディアバウンドに己を守らせるバクラだが、旗色は悪い。

 

 お膳立てした何もかもを無差別に破壊する《風帝ライザー》の行動は極めて厄介だった。

 

 バクラが人質を取ろうとも、無視して攻撃してくることは明白で、尚且つこの嵐の如き暴風の只中で「人を拐う」ことを行える程に自在に動けるバクラの手駒はディアバウンドしかいない。

 

 だが、人質の確保にディアバウンドを動かせば、今度はバクラが暴風の脅威に晒される――手詰まりだ。

 

――人質が機能しなくなった以上、深追いは禁物。チッ、石像共も最低限の仕事は果たしただろう。

 

「退くぞ、ディアバウンド!!」

 

 ゆえに引き時を見誤らず撤退を選択したバクラは、竜巻の混乱に紛れ、ステルス状態のディアバウンドに抱えられながら、足早に去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 やがてバクラが去った後も暫く続いた風の暴威が空の雨雲を全て吹き飛ばし終えた頃、巨大な竜巻は終息していき、そこから巨大な深緑の鎧が大地に降り立つ。

 

「風……帝……?」

 

 その姿は闇遊戯も良く知るもの。《風帝ライザー》――デュエルモンスターズのカードの1枚。何もそれ自体はおかしくない。

 

 ペガサスは古代エジプトの石板にインスピレーションを受け、カードを世に送り出したのだ。この記憶の世界に元となった魔物(カー)がいても不思議ではない。

 

 

 やがて深緑の巨躯が糸がほどけるように解けていき、内より成人男性程の体躯の《風帝家臣ガルーム》が闇遊戯の前で膝をつく。

 

 そして差し出された《風帝家臣ガルーム》の手には、先程の風で飛んだ千年パズルが月の光に照らされていた。

 

「千年パズルを……だが、お前は……一体――」

 

 差し出された千年パズルを受け取った闇遊戯が、何かを言うよりも早く再び発生した突風が、闇遊戯たちの目を眩ませる。

 

「――くっ!?」

 

 やがて風が収まった先には既に《風帝家臣ガルーム》の姿はない。文字通り風のように現れ、消えた魔物(カー)の謎は深まるばかりだ。

 

「消え……た」

 

――アイツは一体……

 

「ご、ご無事ですか……ファラオ」

 

 そして闇遊戯は此処までのやり取りに何処か既視感を覚えながら呆然と呟くが、隣で零れたマハードの弱々しい声にハッと我に返る。

 

「マハード! 今、助ける!」

 

――分からないことだらけだが、今は後だ! とにかくこの場を制することに集中しろ!

 

「で、ですが、現在は街の各地で石像の軍団が暴れて――」

 

「最後の神を呼ぶ!」

 

 そう、マハードの重症に加え、王宮が襲撃されているとの話に留まらず、街全域にも賊がいるかもしれない等々、バクラが撤退したとしても未だ予断を許さない状態だ。

 

 ゆえに疲弊した己の身体に鞭を打ち、残りの魔力を振り絞る闇遊戯。

 

――だが、三幻神の最高位……魔力(ヘカ)の消費もより大きくなる……持ってくれ、俺の身体ッ!

 

「この国を! これ以上、お前たちの好きにはさせない!! 現れよ!!」

 

「千年錐が輝いて……!」

 

 魔力が足りぬなどと弱音など吐いていられない。そうして気力を振り絞った闇遊戯の覚悟に呼応したかのように光を放つ千年パズルの輝きと共に――

 

「――ラーの翼神竜!!」

 

 夜空に太陽が昇った。

 

 やがてその太陽――球体上のスフィアモードのラーの翼神竜は、音を立てて展開しながら巨大なグリフォンにも似た黄金の身体、バトルモードへと移行していく。

 

 そしてラーの翼神竜が翼を広げ、いななくと共に夜と昼を入れ替えたように夜空は青空へと変貌を遂げた。

 

「真夜中にも拘わらず空が……これが第三の神――太陽の神、ラーの翼神竜……!」

 

「太陽神よ! 我が魔力(ヘカ)を糧に、今こそこの地を浄化の炎で包み、邪を払え!!」

 

 その圧倒的な神の威容に感嘆の声を漏らすマハードを余所に、闇遊戯はバトルモードのラーの翼神竜を己が炎で全身を包ませ、巨大な不死鳥の如き姿――フェニックスモードへと移行させた。

 

「ゴ ッ ド フ ェ ニ ッ ク ス !!」

 

 やがて空に炎の不死鳥が舞い上がり、王宮を含めた街全域に浄化の炎を振りまいていく。

 

 その炎に触れたオレイカルコスソルジャーの身体は崩れるように砂となって消え、

 

 襲撃によって王宮に上がっていた火の手も、不死鳥の炎に呑まれて収まって行き、

 

 神官や、兵士、町人に触れれば、その傷を瞬く間に癒した。

 

「私の傷が癒えていく……なんという暖かな炎、これが最高位の神の持つ力……」

 

 死に瀕する程の重症だったマハードは、完治こそしなかったものの目に見えて活力を取り戻していく己の身体に、神の力へと畏敬の念を抱く。

 

 

 凡その常識など歯牙にもかけぬ、まさに「神」の力。

 

 

 だが、不死鳥として空を舞っていたラーの翼神竜が闇遊戯の元へと戻り、役目を終えたとばかりにその姿を炎へと散らした後、空に夜が戻る中、闇遊戯は崩れ落ちるように倒れた。

 

「!? ファラオ! しっかりなさってください!」

 

「少し……休む……」

 

 辛うじて地面に突っ伏す前にマハードが抱えたものの、見るからに疲労困憊な闇遊戯の姿にマハードは最悪の可能性が脳裏を過るが、最後に呟いた闇遊戯の言葉に安堵の息を吐く。

 

「はい、どうかごゆるりと」

 

 やがて気を失うように眠りに落ちた闇遊戯を抱え、人質の兄弟たちを守るように周囲を警戒していたマハードに、兵士たちを引き連れたカリムとアイシスが合流。

 

 そしてマハードの前に膝をつく兵士が緊張感からか大きくなった声で伝令を飛ばす。

 

「シャダ様の命を受け、カリム様とアイシス様と合流した後、ファラオの援護に参りました! 王宮は健在! 負傷者こそ多数でましたが、死者は出ず! 直ぐに受け入れが――」

 

「静かにせよ、今ファラオはお休みだ」

 

 だが、咎めるようなマハードの声に兵は慌てて深々と頭を垂れた。

 

「こ、これはとんだ無礼を!!」

 

「むっ? よもやあの時の……いや、今はそれどころではないな。ファラオを頼んだ。私はこの場を収める」

 

「ですがマハード様も負傷して――」

 

「良い、先程の神の炎で傷もあらかた癒えた。今はこの混乱を鎮めることを優先せねばならん」

 

 しかし、その頭を垂れた兵士に見覚えがあったことも相まって、ファラオを任せたマハードはまだ完治していない傷を推して心配気な声を漏らす兵を制しつつ、立ち上がるが――

 

「なりません、マハード。貴方の傷はわたくしが癒します。それまでお待ちなさい」

 

「アイシス、世話をかける――ではファラオを頼んだぞ」

 

「ハッ! その御身! 不肖ながら王宮まで送り届けさせて頂きます!!」

 

 アイシスの治療を受けることになったマハードは、兵に抱えられたファラオを見送った後、最低限の治療を終えた途端に、この場の収束へと取り掛かる。

 

「カリム! 手を貸してくれ!」

 

 未だ混乱から立ち戻らぬ街、壊れた家屋、不安を募らせる民、そして失われた千年アイテム。

 

 問題は山積みであったが、今だけは誰一人の犠牲もでなかった事実に、マハードの心は少しばかりほころんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「《コピーキャット》――千年()()()を運んでおけ」

 

「GYOINI」

 

「急げ! ファラオの御身を丁重にお運びする準備を整えよ!!」

 

 兵士たちの喧噪の最中、ファラオを抱えた兵とすれ違った、《光学迷彩アーマー》を装備した1体のオレイカルコスソルジャーが走り去る。

 

 

 

 

 これにて一件落着だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜が戻った街の最中、黒いローブを纏った男がポツリと零す。

 

「ほう、名もなきファラオは生き残ったか」

 

「AGATANAEZAN UGUGUG!?」

 

 その男の手に頭を握られたオレイカルコスソルジャーの身体がボロボロと崩れていき、男の掌にオレイカルコスの欠片が浮かんだ。

 

「しかしこの状況、恐らく此処は『記憶の世界』――コレの様子から察するに()()の私の計画は失敗に終わったのか」

 

 考えを纏めるような男の独り言に応える者はいない。

 

「よもや、名もなきファラオでも、三竜に選ばれし者でもなく、このような凡庸な心の闇しか持たぬ者に敗れるとは……一万年を超える長きを生きようとも、世とは分からぬものだ」

 

 だが、男の黒いローブから覗くオッドアイの瞳には何処か愉しそうな色が見えた。

 

「さて、敗者復活戦と行こう」

 

 誰にもあずかり知らぬ最大のイレギュラーが動き始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 バクラとの激闘から夜が明け、闇遊戯が見た夢にて過去に己が父、アクナムカノンが黄金のマスクをした精霊と思しき存在へ我が子への守護を祈っていたビジョンを垣間見ることで失われた記憶が僅かに戻ったのも束の間――

 

 目が覚めた闇遊戯には問題が山積みであった。シンプルにバクラの襲撃の後始末に留まらず、戦闘前に見つけていた表の遊戯たちが残していたメモの情報もまた闇遊戯を悩ませる。

 

――恐らくボバサの手引きでこの世界に来た相棒たちの残した俺以外が知覚できなかったメモ……

 

 なにせ、三幻神を持つ己すらあわや死にかけた記憶の世界に、それらの加護のなさそうな表の遊戯たちが来たのだ。単純に心配である。だが、得られた情報が興味深かったのもまた事実。

 

――俺の名前が重要な意味を持つとのメッセージだったが、王宮の者にいくら聞いても調べさせても判明しなかった以上、その可能性は高い。

 

 そうして頭を回していた闇遊戯の元に、神官たちが並び立ち、代表してセトが膝をついて首を垂れる。

 

「この度はファラオのお手を煩わせてしまうだけに留まらず、千年アイテムすら失う始末! 面目次第もありません!!」

 

「いや、よもや奴らとバクラが結託染みた真似までするとは、俺も考えてもいなかった」

 

 それはセトが自己判断で千年ロッドと千年錠を放棄するような真似をしてしまった件だが、闇遊戯は不問に付す。

 

 報告を聞く限り、大量の犠牲者が出てもおかしくはなかった状態にも拘わらず、死者を0で収めたセトとシャダの働きにケチなど付けられよう筈もなかった。

 

 しかし当のセトは納得できない様子。

 

「しかし――」

 

「これは俺が眼の前の戦いにばかり気を取られていたせいでもある。それを棚に上げてみんなを糾弾など出来る筈がない」

 

「ファラオ……」

 

 だが、闇遊戯の自罰するような発言にセトは矛先を失う。

 

 実際問題、バクラの襲撃の際に闇遊戯は王宮の守りなど一切考えておらず、「バクラを倒せば全てが終わる」と考え、突発的に動いた。

 

 王宮に陣取り、神官たちと連携していれば、あのような窮地に陥らなかった可能性も十分ある。

 

「そしてセト、シャダ――そんな苦しい中で民たちを守り抜いてくれて、ありがとう」

 

「勿体なきお言葉!」

 

 やがてアクナディンが未だ全快しておらず、この場の神官に欠けがあることも相まって、セトへの処罰をこの場では流しつつ、他の神官たちが次々に報告を読み上げていく。

 

 

 そうした中で話題に上がったのは、神官たちの中でシャダが読み上げた風と共に現れた正体不明の乱入者の話。

 

「ファラオがご覧になられた『風帝』の魔物(カー)は我が国のウェジュの神殿には該当するものはなく、恐らく何者かの心に潜む魔物(カー)かと思われます。マハード、其方はどう見る?」

 

「あくまで私見ですが、ファラオの危機を見て、無自覚に魔物(カー)を扱ったのかもしれません――ファラオ、なにかお心当たりは?」

 

「風……まさか……いや、なんでもない」

 

 やがて魔術師としての見解を述べたマハードからなされた問いかけに、闇遊戯の脳裏に過ったのは風と共に去って行ったデュエリストの姿。だが、飛躍し過ぎた考えだと頭を振った。

 

 

 そして神官たちが一通り、報告を終えた頃、闇遊戯の傍に控えていた双六似の神官シモンがポツリと零す。

 

「しかし、これで残るはファラオの千年錐とアクナディン殿の千年眼のみ……か」

 

「全ての責は我らにあります」

 

「いや、オヌシらを責めている訳ではない。街の全域に戦力を広げられる程に敵戦力が強大であったことを見抜けなんだ我ら皆の責」

 

 その言葉にすぐさま頭を垂れたセトを手で制したシモンは、再度、言い含めるようにこの場の雰囲気を緩めつつ、私見を述べる。

 

「どのようにあれだけの数を用意したのか不明だが、千年アイテムの力が無関係ではないじゃろう――じゃが反面、あの石像共の動きを見るに、三幻神に恐れをなしているとのバクラの話も丸っきり嘘という訳でもあるまい」

 

 そうして情報を整理したシモンは闇遊戯へと向き直り――

 

「ファラオ、此処は王宮にて籠城の構えが堅実かと」

 

 そう進言した。それに伴い神官たちの注目も闇遊戯に集まる。

 

 

 この進言は、バクラを探し出し仕留めるのではなく、王宮にて万全の態勢を整えて、迎撃に当るとの方針。

 

 なにせ、純粋なディアハならば闇遊戯とマハードの連携でバクラを終始圧倒していたのだ。ならば後は此度のような人質などの小細工を他の神官たちで防ぐスタンスの方が確実性も高い。

 

 石像たちも、残りの二つの千年アイテムを得る為に、必ず行動を起こす。ゆえの待ちの姿勢。

 

「そうか。セト、お前はどうみる?」

 

「私もシモン様と同意見です。バクラと石像共の目的であろう『冥界の石板』とやらにはファラオの千年錐とアクナディン様の千年眼は必須――民への警護も私の新たに組織する部隊が完備されれば、手も足りるかと」

 

「そう……だな。シモンの案で行こう」

 

 そうしてセトに助言を求めつつ、僅かに思案を見せた後の闇遊戯の決定にマハードは来たるべく決戦に静かに闘志を燃やす。

 

「奴らがファラオの御身を狙った時こそが、最終決戦の時となるのだな」

 

「その通りだ。マハード、その時はなにを置いてもファラオの御身を優先しろ」

 

「無論だ」

 

 やがてセトの念押しするような忠言に強気な笑みで返したマハードの姿に、神官たちも信頼の眼差しを向ける中、慌ただしく一人の兵が現れ、膝をつく。

 

「伝令! ご報告致します!! アクナディン様が目を覚まされました!!」

 

「おお、朗報であるな」

 

 それは一体感を高めていく神官団にとってまさに自分たちの結束を後押しする天啓にも思えた。

 

 

 

 

 

 

 此処で舞台は王宮内の隠し通路の只中へ、トラゴエディアは部屋の一つ一つを慎重に物色していた。

 

「ふむ、此処もハズレか」

 

 だが、目的の獲物は見つけられなかったのか小さく息を吐いた途端、脳裏に聞きなれた声が響く。

 

『トラゴエディア、例の物は見つかりましたか?』

 

「そう焦るな。オレも詳しく知っている訳ではないが、アレはアクナディンにとって重要な物――容易く見つかりはせんだろうよ」

 

 協力者の神崎の急かすような物言いに肩をすくめて呆れて見せるトラゴエディア。

 

 神崎がトラゴエディアの復讐の舞台を整える対価として頼み出たのは、彼の盗賊としてのキャリアを活かした――早い話が「盗み」だ。

 

 だが、目的の代物は容易く見つかるものではない。いや、容易く見つけられる代物ではないゆえに専門家(盗みのプロ)に依頼したと言うべきか。

 

「しかしアクナディンへの復讐は何時だ? アヌビスの奴がそろそろ我慢の限界だぞ」

 

 そんな依頼の最中、世間話でもするように隠し通路の地図の概要を己に教えてくれた「もう一人」の協力者アヌビスの精神状態を茶化して吹聴するトラゴエディアだが――

 

『だからです。舞台の開演が直ですので、早急に見つけて貰わないと会場に遅れてしまいますよ』

 

「それでエサをぶら下げているつもりか? ククク、だが乗ってやろう――少々騒がしくしてもかまわんな?」

 

 神崎から軽く返ってきた言葉の内容に、トラゴエディアの頬はつい裂けるように笑みを浮かべてしまう。「()る気になってしまうじゃないか」と。

 

 仕事後の愉しみを夢想し、トラゴエディアのモチベーションは高まって行く。

 

『構います。此方にも段取りがありますので――ただ、問題ないタイミングだけはお教えしておきますね』

 

「フフフ、お前のそうした気の利く部分は好ましいよ」

 

 釘を刺しつつも、多少の無茶を聞いてくれる協力者(神崎)との奇妙な関係はトラゴエディアにとって不思議と心地よかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 此処で舞台はアクナディンの私室に戻り、バクラから受けた負傷の為、ベッドに横になっていたアクナディンはセトと共に来訪したファラオに対し、痛む身体を起こして頭を下げる。

 

「この度はバクラに不覚を取り、申し訳ございません、ファラオ」

 

「いや、楽にしてくれて構わない。それに不覚を取ってなお千年眼を守り切ったんだ。この場にお前を責めるものなどいない」

 

「寛大なお心、感謝します」

 

 だが、アクナディンの肩に手を置いた闇遊戯は労いの言葉も早々に腰を上げた。

 

 なにせ、闇遊戯の立場が立場、ファラオの前では横になることすらはばかられるだろう。それでは怪我の治りが遅くなるばかりだ。

 

「……少し早いが失礼する。俺がいては気を張ってしまうだろう? 今はゆっくり休んでくれ」 

 

「感謝の言葉もありません」

 

 そんな闇遊戯の気づかいに再度頭を下げて見送ったアクナディンだが、闇遊戯と護衛のマハードがこの場を立ち去り、セトも続こうとした段階で顔を上げる。

 

「待て、セト。お前に話がある――魔物(カー)狩りはどうなっておる? 目ぼしいものは見つかったか?」

 

「……いえ、未だバクラのディアバウンドに匹敵する力を持つものは見つかっておりません。ですが此度の損失と、ご報告した『風帝』の話からも私の策が間違っているとは――」

 

 告げられた内容から、引き留めた理由を察したセトが己の計画の正当性を訴えるが――

 

「皆まで言うな、分かっている――セト、此度はお前に見せたいものがあるのだ。ついて参れ」

 

 ベッドからゆっくりと立ち上がったアクナディンが淀んだ色を見せる瞳で返した言葉はセトが思ってもみなかったものだった。

 

「ですが、まだお休みになられた方が……」

 

「何を言う。賊を神の力で倒したとはいえ、それは極一部であろう? であれば、このような一大事にゆっくり休んでなどいられん」

 

「……そういうことでしたら」

 

 アクナディンの急な心変わりにセトは困惑しつつ、相手の身体の不調を心配するが、アクナディンの執念染みた熱意に引かれ、案内されるがままに隠し通路を通り、王宮の地下深くへと歩を進めていく。

 

 

 

 そしてセトが辿り着いたのは――

 

「これは……」

 

「此処は地下闘技場だ」

 

 石造りの地下闘技場。

 

 部屋の中央に底すら見えぬ程に深い大穴が広がり、その大穴の上につるされた幾つもの板切れの内の3つに、それぞれみすぼらしい恰好の囚人の男が並ぶ。

 

 そしてその背後には三本角の巨人に、巨躯を持つ人型ミミズの怪物、そして棘のような足が幾つも並ぶ巨大な芋虫の化生――三者三様の化け物、魔物(カー)の姿。

 

「アクナディン様、これは一体なにを……」

 

「見ていれば分かる」

 

 観戦席のように用意された椅子の一つに腰掛けたアクナディンへ怪訝な声を漏らすセトだが、アクナディンの忠実な部下である小柄な老人に促されるままもう一方の席へ着く。

 

「死にたくないなら戦え! 相手の息の根を止めねば生き残れはせんぞ!!」

 

「うわぁ~!!」

 

「やってやる! やってやる!!」

 

「くっそー!!」

 

 途端に響いたアクナディンの声に、三人の囚人たちは己の魔物(カー)を用い、他者の魔物(カー)を殺さんと、争い始めた。

 

 互いの爪で、牙で、傷つけ合い「己が生き残るのだ」と争う3人の囚人の姿にセトは義憤から席から立ちつつ声を荒げる。

 

「ご乱心めされたか、アクナディン様! 囚人同士を無益に戦わすなど言語道断!」

 

「静まれ、セト! これがお前の求めていたものであろう! しかとその眼に焼きつけよ!」

 

 だが、セトの言をアクナディンが怒声で掻き消した瞬間に闘技場にて大きな動きが見られた。

 

 それは棘のような足を幾つも持つ芋虫の化生が、巨躯を持つ人型のミミズの化け物を食い殺した途端に、その身体を一回りも二回りも増大させ、身に秘めた魔力(ヘカ)も増大を見せる。

 

魔物(カー)が成長した!?」

 

 己の魔物(カー)が殺され、死亡した囚人の命を喰らうかのように力を高めた魔物(カー)の姿に驚くセトへアクナディンは満足気に語り始める。

 

「セトよ、魔物(カー)を強力にするもの……それは宿主の命への執着心――死への強い恐怖」

 

 今でこそ強大な姿を見せる囚人たちの魔物(カー)だが、最初は体躯も小さく、弱い力しか持たない代物だった。

 

 だが、囚人同士を争わせ、魔物(カー)を潰し合わせ、人の命の執着・死の恐怖といった心の闇を増幅し続けた結果、彼らの魔物(カー)は神官たちのそれに匹敵しうる可能性すらあるものへと化けたのだ。

 

「死にたくないという強い思いを増幅させることで、より強力な魔物(カー)を生み出すことが出来るのだ!」

 

 アクナディンが宣言するように、死への恐怖は人を生存へと駆り立てる。

 

 生き残る為に、様々な枷を外し、躊躇いを振り切り、生存の意思「のみ」が膨れ上がり、際限なく力を追い求めていく。

 

 その狂気は心を苛み、魔物(カー)すら歪め、闇に堕ちてもなお留まることを知らぬ深淵への道。

 

 そう、この外法は文字通り、人の心を削って行われる諸刃の剣の如き代物。払う代償は計り知れない。

 

「まさか、私が集めた囚人以外の者たちも――」

 

「其方はまだ手をつけてはおらん。お前が直々に手掛けた新たな組織――セト、お前の好きなようにするが良い」

 

 そんな外法の「魔物(カー)持ちを争わせる」方法に最悪の可能性が脳裏を過ったセトへ、アクナディンは真摯な瞳を向ける。

 

 アクナディンのセトを想う気持ちに偽りはない。ゆえにセトの瞳は迷いで揺れる。

 

「次はお前だ~ッ!」

 

「嫌だ! オレは死にたくねぇ~!」

 

 一方で駆り立てられた恐怖に禍々しく変貌していく魔物(カー)、そして殺し合う残った二人の囚人。

 

 所詮は罪を犯した者――だが、だとしてもこの仕打ちが許される訳がない。そんな想いと、千年アイテムを失う結果になった先日の一戦での力不足を嘆いた想いがセトの中でせめぎ合う。

 

「セトよ、お前はシャダに語ってみせたのだろう? 『ファラオに頼らぬ力が必要だ』と」

 

「それは……そうですが」

 

 そんな迷いの中、告げられた己を闇へと誘うようなアクナディンの声に拳を握りつつ、力なく返すセト。

 

「そのファラオは此度も危うくその命を散らせるところだった」

 

「ですから、その為にファラオをお守りする力を――」

 

 そう、だからこそセトは悩んでいるのだ。

 

 おびただしいまでの数の暴力を誇る石像の軍団。

 

 ファラオの三幻神にすら匹敵しうる強大な力を持つバクラの精霊獣(カー)、ディアバウンド。

 

 それに対し、王宮側の戦力は圧倒的に足りていない。今のままでは王宮の精鋭たる神官たちが、ファラオの足を引っ張るだけの現実が突きつけられている。

 

 籠城の方針を推したのも、その戦力比ゆえだ。「城攻めには三倍の兵力が必要」とはよく言ったもの。

 

 しかし、それでも兵力の不安が残るゆえに、アクナディンの提案を前にセトは悩むのだ。

 

「それだけでは駄目だ! 真に必要なのは万が一にファラオが倒れた時の新たなるファラオ!!」

 

「新たなる……ファラオ……?」

 

「ファラオは三幻神を操る選ばれしファラオであった……だが、その心は酷く脆い」

 

 だが此処で立ち上がり己の両肩を掴んだアクナディンからの押し通すかの声に顔を上げたセトは一歩後退る。だがアクナディンの弁は続き、熱は収まりを見せない。

 

「あのような見え透いた策に嵌まり、千載一遇の好機を逃す体たらく。その結果、多くの千年アイテムを失う結末を生んだ――あの者に王の器はない」

 

 そのアクナディンの瞳にかつてはあった筈のファラオへの忠誠は見当たらず。

 

 神官になりたての過去のセトを鍛えた際に見えた、尊敬していた師としての面影すら感じさせない。

 

「ゆえにセトよ! 神をも越える力を手に入れよ!」

 

 野望に魅入られ、私欲に狂った色しか、その瞳には窺えなかった。

 

「こうして囚人共を糧に育てに育てた魔物(カー)をお前の魔物(カー)――デュオスに喰わせ、何物をも打ち砕く絶対の力を手にするのだ!!」

 

「アクナディン様……」

 

――これがあの商人の言っていた我らの内の脅威だとでも言うのか……!

 

 ゆえにセトの脳裏に過るのはゼーマンの忠言。

 

 アクナディンだけでなく、魔物(カー)の喰い合いを実行し、力に魅入られた己が「内の脅威」になってしまうのではないかと――そんなIFが脳裏を過る。

 

「その時こそ王座はお前を迎え入れる!」

 

「お……お待ちください。ファラオが未だ健在であろう時に……」

 

「ファラオなど、どうでも良い! 万が一を考えるのだ。その時、誰が後を継ぐ? 分からぬのか、セト――お前だ!」

 

 信頼していた恩師の変貌に思わず目を逸らしたセトだが、それにより突き出した己の腕に見えたキサラの贈り物たるミサンガの存在に、セトの頭は一気に晴れた。

 

「アクナディン様! ファラオの優しきお心ゆえに心配なさるお気持ちは理解できますが、ファラオに取って代わろうなどと、些か以上に度が過ぎております!」

 

 王位を神官が掠め取ろうなど、不敬どころの話ではない。冗談であっても誰かの耳に入ろうものなら極刑ものであろう。

 

「そして外法に手を染めるなど! 『後ろめたき行為は心に恐れを生み、恐れはいずれ人を闇へといざなう』――そう指南してくださったのは貴方ではないですか!! 一時の感情に身を任せ、悪しき前例を生む訳にはいきませぬ!!」

 

 更にこのような外法を以て、優しき世界をもたらせば、キサラはきっと悲しみにくれるだろう。ゆえにセトはアクナディンの提案を完全に拒絶した。

 

「そもそも神ではなきこの身にファラオが務まる訳がありますまい。先程までのお言葉は私の胸に仕舞っておきますゆえ、どうか頭を冷や――」

 

「何を言う! お前こそがファラオに相応しいのだ! お前こそが現ファラオを退け、真のファラオになるのだ!」

 

 そうして、恩師でもあるアクナディンに、この計画を諦めさせる為にも、強く否定の言葉を示すセトだが、アクナディンは懸命に引き留める言葉を並べていく。

 

「そう、お前は神の! 王家の血を――」

 

 アクナディンとて何のプランもなく、こんなクーデター染みたことを働いてはいないのだ。

 

 ゆえにアクナディンは計画の概要を最後まで話せば、勝機は十二分にあることを理解してくれると信じて疑わない。

 

 いや、実際セトが首を縦に振れば、計画を阻む障害は精々がマハードくらいだろう。

 

 

 

 

 

「それはファラオへの叛意と受け取ってよろしいですね」

 

 

 

 

 だが、何事も計画通りにいかないのが世の常。

 

 いつの間にやらこの場にいた己の部下ではない兵が剣を向ける姿に苛立つようにアクナディンは怒気を強める。

 

「誰だ、貴様は……どうやって此処に入った!」

 

 この地下闘技場は隠し通路の奥の奥にある極一部の人間しか知らぬ場所。神官は勿論のこと一兵士が容易く来れる場所ではない。

 

 しかし剣を構えた兵はアクナディンの言葉など意に介さず意気揚々と宣言する。

 

「ファラオへの数々の叛意あるお言葉! 並びに非道の数々! しかとこの目と耳で捉えました! もはや、言い逃れは出来ませぬ!!」

 

「貴様如き一兵卒に何が出来る!!」

 

 そうして罪の糾弾を行う兵士だが、アクナディンが投げ捨てた言葉のように、神官ですらない一兵士の口封じなど容易いこともまた事実。

 

 アクナディンの地位があれば兵士の一人程度が死んだところで何とでも処理できようことは明白だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アクナディン様、よもやこのような非道を……」

 

「アクナディン……どうしてなんだ……!」

 

「マハード? それにファラオまでも!?」

 

 

 でもエジプト一の魔術師でもある神官(マハード)に加え、ファラオ(闇遊戯)が相手じゃ、それは(内密に口封じは)無理だよね。

 






アクナディン様を現行犯逮捕や!!

神官サマ(社会的に)死す!!(タイトル回収感)



~今作でのディアハ面でのラーの翼神竜の扱い~

Q:ディアハ的に「ラーの翼神竜」って消費魔力(ヘカ)が多いの?

A:「ラーの翼神竜」になんらかの制限がなければ、原作の一戦で「ディアバウンドのステルス能力が判明した段階で何故、呼び出さないの?」という疑問が生じる為、

今作では――
「ラーの翼神竜」の効果にライフコストを払う者が多いことも相まって「絶対体な力を持つ反面、消費も大きい」とさせて頂きました。

原作でも、初召喚は表の遊戯たちからの魔力(ヘカ)を借りていましたし……(目泳ぎ)


Q:回復能力は?

A:原作でも《融合解除》で回復する効果があったので、不死鳥的な側面からも癒す力はあるかと――あったらいいな(おい)



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第191話 怨嗟の果て



前回のあらすじ
??の翼神竜「戦況を一瞬で塗り替えたラーの翼神竜は流石の貫禄んごねぇ……( - ω - ) ウンウン」





 

 

 闇遊戯とマハードが、隠し通路の先にあるこの地下闘技場にて、アクナディンの裏切りの現場を目撃したのは偶然が重なった結果だった。

 

 マハードを助ける為、命懸けの嘆願をし、尚且つ魔力(ヘカ)切れで倒れた己を王宮まで運んだ兵へ闇遊戯が礼を告げようと動いたのが全ての始まりである。

 

 天上の存在であるファラオの礼に対し、「恐れ多い」と驚き飛びのいた兵が壁に激突した時に損傷した壁の中から「偶然」隠し通路を発見。

 

 最初は隠し通路の発見に驚いていただけだが、兵の「奥から助けを呼ぶような叫び声が聞こえた」との発言に、万が一があってはならぬと、急行した闇遊戯たちはアクナディンの裏切りの現場を「偶然」目撃したのだ。

 

 

 なんとも「偶然」である。

 

 

 そうして目撃したアクナディンの暴挙に義憤からか、一歩前に出た兵が相手の言い訳を許さぬように大声で糾弾する。

 

「アクナディン様……これ程の非道に加え、ファラオへの叛意のお言葉の数々、見過ごす訳にはいきません!」

 

「アクナディン、何故なんだ……」

 

「ファラオ! お下がりください! アクナディン様は貴方様の御命を狙っております!」

 

 アクナディンから弁明の声を聞こうと闇遊戯が前に出るが、その歩みは兵が横に突き出した腕が遮った。ファラオの命を守るものとして当然の対応であろう。

 

「お待ちください、ファラオ! アクナディン様はバクラに敗れたことで冷静さを失っているのです! 今一度、冷静になる時を頂きとうございます!!」

 

「お言葉ですが、セト様! あのようなご発言を見逃すなど、王権崩壊の亀裂になりかねません! 何より皆に示しがつきませぬ! ファラオ、ご決断を!」

 

 セトが闇遊戯へ膝をつきながらの嘆願も、やたらと出しゃばる兵が封殺するが、闇遊戯は暫し瞳を閉じ、冷静に務めながらマハードの意見を求めた。

 

「……マハードはどう思う?」

 

「私も失態を犯した身、大それたことは言えません――ただファラオのご決断に従うのみです」

 

 とはいえ、マハードから返って来たのは丸投げ染みた回答。だが闇遊戯の決定に全幅の信頼を置いている事実が、言葉よりも雄弁に語っている瞳を前に、闇遊戯の腹は決まる。

 

「……アクナディン。お前が乱心したのはバクラたちの存在があった為。ゆえにこの一件が終わるまで暫し、牢にて頭を冷やせ」

 

「ファラオ……御寛大なお心に感謝いたします……!」

 

 甘いとすら思われかねない処罰だが、バクラからのなんらかの魔術の類を受けた可能性も否定できない為の決定だったが、アクナディンからすれば堪ったものではない。

 

――駄目だ。バクラと、賊の勢力の騒ぎが収まった後では、ファラオを王位から落とせぬ……!

 

「ではアクナディン様、此方へ。牢までご案内します」

 

「ええい、離せ!!」

 

「アクナディン様! ファラオの寛大なご決定に――」

 

 そうして己を連行しようとする兵の手を払ったアクナディンは相手の声など無視して、己がディアディアンクの付いた腕を天に掲げた。

 

「――現れろ、サウザンド・アイズ・サクリファイスよ!!」

 

 その声に従い闇より現れた不気味な紫色の体色をした一つ眼が伸びた翼の生えた異形が、鍵爪をガャシャリと開き、それに伴い牙の覗く腹の口から瘴気のような息が漏れた。

 

「アクナディン様!?」

 

「ついに本性を現しになられたか!!」

 

 今までアクナディンが扱っていた魔物(カー)とは似ても似つかぬ別の禍々しき魔物(カー)、サウザンド・アイズ・サクリファイスの出現に戸惑いの声を漏らすセト、激昂する兵。

 

 だが、アクナディン自身はそんな相手の反応に構っている暇はなかった。

 

「千眼呪縛!!」

 

 そんなアクナディンの声にサウザンド・アイズ・サクリファイスの全身から、その名の通り千の目玉がギョロリと開き、その瞳に捉えられた闇遊戯とマハードの身体は金縛りにあったように動かない。

 

「ぐっ……!?」

 

「身体が……!?」

 

――こうなれば今ここでファラオを殺すしかない! さすれば王家の血を継ぐのはセトのみ! 幸い邪魔をするであろう神官はこの場では1人! それがエジプト一の魔術師と名高いマハードなのが、厄介ではあるが……

 

 そうして二人に魔物(カー)を呼び出させずに、僅かに稼いだ時間でアクナディンはすぐさま考えを纏めつつ――

 

「サウザンド・アイズ・サクリファイスよ! 囚人共の魔物(カー)を喰らえ!!」

 

 戦力の増強を図る。

 

「やめろー!」

 

「く、くるなぁあああ!!」

 

 やがて今までことの成り行きを静かに見守っていた囚人たちの叫びなど気にも留めず、素早く二体の魔物(カー)を屠り喰らったサウザンド・アイズ・サクリファイスの身体はベキベキと音を立てて膨れ上がった。

 

魔物(カー)が……変貌して……!?」

 

「ククク、これで我がサウザンド・アイズ・サクリファイスは、ミレニアム・アイズ・サクリファイスへと進化した」

 

 セトの悍ましい物でも見たかのような声を余所に、身体中の瞳が千年眼へと変貌し、魔力(ヘカ)共々邪悪さを増したサウザンド・アイズ・サクリファイス――否、ミレニアム・アイズ・サクリファイスの姿にアクナディンは勝利を確信する

 

――漲る、力が漲るぞ! この力ならば、マハードを倒せる! そしてファラオを亡き者にすればたとえ私が死のうとも、此度の騒動がセトを王位に引き上げてくれる!!

 

「ミレニアム・アイズ・サクリファイスとなった我が魔物(カー)の力! 度重なる連戦で消耗したお前たちにこれを破る術はあるまい!」

 

 出来ればセトに託したかった力ではあるが、新たなエサはファラオを殺した後で集めれば良い。

 

 それゆえに最優先事項である闇遊戯の抹殺を図ろうとしたアクナディンだが――

 

「ハァアアアア!!」

 

 マハードが気合と共に全身に漲らせた魔力(ヘカ)の輝きが、ミレニアム・アイズ・サクリファイスの拘束を打ち破った。

 

 パリンと割れて砕けるような音と共に自由を取り戻したマハードは闇遊戯を守るような位置にて反逆者に立ちはだかる。

 

「ほう、流石だな、マハード。エジプト一の魔術師と言われるだけはある」

 

「ファラオのご慈悲すら踏みにじる、此度の狼藉! 決して許されるとお思いにならぬことだ!!」

 

 アクナディンの感心するような声も意に介さず、今のマハードにあるのは純粋な怒りのみ。

 

 その研ぎ澄まされたマハードの魔力(ヘカ)は、今の外法によりパワーアップを果たしたアクナディンを以てしても冷や汗が流れる程だ。

 

「セト、デュオスを呼べ! 共にマハードを降し、ファラオを亡き者にするのだ!!」

 

 ゆえに己が息子であるセトとの共闘を選ぶアクナディン。幾らマハードの力が強大であっても、数の利を生かせば対応できる自信がアクナディンにはあった。

 

「アクナディン様……たとえ大恩ある貴方の言葉であっても――」

 

 しかしセトはアクナディンに立ち塞がるように歩み出て、キサラがくれたミサンガが揺れる拳を握り――

 

「――私は闇に魂は売らぬ!!」

 

 力強く決別を宣言。

 

 それは光の道を、正道を歩むとの決意。闇への誘いを完全に振り切ったセトの心は、もはやアクナディンの甘言など届かない。

 

「……そうか」

 

「アクナディン様! いい加減目をお覚ましください! 貴方はそのような邪念に心奪われる方ではなかった筈です! まさかバクラに何らかの術をかけられたのですか!」

 

「……もうよい」

 

 そんな中、セトの説得を受けて諦めたような言葉を漏らしたアクナディンに、セトの顔は喜色に染まる。やはり、今回のアクナディンの変貌は何かの間違いだったのだと。

 

「おお! 遂に元の貴方に――ぐっ!?」

 

「お前は黙ってそこで見ておれ」

 

 だが、ミレニアム・アイズ・サクリファイスの力によって動きを封じられ、宙に浮かぶセトにアクナディンは邪悪な笑みを浮かべた。

 

「お前が王に! ファラオになる瞬間を!!」

 

「お、お止めください……ア、アクナディン様……」

 

 セトの必死の説得すら無碍にしたアクナディンの姿に、マハードの中の最後の慈悲すら消え失せる。

 

「出でよ、幻想の魔術師! ファラオに指一本たりとも触れさせるな!」

 

「ゆくぞ、マハ――ぁ」

 

 しかし幻想の魔術師と対峙したアクナディンが此処に来て唐突にピタリと動きを止めた。

 

「……アクナディン様?」

 

 遂に思い直してくれたのかと希望を持ったセトの言を余所に、アクナディンの胸から剣が飛び出していた。

 

 その剣の持ち主である己を背後から一突きにした兵に向け、アクナディンは驚愕の声を途切れ途切れに零す。

 

「貴ィ……様ァ……いつの……間に……」

 

 一兵卒の戦闘力ではアクナディンの眼中にないゆえにミレニアム・アイズ・サクリファイスの力の行使対象からは魔力(ヘカ)の節約も兼ねて外していたが、だからと言って、不意を突けば攻撃が当たるというものでもない。

 

 魔物(カー)は命じられずとも本能的に宿主を守るのだ。

 

 つまり、人を大きく凌駕した能力を持つ魔物(カー)を掻い潜れるものでしか、宿主を傷つけることは叶わない――そんなことが出来るのは、同じ魔物(カー)くらいだ。

 

 人力でどうにかなる相手なら、神官が此処まで高い地位を得られていない。

 

「下準備はこんなものか」

 

 だが、その前提を覆して背後からアクナディンを一突きにした兵から出たのは感情の色が見えない冷淡な声。

 

「馬鹿……な……こん……なとこ……で……」

 

 先程までの、ファラオを案ずる熱血漢な姿が嘘のような豹変ぶりに戸惑いの声を零すアクナディンだが、やがて限界を迎えたようにパタリと倒れる。

 

 やがて宿主の限界ゆえかミレニアム・アイズ・サクリファイスも煙のように消えていき、闇遊戯とセトの拘束が解かれた。

 

 そうして倒れたアクナディンは息も絶え絶えにか細く呼吸音を響かせるばかり。こうなってしまえば死は時間の問題だろう。

 

「アクナディン……様」

 

 そんな恩師の姿にセトも思わず悲痛な声を漏らし、目を伏せる。状況を鑑みても兵の行動に問題はない。ファラオの慈悲すら踏みにじり、命を狙った相手に刃を突き立てることは当然のことだ。

 

 だが感情までもが、そう容易く割り切れるものではない。

 

「よっと」

 

 しかし、そんな最中に瀕死のアクナディンの胸倉を掴み上げて持ち上げた兵の行動にマハードが待ったをかける。

 

「待て、既に止めを刺すまでもない状態だ。これ以上の追い打ちは止せ」

 

 神に等しきファラオへ唾を吐きかけたも同然の相手を許せぬ気持ちはマハードとて理解できるが、だからといって必要以上の攻撃を加えることを許容する訳にはいかなかった。

 

 

「《ポジションチェンジ》」

 

 

 だが、兵が短くそう呟いたと共に、瀕死だったアクナディンの姿は画面が切り取られたかのように消失する。

 

 それは恩師の亡骸一歩手前の身体と、その眼に埋め込まれた千年眼の消失を意味する為、セトは腰から剣を引き抜き、兵へと向けた。

 

「ッ!? 貴様、何をした!? アクナディン様を何処へやった!!」

 

――よもや、商人の言っていた内に潜む敵は1人だけではなかったのか!?

 

「待てセト――まずはこの者から話を聞くことが先決だ」

 

――私の助命を願い出てくれたものに杖を向けることになろうとはな……

 

 未だ感情の整理がつかぬセトの慟哭を諫めるように、マハードがその肩に手を置きつつ幻想の魔術師の杖を兵へと警戒と共に向けるが――

 

 

「クル・エルナ村の同胞の無念! 晴らさせて頂く!!」

 

 

 問答無用とばかりに腰から火薬の入った筒を取り出した兵は、導火線に火を点けた。

 

「ファラオ! 御覚悟を!!」

 

 この距離で火薬が炸裂すれば、闇遊戯とてタダでは済むまい。

 

 やがて導火線に奔る火が火薬に接触し――

 

 

――自爆するつもりか!?

 

「ファラオ、私の後ろに!! デュオス!!」

 

「幻想の魔術師!! 魔防壁!!」

 

 セトの魔物(カー)デュオスと、マハードの魔物(カー)、幻想の魔術師が、兵の前に立ちふさがった瞬間に、爆炎が地下闘技場に広がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 此処で舞台は変わり、砂漠のど真ん中を闇遊戯の王墓へ向けてせっせと進む表の遊戯たち。だが、そんな中で城之内は我慢できないように叫んだ。

 

「結ッ構ッッ!! 歩いたよな! まだかよ、ボバサ!!」

 

 ボバサの案内で王宮のある街からせっせと歩き続け、早幾日。未だに王墓の「お」の字も見当たらない。

 

 彼らがこの世界の全てに触れぬゆえか、疲労や空腹の類を感じないとはいえ、砂漠を黙々と徒歩で進んでいくだけでは、精神的に辛いところである。

 

「もうちょっとだよ~」

 

「それ、さっきも言ってたわよね……」

 

 先頭をルンルンで進むボバサの説明にも、杏子が溜息で返す様に、このやり取りは飽きる程に繰り返されていた。

 

「みんな、頑張ろ! ボバサも頑張る!」

 

 恰幅の良い身体をボヨンボヨン揺らしながらのボバサの応援も、いまいち一同には効果が薄い模様。

 

「あー、もう駄目だ! 少しだけ岩陰で休もうぜー」

 

「……城之内。ノンビリしてる暇はないでしょ――もう一人の遊戯だって、今も戦ってるのよ……」

 

 そんな中で、城之内がギブアップとばかりに見つけた岩陰にへたり込んだ。杏子が苦言を呈するが当の本人も精神的な疲労は隠せない。

 

「んなこと言われても、ずっと歩き詰めで疲れんだよ……休み休みいかねぇと、こっちが先に倒れちまう。見渡す限り砂漠ばっかで進んでる気もしねぇし」

 

「ほら、城之内! 立・ち・な・さ・い!」

 

「待って、杏子。城之内くんの言うことも一理あるよ。ずっと休みなく歩き続けたんだし、少し休憩していこう」

 

 ダラリと身体を横たえぼやく城之内の腕を強引に引く杏子を表の遊戯は止めつつ、岩陰に腰を下ろした。

 

 大前提として砂漠を徒歩で走破しようなど、そもそもが無茶な行為だ。今回は自分たちが特殊な状態ゆえに強行できたが、それでも適度なガス抜きは必須であろう。

 

「さっすが遊戯、話が分か――なんだ、アイツら?」

 

「えっ?」

 

「みんな伏せて!!」

 

 だが、自分たちの背後にあった大きめの岩のくぼみから見える光景に、表の遊戯の判断で、身を隠すように咄嗟に身体を伏せる一同。

 

 その岩のくぼみから、地下深くに広がるのは――

 

「UGOGOー」

 

「KOTTI KOTTI」

 

「YOISYOー!」

 

 多くのオレイカルコスソルジャーたちが、何やら作業している様子。地下を削り、空間を広げ、水を張り、場を整えている光景。

 

「なんだ、あいつら? こんな何もない場所で何やってんだ?」

 

 そんな工事現場感溢れる場に、城之内も思わず首を捻るが――

 

「あれって……形式は少し違うようだけど『禊』?」

 

「みそぎ? なんだソレ?」

 

「神道での不浄や穢れ――悪いものを払う儀式だよ。でも、向こうにあるのは聖水……他の宗教の様式も混ざってる……なんだろう? ホプキンス教授の論文に似たようなのがあった気が……」

 

 表の遊戯は、オレイカルコスソルジャーたちが水を張っている場に揃えられた小物から彼らの目的を予想していく。

 

 とはいえ、闇遊戯の為に色々調べたとはいえ、古代エジプト以外の分野の知識は穴が多い為、断定はできない。

 

 だが、その説明を話半分で聞いていた城之内は、見逃せないものを発見した。

 

「あっ、あれッ! 千年アイテムじゃねぇか!?

 

「なに言ってるのよ、城之内。千年アイテムは神官の人たちが持ってるって話――って嘘ッ!?」

 

「マジかよ!? まさかもう一人の遊戯の身に――」

 

「ちょっと本田、声が大きい!」

 

 予想外の代物に動揺から騒がしさを増していく一同に影が差した。

 

「UGOGO?」

 

 表の遊戯たちの真正面には岩のくぼみから出てきたバケツを持ったオレイカルコスソルジャーが佇む。

 

 その体躯は大柄なボバサすら超えたものであり、荒事では勝ち目が見いだせない。

 

「悪ィ! こうなったら、お前らだけでも――」

 

「待って、本田君」

 

「ゆ、遊戯!?」

 

 ゆえに本田が己を囮にしてでも、皆を逃がそうとするが、それを表の遊戯が引き留めた。

 

 そうしてジッと動かず口に手を当てながら息を潜める表の遊戯たち一同を余所に、目の前でオレイカルコスソルジャーはバケツに入った大量の石を所定の位置に捨てた後、踵を返して立ち去っていく。

 

――気付かれて……ない?

 

 その表の遊戯たちの存在など目に入っていないように、岩のくぼみの内部の階段を下って行くオレイカルコスソルジャーの姿に、表の遊戯はそう仮定した。

 

「DOーSITA?」

 

「AWATI ITATIGUUY AKNAN」

 

「MAZIDE!?」

 

 他のオレイカルコスソルジャーと何やら話していたが、それらも遊戯たちに気付いた様子もなく作業に戻って行く光景を見るに表の遊戯の仮定は間違っていなさそうだ。

 

「い、行ったかぁ~~心臓止まるかと思ったぜ……ボバサ、アイツらのこと何か分かるか?」

 

 そんな中、先程までの緊張の為か膝から崩れ落ちる城之内が、ボバサ関連かと話を振るが――

 

「ううん、ボバサ知らない。初めて見る」

 

「そうかー、見た感じ街の奴らみてぇに俺らのこと見えてねぇみたいだな――まぁ、アイツらにだけ見える方がむしろおかしいか」

 

「触れもしねぇから千年アイテムを、どうこうするのも出来ねぇけどな」

 

 とはいえ、分からないことが増えるばかり。

 

 溜息を吐いた本田の言う様に自分たちには「出来ないこと」が多すぎた。

 

「つーか、なら隠れる必要ねぇじゃねぇか。近くで見てこようぜ!」

 

「ちょ、ちょっと城之内、止めといた方が――」

 

 だが、此処で透明人間状態ゆえか、強気な城之内は杏子が引き留めるまもなく、階段を下って行く。

 

「OZUAGIT NOMUOYK ONOKOK!!」

 

「うおっ!?」

 

 しかし目の前に現れた巻物を持つオレイカルコスソルジャーの1体の怒声に、ビクリと身体を震わせた。

 

「NESAMNUS、US!!」

 

 だが、その怒声の先は、もう1体の筆を持つオレイカルコスソルジャー。ペコペコ頭を下げている様子からなにか怒られている模様。

 

「なんだよ、脅かしやがって……」

 

 それゆえに、「やはり自分たちの姿が見えていないのだ」と安堵の息を漏らす城之内によって、問題ないことが判明した為、遊戯たち一同は暫し、この場の探索に乗り出した。

 

「ここで一体なにしてるのかしら……」

 

「多分だけど、儀式場……なのかな?」

 

「なんの儀式だ?」

 

「多分、悪い物を払う……んだと思う。宗教や形式の違いはあるけど、どれもその類のものばかりだし……」

 

 杏子と本田の疑問に、闇遊戯の為に片っ端から集めた情報を基に仮説を立てていく表の遊戯だが、明確な部分は不明である為、謎は深まるばかりだ。

 

 そんな中、祈りの手に千年リングを持った白装束を着たオレイカルコスソルジャーに、清めの水をぶっかけている神職の服を着たオレイカルコスソルジャーの隣に立つ城之内は、自分たちが来た入り口の方を指さす。

 

「なら、この辺のどっか分かり易いとこにアイツに向けたメッセージの残しとこうぜ!あの辺がいいんじゃねぇか?」

 

「うーん、ならあっちの方がいいんじゃない?」

 

「EKOTEKUDATAK EDOTA ONURETTI AGARUTIA」

 

「USSU!」

 

 やがて、この不思議な儀式場に、闇遊戯たちが見つけやすいような位置に目印をセットした表の遊戯たち一同は、再び道なき砂漠を進み始める。

 

 だが、そんな中で杏子は心配気な声を漏らした。

 

「でも千年パズルもあったのよね……もう一人の遊戯……大丈夫かしら……」

 

「確かに、バクラとの喧嘩で何かあった可能性も……」

 

 本田が続けたように、それは千年パズルを失ったであろう闇遊戯の安否を気がかりにしてのことだったが、先頭を行くボバサに続く表の遊戯は、努めて明るく返す。

 

「それは大丈夫だと思う。この世界はもう一人のボクの記憶の世界だから、何かあったのなら、この世界自体に影響が出る筈だよ」

 

「うん、きっとダイジョブ、ダイジョブ! 信じる気持ち、とっても大事!」

 

 表の遊戯の確信に満ちた言葉に安心するような一同は、元気付けようとするボバサの動きにクスクスと笑顔を取り戻したなら、力強い足取りで進んでいく。

 

 

 

 

 

「しっかし、千年アイテムお祓いして、何がしてぇんだろうな、アイツら」

 

 だが、そんな最中に城之内が呟いた疑問の答えは、誰にも分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 王宮から遠く離れた砂漠のど真ん中にて、倒れていたアクナディンは目を覚ます。

 

 なんかやたらと動きの良い兵に剣で胸を貫かれた傷は応急処置されており、身体の節々の痛みを堪えつつ立ち上がったアクナディンだが、千年眼のあった左目の喪失感に気付いた。

 

「……此処は? 千年眼が……ない?」

 

「ようやく目覚めたか」

 

「ッ!? アヌビス!? そうか、貴様の助力であの場を脱したのか……よくやった、流石、我が忠実なる部下」

 

 そして近くに立つ己が部下の1人であるアヌビスの姿に、今の状況を大まかに把握した。そう、まだセトを王位につける計画は、完全に頓挫した訳ではないのだと。

 

 

「遅かったじゃないか」

 

 

 だが、新たに現れた見知らぬ顔にアクナディンは警戒するようにディアディアンクを構えるが――

 

「何だ、貴様は…………アヌビス、なにを!?」

 

「くだらん演技も此処までだ」

 

 己に向けて形のことなるディアディアンクを構えたアヌビスの姿に、一歩後退るアクナディン。

 

「あぁ、長かった。この時をどれだけ待ちわびたか……くだらん指示にも応え、駒として動き、屈辱の日々を送った……だが、全てはこの時の為!!」

 

「アヌビス、貴様、何を言って――」

 

「来い、《アンドロ・スフィンクス》!! 《スフィンクス・テーレイア》!!」

 

 一人独白を零すアヌビスに困惑するアクナディンだが、相手の背後に呼び出された獅子の巨大な獣戦士、《アンドロ・スフィンクス》と、麗しい赤い長髪を伸ばす女の頭を持つスフィンクス、《スフィンクス・テーレイア》の姿に鋭い視線を向けた。

 

「何の真似だ、アヌビス!?」

 

「ククク、聞こえる。聞こえるぞ。貴様の身に渦巻く同胞の怨嗟の声が!! この身を覆うがいい、我が怨念よ! 《トラゴエディア》!!」

 

 だが、魔物(カー)の姿を解放したトラゴエディアの蜘蛛の足が大地を揺らす衝撃に、アクナディンは忌々し気な表情を浮かべていく。

 

「貴様らッ!」

 

「貴様に我が味わった地獄をくれてやろうぞ!!」

 

「あの世でオレの同胞にくびり殺されるが良い!!」

 

 そうしてアヌビスとトラゴエディアの憎悪の叫びが響くが、そんなものなど、アクナディンは知ったことではない。今、彼を突き動かすのは、己が息子セトへ王位を継がせること。

 

 その為ならば、彼は文字通り「なんだってやる」。ゆえに眼前のエサに向けて魔物(カー)をけしかけようとするが、身体に奔った痛みに膝をつくアクナディン。

 

「アヌビス! 私を裏切るとは、愚かな真似を! 来たれ、ミレニアム・アイズ――ぐっ!?」

 

――いかん、傷が深い……だがセトを、我が息子を王にするまでは死ねん!

 

「ッ! 来い! ミレニアム・アイズ・サクリファイス!! 邪眼の魔術を放て!!」

 

 そんな怪我の痛みなど気迫で抑え込み、呼び出されたミレニアム・アイズ・サクリファイスは異音染みた叫びを轟かせた。

 

 そしてすぐさま全身の千年眼から3匹の獲物を見定め、身体中の千年眼からレーザーが放たれる中、被弾を恐れぬトラゴエディアがミレニアム・アイズ・サクリファイスの翼に噛みつく。

 

 更に追撃とばかりに《アンドロ・スフィンクス》の雄叫びからなる轟砲と、《スフィンクス・テーレイア》の口から噴き出す炎が放たれた。

 

 

 怨嗟渦巻く復讐劇の幕が上がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 複数の尾を揺らす黄金の竜、《マテリアルドラゴン》の身体に背中を預けつつ、《封神鏡》に映る2人の復讐劇の終わりを、トラゴエディアが入手した本を眺めつつ待っていた神崎の影が伸び、口を開く。

 

「何故、あの神官の傷を癒した?」

 

 やがて影から響いたいつもより明瞭な冥界の王の声に、神崎は本をパタンと閉じながら、影の方に向き直った。

 

「これは、お久しぶりですね、冥界の王――何故と問われれば、彼らの復讐に『気持ちの良い勝利』が必要だからですよ」

 

「一方的な戦いに見えるが?」

 

「二人がかりで未だに倒せていないにも拘わらず?」

 

 冥界の王の疑問ににこやかに回答する神崎が言外に告げる様に、アクナディンの戦闘能力は決して低くない。

 

 剣術の腕もセトに剣を教える程に達者で、それに伴い一瞬の間に行われる駆け引きにも慣れている。

 

 長く神官の地位にいたことも相まって経験に関してはマハードすら凌ぐだろう。

 

 今の半死半生な身体も、目の前の良質な二つのエサを喰えば、再起は可能だ。

 

 ゆえに「生き延びてセトに王位をつがせる」目標を諦める理由もなく、現在のモチベーションも高い。

 

 その「生への執着」はミレニアム・アイズ・サクリファイスの力を限界以上に引き出すだろう。アヌビスとトラゴエディアが二人がかりでも手古摺る程に。

 

「そう……か」

 

「何か他に気になることでも?」

 

 やがて納得をみせた冥界の王は、神崎へ静かに告げる。

 

「考えていた」

 

 だが、その発言は重要な要素が大きく抜け落ちており、要領を得ない。

 

「考え……ですか」

 

「貴様という個を眺め、人間を観察し、人の心に触れ、考えていた」

 

 それは冥界の王の主張を読み取ろうとする神崎の努力が無為に帰す程、伝える気が垣間見えなかった。

 

「答えは出ましたか?」

 

「我の腹は決まったよ」

 

「事情は読み取れませんが、何よりです――それで、どうするおつもりですか?」

 

 あくまで冥界の王自身に向けて語られているような発言に対し、相槌に徹した神崎だが――

 

「直に分かる」

 

 そう最後に短く告げた冥界の王は影と共に静かに消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 頭を砕かれ、全身を引き裂かれたアクナディンの亡骸を前にアヌビスは高笑う。

 

「フハハハハハハハハハハッ!! ハハハハハハハハハハッ! ハーハッハッハッハッハ!! やった、やったぞ!! 我は遂にやり遂げたのだ! あのにっくきアクナディンを! この手で消し去ってやったぞ!」

 

「……終わってみれば存外アッサリとした最後だったな」

 

 しかし、一方で人間の姿に戻ったトラゴエディアの言葉にはどこか虚無感を感じさせた。

 

 アクナディンの足掻きは手強くはあった。だが、トラゴエディアからすれば、それだけだった。

 

 亡き同胞の仇を討ったというのに、トラゴエディアの心は晴れない。

 

 己の隣で達成感や、多幸感に包まれ、狂ったように笑い続けるアヌビス程にはしゃぐ気にはなれなかった。

 

「フハハハハハハ! 我ガ望ミハ……成就サレ、実ニ昂ル――」

 

「おい、どうした?」

 

 だが、此処でアヌビスの身体に異変が起こる。高笑いを上げていた声は徐々に歪みを見せ、身体は溶けるように崩れ始める。しかし、当のアヌビスは己の身体に生じた異変など気にも留めずに愉し気だ。

 

「あアぁ? 我……ハ……復しゅウを……成シ遂げタ……ノだァぁあ……………………」

 

「どうした!? オレの声が聞こえないのか!?」

 

「アハハ……はヒひャハハ……ハ…………ハ…………………………」

 

 やがて身体が完全に崩れ去ったアヌビスだったものが砂漠に消えていく中、消失した共犯者がいた砂地に手を当てるトラゴエディアは理解する。いや、思い出した。

 

「……そうか、()()か」

 

 自分たちダークシグナーが一体何によって現世に留まれているのかを。

 

 そうして亡骸すら残らなかった共犯者の最後へ言語化できない感情を抱くトラゴエディアに声がかかった。

 

「おや、無事に成仏できたようですね」

 

「この有様が『無事』だと言えるのか?」

 

 《マテリアルドラゴン》を引き連れながら、アヌビスのデッキを拾う神崎に、皮肉を飛ばすトラゴエディアだが、相手は堪えた様子もなくあっけらかんと返す。

 

「そう言われましても、最初に説明した通り、ダークシグナーは死後の『強い未練』によって、現世にその身を留めています。なれば、その『強い未練』がなくなれば元の死者に戻るのは当然のことでしょう?」

 

 神崎からすれば「何を今更」な問答だった。ダークシグナーの本質は「死からの蘇生」ではない。「どう死に直すか」だ。まさに未練に縛られた憐れな囚人。

 

「……だったら、何故、オレは無事なんだ?」

 

「貴方の『強い未練』はアクナディンの殺害では晴れなかったからかと。今すぐどうこうなる問題ではありませんし、ご安心を――その内、直に内から衝動が溢れるでしょうから、その時次第ですよ」

 

 とはいえ、トラゴエディアの疑問は神崎にも分からない部分だった。

 

 原作でも彼はそこまで下手人への復讐に固執はしていなかった事実は知っていても、神崎に分かるのは所詮そこまでだ。その為、後は流れに任せるしかない。

 

「元神官とはいえ、同じ男を憎んだ者の最後が『これ』とはな……」

 

――いや、ヤツからすれば復讐を遂げたことによる多幸感の只中で終われたのなら、コイツ(神崎)に殺されるよりは余程上等な最後だった……か。

 

 内と外で葛藤を漏らすトラゴエディアに、神崎は空気を変えるように話題を変える。

 

「人の最後なんてそんなものばかりですよ。そろそろ仕事の話に戻りましょうか――トラゴエディア、貴方は王宮の見張りを頼みます。名もなきファラオに万が一があれば連絡を」

 

「ああ……分かった」

 

「では、私はこれで」

 

 そうして姿を消した神崎を余所にトラゴエディアは暫し茫然と虚空を眺めていたが――

 

「これが復讐……か」

 

 もう一度、アヌビスがいた場所の砂地に触れる。

 

 

「……存外つまらんな」

 

 

 そんなトラゴエディアの呟きは砂の中へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 王宮の地下闘技場にて起こった兵の自爆は、火薬不足で威力が足りなかったゆえか、地下で生き埋めになることもなく、死者の方も死体がグチャグチャになっていたゆえに個人の判別は不可能だった。

 

 だが、状況から鑑みて死亡したのは自爆した兵と、アクナディンの部下の老人の2人だったとされ、現在は地下闘技場を封鎖し、行方が知れぬアクナディンの――いや、遺体に残った千年眼の捜索がなされている。

 

 

 此度の恩師の裏切りと死に、最もショックを受けているであろうセトは仕事を逃げ場にするように籠城の準備にのめり込んでいるが、他の神官たちの交流もあって、直に立ち直ってくれる信頼があった。

 

 しかし一方で闇遊戯は自室にて眉間にしわを寄せ、何やら思い悩んでいた。

 

「またクル・エルナ村……バクラと同じ……俺の父は一体なにをしたんだ」

 

 それは自爆した兵が最後に遺した「クル・エルナ村の同胞の無念」との言葉。バクラからも闇遊戯の父、先代アクナムカノン王への恨みを匂わせる発言も数々出ていたことは闇遊戯の記憶にも新しい。

 

 双六似のシモンは「アクナムカノン王は素晴らしき王」と語っていたが、その言葉を信じ切ってよいのか闇遊戯には分からなくなっていた。

 

「ファラオ、お時間よろしいでしょうか」

 

 だが、そんな最中に闇遊戯の元にマハードが訪れる。追い返す理由もない為、快く迎える闇遊戯。

 

「ああ、構わない。自室に籠り切りで暇を持て余していたところだ」

 

「申し訳ありません。我ら神官団の不甲斐なさがファラオに不便を強いてしまい……」

 

「いや、いい――それで話とは?」

 

 そうして社交辞令染みたやり取りを得て先を促した闇遊戯にマハードが語るのは――

 

「過去のクル・エルナ村にて起こった事に関してです」

 

「なにか知っているのか、マハード!?」

 

 今の闇遊戯が何よりも知りたかった情報。

 

「はい、此度の一件となにやら密接な拘わりがあると判断し、お話ししておくべきだと」

 

 そして語られるのは罪の記憶。

 

 他国の侵略に対し、アクナムカノン王は武力に頼らずことを収めようとしたが、結果この国は窮地に陥る。

 

 そこでアクナディンの発案した「千年アイテムの製造」を許可。その際に、盗賊の巣窟だったクル・エルナ村の人間を材料に千年アイテムは生み出され、その力により、他国の侵略は退けた。

 

 だが、その凄惨な製造法はアクナムカノン王のあずかり知らぬ場所で行われたことであり、後にマハード経由で真実を知ったアクナムカノン王はその事実を悔い、心労から身体の不調が重なったが、最後の最後まで優しき王だったと語られる。

 

 

 それらの話に、闇遊戯の心は、少しばかり前を向くようになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 クル・エルナ村の冥界の石板が眠る地下神殿にて、柱に背を預けていたバクラはディアバウンドにナニカを喰わせながら、現在の状況を纏めるように一人ごちる。

 

「町民様は噂好きだねぇ……だが、まさか5つも集めるとはな。俺様の思惑通りに動いてくれて助かるぜ」

 

 それはバクラが起こした騒動で石像たちが、入手した千年アイテムの数。バクラにとって想像以上の成果だった。

 

 これならば態々アクナディンに仕掛けを施さず、千年眼を奪っていても良かった程に上々の結末。

 

「そして、これでハッキリした――あの石像共の目的は俺様と同じと考えて良い」

 

 バクラの腕のディアディアンクに浮かぶ文様が次々に入れ替わって行く様子を余所にバクラはほくそ笑む。

 

「ディアバウンドの力も、ククク……タップリ喰って、三幻神に対抗し得るには十分だ。もしもの時は最後の札を切りゃ良い」

 

 今、ディアバウンドと己の身に満ちていく莫大な魔力(ヘカ)による全能感。バクラの中には確かな手応えがあった――今ならば正面からでも三幻神にすら後れを取らない、と。

 

「フフフ、さぁて最後の二つ、千年パズルと千年眼を頂くとするか――それには、まず遊戯を俺様のホームに招待してやらねぇとなぁ」

 

 それゆえに最後の決戦の舞台にクル・エルナ村を選んだバクラが招待状代わりの手掛かりを闇遊戯に届けようとするが、そのタイミングで背後にて蠢いた気配に振り返る。そこには――

 

「KOTTIKOTTIー!」

 

「MATTEー!」

 

「SOTTOYO?」

 

「SIZUKANINE」

 

「SETTO KANRYO!」

 

 冥界の石板の当たりでウロチョロする何体かのオレイカルコスソルジャーの姿。

 

「あぁ? 石像共……ククク、なんの用かはしらねぇが、今のディアバウンドのウォーミングアップの相手になって貰おうじゃねぇか」

 

 相手の目的は不明だが、大きく力を増したディアバウンドの状態を確かめるには程よい相手。ゆえにバクラは最後のエサを喰い終えたディアバウンドに発破をかける。

 

「さぁ、ディアバウンド! パワーアップしたテメェの力を見せてやりな!!」

 

 そして地獄の底から響くような雄叫びが地下神殿内に響き、暴虐の化身の内から今、その力を解放される。

 

 

 

 

 

 その前に、()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

「……………………は?」

 

 暗い光を放つ冥界の石板に、その周囲で砂になって消えていくオレイカルコスソルジャーたち。

 

 石板には七つの千年アイテムが収められており、大邪神ゾークの意思が宿るバクラにも、冥界の扉が開いたことが本能的に理解できる。

 

 更に大邪神ゾークの力が開いた扉から漏れ出ており、ディアバウンドが更なる強化を果たしていることを鑑みれば、疑う余地はない。

 

 

 そう、バクラ的には、己が千年アイテムを一つも集めていないにも拘わらず、なんかよく分からない内に冥界の門が開いた。

 

 

 

 絶望が――なんかよく分からない内に――広がる。

 

 

 






やったね、バクラの逆転大勝利だ!!


~今作での闇落ちしたアクナディンの魔物(カー)について~

Q:闇落ちしたアクナディンの魔物(カー)って、《サウザンド・アイズ・サクリファイス》や《ミレニアム・アイズ・サクリファイス》なの?

A:原作でのアクナディンの闇落ち後の魔物(カー)は不明です。
闇落ち後の戦闘も、大邪神ゾークから力を得て闇の大神官となった後だった為、完全に独力で戦っていました。
(闇落ち後の戦闘は精々シャダを石で殴って気絶させた程度)

ですが全身に千年眼を埋め込んだ外見の《ミレニアム・アイズ・サクリファイス》を扱えそうなのが、今作ではアクナディンしかいなかった為、折角だから――と、登場しました。
(原作ならともかく、今作の漂白されたペガサスでは雰囲気に合わないですし)




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第192話 急転直下



前回のあらすじ
さよなら、アヌビス……




 

 

「……………………まぁ、冥界の扉が開かれたなら俺様も文句はねぇさ」

 

 クル・エルナ村の地下神殿にて、バクラの釈然としない想いがふんだんに籠った声が零れる。

 

 己の手が一切介在しないままに、冥界の扉が開いたのだ。言葉に困るだろう。だが、細かいところは気にしない方向にしたバクラだったが――

 

「さぁて、これで俺様が死のうとも問題は――」

 

 その眼前に拳が迫った。

 

「ッ!? ディアバウンド!!」

 

 だがその拳はバクラを抱えたディアバウンドが距離を取ったことで空間を揺らすに留まり、拳の主を見やったバクラは、狙撃手がついに表舞台に出てきたと、クツクツと嗤う。

 

「ククク、千客万来ってかァ? やっぱりテメェだったか」

 

 バクラの視線の先には、バトルシティ以来の相手、フルフェイスマスクで人相すら窺えぬ黒コートのデュエリスト――

 

「アク――」

 

 ではなく、土砂の山だった。

 

――チッ、地面を爆薬か何かで吹っ飛ばして土砂をぶちまけたか……問答無用かよ、だが!

 

「同じ手が二度通じるかよ――ディアバウンド! 俺様を喰らえ!!」

 

 迫る土砂の雪崩に対し、狂気的な命を降したバクラの身体はディアバウンドに丸のみされ、ディアバウンドの瞳に知性の色が映り、ディアバウンドの口からバクラの嗤い声が響く。

 

「ヒャハハハハハハハッ! これで俺様はディアバウンドと一心同体!! んなちゃちな攻撃なんざ効かねぇ!」

 

 これがバクラの奥の手の一つ。魔物(カー)との一体化――とはいえ、ディアバウンドの殺した相手の能力を得る力を強引に応用した荒業だが。

 

 これにより究極の闇のゲーム開始時のような術者狙いは完全に無効化できる。土砂もものともせず、今のアクターのようにバクラ狙いに拳を振るう策も同様だ。

 

「さぁ、あの時の借りをタップリ返してや――」

 

 だというのに、背後でディアバウンドの身体に向けて拳を振りぬいたアクターの姿にバクラは内心で腹を抱えて笑う。

 

 人の力で魔物(カー)を殴るなど、赤子が猛獣を殴る程に無謀な行為でしかないのだから。

 

――馬鹿が! 人間の拳でディアバウンドを倒せるかよ!

 

「ッ!?」

 

 だが、ディアバウンドの身体を得たバクラの右脇腹にアッパー気味に打ち付けられたアクターの拳は、釘打ち機のように多段に衝撃が奔り、その威力をバクラの内臓へ届けながらディアバウンドの巨体を宙へと跳ね飛ばした。

 

 

――!? ッ!? くっ、なんだコイツの力!?

 

 そして土砂の奔流が残る宙を舞うバクラの脳裏を驚愕が占める中、周辺の土砂の瓦礫を足場にしながら、アクターは攻撃を仕掛けていく。

 

 足場として蹴り飛ばされた瓦礫が、周囲に飛び散り、蓮華の花のように広がる中、ピンボールのように全方位から殴り飛ばされて攻撃を受け続けるバクラだが――

 

――こいつ!? 調子に……乗るなァ!!

 

ファルコォォォン(ファルコス)!!」

 

 周囲の土砂がなくなり足場がなくなる前に、地下神殿の天井を足場にして飛び蹴りを放ったアクターに向けてディアバウンドの背中から這い出したハヤブサの頭のクチバシから怪音波が放たれた。

 

「ヒャハハハ! どうよ、ディアバウンドに取り込ませたアクナムカノンの魔物(カー)の力は!」

 

 怪音波によって空気が歪む只中にいるであろうアクターに得意気に語るバクラ。これがバクラのもう一つの奥の手。

 

 アクナムカノンの魔物(カー)を全てディアバウンドに喰わせることで「アクナムカノンの王墓にあった魔物(カー)全ての能力を使用できるディアバウンド」と化したのだ。

 

 足しにすらならない能力も多々あったが、魔力(ヘカ)を増大させる肥やしになった為、無駄ではない。

 

 ただ、ディアバウンドの背中から這い出た有翼賢者ファルコスの一撃はアクターを捉えておらず、頭上にいる筈の人物の姿はない。

 

――なッ!? いない!? 足場もねぇ空中でどうやって……

 

「――ッ!?」

 

 歪んだ空気が晴れたことで、クリアになった視界に見当たらなかったアクターは宙を蹴って移動しており、空中を舞う瓦礫に紛れて接近し、ディアバウンドの身体を得たバクラの首に向けて蹴りを放っていた。

 

 ラリアットのように振り下ろされたアクターの脛は、首にギロチンのように深々とめり込み、やがて振り切られた脚のエネルギーと共にバクラを地面に叩きつける。

 

 だが、バクラもタダではやられない。砕けた大地の只中で受けたダメージを多量の魔力(ヘカ)任せに強引に回復させつつ、己の身体を起こしたバクラは――

 

「闇迷彩!!」

 

 すぐさま闇へと紛れ、ステルス状態と化した。今は日の出ている時間帯だが此処は地下神殿――闇は十二分に存在する。

 

――くっ、ちっとはやるようだな……だが、俺様の不可視の攻撃に何処まで対応できるかな?

 

 そうして痛みの出る身体の調子を確かめながら、攻撃のタイミングを計るが、対するアクターの着地した途端に大地を踏み砕き、周囲を揺らす癇癪でも起こしたような相手の姿をバクラは嗤う。

 

――ハハッ、どこ狙ってやがる。

 

 しかし首を見えない筈の相手の方に向けたアクターの仮面越しの視線がバクラを射抜いた――その瞬間、既にアクターは真正面におり、拳を振りかぶっている。

 

――ッ!? まぐれか? いや、違うッ!? セルケト!!

 

 でたらめに拳を振るったにしては的確な相手の動きに、咄嗟にバクラは相手の側面に回り込みつつ聖獣セルケトのハサミに変貌したディアバウンドの左手で突き殺さんとカウンターを放つ。

 

 だが、そのハサミと化した拳をアクターは背中越しに躱しながら、腕と背中でバクラの左腕を極め、てこの原理で左肘を圧し折った。

 

 さらにその瞬間に、自身の右腕を自由にしたアクターは極めていた左腕を支点にディアバウンドの背面に回りながら自身の身体を回転させ、ディアバウンドの左肩を破壊しながら、その勢いを殺さず背中に蹴りを繰り出す。

 

 己の背骨が異音を放ったと思えば、何時の間にか地面を二転三転しながら転がっていたバクラの脳内は混乱の極みにあった。

 

 バクラからすればハサミの拳を放ったと思えば、肘が砕け、肩が砕け、背骨が砕け、己が地面に伏していたのだ――状況の把握にすら苦心するだろう。

 

 しかし、そんな中でもステルス状態という「相手に知覚されない」アドバンテージを活かしつつ、己の場所を掴ませまいと移動を続けるバクラが今一番考えなければならないことは一つ。

 

 アクターが「見えない」筈の己をどうやって知覚しているのか、その一点。

 

 そもそも己の姿が見えない筈だというのに、何故こうも居場所へ的確に攻撃が放てるのか――闇を打ち消す程の光源もなく、雨のように姿をあぶりだすペイント代わりの代物もない。

 

 そう思案を巡らせるバクラだが、アクターがパチンと鳴らした指の音が響いたと共に、地面を蹴って飛ばした土砂の山がバクラを正確に呑み込まんと迫った。

 

――まさか反響音で……!?

 

 再び迫る土砂の雪崩から逃れつつ、バクラは理解する。音の反響を利用し、ソナーのようにバクラの居場所を把握しているのだと。

 

 となれば――そこまで考えたバクラは今の己の行動の迂闊さに舌を打つ。

 

――拙いッ!?

 

「セベク!!」

 

 ディアバウンドの胸からワニの頭が生え、口から大量の水が波のように周辺を埋め尽くす。

 

 現段階でバクラがダメージを受けるアクターの攻撃は肉弾戦のみ、土砂をぶつけられようともディアバウンドに大したダメージはない。

 

 つまり、相手は何としてでも接近戦に持ち込まなければならない。

 

 となれば、さして効きもしない土砂の攻撃をアクターが放った理由は唯一つ。バクラに土砂を避けるように動かし、ルートを制限して先回りすること。

 

 未だ土砂のカーテンが健在なゆえにアクターの姿は見えないが、足場を水で満たすことで、相手の足を確実に鈍らせる。

 

――これで感電死しやがれッ!!

 

「トラミッド・スフィンクス!!」

 

 その隙にディアバウンドの背中から生えたスフィンクスの頭から雷撃を足元の水へ放ち、水を通電した雷撃がアクターへと迫った。

 

 だが、土砂のカーテンを突っ切りながらバクラの目前に迫ったアクターの身体は雷撃が直撃したであろう証拠である紫電が奔っているにも拘わらず、鈍る気配はない。

 

――雷撃を無視!? どうなっていやがる、コイツの身体はッ!?

 

「ヴェーヌ!!」

 

 だとしても、相手の拳の間合いに入る数瞬前にバクラは肩から白き霊鳥の頭と翼を生やし、放った風の刃でアクターに「切り刻まれるか」、「距離を取るか」の二択を突きつける。

 

 しかし風の刃は最小限の動きでアクターに躱されたことで幽霊のように身体をすり抜けて素通りし、背後の柱を両断した。

 

――すり抜け……た? だとしても!!

 

「ラァッ!!」

 

 完全に間合いを詰められてしまったバクラが咄嗟に相手の拳に向けて右拳を放つも、ぶつかり合ったアクターの拳は、そこを起点に腕を押し込まれてバクラの心臓部へ肘打ちとなって返された。

 

 胸に奔る鈍い痛みに思わず口から息が零れるバクラに、胸に打ち込んだ肘を起点にアクターは相手の顔に裏拳を放ちつつ、すぐさまバクラの頭を掴んで膝を叩きこむ。

 

 更に脳が揺らされたことで意識が一拍飛んだバクラの頭上へ前転するようにアクターは飛び上がり、その頭上で相手の首に指を貫通させて頸動脈そのものを指で締めあげつつ、首を極めつつ、己の身体を回転させて担ぎ上げるようにバクラを投げ飛ばした。

 

――ぐっ……どうなってやがる……いや、後だ!

 

 地面を転がったバクラは投げられた際に受けた呼吸器官のダメージによる酸素不足からかもうろうとする意識を気合で繋ぎ止め、眼前で追撃をかけているアクターに向けて――

 

「寄らせるかよォ! ホルス! ヴェーヌ! イル・シユウ! セベク! トラミッド・スフィンクス!!」

 

 ディアバウンドの右肩に生えたホルスの黒炎竜が、左肩から生えた輝神鳥ヴェーヌが、心臓部で巨大な眼を開くイル・シユウが腹から生えたワニの頭が、トラミッド・スフィンクスの頭が、それぞれ炎・風・光線・水・雷の攻撃を放つ。

 

 諸々の一撃が対象を貫き巨大な爆発が起こる中、確かな手応えを感じたバクラが、この隙にと負傷の修復に意識を割く。

 

「これで……少しは時間が――」

 

――コートだ……け?

 

 だが、そんなバクラの瞳に映ったのはアクターの黒いコートが宙に舞うだけ。

 

 当のアクターは、いつの間にかバクラの背後に回り込んでおり、バクラの背に向けて全体重で踏み込んだ震脚を以て威力を底上げした掌底打を――

 

「しまっ――」

 

 叩き込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 バクラとアクターのディアハ(リアルファイト)を余所に、表の遊戯たちは待ち望んだ闇遊戯の王墓に辿り着いていた。

 

「ようやくもう一人の遊戯の墓に辿り着いたぜ。しっかし立派なもんだな~」

 

「此処にもう一人のボクの名前がある……」

 

――待ってて……きっと、キミの名前を見つけてみせるから。

 

 王墓を見上げる本田の声を余所に、内と外で表の遊戯は決意を新たにする中、城之内がボバサの背を軽く叩きつつ、気合を入れるが――

 

「よっしゃ! アイツの名前まで後一息だな! ボバサ! このまま先の案内も頼むぜ!」

 

「ううん、ボバサ、此処でお別れ――中へはボバサ、入れない。入れるのはみんなだけ。それに――」

 

「それに?」

 

「ボバサ、思い出した。ボバサには使命がある――失った力が戻った。だから分かった」

 

「おい、どうしたんだよ、ボバサ? なんか光って――」

 

 小さく首を横に振ったボバサの上着の内側――肉にめり込ませて保管していた元の世界の千年秤、千年錠、千年眼が光り輝いていた。戸惑いの声を漏らす城之内を余所に、強い意思を感じさせる瞳で空を、王墓とは逆方角を見やるボバサ。

 

「ボバサ、行かなくちゃいけない」

 

 やがてその輝きがボバサの全身を包み込み――

 

「使命を果たす」

 

 光の守護者が、大空へと飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クル・エルナ村の地下神殿で、ディアハ(リアルファイト)に興じるバクラの脳内は混乱の極みにあった。

 

――どうなってやがる! どうなってやがる!! どうなってやがる!!!!

 

 受けたダメージはディアバウンドの治癒力を有り余る魔力(ヘカ)で高めて強引に治し、負傷こそ見られないが、その心中は平静さとは程遠い。

 

「螺旋波動!!」

 

 ディアバウンド必殺の一撃が、大地を削りながらアクターに放たれたが、バクラが螺旋波動を放った段階で、「既に相手はその場にいない」――当然、螺旋波動は地下神殿を破壊するに終わる。

 

 床・壁・天井を蹴り、三次元移動しながら、ヒット&アウェイを続けるアクターの動きにバクラは対応しきれていなかった。

 

――何故だ! アクナムカノンの守護用に安置された魔物(カー)を全て喰らい! 更には冥界の扉が開いたことで、滲み出た闇の力によってディアバウンドはより強力になっている! 再生能力を含め全ての力が爆発的に上がった!!

 

 現在進行形でディアバウンドは強化され続けている。だというのに対峙するアクターに傷一つ付けられないどころか、一方的に攻撃を受け続けている。

 

「ドップラーファントム!!」

 

 そんな現実を否定するように、冥界の扉から漏れ出る闇の力によって強化されたディアバウンドが新たに獲得した分身能力にて3体の分身したディアバウンドの肉体を持つバクラがそれぞれ三方に散り、攻撃を仕掛けた。

 

「ファルコス!!」

 

 1体目のディアバウンドが身体から有翼賢者ファルコスの頭を出しながら攻撃範囲の大きい音波攻撃を仕掛けるが、アクターは返答代わりに壁にめり込ませた腕を引き抜いて土砂をスナック感覚で雪崩の如く放つ。

 

 音波と土砂の雪崩がぶつかり合い、周辺に礫の嵐が吹き荒れる中、2体目のディアバウンドがアクターの頭上から鋭利な爪を振り下ろした。

 

――俺様の姿は闇に紛れ、視覚では捉えられず!

 

「闇鋭爪!」

 

 だが、その振り下ろした腕と交錯するように己の腕を差し込んだアクターが関節を極めるように腕を絡めた後、脅威的な筋力任せに2体目のディアバウンドを頭から地面に叩きつけた後、その頭目掛けてローキックを放つ。

 

 蹴り飛ばされ、こと切れた2体目のディアバウンドが、1体目のディアバウンドに圧し掛かるように接触する中――

 

――3体がかりなんだぞ! 攻撃手段だって俺様の方が多い! なのに、なのに……!

 

「ぐっ!? 邪魔だッ!」

 

「螺旋波動!!」

 

 最後の3体目のディアバウンドが、螺旋波動を放った――が、アクターは螺旋波動が接触する前に、その攻撃の上を沿うように身体を横に回転させながら跳躍して回避。

 

 3体目のディアバウンドが螺旋波動を撃つ際に伸びきった腕を掴み支点とし、無防備な脳天に踵落としを繰り出した。

 

「捕まえたァ!! 潰れろォ!!」

 

 しかし、その踵落としを繰り出したアクターの右足を、負傷を推して掴んだ3体目のディアバウンドが振り上げて地面に叩きつける。

 

 だが、片腕で地面を掴みながら逆立ちして衝撃を受け止めたアクターは、自由の利く左足を3体目の足に絡めつつ、全身を回転させて相手の腕をねじ切りながら、その回転の勢いのままに3体目のこめかみへと左回し蹴りを放った。

 

――何故、こいつは生身で張り合えてやがる!!

 

 己に圧し掛かる分身を殴り飛ばし、立ち上がった1体目のディアバウンド――バクラ本体は、今蹴り殺されている3体目のディアバウンド諸共アクターを殺すべく――

 

――俺様はディアバウンドの身体を使ってるんだぞ!! なのに! 何故!!

 

「 螺 旋 波 動 !!」

 

 バクラが持つ最大威力の一撃が放たれた。

 

 必殺のタイミングで放たれた一撃は何もない空間を握るような仕草をとったアクターの突き出した掌底の手前で、腕の動きに合わせて流れるようにクルリと円運動した後、バクラの元へ投げ返された。

 

「…………はァ!?」

 

 掴んで返した――文字にすると、そんな具合に返って来た螺旋波動だが、バクラはあり得ないものでも見たように素っ頓狂な声を漏らす。

 

 海流のようにうねった空気の流れのままに返って来た螺旋波動。どのような理屈で軌道を操ったのかは不明だが、バクラはそんなことを考えている暇はない。

 

 ディアバウンドの螺旋波動の威力は己が誰よりも知っている。

 

「ッ! 螺旋波動!」

 

 やがて動揺から反応が遅れたゆえに、目前で相殺した螺旋波動の残照に目が眩む中、バクラが視界の端で僅かに捉えたのは左右の腕をそれぞれ上下に構え、そっとバクラの身体に添えられた二つの握り拳。

 

 そして全身の六つのバネが駆動するかのように蓄積されたエネルギーが――

 

「……なに……が……!?」

 

 防御不可の衝撃の奔流となって、バクラの体内に叩きこまれた。

 

――衝撃が……駆け抜けて……

 

 身体を駆け巡る衝撃に膝をついたバクラは、うつ伏せに倒れ、此処に来て初めて胸を掻きむしりながら苦し気な声を漏らす。

 

「ぐぅぉ……なにが……何故、治らねぇ……」

 

 許容量を大きく超えたダメージ蓄積に加え、魔力(ヘカ)を湯水のように使い過ぎたリバウンドが重なり、前後不覚に陥ったバクラはアクターの眼前で崩れ落ちるように倒れた。

 

――くっ、今はとにかく治るまでの時間を稼がねぇと……

 

「テメェは、一体なんなんだ!!」

 

 だが、それでも勝機を引き寄せる為に足掻く。ディアバウンドの身体の治癒力ならば、時間を稼げば十分に回復は可能だと。

 

――そもそもコイツの狙いは何だ!? 状況的に狙撃手はコイツしか当てはまらねぇ……だが、俺様にやらせてぇことは遊戯の成長を促すことかと思えば、単身突っ込んで来やがる……何が目的だ!?

 

 そして相手の狙いが不明な点もバクラには厄介だった。

 

 序盤に己を狙った狙撃手の正体をバクラはアクターだと当たりをつけている。

 

 バトルシティでの行動から、闇遊戯の味方の立ち位置におり、バクラを攻撃する理由があり、

 

 オカルトと近代兵器に精通していなければ、狙撃の手口は揃えられない点も、裏家業に身を置く立場なら説明がつき、

 

 究極の闇のゲームの参加権利である千年アイテムに所縁のある点も、亜種の千年アイテム――光のピラミッドの持ち主であった事実が解決する。

 

 

 だが、此処にきて相手の目的が、分からなくなった。単身で挑むのならば、最初の戦闘時でも良かった筈だ。

 

――まさか、コイツは、今の今まで……

 

 そうして今までの状況が脳裏を巡るバクラに、今までの出来事の全てが点と点で繋がって行き、一つの事実を導き出す。

 

 前提が間違っていたのかもしれない、と。

 

――石像どもの親玉と戦ってやがったのか?

 

 

 その通――いや、全然違う。

 

 

 最後の最後で迷走したバクラの推理だが、まるっきりの無根拠ではない。

 

 石像たちに親玉がいるであろうことはマハードが気付いたように容易に想像できる。なら、当然こう疑問が浮かぶだろう――「親玉側は何をしていたのか」と。

 

 コソコソ隠れていた? 違う。戦っていたのだ。今の今まで――目の前に居る相手(アクター)と。

 

 その証拠に石像たちが「冥界の扉を開く役目」を終え、砂と消えた瞬間にアクターが襲来したではないか。

 

 最初の狙撃が止んだこともアクターが親玉側と交戦した結果、バクラへ手が回らなくなったと考えれば、辻褄は一応合う。

 

 

「逃げるといい」

 

 

 そんな衝撃の事実に迷いついたバクラへ、此処にきて初めて口を開いたアクターの言葉が届く。それはバクラには聞き逃せない発言だった。

 

「……ぁ?」

 

――逃げる? 俺様が? なに言ってやがる。ゾークの復活は確定したんだ。無理にコイツの相手をする必要はねぇが、コイツを自由にするのは拙い。

 

 相手には尻尾を巻いて逃げる為の時間を稼いでいるように映った事実に、浮かんだ苛立ちを抑えるように思考を回すバクラ。

 

 時間を稼いでいることは事実だが、バクラは逃げる気はない。なにせ、冥界の扉から漏れ出る大邪神ゾークの力がディアバウンドを強化し続けるのだ。持久戦は望む所であろう。

 

 それに加え、大邪神ゾークの肉体が記憶の世界に降臨すれば、パワーバランスは一気に引っ繰り返る――時は何処までもバクラの味方なのだ。

 

「キミは逃げるといい」

 

「なに訳の分からねぇこと言ってやがる!!」

 

 そんなバクラの内心を知ってか知らずか、煽るようなアクターの言葉にバクラが怒声を上げたタイミングで「ディアバウンド」から獣の雄叫びが響いた。

 

 そして「バクラだけ」が地面に転がる。

 

「……くっ、今度はなにが……!?」

 

 地面に仰向けに転がった人間の肉体のバクラを余所に、ディアバウンドがその巨体を小さく丸めながら恐怖が過ぎ去るのを待つように蹲る。

 

「ディア……バウンド?」

 

 信じられないものでも見るかのように己が相棒を見やるバクラの瞳が動揺で大きく揺れた。

 

 勘違いしている者も多いが魔物(カー)にだって心はある。喜怒哀楽も持ち、怪我をすれば痛みを受け、無論のことながら恐怖だって感じる。

 

 それでも宿主に従うのは、気に入っているからだ。大切に想っているからだ。だが、どんな好感情にも限度はある。

 

 魔物(カー)は、カードの精霊は、便利アイテムなどでは断じてない。軽んじれば相応のものが還ってくる。

 

 

 そして此度はディアバウンドの戦闘放棄という形で現れた。畏れに心が折れたのだ。

 

 勝ち目のない戦いを強制され、どれだけ痛めつけられても、驚異的な再生能力ゆえにたちどころに治ってしまうゆえに、死ぬことすら出来ない。

 

 怖かった。恐かった。「キミは逃げるといい」なんて真偽も分からぬ言葉に縋ってしまう程に。

 

「なにやってやがる……お前は俺様の精霊獣(カー)で――」

 

 そしてアクターは初めからバクラに語り掛けてはいなかった。向けられた言葉の全ては同化したディアバウンドへのもの。

 

 バクラの声も、今のディアバウンドには届かない。もう戦いたくない。傷つきたくない。痛いのは嫌だ。苦しいのは嫌だ。そんな感情ばかりがディアバウンドの内で渦巻いている。

 

「行け」

 

 その声に弾かれたようにディアバウンドは壁を砕きながら、この場から逃亡した。

 

 獣の咆哮染みた叫びを上げながら、ぶつかった壁を力ずくで破壊しながら、パニックを起こした民衆のように恐慌のままにこの場から走り去るディアバウンド。

 

 一歩でも遠くへ、一刻も早く――逸る気持ちと身体の均衡が取れぬ動きはお世辞にも整っているとは言い難かった。

 

「待て、ディアバウンドッ!!」

 

 そんなバクラの声もディアバウンドには届かない。

 

「《巨神封じの矢(ティタノサイダー)》」

 

 代わりにアクターの手に生成された鳥の翼のような装飾の弓が引かれ、光り輝く矢が放たれる。

 

 

 ディアバウンドが最後に見た景色は青空の広がるクル・エルナ村の廃墟の町並だった。

 

 

 

 

 

 

 

 ディアバウンドが封じられたことで魔力(ヘカ)の繋がりが断たれ、己が精霊獣(カー)との繋がりの消失を理解したバクラ。

 

「――クソがッ!!」

 

 だが、懐から素早く取り出した短剣でアクターの足首を刺す――も、ガキンと鈍い音と共に弾かれ、アクターが虚空から取り出した一振りの剣がバクラの胸を貫いた。

 

 己の胸にそびえ立つ剣を視界に収めたバクラは脱力するように両の手を広げ、欠けた短剣が手から零れガランと地下神殿の床に転がる。

 

「ククク、手詰まりか……だが、俺様が死のうとも大邪神ゾークの復活は止められねぇ。ハハハ、復活の暁には大邪神ゾークの手でまずテメェから殺してやるよ」

 

 だが、バクラの敗北には至らない。今のバクラの身体など、大邪神ゾークの入れ物の一つでしかないのだ。

 

 2戦目は敗北を期したが、3戦目である大邪神ゾークの身体を得た(バクラ)が仇を討つまで。

 

 やがて手足の感覚も失われて行き、後は訪れる死を待つだけのバクラだったが、不思議なことに、心臓を貫かれたにも拘らず未だ死は訪れない。

 

――何故だ? 意識が妙にハッキリしてやがる。

 

「……なんだ、凍って?」

 

 動かぬ手足に代わり、可能な限り眼球を動かせば、己の身体は凍ってしまったように結晶に包まれ始めている。

 

 

 彼が知る由もないが、今バクラを貫いている剣はとある伝説の竜を一万年の長きに渡り封じてきた一品。

 

 

 そうして結晶に包まれる己から何かが抜け落ちていく感覚に苛まれるバクラの頭上でアクターが何処からともなく取り出した光のピラミッドが揺れる。

 

「接続――同期完了」

 

「なにを……」

 

「祓え」

 

 瞳から色を失っていくバクラを余所に、光のピラミッドから赤・青・黄の神々しい三つの光が溢れ出し、バクラの中へと溶け込むように消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 周囲が闇に包まれた不可思議な空間で三千年前のエジプトの舞台が再現された巨大なテーブルを前に椅子に座ったバクラは此処、究極の闇のゲームの「プレイヤールーム」とでも言うべき場所にて怒声を上げる。

 

「クソがッ!! なんなんだ、この駒!! 勝手に動き回りやがって! 遊戯のヤツのマスターアイテムか!? だが当の遊戯は未だこの究極の闇のゲームの本質を理解せずにお寝んねしてる!! だってのに、何故こうも勝手に動く!!」

 

 バクラは荒ぶっていた。

 

 プレイヤーであることを自覚し、この場に来たバクラにもたらされたのは、己が持つ3つのマスターアイテムの内、2つ使い切ってしまった事実と、好き勝手に動き回るイレギュラーたちの姿。

 

 後、プレイヤーの自覚がないゆえに向かい側の席でテーブルにうつ伏せに突っ伏して動かない闇遊戯。

 

「アクターのふざけた身体能力はなんなんだ! 神官の系譜が伝承したであろう秘術の類か!? 器の遊戯どもと何が違う!!」

 

 マッスルが違うとしか言えないバクラの疑問を余所に、光のピラミッドの所持と、闇遊戯を守る行動の多さゆえに墓守の一族と勘違いされるアクター。

 

 上述含め、バクラからすればマイナスばかりが目立つが、プラスの要素もゼロではない。

 

「対イレギュラーの為に出現したと思しき石像どもは役目を果たして(冥界の扉を開き)消えちまった――究極の闇のゲームはこれでバランスを取ったつもり……いや、大邪神ゾークの力なら、コイツ(アクター)は障害になり得ないと判断されているのか?」

 

 プラスとなったのは、究極の闇のゲームが「イレギュラー(アクター)に対応しようとしている」事実。

 

 それは「三千年前の戦いでは存在しなかった」「己に利する動きを取る石像たちの存在」――これらが究極の闇のゲームなりのデバッグ機能なのだろう、と。

 

「チッ! 盗賊王バクラの駒はもう駄目だ! ケッ、目的は探れなかったが既に大邪神ゾークの復活は決――ぁ?」

 

 そうして今後の動きに意識を移すバクラだが、己の指先からチリチリと燃え始めた炎に不審気な声を漏らす。

 

 そして炎はバクラに思慮の暇すら与えぬように一気に全身に広がった

 

「ぁぁあぁぐぁっ、ぐぐぅおぉぁぁおぅぁぁああああああぁああがぁああぐあああああああああッ!!」

 

――何が起きて……!? 遊戯の仕業か!?

 

 急に燃え始めた己の身体に、奔る苦痛に耐えつつバクラは闇遊戯を見やるが、対面のテーブルで横たわる闇遊戯の意識は未だゲーム盤の中にある。

 

 

 神々の産物である人の理解を超えた究極の闇のゲーム。

 

 プレイヤーが安全な保障など何処にもありはしないとばかりにおこる異常事態に、燃え盛るバクラは、身体に奔る激痛にテーブルへと倒れ込んだ。

 

 

 そしてテーブルに映る画面上の盗賊王バクラのアバターが健在であり、アクターに何やら術の類を行使されている事実にバクラは現状を悟る。

 

――こんな、こんな……ふざけやがってッ! アイツの狙いは初めからゲームマスターである俺様ッ!!

 

 今度こそアクターの狙いを看破したバクラは、掟破りの一手を前に奥歯を噛み締める。

 

――こんなふざけた方法で、この俺様が……!!

 

 バクラに降りかかったのは、将棋の対局中に駒の一つに手足が生え、棋士をぶん殴り始める程の異常事態。

 

 

 とはいえ、全くの荒唐無稽という訳でもない

 

 

 闇遊戯は「名もなきファラオ」の駒として、この究極の闇のゲームに参加している。そして駒の「名もなきファラオ」の死は、闇遊戯の死に等しい。

 

 それはバクラも同様に「盗賊王バクラ」の駒と同じ関係性を有している――そう、メイン格の駒とプレイヤーの双方の命はリンクしているのだ。

 

 なれば、その繋がりを利用すれば、盤内から盤外への干渉も可能であるとアクターは考えた。

 

 

 なにせ「マスターアイテム」との名目で盤外から、盤内への干渉が可能なことは原作の闇遊戯とバクラが証明しているのだ。その逆が出来ない道理はない。

 

 そしてバクラと駒の「盗賊王バクラ」――そして「大邪神ゾーク」の復活が確定したことで大邪神ゾークとバクラに新たな繋がりが生まれたタイミングで「それ」を行うことで繋がりの連鎖から、地上に現れる前に大邪神ゾークを討滅する。

 

 それがアクターの計画。

 

 大邪神ゾークが持つ無限の闇からなる尽きることのない再生力も、「再生する大邪神ゾークの身体」がなければ意味をなさない。

 

 その為に、神官団から千年アイテムを奪い、知り得る知識・術を総動員して浄化の儀を行い、穢れ・怨念の類を可能な限り祓ってから、バクラを「守護する」ディアバウンドの心を圧し折った後に引き剥がし、寄る辺のなくなったバクラの心にヒビを入れた上で光のピラミッドに取り込ませた三幻神の力を放ったのだ。

 

 だが、それだけの段取りを踏んだ一撃であっても、即殺とはいかない。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」

 

 身体の内側から三幻神の力で焼かれる痛みを味わいながらも、バクラは全身に奔る地獄の苦痛を一心に耐える。

 

「こ゛ろ゛す゛……こ゛ろ゛し゛て゛や゛る゛……ッ!! あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」

 

 たった一人で縋る術もなく、看取ってくれる誰かもいない状況で怨嗟の声を轟かせるバクラ。

 

 その瞳の邪念は途切れない。あと少し、あと少しで最後のマスターアイテム『降邪の砂時計』の砂が落ち切る。そうすれば、大邪神ゾークが盤上に姿を現す。

 

 そうなれば、この身体を捨て大邪神ゾークの身体に入り込み、闇が存在する限り続く無限の再生力が神の炎を蹴散らしてくれる

 

 一秒が永遠に感じる程の地獄の中で、あのふざけた男を最初に殺してやる。

 

 今のバクラを支えるのは、そんな憎悪と復讐心だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 此処で舞台は変わり、王宮のファラオの自室にて、マナはブドウの果実を一つ千切って闇遊戯の口元へと差し出していた。

 

「王子ー! これスッゴク美味しいですよ! ほら、王子も食べてみてください!」

 

「いや、待ってくれ、マナ。皆がバクラの襲撃に備えている時に――」

 

「だからこそですよ! 三幻神と共に戦う王子はみんなの柱! 王子はしっかりと休まなきゃダメなんです! 美味しいもの食べて! しっかり寝て! 英気を養ってください!」

 

 マナが何故こんなことをしているかと言えば、バクラの襲撃に備えるべく、王宮の人員がフル稼働しているゆえだ。

 

 護衛に当っていたマハードですら魔術師としての腕を買われ、結界張りなどに駆り出されている。

 

 その為、「今、みんな忙しいから、ファラオが無茶しないように見張りつつ、退屈させないようにして」との言外に邪魔――もとい、過去から続く親交からファラオが心許す数少ない人物であるマナに白羽の矢が立ったのだ。

 

 そうして一つ千切ったブドウを闇遊戯の口に不敬ながらも押し込んだマナ。口に広がる甘味に少しばかり顔をほころばせる闇遊戯だが、その瞬間に大地の恵みを感じさせる力強い揺れが起こった。

 

「わわっ!? 凄い揺れ!?」

 

 やがて倒れそうになるマナを支えた闇遊戯が王宮の外を見やれば、遥か遠方に佇む黒き巨大な悪魔染みた姿。かなりの距離が離れているにも拘わらず、重苦しいプレッシャーが闇遊戯の肌を突き刺す。

 

 そして昼間にも拘わらず、青空が闇模様に侵食されていった。まさにこの世の終わりかのような暗き空が広がる。

 

「なんだ……あれは……」

 

「王子ッ!! いえ、ファラオ!! 一大事です!! 大邪神ゾークが復活しました!!」

 

 そんな最中、ノックもせずにファラオの私室に駆け付けたマハードの焦りの見えた声が響く。

 

「どうして! 千年錐は王子が持ってるのに!?」

 

「ファラオ、少々失礼を――」

 

そうして驚くマナを素通りしたマハードは闇遊戯の前で跪き、千年パズルに手を沿えた。

 

「どうしたんですか、お師匠サマ? 千年錐――って傷つけちゃダメですよ!?」

 

「くっ、やはり偽物……! 一体いつの間に……」

 

――ラーの翼神竜を呼ばれた時は本物だった……となれば、自爆した兵が王子を王宮へお送りする際に……

 

 己の魔術で容易く傷がついた千年パズルが偽物であったことを把握するマハード。そしてすり替えられたタイミングを推理していくが――

 

「今はいい! マハード! 皆をすぐに集めてくれ!!」

 

「ハッ!!」

 

 闇遊戯の一時すら惜しいとの言にすぐさま踵を返した。

 

 

 

 

 

 

「双方ともに互いに掛かり切り――動くなら此処か」

 

 

 

 

 いや、返そうとした。水色の長髪に白い法衣を纏った男の声に、すぐさまマハードはファラオとマナを己の背に守るように立つ。

 

「何者だ!!」

 

 気付けなかった。マハードの結界に、魔術に、何一つ感知されることなく、目の前の白い法衣の男は、もっとも警備が厳しいであろう王の私室に突如として現れた。

 

 背に嫌な汗が流れるマハードを余所に、白い法衣の男は気品に満ちた所作で礼を取る。

 

「お初にお目にかかる、名もなきファラオよ」

 

――コイツ、俺を知っているのか!?

 

 呼び方から闇遊戯は、バクラと同じく現実の己に所縁のある相手だと判断し、警戒するように相手のオッドアイの瞳を見やるが、男の瞳の余裕は崩れない。

 

「我が名はダーツ」

 

 名乗りを上げた男、「ダーツ」から感じ取れる魔力(ヘカ)は深く強大さが感じられるものであり、只者ではない事実が魔術師として未熟なマナにすら感じ取れ、思わず足が震える程だ。

 

 まさに、王の畏怖が見える――当然だろう。神の使徒となる前の彼は、闇遊戯と同じく(ファラオ)だった。

 

「古代アトランティスの王であった男だ」

 

 一万年に近しき時を生きた神の使徒が、名もなき王に牙を剥く。

 

 

 






闇遊戯がマナと戯れている時に――ガチギレ大邪神ゾーク様、復活、復活!(悪意ある編集感)


そして、これだけ段取り踏んでゾークを倒せてない神崎ェ……(。´Д⊂)



~今作の強化ディアバウンドについて~
原作ではアクナムカノン王の王墓に安置された魔物(カー)の中で使用されたものが「有翼賢者ファルコス」と「イル・シュウ」だけだったので、

OCGからエジプト神話に関連のあるカードをアクナムカノン王の王墓に安置された魔物(カー)とさせて頂きました。

流石に上記の二体だけでは、バクラが「奥の手」と評するには不足していると思ったので<(_ _)>





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第193話 ディアハ



注:大邪神ゾーク・ネクロファデスの股間のゾークJr.は、修正されたコミック版を準拠し、背骨の先から伸びる尾の先端に竜の頭があるスタイルとなりました。

股間にJr.が伸びる相手との戦闘シーンが作者の腕では書けなかった……(痛惜)



前回のあらすじ
お労しやディアバウンド……









 

 

 突如として現れたダーツと名乗った男へ、マハードが探るように声を張る。

 

「貴様! 何が目的だ!」

 

「星の救済」

 

「何を訳の分からぬことを!!」

 

「人の業により、この星は、世界は、穢され続けている――キミとて理解している筈だ」

 

 だが、対するダーツはマハードではなく闇遊戯に聞かせるように言葉を並べていた。

 

 そんな相手の超常的な視線からなる主張に晒された闇遊戯だが、一喝するように説得を図る。

 

「後にしてくれ! 大邪神ゾークが復活したんだ! ヤツによって世界が破壊されれば、お前の望みだって叶わない! 今は皆が一丸となって脅威に備えるべき時――お前も王であったのならば分かるだろう!!」

 

 闇遊戯の言う様に、大邪神ゾークは世界を滅ぼす存在だ。ゆえに「世界・星を守りたい」とのダーツの主張に反する立場にいる。その為、手を取り合う余地があると闇遊戯は判断したが――

 

 

「済まないが、聞けぬ願いだ。私の目的を果たすには、このタイミングしかないのだよ」

 

「何故だ! 大邪神ゾークを倒してからでも遅くは――」

 

「生憎、現実の私は既に死している――よもや、神託も受けなかった徒人に負けることになろうとはな」

 

 ダーツは闇遊戯の提案に頷くことはない。

 

 なにせ、彼は記憶の世界の住人――原作のバクラが言うところの「既に砂に還った者たち」だ。記憶の世界でなにを成そうとも現実の世界に反映されることはない。

 

「何が起こるかは分からぬものだ」

 

 既に神からの天啓を果たすこともできず、命すらない者ゆえの何処か他人事感溢れるゆったりとした態度に、気を逸らせる闇遊戯は苛立った様な声を漏らす。

 

「だったら何故、俺の邪魔をする!」

 

「私が望みは、欲深き人類の根絶」

 

「――なっ!?」

 

 だが、現人類の滅亡という観点では、ダーツには最後の手が残されていた。それが大邪神ゾーク・ネクロファデス――かの存在は世界を破壊し、それに抗うであろう人類をも滅する存在となる。

 

 現人類さえ殺し尽くせればそれで良い、とばかりの暴論に言葉を失う闇遊戯へマハードが幻想の魔術師を呼び出し、一歩前に出た。

 

「王子! この一大事に、この者と問答している余裕はありません!!」

 

「そうか。ならば急くお前たちへ、分かり易く現状を示そう――出でよ、オレイカルコス・シュノロス」

 

 会話を断ち切るような相手の姿勢にダーツは小さく肩をすくめた後、指をパチンと鳴らせば、王宮に降り立つ圧倒的なまでのプレッシャーを放つ見上げる程に巨大な土偶型の魔物(カー)、オレイカルコス・シュノロスの足元が輝き生じた光輪が上昇し、頭上に達した後――

 

「フォトン・リング」

 

 全てを切り裂く光輪が王宮をバターのように両断しながら、闇遊戯に迫った。

 

「迎撃せよ、幻想の魔術師!!」

 

 闇遊戯の命を刈り取らんとする光輪に対し、幻想の魔術師が杖からありったけの魔力(ヘカ)を放出させるマハードの奮闘が、シュノロスの放った光輪の歩みを僅かばかり留める。

 

「おぉおおおぉおおおおおお!!」

 

「ほう、止めるか――だが、何時まで保つかな?」

 

 しかし焼け石に水であることは明白だった。

 

 エジプト一の魔術師であるマハードが惜しみなく魔力(ヘカ)を振り絞っているにも拘わらず、シュノロスが放った光輪の威力は一切収まる様子を見せず、ジリジリとマハードの魔力(ヘカ)を切り裂いていく。

 

――くっ、持ち堪えられん! 世界には未だこれ程の術師が居ようとは……だが、王子だけは守りぬいてみせる!!

 

「王子! 早く皆と合流を! この者の力、抑え……きれません!!」

 

「来たれ、ガイアロード!! 螺旋槍殺(スパイラル・シェイバー)!!」

 

「王子!?」

 

 限界を悟り、闇遊戯に一時撤退を進言したマハードの幻想の魔術師の隣には闇遊戯の魔物(カー)、赤いラインが浮かぶ黒い全身鎧に紅の二対の突撃槍を持つ戦士、暗黒騎士ガイアロードが、シュノロスの光輪を穿つように己が突撃槍を振るっていた。

 

 

 

「俺はもう仲間の犠牲を見過ごすのは御免だ! マハード! 俺たちでこの窮地を切り開くぞ!!」

 

「王子……――御意に!!」

 

 守らねばならないと考えていた己の考えを一蹴するように闘志を露わに絶望的な状況を覆さんとする闇遊戯の姿は、マハードには鮮烈に映った。

 

 そう、マハードが毒蛇から守っていた「王子」の姿はもはや過去のもの。今の「ファラオ」として力強く突き進む闇遊戯の姿に彼も腹をくくる――限界の一つや二つ、越えて見せずして、この王には応えられない。

 

「 「 うぉぉぉおおぉおお――ハァ!! 」 」

 

 やがて2人の結束の力が光輪を弾き飛ばし、闇遊戯たちの放った攻撃の威力が乗った光輪がシュノロスの巨躯へと叩きつけられた。

 

「は、跳ね返しちゃった…………やりましたね、王子! お師匠サマ!」

 

 ダーツの背後で爆ぜた爆発を余所に、マナの喜色に弾んだ声から確かな手応えを以て闇遊戯たちは、互いを誇るように目くばせしつつダーツへと視線を戻す。

 

 魔物(カー)を失った以上、形勢は逆転された。

 

「驚いたな。よもやシュノロスの攻撃を跳ね返すとは」

 

 そんな中でダーツの呟きと共に晴れた煙の中から現れるのは傷一つないオレイカルコス・シュノロスの姿。

 

 シュノロスの左肩の根本から外れた左腕が、本体を守るように宙に佇んでいた。

 

 変わらず佇む絶望を前に闇遊戯が呆然と呟く。

 

「無……傷……」

 

「何を驚く? 我がしもべたるシュノロスが、己の放った攻撃に後れを取る間抜けにでも見えたか? シュノロスの左腕、オレイカルコス・アリステロスはあらゆる攻撃を防ぐ絶対の盾、容易く超えられるとは思わぬことだ」

 

 しかし、ダーツからすれば既定路線に過ぎないと呆れた様相を見せた。未だ彼我の戦力差を理解していなかったのかと。

 

 闇遊戯たちが弾いた攻撃は、シュノロスの左腕の盾たる力によって阻まれた。

 

「だが、シュノロスの一撃を弾いたキミたちへの賞賛は揺るぎないものであることもまた事実――その奮闘へ敬意を表し、絶対の矛たるシュノロスの右腕、オレイカルコス・デクシアの一撃で応えよう」

 

 それでいてなお、ダーツは王である闇遊戯の奮闘に敬意を表し、それに伴いシュノロスの右腕が先の左腕同様に肩口から外れ、宙に浮かび上がり――

 

「やれ」

 

 唸りを上げて叩き込まれるシュノロスの右腕に対し、マハードは悟る。

 

――無理だ……止められない……!

 

 あらゆる小細工の一切を許さぬ絶対的な破壊の一撃に、魔術師として破格の才を持つマハードだからこそ悟れてしまう。この身を犠牲にしても何一つ変わらぬ現実が広がる事実に。

 

 だが、それでもなお闇遊戯は前に出た。奇跡は前にしかないのだと。

 

「止められなくても良い! 皆が来るまで時間を稼――」

 

 だとしても無情な現実は、ガイアロードの二対の突撃槍をシュノロスの右腕の一撃を前にいとも容易く砕け散らせ、ガイアロード本体ごと闇遊戯を叩き潰した。

 

「さようなら、名もなきファラオ」

 

「王子ー!!」

 

 マナの悲痛な叫びが響くが、シュノロスの一撃はなんの慈悲も与えない。

 

 

 

 

 だが、此処で闇遊戯の手前で光が輝く。

 

「ほう、未だ伏兵がいたか」

 

 やがてシュノロスの右腕が押し飛ばされ、宙を舞いつつ、シュノロス本体の元へと戻った。

 

 そして1人の黄金の使者が闇遊戯たちを背に歩み出る。

 

「名を問うておこう」

 

「我が名は『ハサン』――このエジプトの地で歴代ファラオを守りし、守護神なり!」

 

 ダーツの声に応えたのは、ツタンカーメンのようなマスクを被った筋骨隆々な男の姿。そして白いマントを翻し、闇遊戯を守るように佇み宣言する。

 

「先代アクナムカノンの願いにより、そなた(名もなきファラオ)をお守りする!」

 

「お前は……過去の父が祈り願った……」

 

 闇遊戯には眼前のハサンと名乗る者に見覚えがあった。

 

 それはラーの翼神竜を呼んだ際に気を失い、眠った際に己の幼少時に記憶に映った父との思い出の記憶にあった存在。息子の安寧を願った父がもたらした守護者――それがハサン。

 

「この者の相手は任せよ! 汝らは大邪神ゾークとの決戦に備えるのだ!!」

 

「させると思うかね? シュノロス」

 

「それは此方のセリフだ! ハァ!!」

 

 だが、状況は闇遊戯の思案を置き去りにしながら動き続ける。

 

 シュノロスの右腕が再び放たれ、それを拳から生じた光で弾いたハサンはダーツを巻き込みつつシュノロスへと突撃。

 

「ほう、シュノロスごと私を戦線から引き離す気か」

 

「急げ、名もなきファラオよ! 時はあまり残されてはいない!!」

 

 そしてダーツごとシュノロスの巨躯を抱えるように空を突き進み、砂漠の向こう側へと飛び立つハサンの背に闇遊戯は叫んだ。

 

「ハサン! 約束してくれ!」

 

 それは願いと言うには、少しばかり我が儘が過ぎる代物。

 

「死ぬな! 俺は、もう俺のせいで仲間が死ぬのは見たくない!!」

 

「皆まで言うな! 私はファラオを守護する矛であり、盾! 主を残し消えることなどない!!」

 

 しかし、一二もなく「是」と返したハサンの背に、闇遊戯は踵を返し、神官たちとの合流に向かう。今は一分一秒が惜しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 此処で時間は少しばかり巻き戻り、闇遊戯たちが大邪神ゾークの姿を目視する少し前――

 

「ぐっ、ククク、フフフ、ハハハハハハハハハハハハハハッ!! 耐えた! 耐え抜いた!! 俺様の勝ちだ!!! ハハハハハハハハハハハハハハッ!!」

 

 そんな具合に天まで届きそうな高笑いを最後に盗賊王バクラの身体は砂となって消え、冥界の扉から、背に巨大な翼に加え、竜の頭が生えた尾を持つ見上げる程に巨大な邪神――大邪神ゾーク・ネクロファデスが降臨した。

 

 盗賊王バクラの身体から、クル・エルナ村に立つ大邪神ゾークへ意識を移したバクラは、ゾークとして不敵に笑う。

 

「……フフフ、随分と勝手を働いたようだな」

 

 今の今まで散々煮え湯を飲まされてきたアクターへ、今度は己が絶望的な現実を叩きつけてやる番だと嗜虐的に嗤う。

 

『ゼーマン、其方の準備は?』

 

『ハッ、今しがたキサラ殿をお送りし終えた後でございます。現在、私が族長の方との礼を兼ねた会合を、エヴァリーが商人として民相手に商いを――どちらも直に完了致します』

 

『そうですか。なら可能な限り情報を回収した後、直ぐ移動を。時間は此方で稼ぎます』

 

「我は全てを無に帰すために永き眠りより目覚めたり、もはや何者も我を止めることは出来ぬ」

 

 ゾークの言葉を話し半分に聞き流しつつ、ゼーマンと通信を打ち切ったアクターへ、ゾークは身体から闇の力を漲らせつつ、威圧するも――

 

「ほう、我の威容を見てなお盾突くか。何と愚かな……我が力の前には何者も無力であることを教えてやろう!」

 

 未だに逃げる様子を見せぬアクターを動かすべく拳を握った大邪神ゾークだが、その佇まいとは対照的にアクターの体内は目まぐるしく動き始めていた。

 

 煩い程に鳴り響く心臓は血流を回し、生じたエネルギーから身体は熱が迸り、

 

 深く深く呼吸を成し、大きく空気が取り込まれる度に、全身の血管が浮き出るように異音を放つ。

 

「貴様のお得意の拳闘でその最後を飾るが良い!!」

 

 そして放たれた大邪神ゾークの巨大な拳と、アクターの人間大の拳がぶつかり合い、衝撃波が砂漠の砂地を吹き飛ばしていく中、競り負けたように吹き飛んだアクターの身体は砂漠へと叩きつけられ砂柱を上げた。

 

「ハハハハハッ! 愚かな! 我に殴り勝てるつもりだったのか! 我と己の体躯の差が分からぬとは童以下の思慮!」

 

 少しばかり浮いた目線で砂地に叩きつけたアクターを嗤う大邪神ゾークは己の視界を反転させながら相手の無謀を嘲笑う。おかしくて仕方がないと。

 

 そうして、その視界の回転が二回三回と続いたところで大邪神ゾークはようやく己の状態を把握した。

 

――は?

 

 だが、信じられるかは別だった。

 

 砂地を削りながら青空を見上げる大邪神ゾークには己の身に何が起こったのか理解できなかった。いや、脳が理解を拒絶する。

 

 そして現実を否定するように勢いよくガバリと身体を起こし膝立ちになった大邪神ゾークが、呆然と己の再生していく掌を眺める中、視線の先で爆ぜた砂地が見えたと思えば、眼前にアクターがいた。

 

 繰り出されるは拳の連撃。

 

 ふざけた速度で放たれる拳の一撃一撃は摩擦熱によって炎を帯び、ゾークの身体を焼き穿つ。

 

――あの時の動き(ディアバウンドとの戦闘)が全力ではなかったのか……!?

 

 身体を穴だらけにされ続けるゾークの脳裏に過る仮説を余所に、周囲に尾羽を広げた孔雀のような炎拳の残照が飛び散る中、ゾークの巨体が砂地を削りつつ、どんどん押し込まれていく。

 

「効かぬわァ!!」

 

 だが、赤い目を見開いた大邪神ゾークが振るった腕がアクターを叩き飛ばした。

 

「フハハハハハッ! 所詮は虫けら! 叩き落とせば羽虫の如く落ちる!」

 

 そして膝立ちから立ち上がったゾークは拳の跡が痛々しい己の身体へ手を当てつつ誇るように嗤えば、身体に残るアクターの拳の連撃の負傷も――

 

「貴様の拳による傷など、無限の闇から得られる我が力の前には無意味! 闇たる我が身は不滅なり! 不死身なり!」

 

 瞬く間に消えていく。まさに無限の再生能力。ディアバウンドの時とは比較にならない。

 

「千年アイテムに何やら小細工を施していたようだが、その程度で我が力を封じれると思うてか!!」

 

 当然のように砂地に立ち上がったアクターへ嗜虐的な声を響かせながらゾークは己の先を相手へ向けた。

 

「貴様に本物の炎を教えてやろう! 生きとし、生けるものを焼き尽くす地獄の業火に焼かれるがいい!!」

 

 すると尾の先の竜の顎が開き、内より炎が迸る。

 

「ゾーク・インフェルノ!!」

 

 そして竜のブレスが放たれた。その吹き荒れる炎は砂漠すら焼き尽くすように広がり、アクターへと逃げ場を許さぬように燃え盛って行った。

 

「フハハハハハッ! 我が地獄の業火の味はどうだ! 声も出まい!」

 

 しかし、さして焼けた様子も見えないアクターが空へと跳躍すると共に炎が天に昇っていく。

 

 その跳躍の際に生じた風が炎を巻き上げ、その炎はアクターの元へと集まって行き――

 

「なんだ? ……風?」

 

 空中で蹴りの姿勢を取ったアクターの右足に竜巻の如き炎がサッカーボール程のサイズに収束していく光景に大邪神ゾークは息を呑んだ。

 

「……馬鹿な」

 

 地獄の業火であろうとも、炎であることに変わりはない。なれば風によってその方向性を誘導できる理屈はゾークも理解できる。

 

 問題なのはそれらを全て「人力」で行っている事実だ。

 

 

 やがて収束した地獄の業火が、アクターの脅威的な身体能力を以て蹴り飛ばされた。

 

 

 しかし、その竜巻の如き炎の奔流をゾークは己が両の手で受け止めてみせる。

 

「だが、所詮はくだらん小細工に過ぎん! ハァァアアアアッ!! ――フゥンッ!!」

 

 そうして力任せに押し潰した炎は霧散した。当人の放った炎だ。如何様にも出来よう。

 

「愚かな! 我が炎で我が身を焼くことが出来る訳がなかろう!」

 

 そして宙から落ちるアクターを見下そうと視線を降ろすが、相手の姿が何処にも見当たらない事実にほくそ笑む。逃げ惑う獲物を嬲るのも一興だと。

 

「フフフ、逃げ足の速いことだ」

 

――影? 上か。芸のない奴よ。

 

 だが、そんなゾークにかかった影に、上空へと尾の先の竜の顎を向けたゾークが見たのは重ねた両の手を突き出したアクターの姿。

 

 その仕草をゾークが不審がる前に、己が巨躯は不可視の重圧に膝をついた。

 

――ッ!?

 

「ぬぅううぅううううぅううッ!!」

 

 遅れて響く虎の轟咆のような風切り音が周囲に響く中、ゾークは相手の攻撃の正体を看破する。

 

――風圧!? いや、圧縮した空気の砲弾……いや、隕石とでも言うべき代物か! だが!!

 

 やがてゾークはアクターの正拳突きによって押し出された空気の圧に潰されまいと砂漠についた膝を強引に立たせながら、両の手を天へと突きだすように掲げ――

 

「――ゾーク・カタストロフ!!」

 

 両の手に込めた闇の力を波動のように拡散させた攻撃を、空から落ちる空気の圧ごと地面に叩きつけるように放った。

 

 それにより、砂漠の大地を抉りながら巨大な衝撃が辺りを揺らす中、空にいるであろうアクターに向けて攻撃を放つべく右腕を天へと突きだしたゾークの掌に闇の力が集まっていく。

 

 その前に、空気を力強く蹴り、半身で背中を向けたまま急加速したアクターが身体を反転させて飛び蹴りを放つ方が速かった。

 

 

 咄嗟に攻撃を打ち切り突き出した右腕でガードしたゾークの足が、遅れて空にて空気が爆ぜる音が響く中で地面にめり込み、砕け千切れた右腕だった肉片が宙を舞う。

 

「――なっ!?」

 

 宙を舞う己の右腕だった肉片へ驚愕の眼差しで見やるゾークだが――

 

「だとしても!!」

 

 空中で無防備を晒すアクターへと残った左拳を放ったが、アクターの振り切った二本の指が接触した瞬間に炎が逆巻き、ゾークの左拳がバターのように削げた。

 

 そしてアクターは指を振り切った勢いのまま身体を回転させ、今度は開いた5本指を貫くように振り切れば、不可視の一撃がゾークの心臓に巨大なフォークが突き刺さったような痕を生み、巨体が吹き飛ばされる。

 

 だが、砂地を削りながら踏ん張るゾークは己の損傷に一切怯むことなく左右の腕を再生させ、すぐさま右腕に闇の力を集めた。

 

「小癪なッ! なれば、この一撃を受けるがいい! ダーク――」

 

 そして集まった闇の力が手刀と共に解放されんとする中、アクターも宙で伸ばした右足を一本の刀のように振り切りながら――

 

「――スラッシャー!!」

 

 巨大なる闇の斬撃と、脚撃の風の斬撃が激突。

 

 その余波により、切り刻まれたように割れていく砂漠を余所に、大小2つの影のぶつかり合いは荒々しさを増していく。

 

 

 

 まさにこの世の地獄が広がりつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな熱きディアハリストたちの戦いを余所に此処で舞台は現実へと戻る。

 

「イシズ・イシュタールに繋げ」

 

 エジプト考古学局へ到着早々にそんな不遜な態度で待つ海馬は、暫しの時間の後、ようやく現れたイシズの姿に不敵な笑みを浮かべた。

 

「ふぅん、ようやくお出ましか……だが、生憎と貴様と問答をする気はない。さっさと、くだらんオカルト紛いの石板の元へ案内して貰おうか」

 

 海馬の目的は己に見せられた古代のビジョンの否定――だが、否定するにも現物がなければ話にならない為、墓守の一族のイシズの元まで足を運んだのだ。

 

 バトルシティでの協力を考えれば、相手に断れるだけの材料はない。

 

「残念ながら、それは出来ません――いえ、わたくしにその『権限がない』と言うべきでしょうか」

 

「なんだと?」

 

 だが、速攻で断られた。そんな時もある。

 

「わたくしはグールズの一件を受けて、既にエジプトの考古局局長の席を辞しました。今はしがない考古学者の一人に過ぎません」

 

「局長の座から退いただと? 馬鹿を言うな。貴様ならその程度の障害、如何様にでも片付けられるだろう」

 

「……確かに、わたくしならば可能だったのかもしれません」

 

「……何が言いたい」

 

 そしてイシズから事情が語られるが、とてもではないが海馬が納得できるものではなかった。イシズの強かさは海馬もよく理解している。

 

 しかし言葉を詰まらせたイシズは暫しの逡巡の後、懺悔するように語り始めた。

 

「…………瀬人、生きたまま焼かれた人間がどうなるか知っていますか?」

 

「ふぅん、何を言うかと思えば……剛三郎のことを言いたいのであれば、好きにするがいい。俺は社長の座を継ぐと共に、その咎をも継ぐと誓った。俺が――」

 

 KCとて全てが真っ当な組織ではない。一時は死の商人もかくやな行いの果ての発展もあった。それゆえの追及かと海馬は予想したが――

 

「貴方の弟が生きたまま焼かれても同じことが言えますか?」

 

「……どういう意味だ」

 

 本質はそこではなかった。

 

「わたくしの弟、マリクは神のカードの複製を生み出し、『神の怒りに触れるか否か』の実験の為に多くの人間を焼き殺していました――唯一生き残った1人からの情報により、それは既に疑いようのないことです」

 

 マリクは決して少なくない人間を殺めている。千年ロッドに操られたことによる「社会的な死」ではなく、「文字通りの死」を振りまいてきた。

 

 発覚は当人の証言と、唯一の生き残りからの証言に加え、その肉体に残った神の神罰による特徴的な焼け跡。

 

 それらの情報から世界各地に起こっていた原因不明の焼死体の多くの「原因」が発覚したのだ。

 

「そしてわたくしにはグールズによって被害を受けた者たちの家族、そして『遺族』の方たちと面通しする機会もありました」

 

 それは、「事故」と処理されていた案件が「事件」になった瞬間でもある。となれば、イシズが対処しない訳にもいかない。

 

「悲しみに暮れる彼らの姿に、憎しみの衝動を必死に耐える彼らの姿に、わたくしはようやく己の罪深さを知ったのです」

 

 それによりイシズは思い知らされた。

 

 グールズの一件は、アクターが殴り飛ばしていれば、もっと早くに収束できた事実に。だが、イシズは「マリクへ怪我を負わせたくない」が為にそれを妨害した。それゆえの被害の拡大。

 

「わたくしには出来なかった……」

 

 その事実を突きつけられて「己には関係のないことだ」と、素知らぬ振りをするなどイシズには出来なかった。

 

 そう、イシズが「同じことが言えるのか」と問うたが、それは「マリクがモクバを焼き殺していた」場合でも、マリクの逃亡をほう助していたイシズに今と同じように糾弾することなくいられたか――そう言う話だ。

 

 言葉を返さぬ海馬の姿に、それを返答と取ったイシズは己の胸に手を当て、簡潔に告げる。

 

「ですので、わたくしが管理していた全ては他の一族へと託させて頂きました。血と咎に塗れたわたくしたちが、ファラオを冥界にお送りするなど、あってはならないことだと告げて」

 

 なお、託した相手は思いっきり咎に塗れた悪党(アヌビス)だが、当人が既に冥界に旅立ったこともあり、言わぬが花であろう。

 

「それに伴い、考古局局長も辞したのです。今、一介の考古学者として席を置いているのは、現局長のご厚意ゆえ――なにか少しでも償いが出来れば、と」

 

「……なら、その他の一族とやらに繋げ。そのくらいならば出来るだろう」

 

 つまらない話を聞かされたと、息を吐いた海馬の要請にもイシズは小さく首を横に振る。

 

「いいえ、管理を託した一族のものは『墓守が表に出るべきではない』との主義ゆえに極々最低限の関わりしか認めぬ方。考古学局長の座も断りを入れ、富も名誉も不要だと断じ、墓守の使命にのみ殉じておられます」

 

 なにせ、アヌビス――の背後にいる神崎は、「アヌビスに考古学局長なんて任せられても……」な具合だった為、面倒事をオールカットするべく、アヌビスの背後関係を設定したのだ。

 

 それゆえの徹底した「無欲」アピール。

 

 そしてそれは絶大な効果を生んだ。生んでしまったのだ。

 

「ゆえに此度の名もなきファラオの来訪に際して、人払いを徹底しておりました……たとえ、瀬人――貴方の持つ千年ロッドの存在があれど、『儀式が終えるまで誰も入れるな』との言を覆すことはありません」

 

「チッ、なら神崎を出せ。どうせ、ヤツもその墓守の儀式とやらに噛んでいる筈だ」

 

「? あの者が来ているのですか?」

 

「なんだと?」

 

 絶大な効果を生み過ぎて、ガチで誰も立ち寄れなくなるくらいに人払いが徹底されちゃったのだ。

 

 それは神崎も正面から入ることは叶わない程に――なお、当人は異次元のゲートを開いて強引に侵入したが。

 

 

 

 

 かくして海馬の全速前進は困ったことに、此処にて一回休みとなる。

 

 その原作ブレイクが吉と出るか凶と出るか――それは誰にも分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 此処で舞台は究極の闇のゲームの舞台に戻り、ゾークとアクターの苛烈さを増す戦いに戻れば――

 

 拳を正拳突きのように放った姿勢で佇むアクターを前に、胸の中心に空いた巨大な大穴を開けたゾークが仁王立ちしながら愉快気に嗤う。

 

「フハハハハハ! 認めよう! 認めてやろう! 貴様は確かに強い! だが、()()()()()!」

 

 そして響く笑い声を合図にするかのようにゾークの胸を中心に広がる巨大な大穴は、時が巻き戻るように塞がって行く。

 

「我が無限なる闇の力を祓うことが出来ぬ以上、貴様の敗北は変えられぬ運命よ!!」

 

 ゾークは己を容易く傷つけられるアクターの攻防に賞賛の声は送るものの、それだけだ。戦闘序盤にあった警戒は既にない。

 

「所詮は貴様も我と同じ! 破滅を齎すものでしかない!」

 

 なにせ、力の方向性が同じなのだ。闇は光でなければ祓うことは叶わない。とはいえ、ゾーク程の闇となれば、大抵の光は通じないが。

 

 所詮は光を持たぬもの(アクター)の攻撃など、幾らぶつけたところでゾークの身体は砕けど致命打にはなり得なかった。

 

「ハハハハハハハッ! だが良き玩具だ! 愉しいぞ! 愉しいぞ! 貴様ほどに壊し甲斐のある相手はいない!!」

 

 そうして踏み潰さんと振り下ろされたゾークの右足を跳躍して回避したアクターは振り切った脚から放った斬撃に対し、ゾークは尾の竜の頭の炎のブレスを放つ中、ポツリと誰かの声が零れる。

 

「なにがたのしい」

 

 アクターは戦いを楽しいと思えたことは一度たりとてなかった。

 

「貴様もそうだろう! 力を振るうのが! 破壊をもたらすのが! それだけの力を得たのだ! さぞ愉しいだろう!!」

 

 炎を切り裂くように再度、脚から斬撃を放った宙に舞うアクターへ、炎の海から飛び出した龍の顎がアクターを食い千切らんと噛みつくが、力任せに顎を上下に引き裂いたアクターからまたまたポツリと声が零れる。

 

「なにがおかしい」

 

 アクターがなにかを殴った後に残るのは肉を穿ち骨を砕く気持ちの悪い感触だけ。

 

「破壊こそが我が本懐! 破滅こそが我がもたらす天啓!!」

 

 尾の先の竜の顎を引き裂いたアクターへと届けられるのは尾の先ごと砕かんとするゾークの右拳。アクターも迎撃に右拳を放ち、相手の拳を砕くが、再生しながら突き進むゾークの拳はアクターを逃がさず砂地へと叩きつける。

 

「たのしいわけがないだろ」

 

 振るった拳から得られるのは、誰かを傷つけてしまったという後悔だけ。

 

 こんな方法でしか取れない己の不甲斐なさだけ。

 

 一度零れ始めた誰かの声はダムが決壊するかのように留まらない。

 

「なにがたのしい。なにがおかしい。なぜわらう」

 

 アクターは神崎なりの強さの象徴だ。弱い己を取り繕った虚構(ハリボテ)英雄(ヒーロー)

 

 とはいえ、その出来栄えは所謂「強者」と呼ばれる(設定された)対象(キャラクター)の不出来な物真似を詰めたお粗末な代物だが。

 

 

 

 やがて砂地に落したアクターへ、左足を踏み下ろすゾークだが、その足に手刀を這う様に奔らせられた後、脚を土台にアクターが跳躍した瞬間にゾークの左足は螺旋階段のように切り裂かれた。

 

「た の し い わ け が な い だ ろ う !!」

 

 弱者を嬲る趣味でもあれば良かったのだろう。守るための行為だと割り切れれば良かったのだろう。

 

 だが、嬲ったところで、お綺麗な言葉で濁したところで、得られるのは罪悪感と空虚さだけだ。

 

 彼はダークヒーローでもなければ、フィクサーでもない、己の罪すら背負えきれぬただの卑怯で卑劣な臆病者だ。

 

 

 そうして跳躍したアクターは左足が切り刻まれバランスを崩したゾークへ拳を振りかぶるが、ゾークが崩したバランスを回転に利用し放った左の蹴りに対し、アクターは右回し蹴りで迎撃。

 

 ぶつかり合った衝撃が周囲に伝播する。

 

「理解の外だ。外だ。外――」

 

『遅ればせながら、諸々の準備完了いたしました』

 

 そして衝撃が周囲に広がる中、ゾークの左足に手刀を突き刺さしてねじ切りながら回転で威力を底上げした脚撃による斬撃を放つべく、まず手刀を構えたアクターの腕が頭に響いたゼーマンの声でピタリと止まった。

 

『………………なら、此方は切り上げます。誘導の成否の確認が取れるまで待機』

 

『ハッ、ご武運を』

 

 そう短いやり取りを済ませた中、振り切られたゾークの左脚に吹き飛ばされたアクターは着地した砂漠を蹴りながら、再度ゾークへと接近。

 

「くだらぬ問答だ!! 何を恐れる! 何を阻む! 何を迷う!! 思うがままに力を振るえばいい! 今まで貴様は――」

 

 迎撃にゾークが放つ闇の斬撃の雨を掻い潜り、時に相殺し、時に弾き返し――

 

() () () () () () 筈だ!!」

 

 近接の距離になった途端、示し合わせたように互いが拳を構える。

 

 

――いつまで戦えばいい。一体いつだ。一体いつ……

 

「他者を否定し! 奪い! 砕き!! 己が思うままに捻じ曲げてきただろう!! 幾ら言葉を並べようともその事実は揺るがん!!」

 

 ゾークの右拳を蹴り上げ捌き、左拳をぶつけ合い消し飛ばしたアクターは相手の顔面へと拳を振りかぶる。

 

「我と貴様になんの違いがある? 正しさとでも言うつもりか?」

 

 だが、此処で宙を進むアクターの身体がピタリと止まった。そしてその身体に段々と姿を現していくのは、巻き付いたゾークの尾の竜。

 

 繰り出されていたのはディアバウンドの要領で姿を消し不意を撃った拘束。

 

――胸を張って

 

「正しき力など存在しない! いや、『正しさ』などと言うものを論じることが既に無意味!! あるのは純然たる力だけよ!!」

 

 そんな竜の尾を引き千切るアクターに、再生能力任せに拘束を重ね掛けした一瞬の隙に――

 

――二人に

 

「貴様も所詮は我と同じ――だァ!!」

 

 再生したゾークの頭上から組まれた両拳が振り下ろされた。

 

 ベキリと何かが砕ける音がアクターの掌で鳴らされたと共に小さな影が砂漠に落ちる。

 

――()

 

 

 

 やがて砂の大地に叩きつけられたアクターの身体はガラス細工のように砕け、消えていった。

 

 

 

「ククク、案ずるな。貴様の守ろうとした者たちも直ぐに後を追わせてやる――世界は、今日この日を以て終わりを迎えるのだ! ハハハハハハハッ!!」

 

 ゾークの邪悪な雄叫びが周囲に木霊する。

 

 

 絶望(ゾークの進軍)は止まらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがてゾークが王宮へと向かって暫く経った後、砂地深くからモグラよろしく身体を出したアクターは小さく零す。

 

「…………喋り過ぎたな。演技とはいえ」

 

 そうして何処か言い訳するような言葉を余所にアクターはゼーマンへと報告を始めた。

 

「ゼーマン、予定通りゾークを王宮へ向かわせた。タイミングは其方に任せる」

 

『お任せを』

 

『おい、神崎。ハサンはダーツとかいうのにかなり苦戦しているようだぞ――詰まらん対戦カードだ』

 

「今、行く」

 

 そして続いた脳裏に響く王宮付近で周囲を見張るトラゴエディアの声に短く返したアクターが歩を進めようとするが、無傷の己の身体に反してボロボロの衣装にピタリと動きを止め――

 

 

「……理解の外だ」

 

 

 アクターの姿を解き、何時も通りのスーツに身を包んだ神崎は変わらぬ作り物の笑顔でハサンの元へと歩を進めた。

 

 

 






神崎の限界――ゾークと殴り合えるが、聖なるぱわぁーが皆無な為、相手の不死性を突破できない。

所詮は同じ穴の狢だからね!(酷)




~闇遊戯の魔物(カー)について~

Q:ファラオの魔物(カー)って《暗黒騎士ガイアロード》なの?

A:原作での言及はありませんが、アニメ版にてファラオ自身が《カオス・ソルジャー》の力を纏っていた為、
原作にて《カオス・ソルジャー》と強い関連性のある《暗黒騎士ガイア》のリメイクカードである《暗黒騎士ガイアロード》を今作でのファラオの魔物(カー)とさせて頂きました。


Q:なら《暗黒騎士ガイア》で良かったんじゃ……

A:室内で馬に乗られるとバトル描写が邪魔臭いんや……(おい)
《暗黒騎士ガイアロード》は打点上昇効果が発動した際に竜に乗るシステムですし(劇場版を見つつ)





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第194話 あと一度の奇跡を願う



前回のあらすじ
大邪神ゾーク「なんやコイツ」

闇マリク「姉上様グッジョブ」





 

 

 

 王宮に向けて進軍してくるであろう大邪神ゾークを迎え撃つべく、街の前にて大急ぎで戦準備が整えられていく中、闇遊戯も現地で檄を飛ばす。

 

「ハサンが稼いでくれた時間を一秒たりとも無駄にするな!」

 

「ファラオ! マナを乗せた何者かが空より来ます!!」

 

「あれは……《烈風帝ライザー》!?」

 

 だが、そんな中、マハードの声に空を見上げた闇遊戯の元に千年アイテムの捜索に向かっていたマナや兵士たちを両の掌に乗せた《風帝ライザー》よりも一回り巨大で力強さが見える《烈風帝ライザー》がファラオの前に降り立ち膝をつく。

 

「王子ー! 千年アイテムをお持ちしましたー! 見つけたの、この子ですけど!」

 

「千年アイテムを……」

 

 そして《烈風帝ライザー》の掌からマナが飛び降り、抱えた千年アイテムを手渡された闇遊戯は千年パズルを首にかけた後、すぐさま傍に控えていたマハードへと残りの千年アイテムを託す。

 

「助かる! マハード、後は任せた! 皆に千年アイテムを!!」

 

「ハッ、お任せを!」

 

「マハード、千年錠は儂に託してくれまいか」

 

「まさか、シモン様ッ!」

 

 そうしてマハードは千年リングを身に着けつつ、すぐさま他の神官たちに届けようとするも、シモンの覚悟の決まった声に驚愕の声を零すマハード。

 

 そんな光景を余所に闇遊戯は跪く《烈風帝ライザー》に礼を告げようと近づいた。

 

「また助けられ――お前ッ!? ボロボロじゃないか!? 直ぐにアイシスを呼んでやる! お前の主人の方はどうなって――」

 

 だが、当の《烈風帝ライザー》の身体が鎧の至る所が限界を迎えたようにボロボロと崩れていく様子に焦った声を漏らす。

 

「シモン! 治療の手配を急いでくれ!!」

 

「無駄ですぞい」

 

「シモン!」

 

「この魔物(カー)は既にこと切れております。そしてそれが意味することは、主の死……」

 

 シモンの告げる現実を否定するように叫ぶ闇遊戯だが、無情な現実は変わらない。

 

 己の魂に宿る魔物(カー)の死する時、その主の死を意味する。そしてそれは逆も然り。

 

 最後の力で千年アイテムを闇遊戯たちに届け、崩れ落ちた《烈風帝ライザー》の残骸を前に闇遊戯は己が無力を嘆き、顔を俯かせた。

 

「こんなこと……」

 

「顔をお上げください、ファラオ。この魔物(カー)は! 担い手は! 最後まで使命に殉じた誇り高き戦士! 今、ファラオが前を向かねばその覚悟に泥を塗ることになりましょうぞ!」

 

「王子、いえ、ファラオ! アイシスの予知より、ゾークが直に此方に到着するとのことです!!」

 

 シモンの発破をかけるような言に、歯を食いしばる闇遊戯だが、舞い込んだ千年アイテムを神官たちに届け終えたマハードの報告に《烈風帝ライザー》の残骸があった場所を一瞥するも、すぐさま迎撃の最終確認に動き出す。

 

 

 無情に過ぎ去る時は、恩ある相手の死へ祈りを贈る時間すらも許しはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 やがて自分たちの前に立ちはだかったゾークの存在を前に闇遊戯は臆することなく、見上げてみせる。文字通り、最後の決戦の始まり――握りしめた拳にも力が入る。

 

「お前が、大邪神ゾーク・ネクロファデス!!」

 

「然り、我こそは全てを無に帰すものなり」

 

『ククク、遊戯ィ、究極の闇のゲームも此処でゲームエンドさ』

 

 だが、ゾークの内から響いたバクラの声に、闇遊戯はゾークの本体となる意思の根源を理解した。彼こそが全ての元凶なのだと。

 

「貴様……やはりバクラか!」

 

『フフフ、ハハハハハ! 千年アイテムを失い三幻神すら呼べねぇテメェにもはや勝機はねぇ!』

 

「そいつはどうかな?」

 

 そんな中、ある筈のない千年アイテムを身に着けた闇遊戯の姿にバクラも凡その顛末を把握し、舌を打つ。

 

『チッ、アクターのヤツか……成程な。勝ち目もねぇのに必死こいて戦ってると思えば時間稼ぎかよ』

 

「アクター? 何故アイツの名前が出てくる?」

 

『……ぁ? …………ククク、フフフ、ハハハハハハハッ! おいおい、まさかなんにも知らねぇのかよ!! ハハハハハハハッ! こいつは傑作だぜ!』

 

 だが、闇遊戯から零れた不思議そうな言葉にバクラは吹き出すように嗤い声が漏れた。

 

 無謀な勝負を挑み踊り死んだ人物は、最後の最後まで愉快に嗤える相手だったとひたすらに嘲笑を響かせる。

 

「何がおかしい!!」

 

『今の今まで墓守の一族の端くれとして人生賭けて守ってきた相手に こ れ かよ! 報われねぇなぁ! 嗤っちまうぜ! ハハハハハハハッ!』

 

「まさか風帝は……」

 

 嘲笑を掻き消すように叫んだ闇遊戯に告げられたのは、最後まで分からなかったピースを埋める情報。

 

『バトルシティでの時に始まり――いや、もっと前からかもなぁ――そして記憶の世界でも、なんど命を救われたよ! 疑問に思わなかったのか?』

 

 ヒントは至る所にあった筈なのに、見逃し、見過ごし、見殺した愚かなファラオを愉快だとバクラは嗤い尽くす。

 

『あれだけ忠義を貫いたってのに、主が「知らねぇ」とくれば嗤うしかねぇさ!』

 

 風は常に王の元に吹いていた。

 

 バトルシティ予選での時も、闇マリクを阻んだ時も、記憶の世界で柱に潰されそうになった時も、バクラからマハードを救ってくれた時も――いや、闇遊戯が知らぬ時も吹いていたのかもしれない。

 

「アクターの……魔物(カー)

 

『そうさ! アイツは強かったぜぇ――が、俺様には、大邪神ゾークには届かなかった』

 

「アイツは……アクターは、今――」

 

 縋るように零れた闇遊戯に告げられるのは――

 

 

『死んだよ』

 

 

 残酷(愉快)な現実。

 

『不甲斐ねぇ王様の為にテメェの全てを捧げて駆けずりまわって死んじまったのさ! フフフ、憐れな人生だよなぁ』

 

「所詮は羽虫! 潰れて死ぬのがお似合いよ!!」

 

「黙れ!!」

 

 やがて内から響くバクラの声が収まり、ゾークの声が空気を震わせる中、闇遊戯は怒声を上げる。

 

 そしてバクラと闇遊戯たちの中で、現実とは乖離したトンでもないアクター像が形成されて行く中、闇遊戯は天にディアディアンクを掲げ叫んだ。

 

「今、神の力により邪神を倒す! 三幻神の力よ、今ここに!!」

 

 忠臣の死に報いるべく魔力(ヘカ)を滾らせ、千年パズルが輝きを増し――

 

「降臨せよ! オベリスクの巨神兵! オシリスの天空竜! ラーの翼神竜!!」

 

 青き戦神たる巨人と、天空を統べる赤き龍、そして世界を照らす太陽の神たる翼神がゾークの前にファラオの心に応えるように怒りの声を上げた。

 

「ゾーク、お前だけは絶対に許さない!! セト、皆を!!」

 

「ハッ! ――皆の者、聞けぇ!! 敵は強大だ! だが、大邪神ゾークを倒さぬ限り、世界は暗黒に染まり、我らは永遠の闇の呪縛に囚われる!!」

 

 だが、単身で挑む愚行を犯しはせず、集められた国中の魔物(カー)持ちへ鼓舞するような演説を述べるセト。

 

「お前たちの身にも魔物(カー)が宿っている! 共に生きたいと願った者がいるだろう! その想いを胸に力を解放せよ! 神に続けェ!!」

 

 そうしてセトの声と、闇遊戯の闘志に併発され、士気を高めた魔物(カー)持ちから、次々と魔物(カー)が繰り出される中、千年錠を握ったシモンも昔を想いを馳せつつ魔力(ヘカ)を解放。

 

――この老いぼれにまた力を貸してくれるか? 王宮の魔神よ……

 

「石板に封印されし、聖五体を解き放ち、守護の力を与えよ!」

 

 それはあまりに強大過ぎる力ゆえに5体に分けて王都の守護へと封印されたシモンの魔物(カー)

 

「出でよ、我がいにしえの精霊! エクゾディア!!」

 

 やがて大地からせり出した5つの石板より五芒星が描かれ、天に光が昇った後現れるのは、ゾークにすら肉薄する体躯を持つ土色の巨人。

 

 手足に繋がれた鎖を強引に引き千切り、圧倒的な力を見せる古の巨人の姿にカリムやシャダも色めき立つ。

 

「あれは!?」

 

「一夜にして一千の軍勢を倒したという伝説の守護神!」

 

「エクゾディアよ! 闇の大邪神を魂の業火で焼き払え! エクゾード・フレイム!!」

 

 そしてゾークに先手は譲らせんと一番槍に、両の手を突き出し、掌に込められた業火を解き放つエクゾディア。

 

「幻想の魔術師!! 黒・魔・導!!」

 

「ゆくぞ!! デュオス! オーラ・フォース!!」

 

「スピリア!!」

 

「双頭のジャッカル戦士!」

 

「ヘリィマアイ!!」

 

 それに続くように放たれた神官たちの魔物(カー)による渾身の一撃に加え、国中の魔物(カー)持ちも援護の攻撃を放つ中――

 

「行け! オベリスクの巨神兵! 大地の怒りを邪神に叩き込め!」

 

 オベリスクの巨神兵の拳から放たれた青き輝きが、

 

「オシリスの天空竜! 天空の裁きを邪神に知らしめよ!」

 

 オシリスの天空竜から放たれる雷撃が、

 

「ラーの翼神竜! その炎で邪神の闇を払え!」

 

 ラーの翼神竜から放たれる神炎が、

 

「三幻神同時攻撃! ゴッド・ハンド・クラッシャー! サンダーフォース! ゴッド・ブレイズ・キャノン!!」

 

 ゾークを滅殺するべく降り注いだ。

 

 

 

 

 

 

 そんなゾークと三幻神たちの戦いの場から遥か遠方にて、ダーツは身体の砂を払いながらハサンへと賞賛を送る。

 

「フッ、ファラオの守護者も中々どうして手強いな。よもや我がシュノロスが敗れるとは」

 

 ハサンの背後の砂地に横たわるのはオレイカルコス・シュノロスの残骸。

 

 予想を大きく上回ったハサンの猛攻により、己が魔物(カー)を失ったダーツだが、その余裕は崩れない。

 

「だが、そこまでだ――此度の勝負、私に軍配が上がった」

 

 何故なら、己が背後で舌を鳴らす巨大で長大な大蛇の姿こそが、ダーツの魔物(カー)の本当の姿。

 

 オレイカルコス・シュノロスを倒すまでに決して浅くはないダメージを受け、膝をつくハサンは、この大蛇の前に苦戦を強いられていた。

 

「ぐっ……まだ、だ」

 

「だとしても、蛇神ゲーの一撃を受け、限界も近いだろう。」

 

 しかしハサンの闘志は衰えない。ダーツの魔物(カー)の本来の姿、蛇神ゲーを打ち倒し、ゾークとの一戦の援護に向かわねばならないのだから。

 

 そしてダーツの軽口も無視して無茶を推して立つハサンの肩を誰かの手が抑えた。

 

「ではその勝負、私が引き継いでも?」

 

「かん……ざ……き……」

 

 思わぬ来訪者に黄金のマスクの内にて目を見開くハサンを余所にダーツはその瞳に興味の色を見せつつ視線を向けた。

 

 その身から僅かに感じとれるオレイカルコスの力から、ダーツには此度のオレイカルコスソルジャーの運用が神崎によるものだと確信を持つ。

 

「ほう、キミがか――こうして相対するのは初めてだな。三千年後の私が随分世話になったらしい」

 

 しかしダーツから見た神崎は何処にでもいそうな体躯がソコソコ良い会社員といった風貌。顔つきも特徴と言えるのは精々が営業スマイルくらいで、全体的にパッとしない。

 

――見れば見る程に凡庸を絵にかいた男に三千年後の私は敗北したのか? いや、徒人のように振る舞っていると言う線も……

 

 それゆえか、あくまでオレイカルコスソルジャーの様子から状況を推理したに過ぎないダーツには、明確な確信がない為、己の死がいまいち信じられない。

 

 ダーツとて「己が敗北しない」とは言わないが、多くの偉人・英雄・英傑と様々な名立たる存在を見てきた己の眼をしても想定以上に凡百にしか映らない相手に、負ける姿が想像できなかった。

 

――ふむ、他の可能性としては三千年後の私が用意した協力者……という線もあるにはあるが……

 

「キミという個人は私にとっても興味深いところだ」

 

「そうでしょうか? とはいえ、お話もそこそこに勝負の引継ぎの件に移りたいのですが、何かご希望はありますか? デュエルになさいますか? 形式は2 VS 1でしょうか? それとも勝ち抜き戦の方がお好みですか?」

 

 やがて続いたダーツの意味深な発言に対し、取引先から無茶振りをされて困ったように本題を急かす神崎の姿はやはり英雄の資質からは程遠い。

 

 上司の顔色を窺う様な所作を見せられ、芽生えた興味が急速に冷えていく感覚を覚えるダーツ。

 

「せっかちなことだ――キミの好きにするといい」

 

「それは助かります」

 

 そんな短いやり取りを最後にダーツの視界から神崎は文字通り消え失せた。

 

 

 その瞬間、ダーツの結晶で生成されていた己の身体が砕け散り、それと同時に蛇神ゲーの巨躯が砂漠へと拳で叩きつけられ、大きなクレーターが生まれる。

 

 

 やがて砕け散った身体から頭部のみが砂漠に転がったダーツの瞳に映ったのは、クレーターの中で肉塊となり果てた蛇神ゲーの姿。ダーツには何が起こったのか理解が追い付かない。

 

「一体なにを……」

 

「近づいて殴りました」

 

「殴っ……た?」

 

 変わらぬスタンスで告げられた簡潔な説明にも、ダーツの理解へは至らせない。

 

 

 現実のダーツと、三千年前の記憶の世界のダーツ――三千年の空白からなる手持ちの情報の差異が明暗を分けた

 

 記憶の世界のダーツは知らなかった。

 

 己の力で起こした大嵐を泳ぎ切る存在を、鉄塊を抱えて消火活動に跳び回る存在を、戦場を身一つで駆ける存在を。

 

 

 

 彼は知らなかった。

 

 例えるなら「隕石(恐怖の大王)が降ってくるから、デュエルマッスル鍛えて殴り飛ばそうぜ!」な「いや、兵器とか魔法とか使えよ」と言われかねない阿呆な主義を己に科し、

 

 せっせとデュエルマッスルを育ててきた存在を。

 

 

 聡明な彼は知る由もなかった。

 

 賢者からすれば、愚者の行いはいつの世も理解できないものだ。

 

 

 

 やがて混乱の只中にあるダーツの頭部が、神崎の手で持ち上げられつつアイアンクローされる中、ダーツの後頭部に声がかかる。

 

「三千年後の貴方なら、こうも無防備に私の前に立ってくれませんでしたよ。では早々に申し訳ありませんが、この辺りで――」

 

「待――」

 

「――ご機嫌よう」

 

 だが、ダーツがなにか言うよりも早く、最後に残った頭部は神崎の掌の中で砕け、結晶となって散った。

 

 

 

 

 ダーツ、キミの敗因はたった一つだ。

 

 デュエルマッスルの鍛え方が足りなかった。

 

 そんな単純(シンプル)な答えなのだ。

 

 

 

「所詮は記憶の世界の産物――贋作に過ぎないか」

 

――大邪神ゾークを命懸けで封印したであろう名もなきファラオの奮闘を知らないせいか、慢心が凄かったな……

 

 やがて好感度稼ぎと共闘感を出す為にと、ダーツを疲弊させたハサンのお陰で、不意を打って何とかダーツに勝利した感を出す神崎が、それっぽいセリフを零して見せる。

 

 

「き、貴様は……」

 

「これは失礼を、私は神崎 (うつほ)と申します。端的に申せば、あなた方の味方――」

 

「触るな!!」

 

 そうして友好的に握手の姿勢を見せた神崎の手は案の定ハサンに弾かれた。握手ならぬ悪手となったようである。

 

「これは手厳しい。しかし随分と嫌われたようで……ですが、私は貴方の邪魔になるようなことは何一つした覚えがないのですが?」

 

 払われた腕をワザとらしく振って見せる神崎を余所に、ハサンの頭部を覆っていたカーメンマスクが、ダーツとの戦闘での損傷の際に入っていたヒビが広がって行き――

 

「ハサン――いえ、シャーディー」

 

「黙……れ……虚構の心」

 

 黄金のマスクの中から、露わになった顔はシャーディーのもの。

 

 そう、究極の闇のゲームにて闇遊戯が無自覚にマスターアイテムを発動させたことで真の力を解放し、ハサンとなったボバサの正体はシャーディーだったのだ。

 

「死に至る怪我はないとはいえ、その負傷具合ではファラオへ助力に向かうには厳しいものがあるかと」

 

「礼は言おう――だが、私は、私はお前を認める訳にはいない……! その心に秘めた一念を! 認める訳にはいかないのだ……!!」

 

 敵視されることには慣れている神崎が取り合えず労わりの姿勢を見せるが、血を吐くように言葉を放つシャーディー。だが、その瞳には神崎への悪感情は欠片も見当たらなかった。

 

「成程、あの時に私の心を読んだのですね。なれば私の目的を知って何故――」

 

 むしろ罪悪感すら伺わせるシャーディーの表情と瞳、そして「心」との言から、凡その成り行きを把握した神崎は関係修復の為の言葉を探すが――

 

「『遊☆戯☆王デュエルモンスターズ』」

 

 ハサン――いや、シャーディーから告げられた単語に神崎の表情がピタリと固まった。

 

 デュエルモンスターズ界の王者たるデュエルキングを、

 

 (カード)ゲームの王 → 遊戯の王 → 遊戯王 と評することはあるかもしれない。

 

 だが、その二つの単語が並ぶことは決してなく、二つが並ぶ理由は一つしかまず存在しえない。

 

「…………知ったのか」

 

 作り笑顔も忘れて、静かにシャーディーを見やる神崎の視線が全てを物語っていた。

 

 原作知識の漏洩。

 

 心を読まれた段階で、今の神崎を構成する大きなピースであるソレを隠し通せる可能性の方が低いだろう。

 

「貴方には信じ難いお話やもしれませんが――」

 

「……ら……る……か……!!」

 

「全て事実です」

 

 そしてシャーディーの神崎への悪感情なき拒絶の真相を理解した神崎は、どうにか事態の好転を図らんとするが、それは容易くはない。

 

「認められるものか!」

 

 シャーディーはあらんかぎりに叫ぶ。

 

「認められるものか!! お前を! こんな事実を! 認められるものか!!!!」

 

 叫ばずにはいられない。

 

「私の意思が! 行動が! 存在が! そして、この世界すらも!!」

 

 こんな事実を知って、まともではいられない。

 

「フ ィ ク シ ョ ン だ と !!!!」

 

 己が生きる世界が作り物(虚構)の世界など、受け入れられる筈がない。

 

「ふざけるな!!」

 

「あくまで、それらを基盤にした世界でしかない――と私は考えるようにしております。そもそも世界の始まりなど、所詮は導き出した『予想』でしかありませんから」

 

 だが、そうして荒ぶるシャーディーをなだめるように神崎は自論を語るが――

 

「貴方の意思は貴方自身のものであって、その行動もまた――」

 

「黙れ!!」

 

 並べられた神崎の気休め染みた論を、喉を割くような叫びで一蹴するシャーディー。

 

「私は! いや、この世界は! お前を! お前の存在を否定しなければならない!!」

 

 普通に生きている人間が「自分の全ては神様の都合によって決められている」などとは考えたとしても、本当の意味では信じない。

 

 仮に信じ、それを誰かに告げたとして「はいはい、中二病、中二病」と嗤われるか、「黒歴史(右腕)」が疼きながら 微笑ましいものを見るような視線を向けられるか、医者の手配を申し出られるくらいだろう。

 

 だが、今、シャーディーの眼の前には「それを証明する存在」が立っている。

 

 己の心情すらも詳細に示された書物(コミック)映像(アニメーション)・映画・設定資料にファングッズ。なんのジョークだ。

 

 

 全てこの男の妄想に過ぎない――そう嗤ってしまえれば、どれだけ良かっただろう。

 

 

 しかし、「人より高次の意識存在(プラナ)」であるシャーディーが、「上位の存在」を否定すれば、それは「己自身の否定」に他ならない。

 

「お前の存在は世界を歪める! 根源を歪める! 虚構であるべきパンドラの箱!! 私は……私たちは……()()を否定しなければならないんだ……!!」

 

 頬に一筋の雫を落としながら縋るように神崎を否定するシャーディー。

 

 

 シャーディーは神崎の行動自体は否定していない。否定するつもりならとっくの昔に妨害に動いている。むしろ神崎への評価は高い方だ。

 

 とはいえ、墓守の秘をガンガン暴いていく精神性は眉をひそめる部分もなくはないが、「互いの邪魔はしない」方針を固める程には神崎を買っていた。

 

 闇遊戯の成長をキチンと促しつつ、安全性を徹底した手腕は、強い社会的な立場を活かした己には打てぬ良い手だと理解している。

 

 大邪神ゾーク討滅の協力者――の選択肢が浮かぶ程度には、捨て置くには惜しいと考える程度の信用はあった。

 

 

 だが「大邪神ゾークの討滅」という一大作戦に、三千年以上の長きを生き、人間の醜い部分を誰よりも知るシャーディーは軽はずみな行動は出来ない。

 

 ゆえに念の為にと、ダメ押しの意味も込めて千年錠の力を行使するのは自然な成り行きだろう。

 

 

 しかし、それが全ての始まりであり、終わりとなった。

 

 

 得られた情報は、今の神崎を大きく構成する前世の知識――原作知識。まさに彼にとって絶望のつまったパンドラの箱。

 

 

 己の行動は作家が定め、編集を挟み、物語を盛り上げるべく定められた代物である現実。

 

 こんな情報が名もなきファラオに渡れば、どんな影響が出るかなど推し量ることすら出来ない。万が一に世に絶望し、破滅の思想に流れるなんて最悪も十二分にあり得る。

 

 ゆえにシャーディーは断じて闇遊戯を神崎の心中へと近づけさせる訳にはいかなかった

 

「お前をファラオの元へ行かせる訳にはいかない!! 魔術の札(デュエル)にて決着をつけよう!!」

 

「嫌です」

 

「嫌ッ!?」

 

 そしてデュエルディスクを生成して勝負を挑んだシャーディーだが、アッサリと断られた。

 

 まさか断られるとは思っていなかったのか、涙も引っ込み口をパクパクさせて言葉が出てこないシャーディーへ、神崎は笑顔で応対する。

 

「はい、嫌です。貴方と争う理由がありませんので」

 

「何故だ! お前とてファラオの助力に動きたい筈!!」

 

 互いに「闇遊戯を助けたい」との意思は共通しているとシャーディーは信じているゆえにスッと疑問が飛び出るが――

 

「もうやれることは済ませたので、私がこれ以上動く必要はありませんよ――ですので、貴方と戦う理由もない訳です」

 

「だが、それだけでは、お前がファラオの元へ動かぬ確信には――」

 

 あっけらかんと静観を語る相手の姿に、微妙に納得と踏ん切りがつかない様子のシャーディーへ――

 

「でしたら、こうしましょう。私は此処を動かない。貴方はそれを見張る」

 

 神崎は妙案が思いついたと手を叩いた後、順番に己とシャーディーを指さす。

 

「どの道、貴方は戦線に復帰できる状態ではありません――なら、これがベストな選択でしょう?」

 

 神崎の提案は現状維持。

 

 シャーディー側の懸念も神崎側からすれば捨て置けないゆえの決断。

 

 そしてパンドラの箱を開けた(原作知識を知った)シャーディーとて不用意な闇遊戯との接触は、万が一を危惧すれば可能な限り避けたいところ。

 

 更に己の負傷具合からもゾークが相手では弾避けすら熟せるか怪しく、足を引っ張る公算が高い。

 

 それゆえにシャーディーとしても悪くない選択肢のように思えてしまう。

 

「なぁに、後はファラオと皆の力で万事解決ですよ」

 

 やがて決断に悩むシャーディーを余所に、両の手を広げて神崎がニコニコ笑みを浮かべる中、闇模様だった空に青空が広がっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三幻神と数多の魔物(カー)の力を結集した攻撃による衝撃がゾークを大地諸共消し飛ばしたことで巨大なクレーターが生じ、そこから砂煙が舞い上がる。

 

 そんな中、ゾークの出現によって闇色の空模様となっていた天が、青空へと戻って行き、太陽の暖かな光を世界に届けていた。

 

 

「やったのか!?」

 

「倒したのか……ゾークを」

 

「我らの神の勝利だ!!」

 

 闇が晴れた空にマハードとセトが確かめるように呟く中、シャダが勝利を喜ばんとするが――

 

「いや……来る!」

 

 闇遊戯の第六感が示したように、大穴からゾークの右腕が伸びた。

 

 そして腕は日食を引き起こし、太陽を黒く染め上げていく。

 

「闇が世界を覆っていく……」

 

「三幻神! 闇がこの地を覆う前にゾークを倒せ!」

 

「エクゾディア! 援護するのじゃ!」

 

 やがてマハードの言う様に空が闇色に再び染められていく中、闇遊戯の命を受け、三幻神が追撃にかかり、シモン操るエクゾディアも攻撃を放つが――

 

「闇を我が手に!」

 

「あぁ、太陽が!?」

 

 それらの攻撃を以てしてでも日食は止められず、空は完全に闇色に包まれた。

 

「無駄だ! 我が闇は今、光よりも強い! 闇よ、三幻神を切り裂け!」

 

 そしてなお続く猛攻の只中で、完全復活を遂げたゾークの全身に闇の波動が迸っていき――

 

「ダーク・フェノメノン!!」

 

 全てを滅し、切り裂く闇の刃が全方位に向けて放たれた。

 

 

 それは拳で迎撃するエクゾディアやオベリスクの巨神兵の身体へと接触した途端に彼らの身体を黒い砂の像に変え、

 

 天を舞うオシリスの天空竜の雷撃やラーの翼神竜の不死鳥の炎ですら止められず、

 

 神官たちや、民の魔物(カー)すらも等しく薙ぎ払った。

 

 

「そんな……」

 

「神が……」

 

「嘘だ!」

 

 自分たちの魔物(カー)だけでなく、三幻神すら敗れた事実に兵たちへと絶望感が伝播していく中、それを煽るようにゾークは高笑う。

 

「ハーハッハッハ! お前たちの神は偶像と化した。希望は今、砕け散ったのだ!!」

 

「だったら何だ!!」

 

「ほう?」

 

 しかし絶望を振り払うかのような闇遊戯の声に、ゾークの嗤い声はピタリと止まる。

 

「希望が砕けたのなら! 俺が新たな希望になる!! 俺は諦めない! この身が滅びようとも、その光は誰かに受け継がれて行き、決して消えることはない!」

 

 そして消えぬ闘志と共に、前に出た闇遊戯の姿に兵たちも恐怖で後退った足を一歩前に出し、応えていく。

 

 受け継がれる闘志に、彼らの心が奮い立つ。

 

 だが、ゾークからすれば彼らの行いは茶番でしかなかった。

 

「フハハハハッ! くだらぬ御託を幾ら並べようとも現実は変わらぬ! 我は無敵! お前たちの神如きで我を倒すことなど不可能なのだ! ハハハッ!」

 

 どれだけ言葉を並べようとも、三幻神は倒れた事実は揺るがない。

 

 ゾークを相手取れる戦力が潰えた事実は変わらない。

 

 絶望的な状況は何一つ変わってなどいないのだ。

 

「クリー」

 

 だが、そんな中で倒れた三幻神から響いた可愛らしい声に、ゾークはピクリと反応を見せる。

 

 やがて全身が黒い砂の像のようになっていた三幻神は身体から黒い砂――いや、毛玉を落としながら立ち上がった。

 

「神が! 神が立ち上がった!!」

 

 そして三幻神の身体から落ちていく毛玉ことクリボーの大群に、その魔物(カー)に覚えのあったマハードは理解の声を漏らす。

 

「おぉ! あの時(バクラとの一戦)魔物(カー)で攻撃を防いだのですね!」

 

 増殖と機雷化の二つの能力でゾークの攻撃が三幻神に届く前に、クリボーを身代わりにした一手に、クリボーがドヤ顔を見せる。

 

「クリリー!」

 

「いや、違う! クリボーが勝手に!」

 

 だが、闇遊戯は顔の前で慌てて手を振っていた。このクリボーは闇遊戯が呼び出したものではないのだと。

 

 そもそも三幻神をフルパワーで運用していた闇遊戯に、他へと割く魔力(ヘカ)の余裕はない。

 

「クリリー!」

 

「誰かいるのか?」

 

 ゆえにクリボーの出処へ疑問を呈する一同を余所に、クリボーの1体が闇遊戯の頬をツンツンと突いた後、指を向けた先からジャリジャリと砂地を踏みしめながら歩み出る影が一つ。

 

 

 

 森の賢人を思わせる大柄な身体で、森の賢人のように力強く砂地を踏みしめ、森の賢人のように彫りの深い顔には王としての使命に燃えた瞳が映り、森の王に相応しき青いマントをはためかせる。

 

 やがて全身を覆う赤き体毛の森の賢人は、己が杖を砂地に突き立てて闇遊戯とゾークの間に立って見せた。

 

 

 その姿は誰がどう見ても――

 

「ゴリ……ラ……?」

 

「何故、ゴリラが此処に?」

 

 ゴリラだった。はかまとマントを纏い、杖を持っていたが、どう見てもゴリラだった。

 

 そんな森の賢人ことゴリラの出現に戸惑う闇遊戯たち、その動揺は兵士たちにも伝わる。唐突なゴリラの登場だ。冷静でいろと言われる方が難しい。

 

「貴様は一体……」

 

――なんだこの既視感は……

 

 そんな、どう見ても完全無欠のゴリラだったが、何故かセトはそのゴリラに見覚えがあった。

 

「あの顔立ち、どこかで見た覚えが……」

 

 そして偶然にもシャダも同じく覚えがある。この圧倒的なまでのゴリラ感は忘れられる訳もない。

 

「我が名は《猿魔王ゼーマン》!! 白き龍の化身たる乙女の願いにより、汝らと共に戦うことを誓おう!!」

 

 やがて名乗りを上げたゴリラこと《猿魔王ゼーマン》ことゼーマンの発言に、セトは目を見開く。

 

「キサラの……?」

 

――ゼーマン? あの商人の名、よもやあの者はゴリ……ではなく、魔物(カー)……だった?

 

 ゴリラの正体を超速看破してみせたセト。あのゴリラ風商人が魔物(カー)であったのなら、キサラへの対応や、王宮内部の問題をピタリと当てて見せた占いにも合点がいく。

 

 魔物(カー)ゆえに人には感じ取れぬ領域を察知しての行動であったのだと。

 

 そんな中、ゴリラエントリー(の乱入)を静かに見守っていたゾークが此処に来て嘲笑を漏らす。

 

「フハハハハハ! 雑魚(ゴリラ)が一人増えたところで焼け石に水よ! そのような有象無象が何千何万といようが、我が力の前には無力!!」

 

 ゾークの言う通り今更ゴリラが一頭二頭増えたところで大局に影響など与えられる訳もない。所詮、ゴリラはゴリラでしかないのだ。

 

「ほう、ではお言葉に甘えて――」

 

 だというのに、ゼーマンは気にした様子もなく、杖を天へと向ければ小さな魔力弾がヒューと飛び、空で小さく爆ぜ、小さな光源となって照らされた光景を合図とするように大地が揺れ動いた。

 

「……地震?」

 

 そうして大地を揺らす数多の影が、空に蠢く数多の影が、ゾークと闇遊戯たちの周囲に集まって行く。

 

 

 

 

 それらへと目を向ければ――

 

 

 

 

 

 青い体躯に赤い翼を持つ鍵爪の悪魔、馬の上半身に魚の半身を持った人魚ならぬ馬魚、蛇の身体に額に女邪神の仮面のある大顔の悪魔、進化の機会が見送られる棘のある芋虫、ハンバーガーの形をした自称戦士、六武衆最強の槍使いの武士、六武衆真の最強たる双剣武者、蒼き瞳を持つ一つ眼ゾンビ、幻想の世界からハブられた斧を持つワニ、石斧を持った猪の獣戦士、首元にバリア発生装置が付いた蛇のように長い身体を持つ機械のドラゴン、全身装甲で覆われた赤き瞳を持つ可能性を示す黒き竜、最終進化した工場長、怒りに燃えるパンダ、スピード重視の灰色のアーマーに身を包んだ過労死戦士、エ〇ペンギン、壺を頭に装着したマッスラー、バスガイドさん、腕が生えたカーテン、バニラニーサン、安全帽を被った猫・兎、最近出所した処刑人、肉球のついた杖を持つ小柄な熊、ヤシの木に擬態した蛇、己を模した巨大ロボに乗った悪魔の研究者、角の生えたシマウマ、害虫の戦士、傘を持った雪だるま、砦を守らない方の赤い翼竜、etcetc――

 

 

 と、一つ一つ紹介するには気が遠くなる程、見渡す一面に膨大な数がうごめく魔物(カー)――いや、精霊たちと言うべきか――が、ゾークへ闘志を漲らせる中、ゼーマンは意気揚々と先程のゾークの言へと言葉を返す。

 

「皆で挑ませて貰おうか」

 

「馬鹿な、これ程の精霊共が一体どこから……」

 

 この記憶の世界の全土を覆いつくさん程の数多の精霊たちの姿に、信じられない感情が込められたゾークが零す中――

 

 

「ファラオよ、手を」

 

「……ああ?」

 

 闇遊戯の元へと向き直り、差し出されたゼーマンの手を闇遊戯は握ろうとするが、そこへシモンが慌てた様子で割り込む。

 

「お待ちください、ファラオ! この者の狙いが分からぬ以上、まずは儂が!」

 

「止せ、シモン! 彼らは俺たちを――」

 

「構いませぬ。王の身を案ずるのは臣下として当然のこと――ではご老体、手を」

 

 やがて得体の知れないゴリラをファラオに近づけさせる訳には行かないシモンの意を汲んだゼーマンが代わりにシモンの手を握れば――

 

「むっ? 魔力(ヘカ)が漲ってくる……!?」

 

 その老体の内に、全盛期もかくやな程の魔力(ヘカ)がゼーマンから流れ込む。

 

「我が同胞の中より戦が不得手な者たちから、託された魔力(ヘカ)でございます」

 

「なんという! これならば――エクゾディア!!」

 

 ゼーマンの言に、シモンが千年錠をかざせば、古の巨人エクゾディアが、負傷した傷を一気に治しながら立ち上がった。

 

「エクゾディアも再び立ち上がったぞ!!」

 

「後はエヴァリーに、この者に任せます。この苦難、皆で乗り切りましょうぞ」

 

 最大戦力の一角の再起に色めき立つ兵の声を余所に、巨大な杖を持つ水色の長髪を二つに分けた竜の尾を持つ白い軽装の法衣を纏う女性、《フォーチュンレディ・エヴァリー》ことエヴァリーが闇遊戯の手を握り、魔力(ヘカ)の授与を行っていく。

 

 それを見届け、マントを翻しながら闇遊戯に背を向け、ゾークと向かい合ったゼーマンの背を闇遊戯が呼び止める中――

 

「待て! お前はどうする気だ!」

 

 

 

 

 

 

 

「無論、戦場へ」

 

 

 

 

 

 ゼーマンが持つ杖の先端から刃が飛び出し、槍となった己が得物を携え、猿魔王は悠然とゾークへと刃先を向けて歩み出る。

 

 

 種族が違えど王の背中がそこにはあった。

 

 






ボクと契約して救世の英雄になってよ!



Q:大量の精霊たちは一体どこから……

A:オレイカルコスソルジャーの腕にはデュエルディスクが付いている。





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第195話 スーパーウホウホタイム



圧倒的シリアスな今話



前回のあらすじ
闇遊戯「ゼーマンは我が軍の仲間だ!(邪悪フェイス)」

赤き龍「タイム――少し話し合おう」





 

 

 精霊たちの大群が、死骸に蟻が群がるようにゾークの身体中に纏わりつき、己が牙を、爪を、剣を、槍をと突き立てていく中、それらを無視してゾークは三幻神に向けて進軍する。

 

「行けッ! オベリスクの巨神兵!! ゴッド・ハンド・クラッシャー!!」

 

 だが、一番槍とばかりに拳を振りかぶったオベリスクの巨神兵の一撃が放たれた。その一撃に対し、ゾークはカウンターとして己の右拳を繰り出すが――

 

「何度こようとも同じこ――」

 

「カースド・ニードル!!」

 

「デュオス! オーラ・ソード!!」

 

 ゾークの左右の瞳を、人魚ならぬ馬魚(シーホース)に乗ったゼーマンの杖の先の刃と、セトの魔物(カー)デュオスの剣が貫いた。

 

「クッ、煩わしいわァ!!」

 

 顔に突き刺さった異物を掌で一蹴したゾークだが、その僅かな隙に顔面へとオベリスクの巨神兵の拳が叩きつけられる。

 

「この程度で我が倒れると――ぬっ!?」

 

 その一撃にたたらを踏むゾークだが、その程度では倒れない――が、僅かに浮いたゾークの足に組み付いた《ヴェノム・スネーク》や《スネーク・パーム》を含め、他の細長いドラゴンたちが長いロープ代わりとなり――

 

「引けぇえぇえええ!!」

 

 シャダの合図と共に空を飛べぬ魔物(カー)と、多くの一般兵たちがロープ代わりのモンスターを引き始めた。

 

 それによりゾークのバランスが大きく崩れるが、ゾークとてタダでやられる心算はもうとうない。自在に動く竜の頭の付いた尾をロープ代わりのモンスターを引く者たちへと向けて炎を吐く――

 

「小賢しい虫けら共が! 地獄の業火に焼かれるがいい! ゾーク・インフェルノ!!」

 

「尾の竜口を押さえろ!! 幻想の魔術師! 幻想の呪縛!!」

 

「アラクネー、援護を!!」

 

 よりも先にマハードの指示と共に六芒星の呪縛が竜の頭にかけられ、更に人ほどのサイズの蜘蛛に女の上半身が生えた《地底のアラクネー》を筆頭に、人間大な人型蜘蛛《蜘蛛男》や《ハンター・スパイダー》たちのような糸を吐くモンスターが、一斉にゾークの尾の先の竜の口を塞いだ。

 

 それにより、放たれる筈の炎が出口を失ったことで内側にて爆ぜ、ゾークの尾の先が消し飛ぶ。

 

「オシリスの天空竜! 超電導波! サンダーフォース!!」

 

「小癪なァ! グォオオォオオオ!!」

 

 さらにオシリスの天空竜がゾークの頭上から雷撃弾を落とし、崩れたバランスを立て直せなくなったゾークの巨体は砂漠に砂を巻き散らしながら倒れた。

 

「ゾークが倒れたぞ!!」

 

「今だッ!! 総員、畳みかけろッ!!」

 

 倒れたゾークはカリムの号令の元、童話の巨人のように地上から人間・魔物(カー)・精霊問わず攻撃を仕掛けられる。

 

「チクチクとうっとうしいわァ!!」

 

 だが、立ち上がりながら腕を振って槍使いや双剣使いを弾き飛ばすゾークの様子を見るに、さしたるダメージは与えられていない。

 

「ズムウォルト!! 転移魔術で皆を退避させよ!!」

 

 しかしそんな中、杖を持った黒いローブの幽霊のような魔術師の術にて、いつの間にかゾークの周辺にいた者たちはガラリと消え失せ――

 

「――今です、お二方!!」

 

「追撃せよ、エクゾディア! 怒りの業火エクゾード・フレイム!!」

 

「ラーの翼神竜! ゴッド・ブレイズ・キャノン!!」

 

 シモンの操る守護神と、闇遊戯の操る太陽神から、全ての邪を祓う二対の炎が大炎となってゾークを包み込んだ。

 

「ぐぅぉおおぉおおッ!! 無駄だ! 我は不滅! 我は不死! 闇がある限り、我が身は滅びぬ!!」

 

 だが、炎の中で未だ健在のゾークは炎を放つ無防備な二体の魔物(カー)に向けて腕を振りかぶり――

 

「ダーク――」

 

「拙い!」

 

「させぬ!!」

 

 腕の先にて高まる魔力(ヘカ)に大技の気配を感じたマハードの声を背にゼーマンが杖を手に、鍵爪の悪魔《モリンフェン》の手によって打ち上げられながらゾーク目掛けて空へ跳ぶ。

 

「ゼーマン! これを使え! オーラ・ソード!!」

 

 そしてセトのデュオスから託されたオーラが滾る一振りの剣と、ゼーマンがふんだんに魔力(ヘカ)を込めた槍の二刀が一つの太刀となって――

 

「かたじけない!! ハァ!!」

 

「――スラッシャー!!」

 

 腕を振り切ったゾークの放った闇の斬撃と接触した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな総力戦の様相を見せる一戦の最中、闇遊戯の王墓を進む城之内が陽気な声を上げる。

 

「いや~『王墓には罠が』って話だから心配だったが、爺さんの情報のお陰ですんなりこれたぜ」

 

 王墓には招かれざる侵入者を阻み始末する罠が盛り沢山であったが、この王墓で千年パズルを見つけた双六によって攻略法が判明していたことも相まって、一同の道中は順調そのものだった。

 

「まさか此処に遊戯のお爺さんが来たことあったなんて、知らなかったわ」

 

「でも、じいちゃんが来たのは此処までだから、此処からは慎重に――」

 

 杏子と表の遊戯のやり取りから察せられるように、現在彼らの立つ千年パズルがあった場所より先は双六も知らぬ未知の領域。

 

 どんな罠が待ち受けているか定かではない――そんな中、「ガコン」とフラグ満載な音が鳴る。

 

「なんだ今の音!?」

 

「わ、悪ぃ。なんか押しちまったっぽい」

 

 肩をびくつかせた本田へ、頭に手を置きながら申し訳なさそうな顔をする城之内を余所にゴゴゴゴゴと王墓の壁が音を立てて動き始めた。

 

「おいおい、城之内のヤツ! ひょっとして罠動かしちまったんじゃねぇか!?」

 

「嘘でしょ!? 慎重に行こうって言ったばっかりなのに…………って、隠し通路?」

 

 だが身構えた本田と杏子の視線を向けた壁が稼働し、先への道が開かれていく。

 

 そこに今までのような命を奪う類の罠の様子は見受けられない事実に表の遊戯は城之内の前で両手でガッツポーズしながら喜色の声を上げた。

 

「凄いよ、城之内くん! こんなに早くこの場所の謎を解いちゃうなんて!」

 

「あー、あはは! だろ! やっぱ此処が怪しいと思ってたんだよ! いや~俺の勘が冴え渡ってよー!」

 

 なにせ、先に続く道が分からなかった矢先の親友のファインプレーなのだ。当人も目を逸らしながら表の遊戯に胸を張りつつ隠し通路を通って先へと進んでいくが――

 

「……オメェ、ぜっってー適当に触ってただけだろ」

 

「ん、んなことねぇよ!!」

 

「なら、次はどう進むんだ、城之内先生よー」

 

「いや、そりゃぁ…………次からもっと慎重に行動します」

 

「全く、気を付けてよね」

 

 その道中に己の肩に手をついた本田の追及にガクリと肩を落とした城之内は自身の不用意な行いを反省。

 

 そして呆れた杏子の声を最後に一同は新たな一室の謎解きへと取り掛かる。

 

「えーと、この文字は……」

 

「遊戯、読めるの?」

 

「うん、全部じゃないけど――もう一人のボクの時代のことは色々調べてきたから」

 

「……遊戯」

 

 やがて床に記された細長い図形周辺に書かれた不可思議な文字を解読していく表の遊戯の隣に立った杏子は、表の遊戯の内に秘めた並々ならぬ決心が感じられる姿に言葉が続かない。

 

 未だ踏ん切りがつかない己とは違い、表の遊戯は闇遊戯との別れを受け入れ、その為に動いていたのだ。

 

 そんな中、壁から床の調査に移った城之内が表の遊戯の隣に立つも――

 

「それでなんて書いてあんだ? ……遊戯?」

 

「ボクが……千年パズルを解いた者が、手にした願いを返せば……扉が開くんだ……」

 

「おぉ! スゲェじゃねぇか! これで殆ど答えが分かったも同然だぜ! それでお前が願ったことって――」

 

「……他の方法を探そう」

 

 既に謎が解けていた事実に喜ぶ城之内。だが、一方の表の遊戯は顔を俯かせたまま言葉を濁す。

 

「なに言ってんだよ! もう一人の遊戯の為にも先は急がなくちゃならねぇだろ!」

 

「まさか……」

 

「遊戯が願ったのって……」

 

 やがて表の遊戯の肩に手を置いて詰め寄る城之内に対し、本田と杏子の顔色が察しがついたように青くなった。

 

「うん、ボクは『友達が欲しい』、そう願ったんだ」

 

 そう、表の遊戯の願いはこの場の彼らそのもの――それらを返すことがどんな意味を持つなど語るべくもない。

 

「そう……か。なら他の方法を探そうぜ――暗くなんなよ! また俺がさっきみてぇに秘密の抜け穴の一つや二つ、探し出してやるからよ!!」

 

 そうした非情な現実に対し、城之内は元気付けるように表の遊戯の背中を軽く叩き、親指をビシッと立てながら強気に笑って見せる。

 

 

 今の表の遊戯には、空元気とはいえ、そんな親友の真っ直ぐさはとても心強いものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 此処で舞台は王都前の戦いに戻り――

 

 その身を賭したゼーマンの一撃によって、あらぬ方向へと飛んでいったゾークの放ったダーク・スラッシャーが空の暗雲を割く中、空から力尽きたように墜落したゼーマンが砂漠に膝をつく。

 

 そんな中、ゾークは有象無象の奮闘を嗤う。

 

「くだらん足掻きだ! 貴様らなど、どれ程の数を以てしても所詮は我にかすり傷一つ付けるのに苦労する雑魚ども!!」

 

 そう、夥しい数の精霊たちが闇遊戯たちの味方となったとしても、実質的な戦力差は大して埋まっていない。

 

「頼みの綱の三幻神も、どれ程の魔力(ヘカ)を集めたかは知らんが、術者の負担は計り知れまい!」

 

 ゾークに対して、ダメージらしいダメージを与えられているのが、闇遊戯の操る三幻神、次点でシモンが操るエクゾディア――たったそれだけなのだ。

 

 神官たち、精霊たち、そして一般の兵たちが命懸けで出来ることは、闇遊戯の負担をほんの僅かばかり減らす程度。

 

「そんな有様で我を討とうなど片腹痛いわ!!」

 

「間に合ったようだな」

 

 

 

 

「■■ィ■■■ャ■■■■ォ■ォ■■ォ■ッ!!」

 

 

 だがカリムの肩を借りて立ち上がったゼーマンの声に、空を轟かせる重低音の響きと共にゾークの両腕を巻き込みながら胴体が大量の蜘蛛の糸の集合体によって、拘束される。

 

「何者だ、貴様!?」

 

「巨大な黒い蜘蛛?」

 

 突如として背後からゾークを拘束した身体に赤いラインの入った巨大な黒い蜘蛛の姿に警戒するように身構える闇遊戯だが――

 

「■ィ■■ィ■■ィ■■■■■ャ■ァ■ッ!!」

 

 両腕を胴体に拘束されるゾークの頭上から身体に黄色いラインの入った巨大な黒いサルが組んだ両拳をゾークの脳天に叩きつけ、

 

「■■■■■■ィ■ィ■ィ■■ィ■ッ!!」

 

 身体に青いラインの入った巨大な黒いフクロウ男こと、巨人が動きの取れないゾークのボディにフック気味にブローを叩きこみ、

 

「■ィ■ィ■ィ■■■■ッ!!」

 

 身体に緑のラインの入った巨大な黒いトカゲが、ゾークの背中に向けて振り切った脚で回し蹴りをぶちかます。

 

 

 

 そうしてアクロバティックな三者三様の攻撃を受けたゾークの身体に僅かにヒビが入る中、黒き乱入者たちに闇遊戯は「恐らく味方だ」と考えるが、そこから先の理解が追い付かない。

 

「なんだあの黒い巨大な生物は……魔物(カー)なのか……?」

 

「ファラオ――なにやら邪悪な気配を感じます……」

 

 黒き巨躯たちの襲来にマハードの魔術師としての鋭敏な感覚が警鐘を鳴らすが――

 

「ご安心なされよ。アレこそが我らが協力願った方々――地縛神!」

 

「じばくしん!?」

 

 カリムの肩を借りながら闇遊戯の元に参ったゼーマンが黒き襲来者たちの事情を話し始める。

 

「大地の穢れをその身に取り込むことで、星の邪を祓う神でございます。その身に邪悪な気配があるのはそれゆえです」

 

「神だと!?」

 

「貴方様の三幻神に比べれば、その格は大きく落ちますが頼もしき方々――どうかその身に取り込んだ邪に惑わされず、その行動より見定めて頂きたい」

 

 ゼーマンが色々と曲解させた説明の後にて、深々と頭を下げて願い出る姿に闇遊戯が返す言葉など一つしかない。

 

「構わないぜ! 今は皆が手を取り合い、ゾークを倒すことこそ優先するべきだ!」

 

 今、この状況において、闇遊戯たちにとっては心強い味方なのだ。疑う余地もなければ、断る道理もない。

 

「ダーク・スラッシャー!!」

 

 だが、そんな中、巨大な黒いサル《地縛神 Cusillu(クシル)》がゾークの放った闇の斬撃により真っ二つに両断された。

 

「フハハハ! 地縛神だかなんだか知らぬが、所詮は我が敵では……傷が!?」

 

 しかし真っ二つに両断された筈の《地縛神 Cusillu(クシル)》は左右の手で身体が分かれぬようにグッと押せば、切断面は綺麗に繋がっていく。

 

「彼の神々には我らが魔力(ヘカ)を対価に協力願った! その力が尽きぬ限り、地縛神もまた不滅よ!!」

 

 種明かしするゼーマンの声に、ゾークは「再生しきれぬ程に攻撃すれば良いだけだ」と炎焼による継続ダメージを狙うべく再生し終えた己の先の竜の顎を開く。

 

「ならば、これを喰らうがいいッ! ゾーク・インフェルノ!!」

 

「■■■■ャ■■ャ■■ァ■■ァ■ッ!!」

 

 だが、炎が放たれる前に砂の中から飛び出した身体に紫のラインが入った巨大な黒いシャチ《地縛神 Chacu(チャク) Challhua(チャルア)》がゾークの尾を噛み千切り、砂の海へと潜って行き、

 

「三幻神! 地縛神たちと協力してゾークを攻撃せよ!!」

 

 尾が噛み引き千切られたことで怯んだゾークへと三幻神たちが、

 

「皆も続けェ!! 与えられる傷は僅かであっても、着実にゾークの身体から闇は消費される!! 行くぞ、デュオス!!」

 

「幻想の魔術師! 魔導波!!」

 

 魔物(カー)たちが、精霊たちが、それぞれ全力で攻撃を仕掛けていく。

 

「なれば、有象無象共から潰してくれよう!!」

 

 そんな一斉攻撃に晒されるゾークは、目標を人間の方へと向けるが――

 

「■■ェ■■ェ■■ェ■ィ■ィ■■ィ■ッ!!」

 

「■■ォ■■ォ■■■ォ■■■■ッ!!」

 

 身体に橙のラインが入った巨大な黒いハチドリ《地縛神 Aslla(アスラ) piscu(ピスク)》と、身体に桃色のラインが入った巨大な黒いコンドル《地縛神 Wiraqocha(ウィラコチャ)Rasca(ラスカ)》がゾークの両肩を掴み、飛翔。

 

「二羽の鳥!? まだいたのか!」

 

 ゾークの身体を人間たちから大きく引き離した場所で投げ放った。

 

「チィッ!! なれば、まず貴様からだ!! ダーク・フェノメノン!!」

 

 ならばと範囲攻撃を放つゾークだが、地縛神たちが三幻神の身代わりに切り裂かれつつも、有り余る魔力(ヘカ)任せに負傷を回復させて喰らいついていく中、三幻神の攻撃が隙をついて放たれ、着実にゾークの闇を削っていく。

 

 

 まさに怪獣大戦争な装いを見せるラストバトルが繰り広げられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 此処で舞台は今一度、闇遊戯の王墓へと戻る。

 

 友の犠牲失くして開かれない部屋の仕掛けに、他の突破法を懸命に探す表の遊戯たちだが、残念ながらそんな夢のような方法は都合よく見つかりはしない。

 

 そんな中、本田が神妙な面持ちで表の遊戯の両肩を掴み、視線を合わして提案する。

 

「なぁ、遊戯――その方法、一回試してみねぇか?」

 

「駄目だよ、本田くん! そんなことしちゃ――」

 

「でもよぉ、未だに他の道は見つからねぇだろ? だから一回試してみて、そっから抜け穴みたいなもん探した方が良いだろ?」

 

 思ってもみない提案に驚く表の遊戯へ、本田は冷静に現在の状況を並べていく。

 

「だけど……」

 

「遊戯、時間だって無限にある訳じゃねぇんだ。こうしてる間にも、もう一人の遊戯は戦ってる――だったら、少しでも可能性のある方に賭けるべきじゃねぇか?」

 

 本田の言う様に時間は有限だ。外で戦っている闇遊戯たちがどんな状況なのかも表の遊戯たちには分からない。

 

 更に「闇遊戯の本当の名」を知ることが出来たとしても、それを伝える方法は未だ未確定なのだ。時間的猶予は多いに越したことはない。

 

 そんな現実に表の遊戯は一瞬悩むも、仲間を危険にさらすことなど許容できないと目を逸らす。

 

「……いや、やっぱり駄目だよ。みんなをこれ以上、危険な目に――」

 

「よし、覚悟決めっか!」

 

「うん、そうね。無理そうなら、他の道を探せばいいんだし」

 

「よっしゃ、決まりだな! でも『返す』ったって、どうすりゃいんだ?」

 

 しかし城之内と杏子の決心の籠った声に、本田は決まりだと表の遊戯から離れ、部屋の中央へと歩を進めた。

 

「……この天秤の左右にボクと、得たものを乗せるんだ」

 

 やがて表の遊戯の指示に従い、床に描かれたシーソーのように細長い天秤の画のそれぞれの先端へと移動する一同。すると――

 

「おぉ!? 地面が!?」

 

「残った足場も動いて……!?」

 

 天秤以外の床が崩れ、床材が底の見えない大穴に落ちていく中、壁の一面から入口が一つ現れた。そしてその前に立つのは片側の天秤に立つ表の遊戯。

 

「あれがファラオの名前があるっていう本当の部屋か!」

 

「そうか! 手に入れたものを返す……遊戯があの部屋に行けば天秤の片方にいる俺たちは……」

 

 城之内と本田の推察は的を得ていた。

 

 表の遊戯が、先へと進む扉をくぐれば、天秤のもう片側にいる城之内・本田・杏子の3名は底の見えぬ奈落への大穴に落ちていく。

 

 そう、表の遊戯に選択が突きつけられていた。

 

 友を見捨て先に進むか、友と共にこの場に留まるか――そんな不条理な二択が。

 

「やっぱり駄目だよ! 此処からでも他の道を探そう!」

 

 だが、表の遊戯に友を見捨てる選択など出来よう筈がない。

 

「いや、行け、遊戯!」

 

 ゆえに城之内が親友として、友の背を言葉で押す。

 

「出来ないよ! そんなこと出来る訳ないよ!」

 

「良いから行け! お前が行ったら直ぐに俺らも走って向こう側に飛ぶ! これで全部、解決だ!!」

 

 だが、それは「友を、自分たちを犠牲に」との話ではなかった。

 

 完璧な秘策によって成り立つ「どちらも助かる道」――そう、第三の選択肢。

 

「流石に無茶苦茶じゃない!?」

 

「いや、今まで頭使うもんばっかりだったから、この方が手っ取り早くて助かるぜ!」

 

 しかし完璧な秘策の割りには、フィジカル任せな装いに杏子と本田が、戸惑いつつも覚悟を決めていくが、それでも表の遊戯は首を縦には触れなかった。

 

 友の命がかかっているというのに、脳筋過ぎる策が上手くいくと、とてもではないが楽観できない。

 

「駄目だよ! それで、もし、みんなが――」

 

「――俺たちを信じろ!!」

 

 だとしても、表の遊戯へ強い視線を向ける城之内の決意に満ちた表情に、根負けしたように表の遊戯はポツリと零す。

 

「…………カウントは三つで行くよ」

 

「よっしゃ、来い!! 杏子は前だ!」

 

 そうして一世一代のスプリント(短距離走)が――

 

「 1 」

 

 今、

 

「 2の 」

 

 此処に、

 

「 3 !!」

 

「 「 うぉおおおおぉおおおおおおッ!! 」 」

 

 始まる。

 

 表の遊戯が先へ道に踏み込んだ途端に崩壊を始める最後の足場の上を懸命に走る3人。

 

 さして長い道のりではないにもかかわらず、彼らにはその一歩一歩がやけにゆっくりに感じる中――

 

「やったぁ! 早くアンタたちも――」

 

「 「 あっ 」 」

 

 なんとか表の遊戯の元まで駆け抜けた杏子の背後に響く2人の間の抜けた声。そして足場が完全になくなり、最後の一歩の余韻で宙に一時浮く城之内と本田。

 

「えっ」

 

 先程までのやり遂げた感溢れる杏子の顔もピシリと固まる。

 

 やがてゆっくりと穴の底に落ち始める城之内と本田が必死の形相で身体を動かしながら宙をジタバタしていたが、やがて力尽きたように落ちて――

 

「――二人とも手を!!」

 

「 「 うぉぉおわぁああわあぁあッ!? 」 」

 

 いく前に、二人に向けて飛び込んだ表の遊戯の左右の手が彼らの手を掴む。そして杏子は慌てて表の遊戯の胴体を掴んだ。

 

 

 やがてビタンと壁に張り付いた二人は表の遊戯と杏子の手を借りて何とかよじ登り、一人も欠けることなく苦難を乗り切った中、城之内と本田は緊張の糸が途切れたのかへたり込む。

 

「セーフ、危なかったぜ……」

 

「やべぇ、まだ足が震えてやがる」

 

「全く、脅かさないでよ」

 

「フフッ」

 

「おい、笑うなよ、遊戯! プッ!」

 

 暫し先程の恐怖を忘れるように一同の間に笑い声が響いた。

 

 

 そうしてひとしきり笑い終えた一同が進んだ先に出迎えるように佇むのは、床も壁も天井すらも黄金に包まれた神々しい一室。

 

 部屋の先には古代の言葉で王の名が示されていた。

 

「これがもう一人の遊戯の名か……よし! しかとこの目に刻んだぜ!」

 

 やがて王の名の文字の文様を覚えた中、見つけた帰りの通路を後方でかける本田はふと零す。

 

「つーかよ、もう一人の遊戯の名はしっかりこの目に刻んだけどよ……あれって何て読むんだ?」

 

「えーと、あれは――」

 

「待て、遊戯。そっから先は喋んな」

 

 だが、表の遊戯が解読した名を呟く前に、先頭を行く城之内が待ったをかけつつ足を止め、後ろの3人を守るように腕を突き出す。

 

「どうしたの、城之内? 私たちも知ってた方が――」

 

「お待ちしておりました、皆様方」

 

 王墓を出た先には、炎の悪魔が尾を揺らし待ち構えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ゾークは《地縛神 Cusillu(クシル)》の猿顔をカウンター気味に殴り飛ばしながら、ふと考える。

 

 一体どれほどの時間が経っただろう、と。

 

「ゾーク・カタストロフィー!!」

 

 両腕から放たれた闇の衝撃が大地を砕き、その衝撃でかなりの数の精霊たちが砂に還っていく光景は一体何度目だろうか、と。

 

 

 長期戦の様相を見せてきた最後の一戦の只中、ゾークは精霊たちをどれ程に屠っただろうか。千か? 万か? 億か? 数えることすら億劫な程に打ち倒した筈だ。だが――

 

「■■■ィ■■ァ■ッ!!」

 

「括りつけた糸に油を放ち、火をかけよ!!」

 

 《地縛神 Uru(ウル)》の蜘蛛の口から放たれた糸がゾークの右腕に絡みつき、空を埋め尽くす程に飛ぶモンスターから油が大量に降りかかり、火を吐く大量のモンスターの攻撃が放たれ引火――火柱が迸る。

 

 そんな火柱を腕の一払いで容易く掻き消すゾークだが、その脳裏に容易く拭えぬ焦燥が浮かんだ。

 

 

 一向に数が減らない。

 

 

 どれだけ屠ったかも分からぬ精霊たち未だ夥しい数を誇り、何度その身体を砕いたか覚えがない程に傷を負わせた地縛神たちも未だ動きが鈍る様子もない。

 

「何故だ……何故だ。何故だ! 何故だ!!」

 

 おかしい。何かが、おかしい。

 

「何故滅しきれない!!」

 

 困惑が混じった怒声を上げるゾークを無視して戦況は動き続ける。

 

 《地縛神 Ccapac(コカパク) Apu(アプ)》の巨人の左拳と、オベリスクの巨神兵の右拳がシンクロしたように同時にゾークに叩きこまれる中、ゾークの脳裏を占めるのは戦況ではなく、現状への言い得ぬ不可解さだった。

 

 

 気合や根性などの精神論ではどうにもならない程の現象が今、目の前で起きている。

 

 幾ら魔力(ヘカ)を「集めた」とはいえ限度がある。地縛神の再生に使用されるであろう魔力(ヘカ)が尽きる様子が一切見えない。

 

 精霊たちの数が一向に減らない点は、デュエルディスクによって召喚された可能性も脳裏を過ったが、究極の闇のゲーム内では破壊されたモンスターの攻撃力分だけ使用者のライフが失われる。

 

 つまり4000のライフなど即座に消し飛び、召喚主の死亡から召喚が追い付かなくなっていなければおかしい。

 

 

 

 だが、声が響いた。

 

 

 

『《黒蛇病》というカードを知ってるかい?』

 

 

 

 

「――ッ!?」

 

「《地縛神 Aslla(アスラ) piscu(ピスク)》の攻撃に合わせよ!!」

 

 己にしか聞こえていないであろう声に、僅かに意識を取られるゾークだが、内に渦巻く不可解さから、知るべきでなかった情報がひも解かれて行くように氷解していく。

 

――誰の声だ……いや、待て《黒蛇病》だと!? まさか!

 

 

 バクラとして生きた記憶が《黒蛇病》とのカードの情報を導き出す。

 

 永続魔法《黒蛇病》

 

 発動されてからスタンバイフェイズが訪れる度に200のダメージを与えるカード。とはいえ、別に神に関するカードでもなければ、伝説の存在が関わっている訳でもない。

 

 ごくごく普通のカードだ。

 

 特筆すべき点として、発動プレイヤーのスタンバイフェイズ毎に与えるダメージを倍化していく為、十数ターン維持できればダメージはトンでもない数値になるくらいか。

 

 

 

 

 

 話は変わるが、究極の闇のゲームを始め、ゲーム内時間で――

 

 

 

 

 

 

 

 

 何日経った?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神崎LP:

5%90$03q&1#85q29(とっても沢山)~~~~98%8454#57&%@6886

950%&$59qp82q8q‘(タップリいっぱい)~~~~%$789357y7%6&“#73

 

黒蛇病カウンター:

9y847y023(なんか大量にある)~~~~3q90う89w2@7

9y847y023(なんか山ほどある)~~~~3q90う89w2@8

 

 

 効果ダメージをライフ回復に変換する《マテリアルドラゴン》の隣の神崎のライフは、この究極の闇のゲームの最中で増大し続けている。

 

 そして現実と異なる時間軸を行く究極の闇のゲームの舞台で、それぞれの陣営のぶつかり合いは数度だが、そこに至る移動の時間を鑑みれば、どれだけ少なく見積もっても1週間以上は経過しているであろう。

 

 計算の簡略化の為に、仮に1分を1ターンと考えた場合――その数値はとうに「数値」の範囲を大きく逸脱していた。

 

 

 つまり神崎には時間経過に伴い(毎ターン)、天文学的なライフが供給され続けている。

 

 

 

 まさにゾークの闇より得られる無限の力の如く――果たしてそうだろうか。

 

 

 

 

 

 

 やがてゼーマンがカースド・ニードルをゾークの肩に突き刺しながら語り始める。

 

「汝は無限と評したな? だが、先程から何故苦悶の声を上げる?」

 

 痛覚とは喪失を伝える為のシグナルだ。

 

 つまりゾークには痛覚が存在する。

 

「痛覚など、汝が真の意味で無限であるのなら必要ない機能の筈だ」

 

 だが、無限の闇を持つ者が、喪失を知らせるシグナルが必要なのだろうか?

 

 不要の筈だ。何故なら「減らない」のだから。知らせる意味がない。

 

 無限とは増減しない概念の筈だ。だというのに何故、ゾークには喪失を、減少を伝える痛みに苦悶の声を上げる?

 

 簡単だ。

 

「つまり汝の無限には限りがある――違うかな?」

 

 

 減少の限界が、無限の限りがあるのだ――そんな仮説が成り立つのではなかろうか?

 

 

 やがて己の身体を這いまわる数多の精霊たちが、極僅かずつならも確実にゾークの力を削っていく中、ゾークの動きはある感情ゆえにピタリと止まった。

 

 

 

 

『キミの無限と、私の有限』

 

 

 

 誰かも分からぬ声がゾークにだけ響く。

 

 

 

『どちらが先に尽きるかな?』

 

 

 

「汝の無限は後いくつだ?」

 

 

 

 

「黙れぇえええぇえええぇえええ!!」

 

 重なるように告げられたゼーマンの声に、ゾークは己が内に生じた感情を否定するように闇の波動を全方位に向けて――

 

「――ダーク・フェノメノン!!!!」

 

 放つ。

 

 三幻神すら屠るその攻撃の奔流は、夥しい数の精霊たちによって減衰され、地縛神がその身を犠牲にしながら削り切り、削りに削って減衰されきった状態で三幻神の攻撃によって相殺。

 

 

 そして倍々ゲームで増加していく神崎のライフを《友情 YU-JYO》によって受けとったオレイカルコスソルジャーたちによって召喚された夥しい数のモンスターが消し飛ばされた精霊――否、召喚されたモンスターたち――が、その穴を埋めるように補充されて行く。

 

 

 これはゾークの最大火力によって減るモンスターの数よりも、相手がモンスターを補充する方が勝っていることを意味していた。

 

 

 先程、振り切った筈の感情が、絶望が、ゾークの胸中に再び過る。

 

 

 

 今のゾークがどう足掻いたところで、神崎のライフを削り切る手段がない事実が、夥しい数のモンスターと、再生し続ける地縛神たちとして眼前に広がっていた。

 

――負ける? 我が? 無限の闇を持つ我が負ける?

 

「怯むなァ!! ヤツの動きに焦りが見える!! 限界は近いぞ!!」

 

 動きが鈍ったゾークへ、セトの号令により魔物(カー)たちが猛攻を仕掛けるが、未だゾークの限界は遥か先のそのまた先よりも遠い。

 

 未だ無限の闇は尽きる様子など欠片も見えない。

 

 だが、ゾークはそんなことを論じている場合ではなかった。

 

 文字通り、際限なく供給し続けている魔力(ヘカ)の源である神崎を直接叩こうとも この広大な究極の闇のゲームの舞台から探すのは不可能に近い。

 

 

 そしてこのままでは、相手の魔力(ヘカ)が、ライフが、数値上の無限を超え続け、ゾークの力と並び立つ可能性すらある。

 

 そうなれば、万が一すらあり得た。

 

――まだ終わりではない!!

 

「まだだ! まだ! 名もなきファラオさえ殺せば!」

 

 だが、ゾークにも突破口が残されていた。究極の闇のゲームを終わらせてしまえばいい。

 

 勝利条件さえ満たしてしまえば幾らライフがあろうとも関係ない。

 

 

 ゆえに己の再生能力任せに全ての攻撃を無視してでも闇遊戯を殺すべく一気に駆け出すゾークだが――

 

「■■■■■■■■■■■■■■ッ!!」

 

 その歩みを砂から顔を出した《地縛神 Chacu(チャク) Challhua(チャルア)》が尾に噛みつき、引っ張って妨害し、

 

「■■ォ■■■■■■■オォ■■■ッ!!」

 

「■■■■ャ■■■■■ァ■■■■ッ!!」

 

 《地縛神 Cusillu(クシル)》と《地縛神 Ccarayhua(コカライア)》がスクラムを組んでタックルし、ゾークの歩みを止め、

 

「■■■■■ゥ■■■■■■■■ッ!!」

 

「■ィ■■■■■■■■ィ■■■■■ッ!!」

 

「■■ェ■■ェ■■■ィ■■」

 

 《地縛神 Uru(ウル)》によって身体中に巻きつけらえた糸を空を舞う《地縛神 Aslla(アスラ) piscu(ピスク)》と《地縛神 Wiraqocha(ウィラコチャ)Rasca(ラスカ)》がけん引し、ゾークの身体が宙を舞う。

 

「■■ィ■ァ■■ァ■■■ァ■ッ!!」

 

 そして大きく跳躍した《地縛神 Ccapac(コカパク) Apu(アプ)》から繰り出された拳の一撃がゾークの巨体を砂漠に叩きつけた。

 

「邪魔をするなァアァアァァアアアアアアアッ!!」

 

 再び、全方位斬撃技たるダーク・フェノメノンを放ち、纏わりつく地縛神を切り裂くゾークだが、切り裂いた先から再生していく地縛神たちの猛攻は止まらず、随所随所に遠距離から放たれる三幻神の攻撃が着実にゾークにダメージを与えていく。

 

 

 

 そう、ゾークは闇遊戯を殺せば、あらゆる条件を無視して、この究極の闇のゲームを勝利できる。

 

 

 

 しかし、それは当然相手も理解していることだ。

 

 ゆえの天文学的なライフの供給。

 

 ゆえの地縛神たち。

 

 ゆえの夥しい数のモンスターたちの召喚。

 

 ゆえの三幻神との共闘。

 

 

 

 そう、この状況を完全に整えてから、ゾークは復活()()()()()()()

 

 

 万が一の可能性すら与えぬ為に。

 

 

 

 だとしても、ゾークはそれを諦める訳にはいかない。己の能力をフル動員して闇遊戯を殺す計略を立てるべく、全意識を総動員して集中する。

 

 

 

 ゆえに見逃した。

 

 

 

 炎を纏う赤き馬が引く馬車が、ゾークに見つからぬように大きく迂回して王宮側から闇遊戯の元に停車。

 

 

 炎の悪魔の誘導に従い出会った表と裏の二人は確かめ合う様に名を叫ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

「もう一人のボク!!」

 

「相棒!!」

 

 

 文字通り、身を共にした無二の親友の声に、闇遊戯は表の遊戯の手を握る。

 

 

「キミの名は――」

 

「我が名は――」

 

 

 

 そして告げられた己が名を胸に、千年パズルが今までにない程の輝きを放つ中――

 

 

「 「 ア テ ム !!」 」

 

 

 王の名の元に三幻神が光となって一つに重なって行き、闇色の空を裂き、天をも照らす女神たる光の創造神が顕現し――

 

 

「 ジ ェ セ ル 」

 

「 ふ ざ け る な ァ ア ア ア ア ァ ア ア ア ア ァ ア ァ ァ ア ア ァ !!」

 

 暖かなる聖なる光が全てを終わらせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神崎LP:

53p20q9p0&54$3#5(す げ ぇ た く さ ん)~~~~39%6#&29q79%69g&3

 

 

0.

 

 

 

 

 






黒蛇病「究極の闇のゲーム中、ずっと神崎の身体を蝕んで効果ダメージを与えていました」

マテリアルドラゴン「究極の闇のゲーム中、ずっと神崎の傍で、効果ダメージをライフ回復に変換していました」

友情 YU-JYO「天文学的な数値のライフの半分を、モンスターを召喚するオレイカルコスソルジャーたちに供給し続けていました」

ゾーク「なにこのクソゲー」


最後に――
本田くんを疑ったものは手を上げなさい(。・ω・)ノ'`



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第196話 神の道理



前回のあらすじ
表の遊戯+闇遊戯「 「 キミの名は!! 」 」

杏子「タイム――ちょっと待って、私が贈ったカルトゥーシュは? ねぇ?」

カルトゥーシュ「空気を呼んでアテムの名が贈られた時に刻まれておいたぜ☆」





 

 

 乱戦の只中、突如として降臨した光の創造神ホルアクティの力により、大邪神ゾーク・ネクロファデスが討滅され、地縛神やゼーマンを含めた精霊たちも礼すら受け取ることなく立ち去った後、闇遊戯はマハードたちへ、元の世界へ帰ることを告げる。

 

 その際にシモンから、セトが王家の血を引いていることが明かされたことで、玉座を空にする心配もなくなり、「恐れ多い」との反応を見せたセトを説得して一先ずの収束を見せた記憶の世界の旅路。

 

 

 それらを背に王宮から去った闇遊戯は表の遊戯たちと共に、光の創造神ホルアクティの前に立つ。元の世界に帰る時が来たのだ。

 

 そんな中、光の創造神ホルアクティは闇遊戯たちへと声を落とす。

 

「三千年前、貴方一人の力ではゾークを倒すことは出来ず、自らと共にゾークたちを封印する道を選びました。しかしゾークが再び蘇った今回、貴方には貴方を守る友が……貴方を支える仲間がいた」

 

 それはホルアクティから贈る皆への最後の言葉。

 

「それが唯一ゾークを葬り去る力だったのです」

 

 ゾークを討滅したのはホルアクティの力だが、その力を引き寄せたのは他ならぬ闇遊戯たちの心の力なのだと。

 

「一人の力では不可能なことも、みんなの力が合わされば可能になる」

 

 そうして結束の力の重要性を説くホルアクティ。

 

 世界の闇はなにもゾークだけではない。脅威たる存在は、姿が違えど確実に残っているのだ。

 

 直に闇遊戯が冥界に帰る以上、三幻神を束ねなければ降臨できぬ、ホルアクティの力に頼ることは出来ない。

 

「元の世界でも、その心を忘れないでください」

 

「あぁ! 元の世界に戻ってもアイツらのことを忘れはしない!!」

 

「うん、みんなとの想いはずっとボクたちの中に息づいているよ!!」

 

 だが闇遊戯と表の遊戯を含め、この一同には釈迦に説法だろう。

 

 彼らの心は、常に心の光と共にあるのだ。

 

 

 そうして告げられた最後の言葉を胸に、ホルアクティの力で空へと浮かび上がった闇遊戯たち一同は空へと消え、元の世界へと帰って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな遊戯たち一同を見送ったシャーディーの視線は、眼の前の誰もおらぬ場へと向けられていた。

 

 その場に、少し前までいたのは神崎。

 

――神崎は……光の創造神の力の前に消えた……か。ファラオが邪の道へ行く可能性は万が一もなくなった。だが……

 

 しかし件の神崎は、シャーディーの心中の通り、光の創造神ホルアクティが放ったゾークを討滅する光によって、ゾークと同じようにその身を消失させた。

 

 その意味するところなど一つしかない。

 

 それはシャーディーにとって喜ばしいことの筈だが、その表情は優れなかった。

 

――これで良かったのだろうか? あの者とて運命に翻弄された一人。彼が足掻いたゆえの働きかけに対し、有無を言わせぬ此度の所業が果たして正し……

 

 シャーディーとて神崎が内に秘めた「原作知識」の危険性は十二分に理解しているが、それでも彼が信奉する神の決断は些か性急なものに思える。

 

「ハサン――いえ、シャーディーと呼ぶべきでしょうか。貴方もよく奮闘しました」

 

 だが、そんなシャーディーの思考を打ち切るように響いたホルアクティの声に、シャーディーは跪いて首を垂れた。

 

「ハッ、我が役目もこれで果たされました」

 

――いや、光の創造神の、神の決定に異を唱えるなど……違うな。どのみち死した命は戻らない。この問答は私が罪の意識から逃れようとしたゆえのもの。

 

 そうして首を垂れるシャーディーの内に秘めるは罪悪感。既に神の裁きが振り下ろされた以上、今のシャーディーにできるのは神崎の死を悼むことだけ。

 

――役目を終えたものが、これ以上、物質次元に留まるべきではない。

 

「もはや力残らぬこの身ゆえ、一足先にファラオをお待ちすることにします」

 

「安らかな最後を」

 

 やがてシャーディーの義理立ても兼ねた決断により、その身体は光の粒子となって消えていき、還るべき場所へと旅立って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな光景を祈りと共に見届けたホルアクティは広大な砂漠へと視線を向ける。

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろ出て来ては?」

 

 

 

 

 

 

 

 そんな短い言葉を合図に砂漠の黒い砂粒の一つがうごめき始め、脈動しながら夥しい数の小さな黒い蛇がうごめき、球体を形成したかと思えば、そこから人間の腕が伸びた。

 

 

 黒蛇病カウンター:

9y847y023(大量にいっぱい)~~~~3q90う89w3@1

9y847y023(山ほど沢山)~~~~3q90う89w3@2

 

 

神崎LP:0.0000000000001 → → → → → → → → → → → → → →

 

 やがて小さな黒い球体から腕の先が這い出していき――

 

 

神崎LP:→ 420h2kp9qjhpぁr3(いっぱい沢山)~~~~93ppwk9jh292qh

 

 

 スーツ姿の神崎が完全に出てきた途端に、黒い球体は色を失いながら砕けた。

 

 

「酷いですね……私諸共、攻撃するなんて」

 

「やはり生きていたのですね」

 

「ええ、なんとか」

 

――諸共殺す気だったの!?

 

 そしてホルアクティに軽口を零す神崎だが、返って来た言葉に表層は平静を取り繕いつつも、内の動揺は抑えきれていない。

 

 大邪神ゾーク・ネクロファデスの討滅の為に「味方」として色々頑張ってきただけに、即殺されるとは思っていなかったらしい。

 

 その為、神崎は大慌てな脳内をフル回転させつつ、命乞いする方向へ移行する。

 

「それで何のごようでしょうか? 出来れば仕事が残っているので早く彼らのように元の世界まで送って頂きたいのですが」

 

「いいえ、貴方は元の世界に戻る必要はありません」

 

 だが、一方のホルアクティの声色は、遊戯たちと相対していた時の慈悲深さは伺えず、平坦そのもの。

 

「まもなく、役目を終えたこの世界は消える――いえ、閉じる」

 

「つまり『ゲームが終わればお片付け』といった具合ですか」

 

 そうして告げられるホルアクティの言葉に、神崎は嫌な予感がヒシヒシと感じられていたが、上手い具合に命乞うべく相手の反応を探っていくも――

 

「それで戻る必要がないとは? この世界が閉じた時に元の世界へ戻っているということでしょうか?」

 

「貴方はこの世界と共に消えるのです」

 

「成程」

 

――此方を殺しに来ている……のか?

 

 遠回しに「殺す」とのニュアンスが感じられるホルアクティに、一拍言葉が止まる神崎だが、やがて正義側の神様の善性に縋るように声を発した。

 

「それは私に『死ね』と言っていると受け取っても?」

 

「神崎 (うつほ)――名を持たぬ者」

 

「おや、神様に名を覚えて頂けるとは光栄ですね」

 

――会話のキャッチボールしてくれないかな……

 

 しかし、ホルアクティから告げられる言葉は一方的なもので、神崎と「会話」している装いは感じられない。

 

 そんな神託を送る神のような――いや、神として、ホルアクティは語り続ける。

 

「貴方の魂は既に破綻しています」

 

 告げられたのは、今の今まで多種多様な相手から散々な評価を受けてきた神崎が初めて耳にするニュアンス――「破綻」

 

「ゆえに殺す、と……見逃しては貰えませんか? 勿論、タダとは言いません。今まで以上に人助けに尽力していきま――」

 

「貴方が何を語ろうとも、答えは変わりません」

 

「何故でしょう? 私は悪行の類に手を染めてはいない筈ですが?」

 

――こういう時の為に手段を選んできたんだ。躊躇って貰わないと困る。

 

 それに対し、良くない流れを感じ取った神崎は段取りを飛ばして本格的に命乞いを始めるが――

 

「貴方の内に眠る存在を、私が知らぬとでもお思いですか?」

 

 痛い腹を突かれた。

 

 とはいえ神崎は焦らず返す。

 

「あれらは消えても問題なかったでしょう? ただ破壊を振りまく邪悪な権化とでも言うべき存在なのですから」

 

 それは神崎も理解しているウィークポイントだ。ゆえに、それなりの理由も用意されている。世界の破壊者を放置しておく道理はない筈だと。

 

「それゆえです」

 

「それゆえ?」

 

「貴方は器として完成しつつある――ゆえにこの世にあってはならないのです」

 

 しかし、会話しているようで会話が成立していないようなホルアクティの頂上の視点から放たれる主張に神崎はついていけない。

 

 相手の姿が見えてこない。

 

「貴方はこの世の邪を詰めた器」

 

 だが、ホルアクティはそんな神崎を気にした様子もなく語る。

 

「決して交わることのなかったものたちを繋げてしまう忌むべき存在」

 

 そうして続いた神崎 (うつほ)という「個」への明確な拒絶に、当の本人は慌てたように割り込んだが――

 

「では、その辺りの点に関する問題解消のプランを提示しましょう。それで――」

 

「私に助命を求めても無駄です」

 

「――と、言うと?」

 

「もはや、この身に貴方を助けるどころか、元の世界への道を開くだけの力すら残っておりません」

 

 此処にいて命乞いの大前提を覆された神崎に返せる言葉などない。

 

 ホルアクティの動じぬ姿勢は、神崎としても厄介だった。箸にも棒にも掛からない在り方は、説得の余地すら見いだせない。

 

――嘘……かどうかは分からないが。ゾークを滅した程の力は残っていない……のか?

 

「つまり、態々私へ確実な死を伝えに来たわけですか。良いご趣味で」

 

 ゆえに大仰に手を広げながら嫌味を込めた言葉で強引に相手のリアクションを探っていく神崎。何らかの取っ掛かりを見つけなければ話し合う所ではない。

 

「祈る時すら奪うつもりはありません」

 

「祈り……ですか。生憎と神様に祈るのは止めてしまいまして」

 

 だというのに、ホルアクティの「祈り」との言葉に、逆に神崎の方がピクリと一瞬表情を固める――も、すぐさま取り繕いながら返す。

 

「なにせ、あなた方(カミサマ)()()()()()しか救ってくれませんから」

 

 三幻神の奇跡たるホルアクティの力は遊戯たちだけに、

 

 宇宙より来たる奇跡の力は十代たちだけに、

 

 赤き龍の奇跡たる力は赤き痣を持つ遊星たちだけに、

 

 そう、奇跡(カミサマの力)選ばれたもの(原作主人公)にしか授けられない。

 

 

 奇跡(カミサマの力)選ばれぬものたち(神崎の両親)を救いはしない。

 

 どれだけ祈ろうとも、救ってはくれないのだ。救ってはくれなかったのだ。

 

「祈りとは、救いとは、皆が平等に自らの手で掴み取るもの――我々の力など、その背を少しばかり押しているだけに過ぎません」

 

 そんな中、繰り出されるホルアクティの論に内心で黒い感情を漂わせる神崎。

 

――Z-ONEを助けなかった相手の言葉を……いや、所詮はシナリオの都合か。

 

 選ばれた者(遊星)の声に応えた、カミサマ(赤き龍)選ばれぬ者(Z-ONE)の声に何一つ応えないカミサマ(赤き龍)――その違いは何だ?

 

 

 選ばれぬ者(Z-ONE)が足掻きに足掻いて掴んだ奇跡(時械神)の力も、選ばれた者ではないゆえか、彼の救いたいものは何一つ救ってなどくれなかった。

 

 

「素晴らしいお考えですね」

 

 

「私には貴方の内の狂気を祓うことが出来なかった」

 

 やがて告げられる神崎の揺さぶり目的の声など意に介することなく独り言のように並べていくホルアクティの言葉。

 

――成程。殺す気で攻撃したのではなく、ゾークを討滅しつつ、私を浄化しようとした訳か……死にかけたけど。

 

「つまり、私に問題があると……分かりました。では、その問題点の改善を……いえ、此処で論じるべきなのは、いや、違いますね。何というべきでしょうか。困ったな、言葉が出てこない…………………………………………………………………………」

 

 

 此処にきてホルアクティの行動の真意が発覚したが、そこは神崎としても己の問題として把握している。だが、把握していたとしても、それに手を加えることを良しとするかは別だった。

 

 

 今の神崎には、もはやどのようにホルアクティを説き伏せればよいのか分からなくなっていた。

 

 

 何を告げればよいのか、何を訴えればよいのか、何も言葉が出てこない。

 

 

 

「…………助けて下さい」

 

 

 

 そんな中、思わずポツリと零れた神崎の本心に――

 

「せめて安らかな最後を祈ります」

 

 対するホルアクティは告げるべきことを終えたように、その姿が透明になって行き、やがて露と消える。

 

 

 そうして残るのは元の世界に帰れぬ神崎と、遥か遠方でゾークを退けたことに喜ぶ王宮の面々だけ。

 

 

「……………………………………………まぁ、そうだよな」

 

 暫くしてポツリと零した神崎は諦めたように小さく息を吐く。

 

 神崎とて、己のように邪悪を喰い尽くしているような相手がいれば始末に動く。当然の判断だ。なにせ「危ない」から――今回の件も「それ」の己の番が回ってきたに過ぎない。

 

「しかし自分が言いたいことだけ並べて消えていった感じだ……神様相手に話が合うはずもないか」

 

 やがて頭に手を当てながら青空へと目線を上げた神崎は力なく呟く。

 

「……参ったな」

 

 

 

 そんな神崎の影がうごめき冥界の王の声が響くが――

 

「このまま死ぬ気もあるまい――どうする?」

 

「実力行使」

 

 そんな短いやり取り後、すぐさま影から噴出した闇が神崎を呑み込みつつ、宙へと集まっていく。

 

 

 そして、いつもは崩壊を繰り返す不出来な人型擬きだった冥界の王の身体が、初めて指向性を持って流動を始めた。

 

 

 

 生物の胚子のような、はたまた昆虫の蛹のような生物的な不気味なフォルムを浮かべながら、背のアンバランスな程に巨大過ぎる二対が天を覆い、世界に夜をもたらす。

 

 

 やがてガラスをひっかくような不協和音を天へと轟かせながら、頭部らしき部分の前方にエネルギーが集い、黒い球体が形成されて行く。

 

 そんな突如として生じた異形の姿に、その内包する魔力(ヘカ)の邪悪さと巨大さから王宮の神官団はざわめき始めた。やがて――

 

「なんだ……あれは……」

 

「シャダ! 皆を集めよ!! すぐさま迎撃の準備に移れ!!」

 

「行くぞ、セト! ファラオが! 皆が! 守り切ったこの国を――」

 

 王位を任された神官セトの覚悟も、マハードの切なる願いも、神官たちの決死の想いも、一つになった民の心も――

 

 

 

 

 全てが消し飛んだ。

 

 

 

 

 砂の城にトンネルでも通すように、抉れて消えた国の跡地。人はおろか、この場に国が栄えていたことすら感じさせぬ程に砂漠が広がる。

 

 遅れて壁になにかがぶつかるような衝撃音が響き、途端に世界全体が揺れ動いた。

 

 

「なんだ」

 

 そうして全てが砂へと還った光景を余所に声が響く。

 

 

「存外脆いな」

 

 それは何の機微もない()だった。

 

 

 

 

 

 

 

 世界に昏き夜が広がる。

 

 

 

 

 

 

 

 記憶の世界にて、目に映る全てを消し飛ばしていく化け物を、神崎が用意していた拠点の一つで眺めるトラゴエディアはクツクツと嗤い声を漏らす。

 

「ククク、平穏とやらの為に駆けずり回った男の末路がアレか……とんだ喜劇だな」

 

 平穏を願う癖に、それを脅かす(破壊する)才に満ち溢れ、

 

 ならば、と己が願い(平穏)を脅かす邪悪へとその力を向け、あらゆる手段を用いて排し、

 

 時に邪を喰らうことすら躊躇せず、貪欲なまでに平穏を求めた者は、

 

 

 案の定、その悪辣な側面から、カミサマに見捨てられた。

 

 

 なにせ、平穏を願った者は、その平穏を脅かしうる存在へと成り果てたのだ。なれば、これは至極当然の末路であろう。

 

 そう、彼が狩ってきた邪なる者たちと同じように、己が狩られる番が回ってきたのだ。

 

 

 その絶望は如何なものか。

 

 

 

 

 空を舞った白き龍が撃ち滅ぼされ、

 

 その化身たる者の故郷が消えていき、

 

 人間が、命が、文明が、星の営みが、

 

 全てが消えていく。

 

 

 トラゴエディアが見やる《封神鏡》の鏡面には、全てが無に帰した世界が広がりつつあった。

 

 

 

 

「例の彼は?」

 

「シモベとやらが確保している。だが、今さらアレがいたところでな――当のアイツがあのザマだ」

 

 そんな中、隣に響いた聞きなれた声に、何時ものように返すトラゴエディアだが、もはや策をどうこう述べていられる状況ではない。

 

「? そうですか。まぁ、確実性はないかもしれませんね」

 

「フッ、神崎 (うつほ)……か。その末路はありふれたものだったが――死にぞこなったオレの最後の遊び相手にはちょうど良いだろう」

 

 そうして拠点から外に続くゲートの一つに足を踏み入れ、トラゴエディアは破壊の権化の前に向かうべく一歩踏み出す。協力者という浅い縁だが、通すべき筋はあるだろう、と。

 

「流石にアレと戦うことと貴方の未練は関係ないと思いますが……」

 

「そう言うな、神崎。オレは最後の最後まで愉しみの中で……ん?」

 

 だが、己を呼び止める声に振り返ったトラゴエディアはピタリと動きを止めた。視線の先にはいる筈のない人物がいる。

 

「どうかしましたか?」

 

「……!? ……二ッ!? 二人!?」

 

「初撃以降は遠隔操作ですよ」

 

 驚愕におののくトラゴエディアに、神崎は何時もの作り物の笑顔で淡々と語る。

 

「光の創造神様が此方に介入可能か否かの判別の為です。此処は『記憶の世界』で彼らの命は三千年前にとうに絶えていますが、仮初の存在でも殺される人間の姿に黙っていられるタイプではないでしょう?」

 

 シンプルに踏み絵だった。

 

 光の創造神ホルアクティは無辜の民に対しては慈悲深い存在だ。相手が究極の闇のゲームの盤上の「仮初の生命」であっても「黙ってみていられる訳がない」ことは明白。

 

 とはいえ、神崎としては「黙ってみているしかない」有様であるのなら、それでもいい。それは「神崎の動きに手出しできない」証明になる。

 

 ゆえに殺す。

 

 光の創造神ホルアクティの力が本当に尽きたのかを確かめる為に。

 

 

 

 そんなだから、見捨てられるのだと思うが、言わないお約束である。

 

「アレはこの世界が終わるまで命という命を奪っていきます。早い話が陽動ですね」

 

「陽動……? オレは貴様がてっきり――」

 

 だが、未だ戸惑いから覚めぬトラゴエディアに反し――

 

 

「世界に絶望して破壊衝動に身を任せた?」

 

 

 空中に浮かべた《ディメンション・ゲート》へと己の影を伸ばす神崎は興味なさげだった。

 

 絶望に呑まれたものの末路としての一例を上げてみせるが、神崎からすれば絶望は過去(幼少時)にし尽くしたものでしかない。

 

「……ああ。違うのか?」

 

「違います。元から私の精神性が創造神様に受け入れて頂けるとは思っていませんし」

 

 そうして影越しに冥界の王の力を行使する神崎にトラゴエディアは困惑の声を漏らす。

 

 ホルアクティに出口を閉じられたのだ。自分たちに待つのは、記憶の世界と心中する道しかない。

 

「だが、この世界は閉じるのだろう? なら――」

 

「……あの、元からこの究極の闇のゲームに入り込む予定だった訳ですから、出る方法も用意しているに決まっているでしょう?」

 

「……そう言われれば、そうだな」

 

 だが、困った様子でメッチャシンプルな答えを返す神崎の姿にトラゴエディアは何時もの調子を取り戻した。

 

 イレギュラーによって強引に記憶の世界に引き摺り込まれた神崎だが、そもそも記憶の世界に密入国するつもりだったのだ。なれば密出国する手筈もあって然りである。

 

「あっ、これも駄目か……困ったな。肉体ごと送られた弊害が此処に来て……こっちも……無理か」

 

 しかし此処で影が弾かれ、《ディメンション・ゲート》の異次元への道が、積み木が崩れるように消えていく。

 

 更に拠点に残しておいた《異次元トンネル-ミラーゲート-》の鏡の入り口もピシリとひび割れたと同時に砕け散った。

 

「……おい、大丈夫なのか?」

 

「あまり大丈夫ではありませんね。次に成功率が高いのは……気が進まないなぁ」

 

 雲行きが怪しくなってきた中、顎に手を当て思案した神崎は、己の影に冥界の王の力を流し込み、カードを何枚か落とした後――

 

「シモベ」

 

「はいはい、此処に!」

 

 布団に筒巻きにした人間を抱えたシモベが影より来たり、膝をつく。

 

「例の彼は?」

 

「無論確保しております――オラァ!! 主がご用があるとのことです! とっと起きるんだYO!!」

 

 やがて筒巻きにされた人物がシモベにより蹴っ飛ばされて転がった結果、布団から解放された人物――バクラが地面に転がった。

 

「……ぁ? 此処は……いや、俺様は確か遊戯の王墓の出口で張ってた筈……」

 

 お忘れの方もいるやもしれぬゆえに説明すれば、このバクラは闇遊戯の失われた名を得るべく王墓へと向かっていたバクラである。

 

 

 そうして意識が戻ったばかりゆえか、拘束された腕を気にしつつ眠気眼に座すバクラへ、神崎は膝をつき目線を合わせた。

 

「ご気分は如何です?」

 

「……あぁ、そうだったな。けしかけた死霊兵が変な壺に喰われたと思えば、テメェに横っ面をぶん殴られたんだった」

 

 やがて神崎の顔を見たバクラの意識が戻っていく。

 

 ちなみに、話題に出た不滅の死霊兵を喰った変な壺は『心鎮壷(シン・ツェン・フー)』と呼ばれる魂を食する闇の一品――遊戯のクラスメイト、井守くんの魂が喰われたヤツである。

 

 過去に「息子が倒れた!?」と依頼を受け、消化される前に井森くんの魂を解放したは良いが、壺を閉じるには別の魂が必要だった為、一時的に保管し、この度、死霊兵の魂を喰わせて壺を閉じたのだ。

 

 その後、死霊兵をけしかけたゆえに「デュエルする意思なし」と判断されたバクラは普通に神崎に殴られた。

 

「それで俺様に何のようだ?」

 

 そんな経緯を得て、この場で頬の痛みを鬱陶し気にするバクラが告げた問いかけに――

 

「まず端的に状況を説明します」

 

「あァ?」

 

「この世界はもうじき閉じます。閉じれば我々は全滅――我々は貴方とリンクしている獏良 了の繋がりを利用し、脱出するつもりですが、それには貴方の協力が必要不可欠です」

 

 矢継ぎ早に言葉を並べていく神崎。対するバクラは瞳に鋭さを見せながら頭を回す。

 

「協力の対価も可能な限り用意しますが、どうでしょう?」

 

「あぁ、そうかい。なら大邪神ゾークの復活――はちと厳しいか。代用品でも用意してくれ」

 

「了承しかねます。他の望みはありませんか?」

 

「おいおい、テメェは俺様の力が必要なんだろ? 立場ってもんを――」

 

「私は貴方に頼らない別の方法でも構わないんですよ?」

 

「だが、俺様が協力した方が生存率が高い――違うか?」

 

 そうして並ぶ数多の情報から大まかな現状を把握したバクラは、取引の主導権を握るべく、相手のウィークポイントを突きつつ己に有利に働く情報を積み上げていく。

 

 囚われの身であろうが、思わぬ形で舞い込んだチャンスをバクラは逃しなどしない。

 

 相手の神崎からのっぴきならない事情も見える以上、勝算は十二分にある。

 

 

 そんな中、バクラの強かさの窺える表情に対し、神崎は降参するように小さく両手を上げた。

 

「これはお手上げですね。交渉決裂です」

 

「まぁ、俺様も鬼じゃねぇさ。此処はデュエルで白黒つけようぜ?」

 

「お断りします。言ったでしょう? 『交渉決裂だ』と」

 

 ゆえに此処だと妥協点を提示したバクラを余所に神崎は立ち上がり、話を打ち切ってみせる。

 

 原作でも、表+闇遊戯の双方を後一歩まで追い詰める程にバクラの実力は高いのだ。神崎にとってバクラの「デュエル」との提案は妥協点になり得ない。

 

 渡らなくてもいい危険な橋を渡る気など神崎には毛頭ないのだ。

 

「おいおい、尻尾巻いて逃げるのか?」

 

「ええ、貴方のデュエルの腕は十分承知していますから」

 

 そうして完全にバクラから目線を切った神崎は踵を返して背を向け、この場に戻っていたゼーマンへと指示を出す。

 

「ゼーマン、ブロンへの呼びかけを」

 

「ハッ、直ちに」

 

 やがて1枚のカードから発動された大地に空いた大穴――《異次元の落とし穴》に向かってゼーマンは杖を突き、念じ始める。

 

 こうしてバクラを利用した現実世界へ向かう方針ではなく、精霊世界に道を開く方向にシフトした神崎たちを見たバクラは諦めるように舌を打つ。

 

「チッ、仕様がねぇな」

 

「おや、考え直してくれましたか?」

 

 そんなバクラの心情の変化を感じ取ったのか、首を其方へと向ける神崎に、バクラは小さく笑みを浮かべた。

 

 このまま失意の只中で終わるよりは、再起の機会を掴むべく動くべき――

 

「ククク、そうやって俺様の命を握ってみせれば、そいつらみてぇに尻尾振るとでも思ったのか? くだらねぇ」

 

 そんな甘えた決断をバクラが下す訳がなかった。

 

 バクラには、時に泥をすすってでも生き延びんとする強かさがある。何度、地べたを這いずることになろうとも再び立ち上がる気概がある。

 

 だが一方で、気に入らない勝ち方を選ぶくらいなら敗北を受け入れる矜持も有しているのだ。

 

 そこには譲歩できる範囲が確かにあれど、譲れぬ最後の一線は決して越えぬ。

 

 バクラは――いや、大邪神ゾーク・ネクロファデスは世界に破滅をもたらす邪神。誰かの下に首を垂れることなど決してない。

 

 己を曲げた先にあるものなど、眼前にいる者たちのような妥協に甘える末路が広がるだけだ。

 

「フフフ……大邪神ゾーク・ネクロファデスは、俺様は、不滅なのさ。世界に闇がある限りな」

 

 ゆえに強気な笑みを浮かべて「なにもお前に頼らずとも次を狙う術があるのだ」と嗤うバクラに、神崎は何処か遠くを見るような目で零す。

 

「完全に不滅なモノなんて、ありはしませんよ」

 

「かもしれねぇな――だが俺様の、ゾークの意識は此処にちゃんとある。それが何を意味するか、分からねぇテメェじゃねぇだろ?」

 

「ええ、存じております」

 

 バクラの主張は丸っきりハッタリという訳ではない。

 

 原作では、表の遊戯とのデュエルによって消える筈のバクラの魂の欠片が「今」此処に存在している意味は、神崎にとってもよく知ったものだろう。

 

 ゆえに己のスーツの内ポケットに手を入れた神崎だが、その段階でゼーマンの苦心するような声が届く。

 

「神崎殿、ゲートの準備が整いました。とはいえ、不安定ですので精霊界のどの座標に跳ぶかは……」

 

「ククク、だってよ――どうする?」

 

「流石に私とて後続の憂いを断つ手段は用意していますよ」

 

 次元の歪みのせいか床から壁に移動した不安定な精霊界へのゲートへ視線を向けたバクラの嘲るような声に対し、神崎が内ポケットから取り出したのは、ガラスケースに入れられた1枚のカード。

 

 そのカードのテキスト欄には訳も分からぬ文字が並び、カードイラストは――

 

「『ラーの翼神竜』のカード……!」

 

 バクラが零すように黄金の翼竜――『ラーの翼神竜』が描かれている。だが勿論、本物(オリジナル)ではない。

 

「レプリカです。I2社で研究用に残しておきたいとの要望から、安全確認を頼まれまして――()()()()を探していたところなんです」

 

 これはマリクがコピーした1枚の中でもっとも完成度が高い一品であり、将来的に「遊☆戯☆王GX」にてI2社が研究用に管理するものだ。

 

 とはいえ、神崎は「これ」を後の世に残すつもりはない。

 

 

 此処で話は変わるが――いや、戻るが、「オシリスの天空竜の攻撃でバクラの意思を殺せる」事実は原作にて証明されている。後は簡単だ。

 

「レプリカで俺を殺せるとでも?」

 

「レプリカであっても、使用者への神の裁きは本物ですよ。それにこうしてタップリと魔力(ヘカ)を、いえ、ライフを注いで暴走させてやれば――」

 

 そして神崎の言を先回りするようにバクラは挑発するが、神崎は気にする素振りを見せない。「それら」の疑問点はツバインシュタイン博士によって当に「解明済み」だ。

 

 やがて神崎のライフこと魔力(ヘカ)が注がれた光のピラミッドのシステムを応用したガラスケースの内側のレプリカの『ラーの翼神竜』のカードは怒りを示すように猛々しい炎を迸らせていく。

 

 この調子ではガラスケースの方も長くは保ちそうにない。

 

 そうして神の裁きを目前にするバクラは狂ったようにゲラゲラと嗤い始める。

 

「ヒャハハハハハ! 成程な! 初めから俺様を生かして帰すつもりなんざなかった訳か! イイ性格してやがるぜ! ハハハ!!」

 

 やはり己の選択は間違っていなかったと。なにせ、頭を垂れた先にあったのは己の首を刈り取るギロチン台である。

 

 こんな在り方で正義側をほざく相手の二枚舌っぷりは滑稽で仕方がない。

 

「協力の対価がもう少しまともであれば、『コレ』を使う必要はなかったんですがね」

 

「生憎だが、俺様はテメェの下につく気はねぇ――神の裁きだろうが、なんだろうが耐えきってやるよ!」

 

 そして軽く肩をすくめながら放たれる神崎の最後の申し入れも、バクラは袖にして返す。もはやバクラに眼前の相手の言葉を何一つ信じる気はなかった。無理も無かろう。

 

「では――」

 

 ゆえに取引を諦めた様子の神崎が精霊界へのゲートを潜る姿に向けてバクラは――

 

 

「――精々、束の間の平穏を楽しむんだなァ!!」

 

「――ごきげんよう」

 

 呪いの言葉を送り、対する神崎は別れの言葉を贈った。

 

 そして神崎がゲートを潜り終える寸前で神崎の右手を覆った《ロケットハンド》の機械の右拳がガラスケースを手に射出される。

 

 当然、《ロケットハンド》は己の行き先であるバクラの胸を穿ち、砕けたガラスケースから零れ落ちたレプリカの『ラーの翼神竜』のカードによる神の裁きの炎がバクラを包み込んだ。

 

「ヒャハハハハハハハハハハハハハハッ! ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!! ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」

 

 

 

 神の炎に焼かれるバクラの――いや、ゾークの嗤い声は崩壊する記憶の世界に響き渡る。

 

 

 

 その叫びは、世界が潰えるまで続いた。

 

 

 





フランツ「許された」


「問われるだろうな」との話を先んじてQ&A――
Q:ホルアクティ様、酷くね?

A: 今まで神崎が行ってきた「危ないから処理する」が、今回は神崎に降りかかってきただけなので、神崎は文句言える立場じゃないです。

ぶっ殺せば将来的な憂いの8割方が一気に晴れるので、
神崎だって、そんなやつ(神崎みたいなの)がいたら確殺するだろうから。

逆に生かすと暴走の危険が大きいですし。

失敗したとはいえ、浄化を働きかけてくれたホルアクティ様の方が温情あるくらいです。


――と、逸れた話もそこそこに、これにて「記憶編」完結でございます。

次の闘いの儀編とDSOD編に少し触れてDM編もゴールになります。


その為、DM編の終わりに此処までお付き合い頂いた読者の皆様方への感謝の意も込めて
ご希望のお話があれば――とアンケートを実施したいと思います。

詳しくは活動報告に記入しましたので、其方を参照願います。




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DM編 第12章 闘いの儀編 さよなら は 言わない
第197話 もう一人のボクェ……





前回のあらすじ
アクナディン「なんかよく分からんが、我が息子セトがファラオになったのでヨシ!(なお在任期間)」






 

 

 記憶の世界に閉じ込められた神崎たちは、強引に勝手口を増設し、精霊界に向けて異次元のゲートへと飛び込んだが――

 

 そこは身体がバラバラになりかねない激流の如き次元の奔流の只中。その流れにあらがう様に力任せに突き進む神崎だが、次第にその意識が遠のいていく。

 

 やがてその背を何処かへと引き摺り込むように、不気味な程に白い腕が伸びた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アンクリ~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 異次元の渦の只中にいた筈の神崎は、得もいえぬ息苦しさにその意識を覚醒させた。

 

 

 そんな神崎たちが現在いる場所は湿原が広がる平原の只中。

 

 息苦しいのは無理もない。なにせ、現在の神崎は湿原に頭から突っ込み、胴体まで埋まり、足だけが見える――俗にいう「犬神家」状態なのだ。

 

 

 湿原に、社畜・ゴリラ・盗賊のおっさん・炎の悪魔――が突き刺さっている光景は何ともカオスである。

 

 そんな突き刺さった社畜こと神崎が、マッスル任せに犬神家状態から脱出し、まずゴリラを引き抜く。

 

「――座標は!!」

 

「ハッ! 此処は噂に聞くミストバレーの大湿原のようです!!」

 

 そして引き抜かれたゴリラことゼーマンが湿原に放り出されながら周囲の地形を確認して報告するが、既に神崎は盗賊のおっさんを引き抜きつつゼーマンへ詳細を問うていた。

 

「何処だ!?」

 

「そう焦るな神崎。一先ず窮地は脱したんだろう? 現地の情報を集めてじっくり確認すれば良い話だ」

 

 引き抜かれた盗賊のおっさんことトラゴエディアがいつになく焦りを見せる神崎へ呆れた声を漏らすが、当の神崎は炎の悪魔ことシモベを引き抜きながら危機的な現状を語る。

 

「アヌビスの代役がいる! あまり悠長にしている時間はないんだ!」

 

「貴様は何時も忙しそうだな……」

 

「我が主! この場は未だ三騎士共めの手が伸びておらぬゆえに、敵地同然! すぐさま場所を移すべきかと!」

 

 そうして神崎に足を持たれ、俗に言う「獲ったどー!」状態のシモベが忠言を入れるが――

 

「ダンネャジ」

 

「我が主、危ない――ぶげへッ!?」

 

 神崎の足元から響いた邪悪な声に神崎を庇うように動く――前に、シモベの身体は離れた場所に放り投げられた。湿原に顔を突っ伏すシモベ。

 

 

「ダンネャジ」「ダンネャジ」「セコヨ」「ノンゲンニ」「ンネャジ」「エバウ」「ヨセトテカ」「ロココノフ」「テベス」「セクツイバウ」「ダキトノツカッフ」

 

 

 やがて数多の声を響かせながら神崎の足元より噴出する黒い霧のような影は、その身体に纏わりついていき、どんどんと神崎を呑み込んでいく。

 

「こっちで対応する!! 皆は物質次元へのゲートの固定を急いでくれ!! 繋ぎ終えても私が戻らなければ、代役は頼む、トラゴエディア!」

 

 そんな異常事態の最中でも、相変わらず社畜感溢れるスタンスでゼーマンたちへと指示を飛ばした神崎は、あっという間に黒き闇の中に呑まれて消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで霧のような黒き影に呑まれた神崎は、上下左右も曖昧な昏き世界にて辿り着き、周囲の泥によって、奈落へと沈められていく。

 

 

 やがて全方位から響き渡る、怒り、憎しみ、恨み、嫉み、悲しみ、苦しみ、怒り、不安、焦燥、恐怖、無念、嫌悪、憎悪、悲哀、諦念、絶望といった、ありとあらゆる邪念が世の破滅を願うように叫びを上げ続けた。

 

 

 

 そうして邪念を、負の感情を、心の闇を、糧として、神崎を苛みながら泥が全身を包み込んでゆく。

 

その行く先は奈落の底。邪念の意思との統合。破滅の先兵としての恭順。

 

 

 

「邪魔!!」

 

 

 

 なのだが、電車に乗り遅れるサラリーマン感溢れる神崎のタックルが、邪念の泥を弾き飛ばした。

 

 今の神崎に何時もの余裕はない。これ程の邪念を前に――等という理由ではなく、かつてない程の大仕事に穴を空けそうな現実を前に余裕など生まれよう筈がない。

 

 今は成仏したアヌビスの代役を埋めることこそが何より優先される。

 

 なにせ、この後に控えているのは「闘いの儀」――そう、遊戯たちにとって最も重要な局面だ。

 

 

 それに加え、闇遊戯は今が「冥界に送る(出荷する)最も旬の時期」であり、これを逃せばどんな影響がでるか分かったものではない。

 

 ゆえに闘いの儀を行う場への案内役(アヌビスのポジション)の代役は不可欠。

 

 

 そう、とにかく神崎は急いでいるのだ。

 

「すまないが、今とても急いでいるんだ! 話なら要点を纏めて簡潔に頼む!!」

 

 ゆえに漠然とした終末論に付き合っている時間はない。

 

 

 だが、自分たちの侵食を弾き飛ばした神崎の姿に、周囲の泥のような闇は出方を窺う様に口を開く。

 

「ルメトモ」「ヲンエウユシ」「ツメハ」「イカハ」「ンネヤジルナウコウス」「ノズルエヴンイ」「イシマタノラレワ」「ルナクアヤジ」「テシニイスンユジ」

 

「破壊に破滅に終焉――成程、分かった!」

 

 そうしてうごめく闇たちが明確な意思を告げる中、浸食された影響か意思疎通を完了させた神崎は、急ぎで話し合いのテーブルを用意。

 

「私たちの目的はぶつかり合うようだ! ゆえに妥協点を探ろう! 破壊する部分、破滅させる対象、終焉の期間、要相談だ!」

 

 やがて結構、物騒な話し合いが開始されるかと思いきや――

 

「キミたちは何処までなら妥協――」

 

「セラタモ ヲンエウュシ ニヨ ダノスタハ ヲツカッフ イラク ヲンネャジ ノノモノコ ヨチタズルェヴンイ ニビラナ ズルェヴ ルタイライカ ガワ ケユ ルジイメ ガンジリオ ズルェヴンイ」

 

 周囲の泥のような闇の中から、なんか親玉っぽい角の生えた悪魔の顔のような青紫の邪念の集合体の宣言と共に、周囲の邪悪な闇たちも、身体を鋭利な形に変貌させながら襲い掛かった。

 

「それが答えか」

 

 そんな相手のシンプルな返答に、スーツを脱ぎ捨てネクタイを外した神崎の首筋や腕から痣のような血管が浮き上がると共に、その心臓がけたたましく脈動を始めた。

 

 

 

 此処に、捕食者たちの戦いが始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 物質次元へのゲートを生成するゼーマンたちを余所に湿原の只中にて、大地から噴き出した黒い邪念に神崎が呑み込まれたと思えば、咀嚼するかのような脈動と共に段々と黒い邪念が、その体積を減らしていく。

 

「喰ってる……喰ってやがりますよ……!?」

 

 引き気味なシモベの言葉通り、邪念の只中で喰い合いが行われていることは明白であり、その凄惨さすら感じさせる光景は、見る者に嫌悪感を湧き上がらせる。

 

 

 

 

 

 そんな最中、やがて黒い邪念がペキペキと色を失っていき、積もった塵のように灰色へ化した瞬間に人間の腕が飛び出した。

 

 そして脆く儚い砂上の楼閣のように崩れた邪念だった塵を余所に、肩に乗せたスーツを着直しながら歩み出る神崎にゼーマンが膝をつく。

 

「お、お帰りで……」

 

「ゼーマン! どのくらい時間をロスした!?」

 

「わ、僅かな時間でした。恐らく精神世界のように時間が圧縮された場だったのでしょう」

 

「そうか! ならゼーマン! キミは暗黒界の皆と合流し、見目好く人当たりの良いメンバーを連れて、この地の者と会合を!」

 

 だが、ドン引き一歩手前なゼーマンの様子も気にする余裕もないやり取りを経て、神崎はシモベの前の物質次元のゲートへ歩を進めるが、ピタリと足を止め――

 

「なにやら邪悪な類が封印されていたようだから、それを祓いに来たと――いや、台本の類は後に用意する! メンバーの選別後と、出発・到着前に連絡を頼む!」

 

 若干、修正しつつ、計画を棚上げする神崎。焦りの只中で計画を立てることは悪手であると。なお平時に立てた計画が完璧なのかと問われれば、泳いだ目線と共に沈黙を返す他ないが。

 

「ハッ、ではバーガンディ殿を筆頭にメンバーを選別しておきます」

 

「我が主! ゲートの準備が万端ですぞ! ご武運お祈りしてります!」

 

「ああ、ありがとう!」

 

 やがてゼーマンが自分たちの拠点である森が広がる《クローザー・フォレスト》へ向かう準備へ移行する中、シモベに促されるままに、物質次元へのゲートに手をかけ――

 

「トラゴエディア!」

 

「全く、せわしない奴だ」

 

 トラゴエディアを引き連れた神崎は、物質次元こと人間の世界へ大急ぎで向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ファラオであるアテムと、神官セトのディアハを描いた古代エジプトの石板の前で倒れていた遊戯たち一同は、夢現な様子で起き上がるが――

 

「此処は……」

 

「記憶の石板……元の世界に戻ったのね」

 

「そうだ! もう一人の遊戯――じゃなくて、えーと、アテムは!?」

 

 杏子の声に、現状を把握した一同を代弁するように城之内が叫ぶが――

 

「ちょっと待ってて――――」

 

「みんな、ありがとう――みんなや、精霊たちの助けがなければ、俺は闇のゲームに勝つことができなかったかもしれない」

 

 表の遊戯から、闇遊戯に――いや、アテムに人格交代した後に告げられた言葉に城之内はその背を軽く叩く。

 

「なに水くせぇこといってんだよ! 俺たちはいつだって一緒だろ?」

 

「そうだぜ、お前は俺たちの大切な仲間――」

 

 そして本田もアテムの肩に手を回しながら再会を喜ぼうとするが、その前にコンコンと扉からノックの音が響いた。

 

「お時間です」

 

「……タイミング悪ぃなぁ」

 

 やがて開いた扉から、此処まで遊戯たちを案内した厳つい目元以外を布で隠したガタイの良い大男の墓守の一族が一礼と共に発した声に、肩を組んだ遊戯の隣でピタリと固まる本田だったが――

 

「あれ? そういや、ボバサは?」

 

 此処で、周囲にボバサの姿がないことに気付く。あの巨漢ではさして物のないこの部屋では隠れようもない。

 

「使命を果たした彼のものは、帰るべき場所に帰られました」

 

「なんだよ、挨拶もなしかよ――ちょっと寂しいぜ」

 

 そんな中、続いた墓守の一族の大男の言葉に、ボバサと良くも悪くもぶつかり合うことが多かった城之内が頭をかきながら肩を落とした。

 

「アンタは何処行ったか知って……って、言う気はねぇか」

 

「此方へ、皆様のご友人の方々がお待ちになっております」

 

「ご友人?」

 

 やがて詳細を問おうとして本田が言葉を引っ込めた余所に、ボバサが「ファラオに」と置いていったとされる三つの千年アイテムを回収したアテム。

 

 そして墓守の一族の大男の案内の元、不思議そうな顔を見せるアテムを先頭に、一同は管理施設内の一般に開放されているエリアへと進んでいく。

 

 そこには――

 

「おーい、遊戯~!」

 

「遊戯くーん!」

 

「爺さん!? それに御伽も!?」

 

 遊戯の祖父、双六と、友人である御伽がそれぞれ手を振っていた。

 

 

「――受け取れ、遊戯ィ!!」

 

 が、それよりも先にアテムの元に飛来した物体を受け止めれば、そこには――

 

「海馬ッ!? それに千年ロッド!?」

 

「ふぅん、凡その話は聞いた――貴様に必要なのだろう? こんな骨董品くれてやるわ」

 

「アヌビスもケチだよな! 俺たちを遊戯んとこに案内してくれないなんてよ!!」

 

「これに関しては、誰であっても同じ対応です」

 

 海馬兄弟の姿が立ち並ぶ。そしてアテムたちを先導していた墓守の一族の大男へと苦言を漏らすモクバの姿にアテムはピクリと反応を見せた。

 

「アヌ……ビス?」

 

――あのモクバの態度……コイツはアクターと無関係なのか?

 

 ゴツイ墓守の一族の名を、今ようやく把握したアテムがアヌビスとモクバとの距離感から、誰とも関わらなかったとされるアクターとの関連する可能性を排していく中――

 

「えっ? 遊戯は知らなかったのか?」

 

「いえ、此方が名乗らなかったのです。我はあくまで『墓守の一族』として、この場にいる身――名という『個』を示す必要はありませぬ」

 

「アクター……いや、他の一族もそうなのか?」

 

 モクバを相手にしていたアヌビスへアテムは、そう問いかけた。己が知っておかねばならない問題だと。

 

「いいえ、細かな方針は一族ごとに特色がございます。我らに縦も、横の繋がりもありません。あるのは『役目に殉じる』ことのみ」

 

 だが、アヌビスからは望む答えは得られない。

 

 

 墓守の一族のそれぞれは、全ての一族が共倒れになることを避けるべく、小分けに与えられた役目に殉じることで――と、アヌビスが色々明かしているが、これはあくまで「アヌビス用に設定された情報」でしかない。早い話が嘘だ。

 

 

 ゆえに、アヌビスの返答からアテムが幾ら考えようとも、アクターの全容を知ることはできない。

 

――アクターはマリクとも、アヌビスとも、ボバサとも違う墓守の一族だったのか……?

 

「そう……か。アヌビスだったよな? 今まで墓守として――」

 

「皆まで言わずとも構いません。ファラオの使命を果たす御役目を無事成すことこそが我らの本懐ゆえに」

 

 だが、口から出まかせを述べる相手に礼を告げようとしたアテムへ「そもそも礼を言われることなど何もない」とばかりに「ファラオに尽くすのは当然のこと」だと語るアヌビスの姿に城之内は思わず零す。

 

「ボバサと違ってかったいヤツだな……」

 

 陽気で気ままなボバサとは正反対だと。

 

 墓守の一族ごとの方針の違いゆえかもしれないとアテムが考える最中、海馬のインパクトから目に入らなかったテーブルに所せましと広げられた料理にがっつく影の主が食事の手を止めた。

 

「もぐもぐ……あっ、遊戯くん、むしゃむしゃ……」

 

「獏良も来ていたのか!?」

 

「うん、なんだか千年リングが必要なんだって、もぐもぐ……あっ、はいコレ」

 

「あ、ああ。そ、そんなに食べて大丈夫なのか?」

 

「うん! 今はなんだかとっても身体が軽いんだ! それにご飯も美味しく感じるし……なんでだろう? むぐむぐ」

 

 いや、やっぱり食事の手を止めることなく、アッサリと千年リングをアテムに渡しながら、食事を続ける獏良。その姿は色んなしがらみ(バクラ周辺の問題)から解放されたゆえか、この世の春とばかりの晴れやかさだった。

 

 その晴れやかさに、若干ベタつく千年リングをハンカチで拭うアテムの顔には安堵が見える。彼もまた、ようやく解放されたのだと。

 

 そうして各々自由気ままな様相だが、アテム一同からすれば、未だ分からないことがあった。

 

「でも、どうしてみんなが……」

 

 それは、どうしてこのタイミングで仲間たちが揃ったのかという点である。

 

「それに関しては私が説明しよう」

 

「ホプキンス教授!?」

 

「冥界の神殿に安置された冥界の石板にはこう記されているんだ」

 

 しかし、此処で何処からともなく現れたホプキンス教授が、明らかに用意していた感のあるホワイトボードに記入された簡易的な図へ教鞭を差し、手短に説明していく。

 

「『冥界の扉を開くには石板に7つの千年アイテムを収め、最後の鍵としてファラオの名を示せ』とね」

 

 そうしてホワイトボード上の「冥界」の2文字の周囲に「天国」「あの世」「死者の国」と分かり易いワードに変換された図へ、城之内たちが首を捻る最中、ホプキンス教授はアテムへ視線を戻すも――

 

「そこで遊戯くん――いや、ファラオの魂と言うべきか――が、その試練を乗り越えた時、その魂を冥界に返す儀式を行う必要があるんだ」

 

「ああ、分かってる」

 

 それは究極の闇のゲームをクリアし、記憶が完全に戻ったアテムとて重々承知のことだった。

 

 だが、ホワイトボードの前で悩まし気な様相の城之内が、アヌビスへ向けて零す。

 

「でも何でホプキンス教授なんだ? 墓守の一族のお前が案内してくれれば良いじゃねぇか」

 

「ちょっと城之内!」

 

「はは、構わないよ。私もそれが筋だと思うしね。だが、今回は彼から依頼されて私が案内することになったんだ」

 

 若干双方に失礼な発言ゆえに咎める杏子だが、ホプキンス教授は気にした様子もない。

 

「道は違えど、一族の者が罪を犯したのです。同胞の罪は我らが罪――ファラオの御身を送る只中に罪人が紛れ込むなどあってはなりません」

 

「アヌビス……」

 

 更にアヌビスから語られた「自分たちが関わるべきではない」理由を聞けば、アテムには返す言葉が出なかった。

 

 やがて若干しんみりとし始めた空気を変えるように本田がポンと手を叩く。

 

「成程な、今回はホプキンス教授が仕事で来てる訳だからレベッカの姿がねぇのか」

 

「ああ、あの子も来たがったんだけどね。今回ばかりは遠慮して貰ったよ」

 

「儂は遊戯の保護者として此処におるんじゃ。もう一人の遊戯も儂の大事な孫じゃからの」

 

「僕は空港で右往左往していた遊戯くんのお爺さんの姿を見かけてね」

 

 そうしてホプキンス教授に続くように、双六と御伽が自分たちの内情を明かす。

 

 

 そう、此処に集ったのは7つの千年アイテムを持つ者たち、とその関係者。後+α。

 

 そしてファラオを冥界へ送る儀式場への案内人――の代理。

 

 

 全てが揃いつつある今、別れの時は目前に迫っていた。

 

 

「では、そろそろ――船()()()ご案内します」

 

 やがて神崎が用意しておいた船に案内するアヌビスの背にモクバの声がかかる。

 

「あのさぁ、アヌビス。お前……そんなヤツだったか?」

 

 モクバの知るアヌビスは、もっと「俺様感」のある人物だった筈だと。今のように畏まった側面は、モクバには少々違和感が強い。だが――

 

「お戯れを。今は墓守の一族の一人として王の前にある身。普段のような振る舞いは出来ませぬ」

 

「……まぁ、そう言われるとそうだよな」

 

 アヌビスから告げられた至極真っ当な理由に、大いに納得させられたモクバは、先を進む海馬の元へと駆けていった。

 

 

――ま、間に合ってよかった……ギリギリだった……

 

 アヌビスに化けていた神崎の心中の安堵の声を残して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがてアヌビスに見送られ、最後の船旅となった遊戯たち。

 

 そうして日も暮れてきた頃 船の甲板にて運河を眺める遊戯たち一同の間に奔る重苦しい空気を割くように城之内が努めて明るく声を張る。

 

「いやー、牛尾が船の免許持ってたなんて驚きだよな、遊戯!」

 

「そうだね」

 

「こう、船旅ってのも悪くねぇよな!」

 

「うん」

 

 しかしアテムから人格交代していた船の手すりに腕を乗せた遊戯の気は晴れない。そんな中、城之内は小さく息を吐いた後、遊戯と同じように手すりに身を預け――

 

「……なぁ、遊戯。俺の一生の願い、聞いてくれるか?」

 

「えっ?」

 

「千年アイテム、この川に捨てちまおうぜ」

 

「城之内くん……」

 

 告げられた一生の「願い」に遊戯は言葉を詰まらせる。

 

 親友(アテム)と別れずに済む――そんな魅力的な提案に僅かに心が揺れるが、遊戯がそれを立て直すと同時に、城之内が小さく謝罪をいれた。

 

「……いや、悪ぃ。駄目だな、俺――ホプキンス教授から、今じゃねぇと『成仏できなくなっちまう』って話聞いたってのに、自分のことばっかで……」

 

 城之内とて、自分が願ってはならぬことを願っている自覚はあった。船内でもホプキンス教授により、座学の類が苦手な城之内にも分かり易く現状が示されている。

 

 だが「それでも」と思わず出てきてしまった願い。それを悔いる城之内に、遊戯は小さく横に首を振って返した。

 

「ううん、ボクもそうだよ。今でも『他に方法があるのかもしれない』って心のどこかで考えてる」

 

「そうよね。だって、こんなに急だもの……もうちょっとみんなで一緒に……せめてあと一日だけでも……」

 

「城之内の気持ちは、みんな一緒なんだよな……気持ちよく送り出してやりてぇのに、土壇場に来ちまうと尻込みしちまう」

 

 もうすぐそこまで来たアテムの別れの時に、遊戯や城之内と同じく、杏子と本田もやり切れぬ思いを感じているのだ。

 

 

 どうにか折り合いをつけねばならない感情を、なんとか飲み干そうとする遊戯たち。

 

 

「別にそれでいいじゃねぇか」

 

 だが、背後から響いた声に、城之内はハッとした様子で振り返りつつ、ばつが悪そうに返す。

 

「牛尾? 運転はいいのかよ」

 

「磯野さんと交代してきた――ある程度は自動操縦できるとはいえ、俺1人で付きっ切りって訳じゃねぇよ」

 

「それで牛尾くん、『別にいい』って?」

 

「まぁ、そうだなぁ……」

 

 やがて一同の苦悩を否定した牛尾の言葉の真意を遊戯が問い質すが――

 

「大事なヤツとの別れは、誰だって辛いもんだ――だがよぉ、忘れてねぇか?」

 

 なにも牛尾は、彼らの想いを否定している訳ではない。

 

「この別れは、もう一人の遊戯……アテムだって辛いんだぜ?」

 

 辛いのはみんな一緒なのだと。

 

 最後の別れ――それが辛いのは牛尾も分かる。いや、牛尾よりも遥かに付き合いが長かった遊戯たちは、牛尾のソレとは比べ物にならないだろう。

 

「だってのに、アテム含めてお前らみんなして、その想いにフタして無理やり笑ってお別れ会……なんざ、どっちもシンドイだけじゃねぇか」

 

 しかし、それだからこそ己の想いを誤魔化した別れなど、唯の悲劇であろう。

 

「お前らだって永遠に一緒にいられる訳じゃねぇ。いつか絶対に別れは来る」

 

 別れは誰にだって平等に訪れる。それは決して避けられないものだ。

 

「なら、ピーピー泣こうが、思いっきり叫ぼうが、ありったけ想いぶつけ合う方がイイんじゃねぇか?」

 

 であるのなら、気心が知れた親友たちの別れを前に、己の感情を誤魔化した最後など後悔しか残るまい。

 

 

あの世(冥界)ってもんが、どんな場所なのかは俺もよく分からねぇが、真っ当なアイツが送られる場所なんだ――悪くはねぇだろうさ」

 

「牛尾くん……」

 

「へへっ、らしくねぇこと言っちまったかな」

 

 そうして自論を語り終えた牛尾は、向けられる遊戯たちの視線に照れくさそうに鼻をかく。

 

 

 そんな中、少し上向いた気持ちで拳を握った城之内は、決心するように零すが――

 

「そうだよな。俺たちで精一杯、アテムをデュエルで冥界に送って…………アテムに誰が勝てるんだ?」

 

 ホプキンス教授の説明から「アテムを冥界に送るにはデュエルで倒す必要がある」と説明を受けていたが、今の今まで「別れ」の方にばかり気がいっていた一同は根本的な問題にぶち当たった。

 

「まぁ、順当にいきゃあ社長かねぇ?」

 

「いや、やっぱ此処は――」

 

「なんだよ、城之内。お前がやんのか?」

 

 牛尾が零した声に反応する城之内を覗き込む本田だが――

 

「遊戯、本当なら親友の俺が送ってやりてぇ――だけど、多分……いや、今の俺じゃ無理だ。悔しいけど俺が一番よく分かってる」

 

 悔し気に拳を握った城之内は遊戯の肩に手を置き宣言する。KCグランプリならぬワールドグランプリで己の実力不足は痛感しているゆえに託す。

 

「だから、遊戯。お前に任せる。いや、()()()()! お前しかいねぇと俺は思うんだ!」

 

 アテムを送ってやれるのは、文字通り「一心同体」の間柄であった遊戯を措いて他にはいないと。

 

 だが、此処で今まで沈黙を守っていた御伽が驚きの声を漏らした。

 

「遊戯くんが……!? 無茶だよ!!」

 

「いや、遊戯の実力は俺が一番よく分かってる! ……俺が一回も勝ったことないからな」

 

 御伽視点の遊戯は、そこまで強者には映ってはいない――だが、城之内からすれば並び立ちたいライバルの1人である。

 

 

 これ以上の人選などない確信が城之内にはあった。

 

 

「ふぅん、実にくだらんやり取りだな」

 

 しかし、そんな一同に更なる乱入者――海馬兄弟が現れた。

 

「なんだよ、海馬。てっきり俺はお前が名乗り出るもんだと思ってたぜ」

 

「『くだらん』と言った筈だ――俺と遊戯(アテム)の戦いにカビの生えた碑文など不要」

 

 アテムの宿命のライバルを自称する海馬であれば、アテムとの最後のデュエルの機会をふいにすることはないと思っていた城之内だが、こう見えて海馬は決戦の舞台にはこだわるタイプである。

 

 三千年前の宿命だか儀式だかに「勝手をされる」のは我慢がならない。

 

「それに加え、どいつもこいつも前提をはき違えたやり取りばかり」

 

 さらに海馬からすれば、これはアテムとの「最後のデュエルの機会」などでは断じてない。

 

「お前たちの誰が挑もうとも、どのみち遊戯(アテム)には勝てん――つまり、ヤツは現世に残る」

 

 アテムの力は他ならぬ海馬が一番認めている。ゆえに、もはや「今の」アテムを倒せるのは己をおいて他にはいないという絶対の自負があった。

 

「俺が遊戯(アテム)と相まみえるのは、頂上の舞台のみ――そこで俺が今度こそ引導を渡してくれる!」

 

 ゆえに海馬が整えた完璧な舞台で、完全な勝利を掴む。

 

「その結末は変わらん」

 

 それこそが海馬のロード。ゆえに、「闘いの儀」など海馬からすれば「アテムの実力を見る」以外はどうでも良かった。

 

「この場など所詮は貴様らのくだらん思い出作り――好きにするが良い」

 

「こ、こいつは……!!」

 

「海馬君――ありがとう」

 

 そんな海馬の不遜な俺様具合に頬をヒクつかせる城之内を余所に、遊戯は真っ直ぐに礼を告げる。

 

 海馬の性格的に、本当は浴びる程にアテムとデュエルがしたい筈なのだ。

 

 しかし、その想いを一時留め、「思い出作り」などと憎まれ口を零しながらも己に譲ってくれたことなど、アテムの傍で海馬という人間を見続けてきた遊戯によく分かっていた。

 

「ふぅん、感謝するのなら精々、遊戯(アテム)から奥の手の一つでも引きずり出してみせるんだな」

 

 やがて踵を返しながら、そう告げた海馬の歩みを最後に、この場の一同は各々の部屋に戻り、就寝につく。

 

 

 明日の朝、到着したその時こそが、別れの時なのだと。

 

 

 

 

 

 そうして自室に割り振られた部屋に戻った遊戯の背後でアテムはポツリと零す。

 

『相棒、俺はお前がデッキを組み終わるまで心の奥底に……』

 

 それは「闘いの儀」へ向けたデッキ構築を知ってしまわぬゆえに、今のように表層に出ないようにアテムは動こうとしたが――

 

「ううん、大丈夫だよ」

 

『相棒?』

 

「実は、もうボクが組むデッキは決まってるんだ」

 

 それはいらぬ心配だった。既に遊戯の脳内にはアテムを倒す為のデッキは構築されている。

 

「ボクはずっとキミのデュエルを傍で見てきた……だから」

 

『無意識に考えていたか、俺というデュエリストを倒す方法を』

 

 遊戯とてデュエリストなのだ。アテム程の実力者を前にして、燻る想い(戦いたい意思)にフタをし続けることなど出来よう筈がない。

 

「うん、だから――」

 

『奇遇だな。俺も、お前とのデュエルを心のどこかで待ち望んでいた』

 

「ふふっ、そっか」

 

 そして、それはアテムも同じ――いや、アテムだからこそ、己にはない強さを持つ遊戯とのデュエルは常に脳裏を占めていた。

 

 そう、互いに、互いを倒すデッキは、とうに組み終えている。後は戦いの火蓋が落ちるのを待つのみ。

 

 

「なら、お願いがあるんだ。杏子と話をしてあげて――どんな話でも良いんだ。最後に出来るだけ沢山の……」

 

 ゆえに、遊戯はアテムの最後の時間を杏子の秘めた想いの為に、託すことを願いでるが――

 

『そう……か。分かった。だが、俺も一つだけお前に「だけ」話しておく……いや、頼みたいことがある』

 

「もう一人のボク?」

 

 アテムもまた、遊戯に、いや、遊戯にしか頼めない願いがあった。

 

『俺の最後の心残りの話だ』

 

 やがてアテムから語られた話を聞き終えた遊戯と人格交代したアテムは、杏子に割り振られた一室へと歩を進めていく。

 

 

 

 乙女の秘めた想いが行き着く先は果たして――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 明朝、目的地に到着した船から降りた一同は「闘いの儀」の舞台である地下神殿へと降り、冥界の石板が安置された場所に勢揃いする。

 

 

 そして冥界の石板に7つの千年アイテムを収め、ウジャトの瞳が描かれた冥界の扉の前に立った遊戯。すると――

 

「扉の目が光ったぞ!」

 

「あのウジャトの瞳が闘いの儀による魂の真実を見極めるんだ」

 

 驚く本田に、儀式の詳細を語るホプキンス教授。やがてウジャトの瞳から輝く光が遊戯を照らしていき、その影を二つに分かつ。

 

「見て! 遊戯の影が!」

 

「遊戯くんが2人に!?」

 

 そして杏子と獏良の声が示すように、遊戯が二人に――遊戯とアテムに別れ、互いは示し合わせたように左右に分かれて歩を進めた。

 

「くるのか……2人のデュエルが……!」

 

「よっしゃ! 最後のデュエル! 2人とも目一杯に応援してやろうぜ!!」

 

 それは御伽の言う様にデュエルする為の立ち位置。ゆえに城之内も気合を入れて声援を送る。

 

 

 やがて向かい合ったアテムは遊戯へ視線を向けていた。

 

――相棒、よくぞこの闘いを受けてくれた……礼を言うぜ。だが、俺もデュエリスト!

 

 それは今までのような「相棒」としてではなく一人の「デュエリスト」としての闘志溢れる瞳。

 

――目の前に立ちはだかる者は全力で倒す! それが俺のプライド!

 

――もう一人のボク……ボクが強くならなければキミはずっとボクの心の中から自由になることは出来ない。

 

 そんなアテムの闘志に晒される遊戯は、スッと視線を合わせる。もう、賽は投げられたのだと。

 

――だから……キミを倒す!

 

「行くぜ、相棒!」

 

「行くよ、もう一人のボク!!」

 

 同じ景色を見続けた2人が、今ここに互いに別の景色(勝利)を目指し、カードの剣をとった。

 

「 「 デュエル!! 」 」

 

 やがて先攻後攻の選択権を得た遊戯は先攻を選択。

 

「ボクの先攻! ドロー! 手札から魔法カード《手札抹殺》を発動! 互いの手札を全て捨て、捨てた枚数ドローする!!」

 

「フッ、なら俺はこの5枚のカードを捨てるぜ」

 

 そして万全の体勢を整えるべく手札を整えようとした遊戯だが、アテムが公開情報である捨てる手札を明かしたことで、その動きはピタリと止まる。やがてホプキンス教授と双六が驚愕の声を漏らした。

 

「そんな馬鹿なッ!?」

 

「エクゾディア……じゃと……!?」

 

「待って、最後の1パーツがないわ!」

 

「いや、手札の《黒き森のウィッチ》の効果があれば……」

 

「遊戯くんが魔法カード《手札抹殺》を使わなければ……いや、ひょっとしたらアテムくんが先攻を取っていれば……勝負は一瞬で……」

 

 杏子の言に付け足された城之内と御伽の注釈が、遊戯とアテム、二人の間に広がる実力差を物語っている。

 

 そんな驚愕におののく一同に反し、海馬は――

 

――いいぞ、これでこそデュエルキング! 我が宿命のライバル! 貴様の一挙手一投足、打つ手全てが俺を高揚させる!! とはいえ、その遊戯(アテム)の力をヤツがどれ程受け止められるか……

 

 得もいえぬ高揚感に包まれていた。それはアテムが冥界には帰らず、現世に残る確信を得たゆえか。

 

――神くらいは引きずり出して欲しいものだな。

 

 そして遊戯へと試すような視線を向ける海馬に、当の遊戯は新たに引いた5枚のカードの1枚に指を走らせる。

 

「ボクは《グリーン・ガジェット》を召喚! そして召喚に成功した時、効果発動! デッキから《レッド・ガジェット》を手札に加える!」

 

 歯車の身体を持った緑のロボットが、小さい手足を目一杯伸ばして、拳を掲げる。そのステータスは決して高くはないが、次々と仲間を呼ぶその力は侮れない。

 

《グリーン・ガジェット》 攻撃表示

星4 地属性 機械族

攻1400 守 600

 

「此処で墓地の《ADチェンジャー》を除外し、《グリーン・ガジェット》を守備表示に変更! さらに2000のライフを払い魔法カード《同胞の絆》を発動!!」

 

 しかし呼ばれて早々に短い腕を交差させ、しゃがむ《グリーン・ガジェット》の両隣には――

 

《グリーン・ガジェット》 攻撃表示 → 守備表示

攻1400 → 守 600

 

遊戯LP:4000 → 2000

 

「その効果で、ボクが選択した《グリーン・ガジェット》と同じレベル・属性・種族の同名以外のモンスターを2体特殊召喚する!」

 

 2つの歯車が回転しながら降り立った。

 

「頼んだよ! 《レッド・ガジェット》! 《イエロー・ガジェット》! そしてレッド、イエローの特殊召喚成功時に、デッキから、《イエロー・ガジェット》と、《グリーン・ガジェット》を手札に加える!」

 

 それは同じような歯車の身体を持つも、ボディカラーは赤いロボットが、遊戯を守るように小さくしゃがみこみ、

 

《レッド・ガジェット》 守備表示

星4 地属性 機械族

攻1300 守1500

 

 さらに同タイプの歯車の身体を持つ黄色のロボットもその隊列に加わった。

 

《イエロー・ガジェット》 守備表示

星4 地属性 機械族

攻1200 守1200

 

「カードを2枚セットし、最後にボクは魔法カード《光の護封剣》を発動! これで3ターンの間、キミは攻撃できない!! ターンエンドだ!!」

 

 やがてアテムのフィールドに降り注いだ数多の光の剣が突き刺さり、その行動(攻撃)を封じ込める。

 

 これにて、3体の守備モンスターに加え、攻撃封じの魔法、そして2枚のセットカードの布陣を敷いた遊戯。

 

 更にはサーチ効果を駆使し、手札の消費は最低限に抑え、二の矢の準備も抜かりはない。

 

「守りを固めたか、相棒――だが、その程度の壁じゃ俺の攻撃は防げないぜ!!」

 

 それはアテムの言う様に、及第点の守りと言えよう。だが「及第点」では駄目だ。

 

「俺のターン、ドロー! 魔法カード《トライワイトゾーン》を発動!! 墓地に眠るレベル2以下の通常モンスターを3体蘇生する! 甦れ、封印されし者たち!!」

 

 そうしてアテムのフィールドに呼び出されるのは、宙に浮かぶ鎖につながれた右腕。

 

《封印されし者の右腕》 守備表示

星1 闇属性 魔法使い族

攻200 守300

 

 自立する鎖につながれた右足。

 

《封印されし者の右足》 守備表示

星1 闇属性 魔法使い族

攻200 守300

 

 そして同じく立つ鎖でつながれた左足。

 

《封印されし者の左足》 守備表示

星1 闇属性 魔法使い族

攻200 守300

 

「エクゾディアパーツを!?」

 

「そして魔法カード《ルドラの魔導書》発動! 魔法使い族《封印されし者の右腕》を墓地に送って2枚ドロー! 装備魔法《ワンダー・ワンド》を発動! 《封印されし者の右足》に装備! 効果により墓地に送って2枚ドロー! 魔法カード《馬の骨の対価》発動! 通常モンスター《封印されし者の左足》を墓地に送り2枚ドロー!!」

 

 獏良の声を余所に、アテムが連続で発動したカードによって一気に消えていったエクゾディアパーツたちが、アテムの手札を爆発的に増やす。

 

 そして、それは同時に――

 

「一気に手札を増やした!」

 

「やっぱりアテムくんが先攻だったら、1ターンでエクゾディアが揃っていた……」

 

 驚く本田を余所に御伽が零すように、アテムは1ターンで5枚のエクゾディアパーツを揃えることが可能であったことが伺える。

 

 先攻後攻の選択の段階で既に首の皮一枚の事態が過ぎ去っていたのだ。

 

「本気なのね……アテム……」

 

「ふぅん、何を馬鹿なことを――まだこれからだ」

 

 ゆえに杏子はアテムの全力の姿勢に迷うように呟くが、海馬から見れば、アテムの力はまだまだ序の口でしかない。

 

「2枚目の魔法カード《トライワイトゾーン》発動! 再び舞い戻れ、封印されし者たち!!」

 

 それを示すように増加し手札から先程と同じ光景が繰り返される。

 

《封印されし者の右腕》右足》左足》 計3体 守備表示

星1 闇属性 魔法使い族

攻200 守300

 

「まだ手札を補充する気か!?」

 

「いや、違うぞい。これは贄!」

 

 そしてアーサーの予想を短く断じた双六の声が意味することなど一つしかない。

 

「まさかッ!?」

 

「永続魔法《冥界の宝札》を発動し、エクゾディアパーツ3体を贄に(リリース)!!」

 

 そしてモクバの信じられないような表情を置き去りにしながら3種のエクゾディアパーツが天へと上り――

 

「現れよ! 天空の神!!」

 

 地下神殿の天井から雲を割くように降り立つのは赤き長大なる龍。

 

「――『オシリスの天空竜』!!」

 

 天空の神、『オシリスの天空竜』がアテムの背後で翼を広げ、長大な身体でとぐろを巻いた。

 

『オシリスの天空竜』 攻撃表示

星10 神属性 幻神獣族

攻 ? 守 ?

 

 そんな三幻神の一角が放つ強大なプレッシャーに、モクバが小さく後退る。

 

「嘘……だろ……1ターン目で……神が!?」

 

「そしてアドバンス召喚に成功したことで、永続魔法《冥界の宝札》で2枚ドロー! 更に速攻魔法《魂のしもべ》を発動! 魔法カード《賢者の宝石》をデッキトップに! そしてチェーン3に速攻魔法《サモン・チェーン》を発動! これで俺はこのターン、3度の通常召喚が可能になる!」

 

 だが、チェーンして連続で発動されたカードの効果の聞き逃せぬ単語に、此処に来て初めて海馬の瞳は大きく見開かれた。

 

「3度の召喚……まさか!?」

 

「さらに2枚目の永続魔法《冥界の宝札》を発動し、そして3枚目の魔法カード《トライワイトゾーン》発動! 三度来たれ、封印されし者たち!!」

 

 そして再び並ぶ3種のエクゾディアパーツ――いや、「贄」と言うべきか。

 

《封印されし者の右腕》右足》左足》 計3体 守備表示

星1 闇属性 魔法使い族

攻200 守300

 

「3体のエクゾディアの力を贄に(リリースし)!!」

 

 エクゾディアパーツが大地に沈むように消えた先から奔る亀裂より、地を揺らしながら現れるのは――

 

「来たれ、破壊の神!!」

 

 剛腕を唸らせ、大地を踏みしめ立つ蒼き巨神。

 

「――『オベリスクの巨神兵』!!」

 

 破壊の神、『オベリスクの巨神兵』が両拳を握りしめながら、雄叫びと共に現れ、空気を震わせる。

 

『オベリスクの巨神兵』 攻撃表示

星10 神属性 幻神獣族

攻4000 守4000

 

「アドバンス召喚の成功により、2枚の永続魔法《冥界の宝札》の効果で合計4枚ドロー!!」

 

 こうして1ターンで2体の神を呼び出したアテムだが、補充した手札に手をかける様子を見るに、まだ終わる気はない。

 

「そして手札を1枚捨て、《THE トリッキー》を特殊召喚!!」

 

 アテムの手札から小さな煙幕が弾けたと共に、「?」が描かれたマスクと、衣装に身を包んだ道化師がマントを使って優雅に一礼しながら現れ――

 

《THE トリッキー》 攻撃表示

星5 風属性 魔法使い族

攻2000 守1200

 

「さらに速攻魔法《トリッキーズ・マジック4》を発動! 《THE トリッキー》をリリースし、相棒! お前のフィールドのモンスターの数まで『トリッキートークン』を特殊召喚!!」

 

 そこからマントでクルリと己を包み込んだ《THE トリッキー》の身体はマントの内側に消えていき、もう1回転したマントから3体の《THE トリッキー》が――『トリッキートークン』が先の焼き増しのようにマントを使って優雅に一礼した。

 

『トリッキートークン』×3 守備表示

星5 風属性 魔法使い族

攻2000 守1200

 

「此処で3度目の通常召喚だ!! 3体の『トリッキートークン』を贄に(リリースし)!!! 降臨せよ!!」

 

 そして揃った3体の贄、『トリッキートークン』たちが3つの火柱となって立ち昇り――

 

 

「こんなことが……」

 

 

「降臨せよ、三幻神が最高位! 太陽神!」

 

 天に巨大な炎を――いや、太陽を形成。そして太陽のコロナが収まると同時に黄金の球体が浮かび上がったと思えば――

 

「――『ラーの翼神竜』!!」

 

 音を立てて展開した黄金の球体から、黄金の翼竜が『ラーの翼神竜』が翼を広げ、生誕のいななきを上げる。

 

『ラーの翼神竜』 攻撃表示

星10 神属性 幻神獣族

攻 ? 守 ?

 

「アドバンス召喚の成功により2枚の永続魔法《冥界の宝札》で4枚ドロー! そして『ラーの翼神竜』の攻・守は贄に捧げたモンスターのそれぞれの数値を合計したものとなる!!」

 

 生命を育む太陽の光を持つ神たる『ラーの翼神竜』の威容がフィールドにたなびく中、遊戯は思わずデュエルディスクを盾のように顔の前に構えた。

 

『ラーの翼神竜』

攻 ? 守 ?

攻6000 守3600

 

 アテムの1ターン目にも拘わらず、3体の神が、三幻神が、フィールドに揃った。

 

 それに加え、3体の贄という重い召喚条件を持つ三幻神を全て呼び出したにも拘わらず未だ潤沢なアテムの手札。

 

「神の前に小細工は通用しない! 魔法カード《光の護封剣》の守りは無意味!!」

 

 アテムの宣言通り、神の凱旋を前に行く手を遮る魔法カード《光の護封剣》が、なんの壁にもならず、遊戯を守る三体のガジェットたちも神の(効果)の前にはか細いものだった。

 

 

「行くぜ、相棒! 俺の全力を受けな!!」

 

 

 今、三千年の錬磨を遂げ、おさめどころがない程となった(デュエルキング)の剣が振り下ろされる。

 

 

 






闘いの儀「王様、冥界に帰る気ある?(フィールドに揃った三幻神を見つつ)」




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第198話 神を討て



アテム VS 遊戯 前編です。

注:今回のデュエルは手札補充などの要所々々のシーンを大幅カットしてお送りさせて頂く、バージョンになっております。

色々考えたのですが、そうしないと原作の闘いの儀の輝きの影すら踏めなさそうという作者の未熟さゆえの代物です。

ちゃんと真っ当にデュエル描写出来なくて申し訳ありません<(_ _)>




前回のあらすじ
アテム「三幻神をリリースし、降臨せよ! 《光の創造神 ホルアクティ》!! 俺の勝ちだ、相棒――闇よ、消え去れ!!」

光の創造神 ホルアクティ「光創世(ジェセル)!!」

遊戯「やっぱりキミには叶わないな……」

杏子「アテム……! これからも貴方とずっと一緒にいられるのね……!」

海馬「フハハハハハ! 流石だ、遊戯(アテム)! さぁ、今こそ俺たちの宿命の戦いを始めるぞ!!」










彼らが夢から覚める一秒前(夢落ち感)





 

 

 闘いの儀が開始早々全力全開のフルスロットルで始まる中、神崎は成仏したアヌビスに扮して古代エジプトの石板の片付けを含んだ事後処理を熟していた。

 

「――と、こんなものか」

 

 そんな最中、人目を排したのを良いことに冥界の王の力で影から手を伸ばして古代エジプトの石板の保全を完了した神崎は退屈そうにテレビを眺めるトラゴエディアに声をかける。

 

「トラゴエディア、私は精霊界に用事がありますから、武藤くんたちが闘いの儀から戻った際は手筈通り、アヌビスとして彼らへ別れの挨拶をお願いします」

 

「ああ、分かった」

 

 そうして成仏したアヌビスの話題ゆえか、覇気のない様子でテレビの歌舞伎役者のようなプロデュエリストの試合をボーっと眺めるトラゴエディアへ、神崎は精霊界へのゲートを開きながら問うた。

 

「それと、究極の闇のゲームで使う予定だったアクナディンのミイラですが、未練解消につながるかもしれませんし、手ずから破壊しておきますか?」

 

 それは、原作コミックではバクラが入手していた代物であり、アニメ版ではスルーされた代物でもある。

 

 それゆえか、回り回って神崎が確保できたのだが、仇のミイラを前に、トラゴエディアの表情は浮かない。

 

「…………いや、止めておく。どうせ魂の欠片も残っていない抜け殻だ」

 

「そうです――かッ!!」

 

 やがてチラとミイラを見た後、興味を失くしたように試合観戦に戻ったトラゴエディアの背後で、アクナディンのミイラが神崎の拳によって木端微塵に消し飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 此処で舞台は闘いの儀に戻り、1ターンで三体の神を呼び出したアテムの姿にモクバは小さく息を呑む。

 

「場に三体の神が……スゴいぜい、兄サマ……」

 

「ふぅん、流石はデュエルキングと言っておこう」

 

「なんということじゃ……まさかこんな光景を生きている内に拝めるとは」

 

「だが、双六。これじゃあもう勝負は決したようなものじゃないか……」

 

 しかし、さしたる動揺を見せない海馬と異なり双六とアーサーは三幻神の威容から目を逸らすようにアテムの方を見るが――

 

 

「俺は《エルフの聖剣士》と《エルフの剣士》の2体を贄に、『オベリスクの巨神兵』の効果発動! ソウルエナジーMAX!!」

 

 アテムは豊富な手札からいつの間にやら展開されていたエルフの剣士たちが『オベリスクの巨神兵』の両腕にそれぞれ収まり、贄としてエネルギーに還元され、破壊の神の両拳が光り輝いた。

 

「これにより、相棒! お前のフィールドのモンスターを全て破壊し、4000ポイントのダメージを与える!! ゴッド・ハンド・インパクト!!」

 

「今の遊戯くんのライフは2000しかない!」

 

 やがて御伽の絶叫するような声を余所に振るわれ、放たれた『オベリスクの巨神兵』の両拳からの衝撃が遊戯のフィールドを爆炎を上げながら奔り抜け、その一撃は遊戯自身をも呑み込んだ。

 

「こうも一瞬で……!」

 

「これが神の力……!」

 

 土煙が遊戯への視界を塞ぐ中、城之内と本田が力なく零す。まさに一瞬――1ターンでの決着。

 

 アテムの力がこれ程まで強大になっていた事実は、彼らにとっても想定外だった。

 

 

 

 

 

表の遊戯LP:2000 → 6000

 

 しかし煙が晴れた先に立つ遊戯の姿に、獏良が指を差す。

 

「遊戯君のライフが回復しているよ!?」

 

「モンスターも残ったままだぜい!?」

 

「ボクはオベリスクの効果の前に、この2枚のカードを発動させて貰ったよ――罠カード《マグネット・フォース》と罠カード《レインボー・ライフ》を!!」

 

 そしてモクバの驚きに遊戯のフィールドでは三体のガジェットたちの身体がメタリックにコーティングされており、遊戯の周囲には虹色の光が煌いていた。

 

「考えたな、相棒――罠カード《マグネット・フォース》は自身の機械族モンスターに破壊されない耐性を与えるカード。神の効果に干渉している訳じゃない」

 

「うむ、上手いぞ遊戯! 罠カード《レインボー・ライフ》は手札1枚をコストに1ターン限定で全てのダメージを回復に変換する! 神の耐性の隙を上手くつけておる!」

 

「よっしゃぁ! 遊戯のモンスターは無傷だ! 3体もいれば次のターンいくらでも手があるぜ!」

 

 間一髪で『オベリスクの巨神兵』の力を回避した遊戯に賞賛の声を送るアテムと双六、そして本田だが――

 

「『ラーの翼神竜』の効果発動! ライフを1000払い、相手フィールドのモンスターを全て破壊する!! ゴッド・フェニックス!!」

 

アテムLP:4000 → 3000

 

 アテムのフィールドで己が身体を炎で包み、不死鳥として飛び立った『ラーの翼神竜』が遊戯のフィールドに飛び込み、火の海と化した。

 

「で、でも遊戯くんのモンスターは罠カード《マグネット・フォース》の効果で――」

 

「無駄だ! ラーの炎にあらゆる耐性は無意味!」

 

 御伽の解説など断ち切るように燃え盛った不死鳥の炎は、遊戯のフィールドの3体のガジェットたちをドロドロと溶かし尽くし――

 

「あぁ!? 3体のガジェットたちが!? ヤバいぜい!?」

 

 モクバの声が示すように、遊戯の壁となるモンスターは完全に失われた。

 

「だが、このターンは罠カード《レインボーライフ》の効果で相棒にダメージは与えられない。俺はカードを2枚セットしてターンエンドだ。手札が減ったことで『オシリスの天空竜』の攻守も下がる」

 

『オシリスの天空竜』

攻6000 守6000

 

 しかし、1ターンの猶予をなんとか稼いでいた遊戯を余所に、三幻神に加え、正体不明な2枚のセットカードがその逃げ場を塞いでいく。

 

 

 そんな中、ギャラリーである本田は、その僅かな間に脱力するように大きく息を吐く。彼からすれば、見ているだけでいっぱいいっぱいな勝負であった。

 

「ふぃー、遊戯のヤツ、なんとかアテムの攻撃を凌いだぜ……心臓に悪ぃ」

 

「ばっかやろう、本田! こっからだ! ライフは遊戯の奴が圧倒的に有利なんだからよ!」

 

「ふぅん、だから貴様は凡骨なのだ」

 

 だとしても、応援する己たちが気持ちで負けてはならぬと発破をかける城之内を海馬は鼻で嗤う。

 

「なんだと!?」

 

「三体の神が場に揃ったことで、モンスターを呼ぶだけで『オシリスの天空竜』によりそのステータスは2000下げられ、

2体の贄が見える限り、『オベリスクの巨神兵』の4000バーンの脅威に晒され、

ライフが残る限り『ラーの翼神竜』の絶対的な破壊効果が立ち塞がる」

 

 噛みつく城之内に、三幻神が揃ったことによる絶望的状況を端的に告げる海馬が言う様に、たとえ自身のターンであっても、常に神の脅威は己の頭上に広がっているのだ。

 

「この布陣を前に高々6000のライフなど吹けば消える程度の代物でしかない」

 

 ゆえに僅かな楽観は即敗北に繋がる事実を、アテムを良く知る海馬は誰よりも理解していた。

 

 

「ボクはモンスターをセット! そして魔法カード《一時休戦》を発動して――」

 

 そんな中、手札と盤面を整えながら、遊戯は次のターンまで互いのダメージを無力化する魔法カード《一時休戦》で延命を図るが――

 

「待ちな、相棒! 速攻魔法《終焉の焔》でスタンバイフェイズに呼び出した2体の《黒焔トークン》をリリースして、オベリスクの効果を発動!! ソウルエナジーMAX!!」

 

 その僅かな隙をアテムは見逃さない。『オベリスクの巨神兵』の両拳に二頭身の黒い炎の悪魔が呑み込まれて行き、神の拳に再び輝きがもたらされる。

 

「拙い! 魔法カード《一時休戦》のダメージを0にする効果の前に、発動されたオベリスクの効果ダメージは防げない!!」

 

「ゴッド・ハンド・インパクト!!」

 

 やがて遊戯のセットしたモンスターを消し飛ばしながら、遊戯を呑み込まんと迫る神の一撃による奔流。

 

「――ボクは手札から《ハネワタ》を捨て、効果発動! このターン、ボクが受ける効果ダメージを0にする!!」

 

 だが、その衝撃は綿毛のような身体に羽の生えた天使《ハネワタ》が僅かに逸らし、遊戯の直ぐ隣を通り過ぎた。届かない。

 

「上手くオベリスクの効果を誘ったな、相棒」

 

「くっ……ボクはカードを1枚セットしてターンエンドだ」

 

 先に『オベリスクの巨神兵』の破壊効果に必要な的を用意した遊戯の考えを見透かしたアテムの言葉に、背後に響く爆発音を余所に、遊戯はなんとか神の猛攻に備えていく。

 

 

 

「あ、危ねぇ……」

 

「遊戯くんは防戦一方だ……」

 

 そうして本田と御伽が心配気な視線を向ける最中、遊戯はターンを跨ぎつつ繰り出される三幻神の猛攻をなんとか耐えていくが、その表情には――

 

「遊戯、笑ってる」

 

 杏子が言う様に楽し気な笑みが浮かべられていた。

 

「遊戯のヤツ、この状況でまだ余裕があるなんて驚きだぜい」

 

「いや、遊戯は後がない程に追い詰められている筈じゃ」

 

 拳を握りながらのモクバの声を、双六は静かに否定する。祖父として、遊戯のことを誰よりも見てきた双六は、あの笑みの正体がよく分かった。

 

 

「もしかして遊戯くんもアテム君と離れたくないんじゃ……」

 

「バカ言ってんじゃねぇ! アイツは負けを覚悟してへらへら笑うようなデュエリストじゃねぇよ!」

 

 それは御伽の言うような、諦めの表情ではない。

 

「アイツは楽しいんだ……今、この瞬間のデュエルが」

 

 御伽の主張を否定した城之内の言う様に、1人のデュエリストとしての本能が、デュエルキングとの――いや、親友(とも)とのデュエルに言葉では語れぬ程の想いが交錯し続けているのだ。

 

 その心の全ては、相対する2人にしか分からない。

 

「で、でも三幻神が相手じゃ、流石の遊戯君も――」

 

「遊戯はまだ諦めてねぇ」

 

「ふぅん、虚勢でないことを願いたいものだ」

 

――神の弱点。如何に突けるか見物だな。

 

 獏良の心配を余所に、城之内と海馬は、静かにこのデュエルの行く末を見定めていた。

 

 

 

 そしてターンが経過し、魔法カード《光の護封剣》の効果が終了して光の剣が消えていく中、アテムは発破をかけるように声を上げる。

 

「どうした、相棒! 守ってばかりじゃ俺には勝てないぜ!!」

 

 防戦一方に見える遊戯のデュエルだが、アテムは遊戯の動きを見通していた。

 

 遊戯は虎視眈々と、逆転の布石を組み上げていることに。

 

――三体の神が出てくることなんて最初から分かっていた。

 

 だが、三幻神を見据え、内心を吐露する遊戯の今の手札には、鍵となるカードが1枚不足していた。

 

――けど怖い。逃げ出したいくらいに。でも……

 

 これ以上、三幻神の猛攻を耐えきるのは厳しい今の状態で、次のドローで引き切れるのか――そんな不安から、怖れが胸中で鎌首をもたげる中、遊戯の心にデュエリストの声が響く。

 

 

 

『強い相手のデュエルはワクワクする! それじゃ駄目なのか?』

 

――そうだよね、十代くん

 

 それは、純粋にデュエルを楽しむことを忘れない、HERO(ヒーロー)の姿。

 

 

『見せてやりましょう、遊戯さん! 俺たちの可能性を!!』

 

――遊星くん

 

 それは、仲間との絆を胸に秘めた、赤き龍に選ばれた者(シグナー)の姿。

 

 

『だがまあ――それだけこのデュエルが最高だったってことさ』

 

――キースさん

 

 それは、デュエルモンスターズと共に駆け抜けた、異国の王者(全米チャンプ)の姿。

 

『ハハハハハッ! ハーハッハッハッハ! 昂る、昂るぞ、遊戯!! このギリギリの戦い! これこそが俺の全身からアドレナリンを掻き出させ、血液を沸騰させる!!』

 

――海馬くん

 

 それは、遊戯(アテム)というデュエリストを誰よりも認めた、好敵手(ライバル)の姿。

 

 

『其方のターンだ』

 

――アクターさん

 

 それは、デュエルに光あれと願った、処刑人(王の盾)の姿。

 

 

 

 彼らの想いが、遊戯の胸に確かに息づいている。ゆえに迷いは断ち切れた。

 

――ボクは今、凄くデュエルが楽しいんだ!

 

「ボクのターン、ドロー!!」

 

――来た。

 

「相棒、仲間として俺と一緒にいても、無意識に考えていた筈だ。この俺というデュエリストを倒す方法を!」

 

 そして引いたカードを視線に入れた遊戯の僅かな表情の変化にアテムは挑発的に語る。

 

「見せてみな!!」

 

「うん! ボクは攻略して見せるよ! 三幻神を!!」

 

 その声に遊戯はらしからぬ強気な言葉で返した――今こそ、アテムの全力に応えるのだと。

 

「手札の《磁石の戦士(マグネット・ウォリアー・)α(アルファ)β(ベータ)γ(ガンマ)》を墓地に送り、手札からこのカードを呼び出すよ! 来て、《磁石の戦士マグネット・バルキリオン》!!」

 

 その遊戯の闘志に応えるように3体の磁石の戦士たちが、各々の身体のパーツを分離させ、一つに集まれば、巨大な翼を広げる磁石の戦神となって、神に向けて剣を向けた。

 

《磁石の戦士マグネット・バルキリオン》 攻撃表示

星8 地属性 岩石族

攻3500 守3850

 

「攻撃表示!?」

 

「忘れたのか、相棒! 『オシリスの天空竜』の力を! オシリス!! 召 雷 弾!!」

 

 だが、驚くモクバの声が示すように、神へと剣を向けた愚行を断ずるように『オシリスの天空竜』の第二の口が開き、イカヅチの砲弾が裁きとして落ちた。

 

 剣を盾のように構え、イカヅチの砲弾に耐える《磁石の戦士マグネット・バルキリオン》。

 

 その裁きを受けたものは、表示形式に対応したステータスを2000削られ、無力な身となって膝をつくしかない。

 

――『オシリスの天空竜』の攻略法は、他ならぬキミが教えてくれたんだ!!

 

「勿論だよ、もう一人のボク!! 罠カード《あまのじゃくの呪い》!!」

 

 しかし、此処でフィールドに広がった呪いが、全ての因果を狂わせ反転したことで――

 

「これにより、このターン、オシリスによって下げられるステータスは、逆に上昇する!!」

 

 それにより、神のイカヅチがその身を駆け巡った《磁石の戦士マグネット・バルキリオン》の身体は紫色のスパークを放ちながら、より力強さを増していった。

 

《磁石の戦士マグネット・バルキリオン》

攻3500 → 攻5500

 

「攻撃力5000超え!!」

 

「いいぞ、遊戯! これでオベリスクは倒せる!!」

 

 本田と城之内が顎を尖らせながら、《磁石の戦士マグネット・バルキリオン》の雄姿にエールを送る。

 

 そんな中、勝機を一気に手繰り寄せるべく遊戯は最後のリバースカードへ手をかざす。

 

「此処でボクは罠カード《戦線復帰》を発動! 墓地のモンスターを守備表示で復活させる! ボクが復活させるのはこのカード!!」

 

「そのモンスターにも召雷弾が向かうぜ!!」

 

「だけど、罠カード《あまのじゃくの呪い》の効果で、パワーアップに利用させて貰うよ!!」

 

 そうして『オシリスの天空竜』のイカヅチに晒されながら現れたのは、緑の身体でホバリングして浮かぶ、カタパルトを背負った亀型――《カタパルト・タートル》。

 

《カタパルト・タートル》 守備表示

星5 水属性 水族

攻1000 守2000 → 守4000

 

「《カタパルト・タートル》!? もっと攻撃力の高い――」

 

「いや、これで良いんじゃ!」

 

 たった攻撃力1000のモンスターを呼び出した事実に獏良が声を漏らす前に、双六が腕で制した。そう、これは――

 

 

――そしてこれはアクターさんが教えてくれた!

 

「《カタパルト・タートル》の効果はキミも知っての通りだ! ボクのモンスター1体をリリースし、その攻撃力の半分のダメージを与える!」

 

 効果ダメージによるプレイヤーキル。《カタパルト・タートル》の背中のカタパルトがアテムを狙う。

 

「イイぞ、遊戯! 幾ら神が強くたって、アテムのライフを0にしちまえば関係ねぇ!」

 

「今のアテムくんのライフは2000! イケる! イケるよ!」

 

 本田の声に、御伽が遊戯の勝利を確信するが――

 

「甘いぜ、相棒! 《カタパルト・タートル》の特殊召喚成功時に《岩石の巨兵》と《岩石の番兵》の2体をリリースし、オベリスクの効果発動! ソウルエナジーMAX!!」

 

 2体の岩石の戦士をその両拳へエネルギー変換した『オベリスクの巨神兵』の拳が輝き――

 

「これでお前のコンボも振り出しだ!! ゴッド・ハンド・インパクト!!」

 

「うぁぁあああぁぁあぁっ!!」

 

 突きだれた神の拳と共に、遊戯のフィールドを薙ぎ払った破壊の奔流がライフ共々全てを消し飛ばし、爆炎を立ち昇らせた。

 

遊戯LP:6000 → 2000

 

 

「うーむ、遊戯くんは躱しきれなかったようだね」

 

「ふぅん、これでヤツのフィールドはがら空き」

 

「そんなの見りゃ分かるだろ!!」

 

 ホプキンス教授が悔し気に拳を握る中、零した海馬の煽るような言に城之内は噛みつくが――

 

 

「所詮は、凡骨デュエリスト……気付く筈もないか」

 

 

「召雷弾が遊戯君のフィールドに!?」

 

 指さし叫んだ獏良の声が、一同の注目を、神のイカヅチが落ちた遊戯のフィールドへと向けられる。

 

 

 やがて『オベリスクの巨神兵』の一撃で生じた爆炎が晴れていけば、そこにいたのは黒いバイザーで赤毛を逆上げた黒き戦士。

 

 左右に持つ『オシリスの天空竜』のイカヅチが宿った剣と盾を構え、アテムを冥府に送るべく遊戯のフィールドにたった1人立つ。

 

《冥府の使者ゴーズ》 攻撃表示

星7 闇属性 悪魔族

攻2700 守2500

攻4700

 

「《冥府の使者ゴーズ》? あんなの、いつの間に……」

 

「ボクのフィールドにカードが存在しない場合にボクがダメージを受けた時、このカードは手札から特殊召喚できる……!」

 

 モクバの戸惑う声を余所に、遊戯は先程の衝撃でついた膝を奮い立たせながら、アテムを指さし――

 

「そして受けたダメージが戦闘ダメージなら『冥府の使者カイエントークン』を呼び出し、効果ダメージなら――」

 

 それに伴い、《冥府の使者ゴーズ》が剣を上段に構え――

 

「――ボクが受けた数値分、キミにダメージを与える!!」

 

 《冥府の使者ゴーズ》の剣の先に、巨大な黒いイカズチが迸る。

 

「4000の効果ダメージだって!!」

 

「遊戯君はこれを狙って……!」

 

 御伽の驚きの最中、獏良が静かに息を呑むが、アテムは驚いた様子もなく強気な笑みを浮かべてみせる。

 

「やるな、相棒」

 

「行けっ! 《冥府の使者ゴーズ》!! 冥絶斬!!」

 

 そして遊戯の宣言の元、《冥府の使者ゴーズ》の剣から放たれた黒きイカズチがアテムを切り裂かんと迫った。

 

「だが、まだまだ! 『ラーの翼神竜』の効果発動!! 手札を1枚捨てることで、ラーの攻守を0にし、攻守どちらかの数値だけ俺のライフを回復する!!」

 

 しかし『ラーの翼神竜』の身体から噴出した炎が黒きイカズチの斬撃を阻み、その一撃を減衰させていく。

 

アテムLP:2000 → 8000 → 4000

 

 やがて己が力をアテムに託した『ラーの翼神竜』から、プレッシャーが薄れていった。

 

『ラーの翼神竜』

攻6000 守3600

攻 0 守 0

 

 そして手札が減ったことで、『オシリスの天空竜』の攻守も減衰。

 

『オシリスの天空竜』

攻6000 守6000

攻5000 守5000

 

 

 遊戯の放った捨て身の一撃は、『ラーの翼神竜』の力の前に脆くも崩れ去った。

 

「くっそー、仕留めきれなかったぜい!!」

 

「いや、モクバ、これでいい。このターン、オベリスクの効果は打ち止めだ。そしてラーも案山子同然。手札が減ったことでオシリスのステータスも下がった」

 

――だが、それは遊戯(アテム)とて承知……此処から最後の一押しがなければ、ヤツに次のターンはない。

 

 その事実に悔し気な声を漏らすモクバだが、海馬は先の一連のコンボが与えた影響は十二分に大きいと語る。

 

 しかし、それで気を緩めれば、返す刀で遊戯の敗北は濃厚――そして、それは遊戯自身も理解していた。

 

「ボクは魔法カード《ブーギートラップ》を発動! 手札を2枚捨てて、墓地の罠カード1枚をセット!」

 

 ゆえに、果敢に攻めの姿勢を見せるべく、1枚の罠を強引に仕掛けた。

 

「これで墓地に揃った《(エレクトロ)磁石の戦士(マグネット・ウォリアー・)α(アルファ)β(ベータ)γ(ガンマ)》を除外して、来い!」

 

 そして手札コストで墓地に送った3体の電気の力を得た磁石の戦士たちが、いつぞやのように各々身体のパーツをバラバラに解き放ち――

 

「《電磁石の戦士マグネット・ベルセリオン》!! オシリスの効果を利用しパワーアップ!!」

 

 組み上がるのは巨大な電磁石の体躯を持つ磁石の狂戦士。

 

 天より降り注いだ『オシリスの天空竜』のイカヅチを受け、放電する身体で、巨大な槍を肩に乗せた。

 

《電磁石の戦士マグネット・ベルセリオン》 攻撃表示

星8 地属性 岩石族

攻3000 守2800

攻5000

 

「そして墓地の『マグネット・ウォリアー』を除外して、ベルセリオンの効果発動! 相手フィールドのカード1枚を破壊する! ボクはキミのセットカードを――」

 

「そいつは通さないぜ! 速攻魔法《禁じられた聖杯》を発動! モンスター1体の攻撃力を400アップさせ、その効果を無効化させる!!」

 

 やがて肩に担いだ槍を振り上げたが、空から飛来した聖杯から零れた赤い雫が、槍にかかると共に――

 

「これでベルセリオンの効果は無効! さらに相棒が発動した罠カード《あまのじゃくの呪い》の効果で攻撃力は逆にダウン!!」

 

「ベルセリオン!?」

 

 槍の穂先が石化され、《電磁石の戦士マグネット・ベルセリオン》の身体から電磁力が放てなくなった。

 

《電磁石の戦士マグネット・ベルセリオン》

攻5000 → 攻 4600

 

「くっ……でも攻撃力は十分だ! 《電磁石の戦士マグネット・ベルセリオン》で『オベリスクの巨神兵』を! 《冥府の使者ゴーズ》で『ラーの翼神竜』を攻撃!!」

 

 だとしても、鈍器としては十分だと《電磁石の戦士マグネット・ベルセリオン》の槍が青き巨神に振りかぶられ、黒き剣が太陽神に夜を与えるべく振り切られるが――

 

「無駄だぜ、相棒! 『ラーの翼神竜』の効果!! ライフを1000払い! 相棒のフィールドのモンスターを全て破壊する! ゴッド・フェニックス!!」

 

アテムLP:4000 → 3000

 

 己が炎にその身に包み、天を舞う『ラーの翼神竜』の不死鳥の舞が、2体の神敵を焼き尽くしていった。

 

「ぐうぅっ! ――だけど! 《電磁石の戦士マグネット・ベルセリオン》が破壊された瞬間、除外されている《(エレクトロ)磁石の戦士(マグネット・ウォリアー・)α(アルファ)β(ベータ)γ(ガンマ)》を特殊召喚!!」

 

 だが、その炎が過ぎ去った後から、3つの影が飛び出していく。

 

 1つは、飛び出した小さな磁石の剣士が、『オシリスの天空竜』のイカヅチによって高まる気力のままに剣と盾を天に掲げ、

 

電磁石の戦士(エレクトロマグネット・ウォリアー・)α(アルファ)》 攻撃表示

星3 地属性 岩石族

攻1700 守1100

攻3700

 

 もう1つは、小さな磁石の猛獣が、神のイカヅチによって紫電が迸る鍵爪のような磁石の爪を神に向け、

 

電磁石の戦士β(エレクトロマグネット・ウォリアー・ベータ)》 攻撃表示

星3 地属性 岩石族

攻1500 守1500

攻3500

 

 最後の1つは、真ん丸な小さな磁石の身体で天より落ちたイカヅチを受け、四股を踏むように中腰で構えた。

 

電磁石の戦士γ(エレクトロマグネット・ウォリアー・ガンマ)》 攻撃表示

星3 地属性 岩石族

攻 800 守2000

攻2800

 

 新たに3体のモンスターを展開した遊戯だが、その最高攻撃力は3700――全ての三幻神を打ち払うには足りない。

 

「だが、オシリスの効果を逆手にパワーアップしても、ラー以外を仕留めることは叶わないぜ」

 

「でも『ラーの翼神竜』は倒させて貰うよ! 《電磁石の戦士β(エレクトロマグネット・ウォリアー・ベータ)》で攻撃!!」

 

 そんなアテムの声を振り切った遊戯の宣言に背を押され、《電磁石の戦士β(エレクトロマグネット・ウォリアー・ベータ)》の磁石の鍵爪が、不死鳥の炎を失った『ラーの翼神竜』を砕き、神の一柱が倒れた余波がアテムを襲う。

 

「罠カード《ガード・ブロック》を発動! この戦闘での俺へのバトルダメージを0に!! そして1枚ドロー! 手札が増えたことでオシリスの攻守が6000にパワーアップ!!」

 

 しかし、アテムは神が倒れた事実すら活用してみせ、生じた余波をドローに変換して、『オシリスの天空竜』は同胞の死に報いるように気炎を滾らせた。

 

『オシリスの天空竜』

攻5000 守5000

攻6000 守6000

 

 

「どうした! それで終わりか、相棒!!」

 

「まだボクのバトルフェイズは終わりじゃないよ! 速攻魔法《マグネット・リバース》を発動!! ボクの墓地から通常召喚できないモンスター1体を復活させる! もう1度お願い! 《磁石の戦士マグネット・バルキリオン》!!」

 

 そうした神々に再度挑むのは、このターン蒼き巨神に後れを取った磁石の戦神がリベンジに燃えるように大翼を広げ、天空の神の召雷弾の力を乗せた剣を残り二柱の神へと向けた。

 

《磁石の戦士マグネット・バルキリオン》 攻撃表示

星8 地属性 岩石族

攻3500 守3850

攻5500

 

「そして、このカードもだ! 罠カード《緊急儀式術》発動! 墓地の儀式魔法《カオスの儀式》を除外し、除外した儀式魔法を発動する!!」

 

 そんな磁石の戦士の軍勢の只中に、空から飛来した一振りの剣が地面に突き刺さり、炎の陣を描く。

 

「ボクはフィールドの《(エレクトロ)磁石の戦士(マグネット・ウォリアー・)β(ベータ)γ(ガンマ)》と墓地の自身を除外して儀式素材となる墓地の《クリボール》・《儀式魔人ディザーズ》をリリースし、儀式召喚!!」

 

 その炎の陣の中に捧げられた2体の磁石の戦士と、墓地に眠る者たちの魂が、一筋の光の道を天へと伸ばし――

 

「天を差す混沌(カオス)フィールドより、降臨せよ! 超戦士! 《カオス・ソルジャー》!!」

 

 光る天から、金縁の藍色の鎧に身を包んだ最強の剣士が、神を討つべくフィールドに降り立った。

 

《カオス・ソルジャー》 攻撃表示

星8 地属性 戦士族

攻3000 守2500

 

「そしてオシリスの効果にチェーンして速攻魔法《旗鼓堂々》発動!! ボクの墓地の装備魔法――《巨大化》を《カオス・ソルジャー》に装備!! そしてボクのライフがキミより少ない時、《巨大化》を装備した《カオス・ソルジャー》の攻撃力は倍になる!!」

 

 さらに遊戯の援護を得て、赤き輝きを放つ《カオス・ソルジャー》の剣は大剣と見まがう程に巨大化し、さらに敵陣から放たれた『オシリスの天空竜』が宿ったゆえか、赤き輝きを放つ。

 

《カオス・ソルジャー》

攻3000 → 攻6000 → 攻8000

 

「攻撃力8000P(ポイント)!?」

 

「オベリスクを切り裂け!!  《カオス・ソルジャー》!! カオス・ブレェードッ!!!!

 

 そして超戦士の一刀は驚く獏良の声を余所に、迎撃に拳を放った『オベリスクの巨神兵』へと振り下ろされた。

 

 せめぎ合う蒼き巨神の拳と、超戦士の斬撃。

 

 

 だが、拮抗が崩れるように『オベリスクの巨神兵』の拳から全身へと広がるように亀裂が走って行き――

 

「これが通ればアテムくんのライフは!!」

 

 御伽の声が示すように超戦士の一撃により『オベリスクの巨神兵』が砕け散ったことで、その衝撃はそのままアテムへと迫る。

 

「俺は手札の《クリボー》を墓地に送り、効果発動! この戦闘によるダメージを0にする!!」

 

 しかし、その衝撃はアテムの前で小さな手を広げる小柄な黒い毛玉《クリボー》によって阻まれた。

 

『オシリスの天空竜』

攻6000 守6000

攻5000 守5000

 

 そうして遊戯の渾身の一撃をいなしたアテムだが、払った犠牲は1枚の手札――だが、その1枚こそが明暗を分ける。

 

「でもオシリスの攻撃力は下がった!! 今だ! バルキリオン! マグネット・セイバ(電磁剣)ァァアアッ!!」

 

 手札が減ったことで、その力を僅かに減衰させた『オシリスの天空竜』に迫るのは、今の今まで散々放ってきた己が力の宿った磁石剣。

 

 大翼を広げ、天空の神のお株を奪う様に天から《磁石の戦士マグネット・バルキリオン》の剣が迫り、両断された『オシリスの天空竜』の身体は地に倒れ伏した。

 

アテムLP:3000 → 2500

 

「ハァ……ハァ……」

 

――海馬くんのデュエルが教えてくれたんだ……神が相手だって、攻撃力で、力で、上回れるんだって……!

 

 ギリギリの読み合いを制し、三幻神のいなくなったフィールドの先に立つアテムを肩で息をしながら見やる遊戯。

 

 ギャラリーも信じられないと声を漏らす。

 

「倒した………」

 

「マジかよ……!」

 

「ホントに、三体の神を……倒しちまった……!」

 

「やりおったぞ、遊戯! 流石は儂の孫じゃわい!」

 

「やったな、双六!」

 

 獏良、本田と続き城之内が拳を握る中、双六とホプキンス教授が手を取り合い、浮足立ったように喜びを見せる。

 

 

 そう、ようやく此処まで来たのだ。

 

――みんなが……みんなが教えてくれたんだ。

 

「キミと共にいた時が! みんなとの想いが! ボクを強くしてくれたんだ!!」

 

 遊戯の力が、アテムの背に手が届いた瞬間だった。

 

 そんな仲間と共に強くなった遊戯にアテムは優し気な笑みを零す。

 

「見事だぜ、相棒」

 

「まだだよ、もう一人のボク! 《電磁石の戦士(エレクトロマグネット・ウォリアー・)α(アルファ)》の攻撃が残ってる!! ダイレクトアタックだ!!」

 

「アテムくんのライフは2500! これが通れば――」

 

 御伽のフラグ発言を余所に、なんだかんだでフィールドに残っていた《電磁石の戦士(エレクトロマグネット・ウォリアー・)α(アルファ)》が己の剣をアテムへと向けて突き進む。

 

 その攻撃力は『オシリスの天空竜』の置き土産の召雷弾を罠カード《あまのじゃくの呪い》で反転したお陰で3700――アテムの残りライフを削り切るには十分だ。

 

「そいつは通さないぜ、相棒! 罠カード《死魂融合(ネクロ・フュージョン)》!! 墓地のモンスターを裏側表示で除外し、融合召喚する!!」

 

 しかしアテムの前の地面から、二つの影が噴出。

 

「俺は墓地の《幻獣王ガゼル》と《バフォメット》をネクロ・フュージョン(融合)!!」

 

 その影の正体である一本角の獣とヤギの角を持つ赤い肌の悪魔が白い翼を広げながら一体となり――

 

「融合召喚! 来たれ! 《有翼幻獣(ゆうよくげんじゅう)キマイラ》!!」

 

 二つの魔獣の頭部から威嚇するように咆えながらアテムを守るように四足の幻獣が白い翼を広げて立ち塞がる。

 

有翼幻獣(ゆうよくげんじゅう)キマイラ》 守備表示

星6 風属性 獣族

攻2100 守1800

 

「でも攻撃力はこっちが上だ! 攻撃続行!! キマイラ撃破!!」

 

「だとしても破壊された《有翼幻獣キマイラ》の効果を発動! 墓地の2体目の《幻獣王ガゼル》を守備表示で特殊召喚!!」

 

 しかし磁石の剣で一刀のもとに切り伏せられ、倒れる《有翼幻獣(ゆうよくげんじゅう)キマイラ》だが、崩壊するように消えていく身体から、狼のような一本角の獣がアテムの守護者として立ちはだかった。

 

《幻獣王ガゼル》 守備表示

星4 地属性 獣族

攻1500 守1200

 

 三幻神を倒した勢いのままに攻め込んだ遊戯だが、神を失った動揺も見せないアテムはこともなげに躱して見せる。

 

「くっ、攻めきれなかった……ボクはカードを2枚伏せてターンエンド! ターンの終わりに速攻魔法《旗鼓堂々》で装備されていた装備魔法《巨大化》は破壊される」

 

 ゆえに悔し気にターンを終えた遊戯。その瞬間、《カオス・ソルジャー》の巨大化していた大剣も、もとのサイズの剣へと戻って行った。

 

《カオス・ソルジャー》

攻8000 → 攻5000

 

 

 そうしてアテムのフィールドから三幻神が消えた事実に、城之内は友の有利を確信し拳を握った。

 

「よし! これで一気に逆転だ!」

 

 あの絶対的ともいえる三幻神を降したのだ。そう思っても無理はないだろう。

 

 だが、そんな城之内を海馬は鼻で嗤う。

 

「ふぅん、なにをぬか喜びしている。本当の戦いは此処からだ――互いのアドバンテージの差は明白」

 

「そうか! 神攻略の為に手札の殆どを使いきった遊戯くんと違って、アテムくんの手札は5枚もある! ライフも遊戯くんは半分を切った……」

 

「だけど遊戯の場にだって、攻撃力の高ぇモンスターが並んでるぜ!」

 

 海馬の発言の趣旨を理解した御伽を余所に、城之内が「それでも」と零すが――

 

「ヤツにとってその程度が障害になると思っているとは、凡骨らしいおめでたい頭だ」

 

 相も変わらず馬鹿にしたような海馬に、城之内の怒りのボルテージは高まって行くが、そんな最中、デュエル中のアテムが動いた事実に一同の視線が集まった。

 

「俺のターン、ドロー!! 《幻獣王ガゼル》をリリースし、アドバンス召喚!!」

 

『遂にこの時が来たんですね、王子!』

 

 そしてアテムのフィールドで最後に残ったモンスターが消え、現れるのは水色とピンクを基調にした魔法少女風の法衣を纏う魔術師の少女。

 

 記憶編で失った出番を取り戻すように、精霊としてアテムへと語り掛ける。

 

《ブラック・マジシャン・ガール》 攻撃表示

星6 闇属性 魔法使い族

攻2000 守1700

 

「そして――待たせたな、マハード!! 魔法カード《賢者の宝石》を発動!」

 

 そんな《ブラック・マジシャン・ガール》に小さく頷きで返したアテムが発動したカードにより、《ブラック・マジシャン・ガール》の杖の先が光を放ち、フィールドに影を落とす。

 

「俺のフィールドに《ブラック・マジシャン・ガール》が存在するとき、手札・デッキから師たる《ブラック・マジシャン》を呼び出すぜ!」

 

 その影に語り掛けるようにアテムが手をかざした先から――

 

「頼むぜ、マハード!!  来たれ、《ブラック・マジシャン》!!」

 

『ファラオよ……三千年の時を越え、再び我が魂を貴方に捧げる!!』

 

 黒き法衣を纏った最上級魔術師が、三千年の時を越え、記憶編では果たせなかった会合を果たした。

 

《ブラック・マジシャン》 攻撃表示

星7 闇属性 魔法使い族

攻2500 守2100

 

 そうして魔術師の師弟が並び立つ姿に杏子が憂う様に小さく言葉を零す。

 

「《ブラック・マジシャン》……2人の遊戯が最も信頼する切り札……」

 

「そのカードは最初のターンにサーチしていたカード……!」

 

 だが、遊戯はそれどころではなかった。魔法カード《賢者の宝石》――それはアテムが神を呼んだ際にサーチされたもの。それが意味するところは一つ。

 

「その通りだぜ、相棒。俺はこの状況を最初から予測していた」

 

「ッ!? ……最初から、この状況を!?」

 

 読み合いを制し、神を倒したと思っていた遊戯に突きつけられたのは、今の状況すらアテムの手の只中だという事実だった。

 

「確かに三幻神は強力なカードだ。だが、相棒――俺は確信していた。お前は神を倒す程のデュエリストだと!!」

 

 それはある種の信頼。アテムが最も信じる遊戯だからこそ――そんな絶対的な信頼感が成した読み。

 

遊戯(アテム)ヤツ(表の遊戯)のことをそこまで……!!」

 

「本当の戦いは神が消えた時から始まる!! カードを信じる勇気に支えられた真のデュエリスト同士の魂のぶつかり合いが!!」

 

 そんな認め合う2人に嫉妬交じりの言葉を漏らす海馬を余所に、このデュエルは更なる次元へと突入していく。

 

 

 全てのデュエリストの頂点たる決闘王(デュエルキング)

 

 

 彼は確かに三体の神に認められし王だ。

 

 

 だが、彼を王たらしめたのは神の力ではないことを、これより遊戯は身をもって知ることになる。

 

 

 






念の為、Q & A――
Q:あれ? 今作の記憶編ではマハードが《ブラック・マジシャン》化しなかった以上、
マハード=手持ちの《ブラック・マジシャン》だとアテムは分からないのでは?

A:アテムの失われた記憶が戻っている為、本来の三千年前の歴史でマハードがバクラへ無駄死にムーヴをかましたことも思い出しており、それらの情報もアテムは周知しております。

手持ちの《ブラック・マジシャン・ガール》=マナについても同上です。




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第199話 最後の願い



アテム VS 遊戯 後編です。
此方も前編と同じく手札増強などのデュエル描写をカットしております。


前回のあらすじ
オシリスの天空竜「召雷弾、利用されてドジったぁ……!」

オベリスクの巨神兵「ソウルエナジーMAX、利用されてドジったぁ……!」

ラーの翼神竜「ライフ分離能力で攻撃力0を晒して、ドジったぁ……!」






 

 

 三幻神を遊戯に打ち破られようとも追撃を軽く躱し、己が最も信頼する魔術師の師弟を呼び出したアテムは、攻撃力5000オーバーが並ぶ遊戯の布陣を打ち破るべく1枚のカードを引き抜いた。

 

「行くぜ、相棒!! 魔術師の師弟が揃っている時! コイツを発動できる! 俺は速攻魔法《黒・爆・裂・破・魔・導(ブラック・バーニング・マジック)》を発動!」

 

 高い攻撃力――力だけでは、己は捉えられぬと示すように魔術師の師弟が互いの杖を交錯。

 

「これにより、相棒のフィールドの全てのカードは破壊される!!」

 

 そしてみるみる内に杖の先に強大な魔力が集まって行き――

 

「受けろ、相棒! 《ブラック・マジシャン》と《ブラック・マジシャン・ガール》の結束の一撃!! 黒・爆・裂・破・魔・導(ブラック・バーニング・マジック)!!」

 

 振り切られた杖から放たれた巨大な黒い魔力が、遊戯のフィールドに着弾した途端、黒い波動を周囲に奔らせ、

 

 《電磁石の戦士(エレクトロマグネット・ウォリアー・)α(アルファ)》を

 

 《磁石の戦士マグネット・バルキリオン》を

 

 《カオス・ソルジャー》を一瞬の内に破壊していき、その余波は遊戯の頼みの綱である2枚のセットカードすらも呑み込んだ。

 

 

 

 攻撃力5000近いモンスターたちなど意に介さず、一瞬で盤面を覆したアテムの姿に、モクバが一歩後退り思わず零す。

 

「遊戯のモンスターが一瞬で……!」

 

「これでまたアテムくんが一気に有利になった!」

 

「いや、まだじゃ」

 

 そんな中、御伽が戦況を語るが、即座にそれは双六によって否定された。

 

 

 その双六の視線の先には、黒と金で彩られた雄々しい鎧の絵札の三騎士の頂点たる黒い長髪を持つ戦士が剣を手に、魔術師の師弟の前に立ちはだかった。

 

《アルカナ ナイトジョーカー》 攻撃表示

星9 光属性 戦士族

攻3800 守2500

 

 

「いつの間に遊戯君のフィールドに《アルカナ ナイトジョーカー》が!?」

 

「もう一人のボク――キミが破壊した罠カード《やぶ蛇》の効果でエクストラデッキからモンスター1体を、《アルカナ ナイトジョーカー》を呼ばせて貰ったよ!!」

 

 驚く獏良を余所に、遊戯は静かにアテムを見据えて語る。まだ終わる気はないと。

 

「そして破壊されたもう一方の罠カード《運命の発掘》の効果でボクは墓地の同名カード分3枚ドロー!」

 

「上手いぞい、遊戯! アテムの除去を逆手に取りおったか!!」

 

 そうして、手札3枚と攻撃力3800のモンスターを補充した孫の雄姿を喜ぶ双六。

 

「なら、魔法カード《龍の鏡(ドラゴンズ・ミラー)》を発動し、墓地の《暗黒騎士ガイア》と《カース・オブ・ドラゴン》を除外し、次元融合!!」

 

 だが、デュエルキングはそんなことで怯みはしないとばかりに、馬のいななきと竜の咆哮が異次元より響き渡り――

 

「融合召喚!! 空より舞い降りろ、天を駆ける戦士! 《竜騎士ガイア》!!」

 

 空中から棘の生えた身体を持つ土色のドラゴン、《カース・オブ・ドラゴン》に馬から乗り換えた二双の突撃槍を持つ騎士が飛び乗り、宙に悠然と浮かぶ。

 

《竜騎士ガイア》 攻撃表示

星7 風属性 ドラゴン族

攻2600 守2100

 

「此処で魔法カード《黒・魔・導・連・弾(ブラックツインバースト)》を発動! 俺の《ブラック・マジシャン》の攻撃力はこのターン、互いのフィールド・墓地の《ブラック・マジシャン・ガール》の攻撃力の合計分アップする!」

 

 そんな最中、《ブラック・マジシャン》と背中合わせに立った《ブラック・マジシャン・ガール》が互いに魔力を高めていけば――

 

「よって《ブラック・マジシャン》の攻撃力は――」

 

 《ブラック・マジシャン》の内の魔力は爆発的に高まり、その身体からは紫色のオーラが立ち昇る。

 

《ブラック・マジシャン》

攻2500 → 攻4500

 

「4500!? 遊戯の《アルカナ ナイトジョーカー》の攻撃力を超えた!?」

 

「そして永続魔法《螺旋槍殺(スパイラル・シェイバー)》を発動し、バトル!!」

 

 焦った様子の本田の声を余所に、遊戯のフィールドへ一番槍を務めるのはやはり、このカード。

 

「行け、《ブラック・マジシャン》!! 《ブラック・マジシャン・ガール》の力と共に、《アルカナ ナイトジョーカー》を打ち抜け!!」

 

『今こそ我らの力を活かす時だ、マナ!』

 

『勿論です、お師匠様! 王子に良いとこ見せちゃいましょう!』

 

 最も信頼を置く黒き魔術師が、弟子と共に杖の先に巨大な魔力を迸らせ――

 

『 『 ブラック・ツイン・バースト!! 』 』

 

 放たれた黒き暴虐の一撃に対し、《アルカナ ナイトジョーカー》が剣を振り下ろし切り裂かんとするが、留まることのない破壊の奔流にピシリと剣にヒビが入った瞬間に、拮抗は崩れ、絵札の頂点たる戦士は黒き魔力に呑まれて行った。

 

「くっ! 《アルカナ ナイトジョーカー》!!」

 

遊戯LP:2000 → 1300

 

「続いて《ブラック・マジシャン・ガール》でダイレクトアタック!!」

 

『次は私の攻撃ですよ!!』

 

 そして遊戯が息つく暇もなく、目の前で杖を振りかぶった《ブラック・マジシャン・ガール》の姿が遊戯の視界に入ったが――

 

「させないよ! ボクは墓地の《クリアクリボー》を除外して効果発動! デッキから1枚ドローし、それがモンスターカードなら、そのモンスターを特殊召喚し、バトルさせる!!」

 

 振りぬかれた杖は薄い紫の毛玉《クリアクリボー》を二つに割り、中から飛び出したのは、可愛らしい目口がついた赤いマシュマロなのかマカロンなのか判断に困る謎物質。

 

《マシュマカロン》 守備表示

星1 光属性 天使族

攻 200 守 200

 

「だが、《ブラック・マジシャン・ガール》の敵じゃないぜ! ブラック・バーニング!!」

 

 杖にへばりついた《マシュマカロン》を杖をぶん回して取ろうとする《ブラック・マジシャン・ガール》だったが、アテムの声に杖から炎を放ったことで、杖からベロリと落ちる《マシュマカロン》。

 

「破壊された《マシュマカロン》の効果発動! デッキ・手札・墓地から自身以外の《マシュマカロン》を2体まで特殊召喚する! 分裂しろ《マシュマカロン》!!」

 

 だが地面に落ちた《マシュマカロン》はドロドロに溶けた先から2つに分かれて再生。遊戯のフィールドで元気そうにピョンピョンと跳ねていた。

 

《マシュマカロン》×2 守備表示

星1 光属性 天使族

攻 200 守 200

 

「なら、《竜騎士ガイア》で追撃だ!」

 

 そうしてピョンピョン飛び跳ねる《マシュマカロン》を天から襲来する《竜騎士ガイア》の突撃槍が狙うが、モクバは拳を握りながら安堵の声を漏らす。

 

「よし! 遊戯の《マシュマカロン》は守備表示だぜい! このターンはしのげる!」

 

「いや、そうはいかんぞい、モクバ君。永続魔法《螺旋槍殺(スパイラル・シェイバー)》により《竜騎士ガイア》は守備力を超えた分だけ、ダメージを与えるんじゃ」

 

「なっ!? 200対2600なんて、殆どダイレクトアタックと変わらねぇじゃねぇか!?」

 

 だが、双六からの注釈に、慌てた様子でモクバが遊戯を見やれば――

 

「行け、《竜騎士ガイア》!! 螺旋槍殺(スパイラル・シェイバ)ァアァアァ!!」

 

「それは通さないよ! 墓地の《超電磁タートル》を除外して効果発動! バトルフェイズを強制終了させる!!」

 

 《竜騎士ガイア》の突撃槍が、亀ロボットこと《超電磁タートル》の磁力の力により、反発させられ弾かれた。

 

 

 やがてアテムがリバースカードをセットする最中、モンスター同士の攻防を見守っていた杏子が悲し気に呟く。

 

「《竜騎士ガイア》に《アルカナ ナイトジョーカー》……どちらも遊戯を支え、共に戦ってきたモンスターたち」

 

 今までは頼りになる仲間として共に戦ってきたモンスターが、今は互いに敵として立ちはだかる現実。

 

 それは闘いの儀にて、アテムと遊戯が闘う宿命を共に背負うようにも見える。

 

「ああ、アイツらだけじゃねぇ三幻神に立ち向かったヤツら(モンスターたち)だって、ピンチの度に2人の遊戯を救ってきたモンスターたちだ」

 

「それが今こうして敵味方で闘うことになるなんて……」

 

「2人が闘うことで本当に辛いのはモンスターたちなのかもしれねぇな」

 

 城之内の呟きに対し、沈痛な面持ちの杏子の言を引き継ぐように語った本田の言葉が、今の状況を端的に示しているようにも思えた。

 

 

 

 だが、そんなギャラリーの想いを余所に、ターンを終えたアテムの声が響く。

 

「我が最強のしもべ――《ブラック・マジシャン》を倒さない限り、お前に勝利はないぜ、相棒!」

 

「ボクのターン、ドロー!! まずボクは――」

 

 それに応えるようにカードを引いた遊戯は手札補充を済ませた後、1枚のカードを手に取って、己のフィールドを指さす。

 

「行くよ、もう一人のボク! ボクは2体の《マシュマカロン》をリリースし、《破壊竜ガンドラ》をアドバンス召喚!!」

 

 やがて2体の《マシュマカロン》が赤き輝きを放った後、その輝きの中から赤い球体が全身に埋め込まれた黒きドラゴンが翼を広げ、雄叫びを上げた。

 

《破壊竜ガンドラ》 攻撃表示

星8 闇属性 ドラゴン族

攻 0 守 0

 

「遊戯が、こんなおっかなさそうなカードを使うなんて……!」

 

「成程な、あのタイミングで《超電磁タートル》の効果を使ったのはコイツを呼び出す為か」

 

 それに対し、城之内が優しい遊戯らしからぬ《破壊竜ガンドラ》の出現に驚く最中、アテムは遊戯があえて《マシュマカロン》を破壊してから《超電磁タートル》を発動させた一手に感嘆の声を漏らす。

 

「《破壊竜ガンドラ》は召喚したターンしかフィールドに留まれないモンスターだけど――ボクのライフを半分払うことで、フィールド全てのカードを破壊し、除外することが出来る!」

 

遊戯LP:1300 → 650

 

 そしてアテムとの決別を示すように《破壊竜ガンドラ》の身体中の赤い球体が光線のような赤い光を放ち――

 

「デストロイ・ギガ・レイズ!!」

 

 その赤き破壊の光が互いのフィールドの全てのカードを打ち抜いた。

 

 これで互いのフィールドのカードは全て除外され、当然アテムのエースたる《ブラック・マジシャン》も仲間と共に異次元へと消える。

 

「罠カード《ブラック・イリュージョン》を発動!!」

 

 かに思えたが、アテムは遊戯の一歩先を行く。

 

「これにより、俺のフィールドの攻撃力2000以上の闇属性・魔法使い族は、このターン、バトルでは破壊されず、相手の効果も受けない!」

 

 魔術師の師弟を守るように宙に浮かぶ「BM」と書かれた盾が《破壊竜ガンドラ》の赤い破壊の光線を遮っていた。

 

 

 これにより、アテムのフィールドで除外されるのは、《竜騎士ガイア》と永続魔法《螺旋槍殺(スパイラル・シェイバー)》に加え、2枚の永続魔法《冥界の宝札》、そして罠カード《ブラック・イリュージョン》の計5枚のみ。

 

「くっ、ガンドラの攻撃力は、除外したカードの数×300上がる……!」

 

 一見すると多くのカードが除外されたようにも思えるが、永続魔法《冥界の宝札》などは役目を終え、魔法・罠ゾーンを圧迫していた現実を鑑みれば、アテムの益に働いたといっても過言ではない。

 

《破壊竜ガンドラ》

攻 0 → 攻1500

 

「……だとしても!! 魔法カード《融合派兵》発動! ボクのエクストラデッキの《デーモンの顕現》を公開し、その融合素材である《デーモンの召喚》を特殊召喚!!」

 

 《破壊竜ガンドラ》の除去が半端に終わった中、一矢報いらんと遊戯がデュエルディスクにカードを差し込めば、天から骨の翼を広げたむき出しの筋肉に骨を埋め込んだような悪魔がゆっくりと地上に降り立った。

 

《デーモンの召喚》 攻撃表示

星6 闇属性 悪魔族

攻2500 守1200

 

「バトル!! 《デーモンの召喚》で《ブラック・マジシャン・ガール》を攻撃!! 魔 降 雷!!」

 

 やがてその悪魔――《デーモンの召喚》の身体から迸った紫電が《ブラック・マジシャン・ガール》に放たれる。

 

「だが、罠カード《ブラック・イリュージョン》の効果により破壊はされないぜ」

 

「でもダメージは受けて貰うよ!!」

 

アテムLP:2500 → 2000

 

 しかし、その稲妻は魔術師の師弟の前に浮かぶ「BK」と書かれた盾が弾きアテムのライフを僅かばかり削るのみ。

 

「今のガンドラの攻撃力じゃ攻撃は出来ない。カードを3枚セットしてターン……エンド。ターンの終わりに《破壊竜ガンドラ》は墓地に……送られる」

 

 やがて《破壊竜ガンドラ》がその短い一生を終える中、未だアテムの想定を上回れない遊戯は小さく歯噛みしつつターンを終えた。

 

「なら、俺のターンだ! ドロー!!」

 

 だとしてもアテムは一切の手抜かりなくカードを引き、手札を整えた後に情けなど見せない攻勢に移る。

 

「俺は魔法カード《高等儀式術》を発動! デッキから通常モンスター――《ホーリー・エルフ》と《砦を守る翼竜》を墓地に送り、レベル8の儀式モンスターを儀式召喚!!」

 

 やがて大地に描かれた緑の魔法陣から同色の光が立ち昇り、空に暗雲をもたらしたと思えば空から黒き稲妻が落ち――

 

「混沌の力を今こそ示せ!《マジシャン・オブ・ブラックカオス》!!」

 

 魔法陣の只中から、拘束具のような法衣に身を包んだ、2本の角のような帽子を付けた黒髪の魔術師が、一歩前に歩み出て魔術師の師弟の列に並んだ。

 

《マジシャン・オブ・ブラックカオス》 攻撃表示

星8 闇属性 魔法使い族

攻2800 守2600

 

「バトル!! 《マジシャン・オブ・ブラックカオス》で《デーモンの召喚》を攻撃! 滅びの呪文! デス・アルテマ!!」

 

 そして3体の魔術師による一斉攻撃が遊戯に襲い掛かり、一番槍の《マジシャン・オブ・ブラックカオス》の杖から黒き討滅の一撃が、《デーモンの召喚》が放ったイカヅチごと当人を削り飛ばす。

 

「《デーモンの召喚》!!」

 

遊戯LP:650 → 350

 

「さぁ、これで相棒のフィールドに壁となるモンスターはいない! 《ブラック・マジシャン》!! ダイレクトアタックだ!!」

 

 そうして開けた遊戯のフィールドより、デュエリストを直接狙うように《ブラック・マジシャン》の杖が向けられ、黒い魔力がチャージされていくが――

 

「それは通さないよ! 罠カード《破壊剣の追憶》発動! ボクの手札の『破壊剣』カード《破壊剣士の伴竜》を捨て、デッキから『バスター・ブレイダー』モンスターを特殊召喚する!!」

 

 遊戯の手札から墓地へと飛び出した小さな白いドラゴンの(ヒナ)の愛らしい鳴き声に誘われ――

 

「頼んだよ! 竜破壊の剣士! 《バスター・ブレイダー》!! キミのフィールド・墓地のドラゴン族は1体! よって攻撃力は500ポイントアップ!!」

 

 ドラゴンの専門家こと、藍色の鎧とマスクで全身を覆った巨大な大剣を持つ竜狩りの戦士が遊戯を守るように《ブラック・マジシャン》の前に立ちはだかる。

 

 やがてアテムの墓地の《砦を守る翼竜》の気配を感じ取ったのか、その大剣が獲物を求めるように強く脈動した。

 

《バスター・ブレイダー》  攻撃表示

星7 地属性 戦士族

攻2600 守2300

攻3100

 

「よっしゃぁ! これでアテムのモンスターじゃ、《バスター・ブレイダー》を突破できねぇぜ!!」

 

「攻撃続行だ、《ブラック・マジシャン》!!」

 

「なに考えてんだ、アテムのヤツ! 攻撃力は負けてるんだぜい!?」

 

 力強い本田の声など意に介さない遊戯の指示に《ブラック・マジシャン》が杖を振りかぶる中、モクバが意図が読めないと声を漏らすが、他ならぬ遊戯にはアテムの真意が理解できた。

 

――いや、もう一人のボクには《ブラック・マジシャン》を援護する用意があるんだ。でも!

 

「――そうはさせないよ!! ボクはその攻撃宣言時、速攻魔法《破壊剣士融合》を発動!!」

 

 シンプルに《ブラック・マジシャン》の攻撃力を上げる、《バスター・ブレイダー》の攻撃力を下げる――そのどちらであっても、遊戯は対応する準備があった。

 

 ゆえに己が大剣を《ブラック・マジシャン》の杖と交錯するように放つ《バスター・ブレイダー》。

 

「《バスター・ブレイダー》を融合素材とするモンスターを融合召喚する!! ボクの《バスター・ブレイダー》とキミの《ブラック・マジシャン》を融合!!」

 

「読んでいたぜ、相棒! 俺は速攻魔法《黒魔術の秘儀》を発動!」

 

 だが、その遊戯の想定の上をアテムは行く。

 

「強化するカードじゃない!?」

 

「俺のフィールドの魔術師の師弟を融合する! 俺は《ブラック・マジシャン》と《ブラック・マジシャン・ガール》を融合!」

 

 《バスター・ブレイダー》の剣が《ブラック・マジシャン》の杖と交錯する前に、《ブラック・マジシャン・ガール》の杖と交錯し、互いの杖を通じて力が混ざり合うように一つとなっていく。

 

「融合召喚! 今こそ結束の力を見せろ! 《超魔導師-ブラック・マジシャンズ》!!」

 

 やがて空に浮かぶ渦へと飛び込んだ魔術師の師弟は、互いの法衣に魔力のラインを流し、より魔術師として洗練された姿へと昇華されたことで伸びた師弟の黄金の長髪がたなびく。

 

《超魔導師-ブラック・マジシャンズ》 攻撃表示

星8 闇属性 魔法使い族

攻2800 守2300

 

 ゆえに《バスター・ブレイダー》の剣は空を切った。

 

「相棒、お前の4枚の手札の中に融合素材となれるカードがあれば速攻魔法《破壊剣士融合》の効果は適用されるが――」

 

「……っ! 今のボクの手札に《バスター・ブレイダー》と融合できるカードは……ない……!」

 

 その空を切った竜破壊の剣と交わるものもなく――

 

「なら、速攻魔法《破壊剣士融合》は不発に終わるぜ!」

 

「でも、ボクの《バスター・ブレイダー》の方が攻撃力は上!!」

 

「そいつはどうかな! 墓地の罠カード《ブレイクスルー・スキル》を除外し、効果発動!これで相棒の《バスター・ブレイダー》の効果をこのターン無効だ!」

 

 そうして無防備になった《バスター・ブレイダー》の足元に《超魔導師-ブラック・マジシャンズ》が放った魔法陣から鎖が飛び出し、竜破壊の力を封じて行く。

 

《バスター・ブレイダー》

攻3100 → 攻2600

 

――くっ、ボクのリバースカードを使()()()()()()

 

「《超魔導師-ブラック・マジシャンズ》の攻撃!! ブラック・バースト・マジック!!」

 

 そんな動きを封じられた《バスター・ブレイダー》に向けられた師弟の二対の杖から、赤と黒の魔力が放たれ、竜破壊の剣士が消し飛ばされた際の余波が遊戯を苛む。

 

遊戯LP:350 → 150

 

「うぅわぁっ!?」

 

「俺はカードを2枚セットしてターンエンドだ」

 

 やがて《超魔導師-ブラック・マジシャンズ》の効果も活用し、迎撃のセットカードを幾重にも揃えたアテム。

 

 

 厚いアテムとの実力差に本田と御伽が後ろ向きな声を漏らすが――

 

「《バスター・ブレイダー》でも駄目なのか……!」

 

「遊戯くんも必死に食らいついているけど……もう」

 

「まだだ! 負けんな、遊戯!」

 

 城之内の声援に背を押され、遊戯はデッキからカードを引き、そこから補充した手札の内容に暫しの逡巡を見せた後、手札から1枚のカードを引き抜いた。

 

「ボクは魔法カード《レベル調整》を発動! キミが2枚ドローする代わりにボクの墓地の『LV(レベル)』を持つモンスター1体を、召喚条件を無視して復活させる!!」

 

 遊戯の手元から転げ落ちたサイコロが「 5 」の数字で止まれば、そのサイコロが砕けた先から――

 

「出番だよ! 《サイレント・ソードマン LV(レベル)5(ファイブ)》!!」

 

 白い縁のある紺色のコートに身を包む、身の丈を優に超える大剣を肩に担いだ剣士が現れた。

 

《サイレント・ソードマン LV(レベル)5(ファイブ)》 攻撃表示

星5 光属性 戦士族

攻2300 守1000

 

「そして魔法カード《レベルアップ!》を発動! ボクのフィールドの『LV(レベル)』を持つモンスター1体を墓地に送り、そこに記されたモンスターを召喚条件を無視してデッキから特殊召喚!」

 

 やがてその剣士が大剣を天に掲げたと思えば、空に向けて円を描くように大剣を動かし、そこから落ちた光がその身体を包み込む。

 

「サイレント・ソードマン! レベルアップ!! 《サイレント・ソードマン LV(レベル)7(セブン)》!!」

 

 そうして剣士は一回り大きくなった体格で、紺のコートを揺らしながら、一段とサイズを増した大剣をアテムへと向けた。

 

《サイレント・ソードマン LV(レベル)7(セブン)》 攻撃表示

星7 光属性 戦士族

攻2800 守1000

 

「此処で手札から《サイレント・マジシャン LV(レベル)4(フォー)》を通常召喚!」

 

 白い帽子を目元まで深く被った紺のインナーに白い法衣を纏った魔術師の少女がその体躯相応に小さい杖を手に、同じ「サイレント――沈黙」の名を持つ剣士の隣に立つ。

 

《サイレント・マジシャン LV(レベル)4(フォー)》 攻撃表示

星4 光属性 魔法使い族

攻1000 守1000

 

「そして魔法使い族である《サイレント・マジシャン LV(レベル)4(フォー)》をリリース! 手札から舞い降りろ! 《沈黙の魔術師-サイレント・マジシャン》!!」

 

 しかしすぐさまその身体を光が包み、光が晴れた先からは大きく成長した一人の魔術師の女性が凛と佇んだ。

 

《沈黙の魔術師-サイレント・マジシャン》 攻撃表示

星4 光属性 魔法使い族

攻1000 守1000

 

「その攻撃力は手札の数×500アップ! ボクの手札は5枚! よって――」

 

 元と変わらぬように見えた魔力も、遊戯の手札が力となり、その数値はアテムのフィールドの全ての魔術師を凌ぐものである。

 

《沈黙の魔術師-サイレント・マジシャン》

攻1000 → 攻3500

 

「バトルだ!! サイレント・マジシャンで《超魔導師-ブラック・マジシャンズ》を攻撃!! サイレント・バーニング!!」

 

 ゆえに、毎ターンアテムに手札及びセットカードを補充し続ける魔術師の師弟へと杖から光弾を放った《沈黙の魔術師-サイレント・マジシャン》。

 

 だが、その一撃は師弟を庇うように前に出た《マジシャン・オブ・ブラックカオス》が突き出した腕から生じた魔法の障壁が受け止めた。

 

「なっ!? 《マジシャン・オブ・ブラックカオス》が!?」

 

「悪いが、相棒――俺は墓地の罠カード《仁王立ち》を除外することで、このターン俺が選択したモンスターである《マジシャン・オブ・ブラックカオス》にしか攻撃はできない」

 

 しかし、相手の光弾の威力を打ち消しきれなかった《マジシャン・オブ・ブラックカオス》の障壁が砕けたと同時にその身は貫かれ、やがて光の粒子となって消えていった。

 

アテムLP:2000 → 1300

 

 

 そうして遊戯の攻撃を最低限の損失で抑えたアテム。最低でも《超魔導師-ブラック・マジシャンズ》を破壊しておきたかった遊戯からすれば手痛い計算違いだ。

 

「………………ボクはカードを3枚セットして、ターンエンドだ」

 

《沈黙の魔術師-サイレント・マジシャン》

攻3500 → 攻2000

 

 それゆえか、《沈黙の魔術師-サイレント・マジシャン》の攻撃力を下げるリスクを負った遊戯へギャラリーのモクバは焦った声を漏らす。

 

「あぁ!? 3枚も伏せちゃサイレント・マジシャンの攻撃力が下がっちまうぜい!? あれじゃぁアテムの攻撃を受けちまったら……」

 

「ふぅん、ラストアタックと言ったところか――ヤツのデッキに《ブラック・マジシャン》を倒せる力はこれを逃せば、もはやない」

 

――最後の綱である前のターンから温存された物を含め、合計5枚のセットカード……だが、遊戯(アテム)とて《超魔導師-ブラック・マジシャンズ》の効果も活用し、4枚ものセットカードを有している。

 

 そんな中、現状を誰よりも正確に把握する海馬は、両者の盤面に加え、デッキ枚数を見やる。

 

 その互いに大きく目減りしたデッキには、既に大きく状況を覆すカードは殆どない。

 

――此処で勝負が動く。

 

 ゆえに、この盤面を制した者が、勝負の流れを一気に引き寄せることは明白であった。

 

 

 そうしてアテムはその流れを引き寄せるようにカードを引き、すぐさまデュエルディスクに叩きつけた。

 

「俺のターン、ドロー!! 《マジシャンズ・ロッド》を召喚! そして召喚時に効果発動! デッキから《ブラック・マジシャン》のカード名が記された魔法・罠カード1枚を手札に加える! 俺は永続魔法《黒の魔導陣》を手札に!」

 

 そして霧の如き身体を揺らしながら浮かぶのは、何処か《ブラック・マジシャン》の姿に似た霊体のような存在が、唯一、実体として存在する杖をかざしアテムのデッキから光を手札に届ける。

 

《マジシャンズ・ロッド》 攻撃表示

星3 闇属性 魔法使い族

攻1600 守 100

 

「そして永続魔法《黒の魔導陣》を発動!」

 

 やがて直ぐさまその光は、黒き魔法陣となってアテムのフィールドを駆け巡るが、その光は《サイレント・ソードマン LV(レベル)7(セブン)》の大剣の一振りが掻き消した。

 

「無駄だよ、もう一人のボク! 《サイレント・ソードマン LV(レベル)7(セブン)》がいる限り、フィールドの魔法カードの効果は全て無効化される!!」

 

「だが発動は無効化されず、永続魔法《黒の魔導陣》はフィールドに残るぜ!」

 

 しかし魔法陣そのものが消えた訳ではない。

 

「くっ…………だったら! 《沈黙の魔術師-サイレント・マジシャン》の効果! 1ターンに1度、魔法カードの発動を無効にし、破壊する!!」

 

 かと思われれば《沈黙の魔術師-サイレント・マジシャン》が地面を杖でコツン小突けばガラスが砕ける音と共に、魔法陣は砕け散った。

 

 そんな無効化される永続魔法を、1ターンに1度に限定される効果を使ってまで破壊した遊戯の意図を読み取ったアテムは挑発的な笑みと共に攻めに動く。

 

「成程な――なら行くぜ、相棒!! バトルだ!! ブラック・マジシャンズで、サイレント・マジシャンを攻撃!!」

 

 そうして2000の攻撃力を晒す《沈黙の魔術師-サイレント・マジシャン》へ魔術師の師弟が息を合わせて杖を向けるが――

 

「罠カード《弩弓(どきゅう)部隊》を発動!! ボクのフィールドのモンスター1体を――《サイレント・ソードマン LV(レベル)7(セブン)》をリリースし、キミのフィールドのカード1枚! ブラック・マジシャンズを破壊する!!」

 

 いつの間にやら、その側面から《サイレント・ソードマン LV(レベル)7(セブン)》が大剣を振り被っており、今まさに解き放たれんとしている沈黙の剣に師弟が出来ることは唯一つ。

 

――やはり自ら魔法封じの効果を手放したか!

 

「だが、その効果に対して《超魔導師-ブラック・マジシャンズ》の効果発動! 俺はデッキからカードを1枚ドローし、魔法・罠ならフィールドにセットできる! カードをセット!」

 

 主であるアテムに僅かばかりの援護を行うこと。

 

 やがて振り切られた《サイレント・ソードマン LV(レベル)7(セブン)》の大剣と、強引に照準を合わせ直した《超魔導師-ブラック・マジシャンズ》の魔力弾が互いに着弾し、両者は相打ちの形を取った。

 

「そして破壊された《超魔導師-ブラック・マジシャンズ》の効果により、墓地より、舞い戻れ! 魔術師の師弟よ!!」

 

 だが、《超魔導師-ブラック・マジシャンズ》としての師弟の装備が身代わりになるかのように砕け散って行く。

 

 やがてアテムのフィールドに佇むのは相棒たる黒き魔術師と、

 

《ブラック・マジシャン》 攻撃表示

星7 闇属性 魔法使い族

攻2500 守2100

 

 その弟子たる水色の法衣を纏った少女が並んだ。

 

《ブラック・マジシャン・ガール》 攻撃表示

星6 闇属性 魔法使い族

攻2000 守1700

攻2300

 

 そうしてアテムが最も信を置く魔術師たちの再演に対し、遊戯は「此処だ」とばかりに2枚目のセットカードを発動させた。

 

「この時を待っていたよ! 罠カード《ストレートフラッシュ》!! キミの魔法・罠ゾーンが全て埋まっている時! その魔法・罠ゾーンのカードを全て破壊する!!」

 

 そうして一陣の風が斬撃のように横一文字に吹き荒れ、アテムのフィールドにズラリと並んだセットカードのことごとくを破壊していく。

 

「アテムくんのセットカードが剥がされた!」

 

「だが! セットされた永続罠《ミラーフォース・ランチャー》が相手の効果で破壊された時、墓地のこのカードと、デッキ・墓地から罠カード《聖なるバリア -ミラーフォース-》をセットする!!」

 

 しかし、ギャラリーの御伽の声に反して、アテムがフィールドに手をかざした部分に、2枚のセットカードが浮かび上がり、その守りを決して途切れされない。

 

「そして《ブラック・マジシャン》でサイレント・マジシャンを攻撃!!」

 

 そう、守りが途切れぬゆえに果敢の攻勢に出られるのだと、黒き魔術師が、白き魔術師へと黒き魔力が迸る杖を向け、その後に弟子も続くが――

 

「させないよ――永続罠《センサー万別》発動! このカードが存在する限り、互いのフィールドに同じ種族は1体しか存在できなくなる!! 2体以上存在する場合は、プレイヤーが墓地に()()()()()()()()()()!!」

 

 そのタイミングで赤い蛍光ランプの光がアテムのフィールドを照らし出す。

 

 それに対し、動きを止めた《ブラック・マジシャン》を余所に海馬は驚きの声を漏らす。

 

「これは――神すら抗えぬ、プレイヤーへ墓地送りを強制する効果!」

 

「神を攻略する為のカードをこのタイミングで!?」

 

 続いた獏良の声が示すように、3体の神が並ぶときに発動していれば、無条件で2体の神を除去できるカードだった――神出現の際に引けなかったカードが此処にきて活きるとは何と皮肉なことか。

 

 

 そうして《ブラック・マジシャン》、《ブラック・マジシャン・ガール》、《マジシャンズ・ロッド》の3体とも「魔法使い族」である為、どれか1体以外は墓地に送らねばならぬアテムだが、答えは1つしかなかった。

 

「なら、俺は《ブラック・マジシャン》を残し、攻撃続行!!」

 

 サポートカードを多く擁する《ブラック・マジシャン》が杖に蓄積されていた黒い魔力の球体を放った。

 

 

――今だ!!

 

「これがボクのラストアタックだ!! 速攻魔法《サイレント・バーニング》!!」

 

 だが、対する《沈黙の魔術師-サイレント・マジシャン》が迎撃にと杖に灯る小さな白き輝きが――

 

「バトルフェイズにボクの手札がキミよりも多い場合、お互いは手札が6枚になるようにドローする!!」

 

 アテムの1枚の手札と、遊戯の2枚の手札が、それぞれ6枚に増えると同時に――

 

「そしてボクの手札が増えたことで、サイレント・マジシャンはパワーアップ!!」

 

 小さな白き光は、巨大な白き力の奔流となって、《ブラック・マジシャン》へ向けて放たれた。

 

《沈黙の魔術師-サイレント・マジシャン》

攻2000 → 攻4000

 

 《ブラック・マジシャン》の放った一撃をみるみる内に呑み込み突き進む白き一撃が、アテムへと迫っていくが――

 

「1500のダメージを受けて、アテムくんの1300のライフは!」

 

「だが、詰めが甘いぜ、相棒! 俺は速攻魔法《バーニングマジック》に対し、速攻魔法《黒魔導強化(マジック・エクスパンド)》を発動していた!」

 

 《ブラック・マジシャン》の隣で、墓地へ送られたゆえか半透明に映る《ブラック・マジシャン・ガール》が援護するように杖を構えていた。

 

「これにより、《ブラック・マジシャン》の攻撃力は1000ポイントアップ!!」

 

『お師匠様! 援護します!』

 

『ああ!』

 

 やがて弟子と共に再び魔力を振り絞って威力を上乗せした黒き一撃が、白き奔流を僅かに減衰させる。

 

《ブラック・マジシャン》

攻2500 → 攻3500

 

アテムLP:1300 → 800

 

 そんな最後の願いを込めた迎撃により、《ブラック・マジシャン》が倒れた後も、アテムのライフは僅かばかり残った。

 

 

「防がれた!」

 

「じゃがアテムは《ブラック・マジシャン》たちを失ったぞい! フィールドにサイレント・マジシャンを残す遊戯がやや有利じゃ!」

 

 そしてホプキンス教授と双六の声を余所にアテムは6枚に増えた手札を視界に入れ、静かに語り始める。

 

「相棒――お前の逆転のカード、速攻魔法《サイレント・バーニング》は俺に更なる逆転……このデュエルに決着をつけるべきカードを導いてくれたぜ」

 

 最も信頼する《ブラック・マジシャン》を失ったアテムだが、魔術師の師弟が残した僅かな猶予がアテムに最後の一手を授けていた。

 

「俺はバトルを終了し、魔法カード《ブーギートラップ》を発動! 手札を2枚捨て、自分の墓地の罠カードを1枚、自分フィールドにセットする――この効果でセットしたカードはこのターンでも発動が可能だ」

 

 やがてフィールドにセットされた正体不明の罠カードの中身が、アテムの最後の一手が、すぐさま明かされる。

 

「俺の墓地に5体以上モンスターがいるときコイツが発動できるぜ! 罠カード《補充要員》を発動! 俺の墓地に存在する効果モンスター以外の攻撃力1500以下のモンスターを3体まで手札に加える!」

 

 それは唯の墓地のカードを回収カード。だが、回収されるのは――

 

「俺が手札に加えるのは、この3枚!!」

 

 《封印されし者の右腕》・《封印されし者の右足》・《封印されし者の左足》の3枚。手札補充などでは断じてない。ゆえに海馬の瞳は驚愕で大きく見開かれる。

 

「まさか!」

 

「これが俺のラストアタックだ! 俺は魔法カード《死者転生》を発動! 手札を1枚墓地に送り、墓地のモンスター1体を手札に加える! 俺が手札に加えるのは――」

 

 そして遊戯の合計4枚となった手札に、最後の1枚が加えられ――

 

 

「――《封印されしエクゾディア》!!」

 

 

 此処に(いにしえ)の魔神の封印がひも解かれる。

 

 

「此処でエクゾディアが出てくるだと!?」

 

「今、此処に! 5つの封が解かれる!!」

 

 拳を握る城之内の興奮するような声を余所に、アテムの宣言の元、彼の背後にて空間が歪み、

 

 

「来たれ! 召喚神!!!」

 

 

 やがて己を封じる鎖を引き千切りながら、土色の巨人の如き神がアテムの背後に悠然と現れた。

 

 

「――エクゾディア!!」

 

 

 そして両の手に怒りの業火が迸る中、アテムは遊戯へと視線を向ける。

 

 

――相棒……俺の勝ちだ

 

 

 これにて、闘いの儀は完了され、三千年に渡る長き因縁に終止符を打つ。

 

 

 

――分かっていたよ、もう一人のボク……

 

 

 そして、それは他ならぬ遊戯も理屈ではなく心で理解していた。

 

 

――ボクがキミならやはり神を呼んだ……

 

 

 アテムの全てを。

 

「ボクは今、最後のリバースカードの封印を解く!」

 

 やがて、遊戯のフィールドに最後に遺された1枚のセットカードが発動され――

 

 

「罠カード《ファイナル・ギアス》!!」

 

 

「ファイナル……ギアス……!?」

 

「元々のレベルが7以上のモンスターが……互いのフィールドから墓地に送られたターンに発動……できる」

 

 アテムの声に、遊戯は零れ落ちそうになる涙を必死にこらえながら語る。

 

「互いの墓地のカードを全て除外し、除外した中で最もレベルが高い魔法使い族モンスターを僕のフィールドに特殊召喚する……けど、《黒の(マジック・)魔法神官(ハイエロファント・オブ・ブラック)》は……自身の効果以外じゃ……特殊召喚できない……」

 

 

 

「……だが、対象を失った俺の《死者転生》は不発に終わる」

 

 そして周囲に次元を歪ませるかの如き突風が吹き荒れる中、アテムは今までの闘争心溢れる表情を崩し、小さく優し気な笑みを浮かべた。

 

 

 やがてアテムの背後のエクゾディアが煙のように消えていく中、杏子、城之内、本田がポツリと零す。

 

「エクゾディアが……消滅していくわ……」

 

「遊戯だって墓地のカードはアドバンテージになっていたってのに……」

 

「それを自分から封印しちまうようなカードを……」

 

 そんなアテムと遊戯に最も近しい友たちへ向け、ホプキンス教授は静かに私見を述べた。

 

「これは遊戯くんなりのメッセージなのかもしれないね。『死者の魂が現世に留まってはならない』――そんな想いを込めた冥界へと旅立つファラオへの魂の引導……」

 

「別れの決意を込めた切り札だったんじゃな……」

 

 どこか悲し気な双六が追従するように、遊戯はこの別れを覚悟していたのだと。

 

 

――相棒は俺の切り札を読んでいた……

 

 

 そしてそんなギャラリーの考察は、アテムも理解していた。

 

 

――俺を……

 

 

 そう、アテムの後を追いかけていた遊戯はもういない。

 

 

――超えたんだ……

 

 

 今の遊戯はアテムの手を離れ、一人で立って歩み始めたのだと。

 

 

 

 

 そうして決定的な別れを確信したギャラリーは現実を明確化するように零す。

 

「アテムくんのフィールドに壁となるモンスターはいない……!」

 

「手札には、もうエクゾディアパーツしか残ってねぇ……」

 

 御伽と城之内が語るように、既に通常召喚もし終えた以上、アテムに出来るのはターンを終えるだけ。

 

「でもアテムには罠カード《聖なるバリア -ミラーフォース-》が残ってるわ!」

 

「無駄じゃ、《沈黙の魔術師‐サイレント・マジシャン》が相手の効果で破壊された時、デッキより、『サイレント・マジシャン』モンスターを呼ぶことが出来るぞい」

 

「つまり、どちらにせよサイレント・マジシャンの直接攻撃で勝負は決まる……」

 

 杏子の一縷の望みをかけたような声も、双六とホプキンス教授の解説に掻き消される。

 

 

「さぁ、来い! 相棒!!」

 

「サイレント・マジシャンで……ダイレクトアタック!!」

 

 そしてアテムの声に、カードをドローした遊戯が《沈黙の魔術師‐サイレント・マジシャン》を攻撃させ、

 

 

 罠カード《聖なるバリア -ミラーフォース-》によって破壊されるが、光の先から《沈黙の魔術師‐サイレント・マジシャン》と瓜二つな《サイレント・マジシャン LV(レベル)8(エイト)》が現れ――

 

 

《サイレント・マジシャン LV(レベル)8(エイト)》 攻撃表示

星8 光属性 魔法使い族

攻3500 守1000

 

 

 その杖から、アテムへと終局を誘う光が、

 

 

「俺の負けだ」

 

 

 別れを告げる白き光がおくられた。

 

 

「――相棒」

 

 

 

 アテムLP:800 → 0

 

 

 

 

 

 

 






次回、さよなら は 言わない




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第200話 さよなら は 言わない




前回のあらすじ
決着






 

 

 遊戯の勝利で終わった闘いの儀――だが、涙を流しながら膝をつく遊戯と、両の足でしっかりと立つアテムの姿を見比べれば、多くが逆の印象を受けることだろう。

 

「立て。勝者が跪いてどうするんだ? 俺がお前なら涙は見せないぜ」

 

 そんな遊戯を見かねて、歩み寄って肩に手を置くアテムの声に遊戯は涙を堪えようとしながら思いの丈を零していく。

 

「ボ、ボクは弱虫だから……ボクにとってキミはずっと目標だった……キミみたいに強くなりたくて……ずっと……」

 

「お前は弱虫なんかじゃない。ずっと誰にも負けない強さを持っていたじゃないか。『やさしさ』って強さを」

 

 しかし、そんな遊戯の言葉を膝立ちで目線を合わせたアテムが否定した。

 

「俺はお前から教わったんだ、相棒」

 

 アテムは多くのものを遊戯から貰っていたのだと。

 

「もう一人のボク……」

 

「もう俺はもう一人のお前じゃない。そしてお前は誰でもないお前自身! 武藤 遊戯と言う名の、この世でたった一つの存在なんだ!」

 

「うん!」

 

 やがて立ち上がり、アテムが差し出す手を取った遊戯が涙を拭って立ち上がる中、壁画に描かれていたウジャトの瞳が輝きを放ち始めた。

 

「扉の目が光ってるぜい……!?」

 

「闘いの儀によってファラオの魂の真実を――――いや、別れの時が来たようだね」

 

 モクバの声に、説明を入れるホプキンス教授がアテムへ視線を向け、この闘いの儀の本懐を遂げる最後の行程を示す。

 

「ウジャト眼に王の名を!」

 

「我が名は――」

 

 そしてウジャドの瞳の前に立った遊戯が閉じた瞳の裏で今までの日々に想いを馳せた数瞬後――

 

「アテム!!」

 

 見開いたアテムの瞳と共に宣言された王の名が、ウジャトの瞳が描かれた冥界の門を開き、王の魂をその先の光へと誘うのだ。

 

 

 やがて歩を進めようとしたアテムの背に、思わずと言った具合で駆けつけた本田が叫ぶ。

 

「遊戯! ホントに行っちまうのかよ! あの世になんて行かなくていいんじゃねぇかな――っていうか、行くな!!」

 

 零れる涙を掌で強引に抑えながら、引き留める本田。「あの世に行かなくていい」なんてことはないなど、本田とて理解している。だが、理屈と感情は別だった。

 

 そうした想いに追従するように杏子も別れから目を逸らすように瞑った瞳で涙と言葉を零す。

 

「アテム……その光の向こうに貴方にとって帰るべき場所がある。それは分かってる……分かってるつもり――でも! その光は私たちにとって貴方との別れの境界線でしかないわ!!」

 

 

 幾ら「ファラオを冥界に送る儀式」などと必要性を説かれても、杏子からすれば「仲間との別れの儀式」でしかない。

 

 

 冥界の門も、そこから零れる光も、全てが手招きする死神の鎌にしか思えない。

 

 

 

「違ぇ!!」

 

 

 しかし城之内の叫びがそんな二人の発言を吹き飛ばした。

 

「……城之内?」

 

「……城之内くん?」

 

 杏子と、アテムの戸惑う声を余所に、城之内は拳を握りながら語る――いや、示す。

 

「俺に難しいことは分かんねぇけど、『冥界』ってのは『死んだ奴がいく場所』ってことだろ!!」

 

 城之内の頭はお世辞にもよくない。

 

 ホプキンス教授が「闘いの儀」に関して嚙み砕いて説明してくれたが、半分も伝わっていないだろう――だが、そんな城之内だからこそ細かな理屈を排した結論に至った。

 

「だからさ!! 俺が高校出て、プロになって! 山ほどデュエルして! んで、ヨボヨボのじいさんになって、笑って大往生した時! また! また――」

 

 牛尾は言った「いつかは絶対に別れは来る」と。

 

 つまり、いつか城之内も「この世と別れる時がくる(肉体的な死を迎える)」のだ。

 

 そう、城之内もいつかは――

 

 

「――会えるよな!!」

 

 

 冥界へと還る(アテムの元に行く)のだ。

 

「だからよ! そんときの俺は竜崎を倒して! キースも倒して! スゲェデュエリストになってるだろうからよ!!」

 

 ゆえにこれが今生の別れなどでは断じてないと城之内は叫ぶ。

 

 精一杯生きた先に、自分たちは――

 

「そんときは、俺と……俺とデュエルしようぜ、アテム――いいや、遊戯!!」

 

 再会するのだと。

 

「城之内くん……」

 

 涙を堪えながら届けられた城之内の想いにアテムが小さく友の名を呟く中、本田も顔を上げて続く。

 

「城之内の言う通りだ! 俺も……なんか! なんか分かんねぇけどスゲェことするから! 楽しみに……楽しみにしてくれよな、遊戯ッ!」

 

「本田くん……」

 

 とはいえ、今後の人生こと進路が「家業を継ぐ」以外なにもない本田の未来予想図は漠然としていたが、伝えたいことはアテムにも分かった。

 

 これは「別れ」ではなく、「再会」の約束。

 

「遊戯! 私もアメリカでダンサーになって……夢を……夢を叶えたら……」

 

 やがて杏子も、城之内の自論に背を押され、思いの丈を解き放つ。

 

「あの時、伝えられなかった……とても大事なことを……伝えたいから……」

 

 それは、闘いの儀の前夜に伝えられなかった秘めたる想い。

 

「――待ってて、遊戯!」

 

「ああ、待ってるぜ、杏子」

 

 

 そして最後に、遊戯が涙が零れるままに、己が願う未来を語る。

 

「ボクも……ゲームデザイナーになって……沢山ゲームを作るよ……! だから……だから、またみんなで……」

 

「ありがとう、相棒」

 

 

 やがて仲間の想いを胸に、冥界の扉へと歩を進めるアテム。

 

「決して忘れないよ、キミとの約束!」

 

 だが、その背へ遊戯の決意の言葉が届いた。

 

 

 人は、死へと歩み続ける存在である。

 

 そうした恐怖すべき目に見えた別れに対し、目には見えない想いで再会の約束を誓い恐怖を打ち祓った一同。

 

 見えるんだけど、見えないもの――彼らの心は次元が隔てようともピースの輪で繋がっているのだ。

 

 

 そんな仲間からのメッセージに、アテムは右手を広げた後、親指を立てる。

 

 それに応えるように遊戯たちも親指を立てて見送る中、冥界の扉の先に輝く光の中で出迎えた神官たちの元へ旅立つアテム。

 

 

 やがて役目を終えたように冥界の扉は音を立てて閉じていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、冥界の扉が閉じた矢先に、地下神殿全体が揺れ動く。そう、これは――

 

「地震……!?」

 

「みんな! 早く脱出を! 役目を終えたこの遺跡は崩れるんだ!!」

 

「大丈夫じゃ! 落ち着いて走れば十分に間に合うぞい!!」

 

 ホプキンス教授と双六が示すように、お約束とばかりに自壊し始める地下神殿。

 

「落ち着けるか、こんなもん!!」

 

 最後の最後は、締まらぬ城之内の焦った声と共に、地下神殿の外へと一同は走り出した。

 

 

 

 

 やがて思ったよりも余裕をもって脱出した一同。

 

「なんもかも瓦礫の底かよ……」

 

 しかし外で待機していた牛尾が零したように、千年アイテムにまつわる全てが瓦礫の中に埋まり、もう二度と冥界の扉が開かれることはないことは明白。

 

「遊戯」

 

「城之内くん?」

 

「帰ろ……いや、進もうぜ」

 

 そんな中、暫し地下神殿へと視線を向けていた遊戯の肩に手を置いた城之内は、ニッと笑みを浮かべて親指を立てつつ告げる。

 

「スゲェ進みまくって! アイツが腰抜かす程に土産話を山ほど用意してやろうぜ!!」

 

「……うん!」

 

 こうして、特別なファラオの物語は終わりを告げる。

 

 

 だが、これは同時に始まりでもあった。

 

 

 

 

 特別なファラオの物語ではない、誰もが持つ己が(ロード)を進むそれぞれの物語の始まり。

 

 

 

 そう、「武藤 遊戯」の物語は始まったばかりなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 精霊界にて、昏き闇が広がる只中、黒き装甲を持つ数多の二足の異形たちが、それぞれ様々な昆虫に似た体躯を震わせ、大地に立つ。

 

 彼らは「インヴェルズ」――(いにしえ)の時代、世界の破壊と破滅に満ちた混沌なる世界として支配するべく戦乱を開いた「ヴェルズ」によって生まれた邪なる精霊。

 

 

 その(いにしえ)の戦乱は、星の騎士団「セイクリッド」たちと、彼らが生み出した自立型機動兵器「ヴァイロン」によって「インヴェルズ」たちが敗北し、深淵なる地へ封印された。

 

 

 だが、彼らインヴェルズは死してなどいない。

 

 精霊界に蔓延る戦乱の火種と、なんかやたらと邪悪な邪念を迸らせるなんかによって、この時、封印から解き放たれたのだ。

 

 

 復讐の刻が来たれり。

 

 

 嘗て敗れた相手であるセイクリッド並びにヴァイロンたちを喰らう為の力を蓄えるべく、彼らは動き出す。

 

 

 そう、長きに渡る封印から、彼らは飢えていた。

 

 

 そんな最中、カミキリムシの特徴を色濃く残す巨大なインヴェルズ――《インヴェルズ・ホーン》が狂ったように暴れ出す。

 

「!イナライ !イナライ !イナライウモ !ンネャジ !ンネャジ」

 

「遠慮せずにどんどん食べて下さいねー」

 

 そこでは異音染みた声を漏らす昆虫人と言うべき身体の丁度口元部分を、神崎に押さえられて地面に組み伏せられる《インヴェルズ・ホーン》。

 

 そして神崎の掌にある緑色の石から黒いヘドロっぽいなにかが際限なく湧き出ていた。

 

――いやー、 彼 ら (ヴェルズとインヴェルズ)は人の邪念が好物らしいから、オレイカルコスの神が嫌悪する人間の邪念を処理できて助かるー

 

 その黒いヘドロの正体は神崎の胸中が示すように、「人の邪念」――オレイカルコスの神が、常に晒される人の暗き部分。

 

 そんな具合でインヴェルズたちの好物?である邪念が溢れんばかりに注入され、胃袋が破れるんじゃないかと思うくらいに膨れる《インヴェルズ・ホーン》の腹を見るに、彼らもご飯を沢山食べれて幸せなことだろう。

 

 なにせ、大量の好物?を得られ、喜びが隠せないのか、必死さすら見える様子で狂喜乱舞な具合に《インヴェルズ・ホーン》は暴れているのだから――とはいえ、押さえつける神崎の腕はビクともしないが。

 

 

 そう、彼らは飢えてい「た」――過去形である。

 

「!エベヤ」

 

「!エベヤ」

 

 そしてその周囲にて、身体を震わせながら右往左往するインヴェルズたち――きっと食事の順番が待ちきれずソワソワしているのだろう。

 

「!ロゲニ」

 

「!ルテレマコカ !ダリム」

 

「――ケスタ !ッマシ !セワコ」

 

 やがて幾ら騒いでも外の迷惑にならないように張られた黒い壁をガンガン叩きだすインヴェルズたち――の1体が影の腕に引き寄せられ、邪念のフルコースへ招待される。

 

「!ロレクカ ニカコド」

 

「!ニコド」

 

「!コソア」

 

 やがてワサワサと動いていた小柄なインヴェルズたちが、指さす先には――

 

 先程、暴食の限りを尽くしていた《インヴェルズ・ホーン》と一緒に横たわる巨大な体躯を持つ《インヴェルズ・グレズ》のヘラクレスオオカブトのような身体があった。

 

 その《インヴェルズ・グレズ》も満腹さを示す膨れた腹でグッタリと横たわり、死体と見まがうようにグッスリ眠った様子が見える。幸せそうで何よりだ。

 

 その先に腰掛けたインヴェルズたち――「かくれんぼ」だろうか?

 

「!タレラメコジト」

 

 だが、途端に寝返りを打ったのか、姿勢が変わった《インヴェルズ・グレズ》の巨体に挟まれた小柄なインヴェルズ。

 

「――ケスタ」

 

 を助けるように引き寄せる黒い影の腕。仲間に手を伸ばすインヴェルズだが――

 

「!セナハ」「!ナルヨ」「!ナルク」

 

 きっと先に美食を味わうゆえか、羨ましそうな視線を向ける仲間に見送られ、インヴェルズがまた一体、邪念のフルコースを食していった。

 

 やがて、そんな同胞たちを見て、多分、羨ましさに駆られたインヴェルズたちが、昆虫の特徴を色濃く持つ身体ゆえの棘や爪を剥き出しにし、闘争本能を昂らせるように叫ぶ。

 

「!セロコ ヲツヤ」

 

「!バレナクナイ ガツイア!」

 

 彼らの間に奔る剣呑な雰囲気を鑑みれば――きっと、順番待ちで揉めているのだろう。

 

「!タケマ スレグ」

 

「!イナテカ レオ」

 

 だが、序列を重んじるインヴェルズたちが、彼らの中で最もレベルの高い《インヴェルズ・グレズ》が倒れ――もとい寝ている姿を指さす。

 

 ざわつく一同。多分、順番を守るべき派と、気にしない派が睨み合っているのだろう。

 

「!ケキ ナンミ」

 

 しかし此処でノコギリクワガタの特徴を持ったインヴェルズ――《インヴェルズ・ギラファ》が同胞たちの心を一つにすべく声を上げた。

 

「!?ァフラギ」

 

「!!ダンルセワア ヲラカチ デナンミ」

 

「……ァフラギ」

 

 右腕のキャノン砲を神崎へと構え、皆を先導するように前に出た《インヴェルズ・ギラファ》は――

 

「――ンクヅツ ニレオ アサ」

 

「!タレラヤ ガ ァフラギ」

 

 神崎へと駆け出した途端、影の腕に掴まれ、邪念のフルコースにご招待された。

 

「……ダイマシオ ウモ」

 

 そんな《インヴェルズ・ギラファ》の去り際の宣言に諦めるように膝をつくインヴェルズたち――きっと、《インヴェルズ・ギラファ》の説得により、順番を守ることにしたのだろう。

 

 

 やがて、そんなインヴェルズたちを余所に神崎の脳内でトラゴエディアの声が響く。

 

『おい、神崎。奴らは日本に帰って行ったぞ。それと予定通り、モクバへ「墓守の使命が終わったゆえに世界を見て回る」との旨を伝えて、辞する手続きを済ませた』

 

 

「!!ールレボオ ニ ンネャジ……ンネャジ !!ールレボオ」

 

「!!タッイ トコイマウ マイ」

 

「!!ヨイナ ャジイアバ ナンソ」

 

『アヌビスの件は、度々貴様がアヌビスとして顔を出せば、一先ず問題ないだろう』

 

「そうですか。では地下神殿の方で落ち合いましょう。此方も手早く片付けるので」

 

 そうして美食にテンションが上がったゆえか騒がしいインヴェルズたちのやり取りを余所にトラゴエディアからの報告を聞き終えた神崎は、撤収するべく《インヴェルズ・ギラファ》をお休みゾーンへと寝かせ――

 

 

 神崎の影が数多の蛇のように唸りを上げて周辺全てのインヴェルズたちを捕らえ、口元にオレイカルコスの欠片がセットされた。

 

 

 

 

 お腹いっぱいお食べ。

 

 

 

 

 

 

「ゼーマン、これから暗黒界の面々側の新しい仲間を連れて行きますので、保護を頼みます。後、彼らは寄生対象が必要なようなので、精霊の細胞から培養した肉片でも上げてください」

 

『承知! お任せください!』

 

――いやー、オレイカルコスの神の機嫌がすこぶるよくなった。WINWINの理想的な関係だな。

 

 やがてゼーマンの元にお腹いっぱいになったゆえにお眠な具合のインヴェルズたちが空母の如き巨大な戦艦である《ダーク・フラット・トップ》に載せられ出荷されていく。

 

 

 そして彼らを見送った神崎は、足早に元の世界こと物質次元へと帰って行った。

 

 

 

 

 

 

 そんな闇の軍勢の不思議な食事風景を、空より観察していたインヴェルズたちの観測者である白き機械「ヴァイロン」たちは機械の目をチカチカと困ったように点滅させながら互いに顔を見合わせていた。

 

 

 

 彼らヴァイロンは自立型機動兵器――つまり機械ゆえに表情は窺えない。

 

 

 だが、なんというか、もの凄く判断に困っていることだけは見て取れた。

 

 

 

 精霊界の未来は一体どこへ向かっているのだろうか?

 

 

 

 それは神も匙を投げていることだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 此処でところ変わって、物質次元こと人間の世界に舞台を移す。

 

 そこはエジプトにある地下遺跡――ついさっきまで闘いの儀でアテムと遊戯がぶつかり合っていた場所にて、崩落した地下神殿内部の瓦礫の撤去作業を素手で行っている男がいた。

 

「よい――――しょー」

 

 というか、気の抜けた声を漏らすのは案の定、神崎。

 

 そうして神崎は発掘した瓦礫を冥界の王の力を使って伸ばした影で掴み、パズルのように組み合わせながら《魔法都市エンディミオン》にある「ウィッチクラフト」なる工房からゼーマンが仕入れたセメントのような接着剤っぽい何かで繋ぎ合わせていく。

 

 そんな日曜大工感の溢れる光景が暫し続いた後――

 

「整理整頓はこんなものか」

 

 

 なんということでしょう。

 

 

 瓦礫に埋もれた岩盤地帯でしかなかった場所が、かつての地下神殿としての姿を取り戻しているではありませんか。

 

 砕け切ったパーツもホプキンス教授印の修繕技術本の手引きにより、文字通り元通り。

 

 さらには三千年の風化すらも精霊界印の製品の助けにより、殆ど感じさせません。

 

 

 此処に、地下神殿は匠(ではない人)の技により、時計の針を巻き戻したように華麗に復活を果たしました。

 

 

 腕で額の汗を拭う神崎のやり遂げた感のある顔からは、なんとも言えぬ満足感が見て取れます。

 

 

 ですが、匠(ではない人)は更に隠し味として――

 

 

「えーと、これですね。触っても……大丈夫か」

 

「我を毒見役にするな」

 

 7つの千年アイテムを冥界の王の腕でツンツンと触った後、地下神殿の床に描いた六芒星の頂点に千年パズル以外の千年アイテムを並べていく神崎。

 

「そう言わないでください。流石にバラバラになった千年パズルを組み直すには、直接触れる必要がありますので」

 

「だが、千年パズルは選ばれた者にしか組み上げることは叶わん。あの器にでも組み立てさせるのか?」

 

 そして影の腕の上でバラバラになった千年パズルの1つのピースを手に取った神崎へ冥界の王の苦言に――

 

 

「パズルには必勝法があるんですよ――端から全てのピースを試せばいい」

 

 

 神崎は脳筋な考えを返した。

 

 

「阿呆か貴様……一体どれほどの時間がかかると思っているのだ」

 

 そんな神崎に呆れた声を零す冥界の王。

 

 それもその筈、千年パズルは一般的なパズルとは難易度が異次元であり、ピースをはめ込んだ後で回転させる、押し込む――等々、とにかく行程が多いのだ。

 

 それらを全て試すなど、宇宙ステーションの無重力化で全速前進し続けるような男が作った超高性能AIによる緻密な計算の元でなければ、まず不可能だろう。

 

「? 工程自体を早めれば問題ないでしょう?」

 

 だが、彼にはそんな不可能を可能とするマッスルがあった。

 

「何を言って――」

 

 やがて神崎の腕がブレたかと思った瞬間に、空中でひとりでに浮かぶ千年パズルのピースたちが全方位からタコ殴りにあう様にパズルのピース同士でぶつかり合う。

 

 

 そう! 半端なマッスルで普通の速度で行うから時間がかかるのだ!!

 

 

 そう! ピースを一つ一つ試すから時間がかかるのだ!

 

 

 ゆえに! 脅威的なマッスルにより、とんでもない速度で、全てのパターンを並行して総当たりすれば良い!!

 

 

 そんなことをすれば本来ならば、ピースが木端微塵に砕けるが、千年パズルのピースは高度な不思議パワーにより、破損することがない!

 

 

 それゆえに可能となった荒業! 否、マッスル!!

 

 

 そうしてぶつかり合う中で、早送りのように組み上げられていく千年パズルが「殺せ……!! いっそ殺せ……!!」と言っているように見えるのは果たして気のせいなのか。

 

 

 それに加え、このような力技は本来であれば王の魂が弾くのだが、既にそれが冥界へ旅立った以上、栓なき話だ。

 

 

「よし、完成」

 

 

 やがて一瞬にして完成した千年パズルを満足気に眺める神崎を余所に、冥界の王は頭痛を堪えるように零す。

 

 

「……役目を終えた千年アイテムを揃えて、今度は何をするつもりだ?」

 

「破壊して処分するだけですよ」

 

「愚かだな。貴様と言えども、千年アイテムを破壊することは叶わん」

 

 だが神崎の返答を鼻で嗤った。なにせ、先程も語ったように千年アイテムは高度な不思議パワーで出来ているのだから。

 

 具体的には三千年経過しても経年劣化が一切ないレベルのオーパーツである。こればかりはマッスルでもどうにもならない。

 

「手引書があるので問題ないですよ」

 

「手引書?」

 

 

「これです。『千年秘術書』――の写し」

 

 

 だが、メッチャシンプルな回答が神崎から成された。

 

 社畜にとって、マニュアルこそ正義であると。

 

「……!? 貴様、それを何処で!?」

 

 冥界の王が驚くのも無理はない。

 

 マニュアルこと「千年秘術書」――それは千年アイテムの「製法」を含め、数々の闇の儀式を記した書物。

 

 そこには当然、「千年アイテムの壊し方」が記されていてもおかしくはない。

 

 だが、冥界の王が驚いているのはそこではなかった。

 

 なにせ、その書物は現代では所在どころか存在すらも確認されておらず、恐らく三千年前の神官セト辺りが「危険だから」と処分したのではないかと思われる程に、見つかっていないのだ。

 

 

 ゆえに神崎はこう考えた。

 

 

――? あっ、そう言えば、冥界の王には説明していなかったか。

 

「私がなんの為に記憶の世界に行ったと思っているんですか?」

 

「大邪神ゾーク・ネクロファデスを始末する為であろう!」

 

「そちらはサブです――メインは此方。トラゴエディアに盗んできて貰ったのを写しました」

 

 なら、現存する時代からパクッて(コピーして)くれば良いんじゃね? と――発想が盗人のそれである。

 

「残った千年アイテムが悪用されても危ないですから、処分できるときに処分しておかないと」

 

――トラゴエディアに見張りをして貰っている間に済ませてしまおう。

 

 そうして六芒星の中心に千年パズルと光のピラミッドをひし形になるように置いた神崎は千年秘術書(写し)をパラパラとめくり、千年アイテム破壊の儀の行程を確認していく。

 

 解読法も記憶の世界のアクナディンの頭から頂戴した為か、冥界の王の知識も合わさり何とかなっている様子。

 

 

 やがてまじないやら、なんやらが進められていく中、冥界の王がポツリと零した。

 

「相変わらずの破天荒さだな――まぁ、良い。手間が省けた」

 

「手間?」

 

「聞こえるか? この男は、貴様らを間違いなく()す」

 

 そして神崎の反応など無視して落ちる冥界の王の声に、何処からかカタカタと金属が揺れる音が響く。

 

「なにを言って――」

 

消え(死に)たくなくば」

 

 

 そんな中、戸惑う神崎を余所に告げられた冥界の王の言葉に――

 

 

「我が声に応えよ」

 

 

 光のピラミッドを筆頭に、7つの千年アイテムがひとりでに浮かび上がった。

 

 

――千年アイテムが!?

 

 やがて光のピラミッドを含めた計8つの千年アイテムが、宿主を求めるように神崎の――いや、その背後に浮かぶ影へと吸い寄せられる中、咄嗟に腕で弾こうとした神崎だが――

 

「覚醒した千年アイテムに適合者でない貴様が触れる気か?」

 

「――ッ!?」

 

 そんな冥界の王の声に弾かれたように跳び退き、壁に垂直に立つ神崎の瞳に映るのは、まさに生命の誕生と言うべき光景。

 

 

 

 神崎から剥がれ落ちるように切り離された人間の影が8つの千年アイテムを取り込みながらボコボコと脈動を始め、段々と人型を形作っていく。

 

 

 やがて顔のない影の顔の左目辺りに埋め込まれた千年眼の瞳が神崎を射抜く中、心臓の辺りに縦に並んだ光のピラミッドと千年パズルが怪しく光を零した。

 

 

 そうして身体に取り付けられた合計8つの千年アイテムを埋め込んだ黒き影から冥界の王の声が響く。

 

 

「ようやく隙を見せたな」

 

 

 その声は、どこか愉悦染みた感情が見え、どこか確信めいた自信に溢れ、どこか眼前の相手と似た雰囲気を伺わせる。

 

 

「一応、聞いておきましょうか」

 

 

 そんな相手、冥界の王に対し、神崎は垂直に立っていた壁の上から床に向けて歩を進めながら、いつもの作り物の笑顔で問いかける。

 

 

「なんの真似です?」

 

 

 そうして地上に降りたと同時に投げかけられた端的な言葉に反し、その裏には虚偽を許さぬ雰囲気が見えた。

 

 

「戯けたことを」

 

 

 しかし一方の冥界の王は、手にした身体で呆れたような所作を見せながら呆れたように息を吐いてみせる。

 

「既に告げた筈だ。我は考えていた――と」

 

 この段階で、そんな問いかけなど意味を持たないことは明白だと。そう、状況は誰の目にも明らかであった。

 

 だというのに、神崎はとぼけたように再度問う。

 

「おや、その答えは教えて貰っていなかったと思いますが」

 

「知れたこと」

 

 

 そんな神崎へ向けて、右腕を振り上げた冥界の王の腕から脈動しながら影がせり出し、黒いデュエルディスクを生成していく中――

 

 

「貴様を殺す方法だ」

 

 

 互いの関係性に、決定的な亀裂が奔った。

 

 

 

 






闘いの儀編、第二幕――開演




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第201話 邪なる神



前回のあらすじ
神崎「千年アイテムぶっ壊すわ」

千年アイテム’s「させるかぁぁあぁあぁああぁああぁあぁああぁあああっぁあ!!」

冥界の王「共に神崎を倒そう!!」

光のピラミッド「今こそ我らの力を結束させるとき!!」




 

 

 黒いデュエルディスクのようなものを腕から生やす冥界の王に対し、ひとりでに神崎のデュエルディスクも展開された。

 

「長かった。屈辱に塗れながら、貴様が僅かな隙を見せる時を待った」

 

――ッ!?

 

 その事実に内心で驚く神崎を余所に、身体を得た冥界の王の独白は続く。

 

「そしてようやく時がきた――闇のゲームにサレンダーはない。開始の合図も不要だろう」

 

 そう、既に闇のゲームは「始まっている」――神崎が小細工を弄する暇すら許さぬように、冥界の王は神崎の展開されたデュエルディスクを指さした。

 

「そして闇のデュエルが既に始まった以上、デッキの交換は許可されない」

 

 その指の先が差すのは、神崎のデッキ。そう「神崎」のデッキ。

 

「貴様が普段セットしているデッキは常に同じ――未練がましいなァ」

 

 

 神崎の前世の想いが大いに籠った過去の追憶の結晶。

 

「デュエル!!」

 

「……デュエル」

 

 そうして有無を言わせぬままに始まった闇のデュエルの先攻は冥界の王。その腕から生えたデュエルディスクにセットされた黒いモヤがかかるカードを引き抜いた。

 

「我の先攻、ドロー!! 我はモンスターをセット、そしてカードを2枚伏せてターンエンドだ」

 

 だが、極々最低限の動きでターンを終える。

 

 あれだけ大見得を切ったにしては、些か以上に不気味な程だ。

 

「私のターン、ドロー。スタンバイフェイズを終え、メインフェイズ1へ」

 

――相手のデッキが見えない。原作でデュエルを一切行わなかった相手……事前情報が少なすぎる。そして……

 

 そんな不気味さに警戒するようにカードを引く神崎だが、問題はそれだけではなかった。

 

――このデッキ……いや、デッキは関係ない。問題にすべきは己だ。

 

 神崎は基本、「強いデュエリスト」には、相手の弱点を突くような「相手に対応したデッキ」でしか挑んだことがない。

 

 唯一の例外がトラゴエディアの一戦くらいだが、あのデュエルも「《ハネクリボー》の力」がトラゴエディアにとって天敵であったことは決して無視できない。

 

 

 今、神崎の本当の実力が試される。

 

「《ミスティック・パイパー》を召喚」

 

 そして一番槍に呼び出された笛の音を鳴らす道化師が軽快な動きでクルリと回る。

 

《ミスティック・パイパー》 攻撃表示

星1 光属性 魔法使い族

攻 0 守 0

 

「《ミスティック・パイパー》の効果を発動。自身をリリースし、1枚ドロー――したのはレベル1《クリボーン》よって、追加でもう1枚ドローします」

 

 やがて回った先で光と消えた《ミスティック・パイパー》の笛の音が導いたカードが神崎の手元に加えられる中――

 

「魔法カード《ワン・フォーワン》を発動。手札のモンスター1体を墓地に送り、デッキからレベル1――《クリボン》を特殊召喚」

 

 神崎の手札からちょこんと降り立つのは長いまつげがチャーミングな毛玉こと《クリボン》が尻尾のリボンを自慢げに掲げる。

 

《クリボン》 攻撃表示

星1 光属性 天使族

攻 300 守 200

 

 

 これでもうお分かりであろうが、今の神崎のデッキは彼の前世の思い出が詰まった「クリボーデッキ」――ハッキリ言ってピーキーな構築の為、酷く偏った戦略しか取れない。

 

 

 冥界の王のデュエルの実力は原作でも不明ではあるが、あれだけの自信をもって動いた相手に挑むには、些か難のあるデッキだろう。本人はそれを言い訳にすることはないだろうが。

 

「此処で魔法カード《予見通帳》を発動。デッキの上から3枚除外し、3回目の自分のスタンバイフェイズに除外した3枚を手札に加えます」

 

 そうして神崎のデッキの上から3枚のカードが宙に浮かぶ通帳に吸い込まれて行く中――

 

「カードを1枚セットしてメインフェイズ1を終え、そのままターンエンドです」

 

 神崎はバトルすることなくターンを終えた。

 

 速攻するデッキではないとはいえ、此方も些か消極的な立ち上がりであろう。

 

 

 だが、そんな悠長な神崎に冥界の王は合わせる気など毛頭ない。

 

「ならば我のターン、ドロー! 来たか――貴様の最後の舞台に、せめて弔いの花を添えてやろう。フィールド魔法《ブラック・ガーデン》を発動!」

 

 引いたカードをそのまま発動させた冥界の王の背後から、薔薇が己が棘で周囲を削りながらドーム状に広がっていく。

 

 

 やがて冥界の王と神崎を覆う様に薔薇園のコロシアムが形成された。

 

「そして永続魔法《冥界の宝札》を発動し、セットモンスターをリバース! 《スケープ・ゴースト》! そのリバース効果により、我のフィールドに任意の数だけ『黒羊トークン』を特殊召喚!!」

 

 そんな茨の園に現れるのは虚ろな瞳をした4匹の丸い羊の幽霊がユラリと揺れ動く。

 

《スケープ・ゴースト》 裏側守備表示 → 攻撃表示

星1 闇属性 アンデット族

攻 0 守 0

 

 するとその身体からそれぞれ真ん丸な黒い羊が4匹ばかりポトリと落ちた。

 

『黒羊トークン』×4 守備表示

星1 闇属性 アンデット族

攻 0 守 0

 

「ですが、そのリバース効果にチェーンして手札から捨て発動した《増殖するG》の効果により、1枚ドロー」

 

「好きにするがいい――モンスターが特殊召喚されたことでフィールド魔法《ブラック・ガーデン》の効果により、攻撃力が半減され、呼び出したモンスターから見て相手フィールドに『ローズ・トークン』が攻撃表示で特殊召喚」

 

 やがて神崎のデッキから黒い影がうごめく中、薔薇園の黒い4匹の羊たちに絡みつく茨が、彼らから養分を奪い取り――

 

「『黒羊トークン』は4体呼び出されたが、タイミングは同時な為、貴様のフィールドに1体の『ローズ・トークン』が花開く――もっとも『黒羊トークン』の攻撃力が0な以上、半減するものもないがな」

 

 神崎のフィールドに赤い薔薇を一輪ばかり花開かせた。

 

『ローズ・トークン』 攻撃表示

星2 闇属性 植物族

攻 800 守800

 

「《増殖するG》の効果で1枚ドローさせて頂きます」

 

 

「そして我は2体の『黒羊トークン』と《スケープ・ゴースト》を贄に捧げ(リリースし)、降臨せよ!!」

 

 

 そんな赤き花が見守る中、冥界の王の()()の羊たちが地に沈むようにその身体を泥へと変えていき――

 

 

 

「神を抹殺せし、邪なる一柱!!」

 

 

 

 その泥から瘴気を巻き散らしながら邪悪なる影を覗かせる魔龍が茨に覆われたドームへと飛び立つ。

 

 

 

「――『THE DEVILS ERASER(邪神イレイザー)』!!」

 

 

 

 やがて冥界の王の背後に立つのは銅の如き鈍い輝きを放つ邪悪なる魔龍が、長大な身体でとぐろを巻き、黒き翼を広げながらクチバシのような口を大きく開き、その口内にあるもう一つの口から奇怪な叫びを轟かせた。

 

THE DEVILS ERASER(邪神イレイザー)』 攻撃表示

星10 神属性 邪神獣族

攻 ? 守 ?

 

「『THE DEVILS ERASER(邪神イレイザー)』のステータスは貴様のフィールドのカードの数×1000となる。ゆえに――」

 

 そして邪なる一柱の前に対峙する神崎のフィールドには《クリボン》と『ローズ・トークン』に加え、セットカードが1枚。

 

 そんな敵意の象徴を前に、邪なる魔龍はその力を漲らせていく。

 

THE DEVILS ERASER(邪神イレイザー)

攻 ? 守 ?

攻3000 守3000

 

 

 そうして「邪神」の威容を前にした神崎の瞳は、驚愕からか見開かれたまま動きを見せない――否、動けない。

 

「邪神……!?」

 

――何故、此処に!?

 

 思わず零れた言葉が、神崎の内心の動揺を物語る。

 

 『THE DEVILS ERASER(邪神イレイザー)』――ペガサスが「三幻神」の抑止力としてデザインした「三邪神」と呼ばれる神属性の3枚のカードの内の1枚。

 

 

 原作では遊戯王Rにて一騒動を起こすのだが、その原因である「ペガサスの死」がない以上、この場において存在しない筈のカードだった。

 

 

 

「ようやく貴様の驚く顔が見れたな」

 

「ええ、驚きました――そのカードを一体どこで?」

 

――ペガサス会長も邪神の製造は取りやめたとの話だった筈……それに、本体を奪われた以上、冥界の王の意思は私からは離れられない。一体いつ……

 

 やがて続いた冥界の王の言葉に平静を取り繕いながら神崎は頭の中で邪神の入手経路を模索するが、答えは出ず。

 

「無論、この場でだ」

 

 だが、その望んだ答えは他ならぬ冥界の王から告げられた。

 

「我はこの場で役目を終え、消えた三幻神の残留思念を読み取ったに過ぎん」

 

「残留……思念?」

 

「そう、この場には三幻神の残留思念が集合意識となって根付いている」

 

 そうして思念・意識などという既存科学では未だ未知が多い領域を、さも当然の事象のように語る冥界の王は拳を握る仕草と共に零す。

 

神に選ばれし者(アテム)と、その選ばれし者を受け止める器(武藤 遊戯)の一戦による強い意識が、思念が、情報が、神を眠らせたと言っても過言ではなかろう」

 

 そう、此処はつい先程ばかりにアテムと遊戯のデュエルによって、王の魂を冥界に還した地。

 

 三幻神の最後の地。

 

「数年あれば霧散する程度の代物であろうが、現時点では『世界の記憶』といっても過言ではない『それ』に我は囁いただけだ」

 

 ゆえに冥界の王は、その役目を終えた神に、劇場版にて海馬が地面から神をドローしたように思念的な残照へ方向性を与えた。

 

 

「『千年アイテムを害するものがいるぞ』とな」

 

 それこそが、王の眠りを穢さんとする敵対者(神崎)の排除。

 

「そして我は『それ』と共に千年アイテムをこの身に宿し、身体を得た」

 

「興味深いお話ですね」

 

――千年アイテムの材料を考えれば、三幻神が三邪神と化すことも説明はつく……のか?

 

 そうして語り終えた冥界の王に神崎は軽く肩をすくめてみせるが、内心での理解は浅い。

 

 

 冥界の王の説明では「三幻神」復活の説明がついたとしても、抑止力である「三邪神」へ変容する説明にはなっていなかった。

 

 ゆえに千年アイテム――とくに千年リングや千年眼などの「闇の力が大きい」とされるものに原因を模索する神崎だが――

 

「さて、デュエルに戻ろうか」

 

 冥界の王は、自身のカードに手をかけながらフィールドを指し示す。

 

「邪神が呼び出されたことで、フィールド魔法《ブラック・ガーデン》の効果が発動するが、神にこんなものは効かん。よって、『ローズ・トークン』も呼び出されることは――」

 

 そこにあるのは邪神の威光を前に、しなびていた周囲を覆う黒き茨。

 

 だが、突如として邪神の身体からその絶対的なまでの神々しき力の波動が霧散した。

 

THE DEVILS ERASER(邪神イレイザー)』 → 《邪神イレイザー》

神属性 邪神獣族 → 闇属性 悪魔族

 

 

――属性と種族が? いや、存在の格が落ちたのか?

 

 神崎の内心の仮説の成否はともかくとして、《邪神イレイザー》の身を覆う禍々しきオーラは未だ健在である。

 

 しかし、その僅かな違いを察知した周囲の黒い茨が花を咲かせる養分を求めて《邪神イレイザー》へと殺到した。

 

「……チッ、今の我が力では完全な状態で呼び出すことは叶わんか」

 

 そして《邪神イレイザー》から養分(攻撃力)を奪わんとする茨に対し、僅かに苛立ちを見せた冥界の王はフィールドの1枚のカードへと手をかざす。

 

「我はフィールド魔法《ブラック・ガーデン》の効果にチェーンし、永続罠《ポールポジション》を発動。そして更に速攻魔法《サモン・チェーン》を発動だ」

 

 すると《邪神イレイザー》の身体に赤黒いオーラが包み、その身体に荒々しさを増していく。

 

「これにより、我はこのターン3度の通常召喚が可能となり、永続罠《ポールポジション》によりフィールドの最も攻撃力が高いモンスター、《邪神イレイザー》は魔法の効果を受けん」

 

 やがて神聖さが薄れたものの毒々しい気配はそのままに《邪神イレイザー》の雄叫びが天を震わせた。

 

「よって、フィールド魔法《ブラック・ガーデン》の効果で攻撃力が半減されることもなく、トークンも呼び出されない」

 

 そんな《邪神イレイザー》の咆哮に再びしなびた黒き茨を余所に冥界の王は増えた手札の1枚に手をかざす。

 

「おっと、忘れるな――我は永続魔法《冥界の宝札》で2枚のカードをドローさせて貰ったぞ」

 

 それは《邪神イレイザー》のアドバンス召喚の際に、舞い込んだ禍々しさすら感じさせる1枚。

 

「此処で我は罠カード《リバイバル・ギフト》を発動。我の墓地のチューナー《スケープ・ゴースト》を効果を無効化し、復活させ、更に貴様のフィールドに2体の『ギフト・デモン・トークン』をプレゼントだ」

 

 やがてその1枚のカードを余所に冥界の王のフィールドに虚ろな瞳の4匹の丸い羊が戻り、

 

《スケープ・ゴースト》 守備表示

星1 闇属性 アンデット族

攻 0 守 0

 

 対する神崎のフィールドにカエルに似た真っ黒な悪魔が2体ばかり宙より降り立ち、足元の茨の棘を踏んで絶叫を漏らした。

 

『ギフト・デモン・トークン』×2 攻撃表示

星3 闇属性 悪魔族

攻1500 守1500

 

「《スケープ・ゴースト》と『ギフト・デモン・トークン』の特殊召喚は同時な為、私は《増殖するG》の効果で1枚ドローです」

 

「だとしても、此処で互いのフィールドにモンスターが呼ばれたことで、フィールド魔法《ブラック・ガーデン》の効果により、我らのフィールドにそれぞれ呼び出したモンスターの攻撃力を半減させ、相手に向けて『ローズ・トークン』を送り合う」

 

 そうして棘を踏んだ痛みから転んだ《ギフト・デモン・トークン》の全身に棘が突き刺さりまくる中――

 

『ギフト・デモン・トークン』×2

攻1500 → 攻750

 

 その養分を糧に、冥界の王のフィールドの赤い薔薇が咲く。

 

冥界の王のフィールドの

『ローズ・トークン』 攻撃表示

星2 闇属性 植物族

攻 800 守 800

 

 ついでにいつの間にか茨にからめとられていた虚ろな4匹の丸い羊《スケープ・ゴースト》を養分に、神崎のフィールドにも薔薇が咲いた。

 

神崎のフィールドの

『ローズ・トークン』 攻撃表示

星2 闇属性 植物族

攻 800 守 800

 

「2体の『ローズ・トークン』も同時に特殊召喚されている為、1枚ドロー」

 

「これで我のフィールドに4体のモンスター、いや、3体の贄が揃ったなァ」

 

 着々と《増殖するG》により増えていく神崎の手札など意に介さない冥界の王は裂けた口で邪悪な笑みを浮かべながら手札で揺らしていた1枚のカードをデュエルディスクに叩きつけた。

 

「我は2体の『黒羊トークン』と『ローズ・トークン』を贄に捧げ(リリースし)!」

 

 その途端、黒い炎が冥界の王の3体のトークンを焼き尽くし、その黒き炎の中から――

 

「世に恐怖振り撒きし、邪なる一柱!」

 

 悪魔の白い骨格がゆっくりと歩を進めていく。

 

「来たれ、『 THE DEVILS DREAD-ROOT(邪神ドレッド・ルート)』!!」

 

 やがてその白い骨格の内側から深緑の肉がせり上がり、巨人の体躯を与えたことで、禍々しくも神々しき邪神の一柱が茨の園の只中に立つ。

 

 そして邪神の一柱は骨の翼を広げ、黒い翼膜で突風が吹きすさぶが、やはりと言うべきか《邪神イレイザー》の時と同様に、その身から神々しさが失われて行く。

 

THE DEVILS DREAD-ROOT(邪神ドレッド・ルート)』 攻撃表示

星10 神属性 邪神獣族

攻4000 守4000

《邪神ドレッド・ルート》

闇属性 悪魔族

 

「永続魔法《冥界の宝札》の効果で2枚ドロー! フィールド魔法《ブラック・ガーデン》の効果が発動されるが永続罠《ポールポジション》の対象が最も攻撃力の高い《邪神ドレッド・ルート》に移行したことで無意味だ」

 

 しかし、その邪神――《邪神ドレッド・ルート》の身体に茨が迫ることはない。

 

「そして《邪神ドレッド・ルート》が存在する限り、己以外の全てのカードの攻守は半減される!」

 

 さらに《邪神ドレッド・ルート》がもたらす圧倒的なプレッシャーは周囲のモンスターたちに恐怖を植え付け、その闘志を敵味方問わず挫いていく。

 

《クリボン》

攻300 守200

攻150 守100

 

『ローズ・トークン』×2

攻800 守800

攻400 守400

 

『ギフト・デモン・トークン』×2

星3 闇属性 悪魔族

攻750 守1500

攻375 守750

 

《邪神イレイザー》

攻6000 守6000

攻3000 守3000

 

 

 降り立った2体目の邪神――そして残る《スケープ・ゴースト》が1体。

 

 だが、冥界の王は手を緩めるつもりはない。

 

「此処でライフを1000払い、永続魔法《ドラゴノイド・ジェネレーター》を発動! このカードは1ターンに2度まで自分のフィールドに『ドラゴノイドトークン』を攻撃表示で呼び出せる」

 

冥界の王LP:4000 → 3000

 

 冥界の王の背後に現れた卵型の機械がズラリと並び――

 

「我は2度効果を使用し、2体の『ドラゴノイドトークン』を特殊召喚。《邪神ドレッド・ルート》により、その攻守は半減」

 

 その卵型の機械の2つから、逆さにしたチェスの駒のような身体を持つ小さな青いドラゴンが生れ落ち、宙にフワフワと浮かんでいたが、邪神のプレッシャーの前に茨の地面に落下した。

 

『ドラゴノイドトークン』×2 攻撃表示

星1 地属性 機械族

攻300 守300

攻150 守150

 

 だが、そんな災難を受けた小さなドラゴンに追い打ちをかけるように降りかかる――

 

「特殊召喚に対し、我のフィールド魔法《ブラック・ガーデン》の効果で攻撃力が更に半減し――此処でもう一度《邪神ドレッド・ルート》の効果が適用され、攻撃力はその半分になる」

 

 冥界の王の説明に、2体の『ドラゴノイドトークン』たちが頭に「!?」を浮かべながら、《邪神ドレッド・ルート》の力の前に、見えないプレッシャーを受けて地面にめり込んだ。

 

『ドラゴノイドトークン』×2

攻150 → 攻75 → 攻37

 

――やはり来たか【黒庭ドレッド】……!!

 

 『ドラゴノイドトークン』と同じく沈痛な想いを胸中で見せる神崎。

 

 邪神に半減された後に、フィールド魔法《ブラック・ガーデン》で半減されて終わりじゃないの!? なんでまた半減してるの!?

 

 と、お思いの方もいるやもしれないが――

 

 詳しくは長くなるので、後書きにて明記させて貰おう――今は《邪神ドレッド・ルート》と《ブラック・ガーデン》の「半減パワーの結束コンボで攻撃力が8分の1だドン!」と考えて頂ければ幸いだ。

 

 そのコンボをOCGでは【黒庭ドレッド】と評されていたのだ。

 

 ペガサスによって《邪神ドレッド・ルート》がカード化されないゆえに再現されることのなかったコンボが、今、神崎の前に立ちはだかっていた。

 

「……2度、『ドラゴノイドトークン』が特殊召喚された為、2枚ドロー」

 

「貴様のフィールドへの『ローズ・トークン』の生成はモンスターゾーンが埋まっている為、行われんがな」

 

 そうして神崎のフィールドで新たな薔薇が咲かんとするが、既に《クリボン》・《ギフト・デモン・トークン》2体、『ローズ・トークン』2体と5か所とも満員な為、咲かんとしていた2輪の薔薇はしなびたように消えていく。

 

「さぁ、もう説明は不要だろう! 『ドラゴノイドトークン』2体と、《スケープ・ゴースト》を贄に捧げ(リリースし)!!」

 

 そんな矢先に三度、3体の贄が天へと捧げられる中、天が暗黒で染まり、

 

「降臨せよ、神を越えし、邪なる一柱!!」

 

 茨の園に太陽が昇るが、そこに日の暖かさなどありはしない。

 

「――『THE DEVILS AVATAR(邪神アバター)』!!」

 

 なにせ昏き世界を照らすのは、漆黒の太陽において他ならないのだから。

 

 そうして闇の如き太陽の内側にてなにかが蠢く。

 

THE DEVILS AVATAR(邪神アバター)』 攻撃表示

星10 神属性 邪神獣族

攻 ? 守 ?

《邪神アバター》

闇属性 悪魔族

 

「《邪神アバター》が召喚されたことで効果発動! 貴様のターンで数えて2ターンの間、貴様の魔法・罠カードの発動を封じる!!」

 

「チェーンして罠カード《共闘》を発動。手札を1枚捨て、モンスター1体のステータスをターンの終わりまで捨てたモンスターと同じにします。私は《クリボーン》を墓地に送り、《邪神ドレッド・ルート》を選択」

 

 やがて漆黒の輝きが神崎を照らしきる前に、その手札から飛び出した紺のヴェールを被った白い毛玉が《邪神ドレッド・ルート》へと聖なる輝きを放つ鎖で覆っていく。

 

《邪神ドレッド・ルート》

攻4000 守4000

攻300 守200

 

「ふん、貴様のフィールドのカードの枚数が変化したことで、《邪神イレイザー》の攻撃力も変化する――《邪神ドレッド・ルート》の効果で半減されるがな」

 

 やがて地に膝をついた《邪神ドレッド・ルート》を余所に、《邪神イレイザー》は相手の敵意の変化を敏感に感じとり、その威容を変化させた。

 

《邪神イレイザー》

攻5000 守5000

攻2500 守2500

 

「《邪神アバター》の攻守は、自身以外のフィールドで最も高い攻撃力の+100の数値となる。ゆえに、永続罠《ポールポジション》の効果が適用され、フィールド魔法《ブラック・ガーデン》の影響は受けん」

 

 すると《邪神アバター》の漆黒の太陽の如き姿が泥のように流動し、やがて《邪神イレイザー》と瓜二つな姿へと変化した。

 

 しかし、その体躯は黒一色であり、何処か禍々しさが引き立つ。

 

《邪神アバター》

攻 ? 守 ?

攻2600 守2600

 

「辛うじて延命処置に成功したようだが……永続魔法《冥界の宝札》でドローしたカードを使わせて貰う。永続魔法《進撃の帝王》を発動! これでアドバンス召喚された邪神は効果の対象はおろか、効果破壊もされん」

 

 そうして1ターンで3体の邪神を呼び出した冥界の王は、新たなる耐性を与える1枚を、神属性を失った三邪神への加護とばかりに施した。

 

「そして魔法カード《マジック・プランター》を発動。永続罠《ポールポジション》を墓地に送り、2枚ドローだ! 永続罠《ポールポジション》がフィールドに存在しなくなったことで自壊効果が適用されるが、永続魔法《進撃の帝王》で無為に化す」

 

 やがて、もはや不要とばかりに魔法耐性を与える《ポールポジション》をデメリットを回避しつつ退かし――

 

「バトル! 《邪神アバター》で『ギフト・デモン・トークン』を攻撃! ダークネス・ダイジェスティブ・ブレス!!」

 

 そして永続魔法《進撃の帝王》によって茨の園に炎が立ち昇る中、三邪神の進軍が始まる。

 

 やがて《邪神イレイザー》の姿を模した《邪神アバター》の竜の口元から毒々しくも何処か神々しい闇の奔流が吹き荒れた。

 

 それに対し、成す術もない『ギフト・デモン・トークン』が見た目通りのカエルのような断末魔と共に吹き飛ばされ、その余波が神崎の身を強かに打ち付ける。

 

神崎LP:4000 → 1775

 

「ぐっ……ですが、私のフィールドのモンスターが減ったことで《邪神イレイザー》の攻守も下がります!」

 

 闇のゲームゆえのダメージの実体化に合わせて、完全な状態ではないとはいえ神の一柱である三邪神の一角の攻撃に、苦悶の声を漏らす神崎。

 

 そんな彼に僅かばかりの朗報を告げるとすれば、己の守り手の減少が《邪神イレイザー》の力を削いだことか。

 

《邪神イレイザー》

攻2500 守2500

攻2000 守2000

 

 それに伴い、姿を映しとった《邪神アバター》の力も僅かに減衰する。

 

《邪神アバター》

攻2600 守2600

攻2100 守2100

 

「だとしても、貴様をいたぶるには十分だ! 最後の《ギフト・デモン・トークン》へ攻撃しろ! 《邪神イレイザー》! ダイジェスティブ・ブレス!!」

 

 そして先の光景の焼き増しのように《邪神イレイザー》が放った闇色のブレスが、先程と同じく《ギフト・デモン・トークン》を消し飛ばし、その余波が神崎の命を削っていく。

 

神崎LP:1775 → 150

 

「ぐぅぉっ!?」

 

 思わず膝をついた神崎の残りの命の残量ことライフは、1ターンの攻防で今や僅か150。

 

 だが、未だ攻撃権利を有している《邪神ドレッド・ルート》は罠カード《共闘》の影響により、このターンばかりは神崎のフィールドに残る『ローズ・トークン』を越えることはない。

 

 仮に《クリボン》を攻撃しようとも、その効果により、旨味はないだろう。

 

「ククク、貴様からすれば、邪神の力は数値以上にその身を苛むだろう?」

 

――これが邪神の一撃……想像以上にキツイが、三幻神ならこの比ではなかった筈。

 

 それゆえか、バトルを終えた冥界の王が嘲笑交じりに嗜虐的な声を漏らすが、対する神崎は問答できる程の余裕はもはやない。

 

 もし、呼び出されていたのが、三幻神だったら。

 

 もし、眼前の三邪神の神の耐性が失われていなかったら。

 

 そうなれば既にこの場で全てのライフを削られ、命を落としていた可能性すらある。

 

――この程度で済んだと考えるべきだ。今はデュエルに集中する時、相手のデッキは分かったが、2ターン続く魔法・罠封じが致命的だ。

 

「我はカードを1枚セットし、ターンエンドだ」

 

 そんな具合にか細い希望を抱く神崎を余所にターンを終えた冥界の王だが、絶望は終わらないとばかりに、フィールドを指さした。

 

「このエンド時に、永続魔法《ドラゴノイド・ジェネレーター》の効果により、神崎――貴様のフィールドに我が呼び出した数だけ、『ドラゴノイドトークン』を攻撃表示で特殊召喚せねばならん」

 

 その指の先は神崎のフィールド。そこに機械の卵から青いドラゴンが飛び立つが――

 

「だが、そのトークンに《邪神ドレッド・ルート》の力と、フィールド魔法《ブラック・ガーデン》の効果が及ぶ――結果、我のフィールドに『ローズ・トークン』を2体特殊召喚だ」

 

 その小さなドラゴンは、黒き茨と邪神が振りまく狂気によって、見るも無残に茨の園に横たわる。

 

『ドラゴノイドトークン』×2

星1 地属性 機械族

攻300 守300

攻150 守150

攻75

攻37

 

 そうして奪った養分から、冥界の王のフィールドに二輪の血のように赤い薔薇が咲いた。

 

『ローズ・トークン』×2

星2 闇属性 植物族

攻800 守800

攻400 守400

 

「ククク、壁モンスターが増えて良かったではないか」

 

「……貴方の2度の特殊召喚により、《増殖するG》で2枚ドローします」

 

 そうして神崎のフィールドに再び5体のモンスターが並ぶが、挑発するような冥界の王の言葉通り、プラスにだけ働く訳でもない。

 

 敵が増えたことで《邪神イレイザー》の攻守も増し、更にはレベルの低いモンスターを主体とした神崎のデッキからすれば、モンスターゾーンが埋まってしまっている状態はあまりよろしくない。

 

「ターンの終わりに、罠カード《共闘》の効果が切れ、《邪神ドレッド・ルート》の力が戻る!」

 

 それに加え、光の鎖の拘束を引きちぎった《邪神ドレッド・ルート》の巨人の如き巨躯が自由を取り戻したことで、元の力を取り戻し――

 

《邪神ドレッド・ルート》

攻300 守200

攻4000 守4000

 

 加えて、「最も高い攻撃力」が更新されたことで、《邪神ドレッド・ルート》の姿を模した《邪神アバター》の力も高まって行く。

 

《邪神アバター》

攻4100 守4100

 

――フィールドがトークンで埋まった……面倒なことになったな。

 

 やがてフィールドをチラと見やった神崎は《増殖するG》の効果で大きく増えた手札を視界に収めるが、この状況を打破する一手は浮かばない。

 

「私のターン、ドロー。スタンバイフェイズを終え、メインフェイズ1へ」

 

――手札こそ多いが、《邪神アバター》の効果もあって動けない……

 

 そして頼みの綱の新たなドローカードも、同上だった。

 

 素のパワーの低いクリボーたちを魔法・罠でサポートしていくデッキなだけに、それを封じられると文字通りサンドバッグにしかならない。

 

「2体の『ドラゴノイドトークン』をリリースし、モンスターを裏側守備表示でアドバンスセット」

 

 ゆえに殴られる対象を少しでも減らす方向に舵を切った神崎。

 

 邪神と茨にやられ、瀕死な『ドラゴノイドトークン』が光へと消えていく中、カードの裏面だけがポツンと現れる。

 

「《クリボン》と2体の『ローズ・トークン』を守備表示に変更」

 

 それに続くように尾を己が身を隠すように前に曲げる《クリボン》と、

 

《クリボン》攻撃表示 → 守備表示

攻150 → 守100

 

 ガードするようにツタのような腕を交錯する『ローズ・トークン』。

 

『ローズ・トークン』×2 攻撃表示 → 守備表示

攻400 → 守400

 

「カードを2枚セットしてターンエンドです。エンド時に手札が6枚以上――7枚ある為、1枚墓地に送ります」

 

「ククク、魔法・罠カードが封じられ、さぞ動き難かろう」

 

 やがて守備表示で耐え忍ぶ長期戦の構えを見せた神崎へ嘲笑を送る冥界の王。

 

「しかし貴様がセットカードを――フィールドのカードを増やしたことで、《邪神イレイザー》がパワーアップ!」

 

 それもその筈、そうして神崎がカードを費やし守りを固めれば固める程に《邪神イレイザー》の力は高まって行くのだから。

 

《邪神イレイザー》

攻3000 守3000

 

「クハハハハ! 防戦一方だな! 我のターンドロー!」

 

 そうして己が圧倒的有利を誇るように笑う冥界の王がカードを引くが、手を緩めることはない――驕ったものの末路を冥界の王は、眼前の男の元で腐る程に見てきた。

 

「だが、その防戦を続けさせる気はない! 永続罠《最終突撃命令》を発動! これによりフィールドの全ての表側モンスターは攻撃表示となる!」

 

 ゆえに「押し切る」とばかりに発動されたカードによってフィールドのモンスター全てが闘争本能に魅入られ、攻撃表示となり各々の牙爪を剥く。

 

《クリボン》守備表示 → 攻撃表示

守100 → 攻150

 

『ローズ・トークン』×2 守備表示 → 攻撃表示

守400 → 攻400

 

「バトル! 《邪神アバター》でセットモンスターを攻撃! ダークネス・フィアーズノックダウン!!」

 

 やがて邪なる巨神の姿を写しとった《邪神アバター》がセットモンスターに剛腕を振り下ろす。

 

 セットモンスターがたとえ、何らかの効果で爆発的に攻撃力を上げる効果を有していても、《邪神アバター》の力はそれすらも呑み込む。

 

「セットしていたモンスターは永続罠《最終突撃命令》により、表側になった瞬間に攻撃表示になり……ます」

 

「だとしても、《邪神ドレッド・ルート》の力が、貴様のモンスターを襲う!!」

 

 だが、そんな警戒に反して裏側のカードから牙を剥き、翼を広げたのはイカズチ迸らせる三つ首の魔龍。

 

《雷撃壊獣サンダー・ザ・キング》 裏側守備表示 → 守備表示 → 攻撃表示

星9 光属性 雷族

攻3300 守2100

攻1650 守1050

 

 その攻撃力は3000越えとかなりのものだが、《邪神ドレッド・ルート》の前では、その力もつゆと消える。

 

「終わりだ、神崎ィ!!」

 

 ゆえに力が大きく目減りしたことでその身を覆うイカヅチも、龍の鱗も何もかもが脆く弱々しく成り果てた三つ首の竜が、邪神の剛腕によって貫かれた後、茨の園に落ちていく。

 

 

 そしてその余波は神崎を深々と打ち抜き、残り150ぽっちのライフを消し飛ばした。

 

 

 

 

「手札から《クリボー》を墓地へ送り、ダメージを0にさせて頂きました」

 

 かに思えたが、神崎の前で小さな手を広げる黒い毛玉《クリボー》がその命を僅かに繋ぐ。

 

「フン、防いだか――だが、邪神の進軍は止まらん! 《邪神イレイザー》! 《ローズ・トークン》ごとヤツを討て!! ダイジェスティブ・ブレス!!」

 

 だとしても、絶望的な状況に変わりはない。

 

 黒き邪なる神竜が、大口を開き放った闇の奔流の前に、『ローズ・トークン』の小さな薔薇の身体はいとも容易く消し飛ばされ、殆ど減衰しなかった奔流が神崎の身を打ち付けた。

 

 

 

 

 

「手札から2枚目の《クリボー》を墓地へ送り、ダメージを0にさせて頂きました」

 

 しかし、まだまだ神崎は倒れない。

 

 冥界の王は誰よりも知っている。眼前の男のしぶとさを。

 

「チッ、相変わらず往生際の悪い――ならば行けッ! 《邪神ドレッド・ルート》! 《ローズ・トークン》を叩き伏せろ! フィアーズノックダウン!!」

 

 ゆえに、情けも容赦も掛けずに《邪神ドレッド・ルート》に剛腕を振らせ、『ローズ・トークン』を地面にクレーターを生みながら叩き潰し、その余波で神崎を殺しにかかる。

 

 

 そうして邪神の三連続の攻撃の余波を前に膝をつく神崎。

 

 

 

 

 

 

 

「手札から3枚目の《クリボー》を墓地へ送り、ダメージを0にさせて頂きました」

 

「しつこいぞ貴様ァ!!」

 

 だが、まだ死なない。しつこいくらいしぶとい。

 

 

 そのしぶとさに「やはり」という確信と、「しつけぇ!」という怒りがない交ぜになりながらも、冥界の王は攻撃の手を緩めない。

 

「……くっ! ならば我は『ローズ・トークン』で《クリボン》を攻撃だ! 貴様のライフは僅か150! この程度の一撃でも十分であろう!」

 

「ですが《クリボン》が攻撃されたダメージ計算時に、その戦闘ダメージを0にします――代わりに相手の攻撃力分、貴方は回復し、《クリボン》は手札に戻ります」

 

 小さな薔薇である『ローズ・トークン』がツタを腕のように伸ばし、《クリボン》に向けてペシッと叩きつけるが、その毛玉ボディは神崎の手札に吹き飛ばされた後、小さな光が冥界の王に届く。

 

冥界の王LP:3000 → 3400

 

「だが、これで貴様のフィールドはがら空き! もう1体の『ローズ・トークン』のダイレクトアタックで終わりだ!!」

 

 そうして開けたフィールドを最後の『ローズ・トークン』が伸ばしたツタが神崎を貫かんと迫った。

 

「その直接攻撃宣言時、手札の《EM(エンタメイト)クリボーダー》の効果発動。手札から自身を特殊召喚し、このカードとバトルさせます」

 

「だとしても、その特殊召喚に対し、フィールド魔法《ブラック・ガーデン》の半減効果も合わせた《邪神ドレッド・ルート》の弱体化効果を受けて貰う!!

 

 しかし、そのツタを受け止めるのは、神崎の手札から飛び出したボーダー柄の三角帽子を被ったクリボーこと《EM(エンタメイト)クリボーダー》。

 

EM(エンタメイト)クリボーダー》 攻撃表示

星1 闇属性 悪魔族

攻 300 守 200

攻150 守100

攻37

 

 その身が邪神と茨に苛まれ、攻撃力が一気に下がるも――

 

「そしてその戦闘で発生する私へのダメージは、回復効果に変換されます――よって発生するダメージ363ポイント、ライフを回復」

 

 『ローズ・トークン』の伸ばしたツタに貫かれながらも、その衝撃が三角帽子に吸い込まれた後、神崎を僅かばかり癒す光となった。

 

神崎LP:150 → 513

 

 かくして三邪神たちの猛攻をなんとか退けた神崎だが、払った代償は決して安くはない。

 

「相変わらずのしぶとさよ……しかし《増殖するG》の効果で増やした手札も大きく目減りした――次のターンも同じように持つかな? 我はカードを1枚セットし、ターンエンドだ」

 

 冥界の王の言う様に前のターンでは最大枚数あった神崎の手札も、手札に戻った《クリボン》を除き2枚と、1ターンの攻防で見る影もない程に目減りした。

 

 次のターン、同じように防げるかと問われれば、容易く頷けはしないだろう。

 

 そうしてターンを終えた冥界の王から示された絶望的状況の只中、神崎はデッキのカードに手をかけ――

 

「私のターン、ドロー。スタンバイフェイズを得て、メインフェイズへ……私は《クリボン》を召喚」

 

 引いたカードへ視線を向けた後、やがて手札から飛び出た《クリボン》がリボン尻尾を揺らす中、《邪神ドレッド・ルート》と《ブラック・ガーデン》にその身が苛まれた。

 

《クリボン》 攻撃表示

星1 光属性 天使族

攻 300 守 200

攻150 守100

攻75

攻37

 

「……ターンエンドです」

 

「ククク、どうした! 貴様の奇跡は品切れか! ならば、我が今度こそ引導を渡してくれよう!!」

 

 そして打つ手なしとばかりに何も状況を変えられぬままにターンを終えた神崎を冥界の王は嘲笑う。

 

「我のターンドロー! バトルだ!! 三邪神よ! ヤツ最後の壁を蹴散らし、とどめをくれてやれ!!」

 

 《クリボン》に向かう『ローズ・トークン』を余所に、三邪神が神崎目掛けて二対の拳を、闇色のブレスが放たれんとするが、その前に、互いの間に紺のヴェールを被った毛玉が祈りの所作と共に宙に浮かぶ。

 

「相手の攻撃宣言時に墓地の《クリボーン》を除外し、効果発動。墓地の『クリボー』モンスターを任意の数だけ特殊召喚します」

 

「無駄だ! 永続罠《最終突撃命令》がある限り、低い攻撃力を晒す的となるだけでしかない!」

 

 やがて冥界の王の宣言を余所に、《クリボーン》の祈りを聞きつけ、神崎の墓地からクリボーたちが舞い戻るが――

 

「そしてフィールド魔法《ブラック・ガーデン》と《邪神ドレッド・ルート》の効果により攻撃力は八分の一にダウン!!」

 

 降り注ぐ邪神と茨の洗礼に《EM(エンタメイト)クリボーダー》が被るボーダー柄の三角帽子も力なく頭を垂れ、

 

EM(エンタメイト)クリボーダー》 攻撃表示

星1 闇属性 悪魔族

攻 300 守 200

攻150 守100

攻37

 

 2体の《クリボー》も、茨に雁字搦めにされながら、力なく地面を転がり、

 

《クリボー》 ×2 攻撃表示

星1 闇属性 悪魔族

攻 300 守 200

攻150 守100

攻37

 

 《クリボー》の背中にウジャトの瞳がついた《サクリボー》もまた、しなびた様子で力なく横たわった。

 

《サクリボー》 攻撃表示

星1 闇属性 悪魔族

攻 300 守 200

攻150 守100

攻37

 

 やがて全体的にグッタリしているクリボーたちに向けて三邪神たちの攻撃が続行される中、冥界の王が神崎に向けて声を張る。

 

「さぁ、どうせセットしたリバースカードで防ぐのだろう! 《邪神アバター》の魔法・罠封じの効果は先の貴様のターンの終わりと共に終了しているからな!」

 

 神崎のしぶとさは、冥界の王が誰よりも知っている。身に染みている。

 

 ゆえに神崎が何の意味もなく《邪神アバター》の魔法・罠封じの効果が続いていたターンに除去される危険を冒してまで「発動できない状況」でカードを伏せた意図が、

 

 何の意味もなく、エンド時に手札枚数制限から「無意味に手札を捨てる」意図が、

 

「最後の頼みの綱を見せてみるがいい!!」

 

 冥界の王には手に取るように分かる。

 

 逆転の秘策を忍ばせている筈だと。

 

 

「罠カード《スウィッチヒーロー》を発動」

 

 

 そんな最中で罠カードが発動された途端、神崎のクリボーたちは三邪神へと突撃していき、三邪神もそれに応えるように進撃すれば――

 

「互いのフィールドのモンスターの数が同じ時、そのコントロールを全て入れ替えます」

 

 そのままぶつかり合うことなく素通りし、互いにそれぞれから見て相手フィールドへと降り立った。

 

 

 これにより、冥界の王のフィールドには《クリボン》含めた5体のクリボーたちが、

 

 神崎のフィールドには三邪神と2体の『ローズ・トークン』が鎮座する。

 

 

「邪神が……!!」

 

「これで貴方の攻撃は通らない」

 

 そう、これにて三邪神の脅威は去った。

 

「クッ……!!」

 

 もはや冥界の王の場に残るのは、己が攻め手には不適格だと嗤ったクリボーの身である以上、攻撃力の差から攻勢には移れない。

 

 

 神崎が忍ばせていた牙は、冥界の王の喉元にしかと届いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「想定通りだ」

 

 

 

 

 

 

 そんな冥界の王の言葉と共に、神崎は目や口から血を流しつつ、己の身体に奔った身を焼くような痛みの中で、糸が切れるように倒れた。

 

 

 

 

 そう、神崎に課した苦境も、この逆転も、全てが冥界の王の掌に過ぎない。

 

 

 

 

 不可視の牙が、今、突き立てられる。

 

 

 

 






三邪神「我らの出番がないと言ったな――――あれは嘘だ」



黒吉様より頂いた支援絵になります。ありがたや、ありがたや……
https://img.syosetu.org/img/user/321784/67854.png
https://img.syosetu.org/img/user/321784/67853.png
証明写真風の神崎のイラスト――笑顔Ver と 開眼Ver の2種とのこと。

平時は隠されているマッスルが存在感を主張しているので非常時(リアルファイト)を連想させます。
その肩幅とガタイで会社員は無理でしょ(遠い目)



~今作の冥界の王のデッキ~

いわゆる「トークン軸・最上級ビート」に三邪神を投入したもの。

永続魔法《ドラゴノイド・ジェネレーター》などで、自分・相手フィールドにトークンを大量に並べながら
その特殊召喚に対し、フィールド魔法《ブラック・ガーデン》で更にトークンを展開して

素早く三邪神をアドバンス召喚していく(永続罠《ポールポジション》が欠かせないけどな!)

遊戯王Rの作中では「人頼みの神」など散々ないわれを受けた《邪神イレイザー》も

このデッキならば相手フィールドに大量のトークンが並ぶ為、時に《邪神ドレッド・ルート》をも超える攻撃力を得られたりする。
(相手フィールドに生やしたトークンがリンク素材にされる? DMにはリンク召喚ないのでセーフ!)

コンマイ語の難題「黒庭ドレッド」により、後から呼び出されたモンスターの攻撃力がもれなく8分の1になるので、打点勝負に非常に強い。




~【黒庭ドレッド】について~
《邪神ドレッド・ルート》の力による半減は、一般的な攻撃力の増減の場合は、半減される元の数値に増減してから、再計算します。
(ちなみにこの段階で《邪神ドレッド・ルート》にのみ適用される特殊な裁定です――頭がおかしくなるぜ!)

つまり一度、「半減を一旦解除して」から「計算し直される」為、今回のように二度《邪神ドレッド・ルート》の半減を受けることはありません。


ですが、今回のような「半分にする」などの増減ではない「数値の『固定化』」がなされた場合、事情が異なります。

そう、「半分」に「固定化」された「数値」は計算上であっても「半減を解除することができない」のです――だって、「固定化されている」のだから。

「固定化された数値」を計算上であっても「元に戻すことは出来ない」ゆえに、「そのまま半減するドン!」という処理がなされます。

正直分かり難いとは思いますが、これがコンマイ語などと言われる所以です(汗)

より詳細な説明をお求めの方は、遊戯王公式サイトをチェックだ!(逃げ)




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第202話 還るべき彼方



前回のあらすじ
社畜が倒れたが、KCの業務とは無関係な為、労災は降りぬ(ブラック企業感)






 

 

「……これは……なに……が……」

 

 いつもの作り物の笑顔も苦痛で歪み倒れ伏した神崎は、息も絶え絶えな様子で本能的に立ち上がらんとするが、その脳裏を満たすのは混乱。

 

 

 

 戦闘・効果ダメージを負った訳でもなく、今までの攻防のダメージから限界を迎えた訳でもないというのに、突如として己が身を苛み始めた異常事態。

 

 そんな神崎の頭上に冥界の王の嘲るような声が落ちる。

 

「ククク、貴様からすれば、邪神の力は数値以上にその身を苛むだろう?」

 

 それは最初のバトルフェイズでの《邪神イレイザー》と《邪神アバター》の攻撃を受けてダメージを負った神崎へ向けた言葉を復唱したもの。

 

――まさか……

 

「邪神の、邪なる力ならば、己が益に働くとでも思ったか? 愚かだなぁ」

 

 その冥界の王の発言の本当の意味を此処に来て理解し始めた神崎を冥界の王は「今更だ」と嗤う。

 

 

「『三邪神』とはなんたるか」

 

 そして冥界の王の口から語られるのは、三邪神の定義――ペガサス会長は「三幻神が暴走した際の抑止力」と定義した。

 

 だが、冥界の王の解釈は少し違う。

 

「三幻神を光の柱とすれば、三邪神は闇の柱――が、『闇』ではあるが、『悪』にあらず」

 

 そう、「抑止力」を謡う割には、三邪神の姿はあまりにも禍々しい。

 

 それは、千年リングにかつて在った大邪神ゾーク・ネクロファデスの影響か? 否。

 

「三幻神の抑止たる存在が邪()な道理などありはしない――光と闇は表裏一体、所詮はもう一つの側面でしかないのだ」

 

 三幻神と三邪神は鏡合わせのような存在であるとの冥界の王の言に、その身に奔る苦痛に耐える神崎の沈痛な表情に理解の色が見える。

 

 これは何も珍しいものではない。現代でも至って普通に存在する概念だ。

 

「成……程、和魂(にきたま)と……荒魂(あらたま)と……のよう……な、関係……」

 

「然り」

 

 和魂(にきたま)荒魂(あらたま)

 

 これは神道における概念の一つであり、同一の神であっても別人ならぬ別神の如き強い個性を持つことを差す。

 

 安く言えば、普段すごく優しい人が、怒った時は別人の如くすごく怖い――そんな別人の如き二面性が、一つの存在として存在する状態。

 

 まさに慈悲深い側面と、荒々しい側面が一つの神の只中にある状態。

 

 

 和魂(にきたま)である三幻神が、無辜の(罪なき)民を守る慈悲深い側面であるのなら、

 

 荒魂(あらたま)である三邪神は、()を犯した驕った民を諫め罰する冷徹な側面である。

 

 

 そう、つまり三邪神とは、三幻神と同一の存在である――それが冥界の王の主張。

 

 

 三邪神が抑止するのは三幻神にあらず、三幻神を悪しき目的で使う担い手なり。

 

 

 

 つまり早い話が、三邪神は「邪悪」な神崎の天敵だ。

 

 神崎の身を苛むのは神の裁き。咎人を祓う闇でありながらも神聖な祓いの力。

 

「人間は常に『光が善であり、闇が悪だ』と、さした根拠もなしに声高に叫ぶ」

 

 三幻神の裁きを病的なまでに警戒していた神崎だが、三邪神の方の警戒はそれ程ではなかった。

 

「闇を恐れるあまり、どれだけの愚行を重ねようとも、未だ本質を見ない」

 

 そこには数々の邪悪な存在を神崎が喰らってきたゆえに知らず知らずの内に「邪神」の侵食も問題ないと考えた愚行ゆえ。

 

 それは「闇」と「悪」を混同して考えた人間らしい愚かさである。

 

「正……しき……闇……の力……」

 

「そうだ――『闇』とは悪にあらず、『光』は善にあらず、何処まで行こうとも光と闇でしかない」

 

 神崎は本来の歴史で遊城 十代が担う力の本質を知っていた筈だというのにその可能性を見過ごした。否、見逃した。

 

「それをあげつらい『善だ』『悪だ』と叫ぶのは貴様ら人間だけだ」

 

 どれだけの邪悪を喰らおうとも、神崎の本質など所詮は驕った人間に過ぎない。

 

「その現実から目を逸らし、己が都合の良いものばかりを『善』ともてはやす者共のなんと愚かなことか」

 

 そうして神崎を愚かだと嗤う冥界の王に、神崎は肉体を蝕む神の裁きを抜きにしても返す言葉を持たない。

 

 

「貴様のそのデッキは良く知っている。三邪神を真正面から打ち倒す力なく、コントロール色の強いデッキだ」

 

 なにせ、仮に神崎が「邪神を扱う危険性」を正しく認識していたとしても――

 

「なれば、邪神を奪うしかないよなぁ」

 

 この闇のデュエルにおいて、神崎は三邪神の最適解をそれしか持たないからだ。

 

 《溶岩魔人ラヴァ・ゴーレム》のようなカードを使おうにも、それで邪神全てを退けることができる訳ではない。

 

 更にトークンを多量に展開できる冥界の王のデッキならば三邪神の再展開も容易だろう。

 

 そう、知っていようが、いまいが、己を祓う毒をその身に打ち込むしかない状況を生み出すことこそ、冥界の王の策。

 

 冥界の王が千年アイテムを取り込むことで神に身を焼かれることなく扱って見せ、神崎の邪神への警戒心を削ぎ、打ち込んだ一手。

 

「フッ、貴様の考えていることなど手に取るように分かる」

 

 更に此処から神崎がどう動くかすらも、冥界の王の掌の上――なにせ、この世界において誰よりも神崎の闘いを見続けてきたのだから。

 

「早々にこのデュエルを終わらせねばならないと、早々に三邪神を除けてしまわねばならないと――だが、そうはさせん」

 

 そして逃げ場を塞ぐように冥界の王は己がリバースカードに手をかざす。

 

「我はバトルを終了し、速攻魔法《非常食》を発動。我のフィールドの魔法・罠ゾーンの――永続罠《最終突撃命令》、永続魔法《冥界の宝札》、《ドラゴノイド・ジェネレーター》、《進撃の帝王》を墓地へ」

 

 やがて冥界の王の魔法・罠ゾーンのカードが崩れていく中、その崩れたカードが黒き光となって冥界の王の元に集っていく。

 

「その枚数分×1000のライフを、4000のライフを回復する」

 

冥界の王LP:3400 → 7400

 

「カードを3枚セットしてターンエンドだ。フフフ、さぁ、貴様のターンだぞ?」

 

 そうして一気にライフを回復させつつ、これ見よがしに手札を全て伏せた冥界の王は挑発するような言葉を投げかける。

 

 

 なにせ8000近くなった冥界の王のライフは、基本チマチマ削っていくクリボーデッキにおいて、削り切るのは一苦労な数値だ。

 

 そして、今は「その一苦労」が何よりも遠い。

 

「私の……ターン、ドロー。この瞬間……に、魔法カード《予見通帳》の3度目のスタンバイフェイズ……です。除外した3枚のカードを……手札に」

 

 やがて三邪神の裁きに身を苛まれながらも、震える手で宙に浮かぶ通帳から落ちたカードを受け取った神崎は、頭上の通帳が消えていく中、思慮を巡らせる。

 

「メイン……フェイズ1へ」

 

――単純に三邪神を除けるだけでは駄目だ。相手が明らかに戦術を変えてきた以上、罠があることは明白。だが、このデッキで三邪神を除ける機会は殆どない。どうする? どうすべきだ?

 

 考えることが山積みで、なおかつ身体を蝕む神の裁きからか、思考すら纏まらない。

 

「どうした? そうノンビリ考えていて良いのか? 邪神の、神の裁きは時が過ぎ去る程に、貴様の身体を蝕んでいくぞ」

 

「――くっ……私は《邪神イレイザー》の効果発動……自身を破壊……する……!!」

 

 そんな最中、告げられた冥界の王の言葉に対し、《邪神イレイザー》を指差しながらその神をも呑み込む力を行使する。

 

「そして《邪神イレイザー》が破壊され……墓地に……送られた瞬間……フィールドの全てのカードを……破壊する」

 

 それはあらゆる存在を道ずれにする呪いの力。《邪神イレイザー》が死するときに流す黒き血は、文字通り、フィールドの全てを呑み込む。

 

 

 

 だが、神崎が指差した《邪神イレイザー》は一切動くことなく、フィールドに佇んだままだった。

 

「ククク、フフフ、ハハハハハハハ!!」

 

「何故……動かない……!」

 

「ハハハハハハハ! 当然であろう! 神に選ばれぬ者が、神を動かすことは叶わん!」

 

 冥界の王の嘲笑が地下神殿内に響き渡る。

 

 

 神は選ばれしものにしか扱えない――それが真理、それが道理。

 

 

 ディアハを世に送り出したペガサスの後継者筆頭(月行や夜行)でもなく、曲がりなりにも全米チャンプに至った男(キース・ハワード)でもない、なんの適性も持たぬ異物(転生者)如きに神が従う道理などありはしないのだ。

 

「なんだ、邪なるものどもを喰らい、己が特別になれたとでも思い上がったか? ハハハハハハハ! 滑稽だな!!」

 

 その身にどれだけの邪悪を喰らおうとも、届き得ぬ頂きがあるのだと冥界の王は嗤う。

 

 選ばれなかった者は、どれだけの禁忌に身を染めようとも、選ばれた者にはなれないのだ。

 

――成程。原作で孔雀舞が『ラーの翼神竜』を召喚したが、神は沈黙したまま動かなかった状態か。

 

「貴様は神の裁きに晒されるだけ――辛かろう、サレンダーを許可してやってもよいぞ?」

 

 そんな世界の不条理を、「原作再現だ」などと何処かズレた感想を抱く神崎を余所に、挑発を重ねる冥界の王だが――

 

――だが、試せるだけ試す!!

 

 神崎は冥界の王のフィールドに送った《クリボー》を指さし宣言する。

 

「バト……ル! 《邪神アバター》で……《クリボー》を攻……撃!!」

 

「ククク、かかったな? 邪神の攻撃時に罠カード《ディメンション・ウォール》を――」

 

 そうして巨神の姿を模した《邪神アバター》に攻撃指示を出す中、冥界の王がリバースカードに手をかざすが――

 

「動かない……か」

 

 やはり三邪神は動く気配を見せない。

 

「ハハハハハ! 何処までも神に拒絶されるか!! だが、そのお陰で1ターン生き延びることが出来たぞ!」

 

 だが、今回ばかりは動かずに済んで良かったとも言えよう。

 

 なにせ仮に神であること(神属性・邪神獣族)を失っていなくとも、罠カード《ディメンション・ウォール》の「戦闘ダメージを押し付ける」効果はプレイヤーを対象としている為、防げないのだから。

 

「私はバトルを……終了し、2体の『ローズ・トークン』と三邪神を……守備表示に変更」

 

 ゆえに運よく首の皮一枚繋がった神崎は、守備固めをしていくが、ツタの腕で薔薇の花を守ろうとする『ローズ・トークン』に対し――

 

『ローズ・トークン』 攻撃表示 → 守備表示

攻400 → 守400

 

 三邪神は毛ほども動きはしない。

 

――表示形式の変更すら無理だとは……それでこそ神と言うべきか。

 

「カード……を1枚セット……してターンエンド」

 

 ゆえに、三邪神に振り回されるままにターンを終えた神崎。だが、そうして相手のターンを待つだけの身であっても、神の裁きは収まる様子を見せない。

 

 常人であれば一瞬の内に絶命できよう神罰も、強靭なマッスルを持つゆえに無駄に頑丈な神崎は、生き永らえてしまうゆえに苦しみは延々と続く。

 

 

「三邪神に苦労しているようだなぁ――無理もない。貴様のそのデッキには小粒ばかりが多い」

 

 そんな神崎へ冥界の王は態々長引かせるように現状を語って見せる。

 

「いや、そもそも大して強くもないデッキだ。そんなデッキを持ち歩いた己の浅慮を恨むのだな」

 

「強さ……を決める……のは、貴方じゃありま……せんよ」

 

「神の怒りにその身を苛まれても、口は減らんか――しぶといことだ」

 

 息も絶え絶えな神崎の返答も、冥界の王からは唯の強がりにしか見えない。いや、実際に唯の強がりなのだろう。

 

 途切れかねない意識を繋ぐことに必死なのだ。なにせ、意識を失いデュエルの続行が不可能となれば闇のデュエルは容赦なく敗者を消し去ることは明白。

 

「我のターン、ドロー! スタンバイフェイズに永続罠《拷問車輪》を発動! 貴様のモンスター1体――『ローズ・トークン』の攻撃と表示形式の変更を封じる!」

 

 そんな神崎へ冥界の王は、己がターンの開始早々に巨大な顎を持つ骨に車輪の付いた拷問器具を呼び出し、神崎のフィールドの『ローズ・トークン』にけしかける。

 

「さらに、そのモンスターが存在する限り、我のスタンバイフェイズ毎に500のダメージを与える! こんな具合にな!!」

 

 やがて車輪に捕まった『ローズ・トークン』が巨大な顎の骨に身体を削られ、飛び散った薔薇の棘が神崎を貫き、その命たるライフを削っていく。

 

「ぐ……ぅ……」

 

神崎LP:513 → 13

 

 そんな僅かな衝撃にも倒れそうになる己を必死に奮い立たせる神崎の命はもはや消える寸前であろう。

 

「ククク、文字通り風前の灯火のライフ――だが、手抜かりはせん! メインフェイズ開始時に魔法カード《強欲で金満な壺》を発動!エクストラデッキのカードを6枚裏側で除外し、2枚ドロー!」

 

 だからこそ、冥界の王は此処で決めにかかる。そうして欲の張った二つの顔がついた壺がぶっ壊して得た2枚の手札の内の1枚に手をかけた。

 

「我は2体の《クリボー》を贄に捧げ(リリースし)! 降臨せよ(アドバンス召喚)!! 我が眷属たる一柱よ!! 大海より舞い戻れ! 《地縛神 Chacu(チャク) Challhua(チャルア)》!!」

 

 そして地下遺跡の大地を巨大なシャチの地上絵が奔り、その地を海のように割きながら身体に紫のラインが入った巨大な黒いシャチ《地縛神 Chacu(チャク) Challhua(チャルア)》が宙に躍り出た。

 

《地縛神 Chacu(チャク) Challhua(チャルア)》 攻撃表示

星10 闇属性 魚族

攻2900 守2400

攻1450 守1200

攻 725

攻 362

 

「《邪神ドレッド・ルート》とフィールド魔法《ブラック・ガーデン》で攻撃力が8分の1になろうとも、問題ない!」

 

 だが、その力は大きく削がれ、力なく雄叫びを上げる《地縛神 Chacu(チャク) Challhua(チャルア)》に、記憶の世界で行われた究極の闇のゲームの時のような活力はない。

 

「《地縛神 Chacu(チャク) Challhua(チャルア)》の効果発動! このターンの攻撃権を放棄し、自身の守備力の半分――600のダメージを神崎! 貴様に与える!! ダーク・ダイブ・アタック!!」

 

 しかし、それでも神の一柱――邪神の力にも負けずに開いた大口から、超音波のような波紋が神崎に向けて放たれる。

 

「これで終局だ!!」

 

「相手が効果ダメージを与える……カード効果を発動した時、手札の……《ジャンクリボー》を墓地に送り、その発動を……無効にし……破壊します」

 

 だが、その超音波を迎え撃つように神崎の手札から飛び出したネジのような尻尾を持つ金属の球体状のクリボーこと《ジャンクリボー》が飛び出し、衝撃波を打ち抜きながら突き進み《地縛神 Chacu(チャク) Challhua(チャルア)》の土手っ腹を貫かん勢いで激突した。

 

「させん! 永続罠《ディメンション・ガーディアン》発動! 我のモンスター1体は破壊されなくなる! 無論、我が選ぶのは――《地縛神 Chacu(チャク) Challhua(チャルア)》!!」

 

 しかし地下神殿の壁面に叩きつけられた《地縛神 Chacu(チャク) Challhua(チャルア)》を覆う光の鎧により守られ、悔し気な《ジャンクリボー》が力尽きるように消えていく。

 

「です……が、《ジャンクリボー》に……よる『発動の無効化』は回避……できません」

 

「だとしても、《地縛神 Chacu(チャク) Challhua(チャルア)》の効果の発動が無効化されたことで『攻撃権の放棄』も無効化された――バトル!!」

 

 そうして《地縛神 Chacu(チャク) Challhua(チャルア)》の効果をなんとか回避した神崎だが――

 

「地縛神は相手の場に三邪神がいようともダイレクトアタックが可能だ! 行けッ!! Chacu(チャク) Challhua(チャルア)!!」

 

 回避したことで、新たな脅威――《地縛神 Chacu(チャク) Challhua(チャルア)》の宙からの突進がその身に迫る。

 

「相手の攻撃宣言時に……手札の《虹クリボー》の効果……を発動。自身を装備カード……とし、装備対……象の攻撃を封……じます」

 

 しかし、そんな《地縛神 Chacu(チャク) Challhua(チャルア)》の頭上にチョウチンアンコウよろしく、くっついた紫色の真ん丸な身体を持つ《虹クリボー》。

 

 やがて、そのまま額の虹色のプレートを目一杯光らせれば、《地縛神 Chacu(チャク) Challhua(チャルア)》の突撃がピタリと止まり、やる気を失ったように腹を上にしながら空中をプカプカと浮かぶ。

 

「クハハハハハハハ! 粘るなぁ……長引けば、長引く程に地獄が続くというのに、ご苦労なことだ」

 

 こうしてギリギリの延命を続ける神崎の必死さを冥界の王は高笑いと共に嗤いつつも、抜かりなく己が状況を見定める。

 

「だが、貴様のデッキに《ジャンクリボー》は後何体いる? 何時まで《地縛神 Chacu(チャク) Challhua(チャルア)》の効果を躱せるかな?」

 

 《地縛神 Chacu(チャク) Challhua(チャルア)》の効果ダメージは毎ターン発動が可能であり、永続罠《ディメンション・ガーディアン》によって破壊が容易くないことも相まって防ぎ続けるのは難しいだろう。

 

 さらに《地縛神 Chacu(チャク) Challhua(チャルア)》が守備表示の際は相手のバトルフェイズをスキップする効果を得る為、戦闘での除去も難しくなる。

 

 文字通り、王手に差し掛かったといっても過言ではない。

 

「我はこれでターンエンド――貴様が神に殺されるのをじっくり眺めるとしよう」

 

 そうして残りのクリボーたちを攻撃表示のままにターンを終えた冥界の王。見え透いた罠ではあるが、見え透いているがゆえに意識せざるを得ない。

 

――此方を嘲りながらも一切手を緩める素振りを見せない……徹底しているな。

 

 そんな冥界の王の動きに対し、神崎は神罰に苛まれながらも頭を回す。今、考えることを止めれば倒れてしまいそうな程に、限界が近かった。

 

――《ジャンクリボー》の効果も使ってしまった以上、残りライフが13では……次は防げない。

 

 そして、それは神崎の身体に留まらずデッキの防御手段に対しても言える話だった。文字通り後がない。

 

「私……のターン、ドロー。スタンバイフェイズを終……え、メインフェイズ1へ」

 

 やがて神崎は震える手で引いたカードをデュエルディスクへとなんとか差し込む。

 

「永続魔法《ウィルスメール》を発……動。『ローズ・トークン』を選択……し、このターン直接攻撃権利……を得ます」

 

 それはいつぞやのモクバのデュエルの時に使用した永続魔法。

 

――ククク、何時ものダイレクトアタック狙いか。芸のないデッキだ。

 

 それの意味するところは一つ。冥界の王の伏せた罠カード《ディメンション・ウォール》へ対処しつつ、僅かばかりでも相手のライフを削っておく魂胆。

 

「バトル……フェイズへ」

 

――さぁ、来い。

 

「メイ……ンフェイズ2へ移行し……ます。そしてこの瞬間、永続魔法《ウィルスメール》の効……果を受けた『ローズ・トークン』は墓地へ……送られる」

 

 だが、莫大なライフを持つゆえの余裕を見せる冥界の王を余所にバトルが行われることはなく、『ローズ・トークン』の背中に張り付いた手紙の封筒からドクロマークが広がり、一輪の薔薇の最後を彩っていく。

 

――攻撃しない?

 

 やがて散った薔薇の残照が風に吹かれて飛んでいく中、不審がる冥界の王を余所に、神崎は手札から1枚のカードを引き抜いた。

 

――ようやくフィールドが空いた。

 

「魔……法カード……《死者蘇生》を発……動。墓地より、《プリーステス・オーム》を守備表示で特殊……召喚」

 

 そしてフィールドに昇るのは死者の眠りを暴く白きアンク。やがてその禁忌の光より降り立つのは――

 

「だが、貴様が新たにモンスターを呼んだことで、フィールド魔法《ブラック・ガーデン》と《邪神ドレッド・ルート》の効果により、攻撃力は八分の一だ!」

 

 長い灰色の髪を持つ黒づくめの魔女。目元は丸みを帯びた帽子に隠されるも、病的な白い肌から弧を描く口元は何処かぞっとする程に冷たい。

 

《プリーステス・オーム》 守備表示

星4 闇属性 魔法使い族

攻1700 守1600

攻212 守800

 

 やがて黒き茨に囚われた《プリーステス・オーム》は指を一つ鳴らした。

 

「還るといい」

 

 途端に、神崎のフィールドから激流の如き闇が冥界の王を呑み込み弾き飛ばす。

 

「ぐぉっ!? な、なにが……!?」

 

冥界の王LP:7900 → 7100 → 6300 → 5500 → 4700

 

「《プリーステス・オーム》の効……果です。闇属性モン……スターをリリースすること……で相手に800のダメージを……与えま……す」

 

「くっ……三邪神と『ローズ・トークン』を射出したことによるダメージか……!」

 

 やがて膝をついた冥界の王が、過去のデュエルで神崎が使用しなかった戦術の存在に苛立ち気に立ち上がり現状を理解する中、神崎は大きく息を吸った。

 

「ようやく……まともに息ができ……る」

 

――三邪神が本来の力……『神属性』であったなら、打てなかった手だ。

 

 三邪神によって苛まれたダメージがなくなった訳ではないが、それでも継続していた神罰がなくなったことは、神崎にとっては非常に大きい。

 

 

「だが、貴様のライフはたった13! 邪神の侵食が消えようとも、既に貴様のバトルフェイズは終わった! 次の我のターンを凌ぐ余力はあるまい!!」

 

 だとしても、未だ神崎の絶望的な状況は変わらぬと冥界の王が宣言する。なにせ神崎に残ったライフは13しかない。

 

 適当な効果ダメージを一度でも通せば一瞬の内に消し飛ぶだろう。

 

「次のターンを渡す気はない」

 

 しかし、散々後手を踏んだ神崎は「次」を与える気はないと強い言葉で己を奮い立たせ手札を切る。

 

「貴方のフィールドの《サクリボー》をリリースし、《壊星壊獣ジズキエル》を特殊召喚。フィールド魔法《ブラック・ガーデン》の効果を受け、私のフィールドに『ローズ・トークン』が特殊召喚される」

 

 やがて冥界の王のフィールドで雄叫びと共に現れる黒と黄の巨躯。

 

 その正体は鳥の上半身と蛇の胴体を併せ持ったような機械仕掛けの怪獣――《壊星壊獣ジズキエル》がフィールド魔法《ブラック・ガーデン》により己が身体に絡みつく茨へと苛立ちを向けるようにその巨体を震わせる。

 

《壊星壊獣ジズキエル》 攻撃表示

星10 光属性 機械族

攻3300 守2600

攻1650

 

 そしてそんな怪獣――いや、壊獣を養分とし、神崎のフィールドに一輪の赤い薔薇が咲いた。

 

『ローズ・トークン』 攻撃表示

星2 闇属性 植物族

攻800 守800

 

「リリースされた《サクリボー》の効果で1枚ドロー。そして《金華猫》を通常召喚。召喚時、墓地のレベル1――《サクリボー》を特殊召喚」

 

 そんな一輪の薔薇の隣に歩み出るのは、小さな白い猫。

 

 だが、その白い猫の影が大きく広がり、黒い猫の姿と化したと思えば、その影の中から――

 

《金華猫》 攻撃表示

星1 闇属性 獣族

攻 400 守 200

攻200

 

 背中にウジャトの瞳がついた《クリボー》に良く似た黒い毛玉こと《サクリボー》が飛び出した。

 

《サクリボー》 攻撃表示

星1 闇属性 悪魔族

攻300 守200

攻150

 

「《プリーステス・オーム》の効果、闇属性――『ローズ・トークン』、《サクリボー》、《金華猫》の3体をリリースし、1体につき800のダメージを与える」

 

 そして自軍を焼き払いながら、打ち出された闇色の銃弾が冥界の王の身体を撃ち抜いていく。

 

冥界の王LP:4700 → 3900 → 3100 → 2300

 

「ぐぬぉっ!? だが、我のライフはまだ残る!」

 

 闇のデュエルによる連続ダメージを前にしても、なお残るライフを示す様に冥界の王は力強く佇み腕を横に振りつつ強気な姿勢を示す中――

 

「リリースされた《サクリボー》の効果で1枚ドロー。さらに魔法カード《貪欲な壺》を発動。墓地の5枚のカードをデッキに戻し2枚ドロー」

 

 欲深き壺が墓地に眠る死者を強引に引き釣り出してデッキへと戻した後、役目を終えたように断末魔と共に爆ぜて消える。

 

「フッ、精々逆転のカードが引けるように祈ることだ!」

 

「――引く必要はない。セットした魔法カード《クリボーを呼ぶ笛》を発動。デッキより《クリボー》を特殊召喚」

 

 そうして新たに引いた2枚のカードになど目もくれない神崎は、リバースカードから響く笛の音に誘われた《クリボー》へと1枚のカードをかざす。

 

《クリボー》 攻撃表示

星1 闇属性 悪魔族

攻300 守200

攻150

 

「そして速攻魔法《増殖》を発動。《クリボー》をリリースし、可能な限り『クリボートークン』を特殊召喚」

 

 途端に、小さな爆発と共に爆ぜて分裂した4体の《クリボー》たちこと『クリボートークン』が神崎のフィールドを埋め尽くした。

 

『クリボートークン』×4 守備表示

星1 闇属性 悪魔族

攻300 守200

攻150

 

 そんな彼らは当然「闇属性」――命を砲弾に変える魔女の眷属に相応しい。

 

「馬鹿……な……!?」

 

「《プリーステス・オーム》の効果で4体の『クリボートークン』をリリース」

 

 やがて全ての『クリボートークン』たちの身体が崩れ、闇色の弾丸に形成され直した後、敵対者を貫くべく魔弾と化した。

 

「またしてもぉぐぉぉぉおおっぉおおおおおっぉおぁああぁッ!?」

 

 そして冥界の王の断末魔が響く最中も飛来する弾丸が、その身体を抉り、腕を飛ばし、千年アイテムが一つ、また一つと地面を転がっていく。

 

冥界の王LP:2300 → → → → 0

 

 やがて7つの千年アイテムが地面に転がったと同時にライフが0となった冥界の王は、力尽きるように倒れ、最後にその身に埋め込まれた光のピラミッドが宙に投げだされた。

 

 

 

 

 

 

 

――削り……切れた。

 

 そうして神崎もまた内心に広がる安堵からか気が抜けたのか、力尽きるように倒れる。碌な受け身も取れず倒れたせいか鈍い音が鳴るが――

 

「……………………ァ」

 

――無理だ。起き上がれない。

 

 当の神崎は、腕はおろか、身体も何一つ上手く動かず、発声すら危うい。

 

 しかし神崎の視界の端で千切れ飛んだ冥界の王の腕についたデュエルディスクから落ちた三邪神のカードが、三幻神のカードが、光の粒子となって消えて行く光景に、満足気な笑みを零した。

 

――だが三邪神(三幻神)を還すべき場所へと還せたなら……良い……か。

 

 そこにあるのはある種の安堵感――己の不手際で望まぬ舞台へと上げられてしまった光と闇それぞれの三体の神を解放できた事実に神崎は内心で小さく思う。

 

 やはり三対の神(三幻神と三邪神)は、名もなきファラオにこそ相応しいのだと。

 

 

 

 

 やがて、そんな想いを余所に地面を転がった光のピラミッドが神崎の視界の端で止まる中、その光のピラミッドに付随した僅かに残った冥界の王の身体が口を開く。

 

「我の……負けか」

 

 それは、最後の言葉。

 

 準備に準備を重ねた計画も、最後の最後で打ち破られた。「あの時ああしていれば」なんて言い訳をする気は冥界の王にはなかった。

 

 

 そんなものは負け犬の遠吠えでしかない。

 

 

 そう、彼の計画は、完遂されなかった。

 

 

 

 

「果たしてそうかな?」

 

 だが、完遂できなかっただけだ。

 

 計画の骨の部分は、既に達成している。

 

 確固たる自負が見える冥界の王の言葉に対し、動かぬ身体で視線だけを向ける神崎が考えを巡らせるが、正直打つ手がなかった。

 

――? まだ、何か策があるのか……これ以上は、正直お手上げだ。

 

「フフフ、我は敗北を喫したが、貴様の勝利では終わらん。我という『個』が消えることで、貴様は赤き龍との戦いに未来永劫囚われる……ハハハ、貴様の願った安寧は決して手に入らぬ!」

 

 そう、デュエルに敗れたものの冥界の王は神崎の望みを奪って見せた。

 

 闇のゲームの敗者は闇に還るのが常――今の「冥界の王」としての意識は闇に還り消滅するが、それは同時にシグナー率いる赤き龍と戦う「冥界の王の立ち位置」に神崎が立つことを意味する。

 

 5000年周期で行われる、終わりのない戦乱に組み込まれたのだ。

 

 この先、平穏や安寧などとは無縁であろう。

 

 初めからこのデュエル――いや、()()に冥界の王の敗北はない。

 

 勝てば当然全てを得るが、負けても神崎の望みを全て奪い、憎き相手を地獄の底へと叩き落とせるのだ。

 

 そう、既に冥界の王の策は果たされていた。

 

「ククク、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハっ!!」

 

 ゆえに冥界の王は嗤う。嗤い続ける。憎き男から全てを奪ってやったと。

 

 それを想えば代償に払った己が命の何と安いことか。

 

 冥界の王が最後に目にするのは己に屈辱の日々を味わわせた男の苦悶と恐怖と絶望に歪む顔。

 

 奪う者としての面目躍如であろう。

 

 

 

――なんだ。()()()()()か。

 

「そう……ですか……他……に貴方の……願いは……ありま……すか?」

 

 だが、神崎は作り物の笑顔を浮かべながら冥界の王の最後を看取らんとする。

 

 遺したい想いはないか? 託したい願いはないか? やり残した夢はないか? と尋ねるその顔に、絶望など何一つ見当たらない。

 

 そんな最後の最後まで何一つ己の思うようにならぬ相手に冥界の王は怒声を上げた。

 

「――何故、笑う! 憎くないのか! 我が!! 貴様から安寧を奪ったのだぞ!! 恐怖におののけ! 怨嗟の声を上げろ!! 絶望の只中に沈め!!」

 

 あらん限りに叫ぶ度に冥界の王の身体の崩壊が早まっていくが、腹の虫は全く以て収まらない。

 

 怨み事の一つでも零してみせろと煽る冥界の王だが――

 

「此方の都合……で、あなた方の在り……方を一方的に排して……いる私に、そんな資格は……ありま……せんよ」

 

 神崎は「己にそんな資格はない」と考えていた。なにせ、彼は完成された世界(本来の原作)に存在してはならない異物(バグ)

 

 

 排斥されるべき存在。

 

 

 たとえ、誰を何人救おうが、どれだけ世界の脅威とやらを退けようが、所詮は命惜しさに原作(好きだった世界)へ破壊と混乱をばら撒いている事実は変わらない。

 

 彼がこの世界(原作)にとっての不純物(転生者)である事実は決して変わらないのだ。

 

「最後の……願いは……あり……ますか?」

 

 ゆえに神崎に出来ることは出来得る限りの声を拾うことだけだった。それがただの自己満足であっても。

 

「……わぬ」

 

「すみませ……ん、もう一度……お願」

 

 

 身体が完全に崩壊する直前ゆえか、一段とか細くなった冥界の王へと再度問いかける神崎。

 

 

「願わぬ――願ってなどやるものか!! 我は願わぬ! 貴様から施されぬ! 我は冥界の王! 死を施すもの! 己が死すらも我が只中にある!!」

 

 しかし冥界の王は命を縮めてまで神崎の「それ」へと拒絶を示す。

 

 己の死は己だけのものだと言わんばかりに、突き放す冥界の王へ神崎は一度死んだ人間として自論を述べてみせる。

 

「誰にも……看取られず終わる……のは――」

 

 死の恐怖は抗えない程のものだ。

 

 だが、その最後を、己が手を、誰かに握って貰えるだけで、心がほんの僅かばかり軽くなるのだと。

 

 一人苦痛と恐怖と喪失の只中に死んだ男が、最後に願ったのはそんな『誰か』だったのだと。

 

「――寂しいですよ」

 

 救い亡きままに死んだ男の言葉を最後の合図とするように冥界の王の身体は塵と消え、光のピラミッドの爛々と輝いていた赤い宝玉の光が消え失せた。

 

 

 

 やがてカランと地下神殿の石の床に光のピラミッドが転がった無機質な音が響いた暫し後、先程まで冥界の王がいた場所を神崎がぼぅと眺めながら零す。

 

逝った(還った)……か」

 

――冥界の王(神に近しい存在)でも死ぬんだな。

 

 

 赤き龍と争い続け、何度倒されようとも決して死ぬことがなかった神の如き超常的な存在があっけなくこの世から消えた事実を漠然と受け止める神崎。

 

 

 デュエルの絶対性が如実に現れたと言えるだろう。

 

 

 そんな最中、神崎の意識がどんどん遠くなっていき、身体から力が抜けていくことを止められず、全身に水が沁み込むような喪失感が流れていく。

 

――これは拙いな。懐かしくも嫌な感覚だ……このままだと……

 

 やがてそれ()に危機感を覚えるも、思考は鈍化し続け、身体はピクリとも動かないまま、時間だけがいたずらに過ぎて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アンクリ~」

 

 そんな間の抜けた鳴き声と共に黒い球体上の身体に黄金のアンクと小さな翼、そして文様が浮かぶクリボー《アンクリボー》が倒れ伏す神崎に向けて光を落とす。

 

「…………アンクリ? ……クリィ」

 

 だが、光を受けても伏したまま動かぬ神崎の周囲を不思議そうに眺めながら一回りした後、何かを悟ったような様子を見せた《アンクリボー》は神崎の背を小さな手で労わるように優しく撫でる。

 

「クリリ……」

 

 やがて沈痛な声を零しながら《アンクリボー》は己が還るべき場所へと煙のように消えて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして倒れたまま動かぬ神崎を白い腕が貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『神崎、客だ』

 

 頭の中に響いたトラゴエディアの声に神崎の意識が覚醒する。

 

 千年アイテムが散乱する中で倒れる神崎の姿は、何処か酔っ払いがなんか色々拾ってきたままに限界を迎え、爆睡した感が溢れるが、当の本人は未だ意識が覚束ないのか、寝ぼけ眼で周囲を見回すが――

 

「……………………? ――ん!? どういった方ですか」

 

 今、己がいる場所が地下神殿だと理解した途端、現状を一気に把握し、トラゴエディアとの通信へと意識を戻す。

 

――寝ていた? 今度こそダメかと思ったんだが……身体の方は、ダメージが抜け切っていないが、動けるくらいには回復し……た。うん、回復した。

 

『ガキの集まりと言ったところだろう』

 

 頭の中で目まぐるしく己の状態を確認していく神崎だが、トラゴエディアから伝えられた情報にピタリと内外共に動き止めた。

 

「子供……ですか」

 

――此処に所縁があるとすれば墓守の一族だが、子供の集まりはいなかった筈……

 

 なにせ神崎の原作知識の中に「墓守の一族が管理する地下神殿」に関わる「子供の集まり」などいない。

 

 そして、今の今まで墓守の関係の情報をアレコレ調べていた中にも同上である。

 

 まさに正体不明の集団の出現に、己の身体に起こった異変など脇に置かねばならぬ程に神崎の警戒心は一段と跳ね上がる。

 

「彼らはどんな様子ですか?」

 

――ん? カード? 《アンクリボー》……見たことのないカードだが、持っていた覚えは……いや、ないな。今は後にしておこう。

 

 やがて散らばった千年アイテムを一纏めに片付け、1枚の《アンクリボー》のカードを一先ずデッキに仕舞った神崎が、より詳細な情報を求めるが――

 

『今、消えたぞ』

 

「消えた?」

 

 

 それよりも先に神崎の背後にて、突如現れた少年少女の集まりが、地下神殿に並び立つ。

 

 

 その一団の中からエジプト風の白いシャツに緑のベスト風コートを羽織った青年が、歩を進める度に左側に細く纏めた紺の髪を揺らしながら、神崎へと指差し宣言した。

 

「欲に塗れた不届き者め! シン様の千年アイテムから離れろ!!」

 

 その口ぶりから神崎のことを知っている様子が見て取れるが――

 

 

――……………………誰?

 

 神崎からすれば、全く知らない人だった。

 

 

 

 

 






冥界の王、死す(と言うよりは代替わり?)


でも(闘いの儀編は)もうちょっとだけ続くんじゃよ。


そして原作のその後を描いた劇場版 THE() DARKSIDE(ダークサイド) OF(オブ) DIMENSIONS(ディメンションズ)
の時間軸より1年も早く来ちゃったあわてんぼうの○○ィ、お前ホント可愛いなぁ~(百済木軍団感)





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第203話 次なる領域



前回のあらすじ
今日からお前が新しい冥界の王だ。





 

 

 謎の青年が引き連れる少年少女たちと神崎が邂逅を果たした中、此処で時計の針を少し戻させて頂こう。

 

 

 闘いの儀を終え、遊戯たち共々日本に帰国したばかりの海馬はKCの社長室にて巨大なガラス窓から童実野町を見下ろし、ポツリと零す。

 

遊戯(アテム)が負けた……………………………………か」

 

 それは闘いの儀にてアテムが遊戯に敗北し、冥界へと去った事象が、海馬の中でようやく受け止められた瞬間だった。

 

――俺が引導を渡す筈だった(デュエリスト)が勝ち逃げなど……

 

 だが、受け止めたからといって、受け入れられるかはまた別の話。海馬の胸中で苛立ちの芽が確かに芽生える。

 

 しかし、そんな中で闘いの儀でのアテムと遊戯のデュエルや、仲間たちのやり取りを得て満足気に還って行ったアテムの姿とやり取りが脳裏を過った。

 

 そうして己の脳裏を奔った一連の情報を処理した海馬は――

 

――いや……そうだったな。少々癪ではあるがヤツの言に乗るのもまた一興。

 

「やり残したことが出来た」

 

 己がロード()に欠かせぬ要素を補完するべく、動き出す。

 

「磯野、ヤツを――神崎を呼べ」

 

「瀬人様、それがどうにも彼は欠勤しているようでして……」

 

「なんだと?」

 

 だが、側近の磯野から返ってきた思わぬ返答に眉を上げる。

 

 なにせ海馬の知る神崎は、無遅刻無欠勤――とまではいかないが、ワーカーホリック気味な者の為、業務に関わらぬ欠勤とは無縁の人物だ。

 

 ゆえに訝しむ海馬に促されるままに磯野は説明を続ける。

 

「どうやら仕事先でトラブルにあったとの……その……話だそうで……」

 

「はっきりせん物言いだな」

 

「はっ、それがどうにも書類一式届いただけの状態であり……未だ当人との連絡は付かず、詳細の方も不明です。どうなさいますか?」

 

「ふぅん、放っておけ――ヤツならば自力で如何にかするだろう。出来ないと言うのなら、その程度の男だったという話だ」

 

 やがて何だか事件性を窺わせる状態ゆえに磯野が懸念するが、それは海馬によって即座に切って捨てられた。KCの社風は結果主義――己が失態を拭えぬ弱卒など不要。

 

「りょ、了承致しました」

 

――瀬人様も厳しい目を向けつつも、神崎殿を買っておられるのだな……

 

 そんな海馬の突き放すような物言いを「突き放しても問題ない」との信頼と受け取った磯野は微笑ましいものを感じるが――

 

「なんだ? 言いたいことがあるのなら、言ってみろ、磯野」

 

 そうした心中を見抜いたような言が磯野に突き刺さった。

 

「な、なんでもござい――いえ、この際ですから申しておきます。私はてっきり瀬人様が神崎殿を嫌って……いえ、対立のスタンスを取っておられるのかと……」

 

「俺がそんな狭量な男に見えたか?」

 

「い、いえ、そのようなつもりは――」

 

「ふぅん、ヤツのやり口が気に食わんのは事実だ。だがヤツがKCの益になり、害にならん限り、騒ぎ立てる気もない」

 

 思わず取り繕おうとした磯野が意を決して絞り出した主張を鼻で嗤って見せる海馬。

 

 

 海馬とて、神崎の「プライドなんてドブに捨てるぜ!」な在り方に思う所がない訳ではないが、安く言えば「KCの為に頑張って結果を出している社員」である以上、KCの一員である事実を否定する気はない。

 

 そして何より本来であれば左遷同然の扱いになる筈だったBIG5たちを、上手い具合に海馬と共同戦線が張れる程に歩調を合わせた事実は無視できなかった。

 

 たとえそれが、ゴマを擦りまくったゆえの結果であろうとも――いや、海馬が「絶対にしない」手段ゆえに捨て置けはしない。

 

「アレもまた俺にはない力ではある」

 

「瀬人様……」

 

 そうして清濁併せ吞みつつ日々一回りも二回りも邁進する海馬を眩しいものでも見るようにサングラスの位置を直す磯野。

 

「無駄話も此処までだ。磯野――超神秘科学体系研究機関異次元時空専門課局長を呼び出せ」

 

「…………ぇ?」

 

 だが、海馬の新たな要請にその動きはピタリと止まった。まさに「えっ? なんだって?」な具合だ。

 

「超神秘科学体系研究機関異次元時空専門課局長だ――三度目はないぞ」

 

 それはメッチャ目が滑る情報の羅列だった。磯野の場合は耳だろうが。

 

 しかし、磯野とてKCの黒服の中の精鋭の1人。発言の中から己の知識と結び、そしてつなぎ合わせ答えを手繰り寄せてみせる。

 

――超神秘科学……駄目だ。覚えきれない。しかし「神秘科学」は確かオカルト課の初期名称だった筈、そして「異次元」は……そうか!!

 

「あっ、オカルト課のツバインシュタイン博士のことですね。承知しました。今すぐ手配します」

 

 そう、「超神秘科学体系研究機関異次元時空専門課局長」とは――(ごくまれに呼ぶ海馬以外)誰も呼ばぬツバインシュタイン博士の肩書である。

 

――流石、瀬人様。神崎殿から上がってくる「訳の分からない研究」をしている面々及び、その研究内容を全て把握しておられたとは……

 

 やがて足早に社長室を後にし、オカルト課へとコンタクトを取る磯野の胸中には海馬への尊敬が高まっていた。

 

 

 アレらを全て完璧に把握しているのは、恐らく海馬くらいのものだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 ところ変わって双六が経営する「亀のゲーム屋」にて、日も暮れたゆえに店仕舞いを終えた双六が茶で一息ついた頃、既に帰宅していた遊戯がおずおずと声をかける。

 

「じいちゃん、今ちょっと良い?」

 

「どうした、遊戯?」

 

「じいちゃんって、昔は世界中色々回ったんだよね。その…………裏側とかもさ」

 

「おぉ!! また儂の冒険譚を聞きたくなったのか!! そうか、そうか!」

 

 そしてかわいい孫の「過去の武勇伝を聞かせて」といったニュアンスを含んだお願いに、双六は遊戯の両肩に手をバシバシ軽く叩きながら破顔した。

 

 祖父(おじいちゃん)冥利に尽きるのだろう。

 

「い、いや、あのね、じいちゃん! そうじゃなくって――ちょっと知りたいことがあるんだ」

 

「なんじゃ、急にかしこまって……」

 

「実は――――」

 

 だが、遊戯が主題とするのは祖父の冒険譚そのものではなく、世界中を回った双六の膨大な生の知識だった。

 

 やがて、遊戯から大まかな事情を聞き終えた双六は、「裏側」の話ゆえに安易に教えて良いものかと暫し悩み込む素振りを見せた後――

 

「あぁ、それなら知っとるぞい。今ではそんな風に呼ばれとるんじゃの」

 

 真っ直ぐ己を見つめる只ならぬ事情を垣間見せる孫の姿を信じ、知る限りの情報を明かすことを決めた。

 

「知ってるの!?」

 

「知ってるも何も、裏でそやつを知らねばモグリ扱いじゃぞい――しかし表に全くと言っていい程、出てこんというのに……どうやって知ったんじゃ?」

 

「それは、その、大会の時とかに……あはは」

 

 とはいえ、凄く軽い感じの双六に半信半疑の様子を見せる遊戯だが、逆に情報の出処を問われるも、明かせる事情でもないゆえに曖昧に笑いながら誤魔化す。

 

「ふむ、確かにワールドグランプリならば確実に話題に出るの」

 

「それで、どんな人なの?」

 

「うーむ、なんと言うべきか……一口に言ってしまえば――」

 

 やがて納得を見せる双六から、遊戯が手始めとして相手の人物像を問えば――

 

「『傭兵』かの」

 

「傭……兵……?」

 

――デュエリストじゃ……ないの?

 

 己の予想に反した答えが返って来たことに遊戯は内外ともに戸惑いを見せる。

 

 遊戯の認識は「デュエリストとして名の知れている相手」だったゆえに、「傭兵」などと物騒な響きがいまいちピンとこない。

 

「まぁ、傭兵というには語弊があるかもしれんが……一番近いのがそれかの。もっと詳しい話が知りたいのなら、アーサーや御伽のヤツ――あっ、龍児くんの父親の方じゃぞ?――にも連絡しといてやろうか?」

 

 そんな孫の反応に双六は求められている情報との差異を感じ、昔馴染みの友人たちを頼る選択肢を開示した。

 

「うん、お願い! それでじいちゃんは――」

 

「焦るな、焦るな。ちゃんと話すぞい。儂は一度、そやつと会ったことがあるんじゃ――まぁ、向こうは覚えとらんじゃろがな」

 

 そして急かすように頷いた遊戯に双六は、過去の己が引退を決定づけることとなった出来事へ記憶を巡らせる。

 

「とはいえ、正直、気持ちの良い話ではないが、それでも構わんか?」

 

 だが最後に再度、忠告するような双六の言葉へ、遊戯は真っ直ぐな瞳で肯定を返した。

 

 

 

 そして語られるは、古代アトランティスの伝説に記された幻の緋色の石を巡る冒険譚。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして此処で時計の針を元に戻すべく進め――

 

 

 冥界の王との殺し合いを終えて、ついでに生死の境をかなりの期間さまよった神崎の前に立つ少年少女たちへと向けて、神崎は一先ず「一般人目線」で対応する。

 

「あなた方が何者かは存じ上げませんが、此処は関係者以外立ち入り禁止区域になります。崩落の危険性もありますので、退避を――」

 

「わたしたちは『プラナ』――シン様の意思を継ぐもの」

 

 だが、そんな神崎の定型文を遮るように肩の出た朱色のワンピースに身を包む黒い長髪の少女が前に出た。

 

「これはご丁寧に」

 

――……全く分からない。わたし『たち』との言から『プラナ』は……組織名? で、『シン様』がトップなのかな?

 

 しかし、少女の発言の内容を神崎はあんまり理解できていない。固有名称ばかりで「それ」が「誰」「何」を差しているのかが全くもって理解できなかった。

 

――彼らの存在は私の原作知識にないが、明らかにキャラが立っている……原作キャラだと考えるべきだろう。

 

 とはいえ、分かることもある。それは彼らが原作にて重要な立ち位置を持つであろう存在であること。

 

 普通の人間は胸元にアンク型のブローチらしきものなど付けはしないし、髪にシルバーならぬゴールドを巻きはしない。

 

――イリアステルのような未来技術は見当たらない以上、DMに関連する人物だと思うが……よもや新しい劇場版でも放映されたのか? だとするのなら……くっ、超見てぇ!!

 

 そしてアンク型は、同じ形状の千年錠を意識させる為、古代エジプト関連の人間であることは明白だった。

 

 やがて自身の中の雑念を余所に、立ち位置を探るように頭を下げて神崎は礼を示す。

 

「それで『プラナ』の皆さんは――いえ、まずは自己紹介から始めましょうか。私は『神崎 (うつほ)』、KCに勤めております。どうぞ、名刺です」

 

「――近づくな!!」

 

 だが、差し出された名刺を手渡そうとした神崎が動き出す前に、その歩みは青年の方に咎められた。

 

 それはプラナたちが、神崎と対話の意思を見せないものかと思えば――

 

 

「わたしは『セラ』、彼は『ディーヴァ』です」

 

「セラ!!」

 

 少女――セラによって、青年の名前がディーヴァであることが判明。

 

 こうして自己紹介を無事に終えた両者――まだ自己紹介しか終わっていないが。

 

 とはいえ、プラナ側もコミュニケーションを取る姿勢が見えたことは神崎としても朗報であろう。

 

 なお、咎めるような声を発するディーヴァの存在から、一枚岩ではないことが伺えるが。

 

「早速ですが、神崎さん――貴方は千年アイテムをどうするおつもりですか?」

 

――青年の方が代表かと思ったが、少女の方が代表なのか……

 

 やがて投げかけられた少女セラの問答に、神崎は若干ズレたことを考えながらも、如何に返答するかを悩むが――

 

 

――さて、どう答える? ……いや、相手の目的が不明な以上、変に取り繕って勘違いを生む方が悪手か。今回は間違いなく『善行』なんだ。真っ直ぐ勝負で行こう。

 

 

 今回は、100人に聞いても99人は「イイね!」することである為、正直に行くことにした神崎。

 

 真っ直ぐストレート勝負である。

 

 

「破壊します」

 

「貴様ッ!!」

 

 だが、怒りのままに叫ぶ青年ディーヴァの様子を見るに、結果はデッドボール――1人の方だった。

 

――えっ、駄目なの!?

 

 これには思わず神崎も内心で困惑顔である。なんだったら遊戯たちに伝えてもオールOKだと思っていただけに、異文化コミュニケーションの難解さに頭を痛めていた。

 

「……それはどういった目的で?」

 

「この千年アイテムという遺物は、人の心を操る力を持つゆえ、悪用の危険が非常に高い代物です。さらに、荒唐無稽に聞こえてしまうやもしれませんが、異界の邪神の復活の触媒にすら成りうる」

 

 ゆえに詳細を問うたセラに、一先ず己の考えをそのまま返す。

 

「後のことを考えれば、破壊しておかねばなりません」

 

 そう、今回のことは神崎にしては珍しく、ぐうの音も出ない善行だった。

 

――何故だ? 今回は武藤くんどころか海馬社長にすら明かしても問題ないくらいの明確な善側のスタンスなのに!? なにを見落としたんだ……?

 

 ゆえに神崎は理解できない。

 

 プラナである彼らが悪党に分類されるのであれば、話は別であろうが、今のところそんな素振りは見えないことも、ますます神崎の混乱を加速させる。

 

「セラ! もう、こんな男と問答する必要はない! ボクたちの力で、ヤツをこの次元から消し去――」

 

「それは全ての千年アイテムを――ですか?」

 

「セラッ!!」

 

「ええ、全てになります」

 

 怒り心頭で怒声を上げるディーヴァに対し、事実確認をするように機械的に対応していくセラへと神崎は嘘偽りなく答えるが――

 

「シン様は仰っていました。7つの千年アイテムの内、3つは正義、3つは邪悪な意思が宿り、最後の1つにはその両方が封じられている、と」

 

――原作知識にもその手の話は確かにあったが……

 

 此処でセラから「プラナ」と「シン様」の目的が語られた。

 

 何処か雲行きが変わったことを感じ取る神崎を余所に、セラは淡々と続ける。

 

「千年パズルから王の魂が解放された時、善悪の均衡を保つかの宝物は『善』に調和され、次元上昇により人類の救済がなされます」

 

――は、はぁ、成程……分からん。

 

 しかし、些か以上に専門的過ぎる話に、神崎の理解は謎の関西弁が出てくる程に追い付かなかった。急に「人類の救済」とか言われても困るだろう。

 

 

「ゆえに、全てを無に帰す貴方をわたしたちは許す訳にはいきません――ディーヴァ」

 

 

 そして神崎からすればよく分からないままに、なんか敵対が決まった。

 

 

「セラ、やっと分かってくれたんだね!」

 

「はい、あの者の行いを見過ごす訳にはいきません」

 

「ああ、その通りさ! この神聖なる場所を荒らして掘り起こしたあの男に千年アイテムを破壊させる訳にはいかない!」

 

 さらに先程まで揉めていたのが嘘のようにセラが己の主張を受け入れてくれたことも相まって、ディーヴァは意気揚々な具合で、神崎に手を向ける。

 

 さすれば、その掌から黄金に輝く立方体が無より現れ、不可思議な文様を浮かべながら輝きを放ち始めた。

 

「さぁ、低次元に消え去るがいい!!」

 

 途端に、ディーヴァやセラを含めた「プラナ」の少年少女の額に見える黄金の逆三角が瞳と共に怪しく光り、情報が伝達されるような光の筋がこの地下神殿の空間上をあちらこちらと巡り始める。

 

 

 そんな摩訶不思議でありながらもどこか幻想的な光景に、周囲へと視線を奔らせながら警戒しつつも臨戦態勢を取り始める神崎

 

――なにこれ!? 仕方がない。身体は本調子とは言い難いが、此処は意識だけでも刈り取って………………何も起きないな。

 

 だが、幻想的な光景が広がるばかりで、特に神崎の身に影響を与えることはなかった。

 

 綺麗な光景を見せる友好の証――などではないだろう。

 

「そんな……!?」

 

「我らのプラナーズマインドが通じない!?」

 

 セラと、プラナの少年少女たちの一団の中のどこか蟹っぽい頭をしたわし鼻の青年『マニ』が驚愕の声を漏らすが、神崎からすれば、驚きたいのは己の方だろう。

 

 

――彼らは一体、何がしたいんだろう……

 

 

「狼狽えるな、セラ! マニ! もう1度だ!!」

 

「よく分かりませんが――」

 

――攻撃されているのは分かった。

 

 やがて自然体のままに足に力を込めた神崎は――

 

「少し眠っていて貰いますね」

 

 そんな言葉と共に、再び「低次元」に送らんと力を行使するディーヴァたちの視界から消え去った。

 

「消え――」

 

「後ろだ、ディーヴァ!!」

 

 だが、先行したマニとセラから他のプラナたちと共に離れた場所にいたマニの絶叫が木霊する。

 

「後ろがどう――」

 

 その声に、咄嗟に振り返ったディーヴァの視界に映るのは拳。

 

 低い姿勢で踏み込んだ神崎の上半身ごとねじ込むように放たれている弧を描いて迫る右拳。

 

 

 それを知覚した途端、ディーヴァの瞳が映す世界が目に見えて遅くなった。その何もかもが遅い世界では――

 

 

 迫る拳を躱させる為にディーヴァの腕を引こうと手を伸ばすセラの姿が、

 

 声を大にしてディーヴァに危険を伝えるマニの姿が、

 

 訪れるであろう惨劇に目を背ける仲間の姿が、

 

 己に迫る拳さえもが、緩慢な速度で動く反面、ディーヴァの脳内は自身の身体とは真逆に思考が加速し続ける。

 

 これを喰らった場合、己がどうなるのか――その末路を悟ったゆえに

 

 

――強……! 速……避……無理! 受け止める……無事!? できる!? 否……

 

 

 そうして加速する思考の最中、様々な対処法が次々と脳裏を過っていく。

 

 だが、己の左腕を挟むように回された神崎の左手がディーヴァのベルトを掴む感触に、上体を逸らして威力を逃がすことすら叶わなくなったディーヴァの脳裏を過るのは――

 

 

 孤児として幼少時にセラと共に奴隷同然の扱いを受けた日々。

 

 その絶望の只中から助けてくれたシン様との出会いの日。

 

 己を含めたプラナーズマインドを持つ者たちとシン様の教えを受けた日々。

 

 その幸福だった日々を欲深き者によって終わらされた絶望の日。

 

 復讐を胸に誓い、時を待つ日々。

 

 そして「千年アイテムの破壊」などとふざけたことを実行せんとする者との対峙。

 

 

――死

 

 

 そう、これはディーヴァの走馬灯。

 

 

 死の恐怖に囚われた彼の脳が解決手段を探るべく見せた過去の記憶。

 

 だが、彼の経験から、この場を脱する妙案は浮かばず、最後に過ったのが――

 

――助けて、シン様ッ!!

 

 シン様へと助けを願う胸中の声。

 

 そんな心の内の願いに応えるように量子キューブが光を放った。

 

――この反応は……拙い!!

 

 そしてその光に晒された神崎は、己が身を貫く鈍痛に全力で飛び退いた。

 

「うわぁあぁ!! ぐっ……うぅ……」

 

 やがて量子キューブの力と、キャンセルされた拳撃の余波が周囲に広がる中、苦悶の声と共に地面を転がるディーヴァの元へ、セラが焦ったように駆けつける。

 

「兄さん!! 大丈夫!? 怪我は!?」

 

「……うぅ……大丈夫だ、セラ……量子キューブが、シン様が守ってくれた……」

 

 そうして心配気に己の様子を見るセラへ、手を借りながらゆっくり上体を起こすディーヴァは安心させるように無事を伝える中、地下神殿の天井からガン逃げした人物の声が届いた。

 

「――驚いたな。未確認な千年アイテムが未だ残されていたとは」

 

 足の指の力で天井に逆さまに立ち、驚きのあまりつい敬語を忘れた神崎にプラナたちの視線が向くが、当人は量子キューブの力をモロに受けた煙を上げている右手の様子を確認するのに忙しかった。

 

――此方が受けたダメージが思ったよりも大きい。かなり身体が弱っているな……いや、あの力に触れて生き残れただけ御の字だ。

 

 右拳を握り開きしながら自身の状態を再度確認していく神崎は、己が受けた力の正体に当りをつける。なにせ、つい先日似たような状況だったのだ。神崎でも流石に気付く。

 

――そしてアレも間違いなく千年アイテム……材料と製法を鑑みるに、『シン様』とやらが作ったのなら、限りなく『黒』だが……

 

 やがて天井から音もなく地上に降り立った神崎へ、化け物でも見るかのような視線を向けたディーヴァはセラの助けを借りて、立ち上がりながら己の甘さを恥じる。

 

「常人のおよそ7倍の意識波動――プラナーズマインドを持つボクらを相手に、こうも立ち回るとは……どうやらボクたちは、キミを侮り過ぎていたようだ」

 

 そうして量子キューブがディーヴァの左腕に装着され――

 

「キミを、ボクたちの領域に招待するよ」

 

 細かなキューブに展開した量子キューブが変形した姿はまさに「デュエルディスク」。

 

「今からこのフィールドは次元の狭間にその場所を――移す!!」

 

――空間が!?

 

 さらに上書きされるように地下神殿一帯がプラナの力に包まれる中、ディーヴァとセラは顔を見合わせて頷きあった後、宣言する。

 

「 「 次元領域デュエル!! 」 」

 

「次元領域デュエル!?」

 

――なにそれ!?

 

 そうして、オウム返しのように復唱した神崎からすれば、なんかよく分からないデュエルが幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 そんな具合で、神崎からすれば、訳の分からぬままに幕を開けた「次元領域デュエル」なるデュエルに「まぁ、闇のゲームでしょ」との浅い理解で臨んだ神崎は先攻を得つつ、カードを引く。

 

「…………では私の先攻、ドロー。スタンバイフェイズを終え、メインフェイズ1へ」

 

 当然、デッキを変える暇などなかったゆえに――

 

「手札のモンスター《クリボーン》を墓地に送り、魔法カード《ワン・フォーワン》を発動します。デッキからレベル1のモンスターである《ミスティック・パイパー》を特殊召喚」

 

 先程と同じ『クリボーデッキ』から、毎度のことながら笛の演奏を鳴らす《ミスティック・パイパー》がステップと共に現れた。

 

《ミスティック・パイパー》 攻撃表示

星1 光属性 魔法使い族

攻0( 0 ) 守 0

 

 はいはい、いつもの、いつもの。

 

「《ミスティック・パイパー》の効果を発動。自身をリリースし、私はデッキからカードを1枚ドロー――レベル1《クリボン》だったので、追加でもう1枚ドロー」

 

 そして《ミスティック・パイパー》がいつものように光となって消えていながら神崎の手中に舞い込む中――

 

「手札から《クリボン》を召喚」

 

 その光の一部が弾け、赤いリボンのついた尻尾が伸びる毛玉こと《クリボン》が長いまつげでウィンクしつつ現れた。

 

《クリボン》 攻撃表示

星1 光属性 天使族

攻0 (300) 守 200

 

 だが、その攻撃力は何故か下がっている。

 

「……? 攻撃力0? お二人のどちらかのカード効果ですか?」

 

 ゆえに相手が手札から何らかの効果を発動したと踏んだ神崎が、不思議そうな瞳で振り返る《クリボン》に見られつつ、ディーヴァたちへと視線を向けた。

 

「フッ、早速ボクたちの『次元領域デュエル』の洗礼を浴びたようだね」

 

 するとディーヴァは罠にかかった獲物を見るような笑みを浮かべながら得意気に語る。

 

「というと?」

 

「次元領域デュエルでは、呼び出されるモンスターは全て『次元召喚』扱いとなる。そして、その攻撃力を決めるのは――」

 

 そう、《クリボン》の攻撃力が0になっているのは、「次元領域デュエル」の特殊ルールによるもの。

 

「――デュエリストの気力!!」

 

「気力!?」

 

――気力!? えっ!? 気力!? ……気力!? 気力ってあの『気力』!?

 

 しかし、そんな特殊ルールの説明に対し、内と外で素っ頓狂な声を漏らす神崎。

 

 

 気力――つまるところ「デュエリストの気合で攻撃力を決めるぜ!」というトンデモなルール。

 

 そう、気力を込めていないゆえに《クリボン》の攻撃力は上がっていないのだ。ゆえに気力さえ込めれば、攻撃力は上がる。

 

 とはいえ、元々の最大値――今回の場合は《クリボン》の本来の攻撃力300以上は上がらないが。

 

 

「さぁ、モンスターに気力を込めるといい! キミの実力、見せて貰おうか!」

 

「……ふぅ」

 

 やがてディーヴァに促されるままに、小さく息を吐き、精神を集中させていく神崎。そして――

 

「ハァァァァァァァァァアアァァアアァアアァアァアァアアァアアアア!!!!」

 

『クリィイイイィィィイイイイィィィボォォオオォォォン!!!!』

 

 《クリボン》と一緒に、平静なる心を保ちつつも、闘争心を引き出し、それを気力と化していく。

 

 その気迫と闘志ゆえか、神崎の足元を起点に周囲に揺れと風が吹き荒れ、それにより髪が逆立って、なんか髪が金色に光りそうな雰囲気を漂わせた。

 

 やがて己の両の拳を左右の腰のあたりで握る姿勢で、佇む神崎の身体から物言わぬ圧力が迸る中、足元に立つ《クリボン》も得意気に声を漏らす。

 

 

『クリリッ!』

 

 

《クリボン》

攻 0 → 攻 3

 

 やだ、神崎の気力、低すぎ……!?

 

 

 

 






劇場版DSODの原作知識を持たないゆえに
「シン様」こと「シャーディー・シン」の真実に辿り着けそうにない神崎。

そして次元領域デュエルは神崎には難しかった……デュエリストの気力と無縁だからね(無慈悲)




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第204話 次元領域デュエル




前回のあらすじ
攻撃力……たったの3か――ゴミめ。








 

 

『クリリッ!』

 

《クリボン》

攻 0(300) → 攻 3

 

 自信満々な様子の《クリボン》を余所に、次元領域デュエルの肝である「デュエリストの気力」のアレ具合が、この場の一同に晒される。

 

――3!? 300じゃなくて、30じゃなくて3!?

 

 そうして、攻撃力……たった「 3 」か――ゴミめ。と言わんばかりの結果に、内心の動揺がフィーバーする神崎だが、そこは何とか表に出さず、平静を装う中――

 

「……自ら意識領域を下げ、思考周波数をコントロールしているようですね」

 

「買い被り過ぎだよ、セラ。この男にそこまでの意識操作ができるとは思えない」

 

 セラとディーヴァは、それぞれ神崎の気力から、相手の実力を見定めていく。

 

――彼らがなに言っているのか……分からない。

 

「お見通しでしたか――カードを2枚セットしてターンエンド」

 

 とはいえ、神崎からすれば専門用語が多すぎて理解の外の為、伝家の宝刀――それっぽいこと言って誤魔化す――しながら、ターンを終えた。

 

 

「ボクのターン、ドロー! メインフェイズ1開始時に魔法カード《強欲で金満な壺》を発動! エクストラデッキのカードを6枚裏側で除外し、2枚ドロー!!」

 

 そしてそんな神崎の醜態を余所にディーヴァは、千年アイテムを破壊する不届き者を罰するべく量子キューブが変形した立方体が並ぶデュエルディスク風のものからカードを引く。

 

「ボクの力を分からせて上げる」

 

 やがて手札のカードの1枚を神崎に指差すように向けた後、デュエルディスクに変形した量子キューブに差し込まれた。

 

「手札から魔法カード《ワン・フォー・ワン》を発動! 手札のモンスター1体を墓地に送り、デッキより、レベル1――《方界(いん)ヴィジャム》を特殊召喚!!」

 

 すると虚空に浮かんだ一つ目を起点に、細かなキューブが終結していけば、翼の生えた紺色の卵のような身体を持つ《方界(いん)ヴィジャム》が現れる。

 

 その後、頭上から触手を伸ばし、その先に浮かぶもう一つの瞳が神崎を射抜いた。

 

《方界(いん)ヴィジャム》 攻撃表示

星1 闇属性 悪魔族

攻 0 守 0

 

「そして攻撃力1500以下の《方界(いん)ヴィジャム》の特殊召喚に対し、速攻魔法《地獄の暴走召喚》を発動! デッキ・手札・墓地から可能な限り同名モンスターを呼び出す!」

 

 さらにその《方界(いん)ヴィジャム》の身体がボコボコと膨らんでいき――

 

「ではその効果にチェーンして速攻魔法《クリボーを呼ぶ笛》を発動します。これにより――」

 

「何をしようと無駄だ! デッキより来たれ、2体の《方界(いん)ヴィジャム》!!

 

 膨らんだ先から新たな2体の《方界(いん)ヴィジャム》となって分裂。

 

《方界(いん)ヴィジャム》×2 攻撃表示

星1 闇属性 悪魔族

攻 0 守 0

 

 しかし分裂ならば十八番だとばかりに、神崎のフィールドに彼のフェイバリットカード黒い毛玉こと《クリボー》が3体、宙に浮かぶ。

 

《クリボー》×3 攻撃表示

星1 闇属性 悪魔族

攻 0(300) 守 200

攻 1

 

「《クリボー》だと?」

 

「速攻魔法《クリボーを呼ぶ笛》で特殊召喚された《クリボー》に対し、速攻魔法《地獄の暴走召喚》の相手へ及ぼす効果から、同名カードを特殊召喚させて頂きました」

 

 神崎のデッキに《クリボン》は1体しかいないゆえに、速攻魔法《地獄の暴走召喚》の恩恵に与るべく呼び出された《クリボー》たち。

 

 だが、その攻撃力は次元領域デュエルによって、神崎の気力分しか上がらない――たった「 1 」しか上がらない。

 

「……ふん、その程度は通してあげるよ――ボクはフィールドの『方界(ほうかい)』モンスター、《方界(いん)ヴィジャム》1体を墓地に送り、手札から《方界帝ゲイラ・ガイル》を次元召喚!!」

 

 そうして凄まじい貧弱さを見せる《クリボー》たちを余所に、《方界(いん)ヴィジャム》の1体がキューブに分解されながら再構築されて行く。

 

 その後、緑を基調とした球体上の身体から剥がれ落ちる4対の翼と尾を広げた。

 

《方界帝ゲイラ・ガイル》 攻撃表示

星2 風属性 天使族

攻 0 守 0

 

――また攻撃力0のモンスター? 気力とやらは活用しないのか?

 

 そんな中、脅威的な視力でディーヴァが使用したカードのテキストを見やり、相手の動きから次元領域デュエルの攻略法を探っていく神崎。

 

「自身の効果で特殊召喚された《方界帝ゲイラ・ガイル》の攻撃力は800アップ! そして手札から特殊召喚されていれば、キミのライフに800のダメージを与える!!」

 

 やがて、そんな相手の視線に気付く様子もないディーヴァの声に、《方界帝ゲイラ・ガイル》は球体上の胴体が、巨大な口となって開かれ、そこから緋色のレーザーが神崎を穿った。

 

《方界帝ゲイラ・ガイル》

攻 0 → 攻 800

 

神崎LP:4000 → 3200

 

――結構、痛い……次元領域デュエルが闇のデュエルの一種であることは確定か。

 

「成程。貴方のデッキは次元領域デュエルの影響を受けないことに特化したデッキ」

 

「フッ、流石に気付いたようだね。ボクの『方界(ほうかい)』たちは元々の攻撃力が0――次元召喚しようともステータスに影響はない。そして呼び出された段階で自身の効果で攻撃力を上げる!!」

 

 相手の初撃を己の腕を払って仕切り直した神崎に告げられるのは、ディーヴァの絶対的な優位。

 

 そうした最中に、次元領域デュエルを探っていく神崎は、わざとらしく沈痛な表情を浮かべ、己の不利を演出――不利なのは事実だが――していく。

 

「次元領域デュエルでのデメリットを負うのは実質、私のみですか……」

 

――あちらのセラさん?も次元領域デュエルに適したデッキの筈……厄介だ。

 

「今更気付いても遅いよ! 本来ならば方界帝はバトルの度に分離・合体を繰り返し、新たな姿に変化していくが、キミにその時間を与えるつもりはない!」

 

 そんな神崎の「追い込まれていますアピール」をまともに受け取った素直な良い子のディーヴァは次なる手札に手をかけた。

 

「2体の《方界(いん)ヴィジャム》を墓地に送り、次元召喚!! 来たれ、《方界帝ヴァルカン・ドラグニー》!! 自身の効果で攻撃力を1600アップ!」

 

 やがて2体の《方界(いん)ヴィジャム》がキューブに分解されながら混ざり合うように繋がっていけば、持ち手の長い独楽のような体躯を持つ方界帝と化し、頭上の瞳がギョロギョロと動く。

 

 そして8本の触手の先のブレードが神崎に狙いを定め――

 

《方界帝ヴァルカン・ドラグニー》 攻撃表示

星3 炎属性 天使族

攻 0 守 0

攻1600

 

「更に手札から呼び出されたことで、キミにもう一度800のダメージだ!!」

 

 うねりながら迫る《方界帝ヴァルカン・ドラグニー》のブレードの斬撃を受け、一歩後退って見せる神崎。

 

神崎LP:3200 → 2400

 

 しかし、まだディーヴァの猛攻は終わらない。

 

「まだだよ! 《流星方界器(りゅうせいほうかいき)デューザ》を通常召喚! 召喚時デッキから『方界』カード1枚を墓地に送る! 永続魔法《方界(カルマ)》を墓地へ!」

 

 大地を砕きながら黒い球体が飛び立ち、その身から二本のアームと灰の頭が浮かび上がると同時に、その身体に赤い翼のような文様が浮かんだ。

 

流星方界器(りゅうせいほうかいき)デューザ》 攻撃表示

星4 光属性 機械族

攻0(1600) 守1600

 

 だが、今呼び出された《流星方界器デューザ》は、今までの方界たちと違い、素の攻撃力が0ではない。

 

――元々の攻撃力が0ではない。だが、気力で上げる気も見えない以上、これは……

 

「そして墓地の永続魔法《方界(カルマ)》を除外し、デッキから『方界』カード1枚を手札に加える!! 此処で、ゲイラ・ガイル! ヴァルカン・ドラグニー! デューザ! この3体の方界たちを墓地へ送り、次元召喚!!」

 

 そう、神崎が予想したようにこれは贄。

 

 ディーヴァの緑の翼、赤き触手、黒い剛腕を持つ三体の方界たちが溶け合うようにその身体をキューブと化し、混ざり合っていく。

 

「紡ぎし光よ! 漆黒の闇よ! 世界をあるべき姿に戻すべく、新たなる未来の扉を開け!」

 

 やがて、ディーヴァの背後で白き巨躯が形成されて行き、脚部に紺色の球体上の《方界(いん)ヴィジャム》が浮かび上がり――

 

 

「――出でよ、《方界超帝インディオラ・デス・ボルト》!!」

 

 紺色の卵状の《方界(いん)ヴィジャム》が脚部となり身体を支え、巨大な腕を誇る白き超帝が、胴体に奔った光の文様から雄叫びを上げた。

 

《方界超帝インディオラ・デス・ボルト》 攻撃表示

星4 光属性 天使族

攻 0 守 0

攻2400

 

「自身の効果で攻撃力2400アップした《方界超帝インディオラ・デス・ボルト》の力により、更なるダメージを受けるがいい!!」

 

 そして《方界超帝インディオラ・デス・ボルト》の胸部が開いた先から砲台が現れ、神崎に照準を合わせた後、光線が放たれる。

 

「くっ……!」

 

神崎LP:2400 → 1600

 

「バトルロイヤルルールでは全てのプレイヤーは最初のターン攻撃できない――命拾いしたね。ボクはこれでターンエンド!」

 

「そのエンド時に永続罠《闇の増産工場》を発動。私の手札かフィールドからモンスター1体を墓地に送り1枚ドローします。フィールドの《クリボー》の1体を墓地に送り、1枚ドロー」

 

 ディーヴァがターンを終えた瞬間に光線を防ぐ為に構えた腕を解いた神崎は、フィールドの《クリボー》の1体を指させば、ベルトコンベアーに乗せられた《クリボー》が1体、どこともしれぬ工場へと飛ばされ、代金代わりのドローが舞い込む。

 

 

 そうして「バトルロイヤルルール」――つまり2人以上の複数人のデュエルの最後のプレイヤーであるセラが、独りでに宙に浮かぶどこか大剣にも見えるデュエルディスクからカードを引き抜いた。

 

「わたしのターンです! ドロー! メインフェイズ開始時に魔法カード《強欲で金満な壺》を発動! エクストラデッキのカードを裏側で6枚除外し、2枚ドロー!」

 

 欲深な顔の彫られた壺がいつものようにぶっ壊れる中、セラのデッキの正体が明かされる。

 

「そして速攻魔法《スケープ・ゴート》を発動し、4体の『羊トークン』を特殊召喚します!」

 

 ことはなく、丸い4匹の羊が何処からともなく現れ、「メェー」と小さく鳴いた。

 

『羊トークン』×4 守備表示

星1 地属性 獣族

攻 0 守 0

 

「私はカードを2枚セットしてターンエンドです」

 

「そのエンド時に永続罠《闇の増産工場》の効果を発動し、フィールドの《クリボー》の1体を墓地に送り、1枚ドローです」

 

 トークンを呼び出しただけでターンを終えたセラに、警戒の色を見せる神崎は、一先ず《クリボー》をベルトコンベアーに流しながらカードを引く。

 

――さて、ディーヴァくんの方のデッキは凡そ判明したが、未だ動きを見せないセラさんのデッキは未知数。

 

「私のターン、ドロー。スタンバイフェイズを終え、メインフェイズ1へ――そして永続罠《闇の増産工場》により、フィールドの最後の《クリボー》を墓地に送り、1枚ドロー」

 

 やがて最後の《クリボー》もベルトコンベアーに乗せられ、さよならを果たした後、《クリボン》だけが残ったフィールドを余所に、手札を確認した神崎は――

 

――少し揺さぶってみるか。

 

「ディーヴァくんの《方界超帝インディオラ・デス・ボルト》と、セラさんの『羊トークン』の1体をリリースして――ディーヴァくんのフィールドに《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》を特殊召喚」

 

 兄妹のモンスターを1体ずつ大地より噴き出したマグマに呑み込ませた後、ディーヴァを鉄檻に閉じ込めた。

 

 その檻を首からぶら下げるマグマの塊の化け物は、己から滴り落ちるマグマが地面を焦がす度に小さく反応するディーヴァを愉し気に見やる。

 

《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》 攻撃表示

星8 炎属性 悪魔族

攻 0(3000) 守2500

攻6

 

 端的にいって絵面が凄い悪い状況だが、呼び出された《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》の攻撃力は常時とは異なり貧弱そのものである。

 

「……くっ!」

 

「やはり私のモンスターである以上、貴方の気力は影響しないようですね」

 

 そうして次元領域デュエルの内実を把握しつつある神崎の気勢を削ぐべく、苛立ち気な声を漏らしていたディーヴァは檻の中で、マグマに呑まれた己がしもべに向けて手をかざした。

 

「だとしても! インディオラ・デス・ボルトが相手によって墓地に送られた時、墓地より3体の『方界』を復活させ、デッキ・墓地から新たな『方界』カードを手札に加える!」

 

 途端にマグマの中から3つの影が飛び出し――

 

「分離し、甦れ! 2体のヴィジャム!! 《流星方界器デューザ》! そしてデューザの効果でデッキから2枚目の永続魔法《方界(カルマ)》を墓地へ!」

 

 紺色の卵状の《方界(いん)ヴィジャム》が翼を広げて宙に浮かび、

 

《方界(いん)ヴィジャム》×2 攻撃表示

星1 闇属性 悪魔族

攻 0 守 0

 

 黒い球体上の身体から二本の腕を大地に叩きつけた《流星方界器デューザ》も、それに続く。

 

《流星方界器デューザ》 攻撃表示

星4 光属性 機械族

攻0(1600) 守1600

 

「……ぐっ……」

 

 だが、此処でエース格と思しき《方界超帝インディオラ・デス・ボルト》を失ったディーヴァが檻の中で顔に手を当て、ふらつく様子を見せた。

 

「おや、顔色が優れませんが、大丈夫ですか?」

 

――流石に妹を檻にいれるよりかは、と思って兄の方に呼び出したが……

 

「デュエルを続けてください」

 

 そうしてディーヴァの身を案じる言葉を発する神崎だが、デュエルの進行を促すセラの声に遮られ、小さく手を上げた後に手札の1枚をデュエルディスクに置く。

 

「これは失礼。私の墓地に闇属性モンスターが3体存在する為、手札から《ダーク・アームド・ドラゴン》を特殊召喚できます」

 

 やがて大地を砕き現れたのは黒き魔龍。その二足は大地を揺らし、背中と肩から伸びた斧染みた刃が軋りを上げ、尾の先のスパイクが威嚇するように地面に叩きつけられた。

 

《ダーク・アームド・ドラゴン》 攻撃表示

星7 闇属性 ドラゴン族

攻0(2800) 守1000

攻 5

 

――上がらないか。とはいえ、除去要員だから構わないんだが。

 

 そんな強そうなドラゴンなのだが、相変わらず当人の気力不足から、その攻撃力は貧弱そのもの。とはいえ、その強力な効果は健在である為、問題はない。

 

「させません! その特殊召喚時、罠カード《ダブルマジックアームバインド》を発動! わたしのフィールドのモンスター2体――『羊トークン』2体をリリースし、相手モンスター2体を自分エンドフェイズまでコントロールを得る!」

 

 かに思われたが、セラのフィールドから二体の丸羊がマジックアームを伸ばせば――

 

「わたしが選ぶのは貴方の《ダーク・アームド・ドラゴン》と、ディーヴァの《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》!」

 

 神崎のフィールドの黒き魔竜が剛腕をバタバタして抵抗するも、抵抗虚しく連れていかれてしまうと同時にディーヴァも《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》がドナドナされたことで檻から解放され、膝をつく。

 

――ダ、ダムドが!! 珍しく手札に来たのに!!

 

「これは困った――《クリボン》を守備表示に変更し、カードを1枚セットしてターンエンドです」

 

 そして強力モンスターをむざむざ奪われた神崎が内心で沈痛な声を漏らすも、表面上はおどけたように困った振りを見せながら、足元の《クリボン》を丸まらせながらターンを終えた。

 

《クリボン》 守備表示

攻2 → 守200

 

 バトルロイヤルルールにより、ようやく攻撃権が解放された初のターンだと言うのに、神崎は碌に動けていなかった。せっかくの強力モンスターも奪われる始末でいいところがない。

 

 

 そうして次なるディーヴァのターンとなったが、《溶岩魔人ラヴァ・ゴーレム》の檻から解放された後から膝をついたままのディーヴァは動きを見せなかった。

 

「ディーヴァ、大丈夫?」

 

「……問題ない。ボクのターン、ドロー! メインフェイズ1開始時に2枚目の魔法カード《強欲で金満な壺》を発動し、エクストラを6枚裏側除外! 2枚ドロー! 更に墓地の永続魔法《方界(カルマ)》を除外し、『方界』カードをデッキから手札に!」

 

 心配気なセラの声が届く中、ゆっくりと立ち上がったディーヴァが一気に手札を増強させる中、サーチした1枚のカードを天にかざし――

 

「そして2体のヴィジャムとデューザの計3体の方界たちを統合し、次元召喚!!」

 

 それを合図とするようにディーヴァの三体の方界たちがキューブ状に分解されながら混ざり合う。

 

「紡ぎし闇よ! 純白の光よ! 世界を高次へ導くべく、新たなる次元の道を拓け!!」

 

 やがて深緑の球体から巨大な塔のような突起が伸びる中、球体の身体が開くと共に――

 

「――出でよ、《方界超獣バスター・ガンダイル》!!」

 

 横に3つ連なった球体からそれぞれ黄金の塔が伸びる異形が埋まれ、左右の球体の先から外に広がるように鍵爪が翼のように伸びた。

 

《方界超獣バスター・ガンダイル》 攻撃表示

星4 光属性 獣族

攻 0 守 0

攻3000

 

「バスター・ガンダイルが自身の効果で攻撃力を3000上げるが――まだだ! 魔法カード《方界波動》発動! 相手モンスター1体の攻撃力を半減させ、僕の『方界』モンスターの攻撃力を2倍に!! セラ! 力を借りるよ! 《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》の攻撃力を半減!!」

 

 さらに《方界超獣バスター・ガンダイル》から伸びた触手がセラのフィールドに移っていた《溶岩魔人ラヴァ・ゴーレム》を貫き、脈動する度にマグマの身体の体積が小さくなっていく。

 

《溶岩魔人ラヴァ・ゴーレム》

攻 6 → 攻 3

 

《方界超獣バスター・ガンダイル》

攻3000 → 攻6000

 

「バトル!! 《方界超獣バスター・ガンダイル》は3回攻撃が可能! 今度こそ次元の狭間に消えるがいいッ!!」

 

 やがてマグマからなる炎迸る身体となった《方界超獣バスター・ガンダイル》の中心の球体から大口が開かれ、灼熱のレーザーが放たれんとするが――

 

「相手の攻撃宣言時、手札の《クリボール》の効果発動。攻撃モンスターを守備表示に変更します」

 

 その前に球体状のクリボーこと《クリボール》の捨て身のタックルによって、身体を回転させられながら地に落ちる《方界超獣バスター・ガンダイル》。

 

《方界超獣バスター・ガンダイル》 攻撃表示 → 守備表示

攻3000 → 守 0

 

「くっ……! 往生際の悪い――ボクは墓地の魔法カード《方界波動》の効果発動! 墓地のこのカードと『方界』モンスターを任意の数除外し、その分だけフィールドのモンスターに『方界カウンター』を乗せ、アンディメンション化させる!!」

 

 こうして、神崎のしぶとさの洗礼を浴びるディーヴァが指を差せば――

 

「ボクは《方界超帝インディオラ・デス・ボルト》を除外し、セラのフィールドの《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》に方界カウンターを乗せ、アンディメンション化!」

 

 その先にいた《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》の身体は色を失うように石化されていき、かつてのマグマの魔人を思わせる姿は鳴りを潜めた。

 

《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》方界カウンター:0 → 1

 

「アンディメンション化されたモンスターは、攻撃はおろか、効果も無効化された――ボクはカードを2枚セットしてターンエンド!」

 

 かくして、攻撃力6000の三回攻撃という超ド級モンスターを繰り出したディーヴァだったが、その攻めは思う様に通らない。

 

 なにせ、単体のモンスターを強化して戦うディーヴァのスタイルは、神崎のデッキの中核を成す防御性能が高いクリボーたちとすこぶる相性が悪いのだ。

 

 冥界の王のように、複数の大型を展開して攻め切った方が、リソースが削り易く神崎の痛手となるが、分離・合体の過程を踏むディーヴァのデッキにそれを求めるのは厳しいだろう。

 

 ゆえにセラは、その穴を埋めるべく手札の2枚のカードに目を落としながら、デッキに手をかける。

 

「わたしのターン、ドロー! このスタンバイフェイズに本来ならば《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》の効果によりダメージが発生しますが――」

 

「アンディメンション化されたモンスターの効果は無効化されている!」

 

 そして神崎の厄介な置き土産である《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》もディーヴァの打った手により、無力化されていることから、勝負の流れ自体は未だ彼ら兄妹の中にあった。

 

「だとしてもかえって的になってしまう現実に変わりありません」

 

――攻撃する手段が此方にはないですけどね。

 

 とはいえ、神崎の言うように、セラが奪った2体のモンスターは神崎の貧弱な気力から攻撃力も雀の涙ほどしかない。

 

 このまま放置するのは悪手であろう。だが、そんなことはセラも承知の上。いや、セラのデッキを前にすれば何の障害にもならない。

 

「承知の上です――手札より永続魔法《幻界突破》を2枚発動! このカードはわたしのフィールドのドラゴン族モンスターをリリースし、同じレベルの幻竜族モンスターをデッキから特殊召喚します」

 

 なにせセラのデッキは、相手が気力を尽くして攻撃力を高めたモンスターを奪い、完全に己のしもべと化すもの。

 

「ですが、《ダーク・アームド・ドラゴン》はともかく、《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》は悪魔族」

 

――成程。此方のデッキも凡そ型が見えてきたな。

 

「承知の上と言った筈です! 永続罠《DNA改造手術》を発動! これにより、フィールドの全てのモンスターはわたしが宣言した種族になります――勿論、ドラゴン族を宣言!」

 

 ドラゴン族でなければならない縛りも、緑の手術衣を着た謎の悪魔のドクターが散布したフィールドを満たせば――

 

 丸い羊の身体から尾と翼が生えた後、龍の頭を伸ばし、

 

『羊トークン』

獣族 → ドラゴン族

 

 マグマの魔人が、マグマの竜となってセラの頭上でとぐろを巻き、

 

《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》

悪魔族 → ドラゴン族

 

 3つの球体が横に繋がる異形の両サイドからドラゴンの翼が生え、

 

《方界超獣バスター・ガンダイル》

獣族 → ドラゴン族

 

 真ん丸の毛玉から竜の翼が生えた。

 

《クリボン》

天使族 → ドラゴン族

 

 

「2枚の永続魔法《幻界突破》の効果で《ダーク・アームド・ドラゴン》と《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》を次元シフト!!」

 

 やがてセラに奪われた神崎のモンスターたちから俗世への執着が薄まったことで、天へと昇っていくモンスターたちの身体が透き通るように透明になって行き――

 

「次元召喚! 高次の世界より帰還せよ! 《メタファイズ・アームド・ドラゴン》!! 《獄落鳥》!!」

 

 黒き魔龍の身体は浄化されるように白く、いや透き通る身体と化していく。

 

 やがてセラのフィールドにて、肉体はそのままに邪念が消え失せ、神聖な聖竜として咆哮を上げた。

 

《メタファイズ・アームド・ドラゴン》 攻撃表示

星7 光属性 幻竜族 → ドラゴン族

攻0(2700) 守1000

攻2700

 

 さらにマグマの巨人から、マグマの竜へと華麗なる転身を遂げていた《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》は、その身体を覆う炎が弾けると共に、内より鳥と見まがう竜が飛翔し、天を舞う。

 

 緑と赤の二色の羽根が舞う中、白き背羽根と黄金の尾が宙に幻想的な光景を生み出す。

 

《獄落鳥》 攻撃表示

星8 闇属性 幻竜族 → ドラゴン族

攻0(2700) 守1500

攻2700

 

――攻撃力最大とは……気力の違いが身に染みる。

 

 そうして呼び出されたセラの2体のモンスターの攻撃力は最大値。

 

 その貧弱な気力では出せぬ、攻撃力MAXの姿に神崎が内で一人ごちるなか――

 

「バトルフェイズ! 《メタファイズ・アームド・ドラゴン》で《クリボン》を攻撃!」

 

 透んだ身体を持つ幻竜の剛腕が居合いのように構えられる。だが、狙う竜の翼で体を覆う《クリボン》は守備表示。

 

「ですが、《クリボン》は守備表示。ダメージは発生しません」

 

「そうはいきません! 次元領域デュエルでは、モンスター同士のバトルダメージは発生せず、破壊されたモンスターの表示形式に即したフィールドでのステータス分のダメージを受けます!」

 

 神崎の言う様にダメージが発生しない――かと思ったら、そんなことはなかった。

 

 次元領域デュエルは普通のデュエルとは一味も二味も違うのだ。

 

「つまり、私は《クリボン》の守備力分のダメージを!?」

 

――!? なら《クリボン》は攻撃表示にしていた方が良かった!?

 

「アームド・パニッシュメント!!」

 

 そうして抜き放たれた《メタファイズ・アームド・ドラゴン》の剛腕から放たれた真空波によって吹き飛ばされた《クリボン》が神崎の腹筋に直撃しなら砕け散った。

 

「ぐぅっ!?」

 

神崎LP:1600 → 1400

 

 次元領域デュエルのルール説明を求めなかったゆえに、弊害が神崎を襲う。

 

――成程、ディーヴァくんがやけに攻撃力0を攻撃表示で特殊召喚していたのには、そんなカラクリが……

 

「そして永続魔法《幻界突破》によって呼び出されたモンスターがバトルで相手モンスターを破壊した時! そのカードはデッキに戻ります!」

 

 砕け散った《クリボン》が光となって己のデュエルディスクに吸い込まれて行く中、次元領域デュエルに考えを巡らせる神崎へ、セラは攻撃の手を休めることはない。

 

「これでとどめです! 《獄落鳥》でダイレクトアタック!」

 

 がら空きの神崎のフィールドを悠然と翼を広げながら残りライフ1400の神崎をクチバシで貫かんとする《獄落鳥》。

 

――直接攻撃は通常のデュエルと同じなのか!?

 

「では、その攻撃宣言時、私は墓地の《クリボーン》を除外し、効果を発動。さらに手札の《クリボール》をチェーンして発動し、《クリボール》自身を墓地に送り、《獄落鳥》を守備表示に」

 

 だが、そのクチバシを通り抜け、先のターンの焼き増しのようにまた《クリボール》の球体ボディが相手の額に激突。

 

 それゆえか、《獄落鳥》は目を回しながらフラフラと元の場所へと不時着していった。

 

《獄落鳥》 攻撃表示 → 守備表示

攻2700 → 守1500

 

「そして最後に《クリボーン》の効果で、墓地から『クリボー』モンスターを任意の数だけ特殊召喚します」

 

 そんな《獄落鳥》をいつの間にか神崎の周囲に浮かぶ《クリボー》たちが手を振り、見送っていく。

 

《クリボー》×3 攻撃表示

星1 闇属性 悪魔族 → ドラゴン族

攻0(300) 守200

攻 3

 

《クリボール》×2 攻撃表示

星1 闇属性 悪魔族 → ドラゴン族

攻0(300) 守200

攻 4

 

「防がれましたか……わたしはカードを2枚セットしてターンエンドです」

 

「そのエンド時に永続罠《闇の増産工場》の効果を発動です。フィールドの《クリボール》を墓地に送り、1ドロー」

 

 こうしてなんとかディーヴァとセラの攻撃を防いだ神崎は手を振る《クリボール》とお別れしながら手札を増やしつつ、己のターンにどう動くべきかについて頭を回す。

 

 なにせ、今回のデュエルはいつものような「相手をぶっ飛ばす」ことに主眼を置いていない。

 

――さて、手札は潤沢だが、次元領域デュエルで負けた場合、どうなるのかが問題だ。彼らを害する行いをする訳にもいかない以上、引き分けがベスト……

 

「私のターン、ドロー。スタンバイフェイズを終え、メインフェイズ1へ」

 

――とはいえ、私にとって「引き分け狙い」なんて器用な真似はおろか、下手をすると此方が負けかねない現実が辛い。

 

 そうして思案を巡らせる神崎の目的はあくまで平和的解決――プラナたちが悪党であれば話は簡単だったのだが、そうでない以上、問答無用でぶっ飛ばせば角が立つ。

 

 具体的には遊戯たちの不興を買う事態になりかねない。

 

 だとしても、気を抜こうものなら神崎が死にかねない具合な為、なんとも困った状況だった。

 

 

 

「おいおい、なんだ」

 

 

 だが、そんな困った状況を更にかき乱しかねない声が響く。

 

「オレを抜きにして愉しそうに遊んでいるとは――つれないじゃないか」

 

 その人物の正体はトラゴエディア。さらっと次元領域デュエルの舞台に観戦ムードで入り込みつつ、ディーヴァとセラを見やり愉し気に表情を歪ませた。

 

――トラゴエディア? 何故、此処に……儀式が終わるまで立ち入らないように話した筈。

 

「……待機との指示を出した筈ですが?」

 

「そう邪険にするな。ガキの集まりとはいえ、数が数だ。手を貸そうと思ったのさ」

 

 そうして混迷さが加速していく状況に神崎が疲れた様子で真意を問うが、当の本人はどこ吹く風だ。肩をすくめながら語られた内容に、殊勝な想いなど欠片も感じさせないのは気のせいではあるまい。

 

「貴方は先程の……」

 

「……ほう、大方、千年アイテムの処遇をかけたデュエルといったところか」

 

 そんな最中、乱入者へと視線を向けるセラのことなど、意に介す様子もないトラゴエディアは現状を把握した後、馬鹿にするように大きく息を吐く。

 

()()()()()の為に、御大層なことだ」

 

「千年アイテムを『こんなもの』……だと?」

 

 しかし、放たれた言葉へピクリと眉をひそめたディーヴァの姿に、トラゴエディアは面白いものを見たと邪悪な笑みを見せた。

 

「何だ? まさか貴様らも『こんなもの』を神聖だのなんだの崇めている連中か?」

 

「取り消せ!! これはシン様が崇高な目的の為に! 穢れた世界からの次元シフトを成す為に――」

 

「ククク、フフフ……ハハハハハハハ! こいつは傑作だ! こいつらは何も知らんのか! 千年アイテムが何で出来ているかも、どんな目的で生み出されたのかも!」

 

 そうして挑発されるがままに、ディーヴァは己が正当性を訴えるが、トラゴエディアはその姿を前に腹を抱えん勢いで嗤う。

 

「憐れよなぁ、ペテン師に騙され、今や鉄砲玉か」

 

 やがて「馬鹿なガキだ」とばかりに見下すトラゴエディアの視線は、ディーヴァにとって許容できないものだった。

 

 それを許せば、彼の恩人である「シン様」のことすら貶めることになると。

 

「シン様を侮辱するな!!」

 

「ならシン様とやらの何を知っている? 救って貰ったのか? 利用しようとしただけじゃないのか? この一大事にソイツは何をしている?」

 

 だが、そんなディーヴァの激昂をトラゴエディアはせせら笑いながら逃げ場を塞ぐように、問い詰めていく。

 

 仲間のピンチに姿すら現さない相手を信用するなど馬鹿の所業だと。

 

「貴様らが鉄火場にいるというのに、ソイツは何処に隠れているんだ?」

 

「シン様は死んだ! 殺されたんだ!! お前たちのような欲に穢れたものに! バクラに!!」

 

 しかし、そうしたトラゴエディアの難癖などにディーヴァは惑わされない。シン様がこの場にいない? 当然だ、なにせ、当の昔に亡くなっているのだから。

 

 ゆえに、シン様の想いを受け継いだ自分たちが、その意志を継ぎ、欲に塗れた世界からの別離を果たすのだと、その為に神崎を倒すのだと。

 

「クックック、ならばなおのこと命を狙う道理はないだろう――そのバクラならソイツが殺したよ」

 

「なん……だと……?」

 

「仇を討って貰えてよかったなぁ」

 

 だが、ディーヴァの恩人であるシン様を殺したバクラは、プラナ的には思いっきり欲に塗れたアウト人物によって仇討が果たされていた。

 

 しかし、ディーヴァは惑わされないとばかりに、檄を飛ばす。

 

「嘘を吐くな! バクラは未だ童実野町にいることは分かっている!!」

 

「それは宿主の獏良 了くんです」

 

 そんな両者のやり取りの最中、千年リングの内に潜んでいた邪悪な人格であるバクラと、宿主である獏良 了を混同するディーヴァの言に、此処で神崎が割り込みながら会話のテーブルに乗った。

 

「千年パズルに王の魂が眠っていたように、千年リングには『大邪神ゾーク』の魂が眠っていた――彼はそれに乗っ取られただけになります」

 

「そん……な……」

 

 そうして明かされた情報に信じられない様子のセラだったが、此処でギャラリーのプラナたちの中から怒声が響く。

 

 

「信じられるものか!!」

 

 

「マニ……?」

 

「お前たちの言葉が真実である証拠が何処にある!」

 

 それは幼子ばかりが目立ったプラナの一団の中の大柄の青年の1人――若干、蟹っぽい髪型をしたワシ鼻の褐色肌の――マニが、仲間であるディーヴァたちも見たことがない程に怒りを見せていた。

 

 プラナの中でも最年長と思しきマニは、シン様との関わった期間が長い部類ゆえに、「恩人が殺された」事実にかなりの割り切れぬ想いを抱いていたことは明白。

 

 

 そうして次元領域デュエルが完全に中断されつつ、場の空気に不穏なものが巡る様子を何とも愉しそうな様子で見やるトラゴエディアが茶化した様子で零す。

 

「痛いところを突かれたな、神崎」

 

――悪魔の証明染みてるな……

 

「『シン様』という方の『死』の真実に一番近いのは当時、現場にいたあなた方です」

 

 やがて、段階を踏むように神崎が語り始めるが、正直な話、神崎は『シン様』が『どういう人物なのか?』すら分かっていない。

 

 バクラが害した相手を全て把握している訳でもない以上、知る由のない話だ。

 

 だが、「シン様」が何処の誰であろうとも、神崎が知る「原作知識」という情報は「獏良 了」が善良な人間であることを確約してくれている。

 

「ゆえに問います――獏良 了くんは、初めからシン様を害そうとしていましたか? 人が変わったように口調が荒くなったことは? シン様を殺したタイミングは何時ですか?」

 

 それゆえに、神崎が行うのは情報のすり合わせ――それは、なにも神崎自身が情報を精査する必要はない。

 

 プラナたちの中で行われれば良い。その切っ掛けを与える事こそが神崎の仕事。

 

「千年リングに宿る意思に関して信じられないのであれば、名も無き王の器であった武藤 遊戯くんに問うてください――彼の言葉であるのなら、信じるに値するでしょう?」

 

 そうして、この世界における絶対的な指標を並べ、あげつらいながら問うのだ。

 

「あなた方の恩ある相手――『シン様』を殺したのは一体、『誰』だったのか、今一度よく考えてみてください」

 

 

 彼らの中の真実を。

 

 

 やがて、シン様の死の現場にいた面々が過去の記憶を巡る中、マニが何かに気付いたように顔を上げ、仲間に確認を取っていく。

 

 

 暫くして、互いに無言で顔を見合わせたプラナたちから戸惑いの感情が見える中、トラゴエディアがポツリと呟いた。

 

「思い当たる節があるようだな」

 

 その声にピクリと反応を見せたセラは、一同を代表するように質問を投げかける。

 

「先程、トラゴエディアさんが語った、千年アイテムが『何で出来ているか』『何の為に生み出されたのか』――その答えを貴方は知っているのですか?」

 

 それは神崎側の真意を再度確かめるかのような発言だったが――

 

「セラ! こんな奴らの言葉を信じるのか!」

 

「待て、ディーヴァ。シン様が亡くなられたのは獏良 了が千年リングを身に着けた後だ――その時の彼は態度を豹変させ、『住み心地の良い宿主を見つけた』とも言っていた」

 

 此処で自分たちプラナ以外に心許さないディーヴァが「相手の口車に乗るな」とばかりに叫ぶが、それを制したマニが「シン様が死んだ当時の状況」を語る。

 

 千年アイテムを求めた獏良の父が、千年リングに適合できなかったゆえに死亡した事実から、当時幼かった獏良 了が凶行に走ったとプラナたちは考えていた。

 

 だが、新たにもたらされた情報を加味すると、闇人格「バクラ」の存在を否定できない。

 

「千年リングが此処にある以上、シン様の仇討も既に終わっている……ことになる」

 

 こうしてプラナたちが、過去の幼き心のままに下した結論に、疑念の種から芽が出ていく。

 

 なれば、後は水をやるだけ。

 

「厳密には、大邪神ゾークは、名もなきファラオと武藤くんたちによって討滅されています――私が直接滅した訳ではありません」

 

――おぉ、話し合いで終息しそうな雰囲気。

 

 やがて注釈を織り交ぜ、疑念の芽に水を注ぐ神崎は、この次元領域デュエルを無事に脱することが出来ると希望を持つが――

 

「だとしても、奴らが千年アイテムを破壊しようとしている事実に変わりはない!!」

 

――やっぱり其処に戻って来るか……

 

 ディーヴァが言う様に「シン様の仇は誰よ、問題」が解決しようとも、「千年アイテムぶっ壊すの許せねぇ!」問題が残っている。

 

 プラナの目的である穢れた世界からの脱却――次元シフトに千年アイテムが必要不可欠である以上、避けては通れない問題であった。

 

 だが、そんな不穏な空気が戻る中、マニが切り出す。

 

「……其方が千年アイテムを破壊しようと思った理由を問いたい。最初の説明は本質の部分ではないのだろう?」

 

「マニ! キミまでこんな奴らの言葉に耳を貸すのか!!」

 

「だが、彼らの言い分は筋が通っている!! 万が一仇でない者を手にかければディーヴァ! キミとて高次の次元に至れなくなる可能性があるんだぞ!!」

 

 なおも強硬な姿勢を崩さないディーヴァだが、プラナである彼らにとって負の感情に呑まれれば、彼らが語る理想郷への切符を失いかねない。

 

 それはマニとしても、避けたいところだった。仲間を失う辛さは、シン様の死の際に痛い程味わったゆえに繰り返したくないのだろう。

 

 

 そうしてプラナたちの絶対的かに思われた繋がりがかき乱される光景をトラゴエディアが面白い見世物だと嗤う。

 

「ククク、仲間割れか? 高次の存在とやらが聞いて呆れるな」

 

「トラゴエディア、煽るような発言は慎んでください」

 

「お前は、相変わらず妙なところで甘いな」

 

 とはいえ、神崎の珍しく強い口調にオーバーに手を上げて見せるトラゴエディアに反省の色は皆無だ。そんな享楽家の姿勢に、諦めの視線を向けた神崎は、プラナたちへの説得に戻る。

 

「私が知る限りの千年アイテムの製造は、古代三千年前のエジプトで侵略者を退ける為に生み出されています――言ってしまえば軍事目的。次元シフトと言った目的はありませんでした」

 

「その情報元は何処ですか?」

 

 そうしてセラに促されるままに情報を開示していく神崎だが、それらは情報元が真っ当なものに制限していた。神崎を「欲に塗れた」と評した相手の言葉から、「欲に塗れていない相手」の言葉なら信じられるだろうと。

 

「アーサー・ホプキンス教授からです。彼の人柄を知って頂ければ、信頼できる情報であるとあなた方にも納得して頂けると思います」

 

「……では材料は? あなた方はその『材料』を問題視しているようですが」

 

「……えぇ、そうなります」

 

 だが、核となる情報を問うたセラに、返答の歯切れが悪くなった神崎をトラゴエディアは顎でしゃくるような仕草を見せながら、軽く告げる。

 

「なんだ、神崎。さっさと教えてやればいいだろう」

 

「子供に聞かせるような話じゃありませんよ――なので、あなた方の中の年長者と思しきマニさんにお教えします」

 

「気遣いは不要だ。皆に聞かせて貰って構わない」

 

 やがて体格から年齢を判断した神崎を余所に、指名されたマニはプラナ全員が共有すべき情報だと判断するが、神崎からすれば「そうすべきでない情報である」為、再度念を押す。

 

「その判断を貴方に委ねると言っているんですよ」

 

「やはり、答えられないようだな!」

 

「ククク、さっさと教えてやればいいだろう。千年アイテムの材料は『生き――」

 

 だが、この期に及んで言葉を濁す神崎へ不信感の籠った声を上げるディーヴァだが、笑いを堪えながら第三者の立ち位置であるトラゴエディアが答えようとした最中に、その動きが不自然な程にピタリと止まった。

 

「――……!! ァ、ェ……ぐっ、くくく、『行動の制限』か。貴様の命を狙っているこのガキどもがそんなに大事か?」

 

「言ったでしょう? 子供に聞かせるような話ではないと。では、マニさん――これを」

 

 やがて停止した世界から今しがた自由を取り戻したような様子を見せるトラゴエディアを余所に神崎は名刺にペンを奔らせマニへとカードならぬ名刺手裏剣を放つ。

 

「……名刺?」

 

 そうして己の足元に突き刺さった名刺を拾ったマニが不思議そうな眼差しを向けるが――

 

「裏面を見て下さい」

 

「裏? …………そんな……だが、いや、しかし……」

 

 名刺の裏に端的に描かれた情報に、マニの瞳は大きく見開かれ、動揺に揺れ動く中、その心の隙間を縫う様に神崎の声が届く。

 

「信じる、信じないはあなた方に任せます。ですが情報が情報だけに、伝達する相手には気を配って頂きたい」

 

「マニ、一体なんだったのですか?」

 

「隠す必要はない、マニ! どうせ嘘に決まっている!!」

 

 そして目に見えて動揺するマニの姿に、セラとディーヴァがそれぞれ別ベクトルでマニを心配するような言葉を投げかけた。

 

 

 さらに周囲のプラナの少年少女たちも固唾を呑んで視線を向ける中、マニは暫し瞳を閉じた後――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………『生きた人間』だ」

 

 残酷な現実がひも解かれた。

 

 

 






欲深き人間たちを贄にして生み出したアイテムで、穢れた世界から次元シフトする

――って、凄く皮肉が効いていると思う今日この頃。


そして――
revil様より支援絵を頂きました。うれしい(語彙消失)

https://img.syosetu.org/img/user/317191/68877.png
GX時代より若めなギース・ハントと、笑顔の神崎のイラスト
――これストーリー後半で裏切るヤツやん(謎の関西弁)
今作のタイトルが遊戯王風ロゴになっている細やかな演出が光ります。

https://img.syosetu.org/img/user/317191/68880.png
そして此方は、今は亡き(おい)冥界の王の「腕」使用時の開眼Ver神崎のイラスト
――強そう(小並感)
でも、この「腕」で書類仕事しているであろう神崎ェ……



先んじてQ&A――

Q:セラの剣のようなデュエルディスクって?

A:原作の遊戯王DSODの読み切り版にて、未知のデュエリスト(セラのアバター)が使用していたもの
今作では、プラナたちの不思議ぱわぁーで出来ている設定。

セラがKCの市販品のデュエルディスクを持っているのは流石に変ですし(汗)



~今作のディーヴァのデッキは原作同様の「方界デッキ」である為、割愛~

~今作のセラのデッキ~

相手モンスターを奪って、永続罠《DNA改造手術》で「お前、ドラゴン(族)だな?」してからの
永続魔法《幻界突破》で「次元シフト!(幻竜族化)」するデッキ。

遊戯王アプリ、デュエルリンクスにて、幻竜族の《メタファイズ・アームド・ドラゴン》を使用していたゆえのチョイス。(他のセイクリッド? 知らぬ)

次元領域デュエルにて――
相手が「ハァァアアアア!!」と気合を入れて攻撃力を最高値にしたモンスターを奪うことで、有利を取る。
(劇場版ではバンバン遊戯と社長がフルパワー出していましたが、「普通は出ない」そうなので)

奪ったモンスターがどんなレベルでも永続魔法《幻界突破》が対応できるように多用なレベルのモンスターを投入している為、

原作特別読み切りで使用した《流星方界器デューザ》の効果も活用できる。
目指せ、原作再現、攻撃力8800P(パルス)!!(なお難易度)





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第205話 暗闇の中で



前回のあらすじ
百済木さん「藍神(ディーヴァ)ェ……お前(恩人の死から幼き心のままに仲間を守らねばと賢明に強くあろうと背伸びして、やっと高次の次元に至れる時が来たと思えば、変なヤツからその土台を崩しかねない発言をされ、シン様を信じたいのに疑ってしまう弱い己を強い言葉で誤魔化して、シン様を失った後に唯一残った仲間との絆を守ろうと必死に足掻く、まるで主人と死に別れた子犬が雨の中で濡れながら涙を誤魔化すようなその姿は)ホント可愛いなァ……」






 

 

「……『生きた人間』だ」

 

「生きた……人……間……?」

 

 

 マニからもたらされた情報に、プラナたちのざわめく声が漏れ出始める。

 

 それはある種の疑念染みたもの――彼らの内では、己が信じた者が音を立てて崩れるかどうかの瀬戸際だった。

 

 

 だが、そんなものはディーヴァの耳には届かない。

 

 

 いや、届いてはいるのだろう。ただ、()()()()()()()()だけで。

 

 

 マニが叫ぶように、神崎へ何か問うている姿がディーヴァには何処か遠くのものに思える。

 

 

 セラが何か話しているが、その声もやはりディーヴァには届かない。

 

 

 そんなディーヴァに過去の光景が蘇る。シン様の最後の言葉が、その胸で反芻される。

 

『安心しなさい。みんな同じ場所で会えるから。貴方には……貴方に相応しい次元が待っている』

 

 シン様は奴隷同然だったディーヴァを救ってくれた。己と妹のセラを救ってくれた。

 

 

 シン様は慈悲深く、それでいてディーヴァたちを家族同然に愛してくれた。同じ境遇の仲間たちと巡り合わせてくれた。正しき世界へ導いてくれた。

 

 

 あの人の言うことを聞いていれば、仲間と共にいられる。高次の次元で永遠に、理想郷で永遠にあの暖かさを享受できる。

 

 

 だというのに、シン様の教えを否定する者が現れた。

 

 

 欲に塗れ、虚を述べる口が、空っぽの言葉が、仲間たちを惑わせる。

 

 

 美しき宝物の黄金の輝きが、人の命によって生み出された――そんな嘘を並べたてて。

 

 

「貴方の言が真実であると証明できますか?」

 

「此処に製法を記した書があります。実際に試せば証明できますが……私がするつもりがない以上、証明は不可能です」

 

 探るような縋るようなセラの声に、欲深き者が虚ろを述べる。

 

「ですので、逆に問います」

 

 ディーヴァたちの結束を崩さんと、欲深き者が仲間を惑わせる。

 

「あなた方は千年アイテムの何を知っていますか?」

 

 だが、プラナたちは知らない。

 

 欲深き者が放つ言葉の真偽を図る材料がない。その秤であった「シン様」がいないのだ。彼らの心に迷いが生まれるのは必然だった。

 

 

 千年アイテムの素材は? 製造方法は? どれだけの犠牲の上に成り立ったものだ?

 

 

 彼らは何も知らない。そしてディーヴァもまた何も知らない。

 

 いや、知る必要などないのだ。

 

「信じない……信じない!! キミたちの言葉など信じない!!」

 

 ディーヴァは、自分たちは、シン様の教えだけを信じる。

 

 そうしていれば、高次の次元に至れるのだ。過去の辛い思いを二度と味わわずに済むのだ。

 

「ディーヴァ……」

 

 

「ボクたちこそが選ばれた存在――プラナ!」

 

 

 余計なものを見るな。欲深き者の虚言を聞くな、シン様を疑うような言葉を放つな。

 

 自分たちは、自分たちで完結した高次の存在なのだから。

 

 他には何もいらない。

 

「この穢れた世界も人間さえも捨て去り、新たな次元に行くんだ!!」

 

 そんなディーヴァの身を裂くような叫びに、意思に、量子キューブが応えるように妖しき光を放つ。

 

「量子キューブが!?」

 

 異変に反応するマニを含め、プラナたちは知らぬが、千年アイテムは使用者の願いを叶える。

 

 

 友達が欲しいと願った遊戯に、生涯の友――アテムを導き、

 

 原作にて、死した愛する恋人と再会を願ったペガサスに、一瞬の再会を許し、

 

 一族の柵からの解放を願ったマリクに、一族の要となっていたアテムの殺害を助力し、

 

 マリクを助けたいと願ったイシズに、マリクが、弟が助かる未来を見せた。

 

 

 そう、量子キューブも、この千年アイテムも、使用者の願いを叶えんと妖しき光を放つ。

 

 

 ディーヴァの、彼の望みは、己が信ずるものたち――プラナたちを理想郷に導くこと。

 

 

 違う。

 

 

 今、ディーヴァが望んだのは排斥。

 

 眼前の存在の排除。

 

 己が信じる理想を美しいままにする為の排他。

 

 

 残酷な現実などいらない。

 

 

 美しい思い出があればいい。

 

 

 その願いは叶えられるだろう。

 

 

 

 

 歪んだ形で。

 

 

 

 

 やがて量子キューブから津波のように噴出した黒い粒子がディーヴァの身体を瞬く間に呑み込んでいく――願いを叶えてやろう、と言わんばかりに。

 

 だが、その黒き激流に恐怖を抱いたディーヴァは思わず叫んだ。

 

「――助けて、セラ! 助けて、シャーディー様!」

 

 己が血を分けた家族を、己の全てを救ってくれた恩人を。

 

「――兄さん!!」

 

 咄嗟に手を伸ばしたセラの手も、僅かに届かず黒き粒子に呑まれたディーヴァ。

 

 そしてそんな超展開に反応できていなかった神崎は、ディーヴァの最後の言にハッとする。

 

――シャーディー様!? えっ!? まさか「シン様」はシャーディーのこと……!?

 

 今更、『シン様』こと『シャーディー・シン』の正体を知った神崎は、怒涛の情報量に混乱する頭を強引に冷やし、ディーヴァの元へ一瞬で距離を詰めた後、ディーヴァが呑まれた黒い粒子の渦に躊躇なく腕を突っ込んだ。

 

――くっ、手ごたえがない! 雲でも掴んでいる感触……! 後、何か皮膚を刺すような感覚が!?

 

「トラゴエディア! これが何か分かりますか!!」

 

「さぁな、千年アイテムは良くも悪くも染まり易い。あのガキが言っていた『プラナーズマインド』とやらが乱れたことで、邪念に呑まれた――そんなところじゃないか?」

 

 己が身体を黒い粒子が侵食する中、渦の中にいるであろうディーヴァを手探りで探る神崎に告げられるトラゴエディアの説明は漠然としたもの。

 

――確定情報はなし……か!

 

 復讐の為にと、三千年前のエジプトにて神官たちから千年アイテムの情報を盗んでいたトラゴエディアにすら分からぬ事態。

 

 更に神崎が持つ「アヌビスから奪った知識」でも、量子キューブの存在は未知だった――情報が圧倒的に足りない。

 

「セラさん! マニさん! アレもあなた方が言うところの救済とやらですか!?」

 

「い、いえ、量子キューブの力は穢れた世界からの次元シフト――選ばれた民だけが理想郷に渡る為のものの筈……」

 

「シン様からも、このようになるなどとは……」

 

 そうして得体の知れない黒い渦に躊躇なく腕を突っ込んだ神崎へ、戸惑う様子で返答するセラとマニ。

 

 ディーヴァの身に起こった状況を誰一人として理解できていなかった。そして神崎の手には相変わらず何の手応えもない。

 

「つまり、これは暴走し――ッ!?」

 

 だが、突如として黒い粒子の渦が弾けたと共に神崎は吹き飛ばされる。

 

 そうして宙から着地した神崎の足が地面を削りながら元の立ち位置に戻った後、ディーヴァがいる筈の方向へと視線を向けた先に見えたのは――

 

「そうだ――次元領域とは純粋なるもの」

 

 黒い外皮で全身を覆われ、獣のような足で大地に立ち、腕の量子キューブが変形したデュエルディスクが心臓部に移動したディーヴァ()()()なにかが異形の姿で現れた。

 

 やがて白く染まった髪から覗く、顔の上半分が幾つもの朱色のキューブを歪に積み上げた宙に浮かぶ2つの目玉が神崎を射抜く。

 

「ディーヴァくん……では、なさそうですね」

 

「あのガキが、随分と様変わりしたな」

 

 そんな異形と化したディーヴァの視線に神崎とトラゴエディアが別ベクトルの反応を見せる中、ディーヴァは心臓部に埋め込まれたような量子キューブが変形したデュエルディスクに手を当てつつ語り始める。

 

「見るがいい。この醜く美しい姿を――次元領域に美しき不純物が一滴でも混じった結果がコレだ」

 

 そして朱色のキューブが連なったような尾と、藍色のキューブが集合して出来たような翼を怒髪冠を衝くように天へと向けながら、ディーヴァは宣言した。

 

「さぁ、今こそ行こう、新たな次元へと!! 暗黒の次元へと!!」

 

 次元領域デュエルは此処で終わりだと。

 

「――暗黒次元領域デュエルの始まりだ!!」

 

 そして周囲に黒い粒子――「暗黒粒子」がばら撒かれ、周辺の全てを侵食するようにあらゆる対象に付着し、僅かずつながらも崩壊させていく。

 

――暗黒次元領域デュエル!? なにそれ!? というか、さっきの黒いのが広がって!?

 

 己の皮膚に触れた暗黒粒子から、「これ」が「どういったものか」を凡そ把握した神崎は、地下神殿の入り口付近へ向けて叫ぶ、

 

「――トラゴエディア!!」

 

「やれやれ、人使いの荒いヤツだ――――《地縛神 Uru(ウル)》」

 

 やがて肩をすくめるトラゴエディアは懐から1枚のカードを取り出し、右腕の蜘蛛の痣を示せば、地下神殿が大きく揺れ、天井に巨大な蜘蛛の地上絵の全容の一部を垣間見せた。

 

「地震……!?」

 

「これでその黒いのが外に広がるのは防げるだろう。オレたちも出られんがな」

 

「助かります――このデュエルの間、保てば構いませんよ」

 

 大地の揺れにふらつく仲間に手を貸すマニを余所に、神崎は短くトラゴエディアに礼を告げる。

 

 これは、地上に《地縛神 Uru(ウル)》の地上絵を発動させることで、暗黒粒子が広範囲に散布されないように、地上絵内部に留める為のもの。

 

「未だ事情は呑み込めませんが、彼がデュエルに戻る意思は理解できました――ならば、やることは一つです」

 

 こうして異形の姿となり、暗黒粒子をばら撒く存在となったディーヴァを余所に、「次元領域デュエル」ならぬ「暗黒次元領域デュエル」に戻った神崎は、問題解決の為に手札の1枚のカードを引き抜きつつ思案する。

 

――シン様がシャーディーならば、この場にいない理由も説明がつく。恐らく原作知識を彼に露見させた私のせいだ。

 

 それは記憶編で確かに生存が確定していたシャーディーがこの場にいない理由。だが、それは既に論じるまでもなく明白だった。

 

 なにせシャーディー自身から「原作知識の漏洩は非常に危険」だと聞き及んでおり、アテムとの接触すら最低限に留めていた姿を見れば、プラナたちに会いに行けないことなど自明の理。

 

――私の軽率な行動が、彼らから恩人との再会を奪った……

 

 そう、全ては神崎が発端となった――訳では実はない。

 

 劇場版の情報を鑑みれば、あんまり関係なかったりすることが分かるが、神崎が知らぬ以上、意味のない話だ。

 

 そうして勘違った罪悪感の只中に埋もれる神崎は、己が何を成すべきかを定め動き出す。

 

――ディーヴァくんの様子が明らかにおかしいが、こういう時は相手のエースモンスターを破壊すれば良いと相場が決まっている!!

 

「速攻魔法《機雷化》を発動! フィールドの《クリボー》及び『クリボートークン』を全て破壊し、破壊した枚数だけ相手フィールドのカードを破壊します!」

 

 ゆえに3体の《クリボー》たちがピューと飛んだ後、ディーヴァとセラのモンスターたちにしがみ付き――

 

「私は破壊された3体の《クリボー》の数――《方界超獣バスター・ガンダイル》、《メタファイズ・アームド・ドラゴン》、《獄落鳥》を破壊!」

 

 自爆。その衝撃によって土煙が舞う中、煙が晴れた先からがら空きになったセラのフィールドと元に戻ったディーヴァの姿が――

 

――どうだ!?

 

「破壊されたバスター・ガンダイルの効果! 墓地の方界モンスター3体に分離! 戻れ、ゲイラ・ガイル! ヴァルカン・ドラグニー! デューザ! そしてデューザの効果でデッキから3枚目の永続魔法《方界(カルマ)》を墓地へ!」

 

 残念ながら存在せず。変わらず異形の姿でモンスターを操り、己がしもべを呼び出すディーヴァは健在だった。

 

 そんな中、深緑の球体が翼を広げ、

 

《方界帝ゲイラ・ガイル》 攻撃表示

星1 風属性 天使族 → ドラゴン族

攻 0 守 0

 

 赤き球体が触手をしならせ、

 

《ヴァルカン・ドラグニー》 攻撃表示

星1 炎属性 天使族 → ドラゴン族

攻 0 守 0

 

 黒き球体が、剛腕を伸ばす。

 

《流星方界器デューザ》 攻撃表示

星4 光属性 機械族 → ドラゴン族

攻0(1600) 守1600

攻0

 

――戦闘で破壊されない《方界(いん)ヴィジャム》を呼ばない?

 

「そしてバスター・ガンダイルの更なる効果により、デッキより『方界』カードを手札に!!」

 

 だが、先程までとは違う戦法を取り始めたディーヴァが天にかざした手へ闇が集まり、1枚の嫌な雰囲気のするカードが形どられ手札に加わる姿に、神崎は暫しの思案を巡らせる。

 

――しかもエースモンスターを破壊しても駄目……か。どうするべきだ?

 

「悩む程でもあるまい。『ああ』なることを選んだのは他ならぬアイツだ――何時ものように潰して終いでいいだろう? 迷う必要が何処にある」

 

「こう見えて、いつも迷っているんですけどね――魔法カード《貪欲な壺》を発動し、墓地の3体の《クリボー》と《クリボール》、《ダーク・アームド・ドラゴン》をデッキに戻し2枚ドロー」

 

 しかし、そんな思案を見透かしたように物騒な提案をするトラゴエディアの発言を余所に神崎は欲深き顔の壺をぶっ壊しながら、新たなカードを迷いを振り切るように引き抜いた。

 

「さらに魔法カード《手札抹殺》を発動。全てのプレイヤーは手札を全て捨て、その枚数分、新たにドロー。此処で私は《クリボーン》を通常召喚」

 

 そうして手札が一新された中、神崎の手札から白き毛玉のクリボーである《クリボーン》が紺のヴェールを被りながら祈るように小さな手を握る。

 

《クリボーン》 攻撃表示

星1 光属性 悪魔族 → ドラゴン族

攻 0(300) 守200

攻 2

 

「バトルフェイズへ、《クリボール》で《流星方界器デューザ》を攻撃」

 

 やがて残った1体の《クリボール》が《流星方界器デューザ》に向かって体当たりする中、相手の黒い球体状の身体がキューブに分解されるように砕け散った。

 

「だが、攻撃力が0となっている以上、次元領域デュエルではダメージが発生しない!」

 

――《流星方界器デューザ》の効果を狙う様子を見せない……いや、済んだ話だ。

 

「《クリボーン》で《方界帝ヴァルカン・ドラグニー》を攻撃」

 

 しかし次元領域デュエルの特性によりディーヴァにダメージは通らない中、相手の動きを注視しつつも追撃として《クリボーン》が頭の紺のヴェールを揺らしながら体当たりを敢行するが――

 

「それは通さない! 速攻魔法《月の書》! モンスター1体を裏守備表示にする!」

 

「チェーンして永続罠《闇の増産工場》の効果により、私のフィールドの《クリボーン》を墓地に送り、1枚ドロー」

 

 空から注いだ月の光に、眠気に襲われた《クリボーン》がフラフラと失速していく中、地面にポトリと落ちる前にベルトコンベアーに乗せられ、ドナドナされる。

 

「さらにチェーンが組まれたことにより、手札から《ハネクリボー LV(レベル)9》を自身の効果で特殊召喚」

 

 そして、そのベルトコンベアーの行き着く先から《クリボーン》とハイタッチを交わしながら、一本角の深紅の兜と、巨大な爪が伸びる赤い籠手を着けた《ハネクリボー》が飛び出した。

 

 その威容はまさに大幅パワーアップならぬレベルアップを果たした姿と言えよう。

 

《ハネクリボー LV(レベル)9》 攻撃表示

星9 光属性 天使族 → ドラゴン族

攻? 守?

 

「《ハネクリボー LV(レベル)9》の攻守は相手墓地の魔法カード×500と『なる』――あなた方の墓地の魔法カードの合計は6枚」

 

――ゆえに次元領域デュエルの影響を受けない……筈!

 

 そうして今までの神崎の気力の微妙さゆえのしょっぱい攻撃力とは一線を画す力に「クィイイイ!」と力強い雄叫びを上げる《ハネクリボー LV(レベル)9》

 

《ハネクリボー LV(レベル)9》

攻 ? 守 ?

攻3000 守3000

 

――よし!

 

「《ハネクリボー LV(レベル)9》で《方界帝ヴァルカン・ドラグニー》を攻撃します」

 

 やがて久しいまともな攻撃力で《ハネクリボー LV(レベル)9》が《方界帝ヴァルカン・ドラグニー》から放たれたしなる触手の先の斧を、籠手の爪で弾きながら直進し、敵を真っ二つにせんと巨大な爪を振り上げた。

 

「させません! その攻撃宣言時に罠カード《好敵手(とも)の記憶》を発動! 攻撃モンスターの攻撃力分のダメージをわたしが受ける代わりに、そのモンスターをゲームから除外します!」

 

セラLP:4000 → 1000

 

 だが、そうした《ハネクリボー LV(レベル)9》の姿は映像がプツンと途切れるように消え去り、眼前の敵を見失った《方界帝ヴァルカン・ドラグニー》の触手だけが向かう先を探す様にユラユラと動くだけ。

 

「…………私はバトルフェイズを終了し、カードを1枚セットしてターンエンドです」

 

 こうしてまたまた碌な攻撃が通らぬままにターンを終えることになった神崎は次のターンプレイヤーのディーヴァを警戒するように見やる。

 

 そんな最中にセラが異形と化したディーヴァへ縋るように叫んだ。

 

「兄さん! どうしてしまったの! その姿は一体――」

 

()のターン、ドロー! 墓地の永続魔法《方界(カルマ)》を除外し、デッキから『方界』カードを手札に!!」

 

 しかし、そんなセラの声を無視してディーヴァは心臓部からデュエルテーブルのように伸びる量子キューブが変形したデュエルディスクからカードを引き抜く。そこに妹であるセラの叫びが届いている様子はない。

 

「さらに魔法カード《極超辰醒(きょくちょうしんせい)》を発動! 手札及びフィールドから『通常召喚できない』モンスターを2体――ゲイラ・ガイルとヴァルカン・ドラグニーを裏側で除外し、2枚ドロー!」

 

 そうして引いたカードが天へとかざされ、天上より降り注いだ極光がディーヴァ自身のフィールドを焼き焦がし、その熱量が手札へと集っていく。

 

「さらに魔法カード《悪夢再び》を発動! 墓地より守備力0の闇属性モンスターを2体手札に加える!!」

 

 やがてその熱に巻き付くように大地から伸びた黒き闇がディーヴァの手元に集まり――

 

「さぁ、今こそ見せよう、俺の力を!! 手札の『方界』カードを3種――《方界縁起》《方界獣ダーク・ガネックス》《方界獣ブレード・ガルーディア》を公開し、このカードたちを特殊召喚!!」

 

 異形と化したディーヴァの尾の先から力が流し込まれるように多量のキューブが連なり、重なり、纏まり、伸びていく。

 

「闇! 闇! 闇! 光を喰らい世を眩ませ! 現れよ! 《暗黒方界神クリムゾン・ノヴァ》!!」

 

 そしてディーヴァの背後には、立方体の只中に浮かぶ紫色の球体の左右から同色の腕の生えた異形――《暗黒方界神クリムゾン・ノヴァ》が、指先代わりのブレードで空を切る中、肩口と掌に浮かぶ眼球をギョロギョロと動かした。

 

 さらにその《暗黒方界神クリムゾン・ノヴァ》の左右を挟むように、2体の同じく透明な立方体に浮かぶ紫色の球体から三本の黄金の蛇のように長い腕が伸び、鍵爪の手についたそれぞれの眼球が神崎を見やる。

 

《暗黒方界神クリムゾン・ノヴァ》×3 攻撃表示

星10 闇属性 悪魔族 → ドラゴン族

攻 0(3000) 守 0

攻3000

 

 同種のモンスターでありながら、異なる姿を見せる3体の大型モンスターの出現に対し、冷静にディーヴァのデュエルディスク上のカードテキストを超視力で確認した神崎の内心は大いに動揺に揺れる。

 

――エンド時に3000効果ダメージ持ちが3体!? いや、相手も引き分けは望んでいない以上、バトルが終われば、方界獣たちが呼び出されるか。

 

 なにせ、《暗黒方界神クリムゾン・ノヴァ》は――

 

 自身の攻撃力以下のモンスター効果が効かない → 大半のクリボーたちの効果封殺。

 

 エンド時に互いに3000ダメージ → 神崎のライフ残り1400しかない。

 

 モンスター戦闘破壊時に追加攻撃 → クリボーたちを幾ら呼ぼうが焼き払ってくる。

 

 と、まさに今の神崎をぶっ殺しにきている効果なのだ。

 

「バトル!! 《クリボーン》を蹴散らし、クリムゾン・ノヴァたちの攻撃が貴様を襲う!!」

 

「ですが次元領域デュエルのお陰で、私のダメージは2ポイント!!」

 

 そうして中央の《暗黒方界神クリムゾン・ノヴァ》の伸びしなる腕が放たれ、《クリボーン》を弾き飛ばし、そのまま神崎を薙ぐように吹き飛ばす。

 

神崎LP:1400 → 1398

 

 かと思いきや、《暗黒方界神クリムゾン・ノヴァ》の腕が神崎の右肩に叩きつけられた段階で止まった。相手のマッスルが抜けなかったらしい。

 

 だが、身体がダメージ分だけ暗黒粒子に侵食されていく神崎の様子にディーヴァは得意気に語る。

 

「ククク、このデュエルは、もはや今までの次元領域デュエルとは別物――ライフが減る度に、お前たちの身体は暗黒粒子に喰われてゆく!!」

 

――2ポイントでこれ!?

 

「最後はどうなるのか………問うのは野暮でしょうね」

 

 たった2ポイントのダメージで、神崎の身体のかなりの部分を暗黒粒子の侵食が進んでいく中、「敗北した場合はどうなるか」を神崎が問おうとするが、聞くまでもない事実であろう。

 

 ゆえに返答代わりに中央の《暗黒方界神クリムゾン・ノヴァ》はもう一方の手を振り上げ、神崎の頭蓋を割らん勢いで振り下ろす。

 

「知りたければ、己が身で確かめてみるがいい!! バトルで相手モンスターを破壊したクリムゾン・ノヴァはもう一度だけ続けて攻撃できる!! ダイレクトアタックだ!!」

 

「墓地の《クリアクリボー》の効果発動! デッキから1枚ドローし、それがモンスターカードなら特殊召喚し、バトルさせる!! ――私が引いたのは《クリボー》!!」

 

 だが、その神崎の頭上に跳び出した紫色の毛玉《クリアクリボー》が一瞬で真っ二つにされ、その中から黒い毛玉《クリボー》が飛び出すも、やっぱり一瞬で真っ二つにされた。

 

《クリボー》 攻撃表示

星1 闇属性 悪魔族 → ドラゴン族

攻 0(300) 守200

攻 7

 

 

 その《クリボー》の死を伝えるような爆発が、《暗黒方界神クリムゾン・ノヴァ》の振り下ろした一撃を僅かに逸らし、神崎の頭蓋ではなく大地が割れる。

 

「だとしても残りのクリムゾン・ノヴァの攻撃は防げまい!!」

 

 そうしてギリギリ躱した神崎へ追撃を宣言するディーヴァだが、彼らの頭上から毛玉が5つばかり落ちてきた。

 

『クリボートークン』×5 守備表示

星1 闇属性 悪魔族 → ドラゴン族

攻 0(300) 守200

攻 4

 

「なにっ!?」

 

「特殊召喚した《クリボー》に対し、速攻魔法《増殖》を発動させて貰いました――これにより、3体の《暗黒方界神クリムゾン・ノヴァ》の連続攻撃は私にまで届かない!」

 

 そう、1体目の《暗黒方界神クリムゾン・ノヴァ》の2回目の攻撃は未だ終わってはいない。

 

 神崎を守るべく現れた《クリボー》が破壊される前に『クリボートークン』として5体に分裂し、地面をボヨンボヨン跳ねた後で宙に浮かんでいるのだ。

 

 そして、これは同時に《暗黒方界神クリムゾン・ノヴァ》たちの追加攻撃効果を加味しても、ダイレクトアタックは通らないことを意味している。

 

「ならばクリムゾン・ノヴァの2回目の攻撃と、残り2体のクリムゾン・ノヴァによる5連撃を受けるがいい!!」

 

 だとしても、暗黒次元領域デュエルの「特殊ルール」によるダメージは防げないと、3体の《暗黒方界神クリムゾン・ノヴァ》の5つの腕が、引け腰の5体の『クリボートークン』をそれぞれ貫いた。

 

 それにより、爆散した5体の『クリボートークン』たちの衝撃が神崎を襲い、暗黒粒子が更にその身を蝕む。

 

神崎LP:1398 → 398

 

「ですが、これで――」

 

「罠カード《方界合神》発動!! 3体のクリムゾン・ノヴァを此処に束ねる!!」

 

 だが、「防ぎ切った」と安心する神崎を余所に、異形と化したディーヴァの尾から大量のキューブが噴き出し、3体の《暗黒方界神クリムゾン・ノヴァ》たちを覆いながら細かなキューブへと分解していき――

 

「邪悪なる意識よ、集え! 世界を光なき絶望へと導く為に、今こそ漆黒の闇から降臨せよ! 次元融合召喚!! 来たれ、《暗黒方界邪神クリムゾン・ノヴァ・トリニティ》!!」

 

 分解され、再結合したキューブは、ディーヴァの尾を脚部とした全身の関節部に眼球がうごめく深紅の巨体の化生と化し、王冠の如き目鼻のない顔が獲物である神崎を見下ろした。

 

《暗黒方界邪神クリムゾン・ノヴァ・トリニティ》 攻撃表示

星10 闇属性 悪魔族 → ドラゴン族

攻 0(4500) 守3000

攻4500

 

――攻撃時、此方のライフを半減する2回攻撃の効果持ちのモンスター!?

 

「行け! クリムゾン・ノヴァ・トリニティ!! そして邪神の攻めに伴う生贄が必要となる――その贄は貴様の命だ!!」

 

 やがて獲物の命を刈り取るべく、《暗黒方界邪神クリムゾン・ノヴァ・トリニティ》の全身の眼球が赤く光を見せたと同時に、神崎目掛けて赤き光線が放たれ、獲物の命を削る。

 

「くっ……!?」

 

神崎LP:398 → 199

 

 しかし、それは《暗黒方界邪神クリムゾン・ノヴァ・トリニティ》の攻撃ではない。本当の攻撃は此処からだ。

 

「ですが、その攻撃宣言時、墓地の《クリボーン》を除外し、墓地より『クリボー』たちを特殊召喚!!」

 

 だが、その前に神崎を守るように毛玉軍団ことクリボーたちが、墓地の《クリボーン》の祈りに応え集う。

 

 とはいえ、通常タイプの毛玉こと《クリボー》も、

 

《クリボー》 攻撃表示

星1 闇属性 悪魔族 → ドラゴン族

攻 0(300) 守200

攻 4

 

 《クリボー》に天使の翼が生えた《ハネクリボー》も、

 

《ハネクリボー》 攻撃表示

星1 光属性 天使族 → ドラゴン族

攻 0(300) 守200

攻 3

 

 鉄球の身体とネジの尾を持つ《ジャンクリボー》も、

 

《ジャンクリボー》 攻撃表示

星1 地属性 機械族 → ドラゴン族

攻 0(300) 守200

攻 8

 

 背中にウジャトの瞳が張り付いた毛玉こと《サクリボー》も、

 

《サクリボー》 攻撃表示

星1 闇属性 悪魔族 → ドラゴン族

攻 0(300) 守200

攻 9

 

 額に虹色のプレートのある何処か魚のようなヒレがある《虹クリボー》も、その攻撃力はどれも神崎の気力では何時も以上に貧弱だ。

 

《虹クリボー》 攻撃表示

星1 光属性 天使族 → ドラゴン族

攻 0(100) 守100

攻 6

 

 しかし貧弱ゆえに暗黒次元領域デュエルではダメージが抑えられるメリットもある。

 

「ならば最も攻撃力が上がった《サクリボー》を蹴散らせ!!」

 

 やがて深紅の巨体から左右2本ずつ伸びる鍵爪のついた腕と、腰元に浮かぶ透明な立方体に浮かぶ球体の左右から伸びるブレードのついた触手が、驚きに毛を逆立たせる《サクリボー》に殺到。

 

 案の定、耐えきることなど出来はせず、《サクリボー》は木端微塵に爆散。

 

「ぐっ!?」

 

神崎LP:199 → 190

 

「そしてトリニティは2回攻撃が可能!! もう一度、邪神の裁きを受けるがいい!!」

 

 そうしてディーヴァの追撃を示す様に《暗黒方界邪神クリムゾン・ノヴァ・トリニティ》の全身の眼球が赤い輝きを見せ、先程と同様に数多のビームが放たれ、唸る鍵爪が襲来した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わたしは速攻魔法《エネミー・コントローラー》を発動! 《羊トークン》をリリースしてクリムゾン・ノヴァ・トリニティのコントロールをターンの終わりまで得ます!」

 

 だが、ビームが放たれる前に、その射線上へとゲームのコントローラーに繋がれた丸っこい羊こと《羊トークン》が飛び出す。

 

 そんな己の邪魔をする乱入者に苛立ちを見せるディーヴァ。

 

「セラ……!!」

 

「もうやめて、兄さん!! 今の兄さんは本当にシン様の為にデュエルしているの? わたしには破壊を楽しんでいるようにしか見えない!」

 

 しかし、それでもセラは問わずにはいられなかった。ディーヴァが異形と化した原因は不明だが、ディーヴァの仲間想いな面は何も変わっていないと信じて叫ぶ。

 

「今回の件も、わたしたちに全ての教えを託す前にシン様が亡くなられた可能性も――」 

 

「――戯言を! もはやお前が何をしようとも無駄だ! トリニティは相手の効果の対象にならない!!」

 

 だが、その声はディーヴァに届かず、《暗黒方界邪神クリムゾン・ノヴァ・トリニティ》へと向かった速攻魔法《エネミー・コントローラー》の力も弾かれ、丸い羊は宙を舞う。

 

「なっ!? くっ……では《ジャンクリボー》のコントロールを得ます……!」

 

「邪魔をするというのなら、お前も俺の敵だ! セラ! 行け、トリニティ!!」

 

 やがて弾かれたセラの一手は神崎の守り手を1体減らす結果に留まらず、さらにディーヴァの障害と判断されたことで《暗黒方界邪神クリムゾン・ノヴァ・トリニティ》の眼が向けられ、その身を瞳から放たれた光線がセラを貫いた。

 

 

 

 

 

 

《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》 攻撃表示

星8 炎属性 悪魔族 → ドラゴン族

攻 0(3000) 守2500

攻 12

 

 かに見えたが、セラの身を守るようにマグマの魔人が立ちはだかり、《暗黒方界邪神クリムゾン・ノヴァ・トリニティ》の光線を遮る。

 

「ラヴァ……ゴーレム?」

 

「相手の攻撃宣言時に手札の《アンクリボー》を捨てることで、互いの墓地の中から自身以外を1体、特殊召喚する」

 

神崎LP:190 → 95

 

 状況の読めぬセラを余所に、神崎の手札から黄金のアンクと小さな翼を持つ紫色の丸い球体《アンクリボー》がライフの半減した神崎を二度見した後、セラと《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》にサムズアップした後、消えていく。

 

 そんな中、ライフが100を切った神崎を()()()()()()ディーヴァは嗤う。

 

「ハハハハハハハ! そうも死に急ぐか! ならば半端に気力を上げたことを後悔するがいい!!」

 

 今まで一桁の攻撃力しか出せなかったゆえに、辛くもライフを繋いできた男が、己を殺しに来た相手の為に、態々手札を使ってまで二桁の攻撃力を持つモンスターを呼び出したのだ。

 

 神崎の気力次第の仮定の話だが、攻撃力が95を超えていれば、残りライフが尽きるリスクを負う無駄な行動を()()()()()()ディーヴァは愚かだと嘲笑う。

 

「――やれ! クリムゾン・ノヴァ・トリニティ!!」

 

 ゆえにその愚かさを打ち抜くように放たれた《暗黒方界邪神クリムゾン・ノヴァ・トリニティ》の鍵爪とブレードのついた4本の触手が《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》を切り刻み、飛び散ったマグマが神崎の身を削る。

 

神崎LP:95 → 83

 

 もはや神崎の残りライフは83――失ったライフにより、その身の殆どは暗黒粒子に苛まれていく。

 

 だが、暗黒粒子の黒に呑まれつつある姿で立つ神崎の瞳は、異形の奥にいるであろうディーヴァを見定めていた。

 

「そこまで暗黒粒子に苛まれた身で未だ立つか――カードを1枚セットしてターンエンド!!」

 

「そのエンド時に永続罠《闇の増産工場》の効果を適用。フィールドの《虹クリボー》を墓地に送り、1枚ドロー。そして速攻魔法《エネミー・コントローラー》によってコントロールの移った《ジャンクリボー》が私のフィールドに戻る」

 

 しかし、その視線に気づいた様子もないディーヴァを余所に、《虹クリボー》が光と消えて神崎の手札を潤すが――次のターンプレイヤーであるセラは沈痛な表情を見せた。

 

「兄さん……そのエンド時に罠カード《好敵手(とも)の記憶》で除外したカードをわたしのフィールドに特殊召喚します」

 

 そうして静かに覚悟を決める様子を見せるセラの元に降り立つ赤い鎧を纏った毛玉こと《ハネクリボー LV(レベル)9》。

 

 だが、己の背後の主が神崎でないことに気付き、視線がセラと神崎の間をせわしなく動く。

 

《ハネクリボー LV(レベル)9》 攻撃表示

攻 ? 守 ?

攻4000 守4000

 

「こうなってしまった以上、ディーヴァは……兄は……! わたしが止めます――わたしのターン、ドロー! 《流星方界器デューザ》を次元召喚!!」

 

 やがてディーヴァの、兄の暴走を止めるべく呼び出されたのはディーヴァも使用した「方界」モンスターの1体。

 

 黒き球体状のボディから伸びる腕から、使用者の気迫を受け取るように左右の拳を握った。

 

 とはいえ、今まで「幻竜族」を繰り出していたセラのデッキに「機械族」はシナジーが薄いように思える。

 

《流星方界器デューザ》 攻撃表示

星4 光属性 機械族 → ドラゴン族

攻0(1600) 守1600

攻1600

 

「此処で永続魔法《幻界突破》の効果により、ドラゴン族となった《ハネクリボー LV(レベル)9》をリリースし、次元シフト!!」

 

 そして、なんだかんだで気合を入れていた《ハネクリボー LV(レベル)9》が光と共にその姿を昇華させて現れるのは――

 

「デッキより次元召喚! 《真竜凰マリアムネ》!!」

 

 赤い2本の角とたなびく黄金のたてがみが見える羽毛で覆われた体躯を持つ鳥の如き竜。

 

 羽根を舞わせながらが四対の翼を広げ、鳥の如き四足の足で立つその姿は神秘的そのもの。

 

《真竜凰マリアムネ》 攻撃表示

星9 風属性 幻竜族 → ドラゴン族

攻0(2700) 守2100

攻2700

 

「更に魔法カード《アドバンスドロー》発動! 自分フィールドのレベル8以上のモンスター1体――《真竜凰マリアムネ》をリリースし、2枚ドロー!」

 

 だが、その《真竜凰マリアムネ》の神々しき姿は、すぐさま露と消え、セラの手札へと変換される。

 

「まだです! 魔法カード《隣の芝刈り》を発動! 自分のデッキが相手のデッキより多い時! その枚数が同じになるように自分のデッキの上からカードを墓地に送ります!!」

 

 そうして最上級モンスターを失ってまでセラが行ったのはカードを墓地へ送ること。

 

「わたしのデッキのカードを、兄さんのデッキと同じ枚数になるまで墓地へ!!」

 

 かなりの枚数セラのデッキからカードが墓地に送られたが、セラのデッキは「相手モンスターを奪い永続魔法《幻界突破》で完全に己が僕と化すもの」だ。

 

 ゆえに多量のカードを墓地に送る旨味は殆どない。

 

「デューザの効果! モンスターがわたしの墓地に送られたターンに自身の攻撃力を墓地のモンスターの種類×200! ターンの終わりまでアップする!!」

 

 だが、幻竜族が主体のセラのデッキで異彩を放つ機械族の《流星方界器デューザ》は、その限りではなかった。

 

 本来であれば、永続魔法《幻界突破》で多くのモンスターを呼び出した後の終盤の一手となるものを今この瞬間に、強引に発揮させたのだ。

 

「だとしても、クリムゾン・ノヴァを越えるには15枚以上のカードが必要になる……果たして、そう上手くいくかな?」

 

「わたしの墓地に存在するモンスターの種類は14枚!! よってデューザの攻撃力は2800ポイントアップ!!」

 

 しかし異形と化したディーヴァの懸念に導かれるように、墓地に送られたカードの念を取り込み、巨大化する《流星方界器デューザ》の攻撃力は、《暗黒方界邪神クリムゾン・ノヴァ・トリニティ》に僅かに届かない。

 

《流星方界器デューザ》

攻1600 → 攻4400

 

「残念だったな、後1枚多ければトリニティを超えられたというのに」

 

「バトルフェイズ!!」

 

「血迷ったか、セラ!」

 

 だが、それでも《暗黒方界邪神クリムゾン・ノヴァ・トリニティ》へと指を差し、《流星方界器デューザ》に攻撃姿勢を取らせるセラ。

 

 そして信じられない様子を見せるディーヴァに対し、セラは手札の最後の1枚のカードを明かす。

 

「兄さん、もう終わりにしましょう……」

 

「速攻魔法《才呼粉身(さいこふんしん)》……だと……!?」

 

 それはバトルフェイズ時に、己のモンスター1体の攻撃力分のライフを失うことで、そのモンスターの攻撃力を倍化する効果を持つカード。

 

「……確かに、そのカードを使えばデューザは攻撃力8800P(ポイント)になろう――だが、それを発動することが『どういう意味を』持つかは理解している筈だ」

 

 当然、今の《流星方界器デューザ》の攻撃力が倍になれば、《暗黒方界邪神クリムゾン・ノヴァ・トリニティ》を倒せ、暗黒次元領域デュエルの特殊ルールにより、攻撃力分のダメージ4500を受け、ディーヴァの敗北となろう。

 

 しかし、残りライフが1000しかないセラのライフはその前に全て失われ、通常のデュエルでは攻撃そのものが届かない。

 

 幾ら「暗黒次元デュエル」という特殊な状況下の中であっても、無謀と評さざるを得ない賭け――だが、成功しても己が身の安否が不明な「それ」にセラは全てを賭けた。

 

「兄さん、貴方を一人逝かせはしません。わたしも……共に」

 

 それは兄を、ディーヴァを、仲間を、止める。ただそれだけの為。

 

「それが貴方を止めることが叶わなかったわたしの……」

 

 唯一の肉親であったにも拘わらず、ディーヴァの心の闇の深さに気付けず、今回のような「暴走」という結果に繋げてしまった贖罪。

 

「……マニ、後のことは頼みます」

 

「セラ……」

 

 やがて、他の仲間のことをマニに願い、覚悟を決めるように静かに閉じられたセラの瞳が――

 

「デューザで攻撃!! 方界遠心拳(ブースト・ナックル)!! そして手札から速攻魔法《才呼粉身》を――」

 

「その攻撃宣言時、手札から《クリボール》の効果を発動」

 

「だが、甘いな、セラ!! 罠カード《方界縁起》を――――」

 

 見開かれると共に、巨大化した体躯で剛腕を振るった《流星方界器デューザ》の拳が、横から飛んできた《クリボール》に激突し、軌道が逸れて地面を砕いた。

 

《流星方界器デューザ》攻撃表示 → 守備表示

攻4400 → 守1600

 

「 「 発ど――――ぇ? 」 」

 

 そして手札及びリバースカードを発動させようとしていたセラとディーヴァの動きがピタリと止まる。

 

 そうしてポカンとした表情を見せる両者の姿は、兄妹ゆえかどことなく似た雰囲気を感じさせた。

 

「《クリボール》の効果で《流星方界器デューザ》は守備表示となりました。ですので、速攻魔法《才呼粉身》を発動する必要はありません」

 

「ど、どうして……」

 

「ターンはどうなさいますか?」

 

「………………ターン、エンド……です」

 

 やがて我に返り、訳を問いただそうとするセラの言をスルーする神崎にデュエルの続行を促され、ターンが渡ろうとするが、一拍遅れて我に返ったディーヴァが怒声を上げる。

 

「――貴様、何の真似だ!!」

 

「そのエンド時に永続罠《闇の増産工場》により、《ジャンクリボー》を墓地に送り1枚ドロー。そして私のターン、ドロー。スタンバイフェイズを終え、メインフェイズ1へ」

 

 まるで二人を「助けた」ような神崎の行為の真意を確かめるディーヴァを余所に、淡々と手札を補充し、神崎はデュエルを進めていく。

 

「手札のモンスター1体を捨て、罠カード《共闘》を発動。フィールドのモンスター1体を、捨てたモンスター1体――《爆走特急ロケット・アロー》の攻守とエンド時まで同じにします」

 

 すると、彼のフェイバリットカードである《クリボー》が突如として《暗黒方界邪神クリムゾン・ノヴァ・トリニティ》を見下ろす程に巨大化し、「グリ゛ィイ゛ィイ゛ィ!!」と野太い声を上げた。

 

《クリボー》

攻 3 守 200

攻5000 守 0

 

 これも「攻守を固定化する効果」の為、次元領域デュエルにおける「気力の可否」は影響しない。

 

「魔法カード《強制転移》を発動。互いのプレイヤーは自分フィールドのモンスター1体を選び、コントロールを入れ替えます」

 

 さらにダメ押しとばかりに、己のモンスターを対価に相手のモンスターを奪う。

 

 今の神崎のフィールドには、おあつらえ向きな対価――攻撃力が一桁代の《ハネクリボー》がおり、そして相手のフィールドには――

 

「バトルロイヤルルールな為、プレイヤーは此方で選ばせて貰います――ではディーヴァくんに私の《ハネクリボー》のコントロールを」

 

「俺のフィールドにはトリニティが1体だけ……!」

 

 強力な効果を持った《暗黒方界邪神クリムゾン・ノヴァ・トリニティ》()()がいる。

 

 よって、他に差し出すモンスターがいない以上、魔法カード《強制転移》を躱すことは叶わない。

 

「くっ!? だが、ただでは通さない! 罠カード《方界縁起》を発動! 己のフィールド『方界』モンスターの数までモンスターに『方界カウンター』を乗せ、アンディメンション化させる!!」

 

 しかし、最後の足掻きとばかりに《暗黒方界邪神クリムゾン・ノヴァ・トリニティ》から咆哮が放たれ、それを受けた巨大化した《クリボー》を石化させていく。

 

『グリ゛リ゛ッ!?』

 

《クリボー》の方界カウンター:0 → 1

 

「これで貴様の《クリボー》が攻撃することは叶わない!! 先に魔法カード《強制転移》を発動しなかったプレイミスを嘆くの――」

 

「チェーンして速攻魔法《バーサーカークラッシュ》を発動。墓地のモンスター1体を除外し、私の《ハネクリボー》の攻守をエンド時まで同じにします――墓地の《爆走特急ロケット・アロー》を除外」

 

 だが、此処でディーヴァの元に飛び立った《ハネクリボー》の天使の翼が、巨大な大翼と化し、神々しい光を迸らせる。

 

《ハネクリボー》

攻 2 守 200

攻5000 守 0

 

「な、なんの真似だッ!?」

 

 そんな中、ディーヴァは「理解できない」とばかりに苛立ちの声を上げた。

 

 態々ディーヴァへ送る《ハネクリボー》の攻撃力を上げた神崎の行動の真意が彼には読めない。

 

「さぁ、此方へ」

 

『クリー!』

 

 だが、そんなディーヴァの疑問はディーヴァの元へ《ハネクリボー》が届いた途端に、奇怪な叫び声を上げた《暗黒方界邪神クリムゾン・ノヴァ・トリニティ》の苦し気な様子が返答となった。

 

「い、一体なにが……!?」

 

 更に異形と化したディーヴァの身体にも、《ハネクリボー》が放つ光が奔って行き――

 

「来い」

 

「なにが起こっ――」

 

 そんな短い神崎の声に、逃げ場を求めるように《暗黒方界邪神クリムゾン・ノヴァ・トリニティ》とディーヴァの異形の身体は砕け散り、神崎へと殺到した。

 

 

 そして、その内より()()()()()()()()()()が宙に投げだされる。

 

「兄さん!!」

 

「ディーヴァ!!」

 

 しかしセラの呼びかけにも、意識がないのか反応を見せず、無防備に落下するディーヴァ。

 

 だが、その身体を滑り込みながらマニが間一髪のところで受け止めた。

 

 

 

 そんなプラナたちの様子を余所にトラゴエディアが神崎の姿を嗤う。

 

「フッ、随分と色男になったじゃないか」

 

「褒め言葉にしては笑えませんね」

 

 今の神崎の身体は、ディーヴァの異形部分と《暗黒方界邪神クリムゾン・ノヴァ・トリニティ》が複雑に混ざり合ったような歪な姿。

 

 身体のあらゆる個所にキューブや、触手、ブレード、肥大化した肉、甲殻、果ては眼球が混ざり合って飛び出し、とても見れたものではない。

 

 当人の言う様に「笑えない」姿だ。

 

 しかしそんな共犯者の様子をトラゴエディアは面白おかしく根掘り葉掘り問う。

 

「具合はどうだ?」

 

「良さそうに見えますか?」

 

「ククク、実のところはオレには分からんからなぁ」

 

 そんな共犯者とのやり取りに、身体に幾重にも飛び出た眼球の内の神崎の瞳がトラゴエディアに呆れた視線を向けた後に、諦めたように小さく溜息を吐き、己が成すべきことへと神崎は意識を戻す。

 

「……バトルフェイズへ、《暗黒方界邪神クリムゾン・ノヴァ・トリニティ》で攻撃するのは――」

 

 それは、己が身に引き寄せたディーヴァを狂わせた部分であろう全てを消し去ること。

 

 

 たとえ、己の身を賭すことになったとしても――だ。

 

 

 それが、シャーディーの在り方を歪めてしまったゆえに現在プラナたちの問題を生じさせてしまったと勝手に勘違いして考えている神崎なりの筋の通し方だった。

 

 

 

「ハネクリボー」

 

 やがて身投げする神崎に抗い最後の抵抗を見せた異形部分が《暗黒方界邪神クリムゾン・ノヴァ・トリニティ》をけしかけ、《ハネクリボー》を貫かんと眼球から放たれる光線と、触手の先のブレードが四方八方から逃げ場を塞ぐように迫る。

 

『クリー!!』

 

 だが、巨大な大翼を広げる《ハネクリボー》の輝きが《暗黒方界邪神クリムゾン・ノヴァ・トリニティ》を異形部分諸共、撃ち抜き、

 

ディーヴァLP:4000 → 2000

 

 ついでに「それら」と一体化していた神崎も撃ち抜いた。

 

 

神崎LP:83 → 0

 

 

 

 地下神殿内に眩いまでの光の奔流が迸る。

 

 

 

 






少々寄り道してしまいましたが、次回で「闘いの儀編」はラストになります。

同時にアンケート期間も終了しますので、悪しからず。



Q:どうして神崎は自滅特攻したの?

A:神崎には劇場版マハードのようにディーヴァの「暴走を併発させている(多分邪念?)()()を打ち抜くことが出来ない為、

「相手を殺す」か「自分が死にそうになる」かしか選択肢がなく、殺す訳にもいかないので、後者を選んだ状態になります。


Q:神崎は何故シャーディーに「命賭けてまで」「筋を通した」の?

A:本編でも触れたように、今回のプラナたちの行いが「シャーディーに原作知識を露呈させてしまったゆえに起こったこと」であると神崎が勘違いして認識している為です。

「原作知識を知った後、アテムの接触を最低限にしていた」事実から、「プラナたちと合流できなくなったのでは?」とか神崎は考えているので、命賭けてでも筋を通そうとしました(なお真相)

本当は全然関係ないですけど、「劇場版DSODの原作知識」が「ない」ので知る由がない状態です。


Q:《暗黒方界邪神クリムゾン・ノヴァ・トリニティ》のコントロールを奪うと、
奪った相手に異形部分が移って、ディーヴァは元に戻るの?

原作の劇場版の情報だけでは「不明」としか言えません。

ですが劇場版の描写を見るに、異形化したディーヴァの尾?の先から暗黒方界モンスターたちが出てきていたので、

ディーヴァの異形化と暗黒方界たちは無関係ではないと推察しました。


所謂「闇マリクと融合した『ラーの翼神竜』を倒せば、マリク助かる論」です。



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第206話 さよなら は いえない




前回のあらすじ
(神崎ごと)邪悪は滅びた!! ヨシ!!







 

 

 海の如き深い闇の中を一人の青年が沈んでゆく――彼の名はディーヴァ。

 

 

 量子キューブの力により、その身を暗黒粒子と一体化させられ、滅びをばら撒く厄災の依り代と化してしまった者。

 

 幾ら抗おうとも、身体は己が意思とは関係なく動き、訳の分からぬままに彼の心は深く深くへと沈められていく。

 

 

 きっと罰なのだろう。仲間の忠告を聞かず、復讐心を捨てることの出来なかった己への罰。

 

 

 だが、そんな闇の只中に沈むディーヴァへ一筋の光が差し込んだ。

 

 

『目…………さい』

 

 

 声が聞こえる。

 

 

『目をお開けなさい』

 

 

 懐かしき声が。

 

 

『ディーヴァ』

 

 

 暖かな声が。

 

 

 その声をディーヴァが聞き間違えることなどない。

 

「シン……様……?」

 

 差し込んだ光が、ディーヴァの身体に活力を取り戻させていく。そしてディーヴァは心のままに光へと手を伸ばした。

 

「――シン様! 生きて……生きておられたんですね!」

 

 その先にあったのは記憶の中となんら違わない恩人の姿。頭にターバンを巻いている違いはあったが、些細なものである。

 

 だが、伸ばしたディーヴァの手はシン様ことシャーディーに触れることはなく、その手をすり抜けた。

 

『いいえ、これは「    」が、最後に見せた一場の春夢』

 

 そうして今の己の状態を語って見せたシャーディーが、この奇跡的に生まれた時間を活用せんと口を開くが、身を切るようなディーヴァの声がそれを遮った。

 

「そんなことはありません! 今、貴方は僕の目の前にいる!」

 

『聞きなさい、ディーヴァ――私は貴方に謝らねばなりません』

 

「謝らないでください! 貴方はいつだって正しかった!!」

 

 語るべきことを語り終えたシャーディーが、その瞬間に消えてしまうのではないか、そんな確信めいた予感を否定するようにディーヴァは叫ぶが、現実は変わらない。

 

 やがて、そんな泣きそうな子をあやすようにディーヴァの頭に手を添えたシャーディーの視線が合わされる――そのシャーディーの温もり無き手が、否応なしにディーヴァへ現実を突きつける。

 

『あの時、私が倒れたことで、貴方たちに過酷な運命を背負わせてしまった。それは変えようのない事実です』

 

「僕は過酷だとは思っていません! 貴方の教えを継ぐことが辛い筈がない!!」

 

『もうよいのです――私の懸念は彼のファラオによって既に祓われました』

 

 終わってしまう。終わってしまう。終わってしまう。

 

 この奇跡の時間が、この奇跡の会合が、終わってしまう。

 

 シャーディーが語るべきことをディーヴァに告げ終われば、この奇跡の時間は終わってしまう。

 

 今のディーヴァにあるのは、如何にそれを回避するか。その一点。

 

『安心なさい。貴方たちを脅かす者は――』

 

「まだです! まだ千年アイテムを破壊しようとする者が残っています!! アイツは千年アイテムが人間の命で出来ているなんて、虚言で僕たちを惑わせた!!」

 

 ゆえにディーヴァは叫ぶ。まだ倒すべき相手はいるのだと、力を貸してくださいと、この奇跡を引き延ばして見せると、叫ぶ。

 

 シャーディーが「共に行きましょう」と言ってくれるだけで、ディーヴァは何だって出来る。この闇から脱することも、いや、それらを掌握することですら成して見せる。

 

「…………シン様?」

 

 だが、彼が望んだ言葉は告げられず、己が信じたくなかった現実を否定してくれない。

 

 信じていたのに、「そんな虚言に惑わされてはなりません」と言ってくれると信じていたのに、シャーディーから彼の望む言葉は告げられない。

 

 これでは、まるで――

 

「嘘……ですよね?」

 

『いいえ、真実です。古代エジプトにて二度に渡って多くの者が犠牲になりました』

 

 縋るようなディーヴァの声に、シャーディーは静かに語り始めた。それはシャーディーがファラオの守護者「ハサン」として駆けた3000年前の日々の記憶。

 

『一度目は国難を払う為に一人の神官の主導の元、七つの千年アイテムが盗賊たちの命を贄に生み出され』

 

 一度目は、神官アクナディンが、侵略者から国を守る為にその手を血に染めた。生み出された7つの千年アイテムは神官たちの手に渡り、国の宝として扱われる道を辿る。

 

『二度目は我が子を王位に押し上げんとする我欲に囚われた一人の神官によって二つの千年アイテムが生み出されました』

 

 二度目は、神官アクナディンが道を踏み外し、闇の大神官となって「セトを王位につける」という私欲を満たす為に、再び惨劇は繰り返された。

 

『その二つが、光のピラミッドと、量子キューブ――私は量子キューブを所持していた者を倒し、三千年の間、可能な限り浄化を施し続けたのです』

 

 生み出された2つの内の1つ――「光のピラミッド」は、闇の大神官アクナディンが「己が敗れた時の保険」として、彼の忠臣であったアヌビスごと固く封じられ、三千年の時を越えることとなる。

 

 もう一方こと「量子キューブ」は、企みに気付いたハサンことシャーディーの手によって奪取され、闇の大神官アクナディンの企みに利用されることはなかった。

 

 

 やがて史実では――

 

 復活した大邪神ゾーク・ネクロファデスと、それに従う闇の大神官アクナディン、

 

 ファラオであるアテムを筆頭にした神官団、

 

 そして愛する者を失った悲劇ゆえに己が道を進むと誓った神官セトが率いる者たち、

 

 この三陣営による三つ巴の戦いとなるも、アテムが命を賭して大邪神ゾーク・ネクロファデスを封じたことで、一先ずの終息を見せるが、今は割愛させて貰おう。

 

 

『三千年前に封じることしか出来なかった大邪神ゾーク・ネクロファデスを今度こそ祓う為に――と。ですが、その目的は既に果たされたのです』

 

「嘘だ……嘘だ、嘘だ! 嘘だ!! アイツが正しい訳がない! だって、アイツは欲深き者で! 嘘に塗れ、虚を重ねる――」

 

『私も彼の在り方に思う所はあります』

 

 そうして、千年アイテムの出自並びに製造法、辿る歴史に至るまで説明を終えたシャーディーだが、ディーヴァには受け入れられない。神崎の言を、在り方を信じることが出来ない。

 

 とはいえ、そこはシャーディーも強く否定できない部分だった。

 

 正直な話、シャーディーから見ても神崎のやり口は些か以上にアレである。「勝てば良いんだよ」とまでは行かないが、「あのさぁ」と言いたくなる程度にアレである。

 

 仮に全容を把握できようものなら、もっと頭を痛めることだろう。だが、それでも――

 

『ですが、あの者もあの者なりに戦う道を選んだのです』

 

 その全てを否定する気は毛頭なかった。

 

『恐れと戦う道を』

 

 そうして己の叫びを遮るように告げられたシャーディーの言葉に、ディーヴァは復唱するように小さく呟く。

 

「恐れを……」

 

 ディーヴァの脳裏にかつてシャーディーより教わった言葉が思い起こされる――「恐れが争いを生む」と。

 

『失ったものは決して戻りません。そこから目を背け、その恐れに囚われれば、己が掌にあるものすら取り零すことになる』

 

「シン……様……」

 

 やがてディーヴァたちにとって「失ったもの」であるシャーディーの言葉に、「己が掌にあるもの」ことセラを含めた仲間たちの顔がディーヴァの脳裏を過った。

 

『このような結末を辿らぬよう、記憶の世界にて戻った私に残されていた最後の力を《アンクリボー》に託したのですが……力及ばぬ結果を辿ってしまったようですね』

 

 そして彼なりに、ギリギリのラインで手を尽くしたものの、力不足の結果に終わったことを嘆くシャーディー。

 

 彼が《アンクリボー》に託した力は別のことに消費されてしまった後だったゆえに、ディーヴァたちと対峙した際には「カードという形」の「抜け殻」としか既に残っていなかったゆえの悲劇。

 

 そうして明かされた、シャーディーの献身にディーヴァは頭を殴られたような感覚に陥る。

 

 シャーディーからの教えを忘れ、己を案じてくれた仲間の忠告を無視し、身勝手な復讐心のままに動いていた己に「何をやっていたのか」と、不甲斐なさが募る。

 

「シン様……僕は……!」

 

「クリリー」

 

『どうやら、時が来たようですね』

 

 悔やむ心のままにディーヴァは懺悔するように叫ぶ――前に、その視界の端に浮かぶに天使の羽が生えた毛玉が、奇跡の時間の終わりを告げた。

 

 やがてシャーディーの姿が光に包まれた後、粒子状に崩れるように少しずつ消え始める。

 

「――ま、待って! 待ってください、シン様! 僕を! 僕を置いていかないで!!」

 

 そうして突きつけられる別れの宣告に、思わず縋りつくような言葉を飛ばす。シャーディーの教えを思い出したとはいえ、別れの辛さが消えた訳ではない。

 

 しかし、そんな迷いの残るディーヴァへシャーディーは向かうべき先を示し、告げる。

 

『いいえ、貴方たちは進むのです』

 

「シン様!!」

 

『さぁ、お行きなさい、貴方たちに相応しき次元――いえ……居場所へと』

 

 そして《ハネクリボー》に連れられ、還るべき場所へと還るシャーディーの身体は光の粒子となって消えていく。

 

 ディーヴァが幾ら涙を流し、叫ぼうとも、奇跡の時間はこれにてお終い。既に使命を終えたシャーディーに出来ることはもはやない。ゆえに――

 

 

『ディーヴァ』

 

 

 最後に優しくその名を呼んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……シン……様……」

 

「兄さん!!」

 

「ディーヴァ!!」

 

 地下神殿の冷たい石畳にて横たわるディーヴァから零れた呟きにセラとマニの心配気な声が木霊する。

 

 やがてゆっくりと瞳を開いたディーヴァの視界にシャーディーはおらず、嬉し涙を流す仲間たちの姿が映った。

 

「セ……ラ……? マニ、みんな……うぅ、僕は……」

 

 身体に残る倦怠感を余所に起き上がろうとするディーヴァには今の状況がいまいち把握できていない。

 

「今はそんなことを気にする必要はない――ディーヴァ、身体に問題はないか?」

 

「大丈……夫だ……一体なにが……」

 

「詳しいことは何も。ただ、兄さんの乱れたプラナーズマインドに呼応するように量子キューブが……」

 

 そんな彼を、マニを含めた仲間たちが労わるが、セラが語るようにプラナ側も正確に把握できている訳ではなかった。

 

 

 だが此処で、そうした彼らの中を割って入るように天井に浮かぶ地上絵を消しながら、歩を進めた人物が、ディーヴァを頭上から覗き込む。

 

「どうせ、千年アイテムの気まぐれだろうよ――コイツはこっちで預からせて貰う。貴様のようなガキが持つには過ぎたオモチャだ」

 

 そうして件の相手――トラゴエディアは、ディーヴァの近くに転がっていた量子キューブを片手に立ち去ろうとするが――

 

「シン様から頂い……た量子キューブを……」

 

「ククク、恩を仇で返すのがシャーディーの教えか?」

 

「……お……ん?」

 

 咄嗟に手を伸ばしたディーヴァの発言に、トラゴエディアは足を止めず、いつぞや告げた言葉を投げかける。

 

 

 だが、告げられた言葉に対し、未だ夢心地なのか曖昧な返事を漏らすディーヴァへ、セラが己の知る限りの情報を語った。

 

「変異した兄さんの暗黒方界をあの人が奪って、《ハネクリボー》にぶつけたんです」

 

「あれでもマァトの羽と同種のカーだ。復讐心に囚われた貴様のチンケな邪念を祓う程度は出来てもおかしくはないだろうさ」

 

「やつ……が……?」

 

「彼は、次元領域デュエルで……」

 

 トラゴエディアの注釈を余所に、神崎の姿を探すディーヴァだが、セラが僅かに視線を向けた後に目を伏せる。

 

 その視線の先には、トラゴエディアが足を止めた場にて倒れたまま動かぬボロボロになったスーツ姿の男が映った。

 

「おい、とっとと起きろ」

 

 そしてプラナたちの注目を一身に浴びるトラゴエディアは、倒れた神崎を乱雑に蹴り上げた。グキッと鈍い音がトラゴエディアのつま先から鳴る。

 

「おやめなさい! 死者を足蹴にするなど!!」

 

「オレがまだこうして存在できている以上、お迎えは先だ――しぶとさは折り紙付きだからな」

 

 慈悲もない行いを咎めるセラの怒声など、聞く気もないとばかりにつま先の痛みに耐えるトラゴエディアは、何食わぬ顔で共犯者の生存を語って見せた。

 

 

 その表情に嘘偽りが見えぬ姿が、セラの瞳に未知への恐怖となって宿る。

 

「貴方たちは一体……」

 

「貴様らの言っていた通りさ――欲に塗れた救いようのないクズだ。オレも……コイツ自身も『そう』思っているんだろうよ」

 

 思わず零れたセラの言葉に返るトラゴエディアは自分たちの有様をあっけらかんに語って見せる。それ以上でも以下でもないのだと。

 

 

 やがてプラナたちから困惑に満ちた視線を一身に受けるトラゴエディアを余所に――

 

 

「喋り過ぎですよ、トラゴエディア」

 

 声が響く。

 

「随分と無茶をしたもんだな」

 

「そんなつもりはありませんよ。勝算ありきでしたから」

 

 その声の主は、服の埃を払いながら立ち上がった橙色の液体の入った筒を首筋に突き刺す神崎の姿。

 

 己が身を賭して――な具合の特攻をした神崎だが、何も死ぬつもりは毛頭なかった。

 

「クリムゾン・ノヴァの攻撃が私の(マッスル)を抜けなかった以上、耐えられる範疇だと判断したまでです」

 

 暗黒次元領域デュエルの原因と思しき《暗黒方界神クリムゾン・ノヴァ》の攻撃で神崎の肉体を破壊できなかった以上、「己が死ぬ可能性は低い」と判断したのである。

 

 闇のゲームではなく「次元領域デュエル」であることが幸いした結果だった。

 

「クク、その『ザマ』も計算通りか?」

 

 とはいえ、ボロボロになったスーツ、首筋に何本も突き刺さった針のついた筒の中で揺れる橙色の液体、血と埃に汚れた身体――神崎の状態はトラゴエディアが揶揄するように無傷とは言い難い。

 

 見るも無残とは、このことか。

 

「そうなりますね」

 

――生憎、『こう』でもしないと碌に動けないんだよな……

 

 やがて中身の空になった注射器のような筒を首から引き抜いた神崎は、トラゴエディアが持つ量子キューブも含め、地面に転がっていた千年アイテムを集め――

 

「では、プラナの皆さん。どうぞ此方をお納めください」

 

 プラナたちが集まる只中にいたマニに向けて差し出した。

 

「相変わらず、貴様はよく分からんことをする」

 

 終始困惑気味な表情を見せるプラナたちの声を代弁するようなトラゴエディアの言葉が響く。だが、神崎からすれば当然の行為だった。

 

「これらは、デュエルの勝者である彼らが得る――当然でしょう?」

 

 デュエルの結果に従う――それが遊戯王ワールドの真理なのだと。

 

「だが、最後の攻撃が通っていれば貴様の勝ちだった筈だ。そして通す術もあった」

 

「いいえ、そもそも前のターンにセラさんが速攻魔法《エネミー・コントローラー》を不要なタイミングで発動したこともありますし、あの攻撃は本来通らないものです」

 

 しかし「勝てた勝負」と語るトラゴエディアの言を神崎は否定する。

 

 セラが速攻魔法《エネミー・コントローラー》で「クリボー」のいずれかを守備表示にしていれば次元領域デュエルのルールにより守備力分の200のダメージを受け、己は負けていたのだ、と。

 

「ですから、あのデュエルが私の負けで終わる結末は避けられませんでした」

 

「そんなものは『仮定の話』だ。実際にあのガキは下手なタイミングでカードを発動し、妨害手段の尽きた奴らを仕留める算段は整っていた。それに――」

 

 だが、トラゴエディアは吐き捨てるように語る。そう、先のデュエルでは「見過ごせぬ動き」があった。

 

「そもそも速攻魔法《機雷化》をあのふざけたタイミングで発動した貴様が『不要なタイミング』を語るのか?」

 

 それが速攻魔法《機雷化》により《方界超獣バスター・ガンダイル》を破壊した一幕。

 

 あの場面は、本来ならば守備力0を晒していた《方界超獣バスター・ガンダイル》を《クリボー》で戦闘破壊するべき場面だった。そうすれば速攻魔法《機雷化》を温存できた。

 

 そうして破壊効果を別のタイミングで使用していれば、後の流れは大きく変わっていたことだろう。

 

 癖の強い「クリボーデッキ」を扱い続けた男が「そんなこと」を見落とすなどと、トラゴエディアも思ってはいない。

 

 

「彼らを殺してでも勝ちをもぎ取れば良かった、と?」

 

 

 しかし、神崎から返って来た思わぬ返答をトラゴエディアは鼻で嗤う。

 

「命を狙って来たんだ。返り討ちに殺されても文句は言えんだろうよ」

 

「『人を殺すこと』は、いけないことですよ」

 

「どの口が言うのやら――まぁ、貴様のシナリオに文句は言わんさ。オレも今まで愉しんだ身だ」

 

 そして続いた神崎の返答に呆れたように鼻白んだ後、諦めたように肩をすくめた。今迄の神崎の行動を限定的であれど知る身としては、失笑を漏らしたくもなる。

 

「――と、そういうことですので、この千年アイテムはどうぞお納めください」

 

 やがて先のやり取りなどなかったように千年アイテムを差し出す神崎は語る。

 

「此方が『千年アイテムの破壊』を諦めた以上、我々に争う理由はない筈です。それとも私を『低次元』とやらに送りますか?」

 

 プラナたちが「シャーディーの仲間」と判明した段階で、神崎には争う気は皆無である。ゆえに完全降伏スタイルだ。

 

 そもそも神崎が「千年アイテムを破壊する」などとプラナたちのタブーに触れなければ、ぶつかることもなかった為、結果的に「喧嘩を売ってしまった」立場である神崎の腰はいつも以上に低い。

 

――恐らくだが、利己的な理由で力を行使すれば、彼らの言うところの理想郷には至れなくなる筈……とはいえ、セーフティラインが何処までか分からない以上、過信は出来ないが。

 

「どうしました? 受け取られないのですか?」

 

「マニ……」

 

「此方としても、安全に封じる方法が他にあるのであれば、あなた方に託しても何ら問題はありません」

 

 そうして打算も含んだ神崎の行動を前に、動けぬマニをセラが心配するような視線で見つめるが――

 

「受け取らないというのであれば、此方で破壊することになるので、どうぞ気にせず受け取って頂きたい」

 

「私に、シン様の教――」

 

「シン様ではなく、()()に問うています」

 

 逃げ道を塞ぐような神崎の物言いに言葉を詰まらせたマニは、暫しの逡巡の後に零す。

 

「…………何故だ」

 

「というと?」

 

「我らはキミを低次元に送ろうとした……だというのにディーヴァのことを含めて、何故……我らをこうも助ける」

 

 マニには理解できなかった。理由はどうあれ殺しに来た相手の命を助け、更にはその望みを対価もなしに叶えようとしている相手の姿が、唯々不気味だった。

 

 着ていたスーツもボロボロになり、身体も血と埃に汚れ、それでも変わらず貼りついた笑顔で友好的に振る舞う眼の前の男がマニには不気味で仕方がなかった。

 

 

――『低次元』と言われても、十二次元のいずれかであろう以外は疑問符しか浮かばないが……そういう話ではないんだろうな。

 

 とはいえ、当人の現状の把握具合はお粗末なものだったが。

 

 

 一応注釈しておけば、「精霊界」という別次元への移動手段を神崎が確立している以上、「低次元」という「別の次元」からでも恐らく普通に移動できる為、神崎からすれば、そもそも「意味のない行為」である

 

 懸念があるとすれば「低次元」の正確な座標が分からないくらいか。

 

 

 その為、マニたちが深刻に考える程、神崎は彼らを「脅威として認識していない」――ゆえの友好的スタンス。

 

 

 それでもマニの不安を感じ取ってか、神崎は儀礼的に芝居がかった仕草で礼をする。

 

「あなた方と敵対するより、友好的な関係を築く方が旨味が大きいと考えただけです――欲深き者なので」

 

 そうして最後に分かり易い茶目っけを見せて警戒心を下げようと苦心しつつ、顔を上げた神崎にマニは――

 

「…………受け取れない」

 

「マニ?」

 

 顔を伏せた。ディーヴァから思わず疑問めいた声が零れるが、それを脇に置きマニは語る。

 

「私には受け取れない。私は量子キューブに、千年アイテムに疑心を持ってしまった……ゆえに、受け取れない……」

 

 マニは今までのように量子キューブを含めた千年アイテムを妄信することが叶わなくなっていた。

 

 人間を材料としていることもそうだが、何より仲間のディーヴァが異形の化け物に変貌してしまった部分が大きい。

 

 人の手に余る代物――平たく言えば、そんな認識。

 

 そうして商談に失敗した神崎はならば、と――

 

「では、ディーヴァくん、ど――」

 

「――ッ! ぁ……」

 

 ディーヴァに千年アイテムを差し出そうとするが、神崎が一歩踏み出した段階で、ディーヴァは立ち上がらぬまま即座に後退った。その瞳には量子キューブへの恐怖が見える。

 

「これは失礼。『近づくな』との言を忘れていました。此処に置いておきますね」

 

 そしてデュエル前の執着は何処へ行ったのだと、プラナたちの掌返しに困惑する神崎は一旦、千年アイテムを石畳に綺麗に並べていくが――

 

「いいえ、わたしたちは受け取りません――構いませんね?」

 

 セラから告げられた強い意志の見える言葉に、神崎の動きはピタリと止まる。もはや、彼には何が正解なのか分からない。

 

「兄さんも」

 

「…………ぁ、ぁぁ」

 

「その場合、此方は千年アイテムの破壊を決行しますが、問題ありませんか?」

 

 やがてディーヴァの同意を若干強引に得つつ、仲間の納得を得たセラに、神崎は最終確認するように問いかける。

 

 プラナが管理しない以上、これは譲れぬラインだった。後、これ以上、揉めない為に言質が欲しかった。

 

「では一つだけ」

 

「一つとは言わず、幾らでもどうぞ」

 

 そうして指を一つ立ててながらセラが出した条件は――

 

「その破壊の現場に同席させてください」

 

「構いませんよ。では早速、準備に取り掛からせて頂きます」

 

 アッサリと通り、神崎は一礼した後に千年アイテムを再度回収し、儀式場の準備に取り掛かった。

 

 

 

 

 かくして神崎が、千年アイテムの破壊を成す為の儀式の準備に移る中、マニはおずおずとセラに確かめるように問う。

 

「セラ……これで良かったのか?」

 

「分かりません…………ですが、シン様のいない今、わたしたちが千年アイテムを扱うことは、荷が重いことも事実です」

 

 しかしセラの言う様に他に道がないことも事実だった。

 

 千年アイテムはおろか量子キューブの使い方でさえ、正確に把握していない彼らが使い続けようものなら、再び此度のディーヴァの異形化のようなことを引き起こしかねない。

 

「兄さんが『ああ』なった原因も分からない以上、他の者の手に渡らぬようにするのが最善……だと思います」

 

「セラ……済まない、僕が身勝手な復讐心に囚われたばかりに……」

 

「ううん、いいの、兄さん。わたしたちの額にプラナの証はまだ残ってる」

 

 やがて元の優しい兄に戻ったディーヴァの手を握ったセラは、自分たちなりに導きだした最善を信じ、瞳を閉じる。

 

「わたしたちの次元で、静かに次元シフトの時を待ちましょう」

 

 彼らは、ようやく己の意思で歩み始めたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて地面に並べられた7つの千年アイテム、光のピラミッド、量子キューブ――そして地面に幾重にも重ね書きされた摩訶不思議な文様の数々を含めた儀式場。

 

「最後にもう一度問うておきます――構いませんね?」

 

 最後に確認するように問うた神崎の言葉に、セラは小さく頷いた。

 

 

 そして雫のように落とされたデュエルエナジーが摩訶不思議な文様の上を奔り、輝きを放つ中で、七つの千年アイテム、量子キューブ、光のピラミッドがその光の中に呑まれて行く。

 

 その輪郭を曖昧にさせていく、古代の叡知によって生み出された黄金の輝きは、泡のように崩れ、空へと昇り――

 

「オレのようなクズ共の命を押し固めた割には存外、綺麗に散るもんだ」

 

 そうして、そんなトラゴエディアの呟きを最後に、古代三千年前の因縁深き宝物は、もたらされた恩恵・災厄を感じさせぬようにアッサリと霧が晴れるようにこの世界から消失した。

 

 

 

 

 

 

 

「さて、これで私の要件は済みましたが、皆様はどうなされるのですか?」

 

 かくしてプラナたちを取り巻く一件も幕を閉じ、今後ぶつからない為にも彼らの今後を神崎は問うも――

 

「…………わたしたちの次元世界にて、自身のプラナーズマインドに向き合いながら、次元シフトの時を待つことにします」

 

「さしずめ、『プラナ次元』と言ったところですか……分かりました。万が一、現代科学が其方の次元に届きうる可能性が出た場合は手出しさせないように、手を尽くしてみます」

 

 語られたセラの話に、神崎は不干渉を約束する。「次元シフト」もあくまで「プラナたちの中で完結する」のであれば、無理に介入する理由もない。

 

「ご配慮感謝します。そして此度は兄を、ディーヴァを助けて頂き、ありがとうございます。ですが、わたしたちには、礼として払える対価が――」

 

「いえ、お気になさらずに――あなた方から『量子キューブ』を頂いたようなものですから」

 

 やがて諸々の無礼を詫びるセラだが、神崎は気にしていないと返す。「千年アイテムの破壊」が叶い後続の憂いを断てただけで十分だった。

 

 シャーディーという親代わりを失った彼らから、これ以上のなにかを求めようなどと神崎に出来よう筈がない。

 

「私からも重ねて感謝を。しかし一会社に勤める身で次元干渉を制することが可能なのか?」

 

「断言はできません。あくまで『手を尽くす』だけですので」

 

 そうして再度感謝を告げつつマニは疑問を呈するが、返って来た言葉にその表情をピクリと固めた。

 

「どちらに転んでも其方に問題はない訳か……」

 

「欲深き者ですから」

 

 こうしてプラナたちは、己が次元へと帰っていく。次元シフトの時がいつになるかはさておき、彼らの中で燻っていた復讐心が晴れたことは僥倖であろう。

 

 

 今日、彼らは本当の意味で一丸となれたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 プラナたちが去った後、先のデュエルで荒れた地下神殿をもう一度ばかり修繕・掃除を終えた神崎は、綺麗になった地下神殿に達成感を覚えながら息を吐く。

 

「ふぅ、これで後続の憂いを完全に断てた訳ですが……トラゴエディア、貴方には――」

 

――アカデミアの設立には海馬社長主導で関われない以上、藤原の両親の死亡さえ防いでおけば、学力・実力の問題はさておき、アムナエルがアカデミアに潜り込むタイミングで介入すれば良いか。

 

 そして今後――所謂、次の原作シリーズであるGXの舞台である「デュエルアカデミア」設立の現段階での己が取るべきスタンスに思考を巡らせる神崎は、一先ずの考えを纏め――

 

「一先ずはアヌビスの代役で『世界を巡って貰う』ことになるかと。偶に顔を出す以外は、基本自由ですので、各地の観光でもして頂ければ」

 

 地下神殿の入り口で修繕・清掃が終わる時を退屈そうに待っていたトラゴエディアへ願いでる。

 

 それは「その手のオカルトの気配」に目鼻の利くトラゴエディアへ影武者ついでに最終確認の意味も込めた調査の要請。

 

――流石に、また私の知らない劇場版と思しき事件はない…………筈。初代推しを延々と続ける訳にもいかないだろうし。

 

 此度のプラナたちのような規模の大きい事件は流石にないと神崎は考えるが、それでもイレギュラーを体感した身としては、万が一の可能性を無視できなかった。

 

 

 だが、此処で神崎は違和感を覚える。

 

「トラゴエディア?」

 

 常日頃から退屈を嫌うトラゴエディアが何の反応も見せない。

 

 トラゴエディアは良くも悪くも己の欲に忠実だ。気に入れば「是」を返し、気に入らなければ「否」を返す。それは命を握られていようとも関係はない。ゆえに「無反応」はあり得ぬことであった。

 

 彼にとっては、その己の指針こそが何よりも重要ゆえに。

 

 

 

「フフふフ、ハハは……クックッく、どうやら『時』というヤツが来たようだ」

 

 

 そして声の主へと視線を向けた神崎の瞳に映ったのは、身体中にヒビが入り始めたトラゴエディアが嗤う姿。

 

「まさかアレがオレの未練だったとはな」

 

 そうして己を嗤うトラゴエディアに、神崎は現状を悟る。

 

――そう……か。恐らく、千年アイテムにされた同胞の解放が、ダークシグナーとしての未練だった。

 

「あんなクズ共でも、オレにとっては存外、大切な奴らだったらしい」

 

 やがて自嘲気にクツクツと笑みを零すトラゴエディアの言を神崎は否定する。

 

「そうでしょうか? 貴方は自分で思っている程、冷たい人間ではないと私は思いますよ」

 

「オレが、か?」

 

「潜入していたゆえに難を逃れたのなら、そのまま雲隠れすることだって出来た筈です」

 

 思わぬ言葉に馬鹿馬鹿しいと一笑に付そうとするトラゴエディアへ神崎は語る。

 

 原作知識ゆえに知りうることだが、トラゴエディアは常に同胞の為に動いていた。

 

 普通に考えれば、たった1人で、国家を相手取るなど無謀の極みでしかない。

 

 復讐対象が「王の殺害」ならば、まだ可能性はあるやもしれないが、「千年アイテム」に関わる者となれば、ファラオと全ての神官を相手取ることになるのは明白だ。

 

 その無謀さが分からぬ程にトラゴエディアは阿呆ではない。

 

「ですが、貴方は仲間の仇を取ることに決めた」

 

 だが、それでもトラゴエディアは復讐を敢行した。

 

「数千年もの気が狂いかねない程の期間封じられても、己の愉しみを優先すると言いつつも、決して復讐は止めなかった」

 

 それは己の心臓を奪われ、封印されようとも、

 

 不完全ながら復活を果たし、国含めた神官たちが滅んだ後でも、

 

 復讐を止めれば、悠々自適に暮らせる状況であっても、

 

 彼は復讐を止めることは決してなかった。

 

 

 これを友愛と呼ばずして何と呼ぶ。

 

 

「貴方は私などより仲間想いな優しい方ですよ」

 

 同胞の無念を晴らす為に足掻き続けたトラゴエディアに対し、その大切な者へ背を向け見捨てた神崎。

 

 どちらが「仲間想いか?」と問われれば、返す言葉は一つだろう。

 

「クくク、ハハは!! 優シい? オレが? ハはハ、馬鹿を言うな!」

 

「誰にだって、大切ななにかの一つや二つはあるものです」

 

 質の悪いジョークだとゲラゲラと嗤うトラゴエディアだが、どれ程までに救えない悪党であっても、「誰かを大切に思う気持ち」までもが皆無な訳ではない。

 

 そう語る神崎の姿に、トラゴエディアは根負けしたようにため息を吐く。

 

「そうか……そうなのかもしれんな」

 

 やがて懐から己のデッキケースを取り出し、神崎へと放り投げた。

 

「オレ……いや、かつてはオレだったものだ――くれてやる」

 

 そうして地面に転がったデッキケースの一番上のカードには、彼も良く知る蜘蛛のような異形の悪魔の姿が見える。更に――

 

「此方のカードは?」

 

「そっちは知らん。あの究極の闇のゲームとやらが終わった後に、オレのデッキに混じっていた。フフッ、存外ゲームクリアの特典かもしれんな」

 

――魔物(カー)の喰い合いの末の産物の可能性の方が高そうだが……

 

 見慣れぬカードの存在に、双方がそれぞれの予想を並べるが、どちらの論も証明できぬ以上、あまり意味はない。

 

 

「あア、そろソろ限界のようダ……最後ってのは、どウにも慣れン……」

 

 やがてトラゴエディアの身体がボロボロと崩れ始めていき、限界が近いことは明白。だが、その表情は不思議な程に穏やかだった。

 

 今の彼には未練はない。後悔もない。

 

「オレのようなクズには……少しばかり上等過ぎる最後だ」

 

 そう、らしからぬ感情を抱いてしまう感覚に、トラゴエディアは包まれていた。

 

「なぁ、神崎」

 

「なんでしょうか?」

 

 ゆえに口が緩んだ。

 

 

「もう、いいんじゃないか?」

 

 

 思わずといった具合に零れたトラゴエディアの言だが、対する神崎はいつもの笑顔を浮かべたまま黙し、返答はしない。

 

 そうして暫し互いの視線が交錯する中――

 

 

「……相変わらず頑固な奴だ」

 

 諦めるように息を吐いたトラゴエディアは、小さく笑みを浮かべ――

 

 

「ありがとうよ」

 

 

 そんな短い言葉と共に、その身体は完全に崩れて消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて先程までトラゴエディアがいた場所を呆けたように眺めていた神崎だが、内ポケットから響く着信音に意識を引き戻す。

 

 そして懐から取り出した携帯電話を片手に、地下神殿の出口へと歩を進めた。

 

――着信が凄いことになっているんですけど……闇のゲーム空間では電波通らないんだな……

 

「はい、神崎で――これはモクバ様、此度は連絡が遅れてし―――書面でお伝えしたようにトラブルに巻き――いえ、あのですね――はい、今から戻りますので――――」

 

 受話器越しに聞こえる心配そうなモクバからの声に、いつものように己を見せず対応する神崎は、通信を終えた後に携帯電話を懐に戻そうとしてピタリと固まる。

 

「……戻る前に、まずはスーツ一式を新調しないと」

 

 なにせ、彼が来ていたスーツは酷くボロボロで、至る所にポケットが増産されていた有様。

 

 このままKCに戻れば、いらぬ追及を受けかねない。ゆえに、帰路の予定を修正しつつ地下神殿の出口にて、見納めとばかりに振り返った後、神崎は先を急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………何も言えなかったな」

 

 

 利用していた身で、何を告げるというのか。

 

 

 

 

 






トラゴエディア、死亡(成仏)



これにて「闘いの儀編」――完結になります<(_ _)>

DM編も残すところ「DSOD編」のみとなりましたが、藍神の問題が既にクリアされているので、サクッと終わるかと。


そして「DM完結後のIF話」のアンケートもこれにて締め切りとさせて頂きます。

多くのお声を頂き、感謝の気持ちでいっぱいです。



Q:量子キューブを生み出したのってアクナディンなの?

A:千年アイテムの製造方法を熟知しているのが彼しかいない為、ほぼ確実かと。
光のピラミッドの前例もありますし
(原作では明言されていないので、あくまで「今作では」になりますが)


Q:《アンクリボー》ってシャーディーの仕込みだったの!?

A:頭に千年錠(っぽいもの)がついている魔物(カー)が、千年錠の担い手であるシャーディーと無関係な訳ないでしょ!(暴論)

流石にシャーディーが何一つ手立てを打っていないのは不自然だったので、今作のオリジナル仕込み(設定)になります。


Q:結局プラナたちを集めたシャーディーの目的って何?

A:原作の劇中の様子を見るに詳細は不明。
原作の真意を読み取れぬ不甲斐ない作者で済まねぇ……

一応、作者の一個人の推察では――
恐らく「大邪神ゾーク・ネクロファデスをアテムたちが倒せなかった場合」の「保険」なのかと。

完全復活して現実世界に現れた大邪神ゾークを、ディーヴァたちのプラナーズマインドを用いて別次元に幽閉する――サブプランみたいな感じ……かな? 多分(頭から煙)

仮にゾークの幽閉に失敗しても、地球上の人間を高次の次元に避難させられますし(なお選民される)

そしてアテムたちがゾークを倒せた場合は、プラナの力で人類の発展が可能でしょうし(なお本編)





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DM編 第13章 劇場版 DSOD編 光 と 影
第207話 最後の希望





前回のあらすじ
「失ったものは決して戻りません。そこから目を背け、その恐れに囚われれば、己が掌にあるものすら取り零すことになる」

シン様のありがたいお言葉や――聞いとるか、神崎?









 

 

 KCのデュエル場にて、ジーク・ロイドは膝をつき、項垂れていた。

 

 

ジークLP:4000 → 0

 

 己のライフが0であることを示す音が、自身のデュエルディスクから鳴り響く中、己を見下ろす相手を見上げるジーク。手も足も出なかった。

 

「こ、これがカードの貴公子の実力か……!」

 

「ふぅん、詰まらんな」

 

 その視線の先にあった冷たい視線に対し、敗北感に項垂れるジークを余所に海馬は己の右腕についた腕輪へとチラと視線を向けた後、ジークへの興味を失ったように踵を返し立ち去って行く。

 

 

 

「磯野、進捗状況はどうだ」

 

「ハッ! エネルギー総量に関しては問題ありません! 他の目ぼしいデュエリストですが――」

 

 やがて歩を進める海馬に並んだ磯野に己の計画の状況を問うが――

 

「構わん。これ以上、質を落とせば純度が落ちるどころか、張り合いすらなくなる」

 

 とある一室に入ったと共に磯野の言を断ち切った海馬は、背後に立つ磯野を余所に天を貫かんばかりにそびえ立つオベリスクの如き塔を見やった。

 

 

――あの闘いの儀から1年、ついに此処まで漕ぎ着けた。

 

 

 此処に至るまでに海馬が払った労力は並大抵のものではない。

 

 

 だが、それを苦だなどとは海馬は欠片も思ってはいなかった。

 

 

――待っていろ……

 

 その全ては己が果たすべきたった一つの野望の為。

 

 その全ては己の望みであるたった一つを叶える為。

 

 その全ては己が相まみえるべき、たった一人の為。

 

 

――遊戯(アテム)ッ!!

 

 

 その瞳は唯一人を見据えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 童実野町の童実野高校にて、卒業を間近に控えた遊戯たちは残り少ない学生ライフを満喫していた。

 

 そんな学園ライフのお昼時、屋上にて友人たちと共に弁当やらパンやらを並べ昼食の一時を過ごしていた遊戯へ、城之内は己の手の中の1枚のカードをグッと眼前に押し出す。

 

「遊戯! これを見てみろよ!!」

 

「う、うん、プロデュエリストのライセンスだよね」

 

「そーなんだよ! やっとプロテスト受かってよー!」

 

 城之内の手に握られていたのは「プロライセンス」――所謂「プロデュエリストの証」。とはいえ引き気味な遊戯の表情から察せられるに――

 

「もう朝から何十回も聞いたぜ……」

 

 本田が言う様に、この話題は朝からウンザリする程、城之内の口から語られたものだった。最初の頃は我がことのように喜んだとはいえ、流石にこうも間を置かずに繰り返されれば辟易することだろう。

 

「ばっか、よーやく! これで俺の進路が決まったんだぞ! 100回は聞いてくれ!」

 

「つっても、ランクは一番下のヤツなんだろ? スポンサーもいないんじゃ殆ど決まってねぇも同然じゃねぇか」

 

 それに加え城之内の「進路が決まった」との主張も本田の言う様に「レーサーを目指す男が免許を取った」くらいの立ち位置である。先は未だに長い。

 

 だが、そんな友人の声に城之内は指をそれらしく振りながら胸を張って返す。

 

「ちっちっち、甘いな本田! 卒業したら直ぐ、渡米して大会出まくって! 稼いだ賞金を遠征費とかに当てて城之内伝説を打ち立てんだよ!! 渡米する為の金も、バイト代で溜まったからな!!」

 

 これが城之内の進路――出たとこ勝負どころではないが、デュエルの腕に自信があるのならば不可能とは言い切れないのが、また反応に困る。

 

 その道中は過去「バンデット」と呼ばれたデュエリストの歩みに似ているが、果たして偶然なのか。

 

 つまるところ、プロライセンスがあれば参加できる大会の幅も大きく広がり、各デュエルリーグの参入もスムーズに行えるゆえの荒業。だというのに――

 

「なのに、今の今までライセンス取れてなかったのね……」

 

「牛尾と、蛭谷とで机とにらめっこしてた期間が長かったからなぁ……」

 

 杏子と本田の呆れ気味の視線が雄弁に語るように、卒業を目前に控えた今日この日までプロライセンスの入手が成せていなかったのは、如何なものか。

 

 その事実に御伽は不思議そうな表情を見せる。

 

「えっ? 一番下のライセンスの取得にはデュエルの実力を示す以外は、一般常識とか、礼儀やマナー的な心得くらいでそんなに難しくなかったと思うんだけど……」

 

「城之内、まさかアンタ――そのレベルにずっと受からなかったの?」

 

 なにせ、城之内がようやく取得したプロライセンスは一番下の比較的簡易のもの――入手難易度もそこまで高くはない。城之内の実力を鑑みれば直ぐに受かっていないのは不自然だ。

 

 ゆえに一同の疑問を代弁するような杏子の声に、城之内は痛いところを突かれたと若干声を荒げる。

 

「う、うるせぇ! 一般常識の中には『平均的な最低限の学力』が必要だったんだよ!!」

 

「最低限すらなかったのね……」

 

「まぁ、城之内のヤツは、今まで勉学とは無縁だったからな……」

 

 そう、杏子と本田の懸念通り、今迄、勉学を疎かにしていたツケが城之内を苦しめたのだ。

 

 デュエル方面の試験は、持ち前の実力で容易に突破できたゆえに、「筆記で落ちる人はそこまでいない」と言われるデュエル以外の部分を何度も落ちまくった城之内は、ある種の有名人である。

 

 関係者に「あの人、また来たよ……今度こそ受かってくれよ」と物言わぬ視線を幾度も浴びる程だった。ちなみに城之内の筆記突破の際はスタンディングオベーションがなされたが余談である。

 

「遊戯は――」

 

「あっ、ごめん、杏子。ちょっと電話が来ちゃって!」

 

 そうして城之内の奮闘の話題を遊戯に振る杏子だが、当の遊戯はスマホ片手に両手を合わせて小さく謝罪した後に席を外した。

 

「遊戯……」

 

「ん~、ここんとこ、遊戯のヤツ忙しそうだよなぁ……」

 

 思わず伸びた手が空を切る杏子の横で城之内は、最近の遊戯の動向に意識を向ける。「付き合いが悪くなった」とは言わないが、闘いの儀を終えた後から、どうにも遊戯はアレコレと動いている様子が見える。

 

「プロ目指すお前みてぇに、遊戯も『ゲームデザイナー』目指して頑張ってんだよ」

 

「でも、それって遊戯のお爺さんのお店を手伝いながら、って話じゃなかった?」

 

 本田の予想も、杏子を納得させるには至らないが――

 

「大会に作品をエントリーさせるなら、あのくらいは普通だよ?」

 

「おっ、流石『D(ダンジョン)D(ダイス)M(モンスターズ)』の開発者――言うことが違うな!」

 

 既にゲームデザイナーとして学生ながらに精力的に活動する御伽の主張を受け、その背中を本田が豪快に笑いながらバシバシと叩く光景に、一先ずの納得がなされた。

 

「そう……なのかしら」

 

「つーか、獏良のヤツ、遅っせぇなぁ……またファンの奴らにでも捕まってんのか?」

 

 そんな中、城之内がいつものメンバーの中の1人、獏良 了が未だに合流しない事実に気を向ける。最初はトイレにでも行ったのかと思っていたが、流石にこうも遅いと心配になろう。

 

 そんな「獏良くんはトイレなんかいかないもん!」なんてことを言われかねない城之内を余所に――

 

「あっ、グラウンド! 獏良くんと――ミホ? 何か話してるわね……」

 

 ふと視線を屋上の下に向けた杏子が指差した学校内のグランドにて件の人物は発見された。

 

 ただ、その周囲にはまばらながら人が集まっており、その中心にいる獏良を指さし何やら話しながらデュエルディスクを装着する野坂ミホの姿が見える。

 

 やがて審判を務めていると思しきレインが何時もの無表情ながらにキビキビした動きでフラッグを振り下ろし、デュエルが開始された。

 

 とはいえ、杏子からすれば「どういう……ことだ……?」な光景だったが。

 

「アレは多分、今流行りの『LOVEデュエル』じゃないかな?」

 

「…………ラブ……なに?」

 

 そんな不思議な光景に理解を見せた御伽の発言に、杏子は頭痛を堪えるように頭を押さえた。なんにでもデュエルが絡むな――と。

 

「『LOVEデュエル』――好きな相手にデュエルで思いの丈をぶつけるんだよ。告白の新しい形だね」

 

 LOVEデュエル――それは本来であれば遊戯王GXの時間軸で披露される愛の儀式。

 

 まさに青春の中で進化したデュエル……そこに情熱をかけ、提唱した恋の伝道師たるデュエリスト、ン~JOIN(ジョイン)!!を、人々は――ブリザード・プリンスと呼んだ……

 

 

 閑話休題。

 

「勝ったら、付き合うのか?」

 

「ハハ、違う違う。あくまで告白の一環だから、勝ち負けは関係ないよ。手紙で告白するみたいに、デュエルで告白するだけさ」

 

 とはいえ、城之内の疑問に御伽が軽い調子で答えたように、特に強制力のあるものではない。愛とは何者にも縛られぬ自由な存在なのだ。

 

「ミホちゃん、遂に…………いや、俺はキミを応援するぜ!! 頑張れー!!」

 

 かくして、かつての想い人の恋のアタックを応援し始めた本田だが、顔色を悪くしながらピタリと止まり、振り返り叫びながら縋る。

 

「――ハッ!? おい、城之内! ……いや、やっぱ御伽! 二人のライフは両方とも2000になっちまったけど、デュエルはどっちが優勢なんだ!?」

 

 この中で一番デュエルに詳しそうな(遊戯は電話中でいないので)御伽に縋る本田。応援する身では、勝負の途中経過は気になるところ。

 

「俺に聞けよ!!」

 

「えーと、獏良くんのフィールドは儀式召喚した《精霊術師(エレメンタルマスター) ドリアード》と、魔法カード《同胞の絆》でデッキから呼びだされた《火霊使いヒータ》と《地霊使いアウス》がいるだけ……」

 

 城之内の魂の叫びを余所に、御伽が現在までのデュエルの情報を振り返るが――

 

「セットカードが多いのが気になるけど、野坂さんも前のターンで展開は終えているし、まだどっちが優勢って状況じゃないかな」

 

「そ、そうかー」

 

 デュエルが始まった序盤も序盤ゆえに、勝敗の天秤が明確には傾いていなかった。

 

「だから俺に聞けって、本田!!」

 

「あっ、ミホが動くみたいよ」

 

「ホントか!? 行っけー、ミホちゃーん!!」

 

「おい、本田! 俺に――」

 

 やがてLOVEデュエルの愛の脈動が一際大きくなったとギャラリーがザワザワし始める中、叫ぶ城之内を余所に、一同は身を乗り出しながらグラウンドで行われるデュエルを注視する。そこには――

 

 

野坂ミホ LP:2000 手札5

《氷結界の水影》 《氷結界の御庭番》 《氷結界の術師》

永続魔法《水神の護符》 伏せ×2

VS

獏良 了 LP:2000 手札3

精霊術師(エレメンタルマスター) ドリアード》 《火霊使いヒータ》 《地霊使いアウス》

伏せ×5

 

 ご機嫌な具合の野坂ミホが手札の1枚のマイフェイバリットカードをデュエルディスクに叩きつけていた。

 

「ヴァニティくんを召喚! そして罠カード《メタバース》発動! デッキのフィールド魔法《湿地草原》を発動しちゃうから! これで、レベル2以下の水属性・水族のみんなは攻撃力が1200もパワーアップ!」

 

 フィールドに広がる湿地地帯に降り立つのは、黒髪ながらも何処か獏良と似た髪型をした紺の道着を纏った鋭い視線の青年が足元の水場に波紋から力を受けつつ、指を二本立て印を組み、

 

《リチュア・ヴァニティ》 攻撃表示

星2 水属性 水族

攻1000 守 800

攻2200

 

 さらに前のターンからフィールドに居た紫の忍び装束で口元が隠されながらも凛々しい面構えが隠しきれぬ青年が、一本に結んだ金の髪を揺らし、

 

《氷結界の水影》

攻1200 → 攻2400

 

 肩の出た装束に身を包む幼さの残る甘いマスクこと顔立ちをした白髪の少年が2本の剣を左右に携え、長い青のマフラーが風にたなびき、

 

《氷結界の御庭番》

攻100 → 攻1300

 

 茶のヘルメットを被ったワイルド感タップリの僧が、氷結の如き錫杖を振り上げた。

 

《氷結界の術者》

攻1300 → 攻2500

 

「これで前のターンに、魔法カード《同胞の絆》で呼び出したカードも含めて4体のイケメ――モンスターが勢ぞろい!」

 

 それら見目麗しい青年たちは、まさに野坂ミホの命に従う騎士団――騎士っぽいのいないけど――の如く、そして主の剣となる。更に――

 

「さらに魔法カード《アクア・ジェット》を発動! 水族の御庭番くんの攻撃力を1000アップ!」

 

 2つのジェットエンジンがついたサーフボードのような翼が空に駆ける中、その翼の上に《氷結界の御庭番》は左右の剣を羽に見立てて跳躍した後、器用に飛び乗った。

 

《氷結界の御庭番》

攻1300 → 攻2300

 

「でたわ! ミホのマジックコンボよ!!」

 

「《アクア・ジェット》で吹っ飛ばして行く気ね!」

 

「みんなGOODスマイルだわ!」

 

 やがてギャラリーの獏良のファンがなにやらよく分からない声援を送る中、野坂ミホは獏良を指さし宣言する。

 

「バトル! 水影くんは氷結界の仲間がいる時、ダイレクトアタックできる! 獏良くんに届け、わたしの想い!! 行って、ミズカゲ(水影)くん! でんこうせっかー!」

 

 その声に従い《氷結界の水影》がうねった波の上を奔りながら、宙を舞い空より獏良に向けて水飛沫を上げながら駆け、クナイを放った。

 

「水影さんの攻撃力は2400! これを通せば、獏良くんは!!」

 

「待つのよ! 獏良くんだって、永遠に独り身な訳がないわ! でも私たちも良く知っているミホなら! ミホならまだ!」

 

「そうよ! どこの誰とも知れぬ相手にキャプチャーオン! されるくらいなら、いっそ――」

 

「いや、別にデュエル勝っても交際OKするかは獏良次第だろ?」

 

「部外者は黙ってて!!」

 

 この攻撃が通れば当然獏良のライフが0になる。恋の運命がかかった一撃を前に絶叫するような獏良のファンの声が響く中、冷静に突っ込みを入れる部外者の牛尾の発言は封殺され――

 

「なら、罠カード《攻撃の無敵化》を発動するね。これで僕はこのターン、戦闘ダメージを受けないよ」

 

「だったら、こう! 罠カード《アサルト・スピリット》を発動! 自分が攻撃するダメージ計算時、手札の攻撃力1000以下のモンスターを墓地に送って、その攻撃力分だけ水影くんをパワーアップ!!」

 

 獏良が窮地を脱する為に発動させたリバースカードによって放たれたクナイは光の壁に遮られるが、《氷結界の水影》の背後より、援護に来たるは――

 

「ダメージが発生しないのに、攻撃力を上げる!?」

 

「ミホ、一体なにを考えているの!?」

 

「わたしが墓地に送るのは――攻撃力1000の《ソニック・ウォリアー》!」

 

 緑の装甲に覆われた機械仕掛けの戦士。

 

 だが、この《ソニック・ウォーリアー》――ただの戦士ではない。野坂ミホがイケメンカードじゃないにも拘わらず、長らく共に歩んできたカード。

 

 さらに将来的に幾度となく伝説の蟹頭のデュエリストを救う――予定があるかもしれないカード。

 

「あ、あれは!? ミホが使い続けてきたカード!」

 

「どんなにレベルが低くても、どんなに攻撃力が低くても――」

 

「――ミホのデュエルをずっと支えてきた仲間よ!」

 

 まさに伝説のチームのラストランを思わせる粋な演出に獏良のファンたちも熱く拳を握る。

 

 そんな伝説(予定)の《ソニック・ウォリアー》が空に飛行機雲を描いて消えていった姿に、《氷結界の水影》は追加のクナイを放った。

 

 まぁ、罠カード《攻撃の無敵化》によって生まれた光の壁に阻まれるのだが。

 

《氷結界の水影》

攻2400 → 攻3400

 

「そして《ソニック・ウォリアー》が墓地に送られたことで、効果発動! フィールドのレベル2以下――わたしのイケメ……カードたち全ての攻撃力が500ポイントアップ!!」

 

 だが、その闘志までもが弾かれる訳ではない。《ソニック・ウォリアー》が空に描いた熱意に後押しされるように、水もしたたる美男子たちの気力を満ちさせていく。

 

《リチュア・ヴァニティ》

攻2200 → 攻2700

 

《氷結界の水影》

攻3400 → 攻3900

 

《氷結界の御庭番》

攻2300 → 攻2800

 

《氷結界の術者》

攻2500 → 攻3000

 

「でも罠カード《攻撃の無敵化》でダメージはないよー」

 

「は~、次のターンに備えて攻撃力上げといたか」

 

「ミホ、本気なのね……本気で獏良くんのハートをゲットだぜしちゃう気なのね……」

 

「たとえ火の中、水の中であろうとも勝利を掴み取らんという意思が鋼の輝きを見せているわ!!」

 

「(此処までくれば)行くっきゃないわ! やるっきゃないわ!!」

 

 間の抜けた声を漏らす獏良に対し、野坂ミホの狙いを察する牛尾、謎のテンションの獏良のファンたち。

 

「でも、まだ私の攻撃は止まらないから! ヴァニティくんで《精霊術師(エレメンタルマスター) ドリアード》を攻撃!! みずてっぽー!」

 

 その声援に後押しされるように《リチュア・ヴァニティ》が印を組んだ指を天にかざせば、湿地地帯から水がうねりを上げて、丸く赤い帽子から橙色の長髪がのぞき、白い法衣に青いケープを纏った女性《精霊術師(エレメンタルマスター) ドリアード》に迫った。

 

「うーん、なら僕は永続罠《憑依解放》を発動するね。これで僕の霊使いたちは戦闘では破壊されないよ」

 

「でもでも、《精霊術師(エレメンタルマスター) ドリアード》は霊使いじゃない! お願い、ヴァニティくん! 私の想い、獏良くんへ届けて!」

 

 やがて獏良が発動されたカードを素通りして、鉄砲水の如き水撃が《精霊術師(エレメンタルマスター) ドリアード》をウォータースライダーの如く流し飛ばした。

 

「ドリアードが破壊されちゃったから、永続罠《憑依解放》の効果でデッキから守備力1500の魔法使い族――《水霊使いエリア》を裏側守備表示でセットだよ!」

 

 しかし、そうして増水した水が引いた後には、新たな裏守備表示のカードが浮かび上がる。

 

「きゅうしょにあたった~!!」

 

「効果は抜群よ!!」

 

「これで獏良くんもメロメロ状態になった筈!!」

 

「いや、デュエルに、んな処理ねぇよ」

 

 そんな最中、ミホのLOVEアタックが通った事実に拳を握る一同。呆れ顔の牛尾。無言で旗をパタパタしてバトルフェイズの終了を周囲に知らせるレイン。

 

「これ以上の攻撃はできないけど、次のターン、水影くんでダイレクトアタックすれば良いだけだし、私はカードを2枚セットしてターンエンド! 絶好調ー!」

 

「そのエンド時に罠カード《憑依連携》を発動するね! 手札・墓地から守備力1500の魔法使い族を攻撃表示か裏側守備表示で特殊召喚! 僕は《風霊使いウィン》を蘇生!」

 

 そうして、ルンルンでピースし、ターンを終えた野坂ミホに水を差すように、獏良は緑の髪をポニーテールにして結った土色のコートを羽織った少女が、身の丈程の杖と共に相棒の小さなドラゴンを引き連れ、フィールドの仲間の霊使いの元に駆け付ける。

 

《風霊使いウィン》 攻撃表示

星3 風属性 魔法使い族

攻 500 守1500

 

「この時、僕のフィールドの属性が2種類以上の時、相手の表側のカード1枚を破壊できるよ――僕は永続魔法《水神の護符》を破壊!」

 

 やがて獏良のフィールドの赤い長髪をざばらに伸ばした小さな狐を連れた霊使いの少女《火霊使いヒータ》と、

 

 角と羽の生えた小さなビーバーを連れた茶色のショートカットに眼鏡が特徴の霊使いの少女《地霊使いアウス》が互いに杖を交差させれば、大地から飛び出たマグマの槍が野坂ミホのフィールドのカードの1枚を貫いた。

 

「うっ……ターンの終わりに罠カード《アサルト・スピリッツ》の効果が切れて水影くんの攻撃力は戻っちゃう」

 

 己のモンスターたちの効果破壊を守るカードが消えたことに心配気な声を漏らす野坂ミホ。

 

《氷結界の水影》

攻3900 → 攻2900

 

野坂ミホ LP:2000 手札1

《リチュア・ヴァニティ》 《氷結界の水影》 《氷結界の御庭番》 《氷結界の術師》

通常罠《アサルト・スピリッツ》 伏せ×2

フィールド魔法《湿地草原》

VS

獏良 了 LP:2000 手札3

《火霊使いヒータ》 《地霊使いアウス》 《風霊使いウィン》 《水霊使いエリア》(裏守備)

永続罠《憑依解放》 伏せ×2

 

 

 だが、互いの盤面の枚数は凡そ互角とはいえ、獏良のモンスターでは些か火力不足だった。

 

「僕のターン、ドロー! 魔法カード《死者蘇生》で《精霊術師(エレメンタルマスター) ドリアード》を復活!」

 

 そうした獏良の不利を覆すべく駆けつけるのは、先程、川流れした《精霊術師(エレメンタルマスター) ドリアード》が、サーフボードに乗りながら帰還。

 

 やがてボードから跳躍し、教え子の如き霊使いたちの元に降り立ち、歓迎を受けた。

 

精霊術師(エレメンタルマスター) ドリアード》 攻撃表示

星3 光属性 魔法使い族

攻1200 守1400

 

「そして罠カード《風林火山》を発動!」

 

 そんな最中、此処で獏良は一発逆転をかけたカードを発動させる。

 

「風・地・炎・水属性のモンスターがいる時、『2枚ドロー』『相手の手札2枚破壊』『相手フィールドの魔法・罠全て破壊』『相手のモンスター全て破壊』の内の1つを選べるんだ」

 

「えっ!? でも獏良くんのフィールドには水属性がいないよ!? だって、《水霊使いエリア》リバースしてないもん! も~う、獏良くんったら、慌てん坊さん♪」

 

「《精霊術師(エレメンタルマスター) ドリアード》は 風・地・炎・水属性としても扱うんだよー」

 

「なにそれ、ズルい!?」

 

 《精霊術師(エレメンタルマスター) ドリアード》の隠された効果に、驚きに満ちた顔で理不尽を嘆く表情を見せる野坂ミホだが、その内ではほくそ笑んでいた。

 

――なーんちゃって、モンスターが破壊されても罠カード《激流蘇生》があるから、平気だしー! しかも効果ダメージも与えちゃうから獏良くんのライフも――

 

 なにせ、モンスターを守る術は用意されており、なおかつ、このデュエルに幕を引くカードを潜ませている。

 

 霊使いたちの攻撃力が500と貧弱な以上、獏良は野坂ミホのモンスターをなんとしても除去しなければならない。

 

「僕は……そうだなー、魔法・罠カードの破壊を選ぶね!」

 

 なんて予想を立てていた野坂ミホの考えは、他ならぬ獏良から否定された。

 

 かくして《精霊術師(エレメンタルマスター) ドリアード》の祈りと、後ろで応援する霊使いたちの力が風・水・火・土の4つのエレメントの輝きとなって周囲に降り注ぐが――

 

「!? ちょ、ちょ~と待った~! (獏良くんへの)想いは断ち切らせない!」

 

 その予想外の事態を脱するべく野坂ミホは慌てて伏せカードを発動させる。

 

「罠カード《海竜神の加護》! これで、このターン私の水属性レベル3以下のモンスターは破壊されないから!」

 

「でも、フィールド魔法《湿地草原》含めて破壊されるから、野坂さんのモンスターの攻撃力は下がるよ」

 

「でもでも、大丈夫! 《ソニック・ウォリアー》の効果の分のパワーアップは残るし、獏良くんのモンスターの攻撃力はどれも低いもん!」

 

 かくして、己が仕込んだ罠もろとも湿地地帯が消えたことで、周囲に元のグラウンドが戻り、野坂ミホのモンスターたちが攻撃力を大きく落とすが、その有利は崩れない。

 

《リチュア・ヴァニティ》

攻2700 → 攻1500

 

《氷結界の水影》

攻2900 → 攻1700

 

《氷結界の御庭番》

攻2800 → 攻1600

 

《氷結界の術者》

攻3000 → 攻1800

 

「獏良くんが《精霊術師(エレメンタルマスター) ドリアード》を素材にデッキから『霊使い』たちを『憑依装着』に進化させても術者くんがいるから『レベル4以上のモンスターは攻撃できない』し!」

 

 なにせ、野坂ミホが従えるモンスターたちは、獏良の攻撃を制限し、

 

「同じように『霊使い』たちを『憑依解放』に進化させても、御庭番くんがいるから、『モンスター効果の対象にはならない』から!」

 

 獏良のデッキの切り札格たちの効果すらも弾く。

 

「来てる! 来てるよ、勝負の流れが! 私の方に来てる!!」

 

 そう、デュエルの勝敗の行方を計る天秤は、既に傾き始めていたのだ。

 

「ミホ! 此処までくればトコトン応援するわ!」

 

「私たちのモヤモヤした気持ちを霧払いして!」

 

「OK! (私たちの応援が)一緒なら負けないわ!!」

 

――すっげー、フラグ立ててんな……

 

 そうして勝利を間近にした野坂ミホの熱意に引き寄せられるように、獏良ファンの人たちも変なテンションで声援を送る。

 

「なら僕は罠カード《闇よりの罠》を発動するね。僕のライフが3000以下の時、ライフを1000払って除外した墓地の罠カードの効果を発動できるんだ――僕は墓地の《風林火山》を除外して、効果発動!」

 

獏良LP:2000 → 1000

 

 しかし、此処で獏良は更なる一手を打った。《精霊術師(エレメンタルマスター) ドリアード》の影から、再び風・水・火・土のエレメントの輝きが天へと昇る。

 

「で、でもでもでも! 罠カード《海竜神の加護》の効果で、私の子たちは破壊されな――」

 

「2枚ドローする効果を選ぶね」

 

「な、なーんだ! ただの手札の補充かー!」

 

 だが、その輝きは野坂ミホのフィールドではなく、獏良の手元に集まった。盤面を覆す一手ではないことに安堵の息を漏らす野坂ミホ。

 

「《水霊使いエリア》を反転召喚。それと墓地の罠カード《憑依連携》を除外して、墓地の『憑依』永続魔法――《憑依覚醒》をセット」

 

 かくして増えた手札を余所に、水色の長い髪を揺らす霊使いの少女が相棒の緑の小さな二足歩行のトカゲを引き連れ現れ、仲間の霊使いと共にハイタッチを交わしていく。

 

《水霊使いエリア》 裏守備表示 → 攻撃表示

星3 水属性 魔法使い族

攻500 守1500

 

「そして今引いた分も合わせて永続魔法《憑依覚醒》を3枚発動。これで僕の全てのモンスターの攻撃力は 4 5 0 0 アップするよ」

 

 そんな微笑ましい光景の最中、突如として《精霊術師(エレメンタルマスター) ドリアード》と4人の霊使いの少女の身体は黄金の闘気に包まれ、周囲の大気を震わせ始めた。

 

精霊術師(エレメンタルマスター) ドリアード》

攻1200 → 攻5700

 

《水霊使いエリア》+《風霊使いウィン》+《火霊使いヒータ》+《地霊使いアウス》

攻 500 → 攻 5 0 0 0

 

 

「ぇ?」

 

 野坂ミホから呆けた声が漏れる。

 

 先程まで攻撃力500しかなかった少女たちが、突如として攻撃力5000という「白き伝説の竜が三体融合した究極の姿」すら殴り飛ばせる化け物染みた攻撃力を得た光景が広がっているのだ。無理もない。

 

「――4500アップ!? なんで!? 1体じゃなくて全部!? ズルくない!?」

 

「あはは……属性1体につき300が3枚だから、そんなにズルくないと思うけど……」

 

 そう、これは属性5×300の1500の攻撃力アップを与えるカードが3枚の計算――カード一つ一つの上り幅は、そう理不尽なものではない。

 

「獏良くんの気持ちが大き過ぎよ!?」

 

「全力フルパワーでアローラだわ!?」

 

「なかなか、なかなか、なかなか、なかなか、大変な状況よ!?」

 

「いや、セットカードもねぇし、こりゃ決まっただろ」

 

 獏良のファンたちが驚く最中、決着だと頷く牛尾を余所に、獏良は気の抜けた声を上げつつ手を上げ――

 

「じゃぁ、バトルだね。破壊はできないけど、ダメージは通るから――みんなで《リチュア・ヴァニティ》に攻撃~!」

 

 その身に宿った溢れんばかりの力のままにヒャッハーな具合で《リチュア・ヴァニティ》の頭上に跳躍した4人の霊使いの少女たち。

 

 やがて4人の少女たちは息を揃えて《リチュア・ヴァニティ》の頭上に4つの杖を叩き下ろした途端、轟音と共に巨大な爆発を引き起こした。

 

「ヴァ、ヴァニティくーん!!」

 

 その凄まじい衝撃の余波を堪える野坂ミホの悲痛な叫びが響くが、土煙が収まった先に生まれていたクレーターの中で、なんか何処かで見たことがあるポーズで倒れた《リチュア・ヴァニティ》の姿が全てを物語っていた。

 

 

野坂ミホLP:2000 → → 0

 

 勝利に喜びハイタッチして手を取りあう霊使いたちを獏良と共に微笑ましく眺める《精霊術師(エレメンタルマスター) ドリアード》を余所にデュエル終了のブザーが鳴り響く。

 

 

「決着……勝者……童実野(タウン)の……獏良……」

 

 

 かくしてレインの宣言の元、LOVEデュエルは決着を迎え、ナイスなデュエルにエンJOIN(ジョイン)!!な観客たちの拍手を以て幕を閉じる。胸キュンポイント10点だ!

 

 

 

 やがてグラウンドの面々が解散していく光景を屋上で見送る城之内たちに、電話から戻った遊戯が声をかける。

 

「ゴメン、みんな! あれ? なんの騒ぎ?」

 

「おっ、遊戯も戻ったか! いやさぁ、獏良のヤツとミホちゃんがデュエルしててよ!」

 

「さっきまでグラウンドで何か話してたみたいなんだけど……」

 

「今は、もう解散し終えちゃったみたいだね」

 

 本田と杏子、そして御伽から遊戯が事情を聞き終える中――

 

「みんなー、遅くなってごめーん!」

 

「獏良くん!」

 

 先程まで眼下にてデュエルしていた獏良が遅れて屋上での昼食タイムに合流した。

 

 そんな獏良を出迎えた城之内は相手の肩に手を力強く置きながら親指を立てる。

 

「デュエル見てたぜ、獏良! お前、中々やるじゃねぇか!」

 

「プロになった城之内くんにそう言って貰えると自信つくなぁ……ありがとう!」

 

「だろだろ! ふっふっふ、お前も俺のプロの証、ライセンスを見たいだ――」

 

 

 

「あ゛ん゛ず゛ー゛! 負げぢゃっだぁ゛ー!」

 

 

 だが、そんな2人のやり取りの脇を通り、突き抜けて駆けた野坂ミホのタックルが杏子に直撃した。

 

「ぅ゛ッ!? ……よしよし――負けた場合は……どうなるの?」

 

「さっきも言ったように、本当に何もないかな」

 

――なら、どうしてデュエルするの……

 

 そうして己が胸でさめざめと泣く友人を慰める杏子が、御伽へと疑問を投げかけるが、返る言葉は「何故」としか思えないような内容ばかり。

 

「ミホちゃん! 見てたぜ、獏良への熱い想いの籠ったデュエルを!!」

 

「あっ、うん、ありがと本田くん」

 

「いや~、俺に出来たのは応援くらいだからよ~」

 

――本田、気付いて。凄い軽く返されてるわよ……

 

 本田も、野坂ミホを慰めるべく言葉を尽くすも、当人からの扱いは杏子の胸中が示す様に雑だった。

 

 本田自身は照れたように鼻をかいてやり切った感を出していたが、その辺は置いておいた野坂ミホは力強く杏子へと視線を向ける。

 

「でもでも! 聞いて、杏子! 獏良くんから『まずはお友だちから』って返事くれたんだー!」

 

――ミホ……それ、やんわり断られてない?

 

「そうなんだ――獏良くんもおめでとう!」

 

「うん、友達が増えて僕も嬉しいよ!」

 

 そんな杏子の懸念を余所に、額縁通りに言葉を受け取った遊戯と獏良が「友達増えた!」で喜びあっていたが、真相は闇の中である。

 

 

 

 

 

 

 

 やがて時は放課後にまで進み、学生たちも帰路につく頃、「用事があるから」と別行動になった御伽と野坂ミホを余所に、遊戯たち一同は駄弁りながら寄り道を楽しみながら歩を進めていた。

 

 そんな中で、城之内が進路も決まったゆえにノビノビしながら声を漏らす。

 

「いやー、こんな日も後ちょっとだと思うと、寂しくなるな!」

 

 その言葉通り、こうして毎日、遊戯たち一同が集まる機会は直になくなる。それぞれが己の道を歩んでいくことになるのだから。

 

「なんだかあっという間だったわよね」

 

「だな。ペガサス島も、バトルシティも、ワールドグランプリも、エジプトの旅も、そん時は、んなこと考えもしなかったってのに、不思議な話だぜ」

 

 そうして杏子たちが想いを馳せるのは、全てが過ぎ去った時の只中。注釈するような本田の言葉を借りれば「当時」はてんやわんやしていたのが今では嘘のよう。

 

「思い返せば、バトルシティの時は大変だったなぁ……」

 

 そんな中、ポロリと零した城之内の何気ない発言に、遊戯はふと思い出した。

 

「そういえば城之内くん、KCからお詫びって話はどうなったの?」

 

「そうだぜ、城之内。親父さんの更生プログラムだっけか? アレ、みんなで頼んだだろ?」

 

 それはバトルシティの時に城之内がグールズの襲撃を受けた際のこと――それ自体は色々あって大事には至らなかったが、此度の主題はその際に送られた、「巻き込まれた面々へのお詫び」の件。

 

 内実は、本田が言う様に巻き込まれた「皆へ」のお詫びを「纏め」て「城之内の家庭環境の改善」に充てられたのだが――

 

 

 

「………………言わねぇと駄目か?」

 

 

 

 件の中心人物である城之内の歯切れはスゴイ悪かった。

 

「言いたくないなら、ボクは構わないけど……」

 

 その親友の姿に、不安気な視線を見せつつ追及の矛を収める遊戯だが、親友を心配させる訳にもいかぬと城之内は意を決したように語り始める。

 

「…………すっげぇー、キラキラした目で俺に過去を懺悔してくんだ……こう言っちゃなんだが、逆に怖ぇ」

 

 なにせ、城之内が「血のつながりすら恥」とまで思っていた相手が知らぬ間に「頭の中身、入れ替えられたの?」と思う程の豹変を見せたのだ。普通に怖い。

 

「ん? この前、家行った時は『出稼ぎみたいなもんに行った』って言ってなかったか?」

 

「あー、おう、『急に心入れ替えたなんて言っても信じられねぇ』って話になったら、『会わねぇようにする』って話になって、それっきりだ」

 

 そう言えば、と本田が最近の城之内家を思い起こす姿に、城之内はサラッとヘビーな話を返す。

 

「ちょっと城之内……大丈夫なの、それ?」

 

「仕事場の同僚の人から時折、連絡と預かった仕送りが来っから問題ねぇよ。それに俺も『親父、親父』って歳でもねぇからな」

 

 思わず心配になる杏子だが、城之内とて、若くして酸いも甘いも知った身――互いに「再出発できたのなら」――と、必要最低限以外は干渉する気はなかった。

 

 

 酒に溺れ、暴力と管を撒くだけの迷惑極まりない男と、

 

 なんか不気味な程にキレイキレイな心を得た無害で償いの気持ちと勤労意欲に溢れる男。

 

 

 どちらが「マシ」かと問われれば答えは一つだろう。

 

「やめやめ! この手の湿っぽい話は終わり!」

 

 やがて城之内は詰まらない話は終わりだとばかりに強引に話題転換を図るが――

 

「話は変わるけどよ! 俺らで卒業旅行ってもんに――」

 

「おっと、ようやく来たか」

 

「モクバくん?」

 

 一同の進む先にて現れた白いスーツに身を包み仁王立ちするモクバによって、彼らの語らいは終わりを告げる。

 

「兄サマがお前らに用があるんだ。悪いけど一緒に来てもらうぜい!」

 

 かくしてモクバの要請を受け、遊戯たち一同は事情もそこそこに有無も言わせぬ様子でKCに向かうことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 多くの機材や研究員が立ち並ぶ広い一室にて、部屋の中心にそびえ立つ巨大なオベリスクの前で腕を組んで立つ海馬が、閉じていた瞳を開きながら言葉を零した。

 

「来たか、器の遊戯」

 

 その声が示すように、海馬の背後にはモクバに連れられた遊戯たち一同が周辺の機材の山へと目を運びながら到着したところである。

 

 そうして遊戯たち一同を代表して城之内が口火を切った。

 

「海馬、俺らに用ってなんだ?」

 

「黙れ、凡骨。所詮、貴様など数合わせに過ぎん――隅の方で大人しくしていろ」

 

「なっ!? お前が呼んだんだろうが!!」

 

 だが、その発言は海馬によって雑に払われた。怒りを見せる城之内を余所に「いつものことだ」とばかりに杏子を含めた他の面々は周囲へと話題を移す。

 

「このガラスの向こうにあるオレンジ色のってなんなのかしら?」

 

「ジュースみたいで美味しそうだなー」

 

「いや、んな訳ねぇだろ――おっ、あっちの方にいんの、バトルシティん時の研究者のじいさんじゃねぇか」

 

 そして獏良と本田のゆるいやり取りの中、海馬が用がある人物であろう遊戯が前に出た。

 

「海馬くん、()()()()じゃなくて、『みんな』を呼んだってことは……ひょっとしてアテムのことで何かあったの?」

 

「どこぞの凡骨と違って察しがいいな」

 

「この――」

 

「まぁまぁ、落ち着けよ、城之内。話の腰折ってもしょうがねぇだろ?」

 

 そうして繰り出される海馬節に苛立ちを募らせる城之内を本田が諫めつつ、海馬は今回の要件について話し始める。

 

「あの闘いの儀――俺の公算では万が一にも貴様に勝ち目はなかった」

 

「うん、あの勝利は、いくつもの奇跡が重なって生まれた――」

 

「くだらん謙遜はよせ。それは遊戯(アテム)への侮辱に他ならん」

 

 切っ掛けは「闘いの儀」だった。

 

 海馬の予想ではアテムに遊戯は勝てない筈だった。

 

 しかし、その海馬の予想を覆し、遊戯はギリギリのところでアテムから勝利を勝ち取り、アテムは冥界に旅立つこととなる。

 

 

 それが全ての始まりだった。

 

 

 海馬が「宿命のライバル」と認めたデュエリストが、己が引導を渡す筈だったデュエリストの喪失。

 

 だが、失ったばかりではない。

 

「貴様という遊戯(アテム)を超えた強者は確かにいた。ヤツとの決着が叶わなかった俺は、本来ならば世界に目を向けるべきなのだろう」

 

 海馬の言う様に、アテムと遊戯の一戦は彼に「可能性」をもたらした。「世界には、未来には、アテムを越え得るデュエリストがいるのではないのだろうか?」――そんな希望(呪い)に満ちた可能性を。

 

「貴様のように、ヤツを越え得るデュエリストを求めて」

 

「海馬くん……」

 

 現に「武藤 遊戯」というデュエリストはそれを証明してくれた。海馬の予想を覆し、アテムを倒すという結果を添えて。

 

 

 ゆえに海馬はその希望(呪い)とやらに乗ってみることにした。きっと、世界は、未来は、己を満足させてくれるのだと。

 

 アテムとのデュエルをも越え得る充足感を導いてくれるのだと。

 

 

 

「だが、そんなものは ()()()() に過ぎなかった」

 

 

 しかし、その想いは裏切られた。

 

 

「海馬くん……?」

 

「俺はこの1年、世界を巡り『強者』と騙るデュエリストたちを狩り続けた。世界とやらが、この俺の渇きを満たすやもしれぬと」

 

 キース・ハワード、ラフェール、アメルダ、ヴァロン、海馬 乃亜、佐藤 浩二、響 みどり、響 紅葉、北森 玲子、マイコ・カトウ、シーダー・ミール、ウィラー・メット、デシューツ・ルー、ティラ・ムーク、ペガサス・J・クロフォード、天馬 月行、天馬 夜行、リッチー・マーセッド、デプレ・スコット、レベッカ・ホプキンス、孔雀舞、闇のプレイヤーキラー、パンドラ、大下 幸之助、大門 小五郎、ジーク・ロイド、レオン・ウィルソン――

 

 倒した名は、もはや数え切れぬ程。

 

 海馬は闘いの儀を終えてから1年、そんな夥しい程のデュエリストと戦い抜いた。強者と呼ばれる全てを蹴散らしてきた。

 

 

「『強者』はいた――『デュエリスト』という点でヤツに並びうる存在も確かにあった」

 

 強いデュエリスト――海馬をして、そうカテゴリーできる相手はごく少数であるがいた。アテムに匹敵し得ると言える程の実力者となればかなり絞られるが、0ではなかった。

 

 アテムとのデュエルを思わせる程の緊張感を感じる程の相手も数人程度はいた。

 

 将来的に、磨けば光るであろうデュエリストも、いなくはなかった。

 

 

「だが、俺の血潮を滾らせる(デュエリスト)は唯一人としていなかった……!!」

 

 

 しかし、その全てが海馬の想定を超える輝きを見せてはくれなかった。かつてのアテムとの戦いに感じた高揚感を終ぞ超えることはなかったのである。

 

 一度でも負ければ、諦めもついたやもしれぬというのに、その海馬の願いは他ならぬ「世界の可能性」とやらに否定された。

 

 

 その絶望は如何なるものか。

 

 

「海馬、お前……」

 

「やはり俺を満たすべき相手はヤツを措いて他ならない。俺は――」

 

 思わず零れた城之内の呟きを余所に、海馬は宣言する。やはり自身を満たすのは――

 

「――今、此処に! 王の魂との会合を果たす!!」

 

 アテムにおいて他ならないのだと。

 

 それを邪魔するのであれば、冥界の扉だろうが、地獄の門だろうが、こじ開ける――そんな覚悟が海馬の瞳には宿っていた。

 

 

 そして、アテムと再会したいのは遊戯たちも同じ。互いの利益は一致している。

 

「海馬くん……悪いけど幾らキミの頼みでも、それは聞けないよ」

 

「ふぅん、貴様ならそう言うであろうことは想定済みだ」

 

 かに思えたが、海馬の予想通り、「否」を突きつけた遊戯の姿に海馬は獰猛な笑みを浮かべる。

 

 

 先程、「海馬は世界中の猛者と戦い抜いた」――そんなニュアンスの言葉を告げたが、それは正確ではない。

 

 

 後一人、試していない。

 

 

「この俺を止めたくば――」

 

 

 最強のデュエリストであるアテムを降した、最強のデュエリストの腕前を――

 

 

「――デュエルで止めて見せるがいい!!」

 

 試していない。

 

 

 やがて海馬の闘志に呼応するように展開されるデュエルディスク。

 

 

「……分かったよ。ボクは――」

 

 

 そして今の海馬に遊戯が返せるのは一つしかない。

 

 

「――ボクの全てを賭けて、キミを止める!!」

 

 

 

「 「 デュエル!! 」 」

 

 

 

 最強を望む闘いが今、此処に幕を開く。

 

 

 

 

 






藍神の妨害がないのでスムーズに進むぅー!



~今作の野坂ミホのデッキ~
野坂ミホのフェイバリットカードを考えた際に、野坂ミホの「獏良くん、大好き!」な在り方が離れなかった為、

「獏良くん似のイケメンカードにしよう!」と《リチュア・ヴァニティ》をチョイス。名前も「ヴァニティ」と「ばくら」――似てる!!(ガバ理論)

その《リチュア・ヴァニティ》メインで戦えるように構築した結果。一般的な【湿地草原ビート】に落ち着いた。

一番の特色として、野坂ミホの面食いな側面から、
モンスターの採用基準に「イケメンであること」を重視(さよなら、髭なおっさんの《氷結界の伝道師》……)

他の特徴としては、打点底上げの為に、《ソニック・ウォーリアー》を《戦士の生還》などで繰り返し手札に揃えて、
罠カード《アサルト・スピリッツ》等により墓地に送って全体強化を重ね掛けするくらいか。



~今作の獏良のデッキ~
オカルトデッキにすべきか悩んだが、DMの決闘の王国編にてのバクラVS闇遊戯の際に
魔法カード《心変わり》に獏良の魂が封印されており、紆余曲折あって《ハイ・プリーテス》に乗り移ったことから――

色違い元である《ドリアード》のリメイクカードである《精霊術師(エレメンタルマスター) ドリアード》を中核にしたデッキをチョイス。

実は《精霊術師(エレメンタルマスター) ドリアード》は全ての「霊使い」を「憑依装着」or「憑依解放」形態に進化させられ、
更には全ての「霊術」罠カードに対応しているんだ!!(なお闇)

まさに霊使いの申し子!! 使い魔の権化! ――ということで、最近ストラクが出来た【霊使い】に。

とはいえ、やることは《精霊術師(エレメンタルマスター) ドリアード》を介して、魔法カード《同胞の絆》で好きな霊使いを呼んで、
「憑依装着」や「憑依覚醒」形態を交えて、
永続魔法《憑依覚醒》で1500パワーアップしつつ、罠カード《風林火山》でオラァ!

するデッキ――
コントロール奪取効果は基本無視して、
フィールド魔法《大霊術-「一輪」》で相手のモンスター効果を牽制しながら、
永続罠《憑依解放》によって戦闘耐性を得た霊使いたちで殴りかかるコンセプト。

永続魔法《憑依覚醒》を重ね掛けすれば、霊使いの打点が恐ろしいことになるぜ!!

やはり力こそパワー!!


獏良 了らしさは……ポワポワしている彼なら、霊使いたちと並んでいても違和感は少なそうなので、そのアレよ(目泳ぎ)




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第208話 魂を巡る戦い



前回のあらすじ
獏良「ポケ〇ン、ゲットだぜ!!(中の人感)」

海馬「必ずゲットだ―――遊戯(アテム)を!! ゲットだッ!!」





 

 

 海馬の凶行を止めるべく、先攻を得た遊戯はデッキからカードの剣を引く。眼の前のデュエリストを止めるには並大抵の剣では届き得ない。

 

「ボクの先攻! ドロー! モンスターをセット! そして2枚の永続魔法《補給部隊》を発動し、カードを2枚セット!」

 

 だというのに、迎え撃つ筈のモンスターは裏守備に秘せられ、発動させるカードも補助的なものばかり。

 

「そして最後の手札、魔法カード《命削りの宝札》を発動! ボクは手札が3枚になるようにドロー! 更にカードを1枚セットして、ターンエンドだ!」

 

「だが、魔法カード《命削りの宝札》を発動したターンの終わりに、貴様は全ての手札を捨てねばならない!」

 

「勿論、承知の上だよ」

 

 やがて大きな動きを見せることなく、残った2枚の手札を墓地へと送りながら静かにターンを終えた遊戯を海馬は鋭い視線で見やった。

 

 

遊戯 LP:4000 手札0

裏守備モンスター

《補給部隊》×2 伏せ×3

VS

海馬 LP:4000 手札5

 

 

「ふぅん、随分と消極的なターンだが、期待外れでないことを願うばかりだ――俺のターン! ドロー!」

 

 それに対し、海馬は挑発気な言葉を飛ばしながら、手札の2枚に手をかける。

 

「魔法カード《ドラゴン・目覚めの旋律》を発動! 手札を1枚捨て、デッキから攻撃力3000以上、守備力2500以下のドラゴン族2枚を手札に加える!」

 

 天から鳴り響く攻撃的なまでのギターの音色が海馬の手札に己が魂のカードを引き寄せる。

 

「俺が手札に加えるのは《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》と《青眼(ブルーアイズ・)の亜白龍(オルタナティブ・ホワイト・ドラゴン)》!! そして墓地に送られた《伝説の白石(ホワイト・オブ・レジェンド)》の効果でデッキから新たな《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》を手札に!」

 

 更に墓地に送られた、小さな白き輝きもまた、海馬へ勝利を運ぶべく光を届け、それに伴い遊戯の手札をも灯した。

 

「――ッ!?」

 

「ボクは速攻魔法《相乗り》を発動させて貰ったよ。これでこのターンの間、キミがデッキ・墓地からカードを手札に加える度にボクは1枚ドローする」

 

「ほう、俺のカードを利用し、2枚の手札を引いてきたか……だが、その程度で俺が手を緩めると思っているのなら――甘いぞ、器の遊戯!!」

 

 海馬のサーチ効果すら逆手にとって見せる遊戯の姿に、瞳に少しばかり期待がこもる海馬だが、そんな淡い期待など腐る程にしてきたと、振り切るように1枚のカードをかざした。

 

「俺は手札の《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》を公開することで、手札の《青眼(ブルーアイズ・)の亜白龍(オルタナティブ・ホワイト・ドラゴン)》を特殊召喚する! そしてオルタナティブは、フィールド上では《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》として扱う!」

 

 そして《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》のフォルムを色濃く残した白きドラゴンが光の血脈が広がる身体から翼を広げ、咆哮を上げた。

 

青眼(ブルーアイズ・)の亜白龍(オルタナティブ・ホワイト・ドラゴン)》 → 《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》 攻撃表示

星8 光属性 ドラゴン族

攻3000 守2500

 

「オルタナティブは攻撃を放棄する代わりに、相手フィールドのモンスター1体を破壊する! 消えろ、弱小セットモンスターよ!!」

 

 そしてすぐさま、その口から、白き極光が輝きを上げ――

 

「滅びのバァアァァアン・ストリィィイィイム!!」

 

 遊戯を守る小さな赤いマシュマロなのかマカロンなのか反応に困るモンスターが爆炎に呑まれ、消滅した。

 

「それはどうかな! 《マシュマカロン》の効果! 破壊された時、1ターンに1度、デッキ・手札・墓地から自身以外の《マシュマカロン》を分裂召喚!!」

 

 と思いきや、その爆炎の只中から、同じような赤いマシュマロ擬き《マシュマカロン》が二つばかり、遊戯の元に転がる。

 

《マシュマカロン》×2 守備表示

星1 光属性 天使族

攻200 守200

 

「更にフィールドでボクのモンスターが破壊されたことで、2枚の永続魔法《補給部隊》の効果で合計2枚ドロー!」

 

「やられ専門の壁モンスターか――そんな弱小カード如きで、この俺を止められると思うな! 魔法カード《融合》発動!!」

 

 そうして守りを固める遊戯に示す海馬の回答は――

 

「フィールドの《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》と化したオルタナティブと、手札のブルーアイズで3体融合!!」

 

 手札から飛び立った2体の白き龍が、フィールドにて空を舞う《青眼(ブルーアイズ・)の亜白龍(オルタナティブ・ホワイト・ドラゴン)》の元に集う光景だった。

 

「1ターン目で……!!」

 

「進化した最強ドラゴンの姿、その目に焼き付けるがいい! 融合召喚! 今こそ現れよ――《真青眼(ネオ・ブルーアイズ・)の究極竜(アルティメットドラゴン)》!!」

 

 やがて次元の壁を砕くように現れたのは白き龍の究極の姿たる三つ首のドラゴン。

 

 その全身には光のラインが奔り、「(ネオ)」との名に恥じぬ力の脈動を感じさせる。

 

真青眼(ネオ・ブルーアイズ・)の究極竜(アルティメットドラゴン)》 攻撃表示

星12 光属性 ドラゴン族

攻4500 守3800

 

「バトル!! 《真青眼(ネオ・ブルーアイズ・)の究極竜(アルティメットドラゴン)》はエクストラデッキの『ブルーアイズ』融合モンスターを墓地に送ることで、3回まで攻撃が可能!!」

 

 やがて《真青眼(ネオ・ブルーアイズ・)の究極竜(アルティメットドラゴン)》の三つ首の顎から、それぞれ極光の輝きが迸り――

 

「弱小モンスターごと消し飛ぶがいい!! アルティメットの攻撃!! アルティメット・バァァアアァアアァストォッ!!」

 

 2体の《マシュマカロン》を打ち砕き、最後の一撃が遊戯を消し飛ばさんと放たれた。

 

 

「ふぅん、まさか終わった訳ではあるまい――貴様の『全て』とやらはそんなものか!!」

 

 やがて遊戯のフィールドを見やる海馬の視界には、忌々しくも懐かしき宿命のライバルのエースであった黒き法衣を纏った魔術師が主を守るべく杖を構えていた。

 

《ブラック・マジシャン》 攻撃表示

星7 闇属性 魔法使い族

攻2500 守2100

 

「ほう」

 

「ボクはキミのダイレクトアタックに対し、永続罠《リビングデッドの呼び声》を発動させて貰ったよ」

 

「成程な――そのカードで魔法カード《命削りの宝札》のデメリットで捨てた《ブラック・マジシャン》を蘇生させたか……だが、その程度ではアルティメットの攻撃を止めることは叶わん!!」

 

 そうして主を守る為に現れた《ブラック・マジシャン》へと「本懐を遂げさせてやる」とばかりに、《真青眼(ネオ・ブルーアイズ・)の究極竜(アルティメットドラゴン)》の3つの首の顎から光の輝きが迸る中――

 

「まだだよ、海馬くん! 永続罠《メタモル・クレイ・フォートレス》発動! このカードはモンスターとして現れ、ボクのフィールドのレベル4以上のモンスター1体を装備カードとして装備し、その攻撃力分パワーアップする!」

 

 眼前の《ブラック・マジシャン》――を守るように出現した石作りの巨大な要塞が大地よりせり上がり、《ブラック・マジシャン》は要塞内部へ籠城の構えを見せる。

 

《メタモル・クレイ・フォートレス》 守備表示

星4 地属性 岩石族

攻1000 守1000

攻3500 守3500

 

「同じだといった筈だ!! 蹴散らせ、アルティメット!!」

 

 だが、そんな要塞の有無を蹴散らすような《真青眼(ネオ・ブルーアイズ・)の究極竜(アルティメットドラゴン)》の三筋の光が放たれた。

 

「同じじゃない! ダメージステップ時、手札のモンスター《牙城のガーディアン》を捨て、効果発動! ボクのモンスター1体の守備力をターンの終わりまで1500アップする!!」

 

《メタモル・クレイ・フォートレス》

守3500 → 守5000

 

 しかし、その破壊の光は堅牢なる要塞《メタモル・クレイ・フォートレス》を崩すに至らず、押し負けるように散った竜の息吹が逆に海馬を傷つける結果を生んだ。

 

海馬LP:4000 → 3500

 

「少しは楽しめそうだ――俺は3枚のカードをセットし、ターンエンド!」

 

《メタモル・クレイ・フォートレス》

守5000 → 守3500

 

 

遊戯 LP:4000 手札3

《メタモル・クレイ・フォートレス》

《補給部隊》×2 (装備扱いの)《ブラック・マジシャン》 《リビングデッドの呼び声》

VS

海馬 LP:3500 手札0

真青眼(ネオ・ブルーアイズ・)の究極竜(アルティメットドラゴン)

伏せ×3

 

 

 やがて初撃にしては巨大な一撃をなんとか防いだ遊戯は立ち塞がる巨大な三つ首の白き龍を相手に、臆さずカードを引く。

 

「ボクのターン、ドロー! 魔法カード《マジック・プランター》を発動し、無意味に残った永続罠《リビングデッドの呼び声》を墓地に送って、2枚ドロー!」

 

 そして補充した手札に目線を奔らせた遊戯は己を守る巨大な要塞を指さし宣言する。

 

「《メタモル・クレイ・フォートレス》を攻撃表示に! 攻撃形態――バトルモード!!」

 

 そんな遊戯の闘志の籠った声に応えるように巨大な要塞は音を立てて泥に変化し、再構築されていき――

 

 やがて姿を現したのは一つ眼のモノアイを光らせる石造りの巨人。その頭上には《ブラック・マジシャン》が佇んだ。

 

《メタモル・クレイ・フォートレス》 守備表示 → 攻撃表示

守3500 → 攻3500

 

「行け! 《メタモル・クレイ・フォートレス》! アルティメットを打ち倒せ!」

 

「迎撃しろ、アルティメット!!」

 

 そうして石造りの巨人となった《メタモル・クレイ・フォートレス》が拳を振り被り、さらに頭上の《ブラック・マジシャン》も杖から魔力を放ち、《真青眼(ネオ・ブルーアイズ・)の究極竜(アルティメットドラゴン)》が放った三筋の光線と岩の拳がぶつかり合う。

 

「ダメージステップ時、速攻魔法《コンセントレイト》発動! ボクのモンスター1体の守備力分、攻撃力をターンの終わりまでアップさせる!」

 

 ジリジリと押し込まれていた《メタモル・クレイ・フォートレス》だが、遊戯の援護の声にもう一方の腕を相手へ向けて、拳そのものが飛んでいくロケットパンチを繰り出した。

 

《メタモル・クレイ・フォートレス》

攻3500 → 攻7000

 

 巨大な拳の襲来に、その身体を穿たれた《真青眼(ネオ・ブルーアイズ・)の究極竜(アルティメットドラゴン)》の大穴が空いた身が倒れ伏す。

 

「アルティメット、撃破!!」

 

「だが、ダメージは罠カード《パワー・ウォール》によって無効化させて貰った。そして受ける筈だったダメージ500ポイントにつき1枚――5枚のカードをデッキの上から墓地へ」

 

 しかし、海馬へのダメージは幾重にも重なるカードの盾に防がれ届かない。

 

「さらに墓地に送られた《伝説の白石(ホワイト・オブ・レジェンド)》の効果でデッキの《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》を手札に加えさせて貰うぞ」

 

「……攻撃した《メタモル・クレイ・フォートレス》はダメージステップ終了時に守備表示になる」

 

 さらに海馬の手札に白き龍が舞い込む光景を、遊戯は《メタモル・クレイ・フォートレス》が元の要塞の姿に戻る最中に眺めていた――やはり一筋縄では行かない、と。

 

《メタモル・クレイ・フォートレス》 攻撃表示 → 守備表示

攻7000 → 守3500

 

「更に速攻魔法《コンセントレイト》のデメリットにより、貴様はそいつ以外では、攻撃できない――どうする気だ?」

 

「……ボクはカードを2枚セットしてターンエンドだ」

 

「ふぅん……終いか。ならば、そのエンド時に、このターン墓地に送られた2枚の《太古の白石(ホワイト・オブ・エンシェント)》の効果発動! デッキより、『ブルーアイズ』モンスターを呼び寄せる!」

 

 やがて重なったデメリットにより、早々に攻勢を終えた遊戯へ、海馬は物足りなさを感じつつも手を緩めることなく、墓地に眠る白き宝玉の輝きを示す。

 

「現れよ、《深淵の青眼龍(ディープ・オブ・ブルーアイズ)》!! そして《ブルーアイズ・ソリッド・ドラゴン》!!」

 

 その輝きより飛翔するのは2体の白き龍たち。その姿は――

 

 何処か女性的な細身の体を持つ青き眼の白き龍が、機械的なフォルムの4対の翼を広げ、

 

深淵の青眼龍(ディープ・オブ・ブルーアイズ)》 攻撃表示

星8 光属性 ドラゴン族

攻2500 守2500

 

 透明な翼膜を広げる青き眼の白き龍が、口内からキャノン砲と思しき砲台を垣間見せる。

 

《ブルーアイズ・ソリッド・ドラゴン》 攻撃表示

星8 光属性 ドラゴン族

攻2500 守2000

 

「特殊召喚された2体のブルーアイズの効果発動! 《深淵の青眼龍(ディープ・オブ・ブルーアイズ)》の効果により、デッキから儀式魔法を手札に! 更に《ブルーアイズ・ソリッド・ドラゴン》は相手モンスター1体の効果を無効化する!!」

 

 そして《ブルーアイズ・ソリッド・ドラゴン》の透明な翼膜から放たれた不可視の斬撃が、要塞状態の《メタモル・クレイ・フォートレス》を迂回するようにブーメランのように放たれ――

 

「城に籠る腰抜けには消えて貰おうか!!」

 

「くっ!? 《ブラック・マジシャン》が!?」

 

 装備状態の《ブラック・マジシャン》を打ち砕く。

 

 効果が無効化された《メタモル・クレイ・フォートレス》では、《ブラック・マジシャン》を守り切ることは叶わない。

 

 さらにターンの終わりに速攻魔法《コンセントレイト》のパワーアップも消え、その力は要塞と呼ぶには酷く脆弱なものと化した。

 

《メタモル・クレイ・フォートレス》

攻7000 守3500

攻1000 守1000

 

 

遊戯 LP:4000 手札2

《メタモル・クレイ・フォートレス》

《補給部隊》×2 伏せ×2

VS

海馬 LP:3500 手札2

深淵の青眼龍(ディープ・オブ・ブルーアイズ)》 《ブルーアイズ・ソリッド・ドラゴン》

伏せ×2

 

 

 《真青眼(ネオ・ブルーアイズ・)の究極竜(アルティメットドラゴン)》を即座に倒して見せた遊戯だが、瞬く間に立て直してみせた海馬の実力は健在である。

 

 その事実を険し気な表情で受け止める遊戯へ、海馬は発破をかけるように高らかに己が宣言した。

 

「この俺を止めると豪語しておいて、その程度か、器の遊戯! 俺のターン、ドロー!!」

 

 そして引いたカードを視界に収め、脳内ですぐさま戦術を組み直し――

 

「墓地の《太古の白石(ホワイト・オブ・エンシェント)》を除外し、効果発動! 墓地のブルーアイズ1体を手札に戻す! 俺は《青眼(ブルーアイズ・)の亜白龍(オルタナティブ・ホワイト・ドラゴン)》を手札に!」

 

「海馬くんの手札には……!」

 

「そして魔法カード《手札抹殺》発動! 互いは全ての手札を捨て、その枚数分ドローする!!」

 

――《青眼(ブルーアイズ・)の亜白龍(オルタナティブ・ホワイト・ドラゴン)》を呼ばない!?

 

 遊戯の予想を振り切り、《青眼(ブルーアイズ・)の亜白龍(オルタナティブ・ホワイト・ドラゴン)》の特殊召喚を捨ててまでドローした海馬。

 

「此処で魔法カード《貪欲な壺》を発動! 墓地の5体のモンスターをデッキに戻し、2枚ドロー!」

 

 更に欲深き壺が上げる笑い声を黙らせつつ、引き込んだカードに海馬の目は見開かれた。時が来た、と。

 

――さぁ、俺を止めると豪語した貴様の力、見せて貰おうか!!

 

「バトルッ!! 《ブルーアイズ・ソリッド・ドラゴン》で《メタモル・クレイ・フォートレス》を攻撃!! 滅びのソリッド・バァァアァスト!!」

 

 そしてすぐさま攻撃を開始した海馬の号令に従い《ブルーアイズ・ソリッド・ドラゴン》は主なき要塞に口内から覗くキャノン砲から極太のレーザーを放つ。

 

 堅牢だった筈の要塞は、レーザーに貫かれた個所を起点に砂の城のように脆くも崩れ去り、守り手のいなくなった遊戯を晒す結果を生んだ。

 

「くっ……! でもボクのモンスターが破壊されたことで2枚の永続魔法《補給部隊》の効果により、合計2枚ドロー!」

 

「だとしても、俺の攻撃は止まりなどしない!! 《深淵の青眼龍(ディープ・オブ・ブルーアイズ)》でダイレクトアタック!」

 

 当然、その遊戯の首を獲るべく《深淵の青眼龍(ディープ・オブ・ブルーアイズ)》の4対の翼から突風が吹き荒れ始めるが――

 

「そうはさせない! 墓地の《クリアクリボー》を除外し、効果発動!」

 

「1枚ドローし、モンスターであれば強制戦闘させるカード……!」

 

 遊戯を守るべく現れた紫色の毛玉《クリアクリボー》の中から、飛び出した小さな影が風の暴威を遮らんと現れた。

 

「ボクが引いたのは――《ベリー・マジシャン・ガール》!!」

 

 その正体はおしゃぶりを加えた毛先をカールさせた橙色の髪をピンクのとんがり帽子に収めた小さな赤ん坊のようなマジシャン・ガールが、背中の4枚の妖精の翼を広げ、遊戯を守るように前に出た。

 

《ベリー・マジシャン・ガール》 攻撃表示

星1 地属性 魔法使い族

攻400 守400

 

「そんな雑魚モンスターで俺を止められると思うな!!」

 

「いいや、ボクはキミを止めて見せる!! 攻撃された《ベリー・マジシャン・ガール》の効果! 1ターンに1度、デッキから『マジシャン・ガール』を特殊召喚し、自身の表示形式を変更する!!」

 

 しかし吹きすさぶ風に耐えきれぬとばかりに身をかがめる《ベリー・マジシャン・ガール》のピンチに駆けつけるのは――

 

「頼んだよ、《アップル・マジシャン・ガール》!」

 

 赤いとんがり帽子に、同じく赤のタイトなスカートを纏った背中に天使の羽を付けたボブカットの黒髪のマジシャン・ガールがウィンクしながら攻撃の前に身を晒す。

 

《アップル・マジシャン・ガール》 守備表示

星3 炎属性 魔法使い族

攻1200 守800

 

《ベリー・マジシャン・ガール》 攻撃表示 → 守備表示

攻400 → 守400

 

「ならば、そのまま《アップル・マジシャン・ガール》を攻撃しろ! 《深淵の青眼龍(ディープ・オブ・ブルーアイズ)》!! ディープ・バースト!!」

 

「させないよ! この瞬間、《アップル・マジシャン・ガール》の効果発動! 手札からレベル5以下の魔法使い族を特殊召喚し、相手の攻撃力を半減させてバトルさせる!」

 

 そうして、そのまま攻撃の突風が向かう最中、《アップル・マジシャン・ガール》はクルリと身を翻しながら向けた杖から赤い光線を放てば――

 

「ボクは手札の《レモン・マジシャン・ガール》を特殊召喚!」

 

 その背から、跳ねる金髪を覗かせるとんがり帽子の黄色い同じ軽やかな法衣に身を包むマジシャン・ガールが――

 

《レモン・マジシャン・ガール》 守備表示

星2 光属性 魔法使い族

攻800 守600

 

 《アップル・マジシャン・ガール》の杖からの光線を受け、苦悶の声を漏らす《深淵の青眼龍(ディープ・オブ・ブルーアイズ)》の前に現れた。

 

深淵の青眼龍(ディープ・オブ・ブルーアイズ)

攻2500 → 攻1250

 

「そして攻撃された《レモン・マジシャン・ガール》の効果発動! 手札の魔法使い族1体の効果を無効にして特殊召喚し、相手の攻撃力を半分にしてバトルさせる!」

 

「くっ、またしても……!」

 

 そうして弱体化した《深淵の青眼龍(ディープ・オブ・ブルーアイズ)》へ、《レモン・マジシャン・ガール》も杖から黄色の光線を放ち――

 

「出番だよ、《ブラック・マジシャン・ガール》!!」

 

 更にその背から現れた《ブラック・マジシャン・ガール》が水色の軽装の法衣を揺らしつつ、墓地の師の力を受け取れずとも、フィニッシュを決めるべく吹き荒れる突風の中、杖を振りかぶる。

 

《ブラック・マジシャン・ガール》 攻撃表示

星6 闇属性 魔法使い族

攻2000 守1700

 

深淵の青眼龍(ディープ・オブ・ブルーアイズ)

攻1250 → 攻625

 

「――ブラック・バーニング!!」

 

 そして放たれる猛る炎のような黒い魔力が、度重なる攻防で力を落とした《深淵の青眼龍(ディープ・オブ・ブルーアイズ)》を爆炎の只中に誘った。

 

「小賢しい真似を!! ならば、俺は永続罠《竜魂の城》を発動! 墓地のドラゴン族1枚を除外し、モンスター1体の攻撃力をターンの終わりまで700アップさせる!」

 

 そんな中で最後の力を振り絞り、翼を羽ばたかせた《深淵の青眼龍(ディープ・オブ・ブルーアイズ)》の献身が、海馬のダメージを僅かに減らすが――

 

深淵の青眼龍(ディープ・オブ・ブルーアイズ)

攻625 → 攻1325

 

海馬LP:3500 → 2825

 

「ぐっ――まだだ! 俺の『ブルーアイズ』がバトルで破壊された時、手札のこのカードは特殊召喚できる!!」

 

 海馬というデュエリストは、そこで止まる男ではない。やがて炎に呑まれた白き龍が、その身で転生を果たさんと光を放つ。

 

「無窮の時、その始原に秘められし白い力よ。鳴り交わす魂の響きに震う羽を広げ、蒼の深淵より出でよ!」

 

 その輝きの向こう側より天輪に宿る5つの翼が羽ばたく最中――

 

「――《ディープアイズ・ホワイト・ドラゴン》!!!」

 

 その天輪を背に5つの翼を広げる、流線型の艶やかな身体を持つ深淵の如き青き眼を持つ白き竜が、誕生の聖歌が代わりの雄叫びを轟かせた。

 

《ディープアイズ・ホワイト・ドラゴン》 攻撃表示

星10 光属性 ドラゴン族

攻 0 守 0

 

「そして貴様に俺の墓地のドラゴン族の種類×600のダメージを与える! その数は6種! 墓地に眠るドラゴンの怒り、その身で受けるがいい!!」

 

 《ディープアイズ・ホワイト・ドラゴン》の5つの翼より、散っていったドラゴンの命の闘志が集い、光の剣の如き鱗となって遊戯の元へ放たれるが――

 

「発動していた永続罠《マジシャンズ・プロテクション》!! これにより魔法使い族を従えるボクが受けるダメージは半分になる!!」

 

 その竜鱗の雨は、4体のマジシャン・ガールたちが天へと杖を向けて張った障壁によって大きく数を減らし、減衰した。

 

「うぐぁっ!?」

 

遊戯LP:4000 → 2200

 

 とはいえ、一気に半分程削られたライフは軽微なダメージとは言えない。

 

「辛うじてライフを繋いだか。特殊召喚されたディープアイズは墓地のドラゴン族1体の力を受け継ぐ――俺が選ぶのは無論《真青眼(ネオ・ブルーアイズ・)の究極竜(アルティメットドラゴン)》!!」

 

 さらに天へと轟く《ディープアイズ・ホワイト・ドラゴン》の咆哮が、その身に墓地に眠る究極のドラゴンの力を宿し――

 

《ディープアイズ・ホワイト・ドラゴン》

攻 0 → 攻4500

 

「そしてディープアイズで、そのマジシャンの小娘を攻撃!! 深淵のバースト・ストリィィィイィイム!!」

 

 先の返礼だとばかりに、《ディープアイズ・ホワイト・ドラゴン》の背の天輪より、光り輝く極光が放たれ、《ブラック・マジシャン・ガール》を消し飛ばし、その先の遊戯の身へとしかと打ち付けられた。

 

遊戯LP:2200 → 950

 

「うわぁあぁぅっ!? でも、これで――」

 

「罠カード《緊急儀式術》発動! 墓地の儀式魔法――《カオス・フォーム》を除外し、儀式召喚を行う!!」

 

 そうして攻撃を凌ぎ切ったと膝をつく遊戯へ、更なる一撃を叩きこむべく、海馬は天へと腕を掲げた。

 

「《ブルーアイズ・ソリッド・ドラゴン》をリリースし、カオス・フォォオォオオム! チェエェンジッ!!」

 

 すると《ブルーアイズ・ソリッド・ドラゴン》の身体が光を放ち、その身を鎧の如き数多の甲殻が覆っていく。

 

「我が魂を研磨し、顕現せよ!! 《ブルーアイズ・カオス・MAX(マックス)・ドラゴン》!!」

 

 やがて光が収まった先に雄々しく猛るその姿は全身装甲を思わせる甲殻に覆われた力強きもの。

 

 2対の剛翼を広げる姿は、まさに絶対的な様相をかもしていた。

 

《ブルーアイズ・カオス・MAX(マックス)・ドラゴン》 攻撃表示

星8 闇属性 ドラゴン族

攻4000 守 0

 

 そしてその絶対的な力に晒されるのは――

 

「カオス・MAX(マックス)は守備モンスターを攻撃した際、倍の貫通ダメージを与える!! 《ベリー・マジシャン・ガール》を攻撃! 混沌のマキシマム・バースト!!」

 

 《ブルーアイズ・カオス・MAX(マックス)・ドラゴン》の全身から放たれる数多の光線が《ベリー・マジシャン・ガール》の元へと殺到し、障壁など意に介さずその身を貫き、その先の遊戯の元へと迫る。

 

「終わりだ、器の遊戯ッ!!」

 

 

 永続罠《マジシャンズ・プロテクション》によって遊戯へのダメージは半減されるが、《ブルーアイズ・カオス・MAX(マックス)・ドラゴン》の効果により、倍のダメージが発生すれば、意味はない。

 

 

 3600のダメージが残りライフ650の遊戯を襲う。

 

 

 

 そして爆炎広がる只中から煙が消えた先には――

 

 

「ボクは手札の《クリボー》の効果を発動させて貰ったよ」

 

「バトルダメージを回避したか……俺は、カードを1枚セットし、ターンエンドだ!」

 

 幾度となく遊戯を救ってきた黒い毛玉の《クリボー》が役目を終えて消えていく姿に、海馬は僅かに目を細めた後、すぐさまターンを終えた。

 

 

遊戯 LP:950 手札1

《アップル・マジシャン・ガール》 《レモン・マジシャン・ガール》

《補給部隊》×2 《マジシャンズ・プロテクション》 伏せ×1

VS

海馬 LP:2825 手札1

《ディープアイズ・ホワイト・ドラゴン》 《ブルーアイズ・カオス・MAX(マックス)・ドラゴン》

《竜魂の城》 伏せ×1

 

 

「粘るようだが所詮は器、この程度……もう諦めるんだな。器としての役目を果たせ――貴様では俺には勝てん」

 

 海馬の猛攻をなんとかしのぎ切った遊戯に挑発めいた言葉が届くが、今の遊戯の内に広がるのは恐れでも、怒りでもなく、ある種の敬意。

 

「キミが強いことなんて……初めから、ボクが……一番分かってる……!! だけど!!」

 

 アテムの圧倒的なまでの強さに常に喰らいつき、隣に立ち続けた男。その二人の背を遊戯はずっと後ろから見ていた。

 

「約束したんだ! 彼と! だから、ボクは決して――」

 

 だがアテムは冥界にて仲間を待つ選択をした。その願いを否定させる訳にはいかない。ゆえに力強く立ちあがった遊戯は、らしからぬ程に強い口調で宣言する。

 

「――負ける訳にはいかないんだ!!」

 

 そう、「他ならぬ己が海馬を止めねばならないのだ」と遊戯はデッキに手をかける。それがアテムとのラストデュエルを引き受けた者としての彼なりの想いだった。

 

「ボクのターン、ドロー! 魔法カード《ルドラの魔導書》を発動! 魔法使い族――《レモン・マジシャン・ガール》を墓地に送り、2枚のカードをドロー! さらに魔法カード《マジック・プランター》! 永続罠――《マジシャンズ・プロテクション》を墓地に送り、2枚ドロー!!」

 

 やがて《レモン・マジシャン・ガール》が煙と共にドロンと消えた後、代わりに煙の中から合計4枚の手札と――

 

「そして墓地に送られた永続罠《マジシャンズ・プロテクション》の効果により、墓地の魔法使い族1体――《ブラック・マジシャン・ガール》を復活させる!!」

 

 先程、散った《ブラック・マジシャン・ガール》が入れ替わるようにターンしながら現れた。

 

《ブラック・マジシャン・ガール》 攻撃表示

星6 闇属性 魔法使い族

攻2000 守1700

攻2300

 

「此処でボクは魔法カード《魔導契約の扉》を発動! ボクの手札の魔法カードを――海馬くん、キミに渡すことで、デッキからレベル7か8の闇属性モンスターを1枚、手札に加える!」

 

 そうして増えた手札の1枚を海馬へ投げ渡した遊戯の背後に禁忌を封じるような杭を十字が打ち込まれた黒き扉が、中央の赤いラインを輝かせ――

 

「海馬くんにこのカードを渡し、ボクはデッキからレベル8モンスターを手札に! ボクはこのカードでキミを倒す!!」

 

「ふぅん、この俺を倒すだと?」

 

「ボクは!! 2体のマジシャン・ガールをリリースし、アドバンス召喚!!」

 

 受け取ったカードへ訝し気な視線を向け、「倒す」との言葉に獰猛に笑う海馬を余所に、遊戯の背の黒き扉へと《ブラック・マジシャン・ガール》と《アップル・マジシャン・ガール》が光となって吸い込まれて行く。

 

「黒金の暴竜よ! 現世の狭間を閉ざす鎖錠を破り、我が敵に滅びをもたらせ! 現れろ!」

 

 そして契約が果たされたことを示すように十字の杭が解き放たれた黒き扉の先から現れるのは――

 

「――《破滅竜ガンドラX(クロス)》!」

 

 赤き宝玉を全身に輝かせる黒き厄災の魔龍が、大気を震わせる咆哮と共に降り立ち、その衝撃が己の背後の黒き扉を砕いた。

 

《破滅竜ガンドラX(クロス)》 攻撃表示

星8 闇属性 ドラゴン族

攻 0 守 0

 

「ガンドラX(クロス)の効果! 召喚時に自身以外のフィールドのモンスターを全て破壊! そして最も攻撃力の高いモンスターの攻撃力分のダメージを――海馬くん! キミに与える!!」

 

 そして《破滅竜ガンドラX(クロス)》の全身の宝玉から赤い光線が迸り、海馬の2体のブルーアイズたちを呑み込まんと広がりを見せるが、その暴威を掻き消すように《ブルーアイズ・カオス・MAX(マックス)・ドラゴン》が雄叫びを上げた。

 

「無駄だァ!! カオス・MAX(マックス)は相手のカードの対象にはならず、効果では破壊されない!!」

 

「それはどうかな! 速攻魔法《禁じられた一滴(ひとしずく)》!!

 

 しかし、その蒼き威光を穢すべく、天より黒き一滴(ひとしずく)が地に落ちた。

 

「このカードの発動時に手札・フィールドから任意の数だけカードを墓地に送り、送った枚数だけ相手の効果モンスターの攻撃力を半分にし、効果を無効化する!!」

 

 そしてその黒き一滴(ひとしずく)がボコボコと脈動を始め、夥しい数の小さな人型を模した黒い影が《ブルーアイズ・カオスMAX(マックス)・ドラゴン》の身体を這いあがっていく。

 

「ボクは手札を1枚墓地へ! そしてカオス・MAX(マックス)は力を失う!!」

 

 やがて《ブルーアイズ・カオスMAX(マックス)・ドラゴン》の全身に纏わりつき、穢し、貶めていく最中、白き竜の身体から、その神々しき輝きが陰りを見せ始めた。

 

《ブルーアイズ・カオスMAX(マックス)・ドラゴン》

攻4000 → 攻2000

 

「貴様ッ!!」

 

「今だ、ガンドラX(クロス)! デストロイ・ギガ・クロス!!」

 

 やがて大きく力を削がれた《ブルーアイズ・カオスMAX(マックス)・ドラゴン》を《破滅竜ガンドラX(クロス)》の全身から放たれる深紅の光線が貫き、フィールドの全てが薙ぎ払われる。

 

 これにより、破壊された中で最も攻撃力が高い《ディープアイズ・ホワイト・ドラゴン》――4500のダメージが巨大な衝撃波となって海馬を襲うこととなる。

 

「させん! 俺は墓地の罠カード《ダメージ・ダイエット》を除外し、このターン、俺が受ける効果ダメージを半減させる!!」

 

 だが、倒れ行く《ディープアイズ・ホワイト・ドラゴン》と《ブルーアイズ・カオス・MAX(マックス)・ドラゴン》が最後の力を振り絞り、主を守る盾となったことで、その衝撃が僅かに軽減されるも――

 

「ぐぉおぉぉおおッ!!」

 

 2000ポイント超えの衝撃に、腕で顔を覆い耐える海馬のライフは、後僅か。

 

海馬LP:2825 → 600

 

「躱された!!」

 

「でも遊戯には攻撃力4500になったガンドラが――」

 

「ディープアイズの効果! 相手の効果によって破壊された時! 貴様のフィールドのモンスターを全て破壊する!! 貴様も道連れだァ!!」

 

 だが城之内と本田の声を余所にただでは終わらぬと、散った筈の《ディープアイズ・ホワイト・ドラゴン》の霊魂が空へと昇り――

 

「――ディープ・ノヴァ!!」

 

 遊戯のフィールドを強襲。

 

 白き破壊の力の奔流に呑まれた《破滅竜ガンドラX(クロス)》は断末魔の雄叫びと共に消えていく。

 

「くっ!? でもボクのモンスターが破壊されたことで2枚の永続魔法《補給部隊》の効果により合計2枚ドロー!」

 

 

 そして、その命の輝きが遊戯の手札を潤し、互いにモンスターのいなくなったフィールドが広がるが――

 

 

 

 遊戯も、そして海馬も次の動きを見せない。

 

 

 

 互いに理解しているのだ。この瞬間こそが勝負の行方を左右し得る瀬戸際なのだと。

 

 

 

 安易な行動など取れよう筈がない。

 

 

 

 

「…………デュエルが、止まった?」

 

 しかし、そんなことなど知る由もない杏子から、先程まで血肉を削る勢いでぶつかり合っていた両者の様子の変化にポツリと疑問が零れた。

 

「いや、違ぇ。アイツらの中じゃ、何も止まっちゃいねぇ」

 

「残った最後の1枚の伏せカードに警戒し合ってんのか……」

 

 その疑問の解を語る城之内の言に、納得を見せる本田が遊戯の勝利を信じるように祈る。今の彼らには親友の勝利を祈ることしか出来ない。

 

「二人の必殺を賭けた読み合いだね……」

 

 そして最後に獏良が語ったように、互いのフィールドに唯一残されている1枚のセットカードの存在が、二人のデュエリストそれぞれに立ちはだかるように存在感を示していた。

 

 

 

「ふぅん、迷いが見えるな」

 

 だが、此処で海馬は遊戯の心中を見透かしたように言葉を零す。そこには確かな確信が見て取れたが、遊戯の所作や佇まい自体にそんな様子は欠片も見当たらない。

 

 そうして沈黙のまま動かぬ遊戯に、海馬は握った拳を突きつけて眼前の障害を排除するように振り切った。

 

「沈黙を決め込むか――――ならば俺がその迷い! 打ち砕いてやる!」

 

 そして発動されるは――

 

「リバースカードオープン! 速攻魔法《ツインツイスター》!!」

 

「――ッ!?」

 

「俺は手札を1枚捨て、フィールドの魔法・罠カードを2枚破壊する!! 貴様の頼みのセットカードには消えて貰おう!!」

 

 止まったデュエルを強引に動かすような竜巻がフィールドに轟き、驚きに目を見開いた遊戯の最後に残されたセットカードごと呑み込まんとするが――

 

「――リバースカードオープン! 罠カード《ファイナル・ギアス》!!」

 

 破壊される前に発動されたセットカードにより、次元を歪ませる程の大地の脈動が奔った。

 

 

「あのカードは……!!」

 

「互いのフィールドからレベル7以上のモンスターが墓地に送られている時! 互いの墓地の全てのモンスターを除外する!!」

 

 城之内の声を余所に遊戯が大地へと手をかざせば墓地に眠る全ての者たちが、異次元への旅路へと誘われていく中で――

 

「そして除外した中から、最もレベルの高い魔法使い族を特殊召喚! 異次元より舞い戻れ――」

 

 その摂理に反し、異次元より来たるは黒き法衣に身を包む魔術師。

 

「――《ブラック・マジシャン》!!」

 

 二人の遊戯の代名詞たる《ブラック・マジシャン》が主の命を受け、海馬を止めるべく降り立ち杖を構えた。

 

《ブラック・マジシャン》 攻撃表示

星7 闇属性 魔法使い族

攻2500 守2100

 

 

「《ファイナル・ギアス》……アテムを冥界に送ったカード……」

 

 杏子がそう静かに呟くように、罠カード《ファイナル・ギアス》は闘いの儀にてアテムへ引導を渡した遊戯にとっても重要な意味を持つカード。

 

 

 これにて互いの墓地のモンスターたちは全て除外され、遊戯のフィールドに《ブラック・マジシャン》を残すのみ。

 

 海馬のフィールドはおろか墓地にすら、何も残さぬ結果を生んだ。

 

 後は開けた海馬への道を《ブラック・マジシャン》が突き抜けるのみ。

 

 

 かくして、ラストアタックが敢行された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

真青眼(ネオ・ブルーアイズ・)の究極竜(アルティメットドラゴン)》 攻撃表示

星12 光属性 ドラゴン族

攻4500 守3800

 

「!? 海馬のフィールドに、なんでアルティメットが!?」

 

 かに思われたが、驚愕する本田の声が示すように、海馬のフィールドには三つ首の白き龍、《真青眼(ネオ・ブルーアイズ・)の究極竜(アルティメットドラゴン)》が立ち塞がるようにその威容を示していた。

 

「速攻魔法《ツインツイスター》によって破壊された永続罠《竜魂の城》の効果だ――このカードが破壊された時、除外されたドラゴン族1体を特殊召喚する」

 

 そう、海馬が発動した《ツインツイスター》が破壊したのは遊戯の罠カード《ファイナル・ギアス》だけではない。海馬のフィールドの永続罠《竜魂の城》も破壊している。

 

 鎮められた魂が眠る城が朽ち崩れた時、異界より竜は舞い戻るのだ。

 

「ふぅん、俺に一度見せた手が通用すると思うな」

 

 やがて海馬は遊戯へと挑発するように鼻を鳴らして見せるが、その瞳は遊戯の一挙手一投足を捉えて逃さない。

 

 油断も、慢心も、驕りもなしに栄光を勝ち取らんとする狂気すら孕んだ視線に対し、遊戯は怯むことなく力強く返す。

 

「まだ――デュエルは終わってないよ!」

 

 そう、遊戯は渾身の一手が躱された程度で打つ手を失くすようなデュエリストではない。

 

「ボクは速攻魔法《旗鼓堂々》を発動! 墓地の装備魔法1枚を《ブラック・マジシャン》に装備させる! 装備魔法《孤毒の剣》を装備!」

 

 やがて《ブラック・マジシャン》の杖の先から禍々しくとも力強い剣先が伸び、その杖に紫色の妖しきオーラで包む。

 

 

 もうアテムはいない。今の海馬を止められるのは己一人なのだと、自分を奮い立たせるように遊戯は宣言した。

 

「バトル! 行けっ、《ブラック・マジシャン》!! そして装備魔法《孤毒の剣》の効果! ダメージステップ時、装備モンスターの攻撃力を倍にする!!」

 

《ブラック・マジシャン》

攻2500 → 攻5000

 

 そんな遊戯の声に応えた《ブラック・マジシャン》が杖の先に装備した《孤毒の剣》の刃から、斬撃のような黒い魔力が《真青眼(ネオ・ブルーアイズ・)の究極竜(アルティメットドラゴン)》の元に――

 

黒・魔・導(ブラック・マジック)!!」

 

 放たれた。

 

海馬LP:600 → 100

 

 《真青眼(ネオ・ブルーアイズ・)の究極竜(アルティメットドラゴン)》が呑まれた爆炎の余波を受ける海馬のライフは残り100。

 

 そして一方の遊戯のライフも残り僅か、決着の時は近い。

 

 

 

 

 

「アルティメットが破壊されていないわ!」

 

 だが、爆炎の後の土煙の先を杏子が指差した先には、周囲で光を反射する破片を余所に傷一つない《真青眼(ネオ・ブルーアイズ・)の究極竜(アルティメットドラゴン)》が悠然と立ちはだかる。

 

「墓地の魔法カード《復活の福音》を除外し、破壊の身代わりとなった――俺の魂は! 俺のブルーアイズはまだ終わってなどいない!!」

 

「なら、ボクはカードを1枚セットしてターンエンド!! エンド時に速攻魔法《旗鼓堂々》により装備された装備魔法は破壊される!」

 

《ブラック・マジシャン》

攻5000 → 攻2500

 

 やがて折れぬ海馬の闘志を示すように立つ《真青眼(ネオ・ブルーアイズ・)の究極竜(アルティメットドラゴン)》を余所に《ブラック・マジシャン》の杖が元の形に戻っていく。

 

 

遊戯 LP:950 手札0

《ブラック・マジシャン》

《補給部隊》×2 伏せ×1

VS

海馬 LP:100 手札1

真青眼(ネオ・ブルーアイズ・)の究極竜(アルティメットドラゴン)

 

 

 既に互いはギリギリの状態――だが、海馬は迷いも恐れも感じさせずデッキに手をかけ――

 

「俺のターン、ドロー!! バトル!!」

 

 引いたカードなど気にも留めない勢いで己が切り札たる《真青眼(ネオ・ブルーアイズ・)の究極竜(アルティメットドラゴン)》へと命じる海馬。

 

「行けッ!! ネオ・ブルーアイズ!! アルティメット・バァアァァァアストッ!!」

 

 やがて放たれた《真青眼(ネオ・ブルーアイズ・)の究極竜(アルティメットドラゴン)》の三対の白きブレスは《ブラック・マジシャン》の元に着弾し、轟々と輝きを見せる。

 

 

 その後、巨大な土煙を上げたと共に、その余波が2000ポイントダメージとなって、遊戯の残り600のライフへと引導を渡した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「罠カード《聖なるバリア -ミラーフォース-》!!」

 

 かに思われた。

 

「その効果により、キミの攻撃表示モンスターを全て破壊する!!」

 

 だが、そんな海馬の執念染みた一撃も、煙の晴れた先を見れば《ブラック・マジシャン》を守るように広がる透明な壁に阻まれている。遊戯の元には届いていない。

 

 そして白き破壊の奔流は、己が元へと跳ね返され、《真青眼(ネオ・ブルーアイズ・)の究極竜(アルティメットドラゴン)》が今度こそ倒れ伏し、消えていく。

 

 

 相手の手を読み切った上で放たれた海馬の一撃――すら防ぎ切った遊戯。

 

 

 更に海馬のフィールドにも、墓地にも己と共に戦うドラゴンたちはおらず、遊戯の元で浮かぶ《ブラック・マジシャン》を超える手立てがない。

 

 それゆえか、無言で佇む海馬から憑き物が落ちるようにポツリと言葉が零れた。

 

「器の……いや、()()

 

 それは遊戯をアテムの器ではなく、一人のデュエリストとして認めたゆえに出た言葉。

 

 

 やはりアテムを倒したデュエリストは、本物のデュエリストだった。己を満足させ得る好敵手に相応しい相手だったのだと。

 

「海馬くん……!」

 

「貴様も確かに――誇り高きデュエリスト(ライバル)だった」

 

「海馬くん……」

 

 認められたと遊戯の内に僅かに上がった喜色の声は「貴様『も』」との発言に、陰りを見せる。

 

 この勝負が満足のいく一戦であっても、その瞬間に、海馬の中にあるアテムへの想いが全て消える訳ではないのだ。

 

 ゆえに遊戯は己が心に誓うことしか出来ない。

 

 海馬が望むのならば、何度でも何戦でも、遊戯は受けて立つ。いつか、その胸の内に空いた空洞を埋められるようにと。

 

 そんな遊戯の想いの籠った視線を受けとめ、静かに瞳を閉じた海馬。

 

 

 

 こうして、海馬の最後の想いは遊戯によって受け止められた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だが、俺の渇きを満たすのは貴様ではない!!」

 

 しかし、それでも海馬の渇きは収まらない。見開かれた海馬の瞳が手札の1枚を導き――

 

「発動せよ――速攻魔法《青き眼の激臨》!!」

 

 海馬のアテムへの情念は遊戯の想定すら遥かに上回ることを証明するように、天へ向けた激昂と共に高らかに宣言された。

 

「俺に残る全てを贄に、降臨せよ!! 我が魂のカード(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)たちよ!!」

 

 海馬の手札・フィールド・墓地のカードを全て除外し降臨するのは己が最強のしもべ、伝説の白き龍たちが、青き瞳の内に敵を見定め、白き翼を広げながら生誕の咆哮を轟かせる。

 

青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》×3 攻撃表示

星8 光属性 ドラゴン族

攻3000 守2500

 

 そうして《ブラック・マジシャン》と3体の《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》――互いのエースが、このデュエルの中で初めて対峙した。

 

 それは、かつてソリッドビジョンシステムを以て海馬と遊戯(アテム)が相まみえた始まりの闘いを思わせる。

 

 

 だが、一つだけ決定的に異なっていた。それは――

 

 

 

 

「滅びの――」

 

 海馬に相対する相手が、己が宿命のライバルたる「遊戯(アテム)ではない」という事実。

 

 

――ごめんよ、アテム。

 

 

 3体の《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》の顎に蓄積されていく輝く白きの前に、遊戯には既に打つ手がないという事実。

 

 

「――バァァアアァアアァスト・ストリィィィイィイム!!」

 

 

――ボクじゃ、彼を止められなかった。

 

 

 やがて黒き魔術師と、その担い手は白き破壊の奔流に呑まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遊戯LP:950 → 0

 

 

 

 

 






次回、「再会」



Q:《破滅竜ガンドラX(クロス)》ってリアルでの禁止カードじゃ……

A:カードプールの違いにより禁止行き秒読みのギリギリ制限カードということで(小声)






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第209話 再会



前回のあらすじ
フフフ、ハハハハ! ワハハハハハ! アーハッハッハッハッハ!!







 

 

「ククク、フフフ、ハハハハハ! アーハッハッハッハ!!」

 

 海馬の勝利に終わったデュエル。その勝利の祝杯のように天まで届きそうな高笑いを上げる海馬。

 

 

 やがて、遊戯と海馬の間に佇んでいたオベリスクの如き塔の天頂にて歪なスパークが迸り、天井に黒い穴を形成し始めた。

 

「全ての準備は整った!!」

 

 両の手を広げ、神の降臨を迎える狂信者の如き様相を見せる海馬の声に呼応するように、壁一面に広がるオレンジ色の物体――超高純度のデュエルエナジーが解放され、地面に敷かれた幾何学模様の上を奔り、海馬と遊戯一同を円の内へと閉じ込めるように陣を描く。

 

遊戯(アテム)と所縁ある人物の意識領域と、指向性を持った膨大なエネルギーにより、今ここに! 冥界(地獄)の門が開く!!」

 

 そう、今、冥界の扉が再び開かれる。

 

 

 たった一人のデュエリストとの会合の為に、禁忌の扉はこじ開けられた。

 

 

「アテム、ゴメン……ボクは……ボクは……!!」

 

 膝をつく遊戯が後悔と不甲斐なさが交じり合った声と共に拳を悔し気に地面に叩きつけたが、現実は何も変わらない。

 

 

 

 やがて天井地点に空いた大穴から、黒い煙のような瘴気染みたものが零れ始めるが、それらは地面に輝くデュエルエナジーによって床から生じた透明な壁に阻まれたことで分解され、広がる様子は見えない。

 

 

 そんな超常現象を前に、ようやく思考が再起動した本田が不安気な叫びを上げる。

 

「なんだよ、これ……大丈夫なのか、これ!?」

 

「みんな見て!? 天井の黒い影から何か――――嘘……」

 

「海馬ァ! 俺とデュエルしろ!! 俺が勝ったら、コレ止めろ!!」

 

「城之内くん、流石に間に合わないと思うよ?」

 

 空に広がる大穴を指さす杏子、デュエルディスクを手に海馬へ挑む城之内、相変わらずマイペースな獏良。

 

 

 それら三者三様の反応を余所に、海馬は天より地上に降り立つ王を求めるように天へと手をかざす。

 

 

「さぁ、遊戯(アテム)!! 我が前に降り立つがいい!!」

 

 

 その瞬間、周囲のデュエルエナジーが黄金に輝いて広がり、天の大穴――冥界より一人の青年が現世へと降り立つ。

 

 

 一同の視線の先には、褐色肌ながらもその特徴的な髪形と見慣れた顔があった。

 

 瞳が固く閉じられていようとも、衣服が記憶の世界のときのようなエジプト風になっていようとも、彼らが見間違える筈がない。

 

 

 

「アテム……」

 

「本当にアテム……なの?」

 

 

 確信に満ちた遊戯と、未だ何処か不安の見える杏子の声を余所に、今、アテムの瞳が開かれんとする。その瞳が映すのは――

 

 

「遂に!! 遂にこの時が来た!! 待ちわびたこの時が!!」

 

 海馬。

 

「……。……! ……?」

 

「狼狽えるな! あくまで次元干渉に成功したとしても、完全ではない。俺たちには死者の声を聞くことは出来ん以上、貴様が何を語ろうとも意味はない――だが!!」

 

 興奮冷めやらぬ狂気的な様子を見せるライバルの姿にアテムが肩を跳ねさせる中、海馬による事情の説明がなされていく。

 

「――俺の声は届いている筈だ!!」

 

「――!!」

 

 幾らアテムとて、冥界にて遊戯たちが来るのをゆっくりと待つつもりでいた最中に、強引に現世に引きずりだされれば、戸惑いが勝ろう。

 

 しかし、流石はデュエルキング――簡易的な説明だけで瞬時に今の状況を理解していく。

 

「ふぅん、貴様のことだ。どうせ冥界とやらでも、仲間だなんだと腑抜けた毎日を過ごしていることだろう」

 

 そんなアテムに海馬が鼻を鳴らしながらアテムの冥界での日々を当てて見せる中――

 

「だが!!」

 

 海馬は膝をつく遊戯を背に、握った拳の親指を己が元に引き寄せ、自身の勝利を示す。

 

遊戯(アテム)! 俺は貴様を倒した遊戯すらも倒した!! 俺は日々進化を続けている!!」

 

 遥かに強くなった海馬の気配にアテムも不敵な笑みを浮かべる。二人のデュエリストが揃ったとなれば、何が起きるかなど自明の理。

 

「俺たちが相まみえるその時! 鈍った腕を晒すことなど許さん! 最強の状態の貴様を倒した勝利にこそ意味がある!!」

 

 しかし、そんなアテムを余所に、此処一番の力強さの籠った海馬の言葉と共に――

 

「精々、冥界で腕を磨いておくことだ」

 

 身構えたアテムを残し、踵を返した海馬はアテムからどんどん離れていく。

 

「海馬……くん……?」

 

――アテムとデュエルするんじゃ……ないの?

 

 そんな中、雲行きが変わったことを感じ、声の届かぬアテムの気持ちを見事に心中で代弁した遊戯へと、海馬は満足気に返す。

 

「俺の用は済んだ。この空間はもう暫し保つだろう――仲間ごっこなり、何なり好きにするがいい」

 

 やがて未だに別の意味で立ち上がれぬ遊戯を素通りした海馬は、モクバから用意していたスーツケースを受け取り、突き進む。

 

「行くぞ、モクバ。アカデミアへ向かう」

 

 目指す先はデュエルアカデミア――海馬が手ずから創り上げた最強のデュエリストを生み出す為の教育機関。

 

「うん、兄サマ! お前らも今日はありがとなー! 後のことはツバインシュタイン博士に聞いてくれー!」

 

 そうしてお礼と共に手を振るモクバを引き連れ、海馬は己がロードを進み続ける。

 

 彼にとっては、アテムすら「過去」なのだ。未来の己が死後、冥界で相まみえるその時まで、互いのロードを交えぬ選択を取った海馬の歩みを止められるものなど、この場にはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ぇ?」

 

 その声は果たして誰のものだったのだろうか。

 

「終わりなのか?」

 

「海馬のヤツ、アテムとデュエルするんじゃねぇのかよ!?」

 

 本田の疑問を切っ掛けに、ようやく状況に頭が追い付いた城之内の叫びが全てを物語っていた。

 

 なんかヤバ気な実験によって、ヤバ気な現象が起き、アテムが降り立った――此処までのことを企てたのだから相応の目的があるかと思えば、当の海馬はアテムに色々告げた後、立ち去り、遊戯たち一同には訳が分からない。

 

「というより、そもそもコレってどうなってるの?」

 

「いや、俺が分かる訳ねぇだろ!!」

 

「アテムく~ん、久しぶり~!」

 

 杏子の当然の疑問が零れるが、城之内が分かる訳もなく、マイペースに獏良がアテムの元に駆け寄る中――

 

 

 

 

「説明しましょう!!」

 

「ツバインシュタイン博士!?」

 

 感極まった様子でデュエルエナジーによって描かれた陣に踏み入ったツバインシュタイン博士に、遊戯は驚きながら立ち上がった。

 

「この空間は、我々が生きる次元『この世』と、死者が住まう次元である『冥界』。つまり、『あの世』との間に人工的に形成された次元――『その世』です」

 

「『その世』!?」

 

「この人工次元は『あの世』であり『この世』でもある特殊な次元になります。言ってしまえば、死者と生者が交わることを可能にしたゼロ地点、まさに科学と魔術の錬成により生み出された永劫の檻。そう! これは――」

 

 海馬を満足(サティスファクション)させる為に、大変な苦労があったとなんか色々専門的な分野を語ってくれるツバインシュタイン博士なのだが――

 

 

「……つまり、どういうことか分かるか、本田?」

 

「いや、全然わかんねぇ」

 

 ギリ一般的な高校生くらいの学力の城之内と本田には頭上に「?」が浮かぶばかり、夢の為にと学力を急上昇させて学年首席に至った遊戯にすら分からぬ領域だった。

 

 だがツバインシュタイン博士はそんな彼らのことなど、お構いなしに熱弁していた。

 

 死者の国への門を開く。この数学者にとって――いや、人類にとって、どれ程の偉業かは語るべくもない。歴史に記されることが決して無くともツバインシュタイン博士には関係ないのだ。

 

 そうして趣味を語る子供のように専門的な用語を並べたてるツバインシュタイン博士だが――

 

「あ、あの~、済みません、もう少し私たちにも分かるように簡単にお願い出来ませんか?」

 

「聞いてよ、アテムくん。僕たちもうすぐ卒業式なんだ~、それで今日は野坂さんと友達になってね! それで――」

 

 おずおずと小さく手を上げた杏子からの要請に、一足先に獏良がアテムと身振り手振りを交え、世間話をする中、ツバインシュタイン博士は僅かに思案した後、簡潔に返す。

 

 

 

「死者とお話できちゃう不思議空間です」

 

 

「成程な!!」

 

「すっげぇ分かり易いぜ!!」

 

 そして本田と城之内が一瞬で把握できるレベルの説明を受け、理解の色が浮かぶ一同。

 

「っていうか、まさか海馬のヤツ――」

 

 しかし、理解できたゆえに城之内は海馬の非常識さに頭を抱えた後――

 

「――アテムにあれを伝える為だけに、この騒ぎ起こしたのかよ!!」

 

 力の限り叫ぶ。「なんて人騒がせなヤツなんだろう」と。もっと普通に話を通せば揉めることはおろか、遊戯とデュエルする必要性すらなかった事態である。

 

 もっとも、当人に言おうものなら「だから貴様は凡骨なのだ」と鼻で嗤われること請け合いだが。

 

「あぁ、それと――この空間は長時間の維持は性質上叶いませんので、お話するなら早めがよろしいかと」

 

「もっと早く言ってくれよ!!」

 

 だが、ポロッと語られたツバインシュタイン博士の「制限時間」の説明に、城之内は慌てて獏良の世間話を聞く優し気な表情のアテムの元へと駆けだした。

 

「アテム! 久しぶり……じゃなくて、えーとアレだ! アレ! ほら、俺のプロライセンス! 後は、えーと――」

 

「限界の少し前にはお伝えしますので、悔いのないように語らってくださいな」

 

「おう! あんがとな!! それで――」

 

 そうして矢継ぎ早に告げるべき言葉の精査もなされぬままに城之内がありったけを伝えようとするが、その肩へと本田がポンと手を置いた。

 

「城之内、()()の方はさっと済ませちまおうぜ」

 

「いや、俺も伝えてぇことが山ほど――」

 

「城之内くん」

 

「あっ……そうだよな」

 

 そうして本田と遊戯の言わんところを理解した城之内は、夢に向かい邁進していることを手短に伝え、杏子の背中を押すこととなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて科学が成した奇跡によって紡がれた愛の時間は、一瞬が永遠のような夢心地のまま終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 KCのオカルト課にて、テーブルを挟み向かい合う2人が自社製品「デュエルマット(仮)」を使用し、デュエルをしながら世間話に興じていた。

 

「そろそろ瀬人のデュエルも終わった頃かな――神崎、キミはどちらが勝つと思う?」

 

 そんな中、その内の一人である乃亜が、対面に座って自身の手札と睨めっこする神崎に話題を振るが――

 

「どうでしょう? お二人の実力は私などではとても推し量れぬものですので――」

 

「そういう話をしている訳じゃぁないさ。個人的な興味だよ。これでもキミのデュエルへの造詣の深さは買っているんだ」

 

「私など、所詮は知識ばかりの頭でっかちに過ぎませんよ」

 

 当の神崎は自身のがら空きのフィールドと、偏った手札に苦心するばかりで、それどころではない様子。

 

 

 幾ら神崎が前世の知識のお陰でOCG知識に明るいとは言え、それはあくまで「運命力のない(確率の)世界」を前提としたものだ。

 

 遊戯王ワールドで、そのまま活用できる程に都合の良い代物ではない。ゆえに謙遜染みた言葉を並べる神崎を、乃亜もテーブル上にクリボーたちを従えながら肯定で返す。

 

「まぁ、そこは否定できないところだね。キミにデュエルの才は乏しい――現にこのデュエルでも何も出来ていない。モンスターの1体くらいは召喚して欲しいものだよ」

 

「ハハ、使い慣れないデッキゆえにどうかご容赦を」

 

「その理屈は好かないな。互いにデッキを入れ替えた以上、条件はイーブンの筈だろう?」

 

 そう、乃亜が語ったように今の2人は互いのデッキを入れ替えてデュエルを行っていた。とはいえ、特に意味はない唯のお遊びである。

 

 だが、神崎が一切モンスターを呼び出せず、乃亜が呼び出したミニサイズのクリボーたちにテーブル上のプレイヤー代わりに投影されたチェスのポーンの駒がひたすら殴られ続けている様は何とも言えない。

 

「デュエルの才と言う面で、既に差がありますので」

 

 ゆえに「適性の差が出た」のだと、ドローしたカードを見て固まる神崎より告げられるが――

 

「流石にそれだけじゃぁ理由としては弱いと思うよ」

 

「貴方のデッキは最上級モンスターが多い構築ですので――」

 

「僕が手札事故を起こすようなデッキを作るとでも?」

 

 返ってくる乃亜の発言に逃げ道を塞がれて行く神崎。

 

 確かに乃亜のデッキはレベルの高いモンスターが多い構築だが、全く扱えない仕様ではないのだ。この場合は扱えない神崎の側の問題が大きい。

 

「――私の実力では扱えぬデッキだという話です」

 

「そうかい――このダイレクトアタックで終わりだね」

 

 ゆえに降参するように両手を小さく上げた神崎の仕草を余所に、乃亜の宣言からクリボーたちが盤上のプレイヤー代わりのチェスの駒を5体がかりでポカポカ殴り、コテンと倒した。

 

 それと同時に神崎のライフが0となったことを示す表示がテーブル上のデュエルマット(仮)に表示される。とはいえ――

 

「お見事です」

 

「お世辞は良いよ。こんな手札の相手に勝っても自慢にはならないさ」

 

「これは手厳しい」

 

 乃亜が己のデッキを回収し、神崎が先程まで持っていた手札を見やれば奇跡的なバランスで動けぬ内容が目に入る。当人の言う様に、この有様の相手に勝っても素直に喜べないだろう。

 

 

 そうして回収した己のデッキを乃亜がデッキケースに仕舞う中、一足先にデッキを収納した神崎がデュエルマット(仮)を片付けながらふと言葉を零す。

 

「個人的には武藤くんが勝つと思います。彼の才は傑出したものだ」

 

「ん? あぁ、答える気になったのかい」

 

 それは、つい先ほど乃亜が問うた質問の答え。やはりと言うべきか、神崎の中での遊戯の信頼度は高かった。

 

「貴方はどうお思いですか?」

 

「僕かい? 僕は瀬人が勝つと思っているよ」

 

「おや、これは意外です」

 

 だが、対する乃亜は海馬の勝利を信じる。犬猿の中――とまではいかないが、ぶつかることの多い両者をよく目にする神崎からすれば意外に映ることだろう。

 

「…………流石の僕でも現実は受け止めるさ。負けは、負けだ」

 

 しかし、乃亜は海馬の実力を他ならぬ己が自身で実感していた。ゆえに確信がある。それに加え、そもそも今回の場合は海馬に「敗北」は「ない」のだ。

 

「それに勝敗がどちらに転んでも、システムは起動できるんだ――瀬人に負けはないよ」

 

 なにせ冥界の扉を一時的に開き、アテムさえ現世に短期間だけ呼べば「勝ち」なのだから。そう、必勝が確約されている筈なのだが――

 

「あー、それなんですが……」

 

「……まさか自分が負けた時はシステムがダウンするようにしているんじゃないだろうね? いや、瀬人ならあり得るか……」

 

 海馬 瀬人という男は完璧な勝利を求める癖がある。遊戯に負ければ全ておじゃんにしかねない。

 

「一体アレに幾らかかったと思ってるんだ…………いや、こんな不毛な話はもうよそう」

 

 そんな海馬節に頭を悩ませる乃亜だが、言って素直に聞くタイプでもない為、己が考えても仕方のないことだと話題を変える。

 

「とはいえ、最近の大きな動きであるアカデミアの件も、オカルト課は外されてしまったし、話題に乏しいね――あの時、キミが『肉体を鍛えさせれば良い』とか言わなければ……」

 

「海馬社長直々に釘を刺されてしまいましたからね」

 

 だが、今KCで一番ホットな話題であろうデュエルの学び舎たる「デュエルアカデミア」にオカルト課は関われていない為、窓際感が強い。

 

 まぁ、神崎の余計な発言が原因なのだが。

 

「瀬人の味方をする訳じゃないけど、ヴァロンみたいなデュエリストを量産されても困るだろうさ」

 

「そうですか? 彼はああ見えて好青年だと思うのですが……」

 

「暑苦しいのは瀬人の好みじゃないよ」

 

 とはいえ、「アテムのようなデュエリスト」を求めている海馬にとって、どちらかと言えば「ヴァロン並びに城之内のようなタイプ」を量産しそうな神崎のプランは受け入れられはしないだろう。

 

「しかし、瀬人が自ら手綱を握っている今は良いとして、アカデミア本校の引継ぎも直に行われるだろうけど、果たしてどう転ぶか……分校の計画も立っているようだし――」

 

「失礼。電話が」

 

 そうしてアカデミアの展望に話題が移る中、神崎の懐にてプルプルと自己主張するスマホ――海馬社長による技術革新の賜物――によって、二人の世間話は打ち切られる結果となった。

 

 

 

 

 

 

 

 やがて退室した神崎がスマホの画面を見れば、思わぬ表示が目に映る。

 

「ん? まさかの直通ライン……か。誰だろう? 特に急な要件はなかった筈…………はい、此方神崎で――」

 

『マニだ。神崎……でいいのか?』

 

――!? プラナの!? 何故、この番号を!? ……あっ、そういえばマニさんに名刺をメモ代わりにして渡していたな。

 

 更に驚くことに、その通話相手はまさかのプラナたちの一人、蟹っぽい頭にわし鼻の青年マニだった。

 

 人間社会と関わらないスタンスの彼らからのコンタクトは神崎としても予想外だったが、想定外は慣れたものとばかりに、声色は平静を装って朗らかに返す。

 

 

「お久しぶりです、凡そ1年振りですね。今回はどうなされましたか?」

 

『突然、我々がプラナ世界から弾き出されたのだ。何か事情を知らないか?』

 

 だが、挨拶もそこそこにマニから語られたことは中々に穏やかではない現状だった。

 

 プラナ世界こと、プラナ次元――澄んだ青空と砂漠が広がり、更には宙に岩肌の島が多々浮かぶ不思議な世界。

 

 そこから強制的に追い出され、勝手も忘れた人間の世界こと物質次元に急に放り出されてはプラナたちも困ったことになるだろう。

 

「…………プラナ次元への次元干渉は一切行っていませんが、問題が起きたのなら最大限助力させて頂きます。今、何処へおられますか?」

 

『いや、それよりも先に情報のすり合わせを――プラナ次元「への」ということは、他の次元に干渉したのか?』

 

 ゆえに全面的に協力の姿勢を示す神崎だが、マニの方はまず現状の把握を優先した。前回のような要らぬ衝突は避けたいのだろう。とはいえ――

 

「はい、所謂『精霊世界』とは、我が社も懇意にさせて頂いております」

 

 神崎が調査しているのは精霊世界が精々だ。あちらの技術や文化を利用している。

 

 例えば、とある別荘地で活動させている「サポートロボくん」は精霊界の《通販売員(ツーマン・セールスマン)》より、《白兵戦型お手伝いロボ》の設計図を購入し、それを元に人間の世界の技術でデチューンしつつ生み出されたものだ。

 

『他には?』

 

「他の次元世界へは『観測』に留めています。何分一癖も二癖もある世界ばかりなので、人間の手が出せる領分にありませんから。精々、冥界に――」

 

『――冥界!? 冥界に何をしたんだ!?』

 

 しかし、神崎からふと零れた「冥界」とのワードにマニは声越しでも分かる程に血相を変えた様子で問い質す。しかし、生憎だがその危機感は神崎に伝わってはいない。

 

「そう大したことはしておりませんよ。人間の世界こと『物質次元』に『疑似的な冥界』を生成し、実際の冥界からデュエルキングの魂を、そこへ一時留めた程度です」

 

『つまり名もなき王の魂を冥界から、解き放った……ということか?』

 

「? いえ、解き放ってはおりません。冥界から『一時的に隔離した』という意味では冥界に『いなかった』時期が存在することにはなりますが……」

 

 なにせ、「冥界」は「プラナ次元」ではないのだから――神崎からすれば「話題が逸れている」と不思議に思う程だった。

 

「あの、先程から冥界の話ばかりで、どうなされたんですか? プラナ次元の問題ではな――」

 

 ゆえに疑問をそのまま問おうとした神崎だが、スマホ越しにガチャンと音が響き、何かが倒れる音がかすかに響いた事実に慌てて声を飛ばす。

 

「――マニさん!? どうかしましたか!? マニさん!?」

 

『マニ! しっかりしろ、マニ!! ヤツに何を言われた!? マニ!!』

 

 受話器から離れた位置と思しき個所からディーヴァの声が聞こえるが、神崎の声は届いていないようであり、返答はなされない。

 

『お電話変わりました、セラです』

 

『セラ!! マニが!! マニが!!』

 

「これはセラさん――マニさんはどうなされたんですか? なにやら只ならぬ様子ですが……」

 

 しかし、代わりに受話器を取ったと思しきセラの声が通信機越しに神崎は現状の把握に努めるが――

 

『一言では説明しきれません。ただ、わたしたちを取り巻く状況はあまり芳しくないことだけ、申し上げておきます』

 

 セラ――いや、プラナ側と言うべきか――彼らも端的に評せる程、全容を把握している訳ではない。そして時間をかけて論議しようにも――

 

『セラ! 機械からカードが飛び出た!? 音が鳴って、どうすれば――』

 

『みんな! 小銭!! ………………足りない……ッ!!』

 

 スマホ越しにコインの投入音が数度響き、狼狽えまくっているディーヴァの発言を纏めるに、彼らは公衆電話から神崎に連絡を取っている様子。世情を離れた彼らがテレホンカードを持っていたことに驚きである。

 

『至急! わたしたちとの合流をお願いします! 今の場所は――』

 

「…………通話が途切れた」

 

 やがてブツリという音がスマホから零れたと同時に、プラナたちとの通信手段を失った神崎。だが、今はそれどころではなかった。

 

――今度は何をやらかしてしまったんだ、私!?

 

 なにせ、ディーヴァたちとの一戦から別次元への干渉に気を配っていた中の今回の事態である。

 

 全容を知らぬ劇場版DSODのアレコレに対し、未だ翻弄されていた。原作知識がないだけでこのザマでは、先が思いやられよう。

 

――幸いなことに、あの時に見たあの子たちの(バー)は特徴的であった以上、見つけるのはさして難しくはないのが救い……か。

 

 とはいえ、合流は問題なく行えるのがせめてもの救いと言えよう。その事実を知らぬプラナ側は今頃、絶望しているだろうが。

 

 やがて乃亜に所用で出かける旨を知らせた神崎は、空にオレイカルコスの力による瞳を浮かべ、世界中の人間たちの(バー)を見やれば――

 

――待っていてください、皆さん!!

 

 膝をつき項垂れるプラナたちを見つけた神崎は足早に精霊界へのゲートを開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 そうして精霊界を経由することで、プラナたちと合流した神崎は「仕事で偶々近くにいた」と噓八百を並べつつ、一先ず近場のレストランで食事がてらプラナ側の事情を聞くことになった。

 

 だが、開始早々神崎は平謝りしていた。まぁ、当然だろう。

 

「この度は、本当に申し訳ありませんでした……!!」

 

「お前!! ホント、お前!!」

 

「返す言葉もございません――皆様の今後に関しては、此方で誠心誠意サポートさせて頂きますので……」

 

 上手く言葉に出来ていないディーヴァの糾弾に、神崎は謝罪に加え、「助力を惜しまない」としか返せない。

 

 あれだけ「プラナ次元に迷惑をかけないようにする!」とキリッと宣言した上でこのザマである。

 

 それは「アテムの魂が冥界より僅かでも出てしまえば、プラナたちは力を失う」ことを知らなかったとはいえ、結果的にプラナ側の生活基盤をぶっ壊してしまった以上、プラナたちにぶん殴られても仕方のない状況ゆえに、それ以外に何を言えるというのか。

 

 そうして、ひとしきりプラナたちの怒りを受けた神崎を余所に、頭痛を堪えるように頭を押さえていたセラが小さく首を振って言葉を零す。

 

「いえ、此方の事情を明かさなかったわたしたちにも原因はあります。それで『助力』の内実はどうなりますか?」

 

「そう言って頂けると助かります。『助力』に関しては、諸々の手続きは此方で済ませておきますので、バックボーンなどに関してはご自由に設定なさってください」

 

 やがて先を促したセラの発言に神崎は、人間社会では孤児であろうプラナたちの戸籍などの諸々の話へと移る。とはいえ、その内実を決めるのは他ならぬプラナたちだが。

 

 しかし、そう語る神崎の言葉にディーヴァは僅かに眉をひそめ呟いた。

 

「お得意の金の力……か」

 

 世の人間が当たり前のように過ごしている日常は誰かの犠牲の上で成り立っている――それがディーヴァの自論であり、幼少時のディーヴァは「犠牲になる側」だった。

 

 ゆえに金や権力を扱う立場にいる神崎に、思う所があってもおかしくはない。たとえ、その恩恵を受けることになったとしても、感情的な問題はまた別だろう。

 

 だが、そんな中、あっけらかんとした神崎の声が届く。

 

「お嫌いですか? ですが、便利ですよ――困っている人を助けることが出来ますから」

 

 そう、神崎はその辺りの好悪を気にしない。汚いお金だろうが何だろうが、結局は「当人の使い様」でしかないのだと。

 

「……キミが言うと、酷く胡散臭く聞こえると思っただけだ」

 

「これは耳が痛い」

 

 やがてバツが悪そうに顔を背けたディーヴァから冗談交じりの苦言に対し、神崎は「ハハ」と軽い軽く笑顔で流す。悲しいことに神崎からすれば向けられる「胡散臭い」というワードは聞きなれたものだった。

 

 

 しかし仮にも世話になる相手への言葉ではないと、マニはディーヴァをたしなめる。

 

「止さ………………止さないか、ディーヴァ」

 

――大分、迷ったな……

 

 とはいえ、神崎の内心が示すようにマニの大いに言葉を濁した様子を見れば、未だ互いの溝は完全に塞がってはないことは明白。

 

 そんな中、一同の空気を変えるようにセラが小さく咳払いした後に問う。

 

「それでわたしたちの今後は一体どういった扱いになるのですか?」

 

「一先ずはモクバ様の預かりとなり、KC系列の孤児院に身を置くことになるかと思います。そこから学び舎に通う流れを整え、将来の方向性を定めていく形になるかと」

 

「海馬の弟だと? お前じゃないのか?」

 

「私の方が良い、と仰られるのであれば構いませんが、皆様の場合はモクバ様の方が波長が合うと思ったもので――どうなさいま……聞くまでもありませんでしたね」

 

 ディーヴァの疑問に神崎が選択肢を提示するが、その返答は、今まで食事をがっついていたプラナ年少組が揃って目を逸らした姿が全てを物語っていた。

 

 天井に逆さまに立つ妖怪みたいな相手を信用はともかく信頼は出来まい。子供は残酷な程に素直な生き物なのである。

 

 そんな居たたまれない雰囲気が流れる中、マニが慌てた様子で話題を逸らしにかかった。

 

「け、KCは孤児院も経営しているのか? こういってはなんだが、我らの知る海馬のイメージと……その……」

 

「誤解されがちですが、海馬社長は世界中の恵まれぬ子供たちに海馬ランドを無償で解放なされる程のお方です――我ら社員がその理念に沿うのは当然のことかと」

 

「どういった場所なのですか?」

 

「身寄りのない孤児を無償で引き取り、施設で情緒を育ませ、教育を受けさせた上で、才有る者は磨き、才無き者には道を示し、そうして生まれた人材を人手の足りぬ部署にお届けする――人材育成の一環も兼ねた場です」

 

 続くセラからの詳細を尋ねられてもスラスラと定型文を並べる神崎だが――

 

「それは人身売――いや、なんでもない」

 

 マニが取り消した発言が示すように、人間を教育機関という名の工場で加工し、出荷しているように思えてしまうのは何故なのか。傍から見た神崎という人物の評価ゆえ――なのかもしれない。

 

「技術やノウハウの諸々を託す後継者がいない――そんな方々に好評ですよ」

 

――「既存社会の間接的掌握」なんて剛三郎殿がいた時代の際に用意した取ってつけたようなリターンも無きにしも非ずだが、今は関係のない話か。

 

 

 とはいえ、打算だろうが偽善だろうが、誰かの救いになっていると信じる他あるまい。

 

 

 いや、そもそも寄る辺なきプラナたちに他の選択肢がない以上、泥船だろうが奴隷船だろうが乗る以外に道はない。

 

 

 

 プラナたちの明日はどっちだ。

 

 

 

 






「アテム VS 社長」をご期待された読者の皆様方には申し訳ないですが、

城之内が「寿命全うして強くなった俺と(冥界で)デュエルしようぜ、アテム!」と約束した手前、

社長が「寿命まで待ち切れるか!!」する訳にはいかなかったので、どうかご容赦を<(_ _)>




Q:つまり、今作の海馬は何がしたかったの?

A:???「遊戯(アテム)との決着は俺の死後、冥界でつける!! ククク、俺の生涯を賭けて磨き上げた力でヤツを打ち倒――いや、待て! 遊戯(アテム)は冥界でしかと腕を磨いているか?

……ヤツのことだ。仲間だなんだと遊び惚けていることだろう。

俺の敵は最強でなければならん!! 器の遊戯に負けたまま、何も変わらぬ腑抜けから得られる勝利に何の価値もない!!

どれ、一つ冥界から引きずり出して発破でもかけておくか。

ふぅん、ついでだ――器の遊戯よりも俺の方が強いことを証明し、最強の称号とやらで危機感を煽ってやるとしよう。

まずは、お甘い器の遊戯を本気にさせんとな――フハハハハハ!!」


Q:海馬の飢えの話は嘘だったのか!?

A:嘘ではないが、真実を射てはいない――そんな感じです。

確かに海馬の中に「飢え」はありますが、それを解消する為に「デュエルアカデミアを創設し、アテムに匹敵するデュエリストを育てるぞ!」と

解決策を自力で用意している為、「飢え死にする」心配は皆無です。

カイザーボーイや、十代ボーイの覚醒が楽しみデース。


Q:あの、普通に「別れの挨拶に参加できなかったから、最後の言葉を送りたい――だから協力して欲しい」って遊戯たちに頼めば良かったんじゃぁ……

A:あの海馬社長が素直に頼めるとお思いか?



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第210話 大舞台



前回のあらすじ
ディーヴァ「海馬ァァァ!!」







 

 

「どうにも気が乗らねぇなぁ……」

 

 KCのエントランスにて、天頂だけ跳ねた赤い短髪に、ダルマのような体型の小柄な男が童実野高校の青い学ランに袖を通し、スマホ片手にぼやいていた。

 

 彼の名は「百済木(くだらぎ)」――童実野高校に通う生徒の一人であり、かつては気の弱そうな相手を集団でいたぶる様子を撮影してネットに配信しようとしていたクソ野郎である。

 

 

 だが、速攻で牛尾に見つかり更生処理がなされ、色々あってキレイキレイされた為、今は(一応)無害な童実野町の一市民だ。

 

 

 そうして気を落とす百済木の姿に周囲の4人の男――百済木軍団と呼ばれる4人の同志の中の、浅黒い肌に黒のトゲトゲヘアーの小柄の軍団員が、励ましの声を送る。

 

「ペンギンのオジキと話つけてきたじゃないっすか!」

 

「だがよぅ、世界を変革する(人気者)が見つからねぇ――こればっかりは妥協できねぇからよぉ」

 

「牛尾の兄貴に相談してみますか?」

 

「駄目だ。兄貴にゃ感謝してるが、あの人にスター(人気者)ってもんを見抜く目はねぇ」

 

 さらに続いた金髪のロン毛の軍団員の言葉にも百済木は首を振る。牛尾を頼ろうにもこの手の話題は専門外であることは明白。

 

 そう、今の百済木――いや、百済木軍団は自分たちが掲げた夢である革命(レヴォリューション)の為に、手を尽くしていた。

 

 ペンギンの人ことBIG5の大瀧の協力をとりつけ、「オジキ」と慕い、目標に向けて駆け出そうとしていた矢先に、つまづいたのである。

 

「こればっかりはオレの目で探さなきゃならねぇが……」

 

 それがスター(人気者)の不在。百済木の眼鏡に適う被写体が見つからない。

 

 あらゆる伝手を使い、更にはKCの協力も得たというのに未だ見つからず、スタートラインにすら立てぬ現状に百済木は大きく溜息を吐いた。

 

「運命はオレを選ばなかったのかもしれねぇなぁ」

 

 そうして遠くを見つめる百済木の姿に軍団員は慰めの言葉すら出せなかった。

 

 クズだった自分たちが、償いの為に何が出来るのか――それを見据え、各々の得意分野を活用した形で出した目標であったが、「償う」など虫の良い話だったとばかりに光明は見えない。

 

 

 そんな中、百済木の手から零れ落ちたスマホがガチャンという音と共に地面を転がる。それは、まるで彼らの夢がその手から零れ落ちたようだった。そうしてワナワナと震える百済木の無念は一体、如何なるものか。

 

「…………た」

 

「百済木さん……」

 

「スマホは無事っす」

 

 その百済木の無念を感じ取ってか、青の短髪のガタイの良い軍団員が百済木の肩に手を置き、日焼けした肌にグラサンをかけた軍団員が百済木のスマホを拾い、状態の確認後に差し出した。

 

 だが、差し出されたスマホを受け取る様子もない百済木は熱に浮かされたような有様で呟く。

 

 

 

「…………見つけた」

 

 

 

 今、彼のプロジェクトが動き出そうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 プラナたちを連れてKCに舞い戻った神崎は、彼らをエスコートしながら今後の予定を語る。

 

「モクバ様はもうじきアカデミアから戻られるとのことなので、暫くはオカルト課にてお待ち頂くことになります」

 

 とはいえ、直に神崎の手から離れる為、話を通しておいたモクバ預かりとなるゆえに、この奇妙な関係性も此処までだ。

 

 シャーディーの忘れ形見とも言える彼らに何かしてやりたいと神崎が思おうが、相手から妖怪扱いされている以上、信頼できるモクバに託した後は距離を取るのが適切であろう。

 

 だが、そんな気配を感じたゆえか、ディーヴァがポツリと言葉を零す、

 

「…………おい」

 

「なんでしょう?」

 

「キミには一応、礼を言――」

 

 

「ア、アンタ! 名前は!!」

 

 

 しかし、そのディーヴァの声は何処からともなくクネクネした感じで下からキュインっと現れた百済木によって遮られた。

 

「きゅ、急になんなんですか!?」

 

「なんて名前だ!?」

 

「あ、藍神 ディーヴァ……です」

 

 そうして突如として襲来した百済木に引き気味なディーヴァだが、相手の勢いに負けた様子で皆で考えた苗字を交えて思わず名乗ってしまう。その途端に――

 

「『愛』の『神』! Diva(歌姫)!! イイ!!」

 

 百済木は跳ねたように身体を起こしながら、感極まった様子で自身の腕で己が身体を抱きしめるように内より溢れる感動を表現した。

 

 

 そんな百済木という訳の分からない生物の襲来に、マニは動揺しつつも神崎へと向き直る。恐らくKC関係者ではないかと。

 

「か、彼は一体……」

 

「確か……大瀧さんの元に出入りしている方ですね。エンタメ系の話を持って来た面白い人材との話を聞いたことがあります」

 

 だが、KCと直接的な関係はそこまでない。BIG5の《ペンギン・ナイトメア》の人こと大瀧が個人的に目をかけている程度だ。

 

「エンタメ……というと、テレビ番組ですか?」

 

「凡その方向性はそんな具合です。ただ、彼らは――」

 

「おっと、そこから先はオレの口から言わせて貰うぜ――お前らァ!!」

 

 やがてセラの詳細を問う声に、答えようとする神崎を遮り、百済木が4人の軍団員に向けて指をパチンと鳴らした。すると――

 

「マイクっす!!」

 

「照明いけてます!」

 

「台座OKです!」

 

「どうぞ、百済木さん!!」

 

 お立ち台代わりの箱に、それを後ろから照らすライトに加え、準備されたマイクを手に取った百済木は、軍団員がうちわで扇ぐ風によって前の開いた学ランを揺らしつつ演説さながらの様子で声を張る。

 

 

「アイドルとは何か!!」

 

 

 一際響いた声に己に注目が集まったことを理解した百済木は、まずは己が覚悟を語る。

 

 

「様々な言い分があるだろうが、オレは、その全てに反逆する!! そう、オレにとってアイドルとは――」

 

 

 そして一拍大きな溜めを入れ――

 

 

「『 (くぁみぃ) 』だ!!」

 

 

 力強く拳を握って宣言した。

 

 

「崇拝すべき神! そう、信仰すべき対象!!」

 

 

 そう、人を(スター)へと昇華させる――それこそが、百済木が目指す頂き。

 

 

「会いに行けるアイドルだぁ? 人間如きが神と直に謁見できると思うなよぉ!!」

 

 

 昨今、アイドルとファンとの距離が近づき過ぎていると、百済木は警鐘を鳴らす。

 

 

「オレが! いや、人類が目指すべき新たなアイドル次元は――」

 

 

 ゆえに今こそ新たな道を示す時なのだ。

 

 

「 会 い に 行 け な い ア イ ド ル !!」

 

 

 それは適切な距離――と言うにはあまりに離れた道。

 

 まさに偶像崇拝の境地。

 

 だが、同時に茨の道でもあった。なにせ距離が離れすぎると言うことは、心の距離も離れかねない。

 

 人心を握れねば意味はなかろう。

 

「そんなオレの自論は何処へ行っても一笑に付された――だが、ペンギンのオジキだけは違った!」

 

 しかし、そんな百済木にも理解者が現れ、茨の道に活路が見えた。

 

「どれだけ手を伸ばそうとも決して手は届かず! だというのに手を伸ばすことを止めることが出来ない!! その二律背反の狭間に悦楽を生み、その只中に包み込まれることを至福とし、享受する!」

 

 そうして熱く語られる理想論にすらなりえない百済木の自論は――

 

「オレはそれを可能とするスター(人気者)を探していた!!」

 

 今、この時を以て――

 

「それがお前だ、藍神ィ」

 

 羽ばたかんとしていた。

 

 ディーヴァを指さす百済木の指にも力がこもる。

 

「お前がいれば、オレたちの野望は始動する!! ゆえにこの計画にお前の名を添え贈ろう。まさに――」

 

 

 やがて指さした手を引っ込めた百済木は天で腕を交差した後、その両腕を神を迎え入れるように左右に広げ、宣言する。

 

 

 これこそがディーヴァに最初に贈る言葉。

 

 

 そして百済木の夢の始まりの一歩。

 

 

 

「――プ〇ジェクトディーヴァ(藍神)!!」

 

 

 いけない。それ以上はいけない。

 

 

「藍神ィ! お前を世界の人気者にしてやるよぉ!!」

 

 

 そうして高らかに宣言しながらディーヴァへと手を伸ばす仕草をした百済木。

 

「た、助けて! セラ!!」

 

 だが、その手は取られることはなく、トータルで恐怖が勝ったディーヴァはセラの背中に隠れた。そんな情けない兄の手をポンポンと軽く叩き、落ち着くように促すセラは、神崎へと現状把握を求める。

 

「どうどう――つまり、彼らは何が言いたいのですか?」

 

「彼らは『ディーヴァくんをアイドルとしてスカウトしたい』と言っています」

 

「アイド……ル? というと、テレビでよく見るアレか?」

 

「はい、テレビでよく見るアレです」

 

「神崎さん、彼らの話……」

 

 世情に疎いプラナたちを代表するようなマニに相槌を打つ神崎へ、セラが思案顔を見せ――

 

 

「…………お金になりますか?」

 

「――セラ!?」

 

 とんでもないことを言い始めた。事の中心であろうディーヴァもセラの背に隠れることを止めて一歩後退る。

 

 だが、その手は他ならぬセラに優しくかつ力強く掴まれた。

 

「聞いて、兄さん。わたしたちは無一文よ。社会経験も少ないし、現代社会に一切適合できていないわ」

 

「セラ!?」

 

 セラの言う様に、プラナたちの現状は芳しくない。世情に疎く、一般教養や学力も最低限を下回り、何より生活する為の土台が皆無だ。今までそれらを気にせずに済んだ「プラナの力」も今はない。

 

「その辺りは学業の最中で詰めていけば、よろしいのではな――」

 

「シン様はわたしたちに己の力で立つことを望んでおられる筈です」

 

 神崎の「その為のサポートでは?」という言葉をセラは小さく否定する。なにからなにまで受け取りっぱなしでは、シン様ことシャーディーに顔向けできないと。

 

「相手の厚意にいつまでも甘える訳にはいかない以上、動くのならば庇護下のある内に――早いに越したことはありません」

 

 そう、セラは最短での自立を目指していた。それもただの自立ではない。

 

「わたしは、みんなと離れ離れになるような最後は避けたいの」

 

「セラ……」

 

 

 苦楽を共にした「みんな」と共にいる為――そんなセラの想いを知り、ディーヴァも戸惑いから立ち直り、兄として力になることを静かに覚悟することを誓う。

 

 

「だから、わたしたちでアイドル事務所を立ち上げるの」

 

「セラ!?」

 

 しかし、その覚悟は速攻で揺らいだ。

 

「KCの幹部が一目置く人間のお墨付きが出たわ――兄さんにはアイドルの才能がある。これは活かすべきよ。社長はマニに勤めて貰います」

 

「成程。気心が知れた我々ならば、サポート役には適しているだろう」

 

「KCの後ろ盾を得つつ、わたしたちが一丸となり、実績を積み重ねれば、今の宙に浮いたわたしたちの立場も地に着くわ」

 

 ディーヴァを置き去りにしながらセラとマニでどんどん進んでいく話に、神崎はふと思う。

 

――計画の成否はともかく、凄いしっかりした子だな……

 

 社会復帰など色々な面で絶望的な状況に立たされているにも拘わらず、このハングリー精神――流石はシャーディーが見込んだ子供たちだと。とはいえ――

 

「お話中、申し訳ありませんが、まずはディーヴァくんの意思確認が先ではないですか? 無理強いはよくありませんよ」

 

「――神崎!!」

 

――此処にきて初めて名前呼ばれたよ……

 

 無理強いは良くないと諭した途端、ディーヴァは神崎へ縋るようにその名を初めて叫ぶ。心細さを感じていたディーヴァからすれば渡りに船だったのだろう。

 

 

「確かにそうだ! 神に至る試練は生半可なものじゃない――ゆえに、お試しと行こうじゃねぇか!!」

 

 しかし、此処で百済木が再度割り込んだ。彼とてディーヴァのスター性は簡単には諦められるものではない。ゆえに百済木は再びパチンと指を鳴らす。

 

「――お前らァ!!」

 

「ペンギンのオジキに話は通してきました!」

 

「ステージ代わりの場所の確保もOKです!」

 

「撮影機材準備、完了したっす!」

 

「いつでも行けますよ、百済木さん!!」

 

「――ヨシ!」

 

 さすれば4人の軍団員によって手早く準備が整えられ、その光景に満足気な表情を浮かべた百済木は、ディーヴァへ向けてデュエルディスクを差し出しながら宣言する。

 

「オレとデュエルと洒落込もうじゃねぇか――スクリーンに映った己の姿を観てからでも遅くはない。そうだろぅ?」

 

 かくして百済木の夢である「プ〇ジェクトディーヴァ(藍神)」の第一幕として、スター(人気者)の初舞台が幕を開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 デュエルは全てを解決してくれる、とばかりに一同は、舞台代わりに「デッキの試運転や各種デュエル実験を行う場」であるKCのデュエル場に移す。

 

 その中の機材が立ち並ぶエリアを観客席代わりにしたセラたちが見守る中、市販品のデュエルディスクを装着したディーヴァがデッキをセットした瞬間に――

 

 

「 「 デュエル!! 」 」

 

 互いが勝負の開始を宣言し、先攻を得た百済木はこの舞台を盛り上げるべく、大仰にデッキに手をかけた。

 

「ショータイムの始まりだ! オレのターン! ドロー! メインフェイズ開始時に魔法カード《強欲で金満な壺》を発動! エクストラデッキを6枚を除外し、2枚ドロー!」

 

 そしてゴング代わりに壺が破裂する中、引いた2枚の手札の1枚に手をかければ――

 

「まずはコイツで行くぜぇ! 魔法カード《予想GUY》を発動! デッキからレベル4以下の通常モンスター1体――《鎧蜥蜴(アーマー・リザード)》を特殊召喚!!」

 

 青銅の如き甲殻を持つ二足歩行の大きなトカゲが現れ、デュエリストキングダム以来の大舞台に対し、主は変われど気合を入れるように左右の金属の如き固い爪をガチンとぶつけ合わせ威嚇する。

 

鎧蜥蜴(アーマー・リザード)》 攻撃表示

星4 地属性 爬虫類族

攻1500 守1200

 

「《古代のトカゲ戦士》を通常召喚! 更に永続魔法《暗黒の扉》を発動し、カードを1枚セットしてターンエンドだァ!」

 

 さらにその《鎧蜥蜴(アーマー・リザード)》の隣に音もなく降り立ったのは、緑の鱗に覆われた二足歩行の大きなトカゲ、《古代のトカゲ戦士》。

 

 その長く伸びた両手の爪をディーヴァへと向ける姿は、闘志に満ちていた。

 

《古代のトカゲ戦士》 攻撃表示

星4 地属性 爬虫類族

攻1400 守1100

 

 

 かくして2体の下級モンスターを並べ、ターンを終えた百済木。

 

 そのどちらも何の効果も持たない通常モンスターであることも相まって、ディーヴァには未だ相手の狙いが掴めていなかった。

 

 

百済木LP:4000 手札3

鎧蜥蜴(アーマー・リザード)》 《古代のトカゲ戦士》

《暗黒の扉》 伏せ×1

VS

ディーヴァLP:4000 手札5

 

 

「僕のターン、ドロー! 《風竜星-ホロウ》を召喚!!」

 

 だが、どんな小細工も踏み越えて見せるとばかりに呼び出されたのは、蛇のように細長い体躯に翼と手足に細い髭の生えたドラゴンこと東洋龍――いや、幻竜が一陣の風と共に空へと舞い上がる。

 

《風竜星-ホロウ》 攻撃表示

星1 風属性 幻竜族

攻 0 守1800

 

「そして手札・フィールドの風属性を含む2体のモンスターを破壊し、手札のこのカードを特殊召喚!! フィールドの風属性《風竜星-ホロウ》と手札のモンスターを破壊・結合し、降臨せよ!!」

 

 やがて疾風と共に《風竜星-ホロウ》が竜巻を起こしながら天へと昇れば、純白の羽根が空より振りまかれ――

 

「――幻惑の風の(おう)! 《真竜凰マリアムネ》!! そしてマリアムネが風属性2体を破壊して呼び出された時! 相手のデッキを上から4枚除外する!! 戒めの旋風!!」

 

 4対の翼を広げながら空より参る赤い2本の角の間に黄金のたてがみを揺らす純白の幻竜の周囲を渦巻く風が百済木のデッキを穿ち、4枚のカードこと爬虫類族たちが風に運ばれ消えていく。

 

 やがて、その幻想的な純白の幻竜は、グリフォンを思わせる四足の鳥の足で大地に降り立たった。

 

《真竜凰マリアムネ》 攻撃表示

星9 風属性 幻竜族

攻2700 守2100

 

 

「ふつくしい……使うカードすら輝いてやがる――逸材だ!!」

 

「いちいち大袈裟なやつだ……」

 

 その神秘的な《真竜凰マリアムネ》と並ぶディーヴァを指で作った額縁越しに見やる百済木を呆れ顔を見せつつも、ディーヴァは新たな自身のデッキの本領は此処からだと指を鳴らす。

 

「破壊された方の《真竜凰マリアムネ》の効果で風属性以外の幻竜族カードを――《真竜皇アグニマズドV(ヴァニッシャー)》を手札に! 更にフィールドで破壊された《風竜星-ホロウ》はデッキより『竜星』の仲間を呼ぶ! 来い、《地竜星-ヘイカン》!!」

 

 すると天よりディーヴァの手元へと舞う突風が収まると共に、大地を砕いて飛翔するのは、獅子の如き黄金色のたてがみを持つ土色の体躯に赤い瞳を持つ東洋龍。

 

 その細長い身体を払うように薙ぎ土を払う様は勇猛さに溢れていた。

 

《地竜星-ヘイカン》 攻撃表示

星3 地属性 幻竜族

攻1600 守 0

 

「バトル! 早々に終わらせて貰うよ! マリアムネで《鎧蜥蜴(アーマー・リザード)》を攻撃!! 鳳旋乱舞(ほうせんらんぶ)!!」

 

「ぬぅぉ!?」

 

 《鎧蜥蜴(アーマー・リザード)》のかたい身体も《真竜凰マリアムネ》の4対の翼を振るって放たれた風の刃の前には豆腐も同然に切り裂かれ、その風の余波は百済木を容赦なく打ち付ける。

 

百済木LP:4000 → 2800

 

「ヘイカンで《古代のトカゲ戦士》を――」

 

「待ちな! 永続魔法《暗黒の扉》により、互いは1体のモンスターでしか攻撃できない!!」

 

 そうして一気に攻勢に出たディーヴァだが、百済木の声に《地竜星-ヘイカン》が動きを止めたことを皮切りに、意気揚々と宣言する百済木の背後から――

 

「更にダメージを受けたことで、発動済みの永続罠《ダメージ=レプトル》を発動! 受けたバトルダメージ以下の爬虫類族を特殊召喚する! 俺が呼ぶのはコイツだァ! 《生き血をすするもの》!!」

 

 黄疸のような黄色がかった表皮の二本の腕が生えた吸血ヘビが現れ、何処か血走った目でディーヴァを見やりながら、長い舌を覗かせる。

 

《生き血をすするもの》 守備表示

星3 地属性 爬虫類族

攻 900 守 800

 

「後続を残したか――ボクはカードを1枚セットし、ターンエンド!」

 

 予定に反して攻め切れなかったディーヴァだが、そこに動揺はない。

 

 なにせ相手の百済木から繰り出すのは揃いも揃って攻守が高い訳でもない通常モンスターばかりであり、脅威足り得るものは何もない事実がディーヴァの有利を物語っていた。

 

 

 

百済木LP:2800 手札3

《古代のトカゲ戦士》 《生き血をすするもの》

《暗黒の扉》 《ダメージ=レプトル》

VS

ディーヴァLP:4000 手札3

《真竜凰マリアムネ》 《地竜星-ヘイカン》

伏せ×1

 

 

 

 そうして互いの1ターン目が終わったデュエルを観戦していた神崎は、ふと零す。

 

「おや? 『方界』デッキはどうなされたんですか?」

 

 それはディーヴァのデッキの変化。前回のデュエルで使用していた「方界」たちが影も形もないのだ。気になる部分である。

 

「あれら『方界』カードたちは量子キューブの消失と共に『暗黒方界』カードも含め、光と共に消えていきました」

 

「あのカードたちも、シン様の元へ還られたのだろう」

 

 だが、そんな疑問はセラとマニによってアッサリと明かされる。

 

 しかし、その内容は超常的過ぎて反応に困る代物であろう。不思議カードの出現・消失は人間如きが測れる代物ではないのだ。

 

――そ、そんなにアッサリ消えてしまうものなのか……

 

 それに加え、神崎の内心が示すように共犯者の形見と言うべき入手経路がアレなカードを持つ身としては、中々に他人事とは思えぬ話であろう。

 

 

 

 

「オレのタァーン! ドロー! 再び魔法カード《強欲で金満な壺》を発動! エクストラを除外し2枚ドローだァ!」

 

 だが、そんな神崎の懸念を余所に、百済木の気合の入った声が壺が砕ける音と共に木霊する。

 

「魔法カード《苦渋の決断》デッキからレベル4以下の通常モンスターを墓地に送り、同名カードをデッキからサーチ!! 選ぶのは《ワーム・ドレイク》!」

 

 そうして意識を向ければ、百済木のデッキより口内に目玉を覗かせる緑の蛇が、黄金のリングで覆った身体の節々をくねらせながら手札に飛び跳ね――

 

「此処で魔法カード《スネーク・レイン》! 手札を1枚捨て、デッキから4枚の爬虫類族カードを墓地に送る! オレは《ヨルムンガルド》と《くちばしヘビ》を2体ずつ墓地へ!」

 

 更に百済木のデッキより、非常に長い体躯の目のない海蛇と、鳥の頭を持つ蛇が、雨霰な様子で多くの爬虫類族こと蛇たちが百済木の墓地へと送られて行く。

 

「魔法カード《儀式の下準備》を発動! デッキから儀式魔法《合成魔術》を手札に加え、そこに記された儀式モンスターを手札に!!」

 

 やがて最後の準備とばかりに2枚のカードを手札に加えた百済木は大仰に両の手をクロスさせた。

 

「さぁ――」

 

 そう、此処からが百済木のデッキの本骨頂――彼のエース格モンスターの出番である。

 

「――儀式を始める!!」

 

 そして勢いよく両の手を広げた百済木は高らかにショータイムを宣言。

 

「儀式魔法《合成魔術》発動! フィールドの《古代のトカゲ戦士》と《生き血をすするもの》を贄に捧げ儀式召喚!!」

 

 途端に《古代のトカゲ戦士》と《生き血をすするもの》が大地に溶けるように消えていけば――

 

「平穏に満ち過ぎた世界に刺激と言う名の痛みをもたらせ! 《ライカン・スロープ》!!」

 

 その地を砕き、灰色の毛並みを持った二足歩行の狼こと狼男が現れ、月夜があるであろう空に向けて遠吠えを響かせた。

 

《ライカン・スロープ》 攻撃表示

星6 地属性 獣戦士族

攻2400 守1800

 

「そして装備魔法《『焔聖剣-オートクレール』》と、装備魔法《月鏡の盾》を《ライカン・スロープ》に装備!!」

 

 その《ライカン・スロープ》の右腕には早速とばかりに手甲のように盾が装着され、更には爪が真っ赤な熱を帯び始める。

 

「そして装備魔法《『焔聖剣-オートクレール』》の効果! 俺が選んだモンスター1体が2回攻撃可能になる!! とはいえ、選んだモンスター以外の攻撃が封じられ、この剣も破壊されちまうが、些細な問題よぉ」

 

 やがて火花を弾けさせながら灯った炎を迸らせる右手で大地を焦がす《ライカン・スロープ》は――

 

「バトル!! 2回攻撃を受けて貰うぜぇ――今回のテーマは『痛み』だァ! 行けっ! 《ライカン・スロープ》!!」

 

「だが攻撃力はマリアムネの方が上!!」

 

 大地を削り溶かしながら突き進み、《地竜星-ヘイカン》と《真竜凰マリアムネ》を切り裂かんと腕を振るう。

 

 だが、ディーヴァの言う様に攻撃力2400の《ライカン・スロープ》では《地竜星-ヘイカン》はまだしも攻撃力2700の《真竜凰マリアムネ》には届かない。

 

 しかし、此処で《ライカン・スロープ》の右腕に手甲のように装着された盾がギラリと鈍く光る。

 

「装備魔法《月鏡の盾》を装備したモンスターはバトルするモンスターの攻撃力を100だけ上回る!! そして2回攻撃だ! ツイン・クロー!!」

 

 すると真っ赤に燃える《ライカン・スロープ》の爪から光の刃が伸び、《真竜凰マリアムネ》が盾のように広げた翼諸共その巨体を切り裂き、その先の《地竜星-ヘイカン》をも両断した。

 

「くっ……!」

 

ディーヴァLP:4000 → 3900 → 3800

 

 

「ふっふっふー、刺激的な一撃だろぉう?」

 

「ふん、たった100ポイント2回分で『痛み』がテーマとは、随分と大きくでたね」

 

 そうしてディーヴァが従える2体のモンスターを破壊した百済木は満足気ににやりと笑って見せるが、対するディーヴァは堪えた様子はない。

 

 シンプルにダメージが200と軽微だったこともあるが、なによりも「竜星」たちは破壊されようとも仲間を呼ぶ力を持つのだ。実質的な損失は殆どないと言っても過言ではないだろう。

 

「そいつは挨拶代わりよ――メインはこれからさ!!」

 

 だがメインディッシュは此処からだと示すような《ライカン・スロープ》の雄叫びが天に木霊する。

 

「《ライカン・スロープ》の効果! コイツが戦闘ダメージを与えた時! オレの墓地の通常モンスターの数×200のダメージを! 『痛み』を! 藍神ィ――お前に与える!!」

 

「なっ!?」

 

 さすれば《ライカン・スロープ》の全身に黒いオーラが立ち昇り――

 

「墓地の通常モンスターは9体! さぁ、お前に極上の刺激を! 痛みをプレゼントだ!! シャドウ・ダンス!!」

 

「――うわぁぁぁぁああぁああッ!!」

 

 踊り狂うようにディーヴァの元へ殺到し、その黒き衝撃に呑まれたディーヴァは苦悶の叫びを上げた。

 

ディーヴァLP:3800 → 2000 → 200

 

「んん~いい声だァ……」

 

 一気にライフが残り僅かとなったディーヴァのリアクションへ満足気な表情を見せる百済木。

 

 

 だが、ディーヴァとてただ相手を侮って大ダメージを受けた訳ではない。

 

「くっ、発動しておいた永続罠《竜星の具象化》により、僕のモンスターが破壊された時、デッキから『竜星』モンスター1体を特殊召喚!」

 

 先も言ったが、ディーヴァのデッキにとって破壊は終着ではなく、分離と再構築へと至る序章。

 

 その証拠に破壊されたディーヴァの2体の幻竜(族)たちの身体が霧のように漂い再収束を始め――

 

「さらに破壊された《地竜星-ヘイカン》の効果もだ! 自身以外の『竜星』を特殊召喚する! 2つの効果により舞い上がれ! 2体の《炎竜星-シュンゲイ》!!」

 

 発火し、空に猛った炎より、赤い獅子の如きたてがみを持つ赤き東洋龍が2体現れ、鏡合わせのようにディーヴァの背後で宙を舞った。

 

《炎竜星-シュンゲイ》×2 守備表示

星4 炎属性 幻竜族

攻1900 守 0

 

「はっはっはー! せめてもの抵抗かぁ? ――藍神ィ、お前ホントに可愛いなぁ!! ターンエンド!!」

 

 だが《ライカン・スロープ》の効果を恐れ、高い攻撃力を捨て低い守備力を晒してまで守りを固めたディーヴァの精一杯足掻く姿に、嗜虐心をそそるとばかりに百済木は嗤う。

 

 

百済木LP:2800  手札0

《ライカン・スロープ》

《月鏡の盾》 《暗黒の扉》 《ダメージ=レプトル》

VS

ディーヴァLP:200 手札2

《炎竜星-シュンゲイ》×2

《竜星の具象化》

 

 

 

「ディーヴァが押されているようだな……」

 

 そうして残りライフ200と後がないディーヴァの姿にマニは心配気に呟くも、その横で神崎は此度の急な話をいぶかしんで見せる。プラナたちにはそれ程までに追い詰められているのかと。

 

「しかし、今回のお話――流石に性急過ぎるように思えますが、時間的猶予があなた方に残されていないのですか?」

 

「いいえ、ただ今回の話は良い機会だと思ったのです」

 

「と、いうと?」

 

「私から話そう」

 

「マニ……」

 

 その答えはセラの口からは言い出し難かろう、と引き継いだマニから語られる。

 

「ディーヴァはあの時のことをずっと悔やんでいた。復讐心に囚われ、暴走した結果、シン様の教えを忘れ、血を分けた妹にまで手をかける寸前だった」

 

 それは過去の量子キューブの暴走にディーヴァが巻き込まれた件。

 

 最終的には犠牲者なく収束したとはいえ、及ぼした行為が消える訳ではない。そしてディーヴァもまた「それ」を十分理解していた。

 

 ゆえにディーヴァに残るのは失意と罪悪感。

 

「あの一件以降、祈りと自罰ばかりで見ていられなかった程だ……素直には言えないようだが、止めてくれた貴方に感謝もしている」

 

「お気になさらなくて構いませんよ――争いの発端は此方にありましたから」

 

 そして百済木の合流によって遮られたディーヴァからの礼が、マニにより告げられるが、神崎は何でもないように返す。

 

 いや、実際問題として結果的に暴走の原因の大部分を担った身としては、神崎にそれ以外の何かを言えた義理ではなかろう。

 

「気遣い、感謝する」

 

「だから、わたしは兄さんの心が今回のことで少しでも和らげられたらと……」

 

――成程。あの話は、あくまで建前だったと。

 

 

 そう、セラは百済木の話自体にそこまで執着はしていなかったのだ。

 

 

 ばか騒ぎの一つや二つでも起きれば、ディーヴァの気持ちが紛れるかもしれない。上向くかもしれない――そんな思いやりがあった。

 

 

 デュエルなら、過去のわだかまりを吹き飛ばしてくれるに違いない、と。

 

 

 

 

「そして、あわよくばお金の種になれば、と」

 

――建前だった……んですよね?

 

 そして「ひょっとしたらビッグウェーブになるかも……」なんて思惑も…………なくはなかった――かどうかは神のみぞ知る。

 

 

 

 

 そんな妹の打算が見え隠れした気がする献身を余所に、腕を突き出したディーヴァの背後にて火柱が立ち昇る。

 

「炎属性である《炎竜星-シュンゲイ》2体を破壊して特殊召喚された《真竜皇アグニマズドV(ヴァニッシャー)》は相手フィールドか墓地のモンスターを除外する! 消えろ、《ライカン・スロープ》!!」

 

 その火柱より顕現するは、灼熱の赤き体躯を持つ幻竜が二足で大地に立つ。

 

 やがて黒き装甲に覆われた両腕を広げ、頭部の白き宝玉が輝きを放てば、一陣の閃光が《ライカン・スロープ》を撃ち抜き、その身を一瞬で消し炭と化した。

 

《真竜皇アグニマズドV(ヴァニッシャー)》 攻撃表示

星9 炎属性 幻竜族

攻2900 守1900

 

「オ、オレの《ライカン・スロープ》が……!!」

 

百済木LP:2800 → 2300

 

 そしてライフを代償に《月鏡の盾》が、その効果により百済木のデッキの一番下に送られる中――

 

「フィニッシュだ!! 《真竜皇アグニマズドV(ヴァニッシャー)》でダイレクトアタック!! ヒート・V(ヴァニッシャー)!!」

 

 《真竜皇アグニマズドV(ヴァニッシャー)》は己の赤い翼と白き羽の計4対の翼に炎を立ち昇らせながら百済木へと突撃。

 

「ぐぁぁぁぁあぁあぁあああぁあ!!」

 

 広げた翼で描かれたVの字に猛る業炎に呑まれた百済木の断末魔が辺りに響き渡った。

 

百済木LP:2300 → 0

 

「 「 「 く、百済木さーん!! 」 」 」

 

 

 そしてライフが尽きたことを知らせるブザーが鳴る中、膝をつく百済木へ軍団員が駆け寄っていく。

 

 

「イイ絵は撮れた……かよ……?」

 

「バッチリっす!!」

 

「パーフェクトっす!!」

 

「流石っす!!」

 

「お見事っす!!」

 

「――ヨシ! なら、藍神ィ! お楽しみの鑑賞タイムと行こうじゃねぇか!!」

 

 そんな具合に軍団員の鼓舞を受け、気分良さ気にスッと立ち上がった百済木たちは、プラナたちの前にてスクリーンを広げ、先のデュエルの上映会を始めだした。

 

 

 

 そうして、スクリーンに映し出されたカメラワークなどの様々な演出がなされたデュエル映像をやいのやいのと、プラナたちが楽しむ中、そんな彼らを離れて見守る神崎へ、何処からともなく現れたギースが急な案件だと耳打つ。

 

「神崎殿、来客が――」

 

「後に――とは、行かないようですね。済みません、マニさん、席を外します。此処からは彼、ギース・ハントと、あちらの彼女、北森 玲子が案内致しますので」

 

「了解した。忙しいところ済まない」

 

「構いませんよ――ギース、後のことは頼みます。彼らのことはくれぐれも丁重に」

 

「ハッ」

 

 やがて鑑賞会に目を輝かせるプラナたちの中のマニに一言告げた神崎は、小さく会釈する相手を手で制しながら、速やかにその場を後にした。

 

 

 

 

「これが……僕……?」

 

――ククク、もう一息だぜ、藍神ィ。

 

 スクリーンに映る己へ、戸惑いと高揚感を見せるディーヴァの反応に、内心ほくそ笑む百済木を置いて。

 

 

 

 プラナたちの明日は本当にどっちだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オカルト課の一室にて慌てた様子で駆けこんだ神崎は、席に座ることもなく佇む遊戯へ向けてペコリと頭を下げる。

 

 

「お待たせしてしまったようで申し訳ありません、武藤くん。デュエルキングである貴方にとんだご無礼を――」

 

「気にしないでください。急な仕事だったんですよね」

 

 だが、そうして社交辞令染みた謝罪は遊戯によってピシャリと止められ、先を促されている様子を感じた神崎は、促されるままに此度の要件へと話題を移す。

 

「ええ、少々思わぬトラブルがありまして……それはともかく、今回はどういったご用件ですか?」

 

「……………今回、海馬くんから『計画に協力した報酬』を受け取りに来たんですけど――今、大丈夫ですか?」

 

 此度の遊戯の要件は、「海馬がアテムに別れの挨拶を告げる」為に、遊戯と海馬がデュエルした件のことだ。

 

 遊戯たち一同には海馬から「アテムとの一時の再会」を手渡された形になるが、それとは別に「歯ごたえのあるデュエルをした遊戯」に対し、海馬が個人的に遊戯に謝礼を送るとの話になっている。

 

 

――えっ、「武藤くんの希望に沿った形」とは聞いていたが、まさか私の方に来るとは……

 

 

「構いませんとも。何でもお申しつけください」

 

 

 当然、それはツバインシュタイン博士ごしに計画に参加した神崎も知っていた。とはいえ、「遊戯が海馬を満足させれば」との前提と「海馬が出来る範囲で」との注釈がつけられていたが。

 

 

 そして今回の遊戯の願いは他ならぬ「神崎にしか」果たせない願いの様子が見えるゆえに色々思案を巡らせながら神崎が問えば――

 

 

 

 

「ボクとデュエルしてください」

 

 

 

――ぇ?

 

 神崎の中で時が止まった。

 

 

 しかし神崎とて幾度となくヘマをやらかしてきた身、この程度の想定外の事態など慣れたものとばかりに瞬時に再起動。

 

――!? いや、待て待て待て。落ち着け。

 

「デュエルキングのご指名とは光栄ですね。しかし随分、急な話でもある――理由をお聞きしても?」

 

 そうして慌てふためく脳内を余所に神崎は必殺の社交辞令と共に訳を問いただす方向へと舵を切る。

 

 なにせ遊戯の思惑が「貴方の悪行を知ったので、捨て置けません! ですから(ブラック・マジシャンなどの)精霊パワーでぶっ倒します!」だった場合は、脱兎の勢いで海馬に辞職届けを出した後に逃げねばならない。

 

 

 だが、そんな最悪の事態を想定する神崎とは違い、遊戯は動きを見せないまま意を決した様子で拳を握り、静かに語り始めた。

 

「……ボクはもう一人の――ううん、アテムと約束したんです」

 

 それは闘いの儀の前夜、アテムからの最後の「頼み」の件。

 

 

 

「記憶の世界で、墓守の一族として使命を全うしてアクターさんは死んだ……アテムはそう言っていました」

 

 それがアクターと呼ばれる一人のデュエリストのことだった。

 

 アテムからすればアクターというデュエリストは文字通り「その全てをファラオの為に捧げた忠臣」である。

 

 その類まれなるデュエルの実力があれば、プロデュエリストとして華々しい未来もあり得ただろう。

 

 大邪神ゾーク・ネクロファデスにすら「強かった」と評される神官としての技量があれば、幾らでも身を立てる術があっただろう。

 

 叶えたい夢の一つや二つ、共にいたい誰か、過ごしたかった日常、そして人生――その全てをアクターはファラオの為に捨てた。

 

 

 

 そうして全てを捧げた最後は、大邪神ゾーク・ネクロファデスによって殺されるという何の救いもないもの。

 

 

 記憶の世界での究極の闇のゲームの最中、アテムが戦の準備を整える時間稼ぎの為に、誰にも知られることなくたった一人で死んでいった――いや、当人も誰かに知らせるつもりはなかったのだろう。

 

 

 現に、大邪神ゾーク・ネクロファデスの本体であったバクラが気まぐれで話していなければ、アテムはその働きを一切知ることなく何の憂いもなく冥界に旅立っていた。

 

 アテムの最後の憂いになってはならないと、その存在も、働きも、功績すらも語ることなく消えていった忠臣に対し、アテムが出来ることは唯一つ。

 

 

 王として――いや、一人の人間として冥界で再会した時、相手がアテムの為に捨ててしまったものを共に集めていくことだけ。

 

 

 だというのに、アテムはアクターのことを「何も知らなかった」。名も、顔も、男か女かさえ知らぬ有様である。たとえ隣を通り過ぎたとしてもアテムは決して気づけない。

 

 文字通り、その素顔は誰の記憶にも残っていないのだから。

 

 

「アテムに頼まれたんです。彼のことを知りたい……知らなくちゃいけない。それが自分に出来る唯一のことだって」

 

 ゆえに現世に留まれぬアテムは遊戯へと最後に願ったのだ。

 

――アクターが墓守の一族!?

 

 そう沈痛な表情で語る遊戯を余所に、神崎の脳内は混乱の只中にあった。

 

 アクターという虚構の存在が一人歩きどころか世界を飛び越え、宇宙へテイクオフしていたのだ。端的に言えば「どうしてこうなった」――この一言に尽きよう。

 

 

 

――アクターが墓守の一族って、何故そんな話に!?

 

「ボクなりに調べてみました、色んな伝手を頼って調べて貰いました」

 

 やがて混乱から立ち直れていない神崎を余所に、遊戯は懺悔するように喉から声を絞り出す。

 

「でも、なにも分からなかった」

 

 そう、遊戯は闘いの儀を終えてから凡そ1年の間、顔の広い双六や、今迄巡り合ったデュエリストからアクターの情報を集めに集めたが、その正体は分からず終い。

 

 

「あの人が生まれた場所も、育った場所も、生きた軌跡も――何もかもが分からなかった」

 

 手掛かりどころか、取っ掛かりさえ見つけられなかった。とはいえ、その性質上「存在しない人間」である為、無理からぬ話なのだが。

 

「唯一分かったのが、あの人の情報がある日を境に、パタリと止んだ」

 

 やがてアクターというデュエリストを最も知っているであろう神崎へと視線を向ける遊戯が念押しするように告げるが――

 

「たった、それだけでした」

 

「そうですか」

 

――武藤くんは私にどうして欲しいんだろう……いや、私はどうしたらいいんだろう。

 

 神崎はそう、短く返すだけである。当人としてもどうすれば良いか分からなかった。

 

 アクターのことを教えてやればいい?

 

 であるのならば、何故、最初に神崎の元に聞きに来なかったのか――この疑問が立ちはだかる。

 

 アクターがオカルト課に属していたことは遊戯も知っていた以上、凡そ1年も後に尋ねた事実が神崎を惑わせる。果たして相手が求めているのは本当にアクターの情報なのかと。

 

 

「どうして……」

 

 そう思案を巡らせる神崎へ、堪え切れぬ思いの籠った遊戯の声が零れた。

 

「仲間だったアクターさんが死んだんですよ! どうして! どうしてそんなに平然としていられるんですか!!」

 

 そしてその「思い」は「想い」となって神崎を糾弾するように遊戯から溢れ続ける。

 

 

 仮にも仲間だった相手の死に、何故これ程までに無関心でいられるのか。

 

 バトルシティの後、関わりがなかったと語っていた以上、その死を今知ったからと言っても、こうも冷淡に返せるものなのかと。

 

 どうして「そうですか」なんて言葉で仲間の死を片付けられるのかと。

 

 

――えぇ……そんなこと言われても困るんですが。

 

「やっぱり迷宮兄弟さんたちが言っていたようにあの人を利用していただけなんですか! アーサー教授が言ってたみたいに、墓守の一族が管理していた光のピラミッドが目当てだったんですか!!」

 

 

 遊戯が伝手を頼りに手に入れた神崎とアクターの関係性の噂を並べて見せるが、神崎は何も返さない。

 

 

「あの人がどうなろうと、知ったことじゃなかったんですか!!」

 

 

 そんなことは嘘だと言って欲しかった。だが今の神崎のアクターへの反応を見れば、噂の真実味が帯びてしまう。

 

 

「答えてください!! いや、答えろ、神崎 (うつほ)!!」

 

 

 そうして遊戯が強い言葉を以て宣言するが、そう一人で盛り上がられても神崎は乗れる筈もない。

 

 

 

 

 

 

「ボクに、貴方を信じさせてください……」

 

――年貢の納め時か……

 

 だが、表情を悲哀に歪ませる遊戯の姿に神崎は内で小さく諦めるようにため息を吐きながら覚悟を決めた。

 

「実は――」

 

「実は?」

 

 

 そして――

 

「――アクターの正体は私だったんですよ」

 

「いい加減にしてください!!」

 

――今まで隠していて申し訳ないです……

 

 神崎から明かされた真実が届くと共に遊戯の怒声が響き渡った。無理もない。今までずっと騙し続けていたのだ。遊戯の怒りは尤もである。

 

「確かに貴方からすれば、ボクは世間を知らない子供なのかもしれない――でも、そんな言葉で誤魔化される程、馬鹿じゃない!!」

 

 だったのに、なんか思ってもいない方向に話が飛び始めた。

 

――え、えぇ…………えぇ……

 

「神崎さんがアクターなら、パラドックスさん相手に、ボクたちを頼る必要性がないことくらいボクにだって分かる!!」

 

――む、武藤くんの中のアクターの評価高ぇー

 

 神崎が色々葛藤しつつも明かした「神崎=アクター」という真実は、遊戯から欠片たりとも信じて貰えなかった。もはや神崎には内心で乾いた声を漏らす他ない。

 

 とはいえ、これに関して遊戯を責めることは出来ない。

 

 なにせ遊戯の中で神崎とアクターのデュエル情報は「神崎 VS パラドックス」と「アクター VS 闇マリク」の2戦しかないのだから。

 

 となれば、当然、二人の実力はその2戦より判断される。

 

 

 つまり、パラドックスにフルボッコにされるレベルの神崎と

 

 三幻神の最高位である『ラーの翼神竜』を、神のカード抜きで下したアクター。

 

 

 この二人の実力を遊戯にイコールで結びつけて貰うことは叶わなかった。無理もない話である。

 

「実は、実力を隠して――」

 

「まだ誤魔化す気ですか!! KCは実力主義! 力を隠す理由なんてない!! 海馬くんが社長とデュエリストを兼用している以上、周りの声もその理由にはならない!」

 

 だが、諦めずに誤解を解こうとする神崎の奮闘は、遊戯が並べる正論に封殺される。

 

「それにパラドックスさんを警戒していたのなら、彼の手が自分に伸びた段階で力を隠す理由はなくなる!!」

 

 そう、誰が考えても「遊戯が考えているアクターレベルのデュエルの力量があるのならば、遊戯たちを頼る必要ないよね」という論を、神崎の主張で覆すことが叶わないのだ。

 

――どうする、どうするんだ、私!?

 

 神崎は苦悩する。正直に話したら「ふざけた嘘をつくな!」と怒られてしまった為、苦悩する。

 

 己の原作知識にない程に、遊戯が凄まじい怒りを見せている事実が神崎には恐ろしくて仕方がない。怒りは人を容易く凶行に奔らせるのだから。

 

――くっ、アクター……余計な置き土産を……!

 

「答えてください、神崎さん!! 貴方が抱えているものを!! そして教えてください、アクターさんのことを!!」

 

 やがて「いや、お前だよ」と言われかねないことを考えている神崎を余所に、遊戯の怒りは僅かに鳴りを潜め、懇願するような口調に変化しつつある中、神崎は一つばかり問う。

 

「知ってどうするおつもりですか?」

 

 そうして神崎の雰囲気の変化を感じ取った遊戯は、意を決した様子で返した。

 

「できれば、力になりたいと思います。でも内容次第じゃ――」

 

「争うことになる、と」

 

 だが、その言葉を途中で先回りした神崎に、遊戯は小さく頷いて肯定を示し、相手の言葉を待つ。

 

 やがて今の遊戯の精神状態と、己が持ちうる手札を鑑みた神崎が出した答えは――

 

 

 

「――ではお引き取りを。これ以上、貴方にお話しすることはありません」

 

 沈黙と拒絶。

 

「話さなければ、この玉虫色の関係が続く。私にはそれで十分です」

 

 神崎が最も避けねばならないのは「遊戯との敵対」の一点だ。そして遊戯は悪事の証拠がなければ、誰かを害する行いをしないとなれば、現状維持こそがベストだとの判断。

 

「ボクの協力は……いらない、と」

 

「ええ、必要ありません――と言えれば良かったのですが、仕方のないことだと諦める他ありませんね」

 

 たとえ、それにより「遊戯の協力」が得られなくなっても、世界の危機には優しい遊戯は立ち上がらざるを得ない事実を知る神崎からすれば、さして問題にしていない。

 

「とはいえ、手ぶらでお帰り……という訳ではございません。手間賃代わりの情報なら差し上げますよ」

 

 しかし、神崎としても遊戯が今抱いているであろう「神崎への不信感」は多少なりとも晴らしておきたいこともまた事実。

 

 ゆえに遊戯が満足しそうな情報を開示する。

 

「私が差し出したのは、社会的影響力――情報しかり、表の力」

 

 だが、その内容は虚偽に塗れ、

 

「私が望んだのは、デュエルの腕と一族が管理する力」

 

 誠実さとはかけ離れたもの。

 

「我々はあくまでビジネス的な関係です。武藤くんが言うような『仲間意識』と言ったものはありませんよ」

 

 しかし、固唾を呑んで見守る遊戯の瞳には、それが真実に映っていた。

 

「私があちらを利用していたように、あちらも私を利用していたに過ぎない」

 

「だから、パラドックスさんとの戦いの時、アクターさんは貴方を助けなかった」

 

 やがて辻褄を合わせるように語る遊戯の声に、神崎は内心でポンと手を叩き納得を見せる。

 

――あー、そういう認識になる訳か。成程、これまで身体を張ってきたアクターが「見捨てた」事実は、私が疑われる理由としてかなり大きいな。

 

 そう、遊戯の中でアクターの評価が上がれば上がる程、「そんなアクターが助けなかった神崎」の評価は地に落ちる。

 

 こんな状態で「神崎=アクター」との情報を開示しても「アクターが積み重ねた信頼を掠め取ろうとしている」と受け取られかねないだろう。

 

「知らぬ間に怒りを買ってしまったのやもしれませんね」

 

 ゆえにお手上げだと、降参するように両の手を上げて軽口を叩く神崎は明かすものは明かしたとばかりに、遊戯の反応を待つが、相手は反応を見せない。

 

 

 そう、遊戯は神崎から自発的に語られる言葉を待っていた。優しい遊戯は強引に追及するような真似は趣味ではあるまい。

 

 

――んー、此方の言葉を待っているな……とはいえ、これ以上なにを話せと言うのか。沈黙が痛い。

 

 だが、神崎=アクターの図式を一切信じて貰えなかった段階で神崎に話せるのは「神崎がこれまで行ってきたこと」しかなく、それらの醜聞の悪さが重くのしかかる。

 

 話せば良いだろう――だって?

 

 法に触れるギリギリの研究を行い、

 

 霊的な存在な悪人とはいえ、人権を無視した行いを成し、

 

 滅しておくべき邪悪な存在を喰らいに喰らい化け物になりました。

 

 などと正直に話せば、どうなるかなど語るべくもない。人として踏み越えてはならぬラインを神崎はとうの昔に通り過ぎているのだ。

 

 

「これは困った――まるで納得しておられない様子だ」

 

「どうして……どうして……!!」

 

 

 ゆえに「語らない」のではなく、これ以上「語れない」と困ったように肩をすくめて見せる神崎に遊戯は歯噛みする。

 

 親友の城之内の恩人でもあり、個人的に味方だと思っていた人物への不信感が募っていく。アクターの死はそれ程までに遊戯とアテムの心を揺さぶっていた。

 

 

 そんな遊戯の様子を見やった神崎は大きく溜息を吐きながら子供をあやすように告げる。

 

「仮に私が『アクターは生きている。貴方は何も心配することはない』とでも言えば、納得しますか?」

 

 いいや、納得しない。「アクターが死んだ」とのアテムの言葉は遊戯には嘘だとは思えなかった。

 

「『アクターは精霊的な存在な為、使命を終えた後は還るべき場所に還りました』と言えば、引き下がりますか?」

 

 いいや、引き下がりはしない。そもそもの遊戯の目的として「顔も名前も知らないアクターをアテムが見つける為の情報」を求めているのだ。そこから先に踏み込まねば意味がない。

 

「『私はアクターという無二の友人の死を悼んでおります』と言えば、満足されますか?」

 

 いいや、満足しない。心の機敏に聡い遊戯ならば、神崎がアクターの死を文字通り「何とも思っていない」ことが良く分かる。

 

「それは……」

 

「今の貴方は私を『疑惑』というフィルター越しに見ている」

 

 そうした問いかけに遊戯がまごつく間に神崎は人差し指を一本立てて遊戯の前に向け、告げる。

 

「私が何を語ろうとも、『騙される訳にはいかない』『誤魔化される訳にはいかない』――そんな疑念が前提にある」

 

 そう、今の遊戯の心は疑念に満ちていた。

 

 信じていた相手から裏切られたと感じた時、相手が何を語ろうとも信じられなくなるように、神崎の言葉が全て己を煙に巻く為の嘘に思えて仕方がない。

 

 実際、最初以外は「そう」なのだから、なおのこと性質が悪い。

 

「そんな状態では私が何を語ろうとも、貴方は満足しませんよ」

 

「でも、ボクは貴方を――」

 

「――信じたい?」

 

 そんな疑念に満ちた遊戯の心の機微を(バー)越しに見透かした神崎は、先回りしつつ己が都合の良いように誘導していく。

 

「『己の都合の良い言葉しか信じる気はない』の間違いではないですか?」

 

 そうして、遊戯の心にありもしない罪悪感を植え付けた神崎の言葉に、遊戯は小さく息を呑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり甘かったのかもしれませんね……」

 

 やがて肩の力を抜きながら小さく息を吐き脱力した遊戯は諦めたように呟く。

 

「貴方の話を聞いてデュエルすれば、きっと分かり合えると思っていた……」

 

 そもそも遊戯は、神崎の仕事に語れないことが多いことは分かっていた。守秘義務なんてものを考えれば、当然であろう。

 

 それゆえに言葉を交わさずとも相手の心の内を感じ取れるデュエルを選択したのだ。

 

 だが、「デュエルの理由」を問うた神崎と話している内に、その前提がいつの間にかあらぬ方向に進み――

 

「でも、やっぱりボクは、貴方のことを何もしらないボクは……疑ってしまった。信じ切れなかった……」

 

 遊戯が気付いた時には、親友の恩人を疑った罪悪感を植え付けられており、そしてその植え付けられた罪悪感から逃れるように、立ち去る選択肢が脳裏を過る有様。

 

「貴方は嘘が上手くて、ボクなんかより、ずっと長く騙し合いの世界で偽って」

 

――今なら、ボバサが言っていたことも少し分かる気がする……

 

 ボバサが語った「全てが虚ろ」――その意味を遊戯は身を以て実感していた。

 

 神崎の「偽ること」を生業にしているような在り方ゆえに、海馬との仲がよろしくない点も理解できる。

 

――いや、普通に過大評価ですけど……

 

「始めからボクがすべきことは一つだったのかもしれません」

 

 そんな相手の評価に神崎が内心で戸惑いを見せる中、遊戯は神崎と視線を合わせた後、右手を差し出した。

 

 

 

 それは握手を求めるような友好の証染みたもの。

 

 

 やはり言葉で惑わせる相手の本音を知るには、実際に手を取り合うことが重要なのだ。

 

 

 今は話せなくとも、互いを知り、心の距離が縮まれば、自然と話せる日が来るかもしれない。

 

 

 かくして、此度の会合は一先ずの終息を見せ、時間をかけた歩み寄りを目指していくこととなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――起動」

 

――ッ!?

 

 かと思われたが、()()()()より摩訶不思議な鍵が顔を覗かせる。

 

 

 

 本気でぶつかり合わねば分かり合えぬこともあろう。

 

 

 






死 刑 宣 告







~今作の百済木さんのデッキ~
「儀式を始める!」との彼の発言から「儀式デッキ」が確定し、
「今回のテーマは『痛み』だァ!」との発言から、「痛み」→「ダメージ」→「効果ダメージ」との連想ゲームを得て――

【爬虫類軸《ライカン・スロープ》ワン(ショット)キル】に。

禁止カード《苦渋の選択》の通常モンスターVerこと《苦渋決断》と爬虫類Verの《スネーク・レイン》で素早く墓地に通常モンスターを溜め、

装備魔法で補助した《ライカン・スロープ》の攻撃からの効果でバーンを狙う。


Q:なに!? 《ライカン・スロープ》はGXの異世界編にて登場する覇王軍の五人衆の1人こと《スカル・ビショップ》のエースカードではないのか!?

A:《スカル・ビショップ》さんは、GXに登場した《人造人間サイコ・ショッカー》さんを見習って、精霊としての自分自身を交えたデッキを使ってください(懇願)


~今作のディーヴァデッキ(プラナパワーありきであろう「方界」が使えなくなっちゃったので)~

「方界帝(or獣)」の分離・合体を繰り返す戦法に近しく、なおかつセラの「幻竜族(を交えた)デッキ」とお揃いにするべく、

「竜星が合体(破壊)して、真竜皇(凰)になるドン!!」デッキに。

破壊による分離(っぽいの)と再生の後の合体(っぽいの)を繰り返す姿はまさに「方界」っぽいのではなかろうか?(疑問形)


Q:方界たちや、暗黒方界たちは何処にいったの?

A:量子キューブと共に還るべき次元へ還られました(具体的な場所は知らぬ)






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第211話 天才 と 秀才



前回のあらすじ
藍神ィ……お前を世界の人気者にしてやるよォ!!







 

 

 閉鎖空間に取り込まれた神崎は、精霊の鍵を使用する遊戯へと視線を向けつつ現状を整理するように一人ごちる。

 

「精霊の鍵……確かに、それならば私から『真実』を聞き出せますね」

 

「やっぱり驚かないんですね」

 

「いえ、驚いていますよ――牛尾くんから借り受けたのですか?」

 

「――貴方は嘘ばかりだ」

 

――「驚いてる」って言ってるでしょう!?

 

 探るような口調で語る神崎を悲し気な視線で見つめる遊戯。変わらぬ笑顔で「驚いている」などと言われて信じられよう筈もない。

 

 そんな中、遊戯の背後に浮かぶ精霊の鍵によって形成された審判役こと《ブラック・マジシャン・ガール》が明るい声で元気一杯にテンション高めで、進行役を熟し始め――

 

『はいはーい! マスター! わたしの出番が来ちゃいましたよー! デュエルで勝って願いを叶えちゃいましょう! マスターにはこれからあの人にして欲しいことを決めてもらいまーす! でも難しいのは駄目ですからね! 簡単なものにしてくださーい!』

 

「ボクは、『神崎さんがボクの質問に嘘偽りなく答える』ことを願うよ」

 

 その明らかに雰囲気をぶち壊す《ブラック・マジシャン・ガール》の言動など気にも留めない遊戯は、極めて真面目な顔で返す。

 

『無理ですね! もっと簡単なお願いにしてください!』

 

「えっ?」

 

 だが、そのシリアスムーヴはかなり早い段階でつまづいた。

 

『どうしたんですか、マスター?』

 

「でも牛尾くんが『それくらいなら出来る』って――」

 

『でもマスターの願い方だと、あの人はマスターに永遠に隠し事が出来なくなっちゃいますよ? わたしにそこまでの力はありません! もっとイイ感じにお願いします! 腕の見せ所ですよ、マスター!!』

 

 空中で逆さまに己の顔を遊戯の顔に近づけ、目を覗き見ながら語る《ブラック・マジシャン・ガール》の姿に悩む遊戯。

 

 

 そしてそんな2人のやり取りに置いてけぼり状態の神崎は、内心で精霊の鍵の特性へと想いを巡らせる。

 

――そう、上級の鍵は勝負方法がデュエルに制限される上、願いの範疇も酷く制限される。

 

 いつぞやも語ったが、精霊の鍵は3種類存在する。

 

 1つ目は既に破棄されたが、神崎が使用した「最上級」の鍵――だが、今まで幾度となく使用されてきている為、語る必要もないだろう。

 

 

 2つ目が今回、遊戯に使用された「上級」の鍵――レベル5、6のモンスターが審判役として現れ、勝負方法が「デュエルに固定」され、願いも酷く制限される代物。

 

 更には燃料代わりのデュエルエナジーが尽きれば、再充填しなければ再使用ができない、などと最上級の鍵に比べて、かなりスケールダウンしている。

 

 代わりに「オレイカルコスの欠片」などの()()()()()は使用してい「ない」為、「安全性」という面では無問題だが。

 

 

 3つ目は「下級」の鍵――諸々の性能が更に低下している代物なのだが、今回は関係ない為、説明は割愛させて頂こう。

 

 

 

 だが、今の神崎には「そんなこと」よりも気になる点があった。

 

 

――しかし、このドシリアスな場面で、武藤くんが真っ先にイメージしたのが《ブラック・マジシャン・ガール》って…………いや、止そう。

 

 それは、精霊の鍵によって生成されるアバターは「使用者のイメージに大きく左右される」点にある。

 

 神崎の場合の精霊の鍵の使用は「命のかかったシリアスな場面」が大半だった為、プレッシャーや緊張感ゆえに、その精神状態に引っ張られた「おどろおどろしい化け物」が多く、口調や言動も重苦しいものが多かった。

 

 

 そして今回の遊戯の場合は、「亡きアクターの生きた軌跡を探る」「親友の恩人の秘を暴く」という中々にシリアスの場面だというのに、《ブラック・マジシャン・ガール》をイメージし、口調や言動もすこぶる明るい。

 

 

 神崎からすれば「メンタルどうなってんだ?」と思っても仕方があるまい。これが名もなきファラオの器となれるデュエリストの才覚とでも言うのか。

 

 

 未だに神崎のことを放ったらかしで「賭け金」となる願いについて青春の一ページよろしくキャピキャピ話し合っている遊戯と《ブラック・マジシャン・ガール》を眺めながら、神崎が頭痛を覚えてしまうのも無理からぬ話。

 

「では、質問回数を3回に制限してはどうでしょう?」

 

 やがて、そんな完全に蚊帳の外だった神崎の声に、《ブラック・マジシャン・ガール》は遊戯を見つめながら手をポンと叩く。

 

『それなら出来ちゃいますね! どうします、マスター? あっちの人の意見を取り入れちゃいますか?』

 

「回数をもう少し増やすことは出来る?」

 

『出来なくはないですけど……それだと「嘘偽りなく」の部分を変えなきゃ駄目ですね!』

 

 そして神崎をガン無視して遊戯と《ブラック・マジシャン・ガール》が悩む仕草を見せながら話を詰めていく中――

 

「どのくらいで影響が出始めるかな?」

 

『4回目くらいですね!!』

 

 元気よく左右の指それぞれでVの字を作って「4」を示す《ブラック・マジシャン・ガール》を余所に遊戯はチラと神崎を見やり思う。

 

――やっぱり、精霊の鍵……このアイテムに関しては、神崎さんの方が熟知している……

 

 今、遊戯が使用している精霊の鍵は、海馬の発令ありきで牛尾から借り受けたものだが、オカルト課での使用歴は驚く程少ない。

 

 そもそも所持している人間の少なさもさることながら、使用の際に様々な制約が課せられている――安く言えば「凄い緊急事態の際」くらいしか使えない。

 

 だというのに、「賭けのレート」を正確に語って見せる神崎。一体どれ程の回数、精霊の鍵を使って来たのかは語るべくもないだろう。

 

「分かった。それでお願いするよ」

 

『まっかせてください、マスター! それでそっちの人はマスターに何を願いますか?』

 

「そうですね……まぁ、此処はシンプルに当たり障りのないものにさせて頂きます。もし私が勝てば、我々は――」

 

 やがて遊戯の了承を得て、ようやく己へと話題を振った《ブラック・マジシャン・ガール》の声に、神崎は暫し考え込む仕草を見せながら、手早く――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――()()()()になりましょう」

 

 

 なんでもない代物の筈にも拘わらず、どこか悍ましさを感じさせる願いを語る。

 

 

『すっごく簡単な願いですね! これで準備は整いました! デュエルの真剣勝負の始まりです! ズルはなしですよ~! デュエル開始ぃ!』

 

 

 だが、《ブラック・マジシャン・ガール》はそれを笑顔で肯定し、有無を言わさぬように右手を上げ、勝負の開始を告げるゴング代わりに振り下ろした。

 

 

「デュエル!!」

 

「デュエル」

 

 

 そうして、ひとりでに展開したデュエルディスクに導かれるように始まったデュエルの先攻は遊戯。

 

 神崎から全てを聞き出すべく、引いたカードから――

 

「ボクの先攻! ドロー! 手札を1枚墓地に捨て、《幻想の見習い魔導師》を特殊召喚!」

 

 一番槍とばかりに《ブラック・マジシャン・ガール》と瓜二つながらも、幼さの残る褐色肌の魔術師の少女が、足首まで伸びる長い銀の髪を揺らしながら現れ、

 

《幻想の見習い魔導師》 攻撃表示

星6 闇属性 魔法使い族

攻2000 守1700

 

「その特殊召喚時にデッキから《ブラック・マジシャン》を手札に! そして魔法カード《ルドラの魔導書》を発動! 魔法使い族――《幻想の見習い魔導師》を墓地に送って2枚ドロー!」

 

 やがて遊戯が最も信を置くしもべたる1枚をその手に手繰り寄せた《幻想の見習い魔導師》が、遊戯へ振り返り小さく手を振ってウィンクした後、光となって消えていき――

 

「此処で魔法カード《ブーギートラップ》発動! 手札を2枚捨て、墓地の罠カード1枚をセットする! この効果でセットしたカードは、即座に発動可能! 罠カード《マジシャンズ・ナビゲート》発動!」

 

 突如として現れた遊戯の背後に浮かび上がる魔法陣より、二つの影が飛び出した。

 

「手札の《ブラック・マジシャン》を特殊召喚し、更にデッキからレベル7以下の闇属性・魔法使い族1体を――《ブラック・マジシャン・ガール》を特殊召喚!! 黒魔術師の師弟、降臨!!」

 

 その影の一つは当然、黒き法衣を纏う魔術師たる《ブラック・マジシャン》が相手である神崎へ杖を向け、

 

《ブラック・マジシャン》 攻撃表示

星7 闇属性 魔法使い族

攻2500 守2100

 

 もう一つの影たる水色の軽装の法衣を纏った少女が師と鏡合わせになるように杖を構えた。

 

《ブラック・マジシャン・ガール》 攻撃表示

星6 闇属性 魔法使い族

攻2000 守1700

 

「そしてボクのフィールドのレベル6以上の魔法使い族2体を贄に、このカードは特殊召喚できる!!」

 

 やがて遊戯の宣言の元、魔術師の師弟が互いの杖を天にかざせば、二人の魔術師が二対の光となって天へと昇り、光が弾けると共に――

 

「師弟の力! 今、此処に一つとなり、黒き叡知を導け!! 来たれ、《黒の(マジック・)魔法神官(ハイエロファント・オブ・ブラック)》!!」

 

 天より降り立つは《ブラック・マジシャン》が更なる修練を得た姿。

 

 外見の差異は背中のマント程度しかないが、鉤爪に捕まれたような宝玉が光る青き杖から迸る輝きと全身に漲る魔力の力強さは比べ物にならない程である。

 

黒の(マジック・)魔法神官(ハイエロファント・オブ・ブラック)》 攻撃表示

星9 闇属性 魔法使い族

攻3200 守2800

 

 

「まだです! 墓地の魔法カード《魂のしもべ》を除外して効果発動! ボクの墓地に魔術師の師弟がいることで2枚ドロー!」

 

 だが、まだ遊戯の進撃は終わらぬとばかりに補充された手札から浮かぶは――

 

「魔法カード《死者蘇生》! 墓地より《サイレント・ソードマンLV(レベル)5》を蘇生! そして魔法カード《レベルアップ!》発動!」

 

 白きアンクが墓地より、身の丈を超える大剣を肩に担いだ剣士が白縁の紺のコートをはためかせながら現れ、大剣を振るい、周囲に突風を吹き荒れさせ――

 

《サイレント・ソードマンLV(レベル)5》 攻撃表示

星5 光属性 戦士族

攻2300 守1000

 

「レベルアップ!! 《サイレント・ソードマンLV(レベル)7》!!」

 

 その突風が収まった先には、一回り力強く成長を果たした身で、更に巨大になった大剣を片手で軽々振り回した後、遊戯を守る盾のように大剣を構えた。

 

《サイレント・ソードマンLV(レベル)7》 攻撃表示

星7 光属性 戦士族

攻2700 守1000

 

「カードを1枚セットして、ターンエンドだ!」

 

 そうして1ターン目で最上級モンスター2体を難なく並べて見せた遊戯は様子見だとばかりに神崎を見やる。

 

 

遊戯 LP:4000 手札0

黒の(マジック・)魔法神官(ハイエロファント・オブ・ブラック)》 《サイレント・ソードマンLV(レベル)7》

伏せ×1

VS

神崎 LP:4000 手札5

 

 

――タイム。

 

 

 だが、当の神崎は内心ですっごい情けないことを考えていた。残念ながらデュエルに「待った」も「引き直し」も「仕切り直し」もない。

 

 しかし、それでも神崎の脳内は「タイム」こと「ちょっと待って」を求めていた。なにせ――

 

 

 《黒の(マジック・)魔法神官(ハイエロファント・オブ・ブラック)》は罠カードの発動を無効にし、破壊する効果を持ち、

 

 《サイレント・ソードマンLV(レベル)7》が存在する限り、互いの魔法カードの効果は全て無効化される

 

 さらに これ見よがしに伏せられた1枚のカード。

 

 そして神崎の手札は緑一色――魔法カードしかない。

 

 だが、神崎の調子が悪い時の緑一色と侮ることなかれ。手札としてはサーチに展開札もあり決して悪くはない。

 

 ただ、《サイレント・ソードマンLV(レベル)7》により魔法カードが無効化される状況ゆえに、宝の持ち腐れ状態なだけだ。絶望的である。

 

 

「では私のターンですね」

 

――モンスターだ。壁モンスターを引く。そこから始めよう。落ち着け、カウンター罠も数枚デッキにある。確率は決して低くはない。

 

 ゆえに、そんな絶望的な状況を悟らせぬように頑張ってポーカーフェイスの笑顔を浮かべながら、デッキのカードに手をかける神崎。

 

 内心で懸命に自身を鼓舞しているが、最初から予防線を張っているところを見るに自信は皆無だ。

 

「ドロー」

 

――ドロォォォオオォォオオオォォオオォオオオオオオオオ!!!!

 

 やがて「地面から神のカードでも引くんじゃないか?」と思わせる程の気合を内に滾らせカードを引き抜いた神崎。クライマックス感が溢れているが、まだ彼の最初のターンである。

 

 そして神頼みの如き引きに天は――

 

――来たかっ!!

 

 彼に微笑んだ。

 

「スタンバイフェイズを終え、メインフェイズ1へ。モンスターをセット――残りの5枚のカードを伏せてターンエンドです」

 

 無事に壁モンスターをセットすることに成功した神崎。ついでに相手の攻撃を躊躇させる為に手札を全て伏せた。

 

「神崎さん……《黒の(マジック・)魔法神官(ハイエロファント・オブ・ブラック)》には罠カードの効果を無効化する効果があります。このカードがある限り、貴方の罠カードは――」

 

「ええ、勿論存じております。『発動済みの永続罠やカウンター罠』は無効に出来ないことも含めて」

 

――全部ブラフの魔法カードですけどね!

 

 そんな中、告げられる遊戯の牽制するような発言にも、神崎はブラフを交えた言葉で返す。腹の探り合いに関しては、神崎に一日の長がある。

 

「なら、ボクはそのエンド時に罠カード《裁きの天秤》を発動!! ボクのフィールド・手札のカードの枚数が、貴方のフィールドのカードより少ない時、その差だけドローする!」

 

――ブラフ止めとけば良かった!!

 

 かと思ったら、そんなことはなかった。無駄にブラフを伏せたせいで、遊戯の手札補充を助ける始末。(デュエルにおける)腹の探り合いに関しては、遊戯に一日の長があった。

 

「その差は3枚! よってボクは3枚ドロー!!」

 

 やがて天に浮かんだ神々の天秤の采配により、遊戯の元に光が舞い込む。

 

 

遊戯 LP:4000 手札3

黒の(マジック・)魔法神官(ハイエロファント・オブ・ブラック)》 《サイレント・ソードマンLV(レベル)7》

VS

神崎 LP:4000 手札0

裏守備モンスター×1

伏せ×5

 

 

 そして動きを見せぬ神崎を余所に、遊戯の猛攻が幕を開けた。

 

「ボクのターンだ! ドロー! 《サイレント・マジシャンLV(レベル)4》を召喚!」

 

 やがて白い帽子と法衣に身を包んだ魔術師の少女が杖を構えながら現れ――

 

《サイレント・マジシャンLV(レベル)4》 攻撃表示

星4 光属性 魔法使い族

攻1000 守1000

 

「バトル! サイレント・マジシャンでセットモンスターを攻撃!」

 

 早速とばかりに杖から白い魔力を飛ばし、神崎のセットモンスターを攻撃。

 

 そして着弾し、バチッと火花を散らした後にグッタリと倒れたのは紫の毛色の毛玉《クリアクリボー》が、暫くした後、目を回してボフンと消えた。

 

《クリアクリボー》 裏側守備表示 → 表側守備表示 → 爆散

星1 光属性 天使族

攻 300 守 200

 

――セットカードを発動しない……?

 

 これ見よがしに伏せられた5枚ものセットカードが1枚も発動されない様子に疑念と警戒心を募らせる遊戯だが、怯むべきではないと果敢に攻勢を続ける。

 

「サイレント・ソードマンでダイレクトアタック!! 沈黙の剣!!」

 

 次に《サイレント・ソードマンLV(レベル)7》が巨大な大剣を振りかぶり、無防備な神崎の脳天目掛けて振り下ろす。だが、此方も何の妨害もなく直撃。

 

神崎LP:4000 → 1200

 

 ソリッドビジョンと精霊の鍵の不思議空間ゆえの衝撃にワザとらしくたたらを踏んで見せる神崎を余所に、遊戯は相手の策に踏み込むつもりで追撃にでる。

 

――これでも発動しない? なら!

 

「《黒の(マジック・)魔法神官(ハイエロファント・オブ・ブラック)》でダイレクトアタック!! セレスティアル・ブラック・バーニング!!」

 

「その直接攻撃宣言時、墓地の《クリアクリボー》を除外して効果発動。私はデッキから1枚ドロー。それがモンスターならば特殊召喚し、攻撃モンスターと戦闘させます」

 

 《黒の(マジック・)魔法神官(ハイエロファント・オブ・ブラック)》が振り切った杖より、相手を切り裂くような魔力の斬撃が放たれるが――

 

「私が引いたのは――」

 

 その一撃に対し、つぶらな瞳に尻尾の生えた毛玉《クリボン》がその小さな身を賭して神崎に向かう魔術へと突撃した。

 

《クリボン》 攻撃表示

星1 光属性 天使族

攻 300 守 200

 

「それが狙いだったんですね――なら、行け! 《黒の(マジック・)魔法神官(ハイエロファント・オブ・ブラック)》!!」

 

 だが、《黒の(マジック・)魔法神官(ハイエロファント・オブ・ブラック)》が更に魔力を高めたことで、押し負けた《クリボン》。

 

「攻撃された《クリボン》の効果。ダメージ計算時に戦闘ダメージを0とし、相手は攻撃モンスターの攻撃力分ライフを回復――そして《クリボン》は私の手札に戻る」

 

 そして《クリボン》が神崎の手元にはじけ飛んだ瞬間に、遊戯の元に暖かな光が届いた。

 

遊戯LP:4000 → 7200

 

――それだけ?

 

 遊戯の心中の疑問も当然だ。

 

 2000ポイントの手痛いダメージに加え、遊戯のライフを凡そ倍近くにまで回復させてまで神崎が行ったのは――「遊戯の攻撃を辛くも凌ぐ」たったそれだけ。

 

 

 伏せカードを発動させる様子も見せず、盤面を覆せた訳でもない。

 

 これでは、まるで――

 

「……真面目に……! 真面目にデュエルしてください! 本気でデュエルしてください! でないと意味がない!!」

 

 ふざけているのか? そう遊戯が思うのも無理はない。遊戯の目的の一つにはデュエルで神崎という人間を計る意図もあるのだ。まともにデュエルして貰わねば困る。

 

 確かに魔法・罠を封じる盤面を敷いた遊戯だが、相手の神崎はKCの幹部であり、デュエルの様々な分野に関わっている人物だ。

 

 遊戯から見た神崎の立ち位置は、「ペガサスミニオンたち」が一番近い。社長を支える縁の下の力持ち――そんな具合だ。ゆえにデュエリストとして高い実力を有していると考えている。

 

 アテムをして強敵だったパラドックスの猛攻を反撃は出来ずとも、ギリギリのところで凌げる程度の実力はある筈なのだ。

 

 そうした思いが籠った遊戯の叫びに、神崎はスーツの埃を払うような仕草と共に申し訳なさげに返した。

 

「本気ですとも――とはいえ、才ある貴方からすれば物足りないでしょうね」

 

「貴方だって、ボクたちの為にあのパラドックスさんの猛攻を凌いでいたじゃないですか!」

 

「ああ、あの件ですか。あの時は今回と違い、彼専用に構築した守りを重視したデッキ。普段使いの今のデッキではあんな真似は出来ませんよ」

 

 その姿勢は遊戯がパラドックスの一戦を持ちだしても変わらず、神崎は互いの実力差が離れている旨を説明していく。

 

 神崎が今まで「強者」と呼ばれる相手から勝利をもぎ取ったデュエルは多少の例外はあれど大半が「まともな方法ではない」現実がそこにあるのだ。

 

「才ある者と戦う為の凡人の小細工です」

 

 そうして互いの「才能の差」を前面に押し出して語る神崎へ遊戯は強い否定と共に腕を払った。

 

「才能なんて関係ありません! デッキと向き合い共に戦えば誰だって強くなれる!!」

 

 遊戯は「デュエルは平等だ」と語る。

 

 例を上げれば、最初はルールすらおぼつかなかった城之内も、デッキと共に強くなっていった。

 

 特に城之内は遊戯の祖父である双六に弟子入りした為、切磋琢磨している様子を近くで見る機会が遊戯には多々あった。

 

 ゆえにその成長振りは良く知るものであり、更に今やプロデュエリストが目前である。

 

 それは決して「才能だけ」などではない。城之内がデッキと共に戦い抜いた結果であり、成果なのだ。

 

 

「才ある貴方が『それ』を語るとは――随分と酷い話だ」

 

「ボクたちの歩みを『才能』なんて言葉で片付けないでください!!」

 

 だが、そんな遊戯の主張へ溜息を吐きながら告げられた内容に遊戯は珍しく怒声を上げた。

 

 遊戯も、城之内も、多くのデュエルを経験した。デッキを幾度も組み直した。度重なる思考錯誤があったゆえの「今」があるのだと。

 

 彼らの実力は一朝一夕で生まれたものではない。ゆえに、その歩みを「才能のお陰」などと断ぜられて黙ってはいられない。

 

 

 

「………………貴方は『足りない』と思ったことがないんですね」

 

 

 しかし、神崎から零れた酷く冷淡な声色に、遊戯の怒りは矛先を失うようにしぼんでいく。それはその言葉には何処か悲痛さが見えたゆえ。

 

「足りない……?」

 

「プライドを投げ捨てても、周囲を切り捨てても、命を削っても、魂を捧げても――」

 

 神崎が「デュエルモンスターズ」にかけた時間や労力は他の追随を許さぬ程に重い。

 

 裏含めたKCの社員としての時間以外は全て「デュエル」にリソースを割いた。遊戯王ワールドはデュエルが何よりも大きなウェイトを占める世界なのだ。当然であろう。

 

 己が肉体強化すら突き詰めれば「デュエル」の為である。

 

 デュエリストとしての力は幾らあっても困ることはない。

 

――人間を捨ててでも。

 

「――それでも届かない、越えられない『壁』があることを知らない」

 

 だが、それだけ費やしたと言うのに、この盤面差。この実力差。

 

 神崎にとって、武藤 遊戯というデュエリストはまさに壁だった。決して超えられぬ才能と言う名の現実を突きつける無慈悲な証明書。

 

 神崎も「才能が一切ない」と言う訳ではない。多少なりとも介在していることを当人も理解している。だが、理解しているゆえに「才能の壁」を否定できない。

 

「そう、知る筈もない――貴方からすればそんな壁、ないも同然に越えていけるのだから」

 

 武藤 遊戯が、彼自身が「越えたことすら気付かぬ」程に楽々と越えていく壁が、神崎には越えられないのだから。

 

 幾ら知識や戦術眼で誤魔化そうとも、壁は眼の前に常に立ち塞がるのだと、絶望を語る神崎へ遊戯は思わず口を開く。

 

「そんなことない! 凡人でも何でも……貴方はあの絶望的な状況で《クリボン》を呼び出せた! カードの心が! カードたちが応えてくれているじゃないか!! 貴方にだって『強さ』があるのに、どうして……どうして色んなことを隠して、騙して、不意を打つみたいなやり方――」

 

 遊戯には神崎の実力が、当人がああも悲観する程に低いとは感じられなかった。

 

「カードの心? 私が……強い? ハハ、悪いがそれはあり得ませんよ――私が強ければ、貴方が言う所の『回りくどい方法』なんて取る必要はなかったんですから」

 

 だが、遊戯の主張は神崎に一笑に伏された。前提条件が既に破綻していると神崎は己を嗤う。

 

 神崎の語る強さは「比類なき力」だ。

 

 その比類なき力があったのなら、遊戯たちに縋らず、全て自分でケリを付ければ良いだけだ。

 

 圧倒的な力を持っていれば周りなど気にせず、回りくどい真似などせず、倒すべき相手を倒すだけで済んだ。

 

 遊戯たちの経験値が不足する? そんな心配などする必要はない。なにせ、己で全て片付ければ良いのだから。

 

 それでも心配ならば、その万能の強さとやらで鍛えてやればいい。

 

 

 貴方が成長する為に必要な経験だから――なんてふざけた理由で「()()()()()()()()()()」屑の所業を態々行う必要など何処にもないのだ。

 

 

 しかし、そんな幼稚な理想論は現実という名の才能の壁に阻まれた。それゆえの今である。

 

「私の強さなどキミの前ではハリボテ染みたものでしかない」

 

「どんな形であっても強さは強さだ!」

 

 だが、そんな事情を知る由もない遊戯は、才能を言い訳にするような神崎の論を認める訳にはいかない、と決意を示すように力強く宣言する。

 

「ボクは、このデュエルで! デュエルの可能性を証明して見せる!! カードを3枚セットしてターンエンド!!」

 

 

遊戯 LP:7200 手札0

黒の(マジック・)魔法神官(ハイエロファント・オブ・ブラック)》 《サイレント・ソードマンLV(レベル)7》 《サイレント・マジシャンLV(レベル)4》

伏せ×3

VS

神崎 LP:1200 手札1

伏せ×5

 

 

 決意の籠った遊戯の言葉は、神崎の中の歪んだ価値観への挑戦。デュエルへの苦悩を見せる神崎へ示せる道があると信じる真っ直ぐな心。

 

「強者の意見ですね――今の貴方の力。才なき人間がその頂きに辿り着くまでにどれ程の犠牲を払う必要があるのかご存知ですか? いえ、知らないでしょうね。知らないからそんなことが言えてしまう」

 

 しかし、神崎は頑なだった。それなりに年を重ねたゆえの凝り固まった価値観も、己が自論を後押しするが、遊戯は信じる心を諦めない。

 

「何度でも言います! 才能なんて関係ない! カードと向き合って頑張ればみんな必ず――」

 

「その通りです――その生涯の全てを捧げれば、死ぬ前にキミの足元くらいには追いすがれる()()()()()()

 

「そんなことありません!」

 

「あるんですよ。よく『才能による差などない』と言う方がおられますが、酷い話だ――数多の努力を重ねても結果の出ない人間に向かって『努力が足りない』と断ずるのですから」

 

「それは――」

 

「――『相手が自身より努力を重ねただけ』などとでも仰るつもりですか? 随分と酷いことを仰る」

 

 そうして平行線のままぶつかる互いの主張だったが、遊戯の言葉を先回りするように被せた神崎は疲れ切った様相で、この論争に一歩踏み込んでみせる。

 

 相手が自身より努力を重ねただけ――才ある者には希望に満ちた言葉だが、才なき者にとって藁にも縋る最後の頼みの綱である。「努力を重ねれば、追い付ける」と「()()()()」のだ。

 

 

 試しに例題を上げてみよう。

 

「相手より早く修練に励み、効率を突き詰め、怠けることなく己を高め続けた人間が」

 

 神崎はデュエルモンスターズが生まれた段階で可能な限りの時間を費やしてきたが、人間の頃の小細工抜きのデュエルでは「それなりに強い」程度だ。

 

 人を捨てた後も素のデュエルでは「けっこう強い」が関の山だろう。

 

「己より遅いスタートを切り、普段の生活はそのままで、程々に動いた人間に何故、追い抜かれるのでしょう?」

 

 遊戯は世界にデュエルモンスターズが広まった後でデュエルを始め、友達と楽しい学生生活を送りながら、趣味の範疇で世界最強の座――デュエルキングにまで至った。

 

 正確なデュエルキングはアテムだが、そのアテムを闘いの儀で下したことを鑑みればデュエルキングクラスと言えよう。

 

 

 その差は何だ?

 

 

 努力が足りないのか? 相手以上に努力すれば追い付けるのか?

 

 

 否。

 

 

 

 適度な心の余暇がその差を生んだのか? 己が同じことをすれば追い付けるのか?

 

 

 否。

 

 

「そ、それは……」

 

「修練を重ねて、重ねて、重ね続ける人間が誰よりも『才能の壁』を感じると言うのに」

 

 その差を「才能」と言わずして何という。

 

 才能という壁がないのなら、この残酷な現実を何と呼べばいい。

 

 そんな神崎の内なる叫びに遊戯は一瞬ばかり怯むも、此処で退けば分かり合う機会を逃しかねないと感じた己が直感のままに宣言する。

 

「――なら! 貴方の強さはどう説明するつもりですか! ハリボテだなんて言っても、貴方が言う『才能あるボク』と戦えている事実が、貴方の努力の成果を証明しているんじゃないんですか!! 『才能なんて関係ない』! その証明じゃないですか!!」

 

 それは神崎の論を一部認めつつ遊戯が導き出した答え。

 

 闘いの儀にてアテムの猛攻を遊戯が辛くも退けたように、才ある者である遊戯の猛攻を神崎が辛くも捌けている事実は、神崎の努力が実った証明なのだと。

 

 ひたむきな努力が、才能を超えることがあるのだと――そう、遊戯は主張する。

 

「違いますよ、武藤さん。私は努力を否定したい訳ではありません――効率の問題ですよ。リターンと言い換えても良い」

 

 だが、神崎の論の争点はそこではなかった。

 

「……効率?」

 

「デュエリストとして必要な肉体を手に入れる為、カードの心を理解する為、タクティクスを最大限に高める為、その他諸々に対して私が成したアプローチ、光のピラミッドの研究、魔力(ヘカ)という概念の調査、精霊の鍵の生産、数を上げればキリがない」

 

 神崎は多くの努力を積み上げてきた。

 

「そうして私が行った『努力』の中には、法に触れずとも、倫理的に忌避されかねない行いも含んでいます」

 

 だが、その中には「まともではない手法」も多々存在している。

 

 仮に遊戯に追いつけたと仮定しても、その前提があるゆえに秘匿するのだ。「人に憚られる行為を行った」自覚があるゆえに隠すのだ。

 

「……何をしたんですか?」

 

「自分の身体を弄り(改造し)ました」

 

「…………冗……談ですよね?」

 

 自分の頭に指を差す神崎へ、信じられないようなものを見る遊戯の視線が注がれる中、神崎は優し気な笑みで問う。

 

「武藤さん、貴方はその強さを得る為に何をなされましたか?」

 

 何もしていない――いや、大会やデュエルの経験という面では確かに積み上げたものはあるだろう。

 

 だが「そんなもの」は大多数の「みんな」が積み上げているのだ。

 

「私の力が貴方に届かない原因は何だとお思いですか?」

 

 

 想いの力? 

 

 

 デュエルの経験?

 

 

 結束の力とやら?

 

 

「お答えいただけませんか――では、先程なされた質問をもう一度問わせて頂きます」

 

 

 理由はどうあれ、何一つ失わなかった遊戯に神崎の力は届いてはいない。

 

 

 何故だ?

 

 

 努力が結果に結びつくのであれば、おかしな話ではないか。

 

 

 この現実は何なんだ?

 

 

 

「――才能がなんだって?」

 

 

 

 教えてくれよ、天才サマ。

 

 

 






盤面ほぼ詰んでるからって、めっちゃ喋りおる。





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第212話 光 と 影





前回のあらすじ
魔法・罠が封じられようとも、即座にモンスター効果で突破――出来なかった時点で

「神崎=アクター」の説得力が皆無になっちゃってるんだよ、神崎ェ……







 

 

 

『才能がなんだって?』

 

 遊戯はその問いかけに、答えられなかった。

 

 デュエルの腕を磨く為に、これ程までに身を削った相手を知らなかった遊戯にはなんと返して良いのか分からない。

 

 デュエルにおいて「背中を追う」経験はあれど、「超えられない」と感じた壁を知らぬ遊戯が、挫折の何を語れるのか。

 

「それでも、ボクは……ボクは……!!」

 

 だが、それでも遊戯は「デュエルの可能性」を否定したくはなかった。

 

 

 

遊戯 LP:7200 手札0

黒の(マジック・)魔法神官(ハイエロファント・オブ・ブラック)》 《サイレント・ソードマンLV(レベル)7》 《サイレント・マジシャンLV(レベル)4》

伏せ×3

VS

神崎 LP:1200 手札1

伏せ×5

 

 

 

――……精神的なアドバンテージは何とか確保できたか。

 

「デュエルに戻りましょうか――私のターン、ドロー」

 

 己への不甲斐なさに涙をこらえる遊戯を余所に、人間の屑の代表みたいなことを考えながら神崎はカードを引く。

 

 神崎とて、こんな真似は本意ではない。だが、敗北した際の「虚偽を許さぬ3度の質問」が、そんな真似をしなければならない程に致命的だった。

 

 例えば、「己が成した悪事を洗いざらい白状しろ」などと質問され、「ダーツを倒す為に、その奥さんを人間爆弾にしたよ☆」なんて答える羽目になれば、遊戯の信頼は地に落ちるどころか、精霊パワーの後押しによる討滅の可能性すらある。

 

 ゆえに神崎は負けられない。そうして精神的に弱りに弱った遊戯を狩るべく、神崎は動き出す。というか、このドローで打開策を引いてなければ死ぬ。

 

「スタンバイフェイズを経て、メインフェイズ1へ」

 

 その神崎の決意を示すように遊戯のフィールドの大地から噴出したマグマが《黒の(マジック・)魔法神官(ハイエロファント・オブ・ブラック)》と《サイレント・ソードマンLV(レベル)7》を呑み込み、溶岩の化け物へと変貌。

 

 

 やがて檻の中に遊戯を閉じ込めた後、更に自由を奪うようにその檻をマグマの身体でホールドをかけた。

 

《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》 攻撃表示

星8 炎属性 悪魔族

攻3000 守2500

 

「貴方の《黒の(マジック・)魔法神官(ハイエロファント・オブ・ブラック)》と《サイレント・ソードマンLV(レベル)7》をリリースし、私の《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》を貴方のフィールドへ特殊召喚させて頂きました」

 

 切り札格のモンスターを2体も失い、更には無効化によるロックを崩された遊戯だが、先の動揺から復帰して言葉なく静かに神崎を見やる視線に隙はない。

 

「セットされた魔法カード《ワン・フォー・ワン》を発動。手札の《クリボン》を墓地に送り、デッキからレベル1――《ミスティック・パイパー》を特殊召喚」

 

 そんな視線に晒されつつも神崎は淡々と前のターン無駄に伏せたカードを発動させ、デッキより、道化の笛吹きたる《ミスティック・パイパー》を呼び出し――

 

《ミスティック・パイパー》 守備表示

星1 闇属性 魔法使い族

攻 0 守 0

 

「《ミスティック・パイパー》の効果。自身をリリースし、1枚ドロー。それがレベル1モンスターならば、もう1枚ドローします――引いたのはレベル1《アンクリボー》。よってもう1枚ドロー」

 

 いつもより幾分か低音の笛の音が響き渡る中、《ミスティック・パイパー》によって、増えた己の手札ではなく神崎は再びセットされたカードへ手をかざす。

 

「セットされた速攻魔法《クリボーを呼ぶ笛》を発動。デッキから《クリボー》を特殊召喚」

 

 さすれば笛の音に誘われ、黒い毛玉が小さな手足を伸ばしながら珍しく体毛を逆立てながら威嚇して見せつつ現れた。

 

《クリボー》 攻撃表示

星1 闇属性 悪魔族

攻 300 守 200

 

「セットされた速攻魔法《エネミー・コントローラー》を発動。私のモンスター1体――《クリボー》をリリースし、相手モンスター1体――《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》のコントロールをターンの終わりまで得ます」

 

 のだが、早々に《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》に繋がれたコントローラーのボタンをポチポチ押す係となり戦線離脱。

 

「バトルフェイズ。《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》で《サイレント・マジシャンLV(レベル)4》を攻撃」

 

 そして今は亡き(墓地へ行った)《クリボー》に操られた《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》の口から巨大な炎の砲弾が小さな白き魔術師に向けて放たれた。

 

「そうはさせない! 永続罠《ディメンション・ゲート》発動! ボクのモンスター1体を除外する! 《サイレント・マジシャンLV(レベル)4》を除外!」

 

――《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》を除外しなかった所を見るに、速攻魔法《サイレント・バーニング》狙いか。あやかろう。

 

「攻撃は続行。《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》で直接攻撃します」

 

 テレポートするように消えた《サイレント・マジシャンLV(レベル)4》を素通りした炎の砲弾は、神崎の推理を余所に遊戯へと着弾。

 

 轟々と燃え滾る炎が遊戯を焼いていく。

 

「でも罠カード《パワー・ウォール》の効果で、ボクへのダメージは0! そして受ける筈だったダメージ500につき1枚――計6枚のカードをデッキから墓地へ!」

 

 筈だったが、遊戯の前に浮かぶ幾つものカードの壁が炎を遮り、遊戯のライフを削る火の粉一つたりとも通しはしない。

 

――墓地肥やしも込みか。儀式魔法に、罠カード《妖怪のいたずら》が墓地に落ちたとなると、残りのセットカードは恐らく……《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》の維持は望めないな。

 

「セットされた2枚目の速攻魔法《クリボーを呼ぶ笛》を発動。デッキから《ハネクリボー》を特殊召喚」

 

 遊戯の今後の動きを手探りながらに把握しながら、再び笛の音が響けば今度は天使の羽の生えた毛玉が遊戯を見下ろすように空より現れた。

 

《ハネクリボー》 攻撃表示

星1 光属性 天使族

攻 300 守 200

 

「《ハネクリボー》で直接攻撃」

 

 そしてそのまま急降下し、小さな足で遊戯をキックする《ハネクリボー》。

 

遊戯LP:7200 → 6900

 

――予想通り永続罠《ディメンション・ゲート》の効果は発動されない……か。

 

「私はこれでターンエンドです。このエンド時に《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》のコントロールは武藤さんに戻ります」

 

 なんとか遊戯の盤面を荒らせた神崎だが、未だ安心するには至らない。《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》の檻に再び閉じ込められた遊戯の瞳に陰りは何一つ見られないのだから。

 

 

遊戯 LP:6900 手札0

《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》

永続罠《ディメンション・ゲート》 伏せ×1

VS

神崎 LP:1200 手札2

《ハネクリボー》

伏せ×1

 

 

「ボクのターン! ドロー!」

 

「貴方のスタンバイフェイズに《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》の効果により、1000ポイントのダメージを受けて貰います」

 

――墓地の罠カード《ダメージ・ダイエット》は使う様子はない……此方のセットカードを待っていると考えるのが自然だが、どう動く?

 

 遊戯がカードを引いて早々にその身を閉じ込める檻の中に《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》のマグマの表皮が流れ落ち、遊戯のライフを削っていく。

 

遊戯LP:6900 → 5900

 

「ボクは魔法カード《マジック・プランター》発動! 永続罠――《ディメンション・ゲート》を墓地に送り、2枚ドロー!」

 

 だが、そんなダメージなど無視して遊戯はデュエルを通じて神崎を見定めるべくカードを引き込んだ。

 

「そして墓地に送られた永続罠《ディメンション・ゲート》の効果! このカードで除外したモンスターをボクのフィールドに特殊召喚する! 戻ってきて、サイレント・マジシャン!!」

 

 さらに異次元より帰還する白き魔術師の少女が降り立ったと同時に、遊戯の意図を汲んだように小さく頷く。

 

《サイレント・マジシャンLV(レベル)4》 攻撃表示

星4 光属性 魔法使い族

攻1000 守1000

 

「バトル!!」

 

「――そのバトルフェイズ開始時に、速攻魔法《進化する翼》を2枚の手札を捨て発動。私の《ハネクリボー》をリリースし、デッキより《ハネクリボーLV(レベル)10》を特殊召喚」

 

 しかし、その戦意は竜の形をした鎧を身に纏った巨大になった天使の翼を広げる《ハネクリボー》こと《ハネクリボーLV(レベル)10》に阻まれる。

 

《ハネクリボーLV(レベル)10》 守備表示

星10 光属性 天使族

攻 300 守 200

 

「《ハネクリボーLV(レベル)10》の効果――バトルフェイズに自身をリリースすることで、相手フィールドの全ての表側モンスターを破壊し、その攻撃力を合計したダメージを与えます」

 

 そして《ハネクリボーLV(レベル)10》の己が身を光と化した閃光が遊戯のフィールドの《サイレント・マジシャンLV(レベル)4》と《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》を消し飛ばさんと降り注ぐ。

 

 この一撃によって発生するダメージは4000――現在の遊戯のライフ5900を削り切れはしないが、無視するには大きいダメージ量だ。

 

「それは通さない! 速攻魔法《サイレント・バーニング》を発動! バトルフェイズ、『サイレント・マジシャン』が存在し、ボクの手札の方が多い時! 互いは手札が6枚になるようドロー!」

 

 だが、そんな閃光が降り注ぐ中、両の手を広げた《サイレント・マジシャンLV(レベル)4》の内よりもたらされた輝きが互いの手札に注がれ――

 

「さらにチェーンして罠カード《緊急儀式術》発動! 墓地の《カオスの儀式》を除外し、この瞬間に儀式召喚する!!」

 

 遊戯のフィールドに天より剣と盾が地面に突き刺さり、炎と共に陣を描く。

 

「まだです! チェーンして墓地の罠カード《妖怪のいたずら》を除外して効果発動! ラヴァ・ゴーレムのレベルを1つ下げる!!」

 

 だけに留まらず、着物の女性が《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》を強引に陣へと押し込み――

 

《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》

星8 → 星7

 

「ラヴァ・ゴーレムと、サイレント・マジシャンでカオスフィールドを構築!! 儀式召喚! 混沌より舞い降りろ! 《カオス・ソルジャー》!!」

 

 遊戯のフィールドの全てを捧げ、金の装飾が奔る藍色の鎧を纏った究極の剣士が《ハネクリボーLV(レベル)10》の一撃を受け止めんと剣を振り切った。

 

《カオス・ソルジャー》 攻撃表示

星8 地属性 戦士族

攻3000 守2500

 

「ですが《サイレント・バーニング》により互いに手札が6枚となれど――《ハネクリボーLV(レベル)10》による破壊は防げない。3000ポイントのダメージを受けて貰います」

 

「残念ですけど、墓地の罠カード《ダメージ・ダイエット》を除外して、このターン受ける効果ダメージを半減させて貰いました」

 

 そうして、《カオス・ソルジャー》の身を賭した剣の一閃により、大きく勢いを削がれた《ハネクリボーLV(レベル)10》の閃光が遊戯を貫く。

 

遊戯LP:5900 → 4400

 

 そんな中、速攻魔法《サイレント・バーニング》によって互いに6枚に増えた手札を眺めた神崎は、一息つくように言葉を零した。

 

「ですが、これで仕切り直しですね」

 

 ライフ以外は、盤面も手札も互いに同数。立ち上がり不安定だった神崎からすれば、上出来の着地地点であろう。

 

 

 

 

 

 

 

「手札から速攻魔法《ライバル・アライバル》発動! その効果により、ボクはこの瞬間、通常召喚する!」

 

 かと思いきや、バトルフェイズ中に遊戯の手札より、二つの影が踊り出る。

 

「来い、《ゴールド・ガジェット》!! そして《ゴールド・ガジェット》の効果により、手札のレベル4の機械族――《グリーン・ガジェット》を特殊召喚!」

 

 その一つは黄金の球体――が回転しながら飛来して空中で展開し、手足を広げて大地に膝をついて着地する。

 

《ゴールド・ガジェット》 攻撃表示

星4 地属性 機械族

攻1700 守 800

 

 更に、その隣に並ぶように跳躍しつつ手足を広げ、同じように膝をついて緑の歯車ボディのロボットが着地した。

 

《グリーン・ガジェット》 攻撃表示

星4 地属性 機械族

攻1400 守 600

 

「特殊召喚された《グリーン・ガジェット》の効果! デッキから《レッド・ガジェット》を手札に!」

 

「バトルフェイズに呼び出されたモンスターには――」

 

「攻撃権利が残っている!! 行けっ、《ゴールド・ガジェット》!!」

 

 そしてサーチ効果で手札を増やした遊戯の声に、《ゴールド・ガジェット》は腕をグルグル回しながらがら空きのフィールドを飛び抜けて神崎へと迫る。

 

「その攻撃宣言時に手札の《EM(エンタメイト)クリボーダー》の効果発動。このカードを手札から特殊召喚」

 

 が、神崎に激突する直前に手札から飛び出したボーダー柄のナイトキャップを被った毛玉が飛び出し――

 

EM(エンタメイト)クリボーダー》 攻撃表示

星1 闇属性 悪魔族

攻300 守200

 

「なら、そのまま攻撃だ!」

 

 互いの頭が激突。

 

「ですが自身の効果で特殊召喚された《EM(エンタメイト)クリボーダー》の戦闘で受けるダメージは回復へと変換されます」

 

「でも破壊はさせて貰います!」

 

 競り勝った《ゴールド・ガジェット》が遊戯のフィールドに着地し、力こぶを作る中、力負けして弾き飛ばされた《EM(エンタメイト)クリボーダー》は流れ星のようにお空に消えていった。

 

 天にキラリと輝く星になった《EM(エンタメイト)クリボーダー》の命の輝きがライフを癒す。

 

神崎LP:1200 → 2600

 

「まだだ! 《グリーン・ガジェット》でダイレクトアタック!!」

 

 しかし、まだ遊戯の攻撃は終わりではないとばかりに、跳躍した《グリーン・ガジェット》の右拳が神崎へとヒット。

 

神崎LP:2600 → 1200

 

 これにて《EM(エンタメイト)クリボーダー》が回復してくれたライフも無為に帰したと言えよう。

 

 だが、そんな《グリーン・ガジェット》の右拳を黒い腕が掴んだ。

 

「――ッ!?」

 

「私が戦闘ダメージを受けた時、手札のこのカードは特殊召喚できます」

 

 やがて神崎の手札より這い出た黒い腕の持ち主の全容が、神崎のフィールドにて明かされる。

 

「《トラゴエディア》を特殊召喚。このカードの攻守は私の手札×600ポイントです」

 

 その姿は蜘蛛の脚部を持つ悪魔。

 

 かつては憎悪と怒りに満ちた形相を浮かべていた顔に愉し気に歪んだ悍ましい表情を浮かべながら神崎を守るように腕と背に生えた棘を広げて立ち塞がった。

 

《トラゴエディア》 攻撃表示

星10 闇属性 悪魔族

攻 ? 守 ?

攻2400 守2400

 

――見たことのないモンスターだ……

 

「……ボクはバトルを終了し、墓地の速攻魔法《サイレント・バーニング》を除外して、デッキから『サイレント・マジシャン』1体を手札に」

 

 やがて《トラゴエディア》を警戒する遊戯はデッキに残る『サイレント・マジシャン』――《サイレント・マジシャンLV(レベル)8》を手札に加えつつ、手札の増強に動く。

 

 今まで「クリボー」や、それらとコンボするようなカードしか使っていない神崎が、クリボーたちと無縁なモンスターを呼び出したのだ。警戒して当然だろう。

 

「墓地の2枚目の魔法カード《魂のしもべ》を除外して2枚ドロー!」

 

 ゆえに墓地の魔術師の師弟の力も借りて増えた手札により――

 

「此処で魔法カード《レベル調整》を発動! 相手に2枚ドローさせる代わりに墓地の『LV(レベル)』モンスター1体――《サイレント・ソードマンLV(レベル)5》を特殊召喚!」

 

 攻撃力が若干頼りない2体のガジェットたちの間に、紺色のコートの戦士が最初のターン振りに現れ、大剣を杖のように地面に突き刺し、神崎を見やった。

 

《サイレント・ソードマン LV(レベル)5(ファイブ)》 攻撃表示

星5 光属性 戦士族

攻2300 守1000

 

「最後にボクはカードを2枚セットして、ターンエンドです!」

 

 

遊戯 LP:4400 手札4

《ゴールド・ガジェット》 《グリーン・ガジェット》 《サイレント・ソードマンLV(レベル)5》

伏せ×2

VS

神崎 LP:1200 手札6

《トラゴエディア》

 

 

 そうして互いの盤面がイーブンに戻ったと神崎が思ったのも束の間、あっという間に形勢は遊戯に傾きを見せた。

 

「私のターン、ドロー。スタンバイフェイズを経て、メインフェイズ1へ」

 

 更に今の遊戯に神崎の精神攻撃の陰りは全く見られなかったが、神崎は怯むことなくカードを引き、反撃に移る。

 

「魔法カード《簡易融合(インスタントフュージョン)》を1000のライフを払い発動。エクストラデッキからレベル5以下の融合モンスター1体を融合召喚扱いで特殊召喚します」

 

神崎LP:1200 → 200

 

 やがてフィールドに落ちたカップ麺より煙と共に現れるのは――

 

「《サウザンド・アイズ・サクリファイス》を融合召喚」

 

 ウジャドの眼球を伸ばす独楽のような身体に大翼を広げる異形の魔物――その全身から覗く数多の眼球は獲物を探すようにギョロギョロとうごめく。

 

《サウザンド・アイズ・サクリファイス》 攻撃表示

星1 闇属性 魔法使い族

攻 0 守 0

 

「《サウザンド・アイズ・サクリファイス》の効果を――」

 

「させません! 《サウザンド・アイズ・サクリファイス》の特殊召喚時に、永続罠《連撃の帝王》を発動! 相手のメインフェイズにボクはアドバンス召喚する!!」

 

 《ゴールド・ガジェット》を見やる《サウザンド・アイズ・サクリファイス》を余所に、《グリーン・ガジェット》が仲間の手を握りながら――

 

「ボクは《ゴールド・ガジェット》と《グリーン・ガジェット》をリリースしてアドバンス召喚!!」

 

 天へと跳躍。空に突如として浮かんだ巨大な黒き門へと消えていく。

 

「黒金の暴竜よ! 現世の狭間を閉ざす鎖錠を破り、我が敵に滅びをもたらせ! 現れろ! 《破滅竜ガンドラX(クロス)》!」

 

 さすれば天に浮かぶ黒き門を砕き、空より黒き破壊をもたらす竜が、雄叫びと共に降り立ち、全身の赤い宝玉を輝かせた。

 

《破滅竜ガンドラX(クロス)》 攻撃表示

星8 闇属性 ドラゴン族

攻 0 守 0

 

「召喚した《破滅竜ガンドラX(クロス)》の効果! 相手フィールドの全ての――」

 

「手札から《ジャンクリボー》を捨て効果発動。相手が発動した私に効果ダメージを与える効果の発動を無効とし、破壊します」

 

 そして《破滅竜ガンドラX(クロス)》の輝く宝玉が全てを薙ぎ払わんとするが、その宝玉の一つが鉄球の身体を持つクリボー、《ジャンクリボー》の突進により破壊され、バランスの崩れたエネルギーが暴発。

 

 《破滅竜ガンドラX(クロス)》は己が力によって破滅し、立ち昇る爆炎の中で身体を崩壊させていく。

 

「くっ、ガンドラが!?」

 

「《融合呪印生物‐闇》を通常召喚」

 

 そんな爆炎が立ち込める最中、フィールドに人の脳に似た外観に触手の生えた鉱物らしきモンスターが現れた。

 

《融合呪印生物‐闇》 攻撃表示

星3 闇属性 岩石族

攻1000 守1600

 

 

「《融合呪印生物‐闇》の効果発動。闇属性の融合モンスターの融合素材となる自身を含めたモンスター一組をリリースすることで、エクストラデッキから対象モンスターを特殊召喚します」

 

 そして《融合呪印生物‐闇》が《サウザンド・アイズ・サクリファイス》に絡みつき、歪な繭を形成していく。やがて繭を引き裂きながら奇怪な叫び声を上げるのはドラゴン――

 

「融合モンスター《サウザンド・アイズ・サクリファイス》と闇属性モンスター《融合呪印生物‐闇》をリリースして《捕食(プレデター)植物(プランツ)ドラゴスタぺリア》を特殊召喚」

 

 かと思いきや、その身体は植物の茎であり、頭部も昆虫を思わせる異形な様相を見せる――まさに魔龍が毒々しい紫の欲膜を広げ、身体の節々から異音と毒煙を吐き出しながら現れた。

 

捕食(プレデター)植物(プランツ)ドラゴスタぺリア》 攻撃表示

星8 闇属性 植物族

攻2700 守1900

 

 

「神崎……さん……?」

 

 明らかに神崎のデュエルの変化量が無視できない程に大きくなりつつあった。

 

 笑顔の仮面を脱ぎ捨てたかのように、おどろおどろしい異形のモンスターを従える神崎の姿が遊戯の視界に広がる。

 

 もはや今の遊戯には、クリボーたちで戦っていた神崎は何処へ行ってしまったのかと思う程に相手のデッキが別物に見えた。

 

「《捕食(プレデター)植物(プランツ)ドラゴスタぺリア》の効果。1ターンに1度、相手モンスター1体に捕食カウンターを1つ置く――対象は《サイレント・ソードマンLV(レベル)5》へ」

 

 そんな最中、《捕食(プレデター)植物(プランツ)ドラゴスタぺリア》の翼の先の花のつぼみから一つの種が《サイレント・ソードマンLV(レベル)5》に飛来し、その身体から小さな芽がピョコリと生えた。

 

《サイレント・ソードマンLV(レベル)5》

捕食カウンター:0 → 1

星5 → 星1

 

「レベルが?」

 

「捕食カウンターが置かれたモンスターのレベルは1になり、《捕食(プレデター)植物(プランツ)ドラゴスタぺリア》がいる限り、その相手モンスターの効果は無効化されます――が、今回はあまり関係ありませんね」

 

 異形の竜への警戒の色を強める遊戯を余所に、いつもと変わらぬ調子でデュエルを続ける神崎は《トラゴエディア》へと僅かに視線を向けた後、手札の1枚へと手を伸ばす。

 

「《トラゴエディア》の効果――相手モンスターと同じレベルの手札のモンスターを墓地に送り、そのコントロールを得ます」

 

 さすれば《トラゴエディア》の口より瘴気が放たれ、遊戯のフィールドの――

 

「レベル1の《サクリボー》を墓地に送り、レベル1となった《サイレント・ソードマンLV(レベル)5》のコントロールを得る」

 

 大剣を振って抵抗を見せる《サイレント・ソードマンLV(レベル)5》に纏わりつき、その瞳から生気が失われると同時に神崎のフィールドへ歩き出し、己が愛剣を主であった遊戯へと向けた。

 

「魔法カード《貪欲な壺》を発動。墓地の《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》、《クリボン》、《ハネクリボーLV(レベル)10》、《ミスティック・パイパー》、《融合呪印生物‐闇》の計5枚のモンスターをデッキに戻し、2枚ドロー」

 

 やがて欲深き壺からの施しにより、その壺の身を砕けさせれば――

 

「これで私の手札は4枚。よって《トラゴエディア》の攻守は2400ポイント」

 

 手札が増えたことで己が力の高まりを感じた《トラゴエディア》は遊戯を見下ろし、嗜虐的な笑みを見せた。

 

《トラゴエディア》

攻2400 守2400

 

「バトルフェイズへ。《捕食(プレデター)植物(プランツ)ドラゴスタぺリア》で直接攻撃」

 

 そして《捕食(プレデター)植物(プランツ)ドラゴスタぺリア》の口から毒液のブレスが放たれ、遊戯に迫る中、神崎の思考は別の場所に向けられていた。

 

――墓地の《クリアクリボー》で防いでくるのならば攻・守どちらか2700以上が必要。該当しそうなカードは《聖戦士カオス・ソルジャー》か、戦闘耐性持ちの《マシュマロン》あたりだが……

 

「そのダイレクトアタック時に墓地の《クリアクリボー》を除外し1枚ドロー! 更に墓地の《超電磁タートル》を除外してバトルフェイズを強制終了させる!!」

 

 しかし、そんな神崎の予想を裏切り、遊戯の墓地より飛来した機械仕掛けの亀が磁力によって、攻撃を己へと全て引き寄せ、攻撃の一切を遊戯の元へは通さない。

 

――此処で《超電磁タートル》を使って来たか。罠カード《パワー・ウォール》の際に生まれた墓地アドバンテージはこれで消費された。

 

 だが、神崎からすれば厄介な防御手段を温存されずに済んだ事実の方がやや大きい。

 

「ではメインフェイズ2へ。《トラゴエディア》と《サイレント・ソードマンLV(レベル)5》を守備表示に変更」

 

 やがて不満気に棒立ちのまま変わらぬ様子の《トラゴエディア》と、

 

《トラゴエディア》 攻撃表示 → 守備表示

攻2400 → 守2400

 

 操られたままに神崎を守るような位置取りで、大剣を盾のように構えさせられる《サイレント・ソードマンLV(レベル)5》。

 

《サイレント・ソードマンLV(レベル)5》 攻撃表示 → 守備表示

攻2300 → 守1000

 

「カードを3枚セットし、ターンエンドです」

 

「待ってください! そのエンド時に永続罠《リターン・オブ・ザ・ワールド》発動! デッキから儀式モンスター1体を除外します!」

 

 そうして反撃もそこそこに早々と守備固めをしてターンを終えた神崎の声に被せて遊戯が天に手をかざせば、デッキから1枚のカードが空に浮かんだ魔法陣に溶けていく。

 

 

遊戯 LP:4400 手札4

永続罠《連撃の帝王》 永続罠《リターン・オブ・ザ・ワールド》

VS

神崎 LP:200 手札1

《トラゴエディア》 《捕食(プレデター)植物(プランツ)ドラゴスタぺリア》 《サイレント・ソードマンLV(レベル)5》(捕食カウンター×1)

伏せ×3

 

 

 急激に在り方を変えた神崎のデュエルだったが、それでも遊戯の元へは未だまともな攻撃は通らない。互いの差が埋まらない。埋められない。

 

「ボクのターン! ドロー!  ボクは魔法カード《マジック・プランター》を発動! 永続罠――《連撃の帝王》を墓地に送り、2枚ドロー!!」

 

 そうして互いに致命的な意識のズレは縮まることがないまま、手札を補充した遊戯は1枚のカードをデュエルディスクに差し込んだ。

 

「さらに永続魔法《黒の魔導陣》を発動! デッキの上の3枚のカードの内の――《千本(サウザンド)ナイフ》を手札に!」

 

 やがて遊戯の足元に魔法陣が組まれて行く中――

 

「此処で魔法カード《手札抹殺》発動! 互いに手札を全て捨て、その枚数分ドローする!」

 

「私はチェーンして手札の《増殖するG》を捨て効果発動――このターン、相手が特殊召喚した際に1枚ドローします。これで私の手札は0」

 

 ダメ押しとばかりに更なるドローしようとした遊戯の視界にモヤで隠されているにも拘わらず嫌悪感溢れる害虫の姿が映った。

 

「……つまりボクだけが新たにカードをドローする」

 

「武藤くんが特殊召喚して頂けるのならば、私もドローできますがね」

 

 かくして手札が0となった神崎が魔法カード《手札抹殺》の効果を受けないまま遊戯は新たに引いた手札を前に思案する。

 

 相手にドローを許してでも攻勢に出るべきか、攻めを1ターン先送りにするか――だが、遊戯の逡巡は一瞬だった。

 

「フィールド魔法《混沌の場(カオス・フィールド)》発動! 発動時、デッキから『暗黒騎士ガイア』1枚――《覚醒の暗黒騎士ガイア》を手札に!」

 

 デュエルの可能性を示す、と誓っておいて退く選択などありはしないのだと、遊戯の背に広がる光のゲートから手札を通じ――

 

「そしてこのカードは相手モンスターの方が多い時、リリースなしで召喚できる! 頼んだよ、《覚醒の暗黒騎士ガイア》!!」

 

 漆黒の名馬を走らせる二双の突撃槍を持った騎士が、主君の元に駆け付けた。

 

《覚醒の暗黒騎士ガイア》 攻撃表示

星7 闇属性 戦士族

攻2300 守2100

 

「魔法カード《思い出のブランコ》を発動! 墓地より通常モンスター1体を復活させる! 舞い戻れ、《ブラック・マジシャン》!!」

 

 更にそんな騎士の隣には、最も頼りになるであろう黒き法衣を纏った魔術師も隊列に加わり――

 

《ブラック・マジシャン》 攻撃表示

星7 闇属性 魔法使い族

攻2500 守2100

 

「《増殖するG》の効果で1枚ドロー」

 

「そして《ブラック・マジシャン》が特殊召喚されたことで、永続魔法《黒の魔導陣》の効果! 相手フィールドのカード1枚を除外する! 狙いは――《捕食(プレデター)植物(プランツ)ドラゴスタぺリア》!!」

 

 害虫が羽ばたく最中、速攻とばかりに《ブラック・マジシャン》から放たれた黒き魔術が《捕食(プレデター)植物(プランツ)ドラゴスタぺリア》を穿つ。

 

「その効果にチェーンして永続罠《闇の増産工場》を発動。その効果により《捕食(プレデター)植物(プランツ)ドラゴスタぺリア》を墓地へ送り、私は1枚ドローします――墓地の罠カード《マジシャンズ・ナビゲート》の効果を使用しますか?」

 

「ボクは……発動しません」

 

「では1枚ドロー。そして対象を失った永続魔法《黒の魔導陣》の効果は不発に終わります」

 

 前に、《捕食(プレデター)植物(プランツ)ドラゴスタぺリア》は自らの毒液を被り、己が命を手札へ変えながらドロドロとその身体を溶けさせながら消えていった。

 

「だけど、フィールドからモンスターが墓地に送られたことでフィールド魔法《混沌の場(カオス・フィールド)》に魔力カウンターを1つ置く!」

 

混沌の場(カオス・フィールド)》魔力カウンター:0 → 1

 

「バトル!! 《覚醒の暗黒騎士ガイア》で《トラゴエディア》を攻撃!」

 

 そして攻・守が1200まで下がった《トラゴエディア》へと馬を駆けさせていく《覚醒の暗黒騎士ガイア》の突撃槍が蜘蛛の悪魔の身体を貫かんと迫るが、そこに割り込む影が一つ。

 

「速攻魔法《エネミー・コントローラー》を発動。《サイレント・ソードマンLV(レベル)5》をリリースし、《ブラック・マジシャン》のコントロールを得ます」

 

「そうはさせない! 墓地の罠カード《マジシャンズ・ナビゲート》を除外し効果発動!フィールドの魔法・罠カード1枚の効果をターンの終わりまで無効化する!!」

 

 《サイレント・ソードマンLV(レベル)5》が《覚醒の暗黒騎士ガイア》の頭上を飛び越えて大剣を振りかぶっていたが、その身は《ブラック・マジシャン》の放った魔力の弾丸に撃ち抜かれ、爆炎と共に消えていく。

 

混沌の場(カオス・フィールド)》魔力カウンター:1 → 2

 

「駆け抜けろ、暗黒騎士ガイア! 螺旋槍殺(スパイラル・シェイバー)!!」

 

 そうして生じた爆炎の加速を得た《覚醒の暗黒騎士ガイア》の突撃槍に《トラゴエディア》が串刺しにされたことで倒れ、神崎のフィールドの守り手は再び0へと戻った。

 

「トラゴエディア、撃破!!」

 

混沌の場(カオス・フィールド)》魔力カウンター:2 → 3

 

 

 これにて神崎を助ける者は、もはや存在しない。

 

「とどめです! 行けっ! 《ブラック・マジシャン》!」

 

「その攻撃宣言時、墓地の《クリボーン》を除外し効果発動。墓地より『クリボー』モンスターを任意の数、特殊召喚します」

 

 かと思いきや《ブラック・マジシャン》が神崎へと杖を向けた瞬間に、黒のヴェールを被った白い毛玉こと《クリボーン》の祈りにより、神崎を守るように5体のクリボーたちが立ちはだかる。

 

 それはこのデュエルでクリボーの中で最初に呼び出された《クリボー》であり、

 

《クリボー》 守備表示

星1 闇属性 悪魔族

攻 300 守 200

 

 《進化する翼》とのコンボで反撃の狼煙を上げた《ハネクリボー》であり、

 

《ハネクリボー》 守備表示

星1 光属性 天使族

攻 300 守 200

 

 手札が後1枚欲しかった局面で、手札増強を間接的に果たしてくれた《サクリボー》であり、

 

《サクリボー》 守備表示

星1 闇属性 悪魔族

攻 300 守 200

 

 反撃の狼煙直後に死にかけた神崎のライフを救った《EM(エンタメイト)クリボーダー》であり、

 

EM(エンタメイト)クリボーダー》 守備表示

星1 闇属性 悪魔族

攻 300 守 200

 

 《破滅竜ガンドラX(クロス)》の強力な効果を挫いた《ジャンクリボー》であった。

 

《ジャンクリボー》 守備表示

星1 地属性 機械族

攻 300 守 200

 

 

 このデュエルの中で幾度となく神崎へのとどめを防いできたカードたち。

 

 

 遊戯の行いを止めるように何度も立ち塞がったクリボーたちの姿に、遊戯の口から思わず言葉が零れた。

 

 

「やっぱり……やっぱり、そうだったんですね……」

 

 

 それは何処か確信を持ったような言葉。いや、このデュエル中に遊戯が漫然と感じていた感覚が、言語化できる程に明確さを持ったというべきか。

 

「今度は一体なんのお話でしょう?」

 

「貴方はもうカードの心を理解している! カードたちも貴方のことを認めている! だからカードたちは――」

 

 

 カードの心――それはデュエリストにとって切っても切れない縁深くも曖昧な事象。

 

 

「また、その話ですか。貴方がどうお思いになろうとも、私の『引き』という結果が出ている以上、もはや論じる余地のない話ですよ」

 

 

 しかし、遊戯から繰り出される主張に神崎は溜息まじりに返す。もう聞き飽きたフレーズだと。

 

 

 

 

「――貴方に戦って欲しくなかったんだ!!」

 

 

 

 

 

 だが、その言葉に神崎の動きがピタリと止まった。

 

 普段から並べたてる虚実交えた言葉も鳴りを潜め、その瞳も今までとは毛色の違う動揺で揺れ、彼の中で今迄の不可解さが次々と繋がり始める。

 

「貴方は『デュエルで戦う』ことに強い忌避感を持ってる!」

 

 とはいえ、遊戯とて全容を把握している訳ではない。

 

 

 彼が「何故」デュエルで戦うことを忌避しているかは分かってはいないのだ。

 

 

 この世界の森羅万象全ての存在にとってデュエルで、カードで戦うことは当然の行為――忌避感を覚えるものではない。

 

 

 そんな中で戦う意思のないものをどうしてデュエリストと評せるだろうか?

 

 否、評せない。そんな人間をこの世界では「デュエリスト」と評することは出来ない。

 

 彼ら(デュエリスト)は「戦う意思を持つ者」なのだから。

 

 

 神崎には「それ」がなかった。

 

 

 この世界は 神崎の大切なもので 殺し合いをする世界だった。

 

 

 デュエルは勝って楽しい、負けて悔しいでいい。決して人生などを乗せるものではなかった。

 

 

 ゆえに理解できない。

 

 

 ゆえに相いれない。

 

 

 ダーツとのデュエルで語られた点を遊戯はようやく紐解いた。

 

 

 

 

 

 

 更にその先にあった「()()()()()()」――そんな彼の想いすらも、デュエルで読み取って見せた。

 

 

 そう、遊戯はようやく何も語らぬ神崎の影に手が届いたのだ。

 

 

「だからカード(精霊)たちは貴方と共に歩まないことを決めたんだ!」

 

 

 遊戯が涙交じりに叫び、伝える。

 

 

 神崎はデュエルに優れた適性がない人間がいればデュエル以外の業務を与える――その道を辿ったギースの姿を彼ら(カードたち)は知っていた。

 

 神崎にデュエルの適性がなければ自然とデュエルから離れるだろうと思ったゆえの結果(ドロー力)

 

 

「それで貴方に嫌われたとしても、憎まれたとしても、拒絶されたとしても――それでも!!」

 

 

 カード(自分たち)を手に取らなくなるかもしれない。

 

 

 カード(自分たち)を捨ててしまうかもしれない。

 

 

 カード(自分たち)に関わらなくなるかもしれない。

 

 

 誰だってそうだろう。己の努力が碌に形にならないものへ熱意を持ち続けることは困難だ。

 

 

 でも彼ら(カードたち)はそれで良かった。

 

 

 その望みはただ一つ。

 

 

 

「――貴方を戦いの場から遠ざけたかったんだ!」

 

 

 

 

 

 もうみんな(誰か)の為に戦わないで(傷つかないで)

 





カードたちはずっと神崎の味方







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第213話 ねぇ、聞かせて?




前回のあらすじ
やっと届いた






 

 

 戦って欲しくなかった。

 

 傷ついて欲しくなかった。

 

 5体のクリボーたちに守られる――いや、神崎を守るカードたちの願いが今、遊戯の手によって明らかとなった。

 

デュエル(戦い)の場から……降ろす……?」

 

 しかし神崎は理解が及ばない様子で呆然と呟くばかり。

 

 それもそうだろう。今までずっとカードとの関係は悪いものだと判断していた神崎の根底を覆す話だ。容易く受け入れられる筈がない。

 

 

「それが彼ら(カードたち)の願いだった!」

 

 

 そんな中、涙ながらの遊戯の声が木霊する。

 

 

 そう、神崎とカードたちはずっとすれ違っていた。

 

 

 死への恐れと、生への執着。そして亡き両親に誇れる人間へ少しでも近づこうと守る側である為に、己をすり減らしてでも力を求め戦い続けた神崎と、

 

 

 デュエルを大切にする神崎に戦って傷ついて欲しくないカードたち。

 

 

 そのすれ違いが、デュエルという剣を神崎から奪う結果となった。

 

 

「でも、貴方はそんな状態でも『戦えてしまった』――戦いに身を晒すことを止めなかった! なんで……こんな……誰も悪くないのに……こんなの悲しいよ……!!」

 

 

 しかし神崎は戦うことを止められなかった。弱いままの自身を許容できなかった。

 

 剣がなければ、拳を鍛えれば良いのだと、爪牙を研げば良いのだと――己の命以外を二の次に生きる為に強さを求め、戦い(デュエル)の場に身を晒し続けた。

 

 

 怖くとも、痛くとも、苦しくとも、辛くとも、楽しくなくとも。

 

 

 必要なことだと歯を食いしばって戦い(デュエルを)続けた。

 

 

 楽しかった筈の過去(デュエル)を手段に貶めてまで。

 

 

 破綻という名の救いすら、そこにはなかった。

 

 

「そうか……そうだったか――」

 

 

 そうして神崎はその現実を突きつけられた今でさえ――

 

 

 

 

「――良かった」

 

 

 

 

「良かっ……た?」

 

 邪気のない顔で笑って見せる。

 

 

 その表情に、今度は遊戯の理解は追い付かない。何が「良かった」のだと。何も「良い訳がない」じゃないかと。

 

 

――カードに嫌われていた訳ではなかったのか。

 

 しかし神崎の心の内には安堵が広がっていた。

 

 

 人が忌避するような真似を重ね、冥界の王を喰らい、Sinを奪い、邪悪(トラゴエディア)から託され、地球の心の闇に迎合した。

 

 きっと醜い(バー)だろう。きっと悍ましい魔力(ヘカ)だろう。

 

 拒絶されてもおかしくないと思っていただけに、それでもカードは自分を案じていてくれたことが神崎にはただ嬉しかった。

 

 

「――デュエルに戻りましょう」

 

 

 しかしカードの心を遊戯を通じて知った神崎だが、それでも戦うことは止められなかった。

 

 神崎とて『デュエルを使って戦いたくない』が、同時に『何も守れなかった弱い自分』を嫌悪している以上、その選択は取れない。逃げる訳にはいかない。

 

 

 そうして、いつもの笑顔の仮面を被った神崎に、遊戯は思わず声を荒げる。

 

「――ッ! 貴方は……貴方は卑怯だ! こんな! こんな方法! 間違ってる!」

 

 己が心に嘘をついてまで無理やり戦う理由なんて何処にもありはしないのに、戦うことを望まれてなどいないのに、その事実をようやく知ったと言うのに、神崎の在り方は何も変わらない。

 

 これでは、みんなが苦しいだけじゃないか。

 

「大人なんて大抵が卑怯な生き物ですよ。昔は誰もが持っていた筈の大切なことを忘れてしまう。それに――」

 

 だとしても、神崎は貼り付けた笑顔で返す。そう、神崎はあの日、誓ったのだ。

 

「今更止まれるものでもないよ」

 

「なら、ボクのデュエルで貴方を止める!! お願い、《ブラック・マジシャン》!!」

 

 ゆえに止まる気はないと語る神崎へ、無理やりにでも止めてみせるとの遊戯の誓いを示すように、神崎は内心で小さく息を吐く。

 

――そこで『デュエルで止める』という発想に至る辺りが、相いれない……な。

 

 

「《ブラック・マジシャン》で《ジャンクリボー》を攻撃!」

 

 やがて遊戯の決意に小さく頷いて返した《ブラック・マジシャン》は杖を回転させながら掲げ、神崎を守る5体のクリボーたちの1体に狙いを定め――

 

「――黒・魔・導(ブラック・マジック)!!」

 

 迎え撃つべく飛び出していた《ジャンクリボー》目掛けて、杖より黒き波動が放たれた。

 

混沌の場(カオス・フィールド)》魔力カウンター:3 → 4

 

「まだです!!」

 

 だが、遊戯の攻勢は留まることを知らない。遊戯は全てを懸けて止めると誓ったのだ。止まる訳にはいかない。

 

「此処で永続罠《リターン・オブ・ザ・ワールド》の効果発動! 発動時に除外した儀式モンスターを、この瞬間に儀式召喚する!!」

 

 遊戯の宣言の元、天より降り立った魔法陣が輝きを見せれば――

 

「ボクはフィールドの《ブラック・マジシャン》と《覚醒の暗黒騎士ガイア》でカオスフィールドを構築し、儀式召喚!!」

 

 魔術師と暗黒騎士の二つの魂が、カオスの渦へと飛び込んで行き――

 

混沌の場(カオス・フィールド)》魔力カウンター:4 → 5

 

「カオスフィールドを超え、降臨せよ! 混沌の二柱!! 《マジシャン・オブ・ブラックカオス》!! 《カオス・ソルジャー》!!」

 

 渦が晴れた先より現れるのは2本角の帽子に黒き拘束具染みた法衣を纏った《ブラック・マジシャン》であった混沌の魔術師と、

 

《マジシャン・オブ・ブラックカオス》 攻撃表示

星8 闇属性 魔法使い族

攻2800 守2600

 

 混沌の如き藍の鎧を身に纏い、剣と盾を構える『暗黒騎士ガイア』であった超戦士の姿。

 

《カオス・ソルジャー》 攻撃表示

星8 地属性 戦士族

攻3000 守2500

 

 

 そうして己が前に立ち並ぶ2体のカオス儀式モンスターに神崎は《増殖するG》の効果でカードを引きながら状況を確認するように言葉を零す。

 

「《覚醒の暗黒騎士ガイア》の効果ですか……2体のモンスターが呼び出された為、《増殖するG》の効果により2枚ドロー」

 

「……よく知っていますね。《覚醒の暗黒騎士ガイア》はリリースされた時、墓地の『カオス・ソルジャー』モンスター1体を復活させます」

 

 そんな相手のデッキを全て熟知したような発言に、遊戯は何処か悲しそうな表情を僅かに見せるも、その気持ちを直ぐさま引き締め追撃に移る。

 

「そして《マジシャン・オブ・ブラックカオス》で《ハネクリボー》を攻撃!! カオス・マジック――デス・アルテマ!!」

 

 やがて《マジシャン・オブ・ブラックカオス》の杖から放たれる赤黒い魔力球が《ハネクリボー》に直撃し、悲痛な叫び声と共にまた1体と散っていくクリボーたち。

 

混沌の場(カオス・フィールド)》魔力カウンター:5 → 6

 

 

 

 だが、その狼藉を許さぬように空間が鳴動と共に大きく揺れ動いた。

 

「相手によってモンスターが破壊されたこの瞬間、私はライフを半分払い、手札からこのカードを特殊召喚します」

 

神崎LP:200 → 100

 

 

 やがて神崎の命と言うべきライフを対価に開かれた異界のひずみより――

 

 

「――《蛇神ゲー》」

 

 

 緑の巨大な大蛇が長大な身体をくねらせて空間を破壊しながら顔を覗かせた。

 

 

《蛇神ゲー》 攻撃表示

星12 闇属性 爬虫類族

攻 ?  守 0

攻 0

 

「攻撃力……0、のモンスター……?」

 

 そうしてポンと現れた《蛇神ゲー》を見上げる遊戯だが、その心を占め始めるのは焦燥感。

 

 底冷えするような強大なプレッシャーがその身を穿つ。だが、遊戯にはこの感覚に一度だけ覚えがあった。

 

 それは記憶の世界にて、王墓から失われた名をアテムに届ける際に、王に仕えし「シモベ」と名乗った炎の悪魔が操る炎の馬が引く馬車にて大邪神ゾーク・ネクロファデスを見た一時。

 

 

 数多の兵を、精霊を、神官を蹴散らす大邪神を前に遊戯が感じた息も詰まるような感覚。

 

 

 そして、そんな恐怖に似た感情を抱かせるカードを、笑顔で此方を見やる神崎は一体どうやって手にしたのか。何をしたのか。何に手を出したのか。

 

 人にはばかられる行い――全てはそこに集約しているのか、と。

 

 遊戯の中で笑みを浮かべるままの神崎が、どこか恐ろしいものに見えるも、気迫で己を奮い立たせた遊戯は叫ぶ。

 

「……ッ! 《カオス・ソルジャー》!!」

 

 己が信ずる超剣士へと。

 

 そんな主の声に応えた《カオス・ソルジャー》は一切の迷いなく巨大な蛇《蛇神ゲー》へ向けて跳躍し、己が愛剣を振り下ろした。

 

――流石に見逃してはくれないか。

 

「《蛇神ゲー》の効果。自身が戦闘するダメージ計算時、フィールドの最も高い攻撃力を得る」

 

 だが迎え撃つように《蛇神ゲー》の口から放たれた白光のブレスが放たれ、振り下ろされた《カオス・ソルジャー》の剣とせめぎ合う。

 

 

《蛇神ゲー》

攻 0 → 攻3000

 

「でも攻撃力は互角!! カオス・ブレード!!」

 

 やがて振り切られた剣撃によって裂かれた白光が爆ぜ、巨大な爆発となって互いを呑み込んだ。

 

 

 そんな爆炎の中から力尽きた《カオス・ソルジャー》が投げだされ、地面に倒れ消えていくが、大気を震わせる咆哮と共に爆炎が晴れ、その内より傷一つない《蛇神ゲー》の姿が見せつけられた。

 

「なっ!?」

 

「墓地から《サクリボー》を除外することで、戦闘による破壊の身代わりとします」

 

 そして神崎の足元にポトリと落ちた《サクリボー》が鋭い爪の親指を立てた後、役目を果たして消えていく。

 

 かくしてエース格のモンスターを無為に失った遊戯。

 

「くっ……ならバトルを終了してフィールド魔法《混沌の場(カオス・フィールド)》の効果発動! このカードに乗った魔力カウンターを3つ取り除き、デッキから儀式魔法――《超戦士の萌芽》を手札に加えます!」

 

混沌の場(カオス・フィールド)》魔力カウンター:6 → 3

 

 だが、遊戯の背に光り輝く《混沌の場(カオス・フィールド)》より、超戦士の再起の脈動がカードとなって舞い込み、次なる戦場に向けて備えた。

 

「カードを2枚セットして、ターンエンド!!」

 

 

 

遊戯 LP:4400 手札2 

《マジシャン・オブ・ブラックカオス》

永続魔法《黒の魔導陣》 伏せ×2

フィールド魔法《混沌の場(カオス・フィールド)》(魔力カウンター×3)

VS

神崎 LP:100 手札3

《蛇神ゲー》 《クリボー》 《EM(エンタメイト)クリボーダー》 《アンクリボー》

永続罠《闇の増産工場》 伏せ×1

 

 

 そうして未だ盤面を維持する遊戯に対し、奥の手たる《蛇神ゲー》を従え、神崎はカードを引く。

 

「私のターン、ドロー。スタンバイフェイズを終え、メインフェイズ1へ――《クリボー》と《EM(エンタメイト)クリボーダー》を攻撃表示に変更し、バトルフェイズへ移行」

 

 だが、さして動けぬゆえ、2体のクリボーたちを攻撃表示に変更。

 

《クリボー》+《EM(エンタメイト)クリボーダー》 守備表示 → 攻撃表示

守 200 → 攻 300

 

 やがて《アンクリボー》が小さな手を振って見送る中、競う様に前に出る2体のクリボーたちだが――

 

「《蛇神ゲー》で《マジシャン・オブ・ブラックカオス》を攻撃」

 

 《蛇神ゲー》が大口を開け轟く姿にコテンと転ぶ。

 

 しかし、そんなクリボーたちなどお構いなしに《蛇神ゲー》の口から再び白光のブレスが放たれた。

 

「罠カード《奇跡の復活》発動! フィールドの魔力カウンターを2つ取り除き、墓地から《ブラック・マジシャン》を特殊召喚!!」

 

混沌の場(カオス・フィールド)》魔力カウンター:3 → 1

 

 だが、これ以上仲間をやらせはしない、とばかりに再び《ブラック・マジシャン》が現れ、その杖の先から――

 

《ブラック・マジシャン》 守備表示

星7 闇属性 魔法使い族

攻2500 守2100

 

「そして《ブラック・マジシャン》が特殊召喚されたことで、永続魔法《黒の魔導陣》の効果! ボクは《蛇神ゲー》を除外!!」

 

 黒い魔法陣が浮かび上がり、異界送りの魔術が《蛇神ゲー》へと放たれた――が、弾かれる。

 

「――なっ!?」

 

「残念ながら、《蛇神ゲー》は相手のカード効果の対象にはなりません」

 

「くっ、なら神崎さんのセットカードを除外!!」

 

「チェーンして罠カード《共闘》を発動。手札のモンスター1体を墓地に送り、選択したモンスター1体の攻守を墓地に送ったカードと同じにします」

 

 そうして弾かれたが、遊戯の声にグリンと行き先を変え、神崎のリバースカードの1枚を穿ちつつ、相手の意に沿わぬタイミングで発動させた。

 

「手札の《爆走特急ロケット・アロー》を墓地に送り、《クリボー》を選択」

 

 途端に《クリボー》はいつぞやの如く巨大化。野太い声を上げながら、秘め事を明かされたことを怒るように大地を踏み砕く。

 

《クリボー》

攻300 守200

攻5000 守 0

 

「《蛇神ゲー》の攻撃を続行。そしてこのカードが攻撃するダメージステップの間、攻撃対象の攻撃力は半減されます」

 

 そんな怒れる《クリボー》を余所に、白光のブレスへ杖を向ける《マジシャン・オブ・ブラックカオス》だったが、《蛇神ゲー》の瞳が赤く輝いた途端にその膝がガクリと崩れ――

 

《マジシャン・オブ・ブラックカオス》

攻2800 → 攻1400

 

 碌に迎撃も出来ぬままに《マジシャン・オブ・ブラックカオス》は消し飛ばされ、その余波が遊戯のみを苛んでいく。

 

混沌の場(カオス・フィールド)》魔力カウンター:1 → 2

 

「うわぁぁあぁッ!?」

 

 

遊戯LP:5900 → 4300

 

 

「くっ……まだです!」

 

「《クリボー》で守備表示の《ブラック・マジシャン》を攻撃」

 

 そうして勝負の流れが傾きを見せる中、巨大化した《クリボー》が今やご自慢となった巨躯で押し潰さんと地響きと共に跳躍。

 

 

 

 

 見上げる《ブラック・マジシャン》を巨大な影が覆った。

 

 

 

 

『クリリー!』

 

 

『クリッ!?』

 

 

 と思えば、()()()()()()()飛来した《クリボー》が巨大化した神崎の《クリボー》と衝突。

 

 すると、神崎の《クリボー》はボフンと煙を上げながら元のサイズに戻ってしまった。

 

《クリボー》

攻5000 守 0

攻 300 守 200

 

「罠カード《共闘》の効果か……」

 

「……はい、ダメージステップ時に発動した()()()罠カード《共闘》により、()()()《クリボー》と同じ――いえ、元の力に戻る」

 

 

 やがて《ブラック・マジシャン》の肩にぶつかった《クリボー》は、ボヨンと弾かれ、神崎のフィールドに転がって行く。

 

 

神崎LP:100 → 0

 

 

 

 かくして、此度のデュエルの最後はなんとも呆気ない幕切れを見せた。

 

 

 

 

 

 

 

「届かなかった……か」

 

――最後がコレとは……いや、むしろ私らしいか。

 

 そうしてライフが0になった事実と、視界の端で精霊の鍵の審判役の《ブラック・マジシャン・ガール》がピューと遊戯へ飛んでいく中、神崎はポツリと零す。

 

「最後の《ブラック・マジシャン》を守備表示で特殊召喚したのは、私の攻撃を誘ったゆえかい?」

 

 それが先程のデュエルの最後の攻防。

 

 遊戯の中では《蛇神ゲー》を《黒の魔導陣》で除外して除去する公算だった以上、《ブラック・マジシャン》を攻撃表示で呼び出しても良かった筈だ。

 

 いや、罠カード《共闘》に加え、ダメージ無効の《クリボー》があったのならば、遊戯ならば、むしろ攻撃表示で呼び出し、残りライフ100の神崎を牽制しそうなものである。

 

 

 ゆえに「罠への誘いだったのか?」との神崎の問いかけに、遊戯は涙を堪えながら語る。

 

「違い……ます……貴方の大切なカード(クリボー)を……破壊したくなかった……!」

 

「そうか――キミらしい答えだね」

 

 そう、シンプルにデュエルの戦略とは無関係な、遊戯の優しさゆえの行動だった。

 

 そんな遊戯の想いに小さく息を吐いた神崎は、額を手で抑えるような仕草を見せる。

 

 

 

 デュエルも、心理フェイズも、そのどちらも神崎は敵わなかった此度の衝突。

 

 

「完敗だよ」

 

 

 だが、当の神崎は不思議と悪い気がしなかった。

 

 

 

 

 

 

 やがてデュエルディスクやデッキを片付けた両者の間の《ブラック・マジシャン・ガール》が空中で両手を広げながら、テンション高めに語りだす。

 

『はいはーい! 決着がつきましたよー! お願いタイムでーす!』

 

 そう、虚偽を許さぬ三度の質問がなされる時がきた。

 

 もはや神崎に逃げ場はない。そして遊戯も、このまま放っておくつもりもなかった。

 

「……申し訳ないですけど、話して貰います、神崎さん。ボクは知らずにはいられない――ボクの質問に答えてくれますよね?」

 

「勿論だとも」

 

――さて、どこまで核心から逸らせるか……シャーディーの件を鑑みれば、原作知識関係だけは何としても死守せねば……

 

 そして覚悟を決めるように神崎も頷いて見せる。

 

 精霊の鍵の拘束力により虚偽は許されぬが、それでも神崎は足掻く。なにせ、結果的に「話し過ぎた」と同じ状態になったシャーディーの末路を知る身としては、絶対に避けねばならない。

 

 その上で、遊戯の信頼を損ねないように立ち回る必要がある。この時ばかり核心を避けたとして、信頼を得られなければまた同じことが起こるだけなのは明白。

 

 

 かくして、デュエルの後に「腹の探り合い」という別の戦いが幕を開ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『一つ目の質問に、嘘偽りない返答の強制がなされました! 後二つですよ!』

 

「ぇ?」

 

――ゑ?

 

 そんな中、《ブラック・マジシャン・ガール》が人差し指を立て、腕を突き出して告げた言葉に、遊戯と神崎はピタリと固まる。

 

 

 だが、何も難しい話ではない。

 

 

 遊戯のした「ボクの質問に答えてくれますよね?」に対し、「勿論だとも」と神崎は「嘘偽りなく」答え()()()()()。神崎の返答が「普段の敬語」でなかったのがその証明だ。

 

 言葉にすれば、たったそれだけの話――だが、神崎とて意識していない発言である。当然だ「相手の虚偽を許さずに()()()()()」ことこそが「願い」なのだから。

 

 ただ、カウントに関してはガバ具合に溢れているが、此方はカウント方法を明言しなかった遊戯の不手際である。

 

「くっ……!!」

 

――ボクに負けることも、神崎さんの策略の内だった……!

 

 やがてこの事実に遊戯は「一杯食わされた」と神崎を見やるが、神崎からすれば寝耳に水だった。

 

――違う、誤解だ。

 

 しかし、現実は非情である。

 

 デュエルによって折角上方修正された遊戯の好感度が、一気に急降下した瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 そうして「この期に及んで……!」と評さざるを得ない神崎の姿に遊戯は思考を重ねる。

 

――何を問うべきだ……アクターさんの正体? いや、それだけを知っても意味がない。可能な限り情報を引き出せる問い方にしないと……

 

 油断していた。遊戯はそう自戒する――常に虚を重ねてきた相手が、なんの保険もなしにリスクを負ってくれる訳がないではないか、と。

 

 勝ち取った「虚偽を許さぬ三度の質問」も、これで残りは二つ。()()二度しかない。

 

 アクターの正体を漠然に問うても、満足な答えが返ってくる保証はない。なれば、最後の一度で詳細を詰めることとなる。

 

 しかし、それでは「神崎のこと」は何も知れぬまま終わる――精霊の鍵の使用も、同じ手を二度許してはくれないだろう。

 

 

 そうした様々な問題により悩む遊戯へ神崎の声が届く。

 

「答えが出ないようなら私から話そう――返答はしなくていい。カウントされてしまうかもしれないからね」

 

 それは神崎が自発的に話すとの提案。口調も普段とは変え、砕けたものにした神崎はあたかも「心を開きました」と言わんばかりの様相だ。

 

 

「キミが気になった部分を問えばいい」

 

 つまり、神崎の話を聞いた上で追及したい部分に対し、「精霊の鍵の強制力を使う」――そんな提案。

 

 遊戯にとって悪くない話だ。判断材料がないままに残り二度になった権利を使うよりも、嘘が混じっていようとも、吐き出された情報を取捨選択した方が望む結果が得られる公算は高い。

 

 だが、これまでの負の積み重ねにより、すんなり頷けない遊戯が悩む中、神崎は考える暇を与えぬように答えを待たずに語りだす。

 

「まず最初に、キミも薄々察しているだろうが私には『未来の知識』がある――入手経路は問わない方がいい。証明もできないことだからね」

 

 最初に神崎から提示されたのは未来の知識の所持。

 

 これは遊戯も知っている範囲だ。パラドックスの発言がそれを裏付けしてくれる。遊戯の中で、これから神崎が語る内容の信用度が増した。

 

「そしてキミが気になっているであろう『アクターの情報』は、その『未来の知識』には存在しなかった。つまり、私自身もさして詳しい訳ではないんだ」

 

 だが、続く情報に遊戯は若干眉をひそめる――鵜呑みにするには、「相手にとって都合が良すぎる」。なにせ、裏デュエル界では「アクターの情報を知りたければ神崎に聞くのが手っ取り早い」と言われる程度に関わりが多い。

 

 そんな前提があって「さして詳しい訳ではない」と容易く信じることは叶わない。

 

「互いに秘密主義であり、最低限の関わりしかない――だから、武藤くんが納得できるような答えを私は持ち合わせていない」

 

 その認識は神崎の注釈された情報を以ても、疑念の方が大きかった。遊戯の中で「返答の強制」を使うか否かの決断に揺れる。

 

 

 

「さて――『だから、これで話はお終いだ』などと言っても、キミは納得しないだろうことは容易に想像がつく。ゆえに、キミの疑念である私の行動について話しておこうか」

 

 が、神崎の発言に遊戯の決断は先送りされることとなった。

 

 ああも頑なに秘密主義だった人間が、此処まで踏み込んだ内容を話すとは想定していなかった。だというのに、遊戯の鬼札は()()()2()()()()使えない。

 

 遊戯の中で「待ち」のスタンスが根付き始める。

 

「パラドックスが言っていたように、私は『未来の知識』を利用している。だが、その未来の知識は酷く限定的で、私の両親の死は教えてくれなかった」

 

――死んだ……?

 

 しかし、「相手の過去」という思わぬ方向に進み始めた事実に遊戯は呆然と神崎を見やる。だが、相手の表情には相変わらずの貼りついた笑顔しかない。

 

「私の両親は幼いころ、私の眼の前で死んだ――いや、私が殺したようなものだ」

 

 それは神崎の偽らざる本音の部分。

 

 前世の死に引きずられていた神崎に生きる希望をくれた彼の両親は、己のせいで死んだのだと。

 

「潰れた彼らを見て思ったよ。『何故、自分には彼らを助ける力がなかったのだろう』と」

 

 これは自責の念などではない。幼少の頃の神崎が漫然と生きず、己の力の尺度を明確に把握していれば十分防げた事態なのだ。

 

「弱い己が許せなくなった。もっと強ければ、助けられた筈だと」

 

 それは両親の死後、「強さ」を求め、一先ず身体を鍛え始めた段階で発覚した。

 

 神崎の内にあった「飛び抜けた才能」――それが己の肉体。

 

 そこいらの一般人がどれだけ身体を鍛えようとも、熊を殴り殺せなどしない。だが、神崎には出来た。

 

 遊戯王ワールド特有のデュエリストの度を越えた身体能力を、大きく上回った「才」が神崎には宿っていたのだ。

 

 

 だからこそ悟った。

 

 己がもっと早くにこの才能を自覚し、鍛えていれば両親は死なずに済んだ現実に。

 

 

「だから、強くなりたかった」

 

 

 結果、神崎は弱い己が許せなくなった。ゆえに守る為の強さを求めた。

 

 

 

 その為に二度目の人生も捨てた。

 

 

 青春をやり直す機会も捨てた。

 

 

 叶えたかった将来の夢も捨てた。

 

 

 人間らしい生活も捨てた。

 

 

 人であることすらも捨てた。

 

 

 

 それでも、眼の前の男には届かない。

 

「二人に誇れるようにありたかった」

 

 だが、彼の心は二人を見捨てた時に、疾うに穢れていて、

 

 

 二人に誇れるような存在には決してなれないことが、他ならぬ自身が一番よく分かっていた。

 

 

 

 そうして自身のルーツとなる過去を語った神崎に遊戯の瞳に悲哀の色が映る。その感情の根源は――

 

――だったら……

 

「さて、そろそろキミは私のやり方に疑問を覚えていることだろう。例えば『もっと色んな人と協力すれば良いのでは?』――とね」

 

 他ならぬ神崎によって言い当てられた。

 

 誰かを助ける強さを求めるのなら、「他の誰かの強さ」を、助けを借りて「協力」した方が遥かに効率が良いことは誰の目にも明らかだ。

 

 個人の強さを幾ら磨こうとも、早い段階で限界にぶち当たるのだから。

 

「だが、それは無謀でしかない」

 

――そんなこと……!

 

 しかし、その前提を知りながら切って捨てた神崎に遊戯が物申そうとするが、それは相手の手によって制され――

 

「そうだな……例えば、この道の先の角を曲がった場所に大金が落ちている」

 

「……なにを……」

 

 今までと毛色の違う話をし始めた神崎の姿に、遊戯は戸惑いの声を零すが、神崎の語りは止まらない。

 

「その大金は本来であれば誰かが手にするかもしれない――だが今は誰の物でもない。そして都合が良いことに拾ってしまえば出処は誰にもバレず、何の問題も発生しない」

 

――これって……未来の知識の悪用の危険性のこと?

 

「キミはそれを『誰かに取ってこさせなければならない』。ちなみに相手がネコババしても、キミには分からない前提がある」

 

 そうして神崎の意図するところを把握した遊戯へ、前提条件を語り終えた神崎は問いかける。

 

「さて、誰に頼もうか」

 

 頼んだ相手が「道の先にそんなものはなかった」と言えば、確認しようがない以上、「自分の行いで未来が変わったのだろう」と考える他ない。

 

 そう、神崎が語ったように「仮にネコババされても」伝えた側は確かめようがないのだ。

 

 つまり、未来の知識を共有しようとした「協力者」が「裏切者」になりうる。

 

 

 誰だって魔が差すものだ。

 

 

 そうして暫しの沈黙の後、己が持つ「虚偽を許さぬ3度の質問」の権利に影響しないと判断した遊戯は、慎重にゆっくりと口を開く。

 

「…………ボクなら城之内くんたちに頼みます――誰かに全てを委ねるのは怖いかもしれない。でも! 本当に信じられる人が! かけがえのない相手が――」

 

「素敵なことだね。よし、キミに協力者が出来た! やった! さぁ、世界を共に救うべく、今、彼にも未来の情報を明かそう!」

 

「ふざけないでください!」

 

「至って真面目さ」

 

 だが、色々と想定していた遊戯の予想を全て裏切り、神崎は小さく手を叩き、芝居がかった仕草で、無駄に明るく振る舞う姿に、思わず怒声を上げた遊戯。しかし神崎は冷淡に温度差のある返答を返す。

 

 

 

 そう、神崎が「誰にも頼らない」ことを決めた背景は、今までの話の本題は此処からが本番である。

 

 

 それを無意識に感じとった遊戯が身構える中――

 

 

「とある少年の家族は明日、自動車事故に遭って死亡する。だが、キミがその日に少年と家族に一声かければ助けられる」

 

「急に何の話を――」

 

「――助ける? 助けない?」

 

 語られたのは、またもや「たとえ話」。その事実に遊戯が物申そうとするが、神崎の問いかけがそれを封殺するように投げかけられる。

 

「……助けます」

 

 遊戯にその意図は測れなかったが、有無を言わせぬ神崎の雰囲気に「必要なこと」なのだと己を納得させ、人として当然の答えを返すが――

 

「とある少女は明日、心に癒えぬ傷を負う。だがキミが明日、友人と遊ぶ約束を取りやめて注意を促せば助けられる――助ける? 助けない?」

 

「助けます」

 

 神崎のたとえ話は続く。

 

「とある少年の恩人は明日、犯罪者に家を焼かれて命を落とす。だが、キミが明日に控えた受験を放棄し、寝ずに見張れば助けられる――助ける? 助けない?」

 

「……助けます」

 

 それは遊戯が幾ら肯定を返そうとも止まることはなく、「いつ終わるのか?」と思う程に続いていく。

 

「とある少女は不治の病に侵され、1年と保たずに死ぬ。だが、キミが自身の将来の夢を捨て、その病を治す術を探す道に進めば助けられる『かも』しれない――助ける? 助けない?」

 

「さっきから何の――」

 

「とある少年はある日、戦火に焼かれ、家族を失う。だが、キミが人生の大半を捧げれば助けられる『かも』しれない――助ける? 助けない?」

 

「……なん……ですか……それ……」

 

 だが、此処でたとえ話の内容が凄惨さを増していっている事実に、遊戯の顔から血の気が引いていく。これは本当に「たとえ話」なのだろうか。

 

「とある少年が乗る豪華客船はある日、乗客全ての命と共に沈む。だが、キミが人としての真っ当な生活を捨てれば助けられる『かも』しれない――助ける? 助けない?」

 

「待ってください……! 一体なんの話を――」

 

「とある少年はある日、家のしきたりに耐えられず、親殺しの業を負う。だが、キミが様々な人間から後ろ指さされるような行いをすれば助けられる『かも』しれない――助ける? 助けない?」

 

 しかし遊戯の制止の声を振り切って続く神崎のたとえ話の一つが、遊戯の脳裏に一筋の過去の情景を思い起こさせる。

 

「それって……」

 

 そう、それは――

 

 

『お前がお父上サマを殺したい程、憎んだからだろうがよォ!』

 

 

 闇マリクが語った、マリクを凶行に奔らせた一件。

 

 そうして遊戯の意識が過去に向けられる間も神崎の「たとえ話」は続く。

 

「とある少年はある日、相棒の精霊と決別し、将来的にその精霊は心を狂わせ、多くの悲劇を生む。だが、キミがその生涯を消費して集めた力があれば助けられる『かも』しれない――助ける? 助けない?」

 

 遊戯は、この話にも覚えがあった。

 

 

『神崎さんは俺とユベルを仲直りさせてくれたんだぜ!!』

 

 

 パラドックスとの一戦の時、共闘した未来から来た青年、遊城 十代の言葉が遊戯の中で木霊する。

 

「貴方は……」

 

「武藤くん、『誰かを助ける』ことは、『誰かの為に己の時間を消費する』ことと同義なんだ」

 

 神崎のたとえ話の真意を理解し始めた遊戯と視線を合わせながら神崎はにこやかに語る。

 

 そう、極端な話、「誰かの為に」と行動すればするほどに「己に回す時間」は減っていく。今回のたとえ話でも、少なくない代償を「助けた側」は支払っていた。

 

「多くの人間を助けるとなれば、『消費する』時間も当然多くなる」

 

 そして未来の知識を知っている神崎は、未来で不幸になる大勢の人間の情報を得た。彼ら全てを助けるのならば、「もっと多くの時間(代償)」を支払わねばならない。

 

 だが、その全てに手を差し伸べるなど、「真っ当な方法」では到底不可能であることは誰の目にも明らかだ。

 

「キミは言ったね――『本当に信じられるかけがえのない相手』の協力を得るべきだ、と」

 

 ゆえに遊戯の言った通り、無二の親友と言うべき相手の――生涯の中で極僅かしか出会えない大切な相手を、協力者として集めることが正道なのだろう。

 

 

「彼らの時間を消費しようと」

 

 

 しかし、それは同時にどこの誰とも知らない相手の為に、己にとって唯一無二の大切な相手の時間を「消費させる」ことを意味する。

 

 

「これらのことを踏まえて、もう一度問わせて貰うよ?」

 

 

 さぁ、武藤 遊戯。王の魂に選ばれし者、現デュエルキング、最強のデュエリストよ。

 

 

 心して答えてくれ。

 

 

 キミは世界のどこの誰とも知れない大勢の為に、

 

 

 自分と大切な人たちの人生を消費して彼らを不幸から――

 

 

 

「知ってどうする気だい?」

 

 

 

 助ける?

 

 

 

 

 

 

 

 助けない(見捨てる)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 問える真実は後二つ。

 




どうして助けてくれなかったの?





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第214話 呪い



前回のあらすじ
たすけて






 

 

『知ってどうする気だい?』

 

 

 その問いかけに「できれば、力になりたいと思います」とデュエルの前に返していた言葉が遊戯の口からは出てこない。

 

 

 デュエルを通じて知れた神崎のことを「助けたい」と幾ら遊戯が思えど、その為に「人生を捨てろ」と言われて容易く頷ける程の覚悟など持てよう筈がなかった。

 

 

 そうして返す言葉が出てこない遊戯に代わり、神崎は助け舟を出すように語る。

 

「少々急に話を進め過ぎたね。これが未来を知るということさ――碌なものじゃないだろう?」

 

 未来を知る――それは、多くの人間の心情を含めた人となりに加え、その身へ降りかかる不幸を知ることに他ならない。

 

 

 そんな未来を前に、キミはどうする?

 

 

 己が足掻いたところで、どうこうなる問題ではないと目を背ける?

 

 何もしない方が既定路線と言う名の未来を守れるのだと言い聞かせる?

 

 未来を知るイレギュラーを排除するような相手の襲来に怯える?

 

 もしくは降って湧いたアドバンテージを利用し、歴史に大きな影響を与えぬ程度に小銭を稼ぐ?

 

 はたまた、それでも未来の流れが気になり出歯亀する――そんなところだろう。

 

 

 神崎も最初はそうだった。そしてその怠惰が彼の両親の命を奪った――いや、救えぬ結末を生んだ。

 

 不幸に見舞われる人々を見捨てた罰を天が与えるように、彼は己以上に大切だった筈の存在を失った。

 

 

 そして彼の中で己を止められなくなった(が壊れた)

 

 

「神崎……さん……は……」

 

「ああ、その通りだ。私には()()いないんだよ――『大切な人』なんて」

 

 その境遇への悲哀からか眼から涙が零れ始める遊戯の言葉を先回りするように目を伏せた神崎。

 

 

 愛する人がいなくなった世界は耐えられない――なんて言葉があるが、それでも神崎は、

 

 愛する人の『いた』世界を蔑ろにしようとは思えなかった。

 

 だが、もはや神崎の心を占めるものは、決して多くはない。今は亡き二人の願い、前世の残照、そして――

 

 

「私はキミに救って欲しいとも思っていないし、真っ当な幸せを掴めるとも考えていない」

 

 彼の本質である「生きる」――いや、「死にたくない」という執着。

 

 たった、それだけ。

 

 好悪はある。趣味もある。でも命以外はどうでもいい。彼は、幸せになる気が欠片もなかった。

 

 自分の人生を生きる資格なんてない。だから両親の最後の言葉だけが生き甲斐だった。「生きて」と願われた。

 

「私はキミが思っているよりも余程の屑だ。我が身が可愛くて仕方がない」

 

 なにせ、神崎は両親の死後、幼少時からKCに入社するまでの間、ずっと見捨ててきた。

 

 肉体が幾ら強くとも、殴って終わる話など殆どない――ゆえに見捨ててきた。

 

 誰か信頼できる相手に未来の知識を明かせば、極論、幼少期から動くことは出来たにも拘わらず、「未来の知識の悪用の危険性」や「巻き込みたくない」なんてそれらしい理由をつけて、見捨て続けた。

 

 

 KCに入社する前の神崎は、原作の情報から目を背け、耳を塞いできた。見捨てた者たちを明確に把握するのが怖かった。

 

 それでも、海馬 瀬人の元でなら、世界中の恵まれぬ子供たちの為に世界中に遊園地を作ろうとする男の元なら「こんな自分でも誰かを救える筈だ」と信じていた。

 

 大きな会社で心身充実した日々を過ごせば、「生きて」との両親の願いを果たせると信じていた。

 

 だが、そんな彼の逃避を遮るように、KCは剛三郎の手中にあった時代。

 

 目を背けるな、耳を塞ぐな、と誰かの声が彼を責め立てる。

 

 

 お前は何の為に生き残ったんだ?

 

 今のお前は二人が身を挺して守る価値があったのか?

 

 そうして()()逃げるのか?

 

 ()()命惜しさに逃げるのか?

 

 

 二人に誇れる人間になるんじゃなかったのか?

 

 

 これじゃあ、無駄死にじゃないか。

 

 

 かつてダーツが語ったように、彼の心はあの時から止まったままだ。潰れた両親の前で膝をついたあの時から一歩も進めていない。

 

 

「もう考える(葛藤する)ことに疲れたんだよ」

 

 やがて脱力しながら、それでも笑顔を維持して神崎は語る。

 

 死にたくない。生き残った己は二人が誇れる人間でなければならない。「生きて」と願われた。()()見捨てるのは嫌だ。原作(この世界)を守りたい。助けなきゃ。楽しいデュエルがしたい。戦いたくない。傷つきたくない。「また」逃げる訳にはいかない――並ぶ言葉は数え切れない程に混沌としていた。

 

 

 そうして神崎の中で様々な願いが歪に混ざり合った願い(呪い)は「戦わずに逃げることなど許されない」という結論を導き出し、今日の今日まで戦い続けてきた。

 

 

 それらを突きつけられた遊戯は膝をつき、涙を流す。

 

「ボクは……ボクは……こんなつもりじゃ……」

 

 そう、遊戯は気が付いた。

 

 神崎はある意味アクターと同じなのだ。

 

 ファラオの為にその全てを捨てたアクターと、

 

 過去の一件より、己にまつわる全てを捨てた神崎。

 

 二人が肩を並べることは、ある種の必然だったのかもしれない。

 

「ボクは……なにも……」

 

「済まない。少し意地の悪い聞き方をしてしまった」

 

 そうして自責の念により俯く遊戯だが、その背に手を置きつつ神崎は謝罪を交え、語り続ける。

 

「とまぁ、先の情報を知るということは、そういうことなんだ。彼らの悲劇を知っていながら、『何もしない』ことは『見捨てる』のと同義」

 

 未来の知識は「便利な道具」ではあるのだろう。だが同時に「血に塗れた記録」であるのもまた事実。

 

「もし、イシュタールくんたちの時のように助けられなければ、それは『見捨てた』と変わりない」

 

 墓守の一族の一件も、神崎がもっと上手く立ち回っていれば救えた可能性もある。マリクが手を汚す前に、誰かが犠牲になる前に、間に合ったかもしれない。

 

「知っていながら助けられなかった罪悪感が募って行く」

 

 その可能性がある限り、神崎の中に罪悪感は募っていく。「また」見捨てたのかと。

 

 バクラに致命傷を負わされたシャーディー、貧困の犠牲になったディーヴァとセラ、シャーディーと離れ離れになり歪んだ仲間意識を育んだプラナたち、獏良 了の妹である天音の死、海馬とモクバの実の両親の死、マインドクラッシュされる前の海馬 瀬人の消失、童実野高校の不良たち関連の出来事、マリクの父と母の死、グールズにされてしまった面々の人生、グールズの被害に遭い大事な人を奪われた人たち、離れ離れになったイシュタール家、止められなかったシュレイダーの暴走、殺し合う結果を生んだパラドックス――

 

 

 

 手が届かなかった分だけ、誰かの声が神崎を責め立てる。

 

 

 どうして助けてくれなかったの?

 

 

 そんな声が神崎の中で反芻される。

 

 そう、神崎を突き動かすのは「正義」でもなければ「優しさ」でもない。ただの「罪悪感からの逃避」だ。

 

 未来で不幸になる人を助けることで、己の両親を殺す結果を生んでしまった自身の後悔を誤魔化しているに過ぎない。「見捨てた(助けられなかった)」罪悪感から逃げているに過ぎない。

 

「そして多くに手を伸ばせば、己に回せる時間など殆どないに等しい」

 

 それらを「大人の責任」なんて言葉でオブラートに包み、それらしく真っ当に振る舞うことで今日まで生きてきた。

 

「心から信頼できる人間を頼ろうにも『己の罪悪感を少しでも減らす』べく『赤の他人の為に人生を捨てろ』などと、私には言えなかった」

 

 そんな己の道連れになってくれ――などと口が裂けても言える筈がない。

 

 彼とて「大切な両親をその為に捧げろ」と言われて首を縦に振れないのだから。それを理解しているゆえに誰にも頼らない、縋らない。

 

「……纏めてしまえば、こんな具合だ」

 

 どこまでも光からは遠く、影に沈んでいくだけの者――それが神崎 (うつほ)という存在だった。

 

「済まないね。キミの知りたいアクターの話ではなくて」

 

「…………ごめ……ん……なさい……」

 

 そんな中、遊戯は涙と共に力なく謝ることしか出来ない。

 

 

 アクターの情報を知るべく、神崎の心に一歩踏み込んだ遊戯が見たのは、後は崩れる時を待つだけの破綻した心。

 

 

 それは、アクターの死ばかりに囚われ、パラドックスとの戦いの後、ケロリとしていた神崎は「大した怪我はしていない」と考えていた遊戯の心を大きく揺さぶった。

 

 

 いつも笑顔で、なんでもないような顔をしている裏側を知った遊戯に、優しい遊戯に「助けないと」との感情が浮かぶのは当然の話。

 

 

 助けたいと願った。

 

 

 相手が何を犠牲にしているかも知らずに。

 

 

 相手が何の為に闘っているのかも知らずに。

 

 

 助けられると自惚れた。

 

 

 相手は「救い」なんて「求めていなかった」のに。

 

 

 何の覚悟もなしに踏み込んだ。

 

 軽々しく聞いて良い話ではなかった。軽々しく踏み込んで良い部分ではなかった。

 

 そんな後悔の籠った遊戯の謝罪の言葉に、神崎は首を横に振る。

 

「謝らなくていい。キミは悪くない。何も悪くない。だから私などに謝る必要など何処にもないんだ」

 

 そう、神崎が語るように遊戯の行動自体に致命的な間違いはない。

 

 多少強引にことを運んだとはいえ、その発端はアクターの正体に関して神崎が弁明せず、煙に巻こうとした点にある。

 

 あの時、説明を放棄せず、しっかり話し合っていれば信じて貰えた可能性もあったのだ。

 

 下手に誤魔化そうとすれば、むしろ疑念が増すことは明白なのだから。

 

「でも……ボクは……」

 

「キミは私なんかよりずっとデュエルが強い、心が強い。だけどね――どれだけ強くとも、まだ『子供』なんだ」

 

 だが、それでも己を責める遊戯に神崎は、今は亡き彼の両親から過去に告げられた言葉を送る。

 

「だから『今』は余計なものなんて背負わなくていい。それを背負うのは私みたいな『大人』の役目だよ」

 

 中身の問題から肉体年齢から乖離した聡さを持ち、死を病的なまでに恐れる幼少時の神崎を、不気味な子供を二人は愛してくれた。

 

「ただ、色んな事を学んでキミが大人になったその時に困っていたり、辛そうにしている人の背をそっと支えて上げれば良い」

 

 傍から見れば、何の根拠もない「大丈夫」との二人の言葉が、当時の彼の心を救ってくれたのだ。

 

「人はそうやってバトンを繋ぎながら助け合える生き物なんだ」

 

 そうして、託したかった相手に繋げられなかった神崎のバトンは、形を変えて遊戯の元に届く。

 

 

 これから社会に飛び込む少し前の子供(学生)の背を押す役目を果たして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて、ひとしきり涙を流し終えた遊戯が顔を袖で拭った後、立ち上がり――

 

「すみません、みっともないところ見せちゃって」

 

「みっともなくなんてないさ。キミは私の為に涙してくれたんだろう? それをみっともないと嗤う程、私は酷い人間じゃないさ」

 

 申し訳なさげに零した遊戯の言葉に、神崎は遊戯の精神を追い詰めるような立ち回りをした「酷い人間」である事実を有耶無耶にしながらオーバーなリアクションを交えて肩をすくめて見せた。

 

「なら、最後に一つだけ、聞かせて貰います」

 

 そんな神崎の心境など知らずに相手の姿に苦笑した遊戯は残り二つとなった「質問への強制」を行使する。

 

 だが、それはつい少し前までの問い詰める為のものではない。

 

「あぁ、そういえば後二つ質問権が残っていたね。何でも聞いてくれて構わないとも」

 

「貴方は……過去を変えようとは、どうして思わなかったんですか?」

 

 遊戯の問いかけは「神崎を理解する為」のもの。

 

 

 まず前提としてパラドックスの存在が、時間渡航が可能であることを証明してくれている。

 

 ならば、神崎が――いや、誰でも考える筈だ。「大切な人の死をなかったことにしたい」と。

 

 だが「助けられなかった」と嘆く神崎は、過去へ時間渡航して歴史を改竄する素振りは一切見られない。それが遊戯には疑問だった。

 

 そうして質問の意味するところを理解したと同時に、神崎の口は『精霊の鍵の強制力』により本人の意思を無視して動き出す。そして神崎は「それ」に抗わない。

 

「思ったさ。だが怖かった」

 

 聞かせたくない話ではあるが、聞かれたとしても致命的に困る話ではないのだ。

 

「怖かった? タイムパラドックスが――」

 

「違う。パラドックスが歴史を改変していたように時間軸の――いや、シンプルに言えば『この世界』は存外『いい加減に出来ている』」

 

 遊戯の質問を遮る形で神崎が説明するように、一般的な場合は定かではないが、「今、神崎のいる遊戯王ワールド」は言ってしまえば非常にあやふやにできている。

 

 なにせ、原作に存在しない神崎という「異物」が紛れ込んでいるのだ。

 

 この時点で問題が起きてもおかしくない。

 

 だというのに、加えて存在しない筈の命が本来の歴史を歪めまくっているにも拘わらず、世界は今日も異常を起こすこともなく、変わらずに存在している。

 

 これを「雑」と取るか、世界の「度量が広い」と取るかは人によりけりだろう。

 

「過去を変え、『確定』させることが出来た段階で、未来もそれに準じた形に書き換わる」

 

 そして、過去の変化により未来が分岐「しない」ことは、「遊戯王5D’s」にてイリアステルが度重なり過去を改竄することで主人公の遊星たちの追及を退けていたことからも明白。

 

 ゆえに神崎の恐怖の根源は――

 

「神崎さんが恐れたのは……」

 

 それらの情報を飲み干した遊戯の瞳に理解の色が浮かび、そして陰る。

 

 そう、神崎は恐れた。

 

「ああ――『強さを求めた今の私』があるのは二人の死があったからこそだ」

 

 そして逃げ出したのだ。

 

「つまり『二人が生きている』状態において、『今の私』は存在しないことになる」

 

 今の自分の消失を――死を恐れて。

 

「私は卑怯者なんだよ。二人を救いたい想いより、我が身可愛さが勝る」

 

 大切な二人を助けられる可能性を追求せず、己の死を恐れている。

 

 大事だ、大切だと口々に並べて置いて、己の命はかけられない。

 

「そんな……卑怯者なのさ」

 

『二つ目の質問に嘘偽りない回答がなされました!』

 

 そんな何処までも半端な己を自嘲するような神崎の言葉を最後に、遊戯の頭上で《ブラック・マジシャン・ガール》の陽気な声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 やがて強制力から解放された神崎はポツリと零す。

 

「あと一つか」

 

 これで遊戯の権利は次で最後。

 

 結局は我が身が大事な生き汚い部分を見せてしまったが、遊戯は不快感を見せる様子は見られない。

 

 そう、神崎が知られても困らないと判断したように、「自分の命が惜しい」――そう考える人間は世の中に溢れている。いや、大半の人間が程度の違いはあれ「そう」だろう。

 

 ゆえに流石の遊戯も「それ」を糾弾することは出来ないことを神崎も理解しているのだ。

 

「なら、最後にもう一つだけ」

 

「なにかな?」

 

 とはいえ、相手に嫌な感情を与えることは事実である為、内心で遊戯の反応を気にする神崎に、遊戯は神妙な顔で願いでる。

 

 

 遊戯の願う、もう「一つ」――最後の権利を使用することは明白だった。

 

 

 

 やがて服で手を拭った遊戯は大きく深呼吸した後――

 

「ボクと友達になってくれませんか?」

 

 右手を差し出した。

 

 今回は掌から精霊の鍵が飛び出すこともなく、単純明快に言葉通りの意味を持つ手。

 

 そんな差し出された優しく暖かな手が神崎に向けられる。

 

 

 そう、此処まで戦い続けてきた神崎に、ようやく助けの手が差し伸べられたのだ。

 

 

 神崎の口から、自然と言葉が零れる。

 

 

 今、ここに彼の凍てついた心を解かす暖かな結束の輪が紡がれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嫌だ」

 

 かと思ったら、そんなことはなかったぜ!!

 

 

 

 

 

 

「これで――……? ……!?」

 

――あれ? 今、「嫌だ」って言ったよね。

 

 やがて差し出された手が無意味にぶらつく中、遊戯の中で握手した後に続く言葉が頭の中で吹き飛び、「ん?」と言わんばかりの感情がせめぎ合う。

 

 そして、その戸惑いは遊戯の口から言葉となって零れ始めた。

 

「えっ、いや、あれ? 今、完全に友達になる流れでしたよね!? ボク、神崎さんと分かり合いたいと思ったんですけど!?」

 

 遊戯が戸惑うのも無理はない。先程までメッチャ良い流れが来ていたにも拘わらず、それを横から蹴り飛ばすような事態に陥っているのだ。誰だって戸惑う。

 

 

 しかし、「精霊の鍵の強制力」によって「嘘偽りなく」()()()()()()()神崎は本音を話すしかないのだ。

 

「それは其方側の勝手な都合だ」

 

「『友達になろう』って賭けたの神崎さんですよ!?」

 

 神崎の本心としては、別に「遊戯に理解して貰いたい」なんて「思っていない」のだから。

 

 だが遊戯の言い分も、ごもっともであろう。願いに指定した以上、相手の希望と思うのは当然である。

 

「それに関しては将来的にキミと協力関係を築く為の方便――キミ自身と友情を育むことを目的にしていない」

 

 しかし、そんな考察もバッサリ切って捨てた神崎の発言の前に敗れ去る。

 

「それに私にはキミの真っ直ぐさは少し眩し過ぎる。ハッキリ言って苦手だ」

 

 それに加え、遊戯の精神性は神崎にとって、波長の合うものではない事実も後押しする。

 

 友情! 結束! 絆! な遊戯の在り方は、究極的には他者を切り捨てることをいとわない神崎からすれば、友として接するには罪悪感が勝ってしまうのだ。

 

 まさに光と影――近くにいるようで、決して交わらない二人。

 

「そ、そんな言い方……」

 

 やがて遊戯が困惑の声を漏らす中、強制力が解かれたことで発言の自由を取り戻し、誤魔化すような笑顔で固まる神崎を余所に《ブラック・マジシャン・ガール》がスッと両者の間に滑り込みつつ浮かぶ。

 

 

『最後の質問に偽りない回答がなされました! パンパカパーン! 3度の質問が終了でーす! 今回はこれでさよならになります! また会いましょうね、マスター!!』

 

 

 そうして最後までお祝いでもするような高めのテンションで宙でクルリとターンした《ブラック・マジシャン・ガール》が杖を振るえば、周囲の空間が崩れるように崩壊を始めた。

 

 

 

 

 

 さすれば、手を振る《ブラック・マジシャン・ガール》が消えていったと同時に、元のKCの応接室の一室が姿を現す。

 

「閉鎖空間が解かれて行く……」

 

 遊戯がそう呟きながら周囲をキョロキョロと伺うが、壁に掛けられた時計の針は、殆ど動いてはおらず、閉鎖空間で流れた時間との差異を感じる遊戯。

 

「なんだかなぁ……」

 

 そして力尽きるようにソファにドスンと座った遊戯が額を抑えながら頭痛を堪えるように呟く中、神崎は対面のソファに腰掛けながら茶を差し出しつつ営業スマイルで返す。

 

「ハハハ、世の中そう上手くはいかないものですよ」

 

「……なら、代わりにアクターさんのことで知っている限りのこと……教えて貰っていいですか?」

 

「問題ありませんよ。ですが、私に出来るのはアクターに依頼した情報を開示するくらいです。それでも構いませんか?」

 

 普段の敬語に戻った神崎に遊戯は「壁」を感じていたが、もたらされた情報にガタンとテーブルを揺らしながら勢いよく立ち上がった。

 

「そんなものがあるんですか!?」

 

 依頼書。

 

 それは神崎がアクターに要請し、「アクターが同意した」もの――と言えよう。

 

 まさに「アクターの行動原理」を把握するのにピッタリな材料だ。

 

「物自体はありません。今から纏めますので、少々お待ちを」

 

 かと思ったら、そんなものはなかった。

 

 だが己の頭を指さしながら作業する神崎の姿に、発言の意図を理解した遊戯。やがておずおずと着席しながら思わず零した言葉も――

 

「そんなことが出来るなら、最初から――いや、あの時のボクじゃ信じなかった……」

 

「焦りは視野を狭めますからね」

 

 今の頭の冷えた遊戯になら、かなり強引に運んでしまった己の過失を把握し、遊戯は肩を小さくさせる。

 

 知り合いの「死」という平静を保てぬパーソンがあったとしても、些か道理に反した行いだったと。とはいえ、初手で躓いた神崎に疑われるだけの材料があったこともまた事実なのだが。

 

 しかし、当人から語られた神崎の過去を含めた在り方を知った今の遊戯は、茶を飲む手を止めて確認するように問いかける。

 

「それで、神崎さんは今までのやり方を変える気はないんですか?」

 

 それは今のまま「誰にも未来の知識の詳細を明かさない」スタンスを崩さないのか、という点。

 

 今回でさえ、未来の詳細な情報は何一つ語られていない。それゆえの再度確認。

 

「武藤くんの『将来の人生の全てに不自由を強いていい』と言うのなら別の方法もありますが――おやりになりますか?」

 

「それは……その、すみません……」

 

 だが、書類を纏める手を止めぬ神崎から即座に返って来た言葉に遊戯は言葉を濁す。

 

 遊戯が夢見たゲームデザイナーも、親友たちとの笑い合う日々も、好きな人と恋の時間も、将来待っているであろう新しい出会いも、体験も、そのなにもかもを捨て去り、

 

 残りの人生全てが「名前も知らない誰かの為に消費される」――こんな無茶苦茶な論に頷けるものなどいないだろう。

 

「お気になさらずに。そもそも、武藤くんが罪悪感を抱く必要はありません。『それ』は一般的な考えですから」

 

 いや、むしろ「これ」に「是」と返せる人間がいるのならば、神崎は絶対に「そいつ」を信用しない。

 

 大切な人との時間を大事に出来ない人間など、どうして信用できるだろうか。

 

「キミは『キミが幸せにしたい人たち』と共に歩むといい」

 

 やがて纏めた書類を遊戯に手渡しながら神崎は曇りのない笑顔でそう語る。

 

 

 そして大いに取捨選択のなされたアクターの情報を「全て」だと誤認した遊戯が申し訳なさ気に受け取るが――

 

 

「他のことは『それがない』私にでも任せてください――暇ですから」

 

 

「暇!?」

 

 

「未来の知識を得て唯一良かったと思えることです。暇を感じずに済む」

 

 神崎から零れた「暇」との言葉に遊戯は目を白黒させた。

 

 罪悪感からの逃避であっても、身を削って人助けをしている――と思っていた人間が「暇だから」だと評せば「えっ?」と思って当然である。

 

 

 だが、神崎にも言い分があった。

 

 過去にケジメを付けることも出来ず、新しい「大切な人」も作れる気がせず、残りの人生を自分勝手に生きることも出来ない。

 

 だからと言って、過去を後悔し、うずくまるような真似も「生きて」と願われた神崎には取れない以上、選択肢は決して多くはない。

 

 

 ゆえに「二人に誇れる己である」為に、「正しく」あろうと不幸に見舞われる人たちをある意味利用している身では――

 

 その行いを「彼らの為」と誇るには、どこか不純で、

 

 己が身を顧みない在り方ゆえに「利用しているだけ」と切って捨てるには、どこか純粋で、

 

 

 そんな白にも黒にもなれない灰色な在り方を適切な言葉で示すのは難しいだろう。

 

 とはいえ、「暇」という言葉のチョイスは如何なものかと思われるが。

 

「『余計なこと』も考えずに済みますからね」

 

「………………無理しないでください。全ては捧げられないけれども、助けが欲しくなったら何時でも言ってくれて大丈夫です――と言っても、ボクに出来そうなのはデュエルくらいですけど……」

 

 しかし最後に付け足された神崎の言葉に、未だその心が過去に残されたままだと把握した遊戯は、無理のない範囲で協力を約束しつつ手を差し出し――

 

「――でも貴方が道を違えた時はボクが止めます」

 

「おお、怖い――そうならないことを願います」

 

――絶対にそうならないようにしますので!!

 

 その手を取った神崎の手を強く握りながら宣言する遊戯。それに対して神崎もおどけた言葉を並べるが、内心でガクブルしているのは何時ものご愛敬である。

 

「じゃぁ、失礼します。今日は本当に色々済みませんでした」

 

「構いませんよ。疑われることは慣れていますから」

 

 そうして最後にもう一度謝罪する遊戯を神崎はいつもの笑顔で流しつつ、此度の会合も終わりとばかりに立ち去る遊戯。

 

 だが、その背を神崎がふと思い出したような仕草と共に呼び止めた。

 

「あぁ、ついでにご忠告を一つ――日常はふとした時に零れ落ちます――決して、手放さないように気を配ってください」

 

「はい……!」

 

 別れ際に届いた、若人を案ずるような大人らしい発言に、遊戯は頷きながら駆けて行く。紆余曲折あったゆえの此度の衝突も、決して無駄ではなかったのだと。

 

 

 やがて牛尾に精霊の鍵を返却した遊戯は行きとは違い、軽い足取りで帰路につく。

 

 

 神崎の「悪い意味の弱さ」と「悪い意味の強さ」が混在する不思議な在り方に思う所はなくはないが、それでも「困っている人の味方」であろうとした神崎は、遊戯が信じられるものだった。

 

――ごめんなさい、神崎さん。貴方はきっとボクを遠ざけようとしてくれたんだろうけど……

 

 疑ってしまった事実は消えなくとも、味方だと誓った遊戯の言葉に嘘偽りはない。

 

――ボクは、ボクのやり方で、貴方が言ったバトンを繋ぎます。

 

 己の人生を捨てる選択など遊戯には出来なかったが、それでも困っている相手に手を差し伸べることは出来る。

 

 

 そうして助けた相手が、また他の困っている誰かを助け、その輪が広がれば、助け合いの輪が生まれる。

 

 そのピースの輪とでも言うべき代物が世に蔓延る不幸を払っていけば、周り回って神崎の肩の荷も軽くなろう。

 

 

――いつか、貴方が自分を許せるその時まで。

 

 

 かくして、迷いを振り切った遊戯の物語は、次なるステージ(遊戯王GX)の傍らで進んでいくことになる。

 

 

 

 その未来に困難が待ち受けていようとも、きっと乗り越えていけるのだと信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな希望に満ちた未来を進む遊戯が、KCから立ち去ったことを窓から確認した神崎は――

 

 

「……なんとか穏便に済みましたか」

 

――ッッシャッオラァ! 乗り切ったァ!!

 

 全力でガッツポーズした。

 

 

 台無しだよ。

 

 

 





湿っぽいのは苦手でね!



Q:あれ? 遊戯はもっと踏み込まないの?

A:優しい遊戯が「悲しい過去」を聞かされた上で、追及して相手の傷口を広げられるとでもお思いか?
(なお自発的に傷口ひん剥いて見せた神崎ェ……)


Q:???「神崎! 騙したのか? 遊戯を……騙したのか!! 神崎ィィィィ!!」

A:遊戯の中で「アクターはすごいつよい(小並感)」幻想がある以上、下手に論じても還って不審感を与えるだけなので
「自分の信じるアクター像を探すと良いよ」とばかりに投げました。

ちなみにデュエル後の神崎は一切、嘘は吐いていません(本音とは言っていない)


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第215話 マインドクラッシュは勘弁な!



前回のあらすじ
ッッシャッオラァ!






 

 

 精霊界にて、顔すら見えぬ黒い忍び装束で全身を包んだ《悪シノビ》は夜の闇に紛れながら、三体の氷龍の封印を護る者たち――「氷結界」の面々が住まう地へと潜入していた。

 

 

――ゼーマンの報告では、この辺りだった筈だが……

 

 

 というか、その正体は神崎である。精霊界での活動ゆえに人間の世界の住人であることを悟られぬよう《悪シノビ》に扮しているのだ。

 

 

 此度の要件はシンプルに緊急事態とのこと。

 

 外的要因によって心を入れ替え、今は伝説の三騎士の元で善行に強制的に励む《インヴェルズ・オリジン》より「悪魔召喚の儀式を試みている者がいる。不完全ゆえに今は問題ないが、直に呼ばれる可能性有り」との報告を受け、下手人の調査に来たのである。

 

 伝説の三騎士陣営にて、責任ある立場であるゼーマンは動かせない。ゆえに、神崎が無関係な第三者として動いているのだ。

 

 

 そして報告にあった赤い長髪を頭の上で一部束ねた白の和装の女性《氷結界の照魔師》が人避けのされた儀式場と思しき場所に1人入った姿を確認した神崎は後を追い音もなく侵入。

 

 やがて儀式場にて準備に取り掛かっていた《氷結界の照魔師》だが、何かの違和感に気付いたのか振返り様に、持参していた杖の頭の布を取って向けた。

 

 しかし、その杖の先には何者もいない。ゆえに「気のせいだった」と構えを解く《氷結界の照魔師》。

 

 

 だが、己の頭部を挟み込むように、なおかつほんの僅かな空間を開けて添えられた両手に打たれたことにも気づかぬままに、その意識はプツリと途切れた。

 

 

 やがて顔中の穴から血を流して倒れた《氷結界の照魔師》を静かに抱えた神崎は、人目を避けるように儀式場の奥深くへと連れ去っていく。

 

 そんな「お巡りさん、こっちです」と言われかねない所業を成した神崎は、己に同行させていた《インヴェルズ・オリジン》を影から呼び出し、願いでた。

 

「《インヴェルズ・オリジン》、彼女の内に残るあなた方の力の残照の除去をお願いします」

 

「ガレワゼナ」

 

「仕方ありませんね。悪の道に墜ちてしまった貴方を伝説の三騎士様に引き渡しましょう」

 

「イナイアタ」

 

「お見事です。では元の場所に戻しておきま――ッ!?」

 

 こうして《氷結界の照魔師》の内の悪魔召喚への執着を強引に断った神崎だが、儀式場に近づく氷結界の何者かの気配に、慌てて《氷結界の照魔師》を隠し、代わりに応対した。

 

 その神崎の姿は、いつの間にか《氷結界の照魔師》と瓜二つになっており、真似た口調でやり取りなされるが、相手が気付いた様子はない。

 

――口調は真似ているとはいえ、長時間喋るとボロが出そうで……

 

 そう、此方の正体も神崎である。原作にてダーツが使用していた「他者に化ける術」を用いることで、《氷結界の照魔師》に扮しているのだ。

 

――ダーツ印の変装術は問題ないようだな……後は悪魔っぽい生き物を。

 

 そうして他の面々がいなくなった儀式場にて、神崎はいそいそと意識のない《氷結界の照魔師》を横たえ、「儀式に失敗しました」と言わんばかりに現場をセッティング。

 

 

 さらに遠隔操作が可能な悪魔っぽいガラクタを用意し、後にクソ弱い感じで暴れさせ「悪魔の召喚では現状を変えられない」との結論に至って貰えるように――との手筈を整えた後、《悪シノビ》の恰好に戻った後に音もなく氷結界の拠点から去って行った。

 

 

 

 

 

 やがて氷結界の拠点で悪魔っぽいガラクタが騒ぎを起こす中、神崎はそれを遠隔操作しながらゼーマンへと指示を送る。

 

「ゼーマン、再度氷結界にコンタクトを。今なら同盟のお話も引き受けて下さる筈です。泥に塗れる勢いで願い出て押し切ってください」

 

『承知いたしました』

 

 そして手短な返答を受け、通信を終えた神崎は《インヴェルズ・オリジン》へと向き直り――

 

「《インヴェルズ・オリジン》――今日は助かりました。お礼に邪念を送らせて貰いますね」

 

「――モマ ヲ ウョリキテ !テマ」

 

 お礼代わりにインヴェルズたちの好物である邪念をプレゼント。その結果、グッタリもといスヤスヤと動かなくなった《インヴェルズ・オリジン》を――

 

「眠ってしまったか……《強制転移》でみんなのところへ送っておこう」

 

 安眠できる場所ことゼーマンのいる拠点へ送った代わりに、周辺の地図を手にした神崎は、「氷結界」と記された部分にメモ書きした後、一人ごちる。

 

「よし、今日の残りは『ジュラック』陣営と『フレムベル』陣営を調査して一先ず上がろう。後、魔轟神界に繋がる混沌の門の様子も一応見て回っておかないと」

 

 やがて神崎は夜の闇に《悪シノビ》の恰好で消えていった。

 

 

 

 神崎の夜は長い。

 

 

 時間が有限である以上、一秒たりとも無駄にできないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神崎の朝は早い。

 

 

 というか、睡眠が不要となったせいで、早いとかそういう次元じゃない。ずっと起きている。いつか狂いそうな生活だ。

 

 

 しかし時間感覚を失わない為に、空気を蹴りながら空高くに浮かび、日の出を見ながらドローの訓練をするのが日課である。

 

 

 人間でなくなろうとも、日の出の美しさを感じる心は変わらなかった。

 

 

 そして精霊界での活動の疲れなど見せぬ姿で雲を裂きながら居合ドローと素振りを行う――前に、ピリリと胸ポケットのスマホの音によって、早朝の訓練はお開きとなる。

 

「――此方、神崎ですが―――――お久しぶりです、ペガサス会長。このような時間に――――あぁ、時差でしたか、これは申し訳ない――――ぇ?」

 

 やがて空に浮かびながら通話相手にペコペコ頭を下げる社畜――と言う謎の絵が流れた後――

 

 

「――かしこまりました。至急ご用意させて頂きます」

 

 プツリと通話を終えた神崎はスマホを内ポケットに仕舞った後、小さく深呼吸して精神を落ち着かせ、暫くして呟いた。

 

 

「――シンディア様がご懐妊って、何故に!?」

 

 

 いや、叫んだ。

 

 朝一番から早速とばかりに特大の原作ブレイクが神崎を襲う――まぁ、彼がシンディアの病を治す手配をしたのが原因なのだが。

 

 ただ、「何故に」も何も、愛し合う男女がいればコウノトリさんも張り切ってキャベツ畑を耕すこともあろう。

 

 

 そうして何時もの日課を平静さを取り戻す為に、雲を何度か断った後、神崎はKCにいつもより早めに出社した。

 

 

 なにせ此度は、天下のI2社のトップの一大事である。最悪の事態を考えれば、事前準備はし過ぎることはない。

 

 

 ゆえに精霊界にて活動中の《猿魔王ゼーマン》に《誕生の天使》へシンディアの加護を頼めるかと依頼しながら、医療分野を担当する面々への書類を大急ぎで仕上げる神崎。

 

 

 だが、そうして時間が経過していく中、聞きなれた幼い声が届いた。

 

「おう、神崎! 早いな!」

 

「これはモクバ様、おはようございます。何やら張り切っておりますね」

 

「まぁな! アカデミアのこともあるし、今はKCの大事な時期だからな!」

 

 それは気合タップリの様相のモクバ――かつてのボーダー柄のTシャツのようなラフな格好ではなく、白いスーツを着込んだ姿は子供ながらに社会人としての風格を漂わせる。

 

「もうじき兄サマも本校から離れることになるから、鮫島に引継ぐ準備をさせなきゃならないし、分校にも人を集めないとな! やることは盛り沢山だぜい!」

 

 そして今のKCは新たな事業に手を伸ばした矢先だ。海馬も精力的にアカデミアに関わり「デュエルエリートの育成」こと最強の好敵手の誕生に力を注ぎ、今のところ学園の雰囲気も良い。

 

 それゆえ、次のステップである学園の拡大も既に始まっていた。

 

「もう分校の設立も済ませておられたとは――流石はモクバ様、仕事が早い」

 

「そうなんだぜい! ノース・サウス・ウエスト・イースト校の新たに生まれた4つの分校――そして本校が互いに競い合うことで、より高みを目指して貰うんだ!!」

 

 やがて神崎のおべっかに気を良くするモクバは鼻高々に見据えるべき先を語るが――

 

「I2社が主導しているアメリカ校には負けてられないぜい!」

 

「アークティック校は、いつ頃に新設なさるのですか?」

 

アークティック(北(極圏))校? 何言ってんだ、神崎? 北だけ二つにする意味ないだろ?」

 

 だが何気ない神崎の一言に、モクバはピタリと止めて首をかしげて見せる。

 

 アカデミアの新たな分校を、東西南北「北」とする意味はない。大都市付近をターゲットにするとしても、北()()を二つにするには理由が弱いだろう。

 

 そんなモクバの主張に神崎は乾いた声を漏らした。

 

「……ははは、そうでしたね。どうやら未だに頭が寝ぼけているようです」

 

「おいおい、気を付けてくれよな! 身体は資本だぜい!!」

 

――ヨハン・アンデルセンの通う高校がッ!?

 

 会社に到着後、早々に原作ブレイクが神崎を襲う。

 

 GXに登場するデュエリストの一人の母校の設立の未来が、木端微塵に粉砕した。これに関しても神崎が悪い――という訳でもない。

 

 原作でも初登場時はノース校の出身だったヨハンだが、初期設定と矛盾した為、急遽「アークティック校」の出身に変更されたのだ。ライブ感の犠牲者である。

 

 とはいえ、神崎が予め進言しておけば良かっただけの話でもあるが。

 

「あっ、もうこんな時間だぜい!? じゃぁな、神崎! セラたちも頑張ってるから、安心してくれよー!」

 

 やがて、時計をチラと見たモクバが慌てて駆けていく背中を見送った神崎は、内心で頭を抱えながら自分の仕事に戻って行った。

 

 

 

 

 そうして内心で頭を抱えながらも、シンディアの件を極秘裏に社長に通しておき、「精々機嫌を取っておくことだ」なんて海馬のありがたいお言葉を受けつつ、オカルト課に戻った神崎は相も変わらず仕事に没頭していく。

 

 

 遊戯王DMの次のシリーズである遊戯王GXに登場する面々の個人情報、状態、年齢などから将来起こる事件・事故・悲劇・不幸の発生タイミングを予測し、周辺の被害を想定。

 

 そして先んじて潰せるもの、潰せないゆえに発生後にすぐさま介入するものを区分けしていく。

 

 彼は人のプライバシーを何だと思っているのだろう?

 

 

 そんな具合に朝っぱらからアレコレ手配するべく奔走する神崎へ、声がかかれば――

 

「うっす、おはようございます」

 

「これは牛尾くん、丁度良かった――これを」

 

「……左遷っすか?」

 

 出勤したばかりの牛尾に、神崎は書類の束の一つを手渡した。

 

 その最初の文言から、遊戯に精霊の鍵を一時的に貸した己への罰を予想した牛尾だが、神崎は貼り付けた笑顔で否定する。

 

「元々計画していたことですよ。武藤くんも卒業したのなら、童実野高校に頻繁に顔を出す必要もないでしょう?」

 

「はぁ……なんもかもお見通しって訳ですかい――てか、新しい部署? 『セキュリティ』? なんすか、これ? ポリ公(警察)の真似事っすか?」

 

「権力と仲良くなっておこうかと思いまして」

 

 そうして語られる人の心を誘導するようなやり方に辟易する牛尾だが、パラパラとめくって書類の束の凡その内容の意図するところを知り、大きく溜息を吐く。

 

「まーた、悪巧みですかい……いい加減、海馬のヤツにどやされますよ」

 

「万が一の時は乃亜に引き継いでKCを去りますので、お気になさらずに」

 

「無敵かよ」

 

 しかし、己の進退など毛ほども興味のない神崎の在り方に、思わず牛尾から辛うじて残っていた敬語すら吹き飛んだ。

 

 

 

 

 やがてガリガリと困ったように頭をかく牛尾の背を、新たに出勤したヴァロンがバシンと叩きながら挨拶しつつ、神崎へと向き直る。

 

「よう、牛尾! それとボスも! 早いな! んで、ボスは前、渡したの読んでくれたか!」

 

「ええ、異動のことならヴァロンくんの要望が叶うと思いますよ」

 

 

 こうして、時に原作ブレイクを意図的に「オラァ!!」しつつ、神崎の日常は続いていく。

 

 

 

 

 そうして続いたお昼時、人間でなくなったことを怪しまれない為におにぎり片手に「食事している姿」を社員食堂でアピールしていたところ、あまり近づく人間のいない神崎がいたテーブルの向かい側に、来客が腰を落とした。

 

「神崎ハン、ちょっとエエですか?」

 

「これは竜崎くん、なにやら大事なお話のようですね」

 

 その来客の正体である竜崎が、神崎の許可を確認しつつも先んじて座った様子に「余程切羽詰まっているのだろう」と食後の茶を飲みつつ笑顔で応対する神崎。

 

「いや、そないに大したことやないんやけど――ワイ、新しいデュエル流派作ろう思たんです」

 

「デュエル流派……ですか」

 

――竜崎くんがデュエル流派を!?

 

 だが、此処で不意打ちの原作ブレイク!!

 

 と言うよりは、原作で語られていなかった部分な為、正確には「ブレイク」ではないが。とはいえ、原作で進みそうにない道であることは事実である。

 

 

 そうして内のアタフタさを感じさせぬ平静の笑顔で先を促す神崎に、竜崎は自分でもよく分かっていないのか、慌てた様子で言葉を並べていく。

 

「いやいや、ホンマ、そないに大仰なもんやないんですって――ほら! 地元でなんかガキンチョ集まる遊び場みたいなとこありますやん? あんな感じの小っちゃいヤツなんですって」

 

「流派の在り方は、どういったものを考えていますか?」

 

「あー、それなんですけど――負けが込んで、なんやデュエルが嫌になったりしますやん? そん時、嫌になったまま長いことおんの寂しいでしょ?」

 

 そんな方々に逸れている感のある竜崎の説明を読み解くべく問われた神崎の問いかけに、竜崎は頭に手を当てながら、ワールドグランプリでの一件の時の思いの丈をぶつけた。

 

 そう、誰もが一度は感じる筈だ。

 

 ふとした時から「思う様に勝てなくなった」との挫折を。あんなに楽しかった筈のデュエルが楽しくなくなる瞬間を。

 

「ワイはこれでも全国2位やから遅めにぶち当たった壁やけど、大抵早い目に感じとるぅ思うんすよ。やから、なんや力になれたらエエな考えたんですけど……無理ですかね?」

 

 それが幼少時ともなれば、より乗り越えるハードルは高くなることは明白。

 

「つまり、デュエル流派そのものではなく、『デュエル道場』が欲しい訳ですか」

 

「それ! それなんですよ! でも道場作っても維持できんと意味ないでしょ? せやから、なんや『流派』いるやろなぁ――って」

 

 そうして定まった話に竜崎は勢いよく椅子から立ち上がるも、周囲の視線からおずおずと席に座り、肩を小さくさせた。

 

「流派の教え自体は常識的である限り、さしたる制限はありませんので、竜崎くんは『道場の維持』をどう成すかを考えるべきかと」

 

「えぇ~? そないなこと急に言われても……えーと、ガキンチョ集めるってことは、アレでしょ? オトン、オカンが『子供を預けてもエエ』思って貰えんと駄目ですし……なら、託児所?」

 

 やがて詳細を詰めることを促され、竜崎は頭を抱えながら方向性を定めていくが、いまいち自信はない答えしか出てこない。

 

「託児所……ですか」

 

「す、すんません、適当言うて! ワイの中でもあんま形になっとらんので――」

 

「面白いかもしれませんね」

 

「へ?」

 

 だが、神崎は竜崎の語るイメージを当人を余所に掴み始めていた。

 

 平たく言ってしまえば、竜崎が目指す先に一番近いのは学童保育――所謂、「放課後クラブ」または「児童クラブ」などと呼ばれるものだ。放課後、子供が立ち寄れる遊び場のような立ち位置。

 

「とはいえ、私は門外漢ですし…………ヴァロンくんに相談してみては? 彼も其方方面を目指していますから、知恵を貸してくれると思いますよ」

 

 ゆえに、自分よりも適した相談相手を神崎は紹介した。なにせ、ぶっちゃけた話、仕事優先の神崎に子育て周りの分野は向いていない。

 

――そういや、ワールドグランプリの時にそんなこと言っとった気が……

 

「うーん……よっしゃ! ほな、頼んでみます! 助かりましたわ!」

 

 やがて、僅かに悩む仕草を見せた竜崎だが、ヴァロンの人となりは承知しているゆえに神崎に礼を告げつつ、今は不確かな己の目標目指して駆けていった。

 

 

 

 

 

――なんとか、それらしい道を示せて良かった……殆ど丸投げですけど。

 

 笑顔の裏で、冷や汗を流す神崎を余所に。

 

 そう、デュエリストへの理解が微妙に食い違っている神崎に「デュエル流派」とか言われても答えようがないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 そんなお昼時も過ぎた頃、オカルト課の研究ブースの緊急事態を知らせるシグナルが神崎の元に届く。日夜様々な研究がなされているオカルト課だが、予期せぬ事態は常について回る。

 

 

 ゆえに、緊急事態に見舞われた地下の研究ブースの一つに急行した神崎の視界には――

 

「何事ですか!」

 

「これは神崎殿! デュエルエナジーが生物に与える影響を研究していたのですが、過剰摂取した場合、肉体の肥大化を及ぼすのです!! ですが、その肥大化の割合に筋肉が多かったため、全身がほぼ筋肉であるタコを素体として研究し――」

 

 超デカいタコの手足が生える灰色の球体と格闘している研究員たちが映った。圧倒的カオスがそこにはあった。

 

 ツバインシュタイン博士が何やら説明しているが、要領を得ない。

 

「問題となっている部分の提示を!!」

 

「後付けの外殻によって外界との影響を遮断しており、外部からの干渉を受け付けず、手が付けられません! 恐らく電波の類も遮断していると思われ、それにより緊急停止信号を受けぬ状態であるかと推察されますが、己に向かう周波数を変化させている説も――」

 

 ゆえに問題となる部分だけを抽出しようとした神崎だが、返ってきたツバインシュタイン博士も原因を完全に特定できていないのか、明瞭さには欠ける。

 

「手短に!!」

 

「――たこ焼きのような状態になっております!」

 

――た、たこ焼き!?

 

 その為、可能な限り簡潔に現状の説明を求めたが、逆に訳のわからない答えが飛んできた。そんな神崎の内心の驚愕の声を余所に、ツバインシュタイン博士の熱弁は続く。

 

「生地に覆われているゆえに、本体であるタコの部分にあらゆる干渉が届きません!!」

 

 平たく言えば、巨大なたこ焼き(っぽい)の化け物の「タコの部分」を倒せ――そういう話である。

 

「一度、自爆させたのですが、内部のエネルギーを体外に排出され――」

 

「破棄します。構いませんね」

 

「ですから! それが叶わないと今お話し――」

 

 そうして理解を放棄したような神崎の言葉に、ツバインシュタイン博士が何かを言うよりも早く――

 

 

 大きく仰け反った状態で上空に吹っ飛んだ巨大なタコが木端微塵に砕け散っていた。

 

 

 やがて高めの天井にぶつかったと同時にタコの切り身が落ちてくるが、研究員たちの視線はアッパーカットでも打ち上げたように右拳を天に向ける神崎の姿を捉えて離さない。

 

 

「ア、アレを……殴り……飛ばした……?」

 

「後処理を」

 

 そして、かなり遅れて現状を把握した新入りの研究員の呟きを余所に、ハンカチで手を拭いながら言葉短く返す神崎。

 

 その姿に、ツバインシュタイン博士を含めた研究員は慌ただしく後処理に動き出す。

 

 

 そう、潤沢な資金、喉から手が出る程の素体の提供、自由に研究させてくれる環境。そして――

 

 何が暴走しても、この人ならぶっ飛ばしてくれる――そんな信頼感が彼ら研究者たちを、このオカルト課に所属させるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 そんな騒動も何とか収まり、仕事に明け暮れ続けた結果――今や日も暮れ始めた夕方頃、そろそろ終業時刻が近づく中、神崎は「要望書」と書かれた書類の束と格闘していた。

 

――《モウヤンのカレー》に、《ブルー・ポーション》の追加注文に……はいはい、この辺りはいつも通りか……

 

 内心で神崎が読み上げるように書類の束の正体は「精霊界での物資調達」の要望書である。

 

 精霊界での不可思議なものを研究することで、医療技術などをもたらしてきたオカルト課にとって生命線とも言える部分だ。

 

 ゆえにツバインシュタイン博士たちの要望は可能な限り応えたいところだが――

 

――うぉ……《黒き覚醒のエルドリクシル》、《命の水》、《賢者の宝石》、《天使の生き血》、《クローン複製》技術の詳細って、大分暴走している人いる……『不可』っと。

 

 明らかにアウトな案件に手を伸ばす者もいる為、最終チェックは欠かせない。

 

 なにせ、精霊界側が本気になれば人間の世界など一瞬で消し飛ばされるのだから。

 

――《礫岩の霊長-コングレード》の外皮の一部は、鉱石系の研究なんだろうけど、霊使いのブロマイドって……こっちは『不可』と。

 

 やがて要望書のチェックを終えた神崎は書類の束を纏めて席を立ち、かつてレインが侵入の際に通っていた隠し扉を通り、精霊界との顔繋ぎをしてくれる相手の元へと歩を進めた。

 

――暴走気味な一人は、後でツバインシュタイン博士に報告しておかないと……最悪の場合はあまり考えたくないな。

 

 そうして移動の最中、「鳥カゴ」と称される保養地へと意識を向けつつ、ある一室に入った神崎は目当ての相手であるギース――

 

「ギース、《サクリファイス》に精霊界での資源搬入を頼みたいのですが、調子は問題ありませんか?」

 

 ではなく、そのギースの背後で浮かぶ巨大な翼の生えたどこか独楽に似た形の異形のモンスター《サクリファイス》の様子を問う神崎。

 

「はっ、至って平常通りです」

 

「それは良かった。では《サクリファイス》、ついて来てくれますか?」

 

「済まんな、《サクリファイス》。お前にばかり頼ってしまって――では、私は外で待ちますので」

 

 やがて、案ずるギースの声にグッと爪のような指を立てる《サクリファイス》を引き連れ、一室の奥にあった無駄に重い重厚な扉を人力で神崎が開けた後――

 

「此方が今回のリストと代金になります。代金が足りなければ、いつものようにリストの下から切り捨ててください」

 

 KCが所有する精霊界へのゲートの前に立った神崎は《サクリファイス》に必要なものを渡し、物資調達を願いでた。

 

 

 そう、オカルト課では、基本的にギースと共にいる精霊である《サクリファイス》が精霊界に赴き、仕入れをしている。

 

 精霊たちが人間の世界に表立って姿を現していないように、人間も精霊界に表立って目立つ真似はしない――それが神崎の方針。

 

 ペガサスに押し切られ約束したとはいえ、精霊界は気軽に来れる観光地ではないのだ。「精霊が住まう地」である以上、郷に入っては郷に従うのが道理。

 

 と、それらしい主張を並べてはいるが、先にも語ったように人間の兵器を鼻で嗤えるような神クラスの力を振るえる相手がいるゆえ「怒りを買わないように」との情けない理由で徹底しているだけだが。

 

 

 そんな神崎の思惑を余所に、《サクリファイス》は手ぶり身振りや、写真を取り出し、「任せてくれ」とばかりに訴える姿へ神崎は発される感情を読み取り、苦心した内心を隠しつつ相槌を打つ。

 

「《猿魔王ゼーマン》さんに助けて貰った――そうですか。友好の輪が広がって良かったですね。写真も撮った? 見せてくれるのですか? では失礼して」

 

 

――覇王軍五人衆!?

 

 だが、そんなコミュニケーションの最中、写真の中で《サクリファイス》と並ぶ精霊たちの姿に、神崎の内心は驚きに満ち溢れた。

 

 そう、原作ブレイクタイムである。

 

 覇王軍五人衆――闇落ちしたGX主人公こと覇王十代に付き従う《カオス・ソーサラー》、《スカル・ビショップ》、《ガーディアン・バオウ》、《熟練の黒魔術師》、《熟練の白魔導師》の5体の精霊たちである。

 

 

 GXの高い実力を持ったデュエリストたち相手に《究極完全体グレート・モス》を呼び出す《カオス・ソーサラー》に、オブライエンのライフを後1歩まで追い詰めた《スカル・ビショップ》など、実力者が多い。

 

 

 またまた原作ブレイクが神崎を襲う。とはいえ、これに関しては、覇王十代を生む切っ掛けとなる暗黒界たちの問題が解決された以上、予測できる範囲だが。

 

「か、彼らは――三騎士軍五人衆……ですか。どういった方々なので?」

 

 しかし、どちらかと言えば「悪党」に分類される彼らが、正義側の伝説の三騎士たちの元に身を寄せていたのは予想外であった。長いものに巻かれたのだろうか。

 

「成程、小隊長の方々でしたか。えっ? 出世コースから外れ気味な方たち? 精霊界でも、そういった気苦労は同じですね」

 

 やがて頑張って《サクリファイス》の言葉なき訴えを読み取った神崎は「成程」と頷いて見せる。

 

――まぁ、忠誠心皆無な精霊たちだったからな……

 

 そう、神崎の内心の声が示すように、五人衆の1人《ガーディアン・バオウ》は、覇王の力を失った十代に「今なら勝てる!」と強襲するくらいの忠誠心のなさである。

 

 言ってしまえば、覇王十代の強さに従っていただけの面々だ。他に「強い相手」がいれば、其方に流れることは自明の理であろう。

 

 

 

 

 そんなこんなで雑談もそこそこに、精霊界へと旅立って行った《サクリファイス》を見送った神崎はギースに一言告げた後、表のオフィスに戻って仕事に没頭していく。

 

 

 

 

 

 そうして無事終業時刻を迎えた頃、ホワイト職場ゆえに定時で社員たちが帰路や飲み会に赴く様子を眺めつつ、精霊界で活動中のゼーマンの元へ向かう算段を立てる中――

 

「神崎、少し良いかな?」

 

「どうかしましたか、乃亜? なにか問題でも?」

 

 乃亜に呼び止められた神崎は足を止めた。

 

 そして、よもや緊急事態でも起こったのかと内心のハラハラを隠しながら何食わぬ笑顔を向ける神崎に、乃亜は肩をすくめながら要件を語る。

 

「心配ご無用さ。ただの来客だよ――飛び切りのビッグネームだけどね」

 

「ビッグネーム?」

 

「武藤 遊戯――デュエルキング様のおなりだよ」

 

――!?

 

 だが何気なしに乃亜から告げられた名前に神崎の笑顔はピシリと固まった。

 

「今回は一体なんの用でしょうか……」

 

「さぁね? なにやら真剣な顔つきだったから、大事な話じゃないかな?」

 

「……そうですか。直ぐに伺いますね」

 

 しかし、すぐさま悩まし気な声で表情の変化を誤魔化しつつ、乃亜に一声かけて来客の元へ向かう神崎。

 

 

 

 とはいえ、当人の心境は行動程に平然とは出来ていない。

 

 遊戯がどれだけ神崎へ優しい心を向けようとも、神崎はそれを盲信することはない。打算に溺れ、信じる心を忘れてしまった神崎に誰かを心の底から信じることは叶わないのだ。

 

 

 

 ゆえに、武藤 遊戯が訪ねてくる度に彼の心は恐怖で揺さぶられる。

 

 

 まさか、己が一線を踏み越えた情報を入手したのではないか、と。

 

 

 まさか、己が冥界の王と一体化したことがバレたのではないか、と。

 

 

 まさか、原作知識がどこからか漏洩し、世界に絶望したついでに原因である己を処理しに来たのではないか、と。

 

 

 

 そんな彼の気持ちを言葉にするのなら、恐怖を誤魔化す為に少しばかりふざけた言葉にして評するべきだろう。

 

 

 そう――

 

 

 

 マインドクラッシュは勘弁な!

 

 

 

 なんて、具合に。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせしてしまい申し訳ありません、武藤くん」

 

 今日も今日とて神崎は営業スマイルの裏でガクブル震える毎日を過ごすのだった。

 

 






これにてDSOD編、完結となります。

そして遊戯王DM編、遂に完結!!

長らく、お付き合い頂き、ありがとうございます!

此処まで書き切れたのは読者の皆様方のお声があってのこと!

重ねて感謝の言葉を送らせて頂きます! 本当にありがとうございました!













(IF話の後の)GX編も、よろしくして頂ければ幸いです<(_ _)>



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IF編 第?章 せめて幸せな夢を
第216話 IF話 ぶつかり合う魂




予告していた本編とは無関係なIF話になります。


アンケート結果を加味しつつ、頂いたリクエストの中から――

「バトルシティ編でのシチュエーションの変化」、

「原作陣 VS アクター」、

「神崎orアクターが全力全開で柵なくデュエルでぶつかり合う」、

「光落ちして欲しい」、

などの、アンケートの条件に合致したものを纏めるだけ、纏めてみました。


デュエルに関しては「遊戯VSアテム」の時のようにドロー描写などを省かせて頂いております。
(にも拘らず、この文章量ェ……)

舞台はバトルシティ編でのIF話となっております。


さぁ、受け取って貰おうか――このとっておきのファンサービスを!!





 

 

 時はバトルシティ――予選を終えたものが集うバトルシップにて、アクターは試合前にマリクを仕留める算段で動いていたが、マリクが遊戯たちと常に行動を共にしていた為、断念。

 

 ゆえに一瞬でも離れた隙を狙っていたのだが、まさかの第一試合に組み分けされた為、参加者とデュエルすることとなった。だが――

 

 

「俺はターンエンドだ」

 

 

城之内LP:1700

《時の魔術師》

《デンジャラスマシン TYPE-6》 《ラッキーパンチ》 《宮廷のしきたり》

VS

アクターLP:4000

《墓守の大神官》 《墓守の異能者》

《ネクロバレーの祭殿》 《魔法族の聖域》 伏せ×2

フィールド魔法《王家の眠る谷-ネクロバレー》

 

 

 いつもより目がどんよりした城之内がターンを終える中、互いの盤面差に堪らず本田は悔し気な声を漏らす。

 

「くそっ、《時の魔術師》のコンボでも駄目なのかよ!! 永続魔法《魔法族の聖域》を躱すには、魔法使い族がいるってのに、城之内のデッキには多分もういねぇぞ!?」

 

 永続魔法《魔法族の聖域》の効果で魔法使い族以外は「効果の発動」及び「攻撃」が1ターン遅れる関係上、戦士族・ドラゴン族の多い城之内は思うようなデュエルが出来ていなかった。

 

 《時の魔術師》の破壊効果も、相手の破壊耐性に阻まれ通らない。

 

 そんな本田へ孔雀舞は沈痛な表情で語る。

 

「いいえ、それより永続魔法《ネクロバレーの祭壇》のせいで『墓守モンスター』以外、特殊召喚できないのが痛いわ――今の城之内には逆転をかけたエースモンスターすら呼び出せない……!」

 

 そう、今回のアクターのデッキは徹底したロックデッキ。城之内のデッキのエース格以外の打点が不安定な点を突いたものだ。さらに――

 

「そうだ! 墓地に《ギャラクシー・サイクロン》が落ちてたよな! あれがありゃぁ――」

 

「駄目だぜ、本田くん――フィールド魔法《王家の眠る谷-ネクロバレー》がある限り、墓地のカードを活用することは出来ないんだ」

 

 本田の妙案も闇遊戯によって否定された。手札消費が荒いゆえに除去などの展開以外を墓地のカードに頼りがちな城之内の隙も徹底して突かれている。

 

 

 そんな四面楚歌な現実に、闇遊戯たちと共に立つ最近知り合った褐色肌の青年「ナム」は精一杯の声援を送った。

 

「頑張れー、城之内くーん!」

 

――所詮、あの男程度の実力では、アクターを倒すことなど出来る筈もなかったか。だが……

 

 しかし、そのナムの内心は何やら腹に抱えている様相を見せている。

 

 

「メインフェイズ1を終了し――」

 

「待って貰おうか」

 

 やがてデュエルのフィニッシュブローが贈られんとする中、観客席にて現れたスキンヘッドをローブで隠し、顔の半分に不可思議な文字を彫り込んだ乱入者の声が響いた。

 

「アイツは――マリク!!」

 

 その乱入者に御伽が「友人の仇だ」と睨むが、残念ながらリシドだ。「マリクの振りとしている」との注釈は付くが。

 

「よく聞け、アクターよ。既にその男は我が千年ロッドの力を受けた――この意味が分からぬお前ではあるまい」

 

「急に何言ってんだ、アイツ……?」

 

 そうして告げられるマリクの振りをしたリシド――もう面倒臭いので「リシド」と記すが――の言葉に、本田が首をかしげるが――

 

「待ちな! デュエルを妨害するような真似は、この俺様が許さねぇぜい!」

 

「なに、世間話をしに来ただけだ。あの男はこのデュエルに並々ならぬ決意を以て挑んでいる。それこそ――」

 

 モクバの警告を前に、リシドが堪えた様子はなく、スラスラと己が要件だけを手早く並べていく。

 

 

「――敗北すれば、失意のあまり身投げしかねない程の覚悟を、な」

 

「なっ!?」

 

 最後に聞き逃せぬ言葉を乗せて。

 

 

――フッ、それでいい。リシドよ。

 

 驚きの声を漏らす闇遊戯を見つつ、心中で満足気に嗤うナム。そう、ナムこそが本当の「マリク」であり、今の城之内を千年ロッドの力によって操っているのだ。

 

――裏世界最強だが何だか知らないが、イレギュラーは少ない方が良い。城之内程度の駒でヤツを狩れるのなら、戦果としては十分だ。

 

 そしてマリクたちを狙う邪魔者であるアクターを排除するべく、城之内の命をあげつらう。

 

 このデュエルでアクターが勝てば、城之内は飛行船より飛び降り、海の藻屑と化すだろう。

 

 

 

――まさか、マリクは……!

 

「待て、アクター! ヤツの千年ロッドには人を操る力がある!」

 

 そんな裏側を察した闇遊戯はアクターに向けて叫ぶが、アクターは闇遊戯たちの方すら見ない。

 

「テメェ! マリク! 城之内を解放しやがれ!!」

 

 やがて遅れて事態を把握した本田がリシドへ非難の声を上げるが、此方も聞く耳は持たず。

 

 

「バトルフェイズへ」

 

 そして無慈悲な宣告が響いた。

 

 

 

 一切のためらいも見えぬ声にナムは内心で焦りつつも――

 

――コイツ、正気か!? なら!!

 

「待ってくれ、アクター! 城之内くんを殺さないでくれ!!」

 

「ナムの言う通りよ! デュエルで人が死ぬなんて馬鹿げてるわ!!」

 

 アクターの罪悪感を煽るような発言を飛ばし、それに何も知らない杏子も続いた。

 

 そんな光景にリシドは「己が言えた義理ではないが」と奥歯を噛む。「サレンダーしろ」という選択を強いている訳だが、こうも躊躇なく殺しにいくとは彼も予想外だった。

 

――何故だ、アクター。お前が表の人間を殺すような真似を……何故。

 

「アクターよ、脅しだと思っているのなら浅はかであると言わざ――」

 

「《墓守の大神官》で《時の魔術師》を――」

 

「止めろ、アクター!! お前の実力ならデュエルを長引かせることもできる筈だ! その間に策を――」

 

 リシドと闇遊戯がそれぞれ制止の声を上げるが――

 

 

「――攻撃」

 

 

 無慈悲な決断は降され、《墓守の大神官》の杖から放たれたジャッカルの影が《時の魔術師》を呑み込み――

 

 

「――止めろぉおおおぉおお!!」

 

城之内を穿った。

 

城之内LP:1700 → 0

 

 そしてライフが尽きたと同時に、城之内は常軌を逸した迷いのなさで飛行船より身を投げる。

 

 咄嗟に闇遊戯や本田たちが手を取らんと駆け寄るが、間に合う訳もなく、城之内が消えた夜空に広がる雲海を眺めることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

「そんな、お兄ちゃんが……!」

 

「見ちゃ駄目よ、静香ちゃん!」

 

 兄の投身自殺を眼の前で見ることになった静香の顔を己の方に抱きとめて逸らす孔雀舞だが、残酷な結末は変わらない。

 

 

「城之内くん!! 城之内くん!!」

 

「それがお前の選択か」

 

 雲海に向けて友の名を叫ぶ闇遊戯を余所にリシドは瞳を閉じて、マリク役に徹していた。今まで多くの命を奪ってきた身――今更、止まれる筈もない。

 

 

「うぅ……うわぁぁあああぁあああッ!! 俺の、俺のせいだ!! 俺の三千年前の因縁が!! 城之内くんを!!」

 

 膝をついて涙を流す闇遊戯の慟哭が響くが、誰も闇遊戯にかける言葉が見つからない。

 

「そんな、城之内さんが……!」

 

――ククク、予定とは違ったものの名もなきファラオを苦しめる材料には丁度いい。

 

 精々、ナムが内心でほくそ笑みながら嘆いて見せるばかりだ。

 

 

「そうだ! 下は海だろ!? なら城之内のヤツも――」

 

「無理だぜい。この高さじゃ、コンクリに落ちるのと変わりゃしない……」

 

 本田が藁にも縋る思いで可能性を問うが、それはモクバによって断ち切られる中、杏子が堪らず叫んだ。

 

「そんな、嘘よ!! だって……! だって……さっきまで私たちと普通に話してたのよ! それが、どうして……!」

 

 先程まで、バトルシティで目標に向けて切磋琢磨していた城之内が、今はいない。

 

 第三者の悪意によって、その命は驚く程に呆気なく消え去った。

 

 

 その現実に堪え切れぬように涙ながらに嗚咽を漏らし始める杏子を余所に本田が怒声を上げる。

 

「アクター!! テメェ!! なんで、あの時攻撃しちまったんだ!!」

 

 八つ当たりだ。本田とて理解している。

 

 しかし考えてしまうのだ。あの時攻撃しなければ、ひょっとすれば城之内が助かる道があったのではないかと。

 

 アクターがワザと負ければ、城之内は十分に生きられたじゃないか、と。

 

 だが、そんな感情の乗った本田の視線の先には――

 

「……いねぇ? アイツ、どこ行きやがった!! 牛尾! 見てねぇか!!」

 

 いる筈の相手がおらず、「罪悪感ゆえに逃げたのか」と視界に入った牛尾に行き先を問うが――

 

「上だ」

 

「上? こんな時になに訳の分からねぇこと言ってんだ! それに牛尾! お前もなんだよ! 城之内が死んじまったんだぞ! なのに、なに平然としてやがんだ!!」

 

 牛尾が動じることなく訳の分からないことを言う次第に、本田も思わず牛尾の胸倉を掴んで叫ぶ。

 

 過去とのケジメを付け、互いに友だと思っていたゆえに、本田にはこの無反応さが許せなかった。

 

 

 だが、此処でカシャンと金属が引っ掛かるような音と共に、デュエル場に影が落ちる。

 

 その影に吸い寄せられるように、この場の一同が空を見上げれば――

 

「――城之内くん!!」

 

「お兄ちゃん!!」

 

 ワイヤー片手に城之内を担ぎながら空を舞うアクターの姿が、彼らの視界に映った。

 

 

 そして音もなく降り立ったアクターが、グッタリした城之内を闇遊戯たちに託し――

 

「怪我はない。洗脳の有無が不明の為、眠らせた――後は其方で対応しろ」

 

「磯野!!」

 

「ハッ!!」

 

 そうして闇遊戯たちが感動の再会をする中、アクターの機械的な対応にモクバと磯野が応対。ストレッチャーに拘束された城之内が運び出されていき、静香や孔雀舞たちが同行。

 

 やがてアクターは周囲の視線など気にした様子もなく、壁に背を預けて沈黙を守る。

 

「飛び降りて戻ってくるたぁ……随分と派手なことしたねぇ、お前さんも」

 

――無視かよ。

 

 それは牛尾の軽口に対しても、無反応を貫き、

 

「飛び降り……た? 城之内を助ける為に?」

 

 その牛尾の発言から、アクターの行動の真意を理解した本田が、謝罪を告げようとするも――

 

「お、おい、アンタ! さっきはすまねぇ!! 何も知らねぇで、アンタにヒデェこと言っちま――」

 

「海馬 モクバ――大会の進行を」

 

――こっちも無視かよ。相変わらずだねぇ……

 

 それを無視してモクバへ大会進行を急かすアクター。徹底して他者との関わりを排するスタンスが見て取れる。

 

「お、おう、アルティメット・ビンゴ・マシーン! GO!!」

 

 やがてアルティメット・ビンゴ・マシーンによって第二回戦の組み合わせが発表されるが――

 

 

 

「第二試合は、ナムVSマリク!」

 

 

 

――あっ

 

――えっ?

 

――マリク様、私は一体どうすれば……

 

 アクター、マリク、リシドの三名がピタリと固まった。

 

 事情を知る人間からすれば、頭を抱える他ない組み合わせである。確率が低いゆえにマリクたちも除外していた最悪の事態がグールズ一味に襲い掛かる――これが因果応報というべき代物か。

 

「ナム! 棄権しろ! アイツはヤベェ! デュエルしちゃダメだ!!」

 

 やがて無反応なアクターにもう一度頭を下げた後、本田はナムへと駆け寄り、肩を掴んで説得を始める。

 

 本田たちはナムと知り合ったばかりだが、友が死地に向かう様をどうして放って置けようか。

 

 しかし、ナムは「城之内くんの分も、僕が闘うよ!」とデュエルへ望み、数ターンが経過。その結果――

 

 

 

ナムLP:300

《豪雨の結界像》

《補給部隊》×2 《神の恵み》 《ディフェンド・スライム》

VS

マリク(リシド)LP:4000

《聖獣セルケト》 《アポピスの化身》 《カース・オブ・スタチュー》 《苦文様の土蔵》

《ディメンション・ガーディアン》 《王家の神殿》 《宮廷のしきたり》 伏せ×2

 

 

 ナムがフルボッコにされていた。流石はグールズの首領マリク(リシド)――その辺のデュエリスト(ということになっている)であろうナムなど敵ではない。

 

 これこそがグールズを取りまとめる首領としての実力。

 

「やっぱり無茶だったのよ! お願い、ナムくん! これ以上、無理しないで!!」

 

「そうだぜ、ナム! もう十分だ! お前の城之内の仇討にかけた想いは伝わってるからよ! サレンダーしろ! 城之内だって、ダチが死んじまうような結果は望んでねぇ!!」

 

 杏子と本田が「これ以上、友人が傷ついて欲しくない」とナムを説得するも、ナムは頑なにデュエルの続行を決断。

 

 そして、この場の誰もが、「これがマリク(リシド)の実力……! ナムの腕じゃ……」と思っている中、通信機越しのリシドの声が、ナムの通信機へ届く。

 

『マリク様、今からでも私が手を抜きますので――』

 

『余計なことはするな、リシド!! こうなっては仕方がない。僕がグールズの首領である証明を立てる!!』

 

『まさか、神のカードを!?』

 

 そこでは、ナムが「今こそ己の正体を明かす」とリシドに告げていた。

 

 大会を勝ち進み闇遊戯への復讐(逆恨み)を果たす為には、どのみちマリクが勝ち上がらなければならない以上、もはや「マリクの振りをしたリシド」を続けることは叶わないのだ。

 

 

 断じて、周囲が見る双方のデュエルの実力が「リシド > マリク」の図式だったことに苛立ったからではない。墓守の誇りに誓って違うのだ。嘘じゃない。

 

 

「このスタンバイフェイズに2体の《リバイバルスライム》は復活する! 再生しろ、《リバイバルスライム》!!」

 

 やがて、マリクの覚悟に応えるようにフィールドに飛び散っていた水滴が集まっていき、ムンクの叫びのような表情を浮かべるスライムとなって、流体状の身体が浮かぶ。

 

《リバイバルスライム》×2  守備表示

星4 水属性 水族

攻1500 守 500

 

「そして、この2体と《豪雨の結界像》を贄に降臨せよ、『ラーの翼神竜』!! ラーのステータスは贄に捧げたモンスターのそれぞれ数値の合計となる!!」

 

 そうして魚などの水産生物たちを纏めた氷像《豪雨の結界像》と《リバイバルスライム》が炎に呑まれた先から、黄金に輝き太陽の如き球体が現れる。

 

 やがて音を立て展開した黄金の太陽はグリフォンの如き姿を持つ神――三幻神の最高位たる威光をその身の輝きを以て示した。

 

『ラーの翼神竜』 攻撃表示

星10 神属性 幻神獣族

攻 ? 守 ?

攻4000 守2000

 

 

 そんな三幻神の一柱『ラーの翼神竜』の出現にオーディエンスはざわめき立つ。

 

「なんで、ナムの奴が神のカードを……!?」

 

「まさか、貴様――」

 

 呆然と呟く本田を余所に、闇遊戯が瞬時にその意味を理解した様子を見たマリクは満足気に叫んだ。

 

「そうだ、名もなきファラオよ! 僕こそがグールズの首領! 最高位の三幻神を従える者!」

 

「お前が……お前が城之内くんや、パンドラをあんな目に……!!」

 

 そして闇遊戯の怒りが籠った視線に晒される中――

 

「なら、あのマリクは偽物なのかよ?」

 

「つまり、試合の組み合わせでグールズ同士がぶつかっちまった訳だな。しかし、いってぇ何でこんなことを……」

 

 本田と牛尾が、リシドが「マリクの振り」をしていた謎に頭を悩ませる。

 

「…………なんて言うか、運のない人たちね……」

 

「黙れ!!」

 

 しかし、その思案は、杏子の呟きに怒り心頭な反応を見せたマリクの声によって遮られた。

 

「……ここで魔法カード《融合派兵》を発動! エクストラデッキの《轟きの大海蛇》を公開することで、そこに記されたモンスター1体をデッキから特殊召喚! 来い、《ひょうすべ》! そして速攻魔法《地獄の暴走召喚》を発動し、合計3体展開!」

 

 そして赤黒い色をした巨大なウミヘビの影がナムの背後にチラと見えた後、地面から水飛沫と共に、三つの影が現れる。

 

 それは速攻魔法《地獄の暴走召喚》も加味され、呼び出された緑の甲羅に青い体表を持つ河童が、3体同時にロン毛の金髪をファサッとしながらキメ顔を見せた。

 

《ひょうすべ》×3 攻撃表示

星4 水属性 水族

攻1500 守 900

 

「まだだ! 魔法カード《サルベージ》を発動! 攻撃力1500以下の水属性2体――《ヒューマノイド・スライム》と《沼地の魔獣王》を回収! そして魔法カード《融合》発動し、この2体を素材に融合!!」

 

 さらに吊り上げられた2枚のカード――歪な人型のスライムと、緑のヘドロの化け物が空の渦に呑まれれば――

 

「融合召喚!! 《ヒューマノイド・ドレイク》!!」

 

 全身がスライムの流動的な身体で構成された、歪なドラゴンが、声もなく空にて不気味に佇む。

 

《ヒューマノイド・ドレイク》 攻撃表示

星7 水属性 水族

攻2200 守2000

 

「今こそ見るがいい! ラーの力を! 自身以外の自分フィールドのモンスターを全て贄に捧げ、その攻守の数値分、パワーアップ!!」

 

 だが、此処でマリクのフィールドの全てモンスターたちは全て炎に包まれ、『ラーの翼神竜』に吸い込まれて行き、黄金の太陽神の身体に溢れんばかりの威容が宿った。

 

 

『ラーの翼神竜』

攻4500 守2400

攻1万700 守7600

 

「バトル! 神に一切の小細工は無意味だ! 行け、『ラーの翼神竜』! ゴッド・ブレイズ・キャノン!!」

 

 やがて流れるように『ラーの翼神竜』から放たれた球体状の炎がリシドのモンスターを穿ち、その炎を術者へと届けんと猛り狂う。

 

「ぐぅぁぁぁああぁあああッ!!」

 

――馬鹿な!? 衝撃が実体化して……!? 拙い、今、私が倒れれば……マリク様に潜む、あの人格が………………

 

 だが、その神の一撃はリシドの予想に反し、実際のダメージとなって襲い掛かり、その精神ごと焼き尽くす勢いで燃え盛った。

 

 

リシドLP:4000 → 0

 

 

 そうして倒れたリシドを余所に、「良い演技だ」とマリクは己が力を誇り、余裕を見せてみせる。

 

「どうだ、名もなきファラオよ! この絶対なる神の力を! 三幻神の最高位たる威光をぉぐぁおぉうぐぉぁああああ!!」

 

 のだが、速攻でその余裕は崩れた。

 

「今度はなんだ!?」

 

「ナムくんが――じゃなくてマリクが苦しみ始めたわ!?」

 

「一体なにが起こってやがるんだ……!?」

 

 闇遊戯、杏子、本田が突如として苦しみだしたマリクの姿に、戸惑いを見せる中――

 

「フッフッフ……やっと出てこられた。まさかこんな形になるとはな……我が宿主ながら何て間抜けを晒してやがる」

 

 髪が逆立ち血管を浮かばせた顔となったマリクこと、闇マリクが現れた。

 

「貴様は!?」

 

「俺はこいつから生まれたもう一人の人格ってヤツさ――主人格サマの怨み辛みという闇を一心に受けてな。だが、俺はコイツと違って闇が大好きでねぇ」

 

 闇遊戯の疑問に答える闇マリクの言葉通り、この「闇マリク」はマリクの負の部分が詰まったもう一つの人格――いわゆる二重人格だ。

 

 リシドの顔の封印によって封じられていたが、巡り合わせの悪さから、そのリシドをマリクが瀕死に追い込んでしまった為、人格のパワーバランスが崩れ、闇マリクが現れたのである。

 

「まさか貴様がグールズを!!」

 

「いや、そいつは普通に主人格サマの所業さ。言っただろう? 『やっと出てこられた』ってなぁ、ククク……」

 

「なら、さっさとマリクを戻しな! 俺はアイツに友を傷つけられた借りがある!!」

 

 そうして問うた詳細に「グールズの所業はマリクが自発的に行った」と把握した闇遊戯は、「闇マリクに用はない」と叫ぶも――

 

「だったら、俺をデュエルで――『闇のデュエル』で倒して見せな! 出来ればの話だがなァ! アハハハハ!!」

 

「貴様……!」

 

 全く取り合おうとしない闇マリクの嘲笑に怒りを募らせる闇遊戯。

 

 

「待て、遊戯。どのみち大会が進めばデュエルする機会など幾らでもある――もっとも、貴様が勝ち残ればの話だがな。貴様は神の力を見せ過ぎた」

 

「ククク、『見せ過ぎた』だァ? お前たちは知らないようだな、主人格サマすら知らない『ラーの翼神竜』の真の力を!! 今からでも城之内の後を追わせてやっても良いんだぜぇ? アハハハ!」

 

 だが、その闇遊戯の怒りは海馬によって制されるも、闇マリクは嘲笑に嘲笑を重ねるばかり。

 

 

 そうして、闇マリクの出現というイレギュラーがあるも、リシドのガードにアクターが立った為、闇マリクも動きを見せぬまま、後の大会進行がつつがなく行われていく。

 

 

 やがて遊戯VS夜行と海馬VSリッチーが終了し、勝ち抜いた遊戯と海馬を合わせた面々は、日を跨ぎ、新たな舞台はBIG5の《機械軍曹》の人こと大田の愛する工場島――アルカトラズに移った。

 

 

 そして、予選から選りすぐられたその4名のデュエリストの行く末を決めるトーナメントがなされる。

 

 だが、その組み分けを決めるのはクジではなく、デュエルだ。

 

 

 そう、バトルロイヤルルールにて、4名のデュエリスト全員でしのぎを削り合い、負けた者からトーナメントの席が埋まっていくシステム。

 

 

 この場は相手の手の内を探る場でもある――まさに前哨戦に相応しい舞台だった。

 

 

 そして色々あってデュエルが始まり、闇マリク → アクター → 海馬 → 遊戯の順で皆が最初の1ターンを終えた頃――

 

闇マリクLP:4000

(ゴッド)スライム》

《暗黒の扉》 伏せ×2

VS

アクターLP:4000

伏せ×3

VS

海馬LP:4000

青眼の究極竜(ブルーアイズ・アルティメットドラゴン)

伏せ×2

VS

遊戯LP:4000

《ブラック・マジシャン》 《ブラック・マジシャン・ガール》

伏せ×2

 

 こんな具合で、それぞれのエース格モンスターを呼び出した(1人呼び出していないが)ところで、遊戯のエンド宣言が成され、闇マリクが己の手札の1枚をニタニタ眺めながら、最初の獲物を物色するようにデッキに手をかけた。

 

「なら、オレのタ――」

 

「そのエンド時に速攻魔法《破壊剣士融合》を発動。《バスター・ブレイダー》を素材とする融合モンスター1体を融合召喚――その際、相手フィールドのモンスターを融合素材とすることが可能」

 

 すると、遊戯の《ブラック・マジシャン》を何処からともなく飛来した巨大な一振りの大剣が貫き、《ブラック・マジシャン》の身体はアクターの手札へ引きずり込まれて行く。

 

「手札の《バスター・ブレイダー》と武藤 遊戯のフィールドの《ブラック・マジシャン》を融合し、《超魔導剣士ブラック・パラディン》を融合召喚。相手フィールド・墓地のドラゴン族1体につき500攻撃力が上昇」

 

 そうしてアクターのフィールドにて竜殺しの剣士の鎧を組み込まれた黒き魔術師だった魔導剣士は、薙刀状に変質した杖をかつての主に向ける結果となった。

 

 

《超魔導戦士ブラック・パラディン》 攻撃表示

星 闇属性 魔法使い族

攻2900 守2400

攻4900

 

 

「ククク……遊戯ぃ、折角のエースモンスターがいなくなっちまったなぁ、フハハ! なら今度こそオレのターンだ! ドロー!!」

 

 因縁浅からぬ遊戯のエースたる《ブラック・マジシャン》が消えた事実に気分を良くしながら今度こそカードを引いた闇マリク。そして早速――

 

「オレは魔法カード《死者蘇生》を発動! 墓地より呼び出すのは当然、『ラーの翼神竜』!!」

 

 己が神を呼ぶべく、闇マリクの頭上に白きアンクが浮かび上がった。

 

 此度の相手は、デュエリストとして一線級の遊戯と海馬の2人に加え、表のマリクの記憶から「なんか強いらしい」と評判のアクター。

 

 神の遊び相手に相応しいとの判断。

 

 そうして吹き荒れる炎の中から、絶対的な畏怖と言う名のプレッシャーをばら撒きつつ金色の太陽神が現れんとする姿に、闇マリクは悠々と神の力を語る。

 

「そして『ラーの翼神竜』はオレのライフを糧とし、敵全てを焼き尽くし破壊! 更にライフを糧とし、その攻撃力を高める!」

 

「なんだと!?」

 

「まさにワンターンキル……」

 

「さぁ、神の最初の犠牲者は誰になるかなぁ? アハハハハ!!」

 

「チェーンして《超魔導戦士ブラック・パラディン》の効果。手札を1枚捨てることで、魔法カードの発動を無効にし、破壊する」

 

 だが、闇遊戯と海馬のリアクションに満足気な闇マリクを余所に神を呼び覚ます白きアンクは《超魔導戦士ブラック・パラディン》の杖から放たれた波動によって、輝きを失っていくと同時に、ひび割れ始めた。

 

「チッ、うっとうしい小細工を――だが、そいつで防げるのは魔法のみ!」

 

 そんな神の降臨を妨げる者――アクターへ闇マリクは小さく舌打ちするが、すぐさま頬が裂けんばかりに笑みを浮かべ、二の矢を放つ。

 

「チェーンして永続罠《リビングデッドの呼び声》を発動! 神は墓地より舞い戻る――来たれ、『ラーの翼神竜』!!」

 

 そう、闇マリクのデッキは神の高速召喚を突き詰めたデッキ。

 

 どんな状況でも、『ラーの翼神竜』の破壊効果を放ち、己がライフを神の攻撃力に変換してのワンショットキルを以て、獲物がもがく様を味わうのだ。

 

「チェーンして永続罠《王宮のお触れ》を発動。このカードが存在する限り、フィールドの全ての罠カードの効果は無効化される」

 

「ならば、チェーンして2枚目の永続罠《リビングデッドの呼び声》を発動! これで神は――」

 

「チェーンして手札の《D.D.クロウ》を墓地に送り、墓地のカード1枚を除外する――『ラーの翼神竜』を除外」

 

 墓地より、神は舞い戻――――――らない。

 

 《D.D.クロウ》の「カー」とカラス的な声が虚しく木霊する。

 

「ぁ、ぁりぇなぃ……」

 

 その事実に、闇マリクは表情を焦りの様相に歪めながら、喉から絞り出すように声を漏らした。

 

 そう、先程説明した通り、闇マリクのデッキは「神の高速召喚」を主戦術としている。

 

 つまり神を呼べなければ、『ラーの翼神竜』の為のライフ回復ギミックと、自身の嗜虐趣味を反映させた小粒のロックバーンが精々――それに加え、神の復活の為に手札を消費した身では、それらの手も怪しいところだろう。

 

 

「ふぅん、随分と無様を晒しているようだな」

 

――やはりヤツも神封じの策を用意していたか。

 

 そうして呆然自失の様子の闇マリクを海馬は鼻で嗤うが、その意識はアクターへと向けられていた。

 

 

 裏世界最強と言われたデュエリスト――アクター。

 

 だが、その本質は裏世界「限定」の最強なのだと。周到に策と準備を弄し、相手の全てを調べ上げた上で、確実に勝てる機会を用意してから戦いに挑む。

 

 それゆえの無敗。

 

 様々な柵のある表では発揮できぬ強さを持つ者――それが海馬の中のアクターというデュエリストの評価だった。微妙に違うけどな。

 

 

 しかし、その辺りの事情に疎い闇遊戯からすれば、純粋な技量だけがその眼に映る。

 

――アクター……噂では対戦相手に合わせたデッキを扱うデュエリストのことだったが、神のカード相手に、こうも……

 

 

 

 

 

 

――融合素材を二人が揃えてくれて助かった……それにしても、手札を使い過ぎたな……まぁ、闇マリクさえ倒せれば良いか。

 

 とはいえ、当のアクターは、遊戯が《ブラック・マジシャン》を呼び出していなければ、今頃は神の炎に焼かれてイワークしていたことだろう事実に内心でガクブルと震えるが、外面は相変わらずの威圧感タップリな雰囲気である。

 

 

 そんな三者三様の心模様を余所に、闇マリクはやはりと言うべきか荒ぶっていた。

 

――何故だ……何故こうも俺の戦術をピンポイントで対策できる! 主人格サマはおろか、姉上サマすら知らないラーの効果なんだぞ!!

 

 何をどう考えても、初見殺し――なのにタネは全て割れている。原作知識のなんとエゲツのないことか。

 

 マリクが鮮やかな自爆を決めたお陰で折角、表に出て来られたと言うのに周囲には「ヤベェのしかいねぇ」のまさに四面楚歌。

 

 頼みの綱の『ラーの翼神竜』への信頼もつい先ほどぶっ壊れた。

 

「ふぅん、どうした――貴様のターンだぞ。最高神の力とやらを見せるんじゃなかったのか?」

 

「ハッ、ほざいてな! 《(ゴッド)スライム》を守備表示に変更し、ターンエンド!」

 

 やがて海馬の軽口を鼻で嗤い返したマリクは、自身のフィールドの《オベリスクの巨神兵》の形をした巨大なスライムへ指示を出し、己を守らせるように前に立たせた。

 

(ゴッド)スライム》 攻撃表示 → 守備表示

攻3000 → 守3000

 

――焦るな、オレのフィールドには戦闘で破壊されない不死の《(ゴッド)スライム》がいる。なんとかヤツのモンスターを破壊しなければ……

 

 そうして闇マリクは現状を把握し、己を鼓舞していく。自軍はそう悪い訳ではない。

 

 攻守3000の《(ゴッド)スライム》は戦闘では破壊されない、まさに鉄壁の守り。

 

 そしてバトルロイヤルである事実を鑑みれば、アクターの魔法封じは他のプレイヤーにとっても厄介だ――つまり、闇マリクよりも先に遊戯や海馬が処理する公算が高い。

 

――ククク、この屈辱は倍にして返してやらないとなぁ……神の最初の贄はヤツだ!!

 

 やがて、次ターンこそ神を降臨させると息巻く闇マリクを余所に――

 

闇マリクLP:4000

(ゴッド)スライム》

《暗黒の扉》 永続罠《リビングデッドの呼び声》×2

VS

アクターLP:4000

《超魔導戦士ブラック・パラディン》

《王宮のお触れ》 伏せ×1

VS

海馬LP:4000

青眼の究極竜(ブルーアイズ・アルティメットドラゴン)

伏せ×2

VS

遊戯LP:4000

《ブラック・マジシャン・ガール》

伏せ×2

 

「私のターン、ドロー」

 

 カードを引いたアクターは、手札補充を済ませた後、海馬の《青眼の究極竜(ブルーアイズ・アルティメットドラゴン)》を指さし、カードを発動させる。

 

「速攻魔法《破壊剣士融合》を発動。手札の《バスター・ブレイダー》と海馬 瀬人の《青眼の究極竜(ブルーアイズ・アルティメットドラゴン)》を融合し、《竜破壊の剣士バスター・ブレイダー》を融合召喚。このカードの攻・守は相手フィールド・墓地のドラゴン族1体につき1000上昇」

 

 すると《青眼の究極竜(ブルーアイズ・アルティメットドラゴン)》の身体が光となって《バスター・ブレイダー》を包み込んでいき、その全身の黒き鎧が、《青眼の白龍》の白を多分に含んだものと化す。

 

 更にはその愛刀も白き甲殻で補強された姿に、満足気に肩に担いだ。

 

《竜破壊の剣士バスター・ブレイダー》 攻撃表示

星8 光属性 戦士族

攻2800 守2500

攻6800 守6500

 

「貴様、俺のアルティメットを……!!」

 

 その己が魂のカードの力が、相手の元に取り込まれた事実に歯噛みする海馬を、闇マリクは内心で嗤う。

 

――ククク、争え争え、その隙にオレは再び神降臨の手筈を整えておくとするぜ。

 

「バトルフェイズへ移行。《竜破壊の剣士バスター・ブレイダー》で《(ゴッド)スライム》を攻撃」

 

 だが、そんなことを考えていたせいか《竜破壊の剣士バスター・ブレイダー》がアクターの声と共に闇マリクの元へと襲来し、大剣を振り上げた。

 

「無駄だ! 《(ゴッド)スライム》は不死のモンスター! バトルでは破壊されない!!」

 

「《竜破壊の剣士バスター・ブレイダー》は守備モンスターを攻撃した際、攻撃力が相手の守備力を上回っていた場合、貫通ダメージを与える」

 

「チッ、3800のダメージか……だが、永続魔法《暗黒の扉》により攻撃できるのは1体だけ――ヘハハ、この痛みは後でしっかりと返させて貰うぜ、ラーの不死鳥の舞がなぁ」

 

 そうして《(ゴッド)スライム》に振り下ろされる《竜破壊の剣士バスター・ブレイダー》の大剣を忌々し気に眺めていた闇マリク。

 

《竜破壊の剣士バスター・ブレイダー》

攻6800 守6500

攻1万800 守1万500

 

「――!?」

 

 だが、急に《竜破壊の剣士バスター・ブレイダー》の大剣が巨大化したことで、驚愕に目を見開く羽目になった。

 

「馬鹿な!? 一体なにが――」

 

「ふぅん、俺はヤツの攻撃宣言時に速攻魔法《手札断殺》を発動させて貰った。これで全てのプレイヤーは手札を2枚捨て、2枚ドローする」

 

 状況を把握できぬ闇マリクへ、海馬が発動した1枚のカードをかざし説明する。それは唯の手札交換カード。

 

 そう、全てのプレイヤーの手札の2枚が墓地に送られた。

 

「俺は2枚のドラゴン族カードを墓地に送った。この意味が分かるか?」

 

「ま、まさか、遊戯のヤツも!?」

 

「ああ、俺も手札のドラゴン族《砦を守る翼竜》と《カース・オブ・ドラゴン》を墓地に送らせて貰ったぜ」

 

 遊戯と海馬の手札から2枚のドラゴン族モンスターが墓地に送られた――この意味が理解できぬ程、闇マリクは耄碌してなどいない。

 

「つ、つまり墓地にドラゴン族が4枚増えたことで、4000のパワーアップが果た――」

 

 だが無情にも《竜破壊の剣士バスター・ブレイダー》の大剣は《(ゴッド)スライム》を切り裂き、巨大な衝撃波が闇マリクを打ち抜いた。

 

「――ば、ばかなぁぁあぁぁあ!!」

 

闇マリクLP:4000 → 0

 

 

 早々に1人のデュエリストが脱落したバトルロイヤルだが、勝負は此処からだと海馬は思案する。

 

――これでマリクは次に脱落したものと戦うことになる。当初の予定通り、遊戯の神を狙うのも悪くはないが……みすみすヤツに、アクターに『ラーの翼神竜』を渡すことになるのは面白くない。

 

 そう、バトルロイヤルの駆け引きは此処からが本番。

 

 次に脱落したものが闇マリクとデュエルすることになる。つまり、対戦の組み合わせを操作できる絶好の立ち位置を得たのだ。

 

 遊戯を倒して2体の神を得る道を取るか、それともアクターに神を渡さぬ道を取るかの2択。

 

――ふぅん、我が宿命のライバルである遊戯と、今の今まで表舞台に決して姿を現さなかったレアモノ……どうしたものか。

 

「バトルフェイズを終了し、メインフェイズ2へ――永続魔法《遮攻カーテン》を発動し、カードを3枚セット。ターンエンド」

 

 

――どうしよう。実質3 VS 1だったとはいえ思ったよりも早くに闇人格のマリクが脱落した……このままサレンダーして、早々に終わらせ……いや、待て。

 

 

 そうして悩む海馬の思惑を余所に、当のアクターは戦う気皆無だった――かに思えば、今の状況を再度考え直した時、奇跡的な状態であることにアクターは気付く。

 

 

――私が負けるか、2人のどちらかのライフが0になる前に、私がサレンダーすれば、このデュエルの途中経過がどうなっても問題ないのでは?

 

 

 原作への配慮をしつつ、夢の舞台へ一時ばかり上がれるまたとない機会が訪れていた。

 

 

 闇遊戯と海馬――この2人の伝説のデュエリストと何の柵もなく、全力でデュエルできる機会。

 

 

 この機会を果たしてアクターは――いや、神崎はどう扱うのか。

 

 

マリクLP:0 脱落

(ゴッド)スライム》

《暗黒の扉》 《リビングデッドの呼び声》×2

VS

アクターLP:4000

《超魔導戦士ブラック・パラディン》 《竜破壊の剣士バスター・ブレイダー》

《王宮のお触れ》 《遮攻カーテン》 伏せ×3

VS

海馬LP:4000

伏せ×1

VS

遊戯LP:4000

《ブラック・マジシャン・ガール》

伏せ×2

 

 

 そんな思惑が絡み合う中、闇遊戯だけは進むべき方向を明確に定めていた。

 

――マリク! 貴様の闇人格を打ち倒した後は、城之内くんたちへの非道を償って貰うぜ!!

 

「海馬、悪いが俺は――」

 

「少し黙れ、遊戯」

 

「海馬?」

 

 それは友の為――だが、その決意を示す前に、海馬が遮った。

 

「どうせ貴様のことだ。あの凡骨の『仇討ち』などとマリクとの勝負に向かいたいのだろうが――」

 

 闇遊戯の感情は海馬も理解できる。もしモクバが同じような状況に陥った場合は何を置いても報復に走るだろう。

 

 しかし、それと同時に理解している。

 

「己から負けに行くようなデュエリストが! デュエルキングに至れるなどと思うな!!」

 

 モクバが「自分が原因で海馬がワザと負ける」ことを知れば、どれだけ傷つくかということを。

 

 ゆえに海馬は叫び、宣言するのだ。

 

「敗れ散って行った者たちの屍を踏み上げ、高みへと至るのが俺たち勝者の義務!!」

 

 デュエリストとしてあるべき姿を。モクバに、遊戯に――そして今はおらぬ城之内に。

 

「くだらん計略は止めだ! 俺は、俺の全力を以て、この場の全員を叩き伏せる!!」

 

 そうして「らしくなかった」と己が策を切り捨てた海馬はデッキに手をかけ――

 

「遊戯! 貴様もデュエリストならば、応えて見せろ!!」

 

「海馬……」

 

「俺のターン! ドロー!!」

 

 カードを引く。そして《超魔導剣士ブラック・パラディン》の魔法封じを墓地の罠カード《ブレイクスルー・スキル》によって永続罠《王宮のお触れ》の罠カード封じを躱しながら無力化し、

 

 ついでに目障りだった闇マリクの置き土産――永続魔法《暗黒の扉》による攻撃制限も破壊した海馬は――

 

 

 低レベルながら5体のモンスターを並べ、()()()とする。

 

「3体の贄を捧げ、現れろ『オベリスクの巨神兵』!!」

 

 そして現れるのは海馬が従える青き巨人の如き神――『オベリスクの巨神兵』が大地を砕きながら現れ、左右の拳を力強く握って見せる姿。

 

『オベリスクの巨神兵』 攻撃表示

星10 神属性 幻神獣族

攻4000 守4000

 

「神の力を見るがいい!! 2体の贄を捧げ、『オベリスクの巨神兵』の効果発動!! ソウル・エナジーMAX!!」

 

 そうしてその両拳で2体の《伝説の白石(ホワイト・オブ・レジェンド)》を拳で砕いた『オベリスクの巨神兵』の両手に迸る強大なエネルギーが――

 

「相手モンスターを全て破壊し、プレイヤー1人に4000のダメージを与える!! 狙いは貴様だ、アクター!! ゴッド・ハンド・インパクト!!」

 

「速攻魔法《神秘の中華鍋》発動。《竜破壊の剣士バスター・ブレイダー》をリリースし、その攻撃力分のライフを回復」

 

 フィールドのモンスター諸共、アクターのライフを消し飛ばさんとするが、1万4800もの攻撃力を持つ《竜破壊の剣士バスター・ブレイダー》が光の粒子となってアクターを包み、莫大なライフをもたらした。

 

 

アクターLP:4000 → 1万8800 → 1万4800

 

 

「だが、これで貴様のフィールドはがら空き!! 更にはドラゴン封じも消えた! 魔法カード《融合》を発動!」

 

 ライフは削り切れなかった海馬だが、ブルーアイズ使いとしては極めて厄介な《竜破壊の剣士バスター・ブレイダー》が消えたことで、海馬の背に現れた渦より、ドラゴンの怒りが木霊する。

 

「2体のブルーアイズで融合召喚!! 来たれ、《青眼の双爆裂龍(ブルーアイズ・ツイン・バースト・ドラゴン)》!!」

 

 天を舞う2体の白き竜の体が光の中で交わった後、輝きの中から降り立つのは、2つの首を持ち、身体に青いラインの奔る神秘的な竜と化す。

 

 そしてその2つの頭からシンクロするように咆哮を轟かせれば、身体に奔るラインが光輝いた。

 

青眼の双爆裂龍(ブルーアイズ・ツイン・バースト・ドラゴン)》 攻撃表示

星10 光属性 ドラゴン族

攻3000 守2500

 

「バトル!! まずはオベリスクの一撃を受けよ! ゴッド・ハンド・クラッシャー!!」

 

 やがて破壊の神の拳が無防備なアクターに迫ったかと思えば、その拳はアクターに直撃する直前でピタリと停止。

 

「なにっ!?」

 

「墓地の罠カード《破壊剣士の追憶》を除外し効果発動。墓地の融合素材モンスターを除外することで、《竜破壊の剣士バスター・ブレイダー》を融合召喚」

 

 その『オベリスクの巨神兵』の拳を受け止めているのは再臨を果たした《竜破壊の剣士バスター・ブレイダー》の大剣。

 

《竜破壊の剣士バスター・ブレイダー》 攻撃表示

星8 光属性 戦士族

攻2800 守2500

攻1万6800 守1万6500

 

 やがて振り切られた大剣によって『オベリスクの巨神兵』の巨躯が弾かれる中、ギラリと煌く大剣に宿る竜殺しの力に《青眼の双爆裂龍(ブルーアイズ・ツイン・バースト・ドラゴン)》が戦意を失くしたように身体を丸めた。

 

青眼の双爆裂龍(ブルーアイズ・ツイン・バースト・ドラゴン)》 攻撃表示 → 守備表示

攻3000 → 守2500

 

「くっ……! 俺のブルーアイズに頭を垂らせるとは……この代償、高くつくぞ!」

 

 そうして相手モンスターの増減があったゆえに再度『オベリスクの巨神兵』の攻撃先を選択できる海馬は忌々し気に《竜破壊の剣士バスター・ブレイダー》を見やるも――

 

「ならば――オベリスクよ! 遊戯に攻撃だ!!」

 

「そいつは通さないぜ、海馬! 墓地の《クリボーン》の効果! 自身を除外し、墓地からクリボーたちを復活させる!!」

 

 遊戯へ神の鉄槌を落とすが、今度は毛玉ことクリボーたちが行く手を遮った。

 

《クリボー》 守備表示

星1 闇属性 悪魔族

攻300 守200

 

《クリボール》×3 守備表示

星1 闇属性 悪魔族

攻300 守200

 

「毛玉風情がワラワラと! 《クリボー》を蹴散らせ、オベリスク!!」

 

 やがてその内の1体を『オベリスクの巨神兵』の拳で叩き潰した海馬はバトルを終え、『オベリスクの巨神兵』の効果の為の贄を揃えた後――

 

「俺はカードを1枚セットし、ターンエンドだ!!」

 

 次の布石を打ちターンを終えた。

 

 

アクターLP:1万4800

《竜破壊の剣士バスター・ブレイダー》

永続罠《王宮のお触れ》 伏せ×2

VS

海馬LP:4000

《オベリスクの巨神兵》 《青眼の双爆裂龍(ブルーアイズ・ツイン・バースト・ドラゴン)》 《伝説の白石(ホワイト・オブ・レジェンド)》×2

伏せ×1

VS

遊戯LP:4000

《クリボール》×3

伏せ×2

 

 

 かくして闇遊戯のターンになるが、その胸に先程まであった仇討の想いはない。城之内とて、それよりも闇遊戯自身が目一杯デュエルを楽しむことを望んでいる筈だ。

 

「やはり神を繰り出してきたか、海馬――なら、俺も全力で迎え撃つぜ!俺のターン! ドロー!!」

 

 さらに、その障害となり得る闇マリクもこのバトルロイヤルでは脱落した為、彼を縛る鎖は何処にも存在しない。

 

「俺のフィールドには3体のモンスターが存在する! 俺はこの3体の贄に――」

 

「そうはさせん! 『オベリスクの巨神兵』の効果発動! 2体を贄にソウル・エナジーMAX!! ダメージを受けるのは貴様だ、遊戯ッ! ゴッド・ハンド・インパクト!!」

 

 ゆえにクリボーたちを贄に闇遊戯が持つ神――『オシリスの天空竜』を呼び出そうとした闇遊戯の思惑を、海馬の『オベリスクの巨神兵』の両こぶしから放たれる破壊の奔流がその喉元に迫った。

 

「そうはさせないぜ! 俺は罠カード《レインボー・ライフ》を発動! このターン俺が受けるダメージは全て回復に変換される!」

 

「永続罠《王宮のお触れ》の存在を忘れたか遊戯! 罠カードの効果は無効化され――」

 

「焦るなよ、海馬――速攻魔法《サイクロン》発動! こいつでアクターのフィールドの永続罠《王宮のお触れ》を破壊!!」

 

 しかしクリボーたちが吹っ飛ばされるのを横目に発生した竜巻がアクターのカードの1枚を薙ぎ払ったことで、虹色の輝きが遊戯を守り、癒す。

 

遊戯LP:4000 → 8000

 

「くっ、躱したか……だが、これで神を呼ぶ贄は消えた」

 

「そいつはどうかな? 俺のデッキの切り札はオシリスだけじゃないぜ!!」

 

 仕留め損ねがまずまずの成果を得たと海馬が強きな笑みを浮かべる中、闇遊戯は「此処からだ」とフィールドに伏せられた1枚のカードを発動させた。

 

「罠カード《補充要員》発動! 俺の墓地に存在する攻撃力1500以下の通常モンスター3体を手札に加える! 俺が戻すのはこの3枚!!」

 

 それはただの低ステータスの通常モンスター回収カード――だが、回収される通常モンスターが問題だった。その3枚のカードを視界に収めた海馬の瞳は大きく見開かれる。

 

「馬鹿なッ!? エクゾディアパーツだと!?」

 

「俺は此処に封印されし召喚神を呼び覚ます!!」

 

「チェーンして速攻魔法《破壊剣士の宿命》を発動。相手の墓地の同じ種族のカード3枚を除外し、『バスター・ブレイダー』モンスター1体の攻撃力を除外した枚数分×500アップさせる」

 

 しかし此処で今まで完全に空気だったアクターが初めて動いた。

 

「だが、お前のフィールドの《竜破壊の剣士バスター・ブレイダー》はオベリスクの効果で破壊され――」

 

「永続魔法《遮攻カーテン》は自分フィールドのカードが戦闘・効果で破壊される際、身代わりに破壊が可能」

 

 闇遊戯の懸念も、闇遊戯と海馬が二人で盛り上がっている中、粛々と身代わりになったマントの如きカーテンを《竜破壊の剣士バスター・ブレイダー》が身に纏い衝撃を受けたお陰で、その身は健在である。

 

「武藤 遊戯の墓地の魔法使い族――《封印されし者の右腕》、《ブラック・マジシャン》、《ブラック・マジシャン・ガール》を除外し、攻撃力1500ポイントアップ」

 

 やがて大剣の一振りによって切り裂かれた3枚のカードが異次元へと消える中、残りの2枚のエクゾディアパーツを回収した闇遊戯。

 

《竜破壊の剣士バスター・ブレイダー》

攻1万6800 → 攻1万8300

 

「くっ!? なら、こうさせて貰うぜ! 魔法カード《手札抹殺》! 全てのプレイヤーは手札を全て墓地へ! そしてその枚数分ドロー!」

 

 だが、1枚除外されてしまった以上、エクゾディアの降臨は叶わないと、手札を一新して新たな手を打ち、以下略させて頂き――

 

「魔法カード《トライワイトゾーン》により、フィールドに並んだ3体の『エクゾディア』パーツたちを生贄に捧げ!! 降臨せよ、天空の神!! 『オシリスの天空竜』!!」

 

 闇遊戯のフィールドに赤き甲殻を持つ長大な竜――いや、神がその巨体でとぐろを巻き、一つの頭に二つある口より、咆哮が轟いた。

 

『オシリスの天空竜』 攻撃表示

星10 神属性 幻神獣族

攻 ? 守 ?

攻8000 守8000

 

――アクターの《竜破壊の剣士バスター・ブレイダー》の攻撃力は強大……ならば此処は!!

 

「バトル! 海馬のオベリスクを攻撃しろ、オシリス! 超伝導波! サンダー・フォース!!」

 

 やがて闇遊戯の手札が潤沢な事も相まって、『オベリスクの巨神兵』へ向けて『オシリスの天空竜』の、その顎よりイカズチが迸る。

 

「甘いぞ、遊戯! 罠カード《威嚇する咆哮》!! このカードの効果で、貴様の神への攻撃宣言は届かない!!」

 

「神を飛び越え、プレイヤーに直接作用するカード……!!」

 

 しかし遠方より響いた咆哮により担い手である闇遊戯の言葉が聞こえなくなったゆえか、『オシリスの天空竜』の口元のイカズチは矛先を失うようにしぼんでいった。

 

「……オベリスクは倒せなかったか――俺はカードを1枚セットし、ターンエンド!」

 

「ターンの終わりに速攻魔法《破壊剣士の宿命》の効果は消え、攻撃力は元に戻る」

 

《竜破壊の剣士バスター・ブレイダー》

攻1万8300  → 攻1万6800

 

 

 やがて『オベリスクの巨神兵』を残した事実に「厄介だ」と歯噛みしつつターンを終えた闇遊戯。

 

 今は『オベリスクの巨神兵』に捧げる贄が1体ゆえに問題ないが、毎ターン放たれる4000の効果ダメージは放っておくには拙い代物だ。

 

 

アクターLP:1万4800

《竜破壊の剣士バスター・ブレイダー》

伏せ×1

VS

海馬LP:4000

『オベリスクの巨神兵』 《青眼の双爆裂龍(ブルーアイズ・ツイン・バースト・ドラゴン)

伏せ×1

VS

遊戯LP:8000

『オシリスの天空竜』

伏せ×1

 

 

 

 ゆえに次のターンプレイヤーであるアクターの動きを見やる闇遊戯だが、当のアクターは相も変わらず静かに佇むばかり。とはいえ、その内心は――

 

 

――伝説のデュエリストの元に集った三幻神! まごうことなきリアル!! こんな夢のような舞台で神に挑むことになろうとは……なんたる誉!!

 

 

 ミーハー根性丸出しだった。それでいいのか。いや、当人的にはデュエルを全力で楽しんでいるので、きっと良いことなのだろう。

 

「私のターン、ドロー」

 

 そうしてドローしたアクターが手札補充に加え、諸々を済ませた後――

 

「装備魔法《D(ディファレント)D(ディメンション)R(リバイバル)》発動。手札を1枚捨て、除外された《破壊剣の使い手‐バスター・ブレイダー》を特殊召喚。このカードはフィールド・墓地で《バスター・ブレイダー》として扱う」

 

「だが、新たに呼びだされた《バスター・ブレイダー》に、『オシリスの天空竜』の効果が襲う! 召・雷・弾!!」

 

 神殺しを目指すべく、《バスター・ブレイダー》の若かりし頃を思い出させる、軽鎧を纏った戦士が背中に背負った大剣を引き抜き、龍殺しを目指すも――

 

 神のイカヅチの洗礼を受け、苦悶の声を漏らしながら膝をつく。

 

《破壊剣の使い手-バスター・ブレイダー》 → 《バスター・ブレイダー》 攻撃表示

星7 地属性 戦士族

攻2600 守2300

攻 600

 

「自身のターンに相手のモンスター効果が発動した時、魔法カード《三戦の才》は発動可能。その3つの効果の内『相手の手札を確認し、1枚戻す』を選択。対象は武藤 遊戯」

 

 しかし、アクターは気にした様子もなくカードパワーに任せて闇遊戯の手札を拝見するも、その内容からドロー力のエグさを実感しつつフルフェイス型の仮面の内の頬が引きつった。

 

「さらに罠カード《マインドクラッシュ》を発動。《クリボー》を宣言」

 

「くっ……俺の2枚の手札が減ったことでオシリスのステータスも下がる」

 

 ついでに発動した罠カードも合わせて闇遊戯の2枚の手札が露と消え、『オシリスの天空竜』を包んでいた強大な力も少々陰りを見せる。

 

『オシリスの天空竜』

攻6000 守6000

攻4000 守4000

 

「モンスターをセットし、バトルフェイズ。《竜破壊の剣士バスター・ブレイダー》で『オシリスの天空竜』を攻撃」

 

 そしてドラゴン族を多々扱う海馬のお陰で圧倒的攻撃力を得ていた《竜破壊の剣士バスター・ブレイダー》が『オシリスの天空竜』に突撃していく。

 

「勝負を焦ったな――罠カード《あまのじゃくの呪い》発動! 攻撃力アップダウンの効果は逆になる!! これで《竜破壊の剣士バスター・ブレイダー》の攻撃力は0!」

 

 だが、大きな力はいつだって逆に利用されるのだ。

 

 フィールドを覆った呪いの力で《竜破壊の剣士バスター・ブレイダー》は狩って来たドラゴンの怨念に苛まれ、黒の外套を纏う赤褐色肌の短い白髪の少年が、奈落へ引き摺り込まんとしていた。

 

「チェーンして速攻魔法《瞬間融合》を発動。《竜破壊の剣士バスター・ブレイダー》とセットした《アルバスの落胤》を融合し、《痕喰竜(こんじきりゅう)ブリガンド》を融合召喚」

 

「しまっ――」

 

「新たにモンスターを特殊召喚した為『オシリスの天空竜』の効果が発動し、罠カード《あまのじゃくの呪い》によって《破壊剣の使い手-バスター・ブレイダー》共々攻撃力が2000アップ」

 

 かと思いきや、その白髪の少年《アルバスの落胤》に引き摺り込まれた先で、《竜破壊の剣士バスター・ブレイダー》は混ざり合い獣と化す。

 

 やがて黒い体毛を方々に伸ばす土色の四足の獣と化したかつての戦士は、歪な翼を広げながら、『オシリスの天空竜』の洗礼を浴びながら、神を呪う様に雄叫びを上げた。

 

痕喰竜(こんじきりゅう)ブリガンド》 攻撃表示

星8 闇属性 獣族

攻2500 守2000

攻4500

 

 そんな怒りの声に触発されるように、力尽きるように膝をついていた《破壊剣の使い手-バスター・ブレイダー》も、その身体に紫電を奔らせながら立ち上がる。

 

《破壊剣の使い手-バスター・ブレイダー》

攻 600 → 攻4600

 

「《破壊剣の使い手-バスター・ブレイダー》で『オシリスの天空竜』を、《痕喰竜(こんじきりゅう)ブリガンド》で『オベリスクの巨神兵』を攻撃」

 

 そして怒りのままに《破壊剣の使い手-バスター・ブレイダー》から繰り出される大剣の斬撃が、《痕喰竜(こんじきりゅう)ブリガンド》のブレスが、2体の神を打ち倒し、その余波が遊戯と海馬を苛んだ。

 

遊戯LP:8000 → 7400

 

海馬LP:4000 → 3500

 

「バトルフェイズを終了し、メインフェイズ2へ――カードを1枚セットしターンエンド」

 

 やがて無感情な様子で伏せられたカードを尻目にターンを終えたアクターだが――

 

「このエンド時に速攻魔法《瞬間融合》で融合召喚した《痕喰竜(こんじきりゅう)ブリガンド》は破壊される――が、同時に効果発動。このカードが墓地に送られたターンのエンド時、デッキから《アルバスの落胤》を特殊召喚」

 

 ターンの終わりと共に崩壊するように身体を崩した《痕喰竜(こんじきりゅう)ブリガンド》から、赤褐色肌の少年こと《アルバスの落胤》が現れたと同時に海馬のフィールドへ駆けだし――

 

《アルバスの落胤》 攻撃表示

星4 闇属性 ドラゴン族

攻1800 守 0

 

「そして特殊召喚された《アルバスの落胤》の効果――手札を1枚捨てることで、このカードと相手フィールドのモンスターのみで融合召喚する。《青眼の双爆裂龍(ブルーアイズ・ツイン・バースト・ドラゴン)》と融合」

 

「貴様ッ!!」

 

「2体目の《痕喰竜(こんじきりゅう)ブリガンド》を融合召喚。そして罠カード《あまのじゃくの呪い》の効果も消える」

 

 海馬の《青眼の双爆裂龍(ブルーアイズ・ツイン・バースト・ドラゴン)》へと突撃した《アルバスの落胤》は、今度は白き竜と一体化を果たし、その身は再び獣へと堕ち、

 

痕喰竜(こんじきりゅう)ブリガンド》 守備表示

星8 闇属性 獣族

攻2500 守2000

 

 《あまのじゃくの呪い》が消えたことで《破壊剣の使い手-バスター・ブレイダー》は、神の洗礼によって負った傷が開き、再び膝をつく結果となった。

 

《破壊剣の使い手-バスター・ブレイダー》

攻4600 → 攻 600

 

 

アクターLP:1万4800

痕喰竜(こんじきりゅう)ブリガンド》 《破壊剣の使い手-バスター・ブレイダー》

伏せ×1

VS

海馬LP:3500

伏せ×2

VS

遊戯LP:7400

 

 

 

 

「俺たちの神を強引に押し破ったか……だが、神を倒した代償は決して安くはあるまい!」

 

 かくして何とか闇遊戯と海馬の操る2柱の神を打ち倒したアクターだが、海馬の言う様に払った代償は大きい。

 

 シンプルにドラゴン族を扱う海馬がいたお陰で莫大な攻撃力を維持できていた《竜破壊の剣士バスター・ブレイダー》は全て墓地にあり、回収の目途は立っておらず、

 

 更に手札をかなり消費したことも相まって、2体の大型モンスター以外はアクターの盤面は些か頼りないものだ。

 

「俺のターン、ドロー!! ドラゴン封じを失った貴様に俺は止められん!」

 

 ゆえに己の前でそんな隙を晒した愚行を嘆くがいい――な具合に、手札を補充した海馬は1枚のカードを天にかざした。

 

「装備魔法《光の導き》を発動!! ブルーアイズ1体を、効果を無効にし、復活させる!! 舞い戻れ、《青眼の究極竜(ブルーアイズ・アルティメットドラゴン)》!!」

 

 さすれば竜破壊の呪いを打ち破った三つ首の白き竜が天より降り立ち、その巨体から成る大翼を広げ、敵対者に向けた怒りの咆哮を轟かせた。

 

青眼の究極竜(ブルーアイズ・アルティメットドラゴン)》 攻撃表示

星12 光属性 ドラゴン族

攻4500 守3800

 

 

「装備魔法《光の導き》を装備したモンスターは墓地の『ブルーアイズ』の数まで攻撃が可能!! 俺の墓地の『ブルーアイズ』は5体!!」

 

――遊戯の墓地に《超電磁タートル》がいる以上、此処は!

 

 そして攻撃力4500の5回攻撃と言う破格のパワーを得た海馬が狙うは――

 

「ブルーアイズに与えた屈辱! 万倍にして返してくれる!! 行け、アルティメットよ!! アルティメット・バァアァァストッ! 第一打!!」

 

 《青眼の究極竜(ブルーアイズ・アルティメットドラゴン)》の三つ首から放たれた白き極光が、《破壊剣の使い手-バスター・ブレイダー》の迎撃の大剣を容易く消し飛ばし、その先のアクターに直撃。

 

 

アクターLP:1万4800 → 1万900

 

 《破壊剣の使い手-バスター・ブレイダー》の攻撃力がたった600にまで落ち込んでいたこともあり、そのダメージはかなりのものだ。

 

「まだだ! 《痕喰竜(こんじきりゅう)ブリガンド》を破壊し、ヤツにとどめを差せ、アルティメットよ!! アルティメット・バァアァァスト! 二連打ァ!!」

 

 そして《痕喰竜(こんじきりゅう)ブリガンド》へ三つ首から放たれる極光が飛来。だが、その白き連撃はアクターの元には届かない。

 

「《痕喰竜(こんじきりゅう)ブリガンド》は戦闘では破壊されない」

 

「ならば、こうするまで! 罠カード《メテオ・レイン》を発動し、貫通ダメージを与える!! 残り三連続の攻撃を受けるがいい、アクター!!」

 

 かと思いきや、《痕喰竜(こんじきりゅう)ブリガンド》を貫き、その身を以て軽減されたとはいえ、アクターの身に《青眼の究極竜(ブルーアイズ・アルティメットドラゴン)》から三筋の光が幾度となく打ち付ける度に、そのライフも大きく削られて行く。

 

 

 そして4度目の攻撃を受け、《痕喰竜(こんじきりゅう)ブリガンド》が膝をつく中――

 

アクターLP:1万900 → → → → 3400

 

 大きくライフを失ったアクターを余所に、海馬は最後の5連撃目を放つ前に、遊戯へと視線を向けた。

 

「最後の一撃は――遊戯! 貴様にくれてやる! 行けっ、アルティメット!!」

 

「クッ……! 俺は墓地の《超電磁タートル》を除外してバトルフェイズを強制終了させる!」

 

 そうして《青眼の究極竜(ブルーアイズ・アルティメットドラゴン)》のブレスが空に飛翔した《超電磁タートル》に吸い込まれて行く光景を余所に海馬は得意気に笑って見せる。

 

「ふぅん……アクター、貴様の莫大なライフは失われ、そして遊戯も最後の盾を失った――俺はカードを1枚セットし、ターンエンド!」

 

 

 なにせ、アクターの莫大なライフを削り取り、更には闇遊戯のフィールドも今や丸裸。最後の頼みの綱である《超電磁タートル》の守りも使い切らせた。

 

 

 まさに詰めまで後一歩と言ったところだろう。

 

 

アクターLP:3400

痕喰竜(こんじきりゅう)ブリガンド》

伏せ×1

VS

海馬LP:3500

青眼の究極竜(ブルーアイズ・アルティメットドラゴン)

《光の導き》 伏せ×1

VS

遊戯LP:7400

 

 

 そんな具合に己の有利を確信する海馬を余所に、闇遊戯は負けじとカードを引き、その手がピタリと止まった。だが、その迷いも一瞬で振り切った闇遊戯は引いたカードを余所に動き出す。

 

「俺のターン、ドロー!! …………装備魔法《D(ディファレント)D(ディメンション)R(リバイバル)》を発動! 手札を1枚捨てることで、除外された俺の《ブラック・マジシャン》はフィールドに舞い戻る!!」

 

 そして遊戯がこの窮地に頼るのは無論、三千年前からの縁に結ばれた黒き魔術師――《ブラック・マジシャン》が、遊戯を安心させるように腕を組んで強い視線で二人のデュエリストを見やる。

 

《ブラック・マジシャン》 攻撃表示

星7 闇属性 魔法使い族

攻2500 守2100

 

「此処で魔法カード《黒・魔・導(ブラック・マジック)》発動! 相手フィールドの全ての魔法・罠カードを破壊させて貰うぜ!!」

 

 やがて《ブラック・マジシャン》が杖を回転させながら、相手の魔法・罠ゾーンに向けた後に放った黒き奔流が――

 

 

「くっ、俺のカウンター罠《攻撃の無力化》が……!!」

 

「チェーンして速攻魔法《破壊剣士融合》を発動。武藤 遊戯の《ブラック・マジシャン》と手札の《バスター・ブレイダー》を融合し、《超魔導戦士ブラック・パラディン》を融合召喚。フィールド・墓地のドラゴン族1体につき、攻撃力500アップ」

 

 海馬とアクターの守りが剥がされる中、アクターの手札から飛び出した《バスター・ブレイダー》が《ブラック・マジシャン》に激突。

 

 その衝撃によって生じた渦に呑まれた2体が、渦より戻った暁には《超魔導剣士ブラック・パラディン》の姿となってアクターのフィールドで佇む。

 

《超魔導戦士ブラック・パラディン》 攻撃表示

星 闇属性 魔法使い族

攻2900 守2400

攻1万400

 

 

 闇遊戯が最後の頼りに《ブラック・マジシャン》を呼び出すことを想定した上で切り札封じを仕掛けていたアクター。

 

 

――やはり伏せていたか……だが、今のアクターの手札は0。動くなら、ブラック・パラディンの魔封じの効果が発動できない今!!

 

 

 しかし、それも闇遊戯は織り込み済みだ。そしてその事実は当然アクターも想定していることは明白――ゆえに闇遊戯は相手の想定を超えるべく2枚の手札にて勝負に出る。

 

 

「速攻魔法《異次元からの埋葬》!! 除外されたカード3枚を戻す!!」

 

――またエクゾディアを狙うつもりか!?

 

「そして俺は魔法カード――――」

 

 海馬の推定を余所に異次元より3枚のカードが墓地へ送られて行く中、闇遊戯は最後の1枚の手札に全てを賭ける。

 

 

「――《死者蘇生》を発動!!」

 

 

「馬鹿な!? この状況で一体なにを呼び出――まさか!?」

 

 そうして現れた白きアンクが天に浮かび、そこを起点に()が舞い上がった。

 

「ぁ、ぁりぇなぃ……オレの墓地の――」

 

「墓地より、不死鳥は舞い戻る!! 現れよ――」

 

 やがて今まで一応待機させられていた闇マリクのデュエルディスクから1枚のカードがひとりでに浮かび上がり闇遊戯の手元に収まれば――

 

 

「――『ラーの翼神竜』!!」

 

 

 天に浮かぶ炎より、太陽こと金色の球体が現れ、音を立てて展開を始めた先より、三幻神が最高位『ラーの翼神竜』が王の元に馳せ参じた。

 

『ラーの翼神竜』 攻撃表示

星10 神属性 幻神獣族

攻 ? 守 ?

 

 

「遊戯の手に、二体目の神……だと……!?」

 

――分かる。分かるぜ! このテキストの意味が!!

 

 信じられないものを見るような目で神を見あげる海馬を余所に、ヒエラティックテキストを直感的に把握した闇遊戯は、このデュエルに幕を引くべく神に命ずる。

 

「『ラーの翼神竜』の効果! 俺のライフを1000払い、フィールド上の全てのモンスターを破壊する!!」

 

遊戯LP:7400 → 6400

 

 やがて王の命を受け、その身体を炎で包み、燃え盛る炎の不死鳥と化した『ラーの翼神竜』が空へと飛翔。

 

 そして相手フィールドを焼き尽くす炎はアクターの《超魔導剣士ブラック・パラディン》と海馬の《真青眼の究極竜(ブルーアイズ・アルティメットドラゴン)》を――

 

「させん! 墓地の魔法カード《復活の福音》を除外し、俺のブルーアイズは――」

 

「無駄だ!! ラーの炎はあらゆる障害を無視し、モンスターを焼き尽くす!! ゴッド・フェニックス!!」

 

 

 焼き払った。

 

 

 轟々と燃え盛る炎の中、瞬く間に焼失した2体のモンスター。やがて闇遊戯の元に舞い戻った不死鳥の身体の炎が収まり、元の『ラーの翼神竜』へと戻っていく。

 

 

「そして『ラーの翼神竜』の更なる効果! 俺のライフを100の倍数払うことで、その数値分、攻撃力をアップさせる!! 俺は可能な限り、全てのライフを神へ!!」

 

 さらにフィニッシュを飾るべく、己が命を神に捧げ、『ラーの翼神竜』の全身を王の如きオーラが包んでいった後――

 

遊戯LP:6400 → 100

 

『ラーの翼神竜』

攻 0 → 攻6300

 

「バトル!! 『ラーの翼神竜』で、アクターに攻撃!!」

 

 

 闇遊戯の宣言の元、神の顎が開き、球体上にチャージされた浄化の炎が、迸る。

 

 

「 ゴ ッ ド ・ ブ レ イ ズ ・ キ ャ ノ ン !!」

 

 

 やがて神の炎が何者にもなれなかった男を包んだ。

 

 

アクターLP:3400 → 0

 

 

 

 

 

 

 

 かくしてトーナメントの組み合わせを決めるデュエルは終わりを告げる。だが、それぞれのデュエリストの胸中に燻るは――

 

――ハァ……ハァ……これが裏世界最強の実力。もし俺に神を扱うことが出来なければ……くっ!

 

――もう一人のボク……

 

 

 

 

 

――くっ……何故だ! 何故だ、遊戯! 何故、最後の攻撃を俺に向けなかった!! 貴様の目にはヤツの方が脅威に映ったとでも言うつもりか!!

 

 

――ぁ、ぁりぇない……ラーが俺ではなく、遊戯に従うなど……

 

 

 

 

――いやー、憧れの武藤く……いや、遊戯さんとのデュエル最高!! ……デュエルは楽しいな。うん、やはり私はデュエルが好きなんだな……

 

 

 

 

 そんな3体1の割合で温度差の激しい心中を余所に、アクターの心は不思議と軽くなっていた。

 

 

 

 






光墜ち(無自覚)したアクター(神崎)――達成!!


なお闇マリク戦のアレコレは本編とあんまり変わらない感じになっております。






~バトルロイヤル戦でのアクターのデッキ~

《バスター・ブレイダー》と《アルバスの落胤》にて、相手のモンスターと超 融 合!!(擬き)するデッキ
融合素材は相手に用意して貰うぜ!!(手札事故回避感)

???「ドラゴンは良いぞ、アルバスくん!!」

遊戯と海馬のエースのどちらも狙える二人の夢のタッグだ!! ドラゴンを沢山食べるタイプ。

そこに闇マリクの『ラーの翼神竜』の蘇生カードの妨害も兼ねている。

でも、《アルバスの落胤》って完全耐性持ちと融合できないのね……(裁定見つつ)



~ちょっぴりとだけ出た表マリクのデッキ~

「ボクの戦術は水」とのマリクの言葉から、彼の使用した「スライム」を中心に星4・水属性・水族で固めて見た。

《リバイバルスライム》の自己再生能力や《融合派兵》で《ひょうすべ》などの攻撃力1500以下の融合素材を手早く特殊召喚し、速攻魔法《地獄の暴走召喚》で3体並べ、神の召喚からの速攻を狙うデッキ。


一応の神以外の戦術として、同じステの《極氷獣ブリザード・ウルフ》や《同族感染ウィルス》、《豪雨の結界像》などを採用。
《同胞の絆》などで展開し、《ディフェンド・スライム》で守りながら、神が手札に来るまで粘ろう。


融合体の《ヒューマノイド・ドレイク》や《轟きの大海蛇》の融合は同じステの《沼地の魔獣王》で補うんだ!( ´∀`)bグッ!

とはいえ、神を呼べないと、融合体の2000ラインの火力しか出せない為、パワー不足が凄い目立つデッキ。

リシドの《聖獣セルケト》の打点が超えられない(´;ω;`)ブワッ



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第217話 IF話 レイン恵 は ちょーゆーしゅー



IF話が終わった? なに勘違いしてるんだ――俺のバトルフェイズは此処からだぜ!

ドロー(IF話)!! モンスターカード(第二段、投稿)!!


「イリアステルの面々と早期合流+和解」

「レイン恵の活動」

「神崎の所業が明るみになる」

「神崎が遊戯たちに受け入れられる」


などのリクエストを纏めさせて頂きました。





 

 

 突然だが、レインは神崎の行動によって変化した歴史を観測できるようになった!!

 

 何故? ――とお思いになられるかもしれないが、その説明をするには、今の銀河の状況を理解する必要がある。少し長くなるぞ。

 

 だが今回のIF編は1話で纏める必要がある為、時が惜しい。皆もいずれ分かる時が来る――そう、信ずることにしよう。

 

 

 

「BIG5が…………失脚していない…………報告」

 

 ゆえに早速とばかりに密告――もとい報告。

 

 だが、返答は現状維持。些細な変化だが、海馬 瀬人の人間性ゆえに歴史に与える影響は軽微だと判断された。

 

 しかし超優秀なレインは、更なる情報を獲得。それは――

 

「KCの……幹部が一人……増えている……報告」

 

 本来の歴史に存在しないイレギュラー。

 

 これにはZ-ONEも看過できぬと歴史の歪みの原因と判断され、処理するか否かが話し合われたが、「新しい希望かもしれない」とのアンチノミーの懇願も相まって様子を見ることとなった。

 

 

 だが超優秀なレインは、Z-ONEを後押しできるような情報を入手。流石はレイン――タイトルの「超優秀」の触れ込み通りの活躍である。

 

決闘者の王国(デュエリストキングダム)にて武藤 遊戯がキース・ハワードに敗北」

 

 結果、対象の殺害が決定された。

 

 悲しいことだが、同時に仕方のないことでもある。未来の為に死んでくれ、神崎。

 

 

 しかし、その死は無駄にはならない。

 

 何故なら殺害タイミングであるKCのデュエルイベントにて、パラドックスの操るSinドラゴンたちによって殺害され、KCのソリッドビジョンの問題性を示唆。

 

 それにより、人々のソリッドビジョンシステムへの不信感を高め、廃れさせることで、デュエルの発展を阻害。

 

 結果、シンクロの発展の抑制を成すことで、滅びの未来を回避する――という計画に組み込まれるのだ。

 

 

 完璧な計画だ。立案に超優秀なレインも参加しただけはある。だが、レインの超優秀っぷりは更に一歩先を行く。

 

「アクターなるデュエリストの存在を確認――要警戒」

 

 そう、神崎なる男は、名称不明の(巷では「アクター」などと呼ばれている)凄腕のデュエリストを擁しているのだ。そんな超強い配下と思しき存在の情報を既に入手していた超優秀なレイン。

 

 

 これにはZ-ONEにも「流石です、(超優秀な)レイン」との言葉を頂き、レインも何処となくご満悦な表情である。表情の変化が微細すぎて分かり難いが、詮無きことだ。

 

 

 

 そして作戦実行日。超優秀なレインは万が一にサポート役に回れつつ、かつ作戦の邪魔にならず、なおかつ進捗状況が見渡せる海馬ランドの大展望台に来ていた。

 

 流石は超優秀なレイン。場所取りもマーベラスである。現地の屋台も美味しいものを販売している――パーフェクトだ。

 

 

 

 こうして、超優秀なレインの高性能マシンアイには、実行役のパラドックスの華麗なる仕事っぷりが映ることとなろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 町一つが燃え盛る地獄絵図が広がる。

 

 

 巨大なドラゴンが神崎に蹴り飛ばされ、KCの社員と思しき人間が怒声と共に避難を呼びかけていた。

 

 

 そんな中、空を舞う《Sin真紅眼の黒龍(レッドアイズ・ブラック・ドラゴン)》が大口を広げ、その内に形成した黒き球体状の炎が瓦礫と負傷者が広がる地上へと放たれる。

 

 その寸前で子供を抱えた神崎が跳躍して下顎を蹴り飛ばし、黒き炎は暴発。

 

 それにより怯んだ《Sin真紅眼の黒龍(レッドアイズ・ブラック・ドラゴン)》を余所に神崎は抱えた子供を地上で避難を指示しているギースへ放り投げる。

 

「ギース! 恐らく狙いは私です! 貴方は即座に撤退を!!」

 

 そして大声で現状を告げながら、神崎は空を蹴って《Sin真紅眼の黒龍(レッドアイズ・ブラック・ドラゴン)》に跳び蹴りをかましながら地上に叩きつけた。

 

 

「神崎さん! 残りの逃げ遅れ! 確保完了しました!」

 

「行くぞ、牛尾! 指定ポイントに向かう!」

 

 

 牛尾の報告に小さく手を上げて返事をした神崎を余所にギースたちが立ち去って行く中、《Sin真紅眼の黒龍(レッドアイズ・ブラック・ドラゴン)》の喉を手刀で突き、ブレスを放つ為の器官をねじり潰した神崎。

 

 

 だが、その背後より、三つ首の機械竜である《Sinサイバー・エンド・ドラゴン》の3つの口から三筋のレーザーが撤退するギースと牛尾の方に放たれ――

 

 

 るも、その三筋のレーザーは、神崎が地面をひっくり返した際に生じた土砂によって阻まれ、その土砂の雪崩に《Sinサイバー・エンド・ドラゴン》は埋もれていく。

 

そして同時に相手の視界を奪った神崎は、《Sin青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》に乗るパラドックスへと跳躍し、強襲をかけた。

 

 

 

 しかし土砂の中から尾を伸ばした《Sinサイバー・エンド・ドラゴン》によって、身体を機械の尾に巻き取られ、捕らえられた神崎の眼前に《Sinサイバー・エンド・ドラゴン》の三つの顎が大口を開き――

 

 

 至近距離から三筋のレーザーが放たれる――と同時に、いつの間にやらベキベキと膨らんでいた神崎の肺から莫大な空気が、口から音圧と空圧となって放たれた。

 

 

 そうしてぶつかり合った三筋のレーザーと音圧と空圧によって、局地的な突風が起こる中、爆心地にいた《Sinサイバー・エンド・ドラゴン》が瓦礫の山に轟音と共に落下。

 

 

 だが、間髪入れずに神崎の頭上からエンジン音を響かせたパラドックスのDホイールが、「休む間を与えぬ」とばかりに激突するも、宙に立つ神崎は高速で動くDホイールのタイヤを握力で強引に止め、搭乗者であるパラドックスへ拳を振るった。

 

 

 

 やがてDホイールが木端微塵になった拳と、そして神崎の肩口を切り裂いたパラドックスの放った銃弾というにはあまりに歪な一撃が交錯。

 

「チッ、浅い」

 

 この神崎の身体を裂いた攻撃――これはプラシドが持つ「剣で次元を裂いて移動する」システムを兵器転用したものである。

 

 平たく言えば空間を削る弾丸のようなものだ。

 

 しかし、切り裂いた肩口周辺の肉がせり上がり、治っていく光景にパラドックスは内心で苛立ちを見せる。

 

――仮にも次元を切り裂く銃弾を、生身で受けて何故、生きている?

 

 本来であれば着弾した周囲ごと空間を抉る代物だ。肩に当れば、その周辺――つまり頭部・心臓などの重要器官を含めて、抉り取る。

 

 

 だというのに、肩口が切れた程度の傷。さらに即座に塞がっていく理不尽。

 

 

――やはり此処で確実に殺しておかねばならない!

 

 そんな一瞬の間に、頭をフル回転させ、そう結論を下したパラドックスは飛び乗った《Sin青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》へと指示を出す。

 

「やれ! Sinブルーアイズ!! 滅びのバースト・ストリーム!!」

 

 やがて《Sin青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》から放たれた白き滅びのブレスと、神崎が両手を合わせた後、上下に開いた形で空間を押し出すように腕を突き出し、放った空気の砲弾がぶつかり合い、周囲に破壊の奔流をもたらした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………ぇ?」

 

 

 人間を1人殺すだけの簡単な計画の筈だった。難しいのは如何に最小限の犠牲で人々にソリッドビジョンシステムへの不信感を植え付けられるか――その点の筈だった。

 

 だというのに、レインが見つめる先にはパラドックスが従える3体のSinドラゴンたちが、たった1人の人間相手に押されている現実が広がっている。

 

 

 そしてレインの脳裏に過るのは最悪の可能性。ゆえに、その悪夢を振り切るべく、頬を両手でパンと叩いたレインはご自慢の頭脳で打開策を導き出す。

 

――対象は人的被害を抑えようとしている。なら逃げ遅れた人間を見つければ保護に動くことは明白。

 

 

 そう、こんな想定外な時を見越して超優秀なレインは待機していたのだ。

 

 出来ればパラドックスと通信し、作戦を伝えておきたかったが、戦闘の最中ゆえか通信が繋がらぬゆえに、レインは己が成すべきことを成す。

 

 

 今成すべきは、導き出した一手で現状を打破すべく、すぐさま行動を開始すること――その一点。

 

 

 

 

 

 そしてすぐさま現場に急行したレインは土砂の上でゴロゴロ転がり、「この騒動に巻き込まれ、逃げ遅れた一般人」の様相を整えた後、戦闘の余波が届く範囲の場所の瓦礫の間に潜み、時を待つ。

 

 

 決して「分かり易く助けを求める」ことをしてはいけない。あくまで「逃げ遅れ、自力で脱出困難な程に疲弊した相手」を「偶然見つけた」と思わせなければならないのだから。

 

 

 そうしてパラドックスの猛攻を捌く神崎が潜むレインに反応し、パラドックスと距離を取るような立ち回りに変化したことに、レインは確かな手応えを持つ。

 

 

――かかった。

 

 

 やがて多少の負傷を無視し、レインの保護に意識を割き始めた神崎。

 

 その動きの変化と、レインの存在を察知したパラドックスも、此度の援護の意図を察したように、己への防御を捨てた苛烈な攻撃を神崎へと繰り出していく。

 

 

 

 

 レインの計略通りに負傷を重ねる神崎の姿に、作戦の成功を確信するレイン。救助された後も「パニックに陥った」振りをして、最大限の妨害を行う手筈を頭の中で組み立てていくが――

 

――あれ?

 

 此処でレインは違和感を覚えた。

 

 瓦礫に挟まれ動けない――という体をとったレインに対し、神崎は瓦礫をどけるような場所取りもせず真っ直ぐ突っ込んできている。

 

 

――どうして……

 

 

 今の神崎の目的は、逃げ遅れたと思しきレインを避難させることの筈だ。

 

 だというのに、レインが把握する範囲の神崎の動きにその気配が欠片も見えない。

 

 

 そして何より不思議でならないことがある。

 

 

――拳を振りかぶっているの?

 

 

 やがて肉を穿つ音と、金属がひしゃげる異音が響き、レインの思考はプツリと途切れた。

 

 

 

 

 

 散らばる肉片こと人工筋肉、剝き出しのモーメント、ブラリと垂れ下がった骨格代わりの金属片、血液代わりのオイル――デュエルロイドを構築する命が零れ落ちていく。

 

 

「な……んで、どう……して」

 

 

 レインの前で、()()()()()()()()が零れ落ちていく。そして一度、途切れた思考は纏まらず、感情の波ばかりが此処ぞとばかりに揺れ動く。

 

 

 腹を貫通した神崎の腕から飛び散った、パラドックスの血で汚れたレインの頬を涙がつたった。

 

 

「私……より、貴方が…………なんで、パラドックス……どうして……!!」

 

 レインが、どれだけ優秀であろうとも、その身は「替えの利く駒」でしかない。

 

 生前からZ-ONEの友として、類まれなる頭脳と力で、死の間際まで支え続けたパラドックスの方が、「替えの利かない存在」の筈なのに。

 

 

 どうしてレインの眼の前で、神崎の腕にパラドックスが貫かれているのか。

 

「だって、貴方の方が……!! あの人の助けに――」

 

「当然ですよ、レイン恵さん」

 

 そんな疑問は、思わぬ相手――何時ものように笑顔を浮かべる神崎から明かされた。

 

――ッ! 私の……ことを……知っている……?

 

「彼らにとって貴方は特別な存在だ」

 

 そう、神崎は知っている。原作知識によって、彼らの関係性を知っている。

 

「例えば、貴方が誰かに恋をして、その出会いにより、彼らの悲願だった計画を妨害し始めたとしても、彼らは貴方を殺さない――それ程までに貴方は愛されている」

 

 それは「TFシリーズ」と呼ばれる遊戯王のゲームでのシナリオの一つ。

 

 

 そこで、レイン恵は許されざる大罪を犯す。

 

 ゲームプレイヤーにあたる所謂「コナミ君」とやらの間に芽生えた友情か、それとも恋慕かは定かではないが、その想いに突き動かされ、あろうことかZ-ONEの計画を妨害し始めるのだ。

 

 それも別の計画を示す訳でもなく、「可能性」なんて曖昧な理屈で。

 

 Z-ONEがどれ程の苦悩を以て決断したのかすら忘れて。

 

 

 たかが「一端末」風情が。

 

 

 この裏切りは、「資格なき者がシグナーとなった」程の「証明」を以て計画の中止を訴えた原作のアポリアですら許されなかった程の蛮行だ。

 

 

 だというのに、あろうことか一端末でしかない彼女は許された。

 

 動力源を止められた? それを治すことの出来る相手の元に送っておいて? 見逃したと同義であろう。

 

 

「貴……様、どこま……で知って――」

 

「そう心配なさらずとも、貴方が思っているより浅い知識ですよ」

 

 やがて腹を貫かれたパラドックスが、息も絶え絶えに零すが、神崎とて全容を正確に把握している訳ではない。

 

 精々、「レインは裏切っても許される」程度の「なにか」がZ-ONEたちの間にある――それだけだ。だが、それだけで十分だった。

 

 

「私の……せい?」

 

 それだけあれば、「レインを攻撃すれば、パラドックスが何を置いても庇う」ことが分かるのだから。

 

 そうしてパラドックスが腹を貫かれた原因を呆然とした様子で理解し始めたレインへ神崎は笑顔で優しい声色で返す。

 

「いいえ、違います。原因は私にある。なにせ――」

 

「――Sinレッドアイズ!!」

 

 だが、その先が語られる前に、レインの身体は《Sin真紅眼の黒龍(レッドアイズ・ブラック・ドラゴン)》に抱えられ、天高く飛び去って行った。

 

「待っ――――」

 

 レインが何かを叫んでいたが、《Sin真紅眼の黒龍(レッドアイズ・ブラック・ドラゴン)》が一気に戦線から飛び立った際に生まれた風と距離ゆえにパラドックスに届くことはない。

 

 

 

 

 

 やがてレインがこの時代から消えたことを把握したパラドックスは、腹に刺さった神崎の腕を力の限り掴みながら痛みを堪えながらも苛立たし気に呟いた。

 

「追う素振り……すら見せんとは、随分と……余裕だな」

 

「ええ、メッセンジャーは必要でしょう?」

 

「聞きしに勝るふざけた男だ……だが!!」

 

 しかし、そうあっけらかんと返す神崎の姿に、パラドックスは己が体内に仕込んだ自爆装置を作動させ、それによりモーメントの暴走を誘発させることで、自身諸共神崎を消し飛ばす。

 

 ゼロリバース――とまではいかずとも、パラドックスの見立てでは神崎を殺す程度なら十二分に可能だ。

 

――すまない、Z-ONE……またキミを置いていくことになる。

 

 やがて迫る最後に()()己が道半ばで倒れてしまうことに対し、Z-ONEへ謝罪を送りつつ、眼前の脅威と道連れする選択をとったパラドックス。

 

 

 しかし、一向に来るべき時が来ない事実を不審に思うパラドックスの意識を縫う様に――

 

「探し物はこれですか?」

 

「――ッ!?」

 

 神崎の影から伸びた腕がなんらかの機械の部品をつまんでいる光景にパラドックスは息を呑んだ。

 

 相手は、自分たち「デュエルロイド」の内部構造をそこまで入手していたのかと。

 

「『これ』が何かは存じ上げませんが、ずっと気になされていましたよね――分かるんですよ、そういうの」

 

 しかし神崎にそこまでの知識はない。正直な話、神崎はパラドックスから千切り取ったものが「何なのか」すら理解していない。

 

 だが、「相手の奥の手」だとは漠然と理解していた。無駄に闘いに明け暮れたことで身についた性のようなものである。

 

「貴方は私とは違って、己の身ですら犠牲にすることを厭わない。素敵ですね――命を捨ててでも守りたい方がいるなんて」

 

 そして何より、パラドックスの人間性を原作知識により知っていたことが大きかった。「我が身すら顧みない男」の奥の手など十分に予想がつく。

 

「ですが、此方としては貴方に死なれると困るんですよ」

 

「ゆえに接戦を演じた……訳か」

 

「そんなところです」

 

 だが、此方は嘘だ。鍛え上げたマッスルを削りとる弾丸には神崎は内心でビビりまくっている。頭に当っていれば危なかったであろう。本編のように冥界の王を捕食していない身では、即死しかねない。

 

 それに加え、3体のSinドラゴンたちがもたらす「周辺被害」という厄介な点と、「パラドックスを生かしたまま捕縛する」縛りにより、神崎としても結構いっぱいいっぱいである。

 

 なにせ「レインを狙いパラドックスに庇わせる」屑の所業にすら手を出したのだから。

 

「全て貴様の……掌か。だが生憎――――」

 

 だが、そうとは知らぬパラドックスは相手の戦闘能力を見誤っていた事実に歯噛みする。

 

 相手を一介の会社員と何処か舐めていたことは否めない。

 

 とはいえ、こんなとんでもマッスル人間を想定しろと言う方が無理からぬ話ではあるが。しかしパラドックスは、それでも――

 

 

 

 

 

「――諦めは悪い方でな!!」

 

 相手の思惑に乗る気はない、と《Sin青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》と《Sinサイバー・エンド・ドラゴン》にパラドックス諸共、神崎を消し飛ばさんとブレスを放たせた。

 

 

 

 童実野町の一角で、一際大きな爆音が響く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私のせいだ私のせいだ私のせいだ私のせいだ私のせいだ私のせいだ――」

 

 イリアステルの本拠地、アーククレイドルに戻り、報告を済ませたレインは与えられた一室にて膝を抱え、うわごとのように同じ言葉を繰り返す。

 

 

 イリアステルの存在を相手が知らないものだと断定して作戦を立ててしまったこと。

 

 相手の戦闘能力を見誤ったこと。

 

 己の援護方法が逆に相手を助力してしまう結果に終わったこと。

 

 

 レインの頭を巡る情報は膨大であれど、辿る結論は同じ。

 

 

 それは、パラドックスの敗北が己の不手際のせい――最後は必ずそこに辿り着く。

 

 しかし、多くの情報がレインの頭を巡っていても、そこから先「どうするべきか」が出てこない。

 

 

 今のレインには己が何をしようとも失敗するビジョンしか浮かばない。

 

 

 次に犠牲になってしまうのは誰なのだろうか――そんなことばかり考えてしまう。

 

「レイ……ン」

 

「………………ミサキ」

 

 そんな自責の念に苛まれるレインの一室に来客が訪れる。

 

 その人物は、首元で切り揃えられた青い髪の頭頂部にゼンマイのような巻き毛が特徴の黄色のシャツに白いジャケットを着た何処かレインと似た雰囲気を見せる女性「ミサキ」――レインと同じくデュエルロイドである仲間の一人。

 

 

 そうして、おぼん片手に器用に扉を閉めたミサキの姿を見れば、心配して様子を見に来たことが見て取れた。

 

 だが、こうして自分を心配して様子を見に来たミサキにさえ、今のレインには己が責められているような感覚に陥る。

 

 いつもは飛びつくお盆に乗った料理を前にしても、今のレインは膝を抱えたまま動かない。

 

「ご飯……食べよ? お腹すくと……元気……出ない」

 

「不要。私たちデュエルロイドに食事でのエネルギー摂取は必要ない以上、活動に支障はない」

 

「懐か……しい。昔もそう……言ってた」

 

 やがてミサキがお盆を差し出すも、レインはそっぽを向いて拒絶の姿勢を見せるが、その姿にミサキは昔を思い出しクスリとほほ笑む。

 

 そんなミサキの優しさは、レインにとって針の筵同然だった。ゆえに、矢継ぎ早に言葉を並べたてる。

 

「ミサキ、貴方は優秀だった。デュエルも、Dホイールの操縦技術も、整備技術も、人間生活に溶け込む術も、任務遂行能力も、全て」

 

「え……えう……褒めても何も……出ない……」

 

 そんな優秀な姉貴分――と語るレインの言葉に、小さく照れながら狼狽えるミサキを余所に、レインは確信に触れる。

 

「私はみんなの何?」

 

 知りたい部分は此処だった。神崎が語った「パラドックスがその身を挺する程のなにか」――それがレインにある。ミサキならば知っているかもしれない。

 

 己と似た容姿に、口調、そして雰囲気。そして自身よりも優秀な姉のような存在。己が知らぬ領域の情報を保持している可能性は十二分にあった。

 

 やがてレインの隣に腰掛けたミサキは、レインの頭を自分の肩に倒し、背中をポンポンと軽く叩きながら、告げる。

 

「……仲間、家族、親友……そんな優しい言葉が……合っている……と思う」

 

 だが、それはレインが知りたかった言葉ではない。彼女もまた「知らない」のだ――所詮は「一端末」に過ぎないということか。

 

「でも、その繋がりは私のせいで欠け――」

 

「パラドックスの実力は……みんな知ってる……信頼してる……心配することない」

 

 そうして気落ちするレインの様子を感じ取ったゆえか、ミサキはレインの頭を優しくなでながら元気付けるような言葉を並べるが――

 

「今のままだと……戻ってきた時、心配させちゃう」

 

「……ない」

 

「……? どうしたの? ご飯……食べる気になった?」

 

 そんな中、ポツリと呟いたレインの声にミサキは期待するように反応するが――

 

 

「パラドックスの生存は絶望的。此処には帰って来ない。来れる筈がない」

 

 その発言は現実に絶望しきったもの。

 

 現実は誰の目にも明らかだ。どう考えてもパラドックスの生存に希望を持つことなど出来はしない。

 

 そして、それは他ならぬミサキとて理解している。

 

「…………かもしれない。でもイリアステルの……みんなは『絶望的だから』なんて理由で……諦めたりする人たちじゃない……勿論、パラドックスだって、そう」

 

 しかし滅亡の未来の救済の為に闘い続けてきたZ-ONEたちが、絶望と戦い続けてきた彼らが、「はい、そうですか」と闘志を折ることなどないのだ。

 

「ご飯、置いとく……食べてね」

 

 やがて最後にそう一声かけたミサキは、静かに退室していった。

 

 

 

 

 

 

 

 そうして再び訪れた一人の静寂の只中、レインは再び避けてきた己への問答へと意識を向ける。

 

「私は…………」

 

 だが、それはどれだけ考えようとも答えは出ない問題であった。

 

 パラドックス――イリアステルを取り仕切る中心人物の4人の内の1人。

 

 生前からZ-ONEと共に多くの時間を過ごしてきた盟友と呼ぶべき人物。

 

 

 そんなZ-ONEにとって無二の相手が、半身に等しき存在が、レインの過失によって失われたというのに、Z-ONEたちは一言たりともレインを責めなかった。

 

 処罰らしい処罰もなにもなかった。

 

 何故だ?

 

 親友の命を奪われたと言うのに、何故その原因であるレインを責めない。何故、労わる。

 

 何故だ?

 

「…………私はZ-ONEの…………みんなの…………『何』?」

 

 その問いかけに答えてくれる誰かは此処にはいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ミサキ、どうだった?」

 

「立ち直るには……もう少しかかりそう」

 

 レインがいた一室から戻ったミサキから様子を問うたアンチノミーだが、結果は芳しくはない。

 

「そうなんだ……あの時、ボクが『様子を見よう』なんて言わなければ……」

 

「止せ、アンチノミー。お前まで自らを責めるな――当初の様子見は皆で決めたことだ。お前に責任がある訳でもない」

 

 ゆえに自責するようなアンチノミーへ、アポリアは話を遮って見せる。神崎の危険性を軽視したアンチノミーだが、その意見を最終的に通したのは他ならぬZ-ONEたちなのだ。

 

 今回の一件に対し、アンチノミーに全ての原因がある訳ではない。だが、アンチノミーの気はそれでは済まなかった。

 

「こうなったからには、ボクが……いや、()自身でケリをつける」

 

 普段の優しい青年の顔が鳴りを潜め、Dホイーラーとしての闘志がその身を包む。

 

「なりません、アンチノミー」

 

「Z-ONE! でも――」

 

 しかし、そのアンチノミーの決意は、いつの間にやら現れたZ-ONEによって諫められた。

 

「私も同意見だ。キミを一人で行かせはしない」

 

「その通りです、アポリア。此度の件は、我々でケリをつけねばならないこと――そうでしょう?」

 

 そう、これ以上の余計な犠牲を生まぬ為に、皆で全力を賭してことに当たるべきだ、とアポリアとZ-ONEは語る。

 

 

 

 

 かくして、神崎をデュエルで殺すには些以上に過剰戦力となった一団が、所謂「DM時代」への道を開く。

 

 

 

 

「……同行の……許可を……」

 

「レイン……」

 

 だが、そこに涙の痕が残るレインが慌てた様子で現れた。

 

 その姿に、心配気な声を漏らすミサキを余所に、Z-ONEは厳しい口調で述べる。

 

「最悪の可能性もある――それは理解していますね、レイン?」

 

 相手はパラドックスを殺した相手――平静さを失い、隙を晒すような真似は決して許されない。

 

 

 そんな意図をはらんだZ-ONEの強い視線の前に、レインは小さくとも力強く無言で首を振り、肯定の意を示した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして誘いに乗るようにKC本社ビルの屋上ヘリポートで待つ相手の元へ向かったZ-ONE、アポリア、アンチノミー、ミサキ、レインの前には、想定通りの面々が並ぶ。

 

 

「やはりあなた方もおられましたか」

 

 それはZ-ONEが語るように――

 

「デュエルキング――武藤 遊戯」

 

 デュエリストとして最高戦力、最強のデュエリストたる武藤 遊戯が王者の貫禄を見せて佇み、

 

「唯一無二のブルーアイズ使い――海馬 瀬人」

 

 さらに闇遊戯の隣には、KCの長であり、なおかつデュエルの発展に多大に貢献してきた武藤 遊戯の唯一無二のライバル海馬 瀬人が威風堂々な様子で立ち、

 

「そして、イレギュラー――」

 

 そして歴史改変の影響か生じた「存在しない筈の男」であり、友であったパラドックスの仇でもある人物。神崎 (うつほ)が――

 

 

「――神崎 (うつほ)

 

 ロープで「これでもか!」とグルグル巻きにされた状態で地面に転がっていた。

 

「――!?」

 

――簀巻きにされた神崎 (うつほ)!?

 

 下手人のまさかの有様に仮面越しに二度見するZ-ONE――闇遊戯と海馬があまりに堂に入った具合に並んでいた為、気付くのが遅れたとはいえ、ある意味2人に負けぬ程のインパクトがそこにある。

 

「す、簀巻きにされてるよ、Z-ONE!?」

 

「見れば分かります!!」

 

 遅れて驚愕の声を漏らすアンチノミーを諫めるZ-ONEだが、この会合の主導権を握るように海馬が言葉を割り込ませる。

 

「ふぅん、大まかな話はコイツから聞き出した」

 

「私の知りうる限りの全てをお話しし、命乞いさせて頂きました」

 

 そして神崎もキリッとした顔を作りつつ続くが、簀巻き状態でそんなことを言われても――いや、発言自体がそもそも恰好のつくものではない。

 

「俺はアンタたちと争う気はない」

 

 そんな具合に場が混沌とする中、闇遊戯が自分たちの本音の部分を最初に告げるが――

 

「キミたちになくともボクたちにはある! パラドックスを殺した彼を、私は許すことが出来ない!」

 

 アンチノミーにも「友の死」という譲れぬ部分ゆえか、常日頃の穏やかな部分は鳴りを潜め、Dホイーラーとしての闘志溢れた部分が顔を覗かせるが、その言葉を海馬は鼻で嗤ってみせる。

 

「随分と勝手な物言いだな。殺しに来ておいて返り討ちに遭った途端に喚くなどと、見苦しい真似がよく出来たものだ」

 

「海馬社長、私が言うのもあれですが、理屈と感情は別の話かと――」

 

「――誰が発言を許可した」

 

――すみません。

 

 しかし海馬の言うことも一理あれども、神崎が言う様に「親友の死」というのは理屈が通れば、流せるものでもない。

 

 海馬とて、パラドックスの立場にモクバがいれば、神崎を確実にぶっ殺していることであろう。

 

 

「止せ、海馬。そもそも仇討は必要ない」

 

「それはどういうことだ?」

 

 しかしぶつかる論争を腕で制した闇遊戯の言葉に、今まで沈黙を守ってきたアポリアが反応を見せた。

 

 やがて海馬は屋上に通じる扉へ向けて声を張る。

 

「ふぅん――磯野!」

 

「ハッ!」

 

 やがて開かれた扉から、磯野が押す車椅子が入場。そして、その車椅子に乗っているのは――

 

「――パラドックス!!」

 

「KCで可能な限り修復しておいた。バイタルも安定している――ただ『殺せ、殺せ』と煩い口は塞がせて貰ったがな」

 

 死んだと思われていたパラドックス。

 

 だが、此方も車椅子に拘束するようにベルトで身体の各部が固定され、口元は海馬の語る理由から布で縛られている。

 

「KCの名にかけてコイツに余計な真似はさせていないことを誓ってやる」

 

 そうして先程の闘志溢れた姿が露と消えたアンチノミーを余所に、海馬は足元に転がる神崎へ親指を落としながらZ-ONEを見やった。

 

「こんな男でも俺のKCの社員だ。そして殺しに来た相手を殺さぬ誠意をコイツは見せた――話くらいは聞いて貰うぞ」

 

 禍根の原因であった「パラドックスの死」が「存在しない」以上、残るのは「殺しを行おうとした罪人」だけだ。イリアステルとしても旗色はすこぶる悪い。

 

「……分かりました。ですが、まず仲間の状態を此方で確認させて頂きたい」

 

 ゆえにZ-ONEは海馬の要求を受け入れる方向に舵を切った。

 

「好きにしろ」

 

「わ、私……私が……」

 

「待ちなさい、レイン――アポリア、頼みます」

 

「皆まで言うな」

 

 やがて震える手を伸ばすレインを制したZ-ONEは、頼りになる友の1人であるアポリアにパラドックスの状態の確認を願う。

 

 

そうして磯野と一言二言やり取りした後、車椅子からパラドックスを解放しながら損傷具合を調べていくアポリア。

 

 やがて自分の足で立とうとするパラドックスを強引に車椅子に座らせたアポリアは再度拘束した後、車椅子を引きながらZ-ONEたちの元へと戻る。そして――

 

「損傷は残っているが、拠点で修復を行えば今後の活動に問題はない。あの男の言に嘘はないだろう」

 

「よ、良かった~」

 

 アポリアから告げられた朗報にしゃがみ込みながら大きく息を吐いたアンチノミーから、先程まで辛うじて残っていた闘志が完全に霧散した中、その隣でレインは腰を抜かしたようにペタンと座り込み――

 

「あっ、レイン泣かないで!? えーと、うーんと、こういう時は……ほら! 彼の無事を喜ぼう? ねっ?」

 

 無言でポロポロと涙を流し始めたレインの姿に、アンチノミーは慌てた様子でなだめ始めた。

 

「ミサキ――パラドックスとレインのことは任せます」

 

「分かった……レイン……沢山泣くと良い」

 

 そうして車椅子に縛り付けられたパラドックスと、拭いに拭えど涙が止まらぬレインをミサキに任せたZ-ONE。

 

 やがてZ-ONE、アポリア、アンチノミーは闇遊戯たちとの会合に戻る。

 

「其方の要望はなんでしょう?」

 

「ふぅん、簡単な話だ。俺たちとデュエルしろ」

 

「デュエル……ですか」

 

「そうだ。お仲間が無事であろうとも貴様らにとって神崎を殺す理由は未だ健在の筈だろうからな」

 

 しかし海馬の主張はシンプルだった。デュエリストらしく「デュエルでケリをつける」、つまり――

 

「成程、デュエルで勝利した側の要求を呑む――そう言ったお話ですね?」

 

 Z-ONEが頷いたように、勝った方の言うことを聞く――そんな話だ。

 

「話が早くて助かる。貴様らが先に2勝すればコイツの命は好きにして構わん。さらに俺たちも貴様らの計画に手を貸してやろう」

 

――!? 聞いていた話と違う!? 武藤くんと海馬社長にそんな取り決めは……

 

「好きに使って見せるが良い」

 

 やがて海馬は何か言おうとする神崎を黙らせつつ不敵に笑って見せるが、Z-ONEは暫し考えた後、先を促すように相手の要求を問う。

 

「貴方たちが勝てば?」

 

「貴様らが言う所の『未来救済』とやらの計画は俺たちが主導する。パラドックスとやらの行動を見るに、手詰まり感がいなめん――そんな奴らにウロチョロされるのは目障りだ」

 

「お前たちならば未来を救えるとでも騙る気か?」

 

 だが、此処でアポリアが海馬の発言に噛みついた。

 

 イリアステルが一体どれ程の年月をかけて動いて来たかも知らずに、「目障り」などと鼻で嗤われて黙ってなどいられない。

 

「ふぅん、俺が何の策も用意していないとでも? それにコイツ――神崎も考え無しで動くような男ではない。突飛ではあるが、打開策を幾つか用意していた」

 

 しかし、海馬はそんなアポリアの怒りを知った上で、簀巻き状態の神崎を軽く足で小突きながら更に煽って見せる。

 

「その為に俺のKCを利用した真似は腹立たしいがな」

 

「海馬が言う様に俺たちにはアンタたちと協力する用意がある。だが、互いに今日が初対面の間柄だ――だからデュエルでアンタたちの人となりを計らせて欲しい」

 

 やがて、闇遊戯が海馬のフォローをするように、「殺し合う必要性はない」ことを前面に押し出すが――

 

 

「デュエルキングとのデュエル……」

 

「アンチノミー」

 

 思わず自身の願望を呟いたアンチノミーの姿に、Z-ONEは頭痛を堪えるような声を落とした。

 

「あっ、いや、ボクもちゃんと考えてるよ!? 彼を殺そうとしたボクたちが言うのもあれだけど、デュエルで彼のことをキチンと知ることは悪くないと思うんだ」

 

 それに対し、大慌てで取り繕うように言葉を並べたてるアンチノミー。必死か。

 

だが、アンチノミーを責めるのは酷な話だろう。なにせ「デュエルキングとのデュエル」――これを前にして、燃えぬデュエリストはいないのだから。

 

「アポリア、貴方は?」

 

「私はキミの決定に従おう」

 

 やがてアポリアから信頼と言う名の丸投げを受けたZ-ONEは、神崎というイレギュラーの扱いをどうするべきか暫しの間、頭を悩ませた後――

 

「そうですか…………分かりました。此方の先鋒はアンチノミーに出て貰います」

 

「ふぅん、此方は――おい、神崎。さっさと行け」

 

 チキチキ! デュエル三本勝負~! のトップバッターにアンチノミーを指名し、海馬も相手の意を汲んで神崎で迎え撃つ。

 

 そうしてアンチノミーがデッキを準備する中、ロープでグルグル巻きの簀巻きになっている神崎が転がってくる姿に、思わず零す。

 

「……縄をほどいてあげないと――」

 

「では、僭越ながら私が先鋒を務めさせて頂きます」

 

――自力で縄を引きちぎった!?

 

 前に、アンチノミーの心配など無用とマッスルでロープを引きちぎった神崎は、デュエルディスクを構えた。

 

 

「 「 デュエル!! 」 」

 

 

 

 そして熾烈なバトルが始まり――

 

 

TG(テックジーナス)のドローパワーは(やっぱり)凄いですね」

 

アンチノミー〇 VS 神崎●

 

 0帝でエクストラ封じ頑張ったけど、《TG(テックジーナス)ハイパー・ライブラリアン》のドロー加速からの怒涛のアクセルシンクロで敗北。

 

 

 神崎、まさかの(って言う程でもない)敗北――に、海馬は怒声を上げる。もうちょっと粘れと。

 

「貴様、真面目にデュエルしろとあれ程言っただろう!!」

 

「いえ、悲しいことに私の全力はあんなものです」

 

「海馬、神崎もエクストラデッキを活用する『シンクロ召喚』を封じる為に、《轟雷帝ザボルグ》の効果でエクストラデッキを破壊したんだ――此処は上手だった相手を褒めるべきだと俺は思う」

 

 神崎の胸倉を掴む海馬の手を、闇遊戯は抑えながらアンチノミーのデュエリストとしての腕への賞賛を送る――神崎のデュエルに大きな不備がなかった以上、相手が悪かったのだと返す他あるまい。

 

 

「デュエルキングがボクのデュエルを褒めてる……!!」

 

 

 そしてデュエルキングからの賞賛に感極まった様子を見せるアンチノミーを余所に、忌々し気に神崎の胸倉を掴んでいた手を放した海馬は吐き捨てる。

 

「やはり貴様ではなく、アクターを引きずり出すべきだった……!」

 

「止せ、海馬。神崎の件とは無関係なアイツを巻き込むべきじゃない――そう決めただろう?」

 

 やがて話題はアクターの件へと向かう。

 

 だが、言葉の節々の情報から分かるように神崎はアクターの正体「神崎=アクター」であることを明かしたのだが――

 

 遊戯に「そんな嘘は止めてくれ、アクターに失礼だ」と、

 

 海馬に「ヤツの名を掠め盗ろうとは言語道断!」と双方に怒られた経緯がある。

 

 もはや神崎が知らないだけで、本当にアクターがいるんじゃないかと勘違ってしまいそうになる始末だ。

 

 

 やがて再度ロープでグルグル巻きにされ、簀巻きにされた神崎が地面を転がる中、Z-ONEが次のデュエルに出るべきか否かを逡巡するが――

 

「では次鋒は――」

 

 その手をアポリアが制し、前に出た。

 

「Z-ONE、キミの状態を鑑みれば、無理をするべきじゃない。次は私が行こう――こんなくだらぬ茶番も早々に終わらせてくる」

 

「早々に終わらせる――か。この俺を容易く倒せると思い上がった貴様の鼻っ柱! 圧し折ってくれる!!」

 

 やがて高齢のZ-ONEに無理はさせられないと次鋒として出たアポリアの巨体を、海馬は見上げながら獰猛に笑って見せる。

 

 

 

 そして熱いバトルが始まり――

 

 

 

アポリア● VS 海馬〇

 

 アポリアの《機皇神マシニクル(インフィニティ)》が《真青眼(ネオ・ブルーアイズ)の究極竜(アルティメットドラゴン)》に殴り飛ばされるも、

 

 《機皇神龍トリスケリア》で《真青眼(ネオ・ブルーアイズ)の究極竜(アルティメットドラゴン)》を装備カードとして強化し、反撃――

 

 した結果、愛するブルーアイズを奪ったことにブチ切れた海馬による怒りの《青眼の双爆裂龍(ブルーアイズ・ツイン・バースト・ドラゴン)》二連打ァ!!

 

 

 により敗北。

 

 

 (どちらかと言えば)融合使い相手に、シンクロキラーの本領は発揮できなかった。

 

「ふぅん、シンクロキラーだか何だか知らんが、そんなもので俺のブルーアイズは止められん!!」

 

「済まない、Z-ONE……キミにまでデュエルの順番が回ってしまった」

 

 高笑いする海馬を余所に、己の不甲斐なさを悔いるアポリアの肩へZ-ONEはそっと手を置き、優し気な声で語る。

 

「構いません、アポリア。デュエルキングのデュエルを通じれば何かが掴めるかもしれません――それに一人のデュエリストとして、挑みたい想いもあります」

 

「なら俺の全てを賭けて、このデュエルに挑む!!」

 

 そう、此処にデュエルキングとの勝負が幕を開けた。

 

 

 Z-ONEとて――いや、デュエリストなら誰しも一度は思い描く夢の舞台だ。

 

 

 やがてデュエルを始めたばかりの少年のような気持ちを思い出しながらZ-ONEは己が神を繰り出した。

 

 

 

 結果――

 

 

 

Z-ONE● VS 闇遊戯〇

 

 《ブラック・マジシャン》からの《拡散する波動》+《レインボー・ヴェール》による、「モンスター効果無効化しながら全体攻撃」により、強力な時械神の力を封じられた上で薙ぎ払われ、フィニッシュ。

 

 

「これがデュエルキング……!!」

 

「時械神……恐ろしい相手だった……!!」

 

 頬を伝った汗を拭う仕草を見せる闇遊戯が語るように厳しいデュエルだった。

 

 決して破壊されず、バトルダメージをも無効にし、それぞれが強力な効果を保持したカードたち――それが「時械神」である。

 

 闇遊戯のギリギリまで削られたライフが、苦戦を雄弁に物語っていた。

 

 

 だが、これで2勝1敗――KCチームの勝利だ。神崎、足引っ張っただけである。

 

 ゆえにデュエル中は「神……だと……!?」と闇遊戯のピンチの度に冷や汗を流していたことなどなかったように海馬は、闇遊戯の勝利に「当然だ」と満足気な笑みを浮かべつつ、Z-ONEの前に立つ。

 

「ふぅん、決まりだな。だが、神崎のプランは貴様らにも嫌悪感が強いだろう――当分は俺のプランに乗って貰う」

 

「これが、そうなんだが……どうだ、Z-ONE? 未来は救えそうか?」

 

 やがて闇遊戯から差し出された計画書に目を通し始めるZ-ONEたち。

 

 これにはパラドックスも腰にしがみ付くレインを引き連れ、ミサキに車椅子を押して貰いつつ参加。

 

 そうして、海馬プレゼンツ――「破滅の未来を救おう!」計画の概要を把握したイリアステルたちだが――

 

 

 

「ぇ? いやいやいやいや、待って。これは流石に無茶苦茶だよ」

 

 アンチノミーが、その狂った独裁者みたいな――もとい、ちょー壮大なスケールの計画に己の顔の前で手をブンブン振りながら難色を示す。

 

「確かに豪快と言わざるを得ないプランだが、我々にはなかった発想だ。試してみる価値はあるやもしれん」

 

「待て、アポリア。こんなものがこの時代の科学力で成せる訳がない。未来の技術を持ち込む必要がある以上、リスクが――」

 

「ふぅん」

 

 しかし賛同するアポリアに、計画の問題点を指摘したパラドックスの発言を海馬は鼻で嗤う。

 

「――何がおかしい、海馬 瀬人」

 

「笑いたくもなる――歴史の観測者を気取っておいて、KCがかつては何を扱っていたか忘れたのか?」

 

 そうしてパラドックスと海馬の間に2人の意思がバチバチと火花を巡らせる中――

 

「でも、歴史上にそんなものは――」

 

「秘匿された――そうですね?」

 

 顎に手を当て悩む仕草を見せるアンチノミーの疑問へ、Z-ONEが己の閃きを語った。

 

「はい、大田さんも太鼓判を押しておられたので、運用自体は問題ありません。そして貴方のお体の問題も、手立てがございます。ただ双方とも――」

 

「いえ、もう十分です――海馬 瀬人。貴方たちの計画、乗らせて頂きましょう」

 

 そんな中、ロープでグルグル巻きの簀巻きで転がる神崎の説明を打ち切ったZ-ONEは海馬へと手を差し出す。

 

 そう、友好の握手だ。今此処に二つの勢力が手を取り合う。

 

「本当か!」

 

「はい、武藤 遊戯――散った仲間に懸けて誓わせて頂きます」

 

 やがて握手を返さぬ海馬の代わりに手を取った闇遊戯に、Z-ONEは同盟を誓うと共に、地面にてロープでグルグル巻きにされ簀巻き状態で転がる神崎へ向き直る。

 

「そして神崎 (うつほ)。貴方の思惑はどうであれ、パラドックスを無事に引き渡して頂きありがとうございます」

 

「…………ありがとう」

 

「いえ、もし彼の命を奪っていれば、此度の会談は実現しなかったでしょうから、お気になさらずに」

 

 やがて地面を見たまま「そもそも潰し合うつもりはなかった」と、なんか良い感じに纏めようとしている神崎だが、その状態では様になどならぬ。

 

「ああ、それと武藤くん、どうか他の方ともデュエルして頂けませんか? 此度の話が纏まった記念と、彼らの人となりを知って頂く為にも」

 

「俺は構わないが……」

 

「いいの!?」

 

 しかし、そんな様にならぬ神崎から提案された「キミもデュエルキングとデュエル!」な交流にアンチノミーは速攻で喰いついた。

 

 デュエリストならば喰いつかねば嘘であろう。

 

「アンチノミー……」

 

「でもアポリア! キミだって、あのデュエルキングとデュエルしたいだろう!? ボクはしたい!」

 

「それは……そうだが」

 

「なら決まりだね! じゃあ、まずはボクから!」

 

「シンクロ召喚……だったな――俺もその技には興味があったんだ」

 

「 「デュエル!!」 」

 

 

 そうしてアンチノミーを一番手に、イリアステルの面々は久しく忘れていた「楽しいデュエル」を堪能することとなる。

 

 

 たとえ、破滅の未来が姿を変え、形を変え、立ち塞がろうとも、デュエルを以て分かり合った彼らの結束の力があれば、乗り越えていけるだろう確信が神崎の目には見えた。

 

 まぁ、ロープでグルグル巻きの状態では地面以外は見えないのだが。

 

 

 

 

「私……も……デュエル……したい」

 

「ええ、きっと得難い経験になることでしょう」

 

「Z-ONEの言う通りだ。この時代ではなく、本来のお前のデッキで挑むと良い」

 

「……頑張ると……いい」

 

 更にパラドックスに背を押され、ミサキに見送られたレインもまた一人のデュエリストとして、デュエルキングへと挑んでいく。

 

 

 そう、今此処に超優秀なレインは復活を遂げたのだ。

 

 

 

 その磨きのかかったレインの超優秀さがあれば、破滅の未来などよゆーであろう。

 

 

 






最初から遊戯と海馬に(原作知識の漏洩だけを完全に防いだ上で)全てを話せば
丸く収まるんだよォ!! 分かったか、神崎ィ!!



~「ミサキ」って誰よ――な人物紹介~

遊戯王ゲーム「WCS2011」に登場。

メ蟹ックこと遊星を唸らせる凄腕メカニックであり、Dホイーラーでもある。

凄腕メカニックよろしく、無口でクールな印象が強いが、仲間想いの内心が見え隠れする。遊星!

そして褒められたり頼られたりすると狼狽え、照れる――照れ屋な側面も。

劇中では、プレイヤー+プレイヤーのソウルブラザーと共にWRPGに参加するのだが――詳細はゲームをプレイだ!!


少々ネタバレだが、劇中では、赤バージョンのアンチノミーっぽい服装に変身する場面もあり、イリアステルとの関連性を伺わせる――ものの、劇中で詳細が語られることはなかった。

大人の事情があったのだろう。



今作では――
そのアンチノミースタイルの変身パンクでイリアステルと無関係は無理でしょ。

とのことから、イリアステルのメンバーに。

その立ち位置は、遊星を唸らせるメカニックであり、アンチノミーのデルタイーグルと同型のDホイールを乗りこなしていたことから――

アンチノミーたちの後輩くらい、かつ、レインの先輩くらいのポジション。

口調がレインと似ているのは、なにか秘密が――





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第218話 IF話 熱きおっさんたち



どうした? なにを呆けている――IF話はまだまだこんなものではない!

スリップ・ストリームだ! 私の後に続け!!





そんな具合で今回のIF話はリクエストから――

「神崎に気楽にデュエルして欲しい」

「本編でペンギンの人が言っていた『BIG5とのデュエル交流』の話」

「本編のVSモクバ戦のような背負うもののないデュエル」

「休暇を上げて」

などを纏めさせて頂きました。




 

 

 BIG5たちは、何かと便宜を図ってくれる神崎の労をねぎらうべく、BIG5+神崎の6人で飲みに出ていた。

 

 だが、ふと「そう言えば神崎の家に行ったことはないな」との話題が上がり、神崎の城ことお家訪問タイム――そう、宅飲みの流れへ。

 

 

 その流れになったのだが、神崎がBIG5たちを案内した場所は見慣れたマンションが見えるばかり。そう、彼らが「それ」を見間違える筈がない。

 

 何故なら――

 

「社員寮だな」

 

「社員寮ですね」

 

 

 KCの社員に宛がわれた所謂「社員寮」なのだから。

 

 

「ふぇー! 神崎くん、貴方! 社員寮に住んでるんですか!?」

 

「はい、帰って寝るだけですから」

 

――最近は寝てすらいないですが。

 

 

 《ペンギン・ナイトメア》の人こと大瀧が仮にもBIG5と肩を並べる立ち位置の癖に、社員寮暮らしであったことに驚愕の声を上げるが、神崎は「帰って寝るだけ」の場所に興味は皆無だった。

 

 それに加え、最近――冥界の王の力を得てからは、偶に掃除に帰るくらいである。

 

「仮にも上に立つ者として、それはどうなのかね」

 

「そこまでにしておけ――今更、他の場所に移動する方が億劫だ」

 

 そんな中《深海の戦士》の人こと大下の苦言が投げかけられるが、《人造人間サイコ・ショッカー》の人こと大門が手で制する。

 

 もはや乗りかかった船ならぬ、訪れかけた住処――酒の入った状態で、おっさんにこれ以上の長距離移動は面倒臭いのだ。

 

 そうして踏み入れた先は――

 

「せっっっっまッ!! ウサギ小屋ですか此処は!?」

 

 普通のワンルーム。《ペンギン・ナイトメア》の人こと大瀧が肩身の狭さに文句を漏らす程だ。

 

「大の男が6人も集まれば狭いだろうさ」

 

「一人住まいなら、無問題でしょうねぇ」

 

 しかし《深海の戦士》の人こと大下と《ジャッジ・マン》の人こと大岡の言う様に、1人暮らしの部屋は、おっさんが6人も集まるようには出来ていない。

 

 

 そんな中、《人造人間サイコ・ショッカー》の人こと大門が備え付けの冷蔵庫を開くが――

 

「とにかく飲み直そう。神崎、冷蔵庫…………ビールの1本すらないか」

 

「食材の類すら見当たらんぞ」

 

「買い置きはしないタイプなもので」

 

――食事はその辺でサバイバルで済ませますし。

 

 その後ろで冷蔵庫の中身を見た《機械軍曹》の人こと大田の呆れた声を裏打ちするような神崎の言葉通り、このワンルームには何もない。

 

 生活感皆無の一室――いや、実際「生活」に殆ど利用されていない以上、生活感が出る訳もないのだが。

 

 ゆえに、いつもの張り付けた笑顔の神崎へ、「マジか、お前」な5つの視線が突き刺さる中――

 

「カップ麺くらいあるだろう? あれで――」

 

「ないようだね」

 

 《人造人間サイコ・ショッカー》の人こと大門が最後の戸棚を開けるが、《深海の戦士》の人こと大下の言う様に、そこには何もない。このワンルームには何もかもがなさ過ぎる。

 

 話の種どころか、飲み会場所にすら適していないレベルだ。

 

 

「神崎くん! 貴方、修行僧かなにかですか!? もっとお金を使いなさい! お金を!!」

 

「キミのワーカーホリックさは知っていたつもりだが、此処までとはな――正直、舐めていたよ」

 

 ゆえに《ペンギン・ナイトメア》の人こと大瀧と《深海の戦士》の人こと大下が苦言を呈するが、当人は笑って流すスタンスらしく、右から左である。人生投げ捨てスタイルの神崎がデカい家を建てても、寂しいだけだろう。

 

 

 そして狭いワンルームにて6人のおっさんがやいのやいのする中、《機械軍曹》の人こと大田が数少ない家具であるテーブルに此処に来るまでに買っておいた酒の類をドンと乗せた。

 

「言いたいことは分からんでもないがもう止せ、儂はさっさと飲み直したい」

 

「ではグラスをご用意します」

 

 それを合図とするように渋々テーブルの周りにBIG5たちが仕方なしに腰を落とす中、神崎はグラスの類を用意し始める。

 

 そうして、この場から離れた神崎をチラと警戒しつつ見た《ペンギン・ナイトメア》大瀧は、一室にテーブル以外に唯一あった家具――ベッドの下へと手を突っ込んだ。

 

「なにをしておるんだ、大瀧」

 

「ベッドの下には男のロマンが眠っているのです! この大瀧 修三! なにが出ようとも笑って肩を叩き合うことを誓いますぞ!!」

 

 《人造人間サイコ・ショッカー》の人こと大門の訝し気な視線に《ペンギン・ナイトメア》の人こと大瀧から意気揚々と宣言されるも、その内容に《深海の戦士》の人こと大下と《ジャッジ・マン》の人こと大岡はそれぞれ呆れた声を漏らす。

 

「相変わらず子供じみたくだらない真似を……」

 

「酒が回り過ぎてますねぇ」

 

「フッ、なに――儂ら含めて男はいつまでもガキのままだ」

 

 だが、《機械軍曹》の人こと大田だけは楽し気にクツクツと笑っていた。

 

 己が愛する工場で日夜ロマンを追い続ける彼の内には、未だに少年心がヒャッハーしている。多分、死ぬまでヒャッハーしている確信が彼にはあった。

 

 

 そうして子供じみた家探しが密かに行われる中、何も知らずに人数分のグラスをおぼんに乗せた神崎が戻って来れば――

 

「グラスは人数分あったので――って、何をなされているんですか、大瀧さん?」

 

「ふはははは、もう遅いですぞ、神崎くん! 貴方のロマンは今、白日の元に晒されるのです!!」

 

 ベッドの下の獲物の感触に《ペンギン・ナイトメア》の人こと大瀧がクワッと目を見開き、腕を突きあげ「とったどー」と高らかに宣言。

 

 その手に収まるのは1枚のポスターのような大きさの代物。

 

「ポスター……かの?」

 

「グフフ、では早速――オープン!!」

 

 一体なにが描かれたポスターなのか首をかしげる《機械軍曹》の人こと大田を余所に《ペンギン・ナイトメア》の人こと大瀧の手により勢いよく広げられれば――

 

 

 

「これ……は」

 

「デュエルマットだな。正式販売されたヤツだ」

 

「貴方も購入したんですねぇ」

 

 《深海の戦士》の人こと大下、《機械軍曹》の人こと大田、《ジャッジ・マン》の人こと大岡が三者三葉の反応を示すように、ソリッドビジョンシステムが内蔵されたテーブルデュエル用のデュエルディスクならぬ「デュエルマット」である。

 

 場の空気になんとも言えぬ雰囲気が漂う――圧倒的、圧倒的、話題不足!

 

「はい、日常での使用から改良点が見つかる可能性もありますから」

 

 やがて、それらしい理由とともにテーブルに人数分のグラスを並べていく神崎だったが、ここにきて《ペンギン・ナイトメア》の人こと大瀧は激怒した。

 

「かぁー!! また仕事! 仕事仕事で仕事に仕事ですか!!」

 

「訳の分からないことになってますよぉ」

 

 発言の意図を計りかねる《ジャッジ・マン》の人こと大岡が溜息交じりに呟くが、当の《ペンギン・ナイトメア》の人こと大瀧はグラスに注がれたビールをグビッと飲んで気持ちのリセットをするのに忙しい様子。

 

 そんなおっさんの代わりに、今の彼の心情を平たく表せば「つまんねぇ!!」と言ったところか――逆切れも甚だしい。

 

「折角だ。酒の肴に一勝負してみるか――場所、取ってくれんか?」

 

「地面に置けばいいだろう」

 

「それでは、ソリッドビジョンが見え難いだろうが」

 

 それでも退屈しのぎと《機械軍曹》の人こと大田と《深海の戦士》の人こと大下がデュエルの準備のやり取りを余所に《人造人間サイコ・ショッカー》の人こと大門はデュエルマットのサイズを見ながら今後の商品展開に意識を巡らせる。

 

「普段使いも可能な専用の簡易テーブルがあれば便利かもしれんな」

 

「こうなったら、神崎くん! デュエルです! 仕事ばかりの貴方に、私のペンギンちゃんデッキで癒しを叩きつけてやろうじゃないですか!!」

 

 だが、そんな彼らのやり取りを余所に、テーブルに並ぶグラスやら缶ビールやらを一気に隅に寄せた《ペンギン・ナイトメア》の人こと大瀧は、テーブルに、ふんだくったデュエルマットを乗せ、ついでに自身のデッキを乗せて、神崎を指さす。

 

「それをKCで売り出す旨味は見えないな」

 

「その手の会社に話でも持って行っても面白いかもしれんぞ」

 

 《深海の戦士》の人こと大下と《機械軍曹》の人こと大田の会話を余所に、デュエルの流れが止められなかった神崎は、デッキを取り出してデュエルマットの所定の位置に乗せつつ、前世の卓上でのデュエル方式を懐かしみながら――

 

「ではデュエル」

 

「デュエル!!」

 

 

 酔っ払い相手のデュエルが幕を開け、《ペンギン・ナイトメア》の人こと大瀧は、己が相棒たるペンギンたちを次々に展開していった。

 

 

「どうですかねぇ――あまりKCが手を伸ばし過ぎるのも反感を買いますよぉ」

 

 そうしてギャラリーの1人《ジャッジ・マン》の人こと大岡が、「デュエルマット用のテーブル」の需要を酔いの回った頭で議論する中、《ペンギン・ナイトメア》の人こと大瀧のフィールドには――

 

「どうです! 魔法カード《同胞の絆》により、集ったペンギンちゃんたちの愛らしさは! 最高でしょう! 永続魔法《水舞台(アクアリウム・ステージ)》のお陰で水属性モンスター以外では破壊できません!!」

 

 4体のまつげが翼のように長いもの、剣をもったもの、×印の看板をもったもの、氷のアーマーで身体を覆ったもの――それぞれ特徴的な4体のペンギンが、テーブルの上でところせましとデフォルメされた身体で並ぶ。

 

 

大瀧LP:2000

《トビペンギン》 《ペンギンナイト》 《否定ペンギン》 《極氷獣ポーラ・ペンギン》

水舞台(アクアリウム・ステージ)

VS

神崎LP:4000

 

 

 やがてターンを終えた《ペンギン・ナイトメア》の人こと大瀧の布陣は、お得意の永続魔法《水舞台(アクアリウム・ステージ)》により、疑似的な戦闘耐性を有したまさに鉄壁ンギンの構え。

 

「水属性のいない神崎くんのデッキでは太刀打ちできません! なはははは!」

 

「では大瀧さんのフィールドの4体のペンギンカードを2体ずつリリースし、2体の《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》を特殊召喚します」

 

 その構えは、大瀧の4体のペンギンが全て大地から噴出したマグマに呑まれたことで消えた。泳ぎが得意なペンギンたちでもマグマの中は泳げない。

 

「ペ、ペンギンちゃーん!?」

 

 やがて大瀧の愛するペンギンちゃんの命を喰らい、デフォルメされたマグマの化け物が2体ばかり並んだことで、周囲に熱気が立ち昇るようなエフェクトが流れる。

 

 そんな中、神崎は速攻魔法《クリボーを呼ぶ笛》で《ハネクリボー》を呼び、ターンを終えた。

 

 

大瀧LP:2000

《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》×2

水舞台(アクアリウム・ステージ)

VS

神崎LP:4000

《ハネクリボー》

伏せ×1

 

 

「ペンギンちゃんが悍ましい温暖化の化け物に……!? 温暖化はペンギンちゃんの大敵だというのに……!!」

 

だが、今の《ペンギン・ナイトメア》の人こと大瀧は愛らしいペンギンちゃんたちの見るも無残な光景を見せられ、歳のせいか涙が零れそうになる――否、酒のせいである。

 

「煩いぞ、大瀧。今、真面目な話をしとるんだ」

 

「このままでは温暖化の化け物どものせいで、私のライフは次のターンに尽きる……ですが、《ガード・ペンギン》ちゃんがくれば! まだ耐えられます!!」

 

 しかし《機械軍曹》の人こと大田のヤジにもめげず、絶体絶命な大瀧はデッキのペンギンちゃんたちの愛らしい姿を思い浮かべ、己を鼓舞した後、デッキに手をかけ瞳を閉じた。

 

 このままでは《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》2体それぞれの1000ポイントダメージ――合計、2000のダメージで残りライフ2000の大瀧は敗北する。

 

 だが、此処で《ガード・ペンギン》を引けば、ダメージを受けた際に特殊召喚され、その分回復する効果により、大瀧のライフは辛くも残り、反逆の狼煙を上げることが出来るのだ。

 

「温暖化の化け物どもを亀で射出し、神崎くんにペンギンちゃんの怒りの鉄槌を喰らわせて差し上げますよ!! さぁ、ペンギンちゃんたち! 今こそ私に力を!!」

 

 そしてペンギンを愛する想いならば誰にも負けない自負のある大瀧は、次のドローでペンギンちゃんカードを「必ず引いて見せる」と心に誓ってカードを引き抜いた。

 

「――ドロォオオオ!!」

 

 

《ボルト・ペンギン》

 

 

「ぐぁぁああぁああぁ!!」

 

大瀧LP:2000 → → 0

 

 

 ペンギンちゃんを愛するあまり、優劣をつけられぬ大瀧の優しさが招いた敗北だった。

 

 《ガード・ペンギン》だけを望むような真似が彼に出来る筈もない。

 

 

 愛するペンギンちゃんを守れなかった後悔が《ペンギン・ナイトメア》の人こと大瀧の心を苛み、悔し気にテーブルをバンと叩いた。

 

「くっ、温暖化攻撃とは卑劣な! もうひと勝負です、神崎くん!! ペンギンちゃんの仇を――」

 

「失礼。電話が」

 

「あっ、どうぞ、どうぞ」

 

 だが、ペンギンちゃんの大敵である温暖化攻撃(今名付けた)には負けられないと、再度勝負を挑もうとした《ペンギン・ナイトメア》の人こと大瀧だが、コール音の鳴る電話を取り出した神崎をササッと見送り――

 

「ならば、大岡!! BIG5最弱の貴方を倒し、溜飲を下げさせて貰いますよ!!」

 

「ほう、私ならば勝てる……と――いつまでも私が過去のままだと思わないことですね!!」

 

 BIG5の中で一番デュエリストとして未熟な《ジャッジ・マン》の人こと大岡に勝ち星を取りに行った。

 

 今の《ペンギン・ナイトメア》の人こと大瀧のデッキは、まさに勝利のみを追い求める――ヘルペンギンちゃんデッキである(なお、デッキ内容は同じ)

 

 

 

「 「 デュエル!! 」 」

 

 

 そうしてデュエルの攻防が繰り広げられるが、思う様に攻め切れない事実に大瀧は歯噛みする。

 

 大瀧のペンギンの軍勢の前に立つのは――

 

 剣先の伸びる尾と、左右の手に収まる二本の剣を構える鎧姿の戦士、《アーメイル》に

 

 緑の蛇のような体に翼の生えた一つ目のドラゴン《一眼の盾竜(ワンアイド・シールドドラゴン)》と、

 

 コウモリのようなサングラスに青いバトルスーツを着込んだ拳士《格闘戦士アルティメーター》。

 

 

 これら3体は攻撃力も低く、効果も持たない通常モンスターだ。しかし――

 

「どうです! 私の場の3体のモンスターの攻撃力は全て700! 永続罠《ガリトラップ-ピクシーの輪-》によりペンギン共は攻撃できない!!」

 

「くっ、大岡の癖に生意気な!!」

 

 その3体のモンスターの周囲にはとても小さな妖精が円を描くように舞い、水色の壁を形成している。

 

 それらの存在ゆえに、デュエルマットに並ぶペンギンちゃんたちが大瀧に「無理無理」と言わんばかりに前ヒレをパタパタする仕草に大瀧は癒されつつも、想定外の苦戦に再度咆えた。

 

「大岡! どうして私に気持ちよくデュエルさせないのです!!」

 

「同じ攻撃力ゆえに、全て『最も低い攻撃力』となる――攻撃制限ロックか」

 

「通常モンスターでロックビートするなら、もっと打点のある奴を使ったらどうかね?」

 

 そんな理不尽な叫びを余所に酒を飲みつつ観戦ムードな《人造人間サイコ・ショッカー》の人こと大門と、《深海の戦士》の人こと大下が、デッキの改善案を示すも《ジャッジ・マン》の人こと大岡は鼻で嗤って返す。

 

「ふっ、これだから数字でしかものを語れない人間は駄目なんですよ」

 

「ならば、こうです! 亀で、《トビペンギン》ちゃんを射出!!」

 

「うぐっ……!?」

 

 だが、そう嗤う大岡の代わりにデュエルマットにプレイヤーとして立つチェスのルークの駒に、《カタパルト・タートル》の背中のカタパルトから射出された《トビペンギン》は長いまつげの翼を広げて3体のモンスターを飛び越えて着弾。

 

大岡LP:4000 → 3350

 

 

大瀧 LP:4000

《ボルト・ペンギン》 《カタパルト・タートル》 裏守備モンスター

水舞台(アクアリウム・ステージ)》 伏せ×1

VS

大岡 LP:3350

《ア―メイル》 《一眼の盾竜(ワンアイド・シールドドラゴン)》 《格闘戦士アルティ・メーター》

伏せ×1

 

 

 そうして《カタパルト・タートル》の射出効果によるバーン戦術に切り替えた大瀧は、自分のターンエンド宣言と共に高笑う。

 

「ははははは! 貴方が幾ら攻撃を制限しようとも、永続魔法《水舞台(アクアリウム・ステージ)》に守られたペンギンちゃんを倒せなければ、私に攻撃も出来ないのですよ!!」

 

「ふっ、それはどうでしょうねぇ――魔法カード《融合》!!」

 

「自らロックを崩す気ですか!?」

 

驚愕の声を漏らす大瀧の眼前のテーブル上にて、光の輪となった《一眼の盾竜(ワンアイド・シールドドラゴン)》を半透明になった《ア―メイル》が通り過ぎれば――

 

「集いし竜が、太古の力を呼び起こす! 光さす道となれ! 融合召喚! 飛翔せよ! 《魔装騎士ドラゴネス》!!」

 

 土色の兜と鎧を纏い緑の手甲と肩アーマーをつけた二刀流の剣士が背中から生える竜の翼を広げ、なんか星屑っぽいエフェクトを光らせる。

 

《魔装騎士ドラゴネス》 攻撃表示

星3 風属性 戦士族

攻1200 守 900

 

「まだです! 2枚目の魔法カード《融合》発動!」

 

 そしてお次は《格闘戦士アルティ・メーター》が描いた光の輪を骸骨こと《ワイト》が通れば――

 

「集いし骨が、此処に友情(遊城)を紡ぎ出す! 光さす道となれ! 融合召喚! 出でよ! 《アンデット・ウォーリアー》!!」

 

 光の中から肩アーマーだけをつけた骸骨の剣士がクルリと膝を抱えながら1回転した後、両足を左右に広げ、拳を突き出すモーションを取りつつ現れた。

 

《アンデット・ウォーリアー》 攻撃表示

星3 闇属性 アンデット族

攻1200 守 900

 

「《魔装騎士ドラゴネス》に《アンデット・ウォーリアー》か……これまた渋いチョイスを……」

 

「それに加え、魔法カード《簡易融合(インスタントフュージョン)》で2体目の《魔装騎士ドラゴネス》を呼び出した。此方は攻撃できない――となれば、3体の生贄……は、元々揃っていたか」

 

 そして展開を終えた大岡のフィールドを眺める《機械軍曹》の人こと大田と、《人造人間サイコ・ショッカー》大門が推し量る が、大瀧は「その程度」と強気に返す。

 

「はんっ! 融合しても、その攻撃力はたった1200! 効果すら持っていない身では、ペンギンちゃんには勝てません!!」

 

 なにせ、2種とも攻撃力が秀でている訳でもなく、効果を持っている訳でもない――大瀧のペンギンたちを倒すには些か力不足だ。

 

 とはいえ、全て同じ攻撃力の為、永続罠《ガリトラップ-ピクシーの輪-》の攻撃制限により防御面は維持されているが。

 

「魔法カード《クロス・アタック》! さらに魔法カード《威圧する魔眼》! さらにさらに《ワイト》を召喚し、永続魔法《ウィルスメール》!!」

 

 だが、大岡の3枚のカードにより、勝負の流れは大きく変化を見せる。

 

「ほう、これで《魔装騎士ドラゴネス》と《アンデット・ウォーリアー》、そして《ワイト》のダイレクトアタックが可能になったか」

 

 そう、《深海の戦士》の人こと大下が評すように――

 

 同じ攻撃力の2体の内、一方の攻撃権を放棄することでダイレクトアタックが可能になる魔法カード《クロス・アタック》。

 

 攻撃力2000以下のアンデット族モンスターをダイレクトアタックが可能にさせる魔法カード《威圧する魔眼》。

 

 そしてレベル4以下のモンスター1体にダイレクトアタックを可能にさせる永続魔法《ウィルスメール》。

 

 

 これらにより、大岡のモンスターたちは、大瀧を守るペンギンたちの壁を飛び越えることが出来る。

 

「ただいま戻り――」

 

「これもくらいなさい! 行くのです、《ワイト》! ソニック・エッジ!!」

 

 黒い外套を羽織っただけの骸骨が、スピードスケートの選手のように足の骨を滑らせ、左右に動きながら突き進み、大瀧へ回し蹴りを放ち、

 

「続けて――行けっ! 《アンデット・ウォーリアー》!! スクラップ・フィストソォオオオォドッ!!」

 

 勢いよく跳躍した《アンデット・ウォーリアー》が右拳を構えて急降下し、右拳を突き出しながら大瀧へ、拳を振るい、

 

「まだです! 《魔装騎士ドラゴネス》! シューティング・ソニックブレェエェエエェド!!」

 

 胸を反るような仕草で星屑っぽいエネルギーをチャージした《魔装騎士ドラゴネス》がブレスを吐く仕草とともに、己の体で光の矢と言わんばかりに突撃し、剣で鋭い突きを放つ。

 

「ぬわぁぁぁぁああぁあ!!」

 

大瀧LP:4000 → 2800 → 1600 → 1300

 

「これでライフは逆転しましたよぉ」

 

「くっ、大岡の癖に生意気な!!」

 

 人によっては見覚えがある三者三様の攻撃が通った事実にドヤ顔を見せる《ジャッジ・マン》の人こと大岡に、グギギ顔を見せる《ペンギン・ナイトメア》の人こと大瀧。

 

――遊星!? いや、ただの偶然か……

 

 そしてビニール袋片手に戻った神崎が、「遊戯王5D’sで見たことあるやつ!?」な《アンデット・ウォーリアー》周りのやり取りに困惑する中、《人造人間サイコ・ショッカー》の人こと大門が軽く手を挙げて声をかけた。

 

「おお、戻ったか、神崎。しかし買い出しまで……そう、気を使って貰わずとも構わんというのに」

 

「『ついで』でしたから。デュエルはどうなっていますか?」

 

 やがてビニール袋の中からひとっ走り買い出しにいった酒のつまみを取り出す神崎は、現在のデュエルの様子を問えば、《深海の戦士》の人こと大下の実況の声が聞こえる。

 

「ふむ、永続魔法《ウィルスメール》のデメリット効果により、バトルフェイズ終了後に《ワイト》が墓地に送られたことで、永続罠《ガリトラップ-ピクシーの輪-》の攻撃制限ロックも復活する」

 

「大瀧のダメージソースが1ターンに1度の《カタパルト・タートル》に依存しとる以上、大岡が削り切るのが早いだろうな」

 

 そして《機械軍曹》の人こと大田も、《ジャッジ・マン》の人こと大岡の有利を確信し始めるが――

 

「ふはははは! 甘い、甘すぎですぞ、その計算! 罠カード《戦線復帰》! これで墓地のペンギンちゃん1体を守備表示で復活です!!」

 

 大瀧のフィールドに水飛沫が上がったと思えば、その先から氷の外殻をまとったペンギンが跳び出した。

 

「おいでなさい、プリティ・ボディ! 《極氷獣ポーラ・ペンギン》!! 特殊召喚時、相手モンスター1体を手札に戻します! お消えなさい、《魔装騎士ドラゴネス》!!」

 

「ロックを崩す気か」

 

 大門の言う様に、《ガリトラップ-ピクシーの輪-》は自軍モンスター1体では効果を発揮しないカードだ。残った《魔装騎士ドラゴネス》も魔法カード《簡易融合(インスタントフュージョン)》のデメリットでエンド時に破壊される以上、大岡の守りは瓦解する。

 

 

「甘いィ!! カウンター罠《パラドックス・フュージョン》! 私の融合モンスター1体――《魔装騎士ドラゴネス》を2ターン後の未来まで除外し、そのペンギンの戦線復帰を無効!! 飛べない鳥はお消えなさい!!」

 

「ペ、ペンギンちゃーん!!」

 

 かと思われたが、フィールドに戻ろうと跳び上がっていた《極氷獣ポーラ・ペンギン》が《魔装騎士ドラゴネス》の剣のフルスイングによって、お空にホームランされる結果となった。

 

「魔法カード《簡易融合(インスタントフュージョン)》の自壊も回避したが――焦ったな、大瀧。次のターンに発動しておけば、相手のロックを崩せただろうに」

 

 《機械軍曹》の人こと大田の解説を余所に、悔しさからかうつむく《ペンギン・ナイトメア》の人こと大瀧。

 

 

大瀧 LP:1300

《ボルト・ペンギン》 《カタパルト・タートル》 裏守備モンスター

VS

大岡 LP:3350

《魔装騎士ドラゴネス》 《アンデット・ウォリアー》

《ガリトラップ-ピクシーの輪-》 《ウィルスメール》 伏せ×1

 

 

――大瀧さんの有利か。

 

 そうしてBIG5たちの実況とデュエルのやり取りを見た神崎は、デュエルの大まかの流れを把握する。

 

「なはっ」

 

 そして、それを合図とするようにうつむいていた《ペンギン・ナイトメア》の人こと大瀧は不気味な笑い声をあげ始めた。

 

「なははははははっ!!」

 

「敗北を悟り、笑うしかありませんか!」

 

 そんな大瀧の姿を《ジャッジ・マン》の人こと大岡は嘲笑って返すが――

 

「裏守備モンスターをリバース!! 《ペンギン・ソルジャー》!!」

 

「そのカードは!?」

 

 肩アーマーを装着したペンギン剣士の出現に、大岡の瞳は驚愕に見開かれた。

 

 そしてフィールドを駆けた《ペンギン・ソルジャー》が両腕を交差した後、勢いよく剣を水平に振るい水のエフェクトを発生させながら斬撃を放つ。

 

「モンスター2体を手札に戻す《ペンギン・ソルジャー》か――決まったな」

 

「此方を確実に通す為に、相手のリバースカードを前のターンに使わせた訳だな」

 

 やがて《深海の戦士》の人こと大下と、《人造人間サイコ・ショッカー》の人こと大門の出荷される家畜を見るような眼差しとともに、《魔装騎士ドラゴネス》と《アンデット・ウォーリアー》の体が崩れるように消えていき――

 

「その通り!! 新たにペンギンちゃんを呼び出し――さぁ、今こそ行くのです! ペンギンちゃんたち!! 大岡にダイレクトアタック!!」

 

 永続罠《ガリトラップ-ピクシーの輪-》の守りどころか、壁モンスターすら失った《ジャッジ・マン》の人こと大岡には、ペンギンたちの突撃に対し、成す術はなく。

 

「またしても、こんなペンギン野郎にぃいいぃいいい!!」

 

 負け惜しみの罵倒を放つことしか出来なかった。

 

大岡LP:3350 → → → 0

 

 

 

「ふっ、『ペンギン野郎』などと――それは褒め言葉です!!」

 

 大岡の断末魔を余所に、キメ台詞っぽいのをキメ顔で返した大瀧は、グラスに注がれたワインをグビッと飲み干し、息と共に言葉を吐く。

 

「プハァ! あー、スッキリスッキリ! 勝利の美酒は格別ですなあ! ハッハッハ!」

 

「もう1度! もう1度勝負です! 最後に勝ったものが勝者だ!!」

 

 上機嫌な大瀧に、再戦の申し出を入れる大岡だが――

 

「ほほう――なれば、この勝負を最後とし! 勝ち逃げさせて頂きましょう!! はははははッ!!」

 

 大瀧は取り合わず、気分のいいままボトルのワインをグラスに注いで2杯目の勝利の美酒に酔う中、神崎の帰還に気づきグラスを向けた。

 

 

 

「おや、神崎くん。戻っていましたか――どうせ仕事の電話だったのでしょうが、問題なかったですかな?」

 

「いえ、面会予定の話が少々」

 

「なんだ『鳥かご』の話か? それともあの癇癪坊やの話かな? いや、酒の席でする話ではないな」

 

「過去の傷と言うものは厄介だからな――掘り起こされる罪悪感もひとしおだと儂は思うぞ」

 

 だが「面会」との話に様子を伺っていた《深海の戦士》の人こと大下はすぐさま通話相手を把握して興味を失うも、かつては人を殺す兵器を作っていた《機械軍曹》の人こと大田からすれば、他人事とは思えない。

 

 しかし、その辺りの事情など関係のない《ペンギン・ナイトメア》の人こと大瀧は神崎が持つビニール袋に視線を向ける。

 

「おやおや? その手の買い物袋はなんでしょう?」

 

「通話の待ち時間の間に、おつまみでも買って来ようと思いまして」

 

「グフフ、チョイスは悪くないですな」

 

 差し出されたビニール袋を受け取った大瀧は三杯目の勝利の美酒におつまみを添え、満足気だ。

 

 そんな中、KC周辺は自分たちの庭も同然である《深海の戦士》の人こと大下にふと疑問が浮かぶ。

 

「しかし近場にこの時間でも空いている店があったとは驚きだよ」

 

「いえ、なかったので急いで走ってきました」

 

「…………肉体改造も程々にしておきたまえ」

 

 とはいえ、浮かんだ疑問も脳筋な回答がなされた為、話を流しにかかる大下。なにかと付き合いの長い後輩にあたる相手とはいえ、この辺りは「何処を目指しているんだ」と理解の及ばない範囲であった。

 

 

 

 そんな中、《ジャッジ・マン》の人こと大岡はデュエルマットをトントンと指で叩きながら、神崎へと視線を向けて眼鏡を上げながら告げる。

 

「神崎くん、戻ってきたのなら一勝負と行こうじゃないですかぁ」

 

 それはデュエルのお誘い。負けて終わるのは我慢がならない様子。だが、態々戻ってきたばかりの神崎を指名したのは――

 

「ふっ、我らに勝てぬと悟って逃げの一手か」

 

 《人造人間サイコ・ショッカー》の人こと大門の言う様に、他のBIG5の面々の実力が高いゆえ。

 

「なんとでも良いなさい。勝てる勝負しかしないのが私のモットーですからねぇ」

 

「さっき思いっきり負けとっただろうに」

 

「黙りなさい、大田! BIG5最弱の汚名も今日限りです!!」

 

 呆れた様子の《機械軍曹》の人こと大田へムキになって怒鳴りつけた大岡は、デッキをシャッフルしてデュエルマットにドンと置いた。やる気が漲っている様子。

 

「キミはそれで良いのかね……」

 

「神崎のデッキは火力に乏しいからな。相性という点ではいい塩梅か」

 

 やがて《深海の戦士》の人こと大下と、《人造人間サイコ・ショッカー》の人こと大門の呆れ気味な声を合図に、デュエルが開始された。

 

 

 そして数ターンが経過し――

 

 

大岡 LP:3000

《アンデット・ウォーリアー》×2 《魔装騎士ドラゴネス》

《ガリトラップ-ピクシーの輪-》 伏せ×1

VS

神崎 LP:1600

《ハネクリボー》

《ウィルスメール》

 

「魔法カード《死のマジック・ボックス》発動!」

 

 《ジャッジ・マン》の人こと大岡の声を合図に、互いのフィールドに現れた3つの「?」マークが並ぶ黒い縦長の箱が1つずつ現れ、指定された2体をそれぞれ閉じ込めた。

 

 すると、大岡のフィールドの箱へ向けて空中より現れた数多の剣が殺到し、中の《アンデット・ウォーリアー》を貫く。

 

「これで貴方の《ハネクリボー》を破壊し、《アンデット・ウォーリアー》をプレゼントしてあげますよぉ!!」

 

 だが、剣が貫いた大岡のフィールドの箱が開けば宣言通り、神崎の《ハネクリボー》の数多の剣が突き刺さっており、対する神崎のフィールドの箱から《アンデット・ウォーリアー》が飛び出した。

 

 

 そうして神崎のフィールドに攻撃表示の的になりかねないモンスターが鎮座する中、《深海の戦士》の人こと大下は缶ビール片手にぽつりと零す。

 

「魔法カード《簡易融合(インスタントフュージョン)》でターンの終わりに自壊する以上、損失はほぼ無しか――キミも飲んだらどうだい、神崎」

 

「今はデュエル中ですので後で頂きますね――破壊された《ハネクリボー》の効果で私はこのターン戦闘ダメージを受けません」

 

 そうして大下から差し出されるもう1本の缶ビールを脇によけた神崎を余所に――

 

「想定内です!! 《アンデット・ウォーリアー》で《アンデット・ウォーリアー》を攻撃!!」

 

「自爆する気か!?」

 

 2体の《アンデット・ウォーリアー》たちがクロスカウンターの様相を見せる中、《機械軍曹》の人こと大田が意図を読み切れず叫ぶ。

 

 

「こら、大門! 貴方、つまみばかり食べ過ぎじゃないですか!? 私が食べる分がなくなるでしょう!!」

 

「こうしてボリボリ頬張るのが好きなんだ。許せ」

 

 そして《ペンギン・ナイトメア》の人こと大瀧と《人造人間サイコ・ショッカー》の人こと大門がくだらないことで揉める中――

 

 

「融合モンスター同士のバトル! この瞬間に私の鬼札が炸裂します!! 罠カード《決戦融合-ファイナル・フュージョン》!!」

 

 

 《ジャッジ・マン》の人こと大岡の必殺のカードが発動された。

 

 その瞬間、周囲からサーチライトの光が2体の《アンデット・ウォーリアー》たちのぶつかり合いに向けられる。

 

 

「バーン狙いか」

 

「そう! バトルする互いの融合モンスターの攻撃力の合計のダメージをお互いに与えます!!」

 

「1200が2体で2400!! 3000のライフを残す大岡はともかく、残りライフ1600の神崎は!!」

 

 そして《深海の戦士》の人こと大下の声に肯定を返した大岡を余所に、《機械軍曹》の人こと大田が余念のないフラグ発言をする中――

 

 

「手札から《ジャンクリボー》の効果を発動。効果ダメージを与えるカード効果を無効にし、破壊します」

 

「無駄ですッ!! カウンター罠《パラドックス・フュージョン》発動!! 私の融合モンスターを2ターン先まで除外し、モンスターの効果を――」

 

 そのフラグの回収に動いた神崎の動きすら《ジャッジ・マン》の人こと大岡は読み切っていた。

 

 

 これにより、大岡の華々しい勝利となる。

 

「あっ」

 

「――なんです、急に」

 

 かと思いきや、つまみ争奪戦をしていた《ペンギン・ナイトメア》の人こと大瀧から零れた驚きの声に、大岡は勝利に水を差されたとばかりに、首を其方に向けるが――

 

『ジャンクリッ!!』

 

 その一瞬の隙をつくように、《ジャンクリボー》の突撃が2体の《アンデット・ウォーリアー》の頬をぶん殴り、結果、その2体はそれぞれ逆方向に飛ばされ、地面を転がった。

 

「馬鹿な!? 何故!?」

 

「カウンター罠《パラドックス・フュージョン》はモンスター効果を無効にするカードではない。大瀧とのデュエルでの《極氷獣ポーラ・ペンギン》の時は、特殊召喚を無効にして効果を発動『する前』だったからな」

 

 やがて《人造人間サイコ・ショッカー》の人こと大門により諸々の説明が成された中、《深海の戦士》の人こと大下は溜息を吐く。

 

「酒の酔いに呑まれたか」

 

「ただのウッカリな気もしますけどねぇ」

 

「昔からデュエルの詰めが甘いヤツだからの」

 

 続く《ペンギン・ナイトメア》の人こと大瀧と、《機械軍曹》の人こと大田に追い打ちを受けた形の大岡は、必殺コンボを躱された事実に苛立つも、ターンを終える。

 

「くっ、罠カード《決戦融合-ファイナル・フュージョン》が……! ですが、次のターンにダイレクトアタックすれば――」

 

「永続魔法《ウィルスメール》の効果を《ハネクリボー》を対象に発動し、バトルフェイズへ――《ハネクリボー》で大岡さんに直接攻撃です」

 

 だが、その次の自分のターンの動きに意識を向ける大岡の盤面のプレイヤー代わりのチェスのルークの駒に、神崎の新たに召喚された《ハネクリボー》が突撃した。

 

 その行動を大岡は嗤う。なにせ、自分への攻撃は――

 

「お忘れですか! 永続罠《ガリトラップ-ピクシーの輪-》がある限り、私への攻撃は――」

 

「モンスターへの攻撃を制限しとるだけだから、ダイレクトアタックには無力だぞ」

 

 だが、その鉄壁の守りへの信頼は、つまみをボリボリ食べ始めた《機械軍曹》の人こと大田の解説によって無為に帰した。

 

「だとしても! たった300ぽっちのダメージでは――」

 

「速攻魔法《バーサーカークラッシュ》を発動。私の墓地の《爆走特急ロケット・アロー》を除外し、《ハネクリボー》1体の攻守を除外したカードと同じにします」

 

 そうして光り輝く一筋の閃光となった《ハネクリボー》の突撃が――

 

《ハネクリボー》

攻300 守200

攻5000 守 0

 

「ちょ待――」

 

 大岡の分身ポジションのルークの駒を貫いた。

 

 

大岡LP:3000 → 0

 

 

 かくして2連敗を喫した大岡はヤケ酒とばかりにワインボトルを直接手に取ってがぶ飲みつつ、苛立ち気に零す。

 

「くっ、あんな雑魚毛玉どもに……!!」

 

「カードパワーはキミも似たようなものだろう?」

 

「攻撃封じのロックを過信し過ぎたな」

 

 だが、《深海の戦士》の人こと大下と《人造人間サイコ・ショッカー》の人こと大門の言う様に、メイン戦力のパワー不足を他のカードで補うスタイルは大岡も神崎も大差ない。

 

 純粋に戦術面の差が出た試合と言えよう。カード効果って間違った認識で覚えちゃう時があるよね――つまりはそう言う話だ。

 

 

 やがて憂さ晴らしとばかりにハイペースで飲み続ける《ジャッジ・マン》の人こと大岡を余所に、《深海の戦士》の人こと大下もデッキを取り出すが――

 

「そろそろ私も参加したいが、相手は――」

 

「タッグ戦はどうだ? 丁度、数も6人で偶数だ」

 

「タッグデュエルモードも試しておきたいの」

 

「ぐふふ、クジの用意は万全ですぞ!!」

 

 《人造人間サイコ・ショッカー》の人こと大門の提案に乗った《機械軍曹》の人こと大田。

 

 そして慣れた手つきで手早くクジを用意した《ペンギン・ナイトメア》の人こと大瀧からクジを引き、3チームでのタッグデュエル大会の流れになり――

 

 

大瀧+大田チーム

 

大下+大門チーム

 

大岡+神崎チーム

 

 

 こんな具合で、神崎の名前だけメッチャ浮く状態のまま、総当たり戦による勝ち星を競うこととなった。

 

 

「リフレクター・ホウル!!」

 

――罠カード《魔法の筒(マジック・シリンダー)》踏んだ!?

 

「良くやった、大下! 後は任せて貰おう――検診のお時間だ!!」

 

 

「ペンギン共の魂を生贄に、降臨せよ! 機械神! 《パーフェクト機械王》!!」

 

「大田! 貴方……なんということを!! 謝りなさい! ペンギンちゃんに謝るのです!!」

 

 

「くっ、フィールドにクリボー共が並んで、融合召喚できない……! しかも《虹クリボー》だけ攻守が違うせいで永続罠《ガリトラップ-ピクシーの輪-》の攻撃制限ロックが使えない……!!」

 

「……すみません」

 

 

 そうして底知れぬ絶望の闇に沈みながら、合計3試合を終えた結果――

 

「優勝は大下と大門のチームか」

 

 《機械軍曹》の人こと大田が優勝者を一応称えた通り、BIG5の二強を有したチームが見事二連勝。というよりは、他のチームはチームプレーが皆無過ぎて相手にならなかった。

 

「流石はBIG5のデュエルトップ2と言ったところですか……では優勝した二人にはこのペンギンちゃんメダルを――」

 

「いらん」

 

 そして優勝者に送られる栄誉ある「ペンギンちゃんメダル」の授与は、《人造人間サイコ・ショッカー》の人こと大門が受け取り拒否したことで、床がキャッチ。

 

「なっ!? 大門! 貴方のペンギンちゃんメダルへの狼藉!! 許しませんぞ!!」

 

 そのノーペンギンな姿勢に大瀧が怒りの声を飛ばすが、当人は右から左で酒を呷り聞いている様子はない。いや、普通にいらないのだろう。

 

 

「こんなものいつも持ち歩いてたんですねぇ……」

 

「酒も無くなってきたな……買い出しも面倒だ。今日は――」

 

「そうですね。お開きに――」

 

 やがて《ジャッジ・マン》の人こと大岡が床に転がるペンギンちゃんメダルを「こんなもの」扱いして拾う中、《機械軍曹》の人こと大田の言に神崎も同調し、此度の宴は――

 

 

「ラーメン食いに行くぞ!!」

 

 

 神崎の意に反して続行となった。アルコールが入るとラーメンが食べたくなるのは何故なのだろう? きっと人体の神秘ゆえなのであろう。

 

「今からかね?」

 

 しかし《深海の戦士》の人こと大下が言う様に、防音がしっかりなされているゆえ騒ぎまくっていたものの、今は深夜。ラーメン屋どころか開いている食事処を探すのも一苦労である。

 

「最近、見つけた屋台があってな」

 

「ぐふふ、KCの医療技術があれば、コレステロールなど恐るるに足りません!!」

 

「……ノーリスクではないんですけどね」

 

「リスクが怖くて暴食が出来ますか!!」

 

 しかし提案しただけあって準備の良い《機械軍曹》の人こと大田と、《ペンギン・ナイトメア》の人こと大瀧の謎の宣言の元、おっさんたちはラーメン屋台を目指し、歩み出す。

 

 

 そう、おっさんたちの夜は明けないのだ。

 

 

 

 

 

 かくしておっさんたちは到着したアイマスクの仮面をつけた店主のいるラーメン屋台にて、夜食のラーメンを食していた。

 

「この歳で、この脂っこさはキツイものがありますねぇ…………」

 

「ぐふふ、ペンギンちゃん印のシーフードにしないから、そうなるのです!!」

 

 だが、彼らはイイ歳したおっさんたち――豚骨ベースのこってり味は胃袋にボディブローを喰らうかの如く、ジワジワと効く。

 

 しかし《ジャッジ・マン》の人こと大岡のくたびれた呟きを余所に、《ペンギン・ナイトメア》の人こと大瀧は魚介系のダシのシーフード風味のラーメンをチョイスした上で「血圧がナンボのもんじゃい!」とばかりにラーメンを平らげる。

 

 そんな中、残りのおっさんたちは諦めムードで日の出を眺めていた。

 

「日も出てきたようだな……」

 

「儂は、明日が――いや、今日が怖いぞ」

 

「暫くは、胃がもたれそうだ」

 

 そう、《深海の戦士》の人こと大下、《機械軍曹》の人こと大田、《人造人間サイコ・ショッカー》の人こと大門たちは、日の出を眺めながら「なんでこんなことしてるんだろう」と酒の酔いから覚め始めていた。

 

 

 明けない夜はない――そう、おっさんたちの夜は此処まである。

 

 

 

「ご馳走様です。お勘定、置いておきますね」

 

 やがてBIG5とは違い少々若いおっさんである神崎が、完食した器と代金を店主に返す中、お開きだとばかりに、《人造人間サイコ・ショッカー》の人こと大門が軽く手を上げ店主に謝罪を入れる。

 

「店主、悪いが残し――ほう、お残しは許さない、と」

 

 だが、そんな出された品を残してしまった謝罪は受け入れられず、店主は屋台からデュエルディスクを取り出した。何故だ。

 

「フッフッフ、ならば其方の言うデュエルで決着をつけよう!! さしずめラーメンデュエルだ!!」

 

――なにそれ!?

 

 

 そんな神崎の内心のツッコミを余所に、デッキをセットしたデュエルディスクを展開させた 大門とラーメン屋台の店主のデュエルが開始される。

 

 

 

 そう、おっさんたちの夜(明朝)は明けぬ。

 

 

 

 

 そんなおっさんたちのフィーバータイムはテッペンアゲアゲのままに、壁も、山も、オゾンすらも Close to you(クロストゥユー)して宇宙にまで届きうることだろうピポ。

 

 

 

 

 

 






残ったラーメンはラーメンデュエルによって別腹を取り戻したBIG5たちがそれぞれ完食しました。



Q:このラーメン屋台の店主って……

A:た、ただのそっくりさんです(震え声)

もしくは先祖(時系列? これはIF話ゆえに知らぬ)



Q:神崎、社員寮に住んでるの!?

A:神崎は、自分にお金を使わないタイプかな? と判断し、住居に拘らない=平時代の社員寮生活を止める理由なさげ……なら、そのままだよね――な流れです。

ご近所付き合いは帰宅が遅い(or帰らない)ので、他の住人は殆ど気付いてない感じです。






~BIG5大岡(《ジャッジ・マン》の人)のデッキ~
彼が使用した《魔装騎士ドラゴネス》を中心にしたデッキ。《ヒステリック天使》? 知りません(おい)

融合素材の攻撃力がどちらも700との奇跡の一致

その為、永続罠《ガリトラップ-ピクシーの輪-》による攻撃制限を主にしたロックビートデッキに舵を切った。


そこに融合体が1体では寂しいと思い永続罠《ガリトラップ-ピクシーの輪-》と共存できる1200打点を探せば、《アンデット・ウォーリアー》を発見。

しかも融合素材である《格闘戦士アルティメーター》の攻撃力が700という奇跡が起こる(もう一方の素材の《ワイト》の攻撃力? ワイトは知りません)

よって(大岡が使用した融合モンスター)《カオス・ウィザード》は犠牲になったのだ……


基本戦術は本編通り、他のカードでダイレクトアタック効果を与え、ロックビートしていく。

奥の手の罠カード《決戦融合-ファイナル・フュージョン》も、融合体の攻撃力が貧弱なため、自滅する危険性が少ない。

そして貧弱な攻撃力ゆえに、カウンター罠《パラドックス・フュージョン》で多少除外しても殆ど痛手にならない。


――と、此処まで語っておいてなんだが、
「やりたいことは分かるが、コスパが悪過ぎる」デッキと言えよう。
《エレキリン》並べれば大体、同じことが出来る悲劇

でも(今作の)闇のプレイヤーキラーさんとは友達になれると思う(小並感)

彼の未OCGカード『魔界の司法取引』『ハ・デスの誘導尋問』がくれば、何とかなるかも……しれなくもないかもしれない(目泳ぎ)




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第219話 IF話 リニューアル



Show must go on(ショー・マスト・ゴー・オン)!  It’s(イッツ)投稿 time(タイム)


2020・11・07
本来あったクロスオーバー回を諸事情により、別枠に移動したので代わりのIF話を投稿させて頂きました。
(諸事情に関しては、詳しくは活動報告をご覧いただければ、幸いです)

今作は『遊戯王シリーズ』一本でいくぜ!!


今回は――

原作キャラから見たアクター

勘違いされているアクター周りの部分を見たい

アクター周りの考察

イリアステルとの和解(別ルート)


などのリクエストを纏めさせて頂きました。






 

 

 イリアステルの本拠地であるアーククレイドルにて、アンチノミーの悲痛さのこもった声がこだまする。

 

「Z-ONE!! 頼む、ボクをパラドックスの元へ行かせてくれ!!」

 

「いけません、アンチノミー。今、最優先すべきはメインプランを進めること――キーマンである貴方に万が一すらあってはならない」

 

 時は「超融合編」が終わった後、生存反応が途切れていないにも拘らず戻らぬパラドックスに「なにかトラブルがあった」と判断し、助けに行くことを進言したアンチノミー。

 

 だが、その主張はZ-ONEには聞き入れられない。

 

 アンチノミーには5D’s主人公「不動 遊星」にシンクロ召喚の新たなる境地を示す使命がある。これはイリアステルの中でアンチノミーにしか出来ないことだ。

 

 万が一、ミイラ取りがミイラになる事態になれば、イリアステルの未来救済の計画は水泡に帰すだろう。

 

「計画の為にはパラドックスの協力はあった方が良い! そうだろう!? 彼の反応がある場所に行って回収すれば済む話じゃないか!!」

 

「そういった問題ではないのです」

 

「だったら、何を問題にしているんだ!! 仲間の安否を不意にする程の理由があるのかい、Z-ONE!!」

 

 しかしアンチノミーは譲らない。パラドックスのいる場所が分かっているのだから、行って帰ってくれば済む話だというのに、どうして此処まで頑ななのか――その理由も教えられずに引き下がることなど彼には出来なかった。

 

「……分かってください」

 

「なら、捜索だけでも良い! 彼の反応が完全にロストした訳じゃないんだろう!!」

 

「パラドックスの潜伏先……いえ、囚われている可能性の方が高い――その場所がKCだと知ってもですか?」

 

 そうして続いた追及に折れるようにZ-ONEが訳を話すが、できれば伏せたままにしておきたかった事実だ。

 

 なにせ、シンクロ召喚の新たなる境地は、研ぎ澄ませた精神が必要不可欠である。ゆえに、その精神を曇らせかねない情報である。アンチノミーの精神力を疑う訳ではないが、懸念は最低限にしておきたかった。

 

「あの海馬 瀬人を退けることが如何に難しいことか分からない貴方ではないでしょう?」

 

「なら、ボクが囮になる!! それなら――」

 

 だが、仲間との絆を重んじるアンチノミーが諦めきれないように声を発する中――

 

「止さないか、アンチノミー。あまりZ-ONEを困らせてやるな」

 

「アポリア……」

 

「帰らぬ友の身を案じているのはキミだけではない。それに加え、これ以上の損失が生じれば計画の実行すら危うくなる」

 

 Z-ONEを援護するようなアポリアの声が届いた。

 

 そう、パラドックスのことを「助けたい」と思っているのはアンチノミーだけではない。Z-ONEもアポリアだって同じである。

 

 しかし、それでも「破滅の未来の回避」という壁の前では酷く動きを制限される現実があるのだ。

 

「ゆえにZ-ONE――私から一つ提案がある」

 

「アポリア、貴方まで――」

 

 

「皆まで言うな。キミの懸念は理解しているつもりだ」

 

 だが、此処でアポリアがアンチノミーの側に回るような発言にZ-ONEが苦言を漏らそうとするが、それをアポリアは制しつつ、指を一つ立てて道を示す。

 

「いるだろう? KCの内部に精通し、神崎 (うつほ)のやり口を熟知し、なおかつ海馬 瀬人に並ぶデュエリストが」

 

 そう、今回のパラドックスの救出にイリアステル以上の適任者が一人いた。

 

役者(アクター)――もう一つのイレギュラー」

 

「彼……が?」

 

 そうして出てきた意外な名前にZ-ONEが考え込む仕草を見せる中、アポリアは説得の為の情報の肉付けを行っていく。

 

「そうだ。彼は協力者であった筈の神崎 (うつほ)の危機に駆け付けなかった――袂を分かつだけの何かが彼らの間にあったことは明白だ」

 

 KCのオカルト課設立から続く関係が、バトルシティを終えた後から途絶えたのだ。その情報を後押しするように、アクターは神崎の危機に駆け付けなかった。

 

 此処に付け入る隙があるとアポリアは示す。

 

「Z-ONE、これならば勝算は決して低くはないだろう?」

 

「彼を此方に引き込む……と?」

 

「そこまでする必要はない。彼がKCに所属していた以上、なんらかの目的があった筈だ。それを此方で叶えてやれば良い」

 

 協力の対価も、イリアステルならば大抵のものは用意できると語るアポリアに、Z-ONEは詳細を詰めるように問いかけた。

 

「接触の方法は?」

 

「KCグランプリから規模を拡大したワールドグランプリが開催されるとの情報がある。ならば強者を求める海馬 瀬人は必ずコンタクトを取る筈だ」

 

「凄いよ、アポリア! これなら――」

 

 神出鬼没なアクターとのコンタクト手段まで用意していたアポリアの手腕に対し、アンチノミーが期待に満ちた声を響かせる中、Z-ONEも内にくすぶる希望を前に最後の懸念を問うが――

 

「もしアクターと戦闘になった場合は?」

 

「安心してくれ、Z-ONE――レインを使う」

 

「ッ!!」

 

 その返答に初めてZ-ONEは眉をひそめた。

 

「その反応は想定済みだ。だが、彼は表の人間を先んじて害することはない。それに加え、表で活動させているレインが消えることで騒ぎが起これば困るのは相手の方だ」

 

 だが、そこからZ-ONEが反対の声を上げる前にアポリアは先んじて危険性は低いことを告げる。

 

 レインは童実野高校の一生徒の肩書がある以上、下手に手を出せば武藤 遊戯を敵に回す可能性すらある――アポリアには「それ」をアクターが許容するとは思えなかった。

 

「……ですが」

 

 しかし、それでも決断を躊躇うZ-ONEにアポリアは瞳に悲哀の色を浮かばせながら相手の心中を察する。

 

「パラドックスの敗北が堪えたようだな」

 

「……仲間との別れが辛くない訳がないでしょう」

 

「Z-ONE……」

 

 たとえ、生前の記憶を転写したロボット(紛い物)であっても、Z-ONEにとって彼らはかけがえのない仲間なのだ。

 

 そんな何処か小さく見えるZ-ONEの姿にアンチノミーが沈痛な声を漏らすが――

 

「違うな、Z-ONE――我々は別れぬ為に動くのだ」

 

 力強く宣言したアポリアの言葉が、彼らを突き動かす結果となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 此処で時は進み、海馬の「ワールドグランプリ」の参加の打診を断ったアクターがKCの屋上から消え、いつの間にやら地上に降り立っていた頃に移る。

 

 

 そうして人の気配のない場所に歩を進めていたアクターは、その足をピタリと止め、物影へ向けて声を放った。

 

「何の用だ?」

 

「私はレイン恵。イリアステルに所属する自律型――」

 

「用件は?」

 

 やがて物影から出てきたレインの語りを切って捨てたアクターの先を促す声に、レインは宙にモニターを映し出す。そこにはノイズをかけ、正体を隠したアポリアが映し出される。

 

『私はアポリア――イリアステルと言えば理解して貰えるか?』

 

「前置きは不要だ」

 

 そしてイリアステルの情報をどこまで把握しているかを試すようなアポリアの問いかけすら一蹴したアクターの姿に、アポリアは「噂通りの男だ」と内心でため息を吐きながら相手に合わせた端的な物言いを返す。

 

『なら、一つキミに依頼したい。報酬は其方の望むものを用意しよう』

 

 これは裏切りの提案。

 

 

 

 

 

 

 

 

 此処で再び時は飛び、アポリアの提案を受けたアクターが、作戦実行に指定した日時――海馬がワールドグランプリの開催地であるアメリカに渡ったタイミングに移る。

 

 

 そうして見届け人+監視役の変装したレインを引き連れKCのオカルト課に向かったアクターが戻るその時を待つアポリア。

 

 だが、待ち人は思いの外アッサリとレインを引き連れ、大きめの麻袋を肩に乗せて帰還した。

 

「戻ったか。こうして直に会うのは初めてだな。私はアポリア、イリアス――」

 

「馴れ合う気はない。確認を」

 

 やがて挨拶代わりの言葉を並べるアポリアを余所に、アクターは肩に担いでいた麻袋をそっと地面に転がして離れ、アポリアの動きを待つ。

 

 そして二人の間にピリピリと奔る緊張感にレインがオロオロする中、アポリアは麻袋を裂いて中身を確認すれば――

 

――パラドックス……! やはり囚われていたか……だが、無事で何よりだ。

 

 そこには瞳を閉じて眠るパラドックスの姿が横たわり、身体の負傷の具合を慎重に確認して終えたアポリアは、今までずっと険しかった表情を和らげさせた――命の危険はなかったようだ。

 

 

 そうしてパラドックスを抱えたアポリアは、再び険しい表情でアクターからの報告を促す。

 

「無事を確認した――対象は?」

 

「始末した」

 

「レイン」

 

「…………く、首……捥いでた」

 

「随分と派手な方法を取ったものだ」

 

 だが、事実確認の為に発言させたレインの言葉にアポリアは眉をひそめた。そう、今回のアクターへの依頼は「パラドックスの回収」だけではない。

 

「『確実に殺した証明をしろ』との条件だった筈だが?」

 

「…………『パラドックスの身柄を第一に』とも言っただろう? いや、そもそも『神崎の首を差し出す』と()()()()()()()()()を私は信じてはいなかった」

 

 それが神崎の殺害――だが、此方は()()()()()()()()()ことであり、アポリアも「適当な理由をつけて逃がす気なのだろう」と信じていなかった。

 

 そして、それ自体に何かを言うつもりもアポリアにはなかった――イリアステルとしては、「パラドックスの無事」だけで十分だったのだから。

 

「其方の要望に沿ったに過ぎない」

 

「だとしても、まさか本当にかつての仲間を売るとはな」

 

「仲間だったつもりはない」

 

 そうして淡々としたアクターの姿に若干の困惑の思いを抱きつつも、アポリアはアクターの仮面を指さしながら話を先に進めた。

 

「………………そうか。なら報酬の話に移ろう。だが、その前に面を外せ。万が一の可能性は排除しておきたい」

 

「必要性が見えない」

 

「お前と神崎が成り代わっている可能性を提示している。神崎 (うつほ)をZ-ONEの元に連れていく訳にはいかない」

 

 それがアクターの素性の確認――低い可能性の一つでしかないが、万が一を考えるのならば、晴らしておきたい部分だった。

 

「私……ちゃんと見た……」

 

「最終確認だ」

 

 しかし「神崎の死」を己が目で確かめたレインから「自身の目を疑うのか」と若干不機嫌な声が届くが、アポリアとしても譲れぬラインである。

 

「映像回線だけ先に開け」

 

「なんだと?」

 

「『二度手間は面倒だ』と言ったんだ」

 

 だが、仮面を外すことに否定的だったアクターはアポリアに追加条件を押し付けつつ、己の仮面へと手を伸ばす。

 

 やがてその仮面がガチャンという音と共に外され、あらわになったその素顔にアポリアの瞳は驚愕に見開かれた。

 

「気は済んだか?」

 

「…………馬鹿な」

 

『アポリア、彼を私の元へ』

 

 やがてアクターの声にも反応を見せぬアポリアだったが、映像を確認したZ-ONEの通信越しの声が届いた瞬間に、内心の動揺を意志の力で抑え込んだ。

 

「…………了解した。Z-ONEの元まで案内しよう」

 

 そうして再び仮面を装着したアクターを連れ、アポリアはイリアステルの本拠地たるアーククレイドルへの道を開く。

 

 

 パラドックスの無事と引き換えに彼らが得た――いや、失うことになるのは果たして。

 

 

 

 

 

 

 神崎の死を受けたKCのオカルト課にて、空いた席にそのまま座ることになった乃亜は、対面にてソファに座る牛尾から渡された報告を前に苛立ちを見せる。

 

「死体がない? どういうことだ、牛尾」

 

 神崎 (うつほ)の死――それが与えた影響は想定よりも遥かに小さかった。

 

 遊戯たちやモクバ、羽蛾、竜崎、北森などの「その死を悲しみつつ、前に進もうとする」面々、

 

 アメルダやヴァロン、佐藤などの「元々神崎に敵が多かった実情を知るゆえに、ある程度の覚悟が既に済んでいた」面々、

 

 アヌビスのような「神崎の死と同時にKCを去った」もの、

 

 BIG5のように「その死に酒の場を設け、静かに弔いを上げる」面々、

 

 オカルト課のお得意様も「乃亜という優秀な引き継ぎ手の存在」から、さして騒ぎ立てることもなかった。

 

 他は海馬や乃亜、ギース、牛尾のような「神崎の死に疑念を持つ」面々の間で「放置」か「追及」で意見が別れた程度だ。

 

 それらの影響の少なさは報告にあった「死体がなかった」との情報も一役買っていることだろう。

 

「ああ、殺害の瞬間までは監視カメラに映像は残ってた――だが、火の手が上がってカメラがおしゃかになった後の空白の時間に誰かが死体を動かした可能性が高ぇ」

 

 牛尾が説明するように、あくまで神崎の死は「無駄に高性能だったKCの監視カメラの映像」と「現場の状況」、そして「忽然と姿を消した神崎の存在」から判断されたに過ぎない。

 

 死亡の瞬間までの経緯以外は未だ明らかになっていない部分の方が遥かに多いのだ。

 

「アクターか?」

 

 ゆえに神崎を殺害したアクターが死体を持ち去った可能性を示唆する乃亜だが――

 

「いんや、アイツは殺しを行った後で直ぐに立ち去ってる。外の防犯カメラにも()()()姿()が映ってた」

 

 監視カメラに神崎の死体が確認できる段階で、アクターは別の場所にいた証拠が残っている以上、その説は否定される。

 

 そして牛尾が踏み込んだ報告を続ければ――

 

「そんでもって、焼け残った場所の血痕を調べさせたんだが……『死体が二本の足で立って動いた』としか考えられねぇ動きだったらしい」

 

「ゾンビ映画さながらだね」

 

「その例えを笑えねぇ研究してっからなぁ、此処は――乃亜、お前さんはツバインシュタイン博士の研究方面を当たってくれねぇか? 俺にはさっぱりだからよ」

 

 明らかになるのは「ありえない」「不可解な」現実ばかり。ゆえに更なる調査が必要と言外に告げた牛尾は、ソファから立ち上がって仕事に戻ろうとするが――

 

「あー、後一個いいか?」

 

「なんだい?」

 

 ふと足を止めて乃亜へと振り返りながら頼み出る。やがて先を促した乃亜の発言に居心地が悪いように頭をかいた後、おずおずと切り出した。

 

「葬式はどうすんだ? 『葬儀は必要ない』って遺言があったんだろ? だけど、俺も世話になった身だし――」

 

「モクバから泣いて頼まれてね。知り合いだけで小さく済ませることにしたよ」

 

「そうかい。日が決まったら教えてくれ」

 

「遺体のない葬式をする羽目にならないようにしないとね」

 

 そうして「せめて遺体くらいは」との願いの元、牛尾が部屋を後にしようとするが、再びその足は迷いを振り切れぬようにピタリと止まった。

 

「…………なぁ、乃亜」

 

「今度はなんだい、牛尾。まだ何かあるのか?」

 

「調査、やめねぇか?」

 

「…………聞こう」

 

 牛尾から告げられた発言の内容に対し、怒鳴り返しそうになった己を律した乃亜は目頭を揉みながら牛尾に着席を促した。

 

 やがて席に着いた牛尾は、言うべきか否かを未だに悩みながら、その重い口を開いた。

 

「そもそも今回の事件は不可解な点が多いんだよ」

 

 そう、今回の「神崎の死」は不可解な点が多かった。それは「死体の消失」だけではない。

 

「アクターが本気だったなら、態々カメラに映る場所を犯行現場に選ぶ訳がねぇ――いや、アイツの身体能力考えれば、証拠すら残さずに殺れた筈なんだ」

 

 バトルシティでアクターの身体能力の一端を知り、なおかつオカルト的な方面の力を熟知している光景を見た牛尾には、今回のアクターの犯行があまりに()()に見えた。

 

 アクターならば誰の目にも触れることなく、神崎を殺害し、痕跡すら残さず立ち去ることが可能だとの確信が牛尾にはある。

 

「だが、結果はどうだ? 『これでもか!』って程に証拠を残してやがる」

 

 いや、そもそも事件の証拠になった「監視カメラの映像」も、態々最新鋭の防犯カメラがズラリと並ぶKCを犯行現場に選ばなければ回避できたことである。

 

 優れたデュエリストを望む神崎なら、アクターが連絡の一つでも入れれば犯行現場は好きに操作できることは明白だ。

 

「まるで『神崎さんはちゃんと死にました』って誰かに宣伝してるみてぇによ」

 

 だというのに、膨大に用意されたとしか思えない証拠の数々はアクターの犯行を裏付け過ぎて、逆に不自然だと牛尾は語る。

 

「だからかねぇ――俺には、あの人が『自分は死んだことにしとけ』って言ってるような気がしてならねぇんだ」

 

 そして極めつけは「神崎が抵抗らしい抵抗ができてない」事実。神崎が武芸に精通していることは牛尾だけでなく、KCの面々なら大体の人間が知っている。

 

 敵に狙われることも多かった神崎が、不意を突かれたからと言って成す術もなく殺される未来が牛尾には見えなかった。

 

「……頭の片隅には残しておくよ」

 

「そう……だな。変なこと言っちまって悪い――残った奴らが納得する為の『答え』がねぇとキツいよな」

 

 そうして今回の不可解さを語って見せた牛尾に乃亜は絞り出すように声を漏らし、言外に退出を促す姿に牛尾は今度こそ一室を後にした。

 

 

 やがて閉まった扉を眺める乃亜は、祈るように合わせた両手を己の額に当てつつ思案する。

 

 牛尾が語った違和感など乃亜は当に気づいていた。だが、その先が分からないゆえに調査に乗り出したのだ。

 

 何の目的で「己の死を偽装したのか」――それを把握しなければ、戻って来る為の環境すら作れない。

 

「……今度は何を企んでいるんだい、神崎」

 

 

 その声に応える誰かはいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 イリアステルの本拠地たるアーククレイドルの一角にある廃材の山にて、Z-ONEは出迎えるようにその両手を広げ、眼下に向けて声を落とす。

 

「こうして直接お会いするのは初めてですね。私はZ-ONE、イリアステ――」

 

「破滅の未来の救済の為に力を貸したい」

 

「貴方が?」

 

 だが、Z-ONEの発言など意に介した様子もないアクターの無礼を、傍に控えていたアポリアがいさめようとするが、それはZ-ONEの目線によって遮られた。

 

そんな周囲のやり取りに意識すら逸らさないアクターは何処までも淡々と話を進めていくが――

 

「プランならある」

 

「聞きましょう。貴方には友を救って貰った借りがある」

 

 Z-ONEは相手の無礼を気にすることなく、先を促して見せた。

 

 そう、ある種のイレギュラーだったアクターは、もう一方のイレギュラーである神崎とは異なり、イリアステルにとって「極めて都合の良い」存在なのだ。

 

 

 窮地に陥った彼の仲間を救い、目障りだったイレギュラーの排除も同時に行い、そして未来の救済に協力的であり、綺麗ごとでは世界が救えぬことに理解を見せ、救済のプランも提示してくれる。

 

 邪険にする方が難しいだろう。

 

 

 そんな肯定的なイレギュラーが語る未来救済のプランは――

 

 

 

「不動 遊星を此方に引き込む」

 

「不動……遊星……を?」

 

 最後の人類へジワジワと幸福と言う名の毒を染み込ませていく。

 

 

 

 

 

 人類の救済を誓う新たなメンバーを加えたイリアステルの活動の行く先は果たして。

 

 

 

 

 

 

 






イリアステルに追われることがなくなったぜ! やったな、神崎!!


死体役:変装したシモベ


Q:素顔って?

A:この時の為にオレイカルコスの力で適当に偽装した。


Q:どうして神崎の死を偽装したの?

A:パラドックスに明かしたプランがアウトだったので、評価リセットを狙った。

つまり神崎は未来を救済するまで「神崎 (うつほ)」として生きることを放棄したので、乃亜が頑張る必要はあんまりない。






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第220話 IF話 完璧な あなた



(IF話を)やめましょう? いいえ、やめません!

決めるのはいつだって自分自身――この胸の奥に秘めた熱い気持ちの赴くまま!!

投稿召喚! 新たなるIF話!!




今回は「神崎に幸せになって欲しい」に類するリクエストを纏めさせて頂きました。

化け物にもならず、人間を捨てることもなく、遊戯たちの中も良く、原作も大きく破綻せず、普通にデュエルを楽しみ、望んだ幸せを手にした神崎です。


題して――
これは、あなたをもとにした、失敗をおかさない理想の姿。完璧なあなた(by某人工知能)


日記形式のお話になります。






 

 

XX月XX日 天気:XX

現実は小説より奇なり。私は転生したようだ。

 

ゆえに今日から後々己を見つめ返せるよう日記をつけることにする。

 

とはいえ、赤子が文章を書いても不審がられる為、暗号化は欠かせない。

 

今世の両親は極めて善良な方のようなので、前世で出来なかった親孝行をしたいと思う。

 

 

 

XX月XX日 天気:雨

色々情報を集めてみたが信じ難いことに、この世界は「遊戯王」の世界らしい。

 

元の世界では平和な日本だった筈だというのに、この日本ではKCが表立って軍事産業を営んでいる。原作のかなり前の時間軸のようだ。

 

歴史を調べた際にも、元の世界とは数々の差異が見られた。

 

初期遊戯王特有の世紀末な世界観を知る身としては、家族の安全に気を配りたい。

 

 

 

XX月XX日 天気:晴れ

この身体は異常だ。

私は人間ではないのではなかろうか?

 

 

 

XX月XX日 天気:XX

取り乱した。

 

前世でそれなり長く生きたつもりであったが、まだまだ若造だったのだと思い知らされる。

 

だが、鉄アレイを握り潰す赤ん坊はまともではないと思う。

 

とはいえ、混沌極まる遊戯王の舞台を前に、この才はありがたく活用させて貰うことにした。

 

 

 

XX月XX日 天気:晴れところにより鉄骨

我が家のラック値低過ぎ。

 

 

 

XX月XX日 天気:XX

取り乱した。

 

二人の愛の結晶である筈の赤子に、私のようなものが紛れ込んだこともそうだが、

 

私の誕生日に家族揃ってお出かけの際に鉄骨落下は呪われているとしか思えない。

 

自身の身体の異常性を把握していこともあって、なんとか二人は守れたのは不幸中の幸いである。

 

とはいえ、園児が大人二人担いで跳んで跳ねた現実を「運動が得意」で片付けないで欲しい。

 

 

二人に誇れる人間であろうと誓う。

 

 

 

XX月XX日 天気:XX

小学校入学。

今日も今日とてイリアステルにイタ電の毎日。

 

子供のイタズラで済む段階でなければ、この策は使えない。

 

メッセージに気付いてくれると良いんだが……

 

 

 

XX月XX日 天気:怒髪天

アポリアに胸倉を掴まれる。とはいえ、彼の手が巨大過ぎる為、殆ど胴体を掴んでいる状態ではあるが。

 

そうしてイリアステルとの接触に成功したが、相手は思っていたよりも怒り心頭だった。当たり前か。

 

ぶっ殺す案もあったが、アンチノミーが断固反対したとのこと――幼子を殺せないであろう彼を信じて良かった……

 

取り引きの成否は相手の反応次第だが、イリアステルが相手では、私の存在はいずれ発覚することは明白な為、幼少時に接触できて本当に良かった。

 

 

 

XX月XX日 天気:異空間

謎空間に誘拐され、Z-ONEと会合。

 

寿命の限界が近いZ-ONEが、ホムンクルスの新しい身体に乗り換える。

案は無事、受理されたとのこと。

 

両親に手出ししないことをZ-ONEが確約してくれた。一先ずは安堵。

 

結果的にアムナエルを売ることになったが、影丸の暴走を止めることを条件に丸く収まったそうだ。

 

えっ? 説得役はパラドックス?

 

 

 

XX月XX日 天気:XX

中学に入学時、中学を卒業した段階でKCに入社する旨を両親に明かした。

 

当然のことながら難色を示した二人だが、KCに落ちた際は高校に通う約束の元、許可を頂いた。

 

正直、申し訳ないことをした思いでいっぱいだが、

 

未来で不幸になる相手を知っていながら見殺すような人間になる訳にはいかなかった。

 

そんな人間は、二人の子としては相応しくない。

 

 

 

XX月XX日 天気:XX

KC入社。

BIG5の大瀧さんとペンギン談義に花を咲かせ、一部署を頂く。やはりコネは強い。

「もはや我々はソウルブラザーですな! はっはっは」とは大瀧さんの談。

 

両親から入社祝いにネクタイピンが届いた。大切にしようと思う。

 

 

 

XX月XX日 天気:XX

ツバインシュタイン博士とギース・ハントを確保し、「ペンギンちゃんの精霊に会えますよ」と大瀧さんのバックアップを十二分に頂きながら、オカルト課設立。

 

私が提案した部署名は「固い」と却下された。私にはネーミングセンスがないのか……

 

 

 

XX月XX日 天気:晴れのちハッスル

マリク父と接触。

原作でのマリクとイシズが行った市場の描写から場所を割り出せて助かった。

王の魂が復活していることを告げ、リシドに跡を継がせる必要がないことを開示。

 

リシドが継ぐことへ難色を示していたマリク父も安堵の息を漏らしていた。

 

だが、酒盛りに付き合うことに。未成年なので、酒は

 

 

 

XX月XX日 天気:XX

二日酔いになるかと思ったが、大丈夫だった。後から来るタイプじゃないよね?

 

マリクは…………その、生まれるでしょう。

 

 

 

XX月XX日 天気:マッスルな方のリーゼントにクロスカウンター

精霊界からの恩恵で医療系の分野を伸ばし、軌道に乗ったことも相まって

剛三郎さんも上機嫌だ。

 

ビジネス上ではあるが、信頼も生まれたと思う。

武器商人としても戦場に顔を出し続けた甲斐があるというもの。

 

ペガサスの恋人、シンディアの治療も終え、マリク母の危篤も乗り越え、獏良の父と妹、天音の死も回避し、過去に悲劇に見舞われる人間たちに手は回し終えた為、土台を固めることにする。

 

 

 

XX月XX日 天気:キレイキレイ

剛三郎さんを綺麗にした。

その際、乃亜の治療を頼まれた為、快諾。

これでKCの問題はあらかた片付いたと思われる。

 

ペガサスもシンディアと共にデュエルモンスターズを世に送り出し始めた為、イリアステルも文句はない筈だ。

 

ゆえに今日も今日とて両親とデュエルで語り合う。

二人とデュエルして思ったが、やはり私の引き運は低いようだ。

 

 

 

XX月XX日 天気:XX

剛三郎さんが瀬人+モクバを連れてきた。

「儂をチェスで負かし、啖呵を切った中々に見どころのある奴だ」とのこと。

 

剛三郎さんが手ずから帝王学を叩きこむそうだ。

 

乃亜にライバルが出来て刺激になるとも言っていた。

 

 

 

XX月XX日 天気:XX

童実野町の治安回復が完了。

 

ゾンパイアファンの花咲くんが通信空手から、空手道に目覚めたが些細な問題だろう。

 

「ヒーローは身体が資本」と通信空手を勧めておいた。

 

騒々寺くんにも特殊な歌唱レッスンを受けさせ、

同じくキレイキレイした牛尾くんと共に童味野高校の治安を守ってもらいたい。

 

 

これで童実野町に溢れていた不良も綺麗サッパリした。

武藤 遊戯が千年パズルを完成させてくれるまでが長かった……

 

 

 

XX月XX日 天気:XX

海馬 瀬人、社長就任。

闇落ちなく、社長になれたのは剛三郎の教育の賜物か。

なお、乃亜は研究側に興味があったとのこと。

 

乃亜は「譲ってあげるよ、兄だからね」と社長を煽っていたが、培養液時代が長かったせいか伸び悩んだ身長のことで煽り返され、デュエルに発展していた。

 

社長が年の割に大柄なだけで、社長と肉体年齢が同い年である乃亜は平均的だと思うのだが……

 

ちなみに剛三郎さんはモクバとデュエルしていた。なお敗北。

 

私は大瀧さんとデュエル。ペンギン強ェ……

 

 

 

XX月XX日 天気:キングダム日和

ペガサスから決闘王の王国の提案がなされた為、各種プロを集めて試合開催。

 

ヴァロン・アメルダ・ラフェールの三銃士の連戦に加え、

 

ペガサスミニオンズとの怒涛の連続デュエルがアテムを強く育ててくれたのも相まって、問題なく終えることが出来て良かった、良かった。

 

社長も宿命のライバルであるアテムと相まみえて、嬉しそうである。

 

キースさんもリベンジに燃えているようでなによりだ。

 

レベッカ並びに孔雀さんが予選敗退したが些事だろう。城之内くんが参加できなかったことは正直済まないと思っている。

彼の妹、静香さんの治療の手配をしておいたので、許して欲しい。

 

 

 

XX月XX日 天気:XX

ペガサスに勝利したアテムの、いや、武藤くんの名は世に広まっていく。決闘王の称号を用意しておかないと。

 

 

 

XX月XX日 天気:XX

マリク父から、王の魂へ試練を課すべく三幻神と戦う舞台が欲しいとの話を受けた。

了解です、バトルシティですね。

 

三幻神は、

マリク父『ラーの翼神竜』

イシズ『オベリスクの巨神兵』

マリク『オシリスの天空竜』

 

な具合で担当するとのこと。リシドは未熟なマリクのサポートだそうだ。

 

 

 

XX月XX日 天気:バトルシティ日和

バトルシティ開催

世界中からプロアマ問わずデュエリストを呼びまくり、KCグランプリも兼ねてみたが、

平和過ぎて本当に何もない。

 

ジークのウィルスも乃亜が解除してくれたので、平和そのものだった。

 

特筆すべきはジークさんとレオンくん、孔雀さんと、城之内くんが予選落ちしたくらいか。

 

 

 

XX月XX日 天気:XX

ジークさんは警察に突き出しておきました。

 

予選で三幻神が社長に流れる事態もあったが、最後はアテムの元に集ったので、マリク父も満足気だ。

 

本戦の顔ぶれが決闘王の王国とあまり変わらなかったが、三幻神のインパクトで興行としての目玉は問題ないだろう。

 

 

 

XX月XX日 天気:ラ〇ュタ

三幻神も揃ったので、武藤くんたちへ事情を話し、パラディウス社にカチコミをかける。

 

アテム、社長、ラフェール、乃亜の四強を前に、ギリギリだったがダーツは倒された。

 

私は、封じられていた魂を解放して回っていたので、現場にはいられなかったが、

 

社長も「出来れば一対一で戦いたかった」とのこと。やはり四人がかりで挑ませたのは正解だった。

 

 

魂を解放し続けていたことも相まってオレイカルコスの神は不完全にすら復活しなかった為、地球の心の闇をアテムが引き受け、めでたしめでたし。

 

 

 

XX月XX日 天気:XX

暫くして、武藤くんたちに再び事情を話し、光のピラミッドからなるアヌビスを討伐してもらう。

 

アテム、社長、ラフェール、乃亜のいつもの四強で挑み、アッサリ目にアヌビスを撃破。

 

ダーツ戦を潜り抜けた彼らは、一段と強くなっていたようだ。

 

 

 

XX月XX日 天気:XX

またまた暫くして、武藤くんたちに事情を話し、トラゴエディアを討伐して貰う。

 

いつもの四強で挑み、フルボッコにされたトラゴエディアだったが、終始楽しそうな笑顔だった。

 

享楽家の考えは分からん。

 

 

 

XX月XX日 天気:究極の闇のRPG日和

マリク父より、墓守の一族の悲願を果たす時が来たとの話がなされたので、エジプトへ。

記憶編の始まりでしたが、何故か巻き込まれた。

 

取り合えずバクラへ襲撃をかけて捕縛後、アテムに事情を話し、遊戯くんたちが失われた名をアテムに伝えた段階で、千年アイテムを借り受けゾーク復活。

 

そしてノータイム、ジェセル! ゾークは滅びた。

 

 

ホルアクティさんから「ちょっとお前ぇ……」な視線を頂いたが、これが最も効率が良い最適解だったので許してください。

 

 

 

XX月XX日 天気:闘いの儀日和

そしてすぐさま闘いの儀。

デュエル史に残すべき一戦である為、社長に頼み撮影許可を頂く。

 

武藤くんたちがプレッシャーに感じぬように極秘裏に撮影。後からネタバラしつつ、デュエル部分を教材に使う許可を頂いた。

 

 

武藤くんのデュエルっぷりに社長も満足気にアテムへ「精々、冥界で腕を磨いておけ」との台詞を投げていた。

 

モクバ様から聞いた話だが社長は「アテムが自分以外に負けた状態じゃ駄目」な理屈らしい。デュエリストは分からん。

 

 

 

そしてマリク父と、武藤くんたち双方から許可を取り、千年アイテムの成仏的な破壊を決行。

 

途中、プラナ?であるディーヴァくんとセラさんが乱入してきたが、儀式の妨害の可能性から、

念の為に呼んでおいた武藤くん、社長、ラフェール、乃亜の四強によって打ち倒された。

 

ついでになんか暴走してクリーチャー化した量子キューブも成仏的な破壊を決行。

 

路頭に迷ったプラナの皆さんはKC管轄の孤児院に預けておいた。

 

日記を書きつつ振り返ってみると、激動の一日だったと思う。

 

 

 

XX月XX日 天気:滅びのバースト・ストリーム

またまた事情を話しイリアステルと接触。海馬社長や武藤くんを含めた面々と会合の場を整えた。

 

武藤くんには「人類が欲望に囚われないようにするにはどうすべきか」

 

海馬社長には「滅びの未来にどう対応すべきか」を話し合う会合だったのだが、

 

海馬社長の「宇宙コロニー作っといてやるから、タイミング見計らって地球捨てて、そっちに住め(意訳)」

との言葉でイリアステルの抱える問題が一瞬で解決した。

 

社長ォ!!

 

 

 

XX月XX日 天気:ドンマイ

歴史の再構築が始まる中、元の科学者の姿に戻りつつあるZ-ONEから「私たちの奮闘は一体何だったのでしょうか……」との相談をされる。

 

なので「貴方の奮闘があったからこそ、この未来に辿り着けたんですよ」と諭しておく。

 

というか、海馬社長の力技過ぎて何も言えない。

 

 

 

XX月XX日 天気:ラブ波動

アポリアさんは、歴史の再構築で「死」がなかったことになった両親と恋人の思い出の記憶が再構築されたことで混乱していた。

 

恋人に「地球を人の住めるような環境に戻せたら結婚しよう」とプロポーズし、両親共々祝われたらしいが、記憶の混乱からか、未だ実感がわかないらしい。

 

話を聞くに、アポリアさんは「地球の再生」を担当しているのか。

 

とはいえ、完全に歴史が再構築されれば、その違和感も綺麗サッパリ消えると思われるが……伝えるのは悪手だろう。

 

 

 

XX月XX日 天気:クリアマインド

イリアステルが宇宙コロニーに帰る前に、アンチノミーから「シンクロ使っても大丈夫かな?」との発言が成された為、

 

シンクロ召喚だけでなく、融合召喚や儀式召喚、アドバンス召喚を万遍なく発展させるように告げておいた。特にアドバンス召喚と儀式召喚はもう少し色々あっても良いと思う。

 

世論の誘導は、パラドックスが頑張るらしい。

 

 

 

XX月XX日 天気:快晴

DMと、ついでに部分的ではあるがGXと5D’sの問題が解決したことで、溜まった休暇を消化。

 

GXはユベルと破滅の光だけな為、今は動けない以上、肩肘張る必要もない為、ようやくフリーな時間といえよう。

 

ゆえに親孝行タイムとして、家族旅行を計画してみた。

 

私としては両親二人の夫婦水入らずでと提案したのだが、重大な発表があるとのことから同行することになった。

 

 

 

XX月XX日 天気:目覚め

旅先で釣りをする中、ソワソワしていた父からシリアス顔で「重大発表」が明かされる。

 

とはいえ、言葉ではなく、父と母に右腕を握られ、母の腹部に手を添えられようとした為、察せざるを得ない。

 

 

そう、これは――

 

 

 

 

 

これは――

 

 

 

 

 

 

 

これは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 都合のいい夢だ。

 

 

 

 

 

 

「あっ、すんません、神崎さん。これから、みんなで飲みに行くって話になったもんで、一応声掛けとこうと思ったんですけど――」

 

 KCのオカルト課にて、ぼんやりした様子で仕事場にいた神崎へ、牛尾の声が届いた段階で、神崎の表情はいつもの貼り付けた笑顔に戻り、何でもない様子で返答がなされる。

 

「いえ、用があるので皆さんで楽しんできてください」

 

「そ、そっすか。お疲れのところ、すんません」

 

「構いませんよ」

 

 やがて牛尾が反応に困ったような表情を見せつつ、ペコリと頭を下げるが、神崎は「気にしていない」と小さく手を振って送り出す。

 

――現実逃避 酷い夢だ。

 

 しかし、その胸中では、己の罪も忘れて都合の良い夢に逃げた自身への嫌悪で満ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――死人みてぇな面してたな。

 

 そんなことなど露知らず、同僚の元へひた歩く牛尾が思わず一人ごちるが、それは誰にも届くことなく記憶の隅に消えていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、たとえ夢であっても、大切な二人に再会できて嬉しいだろう?

 

 

 

 なぁ、    。

 

 






夢落ちなんてサイテー!!



Q:なぜ上げて落とした! 幸せがテーマじゃないのか!?

A:IF話の神崎が幸せになったとしても、本編の神崎には関係のない話だから。




~「完璧なあなた」こと超有能な神崎の情報~

リアルファイト能力は、本編の記憶編の「VSディアバウンド強化体」時のアクターと同等程度。

ゆえにオレイカルコスの神やゾークを相手にリアルファイトを挑めば、この神崎は即死する。


デュエルの実力は大瀧さんに負ける程度な為、早々に見切りをつけ

デュエル部分はアテムや社長を頼ることにした為、アクターが誕生しない。



会社員としても此方の神崎の方が凄く有能。
つまり、嘘は此方の方が上手い為、「原作知識」情報の出処を完全に誤魔化せる。

だが、生存した両親の存在から人を信じる気持ちを忘れずに育った為、情報開示には躊躇しない。


邪悪系の討伐は、戦いの舞台を整えた後は、アテムや社長に任せている為、

本編のように化け物を捕食はしない。その為、純粋な人間である(でもディアバウンドは殴り飛ばせる)


将来的に弟か妹が生まれ、GXの面々と関わる話に繋がる舞台裏が。



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第221話 IF話 遊戯王MKについて語るスレ



ん? おやおや? 私の心の扉(このページ)を開いたら……あと1話、IF話が残っていましたよ?

(以下略)――さようなら、IF編! 青い天使(本編の話)になれなかった哀れな語り部(ストーリー)!!

フフフフ、ハハハハ! ハーハハハハハ!!


そんなこんなで今回のIF話は――

「マインドクラッシュは勘弁な!」のアニメ放送を視聴した人視点のスレッド形式のお話になります。


なお、本編と違って
「神崎」と「アクター」が同一人物である情報が判明していない仕様になっております。

「どうして」だって? そっちの方が面白そうだからさ!!(おい)






 

 

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保守

 

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俺は保守を発動して、ターンエンドだ。

 

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甘いな、カウンター保守発動!

 

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だとしても、結局、保守は発動されるんだよォ!!

 

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ば、ばかな……我が保守が……!?

 

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ふざけ過ぎやろww

保守な

 

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おふざけは許さない!! 保守!!

 

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保守ダンディ!!

 

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いや、そこはガールだろ保守

 

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保守やで!

ところで遊戯王MKってなんなん?

 

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草w

 

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このスレ最初の話題がコレとかww

 

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草生えるwww

 

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くっそwwこんなのでwww

 

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何故、このスレを開いた

 

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遊戯王MK

 

遊戯王シリーズのスピンオフ作品

海馬社長の部下である神崎と、その協力者であるアクターを中心とした

公式曰く「主人公になれなかった者たち」の物語

 

遊戯たちのストーリーでは語られなかった作中の裏側が見どころ。

 

現在、DMの舞台裏が語り終わり、意外な人気ゆえか続編としてGXの裏側がスタート。

 

なお、仮にも遊戯王シリーズの割に、率先してデュエルがなされない。

 

長文失礼

 

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とんだハリキリボーイ☆がいると聞いてww

 

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意 外 な 人 気

 

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マジレス乙

 

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ほえ~サンガツ

 

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イッチにお礼を言いな!

 

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もう言ってる定期

 

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アニメの5D’sの劇場版 超融合~時を越えた絆~の地上波放送の記念キャンペーンが

まだ終わっていないので、○○で配信してますよ

 

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サンクス

ちょっと見てくるわ

 

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イッチやさしくて草ww

 

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ライディングデュエル、アクセラレーション!!

 

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てか、GXの裏話がMKで始まったけどアクター出てる?

表の5D’sの途中までワイが見た限り、見つからんかったけど、見逃してるかもやし

 

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アクターはOCGデッキの販促キャラやろ?

 

固定デッキ無しの便利ポジやし、出てくるやろ。てか、はよワイのAOJを救ってくれ

 

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「アクターが使用したテーマは新規がでる」はガセやぞ

 

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こマ?

 

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そもそも、アクターは所謂「環境テーマ」に類する「OCGで強いデッキ」しか使わへんから

AOJの使用は絶望的やろ

 

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し、死んでる……!(AOJ)

 

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やめてさしあげろ。やめてあげて……

 

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てかDMで死んでたっぽい描写なかったっけ?

 

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まだ裏GXの1話で確定情報は出んやろ

 

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遊戯にフルボッコにされた神崎も結局口割らんかったし

 

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あれはセコ過ぎて笑うわ

 

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やはりブラマジガールはポンコツ……!

 

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マナ修業サボったな?(マハード感)

 

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いや、アレは精霊の鍵の疑似人格やからブラマジガールと直接関係ないやろ

 

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そうなん?

 

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エアプ乙

精霊の鍵の疑似人格は使用者のイメージに強く作用されるって話がMKで出てる

 

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でも神崎ウソばっかりつきおるからなぁ……

 

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視聴者にすら本音を明かさない男――神崎

 

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でも、それやと相棒の頭がピンク塗れにならへん?

 

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王様はともかく相棒は工〇戦車やん

 

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草ァ!!

 

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やめたれww

 

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せや! 年齢考えれば年相応やろ!

 

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周囲がおかしいのばっかりの中で普通やろ!

 

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アンチ乙

社長は死んだ相手にメッセージ送るくらい一途やから

 

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┌(┌^o^)┐ホモォ…

 

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巣へお帰り

 

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メッセージ(現世を地獄に変えかねない実験)

 

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恋する乙女(男)のパワーヤバすぎでしょ

 

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メンヘラ過ぎるwww

 

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恋する乙女に不可能なんてないの!(CV社長)

 

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やめて、レイちゃん!! 脳内再生されちゃう!

 

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アンチ乙

社長は負けヒロインにその会合譲ったから

 

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いやいや、杏子はもはや勝ちヒロインやろ

 

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お相手冥界やん……ババアになるまで放置が勝ちなんか?

 

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勝利とは一体……

 

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俺は……! 俺は負けたくなぃいいぃいぃいい!!

 

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ようやくトメさんの良さが分かったか、亮

 

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おは師範

 

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てか負けヒロインで通じる杏子ェ……

 

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ヒロインレースの勝負に勝って、リア充としての試合に負けたか……

 

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むしろ、こっから相棒に乗り換えられた方がクソやろ

 

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王様は記憶編にてマナにかっさらわれ、

AIBOはレベッカにかっさらわれ、

 

人生空虚じゃありゃせんか?

 

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やめろやめろ!

 

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おい、アンタふざけたこと言ってんじゃ――

 

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乗るな、エー〇!!

 

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なんでや!? エー〇乗ってないやろ!!

 

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大丈夫さ! オカルト課がなんとかする!(丸投げ)

 

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神崎に無茶振りが襲う!

 

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がんばえーかんざきー

 

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何時ものことで笑うww

 

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劇場版DSODって、早い話が痴情のもつれをカッコよくデュエルに変換して上映しただけやからな

 

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草ァ!

 

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これは火の玉ストレートww

 

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相関図、書いたぞ

 

社長

王様 ← 杏子

相棒

城之内くん

 

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男ばっかで草ァ!!

 

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公式ヒロインが添え物扱いで草生えるww

 

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杏子に相棒が向いてないやん!?

 

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ベッキー忘れてるで!

 

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おは御伽

 

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もつれてるの男ばっかりなんですが……

 

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スマン、修正ver

相棒はDMの終わりで杏子への想いを断ち切ってるっぽい描写あったから表示なしね

 

 

社長 → ← モクバ

王様 ← 杏子

相棒 ← レベッカ

城之内くん ← 孔雀舞

蛭谷さん

 

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男増えてて草ァ!!

 

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城之内モテモテで草ァ!!

 

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二股は拙いっすよ社長!

 

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ホモ以外は帰ってくれないか!

 

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┌(┌^o^)┐ホモォ…!!

 

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野郎どもがことごとくヒロイン無視してて笑うwww

 

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圧 倒 的 痴 情 の も つ れ

 

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痴情のもつれに巻き込まれてプラナ世界から弾き出される藍神ェ……

 

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取り乱す藍神は良い眺めだぜ……

 

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藍神ェやっぱお前かわいいなぁ

 

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おは百済木

 

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移り気とか見損ないました蛭谷さんのファン止めます

 

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背伸びして交渉するセラが可愛かったのでセーフ

 

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牛尾さん、こっちです

 

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まぁ、その手の話、嫌がる人もおるやろうし、冗談もそこそこにしとこや

 

MKで判明してる情報見る限り、アクターも多分生きてるやろ

 

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確かに、ゾークとの戦いみれば丈夫さは折り紙つきやね

 

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あの戦いは笑うしかないわ

攻撃力2850の大邪神(笑)とか馬鹿にしてゴメンな、ゾーク様

 

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ちょいちょい人間離れした身体能力は見せてたけどガチってアレは酷いわ

 

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おい、デュエルしろよ

 

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ヌルヌル動いて作画仕事し過ぎぃ!!

 

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ディアバウンドが可哀想だったでゴザル

 

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攻撃力2850? ゾークってOCG化されたん?

 

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王様の心に精霊たちが応えた光景は名シーンごねぇ……(なお

 

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DMとMK見たら知っとるかもやけど、

 

アニメDMの遊戯たち視点でゾークの足止め+千年アイテムを回収したのが

アクターのカーである《烈風帝ライザー》やったんや、

 

んで、ゾークが「アクターは手強かった」って言ってたから、

 

《烈風帝ライザー》の攻撃力2800相手に手古摺ったのかよww

 

なんて話から、手古摺る=ギリギリ勝てるライン=攻撃力2850の大邪神(笑)ww

 

って当時のスレでは揶揄されてたんや

 

長文ゴメンな

 

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OK把握

 

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いやいや、当時も打点2850の訳ないって言われてたで

 

大邪神ゾーク様は、精霊の軍勢やら、三幻神ぶっ飛ばしてたからな!

 

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精霊の軍勢、イロモノ軍団やったやんけ

 

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アニメデビューを果たした、ニサシ殿はカッコよかったでござる

 

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いやいや、ヤリザ殿の槍使いもイケイケでござった

 

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仲良くて草

 

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スタッフ曰く「(精霊の軍勢のメンツは)好きにしてエエで」な話があったらしいからな

 

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スタッフ遊び過ぎやろww

 

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よもやモリンフェン様の雄姿をアニメーションで拝める日が来ようとは……

 

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総がかりで抑えてた地縛神のOCG化されたステ見る限り、ゾーク様のOCGも期待できるやろ

 

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最低限、原作再現の為にも、OCG化の際に神の耐性を奪われた三幻神たちは越えて貰わんとな

 

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オシリスの天空竜 → 敵発生時に対応ステ2000ダウン、ステ0で破壊+手札×1000ステ

 

オベリスクの巨神兵 → 「通常召喚されている場合」、自身以外2体贄で相手「表側」全体破壊+破壊した数×「1000」バーン

 

ラーの翼神竜 → 贄ステ合算+「2000」ライフで相手「表側」全体墓地送り+ライフ100(固定)にして自己強化

(+自軍を全贄にステ強化+ライフ回復はナーフ)

 

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流石、禁止カードにまでなりかけた連中……面構えが違う……!

 

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なお、全員ミラフォで死ぬ

 

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こう見ると、大分弱体化してるな――ヒエラティックテキストの解読ミスったか

 

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伏せ環境ェ……

 

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誰一人、バックには干渉できひんからね……

 

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もっと環境荒らすかと思ったけど、耐性奪われたら案外どうとでもなるわ

 

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三幻神がおると、神以外の攻撃制限がかかるからな――正直、邪魔になることが多い

 

除去効果使った時の攻撃制限、場から離れても残るし

 

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打点勝負なら、他にも幾らでも選択肢あるし、制圧能力持ちのオシリスがちょっと流行った程度やったな

 

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《月の書》で寝るオシリスェ……

 

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オベリスクの最大5000バーンもおもろいんやけどなぁ……

 

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耐性持ち無理やし、破壊の前に逃げられたら贄2体無駄になるし、

 

カウンターで無効化されたら実質5体無駄にするし、オベリスク重すぎィ!!

 

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蘇生したらバニラ同然なの酷くね?

 

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神の贄をケチったらアカンねん――知らんけど

 

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ラーの「対象を取らない全体墓地送り」の最強の除去性能でチャラやから

 

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ライフ+蘇生さえあれば、あらゆるモンスター除去れるからな

 

まぁ、大抵は棒立ちで墓地行きになるんやけど

 

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でもライフ2000コストなら魔法罠も割れるデミスの方が良くね?

 

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儀式は手間が……ラーは蘇生札でイケるし

 

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なおリバースモンスターを除去れずにやられる模様

 

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《人食い虫》にやられる神など見とうなかった

 

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ペンギン(ソルジャー)ちゃんは最強ですぞ!!

 

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おは大瀧重蔵55歳

 

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お陰でゾーク様のOCG化のハードルも下がったやろ

 

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特殊勝利のホルアクティと対になりそうなのは……殴ってライフ削る系?

 

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ホルアクティは「通常召喚された三幻神」を贄にせんとアカンから手間がな……

 

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いやいや、特殊召喚した三幻神でOKやったらホルアクティ祭りになるやんけ

 

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変わりにラーに「特殊召喚不可」つけたらエエやろ!!

 

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や め ろ

 

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コンセプト全否定はアカン

 

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墓地より神は舞い戻――らないだとォ!?

 

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悪夢やんけ

 

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今更やけど、OCGの話題はスレチじゃね?(小声)

 

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大邪神ゾーク様のOCG化が楽しみやで!!

 

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なおアクターに殴り負ける模様

 

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アイツ、ホンマなんやねんwww

 

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戦闘能力ぶっちぎってるからな……

 

一人だけ世界観が違うもん

 

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スレチだと察してMKの話題へ強引に戻すお前らェ……

 

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ハサンと同系統の存在――ってのが最有力やな

 

墓守の一族ってゾークと遊戯が言ってたし、その辺やろ

 

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神崎もよく分かってなかったっぽいしな

 

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三幻神+人間の軍隊+精霊の軍勢の総力戦で足止めしてたのを個人ですなwww

 

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まぁ、お陰であんなデュエル強いのに神崎なんかに従ってた理由がハッキリしたからな

 

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神崎「なんか」って扱いに草ァ!!

 

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その通り過ぎて反論できないww

 

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墓守の一族としてファラオの為に協力関係築いたんとちゃうんか?

 

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そっちもあるけど、多分アクターの中身、人間の形してないやろ

 

DMは勿論のことMKでもアクターの素顔は一切明かさんかったし

 

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そういやバトルシティで飛行船から飛んだ時も

 

海面に映る自分の顔に拳叩きつけてたな

 

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化け物が人間社会で生きるには権力者のサポート必須やろ

 

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早く人間になりたい……

 

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逆や、ゾークからファラオ守る為に人間止めたんや

 

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「主人公になれなかった者たち」ってそう言う……

 

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主人公やったら元の姿に戻れるんやろうけどな

 

アクターは「主人公になれなかった者」やから死ぬまでそのままやろ

 

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そんな忠臣すら利用する神崎のクズっぷりに草も生えない

 

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生えねぇのかよww

 

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まぁ、しゃあないやろ

神崎さん大を生かす為に小を殺すの典型やし

 

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家族見殺しにした人間が、他でためらう訳ないわな

 

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一応、切り捨てる相手を明確な悪人方面にしてる分、まだ分別ついてる方やから

 

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だとしても許される理由には、ならない気が……

 

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そう言われると、ゾークに色々言われる度に動きに迷いが出てたんは心に来るわ

 

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化け物の自覚あったんやろな……

 

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元に戻られへんって分かってたんやろね……

 

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なのにファラオに文句一つ言わない忠臣っぷりよ

 

聞いてるか、イシュタール家

 

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草ww

 

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止めて差し上げろww

 

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止めたれww

 

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なんでや! イシュタール家悪ないやろ!

 

ただ、ファラオを逆恨みして一般人を操りながら強盗繰り返して多くの人たちの人生を狂わせつつ、ラーの実験で大勢焼き殺したマリクと!

 

そんな弟分の凶行を一切止めずに加担していただけのリシドと!

 

2人の逃亡をほう助していた姉上様が、全ての罪状を揉み消そうとしていただけやろ!!

 

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長文乙

 

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擁護になってないww

 

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酷すぎて笑うww

 

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イシュタール家は無罪! ヨシ!

 

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よくねぇよww

 

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豚箱入ったのでセーフ

 

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セーフ判定甘すぎて草

 

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まぁ、神官セトも、墓守の一族の暴走の可能性は考慮してたし、三千年保ったんやからセーフでエエやろ

 

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確か、一族細かく細分化したんやっけ?

 

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せや、判明してるのは――

 

イシュタール家 → 千年ロッド+千年タウク+三幻神の管理 各種石板の管理

 

ボバサ(シャーディー) → 千年秤・千年リング・千年錠・千年眼の管理

 

シャーディー → 各種墓守の一族の監視 + ファラオの観察

 

アクター → 詳細は不明やけど、ゾークを殺す為だけに三千年の間、肉体改造してた一族 ファラオのボディガード的立ち位置

 

アヌビス → DMでは他の一族がやらかした穴を埋める一族と明かされる。なおMKでただの復讐鬼であったことが判明

 

 

こんな感じやね。他は原作でも表に出てないから分からん。

 

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なんで、シャーディー分けたww

 

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こうしてみると、イシュタール家ってメッチャ色々任されてるな……

 

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信頼あったんやろうね

最後の代でやらかしたけど

 

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マリクの父は実は有能だった……?

 

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苛烈ではあったけど、「墓守の一族」としてみれば有能じゃね?

 

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いや、苛烈過ぎやろ……普通に虐待やん

 

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核ミサイル管理してる一族と考えたら、マリクたちのしでかし(プチ家出)は

あのレベルで叱らなアカンやろ

 

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せやな

マリクも「父の仇!」ってアテムに突っかかってた訳やし、普段は良い父親やったやろうしな

 

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リシドも止めるべき立場やのに加担したからな。

 

恩を仇で返されたも同然やし、そらキレるわ

 

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核ミサイル舐め過ぎやろ

 

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お前こそ千年アイテム舐め過ぎやろ

なんのノウハウもないマリクがしでかしたこと忘れたんか?

 

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イシズも千年タウク活用して、のし上がってたもんな

 

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もっとマリクが賢ければorプライド捨ててれば、遊戯は余裕で殺れたやろうからな……

 

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その場合はアクター立ちはだかるやろ――セト、メッチャ有能やん

 

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仮にアクターが暴走しても、不意さえつければ千年ロッドで止めれるもんな

 

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確かにイシズの予知の時に、マリクにリアルファイトしたアクターも

千年ロッド、メッチャ警戒した立ち回りしてたわ

 

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アクターの身体能力忘れたんか? 隙付くとか無理ゲーや

 

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せやせや、イシズの予知では闇マリクですら即殺されてたで

 

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そこでハサン(シャーディー)ですよ

 

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セト様、流石やで……

 

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さすセト!!

 

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有能過ぎて笑うww

 

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三千年後の未来まで読み切るとかバケモンやろww

 

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流石は真のファラオやで……

 

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おはアクナディン

 

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なお、この有能の助言を無視したエジプト一の魔術師

 

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マハードェ……

 

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やっぱマハードくっそ無能やわ

つか、石像’sが割り込まんかったら、《シャドウ・グール》の壁抜け奪われてたって考察マジ?

 

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マナ育てたのでチャラやから

 

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でもダーツの攻撃止めれるんマハードだけやろ

 

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バクラVSアクター戦のリアルファイト見る限り

能力マシマシのディアバウンドやったらマハードもキツイやろ

 

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マハード無能扱いされてるけど、王宮の結界とか細かい部分でメッチャ有能やから

失態の際に、セトも庇ったんやろ?

 

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なにが結界や

バクラとダーツに速攻侵入されとったやんけ

 

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せや、魔術師としてはメッチャ有能や

 

・バクラの初回の襲撃に真っ先に気付く

 

・他の神官が一切気付いていなかったアクターのカー《風帝家臣ガルーム》の存在に気付いていた節がある

 

・セトとシャダが一般兵士のお守りで手古摺りまくった石像の兵士の大群を、一般兵士が討伐可能になるレベルにまで一人で翻弄できる。

 

・セトのカーすら一蹴したリーダー格の石像に寄られても、機転で肉を切らせて骨を断って逆転

 

・後に↑に自爆攻撃されるけど、咄嗟に障壁かなんか張ってギリ生存する

 

・ファラオやセトですら破れなかったアクナディンのカーの拘束をこともなげに打ち消す。

 

・ハサンレベルじゃなければ対応できない《オレイカルコス・シュノロス》の攻撃をファラオが逃げきるまでなら受け止められる。

 

・↑を、三幻神を失ったファラオの助力込みで弾き飛ばす

 

 

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箇条書きマジック!

 

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それ抜きにしてもやっぱ有能やろ

 

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でも独断で勝手に動くからなぁ……

 

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戦略レベルは疑いようのないガチ有能やけど、

 

戦術方面が擁護不可能な程にガチ無能過ぎてな……

 

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これ

 

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天は二物を与えずやね

 

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実際、マハードおらんかったら

 

バクラ(2戦目)かダーツで詰んでたからな

 

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マハード再評価の流れ来てるわ、これ

 

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アンチ乙

元から一定のラインは評価されてたから

 

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せやな。無能な部分が目立ってたけど要所要所で有能やったし

 

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おは、MK見てきたで!

ダークヒーロー好きなワイにクリティカルヒットやわ

 

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とんだハリキリ☆ボーイが戻ってきて草

 

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歓迎するで

 

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ダークヒーロー好きにはアクターは刺さるやろな

厨二の権化やし

 

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アクターもええけどワイは神崎さんにグッと来たわ

正義の為に手を汚すことをいとわへんのがエエね

 

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あっ

 

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あっ

 

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これは神崎エアプ勢ですわ

 

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同意

 

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ハリキリ☆ボーイは表面的な部分で判断してますね、これは

 

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ワイも通った道や

ハリキリ☆ボーイの気持ちは分かるで

 

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ハリキリ☆ボーイ呼びやめい。遊星ちゃうわ

でも、なんでや? 神崎、みんなの為に影で頑張ってるやん

 

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これは幸せにされてますわ

 

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Oh、ハリキリ☆ボーイ……(´・ω・`)

 

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ハリキリ☆ボーイ定着してて笑うww

 

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なんでや? そんな神崎アカンのか?

 

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神崎は「正しい行いをしている」かもやけど「正しくはない」キャラかね

 

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ホビーものの禁忌ぶっこむヤツやもんな

 

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そんな感じやね

 

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? ワールドグランプリで「少年のデュエルに余計なものは排する~~」みたいなエエやつやん

 

ドーマ編でも、子供の時に見殺しにしてしまった両親に恥じぬように~みたいな理由で世直ししてるんやろ?

 

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それも神崎の一面ではある。でも、それは「一面」でしかないんや

 

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手を汚すことはいとわない

 

けど、だからって「何をやっても良い」訳じゃないからな

 

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平たく言えば「ホビーものとかで子供が謎のパワーで悪い怪人と戦う!」に対して

 

「子供に戦いを完全に任せてしまう大人ってどうよ?」なメタファー的な存在やからな

 

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せや、主人公キッズに代わり、悪い怪人の頭に鉛玉ぶち込むのが神崎さんや

 

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捕らえた悪い怪人を解剖・研究して、謎パワーに頼る必要のない武装を整えるのが神崎や

 

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草ァ!!

 

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ワロスww

 

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主人公キッズ泣くわwww

 

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それ「逃げて、怪人さん!」ってなるヤツ(笑)

 

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神崎、法律はギリギリ破ってないかもしれんけど、倫理的な面は踏み越えまくってるからな

 

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まぁ、未来知識の重さに潰れちゃった人やから許したって

 

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神崎の悪い部分があるのは分かったけど

 

でも世界守る為やったら別に問題ないやん

 

このスレにもあったけど、主人公キッズが闘わんで済むようにしてるんやろ?

 

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ダウト

 

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ハリキリ☆ボーイェ……

 

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まぁ、これは予想の範疇や

 

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神崎の巧みなところは、「行動の割合に善行が多い」「救われた人がもの凄く沢山いる」状況を作ることで、

世界に対して、自分の優位性を常に保ってるところやからな

 

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神崎を否定すれば、救われた人に「お前、間違った力で救われたから、本来は死んどかなアカンよ?」って言う様なもんやからね

 

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無辜の民を人質(なお人質は自覚なし)に取るとか、スピンオフとはいえ主人公の器ちゃうわこれ……

 

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アクターはまんま本編の遊戯たちとは真逆なダークヒーローやのにね

 

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「主人公になれなかった者」って、そういう……

 

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普通に主人公の所業ではないわな

 

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ホルアクティが「ヤバい」と思うレベルで神崎の力は膨れ上がっとるからな

 

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善行も、結局のところ神崎の胸先三寸で決まってまうからね

 

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たとえ「子供を戦場に送らない為」であっても「なんでもして良い」訳ちゃうしな

 

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神崎が「(外伝とはいえ)主人公やから大丈夫」と思わせる精神性してないのも問題やね

「手を汚すこと」を一切いとわんのがキツイ

 

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アンチ乙

アンチに騙されるなハリキリ☆ボーイ、神崎はその辺も考えて動いてるから

オカルト課で才能あるデュエリスト集めた事実を忘れて貰っては困る

 

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おっ、神崎擁護派か?

 

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実はワイも擁護派や

アンチ乙さんを支援するで

 

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変な名称つけるなww

 

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ワイも擁護派やったけど、アクター殺した(推定)のがなぁ……

 

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ゾークと戦ってたアクターに助力しなかったのがネックやね

 

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自分を殺せる相手を用意してたって説?

昔はワイもそれで擁護してたけど、相棒戦後のやり取りを見るとなぁ……

 

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往生際悪すぎやろこのおっさん

 

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あそこ神崎が光側に行くターニングポイントよな

 

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神崎は昔を引きずり過ぎなんや

親死んで悲しいんは分かるけど、人間不信こじらせすぎや

 

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いやいや、神崎は絶対光側いかんやろ

いざって時に手を汚せる人間がおらなアカンってスタンスは語り尽くされとるやん

 

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でも、自己保身の部分が強すぎるんが、記憶編で証明されてしまったからなぁ

 

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アンチ乙

神崎は自分がいつ死んでもいいように準備してるから

乃亜を社長ではなくオカルト課に在籍させたことが、その一環なのは明白

 

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せやせや

ゴリラを精霊界に放し飼いにして勉強させてるのとかみれば、

「自分はいつ殺されても仕方ない」って前提で動いてのが見えるからな

 

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ゼーマンの扱いに笑うww

 

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実はゼーマン、ゴリラじゃなくて

ごついサルやのに……

 

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仮に神崎が死んでも

伝説の三騎士がおる限り、ゼーマンは下手なことは出来んからな

あのまま頭脳担当で終わるやろ

 

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ごついサルとか、ほぼゴリラやん

 

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ハァ? ゴリラとサルは違う生き物ですぅ!!

 

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ゴリラ過激派きてて草

 

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いや、サル過激派かもしれん

 

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そもそもゼーマン(悪側とはいえ)精霊やから人間側の尺度、意味ないけどな

 

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ペガサスもビジネスな関係で止めて敵対姿勢みせてないし

 

暴走という問題点はクリアされたようなもんやろ

 

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いや、暴走は常について回る問題やから

 

一時的に解決しても意味ないやろ

 

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てか、暴走の話を突き詰め過ぎると、

「三幻神とか社長はええんか?」って話にも繋がってまうからなぁ……

 

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人間かて、核爆弾みたいなヤバいもん作ってまうからなぁ

 

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いや、それは別ベクトルやろ

 

神崎は「率先して集めている」ことが問題な訳で

 

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その線引きはどうするんや?

 

国家の規模で似たような話、いくらでもあるやん

 

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アホかお前、自分で答え言っとるやんけ

 

「国」っちゅう「大多数が凡そ納得しているシステム」があるからセーフなんや

 

神崎には「それ」がないからアウトって話やろ

 

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ちょっと待って

 

神崎が精霊界の平和維持に関わっとる理由って、まさかコレ?

 

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いやいや、精霊界のルールを物質次元(人間の世界)に持ってくる訳にはいかんやろ

 

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でも人間側のルールで精霊たちを縛った過去があるで

 

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ディアハやら、精霊信仰やら、全部それやもんな

 

神崎は精霊界側のルールを人間の世界に持ち込む前例を求めていた?

 

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アンチ乙

既に普通に精霊界側から人間世界へルール持ち込んでる

 

5D’sの本編に出てきた赤き龍とシグナーの痣の話がまさにソレ

 

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いや、でも、まだ「さわり」の部分やん?

 

詳細が不明な以上、確定情報ではないやろ

 

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話、逸れ始めてるな……

 

神崎の正当性を論じてた筈が、神崎の目的を解明する方向に流れとる

 

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いや、神崎の目的の詳細が分かれば、それを鑑みて「正当性」を論じれるやろ

 

つまり逸れてない

 

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いや、逸れてるやろ

 

神崎の目的がどんなものであれ、「その手段がアウトじゃね?」って主題なんやから

 

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実際の問題として、神崎はかなり倫理的な線は踏み越えてるからな……

 

ちょっと上がってた「アクターを見殺した(推定)」が足引っ張るね

 

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逆に考えてみよや

 

「どんな理由」があったら「アクターを殺して」良い?

 

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アクターが死ななあかん状況やったら、神崎がまず死ぬべきやろ

 

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辛辣で草ァ!!

 

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まぁ、感情的な部分やと、そうなるね

 

ワイらがアクターを切り捨てるには、ちと同情的な感情が大き過ぎるわ

 

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でも、アクターの性格上、「死ぬ必要」があれば、迷わず死ぬよな

 

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ファラオの為に、人生ためらいなく捨てた男やからな

 

……そういや、アクターの性別って男でええやんな?

 

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公式では「あらゆる情報が一切不明」の「謎のデュエリスト」としか書いてない。

 

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名前の「アクター」もシンディアが付けて勝手に広まっただけやからな

 

本人が名乗ったことは一回もないで

 

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デュエルなかったころはぶっとび戦闘能力から別の名前で呼ばれたって話が双六から出てるからな

 

アクターの名称も便宜上ついてるだけで、本人情報はガチ一切不明や

 

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つか、女やったら嫌やわ

 

化け物なって、ファラオの為に人生捨ててな女の子は、流石にかわいそう過ぎる

 

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女やったら、ゴリラ女過ぎて笑うわwww

 

でも、ファラオの為に化け物になって、この先も一生化け物のままなのはキツイ

 

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杏子ちゃん大ピンチの巻

 

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やめやめ、アクターは男、いいね?

 

てか、体格的に男一択やろ

 

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GXに出たゴリラ体型のアマゾネス使いのタニヤっちェ……

 

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あのレベルの女傑ならばヨシ!

 

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まぁ、シンプルに「アクターが死ぬ必要がある理由」なら「暴走」一択じゃね?

 

身体、化け物なんやろ?

 

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救いのない話は、やめてくれメンス……

 

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あの身体能力やったら、デメリットもデカいやろうしな

 

これやわ

 

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【朗報】神崎、許された

 

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許されたのはアクターの殺害だけで、他は許されてないぞ

 

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余罪多くて、草ァ!!

 

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誰か神崎の余罪纏めてくれへん? 多すぎて把握しきられへん

 

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言い出しっぺの法則というものがあってだな

 

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「悪人が相手なら何をしても問題ない」と考えている節がある――とか?

 

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鳥カゴの人体実験(明言はされていない)かね?

 

でも普通に生きてるワイらみたいな一般人には無害やからな、神崎は

 

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シンプルに化け物になった事実は?

 

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なら本題に戻ろや。

「神崎の倫理観スレスレの行動」を「正当化orまぁ、それなら……」できる理由はなんや

 

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ワイには世界滅亡とか安易なもんしか浮かばんわ

 

イリアステルも、それに梃子摺ってるんやろ?

 

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でも、それやと情報共有しない神崎の問題が残るからなぁ……

 

未来知識の悪用の危険と、巻き込むには重い話なんは分かるけど、ことがことやから……

 

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それやと、人類全体で当たるべきクラスの問題やからな

 

感情の問題で明かす気0なのはマズいやろ

 

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でも世界の為に人生捨てるとか無理ンゴ

 

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遊戯ですら無理やったからな……まぁ、遠ざける為の方便っぽいけど

 

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そもそもアンチ乙さんが言ってたみたいに

 

「死にたくない」けど「いつ殺されても仕方がない」が神崎の真理やと思うわ

 

つまり、神崎は「悪行」を自覚して行ってて「許される気はない」前提があるんとちゃう?

 

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「許される気がない」からって「なにしてもいい」訳じゃないぞ?

 

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せやな「罰受ける」から「そこら辺の子供、殺しまくるわ」に通じる話やね

 

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せやせや

「罰」は「赦し」やない

 

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【悲報】神崎、許されない

 

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諦めちゃだめだ!!

 

 

 

 

 

 

 

~~~スレ、論争中~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

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神崎の話題になるといつもスレが荒れるンゴねぇ

 

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もう一人のMKメイン格のアクター側が、ファラオの為に人生投げ打ち過ぎてるからな……

救いなく死んだ(詳細不明)のもあって、擁護派が大半やからやっぱり荒れにくいし

 

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神崎はこすい部分があるからな

変に人間味がある分、賛否が分かれやすい

 

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すまん、ワイが神崎エアプ勢やったばかりに……

 

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エエんやで

荒れるのもスレの醍醐味みたいなもんや

 

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アンチ乙

荒れないにこしたことはないから。

 

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でも、みんなに色々聞いても

神崎に救われて欲しいなって思っちゃうんやわ

 

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それはハリキリ☆ボーイが「神崎」と言う存在を「主人公」として見てるからやな

 

物語の主人公には感情移入してまうし、その主人公に敵対するヤツには「なんやこいつ」って必要以上に噛みついてしまったりするアレや

 

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せやな。

遊戯王ワールドで生きてる人間からすれば、神崎は主人公でもなんでもない

 

ワイらはその視点を知ったから「神崎ェ……」ってなってるんや

 

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パラドックスの時も荒れたからな……

 

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イリアステルが「誰も犠牲にしない方法」を「やり尽くした後」ってのを忘れがちなのよね

 

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全てに手を伸ばした結果、Z-ONE以外残らんかったからな

 

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神崎には頑張って欲しいね

 

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せやな。カードの願いを知った後も、神崎は進むことを選んだんや

 

どこか最後になるか分からんけど、未来を勝ち取って欲しいわ

 

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なんだかんだでお前らも神崎肯定派やんけ

 

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全てを肯定は出来んって話や

 

後ろ暗い部分の多い人間性やからな

 

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せやせや、やからハリキリ☆ボーイが神崎のファンであることを卑下する必要はないで!

 

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ワイらも何だかんだでハッピーエンドのルート目掛けてキン〇バスターする神崎はエエキャラしてると思うからな!

 

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アクターの件も、ひょっこり登場する可能性も一応あるからな!

 

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あっ、ヤバッ!? そろそろスレも限界やん

 

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新しいスレ立てる?

 

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MKも、GXの裏話に差し掛かってるし、普通にいるやろ

 

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それは別スレですべきじゃない?

 

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ワイもまだハリキリ☆ボーイと語らいたいし、立てとこや

 

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ハリキリ☆ボーイ人気で草

 

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ハリキリ☆ボーイ、お前を世界の人気者にしてやるぜぇ……

 

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せやせや、取り合えず立てとこ

 

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なら、こっちで立てますね

 

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流石イッチ! 仕事が早い!

 

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頼むでイッチ!

 

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イッチ有能!

 

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しっかし、MKはGXの裏話突入したけどアクターは幸せになってくれるんやろか……

 

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神崎、忘れたるなよww

 

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手っ取り早く救いが欲しいんなら、二次小説でも覗いたらエエやろ

本編ではありえへんアレコレを見れるんも二次の醍醐味や

 

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アクターたちの幸せを「ありえない」扱いは止めたれww

 

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でもなぁ、アクターにヒロインが出来てキャッキャウフフのパターンはなぁ……

 

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アンチ乙

いや、それはアンチして構わん。やれ

 

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戦端を開くなww

 

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まぁ、アクターに憑依転生したがるヤツなんておらんやろ

墓守の一族として生まれて延々と地獄の肉体改造の日々で、改造後もファラオの為に人生捧げて死ぬコースやからな……

 

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しかもMKですら詳細伏せられたから、対策しようがない罠

 

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ファラオの忠臣ゆえの存在が、それ捨てたらアクターである必要性皆無やしな

 

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一族の縛りなんか無視すりゃエエやん。

あのデュエルの実力と、リアルファイト能力やったら十分可能やろ

 

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おはマリク

 

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やめてさしあげろww

 

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その場合やと墓守の一族だけでなく、神崎も全力で殺しにくるで

 

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神崎やっぱくそったれやわ(笑)

 

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アクターを救うには、「アクターの代わりに一族の業を全て背負う」か

「アクター以上の戦闘能力を身に着けて、ゾークを瞬殺する」が必須やろうからな……

 

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せやな

足手まとい系ヒロインは、確実に神崎に利用されてアクターの足枷にしかならんやろうから

アクター側も絶対拒絶するやろ

 

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なお一定ラインの強さがあっても、足手まといになる模様

 

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ゾーク様が相手やし、しゃーない

 

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アクターの幸せに神崎が一番邪魔で草ァ!!

 

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せや、神崎に憑依転生すればエエんや!

 

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まぁ、社会的地位と金は腐る程ある立場やろうからな

ある意味、俗物的に楽しむ分はアリかもしれん

 

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神崎に憑依転生すると幼少時に不可避の鉄骨落ちてくるぞ

 

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ワロスww

 

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草生えるww

 

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死にゲーかよww

 

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自己評価低めな神崎が「異常なレベルの才能」と評した戦闘?の才がないと回避不可能だった

――って断じたからな

クソゲー過ぎる

 

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アンチ乙

パラドックスの言から、母親の腹の中で死ぬから

 

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MKの奴ら死亡フラグ立ち過ぎやろww

 

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そういや、その部分MKでは詳細まだ語られてへんな

GXの裏話で語られるんかね?

 

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スレ立て失敗しました。再試行します。

 

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イッチ無能!

 

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掌返しやめたれww

 

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リバース掌の警戒を怠ったかイッチよ……

 

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イッチのミスは

きっと神崎の謀略に違いない!!

 

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なんでも神崎のせいにするのやめい

 

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でもMKでは大半の裏側に関わってるんですよねぇ……

 

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やはり神崎は諸悪の根源……!

 

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今度こそスレ立て完了です。

 

遊戯王MKについて語るスレXXX

hXXX//XXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXX/

 

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イッチ有能やな!

 

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ワイはイッチを信じてたで!

 

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お前ら掌ドリルロイドかよwww

 

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ドリルロイドへの熱い風評被害ww

 

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GX作中の使用者の掌もドリルやったし、しゃーない

 

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翔くんに流れ弾で草ァ!!

 

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よっしゃ、お前ら! 《ゴブリンの穴埋め舞台》召喚いくで!!

 

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1000ならアクターにヒロインが出来る

 

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1000なら神崎にヒロインが出来る

 

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┌(┌^o^)┐1000なら神崎がヒロイン

 

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悍ましい提案やめろww

 

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1000なら5D’s本編でアクター登場

 

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実はワイはハリキリ☆ボーイやないんや

 

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えっ?

 

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なん……だと……!?

 

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ば、ばかな……!?

 

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┌(┌^o^)┐…!?

 

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巣に帰るのだ!!

 

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1000ならMKの劇場版放映――って、えっ!?

 

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馬鹿な!? IDは同じだった筈!?

 

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俺たちが見ていたハリキリ☆ボーイは一体……

 

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残像だ

 

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イザナ〇だ

 

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一体いつからハリキリ☆ボーイだと錯覚していた?

 

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ご家族で同じPCを使ってたんか?

 

XXX サイレントデュエリストXXXX/XX/XX(X)XX:XX:XX ID:XXXXXXXX

1000なら本当のハリキリ☆ボーイ降臨

 

XXX サイレントデュエリストXXXX/XX/XX(X)XX:XX:XX ID:XXXXXXXX

本当のってなんだよww

 

1000 サイレントデュエリストXXXX/XX/XX(X)XX:XX:XX ID:XXXXXXXX

みんなただいま! MK見終わったで!!

 

 

 

 

1001 1001Over 1000Thread

このスレッドは1000を超えました。

新しいスレッドを立ててください。

 

 






スレッド形式はこれで良かったのだろうか……(スレ形式エアプ感)



Q:あれ? 神のカードの効果って……

A:OCGの効果(がこんな風だったら良かったな――な願望)です。



~折角のなので制作秘話~

実は神崎にはモデルになった人物がおり、遊戯王作品の原作キャラだったりする。


登場シーンは、遊戯王5D’sの遊星の「答えろ!! 答えてみろ、ルドガー!!」の名シーンでおなじみの第57話に姿を現したルドガー曰く「イリアステルからやってきた男」(人相不明の白スーツの人)

この男の発言が発端となり、善良な研究者だったルドガーが闇落ち。

結果的にゼロリバースを起こした諸悪の根源ポジだったこともあり、
「きっと重要ポジションに違いない……!」と思っていたら、

5D’sの本編が終了するまで一切音沙汰のないモブだった。
あれだけ意味深な登場で「ただのパシリ」って……



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GX編 第1章 原作開始前 サバイバル レース
第222話 王の運命



前回のあらすじ
ガッチャ! マインドクラッシュは勘弁な!!(おい)






 

 

 逆立てた赤い髪をしたボロ切れを着た少年が砂漠の如き荒れ果てた地に立つ砂に埋もれかけた遺跡の跡地にて呆然と雲を眺めていた。

 

 両親から捨てられた身空で、万が一にも戻ってこないようにと、砂漠のど真ん中に放り出す徹底っぷりに、少年は漫然と己の死を受け入れ始めていた。

 

 飢えと渇きに身体の活力は失われて行くも、その心に悲哀の感情さえ湧かず、ただ雲を眺めて死を待つだけの日々。

 

 だが、此処で絶望すら通り過ぎた少年に影がかかる。

 

 

 そんな気配もなく現れた相手に少年の意識が向く中、影より言葉が落ちる。

 

「幾ら空を眺めようとも、空はお前を救いはしない」

 

 しかし相手の言葉を漫然と聞き流す。

 

 

「幾ら天に願おうとも、天はお前を救いはしない」

 

 

 

 

 少年の元に転がったのは、トカゲのような生物によく分からない植物などの胃の中に入れば全て同じと言わんばかりの品々。

 

「食え」

 

 

 そんな強い言葉に突き動かされるように震える手で件の代物を口に運ぶ少年の口内に酷い苦みが広がった。

 

 不味い。

 

 口に運んだものは、とても食えたものではないゲテモノ以下の代物。

 

 

 だが、少年の手は止まらない。空っぽだった中身に水を注ぐように地面に転がった命を喰らっていく。

 

 

 少年の身体が求めていた、血を肉を、力を。

 

 

 味覚が示した拒否反応すら押しのけて、転がった全てを強引に呑み込んだ少年が口元を拭う姿に影は語る。

 

 

「お前を救えるのは、他ならぬお前自身だ」

 

「…………貴方は?」

 

 そんな影へ、立ち上がった少年が強い視線を向けて名を問うが――

 

 

 

「生憎と持ち合わせていない」

 

 

 少年の意識は此処で途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 影との出会いも過去となった頃、少年は孤児院にて眼鏡をかけて本をパラパラとめくる。あの出会い以降、少年はいつの間にやらKCが管理する孤児院に放り込まれていた。

 

 当時は混乱していた少年も、今や孤児院でのカリキュラムを受け、すくすくと成長している最中である。

 

「なんで呼び出されたかは分かってるよな!」

 

「ヴァロン、貴方も懲りませんね。いつもの個人主義なボクへの小言でしょう?」

 

 だが、目の前で青筋を立てて仁王立ちするヴァロンの言葉に少年はワザとらしく溜息を吐きつつ返すが――

 

「ヴァロン『先生』だ! ったく、シスターをあんまり心配させるなよ――親のいねぇ俺たちだからこそ、もっと団結をだな」

 

「必要な交流は済ませています」

 

 端的に返す少年の変わらぬ姿にヴァロンは怒りも霧散し、小さく息を吐く。

 

 実際問題として、少年の行動に目立った問題もなく、他の少年少女たちのまとめ役を買って出てくれる――などと助かっている部分が多いが、ヴァロンは昔の己を見ているような気がしてどうにも気がおけない。

 

「むしろ貴方とのデュエルにこそ時間を割きたいくらいです」

 

「負けっぱなしの癖に相変わらず、生意気なヤツだな……まぁ、この小言も今日で最後になるから、胸に刻んどけよ?」

 

 知識・力・デュエル――あらゆる面で貪欲なまでに求める少年へ、ヴァロンは念押しするように己の人生で培った教訓を語り始める。

 

「人間、一人で出来ることなんざ高が知れてる。だからこそ――」

 

「最後? どういうことですか?」

 

「結束ってヤツの力は馬鹿にならないことを……って、そっちか。あれだ。シスターと相談して『早熟なお前に此処のレベルの教育システムじゃ物足りないだろうな』って話になってな」

 

 だが、そのありがたいお話は、残念ながら途中で打ち切られる結果となり、少年の今後へと話題が移る。

 

 そう長くはない時間とはいえ、少年が世話になったこの場所とも別れの日が来たのだ。

 

「俺の知り合いんとこにお前を送ることになった――あっ! 勘違いするなよ! お前が邪魔って話じゃないからな! 武者修行ってもんだ! しんどくなったら何時でも戻って来いよ!」

 

 ゆえにヴァロンは少年にありったけの声援を送り、肩に手を置く――「いつでも帰って来て良い」と。

 

 正直ヴァロンは乗り気ではなかった話だが、他ならぬ少年の望みである以上、切って捨てる訳にもいかない。

 

「まぁ、此処みたいに優しくはないから精々覚悟――」

 

「何処ですか!?」

 

「……日本だ」

 

 

 そうして少年は、進み続ける。その先に目指したものがあると信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐぅっ!?」

 

 KCの訓練室にて、ギースの蹴りを腕でガードした少年だが、その小さな身体は容易く吹き飛び、地面を大きく跳ねた後、壁際まで転がった。

 

 だが、すぐさま体勢を立て直した少年が横に跳ぶ――途端に先程まで少年の頭が在った場所に右拳が通り、壁を打ち据えた。

 

 

 そんな攻撃後の隙を狙い少年が、足払いを仕掛けた――が、その足を逆にギースの足が掬いあげるように持ち上げ、宙で無防備に浮いた少年の腹部目掛けて拳が放たれる。

 

 その一撃を既のところで両腕でガードした少年は、インパクトの瞬間ギースの膝を蹴り、自ら後ろに跳ぶことでダメージを軽減。

 

 

 やがて少年の足が床の上を滑った後に止まり、相手の出方を伺う中、ギースはポツリと零す。

 

「……余計なお世話かもしれんが、お前の在り方は私から見ても生き急ぎ過ぎているように思える。お前の才は破格だ。そうまで焦る必要が何処にある?」

 

 それはギースなりの心配の声。「凄い才能の持ち主」なんて安い言葉で紹介された後、鍛えるように命じられ、当人の望み通りに大人に交じって心身共にデュエルと磨いて来た姿を間近に見てきたゆえに否応なしに理解させられる。

 

 

 眼前の年端もいかない少年は、かつてギースが焦がれた「才」に愛されている現実を。

 

 しかし、それゆえに解せない。何故、そこまで徹底して己を追い込むのか――その一点がギースには理解の外だった。

 

 何が、そこまで彼を駆り立てるのか。

 

「心配、ご無用……です。ボクの状態は、ボクが一番……分かっています……! 頂きに至るには、半端な覚悟……では、影すら踏めない……!」

 

「才あるゆえの苦悩……か。私には縁遠い話だ。何も助言はしてやれん。だが、辛い時はいつでも言え」

 

 だが、痛む身体を押して大きく一歩踏み出した少年の覚悟の籠った姿と決意に、ギースは押し負けるように鍛錬を再開する。

 

 他の人間に任せるよりも、せめて加減を知った己が担った方が、最悪を避けられると信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 肉体の鍛錬を終え、訓練室を後にした少年はドリンク片手に、休憩所のイスに力尽きるように座り込む。

 

 やがて頭にタオルを被せた少年は、自身の握り込んだ拳を見やった。そこには強くなった実感が確かにあれど、目指す頂きへの遠さも同時に感じながらも、息を整える。

 

 

「随分とお疲れのようだな」

 

 だが、そんな少年の意識の外から声が届いた。

 

「…………そういう貴方はお得意の占いでの待ち伏せですか? 斎王」

 

「そう邪険にせずとも運命の導きは常にキミに向かうべき先を示してくれる」

 

 頭のタオルを首に下げ、眼鏡をかけ直した少年の視線の先にいたのは、額にひし形の灰の毛を纏めた深い青の長髪を持つ少年占い師。

 

――斎王(さいおう) 琢磨(たくま)。未来予知の力を持つ男……

 

 そんな占い師の名は、少年の内心が示す――斎王(さいおう) 琢磨(たくま)。それが彼の名。

 

 占いにより未来を高精度で予知できる特殊な力を持つ。

 

――ボクにはない「特別」を持つ男……

 

 少年の内に燻る嘱望の念を余所に、斎王はテーブルの上にタロットカードを並べて、なにやら占っていた。

 

「キミを差すカードは正位置の月――混沌」

 

 やがてタロットカードのXVIII番、月のカードを手に斎王は、占った少年の行く先を語り始める。

 

「今のキミは危うい。曖昧に揺れ動くその指針が差すべき場所、キミが向かうべき先を今一度見極めるべきだ」

 

 タロットが示した「混沌」の内実は、少年の内にうごめくもの。

 

 少年の掲げる目標は素晴らしくあれど、目的の為に力を求めるストイック過ぎる姿勢が、時に己が夢を歪んだ形に惑わせかねない。

 

 そう危惧する斎王の言葉を前に、少年はその忠告を切って捨てる。運命という呪縛を乗り越えねば、己が目指す先へは行けないのだと。

 

「生憎ですが、占いに興味はありません。ボクは己で道を切り開く――その先にしかあの人はいない」

 

「だが、そこに不安もある」

 

「――ッ!」

 

「正位置の月のカードは、『不安』をも差し示している」

 

 そんな中、その心中を見抜いた言葉に心を揺らす少年を余所に、斎王は説き伏せるように続ける。

 

「私もキミと同じく拾われた身――恩を感じているのは事実。だが、キミには危うさが目に余る」

 

 斎王も、その特異な力ゆえに悪用を企む人間から追われる日々を送っていた。KC内の立場としては斎王も、少年も、大きな違いはない。

 

 それぞれが受けた恩を返せるように、何らかの形で力になろうとしている。

 

 だが、少年のあり様は斎王から見ても、苛烈だった。このままでは壊れてしまうのではないか――と心配になる程に。

 

 ゆえに斎王は、先達として道を示す。

 

「そしてキミにはXIX――正位置の太陽の導きが見える。その熱はキミを正しき未来へ導いてくれるだろう」

 

 そして指の間からもう1枚のタロットカードを見せる斎王を余所に、少年は付き合い切れないとばかりに席を立つ。

 

「占いに興味はないと言った筈です。そんなに相手が欲しいのなら、神崎さんでも占ってあげるんですね」

 

「生憎、彼は私の導きを必要としていない」

 

「ボクもそれには同意ですよ。失礼します」

 

 しかし斎王の言葉は少年の心に届くことなく、その背を見送ることしか斎王には出来なかった。

 

 

 

 

 そうして一室に一人残された斎王は、手の内のタロットカードを眺めながら力なく呟く。

 

「未来を見通せようとも、仲間の迷いを晴らすことすら叶わない……か。ままならないものだな」

 

 世界の運命すら見通せる――などと評される程の強大な力を持っていても、結局のところ己はちっぽけな人間でしかないのだと斎王は自嘲する。

 

 KCの人間の殆どが未来を見通す斎王の力に、さして興味を抱かない訳が少し分かった気がした。

 

 

 そうして感慨にふける斎王に、聞きなれた声が届く。

 

「此処にいたのか兄上――宿題をみて欲しいのだが……」

 

美寿知(みずち)か、少し待ってくれ」

 

 そこにいた長い黒髪を持つ斎王の妹――「美寿知(みずち)」が「普通の生活」を取り戻しつつある様子にフッと小さく微笑んだ斎王は、勉強道具を並べるスペースを作る為、タロットカードを片付けていく。

 

 だが、そんな中、斎王の手は1枚のカードを手に取り、ピタリと止まった。

 

 それは、神崎を占った際に示したカード。何度占おうとも結末の変わらなかった運命の札。

 

 

 

 XII――逆位置の吊るされた男。

 

 

 

 その意味するところは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 KCのオカルト課にて、遊戯は懐かしい顔にあったと御伽の元に駆け寄り、元気よく声をかける。

 

「久しぶり、御伽くん! ニュースで見たよ、D(ダンジョン)D(ダイス)M(モンスターズ)――凄く人気なんだって、ほら! ボクもこの前、買ったんだ!」

 

「……あ……ありがとう……遊戯くん……」

 

 その人物は椅子に座りながら、燃え尽きたように全身を脱力させている遊戯の友人――御伽。

 

 御伽が生み出したボードゲーム――「D(ダンジョン)D(ダイス)M(モンスターズ)」はデュエルマット(仮)の正式バージョンの販売と共に、身軽さの課題をクリアされた。

 

 それに加え、御伽の尽力によって、I2を通じてデュエルモンスターズと連携――これにより、ダイス内のモンスターの種類を増加させ、多様なバトルスタイルを売りにしたことも相まってD(ダンジョン)D(ダイス)M(モンスターズ)は大きな躍進を遂げた。

 

 平たく言えば、原作のアニメ版にてペガサスの手により、「御伽VS闇遊戯」戦での《ブラック・マジシャン》がD(ダンジョン)D(ダイス)M(モンスターズ)に輸入されたアレの大規模版である。

 

 お陰で売上も大幅アップし、多くの人々がD(ダンジョン)D(ダイス)M(モンスターズ)を手にしていることだろう。御伽も大満足だ、と思いきや――

 

「……うん、そうなんだ……人気なんだ……なのに、競技人口が……」

 

 先程からやたらと御伽が項垂れていることから察せられるように新たな問題も浮上していた。

 

 それが「競技人口の伸び悩み」である。増えてはいるが、売上の伸びに比べると微妙なラインだったのである。

 

 理由は明白――遊戯が見せた《ブラック・マジシャン・ガール》が入ったダイスが全てを物語っていた。

 

 平たく言えば、ブルーアイズの銅像を眺めて「ふぅん」する社長のように、「自分の好きなエースカードのダイス」を手にして満足してしまう客層が多かったのだ。

 

 その為に、透明なダイスやら、キーホルダー代わりの専用のチェーンが販売される程に。

 

 御伽が、D(ダンジョン)D(ダイス)M(モンスターズ)とデュエルモンスターズを搦めてしまったゆえの弊害と言えよう。どのみちペガサスからの提案がある以上、避けられぬ道やもしれないが。

 

 

 そうして「ボードゲームの道具」よりも「コレクターアイテム」としての側面が大きくなった結果、「D(ダンジョン)D(ダイス)M(モンスターズ)の競技の発展」という御伽の願いは微妙に叶わぬ結果となった。

 

 

 そんな――「D(ダンジョン)D(ダイス)M(モンスターズ)はデュエルモンスターズの食玩じゃねぇ!!」とばかりに項垂れる御伽に、空気を変えるべく遊戯は新たな話題を投下する。

 

「え、えーと、そうだ! ペガサス会長とのD(ダンジョン)D(ダイス)M(モンスターズ)のエキシビジョンマッチと『デュエル』! 凄く盛り上がったんだよね!」

 

 それはD(ダンジョン)D(ダイス)M(モンスターズ)の世界大会での出来事。

 

 その会場にて、御伽はペガサスとD(ダンジョン)D(ダイス)M(モンスターズ)にて互いに一歩も譲らぬ熾烈を繰り広げ、大いに盛り上がりを見せたのだが――

 

「うん……デュエルの方が凄く盛り上がったんだ…………デュエルの『方が』」

 

 その後で行われた御伽とペガサスのデュエルは、もっと盛り上がった。

 

「で、でもD(ダンジョン)D(ダイス)M(モンスターズ)も凄く盛り上が――」

 

「……あっ、そろそろ行かないと。今日はプロ制度を提案しに来たんだ……これから、詳細を詰めなきゃ、ははは……」

 

 やがて頑張って励まそうとする遊戯だが、腕時計に目を落とした御伽はフラフラと幽鬼のように立ち去っていく。

 

「う、うん、頑張ってね!!」

 

 その背に、遊戯は軽い声援を送って見送ることしか出来なかった。

 

 

 ゲームクリエイターという部門では一歩も二歩も先を行く御伽の姿は、遊戯とて他人事ではないのだから。

 

 

 

 

 かくして、遊戯が今回KCに来た目的である「ゲームクリエイターとしての今後」を相談するべく、神崎に胸の内を明かすが――

 

「端的に申し上げて、転職をお勧めします」

 

「…………やっぱり、そうなりますよね……」

 

 一刀両断もかくやな具合にバッサリと語った神崎の言葉に遊戯は、応接室のソファに座ったまま困ったように頭をかいた後、おずおずと問いかける。それは――

 

「神崎さん、ボクの作ったゲーム……どうでしたか? 大会では、結果は残せたんですけど……」

 

 海外の大会で結果を残した己の作ったゲームの評価を問うもの。

 

「面白いと思います」

 

「本当ですか!!」

 

 そんな神崎の言葉に思わず前のめりになる遊戯。諸事情により、評価基準に不安があった為、遊戯のデュエル関係以外を「特別視」しない神崎の言葉はありがたい。

 

「ですが、『騒がれていた程ではない』とも思います」

 

「……ですよね」

 

 だが続いた言葉に対し、遊戯は声を落として脱力しながらソファに座り直し、心境を語る。

 

「みんな、『デュエルキングが作ったゲーム』として評価して、なんだか『ゲームそのもの』の評価からズレているような気がするんです」

 

 そう、今回の遊戯の相談事はどんなゲームを作っても「デュエルキングの作ったゲーム」という前提が押し出され、正当な評価がなされていない件にあった。

 

 相談相手に神崎を選んだのは、「ゲームデザイナーとしての遊戯」に毛ほども興味がない相手だったからである。

 

「それは避けられないことだと思います。私も同じ立場であるのなら、似たようなキャッチコピーを選ぶかと」

 

 とはいえ、これは神崎の言う様に無理からぬ話。そうして世に送り出されれば、一定以上の収益が見込めるのだ。外す意味がない。

 

 仮に「つまらない」としても、「デュエルキングの感性に時代が追い付いてない」なんて逃げ道もある。

 

「貴方が感じているであろうものは、把握できます。ですが、どうしようもないものです」

 

 そう、仕方のない話なのだ。「物を売る商売」である以上、売り上げアップの伝家の宝刀があれば誰だって使う。

 

「ですので、武藤くん、貴方には2つの選択肢があります。最初に告げた転職か、このままゲームクリエイター『デュエルキング』として生きる道」

 

 ゆえに神崎は遊戯に二つの選択肢を提示する。いや、「デュエルキング」ではなく「ゲームデザイナー武藤 遊戯」としての評価を求めている遊戯からすれば実質的に一択だ。

 

「そしてもう一つが、新たな夢を探す道」

 

 それが妥協。

 

 遊戯に訪れた最初の「超えられぬ壁」である。

 

 皮肉な話だ。アテムが残したデュエルキングの称号が、遊戯の願いを妨げる結果となろうとは。

 

「ボクの名前を伏せるのは……」

 

「無理ですよ。貴方は目立ち過ぎる」

 

――髪型も含め、肩書が大き過ぎる。

 

 しかし諦めきれないのか遊戯が希望を求めて抵抗を見せるも、神崎は「ありもしない希望だ」と切って捨てる。

 

「ボクの…………新しい夢……」

 

「今すぐに決断を下す必要はありません。ですが、先送りにすればする程に周囲に及ぼす影響は大きくなっていくことだけはお忘れなきように」

 

 俯き身体を震わせる遊戯に神崎は事務的に現状を並べていくが、相手のあまりの落ち込み様に、小さく息を吐いた後、逃げ道を用意する。

 

「…………一度、原点に立ち戻るのもいいかもしれませんね。ご自宅のお爺様の元で己を見つめ直してみては?」

 

 それが問題の棚上げと、決断からの逃避。

 

 双六に相談すれば、「背を押す」との名目で遊戯の意を汲んだ決断を代わりにしてくれる可能性は十分にある。

 

「……考えてみますね。今日は相談に乗ってくれてありがとうございます。今回の『お礼』は何をすればいいですか?」

 

 やがて此度の会談をお開きにするべく、相談の対価の話に移る遊戯。

 

 これは未来の脅威と戦う神崎が「助けを求めやすくする」為に遊戯が決めたルールのようなものだ。

 

 神崎と表面上だけでも友好な関係を築けている相手が必要最低限にしか関わらない「ビジネス的な関係」の人間が多かったゆえのもの。

 

 神崎がアクターとそれなりの期間、同じ陣営にいられたのも、この距離間を保てたお陰だと遊戯は判断したのだ――まぁ、全然違うのだが。

 

 

「とはいえ、本日はさして助けになれた訳でもありませんし、そうですね……」

 

 そんな中、神崎は「今回は、さして力になれていない」ゆえに、それ相応の小さい対価に頭を悩ませ――

 

「あぁ、そうだ――武藤くん、今回の相談の対価が決まりました」

 

「? なんですか?」

 

「私が指定した相手とデュエルして貰えませんか? 本気で」

 

 特定の相手とデュエルする――そんな「遊戯からすれば」大したことのない内容に、遊戯は「お安い御用だ」とデッキを取り出した。

 

 

 

 

 

 

 

「えーと、よろしくね? ボクは――」

 

「武藤 遊戯――現デュエルキング」

 

 

 

 

 

 

 

 

 斎王の全てを見通したかのような言葉から逃げるように立ち去った少年は、ギースとの肉体訓練での疲労を抜くべくクールダウンしていた中、神崎に呼び出され、遊戯とデュエル。

 

 

――あれが、デュエルキング……今のボクじゃ影どころか背中すら見えない。

 

 結果は敗北――デュエルキング相手では、年端もいかぬ少年の実力では仕方のない話であろう。

 

 そんな少年に向けて、遊戯を帰路につかせた神崎は少年のデュエルへ賞賛を送る。

 

「そう肩を落とすことはありませんよ。正直、あそこまで食らいつけるとは予想外でした」

 

「慰めの言葉は不要です」

 

「慰めではありません。事実を述べているまでです――貴方のデュエルの才は素晴らしいものだ」

 

 そう、神崎は知っていた。原作知識からの情報もそうだが、なにより実際に訓練を開始した段階で「とんでもねぇな」と思いしらされたのだから。

 

 

 

 

 

 

「――不要と言った筈です!!」

 

 

 だが、声を荒げて立ち上がった少年からすれば、敗北の味は身に染みる様子。

 

 

 そんな怒れる少年の視線に射抜かれる神崎だが、対するスタンスは変わらない。

 

「武藤くんが貴方くらいの年齢の実力と比べれば、今の貴方の方が強い。この事実は確固たるものですよ?」

 

「……今の情報に溢れた時と、昔が同じ条件だとでも?」

 

 しかし、すぐさま冷静さを取り戻し眼鏡の位置を直した少年から、痛いところを突かれた。

 

 誰よりも情報を有していながら、少年よりだいぶ酷いレベルのデュエルを繰り広げ、遊戯に負けた神崎の心にグサリと「正論」の矢が刺さる。

 

「ボクには分かる。ボクはもう爆発的に成長することはない。なら、後はどれだけ研ぎ澄ませられるか――その一点こそが、ボクが選べる唯一の道」

 

――その年齢でする心配ではないと思うんですけど……

 

 重苦しい雰囲気で己が限界を語る少年だが、神崎からすれば「年端も行かない子供のする話ではない」感が強い。

 

「貴方は自分の才能を過小評価し過ぎている気もしますけどね」

 

――原作でも作中最強格だった訳ですし。原作の家庭の事情ゆえの苦境がなくとも、ギースの実力を一瞬で抜き去ったところを見るに才は健在。

 

 そうして、少年の肩の荷をなんとか降ろそうと四苦八苦する神崎だが、いまいち相手に響いている様子はない。

 

 

 

――その年齢でオカルト課の面々とイーブンに持ち込めている時点で十二分にヤバい領域に足を踏み入れているでしょうに何故、焦るのか。

 

 秀才に天才の苦悩は分からなかった。

 

「おっと、そろそろ休憩時間も終わりですね。ですので、最後に今一度お節介を――周りに目を向けることは、時に良き刺激になることもありますよ」

 

 やがて「一旦時間を置く」との逃げの選択を取った神崎は、最後にそれっぽいことを言った後、()()()()()()()()様子でその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 そうして再び一人になった少年だったが、今度はハツラツとした子供の声が響く。

 

「あっ、俺と同い年くらいのヤツいるじゃん!」

 

『止めときなよ。この会社、変な気配のヤツばかりだ――関わらない方が良い。キミにはボクがいるじゃないか。他のヤツのことなんて、どうでも良いだろう?』

 

 そのクラゲのような髪型をした子供と、その後ろで宙に浮く額に三つ目の眼を持つ紫と黒の肌を持つオッドアイの人型の精霊が、翼を広げることで空中で立つような姿勢を取った。

 

 そうして近づく子供の姿に少年は「見知らぬ顔だ」と挨拶代わりに問いかける。

 

「ボクに何かようですか?」

 

「俺、遊城 十代! 今、この会社の中、探検してるんだ!」

 

「……そうですか」

 

 その子供――遊城 十代の声に、少年は興味なさげに相槌を打つが、対する十代は少年に強い興味を持ったように隣に座った。

 

「お前も俺みたいに、此処に呼ばれたのか?」

 

「そんなところです。ボクはこれで失礼させて――」

 

 そんな十代の距離の詰め方に煩わしさを感じた少年が席を立つが――

 

「なぁ! 俺と一緒に探検しようぜ!」

 

 その少年の手は十代によって掴まれる。

 

『十代。こんなヤツいらないよ。探検ならボクと一緒にすれば良いじゃないか』

 

「そんなこと言うなよ、ユベル! 探検は仲間を集めながらするもんだぜ!」

 

 やがて虚空に向かって話しかける十代の姿に、少年は「十代の特異性」を理解した。

 

――コイツ、まさか精霊が見えるのか……?

 

 精霊が見える――この力は、オカルト課でも所持している人間が極僅かだ。

 

 やがて少年が目線は動かさずに周囲を警戒するように見渡すが、そんな姿を十代の傍にいる精霊『ユベル』がクスクスと嘲笑の声を漏らす。

 

『プッ、コイツ、ボクを探してるね。見えもしないのに無駄なことを――もう行こう、十代。精霊が見える人間を探す探検だろう? コイツは見えないから、やっぱりいらないよ』

 

「お前、名前は?」

 

『十代、この前のことをまだ怒っているのかい? アイツらはキミを悲しませたんだ。罰を受けるのは当然のことだよ。それどころか、むしろあの程度で済ませて上げたことに感謝するべきさ』

 

 自身の言葉を無視する十代をあやすようにユベルが言葉を並べるが、十代は振り返ることなく少年の名を問い、手を差し出す。

 

 

「……『アモン』だ」

 

 

 これが少年――アモンの、太陽のような子供、「遊城 十代」との初めての出会いであった。

 

 

 






光の結社「ぐわぁあああぁあーーーーッ!!!!」

破滅の光「ひ、光の結社ダイーーン!!」



Q:アモン!? 何故アモンが此処に!? ガラム家の養子にならなかったのか、アモン!


A:医療機関発達しまくっているオカルト課があるので、ガラム家はそっちを頼った感じです。
ゴア・ガラム当主は、原作の様子から後継ぎは実子派のようですし。

なのでアモンは巡り合うことすらないので探し出して保護し、ヴァロン(と原作では焼死したシスター)の孤児院にパスされた。


やったね(ガラム家で生まれる予定の実子である)シドくん! エコーが本田ヘアーにならないよ!!


Q:斎王!? 何故斎王が此処に!? 占い師にならなかったのか、斎王!

A:予知能力ゆえに利用+迫害されていたので妹共々捕獲もとい保護。

神崎が一切、斎王たちの予知能力に興味ないので(原作の十代たちがひっくり返しまくる予知ですし)

兄妹共々普通に童実野町の学校に通っている。ちなみに書類上の保護者はギース・ハント。


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第223話 人柱



前回のあらすじ
???「ハハハハハ! アモォォン!! 今のキミは選択を迫られているのだよ! 絶対的な運命に!!

地に落ちた審判者の後を追ったところで、キミに待つのは己だけでは輝けぬ月と化すだけ

キミは王を! 皇帝を目指すのだろう? ならば、見上げるべきは天上の太陽の輝き!

そこにこそ、キミが求める道がある! さぁ、アモン! 選択の時だ!

大いなる運命の輪に身を任せ、王の道を行くが良い! フハハハハ! ハハハハハハハ!!」





 

 

 降りしきる雨の中、斎王は幼い身体に鞭を打ち、妹の美寿知の手を取って裏路地を駆ける。

 

 未来を見通す特異な力をもって生まれた彼らへ世界が向けたものは悪意だけだった。力ゆえに迫害を受け、その力を悪用しようとする面々に狙われる日々。

 

 それらの悪意から自分たちを守れるのは、その原因たる未来を見通す力なのだから救えない。

 

 

 だが、未だ幼い彼らの体力は有限であることを示すように、まず美寿知の足が止まり、手を取っていたゆえに連鎖的に一時足を止めた斎王の身体にも一気に疲労の波が押し寄せる。

 

 そうして暫し休息を身体が求め始めた中、パシャリと水溜りを踏む音が響いた。

 

 ゆえに咄嗟に美寿知を己の後ろに隠した斎王が視線を向ければ、その先にいるのは貼り付けた笑顔で傘をさす男。

 

「こんにちは、斎王 琢磨さんに、斎王 美寿知さんですね? 私はKCに在籍させて頂いている神崎と申します」

 

――この男が、逆位置のHANGED MAN(ハングドマン)……赤き翼に焼かれる運命を持つ男……

 

 そうして挨拶の後に一礼する人物に斎王は見覚えがあった。己が未来を占った際に判明した自分たちへの追手の一人。

 

 捻じれに捻じれた運命に吊るされた者(ハングドマン)

 

 

 斎王は警戒するようにジリジリと距離を取り始める。なにせ相手の笑顔の瞳の奥は生き物を見る目ではない。品定めでもするような視線を余所に斎王は見通した未来との差異へ頭を回す。

 

 そう、彼が此処にいる筈がなかった。見通した未来では国外にいる筈の人間が、なぜ自分たちの前にいるのか――そんな見通した未来を無視する相手の異様さに斎王の後ろで美寿知が不安げに裾を握る手の力が強くなる。

 

「何故、此処にいる。今日の貴方は――」

 

「――別の場所にいる筈だった? 便利ですね。それも占いで調べたのですか?」

 

 やがて未知を既知にして恐れを払おうとした斎王の問いを遮る形で神崎が、驚いた様子を見せるが、対する斎王は沈黙で返す。

 

 そして相手の異能を警戒し、重たい空気が続く中、神崎は警戒心を解くような朗らかな声色で口火を切った。

 

「簡単ですよ。貴方たちより、私の足の方が早い――だから後から動いても追い付ける。たったそれだけの話です」

 

 しかし語られるのは斎王からすれば、ふざけているようにしか思えなかった。

 

 今回の話は、子供と大人の身体能力の差で、どうこう出来る話ではない。ゆえに時間稼ぎと判断した斎王は、相手の異能よりもこの場から脱する方向に意識を向け始めるが――

 

「逃げられますか? 構いませんよ。無理強いは致しません。ですが、いつまで逃げ続けるおつもりなのでしょう?」

 

 その斎王の意識の隙間を縫うように神崎の言葉が届く。

 

「まともな暮らしは叶わず。いつ終わるともしれない逃亡生活――お辛いでしょうね」

 

 そんなことは神崎に言われずとも斎王自身がよく分かっている話だ。

 

 斎王とて、いつまでも悪意と迫害から逃げ続けるつもりはない。時が来れば、未来を見通す力を活用して己の身を立てる術くらいは用意している。

 

 しかし、それは「今」ではない。斎王たちを狙う人間の興味が薄れ、ほとぼりが冷めたその時。

 

 ゆえに不安げに己を見やる美寿知の視線に、斎王は己の喉から絞り出すように声を漏らした。

 

「貴方の軍門に降れ……と、でも言いたいのか?」

 

「『軍門』だなんてとんでもない――『保護』ですよ。貴方とて妹さんには真っ当な暮らしをさせてあげたいでしょう?」

 

 そうして斎王は「相手が望む」であろう言葉を返したにもかかわらず、神崎は小さく首を横に振って否定を返す。

 

 一時、仲間になった振りをして折をみて逃げることを企む斎王は、相手の目的を探るべく、お綺麗な言葉をうそぶく相手へ一石を投じた。

 

「………………何を見通せば良い」

 

「? あぁ、成程。貴方は勘違いしておられるようだ」

 

「……勘違い?」

 

 しかし、「未来を見通す」との誰もが飛びつくであろう話題に、合点がいったとポンと手を叩く神崎の姿へ、斎王は訝し気な視線を向けるが――

 

 

 

「――私は貴方の特異な力に興味はありません」

 

 

 神崎から語られた発言に、斎王の眉は跳ねる。前提が崩れた。

 

「なんだと?」

 

「私の懸念は一つ。貴方が余所の陣営に与することで、此方の痛い腹を探りに動かれること」

 

 そう、多くの人間が斎王たちの未来予知という「能力を利用する」為に動いているだろうが、神崎の目的は「能力を利用しない」点にある。

 

 未来を見通すメリットよりも、未来を探られないメリットを取ったのだ。「原作知識」という疑似的な未来情報を有していることから、無理に斎王たちの力を求める必要がないゆえの決定。

 

「もし、そうなれば此方も相応の対応を取らせていただく他ありません」

 

 だが、それは同時に「斎王に敵対されると困る」事情をはらんでいることをも意味する。「無理強いはしない」と言いつつも、言外に脅し染みた思惑が見え隠れしていた。

 

「では、そろそろお答えを頂きましょうか」

 

 そうして突き付けられる神崎の言葉に斎王は選択を迫られる。

 

 

 保護に入るか、

 

 このまま当てのない逃亡生活を続けるか。

 

 

 

 KCの陣営に入るか、

 

 他の陣営に入り、KCと争う道を取るか。

 

 

「繰り返しますが、無理強いは致しません。お好きなようになさってください」

 

 

 選ぶのは貴方。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――強引に保護して後が拗れるより、彼らの意思を尊重した方が良いだろう。

 

 とはいえ、斎王たちの未来を見通す力でガン逃げされると、神崎も後手に回らされたゆえ、相手の「自発的な選択」に任せる方針になっただけだが、詮無き話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな過去も置いておき、知らぬ間に巻き戻させて貰った時間を、元に戻せば――

 

 

 

 KCのオカルト課を歩くアモンの背を追いかける十代は周囲をキョロキョロ見やりつつ未知に目を輝かせながら、これから行く先への期待を高ぶらせていた。

 

「なぁ、アモン! どこ行くんだ!? 面白いものってどんなやつ!? お前が此処に呼ばれた理由って!?」

 

「此処だ。社員用のデュエル訓練場になる」

 

 そんな矢継ぎ早な質問の雨の中、アモンが足を止めたのは観客代わりに機材が周囲を取り囲むデュエルフィールドのある訓練場。

 

「へぇ~、此処でデュエルすんのか……じゃぁ、俺とデュエルしようぜ、アモン!!」

 

 やがて相手の意図を理解した十代がデュエルディスクを片手にアモンの手を引くが、その手をアモンは弾いて訓練場の一角を指さした。

 

「此処での相手は人間じゃない。アレだ」

 

「アレって? アレ――うぉー! ロボットだ!! かっくいいー!! これとデュエルできんのか!? スゲー!!」

 

『無邪気な十代も可愛いなぁ……』

 

 その先の壁に埋め込まれたデュエルディスクが装着されたロボットに目を輝かせる十代。メカ・ロボットは少年心を掴んで離さない。

 

 

――十代の実力が定かではない以上、レベルは最低値にしておこうか。

 

「先に遊んでいていいよ。ボクはキミのデュエルを見てからにする」

 

「おう! じゃぁ、行こうぜ、ユベル!!」

 

『……キミは本当にデュエルが好きだね』

 

 そうして機材の一つを操作するアモンに促されるままにデュエル場にユベルを引き連れ駆けていく十代は、早速とばかりにデュエルディスクを展開させ、デッキをセットした。

 

 

 

 

 やがて、デュエルロボに勝利した十代はガッツポーズを取った後、人差し指と中指を揃えて伸ばしてデュエルロボに向けて健闘を称え、アモンの方を見やるが――

 

 

「おっしゃー! 俺の勝ちー!! ガッチャ! どうだ、アモン! 俺の――」

 

「ほい、確保」

 

「げっ、牛尾!? なんで此処に!?」

 

「なんでだろうなぁ?」

 

 いつの間にかデュエル場にいた牛尾に首根っこを引っ掴まれ、十代が宙で手足をぶらりとさせる光景にユベルはアモンを疑うが――

 

『クッ、まさかアモンのヤツが――』

 

「残念ながら違うとも、EMPRESS(エンプレス)

 

『次から次へと……今度は誰だい?』

 

 そのユベルの矛先は、靴音を響かせながら歩み出た斎王の姿によって制される。

 

――これが例の逆位置の女帝(エンプレス)……か。

 

「私は斎王――斎王 琢磨。キミたちがお探しの『精霊が見える者』と言えば満足して貰えるかな」

 

 やがて宙に浮かぶユベルをしかと視線を向けて認識した斎王は、牛尾に首根っこをつままれた十代へ、自己紹介して見せた。

 

「おっ! お前がそうなのか! 俺、遊城 十代! よろしくな!!」

 

「つーか、『待ってろ』って言っただろうが……ったく、手間とらせやがって……」

 

「えぇー! だって此処に俺と同じ『精霊が見える』人いるんだろ!! 早く会いたいじゃん!!」

 

 そうしてつままれたまま手を上げ名乗り返す十代が、牛尾の手から降ろされながら苦言を呈されるも、当人はどこ吹く風。

 

 

「嘘吐け、お前『探検』がどうとか言ってたらしいじゃねぇか!」

 

「それは、それだよ! こんな広いとこ、探検するに決まってるだろ!」

 

「決まってねぇよ!」

 

 牛尾のお叱りの言葉にも俺ルールで返す十代。「子供は理屈では動かぬ」とは誰の言葉か。

 

『なんだいコイツ、ボクの十代に馴れ馴れしい……やっぱりこんな場所、十代には不要だね。適当に何人か痛い目に遭わせて、分からせてあげるよ』

 

 しかし、十代を叱る牛尾に苛立ちを見せたユベルが、掌から黒いエネルギー波を放った――が、それが牛尾を貫くことはなく、地面に着弾して小さな煙を上げるに留まる。

 

「遊城くん見つかりました? あぁ、良かった。いやはや、怪我もなくて本当に良かったです……」

 

 そんな中、親指を弾いたように右拳を握る神崎が、安堵の息を漏らしながら現れた。

 

『……? 外した? ボクがこの距離で?』

 

「遊城 十代くんですね? 私は神崎 (うつほ)と言います。今日は――」

 

「おっちゃんも精霊が見える人?」

 

「はい、見える人間を社内から集めるのに手間取ってしまって、お待たせしてしまったようですね」

 

 やがて十代に駆け寄った神崎がしゃがんで膝立ちしながら、状況を説明しつつ謝罪を入れ――

 

「急にいなくなったとの話を聞いて、心配しましたよ」

 

 ここぞとばかりに「心配していました」アピール。これにより罪悪感を植え付けられた十代は、牛尾の時とは打って変わって目を伏せる。幼気な少年にする所業ではない。

 

「あっ……ゴメン」

 

「いえ、無事であったのなら構いませんよ。ただ、次は近くの社員に一声かけてから探検してくださいね」

 

「おう!」

 

「本当に分かってんのか、コイツ……」

 

 だが、イイ感じに締めくくられた話に元気よく返事をする十代を余所に、牛尾は訝し気に呟いていた。なんというか全体的に軽い。

 

『おい、十代を馬鹿にするような発言は取り消して貰おうか』

 

「牛尾くんは見えない人ですから、伝わっていませんよ」

 

 しかし、そうした牛尾の発言は先程からユベルの怒りのボルテージを高めるばかり。とはいえ、神崎の言うように「精霊が見えない」牛尾に知る由はないのだが。

 

「そうなの? 牛尾は見えないのか」

 

「俺は人手が足りねぇから駆り出されただけだからな――じゃぁ、神崎さん、俺は戻りますんで。アモン、お前も来い」

 

 やがて十代の疑問に、ため息交じりに返した牛尾は小さく会釈しつつアモンを連れて己が仕事に戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 そうして「精霊が見える」社内の人間を応接室に集めた神崎は、十代の両親からオカルト課に依頼された問題の解決の為の話し合いの場を用意した。

 

「ギース・ハントだ。此方は私の友人、《サクリファイス》になる」

 

「よろしくな、《サクリファイス》! でも斎王以外は、おっさんばっかりだな」

 

「仕方のないことだよ、十代。此処は会社という大人の集まりだからね」

 

 とはいえ、この場にいる十代とユベル以外のオカルト課の面々はギース、斎王、神崎の3人だけだが。オカルト課でも意外に「精霊が見える人」は少ないのだ。

 

「今回はユベルさんの行動について遊城くんのご両親から依頼を受けた形になります――ギース」

 

「ハッ、被害に遭ったのは3名。クラスメイトが2人、近所の大学生が1人。いずれも精神にダメージを負い意識のない状態でしたが、先日、治療の甲斐あって復調が見られたとのことです」

 

 そして神崎に促され、ギースは十代によって――いや、ユベルによってと言うべきか――及ぼされた事件について語り出す。

 

「3名とも遊城少年を恨んでいる様子はなく、大事にはしたくないとのことから、内々に処理されました。発端は『遊城少年がデュエルで負けたこと』――調査の結果、彼と共にいる精霊であるユベルの仕業であると断定されました」

 

「みんな、元気になったのか!?」

 

 そんな中、今回の件にどこか責任を感じていた十代が、ユベルの被害に遭った面々の無事を喜ぶ姿に、神崎も笑顔で肯定するが――

 

「はい、クラスメイトの方は『また遊城くんとデュエルできたら』と話していたそうですよ」

 

「ホント!?」

 

「十代、残念ながら今のままでは、その願いが叶うことはない」

 

「ああ、彼が最後の一線は越えていなくとも、瀬戸際に立っている事実に変わりはないからな」

 

 斎王とギースから厳しい現実が突き付けられた。このままユベルの暴走を許していれば、いずれ人的被害は甚大なものになることは誰の目にも明らかだ。

 

「なら、どうすれば……」

 

「ですので、今回はユベルさんが『どうして、そんなことをしたのか?』話し合ってみましょう。我々も微力ながら力をお貸ししますので」

 

「……うん、わかった」

 

 そうして神崎の口車に乗せられた十代は宙に浮かぶユベルへ、緊張した様子で問いかける。

 

「なぁ、ユベル、なんであんなことしたんだ?」

 

『当然じゃないか。アイツらはキミを悲しませたんだ――だから、ボクが灸をすえてやったのさ』

 

「俺はそんなこと頼んでいない!」

 

『ボクはキミを守りたいんだ。ボクの愛しい愛しい十代、キミを傷つけるヤツなんていらない……そうだろう?』

 

「傷……ついた?」

 

『キミがアイツらにデュエルで負けて、悲しそうな顔をしていたじゃないか。辛い気持ちがボクにも伝わってきたよ? こんなの、見て見ぬ振り何て出来ないよ!!』

 

 しかし何度問いを繰り返そうともユベルの熱に浮かされたような言葉は幼い十代には理解の外だった。

 

「なんだよ、それ……そんな理由でお前は――」

 

「ユベルさん、少し構いませんか?」

 

 ゆえに拒絶の意がこもった言葉が十代から出かけた段階で神崎はユベルに一声かける。

 

『ボクは十代と話してるんだ。割って入らないで――』

 

「このままでは十代くんの命が危ないですよ」

 

「えっ?」

 

 そしてユベルの許可を得ることなく告げられた言葉は、十代からすれば飛躍し過ぎた話。それはユベルも同じだったのか訝し気に神崎を睨む。

 

『……何が言いたいんだい?』

 

「人間だって馬鹿ではありません。このままユベルさんが他者を害し続ければ、危険視され、排斥の流れが生まれるでしょう」

 

『ボクが後れを取るとでも?』

 

「ユベルさんが如何に強くとも、遊城くんはあくまで脆い人間ですよ」

 

『ハッ、分かってないね。誰が何人来ようが、ボクの十代に手を出させる訳がないじゃないか』

 

 しかし話を紐解けば「聞く価値もなかった」とユベルは鼻で嗤って見せる。遥か遠い過去にユベルは大切な人(十代)を守る為に人の姿を捨て竜の鱗をその身に纏ったのだ。

 

 その力は類い稀なものであり、ユベルがそう自負を持つだけの強力さはある。

 

「ギース」

 

 だが、そう己が力を誇示するユベルの背後でパリンと花瓶の割れる音がした為、この場の一同が振り向けば《サクリファイス》が花瓶を地面に落とした姿が視界に入る。

 

『お前、何がしたいん――』

 

「――冷たッ!?」

 

 そんな意識の隙間を縫うように、十代の顔に水がかかっていた。

 

『十代!? お前、十代に何を――』

 

「水鉄砲です。遊城くん、タオルをどうぞ」

 

「ふっ、これでは守り通すのは厳しいと言わざるを得ないな」

 

 明確な怒りを見せるユベルを余所に十代にタオルを手渡す神崎の代わりに、発言した斎王の言葉が現状を端的に表していた。

 

 やがて神崎がちゃちな水鉄砲をテーブルの上に置きながらユベルへ今一度向き直って語る。

 

「ユベルさんが思っている以上に人間は脆い生き物です。小さな銃弾一つで、少量の毒一つで簡単に死んでしまう」

 

『お前、そんなに死にたいのか……!!』

 

「いえ、ご理解頂きたかっただけですよ。貴方が本気になれば『誰でも殺せる』――ですが、その場合、遊城くんは『確実に殺される』」

 

 だが、対するユベルは神崎への怒りを募らせるばかり。それはユベルにとっても最悪の事態を提示されても変わらない。

 

『……ああ、よぉーく分かったよ』

 

 そして己を落ち着かせるように大きく息を吐いたユベルは明確な敵意を示す。

 

『この世界にボクと十代以外は必要ない、ってね。他の奴らなんていらない。ボクたち以外、誰もいない世界で二人っきりで暮らせばいいんだ』

 

「つまりユベル。キミは十代と共に隠れ潜み、彼に不自由を強いると?」

 

『勘違いするなよ、斎王。ボクが十代にそんな肩身の狭い思いをさせる訳がないじゃないか――消えるのはキミたちだよ』

 

 そう、ユベルは「遊城 十代」以外の全てへ毛ほどの興味はない。誰が何人死のうが消えようが、その心に波一つ立たないだろう。むしろ「邪魔者がいなくなった」と喜ぶ程だ。

 

「やぶ蛇だったようだね、神崎」

 

「勝てる公算があるのか?」

 

『公算? そんなもの必要ないよ。十代の愛があれば、ボクは幾らでも強くなれる! さぁ、十代! 一緒にボクとキミだけの世界を作ろうじゃないか!!』

 

 現実的な話に焦点をあてたギースの言葉もユベルをためらわせるには至らない。いや、実際にユベルの精霊のポテンシャルを考えれば「不可能ではない」と言えてしまうあたり質が悪いくらいだ。

 

「や、止めろよ、ユベル! そんなこと――」

 

『分かっているよ、十代――こいつらに無理強いさせられているんだろう? ボクはキミのことならなんでもお見通しさ。キミはボクが守って見せる!』

 

 それに加え、当人曰く「愛しの十代」の声ですらユベルを止めるには至らない。「大切な人の為に」と語りながら盲目的に自己の欲求を通そうとする行為は「愛」と呼ぶにはあまりにも身勝手で、身勝手ゆえに議論の余地が介在しない。

 

「そうじゃないんだ、ユベル! 俺はみんなと楽しくデュエル――」

 

『勿論だよ! キミの望みは全て叶えて上げる! このボクが!! 他の奴らなんていらない! デュエルでも何でも、キミはボクだけを見てくれれば良い!!』

 

「よろしいんじゃないでしょうか?」

 

「ユベル! どうして分――えっ?」

 

 だが、此処で神崎は打って変わって「いいアイデアだ」と言わんばかりにユベルの主張に迎合し始めた。これには、ユベルも神崎へ警戒するような眼差しを向ける。

 

『…………今度は何を企んでいるんだい?』

 

「いえ、ユベルさんの望む世界を差し上げようかと思いまして。貴方も今から全人類を相手にするなんて、面倒でしょう?」

 

『まるでキミが世界を所持しているような言い方だね』

 

「お待ちください!! あの場所は――」

 

「ギース」

 

「――っ……」

 

 そんな神崎の提案を制止するように声を荒げたギースだが、その発言は言葉短くすぐさま封殺された。

 

「では、場所を移動しましょうか」

 

「ど、どこ行くんだ?」

 

「遊城くん――探検しましょう」

 

 やがて席を立った神崎の先導の元、不安げな声を漏らす十代を引き連れ、一同は移動こと探検に旅立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして無駄に重量のある扉を幾つも開けた先にあった異次元のゲートを通り、たどり着いたのは――

 

「うぉー! すげぇー!! なんだ此処!?」

 

 十代の視界一杯に広がるのは広大な砂漠と、澄んだ青空に宙に浮かぶ岩島のある不思議な世界。

 

「『プラナ次元』と呼ばれる場所です。『プラナ』と呼ばれる特殊な力を持つ人間が暮らしておりましたが、力の維持が叶わなくなった為、今は完全に無人となっております」

 

 そう、神崎が説明した通り、かつてセラたちが住んでいたプラナ次元である。

 

 本来であれば、次元上昇により理想郷になる筈だったが、アテムが冥界から短期間とは言え出てしまった為、今は普通の人間が生活するには向いていない世界だ。

 

 とはいえ、此処での活動は特殊な力「プラナーズマインド」がなければ、色々苦労する部分が多い。

 

 

「争いの種にしかなりませんから永遠に秘匿する予定でした――ですが、ユベルさんが引き取ってくださるのなら此方としても喜ばしいお話ですので」

 

 だが「手付かずな広大な空間」というだけで、その価値は計り知れない。情報が洩れれば、どうなるかなど火を見るよりも明らかだ。ギースが制止の声を荒げる理由も分かるというもの。

 

 そんな代物をポンと渡されたユベルは、砂漠を走り回る十代を眺めつつ暫し考え込む仕草の後――

 

『他に知っている人間は?』

 

「海馬社長とツバインシュタイン博士、そして此処にいる人間だけです」

 

『…………いいね。どうやらキミのことを誤解していたようだよ』

 

「お気になさらずに――仕事上、誤解されることには慣れていますから」

 

 軽い問答を通したユベルは何処か歪みの見える満足げな表情を浮かべながら神崎へと握手を果たす。

 

 やがて、そんな同盟とも言えぬ形だけのやり取りを即座に切り上げたユベルは、斎王と砂の城を作りながら戯れていた十代を背中越しに抱きしめながら耳元でささやく。

 

『やったよ、十代。キミとボクだけの世界だ。これからは誰にも邪魔されず永遠に一緒にいられるよ』

 

「ぇ? な、なに言ってんだよ、ユベル。俺、学校だって――」

 

「勉学ならこの世界でユベルさんに教われば良いじゃありませんか」

 

『そうだよ、十代。ボクがなんでも教えてあげる。何も心配しなくていい』

 

 そんなふって湧いた話に戸惑う十代の逃げ道を神崎の発言が塞ぎ、続けてささやくユベルの腕の力が僅かに強くなる。

 

「父さんと母さんだって――」

 

「ではご両親と会う日を作りましょう――タイミングはユベルさんにお任せします」

 

『……仕方がないけど、彼らがいなければ今の十代はないからね。そのくらいは大目に見てあげるよ』

 

 十代の逃げ場を崩すように、逃がさないように、謀略と歪んだ愛が十代の心を包んでいく。

 

「ご、ごはんとか、どうすんだよ! 家だって――」

 

「あらかじめ全てご用意させていただきます。ユベルさんは料理の方は?」

 

『任せてくれよ。十代、キミの好物だって作ってあげるさ』

 

「と、父さんと母さんは何て言ってたんだ! こんなのおかしいだろ!!」

 

 そんな重苦しさを感じる最中、十代は最後の希望とばかりに家族の存在を叫ぶ。子供が親を頼るのは当然の帰結であろう。もっとも――

 

「あなた方の件は一任されておりますので」

 

 十代とユベルの件の依頼者がその二人でなければ――の話ではあるが。

 

 我が子の周辺で不可思議な事件が起きれば、一般的には評判の良いその手の専門家であるオカルト課を十代の両親が信じて託すことも、また道理。

 

「な、なら――」

 

「どうしたんですか、遊城くん。まさかユベルさんと一緒に暮らすのが『嫌になってしまった』のですか?」

 

『おい、流石に今の言葉は看過できないな』

 

 そうして懸命に拒否の理由を探す十代へ、神崎から詰めの言葉が送られるが、それに対してユベルは若干ドスの効いた怒りをはらんだ声を響かせた。

 

 十代とユベル――二人は互いを一番に愛し合う絶対の絆に結ばれた関係。そこに「一緒に暮らすのが嫌」なんて可能性がある筈がない。あっていい筈がない。

 

 

 だが、それでも今の段階で十代があれこれ「できない」理屈を並べている状態に思い至ったユベルは、「もしも」の可能性が脳裏を過り不安げな声を漏らす。

 

『まさか、十代…………本当にボクのことが嫌いになっちゃったのかい?』

 

「それは…………違うけど」

 

『あぁ、そうだよね!! キミがボクのことを嫌いになる筈がないじゃないか! ……ゴメンよ。キミの愛を疑ってしまって』

 

 だが、そんな己の不安をすぐさま払拭してくれた十代の頭を胸に抱いたユベルは、何度もその頭を慈しむように撫でる中、神崎は助け船を出す。

 

「ですが遊城くんの心配も分かります。新天地での生活は不安になりますよね。ですから、『1週間』――試しに1週間だけ暮らしてみましょう」

 

 ただ、その助け舟は果たして十代に向けられたものなのか、ユベルに向けられたものなのか――その点は定かではない。

 

 

「遊城くん。長期休みが来たと思って1週間の間、此処で好きなだけ遊んでみる――これで、どうでしょうか?」

 

「1週……間」

 

 しかし結果的に暫しの熟考の後、首を縦に振った十代の決断にユベルが破顔したことだけは確かだった。

 

 

 

 

 

「恋ならぬ――愛は盲目と言ったところか」

 

 そんな去り際の斎王の言葉を最後に、諸々の準備を終えたプラナ次元と物質次元を繋いでいたゲートは閉じられる。

 

 そう、此処に文字通り二人()()の愛の巣が構築されたのだ。

 

 

 その行く末は果たして、どうなることやら。

 

 

 いや、ユベルの言葉を借りるなら、きっと「理想の世界」なのだろう。

 

 

 

 

 






ヤンデレには全肯定が効くって、ばっちゃが言ってた!!






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第224話 デュエルカウンセリング



前回のあらすじ
ボクは理想の世界を創る。苦しみも痛みも貧しさも十代に与えない世界を

愛する十代と共に二人っきりで創るのさ! 二人の愛の理想郷たる世界を!!






 

 

 十代と出会った日から早二日。神崎の仕事部屋で手伝いついでに精霊界の情報を学ぶアモンは、書類に目を走らせる神崎へと問いかける。

 

「何を考えているんですか」

 

「おや、どうかしましたか、アモン?」

 

「十代を閉じ込めて何のつもりかと聞いています」

 

 それは十代の件。海馬、斎王、ギース、そして神崎以外に知らない筈の情報を語って見せるアモンへ、神崎はいつもの貼り付けた笑顔であっけらかんと誤魔化してみせた。

 

「なんの話でしょう?」

 

「とぼけないでください。十代がKCから出た痕跡もなく、家に帰った訳でもない――そして牛尾に向かったと思われる十代の精霊ユベルの攻撃をあなたが撃ち落とした様子を見れば、どういった依頼を受けたかぐらいは想像がつきます」

 

「そうですか」

 

「何がおかしいんですか?」

 

 その笑みは披露されたアモンの推理を聞いても揺らぐことはなく、逆にアモンの不審感をくすぐって見せる始末。

 

「いえ、『随分と気にするんだな』と思ったもので」

 

「……ただ『楽しそうにデュエルするヤツだな』と思っただけです」

 

――相変わらずの秘密主義……か。

 

 やがて神崎が「煙に巻こうとしている」ことを把握したアモンは、追及の手を変えようとするが――

 

 

『大変だ、神崎!!』

 

「これはユベルさん、どうかなさいましたか?」

 

――二日か……意外と早かったな。

 

 急に虚空に向かって話し始めた神崎の姿に、アモンは口を閉ざす。彼とて十代の進退が気になろうとも、オカルト課での仕事を邪魔する気はなかった。

 

 

 

 

 

 

『ずっと俯いてばかりで……ボクは十代に元気でいて欲しいのに……』

 

 やがてオカルト課にて、ユベルが宙に浮かびながら悲痛な声を漏らす。プラナ次元での生活の一日目は幸せの絶頂だった。

 

 思う存分2人でデュエルしたり、砂漠を駆け回って思う存分探検し、宙に浮かぶ岩島に十代を背に乗せて飛び乗って広大な絶景を眺めながら食事したり――とユベルは愛する十代との日々が永遠に続くと信じていた。

 

 だが、二日目の朝一番に十代は「帰りたい」と駄々をこね始める。ユベルがどれだけ「まだ二日目だ」「もっと遊ぼう」「探検しきれていない場所だってある」等々、言葉を尽くしても十代は膝を抱えて蹲ったまま「帰りたい」と辛そうな顔で呟くばかり。

 

 そんな辛そうな十代の姿に、ユベルは初めて己を曲げた。

 

 そして今、神崎の眼の前で事情を話し終え――

 

「遊城くんは『ユベルさんの望みに反して』外に出たがっているんですね?」

 

 ユベルが認めたくない現実が、神崎に突き付けられていた。

 

――随分と棘のあるいい方だな……

 

『…………そうだよ。どうしてなんだ、十代。キミとボクの二人っきりの世界なのに……何がいけなかったんだ……』

 

 精霊が見えぬゆえに事情が分からぬアモンの内心の反応を余所に、ユベルは「そうだ」と言葉では現実を認めつつも、内心では認めきれぬゆえか、自問自答を繰り返す中――

 

――良かった……「十代が自分の傍にいれば状態は気にしない」とか言い出されなくて本当に良かった……

 

 神崎は心の中で大きなため息を吐く。「第一段階はクリアだ」と。

 

 そんな中、流石に蚊帳の外過ぎたのかアモンが何気なく問いかけるが――

 

「何をしたんですか?」

 

「ユベルさんの望みを叶え、お二人だけの世界にご招待しただけですよ」

 

「は?」

 

「まぁ、お試しということで1週間の期限付きではありますが」

 

「――ふざけるなッ!!」

 

 淡々と語られた神崎の発言にアモンは激昂しながらテーブルに跳び乗り神崎の胸倉を掴んだ。

 

 少年を1人幽閉しました――そんな不条理をあっけらかんと語って見せた神崎が、アモンには許せなかった。

 

 

 過去のアモンに降りかかった不条理から、苦しみも痛みも貧しさもない世界――そんな理想の世界を作ることを夢に掲げたアモンはそれを看過できない。

 

 

 KCに来て綺麗ごとだけでは世界は回らぬ現実を実感したとしても、こんな行為が許されていい筈がない。

 

 だが、そうして怒りの様相で胸倉を掴む己を、変わらぬ笑顔で見やる神崎の姿にアモンは叫ぶ。

 

「なに笑っているんですか!!」

 

「いえ、他者を遠ざけてきた貴方がきちんと『誰かの為に怒れる』ことが分かって嬉しかったもので」

 

 しかし神崎の態度は頑なに変わらない。というか、変えられない。なにせ、神崎にも段取りがある。

 

『早くしてくれ、神崎! 十代が辛そうなんだ! 精霊のボクは好きに行き来できるけど、人間の十代にはゲートがいる! 強引に開けて万が一は避けたいんだ!』

 

「直ぐに伺いますね。アモン、同行してください。理由は言わずとも分かりますね?」

 

「わかり……ました」

 

――互いを嗜虐する思想もない今のユベルなら、まだ何とかなりそうだ。

 

 ゆえに急かすユベルの声、助け船とばかりに乗り込んだ神崎はアモンを連れ、十代の両親に連絡を入れながら、プラナ次元へのゲートの元へ歩き始めた。

 

 

 

 

 やがて十代を回収し、一先ず応接室に案内した神崎は飲み物を出しつつ、事情を伺うべく手始めに十代にベッタリなユベルを引き剥がしにかかった。

 

『ゴメンよ、十代。ボクがこんなヤツの口車に乗せられたせいで――』

 

「おや? 私がしたことは『ユベルさんの提案』の後押しだった筈ですが?」

 

『お前……』

 

「貴方が願ったんですよ? 『二人きりの世界が欲しい』と」

 

 そうしてユベルの罪悪感を刺激しながら沈黙を選ばせ、ソファの上で縮こまる十代と視線を合わせながら神崎から――

 

「遊城くん、『ユベルさんと二人っきりの生活』――どうでしたか?」

 

 放たれた質問に十代の肩がビクンと跳ねた。

 

「嫌でしたか?」

 

「……………………うん」

 

 そして強引に答えを引きずり出そうとする神崎につられ、絞り出すように肯定を返す十代。

 

「なら、『そんな提案をしたユベルさん』を『嫌いになってしまいました』か?」

 

 だが、続いた神崎の質問に今度はユベルが肩をピクリと跳ねるが――

 

「――違う!! 俺がユベルのこと嫌いになったりするもんか!!」

 

『十代……』

 

 この発言はすぐさま十代が席から立ちあがる程の勢いを以て否定された。その力強い宣言に安堵するようなユベルの声が漏れ出る。

 

「でも『ユベルさんの幸せの形』は受け入れられない」

 

「……それは……そうかもしれないけど……」

 

 しかし、その隙に十代の口から望む答えを引き出した神崎は、小さく両手を挙げながら笑顔で話を切りにかかった。

 

「そうですか。色々あって疲れたでしょう。ご両親は直に到着しますので、それまではアモンと遊んで上げてください――後、念の為にカウンセラーの方も呼んでおきますね」

 

 そうして席を立った神崎はテーブルの上にデュエルマットを引きながら――

 

「――アモン」

 

「…………分かりました」

 

「では、失礼しますね」

 

 アモンに十代を任せた後、応接室から立ち去った。

 

「十代、デュエルでもしようか」

 

「……うん」

 

 やがてパタンと閉じたドアを僅かに眺めていた十代は、アモンの勧めもあってテーブルデュエルを始め、テーブルの上で頭身を小さくされたモンスターたちがぶつかり合う。

 

『本当にゴメンよ、十代……キミを悲しませるつもりはなかったんだ……』

 

「ううん、いいよ、ユベル。俺、なんだか急に怖くなっちゃってさ」

 

 かくして、若干上向いた十代へユベルが謝罪を送るが、これで「元通り」という訳にはいかない。

 

 

 そう、彼らの選択の時は近づいているのだ。

 

 

 自分たちの間の問題が、誰かを傷つける結果を生んでしまった以上、知らぬ存ぜぬは通じない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな具合に、同年代のアモンとのデュエルを通じてかなり気持ちを持ち直した十代は逆転勝利に喜ぶ中、タイミング良く両親が来たとの連絡が入り、彼らが待つデュエル場に案内された十代は家族との再会に安堵する。

 

 

 

 そして再会を喜び合った後、彼の両親の立ち合いの元、神崎とユベルの件で今後の話し合いをすることになった。とはいえ、あくまで「最後の確認」だけであるが。

 

「遊城くん、これからの話なのですが――ユベルさんと一時お別れした方が良いかもしれません」

 

 それはユベルと別れるか否か。

 

『何言っているんだい、お前。そんなこと許される訳ないじゃないか!!』

 

「ユベルさんは酷く心配性な方のようなので、遊城くんが心配ないくらいに、もう少し大きくなってから、一緒にいる道を提案させて頂きます。それまでユベルさんは此方で保護致しますので」

 

 ユベルの苛立ちに満ちた声が落とされる中、気にせず概要を説明した神崎。

 

 つまり今の段階では、少年であり感情面が不安定な十代が僅かでも悲哀などの負の感情を持てば、ユベルはすぐさま原因を排除に動く。そこに「容赦」の二文字はない。

 

 ゆえに、ある程度「十代が精神的に強くなる」まで時を置くことで「ユベルが動かなくても良い」状況を作るプランだ。

 

 

『ボクを無視するとはいい度胸じゃないか。そんなに死にたいなら――』

 

「ユベルと離れ離れになるのは……イヤだ」

 

『――ほら、十代もこう言ってるんだ! もうお前の口車には乗らないよ!!』

 

 だが、十代はこれを拒否。神崎の「ユベルを保護する」との言葉に「プラナ次元に閉じ込める」との意が含まれていることは幼い彼でも何となく理解している。

 

 その為、己が感じた寂しさをユベルに味わって欲しくない十代は首を縦には振れなかった。

 

 そんな十代の姿を、ユベルが錦の旗とばかりに掲げるが――

 

「少しの間であってもですか?」

 

「……うん」

 

「では、ユベルさんの心配を晴らせることを遊城くんが証明しましょう」

 

 神崎は一瞬十代の両親に目配せしたと共に大仰に両の手を広げ、新たなプランを提案する。

 

「……何すれば良いんだ?」

 

 この場の空気の風向きが変わったことを何となく把握した十代が、首を傾げながら先を促せば、打って響くように神崎は語り出した。

 

「カウンセラーの方とデュエルして頂き、相手に『もう大丈夫』と認めて貰うんです。そうすれば、ユベルさんも、遊城くんのお父さんとお母さんも、安心して出来るでしょう?」

 

「……? つまりデュエルすれば良いってこと?」

 

「はい、デュエルで遊城くんが一人前であることを示してください」

 

『ふん、誰が相手だろうとボクと十代の敵じゃないよ』

 

 だが、いまいちピンと来なかった十代が自分なりにかみ砕いてユベルと納得した姿に、神崎は「是」を返す。そう、早い話がデュエルで実力を示す――その一点だけが重要なのだ。

 

「相手のカウンセラーって誰? アモン?」

 

「……ボクの訳がないだろう」

 

 やがて十代の意識が対戦相手に向いたことで、アモンの方を見るが生憎今回の相手は彼ではなく、神崎がデュエル場の一角の扉を開いた先にいる人物。

 

「ではお呼びしますね。精霊と人間のデュエルカウンセラーのデシューツ・ルーさんです」

 

「よぉ、坊主が噂のじゃじゃ馬か」

 

 黒のパーマの長髪の男――デシューツ・ルーが挨拶代わりに軽く手を挙げながら歩み出た。

 

 そう、DM編のバトルシティでおなじみカードプロフェッサーの1人、デシューツ・ルーである。とはいえ、大半の方々――もとい、十代からすれば「誰、このおっさん」な状態だろうが。

 

「彼とデュエルすれば、精霊と人間がとっても仲良くなると評判です」

 

「えっ!? こっちのおっさんも精霊が見えるのか!?」

 

「『おっさん』は止めろ――デシューツさんと呼んでくれ」

 

 やがて神崎からなされた注釈に十代が食いつく中――

 

「我々は席を外していますので。ご健闘を」

 

 神崎は、アモンと最後に十代の頭を撫でた両親を引き連れ、この場を後にする姿に十代は思わず縋るようにアモンの手を取った。

 

「アモンも行っちゃうのか?」

 

「……一人前だと証明する為のデュエルなんだ。友人知人の応援を介する訳にはいかないだろう?」

 

「それは……そうだけどさ」

 

『大丈夫さ、十代。キミにはボクがついているんだ』

 

 未だ不安の抜けきらない十代の手をそっと解いたアモンが立ち去る中、ユベルは十代を後ろから抱き留めながら励ましの言葉を送る。

 

 こうしてデュエル場に残るのは十代とユベル、そしてデシューツ・ルーのみ。

 

「なら、さっさと始めさせて貰うぜ」

 

「お、おう!」

 

 しかし、ユベルの声へ十代が応える前に、急かすようなデシューツ・ルーの声に促されデュエルの幕が上がった。

 

「 「 デュエル!! 」 」

 

 

 やがてデュエルディスクが先攻後攻を決めるのだが、デシューツ・ルー側がデュエルディスクを操作すると、十代のデュエルディスクにランプが灯り――

 

「ほら、先攻か後攻か好きな方を選ばせてやるよ」

 

『なんの真似だい? まさかハンデのつもりじゃないだろうね? ボクの十代を馬鹿にしないで欲しいな』

 

「そうだ、そうだ! そんなの良いから、本気でやろうぜ!!」

 

 そうして告げられる何気ないデシューツ・ルーの発言に、ユベルと十代は「侮られた」とやいのやいのと騒ぎ立てるが――

 

「…………? あー、あれだ。一応これは『カウンセリング』だからよ。色々質問しなきゃならねぇのさ」

 

「そうなのか?」

 

「そういうことだ」

 

 デシューツ・ルーからの追加の説明に、納得した様子の十代は悩むことなく「先攻」を選び、デッキからカードをドローした。

 

「ならもちろん、先攻だぜ! 俺の先攻! ドロー! よしっ! 魔法カード《予想GUY》を発動! デッキからレベル4以下のモンスター1体――《ルイーズ》を守備表示で特殊召喚だ!」

 

 やがて元気一杯な十代のフィールドに空から藍色の鎧を纏ったネズミの戦士が降り立ち、右手の剣を相手に向けて戦意を示した後、左手の盾を前面に出して十代を守るように膝をつく。

 

《ルイーズ》 守備表示

星4 地属性 獣戦士族

攻1200 守1500

 

「後は《オシロヒーロー》を通常召喚して、永続魔法《強欲な欠片》を2枚、発動! これでターンエンド!」

 

 そんな《ルイーズ》の隣に異次元の歪みが生じ、そこから――

 

 青いマントを羽織った丸い黄色の頭に球体上の青いボディを持ち、棒のような腕と脚の先に黄色の丸い手と靴を装着した赤いモノアイが光る――なんだかよく分からない戦士が頭上の二つのアンテナをピコピコ揺らしながら現れた。

 

《オシロヒーロー》 攻撃表示

星3 地属性 戦士族

攻1250 守 700

 

 

 

 

十代LP:4000 手札2

《ルイーズ》 《オシロヒーロー》

《強欲な欠片》×2

VS

デシューツ・ルーLP:4000 手札5

 

 

 そして壺の欠片が十代の足元に転がる中、デシューツ・ルーは小さく噴き出すように笑みを浮かべる。なにせ――

 

「フッ、さっきまで落ち込んでたってのに随分楽しそうじゃないか」

 

「あっ、いや――」

 

「良いんだよ、それで。デュエルには人の心を癒す力がある――と、オレは信じてる。楽しんだもん勝ちだ」

 

「おっさん……」

 

 なにせ、今回の十代の心を癒す「カウンセリング」という目的はたった1ターンで凡そ達成されている嬉しい誤算があるのだから。これが「デュエルの可能性」というものなのかもしれない。

 

「おっさんはやめろって――オレのターン、ドロー。まずは魔法カード《成金ゴブリン》を発動。坊主のライフを1000回復する代わりに俺は1枚ドローだ」

 

十代LP:4000 → 5000

 

 しかし十代の「おっさん」呼びに面倒そうに頭をかくデシューツ・ルーがカードを引けば、いつの間にか十代の隣にいたゴブリンのおっさんが撒いた光の粉が十代のライフを癒した。

 

「おっさん、手札が悪いのか?」

 

「そんなところだ――魔法カード《予見通帳》を発動。オレのデッキの上を3枚除外し、3回目のオレのスタンバイフェイズに除外したカードを手札に加える。まぁ、ノンビリ行こうぜ?」

 

 無為にライフを回復させた相手の行動に対する十代の怪訝そうな声に、軽く返したデシューツ・ルーの頭上にパラパラと手帳のようなものが浮かび上がり、すぐさま消えていく。

 

「カードを4枚セット。そして魔法カード《命削りの宝札》を発動し、手札が3枚になるよう、3枚ドローだ。まあまあか――もう1枚セットしてターンエンドだ」

 

「でも、そのエンド時に《命削りの宝札》のデメリットでおっさんは手札を全て捨てなきゃならないぜ!」

 

「良く知ってるな」

 

 だが、モンスターの1体すらも召喚せずにターンを終えたデシューツ・ルーは、十代の言葉に従うように空から飛来したギロチンがデシューツ・ルーの2枚の手札を叩き割った。

 

 

十代LP:5000 手札2

《ルイーズ》 《オシロヒーロー》

《強欲な欠片》×2

VS

デシューツ・ルーLP:4000 手札0

伏せ×5

 

 

「へへっ、だろ? おっさんのフィールドにモンスターがいない隙に一気に行くぜ! 俺のターン! ドロー! このドロー時に2枚の永続魔法《強欲な欠片》にカウンターが乗るぜ!」

 

 2枚の《強欲な欠片》のそれぞれの強欲カウンター:0 → 1

 

 

 そうして褒められた事実に気分を良くする十代がカードを引けば、その足元の壺の欠片の追加パーツが集い、徐々に顔が彫られた壺の形が組み上がって行き、全体の半分ほどその形を示す。

 

 そしてがら空きのデシューツ・ルーのフィールドに攻め込むべく――

 

「俺は《竜魂の石像(ドラゴン・ソウル・スタチュー)》を召喚して、《ルイーズ》を攻撃表示に! バトルだ!!」

 

 龍の頭を持つ戦士の土色の石像が大地を砕き現れ、剣を構え、

 

竜魂の石像(ドラゴン・ソウル・スタチュー)》 攻撃表示

星3 地属性 戦士族

攻1100 守 900

 

 ネズミの剣士たる《ルイーズ》も、その戦線に加わるべく盾を引き、剣を前に出した。

 

《ルイーズ》 守備表示 → 攻撃表示

守1500 → 攻1200

 

「《竜魂の石像(ドラゴン・ソウル・スタチュー)》でダイレクトアタック!! ソウル・ブレード!!」

 

「おっと、流石に3体纏めて受ければライフがスッカラカンになっちまう――罠カード《ゴブリンのやりくり上手》を2枚発動し、さらに速攻魔法《非常食》を発動だ」

 

 やがて十代の声に従い《竜魂の石像(ドラゴン・ソウル・スタチュー)》は剣を上段に振り上げながらデシューツ・ルーに迫るが、その前に3枚のカードが壁のようにせり上がり――

 

「罠カード《ゴブリンのやりくり上手》の2枚を速攻魔法《非常食》で墓地に送ったことでライフは2000回復だ」

 

デシューツ・ルーLP:4000 → 6000

 

 その内2つが、ゴブリンの形をした光となってデシューツ・ルーを包むも、十代は「ライフを回復しただけだ」と意気揚々と返す。

 

「でも攻撃は止まらないぜ、おっさん!」

 

「焦んなよ。2枚の罠カード《ゴブリンのやりくり上手》の効果により墓地の同名カード+1枚ドローし、手札を1枚戻す。墓地には3枚。よって4枚ドローして1枚戻す――のを2回だ」

 

「えっ? 墓地の《ゴブリンのやりくり上手》は2枚の筈――」

 

「魔法カード《命削りの宝札》で捨てといたのさ。まぁ、坊主の言うように攻撃は止められないがな」

 

 やがて呆けた声を漏らす十代を余所に、合計6枚ものドローをしたデシューツ・ルーだが、結局は《竜魂の石像(ドラゴン・ソウル・スタチュー)》の剣を受け、そのライフは着実に削られていく。

 

デシューツ・ルーLP: 6000 → 4900

 

「おっし! 先制パンチ成功だぜ! 続け、《ルイーズ》! 《オシロヒーロー》!!」

 

 そして残りの十代の2体のモンスターがデシューツ・ルーへと進軍するが、彼らの歩みは突如として地面からせり上がった巨大な赤い扉がある石作りの城門に遮られた。

 

 その城門を前に《ルイーズ》と《オシロヒーロー》の足も思わず止まる。

 

「なっ、なんだ、これ!?」

 

「オレがダメージを受けた時にこいつを発動させて貰ったぜ――罠カード《ダメージ・コンデンサー》をな。こいつは手札を1枚捨てることで受けたダメージ以下の攻撃力のモンスターをデッキより呼び出せる」

 

 やがて十代ともに彼のフィールドの3体のモンスターも、急に現れた城門を見上げれば――

 

「オレが呼んだのは相棒のこいつさ」

 

 その城門の登頂部の踊り場の部分にある頭が、十代とそのモンスターたちを見下ろしていた。

 

《キャッスル・ゲート》 攻撃表示

星6 地属性 岩石族

攻 0 守2400

 

「でも攻撃力0じゃ、俺のヒーローたちは止められないぜ!! 行けっ、《オシロヒーロー》!!」

 

 だが、その攻撃力は0――十代のどのモンスターよりも低い。ゆえに攻め気を見せた十代に応えるように《オシロヒーロー》が腕をクルクル回しながら突撃。

 

「流石に不用心が過ぎるな――罠カード《反転世界(リバーサル・ワールド)》発動。フィールドの全ての効果モンスターの攻・守を入れ替える」

 

「げっ!?」

 

 しかし、その突撃に、《キャッスル・ゲート》は城門と同化していた両腕を開き、その指先からつぶての弾丸をお見舞いした。

 

《キャッスル・ゲート》

攻 0 守2400

攻2400 守 0

 

「うぉっ!?」

 

 そうしてつぶて雨に押し負けた《オシロヒーロー》がバタンと志半ばに倒れる中、飛来したつぶての残りが十代を襲いライフを奪う。

 

十代LP:5000 → 3850

 

「くっそ~!? ならカードを1枚セットして、俺も魔法カード《命削りの宝札》を発動! 3枚ドローだ! んで、カードを2枚セットしてターンエンド! エンド時に残りの手札を捨て……る」

 

 そんな思わぬ反撃に歯嚙みする十代は手札を整え、相手の攻撃に備えようとするが、魔法カード《命削りの宝札》のデメリットを受ける最後の1枚の手札を、かなり口惜しそうな表情で墓地に送った。

 

「どうしたよ、その顔は? よっぽど良いカードを墓地に送る羽目になっちまったのか?」

 

「そ、それはどうかな?」

 

「なんだ? デュエルキングの物真似か? まぁ、そういうことにしといてやるさ」

 

 

十代LP:3850 手札0

《ルイーズ》 《竜魂の石像(ドラゴン・ソウル・スタチュー)

《強欲な欠片》×2 伏せ×3

VS

デシューツ・ルーLP:4900 手札5

《キャッスル・ゲート》

 

 

 やがてバレバレのハッタリで乗り切ろうとする十代を軽く流しつつ、ドローしたデシューツ・ルーは1枚のカードを発動させた。

 

「オレのターン、ドロー! 俺は装備魔法《捕食接ぎ木(プレデター・グラフト)》を発動。墓地の『捕食植物』モンスター1体を復活させ、こいつを装備だ――オレが選ぶのは《捕食植物(プレデター・プランツ)プテロペンテス》」

 

 すると地面から1本の枝が伸び、そこに実った緑の果実が砕けたと思えば、腕に翼膜の生えたカエルのような食虫植物が大口を開け、不気味な鳴き声を漏らす。

 

捕食植物(プレデター・プランツ)プテロペンテス》 守備表示

星3 闇属性 植物族

攻 300 守2100

 

「《捕食植物(プレデター・プランツ)プテロペンテス》の効果を使わせて貰うぜ。こいつよりレベルの低い相手モンスター1体のコントロールを得る」

 

「《竜魂の石像(ドラゴン・ソウル・スタチュー)》が!?」

 

 そして《捕食植物(プレデター・プランツ)プテロペンテス》の大口からカエルの舌のような触手が飛び出し《竜魂の石像(ドラゴン・ソウル・スタチュー)》に巻き付けば、《竜魂の石像(ドラゴン・ソウル・スタチュー)》はデシューツ・ルーのフィールドに一本釣りされていった。

 

「安心しな、すぐに返してやるよ――《キャッスル・ゲート》の効果。オレのフィールドのレベル5以下のモンスターをリリースし、その元々の攻撃力分のダメージを与える」

 

 しかし身体にまとわりつく樹液のベタベタ加減にジタバタする《竜魂の石像(ドラゴン・ソウル・スタチュー)》は《キャッスル・ゲート》の腹の城門が開いた先にあった大砲に押し込まれ、大砲に着火されると共に――

 

「食らいな! 人間大砲(モンスターカノン)!!」

 

「うわっ!?」

 

『十代ッ!?』

 

 砲弾として放たれた《竜魂の石像(ドラゴン・ソウル・スタチュー)》がワタワタするも、結局は十代に激突し、そのライフを大きく削った。

 

十代LP:3850 → 2750

 

『お前、よくも十代を……』

 

「オレはカードを4枚セットしてターンエンドだ」

 

 そうして、ライフ差が広がったことで追い詰められる十代の顔が陰る度に、ユベルの怒りのボルテージが上がって行くが、デシューツ・ルーは気にした様子もなくターンを終える。

 

 しかし、此処で十代が待ったをかけるように首を傾げた。

 

「……攻撃しないのか?」

 

 そう、十代のフィールドに残るのは攻撃力1200の《ルイーズ》のみ、攻撃力2400となった《キャッスル・ゲート》であれば破壊が可能だ。

 

 十代のセットカードを警戒した可能性も考えるが、それにしてはデシューツ・ルーのデュエルが十代には、最初のターンからどうにも消極的に思えてならなかった。

 

「ハンデだよ。ガキ相手に本気でかかりゃぁ直ぐに終わっちまうだろ? これでもカウンセラーでね。癒す前に終わられちゃ困るのさ」

 

「そんなの良いから本気だせよ、おっさん!!」

 

「オレも仕事なんだ。許してくれよ」

 

 だが、デシューツ・ルーから呆れた様子で放たれた「手加減」との発言に十代は憤慨するも、相手には暖簾に腕押しとばかりにまともに取り合う様子はない。

 

 

十代LP:2750 手札0

《ルイーズ》

《強欲な欠片》×2 伏せ×3

VS

デシューツ・ルーLP:4900 手札1

《キャッスル・ゲート》 《捕食植物(プレデター・プランツ)プテロペンテス》

捕食接ぎ木(プレデター・グラフト)》 伏せ×4

 

 

「く~! もう良い! 俺のターン! ドロー! この瞬間、2枚の永続魔法《強欲な欠片》に2つ目のカウンターが乗る!!」

 

 2枚の《強欲な欠片》のそれぞれの強欲カウンター:1 → 2

 

 やがて拗ねたようにカードをドローした十代の足元に、前のターンと同様に壺の欠片が集まって行くが、今度はきちんと欲深い顔の壺の欠けていた部分も集まり、二つの壺が完成した。此処から当然――

 

「おっと、大量ドローか?」

 

「前のターンにセットした魔法カード《闇の量産工場》を発動! 墓地の通常モンスター2体! 《オシロヒーロー》と《竜魂の石像(ドラゴン・ソウル・スタチュー)》を手札に! んで、これだ! 魔法カード《手札抹殺》!!」

 

 壺を割りドローするかと思いきや、大地から伸びたベルトコンベヤーに運ばれた2つの影が十代の手札に舞い戻った後、すぐさま墓地に送られ新たな手札となって転生を果たす。

 

「互いの手札の入れ替え――成程な、使い道のない通常モンスターを他のカードに変えた訳か」

 

「馬鹿にすんな! 俺のデッキに使い道のないカードなんて入ってない!!」

 

「そう怒んなよ。言葉の綾だ」

 

 その流れの真意を誰かに聞かせるように語るデシューツ・ルーだが、「使い道のない」との発言に対し、十代に噛みつかれた為、形ばかりの謝罪を返した。

 

「……此処で2枚の永続魔法《強欲な欠片》の効果発動! カウンターの2つ乗ったこのカードを墓地に送り2枚ドローできる! 合計4枚ドローだ!!」

 

 そのやり取りのせいか、若干、不貞腐れながらなされた十代の宣言により、その足元の欲深き壺の2つはパリンと割れ、4枚ものカードを引いた十代は――

 

「よっしゃぁ!! セットした魔法カード《融合》を発動! 《E・HERO(エレメンタルヒーロー) バーストレディ》と《E・HERO(エレメンタルヒーロー) フェザーマン》を手札融合!!」

 

 引き込めたキーカードに一転して目を輝かせ、その頭上にうごめく渦に鳥の翼をもつ緑の獣染みたHEROと猛る炎が描かれたボディスーツを纏う女HEROに呑まれていけば、十代のフェイバリットカードが天より降り立つ。

 

「来い、マイフェイバリットヒーロー!! 《E・HERO(エレメンタルヒーロー) フレイム・ウィングマン》!!」

 

 そうして十代のフィールドに降り立った白い片翼と竜の尾が見える緑と黒の体躯のヒーロー、《E・HERO(エレメンタルヒーロー) フレイム・ウィングマン》は、右腕の赤い竜の頭から闘志を漲らせるように気炎を奔らせていた。

 

E・HERO(エレメンタルヒーロー) フレイム・ウィングマン》 攻撃表示

星6 風属性 戦士族

攻2100 守1200

 

 しかし、攻撃力2100ではデシューツ・ルーの2体のモンスターのどちらも突破は叶わない。

 

「ほー、そいつが坊主のエースか。だが、オレの相棒《キャッスル・ゲート》には届かねぇな」

 

「甘いぜ、おっさん! ヒーローにはヒーローの戦う舞台ってものがあるのさ! フィールド魔法《光の霊堂》を発動!」

 

 だが、HEROには相応しき舞台たる摩天楼が現れ――ることはなく、代わりに白い石造りの神殿が現れた。

 

「その効果で俺のデッキから通常モンスター1体を墓地に送り、そのレベル×100ポイント攻撃力をターンの終わりまでアップする! 俺は《E・HERO(エレメンタルヒーロー) クレイマン》を墓地に送り、フレイムウィングマンの攻撃力は400ポイントアップ!!」

 

 やがて白き神殿に佇む龍の銅像の光が《E・HERO(エレメンタルヒーロー) フレイム・ウィングマン》を包み、右手の龍の顎からほとばしる赤き炎が、青く変化し――

 

E・HERO(エレメンタルヒーロー) フレイム・ウィングマン》

攻2100 → 攻2500

 

「バトルだ!! 《キャッスル・ゲート》をぶっ壊せ、フレイムウィングマン!! フレイム・シュート!!」

 

 右腕の龍の顎を腰だめに構えて跳躍した《E・HERO(エレメンタルヒーロー) フレイム・ウィングマン》は、空から《キャッスル・ゲート》へ龍の顎より青き炎を解き放った。

 

 

「そしてモンスターを破壊したフレイムウィングマンの効果発動! 破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを受けて貰うぜ!!」

 

 轟々と炎の海に呑まれる《キャッスル・ゲート》を余所に十代は指を2本立てて突き出し、迎撃の効果ダメージを宣言するが、青き炎の海を《キャッスル・ゲート》が岩の腕を振ってかき消す姿が、それを遮る。

 

「なっ!? 《キャッスル・ゲート》が何で……!?」

 

「悪いがこいつは戦闘では破壊されない頑丈なヤツでな――まさにオレを守る城塞って寸法さ」

 

デシューツ・ルーLP:4900 → 4800

 

「くっそ~! カードを2枚セットしてターンエンド!!」

 

 やがて炎の余波で僅かにダメージを受けつつも、盤面は健在なデシューツ・ルーの姿に、十代は指を一つ鳴らしながら悔しがりつつターンを終えた。

 

E・HERO(エレメンタルヒーロー) フレイム・ウィングマン》

攻2500 → 攻2100

 

 

 

十代LP:2750 手札1

E・HERO(エレメンタルヒーロー) フレイム・ウィングマン》 《ルイーズ》

伏せ×3

フィールド魔法《白き霊堂》

VS

デシューツ・ルーLP:4800 手札1

《キャッスル・ゲート》 《捕食植物(プレデター・プランツ)プテロペンテス》

捕食接ぎ木(プレデター・グラフト)》 伏せ×4

 

 

――まぁ、破壊されても元々の攻撃力は0な以上、フレイムウィングマンの効果は受けないが……やっぱり実力はガキ相応か。

 

「オレのターン、ドロー! そろそろエンジンかけて行くぜ。永続罠《捕食惑星(プレデター・プラネット)》 を発動し――罠カード《捕食計画(プレデター・プランニング)》 を発動! デッキから『捕食植物』モンスター1体を墓地に送り、フィールドの全てのモンスターに捕食カウンターを乗せる!!」

 

 やがて地団駄を踏みかねない十代を余所に、デシューツ・ルーが2枚のカードを発動させれば、フィールドから植物のツタが伸び、周囲に種子をばら撒き始める。

 

「《捕食植物(プレデター・プランツ)コーディセップス》をデッキから墓地へ! そして捕食カウンターの乗ったモンスターのレベルは全て1になる!!」

 

 そうして、ばら撒かれた種がフィールドのモンスターたちに触れると同時に芽を出し、毒々しい若葉が顔をのぞかせていった。

 

フィールドの全てのモンスターの捕食カウンター:0 → 1

 

E・HERO(エレメンタルヒーロー) フレイム・ウィングマン》

星6 → 星1

 

《ルイーズ》

星4 → 星1

 

《キャッスル・ゲート》

星6 → 星1

 

捕食植物(プレデター・プランツ)プテロペンテス》

星3 → 星1

 

「《憑依するブラッド・ソウル》を通常召喚! そして効果発動! 自身をリリースし、相手フィールドのレベル3以下のモンスター『全て』のコントロールを得る!! 頂くぜ、坊主の相棒たちをよ!!」

 

 そんな異様な雰囲気の中、炎のように揺らめく赤い身体のヤギの角に翼、尾を持つ悪魔が現れる。そしてその身を弾けさせ、血の雨を降らせば――

 

《憑依するブラッド・ソウル》 攻撃表示

星3 闇属性 悪魔族

攻1200 守800

 

 

 その血の呪いは、十代たちの2体のモンスターを包み込み、その瞳を赤く輝かせた途端、主を鞍替えするようにデシューツ・ルーのフィールドに飛び立っていった。

 

「俺のHEROたちが!?」

 

「直ぐに帰してやるよ、《キャッスル・ゲート》の効果! お前のフェイバリットヒーローこと――フレイムウィングマンを射出!!」

 

「えっ!? 《キャッスル・ゲート》が射出できるのはレベル5以下じゃ――」

 

「忘れたのか? 捕食カウンターの乗ったモンスターのレベルは1だ!」

 

 そして《E・HERO(エレメンタルヒーロー) フレイム・ウィングマン》が門を開いた《キャッスル・ゲート》の先の大砲に詰められ――

 

「――人間大砲(モンスターカノン)!!」

 

「うわぁぁぁっ!!」

 

 燃え盛る龍の砲弾と化し十代の身を貫いた。

 

 

十代LP:2750 → 650

 

 

「そして捕食カウンターの乗ったモンスターがフィールドから離れた時、永続罠《捕食惑星(プレデター・プラネット)》の効果により、デッキから『プレデター』カード1枚――《捕食生成(プレデター・ブラスト)》を手札に加える」

 

「このままじゃ……!」

 

 やがて《E・HERO(エレメンタルヒーロー) フレイム・ウィングマン》の亡骸から綿毛のように飛んだ種子がデシューツ・ルーの手札に加わるが、今の十代はそれどころではない。

 

 伏せカードこそあるものの過信できる状況ではなく、相手のフィールドにはアタッカーとなる面々がいる以上、残りライフ650の十代がしのぎ切れる公算は低かった。

 

「安心しろよ。攻撃はしないでおいてやる――ガキ相手にマジで行くわけには、いかないからな」

 

 だが、両の手を広げて「ハンデ」どころか「手抜き」を宣言するデシューツ・ルーの姿に、むっとした十代の後ろでユベルが怒りに満ちた声を張り上げた。

 

『お前……! ――もう我慢の限界だ! 十代の為に堪えて上げていたけど、これ以上は許しておけない!』

 

 カウンセリングを自称しているが、明らかに「十代を馬鹿にしている」ような言動と行動が目立つデシューツ・ルーは、ユベルにとっては許せない存在である。

 

 プラナ次元での生活より、気落ちしていた十代の為に、今まで口出しは最低限にしていたが、それも此処までだ。

 

『ボクの十代を馬鹿にした罪、その身であがなって貰うよ!! 永続罠《リミットリバース》を発動!墓地から攻撃力1000以下のモンスター1体を復活させる! 復活させるのは――ボク自身!!』

 

 そうして十代の意思を無視してひとりでに発動したリバースカードにより、十代の背後にいたユベル――いや、《ユベル》自身が歩み出た。

 

《ユベル》 攻撃表示

星10 闇属性 悪魔族

攻 0 守 0

 

「ん? 勝手に…………随分と勝手してくるじゃねぇか。こいつが噂の疫病神か」

 

 そうしてソリッドビジョンの影響下に入ったユベルを見つつデシューツ・ルーは、事前に得ていた情報から相手の精神状態を「疫病神」と揶揄するように、呆れたように肩をすくめるが――

 

「と……せ……!」

 

「なんだよ、坊主。ハッキリ言わなきゃ伝わらないぜ?」

 

「取り消せよ、おっさん!! ユベルは疫病神なんかじゃない!! 俺の友達だ!!」

 

 相手の「疫病神」との言い様に十代は怒声をあげる。確かにユベルの行動に困ることはあるが、それでも十代にとってユベルは大切な存在なのだ。断じて厄介者ではない。

 

『十代……』

 

「友達……ねぇ」

 

 そんな十代の愛の籠った声に熱っぽい声を漏らすユベルを余所に、デシューツ・ルーは顎髭をさすりながら、試すように問う。

 

「『それ』――本音か?」

 

「当たり前だろ! 俺がユベルを大事にする気持ちは本当だ!!」

 

「『宇宙に飛ばしちまおう』って考えてた癖に?」

 

 だが、デシューツ・ルーの発言に、十代の瞳は揺れ動く。

 

『何を訳の分からないことを言って――』

 

「ち、違――」

 

『ぇ? ……どういうことだい、十代?』

 

 やがて不審げな声を漏らすユベルの姿に、咄嗟に否定を入れてしまう十代だが、それは白状しているも同然だ。

 

「お前だってずっと思ってたんだろ? コイツがいなけりゃ今頃ダチと普通にデュエルして笑い合えてたってよ。コイツのせいで俺の人生滅茶苦茶だってさぁ」

 

 ゆえにデシューツ・ルーは追い打ちをかけるように、「遊城一家」の話をユベルへ説明していく。

 

 そう、十代の両親たちは、ユベルの存在を危惧していた。他者をいたずらに傷つける存在が我が子に憑いていれば当然のことだろう。

 

「邪魔だったんだろ? 誤魔化すなよ。オレはお前みたいなヤツ、腐る程見てきた」

 

 ゆえに愛する我が子を守りたい彼らにとって必然だろう。十代とユベル――その二人の仲を裂こうとするのは。

 

「だから親のツテでKCの『宇宙へカード打ち上げるプロジェクト』を利用して、宇宙に捨てちまおうって考えたんだろ?」

 

『す、捨てる? じゅ、十代、ボクのこと、嫌いになっちゃったのかい?』

 

「違う! 宇宙の正しい波動を浴びて、ユベルに心を入れ替えた後で戻って来――」

 

 泣きそうな表情で振り返り十代を見やるユベルの姿に、胸を締め付けられた十代が説明し直そうとするが――

 

「プッ! 宇宙の! 正しい! 波動! アハハハハ! なんだ、それ! 随分とぶっ飛んだ話じゃねぇか! 親からそう言われたのか? クックック、マジで信じてんのかよ……笑えねぇー」

 

「父さんと母さんを馬鹿にするな!!」

 

 腹を抱えて嗤うデシューツ・ルーの姿に、十代は説明を放棄して怒りの声を飛ばす。彼の両親が、身を切る思いで計画した話だ。馬鹿にされて許容は出来まい。

 

「――なら、『宇宙の正しい波動』ってなんだ? そいつを浴びればお前のダチが考えを変える理屈は? そもそも宇宙の何処にある?」

 

「そ、それは……」

 

「知らねぇよなぁ。だが、安心しろよ――お前の親も知らねぇと思うぜ? 息子の周囲に危害ばら撒く疫病神を捨てちまう為の方便なんだからよ」

 

 だが、嗤うことを止め、詳細な説明を求めたデシューツ・ルーの言葉に十代は返す言葉を持たない。

 

 それはそうだろう。幼い彼が「宇宙の仕組み」どころか、「科学で解明できない不思議な波動」に関する知識を有している筈がない。根拠は「親が言っていた」程度だ。

 

 とはいえ、十代の両親が詳細を知っているかと問われれば「否」と返す他あるまい。

 

「お前のお友達は、お空のお星サマになり、坊主を見守っているのよ――ってな、ククク」

 

 そう、おとぎ話を聞かせるように語るデシューツ・ルーの言葉通り、十代の両親がユベルを引き離す為にそれらしく理由付けしたに過ぎない。

 

 

 ユベルが十代を大切に思うように、

 

 十代の両親もまた、十代を大切に思っているのだ。

 

 

 

 

 さぁ、今こそ十代とユベル――二人の愛が試される。

 

 

 

 






Q:えっ? ユベルを宇宙に射出して正しき波動を浴びせようと提案したのは、十代の両親なの?

A:原作の独自解釈こと今作の独自設定です。

幼い十代が急にこんなことを言い出すのは流石に電波過ぎると判断しました。実行するツテも持ってないでしょうし。

そして、こんな荒唐無稽な話に対し、十代が素直に言うことを聞く相手が「十代の両親」以外に作者は思いつきませんでした。



~今作の「幼少時」の十代のデッキ~
原作での幼少時の際の使用カードを纏めて強引にデッキに組み立てた言ってしまえば

「ヒーローっぽいカードを集めた寄せ集めデッキ」――この時期は十代もHEROカードをあまり持っていないと想定しました。

通常モンスターが多かったのでフィールド魔法《白き霊堂》でバンプするのが辛うじて特徴になる……かもしれない(サルベージして融合にも繋げられますし)


~今作のデシューツ・ルーのデッキ~
遊戯王Rでの彼の戦術――「相手モンスターのコントロールを奪い《キャッスル・ゲート》で射出」を追求したデッキ。

レベル5以下しか射出できない《キャッスル・ゲート》の為に、捕食カウンターで相手モンスターをレベル1にしてコントロールを奪い、射出していく。

彼の使用した――自軍モンスターと引き換えに、相手モンスター全てコントロールを得るぶっ壊れ未OCG罠カード「強引な取引き」も

《憑依するブラッド・ソウル》が疑似的に再現してくれる(捕食カウンターをばら撒く必要ありますけど)








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第225話 愛の化身



前回のあらすじ
ロケット「えっ? このクレイジーヤンデレを宇宙まで飛ばすんですか?」







 

 

 デシューツ・ルーから語られた「ユベルを宇宙に飛ばす」十代の両親の計画を、十代が了承していた事実が裏打ちされていく光景に、ユベルは震える両手を十代の元に伸ばしながら、ありもしない希望に縋るように呟く。

 

『十代、ボクを捨てる気……なのかい? 嘘だよね。アイツがボクたちの仲を裂こうと嘘をついているだけだよね? そうだと言ってくれよ、十代!!』

 

「しょ……い……!」

 

『十代! 嘘だと言ってくれ!!』

 

「――しょうがないだろ!!」

 

 だが、そうして己に縋るユベルに、十代は声を張り上げる。その思わぬ覇気に肩をピクリと揺らすユベル。

 

『……十代?』

 

「俺だってユベルと別れるのは嫌だ!!」

 

 十代とてユベルは大切な存在である。しかし、それでも限度があるのだ。

 

「でも……でも、お前は俺が何を言っても、周りの人を傷つけるのを止めてくれない……俺の言葉じゃユベルを止められない! 俺は嫌なんだ! 俺のせいでユベルが誰かを傷つけるのは! 誰かが傷つくのは!!」

 

 大切な人が、誰かを傷つけ続ける姿を止められない現実を見れば、十代の両親が言うように、神崎が言ったように「距離を取るべき」との選択しかない。

 

 十代の精神・肉体が「傷つく現場」を知らなければ、ユベルは「十代の為に」と誰かを傷つけることはなくなるのだから。

 

 そうして事情はともかく明確な拒絶が十代から出てきた現実に、ユベルは縋るように妥協点を探り出す。

 

『な、なら、こうしよう! キミを傷つけたヤツへの罰は軽いものに――』

 

「無理、無理」

 

『――黙ってろ!! ボクは十代と話しているんだ!!』

 

 茶々を入れるようなデシューツ・ルーの言葉すら今のユベルには煩わしい。

 

「まぁ、安心しろよ、坊主。そのカードはKCが管理してくれるって話らしいからな」

 

「管……理……?」

 

 だが、今の十代にはユベルよりも、デシューツ・ルーの言葉の方が自分たちを取り巻く状況を解決してくれる期待が大きかった。

 

『十代、こんなヤツの言うことに耳を貸しちゃ駄目だ!』

 

「簡単な話さ。誰も使わないように。誰も関われないように。金庫に入れて仕舞っとく――安心だろ?」

 

「そ、そんなのかわいそうだろ!」

 

「なら、宇宙に放り出すのが優しいのか?」

 

 ユベルの忠言すら届かず、十代はデシューツ・ルーが語る「ユベルの隔離」に思わず同情的な声を上げるが、すぐさま、その口は閉じることとなった。

 

「そ、それはう、宇宙の……正しい……波動を――」

 

「まだ、んなホラ話を信じてんのか? 呆れるね。仮に『正しい波動』とやらがあるとして、広大な宇宙で『それ』に巡り合う可能性は何%だ?」

 

 苦し紛れに両親からの提案を繰り返す他ない十代だが、デシューツ・ルーの呆れた声が示すように、今の幼い十代にも「どちらがマシか」くらいは察しが付く。

 

「そんなクソみてぇな確率に縋って、相棒を宇宙に独りぼっちにするのが、お前の優しさなのか?」

 

「金庫に閉じ込めても独りぼっちになっちゃうだろ!!」

 

「ならお前がコイツを止められるくらいに強くなったら迎えに行ってやればいい」

 

 そして十代の気がかりだった「閉じ込めてしまうのは可哀そう」との心理的ハードルも、己の耳元を指先でコンと叩いたデシューツ・ルーによって外された。

 

「いや、気が向いた時でもいい。会いに来てやればいい。宇宙に行っちまえば、そんなことも出来ない――だろ?」

 

「だけど……だけど……」

 

 ハシゴが外されていく度に十代は何が正しいのか分からなくなっていく。

 

 デシューツ・ルーの提案は本当に正しいのか。

 

 己の両親がユベルを煙たがっていたとの話は本当なのか。

 

 宇宙に飛ばせばユベルが正しくなるとの話が嘘だったのは本当なのか。

 

 己を閉じ込めた神崎にユベルのことを任せていいのか。

 

 

 幼い十代の心の許容量を超えかねない情報の波に、何を選び取れば良いのか十代の内はグルグルと回る乗り物酔い染みた不快感に苛まれる。

 

――十代、ボクの為にこんなに悩んで、苦しんで……でも安心して、十代。キミを苦しめる全てはボクが払ってあげる!

 

 そして、そんな「十代が精神的に苦しむ姿」を見れば、ユベルが何をするかは明白だった。

 

『十代、簡単だよ。アイツらを叩きのめして、言うことを聞かせればいいんだ――これが一番手っ取り早い!!』

 

 そう、ユベルは「己が捨てられるかもしれない」という問題への思考を放棄した。何より十代を守ることが先決。さらに、その思い切りがユベルの中で新しい道を授ける。

 

『そうさ! 何を悩んでいたんだ、ボクは――ボクと十代の邪魔をする奴らをみんな片づければ良い! 十代を惑わせるものを全て! 十代の後ろ髪を引く全てを!! そしてボクと十代だけの世界を作るんだ!! あの次元世界じゃなく、この世界に!! 最初に戻るだけだ!!』

 

「待て、ユベル!!」

 

『リバースカード発動! 永続罠《竜星の極み》! これでお前のお仲間たちは必ず「攻撃しなければならない!!」――攻撃して貰うよ、このボクに!』

 

 そうして十代の声など届かず、凶行に奔ったユベルはデシューツ・ルーを指さす。

 

 《ユベル》は相手モンスターに攻撃された際、ダメージを無効化し、相手の攻撃力分のダメージを与える効果を持つ。その効果に己の力を乗せて、実際のダメージを叩きつけてやろうとするユベルだが――

 

「…………おー、怖――なら永続罠《ディメンション・ガーディアン》を《キャッスル・ゲート》を対象に発動して、オレのフィールドのモンスターを全て守備表示に変更だ」

 

 耳元をガリガリと退屈そうにかいたデシューツ・ルーは、オーバーに驚いた仕草をした後、デュエルに戻る。

 

 そして巨大な城門たる《キャッスル・ゲート》が岩の腕を交差させ、腹の門を強固に守り、

 

《キャッスル・ゲート》 攻撃表示 → 守備表示

攻2400 → 守 0

 

 ネズミの剣士《ルイーズ》もまた、己の体を盾に隠すように丸まらせた。

 

《ルイーズ》 攻撃表示 → 守備表示

攻1200 → 守1500

 

 

『守備表示で逃げる気かい? 一体いつまで保つかな?』

 

「ガキ相手にマジになる気もなかったが、ギア上げてやるよ――永続罠《大捕り物》を発動。お友達は頂くぜ?」

 

 だが、そんな場当たり的なデシューツ・ルーの対応を嗤っていたユベルは、飛来する十手から伸びる縄に絡めとられ、十代の元から引き離される。

 

「――ユベル!!」

 

「これで頼りの相棒もいなくなった訳だが……どうする、坊主? サレンダーするか?」

 

『お前……!!』

 

「っ……!」

 

 そうしてデシューツ・ルーのフィールドで地面に横たわる怒りに満ちたユベルを悔し気に十代は眺めるが、サレンダーの意思どころか返答すらままらない。

 

「お悩み中か。まぁ、好きなだけ考えな。オレはこれでターンエンド。エンド時に《ユベル》の維持コストとして、坊主から奪った《ルイーズ》をリリースだ」

 

 やがて地面から伸びたツタが《ルイーズ》を貫き、苦し気な声を上げて消えていく中、デシューツ・ルーは挑発するように大手を広げてターンを終えた。

 

十代LP:650 手札1

《竜星の極み》 《リミットリバース》 伏せ×1

フィールド魔法《白き霊堂》

VS

デシューツ・ルーLP:4800 手札1

《キャッスル・ゲート》 《捕食植物(プレデター・プランツ)プテロペンテス》 《ユベル》

《ディメンション・ガーディアン》 《捕食接ぎ木(プレデター・グラフト)》 《捕食惑星(プレデター・プラネット)》  《大捕り物》

 

 

 盤面差は明確。ライフ差も絶望的だ。

 

 辛うじて手札は拮抗しているが、次のデシューツ・ルーのターンで魔法カード《予見通帳》の3ターン目となれば除外された3枚が手札に加わり、一気に引き離される。

 

 ユベルを取り巻く問題と、デュエル――その双方から追いつめられる十代が動けぬ姿に、デシューツ・ルーはパンと手を叩く。

 

「まだ悩んでるんなら、こうしようぜ?」

 

 その音にハッと顔を上げた十代に提示されるのは――

 

「俺が勝てば、相棒は金庫行き」

 

 小細工のない単純明快な選択。

 

「坊主が勝てば、波動とやらを頼りに宇宙へ飛ばすなりなんなり好きにしな」

 

 そう、デュエリストらしく「デュエルの勝敗」でユベルの今後を決めると言うもの。

 

「これで、分かりやすくなっただろ?」

 

――でも、おっさんがその気ならこのターンで終わってた……

 

 だが、十代からすれば、選択の余地は殆どない。永続罠《大捕り物》でユベルのコントロールを奪えるのなら、攻撃力2400となった《キャッスル・ゲート》を守備表示にする必要はなく、そのまま攻撃していれば、十代に打つ手はなかった。

 

 最初から「遊ばれている」事実が十代に重くのしかかる。

 

――フレイムウィングマンも墓地、ユベルも奪われて……どうすれば。

 

「なぁ、坊主。軽く考えろよ」

 

 そして相棒のカードと、フェイバリットヒーローのない己がどこまで――そう考え込む十代に、デシューツ・ルーは己の耳元をコツンと叩きつつ饒舌に語る。

 

「別に坊主にとって悪い話でもないだろ? お前の手に余ることをKCに任せる――そんだけの話だ」

 

 そう、勝っても負けても十代に損はない。勝てば十代の望み通りに、負けても多少望んだ形から逸れる程度だ。

 

「それとも、このまま相棒が誰かを傷つけ続けてる前で、手をこまねくつもりか?」

 

「……おっさんの言ってることは正しいのかもしれない」

 

『じゅ、十代……』

 

 ユベルの問題がある以上、決断は避けられない――その覚悟を受け入れるように俯く十代をユベルが縋るような視線で見る中、ぽつりと呟く。

 

「俺のやってることは、ただの我儘なのかもしれない」

 

 今こうして十代がデシューツ・ルーの提案に頷けないのは、どちらを選んでも十代に都合が良い選択を踏み切れない理由は一つ。

 

 

 やがて十代は、その誤魔化し続けていた己の心をさらけ出す。

 

「でも、俺は! ユベルのことは、ちゃんと俺の手で解決したいんだ! 大切な友達だから! 他の人じゃなく! 俺の手で!!」

 

 両親に言われるままではなく、神崎に丸め込まれるままでもなく、デシューツ・ルーに提案されるままでもない。

 

 他ならぬ己自身でユベルへと向き合うのだと、十代はデッキのカードに手をかけた。

 

「ユベルと一緒にいられる道を作ってあげたいんだ!! 俺のターン、ドロー!!」

 

――っ! ダメだ、今の手札じゃ……

 

「メインフェイズ開始時に魔法カード《強欲で金満な壺》発動! エクストラデッキを6枚除外して2枚ドロー!!」

 

 だとしても、容易く覆らぬデュエルの流れに歯嚙みする十代だが、その闘志は折れることなく二つの欲深き顔を持つ壺を砕き、希望を繋ぐべく2枚のカードを引いた。

 

『……だよ。そうだよ! そうさ! 十代はボクと一緒にいるんだ!! 十代もそう望んでる!! なら、その道を作るのはボクの役目!!』

 

 しかし、そんな十代の闘志に触発されるように囚われのユベルは己に強く言い聞かせるように呟き、そして叫ぶ。

 

「ユ、ユベル?」

 

『ボクは手札の――』

 

「待て、ユベル! そんなことしたら――」

 

『魔法カード《悪魔払い》を発動! フィールドの悪魔族を全て破壊! これでお前の手からボクは自由になる!!』

 

 やがて十代が引いたカードへユベルが指をさせば、その内の1枚がひとりでに浮かび上がって発動され、悪魔を祓う聖書の文言が空気を揺らせば、ユベルの体を覆う龍の鱗がピシリピシリとひび割れ始めた。

 

『十代はボクを求めてる!! 十代の愛が! 十代の想いが! ボクをさらなる高みへと誘う!! ハハハハハハハ!!』

 

 するとデシューツ・ルーから解放されたユベルの体は、自らの破壊をトリガーとして禍々しい闇に包まれ、巨大な双頭の黒き竜と化していく。

 

 そして身体の各所から鋭利な爪を伸ばし、心臓部の巨大な一つ目がギョロリと開いた力を解き放ったユベルが、獲物を求めるように、その瞳でデシューツ・ルーを射抜いた。

 

《ユベル-Das Abscheulich ritter(ダス・アプシェリッヒ・リッター)》 攻撃表示

星11 闇属性 悪魔族

攻 0 守 0

 

「……随分とおっかない愛だな」

 

『ボクはカードを1枚セット!』

 

「お、俺もカードを1枚セット! これでターンエンドだ!」

 

 その見上げるほどに強大な姿と、禍々しい気配にデシューツ・ルーが乾いた声を漏らす中、膨れ上がったユベルの力は十代を振り回すように勝手にデュエルを進めていく。

 

 十代も何とか足掻いてはいるが、焼け石に水といったところ。

 

『まだだよ、十代! 見ておくれ、ボクの力を!! この瞬間、ボクの効果発動!! フィールドの全てのモンスターを破壊する!! 消えなよ、ボクと十代の邪魔をするお邪魔虫さん!!』

 

 それに加え、ユベルは己の力を思うが儘に振るい、二対の竜の頭からフィールド全域に繰り出された黒いイカズチのような衝撃が広がった。

 

「ぐぁっ!? なんだ、こいつは……」

 

『おっと永続罠《死の演算盤(デス・カリキュレーター)》を発動していたよ。これで フィールドから墓地に送られる度にコントローラーに500ポイントのダメージだ』

 

 その衝撃により、《捕食植物(プレデター・プランツ)プテロペンテス》が消し飛ばされた衝撃が、デシューツ・ルーの体を文字通り打ち据え、ライフどころか、その肉体にまでダメージを与えた。

 

デシューツ・ルーLP:4800 → 4300

 

「たった500でこれ……かよ……だが永続罠《ディメンション・ガーディアン》のお陰でオレの《キャッスル・ゲート》は無事だぜ」

 

 そうした思わぬ事態に、苦し気に表情を歪ませるデシューツ・ルーだが、彼もデュエリストの矜持ゆえに倒れることはない。

 

「そして捕食カウンターの乗ったモンスター《捕食植物(プレデター・プランツ)プテロペンテス》がフィールドから離れたことで永続罠《捕食惑星(プレデター・プラネット)》 の効果でプレデターカード――装備魔法《捕食接ぎ木(プレデター・グラフト)》を手札に」

 

 

十代LP:650 手札0

《ユベル-Das Abscheulich ritter(ダス・アプシェリッヒ・リッター)

《竜星の極み》 《死の演算盤(デス・カリキュレーター)》 伏せ×2

フィールド魔法《白き霊堂》

VS

デシューツ・ルーLP:4300 手札3

《キャッスル・ゲート》

《ディメンションガーディアン》 《捕食惑星(プレデター・プラネット)

 

 

 やがて消し飛ばされた《捕食植物(プレデター・プランツ)プテロペンテス》の残照たるカードを手札に加えながらデシューツ・ルーは不意にピクリと動きを止めた後、頭をかきながら一度大きくため息を吐き、デッキのカードへ手を伸ばした。

 

「…………はいはい、オレのターンだ。ドロー」

 

『スタンバイフェイズに罠カード《バトルマニア》を発動! これでキミの相棒を強制的に攻撃表示に! そして必ずバトルしなくちゃならない――このボクとね! ハハハハハハハ! これでキミはおしまいさ!!』

 

 だが、そんな相手の行動など意に介さず力を振るうユベルによって、《キャッスル・ゲート》は交差していた腕を構え、攻撃姿勢を取らされるが――

 

《キャッスル・ゲート》 守備表示 → 攻撃表示

守 0 → 攻2400

 

「――ったく、軽くホラーだな。この瞬間、魔法カード《予見通帳》を発動した3度目のスタンバイフェイズだ。除外した3枚のカードを手札に加えさせて貰うぜ」

 

 《ユベル-Das Abscheulich ritter(ダス・アプシェリッヒ・リッター)》の威容を眺めるデシューツ・ルーの頭上に浮かんだ通帳から3枚のカードがひらひらと落ち、大きく増えた手札を以て戦略を組み立て直すデシューツ・ルーは、独り言のように零す。

 

「あー、はいよ……坊主――お前、本当に理解してるか? 今、お前の相棒が『坊主のクラスメイトを傷つけた時みたいに』無茶苦茶してる」

 

 それは十代への問いかけ。過去の傷をほじくるような所業。

 

 十代と楽しくデュエルしていただけのクラスメイトは、突如として意識不明の身となった。それを「ユベルのせい」と押し付けるのは簡単だ。

 

 幼い身の上で受け止めるには、あまりにも重い事態であったことは容易に想像がつく。

 

「坊主は『道を作ってあげたい』なんざどっか()()()みたいに言ってるが、あの事件の後、お前は相棒とちゃんと向き合ったのか? ……ガキ相手に酷な話かもしれねぇが、下手すりゃ周りが大怪我しかねなかった話がある以上――」

 

 だが、それでも間接的とはいえ、他者を傷つけ、そして同じことを繰り返した責任を負わねばなるまい。ユベルの「相棒」を自称するのなら避けては通れぬ道だ。

 

「――宇宙の波動なんて訳の分からねぇもんよりも先に、『お前』自身がぶつかるべきじゃねぇのか? 我儘通したいならやらなきゃならねぇことがあるだろ」

 

「おっさん……」

 

 そう、ユベルが「話を聞いてくれない」からと向き合うことを放棄した十代の言葉では、その程度の覚悟では足りない――そう言外に告げるようなデシューツ・ルーの言葉に、十代は沈痛な面持ちを見せる中、ユベルの怒声が響く。

 

『煩いよ! ボクの十代を惑わせるな! 早くデュエルを進めなよ!! ボクを攻撃して自滅する道をさぁ!!』

 

「オレはカードを3枚セットして――」

 

『お前のエースを守備表示にして逃げることは出来ないよ』

 

 ユベルからすれば、KCに来てから十代との関係が揺らぐことばかりが続いているゆえの苛立ちと焦りが募るが――

 

「《カードカー・D》を召喚。こいつをリリースすることでオレは2枚ドロー。代わりに強制的にエンドフェイズに移行だ――永続罠《死の演算盤(デス・カリキュレーター)》のダメージを受けちまうがな」

 

 青いおもちゃの車がデシューツ・ルーにカードを届けた代金代わりにバトルフェイズ、メインフェイズ2をまとめて頂戴したことで、ユベルの力は空振りとなった。

 

《カードカー・D》 攻撃表示

星2 地属性 機械族

攻 800 守 400

 

デシューツ・ルーLP:4300 → 3800

 

『チッ、上手く躱したじゃないか』

 

 《死の演算盤(デス・カリキュレーター)》から放たれた光がデシューツ・ルーを打ち抜くが、ユベルは己の張った罠の隙間を掻い潜られ、十代を惑わす障害を排除できなかった事実に舌を打つ。

 

 

十代LP:650 手札0

《ユベル-Das Abscheulich ritter(ダス・アプシェリッヒ・リッター)

《竜星の極み》 《死の演算盤(デス・カリキュレーター)》 伏せ×1

フィールド魔法《白き霊堂》

VS

デシューツ・ルーLP:3800 手札6

《キャッスル・ゲート》

《ディメンションガーディアン》 《捕食惑星(プレデター・プラネット)》  伏せ×3

 

 

 

「……俺の、俺のターン――ドロー! 魔法カード《命削りの宝札》を発動! 手札が3枚になるようにドローする!」

 

 そして様々な思惑が向けられる中、力強く引いたカードを発動させた十代の手に己の覚悟を問うようなカードが舞い込み――

 

『良いカードを引いたね、十代。これでアイツを――』

 

「俺はカードを2枚セットして――《ヒーローキッズ》を召喚!!」

 

 その1枚がフィールドにて、黒と赤のヒーロースーツに白と赤の手甲、足甲を纏った目元を覆うマスクをつけた藍髪のヒーローの少年として、十代の覚悟に応えるように拳を握った。

 

《ヒーローキッズ》 攻撃表示

星2 地属性 戦士族

攻 300 守 600

 

『十代!? 駄目だよ、そんなことしちゃ! このままじゃキミが――』

 

「――俺はターンエンド!! エンド時にユベルの効果が発動し、フィールドの全てのモンスターを破壊! ゴメンな、《ヒーローキッズ》……!」

 

 だが、その《ヒーローキッズ》は《ユベル-Das Abscheulich ritter(ダス・アプシェリッヒ・リッター)》の力によって傷つき、薙ぎ払われたことで消えていく中、《死の演算盤(デス・カリキュレーター)》がカタカタと音を立てて妖しく脈動すれば――

 

「永続罠《死の演算盤(デス・カリキュレーター)》の効果で俺は500のダメージを受け……ぅわぁっ!?」

 

『十代!!』

 

 ユベルの力によって実体化した衝撃に十代は小さく吹き飛ばされ、地面を転がった。

 

十代LP:650 → 150

 

 

 そうして傷つき倒れた十代の姿に心配気な声を漏らしながら《ユベル-Das Abscheulich ritter(ダス・アプシェリッヒ・リッター)》の巨大な身体で膝をつき、怪我の様子を伺うユベル。

 

 だが、その手を借りずに十代は一人で立ち上がりながら、その瞳を真っすぐ見返し、問いかけた。

 

「ユベル……俺が傷ついて、悲しいか?」

 

『当然じゃないか!』

 

 そしてユベルは即座に当たり前だと宣言する。

 

 愛する相手が傷ついて何も思わない訳がない。それがユベル程に歪んで肥大化した愛を持つものならば、その心の揺れはより大きなものになるだろう。

 

 しかし、だからこそ十代はユベルに身体を張ってでも、伝えなければならない――いや、もっと早くに伝えておくべきだった。

 

「でも! みんなも……みんなも同じように悲しいんだ……大切な人が傷つくのは……」

 

 ユベルが十代を大切に思うように、十代がユベルを大切に思うように、「みんな」にも「大切な相手」がいるのだ。

 

 そんな相手が今の十代のように傷つけば、ユベル程の攻撃性を持たずとも、その心中は穏やかではいられない。悲哀がその心を包むだろう。

 

「こんな悲しいことをばら撒いちゃ駄目だ!!」

 

『でもアイツらはキミを悲しませた!! ボクはキミを守りたいんだ!!』

 

 だからこそ、十代は力の限り宣言するが、ユベルにも言い分があった。

 

 前世より十代を守る為に様々なものを失ってきたユベルには、もはや十代しかない――その執着が僅かな綻びすら許さぬ苛烈さを生んだ。

 

 十代の心が大人になるまで守り切る。その使命の為に。

 

「ありがとな……俺を守ってくれるお前の気持ちは嬉しいけど――俺だってユベルを守りたいんだ!!」

 

 そんなユベルの想いを十代は受け入れつつも、己が道を、己が意思を、己が力を示し、「守って貰う」ではなく、共に並んで歩く為にユベルに誓う。

 

「頼りないかもしれないけど、見ていてくれ、ユベル! 俺はこのデュエル勝って見せる!!」

 

 この絶望的な状況をひっくり返し、勝利を以てユベルへの愛を示すのだと。

 

 

 それがユベルに初めて十代から告げられた強い意志だった。

 

 

十代LP:150 手札0

《ユベル-Das Abscheulich ritter(ダス・アプシェリッヒ・リッター)

《竜星の極み》 《死の演算盤(デス・カリキュレーター)》 伏せ×3

フィールド魔法《白き霊堂》

VS

デシューツ・ルーLP:3800 手札5

《キャッスル・ゲート》

《ディメンションガーディアン》 《捕食惑星(プレデター・プラネット)》  伏せ×3

 

 

 

「ヒュー、お熱いこって――オレのターン、ドロー! へっ、ようやくか」

 

 そんな十代の姿にデシューツ・ルーは口笛を鳴らして見せるが、己の耳元をトンと叩いた後にその身を纏う雰囲気がガラリと変わる。

 

 そう、遊びは終わりだ。

 

「坊主、残念ながらサービスタイムは終了だ!! 魔法カード《捕食生成(プレデター・ブラスト)》を発動! 手札の『プレデター』カードを任意の数公開することで、その枚数分フィールドのモンスターに捕食カウンターを乗せる!」

 

 そのデシューツ・ルーの意思を示すように、大地から芽を出した食虫植物が異音染みた音と共に種子をばら撒ければ――

 

「オレは《捕食接ぎ木(プレデター・グラフト)》を公開し、お前の相棒に捕食カウンターを乗せる!!」

 

 《ユベル-Das Abscheulich ritter(ダス・アプシェリッヒ・リッター)》にぶつかった矢先に肉に根を張り、その権威をエサに発芽してみせる。

 

《ユベル-Das Abscheulich ritter(ダス・アプシェリッヒ・リッター)》の捕食カウンター:0 → 1

星11 → 星1

 

 

「装備魔法《捕食接ぎ木(プレデター・グラフト)》発動! 甦れ、《捕食植物(プレデター・プランツ)プテロペンテス》!」

 

 やがて先ほど種子を飛ばした食虫植物が一つの花を咲かせれば、墓地より翼膜のついたカエルのような植物《捕食植物(プレデター・プランツ)プテロペンテス》が舞い戻った。

 

捕食植物(プレデター・プランツ)プテロペンテス》 守備表示

星3 闇属性 植物族

攻 300 守2100

 

「そいつは!?」

 

「此処でオレはセットした《融合準備(フュージョン・リザーブ)》を発動! エクストラデッキの《魔人 ダーク・バルター》を公開し、デッキから融合素材である《憑依するブラッド・ソウル》と、墓地の融合を回収!」

 

 レベル3以下のモンスターのコントロールを1ターン奪う《捕食植物(プレデター・プランツ)プテロペンテス》の効果を警戒する十代だが、その予想を裏切り、デシューツ・ルーの手札にてゲラゲラ嗤う《憑依するブラッド・ソウル》が空へ飛び立ち――

 

「そして魔法カード《融合》を発動! フィールドの《捕食植物(プレデター・プランツ)プテロペンテス》と闇属性《憑依するブラッド・ソウル》を手札融合!! デュエルに一花添えてやりな! 《捕食植物(プレデター・プランツ)キメラフレシア》!!」

 

 天に浮かぶ不可思議な渦にて《捕食植物(プレデター・プランツ)プテロペンテス》と混ざり合えば、急激に成長を遂げ侵略するように巨大な根を張る毒々しい桃色の花弁を開くラフレシアの化け物が毒煙を吐きながら現れた。

 

捕食植物(プレデター・プランツ)キメラフレシア》 攻撃表示

星 闇属性 植物族

攻2500 守2000

 

「フィールドから《捕食植物(プレデター・プランツ)プテロペンテス》が墓地に送られたことで、永続罠《死の演算盤(デス・カリキュレーター)》でオレはダメージを受けちまうが――」

 

デシューツ・ルーLP:3800 → 3300

 

 そんな中でもユベルの力によって、僅かに肉体に実際のダメージを受けるデシューツ・ルーだが、その動きは止まらない。

 

「闇属性融合モンスターの融合召喚成功時、墓地の罠カード《捕食計画(プレデター・プランニング)》を除外し効果発動! フィールドのカード1枚を破壊する! 消えな、《死の演算盤(デス・カリキュレーター)》!!」

 

 デシューツ・ルーが獲物へ向けて、その指で指し示せば、《捕食植物(プレデター・プランツ)キメラフレシア》が巨大なツタを振り下ろし、十代のフィールドのカードを破壊。

 

 これで逐一ダメージを与えてくる《死の演算盤(デス・カリキュレーター)》が消えた事実に、軽く肩を回したデシューツ・ルーが次に狙うは――

 

「これで邪魔臭ぇカードは消えた! 魔法カード《融合派兵》を発動! エクストラデッキの《魔人 ダーク・バルター》を公開し、その融合素材である《憑依するブラッド・ソウル》をデッキから特殊召喚!!」

 

 再び現れる赤き炎の如き身体を持つ悪魔が、十代のフィールドのモンスターを獲物でも見るような笑みを浮かべて現れる。

 

《憑依するブラッド・ソウル》 攻撃表示

星3 闇属性 悪魔族

攻1200 守 800

 

「此処で《融合呪印生物―闇》を通常召喚し、効果発動! 自身を含めたフィールドのモンスターをリリースし、それらを素材とする融合モンスター1体をエクストラデッキから特殊召喚する!!」

 

 だが、その《憑依するブラッド・ソウル》は十代のモンスターではなく、何処か脳を思わせる不気味な甲殻類もどきの集合体から伸びる触手に身を任せ、混ざり合えば――

 

《融合呪印生物‐闇》 攻撃表示

星3 闇属性 岩石族

攻1000 守1600

 

「《憑依するブラッド・ソウル》と共に 生贄融合!! 《魔人 ダーク・バルター》!!」

 

 黄金の鎧を纏った白髪の悪魔が現れ、緑のマントがたなびく程に身体を揺らして狂気的な笑い声を響かせる。

 

《魔人 ダーク・バルター》 攻撃表示

星5 闇属性 悪魔族

攻2000 守1200

 

「また別のモンスター……!?」

 

 今までのデュエルを「手抜き」と当人が語ったように次々と現れる大型モンスターたちへ十代が気圧されんとする中、ユベルは十代を庇うように立ちつつ声を張る。

 

『無駄だよ! 何を何体呼ぼうが、ボクの力の餌食さ!!』

 

「なら、こうさせて貰うぜ! 魔法カード《死者蘇生》――甦れ、《憑依するブラッド・ソウル》! そして自身をリリースして効果発動!」

 

 そして三度呼び戻される《憑依するブラッド・ソウル》。その役目はもちろん――

 

《憑依するブラッド・ソウル》 攻撃表示

星3 闇属性 悪魔族

攻1200 守 800

 

 

「さぁ、手の鳴る方へってな! レベル3以下になった坊主の相棒を頂きだ!」

 

『お前! また!!』

 

 《憑依するブラッド・ソウル》の力により、《ユベル-Das Abscheulich ritter(ダス・アプシェリッヒ・リッター)》の巨大な身体が赤いオーラによって宙に捕らえられた事実にユベルが怒りの声を漏らすが、すぐさま十代が声を届けた。

 

「大丈夫だ、ユベル!! お前のことは、俺が必ず取り戻す!!」

 

「カッコいいねぇ」

 

『ふん、当然じゃないか。だけど、つまらないミスをしたね――ボクの効果を忘れたのかい? このままターンを終えれば――』

 

「勿論、覚えてるさ――速攻魔法《月の書》発動だ。これで裏側守備表示になってもらうぜ。そこでご主人様が無様に負けるところを特等席で見てな」

 

 月が描かれた青き書物の輝きが、宙に浮かぶ《ユベル-Das Abscheulich ritter(ダス・アプシェリッヒ・リッター)》の巨躯を1枚のカードへと封じ込めた。

 

《ユベル-Das Abscheulich ritter(ダス・アプシェリッヒ・リッター)》 攻撃表示 → 裏守備表示

攻 0 → 守 0

 

 これにてエンド時に《ユベル-Das Abscheulich ritter(ダス・アプシェリッヒ・リッター)》の効果によるモンスター全破壊の効果にさらされる心配も消えた。

 

「さぁ、バトルだ!! 《キャッスル・ゲート》で攻撃!! 王城の鉄槌!!」

 

 とはいえ、この攻撃を十代が防げないのなら、意味のない心配となるが。

 

 

 やがて《キャッスル・ゲート》の指先からマシンガンの如きつぶての雨が十代の元に迫るも――

 

 

「俺は負けない!! ユベルを守れるデュエリストになるんだ!! 罠カード《和睦の使者》を発動! このターン、俺はバトルダメージを受けない!!」

 

 青いローブを纏った一団の祈りによって生成された光のバリアに弾かれ、十代には届かない。

 

「粘るねぇ――バトルを終了し、罠カード《融合準備(フュージョン・リザーブ)》を発動! デッキの《憑依するブラッド・ソウル》と墓地の魔法カード《融合》を回収し、再び《融合》を発動!」

 

 そうして1ターン限りの猶予を得た十代だが、デシューツ・ルーは手を緩めるつもりはないとばかりに、再び天に渦が巻き始めれば――

 

「融合モンスター《捕食植物(プレデター・プランツ)キメラフレシア》と手札の闇属性《憑依するブラッド・ソウル》で融合召喚!! さぁ、出てきな! 《捕食植物(プレデター・プランツ)ドラゴスタペリア》!!」

 

 《捕食植物(プレデター・プランツ)キメラフレシア》を飲み込むように数多に茎を伸ばし、成長を続けて集った植物が巨大なドラゴンを思わせる姿で大地を踏みしめた。

 

 昆虫を思わせる頭部から禍々しい毒煙を吐き出しながら紫の翼膜を広げて、異音染みた咆哮を響かせる。

 

捕食(プレデター)植物(プランツ)ドラゴスタぺリア》 攻撃表示

星8 闇属性 植物族

攻2700 守1900

 

「カードを1枚セットしてターンエンドだ」

 

 

十代LP:150 手札0

《竜星の極み》 伏せ×2

フィールド魔法《白き霊堂》

VS

デシューツ・ルーLP:3300  手札1

《キャッスル・ゲート》 《魔人 ダーク・バルター》 《捕食植物(プレデター・プランツ)ドラゴスタペリア》 《ユベル-Das Abscheulich ritter(ダス・アプシェリッヒ・リッター)》(裏守備)

《ディメンションガーディアン》 《捕食惑星(プレデター・プラネット)》 伏せ×2

 

 

 そうして、より万全の布陣を敷いたデシューツ・ルーを倒すべく、突破口となるべきカードを願い十代がデッキに手をかけ――

 

「くっ……! 俺の……俺のターン! ドロー!! 来たッ!!  魔法カード《所有者の刻印》を発動! ユベルは返して貰うぜ!!」

 

『十代!!』

 

 ユベルを取り戻すカードを引いた十代のフィールドに六芒星の刻印が現れ、裏守備表示を示すカードの状態の《ユベル-Das Abscheulich ritter(ダス・アプシェリッヒ・リッター)》の呪縛が今、解き放たれる。

 

 

「無駄だ! 《魔人 ダーク・バルター》の効果発動! ライフを1000払い、通常魔法の発動を無効にし、破壊する!! レジスト・ショット!!」

 

 かと思いきや、《魔人 ダーク・バルター》の腕から放たれた黄金の弾丸が十代のカードを貫き、その六芒星の刻印を消し飛ばす。

 

デシューツ・ルーLP:3300 → 2300

 

「そんなッ!?」

 

「さぁ、どうするよ――手詰まりか? 相棒を守れる程に強くなるんだろ? まさか、それで終わりか? なら、さっさとターンエンドを頼むぜ? 勇ましい言葉だけじゃ我は通せねぇと諦めな!!」

 

「……くっ!」

 

 相手の最後の希望を砕いたデシューツ・ルーは発破をかけるように十代を煽るが、残念ながら対する十代に、もはや打つ手はない。

 

 伏せカードが2枚ばかりあるものの、《命削りの宝札》のデメリットを避ける為に伏せただけのカードだ。今の状況では使えないただのブラフである。

 

 幾ら覚悟を決めたとしても、デュエルの才能があろうとも、所詮は年端もいかぬ幼い子供の力では現実は変えられない。

 

『…………十代 ボクを破壊するんだ』

 

 だが、そんな失意の中の十代へ宙に囚われていたユベルの声が届いた。

 

「駄目だ! 俺はちゃんとユベルを守れるってことを――」

 

『違うんだ。アイツの言葉に乗るのは癪だけど、ボクたちの想いは今一つの方向を向いている』

 

 その内容に咄嗟に否定を入れた十代だが、今のユベルには予感めいた確信があった。

 

 十代の前世より受け継がれ眠る「覇」を成す程の強大な力――世に危険を及ぼす相手と対峙する為の力が今、僅かばかり目覚めつつあると。

 

 元は普通の人間だったユベルが醜い竜の姿になってまで、病的なまでに十代への悪意や障害へ過剰なまでの対応を取っていたのも「十代の心が大人になる」つまり、「力の制御が行える時期」まで守り抜く目的があったゆえ。

 

 とはいえ、現代のユベルの精神の歪みは「竜の力」に呑まれつつあるサインなのかもしれないが。

 

 

『キミの愛が、カードを通じてボクに伝わってくるのを感じるんだ』

 

「ユベル……」

 

『今なら、アイツを倒せる力を、キミが引き出せるかもしれない――キミを困らせちゃったボクの……ボクのことを、信じてくれるかい、十代?』

 

「――当たり前だろ!!」

 

『十代……』

 

 ゆえに、少しばかり覚醒しつつある力の発露を不安混じりに提案するユベルだが、当の十代はいちにもなく頷く。

 

 ユベルに初めて「頼られた」事実は十代の背を押すには十分過ぎた。そして己を信じ、応えてくれた十代が、ユベルには溜まらなく嬉しく、頬を緩めさせる。

 

 

「行くぜ、ユベル!」

 

『ああ!!』

 

「俺はセットした魔法カード《太陽の書》を発動!! ユベルを攻撃表示にする!!」

 

 やがて初めて同じ方向を向いた二人を祝福するように、空より太陽が描かれた書物が現れ、ページが捲られると共に陽の光が輝いた。

 

 さすれば、カードに封じられていたユベルが、《ユベル-Das Abscheulich ritter(ダス・アプシェリッヒ・リッター)》の巨躯がデシューツ・ルーのフィールドに躍り出る。

 

《ユベル-Das Abscheulich ritter(ダス・アプシェリッヒ・リッター)》 裏守備表示 → 攻撃表示

守 0 → 攻 0

 

「そして罠カード《ヒーロー・ブラスト》発動! 墓地の『HERO』通常モンスター1体を手札に戻し、その攻撃力以下の相手モンスター1体を破壊する!!」

 

 そうして散って行ったヒーローの力を借り、己と、ユベルの力を引き出すべく《E・HERO(エレメンタルヒーロー) フェザーマン》の翼の羽ばたきが疾風を起こせば――

 

「頼んだぜ、ユベル!!」

 

『あぁ、ボクは今……キミの愛と力に包まれている……』

 

 《ユベル-Das Abscheulich ritter(ダス・アプシェリッヒ・リッター)》の巨体は風に煽られ空を舞い、太陽の元――いや、十代の元で、その力をさらに引き出し、眩い光を放った。

 

 

 そして光の先から十代のフィールドに降り立つのは、ユベルが十代を「守る為」ではなく、「共に戦う為」の姿。

 

『ボクの究極の形態……十代を守る――いや、共に戦う為の究極完全体となる!!』

 

 両肩から竜の頭を伸ばしたさらに巨大になった黄金の二本角を持つ悪魔が4枚の翼を広げ、大地に立つ。

 

 やがてその胸にユベルの顔が浮かび、十代の愛に満ちた己が身体を誇るように頬が裂けんばかりの笑みを浮かべた。

 

《ユベル-Das Extremer (ダス・エクストレーム)Traurig Drachen(・トラウリヒ・ドラッヘ)》 攻撃表示

星12 闇属性 悪魔族

攻 0 守 0

 

「結局、物騒な愛じゃねぇか……」

 

 とはいえ、その姿はデシューツ・ルーの呟きが示すように酷くおどろおどろしい威圧感溢れる姿だが。しかし、その程度――二人の愛の前では些細な問題である。

 

『行くよ、十代』

 

「ああ!」

 

「 『 バトル!! 」 』

 

「攻撃力0でか!?」

 

 やがて十代とユベルが声と気持ち、そして心を揃えて眼前の脅威を払わんとするが、《ユベル-Das Extremer (ダス・エクストレーム)Traurig Drachen(・トラウリヒ・ドラッヘ)》の攻撃力は0――なにかあるのは明白だが、デシューツ・ルーにはその正体は未知である。

 

『ボクの愛が十代を守り、十代へのバトルダメージは発生しない! そして十代のボクを守りたいという思いが! バトルした相手モンスターを破壊し、その攻撃力分のダメージをお前に与えるのさ!!』

 

「これで終わりだ!! 《捕食植物(プレデター・プランツ)ドラゴスタペリア》を攻撃!」

 

 だが、《ユベル-Das Extremer (ダス・エクストレーム)Traurig Drachen(・トラウリヒ・ドラッヘ)》が両肩の竜の顎を開き、胸のユベルの顔の額の宝玉が輝くと同時にユベルと十代によって、その力が明かされる。

 

 この攻撃が通れば《捕食植物(プレデター・プランツ)ドラゴスタペリア》の攻撃力分――2700のダメージが、残りライフ2300のデシューツ・ルーを襲うだろう。

 

「 『 ナイトメア・ペイン!! 」 』

 

 

 そうして二人の愛の一撃たる三つの破壊の本流が一つに収束しながら《捕食植物(プレデター・プランツ)ドラゴスタペリア》を貫き、その身を爆散させた衝撃がデシューツ・ルーを強かに打ち付けた。

 

 

 

 

 

 

 

「させるかよ、オレはドラゴスタペリアの効果で――ぁ゛ァ?」

 

デシューツ・ルーLP:2300 → 0

 

 最後の方にデシューツ・ルーが耳元を抑えながら、なんか言っていた気がするが気のせいである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かくして辛うじて勝利を掴めた此度のデュエル。だが、十代自身は未だ実感がないのか固まったまま動かなかったが、デュエルディスクが待機状態に移行したことで――

 

「勝った……勝てた。俺、ちゃんとユベルを守れた……やったぜ、ユベル!!」

 

『ありがとう、十代……キミの想い、ボクに届いたよ』

 

 勝利を実感し、元の姿に戻ったユベルとその喜びをハイタッチ混じりに分かち合う。

 

 しかし、そうして十代と共に喜んでいたユベルだが、カツンと足音を立てながら倒れるデシューツ・ルーの元へ進み、手をかざした。

 

『だけど、コイツには少し灸を据えてやらなきゃね――でも安心してよ、十代。ほんの軽くにしておいて上げるからさ』

 

「――駄目だ」

 

『……十代?』

 

 やがて力を行使しようとしたユベルの手を握った十代は、そのユベルの腕を己の元へ引き寄せて――

 

「そんなことしなくていい。俺がお前の手は汚させない」

 

 強い意志を感じさせる声でユベルの行いを()()()

 

 そうしてユベルがピタリと固まる中、己の両手で包むようにユベルの手を握り直した十代は、ユベルと目を合わせながら告げる。

 

「おっさんのことはキチンとKCの人たちに言ってくるよ! だから、ユベル! 誰かを傷つける為にお前の力を使っちゃダメだ! 約束してくれ!」

 

 明確に、明瞭に、一切の誤魔化しのない十代の主張がユベルに初めて届けられる。

 

 

「俺は……ユベルと離れ離れになるようなことは嫌なんだ」

 

『十代…………』

 

 そして瞳を僅かに潤ませる十代の瞳の前に、ユベルは迷いからか一瞬目線を逸らそうとするも、グッと堪えて瞳を逸らさずに十代の手を両手で握り返しながら誓いを立てた。

 

『…………分かったよ。でも、キミが本当に危なくなった時は、嫌われてでも止めるからね』

 

「ああ、俺もユベルを安心させてやれるくらいに強くなるからな!」

 

 かくして、此度のデュエルで本当の意味で分かり合い、深い仲になれた両者の間に暖かな空気が流れ始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな中、パチパチといつの間にか響く拍手の音に二人が音の発生源へと視線を向ければ――

 

「おめでとうございます」

 

「おめでとさん」

 

「おめでとう」

 

「大健闘だったな、遊城少年」

 

「あー、クソッ、やっとかよ……」

 

 神崎が、牛尾が、斎王が、ギースが拍手を送り、デシューツ・ルーが文句を漏らしながら身体を起こす中――

 

「なんで、みんなが……」

 

 駆け寄った二人に――母に抱きしめられ、父に頭を撫でられるままの十代は戸惑うばかりだ。

 

「本当におめでとうございます、遊城くん」

 

 だが、そんな十代に送られるのは溢れんばかりの賞賛の拍手だけだった。

 

 

 






おめでとう



Q:幼少時の十代に負荷をかけ過ぎて厳しくない?

A:下手をすれば人死にの可能性もあったユベルの起こした事件に対する十代の認識が甘かったので、その点を突き付けることで十代の精神的成長を促す――感じです。

とはいえ、十代が幼少時の時に、ぶつけるような話ではないんですけどね(おい)




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第226話 幸せの値段




前回のあらすじ
???「変な力があろうとも、碌にカードを持っていないお子様と戯れつつ試すだけの簡単な仕事だった筈……」









 

 

 自分たちの周囲にいつの間にやらいたアモンに、斎王に、神崎に、ギースに、牛尾に拍手を送られる十代は混乱の極みにあった。

 

 それは駆け寄った母に抱きしめられ、父の手が頭に乗る中でも変わらない。

 

『…………芝居か』

 

「えっ? どういうことだ?」

 

「芝居だよ、芝居。そもそもオレはカウンセラーじゃねぇよ――依頼されただけだ。『お前らを適当に追い詰めろ』ってな」

 

 だが、ユベルがポツリと呟いた言葉に振り返る十代を余所に、デシューツ・ルーは服についた埃を払う仕草と共に立ち上がりつつタネを明かした。

 

 そう、デシューツ・ルーは「カウンセラー」などではない。彼は「カード・プロフェッサー」――デュエル界の裏側の住人。

 

 今回は「デュエル中にユベルのコントロールを奪うことで、十代の試練とする」為に、その戦術に秀でたデシューツ・ルーに白羽の矢が立ったに過ぎない。

 

「ぇっ? えっ?」

 

「少しは落ち着いたらどうだ、十代」

 

「おっ、アモン! これ、どういうことだよ!」

 

「今回のデュエルは、キミがユベルと向き合う為の場だったんだ」

 

 だが、未だ理解の浅い十代にアモンが助け船を出すも、反応はあまり芳しくない。そんな中、斎王も歩み寄り、その口を開く。

 

「十代、互いの意思は伝え合わなければ、容易く逸れてしまうものだ。相手を深く知ろうとすれば、ぶつかり合うことも時に必要になる」

 

『斎王……』

 

 そうして告げられた斎王の言葉にユベルは、納得せざるを得ない表情を見せた。

 

 今回のデュエルで引き出された十代の想いの力が、ユベルの最終形態である《ユベル-Das Extremer (ダス・エクストレーム)Traurig Drachen(・トラウリヒ・ドラッヘ)》に導いたことはユベルにも理解できる。

 

 それゆえに、今までの己の在り方に問題があった事実は認めねばならない。

 

「つまり、どういうことだよ?」

 

 認めねばならないのだが、十代は理解が周回遅れしていた。ゆえに、斎王は端的に告げる。

 

「…………キミは運命に打ち勝ったのだ」

 

「運命?」

 

「いや、説明投げんなよ」

 

 いや、それは牛尾が思わず零したように、説明を放棄したようにも見えるのは気のせいではあるまい。

 

 そうして段々と凡その成り行きを理解し始める十代を余所に、ユベルは語られた件の確認の為にとデシューツ・ルーに近づき、その瞳に触れるギリギリまで手を近づけるが――

 

『…………こいつ、ボクのことが見えてないね』

 

「えっ? おっさん、ユベルのこと見えないのか!?」

 

 デシューツ・ルーの反応は、明らかに精霊であるユベルを知覚していない。

 

「あぁ? あー、そういや坊主に幽霊(ゴースト)の類が憑いてるって話だったな。オレは金払いの良い依頼を受けただけだ――『霊感』はなくとも、デュエルの腕には覚えがあるんでね」

 

「……あれ? でも、デュエル中はユベルと話せてたよな?」

 

 そしてデシューツ・ルーから「己に特異な力がない」ことが明かされるも、十代は辻褄が合わないとばかりに首を傾げる。

 

 ユベルの発言や、行動に即した動きをデシューツ・ルーがとっていた以上、信じられはしないだろう。

 

 それはユベルも同意見なのか、相手の顔を叩く仕草で様子を見るが、当人は耳に装着していた小型インカムを神崎に返すばかりで、望む反応は返ってこない。

 

 そんな二人の疑問に対し、説明役を買って出た斎王が事情を明かす。

 

「十代、彼はモニターしていた此方の指示に沿って動いていたに過ぎない。下手に精霊が見える人間ならば、ユベルの持つ強大な力の前に逃げ出してしまう可能性もあるからね」

 

 そう、ユベルの力は精霊の中でもかなり大きく、精霊が見える人間からすれば、対峙する恐怖は計り知れない。この段階で相手取れるデュエリストはかなり限られる。

 

 それに加えて、条件の一つである「ユベルを相手に、コントロールを奪える実力を持つ」となれば、さらに範囲は狭くなろう。ゆえに「精霊の知覚」を条件から外さざるを得なかったのだ。

 

「あっ、そういや、おっさんの途中から《キャッスル・ゲート》の効果を使ってない……」

 

「彼の本当の職業は『カード・プロフェッサー』――時にプロデュエリストすら相手取ることもある仕事をしている人間だ。その実力は折り紙付きだよ」

 

 そうした斎王の説明から、別の筋道からデシューツ・ルーの芝居の件を理解する十代。

 

 先の一戦は、十代の残りライフが150まで追い込んでいた以上、《キャッスル・ゲート》の効果でフィニッシュを決められたデュエルだ。他にも――

 

 レベルを1にしたユベルを《捕食植物(プレデター・プランツ)キメラフレシア》で除外したり、

 

 相手ターンにも発動が可能な《捕食(プレデター)植物(プランツ)ドラゴスタぺリア》の「捕食カウンターを乗せる効果」+「捕食カウンターが乗ったモンスターの効果を無効化する」効果を活用したり、

 

 等々、十代の動きを潰す手がかなりあったが、これ以上の詳細に関しては割愛させて貰おう。

 

 

――あのおっさん、そんなに強い人だったのか……

 

 

「おい、神崎! 仕事で負った怪我治すのも契約の内だろ。さっさと治しちまってくれよ」

 

「では此方を」

 

 そうして認識が変わったデシューツ・ルーを見やる十代だが、当人は怪我の調子を見せつけつつ、神崎へ治療の催促していたが――

 

「……毒々しい色してるが、大丈夫なのか、それ?」

 

 神崎が持つ注射器の中に漂う液体は、デシューツ・ルーには正直なところ「毒」にしか見えない。

 

「牛尾くん、抑えて」

 

「うっす」

 

「おい、なんの真似――って、無言で向けるんじゃねぇよ。待て、待てって! 待――」

 

 だが、思わず一歩下がったデシューツ・ルーは背後にいつの間にかいた牛尾に羽交い絞めにされ、二人の圧倒的膂力に抑え込まれたデシューツ・ルーの首筋に毒々しい液体が注射された。

 

 そして白目を向きながら暫くビクンビクンしていたデシューツ・ルーが、結構アッサリ意識を取り戻した途端に牛尾の拘束から解放されれば――

 

「………………不気味な程に身体の調子が戻ってやがんな」

 

 元気百倍とばかりに身体の負傷は完治し、デシューツ・ルー当人の感覚では何だかデュエル前よりも体が軽い程である。

 

「依頼料の方も振り込ませて頂きました」

 

「相変わらず仕事が早いね――確認した。金払いが良くて助かるぜ。今後ともご贔屓に」

 

「そうならないことを願うばかりです」

 

 そうして携帯端末を片手に報酬を受け取ったデシューツ・ルーは、神崎に軽口を飛ばしつつ――

 

「じゃあな、坊主。もう、俺らみたいなのが呼ばれるようなことすんなよ」

 

 十代に向けて己の額に当てた二本指を軽く飛ばして別れの挨拶とし、踵を返して去っていく。

 

 報酬の受け取りが完了した以上、デシューツ・ルーも怪しげな噂の多いオカルト課に深くかかわる気はなかった。

 

「おっさん、もう行っちまうのか?」

 

「ああ、次の仕事もあるんでね。礼なら構うな――報酬目当てだからな」

 

「ありがとな!!」

 

 やがて、その背に届けられる十代から発せられる不要だと告げた感謝の声に、デシューツ・ルーは背中越しに無言で手を挙げ去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうしてデュエルにてユベルと共にいることを別室でモニターしていた「十代の両親」に認めて貰うことに成功した十代たちは、両親の立ち会いの元、今後の話の説明を神崎から受けていた。

 

「今回の件で、お二人の距離が縮まったことも加味して、ご提案させて頂きます」

 

 やがて一同が座する中、精霊であるユベルが知覚できない十代の両親へ、ギースが通訳を担当しつつ、神崎から明かされるのは――

 

「此処でダメ押しとばかりにお二人の絆をより深めておきましょう」

 

『ほう……』

 

「……? なんでだ?」

 

 ある程度の折り合いをつけた十代とユベルの更なる進展――ユベルの狂おしいまでの愛の深さを考えれば、この機を逃す訳にはいくまい。

 

 鉄は熱いうちに打てとはよく言ったものである。

 

「遊城くんにはまだ難しい話かもしれませんが、ユベルさんは心配されております――ひょっとしたら遊城くんが自分のことを遠ざけてしまうのではないか――と」

 

「そんなことしないぞ?」

 

 とはいえ、神崎の説明に十代が首を傾げている様子を見れば、必要性は理解されていないのは一目瞭然だが。

 

「残念ながら、これは意思表明だけで解決できることではありません。そうですね……」

 

 ゆえに、まず神崎がすべきは十代の意識改革だ。認識の補強と言い換えても良いかもしれない。

 

「ユベルさんの力で怪我をしてしまったクラスメイトと、遊城くんが再び仲良くなれると思いますか?」

 

「それは…………」

 

「そう、分からない。私が聞いた限りでは遊城くんへ怒りを向けている様子はありませんでしたが、心の奥までは分からない」

 

 そうして返答し難い一例を提示された十代が言葉を詰まらせる中、今度は逆に共感しやすい話題を投げかけた。

 

「不安とは常に心の何処かにあるものです。ユベルさんにも、遊城くんにも」

 

「それは……そうかも」

 

 ヤンデレは常に不安を抱えているのである。自分の愛に自信を持てないゆえに「より愛を注がねば相手が離れてしまうかもしれない」と。

 

 ゆえに束縛する。ゆえに相手の気が逸れかねない相手――ライバルに攻撃的になる。ゆえに心変わりを危惧し、相手の行動を制御したがる。

 

 それはひとえに「愛する人が己から離れてしまわない」為。

 

「ですので、その不安を少しでも和らげる為に、より絆を深めるんです。まず、手始めに――」

 

 ならば、神崎がすべきはその不安を払うこと。幸いと言うべきか、神崎にはユベルが用意できないものを、叶えられないものを、手が届かないものを、提供できる。

 

 人間の住まう世界を含めた十二次元を吹っ飛ばされるくらいならば、安い買い物だ。

 

 

 ゆえに、ひとまず――

 

 

「――お二人の結婚式を挙げましょう」

 

 

『け、結婚!?』

 

 なされた提案に対して、素っ頓狂な声がユベルから飛び出した。

 

「けっこんしき?」

 

『さ、流石に、は、早いんじゃないかな!』

 

「早いのか?」

 

 頭に疑問符を浮かべる十代に対し、ユベルはしきりに前髪を触り始めながら視線がせわしなく十代の方へ行ったり来たりする中、神崎は確かな手ごたえを感じながら押し通さんと続ける。

 

「お二人の絆――愛を誓い合う。そんな大事なことならば、早いに越したことはないじゃありませんか」

 

『ボ、ボ、ボクは精霊だし――』

 

「歴史を振り返れば、精霊と人間の婚姻はさして珍しいものではありませんよ」

 

『じゅ、十代の両親は良い顔をし――』

 

「其方に関しては既にご許可を頂いております」

 

『で、でも、こんなに急に――』

 

「なあなあ! 『けっこんしき』って何するんだ!!」

 

 ユベルの懸念を封殺する神崎だが、そんな中で疑問を投げかける十代の声に神崎は笑顔で返す。

 

「それは仲の良い二人が、互いを一番に尊重して愛し合うことを誓う儀式です」

 

「……つまり?」

 

「では、ユベルさんが別のデュエリストの方の元へ行くことになったら、遊城くんはどう思います?」

 

 とはいえ、今は幼い十代の年齢を考えれば「Love」と「Like」の違いはピンとは来ない。ゆえに神崎が一例を提示すれば――

 

『ボクが、そんなことする訳が――』

 

「それは…………ヤダな」

 

――十代が嫉妬してる!?

 

 己の内に芽を出したモヤモヤした気持ちに十代は眉をひそめ、そんな相手の姿にユベルは自身の口元を押さえながら驚いて見せた。

 

 嫉妬の感情――それはつまり十代が、ユベルへの執着を、愛を持つことを意味する。

 

 そうして芽が出たのなら、水をやるのは神崎の仕事。

 

「だからこそ、お二人の愛を誓いあうんです。『そんなことをしないよ』と『互いに約束』する為に」

 

「!! 分かった! ユベルが俺を大事にしてくれるくらい、俺もユベルを大事にする約束だな! さっきのデュエルみたいに!」

 

 やがて瞳に理解の色を浮かばせ楽し気に語る十代だが、神崎は小さく手を前に出して待ったをかけた。

 

「いえ、先程のデュエル以上です。ですので、ユベルさんを不安にさせないくらい、遊城くんは頑張らないといけませんね」

 

「そんなに……!? スゲェな、『けっこんしき』……」

 

「はい、遊城くんのご両親もそうして愛を誓い合ったからこそ、今があるんですよ」

 

「分かった! 俺、ユベルの為にけっこんしきするよ! ユベルが安心できるように一番大切にする!」

 

『――ふぁっ!?』

 

――じゅ、十代がボクにプロポーズしてる!?

 

 かくして、なんか知らぬ間に十代にプロポーズされたユベルの心には、乗るしかないビッグウェーブがフィーバーしていた。

 

 まさにユベルが夢見た世界が眼前に広がっている。そんな望んだ世界としか思えぬ程の都合の良さにめまいを覚えるユベルが、現実を確認するように十代に待ったをかけるべく手を伸ばすが――

 

『ちょ、ちょっと待ってくれよ、じゅ、十代。そんな急に――』

 

「ユベルは俺とけっこんしきするのがイヤなのか?」

 

『――嫌じゃないよ!!』

 

 伸ばしたユベルの手はガッツポーズするように握られたことで、制止の手は消えた。

 

「なら決まりですね――遊城くんのご両親にもご納得して頂けたようなので、早速、諸々の準備に取り掛かりましょう」

 

 さぁ、全ての条件はクリアされた。

 

 今より始まるのは、愛の儀式――の下準備。デッキから結婚式の発動に必要と記されたカードをサーチせねばなるまい。金ならある。

 

 

「遊城くんは、お二人の約束の証である指輪を選びに行きましょうか。アモン、案内はお願いします。牛尾くんは同行を」

 

「……了解です」

 

「うっす」

 

 まず十代に結婚の証たる指輪の手配を、同年代でありKCの中では話し易いアモンに手を引かれて十代が席を立ち、牛尾がその後に続く姿に斎王もソファより腰を上げる。

 

「なら、私は十代のご両親の方に回ろう――ユベル、キミはウェディングドレスの準備に向かうと良い」

 

『いや、ボクの姿は十代かキミたち以外は見えないんだから、意味な――』

 

「はい、此方――精霊の力を一時的に増幅することで、一般人にも視認可能にする錠剤です」

 

 そして十代の両親の準備を買って出た斎王に投げかけられた言葉にユベルが返答を言い切る前に、神崎からユベルの手に錠剤の入ったビンがテーブルの上にサッとおかれ――

 

『ず、随分と用意が良いね……』

 

「ギースとサクリファイスにはユベルさんの案内をお願いします」

 

「お任せを」

 

『お、おい、ちょっと待――』

 

 そしてサクリファイスに背を押されるユベルが、ドナドナされていく中、退室に前に一礼したギースに軽く手をあげながら見送った神崎はスマホ片手に連絡を取り始めた。

 

「私は人払いと手続きに参りますので――乃亜、私です。精霊案件より、KCで集まれる人間を可能な限り集めてください。それとドレスコードの周知も」

 

 神崎が担当するのは式場と、祝福の声。

 

 精霊という人間社会にて表立って動けぬ存在がいる以上、部外者は完全にシャットアウトせねばならない。そして、なにより――

 

 

 この一大イベントに対し、二人の愛を祝福する声が少なければ、幸福感の盛り上がりとて大いに欠けよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして精霊との婚姻の場に出席しても問題なさそうな面々を集めに集め、此処に「結婚式が開始ィ!」される。

 

「お支度が整われたようでございます。お姿がご覧頂けましたら、盛大な拍手でお迎えください」

 

 司会を担当した磯野の発言の元、タキシードを決めた緊張で身体をカクカク動かす十代と、ウェディングドレスで着飾ったユベルが十代と腕を組みながらゆっくりと式場を進んでいく中、祝福の拍手が鳴り響いた。

 

 

 

 そして神父役を担当したセラが、神父服の裾を引き摺りながら十代とユベルの前に立ち、お決まりの定型文を問う。

 

「――健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」

 

「誓います!」

 

「勿論、誓うよ」

 

 

 

 そんな具合で愛の宣誓やら、十代の両親や、海馬、後はBIG5たちからの祝福の言葉やらが進行していき、カメラ担当となった牛尾がそれらの映像を収める中――

 

「新郎新婦の信頼のお気持ちを確かめ合って頂くべく、ウェディングケーキご入刀へとご案内申し上げます」

 

 磯野の言葉を合図に、十代とユベルが二人の手を取ってナイフを持ちながら、巨大なウェディングケーキへ進んでいく。

 

「ケーキご入刀、開始ィ!!」

 

 そして磯野の宣言を合図にウェディングケーキに差し込まれるナイフと、その瞬間を収めるべくカメラのフラッシュが一斉に光を放った。

 

 そうして切り分けたケーキを食べさせ合いっこする中、盛大な拍手が送られた後――

 

 

「では次に――新郎新婦とご両親によるマリッジデュエルを開始したいと思います。今回は遊城様のお父様とお母様のタッグ形式となっております」

 

 突如として磯野が、変な儀式を始め出した!? とお思いの方もいることだろう為、軽く説明しておこう。

 

 マリッジデュエル。それは凄く平たく言えば――

 

『お義父(とう)さん! 娘さんとのご結婚を許してください!』

 

『キミにお義父(とう)さんと呼ばれる筋合いはない!』

 

『貴方……』

 

『……どうしても娘と結婚したいと言うのなら、ワシを倒して(認めさせて)みろ!!』

 

 これらの流れをデュエルに変換したものである。とはいえ、勝ち負けは主題ではなく、さしずめ娘(or息子)に贈る親としての最後の手向けと言ったところか。「どういう……ことだ……?」と思われるかもしれないが、フィールで納得して欲しい。

 

 

 やがて使い慣れていないのか、十代の両親二人がデュエルディスク相手に四苦八苦する横で斎王が手解きする中、十代はユベルの隣で楽し気に言葉を零す。

 

「へへっ、こうして肩を並べてデュエルするのは初めてだよな、ユベル!」

 

「そうだね。こんな日が……こんな日が来るなんて考えたこともなかったよ」

 

「なに言ってんだよ、ユベル! これからも続いていくんだぜ!」

 

「十代……」

 

 ユベルの心は満たされていた。だが、十代は「これからもっと満たして行こう」と更なる「先」を示してくれている。ゆえにユベルは幸せ過ぎて心がどうにかなってしまいそうな感覚を味わっていたが――

 

「(マリッジ)デュエル開始の宣言をしろ、磯野!!」

 

「ハッ! (マリッジ)デュエル開始ィイイイイ!!」

 

 海馬の一喝の元、磯野が右腕を掲げながら宣言する姿に十代の両親へと視線を向け、最後にもう一度十代を見たユベルは意識を引き戻す。

 

「 「 「 「 デュエル!! 」 」 」 」

 

 そしてブーケ代わりのカードをデッキより引き抜いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、この後もディーヴァから歌が贈られたり、お色直しに加え、二人の思い出のムービーを流したりなどの様々なイベントが行われた後、無事に結婚式を終え、幼気な少年を人生の墓場に突き落とした神崎は、帰路に就く幸せ一杯な十代たちご一家を見送った。

 

 

 

 今後の十代とユベルの状況の経過を十代の両親に定期的に報告して貰うことを頼んだとはいえ、彼らの様子を見ればいらぬ心配だろう。

 

 やがて諸々の後片付けを終えた神崎は、KCにて相も変わらず仕事に戻っていたが堪え切れぬ様子で頭を抱えた。本当にこれで良かったのだろうか、と。

 

「幼少時に孤独を味わった状態ならば、常に己を求める相手の存在を邪険にすることはない筈……問題が起きた場合はご両親から連絡が来る程度の信頼感を用意できた以上、これ以上の介入は避けるべきだが――」

 

 そして「この屑野郎!」と言わざるを得ないことを一人ごちる神崎。幼気な少年を相手に何をぶっこみやがっているのか。

 

 とはいえ、原作でのユベルのヤンデレっぷりによる暴走を知る身としては、神崎としても容易く安心は出来まい。

 

「『恋愛相談』との名目でアモンに遊城くんとの交流ラインを繋げたのなら、斎王が問題視していた件も良い方向に動くだろう。今回の短い交流でも心境に良い変化は出ていた」

 

 ゆえに保険代わりに「同年代の言葉」の方が十代も受け入れやすいとの考えから、アモン経由で十代に「生涯の伴侶としての心得」の入れ知恵を頼んだりしている。

 

 とはいえ、原作の様子から恋愛事にかなり疎い十代へどこまで身に付くかは未知数だが、やらないよりマシの精神だ。

 

 そんな中、近づく気配に頭を抱えフェイズを一時中断した神崎がキリリとシリアス顔を作ったと同時に、その背後に炎の体を持つ悪魔――シモベが膝をつく。

 

『我が主、仰られていた少年の件、片付きました。詳細は――』

 

 そうしてシモベより語られる報告を見るに、また何やら神崎が企んでいることだけは明白だった。

 

 

 今度は何をやらかすのやら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなKCでのアレコレも後日となった頃、結婚指輪を紐に通して首からぶら下げる十代は自宅にて、画用紙にクレヨンを走らせ何やら描いていた。

 

「見てくれよ、ユベル! これが夢で見たヒーローなんだぜ!」

 

『へぇ、上手いじゃないか』

 

「へへっ、だろ!」

 

 やがて完成した絵を、此方も紐に通した指輪を首から下げるユベルに見せる十代は、貰った感想に顔を綻ばせる。

 

 今、十代が描いたものはKCの「宇宙に応募したカードデザインを打ち上げる」プロジェクトの為のイラストだ。

 

 そうして「三分間のリミットの中で戦う光の巨人」っぽいヒーローが描かれた画用紙を丁寧に折りたたみ、応募用の封筒に入れた十代は天に掲げるように持ち上げ――

 

「宇宙の波動を受けた優しいヒーローとして、色んな人を助けてくれよ!」

 

 願う。夢で会った名も知らぬヒーローに向けて。

 

 宇宙の波動のことは、やはり十代にはよく分からないが、「カードには心が宿っている」との話は有名であり、ユベルの存在もあって十二分に理解している。

 

「俺とユベルを仲直りさせてくれた人たちみたいに!」

 

 なれば、十代が願うのは、宇宙の波動を受けたヒーローが、己とユベルのわだかまりを解く為に奔走してくれた人たちのように「困っている誰か」の助けになってくれることだけ。

 

「俺もユベルと一緒に強くなるからさ!」

 

『十代……』

 

 己が目指す先に、共に肩を並べて進んで行けるようになりたい、と。

 

「行こうぜ、ユベル! 俺、また負けちまうかもしれないけど、お前と一緒なら何でも乗り越えられる気がするんだ!」

 

 そして封筒をポケットに仕舞い、デュエルディスク片手に家から飛び出した十代は、デュエルする約束をしたクラスメイトとの待ち合わせ場所に駆ける前に振り返りながらユベルへと手を差し出した。

 

 

『勿論だよ、ボクたちは――』

 

 

 そんな「共に進もう」との意思が見える十代の手を前にユベルは小さく頷いた後――

 

 

 

『――ずっと一緒さ』

 

 

 

 その未だ小さい手を優しく握り返した。

 

 

 

 

 

 

 






天上院 明日香「えっ?」

早乙女 レイ「えっ?」

ヘルヨハン「えっ?」



Q:ユベル、キャラ崩壊してない?

A:ユベルの望みを全て叶えている原作ではありえない状況なので、非常にイレギュラーなケース――と言うことでお願いしますm(_ _)m

ユベルと十代の結婚式まで走り切っている訳ですし(前例は……ないよね?)
(唯一叶えられていないのが、「他者を攻撃する」の一点だけですし)


Q:デシューツ・ルー、カウンセラーじゃないの!?

A:デュエリストが違います(おい)

原作の遊戯王Rでも特にそう言った背景は見られない為、完全にただの芝居です。






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第227話 Broken Heart



前回のあらすじ
異次元世界編「グァァアアァアアアーーーー!!!!」

破滅の光「い、異次元世界編がやられたようだな……」

セブンスターズ編「だが、ヤツはGX編四天王の中でも最弱……」

ダークネス編「原作開始前にやられるとは四天王の面汚しよ」




 

 

『新たな全米チャンプの誕生です!! 長きに渡って君臨し続けた王者!! 遂に陥落!! 時代のうねりが今――』

 

 そんな具合で野坂ミホが会場のお祭り騒ぎを評する様子を()()()()()()に呆然と眺める男の手から、少しばかりランクの上がったプロライセンスがポトリと落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 アメリカのとある酒場のカウンター席にて、酒瓶を片手に項垂れる青年はテレビから流れるニュースにピクリと反応を示す。

 

『こんばんは、野坂ミホです。本日は、デュエル問題に詳しいアーサー・ホプキンス教授にゲストとして来て頂きました。アーサー教授、今回ミズガルズ王国に対し、国際デュエル協会から発令された『デュエル規制』の決定はどういった意図なのでしょうか?』

 

『「重い腰を上げた」と言ったところだね。今回の件で各国に平等に流れていたデュエル関連の産業が、ミズガルズ王国だけ除外されるようなものだ。「人はパンのみにて生くるにあらず」――実質的にデュエルを取り上げられた状態に王家への不満は高ま――』

 

 だが、望んだ内容ではなかったのか、青年はすぐに興味を失い酒を呷るが、そんな彼の元に近づいた一人の男が懐かしむように声をかける。

 

「此処にいたか、城之内」

 

「蛭谷……なんで、お前がこんなとこにいんだよ」

 

 その男である蛭谷の声に、酒瓶片手の青年――城之内は、泥酔した様子で珍しい客である相手を面倒そうに見やるが――

 

「自分探しの旅ってヤツさ。世界ってモノも中々悪くない眺めだぜ――だが、今のお前は見れたもんじゃないな」

 

「うるせぇ、お前に何が分かんだ……」

 

「下位リーグで梃子摺ってる内に目標としていた男が引退しちまった――違うか?」

 

「――喧嘩売ってんのか?」

 

 流れるように続けられる蛭谷の口撃に、城之内は先ほどまでの不貞腐れた様子も吹き飛び、酒瓶をテーブルに強く叩きつけながら蛭谷を睨むように立ち上がった。

 

 そして、かつて学生だった頃の不良時代に戻ったような瞳の鋭さを見せる城之内と、共に不良だった時を感じさせぬ程の澄んだ瞳の蛭谷の視線が交錯する。

 

 周囲の客も荒事の気配を感じ、ジリジリと距離を取り始めた。

 

「ふっ、今のお前にそんな価値ねぇよ」

 

「あァ?」

 

 だが、そんな中、先に視線を逸らした蛭谷が城之内の隣の席に腰かけた。そして、そんな相手の姿を暫し見下ろす城之内だが――

 

「………………いや、俺も止めとくぜ」

 

「根っこまでは腐ってなかったようだな」

 

「うるせぇ、プロってのはな……えー、社会的に? アレが反して反しちゃダメなんだっつーの」

 

 不機嫌そうに矛を収めて座り直した城之内へ、蛭谷の誇らしげな視線が向けられるも、当人はそっぽを向いて酒瓶をあおる。そこには見知った顔に情けない姿を見られた羞恥も見て取れた。

 

「『デュエリストの模範となるべき振る舞いを心掛けよ』」

 

「あー、それだ、それ――つか、知ってたのかよ」

 

「まぁな、おつむの弱いお前の為に知恵をつけたのさ」

 

「余計なお世話だ、ばっきゃろー」

 

 やがて久しい旧友との団欒をジャブ代わりに募らせていた蛭谷は、神妙な表情でグラスの中の冷水を傾けつつ本題を切り出した。

 

「だが、らしくないな。昔のお前なら、新たなチャンプを倒すことで『バンデッド超えだ』と、息巻くくらいしただろうに随分と――」

 

「――それは違うだろ。アイツはアイツだ。キースじゃねぇ」

 

 しかし、その懸念は即座に己へ視線を向けた城之内によって制された。

 

 あくまで城之内の目標は「プロの世界でキースにリベンジすること」だ。全米チャンプの称号は関係ない。新たなチャンプへ、己の道理を向けるのはお門違いだと。

 

 だというのに、そうして蛭谷に向けた力強い視線も、己の目標が思わぬ形で崩れたことを思い出したゆえか直ぐになりを潜め、再び先程のような不貞腐れた様相に戻り、酒瓶をあおるも――

 

「『代わり』みたいな気持ちでデュエルしたって、相手に失礼ってもんだぜ……店員さーん、もう一杯お願――」

 

「その辺にしとけ」

 

「あぁー? 飲まずにやってられるかってんだ」

 

 空だった酒瓶を不満を示すように逆さにしながら追加注文しようとするが、今度は蛭谷に制されるも、不満足な心境ゆえに荒んだ様子で城之内はその腕を払った。

 

 しかし、そんな城之内へ蛭谷は一つの提案を投げかける。

 

「どうせ飲むなら旨い酒にしないか?」

 

「あん?」

 

 

 かくして蛭谷の運転する大型バイクに乗せられ、城之内は酔いを醒まし代わりに後部座席にて風を切ることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どこぞのお城のような建物内部のパーティー会場にて、豪勢な料理や酒がテーブルに並ぶ中、目と舌の肥えた者たちの意識は会場の一角に用意されたステージへと向けられていた。

 

It’s(イッツ)Show(ショー) time(タイム)! この奇術師パンドラのイリュージョンショー! どうかお楽しみください!!」

 

 そこで妻であり、助手でもあるカトリーヌを携え、ステージ上で開かれるパンドラのマジックショーに会場の注目が集まる中、会場中の色んな人にペコペコ挨拶回りをしていた神崎に二つの人影が声をかける。

 

 

「おお、神崎じゃないか!」

 

「これは万丈目(まんじょうめ) 長作(ちょうさく)様、正司(しょうじ)様。この度は――」

 

 その二人――万丈目グループの中心人物、顎髭に肩まで伸ばした黒髪の男「万丈目(まんじょうめ) 長作(ちょうさく)」と七三分けで固めた髪型の男「正司(しょうじ)」の政界・経済界のビッグネームに、相も変わらず神崎は徹底して低姿勢でペコペコスタイルを維持するが、その低い腰は長作によって流された。

 

「よせよせ、堅苦しい前置きは抜きで構わんよ。それより前に相談した一番下の弟の(じゅん)のことなんだが、『誕生日プレゼントだ』と言いくるめてようやく形になってきたところだ」

 

 なにせ、今回は仕事の話ではなく、万丈目兄弟の三男である「万丈目 (じゅん)」の件――プライベートな話題である。そこに堅苦しいアレコレを一々挟む気は長作にはない。

 

「お役に立てて光栄です」

 

「ああ、本当に助かった。我が弟ながら妙に頑固で困ったものだ――だが、デュエルなど門外漢な私たちが準にしてやれるのは、こんなことくらいだからな」

 

「カードなど俺たちに言えば、万丈目家に相応しいものを幾らでも用意するというのにアイツは駄々ばかりこねて……」

 

 そうして長兄の気苦労を愚痴る長作を余所に、次男の正司は思うように行かぬ三男坊のデュエルキングへの道中に頭を悩ませていた。

 

 そう、三男坊である万丈目 準こと、万丈目は――

 

 政界・経済界・デュエルモンスターズ界の世の三つの柱を万丈目家が掌握する「万丈目帝国」計画の「デュエルモンスターズ界」の柱――デュエルキングを目指して未だヒヨコ同然の身ながら精進中である。

 

 だが、圧倒的資金力を有する万丈目家の力を当人が使いたがらないのだ。

 

 カード集めも、小遣いをやりくりしてパックを買ったり、友人や知人とトレードしたり、近場で開かれる大会の賞品もしくは参加賞でせっせと集めている次第。

 

 万丈目家の財力があれば一瞬で済むだけに、長作や正司からすればもどかしかった。二人からすれば「誕生日プレゼント」と評して年に1枚1枚渡す苦肉の策など非効率の極みでしかない。

 

「デュエリストたるもの己のカードは、己で手にしたくなるものですから」

 

「そういうものかね?」

 

「名立たるデュエリストの方々によく見られる傾向ではあります」

 

 そんな彼らの認識は、神崎からのそれっぽい説明を受けても懐疑的だ。とはいえ、「デュエリストではない」神崎の言葉にどれほどの説得力があるかも疑問だが。

 

 そうして頭を悩ませる長作に同意するように正司も呆れた様相でため息交じりに愚痴るが――

 

「デュエリストというのは、どうにも非効率だな、兄者」

 

「まぁ、そう言うな、正司。どんな世界にも『美学』とやらは相応に存在するものだ――今ばかりは歩み始めたアイツの足跡を見守ろうじゃないか」

 

 長作はその愚痴をいさめつつ、餅は餅屋とばかりに未だ幼い三男坊への期待を担保として静観の姿勢を固めることとした。

 

 

 

 

 

 

 

――万丈目兄弟って意外と……いや、意外でもないか。弟の為に億の金をかけてカードを集めてくる人たちだった。

 

 そんな万丈目兄弟の関係を考察する神崎を余所に、会場の近くでバイクのブレーキ音が微かに響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 蛭谷が運転する大型バイクに乗せられ、いかにも「パーティやってます」と言わんばかりの城を思わせる外観の会場に到着した城之内は、蛭谷へヘルメットを投げ渡しながら詳細を問うが――

 

「なんだ、此処?」

 

「ちょいとツテがあってな。言っちまえばお偉方のパーティみたいなもんだ。食い放題、飲み放題――」

 

「おぉー、マジか! 助かるぜ、蛭谷!」

 

 酒の抜けきっていない頭を回す気はないのか、要点だけの把握に留めた城之内は己の食欲の赴くままだった。

 

 ただ、殆ど身一つで渡米した城之内の懐事情を鑑みれば、活動資金を憂うことなく腹を満たせる場はありがたいものだろう。

 

「俺は人に会って来るから、お前はあの辺にいとけ――トラブルでも起こせば叩き出されちまうだろうからな」

 

「へいへい、お邪魔にならねぇようにしときますよ」

 

 やがて何処からか取り出した黒のスーツをワイシャツの上から着た蛭谷が、階段からバルコニーへの道筋を指し示して己への案内を手早く済ませて去る背中を、城之内は軽口と共に見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 パーティ会場が盛り上がりを見せる中、その会場から離れた廊下で神崎は「仕事は済ませた」とばかりに一度肩を回す仕草の後、今後の予定を考えながらひた進む。

 

――ハァ、オージーン王子……衛星兵器ソーラの打ち上げ、いい加減にやめてくれないかなぁ……コッソリ蹴り落とすのも大変なんだけど。

 

 これは原作のGXにて、破滅の光に魅入られた斎王が、衛星兵器ソーラを所持する国の王子であるオージーン王子を洗脳し、その操作装置を奪うことで、地球を破壊しようとしていた件である。

 

 ゆえに「衛星兵器ソーラ自体がなければ万が一の事態が起こっても安全だよね!」と神崎はこんなアホみたいなことをしているのだ。

 

 原作GXでも、騒動終了後は衛星兵器ソーラが破壊されており、オージーン王子も「これは必要ないものだった」的なことを語っていた為、かなり好意的な解釈をすれば、ある意味で間違ってはいないのかもしれない。

 

――挨拶回りも終わって特筆すべき点もなかった以上、Bloo-D(ブルーディー)のカードに破滅の光が憑りつく前の対処に回りたいが……

 

 そんな具合で物理的に原作の事件のフラグを潰して回る中、次なるターゲットに照準を合わせる神崎だが、大きな問題があった。

 

 それが原作での事件現場である。

 

 原作では、破滅の光という世界を滅ぼさんとする存在がカードデザイナーフェニックス氏の仕事場にて1枚のカードに宿るのだが――

 

――フェニックス氏の自宅に私が出向く理由がなぁ……

 

 そう、KCの幹部の一人がI2社のデザイナーの自宅で陣取る――その状況の意味不明さである。「なんなのこの人……」となること請け合いだ。

 

――やはり此処は、現地を牛尾くんたちに任せて宇宙で迎撃する方針にしておこう。

 

 ゆえに「オゾンより上でも問題ない」とばかりに宇宙で破滅の光をぶん殴りに行く方針を固めた神崎は、背後から荷車を押すスタッフに道を譲りつつ、事件発生時に確実に宇宙に跳ぶ為のフリーの時間を作る為に仕事を片付けておかねばと頭の中で詳細を詰め始める。

 

 たが、その背中に突き付けられた重厚な感触にピタリと動きを止めた。

 

「動くな。そのまま振り返らず、私室まで歩け」

 

「穏やかではないですね」

 

 突き付けられた大型口径の銃の感触を余所に、視界の端で捉えたスタッフの衣装の上からでも隠し切れないマッスルとリーゼントに下手人の正体を看破しつつ、相手の情報を探るべく軽口をたたいて見せる。

 

「何がお望みですか?」

 

「黙って歩け」

 

「二人並んで歩いている状況でダンマリな方が不審がられますよ」

 

 だが相手は取り合う様子を見せず、さらに続いた神崎の言葉への返答代わりに突き付けた銃を背中に押し込むように強調して見せるが――

 

「脅しだと思っているのか?」

 

「まさか。貴方は躊躇わない方だ」

 

――何故、彼が此処に? 対象の命に別状はなかった以上、過激な行動を取る必要性は無い筈……

 

 そんな中でも、相変わらずの不敵な笑みを浮かべる神崎だが、その内心はやはりと言うべきか混乱の極みにあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パーティー会場のバルコニーにて、皿に大量に盛った料理の山を頬張っていた城之内は何度目かも分からぬため息を吐いた。

 

「はー、なにやってんだろ、俺」

 

 この機会に腹一杯食べておこうと酒の類を無視して食に走ったせいか、酔いが醒めてきた城之内の頭に過るのは不貞腐れていた己への自己嫌悪。

 

 プロの世界でのキースとの再戦に燃え、精力的に活動していた矢先での全米チャンプの交代劇からの引退話。

 

 唐突に目標を失った城之内が不満足状態に陥るのは当然の帰結であろう。

 

 だが、城之内とて理解していた筈なのだ。キースとの対戦を、チャンプの称号を目指すのは何も己だけではないことを。

 

 そう、今回の件で一番の問題は、相手が引退を覚悟するまでにプロの世界を駆け上がれなかった現実に尽きる。

 

 言ってしまえば、城之内は何処か妄信していたのだ。キースは己が約束を果たす時まで、決して負けないのだと。城之内自身がプロの層の厚さや、厳しさを痛感していたにも拘わらず、相手に無根拠な願望を抱いてしまっていた。

 

「こんな姿、静香にゃ見せられねぇぜ」

 

 だというのに、駄々をこねる子供のような真似をしてしまった城之内は、今の自身を恥じていたが、そんな己に駆け寄る小さな影にふと顔をあげる。

 

「じょ、城之内 克也さんですよね!!」

 

「あー? 誰だ、坊主?」

 

「俺――じゃなくて、僕! 『万丈目 準』って言います! あ、貴方のファンです! サインください!!」

 

 その視線の先にはどこか黒い片翼を思わせる不思議な髪型の少年――万丈目兄弟の三男坊「万丈目 準」が色紙とサインペン片手に立っていた。

 

 そうして憧れの存在へ向けられるキラキラと輝く瞳を前に城之内は少し気圧されつつも受け取った色紙にサインペンを走らせていくが――

 

「お、おう、サインくらい全然構わねぇけどよ……俺なんかより、上位リーグのヤツんとこ行った方が良いんじゃねぇか?」

 

「そんなことないです! 僕にとっては城之内さんのデュエルは憧れなんです!」

 

「憧れ? 俺がか? ほらよ」

 

「ありがとうございます!! 一生大事にします!!」

 

 自虐と共に差し出した城之内のサインを大事そうに受け取った万丈目は、その評価を否定する。城之内のデュエルは、彼にとって希望だった。

 

「俺なんかに憧れたって、なんにもならねぇぞ? 黒星の方が多いから、下位リーグから上がれてねぇ訳だしよ」

 

「勝ち負けとかじゃないんです」

 

 城之内が渡米してからの戦績は決して良くはない。しかし万丈目は、そんな部分で城之内に憧れた訳ではないのだと返す中、顔を伏せて曇らせながら先を続けた。

 

「……僕、兄が二人いるんですけど――二人とも凄い人なのに、俺だけなにもなくて……」

 

「お、おう」

 

――急に人生相談みてぇになったな……

 

 やがて万丈目の自分語りに困惑しながらも城之内は耳を貸す。

 

 

 そう、万丈目は、長作と正司へ劣等感を抱いていた。

 

 兄である長作、正司は共にかなり早い段階で、それぞれの得意分野で高い適性と成果を上げ、万丈目グループの柱としての役目を果たしている。

 

 そして、そんな兄二人に続くべく、万丈目も「デュエル」の分野で力になろうと頑張ってきた。

 

「デュエルの大会で優勝しても、結局は同年代の中でしか通用しないんじゃ、デュエルキングなんて夢のまた夢で……」

 

 だというのに、三男坊の万丈目には何もない。精々デュエルの実力が「同年代より少し強い」程度だ。

 

 だが、その程度では、今の万丈目と同じくらいの年でプロ入りを果たした存在を鑑みれば、とてもではないが手放しで喜べるようなものではない。当人が語ったように「デュエルキング」など夢のまた夢だ。

 

 こんな有様では、万丈目家の人間として、早い段階で頭角を現した長作と正司に顔向け出来ないのだと万丈目は語る。

 

 

「でも貴方のデュエルを見て! 楽しそうにデュエルする貴方の姿を見て! 少しだけ楽になったんです! 勝ち負けが全てじゃないんだって!」

 

 

 そうして力にばかり目が向いていた万丈目の視線を惹きつけたのが、城之内のデュエルだった。

 

 強さという面では飛び抜けている訳でもなくとも、全力でぶつかり、全力で勝利を目指し、時に全力で砕ける姿は、何故か自然と目で追ってしまう。

 

 その先にたとえ負けた姿があっても、また彼のデュエルを見てみたいと思わせる何かがそこにはあった。

 

「あっ!? す、すみません! 変なこと聞かせてしまって!」

 

 やがて一人で盛り上がってしまった事実に気づいた万丈目が慌てて取り繕うように手を左右に振るが、城之内はそれどころではない。

 

 

 

 俺がいる――城之内の瞳にはそう映った。

 

 

 今を生きることに必死で、将来のことなんて考えられなかった己に、道を示してくれたデュエリストとの出会いが、彼にとって自身だったのだと。

 

 

 そう――今の城之内は道を示す側に立っていた。

 

 

 

 

「なぁ、お前――色紙以外に、なんか紙持ってねぇか?」

 

 

 なら、世界で一番カッコいい姿を見せてやるしかあるまい。

 

 

 そう決意した城之内の瞳は、かつての輝きを取り戻していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 パーティー会場の建物内に与えられていた私室にて、ソファに腰をかけた神崎は背後で己の頭に銃を突きつける男の目的を問うていた。

 

「さて――誰の治療を行えば良いのですか?」

 

「随分と察しが良いな」

 

「私の元に物騒な直談判される方の要件は大抵『コレ』ですから。ただ、商品は万能ではありませんので悪しからず」

 

 そうしてあっけらかんとした神崎の態度と発言に対し、銃を突き付けていた男は関係スタッフに扮していた変装を解き、素顔を晒して交渉に移るべく名乗って見せる。

 

「なら、此方も名乗っておこう。私は『コブラ』――キミたちの仕事には随分と手を焼かされた身だ」

 

 そして黒の服装に身体の各種にベルトで様々な装備を付けた所謂「スパイ映画でよく見るヤツ」な恰好に、天を貫かんばかりにそびえ立つリーゼントが特徴の筋骨隆々な大男「コブラ」は棘のある言葉を放った。

 

「軍人さんでしたか」

 

「『元』だがね」

 

 神崎の言うように彼、コブラは遊戯王GXにて登場した軍人の経歴を持つ教員の一人であり、過去に特殊部隊にも所属していた凄腕だ。

 

 そして過去の神崎による活動――「(幼少時の)アメルダ何処よ?」作戦により被害を被った人でもある。もけもけ(型パワードスーツ)の大群が原因で、彼の任務遂行が困難になったことは一度や二度ではない。

 

「おや、退役されていたとは――見事な手腕だと言うのに勿体ない」

 

「私の個人的な行いに古巣を巻き込む訳にはいかなくてな」

 

 だが、この会場にて未だに騒ぎの一つも起きていない事実を鑑みれば、コブラの侵入は文字通り「誰にも気取られていない」ことの証明である。これだけで、コブラの優秀さが伺えるというもの。

 

「さて、世間話もこのあたりにして本題に入ろう。私の要求はただ一つ――私の義息子を助けて欲しい」

 

 そうして自己紹介は済んだとばかりにコブラは目的を語る。

 

 その根幹が、戦火の只中で出会い引き取った一人の義息子。コブラが一人身ゆえに寂しい思いをさせてしまっているが、彼の宝物といっても過言ではない存在だ。

 

「こんなことをすれば息子さんが悲しみますよ――なんて定型文では止まってくれそうにありませんね」

 

「なんとでも言ってくれて構わない。私は息子を、リックを救う為なら何だってする」

 

「症状は?」

 

――『無傷で済んだ』との話だった筈……此方がシモベの視覚情報を確認した時も、目に映る範囲で怪我はなかったと記憶しているが……

 

 やがて「一応」とばかりの説得を速攻で投げた神崎は頑張って情報収集を継続していく。

 

 

 原作の遊戯王GXでは「コブラの義息子のリックの死亡」によりコブラは失意の中にいたが、宇宙から帰還したユベルの口車に乗り「リックの蘇生」の目的の為に、GXの舞台デュエルアカデミアで非道な行いを始めるのだ。

 

 だが、これは「リックが死亡する原因である交通事故」さえ防げば回避できる為、神崎は解決策としてシモベをリックのボディガードとして配置。

 

 シモベからも「傷一つない」と報告がなされ、問題になりえない部分の筈だった。

 

 何故、神崎本人がしないのか? という疑問に関しては、戦場を渡り歩いたコブラの勘が凄まじ過ぎて、実体を持った身では気取られる為である。

 

 

 閑話休題。

 

 

「肉体的な問題はない。心の問題だ」

 

 だが続いたコブラからの説明が全てを物語っていた。

 

「あの子は自動車事故に遭ったが、奇跡的に無傷で済んだ――しかし心の方が、そうはいかなかった……」

 

 シモベの報告と視界情報通り、リックの身体は健康そのものだが――

 

「車を視界に入れるどころか、車のエンジン音や排ガスの匂いにさえ、その身を恐怖で震わせる……」

 

 しかし原作にて「即死するレベルの事故」である以上、そんな出来事を前にした幼い心に恐怖が根付くのは当然のことであろう。神崎が今回の件を甘く見た弊害だった。

 

――そのパターンか。

 

「私とて、可能ならば、あの子の傷が癒えるまで傍にずっとついてやりたい……! だが――」

 

「普段の生活を維持するには金銭が必要になる」

 

「……そうだ。蓄えなら多少はあるが、それも永遠ではない。そして心の傷は容易くは癒えん――それは重々理解しているつもりだ」

 

 やがて告げられる此度の問題の核の部分「時間とお金」がコブラを凶行に走らせた。

 

 軍属だったコブラからすれば心的外傷を受けた仲間は良く知る者であり、容易い問題ではないことを理解している。

 

「だが、抜け道がある」

 

 しかしコブラは職業柄知っていた。蛇の道を。

 

 それがKCで医療分野に力を注ぎこんだオカルト課の存在。

 

 その名称通りに「オカルト」の領域に足を踏み込んだ治療法などが噂され、既存医療では手が届かない領域にも介入が可能と評される程だ。

 

 神崎の腰の低さも相まって、色んな人たちから贔屓にされている。

 

「しかし、オカルト課で治療を受けさせるだけの金も、立場も私にはない」

 

 とはいえ、治療に必要なモノの入手難度から治療費は割高だ。富豪からすればはした金でも、コブラにはそうではない。

 

「順番待ちの列へ割り込ませることなど以ての外だ」

 

 それに加え、飛びぬけて緊急性が高い話でもない以上、正攻法では叶わぬ願い。実際は、そうでもないが。

 

「ゆえに強硬手段に出るしかなかった――と」

 

「今の私たちには時間がないんだ! リックさえ治してくれれば何だってする! 金だって時間さえくれれば用意する! だから頼む! リックを助けてくれ!!」

 

 やがて背後から銃を突きつけながらもコブラは可能な限り誠意を見せる。その言葉に嘘はない。

 

 義息子のリックさえ治してくれれば、文字通り「なんだってする」狂気が彼の中にはある。

 

「申し訳ありませんが、後払いの類は採用しておりませんので代金は先に徴収させて頂きます」

 

――強硬手段に出た相手へ立場的に前例を作る訳にはいかないが……

 

 

「話を聞いていたのか!? 今の私にそれだけの大金は――」

 

 だが、要求を飲むような発言と共に立ち上がった神崎を警戒し、僅かに距離を取って銃の照準を合わせなおしたコブラだが、神崎は気にすることなく振り返って距離を詰めていく。

 

「金銭そのものがなくとも、不要なものがあれば買い取らせて頂きますよ」

 

「いい加減に――」

 

 やがて壁を背にしたコブラが威嚇の意味を込め、肩を狙って発砲するよりも早く神崎は右手を差し出し告げた。

 

「あるじゃないですか、お金になりそうなものが」

 

 そう、コブラには値千金と言っても過言ではない力がある。

 

 厳しい警備を掻い潜り、誰にも気づかれることなく潜入した腕前が、彼が長き時間を費やしその身に刻んだ技能の数々が。

 

 

 さぁ、今こそ「あの」言葉を送ろうじゃないか。

 

 

「目の前に」

 

 

 

 世界の脅威と共に戦おう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パーティー会場のバルコニーへ向かうべく、夜空の屋根の下で二人の男が並んで歩いていた。

 

「手間かけさせたな、蛭谷」

 

「なに、こっちの都合さ。俺も元全米チャンプ様同様に、今のアイツが放っておけなかっただけだ」

 

 その一人である蛭谷は肩をすくめて見せるが、王者の座から降りることとなったキースは己の不甲斐なさを懺悔するように零す。

 

「……本当は待っているつもりだったんだがな。だが、もう俺もいい年だ。プロの世界は何かと忙しいからよ――騙し騙しやってきたが、もう『落ちるだけ』のとこにまで来てる」

 

 それは、己が再戦を約束したというのに、「引退」という形で約束を破る結果になった件。

 

 

 それもその筈、プロの世界は華々しさの反面、中々に忙しい世界だ。

 

 それは原作のプロデュエリストのエドが証明してくれている部分である。彼が斎王の目的の為に、アカデミアに入学した際は完全に仕事をオフにするくらいだ。

 

 とはいえ、寄る年波が気になり始めるキースとて、数年程度ならば誤魔化せなくもないだろう。

 

 だが、未だ下位リーグで手間取っている城之内を待つとなると、最悪の場合「再戦を果たせたは良いがベストコンディションとは程遠い」事態になりかねない。

 

 

 その為、キースは蛭谷の提案に乗り、別の形で再戦の場を設けることにした。

 

 

 やがて城之内に待っているように指示した場に辿り着いた二人は足を止めるが、彼らの視界に待ち人は見当たらない。

 

「城之内――城之内? ったく、ここら辺にいるように言ったってのに……」

 

 ゆえに相変わらずの破天荒さに困ったような顔を見せつつ、「飯を取りにでも行ったのだろう」と城之内を捜しに向かおうとした蛭谷だが、とある少年が手紙を差し出す姿がそれを遮った。

 

「悪いな。少し待っていて――手紙? アンタに、だそうだ」

 

 そして少年から「蛭谷に郵送するように」との言伝と共に、切手代が貼られたキース宛の手紙を受け取った蛭谷は「郵送するまでもない」とキースに直接手渡しつつ、手紙の主を探しに向かうが――

 

「俺は城之内を捜しに――」

 

「いや、必要ねぇ」

 

 その歩みは、今度はキースに止められ、出鼻を挫くような出来事の連続に蛭谷は若干苛立ちを見せる。

 

「……まさか怖気づいたんじゃな――」

 

「ハハハハハハッハハハハハハ!! アッハッハッハッハ!!」

 

 そして挑発するような言葉を投げかけるが、対するキースは手紙片手に天を仰ぐような姿勢のまま高笑いを上げるばかり。

 

 手紙を渡した少年が戸惑う視線を蛭谷に向けるが、蛭谷も何がなんだか分からぬ状態であり、状況の理解は及んでいない。

 

 いや、それで良いのだろう。

 

 

「――振られちまったなぁ、ククク……」

 

 

 二人にだけ分かれば良いのだ。

 

 

 

 今宵の夜空に愉快そうに笑うキースの声が天を貫かんばかりに響くこととなった。

 

 

 

 





作中では、城之内くんがお酒が嗜める年齢になっている時間軸になります(☆ゝω・)b⌒☆



Q:城之内くん!? 酒に!? 城之内くん!!(アテム感)

A:原作での城之内のデュエルの力量・才を鑑みた結果、今作にてラフェールや、ペガサスミニオンが蔓延る上位リーグに城之内が「短期間」で食い込める未来が見えなかった為です。

どう考えても「他の才ある面々がキースに追いつく方が早い」と判断させて頂きました。

酒に逃げたのは、血には逆らえなかった(飲んだくれ親父の呪縛)(おい)


Q:城之内は、もう全米チャンプを目指さないの?

A:そもそも今作の城之内は「プロの世界でキースとリベンジがしたかった」だけなので、
「全米チャンプ」の「称号」にさして執着がある訳ではない感じです。

そしてキースがプロを辞したことで実現不可能になり、不完全燃焼ゆえの不満足状態から、
万丈目少年との会合を経て、「自分が道を示す立場になった」と感じ、
「目標を定め直す」ことで、心機一転の再スタートを切った状態になります。



Q:リックの心の傷って? 事故、防いだんだよね?

A:原作にて「即死レベル」の事故との話だったので、怪我がなかった場合でも幼い彼の心がノーリアクションだとは思えなかったゆえです。

また、事故タイミングが不明だった為、神崎が四六時中監視する訳にもいかなかったので、シモベたちが交代で担当しました。


Q:神崎のコブラへの対応、酷くない?

A:テロ紛いのことをした相手の要求を素直に聞くわけにはいかなかった感じです。


Q:いくらリックの為でも、コブラがテロるかな?

A:リックの蘇生の為に、アカデミア中の人間を犠牲にしようとした人だったので、このくらいはすると判断させて貰いました。





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第228話 光の洗礼



ガンガン時間を飛ばして行くぜ!!


前回のあらすじ
「じょう」を継ぐ者






 

 

 

『城之内 克也氏が全米リーグから、米エンターリーグへの移籍を表明して早くも大注目――』

 

「牛尾! もう1度勝負だ!!」

 

「へいへい」

 

 マンションの一室にて灰色の髪の少年「エド・フェニックス」とデュエルマットでデュエルしていた牛尾は、大人げなく得た勝利を余所にぼんやりとテレビのニュースを眺めていたが、少年エドの呼びかけに意識を戻し、フィールドに並んだカードを集めていく。

 

 

 そうして再戦の流れが生まれる中、I2社のカードデザイナーである眼鏡をかけたエドの父――フェニックス氏がカードデザインの手を止め、牛尾へ申し訳なさそうに声をかけた。

 

「すまないね。エドの相手まで頼んでしまって」

 

「構いませんよ。護衛だなんだと言っても今の俺は基本暇っすから」

 

「そう言って貰えると助かるよ――しかし本当なのかい? 究極のDを狙う人間がいるなんて話……」

 

 そう、今回の牛尾たちは「カードデザイナーであるフェニックス氏が制作中のカード『究極のD』を狙う者がいる」との情報が匿名でもたらされたゆえに、I2社の要請を受けてボディガード染みた仕事をこなしているのだ。

 

「まぁ、いないなら、いないに越したことはないんすけどね――その手の情報が上がった以上、念の為ってやつです」

 

 やがて息子であるエドに万が一のことがあれば、と不安気なフェニックス氏だが、対する牛尾はあくまで「転ばぬ先の杖」程度のものだと返す。

 

 フェニックス氏が今回手掛けているカードデザインは、I2社としても重要なプロジェクトではあるが、もたらされた匿名の情報が不確定な代物の為、騒ぎ立てる程の内容ではないのだ。

 

「ボクのターン! ドロー! ボクは――」

 

「エド、悪い。タイムだ。電話終わるまでちっとばかし、待ってくれ」

 

 そうしてエドとのデュエルが進んでいくが、牛尾のポケットで自己主張する通信機に呼び出されたことで、エドに向けて牛尾は小さく手を挙げて謝罪しつつ、マンション周辺にて警戒する仲間からの通信を受けた。

 

「――どうかしたんすか?」

 

『此方、コブラ。下手人を捕縛した』

 

「そっすか、お疲れさんした。そっちは任せます――悪ぃなエド。もういいぞ」

 

「よし! ならボクは手札のこのカードを――」

 

 そして厳つすぎる新入りであるコブラへ弟子入りさせられたゆえか思わず馴れない敬語で返した後、通信を終えてエドとのデュエルに戻る牛尾だが、通話内容が気になったフェニックス氏が息子のデュエル観戦ついでに探るように問いかけた。

 

「捕まったのかい?」

 

「らしいんですが――この顔、覚えありますか?」

 

 そのフェニックス氏に対し、牛尾はコブラから端末に送られた下手人の人相を見せるも――

 

「いや、知らない顔だが……彼がそうなのかい?」

 

「まぁ、そうなんすけど……ぱっと見、『究極のD』どころか『Dシリーズ』の情報すら掴めるようなタマにゃ見えないんで、予断は許さない方がいいっすね」

 

 フェニックス氏は眼鏡の位置を直して凝視するが、覚えがない様子。

 

 それもその筈、不法侵入しようとしてコブラに捕縛された男「D(ディー)D(ディー)」は、無精ひげにボロボロの服装含めて「不景気の直撃を食らったような眼鏡をかけたくたびれたおっさん」にしか見えない。

 

 I2社のやり手デザイナーであるフェニックス氏とは縁遠い人間であろう。

 

「あくまで仲間の一人の可能性が高いという訳か……」

 

「あっ、この人!」

 

「どうした、エド?」

 

 ゆえに、相手の全容を推理するフェニックス氏だったが、横から顔を覗かせたエドが見覚えがあると主張する。それは――

 

「前にデザイン画を拾ってくれた人だよ! ほら、風で窓から飛んじゃった時の!」

 

「ああ、あの時か」

 

「成程、そん時にフェニックス氏の住居を探り当てたって寸法っすね」

 

 少し前にデザイン中の究極のDのデザイン画が風にさらわれた件をフェニックス氏が思い出す中、牛尾も納得したように頷く。偶発的なことであるのなら、ゆかりのないDDが情報を入手できた説明もつこう。

 

 そうして懸念が消えたとフェニックス氏も安堵の息を漏らした。

 

「……はぁ、良かった。これで解決ですね、牛尾さん」

 

「いや、申し訳ないんですが、DシリーズをI2社に通すまで護衛は続けさせて貰います――この男の仲間がいる可能性もありますから」

 

「確かにその可能性もあるな……では引き続きお願いします」

 

「任せてください――っと、また電話が。ちょいと失礼」

 

 だが、気を抜いた時が一番危ういのだとの説明にフェニックス氏も納得を見せた矢先、再び自己主張し始めた通信機を片手に牛尾は会釈しつつ席を立つ。

 

 

 やがて少し離れた位置で通信相手からの連絡を聞くが――

 

「おっ、良いところに――――神崎さん、情報にあった不審者取っちめましたが、念の為もう暫く――――えっ? 手が離せないから後のことは頼む? 急にどうしたんすか? そもそも後って――」

 

 その相手である神崎は、牛尾の説明など意に介することなく、必要事項を足早に伝えるだけ伝えて、恐らく背後で響いたであろう轟音と共に通話は唐突にブツリと途切れた。

 

 

「……なんだったんだ?」

 

「なんなんだ、アレ……」

 

「ああ、悪いエド。ビックリさせちまったよ……な――」

 

 そんな慌ただしい連絡劇のせいか驚いた表情を見せるエドに手のひらを立てつつ謝る牛尾の視界には――

 

「父……さん?」

 

 エドの呟きの通り、空から綿毛のようにゆっくりと落ちる光が1枚のカードに宿り、爛々と眩い輝きを放ち始めるそのカードに吸い込まれるように、フェニックス氏が手を伸ばしていた。

 

 そのどこか神秘性すら感じさせる光景にエドと牛尾が揃って固まるが、牛尾の胸中にはかつてアテムから受けたものと別ベクトルではあるが酷似した危機感がざわめきたつ。

 

――あっ、ヤバい。

 

 やがてフェニックス氏の動きを止めようとする牛尾だが、出遅れたその動きが間に合う訳もなく、光り輝くカードにフェニックス氏の手が触れる。

 

 

 

 同時に周囲へ光の奔流が荒れ狂った。

 

 

 

 

 

 

 

 フェニックス氏の住居の周辺をパトロール中に空から落ちる怪しげな光を「危険なもの」と即座に判断したアメルダは、響みどりを引き連れてフェニックス氏の一室に駆け付けるも、彼らの視界に最初に映ったのはエドを庇うように倒れた牛尾の姿。

 

「牛尾、何があった!!」

 

 やがてアメルダが棒立ちするフェニックス氏を視界に収めつつ、牛尾に檄を飛ばすが答えはない。

 

「アメルダ……牛尾が……牛尾が、ボクを庇って……!」

 

 そして響みどりが倒れた牛尾の状態を確認する中、涙を流すエドから要領を得ない説明がなされるも、アメルダが見やるのはエドの背後にフワフワ浮かぶ――人の全身に緑の体毛に覆われ、背に翼の生えたヒーローだった。

 

――あれは《E・HERO(エレメンタルヒーロー) フェザーマン》? 精霊……ではないな。牛尾が咄嗟に下級の精霊の鍵をあの子に託したのか。

 

 そのヒーローの正体はアメルダの心中の声の通り、《E・HERO(エレメンタルヒーロー) フェザーマン》――下級の精霊の鍵によって生成されたアバターである。

 

 

 下級の精霊の鍵――

 

 上級、最上級と異なり「願いの要求」すら出来ず、精々が所持者へ向かうオカルト方面の影響を軽減する程度の力しか持たない。

 

 さらには1度の使用で「物自体」がぶっ壊れ、綺麗サッパリ消えてしまう――言っては何だが、あんまりな代物である。

 

 しかし、その反面、製造・運用に対して危険性が小さく、低コストな点が強みと言えよう。

 

 

 そうして牛尾が其処までしてエドを庇わなければならない状況だったと把握したアメルダは、「それ」を引き起こしたであろうフェニックス氏に強い視線を向けるが――

 

「フフフ、素晴らしい! 素晴らしい力だ!!」

 

 当のフェニックス氏は、宙に浮かぶ1枚のカードを前に普段の温厚さからはかけ離れた邪悪な表情で笑みを浮かべていた。

 

――盗人程度の案件に神崎さんがこれだけ人員を割いた理由がコイツか。人間を乗っ取るタイプの異能存在……科学の外にいるものたち。

 

 そして、アメルダは今のフェニックス氏の状態へ考察を重ねていく。相手に先手を譲る真似は本意ではないが、負傷者(牛尾)護衛対象(エド)がいる以上、強引に動く訳にもいかない。

 

――コブラは盗人の連行中、牛尾は負傷で動けない。響は非戦闘員(倒れた牛尾+エド)の離脱に必要。相手の力は未知数だが、運良く……

 

 やがて自分たちの現在の戦力を図るアメルダ。今回と同様の存在(闇マリク)と対峙した記録は、アクターのものくらいしかない以上、「一人で問題ない」と自惚れるつもりはない。

 

 

 

 いや、そもそも――

 

 

 

『クリリー!』

 

「ヒーロー見参――って、ところかな」

 

「……部外者であるキミに、そこまで頼んだつもりはないんだけどね」

 

 偶々近場のデュエル会場にいた《ハネクリボー》を肩に乗せた響 紅葉と、乃亜が駆け付けた以上、いたずらにリスクを背負う真似など必要がないのだ。

 

「響プロだ……!!」

 

「でもさ、乃亜――オレが出ないと、姉さんが鉄火場に立つことになりかねないだろ?」

 

「心配せずとも、牛尾を強引に叩き起こすさ」

 

 そんな具合でHERO使い憧れの登場に思わず目を輝かせたエドを余所に、紅葉と乃亜は軽口を交わし合うが――

 

「……怪我人に無茶は止めなさい」

 

『クリィ……』

 

「だよな。相棒の言う通り、姉さんに無茶させる訳にはいかないぜ」

 

 乃亜を咎めるような響みどりの言葉に、ハネクリボーと紅葉は顔を見合わせた。

 

「響、牛尾たちを連れて撤退を。キミの弟は退く気はないらしい」

 

「了解……です。エドくん、こっち来て」

 

 

「やれやれ、次から次へとやかましい奴らだ」

 

 そうして響みどりが、宙に浮かぶ《E・HERO(エレメンタルヒーロー) フェザーマン》が消えたことを確認し、エドを連れて牛尾を懸命に引きずり始める中、フェニックス氏は――いや、フェニックス氏に憑りついた破滅の光は、1枚のカードを手に呆れた様子でわざとらしくため息を吐くも――

 

「賑やかなのは嫌いかい?」

 

「なら、直ぐにキミを倒して静かにさせて上げようじゃないか」

 

「倒される相手くらいは自分で選ぶんだな」

 

 紅葉、乃亜、アメルダが破滅の光へ挑発を返して見せれば、破滅の光の足元より、光の円がゆっくりと広がって行く。

 

「ふん、世界の破滅への前哨戦にしても面倒だ――まとめてかかって来い!」

 

 やがて、その光の円は破滅の光もろとも紅葉、乃亜、アメルダたちの足元まで迫り、デュエルフィールド代わりと化して行った。

 

――よし、乗ってきた。

 

「おっと、幾ら何でも3 VS――むぐぉ!? あ、あいびょう(相棒)!?」

 

「随分と自信家じゃないか」

 

「究極のDの力の前では貴様ら程度が、何人束になろうが同じこと。なら、面倒は一度に纏めてしまった方が良いだろう?」

 

 心中のアメルダの声を余所に、余計なことを言おうとした紅葉の口をハネクリボーがふさぎつつ、乃亜が挑発するが、破滅の光は己が余裕を示すように肩をすくめて見せるばかり。

 

 

 かくして、3 VS 1の特殊ルールによる闇のゲームが幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、父さんを返せ!!」

 

「ククク、そんなに返して欲しいのなら――――お前も戦うんだな、エドォ!!」

 

「エドくん!?」

 

――しまっ……

 

 まだ幼いエドを巻き込む最悪の形で。

 

「 「 デュエル!! 」 」

 

 

 

 

 

 そして光の円の内側に引き寄せられたエドが床に転がり、周囲が光のドームに覆われ外と遮断された状況の中、3 VS 1から4 VS 1となったとしても、変則的なバトルロイヤルのデュエル形式自体は変わらない。

 

「変則的なバトルロイヤルルールだ。詳細はキミが決めると良い」

 

「なら、俺のライフを倍の8000とし、此方の通常ドローを2枚にさせて貰おうか。ターンはお前たち4人で順番に回すと良い――先攻・後攻もそっちで決めさせてやろう」

 

 ゆえに乃亜に促されるまま、特殊ルールを定めたフェニックス氏に憑りついた破滅の光だが、語られる内容にそう大きな理不尽は見えない。それは己の力への自負の表れのようにも思える。

 

 だが、そんな相手の態度を意に介さず、先陣を切るべくアメルダが前に出た。

 

「なら僕から行こう。ドロー! 魔法カード《手札抹殺》を発動。全てのプレイヤーは手札を全て捨て、捨てた枚数分ドローする」

 

 そして初手を――いや、墓地アドバンテージを強引に稼ぎ、全てのプレイヤーが手札を入れ替えた段階で、彼のデッキの中核ともなるべきカードを引き寄せんとする。

 

「さらに魔法カード《アームズ・ホール》を発動。通常召喚権利の放棄とデッキの上からカードを1枚墓地に送ることで、デッキから装備魔法1枚を――装備魔法《スーペルヴィス》を手札に」

 

 やがてアメルダの足元に開いた次元のゲートから1枚のカードが手札に飛来する中――

 

「僕のフィールドにモンスターが存在しない時、墓地の罠カード《もののけの巣くう祠》 を除外し、アンデット族1体――《竜血公(ドラクレア)ヴァンパイア》を蘇生」

 

「チェーンして《増殖するG》を捨て、効果発動! お前がこのターン特殊召喚する度に俺は1枚ドローだ!! 早速ドローさせて貰う!」

 

 破滅の光の周囲に黒い影が一瞬映る余所で、黒いコウモリの群れがアメルダの背後で集まる中、黒き鎧で上半身を覆った病的なまでに白い肌と長髪の男が形成されていく。

 

 やがて身の丈を超える長さの漆黒の槍を片手で血の色のマントをはためかせた。

 

竜血公(ドラクレア)ヴァンパイア》 攻撃表示

星8 闇属性 アンデット族

攻2800 守2100

 

「魔法カード《アドバンスドロー》でレベル8以上である《竜血公(ドラクレア)ヴァンパイア》を墓地に送り、2枚ドロー。そして魔法カード《黙する死者》を発動。自分墓地の通常モンスター1体――《炎妖蝶(えんようちょう)ウィルプス》 を蘇生」

 

「ふん、特殊召喚されたことで《増殖するG》の効果により1枚ドローだ」

 

 だが早々にコウモリの群れへと戻ってフィールドから高笑いと共に消えた《竜血公(ドラクレア)ヴァンパイア》を余所に、アメルダの背後から赤い羽根を持った大きな蝶々がヒラヒラと舞っていた。

 

炎妖蝶(えんようちょう)ウィルプス》  守備表示

星4 炎属性 昆虫族

攻1500 守1500

 

「装備魔法《スーペルヴィス》を《炎妖蝶(えんようちょう)ウィルプス》 に装備。このカードを装備したモンスターは再度召喚された扱いとし、効果を得る。そして《炎妖蝶(えんようちょう)ウィルプス》 の効果発動」

 

 そんな《炎妖蝶(えんようちょう)ウィルプス》 の羽根が炎が猛るように燃え上がれば――

 

「自身をリリースし、墓地のデュアルモンスターを再召喚した状態で蘇生する。今こそ真の姿を見せろ! 《ナチュラル・ボーン・サウルス》!!」

 

 その炎に身を散らした鱗粉の輝きの中から、ティラノサウルスのような恐竜が骨格だけしかない身体で立ち上がり、身体中の骨をカラカラと震わせながら大地をせり上げて現れる。

 

 と思いきや、その骨の身体は時を巻き戻したように肉と皮が再生していき、「生前」と言わんばかりの恐竜そのものの姿を見せた。

 

《ナチュラル・ボーン・サウルス》 攻撃表示

星4 闇属性 → 地属性

アンデット族 → 恐竜族

攻1700 守1400

 

「属性と種族が……それがソイツの効果か」

 

「対象がフィールドから離れたことで墓地に送られた装備魔法《スーペルヴィス》の効果により、墓地の通常モンスターを1体を蘇生する。《炎妖蝶(えんようちょう)ウィルプス》 を蘇生」

 

 そして先程、炎に身を散らしたと思われた《炎妖蝶(えんようちょう)ウィルプス》 が赤い羽根を広げて《ナチュラル・ボーン・サウルス》の回りを再び舞う。

 

炎妖蝶(えんようちょう)ウィルプス》  守備表示

星4 炎属性 昆虫族

攻1500 守1500

 

「だが、2度の特殊召喚により、俺は《増殖するG》の効果でさらに2枚ドロー!!」

 

「カードを4枚セットしてターンエンド」

 

 しかし、アメルダはこれ以上動きを見せず、アッサリ目にターンを終えた。4枚のセットカードがあれどレベル4モンスター2体の布陣は、いささか消極的にも見える。

 

 

アメルダLP:4000 手札0

《ナチュラル・ボーン・サウルス》 《炎妖蝶(えんようちょう)ウィルプス》

伏せ×4

VS

破滅の光LP:8000 手札7

 

 

「はっ、随分と消極的なターンじゃないか。俺のターン! 特殊ルールにより2枚ドローさせて貰う!!」

 

――こいつらは、この場の警護を任されていた人間たち……なら、オレの出方を伺っている公算が高い。

 

 たった攻撃力1700のモンスターを呼び出しただけのアメルダのデュエルを嗤う破滅の光だが、その心中は冷静に相手の力量を推し量っていた。

 

 フェニックス氏の記憶から、I2社が用意した守り手であることが知れる以上、最低限の実力は有していなければ不自然というもの。

 

「スタンバイフェイズに墓地の《キラー・スネーク》の効果発動! 自身を手札に加える!」

 

 そんな破滅の光の手札に、1匹の翼の生えた緑の蛇が飛び込んでくるが、まだ終わりではない。

 

「まだだ! 墓地の《ティンクル・セイクリッド》発動! 墓地の『セイクリッド』モンスター1体を除外し、このカード自身を回収だ! 《セイクリッド・スピカ》を除外!!」

 

 墓地に眠る純白の機械戦士たちの1体の身体を捧げたことで、二重に重なった十字の光のクロスが手札に舞い込み――

 

「墓地の魔法カード《汎神の帝王》を除外し、効果発動! デッキより3枚の『帝王』カードを選択し、相手が選んだ1枚を手札に加える! だが、全て同じカードを選ばせて貰おう!」

 

「なら、そのまま手札に加えると良い」

 

 そうしてアメルダの返答を余所に、このターンだけでも実質5枚の手札を増やした破滅の光は、出方を伺うような相手を押し潰すべく動き出す。

 

「言われずとも! そしてお前たちを倒す 世界のお披露目だ! フィールド魔法《KYOUTOU(キョウトウ)ウォーターフロント》!!」

 

 やがて巨大なタワーを中心とした近代的な街並みが広がる中――

 

「そしてお前のフィールドの《ナチュラル・ボーン・サウルス》を贄に、手札からコイツを特殊召喚する――来いっ! 《多次元壊獣(かいじゅう)ラディアン》 !!」

 

 ビル群もろとも《ナチュラル・ボーン・サウルス》を薙ぎ倒しながら黒き装甲で覆われた巨人が身体の中央の白い宝玉を光らせつつ、アメルダのフィールドに降りたった。

 

《多次元壊獣(かいじゅう)ラディアン》 攻撃表示

星7 闇属性 悪魔族

攻2800 守2500

 

「フィールドからカードが墓地に送られたことで、フィールド魔法《KYOUTOU(キョウトウ)ウォーターフロント》に『壊獣カウンター』が1つ乗る」

 

KYOUTOU(キョウトウ)ウォーターフロント》壊獣カウンター:0 → 1

 

「此処で魔法カード《儀式の下準備》! デッキより儀式魔法と儀式モンスター1組を手札に加え――すぐさま儀式魔法《邪神の復活》を発動!! レベル8以上となるように手札のモンスターを贄に捧げ、儀式召喚!!」

 

 明かりが灯る《KYOUTOU(キョウトウ)ウォーターフロント》の塔の頭上より現れた巨大な石板が砕ければ、天に青・黄・赤の三つの光球が太陽の如き輝きを見せると同時に3本の光の柱と化す。

 

「三つの太陽の柱を贄に!! 愚かな虫けらに鉄槌を下すべく降臨せよ!! 《大邪神レシェフ》!!」

 

 そして、その三筋の光の柱から巨大な石像の如き邪なる神の身体が現れ、二つの光球より巨大な腕が伸び、背中から伸びる翼代わりの5本のブレードを広げ、宙に浮かぶ。

 

《大邪神レシェフ》 攻撃表示

星8 光属性 悪魔族

攻2500 守2000

 

「あんなカード、父さんのデッキにはなかった筈……!?」

 

 そんな《大邪神レシェフ》の身を覆う禍々しい形相を見せる白いオーラを前にエドが思わず呟くが、破滅の光は眼中にないのか、取り合う気はないとばかりに――

 

「合計2枚のカードがフィールドから墓地に送られたことで、カウンターがさらに加算!!」

 

KYOUTOU(キョウトウ)ウォーターフロント》壊獣カウンター:1 → 2 → 3

 

「そしてフィールド魔法《KYOUTOU(キョウトウ)ウォーターフロント》にカウンターが3つ以上乗っている時、1ターンに1度、デッキから『壊獣』モンスター1体を手札に加える! 俺は《雷撃壊獣サンダー・ザ・キング》を手札に!!」

 

 フィールド魔法《KYOUTOU(キョウトウ)ウォーターフロント》にそびえ立つタワーへ手をかざし、新たな己が眷属を呼び寄せた後――

 

「《大邪神レシェフ》の効果! 手札の魔法カード1枚を墓地に送り、相手モンスター1体のコントロールをターンの終わりまで得る!!」

 

 《大邪神レシェフ》の背中から伸びるプレートより、エクトプラズムのような純白のエネルギーが生成されていく。

 

「魔法カード《ティンクル・セイクリッド》を捨て、ラディアンを返して貰おうか!! ディストラクト・ブレイン!!」

 

 やがて鞭のように放たれた純白のエネルギーに貫かれた《多次元壊獣ラディアン》 が傷一つない身体で跳躍し、破滅の光の陣営に戻って行った。

 

「此処でラディアンの効果! フィールドの『壊獣カウンター』2つを取り除き、自分フィールドに『ラディアントークン』を特殊召喚する! 幻影分身!!」

 

KYOUTOU(キョウトウ)ウォーターフロント》壊獣カウンター:3 → 1

 

 そして着地したと同時に《多次元壊獣ラディアン》 は、己の影から自身と瓜二つの分身体を生成し始める。

 

『ラディアントークン』 攻撃表示

星7 闇属性 悪魔族

攻2800 守 0

 

「永続魔法《進撃の帝王》と、永続魔法《アドバンス・フォース》を発動!! そして《アドバンス・フォース》の効果によりレベル5以上のモンスター1体を2体分の生贄とし、アドバンス召喚!!」

 

 やがて役目を終えたとばかりに《多次元壊獣ラディアン》 の身体を食い破るように現れるのは――

 

 

(太陽)に最も近き力! 今ここに顕現せよ! 宇宙の統括者! 《The(ザ・) grand(グランド) JUPITER(・ジュピター)》!!」

 

 

 突如として浮かんだ圧縮された木星に昆虫染みた緑の鎧が覆われ始めれば、やがて背面に白き縦長のプレートが装着された人型の戦士が大地に立った。

 

The(ザ・) grand(グランド) JUPITER(・ジュピター)》 攻撃表示

星8 闇属性 戦士族

攻2500 守2000

 

「……プラネットシリーズの所持者だったとはね」

 

「ふん、この男(フェニックス氏)の所持品だがな。再びお前のモンスターを贄とし、新たな壊獣――《雷撃壊獣サンダー・ザ・キング》を特殊召喚だ」

 

 同じプラネットシリーズの所持者でもある紅葉の呟きを鼻で嗤った破滅の光が、最後に残った《炎妖蝶(えんようちょう)ウィルプス》 が内側から爆ぜた先より、三つ首の白銀の魔龍が翼を広げてアメルダのフィールドにて天を舞う。

 

 三つ首の付け根がある箇所を起点に全身へ奔るスパークに覆われる巨躯は「雷撃」との名に恥じぬ威容が見えた。

 

《雷撃壊獣サンダー・ザ・キング》 攻撃表示

星9 光属性 雷族

攻3300 守2100

 

「《The(ザ・) grand(グランド) JUPITER(・ジュピター)》の効果! 手札を2枚捨て、相手フィールドのモンスター1体を装備カードとし! その力を奪う!!」

 

 だが此方も、そのままくれてやるつもりはないと《The(ザ・) grand(グランド) JUPITER(・ジュピター)》の胸部の圧縮された木星が回転を始めれば、《雷撃壊獣サンダー・ザ・キング》を吸い込むような突風が吹き荒れる。

 

「――グレート・クラプティー!!」

 

 それに対して《雷撃壊獣サンダー・ザ・キング》が紫電を走らせ抵抗を見せるも、力及ばず吸い込まれたと同時に、脈動した《The(ザ・) grand(グランド) JUPITER(・ジュピター)》の身体から、《雷撃壊獣サンダー・ザ・キング》が発していたイカズチが迸しり始めた。

 

The(ザ・) grand(グランド) JUPITER(・ジュピター)

攻2500 → 攻5800

 

「バトル!! 行け! 《The(ザ・) grand(グランド) JUPITER(・ジュピター)》!!」

 

「僕のフィールドにモンスターが存在しない時、墓地の罠カード《もののけの巣くう祠》を除外し効果発動。墓地のアンデット族1体を効果を無効にして蘇生させる――《ゴブリンゾンビ》を蘇生」

 

 そして《The(ザ・) grand(グランド) JUPITER(・ジュピター)》の腹部が開き、エネルギー波がチャージされる中、アメルダを守るように骨と肉がむき出しのゴブリンのゾンビが、サーベル片手に膝をつき守りの姿勢を見せるも――

 

《ゴブリンゾンビ》 守備表示

星4 闇属性 アンデット族

攻1100 守1050

 

「所詮は時間稼ぎ! 薙ぎ払え! JUPITER(ジュピター)! Great(グレート) red(レッド) spot(スポット)!!」

 

「破壊された《ゴブリンゾンビ》の効果でデッキから守備力1200以下のアンデット族1体――《馬頭鬼》を手札に加える」

 

 破滅の光の言うように互いの力の差は明白である以上、《The(ザ・) grand(グランド) JUPITER(・ジュピター)》から 攻撃を短剣で切り裂こうとした《ゴブリンゾンビ》を呆気なく吹き飛ばす。

 

「だが、今度は防げまい! 《大邪神レシェフ》の攻撃!! ジ・エンド・オブ・カタストロフ!!」

 

 そうして《ゴブリンゾンビ》の肉片の1つがカードとなってアメルダに加わるが、それより先に《大邪神レシェフ》の突き出した両腕に乱回転する3つの太陽の如き光球がバチバチとプラズマを起こしていた。

 

「永続罠《デュアル・アブレーション》を発動! デッキよりデュアルモンスター1体をデュアル召喚した状態で特殊召喚する! 来い! 《ナチュラル・ボーン・サウルス》!」

 

 しかし、此方もアメルダを守るように骨のティラノサウルスが現れると同時に、その身体に肉と皮をつけ、太古の恐竜としての姿で牙を剥く。

 

《ナチュラル・ボーン・サウルス》 攻撃表示

星4 闇属性 → 地属性

アンデット族 → 恐竜族

攻1700 守1400

 

「またそいつか! 構わずやれ、レシェフ!!」

 

「ダメージステップ時に罠カード《生存競争》発動! フィールドの恐竜族1体を2回攻撃可能とし、攻撃力を1000アップだ!」

 

 やがて、そんな闘志を嘲笑うかのように《大邪神レシェフ》から放たれた光の波動に膝をつきかけた《ナチュラル・ボーン・サウルス》だが、その内より猛り狂う野生が肉体の膂力と、爪牙の鋭利さを増大させ――

 

《ナチュラル・ボーン・サウルス》

攻1700 → 攻2700

 

破滅の光LP:8000 → 7800

 

「だがダメージはたった200!!」

 

 《ナチュラル・ボーン・サウルス》の脅威的な跳躍による回避行動から続いた強襲により頭を嚙み砕かれ、事切れた《大邪神レシェフ》が大地に倒れ伏す中、破滅の光は大した損害ではないと返すが――

 

「《ナチュラル・ボーン・サウルス》の効果! このカードが破壊したモンスター1体をアンデット族とし、僕のフィールドに守備表示で復活させる! 今度は逆にお前のエースを頂こう!」

 

 頭が食われ倒れていた《大邪神レシェフ》がフラフラと立ち上がり、何処からかゾンビのようなうめき声を漏らしながらアメルダのフィールドに誘われるように移動。

 

《大邪神レシェフ》 守備表示

星8 光属性 悪魔族 → アンデット族

攻2500 守1500

 

「チッ、それが狙いか――なら裏切り者には早々に消えて貰う! 『ラディアントークン』で攻撃だ!!」

 

 倒した相手を死者(アンデット族)として従える《ナチュラル・ボーン・サウルス》の力に、アメルダの戦法を把握した破滅の光は、味方であれば強力でも、敵にすれば厄介な《大邪神レシェフ》を潰しにかかる。

 

「その攻撃宣言時、罠カード《ガムシャラ》発動! 攻撃された守備モンスターを攻撃表示に変更する!」

 

 そうして《ラディアントークン》が拳を振りかぶった姿に、《大邪神レシェフ》も迎撃耐性を取るように緩慢な動きで拳を構えるが――

 

《大邪神レシェフ》 守備表示 → 攻撃表示

守1500 → 攻2500

 

「だとしても攻撃力は此方が上!!」

 

 その攻撃力は2500である以上、攻撃力2800の《ラディアントークン》には返り討ちに遭う。

 

 やがて近代的な街並みに広がる大空が夜に包まれる中、《大邪神レシェフ》の胸を貫いた《ラディアントークン》だが、死者(アンデット族)となった相手は倒れる様子を見せず、相手の腐肉から抜けない己の腕に苦戦し始める始末。

 

 それどころか、生前の戦い方など忘れたように瘴気をばら撒く《大邪神レシェフ》の力に、《ラディアントークン》の身体はヘドロのように崩れて消えていった。

 

破滅の光LP:7800 → 7600

 

「なにっ!?」

 

 その腐食した《ラディアントークン》の身体が崩れた際の衝撃を受ける破滅の光が「不可解だ」と訝し気な視線を向けるが――

 

「くっ、なにが……!」

 

「僕は罠カード《メタバース》を発動し、デッキからフィールド魔法《ヴァンパイア帝国(エンパイア)》を発動していたのさ!」

 

「そいつはバトル時のみアンデット族の攻撃力を500アップさせるカード……! 成程、《ナチュラル・ボーン・サウルス》の効果で奪ったモンスターがアンデット族になることを利用して!!」

 

 その真相は他ならぬアメルダから語られた。

 

 いつのまにやらフィールド魔法《KYOUTOU(キョウトウ)ウォーターフロント》を崩し、夜の闇の世界を生み出した白き魔城とモダンな家屋が広がる《ヴァンパイア帝国(エンパイア)》は、アンデット族の攻撃力をバトル時のみ500強化する効果がある。

 

 つまり、《ナチュラル・ボーン・サウルス》に破壊され、死者(アンデット族)となった《大邪神レシェフ》の実質の攻撃力は3000となり、攻撃力2800の『ラディアントークン』を上回る計算だ。

 

「だとしても破壊されたのはトークン! 墓地に送られない以上、罠カード《ガムシャラ》の効果ダメージは発生しない!!」

 

――しかし、想定以上に存外やり手じゃないか。だが……ククク、既に俺の罠はお前たちの首をジワジワと絞め始める……

 

「バトルを終了し、墓地の速攻魔法《超進化の繭》を除外し効果発動! 墓地の昆虫族《増殖するG》をデッキに戻し、1枚ドローする!」

 

 そうして思わぬ痛手を被った破滅の光だが、その胸中の余裕は崩れない。

 

 既に己の策に囚われた4人の獲物をいたぶるべく、足元で生成された繭が崩れると同時に飛来した1枚のカードを発動させた。

 

「多少はやるようだが所詮は児戯! 魔法カード《妨げられた壊獣の眠り》発動! フィールドの全てのモンスターを破壊し、デッキより互いのフィールドに1体ずつ『壊獣』を特殊召喚する!!」

 

 すると、空を裂かんばかりの咆哮と共に嵐がフィールド上を駆け巡り、アメルダのフィールドの《ナチュラル・ボーン・サウルス》と《大邪神レシェフ》を飲み込んでいく。

 

 だが、破滅の光が呼び出した《The(ザ・) grand(グランド) JUPITER(・ジュピター)》だけが、そんな暴風雨の如き風の只中でも平然としていた。

 

「アドバンス召喚された《The(ザ・) grand(グランド) JUPITER(・ジュピター)》は永続魔法《進撃の帝王》により、破壊されない……!」

 

「そういうことだ! 折角、モンスターを並べたお前のフィールドもこれでリセット!!」

 

 やがて舌を打つアメルダへ破滅の光が得意げな表情を見せると同時に、空より2体の怪獣ならぬ壊獣が双方のフィールドに降り立つ。

 

 

 破滅の光の元には、青き羽根を広げた黄色の巨大な蛾の怪獣ならぬ壊獣が突風をまき散らし、

 

破滅の光のフィールド

《怪粉壊獣ガダーラ》 攻撃表示

星8 風属性 昆虫族

攻2700 守1600

 

 アメルダの元には、金属質な黒い巨大なコブラのような壊獣が、身体中に黄金ラインを輝かせながら雄叫びを上げていた。

 

アメルダのフィールド

《壊星壊獣ジズキエル》 攻撃表示

星10 光属性 機械族

攻3300 守2600

 

「さらに魔法カード《アドバンスドロー》を発動! フィールドのレベル8以上――《怪粉壊獣ガダーラ》を墓地に送り、2枚ドロー!! そして引いた2枚のカードを伏せ、ターンエンドだ!!」

 

 しかし、折角呼び出した《怪粉壊獣ガダーラ》を惜しみなくドローに変換した破滅の光は、迷うことなくこれ見よがしに罠を仕込みターンを終える。

 

「エンド時に《The(ザ・) grand(グランド) JUPITER(・ジュピター)》の効果! 装備したモンスター1体を特殊召喚する!!」

 

 それと同時に、《The(ザ・) grand(グランド) JUPITER(・ジュピター)》の腹部から取り込まれていた《雷撃壊獣サンダー・ザ・キング》が破滅の光に従うように三つ首を上げ、翼を広げてアメルダを含めた4人のデュエリストの前に立ちふさがった。

 

《雷撃壊獣サンダー・ザ・キング》 攻撃表示

星9 光属性 雷族

攻3300 守2100

 

 

アメルダLP:4000 手札1

《壊星壊獣ジズキエル》

《デュアル・アブレーション》

フィールド魔法《ヴァンパイア帝国(エンパイア)

VS

破滅の光LP:7600 手札1

The(ザ・) grand(グランド) JUPITER(・ジュピター)》 《雷撃壊獣サンダー・ザ・キング》

《進撃の帝王》 《アドバンス・フォース》 伏せ×2

 

 

 かくして最初のバトルを終えた段階でアメルダが相手の盤面にカウンターパンチを与えたものの相手の損害は軽微であり、更には稼いだアドバンテージも破滅の光が打った一手により無に帰す結果となる。

 

 未だ「究極のD」という切り札を切らぬ破滅の光に対し、アメルダ、乃亜、紅葉は思案を巡らせ、破滅の光もまた、その三人の出方を伺う腹の探り合いの段階と言えよう。

 

 そうして、向けられる意識の違いがあれども4名ともエドへ意識を割かぬ中、己が手札の1枚を心配気に見やるエドが、この命を弄ぶおぞましき舞台にて、その未だ弱き身で何を想い、何を成せるのかは誰にも分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『クリー』

 

 紅葉の背後にて浮かぶ《ハネクリボー》の視線だけが、唯一エドを見つめていた。

 

 






DD「マッスル(コブラ)には勝てなかったよ……」





~今作のフェニックス氏(エド父)のデッキ~

「究極のD」のカードを世に送り出したデザイナーとのことなので、類似点の多い漫画版のエドのエース《The(ザ・) grand(グランド) JUPITER(・ジュピター)》を主軸に。

なお、やることは『壊獣(かいじゅう)』を相手フィールドに投げて、《The(ザ・) grand(グランド) JUPITER(・ジュピター)》吸収!

するシンプルなもの。2枚の手札コストも、フィールド魔法《KYOUTOU(キョウトウ)ウォーターフロント》のサーチが補ってくれるだろう。



~今作の破滅の光(原作でDDに憑りついたヤツ)のデッキ~

当初は上述したフェニックス氏のデッキに「究極のD」をぶっこむだけだったが、折角なので――

遊戯王ゲーム「DM8 破滅の大邪神」のラスボスである《大邪神レシェフ》を投下。
丁度「光属性」で破滅の光っぽいぞ!!(言うなれば、斎王の「究極のアルカナ」枠)

効果発動の為の魔法カードのコストとして魔法カード《ティンクル・セイクリッド》を含めた「セイクリッド」たちを一部採用。

これを上述したフェニックス氏(エド父)のデッキと悪魔合体だ!!(☆ゝω・)b⌒☆



~今作のアメルダのデッキ~

アメルダのエースである未OCGカード「バルログ」の「破壊したモンスターを『炎属性』にして奪い」「自己強化する」効果に寄せたデッキ
(もう一方の未OCGカードの「魔空要塞ジグラート」? あっちは弟ミルコのロボだから……)

とはいえ、類似効果が「破壊したモンスターを『アンデット族』にして奪う」
《ナチュラル・ボーン・サウルス》しかいなかったので、其方を主軸に。

アンデット族と化し、フィールド魔法《ヴァンパイア帝国(エンパイア)》で500強化だ!(☆ゝω・)b⌒☆
(なお恐竜族になっちゃう《ナチュラル・ボーン・サウルス》ェ……)

奪った敵が微妙な際は《竜血公(ドラクレア)ヴァンパイア》か《死の(ジェネレイド)ヘル》でチェンジだ!!


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第229話 究極のD



前回のあらすじ
ドーマ編の幹部 + 乃亜編のボス + 漫画版GXの裏ボス + 十代のライバル(幼)
VS
光の結社編の中ボス

ファイ!!




 

 

アメルダLP:4000 手札1

《壊星壊獣ジズキエル》

《デュアル・アブレーション》

フィールド魔法《ヴァンパイア帝国(エンパイア)

VS

破滅の光LP:7600 手札1

The(ザ・) grand(グランド) JUPITER(・ジュピター)》 《雷撃壊獣サンダー・ザ・キング》

《進撃の帝王》 《アドバンス・フォース》 伏せ×2

 

 

 

――噂の究極のDは、未だ温存と言ったところか。意外に用心深いようだね。

 

 最初のバトルフェイズ後、反撃を受けつつもアメルダの盤面を即座に崩して見せた破滅の光に対し、次のターンプレイヤーである乃亜は余裕のある表情でカードを引く。

 

「ならボクのターン! ドロー! ふっ、キミに天地創造のデッキを見せてあげようじゃないか」

 

 そして乃亜から繰り出されるのは――

 

「魔法カード《堕天使の戒壇》発動! 墓地の『堕天使』1体を守備表示で蘇生する! 甦れ、《堕天使スペルビア》! そしてスペルビアが蘇生された時、墓地の天使族1体が復活! 並び立て、《堕天使ネルガル》!!」

 

 天より生じた白き階段より、深紅の翼にて舞い降りるのは漆黒に染まったグラスのような身体に赤い面の顔を持った異形の堕天使。

 

《堕天使スペルビア》 守備表示

星8 闇属性 天使族

攻2900 守2400

 

 更にその《堕天使スペルビア》の器の部分から噴出した黒き瘴気が灰の鎧を纏い、同色の翼を背より広げながら現れた。

 

《堕天使ネルガル》 攻撃表示

星8 闇属性 天使族

攻2700 守2500

 

「だが、俺はチェーンして《増殖するG》を発動していた! お前の特殊召喚の度にドローさせて貰う!!」

 

「その程度くれてやるさ――魔法カード《儀式の下準備》発動! 効果はキミも知っての通りだ。そしてサーチした儀式魔法発動!! 《奇跡の方舟》!!」

 

 だが高ステータスのモンスターの出現にも臆さず破滅の光がドローを重ねる中、天より今度は巨大な木造の方舟が浮かんでいた。

 

「レベル8以上の贄を――《堕天使スペルビア》を贄とし、方舟より降臨せよ! 世界の創造主にして全知全能の神!!」

 

 やがて方舟の継ぎ目から光が溢れていき、分解されるように方舟が崩れた先より――

 

「――《天界王 シナト》!!」

 

 天界の王との名に相応しき神仏たる姿をした人の祖の如き姿が降臨し、六枚の翼を広げてどこか人形を思わせる関節を動かしながら両の手を合わせて祈りの所作を取った。

 

《天界王 シナト》 攻撃表示

星8 光属性 天使族

攻3300 守3000

 

「そして《月読命(ツクヨミ)》を通常召喚! 召喚時、フィールドのモンスター1体を裏側守備表示にする! 狙うは《雷撃壊獣サンダー・ザ・キング》!! 月鏡の光輝!!」

 

 そんな《天界王 シナト》の後に続くのは青い長髪と紺のローブをたなびかせる青年。そうして歩み出た《月読命(ツクヨミ)》が右手の銅鏡を掲げれば――

 

月読命(ツクヨミ)》 攻撃表示

星4 闇属性 魔法使い族

攻1100 守1400

 

 《ヴァンパイア帝国(エンパイア)》に浮かぶ月明かりが乱反射して輝きを見せ、その光にひれ伏すように《雷撃壊獣サンダー・ザ・キング》の三つの頭が首を垂れ、最後には裏側の1枚のカードになる程に跪いた。

 

《雷撃壊獣サンダー・ザ・キング》 攻撃表示 → 裏側守表示

攻3300 → 守2100

 

「バトル!! 早速キミからのプレゼントの力を試すとしよう――《壊星壊獣ジズキエル》で《The(ザ・) grand(グランド) JUPITER(・ジュピター)》を攻撃!!」

 

「通す訳がないだろう! 罠カード《ドレインシールド》!! その攻撃を無効にし、相手の攻撃力分のライフを回復する!!」

 

 一番槍とばかりに《壊星壊獣ジズキエル》が炎のブレスを放つが、その一撃は《The(ザ・) grand(グランド) JUPITER(・ジュピター)》に届くことはなく、半透明な壁に阻まれたことで周囲に散っていき、その余波すらも破滅の光の益に働くように変換されていく。

 

破滅の光LP:7600 → 10900

 

「なら《天界王 シナト》で《雷撃壊獣サンダー・ザ・キング》を攻撃だ!」

 

「だが、守備表示! 俺にダメージはない!!」

 

「残念だけど《堕天使ネルガル》が存在する限り、ボクの天使族たちは貫通効果を得る!!」

 

「なにっ!?」

 

 しかし次の攻撃は、破滅の光の想定を裏切る形で《天界王 シナト》の腕から生成された6つの宝玉が連なりながら乱回転し――

 

「――六道輪廻(りくどうりんね)!!」

 

「ぐぅっ!?」

 

 光輪となって放たれ、《雷撃壊獣サンダー・ザ・キング》の三つ首から放たれたイカズチのブレスなど意に介した様子もなく突き進みその巨体を両断し、殆ど減衰することなく破滅の光を襲った。

 

破滅の光LP:10900 → 9700

 

「まだだよ! 《天界王 シナト》の効果発動! 守備モンスターを破壊した時、破壊した相手の元々の攻撃力分のダメージを与える!! キミのしもべの命の輝きをその身で味わうと良い――輪廻転生(りんねてんしょう)!!」

 

「ぐぅぉおおぉおぁあッ!?」

 

 しかし乃亜が繰り出した一撃は、それだけに留まらず、《天界王 シナト》の放った光輪の元である宝玉の一部が《雷撃壊獣サンダー・ザ・キング》の体内で炸裂することで生じた巨大な爆発が、破滅の光の心身へより大きな衝撃となってダメージを与えていく。

 

破滅の光LP:9700 → 6400

 

「さて、残った《The(ザ・) grand(グランド) JUPITER(・ジュピター)》を《堕天使ネルガル》で片づけて、《月読命(ツクヨミ)》のダイレクトアタックを受けて貰おうか」

 

 思わぬダメージに膝をつく破滅の光だが、その視界の端で《堕天使ネルガル》によって放たれた己が身体を構成する瘴気により一瞬にして《The(ザ・) grand(グランド) JUPITER(・ジュピター)》の身体が溶けた中――

 

破滅の光LP:6400 → 6200

 

「チッ、味な真似を……だが、これ以上は通さん! 墓地の永続罠《光の護封霊剣》を除外し、このターンのダイレクトアタックを無効にする!!」

 

 《月読命(ツクヨミ)》によってフリスビーのように投げられた銅鏡が、追撃とばかりに飛来するが、破滅の光の前に現れた光の剣によって弾かれることとなった。

 

「思ったよりライフを残してしまったね――バトルは終了だ。墓地の魔法カード《ギャラクシー・サイクロン》を除外し、表側の魔法・罠カード――キミの永続魔法《進撃の帝王》を破壊しておこう」

 

 そうして未だライフを維持する破滅の光へ、乃亜は「ならばもう一手」とばかりに《天界王 シナト》の翼の背後から生じた白き竜巻に、破滅の光のフィールドを荒らさせ――

 

「最後にカードを3枚セットしてターンエンドさせて貰うよ。そしてエンド時にスピリットモンスターである《月読命(ツクヨミ)》は手札に戻り、キミの墓地の《キラー・スネーク》は自身の効果で除外される」

 

 短期決戦を望むように残りの手札を全て伏せた。そしてターンの終わりを示すように《月読命(ツクヨミ)》の身体が煙のように消えていき、乃亜の手札に収まって行く。

 

アメルダLP:4000 手札1

《壊星壊獣ジズキエル》

《デュアル・アブレーション》

フィールド魔法《ヴァンパイア帝国(エンパイア)

VS

破滅の光LP:6200 手札3

《アドバンス・フォース》 伏せ×1

VS

乃亜LP:4000 手札1

《天界王 シナト》 《堕天使ネルガル》

伏せ×4

 

 またまた己がモンスターたちを一掃された破滅の光だが、その瞳に絶望の色はない。既に彼の手の内には、究極の力を示す準備は整っているのだから。

 

「中々やるじゃないか。俺のターン! ドロー!! このドロー時に罠カード《深すぎた墓穴》を発動! そしてスタンバイフェイズに罠カード《深すぎた墓穴》で選択したモンスターを蘇生する! 舞い戻れ、《大邪神レシェフ》!!」

 

 やがて反撃の狼煙を挙げるように再臨を果たした《大邪神レシェフ》が不届き者への怒りを示すように、その石像の身体より白いオーラを放ちながら大地を揺るがす。

 

《大邪神レシェフ》 攻撃表示

星8 光属性 悪魔族

攻2500 守1500

 

「此処で墓地の魔法カード《妨げられた壊獣の眠り》を除外し、『壊獣』モンスター1体を手札に!

さらに墓地の『セイクリッド』を除外し、魔法カード《ティンクル・セイクリッド》を回収!!」

 

 さらに前のターンに惜しみなく吐き出した手札もあっという間に補充すると同時に――

 

「そして《セイクリッド・シェラタン》を召喚! 召喚時、デッキより『セイクリッド』1体――《セイクリッド・エスカ》を手札に!!」

 

 繰り出されるは羊の角に見立てた白き兜に純白の鎧を纏った小さな光の使者が橙色のマントをはためかせ、破滅の光の手札へ更なる一手を差し出した。

 

《セイクリッド・シェラタン》 攻撃表示

星3 光属性 獣族

攻700 守1900

 

「まだだ!! お前たちのフィールドに『壊獣』モンスターが存在する時、俺は手札から『壊獣』モンスターを特殊召喚できる――来い 《怒炎壊獣ドゴラン》!!」

 

 更に、その列に腹から上へ縦一文字に炎を猛らせる赤きドラゴンが翼を広げながら長い尾をしならせつつ、並び立つ。

 

《怒炎壊獣ドゴラン》 攻撃表示

星8 炎属性 恐竜族

攻3000 守1200

 

「此処で《大邪神レシェフ》の効果発動! 魔法カード《ティンクル・セイクリッド》を墓地に送り、《堕天使ネルガル》を奪う!! ディストラクト・ブレイン!!」

 

 それに加えて《大邪神レシェフ》が操る三つの太陽が如き輝きを魅せれば、瞳を赤く染めながら破滅の光の元に膝をつき恭順を示す《堕天使ネルガル》だが――

 

「さぁ、準備は整った!! 《堕天使ネルガル》! 《セイクリッド・シェラタン》! 《怒炎壊獣ドゴラン》の3体を贄に捧げさせて貰おう!!」

 

 そうして並んだ《大邪神レシェフ》以外の3体が早速とばかりに贄として地中から噴き出た血の間欠泉に呑まれていく中、そびえ立つ三つの血の柱が一つに集い球体と化していく。

 

「見るがいい! 破滅の光の祝福を受けた、最強の力の象徴! 絶対無敵! 究極のD(ディー)を解き放つ!! 《D-(デステニー)HERO(ヒーロー)――」

 

 そんな血の繭を吹き飛ばし、血の雨を降らせながら現れるのは――

 

「――Bloo-D(ブルーディー)!!」

 

 右腕に龍の顎、背骨より竜のかぎ爪を天へと伸ばし、鮮血の翼を広げ、尾をしならせる――文字通り竜と一体化したような戦士。昏きその身は、まさに夜の闇を統べる者と言えよう。

 

D-(デステニー)HERO(ヒーロー) Bloo-D(ブルーディー)》 攻撃表示

星8 闇属性 戦士族

攻1900 守 600

 

Bloo-D(ブルーディー)の効果! 相手モンスター1体を吸収し、その攻撃力の半分の力を己に加算する!! 《天界王 シナト》を吸収!! クラプティー・ブラッド!!」

 

 やがて戦士――《D-(デステニー)HERO(ヒーロー) Bloo-D(ブルーディー)》の翼から這い出る血の触腕が頂きの天たる空に浮かぶ《天界王 シナト》を穢していく。

 

 さすれば、《D-(デステニー)HERO(ヒーロー) Bloo-D(ブルーディー)》の翼へ捕食されるように取り込まれて行き、やがて《天界王 シナト》は翼から顔の一部を覗かせる末路を辿った。

 

D-(デステニー)HERO(ヒーロー) Bloo-D(ブルーディー)

攻1900 → 攻3550

 

「まだだ! 魔法カード《死者蘇生》発動! 甦れ、《The(ザ・) grand(グランド) JUPITER(・ジュピター)》!! そして手札を2枚捨て効果発動! 《壊星壊獣ジズキエル》を吸収し、パワーアップ!!」

 

 そんな《D-(デステニー)HERO(ヒーロー) Bloo-D(ブルーディー)》に続くように、宙より再び圧縮された木星をコアとして顕現した《The(ザ・) grand(グランド) JUPITER(・ジュピター)》が相手に唯一残ったモンスターである《壊星壊獣ジズキエル》をコアの小型木星に吸い込み力を高め――

 

The(ザ・) grand(グランド) JUPITER(・ジュピター)》 攻撃表示

星8 闇属性 戦士族

攻2500 守2000

攻5800

 

「バトル!! 貴様を守るモンスターはもはやいない! Bloo-D(ブルーディー)でダイレクトアタック!! ブラッディ・フィアーズ!!」

 

 そうして並んだ圧倒的火力を代表するように《D-(デステニー)HERO(ヒーロー) Bloo-D(ブルーディー)》は、乃亜めがけて広げた翼より、血の散弾が降り注がせた。

 

「させないよ――罠カード《進入禁止!No Entry!!》発動! 全てのモンスターを守備表示にする!!」

 

 しかし、その血の暴虐は大地よりせり上がった鋼の壁に遮られて届かない。さらに不協和音の如く鳴り響くサイレンに破滅の光のフィールドの3体のしもべたちは膝をつくこととなった。

 

《大邪神レシェフ》+《The(ザ・) grand(グランド) JUPITER(・ジュピター)》+《D-(デステニー)HERO(ヒーロー) Bloo-D(ブルーディー)

 攻撃表示 → 守備表示

守1500 ・ 守2000 ・ 守 600

 

「ハッ! だとしてもBloo-D(ブルーディー)の効果により、お前たちはフィールドのモンスター効果が封じられる! 前のターンのような《月読命(ツクヨミ)》で突破は叶わん――カードを1枚セットしてターンエンドだ!!」

 

アメルダLP:4000 手札1

《デュアル・アブレーション》

フィールド魔法《ヴァンパイア帝国(エンパイア)

VS

破滅の光LP:6200 手札0

《大邪神レシェフ》 《The(ザ・) grand(グランド) JUPITER(・ジュピター)》 《D-(デステニー)HERO(ヒーロー) Bloo-D(ブルーディー)

《アドバンス・フォース》 《天界王 シナト》 《壊星壊獣ジズキエル》 伏せ×1

VS

乃亜LP:4000 手札1

伏せ×3

 

 そうして《D-(デステニー)HERO(ヒーロー) Bloo-D(ブルーディー)》の力を誇示しつつターンを終えた破滅の光へ、乃亜は思案する。

 

――攻撃は防いだとはいえ、此方の想定以上に相手の立て直しが早い。破滅の光……か。驕るだけの力はある。

 

 乃亜たちが、ライフこそ大きく削ったものの破滅の光の実力は相応に高い。

 

 4 VS 1の状況と、多少のハンデの負い合いがあったとはいえ、毎ターン高火力のモンスターを用意し、乃亜たちの盤面を常に荒らし回る力を見れば1 VS 1の勝負であれば、乃亜とて命の勘定が必要になってくるだろう。

 

「なら、オレのターンかな。ドロー! うん、悪くない」

 

 そんな乃亜の思案を余所に、常と変わらぬ様相で気負いなくカードを引く紅葉だが――

 

――あまりターンを費やすのは得策じゃない。巻き込んでしまった少年のこともあるし、此処は天下の日本チャンプ様に早々に決めて貰おうか。

 

「流石にそのままじゃ辛いだろう? 速攻魔法《月の書》を発動。Bloo-D(ブルーディー)を裏側守備表示にする」

 

 此処で乃亜は一手切る。

 

 やがて月の輝きを閉じ込めたような青き書物が怪しげな光を放てば膝をついていた《D-(デステニー)HERO(ヒーロー) Bloo-D(ブルーディー)》の身体は固まった血が溶けるように消えていき、1枚の裏側のカードと化した。

 

D-(デステニー)HERO(ヒーロー) Bloo-D(ブルーディー)》 守備表示 → 裏側守備表示

 

「貴様ッ! 俺のBloo-D(ブルーディー)の効果をあらかじめ……!!」

 

「仕事柄、入ってくる情報は多くてね」

 

 そうして乃亜が常に余裕があった真相を察した破滅の光がハッとした顔の後、表情を怒りに染め上げるが、乃亜は挑発するように肩をすくめて見せた。

 

 そう、乃亜はKCで大きな立場を持つ人間として、I2社のペガサスとの繋がりも深いオカルト課のまとめ役として、《D-(デステニー)HERO(ヒーロー) Bloo-D(ブルーディー)》の効果は()()()()()()()()である。

 

 乃亜が使用したカードをみれば、《D-(デステニー)HERO(ヒーロー) Bloo-D(ブルーディー)》が魔法・罠には無防備な点と、自己強化で守備力が上昇しない点を狙いすましたようなものばかりだ。

 

「後は日本チャンプ様に任せるよ。厄介なあのカードの憂いさえ断てば、キミの実力なら十二分に決められる筈だ」

 

「くっ……!」

 

 やがて紅葉を横目で見ながら発せられた乃亜の言葉に、破滅の光は此処にきて初めて苦い顔を見せた。

 

 

 響 紅葉――現、日本チャンプ。

 

 

 海馬 瀬人が社長業に専念した後に頭角を現したプロではあるが、その実力はワールドグランプリベスト16到達など、組み合わせの運ゆえに順位の数字とイコールはされなくとも、勝ち残った実力に嘘はない。

 

 更には大きな力を内包している《ハネクリボー》の精霊の存在も鑑みれば、相手の4人の中で最も厄介な存在と言えよう。

 

 

 その為、紅葉以外に飛び抜けた脅威はいないとの前提で多人数戦を了承した破滅の光からすれば、こうも徹底された対策と戦力が投入されていたことは誤算だった。

 

 とはいえ、世界で上位数%に位置するデュエリストが、宇宙から飛来したばかりの破滅の光を囲んでいる状況を即座に見抜け――など、土台無茶な話ではあるのだが。

 

「……良いのか? 俺をこのまま倒して!!」

 

 ゆえに揺さぶりをかけ罠を仕掛けるべく、宿主であるフェニックス氏の身柄を押さえている旨を破滅の光は強調するように叫ぶ声に、紅葉はピクリと反応するが――

 

「どういう意味かな?」

 

「耳を貸す必要はないよ」

 

「これが闇のゲームであることはお前たちも理解している筈だ! 敗者には死を! それがゲームの掟!!」

 

「つまり……人質って訳か」

 

 乃亜の忠言を断ち切るように放たれた破滅の光の説明に、紅葉は眉をひそめた。

 

「ククク、理解が早くて助かるよ――なぁ、エド。お前も()()()()()()()()()()()()()()ぁ?」

 

「――ッ!」

 

 そして今までパートナーたちの邪魔にならぬよう沈黙を守っていたエドの表情が悲痛に歪む。肉親を殺せと言われて普通は頷けまい。

 

「紅葉、フェニックス氏に憑りついているのは文字通りの『世界を滅ぼす災厄』だ。見逃せばどうなるかくらいは想像がつくだろう?」

 

「難しく考える必要はないよ。彼を倒した後で治す――これで解決だ」

 

 迷いの種を植え付けるような破滅の光の主張に対し、アメルダと乃亜がそれぞれ言葉を投げかけるが、考え込む仕草を見せた紅葉は、頼りになる――

 

「そんなに簡単にいくのかい? 姉さん……は、牛尾さんたちを運んで行っちゃったんだった。相棒はどう思う?」

 

『クリィ……クリリ!』

 

 姉は負傷者の運び出しで不在の為、相棒たる精霊の《ハネクリボー》に意見を求めるが、精霊の見えない常人からすれば一人で喋っているようにしか見えない。

 

「安全は保証できないのか……まぁ、相棒の策に乗らせて貰うよ。頼むぜ?」

 

『クリクリー!』

 

 だが、紅葉には意思疎通が叶っている様子で、その秘策の為の準備とばかりに紅葉は1枚のカードに手をかけた。

 

「オレは魔法カード《手札抹殺》を発動。全員の手札を入れ替えて――手札から《E・HERO(エレメンタルヒーロー) リキッドマン》を召喚! そしてリキッドマンの効果により墓地のレベル4以下のHERO1体を復活だ! 《E・HERO(エレメンタルヒーロー) フォレストマン》を蘇生!!」

 

 黒のヒーロースーツに水色のフェイスマスクに胸当てとブーツを装着した青年ヒーローが手甲代わりの水の球体を地面にかざせば――

 

E・HERO(エレメンタルヒーロー) リキッドマン》 攻撃表示

星4 水属性 戦士族

攻1400 守1300

 

 間欠泉のように噴き出た水の中から、右半身が大木と化した緑の肌のヒーローの男が現れ、守護者としての責務を果たすように腕を交差させ膝をつく、その体躯に水滴が滴っていた。

 

E・HERO(エレメンタルヒーロー) フォレストマン》 守備表示

星4 地属性 戦士族

攻1000 守2000

 

「カードを2枚セットしてターンエンド」

 

「――紅葉!!」

 

 だが彼の代名詞でもある融合召喚を行わず低レベルのモンスター2体を並べただけのプレイングにアメルダは諌めるように声を荒げた。

 

 それもその筈、今のところは優勢にデュエルを運んでいるとはいえ、勝利は確実視されるものではない。手を緩めた瞬間に破滅の光が牙を剥きかねない状況でもある。

 

 もし敗北すれば、自分たちの命がどうなるかなど語らずとも分かろう。

 

「落ち着けよ、アメルダ。彼は部外者である以上、強要するのはお門違いさ。なら、ボクたちが始末をつければ良いだけだ――そうだろう?」

 

「…………失礼した」

 

 とはいえ、乃亜が言うように紅葉はオカルト課の所属ではない以上、場合によっては手を汚すこともあり得る行為を強制するのも酷な話――そんな主張にアメルダは矛を収めることとなった。

 

アメルダLP:4000 手札1

《デュアル・アブレーション》

フィールド魔法《ヴァンパイア帝国(エンパイア)

VS

破滅の光LP:6200 手札0

《大邪神レシェフ》 《The(ザ・) grand(グランド) JUPITER(・ジュピター)》 《D-(デステニー)HERO(ヒーロー) Bloo-D(ブルーディー)》(裏守備表示)

《アドバンス・フォース》 《天界王 シナト》 《壊星壊獣ジズキエル》 伏せ×1

VS

乃亜LP:4000 手札1

伏せ×3

VS

紅葉LP:4000 手札2

E・HERO(エレメンタルヒーロー) リキッドマン》 《E・HERO(エレメンタルヒーロー) フォレストマン》

伏せ×2

 

「ハハハハハハハ! ありがとよ、エドォ!! お前のお陰でBloo-D(ブルーディー)の破壊は免れた!!」

 

 そして相手のお甘い思想のお陰で、1ターン稼いだ破滅の光は形ばかりでも高らかに嗤い声を上げる。仕掛けていた罠を温存できた事実は当人にとっても喜ばしいものだ。

 

 

 とはいえ、先の人質の策は、どちらを選ぼうと同じこと。

 

 攻撃されなければ、今のように「機会を不意にした」事実がのしかかり、

 

 攻撃されれば、それを防いだ上で「父親もろとも殺す気だ」とエドに把握させることで、仲間の足を引っ張る効果を望めるだろう。

 

「俺のターン! 2枚ドロー!! お前らのライフは運命共同体! エド、弱いお前のせいでこいつらは死ぬのさ! さぁ、行くぞ! フィールドのモンスターを全て攻撃表示に!!」

 

 そうして破滅の光が従える3体のしもべたちが、攻撃姿勢を取る中――

 

《大邪神レシェフ》 + 《The(ザ・) grand(グランド) JUPITER(・ジュピター)》 + 《D-(デステニー)HERO(ヒーロー) Bloo-D(ブルーディー)》 (裏側)守備表示 → 攻撃表示

守1500 ・ 守2000 ・守 600

攻2500 ・ 攻5800 ・ 攻1900

 

「墓地の魔法カード《妨げられた壊獣の眠り》を除外し、デッキから『壊獣』を手札に!

そして墓地の《超進化の繭》を除外し、墓地の昆虫族《増殖するG》をデッキに戻し1枚ドロー!

さらに墓地の『セイクリッド』を除外し、魔法カード《ティンクル・セイクリッド》を回収!!」

 

 墓地より獣の如き咆哮が鳴り響き、耳障りな羽音がうごめき、二重の光のクロスが輝いた。

 

「お前のHEROを贄に、俺の手札から《壊星壊獣ジズキエル》を特殊召喚!!」

 

 そうして3枚の手札を増やした破滅の光が紅葉のフィールドの《E・HERO(エレメンタルヒーロー) リキッドマン》を指させば、苦しむ声を漏らした途端にその身体の内側から巨大な機械仕掛けのコブラのような《壊星壊獣ジズキエル》が紅葉のフィールドに立つ。

 

《壊星壊獣ジズキエル》 攻撃表示

星10 光属性 機械族

攻3300 守2600

 

「手札を2枚捨て、《The(ザ・) grand(グランド) JUPITER(・ジュピター)》の効果発動!! 《壊星壊獣ジズキエル》を吸収し、さらにパワーアップ!!」

 

 そしてそのまま《壊星壊獣ジズキエル》は、《The(ザ・) grand(グランド) JUPITER(・ジュピター)》のコアである小型の木星の内に吸い込まれていけば、《The(ザ・) grand(グランド) JUPITER(・ジュピター)》の身体がベキベキと取り込んだ相手の特徴を引き継ぐように変貌していった。

 

The(ザ・) grand(グランド) JUPITER(・ジュピター)

攻5800 → 攻9100

 

「さらにもう1体のHEROも《壊星壊獣ジズキエル》となれ!! そしてすぐさま《D-(デステニー)HERO(ヒーロー) Bloo-D(ブルーディー)》で吸収!! クラプティー・ブラッド!!」

 

 それに加えて紅葉の《E・HERO(エレメンタルヒーロー) フォレストマン》も同様に《壊星壊獣ジズキエル》に変貌させられ、その身は《D-(デステニー)HERO(ヒーロー) Bloo-D(ブルーディー)》の翼から伸びた血の触腕に絡めとられ、己が力を高めるエサとなっていく。

 

D-(デステニー)HERO(ヒーロー) Bloo-D(ブルーディー)

攻1900 → 攻3550

 

「バトル!! 今度こそ終わりだ!! この三連撃を受けるがいい!!」

 

 やがて《大邪神レシェフ》が三つの光球より、三筋の光線を放ち、

 

 《The(ザ・) grand(グランド) JUPITER(・ジュピター)》が突き出した両腕を合わせ、そこよりイカズチの砲弾を放ち、

 

 飛翔した《D-(デステニー)HERO(ヒーロー) Bloo-D(ブルーディー)》が己の翼より、散弾の如き血の雨を降らせば、紅葉の元で巨大な爆発が轟いた。

 

 

 攻撃力の合計は1万5千を超える圧倒的な数値。それゆえに立ち昇る爆炎も猛々しく天に上る。

 

 

『クリリー!!』

 

「悪いけど速攻魔法《クリボーを呼ぶ笛》で呼び出された《ハネクリボー》が破壊されたことで、このターンオレたちが受ける戦闘ダメージは0だ!」

 

「ふん、時間稼ぎ専用の雑魚モンスターか」

 

 だが、爆炎の中より響いた二つの声に、破滅の光は毛玉に天使の翼の生えた《ハネクリボー》を一瞥しつつ、鼻を鳴らした後に嘲笑う。

 

「そうやって次のターンに希望を繋ぐつもりだろうが――次のターンは誰だったかなぁ?」

 

「くっ……!」

 

「流石に気づくよな、エドォ――ハハハハハハハ! そうさ! この特殊ルールでお前の存在は足枷でしかない! 他の奴らの手札を見ろ! ターンを分け合った結果がドロータイミングの減少だ!」

 

 その嘲りの対象はエド――この一同の中で最もデュエリストとして弱い人間。

 

 

 この変則的な実質4 VS 1のバトルロイヤルだが、破滅の光が圧倒的に不利という訳でもない。

 

 エドたちが4人でターンを回す関係上、次に己のターンが回ってくるのは8ターン後だ。

 

 つまり、通常ドローも8ターン後、通常召喚権利の追加も8ターン後、己の盤面を整えられるのも8ターン後となる。

 

 そう、状況次第では8ターンもの間、無防備を晒す可能性――メリットである4人分の5枚の手札があれども、無視できないデメリットであろう。

 

「エド、お前も父さんは攻撃できないだろう? さぁ、攻撃できない足手まとい二人を抱えて、果たしてどこまで戦えるか見物だなァ!」

 

 更にこの中で実力が数段劣るエドが参加したことで、上述したデメリットが増しただけではなく、紅葉たちに精神的なブレーキもかけていた。

 

 エドがいなければ、アメルダも乃亜もフェニックス氏の安否を度外視した攻勢に移れただろう。

 

 紅葉とて、破滅の光の言葉に耳を貸さなかったかもしれない。

 

「 タ ー ン エ ン ド !!」

 

アメルダLP:4000 手札1

《デュアル・アブレーション》

フィールド魔法《ヴァンパイア帝国(エンパイア)

VS

破滅の光LP:6200 手札1

《大邪神レシェフ》 《The(ザ・) grand(グランド) JUPITER(・ジュピター)》 《D-(デステニー)HERO(ヒーロー) Bloo-D(ブルーディー)

《アドバンス・フォース》 《壊星壊獣ジズキエル》×3 伏せ×1

VS

乃亜LP:4000 手札1

伏せ×3

VS

紅葉LP:4000 手札2

伏せ×1

 

 そうして、エドを追い詰めるように責め立てる破滅の光の主張にアメルダが助け船を出そうとするが――

 

「気に――」

 

「お、お前の言葉になんか、耳を貸すもんか! どんなに絶望的な状況でも、決して諦めないハートを持ったHEROこそ、ボクが目指す姿だ! ボクのターン、ドロー!!」

 

 エドには父のフェニックス氏より受け継いだHEROの心得がある。目指す先がある――ゆえに迷わずカードを引いた姿に、アメルダは過去の己と思わず比べながら心中で零す。

 

――……強い子だな。

 

「――ボクは墓地(セメタリー)に眠る《D-HERO ダッシュガイ》の効果(エフェクト)発動! 通常ドローしたモンスター1体を特殊召喚する!」

 

D(ディー)シリーズ!?  D-HERO(デステニーヒーロー)だと!?」

 

――まさかデュエル前に!?

 

 そんな中、破滅の光はエドから繰り出された手足に小型のタイヤを装着した黒の流線形のボディを持つHEROの出現に、逆に驚かされることとなる。

 

 それはフェニックス氏が完成させていた分のHEROたち――そう、エドは単身では力及ばないと考え、デュエルの前に咄嗟に父であるフェニックス氏の力を借りていたのだ。

 

「ボクは《V・HERO(ヴィジョン・ヒーロー) インクリース》を特殊召喚!!」

 

 やがて《D-HERO ダッシュガイ》に連れられ、角のついた一つ目のフェイスマスクに、両肩に角のついた紺と白の全身鎧に身を包むヒーローが拳を握り、フェニックス氏を救うべく現れる。

 

V・HERO(ヴィジョン・ヒーロー) インクリース》 攻撃表示

星3 闇属性 戦士族

攻900 守1100

 

「魔法カード《ミラクル・フュージョン》を発動! ボクの墓地(セメタリー)のHEROを除外し融合召喚を行う! 《E・HERO(エレメンタルヒーロー) フェザーマン》と《E・HERO(エレメンタルヒーロー) バーストレディ》を除外融合!」

 

 次に風と炎のヒーローが融合の渦へと飛び込めば――

 

「カモン! フェニックスガイ!!」

 

 そこより赤と黒に染まった鳥の翼と竜の尾を併せ持った新たなヒーローとなってエドの元に降り立った。

 

 その《E・HERO(エレメンタルヒーロー) フェニックスガイ》は戦闘では破壊されない力を持ち、まさにエドの語る決して諦めない折れぬハートを持ったHEROと言えよう。

 

E・HERO(エレメンタルヒーロー) フェニックスガイ》 攻撃表示

星6 炎属性 戦士族

攻2100 守1200

 

「まだだ! 2枚目の《ミラクル・フュージョン》を発動し、フィールドのフェニックスガイと墓地(セメタリー)の《E・HERO(エレメンタルヒーロー) スパークマン》を除外し、ミラクルフュージョン!!」

 

 だが、そんな《E・HERO(エレメンタルヒーロー) フェニックスガイ》に更なる力を与えんとイカズチのヒーローが融合の渦に飛び込めば、彼らの身を光が包み込み――

 

「この戦いを終わらせる終極のHERO! カモン! シャイニング・フェニックスガイ!!」

 

 幾重もの角の生えた白き兜に、緑の体躯の手足を純白の鎧で覆った光のヒーローへと進化し、身の丈程の巨大な機械的な翼を広げ、宙より現れた。

 

E・HERO(エレメンタルヒーロー) シャイニング・フェニックスガイ》 攻撃表示

星8 光属性 戦士族

攻2500 守2100

 

 その身には、散って行ったE・HEROの力を受け継ぐ力を持つが――

 

「だが、Bloo-D(ブルーディー)がいる限り、効果は無効化される!! シャイニング・フェニックスガイの攻撃力は上がらない!」

 

「だとしても! 魔法カード《オーバーソウル》を発動! 墓地(セメタリー)のHEROを復活させる! 蘇れ、フェザーマン!!」

 

 《D-(デステニー)HERO(ヒーロー) Bloo-D(ブルーディー)》の存在により阻まれ、《E・HERO(エレメンタルヒーロー) シャイニング・フェニックスガイ》の輝きを陰らせる中、諦めることのないエドに応えるように、緑の獣の体毛に覆われた青年ヒーローが純白の翼を広げて現れ――

 

E・HERO(エレメンタルヒーロー) フェザーマン》 攻撃表示

星3 風属性 戦士族

攻1000 守1000

 

「そして《D-HERO デビルガイ》を通常召喚!」

 

 更にボロボロの赤黒いマントを翻す、どこか龍の顎を思わせるフードをした漆黒のHEROが長いかぎ爪を腕の前で交差させながら並んだ。

 

D-HERO(デステニーヒーロー) デビルガイ》 攻撃表示

星3 闇属性 戦士族

攻600 守800

 

「無駄だと言って――」

 

――待て、場にDを含む3体のモンスター……まさか!

 

 そうしてフィールドに3体並び立ったD-HEROを含めた3体のモンスターに破滅の光は、エドの狙いを看破する。そう、他ならぬ乗っ取った身体の持ち主――フェニックス氏が誰よりも知っていた。

 

「エド、貴様!!」

 

「そうさ! ボクの手札には父さんの想いがこもったあのカードがある!! 紅葉さんたちが引き寄せてくれたんだ!」

 

『クリリー!!』

 

「今こそ呼ぶんだ! キミのお父さんを救うカードを!!」

 

D(ディー)! E(イー)! V(ヴィ)! 三つの陣営のHERO(ヒーロー)たちの力を今此処に結集させる!! みんな、父さんを助ける為に力を貸してくれ!!」

 

 やがて《ハネクリボー》と紅葉によって精霊の力を呼び起こし、導かれた1枚のカードをエドが天にかざせば、《D-HERO(デステニーヒーロー) デビルガイ》、《E・HERO(エレメンタルヒーロー) フェザーマン》、《V・HERO(ヴィジョン・ヒーロー) インクリース》がその元に集うように跳躍し――

 

「――現れろ、運命を切り開くD(ディー)ヒーロー!! カモン! 《D-HERO ドグマガイ》!!」

 

 全身よりスパイクが伸びた闘牛を思わせる茶のアーマーに身を包んだ強靭な体躯を持つヒーローが、竜の如き翼を広げて天に立つ。

 

 やがてエドへと己が意思を告げるように右腕の手甲部分から鈍く光る白銀のブレードを伸ばして見せた。

 

D-HERO(デステニーヒーロー) ドグマガイ》 攻撃表示

星8 闇属性 戦士族

攻3400 守2400

 

「ヒーローたちも、きっと言っているんだ! 共に父さんを助けようって!!」

 

「精霊も見えない身で何を聞いた気になろうが、無駄なんだよ!! ドグマガイの効果もBloo-D(ブルーディー)によって無効化される!!」

 

 しかし、そうしたエドの想いの元に顕現した《D-HERO(デステニーヒーロー) ドグマガイ》も、破滅の光が言うように《D-(デステニー)HERO(ヒーロー) Bloo-D(ブルーディー)》の前では、その真価を発揮はできない。

 

「だとしても! お前を倒すことは出来る!! ドグマガイでバトル!! 父さんから出ていけ! 《大邪神レシェフ》!!」

 

 だが、《D-HERO(デステニーヒーロー) ドグマガイ》は《大邪神レシェフ》に向けて急降下をかけ、その加速度により右腕の手甲から伸びるブレードが紫色の炎が燃えあがり――

 

 

「――デス・クロニクル!!」

 

 

 《大邪神レシェフ》が繰り出した剛腕と接触。

 

 

 ジリジリと競り合うようにぶつかる両者の一撃だが、僅かに押し込まれ始めた《大邪神レシェフ》が《D-HERO(デステニーヒーロー) ドグマガイ》の放つブレードの紫炎 うめき声をあげ始めた姿に破滅の光は、舌を打つ。

 

「……チィッ!!」

 

「戻ってきてくれ!! 父さん!!」

 

「ドグマガイの力が、あの男に憑りついている存在を剥がさんとしているのか!?」

 

「行けっ! エド!!」

 

『クリー!!』

 

 願うエドを余所に、デュエリスト特有の超速理解を見せるアメルダ、そして声援を送る紅葉とハネクリボーが見守る中、二体のモンスター間で巨大な爆発が生じ、黒煙が辺りを包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

破滅の光LP:6200 → 5300

 

 

「エド……」

 

「父さん!!」

 

 そう、元のフェニックス氏のデッキは《The(ザ・) grand(グランド) JUPITER(・ジュピター)》と『壊獣』を主軸にしたもの。

 

 そこに《D-(デステニー)HERO(ヒーロー) Bloo-D(ブルーディー)》のカードを投入したのならば、《大邪神レシェフ》周りのカードは当然、破滅の光が関係していると考えるのが自然だ。

 

 ゆえに、破滅の光の存在としての核が《大邪神レシェフ》にあったとしても、おかしくはない。

 

「エド、本当に……本当に……」

 

 こうして、破滅の光から解き放たれたフェニックス氏が、少し見ぬ間に一回りも二回りも大きくなった我が子を見やる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――残念だったなァ」

 

 その視線が、これでもかと大きく歪んだ。

 

「ッ!?」

 

「奇跡は安くはないんだよ、エドォ!! 時間切れだ! 俺の意思は、もうこの男の身体に根付いちまった! そのハネクリボーの助けを借りたドグマガイの力でも引き剥がせない程になァ!!」

 

 高らかに宣言する破滅の光の言葉が全てを物語り、エドに現実となって突き刺さる。

 

 既にフェニックス氏の肉体は、完全に破滅の光に奪われつつある以上、多少干渉された程度でどうこうなる段階をとうに過ぎているのだ。

 

「コミックの中のヒーロー共のように都合良くはいかないんだよ!! ハハハハハハハ!!」

 

「永続罠《デュアル・アブレーション》の効果――デッキよりデュアルモンスター《炎妖蝶(えんようちょう)ウィルプス》 を特殊召喚」

 

 そうしてエドのヒーロー像を嘲笑う破滅の光を余所に、アメルダのフィールドに赤い羽根を真っ赤に燃やす蝶《炎妖蝶(えんようちょう)ウィルプス》 が何処からともなくヒラヒラと舞いながら現れる。

 

炎妖蝶(えんようちょう)ウィルプス》  守備表示

星4 炎属性 昆虫族

攻1500 守1500

 

「ふん、今更援護のつもりか?」

 

「助かるね。速攻魔法《エネミー・コントローラー》を発動! モンスター1体をリリースし、相手フィールドのモンスター1体のコントロールを得る。狙うは勿論――」

 

 唐突な援護と思しき行為に破滅の光がいぶかしむ前に、乃亜の背後に浮かんだゲームのコントローラーのプラグが破滅の光のフィールドの1体に装着されれば――

 

「――貴様らッ!!」

 

 瞳に理性の色が戻った《D-(デステニー)HERO(ヒーロー) Bloo-D(ブルーディー)》が破滅の光の声など意に介さず、エドの元に翼を広げて飛翔した後、共に戦うことを誓うように膝をつく。

 

 

「足りないなら、何度だって叩きつけてやればいい。キミの力を、声を、想いを――ありったけ込めて」

 

「その助けくらいなら、幾らでも用意してあげようじゃないか」

 

「ぶちかませ、エド! キミの父さんの願いの籠ったカードで!!」

 

『クリー!』

 

「……はい! Bloo-D(ブルーディー)効果(エフェクト)! ブラッド・アブソリュート!!」

 

 やがてアメルダ、乃亜、紅葉、そして《ハネクリボー》に背を押されたエドの願いが《D-(デステニー)HERO(ヒーロー) Bloo-D(ブルーディー)》の翼から、力の波動となって破滅の光のフィールドへと伝播していく。

 

「くっ……!  JUPITER(ジュピター)の力が!!」

 

 さすれば、《The(ザ・) grand(グランド) JUPITER(・ジュピター)》に囚われていた《壊星壊獣ジズキエル》たちが解き放たれ、急激な力の減衰に戸惑うように、《The(ザ・) grand(グランド) JUPITER(・ジュピター)》はうめき声と共に膝が崩れ落ちた。

 

The(ザ・) grand(グランド) JUPITER(・ジュピター)

攻9100 → 攻2500

 

「今だ! Bloo-D(ブルーディー)!! ブラッディ・フィアーズ!!」

 

 そうして攻撃力の下がった《The(ザ・) grand(グランド) JUPITER(・ジュピター)》に向け、《D-(デステニー)HERO(ヒーロー) Bloo-D(ブルーディー)》の翼より血の散弾が放たれる中、破滅の光は一手切るか心中で僅かに悩むも――

 

――此処は墓地の《幻影死槍(ファントム・デススピア)》を除外して身代わりに……いや、ターンの終わりにBloo-D(ブルーディー)のコントロールは俺に戻る!!

 

 

 防ぐ為のカードを温存する決断を取り、数多の風穴を開けられる《The(ザ・) grand(グランド) JUPITER(・ジュピター)》を超過した余波をその身に受けた。

 

破滅の光LP:5300 → 4250

 

「――ぐぉおぉ!!」

 

「まだだ! 呪縛より開放されたシャイニング・フェニックスガイの力で、墓地(セメタリー)のE・HEROの数×300パワーアップ!! シャイニング・チャージ!!」

 

 そうして僅かにライフを残した破滅の光の眼前には、輝きを取り戻した《E・HERO(エレメンタルヒーロー) シャイニング・フェニックスガイ》が、背中の翼を一層に輝かせ、光の翼と化し――

 

E・HERO(エレメンタルヒーロー) シャイニング・フェニックスガイ》

攻2500 → 攻5800

 

 

「これで今度こそ終わりだ!! 行け! シャイニング・フェニックスガイ! 終極の輝き! シャイニング・フィニッシュ!!」

 

 

 光の翼で天高く飛翔した《E・HERO(エレメンタルヒーロー) シャイニング・フェニックスガイ》が己の光輝く拳を、破滅の光へ引導を渡すべく叩き込む。

 

 

「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 

 

 やがて断末魔代わりの破滅の光の嗤い声が木霊する中、《E・HERO(エレメンタルヒーロー) シャイニング・フェニックスガイ》の光が、破滅の光を包み込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かと思いきや、突如としてその光が、破滅の光の身体に取り込まれるように吸い取られ始めた。

 

「――詰めが甘いんだよォ!! 罠カード《チェンジ・デステニー》!! シャイニング・フェニックスガイの攻撃は無効化され――エドォ! お前に運命の選択を強いる!!」

 

 やがて拳が弾かれたことでエドの元に戻る《E・HERO(エレメンタルヒーロー) シャイニング・フェニックスガイ》の前に赤と青――2つの扉が現れた。

 

「シャイニング・フェニックスガイの攻撃力の半分の数値だけ、俺にダメージを与えるか! お前のライフを回復するか! そのいずれかをな!!」

 

「だったら、ボクはお前にダメージを与える! シャイニング・フェニックスガイ!!」

 

 しかし、迫られた選択に迷いなく答えたエドの声に従い赤い扉に向けて、《E・HERO(エレメンタルヒーロー) シャイニング・フェニックスガイ》が拳より光弾を放てば――

 

 

 

破滅の光LP:4250 → 2800

 

 

 

「そんなダメージが!?」

 

「選択を誤ったな、墓地の《ダメージ・ダイエット》を除外したことで、俺がこのターン受ける効果ダメージは半分だ」

 

 《E・HERO(エレメンタルヒーロー) シャイニング・フェニックスガイ》の攻撃力5800の半分、2900のダメージを与えられる筈だった一撃は、更に半減された形で破滅の光のライフを僅かに削るばかり。

 

「《チェンジ・デステニー》の更なる効果! この効果を受けたモンスターを守備表示に! そして表示形式の変更を行えない!」

 

「シャイニング・フェニックスガイ!?」

 

 さらに追い打ちをかけるように赤い扉より放たれた電撃を受けた《E・HERO(エレメンタルヒーロー) シャイニング・フェニックスガイ》の身体は、思いもよらぬ損傷にふらつき、膝をつく。

 

E・HERO(エレメンタルヒーロー) シャイニング・フェニックスガイ》 攻撃表示 → 守備表示

攻5800 → 守2100

 

「ククク、お前のヒーローは、もはや翼をもがれたも同然――そしてターンの終わりにBloo-D(ブルーディー)は俺の元に戻る!」

 

 決死のエドの攻撃は全て凌ぎ切られ、破滅の光を倒すには届かない。

 

 手札も使い切ってしまったエドには、追撃どころか、次のターンの防御すらままならないだろう。

 

 

「所詮はガキの浅知恵――次のターンで全て終わらせてやるよ!!」

 

「そんな……!」

 

「諦めるな!!」

 

 膝をつきそうになるエドへ、紅葉の檄を飛ばすような声が届く。

 

「――速攻魔法《瞬間融合》発動! 自分フィールドのモンスターで融合召喚を行う!!」

 

 さすれば、紅葉の最後のセットカードにより、エドのフィールドにて、新たな力を生み出す渦が逆巻いた。

 

「エド! 呼ぶんだ、何度でも! キミのお父さんを救うヒーローを!!」

 

「無駄だ! 《V・HERO(ヴィジョン・ヒーロー) アドレイション》を呼ぼうが俺のライフは残る!! そして《V・HERO(ヴィジョン・ヒーロー) トリニティー》を呼ぼうとも、所詮はダイレクトアタック出来ないモンスター!」

 

 新たな融合HEROによる追撃を語る紅葉だが、破滅の光は知っている。

 

 フェニックス氏の記憶から、エドのデッキの内容を。

 

 この状況でエクストラデッキから呼び出せる融合モンスターを知っている――そのどれもが、この状況を打破できるものではない。

 

「お前が何を呼ぼうが、Bloo-D(ブルーディー)は再び俺の元より舞い戻り! フィールドに恐怖をばら撒くのさ!!」

 

「そんなことさせない! 父さんのD(ディー)ヒーローは、そんなことの為にあるんじゃない!!」

 

 ゆえに次のターン《D-(デステニー)HERO(ヒーロー) Bloo-D(ブルーディー)》の力で破壊を振り撒かんとする破滅の光だが、父がカードに込めた願いを誰よりも知るエドは、一時でも破滅の光から、その身を自由にするべくエクストラデッキに手をかける。

 

『クリリッ!!』

 

「ボクのエクストラデッキが……?」

 

 だが、その瞬間、《ハネクリボー》の声と共にエドのエクストラデッキより眩いばかりに漆黒の輝きが溢れ出る。その輝きは闇のようでありながらも全てを優しく包み込む暖かさがあった。

 

『クリリー!!』

 

「相棒が『そいつを呼べ』ってさ」

 

「紅葉さんの相棒が? ……ありがとう、ハネクリボー!! ボクはフィールドのドグマガイとBloo-D(ブルーディー)で融合!」

 

「何を呼ぼうが無駄だと――」

 

 

「今こそ運命を覆せ! 究極を超えた! 終極のD(ディー)!!」

 

 

 やがて《ハネクリボー》の言葉を訳した紅葉の声に背を押されるようにエドが《D-(デステニー)HERO(ヒーロー)Bloo-D(ブルーディー)》と《D-HERO(デステニーヒーロー) ドグマガイ》を融合の渦へと導けば、

 

 

「カモン!!」

 

 

 渦の中より天を覆う程の鮮血の翼が広がった後に弾け、深紅の雨が降る中、現れるは――

 

 

「――《Dragoon(ドラグーン) D-END(ディーエンド)》!!」

 

 

 その身に宿す竜の頭部が身体の中央で咆哮を上げ、鮮血のクリアな翼を広げるその姿は、まさに魔龍の英雄(ヒーロー)

 

 だが、その右手の手甲には、《D-HERO(デステニーヒーロー) ドグマガイ》のブレードが、

 

 左手には、《D-(デステニー)HERO(ヒーロー)Bloo-D(ブルーディー)》の腕にあった竜の顎が、

 

 それぞれ並び、ヒーローの前身たる二つの信念が武装と共に宿っていた。

 

Dragoon(ドラグーン) D-END(ディーエンド)》 攻撃表示

星10 闇属性 戦士族

攻3000 守3000

 

 

(宿主)の知らないD(ディー)シリーズ……だと!?」

 

 

――拙い、俺の残りライフは……!!

 

 

 やがて《Dragoon(ドラグーン) D-END(ディーエンド)》の威容に破滅の光は思わず、後ずさる。

 

 

 なにせ、相手の3000の攻撃に対し、破滅の光のライフも丁度3000と同じ。

 

 

 あの時、墓地のカードを発動しなかった決断が、破滅の光に引導を渡す結果を生むこととなる。

 

 

「――アルティメット・D・バーストォッ!!」

 

 

 そして未知のHEROの存在へ驚愕から立ち直れず、瞳を見開く破滅の光を討つべく、天へと突き進んだ《Dragoon(ドラグーン) D-END(ディーエンド)》から漆黒の輝きが辺りを照らすように降り注いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

破滅の光LP:2800 → 0

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――くっ、俺()此処までか……

 

 フェニックス氏の内から消えゆく破滅の光の声を聞いたものはいない。

 

 






破滅の光「4人は流石に無茶だった」




~今作の乃亜のデッキ~

原作の乃亜のデッキマスター《天界王シナト》が最も活きる状況――「守備表示モンスターに貫通ダメージを与えて、自身のバーン効果を追加」を用意するデッキ

貫通担当の《堕天使ネルガル》ついでに堕天使セットで《天界王シナト》への儀式の贄を揃えよう!

原作にて乃亜が使用したスピリットモンスターたちは、《月読命(ツクヨミ)》が1人で担当すると言うことで……(震え声)


~今作のエド(幼少時)のデッキ~
作中では、Dがまだ正式にリリースされていない為、

原作の初期メンバー「フェニックスガイ」一式を主軸に沿え、
漫画版のメンバー「V(ヴィジョン)HERO(ヒーロー)」を交えたデッキ。

フェニックスガイ一式がいる以外は、凄い普通の構築。




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第230話 上司の人そこまで考えてないと思うよ




前回のあらすじ
開発費1000億円、浮いたわ






 

 

 天より襲来し、フェニックス氏に憑りついた破滅の光を討ち払ったオカルト課の面々は、諸々の後始末に奔走していた。

 

 そんな中、KCのアメリカ支部にて他の面々からの報告を取りまとめていたアメルダは、己のデスクに近づく一つの影に顔を上げることなく声を投げかける。

 

「コブラか。首尾は?」

 

「問題ない。フェニックス親子をI2社までの移送を完了した――今は一人かねアメルダ? 乃亜へ報告を上げたいのだが」

 

 コブラの言うように、諸々の検査を終えたフェニックス親子はI2社で暫く缶詰にする手筈になっている。DDのような木端な盗人程度ならば、セキュリティのしっかりした仕事場の方が安全だと判断されたゆえだ。

 

 今回の一件により、不用心に出歩くこともないだろう。

 

 とはいえ、破滅の光のような相手の襲来も現段階では未知数な為、警護は引き続き「Dシリーズ」の完成までは続けられるとの注釈はつくが。

 

 だが、その前に乃亜への面通りを願うコブラへ、アメルダは小さく首を振った。

 

「アイツは日本のKC本社に戻って通常業務だ。そもそも頭が現場に出張るものじゃない。報告は僕が受ける」

 

 なにせ、アメルダの言うように神崎が不在の今、乃亜は代理とはいえ、オカルト課の代表である。このまま神崎が帰らなければ、そのまま代表の席に座ることになるレベルの立場だ。

 

 そんな人間を、いつまでも現場の後始末にウロウロさせておく訳にもいかない。

 

「それは失礼した――牛尾の容態は?」

 

「直に目が覚めるだろうとの話だ」

 

「警護の体制はどうなる?」

 

「『Dシリーズ』の完成までは変更なく継続。欠員も直ぐに埋める」

 

「ペガサス会長への説明は?」

 

「それは僕たちの仕事じゃない」

 

「そうか」

 

 そうして淡々と問答を続けていた二人だったが、口を閉ざしたコブラが動かぬ気配にアメルダは書類から顔を上げ――

 

「……なんだ。言いたいことがあるのなら言え」

 

「キミに話すことではない」

 

「神崎なら当分戻らないぞ」

 

 追求をいなしたコブラへ突き付けるようなアメルダの発言に、その表情がほんの僅かに強張った。

 

「……上官を呼び捨てとは感心しないな」

 

「相手の目がある場なら正す程度の分別はあるつもりだ」

 

「…………本当に戻らないのかね?」

 

 その表情の強張りを「無礼」ゆえと誤魔化したコブラが探るように問いかけるが、納得を示したのか書類に目線を戻したアメルダは経験則を述べる。

 

「何を問いただすつもりなのかは知らないが、エドが語っていた牛尾との通信の様子と、連絡が途絶え、未だにコンタクトもない状況を鑑みれば、こういったときは大抵戻らない」

 

「そうか。トップが頻繁にいなくなるとは、独特の職場だな」

 

「違いない――初陣の感想はどうだい?」

 

 そうして、フットワークが軽いどころではない上司の在り方に双方が苦笑を漏らす中のアメルダの問いに、コブラは軽い調子で返すが――

 

「フッ、現場にいなかった私が言うことではないかもしれないが、無事終えられて何よりだよ」

 

「奇遇だな。僕もだ」

 

「……どういう意味かね?」

 

「言葉通りの意味だ。僕も()()を無事遂げられて安心している」

 

 自身よりも先達であるアメルダも「初陣」だったとの発言に、コブラは聞き逃せぬと心を揺らす。それはアメルダの返答を聞いても変わらない。

 

「待て。この実働部隊は昨日今日出来たものではない筈だ。新入り同然の私と、キミが同じ――」

 

「お前の言いたいことは分かる。だが、事実だ。僕たちは今回初めて『化け物』と戦った」

 

 そう、アメルダの言う通り、オカルト課が所謂「科学の外にいる化け物と戦った」のはこれが初めてだった。

 

「……今まではどうしていたんだ。まさか都合良くその手の存在が出現しなかった訳ではあるまい」

 

「お前も想像がついているんじゃないか?」

 

 しかし「そんな筈がない」と追及しようとしたコブラへ、アメルダが先回りするように問い返せば、心当たりと言う名の確信をコブラは神妙な様子で呟く。

 

「…………Brute(ブルート)か」

 

「懐かしい呼び方だな――そう、大抵の問題はアイツが片をつけていた。オーパーツ(光のピラミッド)の所持者、邪念宿りし遺物(千年ロッド)を振るう青年、恐らく他も」

 

 Brute(ブルート)――それは今の「役者(アクター)」という凡そ統一され始めた名を持たぬ頃のとある人物の過去の呼び名の一つ。

 

 デュエルが今程の力を持つ前、武器の類を用いず、己が肉体のみで原始的に戦う姿を「まるで野蛮な獣(Brute)」と相対した人間が称したゆえのものだ。

 

 コブラ自身も前職にて苦い経験をしたことは1度や2度ではない。件のBrute(ブルート)さん(笑)は全く気付いていないだろうが。

 

 そう、オカルト課で基本「危ない相手」はアクターが率先して突貫していた為、アメルダたちにその機会が巡ろう筈がない。

 

「しかし彼は――」

 

「ああ、KCから去った。裏では生存も疑われている状態だ」

 

 だが、言い淀んだコブラの発言を引き継いだアメルダの返答通り、アクターは既にオカルト課にはおらず、死亡説が流れる程に全く音沙汰がないのだ。

 

 アメルダも「引退した」などと希望的観測を語れるような楽天家ではない。幼少時、紛争に見舞われたアメルダからすれば、命の軽さは身に染みて理解している。

 

 そうして、書類をまくる手を止め沈痛な表情を覗かせるアメルダの姿に、コブラは意を決した様子で打ち明けた。

 

「……やはりキミにも話しておこう」

 

 それは早急に解消すべきとコブラが判断した件。

 

「この職場にて先達であるキミには失礼やもしれないが、戦場という場においては軍属であった私の方が秀でているつもりだ」

 

「だろうな。そうでなければ、こうも早く現場に回される訳がない」

 

「なら、早速本題に移ろう――恐らく彼は今回の襲撃を予期していた。それもかなりの高精度で」

 

 やがて見透かしたようなアメルダの声色にコブラが明かしたのは、神崎から「意図的に情報が絞られている」件だった。そしてコブラは沈黙で先を促すアメルダに続ける。

 

「これは戦場へ送り出されたことに対する苦言ではない。純粋に情報を絞られていることに関する忠言だ」

 

 コブラとてリックを救って貰った対価として幾らでも戦う覚悟がある。命じられれば、どんな戦場とて渡り歩こう。

 

 だが、だとしても「リックとの生活」を捨てる気は、己が命を捨てる気はない。

 

「私には守りたい者がいる。生きねばならぬ理由がある。それはキミとて同じだろう?」

 

「元軍属とは思えない言葉だな。『知るべきではない』なんて話は腐る程あるだろうに。あの人の秘密主義についていけないのなら、響のように別の部署に移る旨を伝えれば――」

 

 ゆえに、作戦遂行の可能性を著しく下げかねないレベルの情報統制に苦言を漏らすコブラだが、対するアメルダの反応は冷淡だった。

 

 神崎の秘密主義はアメルダも理解している。しかし「死者の復活以外は大体できるんじゃないか?」と称される次元のオカルト課の技術の扱いに細心の注意を払う必要性も同時に理解している。

 

 それに加えて、神崎は「話せば分かる相手」だ。「嫌だ」と言えば代案を用意し、協議を重ね、無理そうなら諦める――表では理不尽な要求を押し通すことは決してない。

 

 響みどりも今回の一戦で思うところがあったのか、異動の願いを乃亜に提出している。

 

 ゆえに、()()()()()()()はコブラとて理解している筈だった。しかし、そこまで考えたアメルダは納得の表情と共に思わず零す。

 

「ああ、そうか――()()()()()()

 

 そう、そんな日和見な神崎にも例外がある。いや、この場合はむしろ「一般的」とすら言えよう。

 

 それが「罪人」の要求。

 

 当たり前の話だ。犯罪者が「牢から出して」と幾ら叫んだところで頷く阿呆な真似など出来まい。

 

「無言は肯定と取らせて貰う。何をしたかは聞かない」

 

 此処で何も語らぬようになったコブラへ、今度はアメルダが言葉を並べ始めた。

 

 流石にアメルダとて、コブラが牢屋にいるべき罪人だとは思っていない。精々、牛尾のように「過去に()のある人間」であろうとの予想だ。

 

「ただ、お前が『迷える子羊(牛尾と同じ)』なのか、『括られた狼(僕たちと同じ)』なのかは知らないが、現状に甘んじることをお勧めするよ」

 

 そしてアメルダから見た神崎は、そんな相手を重宝する節がある。

 

 罪の意識に苛まれ、贖罪の道を望む()()()()()彼らに神崎は笑顔で告げるのだ――進むべき道は此方だと。世界の為に戦うことこそが、贖罪なのだと。

 

 まるで天から救いを与える神の真似事でもするかのように。

 

「相談する相手を間違えたな――さっきの発言は忘れておくよ」

 

 やがて突き放すような発言と共にアメルダは纏めた書類片手に席を立ち、反応が遅れたゆえか動きを見せないコブラへ、すれ違いざまに言葉を零した。

 

「お前だって、今ある幸福を失いたくないだろう?」

 

「――ッ! 待ってくれ! そう言った話ではないんだ! ただ、任務を確実に遂行する為の土台を強固にしたい! ただ、それだけなんだ! 私は駒として有益さを示さねばならない!!」

 

 だが、「思わず」と言った具合で、通り過ぎていくアメルダの肩を掴んだコブラは縋るようにそう叫んだ。

 

 

 今のコブラも理解している。今回の任務は「自分が破滅の光と戦うこと」を望まれていたのだと。だが、任務の最中では盗人のDDの方が危険性が高いと判断してしまった。

 

 これは、肝心の時に現場にいなかった「大失態」と言えよう。

 

 しかし、これは神崎が情報をキチンと開示していれば簡単に防げた事態でもある。それゆえの上述した「情報の開示請求」なのだ。

 

「確かに、あの人は僕たちのことを駒としか思っていないだろうけど、同時に駒の価値を正しく理解している人だ。駒の損失を憂慮できる人だ――だから、その手のアピールに苦心する必要はないよ」

 

 だが、己の肩を掴んだコブラの手を軽く払いながら、アメルダは自身が知る範囲の情報を並べて見せる。

 

「お前は、()()()()()()()()上級の精霊の鍵を渡されたんだろう?」

 

 下級の精霊の鍵に期待できるのは、使用者の身の安全に大半のリソースを費やしているだけあって、精々オカルト現象に対するかなり丈夫な防弾チョッキ程度だ。

 

 だが、上級の精霊の鍵からは「願いを対価に戦う」段階に入る。

 

 つまり数が限られる貴重な上級の鍵を託される程にコブラは期待されているのだ。世界を滅ぼす相手と殺し合う戦士として。

 

「お前には僕たちと違って、これから幾らでもチャンスが与えられる筈だ」

 

 それはアメルダが幾ら望もうとも与えられないチャンスだ。「どうして?」と神崎へ問えば「ご両親に顔向けできない」と返ってくることだろう。

 

 だが、一線を踏み越えたコブラなら神崎も「気にしない」――自分と同じ側の人間なのだと、悪い意味で肩を並べることになる。

 

「だとすれば、なおのことだ!! そもそも今回の件は一企業の一部署が対処する範囲を大きく逸脱したもの!! なら、もっと組織力のある、それこそ国――」

 

「なら、そいつらは自分の肉体をいじってまで、世界の裏側の紛争を平定してくれるのか?」

 

 とはいえ、コブラの「国家規模で対処すべき問題」との論も一理ある。なにせ相手は世界を脅かす巨悪なのだから――しかし、それでは決して幼少時のアメルダは助からなかった。

 

 そう、アメルダの首に括られた首輪は「恩」。

 

「僕はあの人の在り方を好ましいと思わないし、考え方が正しいとも思わない。僕の家族も他の目的の『ついでに助けられた』だけなことも理解している」

 

 アメルダとて、人道から外れるレベルの肉体改造を施した会社員がもけもけの大群を引き連れて紛争地帯に突っ込む行為が「社会的に正しい行い」だとは考えていない。

 

「だけど、全てが終わった後からしゃしゃり出てきて『ああすれば良かった』『もっと良い方法があった』と口だけで騒ぐ奴らに此処の手綱を任せる気はない」

 

 しかし、あの海馬が神崎の行動を許容していることに、外ならぬ神崎自身が危険地帯に突っ込んで行っていることは無関係ではない。

 

 

 己だけ安全地帯にいることをよしとしない姿勢を知るゆえの黙認。

 

 

 そして、そんな馬鹿げている方法でも、あの時のアメルダたちを救ってくれたのは彼ら(もけもけ’s)だけだったのだ。

 

 その事実を否定すれば、助かった自分たちすら否定することになる。

 

「コブラ、お前は正しいよ。あの人は間違っている――でも間違っているあの人だからこそ、僕たちは救われたんだ」

 

 そう、あの時のアメルダたちはまともな方法では救われなかった。

 

 国家規模の権力も秘密結社ドーマの力に握りつぶされ、支援の手を伸ばそうにも広がる戦火の前には露と消える。

 

 そんな絶望的な中では、あの馬鹿げている集団(もけもけを率いるアホ)だけが唯一の希望だったのだ。

 

 

 その事実がある限り、その時の心を神崎が忘れていない限り、アメルダは彼の歩み(神崎の計画)を遮る真似など、どうして出来ようか。

 

 

 

 

 

 やがてアメルダが立ち去ると共に、一室には何も掴めぬ手を伸ばした傭兵が一人残った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところ変わってI2社の内部に急ごしらえな具合で新しく設置された仕事場にて、フェニックス氏は、シンディアに向けて申し訳なさげな様相で謝罪していた。

 

「すみません、シンディア様――I2社にこうも場所を取って頂いた上に、差し入れまで……」

 

 なにせ、自分が担当する「Dシリーズ」に関することで空から宇宙人よろしく襲撃を受け、一騒ぎを起こしたせいで、念の為とはいえ今後の襲撃に備える為に手間を取らせてしまったのだから。

 

 ちなみに、I2社のトップであるペガサスは今回の件の説明やらを受けている為、この場には不在である。

 

「気になさらないで。ペガサスも暫く留まるそうだし――それに、私がいればミニオンの誰かが自然と此処にいられるでしょう?」

 

「お心遣い感謝致します」

 

「父さんの為にありがとうございます」

 

「ふふっ、良いのよ。ペガサスもDシリーズの完成を楽しみにしていたから」

 

 そうしてシンディアの護衛代わりのペガサスミニオンの1人――月行の姿に頼もしさを覚えながら、親子で礼を告げた後、フェニックス氏は仕事に戻ろうとする前に息子のエドについ問うた。

 

「なら、会長のご期待に応えてなくては! あっ――しかしエド。本当に良かったのかい? あのカードを手放してしまって。父さんに気を使っているのなら――」

 

 何処からともなく現れた《Dragoon(ドラグーン) D-END(ディーエンド)》のカード――エドの手元に収まった1枚だが、破滅の光の撃退後、KCで危険性の有無を調査しているが、エドは既にそのカードを手放すことを告げていた。

 

 その決定を、フェニックス氏が「究極のD」こと《D-(デステニー)HERO(ヒーロー)Bloo-D(ブルーディー)》を「世に放つ」ことをペガサス会長に提示したゆえに、遠慮させてしまったのかと考えるのも無理はない。

 

「ううん、あのカードは父さんを助けてくれた――ボクには、それだけで十分だよ」

 

 だが、エドの本意はそんなところにはなかった。

 

 エドにとって《Dragoon(ドラグーン) D-END(ディーエンド)》はきっと父を助ける為に駆け付けてくれた文字通りのヒーローなのだ――そんな恩人の1人に、これ以上なにかを望むなど無礼にあたろう。

 

 それに加え――

 

「それにあのカードは融合モンスターでしょ? ならBloo-D(ブルーディー)と一緒にいさせて上げたいんだ」

 

「……そうか。そうだな。きっと、それが良い」

 

 《Dragoon(ドラグーン) D-END(ディーエンド)》は《D-(デステニー)HERO(ヒーロー)Bloo-D(ブルーディー)》と共にいて最も真価を発揮できるカード。ならば、収まるべき場は一つしかない。

 

 そうして、いつか現れるであろう彼らの相棒たるデュエリストにカードたちを託したエドは、話題を変えるように小さく両手を叩いた後、力強く宣言する。

 

「それより――ボク! もっと強くなりたいんだ! 今度は1人でも父さんを守れるように! どうすれば良いかな!」

 

「ハハ、それは困るな――まだ私の父としての仕事を取らないでおくれ」

 

 それは自身の力不足の問題。あの時の闇のゲームでは破滅の光の言うように、エドは他の3人の足を引っ張っていただけだ。《Dragoon(ドラグーン) D-END(ディーエンド)》にまで繋いでくれたのは、自分の力ではない。

 

 やがてフェニックス氏は我が子を守る立場()として、息子の心の急成長に複雑な心境を抱きつつ――

 

「とはいえ、暫くはI2社で泊まり込みの仕事漬けだろうから、父さんはエドとデュエルできないし、KCの人も社外警備だからなぁ……父さんの同僚に頼んでみるよ」

 

「なら、良ければ私がお教えしましょうか?」

 

「えっ、いや、お気持ちは嬉しいですが、そこまでお世話になる訳には――」

 

「ア゛ーッ!!」

 

 月行からなされた思わぬ提案を余所に、何処からか変な声が木霊した。

 

「 「 「 ――!? 」 」 」

 

 思わず声の方へと振り向いた一同の視界には、月行と瓜二つの青年――夜行の姿。

 

「大変だ、月行!! アッー! ちょ!? お二人とも髪を引っ張らないでください!?」

 

「――本当にどうした!?」

 

 だが、その夜行は、左右の手でペガサスとシンディアの間に生まれた未だ幼い双子を抱きかかえるも、その幼い2人は縋りつくように夜行の髪を、耳を、頭を引っ張り、何やら大変そうだ。

 

「夜泣きが酷く! ()()()()()()()様子で痛たたたたた――あぁ!! シンディア様! 丁度良かった! お二人の話を纏めるに()()()()()()()()()()()()()()とのことで――ア゛ッー!!」

 

 そして説明を求めた月行の声に、矢継ぎ早に夜行は現状を語るも、その途中で小さな指の目潰しが偶然炸裂したことで叫びを上げる夜行の元へと席を立ったシンディアが――

 

「騒がしくして、ごめんなさいね、フェニックスさん。この子たちは感受性が強いみたいで――さぁ、いらっしゃい」

 

 両手を広げて幼い双子を見やれば、二人は助けを求めるように母の腕の中に迎え入れられた。

 

 

 

 

 やがてシンディアの腕の中で、2人の幼子が眠りにつくまで、この騒がしさは続いたそうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 此処で舞台は日本の海馬が擁するKC本社の地下研究所に移る。

 

「《Dragoon(ドラグーン) D-END(ディーエンド)》……ですか。実に興味深い!」

 

 所狭しと機材が立ち並ぶ中、ツバインシュタイン博士は一際大きなガラスケースの内部で浮かぶ1枚のカードの存在に感嘆の声を漏していた。

 

 それもその筈、このカードは文字通り「無から生まれた」に等しい代物。人類が追い求めるべき未知がそこにはある。

 

「《D-(デステニー)HERO(ヒーロー)Bloo-D(ブルーディー)》の方も含めて特に問題はないようですし、これならI2社に返却も早めに済むでしょうな」

 

 とはいえ、ツバインシュタイン博士も理解しているように、今回はあくまでオカルト的な影響を受けた2枚のカードに対する「危険度の有無の調査」が主題である。

 

 だが様子を見に来た乃亜へチラチラ視線を向けるツバインシュタイン博士が諦めきれない様子で、おずおず尋ねるも――

 

「ところでー、これらのカードはー……その、どうなる予定で? できれば此方で引き取り色々試したいところですが……」

 

「残念だけど、親子揃って『デュエルの舞台に上げて欲しい』とお願いされてしまってね。『カードがそう願っている気がする』って話さ。ロマンチックだろ?」

 

 依頼者であるI2社もといペガサスが「エドたちの要望に沿う」旨を示している以上、下手な真似は出来ない。いや、乃亜の矜持が許さない。

 

 なにせ、彼もデュエリスト――カードが選んだ者の願いに唾吐く真似など、どうして出来ようか。

 

「そこは乃亜様のお力で頑張って勝ち取って頂けませんかな?」

 

「難しいかな――I2社で大々的に使用者を募る話が出ているそうだからね」

 

「大々的に……と言うと?」

 

「さぁ? 詳細は今のところは不明らしい。まぁ、親子の望みを考えれば大会の一つや二つでも開くんじゃないかな」

 

 とはいえ、ツバインシュタイン博士も「デュエリストの矜持」は理解できるが、彼には「世の探究者」としての理念もあるゆえ、名残惜し気に詳細を問うも返答は芳しくない。

 

「そろそろ失礼するよ。神崎がいない今、ボクが此処を仕切らないといけないんだ。これでも忙しい身だから、問題は起こさないでくれよ?」

 

 やがて納得するように肩を落としたツバインシュタイン博士の背をポンと叩いた乃亜は釘を刺しつつ、I2社への連絡も含めた仕事に戻るべく立ち去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 そうして研究室に1人残されたツバインシュタイン博士は、1枚のカードを視界に収めつつポツリと呟く。

 

「我々人間でもなく、精霊でもない――まさに世界より産み落とされたカード」

 

 それは誰かに聞かせるような口調で、そして他ならぬ己に問いかけるように紡がれる。

 

「遊城 十代くんが手にした未知――『ユベル』シリーズ」

 

 それは、ツバインシュタイン博士が初めて観測に成功した無より生じた奇跡の産物のことであり、

 

「エド・フェニックスくんの手に舞い降りた運命――『D-END(ディーエンド)』」

 

 それは、ツバインシュタイン博士が初めて正式に調査した無より生じた運命の産物のことでもあろう。

 

「まさに世界に選ばれしデュエリストによって引き起こされる奇跡と言っても過言ではない」

 

 そして、ツバインシュタイン博士の脳裏には、そんな奇跡の担い手を求めるように優れた才を持つデュエリストを世界中から集める人物の姿が過る。

 

「ハァ、彼の探し人は一体どなたなんですかね……」

 

 やがてため息と共に零れたツバインシュタイン博士の言葉が空気に溶けるように消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 此処で時間は少々巻き戻り、破滅の光がフェニックス氏に襲来する前、牛尾とエドがお遊びデュエルに興じている頃――

 

 

 最近出番が少なめだった気がする神崎はカードの実体化の力で用意した《光学迷彩アーマー》で姿を消しつつ、地球を背に宇宙に陣取っていた。

 

 オゾンより上で何を馬鹿なことをしているのだろう――と思われるやもしれないが、神崎にも事情がある。

 

 そう、究極のDの完成時期に襲来し、DDを乗っ取りエドの父親を殺害する破滅の光の迎撃を狙っているのだ。

 

 

 そうして、この宇宙に来るまでに発射されていたNEWタイプの衛星兵器ソーラを蹴り落としつつ、カードの実体化の力を利用した《千里眼》による広域サーチで強大な力の波動を探していれば――

 

 

――来たか。

 

 

 

 宇宙より地球に迫る大きな力の気配の接近を把握した神崎は相手の全容を測るべく、お得意のふざけた視力を以て見定めんとする。

 

 

 

「ぁぃ……だ…………じゅ……」

 

 

 

 その視界に映るのは――

 

 

 

 破滅の光らしい白き肉体に、人型でありながらも流線的なフォルム、身体のところどころに入る青と赤のライン。

 

 

 そして胸には心臓部のような球体上のコアが輝く、その姿はまさに――

 

 

 

 

「十代、十代、十代ッ! 十ぅ代ィ!! じゅうだぁぁぁぁあああああぃいいいいいい!!!!」

 

 

 

――破滅の……誰ッ!?

 

 

 

「私は来たよキミの願いを聞きつけ来たんだ私が来たんだ世界を救いに!!!!」

 

 

 

――ネオス!?

 

 

 

 原作の遊戯王GXの二期目に十代の新たなエースとなっていた《E・HERO(エレメンタルヒーロー)ネオス》が禍々しい光のオーラを纏いながら宇宙空間を切り裂くような速度で突き進んでいた。

 

 

 

「今会いに行くよ十ゥ代ィィイイイィ!!」

 

 

 

 その魂の叫びは、果たして彼の者に届くのか。

 

 

 






(ネオス)が来た!! 




Q:なぁにこれぇ

A:年末落下(間に合ってない)



Q:ペガサスJr!? いつの間に!?

A:誕生時期を明確にすると、時間軸のミスが起こりそうで怖かったんや……(おい)

なので、年齢も内緒です。確定した設定は「男女の双子」――今後の出番は難しい立ち位置です。

外見がペガサス似のオラオラ系の姉と、外見がシンディア似のオドオド系の弟――

とのテンプレを考えてみたものの、無理して原作陣営と絡む理由付けが弱かったので出番は……(´;ω;`)ブワッ







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第231話 来ちゃった♪




前回のあらすじ
ワクワクを思い出すんだ!(物理)






 

 

 宇宙にて光のヒーローの声が木霊する。

 

「今会いに行くよ十ゥ代ィィイイイィ!!」

 

 ネオスが一体いつからこのテンションで叫んでいたのかは定かではないが、神崎は予想だにしない相手に僅かに反応が遅れるも、リアルファイト適性のお陰か何とかその進路を塞ぐように立ちはだかったものの――

 

「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 

 自身のことなど眼中にない様子で高笑いを上げながら地球へ目掛けて突っ込むネオスの勢いに、神崎は落下地点の調整に移るが、ネオスの身体から光の欠片が分離するように別れた。

 

――会話は望めそうにないか。それに加えて、よもや別動隊とは。

 

「追え」

 

「UGOGO!!」

 

「UGEGE!!」

 

「UGUGU!!」

 

「IYAttHOooOooOU!!」

 

 そうしてネオスにガンガン地球へ押し込まれながらも神崎は分離した光の欠片に向けてオレイカルコス・ソルジャーをワラワラ放ちつつ思案する。

 

――コブラさんを筆頭に戦力を集めた以上、問題ないとは思うが……牛尾くんにも連絡を入れておかないと。

 

 明らかに破滅の光に呑まれたネオスの襲来。

 

 二手に分かれた襲撃。

 

 宇宙での迎撃の筈が、生身で大気圏突入する羽目になる――などなど、

 

 想定外の事態が多くはあったが、破滅の光が「究極のD」に引き寄せられていることを原作知識より把握している神崎の動揺はネオスの件以外は小さい。

 

 

 究極のD周辺は、コブラを筆頭に荒事にも対処できる人間を纏めており、コブラの戦闘技能・胆力・デュエルの実力を加味すれば「これで勝てない」のなら神崎が行ったところでどうにもならないレベルだ。

 

 ゆえに、今の神崎が最優先すべきは――

 

――コミュニケーションを取りましょう――よッ!

 

 ネオスの対処のみ。

 

 やがて背中合わせにネオスを背負うような体勢を取った神崎は、相手の両手首を掴んだまま、ネオスと共にきりもみ回転しながら地球へと落下していく。

 

 

 

 そうして、少しばかり邪悪な流れ星が一つ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 やがて何処かの無人島へ、きりもみ回転しながら圧倒的な加速によってネオスの脳天を地面に叩きつけた神崎は、着弾の衝撃を利用して距離を取り様子を窺うが――

 

「フフフハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!! 戻ってきた! 戻ってきたよ、地球に!! 十ゥ代ィ!! キミの助けが必要なんだァ!!」

 

 大きく亀裂の入った地面からなんでもないように立ち上がるネオスが高笑いを上げながら述べる発言に、状況の改善には至っていないことを把握した。

 

――スマホは……ギリギリ無事。大田さんに特注品を頼んだ甲斐があった。とはいえ、どうしたものか。

 

 そうして落下の際の衝撃で甚大なダメージを負った通信機を内ポケットに仕舞った神崎は、一応とばかりにダメ元でネオスとの対話を試みる。

 

「此方の言葉は届いていますか?」

 

「……キミは?」

 

――会話……望めるんだ。

 

 しかし、予想に反した理知的な声がネオスの口から零れたことで、なおのこと現在のネオスの状態が分からなくなる神崎は、内心の困惑を隠しながら希望を持って会話のキャッチボールへ移るも――

 

「私は神崎と申します。KCにて――」

 

「神崎? 神崎!! かんざきィ!! 覚えている! キミの名を!!」

 

――なんだろう。この前途多難な感じは。

 

 完全に情緒不安定な具合にテンションが乱高下するネオスに指差された神崎は、諦めムードを内心に漂わせていた。とはいえ、投げ出す訳にもいかない。

 

 なにせ、ネオスがこんなおかしなことになっている原因は神崎自身にあるのだから。

 

「それは光栄で――」

 

「十代に試練を与え、成長を促してくれたキミには感謝している。正しき闇の力へ適性を持つ彼は、きっとこの先、大きな助けとなってくれる筈だ」

 

――これはまとも……と判断して良いのだろうか? 性格の変化で説明がつく範囲なのか?

 

「そして心して聞いてくれ、神崎――今、この星に強大な危機が迫っている。私とて世界の救済への助力は惜しまないつもりだが、できれば十代と共に、キミの力も借りたい」

 

 だが、これまた唐突にまともな受け答えをし始めたネオスの姿が、神崎を惑わせる。方針が定められない。

 

――信じていいのか? 破滅の光が正しく作用した可能性も0ではない。それに(バー)を見るに嘘は吐いていないが、どうにも様子が……宇宙のヒーローの魂は、こういったものなのか?

 

「人類を救うべく、共に戦おう」

 

「なら一つだけ質問させて頂きたい」

 

「ああ、一つと言わず好きなだけ聞いてくれ! 共に世界を救う者として、協力は惜しまない!」

 

 そうして、悩みに悩む内心を余所に、表面上はネオスへ友好的な態度を取る神崎。それゆえか、ネオスもまた、心を許すように拳を握って力強く己が使命を宣言する。

 

 

 

「宇宙で破滅の光と遭遇した貴方は、どうしました?」

 

 

 

 それは至極当然、神崎が知らない領域の情報のすり合わせである。そして、ネオスからしても何でもない話だ。ゆえに返答はすぐになされた。

 

 

「当然、ネオスペーシアンたちと共に力を合わせて戦ったとも!!」

 

「――《六芒星の呪縛》」

 

 しかし、返答と共にネオスの胴体に、カードの実体化の力にて出現した六芒星が描かれた魔法陣が現れ、装着者の動きを封じる。

 

 

 そう、ネオスペーシアンと共にネオスが破滅の光と戦ったのならば、「ネオスがこの場にいてはならない」のだ。

 

 戦いの途中で増援の要請の為に来た――と考えようにも、最大戦力であろうネオスが直接来る道理はない。むしろネオスペーシアンたちの誰かが来る方が自然だろう。

 

 

「なにを!? いや、この力……邪悪な力で満ちている――よもや、十代を助けてくれたキミが、今や邪悪な力に呑まれてしまっていたとは……」

 

――自覚症状がない。一番厄介な状態だ。

 

 そうして、その場から動けなくなったネオスへと歩を進めた神崎が、左腕にデュエルディスクを装着した後、カードの実体化によって宿した力がこもった左手をネオスの額へと向ける。

 

 話をしようにも、ネオスに巣食う破滅の光をなんとかしてからでなければ、意味はあるまい。

 

「《洗脳解除》」

 

「ラス・オブ・ネオス!!」

 

 しかし、その左手が接触する直前に、《六芒星の呪縛》の拘束を部分的に強引に破ったネオスの放たれた手刀が、咄嗟に後ろに跳んだ神崎のデュエルディスクごと左腕を断ち切った。

 

――この焼け付くような感覚……レプリカの『ラーの翼神竜』との接触の時に近い……

 

 やがてネオスの足元で千切れた神崎の左腕が闇となって崩れていく中、距離を取った神崎は失った左手を右手で押さえつつ再生させながら思案する。

 

 そう、ネオスの力が如何に強かろうと、鍛えに鍛えた神崎の肉体がこうも呆気なく損傷する理由は明白だった。

 

 このネオスは、ただ破滅の光で狂ったのではなく――

 

「それ程までの浸食を……済まない! 私が来るのが遅くなってしまったばかりに! だが、まだきっと間に合う! すぐにその邪悪な力を捨てるんだ! その力はキミに災いをもたらす!」

 

「破滅の光だけではなく、正しき闇の力も有しておられましたか」

 

 ネオスの根幹を維持した状態で、破滅の光を受容した――まさに正しき闇の力と破滅の光が同居している奇跡的な状態を維持している。

 

「話を逸らさないでくれ! キミが振るっているその力はとても危険なものなんだ!」

 

 そうしてネオスの状態を推察する神崎だが、対するネオスは神崎の内に巣食う邪悪な力――冥界の王の力の危険性を訴えるが、神崎としても「はい」と頷く訳にもいかない。

 

「今の貴方は、破滅の光の力を受けたことによって正常な判断が出来ない状態と思われます。ですので、まずは力の分離を――」

 

「……捨てる気はないということか。やむを得まい――少々手荒になるが、必ずキミを救って見せる!  ハァァアアァアア!!」

 

 ゆえに、互いが互いを別ベクトルで説得し合う流れが生まれるも、応じる気が無いと判断したネオスが、《六芒星の呪縛》を砕くべく、破滅の光と正しき闇の力の行使に出た。

 

「ネオス・フォース!!」

 

 やがて身体を覆うオーラによってか己が胴体の《六芒星の呪縛》を砕いたネオスが、拳に球体状の波動を宿しながら神崎へ向けて跳躍しながら宙より右ストレートを振りかぶった。

 

「《闇の呪縛》」

 

「無駄だ!!」

 

 それに対し、指さしで座標を示した瞬間にネオスの足元から数多の鎖が飛び出すも、ネオスの動きを留めることは叶わずに即砕け散り、《ネオス・フォース》の宿る右ストレートが神崎に迫るが――

 

――!? こうもアッサリ!?

 

「――《攻撃の無力化》!!」

 

 そのネオスの拳はカードの実体化によって生じた風の渦に呑まれ、無力化される――かと思いきや、収まりきらぬエネルギーが逃げ場を求めるように弾け、暴発。

 

 

 その爆風に乗って更に距離を取る神崎は、追撃の姿勢を見せるネオスを見やり、その心中で思わず叫ぶ。

 

――こうも違うのか!? 正義側の力というものは!!

 

 いつぞやも語ったやも知れぬが、無駄に頑強なマッスルな肉体に加え、冥界の王の再生能力を併せ持った神崎の不死性とでも称するものはかなりのものだ。

 

 その頑強さゆえに、多くの邪悪なものたちの力を受け止めてきた。

 

 だが、その反面「聖なる力」――例を出せば、レプリカの『ラーの翼神竜』の一件や、三邪神の力、ホルアクティ――などには滅法弱い。

 

 更に冥界の王が消え、その座に収まったことで冥界の王の弱点を明確に受け継いでいると言っても過言ではないだろう。

 

 

「ハァ!!」

 

 やがてネオスの左拳にも宿った左右の《ネオス・フォース》のラッシュの一つが大地を砕く中、回避に徹していた神崎は指先により大地に座標を定めて――

 

「《封魔の呪印》」

 

「――遅いッ!!」

 

 別の魔法陣にてネオスの動きを封じようとするも、その陣が敷き終える前に大地を踏み砕いたネオスによって防がれ、追撃の拳が放たれた。

 

 つまり、応用性の高いカードの実体化の力を冥界の王の力によって行使している以上、正義側の力を持つネオスに通じない。

 

 残された神崎の攻撃手段であるお得意の肉弾戦も、()()()()()()()()事実が、神崎に攻撃の手を躊躇させる。

 

 《E・HERO(エレメンタルヒーロー)ネオス》――本来であれば、十代の新たな相棒となる存在。

 

 遊戯に例えるのなら、《ブラック・マジシャン》ことマハードの位置にいる存在だろう。

 

 そんな存在を狂わせる原因となってしまった神崎が、遊戯王シリーズという原作を愛する彼が、ネオスをどうして殴り飛ばせようか。

 

 

「《砂漠の裁き》」

 

「ゴパッ!?」

 

 そんなことはなかった。

 

 

 カードの実体化の力でネオスの足元の大地を砂に変え、思わずつんのめったネオスの顎を神崎の全身の関節を連なるように駆動させながら放った正拳突きが炸裂。

 

 その脳にまで届いた衝撃によって糸の切れた人形のように倒れたネオスを前に、神崎はどうにか正気に戻す方法を思案しようとするが――

 

「ま、まだ……だ……」

 

 それより先に、ネオスは砂地に拳を打ち立てながら、ゆっくりと立ち上がり始めた。

 

「ヒーロー……は、決して……くじけない……!」

 

 ダメージがない訳では決してない。ネオスの震える膝を見れば一目瞭然だ。だが、それでも――どれだけ狂っていようとも、彼はヒーローなのだ。

 

 邪悪な力に魅入られた者を止めねばならぬ状況で、膝をついてなどいられない。

 

 

――流石に一撃では終わらないか。

 

 そんなネオスへ、神崎はそんなことを考えながら相手に体勢を立て直す間すら与えぬ、と間髪入れずに右腕を人間の限界を超えた領域でねじり、回転させた貫手を放つ。

 

「ぐぅぉあぁぁぁああぁああぁああぁあアクア・ドルフィン!!」

 

「ウケケ!!」

 

――キミも!?

 

 そんな人外の所業の貫手をどてっぱらに食らいながらも、ネオスは己の皮をねじり、肉を抉り、骨を削る痛みに耐え、仲間の名を叫べば筋肉質な人型の身体を持つイルカ頭こと《N(ネオスペーシアン)・アクア・ドルフィン》が爽やかボイスと共に何処からともなく現れれば――

 

「 「 コンタクト融合!! 」 」

 

 ネオスとイルカ頭ことアクア・ドルフィンが共に破滅の光でおかしくなった身であっても光に包まれると共に融合し、アクア・ドルフィンの特徴を継いだ青い体躯のネオス――《E・HERO(エレメンタルヒーロー)アクア・ネオス》へと融合。

 

――このアクア・フォームで、神崎! キミを助けて見せる!

 

「――エコー・バースト!!」

 

 此処でネオス――いや、アクア・ネオスは腹に貫手を食らいながらも、己が懐で貫手を放っている神崎へ額を向け、そこからアクア・ドルフィンの力である音波による一撃を放つ。

 

 だが、その一撃が届く前に、神崎は放っていた貫手を脇腹に沿わせる形で肉を抉る勢いのままに身体を回転させ、かち上げた左足でネオスの顎をねじり蹴る。

 

 やがて己が意に反して空に音波攻撃を放つこととなったアクア・ネオスの身体が回転しつつ地から足が離れた途端に、胴体が神崎によって抱え込まれ――

 

「――グッ!?」

 

 神崎の身体ごと後ろに投げられたことで、アクア・ネオスの頭は大地に叩きつけられ、その身体で逆十字を表すこととなった。

 

 そして力尽きるようにアクア・ネオスが仰向きに倒れた瞬間、その腹部にいつの間にやら体勢を整えていた神崎の肘が落とされ、その一撃によりビクンと身体が跳ねた後、動かなくなるアクア・ネオス。

 

 

 こうして、ネオスの制圧を完了した神崎は、壊れる二歩手前状態のスマホを慎重に操作しツバインシュタイン博士への連絡を試みる。

 

 カードの実体化の力が通じない以上、狂ってしまったネオスを治せる可能性のある人間は、恐らく彼だけだろう。

 

「ラ、ラピッド――」

 

 だが、そうしてスマホに意識を向けた神崎の隙をつくように、かすれたネオスの声が零れたと思えば――

 

「――ストーム!!」

 

 ネオスより放たれたうねる海流の一撃が、神崎がいた場所を貫いた。

 

 そうして、砕け散ったスマホの残骸が地面に転がる中、震える膝に手を置きつつも、なんとか立ち上がったネオスへ、咄嗟に横に跳んで海流の一撃を回避していた神崎はポツリと零す。

 

「驚いたな」

 

――確実に意識を断った手応えはあったが……

 

 そして、すぐさま五指で地面を削りながらネオスを再起不能にするべく、追撃をかけた。

 

「エアハミング・バード!!」

 

「クカカ!!」

 

 だが、その摩擦熱で着火した五指の掌底がネオスに接触する前に、赤い肌に筋肉質な人型の身体を持つハチドリが、ネオスの背後に現れると同時に――

 

「 「 トリプルコンタクト融合!! 」 」

 

 ネオスと、アクア・ドルフィン――そしてエアハミング・バードの3体の力が一瞬の輝きと共に一つと化す。

 

「――ストーム・ネオス!!」

 

 こうして現れた水色の先鋭的なフォルムのアーマーを纏った巨大な翼をもつ、青きネオス――《E・HERO(エレメンタルヒーロー)ストーム・ネオス》が、両の手の甲から伸びる三本指のかぎ爪を左右に広げると共に、背中の翼が大きく開かれる。

 

 それと同時に巨大な竜巻が、神崎の五指の掌底を一瞬弾き、その僅かな時間にストーム・ネオスは天高く舞い上がった。

 

「アルティメット・タイフーン!!」

 

 そこから繰り出されるのは雨霰と吹き荒れる暴風――幾重もの竜巻が周囲に形成され、無人島の木々を揺らし、海は荒れ果て、空に暴力的な風が吹き荒れる。

 

――近づかせないつもりか。

 

『ゼーマン。精霊界の混沌の門の近くまでのゲートを開け、暴れても問題ない場所がいる』

 

『静観していた魔轟神が眠る地……ですか!?』

 

「――ストーム・ウィング!!」

 

 そんな中、ゼーマンへのコンタクトを取る神崎を余所に、制空権を取ったストーム・ネオスが嵐を引き起こす中、背中の翼の稼働によって竜巻たちが意思を持つように神崎へと殺到。

 

『急げ』

 

『直ちに!』

 

 そうして迫る竜巻の牙に対し、神崎は右足をブランと脱力させつつ上げた後、弓を引き絞るような溜めの後に振り切られた足先から放たれる4つに並んだ牙の如き風の刃が、竜巻を噛み千切った轟きを上げてストーム・ネオスへと迫った

 

「だとしても――くっ!?」

 

 当然、ストーム・ネオスとて己に迫る風の顎を回避したが、その回避先を狙った神崎の貫手によって打ち出された空気の槍が片翼を打ち抜く。

 

 それにより片方の翼を失ったことでバランスを崩したストーム・ネオスへ、空気を蹴り抜き強引に足場とした神崎が迫る姿に、ストーム・ネオスは迎撃としてカウンターの拳を放つ。

 

 だが、その両者の拳が交錯する寸前で相手が文字通り、空中で急停止した。

 

「――なっ!?」

 

 掌で空気を進行方向と逆に押し出した理屈は理解できるが、納得できるかは別だろう――しかし、そんな一瞬の意識の空白を縫うように再加速した神崎の膝がネオスの腹部に深々と刺さり、ストーム・ネオスは己が身体をくの字に曲げることとなる。

 

 そして受けた衝撃で身体が固まったストーム・ネオスの背中へ、神崎の両の掌を組んだ一撃が叩き込まれた。

 

 

 遅れて響く音を余所に再び無人島に叩き落され、生まれたクレーターの中で仰向けに倒れるも腕を起こしたストーム・ネオスへ、空より落下エネルギーがふんだんに乗った蹴りが打ち据えられる。

 

 やがて一段と大きくなったクレーターの中で、ストーム・ネオスの腕がパタリとひび割れた大地に力尽きるように落ちる中、神崎は今度こそ動けないネオスを運び出そうと手を伸ばした。

 

 

 だが、今度は大地の方が限界を迎えたように一気に崩れ、ネオスの身体が大地に一気に浸食した海水によって流されていく。

 

 当然、神崎も海の上を走りつつ、今度こそネオスの腕を取ろうとするが――

 

――まだだ……諦める訳にはいかない! フレア・スカラベ!! ブラック・パンサー!!

 

「ハハハ!!」

 

「フフフ!!」

 

 どこからともなく現れた、角のないカブトムシ風の人型の戦士と、マントをつけた黒い豹が、傷ついたネオスへ光と共に一体化。

 

「 「 クアドラプル! コンタクト融合!! 」 」

 

 そして神崎の手を振り切るように一筋の光となって天へと飛翔するのは、青き翼を残したまま、黒いブレードのような新たな二対の翼を広げ、白さを取り戻した身体に手足を黒い装甲で覆った新たなネオスが――

 

「――コスモ・ネオス!!」

 

――コスモ……ネオス……?

 

 天にて己が名を力強く宣言した。

 

 そんなネオスこと《E・HERO(エレメンタルヒーロー) コスモ・ネオス》へ、神崎は不可解な視線を向ける。なにせ、それは神崎の原作知識にも存在しない姿。

 

 そうして警戒心を募らせる神崎だが、そんなことを考えているうちに、空に二つ目の太陽が昇った。

 

――……………………は?

 

 コスモ・ネオスの天に掲げた右腕がいつの間にか岩肌に覆われており、そこより轟々と凄まじい熱量を感じさせる炎とマグマの球体が呆ける神崎を余所に放たれる。

 

 当然、回避しようとする神崎だが、その脳裏にふと浮かぶ「この熱量の物体が海に落ちて問題ないのか」と。そんな懸念により思わず動きが止まる神崎。

 

 しかし、戦闘中では致命的な数瞬の迷いを余所に、海水と接触したゆえなのか水蒸気爆発の如き、巨大な爆発が辺りを覆った。

 

 

 

 

 

 そして暫くして収まった熱風の中より、ズタボロになったスーツとその内に焼けただれた身体を晒す神崎が宙に立つ。

 

 回避の選択肢がなく、迎撃した場合の影響も未知だったゆえに受け止める選択をした為のダメージだが、今まで回避に専念していた攻撃をまともに受けたせいか、その傷跡は痛々しい。

 

 それらの損傷が冥界の王の力にて治っていくが、その動きは緩慢そのもの――平時と比較すれば、その治りはひどく遅かった。

 

 そう、此処まで優勢に戦闘を運んできたが、ネオスの攻撃が神崎に致命的なダメージを与える点は何一つ解決されていない。今までは躱し切れていたから問題になっていなかっただけだ。

 

 

「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」

 

 

 やがて邪魔くさそうにネクタイだった残骸を引き千切って捨てた海上の神崎へ、空のコスモ・ネオスは高笑いしながら急降下と共に跳び蹴りを放ち、先と逆の立場の神崎が両手を交差させ受けて止める。

 

 だが、その勢いは一切減衰することなく神崎の両腕にめり込んだコスモ・ネオスの足のかぎ爪が心臓を貫かんとするが、神崎が両腕を強引にスイングする形で足のかぎ爪を引き抜いた。

 

 しかし、その引き抜く直前にコスモ・ネオスは足から先程の炎とマグマの球体を生成し、誘爆。

 

 その爆発の際の上昇気流に乗ったコスモ・ネオスは天高く舞い上がり、広げた翼から羽根の弾丸を雨霰と放ちながら、右腕を前方に突き出した状態で己が身体を回転させて再度急降下し――

 

「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」

 

 光の矢となったコスモ・ネオスの右爪が神崎の左肩を貫く――――も、抜けなくなった。

 

 そうして己が身体を貫いたコスモ・ネオスの腕を、筋肉を絞めて拘束した神崎は伸ばした左手でネオスの右肩を掴みつつポツリと零す。

 

「離すなよ」

 

「――ヵッ!?」

 

 その瞬間、コスモ・ネオスの腹部に内臓を抉り殺さんとする拳の連打が叩き込まれ、ネオスの身体が吹き飛ぶ――ことは、神崎の左肩を貫いた腕により叶わない。

 

 コスモ・ネオスも空いた左腕でかぎ爪を振るうも、神崎の拳は止まることはなく、どちらが先に力尽きるかの我慢比べの泥仕合と化す中――

 

 

 

 最初に限界を迎えたのはコスモ・ネオスの右肩だった。

 

 

 

 吹き飛ぶ形で発散されない衝撃は、その楔となっていたコスモ・ネオスの右肩が千切れ飛ぶことで自由を取り戻し、コスモ・ネオスは宙を吹き飛び、やがて大地に叩きつけられる。

 

「ぐっ……! 《リバース・オブ・ネオス》! ぅ――おぉぉおおぉおおおお!!」

 

 だとしても、すぐさま体勢を整え、千切れた右腕を生やそうとするコスモ・ネオスの前に、千切れた己の腕が落ちると同時に、左肩に大穴が空いた状態で神崎がいつぞやと同様に飛び蹴りを放った。

 

 だが、今度は大地を砕くに終わり、咄嗟に横に跳んで回避していたコスモ・ネオスは翼を広げて空へと飛び立ち、腕の回復の時間を稼ごうとするも、その頭がいつの間にか距離を詰めていた神崎の右手に掴まれ、大地に叩きつけられる。

 

 

 そうして頭部を起点に地面にめり込んだコスモ・ネオスへ、宙で縦に回転した神崎は断頭台代わりのかかと落としを振り下ろすが、それより先に地中にて腕の治療が完了したコスモ・ネオスが炎とマグマの球体を放つ方が早かった。

 

 そんな回避不能のゼロ距離砲撃を前に、神崎はかかと落としの着点を強引にずらし、顔半分を焼かれながらも、ずらしたかかと落としを軸足として大地ごとコスモ・ネオスの頭をボールのように蹴り上げた。

 

 

 そうして顎が強引にかち上げられたことで、晒された無防備な胴体へ半身の構えで連撃を放つ。

 

 

 砕く砕く砕く砕く砕く砕く砕く砕く砕く砕く砕く砕く

 砕く砕く砕く砕く砕く砕く砕く砕く砕く砕く砕く砕く

 砕く砕く砕く砕く砕く砕く砕く砕く砕く砕く砕く砕く

 

 コスモ・ネオスの手足の関節を、翼を、皮膚を、骨を、内臓を、心臓を、

 

 砕く砕く砕く砕く砕く砕く砕く砕く砕く砕く砕く砕く

 砕く砕く砕く砕く砕く砕く砕く砕く砕く砕く砕く砕く

 砕く砕く砕く砕く砕く砕く砕く砕く砕く砕く砕く砕く

 

 ありとあらゆる箇所を、心を、精神を砕かんと拳を放ち続けた。

 

 

 やがて、そんな乱打が暫し続いた後、コスモ・ネオスの膝がガクリと落ちたことを確認した神崎は攻撃の手を止めるが、倒れる筈だった、コスモ・ネオスはギリギリのところで一歩前に出ることで倒れない。

 

 

 だが、そんな折れぬ闘志を見せるも、倒れなかっただけでは当然、その隙だらけの身に拳を握った神崎から追撃が放たれるが道理。

 

「神……崎……邪神の力に……負けては駄目だ……気を強く……持って」

 

 しかし、その拳は放たれない。放てない。

 

 

 そう、神崎はネオスの状態を読み違えていた。

 

 

 なにせ、ネオスの言葉は最初からおおよそ一貫している。

 

 破滅の光という脅威の存在を十代たちに伝えに来た。

 

 神崎の内から感じた邪悪な冥界の王の力を捨てるように行動。

 

 そして此処まで攻撃され続けているにも拘わらず、未だに神崎の身を案じている。

 

 

 

 そう――破滅の光によって狂わされようとも、発言が支離滅裂としていようとも、彼のヒーローの心は何一つとして挫けてなどいなかった。

 

 

 そんな正義の味方を此処まで追いつめたのは誰だ?

 

 殺す以外の道を砕いたのは誰だ?

 

 ()()()()()()()()()()()原因は誰だ?

 

 

 破滅の光のせいで狂っている以上、仕方がない処置――本当か?

 

 力を思う存分振るう機会に飛びついただけじゃないのか? 気分よく抑圧を解放したかっただけじゃないのか?

 

 今、己の焼けただれた顔が、嗤っているのか、皮膚が引き攣っているだけなのか、神崎自身も分からない。

 

 

『所詮は貴様も我と同じ――破滅を齎すものでしかない』

 

 

 記憶の世界にて、大邪神ゾーク・ネクロファデスが語った言葉が脳裏に反芻される。

 

 気分が良いよな、力を思う存分振るうのは。色んな技を試せて楽しいよなぁ。破壊衝動のままに、気兼ねなく、相手を叩き伏せてさぞ爽快だろう。たとえそれが――

 

「神崎、力を……捨てるのは怖い……かも、しれない。だが、そんなまやかしの力に……負けるな……」

 

 

 自分を案じてくれている相手でも。

 

 

「いつだって……やり直せ……」

 

 

 殺す気で拳を振るった。

 

 

 それが狂わせてしまったネオスを救う為の拳なのか、心根の違いを見せつけられたゆえの嫉妬なのか、自分の失態を隠す為の愚行なのか、未だ倒れぬ相手への恐怖なのか、際限なく成長を続ける相手の力への危惧なのか。

 

 

 もはや神崎本人にもよく分かっていない。

 

 

 あれだけ他者を傷つけることへの躊躇いがあった筈だというのに、それをいとも容易く振り切る程の衝動と共に、思考より先に拳が出た――それだけの話。

 

 

『貴様も所詮は我と同じだ』

 

 

 かつてゾークに告げられた言葉が脳内で反芻される。

 

 

 だが、放たれた拳は止まらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 浮遊感を神崎が感じると共に、放たれた拳が当たった幾重にも封印が施された重厚な巨大な門が塵と化す。

 

 

『ゲート固定に手間取り申し訳ありません!』

 

 

 頭の中に響くゼーマンの声を余所に白き石造りの建造物が立ち並ぶ魔轟神界が拳の衝撃の余波によって破壊の爪痕を残し、遅れて響く轟音の最中、赤毛の三つ首の小型の犬や、蛇、猫などの姿をした魔轟神獣たちや、黒い翼が伸びる小柄な人型の悪魔たちが散り散りに逃げていく。

 

 

 それらの情報を把握した瞬間に神崎は己が身体を冥界の王の力で覆うことで隠した。

 

 

 精霊界で己の姿を晒す気がないゆえの行為だと、自分の心に言い訳をして。

 

 

 そんな神崎の隣を一足先に自由落下していたネオスは、白き神殿の空の玉座の前に落ち、その衝撃ゆえか、曖昧だった意識が明瞭さを取り戻していく。

 

「ぐっ……此処は……」

 

――精霊界……に何故……

 

 そして仰向けに倒れた動かぬ身体のまま、空を見やれば天を覆う程の巨大過ぎる二対の翼が背より伸びる生物の胚子のような不気味な化け物が目に入る。

 

「邪悪な、力に……呑まれてしまった……のか? くっ……」

 

――後がない。彼を止めるには、私の全てを懸けなければ!!

 

 その化け物の内にうごめく力の気配より、その正体を察したネオスだが、そんな化け物より雨霰と鋭利に尖った触腕が放たれ己が手足を貫いていく只中、ネオスは最後の力を振り絞り叫ぶ。

 

「ネオスペーシアンたちよ!!」

 

 たとえ、己一人で力が足りずとも、助け合うことが出来る――それがネオスたちの力。正しき闇の力。

 

 苦しんでいる誰かを助ける為の力。

 

「――私に彼を救う力を!!」

 

 やがてネオスの決意を示すように光り輝くその身に、残りのネオスペーシアンたちも光と共に融合し、一体化していく。

 

「ハァァァアアアアァアアアア!!」

 

 そして、光り輝くネオスの身体が膨れ上がっていき――

 

「 「 「 クインタプル!! フュージョン!! 」 」 」

 

 光の先より現れる巨大化した強靭な体躯に土色のアーマーを纏う白き戦士が、黄金の翼を広げて拳を握って名乗りを上げる。

 

 

「――ゴッド・ネオス!!」

 

 

 やがて《E・HERO(エレメンタルヒーロー)ゴッド・ネオス》と化したその巨躯に相応しい剛腕で迫る触腕の槍を引きちぎり、そのまま腰だめに構えたゴッド・ネオスの両の掌の中に、莫大なエネルギーがチャージされていき――

 

 

「レジェンダリィイィ――――」

 

 

「            」

 

 

 空にて、ガラスを引き裂くような不協和音を轟かせる化け物の頭部の前方に形成されたボコボコと脈動する黒い球体より全てを呑み込まんとする闇の奔流が放たれると同時に――

 

 

 

「――ス ト ラ イ ク ゥ ウ ゥ ウ ウ ウ ゥ ウ ゥ ゥ ゥ ウ ウ ウ ッ!!」

 

 

 

 腕を突き出したゴッド・ネオスの両の掌から解放された光の一撃がぶつかり合う。

 

 

 

 やがて、その二対の波動のぶつかり合いの余波によって周囲が崩壊していく終着点とばかりに、辺り一帯を包み込む巨大な衝撃波が世界を襲った。

 

 

 






魔轟神's「頼むから帰って」



Q:おい、デュエルしろよ。

A:ネオスたちが自力でデュエルが可能ならば、原作で十代を態々誘拐(おい)する必要もないので、
デュエル運用には色々条件があると判断させて頂きました。

原作にて、衛星兵器を物理で破壊していたネオスを信じるんだ!




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第232話 私にいい考えがある




前回のあらすじ
ねぇ――キミを案じてくれる正義の味方(ヒーロー)を殴るって、どんな気持ち?














最高に楽しいよね


 

 

 早速ではあるが、時間の針が戻るどころか進み、破滅の光とのデュエルの一件も後始末を含めて完全に収束し、牛尾の負傷も完治した頃、現場復帰の前の念の為の問診にと、ツバインシュタイン博士に呼ばれた牛尾は――

 

 

 

「――魂の()()()()()()

 

 

 

 

 開口一番にツバインシュタイン博士から告げられた発言に首を傾げる他なかった。

 

「それが今、キミの身体で起こっている現象の正体です」

 

「あー、つまりどういう病気なんすか? 破滅の光ってヤツにやられた傷が原因なんすよね?」

 

 主治医と患者のように向かい合ってに椅子に座る両者だが、想定外の結果だったと頭を悩ませるツバインシュタイン博士の危機感は生憎と牛尾には一ミリも伝わっていない。

 

「病気ではありませんぞ。精神が昇華したことで肉体の乖離(かいり)を誘発し、それによって現世への物質干渉する際に弊害を引き起こしておるのです。それに加えて、特異存在への知覚領域が併発したことで、第六感と呼ぶべき――」

 

「――待った。待ってくださいよ。俺も色々勉強はしましたけど、専門的過ぎて訳分かんないっすから」

 

 その為、追加の説明を始めたツバインシュタイン博士だが、KCにて様々な分野について何かと叩き込まれている牛尾にも理解が追いつかない。

 

 とはいえ、今回ばかりは仕方のない話。この現象を正確に把握しているのは現時点の人類でツバインシュタイン博士しかいないのだから。

 

 ゆえに、ツバインシュタイン博士はいつもの具合で簡単な言葉に変換する。

 

 

「簡単に言えばキミは、()()()()()()()()()()

 

 

「へー、そうなんすね」

 

「そうなんですぞ」

 

 そうして凄く分かり易くなった説明に牛尾もうんうんと納得したようにツバインシュタイン博士に合わせて頷くが、此処に来てその動きはピタリと停止。

 

「……………………ぇ?」

 

 やがて油が切れた機械のようにギギギとツバインシュタイン博士へ首を動かして視線を向け――

 

「いや、あの――」

 

「――簡単に詳細の方も説明しますから。どうかパニックを起こさないで」

 

「…………うっす」

 

 思わず席から立ち上がろうとするも、両の手を前に出したツバインシュタイン博士の声に牛尾の浮いた腰は椅子にドカッと落ちた。

 

「怪我をすれば身体は、その箇所を『より丈夫に』修復するでしょう?」

 

 そうして頭を抱えたくなる牛尾の心境を余所にツバインシュタイン博士から例題を交えた説明がなされていくが――

 

「それと同じように、魂と呼ぶべきものへ極度の外的負荷が直接かけられたことによって、人の根底の部分に変質が起こったのです。専門的な話を無視すれば、『魂が強化された』とでも考えてくださいな」

 

「てーと、つまり『強化された魂』に『俺の肉体』が()()()()()()()()――って、ことっすか?」

 

「そんな感じです」

 

 己が辛うじて把握した状態を零す牛尾にツバインシュタイン博士はコクリと小さく頷く。

 

 とはいえ、牛尾からすれば「魂と肉体のバランスが崩れた」結果、「己の命になんか良くない影響が出るらしい」程度の浅い理解だ。

 

 そうなれば次に気になるのは「なんか良くない影響」の部分。最悪の可能性が脳裏に過り、冷や汗が流れる牛尾。

 

「そんな感じっすかぁ……俺、どのくらい生きられるんすかね」

 

「今の感じだと推定ですが、300年くらいじゃないですかな」

 

「300年っすか…………300年!? えっ、いや、ぇっ、300年!? 30年じゃなくて!?」

 

 だが、そんな牛尾の懸念は予想だにしない形で裏切られる。寿命が縮むどころか、延びるのならば、今までの深刻な雰囲気が何だったのかと思っても無理からぬ話。

 

「確かにキミの肉体は『強化された魂』についていけていませんが、『全く』という訳ではありません。その影響が老化の抑制、寿命の延長、特異な力の発現――本当に様々な形として表れている」

 

――この影響がそのまま続けば恐らく牛尾くんは『肉体を必要としない』状態に陥る可能性すらある……とはいえ、不確定な仮説で不安にさせることもないでしょう。

 

 しかし、そう都合の良い話ばかりでもない。今は魂と肉体のバランスの崩壊が「人間的な範疇」に留まっているが、この状態が永遠に続く保証は何処にもないのだ。

 

「なんだ、脅かさないでくださいよ。良いこと尽くめじゃないすか」

 

「今、()()()()()()()()()()――正直な話、キミの身体が今後どんな影響が出るかは完全に未知数です。覚悟だけはしておいた方が良いと思いますよ」

 

 だというのに、安堵の表情で脱力する牛尾へ、ツバインシュタイン博士は脅しに近い形の苦言を呈する。

 

 実際問題、ツバインシュタイン博士が把握できている範囲はかなり少ない以上、明日には牛尾の精神と肉体のバランスが崩れてハジケ死ぬ可能性だって決してゼロではないのだから。

 

「……うっす」

 

「Mr神崎にも話は通しますが、隠す方向性になるでしょうな。キミもモルモットは嫌でしょう?」

 

 そんな言外のプレッシャーに、またまた頭を抱えたくなる気分に牛尾は逆戻りだ。

 

 今、把握できている範囲の寿命の延長、老化の抑制だけでも、人類を狂わせるだけの魔力があるのだから。その誘惑を前に、彼の命など容易く「人類発展の犠牲」という名の炉にくべてしまえる程に。

 

 

 そうして厄介過ぎる立ち位置に陥った牛尾が、不況の煽りを受けてリストラ食らったサラリーマン染みた大きなため息を吐いて項垂れていたが――

 

 

 KCの建物自体を揺らす揺れと轟音、そしてけたたましく流れるサイレンの音にその表情は即座に鳴りを潜めて引き締まり、すぐさま椅子から立ち上がりツバインシュタイン博士をガードするように立っていた。

 

 コブラから受けた軍事訓練が実を結んでいるようである。

 

「ったく、落ち込む暇もねぇな、こりゃ」

 

「――ツバインシュタイン博士! 緊急要請です! ただちにラボまで!!」

 

 だが、血相を変えたギースが、牛尾の懸念を余所に乱暴に扉を開いて一室に駆け付けた姿に「自分の仕事は少なそうだ」と牛尾は肩の力を抜くこととなった。

 

 やがて社内に鳴り響いていたサイレンが止まり、「警報の状態の確認だった」と嘘くさいアナウンスをバックミュージックにツバインシュタイン博士は、ギースの先導に従いこの場を後にする。その前に――

 

「なら、牛尾くん――キミも精霊などが見えるようになる可能性が高いでしょうから。斎王くんにでも色々教わっといてくださいな」

 

「は、はぁ」

 

 軽く指差しつつ告げられた今後の予定に、牛尾は戸惑いつつも頷いた。

 

 

――えぇ……人間やめちまった俺の扱い、軽くないっすか?

 

 

 そんな牛尾の内心の困惑の声に、応えてくれる誰かは生憎と此処にはいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 正式な手順を踏まずに、なおかつ定められたポイントでない場所へ強引に異次元のゲートを開いたゆえか、オカルト課の研究ブースの一角が廃墟さながらな状態になっている中、別室にてツバインシュタイン博士は肩をすくめつつ、それらを引き起こした下手人へ言葉を零す。

 

「今回は随分と大変だったご様子ですな」

 

 訳知り顔で小さく息を吐くツバインシュタイン博士だが、詳細は精々が――いつも何でもないような装いで留守から戻る相手が、これだけの騒ぎを起こす程の「なにか」があった――程度のことしか分からない。

 

 そんな下手人こと神崎は、ボロボロのスーツでネオスたちを担いで早急に帰還した慌ただしさなど感じさせないように、一度焼かれた事実など伺わせない顔で笑顔を作って見せる。

 

「私の方は、もう治りましたから問題ありませんよ」

 

――あの時の選択はベストではなかったが、ベターだった。いや、これも言い訳か。

 

「ハァ……貴方が多量のデュエルエナジーにより強化された人間とはいえ、死ぬ時は死にますから過信は禁物だと言わせて貰いたい」

 

 内心でネオスとの一戦への反省会をしつつ返答した神崎だが、ツバインシュタイン博士は何度目かも分からぬため息を吐きつつ、諦め混じりの苦言を漏らした。

 

 ツバインシュタイン博士からすれば、純粋な人間の頃から強固な肉体を持っていたというのに、危険を冒してまで更に上を目指す神崎の思想は理解の外である。

 

 なにせ、今回接敵したような破滅の光と戦うなら、他に幾らでも方法があるのだから。

 

「その辺りのお説教はまた今度でお願いします――それで、どうですか?」

 

――どちらにせよ、相手(ネオス)に此方を殺す気は皆無だった以上、致命傷には遠い。

 

 やがて何時もの営業スマイルで語る気がない神崎の姿に、追及を諦めたツバインシュタイン博士は、眼下に並ぶ手術台に括りつけられたネオスたちを見やり困ったように頭をかいた。

 

「どうもこうも、今回のお土産が宇宙人とは……正直、驚きを隠せません」

 

「……イルカ頭の彼は、ドルフィーナ星人らしいですよ」

 

「人類の宇宙学では『ドルフィーナ星』なんて見つけてないんですけどねぇ……」

 

 常日頃なら、神崎のお土産なるオーパーツの数々に破顔させるツバインシュタイン博士だが、流石に負傷した宇宙人ことネオスペーシアンたちが運ばれてくれば戸惑いの方が勝る。

 

 何故、宇宙人である彼らが地球にいるのか。

 

 何故、彼らは怪我をしているのか。

 

 何故、彼らを運んできたのが神崎なのか。

 

 疑問は尽きないが――

 

「それで――彼ら、治せますか?」

 

「うーむ、可能な限り調査してはみましたが、この……ネオスくんたちでしたかな? 彼らの内に二つのエネルギーがこうも反発し合っているというのに、何故生きているのか……」

 

 そもそも今の人類に「宇宙人の治療技術」を期待されても困るのだ。オカルト課の魔法染みた治療方法も、今回ばかりは役に立たない。なにせ、それらの技術は「人間用」にチューンされたものなのだから。

 

 そんな分からないことが多過ぎると言うのに、期待を込めて向けられる神崎の視線がツバインシュタイン博士の困り顔に突き刺さる。

 

「今の段階では、その程度しか言えませんぞ。この安定している状態も何時まで保つか……」

 

「では、反発し合うエネルギーの片側でも除去できれば――そういったお話でしょうか?」

 

「無理ですよ。片側どころか、双方どちらの力への介入も不可能です。我々の技術を大きく逸脱した力ですな、『これら』は」

 

 やがて観念するように軽く両手を上げて首を横に振るツバインシュタイン博士。もはや人間が、ネオスたちに出来ることなど一つである。

 

「正直な話、人類にできるのは彼らを『検体』として扱い、技術革新に繋げる程度が関の山に――」

 

「――精霊界での対処を願いましょう」

 

 だが、その決断は神崎によってバッサリと断ち切られた。

 

「では、私の方でギースくんへ事情を説明しておきますぞ」

 

――その決断を『惜しい』と考えてしまう自分が憎いですな。

 

 やがてネオスたちを担いでKCが所有する精霊界へのゲートへと向かう神崎を見送ったツバインシュタイン博士は、その背に後ろ髪を引かれる思いを内心で吐露する。

 

 

 そう、学者であるツバインシュタイン博士の性が訴える。これは人類の発展の為に活用すべきだと。

 

 治せと命じたからには、神崎は治療した彼らを、故郷の宇宙へ解放するのだろう。

 

 しかし、まだ見ぬ宇宙の果てにいた知的生命体のサンプルを手放すなど、人類史レベルの損失だ。

 

 とはいえ、そんなことを口に出せば、自分の顔面は殴り飛ばされる――ことはなくとも、上級の精霊の鍵の対価を利用して、記憶封印を幾重にも重ねがけされることだろう。

 

 

 だが、己がそんな危ないことを考えていたことを見抜いたのか、ネオスたちを運び終えた神崎が戻って来る姿にツバインシュタイン博士の背中が思わず伸びる。

 

 今更、危険思想でクビにされて、この環境から追い出されるなどツバインシュタイン博士には耐えられない。

 

 どうにか穏便に――と、思わず腕が前にでるツバインシュタイン博士。

 

「研究用は此方を――宇宙人(コスモ・ネオス)の腕です」

 

――本ッッ当! もう! 一生ついていきます!!

 

 だが、その腕に収まった神崎の懐から取り出されたビン詰めにされた宇宙人の腕に、ツバインシュタイン博士の背中は90度に曲がることとなった。

 

 

 

 

 そんな感無量なツバインシュタイン博士を背に、神崎は今度こそその場を後にする。

 

『ゼーマン、今から情報を送る対象を何とか治療できないか掛け合ってみてくれ』

 

『御意に』

 

――ああ、そうさ。分かっていただろう。

 

 そうしてゼーマン経由で伝説の三騎士もしくは、その勢力の中でネオスを治せる相手の手配をする中、今の神崎にあるのは、正義のヒーローを殴り飛ばした罪悪感だけ。

 

 

 しかし、今の神崎にはその罪悪感が何処か心地よい。なにせ、それは――

 

 

――今更止まれるものでもない。そうだろう?

 

 

 未だ、彼が人の心を忘れていない証明なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かくして、意識のないままネオスたちはギースの友人ならぬ友精霊のサクリファイスの手で精霊界に運ばれ、そこに住まう精霊たちの働き掛けにより、ゼーマンの元に送られる。

 

 

 そして、そのゼーマンは白き居城の3つの玉座に座す伝説の三騎士の前にて、膝をつき拳を合わせた形で礼をしつつ、嘆願を行っていた。

 

「この者たちは我らに保護を求めた魔轟神たちの居城にて先日、出現した巨大な化け物を撃退した英傑たちでございます! ですが、その際に相手の力に蝕まれ、今はこの状態……」

 

 ちなみにバックボーンは、神崎が関わった諸々の経緯を誤魔化す為に――

 

 

 伝説の三騎士たちが危惧する邪悪な存在(オレイカルコスの神)の気配を漂わせる化け物(神崎)をネオスたちが、その身を賭して倒した――と言うことになっている。

 

 そう、早い話が破滅の光の浸食を、精霊界に突如出現した化け物(神崎)のせいにしたのだ。

 

 ネオスたちの戦いの余波で、色々心がへし折られた魔轟神たちの陣営が、証言者になってくれた為、信頼性のある情報となろう。

 

 

「どうか、三騎士様のお力でご慈悲を与えていただけないでしょうか! 彼の者の力!! 必ずや三騎士様が願う世界の平和の為に共に歩んでくれるかと!!」

 

やがて深々と頭を下げるゼーマンへ、伝説の騎士――ティマイオス→クリティウス→ヘルモスの順で声が届く。

 

「我らの増援が間に合わなんだ、あの件か!」

 

「星の邪念を祓いし者ならば、我らの同胞も同じ!」

 

「無論、是と返させて貰おう! その者たちを我らの前に!」

 

「ははー!」

 

 やがて、ゼーマンの手により運び終えた深く眠ったように動かぬネオスたちを、三点で囲む布陣にそれぞれ移動する三騎士たちへ、ゼーマンは彼らの手足となるべく、治療の詳細を問うが――

 

「して、此処は何をすれば――」

 

 それを遮るように三騎士たちが、息を合わせたように腰の剣を抜き放ち、ティマイオス→クリティウス→ヘルモスの順で宣言する。

 

「ゼーマンよ、我らはこれより、彼の者の邪念を祓う!」

 

「だが、この者を苛む強大な邪念! 一朝一夕では行くまい!!」

 

「ゆえに汝がすべきことは一つ! 我らが動けぬ間の世への守護!!」

 

 そう、ネオスたちを蝕む邪悪な力ということになっている破滅の光の影響は、伝説の三騎士とて即座に祓えるものではない。

 

 当然、その間、三騎士たちは動けなくなる。だが、三騎士たちの懸念であった邪悪な星の意思(オレイカルコスの神)を討ち払った――ことになっている――ネオスたちの為ならば何のその。

 

「そのような! 願われるまでもなく!!」

 

 やがて己の胸を拳で叩いたゼーマンの使命に満ちた表情に、伝説の三騎士たちは小さく頷き、声を張る。

 

「 「 「 我らが力! 心の光と共に!! 」 」 」

 

「心の光と共に!!」

 

 そして、彼らの間でお決まりのセリフを合図に伝説の三騎士たちが抜き放った剣が地面に突き立てられれば――

 

「我が身、《伝説の騎士ヘルモス》の効果発動! モンスターである《ダイナソーイング》を受ける! フリーダム・ソード!!」

 

 城之内似の伝説の騎士ヘルモスの剣に、四足の白い恐竜のぬいぐるみのような姿が一瞬映った後、大地に光の軌跡が奔り――

 

「我が身、《伝説の騎士クリティウス》の効果発動! 罠カード《ディメンション・ミラージュ》の力を受ける! ウィズダム・ソード!!」

 

 その光の軌跡を受け取った海馬似の伝説の騎士クリティウスの剣に、黄金の縁取りがなされた漆黒の石碑が一瞬映った後、更に大地に光の軌跡が奔れば――

 

「我が身、《伝説の騎士ティマイオス》の効果発動! 魔法カード《渾身の一撃》の力を受ける! ジャスティス・ソード!!」

 

 その光の軌跡を受け取ったアテム似の伝説の騎士ティマイオスの剣に、光り輝く拳を放つ赤いヒーロースーツの戦士が一瞬映った後、大地に光の軌跡が奔り、伝説の騎士ヘルモスの元へ向かえば――

 

 

 これにより、戦闘で破壊されない力で伝説の三騎士たちの身を守りつつ、攻撃される度に攻撃力を1000上げる《ダイナソーイング》の力が!

 

 相手に攻撃を何度も強制させる《ディメンションミラージュ》によって引き上げられていく!

 

 更には互いの戦闘ダメージを0にする《渾身の一撃》の力により、ネオスたちを守り、なおかつ効果破壊の力で、その内の破滅の光を祓う!

 

 

 そう! ネオスたちの内を苛む破滅の光の力へ、毎度1000ずつ加算されていく力が永遠に叩きつけられていく!

 

 

 まさに無限の3乗ループ!!

 

 

 やがて伝説の三騎士たちの剣を起点に三点の正義の光の柱が立ち昇り、その内の邪悪な存在を祓っていく。

 

「 「 「 ぐうぁぁぁぅあぁぁぁぁぁぁああああああぁぁぁあああああ!! 」 」 」

 

「ウケケケケケェぁぁぁあぇぇぇぇええ!!」

 

 だが、そんな光の陣の中にて、各々の内でのたうち回る破滅の力によって、ネオスたちは苦悶の叫びを上げた。

 

「汝らの内に巣食う邪悪な力を祓う為とはいえ、辛かろう!!」

 

「だが、耐えてくれ! 心の光への道を決して諦めてはならぬ!!」

 

「今一度、汝らの願いを胸に、己の心を奮い立たせるのだ!」

 

 そんな彼らにティマイオス→クリティウス→ヘルモスの順で投げかけられる励ましの声に――

 

――十代! 十代ィ! キミが願ってくれたようなヒーローに! 私は! 私はなってみせる! そう! 負けられない! 邪悪な力になど! 決して!!

 

 ネオスの長く孤独な戦いが幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうしてゼーマンより「ネオスは治療中」との知らせを受けていた神崎は、思うところが多かった此度の一件に思案を巡らせる間もなく、いつもの冥界の王の力で影より手や目を生やして動かし仕事に戻っていた。

 

――ネオスたち……治るよな。いや、きっと治るさ。そう信じるしかない。それに今は目の前のことを片付けなければ。しかし……

 

 戻っていたのだが、己が留守中に起こったことの顛末を把握してみれば――

 

――どうしてD-END(ディーエンド)がデュエル中に生えてきたの!? それにコブラさん、デュエルしてないし!! 後、牛尾くん、どうして人間やめてるの!?

 

 神崎がネオスと殴り合っている間に、想定以上に原作ブレイクの嵐が吹き荒れていた。

 

 全部お前のせいだよ――と切って捨てるには少々酷なレベルだろう。

 

 だが、頭を抱えていても問題は解決してくれないことは神崎も良く知っている為、一つ一つ処理していくしかない。

 

「落ち着こう。一つずつ片づけていくんだ……」

 

――千里眼グループは……まぁ、いいか。1000億の大仕事消えたけど、きっと大丈夫。

 

 だというのに、速攻でぶん投げられる千里眼グループ。

 

 原作ではこの会社が《Dragoon(ドラグーン) D-END(ディーエンド)》を1000億円かけて生み出していた背景がある。

 

 とはいえ、元々会社としては大きく土台もしっかりしている為、未来の仕事の一つや二つがなくなったところで、大勢に影響はなかろう。

 

「コブラさんから現組織形態への陳述書――いや、これは『もっと情報寄こせ』との話だよな……」

 

 そうして早々に問題を片づけた神崎だが、此方の方は先ほどのようにぶん投げる訳にもいかない。

 

 なにせ元軍属として、その手の問題に非常に優秀なコブラからすれば、神崎から捻出される「出所が不明な不自然な情報」から、原作知識の正体に辿り着く可能性は決して絵空事ではないだろう。

 

 シャーディーの二の舞は避けたい神崎からすれば、最低でも己から矛先を逸らすだけの「なにか」は提示しなければならない。

 

「セキュリティの創設は現時点では時期尚早だ……」

 

――いや、それ以前にGX時代にセキュリティを設立すると今度こそイリアステルに殺されかねない……仕込みがあるとはいえ過信は禁物だろう。

 

 だが、セキュリティを強引に設立して立場で縛ろうにも、ただでさえ原作という本来の歴史がぶっ壊れまくっている以上、イリアステルを刺激する手は神崎とて避けたいところ。ゆえに――

 

「となれば、自発的に情報収集して貰うか」

 

――下手に此方から開示しない分、シャーディーの時のようなことは避けられるだろう。此方に踏み込まれそうになれば、ギースから私に報告がなされる、と。

 

「確か、剛三郎殿が社長だった時代にギースがその手のチームを組んでいたから、KCから人員は捻出できる筈――あった。あった。後は希望者を募れば良いか」

 

 過去にKCのオカルト課にあった既存組織を復活させる方向に舵を取る――とはいえ、精霊が見えるギースの力を悪用した「盗み聞きor見」をする程度の浅い組織だが。

 

 

 素直にうまい具合に原作知識を明かす――が、選択肢にないのが彼らしい。

 

 

 そうして昔の書類を引っ張り出し、新しい人事の書類を作る傍ら、牛尾の健康診断記録を手に神崎は笑顔を崩さないまま難しい顔を作る。

 

「これで残すところは…………目下一番の問題になった牛尾くんの件――厄介なことに先が一気に読めなくなった」

 

――牛尾くんの年齢がバグったせいで、彼の年齢から原作5D’sの開始時期の推察が叶わない。

 

 そう、既にご存じであろうが、牛尾は「遊戯王DM」だけにとどまらず「遊戯王5D’s」でも登場する特殊な立ち位置なのだ。

 

 つまり、牛尾が寿命で死ぬ前までの間にDM→GX→5D’sの流れがあることを意味し、この3シリーズが人間の寿命である「凡そ100年以内」に区分できる――筈だった。

 

 だというのに、ツバインシュタイン博士の現時点の予想が「300年くらい生きるかも!」「でも増えるかもしれないし、減るかもしれない」な「つまり正確な部分は分からないのね?」な状態な為、完全に当初の思惑は潰えたといっても過言ではない。

 

――アテが外れた以上、不動博士の存在確認まで保留か。

 

 ゆえに神崎は今後、大学やら研究所やらをチョイチョイ回り蟹型ヘアーを探す日々が続くことだろう。

 

――あぁ、不動博士の奥さんも探さないと。別の人と結婚したら不動 遊星が消えるんだよな…………それに、パラドックスの時に不動くんが何か言いたげだったことも気になる。

 

 それに加えて、不動博士の妻――つまり、遊星の母にあたる人物も探さねばならない。無事に原作通り進む保証なんて何処にもないのと、現在進行形で思い知らされているばかりなのだから。

 

 

 なお、そんな遊星の母の原作からの情報が「家族写真1枚」という絶望的なものだが。

 

 

 とはいえ、仮に神崎が二人を見つけても、双方の意思を捻じ曲げる訳にはいかないので、最悪の場合は、二人の細胞から試験管ベイビーを生み出すことになるだろう。

 

 その場合は、遊星に謎の属性が追加されるが、詮無きことだ。

 

――……………………………………どうして顔しか知らない相手の花嫁、探しているんだろう。

 

 それは世界の為だとしか言えないが、深く考えちゃ駄目だ。きっとドツボにはまる。

 

 

 神崎の終わりの見えない孤独な戦いは、未だに続きそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして忙しい日々を過ごすことで、己が内で鎌首をもたげる暴力性などの問題に蓋をして逃避することに成功した神崎は、「Theお偉方の会議」と言わんばかりにBIG5諸共、海馬に呼び出され会議室に集っていた。

 

 やがてスクリーンの前に立つモクバ――の補佐のセラが、服に着られる感が溢れた有様でリクルートスーツに身を包み、今回の議題の口火を切った。

 

「今回の議題は『アカデミアの成績不振』に関してです」

 

 そう、モクバたちの元に預けられたプラナたちは各々がKCの各部署に根を下ろすことに成功したのだ。やはりシャーディーから「新たな世界に相応しい」と選ばれるだけあって、個々のスペックは高かったのだろう。

 

「設立当初、海馬 瀬人自ら音頭を取っていた時期は目覚ましい躍進を遂げていましたが、離れた時期から見え始めた低迷が無視できない状態になっております」

 

 そして今回の議題であるアカデミアの現状を述べていくセラ。

 

 

 デュエルアカデミア――それは遊戯王GXの舞台となる孤島へ海馬が建設した学園。

 

 原作でも「歴史深く栄えあるアカデミア」と称される程に卒業することが大きなステータスとなる名門校――との触れ込みなのだが、原作主人公である十代が入学した時期は「酷い」の一言である。

 

 オベリスクブルーという最上位の実力に位置するクラスだというのに大半が微妙な実力しか持たず、精神面も弱者を見下し、強者に媚びへつらう酷い有様。

 

 真ん中に位置するラーイエローも、そんな半端者ばかりのオベリスクブルーを前に、歯向かう気概もない者たちばかり。

 

 最下層のオシリスレッドに至っては「カードテキスト読めないの? 日本語大丈夫?」レベルの阿呆の集まり。

 

 

 誰もが「栄え……あるの?」と首を傾げたくなる惨状が広がっていたのだ。中には化け物クラスに強い者もいるにはいるが、そんなものは数人レベルである。

 

 

 閑話休題。

 

 

 それゆえか、そんな原作――の前に当たるこの時間軸でも、その片鱗は早くも見え始めていた。

 

 かつては、海馬がオーナーとして自ら学園にて指揮を執り「己がロード」を生徒・教師に叩き込むことで、「栄えあるアカデミア」に相応しい環境と、優れた生徒を輩出していたが、海馬とてKCの長――いつまでも学園にかかりっきりではいられない。

 

 己がノウハウを叩き込んだ以上、後は任せるだけと海馬が学園から去るのは当然だ。

 

 だというのに、海馬が学園から去った時期から、年々アカデミアのレベルが落ち続ければKCとしても、なにか手を打たねばならぬところだろう。

 

 

 ゆえの此度の会合である。

 

「それにより、モクバからも『新しい視点』が必要との主張から、BIG5たちを含め――」

 

「待て、セラ。何故こいつらの――」

 

「黙っていてください、海馬。分校の件は、貴方がモクバに任せた筈です。そのモクバが『必要』と判断した――その決定を信じないのですか?」

 

 そうして説明を続けるセラへ、海馬が遮る形で意見を述べようとしたが、その発言がなされる前に即座に制された。

 

 その上で、海馬の補佐に就任していたマニが、モクバのフォローに忙しい磯野に代わって海馬をなだめるも――

 

「海馬、キミが弟を案ずる気持ちはよく分かる。血の繋がりこそないが、私もディーヴァを弟のように思っている。だが、時には――」

 

「あやすような物言いは止めろ、マニ。そもそもの問題はKCで立場の大きい人間がアカデミアに長期的に拘れない点だった筈だ。その点をはき違えるな」

 

 海馬から鋭い視線を向けられ、マニは閉口させられることとなる。

 

 そう、海馬とてBIG5への嫌悪感で口を出した訳ではない。

 

 如何に能力があれども海馬には到底及ばないBIG5たちでは、KCとアカデミアの二足の草鞋を履こうにも、必ずどちらかは片手間になってしまうだろう。

 

 そんな決定をアカデミアのオーナーの立場を持つ海馬は許す訳にはいかない。ゆえに「其方を先に明かせ」と海馬の試すような挑発的な視線が向けられた先にいたモクバは、応えて見せるとばかりに拳を握って前に出た。

 

「安心してくれ、兄サマ! BIG5のヤツらを関わらせる訳もキチンとあるぜい! 俺……僕の計画は――」

 

「ぐふふ、モクバ様。この場は身内しかいないのですから無理に口調を正さずとも良いのではありませんかな?」

 

「茶化してやるな、大瀧。背伸びしたいお年頃なんだろう」

 

「儂の工場とは特に関係ない話だろう? 帰っていいか?」

 

 出たのだが、《ペンギン・ナイトメア》の人こと大瀧、

 

 《人造人間サイコショッカー》の人こと大門、

 

 《機械軍曹》の人こと大田の怒涛のおっさんラッシュが、その歩みを妨げる。

 

「静粛に」

 

「ヒェッ!?」

 

 そんな説明の途中で茶々を入れるおっさん共をセラがバンと壁を叩いて周囲の意識を集めて警告――それにより、《ペンギン・ナイトメア》の人こと大瀧が絞めたペンギンのような声を上げた。

 

「フフフ、おっかないですねぇ」

 

 だが、それらのやり取りを意地の悪い顔をする《ジャッジ・マン》の人こと大岡を余所に、神崎の脳裏に閃きが奔る。

 

――分校か……どのみち本校へ人員を送れない以上、介入は――いや、待て。これはチャンスだ。

 

 まさに「私にいい考えがある」とばかりに、今まで抱えていた問題を纏めて解決できる妙案に確かな手ごたえを感じる神崎。

 

 とはいえ、こういう時は大抵そのチャンスを活かすどころか、見当違いの場所にフライアウェイし続けているが、流石に今回こそはと信じることとしよう。

 

 

 そうして強制的に静寂を取り戻した会議室を満足気にチラと見たセラは直属の上司にあたるモクバに説明の再開を促す。

 

「モクバ――続きを」

 

「おう! 俺は今のアカデミアの一番の問題はその『閉鎖的な環境』にあると考えてるんだぜい! 本校なんかはモロに島の中だからな!」

 

「島内という限られた空間ゆえに、生徒たちが『成績優秀者』という天井にて無意識に蓋をしているような状況です」

 

 やがてモクバの説明にセラが注釈を交える中、《深海の戦士》の人こと大下がポツリと零した。

 

「井の中の蛙といった具合か」

 

 そう、アカデミアの一番の問題は此処にこそある。

 

 

 多くの生徒たちが目指すプロの水準に届いていないと言うのに、教師・生徒問わず「オベリスクブルー」という到達点で満足してしまうのだ。

 

 そうして覚えた満足から天狗になり、自惚れた彼らには、如何にデュエルに注力する為の(環境)があろうとも、宝の持ち腐れ。

 

 そんな生徒たちの尻を叩かねばならない教師たちだが、普段の授業で忙しい彼らに学園の自浄作用の問題への全ての責を問うのは酷な話。

 

「そうだぜい! 今のアカデミアに必要なものは、外からの刺激! 例えば実力派デュエリストを招致しての交流戦とかな!」

 

「ですが、どんな改革も必ず成功する保証は何処にもありません。その為、4つの分校それぞれに別の改革方針を立て、検証比較していきます」

 

 ゆえにモクバが打ち出した改革案が、安く言えば「アカデミアの外にはもっと強いデュエリストがいるよ! 油断してちゃダメだ! 彼らに負けないように頑張ろう!」と学園側へ働きかける計画である。

 

「成程、我々とモクバ様の価値観の違いが、そのまま改革の形に現れる訳だな」

 

 セラにより補足された説明も加味して《人造人間サイコ・ショッカー》の人こと大門も、自分たちにお鉢が回ってきた理由を把握した。

 

 例えば、モクバが語った「実力派デュエリストとの交流戦」を上げれば「生徒たちの心を折らず、向上心を引き出せる人物」が求められる。

 

 とはいえ、そんな都合の良いデュエリストがホイホイ見つかる訳がない以上、色々試していく他ない――が、モクバが全ての指揮を取ってしまえば、どうしても偏りが生まれよう。

 

 それゆえ、別視点としてのBIG5(おっさん)たちの起用だ。

 

「モクバの改革を進めた後、最も現状を好転させた方針を他の分校にも促し、本校にも取り込みを打診していく予定です」

 

「生徒をモルモット扱いかね? 末恐ろしいお嬢さんだ」

 

 だが「手探り」を「実験的」と揶揄した《深海の戦士》の人こと大下が肩をすくめる姿へモクバは声を張る。

 

「やめろよ、大下! 考えたのは俺だ! 今までのやり方で結果が出ていなかった以上、手探りでも改革は必要だろ!」

 

 そう、モクバが言うように海馬がオーナーであるアカデミアが成績不振となれば、連鎖的にKCのイメージダウンにも繋がりかねない。

 

 だが外の目が、大下が揶揄したように此度の件を指さすことも、あり得ない話ではないだろう。

 

 ゆえに大下へ助け舟を出すように《ジャッジ・マン》の人こと大岡が口を開けば――

 

「ご気分を害させてしまったようで申し訳ない、モクバ様。ですが、大下の言うような穿った見られ方をする可能性は十分にあるでしょう? 我らとて尻尾切りされない為の言質くらい貰っても罰は当たらないかと思いますがねぇ」

 

「……そこは安心してくれて構わないぜい! 失敗したからって、お前らをKCから追い出すような真似はしないからな!」

 

「余程のことがあれば別ですが」

 

 そうして、モクバの確約により、一先ずは矛先を収めたBIG5たち――の中で、この議題に興味なさげだった《機械軍曹》の人こと大田は発言0ではバツが悪いのか、ふと海馬に問いかけた。

 

「ところで海馬、貴様は自身の手で本校の改革には乗り出そうとは考えんのか?」

 

「俺のやり方は在任期間中に見せ、結果も出してやった。後に、それを受けて学園をどう運営していくかは、ヤツらが考えるべきことだ」

 

 しかし、海馬は相変わらずの海馬節。

 

 本校の鮫島校長へ目指す先のビジョンと道筋を見せつけた以上、過多に干渉する気は海馬にない。あくまで学園は、海馬が満足しうる好敵手を求めてのもの――手をかけ過ぎては興が削がれよう。

 

 鮫島校長が独自に学園を建て直せば良し、出来なければモクバの計画で建て直せば良し。

 

 どちらにせよ、海馬に損はない。

 

「獅子は我が子を谷底へ――か。キミらしい強者の理屈だな」

 

「せめて信頼と言ってやれ」

 

 《深海の戦士》の人こと大下と、《機械軍曹》の人こと大田が「はいはい、いつものいつもの」

する中、話は纏まったと《ペンギン・ナイトメア》の人こと大瀧が、4つの分校の資料を手にやる気を漲らせながら宣言。

 

「ぐふふ、なら話もまとまったところで――仕事の方に戻りましょうかね! モクバ様が担当する一校を除き、残った三校の割り振りを!」

 

「でしたら、少々お願いが」

 

 そう宣言したのだが、此処で神崎がようやく口を開いて願い出た。

 

「おや、珍しいですねぇ。キミがこの手の話題に食いつくなんて」

 

「そういえば、神崎は今までアカデミアの件からは外されていたな――なら一か所任せてみるか。お前は良くも悪くも型破りだ。変化という点では適任やもしれん」

 

 さすれば、《ジャッジ・マン》の人こと大岡の何気ない発言から、《人造人間サイコ・ショッカー》の人こと大門が「ハブられてたの気にしていたのか」との暖かい視線と共に、自分たちは分校2つで良いと譲歩する中――

 

「お待ちなさい! ペンギンちゃんの憩いの場である氷の城! ノース校は――」

 

 《ペンギン・ナイトメア》の人こと大瀧は、「ノース校」→「周囲が氷に覆われている」→「なら北極」→「愛すべきペンギン」の理屈により、ノース校は譲れないと声を張ろうとするが――

 

――って、完全な男所帯じゃないですか!?

 

「――ノース校を任せましょうじゃありませんか!」

 

 資料にはノース校は「過酷過ぎる立地より現段階では男子生徒のみ」との一文に、譲ることにした――後輩に華を持たせる大人の対応も時には必要である。

 

「相変わらずお前は…………」

 

「そう言ってやるな。こういった過酷な環境での追い込みは、神崎の方針に一番近いだろう」

 

 そんな大瀧へ呆れた視線を向ける《機械軍曹》の人こと大田だが、《人造人間サイコ・ショッカー》の人こと大門の言うように、オカルト課のカリキュラムに一番近い場所とも言えよう。

 

「でも神崎! アカデミアは学校、つまり親から子供を任されてるんだ……あんまり無茶しちゃダメだぜい?」

 

「ご安心ください、モクバ様」

 

 だが、学園で無茶苦茶されては困ると心配げな声を漏らすモクバへ、神崎は小さく手を前に出して「大したことはしない」とフラグ満載なことを確約。

 

 そう、大分前の会議序盤に「私にいい考えがある」と閃いていた部分は、分校の改革ではなく、将来――具体的には原作開始頃――に本校で起こる事件へ対処する為の布石だ。

 

 

 ゆえに、改革の面では、モクバの心配は無用であろう。

 

 

「一人ばかり教師を赴任させるだけですよ」

 

 

 こうして、モクバプレゼンツ――KCの分校改革がスタートするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 此処で時計の針を少々進め――

 

 更にところ変わって、海のど真ん中の氷山に囲まれた島――ノース校の内部、西部劇を思わせるウェスタンな装いの学園に舞台を移す。

 

 そんなノース校にて、革ジャンを着た頭髪が後退し始めている丸ぶち眼鏡の顎に青ひげが残る壮年の男――ノース校の校長「市ノ瀬」へ、コブラは此度の学園改革を任されたものとして、私見を述べていた。

 

「――などになります。それとは別に学園の各地に散らしたカードは私が全て回収しておきしょう。今のやり方ではカードを取る時にしか鍛えられない――鍛錬は継続して初めて意味を持つ」

 

 そう、此処ノース校では入学に際し、学園外の極寒の敷地内に散りばめられたカードを最低40枚集めてデッキを組まなければならない。

 

 とはいえ、コブラの言うように「修練の為」というには些か限定的過ぎる手法だろう。

 

「確かに『カードをエサに』は些か前時代的でしたな。生徒のモチベーションを物で釣ろうなどは些か浅慮でした。ただ、カードの回収まで請け負って頂かなくとも――」

 

「お気になさらず、仕事ですので」

 

「これは頭が下がる。では、一先ずの目標として今年の交流戦を勝利で飾りましょう! そしてトメさんのキ――ゴホンゴホン、ノース校を盛り上げていこうじゃないですか!」

 

 やがて学園中のカードを集める大変な作業を自ら買って出たコブラへ、市ノ瀬校長は軽く会釈して礼を告げつつ、案内した場は――

 

「此方が我が校のデュエル場になっております。学園ランキングのトップを目指して丁度、生徒たちでデュエルしているところでして――」

 

 ガンマンが撃ち合いでもするのかと勘違う開けた荒野にて、ノース校中の生徒たちが、あちらこちらでデュエルに興じていた。

 

 市ノ瀬校長の説明の通り、この学園は全校生徒に順位が割り振られるランキング制を採用しており、上位に行けば行くほど好成績で卒業できるシステムである。

 

「みんな! 一度デュエルの手を止めて、注目してくれ!」

 

 やがて市ノ瀬校長は大きく手を叩き、順位をかけてデュエルする生徒たちの注目を集め――

 

「此方、我が校の改革の為に来てくださった専門の講師の方! 『コブラ』さんだ! なんとあのKCで働くデュエリストだぞ!」

 

 一同の視線が集まる中、コブラを紹介すれば、生徒たちの値踏みするような数多の視線が注がれる。なにせ彼らは日々、ランキングを争う殺伐とした環境の中にいる者たち――その気性は「荒くれもの」と言っても過言ではないだろう。

 

「生温いな……」

 

 だが、そんな彼らへ向けてコブラから零れた言葉は辛辣だった。

 

「ああ? なんだ、おっさん?」

 

「交流戦程度を目標とする教師と、学園ランキング如きで満足している貴様らの志が生温いと言ったんだ」

 

 生徒の一人が思わず苛立ち気な様子で言葉を放るが、コブラの態度は何一つ変わらない。

 

「こんな軟弱者どもの中で、お山の大将を気取ったところで、強くはなれん」

 

 ランキングの中で順位を競うと言えば聞こえは良いが、競う生徒たちの実力がお粗末では、おままごとにしかならない。これではたとえ1位になったところでお山の大将が関の山。

 

「教えを与える立場に立つことで見えるモノもあるというのに、互いに師事し合うことも忘れた貴様らが『プロを目指す』などとは――笑わせる」

 

「ライバルを育てろって言うのかよ」

 

「おっさん、情報アドバンテージって知ってるか?」

 

「くだらん戯言だな」

 

 学びの部分でも切磋琢磨せよ、と語るコブラこそを「仲良しこよしの方が生温い」と嘲笑う生徒たちだが、コブラからすれば弱者の戯言でしかない。

 

「衆目に晒されるプロの世界において、己のデッキなど対策されて当然の環境だ。学園程度のランキングで己より低い相手に対策されて落ちる程度なら、プロなど無謀以外の何者でもない」

 

 なにせ、彼らが目指す「プロデュエリストの世界」は、この学園を鼻で嗤えるレベルで過酷なのだ。

 

 常に「最高のデュエル」が求められ、勝利という華を文字通り奪い合うまさに戦国の世。

 

 人気商売である側面もあるにはあるが、どんな人気者でも腑抜けたデュエルをしようものならバッシングの嵐が吹き荒れるだろう。

 

 それらを思えば、生徒たちの志のなんと低いことか。丸腰同然の力と覚悟で戦場に飛び込むなど、死にに行くようなものである。

 

「だがキミたちにとて、私に言わせれば『くだらない』と一笑に付す程度の代物とはいえ、矜持があるだろう」

 

 ゆえに、コブラが最初にするべきは学園そのものではなく、「生徒たち」の「意識」改革。

 

 教育は飴ばかりが能ではない。時に鞭も必要だ。

 

「かかってきたまえ」

 

 やがてデュエルディスクを構えたコブラは、ノース校の全ての生徒が集まるデュエル会場におり、人差し指で挑戦者を募るように挑発。

 

 

「誰か一人でも私に勝てたのならば、大人しく引き下がってやろうじゃないか」

 

 

 これが此処ノース校に、悪魔(鬼教官)が降り立った瞬間だった。

 

 

 

 







万丈目サンダー「えっ?」

おジャマ・イエロー「えっ?」

アームド・ドラゴン's「えっ?」


Q:牛尾さんが!?

A:作中の年齢的にどう考えても全作品に登場できる訳がないので、
年齢の方をバグらせることで諸々の問題を、解決させて頂きました。

やったね、牛尾さん! シリーズ皆勤賞だ!



Q:デュエルアカデミアのブランドは海馬社長が先導して作り上げたものなの?

A:原作の様子を見るに、鮫島校長が原作内で語られる程のアカデミアブランドを積み上げたとは
到底考えられなかった為、今作では独自設定を定めさせ頂きました。

流石に「己が力で這い上がって来い!」な海馬社長もアカデミアが軌道に乗るまでは面倒見るかと。


Q:作中でノース校が酷い言われようだったけど、そんなに酷いの?

A:原作では、成長途中だった1年生の頃の万丈目がトップに立てる程度のところです。

ランキングシステムも、新入生狩りくらいにしか機能していなかったと思われます。



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第233話 リザルト



前回のあらすじ
神崎「キミは鉄の腹(試験管)から生まれたのさ」

遊星「なん……だと……!?」

不動博士「騙されるな、遊星!!」





 

 

 KCの己の仕事場にて、神崎は相変わらず仕事に明け暮れていた。いつもの光景である。

 

 

 だが、今日は一味違うとばかりに何処ぞから送られた一つの報告書を片手に取って手を止めた神崎。そこに記されていたのは――

 

「コブラさんの報告では、今年のアカデミア本校も影丸理事長の介入はなし――と」

 

――コブラさんがノース校にいれば、毎年の交流戦の際に本校の異変にも気づけると同時に増援にも駆けつけられると考えたが、此処まで詳細な情報が送られて来るとは……凄いなあの人。

 

 ノース校に教師として潜り込ませたコブラからの報告書に確かな手ごたえを感じていた。

 

 そう、神崎の「いい考え」とは、毎年行われるアカデミア本校とノース校の交流戦を利用したものだ。

 

 交流戦自体は高々1日程度のものだが、その道のプロフェッショナルであるコブラからすれば些細な問題。

 

 アカデミア本校で問題――生徒の失踪など――が確認されれば、すぐさまオカルト課に連絡が入ることだろう。

 

 

 教師としての仕事も、コブラの軍隊仕込みのカリキュラムをデュエルに落とし込み、「守りし者(マッスラー)」として覚醒した生徒たちが卒業していった後の評判を聞けば、否が応でも伺えようもの。

 

 

 だが、神崎には、気がかりな点があった。

 

 それは生徒たちと共にトレーニングした市ノ瀬校長が、鍛え抜かれたマッスルの化身となったことで、鮫島校長をドン引きさせたこと――では、勿論ない。

 

――ただ、大徳寺教諭が学園にいない点が気になる……警戒されたのだろうか? とはいえ、就任時期が原作でも不明な以上、今の時点では原作崩壊の影響なのか否かの判断がつかない。

 

 それがアカデミア本校に在籍する原作キャラ「大徳寺先生」が不在であった点。彼はGXにて、騒動の渦中の人物であり警戒対象ゆえに、この事実は見逃せない。

 

――藤原くんのご両親の事故も防いだし、リックくんのような心的外傷もなかった以上、大徳寺教諭が最後の懸念だが……今、焦っても仕方がないか。

 

 とはいえ、この時間軸では、原作主人公である十代はおろか、彼の先輩にあたる原作の面々すらアカデミアにいない為、シンプルに「考え過ぎ」の可能性もなくはないゆえ難しいところ。

 

 

 そうして考え込む神崎に、神崎の不在を任されまくっている為、殆どオカルト課のトップ同然の乃亜がため息交じりに仕事の手を止めた神崎の意識を引き戻しにかかった。

 

「影丸がそんなに気になるのかい? 確かに彼はアカデミア本校と懇意にしているようだけど、理事長としての職務を逸脱した行為は見せていないだろう?」

 

「いえ、随分ご高齢ですから、理事長職が負担になっていないか心配で……」

 

「心にもないことを――まぁ、ボクの方でも気を配っておいてあげようじゃないか」

 

 乃亜からすれば、神崎が此処まで影丸にこだわる理由が、やや疑問だった。確かに影丸はやり手の重鎮だが、既にかなりの高齢だ。意欲的な活動は、そう望めない。

 

「とはいえ、人は終わり(寿命による死)を感じた時、誰かに何かを託したくなるものだから、問題がない内は好きにさせてあげなよ」

 

 一度、人の生が終わりかけた乃亜だからこそ、それ()の前に立たされた相手に対し、鞭打つような真似は極力避けたいところだった。

 

 

 そうして大なり小なり「己の命を歪めた」過去のある二人の間に無言が続く中、淡々と書類が処理されていくところで、扉をノックする音が響く。

 

「失礼します――乃亜もいたのか」

 

「ボクがいると不都合なのかな?」

 

「なにかありましたか、ギース?」

 

「ですが……」

 

 やがて入室したギースが乃亜の姿をチラと見やり、神崎との間で視線を動かしながら言葉を濁した。なにやら機密にかかわる情報がある様子が伺える。

 

「構いませんよ。乃亜は、私がいなくなっても問題ないように諸々の部分を把握して頂いていますから」

 

「では――ペガサス会長から、子育てが落ち着きつつあり、将来的に纏まった時間が空く可能性が見えて来たとの話が。それゆえ精霊界への小旅行の件を進めておいて欲しいとのことです」

 

『大!!』

 

 しかし神崎が報告を促せば、オカルト課でもトップシークレットの1つ――精霊界の話題が花開く。

 

 計画だけはなされていたものの、色々機会に恵まれなかった件だ。

 

「ただ、サクリファイスからの話では、争乱も落ち着きつつあるとのことでしたが、ペガサス会長のお立場を考えると、やはり賛同できかねます」

 

「ボクも同意見だ。ペガサス会長はデュエルモンスターズの生みの親――万が一は避けたいところだね。平和とは程遠いんだろう?」

 

『変!!』

 

 そんなペガサスの小旅行に反対意見を述べるギースを、乃亜は援護する。

 

 ペガサス・J・クロフォード――デュエルモンスターズの生みの親と言っても過言ではない存在。人間の世界こと物質次元で最も影響力のある人物と言えよう。

 

 そして精霊界は、平和な地域もなくはないがトータルで言えば「人間には厳しい世界」と言わざるを得ない。そんな場所へ観光気分の旅行に行くなど、どうして承服できようか。

 

 神崎とて、それは理解している。どうにかして「中止にすべき」と過去は考えていた。だが、「今」は違う。

 

「いえ、むしろ彼には精霊の世界がどういったものか、直に感じて欲しいと思っていまして」

 

「デュエルモンスターズの発展の為にかい?」

 

「確かに精霊界ならば、見る力のない人間でも、精霊たちを知覚することは出来ますが……」

 

『だ!!』

 

「ん?」

 

 原作では、精霊が関わる騒動に巻き込まれたことで、その手の経験に事欠かなかったペガサスだが、現在の歪んだ歴史では違う。

 

 もし、歴史が歪んだことで消えてしまった経験が、「シンクロ召喚誕生の切っ掛け」になっていれば、最悪の可能性すらありえる。

 

 そんなもの「考え過ぎだ」と笑い飛ばせれば良かったが、己が原因で本来の歴史から歪みに歪んだ今のこの世界において、神崎はそこまで楽天的にはなれない。

 

 そして原作介入も神崎が止める気がない以上、ペガサスが望んだものは可能な限り手配するつもりであった。

 

 

「しかし、アカデミア・アメリカ校にペガサス会長の実子が入学とは……暫くは話題にこと欠かなさそうだね」

 

 

『――神崎ィ!!』

 

 

『――ウケケェ!!』

 

 

「やはり――ぶっ!?」

 

 だが、此処で膝を抱え、腕を交差させる映画で良くガラスを突き破るシーンな具合で――

 

 白い筋肉質な人型の肉体を持つHEROのネオスと、

 

 イルカ頭に青い筋肉質な人型の身体を持つアクア・ドルフィンが、この一室に乱入。

 

 そのあんまりな光景にギースは思わず吹き出した。ガラスが砕けた訳ではなく、すり抜けただけだが、それでもインパクトが強すぎる。

 

「ゲホッゲホ……何だ、この二――」

 

「ギース」

 

 乱入した精霊の襲来に反応を示すギースを即座に手で制した神崎へ、ネオスは焦った様子で駆け寄り――

 

『会議中だったか!? だが、ながらでも良いから一先ず聞いてくれ、神崎!』

 

「乃亜とペガサス会長の件の詳細を詰めておいてください」

 

 なにやら必死に訴えられながらも、神崎は席を立ち、この一室から退出する姿勢を見せた。

 

――お知り合いだったのか? いや、それも詮索するなと言うことか。

 

「……了解しました」

 

「乃亜、急用を思い出したので、後のことはお願いします」

 

「また、いつもの悪い癖かい? やれやれ、最近落ち着いてきたと思ったらコレだ」

 

「いつも済みません」

 

 やがて黙したギースから視線を切った神崎は、乃亜に営業スマイルで留守を頼んだ後、退出していった。

 

 

 

『破滅の光が、この星に迫っている! 一度、その力に呑まれた私には分かるんだ……』

 

『ネオスのいう通りだ! 破滅の光の力は強大! この星に襲来すれば、その被害は……くっ! あの時、私たちがもっと足止め出来ていれば……!!』

 

――しかし、破滅の光を受け止めたユベルがいないだけで、こうも侵攻が早くなるとは予想外だったな。

 

 途端に、壁からすり抜けて神崎に続いたネオスとアクア・ドルフィンが矢継ぎ早に緊急事態を伝えるが、残念ながら今の神崎は口を開くことはできない。

 

 人の目がない場所までの移動が急務であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて指を一つ鳴らして反響音によって人の流れを把握した神崎が一先ず、人がいないルートを歩く中、ようやくとばかりに口を開いた。

 

――この辺りからなら問題ないな。

 

「息災のようで何よりです」

 

『ああ――いや、済まない。先に礼を言っておくべきだった。キミが治療を手配してくれたんだろう? 本当に助かった。あのままでは、一体どうなっていたことか……』

 

『ありがとう!』

 

 そして届いた神崎の第一声にネオスとアクア・ドルフィンは、治療の手配の礼を忘れていたことを謝罪する。

 

 そう、神崎としても破滅の光の襲来よりも気になる部分はあるのだ。それがネオスたちの正確な状態。

 

 ネオスたちが、三騎士たちを強引に突破できるとは思えないが、万が一を考えればゼーマンにも確認を取っておきたいところ。

 

――ゼーマンからの報告がなかった以上、三騎士側が応対したと考えるのが自然だが、後で確認を入れないと。

 

「いえ、お気になさらずに。どの程度まで覚えておられるのですか?」

 

 だが、同時に三騎士の不在の間を任されたゼーマンにその報告の余裕がないのは理解できる為、今は(バー)の知覚で判断する他ない。

 

『それなんだが、破滅の光の意思に呑まれていたせいか、どうにも記憶が飛び飛びなんだ――だが、暴走する私をキミが止めてくれていたことはハッキリ覚えている』

 

『正直、キミのサイコパワーを纏った拳はかなり効いた! ナイスパンチ!』

 

 しかし、神崎が身構えた半面ネオスたちの記憶は「神崎と殴り合った」程度の曖昧なもの。

 

 流石に、自分たち精霊と人間が生身で殴り合えるとは常識的に結びつかなかったのか、冥界の王の力によるカードの実体化と自前のマッスルを、サイコデュエリストが持つ「サイコパワー」と誤認している様子。

 

 とはいえ、あれだけバカスカ殴ればネオスたちの記憶が飛ぶのも無理からぬ話。更に破滅の光を祓う為の儀式の負荷を加味すれば、そうおかしな話でもない。

 

――冥界の王の力を誤認している以上、殆ど覚えていないと見るべきか……いや、きっとその方が彼らにとっても良いだろう。

 

「そうでしたか――それで、この星に到着する予定時刻は?」

 

『それに関しては……面目ないが、正確な日時が分かる訳じゃないんだ。だが、着実に近づいている気配を感じ取れる』

 

 ゆえに記憶が戻られても不都合な神崎がネオスに先を促せば、情報自体は不確定の物であると明かされる。

 

 いや、むしろ、この事実が破滅の光とのリンクが途切れたと確信できる後押しになろう。

 

『だが、迎撃態勢を整える時間は確実にある! 精霊界も精霊界で大変な以上、此処は世界中の強きデュエリストたちの力を今こそ結集する時だ!!』

 

『デュエリストへの呼びかけの為にも、どうか力を貸して欲しい!』

 

「遊城くんを呼ぶようには仰らないんですね」

 

 しかし、あれだけ「十代、十代」言っていたネオスたちが、未だに遊城 十代の話題を出さないこと神崎が追求するが――

 

『流石に、今の彼を戦場に立たせるのは酷だ』

 

『その身に無限の可能性を宿しているとはいえ、未だ幼い身だからね』

 

――流石に小学生が相手では引くのか。いや、《エンシェント・フェアリー・ドラゴン》という前例もある。油断は禁物だ。

 

 流石のネオスたちも、未だランドセル背負っているような人間を破滅の光との戦いに駆り出すつもりはないらしい。

 

 とはいえ、5D’sにて精霊が見える病弱な天才少女を園児の時期に、精霊界へ強引に引き込んだ赤き竜の眷属――《エンシェント・フェアリー・ドラゴン》の存在もある為、油断は出来ないが。

 

 一応、エンシェント・フェアリー・ドラゴンの擁護するのなら、「相手が世界に選ばれた救世主的存在《シグナーの称号を持つ者》」+「世界の危機」というのっぴきならない事情があったゆえに仕方がない側面も大きいだろう。

 

 

 閑話休題。

 

 

「なら、ひとまず先兵を出し、威力偵察をしましょう」

 

『先兵? だが、破滅の光は今、宇宙にいる以上、敵陣で活動可能なのは、私たちだけになるが……』

 

『僕らも死力は尽くすつもりだけど、一度負けている身としては、どこまで相手の力を引き出せるかは、不安が残るね』

 

 迎撃のスタンスだったネオスたちと異なり、相手の力量を図りたいとの神崎の主張に、ネオスたちが「ならば自分たちが」と立候補するも何処か不安気な表情を見せる中、神崎は廊下ですれ違ったアモンへ、お使いを頼む。

 

「アモン、大門殿がKCに戻られたら、これを届けてくれますか? その後に此方を乃亜へ」

 

「それは構いませんが……ご自身で届けられた方が良いのでは?」

 

 そうして封筒に入った手紙を差し出されたアモンだが、少々難色を示した。

 

 なにせ、神崎よりBIG5の立場は上だ。使いを出すのではなく、直接赴かねば無礼だろう。

 

「どうしても外せない用件が入ったもので」

 

『神崎、キミの方針は理解したが、やはり考え直すべきだ。私が破滅の光に呑まれてしまったように少数を先行させるのはリスクが大きい』

 

『……いや、先兵は必要だよ、ネオス。僕たちは敵の全容すらまだ知らないんだ』

 

 やがて無礼であることを理解しつつも半ば強引にアモンに頼み込んだ神崎が、ネオスたちの作戦会議に耳を傾けつつ歩を進めた先は――

 

 

 

 

 

「失礼します、海馬社長」

 

 ノックと共に入室したKCのトップたる海馬の城――社長室。

 

 側近の磯野と、そのサポートを任されるマニが、デスクに職務に励む海馬の回りで慌ただしく仕事に勤しんでいた。

 

「ふぅん、どうした? 急な来訪とは随分と貴様らしくない真似をしたものだな」

 

「磯野さん、マニさん、席を外して貰えませんか?」

 

 そんな中、アポイントの類が一切排された神崎の唐突な来訪へ海馬が挑発的な視線を向ける余所に、人払いを要求する神崎。無礼どころの話ではない。

 

 

 だが、色々秘密主義な神崎の在り方をよく知る磯野は「いつものことだ」とマニを引き連れ退出しようと、用意した書類の束をテーブルに置いた。

 

「仕方がな――」

 

「生憎だが、私は海馬 瀬人の補佐だ。恩ある身で申し訳ないとは思うが、キミの要望に応える立場にいない」

 

「いや、マニくん。彼は秘密の多い立場で――」

 

 だが、立場を明確に示し、「否」を突き付けるマニの姿に磯野の足は止まり、困った様子で説得を試みるが――

 

「席を外せ。暇を命じる」

 

「了解した。失礼する」

 

「……キミも堅いな」

 

 海馬の鶴の一声でアッサリと意見を変えたマニの姿に、磯野はハンカチで自分の額を流れていた汗を拭いつつ、共に退出することとなる。

 

 

 そして一対一と――海馬には見えないネオスとアクア・ドルフィンがいるが――なった社長室にて、神崎は早速とばかりに懐から1枚の封筒を海馬へと差し出した。

 

「まずは此方を」

 

『待て、神崎! 海馬 瀬人は此方の最大戦力! 先兵として良いデュエリストじゃない!!』

 

『幾ら彼ほどのデュエリストでも、宇宙という過酷な環境でのデュエルじゃ、本来の実力は発揮できない可能性が高いよ! 考え直してくれ、神崎!』

 

 その瞬間、神崎の意図を理解したネオスたちは、息を揃えて反対意見を述べる。先程まで「先兵を出す」との方針が固まりつつあった状況ゆえに、疑う余地はない。

 

 確かに、海馬は優れたデュエリストだ。宇宙での活動もご自慢の頭脳で容易く解決し、破滅の光と接敵しても、その強固な精神は崩されないだろう。

 

 それに加えて、デュエルも一級品――だが、過酷な宇宙の世界は極小さな綻びから全てを崩壊させる。生身の人間を送ることは少々ハイリスクだ。

 

 それも代えが利かない海馬ほどのデュエリストとなれば、万が一すら恐ろしい。

 

 

 

「…………辞表だと?」

 

 

 

 だが、海馬がポツリと呟いた言葉に、神崎へと向いていたネオスたち視線は、封筒の方へと向いた。

 

『辞表? ……一体、誰の――』

 

『まさか!?』

 

「なんの真似だ、神崎。超神秘科学体系研究機関(オカルト課)をKCから切り離し、独立でもするつもりか?」

 

「いえ、仕事以外の生きがいを見つけたもので」

 

「ふぅん、戯言を」

 

 KCを辞める――「いつか仕掛けてくるだろう」と考えていた海馬は、指を口元で組ながら肘をつき、何処か挑発的な視線を神崎へと向ける。

 

 その行く末をこの場で見定めてやろう――と。

 

 

 だが、海馬のように超速理解に及ばない2名が先程とは逆の形で神崎に詰め寄った。

 

『何を考えているんだ、神崎! 今は仲間内で争っている場合じゃないだろう!!』

 

『……ひょっとして、先兵にキミが志願するつもりかい? 確かにキミの類まれなる身体能力とサイコパワーがあれば宇宙でも平時と変わらぬ活動が出来るだろうけど……』

 

 やがて、ネオスとアクア・ドルフィンが神崎の本当の意図を把握する中、海馬は凡そ想定通りだと、神崎が今までKCにいた真の目的を当てて見せる。

 

 

「ふぅん、成程な。貴様は初めから――――」

 

 

『キミの覚悟は理解した! だが! あえて言わせて貰おう! 考え直すべきだ! キミの覚悟に泥を塗るような真似になってしまうやもしれないが、破滅の光の大本の力は、あの時の私たちの比じゃない! 地球に来たのは本体から分離されたものだ! そして宇宙空間という生物にとって厳しい環境の中で、単身挑むなんて危険すぎる! 恩人であるキミの身を案じさせてくれ! 折角、迎撃態勢を整える時間が――』

 

 

「――――という訳か」

 

 

――煩ぇ!!

 

 しかし、海馬が語って見せた今明かされる衝撃の真実は、ネオスがすごい話すので、すこぶる聞こえ難かった。だが、訓練された視聴者(読者)の皆様方なら問題なく把握して頂けたことに違いない。ゆえに先を続けさせて貰う。

 

「どうした? よもや、この俺を前に、だんまりを決め込むつもりか?」

 

 そんなこんなで、核心に近い部分を触れられていた神崎は背筋を凍らせながらも、表面上は、いつもの営業スマイルで誤魔化して見せる。

 

「私などがおらずとも、超神秘科学体系研究機関(オカルト課)は十分にやっていけますよ」

 

「随分と乃亜を買っているようだな」

 

「乃亜だけではありません。皆が皆、頼りになる方たちですから」

 

 そう、ぶっちゃけKCの今のオカルト課にて、神崎はそんなに必要ない。精々が「おみやげ」と評して珍しいモノを持ってくるくらいだ。大半の業務は、神崎より優秀な人間がいっぱいいる。

 

『神崎……キミはそこまでの覚悟を……』

 

『僕たちの為に……!』

 

 ゆえに、KCには何の悪影響も出ない旨を説明する神崎だが、ネオスたちは「自分たちの無理な願いが……」と恩を感じていた。それこそが神崎の好感度稼ぎの狙いなのだろうが。

 

「ふぅん、心にもないことを――――が、決心は固いようだな。いいだろう」

 

 そしてKCという檻から解き放たれようとする一匹の獣を興味深そうな瞳で見やる海馬は、その未来を幻視し獰猛な笑みを浮かべる。

 

 そう、今日この日を以て向かい合う二人は、曲がりなりにも肩を並べていた立場から、追い合う関係となるのだ――神崎は追う気が皆無だろうが。

 

 

 だが、組んでいた指を崩し、立ち上がった海馬は、その右手をデスクに勢いよく叩きつけ、宣言した。

 

「しかし覚えておけ。貴様が何をする気かは知らんが、俺の(ロード)を遮るというのなら、元社員といえども容赦はせん。全力で叩き潰す」

 

 敵として立ちはだかるのなら、モクバが止めようが、乃亜が何を語ろうが、オカルト課が空中分解しようが、BIG5が反逆しようが、一切の躊躇なく粉砕する旨を。

 

「肝に銘じておきます」

 

 その闘志に内心で気圧される神崎だが、表面上は静かに頭を下げて別れの挨拶とするが、一礼を終えた神崎が顔を上げた瞬間に、1枚のカード状の紙が飛来した。

 

 

「――が、貴様がKCにもたらした成果を蔑ろにする気はない」

 

 

「これは?」

 

『名刺か?』

 

『何やら番号が書いてあるようだけど……』

 

 そうして「受け取れ、遊戯ィ!!」とばかりに海馬から投げられた1枚の名刺を指で挟んでキャッチした神崎は、ネオスたちと共に内心で首を傾げた。

 

 退職金を好きな額だけ記入しろ、という訳ではあるまい。

 

 

「一度だけ手を貸してやる。この俺自らが――だ」

 

 

「海馬社長……」

 

『海馬 瀬人……』

 

『社長……』

 

 

「その気になれば連絡してくるんだな」

 

 

 最後の手向けとばかりに、とんでもないワイルドカードを大盤振る舞いしてくれた海馬社長に一同が感激するような視線が向けられる。

 

 やがて最後に神崎はもう一度深々と頭を下げた後、社長室から、KCから去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 「KC」というロゴマークが掲げられた巨大なビルの前に男が立っていた。

 

 男の名は神崎 (うつほ)、この海馬コーポレーション――通称KCへ、長くを務めたこの会社へ、先程別れを告げたものである。

 

 

 そして今までの戦いを振り返り神崎は感慨にふける――今まで大変だったと。

 

 

 

 

 だが、そんな感慨にふける神崎へ、ネオスとアクア・ドルフィンは、後ろ髪を引く想いで神崎に問いかけた。

 

『……話を持ってきた私が言うのもアレだが、本当に良かったのか?』

 

『そうだよ! キミが長くを過ごした場所なんだろう? 何も辞めなくても――』

 

「いえ、宇宙の旅路となれば、今まで以上にKCへ戻れない日々が伸びます。それ程の長期間、席を空けておくなど、KCにとっても――いえ、海馬社長にとっても、何一つプラスにはなりません」

 

 しかし、神崎は視線を落としながら否定する。

 

 神崎とて今まで散々KCを留守にすることがあったとはいえ、その期間は常識的な範囲に辛うじてギリギリ留まっていた。

 

 だが、今回はそうはいかない。宇宙の旅にかかる時間はその比較ではない――それが会社に何一つ貢献しないものとなれば、なおのこと。

 

――それに、今打てるだけの楔は打った。この空白期間で破滅の光を討てれば、精霊界での事件や、ダークネスの降臨を完全に封じ込める。この機を逃すのは惜しい。

 

 それに加えて地球上の原作の事件へ、今の神崎が即座に動けることはない以上、このまま原作開始まで漫然と過ごすことを神崎が嫌ったゆえだ。

 

 なにせ、原作の脅威の一つ「ダークネス」が世に現れるのは、「世の人々の心の闇が溜まりに溜まった状況」でなければならない。

 

 そう、逆を言えば、悲劇や事件を事前に食い止めれば、食い止める程に、ダークネスの降臨確率は下がるのだ。

 

 

 だが、そうして思案を重ねる神崎へ、ネオスが悔し気に零す。

 

『だが、宇宙から戻ってきた後のキミの人としての未来が……』

 

「ご安心を――『やりたいことがある』との話は本当ですから」

 

『そうか……なら、その夢の為にも無事に戻らなければな!』

 

『共に、この苦難を切り抜けよう、神崎!』

 

 しかし、神崎の「やりたいこと(5D’sに向けた活動)」があることも事実である為、相手の言葉からその様子を感じ取ったネオスとアクア・ドルフィンは、その将来の為にも必ず共に生還することを誓う。

 

 そうして3人がそれぞれ覚悟を決めるように顔を見合わせた。

 

「お世話になりました」

 

 

 

 やがて神崎は、最後の最後だとKCへ振り返った後に深々と頭を下げ――

 

 

 

「――行きましょうか」

 

『ああ!』

 

『共に宇宙へ!』

 

 今度こそ振り返ることなく、神崎はKCのビルを背に新たな道を進み始める。

 

 かくして、神崎はネオスたちと共に宇宙に旅立っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 KCの社長室のガラス張りの窓からのぞく空へと視線を向ける海馬は、ポツリと零す。

 

「ふぅん、最後まで腹の内を明かそうとはしなかったか……」

 

 神崎 (うつほ)――KCの中でも古株の一人。

 

 プライドなどドブに捨てたように、へりくだることに何の躊躇も見せぬ口から、KCへの忠誠を誓った者――その言葉に一体どれ程の重さがあると言うのか。

 

 そう、彼の言葉は空の器のように軽かった。現実味がなく、虚構にまみれ、理想論と言うには些か以上に悪辣だ。

 

 しかし、海馬は見抜いていた。がらんどうな空の器の中に潜む魔物(目的)の存在に。

 

 KCを利用し、なにか「こと」を起こそうとしていた事実に。

 

 そうして今日まで続いた互いにどれだけ効率的に利用し合うかを競うような生き馬の目を抜く関係。

 

 アテムとは別の意味で、海馬をして完全に読み切れぬ相手――そもそも、神崎自身も読み通りにいった試しが殆どない為、もとより読み切る筋はないのだが、言わない約束である。

 

 だが、そんな気を抜けぬ日々に厄介さを感じてはいても、不思議と退屈ではなかった。

 

 

 とはいえ、そんな日々も今日で終わる。ともなれば、一抹の口惜しさ染みた感情がさざ波立ちもしよう。

 

 

 そうして感慨にふけっていた海馬だが、その耳に何やら騒がし気な様子を捉えた。

 

「お、お待ちください皆様方!」

 

「待つんだ! まずは落ち着いて話を――」

 

 磯野とマニの制止の声を振り切り、5人のおっさんがズカズカと海馬の元を訪れた。その内実は――

 

「神崎くんが辞めたって、なにをしたんですか、海馬社長!? アレですか! 世界初のペンギンちゃん専門の水族館を設立したからですか!? いくら貴方がパンダ派だからって、横暴が過ぎますぞ!!」

 

 一番槍とばかりに見当違いの推論を述べる《ペンギン・ナイトメア》の人こと大瀧。

 

「落ち着け、大瀧。聞いた話では、やりたいことが出来たんだろう? あのワーカーホリックが夢の一つでも持ったのなら祝福してやるのが道理ではないかね」

 

 そんな大瀧を、呆れた様子で諌める《深海の戦士》の人こと大下。

 

「待て待て! それでは誰が儂らと海馬とのクッション役になってくれるのだ!! ……いや、待て――その為のマニか?」

 

「――なっ!? よもや私の選考がそんな理由で!?」

 

 神崎が辞したことで生じる弊害への心配を募らせる《機械軍曹》の人こと大田。

 

「その夢とやらが何なのか気になるところですねぇ。海馬社長、貴方がでっち上げたものでないことを願いますよぉ」

 

 此度の辞任へ猜疑心に塗れた視線を海馬へ向ける《ジャッジ・マン》の人こと大岡。

 

「その件なら、アモンより書状を渡された。まずは皆でこれを把握してからだ」

 

 そんな各々の意見を一旦脇に置こうとする《人造人間サイコ・ショッカー》の人こと大門が持つ封筒に一同の視線が注目する中、海馬は内心で大きくため息を吐く。

 

――騒がしい奴らだ。

 

 これから、このうっとうしい程に騒がしいおっさん共の手綱は、己が握っていかねばならないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オカルト課にて、正式にトップの座に収まった乃亜だが、日常に大きな変化はなかった。なにせ、今まで神崎が留守にしていた時と何も変わらないのだ。変化のしようもない。

 

 

 だが、オカルト課の神崎の――いや、今は乃亜の仕事場への扉を勢いよく開けたモクバと、それを止められないセラが入室してきたことで、その変化のなさも崩れることとなった。

 

「乃亜! 聞いたぜい! 神崎がKCを辞めるって、どういうことだよ! 戻って来て貰うように、お前からも――」

 

「幾らモクバの頼みでも、そればかりは聞けないな」

 

「――なっ!?」

 

 そうして予想していた通りのモクバの発言を、乃亜はアッサリ否定する。いつも海馬への当てつけの為に、モクバに甘めな乃亜らしからぬバッサリ具合である。

 

 思わずモクバが言葉が失う中、その隙をぬうようにセラがなだめようとするが――

 

「モクバ、一度落ち着いて」

 

「落ち着いてられるかよ! アイツ、俺たちに何の相談もなしに……! そもそも、こんな急じゃなくても良いじゃないか!」

 

 残念ながらモクバの平静さは戻らない。長らく共にやってきた間柄だというのに、唐突過ぎる別れだった。

 

 事情の一つでも話してくれれば、納得のしようもあったというのに、それすらないとなればモクバとて追及の手の一つや二つは伸ばしたくなるだろう。

 

 いつもの留守の際の、虚実を織り交ぜるような言葉すら今回はないのだ。

 

「違うよ、モクバ。『今』じゃないと駄目なんだ」

 

 そんなモクバに乃亜は順序立てて、説明を始める。

 

「今のオカルト課は『神崎がいなくとも』滞りなく業務をこなせるようになっている。何故だか分かるかい?」

 

「それは神崎がKCを留守にすることが多いからで……」

 

「それも違うね。彼は『いつKCを辞めても問題ない』ように準備していたのさ。今日、この日の為に」

 

 そう、乃亜の言うように、今のオカルト課に神崎の「必須性」はないのだ。別に神崎がいなくても、オカルト課は何一つ困らない。

 

 そうして神崎がいつでも辞められる準備をしていた旨を明かす乃亜だが、モクバの納得には繋がらなかった。

 

「なんでだよ! 定年も先だし、家庭の事情もない! 業績だって問題ないのに、辞める準備する必要ないだろ!」

 

「金や地位、権力が目的じゃないからだよ。モクバも本当は分かっているだろう?」

 

 KCの居心地が悪かったのか、と自罰しかねないモクバの肩へ手を置いた乃亜は、神崎の本質をこれ見よがしに明かして見せる。

 

「彼はボクたちとは別の未来を見ている――ってさ」

 

 元々、神崎はKCの――いや、海馬たちの歩む(ロード)とは別の(ロード)を歩んでいたのだと。今まで偶々その(ロード)が重なっていただけなのだと。

 

――とはいえ、なんとも急な話だ。モクバへ別れの挨拶の一つもなしとは……それだけ緊急事態ということかな。

 

「モクバ、彼が己で決めたことならば応援してあげるべきではありませんか?」

 

「でもよ、セラ……別れの挨拶すらないなんて……アイツにとって、俺たちは……」

 

 やがて乃亜の内心の想いを余所に、セラがモクバの背中に手を置きながら慰めの言葉を交わす中、乃亜は此処にはいない神崎へと恨み言を思うが――

 

――まぁ、こっちは上手くやっておくから、キミは自由にすると良い――なんて言わなくても好き勝手に動くんだろうけどね。ただ……

 

 

 

 

 

 アモン経由で渡された一枚の手紙に簡潔に記された一文が、その脳裏を過る。

 

 

『アカデミアに気を配れ』

 

 

 海馬でなく乃亜に託されたのは――そういう意味なのだろう。

 

 

 

――さて、何が起こるのやら。

 

 

 

 その一文の本当の意味を知るのは、いつになるかは誰にも分からない。

 

 

 






破滅の光「今だ、みんな! 行け! 俺が時間を稼いでいる間に、原作主人公たちに地獄を見せてやるんだ!!」

???「破滅の光……お前ってヤツは!!」




こんな具合で、GXの「原作開始前編」は完結になります<(_ _)>


次回から、時間が一気に飛びGXの中核――デュエルアカデミアを舞台とした
「アカデミア編」が始まります。
どうかお付き合い頂ければ幸いです。




Q:神崎、ガチでKC辞めたの?

A:宇宙から帰還するのが何年後になるか不明なので、流石に辞表を出しました。

会社員として一般的な神崎の業務は、代替え可能な代物ですから(化け物退治もコブラたちで対応可能ですし)



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GX編 第2章 原作3年前のアカデミア編 遊戯王BK――Blizzard King
第234話 キミの瞳に何が見える?




前話の後書きにて、アカデミア編が始まると言ったな――あれは嘘だ。



前回のあらすじ
セブンスターズ編「…………」

ダークネス編「…………」

???「流石は(原作)崩壊した地獄を見て来た者たちだ――面構えが違う」





 

 

 アカデミア本校が建つ島の内部に建てられた特待生寮の地下にある、岩肌の壁に囲まれた儀式場のような円形に広がる薄暗い空間にて、素顔を灰色のローブで覆い隠した黒衣の男に向けて通信機より影丸の年齢を感じさせるしゃがれた声が響く。

 

『アムナエル、1年という短い期間でよくぞ此処までの成果を上げた。だが、残念ながら時間切れとなる――直ぐに戻れ』

 

「少しだけ待ってくれ、影丸。ダークネスへの強い素養を持つ生徒がいた。彼を利用すれば次こそ、必ず成功する……後一歩なんだ」

 

 そんな帰還要請に対し、素顔を灰色のローブで覆った男「アムナエル」は彼らが願う「不老不死」を成す研究は、後一歩で完遂されるのだと語るが――

 

『止せ、海外留学としていた生徒たちの失踪を勘付かれた以上、そこも安全とは言えん。鮫島ならまだしも、蛇の道を知り尽くした相手の目を誤魔化せはせんぞ』

 

 既にアムナエルは少なくない回数、実験の際に生徒を異世界に存在する闇の中に沈めており、影丸が手回しした隠蔽も限界に来た以上、もはや一刻の猶予もない。

 

「だが、キミの身体は限界に――」

 

『まだお迎えは先だ。その検体への実験は、ほとぼりが冷めた後ならば幾らでも機会があろう』

 

 しかし、それでもアムナエルは諦めきれなかった。なにせ、自分はともかく寿命が近い影丸は特殊な培養液に浸したガラス張りの生命維持装置の中でしか生き永らえるのは困難だ。

 

 KCのオカルト課も「寿命を延ばす」などの人道に外れる商品は取り扱っていない――いや、仮に取り扱っていたとしても、売りはしないだろう。

 

 そうして続いた励ますような影丸の言葉にアムナエルの中で迷いが生まれるも、悔し気に握った拳から納得している様子は見られない。

 

『儂に友の身を案じさせてくれ』

 

 やがて、その通信を最後に、地下の一室より一つの影が消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 晴天広がるアカデミア本校にて、青縁の入った白いアカデミアの制服を着た黒の長髪の青年が、携帯片手に焦ったように駆けていた。

 

 

――頼む。ボクの思い過ごしであってくれ……!

 

 

 その青年の名は「天上院(てんじょういん) 吹雪(ふぶき)」――デュエルアカデミアの1年生であり、最上位のクラス「オベリスクブルー」に配属される実力者だ。だが、それだけではない。

 

 彼は同時に、アカデミア中等部から高等部に進学した若き天才エリートデュエリストの卵でもある。

 

 その実力は、吹雪の親友2人を合わせて「アカデミアの三天才」と評される程だ。

 

 学園側も彼らを含めた成績優秀者には期待しており、オベリスクブルーの生徒の下宿先、俗にいう「ブルー寮」とは別の「特待生寮」を用意する力の入れようを見れば否が応でも頷けよう。

 

 そんな具合に特待生寮にて仲間たちと切磋琢磨した吹雪は、その甘いマスクも相まって「ブリザード・プリンス」と自称――もとい評されている。

 

 

 だが、そんな吹雪が持つ携帯から島外のアカデミア中等部に在学中の2年生である愛しの妹、明日香(あすか)の大きなため息がなされた。

 

『アカデミアの三天才? 何を言っているの兄さん? はぁ、プリンスに続いてまた新しいのを考えたのね……そもそもブリザード・プリンスはキザ過ぎ――あんまり広めない方が良いと思うんだけど……』

 

 ここにきて吹雪の経歴が全否定される。

 

 若干以上に辛辣な発言だが、明日香とてハジケが過ぎる吹雪の言動・行動に頭を悩ませてきた過去があるのだ。天性のお祭り男の肉親となれば、その気苦労は笑えまい。

 

 だが、此処で駆けていた吹雪の足はピタリと止まり、その顔が絶望に染まった。

 

「何を言っているんだ、明日香! ボクと(りょう)! そして藤原(ふじわら)の3人でそう呼ばれていたじゃないか!!」

 

 そんな中、吹雪は、明日香の発言が信じられないとばかりに、縋りつくように声を張ったが――

 

『……用事がそれだけなら切るわよ。これからジュンコとももえの2人で遊びに行く約束があるの』

 

「明日香、待ってくれ! 中等部時代、何度も会って話しただろう! 藤原(ふじわら) 優介(ゆうすけ)だ! ボクの親友の名を本当に覚えていな――」

 

『もう、知らないったら! いい加減しつこいわよ! 後、あんまり亮を困らせちゃダメだからね。じゃ』

 

 切羽詰まった様子で語られる吹雪の言葉を「聞いたこともない」といった具合でバッサリ切り捨てた明日香との通話は切れ、ガチャリと無機質な機械音が吹雪の耳に響く。

 

「明日香! 明日香!! くっ、学園の外の人間なら違うと思ったのに……!」

 

 やがて通話の途切れた携帯へ呼びかけるが、生憎とその声は既に届かない現実に、吹雪は悔し気に拳を握って叫ぶ。

 

「誰も藤原のことを覚えていない! どうしてなんだ!!」

 

 そう、吹雪の親友の一人、「藤原(ふじわら) 優介(ゆうすけ)」の存在が一夜にして消えたのだ。

 

 ただの失踪ならば、話は簡単だったのだが「周囲の人間から藤原に関する記憶だけが消えている」不可解な事件である事実が吹雪を追い詰める。

 

 吹雪と共に「三天才」と呼ばれ、学園で知らぬものがいない人物を「吹雪以外」誰一人覚えていない。

 

 誰に藤原のことを聞いても困惑され、逆に吹雪の体調を気遣われ、時にふざけるなと注意され、世界全てから「おかしいのはお前だ」と指さしてくるような感覚に晒される日々。

 

 

 吹雪の頭は、どうにかなりそうだった。

 

 

 しかし、それでも吹雪が藤原という「自分以外、誰も知らない相手」を信じられていたのは――

 

「彼と過ごした日々は嘘じゃない! それはボクたちのデッキが教えてくれている! なのに!!」

 

 自分のデッキに、藤原とのデュエルを想定したカードが投入されている事実。アカデミアのトップエリートである吹雪は、そういったカードを意味もなく投入するデュエリストではない。

 

 そして、その僅かな違和感は、アカデミアで藤原と頻繁にデュエルする面々のデッキにもみられた。

 

 それだけあれば皆に記憶がなくとも、藤原がいた軌跡は残っているのだと吹雪は信じられる。

 

「なのに、どうして……どうして、誰も覚えていない……んだ」

 

 しかし、それでも誰一人理解者のいない状況は、着実に吹雪の精神を苛んでいた。

 

「騒がしいな、吹雪」

 

 そんな中、項垂れる吹雪に声をかけたのは吹雪と同じ青縁の白いアカデミアの制服に袖を通す藍色の長髪の青年。

 

 彼は、三天才の最後の一人「丸藤(まるふじ) (りょう)」――「皇帝(カイザー)」と称される優れたデュエリストである。

 

「亮……」

 

「どうした? 藤原 優介という生徒は見つかったのか?」

 

「そんな他人行儀な呼び方をしないでくれ! キミの親友でもあった男なんだぞ!!」

 

 しかし心配気な言葉と共に己が肩におかれた亮の手を、吹雪は苛立ち気に払った。

 

 八つ当たりだ。それは吹雪も理解している。だが、あれだけ仲の良かった相手を「見知らぬ他人」のように語る亮の姿が、吹雪には我慢がならなかったのだ。

 

 そうして親友の手を思わず払ってしまった吹雪の顔に後悔の念が映る中、亮は払われた己が手をじっと見た後、吹雪の瞳を真っすぐ見定めて返す。

 

「やはり、いつものおふざけではないようだな」

 

 その亮の瞳は、藤原について語った吹雪の言葉をしかと受け取った真摯な色が見える。

 

「…………信じて、くれるのかい?」

 

「ああ、最初はいつもの冗談だと思っていたが――お前は、こんな性質の悪い嘘は決して吐かない男だ」

 

 藁にも縋るような気持ちで零した吹雪の言葉を、亮は力強く肯定した。吹雪はお祭り男の性分が強いが、誰かを傷つけるような真似は決してしない。

 

「藤原 優介に何があるのかは分からないが、お前の言葉を疑ってしまった俺を許してくれ。俺も特待生寮の生徒たちへの立て続けの海外留学に、不穏な気配を感じていたんだ」

 

 そうして親友からの悲痛な訴えを見逃してしまった件に頭を下げる亮へ、吹雪は助力を願うように掌を差し出した。

 

「……亮! キミってヤツは!」

 

「校長室に向かおう。師範なら、きっと力になってくれる筈だ」

 

「ああ!」

 

 かくして互いに握手で和解した二人は、亮に「サイバー流」というデュエル流派を過去に教えた師でもある人物――アカデミア本校の校長こと鮫島校長がいる校長室へと駆けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで校長室にてデスクに座る、アカデミアの制服に似たデザインのベージュの教員服に身を包んだスキンヘッドに顎髭が特徴の恰幅の良い壮年の男「鮫島」こと鮫島校長から――

 

「申し訳ない、吹雪くん。今の私にできることは何もないんだ」

 

 学園側が動くことは出来ない旨を知らされた。

 

「くっ……やっぱり、鮫島校長もボクがおかしいだけだと仰りたいんですか!!」

 

 吹雪も予想はしていた返答だった。大半の人間から見て「吹雪の頭がおかしくなった」との結論に達することだろう。

 

 だが、吹雪とて此度の事件を証明する糸口程度はあるのだと、鮫島校長のデスクに赤い宝玉が光る矢じりのような形状をした目元を覆う為の黒い仮面を叩きつけた。

 

「でも、藤原から託されたこの仮面を調べて貰えれば何か分かる筈です! お願いします!!」

 

「そうではありません――この出自不明の仮面が何で出来ていたとしても、キミが言う『藤原 優介』なる人物の失踪の明確な証拠に繋がらない以上、大々的に動く大義名分にならないのです。この学園を守る者として、いたずらに混乱をばら撒く真似は出来ないのです」

 

 そう力強く説得する吹雪だが、鮫島校長からの返答は変わらない。

 

 なにせ世の中にはルールがある。法と言っても良い。そんな人間が生み出した決まり事は「世界中でただ1人の生徒だけが認識する人間を探す」ことを許しはしないのだ。

 

 吹雪が個人的に調べようにも、知り合いへの聞き取り調査すら嫌悪感を向けられることだろう。「吹雪以外に誰一人として認識していない相手」のことを根掘り葉掘り聞いてくる行動など傍から見れば異常者以外の何者でもないのだから。

 

 そして吹雪の要望を受け、多くの人員を費やして大々的調査するとなれば、問題はより大きくなる。

 

 人のプライバシーを覗き見る真似も必要になろう。物々しい調査は生徒たちの不安を煽ることになろう。就職や進学に忙しい学園の3年生の邪魔をすることになろう。調査する人員の規模によっては他の業務にも支障が出かねないことになろう。etc.etc

 

 細かな例を挙げればキリがない。

 

 鮫島校長にとって――いや、デュエルアカデミアにとって吹雪の要請に応えることはデメリットがあまりにも大き過ぎた。

 

「待ってください、師範! 確かに吹雪はお調子者(お祭り男)な面もありますが、こんな嘘を吐く男ではありません! それは俺が誰よりも分かっています!」

 

 だが、此処で亮が一歩前に出て吹雪を援護する。確かに明確な証拠と呼べるものは何もない。しかし友人として吹雪をよく知る亮からすれば、自分たちにこそ異常があると思えてならない。

 

「それに不自然に続く特待生寮の生徒の海外留学も何かがおかしい!」

 

 このところ亮のクラスメイトである特待生寮の生徒たちが次々と海外留学しており、音沙汰もない。それらも加味した上で危機感を持って訴えるのだ。

 

「師範! 俺たちの手に負えないなにかが、起こっているのかもしれません! オーナーに! 海馬社長に連絡を!!」

 

「確かに、今大きな何かが動いていることは私も感じております」

 

――影丸理事長が何やら企んでいる気配もある……だが、相手の狙いが分からない今、下手に動いて、生徒たちを危険に巻き込む訳にはいかない。

 

 しかし鮫島校長は頑なだった。なにせ此処は「島」という逃げ場のない場所である。それに加えて「学園」という性質上「守るべき大勢の生徒を抱えている」も同義。

 

 相手の狙いも分からず、不確定な情報を前提に動いて万が一のことがあれば、今以上の混乱や、生徒から犠牲者が出る可能性は決して低くはない。

 

「だとしても、それは一生徒である貴方たちが踏み入るべきことではありません」

 

「ですが師範……」

 

 言外に「吹雪の個人的調査」へ釘を刺し、「己が個人的に調べる」旨を告げた鮫島校長の姿勢に、吹雪の苦悩を知る亮は苦虫を嚙み潰したような表情を見せるも――

 

「亮、分かってください……」

 

――近々KCより監査が入るとの話があった。その時に何かが見つかれば……

 

 思慮を巡らせつつも「今は」と深々と頭を下げた鮫島校長の姿に、亮は拳を握って出かかった言葉を呑み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて校長室を後にし、建物の外に出た吹雪と亮だったが、亮は沈痛な表情で吹雪に告げる。

 

「済まない、吹雪。大見得を切っておいて……」

 

 亮の「自身の師ならば」との提案。だが、彼が考えている以上に「学園を経営する者」という枠組みの中にいる鮫島校長は、不確かな情報や憶測で安易に動くことを許されぬ立場だった。

 

 しかし、それでも表立って動けないなりに手を尽くす姿勢を見せた鮫島校長の言葉を亮は信じるが――

 

「だが、師範にも考えがあっての――」

 

「いや、良いんだ、亮。ボクもこんな荒唐無稽な話、直ぐに信じて貰えるとは思っていないよ――でも、キミが信じてくれて嬉しかった」

 

 吹雪はどこか諦めるように「気にしていない」と小さく首を横に振った後、亮の視線を真っすぐと見て告げられた言葉に、亮は己が無力さに顔を背けた。

 

「吹雪……力になれず、本当に済まない……!」

 

「気にしないでくれ――鮫島校長はああ言っていたけど、ボクはボクなりに手を尽くしてみる。今までありがとう、亮」

 

「そう……か。俺も師範の邪魔にならないよう調べてみる。夜に報告し合おう」

 

「ああ、灯台で落ち合おう」

 

 かくして吹雪は特待生寮へ、亮はアカデミア本校の建物へと二手に分かれ、手掛かりを探すこととなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この決断を後悔するとも知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 特待生寮の藤原がいたとされる部屋にて、吹雪は家探しするも「空き部屋」とばかりに整頓された光景は、人が住んでいた気配すら感じさせない。

 

「部屋の方にも痕跡はなかった……手がかりになりそうなモノは、藤原から託されたこの仮面だけ」

 

――誰も彼も藤原の存在を覚えていなかった。やっぱり……おかしいのはボクの方なのか?

 

 調べれば調べる程に、集まる情報全てが藤原の存在を否定する。そんな早くも手詰まりが見え始めた状況だが、吹雪には別の方針があった。

 

――なら、この仮面の情報から真相を探ってみよう。手がかりになりそうなものは……

 

 そして考えを巡らせれば、最近赴任した錬金術の授業を受け持つ前髪を左右に分け、長い黒髪を後ろでまとめた眼鏡の教員の男、「大徳寺」から告げられた言葉が脳裏を過る。

 

『吹雪くん、生憎「藤原 優介」という人物に心当たりはないですが、その仮面に特別な力が宿っていることは分かりますニャ。もしその力に興味があるなら、特待生寮の地下に何時でも来てくれて大丈夫ですニャ』

 

 その教員は吹雪が託された仮面の正体を知っているような口ぶりだった。

 

 ただそう告げられた時は、消えた藤原を学園中探し回っていたため、そのことは今の今まで頭の隅に放置していた次第である。

 

――そういえば大徳寺先生は、藤原がボクに残したこの仮面のことを話していたな。今に思えば怪し気な話だったけど……

 

 しかし仮面の正体を知っているということは、藤原の消失に関与している可能性もあり、危険性は言わずもがな。

 

――今は手掛かりが少しでも欲しい。鮫島校長と近しい亮を呼べば相手が警戒して出てこない可能性もある。やはり此処は!

 

 だが、藤原の捜索の突破口を求めていた吹雪は危険を承知で誘いに乗る。虎穴に入らずんば虎子を得ず――荒唐無稽な話に僅かでも現実味が帯びれば、鮫島校長も動けよう。

 

 そうして、吹雪は空き部屋を後にし、この特待生寮の地下へと進む階段に向けて駆けていく。

 

 その先に、藤原を救う道があると信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『マスター……どう、して……』

 

 (藤原)を想うその声は、吹雪には届かない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで特待生寮の壁代わりの剥き出しの岩肌が広がる地下室にて、吹雪の声が木霊する。

 

「大徳寺先生ー! 吹雪です! 天上院 吹雪です! あの時のお話を聞きに来たんですが、いないんですかー?」

 

 だが呼びに呼べども返答はなく、魔法陣でも描いたような跡が残る石畳の上に散乱する書物や資料が並ぶばかりで、肝心要の大徳寺先生の姿は欠片も見当たらない。

 

――おかしいな。今日は大徳寺先生の授業もなかったし、あんな提案をした以上、ボクを待っているものだと思ったけど……それに。

 

「この散らかり具合……まるで夜逃げでもしたみたいじゃないか」

 

 やがて「様子がおかしい」と足を止めた吹雪は、顎に手を当て困ったように首を傾げて見せる。

 

 なにせ、部屋の様子を見れば「地面に何らかの陣を書いている途中で慌てて逃げ出した」ようにしか見えない。明らかに吹雪を誘うような発言をした相手の部屋にしては、腑に落ちない点が多かった。

 

 やがて吹雪は、大徳寺先生との接触を内心で諦めつつ、手掛かりを求めて石畳の上を転がる書物の一つを手に取り調査を始めていくも、一見さんお断りとばかりに専門的な用語の羅列に困ったように頬をかいた。

 

「流石にボクが分かる範囲は少ないか。こっちは、なんだろう……『ダークネス次元への次元干渉』? 別次元なんて、ロマン溢れるテーマだけど――!? この仮面……!? まさか――」

 

 たが、パラパラとページをめくった先に「自分が持っている仮面の記述」を見つけ、その目を見開いた。

 

 やがて、可能な限り周辺の書物や資料の内容を咀嚼した吹雪は、確信に満ちた表情を浮かべるも――

 

「――やっぱり、藤原が向かったのはダークネス次元……儀式の準備の詳細が記されている以上、大徳寺先生が関与していたのか? でも、それなら藤原のことを覚えていないのはおかしい……」

 

 折角手に入れた情報が、逆に新たな謎を呼ぶ結果を生む。

 

 大徳寺先生の研究によって藤原がダークネス次元に飛ばされた――そう考えれば、全ての謎は解けるというのに、肝心要の大徳寺先生に「藤原の記憶がない」事実が、その吹雪の推理を否定する。

 

――でも、あの様子は嘘には見えなかった……なにかトラブルがあったのか?

 

 演技の可能性を吹雪が考えるも、愛の伝道師を自称し、「人の機微」に聡い吹雪には、大徳寺先生が嘘をついているようには思えない。

 

 それに加え、吹雪を利用するのなら「藤原を知っている」と語った方が吹雪をより釣れた筈である。

 

 それをしなかった現実が「大徳寺先生に藤原の記憶がない」ことに真実味を帯びさせた。嘘を吐こうにも「藤原の特徴を知らない」以上、簡単にボロが出るため、相手も避けることは明白だろう。

 

 やがて一先ずの成果を得た吹雪は、目ぼしい資料を見定めて亮との合流を意識するも――

 

「手がかりがない以上、此処を調べた後で亮と合流し…………誰だ!!」

 

 己の視界の端で捉えた不審な人影に声を荒げるも、当の相手は即座に踵を返して逃げるようにこの場を後にする。

 

「待てッ!!」

 

 そうして「逃げる」ということは「やましいこと」があると考えるのが道理だと、吹雪はその人影を追いかけていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 KCのロゴが見える巨大なヘリコプターがアカデミアに着陸したのも束の間、そんなヘリから降りた面々を迎えた鮫島校長は、来客である一同の代表者である青年を校長室に案内する。

 

「この島は暑いね」

 

「このような唐突な来訪は困ります、乃亜様」

 

 そんな鮫島校長の意識は、向かい合って座る海馬社長によく似た顔立ちの青年「乃亜」に注がれていた。

 

――海馬オーナーの弟「海馬 乃亜」。科学方面に造詣が深い海馬オーナーとは違い、非科学的分野を追求する若き天才との話だったが……

 

「本日はどういったご用件で? よもや、乃亜様が自らアカデミアの監査を担当なされるのですか?」

 

 なにせ、この学園のオーナーである海馬 瀬人の弟(と、いうことになっている)相手の直々の来訪だ。何もない筈がない。

 

 ゆえに、乃亜が明らかに多くの人員を引き連れて来たことから、鮫島校長は前々から通達されていた「学校の実情の調査」かと、当たりをつけるが――

 

「ああ、そのことか。()()()、もう終わったよ」

 

「終わった? これからでは、ないのですか?」

 

「通知を行いキミが受理したその瞬間から監査を始めたんだ。学園の自然な状態を知りたかったからね――今日は、その結果発表さ」

 

 すごい軽い感じで乃亜から明かされた掟破りな監査法を明かされる。さしずめ「近々」の拡大解釈と言ったところか。

 

 そんな具合で、知らぬ間に学園中を調べ回られていた事実に、鮫島校長は乾いた笑い声を漏らした。

 

「はは、貴方も人が悪い」

 

――アカデミアを調べて回るような面々はいなかった筈だが、一体いつの間に……

 

「それで、どうでしたか? 我が校はお眼鏡に叶いましたか?」

 

 学園にいる者として「まるで気が付かなかった」事実を軽口で隠しながら、鮫島校長は明かされる裁定を心配する様子も見せずに結果発表を促した。

 

 なにせ、自身の愛弟子カイザー亮や、その亮に並ぶブリザード・プリンスこと吹雪――そんな優れたデュエリストを輩出できた証明がある以上、過度な心配は二人に失礼というもの。

 

 海馬社長も、この結果には満足する確信が鮫島校長にはあった。

 

「うーん、言い難いけど、こう言ったことは濁しても仕方がないからハッキリ言わせて貰おうかな」

 

だが先程とは打って変わって困り顔を見せた乃亜が、自身の後ろにガードとして立つ黒服グラサンの牛尾から何やら書類の束を受け取ったと思えば、すぐさま鮫島校長に向けて数枚の書類を差し出された。

 

 

「鮫島校長、この解雇通知の書類にサインを頼むよ」

 

 

「ぇ?」

 

 

「依願退職――という形を取るのかな? まぁ、キミの要望は可能な限り応えるつもりだけど、その辺を抜きにして言ってしまえば――」

 

 そうして差し出された書類を前に、ピタリと固まる鮫島校長。ちょっと相手が何を言っているのか理解が追いついていなかった。

 

 

 そんな鮫島校長を余所に、幾ら言葉を濁したところで、無情な現実はなにも変わりなどしないのだと、乃亜は淡々と此度の要件の()()を語って見せる。

 

 

 

「――キミ、クビ」

 

 

 

 社会の荒波が鮫島校長を襲った。

 

 

 

 






この人を外すだけで、原作の問題の半分くらいが消えるんだよね。




Q:鮫島校長がクビ……だと……!?

A:原作開始時のアカデミアの状況を鑑みれば、アカデミアを管理する立場に向いていないのは一目瞭然だから……(震え声)

庇ってくれる都合の良い人(神崎)もいませんし。

詳しくは次回――というか、今章。



Q:えっ!? 吹雪のダークネス化は、大徳寺先生が原因だったの!?

A:原作のダークネス事件の際に、(二)十代から排水溝に流す脅しを受け、魂状態だった大徳寺先生から「天上院くんは元々ダークネスの力を持っていた。自分たちはそれを利用しただけ」との旨を自白しており、

また、セブンスターズ編の吹雪から「儀式場は大徳寺先生が用意した」的な証言もある為、完全に黒です。

そして吹雪に「ダークネスへの高い適正があった」と知っている以上、比較対象が当然いたことになり、「特待生寮の生徒も戻ってきた」との言から繰り返し実験していたと思われます。

早い話、この段階では、まだワルだった頃の大徳寺先生な状態です。


Q:藤原の方は?

A:オカルトへの専門知識もない一介の学生に過ぎない藤原が、その手の魔術的な教本を用意できるとは思えないので、

ダークネス世界に不老不死を求める影丸とアムナエルからの助力があったと思えます。

そうして利用するつもりが、ダークネスから直に強い影響を受けた藤原によって、記憶消去を受けたことで計画が水泡に帰した――と、想定しております。




Q:原作を見るに、アカデミアでの大徳寺先生は、影丸理事長の野望阻止に動いていたんじゃないの?

A:この時点では、原作3年前です。

原作では、吹雪がダークネス化し、戻ってきた際に自責の念から、反逆に至ったのだと、作者は考えております。




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第235話 どうして囚われの姫ポジが男なんですか?



どうして……(現○猫感)

前回のあらすじ
鮫島校長「神崎ーー!! はやくきてくれーーっ!!」





 

 

「ク……ビ?」

 

「うん、クビ」

 

 校長室にて思わず零れた鮫島校長の言葉に、ポンと乃亜から無慈悲な宣告が下される。

 

 その現実を前に現実を受け止められない鮫島校長が固まったまま動かなくなってしまうが、暫しの硬直後、すぐさま乃亜が即座に解雇を告げる理由になりそうな内容を把握した。

 

 それならば、まだきちんと順序立てて話せば弁解の余地がある筈だと。

 

「お待ちを! 吹雪くんの言っていた生徒が行方不明になった件は、影丸理事長のこともありますので慎重に動くべき――」

 

「おや、其方は把握していたのか。優秀だね。でも残念ながら別件だよ」

 

「ならば何故、こうも唐突な解雇を――」

 

「単純にアカデミアのブランドが落ちているからさ。卒業生の実力もお粗末になっていく現状は、もはや無視できないものだ」

 

 だが、鮫島校長は前提を間違えていた。

 

 乃亜は「影丸理事長の怪しげな動き」ではなく、「吹雪が語っていた不可解な件」でもなく、シンプルに「表の学園の状態」を問題視している。

 

「軽く校内の状況を調べさせたけど――」

 

 そうして乃亜の指示に従う牛尾が資料をテーブルの上に並べていけば調査結果が浮き彫りとなった。そう、このアカデミア本校の現在の状態は――

 

「特定の生徒ばかり贔屓する教員たち」

 

 自分好みのデュエルをする生徒を贔屓し、レアカードの授与、成績不振に対する強引な救済措置、学園活動に必要のない特別処遇を許す教員が蔓延り、

 

「禁止されている筈のアンティルールが暗黙の了解で行われている現実」

 

 生徒たちは校則すら碌に守れず、教師たちもそれを咎めようとはしない――いや、気づいていないだけかもしれないが、それはそれで問題だ。

 

「本校の理念である『リスペクトデュエルの精神』を忘れた生徒たちの増加」

 

 精神面も、上昇志向がなく、怠惰で、傲慢な生徒たちを見れば未熟さが浮き彫りであり、これでは何の為の教師(導くもの)なのか呆れる他ない。

 

「デュエリストの命でもあるカードを乱雑に扱うなんて以ての外だと思うよ?」

 

 そしてデュエリストにとって切っても切り離せぬ相棒であるカードへのリスペクトすら忘れる始末では、「デュエルエリートの育成」との触れ込みに疑問視が浮かぶだろう。

 

「他にも色々あるけど――特殊な力を有していたもけ夫くんを校内に隔離するのなら、オーナー側に話を通して欲しかったかな。まさか学園の資金で彼を養う訳にはいかないだろう?」

 

 それ以外の問題もなくはないが、この点に関してはイレギュラー的な側面が強く、此度の解雇の決断への後押しにはなっていない。とはいえ、鮫島校長の手腕の問題点を定義する程度の働きはしたが。

 

 

 そう、乃亜からすれば鮫島校長は「成果を出さない職員」に過ぎなかった。神崎が気にしていたことは知っているが、乃亜からすればその程度の認識だ。

 

「分校の改革を受けて『本校もうかうかしていられない』とは思わなかったのかい? それとも『ようやく分校も本校に追いついて来たか』と、王者気分だったのかな?」

 

 改善する気もなく、上昇志向もないのなら重宝する理由もない。鮫島校長が選ばれた最大の理由である「リスペクトの精神」を学園内に浸透させることすらできないのなら、なおのことだ。

 

 そうしてテーブルに資料という形で並べられた学園の問題に鮫島校長は己が力不足に頭を下げる。だが、彼にもクビになる前に伝えておかねばならぬことがあると口を開くが――

 

「…………私が、私が至らなかった部分は認めます。ですが、今少しお待ちを! 学園にて異変が――」

 

「いや、此方もキミへ無茶を言ってしまったみたいだからね。お互い様さ」

 

「無茶?」

 

 だが、此処で労わるような口調を見せた乃亜の姿に、鮫島校長の顔に疑問が浮かぶ。

 

 これだけの惨状が並べられた以上、問答無用で解雇されても文句は言えないと考えていただけに、未だに乃亜が対話のテーブルを続けていることが鮫島校長には不可解に映ることだろう。

 

「キミは鞭を振るえない」

 

 しかし、乃亜は「鮫島校長を切って終わらせる」気など毛頭なかった。そもそも人事の段階で問題があったのだと。

 

「どれだけ落ち零れた相手でも決して見捨てないその心意気は素晴らしいものだと思うけど、キミの手では生徒全てを救い上げることなんて出来やしない」

 

 乃亜が語るように、アカデミア本校は大きな学園だ。生徒の数も当然それに比例する。

 

 道場レベルならば鮫島校長の理想も悪くはないのだろうが、上述した「数」の前では理想論にすらなりえないだろう。

 

 なれば、当然「足切り」が必要になる。

 

「成績不振に対する救済措置を重ねて引き揚げる方にばかりリソースを裂けば、当然、他はおざなりになるだろうさ」

 

 それを放棄した先にあるのは「破綻」だと語る乃亜だが、優しい鮫島校長は生徒へ「キミは我が校に必要ない」とは言えなかった。

 

 生徒たちを導き、育て上げることが仕事である自分たちが、生徒を見捨てては本末転倒であると。

 

 此度は能力不足でその仕事を果たせなかったとはいえ、「生徒を見捨てる」考えなど教育者が持って良い考えでは無い筈だと。

 

「生徒を……生徒を見捨てれば良かったとでも仰るおつもりですか……!!」

 

「そうだよ」

 

「――なっ!?」

 

 ゆえに「そんなことがあって良い筈がない」との鮫島校長の言葉だったが、乃亜は「それ」をアッサリ肯定した。

 

「アカデミアは『将来を牽引するデュエルエリート育成の場』だ。そのレベルに達しない・適性がない生徒は切り捨てて良い。この学園の他にだって学び舎はあるんだから」

 

 そして乃亜は語る。なんの為の選別(試験)なのかと。教育者ではない彼らしい思想だった。

 

 言ってしまえば、出来る範囲を自分たちで担当し、出来ない範囲は他に任せる――たった、()()()()()()()が何故、出来ないのかと言わんばかりである。

 

「瀬人も『そう』していただろう? 義務教育じゃないんだ――合わない生徒へ無理をさせる必要はないよ」

 

 実力主義の海馬も、その思想に近かった。「弱卒は不要」と全速前進し、アカデミア本校のブランドを作り上げたのは彼だったのだから。

 

「ただ此方も、特殊な事情もなしに留年するような怠惰な生徒にすら、慈悲をかけて根気強く育てようとするキミの優しさを見抜けなかった落ち度もあるからね。だから、転職だと思ってくれていい」

 

 やがて、海馬が目指していた学園の在り方に合わない人事をしたKCの責任も小さくはないと語る乃亜の声が、鮫島校長には遠くに聞こえる。

 

 優し過ぎる彼には、弱卒を容赦なく切り捨てる彼ら兄弟の在り方は、徹底的に相容れない思想なのだろう。

 

「キミの要望は可能な限り叶える。サイバー流の道場に戻りたいのであれば、直ぐに復帰できるように話を通しておこう。なんだったら新しい道場を用意してもいい」

 

 そうして呆然とする鮫島校長の元に、これ幸いと言わんばかりの話が並べられていく。そのどれもがまさに「渡りに船」と言わんばかりの内容だ。

 

 乃亜としても当然の配慮である。

 

「此方としても学園に、リスペクトの教えは残していきたいんだ。持ちつ持たれつで行こうじゃないか」

 

 そう、乃亜が求めていたのは「鮫島校長」ではなく、リスペクトの教えだけだった。ゆえに「鮫島()()」を通じて、サイバー流との繋がりは残しておきたい――そんな思惑。

 

 これでは学園の方針に口を出してくるような立場を与える気はないと言外に告げられているも等しい。

 

「例えば、アカデミアの教師にキミがサイバー流のリスペクトの教えを説き、学園で広める――なんて、どうかな? 学ぶ意欲は生徒より高いだろうし、そうして教師陣に多く広まれば、学園全体にリスペクトの心が浸透するだろう?」

 

「私に生徒を見捨――」

 

「助けたいなら、なおのこと席を空けるべきだ。キミの手に余っていたからこその現状なんだから」

 

 そんな具合に言外に学園から去るように促される鮫島校長は、問題を起こすだけ起こして放り投げることを良しとしなかったが、乃亜の発言に返す言葉がない。

 

 

 結果を出せなかった以上、その言葉に説得力は生まれないだろう。

 

「失礼する」

 

 そうして状況に流されるだけの鮫島校長だったが、返答を待たない一方的な声と共に来客――アカデミアの赤い制服を右腕に乗せた青年の姿に、「見覚えがない生徒だ」と顔を上げた。

 

「どうしたんだい? ああ、彼のことも紹介しておこう。彼はアモン――彼に生徒たち『の』内情を調べて貰ったんだ」

 

 やがて、その青年――アモンの正体が乃亜から明かされる中、当のアモンは軽く一礼した後、乃亜へ報告の為の人払いを願うが――

 

「良い知らせと悪い知らせがある。だけど――」

 

「構わないよ。彼は吹聴するような人間じゃない――まずは良い知らせの方から頼もうかな」

 

 咄嗟に席を立とうとした鮫島校長を手で制した乃亜を余所にアモンは気にした様子もなく報告を始めた。

 

「良い方は、斎王が天上院 吹雪を無事保護した。聞き取り調査から被検体候補の一人だったことが推察される」

 

 とはいえ、なされた報告は断片的過ぎて鮫島校長には理解できない。「被検体」とはなんの話かと。だが――

 

「悪い方は『大徳寺という教員が姿を消していた』とのことだ。準備された儀式場の様子を見るに、恐らく一連の失踪事件の実行役だろう」

 

「まさか……そんな、彼が……」

 

 続いた報告にその目は大きく見開かれた。纏めてしまえば「失踪事件の犯人が大徳寺」との情報は彼の人柄を知る鮫島校長からすれば信じられない話である。

 

「安心してくれ、生徒の失踪の責任をキミに問う気はないよ。誰だってこんな話を聞かされれば、信じられる筈もないさ」

 

 だが乃亜とて「非現実が引き起こした問題の責任を問うのは酷」だとは理解している為、フォローに回るが――

 

「待ってください! 彼はそんなことをする人間ではありません! 確かに少々変り者ではありますが、生徒をいたずらに危険に晒す真似など――」

 

「残念だけど、アカデミアの問題に手が回っていなかったキミの言葉に説得力を見出すことは出来ないかな」

 

「それは……」

 

 それでもなお同僚を信じたい想いを見せる鮫島校長へ、乃亜は再度言い聞かせるように告げる。

 

「そう自分を責めなくていい。さっきも言ったように、今回の事件に関してキミが責任を感じる必要はないんだ――凡そ一般人の手に余る事件だからね」

 

「ですが、学園内で起こった事件だというのに、私は……!」

 

「そもそも『そういった事件』を担当するのはアカデミア倫理委員会の方だろう? 彼らの目が節穴だった件を無視するのは感心しないな」

 

 鮫島校長の責任がないとは言えないが、そもそも調査技術などは素人同然な彼が「学園での事件の予兆に全て気付け」という方が無茶な話だ。

 

 そういった方面は警察の仕事だ。外界から孤立した島にあるアカデミアにも同系統に類する島の治安を守る「アカデミア倫理委員会」という組織がある。

 

 原作でも、十代の周辺に起きた事件への調査を行っていた。

 

「キミに落ち度はあったかもしれないけれども、他の面々にも十二分に落ち度があったんだ――無論、ボクも含めてね」

 

 此度の件は、そんな彼らの失態でもある為、鮫島校長への対応へ乃亜は温情を見せている背景がある。ゆえに、乃亜は鮫島校長へと言い含めるように続けるが――

 

「キミの提唱した『リスペクトデュエル』は何も間違っていないさ。素晴らしい理念だよ。だから、今度は別の形で、その力を発揮して欲しい」

 

「私に……私に出来ることは、もはやないのですか……?」

 

「何を言っているんだい? さっきの話以外にも沢山あるじゃないか」

 

「慰めのつもりな――」

 

 教え導くものとしての自信を打ち砕かれ、自責の念に苛まれる鮫島校長へ向けて、乃亜は告げる。

 

「サイバー流道場の門を叩くデュエリストたちに道を示す」

 

 鮫島校長から、サイバー流の「マスター鮫島」としての立場に()()道。

 

「リスペクトデュエルを踏まえた教育カリキュラムを立ち上げても良い」

 

 校長の肩書を捨てつつ、他の教員が生徒へリスペクトの教えを伝え易くする為、アカデミアに()()()道。

 

「アカデミアにとどまらず、一般の学校でも、リスペクトデュエルの理念を伝える外部職員を目指すことだって出来る」

 

 アカデミアという括りを超え、世界中にリスペクトの教えを説いて回り、新天地へ()()道。

 

「幾らでも道はある」

 

 鮫島校長の未来は無数の可能性で満ちている。此度の件では失態続きだったとはいえ、彼には「師範代」にまで上り詰めた理想と力があるのだから。

 

「キミがデュエルアカデミアを重んじてくれるのはありがたいけど、骨までうずめる覚悟なんてしなくて構わないさ。自分が出来る範囲で望む道を進めば良い――これも一つの『リスペクト』のあり方だろう?」

 

「…………なら一つだけ、最後に一つだけ、願わせてください……」

 

「そう遠慮することはないさ。キミがこれまでアカデミアを支えてくれた事実を蔑ろにする程、ボクは狭量ではないつもりだからね」

 

 そうして鮫島校長が自身の退任の意思が見え始めた中、乃亜はまるで旧知の間柄のように背を押して見せれば――

 

「キミの希望は可能な限り叶える――そう言っただろう?」

 

「私の手が回らなかったゆえに生じてしまった問題を、私の不甲斐なさが生んだ件の今後を、どうかこの目で見届けさせて貰いたいのです」

 

「……キミの献身振りには本当に頭が下がるよ。許可しよう――キミがアカデミアを去るまでの間であれば、自由に見て回って構わないよ」

 

 最後まで学園の未来を案ずる鮫島校長の願いに、乃亜は賞賛を送るように破顔させた後に指を一つ鳴らす。

 

「牛尾、アモン――鮫島校長のエスコートを頼む」

 

「いや、俺はアカデミア倫理委員会の方が担当なんで、この後はそっち回らねぇとダメなんすけど……」

 

「だからだよ」

 

 かくして、鮫島校長――いや、「鮫島」は諸々の手続きの後、牛尾とアモンに連れられ、校長室を後にした。

 

 

 彼が向かう先は、学園の規律を守る立場であるアカデミア倫理委員会――ぶっちゃけた話、此処がキチンと機能していれば、鮫島校長が解任まで追いつめられることもなかったりするのだが――

 

 

 それを知った鮫島が何を思うのかは――いや、きっとそれでも己を責めてしまうのが彼の美徳であり、欠点でもあるのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして意気消沈な鮫島に、牛尾が労わるように肩を貸すような様子をアモンがガン無視して廊下を進む道中にて、校長室に向けて全力疾走していた亮は探した顔を見つけたと同時に足を止めて呼び止めた。

 

「大変です、師範!! 今、特待生寮に――」

 

「亮……」

 

「……其方の方々は?」

 

 だが、見知らぬ顔ぶれに亮は訝し気な様子で鮫島に問うが――

 

「彼らはKCから――」

 

「俺――我々は、この学園の問題を解決しに来たもんだ」

 

「そうでしたか! 心強い! なら、特待生寮へ共に行きましょう!」

 

 鮫島の言葉を遮る形で牛尾から「KC」の文字が見える身分証が明かされた。

 

 これには、亮も「師範が応援を呼んでくれたのだ」と、物々しさを見せていた特待生寮へと共に向かう旨を伝えて踵を返そうとするも、その後に続くものは誰もいない。

 

 己が師である鮫島でさえ、動く気配がない。当然、亮の動きもまた止まる。

 

「師範?」

 

「こっちは別件があるんでな。特待生寮には寄れんのよ」

 

「どういうことですか、師範? 吹雪の件以外で――まさか、特待生の生徒の海外留学の件ですか?」

 

「それは――」

 

「これ以上は『一生徒に話せることじゃない』ってのは、坊主にも分かるよな?」

 

「俺のクラスメイトの話です! 無関係じゃない!! それに一体どうしたんですか、師範! 何故、なにも言ってくれないんです!!」

 

 やがて、先程から鮫島に喋らせないように言葉を遮る牛尾に、亮は強い警戒心を持ちつつ鮫島へと言葉を投げかける。

 

 いつも自分たちの力になろうとしてくれる鮫島が、どうして誰とも知れぬ相手に粛々と従っているのか。どうして、自分の質問に何一つ答えてくれないのか。

 

 鮫島から「答えられない」との言葉一つで亮は納得するというのに何故、当の鮫島は無言を貫くのか。

 

「牛尾、先に行け。時間の無駄だ」

 

「お、おい、アモン」

 

 そんな目に見えぬ攻防を面倒に感じたのか、アモンが肩をすくめつつ牛尾に先を促し、デュエルディスク片手に亮へと向き直った。

 

「ボクらも暇じゃない。此処はデュエルエリートを育成する学園らしく『デュエル』で決めようじゃないか――キミが勝てば質問に答えよう。負ければ引き下がってくれ」

 

「……良いだろう。その勝負、受けて立つ!」

 

 明らかに「何か隠しています」な牛尾たちに、亮も鮫島師範を助け出すような面持ちでデュエルディスクをセットするが――

 

「おいおい、勝手に決めるんじゃねぇよ。どやされるのは俺なんだぞ」

 

「此処で無駄に時間を使っている方が問題だ。違うか?」

 

 牛尾が「関係のない生徒と争ってどうする」とのもっともな意見を出すも、此処で「無駄に揉めている方が問題」との言葉もまた真理。

 

「乃亜はあの人のように規律に緩くはない」

 

「ハァー、お互い雇われの辛いところだねぇ――んじゃ行きましょうか、鮫島校長」

 

「待っていてください、師範!」

 

 やがて両手を軽く上げて諦めたようなジェスチャーを見せた牛尾が鮫島を引き連れてこの場を後にする中、その師の背に亮は力強い声を届けた。

 

「 「 デュエル!! 」 」

 

 かくして、此処に師の進退を――かけた訳でもない、あまり大勢に影響しないデュエルが幕を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 此処で舞台はガラリと変わり、特待生寮の地下室にて、オカルト課の面々に囲まれた吹雪は不安気に口を開いた。

 

「藤原は……ボクの友達は戻って来るんでしょうか?」

 

 地下を捜索中に吹雪が追った相手は、この学園での異変を収拾させにきたKCの職員の一人である斎王であり、その職員の中にいたノース校との交流戦でも馴染みがあったコブラからちょうど事情の説明を受け終えたところである。

 

 

 しかし己の言を後押ししてくれる面々の登場があれども、「それ自体」が藤原を助けられる確証にはなりえない以上、吹雪の不安は当然のものだろう。

 

「悪いが確約は出来ん。我々とて、未知が多い領分だ。だが――」

 

 そして、それはコブラとて確約は出来ない部分だ。必要になる諸々を手配したとはいえ、オカルト課でも介入を禁じられていた「ダークネス次元」への干渉は未知のものが多い。

 

 しかし、コブラは自負を持って吹雪に告げる。

 

「此処に集った人間は、この手の問題において、世界一だと私は思っているよ」

 

 この場に集った面々は、まさに世界中から選りすぐったスペシャリストたちだと。

 

 

「うーむ、座標点の割り出しは問題なく終わりましたが、問題は相手側のリアクションですな」

 

 やがてツバインシュタイン博士の観測からの考察を余所に、

 

「荒ぶる気配が地脈を通じて感じられる――これをこじ開けるとなれば、交戦の可能性が高いと思われるぞ」

 

 斎王の妹である美寿知が鏡を乗せた祭壇を通じ、この場の力の流れを読み、

 

「逆位置の運命の輪(フォルトゥナ)のアルカナが出ている。藤原という青年は、なんらかの悩みを抱えていなかったかね? それが原因でキミたちと縁を避けていた――別れへの恐れが見える」

 

 斎王が未来を占えば、此度の騒動を解決に導く道筋が浮かび上がる。

 

 そして意見を求めるように顔を向けた斎王の姿に、吹雪は己が知る限りの「藤原 優介」の姿を語る。

 

「確かに両親が事故に遭いかけたことから、失うことが怖かったのかもしれません……でも、藤原は両親を置いて行くような男じゃない! ボクたちと共に歩んだ日々を捨てるような真似をする筈がありません!」

 

 藤原は、怖れに負けて共に生きる家族を置き去りするような男では決してないのだと。

 

 

 そうした吹雪からの情報を得たコブラは、仮説を立てつつも一つの木箱を吹雪に見せた。

 

「なら、その辺りも第三者の介入があったと考えるのが自然か――これに見覚えは?」

 

「……いいえ。それは一体?」

 

 だが、見覚えのない箱だと首を横に振る吹雪へ、箱の中身を明かして見せれば――

 

「そうか。この中に入っていたこのカードについては、どうかね?」

 

「《オネスト》……! 藤原のフェイバリットカードです!! あんなに大切にしていたのにデッキから外すなんて、どうして……」

 

 藤原のルーツと言っても良いカードの存在に吹雪は動揺を見せた。なにせ藤原が常に持ち歩いていた筈のカードが、箱に大事に仕舞われてこの場にある現実が「藤原が自発的にダークネスの世界に行った」可能性を引き上げるのだから。

 

『マスター……どうして……』

 

「そう嘆くことはない。キミの友は生きている」

 

 そんな中、吹雪には見えず声も聞こえないウェーブがかった長い金の髪を持つ白い翼を持つ天使の男――カードの精霊「オネスト」の声に斎王は、タロットカードから視界を外さぬまま返答しつつ、新たに占った結果を述べた。

 

「恐らく、デュエルでダークネス世界に囚われた彼の心を引き戻せるか否かが戦いの争点になるだろう。その精霊の願いが、突破口となりうる」

 

『僕が見えるのか?』

 

「不思議な力を持って生まれついてしまった身でね」

 

 そうして斎王の忠言により、藤原と縁の深い精霊のオネストを救助作戦に組み込むことを決めたコブラは吹雪をチラと見た後、斎王に問う。

 

「斎王、その少年の存在は此度の一戦に必要になるかね? 唯一今回の異常を認識していた存在なのだろう?」

 

 それは吹雪の扱い――唯一「藤原の消失を把握していた」現実は無視するにはあまりにも大きい。

 

 だが、幾らデュエルが強いとはいえ学生を実際に戦わせるとなると、作戦の根幹から組みなおす必要が出て来るだろう。

 

「あまりオススメは出来ないな。正位置の愚者(フール)――彼にはダークネスの素養が強い。二次被害を心配するべきだ」

 

――もっとも彼の場合は愚者(フール)と言うよりは、道化(ムードメーカー)が相応しいか。とはいえ、危うさ自体は変わらない。

 

「なら、私が可能な限りデュエルを長引かせよう。その間にキミはダークネス次元にいるであろう藤原 優介に声をかけ続けてくれ」

 

 ゆえに斎王の反対に迎合し、コブラも吹雪を前線に立たせない旨を決める。精神的に揺さぶるのなら無理にデュエルの場に立たせる必要もない。

 

「それで藤原を助けられなかった時は……?」

 

 しかし、吹雪からすれば聞き逃せない言葉だった。我が身可愛さで選択肢を狭めてしまい、万が一に藤原をダークネス次元から引き戻せなかった時、どうなってしまうのか、気が気でなかろう。

 

「最悪、始末する他ない――が、そうならないようにするのが私たちの仕事だ」

 

「――僕も戦います! 戦わせてください! 親友の一大事に見ているだけなんてゴメンだ!」

 

 ゆえに万が一の場合を問うた吹雪だが、コブラから告げられた無情な決断に戦う道を選んだ。

 

 吹雪は、自身が安全圏に籠ったせいで、親友が死ぬかもしれないと言われて黙って居られるような男ではない。

 

「覚悟はあるかね?」

 

「勿論です! どんな苦難でも乗り越えてみせます!」

 

 そうして当然聞かれるであろうコブラの忠告に、吹雪は一二もなく頷いて見せたが――

 

「違う。私はそんな覚悟など求めていない。キミに万が一のことがあれば、悲しむ人間がいるだろう? それを承知の上かと聞いている」

 

 コブラから冷徹ともとれる声が落ちた。

 

 当たり前の話だが、命を懸けたやり取りに飛び込めば死ぬ可能性もある。そして厄介なことに「死」とは、大抵の場合それで「終わり」ではない。「始まり」なのだ。

 

「命を懸けて友を救ったキミは満足かもしれないが、残された者はどうなる? キミに万が一があった場合、友の、家族の、仲間の心に癒えぬ傷を残すことになる――その覚悟があるのか?」

 

「そ、それは……」

 

「己の意思で戦場に立つ以上、私はキミのお守りをする気は一切ない。死に瀕したキミが泣こうが喚こうが――な。全て自己責任だ」

 

 悲劇の連鎖の引き金を己が引く――その可能性を突き付けられた吹雪が言葉に詰まる中、コブラは突き放すように続けた。

 

「己の死も、それによって悲しむ者も、生じてしまった被害も、全てキミの肩に責任としてのしかかる」

 

 コブラも生きて帰らなければならない理由がある以上、「吹雪か己か」と問われれば最終的には「己」を選ぶ。吹雪だって突き詰めればそうだろう。

 

 どちらも助かる第三の選択が都合良く転がっている確率など限りなくゼロだ。

 

「それらを踏まえて、もう一度、問おう」

 

 共に戦うとなれば全てが平等。大人も子供も区分はない。

 

 なれば「死にたくないのなら引っ込んでいろ」と返す他ない――ゆえにコブラは問うた。

 

「覚悟はあるのかね?」

 

 吹雪の覚悟を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かくして特待生寮から人払いがなされたことで誰もいなくなった中、その地下に唯一残った3名の内の1人――コブラは、斎王に向けて確認するように数点問いかけた。

 

「撤退は?」

 

「完了したとも。美寿知も下がらせた――しかし思い切った決断をしたものだ」

 

「不服かね」

 

「いいや、運命を選ぶのは他ならぬ貴方自身だ」

 

「そうか――竜崎、手筈は?」

 

『いや、それなんやけど……事情の説明は終わってるで? でも、なんのこっちゃ分からんってのが正直なところや』

 

 そしてコブラが己が手の内の通信機に声を落とせば、島外にいる竜崎との通信がなされ、進捗が伝えられるも芳しくない様子が聞いて取れる。

 

「なら、分かり次第知らせてくれ。斎王」

 

「任されよう」

 

「最後にもう一度確認しておこう――引き返すのなら今だ」

 

 やがて通信機を斎王に投げ渡したコブラは、最後の一人に向きなおり、最終確認を取った。

 

 たった一枚の紙切れに署名し、「自己責任」を誓った以上、一度、作戦が始まればあらゆる泣き言など通じない。自分たちの全てが作戦遂行の為に消費される。文字通りの背水の陣。

 

 引き返すのは、今この時をおいて他にはない。

 

 だが、緊張に満ちた顔ながら無言で首を縦に振った吹雪の姿にコブラは一歩踏み出し――

 

「行こう。キミの友人を救いに」

 

「はい……!!」

 

 己と肩を並べる一人前の戦士として吹雪と共に、床に掘られた魔法陣の内側へと立った姿を合図とするように斎王が通信機へと声を落とす。

 

「では、ツバインシュタイン博士、お願いします」

 

『あまり長時間の維持は叶いませんぞ?』

 

「構わん」

 

 その通信機越しのツバインシュタイン博士の声に、端的に返したコブラは、デュエルディスクを構え――

 

「直ぐに終わらせる」

 

 今作戦の開始を宣言した。

 

 

 

 

 やがて魔法陣より広がる闇がダークネス次元への扉を開き、別次元の住人をこの場に引き寄せる。

 

 そうして対峙するのは、展開したダークネス仮面で顔全体を隠した緑の長髪の黒コートの青年――彼は、虫けらでも見るような態度と共に呆れたため息交じりに名乗りを上げた。

 

「オレの名は『ダークネス』――よもやお前たちから終末の扉を開くとはな。人間とはいつの世も愚かな生き物だ」

 

――さて、()()()()

 

「ご高説ありがとう。しかし生憎、私はキミとお喋りをしに来た訳ではない」

 

 だが、コブラは内心の懸念を余所に制限時間ゆえか、手早く己が立ち位置を示すべくデュエルディスクのついた腕をダークネスへと向け、宣言する。

 

「早速で悪いが、一つお相手願おうか」

 

「ボクの親友は! 藤原は返して貰う!!」

 

「いいだろう。貴様たちもダークネスと一つになるのだ!!」

 

 

「 「 「 デュエル!! 」 」 」

 

 

 かくして、親友(とも)を救うべく、道化の王子(ブリザード・プリンス)は傭兵を引き連れ、闇の舞踏会へと足を踏み入れた。

 

 

 

 






ダークネス編「破滅の光の犠牲を無駄にはせん! うぉぉおおぉおぉおおおお!!」

セブンスターズ編「がんばえー!」




Q:「アカデミア倫理委員会」って?

A:レッド寮の扉を爆破する人たちのことです。

――と、冗談はさておき、

アカデミアの治安を守る人たち。
島自体が学園である特殊な立地のアカデミア本校にある「島のお巡りさん」が一番近いかもしれない。

アカデミアで事件がおこれば、調査したり、犯人を捜したり、下手人を捕縛したりする。

なお、原作での事件(非オカルト)に対し、一切役に立っていない様子を見るに有能とは言い難い。



Q:闇落ち原因の両親の死亡がなくなった藤原に一体なにが……

A:いずれ分かるさ。いずれ……な。




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第236話 悲劇の引き金



前回のあらすじ
ダークネス は やみワカメ を くりだした!

でゅえる    せっとく
りあるふぁいと にげる





 

 

 吹雪とコブラがデュエルディスクを構えた姿に、ダークネスと名乗った仮面の青年はこの場の最後の一人、斎王に向けてチラと視線を向け言葉を投げかける。

 

「そっちのお前は構えないで良いのか?」

 

「私はただの見届け人のようなものと考えてくれて構わない」

 

「ふん、なら3人での変則的なバトルロイヤルだ! お前たちは交互にターンを分け合って貰う。互いのライフとフィールドは別々だが、互いのモンスターの利用は許可してやろう」

 

 しかし、通信機を片手に戦う姿勢を見せない斎王のスタンスに、ダークネスと名乗った青年は、「2 VS 1」の数の利を失った代わりに特殊ルールを設定。

 

 吹雪とコブラが頷いた所作を「異論なし」との合図としてデッキからカードを引き抜いた。

 

「だが、先攻は貰う! ドロー! 魔法カード《手札抹殺》を発動し、全てのプレイヤーは手札を捨て、その枚数分ドローする!」

 

 そして早速とばかりに手札を整えた先から――

 

「《カードガンナー》を召喚!! そして効果発動! オレのデッキの上からカードを3枚まで墓地に送り、攻撃力を枚数×500アップ!」

 

 青いキャタピラの足に赤いボディが生えたロボがガラスに覆われた機械の頭から覗くサーチライトの瞳をピコピコ光らせた。

 

《カードガンナー》 攻撃表示

星3 地属性 機械族

攻 400 守 400

攻1900

 

「魔法カード《妨げられた壊獣の眠り》発動! フィールドのモンスターを全て破壊!!」

 

 途端に巨大な爆発がダークネスのフィールドを覆う。当然、ボロクズのスクラップと化し吹っ飛んでいく《カードガンナー》の残骸。

 

「自分のモンスターだけを!?」

 

「その後、全てのプレイヤーのフィールドに1体ずつ『壊獣』たちを呼び出す。お前たちの個を映したモンスターをな!」

 

 自傷とも言えるプレイングに驚きの声を漏らす吹雪を余所にダークネスが空へと手をかざせば、3つの影が3人のフィールドに大地を砕きながら着地。

 

 ダークネスの背後には、重厚な黒い装甲に覆われ黄金のラインが奔る巨躯を持つコブラのような怪獣ならぬ「壊獣」が金属をこすり合わせるような異音を雄叫びとして放ち、

 

ダークネスのフィールドの

《壊星壊獣ジズキエル》 攻撃表示

星10 光属性 機械族

攻3300 守2600

 

 吹雪の頭上には、巨大な蝶が身の丈を超える青い羽を羽ばたかせ、周囲に疾風を引き起こし、

 

吹雪のフィールドの

《怪粉壊獣ガダーラ》 攻撃表示

星8 風属性 昆虫族

攻2700 守1600

 

 コブラの背後には、黒い鎧を纏ったような人型の巨人が腕組みをしながら佇んでいた。

 

コブラのフィールドの

《多次元壊獣ラディアン》 攻撃表示

星7 闇属性 悪魔族

攻2800 守2500

 

「《カードガンナー》が破壊され、墓地に送られたことで1枚ドローさせて貰うぞ」

 

「何を狙っているんだ……」

 

「今に分かる――見せてやろう。ダークネスの世界で頂点となるモンスターを――魔法カード《死者蘇生》! 墓地より蘇れ、個を超越せし魔龍! 《クリアー・バイス・ドラゴン》!!」

 

 無意味に最上級モンスターを献上するかのようなダークネスの戦法に警戒の色を見せる吹雪を余所に、ダークネスが呼び出したのは巨大な水晶。

 

 その透き通る水晶の内側には巨大な灰色のドラゴンが身体を丸めて収まっていた。

 

《クリアー・バイス・ドラゴン》 攻撃表示

星8 闇属性 ドラゴン族

攻 ? 守 0

攻 0

 

「そしてフィールド魔法《クリアー・ワールド》発動!」

 

「これは……」

 

「《クリアー・ワールド》の中では、モンスターの属性ごとにコントロールするプレイヤーへネガティブエフェクト(デメリットとなる縛り)が与えられる」

 

 周囲が雲の大地に覆われる中、太陽代わりの巨大なクリスタルが天に輝く中、周囲の変化に戸惑う吹雪へダークネスは己が見せつけるように、その(効果)を語っていく。

 

「風属性をコントロールするプレイヤーは魔法カードの発動に500のライフコストが課せられ、闇属性をコントロールするプレイヤーは自軍に2体以上モンスターが存在している場合、攻撃できない」

 

「くっ、ボクたちは互いのフィールドを疑似的に共有している……!」

 

「フフッ、そうだ。お前たちは二重の枷を負う――個性を持つから影響を受ける。そんなものはいらない。個をなくし。全てをダークネスの元に」

 

 そう、ダークネスのデッキの中核たる《クリアー・ワールド》は、個を捨て去ったダークネスそのものと言える効果を持つ。

 

 モンスターを呼び出すだけで様々な枷を強いるのだ。これでは優位に働く筈の数の利も還って逆効果でしかない。

 

「だが、お前だって、その影響は受ける!」

 

「忘れたのか? 《クリアー・バイス・ドラゴン》は何物にも縛られない解き放たれた存在。まさにダークネス。ゆえにこのモンスターに属性はないも同然――クリアー・バイスがいる限り、オレは《クリアー・ワールド》の効果を受けない」

 

 そして当然、吹雪が語ったような問題などダークネスとてクリア済み。

 

「魔法カード《貪欲な壺》を発動し、墓地の5枚のモンスターをデッキに戻し2枚ドローし、カードを3枚セットしてターンエンドだ。オレのターンの終わりにフィールド魔法《クリアー・ワールド》の維持コストとしてライフを500支払う」

 

ダークネスLP:4000 → 3500

 

 己のみ世の(ことわり)を受けぬ様は、まさに《クリアー・ワールド》という世界の神ともいえよう。

 

 

ダークネスLP:3500 手札0

《クリアー・バイス・ドラゴン》 《壊星壊獣ジズキエル》

伏せ×3

フィールド魔法《クリアー・ワールド》

VS

吹雪LP:4000 手札5

《怪粉壊獣ガダーラ》

VS

コブラLP:4000 手札5

《多次元壊獣ラディアン》

 

 

 

 そうして一方的な不条理を受ける吹雪だが、そんなものに負けるデュエリストがブリザード・プリンスなど自称できる筈はなく、速攻とばかりに手札の1枚のカードに手をかければ――

 

「ボクのターン、ドロー! 早速、頼むよ、ボクの相棒! 《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》召喚!」

 

 突如として宙を舞った一輪の薔薇を緑のマントをはためかせながら、その名に違わぬ疾風の速度を以ってつかみ取った豹の戦士が一輪の薔薇を口に加え、両手を頭上に交差させ、背を伸ばすような所作を取った。

 

 頭上にて交わる右手のサーベルと左手の盾がハートを形作っているような気がしないでもない。

 

《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》 攻撃表示

星4 地属性 獣戦士族

攻2000 守1600

 

「フッ、随分と時代遅れな相棒だな」

 

 そんなイロモノ感あふれる登場をした《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》を鼻で嗤うダークネス。

 

 なにせ、《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》は攻撃する際に味方を生贄にしなければならない使い難さの目立つカードだ。

 

 ハッキリ言って、同じ攻撃力の通常モンスターでも採用した方が良い場合が大半だろう。

 

「カードパワーだけが全てじゃないよ――ボクは魔法カード《融合派兵》を発動! エクストラデッキの《ミノケンタウロス》を公開し、そこに記された融合素材となるカード! 《ミノタウルス》をデッキより特殊召喚!!」

 

「だが、《クリアー・ワールド》のネガティブエフェクトにより、魔法カードを発動したお前のライフは500削られる!」

 

吹雪LP:4000 → 3500

 

 しかし、そんなダークネスの挑発など意に介さず、ネガティブエフェクトによりライフを削られながら呼び出されたのは、赤い鎧で上半身を守る闘牛の獣戦士。

 

 己をホームラン予告でもするようにダークネスに向ける姿は何処か雄々しい。

 

《ミノタウルス》 攻撃表示

星4 地属性 獣戦士族

攻1700 守1000

 

「大変だなぁ。そんな雑魚一体呼ぶのにライフが必要だなんて」

 

 とはいえ、ダークネスの言う通り、その攻撃力は1700とライフを払ってまで呼び出した割には頼りない数値だが、吹雪は取り合うことなく、攻め気を崩さない。

 

「魔法カード《死者蘇生》! 墓地から《レスキュー・ラビット》が復活!」

 

「臆さないか――なら《クリアー・ワールド》のネガティブエフェクトを受けろ!」

 

吹雪LP:3500 → 3000

 

 安全メットを被った小さな兎が登場し、コテンと寝ころび愛らしさを振り撒くも、闇のデュエルゆえにライフの減少は吹雪の肉体と精神を蝕んでいく。

 

《レスキュー・ラビット》 守備表示

星4 地属性 獣族

攻 300 守 100

 

「ぐっ、ハァ……ハァ……《レスキュー・ラビット》の効果! 自身を除外しデッキからレベル4以下の同じ通常モンスターを2体……呼び出させて貰うよ!」

 

 そうしてライフが減る度に得も言われぬ息苦しさを吹雪が感じる中、《レスキュー・ラビット》が首に揺れるレシーバーを連打すれば――

 

「デッキより2体の《幻獣王ガゼル》を特殊召喚!!」

 

 吹雪の左右の背後から、風を切りながら黒いたてがみを持つ獅子のような獣が2体現れた。

 

《幻獣王ガゼル》×2 攻撃表示

星4 地属性 獣族

攻1500 守1200

 

「おいおい、攻撃も出来ない状況で早くもライフが4分の1減ってしまったじゃないか。パートナーの愚行を止めなくて構わないのか?」

 

 これで、このターンに合計4体のモンスターを並べた吹雪。

 

 だが、ダークネスが呆れた姿勢を見せるようにコブラのフィールドに「闇属性」の《多次元壊獣ラディアン》がいる限り、《クリアー・ワールド》によって攻撃は叶わない。

 

 しかし、そんな嘲笑うようなダークネスの言葉に対し、コブラは何一つ反応を見せず沈黙を守ったままだ。

 

「だんまりとは、薄情な男だ」

 

「関係ない……! 友達が今も闇の中で苦しんでいるんだ! なら、今無理をしないで、一体いつするって言うんだ!!」

 

 そんなコブラの姿勢に唾吐くダークネスだが、吹雪は己が胸の内を明かす。(藤原)を救う為に、戦場に立ったのは他ならぬ己の意思。

 

 なれば、息苦しさも苦痛も、全てを踏み越えて先に進むのみ。

 

「ボクはコブラさんのフィールドの《多次元壊獣ラディアン》とボクのフィールドの《幻獣王ガゼル》! そして墓地の《トランスフォーム・スフィア》を除外して手札より現れろ!!」

 

 その吹雪の闘志に応えるようにフィールドに巨大な竜巻が吹き荒れ、その中に《多次元壊獣ラディアン》と《幻獣王ガゼル》が呑み込まれていく中、その竜巻に小さな水のスフィアがチラと見えれば――

 

「大気を統べる麗しの翼! 《The() アトモスフィア》!!」

 

 そのスフィアを起点に伸びた4枚の白き翼が竜巻を吹き飛ばし、水のスフィアを腹部に装着した橙の巨大な鳥が紐のように上り4本の尾を揺らし、吹雪の頭上たる「天」に顕現した。

 

The() アトモスフィア》 攻撃表示

星8 風属性 鳥獣族

攻1000 守 800

 

「《The() アトモスフィア》の効果! 相手モンスター1体を吸収し、装備! そしてその攻撃力を得る! 《壊星壊獣ジズキエル》を吸い込め! テンペスト・ミラージュ!!」

 

 そのいななきより生じた風はダークネスのフィールドの《壊星壊獣ジズキエル》を空へと舞いあげ、《The() アトモスフィア》の腹部の水のスフィアに吸い込まれていく。

 

The() アトモスフィア》

攻1000 → 攻4300

 

――攻撃力3000オーバーのモンスターを失って、微動だにしない……あの《クリアー・バイス・ドラゴン》には、それ程の効果があるのか?

 

「此処で魔法カード《ビーストレイジ》発動! 除外された獣族1体につき、ボクのフィールドの全てのモンスターの攻撃力は200アップする! 除外された獣族は2体!」

 

 盤面が荒らされようとも不敵な所作を崩さぬダークネスへ吹雪は駄目押しとばかりにカードを発動させれば――

 

「《クリアー・ワールド》のネガティブエフェクト!!」

 

吹雪LP:3000 → 2500

 

 何処からか響く獣の雄叫びが吹雪のモンスターたちの闘争本能を呼び起こし、その力を高めていく。

 

《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》

攻2000 → 攻2400

 

The() アトモスフィア》

攻4300 → 攻4700

 

《ミノタウルス》

攻1700 → 攻2100

 

《幻獣王ガゼル》

攻1500 → 攻1900

 

《怪粉壊獣ガダーラ》

攻2700 → 攻3100

 

「だとしても、闇属性がいなくなった今! ボクの攻撃を遮るものはない! バトルだ!」

 

 やがて吹雪の華麗なる獣たちの舞踏会が幕を開く。

 

 彼らの総攻撃力は優に4000を超え、ダークネスがライフを倍要求していたとしても問題ない次元だ。

 

「ボクの友達は返して貰う! 《The() アトモスフィア》で《クリアー・バイス・ドラゴン》を攻撃!! テンペスト・サンクションズ!!」

 

「随分と張り切っているようだが、お前の覚悟などダークネスの前では無力!!」

 

 そして《The() アトモスフィア》の翼より、攻撃力0の《クリアー・バイス・ドラゴン》を容易く両断する風の刃の猛威が降り注ぐが、ダークネスとて黙ってはやられはしない。

 

「罠カード《パワーフレーム》! 己より攻撃力が高いモンスターに攻撃された時! その攻撃を無効にする!!」

 

 放った風が《クリアー・バイス・ドラゴン》の潜むクリスタルに乱反射するように吸い込まれて行けば、巻き上がっていた突風はシュルシュルと鳴りを潜めていく。

 

「そしてこのカードはクリアー・バイスの装備カードとなり、その攻撃力を相手との差だけアップ!」

 

 やがて何処へ消えたのかと風の行方を探せば、クリスタルの内部にて《クリアー・バイス・ドラゴン》の糧となる始末。

 

《クリアー・バイス・ドラゴン》

攻0 → 攻4700

 

「無駄な足掻きは止せ。これ以上、余計な痛みと苦しみを味わいたくないだろう? さぁ、素直に来るが良い。我らダークネスの元へ」

 

 爆発的に攻撃力を上げた《クリアー・バイス・ドラゴン》の姿を証として、ダークネスがサレンダーを提案する。互いの実力差は明白だと。しかし吹雪が返す言葉など一つしかない。

 

「生憎だけど、ボクは闇になど決して屈しない!」

 

「……気に入らないね。なら、存分に足掻かせてやるよ!」

 

 そうして世界を美しいものと信じて疑わないような吹雪の視線を前にダークネスは、此処にきて初めて苛立ちのような感情を見せながら宣言した。

 

「《妨げられた壊獣の眠り》で呼び出された『壊獣』たちは、攻撃可能な場合、必ず攻撃しなければならない!!」

 

「ガダーラが!?」

 

「お前が呼び出した《The() アトモスフィア》の力が! 個が! お前に牙を剥く!!」

 

 するとダークネスの言葉に従うように吹雪のフィールドの《怪粉壊獣ガダーラ》が蝶の羽を羽ばたかせ始めた。

 

 この戦闘で発生するダメージは1600――残りライフ2500の吹雪には耐えられる数値だが、残る900ライフでは、今度は《クリアー・ワールド》のネガティブエフェクトがその首を絞める。

 

 魔法を多用する吹雪からすれば致命的なダメージだった。

 

「己が個を呪うんだな!」

 

 やがて本能に逆らえず、《クリアー・バイス・ドラゴン》に突撃するべく高く飛翔した《怪粉壊獣ガダーラ》。

 

 生憎と今の吹雪にその愚行を止める手段はない。

 

 ゆえに訪れるであろう手痛いダメージに身を構える吹雪。

 

 

 だが、それらの前に突如として紳士服に身を包んだ二足で立つウーパールーパーが傘片手に現れた。

 

《ジェントルーパー》 守備表示

星4 光属性 爬虫類族

攻1200 守1000

 

「……なんだ? このモンスターは?」

 

「相手の攻撃宣言時に手札の《ジェントルーパー》は特殊召喚できる――変則的なバトルロイヤルである以上、吹雪くんの攻撃も『相手』だ」

 

 その傘を開いてクルクル回す《ジェントルーパー》を呼び出したコブラは、淡々と語る中――

 

「そして相手はこのカード以外を攻撃対象にできない」

 

「だが、《クリアー・ワールド》のネガティブエフェクトは受けて貰う! それによりお前たちの手札を公開!」

 

「助かります! パンサーウォリアー! ガダーラを生贄とし、《ジェントルーパー》を攻撃だ!」

 

「チッ、デメリット効果を利用したか」

 

 割り込むように薔薇を咥えつつ跳躍した《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》の剣が《ジェントルーパー》を傘ごと袈裟斬りに切り裂いた。

 

 何故か爆散した両生類の最後を余所に、己が雑魚と侮ったカードの思わぬ活躍に舌を打ったダークネスは、「だが」と状況の改善が限定的である旨を突き付ける。

 

「だが、《クリアー・ワールド》のネガティブエフェクトからは逃れられない! お前が呼び出した《The() アトモスフィア》の属性は『風』!」

 

「でもバトルは無事終えられる! 魔法カード《馬の骨の対価》を発動! 通常モンスター《ミノタウルス》を墓地に送って2枚ドローだ!」

 

「ネガティブエフェクト!!」

 

吹雪LP:2500 → 2000

 

 しかし、それでもライフの減少と共に生じる闇のゲームの苦痛に苛まれながらも、《ミノタウルス》をより受け継いだカードを手に足掻く吹雪。

 

「ぐぅっ……! ボ、ボクは墓地の魔法《シャッフル・リボーン》を除外し、《幻獣王ガゼル》をデッキに戻し1枚ドロー」

 

「ふん、小細工を――魔法の発動ではない為、ネガティブエフェクトは発生しない」

 

「……残りの3枚の手札を……全てセットして……ターン……エンド」

 

 かくして光と消えた《幻獣王ガゼル》によって、増強された吹雪の手札は、逆転の可能性を託すように伏せられた。

 

 

ダークネスLP:3500 手札0

《クリアー・バイス・ドラゴン》

《パワーフレーム》 伏せ×2

フィールド魔法《クリアー・ワールド》

VS

吹雪LP:2000 手札0

《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》 《The() アトモスフィア》

伏せ×3 《壊星壊獣ジズキエル》(装備扱い)

VS

コブラLP:4000 手札4

 

 

「何を伏せたかは知らないが、もはやお前のライフは半分。早々に終わらせ――」

 

 そうして吹雪の猛攻をこともなさげに躱してみせたダークネスがデッキに手をかけようとした瞬間、ダークネスのつける仮面に罅が入り、カランと乾いた音を地下室に響かせながらダークネスの素顔が露わとなった。

 

「ボクの《The() アトモスフィア》の美貌がキミの素顔を暴いたよう――そんな……馬鹿な……」

 

 だが、軽口を以て強気を演出しようとした吹雪の予想に反し、ダークネスと名乗った青年の素顔は彼にとって信じられないもの。なにせ――

 

「藤原……どうして、キミが!?」

 

 己が捜していた親友がダークネスの正体など、悪い冗談以外の何者でもない。

 

「…………ふん、何を驚くことがある――オレは自ら望んでダークネスを受け入れたからに決まっているだろう?」

 

「そんな筈はない! キミは、そんなことをする人間じゃなかった筈だ!」

 

 その反面、ダークネス――いや、藤原は、吹雪が信じたくなかった現実をこともなげに並べて見せるが、吹雪の知る「藤原 優介」という男は闇に魂を売り渡すようなデュエリストではない。

 

 心変わりを引き起こすだけの「なにか」があった。そう考えるのが自然。

 

 吹雪の予感は真実を射ていた。そんな中、藤原は語る。

 

「違うな。オレは思い知ったんだよ。お前らとの日々がゴミだとね」

 

「ゴミ……だって?」

 

「ああ、そうさ。絆や想い友人や家族――そんなものに縋っても、いずれは俺のことなど忘れ、通り過ぎていってしまう」

 

 藤原は思い知らされたのだと。かつて、自分が信じていたものが、どれ程くだらないものだったのかと。か細く弱いものだったのかと。

 

「そんなものに縋ってなんになる? ゴミだと思って何が悪い?」

 

「違う! ボクの知る藤原 優介はそんな弱い男じゃない! 家族を大切に思うキミの姿が! ボクたちと共に歩むと誓ったキミの言葉が! 決意が嘘だったなんて言わせない!」

 

「そうだな。オレもかつてはそんな希望を信じていたさ」

 

 激昂混じりに吹雪が叫ぶ内容など、藤原も承知の上だった。

 

 

 信じていた。家族の愛を、親友の友情を、恩師の教えを、仲間たちの絆を。

 

 

 どれだけ唆されようとも、信じていた。

 

 

 信じていたのだ。

 

 

「――だが見ろ! この学園を! この世界を!!」

 

 

 信じていたのに。

 

 

「オレのことなど簡単に忘れた! あの人の言った通りに! あの人を含めて誰も思い出しやしない! オレの両親すらだ!!」

 

 

 信じていたのに、ダークネスの力は簡単にそれらを消し飛ばした。

 

 

 砂の城が崩れるように、藤原が積み重ねてきた想いも願いも全てがあっけなく消え去った。

 

 そうして泣き叫ぶ童のようにがなりを上げた藤原の怒声に吹雪は気圧されるも、此処で引いてはならぬと、一歩前に出て声を張る。

 

――あの人だと?

 

「でもボクは覚えている!」

 

「そうか。そうだったな。お前は覚えていたんだったな。流石はオレの大親友」

 

 コブラの内心の懸念を余所に力強く言い放った吹雪へ、藤原は鼻で嗤いながらおどけたように「良く出来ました」と手を叩いて見せた。

 

 そう、確かに吹雪は覚えていた。

 

 

 だが、それは彼らの「友情の力」なのだろうか? 「結束の力」なのだろうか?

 

「――亮はどうした?」

 

「――ッ!?」

 

 いいや、違う。

 

「そう、お前がオレを覚えていたのは絆でも友情でも、ましてや奇跡でもない――お前にダークネスの適性があったからだ!!」

 

 ただ自分が振るった力と同系統の力があった。たった、それだけ。

 

 吹雪は逆に証明してしまったのだ――「ダークネスの力の強大さ」を。自分たちが信じていた友情なんてものが如何にちっぽけなものだったのかを。

 

「大きな力の前には、絆なんて簡単に砕け散るゴミでしかないと知らされたんだ。なら、そんなものに縋って何になる! なんにもならないさ!」

 

「でも、こうしてキミの前にボクはたどり着いた!」

 

「オレが何も知らないと思っているのか? 違うんだよ。こいつらが捜しに来たのは、他の特待生寮の人間だ! オレじゃない!」

 

 始まりは唆され、騙されたも同然だったのかもしれない。しかし、こうして真理を突き付けられた今の藤原が信じるべきものは明確に定まっている。定まってしまった。

 

 力こそが真理、ダークネスこそが真理――それ以外はゴミでしかないのだと。

 

「お前も! こいつらも! 世界中の人間が証明してくれたのさ! どんなお綺麗な理想も巨大な力の前には! ダークネスの前にはゴミ同然なのだと!!」

 

「だとしても藤原! 聞いてく――」

 

「オレのターン!! ドロー!!」

 

 そうして、吹雪の説得の声を遮り、力強くカードを引いた藤原は――

 

「メインフェイズ開始時に魔法カード《強欲で金満な壺》発動! エクストラデッキを6枚裏側除外し、2枚ドロー!! 墓地の魔法カード《妨げられた壊獣の眠り》を除外し、デッキから《雷撃壊獣サンダー・ザ・キング》を手札に!」

 

 壺が砕け散る中、一気に手札を増強しつつも、「このターンで終わりだ」とばかりに、かつての友へ別れの言葉代わりに叫ぶ。

 

「吹雪! お前が絆を信じるデュエリストだという個性はよく分かった。嫌と言うほどに! 確かにお前は昔から、友だ仲間だとうるさいヤツだったからな!」

 

 今語った吹雪の説得など、藤原からすれば過去の焼き増しでしかない。

 

「だがその煩わしい考えももう必要ない! このターンで全て終わらせる!」

 

「だけど、ボクたちのフィールドに『壊獣』がいなくなった以上、新たな『壊獣』を呼び出すことは出来ない!」

 

「お前を仕留めるだけなら必要ないさ! バトル! 《クリアー・バイス・ドラゴン》で《The() アトモスフィア》に攻撃!!」

 

「同じ攻撃力のアトモスフィアを!?」

 

 そして藤原が指さした先である《The() アトモスフィア》に向けて《クリアー・バイス・ドラゴン》が頭を出し、口にブレスをチャージさせるが、吹雪からすれば相打ちにしかならない相手の選択に困惑の声を漏らす。

 

 普通に考えれば、《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》を攻撃すれば、吹雪の残りライフ2000を削りとれる計算だ。しかし、藤原は邪悪な笑みを浮かべつつ種明かししてみせる。

 

「クリアー・バイスには相手の個性を倍返しにする力がある――もう、分かるよなァ」

 

「倍返し……だって!? つまり実質ボクのモンスターの2倍の攻撃力!?」

 

 自身が攻撃した時のみ、必ず相手を葬る魔龍――それが《クリアー・バイス・ドラゴン》の神髄。

 

 吹雪がセットカードで幾ら味方の攻撃力を上げようとも、全てが無意味。なにせ、ダメージステップ時のみ必ずその攻撃力の倍になるのだから。

 

「――クリーン・マリシャス・ストリーム!!」

 

 そうして放たれた黒紫のブレスが《The() アトモスフィア》に直撃する。

 

 

 

 と思いきや、すんでのところで、軌道がズレたことで雲の上の大地に爆発を引き起こすに留まった。

 

「――なにっ!?」

 

「お生憎様! 力圧しだけじゃあブリザード・プリンスを捉えることは叶わないよ! 罠カード《鎖付きブーメラン》を発動させて貰った!」

 

 爆風が晴れた先からは《クリアー・バイス・ドラゴン》の首に巻き付き、ブレスの軌道を強引に曲げた鎖が《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》の腕から伸びている。

 

「この効果により、クリアー・バイスを守備表示に! さらに《鎖付きブーメラン》がボクのモンスター1体の装備カードとなり攻撃力を500アップ!!」

 

「……くだらない小細工を――永続罠《最終突撃命令》発動! フィールドのモンスター全ては強制的に攻撃表示になる!」

 

 しかし、藤原の声に《クリアー・バイス・ドラゴン》はすぐさま己の首に巻き付いた鎖を振りほどき、怒りの雄叫びを上げた。

 

《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》

攻2400 → 攻2900

 

《クリアー・バイス・ドラゴン》 攻撃表示 → 守備表示 → 攻撃表示

攻4700 → 守 0 → 攻4700

 

「だとしても、一度守備表示になったクリアー・バイスは、このターンの攻撃権利を失う!」

 

「それはどうかな! 罠カード《ゲットライド!》発動! 墓地のユニオンモンスター1体――《比翼レンリン》をクリアー・バイスに装備!!」

 

 怒り心頭な雄叫びを上げる《クリアー・バイス・ドラゴン》にもたらされるのは虹色の羽毛を持つ竜の力。

 

「《比翼レンリン》を装備したモンスターの元々の攻撃力は1000となり、2回攻撃が可能になる!!」

 

 クリスタルの内側に虹色に輝く力を宿した《クリアー・バイス・ドラゴン》は、再び頭だけを出し、その口にブレスを再チャージ。

 

《クリアー・バイス・ドラゴン》

攻4700 → 攻5700

 

「なっ!?」

 

「さぁ、今度こそ受けるがいい! クリアー・バイスの攻撃を!」

 

 黒紫のブレスは今度こそ《The() アトモスフィア》ごと吹雪を消し飛ばさんと迫る。

 

「くっ! 速攻魔法《非常食》を発動! ボクの魔法・罠ゾーンのカードを2枚墓地に送り、ボクのライフを2000回復する!」

 

「ネガティブエフェクト!!」

 

吹雪LP:2000 → 1500 → 3500

 

 吹雪は苦し紛れとばかりに最後のセットカード以外を回復に費やすが、残念ながら発生するダメージが4700である以上、後一歩足りない。

 

「だけど、装備された《壊星壊獣ジズキエル》が墓地に送られたことで、ボクの《The() アトモスフィア》の攻撃力は下がる!」

 

 かと思いきや、力を失った《The() アトモスフィア》が疲れたように翼を下ろせば、《クリアー・バイス・ドラゴン》からのブレスもそれに合わせたように大きく減衰し――

 

The() アトモスフィア》

攻4700 → 1400

 

「だが、攻撃は止まらない!!」

 

「ぐぅあぁぅっ!!」

 

 一度目の攻撃よりも、かなり小規模な爆発の余波が吹雪を襲った。

 

吹雪LP:3500 → 2100

 

「ふん、クリアー・バイスの効果を逆手にとって窮地を脱したか。さしずめお前の最後の希望の一手だった訳だ」

 

「最……後……だって? ブリザード・プリンスが贈る……魔法の時間は、永遠……さ!」

 

「……変わらないな、吹雪。お前はいつもそうだ。道化を演じて本質から目を逸らす」

 

 そうしてみっともなく足掻く相手を嗤う藤原へ、吹雪は闇のデュエルによるダメージを誤魔化すように冗談交じりにウィンクして見せるが、そんなかつての友人へ藤原は棘のある言葉を零した。

 

「ボクが……目を逸らしているだって?」

 

「凄惨な現実に蓋をして。お綺麗な舞台だけに目を向け踊る愚かな王子――それがお前だ」

 

「何が言いたい!」

 

「このアカデミアはまるで社会の縮図だよ。富める者がますます富み、貧しい者は奪われる日々から逃れられない」

 

 もってまわった回りくどい口調で、藤原はお綺麗な言葉を並べ立てる吹雪の本質を暴いて行く。

 

 アカデミアに蔓延る理不尽な問題は学内に留まるものではない。外を見やれば形を変えて何処にでも存在している。

 

「彼らはオレと同じだった。全てを忘れ、消えてしまいたい程の衝動を抱えていた」

 

 (社会)と言う閉じた世界から逃れられない息苦しさ、己の無力感。力()あった藤原にさえ逃れられなかった「それ」に何も持ちえぬ彼らが抗える筈もない。

 

 そんな彼らに対し、持つ者(吹雪)は何をした?

 

「吹雪、お前はそんな問題に一度でも向き合ったことがあるか? いいや、一度もない筈だ。『三天才』だとおだてられ、愚かだった頃のオレと舞踏会で忙しかったよなぁ、王・子・様(ブリザード・プリンス)

 

 そう「可哀そうだな」で終わる。悲劇に酔って終わる。誰も手を差し伸べない。「時間が」「力が」「立場が」そうやって理由をつけて何もしない――だって面倒だから。

 

 それは吹雪でさえ例外ではなかった。身近な社会(アカデミア)の問題にすら関心を示さない。

 

「お前も結局は同じなんだよ――『自分の周りさえ良ければ』と考えるゴミ共と! だがダークネスは全てを受け入れる!! 救いとなる!!」

 

「確かに、ボクはキミを含めて彼らに手を差し伸べられなかったのかもしれない……だけど! デュエリストとして目指す背は示してきたつもりだ!!」

 

「そんなもの強者の理屈に過ぎない! そして今度はそれをお前が味わう番だ! なにせお前の手札は0!!」

 

 そうしてダークネスの正当性を主張する相手に、吹雪は「導くもの」としての矜持を語るが、藤原は「そんなものでは誰も救えない」と切って捨てる。

 

そっちの男(コブラ)のターンが終わった後に残るのは、今のお前に相応しい相棒たる時代遅れのゴミ(パンサーウォリアー)だけだ!!」

 

 なにせ今の吹雪はまさに窮地。この状況で目指すべき背中が一体何の役に立つ?

 

「カードを1枚セットし、《クリバンデッド》を召喚してターンエンド!! エンド時に《クリバンデッド》の効果により、自身をリリース!!」

 

 そんな吹雪をせせら笑うように黄色いバンダナと眼帯をした毛玉がゲラゲラ笑いながら消えていく中――

 

《クリバンデッド》 攻撃表示

星3 闇属性 悪魔族

攻1000 守 700

 

「デッキの上から5枚のカードの内の1枚を手札に加え、残りを墓地に! 最後にフィールド魔法《クリアー・ワールド》の維持コストを払う!」

 

ダークネス藤原LP:3500 → 3000

 

 くだらぬ理想論では誰も救えぬとばかりに、会話を打ち切った藤原はターンを終えた。

 

 

ダークネス藤原LP:3000 手札2

《クリアー・バイス・ドラゴン》

《パワーフレーム》 《比翼レンリン》 《最終突撃命令》 伏せ×1

フィールド魔法《クリアー・ワールド》

VS

吹雪LP:2100 手札0

《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》

伏せ×1

VS

コブラLP:4000 手札4

 

 

 こうして、かつての親友同士がぶつかり合う中、コブラは平時と変わらぬ所作でカードを引くが――

 

「私のターン、ドロー」

 

「このスタンバイフェイズに地属性をコントロールするお前たちはネガティブエフェクトを受ける――とはいえ、『表側守備モンスターを破壊する』効果も相手がいなくては無意味だがな」

 

 その身を《クリアー・ワールド》のネガティブエフェクトが――苛むことは何とか避けられた。しかし藤原は雇われのコブラを嘲笑うように余裕を見せる。

 

「だが、お前のような力に迎合するだけのゴミには、これで十分だ」

 

「墓地の《アマリリース》を除外し、アドバンス召喚のリリースを1体軽減――レベル6の《ヴェノム・ボア》を召喚」

 

 そんな藤原を余所に、三つ目の大蛇がコブラの元でとぐろを巻き、尾の先についた眼球のないもう一つの蛇の頭が存在を示すように口を開けていた。

 

《ヴェノム・ボア》 攻撃表示

星5 地属性 爬虫類族

攻1600 守1200

 

「《ヴェノム・ボア》の効果を発動し、相手フィールドのモンスター1体に『ヴェノムカウンター』を2つ乗せる」

 

 やがて《ヴェノム・ボア》の二つの口からそれぞれ放たれた毒液が2匹の蛇の形を模して《クリアー・バイス・ドラゴン》の水晶に噛みつくも、変化らしい変化は起こらない。

 

《クリアー・バイス・ドラゴン》のヴェノムカウンター:0 → 2

 

「魔法カード《ヴェノム・ショット》を発動。デッキから爬虫類族を1体墓地に送り、相手モンスター1体に『ヴェノムカウンター』を2つ乗せる」

 

 今度は《クリアー・バイス・ドラゴン》の足元から毒液の蛇が2匹、その身に噛みつくが、やはり何も起こらない。

 

《クリアー・バイス・ドラゴン》のヴェノムカウンター:2 → 4

 

「カードを2枚セットし、魔法カード《命削りの宝札》を発動させて貰おう。私は手札が3枚になるようにドローする。更にカードを3枚セット――ターンエンドだ」

 

 かくして動きらしい動きは見せず、5枚のセットカードを伏せてコブラは手早くターンを終えた。

 

 

ダークネス藤原LP:3000 手札2

《クリアー・バイス・ドラゴン》

《パワーフレーム》 《比翼レンリン》 《最終突撃命令》 伏せ×1

フィールド魔法《クリアー・ワールド》

VS

吹雪LP:2100 手札0

《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》

伏せ×1

VS

コブラLP:4000 手札0

《ヴェノム・ボア》

伏せ×5

 

 

 そんな想定していた以上に得体の知れぬコブラのデュエルに藤原は警戒心を募らせる。

 

――オレが来る前にダークネスへ放り込まれた特待寮の生徒を回収しに来ている以上、そこらのデュエリストでは無い筈だが……

 

 吹雪のように「友人を助ける」ではなく、コブラは「ダークネスの問題を片づける」為に派遣された前提がある以上、ダークネスの脅威を十二分に理解した上で「解決可能」と判断しているに他ならない。

 

――あの男の狙いが読めない。攻撃する気配もなければ、防御も半端。吹雪への援護すら最低限。

 

 だというのに、コブラの動きは何もかも半端だった。狙いが読めない。

 

「随分と消極的なターンじゃないか。吹雪へ援護の一つでも、してやったらどうだ?」

 

「どうした? キミのターンだが?」

 

「……オレのターン、ドロー!」

 

 軽く挑発しても暖簾に腕押し、糠に釘――まるで手ごたえを見せないコブラは藤原にとって唯々不気味だった。

 

――相手の場には謎のカウンターを乗せる低打点(ヴェノム・ボア)と、生贄が無ければ攻撃できない雑魚(漆黒の豹戦士パンサーウォリアー)の2体……ならば!

 

「罠カード《ギブ&テイク》! オレの墓地のモンスター1体をお前たちのフィールドに守備表示で特殊召喚! そしてターン終了時までクリアー・バイスのレベルはそいつの数値分上がるが関係ない!!」

 

 しかし、盤面を支配しているのは自分だと藤原はお得意の「個」の利用とばかりに《クリアー・バイス・ドラゴン》の的を用意して見せれば――

 

「――王子様(吹雪)に《怪粉壊獣ガダーラ》をプレゼントだ! そして永続罠《最終突撃命令》の効果で攻撃表示に!」

 

 それに伴い吹雪のフィールドで再び羽を広げる巨大な毒蛾が、耳障りな甲高い威嚇音を発した。

 

吹雪のフィールドの

《怪粉壊獣ガダーラ》 守備表示 → 攻撃表示

星8 風属性 昆虫族

攻2700 守1600

 

「そして相手フィールドに『壊獣』がいる時、手札よりこいつは特殊召喚できる! 《雷撃壊獣サンダー・ザ・キング》!!」

 

そんな《怪粉壊獣ガダーラ》の威嚇音に闘争本能を刺激された三つ首の魔龍が、黒紫の体躯と同色の翼を広げて周囲に紫電を放ちながら飛翔し、有象無象のエサ共へと雄叫びを上げた。

 

《雷撃壊獣サンダー・ザ・キング》 攻撃表示

星9 光属性 雷族

攻3300 守2100

 

 

 これで2回攻撃が可能な《クリアー・バイス・ドラゴン》を含めれば、吹雪とコブラを片付ける算段が付いたとばかりに藤原は宣言する。

 

「怪しげなカウンターを乗せるそいつ諸共、お前には消えて貰う! バトル! クリアー・バイス! 《ヴェノム・ボア》を攻撃しろ!!」

 

 さすればクリスタルの内側から頭を出し、破壊のブレスを己に毒液を飛ばす無礼を働いた《ヴェノム・ボア》へと向けられた。

 

 と同時に、その頭に毒液の蛇が牙を剥く。

 

「――クリアー・バイス!?」

 

「その攻撃宣言時、罠カード《反撃の毒牙》を発動させて貰った。『ヴェノム』が攻撃された時、その攻撃を無効にし、バトルフェイズを強制終了させる」

 

「……フッ、慌てて身を守りに入ったか」

 

 《クリアー・バイス・ドラゴン》が顔に張り付いた異物(毒液の蛇)にクリスタルの中でもんどりを打つ中、藤原はあえて強気に笑って見せるが――

 

「《反撃の毒牙》の更なる効果により、攻撃モンスターに『ヴェノムカウンター』を1つ乗せさせて貰おう」

 

《クリアー・バイス・ドラゴン》のヴェノムカウンター:4 → 5

 

――さっきから何を狙っている? ステータスを下げる訳でもなく、効果に影響を及ぼす訳でもないカウンターを乗せて何になる……

 

 コブラには攻撃を防いだ安堵も、窮地を脱した達成感も見えず、文字通り何の反応も見せない。

 

「コブラ、朗報だ」

 

「そうか。藤原 優介――これを受け取るといい」

 

 

 だが、見届け人だと語った斎王の言葉にようやくコブラは反応らしい反応を見せた。

 

 

 そして斎王からコブラへ投げ渡された代物が、コブラから藤原へと放られる。反射的に受け取ってしまった藤原が手の内に収まった通信機へと目を向ければ――

 

 

「……通信機? 何の真似だ?」

 

『その声、優介……優介なの!?』

 

「――ッ!?」

 

 聞こえる筈のない声が、語る筈のない内容を述べている光景に、藤原の瞳はゆっくりと見開かれた。

 

「その声……まさか藤原のお母様……?」

 

「なん……で……」

 

『やっぱり優介なのね!! 急に連絡がつかなくなって、本当に――』

 

 吹雪が通信機越しの声の正体を己の記憶から引き出すが、当事者である藤原は通信機越しから溢れる母の言葉に現実感を感じず、何処か遠くの出来事のように聞こえている。

 

 ダークネスの力によって、素養を持つ吹雪以外の全人類の「藤原 優介」に関する記憶が消えた筈なのに、何故己の名を呼ぶ家族の声が届くのか――彼の心は混乱の極みにあった。

 

「キミのご両親とコンタクトを取らせて貰った」

 

 これは種を明かすコブラの言う通り、吹雪から「藤原 優介」の情報を入手し、斎王から「藤原の心をいかに揺さぶれるか」がキーとなるとの主張から、コブラが用意した策である。

 

 託児所的な道場を開いていた竜崎のツテを頼りに接触させ事情を説明し、ダークネスの力によって忘却させられていた藤原の両親の息子への記憶のサルベージを試みたのだ。

 

 上手くいくかは賭けの部分が大きく、「成功すれば御の字」程度の代物だったが、今の藤原の様子を見れば効果は十二分にある様子が窺える。

 

 それもそうだろう。

 

「さて、特異な力も持たぬご両親は、ご自慢のダークネスの力とやらを乗り越えたようだが――どうするかね?」

 

 自分が散々ダークネスの力の前ではゴミだと語った、家族の想い()がその力を打ち破った証明なのだから。

 

「どうして……ダークネスの力は……」

 

『貴方に何があったの!? 私もお父さんも、どうしてか貴方のこと忘れてしまったって……でも、もう心配――』

 

「うわっ!?」

 

「通信機が勝手に!?」

 

 しかし此処で突如として通信機が闇色のオーラに包まれた途端に砕け散り、機能を失った鉄くずは家族の想い()を伝える職務を放棄したように地面へと散らばった。

 

「そうだ……ダークネスの言う通りだ……こんなもの、細工すれば幾らでも、でっち上げられる」

 

 それと同時に藤原を包む闇のオーラが濃くなり、流れるように藤原は顔を歪ませて逃避と自己弁護を重ね――

 

「――随分と汚い真似をするじゃないか!!」

 

「そうじゃない、藤原! キミのご両親の言葉に耳を傾けるんだ!!」

 

 全てが己を騙す虚構だったのだとの結論に結び付けた。

 

 確かに、通信機越しの声など幾らでも人の手が加えられるものであり、藤原の過去も吹雪経由で知ることは難しくはないだろう。

 

 だが、吹雪からすれば当人が願った奇跡を不意にする藤原に今一度思い直すように叫ぶことしか出来ない。

 

 藤原があんなに願っていた奇跡が起こったのに、既に時遅しなんて救いがないじゃないかと。

 

「斎王」

 

「後一押しと言ったところだ」

 

「なら、プランBと行こう」

 

 だが、対するコブラは静かに運命を見通す斎王に確認を取った後、次のプランに移る。元々「成功すれば御の字」程度の代物に過度な期待などしていない。

 

「……なんだと?」

 

 そうしてコブラの変わった気配に「次はどんな汚い真似を」と藤原が歪んだ顔で睨みを利かせるが――

 

「罠カード《ヴェノム・スプラッシュ》を発動! モンスター1体に乗せられた『ヴェノムカウンター』を取り除き、カウンターの数×700のダメージをキミに与える!」

 

「――なっ!?」

 

 700×5=3500――そして藤原のライフは3000。

 

《クリアー・バイス・ドラゴン》のヴェノムカウンター:5 → 0

 

 藤原がその意味を把握する刹那の間に《クリアー・バイス・ドラゴン》に噛みついていた毒液の蛇はその身を爆ぜさせ、藤原を蝕み殺す毒液のつぶてと化した。

 

「くっ、させるかよ! 墓地の罠カード《ダメージ・ダイエット》を除外! このターン、オレが受ける効果ダメージを半減する!!」

 

 しかし、それでもなお既のところで、己の前に光の壁を生じさせた藤原――だが、それでも半分の毒液のつぶてはその壁を貫通し、藤原の身を毒で焼いていく。

 

「――ぐぅぁぁあぁああぁあああっ!!」

 

ダークネス藤原LP:3000 → 1250

 

 

 そんな闇のデュエルにより生じた苦痛にもがく藤原の姿に吹雪は思わずコブラへ制止を願うが――

 

「やめてください、コブラさん! 藤原の心はまだ戻ってこれます!!」

 

「……ふん、懐柔が無理と分かれば即排除か。やってくれたじゃないか……だが、結局俺を倒すことは出来なかった! その程度なんだよ、お前たちが語る力は!!」

 

 この期に及んで何も語らぬコブラの代わりに藤原が吐き捨てるように代弁して見せる。

 

 コブラはどちらかと言えば、体制に都合の悪いものを排除する立場だ。吹雪が何を語ろうとも方針を変える材料にはなりえない。

 

「オレは魔法カード《アドバンスドロー》を発動! レベル8以上の《雷撃壊獣サンダー・ザ・キング》をリリースし、2枚ドローだ! 更に魔法カード《マジック・プランター》により、永続罠――《最終突撃命令》を墓地に送って、更に2枚ドロー!」

 

 やがて《雷撃壊獣サンダー・ザ・キング》と共に光と消えた1枚のカードがそれぞれ藤原の手元に再構築されていく中――

 

「永続魔法《怨霊の湿地帯》を発動し、カードを2枚セットしてターンエンド!!」

 

 雲の上の世界に響き始めた怨霊の歌声により、新たな布陣を整えた藤原は、もう惑わされないとばかりに叫ぶ。

 

「そうさ! 悩みも苦しみも、全て忘れてしまえば良い!」

 

 忘却こそが彼の救い。

 

「何もかもを全てダークネスに委ね、その意思に従えば良い!!」

 

 ダークネスこそが彼の救い。

 

「――そうすればオレは苦しくない!! ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 

「藤原……」

 

 そうして高笑いを上げる藤原を吹雪は痛ましい者でも見るような視線を向ける。

 

 何が彼を此処まで追いつめたのか。

 

 親友が此処まで追いつめられていたにも拘らず、何故気づけなかったのか。

 

 藤原の「お綺麗な舞台だけに目を向け踊る愚かな王子」との言葉が吹雪に突き刺さる。

 

 今の己では藤原を救えない――そんな考えが吹雪の脳裏を占め始めた。

 

――やはり彼は強い。コブラさんが救助を放棄した以上、ボクだけじゃ藤原を止められない……この戦いの真の勝利、ボクが信じる真の可能性! それにかける!!

 

「罠カード《裁きの天秤》! ボクの手札・フィールドと、相手のフィールドの枚数差だけカードをドローする! ボクの手札は0! フィールドにはパンサーウォリアーと《怪粉壊獣ガダーラ》、そして《裁きの天秤》の3枚!」

 

「今更、無駄な足掻きを――オレのフィールドには、合計7枚のカードだ」

 

 やがて吹雪の最後の希望であるセットカードが明かされ、フィールドに天秤が現れるが藤原からすれば脅威足りえない。

 

 何枚カードを引こうとも吹雪のデッキの性質上、魔法カードの発動が制限されている今の状況では無意味だと藤原は鼻で嗤う。

 

「そうやって愚かな王子様らしく、お城の中(閉じた世界)で無駄な努力を重ねているがいいさ」

 

「……藤原、確かにボクはキミの言うような愚かな王子(プリンス)だったのかもしれない。でも王子(プリンス)は道半ばな存在だということを忘れてはいないかい?」

 

「何が言いたい?」

 

 しかし吹雪から急に訳の分からない発言が返ってきた為、疑問を胸に藤原も眉をひそめる。藤原の比喩を皮肉ったのかと考えるも、抽象的過ぎて答えは出ない。

 

 そんな不可解な視線を向けられるも吹雪は真っすぐな瞳で藤原を見つめ返し、誓うように宣言する。

 

「多くの苦難を超え、ボクは友を救える男に! 王子(プリンス)は今、(キング)になる!!」

 

「だから何が言いたい!!」

 

ブリザード・プリンス(氷雪の王子)の夢の時間は終わりさ! キミを助ける為、ブリザード・キングへ!! フブキング(氷雪の王)として王道を進む!!」

 

「くだらない御託はもう沢山だ!! さっさとドローしろ!!」

 

 だが、傍から聞いても意味不明な内容を並べ立てる吹雪に、藤原は面倒さからか理解を拒否するように激昂で返す。

 

 さすれば吹雪も《裁きの天秤》の効果処理に移り、カードのドローの為にデッキの上に指を置いた。

 

「ボクたちの絆は決して途切れさせない!! 《裁きの天秤》の効果で4枚のカードを――」

 

――来てくれ、藤原を救うあのカードよ!!

 

 そして瞳を閉じ、全神経をデッキにかけた指に集中した吹雪は、フィールドの浮かぶ天秤が己の側に傾いた瞬間に目を見開き――

 

 

 

「―― キ ン グ ド ロ ー ! !」

 

 

「キ、キングドロー!?」

 

 戸惑う藤原を置き去りにして4枚のカードをドロー。

 

ダークネス藤原LP:1250 → 750

 

 ターンの終わりを示すように《クリアー・ワールド》の維持コストが支払われていくのが妙に印象的だった。

 

 

ダークネス藤原LP:750 手札1

《クリアー・バイス・ドラゴン》

《パワーフレーム》 《比翼レンリン》 《怨霊の湿地帯》 伏せ×2

フィールド魔法《クリアー・ワールド》

VS

吹雪LP:2100 手札4

《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》 《怪粉壊獣ガダーラ》

VS

コブラLP:4000 手札0

《ヴェノム・ボア》

伏せ×3

 

 

 かくして、「ブリザード・プリンス」あらため「フブキング」こと吹雪のキングドローにより一気に潤沢となった吹雪の手札。

 

「キ、キングドローだか何だか知らないが、その顔を見るに結局、望んだカードは引けなかったようだな――運にすら見放されたか」

 

 だが、藤原の言うように吹雪の表情は晴れない。キーカードは引けなかったのだろう。5枚も引いてその様では勝利の女神に見放されたと断じられても否定は出来ない。

 

 しかし吹雪は人差し指を天の勝利の女神――が存在するかは不明だが――に向けて掲げ、藤原に問いかけた。

 

「――キミの瞳に何が見える?」

 

「いい加減、鬱陶しいんだよ!!」

 

「天!!」

 

 かつての友人同士のバカ騒ぎでも思い出させて情景を煽る安い手に乗ると思っているのか、とばかりに怒声を上げる藤原を余所に、自身でセルフ「天」コールを得た吹雪は、ターン開始を告げる通常ドローを――

 

「――JOIN(ドロー)!!」

 

「幾らふざけて現実逃避しようがネガティブエフェクトにより、お前は後4度しか魔法カードを発動できない!」

 

 決めゼリフと共に行うが、怒れる藤原の言う通り現実は変わらない。手札が増えようとも発動できるカード回数自体が絞られるのだから。

 

「お前の下級モンスターを魔法カードで補助する戦法――その個がある限り、状況は何も変わっていないんだよォ!!」

 

「藤原、キミに言っていなかったことがある」

 

「今度は何だ!」

 

 だというのに、この期に及んで不可解な説得を重ねる吹雪に、最後の遺言くらいは聞いてやろうと苛立ちつつも耳を傾けるが――

 

「ボクは生まれてこのかた――ふざけたことが『ない』のが自慢だ!!」

 

「そんな見え透いた嘘が――」

 

 どう考えても嘘だと――藤原は断ずることが出来なかった。

 

 なにせ真っすぐな吹雪の瞳には、嘘偽りない色が藤原にも分かる程に煌めいている。

 

「――嘘、だろ……」

 

――あれら全てを真面目……に……?

 

 そんな吹雪の澄んだ瞳に対し、ありえないものでも見たように思わず後ずさる藤原。

 

 

 そう、吹雪の周囲からみれば、楽し気にふざける言動・所作は、美学を持って行われる当人にとっては至って真面目なもの。

 

 天・JOINの掛け声も、集中力を高めたり、乱れた精神をリセットさせるルーティーン。王子らしい華やかで派手な振る舞いは最高の己へと鼓舞し、演じる為のペルソナ(素面)仮面(ペルソナ)ではない。

 

 とはいえ、吹雪とて、己の行いが「一般的ではない」ことは理解している。そして「周囲に合わせるべきか?」とも悩んだこともある。だが――

 

「『兄さんは兄さんのままでいてね』――そう言って明日香が大好きだと言ってくれたこのカードと共に言葉にボクは誓ったのさ! 魔法カード《思い出のブランコ》!!」

 

 己の背を押してくれた家族()の存在が、彼から迷いを吹っ切らせる。己は己のままで良いのだと。そんな過去の情景を思い出せるブランコが揺れる音が響く中――

 

「墓地より、甦れ! 《ミノタウルス》!!」

 

「ネ、ネガティブエフェクト!!」

 

吹雪LP:2100 → 1600

 

 ブランコを立ちこぎしていた二足の牛の戦士《ミノタウルス》が幼き日の兄妹の思い出の焼き増しのように現れた。明日香のことを《ミノタウルス》扱いしている訳ではない。

 

《ミノタウルス》 攻撃表示

星4 地属性 獣戦士族

攻1700 守1000

 

「キャストチェンジだ! 《ミノタウルス》! 魔法カード《戦線復活の代償》! 通常モンスターである《ミノタウルス》を墓地に送り、こいつを装備させ墓地からモンスター1体を復活させる! ボクが呼ぶのは当然――」

 

「ネガティブエフェクトを忘れるなよ、吹雪!!」

 

 そんな《ミノタウルス》が斧をスイングして竜巻を起こせば――

 

吹雪LP:1600 → 1100

 

「ぐぅっ!? ……何度でもスターダムに舞い上がれ! 《The() アトモスフィア》!!」

 

 吹雪のライフを削りながらも、竜巻の中より現れた橙の巨鳥――《The() アトモスフィア》が翼を広げたと同時に、腹部に浮かぶ水のスフィアへと引き込むように逆巻いた風が周囲の物体を吸い込まんとうねりを上げた。

 

The() アトモスフィア》 攻撃表示

星8 風属性 鳥獣族

攻1000 守 800

 

「《The() アトモスフィア》の効果! 相手フィールドのモンスター1体を吸収する! キミを惑わせる全ては、ボクが――」

 

「無駄なんだよ! 墓地の罠カード《スキル・プリズナー》を除外し、効果発動! このターン、《クリアー・バイス・ドラゴン》を対象とするモンスター効果は無効化される!!」

 

 しかし、その風は《クリアー・バイス・ドラゴン》の雲の大地から飛び出した半透明な壁によって遮られ、《The() アトモスフィア》の吸引を妨げる。

 

 

 そうして《クリアー・バイス・ドラゴン》の攻略に失敗し、突破口を失った吹雪へ念入りに否定するように藤原はダークネスの力を誇示して見せた。

 

「こ、これで、永続魔法《怨霊の湿地帯》の効果により、お前が攻撃可能なのは、『壊獣』を除けば、雑魚のパンサーウォリアーのみ!! いい加減、この絶望的な現実(盤面)を受け止めるんだな!」

 

「その通りだ。ボクは現実と向き合えていなかった。間違っていたんだ」

 

「…………ようやく理解できたか、己の愚かさが!」

 

「ああ、ボクは愚かだった。追いつめられたキミを見て、傷ついたキミを見て、己を抑えてキミに寄り添おうとした」

 

 そんな藤原の主張に対し、否定を重ねた今までとは違い己が内に受け止める吹雪。そう吹雪は自身の過ちを認めたのだ。

 

「己の()をさらけ出したキミへ、己を抑えて偽るような真似をしたボクの言葉が届く筈もない……ボクがすべきことは一つだったんだ。それは――」

 

 傷ついた相手を労わる言葉と言えば聞こえは良いが、その実「自身の心からの言葉」とはどうしても齟齬が出る。

 

 親友が平時は語れぬであろう心の奥底を剥き出しにぶつかって来たというのに、此方が臆して(ブレーキを踏んで)どうするというのか。

 

 道は一つしかなかった。

 

 

「――ボクの全てをさらけ出すこと!!」

 

「なぜ、そうなる!?」

 

 

――今の今までアレで抑えていたのか!?

 

 アクセルフルスロットル以外の選択肢などある筈がない――藤原の想像を遥かに超えたレベルで(ハート)を急加速させた吹雪は、右まぶたに二本指を添えてキメ顔で告げる。

 

「藤原――いや、ダークネス藤原!! このボク――フブキングの全てを受け止めて貰おうか! ショータイム!!」

 

 事情を知らぬ人が見ればふざけているようにしか見えない吹雪の言動だが、当人は大真面目(ガチ)である。

 

 藤原を、ダークネス藤原を、親友としてダークネス含めて丸ごと受け止めて見せる――それが吹雪の答え。出来る出来ないではない。「やる」のだ。

 

「こんな殺風景なフィールドじゃボクの相棒の衣装は映えない――ドレス・チェンジだ! 速攻魔法《移り気な仕立屋》!」

 

「ネ、ネガティブエフェクト!!」

 

吹雪LP:1100 → 600

 

 そして吹雪のウィンクと指さしを受けた《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》が口に加えた薔薇を天に投げつつ緑のマントを脱ぎすて一瞬ばかり藤原の視界から消えた先より――

 

「《クリアー・バイス・ドラゴン》に装備されたユニオン――《比翼レンリン》を別の対象に移す! 虹色の衣装を纏え、キミが主演だ! パンサーウォリアー!!」

 

 虹色の翼を思わせるパーツが両肩と腰より伸びる《比翼レンリン》の体色と同じ黄緑の鎧にチェンジした《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》が自由落下してきた一輪の薔薇をキャッチした後、口に加えて仰け反るようなポーズを取った。

 

《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》

攻2400 → 攻1400

 

「そして装備魔法《幻惑の巻物》を発動! パンサーウォリアーをボクが宣言した属性に変化させる! ボクが選ぶのは勿論、主演を照らすに相応しいスポットライトたる『光属性』!!」

 

「ネ、ネガティブエフェクト!!」

 

吹雪LP:600 → 100

 

 そんな強烈な色彩を放つ《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》に空より光の使徒だと示さんとする光が当てられれば鎧に反射し、その身体をキラキラとしたエフェクトが包む。

 

《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》

地属性 → 光属性

 

「だが、《クリアー・ワールド》のネガティブエフェクトにより、お前たちの手札が公開され――」

 

しかし属性の変化は《クリアー・ワールド》の前では悪手だと、吹雪の最後の手札が天に浮かぶクリスタルによって暴かれるが――

 

「――《オネスト》……だと!?」

 

 その1枚こそが、藤原を救うべく吹雪が引き当てた1枚。

 

「キングのドローは必然さ――藤原! キミの心はまだ(ダークネス)には屈してはいない!」

 

『マスター、共に帰りましょう! あの場所(友と家族の元)へ!』

 

 藤原が相棒たる《オネスト》のカードをダークネスに巻き込まなかったことが、彼の心が(ダークネス)に屈していない何よりの証明なのだと。

 

 その吹雪の決意にオネストも呼応するように己が願いを誓う。

 

「さぁ、バトルワルツ(フェイズ)と行こう!!」

 

「捨てたゴミ共が鬱陶しいんだよ!! 罠カード《ギブ&テイク》!! オレの墓地の《多次元壊獣ラディアン》をコブラのフィールドに特殊召喚!!」

 

 だが、そんな吹雪とその隣に立つオネストの姿を否定するように藤原の足元から巨大な影が跳躍し、コブラのフィールドにて腕を交差させ、その人型の巨躯を丸めた。

 

 これにより吹雪たちを《クリアー・ワールド》の新たなネガティブエフェクトが襲うこととなる。

 

コブラのフィールドの

《多次元壊獣ラディアン》 守備表示

星7 闇属性 悪魔族

攻2800 守2500

 

 

「闇属性が存在することで新たなネガティブエフェクトだ!! 2体以上モンスターをコントロールしている限り、お前たちは攻撃宣――」

 

「罠カード《闇霊術-「欲」》――私のフィールドの闇属性をリリースし、デッキから2枚ドローする。キミが手札の魔法カードを公開すれば無効にできるが、どうするね?」

 

 その前に、コブラの足元から広がる円陣の内の「欲」の文字に親指を立てて沈んで行く《多次元壊獣ラディアン》――これで《クリアー・ワールド》の(ネガティブエフェクト)は機能しない。

 

「くっ、公開はしない……!」

 

「2枚ドロー。これで闇属性が消えたことで、攻撃制限は解除される」

 

「ありがとうございます、コブラさん!」

 

 そんなコブラの援護に礼を告げつつ吹雪は合図代わりに指をパチンと鳴らせば――

 

「ガダーラをリリースし、パンサーウォリアーで攻撃!!」

 

 煙のように消えていった《怪粉壊獣ガダーラ》が生み出した霧のロードを《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》は駆け抜けた。

 

「ネガティブエフェクトから逃れつつ攻撃するつもりか――だが、永続罠《スピリットバリア》発動! これでオレの場にモンスターがいる限り、ダメージを受けない!!」

 

「無駄だよ! 今のパンサーウォリアーは連撃が可能だ!」

 

「くっ……!!」

 

 それは、たとえ、藤原の抵抗があろうとも止まることはなく、吹雪は手札の《オネスト》に願いを託すべく――

 

「ボク一人では届かなかったキミの手を! 今度こそ掴み取って見せる! 他でもない一人の友として!!」

 

 今、その効果(希望)を発動させた。

 

「その為の力を貸してくれ、オネスト! パンサーウォリアー!!」

 

『勿論です!』

 

「ダメージステップ時、手札から《オネスト》を発動! 光属性となったパンサーウォリアーの攻撃力を相手の攻撃力分アップさせる!!」

 

 さすれば《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》の背中より毛先が虹色の純白の翼が花開く。

 

《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》

攻1400 → 攻7100

 

 やがて跳躍した《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》を《オネスト》の翼が天を回させれば虹色のヴェールが軌跡として残り、殺風景な《クリアー・ワールド》を幻想的な光景が包む。

 

「《クリアー・バイス・ドラゴン》、撃破! 追撃の――」

 

 そして急降下と共に打ち下ろされた《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》の剣が《クリアー・バイス・ドラゴン》を両断し、《比翼レンリン》の鎧で得た力によって跳ね上げた剣が二の太刀となって――

 

「うぅ、やめろ、やめろ! やめろぉおおぉおおおお!!」

 

「――(こく)(ひょう)(せい)(てん)(ざん)!!」

 

 天使(オネスト)の翼の輝きを乗せた黒き斬撃が、無防備に叫ぶ他ない藤原を切り裂いた。

 

「うわぁぁぁあああぁあああああ!!」

 

ダークネス藤原LP:750 → 0

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダークネス藤原LP:0

 

 

 

ダークネス藤原LP:0 → 100 → 200 → 400 → 700 →

 

 そうして決着のついたデュエルが()()()()()()ように巻き戻って行く。

 

――ハァ……ハァ……なんだ、こいつ……

 

 そんな最中、息を整える藤原だったが、己に刃を向けていた《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》が天に上り、《オネスト》の翼を得る前に戻って行く光景を余所にひとりごちた。

 

――ふ、吹雪、これがお前の心の闇か。後悔の方向性は別として、お前はオレの苦しみに気づけなかったことを悔いていたんだ……な。

 

 

 そう、これは経緯はどうあれ、ダークネスに魅入られた吹雪の願望が見せた幻影に過ぎない。

 

 

ダークネス藤原LP:750

 

 

 本当の決着――その真相は、此方である。

 

 

 時は、装備カードで衣装チェンジした《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》が《怪粉壊獣ガダーラ》をリリースして攻撃宣言した瞬間まで巻き戻る。

 

 

 

 そして《クリアー・バイス・ドラゴン》へ突き進む《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》の背を押すべく、吹雪は隣に立つオネストに目配せした後、願いを託すが――

 

「ボク一人では届かなかったキミの手を! 今度こそ掴み取って見せる!」

 

「――『他でもない一人の友として』か?」

 

「そうだ! 《オネスト》と願いと共に、キミの全てを解き放って見せる!!」

 

『マスター! 今、貴方を救ってみせます!!』

 

 自身の言葉を先回りして放たれた藤原の声に、挫かれた出鼻を立て直すように吹雪とオネストは力強く返すが――

 

「残念ながら、それは叶わない――オレの最後の手札は《ダーク・オネスト》!!」

 

『黒い……僕……?』

 

「《ダーク・オネスト》はオレの闇属性モンスターが戦闘する時、手札から墓地に送ることで相手モンスターの攻撃力を、その攻撃力分ダウンさせる!!」

 

 藤原の手札の1枚――黒く染まった《オネスト》の姿を見せられたことで、吹雪たちの願いは水泡に帰す。

 

「これが真実のラストターンなんだよ、吹雪!!」

 

「くっ、拙い! 既に攻撃宣言は……!」

 

 そう、《オネスト》の効果で光属性となった《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》の攻撃力を上げようとも、その後で《ダーク・オネスト》に攻撃力を0にされれば意味はない。

 

「さよならだ、吹雪! いや、『ようこそ』と言うべきかな! 共にダークネスと一つになろうじゃないか!!」

 

 ゆえに勝利を確信した藤原が意気揚々と高笑う中、《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》が《クリアー・バイス・ドラゴン》の目前に迫る。

 

 だが、突如として《クリアー・バイス・ドラゴン》の足元から巨大な蛇の影が《クリアー・バイス・ドラゴン》の潜む水晶を覆った。

 

 そして、今まで沈黙を守っていたコブラは発動させていた1枚のカードの効果を語る。

 

「罠カード《毒蛇の供物》を発動させて貰った。私の爬虫類族――《ヴェノム・ボア》と相手フィールドのカード2枚――《クリアー・バイス・ドラゴン》と《クリアー・ワールド》は破壊される」

 

「ようやく動いたか! だが無駄だ!! オレの墓地には魔法カード《復活の福音》がある! こいつを除外して《クリアー・バイス・ドラゴン》の身代わりとすれば、結末は変わらない!!」

 

 しかし、藤原のいうように意味はない。《クリアー・バイス・ドラゴン》の破壊を防ぐ術が藤原にある以上、《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》の攻撃は止まらず、吹雪の敗北の運命は変わらないのだから。

 

「そうだな。なら、選びたまえ」

 

 そして、それはコブラも承知の上だった。

 

「ふん、今度は何を狙っているんだ?」

 

「なにも狙ってはいない――私のミッションはこのデュエルを勝利で終えることだけだ」

 

 吹雪の敗北が確定した瞬間でさえ、動じない相手へ藤原は真意を推し量ろうとするも、コブラは揺るがない。

 

 それもそうだろう。

 

 

 藤原のライフは750と秒読み一歩手前だというのに、

 

 コブラのライフは未だ無傷。

 

 

 己のエース、戦術、ギミック――それらを全て吐き出した藤原と違い、

 

 コブラは殆ど動いていない。エースすら未だ不明だ。

 

 

 それらを前に、ようやく藤原はコブラの消極的なデュエルの狙いに気づいた。

 

「まさか、お前……初めから吹雪を……す、捨て石にするつもりだった……のか?」

 

 人道度外視の勝利への最適解。

 

 親友(藤原)の為にと率先して挑むであろう吹雪の命を、相手の情報を引き出し、相手を疲弊させる為だけの消耗品と割り切った作戦。

 

 吹雪が勝てば良し。負けても、親友の為にと限界以上に藤原を削ってくれるだけの実力はあるゆえに悪い手ではない。

 

 その理屈は理解できる。だが、感情は別だと藤原が震える声で問いかけようとも、コブラは何も答えない。だが、その沈黙が何より雄弁に全てを物語っていた。

 

「――だから吹雪のライフが100にまで減る光景を黙って見ていたのか!? 闇のデュエルなんだぞ!」

 

 闇のデュエルを仕掛けた側の藤原が言えた義理ではないが、まだ学生である吹雪を戦いの場に巻き込んでおいて、その命を「捨て石」と完全に割り切れる人間がどれだけいるだろうか?

 

 傷つき、苦しみ膝をつく友の為に戦う青年を前に罪悪感の一つも抱かず、心すら揺らさず蛇のように潜んでいられるコブラの精神性は藤原にとって理解の外だった。

 

 だが、そんな藤原にコブラは短く返す。

 

「彼は全ての覚悟をした上で、この場に立っている。なら、私に出来るのは彼を『一人の兵士』として特別扱いしないことだ」

 

 吹雪は覚悟を以て指令(ミッション)に参加した――ならば、その全ては指令(ミッション)の完遂に費やすのが道理。元軍属らしい思想である。

 

「オ、オレの余力を削る為だけに、吹雪の命を――」

 

「捨てたと断ずる割には随分と気にするじゃないか」

 

「くっ……! 吹雪を犠牲にしてでも己が有利な状況にしたいか!! 屑が!!」

 

「早く選びたまえ」

 

 そうして「これ以上の問答をする気はない」と藤原の糾弾を流すコブラの姿に、藤原はギリギリと歯嚙みするが、現実は変わらない。

 

 ダークネスへ縋る理由となった醜悪な者たちが遣わした権化であるコブラの前に、藤原が取れる選択肢は既に二つしかない。

 

「藤原……」

 

『マスター……』

 

 此処で吹雪に倒されるか、

 

 吹雪を倒し、満身創痍の身で無傷のコブラと勝ち目のない戦いを繰り広げるか。

 

 二人でダークネス諸共死ぬか、一人で真理(ダークネス)を失うか――引き金はその(藤原の)指にかけられた。

 

 吹雪を倒してダークネスと一つになる。そんな結末に悩む必要のないデュエルだった筈なのに、命の可否が委ねられる。

 

 悩む、悩む、悩む。ダークネスに全て委ねていた筈の決断が藤原に重くのしかかる。

 

「ど、どうした、吹雪! 命乞いの一つでもして見せてみろ!!」

 

「ボクはキミの選択を信じるよ」

 

 沈黙を嫌った藤原が挑発的な声を飛ばしても、吹雪から望む返答は引き出せない。「助けてくれ」の一言でもあれば、「サレンダーしろ」とでも言えるのに、誰も彼もが選択からの逃避を許してくれない。

 

「ハァ……ハァ……オレに! オレに出来ないと思っているんだろう! ()にかつての友を殺せる筈がないと!!」

 

 そうして一歩後ずさった藤原は、突き付けられた現実に耐えられないように叫ぶ。高を括っているだけだと。

 

 このままデュエルを続ければ、吹雪もたまらず「死にたくない」と叫ぶに違いない筈だと。

 

「だったら、とんだ誤算だったな! 僕にはダークネスこそが、唯一絶対!! これで、吹雪! お前は終わりだ!!」

 

 強がりにしか見えない宣言と共に藤原は最後に残された《ダーク・オネスト》のカードに手をかける。

 

 だが、相手からは何の反応も見られない。

 

 どうして何も言ってくれない。

 

 あれだけ親友だと語って見せた吹雪は、どうして何も言ってくれない。

 

「《ダーク・オネスト》を墓地に送って効果発動!!」

 

 

 もはや藤原に後戻りは許されなくなった。

 

 

 コブラは藤原を助ける気がない。ダークネスという脅威ごと排除するつもりだ。

 

 

 それはつまり、吹雪を倒しダークネスと一つになれば、吹雪も排除の枠組みに組み込まれることを意味する。

 

 

 藤原に残された道は一つ。吹雪を倒し、コブラを倒し、全てをダークネスと一つとすること。

 

 迷うことなど何もない。最初に戻っただけだ。

 

 

 

「《クリアー・バイス・ドラゴン》は効果破壊される場合、手札1枚を身代わりとする!!」

 

 だが、それでも親友が死ぬ可能性のある選択など、彼には選べなかった。

 

 

 藤原の最後の手札(ダーク・オネスト)を贄に《毒蛇の供物》によって生じた影の蛇を《クリアー・バイス・ドラゴン》の咆哮が打ち消していく。

 

「……ぁ」

 

「――吹雪くん!!」

 

「――オネスト!!」

 

『マスター!!』

 

『――Yessssss!!!!』

 

 呆然と零れた藤原の呟きを合図に駆けだした《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》の背より、《オネスト》の純白の翼が広がり、翼から加速を得た突進と同時に横薙ぎに振り切られた剣が《クリアー・バイス・ドラゴン》の放ったブレス諸共その身を両断。

 

 

 そして《クリアー・バイス・ドラゴン》が爆炎の中に散っていく中、その爆炎の中より漆黒の豹戦士が光り輝く翼と共に飛翔。

 

「――来るな、来るな! 来るなぁ! オレは! 僕は!!」

 

「藤原! キミの心は戻りたがっているんだ! 帰ろう! みんなのところへ!!」

 

『マスター! 共に戻りましょう!!』

 

「追撃のダイレクトアタックだ、パンサーウォリアー!!」

 

 やがて恐慌状態の藤原へ、頭上――天より上段に構えられた《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》の剣が――

 

「――(てん)(ひょう)(こく)(ふう)(ざん)!!」

 

『――Woooo!!!!』

 

 藤原を包むダークネスの闇を切り裂き、周囲に闇の奔流を消し去る光が瞬いた。

 

藤原LP:750 → 0

 

 

 

 

 







てきの やみわかめ は たおれた!





Q:コブラの最後のセットカードは?

A:罠カード《墓穴ホール》――はダメージステップ時に発動できなかった……(恥)

ですので、カウンター罠《透破抜き》にしておきます(小声)

ゲームエンドの為の2000の効果ダメージは無くなりますが、盤面ほぼ0にはなるのでコブラなら問題ないかと




Q:匿名希望の可能性の竜「レッドアイズは!?」

A:原作の「明日香VS吹雪」にてパンサーウォリアーメインのデッキでデュエルした吹雪へ
明日香が「どうして本気を出さないの!?」「レッドアイズは!?」などの追求がなかった件と、

原作にて、過去に吹雪のデュエルを見たサラという精霊が「レッドアイズ使い」という分かり易すぎる特徴を見落とすとは思えないので、

「ニュートラル状態の吹雪のデッキはパンサーウォリアー主軸」と判断させて貰いました。
私見ですが、吹雪がダークネス化する際の一件でレッドアイズを手に入れたものと推察しています。


後、「カッコいいドラゴン!」と「薔薇を一輪加えた獣戦士」を並べた結果、
「吹雪さんは、やっぱパンサーウォリアーだわ」とか思ゲフンゲフン


~今作での吹雪のデッキ~

アニメ版の獣戦士族デッキと、漫画版のスフィアな鳥獣族デッキを合体させた
所謂「下級ビースト(獣・獣戦士・鳥獣)」デッキです。

遊戯(幻獣王ガゼル)城之内(漆黒の豹戦士パンサーウォリアー)海馬(ミノタウルス)と伝説の面々が使用したモンスターが揃い踏みのロマンが詰まっています。

大型が殆どいない為、火力勝負が苦手ですが、その分サポート系を詰め込んである為
スフィアの吸収能力などでテクニカルに相手を翻弄しましょう(翻弄できるとは言っていない)


《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》は、融合体がOCG化されれば他と同様に《融合派兵》で呼べ――ない、だと!?
(種族指定とかバレットェ……)



~今作の藤原(ダークネス化)のデッキ~

《クリアー・バイス・ドラゴン》と《クリアー・ワールド》を主軸にするべく、『壊獣』の出張セットと合体。
敵ボス陣営、『壊獣』ばっかり使ってるな……(作者の引き出しの少なさを嘆きつつ)

作中で見せたように『壊獣』を相手フィールドに投げて、《クリアー・ワールド》のネガティブエフェクトを与えて、《クリアー・バイス・ドラゴン》の倍パンチ効果で殴るデッキ。

《クリアー・バイス・ドラゴン》が相手ターンで攻撃力0を晒し、相手モンスターいないと0パンチしか打てないお茶目っぷりを
両方を解決できる罠カード《パワーフレーム》で強引に解決――《サイクロン》は勘弁な!


コブラのデッキは、またの機会に(殆ど動いてないですし)



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第237話 楔



前回のあらすじ
吹雪「ボクは! ボク自身とオネストで 超 融 合 !!」

オネスト「王子と天使! 今ここに交わり、天地創造の叫びを上げよ!!」

フブキング「 「 フュージョン・チェンジ! フブKING(キング)!! 」 」

藤原「どういう……ことだ……」

フブキング「 「 キングドロー!! 」 」




 

 

『此方、コブラ――対象の救出に成功した。詳細は追って伝える』

 

 アカデミアの校長室にて一人残り、業務を代行していた乃亜の元にコブラの通信が届く。

 

 その朗報は、ダークネス次元という脳筋な神崎ですら手出しを躊躇った領域であった為、心配の種は尽きなかった乃亜の肩の荷も降りよう。

 

 それゆえか、黒のサングラスと肩に棘のついたライダースーツを着た瓜二つの3人の壮年の男たちが、乃亜に謝辞でも贈るように朗らかに語り合う。

 

「どうやら向こうは無事に済んだようだな。あの程度の心の闇では、この辺りが限界か」

 

「永遠を望む愚か者たち程度の企みで運命の輪を動かそうなど、土台無茶な話ではあった――時期尚早だったと言う他あるまい」

 

「だが、得られたものもある。やはりと言うべきか、世界に及ぼされた影響は深刻なものだったと再確認できただけでも良しとしよう」

 

 

 そうして語り合う3人の影を前に、乃亜は動けない。

 

 なにせ、その首筋にそっと手を沿える骨の手の主――山羊に似た頭蓋骨に人間の外骨格を含めた長身を漆黒のローブで覆い隠した謎の存在から発せられる底冷えするようなプレッシャーに、すくんだ身体は指一本たりとも動かせない。

 

 文字通り、人とは次元の違う相手。生物的な恐怖が乃亜の身を苛むが――

 

――動けない……! こいつらは一体……!?

 

「自己紹介くら……いしても、ばちは……当たらない、んじゃない……かな?」

 

 気迫を以て辛うじて動いた震える声で乃亜は少しでも情報を得ようと口を開いた。

 

「おっと、これは失礼。私は『真実を語る者』――トゥルーマン」

 

「『ミスターT』と呼んでくれたまえ」

 

「その様子を見るに何も聞かされていないようだな。いや、それも当然だろう――あの傲慢な男が許す筈もない」

 

 だが、意外と素直に「ミスターT」と口々に名乗った3人は、口調だけは乃亜に友好的だった。

 

「何が……狙い、だ?」

 

――傲慢な男? 誰のことを言っている?

 

 しかしミスターTが語った「傲慢な男」との相手にだけは、僅かに侮蔑を孕んだ口調であったことを乃亜は見逃さない。

 

 そうして一字一句逃さないように恐怖で身をすくませつつも、強い視線を向ける乃亜だったが、ミスターTたちは何処か子供でもあやすような困った表情を見せた。

 

「おやおや、そんな怖い顔をしないでくれないかね――我々は()()()()の敵ではない」

 

()()()()で共に存在する運命共同体とも言える仲じゃないか」

 

「仲間という……のなら、拘束を……解いて貰いたい……ね」

 

「申し訳ないが暫し我慢して欲しい。なにせ、()()()()は崩壊の危機に瀕している――()()と言い換えても良い次元でね」

 

 あくまで乃亜と「敵対するつもりはない」と語るミスターTたち。

 

 乃亜の動きの制限をやり玉にあげようにも、首に手を添えているだけの行為を「拘束」と言うには弱いだろう。

 

 しかし、山羊のような頭蓋を持つ黒いローブの相手は、そんな乃亜の心を見透かすように静かに語り始める。

 

「汝の内に巣食う闇」

 

 それは乃亜が誰にも明かさなかった己と近しい者へと抱いた心中(心の闇)

 

「優秀な弟への劣等感、純粋な末弟への憧憬、排斥された父親への葛藤、拭えぬ恩人への疑念――幾ら強がろうとも心は偽れぬ」

 

「そう、キミの全ては()()()()()()()()()というのに、こうして見世物にされ続けるなど、あまりに惨いことだとは思わないかい?」

 

――話が噛み合っている気がしない。何が言いたい? ボクの背後にいる存在が彼ら(ミスターT)の親玉で良いのか? そもそも『傲慢な男』とは誰を指す? 世界の崩壊とはなんだ? 彼らが齎すものではないのか?

 

 だが、乃亜からすれば、会話になっている気がしなかった。相手が此方に合わせる気がないとも感じられる。

 

 山羊のような頭蓋を持つローブの相手の言葉は乃亜の心中を言い当てたことは理解できるが、それらがミスターTの説明に繋がる道程が乃亜には見えない。

 

 乃亜の心中が一体、世界の崩壊とどう結びつくのか、破綻とどう繋がるのか。己への優秀さに自負のある乃亜にさえ、分からないことだらけだった。

 

「懸命に思案を巡らせているところで悪いが、それは徒労というものだよ」

 

「その通りだ。聡明なキミが幾ら考えたところで真実に辿り着くことはない――いや、辿り着いたところで()()()()()()()()()()()と言うべきか」

 

 そんな乃亜の思考を読んだようにミスターTたちは肩をすくめて呆れた姿勢を見せるばかりだ。乃亜へ、これ以上の説明をする気はないらしい。

 

 だが、此処で空中から突如現れた黒いもやに包まれたカードが新たなミスターTとなって、ダークネスの仮面を片手に合流しつつ、オーバーに息を吐いた。

 

「回収に成功した。彼らの目を掻い潜るのには苦労したよ」

 

「アレの悪食さは困ったものだからね。不確定要素は消しておくに限る」

 

「此方の要件も済んだ以上、長居は無用だろう」

 

 そうして乃亜の相手をやめたミスターTたちが各々帰り支度を始める旨を話し合っていたが――

 

――4人目、こいつも同じ顔……後ろのヤツの分身と考えるべきか。彼らの目的はダークネスの仮面の回収……だけでは無い筈。

 

「汝が知る必要の無きことだ」

 

 だが、そんな乃亜の思考は、そう零した黒いローブの相手の白骨の手が乃亜の首から頭にゆるりと移した瞬間に鈍化し、睡魔のような気怠さによってままならない。

 

「此度を忘れ、このくだらぬ喜劇の只中で暫し踊り続けるがいい」

 

 やがて乃亜の身体が深淵に沈んで行くかのような心地良さに落ちていく中、彼は己が意識を繋ぎ止めることが叶わず、糸の切れた人形のように力なく椅子に己の身体を預けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「我は役者と舞台が揃う時をゆるりと待つとしよう」

 

 そんな黒ローブの最後の言葉は、既に乃亜の耳には届かない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『如何に不死のモンスターといえども、攻略法は存在する!! 来たれ、《サイバー・エルタニン》! コンステレイション・シージュ!! これで突破口は開けた!! 受けて貰おうか、この一撃を! ドラコニス・アセンション!!』

 

 亮の頭上に、巨大な機械の竜の頭部が出現し、その周囲を飛び回る小型の機械の竜の頭部たちと共に一斉に光線を放ち、フィールドを焼け野原と化していく。

 

『降臨せよ、サイバーエンド!! 《パワーボンド》の効果により、その攻撃力は2倍の8000!! バトルだ!! エターナル・エヴォリューション・バーストォ!!』

 

 そして時に、三つ首の巨大な機械竜の圧倒的なパワーを更に高めた一撃を以て、全てを薙ぎ倒さんとするその姿はまさに圧巻。

 

『そうくるか――ならば、速攻魔法《融合解除》!! サイバーエンドの融合を解除! これで対象を失ったその効果は不発となる!!』

 

 その巨大な力に振り回されることなく、自在に3体の蛇のような体躯を持つ機械竜に分離させ、相手の一手をものともしないその姿は、皇帝――カイザーと呼ばれるに相応しい。

 

『そして解除された3体の《サイバー・ドラゴン》で攻撃!! エボリューション・バースト! 三連打ァ!!』

 

 若くしてサイバー流を修め、その流派の顔と言うべき《サイバー・ドラゴン》たちを手足のように扱う様は、まさに麒麟児。マスター鮫島が手放しで褒め称えるだけはある。

 

『まだだ! 速攻魔法《フォトン・ジェネレーター・ユニット》発動! 2体の《サイバー・ドラゴン》を素材に降臨せよ、《サイバー・レーザー・ドラゴン》!!』

 

 二体の機械竜が連なり、その身を長大な機械竜と化し、尾の先から花弁のように開いた発射口より、立ち塞がる全てを貫くかのような輝きをほとばしらせる姿は、カードパワーに惑わされる様子もなく、己のデュエルを貫くその姿は実にオーナーが好みそうなデュエリストだ。

 

『バトルフェイズ中に呼び出されたサイバー・レーザーには攻撃権が残っている!! 追撃の――エヴォリューション・レーザーショットォ!!』

 

 こんなぬるま湯のような環境(お世辞にも整っているとは言えない学園)で、なにをどうすれば、こんな化け物が生まれるのか。

 

 

 

 

 忌々しい程の才能だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学内にあるアカデミア倫理委員会の本部にて、牛尾は倫理委員会の面々にKCからの通告を告げた後に続く組織改革に頭を悩ませていたが、視界の端で捉えた遅い帰還を果たした後輩へ、返事代わりに話題を放った。

 

「おー、戻ったかアモン。どうだったよ」

 

「……問題ない」

 

 だが、牛尾の向い側にドカッと腰を落とし、職務に戻るアモンのらしからぬ態度に思わず牛尾が、亮とのデュエルの話題に触れれば――

 

「なんだよ、負けちまったのか?」

 

「『問題ない』と言った筈だ」

 

「そう怒――悪い、悪い、これ以上、詮索しねぇよ」

 

 ギロリと擬音が聞こえそうな視線がアモンの眼鏡越しに突き刺さり、牛尾は両手を軽く上げて降参を示しつつすごすごと退散の姿勢を取る。

 

「相変わらずお前さんは妥協を知らねぇなぁ……」

 

「それで、首尾はどうだ」

 

「ぶっちゃけた話、根っこから治さねぇとどうにもならねぇ感じだ――転職したくなくなるよ」

 

 そうして仕事の話に移る牛尾たちだが、アカデミア倫理委員会の問題点は多かった――というか、殆ど機能していなかった。

 

 学内に蔓延る問題に何も対処できていないどころか、殆ど気づけていない。

 

 寿命の概念がバグったことで定期的な転職染みた真似が必要になった牛尾の部署移動の最初の場となるだけに、こうも問題点ばかりでは頭を抱えたくなろう。

 

「自分の新しい城だろう? 不義理は全て返ってくるよ」

 

「心配しなくても手は抜かねぇよ。放っぽり出された後が怖いもんでな」

 

――寿命だ何だと、転々としなきゃならなくなった理由ある身としては、初っ端が辛いぜ。

 

 しかし、アモンから正論を突き刺されれば、牛尾もため息を吐きつつ受け入れるしかない。なにせ、今の牛尾はKCの後ろ盾がなければ実験動物よろしくな具合で何されるか分からない立場なのだから。

 

「ぐっ……!?」

 

「どうしたんすか、鮫島さん? 学園の惨状を前にして気に病むのは分かりますけど、悔やむより先にやれることやりましょうや」

 

 そんな中、アカデミア倫理委員会の破綻っぷりと、牛尾の元に集められた学内並びに生徒たちの惨状に心を痛めていた鮫島の目頭を押さえる姿に、牛尾が手を止めぬままに労わる声を飛ばすが、鮫島は首を横に振って無念そうに声を絞り出した。

 

「……違います。どうして……どうして、忘れてしまっていたんだ……」

 

「……? あー、ひょっとして例の『藤原 優介』って生徒のことっすか? あっちは無事終わったってことなら、良かったじゃないですか」

 

 ダークネスの力が消えたことで、失われた藤原の記憶が戻ったことで新たな自責の念を抱え込む鮫島。牛尾の慰めの言葉も効果は薄い様子だ。

 

「あぁ……とても純粋で真っすぐな生徒だったのに、忘れてしまうなんて、教師として――」

 

「そこは仕様がねぇと諦めるしかないっすよ。頭の中イジられてたようなもんなんすから――家族すら覚えてなかったのに、逆に鮫島校長が覚えてた方が驚きでしょうし」

 

 大事な生徒のことを忘れてしまったことを嘆く鮫島だが、牛尾からすれば世界中の人間が逃れられていなかった規模を持つダークネスの力を弾ける人間がいる方がおかしな話である。

 

 とはいえ、そんな奇跡の存在だった吹雪の言を重要視しなかった件で、また己を責めてしまうのが鮫島の人の良さなのだが。

 

――昔の俺にも、こんな先生がいたら何か変わったのかね……

 

「おーい、アモン。乃亜がお前さんに用事があるってよ。こっちは良いから、向かってくれー」

 

「う、牛尾さーん! マグレ警部という方が、捕まえた人たちの引き取りに、こ、来られましたー!」

 

「おう、分かった。んじゃ、この場は頼むわ」

 

 やがて鮫島の人柄を見つつ何にもならないことを考えた後、北森からの客人の知らせに牛尾は席を外すことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 此処で時間は少々飛び、藤原たちの騒動の後始末が一先ず終えたところで、それらを担当していたコブラたちは報告もかねて乃亜の元に集っていた。

 

 そうして色々と報告が飛び交った後、コブラが代表として最後の締めとして今後の方針にかかわる報告を述べる。

 

「藤原 優介に話を聞いたところ、彼にダークネスの道を示したのは大徳寺という教員だったそうだ。彼に孤独感を植え付けた生徒の失踪も彼の仕業だと判明した」

 

「ダークネスの研究ついでに、素養のある人間を引き込む一手だった訳か――抜け目がないね。証拠の方は?」

 

 オネストという精霊がいた以外は、多少デュエルが強いだけの藤原にダークネスの道を悪意を持って示した下手人を取り逃がした事実に乃亜も軽い調子で相手を称しつつも眉を顰めるが、今回の件で朗報もあった。

 

 それが、藤原がダークネスの力で行使した「全世界の人間に向けた記憶の消去」であるとコブラは続ける。

 

「藤原青年が己の記憶消去を徹底したのが功を奏した。記憶の欠落により、藤原青年を中心とした研究資料を処理し損ねたようだ」

 

「流石の錬金術師サマも、忘れさせられた隠し場所の後始末は出来なかった訳か」

 

 そう、下手人の大徳寺自身も「記憶の消去から逃れられなかった点」――つまり、藤原の件に大徳寺が関与した証明である研究データだけが、破棄されずに残っていたのだ。

 

 人目をはばかられる研究であり、数も多いであろう各種研究資料を散らして隠す必要がある以上、「藤原についての記憶を失う」影響は肩をすくめる乃亜が言うように、計り知れない。

 

 原作では、アカデミアの拠点を引き払う必要がなかったゆえに問題にならなかったが、歪んだこの歴史では、あまりに致命的だった。

 

 そして一教員である大徳寺に大々的な儀式場が用意できないことは自明の理である為、証言と物証という表では強大なカードを手にした乃亜へ、斎王は試すように問う。

 

「どうする? 掴んだ尻尾を引いてみるのかな?」

 

「止めておこうかな。相手の全容も分かっていない段階で交戦は避けたい。彼の方は表の流儀で手を打っておくさ」

 

 斎王の占いにより背後の親玉の存在を示唆しているが、それでも乃亜は相手の背後関係を完全に明らかにする方針を示した。

 

 追いつめ過ぎた相手がヤケになってオカルトの力で大々的に危害を振り撒くようになれば、ギースや斎王のような人間の立場は一気に悪くなる――中世の魔女狩りの再臨など御免であろう。

 

「だから斎王、キミは藤原 優介と天上院 吹雪のメンタルケアを――またダークネスとやらに魅入られると困るからね」

 

「心得た」

 

「コブラ、キミは学園内の方を頼む。不穏分子の再確認も含めてね。人員の方は増員含めて好きに使って良い」

 

「なら、教員側に紛れさせる人員の許可を頼む。発破は内からもあった方が良い」

 

 そうして乃亜は一先ずアカデミアの掃除を優先するように、仕事を次の段階へと進めるべく新たな指令を下していけば――

 

「手配しよう――美寿知、キミはもけ夫くんを担当しているツバインシュタイン博士たちと合流して特待生寮の最終調査を。あの寮は後に解体するから、そのつもりで――以上だ」

 

 この場の面々が次々に校長室を後にしていく。

 

「アモン、キミは残ってくれ――ボクと別のオカルト案件を片付けようか」

 

「…………僕に、ですか。了解しました」

 

 だが、最後の最後で乃亜に呼び止められたアモンは、精霊を見る力もなく、特異な力も持たない自身に「その手の仕事」の同行を要請された事実へ、違う意味で面倒な気配をひしひしと感じることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アカデミアのある島内は生徒・教師・職員たちの生活圏以外は森が多い。そんな森深くにポツンとある枯れ井戸など意識しなければ近づくことすらないだろう。

 

 そんな枯れ井戸の前に乃亜とアモンは訪れていた。

 

「此処が噂の立ち入り禁止の枯れ井戸……ですか」

 

 そう枯れ井戸を覗き込みながら呟くアモンは学内の調査の際に、この場所がどういった場所か知りえていた。

 

 生徒たちが「不要なカードの廃棄場所」として利用している――だが、だからこそ不可解だと顔を上げたアモンは乃亜に問う。

 

「そろそろ事情を話して貰えませんか? オカルト案件と言いながら、その実ただのカード回収に頭である貴方が動く必要はないでしょう?」

 

「そう、難しい話じゃないよ。ボクたちは『カードの精霊が見えない』からさ――斎王と美寿知曰く、この枯れ井戸は怨み辛みの籠った精霊の坩堝(るつぼ)との話でね。鈍い方が助かる時もある」

 

 だが、対する乃亜の返答はまともに答える気が感じられない。精霊が見えない条件ならアモンだけでも十分である。

 

 しかし、これ以上、語る気はないのか乃亜は縄ハシゴを下した枯れ井戸の中へと一足先に入って行った。

 

 

 

 

 

 そうして井戸であることを感じさせない水気のなさと、だだっ広い地下空洞一面に捨てられたカードが広がる場に下りた乃亜は思わず呆れた声を漏らした。

 

「これは……何というか、悪い意味で圧巻だね。まるでカードの姥捨て山だ」

 

「生徒の素行調査をしていた身としては、特に不思議には思いません」

 

 後に地下に降りて合流したアモンが「だろうな」と返す他なく、カードの回収を始めるも、疑問があった――それが鮫島の枯れ井戸への対応。

 

「ただマスター鮫島の人間性を見た限り、何故このカードを回収しなかったかは疑問ですが」

 

「一度は回収したんじゃないかな? そして『いけないことだ』と生徒に教え、解決したと判断した」

 

 しかし、これは鮫島と直に接した乃亜から解がなされた。鮫島は言ってしまえば「性善説」を絶対視しているような人物なのだ。「話せば分かってくれる」と相手の善性を信頼し過ぎている。

 

「だけど、立ち入りを禁止したところで人の目が少ない以上、来る馬鹿は一定数いる。試しに捨てても見回り一ついないんじゃ、何も言われない。そして悪しき伝統の復活――そんなところかな」

 

 そう予想する乃亜の言うように、残念ながら世の中「良い人」ばかりではないのだ。抜け道があれば悪用する人間も当然いる。

 

「気づいた教師もいたかもしれないけど、面倒ごとに関わりたくないと口を閉ざしたか、あえて残すことでカードの投棄場所として現状を把握し易く――いや、そんなことするくらいなら、購買辺りにポイント交換券でもつけた方が建設的か」

 

 教師陣側の問題――というより、システム的な問題点への改善案を話の種に上げつつカードを拾うが――

 

「ポイント交換券? カードの無料回収で十分では?」

 

「人は自分の物をタダで提供するくらいなら、捨てる選択を取る卑しい生き物なのさ――無論、ボクたちもね」

 

「その卑しいアンタたちには相応のモノが返ってくるとは思わないのかしら?」

 

 アモンと乃亜の他にいる筈のない枯れ井戸の地下で、少女のような第三者の声が響いた。

 

――気配がしなかった!? 何だ、この女!?

 

「初めましてお嬢さん。ボクは海馬 乃亜。この学園の改革を担当する臨時代表と言ったところかな?」

 

 咄嗟に跳び退いたアモンに反し、乃亜は突然現れた 黒のウェーブがかった長髪に黒のゴスロリ衣装の少女へ仰々しく礼をしつつ名乗りを上げれば――

 

「あら、これはご丁寧に――あたしは『アリス』、よろしくね」

 

 少女、「アリス」は花のような笑顔を振りまいて見せる。

 

「……アモンだ」

 

「でも聞き捨てならない言葉が聞こえたわ。この屑共の巣窟を改革するですって?」

 

「耳が痛いな」

 

 しかし、「学園の改革」との点にアリスは一段と低くなった声色で苛立ちを隠すことなく示して見せた。

 

「恨みつらみが籠った言葉だ。思うところがあるのか?」

 

「『思うところがある』ですって? あるわ。あるに決まってる!!」

 

 やがて詳細を問うたアモンの発現に、アリスは激しい負の感情をあらわにしながら叫びを上げる。

 

「しがない人形の精霊でしかないあたしには、破られるカードたちへ、井戸に捨てられるカードたちへ、何も出来なかった……でもね」

 

 この学園に飾られていた西洋人形に宿った精霊であるアリスは、誰よりもアカデミアの負の側面を見続けた。

 

 カードの強奪、破棄、投棄――物言わぬ相手だからと傲慢さを肥大させていく者たち、そして彼らを誰も咎めることのない現実。

 

 同じ物言わぬ立場であり、ずっと、そんな光景を見続けてきたアリスがアカデミアの生徒を憎み始めることは必然だった。

 

 そう、カードの精霊が見えない乃亜やアモンに、アリスを知覚することができるのは「人形の精霊」としての意思が宿った人形であるゆえ――そしてアリスは憎悪に満ちた目で続ける。

 

「――積もりに積もった怨嗟はあたしたちに力を与えたわ! とても大きな力を!!」

 

『そうだぜー! 今こそオレたちを捨てた奴らに復讐する時だー!』

 

『やってやりましょう、アリスの姉さん!』

 

 今こそ復讐の時だと。

 

 そのアリスに続くのは、赤い海パンオンリーの変な生物2体――ぽっちゃり体型の黒の小さな人型《おジャマブラック》と、筋肉質な一つ目の緑の小さな人型《おジャマグリーン》たちがアリスの周囲でフワフワ浮かぶ。

 

 

 他にも、骸骨、芋虫、もこもこ毛並みの犬、渦巻き模様の紫猫、緑の小竜、筆を持つ小さな紫のゴブリン、顔のついた壺、一つ目の緑の蛇と赤い蛇、角の生えたビーバー、前歯の長い兎、赤い花が顔になった不気味な植物、百合に似た花、駒に似た身体に大翼をもつ一つ目の化け物、赤い人型のアイツ、草の髪を揺らす足の着いた丸い生物、天使の翼を広げる額にハートのついた丸い生物、etc.etc

 

 

 全体的にパッとしない面々が多いが、アリスの背後に山ほど浮かんでいる光景が見えれば百鬼夜行もかくやな光景である。残念ながら乃亜とアモンに見えはしないが。

 

 

 そんなデュエリストたちの不義理により捨てられたカードたちの怨嗟を一身に受けたアリスは、それらのカードたちを組み込んだデッキをデュエルディスクにセットし、復讐の時が来たと宣言した。

 

「さぁ、闇のデュエルの始まりよ! 敗者は永遠に真っ暗な絶望の淵をさまよって貰うわ!」

 

「ボクたちはキミの敵ではないよ。むしろ、その復讐の手伝いに来たんだ――キミたちの味方さ」

 

『味方ー? アリスの姉さん、アイツ、あんなこと言ってますけどー』

 

『ひょっとして悪い奴らじゃないんじゃ……』

 

『ニャン?』

 

「お黙り! なに丸め込まれそうになってるの! 忘れたのかしら、この学園の人間が貴方たちにした所業を!」

 

 しかしデュエルする気が皆無な乃亜からの思わぬ返答に「味方じゃん!」とおジャマグリーンとブラックは顔を明るく反応するが、そんな甘い考えはすぐさまアリスにたしなめられた。

 

 今更そんな言葉に騙される阿呆など…………そんなにいない。

 

『はっ!? そうだった! 俺たちをこんな井戸の底に捨てたアイツらを許せる訳ないぜ!』

 

『まったくだなー!』

 

『ワン!』

 

「そうだね。キミたちの怨みは正当なものだ」

 

 そうしておジャマたちが「危ないところだった……」と冷や汗を流す中、乃亜はアリスへの交渉を続けていく。

 

「だけど闇のデュエルで生徒たちに危害を加えれば、これ幸いと彼らに大義名分を与えてしまう『こんな奴らは捨てられて当然だった』ってね」

 

『確かに俺たちだけで、倒せる数なんて高がしれてるしなー』

 

『でも許せない気持ちに嘘は吐けないぜ! それは此処のみんなも同じ気持ちだぞ!』

 

『シャー!』

 

 実際問題、乃亜の言うように復讐しようにも何人か犠牲者が出た段階で、大々的な鎮圧が行われることは明白だ。海馬に飛んでこられれば、流石の彼らもひとたまりもない。

 

 だが、受けた仕打ちを鑑みれば、スゴスゴと引き下がることもできないのも、また真理。

 

 ゆえに困った様子でおジャマグリーンが一同を代表してアリスへ、心配げな視線と共に向けば――

 

『アリスの姉さんー! どうしよー!』

 

「ふん、簡単なことよ。こいつの話を聞いて決めれば良いだけじゃない――納得できなければ、こいつが最初の犠牲者よ!」

 

『確かに! それなら分かり易いぜ! 流石、姉さん!』

 

『おらおらー! さっさと話しやがれー!』

 

『キュー!』

 

 凄いシンプルな解決策に、すぐさま調子に乗ったおジャマたち含めて精霊たちが急かす――ことなど、知覚できていない乃亜はアリスの発言から前後を予想しつつ主題の部分を明かした。

 

 

「――もっと合法的に復讐しないかい?」

 

 

 しかし発言内容はアリスを含め精霊たちも想定していなかったもの。

 

『合法的ー?』

 

『復讐に合法とかあるのか?』

 

『フェー?』

 

 一般的に忌避される「復讐」を「合法的」に行うとの乃亜の提案に興味津々なカードの精霊たちと、疑念に満ちた瞳を見せるアリス。

 

 そしてアモンの「あの人の悪影響でかくね?」的な感情が籠った視線の中、枯れ井戸の中で悪巧みが始まりつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 此処で舞台はアカデミア倫理委員会の犯罪行為を成した面々を島外の警察組織に引き渡すまで一時的に囚えておく独房にて両手足を拘束された4名が転がっていた。

 

 

 彼らは偽造された戸籍を以て、アカデミアに潜入していた者たち――

 

 

 小柄な短い金髪の少年こと、レッド生に扮した『チック』、

 

 スキンヘッドの大男こと、オシリスレッドの管理人に扮した『ゴーグ』、

 

 背の高い茶髪の眼鏡の青年こと、警備員に扮した『クリフ』、

 

 長い茶髪の女性こと、ブルー寮の女医に扮した『ミーネ』、

 

 

 彼らは、生徒たちの情報を学外に流していた罪で囚われている。

 

 

 そうして此処で年貢の納め時か、とあきらめムードな彼らだったが、天井裏より一つの影が降りたち、独房の扉の鍵をピッキングし始めた。

 

「今、助けるぞ、お前たち!」

 

「お頭、どうして此処に!?」

 

「お前たちが捕まったとの情報を『マグレ警部』としての立場で知り、助けに来たに決まっているだろう!」

 

 そう、この肩口まで伸びた紫の髪の眼帯の男こそ彼らのリーダーであり、「マグレ警部」との偽名と立場を持つ――「ザルーグ」である。

 

 やがて鮮やかな手口で鍵を開け、独房の扉を開いたザルーグは、仲間たちの手足の拘束の解除に取り掛かる。

 

「流石、お頭!」

 

「お頭! きっと来てくれると信じてました!!」

 

「気にするな――来るべき決戦の日まで潜伏している予定だったが、こうなっては仕方あるまい! 一旦退却だ!」

 

「逃げてどうすんだ?」

 

「それは当然――って、なにやつ!!」

 

 しかし仲間たちの拘束の解除中に背後でガチャンと独房の扉の締まる音と共に牛尾の声が響いた。

 

「俺たちを捕まえた学園のヤツらです!!」

 

「かなり手強いわ!」

 

「あっ、カギ閉められた!?」

 

 そうして助けに来た身で独房に閉じ込められたザルーグだが、その余裕は崩れない。なにせ、カギをこじ開ける道具は手元にある――なれば脱出など彼からすれば容易い話。

 

 ゆえに仲間に手足の拘束を外す為の道具を隠して託しつつ、相手の注意を引くように牛尾に語りかけた。

 

「ほう、仲間たちが随分と世話になったようだな……それで『逃げてどうする?』とはどういった意味かな?」

 

「此処は海のド真ん中、学園中がお前さんらの敵、船で逃げようが追う足の方が多い、万が一逃げ切れても、ツラは割れてるから指名手配は確実――まぁ、ざっとこんなもんか」

 

 だが、牛尾から語られる状況説明は中々に厳しいものがある。普通ならば永遠の逃亡生活に腰が引けることだろう。

 

「お前さんらの依頼主が誰かは知らねぇが、俺がそいつの立場なら間違いなく切るね」

 

「フッ、我ら黒蠍盗掘団の結束を舐めて貰っては困る! 仲間を見捨てる真似などするものか!!」

 

「お頭!!」

 

「一生ついていきます!」

 

 しかし牛尾の言を鼻で嗤い、啖呵を切ったザルーグに手足の拘束を外し終えた仲間たちも立ち上がり――

 

「そうだとも! 仲間は決して見捨てない! それが――」

 

 屈んだザルーグを前方に中心に、両手を広げて上げたチックと共にX字を作り、

 

 後ろに立ったゴーグが両手を広げ、自身のこめかみに掌を向けるポーズを取り、

 

 左右を固めたミーネとクリフが、X字を崩さぬ形で両手を広げ、

 

「 「 「 黒 蠍 盗 掘 団 !! 」 」 」

 

 彼ら――黒蠍盗掘団の決めポーズを取った。彼らは独房の中で何をやっているのだろうか。

 

「生徒を実験材料扱いする奴らの仲間が、なに言ってんだか」

 

「それも、黒蠍盗――ん? 待て。今の発言、取り消して貰おうか!!」

 

「そうよ、黒蠍盗掘団を侮辱して貰っては困るわ! 我らは誰も痛めず、傷つけず、貧しき者からは何も盗まず!」

 

「これこそ、黒蠍盗掘団の盗みの掟三箇条!」

 

「罪なき生徒を傷つける悪漢と同列にされては、黒蠍の名折れよ!!」

 

 だが、牛尾がため息交じりに零した言葉に黒蠍盗掘団は「心外だ」と食い気味に反論を述べる。彼らは所謂「義賊」――義を通す手段が盗みの悪であれど、外道に落ちる真似は誇りが許さない。

 

「あー……何も知らねぇパターンか」

 

――演技じゃねぇと信じたい。

 

 そんな黒蠍盗掘団の全体的に間の抜けた雰囲気に牛尾はゲンナリしつつも、念の為にと確認を取る。

 

「『大徳寺』って教師のやらかし知らねぇのか?」

 

「大徳寺? その教師と我らに何の関係がある?」

 

「なら、錬金術師アムナエル」

 

「――同志アムナエルを侮辱する真似は止して貰おうか!!」

 

――同志なのかよ……つか、口軽いな。苦労して手にした情報だってのに気が滅入るぜ。

 

 しかしザルーグの「大徳寺=アムナエル」の事実を知らない様子を見るに、一方的な関係であることがありありと見て取れた。

 

 ゆえに藤原の件から明らかになった情報の中から問題のない範囲でなおかつ、「同志」と信じて疑わないザルーグたちが嫌悪感を示すであろう資料を懐から出した牛尾は黒蠍盗掘団に開示すれば――

 

「……とりま、この学園で起きた事件な。これ見て、黒蠍の誇りとやらを思い出してくれや」

 

「ふん、何を馬鹿かな。我らの同志曰く『崇高な使命』があると――んん?」

 

「えっ? なにこれ、酷くない?」

 

「うーわ、まじかぁ……」

 

「ドン引きでやんす……」

 

「き、気持ち悪くなってきた……」

 

 思った以上に、黒蠍盗掘団とアムナエルの関係にヒビが入った。本当に何も知らなかったらしい。

 

「待て待て待て! 敵からの情報をうのみにするな、お前たち!!」

 

「 「 「 はっ!? 」 」 」

 

 だが、此処でザルーグの当然の主張に我を取り戻した黒蠍盗掘団4名が顔を見合わせる。危うく騙されるところだったと――現在進行形で騙されているのは彼らなのだが。

 

 やがてヒビの入った結束を修復すべくザルーグは懐から通信機を取り出し――

 

「此処は黒蠍盗掘団の長として! 私が直接アムナエルに確認を取る!」

 

「流石、お頭!! 切り替えが早い!!」

 

「同志を信じ抜く心意気、見事だわ!」

 

「フッ……さて――――アムナエル! 私だ! マグレ警部こと、ザルーグだ! 小耳に挟んだのだが、学園の生徒で危険な実験をしているとの噂は本当か!」

 

『おかけになった電話番号は現在使われておりません。番号をお確かめになって、おかけ直し――』

 

「――アムナエルゥ!!」

 

 アムナエルに電話したザルーグの耳に届いたのは、無情な音声案内だった。膝から崩れ落ち、悔し気に独房の床を叩いたザルーグの仕草が妙にもの悲しさを感じさせる。

 

 同志の結束は幻想だったらしい。

 

「……やっぱり尻尾切りされてるじゃねぇかよ」

 

「くっ、だとしても仲間たちは助け出して見せる!」

 

「お頭! アンタって人は!」

 

「流石はアタシたちのお頭!」

 

 しかし、呆れ気味な牛尾を余所にすぐさま立ち上がったザルーグは黒蠍盗掘団だけは助けてみせると意気込み、仲間たちと勝手に盛り上がり始めるが――

 

「いや、こっちもアンタら牢屋に放り込む気はねぇのよ」

 

「なんだと?」

 

「精霊を人間とこの牢屋に入れると問題が大きいんだよ。今の人間社会は精霊を受け入れる土壌なんてねぇからな」

 

 牛尾としては、斎王から彼らが精霊だと知らされた段階で「一般的な扱い」が出来ない事情があった。

 

「よもや、命の取り合いを望むというのか? そういうのは、黒蠍的にちょっと遠慮願いたいのだが……」

 

「おう、俺も死にたくねぇからパス。だから、精霊のことは精霊に任せるわ」

 

 だが、事情を知らぬザルーグたちからすれば「よもや口封じを……」と物騒な警戒心を募らせるが、牛尾も顔の前で手を左右に振って否定を返す。

 

「こっちのツテで精霊界の司法機関まで送っから、弁明はそっちでしてくれや」

 

「ううーむ……」

 

 そうして、自分たちがこの先辿るであろう顛末を聞かされたザルーグが悩まし気な表情を見せるが、実質的な選択肢は殆どない。

 

――この男の言うように逃げ場がないことも事実。その言葉を何処まで信じて良いかは定かではないが、アムナエルたちは我らを助ける気がない以上……形だけでも呑む他あるまい。

 

「お、お頭……」

 

「……俺たちこれからどうなるんだ?」

 

「安心しろ、お前たち! 万が一の時は、私の命令に従っていただけだと言うんだ!」

 

 やがて不安気な表情を見せる黒蠍盗掘団4名にザルーグはリーダーとして全てを背負い込む覚悟を見せるが――

 

「お頭! 駄目よ、そんなこと!」

 

「そうだぜ、お頭! 黒蠍盗掘団は常に共に!」

 

「お前たち……!!」

 

「 「 「 お頭……!! 」 」 」

 

 黒蠍盗掘団の結束の絆は鉄よりも固い――やがて仲間同士見つめ合った後、円陣を組むように暑苦しい程の熱い抱擁を交わす黒蠍盗掘団。

 

 

――いや、そういうの含めて精霊界でやってくれ、って話なんだが……

 

 そんな彼らの寸劇染みたやり取りを見つつ、牛尾は何度目か分からぬため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 此処で時間は良い感じに進み――

 

 

 校長室にて、乃亜とコブラが各所から集められた情報を右へ左へと処理していく中、乃亜の前に積まれた書類の一番上の資料の顔写真を指さしアリスが声を張る。

 

「あっ! コイツ! コイツは屑よ! 人のカードを奪って、破り捨てちゃうヤツなの!」

 

『こいつは、アイツだなー! あっちのアイツ捨てたヤツだわー! 酷いヤツだぜー!』

 

『クェー!』

 

「調査結果とも相違ないね。なら退学と社会的ペナルティをプレゼントだ」

 

 そう、これこそが乃亜が語った「合法的な復讐」――アカデミアの負の側面を見続けてきたアリスたちは言うならば、アカデミアの問題児たちの生き証人。

 

 乃亜たちが行った調査結果の裏付けとして、これ程までに最適な人材はおるまい。

 

 アリスや捨てられたカードの精霊たちの怨み辛みも、思う存分晴らせるとなれば、精霊たちとて協力的になろう。

 

 精霊が見えない乃亜たちでもアリスの通訳があれば無問題である。

 

「でもコイツ、親が偉いとか何とか言ってたけど、大丈夫なの?」

 

『そうだよな。こういうので泣き寝入りしちゃうのも多いんだよ』

 

『フェフェー!』

 

「ああ、問題ないよ。ドラ息子可愛さとは言っても、限度があるからね。望むなら鳥カゴで『自慢の息子への道』を用意する旨を伝えるさ」

 

 そうしてルンルンで魔女狩り染みた真似を行うアリスが懸念事項を上げるが、その辺りの問題は神崎が過去に通った道である。

 

 戦場へマッスルで物理的に突貫してきた集団が恐れるのは、海馬社長くらいだ。

 

「鳥カゴ?」

 

「素敵なところさ」

 

「……碌でもない雰囲気しかしないのだけれど」

 

 しかし、その辺りの事情を知らないアリスが小首をかしげて見せるが、乃亜は何でもないように語るそれ(鳥カゴ)が禄でもないようなものにしか思えない。実際かなり禄でもないが。

 

『アリスの姉さん! 次のヤツ来ましたよ!』

 

『一緒に学園を良くしちゃおうぜー!』

 

『ニャー!』

 

 そうして、おジャマブラック・グリーンたち含めた精霊たちの手により、ひとりでに浮かぶ書類が宙を舞う中、コブラが咳払いしつつ釘をさすが――

 

「乃亜、あまり派手にやり過ぎるな。一般的な教師像は『生徒を見捨てず』だろう?」

 

「だからだよ。これだけの問題があった以上、KCも無傷ではいられないからね。学園改革への徹底した姿勢を見せるのさ」

 

 学園の問題に関して海馬が隠蔽など許す筈もない以上、半端は許されない。次に学園の自浄作用が働かず内部が腐ることになれば、下手をすればKCが終わりかねない可能性だって見えてくる。

 

「問題の発生を『0』にするのは現実的に不可能なんだ。なら『即時解決』を印象付けた方が良い」

 

「教育とは難儀なものだな」

 

「ふん、いい気味よ! ――あっ、でも次の子はとっても良い子よ! デュエルはそんなに強くないけど、カードのことをとっても大切にしてくれる子なの!」

 

 そうして苛烈なまでの対応に目頭を押さえるコブラを余所に、その辺の事情とは無縁なアリスは何とも楽し気だ。

 

「此方も情報と相違ないね。ならレッドに落とそう」

 

『えっー!? なんでだー!?』

 

『キュー?』

 

「!? どうしてよ!? その子は――」

 

「デュエルが弱いからだよ。見たところ、基礎の部分の段階でかなり『抜け』がある。なら、一から鍛え直した方が良い」

 

「そ、そう……なら、仕方がない……のかしら……」

 

 だが、そんなアリスも「カードを大事にする良いデュエリスト」に降格が突き付けられた現実に困惑顔を見せるが――

 

「ああ、仕方のないことさ。でも頑張り次第では十分に芽が出る――出なければ退学だけどね」

 

「……ね、ねぇ、ちょっと貴方、厳し過ぎない? そんなことじゃ生徒がいなくなっちゃうわよ?」

 

 続いた乃亜の「退学」との発言に、先程までのルンルンな魔女狩りスタンスは何処へ行ったのか引き気味だ。

 

「今までが甘すぎただけだよ。そもそもアカデミアが建てられた『デュエルエリートを育成する』という目的を見れば、足切りは冷徹なくらいが丁度良い」

 

 しかし乃亜は譲らない。「楽しいだけのデュエル」がしたいのなら、アカデミアに来る意味はない。この学園は「上を目指す場」なのだから。

 

「デュエルを楽しむだけなら、何もアカデミアである必要なんてないんだから」

 

「……コブラ! 貴方からも何か言って――」

 

 そんな乃亜の説得を諦めたアリスが、コブラを頼ろうとするが――

 

「失礼。牛尾から電話だ――恐らく教師の意識改革の為の修練(トレーニング)の件だろう」

 

「そうかい。なら此方はボクがやっておくから、キミは――」

 

「いや、すぐ戻る。生徒の状態は出来得る限り把握しておきたい」

 

 別件の緊急の仕事が入ったと足早に去っていくコブラの姿に、アリスは他にも何やら企んでいるのかと、怪訝な視線を乃亜へと向けた。

 

「教員の姿を見ないと思ったら……貴方たち、他にも何かやってるの?」

 

「まぁね、新たなアカデミア体制に適応して貰う為の研修を少し」

 

「それ、絶対『少し』じゃないわよね……」

 

 やがて平然とした表情で無茶苦茶しまくる乃亜の姿へ、今更ながらに「早まってしまったかもしれない」とアリスが思う中、学内にて「ペペロンチィイイイイノ!!」と叫ぶ人がいたとかいないとか。

 

 

 こんな調子では、脱落した教師の補充も必要になりそうである。

 

 

 






おジャマイエロー「兄ちゃんたち!?」



これにて、原作3年前のアカデミア編が終わり――原作開始2年前部分と宇宙に行った神崎の件をさっと片づけることになるかと思います。


遂に見えて来た、原作1年前(+α)時期の十代の受験が!!(逸る気持ち感)



Q:黒蠍盗掘団って、この時期から学園に潜入していたの?

A:流石に十代が入学した時期に合わせて潜入するのは怪し過ぎると判断させて頂きました。

目的に関しては――
影丸理事長の野望の為に「精霊が見える生徒」が必要なので、今作ではその辺りの調査を想定しております。


Q:アリスがレギュラー化……だと……!?

A:「ドールキメラ」がOCG化していないので、原作とは違う形で浄化を図る必要があった為です(なお密告装置)



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第238話 奴はアカデミア四天王の中でも最弱……



前回のあらすじ
デュエルアカデミア「神崎……! 早く来……俺が、俺である内に……!」




 

 

 吹雪たちも2年生に上がり、先輩としての自覚が求められるようになり、新入生の入学がなされた頃――

 

「アカデミア生徒、諸君!!」

 

 檀上から響く地揺れでも起きそうな程のコブラの覇気のあり過ぎる挨拶に、入学したてのピカピカの1年生がビクッと肩をすくませる様子を2、3年生が「自分たちも通った道」と微笑ましい視線を向けられるが――

 

「私は前任の鮫島校長に代わり、このアカデミアの()()()()()となった『コブラ』だ!!」

 

 続いた「校長就任」の挨拶に2、3年生たちも思わず顔をこわばらせた。一様に「ぇ?」と顔を見合わせ現実逃避する生徒たちを余所にコブラは、就任挨拶と新入生への歓迎の言葉を述べる。

 

「前年度に様々な問題がこのアカデミアに蔓延っていたという現実は、諸君らも知っての通りだろう。ゆえに私は5つの改革案を柱とし、一大改革を成すことを宣言する」

 

 ニュースやら何やらで不確定な情報が交錯しまくっていたが、生徒からすればコブラは「失踪事件とアカデミアの風通しを良くする為に来た一教師」でしかない。

 

 仮に校長が代わってもクロノス教諭辺りだと考えていた生徒たちの顔が重苦しいものとなる。なにせ――

 

「生憎だが、私は貴様たちに優しい顔など見せる気はない!! 前校長のご配慮を前に胡坐をかいた貴様たちに与えるものなど一つ!! 試練だ!! 飴が欲しければ這い上がって見せろ!!」

 

 物凄い優しかった鮫島と違い、コブラは物凄い厳しい人なのだ。

 

 

 やがて指を一本立てたコブラは、柱となる5つの改革案の説明に入る。

 

「1つ!! 学内情報の積極的開示!! 前体制の最大の問題は、外の目を意識できなかった面が大きい! ゆえに生徒諸君の試験の際のデュエルなどを情報発信していく!! プロを目指すキミたちにとって、衆目に晒される経験は決して無駄にはならない筈だ!!」

 

 それが簡易的なプロの世界の再現などを盛り込んだ、アカデミアの情報発信。

 

 生徒たちの保護者も含めて、積極的に子供が通う学び舎の現状を明かしていくオープンなスタイルの確立。

 

「2つ!! ペナルティの強化! リスペクトに反した者への牽制! 実力不足の生徒への発破! 職務を全うできぬ教師陣さえも例外はない! この学園に足りないものは『危機感』だ! 必要とあらば退学の処置も辞さない! 弛んだ心など社会の荒波の前では通じないと知れ!!」

 

 そして罰則の強化。アカデミアにて内々で問題を処理することなく、きちんと然るべき機関で法的にも、常識的にも、厳正な処罰を与えていく旨の確約。

 

 凄い普通のことのように思えるが、全くできてなかった過去がある以上、ことさら強調する必要がある部分だ。

 

 1つ目の情報発信の改革を含めれば、学内での問題を包み隠さずさらけ出す行為に等しい。

 

 ゆえに、生徒と教師の気も引き締まる。「見られている」との意識は、ことさら防犯的な側面では効果的なのだ。

 

「3つ!! 三寮と学年ごとに区分けした、色分け授業の実施!! 学びとは段階を踏んで行われるものだ!! デュエリストのレベルに沿った授業により、キミたちの土台を強固として貰いたい!!」

 

 そして、此方も凄い普通のこと。デュエルは初歩中の初歩の部分のルールなら、凡そ理解は容易いが、「コンマイ語」などと揶揄される領域となれば、頭を抱える他ない。

 

 言わずも知れたカイザーこと亮と、自分の使うカードの効果すらまともに理解していない生徒に同じ授業を行っていたのが、そもそもおかしな話なのだ。

 

「4つ!! 上述の件も踏まえ、ブルー女子の色分けを行う! 昨今は女性の社会進出が常識! なれば現在の一律で同列に扱う姿勢など化石同然である!! 淑女らには、その力を存分に振るって頂きたい!!」

 

 そんな具合で、色分け授業をするとなれば問題となるのが「女子は例外なくブルー生徒」という学園のシステムだ。

 

 寮分けする程の女子生徒がいなかったゆえの処置だが、そんなものはブルー女子寮の内部で分ければ住む話。今までの改革案と比べれば、さしたる影響はないと言えよう。

 

「5つ!! 新たな階級――『フォース』の制定! オベリスクブルーから、選りすぐりの優秀者に更なる特別待遇を約束しよう!! 今、青の制服に袖を通す面々も現状に満足せず! より高みを目指して貰いたい!!」

 

 最後の改革はオベリスクブルーの上に新しく「色分け」ならぬ「区分け」を行うこと。

 

 同じオベリスクブルーでも、カイザーこと亮と一般的なブルー生徒では、力の格差がエゲツない以上、「自分はカイザーと同じブルー」などと自惚れの原因になりかねない。

 

 それに加えて、既存のデュエル授業では、カイザークラスの才能を埋もれさせてしまいかねないゆえの処置だ。

 

 亮たちに良い経験を積ませられる・糧となれるデュエリストが果たして「学内にどれ程いるか?」と問われれば、片手で数えることすら暇になろう。

 

「他にも細かな改革がなされるが、今現在のキミたちに最も関係深いものがこの5つだ!!」

 

 そうして5つの柱となる改革案を大々的にアピールするコブラの言に「まだ他にもあるのかよ」との突っ込みをする勇者もいない中、コブラは力強く宣言する。

 

「ゆえに、この後! 全校生徒に向けて再度試験を行うことを此処に宣言する!! 抜き打ち染みた真似をして申し訳ないが、キミたちならば問題なく乗り越えてくれることだろう!!」

 

 再試験と言う名のふるい落としを。

 

 乃亜たちの介入タイミングが、吹雪たちが1年後半の時期だった為、諸々の改革に必要な準備の関係から、新体制のスタートを次の年に持ってきたゆえの処置である。

 

 

 新入生たちが、改革前に受験を終えてしまった影響から、もう一度試験することとなったが、悪いことばかりではない。

 

「そう心配することはない。キミたちが『色分け相応』の実力があるのならば、なんの問題もなくクリアできる筈だ! いや、むしろ――フォースと言う新たな頂きへの道すら開けるだろう!!」

 

 なにせ、旧体制の「新入生がオベリスクブルーに配属されるのは中等部からの生え抜きのみ」の条件も解除される為、イエローより高度な授業を受けるチャンスでもあるのだ。

 

 レッドもイエローに、ブルーも新たな階級「フォース」に――皆が皆、学園のスタートダッシュを切れるとなれば、良いこと尽くめであろう。

 

「入学・進級という勝利にかまけることなく、しかと兜の緒を締めたまえ!!」

 

 まぁ、「実力があれば」との注釈はつくが。

 

 

「――以上だ!!」

 

 

 そうして手早く挨拶を済ませたコブラの覇気溢れる姿に、赤い縁取りがされた白の制服に身を包んだ頭に二つ団子を作ったコアラのような髪型の恰幅の良い青年「前田(まえだ) 隼人(はやと)」は思わず内心で零した。

 

――なんか、凄いところに来ちゃったんダナ……

 

 完全に気圧されている様子。

 

 だが赤の縁取りがされた制服――アカデミアの最下層に位置するオシリスレッドである彼も、このチャンスを活かすことが出来れば、きっと夢である「カードデザイナー」の道の大きな糧となることだろう。

 

 気張れ、隼人。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして学年全員の試験が再度行われ、結果発表まではつつがなく終了した頃――

 

『指名手配された大徳寺教員は未だ捕まっておらず、逃亡を続けていると思われます。KCが惜しみなく情報を開示し、捜査協力したことで生徒たちの保護などの早期解決ができたとのお話がありますが――』

 

 アカデミアに新たに作られた一室――「フォース」に選ばれた面々がデュエルについて学ぶ、デュエルスペース付きの広々とした空間にて、テーブルの上の携帯端末に表示されたテレビから、ニュースをお茶の間に送る野坂 ミホの声が響く。

 

 

 そんな中、椅子にそれぞれ座る3名の内の一人――亮は重ねた両の手を額につけ、項垂れた様子で力なく呟いた。

 

「師範が学園を追われたのは、これが原因だったのか……」

 

 鮫島を「師範」と慕っていた亮からすれば、校長の交代劇が「教師の不祥事の責任を取った形」と言えども、すんなりと受け入れは出来なかった。

 

 彼が如何に「カイザー」と呼ばれていても、その心は年相応の青年でしかない。恩師の失脚は堪えることだろう。

 

「ごめんよ。色々緘口令(かんこうれい)が敷かれててね――ボクも事情を話せなかったんだ……」

 

「気にするな、吹雪。捜査協力をしていたのなら、『それ』は当然のことだ」

 

 そんなカイザーに、コブラと共闘したことで凡その事情を知っていた吹雪が「親友に隠し事をしていた」旨を謝罪するが、一切責めることなく受け入れる亮。

 

 だが、亮の痛ましい表情に件の騒動の渦中にいた藤原は懺悔するように言葉を零すが――

 

「すまない。僕の心の弱さが……」

 

「やめなよ、藤原。キミのせいなんかじゃない――キミの心の隙を利用した相手が諸悪の根源だって、斎王にも言われただろう?」

 

 その懺悔は吹雪によって遮られる。

 

 確かにダークネスの引き金を引いたのは藤原だが、「引き金を引くしかない状況に追い込んだ」相手がいる以上、吹雪や亮が、どうして藤原を糾弾できよう。

 

『その通りです、マスター。過度に己を責めるような真似は誰の為にもならない』

 

「でも、オネスト! 僕がしっかりしていれば、鮫島校長だってアカデミアを去らずに済んだかもしれ――」

 

「それなんだけど――クロノス教諭から聞いた話じゃ、前々からアカデミア生の質の低下が問題視されていたらしいよ。校長先生の交代劇も、その辺りが絡んでいるんじゃないかな?」

 

 そうしてオネストの励まされるも、自罰で心が潰れそうな藤原に吹雪が「校長の交代劇まで背負う必要はない」情報を明かすが――

 

「――師範の教えが間違っていたとでも言うつもりか!!」

 

 今度は亮が常らしからぬ様子で声を荒げて椅子から腰を上げた。

 

 校長の交代劇の理由が鮫島のリスペクトデュエルにあるように言われれば、亮とて心穏やかではいられまい。だが、そんな心揺れる親友たちの板挟みに合う吹雪は、亮の肩に手を置きつつ、首を横に振る。

 

「それはないよ。だって、今の新体制でも『リスペクトデュエルの理念』は引き継がれているじゃないか。なら、現校長も問題は別に考えている証明だろ?」

 

 なにせ、就任挨拶の際に「前校長のご配慮を前に胡坐をかいた貴様たち」や「リスペクトに反した者への牽制」などの発言から、コブラは鮫島の方針を引き継いでいることが読み取れる。

 

 いつもの亮ならば、この程度のことを見落とす筈がない。

 

「亮、一度落ち着こう。いつものキミなら、このくらい直ぐに分かっていた筈だ」

 

「…………すまない」

 

「そこは『ありがとう』の方が嬉しいかな。こういう時こそ、このブリザードキングことフブキングの懐の深さを思う存分味わってくれて構わない――よ!」

 

 そうしてなだめられた亮は、今度は友に八つ当たり染みた真似をしてしまった事実に落ち込むが、吹雪は茶目っ気を見せてウィンクして見せる。

 

 吹雪とて、藤原の苦しみに気づけなかった過去の過ちを繰り返す真似など御免だろう。

 

「ハハ……そうだね。うん、吹雪の言う通りだよ、亮。丁度良い機会だし、新しい階級『フォース』で心機一転頑張っていこう!」

 

「とはいえ、ボク的には特待生寮のみんなもいない3人だけなのは、寂しく思うね。ガラガラな会場じゃ盛り上がりに欠けちゃうよ」

 

「この新体制も、師範の意思なのか?」

 

 かくして、空元気ながらも前向きさを見せる藤原と、いつものムードメーカーっぷりを発揮する吹雪、そして常の平静さを懸命に取り戻そうとする亮。

 

 そんな何時もの3人組で、新たな階級「フォース」での日々がスタートすることとなった。

 

 

 

 

 

 

「雁首揃えて、辛気臭いわね」

 

 かと思いきや、フォースの4人目が来たる。

 

 3人の視線の先には、青の縁が入ったノースリーブの白の制服に青のスカートに身を包んだ黒のボブカットの女子生徒の姿。

 

「キミは!?」

 

「小日向か。珍しいな、キミが本気を出すなんて」

 

「当たり前でしょ」

 

 その4人目のフォースメンバーに対照的ながらも驚きの声を漏らす吹雪と亮。

 

 なにせ件の相手は、普段は進級に影響が出ない程度に軽く流すデュエルしかしないのだ。それがフォースに選ばれる程の力量を見せたとなれば、どんな風の吹き回しか気になって当然であろう。

 

 そんなフォースの4人目たるオベリスクブルーの女生徒――『小日向(こひなた) 星華(せいか)』は当然だとばかりに強気な笑みを見せる。

 

「旧体制じゃブルー女子は頑張ろうが、頑張らなかろうが、色分けされないんだから、本気を出すだけ無駄だもの」

 

 しかし、理由は実にシンプルだった。今までのアカデミアの女子生徒は、どれだけ実力を示そうとも「寮の格付け」に何も反映されないのだ。なにもしなくても「オベリスクブルー」の待遇が約束されている。

 

 なら、一々本気を出すなど、小日向からすれば「無駄な労力」と思いたくもなろう。

 

 だが、「女子生徒の学力別の色分け」と新しい階級「フォース」の前では「無駄」ではなくなるとなれば、話は変わる。

 

「これでやっと『花嫁修業』なんて揶揄されることもなくなるんだから、本気出すに決まってるじゃない」

 

 そうして空いていた座席に座り「フォース」に贈られる特別待遇について記された冊子を上機嫌な様子で眺め始める小日向を見て、亮は考え込むように呟いた。

 

「新しい風……か」

 

「そうだよ、亮! 新しい試みにチャレンジしつつも、リスペクトの心も引き継ぐ! 鮫島校長の教えは今もアカデミアに息づいているんだ!」

 

「うん、吹雪の言う通りだ! そうしてリスペクトの教えが広まれば、鮫島校長が戻って来る可能性だってあるんじゃないかな!」

 

『確かに、リスペクトデュエルの第一人者である方なら、是非とも教えを受けたくなりそうだ』

 

 やがて吹雪、藤原、オネストが三者三様――とはいえ、残念ながらオネストの声は、藤原以外には届かないが――な具合で亮に励ましの言葉を送る。

 

 こうして一時は地の底だった3人の雰囲気が大幅な上方修正を果たし、空気も明るいものとなって行くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「そんな訳ないでしょ」

 

 と思いきや、特別待遇についての冊子を眺めていた小日向からの声に、その空気は霧散した。やがて、冊子から目を離すことなく小日向は続ける。

 

「阿鼻叫喚よ、下の連中」

 

 強者の理屈は、弱者には通じないのだと。

 

 

 

 

 

 

 

「えーと、此処で良いのかな~? あっ、初めまして~ぼく『茂木(もてぎ) もけ()』だよ~こんにちは、オネストく~ん」

 

 そんな緊迫した空気に意を介する様子を見せないフォースの5人目――青の長袖の制服を肩にかけたボロボロの水色シャツの小柄な短髪の青年「茂木(もてぎ) もけ()」が、オネストへとゆるーい調子で挨拶。

 

 三度、場の空気は違う意味で一刀両断された。

 

『!?』

 

『もけもけ~!』

 

「精霊が見えるんですか!?」

 

 それに対し、白いはんぺんに三本線の目口が浮かぶ白いはんぺんのような天使《もけもけ》の精霊に肩を叩かれたオネストと共に、藤原も驚きを隠せない。

 

 よもや、自分以外に精霊が知覚できるものが学園にいたなど、彼にも初耳だったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところ変わって、コブラの行った再試験の結果が張り出されていた場所にて、教師たちと生徒たちがごった返す中――

 

 

 亮と同学年の2年生であり、何故かテニスウェアで活動する茶髪の爽やか青年こと「綾小路(あやのこうじ) ミツル」は、内に滾る熱き魂を解き放つように声を張る。

 

「フォースに至るどころか、イエローに落ちてしまったぁぁあぁぁあ!! だが、この程度で挫けては駄目だ!! 今、頑張らなくてどうする!! 今日と言う日は今日しかないんだぞ! この悔しさ涙は明日の糧になる! 美しき青春に向けて駆けだす時! Never(ネバー) Give Up(ギブアップ)!!」

 

 そうして綾小路ミツルがテニスラケットを片手に、素振りを始める光景は熱血を超え、周囲に気温すらも上げる程の熱量を感じさせる。

 

 だが、そんな綾小路ミツルを押しのけ、3人の人影が教師たちに迫った。

 

「綾小路先輩ちょっとどいてください! どうしてブルーの僕がレッド落ちなんですか!!」

 

「幾ら何でもおかしいでしょう!!」

 

「そうだ、そうだ! 我らオカルトブラザーズが、レッドと同レベルだなんて!」

 

 そうして、ロン毛眼鏡の青年「高寺(たかでら)」、小柄な黒の短髪の青年「向田(むこうだ)」、ぽっちゃり眼鏡の青年「井坂(いさか)」の1年生の三人組が此度の試験の結果に抗議に対し、クロノスも懸命に対応しようとするが――

 

「お、落ち着くノーネ! さっき話した通りナーノ! これは――」

 

「くっ、やはり此処ぞという時のドローが俺には足りない! イエロー落ちは己が未熟を知らされた天啓と思うべし! 天は俺に告げている! 今こそ『究極のドローを目指せ』と!!」

 

 おかっぱ頭の大柄な1年生の青年「大山(たいざん) (たいら)」がドローの素振りをし始めたり、

 

「騒がしくてよ!! そこをお退きなさい! ――クロノス教諭、わたくしがイエローなどと……亮様と同じブルー以外ありえませんわ!!」

 

 その大山を含めて周囲の面々を押しのけたクロノスに詰め寄った2年の左右に分かれた赤紫の長髪の一部分を耳元で三つ編みを編んだ独特な髪型の2年生の女生徒「胡蝶(こちょう) (らん)」の若干ズレた圧を受けたりととにかく騒がしい。

 

 

 それらの騒がしさは、つい最近赴任してきた教師である佐藤を含め多くの教員たちが事態の収拾に動く程だ。

 

「新体制に伴い、ボーダーラインに大幅な修正がかかっています」

 

「だとしても、佐藤教諭! ブルーからレッドは落ちすぎじゃないですか!?」

 

「本当にそうでしょうか? 貴方が格上だと思っていた相手は、一様にして上の階級にいる――そう感じてはいるでしょう?」

 

「うっ……」

 

「それは……」

 

「そうかもしれないけど……」

 

 そんな中、繰り出された佐藤の論に、高寺、向田、井坂がローテーショントークで認められない現実にばつの悪い顔を見せるが、クロノスは己の頭上で手をパンと叩き注目を集めて、この場に集まった生徒たち告げる。

 

「安心するノーネ! すぐに退学になる訳じゃなイーノ! カリキュラムをしっかり受けなおセーバ、きっと直に上がれルーノ!」

 

「親御さんを巻き込んで抗議したいというのなら、ご自由になさってください。此方も説明の場を用意しますので」

 

 

 そんな彼らの血気盛んと言わざるを得ない姿に、少し離れた場所で取り残されたBIGなコアラボーイこと隼人は、赤い制服のままに思う。

 

 

――本当に凄いところに来ちゃったんダナ……

 

 

 この地獄もかくやな争乱の只中で、果たして自分は生き残れるのだろうか――と。

 

 

 気張らないものに道は開けないぞ、隼人。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして迎えた大量の寮格下げに阿鼻叫喚を上げる生徒たちを余所に、その辺りとは無縁のフォースの面々は、新たに増えた2人のメンバーに話題が移っていた。平和である。

 

「もけ夫先輩!? あの伝説の!?」

 

「ああ!」

 

 亮と吹雪が、のほほんとした現在とは違いバリバリのデュエリストだった頃のもけ夫の噂話を思い出す余所に――

 

『もけもけ~』

 

『は、はぁ、よろしくお願いします』

 

「どうして、此処に!?」

 

 もけもけに肩をパシパシ叩かれ絡まれるオネストが挨拶を交わす中、藤原が「何があったのか」を問えば、もけ夫はあくび混じりに返して見せる。

 

「う~ん、ぼくがいると、みーんなやる気なくなっちゃうからって、バカンス用意して貰ったんだけど~『お金が沢山かかるから~』って、学園に復帰することになったんだ~」

 

「成程、もけ夫先輩には不思議な力があった訳ですね。その力は今どうなっているんですか? ……あのー、聞いてますか先輩?」

 

「むにゃむにゃ……」

 

「どう見ても寝てるわね」

 

 だが、小日向の言うように会話の途中で速攻で眠った。圧倒的マイペースこと究極の自由人――それがもけ夫。

 

「このタイミングで!?」

 

『もけー! もけけー!』

 

『成程。マスター、どうやら特殊なトレーニングを積み、能力を制御できるようになったとのことです』

 

「へぇー、なんだか超能力みたいで凄いな……」

 

 だが、精霊仲間ができたゆえか、テンション高めなもけもけの言葉を受けたオネストが藤原に伝言ゲームをする中、小日向は今の今までスルーを続けてきた「虚空に語り掛ける藤原」に対して触れる。

 

 流石にこれ以上、無視し続けるにはあまりに大きい事柄だ。

 

「アンタは誰と喋ってるのよ」

 

「そういえば小日向くんは知らなかったね。そう! なにを隠そう藤原は――『カードの精霊』が見えるのさ!!」

 

「はいはい、すごいすごい」

 

 しかし華麗に解説を買って出た吹雪の言を、興味なさげに一刀両断する小日向。そんな夢見がちな乙女的ファンシーな答えなど求めていないのだ。

 

「――ブリザードの名を持つボクのお株を奪う冷たさ!? 信じてないよね!?」

 

 だが、何処から取り出したウクレレ片手に謎のポーズを取ったまま固まる吹雪には、他に説明しようがない。真実は時として虚構に劣るものなのである。

 

 

 

 かくして、フォースの面々が各々やいのやいの騒ぐ中――

 

「シニョール、シニョーラ! 静粛にするノーネ! 特別授業を始めルーノ!!」

 

 この場に入出したクロノスの声に、第一期生のフォースの初授業が幕を開ける。先のレッド及びイエロー生徒の騒動は他に任せてきたらしい。

 

「特別授業? フォースのデュエル講義は、やはりブルー時代とは大きくことなるのですか?」

 

 だが、The優等生な亮のスタンスに、

 

「(もけ夫先輩! 起きてください! クロノス教諭が来ましたよ!)」

 

『もけー!』

 

『こうなると暫く起きないそうだよ、マスター』

 

 完全に寝てしまったもけ夫を頑張って起こす優しさを見せる藤原と、

 

「うーん、むにゃむにゃ、後6時間と66分……」

 

「それ、7時間6分じゃない……」

 

「ボクもマイペースな自覚があるけど、もけ夫先輩はそれ以上だ――世の中は広いね」

 

 未だにガン寝を続けるもけ夫に、頬を引くつかせて呆れ顔を見せる小日向と、なんか悟りだした吹雪、

 

「……シニョール茂木は相変わらずなノーネ」

 

 そんな一癖も二癖も、三癖四癖と延々に続きそうな面々の姿に大きくため息を吐くクロノス。果たして自分は、こんなハチャメチャな面々を導けるのかと、唯々不安だった。

 

 デュエルの実力に関しては、お墨付きなのがせめてもの救いか。

 

「順番が来た時ーニ、起きていてくれたら良いカーラ、先に説明を始めちゃウーノ」

 

 だが心を入れ替え、ついでにマッスルも心なしか増強されたクロノスは怯むことなく、話を進めていく。

 

「学園内から選ばレータ、スーパーエリートたる『フォース』の貴方たちには、一般生徒デーハ相手にならないノーネ。我々教師陣が相手をするにも、教師の数が限られているカーラ、偏った経験になっちゃいマスーノ」

 

「つまり学園の外の相手と戦うということですか?」

 

「その通りなノーネ、シニョール藤原――高名なデュエリストの招致ーや、大規模ーな大会、後は分校との交流試合などーで、世界の広さを知って貰ウーノ!」

 

 そうして、相槌を打ってくれる藤原をありがたく思いつつ、クロノスは「学園の外に学びの目を向けること」こそがフォースのデュエル授業なのだと語った。

 

「でも今回ぃーは、お出かけの準備も出来てないだろうカーラ、デュエリストをお呼びしたノーネ!」

 

 とはいえ、今日選抜されたばかりのフォースの生徒たちを、今から率いて移動するのは現実的ではない。

 

 ゆえに、最初は「招致したデュエリストに教えを受けること」こそが授業との旨を明かされたことで、亮たちは「テレビの向こう側」だった著名なデュエリストを思い描き内心でワクワクを募らせる。

 

 

 やがて、クロノスが身体全体で指し示した扉を向けば――

 

 

「サイバー流師範代、マスター鮫島なノーネ!!」

 

「亮……」

 

「師範!?」

 

 凄い見慣れた人物――鮫島の登場に、亮は大いに動揺した様子を見せた。

 

 亮の脳裏に「校長の座を追われた鮫島が何故ここに?」との疑問が占め始め、「よもや自力で復権を!?」などと飛躍し始めるが――

 

「どうして、師範が……」

 

「色々あって校長を辞したんだが、別の形でアカデミアに携わることになってね」

 

「現校長のコブラ氏ーガ、直々に頭を下げてお願いしたとのことナノーネ!」

 

「現校長が……?」

 

 その内実は鮫島とクロノスによってアッサリと明かされた。リスペクトの教えを守っていくことが方針にある以上、その道のスペシャリストの存在は無視できないことだろう。

 

 そうして鮫島の服装が校長の時のものではなく、サイバー流としての中華風の道着になっている様から、かつての道場の日々を思い出させ、師弟の感情再会の空気が流れる。

 

 しかし、そんなことなど気にした様子もない小日向は、クロノス教諭に先を促した。

 

「で、なにするんですか? デュエル?」

 

「師範ほどの相手ならば、確かに得難い経験になるだろうが……」

 

 そうして、師範とのデュエルに若干心躍らせる亮だったが――

 

「いいえ、今回はリスペクトの精神についてのお話を頼まれました」

 

「パス」

 

 鮫島から明かされた授業内容に、小日向は速攻で軽く手を上げ、踵を返した。

 

 フォースの授業は強制ではない。受けたくないのなら拒否しても問題はない――要は「フォースに相応しい実力」こと心技体を示し()()()ことが出来れば問題ないのだから。

 

 だが、その小日向の道を塞ぐ形でクロノスは立ちふさがる。

 

「待つノーネ。貴方たちーは確かにデュエリストとして、とっても強いノーネ。デモデーモ、心の方は未成熟な学生デスーノ」

 

「そういうの間に合ってるんで」

 

「だ、駄目なノーネ! 学園としても外面くらいはちゃんとして貰わないと困ルーノ!」

 

「――教諭、言い方ァ!!」

 

 そして説得を続けるクロノスだが、段々と雑になっていく内容に思わず藤原が突っ込みを入れるも、クロノスとて退く訳にはいかない。

 

 今のアカデミアは「成果」を求めている。不祥事続きだった過去から、華麗な転身を遂げた「証」を見せる為――ゆえに、最低限の立ち振る舞いは覚えて貰いたいところ。

 

「それにリスペクト的な行いをしている方が、覚えも良くなるカーラ、シニョーラ小日向にーも、損はないノーネ!」

 

「クロノス教諭! 流石にそのような物言いは看過できま――」

 

「構いませんよ、亮。リスペクトは強制されて行うものではありません」

 

 そうして若干失礼なアプローチ方法に逸れたクロノスの言い分を咎めようとした亮だが、それは他ならぬ鮫島に止められた。

 

 そう、「立ち振る舞い」という点ならば、なにも「リスペクトの精神」を学ぶ必要はないと、鮫島は続ける。

 

「小日向さんが『不要』だと判断されるのであれば、私はその意思を尊重――リスペクトします」

 

「師範……」

 

「ですが、話も聞かずに耳を塞ぐことは、貴方の未来の選択肢を狭める可能性も含む――そのことだけは心の片隅にでも残してくだされば幸いです」

 

 そんな具合に最低限の心得を手短にまとめた鮫島の姿に、小日向は足を止めて暫し悩む素振りを見せた後、大きくため息を吐いた。話も聞かないのは角が立つだろう。

 

「ハァ…………わかりました」

 

 やがて他の面々に倣い席に座った様子をクロノスに見送られた小日向だが、先に自論を述べる。

 

「でも、私――『勝つのが楽しい(負けて楽しい訳ない)』性分なので、リスペクトの教えとは反すると思うんですけど」

 

 そう、小日向とてリスペクトを嫌っている訳ではない。単純に亮づてに語られるリスペクトの精神がどう考えても「自分の性質に合わない」と理解しての行動なのだ。

 

「そうでしょうか? デュエルに勝敗がある以上、勝ち負けへの感情があるのは当然のことです。それはサイバー流のリスペクトデュエルでも同じ」

 

 しかし鮫島は小日向の在り方をリスペクトして見せる。サイバー流とて、その部分はさした違いはないのだと。鮫島だって「勝てば嬉しい」のは同じだ。

 

 そうして小日向に「リスペクト」への敬遠を見た鮫島は、まずはサイバー流を知って貰うべく――

 

「それにリスペクトを極めた先には、より高み――強さの秘訣があります」

 

「――詳しく」

 

「凄い食いつきなノーネ……」

 

 小日向が望みそうな話題を振れば、クロノス教諭が思わず零す程に相手の反応が変わった光景に、オネストは思わず呟く。

 

『とても負けず嫌いな方なのか……』

 

「僕も初めて知ったよ」

 

「小日向くんもやる気になってくれて、ボクも嬉しいところだよ!」

 

 やがてオネストと藤原が置いてけぼりな気分の中、吹雪が親指を立てて歯をキラリと光らせる謎エフェクトを放つ横で、亮が「初耳だ」と会話に割り込んだ。

 

「俺が習得したサイバー流の教えが全てではなかったのですか?」

 

「いいえ、亮も知っての通りです」

 

 しかし、鮫島は「本質は亮が知るものと同じ」だと説明に移る。

 

「リスペクトは相手への理解です。どんな想いでこのデュエルに臨んでいるか。それを汲み互いに尊重し合うことで、勝敗の垣根を超えた領域を目指す」

 

「でもそれって、ようは相手に『優しく』って話でしょ? 相手を倒す強さとは対極にあると思うんですけど」

 

 とはいえ、その辺りの教えは亮が身を以て示している為、リスペクトの精神に明るくない小日向ですら、凡そ理解できる範囲だ。

 

 ゆえサイバー流師範代として語る「強さの秘密」に結びつかない小日向へ、鮫島はヒントを出した。

 

「では、一つばかり例を上げましょう。『このターンで決める気だな』――と、相手の攻め気などを感じたことはありますか?」

 

「勿論です、師範」

 

「まぁ、それくらいはあるけど」

 

「うん、誰しもが遭遇するよね」

 

「亮とデュエルしてると毎ターン感じるよね」

 

『マスターも大概だと思うよ』

 

『もけ~』

 

 投げかけられた問いかけに、亮、小日向、吹雪、藤原、オネストたちが納得を見せる中、鮫島はそれこそが「真髄」なのだと語る。

 

 

「全てをリスペクトした先に、見えてくるもの――それは『相手への究極の理解(リスペクト)』」

 

 

 リスペクトを極めた先には、相手を尊敬し思いやった先には、「相手の全てを理解」する領域があるのだ。

 

 

 ただの理解と侮ることなかれ、相手への理解に至るということは当然――

 

 

「相手がどんな戦術を好むのか、無意識に選択してしまう戦法、そしてドローするカードさえ」

 

 

 相手の考えが読めると同義。デュエルにおいて、これ程のアドバンテージはあるまい。

 

 

「相手を尊重した先には、その相手以上の理解を得られる。まさに『一心』となるのです」

 

 

「なにそれ、机上の空論じゃない」

 

 それこそが、サイバー流の――というよりは、リスペクトの精神に付随する「副産物である」と語る鮫島だが、小日向の言うように「それが出来れば苦労しない」話であろう。

 

「誰もなしえたことのない理想は、頂きに立つ者がいない限りは空論染みたものですよ」

 

「基本こそが奥義……」

 

 だが、鮫島は、スタート地点は常に「出来ない」から始まるのだと返す。

 

 過去は行けぬとされた海の果てにも、雲の上の大空にも、その先の宇宙にだって飛び立てるのだ――人々の日々の精進が不可能を可能にしてきた。空論を実現してきた。

 

 そう未踏の地に思いを馳せるような鮫島を感慨深く眺めていた亮が「師範は目指した先のどの辺りにいるのか」と問うが――

 

「師範はその頂きに辿り着けたのですか?」

 

「ハッハッハ、とんでもない。この年になっても、未だ道半ばすら遥か先の先――これっぽっちも辿り着けていない有様です」

 

 鮫島は朗らかに「恥ずかしながら」と言った具合で軽く笑って見せながら、「自分にできるのは」との前置きで限界を己のスキンヘッドをさすりながら語って見せれば――

 

「今の私では小日向さんが、亮たちへ疎外感を覚えているのが辛うじて分かる程度です」

 

「急になに言ってんだ、このハゲ」

 

――そんなこと思ってませんけど?

 

「小日向くん!? 多分だけど、本音と建て前が逆だと思うよ!?」

 

 途端に鮫島へと飛んだ小日向からの失礼極まりない罵倒に、吹雪は待ったをかけた。

 

「吹雪は小日向の状態を読んだ――これがリスペクトか……」

 

「違うんじゃないかなぁ……」

 

『マスター、僕も同意見です』

 

『もけけー』

 

 やがて検討違いな納得を見せる亮に突っ込みを入れる藤原とオネストを余所に、鮫島は好々爺の如く謝罪を入れるが――

 

「これは失礼――女性のプライバシーを安易に語るなど、リスペクトに反しておりました。私もまだまだ修行が足りないようです」

 

「…………絶対わざとでしょ」

 

「落ち着くノーネ。シニョーラ小日向――マスター鮫島も貴方とカイザーたちのちょっとした不和を解いておこうとしただけナーノ」

 

――でも校長時代の食えない狸なところは変わらないノーネ。

 

 クロノスの言うように、鮫島の行為は半ば強引に腹を割ってわだかまりを解消しようとしたゆえ。

 

 中等部から「三天才」と呼ばれ仲の良かった亮、吹雪、藤原の3人組に、今の高等部2年の時期から来た小日向が壁を感じるのは当然のこと。

 

 同じ「フォース」の仲間となったからには「仲良く切磋琢磨して欲しい」と願うのは鮫島だけでなく、クロノスも同じである。

 

「でもでも~、ボクのもけもけ~なスタイルは、この既存社会では受け入れ難い思想だよね~」

 

 だが、此処でいつの間にか目を覚ましていたもけ夫が、自分の在り方は「リスペクト」され難いと話題に突如としてゆるーい感じで乱入した。マイペースっぷりは健在の様子。

 

「そんなことはありません――いえ、やっぱりそんなこともあります」

 

「どっちよ」

 

「というより、もけ夫先輩、いつから起きてたんだい!?」

 

 そんなもけ夫への鮫島の返答に突っ込みを入れる小日向と、驚く吹雪を余所に――

 

『もけ~、もけけ~!』

 

『睡眠学習していた――そうです』

 

「どういうこと!?」

 

「ですが、もけ夫くん――それがどれだけ素晴らしいものであっても、自らの思想のみを押し付ける在り方は必ず軋轢を生みます。世界とは一人のものではないのです。昔、私もこれで失敗しました」

 

 精霊もけもけに事情を聞いたオネストから解説の解説に藤原が混乱する中、鮫島は過去の経験も踏まえ、「画一的な在り方の危険性」を問う。

 

 人の数だけリスペクトの在り方があるのだ。もけ夫の「カードの精霊たちはデュエルで戦うよりも、ノンビリしたいよね」も素晴らしい考えやもしれないが、ケースバイケースだと。

 

「互いに尊重し合うこと――簡単なようで難しい心掛けの積み重ねが人と人の間には、必要なのです」

 

「難しそ~」

 

「そうですね。ですが、切っ掛け一つで、意外と簡単に解決できてしまったりもします」

 

「う~ん、眠くなってきちゃった~」

 

 やがてイイ感じに締めくくろうとする鮫島に対し、活動限界を迎えたように睡魔に逆らうことなく寝る姿勢に入るもけ夫を、鮫島は諌めることなく、肯定して見せるが――

 

「そうですか。自分のペースで歩むのも、また一つの在り方。私はその在り方をリスペクトしますよ」

 

「リスペクトの判定ガバガバ過ぎない?」

 

「止めないか!」

 

 今までの鮫島の発言に、他の面々も感じていた件を代弁する小日向に、亮は思わず同意しそうになる己の心を制するように待ったをかけた。

 

 とはいえ、なんでもかんでも「良いね! それもリスペクトしよう!」ではガバガバ判定を下したくなるもの。

 

「互いに尊重し合う以上、多種多様な在り方を前にする訳だし、仕方がないんじゃない……かな?」

 

『簡単なようで、難しいお話ですね……』

 

「簡単なことさ! みんなが嫌な思いをしないよう、楽しく振る舞えば良い!!」

 

 やがて自分なりに考察を重ねる藤原とオネストに、シンプルな答えをぶつける吹雪の主張に、鮫島は「それは大切な心構えだ」と肯定を返す。

 

「そうですね。吹雪くんが言ったように『相手の気持ちに立って考える』――そう、少し意識するだけで、世界は大きく色を変えます」

 

「例えば?」

 

「酷い言葉や、無礼な態度が抑制されたりしますね」

 

「それだけ?」

 

 とはいえ、それで「もたらされる」のは相槌を打った小日向が「少ない」と感じたように小さいのかもしれない。

 

「それは大きなものですよ。言葉や態度は一度外に出してしまえば『なかったこと』には出来ませんから」

 

 しかし、何事も綻びは小さなことから起きるのだ。言葉一つで命の奪い合いにまで発展するケースもなくはない。

 

「なーんか、倫理の授業みたいになってきたわね……」

 

「ハハハ、教えとは堅苦しくなってしまいがちですからね」

 

「ご教授ありがとうございます、師範!!」

 

 やがて、なんだかんだで騒がしさが残れども、フォースの面々は時にデュエルし、時に心を鍛え、時に強者にぶつかっていくこととなろう。

 

――コブラ校長から聞いた時は、どうなることかと思ったケード、結構いい雰囲気になってきたノーネ。

 

 それが彼らの成長の糧になってくれることを、クロノスは望むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてまた別の日のフォースのデュエル授業にて――

 

「本日は特別講師に来てもらったノーネ!!」

 

「……亮!!」

 

「師範……!!」

 

「暇なの?」

 

 クロノスの声に合わせて現れた鮫島の姿に真っ先に反応を見せる亮――そんなリターンオブ鮫島の来訪に、思わず小日向がそう零してしまうのも無理からぬ話だった。

 

 

 だが何分、始めたばかりの試みゆえに顔ぶれがダブるのは致し方のないことである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 此処で時計の針が進むか戻るか定かではない頃、木星の衛星イオにある無限に広がる大宇宙が大空に広がる海岸線のような場所で、神崎は未知との遭遇を経験していた。

 

「……アクア・ドルフィン!?」

 

「神崎 (うつほ)……」

 

 それは、なんか色違いなアクア・ドルフィンたち――ドルフィーナ星人たちとの遭遇である。赤・黄・緑etcetcとバリエーションは無駄に多い。

 

 ただ、イルカ頭に筋肉質な人間の身体が特徴のドルフィーナ星人たちが並ぶ姿は、人間的な価値観でいえば、正直不気味な側面が大きかろう。

 

 

 

 とはいえ、そろそろ何故、神崎がこんなカオスなところにいるかについて語らねばなるまい。

 

 それはネオスたちから破滅の光の接近を知り、先兵を立候補した神崎とネオスたちが宇宙に飛び立ちグングン進んだ結果――

 

 破滅の光の進行速度を加味して、決戦の地として多くのドルフィーナ星人が暮らすこの場が選ばれたのだ。

 

 だというのに、初っ端からインパクトのある絵面により、神崎が固まっていた現在である。

 

「いや、あれは僕じゃなくて別のドルフィーナ星人だよ、神崎!!」

 

「此処には未だ破滅の光が襲来していないようで助かった! みんなの力も貸して貰おう!」

 

 そんな神崎へアクア・ドルフィンが自分の名は「個体名」だと教える中、ネオスは同胞たちの無事を喜んでいた。

 

 

 

「なら、どうして私のフルネームを知っておられるんですか?」

 

 

 

 だが、神崎から返されたある意味当然の疑問に、アクア・ドルフィンとネオスは固まった。

 

「それは――あれ? …………ハッ!?」

 

「――離れろ、神崎!!」

 

 

 それはアクア・ドルフィンが教えた――という訳ではないらしい。

 

 

焦りを含んだネオスの声を合図とするように、数多の色違いアクア・ドルフィンこと、ドルフィーナ星人たちから無駄に配色豊かな禍々しい光が放たれた。

 

 

 






神崎「とても……とても長い期間、宇宙を飛んでいた気がする……」





Q:鮫島校長が、マスター鮫島に!? 人が変わったような豹変ぶり!?

A:今作の鮫島校長は、リスペクトの教えを享受してくれるポジションに立ちました。
求道者であるマスター鮫島に、校長なんて柵に塗れた場は相応しくないんだよ!

物腰の変化は、今まで背負っていたものから解放された影響です。


Q:新しい階級「フォース」って何?

A:今作の独自階級です。明らかにカイザーたちが「オベリスクブルー」の階級に収まっていなかったことから、定めさせて頂きました。

名称は、遊戯王ARC-Vの「オベリスクフォース」の階級を参考に(ほぼそのままですけど)させて頂いております。


Q:茂木 もけ夫って誰? フォースに在籍できる吹雪たち「三天才」レベルに強いの?

アニメ版GXに登場。
精霊が見え、優秀なデュエリストでもあったが、《もけもけ》との出会いにより、物凄いマイペースな感じに変化し、更に「周囲を無差別に物凄くゆるーい感じで脱力させ続ける」力を得る。
その力の危険性からアカデミア内部の快適リゾート空間に隔離されていた。

原作での学年は不明だが、「学内に噂があった」「亮たちとの直接の面識はない」との情報から
「亮たちの先輩くらい」と判断させて貰いました。
(今作では留年した形を取り、丁度1年先輩ポジになっております)

実力は、作中でプロデュエリストを倒す様子がある為、かなり強いと思われます。


Q:小日向 星華って誰? 三天才レベルに強いの?

A:漫画版GXに登場したカイザーと同学年の3年生。

実力は十代を負け確まで追いつめるレベル(十代にディスティニードローされて負けましたけど)

そして作中でカイザーに「キミが本気を出すとは珍しい」と一目置いていないと出てこない発言がなされていた為、上述の件を合わせてかなりの実力者と判断させて頂きました。

漫画版GXでは、ミス・アカデミアの3連覇を狙ったりと、かなり自己顕示欲が高い様子が見えますが、
十代と明日香のデュエルを見てミス・アカデミアを渋々譲ったりしているので、分別はつくタイプと判断しております。



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第239話 破滅の光



前回のあらすじ
フォースのみんな「 「 我らアカデミア四天王!! 」 」

アクア・ドルフィン「5人いるーー!!!!(ポチッ)」





 

 

 木星の衛星イオにある無限に広がる大宇宙が大空に広がる海岸線のような場所で、神崎らが遭遇した未知――アクア・ドルフィンの色違いたるドルフィーナ星人たちの発光。

 

 

 だが、状況に置いて行かれる訳にはいかない。この光はどう考えても「破滅の光」であることは明白だ。

 

 

 しかし、警戒心を高めるネオスたちを余所に、そのドルフィーナ星人たちから発生した破滅の光は、襲い掛かってくる訳でもなく、光り輝いてうごめくのみ。だが――

 

 

「……? 彼らの身体が……」

 

「光となって崩れていく?」

 

「彼らは一体、どうしてしまったんだ!」

 

 突如として明滅を始め、その身の光で包み輪郭をぼやけさせていくドルフィーナ星人たちへ、神崎、アクア・ドルフィン、ネオスが三者三様の反応を見せる中、眩いまでの光が収まった先にドルフィーナ星人たちの姿はない。

 

 

 あれ程の存在感を示していた面々の代わりに浮かぶのは、白い靄のような塊が辛うじて輪郭を有する程度の曖昧な存在。

 

 

「遅かったな」

 

 そんな何処か悪魔にも怨霊にも見える曖昧な存在は、驚くほど理知的な声を発した。

 

「…………どちら様でしょう?」

 

――ドルフィーナ星人の集合意識……で良いのか? 友好的なようだが……

 

「くっ、僕の仲間たちは既に……!!」

 

「気を引き締めるんだ、神崎! ヤツこそが私たち正しき闇が戦ってきた破滅の光! 宇宙の破滅をもくろむ相手だ!!」

 

 若干ズレた認識の神崎を諌めるようなアクア・ドルフィンとネオスの声に、身構える一同だが――

 

「破滅の光……か」

 

 対する白い靄の集合体こと破滅の光は辟易するように呟き、続ける。

 

「貴様たちはオレをそう呼ぶが、オレ自身が破滅を望んだことなど一度たりともない」

 

「なんだと!!」

 

 己が破滅に類することなど「していない」と語る破滅の光に、当事者であるネオスは声を荒げるが、神崎は黙して続きを待つ。

 

――原作では語られなかった部分、破滅の光の本体と戦った十代とユベル……二人が何を交わしたのかは私も知らない。

 

 なにせ、破滅の光の最後は原作でも語られていない領域。原作知識で得られる情報は「前世の覇の力を制御し、ユベルと和解した十代が倒した」程度の代物だ。

 

 その戦いがどうなったのかも、どんな言葉を交わしたかも、どんな決着を迎えたのかすら定かではない。

 

「オレはお前たちの望みを叶えているだけだ。抑圧を解放しているだけだ」

 

「解放……だって?」

 

 やがて語られた破滅の光の「思想」と言うべきものが語られるが、言葉尻だけを捉えるのならば、「破滅」とは程遠い内容だった。破滅の光は続ける。

 

 そう、原作GXにて破滅の光に魅入られた者たちは必ずしも「破滅」的な思想を持っている訳ではない。

 

英傑(HERO)相応しい場(戦場)求めた者(エド・フェニックスの父)は、究極(Bloo-D)を輝かせる舞台を」

 

 原作GXにて、最初に破滅の光に魅入られたエドの父は、強大な力を持つカード《D・(デステニー)HERO(ヒーロー) Bloo-D(ブルーディー)》の創造に憑りつかれた。

 

 とはいえ、その後、直ぐにDDに殺害された為、「破滅」との因果関係は不明である。

 

功名心を望んだ者(DD)を、仮初の玉座へ」

 

 原作でのDDは、プロの舞台を夢見ていただけだ。チャンピオンになったが、その間、破滅に類する行動はとっていない。

 

 精々が辻斬り染みた真似を行ってBloo-Dに人間を食わせていただけだ。「悪」ではあるが「破滅」というには少々スケールが小さい。

 

己を弾圧した世界を怨む者(斎王 琢磨)に、復讐の為に世の破壊を」

 

 そんな中、分かり易く「破滅的」だったのが、原作での斎王。

 

 上述の面々とは違い、明確に世界を破滅させる為に一国の衛星兵器にすら手を出し、文字通りあらゆる手段を用いて世界の破滅を願った。

 

 しかし、彼に「世界の破滅を願う」だけの怨み辛みを有していた例外と言えよう。

 

愛されることを望んだ者(ユベル)へ、己が愛を示させ」

 

 なにせ、原作でも破滅の光を浴びたユベルは、十代から明確な拒絶を受けるまでは「破滅」なんてものは何一つ考えていなかった。

 

 むしろ「好きな人と世界を創る」と「破滅」とは真逆な行為に奔る程だ。

 

(十代)との再会を望んだ者(ネオスたち)へ、背を押し」

 

 歪んだ此処の歴史でも、破滅の光を浴びたネオスたちは理由を幾らか並べていたが、言ってしまえば「十代に会いに来た」だけだ。

 

 神崎と戦闘になったが、それも「助ける」というヒーロー的な思想は何も変わっていない。「破滅」とは無縁だった。

 

仲間(アクア・ドルフィン)との美しい再会を望んだ者(ドルフィーナ星人)たちへ、邪念を排する為に個を排した」

 

 歪んだ歴史のドルフィーナ星人たちも同様である。破滅の光を浴び「願い」を問われ、「仲間との再会」を望んだだけだ。

 

「オレは一度たりとも世の破滅を願ってなどいない。オレを『破滅の光』と呼ぶのであれば、それは貴様らが破滅を望んでいるゆえに他ならない」

 

 やがて、そう締めくくった破滅の光の言葉にネオスもアクア・ドルフィンも心当たりがあるのか言葉が出てこない。そして神崎も同じだ。

 

――確かに、原作でも破滅の光を浴びた中で、世界の破壊をもくろんだのは斎王だけ。DDは世界王者で満足し、ユベルは十代に拒絶されて自暴自棄になるまでは『世界の破壊』を望んでいなかった以上、相手の話に矛盾はない。

 

 言ってしまえば「腑に落ちた」――原作知識というパズルのピースを以て、破滅の光の言葉通りの額縁に当てはめられなくもない。

 

「くっ、だから僕たちは地球に戻っていたのか……!」

 

「私たちが、『十代に会いたい』と願ってしまったせいで……」

 

 やがてアクア・ドルフィンとネオスも、「十代に会いたい」と思っていた事実からか、拳を握って悔し気に納得した様子。

 

 

 なにせ、そもそも彼らが破滅の光の「仲間」になったのならば「地球に向かう」ではなく「宇宙にいたまま」で、彼らが言うところの「宇宙の破滅」を及ぼしている方が自然だ。

 

 そうして、破滅の光が「優しき闇が広がる宇宙」とやらを覆っていけば、直に地球にも手が届くのだから。地球に急行する意味など何処にも存在しない。

 

――さしずめ無差別に願いを力づくで叶える存在。ただ、そんなことをすれば破滅一直線になることを思えば確かに「破滅の光」との呼称は納得できなくはない。

 

 やがて破滅の光の発言と、アクア・ドルフィンとネオスたちの様子から凡その解を組み立てる神崎。

 

 こうも明確な目的意識を一切持たないシステム的な存在となれば、話し合ってどうにか出来る相手ではなかろう。

 

 

 となれば、排除が道理――白い靄のような相手であろうが、「取り敢えず思いっきり殴る」を信条に神崎が拳を握った。

 

 

「貴様もそうだ。闘争に狂った(力を振るう場を求めた)

 

――ッ!

 

 だが、その心中を見透かしたような破滅の光の言葉に、神崎の出鼻は挫かれた。

 

 内心の動揺を抑え込み、表面上は平静を装う神崎が一先ずの弁明の言葉を述べようとするが前に、ネオスとアクア・ドルフィンが庇うような言葉を放るが――

 

「そんな筈はない! 神崎は破滅の光と遭遇したのは、これが初めてだ! でなければ、私と戦っていた筈が――――まさ……か」

 

「僕たちに浸食していた破滅の光が、彼に……」

 

「影響としては直ぐに消える極小さいものだろう。だが、辛うじて拮抗していたバランスを崩すには、その程度で十分だった」

 

 過去の衝突の際が脳裏を過りハッとした二人へ破滅の光は肯定を返す。

 

 原作でも、破滅の光を宿した斎王と真相を知らなかったとはいえ、協力関係にあったエドとデュエルした十代に「カードが見えなくなる」影響が生じる程だ。

 

 神崎とネオスが、あれほど殴り合っておいて、破滅の光の影響が0だと考える方がむしろ不自然だろう。

 

「オレの力を通じ、貴様の状態は手に取るように分かる。世への恨み、(ことわり)への絶望、大切な者を奪った世界への憎悪、怨嗟」

 

 そして、影響を受けるということは、当然「破滅の光」の干渉を受けるということ。

 

「手さえ差し伸べすらしなかった者たちが語る理想論への唾棄」

 

 それは――今、この世界において神崎の内面にもっとも踏み込んだ存在と言えよう。

 

 当人が望まずとも、「そういう存在」である破滅の光は、神崎の根底にある願望を把握したゆえに断言するのだ。

 

「オレを『破滅の光』と呼べるのは、この場では貴様だろう」

 

 この場の誰よりも破滅の光の名に相応しい存在(願い)だと。

 

「神……崎?」

 

――言葉で返せる問題じゃないな。

 

 信じられないものでも見るようなアクア・ドルフィンの視線にさらされる中、何を語ろうとも逆効果ゆえに口を閉ざしたままの神崎。

 

「さて、正しき闇とやら――――そいつを倒さなくて良いのか?」

 

 そんな針の筵もかくやな空気の中、破滅の光は白い靄の身体の一部から指のような形を作り、神崎を指さし問う。

 

 ネオスたちが一番に倒すべきは、誰なのか――と。

 

 そんな破滅の光の問いかけに、一同の間で沈黙が流れる。

 

 仲間と評するにはあまりに出会ったばかりで、一時的な共闘と濁そうにも見過ごしてきた腹の底を垣間見た現実は些か以上に重い。

 

 それに加え、実際にネオスたちは、神崎の内の暴力性に晒された過去があった。

 

 明瞭な記憶が残っていないゆえに、サイコパワーや魔術などの特殊な術があったと仮定し、自分たちにどれだけ言い聞かせても疑念は残る。

 

 破滅の光の影響でリミッターの外れた状態の精霊としての格が高いネオスを、人間が単身で制圧できるものかと。

 

 恩人にあたる人間が語ろうとしない以上、追及する気もなかったが、こうして真相が明かされたとなれば話は別だろう。

 

 

 

「――そんなものは関係ない!」

 

 

 それでもネオスは断言した――彼は仲間だと。

 

「ネオス……」

 

「彼がどれだけ世界を怨んでいても! 己を律している! 堪えている! なら、私が彼を倒す必要はない! 仲間であることは揺るがない!」

 

 神崎の過去に何があろうとも、ネオスが重要視するのは「今」である。彼は己を助けてくれた。協力してくれた。

 

 その裏に別の思惑があるのは、なんとなく感じていても、全てを明け透けに明かせなどと言うつもりはない。誰にだって心の奥底に仕舞いこんでおきたいものの1つや2つ存在する。

 

 ネオスだってそうだ。破滅の光によってあぶり出されてしまった「友として十代に会いたい」との想いがある。

 

 それでも万が一があるのなら、その時に仲間として止めれば良い話だと返すネオス。

 

「――そうだろう!!」

 

「違うな」

 

「っ! 何が、何が違うと言うんだ……!」

 

 だが、そのネオスの主張は破滅の光に一刀の元に切り伏せられた。此処まで真っすぐ否定を返すとは思わなかったのか言葉につまるネオスに破滅の光は淡々と返す。

 

「それは貴様らの都合の良いように、その者を縛っているだけに過ぎない。その者を世界の奴隷とすることが、正しきことなのか? その者が望んでやっていることだと、本質から目を逸らすことが正しきことなのか?」

 

 ネオスの主張には致命的なまでに「神崎の意思」が考慮されていない。「今」は自分にとって「都合が良い行動」をするゆえに、捨て置くが万が一は容赦しないと言っているに等しい。

 

 少々乱暴な物言いだが、一時的な協力関係ならまだしも「仲間」と語った以上、無視できない問題だ。

 

「何故、救いの手を差し伸べない? 『もう堪えずとも良い』と言ってやらない? それがお前たち(ヒーロー)の在り方ではないのか?」

 

「それ……は……」

 

「だろうな。それは貴様たちにとって、さぞ『都合が悪い』ことだろう」

 

 仲間だと言っておきながら、都合が悪くなればそっぽを向く――そんな関係性を「仲間」とは評せない。

 

 語り合う時間は宇宙の道中にて、幾らでもあった筈だ。双方の妥協点を探る機会は何度もあった筈だ。

 

 それをしなかったのは、ネオスたちが「自分たちを単身で制圧可能な相手と争う可能性」を危惧したからに他ならない。

 

「しかし、それでも貴様は、その者を救いたいと思っている。だが、使命を前に踏み切れぬ。ならば、その抑圧――」

 

 

 そうして使命と危惧との狭間に揺れるネオスに破滅の光はネオスを指さし、ささやいた。

 

 

 破滅の光は、知っていた。ネオスの内に新たな願いが芽生え始めていたことを。

 

 

「――オレが解き放ってやろう」

 

 

「あぁぁ゛ぁあ゛あぁあ゛ああああ!!」

 

 途端に叫びを上げるネオスの内から溢れるように白い光が噴出し、その身を覆い始めていく。

 

「ネオス!? どうしたんだい、ネオス!!」

 

「離れて――恐らく破滅の光の浸食を受けています」

 

「どうして! 三騎士たちの助けで僕たちは破滅の光の浸食から逃れた筈!!」

 

 苦しむネオスの背を支えようとしたアクア・ドルフィンを強引に引き離した神崎に、当然の疑問が投げかけられるが、施術を受けたアクア・ドルフィンに分からないものが、その辺りの情報を持たぬ神崎に分かる筈がない。

 

「この者が新たな抑圧を得たからだ。望んだからだ。願ったからだ」

 

 そんな両者へと破滅の光から回答がなされた。

 

 破滅の光の行動指針はただ一つ。世界の破滅? そんなものではない。

 

 それこそが、一つでも多くの願いを叶えること。

 

 及ぼされる結果など「これ(破滅の光)」には関係のない話だ。

 

「――貴様(神崎)を救ってやりたいと」

 

 態々問答を繰り返したのも、願いを感じ取ったゆえ。

 

 ネオスが選ばれた理由も、この中で一番強い願いを有していたのが偶々ネオスだけだった話だ。

 

「光を受け入れよ――さすればあの者に救いを与えよう」

 

「ネオ……ス」

 

 そうして破滅の光の白い靄の只中に瞬く間に呑み込まれたネオスに、手すら差し伸べられない事実をアクア・ドルフィンが悔やむが、浸食の可能性がある以上、ただ見ていることしか出来ない。

 

 やがて白い靄が晴れた先から金の縁取りがなされた両肩に棘のついた黒い全身鎧が、血のように赤いマントを揺らしながら黒い兜と仮面の内より破滅の光のくぐもった声を響かせ――

 

「貴様を救うには、これが適しているだろう」

 

 左腕に盾のように装着された黒い太陽のようなデュエルディスクを展開させた。

 

「鎧に、デュエル……ディスク……?」

 

「覇……王?」

 

――何故、覇王十代の鎧を……?

 

 その威容な姿に気圧されるアクア・ドルフィンが緊張交じりに呟く中、神崎もまた茫然と言葉を零した。

 

 

 覇王――原作GXにて、闇に落ちた十代が自身の心を殺し、その身に黒の鎧を纏った姿。

 

 そこに快活な少年だった十代の面影は一切なく、冷酷で圧倒的な力を持ち、精霊界で文字通り屍の山を築いた十代の心の闇が生み出した化け物。

 

 

 だが、それは十代の心に深い闇がなければ生じる筈のない存在である。それが何故、自身の眼前に立っているのか神崎には理解できない。

 

「覇王――悪くない。なれば、オレは覇王となろう」

 

 そうして神崎が零した「覇王」との名称を、収束した破滅の光の本体に満たされた実体なき黒き鎧は己に馴染ませるように拳を握る。

 

 そう、此処に実体無き破滅の光は、覇王という実体を得た。

 

この者(ネオス)の願いを叶えよう。貴様に救いの手を」

 

 やがて展開したデュエルディスクにデッキを差し込み、そう告げた破滅の光――いや、覇王の姿に、神崎は頭を回す。

 

――ネオスが取り込まれた状態で……いや、その為の先兵だ。海馬社長あたりが「こう」なっていたら、取り返しがつかなかった。

 

「やるしかないようですね」

 

「僕たちも共に戦わせてくれ、神崎!」

 

 そしてネオスを見捨てる選択肢がない以上、応じる形でデュエルディスクを取り出した神崎に、アクア・ドルフィンはネオスペーシアンと共に共闘の姿勢を見せ――

 

「好きにしろ。オレは何者も拒まない」

 

「助かります。丁度、お願いしようと思っていたところです」

 

――ネオスを核としている以上、ネオスペーシアンたちの接触が彼を引き戻すキーになってくれる……と願う他ない。

 

 破滅の光こと覇王の同意を得た神崎は、この場で最もネオスを引き戻す力が強いであろうネオスペーシアンたちの協力を願いでる。

 

「ではデッキ構築を失礼」

 

さすれば、神崎の手持ちのカードと、アクア・ドルフィンたちのカードが神崎の周囲にてひとりでに浮かび上がった。

 

 やがて宙にて竜巻のように巡るカードたちが、取捨選択を経て神崎の手元に集まり――

 

『僕たちネオスペーシアンの力! 今はキミに託す!』

 

 アクア・ドルフィンが精霊として神崎の背後に立ったと同時に完成した一つのデッキを持った神崎はデュエルディスクに差し込んだ。

 

 

「準備ができたようだな。では、始めよう」

 

『デュエルだ、破滅の光――いや、覇王!!』

 

 

「 「 デュエル 」 」

 

 

 こうして互いの願いをかけたデュエルが幕を開けたが――

 

 

 

 状況に振り回されている――神崎はそう自嘲する。

 

 

 どれだけ力を後付けしても、ベースが一般人の延長にしかない為、原作知識の領分が届かない事態が起これば脆い。

 

 

 だが、それでも目的を明瞭に定め直した神崎は、先攻を得たデュエルをどう挑むべきかと手札を見やるが――

 

「私の先攻ですか」

 

『……うーん、なんとも言い難いんだが。手札が悪いな』

 

 その手札は後ろから覗き込むアクア・ドルフィンの言うように微妙の一言。動けなくはないが、心許ない盤面しか作れそうにない。

 

「ドロー。スタンバイフェイズを終え、メインフェイズ1へ」

 

『よし、良いカードを引いた!』

 

「魔法カード《手札抹殺》を発動し、互いのプレイヤーは手札を全て捨て、その枚数分ドローします。そして墓地に送られた《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) シャドー・ミスト》の効果でデッキから『HERO』1枚――《V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) ファリス》を手札に加えます」

 

 そして気合を入れてカードを引いた神崎の手札に加わった1枚に喜色の声を上げるアクア・ドルフィンを余所に、手札を一新する神崎と破滅の光の大本こと覇王。

 

「手札の『HERO』――《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) ソリッドマン》を墓地に送り、《V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) ファリス》を特殊召喚。特殊召喚成功時、デッキから『V・HERO』1体――《V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) インクリース》を魔法・罠ゾーンに永続罠扱いで置きます」

 

 桃色のアーマーに身を包んだ「V」の文字が見える巨大な上腕を持つ幻影より生じるHEROが膝をつけば、神崎の足元にHEROの幻影が浮かび上がった。

 

V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) ファリス》 守備表示

星5 闇属性 戦士族

攻1600 守1800

 

「魔法・罠ゾーンの《V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) インクリース》の効果発動。フィールドの『HERO』1体――《V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) ファリス》をリリースし、自身を特殊召喚」

 

 そんな《V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) ファリス》の身体を影が包むと共にその身を、頭部と両肩に棘の生えた藍色と白のアーマーを纏うHEROへと交代すれば――

 

V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) インクリース》 守備表示

星3 闇属性 戦士族

攻 900 守1100

 

「魔法・罠ゾーンから特殊召喚された《V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) インクリース》の効果、デッキから『V・HERO』1体――《V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) ヴァイオン》を特殊召喚」

 

 その《V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) インクリース》の棘がついた頭の額に光る宝玉が輝けば、その光によって生じた影より、幾つもの桃色の宝玉をアーマーに装着したHEROが這い出した。

 

V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) ヴァイオン》 守備表示

星4 闇属性 戦士族

攻1000 守1200

 

「特殊召喚された《V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) ヴァイオン》の効果により、デッキから『HERO』1体――《V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) ポイズナー》を墓地へ」

 

 やがて《V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) ヴァイオン》の身体中の宝玉が光を放てば、幻影眠る墓地にまでその光が届き――

 

「更なる《ヴァイオン》の効果発動。墓地の《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) シャドー・ミスト》を除外し、デッキから魔法カード《融合》を手札に」

 

 そうしてフィールドに下級モンスターを並べ、手札を揃えた神崎は、覇王に取り込まれたネオスへの呼びかけの一手を打つ。

 

「頼みます――《N・(ネオスペーシアン)アクア・ドルフィン》を通常召喚」

 

『任せてくれ、神崎!!』

 

 神崎の背後に立っていたアクア・ドルフィンがフィールドで親指を立て降り立った。

 

N・(ネオスペーシアン)アクア・ドルフィン》 攻撃表示

星3 水属性 戦士族

攻 600 守 800

 

「手札を1枚《V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) ミニマム・レイ》を捨て効果発動。相手の手札を確認し、その中から選んだモンスターの攻撃力が、自分フィールドの攻撃力より低い時、選んだカードを破壊し500のダメージを与えます」

 

『エコーロケーション!!』

 

 そして覇王からネオスの心を開放するように、前のめりになったアクア・ドルフィンの口から放たれるのは――

 

『ウケケケケケ!!』

 

「生憎だがオレの手札にモンスターはいない」

 

 気の抜けるような怪音波。

 

 しかし残念ながら覇王の手札に該当するカードは見当たらない。

 

「その場合は私が500のダメージを受けます」

 

 すると怪音波は覇王の手札に跳ね返され、神崎に直撃。

 

神崎LP:4000 → 3500

 

『す、すまない、神崎!!』

 

「いえ、それが狙いです。ダメージを受けたことで墓地の《V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) ポイズナー》と《V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) ミニマム・レイ》の効果――これらのカードを魔法・罠ゾーンに永続罠として置きます」

 

 思わず謝るアクア・ドルフィンだが、神崎的にはどちらでも問題はなかった。

 

 ダメージを呼び水に墓地に眠るV・HEROたちの幻影が神崎の元に次々と現れ――

 

「魔法カード《マジック・プランター》を発動。永続罠扱いの《V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) ミニマム・レイ》を墓地に送り、2枚ドロー。魔法カード《融合》を発動」

 

 その幻影の1つがシュルシュルと神崎の手元で2枚のカードになる中、神崎はこのデッキの本領たる「融合召喚」を行う。これこそがネオスペーシアンたちの声を覇王に囚われたネオスに届ける力となる。

 

「フィールドの《N・(ネオスペーシアン)アクア・ドルフィン》と《V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) インクリース》で融合――《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) アブソルートZero(ゼロ)》を融合召喚」

 

『コンタクトではない、普通の融合!!』

 

 渦の中に飛び込んだ《N・(ネオスペーシアン)アクア・ドルフィン》と《V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) インクリース》が互いの右腕を交差させれば、謎の発光と共に水の竜巻が現れ、一瞬にして凍り付いた氷柱を砕き、純白の鎧を纏ったヒーローが白きマントを揺らした。

 

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) アブソルートZero(ゼロ)》 攻撃表示

星8 水属性 戦士族

攻2500 守2000

 

「カードを3枚セットしてターンエンドです」

 

『悪くはない立ち上がりだ!!』

 

神崎LP:3500 手札1

モンスター

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) アブソルートZero(ゼロ)

V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) ヴァイオン》

魔法・罠

伏せ×3

V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) ポイズナー》(永続罠扱い)

VS

覇王LP:4000 手札5

 

 

 伏せカードが3枚あれども、大型は融合体1体という若干頼りない布陣にアクア・ドルフィンが精一杯の強がりを見せるが、覇王は意に介した様子もなくカードを引き――

 

「オレのターン、ドロー! フィールド魔法《覇王城》を発動!」

 

 周囲一帯を浜辺から大地にマグマが滾る中に剥き出しの岩肌でそびえ立つ昏き巨城が覇王の背後にそびえ立った。

 

『この不気味な城は一体……』

 

――私の知らないカード。効果を見るにE-(イービル)HERO(ヒーロー)サポート……このカードだけではない筈。情報アドバンテージは期待できない。

 

 《覇王城》の出現に気圧されるアクア・ドルフィンを余所に、カードテキストを気合で読み取った神崎は見知らぬカードへと警戒を強めていく。

 

 E-(イービル)HERO(ヒーロー)シリーズは遊戯王ワールドで正式に出回っていない為、神崎が持ちうる情報は精々が原作の際にOCG化された初期のものだけだ。

 

 神崎の生命線である情報の不足は、致命的と言えよう。

 

「魔法カード《闇の量産工場》を発動し、墓地の通常モンスター2体を手札に――そして魔法カード《ダーク・フュージョン》発動!!」

 

『《ダーク・フュージョン》だって!?』

 

「チェーンして手札の《増殖するG》を捨て、効果発動。このターン、相手の特殊召喚の度に1枚ドローします」

 

 だが、そんな神崎の懸念を裏切るように発動されたものは既存のものばかり。

 

「手札の『E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー)』たる『フェザーマン』と『バーストレディ』をダーク・フュージョン!!」

 

 覇王の手札に舞い戻った2体のHEROは天に跳躍し、闇の渦の中に溶けあうように一つとなれば――

 

「――闇の英傑よ、我が前に降り立て! 《E-(イービル)HERO(ヒーロー) インフェルノ・ウィング》!!」

 

 赤と白のヒーロースーツに身を包む《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) バーストレディ》に、より禍々しく変化した《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) フェザーマン》の翼とかぎ爪を奪ったような邪悪なヒーローが降り立った。

 

 逆立てた緑の髪を留めるように装着された鋭利な青のバイザーの奥の瞳が何を映しているのかは窺えない。

 

E-(イービル)HERO(ヒーロー) インフェルノ・ウィング》 攻撃表示

星6 炎属性 悪魔族

攻2100 守1200

 

――《ダーク・フュージョン》で融合されたモンスターは此方の効果対象にならないが、それ以外の耐性はない。いつ動くべきか……

 

「《増殖するG》の効果で1枚ドロー」

 

『そんな、E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー)が融合して邪悪なE-(イービル)HERO(ヒーロー)になるなんて……!』

 

「魔法カード《三戦の才》を発動! 相手がメインフェイズにモンスター効果を発動したターンに3つの効果から1つを選択する。オレは2枚ドローする効果を選択」

 

 そうして神崎の思案も、アクア・ドルフィンの警戒にも、覇王はさした興味も見せず2枚のカードをドロー。

 

「墓地の《E-(イービル)HERO(ヒーロー) シニスター・ネクロム》を除外し、効果発動! デッキよりE-(イービル)HERO(ヒーロー)1体――《E-(イービル)HERO(ヒーロー) ヘル・ゲイナー》を特殊召喚!」

 

 やがて墓地に眠る赤い体躯に外骨格染みた鎧で全身を包んだ闇のHEROの叫びが轟けば、頭と両肩から左右に分かれるように角の生えた黒い竜の甲殻のような鎧を纏った闇のHEROが降りたち――

 

E-(イービル)HERO(ヒーロー) ヘル・ゲイナー》 攻撃表示

星4 地属性 悪魔族

攻1600 守 0

 

「……1枚ドローです」

 

「そして『ヘル・ゲイナー』を2ターン後の未来まで除外し、悪魔族1体に2回攻撃を可能とする!!」

 

『拙い! インフェルノ・ウィングは悪魔族だ!!』

 

 霧のように消える《E-(イービル)HERO(ヒーロー) ヘル・ゲイナー》が闇となり、《E-(イービル)HERO(ヒーロー) インフェルノ・ウィング》の背後に集まれば、ドッペルゲンガーのように《E-(イービル)HERO(ヒーロー) インフェルノ・ウィング》と瓜二つの影と化し――

 

「バトル!!」

 

「お待ちを。貴方のメインフェイズ1の終了時、《V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) ヴァイオン》をリリースし、《V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) ポイズナー》を特殊召喚」

 

 さらに《V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) ポイズナー》が神崎の元にたゆたう幻影に呑まれれば、今度は紫の蛇を思わせるヒーロースーツを纏ったHEROが登場。

 

V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) ポイズナー》 守備表示

星3 闇属性 戦士族

攻900 守700

 

「さらに魔法・罠ゾーンから《V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) ポイズナー》が特殊召喚された際、相手モンスター1体の攻撃力を半減させます」

 

 その蛇の頭に似た銃身そのものの右手から毒の弾丸が《E-(イービル)HERO(ヒーロー) インフェルノ・ウィング》に放たれ、右のかぎ爪を腐食させた。

 

E-(イービル)HERO(ヒーロー) インフェルノ・ウィング》

攻2100 → 攻1050

 

「《ダーク・フュージョン》で呼び出されたモンスターが防げるのは、対象を取る効果のみ……」

 

『でもポイズナーの効果は対象を取らない効果! 良いぞ、神崎!!』

 

「だが構わん、バトル!! インフェルノ・ウィングの攻撃! インフェルノ・ブラスト!!」

 

 己が影の幻影を引き連れた《E-(イービル)HERO(ヒーロー) インフェルノ・ウィング》が翼を広げて神崎のフィールドに強襲をかけた。

 

 しかし攻撃力1050では、神崎のフィールドは崩しきれないとアクア・ドルフィンは拳を握る。

 

『だけど攻撃力はアブソリュートZeroが圧倒! ポイズナーも守備表示だ!!』

 

「墓地の《ダメージ・ダイエット》を除外し、このターン受ける効果ダメージを半分に」

 

『急にどうしたんだ、神崎!?』

 

 かと思いきや、神崎が己の周囲に透明の壁を出現させる光景にアクア・ドルフィンが戸惑いを見せるも――

 

「状況が見えているようだな――《覇王城》の効果! モンスターとバトルするダメージ計算時、デッキかエクストラデッキから『E-(イービル)HERO(ヒーロー)』1体を墓地に送り、そのレベル×200の攻撃力をエンド時まで加算する!!」

 

 答え合わせのように天を指さし《覇王城》に命を下すように宣言。

 

「オレはデッキからレベル7の《E-(イービル)HERO(ヒーロー) マリシャス・エッジ》を墓地に!! さらに墓地の罠カード《スキル・サクセサー》を除外し、合計2200のパワーアップ!!」

 

 さすれば周囲を漂う闇が飛翔する《E-(イービル)HERO(ヒーロー) インフェルノ・ウィング》の手元に集まり始め、腐食していた筈の腕が銀に光る鋼鉄の如き鋭利さを帯びていく。

 

E-(イービル)HERO(ヒーロー) インフェルノ・ウィング》

攻1050 → 攻2450 → 攻3250

 

「そしてインフェルノ・ウィングが守備モンスターを攻撃した際、その数値を超えていれば貫通ダメージを与える!!」

 

『《V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) ポイズナー》の守備力は700! これじゃぁ!!』

 

 やがて振り下ろされた闇の爪撃が《V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) ポイズナー》の両腕のガードをアッサリ貫き、その余波が神崎の身を削るが、《E-(イービル)HERO(ヒーロー) インフェルノ・ウィング》の爪に貫かれた《V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) ポイズナー》の身体に炎が猛り――

 

「まだだ! インフェルノ・ウィングが相手モンスターを破壊した時! 攻守どちらか高い方の数値だけダメージを受けて貰おうか! ヘルバック・ファイア!!」

 

 敵の命を燃やして灯った紅蓮の炎が、障害となる透明な壁を打ち砕きつつ神崎をその炎で包んだ。

 

「――ぐぅぁっ!?」

 

『神崎!!』

 

神崎LP:3500 → 950 → 500

 

 闇のデュエルにて、実質ダイレクトアタックと同義のダメージを受けた神崎は、生じた実体のダメージに思わず膝をつくが、生憎と覇王はそんな神崎をアクア・ドルフィンのように労わりなどしない。

 

「追撃だ、インフェルノ・ウィング!!」

 

「……ッ! 罠カード《ホーリージャベリン》を発動。相手モンスターの攻撃力分ライフを回復します」

 

 覇王の宣告に飛翔した《E-(イービル)HERO(ヒーロー) インフェルノ・ウィング》の、《覇王城》の闇で強化された爪が再び振るわれんとするが、標的となった《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) アブソルートZero(ゼロ)》は右手で生成した氷柱で迎撃。

 

神崎LP:500 → 3750

 

 氷柱から発せられる冷気が、《E-(イービル)HERO(ヒーロー) インフェルノ・ウィング》に焼かれた神崎のライフを癒しはするが――

 

「だが、攻撃は止まらん――そして《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) アブソルートZero(ゼロ)》の攻撃力分のダメージも受けて貰う」

 

『だけど、《ダメージ・ダイエット》の効果で半減だ!』

 

 《E-(イービル)HERO(ヒーロー) インフェルノ・ウィング》の爪撃はガリガリと瞬く間に氷柱を削り迫り、最後は右手の冷気で応戦した《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) アブソルートZero(ゼロ)》へ、己が爪から紅蓮の炎を放ち、神崎諸共焼き尽くした。

 

「ぐっ……!!」

 

神崎LP:3750 → 3000 → 1750

 

「ダメージを受けたことで墓地の《V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) インクリース》、ミニマム・レイ》、ポイズナー》の効果――これらのカードを魔法・罠ゾーンに永続罠扱いで置きます」

 

 しかし炎の中から3つの幻影が膝をつく神崎の元に現れる中、ピキピキと《E-(イービル)HERO(ヒーロー) インフェルノ・ウィング》の腕が凍り始めた。

 

「更にフィールドを離れた《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) アブソルートZero(ゼロ)》の効果を発動。相手フィールドの全てのモンスターを破壊」

 

「ふん――バトルを終了し、魔法カード《ダーク・コーリング》! 墓地の融合素材を除外し、悪魔族融合モンスターを融合する!」

 

 やがて《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) アブソルートZero(ゼロ)》の捨て身の一撃が《E-(イービル)HERO(ヒーロー) インフェルノ・ウィング》を完全に氷結させ、その身を砕け散らせる中、覇王はさした動揺も見せず1枚のカードを天にかざして発動。

 

「墓地の『E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー)』たる『バーストレディ』と『クレイマン』を融合!!」

 

 さすれば覇王の背後に闇の渦を生じ、その内の炎と土のHEROが呑み込まれていけば――

 

「ダーク・フュージョン! 来たれ、《E-(イービル)HERO(ヒーロー) ヘル・スナイパー》!!」

 

 赤い重厚な装甲に覆われた黄色いバイザーをつけた闇のヒーローが、黒い長髪をたなびかせ、右手と一体化した砲台を盾とするように膝をついた。

 

E-(イービル)HERO(ヒーロー) ヘル・スナイパー》 守備表示

星6 炎属性 悪魔族

攻2000 守2500

 

「モンスターをセットし、カード2枚を伏せてターンエンドだ」

 

 

神崎LP:1750 手札3

魔法・罠

伏せ×2

V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) インクリース》(永続罠扱い)

V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) ポイズナー》(永続罠扱い)

V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) ミニマム・レイ》(永続罠扱い)

VS

覇王LP:4000 手札0

モンスター

E-(イービル)HERO(ヒーロー) ヘル・スナイパー》

裏守備モンスター×1

魔法・罠

伏せ×3

フィールド魔法《覇王城》

 

 

 覇王の繰り出した1ターンキルをなんとか凌ぎ切った神崎だが、払った代償は決して小さくない。

 

 強力な効果を持つ《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) アブソルートZero(ゼロ)》を早々に失ったにもかかわらず、除去できたのは《E-(イービル)HERO(ヒーロー) インフェルノ・ウィング》1体。

 

 己の伏せカードとV・HEROの性質から、もう少し攻め気を出すかと神崎は予想したが、相手は何処までも堅実だった。強者特有の「力の誇示」が一切見えない。

 

 そうして覇王を測り兼ねているゆえ、膝立ちのまま動かぬ神崎だったが――

 

「どうした、お前のターンだが?」

 

『大丈夫か、神崎!!』

 

――ネオスの力は、あの状態でも健在か。

 

 遠まわしに時間稼ぎへ釘を刺してきた覇王に、もう一つの問題を誤魔化すように膝に手を置き、痛む身体に鞭打って立ち上がる。

 

 そう、心配気なアクア・ドルフィンの表情のように、神崎の身体の負傷は大きかった。

 

 ネオスと殴り合った際の問題が、そのまま引き継がれている――己のタフネスを無視してダメージを与えてくる所謂「正義側」の力は、やはり厄介だった。

 

――だが、アブソルートZero(ゼロ)の効果を温存しただけあって、今の相手のフィールドは防御寄り……ネオスの心に訴えかけるとすれば今。

 

 しかし、身を削っただけの甲斐はなくもない。勝てるに越したことはないが、第一目標は勝利ではないのだから。

 

「問題ありません。私のターン、ドロー。スタンバイフェイズを終え、メインフェイズ1へ――《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) ブレイズマン》を召喚、召喚時デッキから《融合》を手札に加えます」

 

 やがて手慣れた作り物の笑顔でアクア・ドルフィンを安心させつつ、召喚したのは赤いアーマーに白と黒のヒーロースーツに身を包んだ炎のHERO。

 

 背中から伸びる6つのアームから、1枚のカードが神崎の手札に舞い込む。

 

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) ブレイズマン》 攻撃表示

星4 炎属性 戦士族

攻1200 守1800

 

「魔法・罠ゾーンの《V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) インクリース》を自軍のHERO――《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) ブレイズマン》をリリースし、特殊召喚。この方法で特殊召喚した際、デッキから『V・HERO』を特殊召喚します」

 

 そして前のターンの焼き増しのように《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) ブレイズマン》を神崎の元にたゆたう幻影が覆えば、《V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) インクリース》がフィールドに顕現し――

 

V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) インクリース》 守備表示

星3 闇属性 戦士族

攻 900 守1100

 

「デッキから《V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) グラビート》を特殊召喚。このカードの特殊召喚時、除外されたHEROを手札に――《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) シャドー・ミスト》を回収です」

 

 仲間たる幻影が一つばかり神崎のフィールドで逆巻き、左腕に装着された大盾を構える橙のアーマーに身を包んだHEROが現れた。

 

V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) グラビート》 守備表示

星4 闇属性 戦士族

攻 500 守2000

 

「《V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) インクリース》をリリースし、《V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) ポイズナー》を特殊召喚。効果により、相手モンスター1体の攻撃力を半減」

 

 さらに《V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) インクリース》が蛇の幻影に呑まれれば、《V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) ポイズナー》が再び右手の銃身から毒の弾丸を発射。

 

 今度は《E-(イービル)HERO(ヒーロー) ヘル・スナイパー》に放たれ、屈強な装甲を腐食させた。

 

V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) ポイズナー》 守備表示

星3 闇属性 戦士族

攻 900 守 700

 

E-(イービル)HERO(ヒーロー) ヘル・スナイパー》

攻2000 → 攻1000

 

「セットしていた罠カード《N E X T(ネオスペースエクステンション)》を発動。墓地から任意の数、『ネオスペーシアン』を守備表示で特殊召喚――《N・(ネオスペーシアン)アクア・ドルフィン》を蘇生」

 

『効果は無効化されるが、相手の手札は0! 問題ない!』

 

 やがて、前のターンと同じようにアクア・ドルフィンが神崎のフィールドに駆け付ければ――

 

N・(ネオスペーシアン)アクア・ドルフィン》 守備表示

星3 水属性 戦士族

攻 600 守 800

 

「魔法カード《融合》を発動。属性の異なる戦士族2体――《N・(ネオスペーシアン)アクア・ドルフィン》と《V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) ポイズナー》を素材に《鋼鉄の魔導騎士-ギルティギア・フリード》を融合召喚」

 

『ハァッァアア! フュージョン!!』

 

 前のターンの焼き増しの如く、融合の渦に飛び込む《N・(ネオスペーシアン)アクア・ドルフィン》――と《V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) ポイズナー》が渦の中で光を放つ。

 

 そうして降り立った黒鉄の鎧と、黒いローブでその身を包む――鋼鉄の騎士が右腕と一体化した巨大なハルバードに似た剣を前面に構えた。

 

《鋼鉄の魔導騎士-ギルティギア・フリード》 攻撃表示

星8 光属性 戦士族

攻2700 守1600

 

「バトルフェイズへ移行します。《鋼鉄の魔導騎士-ギルティギア・フリード》で裏守備モンスターを攻撃」

 

『――ソウルブレード!!』

 

 面影皆無であれどもアクア・ドルフィンの闘志が引き継がれた《鋼鉄の魔導騎士-ギルティギア・フリード》の一体化した大剣が裏面のカードに振り下ろされる。

 

「セットモンスターは《メタモルポット》だ。リバース効果により、互いは手札を全て捨て新たに5枚ドローする」

 

 しかし、思いの外に呆気なく両断される壺が砕ける中、内部の一つ目の絶叫が、神崎と覇王に新たな手札をもたらすが――

 

《メタモルポット》 裏守備表示 → 守備表示 → 破壊

星2 地属性 岩石族

攻 700 守 600

 

「ですが墓地に送られた《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) シャドー・ミスト》の効果でデッキから《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) リキッドマン》を手札に」

 

『まだだよ! 場のモンスターのみで融合した《鋼鉄の魔導騎士-ギルティギア・フリード》は2回攻撃が可能だ!!』

 

「《鋼鉄の魔導騎士-ギルティギア・フリード》で《E-(イービル)HERO(ヒーロー) ヘル・スナイパー》を攻撃」

 

 砕け散った《メタモルポット》の残骸を踏み砕きながら覇王の内のネオスに訴えかけるようにアクア・ドルフィンの宣言の元、《鋼鉄の魔導騎士-ギルティギア・フリード》の大剣が横なぎに振るわれた。

 

「オレはリバースカードを発動する」

 

『無駄だ! ギルティギア・フリードは対象を取る効果を無効にできる!』

 

 しかしその《鋼鉄の魔導騎士-ギルティギア・フリード》の剣は、《E-(イービル)HERO(ヒーロー) ヘル・スナイパー》の右腕と一体化した砲台を切り飛ばすに終わる。

 

 そして、その衝突の際に生じた突風が周囲に吹き荒れる中、《鋼鉄の魔導騎士-ギルティギア・フリード》が二撃目を放つ前に覇王が一手打つ方が早かった。

 

「手札を1枚墓地に送り、見せてやろう! 最強の力の象徴――絶対無敵! 究極の力を解き放て!! 発動せよ――」

 

――……まさか。

 

 

 猛々しい宣言が大気を揺らし、覇王の元に風が引き寄せられていく様子に神崎は己が背に嫌な汗が流れる感覚を覚える。

 

 

 破滅の光、覇王、そしてE-(イービル)HERO(ヒーロー)――これだけの条件が揃っていたにも拘わらず神崎が無意識に除外していた可能性。

 

 

 いや、懸念事項を徹底して排除し続けてきた神崎だからこそ、「ありえない」と無根拠に考えてしまっていた事実。

 

 

 この時期に――いや、この歪んだ歴史の只中で、ある筈のない未来。

 

 

 存在する筈がない1枚。

 

 

「――《 超 融 合 》!!」

 

 

 覇王の手により、数多の命を食らって生み出された闇のカードが禍々しい光を放った。

 

 

 

 積み重ねた咎が、道連れを求めるように牙を剥く。

 

 

 






Q;覇王の鎧って、破滅の光の力が発端なの!?

A:破滅の光の力を考察した際に、本編で語ったように「言うほど、破滅の光の影響を受けた人たちって世界の破滅とか望んでいないよね?」との結論に達し、

十代もまた、その影響を受けたと考えました(エド戦で「カードが見えなくなる」などの影響を受けていましたし)

原作GXの異世界編にて起こった悲劇が、その影響の残照をトリガーとすることで、覇王十代が生まれたのだと考察した次第です(流石に学生の十代が「人殺ししまくるぜ!」な結論は異常ですし)

前世で語られた「覇」の力だけでは、そこまで残忍にならないと思われますし



Q:どうしててE-(イービル)HERO(ヒーロー)

A:原作の十代がユベルとの和解後、最初に「乗り越える壁」として最適だと考えた為です。

破滅の光の大本の決戦。
それは過去の己の罪――「覇王との対峙」こそが一番映える、と(おい)


ただ、これは原作考察からの逆算なので、神崎はさほど関係なかったりします。精々がネオス繋がりくらいです。





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第240話 優しき願い



前回のあらすじ
セブンスターズ編「生きていたのか、異世界編の覇王!!」

ダークネス編「原作GXの最シリアス格のお出ましとは――心強い!!」









 

 

 《超融合》――原作にて、暗黒界の面々が数多の命を糧に生み出そうとした禍つの力。

 

 

 その企みは十代によって一度は挫かれるも、その過程で多くの友を失った十代の心が闇に落ちたことで「覇王」と化した十代により引き継がれ、屍の山を積み上げて生み出された。

 

 世界すらも一つに融合する強大な力の真相は、原作でも謎に包まれている。

 

 

 しかし、この歪んだ世界においては生み出される筈のない力。

 

 

 《超融合》の製造法が記された邪神経典は、神崎が抑えており、

 

 製造法を知る暗黒界の面々は、既に精霊界で安寧を享受している。

 

「《超融合》……だと……!?」

 

 そう、存在する筈がないのだ。

 

『知っているのか、神崎!?』

 

――馬鹿な。何処で、いや、どうやって……幾ら覇王の姿をしていても、破滅の光が……どうして……

 

 アクア・ドルフィンの絶叫染みた問いかけにも、神崎は答えを持たない。原作知識ありきで動いている神崎に、この手の未知への解を導き出す力は平凡なものしかないゆえである。

 

 

 幾ら、十代が前世の「覇」の力を有しているとはいえ、原作で行う「大量虐殺」を許容できる筈がないことを気づけない。

 

 温厚な暗黒界の面々が、《超融合》の邪悪極まりない製造法に何故、辿り着けたのかすら、疑問に思わない。

 

 闇の渦のような《融合》のイラストに反し、《超融合》が鮮烈な()()()を放つイラストである事実を見落とす。

 

 

 数多の命は宇宙にも広がっていることなど、知る由もないのだろう。

 

 

 

 そうして《超融合》の力の奔流が吹き荒れるフィールドにて、覇王は現実を示すように力強く宣言した。

 

「《超融合》の力により、フィールドのモンスターで融合召喚を行う!!」

 

『馬鹿なッ!? キミのフィールドにはモンスターは1体しか――くっ、これは……吸い込まれる!?』

 

 本来ならば融合召喚には、アクア・ドルフィンの言うように一般的に2体以上の素材が必要だ。

 

 しかし覇王の元に吹きすさぶ疾風により《鋼鉄の魔導騎士-ギルティギア・フリード》の身体がジリジリと覇王が従える《E-(イービル)HERO(ヒーロー) ヘル・スナイパー》の元へ引き込まれていけば――

 

「そう、融合するモンスターはお前だ」

 

 《鋼鉄の魔導騎士-ギルティギア・フリード》は《E-(イービル)HERO(ヒーロー) ヘル・スナイパー》と共に《超融合》が放つ光に呑まれ、命の糧を得た輝きが一段と禍々しさを増した。

 

 

「完全なる勝利を導く絶対的な力!! その力の前にはあらゆるものが無力!!」

 

――《覇王城》の効果はこの為に! だが、この組み合わせで融合可能で、『E-(イービル)HERO(ヒーロー)』モンスターは……

 

 

 ヒントは散りばめられていた。《ダーク・フュージョン》に類する効果でしか融合召喚できない『E-(イービル)HERO(ヒーロー)』の特性。

 

 そして上述の縛りを解き放つ《覇王城》の効果。

 

 そう、これは導き出せなかった見落としが招いた危機。

 

 やがて過去の《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) コスモ・ネオス》との一戦が神崎の脳裏に過ったと同時に――

 

 

「出でよ! 《E-(イービル)HERO(ヒーロー) マリシャス・ベイン》!!」

 

 光の渦を砕きながら現れた群青の龍の如き姿を持つ悪魔が、唯一人肌の見える口元に嗜虐的な笑みを浮かべ咆哮を上げれば、翼代わりの紺のマントを雄々しくたなびかせた。

 

E-(イービル)HERO(ヒーロー) マリシャス・ベイン》 攻撃表示

星8 闇属性 悪魔族

攻3000 守3000

 

――『E-(イービル)HERO(ヒーロー)』とレベル5以上のモンスターを融合素材とするカードが……!

 

 そんな《E-(イービル)HERO(ヒーロー) マリシャス・ベイン》のカードテキストに目を走らせた神崎は、その効果の厄介さに舌を巻く。

 

――破壊耐性に、全体破壊効果。このターンで即座に打てる手はない以上、退くしかない。

 

「バトルを終了し、メインフェイズ2――」

 

「させん! 罠カード《死魂融合(ネクロ・フュージョン)》! 墓地のマリシャス・エッジとレベル6以上の悪魔族たるヘル・スナイパーを裏側で除外し、融合召喚!!」

 

 だが、そんな神崎の皮算用を打ち破るように覇王の墓地に眠る悪魔たちの嘆きの声が轟けば、2つの闇がフィールド上に立ち昇る。

 

「――我が前に降り立て!! 戦慄の悪魔! 《E-(イービル)HERO(ヒーロー) マリシャス・デビル》!!」

 

 そうして合わさった闇より、炎を迸らせながら現れるのは黒き悪魔の翼。

 

 その翼の持ち主たる頭部から五指の爪に似た角が伸びる黒いレザーに身を包んだ悪魔は、両手から伸びる三本のかぎ爪を見せつけるように鈍く光らせた。

 

E-(イービル)HERO(ヒーロー) マリシャス・デビル》 攻撃表示

星8 炎属性 悪魔族

攻3500 守2100

 

『攻撃力3500!? くっ、此処は守りを固めるしかないよ、神崎!』

 

「いえ、これは……!!」

 

「逃がしはせん――マリシャス・デビルの効果! お前のバトルフェイズ時、全てのモンスターは攻撃表示となり、マリシャス・デビルを攻撃しなければならない!!」

 

 アクア・ドルフィンの発言を断ち切るような覇王の宣言と共に《E-(イービル)HERO(ヒーロー) マリシャス・デビル》が翼を広げた瞬間に黒い風が吹き荒れ、神崎の元で膝をついて盾を構える《V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) グラビート》が立ち上がり――

 

V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) グラビート》 守備表示 → 攻撃表示

守2000 → 攻500

 

 

『拙い、このままじゃ!?』

 

 《E-(イービル)HERO(ヒーロー) マリシャス・デビル》のかぎ爪に首を差し出すように進む《V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) グラビート》の姿へ、神崎の背で浮かぶアクア・ドルフィンが焦ったような声を上げる。

 

 

しかし、そんなアクア・ドルフィンを余所に覇王は神崎の方へと手を伸ばした。

 

 

「恐れるな、願いのままに殉じよ。さすればお前の望みも叶おう」

 

 

「望み……ですか」

 

――闇のデュエルである以上、敗北は死に繋がる現状で何が叶うんだ?

 

 そんな覇王の発言の意図をいぶかしむ神崎だが、答えは出ない。なにせ今までの覇王の――破滅の光の発言は、人間的な感性から外れ過ぎている。

 

『何を訳の分からないことを!! こうなったら――神崎、今こそ手札のあのカードを使うんだ!!』

 

 だが、思考の渦に沈む神崎の意識はアクア・ドルフィンの声が引き戻し、《E-(イービル)HERO(ヒーロー) マリシャス・デビル》の攻撃誘導を躱すべく1枚の手札を切った。

 

「速攻魔法《ジェネレーション・ネクスト》を発動。デッキ・手札・墓地より『HERO』『クリボー』『ネオスペーシアン』のいずれか1体を――《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) エアーマン》をデッキから特殊召喚」

 

『効果の発動は完全に封じられるけど、キミなら問題ない! 融合だ!!』

 

 途端に舞い上がる疾風と共にアクアド・ドルフィンたちの頭上に飛翔したのは、プロペラの翼をもつ青きバイザーとアーマーに身を包んだ風のHERO。

 

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) エアーマン》 攻撃表示

星4 風属性 戦士族

攻1800 守 300

 

「速攻魔法《瞬間融合》発動。自分フィールドのモンスターで融合召喚を行います」

 

 そして風と共に天に逆巻く渦が、再び融合召喚を誘い2体のHEROが渦に飛び込み、互いの属性が作用しあえば――

 

「属性の違うHERO2体――《V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) グラビート》と《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) エアーマン》を融合し、《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) サンライザー》を融合召喚」

 

 熱血の猛き赤いアーマーで全身を覆った太陽の化身たるHEROが天より大地に着地すれば、その背の空色のマントが遅れてはためいた。

 

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) サンライザー》 攻撃表示

星7 光属性 戦士族

攻2500 守1200

 

『サンライザーを特殊召喚したことで、デッキから《ミラクル・フュージョン》を手札に加えさせて貰うよ!!』

 

「生憎、墓地に送られている為、不発です」

 

 だが、効果の一つは不発な上、その攻撃力では《E-(イービル)HERO(ヒーロー) マリシャス・デビル》には届かない。

 

「だが、攻撃力が足りぬ以上、同じこと!!」

 

『サンライザーは、ボクたちのフィールドの属性1体につき、攻撃力が200アップ!!』

 

「罠カード《アームズ・コール》発動。デッキから装備カード《フェイバリット・ヒーロー》を《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) サンライザー》に装備。これにより、元々の守備力分だけ攻撃力がアップ」

 

 しかし、隣でさざなむ波や、空に輝く星の力を受けた《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) サンライザー》のアーマーの節々から光を放ち始めれば、その全身はその名の通り、太陽の如く輝き始めていく。

 

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) サンライザー》

攻2500 → 攻2700 → 攻3900

 

『これでマリシャス・デビルを超えた!! サンライト・ウェーブ!!』

 

 やがて突き進んだ両者が激突し、《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) サンライザー》と手甲の赤いブレードと、《E-(イービル)HERO(ヒーロー) マリシャス・デビル》の三本のかぎ爪がぶつかり合うが――

 

「いいえ」

 

「その通りだ! ダメージ計算時、フィールド魔法《覇王城》の効果! エクストラデッキから《E-(イービル)HERO(ヒーロー) ワイルド・サイクロン》を墓地に送り、そのレベル8×200――1600パワーアップ!!」

 

 《覇王城》から漏れ出る闇が、《E-(イービル)HERO(ヒーロー) マリシャス・デビル》のかぎ爪を黒く染め、より禍々しさを増せばパワーバランスは一気に崩れた。

 

E-(イービル)HERO(ヒーロー) マリシャス・デビル》

攻3500 → 攻5100

 

『攻撃力5000越え!?』

 

「穿て、エッジ・ストリーム!!」

 

 そして覇王の声を合図とするように《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) サンライザー》の手甲から伸びるブレードを切り裂けば、太陽のHEROの輝きが消えうせると共に放たれた《E-(イービル)HERO(ヒーロー) マリシャス・デビル》の回し蹴りによって、太陽は地に落ちる結果となった。

 

 当然その余波は神崎を着実に苛んでいく。

 

「ぐっ……っ、くぅ……」

 

神崎LP:1750 → 550

 

――姿形だけじゃない。ネオスたちと戦った時とはまるで別次元……此処まで違うのか。

 

『神崎!!』

 

「……ダメージを受けたことで墓地の《V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) インクリース》……と《V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) ポイズナー》を魔法・罠ゾーンに置き……ます」

 

 やがてギリギリで耐えた神崎が、ライフの減少という命の目減りから立ち眩みでも起こすようにふらつく中、その足元から2つの幻影が浮かび上がった。

 

 やがて大きく深呼吸して息を整えた神崎は、身体の負傷を誤魔化しつつ次なる手を打つ。

 

「バトルフェイズを終了し、メインフェイズ2へ――魔法カード《融合》を発動。手札の《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) リキッドマン》と《N・(ネオスペーシアン)ブラック・パンサー》を融合し、《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) エスクリダオ》を融合召喚」

 

 マントをつけた黒豹の力を得たHEROが融合の渦により、闇の力をその身に宿し――

 

『このモンスターの攻撃力は墓地のE・(エレメンタル)HERO(ヒーロー)1体につき100上がるけど、マリシャス・デビルには……』

 

 神崎のフィールドに背に鎌にも思える4枚の翼を広げて降り立つのは、黒き体躯を持つ悪魔染みたヒーロー。

 

 大型のハサミのような右腕が墓地に眠る英傑の無念を継ぎ、禍々しく鋭利さを帯びていく。

 

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) エスクリダオ》 攻撃表示

星8 闇属性 戦士族

攻2500 守2000

攻3100

 

「融合素材となった《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) リキッドマン》の効果発動。デッキから2枚ドローし、手札を1枚捨てます。カードを2枚セットしてターンエンドです」

 

 

 

神崎LP:550 手札1

モンスター

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) エスクリダオ》

魔法・罠

伏せ×2

V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) インクリース》(永続罠扱い)

V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) ポイズナー》(永続罠扱い)

V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) ミニマム・レイ》(永続罠扱い)

VS

覇王LP:4000 手札4

モンスター

E-(イービル)HERO(ヒーロー) マリシャス・デビル》

E-(イービル)HERO(ヒーロー) マリシャス・ベイン》

フィールド魔法《覇王城》

 

 

 かくして、手痛い反撃を前に辛うじて盤面を立て直した神崎だが、旗色はすこぶる悪い。

 

 覇王のライフを1ポイントも削れていないというのに、既に神崎のライフは550と風前の灯火。

 

 だというのに、相手の余力はまだまだ健在であることが見て取れる。

 

――神崎も辛うじて守りを固めたが……これが破滅の光の本体……!

 

『強い……!!』

 

 ゆえに思わず零れたアクア・ドルフィンの呟きに、覇王は何でもないように返した。

 

「当然だ。この力は、この者の願う力の大きさゆえのもの――望む力が大きければ大きい程に、もたらされる力の総量もそれに倣う」

 

 原作GXでも、覇王の――破滅の光の力は、対象によって大きく変化している。

 

 平凡な功名心を燻ぶらせていたDDは、何処かの国の一リーグのチャンピオン程度の力を得た。

 

 幼少の迫害により世への憎悪を燻ぶらせていた斎王は、DDを破ったエドすら倒し、ネオスと共にあった十代を後一歩まで追い詰めた。

 

 そして公式な情報ではない為、定かではないが――

 

 多くの仲間を失った深い絶望の只中にて、絶対的な力を求めた十代は、精霊界中の猛者のことごとくを一蹴する力を得た。

 

 

 

 破滅の光に充てられたものは、その内の願いへの想いが、執着が、大きければ大きい程に禍々しく力強さを増していく。

 

 

『ネオス……キミは、それ程までに……!!』

 

 それが正義の化身となれば、「苦しむ恩人を救う」ことへの想いは、思わずアクア・ドルフィンが固く拳を握る程に、筆舌し難いものだろう。

 

――威力偵察の先兵を買って出たのは間違っていなかった……だが、逆を言えば、この強さは現在の状況あってのもの。

 

「アクア・ドルフィン、この場に来た我々の目的は覚えていますね?」

 

 しかし、そんなアクア・ドルフィンに神崎は無情に告げる。恐らく「自分は勝てない」と。

 

『だが、神崎! それでは――』

 

「其方のターンですよ」

 

 そうしてアクア・ドルフィンとネオスペーシアンたちに、ネオスだけでなく、神崎も見捨てる選択を強い、これ以上の問答を打ち切るように神崎は覇王のターンを促した。

 

「言われずとも――オレのターン! ドロー!」

 

 そんな神崎の足掻きを静かに見守っていた覇王がカードを引いた瞬間、僅かに動きを止めるも――

 

「マリシャス・ベインが持つ自身の攻撃力以下のモンスターを全て破壊する効果――これを躱した程度で、安心しているようならば甘いと言わざるを得んな!」

 

 攻撃力が《E-(イービル)HERO(ヒーロー) マリシャス・ベイン》より、ギリギリ100高い《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) エスクリダオ》程度では、アクア・ドルフィンを逃がす為の足止めにもならぬと、このターンドローしたカードを天に掲げた。

 

「魔法カード《ミラクル・コンタクト》発動!!」

 

 それは今までのE-(イービル)HERO(ヒーロー)とは別ベクトルのカード――他ならぬアクア・ドルフィンたちに馴染みが深い1枚。

 

『――《ミラクル・コンタクト》だって!? そんな……それは、ネオスの……!!』

 

「墓地の《メタモルポット》と《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) ネオス》をデッキに戻し、コンタクト融合!!」

 

 かくして、突如として天に渦巻いた銀河からの光が、覇王の墓地に眠るHEROの鼓動を呼び覚ます。

 

「――救世の使者よ! 光より降り立て! 《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) ブレイヴ・ネオス》!!」

 

 やがてその銀河の光に誘われるように現れるのは、身体に青のラインを走らせ、肘や型のアーマーを含めて全身が一段と強化されたネオスの姿。

 

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) ブレイヴ・ネオス》 攻撃表示

星7 光属性 戦士族

攻2500 守2000

 

「速攻魔法《ダブルヒーローアタック》を発動! ネオス融合モンスターが存在する時、墓地の『HERO』融合モンスター1体を、召喚条件を無視して復活させる!!」

 

 此処で《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) ブレイヴ・ネオス》が拳を突き上げたと同時にその背後に輝く虹色のネオスペースの空間から――

 

「――甦れ、禍つの翼! 《E-(イービル)HERO(ヒーロー) インフェルノ・ウィング》!!」

 

 鳥の翼をもつ紅の暗黒の女ヒーローが、目元のバイザーで覆えぬ口元から高笑いを響かせながら宙に躍り出た。

 

E-(イービル)HERO(ヒーロー) インフェルノ・ウィング》 攻撃表示

星6 炎属性 悪魔族

攻2100 守1200

 

『拙い、あのモンスターは!!』

 

「バトルだ!!」

 

「自身のフィールドに元々の攻撃力と異なるレベル5以上の戦士族モンスターが存在する時、墓地より《天融星カイキ》を特殊召喚」

 

 そうして総勢4体のHEROたちの進軍へ、神崎は守りの一手とばかりに胴体部分に大口を開けた異形の口が浮かぶ鎧武者を呼び出すも、途端にアクア・ドルフィンが焦った声を漏らした。

 

《天融星カイキ》 守備表示

星5 光属性 戦士族

攻1000 守2100

 

『ダ、ダメだよ! 下手にモンスターを増やせばインフェルノ・ウィングの効果が……!!』

 

「特殊召喚された《天融星カイキ》の効果――ライフを500払い、手札・フィールドのモンスターを素材に戦士族融合モンスターを融合召喚します」

 

 そう、貫通ダメージ+効果ダメージを与える効果を持つ《E-(イービル)HERO(ヒーロー) インフェルノ・ウィング》を前に、下手にモンスターを並べるなど自殺行為に他ならない。

 

神崎LP:550 → 50

 

 しかし、それでも残り少ないライフを振り絞った神崎の意思に従い、《天融星カイキ》は《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) エスクリダオ》と腕を交差させ、融合の渦にて一つとなれば――

 

「レベル5以上の戦士族――《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) エスクリダオ》と《天融星カイキ》を融合し、《覇勝星イダテン》を融合召喚。《覇勝星イダテン》が融合召喚された時、デッキからレベル5の戦士族――《V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) ファリス》を手札に」

 

 紫の中華風の鎧を纏い、二本角の鬼の面をつけた鎧武者が赤紫のマントをひるがえしながら、三又の槍を迫る軍勢へと向けて構えた。

 

《覇勝星イダテン》 攻撃表示

星10 光属性 戦士族

攻3000 守2200

 

『何をしているんだ、神崎! 攻撃力が3000に下がって――』

 

 たった100とはいえ、結果的に無意味に攻撃力を下げるような真似をした神崎へ、アクア・ドルフィンは迫る覇王の軍勢を前に焦った声を漏らすが――

 

「――オレはバトルを終了し、魔法カード《一時休戦》を発動! お互いに1枚ドローする代わりに、互いに次のターンのエンド時まで一切のダメージは発生しない」

 

『攻撃……してこない?』

 

 全ての攻撃を取りやめた覇王の姿に、アクア・ドルフィンが疑問の声を漏らす。

 

「魔法カード《アドバンスドロー》発動だ! レベル8以上のマリシャス・ベインを墓地に送り、2枚ドロー! 魔法カード《HEROの遺産》を発動し、墓地の融合HEROであるマリシャス・ベインとワイルド・サイクロンをエクストラデッキに戻し、3枚ドロー!」

 

 しかし覇王は《E-(イービル)HERO(ヒーロー) マリシャス・ベイン》すらも贄として連続ドローした後、1枚のカードを発動すれば――

 

「魔法カード《魔法石の採掘》発動。手札を2枚墓地に送り、墓地の魔法カード1枚を手札に! ――我が手に舞い戻れ、《超融合》!!」

 

 大地より輝く水晶がせり上がって砕ける中、その水晶の中から1枚のカード――《超融合》が覇王の元に舞い戻った。

 

『まさか、《覇勝星イダテン》を《超融合》する気なのか? しかし態々そんなことをしなくとも……』

 

 そうしてアクア・ドルフィンは、覇王の目的を推理するも、態々そんな遠回りな選択を取る意味が疑問だった。

 

 攻撃力が上回る《E-(イービル)HERO(ヒーロー) マリシャス・デビル》の攻撃で十分だった筈だと。

 

「《覇勝星イダテン》は自身のレベル以下のモンスターと戦闘する際に、その攻撃力を0にできます。ただ――」

 

「《超融合》の発動に対し、お前はカードを発動することは出来ない。何を伏せたかは知らんが、そいつには確実に消えて貰う」

 

 とはいえ、神崎の言うように《覇勝星イダテン》の効果は1ターンに1度に限定されるものの、最高レベルが8の「E-(イービル)HERO(ヒーロー)」融合体にとっては鬼門と言える力を有している。

 

 2枚のセットカードの内容次第では、無傷の覇王の4000のライフすら消し飛ぶだろう。

 

 ゆえに、覇王は《超融合》の道を用意したのだ。

 

「しかし、これを躱してからになるがな――魔法カード《ダーク・コーリング》! 墓地の『E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー)』たる『スパークマン』と『クレイマン』を除外し、ダーク・フュージョン!!」

 

 だが、此処で《超融合》までの道のりの中で舞い込んだ一手を牽制交じりに打つ覇王。

 

 そして黄金のアーマーに紺のボディースーツを纏う雷のヒーローと、ずんぐりとした土色の体躯を持つヒーローが闇の渦に呑まれた先より――

 

「――降臨せよ、《E-(イービル)HERO(ヒーロー) ライトニング・ゴーレム》!!」

 

 両肩と両腕よりブレードが伸びる水色の装甲に覆われた機械的な体躯を持つ闇のヒーローが、身体の中央と両手の甲に輝く赤いコアを光らせながら大地に立つ。

 

E-(イービル)HERO(ヒーロー) ライトニング・ゴーレム》 攻撃表示

星6 光属性 悪魔族

攻2400 守1500

 

「ライトニング・ゴーレムは1ターンに1度、モンスター1体を破壊する!! 狙うは無論《覇勝星イダテン》!! ボルテック・ボム!!」

 

 やがて《E-(イービル)HERO(ヒーロー) ライトニング・ゴーレム》が己の両手の間に迸る黒いスパークを増幅させれば、後に球体状の黒い雷撃となって、《覇勝星イダテン》へと放たれた。

 

 それに対し、当然ただではやられぬ、と雷球を槍で両断する《覇勝星イダテン》。

 

 だが、実体無き紫電は槍越しに武人の巨躯を焼き、その威力に膝をついた《覇勝星イダテン》の身体は煙のように崩れる末路を辿ることとなる。

 

『あぁ!? 《覇勝星イダテン》が!?』

 

「動かんか――まぁ良い。カードを2枚セットしてターンエンドだ」

 

 頼みの綱を呆気なく失った事実に動揺を見せるアクア・ドルフィンに対し、僅かに覇王は訝しむも《超融合》を匂わせる2枚のカードで牽制。

 

「そのエンド時に罠カード《砂塵の大嵐》を発動。魔法・罠カードを2枚破壊します。フィールド魔法《覇王城》と右の伏せカードを破壊」

 

 しかし途端に逆巻いた二筋の大竜巻が、《覇王城》とその周囲に蔓延る闇を吹き飛ばしながら、神崎が動体視力で把握した《超融合》を打ち抜いた。

 

『よ、良し! 《超融合》を破壊できた!!』

 

 《覇王城》が消え、周囲に木星の衛星イオの砂地と海が戻る中、厄介なカードを狙い打ちできたことに喜色の声を上げるアクア・ドルフィンだが――

 

神崎LP:50 手札2

魔法・罠

伏せ×1

V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) インクリース》(永続罠扱い)

V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) ポイズナー》(永続罠扱い)

V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) ミニマム・レイ》(永続罠扱い)

VS

覇王LP:4000 手札1

モンスター

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) ブレイヴ・ネオス》

E-(イービル)HERO(ヒーロー) マリシャス・デビル》

E-(イービル)HERO(ヒーロー) インフェルノ・ウィング》

E-(イービル)HERO(ヒーロー) ライトニング・ゴーレム》

魔法・罠

伏せ×1

 

 

『これで《超融合》の脅威は一先ず去った! ……けど』

 

 盤面の差は絶望的である。

 

 ネオスを救う以前に、勝利どころか次のターンを無事に凌ぐことすら厳しい現実にアクア・ドルフィンの表情も苦しさを隠せない。

 

『この手札で、どうやって戦えば良いんだ……!』

 

「私のターン、ドロー。スタンバイフェイズを経て、メインフェイズ1へ。《N・(ネオスペーシアン)グロー・モス》を通常召喚」

 

 しかし、そんな状況でもダメージなど感じさせないように淡々とデュエルを進める神崎が、光り輝く胞子にも似た人型の体躯を持つ不思議な宇宙人を呼び出した後、アクア・ドルフィンに声をかけた。

 

N・(ネオスペーシアン)グロー・モス》 攻撃表示

星3 光属性 植物族

攻 300 守 900

 

「アクア・ドルフィン――力を貸してください」

 

『勿論だ! ただ、今の状況で私が力になれるかどうか……』

 

「罠カード《墓荒らし》を発動。相手墓地の魔法カード1枚を手札に加えます」

 

 神崎の要請に当然とばかりに一二もなく肯定を返すアクア・ドルフィンが、盤面差に後ろ髪を引かれるように意気消沈した様子を見せる横で、ボロの緑の三角帽子とローブに身を包んだ小柄な姿が歯を見せながら愉快そうな顔で嗤い声を漏らす。

 

 そんな《墓荒らし》がスコップやピッケルを背負いなおす中、その手の中には1枚のカードが握られていた。

 

「ほう、お前の狙いは――」

 

 

「――《超融合》を手札に」

 

 

 その1枚は覇王が予想したように《超融合》のカード。

 

 

 《墓荒らし》で手札に加えたカードを発動した際は2000のダメージを受けてしまうが、少々ライフはかさむものの『V・HERO』のトリガーにもなりえる一手。

 

 とはいえ、このターンは覇王が前のターンに発動した魔法カード《一時休戦》により一切のダメージが発生しない為、ダメージ云々の件は無視できるが。

 

 

 そんな《超融合》を手札に加えてジッと見つめる神崎の姿に、アクア・ドルフィンはこれから打たれる逆転の一手を理解し、ハッとした表情を見せる。

 

「この布陣……まさか、キミは!!」

 

「なんとかネオスの心に呼び掛けてください。これが、今の私に用意できる最後のチャンスです」

 

 だが、逆転と言えども、盤面を盛り返すのが関の山。

 

 《一時休戦》の効果により、このターンの終わりまで覇王のライフに傷をつけられない以上、次のターン以降からも苦しい展開が続くだろうが、絶望的な状況が多少マシになる。

 

 さらに、この一手でネオスを救い出せなければ、神崎はネオスの生存云々を論じていられない。そんな瀬戸際に神崎とアクア・ドルフィンたちは立っているのだ。

 

「手札1枚をコストに発動せよ――」

 

 やがて小さく息を吐いた神崎を、アクア・ドルフィンが見守る中、運命の時は来たる。

 

 さすれば周囲に予兆のような疾風が吹き始め、明滅する小さなスパークが少しずつ大きくなり、今フィールド上にて眩いまでの光が――

 

 

「――《超融合》!!」

 

 

 瞬いた。

 

 

『ネオス!!』

 

 途端に《超融合》の禍々しい光が力となって荒れ狂い、破壊的に暴れ狂う暴風を引き起こす中、アクア・ドルフィンは己の限界以上に声を張り上げる。

 

『キミと、ボクたちネオスペーシアン!! そしてHERO!! それら5体のモンスターで融合召喚を行う!!』

 

 この声が、少しでもネオスに届くように。

 

『キミの誰かを救いたいという願い!! その根底にある想いはこんな形で果たされるものじゃない筈だろう!! 正しき闇の力を! 全てを包む優しき力を思い出すんだ!!』

 

 ネオスペーシアンたちとの絆を示すように。

 

『キミと! 僕たちとで!』

 

 正しき闇の力を持つ同志として、仲間として、限界を超えて叫ぶ(願う)

 

『――超融合!!』

 

 やがてフィールド全域に広がる暴風と光が――

 

 『ネオスペーシアン』カードこと、《N・(ネオスペーシアン)グロー・モス》を、

 

 『ネオス』カードこと、《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) ブレイヴ・ネオス》を、

 

 『HERO』カードこと、E-(イービル)HERO(ヒーロー)」たちを、

 

 

 5体のモンスターを呑み込まんと荒れ狂い、収束を始める。

 

 

 ネオスの終着点たる力――神の名を関する正義の味方(E・HERO ゴッド・ネオス)へ向けて。

 

 

 

 そして《超融合》による光の奔流が弾けるように周囲に散った。

 

 

「――っ……!!」

 

『――うゎあぁあぁぁあああわぁああ!!』

 

 逃げ場を求めるように爆発的に周囲を広がったエネルギーの奔流に吹き飛ばされ、二転三転するアクア・ドルフィンが、

 

 

 吹き飛ばされまいと足で砂地を削って踏ん張った神崎が、

 

 

 赤のマントを揺らし悠然と佇む覇王が、

 

 

 三者三様の反応を見せる彼らが光の収まった方へと視線を向ければ――

 

 

『い、一体何が……』

 

「やはり発動できない……か」

 

 フィールドは《超融合》を発動する前と一切の変化は見られない。

 

 唯一の違いは、吹き飛んだアクア・ドルフィンを受け止めた神崎の手から《超融合》のカードが光となって消えていく光景のみ。

 

 

 失敗した。状況は揃っていた筈なのに。

 

『そ、そんな……どうしてだ、ネオス!』

 

「カードが拒絶した――ただ、それだけのこと」

 

『ネオスが僕たちを拒絶する筈がない!』

 

「其方の男が一番よく分かっている筈だ」

 

『神崎?』

 

――神崎がネオスを拒絶した? いや、そんな筈はない!

 

 予期せぬ事態の中、覇王の主張へ僅かに意図を図り兼ねるも、すぐさま否定したアクア・ドルフィンは、神崎に向けて願うように声を張る。

 

『神崎! 苦しいかもしれないが、もう1度チャンスを作ってくれ、頼む!』

 

「《超融合》が私を拒絶した……ですか?」

 

「愚問だな。答えを求めぬ問いかけに何の意味がある?」

 

 エクストラデッキに存在しないカードを呼び寄せようとした反動だとしても、状況的に別のカードを呼び出すことは可能だった。

 

 しかし、それすらないとなれば――と半ば確信めいた考察を問うた神崎だが、覇王の返答などなくとも、嫌と言う程に理解させられていた。

 

「アクア・ドルフィン――ネオスペーシアンの皆さんを連れて直ぐに地球に向かってください」

 

『何を言っているんだ! まだ! まだ負けていない!!』

 

「私はカードを1枚セットしてターンエンドです」

 

 やがて小さく息を吐いた神崎が、ネオスペーシアンたちに撤退を告げるが、アクア・ドルフィンは納得できないと励ましの言葉を選ぶが――

 

『勝負は終わっていない! 諦めちゃ駄目だ!!』

 

「そうですね。勝負は終わっていない。だからこそ、次に託すんです」

 

 神崎が、その言葉を別の形で受け取った様子を見るに、アクア・ドルフィンの声は正しい意味では届いていないように思えた。

 

 

神崎LP:50

モンスター

N・(ネオスペーシアン)グロー・モス》

魔法・罠

伏せ×1

V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) インクリース》(永続罠扱い)

V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) ポイズナー》(永続罠扱い)

V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) ミニマム・レイ》(永続罠扱い)

VS

覇王LP:4000 手札1

モンスター

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) ブレイヴ・ネオス》

E-(イービル)HERO(ヒーロー) マリシャス・デビル》

E-(イービル)HERO(ヒーロー) インフェルノ・ウィング》

E-(イービル)HERO(ヒーロー) ライトニング・ゴーレム》

魔法・罠

伏せ×1

 

 

 そうしてランダムでバトルを強制終了させる効果を持つ《N・(ネオスペーシアン)グロー・モス》が棒立ちの状態でターンを終えた神崎へ、覇王はデュエルの終局を感じつつポツリと零す。

 

「憐れだな。苦しかろう――今、楽にしてやる」

 

 今、願いに願えども、決して叶えることが出来なかった彼の望みが此処に叶う。

 

 その祝砲代わりにデッキに手をかけた覇王はカードをドローし――

 

「オレのターン、ドロー! このスタンバイフェイズに除外されていたヘル・ゲイナーが帰還するが、再び効果により除外し、インフェルノ・ウィングに2回攻撃を付与する!!」

 

 外骨格に覆われた二本角の闇のヒーロー《E-(イービル)HERO(ヒーロー) ヘル・ゲイナー》が異次元より影を落とし帰還するも、

 

E-(イービル)HERO(ヒーロー) ヘル・ゲイナー》 攻撃表示

星4 地属性 悪魔族

攻1600 守 0

 

 再びその身体は闇に溶け、最初のターンの焼き増しのように《E-(イービル)HERO(ヒーロー) インフェルノ・ウィング》の影となる。

 

「そしてライトニング・ゴーレムの効果! グロー・モスを破壊! ボルテック・ボム!!」

 

 更に《E-(イービル)HERO(ヒーロー) ライトニング・ゴーレム》の両の手の平から再び黒い雷撃が放たれ、光り輝く《N・(ネオスペーシアン)グロー・モス》の身体は胞子が飛ぶように弾け散った。

 

「手札から《E-(イービル)HERO(ヒーロー) アダスター・ゴールド》を墓地に送り、魔法カード《ダーク・コーリング》を手札に加え、そのまま発動!!」

 

 そして覇王の頭上に跳躍した黄金の鎧を持つ紫のボロのマントをはためかせた闇のヒーローが生み出した闇の渦がうごめいた瞬間に、神崎は叫んだ。

 

「行ってください、アクア・ドルフィン」

 

『だけど!!』

 

「墓地の悪魔族たるアダスター・ゴールドと岩石族の《原始生命態ニビル》をダーク・フュージョン!!」

 

「行けっ、アクア・ドルフィン!!」

 

 黄金の鎧と巨大な隕石が混ざり合う中、撤退を踏み切れないアクア・ドルフィンを叱責するような神崎の声が響くが、アクア・ドルフィンは覚悟を決めたように神崎の肩に手を置き、自分の拳で胸を叩いた。

 

『僕は残る! 情報を伝えるのは、他のネオスペーシアンたちに任せるよ! キミを見捨てるような真似は出来ない!!』

 

「全員生きて戻れる保証がない以上、1人でも多い方が良い!! それが分からない貴方じゃないでしょう!!」

 

 しかし、それでも神崎はアクア・ドルフィン()逃げるように指示する。破滅の光が広大な宇宙を浸食する速度を読み違えていた件がある以上、可能性は多い方が良い。

 

 いや、そもそもアクア・ドルフィンが残ったところで何の意味もない。犠牲が無駄に増えるだけだ。

 

『まだ諦めるには早いだろう!!』

 

「――もう詰んでるんだよ!!」

 

 それでも不屈を訴えるアクア・ドルフィンが、初めて聞いた神崎の怒声に身をすくませる中――

 

「――降臨せよ、《E-(イービル)HERO(ヒーロー) ダーク・ガイア》!! ダーク・ガイアの攻撃力は素材としたモンスターの攻撃力の合計となる!!」

 

 マグマの血管が奔る漆黒の悪魔の全身を、灰色の鉱石の装甲が覆えば、熱風と共に黒の翼を広げた闇のヒーローから発せられる強大なプレッシャーにて空間を揺らす。

 

E-(イービル)HERO(ヒーロー) ダーク・ガイア》 攻撃表示

星8 地属性 悪魔族

攻 ? 守 0

攻5100

 

『攻撃力5100!?』

 

「バトルだ!! ライトニング・ゴーレムでダイレクトアタック!! ヘル・ライトニング!!」

 

「罠カード《死魂融合(ネクロ・フュージョン)》発動!! 墓地のHERO3体を裏側除外し、《V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) トリニティー》を融合召喚!! 融合召喚したターン《V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) トリニティー》の攻撃力は倍になる!!」

 

 がら空きの神崎へ《E-(イービル)HERO(ヒーロー) ライトニング・ゴーレム》から放たれる黒きイカヅチの奔流が迫るが、その射線上より大地を砕き現れた赤きアーマーに身を包んだヒーローによって遮られる。

 

 やがて重厚な両肩のアーマーがブースターのように展開し、空気を裂く音が響かせながら震える大気を前に《E-(イービル)HERO(ヒーロー)ライトニング・ゴーレム》は足で大地を削りながら押し戻されることとなった。

 

V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) トリニティー》 攻撃表示

星8 闇属性 戦士族

攻2500 守2000

攻5000

 

『まだ隠し玉があったんだね、神崎! 攻撃力5000なら――ぁ』

 

 圧倒的な攻撃力に興奮気味に拳を握るアクア・ドルフィンだったが、遅れて気づいた現状に言葉を失った。

 

 そう、この状況を凌ぐには、攻撃力が僅かに足りない。

 

 分かっていたのだ。相手が《ダーク・コーリング》をサーチした段階で。墓地のカードを把握していた神崎には、己の敗北が。

 

 ギリギリのところで凌げていた天秤が、巻き返し不可能な程に傾いていたのが。

 

『――直ぐに助けを呼んでくる……! だから神崎!! キミも最後まで生きることを諦めちゃ駄目だ! 待っていてくれ!!』

 

 そうして突き付けられた敗北に、アクア・ドルフィンがネオスペーシアンたちを連れ、地球に向かい始めるが――

 

「最後の足掻きか――ならば、ダーク・ガイアの一撃で散れ!! ダーク・カタストロフ!!」

 

 そんな背中を追うように天へ腕を掲げた《E-(イービル)HERO(ヒーロー) ダーク・ガイア》の右腕より周囲の大地を収束させた巨大な隕石が生成されていく。

 

 やがて放たれんとする巨石の襲来に《V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) トリニティー》も、両肩のブースターをふかしながら振り絞った拳を加速させつつ放った。

 

 

 そうして《V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) トリニティー》の右拳と、

 

 

 

 《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) ブレイヴ・ネオス》の()()がぶつかり合った。

 

 

 

 自身の効果で《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) ブレイヴ・ネオス》の攻撃力が2600になっていようとも、《V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) トリニティー》の攻撃力5000が相手では当然のように力負け。

 

 

 結果、覇王の元に吹き飛ばされた《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) ブレイヴ・ネオス》は光と消えていく。

 

 

覇王LP:4000 → 1600

 

「――っ!? くっ、なにが……!?」

 

「まさか……」

 

 その想定外の余波に苦悶の声を漏らす覇王を余所に、神崎が思わず呟く中、光と消えた先から通常状態のネオスが舞い戻った。

 

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) ネオス》 攻撃表示

星7 光属性 戦士族

攻2500 守2000

 

「ネオス……だと?」

 

『キミが伏せていた罠カード《アームズ・コール》で装備させた《インスタント・ネオスペース》の効果だ。装備モンスターが破壊された時、私自身を復活させる』

 

 そうして他ならぬ「ネオス自身」が、このバトルの経緯に不可解なものを感じる覇王へ静かに語るが、覇王の望む説明にはなっていまい。

 

「おい、よせ」

 

「だが、攻撃を誘導する類いのカードは、あの男の元には存在していない筈だ!!」

 

「よせ……やめろ、ネオス!!」

 

 そうして状況の把握に努める覇王を余所に、ネオスの行動を理解した神崎がらしからぬ程に焦った声を飛ばす姿に、覇王の動きがピタリと止まり――

 

「――まさか、貴様ッ!!」

 

キミたち(E-HERO)もヒーローならば、どうか道をあけてくれ』

 

 ネオスの元へ視線を向けた覇王の視界に映るのは、攻撃姿勢を解いたE-(イービル)HERO(ヒーロー)たちの姿。

 

 やがて一際天高く跳躍したネオスに神崎は再び叫ぶ。

 

「――やめろ! そんなことしなくて良い!」

 

 そう、彼らはあくまで先兵だ。勝利に固執する必要はない。

 

 神崎が敗れようとも、後の面々が倒せば済む話。

 

 ゆえに神崎の判断は早かった。握った右拳を以て全力で己がデュエルディスクに一撃を放つ。

 

 理外の膂力による一撃は、既存製品など一瞬にして木端微塵にできる。

 

 

 だが、神崎のデュエルディスクは無傷。

 

 ならばと、自身のデッキを崩そうとデュエルディスクの投入部に神崎は手刀を放つが結果は変わらない。

 

 

 闇のゲームによって守られた「デュエル」を何人たりとも侵すことは叶わない――そう、突き付けるように。

 

 

「――ネオス!!」

 

『十代のことを頼む』

 

 もはや神崎に出来るのは未練がましく叫ぶしかない。そして、その程度の言葉ではネオスが止まらないことは他ならぬ神崎自身がよく分かっていた。

 

 

 やがて跳躍したネオスの必殺の手刀が、両肩のターボによって底上げされた《V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) トリニティー》の右拳に敗れ、激突に敗れた残りのエネルギーはネオスの身を打ち砕き、その余波が覇王を襲う。

 

 

覇王LP:1600 → 0

 

 

 そうして余波を受けて倒れ行く覇王を余所にネオスの瞳に映ったのは、己へと必死に手を伸ばす神崎の姿。

 

――済まない、キミに嫌な役を任せてしまって。

 

 その姿を見たネオスは、己の決断は正しかったのだと満足気に瞳を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かくして砕け散る闇のデュエルの空間、そして完全に崩れていく《超融合》のカード。さらに急速に消えていく破滅の光の気配に、アクア・ドルフィンは状況の変化を感じ、神崎の元に戻るが――

 

『破滅の光の反応が――ぇ』

 

「馬鹿……な」

 

 そこに望んだ光景など、広がってはいなかった。

 

 ギリギリでネオスの心を引き戻し、逆転勝利を収めて笑いあう二人などありはしない。

 

 倒れたネオスに駆け寄り、必死な形相で治療の手を尽くす神崎が唯一いるだけ。

 

 

 そんな中、アクア・ドルフィンの視界の端で、うつむけに転がる覇王の欠けた鎧から、破滅の光が漏れつつ削れるように消えていく中、瀕死の声が零れた。

 

「オレごと、己から……命を捨てる……など」

 

 覇王には――いや、破滅の光には理解できなかった。叶えたい願いをかなぐり捨てて自死を選んだネオスの心が。同化していたにも拘わらず、その心の機微が分からない。

 

 このデュエルが神崎にとって救いになることを、ネオスは理解していた筈なのに最後の最後で彼の道理に合わぬことをしたのは何故なのかと。

 

 そうした覇王の呟きに思わず足を止めたアクア・ドルフィンは、憐れむような視線を向けつつ静かに答える。

 

『…………違うよ、覇王――ネオスは、彼は……願ったんだ』

 

 そう、アクア・ドルフィンにはネオスの決断が我がことのように理解できた。

 

『キミの言うように願ったんだ!! その願いで自分がどうなるかも全てを理解した上で!!』

 

 十代の願いを受け、破滅の光と共に戦い、苦楽を共にしてきた無二の仲間であるゆえに分かる。

 

 ネオスは願ってしまったのだ。デュエルによって神崎の心に触れ、戦う相手の姿を感じ、願ったのだ。

 

 

『――()()()()()!!』

 

 

 生きていて欲しい――と。

 

 

 きっと神崎は「正しく」()ないのだろう。

 

 ひょっとすればネオスが命を懸けて救う価値なんて、なかったのかもしれない。

 

 それでも地位も名誉も何もかも捨てて、二つ返事で共に宇宙に飛び立ってくれた友人の為なら惜しくはなかった。

 

「そう……か。これが……」

 

 そんなアクア・ドルフィンの慟哭を前に破滅の光の疑問が今、氷解していく。

 

 疑問だった。

 

 ネオスの掌握は完全に済んでいた状況で全ての影響を無視してデュエル中に動き出したイレギュラーの原因が。

 

 相手の願いを叶えている筈だというのに、その願いを否定するネオスの行動がただただ疑問だった。

 

 だが、なにも難しい話ではない。

 

 

「“願い” か」

 

 

 破滅の光はネオスの願いを叶えただけだ。

 

 奇跡でも何でもない。いつもと変わらぬ話だった。

 

 ただ、一つばかり違いがあるとすれば、これまでの己が欲望のままに願う者たちと、少しばかり毛色が違っていた――たった、それだけの違い。

 

 

 

 覇王の鎧の崩壊と共に、己の崩壊を自覚する破滅の光の視線の先には、死にゆくネオスに手を尽くす神崎の元へと向かうアクア・ドルフィンとネオスペーシアンたちが映る。

 

 涙を流す異形の面々の姿は、お世辞にもお綺麗なものではない。

 

 だが今は、彼らの背を眺めているだけで破滅の光の内にあるなにかは満たされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなイルカ(アクア・ドルフィン)ハチドリ(エア・ハミングバード)スカラベ(フレア・スカラベ)発光体(グロー・モス)の異形の人型の面々と、モグラ(グラン・モール)黒豹(ブラック・パンサー)が固唾を呑んで見守る中――

 

「死ぬな、ネオス! しっかりしろ!! 直ぐに治してやる! だから、死ぬな!!」

 

 ネオスの意識を繋ぎ止める為に必死に声を送る神崎が、様々な処置を施していた。

 

 らしからぬ程に取り乱す神崎だが、致し方あるまい。

 

 こんなところで死ぬ筈がなかった相手を、自分の過失が殺したのだから。

 

 いや、違う。

 

 死んでいるべき人間のくだらない価値観に沿った行動が、これから多くを救うであろうヒーローを殺してしまった。そう評すべきやもしれない。

 

『短い間だったが……キミに会えて良かった』

 

「なにも良くない! キミは此処からなんだ! 遊城くんと一緒に色んな旅をして! 沢山救って! 多くを積み上げるんだ!」

 

 やがて体が光となって崩壊を始めるネオスの遺言のような言葉が届くが、神崎は取り合わない。

 

 死なない。死なせはしない。そんな希望に縋って手を打ち続ける。

 

 

 冥界の王やアヌビスから奪った魔術による治療。

 

 ゼーマンに精霊界から取り寄せさせた《ブルー・ポーション》などの回復道具のストックの消費。

 

 果てはカードの実体化を用いて治療を行っていく。

 

 

 だが、忘れてはいまいか?

 

 

 「死」とは覆せぬからこそ重いのだ。

 

 

 あらゆる手を用いようともネオスの崩壊は止まらない。デュエルの絶対性は何処までも無情だった。

 

 

 敗者には死を――それが闇のゲームの掟。

 

 

――治らない……何が駄目だ、何が問題だ、分からない。どうして、分からない!!

 

「なにか、なにか方法がある! なにか! なんでもいい!!」

 

 持ちうる様々な手段を講じる神崎だが、焦りの声と共にその手が緩慢さを覚え始める。それは打つ手がないことの証明。

 

 ゆえに、それを感じたアクア・ドルフィンはネオスペーシアンを代表して神崎の肩に手を置き告げる。

 

『……神崎、ネオスの最後の言葉を、どうか……聞いてあげて欲しい』

 

「――勝手に諦めるな!!」

 

 だが、その手は神崎によって乱雑に払われた。もはや、アクア・ドルフィンたちもかける言葉が見つからない。

 

 

 

 変わっていない。何も変わっていない。何一つ変わってなどいない。

 

 

 潰れた両親の死体を眺めていた日から何も変えられてはいなかった。

 

 

 どれだけ力を得ても、大切にしようと思ったものは全てその掌から零れ落ちていく。

 

 

 あの時にホルアクティの前で死んでおくべきだったのかもしれない――そんな考えすら脳裏に浮かぶ。

 

 

 神崎がいなくとも、KCの乃亜たちの助力があれば、多少のズレがあれど、凡そはGXを無事に終えられただろうに。ネオスも死ななかっただろうに。

 

 

「また……また、なのか」

 

 

 己は何をやっているのだろうか――脳裏を過るのは後悔ばかり。

 

 

 年ばかり無駄に重ねて、力だけ無駄に膨らんで、

 

 

 そんな己が、誰かを救えるのだと驕った結末がこれだ。

 

 

 

 

 

 

 

「……願え」

 

 だが、そんな中、声が響いた。

 

 その声にハッと顔を上げた一同の視線の先には、崩壊寸前の覇王の鎧に包まれた破滅の光の姿。

 

 

「助け……られるのか?」

 

 

 縋るような一同の視線の中、問われる神崎の言葉に破滅の光が返す言葉は一つしかない。

 

 

「願え」

 

 

――お前たちのような者ばかりならば、オレは……

 

 

 その発言の意図を遅ればせながら理解したアクア・ドルフィンが制止の声を叫ぶより早く――

 

 

『止めるんだ、神崎!!』

 

 

「――ネオスを助けてくれ!!」

 

 

 最後の願いが果たされた。

 

 

――破滅の光などと呼ばれることはなかったのやもしれん……な。

 

 

 かくして禍々しい光が次元を歪ませ始める。

 

 

 

 取り返しのつかない領域まで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 化け物の頭が描かれ彫られた巨大な門の前に、いつの間にやら神崎は立っていた。

 

 周囲にあった筈の木星の衛星イオの風景はなく、ネオスやネオスペーシアンたちすらこの場にはいない。

 

 此処にあるのは崩壊寸前の岩肌の大地と、鎖によって封じられた件の巨大な門、そして空に広がる宇宙だけだ。

 

 

「この扉を開く者は、新たな力を得る」

 

 

 巨大な門より、くぐもった声が響く。

 

 

 そんな急変した状況に理解が追いついていなかった神崎だが、自身が先程まで何をしていた――いや、何を願ったのかを把握し、すぐさま思考を回す。

 

――今、もっとも重要視すべきは可能性の話。ネオスを救えるか否か。

 

 この広大な空間を調査する時間は神崎には残されていない。

 

 判断材料は門と、その発言。

 

 そして自身の手にいつの間にやら握られていたテキストが謎の文字(アストラル文字)で表記された黒いカードのみ。

 

 テキストの意味は読み取れないが、カードイラストに浮かぶ「78」の数字を辛うじて読み取った神崎の脳裏を過るのは――

 

――黒い枠、「×(かける)」の素材表記。なら、これはエクシーズモンスター。「78」の数字……確か、5D’sの次作主人公がナンバリングされたエクシーズモンスターを集めていた……筈。

 

 

 神崎が殆ど把握していない遊戯王シリーズ――遊戯王ZEXAL(ゼアル)の原作情報。

 

 詳細な原作知識を5D’sまでしか有していない神崎にとって殆ど未知の領域。

 

 

「だが代償として、一番大事なものを失う」

 

 

 そうして思考にふける相手に、門は静かに力の代償を告げるが、神崎は反応らしい反応を見せない。

 

――命……はない。相手が何らかの対価を要求している以上、此方にさせたい「なにか」がある筈だ。他に失う可能性のあるもの……はは。

 

 

 しかし、そんな思考の最中、思わず小さく吹き出すように乾いた笑いで己を嗤った神崎は、思考を切り上げ門へと向き直った。

 

 

 一番大事なもの。大切なもの。失いたくないもの――それらを代償とする取引。

 

 

 そんな脅し文句を前にすれば、嗤いたくもなろう。

 

 

「今更、何を奪えると言うんだ」

 

 

 もはや彼には何も残っていないと言うのに。

 

 

 かくして、彼は扉を開く。

 

 

 

 その先に望む結末が、あると信じて。

 

 

 

 





変わらないな、お前は




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第241話 希望の未来へHere we go!



前回のあらすじ
フライングかっとビングだ、神崎!!





 

 

 アカデミアのフォースの面々に用意されたデュエルスペース付きの広々とした空間へ、フォース生5名がたまり場代わりに訪れていた。

 

 そんな中、小日向がソファに腰かけ伸びをしつつ解放感と共にぼやく。

 

「あー、終わった、終わった! 進級試験も終わってようやく解放されたわー」

 

 そう、進級試験も無事に終えた以上、彼らが2年生だった日々も直に終わる。

 

「なんだか、あっという間の1年だったよね」

 

『そうだね、マスター。想像以上に短く感じたよ』

 

「それだけボクらの思い出が素晴らしき青春のアルバムを彩った証明さ!」

 

 その事実に感慨深く顔を見合わせる藤原とオネストへ、親指と人差し指でVの字を作り顎に添えた吹雪が決めゼリフを述べる中、ポツンと転がる寝袋にいつの間にかINしていたもけ夫の寝言が響く。

 

「むにゃむにゃ、卒業ありがと~ございま~す」

 

「卒業式は早いですよ、もけ夫先輩」

 

『夢の中で一足先に卒業している……正夢ですね』

 

『もけー』

 

 そうして場の空気が緩む中、亮は神妙な顔で言葉を零した。

 

「もけ夫先輩が卒業すれば俺たちも、3年生――次の年は、新たなフォース生徒は出て来るだろうか?」

 

 直に自分たちも3年生――最上級生である。託される側から、託す側に回るというのに、フォースの顔ぶれは未だ変わらず。

 

 ゆえに「越えるべき背中」として不十分だったのかと悩む亮に、藤原は同意を見せるも――

 

「確かに、折角できた新しい区分けだけど顔ぶれは変わらなかったもんね」

 

「あの野生児あたりが上がってくるんじゃない?」

 

「なぁに、来年にはアスリンが入学するから大丈夫さ! フォースも賑やかになること請け合いだよ!」

 

 小日向と吹雪から、来年上がってきそうな面々の名が告げられる。

 

「明日香か……吹雪には悪いが、俺の見立てではフォース入りは時期尚早に思える」

 

 だが、亮の目算では、そう上手くことが運べるとは思えなかった。

 

「そんなことないさ! アスリンも中等部で腕を磨いているだろうからね!」

 

「フォースに上がるとしても、2年進級時――俺たちが卒業する時期だろう」

 

「……随分、心配性だね、亮。明日香の実力が信じられないのかい?」

 

 そんな亮からの「実力不足」とも受け取りかねない発言に、兄である吹雪から僅かに言葉に棘が混ざったことに気が付いた亮は、小さく首を振って否定を入れる。

 

「気を悪くしたのなら謝ろう。だが、この心配もお前の妹だからだ」

 

 亮とて、吹雪の妹――明日香の実力は存じている。同学年で頭一つ抜き出た実力へは純粋な賞賛を贈れよう。

 

「吹雪、お前も身を以て知っただろう? フォースの過酷なカリキュラムを。未熟な身で上がろうものなら火傷では済まない。それは最初の交流戦――アメリカ校とのデュエルで身に染みた筈だ」

 

「……それを言われると、困ったなぁ」

 

 しかし、それと同時に亮は改革されたアカデミアの「厳しさ」を知る者として、親友の妹を案じる気持ちが大きいのだ。

 

『もけー?』

 

『そういえばあの時のキミも、もけ夫先輩と殆どの間、寝ていたね。実はあの交流戦では、本校側の戦績が芳しくなかったんだ』

 

「でも僕たち側が5人いたのに対して、アメリカ校の方は2人だったから、デュエル数の関係上、戦績や勝率に差が出るのは仕方のないことだけどね」

 

 そうして過去の一戦を上げられ、疑問を浮かべる《もけもけ》にオネストと藤原から事情の説明がなされるが――

 

「『レディファースト』とか言って、舐めてかかるから後れを取るのよ」

 

 ソファに寝そべり雑誌を眺める小日向のぼやきに、その説明は遮られた。

 

「舐めてはいないさ。それはボクのポリシーだからね――というか、あの時はキミも負けてたじゃないか」

 

「……最後に勝ったから、私の勝ちよ」

 

 とはいえ、吹雪の言うように、他人事風に語る小日向もアメリカ校との一戦は苦いものである。それゆえに小日向は、若干無理のある理屈で煙に巻いた。

 

 

「なら、今のところボクの勝ちだね!」

 

「――ハァ!? こないだのタッグ戦の勝敗を此処で持ち出す気!? なら、今ここでどっちが上か白黒つけてやるわ! 構えなさい! 速攻で終わらせてあげる!!」

 

 かと思ったら、その理屈を吹雪に逆手に取られた小日向は、憤慨した表情でソファから飛び起き、雑誌を放った手でデュエルディスク片手に詰め寄って行く。

 

 彼らが語る「こないだのタッグ戦」とやらは小日向にとって、かなり苦い出来事のようである。

 

「その理屈で行くと、亮の一人勝ちになっちゃわないかな……」

 

『確かに、最近の勝率は彼が一番高い』

 

『もけけー!』

 

「こないだ勝ったから、もけ夫先輩が最強? でも、あれもタッグ戦だった気が……」

 

 そんな吹雪と小日向の小競り合いを離れて見守るオネストと藤原だったが、《もけもけ》からの告げられた主張に困ったような顔を見せるが――

 

『もけー!』

 

「なら、タッグパートナーの僕も最強って……光属性繋がりがあった僕らと違って、機械族の融合主体の亮と、爬虫類族主体の小日向さんのタッグじゃぁ、十全の力は発揮できないと思うんだけど」

 

「あのデュエルは俺も課題が多かった。それに吹雪の『人に合わせる』力は相当なもの――あればかりは俺にも真似できん」

 

 そもそも彼らが話題にしている「タッグ戦」はチーム間のデッキ相性によって、実力に大きなムラが生まれるものだ。

 

 その辺りを無視して、常と殆ど変わらぬデュエルが出来るものなど、この中では吹雪くらいのものである。

 

 そうして小日向の手により、ガクガクと体を揺さぶられる吹雪がその辺りの事情も加味して必死に訴えようとするが――

 

「ほら! さっさと構える!!」

 

「お、落ち着いて!? デュエルはするから、落ち着こう! これじゃあデッキがセットできないよ!?」

 

「冷・静・で・す・け・ど!!」

 

「そこまでにしておけ、二人とも。学園を代表するフォース生として、あまり恥を晒すようなことはするな」

 

 残念ながら吹雪の言葉は届かぬ現状へ、亮が助け船を出した。二人の行動は、どう贔屓目に見ても「学園の顔」というには不適格である。だが――

 

「……一番、恥さらしてた人に言われたくないんだけど」

 

「む?」

 

 動きを止め、亮へと釈然としない表情を向けた小日向からの言葉に、今度は亮が動きを止めることとなった。そして、それに関しては、吹雪も苦い顔で同意を見せる。

 

「うーん、あの時の亮は胸キュンポイントがマイナスだったからなー」

 

「むにゃむにゃ、勝利をリスペクトだ~、むにゃにゃ」

 

「まぁまぁ、みんな――今は良い思い出ってことで」

 

『誰しも一度や二度、道を誤るものだよ』

 

 なにせ、この1年で「最もヒャッハーした(恥さらした)のは誰か?」とフォース生と教師に問えば全員が全員「亮」と答えるだけの過去があるのだから。

 

「ああ、そうだな。俺が自分の中の壁を乗り越えられたのは、みんなのお陰だ」

 

 しかし、亮はそんな己の過去を恥じることなく、肯定して見せる。亮からすれば恥ではないのだ。藤原の言うように「良き思い出」――仲間との絆のエピソード。

 

「……うーわ、そんなキザったらしいセリフ――恥ずかし気もなく、まぁ」

 

「イイね、亮! 胸キュンポイント8点だ!」

 

「ちょっと吹雪に影響されて来ていないかい?」

 

『肩の荷が降りた……とでも言えば良いのだろうか?』

 

 だが、当の仲間からの返答は一人を除き、結構辛辣だった。無理もない。

 

 やがて、一同の何とも言えない視線など気にせず満足気な亮を余所に、微妙な空気が場を包む。

 

「シニョール、茂木! ちょっとお話があるーの! 後でワタクシの元に来るように言っておいて欲しいノーネ!!」

 

 しかし、そんな微妙な空気を切り裂くように、扉を開きクロノス教諭の声が響く中――

 

「もけ夫先輩、クロノス教諭が呼んでますよ」

 

「ふぁーい、分かった~後2時間……」

 

「――分かってない!?」

 

『もけけー!』

 

『何やら重要な用事のようだ』

 

 寝袋を揺する藤原の言葉に一切、起きる気のないもけ夫。いや、当人はきっと「2時間後」には動くのだろう。それを察してかクロノスも特に咎めることなく、扉を閉めて立ち去っているのがその証。

 

「この光景も見収めか……寂しくなるな」

 

「『来る者がいればまた去る者も然り』さ! 一般入試の時は、新しい風(受験生)をみんなで感じ()に行こうじゃないか!」

 

 そんなコント染みたやり取りすら懐かしむ亮へ、吹雪は話題の転換を図りつつ妹との再会の為、「一般受験の見学」を提案するが――

 

「私、パス――亮、後で強そうなのだけ教えて」

 

「来ないのか?」

 

「態々船だの、バスだの乗り継ぐの面倒だもの」

 

 早速、同行メンバーが一人減少した。理由を問うた亮にも小日向は、相変わらずの素っ気のなさである。

 

「フッ、キミらしい理由だな」

 

「やれやれ――此処はチーム『三天才』の再結成と行くしかないようだね」

 

 やがて、寝ている1名の意思は後で確認することにした吹雪たちは、久々の妹との再会に胸を躍らせる。

 

 その吹雪の脳裏に砂浜を「ウフフ」「アハハ」と兄妹で追いかけっこする情景が流れるが、残念ながら「そんな日が来ることはない」と此処に記しておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アカデミアの来客用の部屋にて、強面なコアラ顔の筋骨隆々な壮年の男――「前田(まえだ) 熊蔵(くまぞう)」が、対面に座るアカデミアの一教師へと立場を変えたKCの元オカルト課所属の眼鏡にウェーブがかった長髪の男――「佐藤(さとう) 浩二(こうじ)」から説明を受けていた。

 

「――以上が、前田 隼人くんの在学中の定期試験結果になります、前田さん」

 

 それがアカデミアのオシリスレッドの生徒、熊蔵の息子であるずんぐり体形のコアラ顔こと隼人の成績である。

 

「退学……でごわすか」

 

「ええ、能力が本校の定めた規定値に達しておらず、普通の学園なら留年となりますが――本校に『学力不振による留年』は認められておりません。退学です」

 

 だが、残念ながら此度の報告は前田家にとって、何一つ喜ばしいものはない。

 

「転校先の学園の手配は此方でも用意がありますが、前田さんのご家族のご希望があれば其方に沿う形を取らせて頂きます」

 

「おいは隼人が目指しとる『でざいなー』言う業界は門外漢でごわすが、この学園以外でも目指せるもんですかい?」

 

 淡々となされる佐藤の説明に、熊蔵が「息子の夢」への可能性を問うも――

 

「前田くんが目指しているのは『デュエル』のカードデザイナーです。各『デュエル』部門は日々急成長を続けている分野ですので、求められるハードルは上がり続けている『狭き門』です」

 

「険しい道のようたい……今の隼人が『でざいなー』やっとる会社の門を叩けばチャンスはどのくらいあるんでごわすか?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()可能ではないでしょうか?」

 

 隼人に突き付けられた現実は無情だ。原作から歴史が歪んだことで――

 

 都合よく実力者(遊城 十代)とお近づきになれる訳でもなく。

 

 都合よく学園の一大事件(セブンスターズ編)に巻き込まれ、普通では遭遇しないような得難い経験を得られる訳でもなく。

 

 都合よく、それらの過程で精霊が知覚できるようになる訳でもなく。

 

 都合よくデュエルの一大権威(ペガサス・J・クロフォード)が目をかけてくれる訳でもなく。

 

 都合よく強いカードを沢山持っている人(限定的な未来を知るイレギュラー)が、都合よく隼人にそれらのカードや教えを授けてくれる訳でもない。

 

「うぅむ……」

 

 隼人の夢を最も邪魔しているのが、他ならぬ隼人自身(当人の怠惰)だった現実に、熊蔵も頭を抱える他ない。

 

「デザイナーの道を諦めたくないのであれば、それらが学べる学園に転校されれば良いかと。ただ、推薦状の類はご用意できませんので、自力で転入試験を突破する必要がありますが」

 

「色々ご教示頂きありがたい。して、少しばかりお願い申したいと思っちょるんですが――」

 

 やがて息子の為に思い悩む親の姿へ佐藤は「現実的な道」を提示するが、熊蔵は自分の膝をパンと叩き、意を決したように己が決断を告げる。

 

 それが、一人の親として、そう器用でもない熊蔵にできる精一杯の行為だと信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アカデミアの海岸沿いの崖近くに建つ、ボロい2階建てのアパートのようなレッド寮の2階にある面談室にて、佐藤に呼び出された隼人だったが――

 

「隼人、荷物纏めい。故郷(くに)に帰るど」

 

「父ちゃん!?」

 

 熊蔵こと実の父という思わぬ人物の存在に、隼人は大いに面食らう。実父のアカデミアの来訪は隼人にとっても寝耳に水であろう。

 

「先生から話ば聞いた()。この学校は留年なか(ない)――なら、おはん(お前)の夢も此処までたい」

 

「ま、待ってよ、父ちゃん! ――先生、どういうことなんダナ!?」

 

 だが戸惑いから立ち直らぬ隼人は、父から告げられた無情な現実を前に、縋るようにレッド寮の寮長も兼任している佐藤に事情を問うた。

 

「成績不振による退学です。在学中に何度も申し上げたでしょう? 脅し文句だとでも思っていたのですか?」

 

「そう言うことたい。学費もタダじゃなか。最初の約束通り、おはんには家業の造り酒屋継いで貰うばい」

 

 しかし、この場に隼人の味方はいない。佐藤――いや、アカデミアの教師陣は再三に渡り「筆記・実技の成績が不振となれば容赦なく退学になる」旨は隼人を含めて生徒たちに伝えられている。

 

 それでも怠惰な姿勢を改善しなかったのは隼人自身の決断なのだ。幾ら環境を整えようとも、当人のやる気がなければ意味はなかろう。

 

 原作でも、彼は留年しても、十代たちに甲斐甲斐しく接されるまでは概ね同様だったことを思えば、ある種の必然やもしれない。

 

「――おれはカードデザイナーになる夢、諦めるつもりはないんダナ!!」

 

 だとしても、隼人は夢を諦めてはいなかった。今は腐っていても「いつかは」と来るかどうかも分からない幻想に縋って。

 

「落ち着いて、前田くん――退学になったからと言って夢を諦める必要はありませんよ。転入した学園で目指せば良いんですから」

 

 とはいえ、佐藤は「それ」を否定しない。あくまで佐藤の認識は「隼人はアカデミアの方針が合わなかった」だけなのだから。

 

 柵なくノビノビ絵を描いている方が成功する例も世に溢れて――はいないが、確かに存在する。現段階で隼人の夢が完全に閉ざされた訳では決してない。

 

「そ、それなら――」

 

「止してつかぁさい(ください)、先生」

 

 だが、熊蔵は「それ」を認める気はなかった。

 

「隼人――おはんが目指す『でざいなー』言うんは、留年する馬鹿垂れがなれるもんでごわすか?」

 

「お、おれだって、やれば出来るんダナ!」

 

「おいが何も知らんと思うとるか? おはんの学園での試験の様子ば見せて貰っとると。レッド生でも、頑張ってイエロー上がった生徒ようさんおるばい」

 

 熊蔵――いや、前田家にも当然だが生活がある。隼人へ「ノビノビ絵を描かせる」ことを許せる程の経済的に多分な余裕はない。

 

 隼人の才能へ一縷の望みを託そうにも、熊蔵に「カードデザイナーの才能の有無」は分からない以上、判断材料は「隼人の積み重ねの有無」に委ねられる。

 

「でも、隼人――おはんは出来とらんから、留年(退学)になった。違うか?」

 

「そ、それは……」

 

 そして、隼人の「それ」は熊蔵の目からみて「限りなく0」だった。

 

 オシリスレッドに落とされた屈辱に耐え切れず、自主的に退学を選んだ者もいる。

 

 変化したアカデミアの在り方について行けぬと見切りをつけ、転校を選んだ者もいる。

 

 だが怠惰に怠惰を重ね、進級試験で留年の烙印を押されたのは隼人だけだ。

 

「おいは最初から反対やった。気の小さいおはんが、デュエルアカデミア行っても上手くいく訳なか、と」

 

 そうして口ごもる隼人へ、熊蔵は己が胸の内を語る。

 

「でも母ちゃんは『隼人の夢』やと応援しとった。だから、おいも信じて送り出したでごわす」

 

 隼人がアカデミアに通えたのは、息子の夢を応援してくれた母の後押しがあったからだと。

 

「だけんど、おはんは応援してくれとった母ちゃんば裏切った! おいは、それが何より許せん!!」

 

 しかし、そんな己の夢を嗤わずに信じてくれた唯一の存在を裏切ったのは他ならぬ隼人だ。

 

「隼人! おはんの言葉は薄っぺらたい!! アカデミアで腐っとったヤツの言葉に力ばなか!!」

 

 1年無駄にした。そして仮にアカデミアに残れても(隼人)都合の良い友人(遊城十代)に都合よく巡り合わなければ、もう1年無駄にすることだろう。

 

「それでも夢、追いかける言うんなら――」

 

 その確信があるからこそ、熊蔵は――

 

「――おいをデュエルで説得してみせい!!」

 

 隼人の本気を試すのだ。

 

「おはんが『夢』に本気なら、おいもチャンスば与えてもよか!」

 

「……分かったんダナ! おれの本気、父ちゃんに見せる!!」

 

「先生! デュエル場一つ、借りさせて貰うたい!!」

 

 やがて魂のぶつかり合い(デュエル)の場――レッド寮の前にて無駄に広がる広場に舞台を移し、親子対決は幕を開けることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おれの先攻、ドローダナ! モンスターをセットして――」

 

――母ちゃんが隼人に託したデッキのセオリーなら、あのモンスターは《デス・コアラ》。だが、おいの薩摩次元流の前では裏守備モンスターなんぞ、即お陀仏なことは隼人も知っとる筈……。

 

 そうして開始早々モンスターをセットした隼人。だが、他ならぬ息子のデッキは父である熊蔵には手に取るように分かる。しかし、それはあくまで「過去」のものだと警戒する熊蔵だったが――

 

――隼人は、母ちゃんのデッキをどう自分のもんにしたと。

 

「おれは魔法カード《魔獣の懐柔》を発動するんダナ! デッキからレベル2以下の獣族3体を――あれ? 発動しないんダナ?」

 

「魔法カード《魔獣の懐柔》は自分フィールドにモンスターが存在しない時でなければ発動できませんよ」

 

「あぁ!? しまったんだな!?」

 

 早速、大ポカを佐藤に指摘される隼人の姿を前に、熊蔵は頭痛をこらえるように頭に手を置くと共に急速に気分は冷えていく。「試す」とか言った自分が馬鹿みたいだった。

 

「……もう良か。サレンダーせい隼人。おはんが如何に怠けとったかは十分に分かった。母ちゃんから託されたデッキば泣いとるばい」

 

「……っ! まだ挽回できるんダナ! おれは父ちゃんの仕事は継がない! カードデザイナーになるんだな!!」

 

「恥の上塗りを続けるでごわすか……好きにせい」

 

 だが、「息子も緊張していたんだろう」と一先ず自分に言い聞かせる熊蔵を余所に、隼人は魔法カード《手札抹殺》で手札を一新。

 

 そして2枚の永続魔法《メルフィーのかくれんぼ》と《神聖なる(スピリチュアル)(・フォレスト)》を発動し、1ターンに1度の獣族が戦闘・効果で破壊されない耐性を付与して隼人はターンを終えた。

 

 

隼人LP:4000 手札2

モンスター

裏守備×1

魔法・罠

《メルフィーのかくれんぼ》

神聖なる(スピリチュアル)(・フォレスト)

VS

熊蔵LP:4000 手札5

 

 

――母ちゃんが餞別で持たせたデッキ。今のおはんに応えるか、否か……見物たい!

 

「おいのターン、ドロー!!」

 

 やがて、気を取り直して隼人を試すべくカードを引いた熊蔵は、魔法カード《闇の誘惑》で2枚ドローした後に闇属性《BF(ブラックフェザー)-残夜のクリス》を除外し、新たに加えた手札から2枚の永続魔法《魂吸収》と《憑依覚醒》を発動させた熊蔵が繰り出すのは、伝家の宝刀――

 

「早速、行くど! 薩摩次元流の一撃必殺! ちゃぶだい返しィ! 魔法カード《ブラック・ホール》発動! フィールドのモンスターを纏めて破壊じゃ! ちぇすとー!!」

 

「無駄なんダナ! おれのコアラたち獣族は永続魔法《メルフィーのかくれんぼ》で1ターンに1度、効果じゃ破壊されない!!」

 

 一撃で全てのモンスターを仕留める黒い暴風の如き次元の歪みが、隼人の元で裏守備で伏せるカード――獣族の《デス・コアラ》を吸い込もうとするが、その周囲の生い茂った森が、《デス・コアラ》を守るように包み込む。

 

 だが、その後、特に何も起きることなく裏側守備表示でセットされた《デス・コアラ》は黒き次元の歪みに吸い込まれて行き、破壊された。

 

 住人のいなくなった森だけが隼人の周囲で草木を揺らす。

 

「なっ!? ど、どうしてなんダナ!?」

 

「裏側のモンスターば『獣族』じゃな()。開けてみるまで分からん玉手箱みたいなもんでごわす」

 

 やがて己の想定との差異に驚きの声を漏らす隼人だが、残念ながら熊蔵の言う通り、「獣族か定かではない」「裏守備表示のモンスター」を《メルフィーのかくれんぼ》では守れない。

 

「隼人、積み重ねないもんは上っ面すらボロが出ると」

 

 そして自分のデッキすら満足に扱えていない隼人の現状に厳しい言葉を投げかける熊蔵だが――

 

「おはんが造り酒屋継ぎとうないなら、おいは別にそれでも構わん。じゃが半端しとるくらいなら、腰掛け(一時的)でも家業ばせえ(しろ)――口開けて待っとっても(チャンス)ば降ってこん」

 

 熊蔵とて、無理に家業を継がせる気はなかった。有無を言わせず継がせる気ならアカデミアの入学など初めから許可していない。

 

 だが、「夢を追いかける」ことすら怠惰な隼人に、積み重ねの重要さを説ければ――そう、考えただけだ。

 

「経験()金で買えんと」

 

「まだ《デス・コアラ》1体失っただけダナ! 勝負はこれからダぁ!」

 

「さよか――おいは《妖精伝姫(フェアリーテイル)-カグヤ》ば召喚! 効果でデッキから2枚目の《妖精伝姫(フェアリーテイル)-カグヤ》を手札に! 更に攻撃力1850の魔法使い族呼んだ時、永続魔法《憑依覚醒》の効果で1枚ドローたい!」

 

 しかし「未だ本気は見せていない」と言わんばかりの隼人を静かに見やった熊蔵が呼び出したのは、月の模様が浮かぶ扇子を持った緑の着物に身を包んだ青い長髪の女性。

 

 だが、その外見は人ではなく狐にも似た獣のそれであり、着物の背後には卵色のフサフサの尾が見えた。

 

妖精伝姫(フェアリーテイル)-カグヤ》 攻撃表示

星4 光属性 魔法使い族

攻1850 守1000

攻2150

 

――おれの知らないカード? 父ちゃんのデッキにあんなカードは入ってなかった筈……。

 

「バトルでごわす! カグヤでダイレクトアタック! 秘扇! 兜割り!」

 

「うわっ!? で、でもライフは残るんダナ!」

 

 着物の裾をズルズル引き摺りながらダッシュした《妖精伝姫(フェアリーテイル)-カグヤ》の扇子が隼人の頭に振り下ろされる。

 

隼人LP:4000 → 1850

 

「おいはカードを1枚セットしてターンエンドでごわす」

 

 

隼人LP:1850 手札2

モンスター

なし

魔法・罠

《メルフィーのかくれんぼ》

神聖なる(スピリチュアル)(・フォレスト)

VS

熊蔵LP:4000 手札3

モンスター

妖精伝姫(フェアリーテイル)-カグヤ》

魔法・罠

伏せ×1

《魂吸収》

《憑依覚醒》

 

 

 結果的に、一気に半分以上のライフを削られた隼人だが、その表情に焦りの色は見えなかった。

 

――父ちゃんが何を伏せていても、永続魔法《メルフィーのかくれんぼ》と《神聖なる(スピリチュアル)(・フォレスト)》があれば問題ないんダナ!

 

 なにせ、隼人の獣族――いや、コアラの軍勢は2枚の永続魔法の効果で「戦闘・効果ともども1ターンに1度、破壊されない」状態なのだ。

 

 効果破壊を主な突破手段とする熊蔵のデッキには有効的に働く。

 

 ただ、裏守備の《デス・コアラ》が犠牲になった件は、脇に置いておくものとしよう。

 

「おれのターン、ドロー! 魔法カード《死者蘇生》で墓地の《ビッグ・コアラ》復活!」

 

 そんな隼人の元に森から飛び出すのは青い毛並みの巨大過ぎるコアラ。その巨躯はそこいらの大樹を優に超え、木を丸々引き抜きアイス棒感覚で頬張るその姿はその名の通り「ビッグ」である。

 

《ビッグ・コアラ》 攻撃表示

星7 地属性 獣族

攻2700 守2000

 

「魔法カード《手札抹殺》の時に墓地に送っとったか」

 

「さらに《吸血コアラ》も通常召喚するんダナ!」

 

 今度は一般的なサイズの灰色の毛並みの首に赤いスカーフを撒いたコアラが現れるが、その額にはコウモリの痣が浮かび、口元に見える牙は吸血鬼顔負けに鋭利だ。

 

《吸血コアラ》 攻撃表示

星4 地属性 獣族

攻1800 守1500

 

「バトル! 行け、《ビッグ・コアラ》! ユーカリ・ボム!!」

 

 やがて上述のことから、熊蔵のセットカードを恐れることなく攻勢に出た隼人の声に《ビッグ・コアラ》が、その巨体を揺るがし疾走。

 

 そんな相手の圧に、慌てた様子で着物の袖をアワアワ揺らす《妖精伝姫(フェアリーテイル)-カグヤ》だが――

 

「させんでごわす! 効果発動!」

 

「無駄なんダナ! 父ちゃんの薩摩次元流は封じてる!」

 

「おいの薩摩次元流は、そう甘くなか! 手札1枚と墓地の6枚――計7枚のカードを除外し、墓地から《妖精伝姫(フェアリーテイル)-シラユキ》ば特殊召喚!!」

 

 そんな窮地から《妖精伝姫(フェアリーテイル)-カグヤ》を颯爽とお姫様抱っこして救ったのは、白雪姫のような青いドレスを着た黒のボブカットの髪型のリスの獣人。

 

 なおも迫る《ビッグ・コアラ》の突進を前に、赤いリボンでお洒落した尻尾で顔を叩いた後、手に持ったリンゴを投てきした。

 

妖精伝姫(フェアリーテイル)-シラユキ》 攻撃表示

星4 光属性 魔法使い族

攻1850 守1500

攻2150

 

「特殊召喚した際のシラユキの効果で《ビッグ・コアラ》を裏守備表示にするでごわす! 眠りのリンゴ!!」

 

 やがて《妖精伝姫(フェアリーテイル)-シラユキ》によって放られたリンゴは《ビッグ・コアラ》の口の中に入って食され、突然なにやら眠気を覚えた《ビッグ・コアラ》が地響きと共に横になれば、カードの裏面を布団代わりに、いびきをかいて寝始める。

 

《ビッグ・コアラ》 攻撃表示 → 裏守備表示

攻2700 → 守2000

 

「これで永続魔法《メルフィーのかくれんぼ》で守ることば叶わん!」

 

「そ、そんな!?」

 

「元々の攻撃力1850の魔法使いが呼んだ時永続魔法《憑依覚醒》でドロー。カードを除外したことで永続魔法《魂吸収》で回復ばい」

 

熊蔵LP:4000 → 7500

 

「《吸血コアラ》じゃ突破できない……おれはカードを1枚伏せてターンエンドなんダナ……」

 

 かくして《妖精伝姫(フェアリーテイル)-カグヤ》からの熱っぽい視線を受ける《妖精伝姫(フェアリーテイル)-シラユキ》の登場であっけなく出鼻をくじかれた隼人は、先程まであった自信が行方をくらましたように弱気な声でターンを終えた。

 

 

隼人LP:1850 手札0

モンスター

裏守備モンスター(《ビッグ・コアラ》)

《吸血コアラ》

魔法・罠

伏せ×1

《メルフィーのかくれんぼ》

神聖なる(スピリチュアル)(・フォレスト)

VS

熊蔵LP:7500 手札3

モンスター

妖精伝姫(フェアリーテイル)-カグヤ》

妖精伝姫(フェアリーテイル)-シラユキ》

魔法・罠

伏せ×1

《魂吸収》

《憑依覚醒》

 

 

「おいのターン! ドロー!」

 

 そして隼人の出鼻を挫いた熊蔵は、墓地にカードがなく、除外されたカードが4枚以上ある為、魔法カード《カオス・グリード》を発動して2枚ドローした後、フィールドの《妖精伝姫(フェアリーテイル)-カグヤ》の効果を発動するか否か僅かに悩むも――

 

「おいは魔法カード《カオス・エンド》発動! フィールドのモンスターを全て破壊でごわす! ちぇすとー!!」

 

 空より白雲を裂いて地上に降り注ぐ白き滅びの光が、フィールド上の全てから命を奪い上げていく。

 

 そんな中で仲良く両手を繋いで倒れた《妖精伝姫(フェアリーテイル)-カグヤ》と《妖精伝姫(フェアリーテイル)-シラユキ》を余所に、《吸血コアラ》だけが両腕を上げて己が無事を誇っていた。

 

「でも、これで父ちゃんのモンスターは0! おれの《吸血コアラ》は永続魔法《メルフィーのかくれんぼ》の効果で無事なんダナ!」

 

「裏守備の《ビッグ・コアラ》が消えれば問題なか!」

 

 ゆえに自軍にのみモンスター《吸血コアラ》を残す隼人が己の有利を示すが――

 

「おいは2体目のカグヤを召喚! デッキから3体目のカグヤば手札に! 永続魔法《憑依覚醒》で1枚ドロー!」

 

 やがて寂しくなった熊蔵のフィールドに《妖精伝姫(フェアリーテイル)-カグヤ》が再び舞い降りれば、着物の袖より出した扇子を顔の前で広げて、敵である《吸血コアラ》へと鋭い視線を向けていた。

 

妖精伝姫(フェアリーテイル)-カグヤ》 攻撃表示

星4 光属性 魔法使い族

攻1850 守1500

攻2150

 

「魔法カード《ユニコーンの導き》で手札1枚ば除外して、鳥獣族の《BF(ブラックフェザー)-残夜のクリス》を特殊召喚! 属性が増えたことで永続魔法《憑依覚醒》の効果も倍増!」

 

 そんな姫君のお連れとして、次元よりスルリと降り立ったカンフー服を纏ったカラスの鳥人が、歪んだ刀身の短刀を手に忠誠を誓うように膝をつく。

 

BF(ブラックフェザー)-残夜のクリス》 攻撃表示

星4 闇属性 鳥獣族

攻1900 守300

攻2500

 

妖精伝姫(フェアリーテイル)-カグヤ》

攻2150 → 攻2450

 

熊蔵LP:7500 → 8000

 

「バトル! 2体で《吸血コアラ》を攻撃でごわす!!」

 

 カードが除外されたことで永続魔法《魂吸収》で着実にライフを回復していく熊蔵は、隼人のフィールドにて唯一不明なリバースカードを――罠を踏み抜くように攻めるが――

 

「でも、永続魔法《神聖なる(スピリチュアル)(・フォレスト)》の効果で、1ターンに1度、戦闘じゃ破壊されないんダナ!」

 

「ダイレクトアタック出来ずとも、ダメージは受けて貰うたい!」

 

 特に何も起きることなく、《妖精伝姫(フェアリーテイル)-カグヤ》の閉じた扇子と、《BF(ブラックフェザー)-残夜のクリス》の短剣の柄で、ポカポカ殴られることとなった《吸血コアラ》は、地味に続く痛みに逃げるように隼人の胸に飛び込んだ。

 

「うわぁあぁぁ!!」

 

隼人LP:1850 → 500

 

 こうして残るはフィールドにモンスターがおらず、手札も0、ライフ500とギリギリの隼人が尻もちをつく姿のみ。

 

 唯一残るリバースカードも、追い込まれた今の状況で発動する気配すらないとなれば、活用タイミングを逃しているのだろう。

 

「嘆かわしか。おはんのデュエルばリスペクトの欠片も見えん」

 

 ゆえに思わず熊蔵は呟いた。「本気を見せる」と吠えた息子からは、負け犬の遠吠えすら聞こえてこない。

 

「父ちゃんが……リスペクトデュエルを?」

 

 しかし当の隼人は、サイバー流の理念であり、同時にこのデュエルアカデミアにも掲げられている「リスペクトデュエル」とは無縁そうな、豪快さの塊の熊蔵から「それ」が語られた事実に疑問を呈する。

 

「おいがアカデミアに通わせるば許したのは、母ちゃんの願いだけじゃなか――鮫島はんが掲げとる『リスペクト』の教えがあったからでごわす」

 

「鮫島? 確か、前の校長先生の名前ダナ」

 

「おいは、ワールドグランプリで、あのお人の教えば見て――おはんを任せられると感じたと。なのに、おはんは教えを学ぼうとせんかった。まっこと嘆かわしか」

 

「ワールドグランプリ? そんな!? 父ちゃんが、あのワールドグランプリに!?」

 

 やがてワールドグランプリにて、「リスペクトの教え」に出会ったと語る熊蔵だが、隼人はそれどころではない。

 

 ワールドグランプリ――「本当のデュエルキングを決める」との名目で全世界を巻き込んだ歴史上、最大規模の大会である。

 

 そんな栄誉ある場に、自分の父親が参戦していたなど、隼人には初耳だった。

 

「誇れるような戦績じゃなか。じゃが、その会場で鼻つまみもんみたいな相手でもリスペクトを説く鮫島はんの教えを聞いて、おいは頭をトンカチで殴られたみとうな衝撃を受けたでごわす」

 

「何を教わったんダナ!?」

 

「カードへのリスペクトたい」

 

 やがて熊蔵の強さの秘訣とばかりに語られる内容へ、尻もちをついた身を起こした隼人が一言一句逃さぬように集中したが――

 

「デュエリストば戦う時、一番矢面に立つんは『カード』でごわす」

 

 これは隼人が望むような都合の良いパワーアップ話ではない。

 

「そして、おいのデッキは自分のモンスターもろとも破壊する時もあると。だからこそ、『カードへの敬意(リスペクト)』ば絶対、忘れちゃならんたい」

 

 それはデュエリストが当たり前に持っているべき心得。

 

「隼人――おはんはカードへの敬意があると? いや、なか(ない)。このデュエル中、おはんのポカ(ミス)で、何度カードが無駄に傷ついた?」

 

 だが、そんな当たり前の心得すら隼人にはなかった。

 

 とはいえ、これはプレイミス自体を責めている訳ではない。人間である以上、見落としや間違いは必ずある。熊蔵が一番問題にしているのは――

 

「おはんの気持ち一つで多少マシになったやもしれん言うのに――おはんは、この期に及んで『自分の夢しか見とらん』!! カードへ敬意なか(ない)男に『カード』でざいなーが務まる訳なか(ない)!!」

 

 ミスを顧みることのない隼人の姿勢そのもの。相手の罠を碌に警戒せず、モンスターが傷つこうともお構いなしに、自分の望みばかり先行させる様。

 

 カードを生み出す道を目指す隼人が、誰よりもカードを蔑ろにしている事実だ。

 

「そのくらいは、素人のおいでも分かるでごわす!!」

 

 こんなものは「ただのカード」だと言ってしまえば、それだけの話やもしれない。いや、精霊が見えない人間からすれば、「ただのカード」と考えるのが自然なのだろう。

 

 しかし、「隼人が目指したデザイナー」は、そんな情緒の欠片もない機械のような人間だったのか?

 

「隼人! 夢を目指すなら、本気で目指せ! 今のおはんは夢に酔っとるだけと!! 本気の『フリ』しとるだけでごわす!!」

 

 怠惰に過ごす中、ある日突然に天から都合の良い出会いと、都合の良い経験を授かり、都合の良い棚ぼたを待つような人間だったのか?

 

「そんな半端もんに叶えられる(のか)!? おはんが目指した夢は、そげに(そんなに)軽い(のか)!?」

 

 違うだろう。

 

 父の反対を押し切ってまで隼人が求めた将来像は、そんな様ではなかった筈だ。

 

「カードを1枚セットしてターンエンドでごわす!! 隼人、これが最後のチャンスたい!!」

 

 

隼人LP:500 手札0

モンスター

なし

魔法・罠

伏せ×1

《メルフィーのかくれんぼ》

神聖なる(スピリチュアル)(・フォレスト)

VS

熊蔵LP:8000 手札2

モンスター

妖精伝姫(フェアリーテイル)-カグヤ》

BF(ブラックフェザー)-残夜のクリス》

魔法・罠

伏せ×2

《魂吸収》

《憑依覚醒》

 

 

「……父ちゃん、おれ……」

 

「これ以上の言葉はいらん! おはんの本気を見せてみい!! おはんがまっこと(本当に)本気なら、カードも応えてくれる筈でごわす!!」

 

 やがて熊蔵からの訴えに隼人が胸の内の想いを燻ぶらせるが、今まで怠惰に過ごしてきた隼人の言葉には力がない。

 

 

 そんな男が、デュエリストとして示すべきことは一つ。

 

 

 デュエルだ。

 

 

「おれの……おれのタァァァアァン!! ドロー!!」

 

 やがて猛る想いのままカードを引いた隼人は、永続罠《バーサーキング》を発動させ、魔法カード《マジック・プランター》によって墓地に送って2枚ドロー。

 

 だが、反撃には一歩手が足りない。

 

 ゆえに永続魔法《メルフィーのかくれんぼ》のもう一つの効果により、墓地の獣族――コアラたちをデッキに戻し、更にもう1枚ドロー。

 

「――来たんダナ!」

 

 そして勝利に届かずとも、熊蔵に一矢報いる逆転の一手を打つ。

 

「魔法カード《魔獣の懐柔》! デッキからレベル2以下の獣族3体! 《コアラッコ》1体と《ラッコアラ》2体を特殊召喚ダナ!」

 

 その初手は最初のターンに隼人のミスで発動し損なった3体の獣たちを呼び起こす集合の合図たる遠吠え。

 

「そして魔法カード《融合》! フィールドの2体のコアラを融合して《コアラッコアラ》を融合召喚!!」

 

 そうして駆けつけるであろうコアラの顔立ちのラッコと、ラッコの顔立ちのコアラが融合の渦に飛び込むこととなれば――

 

「そして《コアラッコアラ》の効果で手札の獣族を墓地に送り、父ちゃんのモンスター破壊! 魔法カード《闇の量産工場》で手札に戻した2体の《ビッグ・コアラ》を墓地へ!!」

 

 紺色の毛並みの大柄な体躯と強靭な筋肉を持つゴツイコアラが深き森より現れ、墓地から舞い戻った《ビッグ・コアラ》の2体を放り投げ、熊蔵のモンスターをプレス。

 

 魔法・罠の効果で1ターンに1度破壊されない《BF(ブラックフェザー)-残夜のクリス》でもモンスターの効果は防げない。

 

「ダイレクトアタックなんダナ、《コアラッコアラ》!!」

 

 やがて熊蔵を守るモンスターがいなくなったことで、《コアラッコアラ》が跳躍と共に頭上で固めた両拳を振るえば、手痛い一撃が熊蔵に届くだろう。

 

 

――カグヤの効果でおいの勝ちは変わらん。だが隼人、おはんのデッキは見事応えて見せた。おいにはそれで十分でごわす。

 

 

 かくして、息子が見せた奮闘の軌跡に満足気に瞳を閉じる熊蔵。その一撃を《妖精伝姫(フェアリーテイル)-カグヤ》の「自身と相手モンスター1体を手札に戻す」効果で躱すことは出来るが、今ばかりは息子が踏み出した小さな一歩に待ちを選択。

 

 

――……ん?

 

 

 だが、一向に来ない《コアラッコアラ》の攻撃を不審がった熊蔵の耳に、隼人のデュエルディスクからけたたましく鳴り響くブザー音が届いた。

 

 

「おかしいんダナ、デッキから《コアラッコ》と、2体の《ラッコアラ》が呼び出せない……どうしてなんダナ?」

 

 そんなブザー音に目を開いた熊蔵の視界に映るのは、デュエルディスクを前に四苦八苦する隼人の姿。これには熊蔵も大きなため息を吐く。

 

――この馬鹿垂れは、最後の最後で締まりのない……

 

「隼人、《魔獣の懐柔》では同じモンスターは1体しか呼べんと。別のカードを選ぶでごわす」

 

「えっ?」

 

 そう、魔法カード《魔獣の懐柔》の効果は、効果を持つレベル2以下の獣族を3「種類」呼び出すものだ。呼び出す3体は全て「違うモンスター」でなければならない。

 

 こんな最後の最後でチョイミスした隼人の姿を見れば、熊蔵が先に抱いた息子への誇らしい思いが呆れで半減されよう。

 

「母ちゃんのデッキには他のレベル2以下の獣族――《森の聖獣 ユニフォリア》や《キーマウス》がおった(だろう)? 早よ、呼べ」

 

「…………でも」

 

 だというのに説明の後も、もじもじしつつ動かない隼人の姿を前にして、熊蔵の背に嫌な予感がひしひしと感じられた。

 

「…………まさかデッキに2種類しかおらんのか?」

 

「そのカードは、コアラカードじゃないから、抜いちゃったんダナ」

 

 

 そして悲しいことに、その嫌な予感は的中することとなる。

 

 

隼人LP:500 手札4

モンスター

なし

魔法・罠

《メルフィーのかくれんぼ》

神聖なる(スピリチュアル)(・フォレスト)

VS

熊蔵LP:8000 手札2

モンスター

妖精伝姫(フェアリーテイル)-カグヤ》

BF(ブラックフェザー)-残夜のクリス》

魔法・罠

伏せ×2

《魂吸収》

《憑依覚醒》

 

 

 やがてターンが回って来た熊蔵は、怒りと共にドローし――

 

「この――」

 

 魔法カード《強欲で金満な壺》の効果により、エクストラを裏側で6枚除外した熊蔵は、装備魔法《D(ディファレント・)D・(ディメンション・)R(リバイバル)》を発動し、異次元より呼び出した――

 

熊蔵LP:8000 → 11000

 

「――馬鹿垂れがぁああぁぁあああああ!!」

 

 緑の体表を赤き竜の如き装甲で覆った強靭な体躯を持つ巨大な悪魔が、熊蔵の心を汲むように拳を振り上げ、その鉄拳ことげんこつを隼人の頭に叩き落した。

 

《紅蓮魔獣 ダ・イーザ》 攻撃表示

星3 炎属性 悪魔族

攻 ? 守 ?

攻6000 守6000

攻6900

 

 

隼人LP:500 → 0

 

 

 

 

 かくして、隼人の夢への道は、本来の歴史とは全く別の様相を示すこととなる。

 

 

 残念ながら本来の歴史のような華々しい道は途絶えたが、今の隼人ならたとえ「亀の歩み」と揶揄されようとも、一歩一歩確実に進んでくれることだろう。

 

 

 

 気張れ、隼人。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな熊蔵の怒りのげんこつが過去になった頃、海馬ランドにて大きな地揺れが起きた地点にて――

 

「うぐっ!?」

 

『ウケッ!?』

 

『デュワッ!?』

 

 海馬ランドのデュエルドーム付近に神崎が落下し――その上に、アクア・ドルフィンが落下し――さらに、その上にネオスが落下していた。

 

 凄い速度で人間大の存在が同じ場所に落下したせいか、地面にめり込んだ神崎を余所に、ネオスは周囲を見渡す。自分たちは先程まで宇宙にいた筈だと。

 

『……此処は、ひょっとして地球に戻って来たのか?』

 

『痛ててて……お、重いよ、ネオス。神崎も潰れちゃってるから』

 

 そうしてネオスの下敷きになっているアクア・ドルフィンが潰れたカエルのような声を漏らす中――

 

――此処は……壊れた看板。『アカデミア実技受験会場』? 時刻は早朝。今の西暦を鑑みると、随分と作為的な時期だな。

 

 地面にめり込んでいる神崎は、状況把握に忙しかった。そして視界の端に映った情報から凡そを把握する中、手を伸ばすアクア・ドルフィンの姿が映る。

 

『引っ張るよ、神崎』

 

『いや、待てアクア・ドルフィン。強引に引っ張り出すより人を呼んだ方が良いかもしれない』

 

 だが、地面にめり込んだ神崎の引き抜き方に争点が移る中、神崎の脳裏を占めるのは宇宙から地球までの帰路についてだった。

 

――破滅の光にネオスの助命を願った結果、門の元に辿り着き、代償を払い必要な力を得た……が、力の正体は不明。気づいた時は既に地球。帰還方法も不明。

 

『でも、ネオス。僕たちは見えないだろうし、仮に見える人がいても神崎の状態をどう説明するんだい?』

 

――状況はこんなところか。

 

「遅いご帰還のようだね、逆位置のHANGED MAN(吊るされた男)

 

 しかし、そんなカオス過ぎる現場に一切臆することのない斎王の登場に、アクア・ドルフィンとネオスは視線を向けるが――

 

『知り合いかい? って、僕たちの姿が見えてる!?』

 

『ハッ!? 拙い!? ――待ってくれ、彼は怪しいものじゃない!!』

 

『僕たちの姿が見えるのなら、話だけでも聞いてくれ!!』

 

 遊園地の一角にある地面にめり込んだスーツの男という、誰がどう見ても不審人物な神崎の状態へ、慌てた様子で頑張ってフォローするアクア・ドルフィンとネオス。

 

――十分怪しいと思いますよ。

 

 しかし顔見知りの登場に神崎は対話の姿勢を見せるべく、筋肉を隆起させることで周囲のコンクリを器用に退かして立ち上がった。

 

 とはいえ、そんな光景を前にしても斎王の態度は変わらない。まさに鉄壁のメンタル。

 

「お互い積もる話もあるだろう。近況報告でも願えないかな? 副社長も心配しておられたよ」

 

「それは構いませんが、一つばかりリクエストしても?」

 

――家族の記憶、問題ない。前世、問題ない。原作知識、問題ない。奪って来た力、問題ない。次は……

 

 やがて斎王からの提案に二つ返事で了承を返しつつ条件を提示する神崎だが、その脳裏を占めるのは門が語った「代償」の件。

 

「なにかね?」

 

「試験を見学させて頂ければ」

 

――ああ、そういえば彼はデュエル観戦を趣味としていたか。

 

「その程度なら構わないとも。では、来賓席の空きに案内しようか」

 

 そうして、趣味と実益を兼ねた神崎の提案へ、斎王は快く誘導する姿に従う神崎たちだが――

 

 

 

――なにを奪われたんだ?

 

 

 

 その胸中の不安は決して拭えなかった。

 

 

 






これにて、GXの「原作3年前のアカデミア編」は完結になります<(_ _)>

「最後はアカデミア開始の1年前だった?」――細けぇことは良いんだよ!!ヾ(´∀`ヾ)


次回から、「原作GX開始編」が始められます。ようやく「GXスタート」と胸を張って言えるかと。

どうかお付き合い頂ければ幸いです。




Q:隼人、退学になったの!? 新体制で頑張らなかったの!?

A:隼人ファンの皆様には本当に申し訳ありません。

理由と致しましては――

原作での、凄い甘い鮫島校長体制で「唯一の留年生」というマイナス過ぎる経歴と、

今作での変化によって「十代に会えなかった隼人」であることを考えると、原作の様子から「環境を整えても頑張らないだろうな……」と判断させて貰いました。

原作でも、留年しても危機感0で十代と翔からカードを貰う以外は、ペガサス会長からの唐突な棚ぼたがあるまで、自分のデッキすら碌に改良しない有様で、

「原作キャラだから」とハシゴかけてくれる人もおらず、

今作の改革後のアカデミアの「やる気ないなら辞めろ」なスタンスの前に、隼人は脱落となりました。

でも、実家で稼業を継ぎつつ頑張る感じにシフトしたから……(震え声)





~今作の隼人のデッキ~
コアラ一式を詰めたデッキ

本来であれば、《魔獣の懐柔》で融合素材を揃えたり、《ビッグ・コアラ》のアドバンス召喚リリースにしたり

《金貨猫》て《森の聖獣 ユニフォリア》を蘇生し、そこからコアラを蘇生して永続罠《バーサーキング》のエサにしつつ、
罠カード《キャトルミューティレーション》で呼びなおしてデメリットを踏み倒したり――

と、コアラ色を前面に押し出していく予定だったが、「この時期の隼人に使いこなせる?」との疑問から、こんなデュエル内容に……
(デッキ構築スキル・カード収集能力もなさそうな時期ゆえに「母のデッキを託された」との要素を足させて頂きました)



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GX編 第3章 原作GX開始 編 誰も知らぬ歴史
第242話 TURN-01 遊戯を継ぐ者?




前回のあらすじ
ZEXALかと思った? ――GXだよ!!(顔芸)





 

 

 その日、エリートデュエリストを養成する学園――デュエルアカデミアの実技試験が海馬ランドの白き竜の頭の形をしたドーム内にて受験番号が大きい順に行われていた。

 

「《スチームロイド》を召喚してターンエンドっス!!」

 

 そんなドーム内の円形に広がる広い会場を区分けしたデュエル場の一つで、目口のついたファンシーな汽車をポツンと棒立ちにしてターンを終えた左右に分けた毛量の多い水色の髪の鼻眼鏡をかけた小柄な少年「丸藤(まるふじ) (しょう)」のデュエルを、空席の多い関係者席にてぼんやり眺めていた神崎。

 

『さっきの斎王という青年。戻って来る気配がないな……』

 

『KCは神崎の古巣だろう? 他の社員と連絡を取り合ってるんじゃないかな?』

 

 だが、そんな神崎の隣でネオスとアクア・ドルフィンが、案内の後に席を外したまま戻らぬ斎王を心配し始めるも――

 

――気を遣わせてしまったかな。

 

「なら丁度良い機会ですし、確認を――皆さん、帰りの道中はどの程度、覚えていますか?」

 

 斎王が席を外した理由を凡そ把握していた神崎から、考えに考えども分からなかった「代償」を把握すべく情報のすり合わせを提案すれば、ネオスは僅かに悩む様子を見せるも、心を鬼にして厳しい口調で言い放つ。

 

『そのことか…………神崎、助けて貰った身でこんなことを言いたくはないが、あんな真似は二度としてはいけない』

 

『そうだよ! 破滅の光の願いの叶え方は、かなり危険なことはキミにも分かっていた筈だ!』

 

「それに関しては申し開きもありません。軽率でした」

 

 そうして、破滅の光とのデュエル後の件へ素直に謝罪を返す神崎。アクア・ドルフィンの言うように、かなり危険な行為だった以上、突発的に願った自身の浅慮は神崎も自省する他ないだろう。

 

『……分かってくれたなら良い。私も自己犠牲染みた真似をしてしまった以上、お互い様と水に流そう』

 

『本当だよ、ネオス! 僕たちは決死隊じゃなくて先兵だったんだから!』

 

 そんな素直に忠言を受け止める神崎の姿に気勢を削がれたゆえ、直ぐに矛を収めたネオスをアクア・ドルフィンが爽やかに笑いながら茶化して見せる中――

 

「助かります。それで帰路の方は?」

 

『私が覚えている範囲は、身体に力が戻ると同時に破滅の光が消え、ドルフィーナ星人たちを含めた皆が解放された光景までは覚えているんだが……』

 

『その先は、次元が歪む感覚を受けたと思ったら――この場に投げ出されていた感じだね!』

 

「私の願い方によって、破滅の光が『生きて皆で帰る』と願いを定義したのかもしれませんね」

 

――藤原 優介を確認。やはり両親も存命ならば問題なかったか。

 

 彼ら3名の話題は、破滅の光が「どう願いを叶えたか」に移っていくが、その間も神崎は会場中の人間の把握を平行して進めていた。

 

 

 

 

「ぎゃー!! 僕の《スチーム・ジャイロイド》がー!!」

 

「これで実技試験は終了です。結果は追って郵送されます」

 

 金で縁取られた黒い鎧を身に纏う鮮血の翼を広げるモンスターの大きなかぎ爪のついた手甲に貫かれたプロペラのついたファンシーな汽車が白目を剥いて倒れる中、響 みどりは試験官の業務を進めていた。

 

「うぅ……負けちゃったっス……もう駄目だ~!」

 

「最初に説明した通り、デュエルの勝敗自体は合否に関係はありません。次の受験番号――」

 

 だが、敗北を前に絶望で膝をつく翔を励ましてやることは出来ない。試験官の立場は「中立」でなければならないのだから。

 

 

 

 そうして黒服にドナドナされていく翔の様子を2階の観覧席にて手すりに両肘を置いて眺めていた吹雪は、隣で直立して陣取る亮に軽口を飛ばすが――

 

「おっと、亮の弟くんは負けちゃったようだね」

 

「実技試験は『勝利すること』が目的ではない。如何に自身の可能性を見せられるかだ」

 

「それを測るデュエルの内容にアラが多かった気もするけど……」

 

『序盤のミスと、ここぞと言うタイミングで臆する場面が目立っていたようだね』

 

 実の弟の敗戦を冷静に処理する亮を余所に、藤原とオネストたちが述べた私見が全てを物語っていよう。

 

「う~ん、おやすみ~」

 

『もけけ~』

 

 やがて、そんな三天才の背後の座席で、持参した寝袋でシエスタ(昼寝)を決め込むもけ夫と《もけもけ》が眠りにつく頃、金髪のロングヘアーの女生徒が受験組より一足早くアカデミア高等部の女子制服に袖――はないが――を通して現れるが――

 

「亮、久しぶりね」

 

「――やぁ、明日香! 入学おめでとう! お祝いにボクとの憩いの場をプレゼントしに来たよ!!」

 

 その女生徒「天上院(てんじょういん) 明日香(あすか)」の登場に、吹雪は即座に指を一つ鳴らしながら姫を前にした王子様よろしく膝をついて明日香の手を取りウィンクしてみせた。

 

「兄さんも相変わらず…………元気そうね」

 

 そうした凄まじいお茶目さを遺憾なく発揮し過ぎる相変わらずの兄の姿に、明日香は「中等部の時よりバージョンアップしてない?」などと思いながら困ったような曖昧な笑みを浮かべる他ない。

 

『凄い言葉を選んでいましたね』

 

「ははは……」

 

 その原因の一角くらいは担ってしまった藤原だけが、オネストの言葉から逃避するように目を逸らして乾いた笑いを零していた。

 

 

 

 

 

 

 此処で神崎たちに場面を移せば――

 

「身体の方に違和感はないですか?」

 

『ああ、問題ない。しっかり正しき闇の力が満ちている。キミが破滅の光に願ったことで助かったというのに、こうも不備がないと何だか不思議な気分だ』

 

『……どうして破滅の光は、ネオスを助けてくれたのかな?』

 

 闇のゲームによる死が確定していたネオスの状態確認が行われていたが、当人曰く「何も問題ない」――しかし、破滅の光と戦って来たアクア・ドルフィンにはにわかに信じがたいのだろう。

 

 だが、そんな中で神崎は一つの仮説を立てる。

 

「元々彼には『敵味方』という意識がなかったのかもしれません。『願われれば』相手が誰であろうと叶える『装置』だった。そんな感じでしょうか」

 

 破滅の光は、戦っていた筈のドルフィーナ星人の願いも叶え、敵対姿勢を見せていたネオスの内なる願いすら叶えようとし、形はどうあれ神崎の願いも叶えている。

 

 ハッキリ言って「願われたら誰でも叶える」くらいの節操なしっぷりだ。知性はあれども、赤子以下の情緒と思われても仕方あるまい。とはいえ、強大な力があるゆえ手に負えないのだが。

 

『願った相手に問題があった……か。そういえば、彼がいつから「破滅の光」と呼ばれていたかは、私も知らないな』

 

 そしてネオス自体も破滅の光と戦ってはいても、「どういった経緯で生まれ、どこから来たのか」すら分かっていないのだ。とはいえ、破滅の光が消えた以上、もはや考えるだけ無駄なのかもしれない。

 

『神崎の願いに(よこしま)な意思があれば、ネオスもまた暴走してたかもね』

 

「その時はまた殴って止めますよ」

 

『止してくれ。流石にこれ以上、三騎士の方々に迷惑はかけられない』

 

――受験生にイレギュラーは今のところ見当たらない。精霊でも連れていれば分かり易くて助かるんだが。

 

 やがてアクア・ドルフィンの冗談めかした一例に、ネオスが困ったように手で額を押さえる中、神崎の無機質な瞳だけが会場を行きかう人間たちを眺めていた。

 

 

 

 

 

 そうして談笑をしていたネオスたちを余所に、受験生たちが次々と試験を終えていく中、休憩中のクロノスは頭を悩ませていた。

 

「ムムムのム! 実技試験の回転が速いノーネ。やっぱり、少し難し過ぎターノ? いやいやいや、此処で緩めても誰の為にもならなイーノ! 今のワタクシには受験生を応援することしか出来ないノーネ!」

 

 そう、アカデミアの改革に伴い入学試験そのものの見直しも今年から実施され、試しにチョイと試験内容を平均化しつつ上げたのだが、これが存外受験生を苦しめている様子。

 

 例年より受験生がガンガン(デュエルで)ぶっ飛ばされていく光景を前にすれば、クロノスの脳裏を設定レベルの難易度調整ミスが過るのも無理からぬ話。

 

「クロノス教諭、最終組です」

 

「了解ナーノ!」

 

 だが、新任2年目の佐藤が己を呼ぶ声に、そんな迷いを振り切ったクロノスは今試験の責任者として、デッキ片手に決戦の場ことデュエルスペースへと赴けば――

 

「受験番号1番! 三沢 大地! 貴方は此度の試験の担当責任者であるワタクシ! クロノス・デ・メディチがお相手するノーネ!!」

 

「光栄です――よろしくお願いします」

 

 かき上げた黒い短髪に白の学ランの青年「三沢(みさわ) 大地(だいち)」を試すべく、クロノスは己が意識を集中させていた。

 

 

 

 

 

 そんなクロノスと三沢を含めた受験生の最終組が一斉にデュエルを始める中、ネオスはふとポツリと言葉を零した。

 

『……破滅の光も、本当は正しい願いを叶えたかったのかもしれないな』

 

 それは最後に消えていった破滅の光の件。

 

 決して許されない存在ではあったが、最後の最後で形や経緯はどうあれ「自身の命を助けて消えていった」最後を前にすれば、思うところがあるのだろう。

 

『……そうだね。彼のことは許せないけど、今は何だか糾弾する気にもなれないよ』

 

「ですが、既存社会に『不都合』である以上、対峙は避けられなかったかと」

 

 かくして、しんみりとした表情を見せるアクア・ドルフィンを、神崎が「どうにもならないことだった」と助け船を出すが、一同の間に流れる空気の重苦しさは簡単には晴れてはくれなかった。

 

 

 

 

 

 やがて暫しの時間が流れた頃、デュエル会場にて罠カード《破壊指輪(リング)》によって自身の《ブラッド・ヴォルス》が薙刀のような斧と共に爆散して破壊され、その衝撃が互いを襲い1000のダメージが発生したことで、クロノスのライフを何とか削り切った三沢は、デュエルの終了と共に一礼を取った。

 

「対戦、ありがとうございました」

 

「お見事なノーネ、シニョール三沢」

 

 そうして礼儀正しい三沢の姿へ、クロノスは純粋な賛辞を送る。デュエルの実力だけでなく、相手への敬意(リスペクト)も忘れない――まさに心技体を兼ね備えた受験生だったと。

 

 しかし、そんなクロノスの賛辞を前に、三沢は少し困ったような顔を見せる。なにせ――

 

「いえ、クロノス教諭が最初から本気であれば、何ターン保ったか……」

 

 此度のデュエルは明らかな「手加減」が見えた一戦――その勝利を純粋に喜ぶには、未だ年若い三沢には難しかろう。 

 

「そう、自分を卑下することはなイーノ。それーに、教師のワタクシが本気を出して勝てないナーラ、アカデミアで教えることが無くなっちゃって困っちゃウーノ! オホホのホ!」

 

 とはいえ、「お上品でしょ?」感を出しつつ笑うクロノスの言うように全力の教師陣が歯が立たないレベルの実力を受験生が最初から持っているなら態々アカデミアに来るより、レベッカのように最年少プロでも目指したり、KCやらI2社やらの門でも叩いた方が建設的である。

 

 

 

 

 

 

 

 そんな教師陣を肉薄――あるいは凌駕するゆえ、学内に新しい枠組みを用意せざるを得なくなったフォースの内の1人、亮は眼下で終了した三沢のデュエルに賛辞を送っていた。

 

「あの1番、爆発力こそないが安定したデュエルだったな」

 

「クロノス教諭も後半は殆ど本気だったんじゃないかな? 藤――優介もそう思うだろう?」

 

「そんなに呼びにくいかな?」

 

「ハハハ、ゴメンよ。どうにも慣れなくってね」

 

 やがて亮へ肯定を返す吹雪が、3年生に上がる前に「丁度良い機会だから」との親友の名前呼びの変更に未だ慣れぬやり取りを藤原と朗らかに笑い合うが――

 

「――明日香もウカウカしていられないんじゃないかな?」

 

「そう? 私は負ける気はしないけど」

 

 隣で額に指をシュバッとした吹雪の言葉に対し、明日香はいまいち変わり映えしない入試デュエルを前に退屈そうな視線を向けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして最終組のデュエルも次々終了し、終幕の気配を感じさせる会場にて、一人思案にふける神崎だったが――

 

――流石に受験生の中に分かり易い同郷はいないか。GX開始のこの瞬間なら「ひょっとすれば」とも思ったが……

 

『最後の受験生のグループのデュエルも、もうじき終わりだな……』

 

『そういえば、神崎――どうして、この場に僕たちを案内したんだい?』

 

 ネオスとアクア・ドルフィンから今更ながらに「会場選びの意図」が問われる。

 

 斎王が「近況報告」と評していた割に未だに戻って来る気配がないとなれば、この場が自分たちの為に用意されたものは自ずと察しがつく。

 

 なにせ観戦を申し出た神崎が、あまり会場のデュエルに興味を示していないのだから。

 

 ネオスたちが守った平穏を少しでも実感して貰いたい――そんな意図があるのだろう、と。

 

「ああ、それなんですが――」

 

 だが、その真意は少しばかり違う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 全ての受験生を捌き終わり、その場に立つ人間がいなくなったデュエル場を尻目にクロノスは、この場の責任者としての職務を果たさんとしていた。

 

「他の成績上位者のデュエルも終わったようなノーネ。試験もお開きにすルーノ」

 

「ではクロノス教諭、閉会の挨拶を」

 

 やがて、響みどりからマイクを受け取ったクロノスが、何度も修正した跡のある閉会の言葉が書かれた紙を片手にデュエル場に上がる。

 

 

 

 

「まった~! 受験番号6()0()番! 遊城(ゆうき) 十代(じゅうだい)! セーフだよね?」

 

『そんなに慌てるくらいなら、最初から電話の一本でも入れれば良かったじゃないか』

 

 だが、クラゲを思わせる髪型をした茶髪の黒い学ランの少年「遊城(ゆうき) 十代(じゅうだい)」の声に、教師陣が会場の2階に位置する受験生たちの観覧スペースに目を向ければ、閉会の挨拶はお預けとなろう。

 

 そんな十代の傍らに浮かぶ紫と黒の肌に竜を思わせる翼を持つオッドアイの人型の精霊、「ユベル」が苦言を呈していたが、生憎と精霊が見えないクロノスたちからすれば関係のない話。

 

 

「シニョールは?」

 

「電車事故による遅刻だそうです。遅延の方も確認が取れました」

 

「アラーラ、アンラッキーボーイなノーネ」

 

 ゆえに自身に駆け寄り耳打ちする佐藤の声に、十代を取り巻く現状を把握したクロノスは、小さくため息を吐いた後、十代に向けて声を張る。

 

「――アンラッキーボーイ! シニョールの試験の準備をするかーら、そこで息でも整えて待っておくノーネ!」

 

 そして軽い返事と共に手を振る十代の姿に、帰り支度を整えていた他の受験生たちも最後の1試合を前に、席に着くこととなった。

 

 

 

 

 やがて教員たちが何やら話し合っているデュエル場を眺めながら十代は、逸る気持ちを抑えきれぬ様子で拳を握るが――

 

「くぅ~、ワクワクが止まらないぜ! 早く試験の準備終わらないかな~!」

 

「そこのキミ――試験官の方がデッキの最終確認の時間をくれたんだ。一通り見ておいた方が良いんじゃないか?」

 

『なんだい、こいつ。ボクの十代になれなれしい……』

 

 そんな十代へ、クロノスの意図を訳したような三沢の忠言が届くも、十代のパートナーであるユベルには不評の様子。

 

「大丈夫だって! 俺のデッキはいつでも行けるぜ! それより、お前のデュエル! 此処に来る途中にチラっと見たけど、スッゲー強いな! 最初から、ちゃんと見たかったぜー!」

 

 しかし、そうしたユベルの態度に慣れた様子の十代は、実力者との出会いに感激した様子でデュエルを見逃したことを悔やんで見せるが、そんな十代へ近くにいた翔から呆れたような声が届いた。

 

「そりゃそうっス。受験番号1番――つまり筆記試験、第1位の三沢くんだよ」

 

 なにせ、三沢の実力は「受験番号」と言う形で証明されているのだ。十代が感激した出会いは半ば必然であろう。

 

「へぇー、受験番号ってそういう意味だったのか」

 

「キミが自分のデッキに自信があったのなら、俺の発言は余計なお世話だったな。すまない」

 

『ふん、身の程をキチンと分かっているようだね』

 

「いいっていいって! 同じ学校に通う仲になるんだから! 強いデュエリストは大歓迎だぜ! 入学してもよろしくな!」

 

「ああ、楽しみにしているよ」

 

 かくして軽く謝罪を返す三沢の姿に満足気なユベル。とはいえ、元々十代は気にしてはいないのだが。

 

「三沢くんはともかく、キミは実技試験もまだなのに凄い自信っスね……」

 

――受験番号60番だからかな?

 

 そうして親交を深める二人の「自身の入学を毛ほども疑っていない」姿に、翔が何度目か分からぬため息を思わず吐いた。

 

「今年の受験生で2番目くらいに強い相手がライバルか~!」

 

「アンラッキーボーイ! 試験の準備ができターノ! 降りてくるノーネ!」

 

「よし、俺の番だ!」

 

 やがてワクワクを抑えきれない呟きを零す十代の元に、届いたクロノスから待望の言葉に、デュエル場に向かう十代だが――

 

「――キミ」

 

 その歩みを三沢が呼び止めた。思わず振り返る十代。

 

「ん?」

 

「なぜ俺が2番なんだい?」

 

「――1番は俺だからさ」

 

 しかし受験番号という序列を無視したランク付けを疑問に思った三沢へ、十代は強気な笑みと共に返答し、残りはデュエルで語るとばかりにデュエル場へ駆け出して行った。

 

 

 

 

 

 

 

 そうしてデュエル場にて向かい合う十代とクロノスの姿に、十代の登場から固まっていたネオスは、我に返った所作で神崎へと振り向き、信じられない様子で呟くが――

 

『十代……! まさか――』

 

「ええ、年号を確認した際に偶然その時期だったので」

 

『……僕たちの「十代に会いたい」という願いも叶えてくれたのかな?』

 

 アクア・ドルフィンの呟きが示したように、全てを示し合わせたような時期・場所にネオスたちが落とされたことを考えれば、決してその可能性は0ではないだろう。

 

「真相は誰にも分かりません。ただの偶然かもしれませんから」

 

――遊城 十代とユベルの関係も概ね良好。暴走の危険性は問題ないか。

 

 とはいえ、破滅の光が消えた今――その真相は誰にもあずかり知らぬことであった。

 

 

 

 

 

 

 かくして十代とクロノス――原作GXの始まりの対戦カードが今、花開く。

 

「ボンジョォ~ルノ!」

 

「受験番号60番! ゆ、遊城 十代です!」

 

「シニョール十代――ワタクシはクロノス・デ・メディチ。この実技試験の責任者やってルーノデス」

 

「光栄だな。試験の責任者が対戦してくれるなんて。きっと俺、それだけ期待されてるってことかな~、へへ」

 

 だが、原作GXから歪みに歪んだ歴史を歩む彼らの語り合いは、同じに見えて微妙な差異が見えよう。

 

――ただのお調子者なノーカ、自信の裏打ちなノーカ、判断に困ルーノ。

 

「デュエルコート、オゥンヌ(ON)!」

 

 やがて、受験生並びに本校の生徒、そして関係者の観覧する視線を一身に浴びているにも拘わらず緊張した様子が欠片も見えない十代を測りかねていたクロノスが、腰にテーブル状にデュエルディスクが展開する「デュエルコート」を起動させれば、動くメカギミックに十代は目を輝かせた。

 

「スッゲー! カッコいー! 先生、そのコートって俺も買えるの?」

 

成績優秀者な(フォースの)生徒なら、申請すれば貰えるノーネ」

 

「よーし、頑張るぞ!」

 

 やがて、やる気タップリな十代もデュエルディスクを腕に装着し、腰のベルトからデッキを取り出しセット。

 

 

「ま、待ってくださーい!」

 

 する前に、今度はKCの腕章をつけた北森が慌てた様子で十代の元に駆け寄り、走ったせいでズレた鼻眼鏡の位置を直しながら、クロノスへしどろもどろな様子でデッキケースに似た機械片手に告げる。

 

「遊城くんのデ、デッキのチェックがまだでしたー!」

 

「デッキのチェック?」

 

 聞きなれぬ単語に首を傾げる十代。

 

「グールズ事件は知ってるノーネ?」

 

「ああ! 人のカードを奪ったりする悪い奴らだろ!」

 

「……まぁ、その認識でも良イーノ。ただ、その他にーも『カードの偽造』とかしてターノ。そのせいでばら撒かれーた偽造カードの回収を、こうした場でチェックしてるノーネ」

 

「へぇー」

 

 そしてクロノスから語られる「デッキのチェック」の真相に、赤べこよろしく首を上下させる十代。多分、そんなに分かっていない。

 

 

 

 

 

 そして此方にも人間社会をあまり知らぬネオスも、神崎へ疑問を向けるが――

 

『そうなのか?』

 

「ええ、KCの大田さん――技術者の方に作って貰ったものです。カードが白かったり、黒かったりしても、直ぐに分かる優れものですよ」

 

 営業スマイルで語る神崎の真相に嘘はない。

 

 ただ、「(シンクロ)」やら「(エクシーズ)」に留まらず、神崎が知らぬ「茶と緑(ペンデュラム)」や「(リンク)」だろうが既存のもの以外、検知する優れものである。

 

 状況次第では、同郷(異物)やら赤帽子(TFの人)の件も担えてしまうが、他意はない。ないったらない。

 

『精霊界とは違って、こっちでのカード判別は大変なんだね』

 

――魔力(ヘカ)を見て即判断する精霊がイレギュラー過ぎるような……

 

『デュエルが始まったようだ。先攻は十代か』

 

『ワクワクを忘れずに頑張るんだ、十代!』

 

 やがてアクア・ドルフィンの謎目線の後に、ネオスたちは逞しく育ったであろう十代の雄姿にワクワクを募らせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 かくして、カードのチェック後に始まったデュエルにて先攻を得た十代は、魔法カード《手札抹殺》で手札を一新した後に2枚の永続魔法《補給部隊》と、1枚のセットカードで静かな立ち上がりを見せ――

 

「魔法カード《予想GUY》でデッキのレベル4以下の通常モンスター1体――《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) フェザーマン》を特殊召喚!! ターンエンドだ!」

 

 その十代の元に、緑の体毛に覆われたヒーローが何処からともなく飛び立ち、背中の翼を盾とするように丸めて膝をつく。

 

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) フェザーマン》 守備表示

星3 風属性 戦士族

攻1000 守1000

 

十代LP:4000 手札1

モンスター

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) フェザーマン》

魔法・罠

伏せ×1

《補給部隊》×2

VS

クロノスLP:4000 手札5

 

 

――ムムーム、HEROデッキのようデスーガ、思ったより動きが少なイーノ。なら、力を引き出すまでーは、軽めにつつくことにするノーネ。

 

 そんな些か頼りなさも見える十代の布陣を前にドローしつつ、思案を巡らせるクロノス。

 

 どうみても「誘い」が見え隠れしているが、やはり頼りなさは否めないゆえ様子見もかねてカードを3枚セットしたクロノスは――

 

「永続魔法《古代の機械(アンティーク・ギア)要塞(フォートレス)》を発動! そして墓地の《古代の機械(アンティーク・ギア)射出機(カタパルト)》を除外し、ワタクシの表側カード――《古代の機械(アンティーク・ギア)要塞(フォートレス)》を破壊して『古代の歯車トークン』を特殊召喚すルーノ!」

 

 その背後から段々に積み重なった形状の土色のレンガの要塞が大地よりせり上がるも、すぐさま欠陥工事よろしく木っ端みじんになる巨大要塞。

 

「でも、その前にチェーンして速攻魔法《緊急ダイヤ》を先に発動なノーネ! 効果は無効になりマスーガ、デッキから地属性・機械族のレベル4以下と、レベル5以上を1体ずつ守備表示で特殊召喚ゥンヌ!」

 

 しかし、その要塞が崩れきる前に、列車のレールがフィールドに伸びれば――

 

「さぁ、まとめて来なサーイ! 《古代の機械(アンティーク・ギア)素体(フレーム)》! 《古代の機械(アンティーク・ギア)(ガジェル)(ドラゴン)》! 『古代の歯車トークン』!!」

 

 要塞の残骸を乗り越え、レールを走り集まるのは、人間大の歯車の機械人が、剥き出しの歯車が並ぶ身体で膝をつき、

 

古代の機械(アンティーク・ギア)素体(フレーム)》 守備表示

星4 地属性 機械族

攻1600 守500

 

 剥き出しの歯車を歪に連ならせた蛇を思わせる体躯を持つ巨大な機械竜がボロボロの大翼を丸め、

 

古代の機械(アンティーク・ギア)(ガジェル)(ドラゴン)》 守備表示

星8 地属性 機械族

攻3000 守2000

 

 なんかイイ感じの灰色の歯車が地面に転がった。

 

『古代の歯車トークン』 守備表示

星1 地属性 機械族

攻 0 守 0

 

「まだなノーネ! 破壊された永続魔法《古代の機械(アンティーク・ギア)要塞(フォートレス)》の効果で墓地から『アンティーク・ギア』1体――《古代の機械(アンティーク・ギア)飛竜(ワイバーン)》を特殊召喚すルーノ!」

 

 そんな『古代の機械(アンティーク・ギア)』たちの隣へ、消えゆく要塞の残骸から飛翔したのは腕代わりの翼を広げる歯車仕掛けの飛竜。

 

古代の機械(アンティーク・ギア)飛竜(ワイバーン)》 守備表示

星4 地属性 機械族

攻1700 守1200

 

「スゲェ! 一気にモンスターが4体も!!」

 

 怒涛の展開に目を輝かせる十代を余所に、クロノスは《古代の機械(アンティーク・ギア)飛竜(ワイバーン)》の効果で《古代の機械(アンティーク・ギア)(ボックス)》をサーチし、その《古代の機械(アンティーク・ギア)(ボックス)》の効果で《古代の機械(アンティーク・ギア)素体(フレーム)》を連続サーチ。

 

 更に魔法カード《アドバンスドロー》で守備表示ゆえに攻撃できない《古代の機械(アンティーク・ギア)(ガジェル)(ドラゴン)》を2枚のドローに変換し、最後に魔法カード《手札抹殺》で手札を一新したクロノスは――

 

「『古代の歯車トークン』と《古代の機械(アンティーク・ギア)飛竜(ワイバーン)》の2体をリリースし、アドバンス召喚ンヌ! 来るノーネ! ワタクシのフェイバリット! 《古代の機械(アンティーク・ギア)巨人(ゴーレム)》!!」

 

 己のフェイバリットカードである土色の装甲から幾つもの歯車が覗く機械の巨人を呼び出した。

 

 装甲を盛った一際巨大な右拳が、歯車のかみ合う音と共に持ち上がって握り締められる光景は何とも威圧的である。

 

古代の機械(アンティーク・ギア)巨人(ゴーレム)》 攻撃表示

星8 地属性 機械族

攻3000 守3000

 

 

 

 こうして怒涛の展開により一気に攻撃力3000の最上級モンスターの召喚に繋げたクロノスのデュエルを前に、観客席の翔は悲鳴にも似た声を漏らすが――

 

「いきなり八星モンスターだなんて……!!」

 

「いや、それ自体は問題じゃない。恐らく、今年の試験は『攻撃力3000ラインをどう処理するか』で測られている。条件は他の受験生も同じだ」

 

「そ、そうなんスか!?」

 

 隣の三沢が分析して見せたように、翔の試験の際も「攻撃力3000の大型モンスター(堕天使ディザイア)」を「いきなり」呼び出されている。

 

 とはいえ、件の翔の力量から呼んだ後は、効果も活用せず普通に攻撃する程度だったが。

 

「あくまで受験生のデュエルを見た俺の私見だが」

 

――前体制のように試験デッキを一纏めに用意する訳ではなく、試験官が各々条件に合わせて準備したようにも思えるデッキ……噂の新体制では、教員すら試されているのか?

 

 

 

 そうして「倒した先から補充される攻撃力3000」への対応を計られているとの三沢の考察を余所に、墓地の《ADチェンジャー》を除外して攻撃表示に変更した《古代の機械(アンティーク・ギア)素体(フレーム)》に装備魔法《古代の機械(アンティーク・ギア)(ハンド)》を装備させたクロノスは――

 

古代の機械(アンティーク・ギア)素体(フレーム)》 守備表示 → 攻撃表示

守 500 → 攻1600

 

「バトルなノーネ!! 何を伏せていようトーモ! 《古代の機械(アンティーク・ギア)巨人(ゴーレム)》が攻撃する時、シニョールは魔法・罠カードを発動できなイーノ!!」

 

 先制パンチとばかりに振りかぶった《古代の機械(アンティーク・ギア)巨人(ゴーレム)》の巨大な右拳が《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) フェザーマン》へと振り下ろされる。

 

「《古代の機械(アンティーク・ギア)巨人(ゴーレム)》! 裏守備のフェザーマンをやっちまうノーネ! アルティメット・パウンドゥ!!」

 

「――うわぁあぁぁ!!」

 

 十代のフィールドに伏せられた1枚のセットカードも、《古代の機械(アンティーク・ギア)巨人(ゴーレム)》の力を防ぐことは叶わず、《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) フェザーマン》を殴り抜いた拳の余波が十代のライフを大きく削った。

 

十代LP:4000 → 2000

 

――くっ、ダメージが!? 貫通効果も持ってるのか……!

 

 こうして、《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) フェザーマン》が破壊されたことで2枚の永続魔法《補給部隊》の効果により、2枚ドローする十代がどう動くかを興味深そうに眺めるクロノスだが――

 

――さてさーて、これで早速ライフは半分。ワタクシの攻撃を誘っていた以上、なにが出て来るか……このワクワク感は、いつも変わらないノーネ

 

『アイツ、よくも十代のライフに傷を……!!』

 

「へへっ! こっちの罠は見透かされてたって訳か……でも、これ以上の追撃は通さないぜ、先生!!」

 

 敵意丸出しのユベルの視線に射抜かれていることなど精霊が見えぬクロノスには知る由もない。そんな中、いたずらが成功した子供のような笑みを見せる十代がリバースカードに手をかざした。

 

「永続罠《リビングデッドの呼び声》! こいつの効果で墓地のモンスター1体を特殊召喚だ!!」

 

 さすれば十代の墓地から一筋の光が飛び立ち、そのデュエルディスク上に1枚のカードが降り立てば――

 

「頼むぜ、俺のパートナー!! 《ユベル》!!」

 

『任せてくれよ、十代。キミのライフの借りはアイツにタップリ支払って貰うさ』

 

 十代を守るようにユベル自身が腕組みしながらフィールドに立ち、クロノスへ向けて威圧的な視線を向けていた。

 

《ユベル》 攻撃表示

星10 闇属性 悪魔族

攻 0 守 0

 

 

 

 だが、そんな十代の相棒の出現に、観客席の翔が我がことのように焦った声を漏らす。

 

「攻撃力0!? もっと攻撃力が高いモンスターじゃないと、《古代の機械(アンティーク・ギア)素体(フレーム)》の攻撃でやられちゃうっスよ!?」

 

「見たことがないカードだ。それにレベル10……この盤面を託すに値する力を持つカードと考えるのが自然だろう」

 

――1番くんの実力、見せて貰おうか。

 

 なにせ、その攻撃力は0――これでは続く《古代の機械(アンティーク・ギア)素体(フレーム)》の攻撃力1600を前に、壁にすらならない。しかし、そんな翔に反して三沢は静かに十代の繰り出すであろう逆転の一手を見逃すまいと注視していた。

 

 

 

 

――見え透いた罠ナーノ。ですーが、これは試験! なら試験官として虎穴に突っ込んでやるノーネ!

 

「《古代の機械(アンティーク・ギア)素体(フレーム)》で攻撃なノーネ!! ミニマム・パウンドゥ!」

 

 そして、デュエルの渦中にいるクロノスもまた、十代の一挙手一投足を見逃さぬように、あえて無謀に突っ込んで見せる。

 

 さすれば《古代の機械(アンティーク・ギア)素体(フレーム)》が右手に装備した《古代の機械(アンティーク・ギア)(ハンド)》の巨大な手甲を左手で支えながらユベルに殴りかかるが――

 

「かかったな、先生! 《ユベル》が攻撃された時! 攻撃モンスターの攻撃力分のダメージを与えるぜ!」

 

 着弾するよりも、十代とユベルがアイコンタクトで息を合わせる方が早い。

 

「ユベル!!」

 

『ああ!』

 

「 『 ナイトメア・ペイン!! 」 』

 

 すると、ユベルの足元から飛び出したツタが《古代の機械(アンティーク・ギア)素体(フレーム)》の拳の一撃を防ぎ、クロノスへとはじき返す。

 

「そのまま受ける気はないノーネ! 墓地の罠カード《ダメージ・ダイエット》を除外して、効果ダメージを半減すルーノ!!」

 

 しかし、その一撃はクロノスの前方に現れた透明な壁によって減衰され、半減。

 

クロノスLP:4000 → 3200

 

「へへっ、そう簡単には通しちゃくれないか」

 

『だとしても、十代にはこれ以上、指一本たりとも触れさせないさ』

 

 そうして僅かながらの反撃に、手ごたえを感じていた十代たちだが、クロノスは彼らの想定の一歩先を行く。

 

「何を安心してるノーネ! 試験は此処からが本番デスーノ! 装備魔法《古代の機械(アンティーク・ギア)(ハンド)》の効果! バトルしたモンスターを破壊するノーネ!!」

 

「なっ!?」

 

『チッ、コイツ……!』

 

 しかし、突如として《古代の機械(アンティーク・ギア)素体(フレーム)》の右拳の先の《古代の機械(アンティーク・ギア)(ハンド)》が爆発し、その炸裂に晒されたユベルは早くも膝をつくこととなった。

 

「――くっ!? こんなに早くユベルを!!」

 

『でも甘いのは試験官の方さ! 行くよ、十代!!』

 

「ああ! 《ユベル》の更なる効果! 破壊されたユベルを進化させる!!」

 

 だとしても、ユベルは倒れない。いや――倒れても、何度でも立ち上がる。

 

「――進化デスート!?」

 

「来いッ! ユベルの新たな力! 《ユベル-Das Abscheulich ritter(ダス・アプシェリッヒ・リッター)》!!」

 

 そしてユベルの身体を覆った数多の黒い鱗が巨大な双頭の黒き竜の姿に変化していき、刺々しい爪を身体から伸ばし、心臓部から開いた巨大な一つ目がギロリとクロノスを見下ろした。

 

《ユベル-Das Abscheulich ritter(ダス・アプシェリッヒ・リッター)》 攻撃表示

星11 闇属性 悪魔族

攻 0 守 0

 

――お、おっかない見た目ナーノ。でもでーも、切り札を破壊されても直ぐに次を用意する……第一印象と違って中々手堅い戦術なノーネ。

 

 やがて、ユベルの進化に気圧されながらも、試験官として毅然な態度で、そのままターンを終えたクロノス。

 

 とはいえ、初見のイメージとかけ離れた十代のデュエルに、相手の底を計りかねていた。

 

 

十代LP:2000 手札3

モンスター

《ユベル-Das Abscheulich ritter(ダス・アプシェリッヒ・リッター)

魔法・罠

《補給部隊》×2

VS

クロノスLP:3200 手札1

モンスター

古代の機械(アンティーク・ギア)巨人(ゴーレム)

古代の機械(アンティーク・ギア)素体(フレーム)

魔法・罠

伏せ×3

古代の機械(アンティーク・ギア)(ハンド)

 

 

 

 こうしてクロノスの初撃を何とか凌いだ十代が、相棒たるユベルの進化体と共に戦う光景を前に、ネオスは得も言われぬプレッシャーを感じ取る。

 

『あのカードから、凄い力を感じるな……』

 

『十代も懸命に己を磨いていたんだね!!』

 

「頼もしい限りですね」

 

――この会場にいる人間の中に、遊城 十代の変化へ反応を見せる者はいない……か。やはり、私のような異物は早々生じるものではないのか?

 

 そうしてユベルから発せられる力に注目するネオスペーシアンの面々を余所に、神崎はひたすら情報集めに忙しかった。

 

 

 

 

 

「なら、頼むぜ、《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) バーストレディ》召喚!!」

 

 やがて次の十代のターンにて、赤と白のライダースーツを纏う炎の女ヒーローが、黄金のヘルムから黒の長髪を揺らして現れれば――

 

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) バーストレディ》 攻撃表示

星3 炎属性 戦士族

攻1200 守800

 

「でも攻撃力が足りないノーネ!」

 

――来るーの? HEROの本領たるあのカードが!

 

「このターン発動した永続魔法《ウィルスメール》の効果でバーストレディはダイレクトアタック出来るぜ! 食らえ、バーストファイア!!」

 

 クロノスの予想に反し、このターン新たに発動していた永続魔法の効果を得て、より猛る《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) バーストレディ》の両掌から発せられる炎の球体がクロノスに直接届けられた。

 

「――ひぎゃぁあぁぁあ!! 結構、効く(ライフ減る)ノーネ!!」

 

クロノスLP:3200 → 2000

 

 こうして、コツコツダメージを重ねる形でバトルを終えた十代は、永続魔法《ウィルスメール》のデメリットにより、《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) バーストレディ》が墓地に送られる中、残りの手札2枚を伏せて、手早くターンを終えた。

 

「ターンエンド! そして、この瞬間! 《ユベル-Das Abscheulich ritter(ダス・アプシェリッヒ・リッター)》の効果発動!! ユベル以外のフィールドのモンスターを全て破壊するぜ!!」

 

『これで十代を邪魔するデカブツには消えて貰うよ!!』

 

 だが、最後の最後でひときわ大きな花火こと破壊の奔流が《ユベル-Das Abscheulich ritter(ダス・アプシェリッヒ・リッター)》の双頭の龍の口から放たれ、《古代の機械(アンティーク・ギア)巨人(ゴーレム)》や《古代の機械(アンティーク・ギア)素体(フレーム)》に降りかかった。

 

――なるほーど、あのカードで相手モンスターを効果破壊し、ガラガラーになった相手フィールドへ下級HEROたちで攻撃していくデッキ……デモ、デーモ。

 

 そうしてモンスターたちは、破壊の奔流を前に膝をつき、今にも倒れんとしていたが――

 

――それでネタ切れの切れっ切れなーら、ドロップアウトボーイと呼ばねばならないノーネ!

 

 思案していたクロノスが瞳を見開いた瞬間に、最後の力を振り絞った《古代の機械(アンティーク・ギア)巨人(ゴーレム)》のロケットパンチが《ユベル-Das Abscheulich ritter(ダス・アプシェリッヒ・リッター)》を打ち抜いた。

 

『くっ……!?』

 

「どうした、ユベル!!」

 

 その思わぬ一撃によって《ユベル-Das Abscheulich ritter(ダス・アプシェリッヒ・リッター)》の身体にピシリ、ピシリとヒビが広がっていく光景に十代が心配気な声を漏らす中、クロノスの得意気な声が響いた。

 

「フ~フフ~ン! 快進撃も此処までなノーネ! 永続罠《超整地破砕(クラッシャー・ラン)》を発動させて貰っターノ!!」

 

「くらっしゃー・らん!?」

 

「このカードの効果により、1ターンに1度、地属性の機械族が破壊された時、フィールドのカード1枚を破壊すルーノ!! これでシニョールを守るパートナーもいなくなったノーネ!」

 

 そうして決してただでは倒れぬクロノスの「古代の機械」軍団を前に、《ユベル-Das Abscheulich ritter(ダス・アプシェリッヒ・リッター)》が破壊されたことで、2枚の永続魔法《補給部隊》により2枚ドローする十代だが、その顔に陰りは見えない。

 

「そいつはどうかな?」

 

「ヒョ?」

 

「《ユベル-Das Abscheulich ritter(ダス・アプシェリッヒ・リッター)》が破壊されたこの瞬間! ユベルは俺と共に最終進化を遂げる!!」

 

『まさかボクの力を此処まで見せることになるとはね……』

 

 そう、ユベルの進化はもう一段階存在するのだから。

 

「――そっちも読み通りなノーネ!! カウンター罠《透破抜き》! 墓地で発動したモンスター効果を無効にして除外すルーノ!!」

 

「――なっ!?」

 

 しかし、残念ながら此度はクロノスの元から吹き荒れた疾風を受けた《ユベル-Das Abscheulich ritter(ダス・アプシェリッヒ・リッター)》の身体は力を失うように白く色を失って行き――

 

「進化するモンスターが相手ナーラ、次の進化先の警戒は、当然のことなノーネ!」

 

「くっ、すまねぇ、ユベル!!」

 

『構わないよ。こいつが上手だった――それだけの話さ』

 

 《ユベル-Das Abscheulich ritter(ダス・アプシェリッヒ・リッター)》の身が砕けたと同時に、ユベルは普段通りに精霊として十代の隣で浮かぶこととなる。

 

「でもモンスターがいないのは、先生のフィールドも同じだぜ!!」

 

「そんな甘々な考え、臍が茶を沸かすノーネ!!」

 

 しかし、十代の仕切り直しだとの宣言は、宙より降り立ち大地を揺らす《古代の機械(アンティーク・ギア)巨人(ゴーレム)》の姿によって否定されることとなった。

 

古代の機械(アンティーク・ギア)巨人(ゴーレム)》 攻撃表示

星8 地属性 機械族

攻3000 守3000

 

 さらに、その隣には《古代の機械(アンティーク・ギア)飛竜(ワイバーン)》までもが再び小さな翼を広げてフィールドに舞い戻っている。

 

古代の機械(アンティーク・ギア)飛竜(ワイバーン)》 攻撃表示

星4 地属性 機械族

攻1700 守1200

攻1900

 

「なっ!? どうして、先生のフィールドに《古代の機械(アンティーク・ギア)巨人(ゴーレム)》が!?」

 

「相手によって破壊された《古代の機械(アンティーク・ギア)素体(フレーム)》によって、手札の2体目の《古代の機械(アンティーク・ギア)巨人(ゴーレム)》を呼び出すことが出来マァス!」

 

 そして戸惑う十代にクロノスから告げられるのは、《ユベル-Das Abscheulich ritter(ダス・アプシェリッヒ・リッター)》の効果を受けたにもかかわらず、すぐさま建て直された事実。

 

「さらーに、その効果にチェーンさせて先んじて発動した永続罠《古代の機械(アンティーク・ギア)蘇生(リボーン)》により、墓地から《古代の機械(アンティーク・ギア)飛竜(ワイバーン)》を攻撃力を200アップして復活させターノ!」

 

『あの《超整地破砕(クラッシャー・ラン)》の時に……こいつ、思ったよりやるようだね』

 

――これが試験責任者の先生の実力……!

 

 やがてワクワクを募らせる十代たちを余所に、《古代の機械(アンティーク・ギア)飛竜(ワイバーン)》の効果で《古代の機械(アンティーク・ギア)(ボックス)》をサーチし、

 

 更にサーチした《古代の機械(アンティーク・ギア)(ボックス)》の効果で《古代の機械(アンティーク・ギア)素体(フレーム)》をサーチしたクロノスは、増えた手札と共に十代の様子へ視線を向けた。

 

 

十代LP:2000 手札2

モンスター

なし

魔法・罠

伏せ×2

《ウィルスメール》

《補給部隊》×2

VS

クロノスLP:2000 手札2

モンスター

古代の機械(アンティーク・ギア)巨人(ゴーレム)

古代の機械(アンティーク・ギア)飛竜(ワイバーン)

魔法・罠

超整地破砕(クラッシャー・ラン)

古代の機械(アンティーク・ギア)蘇生(リボーン)

 

 

――これでシニョールは、ユベルという盾を失ったノーネ。此処からが試験の本番デスーノ!

 

「《古代の機械(アンティーク・ギア)素体(フレーム)》を召喚!! さらーに手札を1枚捨て効果発動! デッキから《古代の機械(アンティーク・ギア)巨人(ゴーレム)》1体を手札に加えルーノ!!」

 

 やがてカードをドローしたクロノスが次に繰り出した《古代の機械(アンティーク・ギア)巨人(ゴーレム)》のプロトタイプこと《古代の機械(アンティーク・ギア)素体(フレーム)》が、真の姿をクロノスの手札に宿らせる。

 

古代の機械(アンティーク・ギア)素体(フレーム)》 攻撃表示

星4 地属性 機械族

攻1600 守 500

 

――窮地をどう凌ぐか見せて貰ウーノ。デスーガ…………この感覚。ワタクシのデュエリストとしての本能がデュエルのスタートから僅カーニ警鐘を鳴らし続けていルーノ。

 

 だが、その後に魔法カード《貪欲な壺》で墓地の5体のモンスターをデッキに戻し、2枚ドローしたクロノスは動きを止めて少々悩んでいた。どうにも十代の実力の全容が未だに見えない。

 

 なにせ、十代は今の今まで「HERO」の真の力を見せていないのだ。出し惜しみするタイプには見えないだけに、クロノスの懸念は募るばかりであろう。

 

 しかし、此処でクロノスは自身の直感を信じて思い切る。

 

――ならーば!!

 

「魔法カード《魔法の歯車(マジック・ギア)》発動! ワタクシのフィールドの3枚の『アンティーク・ギア』カードを墓地に送り、デッキ・手札からそれぞれ《古代の機械(アンティーク・ギア)巨人(ゴーレム)》を計2体! 召喚条件を無視して特殊召喚すルーノ!!」

 

「先生のフェイバリットを2体も!?」

 

『少し拙いんじゃないかい、十代』

 

 それは3000打点の大量展開――本来であれば受験生の然るべき実力を計った上で行使する「それ」を未だ全容を見せぬ相手に使う暴挙。

 

 場合によっては生徒にいらぬ挫折を叩きつけることになりかねないことだけにデュエルの経過を採点していた響みどりが糾弾の声を飛ばすが――

 

「――クロノス教諭!!」

 

「シャラップ!! 来るノーネ!! ワタクシの《古代の機械(アンティーク・ギア)巨人(ゴーレム)》たーち!!」

 

 響みどりの発言を封殺したクロノスの元に、2体の《古代の機械(アンティーク・ギア)巨人(ゴーレム)》が大地を揺らしながら着地し、フィールドに揃った3体の巨躯で十代を囲うように立ちはだかる姿は、まさに圧巻。

 

古代の機械(アンティーク・ギア)巨人(ゴーレム)》×2 攻撃表示

星8 地属性 機械族

攻3000 守3000

 

「――スッッッッッゲー!!!!」

 

 そんな尻込みしかねない状況でも、悪い意味でざわつく会場を余所に十代は歓喜の声を轟かせていた。

 

 超大型モンスターの揃い踏み――これで燃えぬデュエリストはいまい。

 

「ふふん、それ程でもないノーネ」

 

 その十代のリアクションは、クロノスにとっても僥倖であった。やはり自分の直感を信じて良かった、と。変に委縮されれば、クロノスも大目玉を食らっていただろう。

 

「この3体の攻撃! どう凌ぐか見物なノーネ!! バトル!!」

 

「待って貰うぜ、先生!! 罠カード《一色即発》! 相手の数まで手札から特殊召喚する! 俺が呼ぶのはこいつだ!」

 

 そして3体の《古代の機械(アンティーク・ギア)巨人(ゴーレム)》が十代に進軍を始める中、迎撃役に選ばれたのが――

 

「早速、出番だぜ、《ハネクリボー》!!」

 

『クリリー!』

 

 十代の手札よりポンと音を立てて現れる天使の羽が背に見える茶毛の毛玉。

 

《ハネクリボー》 守備表示

星1 光属性 天使族

攻300 守200

 

「羽の生えた《クリボー》ゥンヌ? そのカードでどう防ぐつもりナーノ?」

 

 しかし、クロノスが言外に示すようにステータスは低く、貫通効果を持つ《古代の機械(アンティーク・ギア)巨人(ゴーレム)》からすれば壁にすらならないだろう。

 

 だが、《ハネクリボー》には、こんな状況だからこそ発揮する力があるのだと十代は語る。

 

「へへっ、こいつは破壊され散った時! このターンの俺への戦闘ダメージを0にするのさ!」

 

『十代、それは無理だよ』

 

「忘れターノ? 《古代の機械(アンティーク・ギア)巨人(ゴーレム)》にーは、貫通効果があるノーネ」

 

「えっ? だから戦闘ダメージを0にする効果が――」

 

「貫通ダメージは、『墓地に送られる前』に発生すルーノ」

 

「……えっ?」

 

『クリィ?』

 

『だから新しいカードを試験前にデッキに加えるのは止そう――って、あれ程、言ったじゃないか』

 

 しかし、残念ながら十代の主張はクロノスだけでなく、ユベルにすら否定された。残念ながら今回は状況が悪いと言わざるを得ない。

 

「…………どうやらシニョールは、ドロップアウトボーイだったようなノーネ!! アルティメット・パウンドゥ!!」

 

「――うゎぁぁああぁあ!!」

 

 やがて3体の《古代の機械(アンティーク・ギア)巨人(ゴーレム)》が示し合わせたように右拳を振り上げ、未だ首を傾げていた《ハネクリボー》と十代へ3つの拳が振り下ろされ、彼らを纏めて叩き潰した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

十代LP:2000

 

「なんでスート!?」

 

 だが、十代のライフは未だ健在。

 

『全く、キミは何時もヒヤヒヤさせるね』

 

「危なかったぜ……間一髪!」

 

「なにが起きターノ!?」

 

「最後のリバースカード――罠カード《サンダー・ブレイク》を発動したのさ!」

 

 そんな不可解な状況に大仰するクロノスに十代が1枚のリバースカードの正体を明かせば、クロノスの瞳に納得の色が浮かぶ。

 

「それーは、手札を1枚捨てることで、フィールドのカードを破壊するカード!? ……なるホード、咄嗟にそのカードで《ハネクリボー》を破壊した訳でスーネ?」

 

「そうさ! 《ハネクリボー》のお陰で俺へのダメージは0! さぁ、どうする、先生!!」

 

 そう、《ハネクリボー》の効果は表側の状態で墓地に送られてさえすれば問題なく発動する。

 

 

 しかし効果を勘違いして覚える大ポカを見事にカバーして見せた手腕を前に、クロノスは一つばかり問わねばならなかった。

 

――あの咄嗟の状況で、即座に戦術を組み直すトーハ……デモ逆に疑問が出ルーノ。

 

「シニョール十代ーィ、その《ハネクリボー》――いったい何時、手に入れたノーネ?」

 

「へへっ、実はさ! 此処に来る時に会ったスゲェ人に貰ったんだ!」

 

――スゲェ人が誰かは知りませーんが、合点はいっターノ。手にしたばかりナーラ、効果を勘違いしていても不思議じゃないノーネ。

 

 それが、十代が「何故《ハネクリボー》の効果を勘違いしていたか」を明かすもの。試験官として明確にしておかねばならない部分である。

 

――ふぅむ、流石にこの状況で受験生相手に、このカードを使う気もなかったケード……ブラフへの対処を見る為ニーモ、伏せるだけ伏せとクーノ。

 

 そうして、凡その解を得たクロノスは、《ハネクリボー》が破壊されたことで2枚の永続魔法《補給部隊》にて2枚ドローする十代を余所に僅かに思案を見せるも、カードを1枚セットしてターンを終えた。

 

 

十代LP:2000 手札2

モンスター

なし

魔法・罠

《ウィルスメール》

《補給部隊》×2

VS

クロノスLP:2000 手札0

モンスター

古代の機械(アンティーク・ギア)巨人(ゴーレム)》×3

魔法・罠

伏せ×1

超整地破砕(クラッシャー・ラン)

 

 

 かくして、フィールドにモンスターもなく、セットカードもない十代がクロノスの3体の《古代の機械(アンティーク・ギア)巨人(ゴーレム)》に囲まれる光景を観客席から眺める明日香は、憐れむように呟いた。

 

「あの子、可哀そう。クロノスのお気にめさなかったのね」

 

 どうみても「試験の範囲を逸脱した制裁染みたデュエル」――それが明日香の抱いた感想。エリート意識の強いとの噂が多いクロノスは、十代を入学させる気がないのだろう、と。

 

「アスリン――クロノス教諭は、そんなことする先生じゃないよ」

 

「アスリンは止めて」

 

 だが、そんな明日香へウィンクしながらクロノスを弁護する吹雪だが、残念ながら呼び方のチョイスをミスったせいで、失敗している模様。

 

「早過ぎる……」

 

「どうしたの、亮?」

 

「――ボクとの対応の差!?」

 

 だが、思わず零れた亮の呟きにしっかり反応する明日香の姿に、謎の敗北感を覚える吹雪だったが――

 

「そうだね。クロノス教諭が様子見を殆ど止めた。まだ2回目のターンなのに」

 

『それだけクロノス教諭が彼の実力を買っている……ということなのだろうか?』

 

 残りの面々こと藤原とオネストは、明日香の味方らしく解説に徹していた為、フォローされることはなかった。

 

 

 やはり未だフブキング(ブリザード・キング)に時代が追いついていないようである。

 

 

 

 

 そんな具合で、色んな注目を浴びる十代だが、旗色は決してよろしくない。

 

「俺のターンだ!」

 

『長期戦は不利だよ、十代』

 

――勿論、分かってるぜ、ユベル!

 

 しかし、絶望的な状況でも、楽し気にカードを引いた十代は――

 

「魔法カード《闇の量産工場》により、墓地に眠る2体のHEROたちが不屈の闘志で駆け付ける! そして今こそ使うぜ!! 魔法カード《融合》!!」

 

 手札に《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) フェザーマン》と《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) バーストレディ》を回収。

 

 そして引き当てたHEROの真骨頂たる《融合》のカードを使えば、その背後にて渦が逆巻いた。

 

「今こそ真の姿を見せてくれ! 手札のフェザーマンとバーストレディを融合!! 来い、マイフェイバリットヒーロー!!」

 

 さすれば、これまで散っていった翼をもつ風のヒーローと、炎を操る女ヒーローの力が集い、新たな力が渦の中で脈動。

 

「――フレイムウィングマン!!」

 

 そして降り立つのは十代のフェイバリットカードたる左片翼を広げ、右腕から竜の顎を覗かせる緑の肌を持つ異形のヒーロー。

 

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) フレイムウィングマン》 攻撃表示

星6 風属性 戦士族

攻2100 守1200

 

「ようやく来たノーネ! デスーガ、攻撃力2100ではワタクシの《古代の機械(アンティーク・ギア)巨人(ゴーレム)》に及びマセーン!」

 

「じゃあ先生に教えてやるぜ! ヒーローにはヒーローに相応しい――戦う舞台ってもんがあるんだ!」

 

 だがパワー不足をクロノスに指摘されようとも、十代はデュエルディスクを持ち上げ、最後の1枚の手札のカードを差し込みながら返答する。

 

「フィールド魔法! スカイスクレイパー!!」

 

 途端に、十代とクロノスの周囲の地面から数多のビル群がせり上がり、戦いの舞台は夜のビル街――摩天楼こと《摩天楼 -スカイスクレイパ-》へと移行する。

 

 やがて、ビル群の只中に立つ3体の《古代の機械(アンティーク・ギア)巨人(ゴーレム)》と、いつのまにやらひときわ高いタワーの天辺に両腕を組んで佇む《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) フレイムウィングマン》がにらみ合う中――

 

「さぁ、舞台は整った! 行け、フレイムウィングマン! 《古代の機械(アンティーク・ギア)巨人(ゴーレム)》に攻撃!!」

 

「しゃらくさいノーネ! 返り討ちにして上げなサーイ! 《古代の機械(アンティーク・ギア)巨人(ゴーレム)》!!」

 

 十代の声を合図にタワー天辺から急降下する《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) フレイムウィングマン》を迎え撃たんと拳を構えて突撃する3体の《古代の機械(アンティーク・ギア)巨人(ゴーレム)》。

 

「ヒーローは必ず勝つ! スカイスクレイパーの効果は、ヒーローが己より強い相手と戦う時! 攻撃力を1000ポイントアップさせる、フィールド魔法!」

 

 しかし《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) フレイムウィングマン》は1体目の《古代の機械(アンティーク・ギア)巨人(ゴーレム)》の拳を足場にして跳躍し、

 

 2体目の《古代の機械(アンティーク・ギア)巨人(ゴーレム)》の頭上を飛び越え――

 

《フレイムウィングマン》

攻2100 → 攻3100

 

「食らえ、スカイスクレイパー・シュート!!」

 

 伏せカードをチラと見たクロノスの隣に陣取る3体目の《古代の機械(アンティーク・ギア)巨人(ゴーレム)》に向かって、その身体を炎で包んだ《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) フレイムウィングマン》が突撃。

 

 炎に呑まれ爆散した《古代の機械(アンティーク・ギア)巨人(ゴーレム)》の残骸と、弾けた火の粉がクロノスを襲った。

 

クロノスLP:2000 → 1900

 

「ノン!?  デスーガ、ワタクシのライフは健在! 《古代の機械(アンティーク・ギア)巨人(ゴーレム)》はまだ2体いルーノ! 更に永続罠《超整地破砕(クラッシャー・ラン)》の効果で、フレイムウィングマンは終わりなノーネ!」

 

 だが、倒れた3体目の《古代の機械(アンティーク・ギア)巨人(ゴーレム)》の仇討とばかりに残り2体の《古代の機械(アンティーク・ギア)巨人(ゴーレム)》たちが《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) フレイムウィングマン》を狙う。

 

「そいつはどうかな!」

 

 かと思いきや、《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) フレイムウィングマン》の右手の竜の顎から炎が迸り――

 

「フレイムウィングマンの効果により、破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを先に受けて貰うぜ!」

 

「――Oh!? マンマミーアァァアアァッ!?」

 

 その炎の球体がクロノスに向けて放たれる方が少しばかり早かった。

 

クロノスLP:1900 → 0

 

 

「――ガッチャ! 楽しいデュエルだったぜ、先生! なっ!」

 

『はいはい、一緒にやれば良いんだろ。ガッチャ』

 

 

 こうして、本日の実技入試は、十代とユベルが仲良く二本指を伸ばしてクロノスへ向け、健闘を称える光景を最後に終わりを告げる。

 

 

 

「ちょっと面白いんじゃない、あの子」

 

 そんな十代の存在が、観客席の明日香の興味を掴み、

 

 

「丁度良い土産話ができたね、亮」

 

「どうだろうな。それで彼は――優介と同じなのか?」

 

「うーん、多分だけど」

 

『話している様子は見えるけど、無意識の可能性もあるかもしれない』

 

 フォースたちの意識を惹きつけ、

 

 

「いいぞー! 60番!」

 

 思わぬ逆転劇に翔の心を掴み、

 

 

――よきライバルになれるかもしれないな、1番くん。

 

 三沢の闘志に火をつけ、

 

 

 

『やったよ、神崎! 十代が勝った!!』

 

「良かったですね」

 

『手加減されていた試験とはいえ、大健闘だったな!』

 

 アクア・ドルフィンやネオスたちも満足げである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……試験であることに救われたか」

 

 ただ、観客席にて一人で座る――オベリスクブルーの青の制服に身を包む「万丈目(まんじょうめ) (じゅん)」だけが唯一厳しい視線を向けていた。

 

 

 

 






今日の最強カードは、速攻魔法《リミッター解除》!

機械族の攻撃力を一時的に倍にする強力なカードだ!





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第243話 TURN-179 さよなら十代? 涙の卒業式?


前回のあらすじ
ユベルとガッチャした






 

 

 最後の最後で、見栄えのいい逆転劇に盛り上がりを見せたアカデミア受験もクロノスの閉会の挨拶にて終わりを迎え、皆が帰路につくべく席を立っていく。

 

 

 やがて、誰もいなくなった会場をぼんやり眺めていた神崎は、ようやく口火を切った。

 

「今後はどうなさるご予定ですか? もしよろしければ私の方からKCへの顔つなぎを――」

 

『精霊界に戻ろうと思う。伝説の三騎士に受けた恩も返したい』

 

『そうだね! 今の十代に僕たちの助けは必要なさそうだし、僕たちは僕たちに出来ることをするよ!』

 

 それはネオスたちの今後の話。だが、彼らは精霊界に戻ることを神崎に告げる。十代の楽しい学園生活に水を差す気はないのだと。

 

 きっと、彼らが肩を並べるのは救世の為に戦う時――なれば、再会は今ではない。

 

「……そうでしたか。なら、なにか困ったことがあればKCを頼られると良いかと」

 

『キミは――いや、そうだな。その時は頼らせて貰うよ』

 

『色々ありがとう、神崎!』

 

 そんなネオスたちへと神崎は、言外に別離の姿勢を示すが、その意思表示を知ってか知らずか、彼らは深く追求はしなかった。

 

「いえ、お気になさらずに」

 

『そういう訳にも――そうだ! このカードを受け取ってよ! 仲間の証さ!』

 

「これは……」

 

『きっとキミの助けになってくれる筈だ!』

 

 だが、そんな中でアクア・ドルフィンから1種のカードを手渡された神崎は、そのカードの内実に思わず問い返すが、ネオスも黙してうなずき肯定を返す。

 

 テキストを見れば確かに「仲間の証」と言うに相応しいだろう。

 

 やがて暫し悩む神崎だが、突き刺さるイルカ面のつぶらな瞳を前に、折れるようにデッキケースに仕舞えば、アクア・ドルフィンはグッと拳を握ってネオスに告げる。

 

『そろそろ行こうか、ネオス!』

 

『そうだな――神崎、ピンチの時はいつでも呼んでくれ! 直ぐに駆けつける!』

 

『そんな時が来ない方が良いんだろうけどね! また会おう、神崎!』

 

「ええ、また」

 

 そして他のネオスペーシアンたちも含めて手を振り、ドームの天井をすり抜けて空へと消えていく姿を見送った神崎。

 

 かくして、長き宇宙の旅路を共にしたネオスペーシアンたちとの束の間の共闘は終わりを告げる。

 

 

 KCを辞し、長き時を失い、門へ代償を払い、ネオスペーシアンたちと離れ、神崎の手に残ったのは1種のカードのみ。

 

 

 だが、神崎の心に落胆もなければ高揚もない。

 

 

 やがて、いつものように張り付けた笑顔で、次の脅威と戦うべく、ゆっくりと歩き始めた神崎。

 

 

 彼の歩みは未だ終わることはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 受験会場から、アカデミアの学園に戻るフォースの面々だが、流石に移動続きで疲れが見えたのか各々の部屋で仮眠をとる中、藤原は一人甲板にて手すりに体を預けながら海を眺め、黄昏ていた。

 

 彼の脳裏を過るのは、会場でもずっと寝ていたもけ夫から――

 

 “卒業デュエルの在校生代表よろしく~”

 

 と軽い感じで告げられた件。なお、当のもけ夫は二度寝にかかっている。

 

 だが、栄誉ある在校生代表に選ばれたというのに藤原の表情は優れない。

 

「……オネスト、このデュエルを僕なんかが受けて良いんだろうか?」

 

『マスター……』

 

「あんな事件を起こしてしまった僕が……」

 

 そう、藤原の心に引っかかるのは、過去の咎。

 

 事件の詳細を知らぬもけ夫とて、表向きの理由くらいは知られており、「騙され、利用されただけ」との名目があれど、藤原は「純粋な被害者ではない」のだ。

 

 過程がどうであれ、彼の心の弱さが引き金を引いた現実は決して変わらない

 

 そんな己が相応しい訳がないのだと、もけ夫に突き付けた藤原の言葉にも――

 

 “最後にデュエルしたいのが、キミだったんだ~”

 

 な具合に、返って来たのは「気分」と返す他ない選出理由。

 

 

 確かに藤原も、「自分と同じように精霊が見える」もけ夫へ、シンパシーからか接する回数もフォースの中でも多い方だが、それは「寝ているもけ夫を起こす役目」くらいでしかない。

 

 

 ゆえに、新体制で良くも悪くも注目度が高い卒業デュエルに「ケチ」がついてはいけない、と、藤原は手すりから体を上げ、決心を固めた。

 

「やっぱり、亮や吹雪に――」

 

『――Show some guts!』

 

「――ぶっ!?」

 

『マスター!?』

 

 その瞬間、唐突に表れた漆黒の豹戦士の精霊が、気合の入った言葉と共に放たれたビンタを頬に受けた藤原は、そのあまりの衝撃にダメージが足に入り、ガクリと膝を落とす。

 

『マスター! しっかりするんだ!』

 

『――Bye!』

 

 そんな藤原に寄り添ったオネストが相手の目的を探るより前に、漆黒の豹戦士の姿は露と消え、状況が呑み込めずポカンとした表情を浮かべる藤原とオネストが残るばかり。

 

「えっ? えっ!? 今のなに!? パンサーウォリアー!?」

 

『まさか……マスターを元気づけようとした……のか?』

 

 だが、思考の再起動を果たし、華麗に消えた漆黒の精霊を探してキョロキョロする藤原へ、先程までの沈んだ思いは消えていた。というか、ぶっちゃけそれどころじゃなくなっていた。

 

 

 オネストの推察が正しいのかは、ブリザードだけが知っている――かもしれない。

 

 

 空で「胸キュンポイント」なる怪しげなカウントをする親友が幻視された気がするが、生憎と空に浮かんでいるのは雲だけである。

 

 

 

 

 

 

 

 ネオスたちを見送った神崎は、タイミングよく己を呼びに来た斎王に連れられ、近況報告するべくKCにドナドナされていた。

 

 やがて応接室にてソファに座る神崎の対面にて、モクバと成長して海馬に益々似て来た乃亜が座る中、モクバが怒りのままに追求を始める。

 

「神崎、ようやく見つけたぜい! この数年間、なにやってたんだよ! 連絡一つ届かないのは、ちょっと頂けないぞ!」

 

「すみません、少し電波が届きにくい場所にいたもので」

 

 とはいえ、素直に謝罪する神崎にモクバも気勢が削がれるも、此処で怯む訳にはいかない。

 

 なにせ、神崎は急に辞めて連絡が一切取れなくなった社員なのだ。大義は彼にある。

 

「電波が? どこ行ってたんだよ……まぁ、そこは追及しないでおいてやるぜい。今、どんな仕事してるんだ?」

 

――宇宙から落ちて来たばかりの無職です。とは、言えない空気。

 

 しかし続いたモクバの当然な問いかけにピクリと動きを止める神崎。なにせ、つい先程まで宇宙にいた身だ。そんな頓珍漢な返答では、モクバどころか誰も納得しないだろう。

 

「まだ駆け出しの身ですが、此方を」

 

――まさか神崎と名刺交換することになるとは……人生、分からないぜい。

 

 ゆえに神崎の懐から、差し出された名刺を受け取ったモクバだが――

 

「『人材紹介コーディネーター』? って、なんの仕事なんだ?」

 

「各々が望む人材をダイレクトに紹介する――端的に言ってしまえば、フリーのスカウトマンです」

 

――胡散臭……いや、ダメだ、ダメだ! 思い込みで判断しちゃダメだぜい!

 

 過去のKCの幹部が、凄い胡散臭い仕事をしていた。此処まで活動実態が不透明な職種は中々お目にかかれまい。

 

「ふーん、順調なのか?」

 

「まだ動き出したばかりですので何とも言えません」

 

 そうして、「()()活動していない」ことなど夢にも思わないモクバは近況を問うも、本当に「何とも言えない」神崎が言葉を隠す中、沈黙を守っていた乃亜がモクバのフォローに入る。

 

「モクバ、そう心配することはないよ。人材に目ざとい彼なら問題はないだろうさ」

 

「でもさ! まだ軌道には乗ってないんだろ? なら、それまでは――」

 

「それと副業の方も」

 

 だが、話題が望まぬ方へと流れ始めた為、神崎は懐からくすんだ宝石の原石を一つテーブルにおいた。

 

「副業?」

 

「異能が宿る物品の収集です」

 

「異能の物品?」

 

 そんなくすんだ宝石の原石を前に、疑問符を募らせるモクバ。とはいえ、此方はとびぬけたオーパーツではない。珍しさはあれども魔力(ヘカ)が宿っただけの宝石である。

 

 KC時代に神崎が、ツバインシュタイン博士のモチベーションを高める為にストックしていたものの余りだ。

 

「KCを辞したのは、こういったオーパーツ染みた物品の回収の為でもあるんです」

 

「成程ね。キミがKCを辞したのは、受け取り先が用意できたゆえ……人材紹介業も情報を集める為の方便という訳だ」

 

「はい、凡そは」

 

――何故、そんな話に…………まぁ、いいか。どちらかと言うと、不動博士の捜索が主だとも言えませんし。

 

 やがて語られた説明に深読みした乃亜へ、営業スマイルで誤魔化して返す神崎を余所に、くすんだ宝石の原石を手に取ったモクバが先を促した。

 

「なら俺たちの方で、買い取れば良いのか?」

 

「ええ、そうして頂けると助かります――値段は此方に」

 

「ふむ…………安くないかな?」

 

「お、買い得だぜい……」

 

「『安い』と感じるくらいが丁度良いかと。下手に高額にすると奪い合いになりかねませんし――『厄介払いができた』と思われるくらいが良い」

 

 とはいえ、此方は「方便」である為、利益は一切考えられていない。むしろ「儲かる」とか思われる方が面倒なタイプだ。

 

「うーん、俺にはその辺(オカルト)のことはよく分かんないぜい」

 

「変に欲を出さない方が良いだけさ。これは……かなり前にペガサス会長に依頼されて捜索した宝石に似ているね」

 

 そうして、まじまじとくすんだ宝石の原石を眺めるモクバに乃亜が世間話代わりに呟けば、神崎の心は大きく揺れた。

 

――!? 宝玉獣!? これ、8体目の宝玉獣なの!?

 

「そうなのか。じゃあ、セラ――あっちでチラチラ様子見してるツバインシュタイン博士に持って行ってやってくれ」

 

「分かったわ」

 

――……落ち着こう。調査結果を待てば済む話。仮に1体増えてもヨハンの元に行くだけ。大した問題じゃない。

 

 やがて、モクバの元に控えていたセラが、くすんだ宝石の原石を隠れて様子を伺っていたツバインシュタイン博士に渡し、テンションがアクセルシンクロしたお爺さんがダッシュして研究室に駆けていく光景を前に、神崎の動揺は収まっていく。

 

「神崎、隠れ蓑の人材紹介の方だが、目ぼしい人材がいればKCに――」

 

「――神崎くぅん! KCと取引したいとの話は本当ですかァ!?」

 

「その声は……大瀧さんですか?」

 

――ペンギン!?

 

 そうして、乃亜が仕事の話に戻ろうとした瞬間に、《ペンギン・ナイトメア》の人こと大瀧の声を響かせるペンギンの着ぐるみを着た不審者が乱入。

 

「グフフ、気づきましたか。このペンギンスーツに! 日々、ペンギンちゃんの素晴らしさを世に広める為に私がたどり着いた境地が、これ!!」

 

 内心で驚く神崎を余所に、《ペンギン・ナイトメア》の人こと大瀧は熱く語る。

 

「――私自身がペンギンちゃんになることです!!」

 

 でも、なに言っているのか分からない。

 

「むさいおっさんにアレコレ言われるよりも、愛らしいペンギンちゃんに言われる方がノン・ストレス!! これぞ世界に癒しをもたらす究極の計画!! そう!」

 

 だが、説明を聞けば多少の納得は見える。人は、相手の外見によって受ける印象を大きく変える生き物だ。なら、外見を「ストレス性の低いもの」に固定するのはある意味、理にかなっているのかもしれない。

 

「――人類ペンギンちゃん化計画!!」

 

――じ、人類ペンギンちゃん化計画!?

 

「やはり戻って来る気になったか、神崎!! 裏事はお前がおらんと少々頼りな――」

 

 こうして、わちゃわちゃするペンギンの着ぐるみおじさんに続いた《機械軍曹》の人こと大田の更なる乱入を皮切りに、怒涛のおっさんウェーブが発生するが、今は目をつむることにしよう。

 

 

 なにせ、華もへったくれもない絵面なのだから。

 

 

 

 

 

 

 そうして、月日は流れ――

 

 デュエルアカデミアにて、「新入生」という新しい風が吹き込む前の最後の大仕事こと「卒業デュエル」が幕を開いていた。

 

 卒業生代表である「茂木 もけ夫」の相手を務めるのは、勿論在校生代表「藤原 雄介」である。

 

 だが、生徒・教師・来賓含めた関係者が固唾を飲んで見守るデュエルの内容は――

 

 

もけ夫LP:2400 手札4

モンスター

《キング・もけもけ》

雲魔物(クラウディアン)-キロスタス》

雲魔物(クラウディアン)-アルトス》

魔法・罠

伏せ×2

《怒れるもけもけ》

雲魔物(クラウディアン)スコール(・スコール)

フィールド魔法《天空の聖域》

VS

藤原LP:1800 手札2

モンスター

《ライトレイギア・フリード》

《ガーディアン・オブ・オーダー》

《魔道騎士ガイア》

魔法・罠

伏せ×2

 

 

 一見すれば互角のように思えるも、ターンプレイヤーであるもけ夫は己の有利を示すように迷いなくデュエルをこなしていた。

 

「《雲魔物(クラウディアン)-アルトス》の効果~、フォッグカウンターを3つ取り除いてキミの手札1枚をランダムに捨てちゃうよ~、どれにしよっかな~」

 

 卵色な卵のような雲の形をした魔物――《雲魔物(クラウディアン)-アルトス》の口からこぼれた泡のような雲が藤原の手札を覆っていき――

 

「右端」

 

『――マ、マスター!!』

 

「《オネスト》が!?」

 

「次は《雲魔物(クラウディアン)-キロスタス》の効果~、フォッグカウンター2つを取り除いて~モンスターを破壊しちゃう~《キング・もけもけ》を破壊だ~」

 

 藤原の相棒を墓地送りにしつつ、薄い桃色のどこか丸っこい猫にも見える雲の魔物こと《雲魔物(クラウディアン)-キロスタス》が、凄いデカいはんぺんのような天使《キング・もけもけ》に体当たりすれば、その巨体にそぐわぬ脆さで砕け散る《キング・もけもけ》。

 

「でもでも、フィールドを離れた《キング・もけもけ》の効果で3体の《もけもけ》たちが復~活~」

 

『もけっ!』

 

『もけけっ!』

 

『もけーっ!』

 

 だが、砕けた《キング・もけもけ》の破片は、小さなはんぺんっぽい天使《もけもけ》たちとなって、もけ夫のフィールドに降り立った。

 

《もけもけ》×3 攻撃表示

星1 光属性 天使族

攻300 守200

 

「魔法カード《デルタ・アタッカー》発動~、これで同名通常モンスターたち――《もけもけ》の3体でダイレクトアタックできちゃう~」

 

「させません! 《ライトレイギア・フリード》の効果! 1ターンに1度、墓地の光属性を除外し、魔法・罠カードの発動を無効にし、破壊する!」

 

 そして藤原をしとめるカードが発動されるも、それは白と黄金の鎧に身を包んだ《ライトレイギア・フリード》が持つ大盾から発せられた光に貫かれ、不発。

 

「じゃあこっち~、罠カード《大番狂わせ》~、《もけもけ》を墓地に送って、レベル7以上のモンスターを全て手札にばいば~い」

 

 だが、主の邪魔をした相手に怒ったように《もけもけ》の1体が赤く染まってその身を爆発させれば、それにより生じた爆風によって藤原の《ライトレイギア・フリード》が、

 

 白き装甲に覆われ、黄金の輝きを迸らせる機械の戦士、《ガーディアン・オブ・オーダー》が、

 

 兜をつけた赤毛の馬にまたがる紫色のマントに二つの突撃槍を持つ《魔道騎士ガイア》が、

 

 それら3体の戦士たちが、抵抗虚しく空へと舞い上がり藤原の手札に収まった。

 

「くっ!? こっちが本命……!!」

 

――普段はゆるーい人だけど、デュエルの実力は本物だ……! でも! いや、だからこそ! 他でもない僕が!

 

『マスター、来るよ!!』

 

「キロスタスを守備表示に変更~、でも守備表示になったキロスタスは破壊されちゃうよ~」

 

 やがて迷いの中で決意を固める藤原へ、《雲魔物(クラウディアン)-キロスタス》の雲の体が崩れていく光景にオネストが藤原に激を飛ばす。

 

雲魔物(クラウディアン)-キロスタス》 攻撃表示 → 守備表示 → 自壊

星4 水属性 天使族

攻900 → 守 0

 

『天使族が破壊された! 永続魔法《怒れるもけもけ》の効果が!』

 

「正~解、《もけもけ》たちがパワーアップ~」

 

『もけもけーッ!!』

 

 なにせ、もけ夫の必勝パターンに入ったことを示すように《もけもけ》たちが、その身を真っ赤に染めて、頭の「?」を「!」にしながら、やる気に満ちた声を響かせていた。

 

《もけもけ》×2

攻300 → 攻3000

 

「バトル~、行っけ~《もけもけ》たち~!」

 

『もけけー!!』

 

 そうして、ピューと可愛らしい感じに突っ込んでくる《もけもけ》だが、その力は白き竜すら相打つ強靭タックル。残りライフ1800の藤原が受ければ即死であろう。

 

「罠カード《敵襲警報-イエローアラート-》! 手札のモンスターを特殊召喚して、攻撃を受けます!来いッ! 《ガーディアン・オブ・オーダー》!!」

 

 ゆえに《ガーディアン・オブ・オーダー》が腕を交差しつつ現れ、その背より細い線状の四対の機械翼を広げるが――

 

《ガーディアン・オブ・オーダー》 攻撃表示

星8 光属性 戦士族

攻2500 守2000

 

「攻撃続行~!」

 

「罠カード《光の召集》! 僕の手札をすべて捨て、同数の光属性を手札に! 戻ってこい、《オネスト》!!」

 

「手札から速攻魔法《突撃指令》発動~、《もけもけ》1体をリリースして、《ガーディアン・オブ・オーダー》を破壊するね~」

 

 ポスンと《ガーディアン・オブ・オーダー》にしがみ付いた《もけもけ》は、仲間の《もけもけ》に敬礼した後、爆散した。

 

「くっ……!」

 

『僕の力は、光属性モンスターあってのこと……!』

 

 こうして爆炎の中に倒れた《ガーディアン・オブ・オーダー》。如何に戦闘において強力な効果を持つ《オネスト》であっても効果破壊されれば、その力は活用できない。

 

「最後の《もけもけ》でダイレクトアタック~! 罠カード《義賊の極意書》を発動しとくよ~」

 

『もけけけけけ!!』

 

 こうして全ての伏せカードを使い切り、正真正銘がら空きになった藤原に、最後に残った《もけもけ》の怒りの怪音波を響かせた。

 

「ダメージを軽減しても、罠カード《義賊の極意書》の効果で~キミの手札を2枚捨てちゃう~」

 

 とはいえ、もけ夫もこれで藤原が終わるとは思っていない。ゆえに、藤原に残る最後の希望であろう残り3枚の手札を狩りに行く。

 

「……手札から捨てた《アルカナフォースXIV(フォーティーン)TEMPERANCE(テンパランス)》の効果で、僕のダメージは0です」

 

「ふ~ん、罠カード《光の召集》の時か~、アルトスで攻撃しておしまいかな~」

 

 だが、どこか女性の怨霊にも見える歪な天使の灰の巨大な両腕に守られた藤原に、仕方なく《雲魔物(クラウディアン)-アルトス》に固めた雲を投げさせダメージを与えた後――

 

藤原LP:1800 → 500

 

 墓地の魔法カード《雲魔物の(クラウディアン・)雲核(エアロゾル)》の効果により墓地の『雲魔物(クラウディアン)』と自身を除外して、デッキから《雲魔物(クラウディアン)-タービュランス》を手札に加えたもけ夫は、カードを2枚セットしてターンを終えた。

 

『もけ~』

 

《もけもけ》

攻3000 → 攻300

 

 そんなターンの終わりと共に、赤く染まっていた最後の《もけもけ》の体も白さを取り戻していく。

 

 

もけ夫LP:2400 手札3

モンスター

《もけもけ》

雲魔物(クラウディアン)-アルトス》

魔法・罠

伏せ×2

《怒れるもけもけ》

雲魔物(クラウディアン)スコール(・スコール)

フィールド魔法《天空の聖域》

VS

藤原LP:500 手札2

モンスター

なし

魔法・罠

なし

 

 

 まるで均衡が崩れたことを示すようなもけ夫のターンエンドを前に、デュエル場に一番近い席に座る亮、吹雪、小日向のフォース生の中から、思わず吹雪が呟いた。

 

「罠カード《義賊の極意書》か……もけ夫先輩、普段と変わらなそうに見えたけど――卒業デュエルに、やる気タップリじゃないか」

 

 それは徹底して藤原の《オネスト》を封じるもけ夫のデュエルを見たゆえ。勝ち負けに頓着しないタイプのもけ夫にしては珍しい光景だと。

 

 そして、それには亮も同意見だった。なにせ、もはや藤原に残るのは――

 

「これで優介に残ったのは、手札の《ライトレイギア・フリード》と《オネスト》のみ。特殊召喚自体に問題はないが……」

 

「どっちが勝つにしても、このターンで決まりでしょ。よしんば相手の盤面を荒らせても、《タービュランス》で《怒れるもけもけ》までの材料は揃ってるんだし」

 

――それに明らかに何か仕掛けてる。あの先輩、普段すっ呆けてる癖にデュエルには抜け目ないのよね。

 

 説明を引き継ぐような小日向の発言が全てを物語っていた。

 

 今の藤原に残る手では、そこまで強固な攻めも守りも組み立てられない。仮に相手の布陣を崩せても、もけ夫の立て直しの準備が整っている以上、焼け石に水。

 

 まさに文字通り、藤原の最後のチャンスというべきラストターン。

 

「かもしれない。だが俺には、どうにもこのデュエル――優介らしさがないように思える」

 

――迷っているのか、優介。このデュエルで先輩へ伝えるべき己を。

 

 そんな最終局面を前に亮の瞳が見定めるはデュエルではなく、その内――互いの心の問題。

 

 学園の在り方を大きく変えた事件の引き金を引いたもの。

 

 新体制の最初の卒業生たちの代表者。

 

 只人に見えぬもの(精霊)が見える二人。

 

 

 この卒業のデュエルには、多くの意味が介在している。

 

 

 しかし、そのいずれかにも部外者である亮には、友を信じて見守る他ない。

 

「でも、ボクには分かるよ――優介は諦めてない」

 

――見せてやれ、優介。新しいキミの姿を。

 

 だが、そんな中で吹雪だけは欠片も心配していない瞳で藤原の背だけを見つめていた。

 

 

 

 

 

 そんな周囲の観客も併せて多くの視線にさらされる中、ドローした藤原の3枚となった手札から――

 

「墓地に光属性が5種類存在する時! このカードは特殊召喚できる! 光を従え、降り立て! 《ライトレイギア・フリード》!!」

 

 再び舞い降りる白と黄金に覆われた鎧を纏いし光の戦士が、白き大盾と重厚な大剣を構えて降り立った。

 

《ライトレイギア・フリード》 攻撃表示

星8 光属性 戦士族

攻2800 守2200

 

「さらに攻撃力が1900に下がる代わりに、このカードはリリースなしで召喚できる! 《疾走の暗黒騎士ガイア》召喚!!」

 

 そして三本角の兜をつけた黄のたてがみをゆらす紫色の馬に乗る二双の突撃槍を携えた騎士が駆けつけ――

 

《疾走の暗黒騎士ガイア》 攻撃表示

星7 光属性 戦士族

攻2300 守2100

攻1900

 

 さらに墓地の魔法カード《沈黙の剣》を除外し、デッキから『サイレント』モンスターを手札に加えた藤原は――

 

「戦士族である《疾走の暗黒騎士ガイア》をリリースし、《沈黙の剣士-サイレント・ソードマン》を特殊召喚!!」

 

 天より《疾走の暗黒騎士ガイア》を光が包み、新たな戦士へとその身を変容させる。

 

 そして降り立つのは、銀のベルトが光る深青のバトルコートに身を包んだ大剣を操る戦士。

 

《沈黙の剣士-サイレント・ソードマン》 攻撃表示

星4 光属性 戦士族

攻1000 守1000

 

「あれ~、キミのデッキでは見たことないカードだ~」

 

「バトル! 《ライトレイギア・フリード》で《もけもけ》を攻撃!! ライトバニッシャー!!」

 

 そして《ライトレイギア・フリード》の大剣が、先行して振り降ろされる。相手の《もけもけ》の小ささが、大剣の巨大さをより引き立てていた。

 

「罠カード《光子化(フォトナイズ)》発動~、その攻撃を無効にして、相手の攻撃力分の――」

 

「通さない! 《ライトレイギア・フリード》の効果! 墓地の光属性を除外して罠カード《光子化(フォトナイズ)》を無効!!」

 

 しかし、その大剣を前に光輝く《もけもけ》の体が――《ライトレイギア・フリード》の大盾に吸い込まれて消えていく。

 

「なら、チェーンして罠カード《ジャスティブレイク》発動~、攻撃表示の通常モンスター以外は、ばいばい~」

 

 だが、途端に《もけもけ》が小さな手を天に掲げれば、空の《天空の聖域》に浮かぶ城からイカヅチがフィールド全土に降り注ぐこととなる。

 

 

 力をいたずらに振るうもの(効果モンスター)をいさめる神の裁きは、藤原の《ライトレイギア・フリード》や《沈黙の剣士-サイレント・ソードマン》だけにとどまらず、《雲魔物(クラウディアン)-アルトス》すらも消し飛ばし爆炎を上げた。

 

「効果モンスターの《雲魔物(クラウディアン)-アルトス》も破壊されちゃうけど~、天使族が破壊されたから、《怒れるもけもけ》で怒っちゃえ~」

 

 そんな唐突な同胞(天使族)の死に、《もけもけ》は怒りを見せる。

 

「あれれ~?」

 

 かに思われたが、その体は真っ白で。表情もゆるーいままだ。

 

 だが、そんな《もけもけ》を目指し、爆炎を突っ切った《沈黙の剣士-サイレント・ソードマン》が――いや、より強さを磨きレベルアップした、沈黙の戦士となって手にした二回り以上大きくなった大剣を振りかぶった。

 

《サイレント・ソードマン LV(レベル)7》 攻撃表示

星7 光属性 戦士族

攻2800 守1000

 

「サイレント・ソードマンの効果か」

 

『そうだ! フィールドの全ての魔法カードが無効になれば! キミの《もけもけ》たちも()()()()!!』

 

「これで最後です! もけ夫先輩!! 行け、サイレントソードマン! 沈黙の剣!!」

 

 やがて、オネストの力説と共に《サイレント・ソードマン LV(レベル)7》の大剣が《もけもけ》に振り下ろされる光景を前に、もけ夫は力なく言葉をこぼす他ない。

 

「う~ん、負けちゃったか~」

 

『もけー』

 

 なにせ、《サイレント・ソードマン LV(レベル)7》の効果により、永続魔法《怒れるもけもけ》によるパワーアップもなく、

 

 ダメージを防いでいたフィールド魔法《天空の聖域》も無力化された以上、《もけもけ》に打つ手はない。

 

 

 

 

「――ダメージ計算前に手札から《オネスト》を発動だよ~」

 

『もけけけけけけ!』

 

 ゆえに、最後までデュエルを続ける選択をしたもけ夫に後押しされた《もけもけ》は、その背の天使の翼を巨大化させながら《サイレント・ソードマン LV(レベル)7》の大剣に頭突きを敢行。

 

《もけもけ》

攻300 → 攻3000

 

「僕もその後に《オネスト》を発動します!」

 

 だが、大剣を《もけもけ》が一瞬押し返すも、《オネスト》の翼を得た《サイレント・ソードマン LV(レベル)7》の大剣が光の剣と化したことで弾き飛ばされ――

 

《サイレント・ソードマン LV(レベル)7》

攻2700 → 攻5700

 

 ボヨンボヨン地面をバウンドした《もけもけ》を体で受け止めたもけ夫のライフは削られることとなる。

 

「でも、すっごく楽しかったよ~」

 

 そんな気の抜けたもけ夫の声が、藤原には妙に印象的だった。

 

もけ夫LP:2400 → 0

 

 

 

 

 

 やがて周囲の歓声が轟く中、腰を落として座ったもけ夫の姿を前に、藤原は手を差し出しつつ問わずにはいられなかった。

 

「最後に聞かせてください、もけ夫先輩。どうして、あのターン――」

 

「――卒業おめでとうございます、先輩!」

 

「――うわっ!? 急にビックリするじゃないか、亮!?」

 

 だが、その問いは二人のデュエルを称えるように、もけ夫の脇を持って掲げた亮の乱入によって矛先がそれることとなる。

 

 そうして亮に持ち上げられたもけ夫の手が観客の声援に応えるように揺れる中、精霊の《もけもけ》もオネストの胸に飛び込み涙をこぼす。

 

『もけもけー!』

 

『キミともお別れだね……寂しくなるよ』

 

「あの、僕の話を――って、うつむいてる……ひょっとして泣いているんですか?」

 

 しかし、亮に抱えられたもけ夫の正面に陣取った藤原が再度問いかけるも、当のもけ夫はうつむいたまま、涙をこらえるように言葉を返さない。

 

「別れに涙はつきものさ! 二人の青春――胸キュンポイント10点だ!!」

 

「一々煩いわね、アンタたちは……ん?」

 

 そんな様子を察知した吹雪が涙ながらに親指を立てつつ合流し、遅れて追いついた呆れ気味な声を漏らす小日向が、何かに気づいたようにもけ夫の両頬を掴んだ。

 

 

 

 

「……寝てるわね」

 

 

 寝てた。

 

 

「――このタイミングで!?」

 

「先輩は良い意味でブレないからな」

 

「それでこそ、もけ夫先輩だよ!!」

 

 そう、この場の誰よりも最初に「あっ、アレ寝てるわ」と理解(リスペクト)したゆえに亮は、もけ夫を持ち上げたのだ。来賓の面々へ「寝てません! 寝てませんから!!」と言わんばかりに。

 

 

 こうして、最後の最後に電池切れのように大衆の中でグースカ眠るもけ夫を持ち上げる亮と共に、藤原が手を振り観客の声援に応える――真相を知る面々からは何とも様にならない形で、卒業デュエルは幕を閉じた。

 

 

 だが、笑いと拍手に溢れた会場の楽し気な雰囲気こそが、新体制の最初の卒業生の肩の荷を下ろしてくれるのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 またまた月日は流れ――

 

 太平洋の孤島に設置されたデュエルアカデミアに向けて、入学試験を突破した新入生たちは()()を満喫していた。

 

 

 そうして甲板にて海の景色を眺めていた十代は、遠方にポツンと小さく見えた孤島の姿に隠し切れぬ高揚を表すように両腕を掲げて叫ぶ。

 

「ついに来たぜ、デュエルアカデミア~!!」

 

『制服、似合ってるじゃないか』

 

「だろ! でも、俺は赤の方が好きなんだけどな……まぁ、いいや!」

 

『インナーの色だけでも変えてみるかい?』

 

 そんな()()()()()を着た十代の傍で宙に浮かぶユベルは、愛しい人との何気ない会話を楽しんでいたが――

 

「此処にいたのか、1番くん」

 

『チッ、ボクと十代の時間の邪魔を……まぁ、いいさ。寮の自室なら二人っきりだ』

 

 十代の声を聞きつけた黄色い制服を着た三沢の接近に舌打ちしつつも、十代に目配せして会話を打ち切った。

 

「おや、1人だったか――話し声が聞こえたと思ったんだが……」

 

「おっ、2番! 話し声はえーと、あれだよ、あれ」

 

 だが、先程の十代の「明らかに一人言ではなかった言葉」に三沢は「いた筈の相手」を探すが、精霊であるユベルが見えぬ身では徒労であろう。

 

 とはいえ、「精霊の存在を安易に明かしてはならない」と教わった十代は、誤魔化す為の言葉探しに四苦八苦している様子。

 

『電話』

 

「そう! 電話! 電話してたんだ!!」

 

「そうだったのか。それはお邪魔してしまったようだな。席を外そう」

 

「あー、いや、いいよ。丁度終わったところだし、悪い」

 

『船内だと人の目も多いから、今日は仕方がないね』

 

 やがてユベルからの助言により、三沢の矛先を何とか躱せた十代は、手でユベルに小さく礼をしつつ、席を外そうとしている三沢を呼び止め、学徒同士のやり取りに移れば――

 

「此方こそタイミングが悪かった。俺は三沢(みさわ) 大地(だいち)――同じ寮のよしみだ、気軽に『大地(だいち)』で構わない」

 

「なら三沢って呼ばせて貰うぜ! 俺は『遊城(ゆうき) 十代(じゅうだい)』!」

 

「……すまない、流石に不躾過ぎたな。忘れてくれ」

 

 だが、自己紹介の段階でつまづいた三沢。「1番くん」「2番くん」と茶化して呼び合う程度の親交があるかと判断したのだろう。あながち間違いではない。

 

 ただ、一つ問題があった。

 

「そんなつもりじゃ……あー、こう俺にも事情があってさ」

 

「……? ……!! あぁ、成程。さっきの電話はガールフレンド(恋人)か。随分とやきもち焼きのようだ。馬に蹴られぬように気を付けよう」

 

 やがて、上手く言い出せぬ照れの入った十代の態度に、聡明な三沢は当たりを引き当てる。

 

 そう、重すぎる愛の使者(ユベル)の存在。

 

 友人の名前呼びにすらチェックが入る程に嫉妬――もとい、やきもちを焼く相手となれば、納得せざるを得まい。

 

「へへっ、まぁ、そこが可愛いところでもあるんだけどさ」

 

『十代……!!』

 

「なら、互いの呼び方は()()()()に任せるよ。ガールフレンドの方と相談してくれ」

 

 そうして惚気て見せる十代の背後からユベルにハグされていることなど知る由もない三沢が、嫉妬されぬように無難な呼び方で十代を呼ぶが――

 

「じゃあ代わりって訳じゃないけど俺のことは『十代』で構わないぜ! なっ!」

 

『……まぁ、こいつなら良いんじゃないか?』

 

 初見で十代に恋人がいることを見抜き、仲を祝福し、お邪魔虫にならぬ確約までした三沢は無事、ユベルのチェックを乗り越えた様子。

 

 

 やがて十代と三沢が、友好の握手を交わす中、直に学園への到着する旨を知らせる汽笛が鳴り響く。

 

「そろそろ到着するようだな」

 

「なら三沢! 着いたら学園、探検しようぜ!!」

 

『キミは相変わらず「それ」が好きだねぇ……』

 

 かくして、早速友人を一人得た十代は、ユベルと共にアカデミアの生活に胸を踊らせる。

 

 

 広大な孤島は、きっと新たな出会いとワクワクに満ちていることだろう。

 

 

 






???「僕は、これ程までに誰かを憎いと思ったことは……ないっス!」


理由をつけてレッド寮を目指すより、
「十代の友人にでもなって学力を上方修正して、ラーイエローに上げた方が早くね?」
と思う今日この頃。

初期クロノス先生の嫌がらせも消えますし(初期万丈目の件も含めて大半の問題が解決する気が)


Q:レッド生は?

A:船内での自由行動禁止。



~今作の藤原(ノーマル)のデッキ~

アニメ版の《オネスト》の効果対象が「レベル7以上の戦士族」な為、

OCG版とのかみ合いから「レベル7以上の光属性・戦士族」デッキに。

構築は、妥協召喚or展開持ちが多い以外は、凄い普通。
精々が《ライトレイギア・フリード》の召喚条件の為に「光属性の種類」をバラけさせているくらいか。

戦法も、サイレント・ソードマンや《ライトレイギア・フリード》で魔法・罠を疑似ロックしつつ殴る。
ロックビート――凄い普通。

ダークネス化してた頃より、素の方が「個をなくし!」てない?(酷)


~今作のもけ夫デッキ~
よくある《もけもけ》と下級『雲魔物(クラウディアン)』の混合デッキ。結構、普通。

《怒れるもけもけ》で突破できない部分を下級『雲魔物(クラウディアン)』たちがフォローしてくれる。

でも『雲魔物(クラウディアン)』たちが守備表示になって自滅して怒る《もけもけ》くんさぁ(おい)




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第244話 赤・青・黄色



前回のあらすじ
色んな光属性たちが卒業しました。デュワッ!





 

 

 アカデミアに到着した新入生こと十代は、校長先生のありがたいお話を右から左へフライアウェイした後、三沢を引き連れ学園探検に赴いていた。

 

 最初のターゲットは一際大きな本校舎。生徒たちが様々な分野を学ぶだけあって、各種施設が目白押しである。

 

 そんな十代が早速目を付けたのは、まるでプロ選手の舞台である巨大なドームの内部を再現した大きなデュエル場。

 

「うぉー! なにここ! プロの会場みたいじゃん!? 観客席まである! なぁ、三沢! 軽くデュエルしていこうぜ!」

 

 周囲を取り囲む観客席から中央のデュエルスペースが注目の的となる場を前に、我慢できずにデッキを取り出し三沢にデュエルを申し込むが――

 

「望むところ――と言いたいが、上の紋章を見ろ」

 

「へっ? オベリスクの紋章があるけど……」

 

「此処のデュエルフィールドは、オベリスクブルー専用の場所なんだ。俺たちラーイエローは原則使用できない」

 

 三沢が指差した会場の一角にあるゲートにある『オベリスクの巨神兵』の頭部をモチーフにした紋章の存在が、彼らのデュエルを妨げた。

 

 だが、当の十代はいまいちよく分かっていないのか首をかしげる姿にユベルは注釈を交える。

 

「……?」

 

『十代、この学園は下から赤、黄、青の順で格付けされて扱いが違うんだ。パンフレットにも載っていただろう?』

 

「あっ、制服の色って、そういうことだったのか……」

 

「その通り」

 

 そんな中、第三者の声が響いた。それに対し、十代とユベル、そして三沢が声の発生源を見上げれば、観客席の影からゆっくりと降りてくる青い制服を着た跳ねた黒髪の男子生徒が一人。

 

「おっ、青い制服」

 

万丈目(まんじょうめ) (じゅん)……」

 

「――知ってるのか、三沢!?」

 

 その人物の正体を因縁深そうに三沢は呟くが、「誰!?」とばかりに振り返った十代の反応に困り顔で説明に移る。

 

「……むしろキミが知らないことに驚きだよ。俺たちと同年代で頭一つ抜けているデュエリストだ。大会で1度くらいは当たらなかったか?」

 

「いや、俺、大会とか、あんま出ないし……」

 

「そう……か。1年から青の制服に袖を通せるのは、アカデミア中等部からのトップエリートか、俺たちが受けた試験で破格の実力を見せた場合だけなんだ――つまり凄い強い」

 

「へぇー、あいつスゲェ強いのか……」

 

『ボクの十代を青にしないなんて、見る目のない試験官たちだね』

 

 やがて三沢からの分かり易い説明に納得を示す十代。しかしユベルは、愛する十代が「イエローが妥当」と侮られた事実に苛立ち気な視線を万丈目に向ける中、いたずらを思いついたように十代の耳元でささやいて見せた。

 

『丁度良いじゃないか。アイツ青い制服なんだからオベリスクブルーだろ? アイツとデュエルすれば、此処が使えるんじゃないかな?』

 

「!! ナイスアイデアだぜ! 俺、遊城 十代! なぁ、万丈目! 俺とデュエルしないか!」

 

「……確かに本気ではなかったとはいえ、クロノス教諭を倒したお前に興味はある」

 

「なら!!」

 

 そうして提案されたデュエルのお誘いに、万丈目が興味深そうな反応を見せる姿に十代もデュエルディスクを準備するが――

 

「だが、時間が悪い」

 

「時間?」

 

「そろそろ歓迎会が始まる時刻だ。先輩方が俺たちを祝ってくださる席に遅れる訳にはいかない」

 

 万丈目から常識的な形で断りが入れられる。先に予定がある以上、其方を優先するのは当然のこと。

 

「それは十代を()()()()()()()()()との判断か?」

 

「好きに受け取れ」

 

「――貴方たち、なにしてるの!?」

 

 しかし三沢からの挑発染みた問いを流す万丈目だったが、この場に再び第三者――4人目だが――であるブルー女子の制服の金の長髪の女子生徒のいさめるような声が響いた。

 

「……天上院(てんじょういん)くんか。校則違反しそうな新入りへ、注意ついでに挨拶しただけだとも」

 

 そんな女子生徒、天上院(てんじょういん) 明日香(あすか)を前に、万丈目は視線を切りながら短く現状を伝え、足早に踵を返してブルー寮へと歩を進める。

 

「そろそろ時間だ。先に失礼させて貰おう」

 

「待って」

 

「……他に何か用かな?」

 

「ジュンコとももえを見なかった? ブルー女子寮も探したんだけど、どうにも見かけなくって……」

 

「なんだ、そんなことか……ブルー女子寮に『いない』のなら、『落ちた』と考えるのが自然だろう。俺の知り合いも殆どがイエローやレッドに落ちていた」

 

 だが、呼び止められた明日香の問いかけに推察も織り交ぜつつ万丈目は答えた。己も一度は疑問に思った内容だと。

 

「アカデミアが様変わりしたとの噂はどうやら本当だったようだね――お互い、彼らの二の舞にならぬよう気を付けようじゃないか」

 

 かくして、そんな去り際の言葉と共に万丈目が完全に立ち去った中、万丈目と明日香のやり取りに、気後れしたのか沈黙が続いていたが――

 

『十代、歓迎会間に合わなくなるよ』

 

「あっ、やべっ!? 急ぐぞ、三沢!!」

 

「ああ!! それと――確か、天上院くんだったね! キミも早く向かった方が良い!」

 

「じゃぁな~! 天上院~!」

 

 ユベルの声に、十代と三沢は慌てた様子でイエロー寮に向けて駆け出して行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 此処で時間と舞台も少々変わり、コテージ風な外観のイエロー寮にて、イエロー生の新入生に向けた歓迎会が催されていた。

 

「エビフライカレー旨ェー!」

 

「十代、寮長先生のお話が――」

 

「はは、私は堅苦しい挨拶は苦手なので、皆さん各々楽しんでくださいな」

 

 その最中、好物のエビフライつきのカレーライスをかっこむ十代を三沢がいさめるが、白髪交じりのおかっぱ髪のちょび髭おじさんことイエロー寮の寮長である「樺山(かばやま)」の無礼講との声に、他のイエロー生たちも肩の力が抜けていく。

 

 かくして、イエロー寮がアカデミアの中でもっとも生徒が多いこともあいまって、あっという間にお祭り騒ぎの様相をかもし出した。

 

「お前、遊城 十代だろ? 噂になってるぜ、クロノス先生を倒したって!」

 

「へへっ、照れるな」

 

「僕は小原(こはら) 洋司(ようじ)――よろしく」

 

「ぼ、僕は大原(おおはら) (すすむ)

 

 そんな中、新入生話題の人物である十代に声をかけたのは、緑髪の小柄な青年、小原(こはら) 洋司(ようじ)と、

 

 オドオドした黒の角刈りの大男、大原(おおはら) (すすむ)の二人。

 

 そうして、早速訪れた新しい出会いに話が弾めば――

 

「へぇー、大原ってゲームデザイナー志望なんだ!」

 

「ま、まだまだだよ、僕なんか。ブルーに上がれるくらいじゃないとダメだから、もっと頑張らないと……」

 

「お前は、また直ぐにそうやって――」

 

「そうだぜ! 俺なんて将来の夢すら何にも決まってないからな!」

 

『正義のヒーローになるんじゃなかったのかい? まぁ、職業ではないだろうけど』

 

 互いの将来の夢について語り合ったり、

 

神楽坂(かぐらざか)は理論派なのか――実は、俺もそうなんだ。同じ理論派として、ぜひ話を聞かせてくれないか?」

 

 はたまた、その隣で三沢が逆さ箒ヘアーの青年、神楽坂(かぐらざか)とデュエル理論について議論したり、

 

「新入生たち! オカルトに興味はないかな!? 興味があれば我らオカルトブラザーズの元まで!!」

 

『……こいつらに、ボクのことは見えていないか。放っておいて問題ないね』

 

 そんな新入生たちに、2年のロン毛眼鏡の高寺、小柄な向田、ぽっちゃり眼鏡の井坂が自分たちの部活勧誘をして回っていたり、

 

「別次元に移住したから、恐竜が絶滅していないなんて初めて聞きました……物知りなんですね、海野(うみの)さん」

 

「当然ですわ、宇佐美(うさみ)さん! この程度、上流階級のわたくしにとって教養に過ぎませんことよ!」

 

――わたくしはイエローでは終わりませんわ! 今に見ていらっしゃい!!

 

 イエロー女子の制服の一団の中のショートボブの青髪宇佐美(うさみ) 彰子(しょうこ)と、

 

 白いリボンのついたカチューシャをしたウェーブがかった青の長髪海野(うみの) 幸子(ゆきこ)が趣味をきっかけに話題に花開かせたり、

 

『……十代の悪い虫になりそうなのは、いなさそうか』

 

 そんな具合で、各々和気あいあいとするイエロー生徒たちの輪に入った十代をユベルは見回りがてらに眺めつつ、「早く二人きりになりたい」と考えながらも、満足気に小さく微笑んでいた。

 

 

 

 

 

 

 ところ変わって、お城もかくやな建物――ブルー男子寮にて、一流ホテルのロビーのような広々とした空間にビュッフェ形式で並ぶ料理の数々を小皿に盛ったブルー女子の制服を着たレイン恵は、手を止めつつ思わず呟いた。

 

「むぐむぐ……ブルー生徒の減少……何故?」

 

 そう、歓迎会が開始され、三学年合わせた全てのブルー生徒が揃っている筈だというのに生徒の数は酷く少ない。

 

 その総数の少なさゆえか男女混合で行われている程だ。

 

 だが、突如謎の鐘の音が響けば、2、3年合わせても少数なブルー女子たちの注目は、上階部分の扉が開いた先に向けられる。そこから現れるのは――

 

「やぁ、みんな――キミの瞳に何が見える?」

 

 みんなのアイドル、フブキングこと天上院 吹雪が、お約束のポーズで指を空へと向けていた。その両隣には、ユニットよろしく並ぶ亮と藤原の姿も見える。

 

「…………シャンデリア?」

 

「 「 「 せーの! 」 」 」

 

 やがて天井を見上げて、見当違いの答えを漏らすレインを余所に、ブルー女子の生徒たちが息を合わせて――

 

「 「 「 天 」 」 」

 

「――JOIN(ジョイン)!!」

 

「きゃ~! 吹雪様~!」

 

「こっち向いて~!」

 

「亮様~!!」

 

 吹雪こと天JOINのお約束の台詞のやり取りがなされたと共にガッツポーズでもとるような吹雪の所作に黄色い歓声が送られ、宮殿よろしくな階段から自分たちの元に降りてくる吹雪たちの元へ、おっかけよろしくブルー女子たちが駆け寄っていた。

 

 まるでアイドルのコンサートである。

 

 

 こうして、ブルー女子の激減により、ブルー男子寮の歓迎会に組み込まれた結果、みんなのアイドル天上院 吹雪ことフブキングのキラキラ笑顔を間近に拝めることになったブルー女子が胸を打たれる中、別口から会場入りした小日向は、げんなりした表情を向けていた。

 

 同じフォースの立場ゆえに、ぶっ続けであのテンションに晒され続ける彼女からすれば、きっと頭痛をこらえるように兄を見やる明日香のような心境なのだろう。

 

「小日向さん、ちょっと良いかしら?」

 

「あっ、良くないです」

 

 ゆえに好物の一つでも食べて心を落ち着かせようとした小日向だったが、届いた声に嫌な予感を感じて即断りを入れた。

 

 だが、件の相手――看護教諭であり、オベリスクブルー女子寮の寮長でもある赤茶な髪を後ろで留め、ギザギザナイフな形状の右前髪を伸ばす鮎川(あゆかわ) 恵美(えみ)は、重ねて願いでる。

 

「もう、そんなこと言わずに! 私はイエロー女子の様子も見に行かなきゃならないの。だから、今年も新入生のブルー女子は少ないし、こっちは貴方に任せたいんだけど……駄目?」

 

 そうして両手を合わせて茶目っ気タップリなウィンクしながら、小日向にこの場を託そうとする鮎川。

 

 なにせ旧体制では「女子は一律でブルー」とされる程度に数が少ない。それが新体制の苛烈な競争性にさらされれば、先も語ったように「ブルー女子」の数は前述の比ではない程の少数である。

 

 さらに「その中の1年生」となれば、片手の数で足りてしまうのだ。

 

 なれば、余裕のある人員が大変な場のフォローを任されるのも自明の理。

 

「ワタシニハ、ニガオモイデスヨー」

 

「そんな露骨に嫌な顔しないで!?」

 

 とはいえ、面倒臭がりな小日向は、棒読みで己の力不足を嘆いてみせる。

 

「ハァ……なら2年の胡蝶に――」

 

「駄目よ。折角の恋のアタックの邪魔しちゃ――だから、ね? お願い出来ないかしら?」

 

 やがて亮へと熱烈アプローチしている長髪に耳元で三つ編みを編んだ髪型のブルー女子「胡蝶(こちょう) (らん)」に押し付け――もとい託そうとするが、ブルーに上がりようやく憧れのカイザー亮に会えた事実を知る鮎川は首を振る。

 

「あっ、そろそろ行かなくちゃ! じゃぁ、任せたわよ~!」

 

 そうして、鮎川に4人しかいない1年生ブルー女子を若干強引に任された小日向は、件の4名の元に足を運び――

 

「……フォース在籍の3年、『小日向(こひなた) 星華(せいか)』――って言っても、貴方たちで勝手によろしくしておいて。面倒だから問題だけは起こさないでよ」

 

 些か投げやりながらも対応。とはいえ、新入生間に何か問題があった際に対処するだけだ。何もなければ暇でいられる。

 

「様変わりした学園のことで、質問があるなら答えてあげるから。以上。はい、解散。各々好きにして」

 

「ねぇ、貴方――アタシとアツいデュエルをしてくださらない?」

 

 しかし、そんな小日向の甘い期待は裏切られ、紫がかった桃色のツインテールのブルー女子、藤原(ふじわら) 雪乃(ゆきの)が甘ったるい口調でデュエルを提案。

 

「……あー、優介が言ってた例の遠過ぎる親戚か。うん、嫌」

 

「あらぁ? 『四帝』の一角ともあろう貴方が勝負を前に背を向けて逃げるの?」

 

「一人許すと他も群がるから面倒なのよ。だから、私とデュエルしたいなら『フォースと戦わせて問題ない』って試験で教師陣に示して――私は私の為以外に時間、使いたくないから。はい、話終わり」

 

 だが、「フォースとのデュエル」は小日向が軽々しく判断していいものではない為、雪乃に幾ら挑発されようが「否」しか返せない。仕事を増やしたくないだけでは断じてないのだ。

 

 そうしてパンと手を叩いて要請を打ち切った小日向へ、雪乃から物足りない視線が向けられる中、ふとレインは食事の手を止めて呟いた。

 

「……むぐ……『四帝』……? 『三天才』ではなく……?」

 

 原作の歴史において「四帝」なる名称は存在しない。あったのは亮・吹雪・藤原の3人をまとめた「三天才」のみだ。

 

「それは昔の通名ですね――あっ、私は(はら) 麗華(れいか)と言います」

 

 そんな悩めるレインに緑髪のボブカットの眼鏡のブルー女子、(はら) 麗華(れいか)が委員長っぽいハキハキした口調で自己紹介しつつ解説。

 

「……レイン恵……詳細を」

 

「まずは言わずと知れたサイバー流の使い手である『皇帝(こうてい)』――丸藤 亮さん」

 

 やがて、2、3年のブルー女子の渦中に原 麗華が手を向ければ、学園最強と名高い亮が、胡蝶とデュエルについて何やら語り合っており、

 

「此方の天上院 明日香さんのお兄さんでもあり、ブリーザード・キングことフブキングを自称する皆さんのアイドルこと『牙帝(がてい)』――天上院 吹雪さん」

 

 明日香の紹介を交えつつ、亮の近くで吹雪がサインやら握手やらのファンサービスに精を出しており、

 

「雪乃さんの遠い親戚でもある知識量は随一の天才と謳われる『剣帝(けんてい)』――藤原 優介さん」

 

 そんな吹雪のマネージャー感があふれる立ち位置で場が混乱せぬように立ち回る藤原の姿が映り、

 

「そして、此方のフォース制度が制定されていらい唯一の紅一点である『鱗帝(りんてい)』――小日向 星華さんです」

 

 最後に、いつの間にやらソファに座って軽食を再開していた小日向を紹介した後、原 麗華は解説の締めくくりを語る。

 

「小日向さんが頭角を現されたのが高等部からだったので、他の3人の方々のことを中等部時代に『三天才』と呼ばれていました。高等部では『四帝』が主流なようです」

 

「情報提供……感謝……」

 

「お気になさらず。私たちは共に勉学を励む学友になるのですから。其方の――天上院 明日香さんでしたよね。中等部では縁がありませんでしたが、同じブルー女子として、今後はよろしくお願いいたします」

 

「明日香で良いわ。よろしくね」

 

「相変わらずカタいわね、麗華」

 

「雪乃さんがおおらか過ぎるだけだと思います」

 

「……上げる」

 

 こうして、旧知の間柄と思しき雪乃と原 麗華に、友達の証とばかりに料理を配るレイン。

 

 そんなクラスメイトが3人しかいない現状に、明日香も新しい縁を受け入れ始める中、それらの様子をチラと眺めていた小日向は、問題ない交流が始まった事実に思考を余所に回し始める。

 

――今年のブルー女子は4人って、前年度と大して変わらないじゃない。中等部の改革どうなってんだか……まぁ、私が楽できるから良いや。

 

 それは、ある種の学園での立ち位置を気にしたものではあったが、「一介の生徒がどうこうする問題でもないか」とサラッと流された。

 

「早速で申し訳ありませんが、小日向先輩! 質問があるのですが!!」

 

「あー、はいはい。大声出さなくても聞こえるから」

 

――寮でのことは胡蝶に押し付けとこ。あの子も来年3年なんだし。

 

 やがて響いた原 麗華が己を呼ぶ声に、小日向は皿を置きつつソファから腰を上げる。

 

 3年生として、己が学園に何を残せるのか――そんな一抹の未来を考えながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 此処で場所を変え、更には時間もグンと戻り――

 

 アカデミア行きの船にて、船室のタコ部屋にすし詰めにされて「到着まで待機」と缶詰にされた赤い制服――オシリスレッドの新入生、丸藤(まるふじ) (しょう)は、アカデミアについて早々大きくため息を吐いた。

 

「はぁ……ぼろっちい寮っスね~」

 

 なにせ、荷物片手に翔が訪れたオシリスレッドにあてがわれた寮は、木造の二階建てのボロアパートにも見える何とも寂れたもの。

 

 学園内で階級によって待遇差を設けていることは知ってはいたものの、こうもボロ屋では気分も滅入る。それゆえに足取りが重くなったせいか、翔が最後だ。

 

 他のレッド生は「少しでも良い部屋を」と競うように先に行ってしまった。ゆえに「余り物には福がある」と信じて「部屋は全て1階」との説明から、暫く世話になる寮の扉をもう一度大きなため息をこぼしながら開けた。

 

「はぁ、入学早々“これ”じゃあ、先が思いやられるっス」

 

「来たか、新入生!! 俺はレッド2年の大山(たいざん) (たいら)! 今日は、この寮の説明――」

 

「ニ゛ャ゛ッ゛ー゛!!」

 

 その瞬間に翔の視界に映った、はち切れんばかりのマッスルポージング男と、ロードランナーを走る薄茶毛の猫がなんか喋ってたので、翔は即座に扉を閉めた。

 

――へ、変な人いるー!? 後、猫がロードランナー走ってた!? なんで!?

 

 翔の脳内は混乱の最中にあった。

 

 自室となる筈の扉を開けば、だだっ広いだけの空間が広がり、そこに伸びっぱなしで放置したような長髪を持つ半裸の筋肉男がいれば、戸惑いもしよう。

 

 ちなみに猫の名前は「ファラオ」である。ぜい肉はない。

 

「ど、どうしよう、寮長さんに言った方が良いのかな!? でも、2階は『食堂など』って話で、他は1階の大部屋一つだったし、一体どうすれば――」

 

「取り敢えず、入ると良い!! 他の新入生も待っているぞ!!」

 

「――うわぁー! 人攫いー!!」

 

 だが、扉の前でゴチャゴチャ悩んでいた翔は、別の扉から出て来たマッスル男こと大山(たいざん)に小脇に抱えられ、恐らく同じ道を辿っていたのであろう他のレッド生の元に並べられることとなった。

 

 

 

 

 

 

 此処で舞台は、オベリスクブルー女子寮の内部に設置された「オシリスレッド女子寮(エリア)」へと移る。多くの赤い制服を着た女子生徒たちに諸々の説明をしていた黒のロングヘアーの女教師こと響みどりだったが――

 

 左右対称に分け広げた茶髪を肩口まで伸ばす1年レッド女子枕田(まくらだ) ジュンコは、現実を拒否するように叫ぶ。

 

「――なんなんですか、ここ!」

 

「大部屋です。新体制からブルー女子も色分けされるようになったので、寮のランクに格差が発生しました」

 

「まさか私たち、みんな此処でくらすんですか!?」

 

「そうです。消灯時刻には気を付けてくださいね」

 

 やがてジュンコに響みどりから無情な現実が叩きつけられる。

 

 レッド女子寮――それは、大部屋に全てのレッド女子を叩きこむ荒業が光る場。

 

 防犯的な側面も考え、ブルー女子寮の豪勢な建物内部に、レッド女子寮を設置した感じだ。むろん、イエロー女子寮も完備されており、内容は男子のイエロー寮と似た状態である。

 

 豪勢なブルー女子寮内部にあるだけ、レッド男子寮より遥かにマシなのだが、ジュンコたちは納得できまい。

 

「プライベートエリアは!!」

 

「1人1つ仕切りを用意しました。他の子のを取っちゃ駄目ですよ」

 

「冗談……でしょ……」

 

「信じられませんわ!?」

 

 プライベートもへったくれもない空間に文句を入れるが、返って来た返答に言葉を失うほかない。

 

 ジュンコの友人の後ろでまとめた長い黒髪が跳ねる「浜口(はまぐち) ももえ」もめまいをこらえるように頭を押さえるが、現実は変わらない。なお、レッド男子寮には“これ(仕切り板)”すらない。

 

「お風呂は!」

 

「共用です。レッド用の浴室は混雑が想定されるので、順番で揉めないように――規定時間にも注意してください」

 

「お手洗いは!?」

 

「共用です。掃除は当番制です」

 

 多くのレッド女子の意見を代弁するようなジュンコとももえの声が響くが、全ての返答が――

 

 無情! 圧倒的、無情!

 

 この地獄から抜け出す方法はただ一つ! デュエル! デュエルで上の階級(ラー・イエロー)を勝ち取るのみ!!

 

「抗議します!!」

 

「ご自由に。ただ、そろそろ歓迎会の時刻なので移動の準備を」

 

 しかし、第ニの道を選択したジュンコに他のレッド女子も迎合する中、響みどりは慣れた様子で次の予定を先に済ませる旨を伝えた。

 

 1年前もこんな感じだったであろうことが容易に想像できる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうしてレッド女子たちを引き連れた響みどりが訪れたのはレッド寮――ではなく、レッド生たち用の教室。男女全てのレッド生が集められた空間にて教壇に立つのは――

 

「オシリスレッドにようこそ。私はレッド男子寮の寮長『佐藤 浩二』――仕事は来年までにレッド生を0にすることです」

 

「私はブルー女子寮内部にある女子レッドスペース――もとい女子レッド寮の担当『響 みどり』です。イエロー寮のスペースも兼業していますが、遠慮せず色々聞いて貰って大丈夫ですよ」

 

 ウェーブがかったロン毛の眼鏡の男、「佐藤(さとう) 浩二(こうじ)」と、此処までレッド女子の案内を務めた響みどり。

 

「早速、歓迎会――など貴方たちには不要なので、授業を始めます」

 

「よろしくお願いしますッ!!」

 

「唯一のレッド2年生である大山くんは此方を解いておいてください。他の皆さんは教科書の――」

 

 やがて佐藤の声を合図に授業が始まり、無駄に良い返事をした大山にプリントが手渡されるが――

 

「待ってください!」

 

「おや、どうしましたか、取巻くん? 教科書を忘れてしまったのですか?」

 

 此処でレッド生の1人、もじゃ毛に眼鏡の青年「取巻(とりまき) 太陽(たいよう)」が待ったをかけた。なにせ、彼は中等部ではオベリスクブルーだった男――万丈目の知り合いをやっていた己が「オシリスレッド」など認められる筈がない。

 

「僕らがレッドなんて納得できません!!」

 

「そうですわ! わたくしたちがレッドなんて、何かの間違いに違いありませんの!!」

 

「そうよ、そうよ!!」

 

 そうして席を立った取巻の声に、ももえとジュンコを含めたレッド生徒たちが、がなりを上げるが――

 

「……恒例行事になりつつありますね」

 

「では、貴方がたが如何にデュエリストとして未熟なのかを解説していきたいと思います。そして、その説明を聞いた上で再試験を望むものは特例で許可します」

 

「本当ですの!?」

 

 デジャヴを感じる響みどりを余所に、佐藤からアッサリと救済案が提示された。思わず食いつくももえ。

 

「ええ、本当です。ただ、その再試験で落第点だった場合、即退学とします」

 

「は、はぁっ!? ふざけんな!!」

 

「どうしてでしょう? 貴方たちは『自分はレッド以上の実力を有している』と自負した上で再試験を望んだのでしょう? ならば、何も問題は無い筈です――なにせ『落第点など取る筈がない』のですから」

 

 しかし、生じるあまりのリスクに抗議する取巻だが、佐藤からすれば「ノーリスクである筈」の提案である。

 

「佐藤教諭ッ! 解き終わりましたッ!!」

 

「流石ですね、大山くん。此方は少し長くなりそうなので、響先生――お任せしても?」

 

「構いませんけど…………はい、確認しました。次は此方を」

 

「はいッッッ!!」

 

――隣で凄い声量っス……

 

 やがて、完全に一人、別の世界に生きている大山(たいざん)の姿に、些か引き気味の翔が内心で呟く中、佐藤の救済案がスタートされれば――

 

「では『我こそは』との方は挙手をお願いします」

 

「はい! お願い致しますわ!!」

 

――明日香様の元へ一番乗りですことよ!!

 

「くっ、出遅れた!!」

 

「なら浜口さんの階級決めの際の実技試験のデュエルについてです」

 

 一番乗りの切符を得て立ち上がったももえは、一気にオベリスクブルーにまで上り詰める心意気だ。やがて、佐藤の問いかけに記憶を巡らせる中――

 

「《レスキュー・キャット》を守備表示で蘇生し、ターンを終えていましたね――何故ですか?」

 

「そんなの決まってますわ! 守備表示なら戦闘ダメージが発生しませんもの!!」

 

「質問の仕方が悪かったようですね。相手のフィールドに残った唯一のカードである攻撃力1500だった《レジェンド・デビル》を放置してまで守りを固めた意図は?」

 

 迷いなく自身タップリで返答したももえに、佐藤は己の不備を謝罪しながら再度問う。

 

「……? 攻撃力が足りないのですから、守備表示に――」

 

「失礼。まだ難しかったようですね」

 

 その意図を測れず首を傾げて同じ返答を返したももえに、佐藤は再度「己の不備」を謝罪し、問い方を変えた。

 

「何故、《レスキュー・キャット》の効果を使用しなかったのですか? それとも貴方のデッキは攻撃力1500のモンスターが召喚された段階で守りを固めるしか成す術がないデッキなのですか?」

 

「……えっ?」

 

「もう少し踏み込みましょうか。《レスキュー・キャット》はデッキから好きなレベル3以下の獣族を2体呼ぶことが出来る対応力の高い効果を持っています。呼び出せる獣族がデッキにいなかった――となれば、デッキ構築の段階で問題があったと言うことになるでしょう」

 

 このやり取りをご覧の皆様も、そろそろ「この子(浜口 ももえ)、馬鹿なのか?」――そう思いたくなるだろう。

 

 だが、彼女たちは基本「デュエルに本気ではない」のだ。

 

 なにもしなくても、最上位のオベリスクブルーの組み分けがなされ、

 

 なにもしなくても、進級にさして問題はなく、

 

 なにもしなくても、問題があった際は補習を受ければ済む。

 

 そうして、エスカレーター式に上がっていった現在がこの有様である。

 

 デュエルが当たり前の世界では、当たり前すぎて学びの意欲のハードルが一段ばかり高いのだ。

 

 なにせ、自分で理解せずとも「デュエルディスク」が全てオートで進行してくれるのだから。負けても進級に何一つ問題がないとなれば、学ぶ意欲も消えよう。

 

 こんなザマでは、原作での一件のようにプロから「キミたちのデュエルは花嫁修業」と侮られて当然だ。

 

「浜口さん――再試験をお受けになりますか?」

 

「ぇ、えっと、その……」

 

「私はどちらでも構いません。『昇級』でも『退学』でも」

 

 ようやく己の現状を理解したももえが言葉を濁す中、佐藤は淡々と語る。佐藤の仕事はただ一つ。レッド生を次のステップに進ませること。

 

「――1年後にレッド寮が空になれば良いのですから」

 

 それは学内への道に限った話ではない。明らかに見込みがないものへ、去る道を諭すことも時に必要だ。

 

「で、でも、そこに、に、二年生のお方が……」

 

「彼はやむを得ない事情により進級試験に参加できなかった為、例外的にレッドに在籍しています――まぁ、今月の試験・実技で落第点だった場合は『退学』ですが」

 

 やがて、唯一のレッド2年生の大山(たいざん)を縋るように指さすももえだが、イレギュラーの話をしても致し方あるまい。彼女たちに“ そ れ (イレギュラー要素)”はないのだから。

 

「――他に質問は?」

 

 そうして佐藤に見下ろされながらの問いに、返答代わりにガクリと膝を落とし着席したももえ。

 

「では次の方」

 

「はい!」

 

――ハッ、所詮は、ままごとデュエルのブルー女子! 俺は、プレイミスまみれのお前のデュエルとは違うんだよ!

 

 そんなももえから一瞬で視線を切った佐藤に、今度は自信に溢れた取巻が挙手。なにせ取巻は進級試験の際に、あそこまでの無様は晒していない。

 

「取巻くんはデュエル中に《聖なるバリア -ミラーフォース-》のカードを使用していましたね。どういった意図でデッキに組み込んだのですか?」

 

――デッキ構築する段階の話!? ……どう答えるのが正解だ?

 

 だが、問題があるかどうかは別だった。返答に悩む取巻。

 

 何を意図した質問なのか? 何を問題視されているのか? 浮かぶ疑問は数知れず。そうして取巻が悩んでいる間に――

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 無情にも佐藤から謝罪の言葉が入る方が早かった。返答に迷った時点で「特に考えずに入れた」「自分のデッキに自信がない」などと答えたようなものだ。

 

 それなら迷いなく「強力だから!」「カッコいいから!」と答えた方が、評価されただろう。

 

――や、止めといて正解だったっス……

 

 そうして、精神力をガリガリ削ってくる佐藤の問題を前に、翔は内心で思わず安堵のため息を零すが――

 

「響教諭ッ!! 解き終わりましたッ!!」

 

「はい、確認します。ですが大山(たいざん)くん――元気が良いのは構いませんが、他の生徒もいますから声は抑えるように」

 

「いえ、そろそろドロー修行に参りたいので、失礼させて貰います」

 

「………………ご、ご自由に」

 

「――とぅ!!」

 

 唐突に窓から飛び降り、森の中に向かっていった大山(たいざん)の姿に目を奪われた翔は思わず二度見しつつ叫ぶ。

 

「あ、あれ! いいんっスか!? 授業放棄っスよ!?」

 

 なにせ、授業放棄が可愛く見えるレベルの蛮行である。

 

 そんな中、他に救済案を望む生徒がいなかったことで、手が空いた佐藤から説明がなされた。

 

「授業を受ける・受けないは皆さんの自由です。『必要ない』と感じれば席を外してもペナルティの類はありません。ただ、(最下層)の制服を纏う意味を理解して頂きたいですがね」

 

――い、嫌みな先生っスね……

 

 しかし、棘のある佐藤の物言いに、思わず翔は頬を引きつらせる。

 

 

「――Ah()ー、Ah()ーッ! Ahhh(アアア)ー!!」

 

――ていうか、あの先輩、ホントに何なんスか!?

 

 だが、森の中から響いた音程を下げ、上げした「ジャングルこそが故郷」と言わんばかりの雄叫びに、肩をびくつかせた翔は思わず内心で叫ぶ他なかった。

 

 

 自分はとんでもない場所に来てしまったのかもしれない――と。

 

 

 






見てごらん、翔――新しい兄貴分だよ




Q:取巻って誰? オリキャラ?

A:原作の初期万丈目の周りで子分感だしていた眼鏡の方のオベリスクブルー生徒です。

原作で名前はありませんでしたが、遊戯王のゲーム作品にて「取巻 太陽」との名をゲット。
性格は「よくある傲慢なブルー生徒そのもの」です。デュエルの実力はお察し(原作での様子を見つつ)



Q:何故、わた――浜口 ももえにこのような狼藉を!!

A:一番分かり易く「アカンやろ、これ……」な状態だったからです。

原作にて、棒立ちの攻撃力1600の未OCGカード『酒豪神 バッカス』を前に共に挑んだ枕田 ジュンコ共々完全に戦意喪失していたエピソードがあり、
(今作で《レジェンド・デビル》に差し替えたのは、毎ターン300打点が上がる『酒豪神 バッカス』と類似した効果だった為です)

……3000打点の大型モンスターならまだしも、下級モンスター1体を前に戦意喪失する現実。

そしてジュンコ、ももえは共に「レッドなんか」と見下す発言から察するに
自己認識は「レッドより自分たちの方が強い」――え、えぇ……(困惑)

そんな具合で――
今作で、「オシリスレッド」に分類されるのは、男女共々このレベルの人たちです。
言ってしまえば「光るものはある気がするけれど、他がおざなり過ぎる」な具合になります。
(他は、病気や怪我などのやむを得ない事情があった場合とかですね)



Q:TF組!?

A:明日香がボッチはかわいそうやったから……(´・ω・`)

イエロー女子の方は、「ラー・イエローに組み分けされた女子生徒もいる」との描写の為です(なので今後の出番は……)

選出理由は、GXの原作組と関りがある(剣山+裸三沢など)や、未来の召喚方と無縁な面々になっております。後、GXの相性と知名度(おい)



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第245話 TURN-03 エトワール・サイバー?



前回のあらすじ
半端な気持ちで入ってくるなよ――(今作の)デュエルアカデミアによォ!





 

 

 アカデミアの男子イエロー寮の広場にて、一つのデュエルが決着を見せていた。

 

「ガッチャ! 楽しいデュエルだったぜ! 小原!!」

 

『ガッチャだ』

 

「くっ、後1ターン早く動けてたら……」

 

 その対戦カードはお馴染み十代と、イエロー寮で同学年ゆえに交流の機会が増えた小柄な青年、小原。

 

 そうしてソリッドビジョンが消えていく中、デュエルを観戦していた三沢と大原も混ざり、反省会染みた雑談に興じる4名だが――

 

「いやー、危なかったぜー! 最後に攻撃力がドドーンと上がったの凄かったよな、三沢!!」

 

「そうだな、逆境からのコンボは見事だった。だが、どうにも序盤の小原の動きが妙だった気がしたんだが……どういった意図があったんだ?」

 

「…………特にないよ。ただ、緊張しただけ」

 

 三沢からの問いかけを前に、思わず言葉を濁す小原。だが、そんな小原と親交が深い大原が意を決した様子で、友の悩みを打ち明ける。

 

「こ、小原くんは、なんというか、こう……『グワッ!』って来られるの、苦手だから……」

 

「――よ、余計なこと言うな、大原!」

 

「ご、ごめんよ」

 

「余計なことじゃないぜ! 仲間の悩みだろ!」

 

 だが弱みを見せる気恥ずかしさゆえに、少々怒りを見せた小原に晒される大原だったが、十代はその辺りの空気を一切読まずに「グワッ!」と詰め寄った。

 

 同じ学園、同じ寮、同じ年代となれば、悩む相手の姿を見過ごすなど出来よう筈もない。

 

「……そ、そういうのが苦手なんだよ」

 

「メンタリティの問題か。しかしデュエル後半は問題なかったのなら、改善法の方向性は定め易そうだが――どうする、小原? キミが良ければ俺たちも協力するが」

 

「が、頑張ってみようよ、小原くん……!」

 

 やがて気圧され気味な小原を余所に、方向性を整理した三沢から提案され、さらに大原の後押しもあって、小原は前向きな検討を見せる。

 

「…………良いのかよ」

 

「気にすんなって! 代わりに今度、勉強教えてくれれば良いぜ!」

 

『まぁ、ボクの十代にかかれば、このくらいなんてことはないさ』

 

 そんな小原へ、十代が返す言葉など一つしかなかった。

 

 そうして、デュエルの際のメンタル管理の話でワイワイする4名だったが――

 

「遊城くん、少し構いませんか?」

 

「あっ、樺山先生! どうしたんだ?」

 

『敬語』

 

「じゃなくて――どうしたんですか?」

 

「はい、実は遊城くんにお客さんが来ていまして」

 

 イエロー寮の寮長、樺山からのお知らせに、彼らの団欒は一時中断となる。

 

 

 果たして、彼らを訪ねた客人とは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 此処で舞台は変わり、かつてパラディウス社と呼ばれた場所にて、紅蓮の悪魔のしもべこと「シモベ」は膝をつき、主の帰りを出迎えていた。

 

「ようこそお戻りになられました、我が主よ」

 

「長く留守にしてしまい申し訳ありません、シモベ」

 

「いえいえ、貴方様の内の『邪』の高まりを感じます――我らが宿願に偉大なる一歩が踏み出されたとなれば、このシモベ! 我が身を砕くことに何の憂いがありましょう!」

 

――そんなことを言われても困るんですけど。

 

 とはいえ、その主こと神崎は、テンション高めなシモベの言動に内心で困りながらも、目的である「地球にいなかった時期の情報収集」を果たすべく口を開こうとするが、それより先にシモベが語りだす方が早かった。

 

「パラディウス社の方は、完全に表からの撤退は完了しております! 今、この瞬間に消えてなくなったとしても、誰一人気にも留めないでしょうYO!」

 

 そう、神崎が宇宙に飛び出す前からシモベに頼んだ件が、「悪影響が出ないようにパラディウス社ことドーマを緩やかに解体する」こと。

 

――もうそこまで進んでいたのか。いや、それだけ宇宙での活動期間が長かった訳だ。

 

 それが解決されていた事実に、時の流れを感じる神崎は、ひとまず情報の精査に戻れば――

 

「ゼーマンと連絡がつかない件は?」

 

「それに関しては、各陣営の小競り合いに掛かり切りゆえですYO! 折角、担いだ伝説の三騎士とやらも『アレは駄目だ、コレは駄目だ』と口煩くて困りますねー」

 

 シモベが、精霊界のゴタゴタに手古摺るゼーマンにマウントを取る光景を眺め、

 

「で・す・が、報告はワタシめで纏めておりますので、ご安心を!」

 

「助かります。それと一先ず、留守の間の情報を補填したいので其方の方も可能な限りお願いしても?」

 

「お任せを!」

 

 やがて用意された山積みになったあらゆる情報媒体の山を前に、神崎はネオスの目も消えたことで制限する必要のなくなった冥界の王の力で影から目や腕を生やし、

 

――当面の目標は、不動博士探しだな。年代的に近しい5D’sの親世代をベースに探ろう。他は乃亜の手が入ったアカデミアの内情を直接見ておきたいが……定期的に訪れても不審がられない立場を用意しないと。

 

 空白の期間を埋めるように神崎は、情報の海に沈むこととなった。

 

 

 こうしてKCを辞したことによるメリット、デメリットを踏まえ、神崎は新しい道を歩み始める。

 

 

 その先に待ち受ける結末は、果たして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 此処で舞台はデュエルアカデミアに戻り、イエロー寮の玄関にて万丈目がインターホン代わりにイエロー寮の生徒に呼び掛けていた。

 

「誰かいないかー! 遊城 十代に用があって来たー!」

 

「おや、万丈目くん。どうしたんですか?」

 

「これは樺山教諭、今日は突然の来訪すみません。遊城 十代とのデュエルの約束をしていたもので――書類は此方に」

 

 そうして、呼びかけに応じてくれたイエロー寮の寮長たる樺山に、書類を渡しつつ来訪の理由を語る万丈目。

 

 そう、万丈目は入学時に挑戦された十代とのデュエルの約束を果たしに来ていた。

 

 とはいえ、約束と言うには曖昧なものだったが、試験ゆえに手加減されていたとはいえ、クロノスの力の入れようを見れば、十代のデュエルに興味がないと言えば嘘になる。

 

 それゆえの来訪。

 

「はい、確認させて頂きます。ただ――」

 

「おぉー! 万丈目じゃん!! お前()遊びに来たのか!?」

 

 だが、樺山が何かを言うよりも先に、万丈目を見つけた十代が寮の窓から身を乗り出して自己主張する方が早かった。そんな十代のハイテンションな姿に、思わず呆れた視線を向ける万丈目。

 

「お前に挑まれたデュエルを果たしに来ただけだ。準備もようやく終わったからな」

 

「準備? あー、そういや、なんか藤原のヤツも言ってたな……」

 

「藤原? まさか3年の藤原先輩が来ているのか!?」

 

――あの剣帝が、十代にそこまで? 俺には見えなかった何かがこいつにはあるのか……。

 

 しかし、十代から語られた「藤原」の名に、万丈目の緩んだ意識は引き締められる。

 

 

 藤原 優介――学園に4人しかいないオベリスクブルーの枠を大きく超えた階級「フォース」の一人であり、学園最強のカイザー亮に唯一並ぶとも評される生粋の実力者。

 

 そんな相手が、1年の、しかもイエロー生徒の元に態々足を運んだとなれば、十代を測りかねていた万丈目の目は曇っていた何よりの証。

 

「はい、問題ありません。ああ、遊城くん。順番はどうなさいますか?」

 

「なら、藤原との後で! く~! オベリスクブルー2人とデュエルできるなんてワクワクするぜ!!」

 

 かくして、万丈目が内心で戦慄する中、樺山に促されてデュエルの順番を決めた十代は、対戦相手が待つイエロー寮の広場に駆けて行った。

 

 

 

 

 そうして、十代の後を樺山と追った万丈目が、3年の先輩との会合に襟を正す中、待っていたのは――

 

「ボウヤも来ていたのね」

 

「…………藤原か。何故、此処に?」

 

――なんだ、1年の方か。驚かせおって……。

 

 1年のブルー女子の1人――藤原 雪乃が、広場に設置されたベンチに腰掛けていた。

 

 思わぬ「藤原違い」に内心で勘違った己を恥じつつ、肩の力を大きく抜いて社交辞令な話題を放った万丈目に、雪乃は指を口元に当てながら蟲惑的な笑みを浮かべて返すが――

 

「あら? レディの秘密を探ろうだなんて、ボウヤも一皮剥けたじゃない」

 

「悪いが、キミの戯言につき合う気はない」

 

「ふふっ、相変わらず余裕のない子。でも今日はイイ気分だから特別に教えてあ・げ・る」

 

 雪乃が良くも悪くも噂が絶えない相手ゆえか、いちいち飛んでくる誘うような挑発を万丈目は疲れた様子で流していく。反応した方が負けだと。

 

「明日香が妙に気にするボウヤがいるって話を聞いたら――味見したくなっちゃったの」

 

『は?』

 

 だが、此処で雪乃の顔を至近距離から覗き込んだユベルが、キレたナイフのような瞳でにらんでいた――だが、生憎と雪乃に精霊を知覚する力はない為、暖簾に腕押し、ぬかに釘。

 

 ユベルの怒りの三分の一どころか一ミリも、雪乃には届いていない。

 

 

 そんなブルー生徒の物言わぬ闘志をぶつけ合う光景に、場所取りを担当していた三沢は、十代の注目度に舌を巻く。

 

「噂の『アカデミアの女帝』に目をつけられるとは、十代の潜在能力はそれ程か」

 

 試験でのクロノスしかり、1年とはいえブルー生徒が2人――いや、話題にあった明日香を含めれば3人もが注目しているとなれば、驚きもしよう。

 

「なにそれ、カッケー! なぁ、三沢! 俺にはそういうの無いのか!?」

 

「……済まないが、そう言った話は聞かないな」

 

「うーん、そっかー……『ヒーロー使いの十代』、違うな。『エレメンタル十代』、変だな」

 

 しかし、話題の渦中の十代は、その辺りの事情は毛ほども興味がなかった。今はカッコいい通名を探ることに忙しい様子。

 

『ふふん、ボクの十代は、お前みたいな女に興味ないみたいだね』

 

 そんな雪乃――と万丈目が眼中にない十代の様子に、ユベルは機嫌良くにらみ付けを取りやめ、十代を後ろから抱きしめるような位置取りに戻った。

 

 

「……『女帝』か。『帝』の文字の重さを知らぬキミらしい通名だな」

 

「ふふっ、だって『女王(明日香)』の席が埋まっていたんだもの。後釜なんて御免だわ」

 

 だが、三沢の呟きに反応を見せた万丈目の苦言を呈する声にも、雪乃はいたずらっぽく笑い返してみながら――

 

「それに女『王』様(明日香)とお揃いの方が、ボウヤも嬉しいでしょう?」

 

 万丈目の秘めた想いをくすぐって見せる。

 

「……生憎だが、俺はキミと違って恋愛事にうつつを抜かす気はない。俺が目指すべき先は一つだけだ」

 

――兄さんたちの期待を裏切る訳にはいかない。

 

「まだまだお子ちゃまね――恋もデュエルのスパイスよ?」

 

「なー、なー! そろそろ2人で話してないで、早くデュエルしようぜー!」

 

 しかし、その淡い気持ちに蓋をする万丈目の初心さを雪乃は微笑ましそうにクスクスと笑う最中に、痺れを切らした十代の声が響けば――

 

「せっかちは嫌われるわよ、ボウヤ」

 

「悪いけど、俺が好きな相手はこの世で一人だけなもんでね!!」

 

『――十代!! ボクの愛もキミ一人だけのものだよ!!!!』

 

「あら、妬けちゃうわ」

 

 矛先を変えた雪乃の誘いを、ストレートに切って放る十代の恋人への愛の宣言を前に、直ぐ傍に件の相手(ユベル)がいることなど知る由もない雪乃は情熱的に宣言する。

 

「なら内緒で、二人でアツくなれること、し・ま・しょ?」

 

「いいぜ、ならデュエルだ!」

 

「 「 デュエル!! 」 」

 

 

 こうして、やっとこさ幕を開けたブルー生徒とのデュエルに気合十分の十代は手札を満足気に眺めるが――

 

――手札は悪くないぜ!

 

雪乃LP:4000 → 3000

 

「ん? 藤原のライフが?」

 

「ボウヤ、先攻か後攻――好きな方を選びなさい」

 

 唐突に減った相手のライフと共に雪乃から告げられた「ハンデ設定」に十代は過去の一件を思い出して不満顔を見せた。

 

「えっー!? そんなの良いから本気でやろうぜ!」

 

「……遊城くん。書類はちゃんと読まないと駄目ですよ?」

 

「十代。同格以外の寮生とデュエルする場合は、届け出を出す必要があるんだ。その際、ハンディキャップも設定される」

 

 だが、そんな十代へ困ったような樺山を援護するように三沢が説明に回る。それが新体制より変化したデュエル規定。

 

「実力が離れすぎた相手とのデュエルは得るものも多い反面、自信を打ち砕かれる危険もあるからな――他にも、制裁染みたデュエルを行わせない為に教師立ち会いの元で行われるのが原則だ」

 

 それが色ごとのデュエルの制限。

 

 弱者を屠って得られる経験に力はなく、また強者へ無謀に挑んだところで圧倒されるが関の山。

 

 弱者・強者に挑んで得られるものもなくはないが、マウントの取り合いで精神を歪ませるのが大半だろう。

 

 

 それゆえの規則。

 

 

『あの女のライフが減ったのも、そのハンデの影響だね。しかも最初の手札を見た後で先攻・後攻を決められるなんて……この学園は、ボクの十代を随分と舐めているようじゃないか』

 

「ん~? まぁ、いいや。なら、先攻は貰うぜ! ドロー!!」

 

 やがてユベルから、かなりのハンデが設定されてることをかみ砕いて説明された十代は、ハンデの解除を諦めつつドロー。

 

「ボウヤの立派なところ、見せて貰おうかしら?」

 

「早速、行くぜ! 魔法カード《予想GUY》! デッキから来てくれ、クレイマン!!」

 

 そして、いちいち艶っぽい雪乃の挑発をガン無視した十代が繰り出したのは、丸い赤の頭に、灰色の粘土でできた大きな丸みを帯びた身体を持つヒーローが十代を守るように両腕を交差し、膝をついた。

 

E・(エレメンタル)HERO(・ヒーロー) クレイマン》 守備表示

星4 知属性 戦士族

攻800 守2000

 

「此処で魔法カード《融合》! 手札のスパークマンとネクロダークマンで融合召喚! 来てくれ、雷光のヒーロー! ダーク・ブライトマン!!」

 

 さらに、その《E・(エレメンタル)HERO(・ヒーロー) クレイマン》の隣に、全身を黒のヒーロースーツで包んだ両肩より黄金の翼型のアーマーを伸ばすヒーローが腕組みしつつ降り立つ。

 

E・(エレメンタル)HERO(・ヒーロー) ダーク・ブライトマン》 攻撃表示

星6 闇属性 戦士族

攻2000 守1000

 

 そして最後にカードを2枚セットし、手札を使い切りながらも悪くない布陣を敷いて十代はターンを終えた。

 

 

十代LP:4000 手札0

モンスター

E・(エレメンタル)HERO(・ヒーロー) クレイマン》

E・(エレメンタル)HERO(・ヒーロー) ダーク・ブライトマン》

魔法・罠

伏せ×2

VS

雪乃LP:3000 手札5

 

 

「あら、随分早いのね。緊張しているのかしら? なら、私から動いてあげる――私のターン、ドロー!」

 

 十代の布陣に些か物足りなさを見せる雪乃は、メインフェイズ開始時に魔法カード《強欲で金満な壺》でエクストラデッキを6枚除外し、2枚ドロー。

 

「魔法カード《高尚儀式術》発動。手札の通常モンスターを素材にデッキから儀式召喚するわ」

 

 そんな雪乃のデッキカラーは「儀式」。

 

『デッキから儀式召喚? 随分変わった効果だね』

 

「何が来るのか、楽しみだぜ!」

 

「手札のレベル8《ラビードラゴン》を贄に、デッキより降臨なさい、《終焉の王デミス》」

 

 やがて雪乃の背後にて立ち昇った光の柱より歩み出るのは、黒い角が左右から伸びる白骨のマスクで素顔を覆った漆黒の重鎧をまとった人型の悪魔。

 

 その太い両腕でつかんでなお巨大な持ち手の長い大振りの斧を構える姿は「王」の名に恥じぬ威容が見て取れる。

 

《終焉の王デミス》 攻撃表示

星8 闇属性 悪魔族

攻2400 守2000

 

『勿体ぶった割には、微妙なラインの攻撃力だけど……気をつけろ、十代。何かあるよ』

 

「デミスの効果。私のライフを2000払うことで、フィールドの『全て』のカードを破壊するわ――んっ」

 

雪乃LP:3000 → 1000

 

 そうして、ユベルが警戒の色を見せる王の威容を放つ《終焉の王デミス》が斧の柄で地面を突けば大地にヒビが走り、その割れた地面より噴出したマグマと共に巨大な爆発が空間を揺らした。

 

 

 主のライフを糧に放たれた破壊の一撃によって轟々と燃え盛るフィールドには、この地獄を――否、終焉を生み出した《終焉の王デミス》のみ。

 

 

 十代の二体のHEROたちは倒れ伏し、他のカードは1枚たりとも生存してはいない。

 

「これでボウヤは丸裸」

 

『お前もね』

 

「――デミス!?」

 

 それは膝をついて倒れ伏す《終焉の王デミス》も例外ではなかった。

 

「破壊されたダークブライトマンの効果でデミスを破壊したのさ! HEROの闘志は、敗北程度じゃ折れないぜ! これでそっちのフィールドも丸裸だ!」

 

「……イケナイ子」

 

 十代の元で最後の力で顕現していたような幽霊のように薄くなった《E・(エレメンタル)HERO(・ヒーロー) ダーク・ブライトマン》が右手を突き出してイカズチを放った姿勢のまま消えていく。

 

 そんな隣で十代は、破壊された2枚の罠カード《運命の発掘》の効果で、合計4枚のカードをドロー。

 

「でも、せっかちさん――魔法カード《復活の福音》を発動。これで墓地のレベル8ドラゴン族、《ラビードラゴン》が復活するわ」

 

 だが、空っぽになった雪乃のフィールドにウサギ頭にモコモコ毛並みに覆われつつも、山のような圧倒的巨躯を躍らせる四足のドラゴンが降り立ち、翼を広げて咆哮をとどろかせた。

 

《ラビードラゴン》 攻撃表示

星8 光属性 ドラゴン族

攻2950 守2900

 

「さらにこの子も――《クリバンデット》を召喚」

 

 そして、そんな《ラビードラゴン》の足元から、バンダナに眼帯を付けたまん丸な毛玉の悪魔が、ナイフ片手に小さな身体をチョコンと顔を出す。

 

《クリバンデット》 攻撃表示

星3 闇属性 悪魔族

攻1000 守700

 

「さぁ、イケナイ子にはお仕置きよ――バトル! 2体の攻撃を受けなさい!」

 

 かくして並び立った《ラビードラゴン》のブリザードのようなブレスと、《クリバンデット》の投げナイフをまともに受けた十代のライフは大きく削れ、十代もまたソリッドビジョンの迫力を前によろめくが――

 

十代LP:4000 → 50

 

「うぉっ!? くぅー、効いたー! ギリギリだぜ-!」

 

『まぁ、あの女のデッキを見るに、あんまり下級アタッカーはいないみたいなのが幸いしたかな』

 

「ふふっ、元気なボウヤね」

 

 未だに闘志の陰りを見せぬ十代の姿をクスクス笑いながら、雪乃はカードを3枚セットしてターンを終え、《クリバンデット》の効果でデッキの上の5枚の中から儀式魔法《高等儀式術》を手札に加えてターンを終えた。

 

 

十代LP:50 手札4

モンスター

なし

魔法・罠

なし

VS

雪乃LP:1000 手札1

モンスター

《ラビードラゴン》

魔法・罠

伏せ×3

 

 

 そうして十代のターンになったが、ライフは驚きの50――かすり傷でも通せば、その瞬間にゲームエンドとなるが、そんなことを恐れることなくカードを引く十代。

 

「俺のターン、ドロー! 墓地のネクロダークマンの効果! 1度だけ手札のレベル5以上のHEROを生贄なしで召喚できる! 俺が呼ぶのはコイツだ! エッジマン!!」

 

 そして繰り出されるは、黄金のアーマーで全身を包んだ光輝くヒーロー。

 

 そのアーマーの背中部分から機械翼を広げ、両腕からブレードを伸ばして闘志に満ちた意思を見せるが――

 

E・(エレメンタル)HERO(・ヒーロー) エッジマン》 攻撃表示

星7 地属性 戦士族

攻2600 守1800

 

「あら立派な子(高レベルモンスター)――だけど残念。攻撃力が少し物足りないわ」

 

「へへっ、攻撃力だけがデュエルの全てじゃないぜ!」

 

 雪乃の言う通り、《ラビードラゴン》を倒すには少々力不足だ。

 

 だが、それでも十代は強気な笑みを浮かべて、魔法カード《融合回収(フュージョン・リカバリー)》で墓地の《E・(エレメンタル)HERO(・ヒーロー) ネクロダークマン》と魔法カード《融合》を回収し――

 

「魔法カード《融合》! 今度は手札のネクロダークマンとワイルドマンで融合召喚! ネクロイドシャーマン!!」

 

 新たな融合HERO――浅黒い筋肉質な上半身をしめ縄で決めたどこか歌舞伎役者を思わせる姿のヒーローが、赤く長い髪を躍らせるように大きく揺らした後、錫杖を肩で担いで〆のポーズを取った。

 

E・(エレメンタル)HERO(・ヒーロー) ネクロイド・シャーマン》 攻撃表示

星6 闇属性 戦士族

攻1900 守1800

 

「ネクロイド・シャーマンの効果! 相手モンスターを破壊し、墓地のモンスターと入れ替える! ダーク・シャドウ・ストライク!!」

 

 やがて、《E・(エレメンタル)HERO(・ヒーロー) ネクロイド・シャーマン》が歌舞伎の見得を切るような足踏みすれば、錫杖から隅の蛇たちが放たれ《ラビードラゴン》を覆っていく。

 

「オイタはダ・メ・よ――罠カード《スキル・プリズナー》発動。これで私の《ラビードラゴン》はボウヤのモンスター効果を受けないわ」

 

 だが、《ラビードラゴン》が咆哮と共にその巨躯を揺らせば、墨の蛇はあっけなく砕け散り、十代の目算を外す結果となった。

 

『……流石に青い制服なだけはあるか』

 

「なら、こうだ! 魔法カード《H(エイチ)-ヒートハート》! エッジマンの攻撃力をこのターン500アップ!!」

 

 しかし、十代が心配気なユベルを安心させるように次なる一手を打てば、熱き正義の心の力が宿った《E・(エレメンタル)HERO(・ヒーロー) エッジマン》の黄金の身体が熱を帯びるようなオーラに包まれ――

 

E・(エレメンタル)HERO(・ヒーロー) エッジマン》

攻2600 → 攻3100

 

「バトル! エッジマン! 《ラビードラゴン》をぶっ飛ばせ! パワー・エッジ・アタック!」

 

 背中の機械翼を広げた《E・(エレメンタル)HERO(・ヒーロー) エッジマン》は、二対のブレードが伸びる左右の腕を突き出し、《ラビードラゴン》へ突撃。

 

《ラビードラゴン》の口から放たれる氷のブレスを切り裂いて突き進み、《E・(エレメンタル)HERO(・ヒーロー) エッジマン》の両腕の一撃が頭部に直撃したと同時に、逃げ場を失った竜のブレスが爆散した。

 

「続いて、ネクロイド・シャーマンで――あれ?」

 

「焦っちゃだぁー・めっ――墓地の魔法カード《復活の福音》を身代わりにさせて貰ったわ」

 

 だが、その爆炎が晴れた先には無傷の《ラビードラゴン》が――その巨躯を覆っていた氷の膜がはがれていくも、雪乃を守るように立ちはだかる姿に《E・(エレメンタル)HERO(・ヒーロー) ネクロイド・シャーマン》は構えた錫杖を下ろす他ない。

 

雪乃LP:1000 → 850

 

「うーん、攻めきれなかったかー」

 

E・(エレメンタル)HERO(・ヒーロー) エッジマン》

攻3100 → 攻2600

 

 そうして、相手の盤面を崩しきれなかった十代はカードを1枚セットしてターンを終えれば、《E・(エレメンタル)HERO(・ヒーロー) エッジマン》の内より《H(エイチ)-ヒートハート》の力が失われ、熱を帯びていた黄金の身体は常の状態へと戻っていった。

 

 

十代LP:50 手札0

モンスター

E・(エレメンタル)HERO(・ヒーロー) エッジマン》

E・(エレメンタル)HERO(・ヒーロー) ネクロイド・シャーマン》

魔法・罠

伏せ×1

VS

雪乃LP:850 手札1

モンスター

《ラビードラゴン》

魔法・罠

伏せ×2

 

 

 こうして互いが1度ずつバトルを終えた光景に、観客をしていたイエロー生3名の1人、小原は十代の劣勢に消沈した様子を見せる。

 

「流石にブルー相手じゃキツかったか」

 

「み、見てるこっちが緊張してきたよ……」

 

「だが、互いのライフは秒読みだ。次の一手をどちらが先に通すか……万丈目はどうみる?」

 

 やがて、小原の不安が伝播した大原が大柄な身体でオロオロする姿に、三沢が万丈目に話題を振るが――

 

「まだ何とも言えん」

 

――遊城 十代のデュエル……今のところはクロノス教諭が僅かでも本腰を入れる理由は見えない。アイツの何がクロノス教諭を駆り立てた?

 

 今の万丈目には、クロノスが十代から何を感じ取り、試験の範囲を逸脱したデュエルに踏み切ったのか測りかねていた。

 

 

 

 

 

 そんな観客たちの様子から、デュエルの様子に戻れば――

 

「このスリル、癖になりそう――私のターン、ドロー」

 

 ハンデありきとはいえ、己に食らいつく十代を前に雪乃は愉し気にカードをドロー。

 

 そして魔法カード《強欲で金満な壺》により2枚ドローした雪乃は、伏せていた速攻魔法《神秘の中華鍋》を発動し、フィールドに唯一残る《ラビードラゴン》を生贄に攻撃力分のライフを回復。

 

雪乃LP:850 → 3800

 

「儀式魔法《高等儀式術》を発動よ――今度はデッキの通常モンスターを贄に、手札から儀式召喚するわ」

 

 《ラビードラゴン》が消え、空になった雪乃のフィールドに魔法陣が広がれば、現れる影はただ一つ。

 

「デッキからレベル8――2体目の《ラビードラゴン》を墓地に送り、再び終焉をもたらしなさい! 《終焉の王デミス》!!」

 

 終わりを告げる漆黒の重鎧の悪魔《終焉の王デミス》が、その全身から瘴気を噴出しながら大地より這い出るように出現した。

 

《終焉の王デミス》 攻撃表示

星8 闇属性 悪魔族

攻2400 守2000

 

「此処で魔法カード《龍の鏡(ドラゴンズ・ミラー)》――墓地の通常モンスター2体を除外して、ドラゴン族を融合召喚!」

 

『あの女の墓地には、2体の《ラビードラゴン》がいる……!』

 

「終焉の眷属たる始まりの竜! 《始祖竜ワイアーム》!」

 

 更に、そんな《終焉の王デミス》の傍で竜に似せた縁の鏡が砕け散れば、その鏡の乱反射の光の中より、蛇のような長い身体を持つ全身に棘の並ぶ巨大な紺の甲殻の竜が巨大な翼を広げながら舞い降りた。

 

《始祖竜ワイアーム》 攻撃表示

星9 闇属性 ドラゴン族

攻2700 守2000

 

「此処で《終焉の王デミス》の効果! ライフを2000払いフィールドのすべてに滅びを与えるわ! ワールド・エンド!」

 

「自分のモンスターごと!?」

 

 そして、此処にきて《終焉の王デミス》が再び斧を大地に叩きつけ、破滅の力を振るえば、フィールドの全てを飲み込む力の奔流が互いのフィールドを覆い――

 

雪乃LP:3800 → 1800

 

 

 残るは《終焉の王デミス》――だけでなく、従属たる竜《始祖竜ワイアーム》。

 

 

 更に先程まで影も形も見当たらなかった《ラビードラゴン》が雪乃の元に集っていた。

 

《ラビードラゴン》 攻撃表示

星8 光属性 ドラゴン族

攻2950 守2900

 

「うぉっ!? 《始祖竜ワイアーム》が無事なだけじゃなくて、《ラビードラゴン》まで!?」

 

「《始祖竜ワイアーム》はモンスターの効果を受けない硬い子――さらに永続罠《竜魂の城》が破壊されたことで、除外されたドラゴン族《ラビードラゴン》は特殊召喚されたのよ」

 

 そんな現実に驚く十代を、雪乃の視界に丁度、右手で包み込める形で右腕を突き出した雪乃の所作が示すように、まさに十代はまな板の上の鯉。

 

 頼みのセットカードも破壊された十代に打つ手はない。

 

「これでボウヤを守るヒーローたちはいないわ――終わりね」

 

「そいつはどうかな?」

 

『クリリ~!』

 

 だが、十代の近くで先の破壊の奔流のせいか目を回す《ハネクリボー》のソリッドビジョンが雪乃の視界に映れば――

 

「そのカードは確か試験の時の……!」

 

「そう! お前のデミスは、速攻魔法《クリボーを呼ぶ笛》で特殊召喚した《ハネクリボー》も破壊したのさ!」

 

『これで、このターン十代に戦闘ダメージはない。新入りの割によくやったじゃないか』

 

 クロノスとの試験の時と同様に、このターン十代を仕留めることは叶わない事実が雪乃に突き付けられる。

 

『クリィ……!』

 

『しかも、あの女の手札は0だ――だけど、十代。キミのライフも余裕はないよ』

 

 やがて、ユベルにピンと指で突かれるハネクリボーがくすぐったそうに身をよじらせる精霊同士のやり取りなど見えない雪乃は、己の手札が0である以上ターンを終えるしかなかった。

 

十代LP:50 手札0

VS

雪乃LP:1800 手札0

モンスター

《終焉の王デミス》

《始祖竜ワイアーム》

《ラビードラゴン》

 

 

 そうして千載一遇の機会を逃した雪乃へ、観客の万丈目は厳しい評価を零すが――

 

「デミスの効果を過信したな。あのまま攻撃していれば勝てていたものの」

 

「それは結果論じゃないか、万丈目? 十代のセットカードが《魔法の筒(マジック・シリンダー)》のような逆転のカードであった可能性もある以上、彼女の決断も間違いではなかった筈だ」

 

 擁護に回った三沢の言うように十代のセットカードが未知だった以上、万全を期す為に《終焉の王デミス》の効果で破壊するのは、間違った選択ではない。

 

「そんなものは、速攻魔法《神秘の中華鍋》を温存して躱せば良かっただけの話だ。《ラビードラゴン》で先行し、その後で展開した方がリスクは低い」

 

 しかし、それでも万丈目の評は辛口だった。相手の伏せカードを躱す術もあった以上、無理にそのターンで決める必要性は薄い。

 

「仮に伏せカードで凌がれたとしても、相手の手札は0だ。逆転の芽は限りなく低い――なら、デミスは温存しておくべきだった」

 

 なにせ、今の十代の手札は0――通常ドローして1枚に増えたところで、できるのは壁1枚を用意する程度だ。そこからドロー合戦になれば、盤面を維持できていた雪乃の独壇場となりうるのだから。

 

 

 だが、そんな中、小原は困った様子で呟いた。

 

「そうか、万丈目は知らないのか」

 

「何が言いたい、小原」

 

「う、うん、そうだよね、小原くんの言う通りだ。ど、土壇場の遊城くんは――」

 

 そう、大原が引き継いだように、入学してから十代と結構な回数をデュエルした面々は知っている。

 

「 「 「 強いぞ 」 」 」

 

 こういったギリギリの状況の十代のドローは奇跡を呼ぶのだと。

 

 

 

 

 かくしてデュエルに戻れば――

 

「フィニッシュし損ねたけど、ボウヤにはフィールドどころか手札すらないわ――残念だけど、期待外れね」

 

「へへっ、それはどうかな?」

 

「あら、逆転の秘策でもあるのかしら?」

 

 大型モンスター3体を従える雪乃を前に、フィールド・手札共にカード0で楽し気に笑う十代の様子を、空元気だと雪乃は呆れ気味に肩をすくめて見せる。

 

 

「いいや、今の俺には何もない! でも、このドローでそんな世界がガラリと変わるかもしれない――そう思うとワクワクしないか!?」

 

「ふふっ、本当に面白いボウヤね。だけど、達者なのがお口だけじゃあ意味はないのよ」

 

 しかし、逆境に立たされてもなおデュエルは楽しいのだと十代は語るが、雪乃の言うように、大きな口を叩いたところで負けてしまえば、ただの負け犬の遠吠え。

 

「なら、口だけじゃないってところを見せてやるぜ! ドロー!」

 

 だが、突き付けられた現実を前に十代のラストドローが輝けば――

 

「来た来た来たァ!! 手札が自身だけの時! こいつは特殊召喚できるぜ! 来いッ! バブルマン!!」

 

 十代の元に白いマントを揺らして降り立つのは、水の入ったタンクを2つ背負った深い青のヒーロースーツに水色のアーマーを身に付けたヒーロー。

 

 しかし、そのステータスはお世辞にも高いとは言えない。

 

E・(エレメンタル)HERO(・ヒーロー) バブルマン》 守備表示

星4 水属性 戦士族

攻800 守1200

 

「守備力1200?」

 

「バブルマンを特殊召喚した時! 俺のフィールドに自身以外のカードがなければ、俺は2枚ドローできる!!」

 

「だとしても、ボウヤお得意の融合HEROを都合よく呼び出せるかしら?」

 

 壁モンスターを呼んだだけと思いきや、2枚の手札を補充した十代。だが、あしらうような雪乃の発言が、変わらぬ現実を物語っている。

 

 なにせ、十代の主戦法「融合召喚」の手札消費の荒さを考えれば、2枚の手札は決して心強いものではない。

 

「2枚ドロー!! まだまだァ!! 魔法カード《HEROの遺産》! 墓地のHERO融合体を2体デッキに戻し、3枚ドローだ!!」

 

「此処に来て、連続ドローですって!?」

 

 だが、此処にきて一気に3枚のカードをドローした十代の姿は、流石の雪乃も無視できなかった。

 

「そして三度発動だ! 魔法カード《融合》! 手札のフェザーマンと、フィールドのバブルマンで融合召喚!!」

 

 そして4枚に増えた手札から繰り出される十代の勝利を釣り上げるヒーローは――

 

「――立ちはだかる大波を打ち据えろ! セイラーマン!!」

 

 フィールドの《E・(エレメンタル)HERO(・ヒーロー) バブルマン》の水の力と、手札の風のヒーローの力を併せ持つ、嵐、荒波なんでもござれな海の男の化身たるヒーロー。

 

 青いバイザーで黒の長髪を逆立て、水色の体表の両腕にそれぞれ巻いた鎖から伸びる二対のイカリをぶつけ合わせ、小気味いい音を響かせた。

 

E・(エレメンタル)HERO(・ヒーロー) セイラーマン》 攻撃表示

星5 水属性 戦士族

攻1400 守1000

 

「更に魔法カード《一騎加勢》発動! セイラーマンの攻撃力をこのターン1500アップだ!!」

 

 やがて己を鼓舞する雄叫びを《E・(エレメンタル)HERO(・ヒーロー) セイラーマン》が上げれば、その両腕の筋肉が力強さを増し――

 

E・(エレメンタル)HERO(・ヒーロー) セイラーマン》

攻1400 → 攻2900

 

「でも、私の子たちを攻撃したところで、ライフを削り切るには少し足りないわ!!」

 

 雪乃に両腕のイカリを掲げる《E・(エレメンタル)HERO(・ヒーロー) セイラーマン》だが、その攻撃力では雪乃のどのモンスターを攻撃したところで、そのライフを削り切るには至らない。

 

「言ったろ? 攻撃力だけがデュエルじゃないって!!」

 

 だが、十代と《E・(エレメンタル)HERO(・ヒーロー) セイラーマン》が狙う獲物はモンスターではない――勝利だ。

 

「俺がカードをセットしている時、セイラーマンはダイレクトアタック出来る!」

 

「直接、私を!?」

 

「バトルだ! セイラーマン! アンカー・ナックル!!」

 

 そうして、最後の手札を十代が伏せた瞬間に、《E・(エレメンタル)HERO(・ヒーロー) セイラーマン》によって大地に打ち込まれた二つのイカリは海中を潜るように地中を進み――

 

「そんな――」

 

 《終焉の王デミス》や二体のドラゴンたちの背後の隙を縫って飛び出した二対のイカリが、雪乃を貫いた。

 

 

雪乃LP:1800 → 0

 

 

 

 かくして、アカデミアのエリートの証たるオベリスクブルー生とのデュエルをなんとか終えた十代。

 

「ガッチャ! 楽しいデュエルだったぜ! 次はハンデなしでやろうな!」

 

『ガッチャだ。お前も、そこそこやるじゃないか――まぁ、ボクの十代には遠く及ばないけどね』

 

――ふふっ、楽しい学園生活になりそうね。

 

 

 そんな彼らの縁は、少しずつ――だが、確実にその輪となって広がっていく。

 

 

 この先、一体どんな波乱が待ち受けているか、それは文字通り誰にも分からない。

 

「次は万丈目の番なー!」

 

 だが、今はワクワクに満ち溢れた十代の笑顔を見れば、その未来が明るいものだと言うことだけは断言できよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな十代たちのデュエルが終わる頃、パラディウス社だった場所にて――

 

「今のアカデミアは、公開試験をしているのか――随分とオープンになっているんだな」

 

――これなら、そこまで大それた立ち位置は必要ないか。人探しに専念できそうだ。

 

 今、抜け落ちた情報を補填した一つの黒い影(神崎)が動き出そうとしていた。

 

 

 

 






明日香「えっ?」

エトワール・サイバー「えっ?」


Q:???「明日香さんを差し置いて何やってんスか!!」

A:明日香が自発的に十代の元に向かう構図が不自然だったので、友人の縁が生じたアクティブな雪乃に白羽の矢が立ちました。

原作の明日香も、普通にデュエルを提案すればホイホイ了承する十代を相手に、
物凄い遠回りなことをして、デュエルの舞台を整えていましたし


Q:ブルー生徒がイエロー生徒にデュエルを挑むのって、申請・ハンデ・教師の立ち合いがいるの? 邪魔臭くね?

A:「デュエルでトラウマ」が普通にある世界なので、雑魚狩りする人を減らす為の処置です。

教師が立ち会うことで、罵詈雑言の類も抑制もされます。「デュエルは鬱憤を晴らす道具じゃねぇ!」――エエ言葉や(かっとビング感)

後、ハンデ戦により、勝ちでも負けでも「言い訳」が出来る為、心的ダメージを減らす目的もあったりします。
なにせ、親御さんから預かった大切なお子さんたちですからね(なお悪童には容赦しない校長)





~今作の雪乃のデッキ~
ポピュラーな所謂『デミス通常ドラゴン』

レベル8通常ドラゴンを素材に《終焉の王デミス》を呼び、ぶっぱ後の蘇生普段豊富な通常ドラゴン復活で「オラァ!!」するデッキ。ライフ4000環境は心地よいですなー!


《終焉の王デミス》の破壊効果もへっちゃらな《始祖竜ワイアーム》はズッ友だよ!!

《ラビードラゴン》は《復活の福音》でフィールドで踏ん張ったり、《竜魂の城》で異次元から駆けつけてくれる。マブダチだぜ!!

《デビルドーザー》とは違うのだよ、《デビルドーザー》とは!


進化系のデミス+ルイン一式? 知らんな。






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第246話 アカデミアの洗礼



前回のあらすじ
強欲なバブルマンはOCG版でも、やはり強欲(濡れ衣)





 

 

 万丈目のフィールドには――

 

 黄金の竜を模した鎧を身に纏う竜使いの上半身に、長大な竜の下半身を持つ《竜魔人 キングドラグーン》が、

 

 そして銀に輝く鎧を身に纏い、巨大な剣と盾を左右に携えた《竜の騎士(ドラゴン・ナイト)》が、

 

 橙の羽毛の翼に、同色の甲殻に覆われた黒い大剣を構えた細身の人型の竜《ドラグニティアームズ-レヴァテイン》が立ち並ぶ。

 

 

 だが、その反面、十代のフィールドには、カード一つたりとも存在しない。

 

万丈目LP:3000 手札1

モンスター

《竜魔人 キングドラグーン》攻2400

竜の騎士(ドラゴン・ナイト)》攻2800

《ドラグニティアームズ-レヴァテイン》攻2600

魔法・罠

《アークブレイブドラゴン》(装備扱い)

伏せ×1

VS

十代LP:700 手札0

モンスター

なし

魔法・罠

なし

 

 

 先攻を取った十代が魔法カード《手札抹殺》を挟みつつ、《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) フレイムウィングマン》と《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) スパークマン》を呼び出し、セットカードも伏せてターンを終えたが、

 

 

 万丈目が繰り出した《ロード・オブ・ドラゴン-ドラゴンの支配者-》を起点としたドラゴンたちの大量展開からの魔法カード《巨竜の羽ばたき》でセットカードを除去され、攻撃力2000オーバーの3体のドラゴンたちの攻撃にヒーローたちは敗れ去った。

 

 

 次に繋がる筈だったセットカードも失った今の十代には、希望どころか文字通りカード一つたりともありはしない。

 

 

「諦めろ。もう結果は見えた」

 

「へへっ、デュエルってのは最後の最後まで勝敗が分からないから楽しいのさ!」

 

 ゆえに万丈目の冷たい降伏勧告がくだされるが、十代の闘志はこの程度で折れる程に安くはない。

 

 むしろ先の雪乃とのデュエルも含め、次々とワクワクする相手の連続にテンションが上がりっぱなしだ。

 

 そうして、逆転をかけた十代のドローが――

 

「ドロー! 来たぁ! 魔法カード《ホープ・オブ・フィフス》! 墓地の5体のHEROをデッキに戻して2枚ドローす――」

 

「カウンター罠《魔宮の賄賂》発動。その魔法の発動を無効にし、相手にカードを1枚ドローさせる。終わりだ」

 

 今、煌めいた――と同時に万丈目のセットカードから放たれた小判が弾き落とす。

 

 これにて希望を繋ぐ筈だった2枚のドローは1枚に大きく減衰し、十代の奮闘を悪足搔きとばかりに封殺していく。

 

 たった1枚のカードでは、ドラゴン族をあらゆる「対象を取る効果」から守る《竜魔人 キングドラグーン》の力も、

 

 万丈目の墓地に眠る魔法カード《復活の福音》による「1度の破壊耐性」も、超えきることは難しいだろう。

 

「いいや、今俺が引いたカード! 魔法カード《ミラクル・フュージョン》が奇跡を起こすぜ!」

 

 しかし、十代のドローはその上を行く奇跡を起こす。

 

 墓地のモンスターを除外することで、この絶望の突破口となる光の力が天より差し込む。

 

 そうして()()()()()()降り立つのは漆黒の身体に赤い血脈を巡らせる巨大なドラゴンが翼を広げたまま、大地を揺らして地上に降り立った。

 

《冥王竜ヴァンダルギオン》 攻撃表示

星8 闇属性 ドラゴン族

攻2800 守2500

 

 

「あれは!? カード効果を無効にした際に特殊召喚されるドラゴン!?」

 

「竜王サマは今日も絶好調みたいね」

 

『拙いよ、十代……!』

 

 三沢の解説を余所に、からかうような雪乃の声がこぼれる中、ユベルは最悪の状況に十代を見やる。

 

「終わりだと言った筈だ――魔法カードを無効にし、呼び出されたヴァンダルギオンは相手に1500ポイントのダメージを与える」

 

 だが、それより先に万丈目の宣言が理解の追いつかぬ十代の元に届き――

 

「えっ?」

 

「――冥王葬送(めいおうそうそう)

 

 漆黒の顎を開いた《冥王竜ヴァンダルギオン》から地の底から咆哮が響くと同時に、闇色の衝撃波となって十代に叩きつけられた。

 

 

十代LP:700 → 0

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして十代は、万丈目に敗北を喫した――だが、即座に再戦を願おうとした十代は、闇色の視界の只中にて木霊する何者かの声に引き寄せられる。

 

「(起きろ……起きるんだ……早く)」

 

「次のページをシニョール遊城に――シニョール遊城?」

 

「(十代……起きろ、十代)」

 

 その二つの声の一つによって、楽しいデュエルの真っただ中の十代を引き戻すように、小声と共に身体が揺らされるも、万丈目との再戦に魅入られた心は動かない。

 

『寝かせといて上げてくれよ。全く気の利かない……』

 

「ノン。シニョール三沢。必要なイーノ」

 

「むにゃむにゃがっちゃ……ん? ――うぉっ!?」

 

『十代!?』

 

 だが、突如として十代の身体は宙に浮かび、十代の寝顔を眺めていたユベル共々驚きに満ちた。

 

 やがて数日前の万丈目とのデュエルを夢に見ていた十代は、寝ぼけまなこを擦って視界に映る自身の襟首をつかんで宙吊りにする額に青筋を浮かべたクロノスの姿を把握。

 

「シニョール遊城! お休み気分ナーラ、寮のベッドで寝るーノ! そっちの方が疲れも取れーテ、良いノーネ!」

 

「へへっ、悪ぃクロノス先生。つい……」

 

「ついも、へちまもないノーネ! この際だカーラ! 確認ついでに言っておくーノ!」

 

 そうして受けたお叱りを前に十代は参ったように頭をかくが、我慢がならぬ様子でクロノスは苦言を続ける。

 

「ワタクシも『受けて良かった』と思われるような授業にしまスーガ、我が校では授業を無理に出席する必要はないーノ」

 

 新体制のアカデミアにおいて「授業への出席」は必須ではない。サボろうが、休もうが一切のペナルティは発生しないのだ。

 

 ゆえに、先も告げたように授業中に寝るくらいなら、きちんとした環境で眠り、しっかり疲れを取った方が合理的であろう。

 

「定期試験と卒業試験――この2つを突破できーて、リスペクトの心さえ持っていレーバ学園としても文句ありマセーンヌェゥ!」

 

 だが反面、定期試験などを落とせば、病気などのやむを得ない事情がない限り、一切の救済措置は存在しない。所属寮の格下げや、最悪の場合は退学処置すら容赦なく行使される。

 

 リスペクトの心に関しては、実技試験などの際に「態度」や「言動」によって判断される――が、今は本筋と関係ない為、割愛させて貰おう。

 

「過去には、1度も授業に出席することなく卒業した生徒もいたノーネ」

 

 やがて「先~生~、今日までお世話になりました~」などと言った極端な一例(もけ夫)の声がクロノスの脳裏を過るが――

 

――あのシニョール(もけ夫)の場合は、ゆるーくなる前が文句なしの優秀な生徒(トップエリート)だカーラ、例外中の例外なノーネ。

 

「デスーガ、貴方たちーの自分の制服の色を見なサーイ!! イエロー!! イエローなノーネ!! 筆記・実技! そのどちらの力も足りないゆえの色分けナーノ!」

 

 眼前の十代が身に纏う黄色い制服が示す現実を叩きつけるクロノス。昔話ではないが、(ブルー)(イエロー)の競争で、(イエロー)が居眠りすれば結果はお察しであろう。

 

「己の立ち位置を、しかと自覚するノーネ!! 次、寝ている生徒がいたーラ! 問答無用で叩き出すノーネ! 寮のベッドで好きなだけ寝ルーノ!」

 

 そして入学したばかりゆえか、未だ浮足立つ調子が抜けないラー・イエローの1年生の気を引き締めるべく、最後の最後とばかりにクロノスは強い口調でたしなめた。

 

「…………オホン、授業に戻るノーネ」

 

「うおっ!?」

 

『十代!? 大丈夫かい!?』

 

 かくしてクロノスが咳払いしたと同時に、その腕から解放された十代は、椅子の上にドスンと落ちることとなる。

 

 文字通り、次はない。

 

 

 

 

 

 

 

 やがて、本日の授業もつつがなく終了し、放課後となった学園の廊下にて十代と並んで歩く三沢が呆れた様子で零した。

 

「十代、授業中にああも居眠りするのは流石に感心しないな」

 

「いやー、悪かったって。昨日、徹夜でデッキ調整してたから……ふわぁ~、どうにも眠くってさ」

 

 だが、十代とて無意味に寝不足な訳ではない。形はどうあれ、アカデミアの本分である「デュエルの腕」はしかと磨いている。

 

「万丈目とのデュエルの結果(敗戦)に思うところがあったのか?」

 

「おう! また挑戦するぜ! だからさ――届け出だっけ? それの書き方、教えてくれよ、三沢! 頼む、この通りだ!」

 

 ゆえに過去の万丈目とのデュエルのリベンジ――までの手続きを願いでる十代。こうした堅苦しい書面系統は、彼の苦手なところ。

 

「悪いが、力になれそうにない。あの日の様子を見るに向こうが応じるとは思えなくてな」

 

 しかし、三沢は困ったように頬をかいて言葉を濁す。それもその筈――

 

「あー、そういや『得られるものがない』とか何とか言ってたな……やっぱ、ダメ?」

 

『もう良いじゃないか、十代――「感覚頼りのデュエルが、いつまでも通じると思わんことだ」なんて、ボクの十代を知った気になった失礼なこと言うヤツのことなんて』

 

 万丈目からの十代への評価は非常によろしくない。その辛辣っぷりは思わずユベルが嫌悪感を出す程だ。

 

「ああ、『双方の同意』の部分がネックだろう」

 

「おーい、遊城ー! 三沢ー! ――って、今忙しかったか?」

 

 そうして、話し合っていた二人だったが、手を振りつつ声をかける大小二つの影に其方へ意識を移すこととなる。

 

「小原と大原か。いや、『十代と万丈目との再戦が難しそうだ』と途方に暮れていたところだ」

 

「いやー、なんか色々手続き多くて面倒だよな!」

 

「……あれだけボッコボコにされた癖に、また挑戦したがるなんて物好きだな」

 

「で、でも、そこが遊城くんの良いところだよね。ボクは、い、いつもしり込みしちゃうから……」

 

 その2つの影こと同じイエローの1年生――小原と大原の小大コンビと軽く世間話に花を咲かせた後、代表して三沢が要件を問うた。

 

「それで二人はどうしたんだ? 小原の件なら――」

 

「それなんだけど――もう直ぐ試験だろ? 先輩から勉強会しないかって誘われてさ。お前らもどうだ?」

 

 そして提案されるのは「勉強会」との話。もうじき十代たちが入学して初めての定期試験である。容赦なく首切り(降格・退学)してくる現体制を思えば、生徒間で一致団結するのも自然な話。

 

「俺は眠いからパ――」

 

『十代、試験で落第なんてことになれば、キミのご両親も悲しむよ』

 

「――ちょっと寝てから合流していいか?」

 

 だが「勉強」に苦手意識のある十代は断ろうとするも、ユベルの呟きにピタリと動きを止め、後に同流する旨を伝えた。

 

「分かった。先輩に伝えとく。忘れるなよ」

 

「そ、そういえば、じゅ、授業の時も眠そうだったよね。き、気を付けて」

 

「なら、俺たちは先に行こうか。ただ、十代――寝過ごさないようにな」

 

 やがて小原、大原、三沢が勉強会に向かう去り際のそれぞれの心配の声に、十代は手を振って見送るが――

 

「はは……そんなに俺って信用ないかな?」

 

『キミはマイペースだからなぁ――まぁ、今回ばかりは心を鬼にしてボクが起こしてあげるさ』

 

 中々の念押しっぷりに乾いた声を漏らす十代に、ユベルは軽いフォローを入れつつイエロー寮へ向けて先行して進み始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな最初の定期試験が近づきつつある中、本日の授業を終えた翔はトボトボとレッド寮への帰路についていた。だが、その足取りは酷く重い。

 

「ハァ……思ってた学園生活には程遠いっス」

 

――授業はずぅーと! 基礎の部分ばっかりで……攻撃表示と守備表示くらい、流石に分かってるっス!

 

 なにせ、オシリス・レッドの授業は、古臭い基礎的な部分ばかりで、理解した()()()()()()()()彼らには酷く退屈なもの。

 

 こんな授業で強くなれるなど、とても翔には信じられなかった。

 

 そうして、理想と現実のギャップに俯き進む翔だったが――

 

「おぉ! 丸藤か! どうだ? 一緒にドローを極めるべく共に素振りしないか!」

 

「え、遠慮しとくっス」

 

 視界に入ったドローの素振りをする筋肉質な半裸の2年のレッド生徒、大山(たいざん)の提案をやんわり拒否しつつ、その横を通ってレッド寮の扉に手をかける翔。

 

「そうか! 気が変わったら何時でも言ってくれ! ドロー! ドロー! ドロー!!」

 

――あの人、基本半裸で本当になんなんっスか……

 

 やがてドローの素振りを再開した大山(たいざん)へ向けていた珍獣を見るような目を切りつつ、他のレッド生徒が大勢見える大部屋に入った翔は、自身に割り当てられたスペースにてため息を零した。

 

「ハァ~、もうすぐ試験かー、筆記はあんな授業じゃ大したことないだろうけど、実技が怖いな~」

 

 もうじき、この地獄(レッド寮)から脱するチャンスである最初の試験だというのに、翔の内には何ら手ごたえはない。

 

――寮長先生は嫌味で怖いし、先輩はヘンテコだし、同級生はやな感じだし……こうなりゃ、神頼みしかないっス。

 

 ゆえに翔は、己の私物の中から赤いとぐろを巻く竜――オシリスの天空竜が描かれたポスターを壁に貼り付け、更に神棚よろしく台座を用意。

 

 そして、その台座に魔法カード《死者蘇生》のカードを祀って、謎の儀式を開始し始めた。彼なりの「神頼み」なのだろう。

 

「なんまんだぶ、なんまんだぶ、オシリスのお力で試験を突破させてくださいっス。なんまんだ――」

 

「――煩いぞ、レッド!!」

 

 だが、そんな翔を眼鏡にモサ毛ヘアーのレッド生徒、取巻が、中等部のブルー時代の名残があふれる罵倒を飛ばす。

 

 他のレッド生徒も押し込まれている大部屋で、謎の呪文を唱えだす変なの()がいれば、ひんしゅくを買うのも当然だろう。だが――

 

「……キミも僕と同じレッドじゃないっスか」

 

「うわぁあああああ~! 違う違う違う!! でたらめを言うな! 俺は騙されないぞ!!」

 

 思わず呟いた翔の言葉が、取巻にクリティカルヒット。腕で耳をふさぎつつ頭を押さえ、グワングワン身体を揺らした後、現実を払い除けるように腕を振った姿は、もはや痛ましい。

 

「現実逃避しても制服の色は変わらないっスよ? もうキミはオベリスク・ブルーじゃないんスから」

 

 そう、翔が諦めを諭すように――取巻や、他のレッド生、そしてレッド女子たちも、親やら関係各所やらに不条理を訴えはした。だが既に、それらの話は「前年度」にもされているのである。

 

 お役所仕事よろしく関係各所は「酷い環境が嫌なら他の学校へGO!」のスタンスであり、彼らの親も「前年度の生徒たちの躍進」を見れば「我が子もこのレベルに到達するのか!?」と乗り気にもなろう。

 

 そうして、はしごを外された彼らに残るのは――

 

「くっそぉ……エリートだった俺たちが、どうして……」

 

「終わりだ……僕たち、ずっとこのままレッドなんだ……」

 

「プロデュエリストになるオレの夢が、こんなところで……」

 

 絶望。

 

 レッド寮の大部屋の所々で苦悶の声が呟かれる。彼らの味方はいない。「いや、頑張れよ」と言ってしまえば、それまでだが。彼らが頑張らなかったからこそ今がある。

 

「――あぁーッッ! クソックソッ! 誰も頼れない! 俺がやるしかないんだ! こうなりゃ何だってやってやる! おい! 筋肉ダルマ! 俺にお前の神髄とやらを教えろ!!」

 

 しかし、此処で万策尽き破れかぶれになった取巻が大部屋の扉を開け放ち、ドローの素振りをする頭ジャングルの大山(たいざん)に怒声を飛ばして頼み出た。

 

「同士か! 構わないとも!」

 

 それはどう見ても「頼む態度」ではなかったが、大山(たいざん)がOKを出したのでノープロブレムである。

 

「お、俺も頼む! この際、なんでもいい! この野生児だって1年生き残ったんだ! なにかあるだろ!」

 

「このまま終われるか!!」

 

「あの陰湿眼鏡の鼻を明かしてやる!」

 

 そうして、次々に大山(たいざん)の元にかけよる数多のレッド生徒たち。

 

 溺れる者は藁をも掴むように――ターザ〇だって掴む。野生児だって掴む。半裸の筋肉ダルマだって掴むのだ。

 

「まずは森を駆け、大自然の力を感じる! 行くぞ! スリップ・ストリームだ、俺の後に続け!!」

 

「なんで、俺がこんなことしなくちゃならないんだ! くっそぉぉおおおぉおお!!」

 

「やっぱ頼る相手、間違ったかな……」

 

「覚えてろよ! あの陰湿眼鏡ぇぇえぇええ!」

 

 かくして、大山(たいざん)を先頭に森の中へかけて行く取巻を含めたレッド生徒の集団を見送った翔は、乾いた声を漏らす。

 

「うわぁ……地獄絵図っスね」

 

――あんなの(野生児修練)あの人(大山先輩)がレッドにいる時点で『意味ない』って分かんないんスかね……

 

 なにせ、実質1年留年したと同義の相手の教えが己の足しになるなど、とてもではないが翔には信じられなかった。

 

 それに加え、大自然の息吹を感じ取れなさそうな彼らに「大山(たいざん)の特訓法が適しているのか?」と考えれば、首を傾げざるを得ないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところ変わって、ブルー女子寮内部のレッド女子エリアのだだっ広い大部屋にて、壁に埋め込むように長く広がる机に教科書を並べ、その前に正座し一心不乱に勉強するレッド女子たち。

 

 彼女たち視点で嫌味な佐藤――まぁ、結構嫌味な方だが――の授業が基礎ばかりの退屈なものである以上、「頼れるのは己のみだ」とレッド女子たちを代表するようなももえとジュンコの焦った声が木霊する。

 

「いけませんわ、いけませんわ! 明日香様の元に! 吹雪様の元に行けませんわ! 一度もお目にかからずに退学だなんて、許せませんわ!!」

 

「あー! もう止めてよ! だから、こうして勉強してるんじゃない!! く~、鮎川先生、嬉しそうに吹雪様のサイン見せびらかして……羨ましいッ!!」

 

 彼女たちのやる気を引き出したのは、ブルー女子寮の寮長、鮎川のフブキング自慢だった。

 

 

 フブキング――それは4名しかいないフォース生徒の1人、3年生の天上院 吹雪の愛称だ。

 

 フォース内では、その輝きが若干理解されていないものの、その甘いルックス、キザでいて尚且つ親しみ深いお茶目な性格。紳士的でもあり、それでいて他者の心の機微に聡く気配りを欠かさず、意外と聞き上手で恋の相談だってお手の物。しかもデュエルも強い。

 

 ゆえに男女問わず多くの面々に慕われている「みんなのアイドル」とも称せる人物だ。ファンクラブもある程――と言えば、その人気も察せよう。

 

 授業や試験のデュエルの際は、このボク! フブキングの華麗なデュエルに心奪われる者もおり、そんな彼、彼女らの憧憬の眼差しがボクの舞台を輝かせてくれる――そんな瞳に胸キュンポイント進呈だ! 天――JOIN!

 

 

 閑話休題。

 

 

 求道的過ぎる亮、虚空(精霊)に話しかける不思議Boyな藤原、面倒臭がりな小日向――なアクの強い面々の中で、吹雪は最も親しみやすいフォース生と言えるだろう。

 

 

 だが、レッド生である限り、そんな吹雪との交流機会は0だ。ならば、上がるしかあるまい! 上の階級に! フブキングの近くに!

 

――モチベーションは人それぞれなのかもしれないわね。でも、吹雪くんが卒業した来年は、どうやってやる気を保つ気なのかしら?

 

 ただ、響みどりは、そんな彼女たちの奮闘を妙に冷めた目で眺めていた。

 

 

 自分に足りないものを教えてくれる相手をガン無視するレッド生徒たちの明日はどっちだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 方向性はともかく生徒たちが勉学に励む日々も過ぎ去っていく中、ついに近づいた1年生にとって最初の定期試験を前に、校長室にて集まった3名の中から校長コブラが口火を切る。

 

「新入生の初試験――新たな顔ぶれへの注目に、来賓の数も増加しよう。それに伴い、トラブルの種も増えることは明白だ。学園警備の中核を担う二人にも一層気を引き締めて貰いたい」

 

「態々呼び出して何かと思えば……そのセリフ、前年にも聞いたんだけど。あたしたちが、そんなに頼りなく見えるのかしら?」

 

「落ち着けよ、アリス。今年はしゃーねーだろ。十代も入学したんだからよ」

 

 だが、そのコブラの発言を枯れ井戸の精霊たちの統領たるアリスが少々憤りを見せる姿勢を前に、倫理委員会の現場のまとめ役に腰を据えた緑の軍服風な隊服を着た牛尾がなだめるが――

 

「知ってるわよ、例の素養の高い子でしょ? でも見かけた感じ、そんなに騒ぎ立てる程の子じゃないと思うんだけど」

 

「まぁ、あん(十代の幼少)時は、まだ俺も精霊見えなかった頃だから断言は出来ねぇが――当時ガキだった十代に荒療治押し付けなきゃならねぇレベルの問題だったことだけは確実なんだわ」

 

「生憎、私は彼を特別視する気はない。今回二人に集まってもらったのは――前年度は新体制に対して手探りだった来賓側も、前年度を経て『慣れ』が出始める頃だ」

 

 アリスも承知のように、今年は新入生の中に精霊として大きな力を持つユベルを連れた十代がいる為、警戒するべきだと語る牛尾だが、コブラはピシャリと断ち切って見せた。

 

 力の大小ばかりに目を向ければ思わぬ落とし穴にはまりかねなことを、コブラは軍属の経験から熟知している。

 

「こういった状況は場が崩れやすい。それを踏まえて、現在の学園の状態を確認しておきたい。表『裏』含めてな」

 

 ゆえに、現在の学園内の特殊な部分に話題は移る。

 

「アリス、学園内の『精霊が見える者』、『精霊を連れた者』の内実は変わりないか?」

 

「今のところ変わりないわ。精霊使ってコソコソ調べものする相手もいないし、人の法に反した子は0よ」

 

 それは、十代や藤原のような精霊と共にあるものへの懸念。それは誰の目にも止まらぬことを悪用し、いつかの神崎がやっていた人道に反した行いであったり、

 

「牛尾、不可思議な力――異能を持つ者は?」

 

「正直、使われねぇと分かんないんで何とも――使ったヤツは一旦捕縛で良いんすよね?」

 

「構わん。責任は私が取る。異能を無配慮に使わせぬ為にも牽制は必要だ」

 

 はたまた、卒業したもけ夫のような謎の力や、サイコデュエリスト、またはカードの実体化の力に類する「法の手が機能しにくい超常の力」へ社会的規律を与えたり――と様々である。

 

 とはいえ、何も「この手の力」の使用を禁じている訳ではない。

 

わたしたち(捨てられたカードの精霊)に生徒を監視させている貴方が言えた義理?」

 

 呆れた声を漏らしたアリスの言うように、教師の見回り的な行為を学園が精霊に代行させる――と言った具合で、アカデミアでも活用されている。

 

 勿論、精霊たちに対価も支払われている。とはいえ、金銭ではなく「良きデュエリストとの出会い」に類する方向性ではあるが。

 

「つっても学園外でも、珍しいとはいえ精霊も普通にそこら飛んでるからなぁ……アリスに頼んだことも、結局のところ聞き込みレベルだしよ」

 

「どちらにせよ――精霊・異能と関わりがある者には、それらの行使に対して『無法ではない』ことを理解して貰わねばならん」

 

 だが、そんな不可思議な領分へは、牛尾とコブラが注釈したような「個人の裁量に委ねない形」を組み込むべき――との話なだけだ。

 

 なにせ、特異な力で個人が好き勝手してしまえば、周囲と歪な関係性を強いり、秘密と機密の塊となり果てることを神崎が皮肉にも証明している。

 

「私とて問題があれば、すぐさま首を切られる立場だ」

 

 ゆえに、コブラは同じ轍は踏まない。あくまで「何の力も持たない人間の立場」で監督者(海馬・乃亜)の目に晒された中で動く。

 

「そういや……話変わるんですけど、『レイン恵』の件、どうなりました?」

 

 しかし、此処で牛尾によって、レインの話題が放られる。それは遊戯と同級生だった筈の存在が、年の違う十代と同級生している現実を把握する牛尾からの調査願いだったが――

 

「童実野高校に確認を取ったが、同姓同名の該当者は0だ。似た顔立ちの者の情報はあったが血縁者であれば、そう不思議ではない」

 

「1年のブルー女子の子よね。数が少ないから良く覚えてるわ。別に普通の子よ?」

 

 コブラもアリスも、レイン周りの件を問題視はしていなかった。

 

「あー、なら俺の記憶違いってことなんすかね」

 

――『童実野高校の生徒、レイン恵』の情報が微妙にズレてんのは『誰かが細工した』で良いとして……なら、なんで俺だけ覚えてんだ?

 

 そんな歴史を修正して辻褄でも合わせたような不可解な現実を前に、内の葛藤を押しとどめ、何でもないように振る舞う牛尾だが、コブラとて無根拠に「問題なし」と沙汰を下した訳ではない。

 

「牛尾、お前が懸念するように何らかの作為はあるのやもしれん。だが、当の相手が『普通に学園に通っているだけの生徒』でしかない以上、此方が手を出す道理はない」

 

「心配し過ぎよ。あたしがブルー女子寮で見かけた範囲じゃ、本当に普通の子だったもの――大体、悪さしようって人間が、目立つブルーに上がる訳ないじゃない」

 

「いや、まぁ……そうなんだけどよ」

 

――あのおとぼけお嬢に、スパイの真似事が務まるとも思えねぇしなぁ……

 

 なにせ、どちらの学園のレインも「若干天然の気がある普通の学生」でしかなかったからだ。それは牛尾も重々承知である。

 

 それに加えて、レインは悪さをしようという人間にしては、とにかく腋が甘いのだ。こうして話題になり「悪目立ちした」時点でスパイとしては三流以下だろう。

 

「それよりも、来賓リストにいた貴方たちの元上司(神崎)を気にしたら? 長いこと消息を絶っていた相手が急に動き出したことの方が、あたしには怪しく思うのだけれど」

 

「其方に関しても注視は必要ない。馴れ合う必要も、過度な警戒もな。彼は既にKCを辞した身――完全な部外者として扱うべきだ」

 

 ゆえに、話題はアリスによって別の方面に向かい始めるが、コブラの宣言を余所に牛尾はふと思う。

 

――あー、あの人が来るってんなら、レインの件の反応も一応は見とくか……ん? そういや、レインと面識あったっけ?

 

 神崎の学園来訪が良い悪いはさておき、問題の明確化を後押ししてくれるやもしれない、と。

 

 とはいえ、牛尾視点では、レインと神崎は初対面だったりするが――詮無き話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、色んな面々の奮闘の元、暫しの平和な学園生活を送った十代たちが、最初の定期試験――の筆記に望む日がやって来た中、怒涛のスケジュールで全ての教科を一息に戦い抜け、精神的に憔悴しきった十代が筆記終了と共に寮でスヤスヤ疲れを取った後の――

 

 次の日。

 

 実技試験を前にした十代は、朝早くに学園に張り出される筆記試験の結果を一番乗りで確認しに来ていた。

 

『筆記試験の結果が張り出されてるけど――自信はあるのかい?』

 

「今までで一番の手ごたえだったぜ!! きっと上の方に名前あるんじゃないか!」

 

 そうして、未だ誰も来ていない学園でユベルと二人きりで大手を振って話しながら、全ての生徒名と得点が書かれた長ったらしく張り出された紙を眺める二人。

 

『……えーと、1年、1年――へぇ、レッド・イエロー・ブルーの三色合同の順位なのか』

 

「どうだった、ユベル! まさか一桁台だったか!?」

 

『78番だったよ』

 

「……78番かー、確か、受験組と中等部組を合わせて人数が増えてるから、えーと…………それって高い?」

 

 やがて十代の筆記順位が明かされるも、微妙な数字ゆえか判断に困る代物。

 

『1年のブルー生徒が十数人で、レッド、イエローの順で人数が多くなるから――イエローの中で下の方じゃないかな? 実技次第じゃ危ないかもしれないね』

 

「――終わったことは気にしないぜ!!」

 

 だが、ユベルの考察により、降格の可能性がチラついた十代は、問題を未来の己に託すことにした。

 

 そんな中、十代が苦手な座学に奮闘していた事実を誰よりも知るユベルは、慰めの言葉を送るも――

 

『……まぁ、レッドに落ちたとしても大丈夫さ。流石に直ぐに退学にはならないよ』

 

「でも、寮が変わると小原たちと気軽にデュエルできなくなっちゃうんだよなー」

 

『確かに、イエローの様子を見れば、あれより下のレッドの実力じゃあキミを満足はさせられないだろうね』

 

 努めて明るい姿勢を崩さない十代。むしろ彼の懸念はデュエル相手の方に注視される程である。寮が違うとハンデ設定の為の手続きが発生して、とにかく面倒臭い。

 

「なら、実技で挽回だな! 確か、場所はグラウンドがあった一番大きい会場だから……ユベル、二人でみんなのデュエル見ようぜ!」

 

『ボクと二人っきりで?』

 

 そして十代は筆記試験の反動ゆえか楽しい話題を求め、久々にユベルと二人きりの場を宣言。その申し出にユベルも思わず前のめりになるが――

 

「ああ! みんなも試験があるから、今日はユベルと二人っきりだ!」

 

『十代……気持ちは凄く嬉しいけど、確か――』

 

「ん? 一人で何処に行く気だ、十代?」

 

 少々問題があった。そして二人の間に届く三沢の声に、十代はユベルに小さく謝罪の所作を見せた後に応える。

 

「おっ、三沢! いやさぁ――先に良い席、取っとこうと思ってさ!」

 

「なにを言っているんだ? 会場の席は来賓に回されるぞ? 俺たちは実技まで教室待機だ」

 

「えっ?」

 

「……やはり知らなかったのか。今の体制では、実技試験がいわゆる『授業参観』のようになっているんだ。他にもプロリーグのスカウトや、様々な企業の面々が未来のデュエルエリートを見定めにも来ている」

 

 しかし、三沢の説明が全てを物語っていた。

 

 新体制では、とにかくオープンな姿勢を取っており、定期的に島の外の人間を招く――これは前体制の閉鎖的だったゆえに自浄されなかった問題を鑑みてのものだ。

 

 その分、警備や安全管理やらでアカデミア倫理委員会も忙しくなるが、生徒側には関係ない為、割愛させて貰おう。

 

「この実技試験は文字通り、俺たち学生にとってチャンスなんだ。特に進路を控えた3年生方の気合の入りようが違う」

 

『ほら、やっぱり。確か、ネットで中継もされるんだろう?』

 

 説明を締めくくった三沢の声に、ユベルも「タイミングが致命的だった」と十代との逢瀬を渋々諦め、しょげたように宙に浮かんでいた。

 

「――父さんと母さんも来てるのか!?」

 

 しかし、十代は別の部分に食いついた。己の両親がアカデミアにまで来てるのかと。

 

「あ、ああ、保護者へは学園側から通達されるからな。入学して最初の晴れ舞台なら多くが来るだろう――俺の家族のように足を運べない事情があっても、ネットなどで中継される方を見ていると思うが……」

 

『キミのご両親から連絡はなかったから、サプライズでも仕掛けようとしたのかな?』

 

 思わぬ十代の反応に気圧されつつも、律儀に説明してくれる三沢を余所にユベルが幾つかの予想を述べつつ、顎に置きつつ思案を巡らせるが――

 

「そんなに焦らずとも、実技試験終了後に家族の場が用意されるぞ?」

 

「うぉー! やる気出てきたー! 恥ずかしいデュエルは見せらんねぇぜ!」

 

 当の十代は、筆記試験で大きく目減りしたかに思えた気力をみなぎらせていた。

 

 過去、ユベルの件で散々心配をかけたこともあって、成長した姿を分かり易く見せられるとなれば、親孝行につきよう。

 

『でも、キミの筆記試験の惨状も目に入るよね』

 

――あっ。

 

 とはいえ、ユベルの最後の一言のように、見せられるのは「良い部分」ばかりとも限らないようだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いよいよ始まった実技試験。

 

 ところ変わって、アカデミアのグラウンドがある一番大きなドーム内に、幾つものデュエルスペースが並べられた光景が広がる中、周囲を覆う観客席に続く通路を歩いていた神崎だが――

 

 

――えっ!? どうして遊城 十代が黄色い制服を着ているの!? 三沢 大地はともかく、小原と大原と仲良さげなのは何故!? 丸藤 翔は!? 前田 隼人は!? というか、レッドは!? 後、ブルー生徒、少なくない!?

 

 

 ようやく、歪みに歪み狂った現状を正しく認識し始めていた。

 

 かなりの周回遅れである。

 

 

 






原作が無茶苦茶だ――いったい誰がこんな惨いことを……!(鎖付きブーメラン)



~今作の万丈目のデッキ~
《ロード・オブ・ドラゴン-ドラゴンの支配者-》軸ドラゴン族――凄い普通。
他の特徴は彼の相棒たるドラゴンの性質と、《冥王竜ヴァンダルギオン》為にカウンター罠が多いくらいか。

長作の使用したデッキと、漫画版の万丈目のデッキを複合した感じになっている。

ただ、どうして漫画版の万丈目のエース格ドラゴンが、シンクロモンスターなってるんですかねぇ……




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第247話 こんなの俺の知ってるGXじゃねぇ!!



前回のあらすじ
世界の修正力「俺だって頑張ったんだよ……」






 

 

 十代がラー・イエローに在籍していた事実諸々に仰天する神崎を余所に、時間は暫し巻き戻る。

 

 

 

 

 プロデュエリストへの登竜門とすら称されるエリート校と名高いデュエルアカデミア。

 

 だが当の学園は海のど真ん中の孤島に建てられており、ある種の隔離された寮生活となれば我が子の学園生活が心配になるのが親心というもの。

 

 

 かつては完全なブラックボックスよろしく謎だった学園の内情も過去の話。授業参観擬きによってアカデミア訪問――と、ついでに我が子の成績チェックも加味した優雅な船旅を満喫する親御さんたち。

 

 

――随分、来賓が多いな……レッド生徒の親が集まるこのフロアだけでも、かなりの人数だ。

 

 

 に紛れる神崎は、大きな船の広いフロアで行われた「我が子がオシリス・レッドに叩き落とされた件への説明会」に独り身ながらも参加していた。無論、学園の内情把握の為である。

 

「国数英などの通常授業の筆記テスト、お配りしたデュエル授業の筆記、並びに本日行われる実技の試験――この3つを総合して配属寮が決定され――」

 

――ペーパーテストは至って普通。フレーバーテキスト丸暗記なんてものはなく、1年は基礎ルールがメイン。引っ掛け問題も見られるが、三色内容が同じテストだけあって、最低限の知識があれば凡そ点数は取れる筈だが……

 

 そうしてレッド寮の扉を爆破しそうな、ウェーブのかかった肩口までの髪に緑のベレー帽をかぶったアカデミア倫理委員会の女性職員の説明を聞きつつ、テスト用紙片手に思案を巡らせていた神崎だったが――

 

 

――レッド生の親、多くないか?

 

 

 自身の周囲で怒声や金切り声などを上げる面々()の多さ≒レッド寮の生徒数の図式に、神崎は内心で首を傾げる他なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、天国と地獄が分かれた船旅を終え、アカデミアに到着した面々はアカデミア倫理委員会の案内の元、広大な室内グラウンドの周囲を取り囲む2階観客席まで案内され、各々着席。

 

――校長がコブラさんに代わったのは情報にあったが、こうも様変わりするとは。鮫島さんの様子も直に確認しておきたいが、流石に今の拠点は山奥の道場じゃないよな?

 

 やがて待ち時間の最中、神崎は現段階で得られた情報から今後に思案を巡らせるも――

 

「おぉー、久しぶりやな、神崎ちゃん!」

 

「……これはアナシス様。お久しぶりです」

 

 ボーダーシャツに海軍の船長服に似たものを羽織った恰幅の良いおっさん――「アナシス」が宝石類の輝く幾つもの指輪をした手を神崎に向けて軽く上げながら、なまりのある口調で声をかけていた。

 

 彼は、海運業をたしなむ世界屈指の大富豪であり、かつてのKCのお得意様だったりする。海馬ですら「ちゃん」付けで呼ぶ肝の太さの持ち主だ。

 

「ガハハ! 『様』はやめやめ! 神崎ちゃんKC辞めたんじゃろ? なら客対応なんぞいらんちゅーの!」

 

 やがて、お客様対応の神崎の背をアナシスはバシバシ叩きながら、隣の席にドカッと腰を落としながら問いかける。

 

「しっかし、神崎ちゃん随分音沙汰なかったようやけど、トラブルでもあったんか? みんな『遂に死んだんか』と笑って心配しとったちゅーの!」

 

 それは、急に世情から姿を消した神崎の動向について――手広くやっていた人物が唐突に消えれば、気になりもしよう。

 

――それは心配なのだろうか……

 

「少し()()必要があったので」

 

「ふーん、そか。ところで、アカデミアには何しに来たんだっちゅーの? 聞いた話じゃ『人材発掘』しとるんやろ? それ関係か?」

 

 だが、神崎の誤魔化すような口ぶりにもアナシスは気にした様子もなく、世間話に興じるが――

 

「オシリス・レッドの生徒に、面白い方がいるとの話を聞きまして様子を見に来た次第です」

 

「? なに言っとるんじゃ? レッドのデュエルは会場じゃやらんぞ? 『未熟』を晒しもんにするんは可哀そうだっちゅー話を知らんかったんか?」

 

 思いの他ズレたことを並べ始めた神崎の姿に、アナシスは困惑した表情を見せた。そう、原則レッド生徒の実技試験の観戦は家族などに限定され、映像も外に発信されることはない。

 

 なにが悲しくて、我が子の痴態を世間に晒さねばならないのか。

 

――えっ!? じゃあ遊城くんのデュエルは!?

 

 しかし、遊城 十代(オシリス・レッド)のデュエルを見に来た神崎からすれば、困った話。

 

「ガハハ、こら神崎ちゃん! 潜り過ぎて浦島太郎みたいになっとるっちゅーの! しゃーない、オレが色々教えたらんと!」

 

「……お手柔らかにお願いします」

 

――情報では、原作のような色分けによる差別はない筈だったが……

 

 やがて、事前知識もむなしく現アカデミアの右も左も分かっていないことが発覚した神崎は粛々とアナシスの解説に耳を傾けることとなる。

 

「パンフレットは持っとるか? 最初1年坊のイエロー、ブルーと続いて、同じように2年、3年の順番で試合をこなしていくんだっちゅーの!」

 

 とはいえ、アナシスが語る内容は基本的なもの。神崎も流石にこの辺りは承知していた。

 

「最初は複数の組が一気にデュエルしちょるが、後半になればなる程に人数が減って最後の最後は、この広い会場でタイマン試合だっちゅーの! 最後は殆どプロの舞台とおんなじじゃの!」

 

「この会場全域を使うとは凄いですね」

 

――今のところ此処は情報との差異はない。なら色分け事の対応の認識を把握し切れていなかった……のか? やはりKC時代と違って内部情報を見れないのが痛いな。

 

「そうじゃろ、そうじゃろ! ちらほらプロリーグのスカウトも来とる程だっちゅーの! とはいえ、アイツらの狙いの生徒は、もう話通してるじゃろうから――1年の顔見に来たんじゃろうな!」

 

 そうしてアナシスの解説を余所に、眼下の区分けされた幾つものデュエル会場でデュエルが繰り広げられ、決着がついた先から別室に待機していた生徒が新しく配置につく光景に、今度は神崎が問うた。

 

「アナシスさんも、その口(学生のスカウト)ですか?」

 

「いんや――今回はダチの娘さんの応援に来たんだっちゅーの! おっ、来た来た!」

 

 しかし、軽く否定を入れたアナシスは眼下に広がるデュエル場の一つを視界に収めて腰を上げ――

 

――アナシスさんは海運産業の人。なら、知り合いも其方関係と思われるが……ああ、あの人か。GXの時間軸の人だったか。

 

「さちこちゃーん! 頑張るんだっちゅーの~!」

 

「―― ゆ き こ ですわ!!」

 

 お互いに一際大きなアナシスからエールと、長めのウェーブの青髪のイエロー女子、海野(うみの) 幸子(ゆきこ)のキレ気味なコールが交わされた。

 

 

 

 

 

 

 

 そんな件のデュエル会場にて、生徒たちの試験が次々と終っていき1年イエローの試験が終わりに差し掛かった頃、試験の順番が回って来た1年ブルー女子4人組が会場入りするも――

 

「あら、明日香の一番注目株がデュエルするみたいね」

 

「いけませんよ、雪乃さん! 私語は慎まないと!」

 

「肯定……現状に適していない……」

 

 直に始まりそうな十代のデュエルへ興味を示す雪乃――を咎める麗華、と恐らく同調しているレイン。実技とは言え試験中となれば、至って全うな主張である。

 

「このくらい良いじゃない。それに、友達の恋は応援するのも大事でしょう?」

 

「なっ!? い、いけませんよ、明日香さん! そ、そういうことは! おと、おと、大人になるまではダメで――」

 

「そういうのじゃないわ。デュエリストとしてよ。でも、対戦相手は……誰だったかしら?」

 

 だが、眼鏡の奥の顔を紅葉の如く染めた麗華によって雲行きが恋も花よな方面に飛びかけるが、男前ヒロインこと明日香によって両断され、話題は十代の対戦相手に移行するも――

 

「さぁ? 私の好みじゃない子は知らないわ。麗華は?」

 

「すみません。私にも……」

 

「該当者、検索中……検索中……検索中……」

 

 数の多いイエロー生徒の中で、パッとしない相手のことなど誰も正確に把握していよう筈もない。

 

「――あっ! 確か『秋葉原』くんよ!」

 

 かと思われたが、その正体は他ならぬ明日香がポンと手を叩きながら判明した。

 

 

 

 

 

 そんな話題の対戦カードとなったことなどあずかり知らぬ十代は、対戦相手の黒髪メガネボーイを前に悩まし気な表情を見せる。

 

「相手は同じイエローの1年か! でも見覚えない顔だな……」

 

 人懐っこく、他者に物怖じしないゆえに交友関係の広い十代だが、流石に1年も経たず数の多いイエロー生徒の全員の顔を覚えることなど出来てはいない。

 

 だが、そんな悩める十代へ、実技の採点担当とジャッジを兼任しているであろう教員の手元の紙を覗き込んだユベルが助け舟を出した。

 

『イエロー生徒は人数が多いから、ボクも全員の名前は覚えてないよ。こっちの教師は……神田(かんだ) 次男(つぎお)って呼んでるけど』

 

「よし! 神田(かんだ) 次男(つぎお)か! 俺、遊城! デュエル、よろしくな!」

 

『おい、ボクの十代を無視するなんていい度胸――って、どこ向いているんだ、コイツ?』

 

 そうして互いに挨拶を交わす……ことには残念ながらならず、眼鏡ボーイこと神田(かんだ) 次男(つぎお)対戦相手(十代)そっちのけで余所見する先には――

 

 

 

「秋葉原さん……なんですか?」

 

「ええ、秋葉原くんよ。ハァ、やっと思い出せたわ」

 

 麗華の最終確認に、胸のつっかえが取れたとばかりに明日香は気分良く肯定を返していた。

 

 

 

 

 だが、残念ながら件の眼鏡ボーイ、神田(かんだ) 次男(つぎお)は「秋葉原くん」ではなく、その手のニックネームすら存在しない。

 

――明日香たんが僕の名を……でも間違ってる。

 

 そうして「想い人に名前を別人レベルで間違って覚えられる」という中々の所業を受けた神田(かんだ) 次男(つぎお)だが、彼の脳裏の灰色の脳細胞が閃きを授けた。

 

――いや、待つんだ、ぼく!!

 

「おーい、神田(かんだ) 次男(つぎお)で合ってるよなー?」

 

「――ぼくの 魂 の 名 (ソウルネーム)は『秋葉原』だ!」

 

「えっ?」

 

『えっ? いや、でもこっちの教師が――』

 

 そして突然トチ狂ったことを言い出す神田(かんだ) 次男(つぎお)――否、ミスター秋葉原。

 

 これには十代とユベルも面食らうが、ミスター秋葉原も考えあってのことだ。秋葉原の名を己のものとする。これすなわち――

 

 

「遊城 十代と秋葉原くんのデュエル――少し興味があるの」

 

 

 想い人(明日香)が「己のことを覚えていてくれた」と言えよう!

 

 

『あー、成程。なんとも不憫なヤツだね……』

 

 だが、可哀そうなものを見るようなユベルの視線が物語るように「まともに名前すら覚えられない程に眼中にない」現実は何一つ変わらない。無常である。

 

「なんだかよく分からないけど――気合十分みたいだな! 行くぜ、秋葉原!!」

 

 やがて「神田(かんだ) 次男(つぎお)」改め、秋葉原の唐突に満ち溢れ出した闘志に十代が触発される形で、デュエルは幕を開くこととなった。

 

 

 

 

 

――1年のイエロー……遊城 十代!? イエローの制服!? それに――

 

 そんなイエロー生徒二人のデュエルを含めた情報の暴力を前に、内心で仰天する神崎だけを置き去りにして。

 

 

 

「おっ、1年生のブルーの番も来たか。今年の新しいオベリスク・ブルーも、やっぱり少ないの――ん? あっちのイエローの坊主が神崎ちゃんの注目株か?」

 

 だが、此処で友人の娘ポジションの海野 幸子のデュエルを見終えたアナシスが、神崎の視線の先を見て色々察するも――

 

「え、ええ、まぁ」

 

――対戦相手はイエローの人、確かクイズデュエルの使い手だった筈。万丈目くんどころか、三沢くんですらないとは……もはや原作知識アテにならないな。

 

 今の神崎はそれどころではない。

 

 他称:秋葉原こと「神田(かんだ) 次男(つぎお)」――彼は、原作にて敵に洗脳された万丈目が「間違って白の結社に入れた」と雑魚呼ばわりしていたものの、ネオス入り十代を後一歩まで追いつめていたりと、なんとも実力が測りかねない人物である。

 

 十代が苦手とする知識面を活用する相手なのだが、問題の核はそこではない。

 

――原作での人間関係を基準に出来ない以上、私の同郷を遊城くんの人間関係から測るのは難しい……か。

 

 問題なのは、神崎が事前に用意していた今後の活動方針の9割方が吹っ飛んだことにあった。

 

 まだ十代がアカデミアに入学して1年も経っていないというのに、早くも前途多難であろう。

 

 

 

 

 

「エッジマンを特殊召喚!」

 

 そんなピカピカの1年生こと十代のフィールドに舞い降りるのは黄金のアーマーで全身を覆ったヒーロー。そしてすぐさま背中のブースターを吹かし――

 

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) エッジマン》 攻撃表示

星7 地属性 戦士族

攻2600 守1800

 

「バトルだ! エッジマンで――」

 

「此処でクイズアワ~! おたくには、ぼくが出題するクイズに答えて貰います!」

 

 敵へと突撃しようとした《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) エッジマン》だったが、その足は司会者よろしく両手を広げた秋葉原の宣言によって遮られた。

 

「クイズ!? 秋葉原のデッキは、クイズデッキか! スッゲー! 面白そー!」

 

「ふっ、その余裕がいつまで保つかな?」

 

 その一風変わったデュエルスタイルに興味を駆り立てられた十代は目を輝かせる。

 

「永続魔法《暗黒の扉》により、おたくの解答(攻撃)権は1回! エッジマンの攻撃で破壊出来る守備力を持つぼくのモンスターは5体の内どれかな?」

 

 やがて秋葉原の声に従い、十代の視線がフィールドの正体不明な4体の裏守備モンスターを眺めることとなる。

 

 そして、唯一判明している最後の1体である口だけしかない頭に巨大な紺の腕を携えた、こげ茶の腰布を巻いたゴツい岩肌のモンスターへ視線を移す十代だが――

 

「ちなみに《グレイヴ・オージャ》は裏側守備表示モンスターがいる限り、攻撃されないよ」

 

「じゃあ実質4択か……なら右端だ! 行けっ! エッジマン!」

 

 秋葉原からの注釈に十代が指さした裏守備表示モンスターへ今度こそ《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) エッジマン》は突撃を敢行。

 

「第2問!!」

 

「だ、第2問!?」

 

 した瞬間に、2本の指でVの字を作った秋葉原の宣言と共に――

 

「永続罠《旅人の試練》! ぼくの手札の1枚の種類を出題!! ハズレならキミのエッジマンは手札に戻って貰います!」

 

 《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) エッジマン》の前に(魔法)()茶色(モンスター)の三つの門が立ち並んだ。そして再び十代に選択が迫られる。

 

「今度は3択かよ……モンスターだ!」

 

「くっ、大正解! モンスターカード《雀姉妹》!」

 

 だが、十代が指さした門を《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) エッジマン》が突き破ったと同時に正解を示すコール音が鳴り響き、そのまま直進した《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) エッジマン》は裏守備モンスターへ向けて拳を打ち据えた。

 

「でも残念! おたくが攻撃したのは 守備力2000の《ジャイアントマミー》! 永続魔法《カオス・シールド》とフィールド魔法《天使の歌声》により、その守備力は+300!+500! つまり――」

 

 しかし、その裏守備モンスターこと、恰幅の良い全身を包帯で巻いたゾンビが構えたアンテナを思わせる形状のこん棒によって、《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) エッジマン》の拳は受け止められ――

 

《ジャイアントマミー》 裏側守備表示 → 守備表示

星5 地属性 アンデット族

攻1700 守2000 → 守2300 → 守2800

 

「守備力2800!?」

 

「そう! エッジマンの攻撃力じゃ突破はできない! ハズしたおたくには反射ダメージ分のライフが没シュー()()となります!」

 

「くっ! ならリバースカード! 罠カード《スキル・サクセサー》発動! エッジマンの攻撃力を400アップ!」

 

 弾き返されそうになっていた《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) エッジマン》の拳が赤いオーラに包まれると同時に熱を帯びて勢いをまし、《ジャイアントマミー》のこん棒を砕き進み、その腐った身体を包む包帯を焼き始めた。

 

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) エッジマン》

攻2600 → 攻3000

 

「甘い甘い! 手札から《牙城のガーディアン》を捨て、《ジャイアントマミー》の守備力をこのターン1500アップ! 解答後に答えを変えるなんて、クイズ界のタブーだよ!!」

 

 かに思えたが、《ジャイアントマミー》の身体に土壁の鎧が纏われたと同時に《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) エッジマン》の拳は弾かれ――

 

《ジャイアントマミー》

守2800 → 守4300

 

ペナルティ分(1500の守備力強化)も合わせた反射ダメージ! さらに《ジャイアントマミー》を攻撃したエッジマンの攻撃力が、《ジャイアントマミー》の守備力より下の時! エッジマン、破壊!」

 

「くっ! エッジマン!!」

 

 炸裂装甲よろしく《ジャイアントマミー》の身体から土壁の鎧の破片が飛び散り、《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) エッジマン》の身体を穿ち倒し、十代にまでその余波を届けた。

 

十代LP:4000 → 2700

 

 かくしてエース格を失った十代は、フィールドに残る守備力2000から2500にパワーアップした《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) クレイマン》を残し、カードを1枚セットしてターンを終える。

 

 とはいえ、それは相手が守備寄りなデッキであっても、些か頼りない布陣であろう。

 

 

十代LP:2700

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) クレイマン》 守2500

伏せ×1

VS

秋葉原LP:4000 手札3枚

裏守備表示×3

《グレイヴ・オージャ》 攻1600

《ジャイアントマミー》 守2800

伏せ×1

《暗黒の扉》

《カオス・シールド》

《旅人の試練》

 

フィールド魔法《天使の歌声》

 

 

 そして、そんな隙は見逃すまいと秋葉原も攻勢に出始め、十代からは未だ謎であった残り3体のモンスターの――

 

「ぼくのターン! 3体の裏側守備表示モンスターを反転召喚!! そしてモンスターが反転召喚されたとき、《グレイヴ・オージャ》の効果で300のダメージを与える! 300×3で900パワー(ダメージ)だ!」

 

 巨大なカラスを模すように群れで飛ぶカラスたちが、

 

《カラスの巨群》 裏守備表示 → 攻撃表示

星5 闇属性 鳥獣族

攻1200 守1800 → 守2100

 

 空色の翼を持つ鳥が、

 

《ステルスバード》 裏守備表示 → 攻撃表示

星3 闇属性 鳥獣族

攻 700 守1700 → 守2000

 

 包帯で覆われた腐ったミイラの大群が、姿を現す。

 

《さまようミイラ》 裏守備表示 → 攻撃表示

星4 地属性 アンデット族

攻1500 守1500

 

 やがて、彼らの出現によりビックリ驚いた《グレイヴ・オージャ》の岩肌が防御本能の如くせり上がっていき、その岩を自慢の剛腕で十代へ投げつける《グレイヴ・オージャ》。

 

「ぐぅっ!? 拙いぜ、これ!」

 

 それにより都度3回の投石のダメージを受けて十代のライフは減少していき、今や残りライフは初期値の半分以下である。

 

十代LP:2700 → 1800

 

「更に! リバースした《カラスの巨群》の効果でおたくの手札を1枚墓地へ! 更に更に! 《ステルスバード》の効果で1000のダメージだ!!」

 

『十代!』

 

「うわぁぁぁああぁ!!」

 

 加えて、おまけとばかりに《ステルスバード》の翼から放たれる羽根の弾丸に晒された十代のライフは、後がない程に削られることとなった。

 

十代LP:1800 → 800

 

「くっ、やるな……でも、これでお前のモンスターが何処にいるかは分かったぜ! 次は絶対正解だ!」

 

 しかし、そう状況は悪化ばかりではないと十代は強気に笑う。これで秋葉原のクイズデッキの第1問『裏守備モンスター当て』の解はなされた。

 

「チッチッチ――お題はまだまだ! 4体の効果により自身をそれぞれ裏側守備表示に!」

 

 幾ら秋葉原のモンスターたちが再び裏側守備表示に戻ろうとも、順番を十代が忘れない限り、間違えようがない。

 

《ジャイアントマミー》

守備表示 → 裏側守備表示

 

《カラスの巨群》

《ステルスバード》

《さまようミイラ》

攻撃表示 → 裏側守備表示

 

 

「この瞬間、《さまようミイラ》の効果発動! 裏側守備表示モンスターの位置をシャッフルタ~イム!」

 

「げっ!? 場所、分かんなくなっちまった!?」

 

 だが裏側のままで動き回り、バラバラに配置しなおされた裏守備モンスターの姿に十代は悲鳴染みた声を漏らすこととなる。折角、頑張って覚えた位置もパァだ。

 

「――クイズだから当然さ!」

 

『中々面倒なデッキじゃないか。どうにか戦闘以外で相手のカードを除去したいところだけど……』

 

 やがて、もう1枚カードをセットしターンを終えた鼻高々な秋葉原を前に、ユベルは考察を重ねる。

 

『アイツの「クイズに答えさせる執念」を見るに、その辺りは対策してるだろうね』

 

 しかし、守り一辺倒で十代の攻撃を未だ躱し続けている秋葉原を捕まえるのは、少々骨が折れそうなことだけは、ヒシヒシと感じられた。

 

 

十代LP:800

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) クレイマン》 守2500

伏せ×1

VS

秋葉原LP:4000

裏守備表示×4

《グレイヴ・オージャ》 攻1600

伏せ×2

《暗黒の扉》

《カオス・シールド》

《旅人の試練》

フィールド魔法《天使の歌声》

 

 

 

 そして、その考察は観客側も凡そで同じなのかアナシスもしたり顔で頷くも――

 

「神崎ちゃんの注目株の坊主はヒーロー使いか! ――ENDの坊主を思い出すっちゅーの! でもブルーに上がるには、ちと迂闊な攻撃が多いかもしれんね!」

 

――「ENDの坊主」って……誰? まさか私と同郷か?

 

 その最中に舞い込む情報の嵐に神崎は十代のデュエルどころではない程に揺さぶられていた。もはや当初立てていた今後の予定など遥か彼方である。

 

 

 

 

 とはいえ、十代当人からすれば関係のない話。そんな十代が逆転を賭け、新たなヒーローを呼び起こす。

 

「魔法カード《ミラクル・フュージョン》! 墓地のエッジマンとワイルドマンを除外し、融合召喚! 頼んだぜ! ワイルドジャギーマン!!」

 

 それは浅黒い筋骨隆々な体躯を、頭の兜と右腕、そして左足を《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) エッジマン》の黄金のアーマーでガードした巨大な大剣を背中に携える野性味あふれるヒーロー。

 

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) ワイルドジャギーマン》 攻撃表示

星8 地属性 戦士族

攻2600 守2300

 

「ですが、その攻撃力は2600! ぼくの《ジャイアントマミー》を攻撃すればお陀仏だ!」

 

「魔法カード《H(エイチ)―ヒートハート》! これでワイルドジャギーマンの攻撃力は500アップし、その攻撃は貫通する!」

 

 だが、秋葉原の言う通り《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) ワイルドジャギーマン》の攻撃力は《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) エッジマン》と変わらない――雪乃戦のように少しばかり攻撃力を上げたところで焼け石に水であろう。

 

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) ワイルドジャギーマン》

攻2600 → 攻3100

 

「貫通ダメージ狙いですか! なら今こそおたくの解答タイ~ム! ショック!」

 

「ああ! 行くぜ、秋葉原! ワイルドジャギーマンで今度は左端を攻撃だ!」

 

 やがて秋葉原に促されるままに、十代からの解答に《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) ワイルドジャギーマン》は背中の大剣に手をかけつつ跳躍。

 

「なら第1問の答え合わせの前に、永続罠《旅人の試練》による第2問! ぼくの手札1枚の種類は!」

 

「今度もモンスターだ!」

 

「残念、ハズレ! 《身代わりの闇》は罠カードだ! 手札に戻って貰うよ!」

 

 しかし、第2問の三つのゲート選びに失敗した《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) ワイルドジャギーマン》の頭上から、ブザー音が鳴り響――かなかった。

 

「なにっ!?」

 

「チェーンして、こいつの効果を発動していたのさ! 罠カード《トラップ・スタン》を! これで、このターンのフィールドの罠カードは全て無効!」

 

 十代のリバースカードによって、第2問は文字通りの一回休み――これで《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) ワイルドジャギーマン》を遮るものは何一つ存在しない。

 

「でも墓地の罠カードは封じられちゃいない! 墓地の罠カード《スキル・サクセサー》を除外し、ワイルドジャギーマンの攻撃力をさらに800パワーアップ!」

 

 そしてダメ押しとばかりに背中から振り切られた《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) ワイルドジャギーマン》の大剣が闘気に包まれ、力強さを増し――

 

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) ワイルドジャギーマン》

攻3100 → 攻3900

 

「さぁ、答え合わせと行こうぜ、秋葉原!」

 

「おたくが攻撃したのは――《カラスの巨群》! その守備力は……」

 

 《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) ワイルドジャギーマン》が切り裂いたのは、カラスの大群こと《カラスの巨群》たちは、蜘蛛の子を散らすように吹き飛んだ。

 

《カラスの巨群》 裏側守備表示 → 守備表示

守1800 → 守2100 → 守2600

 

「2600か! なら、その数値を超えた分だけ貫通ダメージを与える! やれ、ワイルドジャギーマン! ブレード・スライサー!」

 

「ぅわぁあぁあああ! おたくの1300の得点(ダメージ)です!」

 

 そうして、《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) ワイルドジャギーマン》の斬撃の余波に打ち据えられる秋葉原のライフはゴッソリ減少。

 

秋葉原LP:4000 → 2700

 

「へへっ、ようやく1問正解だぜ!」

 

「だとしても、解答(攻撃)権を失ったキミはターンを終えるしかない! ぼくのクイズアワーも、《グレイヴ・オージャ》の解答(効果)を残すのみだ!」

 

 しかし、秋葉原のライフは健在。

 

 幾ら十代の先制パンチが決まったところで次のターン、十代の残りライフを削り切る手筈が秋葉原の元に残っている以上、結果は変わらない。

 

「そいつは、どうかな?」

 

「むむむ? まだ何かあるって言――――まさか……!?」

 

 だが、生憎と十代は元より次のターンのことなど考えていなかった。

 

「そうさ! ワイルドジャギーマンは全てのモンスターに攻撃できる!」

 

「……!? しまった!? 永続魔法《暗黒の扉》が防げるのは2体目以降の攻撃のみ!?」

 

 秋葉原の防御の隙間を狙った《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) ワイルドジャギーマン》と《H(エイチ)―ヒートハート》による貫通5連撃――これで一気に決める気である。

 

 しかし残念ながら秋葉原の手札には――

 

――だけど、甘いよ! ぼくの手札には……

 

「いるんだろ? その3枚の手札のどれかに《牙城のガーディアン》が!」

 

「!? ……だったら何だって言うんです! おたくがぼくの《ジャイアントマミー》に攻撃した瞬間が最後だ!」

 

 十代が言い当てたように守備力を一時的に1500上昇させる《牙城のガーディアン》がいる。

 

 このカードがある限り、秋葉原は1度だけ《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) ワイルドジャギーマン》の攻撃を弾き返すことが可能だ。

 

「でも、《ジャイアントマミー》以外を攻撃できれば……だろ?」

 

「確かに、その場合はライフが尽きる前に、ぼくは《牙城のガーディアン》を使うしかない……!」

 

『だけど《牙城のガーディアン》を《ジャイアントマミー》以外に使ってしまえば、秋葉原はワイルドジャギーマンの連撃を止められずにライフが尽きる――随分と大きな賭けに出たじゃないか、十代』

 

 しかし、秋葉原が止められるのは1度だけ――そして、十代も《牙城のガーディアン》を使わせる前に《ジャイアントマミー》を攻撃した瞬間、《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) ワイルドジャギーマン》が破壊され解答(追撃)権を失う。

 

 文字通りの勝負の行く末を決める大事な大事なアタック、チャ~ンス!

 

「正真正銘、最後の3択クイズだぜ、秋葉原!!」

 

「こ、ここ、こ、来ぉい!」

 

「ワイルドジャギーマン! 左の2体に攻撃だ! インフィニティ・エッジ・スライサー!!」

 

 そして残り三体の裏側守備表示モンスターの2体に向けて《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) ワイルドジャギーマン》が右腕の黄金のアーマーからブレードを2本射出すれば――

 

 

 

《ステルスバード》 裏側守備表示 → 守備表示

守1700 → 守2000 → 守2500

 

《さまようミイラ》 裏側守備表示 → 守備表示

守1500 → 守1800 → 守2300

 

「――ぐゎぁぁあああぁあ明日香たーんんんんんっ!!」

 

 見事《ジャイアントマミー》以外を引き当て、敗北が確定した秋葉原は謎の断末魔を上げながら2体のモンスターが破壊されたことによる爆発に呑まれていた。

 

秋葉原LP:2700 → 1300 → 0

 

 

「ガッチャ! 楽しいデュエルだったぜ!」

 

『ガッチャだ。恋の方は諦めた方が良いと思うよ』

 

 

 かくして、秋葉原のクイズアワーは終わりを告げる。次回の挑戦は――風だけが知っていることだろう。

 

 

 

 

 そうして観客席から十代のデュエルを見届けたアナシスと神崎へ舞台を戻せば――

 

「ほほー、神崎ちゃんの注目株が勝ったかー! ……けど、随分と危なっかしいデュエルだっちゅーの」

 

「まだ1年生ですし、こんなものかと」

 

――頭使う方面は苦手だろうしな。だが、パラドックスのデュエルの際は学力向上の話が出ていたが……歴史は今も歪み続けているのか? それともタイミングの問題か?

 

 若干の辛口評価を受ける十代。とはいえ、神崎からすれば未来(過去)のパラドックスの事件で助けて貰わねばならない為、結構死活問題である。

 

「おお! 久しいな、神崎!」

 

「これは長作様、正司様。ご挨拶にも伺えず――」

 

「構わん構わん。この場は無礼講だ! なにせ準の晴れ舞台だからな!」

 

 だが、そんな神崎の元に新たな2人のおっさんたちが現れた。やがて2人のおっさんこと黒スーツの万丈目の兄たち――長作と正司は近場の席に腰を落とし、完全に観戦ムードである。

 

「おん? 万丈目んとこの凸凹兄弟か」

 

「そういえば、2、3年生のデュエルも始まっているというのに、弟さんのデュエルはまだでしたね」

 

――三沢くんのデュエルも、そういえばまだだ。メインイベント扱いなのか?

 

「1番大好きなお前らだっちゅーに、末の坊は筆記2番手で残念だっちゅーな!」

 

 やがて万丈目の兄二人に遅れて気づいたアナシスが、ジャブ替わりの挑発気な牽制を入れる中――

 

「ふん、我らが欲しているのはそんな画一的な順位ではない。覇道を突き進む確かな力――勉学など、それを得る為の手段に過ぎん!」

 

「だが兄者、筆記だけとはいえ準を降した相手ならば、我らの障害になるやも――」

 

「皆さんの話題の1年筆記1番のデュエルが始まるようですよ。どうやら遅れたのは対戦相手の事情のようですね」

 

 針の筵は御免なのか、神崎は強引に話題を転換し始める。その眼下にて始まるのは1年生の定期テスト筆記1番の三沢のデュエル。

 

 そんな筆記のみとはいえ、末弟を降した男のデュエルに長作、正司も注視するが――

 

「ほう、あれがそうか。筆記だけの頭でっかちが、どこまで出来――相手がオシリス・レッドだと?」

 

「なに!? 見間違いじゃないのか、兄者!?」

 

 件の三沢の対戦相手は、筋肉質で大柄な体躯の青年。肩にかけた赤い制服は紛れもなく『オシリス・レッド』所属の証。

 

――確かに赤い制服……って、投げた。

 

『アカデミアよ! オレは帰って来たぞーー!!』

 

「――あ、あれはー!? だっちゅーのー!?」

 

「知っているのか、アナシス!!」

 

 そして黙する神崎を余所に、咆哮染みた叫びと共に赤い制服を宙に投げ、半裸となったボサボサに伸びまくった長髪の青年の姿に、アナシスは大仰な声を上げ、ただならぬ気配を感じた長作が先を促す。

 

「学園を去ったと噂されとったあの男が、どうして此処にいるんだっちゅーの!!」

 

「おい! 兄者にちゃんと説明しないか!」

 

 だが、アナシスの説明は背景面が多く、肝心の人物像が一切分からない。正司も文句を言いたくもなろう。

 

――大山(たいざん)くんが、そんなビッグネームになっていたとは……

 

 やがて、何度目か分からぬ想定外に神崎は頭痛をこらえるように内心で一人ごちる中、デュエルが開始された。

 

 

 

 

 そうして堕ちたエリートと、新生エリート候補生のデュエルが進んでいくが――

 

大山(たいざん)LP:2200

伏せ×4

VS

三沢LP:4000

伏せ×2

フィールド魔法《ドラゴニック D (ダイアグラム)

 

 

 優勢にデュエルを進めていた三沢の猛攻に、大山(たいざん)は魔法カード《ブラック・ホール》で仕切り直しを図ってターンを終える。

 

――噂は聞いたことがある。

 

 やがて、己のターンとなりデッキからドローする三沢の脳裏には、学園で知りえた限りの大山(たいざん)の情報が流れていた。

 

――カイザー亮に敗れ、オベリスク・ブルーから一気にオシリス・レッドまで降格した生徒がいる、と。

 

 とはいえ、校舎に基本おらず、大体ジャングルでターザンしている彼の情報は決して多くはない。精々が昔のまだマトモな方だった頃の噂話が関の山。

 

――「むらっ気の大きいデュエリストだった」との噂だったが……どちらにせよ、相手にとって不足はない! 胸を借りさせて貰います!

 

 だが、デュエルにおいて妥協を知らぬアカデミアが己にぶつけた相手となれば「堕ちたエリートだ」などと油断や慢心を三沢が持てよう筈がない。

 

「フィールド魔法《ドラゴニック D (ダイアグラム)》の効果! 手札を1枚破壊し、デッキから『真竜』カードを手札に加える! 《真竜皇バハルストス(フューラー)》を手札に!」

 

 ゆえに全身全霊を以って勝利を掴むべく、組み上げた勝利の方程式で打って出る。

 

「そして、この瞬間! 手札で破壊された《ウォーター・ドラゴン》の効果発動! 弾けた水は、水素と酸素に分けられる――墓地の《ハイドロゲドン》2体と《オキシゲドン》1体を特殊召喚!」

 

 さすれば、三沢の手札で弾けた水の竜は、3つの元素となってフィールドに降り立つ。

 

 それは、トリケラトプスに似た姿が、泥水が流動して2体ばかり形作られ、

 

《ハイドロゲドン》×2 攻撃表示

星4 水属性 恐竜族

攻1600 守1000

 

 最後の一つはプテラノドンのような形が、緑の風が集うことによって生み出された。

 

《オキシゲドン》 攻撃表示

星4 風属性 恐竜族

攻1800 守 800

 

「一気に展開してきたか! ならばリバースカードオープン! 罠カード《トゥルース・リィンフォース》! デッキからレベル2以下の戦士族を特殊召喚! 現れろ、《ドローン》!」

 

 そんな中、周囲に弾けた水気が大山(たいざん)の元で泥となって飛び出し、空中にて人型の形となって現れた。

 

《ドローン》 守備表示

星2 地属性 戦士族

攻 900 守 500

 

「さらに罠カード《同姓同名同盟》を発動だ! これによりレベル2以下の通常モンスターである《ドローン》はデッキから分裂召喚される!」

 

 さらに、そんな《ドローン》が身体をブルブルさせれば周囲に泥が散らばり、周囲の水気から新たに2つの泥の塊となって分裂体が誕生。

 

 そうして仲間を増やした《ドローン》たちはそれぞれ手を繋ぎ、扇状のポーズを取ってみせる。 

 

《ドローン》×2 攻撃表示

星2 地属性 戦士族

攻 900 守 500

 

――くっ、先輩は《真竜皇バハルストス(フューラー)》の効果を知っていたか……!

 

「だとしても! 水属性である《ハイドロゲドン》2体を破壊し、手札からこのカードは特殊召喚が可能!」

 

 かくして想定通りとはいかずとも、狙いをつけるように腕を突き出した三沢の前に、二つの水素こと《ハイドロゲドン》が水柱となって大波を生み出せば、その大波から巨大な影が飛びあがる。

 

「二つの水素を糧に降臨せよ! 海の(おう)! 《真竜皇バハルストス(フューラー)》!」

 

 やがて水飛沫を巻き上げ、天使の翼を宙に浮かべる青き翼を広げた巨大な海竜が轟けば、意思を持ったように動く大波がうねりを上げて大山(たいざん)のセットカードを侵食。

 

《真竜皇バハルストス(フューラー)》 攻撃表示

星9 水属性 幻竜族

攻1800 守3000

 

「《真竜皇バハルストス(フューラー)》の特殊召喚成功時、フィールド・墓地から2枚まで魔法・罠カードを除外する! 俺は当然、先輩のセットカードを――右から2枚除外!」

 

「無駄だ! 罠カード《和睦の使者》! このターン、俺のモンスターは戦闘破壊されず、ダメージも受けん!」

 

「ですが、もう1枚は除外される!」

 

――もう1枚は罠カード《ジャスティブレイク》……悪くないカードを除外できたが、このターンで攻め切ることはできない……なら!!

 

 やがて相手の守りのカードの一角を崩した三沢は、相手に崩されぬ盤石な布陣を敷くべく次の式の解を披露する。

 

「此処で《真竜皇バハルストス(フューラー)》をリリースして、《デューテリオン》をアドバンス召喚! 召喚時、効果発動! 墓地から《デューテリオン》が復活!!」

 

 さすれば、《真竜皇バハルストス(フューラー)》が大波と共に消えると同時に、その水――水素により、ティラノサウルスを模した形状に青い水が形作られ、2体に分裂することとなった。

 

《デューテリオン》×2 攻撃表示

星5 水属性 恐竜族

攻2000 守1400

 

「水属性が2体! まさに重水素な訳か!」

 

「その通りです! これで全ての条件は整った! 酸素(オキシゲドン)の元に重水素(デューテリオン)が集まれば『重水』となる!」

 

 そして此度のデュエルに一筋の化学式が並べば――

 

「魔法カード《ボンディング-D 2 O》! 酸素(オキシゲドン)重水素(デューテリオン2体)を墓地に送り、デッキより結合せよ!」

 

 翼を広げた《オキシゲドン》が風となり、2体の《デューテリオン》と結合し、立ち昇った二つの巨大な水柱が一つに交わる。

 

「――《ウォーター・ドラゴン-クラスター》!!」

 

 やがて水柱より、長大な体躯を持つ二つ首の水龍が咆哮と共に顕現することとなった。

 

 その体は完全に液体のみで生成され、咆哮や身じろぎ一つからでさえ、周囲に水気を満たしていく。

 

《ウォーター・ドラゴン-クラスター》 攻撃表示

星10 水属性 海竜族

攻2800 守2600

 

「効果により、先輩の効果モンスターの攻撃力を0にします! クラスト・バニッシャー!」

 

「だが、俺の《ドローン》は通常モンスター! 影響はない!」

 

 そんな水気に晒される大山(たいざん)のモンスター《ドローン》だが、生憎彼も「泥」という液体に近き存在。水気など何のその。

 

「それも計算済みです! 今や貴方のフィールドは《ドローン》たちを残すのみ! 必要経費に対し、十分な成果は得られました! 俺はカードを1枚セットしてターンエンド!」

 

 そうして水を得た魚ならぬ泥人間こと《ドローン》に水浴びして艶出しした肉体を披露するように力こぶを作ってポージングする様を見せつけられながら、三沢はターンを終えた。

 

 

三沢LP:4000

《ウォーター・ドラゴン-クラスター》 攻2800

伏せ×3

フィールド魔法《ドラゴニック D (ダイアグラム)

VS

大山(たいざん)LP:2200

《ドローン》×3 攻900

 

 

 

 かくして、折角用意されていた4枚のセットカードを全て失いながら何とか三沢のターンを凌いだ大山(たいざん)に残るのは、何の効果も持たない《ドローン》が3体ばかり。

 

 

 だが、反面コツコツ補充して来た手札から魔法カード《虚ろなる龍輪》を発動し、《天威龍-シュターナ》を送り、追加効果で《天威龍-マニラ》を手札に加えた大山(たいざん)は――

 

「《レスキュー・ラビット》を召喚! そして自身を除外し効果発動! デッキからレベル4以下の同名通常モンスター2体を特殊召喚!」

 

 安全ヘルメットをかぶったいつもの小さな兎を《ドローン》たちの元に送り出せば、早速とばかりに《レスキュー・ラビット》は仲間を呼ぶべく明日への逃亡をかます。

 

《レスキュー・ラビット》 攻撃表示

星4 地属性 獣族

攻 300 守 100

 

「《シャドウ・ファイター》!!」

 

 そして現れる赤みがかった表皮を持つ人に似た姿を持ちながらも、不敵に浮かべた笑みから覗く鋭利に発達した犬歯が特徴の人外の戦士。

 

 更に足元に伸びる当人の影もまた同じような笑みを浮かべていた。

 

《シャドウ・ファイター》×2

星2 闇属性 戦士族

攻 800 守 600

 

 そうして立ち並ぶレベル2の通常モンスター5体を前に、三沢の顔色は此処に来て初めて焦りの色を見せる。

 

「この布陣……まさか!?」

 

「そのまさかだ! 魔法カード《弱肉一色》発動!」

 

 これこそ、レベル2以下の通常モンスター5体が存在する時にのみ発動できる文字通り必殺の一撃。

 

「俺のフィールドのレベル2以下の通常モンスター5体以外! フィールドを ()() 破壊し! 互いの手札も()()捨てる!」

 

 そして突如発生した泥の大津波が互いのフィールドと手札の全てを飲み込まんとうなりを上げ始める。

 

「なっ! ですが、ただでは通さない! 《ウォーター・ドラゴン-クラスター》の効果! 自身をリリースし、デッキから2体の《ウォーター・ドラゴン》を守備表示で呼び――いや、分裂する!」

 

 だが、対する三沢も手をこまねいてなどいない。

 

 泥の大津波から《ウォーター・ドラゴン-クラスター》が身体を崩壊させながら天へ飛び立てば――

 

「集合した重水が、今! 再構築される! 来たれ! 《ウォーター・ドラゴン》!!」

 

 その天にて《ウォーター・ドラゴン-クラスター》が双頭を起点に二つに分かれ、長大な体躯を持つ2体の水竜が泥の大津波の中に降り立つこととなった。

 

《ウォーター・ドラゴン》×2 守備表示 → 攻撃表示

星8 水属性 海竜族

攻2800 守2600

 

「だとしても、破壊は避けられん!!」

 

「くっ、俺の計算式(3枚の伏せカード)が……!!」

 

 そうして永続罠《DNA移植手術》、《暴君の威圧》、《最終突撃命令》の《ウォーター・ドラゴン》とのコンボカードを含め、三沢のフィールドは泥の津波にさらわれ、手札すら呑み込んでいく。

 

 やがて泥の大津波は引いていく中、大山(たいざん)も5体の通常モンスター以外――彼の手札の全ても含めて全てが墓地へと消えることとなった。

 

「伏せカードは《ウォーター・ドラゴン》とのコンボ用のカードだったか。危ないところだったな! はっはっは!」

 

「ですが、この瞬間! 再び弾けた水は、水素と酸素に分けられた! 《ウォーター・ドラゴン》の効果により、墓地の《ハイドロゲドン》2体と《オキシゲドン》1体の一組を特殊召喚!」

 

 だが、己のあわや危機すら豪快に笑う大山(たいざん)の前にて、大津波に消えた《ウォーター・ドラゴン》の元素たちが産声を上げ始め――

 

 《ハイドロゲドン》が四足で地面に降り立ち、トリケラトプスと酷似した三本角を振り上げ、

 

《ハイドロゲドン》×2 攻撃表示

星4 水属性 恐竜族

攻1600 守1000

 

 《オキシゲドン》が、プテラノドンを模した翼で空を舞う。

 

《オキシゲドン》 攻撃表示

星4 風属性 恐竜族

攻1800 守 800

 

「しかし、フィールドに3つの空きがない以上、もう1体の《ウォーター・ドラゴン》の効果は使えまい」

 

「想定内です。これで互いの状況は凡そ五分!」

 

 そう、盤面を完全に崩された形の三沢だが、攻撃力1600と1800がいる以上、攻撃力900以下の大山(たいざん)の《ドローン》たちに数は劣れど状況はイーブン。

 

 いや、次のターンに通常ドローで1枚のアドバンテージが得られる三沢の方が若干有利だろう。

 

「そうだな。互いの手札は0! 此処からはドロー勝負と行こうじゃないか!」

 

「……ドローに並々ならぬ自負があるようですね」

 

――俺が不得手としている面でもある……だから学園は、この対戦カードを?

 

「それは見てのお楽しみだ――早速、行くぞ!」

 

 しかし、この状況を作り出すことこそが、大山(たいざん)の狙いだった。こと「ドロー」において、彼ほど偏執的なデュエリストはいまい。

 

「手札から捨てられた《暗黒界の狩人 ブラウ》の効果により1枚ドロー! さらに手札から捨てられた《トリック・デーモン》の効果で『デーモン』カード――《デーモンの宣告》を手札に!」

 

 そうして魔法カード《弱肉一色》の効果を利用し2枚のカードを用意した大山(たいざん)は――

 

――流石に丸腰では返してくれないか……

 

 三沢の懸念通りに《馬の骨の対価》で《シャドウ・ファイター》の1体を墓地に送り、2枚ドローし、その手札は3枚。

 

 幾ら《ドローン》の攻撃力が低いとはいえ、《ハイドロゲドン》たちだけでは少々不安になるところだろう。

 

「今こそ見せよう。俺の修行の成果――ドローの極意を!!」

 

 だが、大山(たいざん)のドローへの偏執的なまでの熱意は此処からだった。

 

「永続魔法《デーモンの宣告》を発動し、効果適用!」

 

「――な、なにを!?」

 

「俺はライフを500払い、デッキトップを宣言! 宣言したカードなら手札に加え、違ったなら墓地に送る!」

 

大山(たいざん)LP:2200 → 1700

 

 そうして更なるドロー(サーチ)を画策する大山(たいざん)へ、三沢は今までとは異なる困惑の表情を見せた。

 

 なにせ、魔法カード《デーモンの宣告》は「デッキトップを調べた上」で発動するのが通説だ。「あえて間違える」ことでカードを墓地に送る手法もあるにはあるが、今の大山(たいざん)はどう見ても、手札を補充しようとしている。無謀だ。

 

「俺が宣言するのは――」

 

 やがて大山(たいざん)の脳裏にジャングルの木々や、滝の中を流れるカードのビジョンが流れ始める。

 

「幾らデッキの残りカードを覚えていたとしても、そんなもの当たる訳がない!」

 

 そんな中、極めて全うな三沢の声につられる形で――

 

 

「そうだ! 当たる訳がなかろう!」

 

「そうじゃ! 当たる訳ないっちゅーの!」

 

「確率を知らないのか、あの男は!」

 

 観客席の長作、アナシス、正司のおっさんたちも馬鹿を見る目を大山(たいざん)に向けざるを得ない。

 

――同名カードを3枚デッキに残していても、その確率は決して高くはない。

 

 当然、神崎も同じ意見である。()()は当たらない。

 

 

 しかし、(大山)は普通ではなかった。

 

 

「《ドロー(・・・)・ディスチャージ》を宣言!! ドロォオオォオオ!!」

 

 だが、そんな外野の宣言など無視して、己の脳裏を過ったカードを宣言し、デッキトップをドローして確認する大山(たいざん)。その手に掴んだカードは――

 

 

「デッキトップのカードは――《ドロー(・・・)・ディスチャージ》!!」

 

 

「当てた……だと……!?」

 

 信じられないものを見るような三沢の言葉が証明するように宣言したカード《ドロー(・・・)・ディスチャージ》だ。これには――

 

 

「馬鹿なッ!?」

 

「どういうカラクリだっちゅーの!?」

 

「あれが、あの男が語るドローの極意だとでも言うのか!?」

 

 長作、アナシス、正司のおっさんたちも思わず席を立ち、双眼鏡片手に大山(たいざん)の手札を確認し始めていた。

 

――皆さん、楽しそうですね。

 

 そんな3人のおっさんの姿は、神崎の内心が示すように眼下で繰り広げられているデュエルを全力でエンジョイしていよう。

 

 

 

 やがて大山(たいざん)は攻撃はせず、フィールド魔法《天威無崩の地》を発動し、2枚のカードを伏せてターンを終えた。

 

 ターンエンドと共に《レスキュー・ラビット》で呼び出された《シャドウ・ファイター》は破壊され、大山(たいざん)が従えるのは3体の《ドロー(・・・)ン》のみ。

 

大山(たいざん)LP:1700

《ドローン》×3 攻900

伏せカード×2

《デーモンの宣告》

フィールド魔法《天威無崩の地》

VS

三沢LP:4000

《ハイドロゲドン》×2 攻1600

《オキシゲドン》 攻1800

 

 

 そして三沢のターンとなり、攻撃されなかったことで《ウォーター・ドラゴン》の素材となる3体が無事に残り、決して悪くはない状況でカードをドローした三沢。

 

 

「ん? あの三沢という生徒――カードを引いて動きが止まったぞ?」

 

 だが、そんな三沢の動きが完全に止まったことで、長作を筆頭に疑問を呈した観客たちによって観客席側がざわつき始める。

 

「手札1枚じゃ悩むことないっちゅーのに、どうした?」

 

「魔法カード《強欲で金満な壺》を、手札増強カードを引いたようですね。発動するか否かで悩んでいるのかと」

 

「……よく(裸眼)で見えるな」

 

 やがて首を傾げるアナシスへ、三沢の手札を超視力で見やった神崎を、正司が呆れた表情で見るが――

 

「見間違いじゃなか? 2枚ドローなら悩むことないっちゅーの」

 

「確かに、そうだな……相手の補給姿勢が整った状況で、手をこまねくのは自殺行為だ。どんな世界も補給の重要性は変わらないだろう?」

 

 むしろアナシスの疑問は深まるばかりだった。デュエルにさして詳しくない長作ですら、その不可解さは容易に想像がつく。

 

 大山(たいざん)は永続魔法《デーモンの宣告》でカードを追加し続けるのだ。素人でも「止めなければ危なくないか?」との結論に行き着こう。

 

 しかし、ドロー力に自信のない神崎には、固まる三沢の気持ちがよく分かった。

 

「彼は、引きに自信がないのだと思います。引いた2枚のカード次第では《ドロー・ディスチャージ》の効果ダメージでライフが尽きる」

 

 罠カード《ドロー・ディスチャージ》――相手がカード効果でドローした時に、相手の手札にモンスターがいれば、その合計攻撃力のダメージを与え、手札を捨てさせるカード。

 

 三沢のライフは4000と初期値だが、《ウォーター・ドラゴン》などの高い攻撃力のモンスターも多く、組み合わせ次第では一瞬でライフが尽きる。

 

 そんな最悪など普段なら早々()()()()()()()と強がれよう。だが、つい先程、それ以上に当たる筈がない代物が()()()()――ゆえに迷う。

 

「成程な。攻撃力で勝るモンスターがいる以上、無理にリスクを取りたくない訳か――だが、それは『逃げ』の思想だ。愚かと断ずる他あるまい」

 

 そうして、三沢の心情部分を察した長作だが、迷う三沢を厳しい口調で切って捨てた。

 

「デュエルもよう知らん癖に、無茶苦茶言うなっちゅーの」

 

「ふん、どんな世界においても『此処ぞという時』に腰が引ける者が、覇を掴むことはない。決断できる者のみが、新たな境地に辿り着くのだ」

 

 その言いように思わずアナシスも、長作がデュエルを専門外の部分から崩そうとするも、長作が冷たく返したように、これは「デュエル」の問題ではない。「心」の問題だ。

 

 

 そして、それは三沢の心の奥深くに知らず知らずの内に根付いている問題でもある。

 

「兄者、カードを引くようだぞ? だが、1枚? 2枚引くカードではないのか?」

 

「神崎、何のカードだ?」

 

「墓地の儀式魔法《リトマスの死儀式》の効果ですね。墓地の儀式モンスターと共にデッキに戻すことで1枚ドローできます」

 

 やがて、正司と長作から要請され、魔法カード《強欲で金満な壺》を発動しない選択を取った三沢のデュエルの動きを簡略に返す神崎だが――

 

「つまり恐怖に屈した半端な決断か。最悪だな」

 

 その決断は素人目に見ても、褒められたものではなかった。

 

「あーあー、罠カード《ジャスティブレイク》くらっちまったっちゅーの……」

 

「当然だ。相手の土俵へ半端に踏み込めば火傷では済む筈がない」

 

 やがて迷いの中で攻撃を選択した三沢は、罠カード《ドロー・ディスチャージ》に気を取られ過ぎたゆえに、「1枚除外したゆえに選択肢から無意識に外していた」カードに見舞われる。

 

 その「攻撃された際に、攻撃表示の通常モンスター以外を破壊する」効果により、2体の《ハイドロゲドン》と《オキシゲドン》を無為に失う三沢――まさに長作の言うように火傷では済まなかった。

 

「ふん、筆記1位との前評判も、フタを開ければこの程度か」

 

 やがて筆記とは言え、末弟を降した(三沢)への評価を大きく下げた長作。

 

 

 だが、デュエル場では、墓地の罠カード《ボンディング-DHO》を除外し、デッキから《ウォーター・ドラゴン-クラスター》を手札に加えた三沢が、最後に残る手札――魔法カード《儀式の下準備》を発動。

 

 それによりサーチした儀式セットの片方、儀式魔法《リトマスの死儀式》を発動し、手札のレベル10の《ウォーター・ドラゴン-クラスター》を素材に儀式召喚されれば――

 

 

 角のように横に広い博士帽を被った白の貴族を思わせる服装の剣士が、肩掛けの赤紫のマントを揺らし、左右の手に携えた双剣を交差させ、主を守るべく守りを固めていた。

 

《リトマスの死の剣士》 守備表示

星8 闇属性 戦士族

攻 0 守 0

 

 

 

「おっ、儀式召喚まで繋げたっちゅーの。戦闘で破壊されんっちゅー話とは……流石は筆記1位なだけあって、ただでは転ばんぞ」

 

 そうして手痛い損失を受けても切り札の1枚にまで繋げた三沢の手腕に賛辞を贈るアナシスだが、長作の評価は変わらない。

 

「そんなもの所詮はその場凌ぎに過ぎん――もはや逆転の目はない。既に相手の術中だ」

 

「ほー、お前さんには、この先のデュエルが分かるっちゅーの?」

 

「いや、分からん」

 

「――分からんのかい!」

 

 しかし、デュエルの難しい部分への理解を一切合切放り投げた長作の結論に、思わずツッコミを入れるアナシス。とはいえ、長作とて何も無根拠と言う訳ではない。

 

「だが、あの男の状態なら分かる。安全策を取った筈だというのに手痛い出費を払うこととなった――あれでは、次に打つ己の選択すら信じられまい」

 

「兄者の言う通りだ。己を信じられぬ者に勝利は掴み取れん」

 

 生き馬の目を抜く政財界で戦い抜く長作、

 

 海馬社長が「フハハハハ!」している経済界で奮闘する正司、

 

 原作ではデュエリストへの理解のなさばかり強調された二人だが、ただの無能がその二つの世界で生き抜くことなど、どうして出来ようか? 今までの経験と知識――それが彼らの根拠。

 

「皆さん、手厳しいですね」

 

――1年生に求め過ぎな気が……

 

 とはいえ、神崎の外と内の言葉が示すように一介の高校生に求めるハードルではない。厳しいだけではダメなのである。

 

 

 やがてデュエルの方は――

 

 速攻魔法《エネミーコントローラー》で攻撃表示に変更された《リトマスの死の剣士》が、《ドローン》の攻撃を受け、装備された装備魔法《下克上の首飾り》の効果により、互いのレベル差×500アップした攻撃力を得た《ドローン》の一撃が決定打となる。

 

 如何に《リトマスの死の剣士》が戦闘で破壊されない効果を持てども、「永続罠」がなければ攻撃力を3000に上げることも叶わない。

 

 やがて《ドローン》たちの三位一体で宙で前転しながら飛び込む文化的アタックの前に三沢へのダメージを防ぐことは出来ず、デュエルは終局となった。

 

 

 

 

 

 

 

 そうして大山(たいざん)の勝利を余所に残りの生徒たちの実技試験が進行されていく中、観客席のスカウトの集まる席にて起こるざわめきを、チラと見た長作が呟いた。

 

「騒がしいな」

 

「スカウトの方のようですね。新しいスター(大山)の誕生を喜んでいるのかと」

 

「ふっ、兄者。どうやらアイツらには先が見えていないらしい」

 

「フッ、そのようだな」

 

 そして、その騒ぎの種を超聴力で聞き分けた神崎が零す中、正司が長兄である長作へ向けて悪代官よろしく兄弟でほくそ笑み始めれば――

 

「神崎ちゃん! いよいよ、メインイベントじゃ! 学園で4人しかいないフォースたちのデュエルが始まるっちゅーの!」

 

「楽しみですね」

 

――『フォース』、つまり特待生寮組。だが上位者の内聞は丸藤 亮に、天上院 吹雪に、藤原 優介、そして小日向 星華。三天才の4人目の出現とは……原作の指針が測れないのは厄介だ。

 

 テンション高くフォースの面々のデュエルを楽しみにするアナシスと、

 

 社交辞令の内部で「原作どうすんだよ」と絶望を隠しつつ、営業スマイルを浮かべる神崎。

 

 もはや今の神崎には、原作GXアニメ版なのか、原作GX漫画版なのか――どちらの情報を基盤に考えれば良いのか、それすら分からない。

 

 

「ククク、遂に来たぞ、兄者!」

 

「そうだな! 我が末弟がアカデミアを制する時が!」

 

 そして正司と長作たちのテンションがMAXになった頃、最初のフォースの試合が始まると言うのに、一介のオベリスク・ブルーの生徒が会場に歩み出た。

 

「1年坊じゃと!? 驚きだっちゅーの……よもやフォース昇格をかけて1年坊が出て来るとは……」

 

――万丈目くん……か。兄弟の軋轢が低下したことで心境の変化は想定していたが、これはカイザーと同格扱いなのか? それとも将来性を見据えた経験の場?

 

 

 今、広大な会場にて一人の生徒――万丈目が一人立つ。

 

 

 それが示すのは、フォースへのデュエル権を勝ち取った事実。

 

 

 つまり、フォースと同等の実力――が、()()()()()()()()と学園側が認めた証明である。

 

 

 そうしてスポットライトに一人照らされる万丈目に対峙するフォースは――

 

 

「相手は――」

 

 

『――キミの瞳に何が見える?』

 

 

――マイクパフォーマンス……だと……!?

 

 天より響き、会場中に木霊するマイクの音声が教えてくれた。

 

 その音の発生源を見上げる観客たちが、お決まりの流れを天へと向ければ――

 

「 天 !! だっちゅーの!!」

 

「 「 「 天 !! 」 」 」

 

 天上(天蓋)よりスポットライトに照らされ、氷のスターダストを解き放ちながら(ドライアイスを焚きながら)一つの影が天より(ワイヤーアクションで)降り立つ。

 

 

 その者は混迷とした原作の歴史にて、氷の牙を突き立てる王――否、帝。

 

 

 数多の天の光(スポットライト)をその身に受け、 フ ブ キ ン グ (更なる混迷を及ぼす者)が、今ここに――

 

 

――彼は相変わらずか。逆に安心する。

 

 

 

『――JOIN!!』

 

 

 

 顕現した。

 

 

 

 世界から祝福を受ける如き歓声が会場中を覆う。

 

 

 






変わらない安心感




~今作の三沢デッキ(VS十代用Ver?)~

「真竜」を混ぜた『ウォーター・ドラゴン』――フィールド魔法《ドラゴニック D (ダイアグラム)》で《ウォーター・ドラゴン》を破壊! からの素材準備に繋げよう!


《ウォーター・ドラゴン》の効果の為、永続罠《DNA移植手術》や《暴君の威圧》、《最終突撃命令》と、永続罠が豊富なので《リトマスの死の剣士》の効果も狙いやすいぜ!

なお事故率(無常)


~今作の大山デッキ~

彼が使用した《ドローン》を始めとした通常レベル2戦士族を並べ、
魔法カード《弱肉一色》からの互いのフィールド+手札リセットからの、《デーモンの宣告》サーチで
強引に泥沼ドロー勝負に持ち込むデッキ。

『天威』の力を借りて、殴りかかってくる《ドローン》は凄くウザいぞ!

破壊耐性持ち? 魔法カード《強制転移》で、この超カッコいい《ドローン》と交換してあげるよ!


~今作の神田 次男こと秋葉原のデッキ~

サイクルリバースモンスターを活用し、《さまようミイラ》の裏守備の並べ替えや、永続罠《旅人の試練》などで
頑張って原作のようなクイズ要素で固めたデッキ。

なお問題は選択式オンリーの模様――偏ってるー!

自分から攻撃するのは苦手。
相手が「待ち」のデッキだった場合、パタパタ表裏して《グレイヴ・オージャ》でチクチクする凄い地味なデュエルになる。




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第248話 決意



前回のあらすじ
世界の修正力「レッド生! ドローが自慢! カリスマもある! ――十代、ヨシ!」

大山(たいざん)「――十代、ヨシ!!」

ユベル「良くない」




 

 

 かくして幕を開けた万丈目と吹雪のデュエル。

 

 先攻を得た万丈目は、魔法カード《手札抹殺》を発動し、墓地を肥やし、

 

 墓地の《輝光竜セイファート》と《輪廻竜サンサーラ》で墓地のドラゴン族を回収しつつ魔法カード《トレード・イン》で手札入れ替えを以て整え、

 

 魔法カード《融合派兵》で《ロード・オブ・ドラゴン-ドラゴンの支配者-》を呼び出し、魔法カード《ドラゴンを呼ぶ笛》で大型ドラゴンたちを呼び出す必勝パターンを展開。

 

 更に魔法カード《龍の鏡(ドラゴンズ・ミラー)》により、《竜魔人 キングドラグーン》を融合して、対象耐性を与えつつ、1枚のカードを伏せてターンを終えた。

 

万丈目LP:4000 手札1

モンスター

《竜魔人 キングドラグーン》攻2400

《聖夜に煌めく竜》攻2500

《パンデミック・ドラゴン》攻2500

魔法・罠

伏せ×1

VS

吹雪LP:4000 手札5

 

 

 十代とのデュエルでも見せた相手の出方を伺いつつ封じる絶好の布陣。

 

 

 そんな布陣を前に、吹雪はフブキングの名に恥じぬ華麗なデュエルで翻弄する。

 

 

 その様子は、とにかく華麗だった華麗過ぎて、描写できない程に華麗だった。そんな感じで、デュエルは決着したということに――

 

 

 

 

「――美しき、光と闇の竜の祭典! 見事だよ、万丈目くん! なら、ボクも負けぬ輝きを見せようじゃないか!」

 

 ドローした吹雪が、前のターンに万丈目が融合召喚したことで、墓地からセットされた罠カード《巨神封じの矢(ティタノサイダー)》が残るフィールドを余所に、早速魔法カード《強欲で金満な壺》で2ドロー。

 

 するのだが、その吹雪の初動をカウンター罠《マジック・ドレイン》で削ろうとする万丈目。

 

 だが対する吹雪が、呆気なく2ドローを手放す様子に万丈目は、カード効果をカウンターで無効にしたことで呼び出せる黒き暴虐の竜たる《冥王竜ヴァンダルギオン》を手札から展開し1500のダメージを以て牽制とするが――

 

《冥王竜ヴァンダルギオン》 攻撃表示

星8 闇属性 ドラゴン族

攻2800 守2500

 

吹雪LP:4000 → 2500

 

「本日の主役にご足労願おう! 今宵も頼んだよ! パンサーウォリアー!!」

 

 ライフが速くも半分近く削れたというのに、焦りの一つも見せない吹雪が呼び出すのは己のフェイバリットたる1枚。

 

 今日も今日とて一凛のバラを漆黒の豹の口でくわえつつ、剣と盾を頭上に掲げる独特な構えで登場した。

 

《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》 攻撃表示

星4 地属性 獣戦士族

攻2000 守1600

 

 そして吹雪は《成金ゴブリン》を発動し、万丈目にライフを1000回復させつつ手札を1枚ドロー。

 

 更に、墓地の魔法カード《シャッフル・リボーン》を除外し、フィールドにセットされた罠カード《巨神封じの矢(ティタノサイダー)》をデッキに戻してもう1枚ドロー。

 

 そうして貯めた手札5枚のカードを全てセットして吹雪はターンエンドした。

 

万丈目LP:4000 → 5000

 

 

万丈目LP:5000 手札0

モンスター

《竜魔人 キングドラグーン》攻2400

《聖夜に煌めく竜》攻2500

《パンデミック・ドラゴン》攻2500

《冥王竜ヴァンダルギオン》攻2800

VS

吹雪LP:2500 手札0

モンスター

《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》攻2000

魔法・罠

伏せ×5

 

 

「……パンサーウォリアーが棒立ちちゅーのは、随分と思い切ったことしたっちゅーの」

 

「セットカードもありますし、そう不自然ではないかと」

 

 そんな吹雪の消極的な動きに観客席にて、アナシスと神崎がそれぞれ所見を述べる中――

 

「ふん、準のドラゴンたちに恐れをなしたのだろう」

 

「あんなお調子者など軽く捻ってやれ、準!」

 

 長作と正司の声援が、JOINコールにかき消される中、万丈目はカードをドロー。

 

 

 

「俺のターン、ドロー!!」

 

「その瞬間、罠カード《活路への希望》をライフを1000ずつ払って2枚発動!」

 

吹雪LP:2500 → 1500 → 500

 

 だが、途端にライフを合計2000も支払い、万丈目とのライフの差2000につき1枚――合計4枚のカードをドローした吹雪。

 

 やがて墓地の《スキル・プリズナー》で《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》をモンスター効果の対象から守る吹雪だが、既にそのライフは500。

 

 

「吹雪ちゃん、なに考えとるんだっちゅーの……」

 

 観客席のアナシスがそう呟くように、吹雪ファンの面々もハラハラした様子が隠せない。

 

 

 しかし、どう見ても伏せカードでの逆転を狙っているのは明白。

 

 ゆえに万丈目は、魔法カード《アドバンスドロー》で《冥王竜ヴァンダルギオン》を2ドローに変換し、《竜魔人 キングドラグーン》の効果で《輪廻竜サンサーラ》を呼び出し、2体分のリリースとして――

 

「今こそお前の力を俺に貸してくれ! アドバンス召喚!! 来たれ、(ことわり)の裁定者! 《光と闇の(ライトアンドダークネス)(ドラゴン)》!!」

 

 天を裂き現れるのは左右で黒と白に分かれた二色のドラゴン。その左右の翼もまた悪魔と天使を思わせる様相に分かれており、その名に違わぬ様相を見せていた。

 

光と闇の(ライトアンドダークネス)(ドラゴン)》 攻撃表示

星8 光属性 ドラゴン族

攻2800 守2400

 

「おや、良いのかい? 《聖夜に煌めく竜》の効果が使えなくなってしまうよ?」

 

「バトル!! 《聖夜に煌めく竜》でパンサーウォリアーを攻撃!! シャイニングサプリメイション!!」

 

 吹雪の駆け引きなど意に介さず宣言した万丈目の声に、《聖夜に煌めく竜》が 翼を輝かせるが――

 

「させないよ! 罠カード《魂の一撃》をライフの半分を支払い発動!」

 

吹雪LP:500 → 250

 

 その前に吹雪が、《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》の背中を指さす。

 

「無駄だ! 《光と闇の(ライトアンドダークネス)(ドラゴン)》の効果! カード効果が発動した時! このカードの攻守を500下げ、無効にする! バプティズム・ブレス!!」

 

 しかし、その背中から立ち昇る筈だったオーラは、《光と闇の(ライトアンドダークネス)(ドラゴン)》の翼から放たれた光によって霧散。

 

「おっかないなぁ――チェーンして速攻魔法《皆既日蝕の書》を発動! フィールド全てのモンスターを裏側守備表示に!!」

 

 するも、その光を覆い隠すように日の光が月によって覆われ、暗き夜を恐れるようにフィールドの全てのモンスターは姿を隠すこととなった。

 

――くっ、《光と闇の(ライトアンドダークネス)(ドラゴン)》の効果がチェーンされた効果に適用されないことは、調査済みか……

 

「俺は……これでターンエンド」

 

 そうして相棒たるカードとの攻勢が不発に終わった万丈目だが、その顔に陰りはない。

 

――だが、《光と闇の(ライトアンドダークネス)(ドラゴン)》――お前は仕事を果たしてくれた。

 

 なにせ、《光と闇の(ライトアンドダークネス)(ドラゴン)》の力により、吹雪は2枚のセットカードを無駄打ちし、残った1枚では先のようにチェーンして躱すことも叶わない。

 

 更には速攻魔法《皆既日蝕の書》の効果によりエンド時に表側になっていくドラゴンたち――その数だけ、万丈目はドローする。

 

 手札0から一気に4枚にまで回復した手札は決して軽くはない。

 

 

万丈目LP:5000 手札4

モンスター

《竜魔人 キングドラグーン》守1100

《聖夜に煌めく竜》守2300

《パンデミック・ドラゴン》守1000

光と闇の(ライトアンドダークネス)(ドラゴン)》守2400

VS

吹雪LP:250 手札4

モンスター

裏守備表示×1

魔法・罠

伏せ×1

 

 

――しかし相手は何を狙っているんだ? ……既に残りライフは250だと言うのに未だ動きらしい動きがない。

 

 だが、唯一の懸念が吹雪の狙いが読めないこと。莫大なライフを消費した割に、多少の手札があれども盤面は心もとない。

 

「――さぁ、フィナーレと行こうか!!」

 

 しかし、此処で吹雪は終幕を宣言した。

 

「ボクの元から飛び立ってしまうつれないドラゴンたちへ――今、この時の逢瀬を許しておくれ」

 

 そんなバラ片手にキザなセリフを吹雪が述べた瞬間、人の上半身を持つ竜《竜魔人 キングドラグーン》と《光と闇の(ライトアンドダークネス)(ドラゴン)》がマグマに呑まれ、巨躯のマグマの悪魔、《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》の首にぶら下がる檻の中に万丈目は囚われた。

 

《溶岩魔神ラヴァゴーレム》 守備表示

星8 炎属性 悪魔族

攻3000 守2500

 

 

「なっ!?」

 

「準のドラゴンたちが!?」

 

「魔法カード《死者蘇生》で甦れ、《トランスフォーム・スフィア》! そして手札1枚を捨て効果発動! 守備モンスター1体を――情熱の炎(ラヴァ・ゴーレム)を吸収する! 帰っておいで、ボクの元へ!!」

 

 更に《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》の頭上に現れた土色の小さな鳥――《トランスフォーム・スフィア》が足で抱える風の球体の中に《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》が吸い込まれ、眠れば――

 

《トランスフォーム・スフィア》 攻撃表示

星3 風属性 鳥獣族

攻 100 守 100

攻3100

 

「更に最後に残ったリバースカードオープン! 罠カード《戦線復帰》で守備表示で舞い戻れ、《激昂のミノタウルス》!

 

 その隣に、赤いアーマーで局部を覆った牛頭の獣戦士が宙返りしながら着地し、斧を盾のように構えた。

 

《激昂のミノタウルス》 守備表示

星4 地属性 獣戦士族

攻1700 守1000

 

「最後にパンサーウォリアーを攻撃表示に戻してフィナーレを飾るバトルと行こう!!」

 

《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》 裏側守備表示 → 攻撃表示

守1600 → 攻2000

 

 そしてマイフェイバリットたる《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》と共に、吹雪は初めて攻勢に移る。

 

「《トランスフォーム・スフィア》で《パンデミック・ドラゴン》を攻撃! テンペスト・スラッシュ!!」

 

 そして三つの輪を胴から伸ばす《パンデミック・ドラゴン》へ、《トランスフォーム・スフィア》の翼から竜巻が発生すれば、その風の刃の檻に囚われ、《パンデミック・ドラゴン》は切り刻まれていった。

 

万丈目LP:5000 → 2900

 

「くっ……《激昂のミノタウルス》による貫通ダメージか……! だが、《パンデミック・ドラゴン》が破壊された瞬間、フィールドの全てのモンスターの攻撃力は1000下がる!!」

 

 しかし、そうして巻き上げられた《パンデミック・ドラゴン》の肉片は毒となってフィールド全てに降り注ぎ、敵味方問わずその力を大きく削いでいく。

 

《聖夜に煌めく竜》 守備表示

攻2500 → 攻1500

 

《トランスフォーム・スフィア》 攻撃表示

攻3100 → 攻2100

 

《激昂のミノタウルス》 守備表示

攻1700 → 攻 700

 

《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》 攻撃表示

攻2000 → 攻1000

 

「これでパンサーウォリアーはおろか、《トランスフォーム・スフィア》ですら俺の《聖夜に煌めく竜》は突破できない!」

 

 こうも攻撃力を下げられては、吹雪も《トランスフォーム・スフィア》に追撃能力を付与したところで、突破は困難。

 

「できるさ――速攻魔法《エネミー・コントローラー》! 《トランスフォーム・スフィア》をリリースして《聖夜に煌めく竜》には、このフブキングの虜となって貰おうか!」

 

 なんて定石はフブキングにとっては跳び越えるもの。

 

 吹雪のウィンク――は関係ないだろうが――結果的にフラフラと移動し寝ころんだ《聖夜に煌めく竜》は吹雪の元で猫のように喉を鳴らす。

 

「そしてパンサーウォリアーの攻撃にはリリースが――別れの陰がさす。ゴメンよ、《聖夜に煌めく竜》」

 

 そうして眠そうな《聖夜に煌めく竜》へ、《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》がシュパッと投げたバラの花が当たると共に、その身は《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》の剣に宿ることとなった。

 

「だとしても、俺のライフは残る! 残りライフ250の――」

 

 しかし攻撃力1000の《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》では、焼け石に水。

 

 

《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》

攻1000 → 攻4000

 

 

 などと、誰が決めた。

 

「!? なに……が」

 

「キングはビッグであるべきだろう?」

 

 そうして爆発的に巨大化した《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》が、その巨躯でフブキングのビッグさをアピール。

 

 その種は速攻魔法《旗鼓堂々》で、墓地から装備された装備魔法《巨大化》の元々の攻撃力の数値を倍にする効果。

 

 だが、その倍化が許されるのは、吹雪のライフが万丈目より下回っている時のみ。

 

――執拗にライフを削っていたのは……くっ、最初からデュエルの流れは、既に……!

 

 墓地の《復活の福音》を除外していれば、1ターン凌げただろうが《パンデミック・ドラゴン》の弱体化を選んだ――いや、選ばされた事実が万丈目に突き刺さるが時すでに遅し。

 

「キングの一撃は一瞬さ!」

 

 やがて天を二転三転と舞う《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》が、万丈目に向けて――

 

「――キング・パンサー・プレス!!」

 

 放たれたボディプレスの衝撃が、勝負の終わりを告げるゴングと化す。

 

 

万丈目LP:2900 → 0

 

 

 

 

 

「――天!」

 

 

 かくして、フィナーレを決めた吹雪が天を指さし叫んだ姿を合図に、会場中の面々が一体化したように――

 

 

「 「 「 ――JOIN!! 」 」 」

 

「――JOINだっちゅーの!」

 

 

 JOINコールを響かせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かくして、残りのデュエルもつつがなく終了した頃、来賓の面々が移動を始めた中、1年のイエロー生徒が集められた教室にて、久々の家族の再会に少々ざわついていた雰囲気が広がる。

 

 

 しかし、そんな周囲の雑踏すら耳に入らぬ様子で意識を沈める三沢が、教室の隅で項垂れていた。

 

 

 1年筆記1位であり、実技も1年イエロー生徒の中で並びたてる者は殆どいない優等生。

 

 それが三沢 大地と言うデュエリストの周囲の評価であろう。最速のオベリスク・ブルー昇格すら噂されていた。

 

 

 だが、此度の実技試験でそれも崩れる――ことはないが、学園が定める「オベリスク・ブルーの壁」の険しさは、1年イエロー全体に深く刻まれることになっただろう。

 

 

――怠けていたつもりは……なかったんだがな。

 

 

 会場の雰囲気に呑まれた? 違う。相手のデュエルに呑まれた。

 

 見え透いた牽制を踏み抜けなかった。最悪の可能性がチラつき、臆してしまった。己を信じ切れなかった。

 

 相手が格上だった――そんな言い訳は通じない。自分のデュエルが出来なかった。

 

 三沢の胸を占めるのは後悔ばかり。

 

 

「おーい、三沢――」

 

「よせよ、遊城」

 

 そんな三沢に向けて、いつもと変わらぬ軽い足取りで声をかける十代だったが、その歩みは小原と大原によって遮られた。思わず首を傾げる十代だが――

 

「ん? 小原に大原、なんでだ?」

 

「……お前、ホント鈍いな。『オベリスク・ブルー行き確実』とまで言われた中で、実技があの結果だぞ――今はそっとしておいてやれよ」

 

「み、みんなが、みんな遊城くんくらいに前向きさを持ってる訳じゃないから……」

 

『ボクも同意見だね。あれじゃぁ何を言われても辛いだけだよ。キミの両親への友人の紹介は、今直ぐじゃなくても構わないだろう?』

 

「……そっかー」

 

 小原、大原だけにとどまらず、ユベルにまで制されてしまえば、引き下がる他ない。

 

――デュエルって、楽しい勝負が出来れば良いもんだと思うんだけどな……

 

 だが、十代には三沢を苛む肝心な部分への理解がいまいち掴めてはおらず、残念そうにしながら来た道を引き返していくこととなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 試合観戦から学内の散策に移り、それらを一通り終えた神崎は、端末に流れるI2社お抱えのプロデュエリストとなったエドの対戦動画を停止させつつ、廊下の一角で壁を背に、手で顔を押さえつつ天を仰いでいた。

 

――私の知っているGXと何もかもが違う。宇宙行っている間に、どうして此処まで……

 

 学園案内に加えて、自由行動時間にて今のアカデミアの状態を調べに調べた結果、神崎は無力さと共に天を仰ぐ以外の選択肢を奪われたのだ。

 

 教育システム、各種施設、はたまた売店の人員増加などなど――その全てが原作の面影すら感じられず、学園内を巡る度に神崎の脳内で広がる遊戯の「なぁにこれぇ」の声。

 

「……どうにもならないか」

 

 これには軌道修正を考えていた神崎も、お手上げである。

 

――特待生寮は撤去されて更地。墓守たちの元へと繋ぐ遺跡は完全隔離。『侵入したら即退学』って……いや、危険性を考えれば甘いくらいか。

 

 それに加えて、「学園から綺麗さっぱり危険要素が消えている」ことも神崎の諦めに拍車をかけていた。

 

 

 なにせ、特待生寮はダークネス事件で言わずもがな、完全撤去。建物の痕跡すら残っていない。

 

 そして島の内部に残る遺跡は完全封鎖。精霊すら入り込めぬ鉄壁の防衛体制に加え、特大のペナルティも相まって、近づく意味すら介在しない。

 

 とはいえ、この遺跡は特定条件を満たすと墓守の地に強制ワープさせられた上、まず闇のデュエルを避けられず、敗北=死の危険地帯である為、当然の対処と言えよう。

 

 原作でも、大徳寺が十代を試す為に命を張らせ、さらに相手の墓守の長の『幾人もの挑戦者が』などの発言から、少なくない犠牲者がいることが示唆されていた。

 

――撤去も出来ない以上、ずっと封鎖されたままだろう。

 

 そうして原作で起きる事件の残りを指折りで数えて確認し終えた神崎は――

 

それらしき(同郷の)影もない以上、実のある成果はゼロ……他は精々が現在のアカデミアに関する認識の差異を埋められた程度」

 

 此度のアカデミア渡航の結果に困ったような表情を見せる。

 

 

 それが、神崎が今一度確認しておきたかった己のような「同郷の(転生・憑依した)人間の存在」にさして手応えがなかった点。

 

 なにせ、原作の遊戯王ワールドは、世界滅亡のピンチが度々訪れ、その全てを原作主人公が退ける流れがある。

 

 つまり、原作主人公のコンディションが世界の命運を握っていると言っても良い。

 

 だが、その原作主人公すら信じられない神崎は、「規定された原作の流れ(約束された勝利)」を破壊するスタンスである。

 

 これでは適切に原作主人公が育ってくれる確証が消えかねない以上、普通に考えて「他の同郷と馬が合う筈がない」――敵対する可能性の方が高いだろう。

 

 誰だって、世界滅亡に巻き込まれて死ぬのは御免だ。

 

――原作の流れに関わるにせよ、関わらないにせよ、最低でも遊城くんたちの様子を伺う程度はすると思ったんだが……

 

 だというのに、DM時代に続きGX時代でも、原作が崩壊するレベルで人間関係・模様が変化しているにも拘わらず、誰一人として様子を探りに来ない現実に神崎は何処か不可解さを感じていた。

 

 今更、何を言っているのか――と思われるやもしれないが、神崎は「自分が転生した以上、他にも……」と考えてしまう面倒臭いタイプな為、致し方なかろう。

 

――今は……私と同郷らしき相手が「いない」のか「原作にかかわる気がない」のかは定かではないが、どちらにせよ表舞台に上がらないのなら、方針は変えずとも問題ない。

 

 やがて、一通り思案を巡らせた神崎だったが、今度はチラと廊下の角に視界を広げ、何やら隠れて神崎の様子を伺う無精ひげの男を確認しながら、困ったようにこめかみに指をトンとおく。

 

――しかし、先程から尾行している人は確かジャーナリストの国崎 康介? だったか。ダークネス事件の失踪を取材していた彼が、なぜ私を? KCも辞めたんだけどな……

 

 その無精ひげの男こと「国崎 康介」――原作にて、吹雪が失踪した事件を調べていたジャーナリストなのだが、アカデミアへの不法侵入や、生徒に扮するなど、あまり褒められた人間ではない。

 

 だが、十代のデュエルを目の当たりにし、心を入れ替えて全うに吹雪の失踪の調査を明日香に約束した――まま、フェードアウトした(後の出番が一切なかった)人物である。

 

 

――パラディウス社も畳んだ以上、私を探っても旨味はないように思えるが……

 

 平たく言ってしまえば改心前後問わず「スクープを追う人」である為、KCも去り、パラディウス社も今の神崎からすれば無縁の相手だ。

 

 神崎が有する冥界の王の不思議な力でさえ、「入手したとしても扱えない情報」に分類される以上、国崎が神崎を探っても意味はない。

 

 最近始めた神崎の個人的な仕事も今は実体がなさ過ぎて、同上である。

 

――念の為、世間話でもして探ってみよう。

 

 

『アリスの姉貴ぃぃぃいいっぃいいぃいい!! オイラ、怪しい髭を見つけたわぁぁぁああぁあああぁあんん!!』

 

 

 しかし、それでも石橋を叩いて渡る心持ちだった神崎の第一歩は、国崎の背後に浮かぶ黄色い肌と頭から触覚のように伸びた二つの目を持つ赤い海パンをはいた精霊――《おジャマイエロー》の叫びによって止まることとなった。

 

――!? 《おジャマイエロー》!? 馬鹿な、彼はノース校にいる筈!?

 

 そんな《おジャマイエロー》は、本来であればノース校に万丈目が来訪しなければ、この本校にある筈のないカードだが――

 

――いや、こうして学園全域に、井戸にいる筈の精霊が飛んでいる状況を鑑みれば、《おジャマイエロー》の元の所持者である一ノ瀬校長へ、おジャマ兄弟の要請が届いても不思議ではないのか。

 

 コブラたちが、枯れ井戸の問題を解決している状態が伺える以上、交流戦という接触の機会が多いノース校からカードを1枚都合する程度のことは、さして難しくもない。

 

――しかし『アリス』とは……あっ、国崎さんが牛尾くんに。

 

 やがて神崎の意識が《おジャマイエロー》が呼んでいた「アリス」の名に注視され始めた頃、国崎の背後からアカデミア倫理委員会の緑の隊服に身を包んだ牛尾が接近。

 

『コイツよ、コイツ! さっきからコソコソ嗅ぎまわってて怪しかったわ~ん!』

 

「ちょ、アンタ誰だよ!? えっ? 俺? 俺は、ジャーナリストの――」

 

「いや~、『怪しい素振りしてる』って連絡がありましたね。ちょっとお話聞かせてくださいよ。拒否った方が面倒ごとですぜ?」

 

 《おジャマイエロー》からの密告により、哀れ国崎は牛尾の手によりドナドナされていく結果となった。

 

 生徒のプライバシーを守る為のやむを得ない犠牲である。取材許可の有無が命運を分けることとなるだろう。

 

 

 

 

 

 

 そうしてジャーナリストの国崎を連れて行った牛尾に二度見されつつも見送った神崎は――

 

「少し良いですか?」

 

『あひょんっ!? あら? オイラのことが見えてるのん!?』

 

 急に呼び留められて、周囲をキョロキョロした《おジャマイエロー》から情報収集を図る。

 

「はい、どうにもこの学園は精霊の数が多いように思えて少々気になったもので」

 

『確かに、珍しいかもしれないわね~、でもオイラたちはアリスの姉貴の元、アカデミアのみんなの為に頑張ってるのよ~』

 

――『アリスの姉貴』……絶望の国のアリス、『呪われた人形』が何故?

 

 そして原作同様に口の軽い《おジャマイエロー》から、原作では怨嗟をばらまく存在だったアリスが管轄していることに神崎は疑問を浮かべつつも――

 

「成程。学内をパトロールされていた訳だ」

 

『そうよ! オイラたちが学園の平和を守ってるんだから~!』

 

――乃亜……か、コブラか? KCを去った身では、踏み込んだ話を聞く訳にもいかないか。それに、彼らが指揮を執ったのなら、問題ないだろう。

 

 《おジャマイエロー》たち精霊が担当している領分を推察しつつも、KCから去った部外者の立場上、問答できる範囲を推し量る神崎。

 

『あらん? 急に考え込んで、どうしたの?』

 

「人を探しています」

 

 だが、心配気に様子を伺う《おジャマイエロー》に神崎は端的に告げる。

 

『う~ん、お願いされちゃっても――』

 

「学園内で“カードを大量に持っている個人”、“他者に大量のカードを渡すことに抵抗のない相手”、“多くの精霊を連れている生徒”、“精霊に関する品々を無配慮に配る存在”――このあたりに覚えはありますか?」

 

 それは、神崎と同郷(転生者・転移者)の面――だけでなく、闇のアイテムなどを配っていた大徳寺のような存在への牽制。

 

 『今』は確認されていなくとも、生徒という枠組みの中で上述の行いを成す者は、かなりのイレギュラーと言える。

 

 スーツケースいっぱいのカードで「お主も悪よのう」よろしく金銭のやり取りが成立する遊戯王ワールドにおいて、山ほどのカードを特定の生徒に配る存在は常識を疑われよう。

 

 原作のタイタンよろしく暴走の可能性がある以上、定期的なメンテナンスもなしに闇のアイテムを配って回るなど、モラル皆無と言わざるを得ない――モラル脳筋の神崎と同類である。

 

『悪いんだけど、オイラたちは学園の情報を教えちゃダメって言われてるのよ~! 乃亜の兄貴とも約束しちゃってるから、ゴメンナサイね~』

 

 しかし、《おジャマイエロー》は神崎の主張を拒否。理由も至極全うなものである。学園内の面々のプライバシーは守られるべきだ。

 

――やはり、乃亜の管轄か。

 

「いえ、私に教える必要はありません。そういった人間がいれば『留意した方が良い』。良くも悪くも話題の渦中になるでしょうから」

 

 とはいえ、これは神崎も流石に予想の範囲内である。「気を付けた方が良い」程度の忠言に近いものだ。

 

『……? それだけなのん?』

 

「ええ、それだけです」

 

――乃亜に話が行くなら、問題処理能力に劣る私が出しゃばらない方が良いだろう。

 

「お仕事、ご苦労様です」

 

 それゆえ、《おジャマイエロー》を通じて乃亜にまで話が届くことを把握した神崎は、軽く会釈をして、その場を立ち去った。

 

 

 残るのは、不思議そうに首を傾げる《おジャマイエロー》だけである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 此処で舞台は変わり、アカデミアの人通りが少ないフロアにて、万丈目は二人の兄に頭を下げていた。

 

 放任主義な両親の代わりに忙しい中、足を運んだ兄たちへ披露したのは敗北を喫する姿。

 

「長作兄さん、正司兄さん……すみません。不甲斐ない姿を見せてしま――」

 

「――お前には才能がない。いや、あるにはあるのだろう。だが、我らの素人目で見てもお前の『それ』を鼻で嗤える才を持つ面々がいる」

 

 だが、そんな万丈目の謝罪を長作は切って捨てるように言葉を並べた。長作とて「己が誰よりも才ある身」などと自惚れたことはない。それは万丈目とて同じ。

 

「……はい」

 

「だが、それでも我らはお前の好きにやらせてきた。何故だか分かるか?」

 

「それは……兄さんたちのご厚意で――」

 

 万丈目家の悲願である「政界・財政界・デュエルモンスターズ界の頂点を取る」という高過ぎる目標を前に、今まで万丈目が己のやり方を通せたのは、長作たちからの配慮があってのこと。

 

 でなければ、金にものを言わせてカードやデュエルの専門家を集め、徹底した英才教育を強いていただろうことは、万丈目とて理解している。

 

「違う。お前が常に結果を出してきたからだ」

 

 だが、その認識を長作は否定した。

 

「万丈目家たるもの各々の分野で頂点を目指す――私は政界で、正司は財政界で そしてお前はデュエルモンスターズ界で」

 

 やがて家訓を並べた長作は万丈目と視線を合わせながら続ける。

 

「だが、一夜にして頂点を極めることなど出来はしない。日々の積み重ねを無視した者に待つのは破滅だけだ。私はお前ならば問題ないと判断したに過ぎん」

 

「長作兄さん……」

 

「しかし、それも此度で揺らいだ――ゆえに問おう」

 

 長作は「準ならば、此方が手を貸す必要はない」と判断していた。ゆえに、此度の一方的な敗北はその信頼の裏切りにも等しいだろう。

 

「何故、デュエルの本場の地――アメリカアカデミアへの進学を断った? あの学園はペガサス会長が手ずから口添えのある場、彼の地での経験は万金に値する筈だ」

 

 なにせ、素人目から見ても無為な選択をした後なのだ。揺らぐ信頼も大きくなろう。

 

「デュエルは門外漢な我々の目から見ても、学園としての『デキ』はあちらが上だろう。だというのに、改革中とはいえ落ち目な此処(本校)を選んだお前の意図を聞かせろ」

 

「それは……」

 

「どうした、準! 早く兄者の質問に答えないか!」

 

 やがて返答を急かす正司の声に対し、万丈目は答えを口ごもるばかり。

 

「惚れた女でもいたか?」

 

「ち、違――いえ、そんな理由で選んだ訳ではありません。この学園を選んだ理由は違います」

 

「続けろ」

 

 しかし長作の冗談めかした言葉に、万丈目は誤解を解くべく口を開く。

 

「カイザー亮――『ENDの再来』とすら言われた男がいたからです」

 

 それが超えるべき背中を見据えた故の決断。

 

「成程な。確かに高みを目指すのなら、より優れた者の元で――間違ってはいない」

 

「なら――」

 

「――だが、物見遊山で得られるものなど何一つない。優れた者を眺めているだけで強くなれるのならば誰も苦労はせん。違うか?」

 

 そうして万丈目の選択に理解を示した長作だが、続いた冷徹な問いかけが飛来する。

 

「…………はい」

 

「準、お前は()()()だ」

 

 今の万丈目は――眺めて強くなった気になっている者なのか、否か。

 

 とはいえ、吹雪との試合の敗戦後では万丈目が何を語ろうとも前者としか受け止められないだろう。

 

「話が逸れたな……どちらにせよ、今回の試験、お前が私たちを失望させたことには違いない。遅れを取り戻すべく直ぐにでもデュエルの本場、アメリカアカデミアへの転校させたいところだが――」

 

 その為、長作が降す決定に今の万丈目は反対意見を述べることは叶わない。

 

 万丈目家に弱卒は不要――自由が欲しければ己が手で掴み取る他ないというのに、掴み取れなかった万丈目が自由を求めるのはお門違いというもの。

 

「今までのお前が出し続けてきた結果を無視する訳にはいかん。ゆえにチャンスをやろう」

 

「チャンス……ですか?」

 

「1年だ」

 

「1年……?」

 

 だが、今までを鑑みたゆえに射した一つの光明を前に、信じられないようにオウム返しのように呟く万丈目。

 

 そんな中、長作は一つの沙汰を降す。

 

「1年以内にフォースに上がれ、それが出来れば転校の話は取りやめよう」

 

「無茶だ、兄者! あのカイザーですらフォースに上がったのは2年から! 準に――」

 

「黙っていろ、正司」

 

 しかし、その土台無茶な内容に思わず正司が反対するが、長作は聞く耳を持たない。

 

 選りすぐった天才の中の更なる上澄み(カイザー亮)にすら出来なかったことが、才含めて全てが劣る万丈目に出来る筈がない――正司がそう考えるのも極めて自然な話。

 

「だが、兄者!」

 

「――二度同じことを言わせる気か?」

 

「……っ!」

 

 それゆえに、食い下がろうとした正司だが、長作の長兄としての視線を前に、その決意はしぼんでいくこととなる。

 

「この学園のシステム上、フォースに上がらなければお前の言い分に意味はない――来年にはカイザー亮も卒業するのだからな」

 

 とはいえ、長作とて何の根拠もなしに「1年」を定義した訳ではない。万丈目が本校を選んだ理由が「カイザー亮」である以上、亮がいる内に成果を見せねば無駄足と断じざるを得まい。

 

「2年からでも本場のアメリカアカデミアで死に物狂いでくらいつけば、確かな経験となろう」

 

「1……年」

 

「励め」

 

 かくして、未だ花開かぬ末の弟に沙汰を降した長作は、最後に短く激励を送った後、その場を後にする。

 

 

 

 

 そんな長作を見送った万丈目だが、此処で正司が口を開いた。

 

「また、兄者の悪い癖が出た……! 準、兄者の説得は此方でしておいてやる。後で連絡して謝罪をいれろ――いいな!」

 

 それは、此度のチャンスにすらなっていない長作の提案のキャンセル要請。なにせ当事者である万丈目が折れれば、必要すらない話。

 

「1年も無駄にするくらいなら、今すぐアメリカ校に転入してしまった方が、お前の為にも――」

 

「ありがとうございます、正司兄さん。ですが、俺は長作兄さんの期待に応えてみせます」

 

 ゆえに、時間を有効活用する旨を語るも、当の万丈目は無駄にしない旨を確約するばかりで、聞く耳持たず――(長作)(長作)ならば、()()と言った具合。

 

「くっ、お前の頑固さも変わらずか……! 勝手にしろ!」

 

 それゆえか、そんな捨て台詞を最後に、正司は肩を怒らせながら、ズカズカと去っていった。

 

 

 やはり正司からすればデュエリストというのは、どうにも非効率な存在である。

 

 

 

 

 

 

 

 そうして誰もいなくなったひと気のない廊下の一角で、万丈目は苛立つように壁に拳を打ち据える。

 

「俺は何をやっているんだ……」

 

 それは兄たちの糾弾への怒りではなく、己の不甲斐なさへの怒り。

 

 かつての憧れとの出会いも封じ、脇目も振らずに進んできた筈なのに届かない。

 

 フォースで躓いているようでは、万丈目が目指す先には、一生かかっても辿り着ける訳がなかった――それゆえに焦りばかりが加速する。

 

「こんなザマでデュエルキングに――――誰だ!」

 

 だが、ふと感じた人の気配に万丈目が振り返れば――

 

「あっ、いや、盗み聞きするつもりはなかったんだけどよ……」

 

「……なんだ、貴様(十代)か。俺を嗤いにでも来たか?」

 

 視界に映った十代の姿に、万丈目の警戒心は霧散した。やがて先のやり取りを聞いていたゆえに申し訳なさそうにする十代へ、冗談交じりに言葉だけでもおどけてみせる万丈目。

 

「そんなことしねぇよ。それに、あー、こう、上手く言えねぇけど……」

 

 しかし、そんならしからぬ程の焦燥した万丈目へ、十代は言葉を探すように視線をさまよわせた後、励まし言葉を送る。

 

()()()()()、気にすんなよ」

 

「――兄さんたちを侮辱するな!!」

 

 だが、そんな良かれと思った十代の発言は、万丈目の地雷を踏み抜いた。

 

「お前に兄さんたちの何が分かる!」

 

 そんなものを初見で見抜ける方が異常なことは、万丈目とて理解している。だが、理屈と感情は別の話。

 

「な、なんだよ! そんなに怒ることないだろ! お前の兄ちゃんたち、万丈目が強いのに失望したとか、転校させるとか、無茶苦茶言ってたじゃねぇか!」

 

「俺が……強いだと? 何処までも能天気な奴だ! 兄さんたちは()()()()()()()をしていた訳じゃない!!」

 

『十代、こんなやつ放っておこう――まずは落ち着きなよ』

 

 やがて交わされるのは、売り言葉に買い言葉――どちらも「己が正しい」と思っているだけに、ユベルの声も届かず、収束という名のゴールは欠片たりとも見えはしない。

 

「なにも知らない癖に知った風な口を利くな!!」

 

「でもさ! デュエルはもっと楽しくやるもんだろ! 今のお前、スゲェ苦しそうじゃねぇか!」

 

 

“楽しそうにデュエルする貴方の姿を見て! 少しだけ楽になったんです! 勝ち負けが全てじゃないんだって!”

 

 

 だが、此処で何でもないような十代の発言に、昔の何も知らなかった頃の愚かな己の声が万丈目の脳内に木霊し、十代と重なって見える。

 

「だったら何だと――」

 

「――十代ッ!!」

 

 ゆえに思わず胸倉を掴みかけた万丈目の手が、新たな乱入者――三沢の声に、二人の言い争いはピタリと止まった。

 

「心配をかけてすまない、十代。俺を探してくれていたんだろう?」

 

「えっ? いや、急にどうし――」

 

『今はこの流れに乗った方が良いよ』

 

 やがて三沢に肩を掴まれ、引き寄せられた十代が状況の急変に置いてけぼりにされる中――

 

「万丈目、自由時間もそろそろ終わりだ。戻った方が良い――それと、二人の会話を断ち切ってしまってすまないな」

 

「……気にするな」

 

 三沢から放り投げられた「この場を離れる理由」を手に、万丈目は力なく手を振った後、オベリスク・ブルーの寮に向けてフラフラと去っていった。

 

 

 

 こうして一触即発だった空気が霧散するも、未だ状況を把握しきれない十代が口を開く前に――

 

「お、おい、三沢。まだ俺は――」

 

「十代、少し話さないか?」

 

 三沢は十代を連れて購買の方へとひた進む。

 

 

 小原と大原から、「十代が三沢を心配していた」との言に、十代を探しにきた三沢からすれば、気が気でない状況だったゆえに三沢も落ち着く時間が欲しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 かくして自販機から購入した缶ジュースの一つを十代に差し入れしつつ、購買近くのベンチに座った三沢は、なにから話せばよいものかと悩むが――

 

『急に割り込んできた割に、ダンマリだね』

 

「……あのさ、三沢。俺、なんか変なこと言っちまったか?」

 

「…………それは俺にも分からない。だから、俺の知る『万丈目 準』というデュエリストを教える。そこから紐解こう」

 

 ユベルの後押しもあって口火を切った十代の「多分、悪いことしちゃったんだけど、それが何か分からない」表情を前に、それまでの経緯を知らぬ三沢はひとまず情報の整理を始める。

 

「俺は万丈目を昔から知っているんだ――と言っても、一方的なんだがな。十代、前も聞いたと思うが、もう一度聞く。デュエルの大会に出たことはどのくらいある?」

 

「あんまり……かな? 友達とかとデュエルする方が多くってさ。三沢は良く参加してたのか?」

 

 友達とのデュエルが主な十代に無縁の世界が「大会」だ。多くのデュエリストが強さを競い、名誉を勝ち取らんとする場。

 

「ああ、小学生の頃、そこで万丈目と会ったんだ。アイツはいつも表彰台の上で、俺はそれを外から眺めるだけだった。その程度の関係さ」

 

 そして三沢の知る限り万丈目は常に名誉を得る側にいた。

 

 万丈目からすれば、当時の三沢など「予選で蹴散らす大勢の内の一人」程度の認識だっただろう。

 

 それが悔しくも、時に大人すら倒し名誉を得る(優勝する)同年代(万丈目)の姿が、どこか誇らしくもあった。年齢など関係ないのだと示してくれているようで。

 

「だが、ふとした時に聞いてしまったんだ」

 

 しかし、三沢はそれが、己が勝手に抱いていた幻想なのだと知る。まさに今の十代と同じように。

 

「アイツはデュエルキングを目指してる――単なる憧れじゃなく、本気で」

 

「デュエルキングに?」

 

 幼少期の万丈目と三沢には大きな隔たりがあった――それが目指す先のビジョン。

 

「ああ、そうだ。現在の規定では数年に一度開催される『ワールド・グランプリ』で全勝し、優勝すること」

 

 デュエルキング――本来の歴史であればバトルシティを制し、三体の神のカードを手にした者が得る究極の名誉。

 

 だが、歪んだ現在において、バトルシティに参加できなかった面々からの陳述により発生した「ワールド・グランプリ」が主になっている。

 

「今は第一回の時とは違い参加人数も絞られ、総当たり戦に変更されているとはいえ、道の険しさ自体に変化はない」

 

 第一回は文字通り「全人類の中から」の次元で人を集めたが、定期開催が決まった二度目以降も同じことをする訳にもいかない手前、純粋なトーナメント方式からは手を加えられた。

 

「各リーグのデュエルチャンピオン全てに加えて、数多のプロや、各国の腕自慢たちが参加する中での全勝だ。規定されてから、今に至るまで未だ新たなデュエルキングは誕生していない」

 

 海馬の「大会が開催される度に誕生するデュエルキングに何の意味がある!」との叱責により現在の規定となった噂があれど、表立って非難するデュエリストはいない。

 

 それは闇遊戯が名だたるデュエリストを全てくだしていた点と――

 

――非公式な情報では、海馬 瀬人が条件を満たして見せた……などと噂が流れているが、本人が黙している以上、詮無き話か。

 

「プロの世界ですら、弱ければアッという間に引退だ。その更に上の頂きの先の先。まさに頂点」

 

 そういった未だ並び立つ者がいない頂きを当時から万丈目が本気で目指していることを、幼少時の三沢は見せつけられたのだ。

 

「本気で目指すなら、アカデミアの1年最強で満足してる場合じゃない。万丈目もそれを痛い程理解しているからこそ死に物狂いで上を目指している」

 

 そんな過去から三沢も強くなれた――だが、強くなれただけに痛いほどに理解できる。自分たちは未だスタート地点にすら立てていないのだと。

 

「万丈目の焦る気持ちが、部外者の俺にも多少は分かるつもりだ」

 

「卒業してからでも――」

 

「俺たちよりも年下のデュエリストがプロの世界の上位リーグで活躍していると知ってもか?」

 

 しかし、未だ高校生の身で世界の頂点などとはピンと来ない十代へ、三沢は実例を挙げて見せる。

 

「レベッカ・ホプキンス、レオン・ウィルソン、最近ならエド・フェニックス――彼らはいずれも10歳そこそこでプロの世界で活躍していた。ハッキリ言って、万丈目も、そして俺たちも『遅い』と考えても何もおかしくはない」

 

 既に自分たちより若い面々がプロの世界という名の大海でしのぎを削っている中、自分たちは「アカデミア」という井戸の中にいる現実がそこにはあった。

 

 アカデミアはプロへの登竜門――そんなキャッチフレーズが十代の脳裏を過る。

 

「プロ……か」

 

「でも、十代。お前は間違ってないよ」

 

 しかし、此処で打って変わって三沢は十代の主張に賛同してみせた。

 

「デュエルは楽しんでするものだ――俺もそう思う」

 

 三沢とて「楽しいデュエル」が嫌いな訳ではない。楽しく出来れば其方の方が良いことくらい承知の上だ。

 

「だがデュエリストの数だけ(事情)がある。それを無視して自分の正しさを押し付けるのは駄目だ」

 

「でもよ……アイツ、スゲェ辛そうにしてたぜ?」

 

「ああ、そうだな。だから、別の方法で――万丈目の道に沿ったやり方にすればいい」

 

 それでも、万丈目の苦悩を知ってか黙っていられぬ十代へ、三沢は一つばかり提案する。

 

「十代には、あまりピンと来ないだろうが、この学園で色分けが持つ意味は大きい。弱い立場の俺たちが幾ら言葉を重ねても、万丈目には届かないだろう。だから――」

 

 弱者の戯言など、高きを目指す強者へは届かない。

 

 ならば、答えは簡単だ。

 

「――俺と一緒にオベリスク・ブルーを目指さないか?」

 

 戦友(ライバル)として肩を並べ、示せば良い。

 

 

 楽しくデュエルすることも、遠回りではない(強さに繋がる)のだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな十代と三沢のやり取りを記念に購買でカードパックを買っていた神崎と、ぶっちゃけ神崎が普通に怪しいことから、念の為に監視役を担当していた《おジャマイエロー》が――

 

『あら~ん、すっごく青春ね~! 思わずオイラの胸も高鳴っちゃうわ~ん』

 

「お邪魔虫になる前に離れましょう」

 

 偶然にも耳にしてしまった為、カードパック購入の清算を済ませた神崎は《おジャマイエロー》を引っ掴みながら、いそいそとその場を後にする。

 

 

 そうして《おジャマイエロー》と別れ、帰路の船に向かう神崎の脳裏を過るのは――

 

――何と声をかけるべきか悩んだが……必要なかったんだな。私の存在なんて。

 

 先の十代と三沢のやり取り。

 

 原作に存在しなかった衝突ゆえに、本来の歴史を歪めてしまった身として、責任を果たさねば――と勝手に考えていた己の自惚れを自嘲する神崎。

 

 

 今まで何だかんだで介入し続けてきたゆえに、背負えた気になっていた責任。しかし、それは勘違いに他ならない。

 

 既に彼らは彼らの物語を歩んでいるのだ。そこに神崎の助力など求められてはいない――まさに余計なお世話と言えよう。

 

――もう、いるかすら分からない同郷の協力者をアテにするのも止めよう。

 

 それゆえ、神崎は決断する。

 

 原作の舞台だから――と、いるか分からぬ介入者の存在に気を配るのはもう止めだ。

 

 どのみち、こうも原作の舞台が歪んでしまえば、既に手遅れであろう。

 

――この世界に生きる1人として出来ることをしよう。まずは……

 

 十代がしかと育つかどうかなど、それは彼自身の問題である。そこへ助力しようなど、おこがましい考えなのだ。

 

 

 ゆえに、来たるべく世界の危機に、神崎は一個人として動く。

 

 そこに十代たちが手を貸してくれるか、それとも敵対するかは、彼らが決める話。

 

 

 そう、「原作主人公だから」なんて色眼鏡は、もう必要ない。

 

 

 かくして、神崎はようやく「原作知識」という名の鎖から解放され、この世界の1人の住人として歩み始める。

 

 

 

 その第一歩に何を成すかは、彼の心が決めることだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――影丸たち(とアムナエル)、直でぶっ飛ばしに行こう。

 

 そういうとこだぞ。

 

 






影丸「!?」

アムナエル「!?」



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第249話 なんやコイツ



前回のあらすじ
世界の修正力「お前に人の心はないのか!? もっと原作を思いやれ!!」




 

 

 アカデミア1年生にとっての最初の定期試験を無事突破し、各々の課題を見つけた十代たちはイエロー寮にて――

 

「俺は2年の大山(たいざん) (たいら)! 今日からラー・イエローに昇格した! よろしく頼む!」

 

 ジャングルから飛び出してきたような筋骨隆々の半裸の男――大山(たいざん)の加入を迎えていた。

 

 そうして凡その紹介を終え、多くのイエロー生徒が「また変なの来たな」「また変になったな」と解散していく中、そんな大山(たいざん)に苦い敗北を突き付けられた三沢は驚いた様子で近づき思わず問いかけた。

 

「先輩がイエローに? ブルーの間違いでは?」

 

 戦った三沢だからこそ、その事実を強く実感する。大山(たいざん)の実力はピーキーながらもかなりの高水準に――1年最強の万丈目すら容易く凌駕しかねない位置にあった筈だと。

 

「ハハハ! それがどうにも、学園側にイカサマを疑われてしまってな! 現在、審議中なんだ! しかし理屈で推し量れぬのがドローの世界! 仕方のない話だろう!」

 

 しかし学園としても「ドローの神髄」などと言いながら、デッキトップを当て続ける意味☆不明な存在を容易く認める訳にはいかないのだ。後で「イカサマだった」と発覚すれば大問題になりかねない。

 

 それゆえの調査期間も兼ねたブルー昇格の見送り――なのだと、大山(たいざん)は堪えた様子もなく豪快に笑って見せる。

 

 そんな中、「イエローに上がった」事実と、珍獣感の物珍しさゆえに十代が興味本位で寄りつつ、他人事ではないのか降格理由の話題を振るが――

 

「へぇ~、大山(たいざん)……先輩は、なんでレッドまで落ちたんだ?」

 

「僻地のジャングルでドローの修行をしていたら、試験までにアカデミアへ帰るのが遅れてしまってな! ハハハ、面目ない限りだ!」

 

『……こいつ、なに言ってるんだ?』

 

 十代の隣で興味なさげに浮かんでいたユベルが、あまりの理由に愛しい人の悪影響になるか否かを測りかねた様子で十代の肩を引くが、十代は別の点が気になる様子。

 

「試験遅れただけでレッドまで落ちるのかよ……」

 

「いや、俺は間に合うつもりで帰路を組んでいたのだが、学園側(倫理委員会)が計算した結果どうにも『間に合わない』と結論が下ってな! 『間に合わせる気がなかった』と判断され、それでレッドまで落ちることとなった!」

 

 よもや「試験に寝坊しただけで降格に?」と心配を募らせる十代だったが、大山(たいざん)が語る凡そ遭遇しえない状況を前に、毛ほども参考にならない現実が横たわる。

 

「退学にならなかったのは、救助作業に従事した恩赦といったところだそうだ!」

 

「救助作業?」

 

「ああ! ジャングルにて怪我人がいてな! 諸々手助けした件だ! とはいえ、それがなかったとしても、『間に合わない』と判断されたがな! ハハハ!」

 

『な、なんなんだ、コイツ……』

 

 正直、異常な執着に近い愛をこじらせていたユベルをしても、理解の及ばない存在を前に十代の背をグイグイ引っ張るユベル――お近づきになりたくない様子。

 

 しかし、十代は気にせず前に出る。

 

「あっ、そうだ! 大山(たいざん)先輩! 三沢がなんかドローで悩んでんだよ! 相談乗ってくれないか!」

 

「お、おい、十代。そんな急に失礼――」

 

「なんだ、そんなことか――構わんぞ! お前のようなタイプなら感覚より、理屈で詰めるべきだな!」

 

「やったな、三沢!」

 

「――よろしくお願いします!」

 

 そうして悩める(三沢)の為と、珍獣への興味も少々混じった十代の提案を大山(たいざん)は快く了承。

 

 やがて大山(たいざん)はイエロー男子寮の共同エリアの空いた席に着席を促し、ちょっと遠近法の狂った体格違いが並ぶ中、「ドローの神髄」の秘密とやらがアッサリ明かされ始める。

 

「ピンチの時! 『カードAを引けば勝てる!』、そう思ったことはあるか?」

 

「それはありますが……」

 

 そして、最初に問われた大山(たいざん)の問いに三沢が自身の一般的な初見を述べるが――

 

「ならば、『でも、こういう時は大抵カードBのカードを引くんだよなぁ……』は、どうだ?」

 

「……あります」

 

「そして『いや、カードAを引き当てて見せる! うぉぉおおぉお! ドロー! やっぱ、カードBだぁぁあぁあああ!!』は?」

 

「………………あります」

 

 その問答の内容は誰もが覚えのあるような代物ばかり――大山(たいざん)の意図が三沢には読み取れない。

 

「そう! オレも昔はそうだった! いや、今もそうだ!」

 

『じゃぁ、今までの話はなんだったんだい……』

 

 当然、ユベルにも大山(たいざん)の問答は意味不明だった。十代は言わずもがなな為、疑問符を浮かべて沈黙を守る。

 

「だが、こうは考えられないか? 『カードBを引く』ことをオレは『当てていた』のだと!」

 

『いや、言わないだろ』

 

 やがて自信満々に「ドローの神髄」の核を述べる大山(たいざん)へ、ユベルの鋭いツッコミが入る中――

 

「三沢! こんな言葉を知っているか! 『敵を知り己を知れば百戦殆からず』――今のお前は『敵を知る』ことは出来ていても、『己を知れていない』!」

 

「――まさか、ドローの神髄とは!?」

 

 三沢は何かを掴んだ様子でハッとした表情を浮かべる。

 

「そうだ! 己のコンディション! 己が扱うカードの気分! 己の運! 己のその他諸々! それら全てを知り、デッキのカードの順番を把握できるまでに()()()()!!! それこそが、オレのドローの極意!!」

 

「えーと、どういうことなんだ?」

 

「成程! デッキの順番を知っているということは、リソースとの相談が常に可能な状態を指す! 次のドローの内容が分かれば、今ある手札で『どう動くことが最良』なのかも逆説的に判明する訳ですね!!」

 

「……あー、うん、えー……やったな三沢!!」

 

 席を勢いよく立つ程に白熱する大山(たいざん)と三沢の討論――そして、置いてけぼりな十代は、とりあえず友の悩みが解消されたっぽい事実を喜ぶこととする。

 

「ああ! ドローという『未知』を、こんな風に定義するとは……」

 

『自分たちが何を言ってるのか分かってるのかい?』

 

「とはいえ、偉そうなことを言っても、オレが辿り着いた極地は『なんとなく』の延長線上の代物だ。イカサマを疑われても致し方のない話ではある」

 

 しかし、言うは易く行うは難し――ユベルが零すように「それが出来れば苦労はしない」ことであろう。それは大山(たいざん)とて理解している。

 

 彼のドローの神髄も、未だ完璧とは言い難い。

 

「ふーん……なあなあ、大山(たいざん)先輩! その神髄! 俺にも出来っかな?」

 

「学力が必須だ! 確率の計算、相手や己の心情把握、己のコンディションへの理解の為の肉体の情報――とにかく様々な知識が必要になる。ペーパーテスト程度で躓いていては話にならんぞ! ハッハッハ!」

 

『そういえば、こいつは2年の筆記トップだったね。満点取るだけはあるのか』

 

 やがて十代の認識を正すように大山(たいざん)が豪快に笑う中、ユベルが遅ればせながら大山(たいざん)の名を見た場を思い出しつつ「十代の家庭教師くらいにはなるか」と些か失礼なことを考え出していた。

 

 

 かくして、三沢は大山(たいざん)の教えを受け、ドローの神髄たる「己を知る」道を探ることとなる。ついでに、十代はユベルの入れ知恵で勉強を教えて貰うらしい。

 

 どちらも容易い道ではないやもしれないが、先日の試験の時のような後悔を思えば、奮起の力は十二分にあろう。

 

 

 

 

 

 

 

 影丸とアムナエルへの物理的撃破を決めた神崎だったが、相手の根城が分からねば振るう拳もありはしない。相手の影丸は齢100を超えてもなお各界に影響力を持つ相手――当然、セーフハウス(秘密の隠れ家)の一つや二つあって当然。

 

 

 それゆえ、情報を求めた神崎が訪れたのは、アンダーグラウンドな住人が仕切るビルの一角にある応接室のような場所。

 

 

 その一室の窓から覗く眼下には煌びやかな装飾が広がるパーティ会場が広がり、周囲の面々は目元を仮面で隠しており、やんごとなき事情がヒシヒシと感じられる空間だ。

 

 

 そんな法スレスレの場の支配人であるタキシードとシルクハットに身を包んだ眼鏡の男――モンキー猿山は、向かい合って座す珍しい客を前に不思議そうに肩をすくめて問いかける。

 

「かつてはKCの幹部だった方が、こんなアンダーグラウンドの住人になんのようでしょう?」

 

「盛況のようですね、猿山さん」

 

「あぁ? 俺たちを脅そうってのかい?」

 

「止せ、犬飼――私の護衛が失礼を」

 

 だが、含みが見えた神崎の返答に、モンキー猿山の背後に護衛として控えていた逆立てた髪に全身に傷のある筋骨隆々な半裸の男――マッドドッグ犬飼の恫喝するような声を、モンキー猿山はいさめた。

 

 相手は一応客人である。

 

 それに加えて、この場に違法なものは何一つない。此処にあるのは――

 

「ただ『盛況』とは、なんのことでしょう? この場はあくまで個人的なお取引がなされる場――偶々、囚人たちの息抜きデュエルの場が近くにありますが……それが視界に入ってしまう点は致し方ないでしょう」

 

 金を持て余した悪趣味な暇人が、個人的な取引をする光景と、

 

 その暇人から心ばかりのお布施を頂戴するモンキー猿山たちが、被害者家族への支援を慈善で行い、

 

 そして偶々近くで囚人たちが、コロシアム風な檻の中で息抜きがてらのデュエルを行っているだけだ。

 

「囚人たちもフラストレーションが溜まっていたゆえか少々演出が荒くなりがちですが、あの程度は身体を張ったバラエティの範囲ですとも」

 

 この場に、囚人同士の苛烈なデュエルを観戦して、金銭を賭けている――なんて現実は、どこにも存在しないのだと、モンキー猿山は得意気な顔で語る。

 

「此処に違法なものなど何一つない――違いますか?」

 

「今回はそう言った話ではありませんよ」

 

 しかし、それらは今回の神崎の要件とは関係なかった。

 

「……と、言うと?」

 

「買い物です。影丸理事長の居場所を少々」

 

「あの老人ですか……死期が近いとはいえ、未だその力は健在。流石に表立って売るのは、はばかられますな」

 

 そうして明かされた「影丸を切れ」との要求にモンキー猿山は顎に手を当て難色を見せる。

 

 かつては悪名を轟かせるも、今やKCを去り何の後ろ盾のない男と、

 

 余命いくばくとはいえ、未だに各界の力は健在の老人――モンキー猿山としても即決するのは難しい話だ。

 

「ですが、此方としても貴方を無碍にするのもよろしくない。さて、どうしたものか……」

 

 今に限定すれば、影丸に良い顔をしておくべきだが、なんだかんだで波乱を起こしてきた神崎と決定的に敵対するのは避けたい。

 

 

 ゆえにモンキー猿山は担保を求め、窓の外での囚人同士のデュエルに視線を向けた。

 

 つられて視線を向けた神崎の視界に映るのは、褐色肌の青年が呼び出したスライムの竜《ヒューマノイド・ドレイク》が、顔を布で隠した大男のフィールドの囚人服を着たモンスター《凶悪犯-チョップマン》に噛みついている光景。

 

(青年)一番人気でね」

 

 そしてモンキー猿山は、布で顔を隠した大男が装備魔法《与奪の首飾り》で相手の手札を捨てさせ、永続罠《魔力の棘》と永続魔法《悪夢の拷問部屋》による効果ダメージを受けた褐色肌の青年が苦悶の声を漏らす姿をせせら笑いながら続けるが――

 

「デュエルの腕は並ですが、儚げなルックスと健気な姿勢の()()が良い」

 

「そうですか」

 

 神崎の反応は芳しくない。

 

「あちらで観戦中のレディは、彼の大ファンのようなんですよ。逐一、お越しになられる」

 

「持って回った言い方は必要ありませんよ」

 

 やがて手を変え、品を変えていたモンキー猿山だったが、神崎の返答に大きくため息を吐きながら、本題を持ち出した。

 

「では単刀直入に――デュエルで勝ち取られては?」

 

「私の腕を知っていての提案でしょうか?」

 

「なにも、貴方が直接戦う必要などないでしょう? それこそ、誰かを雇えば良い『いつものように』ね」

 

「犬飼――キミもそう思うだろう?」

 

「そうさ! アンタは黙って、アイツを呼べば良い! それで望む買い物が出来るんだ! 安いもんだろう!」

 

 そう、マッドドッグ犬飼が直接的に表するように、モンキー猿山が担保に求めた対価は「確実な恩恵」の証明。

 

 影丸を切っても、復讐される心配が皆無である事実――それこそが担保の正体。

 

「生憎ですが、KCを去った私に大それたことは出来ませんよ」

 

 だが、神崎から返って来たのは、モンキー猿山が望んでいた答えではない。

 

「今日のところは、お暇させて貰います」

 

「おい、待ち――」

 

「またのお越しを」

 

 それどころか、マッドドッグ犬飼の静止の声もむなしく、神崎は軽く会釈してこの場を後にする姿だった。

 

 そうしてアッサリ目に見送ったモンキー猿山に、マッドドッグ犬飼は怒声を上げるが――

 

「おい、なんのつもりだ猿山! 俺は――」

 

「落ち着くんだ、犬飼。彼が態々こんな場所に直に足を運んだ以上、余程切羽詰まっている筈。なら、呼びたくとも呼べない――そう考えるのが自然だろう」

 

 モンキー猿山は神崎が早々に引き上げた事実が何よりの証明だと返す。裏の楔は露と消えた。

 

「チキンレースも、そろそろ終幕と言ったところだ。忙しくなりますね、これは」

 

「――やめろ! くだらない政治なんざ知ったことか!」

 

 ならば、裏の勢力図の変化が――と続けようとしたモンキー猿山だが、対するマッドドッグ犬飼は大声を張り上げながら、話を打ち切って見せる。

 

「ですが、死亡説が濃厚になってきたとなると、抑え込まれていた――何処へ行く気です?」

 

 やがて、マッドドッグ犬飼は、モンキー猿山の話など聞く耳も持たない様子で肩を怒らせながら、この場を去っていった。

 

「やれやれ……腕は確かだと言うのに困った男だ」

 

 そうしてモンキー猿山は、相方の厄介な癇癪に今までとは別の形で溜息を吐きつつ受話器を手に取り、何処かへと連絡を取り始める。

 

 文字通り、これから忙しくなるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「アイツが死ぬ訳…………ねぇだろ」

 

 そんな一室の外で、再戦の機会を永久に失った一人のデュエリストが零した痛恨の念は、誰にも届くことなく消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アカデミア1年生にとっての最初の定期試験も終わり、先の熱気も過去となれば再び学園に平時の趣が戻る中、オシリス・レッドの生徒たちは変わらぬ世界に囚われていた。

 

「では本日の授業を始めるノーネ」

 

「ク、クロノス教諭!?」

 

「クロノス教諭がどうして此処(レッドの授業)に!?」

 

「まさかわたくしたちは、既に(オシリス・レッドから)脱出(昇格)を!?」

 

 しかし、何時もの佐藤ではなく、クロノスが出現した事態に取巻、ジュンコ、ももえはレッド生の総意を代弁するように仰天して見せるが――

 

「……なに言ってるノーネ? シニョールたちの制服は赤いままナーノ」

 

「ウッ……」

 

「あ、あのう……佐藤教諭はどうなされたのですの?」

 

 クロノスから返って来た正論の前にアッサリと取巻が崩れ去る中、ももえがおずおずと手を挙げて一同が感じる当然の疑問を述べれば、クロノスは呆れた様子で口を開いた。

 

「オシリス・レッドの担当は、変化をつける為に一定期間ごとに変わるノーネ」

 

 それはオシリス・レッドの授業を担当する教員が「固定」ではないこと。教師と生徒――どちらも人間である以上、合う合わないの相性は必ず存在する。

 

 他の二色の寮との交流が、デュエルでのトラウマなどの回避の為に当人たちの実力も加味して制限されているオシリス・レッドに与えられたのが、「教師側の変化」だ。

 

「とはいーえ、シニョール佐藤がレッド男子寮の寮長である点は変わらないかーら、シニョーラ(レッド女子)たちはともかーく、シニョール(レッド男子)たちは顔を合わせる機会もあるデーショ」

 

 そうして教師の変更の事情を説明し終えたクロノスは授業に戻ろうとするが、此処で再起した取巻が勢いよく席を立って手を上げ宣言した。

 

「クロノス教諭! 僕がレッドなのはおかしいです! 今一度キチンと採点してください!」

 

 それは、いつぞやの昇格の要請。クロノスはエリート意識が強い教員であり、中等部の元ブルー生徒の取巻なら、便宜を図って貰えるとの公算だったが――

 

 

――この人、また言ってるっス……折角、声の大きい大山(たいざん)先輩がジャングルに行って静かなのに……

 

 とはいえ、隣の翔は「どうせ無理だ」と呆れ顔で内心のため息を漏らす中、クロノスは一応用意していた先日の試験結果を手に、期待に満ちた眼差しを見せるレッド生徒()()に応えて見せる。

 

「シニョール取巻は、呼び出し易いデメリットアタッカーに装備カードを加えたパワーファイトが持ち味のスタイルかーら……」

 

 そんなクロノスから語られるのは、取巻のデッキの変化。

 

 彼のエースは《ゴブリン突撃部隊》――召喚制限のないレベル4としては破格の攻撃力を誇るものの、攻撃後に守備力0を晒すデメリットを持つカードだ。

 

「装備カード部分を永続魔法《一族の結束》に任せーて、《ゴブリン突撃部隊》などのデメリットを永続罠《スキルドレイン》で打ち消しつつ、手軽に呼べる3000オーバーのパワーで押していくスタイルに変更していましターノ」

 

「そうです! もうかつての僕とは違う! 先日の試験のデュエルだって、危なげなく勝ちました!」

 

 そう、取巻とて只々嘆いていただけではない。

 

 佐藤からの「もっと頭使え」に類する発言を受けつつも、佐藤を全無視して大山(たいざん)の意味不明な特訓を受け入れ、曲がりなりにも進歩したのだ。

 

「分かってるノーネ。デメリットアタッカーを戦士族に絞り、罠カード《天地開闢》で《ADチェンジャー》を墓地に送って、《ゴブリン突撃部隊》のデメリット解除手段を増やしたのも含めて、見違えターノ」

 

 そして、それはクロノスも、佐藤も――更にアカデミア側も把握している。

 

「なら!」

 

「ですーが、まず一つ聞いておくノーネ――永続罠《最終突撃命令》をどうして採用したノーネ?」

 

 しかし、取巻のデュエルには大きな問題があった。致命的過ぎる問題が。

 

 それゆえ、覚えのある問い方をするクロノスに取巻は勝ち誇ったような表情を見せた。

 

――あの眼鏡(佐藤教諭)の時と同じか! ですが、甘いですよ、クロノス教諭!

 

「それは勿論、《ゴブリン突撃部隊》のデメリットを打ち消す為です! 永続罠《スキルドレイン》だけでは心許ない! しかも、これで守りに入った相手の低級モンスターも強制的に攻撃表示にして打ち破れます!」

 

「――ノン!!」

 

「!? な、なにがダメなんですか!」

 

 だが、自信を持って答えた内容が否定された事実に取巻は戸惑いの表情を浮かべた。永続罠《最終突撃命令》の使い方に間違いはない筈だ、と。

 

「《ADチェンジャー》は相手のモンスターにも使えるノーネ」

 

「そのくらい知っています!」

 

 だというのに、関係のないカードの説明を加えるクロノスの意図を読めず、取巻は苛立ちを隠せぬように叫ぶが――

 

「……そもそもシニョールのデッキはスタイルの変更により《ゴブリン突撃部隊》の3000打点前後が限界ナーノ。相手が4000オーバーの攻撃力を出したらどうするノーネ?」

 

「それは《ADチェンジャー》や《重力解除》で――あっ」

 

「そうナーノ。シニョールのデッキは『自分で自分の持ち味を殺している』ノーネ。これはデッキ構築の段階……ノン、せめて試運転の段階で気づくべき点ナーノ」

 

 軽い例題をクロノスが提示すれば、ハッとした表情を浮かべる取巻。

 

 そう、高い攻撃力を持っていても守備力はそこそこ、そんなカードはザラにある。

 

 その隙を《ゴブリン突撃部隊》のデメリットを打ち消せる《ADチェンジャー》などで付ける――筈なのだが、強制的に攻撃表示に()()()()()()永続罠《最終突撃命令》とは少々アンチシナジーだった。

 

「『自分の使うカード効果くらいは最低限、理解しておく』――シニョール佐藤にも、言われたデーショ?」

 

 どんなに強力な効果を持つカードでも、己のエースやデッキとの相性は存在する。今回のような「うっかりミス」を公式戦に類する「試験」でやらかすのは致命的であろう。

 

「それすら出来ていないノーニ、イエローに上がれるなんて思わないことなノーネ。こういった細かなミスがシニョールたちからは、()()()見受けられターノ」

 

「くっ……!」

 

 そうして結果的に晒しものになった取巻の犠牲を以て、他のレッド生徒も覚えがあるのか、すごすごと引き下がっていく中、クロノスは思い出したかのように続けた。

 

「ああ、それとシニョール丸藤――魔法カード《パワー・ボンド》を頑なに使わないのは理由があるノーネ? シニョール取巻とのデュエルでも使ってれば勝てたノーニ」

 

「――!?」

 

「そ、それは……」

 

 曲がりなりにも足掻いていた己が、神頼みしていただけの相手()に負けていた事実を受け、取巻が翔をにらむが、当の翔は上手く言葉が出ないのかしどろもどろである。

 

 とはいえ、過去に翔が「《パワー・ボンド》があれば勝ち確だと誤認し、対戦相手を煽りまくったこと」を兄の亮からいさめられた際に使用を封印――などと、己の恥部をさらけ出さねばならない以上、口も重くなろう。

 

「言いたくないなら構わなイーノ。ただ、状況を左右するタイミングでドローして『訳あって使えない』のなら、その時(使える時)が来るまでデッキから外しておく方が良いノーネ」

 

 やがて、そうとは知らぬクロノスから重ねての忠言を贈られるが――

 

「下手をすると『そのカードを引いたせいで負けた』なんて、思い込みにも繋がりかねナイーノ――シニョール佐藤からも言われたデーショ?」

 

「えっ?」

 

 佐藤の授業など眼中にない翔はポカンとした表情を見せていた。

 

「…………やはり忘れていましターカ――なら、今度こそ覚えておくノーネ」

 

――こんなやる気のない生徒たちを前にシーテ、シニョール佐藤はよく奮闘したノーネ。

 

「シニョールたちの状態は、シニョール佐藤からしっかり伝わってルーノ。『自分たちの力だけで上がれる』とシニョールたちは頑張ったのでしょうーが、世の中そんなに甘くないノーネ」

 

 こうして、まさに「ドロップアウト・ボーイ&ガール」なレッド生徒のありように溜息を吐きたい気持ちをグッと堪えたクロノスは、生徒たちの意識を授業に向けるよう言葉を並べていく。

 

「今一度、自分たちの立ち位置を自覚すルーノ――授業を始めるノーネ」

 

 流石の彼らも、これで授業の必要性を理解してくれることと信じて。

 

――最初に(佐藤で)圧をかけて、(クロノス)で抜く……恣意的に憎まれ役を用意するなんて、コブラ校長も人が悪いノーネ。

 

 ただ、クロノスの胸の内にくすぶる「学園側が気を揉まねば、やる気の一つも出せないのか?」との昏い思いは晴れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あくる日、雲が広がる大空の只中で宙に浮かぶ神崎は携帯片手になにやら通話していたが――

 

「そうでしたか。面会は難しい――と。ご無理を言ってしまい申し訳ありません。では」

 

 誰もいない先へと一礼しつつ通信を終えた。

 

――影丸理事長もKCの()()は周知の筈……それでも藤原くんの事件を起こした以上、不老不死に一切の妥協をするつもりはないことは明白。

 

 このやり取りの相手は、影丸の表の顔であるアカデミア理事長に向けてのもの。話し合いで済めば御の字ゆえの一手だったが、残念ながら電話担当の者を前に、その機会はアッサリ消失。

 

「此方の動向くらいは掴んでいるとは思いましたが……」

 

――なら、かつて責任者であった私に会合の場をくれる可能性もあるかと思ったが……

 

 かつて、オカルト課の代表を務めていた自身との会合の場なら、原作同様に不老不死を追い求めている影丸も食いつくやもしれない、と判断した神崎の予想は大きく外れることとなる。

 

 

 影丸としても「三幻魔による不老不死」が目前である以上、神崎と関わることのリスクを避けたと予想されよう。

 

「流石に正面からは会ってくれないか」

 

――アムナエルが指名手配された件から、警戒されてしまったか? その件は関係ないんだけどな。

 

 とはいえ、内心ですら自覚の薄い神崎だが、彼の古巣であるオカルト課の手により、親友が世界的に指名手配された事実。

 

 そして、つい先日まで一切表に出ていなかった――宇宙にいたので当たり前なのだが――相手が、三幻魔復活の計画間近で急に現れれば、警戒するなと言う方が無理な話。

 

 

「仕方ない。当初の予定通りに行こう」

 

 ゆえに、会合の場を失った神崎は、右手で右目を覆うような所作を見せる。

 

――影丸理事長の(バー)は直に見たことはないが、人非ざる者(ホムンクルス)(バー)は悪目立ちが過ぎる。

 

 態々、裏の怪しい場で名指しで探ったのは、「影丸とコンタクトを取りたい」旨を間接的に伝える為と――

 

 

 

 

――(オレイカルコス)の目。

 

 

 

 

 表向きに「何処で情報を入手したか」のアリバイ作りがしたかっただけだ。

 

 

 

 天に生じた不可視の眼球が世界を浚う(さらう)

 

 

 

「――見つけた」

 

 

 

 決戦の時は近い。

 

 

 

 

 

 

 

 変わらぬ平和な日々を享受するアカデミアのイエロー寮にて、三沢は己を知るべく広場で熱心にドローの素振りをしていた。

 

「ドロー! ドロー! ドロー! やはり難しいな……俺は自分が思っているより遥かに己のことを知らなかったのだと痛感させられる」

 

『朝から元気なヤツだね……』

 

「調子どうだー、三沢ー!」

 

 しかし順調とはいかない様子を見せる三沢へ、ユベルを連れた十代の声が届けば――

 

「まずまずと言ったところだ。まぁ、長い目で頑張るさ――それで、どうしたんだ、十代? 何か用があったんじゃないのか?」

 

「気分転換にデュエルしようぜ! 小原と大原誘ってタッグ戦とか!」

 

『息抜きも必要だろうからね。ボクの十代の慈悲に感謝すると良いよ』

 

 こんを詰める姿を案じてか十代からデュエルの要請がなされるも、三沢は首を振って否定を返した。

 

「悪いが、先約がある。寮でプロの映像資料を見る約束をしていてな。今を逃したくない」

 

「あー、寮にはテレビ、共同エリアの一個しかないもんなー」

 

 そう、イエロー寮には大型の家電製品は共用エリアにしかない。テレビも無論1台のみ――それゆえ日々、熾烈なチャンネル争いが繰り広げられているが余談である。

 

『ブルーに上がれば部屋に一つずつあるらしいよ――しかしコイツ、ボクの十代の厚意を無碍にするなんて……』

 

「じゃあさ、俺も一緒に観戦しても良いか?」

 

「俺は構わないが……相手次第だな」

 

 しかしデュエル観戦も十代の琴線に触れたのか、軽いやり取りの後、テレビのある広い共用スペースに向かった二名――いや、三名を待ち受けていたのは――

 

 

「待たせたな、神楽坂――どうした、そんな暗い顔をして」

 

 逆さ箒頭の1年生の青年「神楽坂(かぐらざか)」が縫い付けられたように椅子に座り、この世の終わりのような表情で首を垂れていた。

 

 同じ理論派の同士ゆえか三沢も「只事ではない」と心配気な声を漏らす中、神楽坂はかすれた声色で力なく零した。

 

「このままだと次の定期試験で、オシリス・レッドに落ちるかもしれない……さっき樺山寮長から告げられた」

 

「あんま気にすんなよ、神楽坂! レッドでも何処でもデュエルは――」

 

「……お前は良いよな、遊城。なんの悩みもなさそうで、毎日楽しそうにデュエルしてさ」

 

 しかし、十代の励ましの言葉にすら嫌味な返答を零す程に、神楽坂の心はやさぐれている様子。

 

『……お前、喧嘩売ってるのかい?』

 

「落ち込むのは分かるが、他人に当たるのは止せ。そもそも十代はお前の事情を何も知らないんだ」

 

 やがてユベルがガチギレ寸前の中、三沢が神楽坂をいさめつつ向かい合う形で十代を席に座らせ、相談会を開催する手筈を整えた。

 

「今日の鑑賞会は止そう――今のお前をそのままにはしておけない」

 

「じゃあ、三人で相談しようぜ! 俺も頑張って考えるし!」

 

「……オレは記憶力が良すぎて、どんなデッキを作っても誰かの真似になってしまうんだ……そこから、改良を重ねようとしてもコピーデッキから抜け出せない」

 

 そうして語られるのは神楽坂が、誰もが持つ「デュエリストの形」を持たない。否、()()()()問題。

 

 彼の卓越した記憶力は、己の内に眠る未知の可能性すら既知に貶め、「誰かのコピー」の烙印を押す。まさに特定分野が秀で過ぎたゆえの弊害。

 

「確か、この前の試験ではクロノス教諭のデッキをコピーしていたな」

 

「結局、惨敗したよ……デッキも、プレイングも、大きな間違いはなかった筈なのに……どうして、あそこまで……オレのデュエルは誰かの猿真似に過ぎないのか?」

 

 しかし、どれだけ似せようとも――いや、似せた結果「他人のデッキを使っている」と同義になってしまう。ゆえに、勝てない。

 

 今回の例を示せば「クロノスのデッキを十代が使って、同じように勝てるのか?」と問えば、答えはおのずと分かるだろう。

 

「気にすんなよ! 真似くらい誰だってするだろ? 俺だってプロの真似とかよくやるし!」

 

「――お前にオレの気持ちが分かる訳がない!!」

 

 だが、楽観的な十代の主張に、神楽坂は大きく声を荒げた。

 

 凡そ努力というものを積み重ね続けてきた神楽坂にとって、日々を気の向くままに歩む十代は水と油だった。

 

「入試でクロノス教諭を倒し! 1年トップの万丈目の目に留まり、同寮で無敗のお前が!! 負け続けなオレと同じな訳ないだろ!!」

 

 十代の持つ誰もが羨むような輝かしい経歴は、ひたすらに神楽坂のコンプレックスを刺激する。

 

 誰かのコピーにしかなれない彼にとって、他の誰にも真似できない「個」を持つ十代は嫉妬の対象だ。

 

 そんな相手に「自分も同じことをしたから気持ちは分かる」なんて言われて、平静でいられるほど神楽坂は大人でもなければ、精神的余裕もない。

 

「落ち着け、神楽坂。十代にも悪気はないんだ」

 

『もう良いだろう、十代。こいつはキミの助けなんていらないってさ』

 

 やがてユベルが十代を、三沢が神楽坂を別ベクトルでなだめる中、神楽坂は曲がりなりにも相談に乗ってくれた相手への言葉ではないことを陳謝するが――

 

「……悪い、遊城。だけど、もうオレは自分のデュエルが分からないんだ……猿真似野郎だ劣化コピーだなんだと揶揄され、負け続けのオレには……何も……」

 

 もはや足掻き続けて来た神楽坂には、これ以上どう足掻けば良いのかが分からない。

 

 

 この学園の多くの者は「本気」だ。本気で夢を掴む為に足掻いている。でなければ、誰がこんな僻地の島まで来るものか。

 

 

 それは未だ将来の展望もなく、明確な夢を持たぬ十代には本当の意味では実感できぬものなのだろう。

 

 だが、分からないなりに考えることは出来る。

 

「……うーん、じゃあいっそのこと、誰も使っていないようなカードを使ってみるとか? これなら誰の真似にもならないだろ?」

 

「無茶を言うな、十代。『誰も使っていない』範囲はかなり狭い。その制限の中でデッキを形にするのは至難だぞ」

 

 そんな十代の提案は、三沢にやんわり「ほぼ不可能」と言われる程度に拙いものだが、それでも苦手な頭を使って見せる十代。

 

「そっかー、言われてみれば世界中にデュエリストがいるんだもんなー」

 

『全く、キミは相変わらず甘いな――まぁ、そこが良いところでもあるんだけれど』

 

「神楽坂、なにか思い入れのあるカードはあるか? 自分のフェイバリットを起点にデッキを組めば、コピーからの脱却に繋がるかもしれない」

 

「言っただろ? 記憶力が良いんだ。気に入る入らないなんて、全てのカードが凡そ横並びだよ」

 

『印象の強弱関係なしに、ちゃんと覚えて思い入れが出来ちゃう訳か。難儀な話だ』

 

 やがて三沢から告げられた一般論も、脅威的な記憶力を持つ神楽坂には適さない。もはや「忘れられない」呪縛だ――これにはユベルも同情的な視線を向ける。

 

 そうして「打つ手なし」と、そんな最悪が脳裏を過った神楽坂が益々ふさぎ込んでいく中――

 

「やっぱり、オレは誰かの劣化コピーにしかなれないんだ……」

 

「じゃあ劣化コピーで良くないか?」

 

「十代! そんな言い方は――」

 

「えっ? 『劣化しても大丈夫なくらい強い相手を真似したら良い』って思ったんだけど……ダメかな?」

 

「劣化……しても大丈夫?」

 

 何となしに十代が零した提案が、この場の空気を一新し始める。

 

 そして困惑と希望が入り混じった表情の浮かぶ顔を上げた神楽坂に、十代は無根拠ながらも変わらず自信満々な様子で親指を立てて宣言した。

 

「おう! もっと強いデュエリストのデッキをコピーしようぜ! クロノス先生も片手で倒せるくらいの! それなら劣化しても十分強いだろ!」

 

 それが「劣化を許容する」――本来であれば回避すべき事柄だが、プロデュエリストなどの「デュエルの腕」が最重要な職を目指している訳ではない神楽坂なら、その前提も崩れよう。

 

 例えるのなら「カードデザイナーは最強のデュエリストでなければ務まらないか?」と問われれば、「一定ラインさえクリアしていれば良い」と返す具合だ。

 

 

「『似るのを避ける』ではなく『もっと似せる』……か。確かにアリかもしれないな」

 

「もっと真似するなんて、考えたことなかった……」

 

 そんな当たり前過ぎて逆に無意識に除外していた選択肢の提示に、三沢と神楽坂は好感触を得るが――

 

『まぁ、大抵は自分のフェイバリットを探すように言われるだろうね』

 

「だが、待て十代。劣化を許容する以上、完璧なコピーを目指さなければならない――当然、かなりの情報が必要になる。今の俺たちに、それだけの情報を集められる対象は、身近な相手に限定されてしまうぞ」

 

 三沢が述べるように「強いデュエリストのコピー」は容易いものではない。デッキ構築などで都度、微妙に改良という形で変化し続ける以上、相手が「どういったデュエリストなのか?」は必須。

 

 シンプルに「他人への理解」のハードルが高いことは言わずもがなだろう。

 

「うーん、ならアカデミアで1番強い人にしようぜ! フォースの人、スッゲー強いんだろ? 『天! JOIN!』の人とか!」

 

 ゆえに最近、万丈目すら翻弄した身近な人物を上げる十代。

 

「だが、フォースの方々が俺たちに協力してくれるかどうか……」

 

『仮に協力できても、妬まれて余計なトラブルを抱え込みかねない――十代に余計な火の粉が飛びかねないのは流石のボクも許容できないな』

 

 しかし、寮ごとで厳格に管理される今のアカデミアにおいて、フォースに軽々と頼み事はできない。

 

 フォースが特定の誰かを軽々しく贔屓し始めれば、「どうしてアイツだけ」といらぬ妬み僻みを買うことは必至である為、ユベルも十代の顔を覗き込みながら止めざるを得ぬ。

 

 

「いや、オレは頂点を目指す!!」

 

「頂点? まさか!」

 

 だが、此処で神楽坂が勢いよく席を立ちながら自発的にコピー先を決めたことを宣言。

 

 先程までの鬱屈した雰囲気を感じさせぬ神楽坂の言葉には力強さが見え、更にはその発言内容から三沢も神楽坂の二の句に辿り着いた。

 

 そう、彼がコピーするのは――

 

 

「――俺はデュエルキング(武藤 遊戯)になる!」

 

 

 目指すのは最強のデュエリスト――デュエルキングたる武藤 遊戯のデッキ、否! 「武藤 遊戯」そのもの!

 

『随分、無茶苦茶なこと言い出したね……』

 

「無謀だ、神楽坂! 『デュエルキングが使用したカード』は人気が高く、収集に向いていない! デッキを組むどころの話ではなくなるぞ!」

 

 しかし、此処で呆れ顔を見せるユベルを余所に三沢が待ったをかけた。

 

 なにせ、この「遊戯王ワールド」は「カードの価値」がべらんめぇに高い世界なのだ。

 

 有名なデュエリストの愛用や、「カッコいい!」「かわいい!」なんて雑多な理由ですら、その価値は跳ね上がり、値段も天井知らずである。

 

 《おジャマイエロー》程にピーキーでもない限り、攻守が低いからタダ同然――なんて例は、殆どない。先のシリーズ「ARC-V」では刑務所内で賄賂としてカードをやり取りする程なのだから。

 

 閑話休題。

 

「もっと可能性のある範囲で絞り込むべきだ!」

 

「此処で妥協すれば、オレは一生後悔する!」

 

 上述の理由から詳細を詰めるように忠言する三沢だが、神楽坂は頑なだった。

 

 ようやく見つけた光明を前に、二の足を踏みたくないのだと叫ぶ。

 

「オレは、オレが組んだ魂のデッキに『勝利』の錦を飾らせてやりたい!」

 

 それこそが神楽坂の本音。

 

 どれだけ「誰かのコピーデッキ」であっても当たり前の話だが「デッキを組んだのは神楽坂」なのだ。

 

 己と一緒に戦ってくれるカードを「勝たせてやりたい」と思うのがデュエリストとして自然な願い。

 

「神楽坂……」

 

「試験までに間に合わないかもしれない。降格――いや、退学になっても集まらないかもしれない。でも、此処で諦めたら一生、半端な猿真似野郎のままだ! だから!」

 

『……“猿真似野郎になる(よりコピーを極める)”って話をしてるんじゃなかったのかい?』

 

 そうして、熱い胸の内をさらけ出す神楽坂に、十代以外には届かぬユベルのツッコミが入る中――

 

 

「――オレは武藤 遊戯になる!」

 

 

『ニュアンスがおかしいよ……』

 

 神楽坂は決意表明した。

 

 もう負け続きの神楽坂は終わりだ。此処からどんな苦難があろうとも武藤 遊戯として見果てぬ先の(ロード)を進むのだと。

 

 とはいえ、やはりユベルが呟いたように「ちょっとおかしくない?」と評せざるを得ないが。

 

 

 

 

 

「――話は聞かせて貰ったぞ、1年!!」

 

大山(たいざん)先輩!?」

 

 だが、そんな神楽坂の熱い想いに呼応した大山(たいざん)が乱入――お忘れやもしれないが、此処はイエロー寮の共同エリア。あれだけ騒げば当然、他の生徒も「何事か?」と様子を見に来てもおかしくはない。

 

「オレは腐っても元オベリスク・ブルー! 学園内に知り合いは多い! 出来うる限りカード情報を探ってみよう!」

 

「ならぼくは、おたくの為に武藤 遊戯の秘蔵映像を提供しよう!」

 

「秋葉原!」

 

 そして握りこぶしを作る大山(たいざん)の提案の隣で、自慢のコレクションを手に秋葉原も眼鏡の位置を直しつつ乱入。

 

「じゃあ俺はオカルトブラザーズの先輩方に相談してみる!」

 

「な、なら、ぼくは樺山先生のところへ行ってみるよ!」

 

「小原! 大原!」

 

 さらに小柄、大柄な凸凹コンビも駆けつけ――

 

「なら、俺はクロノス教諭に頼んで、デュエルキングのデュエルの映像や資料を借りて来よう!」

 

「三沢!」

 

「じゃあ俺はイエロー寮のみんなに聞いてみるぜ!」

 

『やれやれ――ならボクは、その辺の精霊に話を聞いてみるよ』

 

「遊城!」

 

 この場の三沢と十代――後、ユベルも協力を確約。

 

「ならオレは武藤 遊戯のシミュレートに取り掛かる! 完全に武藤 遊戯になり切って――いや、武藤 遊戯になる!」

 

「ああ! お前の記憶力なら出来るさ!」

 

 そして、早速とばかりに己がなすべきことを定めた神楽坂が、三沢の声に周囲を見渡せば、多くのイエロー寮の生徒たちが、こんな馬鹿げてる計画に乗ってくれている事実が広がっていた。

 

 

 そんな結束の力と言うべき光景に、目頭が熱くなり思わずと言った具合で神楽坂の口から言葉が零れる。

 

「済まない、みんな! オレの為に……!」

 

 それは感謝。

 

 だが、イエロー寮の面々とて100%の善意で協力している訳ではない。

 

「何言ってんだよ! 俺だって遊戯さんとデュエルしてみたいし!」

 

「疑似的な物ではあるが、全デュエリストの憧れだからな!」

 

「ハハハ! 連戦になるぞ! 今の内に覚悟をしておくといい!」

 

 十代、三沢、大山(たいざん)が代弁して見せたように、神楽坂の類まれなる記憶力から再現されたデュエルキングとのデュエルの機会があるやもしれない――となれば、是が非でも実現したくなるのがデュエリストという生き物。

 

「ああ! 完成の暁にはみんなでデュエルしよう!!」

 

 ならば、神楽坂が返す言葉は一つしかない。同僚の仲間として、友として、そして疑似デュエルキング(武藤 遊戯)として、チャレンジャーっぽい相手からの挑戦を受けるのみ。

 

 

 その時こそが――

 

 

「―― そ れ が オ レ た ち の バ ト ル シ テ ィ だ!!」

 

 

 彼らの決戦の舞台となる。

 

 

 

 こうして、一体感で変なテンションになったイエロー寮生たちは一致団結して、武藤 遊戯を追い求める。集団が同じ方向を向いた時の妙な万能感の恐ろしさが此処にはあった。

 

 

 後に彼らへ「武藤 遊戯のデッキ展示」というタイムリーな知らせが入るのは余談である。

 

 

 

 

 

 

 

 影丸理事長に匿われているであろうアムナエルの居場所をキャッチした神崎は、影丸理事長が所有する人目を避けるように建てられた巨大なビルの前に立っていた。

 

 だが、その建物にはある筈の玄関はおろか入り口すらなく、恐らく特定の人物(影丸理事長)か内部からの操作のみでしか侵入者を許さないまさに灰石(コンクリート)の城。

 

「インターホン……は、流石にないか」

 

 当然、ビルの前に立つ神崎が内部に来訪を知らせることすら叶わない。

 

「お邪魔します」

 

 ゆえに神崎は適当な壁を蹴り砕き、強引に入り口を作ってビル内部に来訪。

 

 途端に、熱源・振動などの諸々の探知を請け負う赤いモノアイを光らせる筒状の機械仕掛けのガードマンたちが左右から展開した銃口に火を吹かせる中――

 

――執行猶予付くといいんだが……

 

 いつの間にか、それら防衛ロボ(機械のガードマン)の隣に移動していた神崎は、防衛ロボの機能中枢のあるモノアイ付近の筒の頂点を理外の握力で握り潰しながら、些末事を考えつつ天井を見上げた。

 

 

 その視界に映る、屋上のヘリポートに向かっているであろう特徴的な(バー)を持つアムナエルと、その隣の弱々しい(バー)を視界に収めながら神崎は突き進む。

 

 

 不法侵入、器物損壊、暴行(予定)、殺人未遂(予定)などの数多の犯罪行為を重ねながら。

 

 

 そんな彼の背後で防衛ロボが破壊された際の衝撃で爆炎を上げていた。

 

 

 






※原作はカードゲームアニメです。



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第250話 スターは拾った



無敵時間だ!!(おい)


前回のあらすじ
今作の題材はカードゲーム作品なのに神崎は最近、全然デュエルし(無言の腹パン)





 

 

『ガッチャ! 楽しいデュエルだったぜ!』

 

 暗い病室のような空間で明滅する画面の光が、つい最近の試験での十代のデュエルを映していた。

 

 そんな映像を眺めていた二人の内の一方、培養液に満たされたガラス試験管のような生命維持装置の中で管に繋がれ浮かぶ白髪のしわがれた老人――影丸は、待望するように呟いた。

 

「これが情報にあった精霊が見えるデュエリスト……か」

 

「……すまない、影丸。私が2年前に気取られなければ、今頃、動向を監視でき――」

 

「気にするな、アムナエル。お前の指名手配は予想外ではあったが、お前自身が無事ならば何度でも再起は可能だ」

 

 しかし、もう一方の人物――黒い装束に両肩が膨らんだ灰色のローブを纏う眼鏡の男――大徳寺ことアムナエルが、2年前に指名手配された己の失態を未だに悔やむが、影丸は生命維持装置の中で首を小さく横に振って見せた。

 

「そもそも件の失態は、姿を消していたあの男ばかりに気を配っていた儂の落ち度でもある」

 

 かつての藤原の失踪から綻んだ件の原因は、アムナエルだけにあるのではない――と。KCが鮫島の経歴に傷をつけてまで、アカデミアの失態を全面的に公表するとは影丸も予想外だった。

 

「お前を表に出すことは叶わなくなった――だが、此処ならば幾らでも動けよう。引き続き、研究に専念してくれれば良い」

 

 しかし、影丸のブレインたるアムナエルの高名な錬金術師の腕があれば、計画に何ら支障はない。

 

「だが――」

 

「何、心配するな。今のアカデミアは閉鎖的でなくなった分、外からでも十分に動向は探れよう」

 

 なおも自責を言い募る友人を強引に黙らせるように問題ない旨を返す影丸に、アムナエルも諦めたように話題を変える。

 

「……やはり三幻魔復活の儀の人柱は、遊城 十代に?」

 

 それは影丸が若さと永遠の命を求める計画の最終段階――精霊が見えるデュエリストをデュエルにて倒す儀式の件。

 

 当初は、オネストの精霊を知覚する藤原 優介に白羽の矢が立っていたが――

 

「ああ、同じ精霊が見えるデュエリストとは言え藤原 優介で儀式を行うのは少々リスキーだろう。アレは些か強過ぎる」

 

「三幻魔の力を以てしてもか?」

 

 儀式の相手は、デュエルの腕が其処まで秀でていない“影丸が倒せるレベル”でなければならない。

 

「それは儂よりお前の方がよく分かるだろう? この素人にデュエリストとしての意見を聞かせてくれ」

 

「……学園内で、かのカイザーと唯一対等なデュエリストの評判に偽りはない。私でも手を焼くだろう」

 

 しかし藤原は、フォース制度によって一段も二段も強くなった亮に肉薄する数少ない実力者だ。影丸どころかアムナエルの手にすら余る相手。

 

「そうか。なら、やはり発展途上なひな鳥が狙い目だな」

 

 そう言った意味では十代の存在は影丸にとって渡りに船だった。

 

 

 そうして計画の修正を話し合う2人の間に、一本のコール音が鳴り響く。

 

 やがて、その音源である備え付けの受話器を生命維持装置に装着された金属アームを操作して器用に掴んだ影丸が応じた。

 

「……儂だ。どうした、緊急の件以外で――……そうか。それで――――」

 

 手短なやり取りの後、要件を聞き終え受話器を戻した影丸から、アムナエルに告げられるのは――

 

「どうした?」

 

「なに、どうやら此方を探る者がいるらしい。卑しいドブネズミの情報だがな」

 

 裏に住まう者(卑しいドブネズミ)からの情報提供――真偽の程は定かではないが、影丸の覚えを良くしたい思惑が透けて見えた以上、精度の高い情報であろう。

 

「まさか――」

 

 ゆえに、件の相手に思案を巡らせたアムナエルが口を開き切る前に――

 

 

 

 建物全体が大きく揺れた。

 

 

 

 途端に危機感を煽る赤いランプが部屋を照らし、鳴り響くサイレンが危険信号を伝え始めるも、影丸は動じることなく静かにモニターの画面を操作。

 

「侵入者……か。どうやら、最近のドブネズミは二枚舌らしい」

 

 そして()()()にも良い顔をしようとしたコウモリ野郎(モンキー猿山)へのケジメを考えつつ、モニターに映る破壊活動に勤しみながら進んで来る神崎の姿を見やった。

 

「くっ、あの男……! 影丸! 直ぐにヘリポートまで向かおう!」

 

 モニター上で、法に反した装備を搭載した警備ロボが豆腐のように砕け散る光景に、アムナエルが直ぐに逃走の手配を整えるが、影丸は動かない。

 

「何をしている! 早く――」

 

「待て、どうにも様子が妙だ」

 

 そんな影丸が注視するのは、モニター上でゆったりした足取りで進む神崎の姿。

 

「あの男がおかしいのは何時ものことだろう?」

 

「だが合理的な男でもある。意味のない行動はせん――それに動きが派手過ぎる」

 

 そう、影丸の懸念は、神崎がどうして急ぐ様子を見せないのか――これに尽きる。

 

 あれだけの身体能力があれば、もっと隠密に侵入が可能だった筈だ。影丸に逃げ場を与えるような真似を許す筈がない。

 

「派手? 確かに、突入がかなり強引に思えるが……」

 

「こんな騒ぎを起こせば相手が逃げるなど、馬鹿でも考え付く」

 

 影丸の中で、神崎は、こんな雑に突入して逃げられることを良しとする男ではない。

 

 ゆえに、影丸の脳内で導き出された答えに――

 

――ならば逃げるのは悪手。これは力の誇示か? 「何処へ逃げても同じだ」とのメッセージ……にしては、やはり妙だ。だが、どちらにせよ――

 

「どうやら我らも年貢の納め時のようだ」

 

 影丸は培養液の中で老獪な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 警備ロボを破壊しながら建物内を進んでいた神崎が一つの扉を蹴破った先にいたのは影丸とアムナエルの姿。

 

 

 そんな2人へ神崎は服装を正しながら何でもない様子で挨拶を告げる。

 

「おや、お待たせしてしまいましたか? 少々騒がしくしてしまい申し訳ありません――呼び鈴がなかったもので」

 

「こうして顔を合わせるのは初めてだな、神崎 (うつほ)

 

「高名な貴方に覚えて頂けるとは恐縮です」

 

 やがて若干意趣返しのような言葉を続ける神崎へ、影丸は此度の襲来の訳を問いただした。

 

「態々直に足を運んだということは、貴様の研究成果を差し出す気にでもなったか?」

 

「なんのことでしょう?」

 

「とぼけるな。貴様がアクターからかすめ取った『墓守の秘』の話だ」

 

「と、言うと?」

 

――本当になんのことだ?

 

 しかし、そうした最初の話題の流れに神崎は内心で首を傾げざるを得ない。急に「アクター」だの「墓守」などが話題に出た理由が彼には分からなかった。

 

「古代エジプト時代より三千年の間、連綿と紡がれてきた肉体改造の秘術――ヤツと貴様が一体『何を』取引したかは知らんが、その秘術を以って貴様は超人と呼べる程の力を得た」

 

「多くの組織が、数多の野生生物で研究を重ねたが、終ぞ彼の領域には辿り着けなかった。キミが数多の研究素体(KU☆MAとか)を破った件、忘れたとは言わせない」

 

 だが、影丸とアムナエルからの説明により――

 

――なぁにそれぇ?

 

 神崎の脳内は、AIBOボイスが宇宙空間よろしく木霊し始める。彼らが、ちょっと何を言っているのか分からなかった。

 

「どうした? いつものよく回る口は?」

 

「此方の調べはついている。武藤 遊戯が彼の過去を探っているのは話題に新しい。それも古代三千年前のエジプト時代を中心に」

 

「……ど、どうやら誤解があるようですね」

 

――ちょっと待って。二人とも嘘ついていない!? なにをどう勘違いしたら、そんな結論になるんだ!?

 

 セブンスターズ編を潰しに来たのもつかの間、訳の分からない主張に翻弄される神崎。

 

 

 だが、(バー)の知覚を以てしても影丸とアムナエルに虚偽は見られない。

 

 

 彼らは、アクターが墓守の一族であり、王の守護の為に肉体改造の秘を有し、神崎がそれを騙し奪った――と信じて疑わない。

 

 

 同一人物説が浮かばないのは、「大邪神ゾークからの言葉」という特大の説得力を得た遊戯の確固たる主張と、神崎の血筋にエジプトの「エ」の字もないゆえだろう。

 

 超人的な肉体性能を科学で再現できなかった事実ゆえ、オカルト的な代物であるとの強い認識を与えたことも無関係ではあるまい。

 

 

 人は未知を恐れる余り、理解できない対象を既知に押し留めたくなる生き物なのだから。

 

 

 やがて脳内の混乱から返す言葉を失った神崎へ、影丸から残念がるような声が零れるが――

 

「……明かす気はないようだな。この生い先短い老人に希望を渡してはくれん、か」

 

「そう言ったお話であれば、今すぐKCの戸を叩くことをお勧めしますよ。その窮屈な状態から脱する程度は出来るかと」

 

「ふん、生憎、詳細の分からぬ怪しげな(アムナエルが熟知していない)施術に手を出す気にもなれなくてな」

 

「つまり、あなた方の三幻魔復活の計画を中断する気はないと」

 

 再起動を果たした返答に「否」を返した影丸へ、神崎は最終警告と共に音を鳴らして拳を握る。

 

「既にそこまで掴んでいたか。だが安心するといい」

 

 だが、そんな神崎へ、影丸は脱力するように言い放った。

 

 

「もう諦めた」

 

 

――えっ?

 

 そうして告げられる三幻魔の復活――永遠の若さを諦めるとの声に、再び神崎の脳裏に空白が広がるが、流石に2度目となれば再起動も早い。

 

「……随分とアッサリ諦められるんですね」

 

「本当であれば、もう少し粘りたかったがな。よもや貴様が己の進退すら投げ捨てて、儂を討ちに来るとは予想外だった」

 

 当然、理由を問いただす神崎だが、影丸とて本意ではない。諦めざるを得ないのだと。

 

 影丸が神崎へ唯一切れる札が「社会的な抹殺」である。誰だって不自由な生活は御免であろう。超人的な身体能力を有しているのなら、なおのこと窮屈に感じる筈だ。

 

「かつての貴様なら決して『己の手を汚さぬ』立ち位置を崩さなかった筈だ。だというのに、此度の愚行――失踪中に心変わりでもしたか?」

 

「変わったつもりは……ないんですがね」

 

 かつての神崎なら、決して取らなかった選択。

 

 小市民らしく自分の平穏を後生大事に守ってきた――それゆえに突けた隙が無くなった以上、お手上げなのだと語る影丸に、アムナエルも同意する。

 

「私たちと相打つ覚悟を持つとは、キミに其処まで買われていた事実に驚きだよ」

 

「よせ、アムナエル。人の心は如何様にも変わるものだ」

 

「…………では、今度はどうなさるおつもりでしょう?」

 

――なんだ、この不気味な変わりよう……原作で、こんな人間ではなかった筈だ。しかし、(バー)を見る限り、嘘はない。

 

 しかし、神崎には二人が唯々不気味に思えた。原作から人物像を知るゆえに信じられない。

 

 だが、そんな神崎の疑念以外の情報は、影丸たちの行動を「真実」だと告げ続ける。

 

 

 そんな疑念に満ちた神崎へ、アムナエルと影丸は今後の動きを語り始めるも――

 

「まずは私が司法機関に出頭しよう。無論、アカデミア生徒を実験の材料にした罪でな」

 

「そして儂が『実験を命じ、援助・隠蔽した』罪と、手配犯であるアムナエルをかくまった罪を自白しよう。勿論、諸々の証拠を揃えてな」

 

「にわかには信じられませんね。それらを実行すれば、幾ら影丸理事長の力があろうとも、あなた方は社会的に破滅する」

 

 神崎には到底信じられない。

 

 多くを手にした客を相手にしてきたKC時代に神崎は嫌と言う程に見て来たのだ。人は手にした力を容易く捨てられない事実を――無論、神崎とて例外ではない。

 

 文字通り、一世紀に渡って手にした全てを影丸が手放せるとは、誰もが信じられないだろう。

 

「永遠の命にまで手を伸ばしたあなた方が『それ』を許容すると?」

 

「フッ、なぁに――拒否すれば、地の果てまで追いかけるであろう貴様に殴り殺されるだけだ。なら残りの生を牢の中で過ごした方がマシだとは思わんか?」

 

「どのみち、このホムンクルスの身体も長くはなくてね」

 

 しかし影丸とアムナエルは、死期を悟り受け入れた老人よろしく穏やかな表情で「マシな未来を選ぶのだ」と語る。

 

 眼前に「やめなきゃ殴り殺す」と同然の言葉を言いそうな相手がいる以上、反発しても仕方のない話なのだと。

 

「信用しては貰えないか……ならば此度のキミの罪を訴えないと確約し――」

 

「不要です」

 

「フッフッフ、アムナエルの提案はお気に召さんか。なら、今から司法にこの身を委ねに行くとしよう。好きに同行すると良い」

 

 かくして、セブンスターズの首領――影丸と、その側近アムナエルの計画は始まることなく終わりを告げる。

 

 これから、彼らは冷たい牢獄の中でその余生を過ごし、原作のような犠牲は生まれない。

 

 

 その筈だと言うのに、神崎の胸の内には釈然としない感覚だけが残った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな老人+人外2名への司法云々の手続きなど、お役所仕事よろしく舞台裏とし――

 

 

 

 

 

 

 アカデミアの購買の近くに設置されたフードコートに椅子とテーブルが並ぶ中、その一つにてオベリスク・ブルー1年女子の4人組が集まっていた。

 

 

 アカデミア名物、様々な具材を個別に挟んだドローパンの中の当たり――「黄金の卵パン」を逃した、明日香はドローパン(サラダパン)をテーブルに置きつつ、憂うようにため息を吐く。

 

「ハァ……」

 

「あら? どうしたのかしら、そんな物憂げな瞳で――誘ってるの?」

 

「――ぷっ!? な、何なさってるんですか、明日香さん!」

 

 そんな明日香の隣の席で頬杖を突きながら、トンデモないことを口走る雪乃。これには思わず原 麗華も驚き飛びのくように立ち上がるが――

 

「ち、違うわよ、麗華!? 雪乃の言葉を一々真に受けちゃダメだからね!」

 

 此方も立ち上がり慌てて手を振って否定に奔る明日香――を、ドローパン(カレーパン)をモシャモシャ食べていたレインは、その手を止め小首を傾げた。

 

「……明日香は、雪乃を何処へ……誘った?」

 

「ふふっ、きっとまだレインには早いところよ」

 

「言語が……抽象的、明確性を……求める」

 

 だが、残念ながら雪乃の返答ではレインの納得は得られなかった様子。ゆえに追加情報を求めたレインの不思議そうな表情を浮かべる頬へ、雪乃の手がスッと添えられるが――

 

「あら、知りたがりさんなのね。じゃあ特別にイイこと教えて上――」

 

「――あー! えー! あ、明日香さん! なにか悩んでいるんですよね! 私で良ければ話を聞きますよ!!」

 

「えっ!? ええ! そうね! 良ければ、聞いて貰えるかしら!?」

 

「相談要請……了承……優先順位を変更」

 

「あら、つれない子」

 

 原 麗華と明日香の奮闘により、話題は明日香の悩みに不時着した。そうして安堵からか席に戻った原 麗華が司会役を買って出る。

 

「オ、オホン――それで明日香さんは何を悩んでおられるんですか?」

 

「……それなんだけど、この前の試験で私たちはフォースへの挑戦を許されなかったでしょ? だから『何が足りないのか』色々考えちゃって……」

 

「実力不足……と想定される……」

 

「そういったお話ではないかと思うのですが……」

 

「そう……よね。『実力不足』――確かにそれ以外に言いようがないんだけど……」

 

 同じく席に戻った明日香の悩みは、レインにバッサリと両断された。とはいえ、流石にレインが述べた「実力不足」との話は、些か範囲が広すぎる。

 

 これでは、どう改善すれば良いかの解答には不十分だろう。

 

「つまらない嘘は止めたら?」

 

 しかし、此処で雪乃から若干棘のある言葉が、飛び出すも――

 

「いけませんよ、雪乃さん。真剣に悩んでいる相手を茶化すようなことを言っては」

 

「そんなつもりはないわ――私には別の形に見えただけ」

 

「視点の変化……重要、情報開示を求める……」

 

「雪乃にはどう見えたの?」

 

 原 麗華の咎める声を否定しつつ、明かされる内容にレインも明日香も興味を募らせた。

 

「万丈目のボウヤが選ばれて、自分が選ばれなかったのが不服なんでしょう?」

 

 そうして告げられたのは「比較」の答え。

 

「……それは確かに『悔しい』とは思っているけど……」

 

「つまり『オベリスクブルーの女王』と『オベリスクブルーの竜王』――中等部から双璧を成す間柄が、今回の試験で『引き離されてしまった』と焦っている訳ですか?」

 

 確かに、同年代に一歩先を行かれた事実は明日香とて悔しく思っている。その相手が原 麗華の言うように中等部から並び立つ相手ともなれば、なおのことであろう。

 

 だが、雪乃の真意は其処にはない。

 

「もしくは『初めから対等じゃなかった』ことに『気づいちゃった』とかかしら?」

 

「――ッ!」

 

 言外に「万丈目より弱い」と評された事実に思わず強い視線を雪乃に向けてしまう明日香。

 

「否定……互いの実力に……大きな差異はない」

 

「レイン……」

 

 しかし、ドローパン(甘栗パン)を食す手を止めたレインの言葉に、その矛先は収まることとなる。一触即発な空気が霧散したことに安堵の域を漏らす原 麗華。

 

 そして、そんなレインの主張へ雪乃も部分的に同意して見せる。

 

「そうね。私もそう思うわ。万丈目のボウヤと心技体の内、技と体は――デュエルの腕に大きな差はない」

 

「今のは取り消してちょうだい。私もデュエルに真摯に打ち込んできたわ」

 

 だが、そうして続いた言葉は流石に明日香とて流せぬものだった。

 

 明日香は「デュエルが恋人」と語る程に色恋に現を抜かすことなく、ストイックにデュエルに打ち込んできた。そんな己の「心」が劣っているなどと容易くは認められまい。

 

「本当に?」

 

「ええ、デッキに誓って」

 

 そうして、確かめるように向けられる雪乃の視線に真っすぐ返していた明日香だが――

 

「なら、カイザーに勝てる?」

 

「……急にどうしたのよ、雪乃。今はそんな話を――」

 

「――しているのよ。明日香、貴方は無意識に『勝てる相手』『勝てない相手』を分けて考えてる。中等部からずっと」

 

 唐突に出て来た亮の存在に戸惑いを見せる。しかし、「そこ」にこそ明日香の問題が隠れているのだと雪乃は語る。

 

「今、貴方が感じているのは、前者に区分けされていた筈の万丈目のボウヤが後者側に渡りかけていたから」

 

「つまり明日香さんは知らぬ間に『挑む気持ち(向上心)』を忘れてしまっていた……と言うことでしょうか? とても『そう』は思えませんが……」

 

「……同意……」

 

 そうして、雪乃の主張を恐る恐るかみ砕く原 麗華だが、レインと同じく的外れなように思えて仕方がない。

 

 重ねて言うが明日香の「デュエルが恋人」と断ずるストイックさは、まさに向上心の表れそのものであろう。

 

「中等部がぬるすぎたのよ。志の低い相手に混じれば、己の心も腐っていく――なんて一括りに言いたくないけれど、今の明日香はまさに『それ』」

 

 しかし、明日香の抱える問題は「()()()()()()1番」という()()()()()称号にあると雪乃は語る。

 

「『流石です明日香様』なんてイエスマンにおだてられて、本当の強者(カイザーたち)から背を向けて『ブルー女子のプライド』なんて言い出す貴方の心は、果たして十全と言えるのかしら?」

 

 デュエルの舞台に女も男もない以上、ブルー女子のプライドなんて物になんの力があるのか。

 

 それは天上の頂きを見ず、現状に甘んじている証明ではなかろうか。

 

 少々、強引な主張であったが、1年ブルー女子ナンバー1(天上院 明日香)を見上げる側にいる(勝ち越せない)雪乃からすれば、そう思えてならない。

 

「それは……」

 

「言い過ぎですよ、雪乃さん。明日香さんのご友人を悪く言うのは頂けません」

 

「そうね。そこは謝るわ――それに貴方(明日香)に勝ち越せていない私の言葉に、どれほどの意味があるかも、ね」

 

「私のデュエリストとしての心……」

 

 そうして、最後に原 麗華のお叱りを甘んじて受けつつ、何時もの掴み処のない様子に戻った雪乃に、明日香は眉間に手を置きつつ先程とは打って変わった様子で深く悩んで見せる。

 

 確かに、明日香の周囲には己の力を賞賛する声に溢れていた。

 

 とはいえ、勘違いがないように記しておくが、実際問題、賞賛に値する力は明日香とて有している。

 

 ただ、「上には上がいる」だけだ。

 

 そうした最上位の面々を想えば、今の明日香の立ち位置は決して高い方ではない。原作でも、此処ぞと言う相手には敗北を喫する機会が多かった立ち位置である。

 

 

 心技体における「心」こと志の差――それがフォースに選ばれた万丈目と、そうでない明日香の間に広がる差なのだ。

 

「その状態は……問題に……なり得ない」

 

 しかし、そうして悩める明日香へ、ドローパン《甘栗パン》を完食したレインが明日香の悩みをまたもや両断した。

 

「あら?」

 

「レイン?」

 

「挑戦は常に可能……アン――誰かが……言っていた」

 

 そうして、「挑戦する心を忘れたのなら、挑戦して思い出せば良い」と体当たりな受け売りを、若干キリッとしたドヤ顔で語る姿に思わず雪乃は吹き出した。

 

「――ふふっ、これは一本取られちゃったわ」

 

「『アン何さん』かは存じ上げませんが、良い言葉ですね!」

 

「……兄……?」

 

「どうして疑問形なんですか……」

 

「ありがとう、レイン。助かったわ」

 

「構わない。学友の――」

 

 やがて先程まであった険悪さも苦慮の雰囲気も消え、朗らかに苦笑し合う光景の中、明日香に告げられた礼を前に、レインの胸にくすぶったバグと思しきノイズと共に脳裏に過去の記録が過る。

 

 それは創造主たるZ-ONEがくれた仲間たちとの大切な思い出。

 

“レイン、貴方にも私にとってのパラドックスたちのような「友」が出来る時が来る筈です”

 

“私とみんなは「友」ではない?”

 

“私たちの関係を表すならば「友」よりも「家族」が相応しいでしょう――その違いが貴方にも分かる時が来る筈です”

 

 当時は「親愛」と「友愛」の違いがよく分かっていなかったレインだが今、理解した。

 

「……と、友…………達……の助けになれれば」

 

「そうね。友達の――レイン、どうして顔を背けるの?」

 

「照れちゃったのね。かわいい子」

 

 やがて初めて理解した感情にドギマギするレインを不思議そうに見つめる明日香、顔を背けるレイン――の頬を軽くつついて蠱惑的に笑う雪乃。

 

 

 そうして、ひとしきり苦笑し合った面々は、原 麗華から悩みの解消のダメ押しとばかりの提案がなされる。

 

「では一先ず目標を明確化してみると良いかと! 短期的な目標を立てて今後の方針への手応えを確かめてみては如何ですか?」

 

「短期的な目標……参考までにみんなの目標を聞かせて貰っても良い?」

 

 かくして最後に違いの当面の目標の披露となれば――

 

「構いませんよ! 何を隠そう私の目標は筆記1位です! 前回は惜しくも三沢さんに敗れ、2位の座に甘んじてしまいましたが、次こそは必ず……!」

 

「デュエルはお勉強だけじゃないのよ?」

 

「……そのくらい分かっています。そう言う雪乃さんの目標はなんなんですか?」

 

 得意(筆記)を伸ばすのだと語る麗華――をからかう雪乃へ、若干不貞腐れつつも目標の開示を求めれば――

 

 

 

「女性初のデュエルキング」

 

 

「……えっ?」

 

「未だ誰も座れたことのない椅子――素敵じゃない?」

 

 相変わらず、トンデモない話題しか放らぬ女である。

 

 とはいえ、実現の為には間近にいる最初の壁(明日香)を越えねば話にならないだろうが。

 

 

 そうして言葉を失う原 麗華を余所に、明日香は向かい側でストローでドリンクを飲むレインに問いかける。

 

「ちなみにレインは?」

 

「……私は……未来を……救う……」

 

「……えーと、どう? いえ、何を救うのかしら?」

 

「……禁則事項……」

 

――レインって、時々よく分からないこと言うわよね……

 

 だが、此方も別ベクトルでトンデモない(何処かの蟹みたいな)ことを言い出した為、「短期的な」との枕詞のつく目標に悩む明日香の参考には残念ながらならなかった。

 

 

 

 ただ、和気あいあいと笑い合える彼女らならば、きっと良き道を選べるであろう確信が不思議と持てる予感は、気のせいではあるまい。

 

 

 

 

――そう思わないかい、アスリン?

 

 

 

 

 購買のテラス席を眼下に一望できる中二階の踊り場にて、たそがれる吹雪の姿を見つけた藤原は困った様子で声をかけるが――

 

「なにしてるんだい、吹雪? 流石に盗み聞きは感心しないよ」

 

「そんなことはしないさ――ただ、アスリンが落ち込んでるんじゃないかと心配でね☆」

 

「えっ? どうして? 1年ブルー女子トップじゃないか。試験のデュエルも調子も良かっただろう?」

 

 吹雪から告げられた内容に矛先を収めつつ疑問を呈した。

 

 藤原には縁のない話だが、フォースはあまり特定の生徒を懇意にする行為は避けるように通達されている。兄弟姉妹がいる吹雪と亮からすれば、気を揉む機会も多い。

 

 とはいえ、亮の弟、翔とは違い、吹雪の妹、明日香はシッカリした人物である為、心配とは無縁だと藤原は考えていただけに予想外だと言わんばかりな様子。

 

「でもフォース昇格の挑戦すら許されなかった」

 

「……ひょっとして亮の言ってたこと気にしてるのかい? あれは、亮の目線が厳しいだけで――」

 

「違うんだよ、優介」

 

 しかし、吹雪には今の明日香の心境が手に取るように実感できた。

 

「同じ年、同程度の成績、なのに自分より強い相手が近くにいると……どうしても比べちゃうんだ」

 

 なにせ、同年代の亮と藤原――この2人と並ぶ吹雪の格はやはり僅かに落ちる――それが世間の評価であり、自身の評価だ。

 

 正しい努力をすれば追いつけると奮闘しても、相手も正しい努力を重ねていれば、差は早々縮まらない。

 

 

 今の明日香も、十代や万丈目、三沢の評価に囲まれ、似たような気持ちだろう。

 

 実技の面では万丈目に後れを取り、

 

 筆記の面では三沢に後れを取り、

 

 将来性では十代に後れを取った。

 

 

 縋るものがない辛さは、吹雪も痛い程に理解している。だが、こればかりは頑張ったからと、努力を重ねたからと、ポンと解決する問題ではない。

 

 一人で抜け出すには厄介な蟻地獄なのだ。

 

「明日香も中等部じゃ対等に接してくれる同性はいなかったからね」

 

 ジュンコやももえは――「妹分」もしくは言い方は悪いが「取り巻き」だろう。肩を並べてはいない。基本、明日香に「是」しか返さず、唯々迎合するだけ。

 

「でも、ボクの取り越し苦労だったみたいだ。アスリンは大丈夫――もう孤高な女王様じゃない」

 

 しかし、今のアカデミアにて、オベリスク・ブルーの生徒が少ない現実がプラスに働いた。

 

「その心は?」

 

「――持つべきものは“友”ってことさ!」

 

 同じ志を以て共に肩を並べてくれる存在は、かけがえのない力になるのだ。

 

 吹雪とて、一切ブレぬ己を持つ先輩(もけ夫)や、負けず嫌いな同年代(小日向)、幾ら壁にぶち当たろうとも挫折することのない後輩(大山)たちの存在に何度、心救われたことか。

 

「吹雪は、いつも変わらないね」

 

――誰かに寄り添え、支える強さは、いつだって僕らの中で一番だった。

 

 だが、藤原はそういう吹雪こそが、誰かの支えになっているのだと苦笑を零す。

 

 求道的過ぎる亮や、迷いがちな藤原には、決してない「力」を吹雪は持っているのだと。

 

「おいおい、ボクのスター性は常に更新され続けているだろう?」

 

「ははは……ソ、ソウダネー」

 

――そっちは落ち着く方向で変わってほしいかな……

 

 ただ、悩まし気に額に手を当てウィンクしつつ、歯を煌めかせる謎エフェクトを放つ吹雪の些か以上にお茶目が過ぎるな部分は、藤原もそろそろ落ち着きを覚えて欲しいところではあった。

 

 

 

 とはいえ、(フブキング)が生涯こんな感じだとは、藤原も夢にも思うまい。

 

 

 

 

 

 

 

 あくる日のアカデミアにて、亮はクロノス教諭の執務室へ訪れていた。

 

「クロノス教諭、少し構いませんか」

 

「シニョール亮? どうしたノーネ?」

 

「今のレッド生徒の担当はクロノス教諭だとお聞きしました。翔の様子はどうですか?」

 

――佐藤教諭の授業を受けたのなら、ラー・イエローに上がれていてもおかしくはない筈なんだが……

 

 その要件は未だオシリス・レッドから昇格の兆しすら見えぬ弟――翔を心配してのもの。

 

「あんまり良くなイーノ。前の試験デュエルでも見てみるノーネ?」

 

「差し支えなければ」

 

「了解なノーネ。ちょっと待ってルーノ」

 

「ありがとうございます」

 

 そうして、デュエル映像や資料の入った棚を物色し始めたクロノスの厚意を謹んで受ける亮だったが――

 

「構わないノーネ。ただ……シニョールも承知かもしれませンーガ、確認の為にも言っておクーノ」

 

 クロノスは、背を向けたまま念押しするように告げる。

 

「フォースの貴方はレッド生にかかわっちゃダメなノーネ。シニョール程のデュエリストーが、フォース以外の特定の生徒に過度に肩入れしちゃウート、諍いの種にしかならなイーノ」

 

 そう、フォース生徒である亮が軽々しく下の寮の人間と接することは許されていない――訳ではないが、避けるべき事柄である。

 

 誰だって学園最強との呼び声高いデュエリストの教えは受けたいものだ。しかし、学生の身で平等に教えを施すことは不可能に近いだろう。ゆえの関係断絶である。

 

 それゆえに亮は、レッド男子寮に直接伺わず、こうしてクロノスの元を訪れているのだ。翔との積極的な交流は彼がオベリスク・ブルーに上がるまでは避けるべきだろう。

 

「承知しております」

 

「……学生である貴方に肩身の狭い思いをさせて、本当に申し訳ないノーネ」

 

 そうして、そんな理不尽とすら言える話を飲み込んで見せる亮に、クロノスは資料を探す手を止め、沈んだ声を漏らす。

 

「正直、我が学園は、貴方の才を持て余してしまってルーノ。あの時にーも――」

 

 なにせ、今の改革後のアカデミアでさえ、亮のような飛び抜けた才を持つ生徒に対しては、教えられることは多くない。

 

 他者への敬意を忘れぬ心の教えや、プロとのデュエルの経験などで無理やり形にしているだけだ。

 

 フォースの躍進を「アカデミアの教育の賜物」とは口が裂けても言えない現実がある。

 

 

“今の俺はァ! 勝利をリスペクトしているだけですよ、クロノス教諭ゥ!!”

 

 

 過去の教え子の声がクロノスの内に木霊する。

 

 あの時、クロノスは何もしてやれなかった。

 

 かの日々を乗り越えたのは、他ならぬ生徒(フォース)たちの力であり、教育者であるクロノスは状況に振り回されているだけだった。

 

 これでは一体、何の為の教師なのか。

 

「クロノス教諭?」

 

「――ノンノン、なんでもないノーネ。映像資料はこれにナルーノ。ワタクシは向こうで仕事してますカーラ、終わったら声をかけて欲しいノーネ」

 

 やがて、過去に沈んでいたクロノスの意識は、亮の声によって引き上げられ、ハッとした表情を見せたクロノスは慌てて己を取り繕い、目当ての品を亮へと差し出せば――

 

「感謝します」

 

「気にしなくて構わないノーネ」

 

 小さく一礼して機材のある部屋に向かう亮をクロノスは軽口と共に見送る他ない。

 

 

 だが、弟を心配する兄に、こんな回りくどい真似をさせてしまっている現状が、何も変えられない己が――クロノスには只々恨めしかった。

 

 

 

 まぁ、亮と翔は帰省の際に交流は普通に可能なので、特に問題にならない範囲ではあるのだが。

 

 

 

『やった~! 大ダメージっス! これで僕の勝ちは決まったも同然っスね! ターンエンド!』

 

「まだまだだな、翔」

 

 そうして、あまり成長が見られない翔のデュエル映像を何処か懐かし気分で眺めていた亮は、ひな鳥の歩みを見守るように表情をほころばせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 影丸とアムナエルの出頭を見届けていた神崎は、あまりに問題なく諸々を終え、医療刑務所に収監されていく様子を確認した後、ボーと空を見上げていた。

 

――……本当に何もなかったな。まさか彼らが普通に捕まってくれるとは予想外過ぎる。

 

 あまりにセブンスターズの問題がアッサリ終われば、呆気に取られるのも無理からぬ話だろう。

 

 

 なにせ、建物の壁の破壊は老朽化していた点をピンポイントで引き当てたと仮定され、

 

 警備ロボの破壊は、ギリギリで人力でも可能と判断された為、神崎も現行の法で問題なく裁くことが可能だ。

 

 ゆえに、かなりの社会的ペナルティを覚悟していた神崎からすれば、肩透かしも良いところである。

 

「凶悪犯罪者を説得し、出頭させたことによる恩赦……か。影丸理事長側からの最後の餞別のつもりか?」

 

――確かに人的被害はなかった訳だが……数十年単位は覚悟していたんだがなあ。

 

 しかし、諸々の事情も相まって罰金刑に留まった現実は、神崎にアテのない時間を与えていた。

 

 所謂「無為に生き残ってしまった兵士」的な気分を味わうこととなった神崎――だが、いつまでも、そうしている訳にはいかない為、今後の脅威に備えるべく動き出す。

 

「まぁ、なんにせよ、これで当分(GX)の間は大丈夫だろう。不動博士か、ゴドウィン兄弟、もしくは、その先祖でも探すか」

 

 そうして、エネルギー工学辺りを研究する大学や企業を回る予定を立てた神崎だったが、コール音で自己主張を始めた懐のスマホを手に取ることとなる。

 

「はい、神崎です」

 

『大門だ。今、構わんか?』

 

「ええ、問題ありませんよ」

 

 その電話の相手――BIG5の人造人間サイコ・ショッカーの人こと大門に快く返した神崎に告げられるのは――

 

『お前の目を貸して欲しい。才能の有無を測りかねている相手がいてな』

 

「それは構いませんが、私の目など高々知れておりますよ?」

 

――正直、原作知識か、(バー)の輝きの程度で判断しているだけですし……

 

 人材紹介ならぬ人材見極めの依頼。一応、神崎の現職であるフリースカウトマンだが、その腕前は原作知識と(バー)の知覚からなる程度の安い代物だ。

 

 埋もれた才能を発掘するだけの人間的な目はないに等しい為、確約は出来ない旨を伝えざるを得ない神崎だが――

 

『ああ、それで構わん。此方としても捨て置いて問題ない案件だからな』

 

『ねぇねぇ、おじさん! さっきの話、本当なの? 嘘だったら許さないんだから!』

 

――子供の声?

 

 軽い話なのだと語る電話口の大門の近くで鈴の転がるような幼い声が響いた。

 

『少し黙っていろ。その度胸ほどの実力があるのであれば、貴様の要望も考えてやらんでもない』

 

『約束だからね! 絶対、ぜーったいの約束!』

 

『ふん、ヤツの眼鏡にかなえばな』

 

『そっちは大丈夫! だって――』

 

 そんな声の主を「通話中だ」といさめる大門を余所に、当の子供は自信と元気一杯ハツラツな姿を見せる――ならぬ聞かせる様子に――

 

 

『――恋する乙女に不可能なんてないんだから!』

 

 

――あー、KCの段階で発覚したのか。

 

 神崎は、此度の大門の要件の概要をおぼろげながらに理解し始めていた。

 

 

 不可能なき恋する乙女とて、私文書偽造の罪から逃れることは不可能だったらしい。

 

 

 これもまたセツリ。

 

 

 






超アニマル――KU☆MAのフラグをようやく回収できたぜ……ε= ( ̄。 ̄A) フゥー

……いや、あんな熊が自然界の野性に存在している訳ないやん?(真顔)





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第251話 恋する乙女の密入国



前回のあらすじ
恋する乙女――早くOCG化してくれ、頼む……!(手遅れ)





 

 

 BIG5の人造人間サイコ・ショッカーの人こと大門の要請を受け、指定された日時にKCを訪れた神崎が、かつてとは逆の立場となって応接室に案内されれば――

 

「よく来たな、神崎」

 

「いえ、大門さんに呼ばれれば来ない訳にはいきませんよ」

 

 件の人物である大門の姿に、神崎は大仰に礼を取って応対するも、促されるままに向かい合う形でソファに腰かければ、早速とばかりに此度の不可解な要請の内実に踏み込むこととした。

 

「ただ、聞いた限りではKC内で完結するお話ですし、私にお鉢が回ってくるとは思えないのですが」

 

 そう、それが神崎の必要性。

 

 デュエリストの才を見抜くなど、海馬や乃亜、その他のデュエリストでも十二分に事足りる話だ。外様になった神崎を態々呼び出し見聞するなど只の無駄な手間でしかない。

 

「あの小娘――『早乙女レイ』が単独で行ったことなら、それでも構わなかったんだがな」

 

「何があったんです?」

 

「書類偽造だ。それも、かなり巧妙にやっとる。実技試験で気づかなんだら、そのままアカデミアに編入しとっただろう」

 

「其処までの話でしたか」

 

――まぁ、原作でもどうやって出し抜いたかは不思議だった部分ではある。

 

 しかし、大門から語られる原作での一件の――今回の場合は歪んだ歴史による差異がある可能性が大きいが――舞台裏を聞かされれば、思いのほか事件は軽くはない様子が伺える。

 

 

 ちなみに、早乙女レイなる人物は、原作GXにて、小学五年生であるにも関わらず、アカデミアの編入試験を突破し、年齢と性別を詐称した上でアカデミアに来訪するお騒がせガールだ。

 

 その犯行動機が「好きな相手(カイザー亮)に会いたい」なのだから困ったもの。

 

 

「ああ、小娘の祖父――KC社員の一人の手引きがあった。孫可愛さゆえか、定年前に一花咲かせる気だったらしい」

 

「それは、なんといいますか……」

 

「まぁ、一応『KC内部の問題点を提示するパフォーマンス』とのお題目は用意していたようだがな。どちらにせよ、ふざけた話だ」

 

――KC内部の協力者……か。現実的な範囲ではある。

 

 そうして、歪みに歪んだこの歴史においての「早乙女レイのアカデミア潜入」はKC内部の協力者の手配があった旨を大門より聞かされ、神崎も己が起用された理由を察することとなる。

 

「つまり、KCとしては戒めの意味も込めて、早乙女さんに今後一切、手を貸す気がない、と」

 

「まぁ、小娘への罰は、その程度が妥当だったからな。そもそもジジイが悪乗りしなければ、もっと手前で弾かれていた問題だ」

 

「それで、どうして私に?」

 

「行いは褒められたものではないが、その度胸が気に入った――とはいえ、さっきも言った通り、此方が動く気はない」

 

 早い話が、「KCに舐めた真似した相手」である早乙女レイに、KCがあまり甘い顔をする訳にはいかない大人の事情である。

 

 それゆえに、後腐れない人物となった神崎に白羽の矢が立ったのだ。

 

「お前は人材発掘業を始めたんだろう? 渡りに船だと思ってな。原石になり得んなら捨て置けば良い」

 

「デュエルの腕はどれ程でしたか?」

 

「いや、其方はまだだ。『家族で改めて謝罪に来る』ことになっとる。デュエルはその時だ」

 

「では、その日はスケジュールを開けておきます」

 

――まぁ、今はスケジュールもへったくれもないんだが……さて、どうしたものか。

 

 やがて「大したことないなら切る」と言外に断じた大門に、神崎は殆ど白紙のスケジュール帳を埋めつつ、突き刺さる「原作ブレイク」の矢に貫かれていたが――

 

「そうしてくれ。とはいえ、こっぴどく叱られた後だろうから、デュエルどころではないやもしれんがな」

 

「つまり、電話口でのお話は……」

 

「あの時点では、喋らせる為のエサだ」

 

 続いた大門の冷淡な発言に、早乙女レイが思いのほかKCを怒らせていた事実を遅ればせながら神崎は思い知ることとなった。

 

 

 

 

 

 こうして「なんで余所の家の命運、背負っているんだろう」と仕様のないことを神崎が考え続けている間に時間は過ぎ去り――

 

 

 

 

 

 早乙女家がKCに来訪する日を迎えることとなる。

 

 

 そして再び応接室に舞台を移せば、紺の長髪の少女が正装代わりの学校制服に身を包み、ご両親に腕を引かれながら訪れていた。やがて案内の北森が退出した中、重苦しい雰囲気が場を包む。

 

――電話口での元気が嘘のようなお通夜っぷり……

 

 なにせ原作の早乙女レイらしさであったハツラツ元気な様子は影を潜めており、泣き腫らした目元からご両親にしこたま怒られたであろう現実が伺えよう。

 

 原作ではサラッと流されていたが、此度の早乙女レイの行動は一つの企業を騙すような代物。

 

 実質被害0ゆえKCが穏便に済ませた為、犯罪一歩手前で済んだとはいえ、家族からすれば絶許ものだろう。

 

 とはいえ、KCの長である海馬からすれば一瞥にすら値しないレベルに興味のない話だろうが――でなければ、神崎が呼ばれるどころか大門が担当することすらなるまい。

 

「そ、その……ごめんなさい……ボクが、お爺ちゃんに……頼んだから……」

 

「今回、無事に済んだのは運が良かっただけに過ぎん。最悪が重なれば家族で路頭に迷う可能性もあった――それさえ、理解してくれれば私からは何も言わん」

 

 やがて、この場が「許す場」という既定路線を知らぬレイが不安を紛らわすように母の手を握りつつ恐る恐る謝罪の言葉を述べれば、大門も定型文を淡々と流し、用意していた流れに乗せていく。

 

「今日、来てもらったのは嬢ちゃんが塞ぎこんで入ると聞いてな。『流石に忍びない』との話になったんだが……生憎、嬢ちゃんの気晴らしに付き合えそうなものが、デュエルしかない」

 

「おじさん、デュエルする……の?」

 

 そうして大門から「仲直りの儀式」として、デュエルが自然な形で提案された。面倒なことはデュエルすれば大抵解決するものだ――これ、真理。

 

「ああ、一説ではデュエルはコミュニケーションツールの側面も大きいらしい。このデュエルで禍根とやらを水に流そうじゃないか」

 

「ううん、そうじゃなくて……おじさん、デュエル()()()()?」

 

 だが、何気ないレイの発言に、大門の頬がピクリと引きつった。その横で感じる筈のない胃痛に戦慄する神崎。そして実際に胃痛がしているであろうレイのご両親。

 

 しかし、これに関してはレイを責める訳にはいかない。

 

 遊戯王ワールドにおいて「デュエルの実力を金銭でやり取り(雇い入れる)」システム上、いわゆる「雇う側」がデュエルに強い必要性はないのだ。

 

 原作の万丈目兄弟も、デュエルは弟に任せるスタンスを取り、モンキー猿山も己がデュエルの舞台に立つことは決して行わなかった。

 

 そしてレイから見た大門は、どう考えても「雇う側」だ。海馬のような分かり易い覇気も見えなければ、デュエルに強いイメージは欠片も抱けまい。

 

 

 閑話休題。

 

 

「ほほう……それは私への挑戦と受け取った。手加減してやるつもりだったが、止めだ。全力で大人の実力とやらを叩きつけてやるとしよう。神崎、案内は任せた」

 

 かくして大門がデュエルに携わる者としてプライドを傷つけられたゆえか、カチンと来た様子で一足先にデュエル場へスタスタ進んだ背中を内心ハラハラしつつ見送った一同。

 

「ねぇ、試験官の人(神崎)……態と負けた方が……良いのかな?」

 

 やがて、約束の件の人との説明を受けた神崎をチラと見るレイは、書類偽造の申し訳なさから「大門に勝たせる(八百長の)」選択肢が浮かぶ。

 

 仮にもアカデミアの受験に合格できる程度の力を持つレイが、そこら辺のおっさんを本気で叩き潰して良いものかは、流石に小学五年生のレイでも悩むところだろう。

 

 

「こういった状況では、態と負ける方が角が立ちますから、普通にぶっ飛ばして頂いて問題ないですよ――出来ればの話ですが」

 

――大門さん、BIG5の中でトップ2だからな……

 

「流石に、アカデミアの受験に受かってたボクが、その辺のおじさんには負けないよ……」

 

「そうですね。ですが、このデュエルは早乙女さんのアカデミア行きを左右する『試験』でもありますから、本気でかかった方が悔いはないかと思われます」

 

 だが、神崎の内心を隠した発破も、レイにはいまいち効果は薄かった為、大門がエサとして告げていた「正規のアカデミア編入の口利き」という絵に描いた餅をぶら下げて見せる神崎。

 

「ただ、此方の準備もありますから、気持ちを落ち着かせてからデュエル場の方へ向かえば良いかと」

 

 そうして、神崎はゆっくりめに早乙女家の面々を大門が先に向かったデュエル場に案内しつつ、「本気で戦って欲しい」旨を告げていく。

 

 

 なにせ、デュエリストと言う生き物は勝利を求める癖に、手を抜かれた上での勝利を得れば途端に機嫌が悪くなってしまう面倒な生き物なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 やがて、神崎の奮闘あってか、それとも恋する乙女の自力か、はたまたご両親の励ましのお陰かは定かではないが、モチベーションを取り戻したレイと、大門がデュエル場にてデュエルディスクを構えて向かい合う。

 

「逃げずに来たようだな……」

 

「だって正真正銘、最後のチャンスだもん――だから、今から恋する乙女の本当の力を見せてあげる!」

 

「ならば、私も見せよう――大人の底力を!!」

 

 そして、軽い言葉のジャブを交わした後――

 

 

「 「 デュエル! 」 」

 

 

 なんか当初の予定とはだいぶ毛色が違うデュエルが幕を開けた。

 

 

 

「ボクの先攻! ドロー!」

 

 そうして先攻であるレイが、魔法カード《強欲で金満な壺》で2枚ドローし、早速とばかりに己のフェイバリットカードを呼び出せば――

 

「恋する女の子に不可能なんてないの! 来て、『恋する乙女(惑星からの物体A)』!」

 

うふふ、よろしくね(ゲヒヒャヒヒャ)

 

 フィールドに紫色の丸い腐肉に金属の足が幾重にも伸びた化け物――なんて姿はなく、ウェーブのかかった茶の長髪に左右にリボンのついたピンクカチューシャをつけた白いフリルの卵色のドレスを纏う少女――いや、乙女が現れた。

 

気分は『恋する乙女』な

《惑星からの物体A(エー)》 攻撃表示

星1 光属性 爬虫類族

攻 0 守 500

 

 やがて、空耳混じりの二重音声を神崎の耳に届けながら、レイはカードを3枚セットして手早くターンを終えた。

 

 

早乙女レイLP:4000 手札3

モンスター

恋する乙女(惑星からの物体A)』攻0

魔法・罠

伏せ×3

VS

 大 門 (サイコ・ショッカーの人)LP:4000 手札5

 

 

 そんな「罠仕掛けてます」と言わんばかりのレイの布陣を前に、大門は己の力を誇示するように宣言する。

 

「私のターン、ドロー! ふん、それが小娘の切り札か――ならば此方も見せよう! 史上最強にして絶対なる究極モンスターを!!」

 

「きゅ、究極モンスター!?」

 

 そう、既に大門の手札に彼のマイフェイバリットを降臨させる手筈は整っている。

 

 そして1枚のカードを天に掲げた大門の姿から迸る覇気に気圧されたのか、思わず一歩後ずさったレイが見守る中、フィールドに呼び出されるのは――

 

 

「――《お注射天使リリー》!!」

 

 

 桃色のロールされた長髪をたなびかせ、白き天使の翼を広げる小柄な軽装ナースが、身の丈を優に超える巨大な注射器を抱えて現れた。

 

《お注射天使リリー》 攻撃表示

星3 地属性 魔法使い族

攻 400 守1500

 

 

「……攻撃力400? なにかすごい効果でもあるの?」

 

 こうして降臨した《お注射天使リリー》だが、レイからすればいまいち脅威には感じない様子。強力な効果を警戒しようにも、レベル3の呼びやすいタイプでは大それた効果は期待できまい。

 

「どうやら私のリリーを侮っているようだな……ならば、存分に見るが良い! その力を! バトル! リリーで小娘のモンスターを攻撃!!」

 

 しかし大門の宣言と共に《お注射天使リリー》が巨大な注射器を頭上に掲げつつ、『恋する乙女(惑星からの物体A)』に飛び掛かる危ない人ムーヴを繰り出せば、タダでは通さぬとレイが待ったをかけた。

 

「させない! 永続罠《ディメンション・ガーディアン》を発動し、装備! これでボクの『恋する乙女(惑星からの物体A)』は倒れない(破壊されない)! ダメージもたった400!」

 

「たった400? なにを勘違いしている!」

 

「『恋する乙女』の反撃、一途な想い! ――えっ?」

 

 そうして『恋する乙女(惑星からの物体A)』を守り、最小限の痛手に抑えたレイの思惑を裏切るように大門は己の腕を突き出せば――

 

「リリーの効果! ライフを2000支払い、バトル時のみ攻撃力を3000アップさせる!

 

大門LP:4000 → 2000

 

 大門のライフ(血税)が《お注射天使リリー》の注射器の内部に緑色の危なそうな液体としてチャージされ、何故か注射器が巨大化。

 

《お注射天使リリー》

攻400 → 攻3400

 

「――検診のお時間だ!!」

 

「きゃぁ!?」

 

 そして、そのぶっといブツ(注射器)が『恋する乙女(惑星からの物体A)』の腕に突き刺されば、なんかよく分からない緑のエネルギーの噴出の余波がレイを襲う。

 

早乙女レイLP:4000 → 600

 

「戦闘終了時にリリーの攻撃力は戻るが、これで小娘のライフも風前の灯火……」

 

 やがてバトルの終了と共に《お注射天使リリー》の注射器が元の身の丈大に戻っていく中、大門は大きな手応えを感じていた。

 

《お注射天使リリー》

攻3400 → 攻400

 

 ライフを2000も失ったが、レイのライフは3000以上も削れたのなら悪くはない結果だろう。

 

 大門の手にかかればレイの残りライフ600を削ることなど朝飯前である。

 

 

早乙女レイLP:600 → 4000

 

 

「――なんだと!?」

 

 しかし、此処で減らした筈のライフが戻っている事実に仰天する大門へ、レイは得意げな笑みを浮かべる。

 

「ふっふーん、残念でしたー! ボクがダメージを受けた瞬間、手札の《B(バーニング)K(ナックラー) ベイル》の効果を発動したよ! その効果で自身を特殊召喚して、受けたダメージは回復!」

 

 そう、レイのフィールドの橙色のプロテクターを装着した戦士が、両腕についたそれぞれの盾を一つの大盾による守りが、レイのライフを守った(回復させた)のだ。

 

B(バーニング)K(ナックラー) ベイル》 守備表示

星4 炎属性 戦士族

攻 0 守1800

 

「これでおじさんのライフは、2000ポイントも無駄になっちゃったね!」

 

「くっ、小生意気な……!」

 

 さらに、レイはただライフを回復しただけではなく――

 

「しかもダメージを受けたことで手札を1枚捨てて発動した罠カード《ダメージ・コンデンサー》と、罠カード《ダメージ・ゲート》の効果でデッキと墓地から、この子たちも呼ばせて貰ったよ!」

 

 レイのフィールドに新たに並ぶ、羊をもした帽子に桃色の巻き髪を左右に揺らす、赤いラインの入った白いローブをまとった木の杖を持った少女と、

 

《白魔導士ピケル》 攻撃表示

星2 光属性 魔法使い族

攻1200 守 0

 

 青い髪を肩口ほどに伸ばした青いスーツを着た赤い眼鏡の天使が、天使の輪を浮かべつつ背の大きな白い翼を広げつつ、アンクが描かれた本片手に舞い降りた。

 

《ヒステリック天使(エンジェル)》 攻撃表示

星4 光属性 天使族

攻1800 守 500

 

 

 そう、レイは己へのダメージを逆手にとり一気に3体のモンスターを展開してみせたのだ。

 

「だが、私のリリーの敵ではない!」

 

 とはいえ、大門は問題ないと強気な姿勢を崩さない。なにせ己には、相棒たる《お注射天使リリー》がいる。

 

 

 

リリーちゃ~ん(リリリリ)! わたしの一途な想いを受け取って~~ッ(オモモイウケケ! トッテウケイチチ)!』

 

『あら?』

 

 しかし、そんな大門の想いを余所に、駆けよった『恋する乙女(惑星からの物体A)』が足をもつれさせれば、《お注射天使リリー》の腕の中にポスンと収まる結果となる。

 

 肌が触れ合う距離で見つめ合う男女……もとい女女。

 

『……ふふっ、チュッ(ヘヒャヒャ、ベビュッ)!』

 

『リリー、乙女、スキ!』

 

 やがて『恋する乙女(惑星からの物体A)』の口づけが《お注射天使リリー》の頬に触れれば、途端に広がる多幸感(脳内麻薬)――恋に落ちる音が響いた。

 

ねぇ、わたしと一緒に……いてくれる?(イッショショイッ、ズートトトトズ!)

 

『――もちろんよ!』

 

 さすれば、大門のフィールドの《お注射天使リリー》は『恋する乙女(惑星からの物体A)』の手を取り、ランラランララにスキップしながらレイのフィールドへ向かい――

 

 

「リ、リリー!!」

 

 残るのは相棒(フェイバリット)を失った寂しいおっさん(大門)が一人。

 

「これが『恋する乙女(惑星からの物体A)』の効果! 攻撃してきたモンスターのコントロールを得る! これでおじさんのリリーは、ボクのもの!」

 

「おのれ、小娘……絶対に許さん!!」

 

 やがて、レイの軽口に半身をもがれたかの如き衝動を抑えながら大門は、永続魔法《エレキュア》を2枚発動し、カードを1枚セットして、魔法カード《命削りの宝札》を発動し、手札を3枚に補充。

 

 そして魔法カード《おろかな埋葬》で《絶対王 バック・ジャック》を墓地に送りデッキの上から3枚のカードの順番を入れ替えた大門は、カードを2枚セットしてターンを終えた。

 

 

早乙女レイLP:4000 手札3

モンスター

恋する乙女(惑星からの物体A)』攻0

《お注射天使リリー》攻400

《白魔導士ピケル》攻1200

《ヒステリック天使(エンジェル)》攻1800

B(バーニング)K(ナックラー) ベイル》守1800

魔法・罠

伏せ×3

VS

大門LP:2000 手札5

モンスター

なし

魔法・罠

《エレキュア》×2

伏せ×3

 

 

 

 かくして、謎の寸劇が『恋する乙女(惑星からの物体A)』周りで起こる現実を余所にレイの両親と共に、デュエルの経緯を見守る神崎は現状を鑑みる。

 

――大門さん、かなり手加減しているな。しかし、あのコントロールを奪取のくだり……何を見せられているんだろう。

 

 とはいえ、大門が攻撃を急ぐ理由もなしに不用意にモンスターに突っ込んだ状態を見れば、このデュエルの本来の目的を忘れていない様子が窺えよう。

 

 

 

 やがて二人のデュエルに意識を戻せば――

 

「ボクのターン! ドロー! スタンバイフェイズに《白魔導士ピケル》の効果! ボクのフィールドのモンスターの数×400ポイントライフが回復だ!」

 

「小娘のフィールドには私のリリーを含めた5体のモンスターが!」

 

 《白魔導士ピケル》が背伸びしつつ、天高く杖を振るえば光が瞬き、レイのフィールドを流れた後で、レイの元でライフに還元されていく。

 

早乙女レイLP:4000 → 6000

 

 そしてレイは、メインフェイズ開始時に魔法カード《強欲で金満な壺》で2枚ドローした後、大きく引き離したライフ差に終止符を打つべく攻勢に移る。

 

「早速バトルだけど、これでデュエルはお終い! リリーでダイレクトアタック!」

 

 この攻撃が通れば、《お注射天使リリー》の効果で攻撃力を3400とし、大門の2000のライフを削り切れよう。

 

「無駄だ! リリーと私の絆の前では小娘の戯言(攻撃宣言)など――」

 

 だが、大門は無根拠に相棒との絆を妄信するも――

 

 

ねぇねぇ、リリーちゃん(リリリリリ、メメイジル)

 

『なぁに、乙女ちゃん?』

 

 恋焦がれる相手の声を聞くべくしゃがんだ《お注射天使リリー》の耳元を可愛いらしいおねだりでくすぐる『恋する乙女(惑星からの物体A)』。

 

わたしの為に(タタカエ)あのおじさんに攻撃してくれるよね?(アアラソエ、コロロシアエ!)

 

『もちろんよ! 乙女ちゃんの頼みだもの!』

 

 さすれば目をハートにさせた《お注射天使リリー》が身の丈程の注射器を構え、大門へと向き直る。

 

 

「リ、リリーが私に攻撃を……!?」

 

 

 そんな相棒の反旗を信じられない――否、信じたくない様子で大門は一歩後ずさった。

 

 

 しかし、現実は無常とばかりに《お注射天使リリー》は巨大な注射器にまたがり天使の翼を広げて、滑空しつつ突撃していく光景に、大門はたまらず叫ぶ他ない。

 

 

「やっ、やめろーー!!」

 

 

「やったぁ! ボクの勝ちー!」

 

 

 

 こうして愛と言う名の裏切りの元、レイは軽く勝利を収める。恋する乙女に不可能などないのだ。

 

 

 

 

 

 

大門LP:2000

 

 かに思われた。

 

 

 しかしレイの眼前に広がるのは、健在の大門のライフに加え、己が恋の奴隷とした筈の《お注射天使リリー》の姿。

 

《お注射天使リリー》 攻撃表示

星3 地属性 魔法使い族

攻 400 守1500

 

「なっ!? おじさんのリリーはボクのフィールドにいる筈!? それにライフも……」

 

「……罠カード《カウンター・ゲート》を発動し、ダイレクトアタックを無効化しドローさせて貰った……そして更なる効果により、ドローしたモンスターである――2体目のリリーを召喚させて貰ったぞ」

 

 やがて自分のフィールドの《お注射天使リリー》と相手の《お注射天使リリー》を交互に見やるレイへ、大門が種明かしするが、当人の表情は苦悶に満ちていた。何故、愛するカード同士が争う姿を見ねばならないのだと。

 

「くっ、リリーたちが敵対することになろうとは……!」

 

「前のターンの《絶対王 バック・ジャック》の効果の時に……でも、残念! ボクの勝ちは変わらないよ!」

 

 しかし、レイは、所詮延命処置だと断ずる。なにせ、大門のフィールドには攻撃力400の《お注射天使リリー》が増えただけ。

 

 効果を発動する為のライフがない以上、攻撃力400の貧弱モンスターでしかない。

 

「もうおじさんにリリーの効果を発動するライフはないもん! 《白魔導士ピケル》でリリーを攻撃!」

 

「甘いぞ、小娘! 罠カード《ホーリージャベリン》を発動! 相手の攻撃力分のライフを回復する!」

 

 ゆえにレイが《白魔導士ピケル》に杖を片手に突撃させるが、大門の元に現れた小さな天使の羽がついた槍が《白魔導士ピケル》の魔力を写し取り、ライフへと変換すれば――

 

大門LP:2000 → 3200

 

「しまった!?」

 

「さぁ、ライフはタップリ支払おう! リリー、検診のお時間だ!」

 

大門LP:3200 → 1200

 

 大門の腕に《お注射天使リリー》が注射器をぶっ刺しライフを吸いあげれば、赤い不思議な液体で満たされた注射器は再び巨大化。

 

《お注射天使リリー》 攻撃表示

攻400 → 攻3400

 

 当然、その巨大な注射器が向かう先は、注射を恐れ足を止めた《白魔導士ピケル》の腕。

 

 だが、その針の先は恐怖の余り背を見せ逃走した《白魔導士ピケル》の背中に突き刺さり、なんか不思議な爆発を起こす結果となった。

 

「うわぁあぁあああ!? くっ……でも、これで おじさんのライフは1200! 今度こそリリーの効果は使えない!!」

 

早乙女レイLP:6000 → 3800

 

 大ダメージの攻撃の余波で顔を覆うレイ――しかし、その顔に絶望はない。後1度の攻撃を通せば、大門のライフは尽きる。そして、その1度の攻撃手段はレイの手の中だ。

 

「《ヒステリック天使(エンジェル)》の攻撃で――」

 

「それはどうかな?」

 

大門LP:1200 → 3400 → 5600

 

 しかし突如として爆発的に回復し始める大門のライフに、レイは素っ頓狂な声を漏らすこととなる。

 

「――なっ!? なんで!?」

 

「2枚の永続魔法《エレキュア》の効果だ! 私の雷族モンスターが相手に戦闘ダメージを与えた時、その数値分のライフを回復する!」

 

「えっ!? 《お注射天使リリー》は魔法使い族の――」

 

「ふん、発動しておいた永続罠《DNA改造手術》の力により、小娘のカード共々、雷族になっておるわ!」

 

 そうして理解の追いつかぬレイへ、《お注射天使リリー》にライフを支払い続ける半永久的なコンボを鼻高々に語った大門は力強く宣言した。

 

「大人の財力をなめるな! リリーに支払うライフは幾らでもある!!」

 

 

――そういう話ではない気が……

 

 そんな中、レイに声援を送るレイの両親の横で、神崎が内心でツッコミを入れるが、残念ながら当人たちに届くことはない。

 

 

 

――これじゃあ《ヒステリック天使(エンジェル)》で攻撃しても、やられちゃう……

 

「ならバトルを終了して《ヒステリック天使(エンジェル)》の効果発動! ボクのモンスター2体を墓地に送ってライフを1000回復する! 《B(バーニング)K(ナックラー) ベイル》とリリーを墓地へ!」

 

 やがて僅かに思案を見せたレイが選んだのは《ヒステリック天使(エンジェル)》の力に頼ること。

 

さよなら、リリーちゃん(サヨヨヨナラララ)――貴方のことは忘れないわ(ダレダッケケケケケアハハハハハハ!)

 

『え』

 

 さすれば《ヒステリック天使(エンジェル)》の掲げた本へと吸い込まれんと踏ん張る《お注射天使リリー》の手を『恋する乙女(惑星からの物体A)』に叩かれたことで、《B(バーニング)K(ナックラー) ベイル》と共に吸い込まれて行き――

 

早乙女レイLP:3800 → 4800

 

 本の中に消えた2つの命がレイのライフを癒す糧となった。愛とは時に残酷なのだ。

 

「リ、リリー!」

 

「最後に装備魔法《レアゴールド・アーマー》で『恋する乙女(惑星からの物体A)』をお色直し! カードを2枚セットしてターンエンドよ!」

 

「くっ……どこまでもリリーに非道な真似を……!」

 

 かくして、腕や体に何処ぞの王様よろしくシルバーを巻き始める『恋する乙女(惑星からの物体A)』によって、相棒たるカードを奪われ、その命をゴミのように散らされた――と、凄い私怨の混じった想いを抱く大門。

 

 

 そして《お注射天使リリー》の仇討だと、大門が墓地の《絶対王 バック・ジャック》を除外し、デッキトップの通常罠をフィールドにセットする中、レイはターンを終えた。

 

 

早乙女レイLP:4800 手札1

モンスター

恋する乙女(惑星からの物体A)』攻0

《ヒステリック天使(エンジェル)》攻1800

魔法・罠

《ディメンション・ガーディアン》

《レアゴールド・アーマー》

伏せ×2

VS

大門LP:5600 手札0

モンスター

《お注射天使リリー》攻400

魔法・罠

《エレキュア》×2

《DNA改造手術》

伏せ×1

 

 

「私のターン、ドロー! さらに罠カード《無謀な欲張り》を発動し、2枚ドロー!」

 

 かくして、私怨を晴らすべく勢いよく通常ドローした大門は、《絶対王 バック・ジャック》の効果でセットしたカードを活用し、その手札を3枚にまで増やすが――

 

「手札を増やしてきたなら――永続罠《竜星の極み》を発動! これで、おじさんは必ず攻撃しなくちゃいけないから!」

 

 そうはさせぬと発動させたレイのカードにより天から竜の遠吠えが響けば、大門の《お注射天使リリー》は闘争本能に魅入られた瞳を見せる。

 

 これで大門の攻撃は最初のターンの焼き増しの如く『恋する乙女(惑星からの物体A)』に吸い込まれることになろう。

 

「『恋する乙女(惑星からの物体A)』以外に攻撃しようとしても《レアゴールド・アーマー》がある限り、無駄だからね!」

 

「ふん、どうせまた小娘の色香でリリーを惑わせるつもりなのだろうが――私のリリーは、そのように軽い女ではない!! 魔法カード《財宝への隠し通路》! このターン、リリーはダイレクトアタックが可能!」

 

 しかし、大門の相棒への愛はその想定を上回るように、《お注射天使リリー》は懐かしのコソ泥スタイルのほっかむりを被った。

 

「でも、装備魔法《レアゴールド・アーマー》がある限り――」

 

「そのカードは他の『モンスターに攻撃できない』だけだ! つまり小娘への攻撃は可能!バトルだ!」

 

 やがてバトルフェイズに入れば、《お注射天使リリー》が天使の翼で『恋する乙女(惑星からの物体A)』の誘惑を振り切り、飛翔。

 

「行け、リリー! 私のライフを存分に吸い上げ――検診のお時間だ!!」

 

 そして大門からライフをチャージし、巨大化した注射器をレイに向けてダイレクトにお注射することとなった。

 

大門LP:5600 → 3600

 

《お注射天使リリー》

攻400 → 攻3400

 

「くぅうぅううぅっ!?」

 

早乙女レイLP:4800 → 1400

 

 かくして、巨大な注射器の一撃による謎衝撃によって、顔を腕で覆うレイだが――

 

「で、でもダメージを受けたことで罠カード《ダメージ・ゲート》を発動! 墓地から《白魔導士ピケル》を復活!」

 

 ただでは転ばぬと、地面がパカリと開けば、そこから《白魔導士ピケル》がピョンと飛び出し、戦線に並ぶ。これで次のスタンバイフェイズにレイのライフは補充されることだろう。

 

《白魔導士ピケル》 攻撃表示

星2 光属性 魔法使い族 → 雷族

攻1200 守 0

 

「ならば此方も速攻魔法《セペクの祝福》を発動! ダイレクトアタックによるダメージを与えた時、その数値分のライフを回復する! おっと2枚の永続魔法《エレキュア》の効果も当然適用!」

 

 だが、その傍らで大門は、空を飛ぶ《お注射天使リリー》の翼から零れる光に包まれ、そのライフを爆発的に増大させていく。

 

大門LP:3600 → 7000 → 10400 → 13800

 

「ラ、ライフが一万超え!?」

 

「言った筈だ。リリーに支払うライフは潤沢だと!!

 

「っ! だったら! バトルフェイズに手札から《ジュラゲド》を特殊召喚! その効果でボクのライフは1000回復!」

 

早乙女レイLP:1400 → 2400

 

 1万超えのライフを前に、レイが新たに足のない二本角の悪魔を呼び出し、かぎ爪の付いた両腕を威嚇するように広げ、後に悪魔の影がレイを癒すが焼け石に水。

 

《ジュラゲド》 攻撃表示

星4 闇属性 悪魔族 → 雷族

攻1700 守1300

 

「ふん、その程度のライフ、誤差に過ぎん――バトルを終了し、ライフ2000を支払って魔法カード《エンシェント・リーフ》を発動し、2枚ドロー!」

 

大門LP:13800 → 11800

 

 やがて、見せつけるようにライフをふんだんに使い手札を補充した大門は、引いた2枚のカードを伏せてターンを終えた。

 

 

早乙女レイLP:2400 手札0

モンスター

恋する乙女(惑星からの物体A)』攻0

《白魔導士ピケル》攻1200

《ヒステリック天使(エンジェル)》攻1800

《ジュラゲド》守1300

魔法・罠

《ディメンション・ガーディアン》

《レアゴールド・アーマー》

《竜星の極み》

VS

大門LP:11800 手札0

モンスター

《お注射天使リリー》攻400

魔法・罠

《エレキュア》×2

《DNA改造手術》

伏せ×2

 

 

 かくして、レイが盤面の数で勝るも、軽視されがちなライフアドバンテージが一気に傾き、大門の《お注射天使リリー》を突破できない現実が広がる中、レイの両親の応援が過熱する横で――

 

――早乙女さんのデッキは、凡そ原作の戦法と同じ。その性質ゆえにバトルを躱されると厳しいところだが……

 

 神崎は今回の「試験官」という立場から、レイのデッキの把握を進めていくも、盤面を覆すには、後一歩足りない様子がヒシヒシと感じられていた。

 

 

 

「うぅー! もぅ、あったま来た! ボクのターン! ドロー! スタンバイフェイズに《白魔導士ピケル》の効果! 4体だから1600ポイント回復!」

 

 やがて、そのデュエルの渦中のレイは、怒り心頭な様子でカードを引きつつ、《白魔導士ピケル》が応援旗のように杖を振る姿に精神とライフを癒されつつ――

 

早乙女レイLP:2400 → 4000

 

 魔法カード《マジック・プランター》で永続罠《竜星の極み》を墓地に送って2枚ドローしたレイが繰り出すのは――

 

「まだだよ! 《グラナドラ》を召喚! そして効果でライフが1000回復するけど――」

 

 合計8つの複眼を持つ大きな口の中に小さな口がある異形の頭を持つ二本足の化け物。

 

《グラナドラ》 攻撃表示

星4 水属性 爬虫類族 → 雷族

攻1900 守 700

 

 その化け物《グラナドラ》が尾を揺らしつつ、身体を振るわせれば体液の水飛沫が周囲に飛び、レイのライフを着実に回復していく。

 

早乙女レイLP:4000 → 5000

 

「直ぐに《ヒステリック天使(エンジェル)》の効果で自身と《グラナドラ》を墓地に送って更に1000回復!」

 

早乙女レイLP:5000 → 6000

 

 更にダメ押しとばかりに《ヒステリック天使(エンジェル)》が再び手元の本を開いて、《グラナドラ》と自身を吸い込ませ、光の祝福とすれば、レイのライフは初期値(4000)を超える回復を見せる。

 

――これで、またダイレクトアタックされても十分、防げる! でも念の為に……

 

「後は『恋する乙女(惑星からの物体A)』に装備魔法《ガーディアンの力》を装備!」

 

 かくして先のターンのダイレクトアタックに備えたレイは『恋する乙女(惑星からの物体A)』に更なる(オシャレ)――ブローチの守りを与える徹底ぷり。

 

 

「ふん、『頭に来た』と言っておきながら攻撃する素振りすら見せんとはな……」

 

「ふーんだ。攻撃するばっかりがデュエルじゃないんだからね! ターンエンド!」

 

――頼んだよ、ボクの『恋する乙女(惑星からの物体A)』!

 

 こうして、大門の挑発にも乗らず『恋する乙女(惑星からの物体A)』を主軸にした戦法を維持したレイはターンを終えた。

 

 

 なれば、そのエンド時に罠カード《無謀な欲張り》を発動し、2枚ドローした大門のターンとなる。

 

 

早乙女レイLP:6000 手札0

モンスター

恋する乙女(惑星からの物体A)』攻0

《白魔導士ピケル》攻1200

《ジュラゲド》攻1700

魔法・罠

《ガーディアンの力》

《ディメンション・ガーディアン》

《レアゴールド・アーマー》

VS

大門LP:11800 手札2

モンスター

《お注射天使リリー》攻400

魔法・罠

《エレキュア》×2

《DNA改造手術》

伏せ×1

 

 

「私のターン、ドロー……と行きたいが、罠カード《無謀な欲張り》のデメリットにより私のドローフェイズは2回スキップされる為、カードを引くことは叶わない――だが!」

 

 大門が通常ドローの権利を失い補給線が一時絶たれた中でも――

 

「魔法カード《エンシェント・リーフ》を2000のライフを支払い発動! 2枚ドローする!」

 

大門LP:11800 → 9800

 

 その潤沢なライフ(財源)を元に、新たに引いた2枚のカードを視界に収めた大門はニヒルに笑う。

 

「ふっ、どうやら小娘も年貢の納め時のようだな」

 

「まさか、またダイレクトアタックするカードが!?」

 

「セットした罠カード《憑依連携》を発動! 墓地の守備力1500の魔法使い族――リリーを復活させる!! 雪辱を果たす時だ、リリー!!」

 

 最悪の可能性が脳裏を過るレイの前に現れたのは、相変わらずの《お注射天使リリー》の姿。

 

 このデュエルが始まってからこれ(お注射天使リリー)ばっかりである。

 

2体目の

《お注射天使リリー》 攻撃表示

星3 地属性 魔法使い族 → 雷族

攻400 守1500

 

「そして速攻魔法《地獄の暴走召喚》発動! 攻撃力1500以下のモンスターを特殊召喚した時、同名カードを可能な限り特殊召喚する! 現れろ、3体目のリリー!!」

 

 しかし、しつこいばかりに呼び出される《お注射天使リリー》が並べば――

 

3体目の

《お注射天使リリー》 攻撃表示

星3 地属性 魔法使い族 → 雷族

攻400 守1500

 

 

「《お注射天使リリー》が……3体……!」

 

 己を苦しめて来た相手のフェイバリットの揃い踏みの光景を前に、流石に息を呑む。何と言うべきか、大門のカードへ向ける熱量がスゴイ。

 

「だが、《地獄の暴走召喚》のもう一つの効果により小娘も、己のフィールドの同名モンスターを呼び出さねばならない」

 

「なら、ボクは2体の《白魔導士ピケル》をデッキから呼び出すよ!」

 

 とはいえ、力あるカード特有の代償により、レイも新たな《白魔導士ピケル》たちを呼び出し、此方も同名カードが3体揃い踏み。

 

《白魔導士ピケル》×2 守備表示

星2 光属性 魔法使い族 → 雷族

攻1200 守 0

 

 これで次のターンのスタンバイフェイズには、爆発的なライフを回復することが可能になるだろう。

 

 

「さぁ、終局だ――速攻魔法《サイクロン》を発動! 忌々しい『恋する乙女(惑星からの物体A)』の《レアゴールド・アーマー》を粉砕!! そして、私のラストバトルフェイズ!!」

 

 だが、大門は次のターンを渡す気はないと、『恋する乙女(惑星からの物体A)』の巻いたシルバーを吹き飛ばしつつ、フィニッシュを宣言。

 

「『恋する乙女(惑星からの物体A)』に連続攻撃をしかけてライフを削り切るつもりだろうけど、甘いよ、おじさん!」

 

 しかし、レイは不可能だとフラグを立てる。

 

「装備魔法《ガーディアンの力》を装備したモンスターがバトルする度、このカードに魔力カウンターを乗せ、その数×500ポイント攻守がパワーアップするんだから!」

 

 なにせ、今の『恋する乙女(惑星からの物体A)』はバトルの度に攻撃力を500上げ続けるパワータイプ(肉食系)乙女となった為、サンドバッグにするには厄介で、

 

「しかも《ジュラゲド》をリリースすれば他のモンスター1体の攻撃力を1000アップできる!」

 

 攻撃表示の《白魔導士ピケル》を狙おうとも、《ジュラゲド》の力があればライフは守り抜ける計算だ。

 

 だが、それでも大門は宣言を取りやめない。

 

「いいや、小娘――私はこの瞬間を待っていた!」

 

「だ~か~ら~、どう攻撃してもボクのライフを削り切るのは不可能なんだって!」

 

「攻撃するのは、小娘が罠カード《ダメージ・ゲート》で(フィールド)に出したカード――」

 

 そして、レイの言葉など意に介した様子もなく大門は己が狙いを指さす。その指の先に指示されたのは――

 

 

「――ピケルだ!」

 

 

 攻撃表示の《白魔導士ピケル》の姿。

 

 

「ピ、ピケルを!?」

 

 まさに「えっ!? 話、聞いてた!?」とばかりのリアクションを取るレイ。実際、そうだろう。フィニッシュが決められない理由は先程、説明したのだから。

 

 

「行けっ! リリー!!」

 

「お、お願い、ピケル!」

 

 しかし、その辺のレイのリアクションの全てを無視して熱く宣言する大門の声に押された《お注射天使リリー》が巨大な注射器にまたがり、レイと同じく困った様子でオドオドする《白魔導士ピケル》に突撃。

 

 

 

 

「相手よりも劣る攻撃力のモンスターでバトルするダメージ計算時、このカードが発動できる!!」

 

 した瞬間に、大門はこの悪夢(リリーが奪われた)を終わらせるカードを手に宣言する。

 

 

「――速攻魔法《ぶつかり合う魂》!!」

 

 

 これこそが、我が魂の怒りなのだと。

 

 

「これにより攻撃力の劣るモンスターを従える者(コントロールするプレイヤー)はライフを500払うことで、己がモンスターの攻撃力を500上げることが可能!」

 

 それは、まさにライフと言う名の魂を削り合う一撃。

 

「そう! 互いのライフが払えなくなるまでな!!」

 

「おじさんがライフを回復し続けたのは、この為!?」

 

 そう、このカードの効果により、圧倒的ライフを有する大門は必ず相手モンスターを戦闘破壊することが可能となる。これこそが大門の狙いだったのだ。

 

 

「――違う!」

 

「ち、違うの!?」

 

 違った! そんなことはなかった。「じゃあ、さっきの説明はなんだったの!?」とレイが思ってしまうのも無理からぬ話だろう。

 

 だが、違うのだ。

 

「私がライフを捧げるのは(大体)リリーのみ!! 《ぶつかり合う魂》にチェーンしてリリーの効果発動! ライフ2000を捧げ、その攻撃力を3000ポイントアップ!!」

 

 大門がライフを支払うのは、いつだって(大体)《お注射天使リリー》の為。

 

 このデュエルで、魔法カード《エンシェント・リーフ》の2000のライフコストを2回ほど支払った気がするが、全て気のせいである。

 

大門LP:9800 → 7800

 

 そう、いつだって大門がライフを支払えば、《お注射天使リリー》は応えてくれた(3000パワーアップした)

 

《お注射天使リリー》

攻400 → 攻3400

 

「くっ、ライフだけじゃなく、攻撃力の差も逆転されちゃった……! なら、ボクはライフを払わない!」

 

 そうして、巨大化した注射器が《お注射天使リリー》の手により《白魔導士ピケル》に突き刺さらんと迫るが、《ぶつかり合う魂》の効果をレイが使用しても、その差は決して埋まることはない現実に、レイはライフを支払わない選択を取る。

 

「ライフをケチったか――ならば、リリーの手により消えるが良い、小娘(白魔導士ピケル)!」

 

 そのレイの貧弱なライフ(財源)を大門は鼻で嗤いつつ、死神の大鎌ならぬナースの巨大注射器が、涙目の《白魔導士ピケル》に――

 

「――検診のお時間だ!!」

 

 突き刺さり、痛みの余り《白魔導士ピケル》はレイにタックルする形で逃げだした。その衝撃がレイを襲う。

 

早乙女レイLP:6000

 

「うわぁあぁ……って、あれ? ボクのライフが減ってない?」

 

 ことはない。魂のぶつかり合いに肉体的(戦闘)ダメージは無縁なのだ。

 

「残念ながら《ぶつかり合う魂》を発動した際のバトルによって発生するお互いのダメージは0だ」

 

「なら、何のために――」

 

 先程から己の想定の範囲外の行いばかりする大門へ、レイは不可解な表情を浮かべるが、その答えは今にも破裂しそうな《お注射天使リリー》が抱える今までで一番巨大化した注射器が悪寒として教えてくれた。

 

「だが、この戦闘でモンスターを破壊されたプレイヤーのフィールドの全てのカードは()()()()()()()!!」

 

「ぼ、『墓地に送られる』!? これじゃあ破壊から守る永続罠《ディメンション・ガーディアン》じゃ防げない……!?」

 

「今度こそ消えて貰うぞ、リリーを惑わせた悪女(恋する乙女)め!!」

 

 やがて「今にも爆発します」と言わんばかりの超巨大な注射器を3人がかりで抱える《お注射天使リリー》たちが、ブツ(超巨大注射器)をレイのフィールドに投げ入れんとする。

 

 

リリーちゃん、どうして(ヨクモヨクモモ)……! わたしたち愛し合(ニンンンゲンフゼイガ)――』

 

 その最中、『恋する乙女(惑星からの物体A)』が涙ながらに愛を訴えるも――

 

Hasta la vista, baby(さっさと失せろ、ベイビー)

 

『――リリーちゃぁあぁああぁああん(グギャゲァァァァアアギャァア)!!』

 

 《お注射天使リリー》の1体が、なんか邪悪な笑みを浮かべたと同時に超巨大注射器はレイのフィールドに投てき&着弾。

 

 薬品の化学反応よろしく巨大な爆発を引き起こし、残りの《白魔導士ピケル》たち諸共『恋する乙女(惑星からの物体A)』は塵と化すこととなった。

 

「ボクのフィールドが……全滅……!?」

 

「ふっ、これで残るは小生意気な小娘のみ」

 

 これで、今度こそ大門の私怨(リリーを奪われた件)を晴らす邪魔は何一つとしてない。

 

「今こそ雪辱を果たす時だ、2体目のリリーで攻撃! そしてライフを2000支払い――」

 

大門LP:7800 → 5800

 

 そして、《お注射天使リリー》に払うもん(ライフ)払った大門は、その愛を《お注射天使リリー》の攻撃力として変換。

 

《お注射天使リリー》

攻400 → 攻3400

 

「――検診のお時間だァ!!」

 

「くぅううぅううッ!!

 

早乙女レイLP:6000 → 2600

 

 巨大な注射針の一撃がレイに突き刺さり、大きなダメージを与えていくと同時に――

 

「2枚の永続魔法《エレキュア》によりライフをチャージ(回復)!!」

 

 刺さった注射針からレイのライフが吸い上げられるように、大門のライフが大きく回復。

 

大門LP:5800 → 9200 → 12600

 

「これでトドメだ! ラスト・リリーで攻撃! そして2000のライフを支払い――」

 

大門LP:12600 → 10600

 

 そして、このデュエルにおいて都度6回目の(ライフの)支払いがなされたことで、六度、その注射器を巨大化させた《お注射天使リリー》は――

 

《お注射天使リリー》

攻400 → 攻3400

 

 

「検 診 の お 時 間 D A !!」

 

 

『――お注射よ!』

 

 

「――うわぁぁああぁああ!?」

 

 

 大門の決めセリフと共に、フィニッシュの一撃ならぬ一針をレイへと突き立てた。

 

 

早乙女レイLP:2600 → 0

 

 

 

 

 かくして、終わって見れば終始盤面を支配し続けた大門の勝利でこのデュエルは幕を閉じる。

 

「ふっ、 悪 (リリーを惑わせる者)は亡びた」

 

「も~~~! おじさん、全然弱くないじゃない!」

 

 そして、デュエリストの誇りを示せて満足気な大門に反し、腕に自信があったレイ視点では「その辺のおっさん」の思わぬ底力に理屈ではない不平を漏らすが――

 

「大門さんはBIG5の中で、かの海馬社長に競り合える数少ない方ですから」

 

 レイのご両親と共に、二人に合流した神崎から明かされた情報がすべてを物語っていよう。

 

 

 原作でも大門(サイコ・ショッカーの人)は、あの海馬を相手に中々の奮闘を見せたBIG5の一人である――雑魚(素人)狙いに奔ったペンギンおじさんとは違うのだ。ペンギンおじさんとは。

 

 

「フッ、私のリリーはヤツのブルーアイズすら打ち破ったことがある!」

 

「な、なにそれ――お、大人げな~い!」

 

 やがて、両親の腕を掴み敗北への慰めを受けるレイへ、大門は自慢するように武勇伝を語るが、それは同時に「そんな実力者」が子供相手にムキになった証明でもある。

 

――次のターンで三体融合に攻撃されて負けてたデュエルですね……

 

 とはいえ、海馬と大門のデュエルは、結局は海馬に軍配が上がっており、レイが思っている程(伝説のデュエリストクラス)の実力は大門にはなかったりするが、言わぬが花だろう。

 

「大人げないのが大人の特権だ――これで互いに禍根は水に流そうじゃないか」

 

 しかし、勝利の美酒に酔う大門は、両親の足元に隠れつつのレイの苦言も暖簾に腕押し、ぬかに釘。

 

「そら、もう親御さんに迷惑かけるような真似は慎むことだ、はっはっは!」

 

「も~~! なんか釈然としな~い!!」

 

 

 こうして、レイの起こした少々度が過ぎた蛮行は、大きな問題なく静かに収束していくこととなる。

 

 やがて、最後にレイの両親が深々と頭を下げた後、釈然としない様子のレイを連れて帰路につく姿を大門は神崎と共に笑って見送っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 KCの人が楽しいおっさん(大門)で良かった良かった――な具合で、帰路につく早乙女家の面々が遠方に消えていく光景をKCの己の私室の窓から見下ろす大門は、早速とばかりに神崎に成否を問うた。

 

「それで、どうだった?」

 

「特には」

 

――強くはあるが「年相応」、前体制ならまだしも現体制で飛び級が望める範囲ではない……と思われる。多分。

 

 だが、「小学五年生が高校に飛び級するレベルか?」と問われれば、首を傾げる結果――それが神崎なりの結論である。

 

 そもそも日本のデュエルアカデミアに「飛び級制度」自体ないのだが。飛び級があるのなら亮辺りはとっくの昔に卒業していなければ辻褄が合わない。

 

「そうか」

 

「理由は聞かれないんですね」

 

「予想はしていたからな。私とてデュエルを交えた時の手応えで多少は分かる」

 

 しかし、背中越しに届いた神崎の返答も大門は予想通りとばかりに反応は薄い。他ならぬデュエルをした大門が、その事実を誰より理解しているからだろう――何故、神崎を呼んだ。

 

「一応、親御さんにアカデミア初等部の編入試験の案内を渡しておきました。合格さえすれば学内行事の離島の見学の際に丸藤 亮との会合は果たせるかと」

 

「用意が良いな」

 

「ご家族の説得が果たせなければ、流れる話ですけどね」

 

「なに、あの度胸で無茶せん限りは上手くやるだろうさ」

 

 とはいえ、神崎も携わった手前、色々用意していた一つをレイのご両親に提示し、選択を委ねたりしてはいる。タイムリミットはかなりギリギリのラインだが。

 

 

 そうして、早乙女レイに関する問題が一先ず片付いた段階で、神崎は重い口を開くように問う。

 

「…………差し支えなければ、そろそろ教えて頂けませんか?」

 

「何をだ?」

 

「どうして態々私を呼んだのでしょう? やはり、今回の話は外部の人間である私を関わらせる理由には、どう考えても弱い」

 

 そう、どう考えても今回のレイの一件に神崎は必要ない。

 

 そもそものデュエルは大門が担当しており、初等部の編入の話もKC経由であることを伏せてレイの両親に教えれば済む話。説得もモクバやセラなどの比較的歳の近い相手がすれば事足りた。

 

 

 だが、大門は何でもないことのように返答する。

 

「今のお前の顔を見ておきたかったというのもある――と言ったところで納得はしないか。まぁ、一つばかり聞きたかったこともあってな」

 

 大門いわく――今回の話は神崎を呼び出す切っ掛けに過ぎないのだと。形はどうあれ「仕事の話で呼び出された」のなら反故にはされないだろうと。

 

「と、言うと?」

 

 

 

 

「――影丸の件、お前か?」

 

 

 

 

 そして、そこまでした大門の真の目的が「影丸理事長が出頭した」件への確認。

 

 凡そ人の欲を全て叶えて来た(影丸)が全てを捨てる選択を取ろう理由が、大門の中で、眼前の元同僚(神崎)だった。無論、悪い意味で、だ。

 

 

「だったら、どうしますか?」

 

「……とぼけてすら見せんのか」

 

「必要性を感じなかったもので。それとも何かなさるおつもりで?」

 

 しかしアッサリ「是」に近い答えを返した神崎に、大門は呆れた様子で半身振り返りつつ息を吐く。その返答は予想外だった模様。

 

「いや、何もせんさ」

 

「そうですか」

 

 やがて淡々と確認を取る神崎に、大門は軽い調子で手を向けて制しつつ――

 

「変わったな」

 

 眼前の男の言い得ぬ変化を前に、その瞳に戸惑いの色を僅かに見せた。

 

「急ですね――自覚はないんですが……そう見えますか?」

 

――影丸理事長にも言われたな……

 

 そんな影丸たちにも告げられたデジャヴを感じる大門からの評を前に、考え込む姿勢だけは見せる神崎。

 

「ああ、変わった。上手くは言えんが、使い物にならん壊れたブレーキが消えたような気がしてならない――昔のお前なら、先の問いかけは煙に巻いただろう」

 

「『ブレーキ』……ですか。その例えですと、どちらにせよ同じ状態のように思うのですが」

 

――壊れて使い物にならないブレーキがある意味って……

 

「言葉の綾だ。生憎、私は大下(深海の戦士の人)ほど語彙に明るくなくてな」

 

 それは、続いた大門の言語化に失敗したような例を前にも、神崎は内心の疑問を隠す程度のことしか出来ない。己の変化は、己では気づきにくいものだ。

 

「……心配なさらずともKCに弓引く真似はしませんよ。どうか、その点はご安心を」

 

「そう願いたい。海馬とぶつかるには私は少々老い過ぎた」

 

「御冗談を。十二分に活力に溢れておられますよ」

 

――さっきのデュエルであれだけはしゃいだ後に、そんなこと言われても……

 

 そうして、可能な限り「味方アピール」に徹する神崎だが、大門の反応は相変わらず芳しくない為――

 

「そろそろお暇させて頂くことにします――今後ともご贔屓に」

 

「ああ、また何かあれば頼む」

 

 これ以上、ボロが出ない内に退散を選択。そして、大門もまた「用は済んだ」とばかりに引き留める様子もなく、見送っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして神崎がいなくなった己の私室に残された大門は、背を預けるように椅子に座り、ポツリと呟く。

 

「『ご贔屓に』……か」

 

 それは、神崎が去り際に残した有り触れた定型文。

 

 だが大門は、それが神崎の言外のメッセージであることを理解していた。

 

 今後、「贔屓」にせざるを得ない「なにか」が起きる――いや、「起こす」のだろう、と。

 

「次は何を起こそうと言うんだ?」

 

 

 その「なにか」とKCは無関係ではいられない現実を。

 

 

――やはり私には、お前が分からんよ、神崎。

 

 

 やがて、大きな流れに身を委ねるように大門は瞳を閉じるが、まぶたで暗転する己の視界のように先の未来を予想することは叶わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なお、実際は本当に何もない(GXの事件はほぼ消し飛んだ)のだが、信じて貰うのは難しそうである。

 

 

 






???「ペアデュエルイベント、どうする気だドン!?」



~今作のBIG5大門(人造人間サイコ・ショッカーの人)のデッキ~

彼が原作にて、ライフ4000環境だというのに複数回、効果を使用する愛用っぷりから――

《お注射天使リリー》にライフを支払い「検診のお時間だ!」するデッキに。
彼のデッキマスターであったサイコ・ショッカー? エスパー絽場と被るから(おい)

戦術は至ってシンプル。
《DNA改造手術》でリリーを強引に雷族とし、《エレキュア》で与えたダメージ分を回復。
3400以上の打点は、《平和の使者》で出禁を食らわせ、《魂の一撃》でご退場願い
時にダイレクトアタックを付与して敵陣を跳び越え「お注射よ!」していく。

彼が原作で使用した《セペクの祝福》も交えれば、凄まじい勢いでライフが増大していくだろう。そうして得たライフは全てリリーに捧げるのです。

とにかく、ライフコストを踏み倒すのではなく、徹底的に支払うスタイルである(原作の大門は回復スタイルでしたし)


捧げたライフはリリーへの愛の証となろう(違)




~今作の早乙女レイのデッキ~

彼女を象徴するカード『恋する乙女』シリーズが未OCG化なので、

凡そ似た効果を持つ《惑星からの物体A》を用い、原作っぽい戦術を再現した。なお、外見は似ても似つかない。てかグロい。
作中の副音声(フリガナ)さんは、そのグロさゆえ。

未OCG『恋する乙女』は、ダメージを受ける必要があるので、ダメージ無効化の類は一切使用せず、ひたすら『一途な想い!(技名)』するべくライフを稼ぐ。


とはいえ、《惑星からの物体A》は攻撃して貰えないと一気に辛くなる為、OCG化の際は『恋する乙女』本来の「カウンターの乗った相手へ()()()()()()()()コントロールを奪う」形で色々盛って頂ければ……(強欲なサム)


そうして相手モンスターを恋の奴隷とする(奪っていく)戦法なのだが、愛の席(モンスターゾーンの余り)は4つしかないので、

邪魔になった恋の奴隷(奪ったモンスター)は《ヒステリック天使(エンジェル)》が天に召してライフと交換してくれる(酷)

( ゚д゚) 恋する乙女「私のこと好きなら命捧げて!」
( ゚д゚ ) ……恋って一体なんなんだろうね




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第252話 情報収集



前回のあらすじ
Q:大門が本気を出すと、どうなるの?

A:稼いだライフをリリーだけでなく、神に(神の〇告カウンター)寄付し(の発動ライフコストにし)始める。

――洗礼のお時間だ!!






 

 

 KCでおっさん(大門)に敗北した早乙女レイは、両親から提案されたデュエルアカデミア初等部の編入試験――を受ける条件として、「学費の減額がなされる成績優良者枠を獲得する」ことを約束し、恋する乙女の再出立チャレンジを獲得。

 

 

 そうして、筆記試験を突破したレイはKCのおひざ元たる町の付近に建つデュエルアカデミア初等部の学内――のデュエル場へと、オールバックの眼鏡の長身の男性教員「龍牙(りゅうが)」によって案内されていた。

 

「今回の試験を取り仕切らせてもらうアカデミア初等部の教員『龍牙』だ。とはいえ、対戦相手は学園からキミと同年代の相手を用意している――そう気負うことはない」

 

「よ、よろしくお願いします!」

 

 やがて、その道中にて龍牙から手早く自己紹介と実技試験の内容が説明される中、正真正銘最後のチャンスゆえの緊張かレイの声は思わず上ずる。

 

 だが、目的地に辿り着いた以上、「待った」はない。そして龍牙からデュエル場にて待つ対戦相手の紹介がなされれば――

 

「彼女は、キミの対戦相手『黒田(くろだ) 月子(つきこ)』、採点準備を終える間、自己紹介を済ませるといい」

 

 レイの視界に薄黄緑の長髪を左右に丸い二重丸の飾りのついたカチューシャをつけた薄水色のゴスロリドレスの少女――『黒田(くろだ) 月子(つきこ)』こと月子の姿が映る。

 

 そして龍牙が諸々の準備の最終確認の為に場を離れたと同時に、月子は、細い腕が伸びた丸くて白いゆるキャラ擬き《ホワイトポータン》のぬいぐるみを両手で抱え、レイへ温和な笑みを向けた。

 

「『早乙女ちゃん』……でいいのかな? 今日はデュエルよろしくね」

 

「ボクのことは『レイ』で構わないよ」

 

「じゃあ『レイちゃん』って呼ぶね? わたしのことも『月子』で良いよ」

 

「なら月子ちゃんで! お互い悔いのないデュエルにしよう!」

 

――亮様のリスペクトデュエルみたいに!

 

「えへへ、うん――良いデュエルにしようね、レイちゃん」

 

 そんなこんなで、はにかむ月子の大人しめな雰囲気と自分と同年代なことも相まって心的距離が縮まり、レイの緊張もほぐれた頃――最終確認を終えた龍牙が戻り、実技試験が開始される。

 

「双方デュエル場へ――先攻、後攻は受験側の早乙女くんに決定権がある。好きな方を選びたまえ」

 

「なら、後攻でお願いします!」

 

「じゃあ、わたしが先攻」

 

「では、実技試験を開始する。勝敗は合否に直結しない為、最後まで奮闘するように」

 

 やがて《ホワイトポータン》のぬいぐるみの口からデュエルディスクとデッキを取り出した月子の様子を見届けた龍牙からの最終確認するようなお題目が唱えられた後――

 

「デュエル開始!」

 

「デュエル!」

 

「でゅぅエルゥ!!」

 

 デュエル場に立った二人の少女は生まれたばかりの友情の元、和やかな雰囲気が流れる中でデュエルが開始された。

 

 

 

 

 

 

「ひゃぁっっはぁあぁッ! わたしのタァアァン!! ドロォオオォオ!!」

 

 そんなものは幻想だった。

 

「つ、月子ちゃん!?」

 

「わたしは魔法カード《融合派兵》を発ゥ動ォ!! エクストラデッキの《ヒューマノイド・ドレイク》を公開し、デッキから記された融合素材――《ワームドレイク》を特殊召ォ喚ンッ!!」

 

 先攻の月子が先兵として繰り出したのは、黄金のリングで覆った緑の鱗の蛇。その《ワームドレイク》は口内にある目玉でレイを興味深そうに身体を揺らしながら見やる。

 

《ワームドレイク》 守備表示

星4 地属性 爬虫類族

攻1400 守1500

 

 だが、レイはそれどころではない。

 

 急に「エキサイティング!」し始めた月子の瞳をギョロリと大きく見開いたいわゆる「顔芸」がなされる豹変ぷりについていけず、レイは思わず採点を担当している龍牙へと助けを求めるように視線を向けるが――

 

「あ、あの、龍牙先生!? こ、これって!?」

 

「どうした? チェーンの確認かね?」

 

――まさかのスルー!? なら、これが月子ちゃんの普段なの!?

 

 完全に月子の豹変を「当たり前のこと」と流す龍牙の様子に、レイの混乱は増すばかりだ。

 

 とはいえ、ハンドルを握ると性格が変わる人もいる以上、デュエル時にヒャッハーする程度、大したことではない。

 

「そして、このカードは爬虫類族の『ワーム』1体でアドバンス召喚が可能ォ!! 《ワームドレイク》を食い破り、来ぉぉおぉおぉい!! ワァアァアァアムッ! キンングッッ!!」

 

 そんなレイを置き去りに、《ワームドレイク》を内側から食い破った黄色い体色をした四本腕に四本脚のケンタウロス染みた異界からの化け物が骨盤にあるもう一つの大きな口から雄たけびを轟かせた。

 

《ワーム・キング》 攻撃表示

星8 光属性 爬虫類族

攻2700 守1100

 

 

 1ターン目で早速エースモンスターを呼び出した月子を余所に、未だ混乱から立ち直れていないレイの意識をデュエルへ戻すべく、龍牙はわざとらしく今思い出したように情報を投げる。

 

「言い忘れていたが彼女は新生アカデミア初等部、その5年生の中で最強のデュエリストだ――心して挑みたまえ」

 

「くひひ、どぉーしたのー、レーイちゃぁーん――そっちのターンだよぉー」

 

 そんな中、フィールド魔法《溟界の淵源》を発動し、カードを3枚セットしてターンを終えた月子の豹変っぷり(サティスファクション)に、レイは何とか戸惑いから脱しようとするが――

 

 

 

 

 

 

「既にデュエルが開始されて!? だが、安心しろ月子! お兄ちゃんが応援に来たぞ!!」

 

 此処に来て新たなる乱入者が登場。

 

 跳ねた前髪だけが紫の白髪で左目を隠し、黒を基調とした服装を纏う少年が、青いマフラーをたなびかせ、デュエル場の客席に右足を乗せて決めポーズ取っていた。

 

 

 

 

――こ、今度は誰!?

 

「黒田くん、授業はどうしたんだね」

 

「あんなもの――深淵を覗きし我が左目の呪眼の前では児戯に等しい」

 

 やがてレイの内心の声を余所に放たれた、眼鏡の位置を直しつつ龍牙が問いかければ、少年は黒のレザーバングルを巻いた腕を組みつつ黒い革手袋の手で左目を押さえるポーズを取って返す。

 

 

 この少年の名は「黒田 夜魅(やみ)」、月子の1歳上の兄であり、ダーク黒田を自称する見ての通りの重度の厨二病患者だ。

 

 

 だが、そんな問題児の奇行も慣れた様子で龍牙は黒田の首根っこを掴み、教師としての職務を全うするべく動く。

 

「つまり『サボった』と。教室に戻りたまえ」

 

「はなせ!! オレはお兄ちゃんだぞ!!」

 

「レ~イちゃ~ん、はーやーくー」

 

 かくして、状況は混沌(カオス)へと加速し続ける。

 

 現在進行形でヒャッハーしている対戦相手、

 

 そのヒャッハーの兄が、妹の応援は譲れないと客席の一つにしがみ付く光景と、

 

 それを摘まみだそうとする教師。

 

 

 レイが苛まれる混乱は、まさに終着点(ゴール)の見えぬ迷宮(ラビリンス)に迷い込んだかの如く。

 

――こ、これも亮様に会う為のし、試練! 恋する乙女にふ、不可能なんてないんだから!

 

「ボ、ボクのターン、ドロー!」

 

 しかし、そんなデュエルアカデミア初等部のサティスファクションな面々を前に――今、恋する乙女の挑戦が始まる。

 

 

 不可能など飛び越えて行け。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――それが黒蠍盗掘団!!」

 

 此処で時と場所こと舞台は変わり、精霊世界の暗黒界にある暗黒海にて、釣竿を垂らす影が2つ。

 

「……急にどうなされたんですか?」

 

「いや、なに……言っておかねばならない気がしてな」

 

 その影の1つたるローブで全身を覆った《異次元の案内人》に扮した神崎から向けられる怪訝な視線に、急に名乗りを上げた黒蠍盗掘団のリーダー「ザルーグ」は満足気に顎をさするも、直ぐに話題を戻した。

 

「其方の言う通り『セブンスターズ』のことは存じている――だが、なにぶん私は潜入していた期間の方が長くてな。つまり他のメンバーとの面識がない!」

 

 そう、今回の神崎の目的は「セブンスターズの情報収集」である。いまいち影丸の行動を信用できないゆえ、情報を求めてのことだったが――

 

「7人の内の誰の顔もですか?」

 

「ああ、その通りだ!」

 

――影丸とアムナエルも「計画実行までは各々潜伏」との方針から「居場所は知らない」との話だった。(バー)の様子を見ても嘘がない以上、信頼できる情報になるが……

 

 自信満々に「知らない」と胸を張るザルーグの姿を見れば、神崎に出来るのは現時点での情報から予想が精々である。

 

 恐らく、七星門の鍵をかけた勝負がスタートした段階で各々の意思で集まるシステムなのだろう、と。

 

「とはいえ、私も含め7人もいて話題にも出ないと思えば……実の所そんなに集まっていなかったのかもしれないな!」

 

「それは流石に楽観が過ぎるかと」

 

 しかし、ザルーグの方は「セブンスターズ、7人いない説」を唱えるなど、深刻さとは無縁の様子。

 

 だが、それに対し神崎は口でたしなめつつも、否定できない現実に頭を押さえて思案にふける。

 

 

――とはいえ、ダークネス吹雪と、タイタンは除外されて……そこから黒蠍の面々とアムナエルを抜けば、残りはカミューラ、タニヤ、アビドス三世の3人か。

 

 なにせ、現時点で原作の半数以上の面々が脱落しているのだ。ザルーグの仮説も「ありえない」とは少々言い切れないところ。

 

――原作にいないメンバーの可能性を鑑みれば、出来る限りその3人から情報を得たいが……

 

「情報提供感謝します」

 

「なぁに気にするな! 黒蠍盗掘団の頭として、アムナエルの暴走は目に余ったからな!」

 

 やがて、次なる情報源を見定めた神崎が礼を告げつつ去る旨を伝えれば、ザルーグも快活な様子で見送ってみせる。

 

 仲間を売るのはザルーグのポリシーに反するが、誤った道を進んだ仲間を止めるのは、仲間の務めなのだと。

 

「アムナエルさんに伝言くらいなら叶いますが、どうなされますか?」

 

――取り敢えず、タニヤの情報が得られそうな《アマゾネスの里》に向かってみるか。アビドス三世は本体のミイラの所在を探れば、足取りは掴める筈。

 

 やがて去り際に「仲間」を気にするザルーグへ、一つばかり思案混じりに提案する神崎だが――

 

「気持ちだけ受け取っておこう! 我ら黒蠍盗掘団は暫く物質次元(人間の世界)へ関わらぬよう、三騎士の方々に沙汰をくだされた身だからな!」

 

「そうでしたか。では、そのように」

 

 いつの間にかヒットした釣竿と格闘し始めていたザルーグの元気の良い返答に、神崎は最後にもう一度会釈してその場を後にする。

 

 

――アテのないカミューラは……《ヴァンパイア帝国(エンパイア)》で情報を仕入れよう。

 

 そして移動しながら変わらず考えを巡らせる神崎の耳に。海になにかが落ちる音がした――気がするも、駆けだしたその足は止まることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ところ変わってデュエルアカデミアのレッド寮にて就寝時間が迫る中、取巻は未だになにやら作業している逆立てた茶髪の青年――元万丈目の取り巻き仲間――「慕谷(したいたに) 雷蔵(らいぞう)」へ問いかけた。

 

「まだ起きてたのかよ、慕谷(したいたに)……って、なにしてんだ?」

 

「今日の授業の復習と、明日の授業の予習」

 

「はぁ? そんな初歩的な内容で何やってんだよ。授業、受けてれば必要ないだろ」

 

 だが、返って来た思わぬ発言に取巻は面食らう。なにせオシリス・レッドのデュエル授業は初歩・基礎ばかりが主な内容の必要とは思えない代物。

 

「いや、今の教員は、あのクロノス教諭だろ? こうした方がポイント(贔屓が)稼げると思ってさ」

 

 しかし慕谷の狙いは「予習・復習」自体にはなかった。「頑張ってるアピール」こそが重要なのだと。

 

 クロノスは気に入った生徒に便宜を図ることで有名だった情報が、中等部時代から流れており、その「気に入った生徒枠」を狙い慕谷は昇格せんとしているのだ――まぁ、クロノスが「そうだった」のは過去の話だったりするのだが。

 

「どうせ分かり切った初歩的・基礎的な部分なんだし、大した手間じゃないだろ?」

 

「そんなの――いや、確かに言われて見ればそうだよな……このくらいでレッドからオサラバ出来るなら安いもんか」

 

 やがて、一瞬の逡巡を見せるも取巻は慕谷の姑息な作戦に便乗し、勉強道具をゴソゴソと引っ張り出し始める。

 

 だが、そんな2人へ翔は冷やかな視線を向けざるを得ない。

 

――また、あの人(元ブルー生)たちは……もう、そういうの(贔屓)が通じないって、なんで分かんないスかね……

 

 学園側に容赦なくレッドまで叩き落された現実を鑑みれば、2人の姑息な作戦が通じる訳がないことなど明白。

 

 ゆえに、翔は呆れた溜息をついた後、一足先に夢の世界へ旅立っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日を改め、デュエルアカデミアの学内にて、物陰から団子な兄弟よろしく頭を覗かせる長女、次女、三女――ではなく、原麗華、雪乃、レイン、各々は隠れて明日香の様子を伺っていた。

 

「(明日香さん、一人で大丈夫でしょうか……万丈目さんは気難しそうな方ですし、余計な衝突が起きなければ良いんですけど)」

 

「(麗華は心配性ね。明日香にも中等部で肩を並べた相手への矜持があるのよ)」

 

「(……対象の接敵を……確認……)」

 

 いつもの4人から1人引いて小声で話しつつ見守る姿勢を取っているのは、明日香が万丈目へのデュエルを挑む場に同行者を許さなかったからだ。

 

 雪乃に「取り巻き云々」言われたことを気にしているらしい。

 

 

 

 しかし、傍から見た万丈目は何時も難しい顔をして近づきがたい印象が強い為、そこへ気の強い明日香が行くとなれば原麗華は「喧嘩にならないだろうか?」と気が気ではない。

 

 だが、レインの声に2人の意識が万丈目と明日香の会合に注視すれば――

 

 

「――つまり、そう言う訳なの。万丈目くん、私の挑戦受けてくれるかしら?」

 

「そういう話ならば」

 

 フロアの一角で話す2人の会話は思いのほかスムーズに進んでいる様子が見て取れた。

 

 

 やがて、かつて中等部の二大デュエリストと呼ばれた2人が今、時をこえ衝突することとなる。

 

 

 

 

「――断らせて貰う」

 

「さぁ、デュエルと行き――こ、断るの!? どうして!?」

 

 かと思いきや、そんなことはなかった。そうして予想外だったのか大仰する明日香へ、万丈目は努めて平静に事情を明かす。

 

「俺がデュエルしてもキミを満足させる結果を提供できない。気の抜けたデュエルでは天上院くんの時間を無為にするだけだ」

 

「……つまり、なにが言いたいのかしら?」

 

とはいえ、語られる内容は明日香を納得させるには程遠い様子。しかし並々ならぬ気迫を見せる今の明日香だからこそ、万丈目はデュエルの申し出を二つ返事で受けないのだ。

 

「……どうにも俺は天上院くんが相手だと、調子が出なくてな」

 

 なにせ、明日香とデュエルすると、万丈目は平時のデュエルが出来ないのだから――それゆえ、中等部でもデュエルを避けて来た。

 

 これが原因で、明日香はデュエルへの意識の差を把握できなかった面もあったりするのだが……今は関係ない話の為、割愛させて貰おう。

 

 

「私じゃ力不足って言いたいの?」

 

「そうじゃない。これは俺の問題だ」

 

「だったら――」

 

 

 やがて水掛け論に発展していく2人の会話の温度差が激しくヒートアップし始める光景に物陰から様子を窺う原麗華は問題の核に気づき始める。

 

「(雪乃さん、『コレ』って……ひょっとしなくとも『アレ』なのでは?)」

 

「(明日香は『デュエルに恋している』から、他に目がいかないのよ。ふふっ、お子ちゃまみたいで甘酸っぱいわね)」

 

「(理解……不能……情報提供……求む)」

 

 やがて小声でクスクス笑う雪乃を余所に、完全に理解の及ばぬ表情を見せるレイン。

 

 

 

 だが、そんな混沌とし始める場の雰囲気を打ち崩す救世主が現れる。

 

「やぁ、明日香くんじゃないか! 聞いたよ、対戦相手を探しているんだって? なら、この3年オベリスク・ブルー所属! 丸藤 亮の宿命のライバルたる『綾小路(あやのこうじ) ミツル』が立候補しよう!」

 

 そんな茶髪のスポーツ刈りのテニスウェアの青年「綾小路(あやのこうじ) ミツル」の乱入により、万丈目との水掛け論を止めた明日香は遠慮の言葉を述べるが――

 

「すみません、綾小路先輩――」

 

「『ミツル』と呼んでくれたまえ!」

 

「綾小路先輩――」

 

「『ミッチー』でも構わないよ!」

 

「綾小路先――」

 

「『ミーくん』でも可だ!」

 

 爽やかな第一印象とはかけはなれた面倒臭さに、明日香は強い既視感を覚えた。忘れる筈もない。なにせ――

 

――この先輩、兄さんと同じタイプだわ……

 

 圧倒的なまでに己の(吹雪)の類友の気配。

 

 だが、あの吹雪と最も長い付き合いの明日香からすれば逆に「慣れたもの」とばかりに封殺に入る。

 

「……ミツル先輩、私は今、自分の土台を見つめ直す為に、実力の近しい同学年の相手を探しているところなんです。ですから、3年のミツル先輩は――」

 

「なら、僕が紹介しよう――なにしろ、万丈目くんを含めオベリスク・ブルー1年はみんな顔見知りだからね!」

 

 しかし、思いのほか建設的なことを提案する綾小路に明日香は再び面食らう。先程の面倒な印象とは雲泥の差だ。その落差に思わず万丈目を頼る明日香だが――

 

「そ、そうなの、万丈目くん?」

 

「ああ、俺も綾小路先輩には、ハンデ戦で度々世話になっている」

 

――ハンデ戦……本当にデュエル漬けなのね、万丈目くん……

 

 思いのほか広い交友関係を構築していた万丈目の姿に明日香の脳裏に雪乃から告げられた言葉が木霊する。

 

 

本当の強者(カイザー)たちから背を向けて”

 

“貴方の心は、果たして十全と言えるのかしら?”

 

 

 しかし、そうして過去の言葉に取られていた意識は綾小路の言葉によって引き上げられた。

 

「同学年、そしていつもの1年ブルー女子ではなく男子生徒となれば――武田くんはどうかな?」

 

――武田? ……誰かしら。

 

 しかし、急に「武田」とか言われても読者も明日香も「誰?」とならざるを得ない。

 

「俺の同期の炎属性デッキの使い手になる――実力もブルーに残れただけあって折り紙付きだ」

 

「彼の熱いデッキには、僕の熱血ハートも呼応しっぱなしさ!」

 

 武田――彼は原作のGXの2年次に開催される大会「ジェネックス」にて、最後の最後に敗北を喫するも、あの三沢を追い詰めた実力を持つデュエリストである。

 

 

 

 

 かくして、明日香は万丈目と綾小路の案内の元、「誰かよく知らないけどブルー生徒2人が認める『武田』」なる人物との一戦に向け、進み始める。

 

「(あっ、綾小路先輩に連れられて明日香さん、行っちゃいますよ!? どうなっちゃうんでしょう!?)」

 

「(万丈目のボウヤも同行するみたいね――修羅場かしら? ゾクゾクしちゃう)」

 

「(修羅……場? 否定……険悪な雰囲気は……見られない)」

 

 そんな明日香たちの歩みに、物陰の三人衆も慌てた様子で追いかけていった。

 

 

 そうして彼、彼女らは思い知ることとなる。

 

 

 武田の力を。

 

 

 

 

 

 

 

 ……「武田の力」って、なんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 此処で舞台は大きく変わり、どこかの国のどこかの荒野にて、真夜中にも拘わらず神崎は手作業でせっせと土を掘っていた。「急にどうしたんだ」とお思いかもしれないが、これも神崎にとって必要なことである。

 

 そう、今神崎が人間削岩機している場所はセブンスターズの1人「アビドス三世」と所縁のあるとされる遺跡――との情報がある場所なのだ。

 

 

「この遺跡は…………流石に、アビドス三世とは無関係か」

 

 違った。

 

 無駄に綺麗に掘り起こされた一つの遺跡を神崎が把握した限り、残念ながらガセ情報だった模様。

 

 とはいえ、情報源が不透明であった為、神崎にさしたる落胆は見られない。やがて引き続き遺跡に記された文字を神崎が確認していけば――

 

――しかし冥界の王の立場のお陰か古代の文字が読めるのは、ありがたい。

 

「決闘神官……陰陽祭……地錠覇王、天錠覇王……天空城セイバル、そして解錠覇王?」

 

――これは確か漫画版の5D’sの話だった筈だが……漫画版の5000年前のゴドウィン兄弟と、アニメ版の未来のゴドウィン兄弟が(イコール)で結ばれない以上、起こりえない問題の筈。

 

 あり得る筈のない情報の羅列に神崎は首を傾げる他ない。簡単に言ってしまえば――

 

 赤き竜が最終回近くまで「味方してくれる」のがアニメ版であり、

 

 赤き竜が最終回近くまで「封じられている」のがコミック版である。

 

 

 超融合編にて、赤き竜タクシーで(の力を借りた)遊星が未来から助けに来た以上、後述に類する情報が現存していては矛盾が生じるのだ。

 

「しかし遺跡は存在する」

 

 なのだが、その矛盾を他ならぬ神崎が掘り当てた。

 

「この場合5000年前の背景はどうなっているんだ? 此処には儀礼的なことしか記されていないようだが……」

 

――古代の文字が読めても、歴史を紐解き真実を導き出すことが出来る訳じゃないからな……

 

 その為、頭痛をこらえるように頭に手を当て悩む神崎だが、頭脳労働は一会社員レベルの彼に解き明かせる筈もない。

 

――まぁ、どちらにせよ、儀式に必須なシグナーの龍(シンクロモンスター)が生まれるのは遥か先(GX終了時)だろうし、現時点では問題になり得ないな。

 

「よし、ホプキンス教授に話を持ち掛けてみよう」

 

 ゆえに神崎は、問題の棚上げ+専門家への丸投げを敢行するべく、携帯端末を片手にボタンをプッシュしようとするも、その指がピタリと止まった。

 

 

 

 やがて遺跡の床に手を置き耳を澄ませた神崎は――

 

――馬のひづめの音……現地の人間か? 正式な手続きを得ずこの場にいる立場上、人に会うのは拙い。

 

 単身馬を走らせる何者かの気配を避けるように夜の闇の中に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな不審者ムーヴは置いておき、再び舞台をデュエルアカデミアに向ければ――

 

『あの佐藤とか言う教員、中々教えるのが上手かったね』

 

「この調子で筆記の成績が上がれば、ブルー昇格も夢じゃないぜ!」

 

 教員の一人に勉強法を相談した十代が、ユベルと共にイエロー寮の自室に戻っていた。

 

『まぁ、教わった勉強法が三日坊主にならなければ――の話だけど』

 

「…………が、頑張りマス」

 

 しかしユベルからの厳しい指摘に十代は表情をカチコチに固めながら自室の扉を開けば、そこには留守の筈の同室の人間――三沢がデスクに向かう姿が目に入り、十代は驚いた声を上げる。

 

「――って、戻ってたのか、三沢!」

 

『くっ、ボクと十代の二人っきりの時間が……!』

 

「ん? 十代か。お帰り」

 

「おう、ただいま! でも、いつもこの時間はドローの訓練してたのに……どうしたんだ? 調子でも悪いのか?」

 

 なにせ、日々の訓練を規則的に行う三沢が、急にそのサイクルを崩したとなれば心配にもなろう。

 

「ああ、アレは止めた」

 

「えっ、やめちまったのか!?」

 

『真面目な三沢らしくないね』

 

 だが、返って来た解答に益々心配気な表情を浮かばせる十代と、不審そうに見やるユベル。

 

「大山先輩と相談してな。先輩の『ドロー訓練(ジャングルダイブ)』はあくまで『先輩が己を知る為に適した方法』だろう? なら、俺は自分に適した『己を知る方法』を模索してみることにしたんだ」

 

 しかし、その決断は三沢なりの考えあっての代物だった。誰がどう考えても大山の修行スタイルが「全人類に適しているか?」と問われれば「否」を返す他あるまい。

 

「やはり俺には数式を組み上げている方が性に合っている――さしずめ『自分』という『問い』への『解』を導き出す具合だ」

 

「へぇー、色々考えてんだなー」

 

「ドローはオカルトの領域の話だからな。既存の方法に囚われていては俺が目指すデュエル理論は花開かない」

 

 感心する声を漏らす十代だが、三沢からすれば「十代の引き」を間近で見続けて来た身ゆえ、己の殻を破る方法の模索は欠かせないのだ。

 

「ドローって、そんなオカルトな話なのか?」

 

『そういえば斎王も「運命力」とか似たようなことを言っていたね』

 

「ああ、普通に考えれば確率的な説明がつく筈だと言うのに、科学では解明できない領域が多く存在しているんだ」

 

 なにせ、十代の疑問に答えた三沢の言葉通り、デュエルにおける「引き」は既存の科学的な常識では計り知れないものが多々ある。

 

 人はそれを『ディスティニードロー』や『運命のいたずら』と評し偶然で片づけようとするが、優れたデュエリスト程、その確率の偏りを支配しているかのような結果を生み出している現実があるのだ。

 

 三沢も「それ」を十代という一例を以て思い知らされた身である。

 

「ああ、そうだ。オカルトで思い出したんだが……いや、止めておこう。完全な立証の出来ていない話をするものでもない」

 

「なんだよ、三沢。そこまで聞くと気になるじゃんかー! なっ、教えてくれよ!」

 

「期待しているところ悪いが、本当に大した話じゃないんだ」

 

 しかし、会話の箸休めに――しようとした話題を「突拍子過ぎる」と思わず引っ込めた三沢へ、十代が興味が刺激されたように食いつく姿におずおずと語り始める。

 

「最初は些細な違和感程度のことだったんだ」

 

「違和感?」

 

「ああ――十代、時折お前の視線が虚空をさまよう機会を目にしてな。最初はなんとなしに宙を見ているだけだと思ったんだが……」

 

 それは寮の同室になったゆえに必然的に増えた交流が引き起こしたイレギュラーだった。

 

「ふと、その視線の方向と凡その距離を計算した結果 どうにも『それ』が『個人』のようだと分かったんだ」

 

 そして過去の三沢は浮かんだ疑問に答えを求めるように、その違和感の解明に乗り出せば不思議な次元で明瞭にその違和感は「個」となって導き出される。

 

 やがてピシリと固まり無言になった十代から反応が返ってこないことすら気にも留めず、三沢は立ち上がって手振り身振りを交えて探求者の本能のままに導き出した答えを披露していくが――

 

「このくらいの背丈の相手を認識していることが分かった。後は翼が生えている――なんて、まるで悪魔のような……悪魔、悪魔……そうだな。一番近いのはお前が受験の時に見せたユベ――ぐっ!?」

 

 突如として三沢が文字通り「宙に浮いた」。

 

 いや、「見えない何かに首を掴まれ宙吊りにされた」と評した方が正確だろう。

 

『正直、()()の頭脳を侮ってたよ』

 

 その正体であるユベルの右腕が三沢の首を掴んで宙吊りする中、ユベルの脳裏を占めるのは過去のKCで斎王に告げられた忠告。

 

エンプレス(ユベル)――今の時代、人は精霊の存在を受け入れる土壌が存在しない。ゆえに正体を吹聴する真似は運命が満ちるまでは控えるべきだ。キミとて十代が孤独に打ちのめされる姿は本意ではないだろう?”

 

 原作では凡そ好意的に受け入れられていた精霊だが、「それ」は「気心が知れた仲だった」ことが大きい。

 

 なにせ「精霊が見えない人間」からすれば、「己が知覚できない人と変わらぬ意思を持つ相手(精霊)」など恐怖の対象だ。「透明人間がどれだけの悪事を働けるか?」と考えれば、子供ですらその危険性が十二分に理解できよう。

 

 ゆえに、ユベルは十代に嫌われるかもしれない可能性を受け入れつつ、三沢の口を封じに動く。

 

「なに……が……? ……まさ、か……『いる』……のか?」

 

「――やめろ、ユベル!! 三沢は言いふらすような奴じゃない!」

 

『安心してよ、十代。少し怖い夢を見て貰うだけさ。明日になれば綺麗サッパリ「悪夢だった」と忘れて貰う為にね』

 

 とはいえ、息も絶え絶えな三沢をこのまま絞め殺す――なんて、ことはしない。奪うのは三沢の「現実感」、ユベルの一撃ナイトメア(悪夢の)ペイン(痛み)を以て忌避感を植え付け、十代への興味を失わせるだけだ。

 

「よ……した方が良い……」

 

『命乞いかい? まぁ、ボクの声は聞こえてないんだろうけど、流石に「何かされる」くらいは察するか』

 

「離してやれ、ユベル! なぁ!」

 

 やがて三沢の口から零れるだけの言葉を無視し、縋りつく愛しい十代の懇願を苦渋の決断で振り切りながらユベルは首を掴む右腕に魔力(ヘカ)を練り上げる。

 

「俺が気付く程度……のことを……学園が……把握して……ないと……思う……の……」

 

 だが、三沢の意識が遠のき途切れる寸前で零れた内容に、アカデミアのオーナーである海馬が擁するKCに()()()()()()()()()が脳裏に過り、思わずユベルの腕から力は抜けた。

 

「――ぐっ、ゲホッゲホッ……!」

 

「大丈夫か、三沢!」

 

「……ああ、問題……ない」

 

「ユベル!」

 

 当然、宙吊りの基点を失った三沢は宙に投げ出される形で落下して地面に転がり、ようやく得たまともな呼吸の機会にせき込む三沢に駆けよった十代はユベルに非難の声を飛ばすが――

 

『十代……そんなに怖い顔をしないでおくれよ。斎王や神崎にも言われただろう? 「精霊が見える」なんて噂が立てば余計なトラブルに巻き込まれるって』

 

「だからって――」

 

「いや、『これ』は俺が悪いんだ、十代」

 

 それはユベルだけでなく、宙吊りにされた三沢からも制される。

 

「な、なに言ってんだよ!」

 

「違う。本当に俺が悪い――確証も、覚悟もなしに興味本位で踏み込むべき話題じゃなかった」

 

 しかし、これに関しては三沢の不注意ゆえの自業自得である。

 

 それを三沢は身に染みて理解しているゆえに、ユベルがいるであろう場所を見やり思わず呟く。

 

「精霊……予想外だったな。まさか、これ程までに近くにいるとは……」

 

――やっぱり三沢には見えてない。なのに……

 

「三沢は、精霊のこと信じてたのか?」

 

「信じるというより、疑う余地がない」

 

 しかし十代は、ユベルがいない見当違いの方向を見る三沢が、精霊が見えていない三沢が、「精霊を信じていた」とはにわかには信じられなかった。

 

 なにせKCで精霊が見える人間以外、大半の人間が信じなかった話なのだから。

 

 しかし、そんな十代の視線を感じてか三沢は、ハッキリと断言を返した。

 

「手記や記録、伝承、壁画、絵画――世界中にて精霊の影は様々な形で現在まで形を残している。歴史を見れば『確実にいる』事実は疑いようがない。俺の尊敬する教授の一人も『そう』結論づけている節が見られた」

 

 なにせ、世界中にて神話の類は数あれど「全く同じもの」が描かれたケースは非情にレアだ。

 

 だというのに、現代の世界の裏側まで情報がすぐ届く時代ならまだしも、遥か遠方の情報伝達が叶わぬ古代の時代に「同じもの(精霊)」の目撃情報が様々な記録で残されている。

 

 これで「精霊はいない」と断言するのは難しい話。

 

「だが、その情報は大々的には広まっていない。何故だと思う?」

 

 しかし、今の時代において「精霊」など「おとぎ話の産物」という認識が世界に広まっている。当然、これにも理由があった。

 

「……誰かが『隠してる』とか? って、違うよな」

 

「いや、その通りだ」

 

 そう、十代の言う通り、古代を生きた誰かが「隠した」――いや、「認めることが出来なくなった」と言うべきか。

 

「切っ掛けまでは分からないが、人と精霊の間に亀裂の入る大きな事件があったんだろう」

 

 その原因は現代になっても判明してはいない。

 

 古代の伝説の都アトランティスの(ダーツ)でもいれば、その辺りも表に出たやもしれないが、残念ながら人知れず消えた為、詮無き話。

 

 しかし、「亀裂の入る事件」の正体は不明でも、「その影響」は世界の各地の歴史でみられているのだと三沢は語る。

 

「そして、それを境に人は精霊を恐れ始めた。中世の魔女狩りのように疑わしきすら罰する攻撃的な形になる次元で」

 

『十代、斎王が心配していた部分も「この辺り」のことだと思うよ。彼も特異な力のせいで苦労した口らしいからさ』

 

「時に天変地異すら起こす精霊の怒りを恐れれば、時の権力者が全てを闇に葬る(隠蔽する)ことは自明の理だろう」

 

 そうして、人は長い歴史をかけて「精霊の情報」を排除しつくした。臭い物に蓋をするように、全ての人類から、自分たちの記憶から「全てはまやかしだったのだ」と消し去ってしまう程に。

 

 ゆえに精霊も人から離れていったのだと。

 

「それと同時に精霊側も、過度な干渉をしないようになったのだと俺は()()している」

 

 とはいえ、此処まで語った三沢だが、歴史的な証明は何一つ叶わない。あくまで「否定はできない」証明が限度だ。

 

「だというのに、俺はそんな彼らが争わない為に用意した境界線を不用意に踏んでしまったんだ――だから『これ』は全面的に俺が悪い」

 

 しかし、今まで語った話を知った上での行動だった為、どう考えても己の探求心に負けた三沢が悪い為、謝罪を示す他ない。

 

「そうなのか、ユベル!?」

 

『ボクは他の精霊とは出自がかなり違うから、流石に細かい部分は分からないよ。まぁ、「吹聴するものじゃない」の部分は全面的に同意かな』

 

「彼女が何を言っているかは俺には分からないが……十代は、もう少し周囲に『どう見えるか』を考えた方が良いように思う。俺でよければ力になるが……まずは二人で今一度相談してみたらどうだ?」

 

『そうだね。これも良い機会だ。三沢の今後も含めて話し合おう――十代、三沢にヘッドフォンで大音量の音楽でも聞くように言ってくれないか?』

 

「お、おう」

 

 やがて十代とユベルの会話に水を差す形で、三沢から「己の二の舞」を防ぐ提案がなされ、ユベルの同意の元、今一度普段の行動を顧みることになった十代。

 

 

――俺、結構気を付けてたつもりだったんだけどな……

 

 

 とはいえ、当の十代は「これ以上、どうやって気を付ければ……」と頭を悩ませることになるのだが、此処からは愛する二人(ユベルと十代)だけの話し合いになるゆえ、割愛させて貰おう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 古めかしい洋館にて、通信端末のコール音が木霊する。その呼びかけに答えた神崎の耳に届くのは――

 

「はい、此方『紹介屋』――お求めは?」

 

『……スゲェ胡散臭い仕事みたいになってるじゃないっすか』

 

 呆れた様子の牛尾の声。神崎が適当に名付けた名義と、当人の風評を思えば妥当な感想だった。

 

 やがて神崎はそんな牛尾へ、洋館のフローリングの床をドンと踏みしめて反響音を確認しつつ、定型文を続けていく。

 

「お客様にピッタリの人間を紹介する仕事ですので分かり易さを追求させて頂きました」

 

()()って……ハァ、牛尾っす。流石に覚えてますよね?』

 

――あっ、「人材」と言い間違えた……が、此処は押し通そう。

 

「牛尾様ですね。存じております」

 

『あー、敬語は――って、いつも敬語か。えー、取り敢えず「お客対応」はやめて貰って良いっすか?』

 

 だが、いまいち徹底できていない対応を余所に、牛尾はかつての上司から届くキッチキチな応対を前に、背中の妙なむず痒さを振り切るべく昔の気安さを求めるが――

 

「『客によって態度を変える』などと揶揄されるリスクは負いたくないのですが」

 

『勘弁してくださいよ、ホント……』

 

 返って来た結構まっとうな言い分に電話口からでも頭を抱える様子が伺えた。

 

「それで牛尾くんの今回の要件は? 態々仕事用の番号にかけて来たんですから、入用なのでしょう?」

 

『まぁ、ちっと面倒な案件任されまして……訳わかんなくて途方に暮れてるとこっす』

 

「その問題を解決する人材をお求めだと」

 

『そんな感じっすね。んで、本題なんすけど――』

 

 やがて神崎の口調が幾分軽くなった中、牛尾は紹介屋(フリーのスカウトマン)への依頼内容を語っていく。

 

 

――隠し部屋は此処……鍵か。仕掛けの類がないなら扉ごと引き抜こう。

 

 かくして洋館の隠し部屋の扉を強引に引き抜いた神崎に依頼されたのは――

 

『――デュエル中のイカサマ見抜くの得意なヤツって、いませんか?』

 

 一風変わった特技を持つ人材を求める声。

 

「詳細を話して貰えないと判断が付かないですね」

 

『やっぱ、そうっすよね……実は――』

 

 そうして、詳しい経緯を話し始める牛尾を余所に、神崎は洋館の隠し部屋にあった棺を開けるも中身は空っぽ。

 

 

――()は空っぽか……影丸理事長を白と言い切るには弱いか。

 

 

 神崎の内には言い得ぬ不穏な気配だけがジクジクと感じられていた。

 

 

 






Q:精霊の見えない三沢が、精霊の存在に気づけるの?

A:原作で同行期間の長い翔が「また兄貴が何もないとこに向かって話してる」と気付くレベルですので、

凡そ同じ条件を与えられれば、三沢なら早い段階で疑問に思うと判断させて貰いました。

ちなみに、この時点の三沢に確証はなかったので、ユベルが先走らなければ「考え過ぎだよな」と流れていたりします。




Q:黒田兄妹って誰? オリキャラ?

A:3DSゲーム「最強カードバトル」に登場する小学生四天王の内の2人です。

今作のレイのアカデミア来訪が「小学校の学内行事」との関係上、レイを単独活動させては不自然な為、同行者を求めた結果――

DM~GX(ギリギリ)を舞台にしており、なおかつ同じ小学五年生年のダーク黒田――にしようとしたのですが……

女性への免疫が低い彼に
異性(レイ)と二人っきりの状況にダーク黒田が耐えられるのか?」
と言う壁が立ちふさがった為、

1歳下のライト月子(黒田 月子)を繰り上げて登場させて頂きました。

よって、今作の現時点でのダーク黒田は小学六年生です。

ちなみに――
TFキャラの年少組は、全体的に幼い印象が強かったので今回は見送らせて頂きました。




Q:黒田兄妹はコミックの「遊戯王OCGストラクチャーズ」にも登場しているみたいだけど……

A:「遊戯王OCGストラクチャーズ」は、「最強カードバトル」の人物関係の一部を引き継いではいるものの、

遊戯王シリーズの世界観ではなく、
リアル(現実)世界寄り(特殊なカード(シグナー龍やナンバーズなど)の制限が一切ない)の世界観のようなので、

遊戯王ワールドの世界観を踏襲している「最強カードバトル」の設定を重視させて頂きました。






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第253話 一途な思い



前回のあらすじ
カミューラ「なんかヤバそうな奴が追手に差し向けられてるんだけど」



 

 

 デュエルアカデミアに向かう船に乗り、水上走りではない久々の船旅の中にいた神崎だが――

 

――船の移動は久しぶりだな。前のアカデミアの実技試験以来か。しかし……

 

「月子、お前の隣にいる帽子の男は誰なんだ! はっ!? まさか――だとしたら許さんぞ、オレは!!」

 

 視界の端で双眼鏡片手にアカデミア初等部の一団に対し、ヒューマンウォッチングをかます黒揃えの服装に白髪の少年、黒田 夜魅(やみ)ことダーク黒田の看過し難い行動が映る。

 

――この少年は一体……流石に注意した方が良いよな。

 

「そういった真似はよろしくありませんよ」

 

「――何者だ! くっ……いや、それよりも我が左目に宿る呪眼の力の与えし呪物を返せ!」

 

 そしてスッと双眼鏡を没収しつつ軽く注意を行う神崎だが、ダーク黒田の苦しむ仕草と共に右手で左目を押さえながら左手を伸ばすポーズに面食らう。この双眼鏡は、それ程までに『いわくつき』の品だったのかと。

 

――えっ? 「これ」って、そんなに凄い代物……ではないな。魔力(ヘカ)も宿っていない普通の双眼鏡だ。つまり、この少年は――

 

 しかし、神崎が色々な感覚器官で確認するも、ダーク黒田が所持していた双眼鏡は「普通の双眼鏡」だった。ゆえに神崎はダーク黒田の発言を余所に「こう」結論づける。

 

「ほう、返す気になったか。我が闇の力を前に恐れをなしたようだな」

 

――凄まじいキャラの濃い子が出て来たー!? ぜ、絶対原作キャラだよ!? これで原作キャラじゃないなら嘘だよ!? 年齢的にGXの劇場版でも出たのか!?

 

 自分の知らない原作エピソード(プラナたちの件の再来)だ、と。

 

 そして、木の下に埋められそうなレベルの決めつけをかます神崎だが、流石にこの判断ミスを責めるのは酷というもの。

 

 

 この深度で中二病に苛まれる小学生など、早々お目にかかれないだろう。

 

――敵役を探す作業が再び……!

 

 やがて存在しない敵との一人相撲の段取りを考える神崎を余所に、相手が双眼鏡を持ったまま固まった今こそが好機だと、ダーク黒田はジャンプして双眼鏡を取り返しに動くが――

 

「くっ、このっ、これ以上! 我が深淵を! 辱めると! いうのならば……ハァ、ハァ――暗黒に染めるぞ!」

 

 身長差ゆえか、ダーク黒田の手は届かない。必死にピョンピョンとジャンプするダーク黒田の跳躍力ではマッスルタワー(棒立ちの神崎)の攻略は至難を極める様子。

 

 しかし、その挑戦も神崎の意識が再起動したことで終わりを告げた。

 

「なら、先程のようなことはしないと約束できますか?」

 

「オレには妹を見守る義務があるのだ!! お兄ちゃんとして!!」

 

「妹さんでしたか。なら大丈夫――な訳ないでしょう。見守るなら他の方法をお勧めします。これは返しますが、次同じ現場を目撃すれば相応の対応を取りますよ」

 

「くっ、権力を誇示しようとは……男なら己が力で! デュエルで戦え!」

 

「これは一人の大人として当然の判断です」

 

 かくして、互いの諸事情をぶつけ合いつつ、約束(脅し)を以て双眼鏡を返した神崎が、妹の元へ走るダーク黒田を見送れば、船から響く汽笛の音が目的地(デュエルアカデミア)への到着を告げる。

 

 

 

 

 

 その後、目的地に到着した船から降りた神崎が本校舎の方に歩き出そうとした矢先、アカデミア倫理委員会の緑の隊服に身を包んだ牛尾が呼び止めた。

 

「遠路遥々ご苦労様っす」

 

「おや、久しぶりですね、牛尾くん。出迎えて頂けるとは恐縮です」

 

「これでも今は一応立場ある身なんで、その辺ちゃんと――って、1人っすか?」

 

 そして軽く挨拶を交わす2人だが、牛尾は神崎に同行者がいない点を不審がる。此度の要件は「イカサマを見抜く人材」を連れてくる話なのだから。

 

「『イカサマ見抜ける奴』は……」

 

「動体視力には自信があります」

 

「……そういう問題なんすかね」

 

――まぁ、出来ねぇことは他人に任せるタイプのこの人が自分で動いた以上、なんとかなるか。

 

 だが、自身の目を指さす神崎の発言に、牛尾はげんなりしつつも若干の懐かしさを覚える中、今は立場を忘れて案内を始める。

 

「取り敢えず、映像系の情報は集めてますんで、そこから頼んます」

 

 なにせ、これから立場など言ってられぬ程の厄介な案件で忙しくなるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 アカデミア初等部の小学5年生の行事であるデュエルアカデミア本島の見学は、高等部が新体制に移行した際に生じた代物である。

 

 絶海の孤島とすら評せるデュエルアカデミア高等部の様子を直に確認し、里帰りの機会があるとはいえ「高校の3年間」を此処で過ごす現実を受け入れられるか否かを一先ず判断する場だ。

 

 無理そうなら小学6年生から卒業までの間に別の進学先を探し、其方に移る準備を整える期間も取れる今の時期(小学5年生)だからこその行事。

 

 その際に、その行事の島内での引率がデュエルアカデミアのフォース生徒の面々も担当することを利用し、遂にレイは亮との逢瀬を実現させる。

 

 そして、行事の一つ「フォース生徒とのハンデデュエル」を行うデュエル場にて、他の同級生たちがフォース生徒とのデュエルに夢中の中、気を利かせて場所を用意してくれた吹雪の助けもあって、レイは遂に愛の告白の時を迎えた。

 

 

「好きです、亮様!」

 

 

 それは純粋無垢な乙女の恋心の発露。

 

「亮様がデュエルアカデミアに進学なさってから会いたくて、会いたくて……やっと此処まで来れました! 乙女の一途な想い、受け止めて!」

 

「レイ、悪いがキミの気持ちには応えられない」

 

 そうして思いの丈をぶつけたレイに、亮から速攻で無常な答えが返された。取り付く島もないとはこのことか。

 

「どうして!」

 

「デュエルばかりにかまけていた俺には『恋』が、誰かを『愛するということ』が分からない。誰かへ『恋愛感情』を抱いたことがないんだ」

 

 だが、思わず声を荒げて理由を問うたレイへ、亮は偽ることなく己の有様を語って見せた。

 

 そう、亮に恋愛は未だにピンと来ない。友愛や親愛の情は持っていても「恋」への理解は同年代に比べて大きく遅れている自覚が亮にはあった。

 

「そんな曖昧な気持ちのまま、誰かと恋人になるなどリスペクトに反する」

 

 亮の理解の届く精々が「恋心すら抱かぬ相手と付き合う」ことを「不誠実(リスペクトに反する)」だと理解している程度である。

 

「なら、一度ボクとデートしてください! ボクが恋を教えて上げます!」

 

「それも出来ない相談だ」

 

「ど、どうしてですか! 恋人になる訳じゃなくて、一緒に遊んで――」

 

「キミが子供だからだ」

 

 しかし、納得と諦めがつかないレイは体当たりな提案をしたが、此方もやはりバッサリと断られた。とはいえ、此方の理由は至極単純である。

 

「俺は既にプロデュエリストのオファーを受けた身。軽はずみな行動は許されない――俺を信じて力になってくれた方々へ、仇を返すような真似はしたくないんだ」

 

 既にプロデュエリストとして世界に羽ばたく準備が整っている亮が――

 

 小学5年生とデートしました。恋をしました。付き合います。恋人になりました。

 

 なんてことになれば、亮に待ち受けるのは社会的死。ロリコン野郎のレッテルは避けられまい。見損なったぜ、カイザー!

 

 さらに被害は亮だけに留まらず、亮のプロ活動へ関わった全ての人間が被ることになる。

 

 それを思えば断る他ない。仮に亮がレイへ本当に恋をしたとしても、付き合うのは決して「今ではない」のだ。

 

「そ、そんな……」

 

「俺の未熟ゆえに済まないな。もう、こんな男のことは忘れて――」

 

 そんな当たり前の現実を突きつけられたレイが大きく肩を落とす中、亮は話を畳もうとするが、レイは亮の手を強く握りながら待ったをかける。

 

「あ、諦めませんから! 亮様が『恋が分からない』って言うなら、ボクが亮様の初恋になってあげます!」

 

「……そうか。なら10年後も同じ気持ちならば、こんなデュエルばかりの男に声をかけてやってくれ」

 

 やがて、結果的に無難なところへ着地したレイの恋模様。「今」ではない「未来」に希望を乗せ、レイの恋心は一先ずタイムカプセルよろしく仕舞われることとなる。

 

「俺もそれまでには『恋』をリスペクトし、理解してみせる」

 

「約、束だか……ら! 恋する……乙女にふ……不可能なんて……な、ないんだから!」

 

「吹雪、後は任せる――俺に出来るのは此処までだ」

 

「任せてくれよ、亮!」

 

 そうして、形はどうあれ「今」は恋が実らなかった現実に涙をこらえるレイへ亮がハンカチを渡したと同時に、この場を用意した吹雪に後を任せて亮は歓声轟くデュエル場へと戻っていく。

 

 出来ればレイが泣き止むまで見守るべきだったが、己の一存で学内行事を停止させる訳にもいかない。

 

 ゆえに、亮が出来るのは、少しでもレイが立ち直る時間が取れるよう、可能な限り多くの面々の注目をデュエルで引き付けることだけだった。

 

「対戦者か?」

 

「うん、『レイちゃんの友達』って言えば分かるかな、お兄ちゃん?」

 

「生憎、俺は口下手でな――デュエルでしか多くを語れん男だ」

 

 やがてデュエル場にて、親友の失恋を察した月子がせめて一矢報いらんと――

 

「デュエル!!」

 

「でゅェルぅッ!!」

 

 アカデミア最強の男にカードと言う名の牙を剥いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 かくして、二つの思惑がぶつかり合う余所に吹雪は涙を流すレイを励ます言葉を贈るが――

 

「ナイス、ファイト! 見事だったよ! 『恋する乙女に不可能はない』――良い言葉だ。きっと亮の心に胸キュンの波動が届いていることだろう!」

 

「……胸キュンの波動?」

 

「恋の予感さ」

 

 とはいえ、吹雪節が初見のレイは、言語的に意味☆不明な単語に涙をぬぐいつつ疑問符を浮かべるも、その返答に再び涙が溢れ始める。

 

「恋の予感…………でも、亮様は、『恋が分からない』って……」

 

 しかし、振られるならまだしも、悪く言えばレイが亮を想う恋心を「理解できない」とも取れる発言は中々に堪えよう。

 

 だが、吹雪は少し顔を曇らせながら亮のフォローに回る。

 

「…………まぁ、亮の場合は少々特殊でね。元々デュエルへの情熱に溢れているタイプだったけど……過去のとある一件以来、その熱がたぎるあまり『この手(恋愛)』の話題に疎くなっちゃったんだ」

 

「過去の一件……?」

 

「気になるのかい?」

 

「はい……! 好きな人のことですから!」

 

 そんな亮の悲しき過去を匂わせる発言に、涙を拭いつつ興味を見せるレイの真っすぐな瞳を見た吹雪は重い口をお茶目に開き始める。

 

「そうか――なら、他の子たちが亮たちとデュエル場を使っている順番待ちの間に、少し思い出話にでも花を咲かせようかな」

 

「――良いんですか!」

 

「ああ、勿論だよ。亮にキミのことを頼まれちゃったからね! 恋の伝道師であるこのボクに任せてくれ!」

 

 なにせ、恋の伝道師を自称する吹雪には、レイがこの恋を諦めることなく追う姿を幻視していたのだ。

 

 それ()どの程度の信憑性があるかはさておき(あんまり信頼できないけど)、あの手この手でこの場を掴んだレイの行動力を鑑みれば、多少の牽制は必要であろう。

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「でも過去の亮を知れば――幻滅しちゃうかもしれないよ?」

 

「そんなことしません! どんな過去があっても、それを含めて亮様なんだから!」

 

――ひょっとしたら亮様は誰かに痛い目を見せられて、恋が分からなくなっちゃったのかも!

 

 そうして涙を完全に拭い切り、顔をほころばせるレイが無根拠な願望を抱く中――

 

「JOIN! 良い答えだ! なら、今こそ話そう。亮の過去に何があったのかを」

 

「亮様の……過去……」

 

 ウィンクしつつ親指を立てた吹雪が語り始める亮の――恋する相手の過去を前にゴクリと頷くレイ。

 

「それは昔々のことだった……正確には1年前くらいのことだった」

 

――結構、最近!?

 

 やがて、亮の幼少期くらいを想定していたレイを裏切る形で、吹雪は1年前――亮の師であるマスター鮫島が校長の座から退いた時期に思いをはせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 亮の相棒たる機械竜のブレスが行く手を塞ぐ黒きエクゾディアに着弾するが、その身は砕けない。

 

『無駄だよ、《エクゾディア・ネクロス》は戦闘では破壊されない不死のモンスター、キミのサイバー・ドラゴンたちがどれ程の攻撃力を有していても、その牙はボクには届かない』

 

 そして赤い髪を逆立てた青年が眼鏡の位置を直しながら不適な笑みを浮かべる中、黒きエクゾディアを突破した亮は、三つ首の機械竜の圧倒的な力を以て勝負の流れを引き寄せんとするも――

 

『そんなにパワーファイトがしたいのなら付き合って上げようじゃないか――今の《召喚神エクゾディア》の攻撃力は5000!! あらゆる効果を受けない完全無欠の力を受けるといい!!』

 

 相手も新たに黄金のオーラを放つ新たなエクゾディアを繰り出し、その圧倒的なパワーと一切の小細工を許さぬ耐性を以て、亮の全てを跳ね除けて見せる。

 

『どうした? 焦りが隠しきれていない――そんなに神が怖いのか?』

 

 強かった。己が戦ったどんなデュエリストよりも。

 

 アカデミアの中で皇帝――カイザーと評されていた己が、世界の広さの前では如何にちっぽけだったか思い知らされる。

 

 だが、亮とて恩師の為に負ける訳にはいかない。

 

 そうして今の己の限界を振り絞るように繰り出した《融合解除》も交えた怒涛の連撃によって相手の思惑を超え、確かな手ごたえを掴み取った亮。

 

『……どうやらボクはキミの実力を見誤っていたようだ。こんなぬるい環境で、それ程の牙を研いでいたとは驚いたよ』

 

 しかし、相手はその亮の渾身の一撃すら既の所で耐えきり――

 

『魔法カード《円環融合(マジカライズ・フュージョン)》!! 墓地の5体の封印神(エクゾディアパーツ)を除外し、降臨せよ!!』

 

『墓地のエクゾディアを除外するだと!?』

 

 亮は己が想像だにしていなかった一撃を受けることとなる。

 

 

 

 やがて、その身を崩壊させ異次元に消えていく封印されし神の遺物を以て天より光が瞬いた。

 

 

 

 

「――ッ!? ……ハァ……ハァ……」

 

 しかし、途端に亮はベッドの上から勢いよく身体を起こし、正しく覚醒した己の意識を以て周囲を見渡せば変わらぬ己の自室の姿に、過去の悪夢にうなされていた事実を理解する。

 

「また、あの夢……か」

 

 そう、先の悪夢は、藤原が救出された後にマスター鮫島が校長を辞してから、変わらず続いていた。

 

 まるで己の後悔への忘却を許さぬように。

 

 

 

 

 

 そうして、フォース制度が制定された後に高校2年生となった亮は、マスター鮫島が学園からいなくなったにも拘わらず、変わらぬ日常を謳歌するアカデミアの中で学園生活を送っていた。

 

「やぁ、亮! 今日もブリザード・キングことフブキングの華麗なる挑戦を受けて貰おうじゃないか!」

 

「おはよー、おやすみー、むにゃむにゃ」

 

「……ああ、そうだな」

 

 だが、フォース生徒用のデュエル場にて、先に来ていた吹雪が元気良く、もけ夫がマイペースに己へ挨拶する返答がおざなりになる程度には、亮も精神的に参っている。

 

「うーん、どうにも覇気がないね。やっぱり、マスター鮫島の件をまだ気にしているのかい?」

 

「そうじゃない――いや、すまない。嘘を吐いた」

 

 やがて己を心配する吹雪へ、亮は一瞬誤魔化そうとするも、他ならぬ吹雪が相手ゆえか重い口も自然と開いた。

 

「ずっと考えてしまうんだ。あの時、俺が……俺がもっとしっかりしていれば、また別の未来があったんじゃないかと」

 

 それは過去への後悔。

 

 あの時、アモンとの勝負に――いや、藤原の異変に直ぐに気付けていれば、はたまた学園の規範となって他の生徒を導けていれば――

 

「師範が学園から去ることなく、新しい道を歩めたんじゃないかと」

 

 己の師がアカデミアから不名誉な形で去ることはなかったのかもしれない、と。

 

「思い詰め過ぎだよ、亮。今のマスター鮫島は未来に向かって進んでいるじゃないか」

 

「ああ、分かっている。これは俺のエゴに過ぎない。だが、その『もし』があれば状況に流されるだけの今とは違い、もっと多くの選択肢があった筈だ」

 

 しかし吹雪の言うように、今のマスター鮫島は新たな形でアカデミアへ偶に顔を出しつつ、集った門弟たちや、各地にてリスペクトの教えを説いている。

 

 それは亮も理解していた――だが、それでも「もしも」を考えてしまうのだ。何も失うことなく、理想の道を歩めた未来があったのではないかと、その可能性が脳裏を過って仕方がない。

 

 そんな亮へ、藤原も一定の理解を示す。

 

「やっぱり、恩師に色々あれば本調子じゃいられないよね。僕が言えた義理じゃないけど、少し分かるよ」

 

『マスター……』

 

 藤原も一時は家族を失いかけた身――肉親同然の恩師の失脚を前に、何も出来なかった亮の無力さは痛い程に分かる。

 

 だが、最後のフォース生徒こと小日向は別の意味で息を吐いた。

 

「調子が悪くて『それ』って、普段はどれだけ化け物なのよ……」

 

「すまない、小日向。アカデミアの皆の規範にならなければならない俺が、こんな体たらくでは――」

 

「相変わらずバカみたいに真面目ね。腕を磨く気がないのは、当人の意識の問題じゃない――やる気のない人に合わせる必要なんてないでしょ」

 

 やがて覇気を失った自身を恥じる亮へ、小日向は面倒臭そうに亮の論をバッサリ切り捨てる中、そのあまりの両断っぷりについ吹雪がいさめようとするも――

 

「小日向くん、それは乱暴な物言いじゃないかな?」

 

「なに? 私は今の学園の方が居心地良いわよ? レッドとさして変わらない実力の癖にやたらと口やかましいだけの相手は、勝手に淘汰されていくし、私の力へ正当な評価と報酬がなされるんだもの」

 

 学園の模範だの、規範だの――と語る亮たちの主張は小日向には無縁のものだった。「自分は自分、他人は他人」でしかないのだと。

 

「貴方たちだって、傲慢なだけのブルー生徒は腐るほど見てきたじゃない」

 

「そんな彼らを導く為の背中を見せるのが、俺たちじゃないのか!!」

 

 だが、そんな「己のみ」を突き詰めるような発言に亮が思わず声を荒げるも、小日向のスタンスは変わらない。

 

「嫌よ、面倒臭い。どうして私の時間を他に割いて上げなきゃならないの?」

 

――この中で下から数えた方が早い私に、他へ時間を割く余裕があると思ってるの?

 

 なにせ、フォースの同年代の中で亮と藤原、吹雪と小日向――といった方で力の差が明確に見えている小日向からすれば、他者にかまけている時間などありはしない。

 

 ゆえに暗い話は終わりとばかりに手を叩いた小日向は背を向けて定位置のソファに戻ろうとするが――

 

「今日はアメリカアカデミアからお客が来るんだから、舐められない為にもシャンとしてなさいよね」

 

「……全く、小日向くん――キミも素直じゃないね。心配ならそう言こひゅなたひゅんなぅにをしゅるんふぁ(小日向くん何をするんだ)

 

 余計なことまで言い始めた吹雪の頬をその指で引っ張る必要が出て来た為にUターン。

 

 もがもが何を言っているのか分からない吹雪の頬を思う存分引っ張り折檻を終わらせた後、手を放していつもの定位置に戻った小日向は悪びれた様子はない。

 

「余計なこと言う口に躾しただけよ」

 

「駄目だよ、吹雪。からかうようなこと言っちゃ」

 

『言わぬが花とも言いますからね』

 

「……そうだな。今のは吹雪が悪い」

 

 やがて、痛そうに頬を押さえる吹雪を余所に、明るく忠告を語る藤原とオネスト――そんな彼らとのやり取りに、亮の心は僅かに持ち直していた。

 

 

 

「シニョールたち、静粛にすルーノ! アメリカアカデミアのトップエリートのお二方が来たノーネ!」

 

 

 だが、規定時刻ピッタリに扉を開いて歩み出たクロノスの声に、フォースの面々はすぐさま襟を正すように並び立つ。

 

『もけもけ~!』

 

『マスター、もけもけが(もけ夫)を起こして欲しいそうだよ』

 

「(もけ夫先輩! 起きてください! クロノス教諭がアメリカアカデミアの方々を連れて来ましたよ!)」

 

「うーん、むにゃむにゃ、後6時間と66分……」

 

 いや、並び立とうとしたが、もけもけに懇願された藤原が、もけ夫を頑張って起こそうと奮闘している間に――

 

 

 

 白い軍服のようなアメリカアカデミアの制服に身を包み、ベレー帽に似た制帽を深く被った金髪の長身の青年と、

 

 同じ型のスカートタイプの制服を纏ったギャリソンキャップに似た制帽を軽く被ったセミロングの金髪の女性、

 

 

 その二人のアメリカアカデミアの生徒が入室し、クロノスが彼らの名前を明かしつつ自己紹介の場を整える。

 

「此方は、シニョール『デイビット・ラブ』と、シニョーラ『レジー・マッケンジー』なノーネ! まずは軽く自己紹介でも――」

 

「フン、出迎えの場で居眠りとは随分と挑発的じゃないか」

 

「――!? アワーワ!? ち、違うノーネ! シニョール茂木はとってもマイペースなだケーデ、シニョールたちを挑発してる訳じゃなイーノ!」

 

 だが、アメリカアカデミアの男子生徒「デイビット」が帽子のつばを上げながら、この場で未だに寝ているもけ夫に注視する姿にクロノスは慌てて弁解に回る。

 

 そんな中、もう一方のアメリカアカデミアの女子生徒「レジー」はグースカ寝ているもけ夫の近くに足を運んで、寝顔を見下ろしつつ気にした様子もなく苦笑してみせた。

 

「ワタシは構わないわよ。覇気のない相手よりはマシでしょうしネ」

 

「あはは、慌ただしくてゴメンね。僕は藤原 優介(ゆうすけ)、今日はよろしく頼むよ」

 

 そんな援護射撃に藤原は、もけ夫を起こす作業を中断しつつ、レジーへ謝罪と自己紹介の握手を求めれば、レジーもそれを快く受ける。

 

「なら『ユースケ』――此方こそよろしく、レジーで構わないわ」

 

「美しいお嬢さん――キミの瞳になにが見える?」

 

「? ユースケ、彼は何をしてるのかしら?」

 

 だが、そんな中、唐突に瞳を閉じて天を指さす吹雪の姿は理解しがたかったのか、指をさしつつ早速できた交友関係を活用するも――

 

「……『天』って言ってあげてくれないかな」

 

「『天』?」

 

「――JOIN! 天上院 吹雪と申します。フブキングと呼んでくれると嬉しいかな!」

 

 促されるままにオウム返しした「天」コールに掲げた腕をガッツポーズするように落とした後、親指を立って謎原理で輝く白い歯を見せる100万ドル相当の笑顔を見せた。

 

「……フブキは、とても面白い人なのネ」

 

「うん、少し変わってるけど僕の自慢の親友なんだ。だから僕たち共々、今日はよろし――」

 

 やがて立ち上がりに不安の残ったアメリカアカデミアのトップエリート2人との初会合は好感触な流れを得る。

 

剣帝(パラディン)、悪いがMeはYouたちと『よろしく』するつもりはない。握手は遠慮させて貰おう」

 

「ぇっ?」

 

 かと思いきや、クロノスの弁解も、藤原とレジーの会合も、そのいずれも無視する形でデイビットは亮の前に足を運び、向かい合いにらみ合う形で問いかける。

 

「Youが皇帝――カイザー丸藤か?」

 

「……ああ、俺が丸藤 亮だ。今日はよろしく頼む」

 

 そして、一気に一触即発な雰囲気が場を支配する中、先に肩の力を抜いたのは意外にもデイビットだった。

 

「覇気のない顔だな――Meを差し置いて、こんな男をペガサス会長は『END(エンド)の再来』と評するとは……正直、屈辱だよ」

 

 しかし、肩をすくめたデイビットの姿は、「相手の圧に負けた」と言うよりは「拍子抜け」による落胆がこれでもかと含まれている。

 

「……END?」

 

「うーん、ひょっとすると――サイバー・エンドの『エンド(END)』のことかもしれないね!」

 

 とはいえ、その落胆は聞きなれぬ単語に疑問符を浮かべる亮にはいまいち届いてはいない。

 

 だが、吹雪が見当違い――実際は当らずといえども遠からず――な発言をする姿をデイビットは、侮蔑の意味も込めて鼻で嗤って見せた。

 

「フン、牙帝(ビーストキング)は物を知らないようだな――もっとも、こんな閉鎖的な小さな島国にこもってるYouたちじゃ、仕方のない話か」

 

「なに、こいつ。喧嘩売ってんの?」

 

 そんな自分たち(フォース生徒)を露骨に馬鹿にする姿勢を隠しもしないデイビットに、この中で一番血の気が多い小日向が噛みつかんと一歩前に出るが、その歩みは藤原によって制される。

 

「小日向さん、どうどう――クロノス先生、『END』ってなんのことですか?」

 

「あんまり日本じゃ知られてなイーノ」

 

 そうして藤原のヘルプコールに応じたクロノスが、「END」なる人物の正体を明かそうとする中、その言葉に被せる形でデイビットが口を開く。

 

「簡単に言えーば、アメリカアカデミア始まって以来のチョー天才児のことなノーネ」

 

「そう、飛び級でアメリカアカデミアを卒業し、レベッカ・ホプキンスが打ち立てたプロ最年少記録すら塗り替え、響 紅葉が不参加だったとはいえ、多くの思惑とプロたちが渦巻いた『HEROサバイバル』を最年少ながらに制した――」

 

 それは文字通り、アメリカアカデミア始まって以来の――いや、「全世界の」デュエルアカデミア始まって以来の傑物たる存在。

 

 その彼がアメリカアカデミアに在籍していた期間は決して長くはない。だが、打ち立てた経歴は、伝説は在籍期間に反比例するように有り余る。

 

「文字通り、全てのレコードをEND(過去)にしたジーニアス(天才)の中のジーニアス(天才)

 

 まさに生ける伝説であり、年若き開拓者なのだとデイビットは強く語る。

 

「彼の名、デッキ、経歴――そして『あのカード』を手にした実力も含め、畏怖と敬意をこめて『END(エンド)』と呼ばれている」

 

「……すっごい喋るわね」

 

 だが、唐突に熱に浮かれた具合でめっちゃ喋りだしたデイビットの姿に小日向は引き気味だった。

 

「フフッ、彼はENDの大ファンだから……」

 

「レジー、訂正して貰おうか――彼はMeが生涯のライバルと見定めた男だ」

 

 やがて、苦笑するレジーからその熱量の根源が明かされるが、デイビットはレジーに指をさしつつ訂正を求める。

 

 かくして、ファン・ライバルのどちらにせよ、「デイビットが強いこだわりを抱く凄い相手」であることを理解した亮は、ペガサス会長からの評価に恐縮して見せるが――

 

「俺のことを、それ程の人物の再来とペガサス会長が仰られたのなら光栄な話だが……」

 

「自惚れるなよ、カイザー」

 

 だが、デイビットの抱いた評価は真逆だった。

 

「能無しの烙印を押されるような男がマスターのYouには、過ぎた(エンブレム)だとMeは言っているんだ」

 

「――師範を侮辱する真似は止してくれないか」

 

 そうして、恩師すら侮辱する言葉にようやく火のついた亮の姿に、デイビットは満足気な表情を浮かべつつも、更に亮の怒りの炎へ(材料)をくべる。

 

「本当に何も知らないんだな……海馬オーナーの肝入りだったYouの師範がアカデミアから外された一番の訳を」

 

「……なんだと?」

 

「おや? その話は、アカデミア生の成績不振が原因じゃないのかい?」

 

「簡単な話さ、牙帝(ビーストキング)。アメリカアカデミアはI2社の――いや、ペガサス会長の方針を色濃く受けている。これで流石に分かるだろう?」

 

 そして知らぬ間にアシストを決める吹雪の疑問を手に、デイビットはマスター鮫島の失脚の大きな要因を語る。あの海馬 瀬人が一切庇うことなくマスター鮫島を放逐した真相を。

 

「ENDを含めMeたちの存在が、海馬オーナーよりもペガサス会長の方が優れた後進を育て上げた証明な訳だ。(海馬社長)のプライドはいたく傷つけられただろうネ」

 

「そう……だったのか」

 

――そうか……だからこそ、大規模な改革を決行した……やはり、俺たちの未熟が師範を……

 

 やがて歪曲された情報を前に、全て悟った様相を見せる亮を見たデイビットは、準備は整ったとばかりに亮へ指差し告げる。

 

「だからこそMeは気に入らない――島国の落ち目のアカデミア生のYou如きが『ENDの再来』なんて言われている現実が!!」

 

 そう、デイビットは許せない。

 

 海馬 瀬人から不適格の烙印を押されたも同然の師を持つ亮が、己が宿命のライバルと定めた男の「再来」なんて呼ばれている現実が。

 

 それを「当然のこと」だと、もてはやす周囲の全てが。

 

「交流戦なんてただの建前サ! Youのデュエリストの全てをMeが否定する!! 次の全米チャンプに昇り詰めるデュエリストであるMeが!!」

 

 ゆえにデイビットは、こんな小さな島国くんだりまで来てやった。全てが眼前の紛い物を粉砕する為。

 

 そうして、腰元のホルスターからデュエルディスクを腕に装着し、デッキをセットしたデイビットは亮へと発破をかけた。

 

「さぁ、デュエルディスクを構えて貰おうか、カイザー!! Youの全てを賭けて!!」

 

「……良いだろう。挑まれた勝負から背を向ける気はない!!」

 

 だが、亮とて恩師を愚弄されて黙っていられる程に器用な性格はしていない。

 

 やがて、デュエルディスクとデッキというデュエリストの剣を取った亮は、デイビットへしかと向き合い――そして示し合わせたように同時に宣言した。

 

「 「 デュエル!! 」 」

 

 

 かくして今、この瞬間、双方の誇りを賭けたデュエルが幕を開く。

 

 

 その先に待ち受けるのは、祝福か呪詛か――それは神のみぞ知る。

 

 

 






レジー・マッケンジーの霊圧(存在感)が……消えた……?



Q:原作の亮も「恋」が分からないの?

A:原作の様子を見る限り、その手の機微に聡い印象は受けませんでした。
十代に「タジタジだな」と評され、レイに告げられる恋のアレコレも明日香が変わりに説明していた為、

吹雪のように「手慣れている」と言うよりは「疎すぎる」ゆえの「動じなさ」と判断させて頂きました。


今作では「それ」が加速する材料があった具合になっております。




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第254話 修羅に堕つる

前回のあらすじ
厄介なファンに絡まれた





 

 始まった一方的な因縁をはらむ一戦を前に、デイビットは逸る気持ちを抑えきれない様子で叫ぶ。

 

「さぁ、カイザー! 先攻後攻、好きな方を選べ! MeはYouに言い訳の一つすら許すつもりはない!」

 

 それは自ら有利を手放す行為に等しいが、デイビットからすれば必要な儀式だ。

 

「なら俺は後攻を選ぶ」

 

「フン、サイバー流お得意の戦法か。良いだろう、Meのターン! ドロー!!」

 

 やがて、予想通りのつまらない答えを返した亮を余所に、先攻を得たデイビットはカードを引くが、初期手札と加えたカードを見てピクリと動きを止める。

 

――なんだ、この手札は?

 

「《カオス・グレファー》を召喚! そして効果発動! 手札の光属性1体を墓地に送り、デッキから闇属性1体を墓地へ!」

 

 そんなデイビットが最初に繰り出したのは筋骨隆々の白髪戦士。その《カオス・グレファー》が闇のオーラが宿る白金の剣を掲げれば、デイビットの墓地に混沌たる力が渦を巻く。

 

《カオス・グレファー》 攻撃表示

星4 属性 戦士族

攻1700 守1600

 

「カードを3枚セットし、魔法カード《命削りの宝札》発動! 手札が3枚になるようドロー!」

 

 そして墓地にカードを送りつつ布陣を整え、新たにカードを引いたデイビットは手札で隠れた口元の裏で獰猛な笑みを浮かべながら確信する。

 

――オイオイこれじゃ……Meの勝ちじゃないか!

 

 己の勝利を。

 

 やがて、永続魔法《魂吸収》を発動し、カードを1枚セットしたデイビットはエンド時に魔法カード《命削りの宝札》のデメリットにより残った手札を捨ててターンを終えた。

 

 

 

デイビットLP:4000 手札0

《カオス・グレファー》攻1700

伏せ×4

《魂吸収》

VS

亮LP:4000 手札5

 

 

 しかし亮からすれば、少々不気味なフィールドである。あれだけの啖呵を切った割りには静かすぎる立ち上がりに罠の気配を感じるも――

 

――攻撃力1700の下級モンスターが1体……誘っているのか?

 

「俺のターン、ドロー! 俺は――」

 

「待って貰おうか! Youのスタンバイフェイズに罠カード《ナイトメア・デーモンズ》で《カオス・グレファー》を墓地に送って発動! これでYouのフィールドに3体のトークンをプレゼントだ!」

 

 亮がカードを引いた瞬間に《カオス・グレファー》はドロリと黒い泥に溶け、三つに分かれて亮のフィールドに白髪の黒い人型となって現れた。

 

『ナイトメア・デーモン・トークン』×3 攻撃表示

星6 闇属性 悪魔族

攻2000 守2000

 

「喜べよ、カイザー! 攻撃力2000のモンスターが3体も揃ったんだからな! HAHAHA!」

 

 そして挑発気に嗤うデイビットの声に、観客となった吹雪と藤原がその狙いを看破するが――

 

「おっと、これじゃあ相手がいた上で自分のモンスターが0じゃなきゃ特殊召喚できない《サイバー・ドラゴン》が呼べないね」

 

「デイビットくんは、カイザーのデッキを熟知した上で此処に来ている……」

 

「その通りさ、剣帝(パラディン)! Meはカイザーの全てのデュエルを見た上で相応しくないと判断したんでネ!」

 

 己の師をあざけるデイビットの姿に、亮は一度静かに閉じた瞳を開眼させて宣言した。

 

「……《サイバー・ドラゴン》の特殊召喚を妨害できてご満悦のようだが――俺の! そして師範の! リスペクトデュエルは! サイバー流は! その程度で倒される程、浅くはない!!」

 

 サイバー流のデュエルは、この程度の苦難を前に挫けるものではないのだと。

 

「俺は魔法カード《パワー・ボンド》を発動! 機械族融合モンスターの攻撃力を倍にして融合召喚する!!」

 

 そして亮が天に掲げて発動を宣言するカードは、亮の象徴たる1枚であり、最も信頼するサイバー流の奥義。

 

「俺は手札の2枚の《サイバー・ドラゴン》を――」

 

「浅いんだよォ!! チェーンして罠カード《リバース・リユース》発動! Meの墓地のリバースモンスターを2体までYouのフィールドに裏守備表示で特殊召喚する!!」

 

「――ッ!?」

 

 だが、そんな奥義が降り立つ先であった亮のフィールドは3体の『ナイトメア・デーモン・トークン』と裏側のカードによって塞がれ、着地先を失うこととなる。

 

「モンスターゾーンを埋められた!?」

 

「彼のエクストラデッキにトークンか裏守備モンスターを素材に出来る融合モンスターがいれば、突破は可能だけど……あの様子じゃ無理そうネ」

 

 やがて焦った様子の藤原の声を後押しするようにレジーが溜息を吐く中、亮は出花を挫かれた事実に悔しさを見せながらも、今の亮には己の象徴を無為に墓地に送る他ない。

 

「くっ……! 魔法カード《パワー・ボンド》の効果は不発に終わり、墓地に……送られる」

 

「こうも簡単にサイバー流の奥の手を無駄にするとは……本当にYouはMeを失望させてくれるネ――トークンをリリースして《サイバー・ドラゴン》をアドバンス召喚してれば、防げただろうに」

 

「……ッ!」

 

 そうして、あげつらうようにプレイミスを嘆いて見せるデイビットの姿に亮は歯嚙みする中、観客席の小日向はヤジ混じりの声援を送るが――

 

「ハァ、結果論に惑わされんじゃないわよ。2000打点リリースして2100打点呼んでも仕方なかったでしょ」

 

「違うよ、小日向くん。《パワー・ボンド》は亮にとって特別な意味を持つカード……それを躱された事実は単純なアドバンテージ以上に重いんだ」

 

「僕も《オネスト》を躱される時があるから良く分かるよ」

 

 吹雪と藤原の言う通り、《パワー・ボンド》のカードは亮にとってかなり思い入れのある1枚である為、それを無為に失った事実はデュエルに大きな影を落とす。

 

「ならばバトルだ! 3体の『ナイトメア・デーモン・トークン』でダイレクトアタック!!」

 

 だが、それでも果敢に攻めの姿勢を崩さぬカイザーが『ナイトメア・デーモン・トークン』をけしかければ――

 

「不用心だな――ダイレクトアタック時に罠カード《パワー・ウォール》発動! バトルダメージを無効にし、受ける筈だったダメージ500につき1枚! デッキからカードを墓地に送る!」

 

 1体目の『ナイトメア・デーモン・トークン』の拳はカードの壁に阻まれる。

 

「だが、2体目以降のトークンの攻撃は止まらない!」

 

「そいつはどうかな! 墓地に送られた4枚のカードの内の1枚――《絶対王 バック・ジャック》の効果発動! デッキトップ3枚の順番を操作! 更に自身を除外しデッキトップが罠カードならセット!」

 

 やがて『ナイトメア・デーモン・トークン』の2体目、3体目を突撃させた亮だが、地面からジェット噴射が空に上がったと思えば、1枚のカードがデイビットのフィールドに伏せられた。

 

「カードが除外されたことで永続魔法《魂吸収》の効果によりMeは500回復するが、今は大した問題じゃない!」

 

デイビットLP:4000 → 4500

 

「そして《絶対王 バック・ジャック》でセットしたカードはこのターンに発動可能! さぁ、発動しろ罠カード《戦線復帰》! 墓地のモンスター1体を守備表示で特殊召喚だ!!」

 

 さすれば、その伏せられたカードが光輝くと同時に――

 

Planet(プラネット)! The() One(ワン)!!」

 

 空から隕石がデイビットのフィールドに落下し、クレーターを生み出した。

 

 だが、そのクレーターの中から隕石と思しき黒鉄の球体が独りでに浮かび上がる。

 

「――《The (ザ・)big (ビッグ・)SATURN(サターン)》!!」

 

 そして土を払うように一回転した先にあるのは、身体の中央を光の帯が輪のように囲む銀縁の黒鉄の要塞の如き姿。

 

 やがて宙に浮かぶ二つの剛腕の拳を打ち合わせたと同時に、背中の二門のロケットブースターがデイビットの闘志に応えるように火を吹いた。

 

The (ザ・)big (ビッグ・)SATURN(サターン)》 守備表示

星8 闇属性 機械族

攻2800 守2200

 

「プラネットシリーズ……だと……!?」

 

「そんな馬鹿なッ! あのカードはキース・ハワードが所持している筈だよ!?」

 

 この場に存在する筈のないカードの出現に呆然と呟く亮を余所に、内実を語る藤原だが、その全てをデイビットは一蹴してみせる。

 

「勿論、Meがチャンプ自身から継いだのサ! 彼に代わって!」

 

――彼?

 

 このカードは正真正銘、キース・ハワードが有していた本物のプラネットシリーズの1枚なのだと。

 

「このカードがMeの元に舞い降りたのは運命のいたずらに過ぎない――だが!」

 

 やがて「彼」との言葉のニュアンスに疑問を覚える亮を余所に、デイビットは己の決意と覚悟を語って見せる。

 

「だからこそMeは! こいつを全米チャンプに! いや、それすら超えた()の玉座に! 連れて行く義務があるのサ!!」

 

 かつての全米チャンプが果たせなかった栄光へ、託されたカードと想いと共に全てを背負って行くのだと。

 

「さぁ、カイザー! MeのSATURN(サターン)を前にどう動く!」

 

「……俺はバトルを終了し、魔法カード《手札抹殺》を発動! 互いの手札を全て捨て、捨てた枚数分ドローする!」

 

「フン、Meの手札は0だ」

 

 そうして己の攻撃に立ちふさがる《The (ザ・)big (ビッグ・)SATURN(サターン)》を前に撤退を余儀なくされた亮は埋められたモンスターゾーンにやり難さを覚えつつも――

 

「永続魔法《補充部隊》を発動し、カードを2枚伏せる。そして魔法カード《命削りの宝札》により3枚ドロー! さらに2枚のカードをセット……ターンエンドだ」

 

 どうにか体制を整えつつ、ターンを終えると同時に魔法カード《命削りの宝札》の

デメリットで手札を捨ててターンを終えた。

 

 

デイビットLP:4500 手札0

The (ザ・)big (ビッグ・)SATURN(サターン)》守2200

伏せ×1

《魂吸収》

VS

亮LP:4000 手札0

裏守備モンスター×2

『ナイトメアトークン』×3 攻2000

伏せ×4

《補充部隊》

 

 

「Meのターン、ドロー! メインフェイズ開始時に魔法カード《強欲で金満な壺》を発動する――Meのエクストラデッキ6枚を除外し、2枚ドロー! カードが除外されたことで《魂吸収》で回復!」

 

デイビットLP:4500 → 7500

 

 そうして思うようにデュエルが出来ない亮を余所に、思うが儘にデュエルするデイビットは手札を補充しつつ、一気にライフを回復して――

 

SATURN(サターン)を攻撃表示に変更し、バトル!!」

 

 防御の為に交差した腕を解き放った《The (ザ・)big (ビッグ・)SATURN(サターン)》が拳を打ち鳴らす中、攻勢に移る。

 

The (ザ・)big (ビッグ・)SATURN(サターン)》 守備表示 → 攻撃表示

守2200 → 攻2800

 

「セットモンスターを叩き潰せ、SATURN(サターン)! Anger(アンガー) HAMMER(ハンマー)!!」

 

「――セットモンスターを!?」

 

 だが、攻撃表示の『ナイトメア・デーモン・トークン』たちを素通りした《The (ザ・)big (ビッグ・)SATURN(サターン)》に亮が予想外だと驚きの声を漏らす中、《The (ザ・)big (ビッグ・)SATURN(サターン)》の剛腕は裏側のカードに叩きつけられる。

 

 そして明かされる裏守備表示の正体は、六本腕を持つ醜き異形の怪物が奇怪な叫び声と共に、脱皮するように赤い表皮を弾けさせれば――

 

《ワーム・ヴィクトリー》 裏守備表示 → 表側守備表示

星7 光属性 爬虫類族

攻 0 守2500

 

「MeがYouにプレゼントした《ワーム・ヴィクトリー》のリバース効果! フィールドの爬虫類族『ワーム』以外の全ての表側モンスターを破壊する!!」

 

 《ワーム・ヴィクトリー》の弾けた表皮が血の雨のようにフィールド全域に降り注ぐ。

 

 さすれば、その血の如き雨を受け、3体の『ナイトメア・デーモン・トークン』は苦しみにうめくように倒れ、《The (ザ・)big (ビッグ・)SATURN(サターン)》もまた故障し、エラーを起こしたようにその身体を明滅させ始めた。

 

SATURN(サターン)ごと破壊する気なの!?」

 

「いや、SATURN(サターン)の効果は――」

 

「そうサ! SATURN(サターン)が『相手の効果によって破壊された』瞬間! 互いにSATURN(サターン)の攻撃力分!2800ポイントのダメージを与える!!」

 

 やがて小日向の声を余所に全てを察した亮へ、デイビットは称賛の声を送りつつ握った拳の親指を振り下ろしつつ、フィニッシュ宣告を放つ。

 

「拙い、『ナイトメア・デーモン・トークン』も破壊された際に亮へ800のダメージを与える効果がある!?」

 

ONE(ワン) SHOT(ショット) KILL(キルゥ)……」

 

END(エンド)は二人もいらない――消えろ、カイザー!!」

 

 そして、ダメージが2800に留まらない事実を藤原が叫ぶ中、やたらと発音の良い吹雪の呟きを余所に、デイビットは両手を広げ――

 

 

「――DOUBLE(ダブル) IMPACT(インパクト)!!」

 

 

 起爆を宣言。

 

 

 途端に《The (ザ・)big (ビッグ・)SATURN(サターン)》は全身の隙間から光を放つと同時に爆発し、敵味方問わず全てを消し去らん勢いで爆炎を轟かせた。

 

 

「かのカイザーも意外と呆気ない最後だったわネ」

 

 

 そうして爆発の余波の煙の中からレジーは勝利したデイビットの機嫌が直っているかを窺うが――

 

 

 

デイビットLP:7500 → 6100

 

亮LP:4000 → 1400

 

 

「耐えた!」

 

「全く、ハラハラさせるんじゃないわよ……」

 

 デイビットだけでなく、亮のライフも健在な事実に藤原と小日向は毛色の違う歓声を送る。

 

「……ぐっ……、俺は、墓地の罠カード《ダメージ・ダイエット》を除外……した」

 

 支払った代償は決して小さくはなくとも、ライフダメージ1000ごとに手札を補充できる《補充部隊》の効果で1枚ドローする亮の闘志は折れてなどいない。

 

「フン、考えることは同じか。Meも墓地の罠カード《ダメージ・ダイエット》を除外させて貰った――これで2枚のカードが除外されたことでMeのライフは《魂吸収》により1000回復だ」

 

デイビットLP:6100 → 7100

 

「だが、なにを安心してるんだ? このターン受ける効果ダメージを半減して助かった気か?」

 

 しかしダメージ軽減とライフ回復を同時に行っていたデイビットは、気の抜けた亮を叱責するように1枚のリバースカードに手をかざした。

 

「ぬるいんだよ!! リバースカードオープン! 永続罠《リビングデッドの呼び声》発動! 甦れ、SATURN(サターン)!!」

 

 さすれば再び《The (ザ・)big (ビッグ・)SATURN(サターン)》がデイビットの傍らに戻り、その剛腕の拳を握る。当然、その拳が狙う先は――

 

The (ザ・)big (ビッグ・)SATURN(サターン)》 攻撃表示

星8 闇属性 機械族

攻2800 守2200

 

「再び裏守備モンスターに! 最後に残った裏守備表示の《ワーム・ヴィクトリー》へ攻撃!! Anger(アンガー) HAMMER(ハンマー)! Second(セカンド)!!」

 

 《The (ザ・)big (ビッグ・)SATURN(サターン)》の起爆コードとなるもう1枚の裏守備モンスターの1体、《ワーム・ヴィクトリー》の元へ、《The (ザ・)big (ビッグ・)SATURN(サターン)》の拳が振り下ろされる。

 

「拙い! 半減しても1400のダメージを受けたら亮は!!」

 

 それの意味するところは焦った様子の吹雪の声が示している。再び《The (ザ・)big (ビッグ・)SATURN(サターン)》が爆発すれば、丁度、亮のライフをピッタリ削れる計算だ。

 

「その攻撃宣言時、罠カード《敵襲警報-イエローアラート-》を発動! 手札のモンスターを特殊召喚し、そのカード以外への攻撃を封じる!!」

 

 しかし、カイザーと呼ばれた男が、これ以上の好き勝手を許す筈がない。彼の背後に鳴り響くコールに従い、《The (ザ・)big (ビッグ・)SATURN(サターン)》の拳を防ぐように1枚のカードが飛び出せば――

 

「来い! 《サイバー・ドラゴン・ヘルツ》! そして、このカードはフィールド・墓地にて《サイバー・ドラゴン》として扱う!」

 

 白い眼球のような光が浮かぶ丸い金属の球体を数珠つなぎにした《サイバー・ドラゴン》の骨支を思わせる機械竜が、行く手を遮るように現れた。

 

《サイバー・ドラゴン・ヘルツ》 → 《サイバー・ドラゴン》 守備表示

星1 光属性 機械族

攻 100 守 100

 

「なら、そのまま粉砕しろ、SATURN(サターン)!!」

 

「くっ……! だが、対象モンスターが消えたことで、これ以上の攻撃は叶わない!」

 

 だが、その守備力はたったの100――壁にしかならない数値だが、この瞬間においては値千金の壁だった。

 

「破壊されたヘルツの効果により墓地の《サイバー・ドラゴン》を手札に!」

 

「フン、首の皮一枚繋いだか……《クリバンデット》を召喚し、カードを1枚セット――Meはこれでターンエンドだ」

 

 やがて手札を一気に整えて来た亮へ、デイビットは油断することなく

 

 盗賊風の毛玉を呼び出し、ターンを終えようとするが――

 

《クリバンデット》 攻撃表示

星3 闇属性 悪魔族

攻1000 守 700

 

「待って貰おう! そのメインフェイズ2終了時に墓地の罠カード《ハイレート・ドロー》の効果! 自分フィールドのカード1枚――裏守備モンスターを破壊し、このカードをセット!」

 

 それに亮が待ったをかけると同時にフィールドの裏守備モンスターに1枚のカードが突き刺さり、一度ドロドロと溶けた後に魔法・罠ゾーンに収まっていった。

 

「ハッ、慌ててSATURN(サターン)のスイッチを破壊したか。エンド時に《クリバンデット》をリリースし、デッキの上の5枚の中から――魔法カード《強欲で金満な壺》を手札に加え、残りを墓地へ送る」

 

 こうして《The (ザ・)big (ビッグ・)SATURN(サターン)》の起爆キーである《ワーム・ヴィクトリー》を除去した亮をしり目に《クリバンデット》から1枚のカードを受け取ったデイビットは今度こそターンを終える。

 

 

 

デイビットLP:7100 手札1

The (ザ・)big (ビッグ・)SATURN(サターン)》攻2800

伏せ×1

《魂吸収》

《リビングデッドの呼び声》

VS

亮LP:1400 手札1

伏せ×4

《補充部隊》

 

 

 

 そして、最初のターンの無様を嗤うような挑発が届く中、亮はデッキからカードを引き抜いた。

 

「そろそろ本気を見せて欲しいところだ」

 

「俺のターン、ドロー! 相手フィールド上にのみモンスターがいる時! 手札からこのカードは特殊召喚できる! 来い! 《サイバー・ドラゴン》!!」

 

 待望の時とばかりに来たる、白銀の装甲に覆われた蛇のように長い体躯を持つ機械竜が、闘志に満ちた機械音染みた雄叫びを上げた。

 

《サイバー・ドラゴン》 攻撃表示

星5 光属性 機械族

攻2100 守1600

 

「更に《サイバー・ドラゴン・コア》を通常召喚! このカードもフィールド・墓地では《サイバー・ドラゴン》として扱う!」

 

 さらにその列に赤いコアを身体の中央に憑りつけた黒いやせ細った蛇を思わせる機械竜が加わる。

 

《サイバー・ドラゴン・コア》→《サイバー・ドラゴン》 攻撃表示

星2 光属性 機械族

攻400 守1500

 

「更にコアの効果によりデッキから『サイバー』カード1枚――魔法カード《サイバー・レヴシステム》を手札に!」

 

「融合素材を揃えたようだが《パワー・ボンド》は墓地! 手札を使い切ってサイバー・エンドでも融合して見せるか? Meのライフは削り切れないだろうがな!」

 

 こうして兄弟(他ナンバー)機の特性を利用して実質的な《サイバー・ドラゴン》たちを集め、サイバー流の切り札に繋げる準備をする亮へ、デイビットは称賛を贈りつつも、「だからこそ」初動の失敗が響くとあげつらうが――

 

「それはどうかな?」

 

「Why?」

 

「罠カード《サイバネティック・レボリューション》発動! フィールドの《サイバー・ドラゴン》を墓地へ送り、エクストラデッキから舞い降りろ――」

 

 亮がフィールドに手をかざした途端、《サイバー・ドラゴン・コア》の姿が黒き影に覆われて行き、大翼を広げて飛翔すれば――

 

「――《サイバー・エンド・ドラゴン》!!」

 

 巨大な翼を広げる三つ首の機械竜が、その巨躯をうならせながら生誕の雄たけびを天に届かんばかりに響かせた。

 

《サイバー・エンド・ドラゴン》 攻撃表示

星10 光属性 機械族

攻4000 守2800

 

「1体のモンスターで融合だと!?」

 

「だが、その代償として次のターンのエンド時に墓地に送られる……だが、今はそれで十分だ!!」

 

 最小の消費で最大のリターンたる《サイバー・エンド・ドラゴン》を呼び寄せた亮は、前のターンに伏せた魔法カード《アイアン・ドロー》で2枚ドローしつつ、ダメ押しの1枚を発動。

 

「魔法カード《サイバー・レヴシステム》! 墓地より甦れ、2体目の《サイバー・ドラゴン》!」

 

 さすれば2体目の《サイバー・ドラゴン》がその列に並び、白金の機械竜が3体揃い踏み。

 

《サイバー・ドラゴン》 攻撃表示

星5 光属性 機械族

攻2100 守1600

 

「総攻撃力は8200……相変わらずのパワーね」

 

――不調の中でコレって……

 

「――バトルだ!! サイバー・エンドの攻撃! エターナル・エヴォリューション・バーストォ!!」

 

 やがて小日向の呟きを余所に、亮の闘志に呼応した《サイバー・エンド・ドラゴン》が三つ首から破壊のブレスを放てば拳で迎え撃った《The (ザ・)big (ビッグ・)SATURN(サターン)》の反撃など意に介さず、主の怨敵を消し飛ばす。

 

「チィッ! SATURN(サターン)が!」

 

デイビットLP:7100 → 5900

 

「そして2体の《サイバー・ドラゴン》のダイレクトアタック! ダブル・エヴォリューションバーストッ!!」

 

 さらに2体の《サイバー・ドラゴン》たちも口元に光り輝くブレスをチャージし、無防備なデイビットに放つが――

 

「そいつは無駄サ! 墓地の罠カード《光の護封霊剣》を除外し、このターンMeへのダイレクトアタックを封じる! そしてカードの除外により《魂吸収》で回復!」

 

 その二筋のブレスを遮るように現れた二つの光十字が盾となって受け止め、デイビットには届かない。

 

デイビットLP:5900 → 6400

 

「躱したか……」

 

――強い……トップエリートの名は伊達ではない。この彼すら届かなかった「END(エンド)」、どれ程のデュエリストだったんだ……

 

 こうして己の猛攻をしのいだデイビットへ、恩師を侮辱した男へも、亮は心中で敬意(リスペクト)を贈る。

 

 デイビットが何を想って己に挑んで来たのは、今の亮には分からない(リスペクト仕切れない)

 

「カードを2枚セットしてターンエンド!」

 

――だが、今の俺に出来ることは彼のデュエルに敬意(リスペクト)を以て望むことだけだ!

 

 しかし、それでも亮は分からないなりにデイビットを知ろうとするが――

 

「STOP! そのエンド時、永続罠《リターナブル瓶》を発動! 墓地のMeの罠カード1枚を除外し、墓地の罠カード1枚《リバース・リユース》を手札に加える! カードを除外したことで《魂吸収》で回復!」

 

デイビットLP:6400 → 6900

 

――あのカードで俺は……

 

 デイビットの足元から這い出した宝石が散りばめて顔を模した壺から吐き出された1枚のカードに、先程の敗北寸前だった光景が脳裏を過る。

 

 

 

デイビットLP:6900 手札2

《魂吸収》

《リターナブル瓶》

VS

亮LP:1400 手札0

《サイバー・エンド・ドラゴン》攻4000

《サイバー・ドラゴン》×2 攻2100

伏せ×4

《補充部隊》

 

 

 

「Meのターン、ドロー! メインフェイズ開始時に再び魔法カード《強欲で金満な壺》を発動! エクストラ6枚を除外し、2枚ドロー!」

 

 やがて、今まで感じたことのない焦燥感の只中にいる亮を余所にデイビットはドローしつつ、すぐさま前のターンに手札に加えていた欲深き壺でドローとライフ回復を図り――

 

「さらに永続罠《リターナブル瓶》の効果で墓地の罠カード1枚を除外し、墓地の罠カード1枚を手札に! これで合計7枚のカードが除外された! 《魂吸収》で回復!」

 

デイビットLP:6900 → 1万400

 

 墓地からのカード回収も絡めて1万越えのライフを獲得したデイビットは1枚のカードを天にかざした。

 

「魔法カード《死者蘇生》! 三度(みたび)、甦れ――SATURN(サターン)!!」

 

 さすれば、天上の世界より《The (ザ・)big (ビッグ・)SATURN(サターン)》がフィールドに降り立つ。

 

The (ザ・)big (ビッグ・)SATURN(サターン)》 攻撃表示

星8 闇属性 機械族

攻2800 守2200

 

「此処でMeの手札の1枚と1000のライフをコストにSATURN(サターン)は真の力を解放する!! Mode(モード) Change(チェンジ)!!」

 

 そして、真の力を解放せんと《The (ザ・)big (ビッグ・)SATURN(サターン)》の駆動部が音を立てて開いていけば――

 

デイビットLP:1万400 → 9400

 

「――FINAL(ファイナル) MODE(モード)!!」

 

 両肩と足元から二門ずつの砲台が解放され、身体の中央部を強調するようにスライドした装甲から満ち溢れるエネルギーを示すように熱波が迸る。

 

The (ザ・)big (ビッグ・)SATURN(サターン)

攻2800 → 攻3800

 

「バトル!! 《サイバー・ドラゴン》を粉砕し、フィニッシュを決めろ! SATURN(サターン)!!」

 

「それは通さない! 罠カード《アタック・リフレクター・ユニット》発動! 《サイバー・ドラゴン》1体を進化させる! デッキより次元進化!!」

 

 そうして完全開放された《The (ザ・)big (ビッグ・)SATURN(サターン)》の両肩と脚部、そして変形した両腕の砲台から同時発射される中、砲弾の迫る《サイバー・ドラゴン》の周囲に新たなアーマーが襲来。

 

「――来たれ、《サイバー・バリア・ドラゴン》!!」

 

 そして、《サイバー・ドラゴン》の1体とドッキングし、鋭角的なフォルムを得つつ首元の4つの鍵爪のようなアンテナがついた頑強な輪状の防具を装着し、尾の先にレーザーの射手口を装備した新たな姿と化した。

 

《サイバー・バリア・ドラゴン》 攻撃表示

星6 光属性 機械族

攻 800 守2800

 

「ハン! だが、その攻撃力はたった800!!」

 

「攻撃表示の《サイバー・バリア・ドラゴン》は相手モンスター1体の攻撃を無効化できる!! エヴォリューション・バリア!」

 

 さすれば、止まらぬ筈の《The (ザ・)big (ビッグ・)SATURN(サターン)》の砲撃は、《サイバー・バリア・ドラゴン》が頭を亀のように首元の装甲にうずめ、その首元の周りから伸びるアンテナから発せられたエネルギーが光の壁となって受け止める。

 

「無駄だと言ったのが分からないようだな! 墓地の罠カード《ブレイクスルー・スキル》を除外し、サイバー・バリアの効果を無効!!」

 

「!?」

 

「その貧相な攻撃力を恨んで、お寝んねしな!!」

 

 しかし、《サイバー・バリア・ドラゴン》の首元のアンテナがひび割れ始めると同時に、展開していた光の壁にも亀裂が広がっていき――

 

「ならば、罠カード《ハイレート・ドロー》を発動! 《サイバー・ドラゴン》とサイバー・バリアを破壊し、1枚ドロー!」

 

 《バリア》によって展開された光の壁が砕け散る瞬間に、亮は自らサイバー・ドラゴンたちを破壊。対象が消えたことで砲撃は獲物を見失い亮の背後に着弾し、爆炎を上げる他ない。

 

「そして自身の効果でセットされていた《ハイレート・ドロー》は除外されるが――お前には俺のフィールドに唯一残った《サイバー・エンド・ドラゴン》が立ち塞がる!」

 

 こうして、亮の象徴たる《サイバー・エンド・ドラゴン》がデイビットの魂たる《The (ザ・)big (ビッグ・)SATURN(サターン)》の前に立ちふさがる。

 

「なら、そいつを叩きのめしてやるまでサ!! 行け、SATURN(サターン)!!」

 

 だが、デイビットが臆する筈がなかった。

 

「墓地の2枚の《スキル・サクセサー》を除外し効果発動! SATURN(サターン)の攻撃力を800――2枚分で1600のパワーアップだ!!」

 

 奥の手中の奥の手とばかりに《The (ザ・)big (ビッグ・)SATURN(サターン)》の胸部部分が展開し、一際大きな砲台がピピピと音を立てながらエネルギーをチャージしていき――

 

The (ザ・)big (ビッグ・)SATURN(サターン)

攻3800 → 攻5400

 

「――End(エンド) of(オブ) COSMOS (コスモス)!!」

 

 周囲の空気を揺らしながら螺旋を描き放たれるは破壊の一撃。

 

 それに対して《サイバー・エンド・ドラゴン》は三つ首より三筋のブレスを放って迎撃せんとするが、削岩機(ドリル)のようにブレスを巻き込み突き進む《The (ザ・)big (ビッグ・)SATURN(サターン)》の一撃はブレスすら呑み込んだ一撃と化して三つ首の機械竜を爆炎の海に突き落とした。

 

「ぐぅぁぁぁぁあぁぁあ!!」

 

 それにより発生した1400のダメージを以てジャストキル――亮のライフは尽きることとなる。

 

 

 

 そして爆炎轟く地獄から、機械竜の咆哮が響き渡った。

 

 

《サイバー・エンド・ドラゴン》

攻4000 → 攻4300 → 攻4000

 

カイザーLP:1400 → 300

 

「チッ、中々しぶといじゃないか」

 

「ハァ……ハァ、俺は罠カード《アームズ・コール》にてサイバー・エンドに装備魔法《ファイティング・スピリッツ》を装備……した」

 

「フン、成程ネ。そいつの相手モンスター1体につき攻撃力が300上がる効果で延命した訳だ」

 

「1000ポイントのダメージを……受けたことで、《補充部隊》で1枚ドローさせて貰う……」

 

 かくして満身創痍で辛うじてライフという名の命を繋いだ亮の姿にデイビットは舌打ちしつつも、状況を正確に把握。

 

 亮のライフは尽きる寸前だが、手札は2枚と逆転の布石を残しつつ、追撃しようにも《サイバー・エンド・ドラゴン》が立ちはだかる。

 

「そして装備魔法《ファイティング・スピリッツ》を代償に、俺のサイバー・エンドは倒れない……!」

 

「今のYouと同じように虫の息とは、見苦しい限りだよ、HAHAHA!」

 

 そうして、未だ倒れぬ己のマイフェイバリットを誇る亮、デイビットは嗤いつつも、その瞳は死に体の亮を鋭く捉えて離さない。

 

「先のバトルで合計4枚のカードが除外された――永続魔法《魂吸収》の効果で2000回復させて貰う」

 

デイビットLP:9400 → 1万1400

 

 やがて《ブレイクスルー・スキル》、《ハイレート・ドロー》、2枚の《スキル・サクセサー》の除外分のライフを回復しつつ、カードを3枚セットしてターンを終えた。

 

「ターンの終わりにYouの死にぞこないのサイバー・エンドは自壊し、MeのSATURN(サターン)FINAL(ファイナル) MODE(モード)は解除される」

 

 かくして、《サイバー・エンド・ドラゴン》が罠カード《サイバネティック・レボリューション》のデメリットで光の粒子となって消えていく中、

 

 デイビットの《The (ザ・)big (ビッグ・)SATURN(サターン)》も展開した身体の隙間から冷却用の煙を出しつつ、普段のノーマルモードへと移行。

 

The (ザ・)big (ビッグ・)SATURN(サターン)

攻5400 → 攻2800

 

 

デイビットLP:1万1400 手札0

The (ザ・)big (ビッグ・)SATURN(サターン)》攻2800

伏せ×3

《魂吸収》

《リターナブル瓶》

VS

亮LP:300 手札2

伏せ×1

《補充部隊》

 

 

 だが、爆発的に上がった《The (ザ・)big (ビッグ・)SATURN(サターン)》の攻撃力が元に戻ろうとも、互いのアドバンテージの差は全ての面においてデイビットが握っていた。

 

 辛うじて手札は上回っていようとも、盤面差を思えばないに等しい代物。

 

 亮の耳に敗北の足音が聞こえ始める。

 

 ()()負ける。負けて失う。師が、可能性が、未来の選択肢が、なにもかもが亮の掌から零れ落ちていく。

 

「俺の……俺のターン! ドロー!」

 

――考えるな! 今はデュエルに集中しろ! 師範が信じたリスペクトデュエルに!!

 

 しかし、そんな迷いを振り切った亮は引いたカードに己が間違っていないのだと確信を得た。

 

「墓地の《サイバー・ドラゴン・コア》の効果! 自身を除外しデッキから『サイバー・ドラゴン』カードを1体――《プロト・サイバー・ドラゴン》を特殊召喚!!」

 

 墓地に眠りし《サイバー・ドラゴン・コア》がその黒き数珠繋ぎの身体を砕けば、くすんだ灰色の筒状を連ならせた型落ち品のプロトタイプな機械竜がとぐろを巻いた。

 

《プロト・サイバー・ドラゴン》 → 《サイバー・ドラゴン》 守備表示

星3 光属性 機械族

攻1100 守 600

 

「そして俺のフィールド・墓地の光属性・機械族モンスターを全て除外し、降臨せよ!!」

 

 そして、今ここに亮は掲げた右腕の先の天に思いを託す。さすれば天上の世界より――

 

「――《サイバー・エルタニン》!!」

 

 巨大な機械仕掛けの竜の頭部が空中要塞よろしく姿を見せ、その背面から排出された小型の機械竜の頭が獲物を探すように周囲を舞う。

 

《サイバー・エルタニン》 攻撃表示

星10 光属性 機械族

攻 ? 守 ?

 

「《サイバー・エルタニン》の攻撃力は特殊召喚時に除外したカードの数×500となり、特殊召喚時、フィールドの全てのモンスターを墓地に送る!! コンステレイション・シージュ!!」

 

 やがて《サイバー・エルタニン》の周囲を舞う竜の顎たる子機(ファンネル)がデイビットのフィールドへと一斉に火を吹き、その全てを薙ぎ払った。

 

「何度挑もうと同じことサ! カウンター罠《昇天の剛角笛》発動! そいつの特殊召喚を無効!!」

 

「くっ……!?」

 

 かに思われたが巨大な角笛の音波が《サイバー・エルタニン》の電子回路を狂わせれば、宙に浮かぶ要塞たるその身は煙を上げながら墜落。

 

 当然、竜の顎型の子機(ファンネル)も機能を停止し、《The (ザ・)big (ビッグ・)SATURN(サターン)》を射抜くことは叶わない。

 

「更にYouへ1枚ドローさせる代わりに、強制的にバトルフェイズとなる! まぁ、Youには攻撃する為のモンスターが1体たりともいないがな! HAHAHA!」

 

「ド……ロー」

 

――……!?

 

 そうして逆転をかけた《サイバー・エルタニン》すら躱され、モンスターのいない状況の強制バトル。だが、カードを1枚引いた亮はその瞳を大きく揺らす。

 

「おっと、忘れるなよ、カイザー! 特殊召喚が無効になろうともYouがエルタニンの除外に使用したカードは除外されたままだ。更にコアの除外の分も合わせて――Meは《魂吸収》により回復!」

 

デイビットLP:1万1400 → 1万4900

 

 やがて、天より降りる光の祝福によってライフを回復し続けるデイビットは、亮の逆転をかけた一手により、更に状況が悪くなった現状を嗤って見せた。

 

「感謝するよ、Youが無駄に足掻いたお陰でMeのライフは潤沢なんだからサ!」

 

 もはや今のデイビットのライフは亮お得意の《パワー・ボンド》によって攻撃力を倍化した《サイバー・エンド・ドラゴン》の8000の攻撃力ですら削り切れない。

 

 更に攻撃力を倍化する《リミッター解除》があったとしても、《The (ザ・)big (ビッグ・)SATURN(サターン)》が立ちはだかる限り、届き得ぬ数値。

 

「もう諦めたらどうだ、カイザー? ライフ差は1万を超え、Youのモンスターは0! もはやバトルすらできない有様じゃないか!」

 

 いや、それらの選択肢はどのみち叶わない。既にバトルフェイズである以上、通常魔法の《パワー・ボンド》を発動することは叶わないのだから。

 

 そうして亮の耳に振り切った筈の敗北の足音が追い付いてくる。

 

 負ける。

 

 また負ける。

 

 また負けて失う。

 

 次は何を失う?

 

 師の理念か?

 

 サイバー流の誇りか?

 

 リスペクトの矜持か?

 

 それとも友か?

 

 それは分からない。

 

 だが、確実に言えることは一つ。

 

 失う。

 

「……だ」

 

 失ってしまう。

 

「だが、Meも鬼じゃない。Youがさっさとターンを終えれば、楽に地獄へ送ってやる!」

 

 失ってしまうの()()

 

「いやだ」

 

「……Why?」

 

「いやだ、俺は……俺は……!!」

 

 ()()()失ってしまうのなら――そんな思いにかられた亮は喉から絞り出すように示して見せる。

 

 

「――負けたくないぃいいい!!」

 

 

 今、己が最も欲しいものを。

 

 

 何もいらない。どうせ失ってしまうのなら、負けるのならば、何もいらない。

 

 

「どんな形でもいい――俺は勝ちたい……! 貴様を倒して!!」

 

 だが、勝利だけは貰う(奪う)

 

「HAHAHA! ナイスなジョークじゃないか。Meに勝つだって? 現実を見ろよ、カイザー!!」

 

 デイビットの挑発的な嘲笑すら、今の亮の心を揺さぶる代物にはなり得ない。

 

「今のYouはまさに裸の王様って奴サ!」

 

「分かったんだ。今やっと――俺はアモン戦以来、誤魔化し続けてきた」

 

 今の亮には、己の内から溢れ出る感情こそが全て。

 

「相手をリスペクトする俺のデュエル、それに準じることこそが師範の願いであり、俺の目指す先だと……だが違う」

 

 もはや師の掲げた願いも、亮の心には響かない。

 

「力無き思想に何の意味がある! あの時、俺が勝利していれば、全ての景色が違っていた筈だ!!」

 

 あの時に勝利があれば、亮の未来は全てが変わっていた。

 

 アモンを降し、仕入れた情報で友の危機に駆け付け、藤原を救い、学園の改革をうたうコブラを退け、願った未来が勝ち取れた。

 

「そう、俺は!! 飢えている! 乾いている! 勝利に!!」

 

 だからこそ、亮は心の底から求める。

 

 己の内の渇きを満たす代物。そう――

 

「お前の懐にある勝利を奪い取ってでも! 俺はァッ!!」

 

 勝利を寄こせ。

 

「ハン、ご高説どうも――だが今のYouの姿を日本じゃ『こう』言うんだろ?」

 

 だが、幾ら亮が勝利を求めたところで、デイビットの語るように現実は変わらない。盤上は変わらない。アドバンテージの差は変わらない。

 

「『負け犬の遠吠え』ってサ! HAHAHA!」

 

 攻撃すら叶わない今の状況でお得意のパワーファイトも叶わない。

 

 力の信奉者たるデイビットの実力は本物だ。亮が幾ら叫んだところで、その事実は不動のものである。

 

 しかし、そんな彼は1枚のカードを亮に託して(ドローさせて)くれた。

 

「――俺は速攻魔法《サイバー・ロード・フュージョン》を発動!! 除外されたモンスターをデッキに戻すことで融合召喚する!! 俺は全てのモンスターを生贄(素材)とする!!」

 

 サイバー流の禁じられた力を呼び起こす1枚を。

 

「これが全てを得る為の俺の足掻きだぁ!!」

 

 やがて2体の《サイバー・ドラゴン》が、

 

 小型の《サイバードラゴン・コア》と《サイバー・ドラゴン・ヘルツ》が、

 

 進化体たる《サイバー・バリア・ドラゴン》と《サイバー・エルタニン》が、

 

 そして彼のフェイバリットカードである《サイバー・エンド・ドラゴン》が。

 

 それら7体の(素材)を呑み込んだ光の渦より、禁忌の力が呼び覚まされる

 

 

「――出でよ!! 《キメラテック・オーバー・ドラゴン》!!」

 

 

 やがて亮の背後に浮かび上がるは今までの白銀の機械竜とは全てが異なる巨大な灰鉄の機械竜。

 

 だが、その機械竜には頭となるべき部分が存在せず、蛇のように長い体躯の根元に機械の胴体が鎮座するのみ。

 

《キメラテック・オーバー・ドラゴン》 攻撃表示

星8 闇属性 機械族

攻 ? 守 ?

 

「その攻撃力は融合素材としたモンスターの数×800! よって5600!!」

 

 しかし、生贄(素材)の力を吸収し終えた途端に胴体部分の各所より灰鉄の竜の首が7つ伸び、「キメラ」との名に相応しい姿へと変貌を遂げた《キメラテック・オーバー・ドラゴン》が、怒りの咆哮を轟かせれば、亮のフィールドの残りのカードが全て墓地へと送られた。

 

《キメラテック・オーバー・ドラゴン》

攻 ? 守 ?

攻5600 守5600

 

「攻撃力5600だって!?」

 

「今更なにを呼ぼうがコイツで終わりサ! 罠カード《リバース・リユース》! そして永続罠《召喚制限-猛突するモンスター》!!」

 

 やがて亮の変貌に言葉を失っていた吹雪が驚きの声を漏らすが、デイビットからすればこの程度の反撃など想定内であるとばかりに2枚のカードが発動され――

 

「これでYouの場に裏側守備表示で2体の《ワーム・ヴィクトリー》が特殊召喚され、永続罠《召喚制限-猛突するモンスター》の効果により、強制リバース!」

 

 亮のフィールドに舞い戻るように赤い表皮を飛ばし血の如き雨を巻き散らしながら現れた《ワーム・ヴィクトリー》の地の底から響く叫びが、悪夢のコンボの火付け役となる。

 

《ワーム・ヴィクトリー》 裏側守備表示 → 攻撃表示

星7 光属性 爬虫類族

攻 0 守2500

 

「そのデカブツ諸共、SATURN(サターン)を破壊し、フィニッシュさ!!」

 

「……貴様の必殺のコンボか。これまでのデュエル、そいつには随分と梃子摺ったが――もう発動はさせない」

 

 やがてカウントのように明滅を速めて爆発せんとする《The (ザ・)big (ビッグ・)SATURN(サターン)》だが、普段の亮から考えられないような嘲笑う声と同時に《The (ザ・)big (ビッグ・)SATURN(サターン)》の明滅のペースは大きく落ちて沈黙。

 

 その身を爆弾と化すことなく《The (ザ・)big (ビッグ・)SATURN(サターン)》はデイビットのフィールドに静かに浮かぶのみ。

 

「何故、SATURN(サターン)が起爆しない!?」

 

「俺は既に罠カード《攻撃の無敵化》を発動していた――これでフィールドのモンスター1体はこのターン『破壊されない』!!」

 

「チッ、小細工を……だがキメラテック・オーバーには消えて貰う!!」

 

 そうして、《The (ザ・)big (ビッグ・)SATURN(サターン)》の不発のタネを明かす亮だが、デイビットの言うように《ワーム・ヴィクトリー》の効果は一切消えてはいない。

 

 ゆえに、《キメラテック・オーバー・ドラゴン》に纏わりついて圧し潰さんと《ワーム・ヴィクトリー》が迫るが――

 

「無駄だァ! 手札から速攻魔法《禁じられた聖衣》を発動! これで攻撃力600ダウンを代償に、俺のキメラテック・オーバーは効果では破壊されない!!」

 

 《キメラテック・オーバー・ドラゴン》の7つの首から放たれる轟きに気圧されるように《ワーム・ヴィクトリー》たちは膝をつく。

 

《キメラテック・オーバー・ドラゴン》

攻5600 → 攻5000

 

「バトルだ!! やれェ!! 《キメラテック・オーバー・ドラゴン》!! エヴォリューション・レザルト・バーストォッ!!」

 

 もはや3枚のリバースカードを使い切ったデイビットには、《キメラテック・オーバー・ドラゴン》の中央の首の1つから放たれるブレスを止める術はない。

 

 そして、そのブレスはデイビットを守らんと両腕を交差した《The (ザ・)big (ビッグ・)SATURN(サターン)》を呑み込み、その余波がデイビットを打ち据える。

 

「ぐぅっ……!!」

 

デイビットLP:1万3000 → 1万800

 

 だが、その莫大なライフを削り切るには至らない。

 

「フン……この程度か?」

 

 そして不適な笑みを浮かべるデイビットがチラと見やった亮の最後の手札も発動される様子がない。今、発動できるカードではないのだから。

 

「残念だがMeのライフを削り切るには足りない。サイバー流お得意のパワーファイトもMeには通じないのサ――さぁ、ターンを終えろ! 次のターンでとどめを刺してやるよ!!」

 

「次のタァーン? 何を言っている?」

 

 ゆえに勝利を確信したデイビットだが、その妄信を亮は嘲笑してみせる。

 

「言っただろぉ――このターンでケリをつけると! 俺は勝ァつ!!」

 

「HAHAHA! 最後の手札でも使おうって言うのか? それで1度や2度、追撃したところで――まさか!?」

 

 そして、遅ればせながらデイビットも亮の思惑を知ることとなるが、もう遅い。

 

「そう!! キメラテック・オーバーは融合素材としたモンスターの数まで攻撃できる!!」

 

「残り、6連撃……だと……!?」

 

――拙い、今のMeのライフは……

 

「――消えろ、敗者は!!」

 

 既に全てのリバースカードを使い終えたデイビットには、亮の攻撃を止める手段がない。

 

 今や《攻撃の無敵化》によって破壊されてくれない《The (ザ・)big (ビッグ・)SATURN(サターン)》は、《キメラテック・オーバー・ドラゴン》の攻撃をひたすら受け続けるサンドバッグ状態。

 

「エヴォリューション・レザルト・バースト――」

 

「こんな……こんな、甘ちゃん坊やにMeが……!!」

 

 やがて亮が渾身の力を込めて叫ばんとすれば、《キメラテック・オーバー・ドラゴン》の6つの首が死を運ぶ光の輝きを放ち始めた。

 

 

 そんな中、デイビットの脳裏を過去の情景が巡る。

 

 

“待ってよ、兄さんたち、この手紙を頼まれて――”

 

“何をしている! 兄者を待たせるような真似はするな!”

 

“ならMeが届けておくよ。約束サ”

 

“こいつはお前への礼だ――お前の言う坊主には後で俺様から別の形で礼をするからよ”

 

 巡る、幼き日の運命の出会いが。

 

“凄いなデイビット。よもやその年で中等部の生徒から勝利をもぎ取るとは……校長として誇らしく思うよ”

 

“トップエリートもこんな程度か。この学園でボクが得られそうな物はなさそうだ”

 

“また挑みに来たのか? 何度来ようとも、お前に選べるのは敗北の方法だけだ”

 

“お前も懲りない奴だ。ボクに負けるのがそんなに楽しいのか?”

 

 巡る、宿命の出会いが。

 

“ボクはあのカードを手にしなくちゃならない……欲に塗れた奴らにあのカードを渡したくないんだ”

 

“ボクの卒業デュエル――キミに受けて欲しい。勘違いするな。ボクの挑戦から逃げない相手がキミしかいないだけだ”

 

“この拍手も、歓声も、ボクだけに贈られたものじゃない”

 

“プロの世界で待っているよ”

 

 巡る、決意の別れが。

 

“「END」……彼に相応しい呼び名じゃないかしら? ライバル調査? 苦しい言い訳ネ”

 

“ああ、ペガサス会長が極東の彼を「ENDの再来」と評した。才能は確かだよ”

 

“大人になれデイビット。こんな呼び名など所詮はプロパガンダ(宣伝)の一環だ――誰も名の重みなど気にはしない”

 

 巡る、(敗北)へと続く情景が。

 

 

 ふざけるな。

 

 

「――ロォグレンダァ(六連打)ッ!!」

 

 

「――くっそぉぉおおっぉおおぉおお!!」

 

 

 やがて《キメラテック・オーバー・ドラゴン》から放たれる六筋の光線が、デイビットの相棒たる《The (ザ・)big (ビッグ・)SATURN(サターン)》を何度も貫き、そのライフの全てを削り取っていく。

 

 

 積み上げた全てを。果たす筈だった約束を。晴らす筈だった無念を。

 

 

 ふざけるな。

 

 

「Meが……」

 

「ククク……」

 

 膝をついたデイビットは、もはや屈辱に塗れる他ない。

 

「フフフ……」

 

 そして、望むものを手にした亮はたまらず笑みを漏らす。

 

「ハハハハハハハハハハハハハハ! ハハハハハハハハハハハハハハ!! そうだ! これだ! 勝者こそが全てを手に入れる! それこそが真理!!」

 

 今の亮は気分が良かった。勝利した。負けなかった。失わなかった。

 

 そう、ずっと己を蝕んでいた悩みを解消することなど、簡単なことだったのだ。

 

「待っていてください、師範!! 俺は、全てを手にして見せる!!」

 

 失うのが怖いのなら奪えば良い。力も、勝利も、望みも――己が欲する全てを。

 

「サイバー流も! 望んだ日々も! 頂きたるリスペクトも!! その全てを!!」

 

「亮……」

 

 

 そうして熱に浮かされるように高笑う亮の姿へ、吹雪の悲し気な視線が向けられるが、今の亮には届きはしない。

 

 

 今の亮に届くのは、屈辱に塗れ膝をつくデイビットの姿のみ。

 

 

 

 

 

 

 

デイビットLP:500

 

 僅かに()()()()()ライフのみ。

 

「なん……だと……!?」

 

「Me……は墓地の罠カード《仁王立ち》と《リターナブル瓶》の効果でカードを除外し、《魂吸収》で回復させて貰った」

 

 やがて膝を払いながら立ち上がったデイビットは己の右手で額を強く押さえ、怒りに歪んだ表情を見せながら、我慢がならない様子で叫ぶ。

 

「……屈辱だよ……Meが! お前如きに……こんな! 無様な真似をさせられるなんてサぁ!!」

 

 今のデイビットは己が許せない。

 

 彼がライバルと認めた男は、決して無様な姿を表には見せなかった。完璧を超えた先を追い求めていた。

 

 だというのに、今の己はなんだ? 相手の猛攻もさばけず、墓地のカードを無為に消費して必死に延命に縋る姿は無様でならない。

 

 しかし、そんな怒りを前に、亮は覇気の抜けた顔で呟く。

 

「何故だ……俺は勝利の為に…………」

 

 この時ばかりは全てを忘れ(捨て)、勝利だけを追い求めた――だというのに届かない現実。得られなかった勝利。

 

 次は何を捨てれば良い。何を捨てれば勝てる。

 

 だが、縋るような亮の想いに応えてくれる誰かは此処にはいない。

 

「……手札1枚で長考か? さっさとしろ。Meの気は長くないんでネ」

 

「カードを……セットしてターンエンド……だ」

 

 やがて速攻魔法《サイバーロード・フュージョン》のデメリットにより《キメラテック・オーバー・ドラゴン》以外のモンスターで攻撃できない亮は、辛うじてデュエルの意思を見せてターンを終えた。

 

 

デイビットLP:500 手札1

The (ザ・)big (ビッグ・)SATURN(サターン)》攻2800

《魂吸収》

《リターナブル瓶》

《召喚制限-猛突するモンスター》

VS

亮LP:300 手札0

《キメラテック・オーバー・ドラゴン》攻5600

《ワーム・ヴィクトリー》×2 攻0

伏せ×1

 

 

「Meのターン、ドロー!! ……チッ、《リターナブル瓶》の効果で墓地の罠カードを手札に!」

 

 そうして、先の豹変が嘘のような亮の姿と、己の無様さに苛立つデイビットはカードを引くが、望むカードを引けなかった事実から、勝負の流れが亮に傾きつつある事実に更に苛立ちを募らせる。

 

デイビットLP:500 → 1000

 

「バトル! SATURN(サターン)で攻撃!! Anger(アンガー) HAMMER(ハンマー)!!」

 

 やがて、その苛立ちのままに放たれる《The (ザ・)big (ビッグ・)SATURN(サターン)》の拳が攻撃力0の《ワーム・ヴィクトリー》に振るわれるが――

 

「く、来るなァ!! 罠カード《和睦の使者》!! モンスターを戦闘破壊から守り!バトルダメージをゼロにする!!」

 

「クッ、何処までもしぶとい奴だ……いい加減沈めよ! Meはカードを2枚セットしてターンエンド!」

 

 迫る敗北から逃げるように発動された平和の祈りに、振るう拳を見失った《The (ザ・)big (ビッグ・)SATURN(サターン)》が戦闘態勢を解く中、デイビットは収まらぬ苛立ちのままターンを終えた。

 

 

デイビットLP:500 手札1

The (ザ・)big (ビッグ・)SATURN(サターン)》攻2800

伏せ×2

《魂吸収》

《リターナブル瓶》

《召喚制限-猛突するモンスター》

VS

亮LP:300 手札0

《キメラテック・オーバー・ドラゴン》攻5600

《ワーム・ヴィクトリー》×2 攻0

 

 

 かくして泥仕合の様相を見せるデュエル。

 

「俺の、俺のターン、ドロー!! ――くっ!」

 

――装備魔法《エターナル・エヴォリューション・バースト》……俺のバトル時に相手の効果を封殺するカード……だが……!

 

 しかし、亮は引いたカードに歯嚙みする。確かに、このカードがあれば次の攻撃をデイビットは絶対に防ぐことは出来ないだろう。

 

「俺は装備魔法《エターナル・エヴォリューション・バースト》を発動し……装備……」

 

「本当に屈辱だよ!! Meが……このMeが、お前みたいな半端者にこんな選択を取らされるなんてサ!!」

 

 だが、怒りに満ちた表情を見せるデイビットのデュエルが、彼の相棒たるカードの力の前では、今の亮は届かない。

 

「まだ……まだ、足りないのか……! 勝利のみを追い求め、鬼になろうとも届かないのか!!」

 

「罠カード《リバース・リユース》発動! リバースモンスターをYouの元へ! そして永続罠《召喚制限-猛突するモンスター》により強制リバースした《ワーム・ヴィクトリー》によって『ワーム』以外のモンスター全てを破壊する!!」

 

 そうして、亮のフィールドに現れた《ワーム・ヴィクトリー》が雄たけびを上げながら、血の如き赤い雨をばら撒けば、《The (ザ・)big (ビッグ・)SATURN(サターン)》の起爆スイッチが作動する。

 

《ワーム・ヴィクトリー》 裏守備表示 → 攻撃表示

星7 光属性 爬虫類族

攻 0 守2500

 

「何故だ……何故だ、なぜだ……」

 

「起爆しろ、SATURN(サターン)!!」

 

 やがて、うわ言のように亮が言葉を零す中、己から勝利を捨てる羽目になったデイビットが声の限りに叫べば、《The (ザ・)big (ビッグ・)SATURN(サターン)》の身体は明滅を速めながら、そのエネルギーを内部にため込み――

 

「――DOUBLE(ダブル) IMPACT(インパクト)!!」

 

「なぜだぁぁぁぁーーッ!!」

 

 全ての力を解き放つ輝きと共に《The (ザ・)big (ビッグ・)SATURN(サターン)》が爆ぜる中、亮は叫ぶ他なかった。

 

 

 この時ばかりは、とリスペクトを忘れ、

 

 勝利だけを追い求め、

 

 あらゆる全てを削ぎ落し、

 

 修羅に堕ちてでも、

 

 勝利をリスペクトした先に、

 

 

カイザーLP:300 → 0

 

デイビットLP:1000 → 0

 

 

 勝利()()なかったのだから。

 

 

 

 

 今の亮は行き場を失った迷い子のように叫ぶ他ない。

 

 




暗い闇の中でこそ光り輝くものもある



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第255話 堕ちた先



前回のあらすじ
ENDさん「これが……高潔で、相手のプライドを重んじていた『カイザー』と呼ばれていた男のデュエルか……!?」





 

 此処で時間は現在に戻り、吹雪によって明かされた1年前のデイビットとの一戦により、亮の在り方が大きく変わってしまった事実を知らされるレイへ、吹雪は過去を懺悔するように語る。

 

「あの時、デュエルの後の亮には誰も声をかけられなかった……」

 

 己の全てを捨ててでも勝利に手を伸ばした亮の支払った代償に、「引き分け」が見合うとは部外者であった吹雪にも、とても思えない。

 

 それは当時のフォース生徒全員が同じ気持ちだっただろう。ゆえに、追い打ちになる励ましすら項垂れる亮にはかけられなかった。

 

「その後はレジーくんと、元々立ち直りの早かったデイビットくんたちで、残りのボクたちの交流戦をしてお開きになったんだ」

 

「亮様は……亮様は大丈夫だったんですか!?」

 

「ボクたちの声が届かないくらい暫く魂が抜けたように呆然としていたけど、再起自体は早かったよ。でも……」

 

 過去の恋する人への心配を募らせるレイへ、吹雪は「亮はそんなに弱い男じゃない」と返すが、「強さ」が必ずしも最良の結果をもたらすとは限らない。

 

「とても荒れるようになった。とはいえ、別に暴力的になった訳じゃない――いや、むしろそっちの方が分かり易くて良かったくらいさ」

 

 立ち直った――いや、再起した亮は変わってしまったと吹雪は語る。

 

「それって――」

 

「文字通り勝利以外の全てを削ぎ落すデュエルに傾倒していったんだ」

 

 その姿は「修羅」――と言うには余りに冷徹で、「鬼」と言うには余りにも理性的で、そして何より、「デュエリスト」と言うには余りに破綻した姿。

 

「今の亮様からは想像できない……」

 

「実際、勝率はグンと上がって、亮は確かに強くなった――でも、あんな生き方を続ければ、先が長くないことは誰の目にも明らかだったよ」

 

「でも、吹雪さんたちが、今の亮様に戻してくれたんですよね!」

 

 だが、吹雪の話は「過去」だと、恐れを振り払う希望に満ちた眼差しを向けるレイに、吹雪は歯を光らせながら、肯定を返した。

 

「無論さ! ボクたちは亮の真意を測るべくデュエルに挑んだ!」

 

 友が道を間違えたのならば、迷っているのならば、手を貸すのが吹雪のポリシーである。

 

「亮が本当に自分の意思で選んだ道ならボクも応援しただろうけど、あの時の亮は周囲の状況に呑まれて選択したようにしか見えなかったからね」

 

 なにせ、亮が変わる切っ掛けとなった一件が一件だ。どう考えても、「親友が望んだ在り方」とは吹雪には思えなかった。

 

「そして最初に挑んだのは一番責任を感じていた優介だった」

 

 

 かくして、再び舞台は1年前の――亮が高校2年生だった頃のアカデミアに戻る。

 

 

 

 

 

 

 変わってしまった亮へ、多くの言葉を重ねた吹雪と藤原。だが、対する亮は決して己の破滅的な在り方を変えようとしなかった。

 

 この破滅の先にこそ真理が宿るのだと妄信しているようにも見えた亮へ、藤原は「勝利者」こそが正しいのならば、とデュエルを挑む。

 

 そう、己の言葉をデュエルに乗せて亮の心に直接訴えようとしたのだ。

 

 

 

 こうして、亮と藤原のデュエルが幕を開け、互いに一進一退の攻防を繰り広げた結果――

 

 

 

藤原LP:2800 手札2

《魔道騎士ガイア》攻撃2300

《ガーディアン・オブ・オーダー》攻2500

《サイレント・ソードマン LV 7》攻2700

伏せ×1

VS

亮LP:1300 手札2

《サイバー・ドラゴン》攻2100

伏せ×3

 

 

 徐々に亮を追い詰めていった藤原は、亮の後悔の原因が己にあるのだと懺悔と共に胸の内を明かす。

 

「亮! キミをそんなにしてしまったのは、僕があんな事件を起こしてしまったゆえ! ならキミの悩みは僕が晴らす!!」

 

『サイレント・ソードマンの効果で貴方は融合召喚を封じられている! さぁ、マスターの声に耳を傾けるんだ!』

 

 藤原の精霊オネストの声は、精霊の見えない亮には届かないが、全ての始まりは鮫島校長の失脚――その呼び水となった事件、藤原が起こしたダークネスの事件があったゆえだと藤原は語る。

 

 亮が責任を感じる必要は何処にもないのだと。

 

 そんな藤原の言葉の真意を知ってか知らずか亮は静かに藤原の手札を見やりながら――

 

「更に手札には《オネスト》――盤石な布陣という訳か」

 

「『勝利こそが正しい』とキミが語るならば、僕がキミを倒し、勝利することで止めてみせる!!」

 

「なんだ――まさか、もう勝ったつもりかぁ?」

 

 藤原の覚悟も戦術も、思いの全てすらを嘲笑らって見せる。

 

「永続罠《DNA改造手術》発動!! これでフィールドの全てを機械族へ!!」

 

 そして、亮の宣言と共に、藤原の馬上の騎士も、黄金のアーマーを纏う闘士も、大剣を構える戦士の全ての身体から機械の装甲がせり出し、その在り方が歪められていく。

 

《魔道騎士ガイア》+《ガーディアン・オブ・オーダー》+《サイレント・ソードマン LV 7》

戦士族 → 機械族

 

「俺の《サイバー・ドラゴン》と藤原――お前のモンスター全てを贄に! 融合召喚!!」

 

「僕のモンスターを素材に!?」

 

 やがて亮の元の白金の機械竜の装甲が開き、ブラックホールのように藤原の元の3体の戦士たちを呑み込んでいけば――

 

「――《キメラテック・フォートレス・ドラゴン》!!!」

 

 天の黒き穴より、輪の身体を列車のように連ならせた銀竜が唸りと共に大地を削り現れれば、その輪の中から融合素材にした数の4体の小竜の頭部が顔を覗かせた。

 

《キメラテック・フォートレス・ドラゴン》攻撃表示

星8 闇属性 機械族

攻 0 守 0

攻4000

 

『攻撃力4000!? まさか融合素材の数×1000の攻撃力を!?』

 

「戦闘では無類の力を発揮する《オネスト》も、光属性モンスターがいなければ脅威になりえない――俺は何も変わっていない!! そう、勝利をリスペクト――いや、リスペクトすら不要だ! 俺は勝利()()を求める!」

 

 オネストの驚きを余所に、亮は何処までも冷静に、冷徹に盤面を支配して見せる。

 

 今の亮は清々しい程に頭の中がクリアだった。

 

「勝負の最中の輝きも! 高みの景色すらも! 勝利の美酒さえも! 全てが不要だ!!」

 

 そう、亮は捨てた。あの時(デイビット戦)よりも、更に多くのものを。

 

 そうして己の内のあらゆるものを捨て続ける亮には、デュエルだけを、「勝利」だけを見ていれば良い。

 

「今の俺が欲するのは、()()()()()()()()()のみ!!」

 

 勝利さえすれば、失うことはない。あんな思いをする必要もない。

 

「これで俺の勝ちだ、藤原ァ!! やれェ! 《キメラテック・フォートレス・ドラゴン》!!」

 

 亮の心の叫びに呼応するように咆哮を上げる《キメラテック・フォートレス・ドラゴン》が、守り手のいなくなった藤原に牙を剥くが――

 

「罠カード《逢魔ノ刻》!!」

 

 その藤原を守るように銀翼を広げる巨大な影が立ちはだかる。

 

「僕のフィールドに甦れ!!」

 

 それは亮を止める為の切り札。

 

 それは亮の心を引き戻す鍵。

 

 そして、亮が最も信頼する戦友(とも)

 

「――《サイバー・エンド・ドラゴン》!!」

 

 三つ首の機械竜が白金の巨大な体躯をうねらせ、巨大な一対の翼を広げて亮を止めるべく立ちはだかった。

 

《サイバー・エンド・ドラゴン》 攻撃表示

星10 光属性 機械族

攻4000 守2800

 

「クッ……」

 

『これで再び《オネスト》の力がキミに立ちふさがる! サイバー・エンドは、キミがそんな風になることなんて望んでいない!』

 

 そんな普段ならば最も頼りになるフェイバリットカードが強大な敵として立ちはだかる光景に、亮は思わず目元を腕で軽く覆いながら見上げる形で対峙する。

 

 その表情は何処か、けわしい様にも見えよう。

 

「……ククク」

 

「なにが、おかしいんだい……?」

 

 だが、腕に隠れた表情にて微笑を零れさせる亮の姿に、藤原が不審げな視線を向ける中――

 

「――キメラティック・フォートレスで、サイバー・エンドを攻撃!! エヴォリューション・リザルト・アーティレリー!!」

 

 亮は追撃を宣言。《キメラテック・フォートレス・ドラゴン》の頭部と身体の側面から覗く小竜の口から一斉に光線が放たれる光景に観客代わりの吹雪も思わず焦った声を漏らす。

 

「馬鹿な!? 藤原の手札には《オネスト》が……!!」

 

「なら迎え撃ってくれ、サイバー・エンド! 亮の目を覚まさせてあげるんだ! エターナル・エヴォリューション・バースト!!」

 

 そして、《サイバー・エンド・ドラゴン》も三つ首にブレスをチャージし始める。

 

 やがて《キメラテック・フォートレス・ドラゴン》と《サイバー・エンド・ドラゴン》のそれぞれのブレス攻撃がぶつかり合い火花を散らす中、《サイバー・エンド・ドラゴン》の銀翼に《オネスト》の純白の翼と虹色の輝きが迸り始める。

 

「罠カード《決戦融合-ファイナル・フュージョン》!! 融合モンスター同士がバトルする際、そのバトルを強制終了させ互いにその攻撃力の合計のダメージを与える!!」

 

 その瞬間に、二体の機械竜のブレスは拡散するように周囲に散らばり破壊の奔流となって二人のデュエリストに襲い掛かった。

 

『相打ち狙いを!?』

 

「罠カード《レインボー・ライフ》――俺はこのターン、ダメージが回復効果となる」

 

 だが、亮の前に展開された虹色に光るの壁が己へ向かう破壊の奔流を防ぐ。当然、残りの余波は無防備な藤原の元へ――

 

「俺を案ずるあまり、融合モンスターを――サイバー・エンドを選んだのがお前の敗因だ、藤原ァ!!」

 

 《サイバー・エンド・ドラゴン》を従える藤原の元へ殺到し、巨大な爆発となってその身を打ち据える。

 

「消えろォ!! 敗者はァッ!!」

 

「くっうぅぁぁぁああぁあああ!!」

 

 やがて《サイバー・エンド・ドラゴン》が藤原を守るように、その身体を丸めさせる中、全てを呑み込む8000の効果ダメージが爆炎となって一人のデュエリストを呑み込んでいった。

 

藤原LP:2800 → 0

 

 

「これで良い。俺には勝利だけがあれば良い」

 

 そうして、膝をつく藤原を見下ろすように立つ亮が素通りしていく中、すれ違う形で吹雪が藤原の元へ駆けよるが――

 

「藤原!!」

 

「ゴメンよ、吹雪……僕じゃ亮を……」

 

「そんなことはない! キミのデュエルは最高に輝いていた!!」

 

 何よりも先に「亮を止められなかった」ことを悔やむ藤原へ、吹雪は力の限り友のデュエルの輝きを肯定して見せる。

 

 それゆえ、一瞥にすら値しないと立ち去ろうとする亮を看過できなかった吹雪は怒りすら込めて叫ぶ。

 

「亮、これで満足なのか! これがキミの本当の望みなのか!」

 

「何を言っている。何も満足していないさ。いや、満足することなど必要ない」

 

 だが、亮から返ってきたのは意外にも否定の言葉。

 

「俺には勝利だけがあれば良い」

 

 そう、今の亮の中では未だに「望む力」は得られていないのだ。足りない。全くと言っていい程に足りない。

 

「だが、今のままでは駄目だ。今の俺の内には勝利の度に湧き上がる喜びがある。達成感がある――煩わしいッ!!」

 

「……亮、キミは……」

 

「まだ足りない。もっと削がなければ……勝利以外を削ぎ落さねば……余計な物を求めるから負けたんだ。あの時の俺も――」

 

 やがて勝利以外の全てを削り、捨て去ろうとしてまで「望む力」を求める今の亮が、吹雪には壊れる寸前の機械のようにも思えた。

 

 ゆえに一抹の希望を抱いて吹雪は問いかける。

 

「ボクとの友情も不要かい?」

 

「ああ、不要だ」

 

「……少し悲しいな」

 

 親友であることすら、人との輪すら削ぎ落す亮の即答する姿に吹雪は悲し気な表情を見せるも、亮は何処までも冷徹だった。

 

「悲しいか? なら忘れろ。お前も俺のことを捨てれば良い。俺は勝利以外の全てを削ぎ落さなければならないんだ。分かってくれ――いや、理解など必要ない。そうしなければ俺は……俺は……!!」

 

――俺はまた失う。

 

 いや、冷徹に()()()()()()()()。親友の為に、師の為に、亮は全てを捨て去った先の心なき力を求めている。

 

 だが、親友をそんな冷たく寂しい世界に吹雪が送り出せる筈もなかった。

 

「侮って貰っちゃ困るよ――ボクはこう見えて粘り強さが自慢でね!」

 

 ゆえに藤原の想いを受け継ぐように彼のデュエルディスクを手に取った吹雪の宣言に、亮は嫌悪にも似た忌々しい視線を向けながら、喉の奥から絞り出すように告げる。

 

「なら次はお前だ、吹雪」

 

 もう目障りで仕方がない(己のことなど忘れてくれ)、と。

 

「勿論さ!! ボクの全てをキミにぶつける!!」

 

「煩わしいな、吹雪――俺に変わらず接し続けるお前の優しさが!!」

 

「――うっっっっるッさい!!」

 

 しかし、此処で沈黙を守っていた第三者こと小日向の苛立ち気な大声がフォース生徒様に一室に響いた。

 

 当然の話だが、此処はフォース生徒の為のデュエル場兼、授業スペース――つまり、小日向や、未だに寝ているもけ夫もいる空間である。

 

 ゆえに、今までの藤原と吹雪、亮とのやり取りは小日向と、一応もけ夫も強制的に聞かされている立場だ。

 

「全て断ち切って――なんだ、小日向」

 

 だが、特にその辺りを気にしない亮は、吹雪とのやり取りに割って入る形になった小日向にも変わらず冷淡に接するが――

 

「手痛い引き分けして落ち込んでたっぽいから、そっとしといてあげたけど――いい加減、我慢の限界だから、言わせて貰うわ!!」

 

 当の小日向は、ズカズカと近づいて亮の心臓部めがけて人差し指で文句と共に突きながら「うるさくて集中の邪魔」と真っ当なことを告げる。

 

「さっきからアレコレ煩いのよ!! 暑苦しいは喧しいは、青春ごっこなら私がいない時にして!!」

 

「ふん、ならお前が相手になるつもりか?」

 

「は? なんで?」

 

「お前も俺の在り方を否定したいんだろう? もう俺に仲間は必要ない。俺の邪魔をする全てが不要だ。煩わしい。全て捨てなければならないんだ。俺が勝利()()を手にする為に!!」

 

「違うんだ、亮! ボクたちはキミを否定したんじゃない! 危ぶんでいるんだ!! 勝利に憑りつかれた先に、マスター鮫島は本当にいるのか!?」

 

 しかし、その結果として小日向に狙いを変えた亮が禍々しい闘志をさらけ出す中、庇うように前に出た吹雪は己の主張をぶつけて見せた。

 

 誰がどう見ても、全てを捨て、削ぎ落して勝利と言う記号を求める亮の在り方は破滅的すぎる。

 

「キミが目指した先は本当にそうだったのかい? ボクにはキミが無理に強がっているようにしか見えない!!」

 

「はぁ? ようは『勝ちたい』って話でしょ? そんな誰でも思ってる話に小難しい理屈つけてんじゃないわよ。馬鹿なの?」

 

「そう! 俺は自分をごまかすのを止めた! 勝利()()が全て!! 他には何も望まない!」

 

 だが、そんな中でも小日向が馬鹿でも見るような目で亮を見やるが、当人はその辺りの侮蔑的な意味など全く気付いた様子もなく、力強く新たな己の姿を語って見せる亮。

 

 亮と小日向の思考パターンは致命的なまでにズレていた。

 

「そんな訳ないじゃない」

 

「……なんだと?」

 

 ゆえに、己の在り方に終始呆れた姿勢を見せる小日向の姿に亮が今までとは毛色の違う反応を見せるが――

 

「勝利『だけ』あっても意味ないじゃない。さっきから訳の分からない言い合いして、普通に迷惑なんだけど」

 

「俺には勝利だけがあれば――」

 

「――勝ってどうしたいの?」

 

「決まっている!! 勝利を積み重ねた先にこそ真理が宿る! その先にこそリスペクトの境地が見える筈だ!」

 

 問われた「勝った『先』」の話の展望を力強く語る亮だが、小日向はやはり「理解できない」とばかりに溜息を吐いて己の主張を告げた。

 

「……あんまり『こういうこと』言うのアレだけど、アンタがゴチャゴチャ言ってることなんて全部、『勝たなくても』『出来ること』だからね? その辺、分かってる?」

 

 小日向からすれば「勝利」は手段であって「目的」ではないのだと。

 

 なにせ、亮の望みは全て「勝たなくても叶う」代物だ。「勝ち」に拘る理由にはどうしても弱い。

 

「……結局はお前も吹雪たちと同じか。そうやって理解を拒み、俺の行為を――」

 

 だが、小日向の言に終始、突き放すような口調だった亮も――

 

「その境地だかなんだか知らないのが『勝利』の上にあるなら、デュエルキング辺りに直接聞いた方が早くない? 多分、世界で一番『勝利』してるわよ?」

 

「――知った風な口を利くな、小日向ァ!」

 

 勝利の上に理解できる世界(境地)を「勝ったヤツに聞けばいい」との主張は看過できないと怒りを見せた。他者が積み上げた上澄みを横から掠め取って得たものに何の意味がある。

 

「仮にデュエルキングがその境地に立っていたとしても、それまでの過程を無視して『答えだけ』を授かることに何の意味がある!!」

 

「でも、アンタのリスペクトデュエルもマスター鮫島からの受け売りよね?」

 

「違う! 違わないが、そうじゃない! 授かった教えを受けて精進することに意味が――」

 

 だが、小日向の真っ当な理詰めに、亮の怒りは矛先を見失うこととなる。

 

「なら、デュエルキングから『境地』を教わって、その先を目指して精進した方が良いんじゃない?」

 

「――ッ!? だ、だが、あの時! 俺にアモンを倒す力があれば、コブラ校長を退け、かつての学園の在り方に沿った形で改革を行えた筈だ!!」

 

 そして、効率重視の小日向の主張に亮は、別の「勝利すれば変えられた」話題を出すが――

 

「その『アモン』が誰なのかは知らないけど、アンタがコブラ校長を倒しても、海馬オーナーが出張ってくるだけでしょ。そもそも諸々の問題が起きた以上、責任問題は避けられないから」

 

 そもそも責任者であった鮫島が「責任を取らない」なんて選択肢はない。もしも「デュエルで勝って責任逃れをします!」が出来たとしても、風評までをかき消すことは叶わない。

 

「はい、アンタが勝っても無駄無駄」

 

「無駄じゃない! 俺にもっと力があれば――」

 

「亮……」

 

 そうして手を横に振り「無駄」を強調する小日向へ、亮は一歩前に出る。

 

 そんな捨てた筈の熱が、削った筈の想いが、亮の中に戻りつつある光景に気づいた吹雪が小さく呟く中、その辺りに気づいた様子もない小日向は肩をすくめて続けた。

 

「大体さぁ――マスター鮫島だって、学園に戻る気があるなら、自力で戻って来るわよ。『それ』を『しない』ってことは学園自体に未練がない証拠じゃない」

 

 そもそもマスター鮫島は、学園経営には向いていないが、教育者としては中々だ。アカデミアの教員に再チャレンジする道も選べれば、本校に残る選択肢もあった身である。

 

 サイバー流の師範としての己を優先した為、フットワークの軽い今の立ち位置を選んだのだ。

 

「それにアンタ『勝って』なにを『したい』の? 教えがどうとか、周りがどうとか、学園がどうとか……それって、本当にアンタが『やりたいこと』なの?」

 

 そして何より小日向が理解できなかったのは「亮が何をしたいのか」だ。「勝利」「力」と手段ばかりが先行して、その目的が見えない。

 

「『力なき思想に意味はない』とか何とか言ってたけど、アンタの『思想』ってなに? 『力』『力』ばっかで、その辺が全然見えないんだけど」

 

「なら、お前は何を目指すと言うんだ、小日向!! 勝利を以て何を求める!!」

 

 だが、売り言葉に買い言葉な様子で亮は叫ぶ。言いたい放題を続ける小日向の「目的」はさぞ立派なことなのだろう、と。

 

「賞賛でしょ、お金も欲しいわね。後、地位と名誉に……無茶を通せる立場も捨てがたいけど……」

 

「……………………は?」

 

 だが、顎に手を当て思案する小日向の口から零れるのは、どれもこれもが俗物的な代物ばかり。思わず亮の口がわなわなと震える。

 

 吹雪なら「自分のミュージカルデュエルで世界中の人を楽しませたい」と綺麗な夢を語ってくれるだろう。

 

 藤原なら「自分のように悩んでいる人へ、デュエルで寄り添える人になりたい」と優しい夢を語ってくれるだろう。

 

 しかし、小日向から出てくるのは、まさに「我欲」と言う他ない。等身大の人間らしいと言えば「そう」なのかもしれないが、「ちょっとは隠せ」と思うレベルで亮の周囲では見ないタイプだろう。

 

「一番はやっぱり勝って『スカッとしたい』――これね。勝つの楽しいもの」

 

「ち、違う……」

 

 それゆえか、剥き出しの欲望塗れの答えが理解できぬ恐怖から亮は一歩後ずさる。

 

「そんなの……」

 

 自分と同じフォース生徒。

 

 学園の規範となり、他の生徒を導く存在。

 

 だが、その本質は亮の理想とはあまりにも、かけ離れすぎていた。

 

 ゆえに己と同じ(フォース生)とは思えなかった。

 

「俺が目指す、デュエリストじゃ……」

 

「当たり前じゃない。これは私の『やりたいこと』なんだから」

 

 しかし、小日向は亮の口から出かかった「拒絶」の言葉を「肯定」してみせる。

 

「アンタは勝ってどうしたいの?」

 

 そして問いかけた。

 

 千差万別、多種多様な異なる思想を持つ人間の1人として、亮が何を望むのかを。

 

 それは「誰かの為」じゃない、「己だけの欲望」――汚かろうが、己より欲深くはない筈だと小日向は一歩亮へ近づき、その心臓付近こと「心」を人差し指で突き問いかける。

 

「本当に欲しいものはなんなの?」

 

「俺が……勝つ……のは…………」

 

――俺は何の為に勝ちたかったんだ? 何故、デュエルを……

 

 だが、更に一歩後退った亮には、なにも出てこない。

 

 師範のリスペクトデュエル、リスペクトの境地、サイバー流、皇帝(カイザー)として積み上げて来たこれまで――それら全ての根底には「己ではない誰かの為」に比重を置いたものばかりだ。

 

 デイビットとのデュエルで芽生えた「勝ちたい」の先「勝って叶えたいこと」が出てこない。「勝利」に拘る理由が出てこない。

 

 本来の歴史で亮が辿り着いた結論である「この(デュエルの)瞬間を輝かせたい」ですら極論、「勝つ必要性はない」のだから。

 

 勝利を以て掴む先――「欲望」が彼の中では酷く希薄だった。

 

 

 だが、何時まで経っても返答が来ない小日向が我慢を切らした様子でもう一歩踏み込んで問いかけるが――

 

「大体、アメリカ校との交流戦でも『負けたくない』とか当たり前なこと叫んでたけど、突然どうした訳? それに削るだ何だって、修行僧の真似事なんか始めて……ひょっとしてアレ? 悟りとかそういうの目指してるの?」

 

「当たり……前……?」

 

「は?」

 

「…………当たり、前?」

 

 途端に、呆然と壊れた機械のように同じ言葉を呟く亮に、流石の小日向も「様子がおかしい」と把握した結果――

 

「二人――集合」

 

「う、うん」

 

「急にどうしたんだい、小日向くん」

 

「亮の様子も流石に変だけど……」

 

 吹雪と藤原を招集し、亮から少し離れて小声で意見の交流を行い始める。

 

「(えっ、なに? アイツって今まで『負けたくない』とか考えたことないの? ありえなくない?)」

 

「(いや、ボクにそんなこと言われても……アカデミアの中等部の時から亮は敵なしだったし――なぁ、藤原)」

 

「(うん、でも小学生時代はサイバー流の門弟で、大人に混じってたらしいし、亮も昔は師範とのデュエルで負けも多かったって言ってたよ)」

 

 やがて「負けたくない」感情を「今まで知らなかったっぽい」亮の幼少時を探るが、吹雪も藤原も、亮が「幼少時には敗北の過去が多々あった」ことを把握する小日向だが、だからこそ理解できない。

 

「(なら、そのときに『負けたくない』って普通考えるものじゃないの? なんで、こんなタイミングに急に騒ぎだした訳?)」

 

 その段階で、今回の亮の「変異ヘル化」が起こっていなければ不自然である。高校2年の今になって急に発症したのかが分からない――だが、吹雪が一つの仮説を立てた。

 

「(……それなんだけど、同年代との敗戦経験が殆どないんじゃないかな? 厳格な道場って話だったし、アカデミアの入学後もボクたちとのデュエルでは勝ち越しているだろう?)」

 

「(そうか! リスペクトを重んじる亮は『負けた悔しさ』よりも『なんて凄いデュエリストなんだ』って尊敬の念が先に来ちゃうんだ)」

 

「(あ~、大きめの挫折を一切知らずに此処まで来た訳ね……)」

 

 そうして仮説の解答を引き継いだ藤原の声に、小日向も納得の色を見せた――敗北を(あんまり)知らぬ天才だったゆえの悲劇(騒ぎ)なのだと。

 

「俺は……自分の弱さに向き合えていなかったのか? サイバー・ドラゴンへのリスペクトを忘れて、己の弱さの言い訳にしていたのか?」

 

 だが、当の亮は遅ればせながら己の過ちに気づいた。己の欲望の方は今もからっきしだが、デュエルのこととなれば、亮の頭脳は極めて察しが良い優秀さがある。

 

 

 人は、負けた時にこそ己が試される。

 

 

「――うっぁぁああああぁぁああぁあああああああッ!!!!」

 

 

 ゆえに、天に轟く勢いで亮は叫びを上げた。そのあまりの声量にビクリと肩が跳ねる3名。

 

「亮!?」

 

「どうしたんだい!?」

 

「こ、今度はなに!?」

 

 そうしてヒソヒソ話し合っていた吹雪、藤原、小日向が亮の方を慌てて視線を戻せば、グングンと自分たちの方へ向かって来た亮が、小日向の肩へガシリと両手で掴んで叫ぶ。

 

「――小日向! 俺をぶってくれ!!」

 

「――急にどうした!?」

 

 そして小日向の理解が追い付かぬ中、吹雪と藤原が亮を落ち着かせようとするも――

 

「亮! レディに乱暴はいけないよ!」

 

「そうだよ、亮! まずは落ち着いて!!」

 

「俺は……!! 俺は!! 自分が許せない!! 師範より教わったリスペクトの本当の意味をはき違え!! リスペクトを! 己と向き合う機会から逃げてしまったんだ!!」

 

 己の行為を恥じた亮の勢いは止まらない。

 

 亮は今の今まで「負けて悔しい」――つまり「敗北へのリスペクト」を本当の意味で理解できていなかった。だからこそ、己が「敗北」した時、取り乱した。

 

 普段から「敗北をリスペクト」していれば、受け止めることが出来た筈だというのに、己の番が回って来た途端に、亮は「敗北をリスペクト」することから逃げる為に、「勝利」を求めた。

 

「自分が許せないんだ……!! 敗北にこそ向き合うべきだった……! 敗北こそをリスペクトするべきだった……! なのに、俺はそのことから逃げた……!! 逃げてしまったんだ……!!」

 

 向き合うべきだった「敗北へのリスペクト」から逃げ回り、「勝利をリスペクトすること」に逃避した。「負けたくない」――全てのデュエリストが抱えている問題から亮は目を背けたのだ。

 

 こんな有様で何が「リスペクトデュエル」だ。何が「リスペクトの境地」だ。

 

「お、おう」

 

 だが、小難しい高尚な理屈を好まない小日向からすれば、今の亮にある溢れんばかりの熱量を前に空返事を返す他ない。

 

「だから、ぶってくれ小日向!! 俺を! こんな俺を罰してくれ!!」

 

「――訳分かんないんだけど!!」

 

 しかし、「だから己を殴れ」との青春映画の真似事染みた結論に繋がる理由は、さすがの小日向も理解し難い。そもそも当の小日向は両肩を掴まれているので、殴るには不適切な姿勢だ。

 

「小日向くん! 取り敢えず、一旦ぶとう(殴ろう)!!」

 

「はぁ!?」

 

「そうだよ、小日向さん! この際、一回ぶって(殴って)亮に納得して貰おう!」

 

「なら、アンタたちがぶちなさいよ!!」

 

 だが、吹雪と藤原はそんな熱血劇場の決行を打診するも、小日向からすれば最初に言った通り――そういうのは(青春ごっこならば)己のいない時にして貰いたい。

 

「『本気でぶつこと』が重要なんだ! 男女の筋力差でボクたちの場合じゃ亮にいらぬ怪我をさせてしまうかもしれない! だから!!」

 

「それに亮に切っ掛けを与えたのは小日向さんだから、キミがぶつことに意味があるんだよ!!」

 

「い、いやよ! なんか暑苦しいし! そういうのはアンタたちで勝手にやってなさい!!」

 

 やがて、それぞれの暑苦しい思惑が交差するカオスな状況に陥る中、この混沌とし始めた場へ救いの救世主となる者が訪れる。

 

「シニョール亮、マスター鮫島を連れて来たカーラ相談すると――な、何事なノーネ!?」

 

「どうしたんですか、亮!?」

 

「マスター鮫島、お下がりを」

 

 そしてクロノスに同行する形で来た鮫島が驚く中、続いたコブラは来賓の立場である鮫島を下がらせつつ、状況把握の為にこの場で唯一中立の存在――グースカ寝ているもけ夫へ問いかけた。

 

「茂木くん、状況説明を頼む」

 

『もけ~、もけッ! もけけッ!』

 

「う~ん、むにゃむにゃ、そうなんだ~……亮くんが自分のこと許せなくなったから殴って~って、でも小日向さんは嫌だ~って」

 

 さすればコブラの声で目覚めたもけ夫が、精霊もけもけ経由で端的に状況を説明すれば、コブラはズンズンと騒動の渦中の人物である亮へと近づき肩に手を置き――

 

「丸藤くん」

 

「コブラ校長! 俺は――」

 

「歯を食いしばりたまえ」

 

「ぇ――ぼりぅしょぅばぁぁぅと!?」

 

 コブラの拳を受けた亮は、必ず神が貰えそうなCMのように二転三転しながら吹き飛び地面を転がっていった。

 

「 「 亮 ぉ ー ! ! 」 」

 

 その吹き飛びようは、吹雪と藤原が思わず親友の名を叫びながら駆け寄るほどである。

 

 

 

 

 

 

 かくして、顔芸しながら吹き飛んだ亮の状態を確認した後、安静にさせるべくソファに横たえた中、吹雪が心配そうに亮の様子を伺うが、未だ目覚める様子はない。

 

「亮、中々目覚めないね……大丈夫ですか?」

 

「安心したまえ、問題ないように殴った」

 

 しかし戦闘のプロであるコブラが太鼓判を押す中、流石に暴力沙汰は頂けないとクロノスが苦言を呈するも――

 

「校長相手ぇーに言い難いケード、殴っちゃうのは良くないノーネ」

 

「男とは、時に己が許せなくなる時があるものです――全ての責任は私が負います」

 

 己の立場に頓着しないコブラの「亮の気が済むのなら安いモノ」と語る姿勢を告げられれば、クロノスには返す言葉はない。

 

 だが、この中で唯一不満のある小日向が、そんな教師陣のやり取りの終幕を見計らうように手を上げた。

 

「てゆーか、どうして私が介抱する羽目になってるんです?」

 

 殴られた部分の冷却用や、頭を冷やす為の氷嚢の類を己が担当するのが小日向には納得いっていない様子。

 

「王子様の眠りを覚まさせるのはお姫様の役目だからさ☆」

 

「はっ倒すわよ」

 

「申し訳ないが、私も忙しい身でね。クロノス教諭は緊急時いつでも動ける状態でいて貰わねばならない」

 

 やがて、代わる気のない吹雪の戯言を一蹴する小日向へコブラから告げられるのは真っ当な理由。教導の為に呼んだ鮫島を介抱に回す訳にはいかず、音頭を取るクロノスも同様。

 

 そして吹雪は謎の気を利かせてやる気がない。消去法だった。

 

「では、そろそろ失礼させて貰うよ」

 

「鮫島さん!! もう一勝負お願いします! 僕は迷ってしまった人に、道を示せるデュエリストになりたいんです!!」

 

『共に目指しましょう、マスター!!』

 

「目指すデュエリスト像を明確にすることは、とても良いことですね」

 

 やがてコブラが通常業務に戻るべく立ち去る中、最後の一人の藤原も火が付いた様子で鮫島と腕を磨き合う様子を眺めていた小日向だったが、吹雪はその熱に感化されたようにデュエルディスク片手に立ち上がる。

 

「クロノス教諭、二人のデュエルは長引きそうですし、久々にお相手願えませんか?」

 

「構わないノーネ。でもでーも、ライフハンデと手札ハンデを負う以上、手加減は一切しないノーネ!」

 

「望むところです!! ショータイム!!」

 

 さすれば、吹雪もクロノスとのデュエルを始めだした結果、小日向は未だグッタリ眠る亮の憑き物が落ちた顔を余所に、介抱しながらライバルたち(藤原と吹雪)のデュエルを眺めて己の糧とし始めた。

 

 

 

 

「うぅ……」

 

 だが、そうして全体的に乱雑な介抱が続いたせいか、意識を取り戻した亮の顔の前で小日向は手を振り状態を確認するも――

 

「ああ、ようやく起きたの。思いっきり殴り飛ばされてたけど、ちゃんと見えてる?」

 

「吹雪が……踊っている」

 

「いつもの光景ね」

 

 亮が視界の端で、クロノスの《古代の機械(アンティーク・ギア)巨人(ゴーレム)》の攻撃を《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》と動きをシンクロさせながら躱す吹雪の謎パフォーマンスを映しとれば、先程の暴走が収まったかと小日向は呆れ気味の息を吐く。

 

 やがて、緩やかに覚醒していく意識の中で亮は先の己の行動への謝罪を一先ず小日向に向けるが――

 

「済まない、小日向……世話を、かけた」

 

「なら借りは倍返しで頼むわ」

 

「……勿論だ。それに二人には、二人には本当に酷いことを言ってしまった……」

 

「私は?」

 

「……三人には酷いことを言ってしまった」

 

「『ついで』みたいでムカつくわね」

 

 ドライな小日向の対応の連続に、亮の中で申し訳なさばかりが募っていく。だが、今の亮には明確な答えが何も返せなかった。

 

「だが、分からないんだ。リスペクトが……分からなくなってしまった。俺が今まで信じていたものが何だったのかさえ……」

 

「ああ、そう」

 

 そう、今の亮は己の芯となる部分を見失ってしまった。

 

 だが、そんな亮の悩みに興味なさげな小日向へ、形はどうあれ己の信じていたものを打ち壊した小日向へ、亮はつい答えを求めて問いかけてしまう。

 

「俺は、俺はどうすれば良かったんだ……?」

 

「そんなの私が知る訳ないでしょ――自分で考えなさい。みんな悩みながら手探りでやってんのよ」

 

 しかし、返答は小日向らしい代物だった。徹底的に「自分第一、他は自分に余裕が出来てから」なスタンスは、いつでもブレを見せない。

 

 亮に劣る自覚のある小日向は、悪いが亮に構っていられる余裕はないのだと。

 

「厳しいな、小日向は……」

 

「私は普通よ。あの二人が世話を焼き過ぎなだけ」

 

――本当に、厳しいな……

 

 そうして、亮は見失った己を探すように、再び意識を手放して暫しの間その瞳を閉じていった。

 

 

 

 

 

 

 

 此処で再び時間は現在に戻り、1年前の亮の過去を話し終えた吹雪はレイへ〆の部分を告げる。

 

「――そうして、亮は自分を構成する今までの全てを、今一度見つめ直すことにしたんだ。そして『自分が本当に目指したものはなんだったのか』、そのルーツを今も一つ一つ確かめている」

 

 今の亮は、全てをゼロから再スタートし、まっさらな大地を進む旅の途中なのだと。「恋」の部分も同じだ。

 

 今まで漫然と知った気になっていた全てを、亮はリスペクトし直している最中なのである。

 

「『恋が分からない』と言った部分も、此処から来ているんだ。今までの固定観念を全て見直しているようなものだからね」

 

「亮様にそんな過去があったなんて……」

 

「さて、そろそろ戻ろうか」

 

 こうして想い人の過去に触れたレイは吹雪に連れられ、本来の目的である見学会の行事の一つ「フォース生徒とのハンデデュエル」の流れに戻ることとなる。

 

 

 

 

 そうして戻った先のデュエル場では――

 

「はい、私の勝ちー! いやー、逆転勝利楽しいわー」

 

「ふーん、次は勝つもん」

 

 亮とのデュエルを終え、次に小日向とのデュエルも終えたレイの友人である月子が敗北をすねつつも、再戦への熱意を見せていた。

 

「次はないわよ。私、直に卒業だから」

 

「じゃあもう一回、デュエルしようよ、お姉ちゃん」

 

「残念、時間切れ――勝ち逃げ嬉しいわー」

 

「えー、ズルって――あっ、レイちゃん。もう大丈夫?」

 

 だが、行事の終了時刻が近い為、勝ち逃げが確定した小日向の冗談めかした煽りを余所に、月子は戻って来たレイの元へとっとこ駆けて心配する中、レイは問題ない旨を返しつつ、近くにいた小日向を見上げて視線を交わす。

 

「……なに? そんなジッと見つめて」

 

「恋のライバル……」

 

 やがて教わった過去の情報から邪推するレイだが――

 

「は? この子、急にどうしたの? 『気分が悪い』からって話で吹雪が面倒見てた子よね。なに、まだ調子悪いの?」

 

「レイくんは、修羅の道から亮を引き戻した小日向くんに激しいジェラシーを覚えているのさ」

 

 当の小日向は吹雪がキラリと歯を光らせる笑みを前に、事情が伺えない様子。

 

「優介、翻訳」

 

「えーと、『恋する早乙女さんは、亮が小日向さんにとられちゃう』って心配し――」

 

「――絶っっっ対にないわ。あんなデュエル馬鹿と恋だの愛だの語り合える気しないんだけど」

 

 だが、他の小学生の生徒たちの面倒を見ていた藤原の翻訳により凡その事情を把握した小日向は強い口調で否定した。

 

「く、食い気味に否定したってことは――」

 

「アンタみたいなのは軽く否定しても勝手に邪推するでしょ」

 

「うっ……」

 

 思わず疑ってしまうレイだが、小日向の言う通り何を言われてもモヤモヤしてしまうことだろう。

 

「星華――あちらの生徒がお前とデュエルしたいそうだ」

 

「な、名前で呼んだ!」

 

 それは例えば、小学生にデュエルを教えていた亮が小日向を呼ぶ、その呼び方一つであったり、

 

「どうしたんだ、レイ?」

 

「早乙女さん、亮は男女問わず大体『名前呼び』だよ」

 

「まぁ、小日向くんを『そう』呼び始めたのは、あの一件の後以来だけどね」

 

「ほ、ほら!」

 

 吹雪が明かしたような、苗字呼びだった筈の相手が、いつの間にか名前呼びになっていた変化だったり、

 

「火に油を注がない――というか、この()が『男女の機微』を理解してると思う?素面で男女問わず『友情』とか言っちゃうタイプよ?」

 

「な、なら約束して! 亮様をとらないって!」

 

「はいはい、指切り指切り」

 

 パンと手を叩き場を収めようとした小日向がレイの要請をアッサリ引き受けて指切りする姿が、余裕の表れに見えてしまったり、

 

「レイくん――恋にモラルはあれど、ルールはないんだよ」

 

「吹雪先輩はどっちの味方なの!」

 

 その指切りすら恋の魔力の前では無意味だと語る吹雪のキザな言葉だったりと、レイを惑わせる材料は溢れすぎている。

 

「勿論、恋する者全ての味方さ」

 

「また吹雪はそうやって――……!」

 

 だが、亮と小日向が学内行事を協力して解決する姿にまでジェラシーを向け始めるまでになったレイの姿に、藤原は流石に吹雪をいさめようとするが――

 

『気付いたかい、マスター。力を行使している精霊の気配だ』

 

――教員の数が増えてる。来賓の初等部の生徒は此処で籠城させるつもりなのか……

 

 己の精霊を知覚する感覚と、オネストの声に、現在アカデミアに何らかの問題が起きていることを察し、険しい顔を見せた藤原へ、吹雪は笑みを浮かべて注意を促した。

 

「ダメだよ、優介――顔をこわばらせちゃ。ほら、笑顔、笑顔」

 

 そう、吹雪がレイをつつくような真似をしてまで、場の雰囲気を明るいものにしようとしたのは、緊迫した様子を見せる教員たちの不安が、見学に来たレイたち小学生組に伝わらないようにする為。

 

「吹雪……キミも初めから気付いて……」

 

――精霊は見えなくても、対応する教員の反応で察したんだ……やっぱり吹雪は凄いな。

 

 ゆえに、恐らくフォース生の中で一番に異常事態を把握した吹雪の「人を見る目」の力に舌を巻く藤原だが――

 

「さぁ、みんな! 次はこのボク――ン~~~~JOIN! とデュエルしようじゃないか!」

 

 事前に制服の下に着こんでいた貴族風の恰好を披露し、ダンスに誘うような所作を見せる吹雪の姿に、内心で頭を押さえる藤原。

 

――……もうちょっと真面目にしてくれれば言うことないんだけどな。

 

 仮に、トラブルが起こっていなかったとしても、全力でフィーバーする気満々だった吹雪の在り方は、いい加減に慣れた藤原を以てしても「過剰」と思わざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 此処で時間を少々戻し、場所も「デュエルアカデミア倫理委員会」の本部へ移せば、色々モニターが立ち並ぶ空間にて、椅子の上でダーク黒田がこの世の理不尽を嘆くように牛尾の隣で膝を抱えていた。

 

「どうしてだ、月子……お兄ちゃんはただ、お前のことが心配で……」

 

「いや、『お仕事調査のレポート』っつう要件で、俺ら『倫理委員会』の仕事見る為にアカデミアに来たんだから見学会に同行できる訳ねぇだろ」

 

 初等部の行事でアカデミア本島の学内見学に行く妹、月子を心配して色々手を回してついて来たダーク黒田だが、牛尾の言う通り「別の要件」でアカデミアに来た以上、同行できる筈がないのだ。

 

「同行したいならせめて『教員』って書けよ」

 

 せめて「教員」の仕事見学にしていれば、ついた教員次第では、月子との様子を見る程度は叶ったかもしれない。だが、ダーク黒田は牛尾の主張を「愚か」だと一笑に付す。

 

「フッ、これだから素人は――『教員』では中等部に回されるではないか! この離島に来るには、アカデミア高等部に唯一ある『アカデミア倫理委員会』しかなかったのだ!!」

 

「ハァ~、今時のガキってこんな狡いのかよ……」

 

 普通に考えて「絶海の孤島」にあるアカデミア本島に来るには、「相応の理由」がなければならない。牛尾も感心したように納得の声を漏らす。

 

 だが、そんな中、映像資料の山の中で作業する神崎を指さしダーク黒田は問いかければ――

 

「それはそうと牛尾――アイツは何をしているんだ?」

 

「外部の人間だよ。専門性の高い問題は、ああして専門家に依頼すんの」

 

「ほう、成程……」

 

 牛尾の返答に、用意したレポート用紙を次々に埋めていくダーク黒田。イラストも交えて意外と分かり易い。

 

――レポートは一応ちゃんとしてんだな……シスコン拗らせただけのガキかと思えば、シッカリしてんじゃねぇの。

 

「牛尾くん、少し席を外します」

 

「うっす」

 

 やがて、神崎が携帯電話片手に席を立ち、一室から立ち去る背中を見送る牛尾。

 

 

 そうして、そんな神崎が牛尾たちの前を横切った姿に対し、ダーク黒田は船上でのやり取りを思い出し、軽く牛尾に探りを入れた。

 

――我がイビル・サーチャー(市販の双眼鏡)を一時取り上げた男か……

 

「あの男は何の専門家なんだ?」

 

「……えー、なんて言うか――動体視力?」

 

「……オレが言うのもなんだが、大丈夫なのか此処は」

 

 探りを入れたのだが、牛尾から返って来た答えは「専門家」というにはピーキーすぎる特技だ。「動体視力の専門家」と言われても眼科あたりしか連想できないだろう。

 

 

 しかし、そうして牛尾の話を聞きつつ、倫理委員会の仕事ぶりをレポートに書き出していくダーク黒田が退屈を覚え始める中、そんな退屈を打ち破る気配が――

 

「た、助けてください、倫理委員会の人!!」

 

 倫理委員会の扉を開きながら、慌てた様子でなだれ込んできた。

 

「お前らは、確かオカルトなんちゃらの……寺田坂?」

 

 そんな3名に駆けよる牛尾だが、名前は思い出せない様子。

 

「高寺です!」

 

「向田です!」

 

「井坂です! とにかく大変なんです!」

 

『そうなのよ~、本当に大変なのよん、牛尾の旦那!』

 

 やがてロン毛の眼鏡、小柄の短髪、ぽっちゃり眼鏡の3人のラー・イエローの男子生徒が息を切らす中、この場では牛尾以外に見えないおジャマイエローが警鐘を鳴らす中、牛尾が手を前に出しながら落ち着かせつつ話を伺う。

 

「どうしたよ? 喧嘩でもあったか?」

 

「サ、サイコ……が……」

 

「サイコロか?」

 

「サイコ・ショッカーが来ます!!」

 

『この人の命を生贄にするんですってぇ~!』

 

 さすれば、随分と血生臭い話題が、高寺とおジャマイエローによって告げられた。

 

 

 

 今宵(昼)、ダーク黒田の闇を封じ込めし右腕がうずく。

 

 

 

 

 





カイザーに恋愛フラグ? (ヾノ・∀・`)ナイナイ





Q:ヘルカイザーの浄化を何故に小日向が?

A:カイザーに必要だったのは「敗北へのリスペクト」だと考えた為です。

それを示す存在として、同学年で誰よりも負けず嫌いな小日向が適任でした。

漫画版GXでは、十代に負けて本気で悔しがり、ぷんすかする人ですし。
小日向の素がヘルカイザーみたいなものですし(曲解)






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第256話 オカルトにはロマンが詰まっている

前回のあらすじ
レイ「ハァ……ハァ……敗北者?」

フブキング「乗るな、レイちゃん!! 戻るんだ!!」





 

 

 ダーク黒田は歓喜していた。「いずれ来たる」と毎夜の枕元でワクワクしていた(非現実)との会合が、今ここに巡り合ったのだから。

 

 まさに男のロマンとの会合。

 

「まず手短に事情、話してくれや」

 

「我が闇の叡知を――」

 

「黒田、遊びじゃねぇんだ。お前は向こうで大人しくしてろ」

 

 だが、そのダーク黒田は牛尾に首根っこを掴まれ、部屋の扉の爆破を指示していそうなアカデミア倫理委員会の女性職員の元へ放り投げられ、ドナドナよろしく引き離される中、高寺が代表して語り始める。

 

「僕たちは、デュエルのオカルト面……特にデュエルの起源である精霊の研究を――」

 

「その辺は構わねぇから、問題の根っこの方を頼む」

 

 しかし、牛尾に「オカルトブラザーズの活動内容」はすっ飛ばすように急かされた為、高寺、向田、井坂はローテーションを組むように手短な説明に変更。

 

「心霊術を応用したウィジャ盤を用いてサイコ・ショッカーの精霊を呼び出したんです!でも相手は3体の生贄が必要だって……」

 

「カードの生贄じゃなかった場合も考えて、念の為に鶏も用意しました!」

 

「なのに、相手は人間の生贄――僕らの命じゃなければ駄目だって!」

 

 そうして「3体の人間の命を求める精霊」と契約してしまった情報を把握した牛尾は、思案を重ね――

 

(形はどうあれ“儀式”で蘇ろうとしてんなら、“定められたルール”を逸脱した行動は取れねぇ筈……)

 

「校長経由で注意喚起するよう頼む。後、2チーム出して巡回――接触はすんなよ」

 

「ハッ!」

 

 アカデミア倫理委員会のメンバーに一先ずの指示を出した牛尾は、今後の方針を固めながら安心させるように、高寺たちの肩に手を置いた。

 

「取り敢えず、背格好似てる奴を囮にして、誘き出して拘束する方向にすっか。お前ら三人は一先ず此処にいろ。敵の狙いがお前らな以上、ほっつき歩かれる方が面倒だ」

 

「 「 「 は、はい……! 」 」 」

 

 かくして、安堵の息を漏らしながら緊張の糸が切れたせいか膝から崩れ落ちるオカルトブラザーズを余所に、倫理委員会の一人に抱えられていたダーク黒田は牛尾へ不服そうに呼びかける。

 

「おい、牛尾」

 

「黒田……大人しくしとけって言――」

 

「――また別の生徒が来たぞ」

 

 だが、アカデミア倫理委員会の本部の出入り口から巡回に向かおうとしていた面々が、新たに来訪した生徒との間で右往左往している姿を指さすダーク黒田の姿が牛尾の視界に映った。

 

「あん? オカルトなんちゃらはお前らだけじゃねぇのか?」

 

「いや、僕らだけの筈だが……」

 

 やがて、オカルトブラザーズの仲間を牛尾は疑うも、高寺から即座に否定された為、致し方なしに其方に歩を進めれば――

 

 

「いやあ、久しぶりですね、遊城くん」

 

「試験の時に神崎さんも来てたんなら声かけてくれよ!」

 

 先程電話で席を立った神崎が十代と取り留めのない話をしながら、

 

「元KC社員とは……どうして離職を?」

 

『どうせ変なことやらかしてクビになったんだろう?』

 

「自主退職です。やりたいことがあったので、今は個人経営を少々」

 

 素朴な疑問を漏らす三沢の質問へ、呆れた視線を向けるユベルの言葉を神崎はやんわり否定しつつ入室し、

 

『フッフッフ、此処にいたか生贄共よ』

 

 更に、その後に続く微妙に実体化した半透明な身体を黒い帽子とコートで覆い隠す、目元の赤外線スコープが赤く輝くサイコ・ショッカーが続いていた。

 

 

――れ、例の精霊(サイコ・ショッカー)、連れて来てるー!?

 

 

 そんな危険人物(精霊)を普通に連れて来た元上司の蛮行に牛尾は血相を変えて駆け寄る――その姿を確認した神崎は気さくな雰囲気で話題を振る。

 

「ああ、牛尾くん、実は少々込み入ったお話が――」

 

「な、な、な、なんで連れて来たんすか!! 『生贄』とか言ってる奴ですよ!!」

 

 なにせ、サイコ・ショッカーは3人の人間の命を奪おうとしている危険な精霊だ。そんな相手をホイホイ被害者(オカルトブラザーズ)の元に連れてくる道理が何処にあろうか。

 

「ですが、『正式な手続きを踏んだ』と仰っていたので……」

 

『そうだとも! 今は三騎士共の目が厳しくてね! しかと、いにしえの契約に則っている! これが証拠の書類だとも!!』

 

 しかし、神崎の返答に乗っかるようにサイコ・ショッカーは懐から1枚の謎の文字が並ぶ羊皮紙を取り出し、己の正当性を語る中、十代は思わず呟いた。

 

「精霊の契約って、書類なんだな……」

 

『悪魔の契約書と思えば、そんなに変じゃないと思うけど』

 

 ファンタジーの権化の割りに凄い現代的な手続きである。とはいえ、ユベルの言が違和感を消してくれることだろう。サイコ・ショッカーは「悪魔」族ではなく機械族だが。

 

「てか、十代たちは何で此処にいんだ!」

 

 だが、牛尾からすれば、それどころではない。元上司が危険人物(精霊)連れてくるわ、守る対象が増えるわで、緊急性は加速度的に上がっている。

 

「サイコ・ショッカーさんと衝突一歩手前だったので、連れてくる他なかった具合です。『任せてください』とは言ったんですが……」

 

こいつ(神崎)を態々十代が心配してやる必要もないと思うんだけどね』

 

 だというのに、神崎は相変わらずの営業スマイルのマイペースで、強力な助っ人になる筈のユベルは何処か気だるげで――

 

『きちんと事前に説明し、確認と最後通告も行った! だというのに、契約後に「無理だ」は通らないだろう!!』

 

「お互いの文化の違いが起こしたすれ違いですね」

 

――ふ、普通に話してるー!? い、いや、精霊界と取引してきたから慣れてんのは分かるけども!

 

 悪質な営業マンみたいなことを語るサイコ・ショッカーに、「うんうん」とお悩み相談振る神崎の姿は、牛尾としても内心で驚きを隠せない。精霊が見えるメンツの中で唯一焦っている己が馬鹿みたいである。

 

「しかし、どうしてまた急に物質次元に来られようと思ったんですか? 生贄を以て物質次元で実体化しても人に扮せない以上、観光すら叶いませんよ」

 

『そんなミーハー共と同じにして貰っては困る! 実は数年前よりある噂が――』

 

「ちょいちょいちょーい!! 勝手に話進めるの待った! とりあえず、人の目もあっから別室で話すぞ!」

 

 だが、世間話を始める感覚で身の上話を始めるサイコ・ショッカーの姿に牛尾は大慌てで場を整える。生徒に聞かせるには拙い話題もあるやもしれない。

 

「お前らちょっと生徒の方は頼むわ!! 黒田、お前も向こうだバカ野郎!」

 

「なっ!? この闇の契約を――」

 

「ご武運を」

 

 やがて、サイコ・ショッカーと――ついでに神崎を引き連れた牛尾は、こっそり後をつけようとするダーク黒田を回れ右させつつ、取調室っぽい一室へ押し込まれることとなった。

 

 

 

 

 

 

 そうして、カツ丼でも出てきそうな部屋にて、椅子に倒れ込むように座る牛尾は、大きなため息と共に脱力する。

 

「ハァ~、勘弁してくださいよ、ホント。此処はオカルト課じゃないんすよ?」

 

「申し訳ありません。会話を続けないと強硬手段に打って出られかねなかったもので」

 

「あ~、それはそうなんすけど……ぶっちゃけ此処に誘導してくれたのは助かりました」

 

 そして神崎の不用意に見えた行動の真意を知った牛尾は、微妙に納得できずとも理解を示しつつ――

 

『そろそろ構わないかね? 私は彼ら3人の生贄を諦めるつもりはない。キミたちが横紙破りをするのなら、それは「精霊の掟」を無視することに他ならない』

 

 契約書片手に3人の生徒の命を求めるサイコ・ショッカーへと向き直る。

 

『キミたちは「その意味が分からない」訳ではないだろう?』

 

――マジで強硬姿勢かよ。「いにしえの契約」とか言ってたが、そんなデカい効力がある代物なのか?

 

 やがて牛尾は、サイコ・ショッカーとオカルトブラザーズが交わした契約に並々ならぬ効力があることを察する中で、神崎が口火を切った。

 

「取り敢えず先の話の続きとしませんか? 内容次第では、貴方のご希望に沿ったご提案が出来るかと」

 

『例えば?』

 

「より良質な生贄をご紹介します」

 

「物騒な話やめてくださいよ、ホント……此処、学校なんすから」

 

『ほう、悪くない――良いだろう』

 

 さすれば、営業スマイルで「生贄の代用」をチラつかせる相変わらずな神崎に、牛尾が頭痛をこらえるように額に手を当てる中、サイコ・ショッカーは先程中断された「何故、人間の世界に来たのか?」について語り始める。

 

『数年前より精霊界では噂になっていてね。「三幻魔」を復活させようとしているものがいる、と――私はそれを防ぎたいのだ』

 

 原作では不明だったサイコ・ショッカーの来訪理由だが、色々歪んだ今の歴史では「三幻魔復活の阻止」を目的に掲げているのだと。

 

 だとしても、生徒の命を危険に晒す行為を牛尾が見過ごせる筈がない。

 

「三幻魔だ三軒茶屋だが知らねぇが、人の命3人も奪ってやることかよ!」

 

『了見が狭いな、人間――三幻魔が復活し、その力を無作為に振るわれれば世界中の精霊たちから力が吸収され続け、命を奪いかねない結果となり得る』

 

 取調室よろしく机にバンと手を置き怒りの声を上げる牛尾だが、当のサイコ・ショッカーは肩をすくめて呆れた様子だ。

 

 なにせ、原作でも三幻魔復活の最終儀式の段階で世界中のカードの精霊が衰弱し続け、命の危機に晒されている。「そのまま力を奪われ続ければ――」と考えれば座してはいられないだろう。

 

『よもや精霊の命は、人間の命より軽いと申す訳ではないだろう?』

 

「……でも今んとこは噂だろ? それだけの理由で3人も殺して良い理由になる訳ないだろ」

 

 だが、牛尾の言う通り「今」は三幻魔の復活の話の影も形もない以上、生徒を守る立場としてサイコ・ショッカーの行動は止めねばならない。

 

「一つ構いませんか?」

 

『なんだね』

 

「情報の信憑性は、どのあたりから来ているのでしょう?」

 

 しかし、そんな中で神崎が一つばかり問いかけた。それが「噂」の信憑性。サイコ・ショッカー側がどの程度の話を掴んでいるかの件だが――

 

『物質次元にて三幻魔のカードを「現物(カード)化」した者がいる。確かな情報だとも――更に、そのカードがこの学園に封じられている情報も掴んだ』

 

「そいつは……」

 

――確かにコブラが、鮫島元校長から「三幻魔に関する情報」を仕入れたって話は聞いてるが……

 

 過去の影丸が、デュエルアカデミア設立の際に三幻魔のカードを都合し、学園の地下に封じたことまで把握したサイコ・ショッカーの言葉に、牛尾は己の知る範囲の情報と照らし合わせて顔をしかめた。

 

 サイコ・ショッカー側も「命」がかかっている以上、簡単には引き下がれない。

 

『これはお前たち人間の為でもある。もし万が一に三幻魔の力で精霊が犠牲になれば――どうなると思う?』

 

「どうって……」

 

 それゆえか、試すように問いかけたサイコ・ショッカーの問いかけの答えに詰まる牛尾だが、その返答は神崎が務めた。

 

「三幻魔の力にすら耐えうる大きな力を持った精霊が出て来るかと」

 

 原作では十代がその野望を挫いた為に明確な証明は叶わないが、十代が敗北して三幻魔の()()復活がなされれば、「デュエリストには頼れぬ」と精霊側が本腰を入れてもおかしくはない。

 

「なら、そいつに解決させりゃあ良いだけの話じゃねぇか。お前さんが出張る理由がねぇだろ」

 

『彼らが、人間側の被害を憂慮してくれるとでも本気で思っているのかね?』

 

 しかし、その段階まで事態が困窮した場合、牛尾の言うような配慮は精霊側も見せられないだろう。なにせ、三幻魔を自由にし続ける限り、世界中の精霊の力は奪われ続けるのだから。

 

「周辺まとめて三幻魔の担い手を消し飛ばす可能性もあるかと」

 

「周辺? どのくらいの規模っすか?」

 

 そして説明を引き継いだような神崎の発言に、牛尾が思わず被害規模を問うが――

 

「さぁ?」

 

「この期に及んで隠し事はやめてくださいよ……」

 

「本当に分からないんです。相手の気分次第ですから」

 

 神崎も「分からない」としか返せない。原作でも起こり得なかった話である以上、予想一つ立てにくい話だ。

 

『三幻魔の悪用を人間が行ったとなれば、怒りのあまりかなりの範囲が対象になるだろう――精霊側としても下手人を一刻も早く、かつ確実に始末する必要がある』

 

 だが、サイコ・ショッカーは脅かすように「全面戦争レベル」と語って見せる。

 

『躊躇する間に力の弱い精霊はバタバタと死んでいくのだからね』

 

 仮に巨大な力を持つ精霊が「慈愛に満ちた存在」であっても――いや、だからこそ犠牲を最小限に抑えるべく「速やかな解決」が急務なのだから。

 

「だけどよ、お前さんが単身で動いたメリットはなんだ? まさか力の弱い精霊の為に――とか言うタイプじゃねぇだろ」

 

 とはいえ、此処で牛尾にある疑問が浮かぶ。それが「そんな緊急性のある問題」に対し、サイコ・ショッカーが「単独」で動いている点だ。

 

 本当に「緊急性」があるのなら、もっと多くの精霊たちが動いてもおかしくはない。

 

『ふん、そんなもの自衛の為に決まっているだろう。万が一にでも三幻魔が復活すれば私とてタダでは済まん』

 

「くっ……つっても――」

 

 しかし、アッサリ丸め込まれる牛尾に、一室の壁を通り抜けるような形でユベルが顔を出した。

 

『丸め込まれるなよ、牛尾――そいつはボクの十代が、あの3人を庇った時に命を一度、狙ってる』

 

「うぉっ、ユベル!? どうした!?」

 

『十代が「心配だから」って聞かなくてね』

 

 急に顔を出したユベルに驚き椅子から落ちかけた牛尾が座り直すが、得られた新たな情報に別の疑問が浮かぶ。

 

「そいつは助かるが……そっちの方は言っちまえば生贄の代わりだろ? ん? …………いや、なんで態々1年トップクラスの十代に喧嘩売ったんだ? 言っちゃアレだが、オカルトなんちゃら3人倒す方が絶対楽だろ」

 

 それは態々実力の高い十代を生贄として狙ったこと。ユベルという守護者もおり、なおかつデュエルも強い十代より、ほぼ一般人なオカルトブラザーズを狙った方が遥かに効率的だ。

 

『それは、あの者が私の邪魔を――』

 

より上質な命(遊城くん)なら力の上がり幅はより大きくなりますから」

 

「……テメェ、精霊界の未来だ何だとかぬかしてた癖に、結局は私欲に奔ってんじゃねぇか!」

 

 だが、神崎からの援護射撃に牛尾は「我が意を得たり」と立ち上がって、サイコ・ショッカーに詰め寄るが――

 

『そ、それはだな!』

 

「そうでもありませんよ。三幻魔を操る者と戦う可能性もありますし、自己強化の結論はおかしな話ではないかと」

 

『そう、それだ!』

 

 退け腰になったサイコ・ショッカーがしどろもどろになる中、神崎が告げた内容に飛びつくように指をさす。

 

「――アンタ、どっちの味方なんすか!!」

 

 そんな双方に利のある話をばら撒く神崎に、牛尾ががなり声を上げるが、神崎とてサイコ・ショッカーを片付けて終いに出来ぬ事情があるのだ。

 

「正式な手続きを踏んだ相手を感情論で排斥した場合のデメリットを憂慮しているだけです」

 

――原作で無茶苦茶言っていたのとは訳が違うからな……人を「精霊の道理を無視する相手」と判断される材料は可能な限り消しておかないと、精霊界で奮闘するゼーマンの邪魔になりかねない。

 

 それが、この歪んだ歴史の中でのサイコ・ショッカーが「伝説の三騎士を恐れて真っ当な手段を取っている」点。契約の横紙破りをするには、相応の理由が必要だ。

 

『――その通りだ! キミのように話の分かる人間の存在は助かるよ!』

 

『おい、神崎――まさか十代の命を狙った「こいつを許せ」なんて言わないだろうね?』

 

 そして、牛尾の剣幕から逃げ、神崎の背後で味方を得たと叫ぶサイコ・ショッカーに、ユベルは剣呑な表情と気配を見せるが――

 

「今回の件で言えば、自ら首を差し出した遊城くんの行いが悪手です。命のやり取りの場に自らの意思で上がった以上、自己責任だ――本来ならユベルさんが止めるべき立場だったんですよ?」

 

『…………お前の「そういうところ」は昔から嫌いだよ』

 

 そもそも十代が自ら危険に飛び込んだ――との痛い部分を突かれてか、ユベルは小さく舌を打つ。

 

「ハハ、これは手厳しい」

 

――「友達の為」と言えば聞こえは良いが、今の遊城くんは「負けた時のことを考えていない」からな……

 

『ふん、なら後はそっちで何とかするんだね』

 

 やがて、ユベルの愛の暴走を危惧する神崎がハラハラする中、ユベルは不機嫌そうに壁をすり抜け部屋から消えていった。

 

 それを確認したサイコ・ショッカーは「数の有利が戻った」と牛尾を指さし叫ぼうとするが――

 

『そういうことだ。速やかにあの三人を生贄とし――』

 

「ですので、代案を一つ」

 

『……代案だと?』

 

 サイコ・ショッカー視点では「話の分かる味方」の神崎の提案に耳を傾けることとなる。

 

「我々としても三幻魔復活は避けたい事柄です。ですので、貴方との協調姿勢を取る理由が十二分にある」

 

『……つまり?』

 

「3人の生贄を一時『保留』として頂けませんか? その対価は学園側の協力――こうして話し合いの場を頂けた以上、『敵対は厄介だ』と思われる程度には買っておられますよね?」

 

 その内容は平たく言えば「三幻魔復活の阻止」という共通の目的を前に手を取り合うこと。

 

 3人の生贄を以てサイコ・ショッカーが得るであろう「実体化」の部分を「アカデミア」が担当し、サイコ・ショッカー自身のパワーアップは、ギリギリまで待って貰うプラン。

 

「そして万が一、三幻魔が『完全』復活した場合は、あの3人には速やかに生贄になって頂きます」

 

――完全復活の間には、「使用者のデュエル」「精霊が見えるデュエリスト」「儀式場」「使用者の勝利」を挟む以上、海馬社長が動けば一瞬で終わる。

 

 なにせ、三幻魔が「完全」に復活するには多くの段階をクリアする必要がある。それら全てを素通りすることは早々起こり得ない。

 

「んな道理が通ると――」

 

「『完全』復活の阻止に失敗すれば、どのみち大勢死にますよ。なら3人程度誤差です」

 

 怒りの待ったをかけようとする牛尾だが、上述した条件を素通りされた段階で、「大量の死者」が出かねない事態だ。3人がどうとか言っていられる状況ではない。

 

 しかし、そう命の重さを軽んじるような発言をする神崎へ、牛尾は悲し気な視線を向けた。

 

「……変わっちまいましたね、神崎さん――昔のアンタなら『3人程度誤差』なんて口が裂けても言わなかった筈だ」

 

 牛尾の知る神崎は命に真摯だった。目的が利用の為であっても、命の価値を軽んじることは決してしない。

 

 その姿勢だけは、牛尾も認めていただけに「3人なら死んでいい」とも取れる発言は大きな失望すら感じ、同時に変わってしまった一応恩人の姿が何処か悲しかった。

 

()()()生贄は牛尾くんで」

 

「じゃあ!?」

 

 そんな牛尾の悲しみは一瞬で引っ込んだ。

 

 だが「じゃあ」って何だよ――と牛尾が思う間もなく、サイコ・ショッカーは神妙な様子で牛尾をジッと見やり満足気な声を漏らす。

 

『ふむ、この男から発するパワー、波動……並ではないな――良いだろう。彼を担保とするのなら、あの3人は諦めよう』

 

「なんで俺なんすか!?」

 

「私はアカデミアに長期間滞在できませんから。海馬社長もお許しになられないでしょうし」

 

――くっ!? この人いつも自分を犠牲の第一候補にした上で提案するから性質悪い……

 

 そうして、生贄の代用に選ばれた牛尾は、「そういやKC時代はアカデミア関連全部外されてた」事実を思い出しつつも、やっぱり変わっていなかった神崎の在り方に頭を抱えつつ――

 

『さぁ、この書類に血印を押したまえ』

 

「さぁ、牛尾くん――生徒の未来の為ですよ」

 

 サイコ・ショッカーから突き出される修正を加えた新しい契約書を突きつけられることとなった。

 

 

 

 

 

 オカルトブラザーズはハラハラしながら牛尾たちが消えた取調室っぽい部屋を心配気に見ていたが、変わらぬ姿で出てきた2人と1体の姿に代表して高寺は喜色の声を漏らす。

 

「だ、大丈夫でしたか、牛尾さん!!」

 

「おう……色々話した結果、今回は見逃して貰えることになったわ」

 

「やった!」

 

「良かった! 死なずに済む!!」

 

 そして牛尾の言葉に向田と井坂が肩を合わせながら生還を喜び、

 

「やはり学園にも精霊のスペシャリストがいたか……」

 

「流石だぜ、牛尾!」

 

『……十代、今回は本当に危なかったんだよ? 流石に自重して欲しいな』

 

 感慨深く頷く三沢の隣で牛尾にガッチャポーズを贈る十代を、ユベルがたしなめていた。

 

 そうして事態の収拾にかかる牛尾が同僚に指示を飛ばす中――

 

「警戒のレベル一段引き下げの報告頼む。俺は――いや、後コブラ校長を呼んどいてくれ」

 

「ハッ!」

 

「んで、お前らは説教な」

 

「 「 「 なっ!? 」 」 」

 

 牛尾が自分たちに告げた無常な現実を前に、オカルトブラザーズが固まって顔を見合わせるが、牛尾は安心させるように言葉を選びつつ、十代も指さす。

 

「まぁ、そうビビんな。精霊に関わっちまった以上、危険性の説明とかしなきゃだからよ――十代、お前一人で戦おうとしたらしいな? そっちも説教だ」

 

「げっ!?」

 

「ガキが殺し合いに首突っ込むんじゃねぇよ。そっちの、えーと」

 

「ラー・イエロー1年、三沢 大地です」

 

「おう、俺は牛尾 哲だ――三沢も説明受けとけ」

 

 そして、牛尾が見知らぬ十代の友人三沢にも同様の言伝をした後――

 

――ホントは全部「夢」だと忘れちまって貰う方が良いんだが、こいつら(オカルトブラザーズ)、形はどうあれ精霊の呼び出しに成功しちまう輩だからなぁ……

 

「後、神崎さん――アンタもアドバイザー代わりに手ェ貸してください。依頼料は別途に払いますから」

 

 僅かに逡巡した牛尾は神崎にも協力を要請――今は離れたとはいえ、かつてはKCでオカルトの最先端を突っ走っていた元上司だ。この手の説明は慣れた人物である。

 

「お代は不要ですよ。今回は牛尾くんに貧乏くじを引かせてしまいましたから」

 

「そっすか。懐寂しい身なんで助かります」

 

――ったく、昔っから一々義理堅いよな、この人。

 

 

 

 やがて、軽く手を上げ感謝を示した牛尾の元、十代を倫理委員会の本部にある会議室に案内し、一同が並んだテーブルの前に立つパイプ椅子に着席したことを確認した牛尾はホワイトボードの前で口火を切った。

 

「まず最初に――友好的なヤツもいるが、精霊は人間のお友達じゃねぇからな。その辺、履き違えちゃなんねぇ」

 

「でも僕らは、精霊なんて見えませんよ? 友達になりようが……」

 

 だが、そんな牛尾の主張に高寺は「自分たちに縁のない話」と語るが、「その方が良い」とホワイトボードの前に立つ神崎が続ける。

 

「原則、精霊は『見えない方が良い』と思ってください――見えれば、向こうから寄ってきますからね」

 

「なんで? 友達増えて楽しいじゃん!」

 

『十代……牛尾の話、聞いてたのかい?』

 

「トラブルも寄ってくんだよ。精霊の『良かれ』が人間にも『良い』とは限らねぇからな」

 

 しかし、友好的な精霊に慣れた十代の危機感のなさをユベルが咎める中、牛尾が付け加えたように一般人にとって「精霊が見える」ことはリスクの方が遥かに大きい。

 

「後、普通に人間を食い物にするタイプの精霊もいるからよ」

 

「『見えない』ことが一種の防波堤になっているんです。そして、皆さんは『その防波堤を乗り越えてしまった』――身を守る術すら持たず」

 

 精霊は良い悪いに関わらず「自分たちが見える者」に寄る――ようは幽霊の類と同じだ。互いに()()()()()()()ことで「住む世界が異なる」と一線を引ける。

 

「高寺、向田、井坂。実際の所、お前らは結構スゲェことやっちまったんだ。だからこそ決断しなきゃならねぇ――関わらねぇで生きるか、関わって生きるか」

 

 だが、牛尾の言う通り、オカルトブラザーズは普通ならば「超えられない筈の線」を「超えて()()()()」のだ。それはある種の才能とも言えるが、危険が伴う代物である。

 

「精霊にかかわれば……」

 

「また今回みたいなことが起こる可能性が……」

 

「次は牛尾さんが近くにいるとは限らない……」

 

「そういうこった」

 

 やがて高寺、向田、井坂がうつむきながら今回の「命の危険」があった件をキチンと重く受け止める様子を牛尾が満足気に頷く中、今まで沈黙を守っていた三沢が挙手をした。

 

「一つ質問、構わないでしょうか」

 

「ん? 遠慮せずドンドン聞いて良いぞ。今後に関わる問題だからな――それに後で親御さんの方にも連絡いれっから、疑問は極力減らしとけ」

 

「精霊が見えずとも、『精霊憑き』となった人間は歴史上『それなりの数がいる』との話がありますが、この場合の危険性の有無はどうなりますか?」

 

「それは僕らも気になります! 精霊が憑くとドロー力が上がるって噂も!!」

 

 そして牛尾に促されるままに質問した三沢――と追従する形で問うた高寺に対し、牛尾は悩まし気に頭をガリガリとかきながら答えて見せた。

 

「『見聞き出来ない』なら問題はほぼねぇと思ってくれて構わねぇ。その手の精霊は関係性の変化を嫌うからな――後、ドロー云々はガセだ。精霊なしでも強ぇ奴は強ぇし、精霊いても弱ぇ奴は弱ぇ」

 

 原作の遊戯王GXには豆に手足の生えた外見の《ジェリービーンズマン》というカードの精霊がついているトムという少年がいる。

 

 だが、そのトムは精霊が見える訳でもなければ、特殊な力を持つ訳でもない――そして、別にデュエルが強い訳でもない普通の少年だ。

 

 つまり「精霊がいるから○○」なんてことは、まず()()()()()()。「なにかある」とすれば、それは当人の素養に他ならない。

 

「現代での精霊が憑くパターンは『自分と同じカードを愛用している』場合が多いので、仮に精霊が憑いても、その精霊のカードを使い続けなければ精霊側も興味を失って離れていきます」

 

 そして、神崎が追加で説明したように「精霊がつく」デュエリストは大抵の場合「その精霊のカードを愛用している」のだ――デッキに入れない場合はまず存在しない。

 

 十代ですら、ハネクリボーを何のシナジーもないHEROデッキに投入しているレベルだ。

 

 その為、「精霊がつく」ことによるトラブルを回避したいのなら、暫くそのカードをデッキから外すだけで、大抵の場合は精霊の方から「思ったより自分のカードで目一杯デュエルしてくれない」と離れてくれる。

 

 古井戸で長く孤独を味わったカードや、ユベルなどの例外中の例外を除けば、必要以上に恐れることはないのだ。

 

「成程……」

 

「そもそもの精霊が『気まぐれ』な奴らだからな。俺らの思うようには早々動いちゃくれねぇのよ」

 

 やがて、他の細かな説明も合わせて「今後、全てを忘れるか否か」の話し合いは、コブラ校長がサイコ・ショッカーを直に確認するまで続いていった。

 

 

 

 

 

 そうして、サイコ・ショッカーもコブラに連れていかれ、十代たちが解散し、見学に来ていた初等部の面々も帰路についたことで、いつもの日常を取り戻し始めたアカデミア倫理委員会の本部にて、一仕事終えた様子の神崎へ牛尾は問いかけた。

 

「んで、イカサマの方はどうでしたか?」

 

 それは、神崎がアカデミアに来た当初の目的こと仕事の話。

 

「取りあえず可能な限りイカサマしてみましたが、生徒の方に該当する所作がなかったので、恐らくシロかと」

 

「つまり、あのジャングル坊主(大山 平)は、オカルトの領域に足突っ込んだってことっすか?」

 

「そうなります」

 

 神崎も可能な限り大山(たいざん)の動きを見切ったが、イカサマの様子はなかった為、「周囲を納得させる情報」作りの為に、「実際のイカサマの様子」と「大山の様子」を比較する形が並ぶ資料を渡された牛尾は悩まし気に眉をひそめた。

 

 もはや第六感の世界である。

 

「マジかよ……『カードの順番覚えてた』とかで説明ついたりは――」

 

「其方は既に『デッキトップは認識されるまで未知である』との論文が発表されていますよ」

 

 それに対し、信じられない様子で希望的観測を述べる牛尾だが、神崎も「デュエル」を前に「一般常識」は通じないのだと返す他ない。

 

――実際、デッキトップが《救世竜 セイヴァー・ドラゴン》に()()()()「無視される」世界だからな……

 

 なにせ遊戯王ワールドでは、エクストラデッキに、融合体が生えようが、アクセルシンクロが生えようが、ランクアップエクシーズチェンジしようが、問題ない(スルーされる)世界なのだから。

 

 

 今日も今日とて、遊戯王ワールドは絶好調である。

 

 





サイコ・ショッカーが牛尾の仲間になった(例の音楽)

精霊つきのデュエリストは相棒(or嫁)カードをもっと積極的に使おうぜ!




Q:原作GXでもサイコ・ショッカーは三幻魔の復活を阻止しに来たの?

A:不明です。正直「何しに来たんだ?」レベルで目的が謎でした。
仮に十代を倒して復活出来ていたとしても、後々袋叩きにされるだけなのは誰の目にも明らかでしたし。

なので、今作では「生贄3体も要求するレベルで動く理由」として「三幻魔」を理由にさせて頂きました。






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第257話 情熱の赤きビッグウェーブ



前回のあらすじ
サイコ・ショッカー「一般的な精霊は実体化するのも大変なのだ! ホイホイ不思議パワーを使いまくれる奴ら(大きな力を持つ精霊たち)と一緒にしないで貰いたい!」






 

 サイコ・ショッカーの生贄騒動も鳴りを潜め、平和を取り戻したアカデミアのラー・イエロー男子寮にて、十代たちは相変わらずの学園ライフを送っていた、

 

「神楽坂ー! ほら、これ! 遊戯さんが使ってたカード! 受け取ってくれ!」

 

「良いのかい? 助かるよ、十代くん!」

 

 そして十代が「遊戯デッキ」の為のカードを提供する中、普段より思いのほかトーンの高い声で神楽坂がラフな口調で感謝を述べる姿にユベルがイラッとするも――

 

『ボクの十代を気安く呼――あっ、今の段階から武藤 遊戯の猿真似を始めてるのか……』

 

「うぉー、スゲェ! 今のメッチャ似てた!」

 

 神楽坂の逆立てた髪が3つに枝分かれし始めている光景を前に真相を知り、矛を収めるユベルの発言を聞いて十代はクオリティにはしゃぐ。

 

「だが、オレからしたらまだ地味すぎるくらいだぜ! もっと腕にシルバー巻かないとな!」

 

「今のはデュエルする時の遊戯さんだ!」

 

『そういえばデュエルキングは二重人格って噂が流れてたね』

 

 やがて、気分を良くしたのか神楽坂も「遊戯の物真似(トレース)」を披露する中、「一般人から見た遊戯とアテムの関係」の再現度合いに感心の声を漏らした。

 

「キミのお陰で、オレの魂のデッキは着々と完成しつつある! 決戦の時は近いぜ、相棒!」

 

「まさか遊戯さんの相棒の『あのカード』が手に入ったのか!? 超見てー!」

 

「…………だったら良かったんだけどな」

 

『急に素に戻るなよ……』

 

 だが、遊戯の相棒たるカードの入手状況に話題が移れば、遊戯の物真似も鳴りを潜め意気消沈した神楽坂へと戻る。

 

 そんな中、此処で三沢が宝の描かれたカードを渡す風に遊戯の使用カードを手に神楽坂の左肩に励ましの言葉と共に手を置いた。

 

「イカサマの疑いが晴れた大山先輩もブルーに上がられて、カード集めに協力なさってくれているんだ。お前が気落ちしてどうする、神楽坂――元気を出せ」

 

「城之内くん……!」

 

「三沢だ」

 

 さすれば、神楽坂は遊戯トレースに三沢を巻き込んで見せる。気分は王国編の一幕(存在しない記憶)だ。

 

 やがて、そのまま三沢とデッキ相談を始めた神楽坂を余所に十代は窓の外に見つけたオカルトブラザーズの面々にデュエルのお誘いを贈る中――

 

「おっ! オカルトブラザーズのみんな~! タッグデュエルしないか~!」

 

『デュエル漬けなのは構わないけど、試験への備えも忘れるなよ。オベリスク・ブルーに上がるんだろ? 交流戦や文化祭とかのキミが好きそうなお祭り騒ぎは、上の階級の方が豪華に遊べるらしいし、後悔しても知らないからね』

 

――安心しろよ、ユベル! 今回は普段から勉強しといたからさ!

 

 ユベルの小言へ内心でそう返した十代は、手を振って応えたオカルトブラザーズの方へ向かいつつ、自信満々に宙を浮く相棒に告げる。

 

「次の試験は筆記も自信タップリだぜ!!」

 

『前の試験の時のキミも同じようなこと言ってたのを忘れたのかい?』

 

 とはいえ、十代の後を宙に浮かんで追いかけるユベルからすれば、頑張っている姿を間近で見ているとはいえ、妄信は出来ない様子。

 

 

 そんなこんなで、万丈目――と他ならぬ己の為にオベリスク・ブルーを目指す十代は、近づきつつある定期試験に備えて、マイペースながらに学びを蓄えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 此処で舞台はオシリス・レッドの実技授業へ移る。レッド生徒同士のデュエルを順番に見ていたクロノスが足を止めたのは、万丈目の元取り巻き――慕谷 雷蔵と、明日香の元取り巻き――浜口 ももえのデュエルであった。

 

 

 とはいえ、デュエルは始まったばかり。先攻を得た慕谷が魔法カード《手札抹殺》を使用し――

 

「俺は魔法カード《ワン・フォー・ワン》で呼び出した《アクアアクトレス・テトラ》を対象に魔法カード《同胞の絆》を発動! 2000のライフを支払いデッキより同じレベル・属性・種族の別モンスター2体を呼び出す!」

 

 赤い体に青いデフォルメ顔に白い飾りのついた帽子をかぶった長い尾ヒレを持つ《アクアアクトレス・テトラ》がパシャンと水飛沫を上げて跳ねれば、左右に水柱が二つ立つ。

 

慕谷LP:4000 → 2000

 

「《かつて神と呼ばれた亀》!! 《ラージマウス》!!」

 

 その水柱が崩れて落水する中、甲羅で滝を割るように歩み出る桃色の亀が遺跡の柱の上に鎮座し、

 

《かつて神と呼ばれた亀》 守備表示

星1 水属性 水族

攻 0 守1800

 

 さらに隙っ歯の並ぶたらこ唇の醜悪な顔を持つ四足と尾が伸びる紫の水生生物が、不快な鳴き声を響かせながら水柱より顔を出した。

 

《ラージマウス》 守備表示

星1 水属性 水族

攻 300 守 250

 

 そうして《アクアアクトレス・テトラ》の効果でサーチした永続魔法《水舞台(アクアリウム・ステージ)》を発動してターンを終えた慕谷は自信を持って宣言した。

 

「《かつて神と呼ばれた亀》の効果により、互いに攻撃力1800以上のモンスターを特殊召喚できない!!」

 

――そして、次のターンには手札の……完璧だ!

 

 そう、この布陣は相手に大型モンスターを出させない為の守りの布石――互いの行動を封じる《かつて神と呼ばれた亀》だが、慕谷のデッキにおいては殆ど問題なく、対戦相手のももえだけの首を絞める効果である。

 

 

慕谷LP:2000 手札2

《アクアアクトレス・テトラ》守300

《かつて神と呼ばれた亀》守1800

《ラージマウス》守250

水舞台(アクアリウム・ステージ)

VS

ももえLP:4000 手札6

 

 

「お生憎様! わたくしのデッキは低レベルモンスターが主体! なんの障害にもなりませんわ!」

 

 だが、カードをドローし、魔法カード《強欲で貪欲な壺》で2枚ドローしたももえは、己の敵ではないと返す。

 

 そして魔法カード《ブーギートラップ》で墓地の罠カード1枚をセットしたももえが――

 

「魔法カード《魔獣の懐柔》! デッキよりレベル2以下の獣族3体を特殊召喚!!」

 

 1枚のカードを発動させれば、ももえのデッキより三つの影がピョンと飛び出した。

 

 その一つは茶毛のモモンガが白い腹を見せながら手足の間の膜を翼代わりに滑空してフィールドに降り立ち、

 

《素早いモモンガ》 攻撃表示

星2 地属性 獣族

攻1000 守 100

 

 その隣に、よく似た茶毛のムササビが白い腹を見せながら、上述の焼き増しのように滑空しながら現れ、

 

《素早いムササビ》 攻撃表示

星2 地属性 獣族

攻 800 守 100

 

 最後に宮司の恰好をした頭の大きい土色の毛色の犬が2本の足でトコトコと遅ればせながら、その列に並び立つ。

 

《チャウチャウちゃん》 攻撃表示

星2 地属性 獣族

攻 800 守 800

 

「さらに《レスキュー・キャット》ちゃんを通常召喚し、効果発動! デッキからレベル3以下のネコちゃん(獣族)2体を特殊召喚ですわ!!」

 

 そんな3体の獣――小動物の列に並ぶのは、ヘルメットをかぶった猫たる《レスキュー・キャット》――は、すぐさまドロンと煙を出した宙返りと共に消えれば――

 

 尾の先に赤いリボンをつけた黒猫が赤い瞳を光らせながら煙の中から歩み出る。

 

《尾も白い黒猫》 攻撃表示

星2 地属性 獣族

攻 800 守 500

 

 やがて《尾も白い黒猫》が歩み出た煙が晴れた先には、うずまき模様が浮かぶ青い猫が鈴のついた赤いリボンを首に巻きつつ、仰向けに寝転がって手足をバタバタしつつ煙の残り香を味わっていた。

 

《またたびキャット》 攻撃表示

星2 地属性 獣族

攻 0 守 500

 

「だが、その程度の攻撃力では俺の《かつて神と呼ばれた亀》の守備力を突破できない!!」

 

 しかし、幾ら5体のモンスターを並べようとも、その攻撃力は貧弱そのもの――慕谷の布陣を完全に打ち崩すには些か力不足。

 

「それはどうでしょう――永続魔法《弱者の意地》を発動し、バトル!! そして攻撃時に速攻魔法《百獣大行進》発動! わたくしのフィールドのビーストちゃんはその数×200パワーアップですわ!

 

「攻撃力1000アップだと!?」

 

 かと思われたが、小動物の鳴き声が響き、闘争心を高――まるかは、さておき野生の本能を呼び起こした5体の獣族たちは瞳を赤くギラつかせて牙を剥く。

 

《素早いモモンガ》

攻1000 → 攻2000

 

《素早いムササビ》+《チャウチャウちゃん》+《尾の白い黒猫》

攻 800 → 攻1800

 

《またたびキャット》 

攻 0 → 攻1000

 

「一番槍ですわ! お行きなさい、モモンガちゃん!!」

 

 とはいえ、全体的にこじんまりした小動物’sの中から《素早いモモンガ》が、のほほんとあくびをする《かつて神と呼ばれた亀》目掛けて飛び掛かるが迫力は皆無だ。

 

「そしてレベル2以下が相手を戦闘破壊したことで、永続魔法《弱者の意地》の効果で手札0のわたくしは2枚ドローすることが――」

 

 やがて爆発――というよりは、喧嘩のデフォルメのような土煙がポカポカと上がる中、ももえが確かな手ごたえを持つ。

 

 だが、その彼女の視界には、煙が晴れた先からは肩で息をする《素早いモモンガ》が甲羅に籠った《かつて神と呼ばれた亀》を前に、諦めたようにももえの元へ戻っていく光景が映った。

 

「なっ!? どうして《かつて神と呼ばれた亀》が!?」

 

「ふっ、《アクアアクトレス・テトラ》でサーチし発動しておいた永続魔法《水舞台(アクアリウム・ステージ)》の効果さ! 俺の水属性モンスターたちは、水属性以外には破壊されない!!」

 

――くっ、こんなことなら水属性の《素早いビーバー》ちゃんを呼ぶべきでしたわ……!でもあの子は「召喚」した時に真価を発揮する子……今の選択が完全な間違いではありませんことよ!

 

 そして語られる慕谷の解説に甲羅から頭を出す《かつて神と呼ばれた亀》を余所に、ももえは己の判断ミスを嘆くも、直ぐに切り替えようとするが――

 

「忘れるな! ターンの終わりに魔法カード《魔獣の懐柔》と《レスキュー・キャット》のデメリットにより、お前のモンスターは全滅する!」

 

 ももえの5体の小動物こと獣族は、慕谷が指をさした通りこのターンの終わりで自壊してしまう。

 

 更に永続魔法《弱者の意地》によるドローが叶わなかったももえの手札は0――幾ら慕谷のモンスターの攻撃力が低いとはいえ、無防備にターンを明け渡すのはハイリスクだ。

 

 しかし、ももえは強きな笑みを浮かべた。

 

「その程度、織り込み済みですわ! 永続罠《ジャンクスリープ》を発動させて頂きましてよ! これでエンド時にわたくしのビーストちゃんたちは裏側守備表示に!!」

 

「デメリットを回避したか……!」

 

 そうして、魔法カード《ブーギートラップ》により即時発動が可能になっていた永続罠の効果で己の5体の小動物モンスターが宙返りと共に狸よろしくドロンと姿を隠す中でももえはターンを終えた。

 

 

慕谷LP:2000 手札2

《アクアアクトレス・テトラ》守300

《かつて神と呼ばれた亀》守1800

《ラージマウス》守250

水舞台(アクアリウム・ステージ)

VS

ももえLP:4000 手札0

裏守備表示×5

《弱者の意地》

《ジャンクスリープ》

 

――少々、想定とは異なりましたが悪くはありませんわ!

 

 手札は心もとなく、備えのセットカードもないももえだが、裏守備とはいえ5体のモンスターが並ぶ布陣に満足気なももえは、慕谷が通常ドローし、魔法カード《強欲で金満な壺》で2枚ドローする光景を余所に内心でほくそ笑むが――

 

「俺は《ラージマウス》を攻撃表示にし、3枚のカードを発動させて貰う!! 装備魔法《魔導士の力》! 装備魔法《団結の力》!! 装備魔法《ガーディアンの力》!!!!」

 

「3つの『力』カードですって!?」

 

「そう! この3つの力により『俺の魔法・罠の数×500』! 『俺のモンスターの数×800』! 『このカードに乗った魔力カウンターの数×500』ポイント、《ラージマウス》はパワーアップする!!」

 

 一気に発動された3枚の装備魔法により、慕谷の《ラージマウス》が巨大化し、醜悪な叫びを上げ、口から唾液よろしく消化液をばら撒く光景に頬をひきつらせた。

 

 ももえ的には不気味なモンスターのドアップは堪えるのだろう。

 

《ラージマウス》

攻 300 → 攻4700

 

 しかし、ももえは己の優勢を示す。

 

「攻撃力4000越え!? ですが、わたくしは5体の裏守備ビーストちゃんたちに守られていますわ!!」

 

――そして、あなたが突破の為のモンスターを増やした瞬間、永続罠《ジャンクスリープ》の効果により、わたくしのビーストちゃんが一斉にリバースすれば……

 

 なにせ、5体の裏守備モンスターによりダメージは完全シャットアウト。

 

 相手が追加でモンスターを呼ぼうものなら、永続罠《ジャンクスリープ》により《尾も白い黒猫》がリバースし、その効果によって相手モンスター2体を手札に戻せる。

 

 まさに盤石。

 

「バトル!! 4つ目の力――《ラージマウス》の力を見よ!! このカードはダイレクトアタックが可能!!」

 

「なんですって!?」

 

 などと、フラグ満載のことを考えていたせいか想定外の事態にももえは狼狽えた。

 

「ふん、一見すれば数合わせの雑魚っぽいコイツを侮ったのがお前の敗因だ!!」

 

 やがて、一般的にはハッキリ言って醜悪な《ラージマウス》に親指を向け誇る慕谷の号令の元――

 

「バック・ニードル・ショック!」

 

 ももえ目掛けて跳躍した巨大化した《ラージマウス》は空中で回転し、背面の麻痺毒があるらしい棘を向けてボディプレス。

 

「そんなぁぁぁぁぁああああぁ!!」

 

ももえLP:4000 → 0

 

 残念ながら些細な選択ミスによってももえは無念そうな叫び声をあげて敗戦を期すこととなった。

 

「くっ、前のターンに水属性の《素早いビーバー》ちゃんを呼んでおけば……!」

 

「勝敗は違っていたかもしれないな――俺の手札、装備魔法で固まって事故気味だったし」

 

 やがてデュエル後の感想戦に移るももえの呟きに、慕谷も肯定を返す。

 

 高い攻撃力を持つ下級通常モンスターを装備魔法で補助する慕谷のデッキは、ダイレクトアタックが可能な《ラージマウス》を装備魔法で強化し、一気に相手のライフを削り切る形に改良された。

 

 だが、反面バトルフェイズを行えない「先攻」は苦手分野であり、モンスターを裏守備にしてダメージを与え難い形で潜むももえのデッキとの相性も良くはない。

 

「浜口の《素早いビーバー》の攻撃力って幾つ?」

 

「400ですけど……《ラージマウス》の守備力250より、低いカードは逆に珍しいですわよ?」

 

「だよな~、フィールド魔法《湿地草原》引けてれば1200のパワーアップで《ラージマウス》の攻撃力1500になるから、魔法カード《百獣大行進》で1000アップしても――あっ、フィールド魔法が手札でダブったら、それこそヤバいか」

 

 やがて、「あーでもない」「こーでもない」と互いのデュエルを振り返るももえと慕谷だが、現在の彼らの手持ちの知識では妙案が浮かばないのか悩まし気な声が続くばかり。

 

 

 そんな二人の様子を余所に用紙に採点するクロノスは、声をかけることなく別の組の元へと移動を始める。

 

――良い具合に見違えたケード、全体的に粗削りなデュエルなノーネ。でも、その調子で一杯悩ムーノ。終わったデュエルを漫然と流さず向き合うことは、とっても大事なノーネ。

 

 そう、今のももえたちに必要なのは「己の頭でデュエルと向き合う」こと――アドバイスは悩み切った後だ。

 

 そうして思案ながらに歩を進めたクロノスが足を止めた対戦カードは――

 

――お次ーハ、シニョール丸藤……素養はレッドの中でピカイチなノーニ、相手を侮る悪癖がある生徒ナーノ。お相手はシニョーラ枕田……似た精神的未熟さを持つ相手同士のデュエルはどんな調子なノーネ?

 

 翔と、明日香の元取り巻き枕田 ジュンコがデュエルにてぶつかり合い数ターンが経過していた。

 

 

 

翔LP:1800 手札6

《エクスプレスロイド》守1600

《一族の結束》

VS

ジュンコLP:3000 手札3

《プリンセス人魚》守1000

《恍惚の人魚(マーメイド)》守1100

伏せ×4

フィールド魔法《伝説の都 アトランティス》

 

 

 そうして、ジュンコのターンエンドを受けた翔は、危機を脱したことに小さく息を吐く。

 

――危なかったっす。罠カード《進入禁止!No Entry!!》で守備にしてなきゃ、もっと大ダメージ受けてた……

 

 だが、互いの盤面差は開き始めており、翔にとって油断ならない状況である。しかし、当の翔は通常ドローも加味して増えた手札を眺めつつほくそ笑んでいた。

 

――でも、罠カード《スーパーチャージ》と《エクスプレスロイド》で増えた今の手札なら!

 

「僕はビークロイド専用融合魔法! 《ビークロイド・コネクション・ゾーン》発動! フィールドのエクスプレス、手札のトラック、ドリル、ステルス――この4体のロイドたちを素材に融合召喚!」

 

 そして、華麗な逆転をかけて翔が専用融合カードを天にかざせば、新幹線、大型トラック、大型ドリルのついた削岩機、ステルス戦闘機にデフォルメされた目玉と手が伸びる4機が天へと飛び立ち――

 

「これが僕の最強の乗り物だ! 《スーパービークロイド-ステルス・ユニオン》!! 永続魔法《一族の結束》で攻撃力800アップっす!」

 

 胴体部分を担当した《トラックロイド》を貫く形で両肩となった《エクスプレスロイド》から両腕が伸びる中、

 

 《ステルスロイド》が胴体を覆いつつ、背中側にて翼となり、

 

 《ドリルロイド》がその体躯を2つに分ければ、両足となって巨躯を支え、

 

 最後に《トラックロイド》の運転席部分からロボットの頭が飛び出したことで、此処に超巨大ロボが海面に水飛沫を上げながら着水して降臨した。

 

《スーパービークロイド-ステルス・ユニオン》 攻撃表示

星9 地属性 機械族

攻3600 守3000

攻4400

 

「《スーパービークロイド-ステルス・ユニオン》の効果! 機械族以外のモンスター1体をこのカードの装備カードにするっす! 《恍惚の人魚(マーメイド)》は頂きっすよ!」

 

「ただじゃやられないわ! 罠カード《同姓同名同盟》発動! レベル2以下の通常モンスター1体の同名モンスターをデッキから可能な限り特殊召喚!」

 

 やがて機械巨人たる《スーパービークロイド-ステルス・ユニオン》の胸の部分が展開し、赤い長髪を揺らす緑の体表の人に酷似した上半身と、桃色の魚の下半身を持った人魚――《恍惚の人魚(マーメイド)》を吸い込もうとするが、《恍惚の人魚(マーメイド)》が水面に歌声を響かせれば――

 

「来なさい! 2体の《恍惚の人魚(マーメイド)》! フィールド魔法《伝説の都 アトランティス》の効果でレベルダウン! 代わりに攻守が200パワーアップ!」

 

 《恍惚の人魚(マーメイド)》と瓜二つの2体の仲間たちが海面より飛び出す。

 

《恍惚の人魚(マーメイド)》×2 守備表示

星3 → 星2 水属性 魚族

攻1200 守 900

攻1400 守1100

 

「でもステルス・ユニオンの効果は防げないっす!」

 

 だが、歌声を響かせた《恍惚の人魚(マーメイド)》は吸引に逆らえず《スーパービークロイド-ステルス・ユニオン》の胸の格納庫に収納された。

 

「バトル!! 自身の効果で装備したカードがある時! ステルス・ユニオンは相手の全てのモンスターに攻撃できるっす!」

 

「しまった!?」

 

――罠カード《同姓同名同盟》発動しなきゃよかった……!

 

 そして吸収した力を奪うように《スーパービークロイド-ステルス・ユニオン》の胸部にヒレのVが浮かぶ中、左右の腕を人魚たちへ向けられた事実にジュンコは己が失策を悟る。

 

「しかも、その攻撃は貫通するっすよ! ステルス・ユニオンの攻撃力は半分になるっすけど、そっちの低い守備力なら関係ない!」

 

「じゃあ、こう! 永続罠《潜海奇襲(シー・ステルス・アタック)》の効果! 私の水属性1体をターンの終わりまで除外! 《プリンセス人魚》を除外よ!」

 

 だが、ジュンコのフィールドの長い金髪を持つ白い肌と赤い魚の下半身を持つ人魚《プリンセス人魚》は海中に身を潜めた為――

 

「むっ!? でも2回攻撃っす! ブロウクン・ナックル!!」

 

 攻撃力が4400から2200に半減した《スーパービークロイド-ステルス・ユニオン》のロケットパンチがジュンコの2体の《恍惚の人魚(マーメイド)》が尾で掬い上げた海水の壁を突き抜けて撃ち抜いた。

 

ジュンコLP:3000 → 800

 

「よくもやったわねぇ……!」

 

「こ、怖い顔しても無駄っすよ! 攻撃力はステルス・ユニオンが上! カードを2枚セットしてターンエンド!」

 

 そうして、一気にライフが減った事実に苛立ちを募らせるジュンコの憤怒の形相を前に、翔は退け腰になりながらも、腕を組みそびえ立つ《スーパービークロイド-ステルス・ユニオン》の勇姿の後押しを得つつ強がって魅せる。

 

「そのエンド時に永続罠《潜海奇襲(シー・ステルス・アタック)》で除外していた《プリンセス人魚》が帰還するわ!フィールド魔法《伝説の都 アトランティス》でパワーアップ!」

 

 やがて、海面からチラと頭を出した《プリンセス人魚》が赤いヒレの耳で安全を確認した後、水面から跳ねて戻った中、ジュンコは――

 

《プリンセス人魚》 攻撃表示

星4 → 星3 水属性 魚族

攻1500 守 800

攻1700 守1000

 

 

 

翔LP:1800 手札1

《スーパービークロイド-ステルス・ユニオン》攻4400

伏せ×2

《一族の結束》

《恍惚の人魚(マーメイド)》装備扱い

VS

ジュンコLP:800 手札3

《プリンセス人魚》攻1700

伏せ×2

潜海奇襲(シー・ステルス・アタック)

フィールド魔法《伝説の都 アトランティス》

 

 

「私のターン! ドロー! そしてスタンバイフェイズに《プリンセス人魚》の効果!私のライフを800回復!!」

 

ジュンコLP:800 → 1600

 

 《プリンセス人魚》が長い薄手袋にて首元のブローチに手を添えれば、その宝石が輝きを放ち、その光がジュンコを包み癒していく。

 

「魔法カード《融合派兵》! エクストラの《アクア・ドラゴン》を公開し、その素材である《海原の女戦士》をデッキから特殊召喚!!」

 

 その後、魔法カード《強欲で金満な壺》によって増えた手札から繰り出されるのは、青い長髪を揺らす、肌色の人間の上半身に黄緑の魚の下半身を持つ人魚が、海面の上に立つように泳いで見せる。

 

《海原の女戦士》 攻撃表示

星4 → 星3 水属性 魚族

攻1300 守1400

攻1500 守1600

 

「魔法カード《悪魔への貢物》! アンタの効果モンスターを墓地へ送って私は手札から通常モンスターを特殊召喚するわ! 墓地送りは当然ステルス・ユニオン!」

 

 更に此処で《スーパービークロイド-ステルス・ユニオン》の足元の水面に黒い影が映れば、地盤が沈下したことで《スーパービークロイド-ステルス・ユニオン》の巨体は海へと沈み始めていく。

 

「ス、ステルス・ユニオンが!?」

 

「さぁ、来るのよ! 《弓を引くマーメイド》!!」

 

 やがて親指を立てて《スーパービークロイド-ステルス・ユニオン》が沈み切った先の海面から、巨大な黄金のシャコガイが飛び出した。

 

 そうして、その黄金のシャコガイが音を立てて開けば、その中より緑の長髪に褐色肌の人間の上半身と白い鱗を持つ魚の下半身の人魚が赤い弓と銀の矢を手に構えて見せる。

 

《弓を引くマーメイド》 攻撃表示

星4 → 星3 水属性 水族

攻1400 守1500

攻1600 守1700

 

「更に《氷水(こおりみず)》を通常召喚!!」

 

 そして、相手の切り札が消えた先からジュンコが従える海より、茶の長髪に青い体表と腹に棘の生えた人間の上半身に緑の魚の下半身を持つ人魚が水面を跳ねる中――

 

氷水(こおりみず)》 攻撃表示

星3 → 星2 水属性 水族

攻1150 守 900

攻1350 守1100

 

「まだまだァ! 魔法カード《死者蘇生》で《マーメイドナイト》を復活!」

 

 最後の最後にジュンコのお気に入りの1枚たる赤い長髪に「ナイト」の名通りに剣と盾を持つ、エメラルドの魚の下半身を青い鎧で固めた人魚が4体の人魚たちを率いるように剣を天へと掲げながら現れた。

 

《マーメイドナイト》 攻撃表示

星4 → 星3 水属性 水族

攻1500 守 700

攻1700 守 900

 

「さっきから人魚ばっかりっすね……」

 

「そうよ、悪い? これが私の『人魚(マーメイド)』デッキ!」

 

 そう、呆れ気味な翔の呟きを肯定するジュンコの言葉通り、彼女のデッキは「人魚」デッキ――ジュンコのお気に入りの1枚たる《マーメイドナイト》を筆頭に、さしずめ「人魚アド」を重視したデッキだ。

 

「その恐ろしさをタップリと分からせて上げる! バトル!」

 

 そして、5体の人魚たちが翔を敗北の海の底へ引きずり込むべく、水飛沫を上げながら迫りくる。

 

「《マーメイドナイト》は《海》がある時、2回攻撃が可能! フィールドには《海》として扱う《伝説の都 アトランティス》がある! さぁ、3000越えのダメージを食らいなさい!!」

 

 フィニッシャーを務めるのは勿論ジュンコのお気に入りたる《マーメイドナイト》――通常モンスター「人魚」たちが相手の布陣を崩し、《マーメイドナイト》の連撃の刃でとどめを刺す。

 

 それこそが、ジュンコが新たに確立したスタイル。

 

「さ、させないっす! カウンター罠《カウンター・ゲート》! モンスター1体の攻撃を無効にし、1枚ドロー!」

 

 だが、そんな《マーメイドナイト》の水面ごと翔を両断する筈だった剣は異次元の穴より飛来した影との衝突により弾かれる。

 

「更に、そのドローがモンスターだったから召喚っす! 来い、《ジェット・ロイド》! 永続魔法《一族の結束》で800パワーアップ!」

 

 さすれば、その陰たるつぶらな瞳の付いた朱色のジェット機が、車輪の手足を伸ばしつつ現れ、翔を守るように主の前でホバリングした。

 

《ジェット・ロイド》 攻撃表示

星4 風属性 機械族

攻1200 守1800

攻2000

 

「だったら、《弓を引くマーメイド》で攻撃!」

 

「攻撃力はこっちが上っすよ!?」

 

 しかし、攻撃力が2000に上がった《ジェット・ロイド》へ、フィールド魔法《伝説の都 アトランティス》で強化されたとはいえ攻撃力1600の《弓を引くマーメイド》をけしかけるジュンコの行動に翔は面食らうが――

 

「永続罠《窮鼠の進撃》! レベル3以下の通常モンスターがバトルする時! ライフを100の倍数支払って、相手モンスターの攻撃力をその分だけ下げる!! 500のライフを支払うわ!!」

 

 相手をひき飛ばすべく海面を走るように飛ぶ《ジェット・ロイド》の突進は、《弓を引くマーメイド》が、乗り込む巨大なシャコガイが口を閉じたことによって、《ジェット・ロイド》の身体は貝の間で挟まれることとなった。

 

ジュンコLP:1600 → 1100

 

《ジェット・ロイド》

攻2000 → 攻1500

 

「――アローショット!!」

 

 そして、身動きが出来ぬ《ジェット・ロイド》へ殆どゼロ距離で引き絞った弓より《弓を引くマーメイド》が矢を放てば、《ジェット・ロイド》の装甲をアッサリと砕き進んだ矢は翔に直撃。

 

「くぅ……!」

 

翔LP:1800 → 1700

 

「これでアンタのモンスターは0! 残りのマーメイドたちの一斉攻撃でフィニッシュよ!」

 

 こうして、守り手を失った翔は、ジュンコの率いるマーメイド軍団からの熱烈アタックを受けることとなる。

 

 そして、波に乗りながら翔へと殺到する4体のマーメイドたちは、突如として水上都市よろしく現れた巨大な白い装甲板が立ちふさがったことで、無情にもその白き壁に激突した。

 

 

 

 やがて海面から変形しつつ全容を見せつけるように現れるのは、白い装甲に覆われた巨大ロボ。その両腕にはクレーンやら運搬用のレールやらの面影がみられるように、先の海上都市が変形した姿の様子。

 

《スーパービークロイド-モビルベース》 守備表示

星10 地属性 機械族

攻 0 守5000

攻 800

 

「えっ……?」

 

 そんな具合で、思いっきり《スーパービークロイド-モビルベース》の装甲にぶつかったせいか、4体の人魚たちはプカプカと水死体よろしくジュンコの元へ攻撃キャンセルな形で戻って来る中、呆然とするジュンコ。

 

「《ジェット・ロイド》の効果っす! このカードが攻撃された時、手札から罠カードを――罠カード《死魂融合(ネクロ・フュージョン)》を発動させて貰ったっすよ! これで墓地のロイド融合体とロイドを裏側で除外して融合完了っす!」

 

「な、なんですってぇ!?」

 

 だが、翔の説明に再起動を果たしたジュンコと共に、プカプカ浮かぶ4体の人魚たちもガバリと海面から顔を上げて頭のたんこぶを抑えながら、指をさす。

 

「…………あれ? ちょっと待って」

 

 しかし、此処でジュンコは驚きの表情をピタリと止めて頭に浮かんだ疑問を口に出した。

 

「なんでアンタ、前のターンに伏せなかったの? 罠カード《カウンター・ゲート》で《ジェット・ロイド》呼べてなかったら、どうする気だったのよ」

 

「よ、余計なお世話っす!」

 

――こんなに直ぐステルス・ユニオンがやられるなんて想定外だったんすよ!!

 

 それは翔の不可解なプレイングへの件だった。とはいえ、当の翔は内心の動揺を隠しつつ強がってみせる他ない。時は巻いて戻せないのだから。

 

「とにかく!! これで守備力5000が僕を守るっす! 永続罠《窮鼠の進撃》でライフを払って下げるにも全然足りないっすよ!!」

 

「この……調子に乗って~!!」

 

――てゆーか、どっちみち永続罠《窮鼠の進撃》じゃ守備力は下げられないから意味ないわよ!!

 

 やがて、売り言葉に買い言葉のように己が有利を示す翔だが、ジュンコは内外ともに歯ぎしりする程に苛立つも、その脳裏に豆電球がともる感覚と共にひらめきが過った。

 

――あっ、そうだ。

 

「永続罠《潜海奇襲(シー・ステルス・アタック)》の効果! 《弓を引くマーメイド》を除外するわ!」

 

 さすれば、貝に乗る《弓を引くマーメイド》が閉じた貝の内に潜むとともに、海中に身を潜め――

 

「……? そんなことして何の意味があるんすか?」

 

「罠カード《一族の結集》! 《プリンセス人魚》と同じ種族を手札から特殊召喚!《レインボー・マリン・マーメイド》!!」

 

 首を傾げる翔の視界に、虹がかかると同時に現れた緑の長髪を持つ赤い服を着た人間の上半身に、青い魚の下半身を持つ人魚が映った。

 

《レインボー・マリン・マーメイド》 攻撃表示

星5 → 星4 水属性 魚族

攻1550 守1700

攻1750 守1900

 

「レベル5のモンスター? でも無駄っすよ! 攻撃力が全然足りないっす!!」

 

 しかし、その攻撃力は2000すら超えない微々たるもの。翔を守る《スーパービークロイド-モビルベース》の守備力5000は超えられない。

 

「《レインボー・マリン・マーメイド》で攻撃!! そして元々のレベルが5以上の水属性がバトルする時! 永続罠《潜海奇襲(シー・ステルス・アタック)》の効果で、バトルする相手モンスターを破壊するわ!!」

 

「えっ!? ま、拙いっす……!?」

 

 だが、海流の流れと波を利用して虹のアーチを描きながら《レインボー・マリン・マーメイド》が津波と共に《スーパービークロイド-モビルベース》を呑み込まんと迫る中、翔は焦った様子で伏せたカードを発動させた。

 

「そ、速攻魔法《無許可の再奇動(メイルファクターズ・コマンド)》発動! 僕のデッキからユニオンモンスターを機械族に装備するっす! これで《強化支援メカ・ヘビーアーマー》を装着!」

 

 途端に空から飛行機雲を描きながら《スーパービークロイド-モビルベース》の全身に追加パーツよろしくドッキングした白と赤のアーマーたち。

 

 これで守りは万全だと翔は威勢よく語る。

 

「このカードを装備したモビルベースは相手の効果の対象にならない! これで永続罠《潜海奇襲(シー・ステルス・アタック)》じゃ破壊されないっすよ!」

 

「えっ? 永続罠《潜海奇襲(シー・ステルス・アタック)》は対象取らない効果だから破壊するけど?」

 

「えっ?」

 

 しかし、ジュンコに効果の勘違いを指摘された(コン〇イ語の洗礼を受けた)翔の間の抜けた声が響く中、大波を引き連れた《レインボー・マリン・マーメイド》はビタンと音を立てて《スーパービークロイド-モビルベース》に激突。

 

 そうして、《スーパービークロイド-モビルベース》の装甲の上を《レインボー・マリン・マーメイド》は力尽きるようにずり落ちて行き、海にバチャンと水飛沫を上げて倒れた。

 

ジュンコLP:1100 → 0

 

「うわぁあぁ……って、あれ? 勝ったっす……か?」

 

 やがて、()()()()のライフが尽きる中、来る筈だった衝撃に目を閉じて身構えていた翔が薄っすらと瞳を開けつつ、状況を確認すれば――

 

「えっ? ちょ、どうしてよ!? モビルベースは破壊できる筈でしょ!?」

 

「なんか知らないけど、勝ったっす!! やったー!!」

 

 納得がいかない様子のジュンコを余所に、翔はこぶしを突き上げて己の勝利を喜んでいる中、クロノスはジュンコへと近寄り声をかける。

 

「詰めが甘いノーネ。《強化支援メカ・ヘビーアーマー》は戦闘だけでなーく、効果破壊でも装備モンスターの身代わりとなれルーノ」

 

「あっ! あっ~!!」

 

 そう、永続罠《潜海奇襲(シー・ステルス・アタック)》で破壊される筈だった《スーパービークロイド-モビルベース》は《強化支援メカ・ヘビーアーマー》を身代わりとして生存。

 

 よって、バトルはそのまま続行され、守備力5000に突っ込む結果になった――それがジュンコの敗因である。

 

 しかし、此処でジュンコは、ふと気づいた件より未だ喜びの謎ダンスを踊る翔へ指をさしながら詰め寄った。

 

「てゆーか、前のターンに発動してればステルス・ユニオン守れてたじゃないの!! ちゃんとカード使いなさいよ!! 負けちゃったじゃない!!」

 

「へへーん、デュエルの答えは一つじゃないっすよ!」

 

「プレイミスしただけの癖に!!」

 

 そう、翔が《スーパービークロイド-ステルス・ユニオン》に《強化支援メカ・ヘビーアーマー》を装備させていれば、ジュンコの魔法カード《悪魔の貢物》の効果を受けることなく、《ジェット・ロイド》ドロー博打に陥ることもなかったのだ。

 

 とはいえ、ドヤ顔の翔が言う通り、最適なプレイングが必ずしも勝利を呼び込むとは限らないのがデュエルの難しいところである。まぁ、今回の翔の場合はまぐれ当たり以外の何物でもないが。

 

 やがて、敗北感に乙女であることを忘れたように地団駄を踏むジュンコだったが、その元へ友人であるももえが駆けつける。

 

「それを言うならジュンコさんだって、罠カード《同姓同名同盟》の効果で《恍惚の人魚(マーメイド)》を攻撃表示で呼ぶべきでしたわ――そうすれば攻撃力が半減した相手など永続罠《窮鼠の進撃》で返り討ちに出来ましたのに」

 

「それは……相手の攻撃力高かったし、手札に魔法カード《悪魔への貢物》もあったから……貫通に全体攻撃なんて知らなかったし!」

 

 そうして、ももえにプレイミスを指摘されるジュンコだが、《スーパービークロイド-ステルス・ユニオン》の効果を知らない身からすれば、「ああする他なかった」と返しつつ、今度は逆にももえのプレイミスを指摘した。

 

「それに、プレイミスしたのはももえも同じでしょ!」

 

「うぐっ!? 折角アドバイスして差し上げたというのに……!」

 

「それに永続罠《窮鼠の進撃》は対象に取る効果だから、結局は防がれちゃうわよ!!」

 

「でも受けるダメージは軽減できたノーネ――お互いに、もっとプレイングに気を配ルーノ」

 

 やがて喧嘩に発展しそうなももえとジュンコのやり取りをクロノスが無理やり収める中、先にデュエルと総評を終えていた取巻は、友人の慕谷が合流した後、ポツリと呟いた。

 

「…………慕谷、気のせいかもしれないけど、聞いても良いか?」

 

「どうした、取巻?」

 

「……僕ら強くなってないか?」

 

 それは確かな自覚。

 

 授業を受ける以外は特段珍しいことをしていないというのに、レッド生徒全員の実力が上方修正されたような実感が取巻の中に芽生えてならない。

 

「気づいたようデスーネ――定期試験を前に、ようやく芽が出て来たノーネ」

 

「クロノス教諭!?」

 

 そんな取巻の実感はいつの間にやらデュエルと総評を終えたレッド生徒を引き連れたクロノスによって肯定された。

 

「ちゃんと授業を受けてさえ貰えレーバ、このくらい当然なノーネ」

 

「なん……だと……!?」

 

「ワタクシたちが、どれだけのドロップアウトボーイ&ガールを見て来たと思ってルーノ!あなた達を最低限ステップアップさせる術なんて、とっくの昔に熟知してるノーネ!」

 

 思わず呆然と呟く取巻だが、クロノスからすれば「デュエリスト育成機関」に来て「その道の専門家(デュエルの教師)」をガン無視する面々(彼ら)の方が異常なのだと返す他ない。

 

 教師とて無能の烙印を押されれば、元校長だった鮫島のようにドロップアウトさせられる現実がある以上、教師側とて己の腕を磨き忘れる訳にはいかないのだから。

 

「俺たちの頑張りは無駄じゃなかったのか……」

 

「そんな……あんな努力が……」

 

 やがて狡い背景からなる自習・復習に思いをはせる慕谷の隣で、その実態を知る翔が努力の方向性に疑問を抱くも――

 

「無駄な努力なんてこの世の何処にもないノーネ! 努力が無駄になるとしターラ、それはあなた達が無駄にしてしまうに他ならなイーノ!!」

 

 クロノスは、形はどうあれ努力の姿勢は無駄ではないことを語る。「正しい努力」ではなかったとしても「それが全て無駄だ」と、どうして言えようか。

 

 

 そうして、レッド生徒たちが己の実力の向上にザワつく中、ジュンコはたまらずと言った具合に拳を握った。

 

「いける! いけるわ! 明日香さんの元に一歩近づけるわよ、ももえ!!」

 

「そうですわ、ジュンコさん! わたくしたちだって、やれば出来る子ですのよ!!」

 

「ぼ、僕もイエローに上がれるっすか!? クロノス先生!」

 

「諦めない心があレーバ、歩みがどれだけ僅かずつデーモ、着実に進めるノーネ!」

 

 やがて、謎の高揚感に包まれるレッド生徒たちの横で、出遅れを実感したのか翔が縋るような声を漏らすが、クロノスは小さな一歩を踏み出した翔の歩みを祝福するように肩に手を置く。

 

 そう、遅ればせながらひな鳥(レッド生徒)たちは空へとはばたく為の翼を手に入れた。

 

 後は飛び立つ時(定期試験)を待つばかりである。

 

 

 

 

 

 

 

 此処で舞台は、どこかの国のどこかの荒野に広がる石造りの神殿の中にある祭壇の前にて、遺跡調査の作業員を引き連れていたホプキンス教授は一足先に感嘆の声を漏らした。

 

「キミから連絡があった時は驚いたが――実物を見て更に驚かされたよ」

 

 そう、此処は神崎が前に掘り起こした漫画版5D’s――決闘(デュエル)神官に関する遺跡。

 

「こんなにも状態の良い遺跡が発見されたなんて!」

 

「ホプキンス教授だからこそ、真っ先にご連絡させて頂いた次第です」

 

 やがて、そんなホプキンス教授に恩を着せるように会釈する神崎だが――

 

「まるで手作業で掘り出したみたいじゃないか!」

 

「……大自然が引き起こした奇跡ですね」

 

 勘のいいホプキンス教授の言葉に、神崎も思わず営業スマイルがピシリと固まる他ない。それゆえ、話題の転換の意味も込めて話を変えようとする神崎。

 

「早速なのですが、興味深い部分が――」

 

「ああ、待ってくれ。今回の代表は私じゃないんだ。今日の私は、あくまで付き添いだよ」

 

「しかし――」

 

「其方の心配も分かっているとも。だが安心してくれ――自信を持って任せられる相手だ」

 

「さしずめ後継者と言ったところですか」

 

 だが、此処でホプキンス教授から思わぬ発言が飛び出した。考古学の第一人者であるホプキンス教授が、未確認の遺跡の調査の栄誉を託せる程の相手は、神崎の原作知識にもいない。

 

 精々ホプキンス教授の孫であるレベッカ程度だが、彼女の専門はサイバー系統だ。

 

「では、此方から挨拶に伺わせて頂きます」

 

「なら案内しよう。きっとキミも満足してくれる相手さ」

 

 やがて、当然の帰結とばかりにホプキンス教授の案内の元、神崎は件の人物の元へ向かうこととなった。

 

 

 

 

 

 遺跡調査の為に遺跡の近くに設置された白い仮設テントにて、計画表や遺跡の立体図面が立ち並ぶテーブルに向かう赤いネクタイに紫シャツに白のベストの青年に向けて、レベッカは飛びつくように背中から抱き着き声をかけた。

 

「ダーーーーリン! なに見てるの?」

 

「レ、レベッカ!? ちょ、ちょっと離れて!?」

 

「えぇ~、別に良いじゃない遊戯(ダーリン)――このくらい昔も、やってたんだし」

 

 白のベストの青年――遊戯の背面から首に手を回し、昔の幼かった頃の感覚でスキンシップに興じるレベッカだが、遊戯は顔をゆでだこのように真っ赤に照れながらか細い声でしどろもどろに呟いた。

 

「そ、それは……その……今のレベッカは、も、もう大人だから……」

 

「そ、そっか……」

 

 途端に、レベッカも照れがうつったのか手を放し、ピョンと少しばかり距離を取る。

 

 そう、双方とも学生だった頃とは違い今や立派な社会人――の部分は、あんまり関係ないが今の遊戯では、成長した今のレベッカの行いを過去と同様に「子供のじゃれ合い」では流せぬ状況になったのだ。

 

 下世話な話をすれば、()を無視し切れぬ話である。

 

 そうして、互いに男女の意識を強く持ってしまったゆえか遊戯とレベッカの間に気まずい沈黙が流れるも、そんな空気を変えるべくレベッカは声を裏返らせながら話題を放った。

 

「そ、それでダ、ダーリンは、な、何を見てたの!?」

 

「えっ! う、うん! こ、これだよ!」

 

 そんな強引過ぎる話題変換に遊戯もはやる鼓動を収めるべく飛びつき、タブレット端末をレベッカにも見える位置に配置した。そこに映るのは何処かの会場のデュエル映像。

 

「これって……デュエル中継? 場所はデュエルアカデミアみたいだけど……今の時期なら、ひょっとしてノース校との交流戦?」

 

「ううん、実技の定期試験の様子を配信しているらしいよ。海馬くんから『意見が聞きたい』って頼まれちゃって」

 

 それはレベッカの予想とは僅かに違い、アカデミアの定期試験の様子だが互いに優れたデュエリストゆえに、デュエルの話題は慣れ親しんだもの。

 

「そうなんだ……そ、そうだ!」

 

 ゆえに平静を取り戻し始める遊戯へ、レベッカは意を決した様子で提案。

 

「どうしたの、レベッカ?」

 

「そ、その……ダ、ダーリンの、と、隣で見ても良い?」

 

「う、うん」

 

 やがて、己へとチラチラと合わさるレベッカの視線を前に、遊戯はアッサリと崩れた平静の中で肯定を返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(ミスター神崎――挨拶は後にして貰って構わないかね?)」

 

「(了解しました)」

 

――なにやってんだよ、AIBO(武藤くん)ォ!!

 

 そんな2人のラブコメ擬きを密かに目撃してしまったホプキンス教授の穏やかながら有無を言わせぬ小声の撤退の合図に、神崎は心中にて、キャラ崩壊全開な勢いで叫びながら頷く他あるまい。

 

 

 

 

 

 そうして、遊戯とレベッカから孫の恋路を応援しつつ離れたホプキンス教授は、大きく息を吐いて当人不在のまま遺跡調査の責任者の紹介に映る。

 

「此処なら問題ないだろう。必要ないやもしれないが、私から紹介しよう」

 

 そう、此度の遺跡調査を取り仕切るのは()の人物。

 

「先程の彼がこの現場を取り仕切る『武藤 遊戯』――考古学者の卵だ」

 

 伝説のデュエルキングたる「武藤 遊戯」その人である。

 

――なんで此処にいるのAIBO(武藤くん)ォオォ!! 宇宙行く前に大学進学するって話は聞いてたけどさァ!!

 

「……驚きました。まさか武藤くんが、考古学の道を歩まれていたなんて」

 

 そうして、神崎は荒ぶる心中が収まりを見せない最中、世間話に紛れて情報収集を始めるも――

 

「ハハハ、私も驚きでしたよ。なんでも、アテムくんと約束したとか――文字通り一心同体だった相手なのだからね。知らずにはいられなかったのだろう」

 

――約束!? 考古学者の必要性は何故!? 原作にそんなのあった!?

 

 朗らかに笑うホプキンス教授から、遊戯の大親友たる「アテム」のルーツを探る(ロマン)を追い始めたのだと説明される。

 

 しかし、その切っ掛けにアクターの存在が関与していたとは神崎も流石に思いつかなかった様子。

 

 

 とはいえ、流石に人生かけてアクター(虚像)の情報を探し始めるなどと、辿り着きようがないのかもしれないが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 かくして、遊戯とレベッカがタブレットを操作しようとした手が触れる度にバッと手を放し、ドギマギし始めていたデュエル観戦の舞台であるアカデミアでは――

 

 世に発信されない情報こと、レッド生徒たちのデュエルを終え、クロノスの口から結果発表がなされていた。

 

「――と、シニョール取巻、以上の者は、ラー・イエローに昇格なノーネ!!」

 

「――おっしゃぁああぁああああぁあ!!」

 

 そうして凡そ3分の1のレッド生徒が取巻の歓喜の声に触発されるようにハイタッチしながら喜びの只中にある中、3分の2に分類されたジュンコとももえは思わず不満の声を漏らす。

 

「なんで、私たちがレッドのまま!?」

 

「わたくしたち、強くなったんじゃありませんの!?」

 

「それとこれ(昇格条件)とは別の話ナーノ。でもでーも、後一歩と言ったところですカーラ、腐らず励むノーネ」

 

 そして「強くなった」と語るジュンコとももえに対し、クロノスが告げたのは無常な「あと一歩――か二、三歩足りない」との評価。

 

「シニョーラ枕田は『高い攻撃力を持つ相手』への対処に、ライフを使いすぎなノーネ。それと永続罠《窮鼠の進撃》の為の永続的なライフ回復が、《プリンセス人魚》だけでは心許なイーノ。ライフ管理が杜撰な証拠デスーネ」

 

 ジュンコのデュエルはプレイミスもさることながら、ライフ管理が命のスタイルで後半ライフの息切れを見せた点を思えば、ラー・イエロー昇格は認められず、

 

「シニョーラ浜口は、デッキ構築は大きく改善しましターガ、プレイングに『相手がどう動くか』への意識が低い――ぶっちゃけレーバ、『デュエルが雑』なノーネ。『思い切りの良さ』と『思考停止』は全くの別物ナーノ」

 

 ももえのデュエルは、デッキ構築に凡その及第点を出せたとしても、プレイングの粗さが目立った為、同上。

 

「くっ……! 怒られてる内容がちゃんと分かるのが悔しい……!」

 

「入学開始カーラ、授業をちゃんと受けてレーバとっくの昔に気づけてたことなノーネ」

 

「返す言葉もありませんわ……」

 

 そう、クロノスの言う通り、今回の試験でラー・イエローに上がれた者の大半が、佐藤が授業を担当していた頃から、コツコツ頑張っていた面々ばかりである。一部例外(取巻)が執念で掴みとった部分があれども、その例外では昇級のギリギリのラインだった事実は否めないのだ。

 

「ぼ、僕は!」

 

「焦らずとも順番に総評するノーネ。次はシニョール慕谷! 貴方ーは――」

 

 やがて、ラー・イエロー昇格者たちを前に焦りにかられた翔がクロノスに意見を求めるも、クロノスに「順番だ」と手で制され、レッドの教員が次の担当に代わる最後の仕事とばかりにクロノスは一人一人の生徒たちにアドバイスを送っていく。

 

「――シニョール丸藤は、以上の点を、気を付けるノーネ」

 

「クロノス教諭! 僕のデッキにどのカードを入れれば良いっすか!」

 

 だが、更なるアドバイスを欲した翔に、クロノスは小さく首を横に振った。

 

「それは教えられなイーノ。ワタクシがシニョールたちに与えられるのは『答え』ではなく『解き方』なノーネ。シニョールたちが卒業した後、隣にワタクシたち教員はいないのですカーラ」

 

 そう、「○○のカードをデッキに入れなさい」とクロノスは教えられない。なにせ、それは「思考の放棄」でしかないのだから。

 

 クロノスが翔のデッキを一生面倒みていくことが叶わない以上、クロノスが与えられるのは「思考の土壌」のみ。

 

「そ、そんな……」

 

「焦ることはなイーノ。レッド生徒でも基本1年の猶予があるノーネ。その間なら失敗しても何度でもチャレンジが許されていルーノ」

 

 やがて、絶望の表情を見せる翔へ、クロノスは「諦めるのはまだ早い」旨を伝える。確かにオシリス・レッドは退学のペナルティに追いかけられる立場だが、即座に「退学」が言い渡される例は余程「適性がない」と判断されない限りは稀有だ。

 

 1年間ならば挑戦の機会は、可能な限り用意されている。だが、翔が焦りを見せるのも当然だ。なにせ、もう2度目の定期試験が終わり、直に長期休暇が顔を覗かせる時期。

 

――でも、もうじき半分が過ぎるっす……

 

「僕も、もっと早く頑張ってれば……」

 

「シニョール丸藤、その気付きと実感はとっても大切なノーネ。デスーガ、時間は巻いて戻らなイーノ。過去を悔やむより、『今』を未来に投資することを心掛けるノーネ」

 

 だが、そんな気持ちばかりがはやる翔へ、クロノスは「今、何をするべきか」を重視するようにアドバイスを贈る。

 

 

 かくして、レッド生徒たちは空へと羽ばたき始めた。確かに、その多くは自在に飛べずに地へと落ちたやもしれない。しかし、それで良いのだ。

 

 地に落ちる(失敗する)のは、空へと羽ばたいた(挑戦した)者だけなのだから。

 

 

 





杏子「えっ……?」

レベッカ「乗るしかない……!! このビッグウェーブに……!!」




Q:遊戯ぃっ!!

A:闘いの儀編にて、杏子がアテムに「伝えたいことがある。待ってて(誰から見ても愛の告白)」と告げたので
優しい遊戯は身を引くことを選びました。早い話が失恋です。
DSOD編でも杏子とアテムの仲へ時間を割いて祝福していたのもこの影響です。

そして、GX編にて「ゲームデザイナー」の夢を理想の形で叶えることが潰えたので、
一番の大親友である「アテムの生きた軌跡」を調べる道を選びました。
アテムから「アクターのことを調べて欲しい(意訳)」とも頼まれましたし(なお)


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第258話 相棒



前回のあらすじ
レイ「『ビッグウェーブ』『乗る』『方法』――で検索っと」

吹雪『やぁ、みんなのアイドルフブキングのチャンネルにようこそ! 今日は華麗な波乗りをレクチャーしよう! ボードは友達! Best(ベスト) Friend(フレンド)!』 

レイ「違う、そうじゃない――チャンネル登録ッ!!」





 

 

 此処で唐突に時間を少々巻き戻し、遊戯とレベッカが互いにドギマギしながら並んでタブレットを眺めつつデュエル観戦をし始めた頃――

 

 そのタブレット上には、デュエルアカデミアの定期試験にてデュエルを行う2人のデュエリストがデュエルを開始していた。

 

 

 

 その1人――ラー・イエローの三沢は、先攻を得て通常ドローし、6枚に増えた手札を以て次のターンに来るであろう相手の攻勢に備える盤面を敷く。

 

「俺は魔法(マジック)カード《高等儀式術》を発動! デッキの通常モンスター《磁石の戦士(マグネット・ウォリアー)γ(・ガンマ)》2体を墓地に送り、そのレベルの合計――レベル8の儀式モンスターを儀式召喚する!」

 

 やがて一番槍として、機械翼を持つ磁石の剣士が贄として大地に描かれた魔法陣の中に消えれば――

 

「現れろ! 《リトマスの死の剣士》!!」

 

 その魔法陣より、角のように横に広い博士帽を被った貴族風の白の服装の剣士が赤紫のマントをはためかせながら、左右の双剣を交差させ三沢を守るように膝をついた。

 

《リトマスの死の剣士》 守備表示

星8 闇属性 戦士族

攻 0 守 0

 

「さらに魔法(マジック)カード《苦渋の決断》! デッキからレベル4の通常モンスター《磁石の戦士(マグネット・ウォリアー)β(・ベータ)》を墓地に送り、その同名カードを手札に! そして召喚!!」

 

 そんな《リトマスの死の剣士》に続くのは、丸い黄色の球体を人型に繋げた磁石の戦士が、頭の左右から延びる磁石の角と、丸い両手から延びる磁石の爪を天に掲げてヤル気と磁力を漲らせながら登場。

 

磁石の戦士(マグネット・ウォリアー)β(・ベータ)》 攻撃表示

星4 地属性 岩石族

攻1700 守1600

 

「此処でフィールド魔法《マグネット・フィールド》を発動! そして効果により、1ターンに1度、墓地から『マグネットウォリアー』1体――《磁石の戦士(マグネット・ウォリアー)γ(・ガンマ)》が復活!!」

 

 そして、フィールドが彼らの放つ磁力の力で満ちていく中、サイバーパンクな近未来的な風景が広がったと思えば――

 

 そこからU字磁石のマフラーを付けた翼をもつ薄桃色のずんぐりとした磁石の戦士が、《磁石の戦士(マグネット・ウォリアー)β(・ベータ)》の頭の磁石に引っ付いた。

 

磁石の戦士(マグネット・ウォリアー)γ(・ガンマ)》 守備表示

星4 地属性 岩石族

攻1500 守1800

 

「まだまだ行くぞ! 魔法(マジック)カード《同胞の絆》! ライフを2000払い、俺の《磁石の戦士(マグネット・ウォリアー)β(・ベータ)》と同じレベル・属性・種族の別のモンスターを2体特殊召喚する!」

 

三沢LP:4000 → 2000

 

 またまた《磁石の戦士(マグネット・ウォリアー)γ(・ガンマ)》を引き剥がした《磁石の戦士(マグネット・ウォリアー)β(・ベータ)》の磁力に引き寄せられるように三沢のデッキが光を放つ。

 

「プラスとマイナス――その二つの磁力は引き寄せ合う! さぁ、俺のフィールドに集え! 《磁石の戦士(マグネット・ウォリアー)γ(・ガンマ)》! 《磁石の戦士(マグネット・ウォリアー)α(・アルファ)》!」

 

 さすれば、別の《磁石の戦士(マグネット・ウォリアー)γ(・ガンマ)》と、

 

磁石の戦士(マグネット・ウォリアー)γ(・ガンマ)》 守備表示

星4 地属性 岩石族

攻1500 守1800

 

 磁石の剣と盾を持ったU字磁石の頭の《磁石の戦士(マグネット・ウォリアー)α(・アルファ)》が、今度は《磁石の戦士(マグネット・ウォリアー)β(・ベータ)》の頭から延びる左右の磁石に引きついた。

 

磁石の戦士(マグネット・ウォリアー)α(・アルファ)》 守備表示

星4 地属性 岩石族

攻1400 守1700

 

 磁力の力――かどうかは、ともかく――次々にモンスターが三沢のフィールドを埋め尽くしていく。

 

「1ターンでモンスター5体を……!」

 

 そんな光景に、三沢の対戦相手――オベリスク・ブルー女子の原麗華は己の眼鏡の位置を確認するように触れつつ感嘆の息を漏らした。

 

魔法(マジック)カード《馬の骨の対価》で《磁石の戦士(マグネット・ウォリアー)β(・ベータ)》を墓地に送り2枚ドロー! 今引いた2枚目の《馬の骨の対価》も発動だ! 《磁石の戦士(マグネット・ウォリアー)α(・アルファ)》を墓地に送り2枚ドロー!」

 

 やがて、《磁石の戦士(マグネット・ウォリアー)β(・ベータ)》と《磁石の戦士(マグネット・ウォリアー)α(・アルファ)》が砂のように崩れると同時に、光ったデッキトップからカードを引き抜いた三沢は、永続魔法《魂吸収》を発動し、残った2枚のカード全てを伏せてターンを終える。

 

 

三沢LP:2000 手札0

《リトマスの死の剣士》守0

磁石の戦士(マグネット・ウォリアー)γ(・ガンマ)》×2 守1800

伏せ×2

《魂吸収》

フィールド魔法《マグネット・フィールド》

VS

原麗華LP:4000 手札6

 

 

 手札を使い切ったものの、戦闘では破壊されない《リトマスの死の剣士》に、まずまずの守備力を持つ下級モンスター2体で守りの布陣を敷いた三沢。

 

 フィールド魔法《マグネット・フィールド》の効果により、攻撃をすれば相手はたちまち手札に逆戻り――加えて2枚の伏せカードもあるとなれば易々とは攻撃できないだろう。

 

「堅実な立ち上がりですね……」

 

 ゆえに、称賛の声を贈る原麗華――前回の試験から流れた「三沢は不調」との噂を覆す仕上がり振りである。

 

「これが今の俺の知恵と魂を込めた6つのデッキ――その一つ! 動かざること地の如し! 易々とは崩させない!」

 

「成程、風林火山陰雷にちなんだ六属性のデッキですか……さしずめ、前の試験での大山先輩の時は――静かなること『水』のデッキ」

 

 やがて三沢から零れた6つのデッキに異なる戦術を詰めたことを伺わせる発言に、前回の試験で使用したデッキから考察を重ねる原麗華だが――

 

「俺の理論は日々進化を続けている! 前回と同じとは思わないことだ!」

 

「無論、侮りなどしません! 私のターン! ドロー!」

 

 三沢の忠告めいた発言に、先入観を捨てて己のデュエルを遂行する決意と共にカードを引いた。

 

「《召喚僧サモンプリースト》を召喚! その効果により、自身は守備表示になります!」

 

 そして現れるのは袖の広い中華風の黒衣に身を包んだ長い灰髪の老魔術師が宙で浮かぶ形で腰を下ろす。

 

《召喚僧サモンプリースト》 攻撃表示 → 守備表示

星4 闇属性 魔法使い族

攻 800 守1600

 

「《召喚僧サモンプリースト》の更なる効果! 手札の魔法(マジック)カード《マジックブラスト》を墓地に送り、デッキからレベル4モンスター1体を特殊召喚です! お願いします、《連弾の魔術師》!」

 

 そんな《召喚僧サモンプリースト》の黒衣のフードに光る赤い宝玉を輝かせれば宙に魔法陣が展開され、そこより紫のコートを羽織ったかぎ爪が丸い球体を掴んだ形をした二対の杖を持つ魔術師が歩み出る。

 

 この魔術師――《連弾の魔術師》こそが、原麗華のデッキの中核となるフェイバリットモンスター。

 

《連弾の魔術師》 攻撃表示

星4 闇属性 魔法使い族

攻1600 守1200

 

「永続魔法《悪夢の拷問部屋》を発動! さらに続けて魔法(マジック)カード《同胞の絆》を2000のライフを支払い《召喚僧サモンプリースト》を対象に発動です!」

 

 そうして一気に相手のライフを削り切ろうとした原麗華だが 《召喚僧サモンプリースト》が両手を天に掲げて祈りの所作を行った瞬間に地下深くに眠る遺跡の鼓動が大地を揺るがす。

 

「《召喚僧サモンプリースト》と同じレベル・属性・種族で別のモンスター2体――《霊滅術師 カイクウ》と《マジックアブソーバー》をデッキから特殊召喚――」

 

「そうはさせない! チェーンして永続罠《古代遺跡の目覚め(トラミッド・パルス)》発動! その効果により墓地の岩石族2体を除外し、フィールドのカード1枚を破壊する! 破壊するのは《召喚僧サモンプリースト》だ!」

 

 さすれば、その揺れによって体勢を崩した《召喚僧サモンプリースト》の腰からゴキリと嫌な音が響くと共に、《召喚僧サモンプリースト》はパタリと地面に倒れ込む。

 

「永続罠がフィールドに存在することで、《リトマスの死の剣士》の攻・守は3000アップする」

 

《リトマスの死の剣士》

攻 0 守 0

攻3000 守3000

 

「くっ……! 《召喚僧サモンプリースト》が破壊されたことで、魔法(マジック)カード《同胞の絆》はライフコストを払うも不発に終わります……」

 

 やがて、心配気に駆け寄った呼ばれる筈だった顔半分に火傷の後があるお坊さんと、大鎌のような杖を持つ波打つような白と青の文様が奔る黒衣をまとった黒の長髪の女に連れられて、ドクターストップよろしく《召喚僧サモンプリースト》は戦場から離れるように運ばれていった。

 

原麗華LP:4000 → 2000

 

「俺は2枚のカードが除外されたことで永続魔法《魂吸収》の効果により1枚につき500――1000のライフを回復する」

 

三沢LP:2000 → 3000

 

 こうして、無為にライフを失うこととなった原麗華に対し、三沢は大地からの光の恵みを享受する。

 

 今や互いのライフ差が逆転した状況だが、原麗華の目に陰りはない。なにせ――

 

「ですが、《連弾の魔術師》の効果は受けて貰います! 私が通常魔法を発動する度に400ポイントのダメージです! さらに三沢さんに効果ダメージを与えたことで永続魔法《悪夢の拷問部屋》により追加で300のダメージ!!」

 

 彼女の必殺のコンボは継続中である。《連弾の魔術師》から放たれる火球が《悪夢の拷問部屋》を経由することで、燃え盛る拷問器具の弾丸となって三沢に着弾。

 

三沢LP:3000 → 2600 → 2300

 

「このくらい必要経費だ」

 

 そう、原麗華が通常魔法を発動する度に400+300――700ポイントのダメージを与えるコンボこそが、原麗華の主戦術。

 

 単純計算で魔法(マジック)カードを6回発動するだけで、相手のライフを削りきることが可能だ。

 

「キミの効果ダメージ主体のデッキは確かに厄介だが、残り2枚の手札では大きなダメージは望めない」

 

 しかし、三沢の言う通り、幾ら魔法(マジック)カード《同胞の絆》のライフコストで三沢のライフが目減りしていると言っても、原麗華の2枚の手札では700×2――1400のダメージが限度。

 

「それはどうですかね! 魔法(マジック)カード《グリモの魔導書》! デッキから『魔導書』カード――《セフェルの魔導書》を手札に!」

 

 だが、その程度の問題点は原麗華にとってないも同然とばかりに、彼女の頭上に宝玉が表紙に浮かぶ紫の書が浮かび、そのページが独りでにめくられば1冊の紫の本がその手札に舞い込んだ。

 

「通常魔法が発動し終えたこの瞬間! 再び《連弾の魔術師》と永続魔法《悪夢の拷問部屋》のコンボで三沢さんに400+300! 合計700のダメージです!」

 

 そうして魔法(マジック)カードが発動されれば当然、《連弾の魔術師》が拷問器具を絡めた火球を放たれ、三沢に着弾してライフを着実に削っていく。

 

三沢LP:2300 → 1600

 

 しかし、今の原麗華の手札は2()()()()

 

「くっ……! まだ問題ない!」

 

「なら、どんどん行きますよ! 魔法(マジック)カード《セフェルの魔導書》を発動! 手札の『魔導書』1枚――《ネクロの魔導書》を公開し、墓地の『魔導書』カードの効果を得ます! 当然、《グリモの魔導書》を選択!」

 

 そうして、またまた原麗華の頭上で紫の書が1冊の本が浮かびあがり、そのページが開けば今度は桃色に輝く書が彼女の手札に舞い込んだ。

 

「そしてデッキから更なる『魔導書』カード――《ルドラの魔導書》を手札に! そして、三度《連弾の魔術師》と《悪夢の拷問部屋》のコンボが発動! 合わせて700のダメージです!」

 

 当然、先と同じように《連弾の魔術師》が燃え盛る拷問器具を放ち、三沢のライフを削っていく。

 

三沢LP:1600 → 900

 

 そんな今の原麗華の()()()2()()――つまり先程から一切減っていない。

 

「連続サーチによる疑似ループコンボか……!」

 

「今更、気づいても遅いですよ! 魔法(マジック)カード《ルドラの魔導書》を発動! 手札の『魔導書』――《ネクロの魔導書》を墓地に送り、2枚ドロー! 当然、四度目のコンボダメージです!」

 

 そう、原麗華のデッキは《連弾の魔術師》の効果を最大限活かす為に特化されている。

 

 時には先攻1ターンキルすら容易に可能だ。

 

三沢LP:900 → 200

 

「っ……! だが、その2枚のドローで通常魔法を引けなければ、このコンボは潰える!」

 

「ご心配には及びません。なにせ私のデッキの大半は魔法(マジック)カード! 引けない確率など微々たるものです! ドロー!!」

 

 しかし、腕で己を守るような姿勢の三沢の言葉通り、原麗華の無限ループは「疑似」的なものだ。魔法(マジック)カードの供給が途絶えれば、そこで止まる。

 

 幾ら原麗華が自信満々にカードを引けども、魔法(マジック)カードが引けなければ攻撃力が飛びぬけて高い訳でもない《連弾の魔術師》を残してターンを終える他ない。

 

 だが、三沢と彼が従えるモンスターたちごと閉じ込めるように黒い鉄檻が空から地響きを立てて降り立った事実が、現実を突きつけた。

 

「来ました! 魔法(マジック)カード《悪夢の鉄檻》発動! このカードは発動後にフィールドに2ターンの間、留まり互いのバトルを封じます!」

 

 そう、これにより三沢はバトルを封じられ――るどころではなく、《連弾の魔術師》のコンボのトリガーとなる。

 

「ですが、それも意味のない話――三沢さんのライフはこれで終わりです! 五度目の効果ダメージコンボでフィニッシュです!」

 

 やがて宙に浮かんだ拷問器具が《連弾の魔術師》が杖を振り下ろすと同時に炎を受けて三沢に殺到し、その残りたった200のライフを刈り取った。

 

 

 

 

三沢LP:200

 

「なっ!?」

 

 かに思われた。

 

 《連弾の魔術師》の両手から二対の杖がカランと音を立てて零れ落ちる。

 

「悪いが俺はこのカードを発動させて貰った――速攻魔法《突撃指令》!」

 

「速攻魔法《突撃指令》!? そのカードは確か自分の通常モンスター1体を犠牲に相手モンスター1体を破壊するカード……!」

 

 そして、三沢の発言を注釈するような原麗華が《連弾の魔術師》の方を見やれば、《連弾の魔術師》の腹部には《磁石の戦士(マグネット・ウォリアー)γ(・ガンマ)》の拳が突き刺さっていた。

 

「その通りだ――この効果により、キミの《連弾の魔術師》は破壊させて貰ったよ。効果ダメージの起点が消えた以上、コンボは成立しない!」

 

 やがて、《悪夢の鉄檻》の中でロケットパンチの姿勢のままで固まりこと切れた《磁石の戦士(マグネット・ウォリアー)γ(・ガンマ)》を誇るように三沢が宣言するが、原麗華の脳裏に疑問が浮かぶ。

 

「そんなカードがあるのなら、もっと早くに――はっ!?」

 

 しかし、その「もっと早くに《連弾の魔術師》を破壊していればダメージを抑えられた」との疑問への解は、他ならぬ原麗華自身の明晰な頭脳が導き出せてしまう。

 

「そう、キミなら確実に《連弾の魔術師》の起点となる『通常魔法』を引いてくることは想定できた」

 

 そう、「ドロー力」である。

 

 優れたデュエリストほどに大きな影響を与えるドロー力を逆手に取ったのだ。

 

 オベリスク・ブルーに在籍する相手ならば「確実に引いてくる筈だ」との計算を以て、罠を仕掛けたのである。

 

 一歩間違えれば、そのままライフを削りきられて負けていた可能性もある一手だが、三沢とて格上のオベリスク・ブルー相手にノーリスクで勝てるとは考えていない。

 

「恐らく今のキミの残りの1枚の手札では《連弾の魔術師》を再展開し、魔法(マジック)カードを発動する余力はない」

 

「くっ、私の手札を削る為にわざと……!」

 

「そういうことだ。キミのデッキのデータは既に把握済みでね――悪いが、泳がさせて貰った」

 

 その甲斐あって、今の原麗華のモンスターはゼロ――最後の1枚も、次のターン以降を想定されたカードではないことは予想がつく。

 

「なら、私は魔法(マジック)カード《光の護封剣》を発動! これで三沢さんには3ターンの間、攻撃は叶いません!」

 

 しかし、それでも原麗華に応えていたデッキは彼女に二重の守りを――数多の光の剣を三沢のフィールドに降り注がせ、モンスターたちの自由を奪った。

 

「今の私には《悪夢の鉄檻》と《光の護封剣》の守りがあります! 立て直しは十二分に可能です! ターンエンド!」

 

 これで、守りのカードが2枚――永続罠《古代遺跡の目覚め(トラミッド・パルス)》の効果で次のターン1枚破壊されようとも三沢は攻撃できず、墓地の岩石族の数不足により永続罠《古代遺跡の目覚め(トラミッド・パルス)》の発動は叶わない。

 

「三沢さんの弱点は引きの弱さ――私だって把握済みですよ」

 

 そして、互いに手札が0という大山(たいざん)とのデュエルと同じ状況となれば、ドロー力の勝負となる。

 

 

三沢LP:200 手札0

《リトマスの死の剣士》守3000

磁石の戦士(マグネット・ウォリアー)γ(・ガンマ)》守1800

《魂吸収》

古代遺跡の目覚め(トラミッド・パルス)

フィールド魔法《マグネット・フィールド》

VS

原 麗華LP:2000 手札0

《悪夢の鉄檻》

《光の護封剣》

 

 

「ならば俺のターン! ドロー!」

 

――フッ、やはり思うようには引けないか。

 

 しかし、三沢とてドローの修行を重ねた身――だが、千載一遇の機会を活かすカードは引けなかった模様。

 

「確かにキミの言う通り俺のドローの弱さは課題だ。だが、その課題を前に無策でデュエルに臨んだ訳じゃない!」

 

 とはいえ、三沢もそれは想定内である。他ならぬ「己を知る」ことにかけた日々は伊達ではない。

 

「今の俺は引きに頼る必要はなくてね!」

 

 そう、今の盤面があれば、最低限「次に備える」ことを積み重ねることは可能だ。

 

「フィールド魔法《マグネット・フィールド》の効果! 俺のフィールドに『磁石の戦士』がある時! 磁力の力が、墓地より仲間を引き寄せる! 来い! 《磁石の戦士(マグネット・ウォリアー)γ(・ガンマ)》!」

 

 そして再び磁力を放つ《磁石の戦士(マグネット・ウォリアー)γ(・ガンマ)》に引き寄せられ、瓜二つの同名カードたる《磁石の戦士(マグネット・ウォリアー)γ(・ガンマ)》が拳を磁力で繋げつつ再会を喜ぶ中――

 

磁石の戦士(マグネット・ウォリアー)γ(・ガンマ)》 守備表示

星4 地属性 岩石族

攻1500 守1800

 

「さらに永続罠《古代遺跡の目覚め(トラミッド・パルス)》の効果により墓地の2枚の岩石族を除外し、キミの《光の護封剣》を破壊! 2枚のカードを除外したことでさらに回復!」

 

三沢LP:200 → 1200

 

 揺れる大地が、《磁石の戦士(マグネット・ウォリアー)γ(・ガンマ)》たちの周囲に突き刺さる数多の光の剣を地割れに飲み込み、そこから漏れ出る恵みの光が三沢を覆う。

 

「カードをセットしてターンエンドだ!」

 

――俺が伏せたのは(トラップ)カード《岩投げアタック》……これにより500ダメージと共に岩石族《タックルセイダー》を墓地に送れば、相手の守りを崩せる筈だ。

 

 こうして、アッサリめにターンを終えた三沢が、フラグ満載なことを考える中――

 

――私の《悪夢の鉄檻》は次のターンまで保つとはいえ、ターンを重ねるごとに三沢さんのフィールドは埋まり、ライフもどんどん回復してしまいます。

 

 デッキに手をかける原麗華も同様にフラグ満載なことを考え始めていた。

 

――このドローで最低でも牽制用のカードを引かなければ……!

 

 

 かくして、互いに嫌なフラグを立てあいながら、デュエルは結構長引くこととなっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、そんなデュエルをタブレットで眺めていた遊戯たちの元へ舞台を戻せば、レベッカがデュエル開始前までのドギマギなどなかったようにデュエルを批評していた。

 

「ふーん、そんなに悪いようには見えないけど――あの海馬がダーリンに意見を求めるなんて、なにか問題でもあるの?」

 

なにせレベッカは名のあるデュエリストである。デュエルへの真摯な姿勢は恋をしようとも変わらない。

 

 それゆえにレベッカは解せなかった。あのプライドの権化である海馬が、ライバルとして認めた遊戯に「相談」という形で意見を求めたことに――なにせ、三沢たちのデュエルに大きな問題は見られないのだから。

 

 そして、それには遊戯も同意を示しつつも、小耳に挟んだ裏の部分の情報を明かした。

 

「うーん、ボクも問題ないとは思うんだけど、モクバくんが言うには実績部分でアメリカ校に後れを取ってるのが気になるらしいんだって」

 

「あ~、ペガサス会長に負けっぱなしは癪な訳ね」

 

「ボクは『大丈夫』って言ったんだけど、海馬くんは納得してないみたいなんだ……」

 

 それが、いつぞやのデイビットが語った部分である「本校以上に躍進を続けるデュエルアカデミア・アメリカ校」の評判部分だ。

 

 負けず嫌いの海馬からすれば、面白くあるまい。

 

「まぁ、ペガサス会長のお膝元で『END』なんてイレギュラーが出て来たんじゃ海馬も流石に焦っちゃうわよ」

 

「『END』?」

 

 だが、此処で「話の核が見えた」と腕を組んでうんうん頷くレベッカだったが、対する遊戯の首を傾げる姿に、信じられないものでも見るような視線を向ける。

 

「ダーリンは知らないの? 海外じゃ有名な話なんだけど……」

 

 なにせ、海外の――ホプキンス教授との所縁のある――大学に進学した遊戯が、本場の有名な話題を知らぬとなれば、戸惑いもしよう。

 

「あはは……最近までずっと勉強漬けだったから……」

 

「減点!」

 

「えっ?」

 

 しかし、目線を逸らして頭をかく遊戯の眼前に、レベッカの人差し指が向けられた。

 

「ダメじゃないダーリン! 考古学は『今』があって初めて成立する分野なんだから! 今、世界で起きていることへ常にアンテナを張ること!」

 

 そう、歴史とは当然のことながら連綿と「繋がっている」ものだ。「今」ですら100年も経てば考古学の範疇になろう――つまり、「今」も「考古学の一部」と言っても過言ではないのだ。

 

「ご、ごめん」

 

「全く、お爺ちゃんは甘いんだから――分野は違うけど、此処は学者先輩の私がエスコートしてあげるわ!」

 

 やがて分野は違えど先輩(レベッカ)の忠言を粛々と受ける遊戯へ、レベッカは未熟な弟弟子(遊戯)に一つばかり道を示す。

 

「一先ず、次のお休みにプロの試合観戦にでも行きましょう! はい、決定!」

 

「じゃあ折角だから海馬くんに貰ったペアチケットを――」

 

「えっ? ペア(二人)?」

 

「あっ」

 

 だが、遊戯から帰ってきた思わぬ返答(二人っきりの旅行)にレベッカは両手を合わせた姿勢のままでピタリと固まった。

 

 レベッカとしては祖父のホプキンス教授も交えて、いつものメンバーで出かけるとばかり考えていただけに、想定外だった模様。思わぬお誘い(デートの誘い)を前に、レベッカの表情は朱に染まっていく中――

 

「いや、えっと、これは、その、そんな変な意味じゃなくて! 偶々貰ったチケットだから――」

 

 速攻で日和る遊戯。

 

 顔を照れで真っ赤に染めながら両手をアワアワせわしなく動かす姿は恋愛初心者感が否めない。天下のデュエルキングの名が泣こう。

 

「そ、そうよね! せ、折角、貰ったのに無駄になっちゃわ、悪いもの!」

 

 そして、そんな遊戯の日和りに便乗してしまうレベッカ――千載一遇の機会を逃すとはこのことか。

 

「うん、その、えーと……………………」

 

 やがて、語る言い訳が尽きたのか遊戯は言葉を探すように視線を彷徨わせた後に沈黙。

 

 両者の間になんとも言えぬ浮ついた雰囲気が流れる中、タブレット上のデュエルにて長引いた泥仕合を制した三沢が勝利の拳を掲げた瞬間に響いた観客の喝采の音声にビクリと反応した遊戯とレベッカは――

 

「えっと、あっ――そ、そろそろ時間だから教授の元に、い、行かないと!!」

 

「そ、そうね! お、お爺ちゃんを待たせちゃダメよね!」

 

 降って湧いた予定と言う名の波に乗り、2人揃って慌てた様子のまま簡易テントから飛び出すこととなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 此処で、舞台と時間は少々戻り、デュエルアカデミアにて三沢の試合と凡そ同時進行していた十代の対戦相手であるカチューシャで青のウェーブがかった長髪を整えたラー・イエロー女子こと海野(うみの) 幸子(ゆきこ)は右手の甲を口元に当てながらお上品――らしい――高笑いを上げていた。

 

「オーホッホッホ! 完璧な手札ですわ! わたくしの勝ちは決まったも同然でしてよ!」

 

 対戦相手の十代は、1年の中でまさに新進気鋭の存在である。

 

 しかし、それを加味しても先攻を得た海野の手札はパーフェクトだった。

 

「わたくしは魔法(マジック)カード《スター・ブラスト》を発動! 支払ったライフ500につき手札のモンスターのレベルを一つ下げますわ! わたくしは1500のライフを支払いレベルを3つダウンさせます!」

 

海野LP:4000 → 2500

 

 空に赤い球体に閉じ込められたような黄色い星型が7つ浮かぶ中、その3つがボボンと破裂し、海野にその衝撃が届くも――

 

「そしてレベルが7から4に下がった《超古深海王シーラカンス》を通常召喚ですわ!!」

 

 その破裂した際の煙を押しのけるように藍色の重厚な鱗に覆われた巨大な古代の魚が大口から雄たけびを響かせて、現れた。

 

《超古深海王シーラカンス》 攻撃表示

星7 水属性 魚族

攻2800 守2200

 

「おぉ! 最上級モンスターがこんなにアッサリ!」

 

「驚くには早くてよ! 《超古深海王シーラカンス》の効果! わたくしの手札1枚を墓地に送ることでデッキからレベル4以下の魚族を可能な限り特殊召喚しますわ!」

 

 空を泳ぐ《超古深海王シーラカンス》の巨体にテンションを上げる十代の姿に気分よく鼻を鳴らす海野が指をパチンとならせば、天へと雄たけびを上げる《超古深海王シーラカンス》が津波を呼び寄せ――

 

「来なさい! 2体の《剣闘(グラディアル)(ビースト)トラケス》と、《剣闘(グラディアル)(ビースト)ムルミロ》!!」

 

 その波に乗せられ2体のフグの頭を持つまん丸な体形の二頭身の魚人が三角の装甲を繋ぎ合わせたような鎧に身を包み、小さな腕で杖を構え、

 

剣闘(グラディアル)(ビースト)トラケス》×2 守備表示

星3 水属性 魚族

攻1400 守 400

 

 それらの隣で2体の青い甲殻のような鱗に覆われた背中に二対の大口径の大砲を携えた魚の戦士が並び立ち、海野のフィールドを埋め尽くした。

 

剣闘(グラディアル)(ビースト)ムルミロ》×2 守備表示

星3 水属性 魚族

攻 800 守 400

 

「一気にモンスターが4体も!?」

 

「驚くのは早いと申し上げたでしょう? 本番は此処からですわ! フィールドの『剣闘(グラディアル)(ビースト)』2体をデッキに戻すことで、エクストラデッキの《剣闘(グラディアル)(ビースト)エセダリ》は特殊召喚できますわ!」

 

 やがて《剣闘(グラディアル)(ビースト)トラケス》と《剣闘(グラディアル)(ビースト)ムルミロ》の2体ずつが海流を巻き上げ飛び跳ねれば、光を放ち一体化。

 

「トラケス2体と、ムルミロ2体をそれぞれデッキに戻し、エクストラデッキから舞い降りなさい、2体の《剣闘(グラディアル)(ビースト)エセダリ》!!」

 

 そして、空中より水飛沫を挙げて着水した2体は、黄色のサイドカーのようなチャリオットに乗った棍棒と盾を構えた黒いゴリラ。

 

剣闘(グラディアル)(ビースト)エセダリ》×2 攻撃表示

星5 地属性 獣族

攻2500 守1400

 

「攻撃力2500以上が3体並んだ!?」

 

「まだまだですことよ! レベル5以上の『剣闘(グラディアル)(ビースト)』2体――エセダリ2体をデッキ(エクストラデッキ)に戻すことで、エクストラデッキからこのカードは特殊召喚できますわ!!」

 

 だが、そんな《剣闘(グラディアル)(ビースト)エセダリ》2体が右腕と左腕をロックするように組み、ダンスのように 走らせれば――

 

「来なさい、わたくしの従僕であり、剣闘(グラディアル)(ビースト)たちを束ねる司令官!」

 

 うねりを上げる海流が二対の水竜のように絡み合い、やがて水の中にて2つの影は一つとなる。

 

「――《剣闘(グラディアル)(ビースト)総監(テイマー)エーディトル》!!」

 

 そうして、弾けた二対の海流より現れるのは、赤い鎧に身を包んだ二足の鹿の獣人。

 

 その頭から光り輝く角を枝分かれさせて伸ばしながら、杖を腰だめに構えて金色の杖先を十代へと向けた。

 

剣闘(グラディアル)(ビースト)総監(テイマー)エーディトル》 守備表示

星8 闇属性 獣戦士族

攻2400 守3000

 

「おぉー! なんか凄そうなの出てきたぁー!」

 

「ふふん、下々の反応(リアクション)は中々に心地よくてよ――エーディトルの効果! 1ターンに1度、エクストラデッキから『剣闘(グラディアル)(ビースト)』1体を召喚条件を無視して呼びだせますわ!」

 

 《剣闘(グラディアル)(ビースト)総監(テイマー)エーディトル》が杖を大地に突きつければ、その音に触発されるように海野のデュエルディスクから巨大な影が一つ飛び立ち、天より大地に影を落とす。

 

「来なさい、剣闘(グラディアル)(ビースト)の絶対王者! 《剣闘(グラディアル)(ビースト)ヘラクレイノス》!!」

 

 やがて地響きと共に大地に降り立った黄金の鎧に身を包んだ百獣の王たるライオンの獣人が両手に携えた相棒たる金色の大盾と大斧を誇るように雄たけびを上げた。

 

剣闘(グラディアル)(ビースト)ヘラクレイノス》 攻撃表示

星8 炎属性 獣戦士族

攻3000 守2800

 

「わたくしはこれでターンエンド――折角ですから、お教えして差し上げますわ。ヘラクレイノスは手札を捨てることで魔法(マジック)(トラップ)カードを封じますの」

 

 大型モンスター2体を従えターンを終えた海野は意気揚々とばかりに十代を指さし、己の絶対的有利を宣言した。

 

魔法(マジック)カード(融合)が主体の貴方が、どう動くのか見ものですわね!」

 

 なにせ、指さす海野と動きをシンクロさせるように斧を十代に向ける《剣闘(グラディアル)(ビースト)ヘラクレイノス》は、本領を発揮するには融合召喚が必要な十代のHEROたちの天敵とも言える相手。

 

 《ユベル》を頼ろうにも、此方もリリースが2体必要な最上級モンスターである為、魔法・罠に制限が課されては、少々困りもの。

 

 

海野LP:2500 手札3

《超古深海王シーラカンス》攻2800

剣闘(グラディアル)(ビースト)総監(テイマー)エーディトル》守3000

剣闘(グラディアル)(ビースト)ヘラクレイノス》攻3000

VS

十代LP:4000 手札5

 

 

 そんな現状を前に、十代の背後に浮かぶユベルは悩まし気な声を漏らす。

 

『中々厄介な布陣じゃないか――ラー・イエローにも、こんな生徒がいたんだね』

 

――女子寮は全部おんなじとこにあるから、授業以外じゃあんまり会わないからなー

 

『キミが手続きの類を面倒臭がるからじゃないか』

 

 なにせ、ラー・イエロー男子の大半とデュエルしていた十代だが、反面ラー・イエロー女子との交流は少ない。

 

 それは「ユベルが嫉妬する」からとの理由もあれど、十代の内心の声が示すように実際問題「寮移動」に関する諸々を十代が面倒臭がった部分が大きいだろう。

 

 早い話が、十代にとって海野とのデュエルは対策なしで挑むには些か以上に相性の悪い相手だった。

 

「へへっ、でも、まぁ楽しみが増えたぜ! 俺のターン、ドロー!」

 

 それゆえか、モンスターを裏守備表示で伏せ、残りの手札5枚全て伏せる――完全な守勢の構えを見せる十代。

 

 

海野LP:2500 手札3

《超古深海王シーラカンス》攻2800

剣闘(グラディアル)(ビースト)総監(テイマー)エーディトル》守3000

剣闘(グラディアル)(ビースト)ヘラクレイノス》攻3000

VS

十代LP:4000 手札0

裏守備モンスター×1

伏せ×5

 

 

「あらあら、亀のように守りを固めて打つ手がないようですわね――ですが、わたくしは手を緩めるつもりはありませんわ! わたくしのターン! ドロー!」

 

 しかし、それは悪手だと海野は嗤う。「通常ドローによって海野の手札が増える」=「《剣闘(グラディアル)(ビースト)ヘラクレイノス》の魔法・罠の発動無効回数も増える」のだ。

 

 下手な延命は十代の首を自ら絞めると同義である。

 

「エーディトルの効果! エクストラデッキから召喚条件を無視して『剣闘(グラディアル)(ビースト)』を一体、呼び出しますわ!」

 

 それに加えて、ターンを(また)げば(また)ぐ程に《剣闘(グラディアル)(ビースト)総監(テイマー)エーディトル》は杖で地面を突き叩き、新たな仲間を呼び寄せ続ける。

 

「――天を統べる長! 《剣闘(グラディアル)(ビースト)ガイザレス》!」

 

 そうして、海野のデュエルディスクから疾風と共に風切り音を響かせて現れるのは

 

 深緑の重鎧をまとった赤い花のようなトサカを持つ緑の鳥の獣人が、その重量を感じさせぬように巨大な翼で大空を舞う。

 

剣闘(グラディアル)(ビースト)ガイザレス》 攻撃表示

星6 闇属性 鳥獣族

攻2400 守1500

 

「特殊召喚されたガイザレスの効果! フィールドのカードを2枚破壊しますわ! 当然、貴方の伏せカードを――」

 

「そうはさせないぜ! (トラップ)カード《ブレイクスルー・スキル》発動! これでガイザレスの効果は無効だ!」

 

「無駄ですわ! ヘラクレイノスの効果! わたくしの手札1枚をコストに魔法・(トラップ)カードの効果を無効化! これでガイザレスの効果を阻むものはありませんことよ!」

 

 《剣闘(グラディアル)(ビースト)ガイザレス》が翼を広げて発生させた突風が十代のフィールドに吹き抜けるが、その行く手を遮るように十代のフィールドの1枚のカードが起き上がって風をはじき返さんとする。

 

 しかし、その行く手を遮るように起き上がった1枚のカードは《剣闘(グラディアル)(ビースト)ヘラクレイノス》が突進と共に振るった斧によって両断された。

 

 

 と同時に、その斧にこの世のものとは思えぬ数多の文字が纏わりつく。

 

「そいつは、どうかな! 俺はライフを半分払ってカウンター罠《虚無を呼ぶ呪文(ヴァニティー・コール)》発動!」

 

十代LP:4000 → 2000

 

 やがて、その不気味な数多の文字は怨霊のようにフィールドに広がりながら、狙いすませた獲物へと殺到。

 

「《虚無を呼ぶ呪文(ヴァニティー・コール)》ですって!?」

 

「こいつはチェーン4以降に発動できるカウンター罠! そしてチェーン中に発動された『カード全て』を無効にして破壊する!!」

 

『万丈目対策に入れたカードが上手く決まったじゃないか』

 

 そう、これは万丈目のカウンター罠や、《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》の対策として投入した1枚――万丈目を相手にどこまで通じるか未知数の部分ではあったが、海野には効果抜群だった模様。

 

「これでガイザレスと一緒に厄介なヘラクレイノスにもオサラバして貰うぜ!!」

 

 やがて、数多の呪いの文字に浸食された《剣闘(グラディアル)(ビースト)ガイザレス》と《剣闘(グラディアル)(ビースト)ヘラクレイノス》は苦悶の声を上げながら消えていく。

 

 その光景を海野は歯嚙みして見送る他ない。

 

「くっ……! やられましてよ……!」

 

――エーディトルは融合素材に出来ない……! これを即座に嗅ぎ付けて……!

 

 それに加えて、最初のターンのように《剣闘(グラディアル)(ビースト)総監(テイマー)エーディトル》を展開しようにもモンスターゾーンの圧迫と《剣闘(グラディアル)(ビースト)総監(テイマー)エーディトル》のデメリットにより叶わない。

 

『あの顔を見るにエーディトルを素材に別のエーディトルを呼び出すのは無理そうだね――ひとまずヘラクレイノスの厄介な効果を心配する必要はなくなったかな?』

 

――いいや、ユベル。海野の目は全然諦めてねぇぜ!

 

 ゆえにユベルは一先ずの山は越えたと理論的に判断するも、十代は感覚的に「むしろ此処から」と警戒を強めた。

 

「《超古深海王シーラカンス》の効果! 手札1枚を捨て再び、来なさい3体のトラケス!!」

 

 そんな十代の警戒を余所に《超古深海王シーラカンス》が再び大波を唸らせれば、波に乗って3体のフグ頭こと《剣闘(グラディアル)(ビースト)トラケス》が重なるようにそれぞれの小さな杖を振り上げる。

 

剣闘(グラディアル)(ビースト)トラケス》×3 守備表示

星3 水属性 魚族

攻1400 守 400

 

「でも、前のターンにエーディトルで召喚条件を無視した以上、そいつらだけじゃあヘラクレイノスを呼べない筈だ!」

 

「……その通りですわ。本来であればヘラクレイノスは《剣闘(グラディアル)(ビースト)ラクエル》を含めた『剣闘(グラディアル)(ビースト)』3体をデッキに戻すことで初めて呼び出せるモンスター」

 

『でも、ラクエルは魚族じゃない……かな?』

 

 しかし、十代の言う通り今の海野の布陣では、融合HEROキラーである《剣闘(グラディアル)(ビースト)ヘラクレイノス》を呼ぶことは叶わない。

 

「ふん、わたくしの裏をかけてご満悦のようですけど――わたくしのデッキが、この程度で制せるとは思わないことね!!」

 

 だが、海野のデッキは其処まで浅くはない。

 

「3体の『剣闘(グラディアル)(ビースト)』――トラケス3体をデッキに戻し、エクストラデッキから現れなさい! 闇夜の支配者! 《剣闘(グラディアル)(ビースト)ネロキウス》!!」

 

 《剣闘(グラディアル)(ビースト)トラケス》が三筋の海流となって天に水球を作り、弾けたと思えば空には6枚羽根を広げる群青の鎧に身を包んだ巨大なコウモリの獣人が腕を組んで宙に浮かぶ。

 

剣闘(グラディアル)(ビースト)ネロキウス》 攻撃表示

星8 闇属性 鳥獣族

攻2800 守1900

 

「エーディトルを攻撃表示に変更し、バトル!!」

 

 そして、《剣闘(グラディアル)(ビースト)総監(テイマー)エーディトル》が杖の先から光の剣先を生成した途端に――

 

剣闘(グラディアル)(ビースト)総監(テイマー)エーディトル》守備表示 → 攻撃表示

守3000 → 攻2400

 

「お行きなさい、ネロキウス! その裏守備モンスターを粉砕するのよ!」

 

 《剣闘(グラディアル)(ビースト)ネロキウス》は翼を縦に畳んで空より急降下し、十代を守る唯一の裏守備モンスターへと突撃するが、十代とて唯では通さない。

 

「そうはさせないぜ! (トラップ)カードを――」

 

「無駄ですわ! ネロキウスが攻撃する時、相手は如何なるカード効果も発動できない!」

 

 しかし、十代の思惑は口から怪音波を放った《剣闘(グラディアル)(ビースト)ネロキウス》によって遮られ、そのまま《剣闘(グラディアル)(ビースト)ネロキウス》の突撃は十代を守る裏守備モンスターである――丸みを帯びた粘土のような土色の大柄なヒーローの腹部へと深々と突き刺さる。

 

E・(エレメンタル)HERO(・ヒーロー)クレイマン》 裏守備表示 → 表側守備表示

星4 地属性 戦士族

攻800 守2000

 

「ク、クレイマン!?」

 

『クロノスの時と同系統の効果か』

 

 そして留まることを知らない《剣闘(グラディアル)(ビースト)ネロキウス》の加速によって空へと跳ね上げられた《E・(エレメンタル)HERO(・ヒーロー)クレイマン》は、その頑丈な筈の身体を木っ端微塵に散らすこととなった。

 

「これで貴方を守るモンスターはゼロ! フィニッシュを決めなさい! 《超古深海王シーラカンス》とエーディトルでダイレクトアタック!!」

 

 こうして守り手を失った十代に宙を泳ぐ《超古深海王シーラカンス》の突進と、杖を構えて駆け抜ける《剣闘(グラディアル)(ビースト)総監(テイマー)エーディトル》が迫る。

 

「させるか! (トラップ)カード《パワー・ウォール》! 俺が受ける筈だったダメージ500につき1枚のカードをデッキから墓地に送ることで、このバトルでのダメージをゼロにする!!」

 

「所詮は悪あがき! エーディトルのダイレクトアタックは止まりませんわ!」

 

 それら二連撃の一つをリバースカードに手をかざした十代のデッキから6枚のカードの盾を以てはじき返すも、その脇を通り抜ける《剣闘(グラディアル)(ビースト)総監(テイマー)エーディトル》の歩みを止めることは叶わない。

 

「いいや、ピンチの時こそHEROが駆けつけるのさ! (トラップ)カード《リミット・リバース》発動! 攻撃表示で攻撃力1000以下のモンスター1体を――《E・(エレメンタル)HERO(・ヒーロー)フェザーマン》が復活!!」

 

 だが、十代の目前に迫った《剣闘(グラディアル)(ビースト)総監(テイマー)エーディトル》の前に白き翼をもった緑の体毛に覆われたヒーローが、その身を賭して十代を守らんと飛び出した。

 

E・(エレメンタル)HERO(・ヒーロー)フェザーマン》 攻撃表示

星3 風属性 戦士族

攻1000 守1000

 

十代LP:2000 → 600

 

「ぐっ……! 助かったぜ、フェザーマン!」

 

 杖の一撃に弾き飛ばされたことで倒れ消える《E・(エレメンタル)HERO(・ヒーロー)フェザーマン》の救援により辛うじて窮地を脱した十代だが――

 

「ふん、バトルを終了しますわ」

 

――前回と違って色々用意してきているようね……でも!

 

「よっしゃぁ! これで俺の――」

 

「このバトル終了時、ネロキウスの効果発動!」

 

 しのぎ切ったと拳を突き上げた十代の喜色の声は、海野の遮る声と共に天高く飛翔した《剣闘(グラディアル)(ビースト)ネロキウス》の風切り音にかき消された。

 

「えっ?」

 

「ネロキウスをエクストラデッキに戻すことで、デッキから2体の『剣闘(グラディアル)(ビースト)』を呼び出せますわ! 来なさい、《剣闘(グラディアル)(ビースト)サジタリィ》! 《剣闘(グラディアル)(ビースト)ベストロウリィ》!」

 

 そして天より四足の馬の半身でフィールドを駆け下りた長い金髪をざっくばらんに伸ばす雄々しいケンタウロスが、自慢の大弓を引き絞り勝利を狙い、

 

剣闘(グラディアル)(ビースト)サジタリィ》 守備表示

星3 風属性 鳥獣族

攻1400 守 1000

 

 その頭上にて、灰の軽鎧に身を包んだ緑の鳥の獣人が背中の大きな翼を広げつつ、宙を舞った。

 

剣闘(グラディアル)(ビースト)ベストロウリィ》 守備表示

星4 風属性 鳥獣族

攻1500 守 800

 

「そして『剣闘(グラディアル)(ビースト)』の効果で特殊召喚された2体の効果発動!」

 

 さすれば、此処に――剣闘(グラディアル)(ビースト)たちの本来の力が発揮される。

 

「まずはサジタリィの効果で手札の『剣闘(グラディアル)(ビースト)』カード――《剣闘(グラディアル)(ビースト)の底力》を墓地に送り、2枚ドロー!」

 

 まずは、《剣闘(グラディアル)(ビースト)サジタリィ》が弓矢で海野の手札を射抜けば、矢はそのまま天へと昇った後に海野のデッキに光を落とし、2枚のカードを導き、

 

「お次はベストロウリィの効果ですわ! フィールドの魔法・(トラップ)カード1枚を破壊! 当然、貴方の最後の希望の伏せカードを破壊!」

 

 そして《剣闘(グラディアル)(ビースト)ベストロウリィ》が翼を翻せば、一筋の風が十代の最後のセットカードを貫くが――

 

「くっ、仕方ねぇ! (トラップ)カード《デビル・コメディアン》発動! 俺はコイントスで裏表を当てる! 当たれば海野の墓地のカードは全部除外だ!」

 

「なっ!?」

 

――拙いですわ!? 今、墓地のあのカードを除外されては……!

 

 十代の手により先んじて発動されたカードから顔を出した2体の悪魔がゲラゲラと笑い声を木霊させたことで、海野は予定を狂わされることになる。

 

「表だ! コイントス! 結果は裏! 外れた場合は海野の墓地のカードの枚数分、俺のデッキからカードを墓地に送るぜ」

 

「……運にも見放されたようですわね」

 

 と思ったら、十代のコイントスは海野に影響を与えることのない形で不発。2体の悪魔はピタリと笑うことをやめ、十代の肩にポンと手を置いた後に消えていった。

 

「へへっ、そんな時もあるさ!」

 

「――デュエル続行ですことよ! エーディトルの効果! バトルした『剣闘(グラディアル)(ビースト)』を1体デッキに戻すことで、別の『剣闘(グラディアル)(ビースト)』をデッキから特殊召喚できますわ」

 

 やがて、堪えた様子のない十代を余所に海野が《剣闘(グラディアル)(ビースト)総監(テイマー)エーディトル》を指さし沙汰を下せば――

 

「わたくしはエーディトル自身をデッキに戻し、《剣闘(グラディアル)(ビースト)ラクエル》を特殊召喚! そして自身の効果でパワーアップ!」

 

 《剣闘(グラディアル)(ビースト)総監(テイマー)エーディトル》は杖を大地に突き刺したと同時に煙幕を張り、消えゆく煙と同時に姿を消したと思えば、煙の中からは深紅の仮面で顔を覆った獅子の獣人が炎の輪を迸らせる。

 

剣闘(グラディアル)(ビースト)ラクエル》 攻撃表示

星4 炎属性 獣戦士族

攻1800 守 400

攻2100

 

「役者は揃いましたわ! 墓地の速攻魔法《剣闘(グラディアル)(ビースト)の底力》の効果! 墓地の『剣闘(グラディアル)(ビースト)』2体――トラケスとムルミロをデッキに戻し、このカードを手札に!!」

 

 そして海野は墓地のカードを回収しつつ、腕を天に掲げれば――

 

『さっきのサジタリィの効果で墓地に送ったのは、この為か……抜け目ない女だ』

 

「この3体……まさか!?」

 

「《剣闘(グラディアル)(ビースト)ラクエル》を含めた『剣闘(グラディアル)(ビースト)』3体をデッキに戻し、再び舞い降りなさい! ヘラクレイノス!!」

 

 ユベルと十代の予想通り、3体の剣闘(グラディアル)(ビースト)たちが大地へ溶けるように消えた途端、大地を砕きながら《剣闘(グラディアル)(ビースト)ヘラクレイノス》が地中より舞い戻った。

 

剣闘(グラディアル)(ビースト)ヘラクレイノス》 攻撃表示

星8 炎属性 獣戦士族

攻3000 守2800

 

「これで、再び貴方の魔法(マジック)(トラップ)カードは封じられたも同然ですことよ!」

 

「でも、ただじゃ終わらないぜ! 相手がエクストラデッキからモンスターを特殊召喚した時、墓地の2枚の(トラップ)カード《迷い風》は、俺のフィールドにセットできる!」

 

 しかし、十代とて唯では通さない。

 

 《剣闘(グラディアル)(ビースト)ヘラクレイノス》が現れた際に砕けた大地の隙間から吹きすさぶ風が十代のフィールドに集まれば、それらは2枚の伏せカードの形をとる。

 

「成程、そのカード(迷い風)でヘラクレイノスの効果を封じる魂胆のようですわね――ですが、そう簡単にいくとは思わないことよ!」

 

 とはいえ、その程度の妨害など海野も想定済み。ゆえに取って置きの1枚のカードを伏せて海野はターンを終えた。

 

 

海野LP:2500 手札3

《超古深海王シーラカンス》攻2800

剣闘(グラディアル)(ビースト)ヘラクレイノス》攻3000

伏せ×1

VS

十代LP:600 手札0

伏せ×2

 

 

 こうして、伏せられた2枚の(トラップ)カード《迷い風》があれども手札0の絶体絶命のピンチの十代だが、その顔に悲哀の色はなく楽し気な笑みだけが浮かんでいる。

 

「俺のターン、ドローだ! 早速、行くぜ! 墓地の《ブレイクスルー・スキル》の効果!墓地のこのカードを除外して相手モンスター1体の効果を無効にする!」

 

 そして、引いたカードを余所に墓地のカード――死者の手招きが《剣闘(グラディアル)(ビースト)ヘラクレイノス》の足を掴む。

 

「こいつはカードの発動じゃない! ヘラクレイノスじゃ防げないぜ!」

 

「織り込み済みですことよ! 速攻魔法《禁じられた聖槍》! ヘラクレイノスの攻撃力を800下げる代わりに、このターンの間は魔法・罠の効果を受けませんわ!」

 

 だが、その死者の腕へ天より飛来する聖なる槍が貫かんと迫った。

 

「させるか! チェーンして(トラップ)カード《迷い風》発動! 特殊召喚されたモンスター1体の効果を無効にし、攻撃力を半分にする!」

 

 だが、その聖なる槍は十代の元から吹き荒れた突風によって狙いがブレ始めるも――

 

「させませんわ! ヘラクレイノスの効果により手札を1枚捨てて無効!」

 

「なら2枚目の(トラップ)カード《迷い風》の効果!」

 

「ヘラクレイノスの効果で無効!」

 

 都度、2度生じた突風はいずれも《剣闘(グラディアル)(ビースト)ヘラクレイノス》の斧の一振りによって断ち切られ、天より飛来した聖なる槍は《ブレイクスルー・スキル》による死者の腕へと突き刺さり、浄化されて消えていく。

 

「どうやら手詰まりのようですわね。チェーンの処理が完了し、速攻魔法《禁じられた聖槍》の効果が適用されますわ」

 

 その聖なる槍の浄化の力は《剣闘(グラディアル)(ビースト)ヘラクレイノス》の力を一時的に阻害してしまうが――

 

剣闘(グラディアル)(ビースト)ヘラクレイノス》

攻3000 → 攻2200

 

「これで互いの手札は1枚!! 貴方の逆転の切り札を封じる準備は出来ましてよ!」

 

 十代が繰り出す魔法・(トラップ)カードを完全に封じる準備の出来た海野にとって攻撃力800ダウン程度など些細な問題だ。

 

 仮に攻撃力2200を超えられて《剣闘(グラディアル)(ビースト)ヘラクレイノス》を失ったとしても、《超古深海王シーラカンス》がいる限り、立て直しは容易。

 

 まさに万全。まさに盤石。

 

「俺の最後の手札はこいつだ! 手札がこのカードだけの時、バブルマンは特殊召喚できるぜ!」

 

 だが、その鉄壁の布陣に十代は蟻の一穴(いっけつ)を穿たんと、青のヒーロースーツに水色のアーマーに身を包んだ《E・(エレメンタル)HERO(・ヒーロー)バブルマン》が白いマントを翻しながら現れた。

 

E・(エレメンタル)HERO(・ヒーロー)バブルマン》 守備表示

星4 水属性 戦士族

攻 800 守1200

 

「そして俺のフィールドと手札にバブルマン以外のカードが存在しない時、俺は2枚ドローできる!!」

 

「こ、このタイミングで2ドロー!?」

 

――わたくしが防げる魔法・罠の発動は後1度のみ……!

 

 2枚に増えた十代の手札――それは、海野へ選択を強いる。

 

「俺は魔法(マジック)カード《ホープ・オブ・フィフス》発動! 墓地の5体のHEROをデッキに戻して、2枚ドローする!!」

 

「それ以上、カードは引かせませんわ! わたくしの最後の手札を捨てヘラクレイノスの効果により、その魔法(マジック)カードの発動を無効!!」

 

 やがて、新たに手札を増やさんとした十代に対し、これ以上の選択肢を十代に与えることを嫌った海野は《剣闘(グラディアル)(ビースト)ヘラクレイノス》に斧を振るわせ十代の発動しようとしたカードを両断。

 

「でも、これで海野の手札はなくなった!」

 

「ですが、貴方の手札は最後の1枚! 追加のドローなしでどうするおつもりかしら!」

 

 これで十代の言う通り《剣闘(グラディアル)(ビースト)ヘラクレイノス》の脅威は去ったが、返す海野が示すように先ほどの状態に戻っただけだ。

 

 《剣闘(グラディアル)(ビースト)ヘラクレイノス》を破壊されようとも《超古深海王シーラカンス》の効果があれば容易に立て直せる海野に対し、十代のフィールドには《E・(エレメンタル)HERO(・ヒーロー)バブルマン》しかおらず後がない。

 

「俺の最後の1枚はこいつさ! 魔法(マジック)カード《ミラクル・フュージョン》!」

 

「墓地のモンスターを融合させる《ミラクル・フュージョン》!? だったら何故、《ホープ・オブ・フィフス》で墓地のカードを戻そうなどと――っ!?」

 

 しかし、最後の最後で発動した十代のカードに海野は面食らう。海野が《ホープ・オブ・フィフス》を無効化していなければ「墓地のHEROを5枚戻す」こととなる――つまり《ミラクル・フュージョン》が手札で腐る(発動できなくなる)危険もあったのだ。

 

 だが、そんな懸念は他ならぬ海野自身がハタと気づく。

 

「ああ、海野が無効にしてくれなかったら、正直ヤバかったぜ!」

 

「あの状況でハッタリを……!!」

 

 そう、あの時の十代は《ホープ・オブ・フィフス》で2枚ドローできていても、《ミラクル・フュージョン》が死に札となり、通常の融合召喚で突破しようにも《E・(エレメンタル)HERO(・ヒーロー)バブルマン》を素材にした癖の強い融合モンスターしか呼ぶことが叶わない。

 

 仮に(トラップ)カードを伏せることができても、次のターン《剣闘(グラディアル)(ビースト)ヘラクレイノス》に無効化されるだけだ。

 

「墓地のフェザーマンとバーストレディを除外し、墓地融合!」

 

 やがて、一杯食わされたと歯嚙みする海野を余所に《ミラクル・フュージョン》の輝きが、天に渦を描き、散っていったHEROたちを鼓舞するように飲み込めば――

 

「マイフェイバリットヒーロー!!」

 

 渦より一つの影が十代のフィールドに降り立つ。

 

「――フレイム・ウィングマン!!」

 

 緑の肌に、右手の竜の顎、左肩から白の片翼を持つ異形の身ながらも、腕を組み十代の傍で佇む堂に入った姿はヒーローであることを疑わせない。

 

E・(エレメンタル)HERO(・ヒーロー)フレイム・ウィングマン》 攻撃表示

星6 風属性 戦士族

攻2100 守1200

 

「フレイム・ウィングマンの効果は知ってるよな?」

 

「ですが、その攻撃力は2100! 攻撃力の下がった《剣闘(グラディアル)(ビースト)ヘラクレイノス》すら突破できませんわ!」

 

 《E・(エレメンタル)HERO(・ヒーロー)フレイム・ウィングマン》は戦闘で破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを与える効果を持つ。これが決まれば、海野の残りライフを削り切れる計算だが――海野の言う通り、それは「戦闘で破壊できれば」の話だ。

 

「だったら、こうだ!! 墓地の魔法(マジック)カード《シャッフル・リボーン》を除外し、効果発動!! バブルマンをデッキに戻し、1枚ドローする!!」

 

「くっ、此処に来て『引き』の勝負を……!」

 

 しかし、海野とのハッタリ勝負を制した十代はデュエルディスクへと飛び戻った《E・(エレメンタル)HERO(・ヒーロー)バブルマン》の助けを借りつつ、己の土俵で勝負を挑む。

 

 そして、勢いよくカードを引いた十代の手に舞い込んだのは――

 

「俺が引いたのは――魔法(マジック)カード《E(イー)-エマージェンシーコール》!!」

 

「……HEROのサーチカードでしたようね。この勝負、わたくしの勝――」

 

 新たなHEROを招集(サーチ)する1枚。攻撃力を上げ下げするものではない。

 

 ゆえに海野は賭けに勝った。

 

「――俺の勝ちだ! エマージェンシーコールの効果で《E・(エレメンタル)HERO(・ヒーロー)キャプテン・ゴールド》を手札に!!」

 

 と思いきや、十代の手札に赤いマントを揺らす黄金のアーマーに身を包んだ姿が映ったと思えば――

 

「キャプテン・ゴールドはHEROの戦う舞台を導いてくれる! 手札のこのカードを墓地に送り、デッキからサーチしたフィールド魔法を発動! HEROの大舞台! 摩天楼――」

 

「ッ!?」

 

「――スカイスクレイパー!!」

 

 途端に、2人のデュエリストの周囲から数多のビル群がせり上がり、天を闇が覆う夜の世界へと彼らを(いざな)った。

 

 そして、ビル群を見下ろせる一際高いタワーの天変にて両腕を組んで立つ《E・(エレメンタル)HERO(・ヒーロー)フレイム・ウィングマン》の視界には摩天楼の景色が広がっていることだろう。

 

 此処こそが、E・(エレメンタル)HERO(・ヒーロー)が強者に挑む(攻撃する)時、力を貸してくれる舞台。

 

 まさにHEROたちの土俵、まさにHEROたちのホーム。

 

「バトル! 行っけぇ! フレイム・ウィングマン!!」

 

「くっ、迎え撃ちなさい! ヘラクレイノス!!」

 

 やがて跳躍と共にビル群を足場に加速に加速を重ねた《E・(エレメンタル)HERO(・ヒーロー)フレイム・ウィングマン》が突き出した右腕の竜の牙と、《剣闘(グラディアル)(ビースト)ヘラクレイノス》が叩き潰すように振り下ろした斧がぶつかり合う。

 

「スカイスクレイパー・シュートォ!!」

 

 火花を散らし、せめぎあう中で後押しするように十代の声援が響けば《摩天楼 -スカイスクレイパー-》の効果により、《E・(エレメンタル)HERO(・ヒーロー)フレイム・ウィングマン》の身体を炎が包めば、《剣闘(グラディアル)(ビースト)ヘラクレイノス》の斧は熱波によって融解。

 

E・(エレメンタル)HERO(・ヒーロー)フレイム・ウィングマン》

攻2100 → 攻3100

 

 そして炎の弾丸と化した《E・(エレメンタル)HERO(・ヒーロー)フレイム・ウィングマン》は、咄嗟に構えなおされた《剣闘(グラディアル)(ビースト)ヘラクレイノス》の盾ごと、剣闘獣の王を貫けば――

 

海野LP:2500 → 1300 → 0

 

 王の最後を彩るように弾けた炎が、その担い手の海野もろとも全てを呑み込んだ。

 

 

 

 

 

 そんな十代のデュエルを遊戯とレベッカを待つ間の暇を潰す為にタブレット上に広がるデュエルを神崎と観戦していたホプキンス教授は目を輝かせながら画面上の決めポーズを取る十代を眺めていた。

 

『ガッチャ! 楽しいデュエルだったぜ!』

 

「ほ~、これがミスター神崎の注目株か――なんともエンターテインメント性の高い子だね。見ていて年甲斐なくワクワクするデュエルだ」

 

 絶体絶命の状況からの綱渡りを思わせるギリギリな逆転劇。

 

 アカデミアの定期試験デュエルを行う数多くの面々の中から神崎がオススメしただけあって光るものを感じずにはいられない一戦だったとホプキンス教授が称するが――

 

「とはいえ、彼はあまりプロの世界に興味がないタイプですから、観戦の機会は在学中だけになりそうです」

 

――(十代)の墓地の(トラップ)カード《スキル・サクセサー》で攻撃力800アップ出来た以上、ドローの意味はあまりなかったが……遊城くん視点では相手のモンスターは『効果を知らないカード』な訳だから警戒は必須か。

 

 内心で十代の成長をうんうん噛み締めていた神崎は、十代は「逆にプロには向かない」と返す。自由人過ぎて、プロの世界ですら十代には狭いのだ。

 

「ふーむ、なんとも惜しい気がするが……彼がどんな道を歩むのか興味深くもある――進路は決まっているのかい?」

 

「彼の性格上だと、そうですね…………『冒険家』に類するかと」

 

「成程、双六と似たタイプか」

 

 やがて神崎の評から十代に若かりし頃の親友(双六)がダブるホプキンス教授だが――

 

「教授~!」

 

「お爺ちゃ~ん!」

 

「おっと、そろそろ仕事の話に戻ろうか」

 

 遠方より慌てた様子で駆け寄る弟子(遊戯)(レベッカ)の姿に、タブレットを神崎に返したホプキンス教授は先人の遺産(遺跡)へ敬意を示すように襟を正した。

 

 

 

 

 

 

 そうして軽く挨拶をすませて遺跡調査の仕事を開始したホプキンス教授一行だが、手持ち無沙汰な専門外の神崎は、「積もる話もあるだろうから」とのホプキンス教授の計らいもあって、遺跡の周囲の地層を見つつなにやらメモを取る遊戯の元にいた。

 

 やがて完全に「職場見学に来るも、することなくて暇になったおじさん」と化した神崎だったが、遊戯は作業しつつポツリと言葉を零した。

 

「すみません、ドタバタしちゃって……」

 

「いえ、お気になさらず――しかし、武藤くんが考古学者の道を志していたとは驚きました。ゲームデザイナーは諦めてしまったのですか?」

 

 そんな申し訳なさそうな遊戯に対し、神崎はこの場をセッティングしたホプキンス教授の思惑を考えながら、他愛のない世間話に移るが――

 

「まだ、なんとも」

 

 思いのほか無視できない話題だったのか、ペンを奔らせていた遊戯の手がピタリと止まった。

 

「けど、別にそれでも構わないと思ってるんです。確かに、デュエルキングの称号はボクの夢に陰を落としたのかもしれない。でも」

 

「でも?」

 

 そして、此処ではない何処か遠くを見るように空を見上げた遊戯に、神崎は先を促す。

 

「もう一人のボク――ううん、アテムはボクに沢山のもの(出会い)を遺してくれた。ボクにはそれだけで十分に思えて」

 

 そう、遊戯にとって一番大切なのは「友」――己の夢に影響があったとしても、アテムに悪感情を向ける気など遊戯にはなかった。

 

「そうでしたか」

 

「それに、今の自分も結構、気に入っているんです。一番の親友(アテム)のことをキチンと知りたかったですし」

 

「おや? 武藤くんとは一心同体の関係だったのでしょう?」

 

「それは……そうなんですけど……実は、アテムの記憶が戻ったのはボクたちが分かれる直前だったから、全てを知れた訳じゃないんです」

 

 だが、感慨深い思いの中にいた神崎は続いた遊戯の発言にピクリと反応しつつ、脳裏に浮かんだ疑問をそれとなく問うてみれば、遊戯は己の無知を恥じるように頭をかいた。

 

「アテムも記憶の世――じゃなくて、戻った記憶のことを幾らかは話してくれたんですけど、闘いの儀に備えなきゃならなかったのもあって、搔い摘んだ感じになっちゃって……」

 

――記憶編の介入の際の弊害が出てる!?

 

 そして遊戯の説明を前に神崎はピシリと動きを止めつつ表面上は平静を装いつつも、内心は己のやらかしに頭を抱えることとなる。

 

 

 そう、神崎が記憶の世界にて行われる究極の闇のゲームに横紙破りでエントリーしつつ、アレコレ引っ掻き回してしまった結果――

 

 遊戯たちは、アテムどころか、マナにすらギリギリまで会えず、

 

 肝心のアテムも、バクラとゲーム盤の前で会合することがなくなった為、「究極の闇のゲーム」周辺の情報がゴッソリ抜け落ち、

 

 遊戯たちが、バクラと遭遇しなかったことで、諸々の経過をバクラから聞き及ぶこともなく、

 

 遊戯とアテムの合流後は直ぐに「ジェセル!」からの帰還ルート。そして、すぐさま闘いの儀に備える過密スケジュールである。

 

 

 原作の遊戯に比べ、歪んだ歴史の遊戯は古代エジプトの生の情報があまりにも不足していた。

 

「今、こうして考古学の道を進む度に、ボクはアテムのことを何も知らなかったんだって、痛感してます」

 

「…………情報量だけが友人の証ではありませんよ」

 

 ゆえに、「(アテム)のことを知れて嬉しい」と、はにかみながら鼻をかく遊戯に神崎は目線を逸らしながら慰めの言葉を贈る他ない。

 

 神崎の居たたまれなさが凄かった。

 

「そう言って貰えると助かります――……なんだか湿っぽい空気になっちゃって、すみません」

 

「お気になさらずに」

 

「……そういえば、神崎さんKC辞めちゃったんですよね。今は『なんでも屋』みたいなことをしてるって、モクバくんから聞いた時は驚きました。それに長い間『行方が知れなかった』とも」

 

――『なんでも屋』って……微妙に認識がズレてるが、許容範囲内だろう。

 

「新規事業の開拓の為に色々手回しが必要だったもので」

 

 やがて、重くなった雰囲気を変えるように別の話題を放った遊戯は「モクバが心配していた」部分を主にするも、必要最低限の返答しかしない神崎の姿に慌てて手を己の顔の前で振った。

 

「あっ、すみません! 別に根掘り葉掘り聞く気はなくて……その……」

 

 それは、いつぞや(DM編終了目前)の遊戯と神崎のデュエルの時の失敗を重ねぬように言葉を探す遊戯だが、上手く切り出せないのか言葉を詰まらせる。

 

「……? ひょっとしてご依頼の話ですか?」

 

 そんな遊戯の様子に僅かに思案を巡らせていた神崎はポンと手を叩き、遊戯の言葉を先回りしてみせた。

 

 基本、神崎に近づく面々は雑談以外は「仕事」の話がメインである。

 

「……はい、ちょっと誰に頼んだら良いのか分からない相談事があって――あっ、別に闇のゲームみたいな危険な話とかじゃないですよ!?」

 

「それは助かります。もう昔のように無茶が出来る歳ではありませんし」

 

――戸籍上の年齢に見合った『老い』を偽装している身としては、『表』での立ち振る舞いにも気を配らないと。

 

 やがて、相談事に移る前に危険性がないことを急ぎ注釈した遊戯へ、軽く冗談を返す神崎だが、実際問題「書類上の年齢」を考えれば派手な動きは控えなければならない時期である。

 

 基本、「物理的に強いジジイ」はオカルト(常識外)の産物なのだ。

 

「フフッ、世界各地を飛び回っている人のセリフとは思えないですね」

 

「そうでもないですよ。昔とは違い時差に身体がついていきませんから」

 

 そうして、遊戯と軽いジョークを交えつつ、話しやすい空気づくりに努めた神崎は――

 

「では、そろそろ仕事の話に移りましょうか」

 

 いつもの営業スマイルを見せる。

 

 とはいえ、その内心は遊戯の依頼は如何なるものか、測りかねていた為、気が気ではなかったが。

 

 

 

 

 






今作では、記憶編にて記憶の世界の住人と誰とも「まともな会話」してないからね、相棒たち(酷)



~今作の三沢デッキ(VSタニヤVer)~

原作にて、(プラス)(マイナス)効果による戦闘抑制or強制する未OCGの磁石の戦士デッキを、

初期『磁石の戦士』シリーズの通常モンスターでありカテゴリーカードという恵まれた要素から、
引き寄せあう(仲間を呼ぶ展開力)
反発しあう(コストで墓地に)
反発しあう2(フィールド魔法《マグネット・フィールド》のバウンス)

で再現した――と言うには少々苦しいか(目そらし)
《リトマスの死の剣士》を出張させて三沢らしさを強引にアピール(おい)



~今作の原 麗華デッキ~
当人を象徴とするカードが欲しかった為、使用カードの中から《連弾の魔術師》をチョイス。
典型的な【連弾バーン】の『魔導書』軸の《同法の絆》採用型。

GX作中ではライフ4000環境な為、《連弾の魔術師》に制限(or準制限)がかかった前提の構築。

ワンキルも狙えなくもないが、上述の前提から《連弾の魔術師》を置く前に――

《マジックアブソーバー》で回収した速攻魔法《ゲーテの魔導書》で相手の場を荒らし、
《霊滅術師 カイクウ》で相手の墓地を荒らしながら攻め立てる

バーン(効果ダメージ)は!?」な有様にけっこう陥る(おい)



~今作の海野 幸子デッキ~
彼女を象徴とする《超古深海王シーラカンス》を前提に、GX時代の召喚法に限定した結果
【シーラカンス剣闘獣】になった。『剣闘(グラディアル)(ビースト)』は魚族が2種いるんだぜー!(周知)

《超古深海王シーラカンス》を呼べればご自慢の爆発力が発揮されるが、
逆に呼べないと【剣闘獣(半端Ver)】デッキに成り下がる。

魔法・罠を潰してくる構築の為、正規の融合召喚メインの十代の天敵と言える相手。




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第259話 人生設計

杏子ファンの皆様には苦しい展開やもしれません。ゆえに先んじて謝罪を――大変、申し訳ないです。



前回のあらすじ
「夢はみている間が一番楽しい」って誰かが言ってた。




 遺跡調査の手を止めた遊戯から打ち明けられた「相談」との話に言葉を待つ神崎へ、遊戯は言い淀むように視線を彷徨わせた後、ポツリポツリと語り始めた。

 

「実は、杏子のことなんです」

 

 此度の遊戯の相談は、彼の友人である杏子の件。

 

「杏子の夢のことは知ってますよね? それでアメリカにいた城之内くんから聞いたんですけど、杏子――なんだか思うように行かずに悩んでいるみたいで」

 

――これは恐らくアメリカのダンス留学の話。なら……

 

 そして続いた遊戯の説明に対し、原作知識から凡その内容を推察した神崎は極めて一般的な提案を返すが――

 

「それならば私ではなく、武藤くんが直接相談に乗ってあげるべきかもしれません。気心が知れた相手と悩みを共有するだけでも随分と変わりますよ」

 

「それは……その……」

 

「なにか問題があるようですね」

 

――彼らの関係の深さを思えば問題なさそうだが……

 

 言葉を濁した遊戯の困ったような表情を見るに、問題の根が深い様子が垣間見える。遊戯たちの仲の良さを考えれば腹を割って話し合うハードルは低い筈だが、遊戯にはその決断に踏み切れぬ理由があった。

 

「ボクが会えば杏子にきっと、アテムのことを思い出させちゃうだろうから……」

 

「成程」

 

 それが、アテムの存在。

 

 記憶編とDSOD編にてアテムの本来の姿を見た杏子にとって、遊戯はアテムの生き写しに近しい。

 

 それに加えて、海馬がアテムに最後の言葉を告げる場を用意したことで、杏子の中では「アテムはもう会えない存在」では「なくなった」――つまり、再会の淡い希望がある状態である。

 

 まさに夢を追いかける杏子にとって、遊戯は「今は会えない想い人の幻影」に近しい存在だ。

 

 そんな中で遊戯に会えば、悩みを抱いている精神的に不安定な杏子はアテムと遊戯を重ねてしまい余計な悩みを増やしてしまう可能性も決して低くはないだろう。

 

 それでは互いの為にならない。それゆえの現在。

 

「了承しました」

 

「すみません。こんなことお願いしちゃって……それで依頼料とかは、どうなりますか?」

 

「依頼主の要望に寄りけりです。安上がりに済む方法なら、その分お安くなります」

 

 だからこそ、その道に自分たちよりは詳しく信頼できる相手を頼ったのだと語る遊戯に、神崎から対価の部分が語られるが、当人はテンプレートを返す。

 

 とはいえ、遊戯の頼みとあらば神崎の中で断る選択肢がない以上、どれだけ安く買いたたかれても文句はないのだろうが。

 

――えーと、なら沢山お金を払った方が良いのかな……

 

「ちなみに神崎さんは、どんな方法が良いと思いますか?」

 

「そうですね……一番ポピュラーなものは――」

 

 だが、そんな神崎の思惑を知らぬ遊戯は大切な友人の為、金子(きんす)を惜しまぬ意気込みで万全を願い問いかければ――

 

「真崎さんが後腐れなく夢を()()()()()ようにすることですかね」

 

「ッ!?」

 

 飛来した看過できない発言に、胸倉すら掴みかかりかねない衝動を気力で抑え込んだ遊戯は、小さく息を吐いてなんでもないように返す。

 

「…………ハハ、冗談はやめてくださいよ」

 

 軽い調子で「大事な友達の夢を潰す」と同義の言葉をぶつけられたにも関わらず、怒りを飲み込んだ遊戯は「きっと言葉の綾の類だろう」との希望にすがるように乾いた笑いを零す他ない。

 

 それは彼の優しさと、神崎を信じると決めた決意に由来するものなのだろう。

 

「冗談……冗談ですか。そう感じられたのなら、別の方法を模索した方が良いでしょう」

 

 だが、当の神崎に悪びれた様子は一切ない。それどころか予想していた遊戯の反応と異なっていた事実に内心で首を傾げる始末。

 

――流石に勇み足だった。武藤くんが真崎さんの意思確認する時間は必要か。

 

「決めるのは依頼者である貴方です」

 

 しかし、僅かな逡巡の後にズレた結論をくだした神崎は、懐から1枚の名刺を遊戯に差し出した。

 

「とはいえ、武藤くんも今はお仕事の最中ですし、込み入ったお話は別の場を設けましょうか」

 

 やがて、神崎の真意を測れぬ遊戯が戸惑いながらも名刺を受け取ったことを確認した神崎は一礼と共に一言二言告げ、ホプキンス教授に別れの挨拶がてらに去っていく。

 

 

 その背中を遊戯はただ見送ることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 此処で舞台をデュエルアカデミアのイエロー寮に移せば、定期試験も終え、その結果を受け取った十代たちが、寮の自室にてイエロー生たちと段ボール片手に荷造りを行っていた。

 

 そうして十代の荷造りを手伝っていたイエロー生の1人――小原は小柄な体躯でせっせと1つの段ボール箱を両手で掴みながら部屋の外に出しつつ感嘆の声を漏らす。

 

「しっかし、驚いたな。三沢はともかく遊城がこんなに早くオベリスク・ブルーに上がるなんてさ。やったな」

 

「へへっ、小原やみんなが勉強教えてくれたお陰だって! ――でも佐藤先生には『筆記はギリギリだった』って言われちまったけど……」

 

『アイツはいつも小言が多いだけだから気にすることないよ、十代――KCにいた時と変わっちゃいない』

 

 彼らのやり取りから分かるように、十代は三沢と共に此度の試験でオベリスク・ブルー昇格が決まった為、オベリスク・ブルー男子寮に移動する為の準備に追われていた。

 

 とはいえ、宙で退屈そうに浮かぶユベルがフォローする姿を見れば中々に瀬戸際だった様子。

 

 だが、そんなユベルが見えない他の面々の1人――大原は、自虐交じりの謙遜をする十代へ大柄な体躯で両肩に段ボール箱を乗せたまま顔を覗かせ励ましの言葉を贈る。

 

「そ、それでも凄いことだよ……! い、1年生でオベリスク・ブルーに上がれるなんて、な、中々出来ないことだから……」

 

 そう、イエロー生徒がブルーに上がる一般的な段階は「2年生」からである。しかも、それは「優秀な面々」に限られ、大多数は「3年生」になって、()()()()ブルーに上がれるのが定番だ。最終的に上がれなく卒業する面々とて少なくはない。

 

 大原たちから見れば、十代の昇格は破格の速度なのである。

 

 しかし、その「昇格」に重きを置いた大原の発言に対し、十代は珍しく慎重に言葉を選ぶように問いかけた。

 

「……やっぱり大原や小原たちもオベリスク・ブルー目指してんのか?」

 

「えっ? う、うん、卒業までに何とか昇格しようと思ってるけど……」

 

「当たり前だろ。卒業時の(所属寮)一つで進路の幅が天と地程に違うんだからな」

 

「うーん、そっかー」

 

『まぁ、事情は人それぞれだよ』

 

 荷物をまとめて部屋の外に運び出す大原が背中越しに語る中、小原も同調する姿に己とのギャップを感じ、天井を見上げた十代はユベルと目と言葉が合うも、納得には至らない様子。

 

「十代くん、みんなが折角荷造りを手伝ってくれてるんだから、お喋りは後にしよう――ね?」

 

「す、すみません! 遊戯さ――って、神楽坂か」

 

 だが、此処で手持ち無沙汰に天井を見上げる十代を咎めるような言葉が響けば、その声色と口調に憧れの人間を誤認した十代は慌てて背筋を伸ばすも、残念ながら神楽坂(物真似)である。

 

「そうだぞ、十代。今日中に寮移動の準備を最低限すまさないと寂しい部屋で寝る羽目になる」

 

「え゛っ!? まさか今日中に全部運ばなきゃダメなのか!?」

 

 しかし、そんな中にて自分の荷造りを終えた同室の三沢が十代のヘルプに入りつつ告げた情報に対し、十代は嫌な声を漏らした。

 

 ブルー昇格を予想し、あらかじめ寮移動の準備を済ませていた三沢に対し、十代は「まだ先の話」と諸々を先送りにしていただけあって、1日での引っ越し作業は仲間の手を借りようとも困難であろう。

 

「いや、学園側も手配してくれる――が、其方は日をまたぐからな。最低限に必要なものは先んじて自力で運ぶしかない」

 

「マジかー! 折角、ラー・イエローにも馴染んで来たのになー」

 

 とはいえ、三沢からもたらされる新たな情報に、安堵と遠いゴールを見定めたことで一度、伸びをした十代は思いの他に早い別れとなった自室を眺めつつ、一抹の寂しさを覚えるが――

 

「でも、面倒ばかりでもないよ!」

 

「そうなのか、秋葉原?」

 

 段ボールにせっせとガムテープで封を続けていた秋葉原が眼鏡をクイッと上げながら、明るい知らせを贈る。

 

「勿論です! なにせオベリスク・ブルーは完全な一人部屋! 部屋にはトイレ・風呂は当たり前! テレビに各種家電――それこそ冷蔵庫すらある充実ぶり! うちの実家の部屋より凄いですねー!」

 

 それは、部屋のグレードアップの事実。

 

 タコ部屋雑魚寝のレッド、電化製品ゼロな二人部屋のイエローとは一線を画すレベルだ。

 

『やったじゃないか、十代。もうチャンネル争いする必要がないよ』

 

「へー、太っ腹だな~」

 

 ユベルの言うように、もう、イエロー寮に学生用にと唯一設置されたテレビの前で争う必要はない。

 

「そ、それにブルー生徒同士なら、しょ、書類手続きなしでデュエルできるよ」

 

 大原の言うように、煩わしい手続きともおさらば――雑魚狩りしたいなら別だが。

 

「おぉ~! 良いこと尽くめじゃん!」

 

「……だから、みんなオベリスク・ブルー目指してんだよ」

 

 そうしてイエロー寮の仲間たちとの別れの寂しさより、新天地(ブルー寮)でのワクワクが勝り始める十代の姿に、ため息交じりの安堵と呆れが混ざった小原の声が慌ただしい一室の中に露と消えた。

 

 

 

 なお「手が止まっている」とアテムの方の神楽坂に怒られるまで後3秒。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして学徒たちがせっせと引っ越し作業し終える中、日が回れば――

 

 

 考古学者の卵として初仕事中の遊戯が調査する遺跡の近くの街。その地下街にあるレストランに地図を頼りに足を運んだ遊戯は、妙な重苦しさを感じる雰囲気の只中で進む中、聞きなれた声の方へと顔を向けた。

 

「ああ、武藤くん。此方です」

 

「あの此処って……」

 

「特に大それた場所ではありませんよ。少々プライベートに配慮されただけのレストランです。価格も良心的ですから、気兼ねなく注文なさってください」

 

 やがて、手招きならぬ声招きに導かれ、個室に近い席に腰かけた遊戯の疑問を神崎が氷解させてみせるが、現実問題として胡散臭いことこの上ない空間に案内された事実が遊戯の前にさらされる。

 

 神崎的には遊戯の「デュエルキング」の立場を鑑みての配慮だったが、残念ながら遊戯の反応を見るに逆効果だった模様。

 

「……遠慮しておきます」

 

「そうですか。では、早速本題に入りましょう。真崎さんの抱える問題へのアプローチ方法はお決めになりましたか?」

 

「それよりも、あの話――本気だったんですか?」

 

「あの話?」

 

「……『杏子に夢を諦めさせる』って話です」

 

 そして先を促すような神崎の声に、遊戯はじっくり考えた上で理解できなかった神崎の提案の意図を探ろうとするが――

 

「杏子が夢の為に、どれだけ頑張って来――」

 

「名のある舞台に立てるダンサーを目指しておられるお話でしたよね」

 

「そうです!! 神崎さんも1度相談されたなら知ってる筈じゃないですか!!」

 

「存じていますよ」

 

 そう、遊戯と神崎が認識している杏子の夢の問題の部分に、大きな差異はない。

 

「なら!!」

 

「大して頑張ってないことは」

 

 ただ、一点を除いて。

 

「――ッ!! ッ………………ふぅー」

 

 やがて明らかに喧嘩を売るように遊戯の大切な友人を侮辱する神崎の姿へ、大きく息を吐いて怒りを逃がす遊戯。これが海馬なら速攻でデュエルを挑み神崎は叩き潰されていたことだろう。

 

「……神崎さんは、さっきから――いや、あの時からボクを怒らせようとしているんですか?」

 

 そして、温和な遊戯を挑発するような神崎の発言の恣意的な部分を探るが――

 

「いえ、ご依頼を果たすべく真摯に対応しております」

 

「夢を諦めさせることが真摯なんですか!!」

 

「例えば、金銭や社会的影響力を介在させ、真崎さんを分不相応な舞台へ立たせることは一応可能です。ただ、そんな解決法を武藤くんは望んでおられないでしょう?」

 

「それは……! ……そうですけど……」

 

 神崎から語られた一例に遊戯は言葉を濁す他ない。そんなことを杏子が望んでいないのは誰の目にも明らかだからだ。

 

「ですので、世間一般で言うところの『裏工作』を一切無視した方法として、ご提案させて頂きました」

 

「……杏子じゃ凄いダンサーにはなれないって言うんですか?」

 

「ええ、あくまで私見ですが」

 

 そうして、先程までの神崎の発言の真意を遊戯は理解し始めるが、それだけならば「残念ながら……」と申し訳なさそうに言えば済む話である。それゆえ遊戯の視線に長考の構えが見え始める。

 

「ただ、今の武藤くんになら分かるでしょう? どんな分野でも『みんな』頑張っているんです。大なり小なりね」

 

「だとしても、杏子の頑張りが劣ってるなんて――」

 

「劣っていますよ」

 

 しかし、それでも杏子の頑張りを否定できなかった遊戯を、神崎は迷わず否定した。

 

「武藤くん――貴方が学生時代、真崎さんはどの程度ダンスのレッスンをこなしていたかご存知ですか?」

 

「…………知らないです」

 

 遊戯は知らない。杏子がダンサーとして努力する姿を。

 

「私もです」

 

「え?」

 

 そして、それは神崎も同じだった。

 

 そんな神崎の想定外の返答に、思考を巡らせていた遊戯は虚を突かれたようにポカンとした表情を見せる。

 

「……えっ? あの、それだと今までの話は何だったんですか?」

 

 これでは「何も知らない癖にレッテルを貼った」酷い奴だ。遊戯からすれば、「何を根拠にああも断言したのか?」と疑問に思うことだろう。

 

 だが、神崎には分からなかった。

 

「私の知る限り、真崎さんは渡米の為にバイトに励み、武藤くんたちと共に青春を謳歌されていました――つまり『バイトは頑張っていた』としても、『ダンスは頑張っていない』」

 

 1日24時間という限られた時間の中で、どう計算しても学業・バイト・友人との交流――これに睡眠・食事などの生活に必要な時間をプラスすれば杏子の中の時間は殆ど残っていない。

 

 原作の「山のようにオーディションを受け、落ち続けた」との情報や、ドーマ編・KCグランプリ編での時間的拘束を加味すれば、もはや雀の涙ほどもないだろう。

 

 歪んだこの歴史ですらKCグランプリ編の拘束時間は長期に渡る。

 

 今ならネット動画で隙間時間に技術を詰め込む――なんて話も可能かもしれないが、遊戯たちが学生時代にはその辺りのものはない。

 

 ゆえに神崎には「いつダンスを頑張っているのか」分からなかった。それゆえの結論。

 

「武藤くんは真崎さんから聞いたことがありますか? 『ごめん、今日はダンスのレッスンがあるから』なんて話」

 

 あったとしても「ごめん、バイトがあるから」だろう。

 

「で、でも、オーディションを受けてた話は聞いたことがあります!」

 

「私はダンサーの世界にそこまで詳しい訳ではありませんが、『碌に指導も受けていない人間』がオーディションを受けて、受かるものなのでしょうか?」

 

 そうして友人を悪しきに扱う言葉の連続の只中、遊戯が杏子の頑張りを肯定するも「記念受験では意味がない」と一蹴される始末。

 

 杏子に輝かしい才能があれば別だろうが、実際問題として数多のオーディションに落ち続けている以上、「全ての審査員が見る目のない人だった」か「輝かしい才能などなかったか」の2択だ。

 

 原作で確認できる杏子のスペックは、碌に結果が出せず腐っていたステップ・ジョニーを負かす程度。「一般人よりは凄い」くらいの立ち位置だろう。

 

「それでも、渡米した後は杏子もレッスンを頑張ってるじゃないですか!!」

 

 しかし、遊戯も「それは過去の話だと」反論を返す。渡米の資金繰りに時間を取られたのは確かに痛手やもしれないが、渡米した後の杏子の努力は嘘ではない。

 

「真崎さんは、アメリカでの活動資金をどうなされているかご存知ですか?」

 

「えっ!? えーと、確か現地で……バイトを……」

 

()()『バイトを頑張っている』んですね。レッスン(努力の)時間を削って」

 

 だが、そんな遊戯に神崎は厳しい意見をぶつけた。

 

 当たり前の話だが、生きるには金がいる。そして、ダンスの教えを受けるにも当然レッスン料という名の金銭は避けられない。杏子は渡米した後も、お金が必要なのだ。

 

 渡米の資金を貯めれば、後は夢を目指すだけ――なんてことは難しい。

 

「――だったら、杏子はどうすれば良かったんですか!!」

 

 そうして金、金、金、とかつての牛尾のようなことを言い始める神崎に、遊戯は理不尽を示すように声を張るが――

 

「せめて学生の間はご家族に夢への理解を得れば良かったのでは? そして日本にいる間、日本のダンス教室にでも入って指導を受ける――日本でダンサーを目指す大抵の方々は『そう』していると思いますよ」

 

 神崎からあまりにも普通な答えが返ってきた。

 

 なにせ今の杏子が苦労しているであろう部分は「碌な土台もない状態で渡米した」状況によるところが大きい。

 

 それに加えて、杏子の家は城之内のように経済的に困窮している訳ではない。父が仕事で精力的に世界中を飛び回る――なんて話も原作の情報にあり、子供に海外のミュージカルの舞台(杏子の夢のきっかけ)を観せられる程度には裕福だ。

 

 子供に習い事をさせる親は別段珍しくともなんともない。その一つに「ダンス」を加えてやるだけで良かったのだ。

 

「で、でもダンスは本場の地で学んだ方が――」

 

 そんなあまりにも普通で、今の杏子にとって取り返しのつかない解決策を提示する神崎に、遊戯は「今の杏子」の唯一のアドバンテージを語ってみせるが――

 

「武藤くんは考古学者を志した時、『本場の地で勉強する為にバイトをしよう』なんて考えますか? 考えませんよね。最初からズレているんですよ。致命的に」

 

 前提が既に違うのだと神崎は返す。

 

 考古学者を目指した遊戯を例にとれば、まず専門誌の一冊でも買って勉強するだろう。

 

 杏子が目指したダンサーも同じだ。日本で最低限でも指導を受けておけば日本の舞台で実績を積め、状況次第では高名な劇団から「是非、ウチに」との声がかかる可能性だってありえた。

 

 たった、それだけのことで大きく状況が変わる筈だった。

 

「今の真崎さんは取り返しがつかない次元で周回遅れです。身体機能のピークもとうに過ぎる頃合いでしょう。覚えは益々悪くなる」

 

「……なんなんですか、それ……! だったら……! だったら……!!」

 

 そうして杏子の絶望的な状況を並べてみせる神崎だが、その結果として遊戯には看過できない部分が見え始める。

 

「昔、杏子が相談したあの時に! そう言ってあげれば良かったじゃないですか!!」

 

 そう、杏子の問題は、過去に杏子が相談した段階で解決可能な代物だった。簡単に解決する筈だった。

 

 誰もが思いつく簡単な助言で、大きく改善する筈だった。

 

「そうですね。私のミスです。それは申し訳なく思っています」

 

 しかし、そんな簡単な助言は()()()()()()杏子には届かなかった。

 

 ゆえに、神崎はそんな不運に見舞われてしまった杏子に、いつもと変わらぬ様相で己の失態を懺悔してみせる。「まさか、こんなことになるなんて」と。

 

「ですので、未来の話をしましょう。過去はどう足掻いたところで変えられないのですから」

 

 とはいえ、時は巻いては戻せない以上、神崎は「今」できることをする他ない。ゆえに遊戯の相談に厳しい意見を突きつけることになっても、真摯に相談を受け止める姿勢を示す。

 

「……今、どうして話を逸らしたんですか?」

 

 だが、そんな意図的な話題の軌道修正を遊戯は見逃さなかった。

 

「変えられない過去を議論しても建設的ではないでしょう?」

 

――……勘の良さは相変わらずか。

 

 そんな遊戯に内心の動揺を隠しつつも、神崎はしらを切ってみせるが、遊戯が――いや、誰もが抱くであろう当然の疑問が投げかけられる前に、強引に話題を変えたようにしか遊戯には思えなかった。

 

 そう、先の神崎の発言は不自然な部分が多々見られる。明らかに遊戯が不快に感じるような、怒りを覚えるような発言の数々。そして何より――

 

「ボクがデュエルキング……いや、違う――ボクがアテムの器だったからですか?」

 

 遊戯の内で組みあがりつつある最悪な予想。

 

「武藤くん、それこそ話が逸れていますよ」

 

「だって、そうじゃないとおかしいじゃないですか! 神崎さんが言ったんですよ! 『普通は誰もがそうする』って! しかも、アテムの器だったボクに悪感情を持たれることを避けていた――そう言ったのも貴方だ! 仮にうっかり言い忘れていたとしても、後で幾らでも伝える術はあった!!!」

 

 落ち着かせるような神崎の声を無視して、テーブルに手を叩きつけて席から腰を上げた遊戯が矢継ぎ早に語った言葉が全てを端的に表している。

 

 普通に考えて「アテムを体よく使いたかった」のなら「遊戯の大切な友人である杏子」に恩を売っておけば遊戯の心象はすこぶる良いものとなり、諸々の事柄をスムーズに運べただろう。

 

「武藤くん」

 

「でも()()()()()!! 貴方は夢に向かって頑張っている相手へ無意味にそんなことする人じゃない! 竜崎くんの時だって! 羽蛾くんの時だって! 色んな人の将来を一緒に悩んでくれていたのに! その中で杏子だけを除外する理由なんて、ボク以外にないじゃないですか!!」

 

 そして、DSOD編で神崎とデュエルした遊戯には、神崎が無意味に他者を貶める真似をする人間ではない確証がある。つまり、「理由」があった逆説的な証明と言えよう。

 

 だが、神崎にとっての杏子の価値など「遊戯の大切な友人」以外にない。

 

「武藤くん」

 

「杏子が夢を切っ掛けにして、ボクたちと疎遠になればアテムは自分を責めるかもしれない! ボクが器になったから、自分が原因でみんなとの友情の形が変わってしまったかもしれないって!」

 

 だって、そう考えれば全てが綺麗に繋がるのだから。

 

 遊戯が特別な感情を抱く相手の喪失が、アテムと遊戯の精神衛生上において「杏子の夢」が不確定要素になりえたから。だから助言しなかった。助言が届かないようにした。

 

「大邪神ゾークを倒す上で、不確定要素になりえるものは全て排除したかった! だから、杏子の夢が邪魔だった!!」

 

 小娘一人の夢と、人類滅亡の危機――天秤に乗せるまでもあるまい。

 

 遊戯からすれば自分の人生が「杏子の夢を犠牲にした上で成り立っていた」と聞かされたようなもの。

 

 

「――だったら、どうしますか?」

 

 

 しかし、なんでもないように短く零した神崎の言葉に、一気に遊戯の意識は其方へ向いた。

 

「……認めるんですか?」

 

「認めるも何も以前にお話したじゃないですか。他人の人生を『世界の為』なんて大義名分を掲げて捻じ曲げてきたと」

 

「でも!!」

 

「それでも武藤くんは私を信じてくれていたんですね。『そんなことはしない人だ』と――その信頼は嬉しく思います。ですが、それは買い被りです」

 

 だが、遊戯の否定を願った確認の声さえ、神崎はあっけらかんと流してみせる。今更な話だと。

 

「私は必要とあらばなんだってします」

 

 そう、今まで神崎は数多の屍を築き上げてきた。

 

人の命(ダーツの妻)を物のように扱いもします。世界にとって後腐れのない相手(アヌビスやトラゴエディアたち)を死地に向かわせることだってする。それらに比べれば他人の夢を歪める程度、些事ですよ」

 

 それらは、どれだけお綺麗なお題目を並べようとも、人道という観点から鑑みれば「許されない」行いだ。

 

 そんな神崎が、今こうして人の社会に許容されているのは「人の決まり(国の法)で裁けない」状態ゆえ。

 

「以前に言ったでしょう? 私はキミが思っているよりも余程の屑だと」

 

 そうして、突き放すように締めくくった神崎の主張を前に、脱力したようにボスンと席から上げていた腰を落とす遊戯は力なく呟く。

 

「……貴方は、そうやって――」

 

「ええ、今までそうやってきま――」

 

「――『自分が悪者になれば済む』と思ってる」

 

 それが遊戯の感じた全てだった。

 

「………………それも買い被りですよ」

 

「ボクに……ボクに、言わせたいんでしょう? 『貴方(神崎)のせいだ』って――ボクが自分を責めないように。杏子がこれ以上、傷つかないように」

 

 此処に来て初めて言葉を濁した神崎へ、遊戯は己の推察を語ってみせる。そう考えれば神崎が杏子を貶める発言を並べた説明もつく。

 

「『邪魔をした』事実は変わりませんよ。だからこそ、あなた方には糾弾する権利がある」

 

 とはいえ、杏子が夢の道筋を甘く考えていた節があったことは事実だが、仮に杏子が自発的に問題点に気づいたとしても、遊戯にマイナスになりかねない影響が出ると判断すれば神崎はやはり妨害しただろう。「遊戯の友人」で大人しくしていろと言わんばかりに。

 

 その現実がある以上、やはり神崎の在り方は「人類滅亡の危機」があったとはいえ、酷く傲慢な考えと言わざるを得ない。

 

「杏子をバカにしないでください!」

 

 しかし、そうして逃げ道を作るように怒りの矛先を用意した神崎へ、遊戯はテーブルに拳を叩きつけつつ怒りを見せる。

 

「たとえ、夢が叶わなかったとしても! それを誰かのせいになんてしない!!」

 

 そう、遊戯の知る杏子は芯の強い人だ。己の行動が、上手くいかなかったからと言って誰かのせいにしたりなど決してしない。

 

「確かに、ボクらは神崎さんみたいに世界の為に自分の人生を捧げたりは出来ません――でも、だからってボクらが背負うべきものを貴方が背負う必要なんて何処にもない!!」

 

 そして何より遊戯にとって許容できないのは、神崎が「自分のせいにしても良い」と会話を誘導したこと。

 

 ゆえに、そんな分からず屋に向けて、いつぞやのように遊戯はしかと示さねばならない。

 

「ボクらはそこまで、やわじゃない!!」

 

 自分たちの可能性を。

 

「武藤くん……」

 

 やがて虚を突かれたような表情を浮かべる神崎へ、ハッとした遊戯はおずおずとテーブルに叩きつけた拳を引っ込めて肩を小さくしていく。

 

 若さに任せた青臭い言葉を並べてしまった事実が急に恥ずかしくなってきた様子。とはいえ、遊戯が20代であろう事実を鑑みれば、十分に青い年代なのだが。

 

「…………すみません。一人で熱くなっちゃって」

 

「いえ、いつまでもキミを子供扱いしていた私にも非があります。もう、武藤()()と呼ばねばならないですね」

 

「そ、そんなにかしこまらなくても……」

 

 だが、とうの神崎は若人の青さを眩しく思いつつ、敬称と謝罪を入れてくるものだから遊戯としては恥ずかしくて仕方がない。

 

 そうして、暫し流れる気まずそうな空気を発する遊戯の状態を理解してか、少しの沈黙の後、神崎は軽くパンと手を叩いて仕切り直しを図る。

 

「では、明け透けに申し上げます」

 

「……お願いします。でも、やっぱり杏子が夢を叶えるのは難しいんですよね……」

 

 こうして、ようやく原点に戻った話題だが、その内容を前に遊戯は顔を暗くする他ない。

 

「聞くところによると真崎さんの目標としている舞台の役が少女の役ですからね。技術的な面もそうですが、やはり役柄と合致しないかと」

 

 なにせ、神崎が語るように杏子が憧れて目指した「ブラック・マジシャン・ガール 賢者の宝石」の主役、ブラック・マジシャン・ガールの役は小柄な少女の役だ。

 

 仮に、今の杏子にダンサーとしての高い実力があったとしても、体格の問題はどうにもならない。

 

 例えるのなら、少女時代の赤毛の〇ンの役を、小柄の範囲から逸脱した杏子が熟すことは困難であろう。

 

「なら、神崎さんはどうするつもりだったんですか?」

 

 ゆえに、遊戯は神崎が用意していたであろう提案を待つ。今度は、意図的に情報を歪めたものではなく、正面から話して貰えることを信じて。

 

「生憎、私は真崎さんのご要望を把握しきれていないゆえ、此方で知る限りの方向で幾つかご提案を用意させて貰いました」

 

「じゃあ、その候補の一番良いと思うものから話してください。後でボクがそれとなく杏子に確認してみます」

 

――杏子の憧れの舞台が無理なら……別の舞台かな? でも、スタートの遅れがあるのが厳しいだろうし……

 

 そして、遊戯の懸念も杞憂に終わり、隠し立てする様子もなく、神崎は「一番良い」とされる提案を、自信をもって贈る。

 

「真崎さんとアテムくんが共に暮らせる環境をご用意するのは如何でしょう?」

 

「……えっ?」

 

 普段は虚に隠れていた提案が、なんの装飾もなく放たれた。

 

「お二人は想い合っていたとお聞きして――――」

 

 やがて呆然とした声を漏らす遊戯を余所に神崎が色々と話しているが、残念ながら大半の言葉は遊戯の耳を素通りしていく。

 

 杏子とアテムが共に暮らす――その意味は理解できる。だが、遊戯には神崎が何を言っているのか分からない。

 

 なにせ、アテムは既に冥界に還った(死んでいる)人間だ。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

「――古い考えやもしれませんが婚姻はやはり、と何でしょう?」

 

「『アテムとの再会は冥界で』って、みんなと決めたんです! アテム(死者)の眠りを妨げちゃダメだ!」

 

 そうして思わず大きな声を上げながらも、辛うじて待ったをかけた遊戯の口から何とか仲間で決めた願いが告げられる。

 

 とはいえ、先程のような「怒り」は遊戯にはない。闘いの儀に不在だった神崎が「遊戯たちの約束」を知らないのは当然だ。

 

「その点に関しては、此方から出向けば問題ありませんよ」

 

「――それはボクたちが精一杯生きた後のことです!!」

 

 だが、遠回しに「死ね」とも取れかねない神崎の返答に、遊戯は自分たちのスタンスを示して見せる。

 

 これだけは譲れない領分なのだと。

 

「なら、生きたまま死者の国に向かえば良い」

 

「……は?」

 

「精霊の世界が別の次元に存在しているのはご存知ですよね? なら、別の次元にある冥界に向かうことに何の問題がありましょう」

 

「でも、あの場所は亡くなった人たちが向かうべき場所で――」

 

「『そういう傾向がある』というだけで、誰が決めたものでもないですよ」

 

 しかし、神崎はいつもの笑顔で「問題ない」旨を並べていく。

 

 なにせ前例があるのだから。

 

「現に海馬社長は冥界から特定の人間を現世に呼び出した」

 

「あれは限定的な話だった筈です!! 海馬くんも、アテムの意思を尊重してくれてます! 二度目はないって約束してくれました!!」

 

「なら、限定的に送り出せばいい」

 

「限定……的……?」

 

「武藤さんも仕事が終われば、我が家に帰るでしょう? 今はホプキンス教授の元でお世話になっているんでしたっけ? それと同じことです」

 

 そうして遊戯の内から這い出る怒りとは「別」のえもいえぬ感情を余所に、神崎は分かりやすい例を示しつつ、簡易的な解説に移る。

 

「普段はこの世界で過ごし、余暇を冥界に建てた我が家で過ごす――通勤距離が少々伸びただけの話ですよ」

 

「……貴方は……大丈夫なんですか……?」

 

「問題はありません。言ってしまえば、真崎さんに宇宙飛行士の亜種になって頂く……いや、どちらかと言えば開拓関係の亜種かな?」

 

 そう、「なんの問題もない」と神崎は語ってみせる。

 

「別次元の渡航は将来的に必ず論議される問題です。秘匿される可能性も高いですが、どちらにせよ『誰か』が管理する必要がある。ほら、問題ないでしょう?」

 

 

 イカれてる。

 

 

 それが遊戯の抱いた偽りない感想だった。

 

 世界からみれば、たった一人の小娘の為――いや、遊戯の機嫌を取る為だけに、その友人に死者の国に住まう想い人との逢瀬の場を設ける。

 

 死者との婚姻。遊戯からすれば、そんなものは神話の世界の話だ。

 

 ありふれた夢と恋のお悩み相談の最中にポンと出てくるものじゃない。

 

 正気の沙汰とは思えなかった。

 

 

 そんなこと出来る訳がない――そう笑い飛ばせれば、どれだけ楽だろう。

 

 

 人の命を侮辱するな――そう糾弾できれば、どれだけ楽だろう。

 

 

 この人はやる。いや、遊戯が「やわじゃない」と主張していなければ、勝手にやっていたのだろう。ためらいもなく、遊戯が全容を知ることなく遂行されていた。

 

 そして、遊戯も()()()()()()()()、杏子とアテムの幸せを祝福していたのだろう。

 

 ゆえに、遊戯は悍ましさを覚える。

 

 

――この人に、此処までさせる『ボク』ってなんなんだ……

 

 

 己という存在に。

 

 アテムの器としての価値は、既に消えた。

 

 大邪神ゾーク・ネクロファデスも、既に倒されている。

 

 デュエルキングとしての価値――にしては、些か以上に行き過ぎており、

 

 卓越したデュエルの実力に価値を見出そうにも、海馬やラフェールなどの実力者の存在が、代用が利く現実を示し、

 

 ゲームデザイナーとしても、考古学者としても、どちらの価値も高々しれているだろう。

 

 

「問題がなければ、その方向で進めさせて貰いますが如何でしょう?」

 

 

 そうして海馬が、神崎を嫌う理由の一端がようやく遊戯の理解することとなる。

 

 

 

 

 




カップリング過激派





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第260話 TURN-24 復活! 万丈目サンダー


前回のあらすじ
えっ!? この状況からでも入れる保険があるんですか!?






 

「遊びに来たぜ! 万丈目!!」

 

 オベリスク・ブルー男子寮の自室にて、ノックする音に扉を開いた万丈目は、眼前へ青い制服に袖を通した十代と三沢が軽い調子でアポなし訪問かます姿に面食らう。

 

「いきなり何だ、貴様ら!!」

 

「いやー、今、業者の人たちが大きめの荷物運んでくれててさ。クロノス先生に『邪魔になるから』って言われたから退散がてらに万丈目の部屋に遊びに来ようって!」

 

――「寮移動は大変」とは先輩方も言っていたが……

 

 しかし、困ったように頬をかく十代からの説明に万丈目は一先ずの理解を見せるも――

 

「……事情は分かった。だが、俺に何のメリットがある」

 

 ずっとオベリスク・ブルーだった万丈目に、その辺りの深刻さは実感できない為、「避難先」との提案に頷けなかった。万丈目からすれば、十代とそこまで親しくなった覚えはない。

 

「まぁ、実はそっちの方は建前でさ」

 

「建前?」

 

「前に、お前の兄ちゃん悪く言っちゃったの悪かったと思ってるんだ――でも、謝って終わりにするのも何か違うだろ? だから、お詫びを持って来たんだ!」

 

「つまり、貴様から詫びの品を受け取れば良いのか?」

 

 だが、十代から続けて語られた内容に雲行きが変わり始める。反省して謝罪に来た相手を問答無用で追い払うのは気が引けよう。

 

 ゆえに肩の力を抜いて扉のドアノブから手を放した万丈目は腕組みしつつ十代の言葉を待った。

 

「ああ! 後、ラー・イエローで噂になってたんだけど、万丈目は色んな奴とデュエルして経験積んでるって聞いてさ!」

 

「それはそうだが……」

 

 しかし語られる内容は万丈目の動向である。それゆえ、相手が何をしに来たのか図れずに怪訝な表情を見せる万丈目。

 

「だから、ラッキーカードだ! こいつが君の所に行きたがってる――なんてな!」

 

 とはいえ、その答えはガッツポーズを取る十代によってアッサリ判明した。ゆえに、十代から差し出された1枚のカードを万丈目は快く受け取った。

 

 託されたカードは――

 

「カード? ……フン、精々使い道のあ――」

 

 “決闘王(デュエルキング)コピーデッキ完成試デュエル券”の文字とお洒落な文体のナンバーが並び、

 

 更に背景には武藤 遊戯のシルエットと共に、彼が使用したモンスターの代表的な面々が同じくシルエットで描かれた謎の1枚だった。

 

「――なんだこれッ!?」

 

 そんな無駄にデザインが凝っている意味☆不明なカードを前に、変な声が出る万丈目。

 

「『決闘王(デュエルキング)コピーデッキ完成試デュエル券』さ!! しかも番号一桁代だぜ!!」

 

「説明になってない!!」

 

 しかし、自信満々に語る十代の説明では、その正体は伺えない。

 

 万丈目は「ふざけているのか!」とも考えたが、十代の様子を見れば真面目に「詫び」として意味☆不明なカードを差し出している現実が広がる中、三沢から助け舟が出た。

 

「今、神楽坂がデュエルキングのコピーデッキを構築していてな。それは完成した時に先んじてデュエルできる整理券だ。俺も持ってる」

 

「――貴様もか!?」

 

 だが、そんな三沢も、この意味☆不明なカード(整理券)を要する一派である事実に若干の絶望を覚える万丈目。彼もまた一桁ナンバーである。

 

「ああ、大原がデザインしてくれたものを小原が形にしたんだ。一応、偽造防止の仕掛けもちゃんとあるぞ」

 

「無駄に手が込んでるのは、それでか……」

 

「コピーとはいえ、デュエルキングとのデュエルは得難い経験になるだろう? 十代なりの誠意なんだ。受け取ってやってくれ」

 

 そうして、三沢からの大まかな説明を前に万丈目もことの概要を理解し、この「詫び」が至って真面目なものである事実に安堵の声を漏らす。

 

 十代なりに万丈目のことを考えた品なら、受け取ることもやぶさかではない。万丈目としても、兄のことで十代に食って掛かった件に思うところもある。

 

「…………分かった。これで、あの時の件は一応、水に流してやろう」

 

「マジで!? ありがとな!」

 

「フン、もう済んだことだ。用が終わったのなら――」

 

 ゆえに、謎のカード(整理券)を受け取った万丈目に十代は「仲直りが出来た」と喜ぶが、万丈目は「意外と深刻に考えていた十代」の姿にバツの悪さを感じたゆえか、思わずそっ気のない態度で追い払おうとするが――

 

「なら、万丈目! もう1個、話があんだけど構わないか?」

 

「……ハァ、この際だ。聞くだけ聞いてやる」

 

 十代からマイペースに放られた追加の話題に、呆れ顔で続きを促して見せる。

 

「万丈目って、遊戯さんが使ったカードってなんか持ってる? あっ!? ひょっとして大山先輩に聞かれた後だった?」

 

「いや、この券の話含めて今、貴様らから聞いたのが初めてだ」

 

「あれ? 大山先輩、『ブルー寮で――』って言ってたのに……」

 

「そう不思議な話でもないだろう」

 

 そして十代に言わんとするところ「コピーデッキ完成への協力」を理解した万丈目は、十代と親交がある大山が万丈目に今回の話を持って来なかった件も予想がついた。

 

「ああ、そういうことか」

 

「……? どういうことだよ」

 

「来い。茶くらいは出してやる」

 

 やがて、同じく理解に至った三沢が頷く中、未だ状況が読めない十代を余所に踵を返して部屋に戻る万丈目は、説明がてら先の「やや貰い過ぎた詫び」を返すべく自室へと招き入れた。

 

 

 

 

 

 

 こうして、当初の「遊びに来た」との十代の言が間接的に叶う中、万丈目はベッドの下からジュラルミンケースを取り出して見せる。そこには――

 

「スッゲー! なにそのデカいケース? ひょっとして中身、全部カードか!?」

 

 十代の予想通り、万丈目が有するカードが綺麗に整頓された状態で山のように並んでいた。

 

「ああ、そうだ。だが、俺の持っているカードはドラゴン系に偏っている。ブラック・マジシャン使いだったデュエルキングが使っていたカードなど恐らくないぞ」

 

「十代、大山先輩もその点を理解していたからこそ、無理に話を持ち掛けなかったんだろう」

 

 とはいえ、その中身はドラゴン族のカードばかりである。三沢が推察した通り、遊戯のコピーデッキ作成には役立てそうにはなかった。

 

「でもさ! こんなに一杯あるなら、1、2枚あるんじゃないか!?」

 

「確認したければ好きにしろ」

 

 しかし、それでも探そうと――というよりは、どんなカードがあるのかへの興味が勝る十代へ、万丈目はぶっきらぼうに許可してみせる。

 

「構わないのか? それに、この数では確認するのも一苦労だぞ?」

 

「フン、昔使っていたカードだが最近はデッキ構成の関係上、留守番続きだからな――それに、今年中にコピーデッキが完成した方が俺にとっても都合が良い」

 

「フッ、そうか」

 

 そんな中、問われた「他人に自分のカードを触らせる心理的ハードル」と「時間的拘束」なども流して見せた万丈目の様子を、微笑ましい具合で苦笑する三沢。

 

「じゃあ、早速!!」

 

『十代、話は終わったのかい?』

 

「よっしゃ! (一緒に)探すぜ!」

 

『勿論さ。これで、ようやくボクと十代の時間が取れるんだから』

 

 だが、当の十代は持ち主の許可を前に、今まで空中で黙していたユベルにアイコンタクトを送りつつ、カード鑑賞もといカード捜索に打って出た。

 

「おっ! 《砦を守る翼竜》じゃん!」

 

『十代、そっちに《デビルドラゴン》があるよ』

 

「ホントだ!?」

 

 そうして、童子のようにカードを前に一喜一憂する十代の姿に、万丈目は呆れたようにため息を漏らす。

 

「……全く、騒がしい奴だ」

 

「だが、不思議と悪い気はしないだろう?」

 

「…………フン」

 

 しかし、「久しく忘れていた気持ちを思い出させてくれる」と言わんばかりの三沢の言葉に、万丈目はそっぽを向くように鼻を鳴らした。

 

「おっ! 《暗黒の竜王》みっけ!! これ使ってたの見たことあるぜ!」

 

『デュエルキングは《ブラック・マジシャン》のイメージあったけど、こうして見ると意外とドラゴンも使ってるんだね』

 

「おい――武藤 遊戯が使っていれば何でも良い訳がないだろう。もっと考えて探せ」

 

 だが、十代のカードチョイスがアバウト過ぎた現実に、万丈目は思わずアドバイスがてら前に出る。

 

「おっ、万丈目も手伝ってくれんのか?」

 

『手伝わなくても構わないよ。ボクと十代、2人で楽しんでるんだから』

 

「チッ……貴様に任せていればコピーデッキが完成しそうにないからだ、馬鹿者」

 

 そうして、精霊の存在を知覚できない万丈目は、ユベルの苦言など知る由もなく、なし崩し的に遊戯のコピーデッキ作成に協力することとなる。

 

 そんな3人で、やいのやいのとカードをやり取りしている何でもない時間は、普段の万丈目に常に奔る緊張感を暫しの間、緩める結果となろう。

 

 

 とはいえ、当人たちが気づくのは暫く後になりそうだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どこかの国の何処かの小さな洋館にて、慌てて夜逃げしたように荷物が散乱している室内に転がる鉄臭い赤黒い液体が入っていたグラスを手に取ってテーブルの上に置いた神崎は暫し考え込む。

 

 その思考の海の源泉にあるのは、赤黒い液体を飲んでいたと思しき相手。

 

――結局、真崎さん次第との話か。まぁ、武藤くん単独で決める話でもないだろう。

 

 ではなく、遊戯からの依頼の件。やがて、懐から携帯電話を手に連絡を取る神崎。

 

「お久しぶりです、大瀧さん。今日は、少しお願いがありまして――」

 

 そうして、BIG5の大瀧(ペンギン・ナイトメアの人)に諸々の事情を説明し、メリットを提示しながら個人的な話を願い出るも――

 

『ふむふむ、ミュージカル「賢者の宝石」の件ですか』

 

 通話口の大瀧の声色はやや硬い。

 

『ただ、流石にねじ込むのは難しいですぞ。デュエルモンスターズの発展と共に、その人気もうなぎ登りですからな! 端役――との言い方は好みませんが、どの役も競争率が高すぎます!』

 

 なにせ、今の大瀧からすれば、原作での乃亜編のような提案を杏子にするメリットなど皆無だ。

 

『(それに、もしも裏工作がバレたら海馬社長から「ペナルティに」と私のペンギンランドに何をしでかすか……私はペンギンちゃんの安全の為、その手のことからは足を洗ったのです!)』

 

 なにより、折角叶えた自分の夢(ペンギンランド)が潰れるリスクを負ってまで、デュエルキングの友人とは言っても所詮は一介の小娘ごときに骨を折らねばならないのか――小声で語る大瀧からすれば、そんな具合だろう。

 

 幾ら良きビジネスパートナーだった相手のたっての願いとはいえ、大瀧とて譲れぬラインは越えられない。

 

「では、舞台裏の一つでも――現場の空気を知るだけでもかなり違うかと」

 

『……つまりお遊び見学という話ですか? ぐふふ、その程度のことならば海馬社長もデュエルキングのお友達を前に、口を噤むことでしょうな!』

 

 だが、「無理だ」と言えば快く妥協してくれるのが大瀧から見た神崎の良いところ。これが海馬なら絶対に妥協しない。

 

 大瀧としても、対海馬に適している遊戯に恩を売れるのなら安い買い物である。遊戯の善良な人間性を鑑みれば、反故にされる心配もないのだから。

 

「それは助かります。ただ、未だ予定が――」

 

『ぬふふ、気にしなくて結構ですとも! キミが先の先を想定して動きたがるのは、よ~く知っていますから!』

 

「いつも、お手間を取らせてしまって申し訳ないです」

 

『いえいえ、代わりに此方の頼みも()()聞いてくれるのでしょぉう? 昔と同じように持たれつで行こうじゃありませんか! あっはっはっは!』

 

 そうして、会社を辞した後でも、しっかりと己を立てるかつての後輩の在り方に大瀧は上機嫌のまま通話を終えた。

 

 

 

 やがて、携帯を仕舞いつつ神崎は凡その下準備の最後のピースが収まった事実に一仕事終えたように息を吐く。

 

――これで真崎さんに才能があれば、一線級のダンサーたちなら誰かが見ぬく筈。才能がなくても、憧れの舞台裏は思い出には悪くないだろう。

 

「後は、武藤くんからの連絡待ちか――念の為、ツバインシュタイン博士の『疑似次元論』を物質次元(人間世界)用から、冥界用に組み直しておこう」

 

――えー、千年秘術書、千年秘術書っと。

 

 そんなこんなで、遊戯や杏子がどんな選択を取るにしても直ぐに動けるように状況を整えた神崎は、記憶編でコピーした千年秘術書を影から取り出して片手で開いて読み込みつつ、空いた手で散らかった室内から相手の逃走先の情報を探り始める。

 

「ゲートを開く為の意識領域の指向性と、多量のデュエルエナジーも必要に……いや、この場合は牛尾くんに起こった『魂のランクアップ現象』を利用できるのか?」

 

 とはいえ、「直ぐに動けるように」とのお題目の割には考えていることが結構常識から外れ始めているのは如何なものか。

 

「それとも物質次元と冥界の間にプラナ次元を配置すれば――いや、あの世界での活動は高次の意識領域が必要になるか。遊城くんレベルの強い意識領域持ちならともかく、真崎さんがどの程度になるか……今はサブプランくらいに考えておこう」

 

――まぁ、詳しい内容はツバインシュタイン博士が詰めることになるだろうけど。

 

 傍から見れば、外堀を全力で埋めにかかっているようにも思えるが、遊戯たちが拒否した段階で一瞬にして計画は白紙になるのが唯一の救いか。

 

 やがて冥界移住計画の考えを纏めるように独りごちつつ、屋敷の中の調査を続ける神崎はセブンスターズの残党の情報を探しつつ、端末に転送されたホプキンス教授たちに任せた遺跡調査の報告を得つつ、エネルギー部門の機関で不動博士の系譜をチェックし始めた。

 

 ワンマンアーミー(一人軍隊)ならぬワンマンリーマン(一人会社)とはこのことか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 イエロー寮からブルー男子寮に戻る十代、万丈目、三沢の3人組が戻る道すがら、十代は伸びをしつつ満足げな声を漏らした。

 

「いやー、神楽坂の奴スッゲー喜んでたな!」

 

「なんでもかんでも詰め込めば良い訳がないだろうに……何を考えているんだ、あのモノマネ男は」

 

「デュエルキングをトレースしている神楽坂なりに考えがあるんだろう」

 

 それは、万丈目が所有していたカードの一部を神楽坂に提供もしくはトレードした件だが、頭痛をこらえるように額を押さえる万丈目の姿を見れば、デッキバランスを無視したチョイスだった模様。

 

三沢のフォローも、少々無理がある様子なことが見て取れた。

 

『ボクとしては、アイツが何処へ向かっているのか少し疑問だよ』

 

 やがて、ユベルの苦言をバックに、オベリスク・ブルー男子寮に戻った3人組。

 

「やぁ、万丈目くん! 探したよ!」

 

 だが、そんな彼らを出迎えるようにテニスウェアを着た肩口まで伸ばした茶髪の青年が、出迎え代わりにキラリと歯を光らせた青春スマイルを煌めかせていた。

 

「綾小路先輩? すみません、お手数をかけてしまったようで」

 

「なに気にすることはないさ!! 新たな仲間たちとの出会い! そして友情!! 青春万歳!!」

 

 やがて青春スマイルの人物こと「綾小路(あやのこうじ) ミツル」へとすぐさま駆け寄り礼を尽くす万丈目だが、当の綾小路は気にした様子もなく熱血感タップリに笑って見せる。

 

 

 そんなやり取りがなされる中、オベリスク・ブルーに上がりたての十代は同寮の顔ぶれを把握しきれていないゆえか相手の第一印象ことインパクトに若干の気後れをみせるが――

 

「……なんなんだ、あの暑苦しい奴」

 

『爽やか風の割に、中身は無駄に熱血だね……』

 

「あれはオベリスク・ブルー3年の綾小路先輩だな。テニス部の主将でもある」

 

「へぇ~、万丈目って顔広いんだなー」

 

「貴様が無頓着過ぎるだけだ」

 

 三沢からの情報に一先ず楽天的に流そうとした十代を、綾小路を連れて戻ってきた万丈目がいさめた。

 

 なにせ、1年のブルー生徒がごく少数な以上、先輩(年上)がクラスメイト状態である。同年代の友達感覚ではいらぬ諍いを起こす可能性もなくはないのだから。

 

「初めましてだね、遊城くん! 三沢くん! オベリスク・ブルーにようこそ! ボクはオベリスク・ブルー3年、綾小路 ミツル!! 今日からキミたちも、ボクのライバルだ!!」

 

「えっ、お、おう……あ、ありがとうございます?」

 

 しかし、そんな万丈目の苦言を余所に、綾小路は友好どころか一気にライバル認定まで駆け抜けて握手を求める始末。

 

 その熱血的とすら言える距離の詰め方は、人懐っこい性質の十代を以てしても戸惑いが勝る。

 

『グイグイ来るなぁ……あんまりボクの十代に馴れ馴れしくして欲しくないんだけど』

 

「三沢 大地と申します。3年の先輩に『そう(ライバルと)』言っていただけるとは光栄です」

 

「――学年なんか関係ないさ、三沢くん!!」

 

 そうして、十代に続いて謙遜交じりに挨拶した三沢だが、そんな三沢の肩をガシッと掴みつつ綾小路は熱弁する。

 

「デュエルは『どんな歳でもチャンピオンすら倒す可能性がある最高のカードゲーム!』――ペガサス会長もそう仰っていたじゃないか!!」

 

 正確には「どんな初心者でも強いチャンピオンをやっつけられる最高のカードゲーム!」であるが、言いたいことは大体同じである。

 

『……まぁ、悪い奴ではなさそうだね。暑苦しいけど』

 

「じゃあ早速、俺とデュエルしようぜ、綾小路先輩!」

 

「勿論! と言いたいところだけど、先に済ませておくべき伝言があってね! そっちが先さ!」

 

 やがて、相手の熱血っぷりに慣れ始めた十代がいつもの調子を取り戻すも、対する綾小路はオーバーに肩をすくめて残念がってみせる。彼とて、何の理由もなく十代たちの帰還を待っていた訳ではないのだ。

 

「伝言? 態々、先輩自ら……ですか?」

 

「去年まで、この時期にオベリスク・ブルー1年は殆どいなかったからね! 急を要する時は3年に話が回ってくるんだ!」

 

「そうなのかー」

 

『態々1年生数人を集めるより、3年生を集めた時に言伝を頼んだ方が教師も楽なんだろうさ』

 

 そして三沢が先を促した後に明かされたのは、オベリスク・ブルー1年の層の薄さが抱える問題。

 

 ユベルの言う通り、そんな数人の為に学園の細かなリソースをあまり割くことが出来ない事情があるのだ。

 

「それでお話の方は――」

 

「――ノース校との交流戦についてだとも!」

 

 かくして、十代たちは綾小路からの通達により、学園の外のイベントに初めて直に触れることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで、既定の日時にてデュエル場の一つに集まった学園の凡そ全てのオベリスク・ブルーの生徒たち。

 

「在学中に1度でも代表戦に出た生徒ーは、譲ってあげルーノ」

 

 まばらながらも人数の問題からザワザワと喧騒が広がる中、簡易的に設置された壇上よりクロノスが拡声器片手にアナウンスを送っていたが――

 

「交流戦か~、どんな相手なんだろ! 楽しみだなー!」

 

 そのアナウンスと関係ない十代は、まばらな人混みの只中の熱気に充てられたようにワクワクが抑えきれぬ様子で両の拳を握っていたところ、背後から声がかかった。

 

「ノース校との交流戦は毎年恒例の友好を称え合う大舞台だからな。代表者二名は、どちらも実力者が選ばれることだろう」

 

「あっ、大山先輩だ! 久しぶり!」

 

 その人物は、十代よりも一足早くにオベリスク・ブルーに昇格していた大山。相変わらずの半裸のターザンスタイルゆえ人混みの中でも無駄に浮いているが、十代は気にした様子もなく再会を喜んでいた。

 

「久しぶりだな、十代! よくぞオベリスク・ブルーに上がってきた!! 最高のタイミングだぞ!」

 

「そうなのか?」

 

 そして話題が此度の交流戦の内容に移れば、知り合ったばかりの綾小路が自慢げな様子で情報を明かす。

 

「まぁね! 交流戦はオベリスク・ブルー以外の参加は認められていないんだ! ちなみに僕は前の年に華麗な勝利を収めたよ!!」

 

 そう、基本的にアカデミアでは「学園の代表」に類する立ち位置を務められるのはオベリスク・ブルー以外に許されていない。

 

 それは外部に「きちんと寮分け」が機能していることのアピールであったり、アカデミアのブランドの誇示であったりと理由は様々だ。

 

「うぉー! 綾小路先輩、強いんだな! 今度、俺ともデュエルしよ――してください!」

 

「構わないとも! 後輩の面倒を見るのも先輩の務めさ!!」

 

 とはいえ、十代からすれば「その辺り」の事情などより、過去に代表選出された綾小路の力量の方が興味の中心である。

 

 そうして、十代の社交辞令を一切含まない純粋な賛辞に気をよくする綾小路だが――

 

「ハッハッハ! 相変わらずの三度の飯よりデュエルの様子だな、十代! だが、綾小路先輩はあのカイザー亮のライバルを自称する程だ! 気を抜けば一気に持っていかれるぞ!」

 

『「自称」なんだね』

 

「学園トップのカイザーと!? スッゲー!」

 

「そうだろう! カイザーの宿命のライバルとは僕のことさ!」

 

 やがて、「誰にでもライバル認定してそう」と言わんばかりのユベルの言を余所に、局地的に謎の熱血空間を形成し始める 1 (十代) 2 (大山) 3 (綾小路)年のブルー生徒。

 

 だが、そんな彼ら――というか、十代を少し離れた場所から万丈目は冷ややかな視線で見やっていた。

 

「……相変わらず騒がしい奴だな。三沢、イエローの時でも『ああ』だったのか?」

 

「……まぁ、十代はあれで中々素直な性分だからな。先輩方からすれば可愛がり甲斐のある後輩なんだろう」

 

『おい、お前ら――ボクの十代に気安く触るなよ』

 

 言外に「静かに出来ないのか」と言わんばかりの万丈目へ、三沢がフォローするが十代はラー・イエローでも基本あんな感じだったので否定しきれないのが困ったところ。

 

 こうして、新たなクラスメイトにより様変わりする人間模様を観察していた万丈目だったが――

 

「ちょっといいかしら?」

 

「て、天上院くん!? ……ゴホン、なにか用かい?」

 

 当然、人混みの中では彼らもまた観察される側である。

 

 天上院 明日香に背後から急に声をかけられたせいか、それともそれ以外か定かではないが、万丈目の肩が大きく跳ねるも、あわてて取り繕った万丈目は何でもないように先を促した。

 

「遊城 十代がオベリスク・ブルーに上がったって聞いたから、会っておきたくて――今、大丈夫?」

 

「(またアイツか……)」

 

「万丈目」

 

「……分かっている。少し待っていてくれ」

 

 しかし、明日香のお目当ては渦中の十代の模様。若干、肩を落とす万丈目だが、三沢の声に「ハァ」とため息交じりに我に戻って相変わらず騒がしい十代の元へ向かっていった。

 

 

 

『よし、十代から万丈目へ矛先が向いた! 全く、アイツら……十代に馴れ馴れしいじゃないか!』

 

 こうして、万丈目の尊い犠牲を以て熱血空間から解放された十代の頭を空中にて逆さに抱えるユベルを余所に、十代と明日香が会合するが――

 

「おーい、なんか用――って、あっ! 入学初日に会った! えーと、あー……天上院!」

 

 十代からすれば明日香の印象は凄い薄かった。

 

 ユベルを察知した相手、世話焼きな大小凸凹コンビ、ユベルの天敵、学園での初敗北の相手、クイズ眼鏡、ジャングルの王者、偽遊戯、コテコテテンプレお嬢様、テニス熱血――

 

 その中に並ぶ明日香の圧倒的……! 圧倒的インパクト不足……!

 

「『明日香』で構わないわ」

 

『やれやれ、この女もボクの十代に色目でも使う気とは……身の程を知らない奴だ』

 

 とはいえ、明日香も不快に思うこともなく、良い機会だと友好的な姿勢は崩さない。いや、学園の有名人である明日香からすれば、十代の反応は逆に新鮮なのだろう。

 

 十代の入試でのクロノスとのデュエルの件もあって、俄然興味が強まるところ。

 

「じゃあ『天上院』って呼ばせて貰うぜ!」

 

 だが、十代は こ れ (名前呼び)を拒否。

 

「えっ? いえ、別に『明日香』で構わないのだけれど……」

 

 思わず戸惑いを見せる明日香。

 

 明日香からすれば名前呼びなど兄である吹雪との区別も含めて、そんな大それた意味もなく、更には彼女の知名度ゆえに断られたこともない為、先程まであった興味が別の形を見せていくが――

 

「でも『天上院』って呼ばせて貰うぜ!」

 

「えーと、話聞いてる?」

 

 十代は凄い頑なだった。

 

 空中で浮かぶユベルも、そんな十代の気配りに感激したように己の口元を両手で押さえているが、残念ながら誰にも見えていない為、明日香の当然の疑問を解消することは叶わない。

 

「天上院さん、十代には『お相手』がいるんだ。察してやってくれ」

 

「あ、ああ、そうなの」

 

 だが、此処で三沢からの助け舟により納得した明日香が「普通、此処まで徹底する?」と新たに浮かんだ疑問をグッと飲み込んだ。

 

 

「残念でしたね、明日香さん……」

 

「……ドンマイ……」

 

「後で慰めてあげましょう?」

 

 しかし、そんな明日香の心情を知ってか知らずか、遠巻きで様子を伺っていたレインたちは、謎の敗戦感に包まれている。

 

――まったく、あの子たちは……

 

 そんな友人たちの耳年増もかくやな有様に内心で頭を痛める明日香。

 

『ふふん、ボクの十代の隣はもう埋まってるんだ。諦めるんだね』

 

「それで天上院の話って?」

 

「そう、大したことじゃないのよ。ノース校の代表者決定戦の舞台で、ブルーに上がった貴方の実力――見せて貰うわ。それを伝えたかっただけなの」

 

 やがて、先を促す十代へ明日香が此度の用件を伝えるが、ただの決意表明に近いものの為、それ自体はスッと終わる。たった、これだけだと言うのに何ともゴタついたものだ。

 

「デワデーワ、今年度も希望者が多かったノーデ、前年度と同じく『じゃんけん』で代表を決めるノーネ」

 

「……えっ?」

 

 だが、クロノスの拡声器越しの声に、そのゴタつきは加速する。

 

「まずはザッと人数を減らす為ぇーに、ワタクシとシニョールたちで勝負ナーノ。最初はグーで行くノーネ! 準備すルーノ!」

 

「じゃん……けん……?」

 

 かくして、意図していなかった現実に固まる明日香を余所に、周囲のブルー生徒たちは私語をピタリと止め――

 

 手の甲に指をあててシワを作る者、

 

 組んだ手の中を覗く者、

 

 腰だめに構えた右拳に、開いた左手を鞘のように添える者、

 

 クロノス側から見やすいようにと3つの棒つきパネルを用意する者、

 

 各々の必殺のスタイルで勝利を取りに行く。

 

 そんな剣呑とした雰囲気が広がる中、状況の変化についていけず固まる明日香の疑問を代弁するように十代は三沢に問うた。

 

「デュエルの学校なのに、デュエルで決めないのか?」

 

『珍しいこともあるんだね』

 

「可能な限りチャンスを平等化する為らしいぞ。実力順ではフォースや3年生が独占してしまうからな」

 

「へぇ~、詳しいんだな、三沢!」

 

「まぁ、当面の目標の一つにはしていたからな。だが、じゃんけんで負けても気にすることはないさ。聞いた話では、代表戦以外にも交流の場は用意されるらしい」

 

『ふーん、さしずめ名誉の舞台をかけて――って感じか』

 

 やがて、三沢から語られたように他校との代表戦に選ばれることがプロへの売名に繋がる旨を聞かされる。

 

 そう、定期試験での大多数が一纏めに試合を組まれる形と異なり、代表戦は正真正銘の1 VS 1の形式な為、此処ぞとばかりのアピールの機会に周囲の生徒たちは燃えているのだ。

 

「おっしゃー! 絶対に勝つぜ!! 勝負だ、天上院!!」

 

「え、ええ、そうね」

 

――決着はデュエルでつけたかったのだけれど……

 

「あっ! 最初はグーなノーネ! じゃーんけーん――」

 

 こうして、明日香の予定とは大きく異なる形で、十代との一戦――の前に、クロノスとのじゃんけんが始まる。

 

 悩ましき三つの選択を前に、戦士たちがくだした決断は如何なるものなのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 精霊界の一角ならぬヴァンパイアたちが主に住まう一国《ヴァンパイア帝国(エンパイア)》に建つ、一際大きな図書館のような屋敷。

 

 その広大な一室の中の数えきれない程の本棚が並ぶ通路にて、白いシャツに黒の貴族風の装いをした長い白髪に血の気が感じられない程に白い肌を持つ青年《ヴァンパイア・スカージレット》がマントを揺らしつつ歩を進めていた。

 

 そんな《ヴァンパイア・スカージレット》が歩く姿を確認した金の刺繍の入ったボロボロの黒い外套で全身をすっぽり覆った《死眼の伝霊-プシュコポンポス》はすぐさま壁の端に寄り、大名行列が通り過ぎるのを待つようにひざまずいて(こうべ)を垂れる。

 

 木っ端なゴースト()である彼が、上位の立場を持つ相手の歩みを妨げる訳にはいかない為、相手の姿が見えなくなるまでピクリとも動かない。

 

 暫くして、誰もいなくなった通路にて数多の本を手に移動を再開した《死眼の伝霊-プシュコポンポス》は、空いている席に座った後、パラパラと読書に勤しみ調べものに注力し始めた。

 

――やはり精霊界の歴史は長いな。人間の歴史が若造に思える。

 

 お察しの通り、この《死眼の伝霊-プシュコポンポス》に扮しているのは神崎である。精霊世界にて情報収集に当たっていた。

 

 そんな神崎がローブの中で感慨深く頷くように、精霊界の歴史は非常に長い。

 

 なにせ、人類がウホウホしていた(原始人だった)頃から、既に高度な文明・技術が発達しているのだ。

 

 その点は、3000年前の古代エジプトの時代の段階で幻想の魔術師――つまり、《ブラック・マジシャン》が存在していたことが証明となる。精霊の服装から服飾技術や、諸々の装備から逆算すれば疑いようがない。

 

 とはいえ、進み過ぎて「戦争→終戦→平和→戦争」のループを繰り返しているような状態が無きにしも非ずなのだろうが。

 

 

 そして、神崎が何故、コソコソ変装してまで精霊世界のヴァンパイアたちが住まう地域に来ているのかと言うと――

 

――精霊界のヴァンパイアの精霊(カー)と、物質次元の吸血鬼(ヴァンパイア)のカミューラの違いってなんなんだろうか? その手の記述は未だに見られないが……

 

 中々見つからないカミューラの捜索に別のアプローチをかける為である。

 

――へぇー、1万年前は物質次元との境は曖昧だったのか……ダーツの故郷とも一部交流があったとは驚きだ。

 

 早い話が、「ヴァンパイアのことはヴァンパイアに聞け」な餅は餅屋理論だ。とはいえ、真正面から聞きに行ったところで答えて貰えるとは思っていないゆえの現在なのだが。

 

 そんなこんなで、一般公開されている範囲で長々と読書タイムを過ごした神崎は、取り敢えず入手した情報で方針の変更を考えつつ帰路につく。

 

 そうして、人の目を避けて物質次元への道を隠れて開くべく、《ヴァンパイア帝国(エンパイア)》の住宅地を抜けてさらに進んだ領土圏内から脱する一歩を踏み出す神崎。

 

 

 その瞬間に、黒い三又の槍が神崎の背を貫いた。

 

 

 神崎の心臓を的確に貫いた黒い血を思わせる色合いの槍の担い手を確かめるように振り返る神崎だが、背後には人っ子一人存在しない。

 

 

 

 だが、神崎の超人的な視力は《ヴァンパイア帝国(エンパイア)》の気高い丘の上にある白き城から、白い法衣に腕を胸にかけて黒い鎧を纏った長いウェーブがかった白髪のヴァンパイア――《竜血公(ドラクレア)ヴァンパイア》が風で赤いマントを揺らしながら、手元に第二射の槍を生成している姿が映る。

 

――これは……やはり、間者と思われてしまったのか? ……いや、情報の用途はともかく間者であることは事実か。

 

 攻撃が来ていることは理解していた神崎だが、思いのほか確殺を狙った一撃に内心で頭を抱えざるをえない。

 

 とはいえ、原作にてカミューラが「吸血鬼狩りがあった」と語っていた以上、自分たちを探る相手へ過敏な警戒を見せることは自明の理。

 

 やがて、己の短慮を嘆く神崎に追い打ちをかけるように槍の雨が《死眼の伝霊-プシュコポンポス》の姿を貫き、周囲に断末魔が響き渡ると同時にその身体は土くれのように崩れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何処かの国の何処かの山の中にて、身体に幾重にも刺さった三又の槍を引っこ抜きながら神崎は安堵の息を吐く。

 

「ふぅ、なんとか誤魔化せた――筈。流石に初撃で致命傷を受けに回った以上、誤魔化されてくれる……と信じよう。えー、此処は何処だったか……」

 

 槍の狙撃を回避せず死を装いながら、次元跳躍した神崎だが正確な座標を定める時間がなかったゆえに、物質次元の何処に移動したのか当人ですら定かではない。

 

 ゆえに、周囲を確認した後に変装を解いた神崎は携帯端末のスイッチを入れるが、電波が繋がった瞬間に留守番メッセージよろしく大量の通知が届き、優先度合の変更を余儀なくされた。

 

「おっ、大半は武藤くんからだ。えー、はいはい、真崎さんの件……と」

 

――纏めてしまえば「真崎さんの意思に委ねる」か。人の心……意志の力を信じる彼らしい決定だな……

 

 それらは仕事の依頼など色々あれど、急を要するのは遊戯からの依頼の件。杏子からの要望を手に、依頼の方向性を知らせるものだった為、神崎は端末の番号をプッシュして仕事に移る。

 

「――はい、あの件についてなんですが――はい、予定通りにお願いを――」

 

 そうして、遊戯の下した結論に一抹の眩しさを覚えつつ、山の中を移動しながら関係各所に連絡を入れ終えた神崎は近場の都市を視界に収めるも、ふと言葉を零した。

 

「これで武藤くんに頼まれた場は問題ない、と――これで解決してくれれば御の字。彼らには朗報を届けたいが……」

 

――現実って奴は、そこまで個人に優しくはないんだよな……

 

 神崎は、遊戯と杏子の立てた方針が最良の結果を生むとは思えなかった。

 

 世の中の厳しさと言うものは社会に属する神崎も強く実感するところ。なにせ、原作知識という莫大なアドバンテージを以てしても神崎が最良の結果を得られたことなど、数える程しかないのだから。

 

 プラナの適性すら持つデュエルキングの遊戯本人の話ならまだしも、今回は諸々の能力が一般的な人間でしかない杏子を主題としたものだ。

 

しかし、正道を猪突猛進できるのは若人(わこうど)の特権。

 

「まぁ、後は武藤くんの要望通り、『真崎さんの意思に任せよう』」

 

 それゆえ、後は天の采配に任せるのみ。遊戯の言葉を借りるのならば、挫折とて糧にできる強さが彼らにはある。神崎が考える程に、やわではないのだ。

 

『此方、ゼーマン。今、よろしいでしょうか? 至急ご報告したいことが』

 

「はい、構いませんよ」

 

――ああ、《ヴァンパイア帝国(エンパイア)》での件か。警戒させてしまったかもしれない。

 

 そうして、純粋な若者の在り方に眩しさを覚えていた神崎だったが、脳裏に響いたゼーマンからの連絡にすぐさま気を引き締める。

 

 精霊界の色々と火種がくすぶっている世情を考えれば、《ヴァンパイア帝国(エンパイア)》での神崎の失態は各勢力の緊張状態を引き上げかねない。

 

 ゆえに、適当に敵対勢力でもでっち上げて各勢力の共闘ルートを組み立てる神崎。

 

『エンシェント・フェアリー・ドラゴン――シグナーの竜の1体が、三騎士の陣営に加わることとなりました。探りを入れる目的かと思われますが、どうなさいますか?』

 

――…………ん?

 

 だが、ゼーマンからの報告によって、神崎の頭の中は真っ白になった。

 

 

 現実って奴は、そこまで個人に優しくはないんだよ、神崎。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、各々の過ごす日々が過ぎ去り迎えたノース校との交流試合の日。

 

 保護者などの来賓の面々もいない為、広い会場の観客席に座る十代は、思い出し笑いならぬ思いだし後悔な様子を感じさせる声を漏らした。

 

「くっそ~! あの時、パーを出してれば~!」

 

あの女(明日香)も十代との最初の勝負がじゃんけんになるとは予想してなかっただろうね』

 

 そう、十代は最後の最後で明日香に敗れたのだ。

 

 第六感ともいうべき感覚に愛された十代の破格の連勝劇に終止符を打ったのは、無意識から放たれた明日香の一手(グー)

 

 まるで「最初はグー」の掛け声をそのまま繰り出したかのような誰の意思も介在していない(グー)――その一手は十代の第六感すら欺き、オベリスク・ブルーの女王としての格の違いを見せつけるかの如し。

 

「まだ言っているのか貴様は……そんなくだらんことで一々悩むとは小さい男だ」

 

『ふん、こいつは――ボクの十代は繊細なんだよ。お前とは違うんだ』

 

 しかし、十代の右隣に座る万丈目からすれば、そんな()うに日をまたいだ話を蒸し返されても「いい加減に切り替えろ」と言わざるを得ない。

 

 いや、プロの舞台さながらの広い会場でただ一人立ったことなど一度や二度ではない万丈目からすれば、その手の舞台と無縁だった十代の気持ちは分からないのも当然であろう。

 

「あら、そんな万丈目のボウヤは一番最初に負けていたじゃない」

 

「えっ、そうなのか、藤原!?」

 

 だが、十代の後列に座る雪乃の声に十代が振り向くも――

 

「『雪乃』って呼んで貰える?」

 

『おい、まだ立場が分かって――』

 

「あっ、悪ぃけどゴメンな――それより、万丈目! 藤原の言ったことって本当か!?」

 

 雪乃の誘うような願い出をバッサリ両断して、すぐさま万丈目に情報の正誤を確認する十代。ユベルが不機嫌になる暇すらない。

 

「ふふっ、つれない子」

 

 とはいえ、件の雪乃はこうも素っ気なくされると逆に振り向かせたくなるのか、クスクス笑みをこぼしつつ獲物を狙うような視線を這わせるが、残念ながら十代の興味はライバルの対戦(じゃんけん)結果である。

 

『これで分かっただろう! 十代とボクの間に割って入れる奴なんていないんだよ!』

 

「…………ノーコメントだ」

 

「万丈目、それは肯定したに等しいぞ。まぁ、俺もすぐに負――」

 

「………………所詮……確率の産物……」

 

 バツが悪そうに顔を背ける万丈目を、十代の左隣の三沢がフォローするより早く、感情が乗っていない声ながらも、どこかさめざめしいレインの嘆きが雪乃の隣で響いた。此方も速攻で負けたらしい。

 

「レ、レインさん! 気を落とさないで! 雪乃さん! レインさんに謝ってください!一番最初に負けちゃったレインさんに!」

 

「原くん、それは追い打ちになっていないか?」

 

 そんなレインをその隣の原麗華が元気づけようとするが、どう聞いても三沢の言う通り追い打ちにしかなっていない。

 

「えっ、あっ!? そんなつもりはなくてですね! その――」

 

「レイン、拗ねないの」

 

「…………否定……平時……」

 

 やがて原麗華の謝罪も効果が薄い様子で、拗ねたように口を膨らませるレインの頬を雪乃がつつき始めるも、会場に動きがあったことに気づいた十代がグッと前のめりになる中――

 

「おっ! 試合、始まるみたいだぜ!!」

 

「話によれば俺たちと同じ1年生らしいが……」

 

「これでは、まるで前座試合扱いだな。流石の天上院くんも穏やかではいられないだろう」

 

「頑張れー! 天上院ー!」

 

『十代が女の応援を……! ……でも苗字呼びだし、流石に同じ学校の人間を応援しない訳にも――』

 

 三沢と万丈目も、それぞれ注視する間にて十代は早めの声援を送れば、他の面々もつられたように応援を贈り始める。

 

「ほら、レインさんも応援しましょう! 明日香さーん! 頑張ってくださーい!」

 

「……ファイト……」

 

「ノース校の先鋒のお手並み――魅せて貰おうかしら」

 

「ファイトだ、アスリィーーィン!!」

 

 そうして、ホームゆえに高まる応援の最中、何処からか恋の伝道師の声援が響いていた。

 

 

 

 

 

――十代がオベリスク・ブルーに上がってから、交友関係が広がった気がするわね……後、兄さん、アスリンはやめて。

 

 デュエル場に立った明日香が、友人たちの声援にサラッと混ざる吹雪に頭を悩ませていたが、ノース校の代表の一人である明日香の対戦相手の丸鼻の男は腕を組んで瞳を閉じたまま黙して動かない。

 

 左右に扇状に固められた髪型に異国の出で立ちを際立たせる浅黒い肌、

 

 赤いタンクトップに黒のベストを羽織った軽装から覗く肩から鍛え抜かれた腕が伸び、

 

 その腰元のベルトには固定されたミリタリー装備が並ぶも、その分野の知識のない明日香からすれば相手の人物像を探る手掛かりにすらならない。

 

 そう、今の明日香には対戦相手の男が全くの未知であった。「大会で活躍した」「高名なデュエリストの目に留まった」「別の分野で優れた結果を出した」などの噂の類すらない始末。

 

「慕われているようだな」

 

 だが、此処でノース校の代表の男は閉じていた瞳を開き、明日香に届く声援への反応を見せた。

 

「……ええ、みんな良い子たちよ。それで貴方が私のお相手かしら?」

 

「流石は名高い『オベリスク・ブルーの女王』と言うべきか。相手にとって不足はない」

 

「違うわ」

 

 そうして、探るように代表の男に問うた明日香だが、相手の賛辞を含めた返答にピシャリと否定を返す。さすれば、此処まで冷静沈着な様子を見せてきた代表の男の眉が違和感を覚えたように僅かに動いた。

 

「……?」

 

「私は『オベリスクブルーの女王』じゃなく、一人のデュエリスト『天上院 明日香』として、この場にいるの」

 

「成程な。どうやらオレは礼を失したらしい」

 

「構わないわ。名乗って貰える?」

 

 しかし、明日香の強い意志を見せる言葉と視線に、代表の男はもう一度瞳を閉じた後、軽い謝罪の後に明日香に名乗りを上げる。

 

 

「――オブライエン」

 

 

 やがて、意識を切り替えるように再度開かれた代表の男の瞳には――

 

 

「オースチン・オブライエン」

 

 

 秘めた熱き闘志が垣間見えた。

 

 

 

 





(兄が)フリ〇ザー VS (デッキが)ファ〇ヤー

(観客に万丈目)サ〇ダー(フラグが折れた人)

これが伝説の三体……!(違)



Q:オブライエン!? オブライエンがどうしてノース校に!? ウエスト校から自力で脱出を!?

A:オブライエンとコブラは原作でも交流があったので、その関係からです。

アークティック校なんて、なかったんや……!!


Q:万丈目は漫画版のように《光と闇の(ライトアンドダークネス)(ドラゴン)》を所持しているのに精霊が見えないの?

A:漫画版のエピソード「《光と闇の(ライトアンドダークネス)(ドラゴン)》にマァトの羽根(ハネクリボー)の力が移り宿る」一件が消し飛んだので、今作の《光と闇の(ライトアンドダークネス)(ドラゴン)》は一般的なカードになっております。

よって、万丈目に及ぼす影響も小さくなった為、精霊の知覚に至っておりません。
パック産らしいですし、特別な一枚って訳でもなさそうなので。

アニメ版の切っ掛けである《おジャマイエロー》との縁も今のところないですし。




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第261話 TURN-109 十代と炎のオブライエン



前回のあらすじ
――オブライエン参戦!!(某エフェクト)




 教職員が陣取る観客席の一角にて、某有名な配管工的な格好をしたおさげ髪の恰幅の良い壮年の丸眼鏡の女性――デュエルアカデミアの売店を一手に引き受けるトメさんが、

 

 隣に座るノース校の校長こと、過去の改革の影響か筋肉が育ち身体がデカくなった市ノ瀬と親しい様子で肩を揺すりながら、デュエル場の明日香とオブライエンを見やりつつ問うた。

 

「あら? ひょっとして市ノ瀬ちゃんとこも1年生?」

 

「ええ、そのようですな。前哨戦としては上手い具合に落ち着きそうです」

 

「でも、ちょっと寂しいわね~、昔なら此処に鮫島ちゃんもいたのに……」

 

「トメさん……」

 

――なにをやっとるんだ、鮫島ッ! トメさんにこんな悲しそうな顔をさせて……!

 

 和やかに見えた両者だったが、その内心は――友人(鮫島)が学園を去った事実に落ち込む者、想い人を悲しませている友人(鮫島)に怒りを覚える者――対極と言って良い次元にあった。

 

「毎年の勝負のことも新しい校長先生になってからは、なくなっちゃったし……これも時代の移り変わりなのかねぇ」

 

「…………トメさんから見たアカデミアの調子はどうですかな? 鮫島も時折、顔を出しているとは聞きましたが」

 

 そうして、鮫島と市ノ瀬が揃っていた前体制の交流戦を思い出し、一抹の寂しさを覚えるトメさんの姿に、市ノ瀬は思わず話題を逸らしに動くが――

 

「うーん、活気が戻ったのは嬉しいんだけど、寮ごとで距離が出来ちゃった感じがするわね。それに鮫島ちゃんが顔出してたのも、最初の内だけだし……最近は何だか忙しそうなのよ」

 

 トメさんから見た今のアカデミアは活気が戻れども「お堅い学校」とのイメージが強い。

 

 過去に問題があったゆえの「今」である理解はあれども、序列を明確に定められ、その枠(寮の色)を超えた交流を著しく制限された現在は、個人的に少々息苦さを感じた。

 

「サイバー流の新しい道場を開いて門下生を募っている噂は此方にも届いてますよ」

 

「本当は喜ぶべきことなんだけど、どうにも寂しく思っちゃってねぇ……」

 

 そうして、鮫島の現在の躍進共々アカデミアの変化に取り残されている気分に肩を小さくするトメさんだったが、視界に広がる生徒たちの姿にパンと身体の前で手を叩いた後に両手で握りこぶしを作って言葉を並べる。

 

「でも、アカデミアで頑張ってるみんなの姿を見たら『あたしも頑張らなきゃ!』って思えるのよ。不思議だわ~」

 

「トメさん……」

 

 だが、どうみても空元気だった。市ノ瀬にすら――いや、鮫島と共にトメさんに想いを寄せていた市ノ瀬だからこそ、誰よりも分かってしまう。

 

「あっ、ほら、試合始まるみたいよ、市ノ瀬ちゃん!」

 

 そして、デュエル場を指さすトメさんの姿が隣にあれども、市ノ瀬は何も言えない。励ましや、気の利いた言葉一つすら浮かんでこない。

 

 だが、悲しげな表情を見せる想い人(トメさん)を前に、市ノ瀬は生徒と共に邁進した己の肉体を心の推進力として、デュエル場を指さすトメさんの手を取り――

 

「……? どうしたの、市ノ瀬ちゃん?」

 

 首を傾げて不思議そうなトメさんを元気づけるべく、市ノ瀬はありのままの思いの丈をぶつけるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな誰得な話はさておき、デュエル場にて先攻を得た明日香は――

 

「私の先攻、ドロー! 魔法カード《手札抹殺》を発動し、手札を一新よ! そして今引いた――《エトワール・サイバー》を召喚!!」

 

 ウェーブがかった茶の長髪を揺らす、手足に赤いラインの入った水色のバレエ衣装に身を纏った隻眼の女戦士を呼び出せば、主の闘志に応えるように左右の腕にドリルのように巻かれたリボンを回転させた。

 

《エトワール・サイバー》攻撃表示

星4 地属性 戦士族

攻1200 守1600

 

 そんな己の切り込み隊長である《エトワール・サイバー》を従えた明日香は、モンスターの攻撃を1体のみに制限する永続魔法《暗黒の扉》を発動し、1枚のカードとフィールド魔法をセット。

 

 その後、魔法カード《命削りの宝札》でドローした3枚全てを新たにセットして魔法・罠ゾーンを埋め尽くし、万全の守りを見せ――

 

「私はこれでターンエンドよ。貴方の力、見せて貰うわ」

 

 明日香は相手を推し量るような調子でターンを終えた。

 

 

明日香LP:4000 手札0

《エトワール・サイバー》攻1200

伏せ×4

《暗黒の扉》

フィールド魔法:セット状態

VS

オブライエンLP:4000 手札5

 

 

「お得意の布陣か。オレのターン、ドロー」

 

 そんな消極的にすら見える明日香の盤面を前にオブライエンは、さしたる反応を見せることなく引いたカードをチラと見る。

 

「オレは魔法カード《ファイヤー・ソウル》を発動。デッキから炎族――《ヴォルカニック・ロケット》を除外し、その攻撃力の半分のダメージを与える」

 

 さすれば、オブライエンの背後から火山が噴火するように天へと昇った炎の奔流が明日香の元へと――

 

「――ファイア!!」

 

明日香LP:4000 → 3525

 

 着弾。

 

「くっ、バーンデッキ……!」

 

「嫌いか?」

 

 そうして襲来した猛火に苛まれる中で相手のデュエルスタイルを把握していた明日香へ、オブライエンから試すような物言いが届く。

 

 デュエリストの中には「モンスター同士のバトルこそ醍醐味」と考える者も少なくはない。それはプロデュエルの世界において、派手なバトルは観客の心を惹きつけるゆえのある種の弊害。

 

「いいえ、友達にも使い手はいるもの。でも、墓地の罠カード《ダメージ・ダイエット》を除外させて貰ったわ。これで、このターンの効果ダメージは半減よ」

 

「その程度で凌ぎ切れるとは思わないことだ。《ファイヤー・ソウル》のもう一つの効果でお前は1枚ドローする」

 

 だが、明日香からすれば効果ダメージを主体においたスタイルは慣れたもの――このターンに受けるダメージを最小限に抑え、相手の挑発染みた言葉へ強気な笑みを返しながら《ファイヤー・ソウル》のデメリット効果で明日香は1枚ドローして見せる。

 

「オレは墓地の《ヴォルカニック・バレット》の効果、ライフを500支払いデッキから同名カードを手札に加え――このカードをコストに装備魔法《D・(ディファレント)D・(ディメンション)R(リバイバル)》を発動。除外されたオレのモンスターを特殊召喚」

 

オブライエンLP:4000 → 3500

 

 やがてオブライエンのデッキに炎が灯れば、そこより小さな手足に、全身を甲殻で覆われた弾丸にも見えるメタリックな芋虫が手札に飛び込んだ瞬間に弾け、炎が輪となることで異次元の入り口が開けば――

 

「帰還せよ、《ヴォルカニック・ロケット》」

 

 そこよりプテラノドンのような外骨格に覆われたロケット弾にも酷似した外観の《ヴォルカニック・ロケット》が赤い小さな翼を左右に広げつつ、フィールドを駆け抜けた。

 

《ヴォルカニック・ロケット》攻撃表示

星4 炎属性 炎族

攻1900 守1400

 

 

――攻撃力1900……じゃ、伏せカードを使うのは惜しいところね……

 

「その効果によりデッキから『ブレイズ・キャノン』カード――《ブレイズ・キャノン・マガジン》を手札に。さらに《D・(ディファレント)D・(ディメンション)R(リバイバル)》で墓地に送られた《ヴォルカニック・バレット》の効果でライフを500支払い最後の同名カードを手札に」

 

オブライエンLP:3500 → 3000

 

 そうして、現れた《ヴォルカニック・ロケット》は、どう見てもオブライエンの切り札といった風貌ではない。

 

 それゆえに様子見の姿勢を崩さない明日香を余所に、《ヴォルカニック・ロケット》の腹部分から落下した1枚のカードを手にしたオブライエンの姿に、明日香のデュエリストの勘がピクリと反応を見せる。

 

――魔法カード《ファイヤー・ソウル》の効果で、もっと攻撃力の高いモンスターを除外することも出来た筈……なら、あのカードこそが彼のデッキの鍵ってことかしら?

 

「此処で魔法カード《トランスターン》を発動。《ヴォルカニック・ロケット》を墓地に送り、同じ属性・種族でレベルの1つ高いモンスターを特殊召喚――出撃せよ、《ヴォルカニック・ハンマー》!!」

 

 そんな明日香の思案をかき消すように《ヴォルカニック・ロケット》が火柱に包まれれば黄金色の甲殻に覆われた恐竜人を思わせる《ヴォルカニック・ハンマー》が両肩や尾から炎を猛らせ咆哮を上げた。

 

《ヴォルカニック・ハンマー》守備表示

星5 炎属性 炎族

攻2400 守1500

 

――攻撃力2400、悪くない数値ね。

 

「墓地の《ブレイズ・キャノン・マガジン》を除外し、デッキから『ヴォルカニック』モンスターを1枚墓地へ」

 

 その《ヴォルカニック・ハンマー》の力強い姿に己のセットカードへ僅かに意識を向ける明日香だが、オブライエンは墓地から火花を飛び散らせれば――

 

「そして、《ヴォルカニック・ハンマー》の効果を発動。墓地の『ヴォルカニック』モンスターの数×200ポイントのダメージを与える――オレの墓地には4枚、よって800のダメージだ。ファイア!!」

 

「でも、ダメージは《ダメージ・ダイエット》で半減されるわ! くぅっ……!!」

 

 オブライエンの動きを合図とするように音を立てて開いた《ヴォルカニック・ハンマー》の口から巨大な火球が明日香に放たれ、その身を焼き尽くしていった。

 

明日香LP:3525 → 3125

 

「皮肉にも、お前を守る《ダメージ・ダイエット》を用意した《手札抹殺》によって逆にダメージを増やすことになったな」

 

 オブライエンの言うように《ダメージ・ダイエット》により軽減されているとはいえ、明日香のライフは着実に減らされ続けている。

 

「《炎帝近衛兵》を通常召喚。その効果により、墓地の炎族4体をデッキに戻し、2枚ドロー!」

 

 やがて、現れた赤い鱗に覆われた龍人の胴体と、蛇のような竜の脚部を持つ《炎帝近衛兵》が大地に手をかざせば、地下(墓地)に眠るマグマ(同胞たち)が脈動するように音を立て主の元へと戻っていった。

 

《炎帝近衛兵》攻撃表示

星4 炎属性 炎族

攻1700 守1200

 

「カードを3枚セットしてターンエンドだ」

 

――攻撃……してこない?

 

 そうして、増えた手札に加えて、攻撃力に勝るモンスターがいるにも拘わらず一切の攻め気を見せずにターンを終えたオブライエンを不審がる明日香。

 

 幾ら効果ダメージを主体にしており、明日香のフィールドに伏せカードがあるとはいえ、それらに臆して攻撃のチャンスを不意にするタイプには見えない。

 

「悪いが、其方の土俵に乗る気はない――その伏せカードのいずれかが攻撃に反応する罠カード《ドゥーブルパッセ》であることは把握している」

 

「……私のデュエルは対策済みって訳ね」

 

「学園の代表として、この場に立つ以上、当然のことだ」

 

 しかし、そんな明日香の疑問は他ならぬオブライエンによってアッサリ明かされた。

 

 明日香はアカデミアでは有名なデュエリストである以上、そのデッキや戦術を調べるのは容易なことだろう。

 

 傭兵としても活動していたオブライエンの過去を鑑みれば、事前調査は必然と言える。

 

「なら、これは知ってるかしら――罠カード《天地開闢》!!」

 

「ッ!?」

 

「デッキから『暗黒騎士ガイア』カードと、任意の戦士族2体を選択! その3枚からランダムに貴方が選択した1枚が『暗黒騎士ガイア』カードなら残り2枚を墓地に送って手札に! 違ったなら3枚とも墓地に送られるわ!」

 

 だが、明日香とて何時までも過去の記録のままではない。

 

 フィールドで立ち上がったリバースカードから3体の戦士の影が浮かび上がれば――

 

「…………中央のカードだ」

 

「残念ハズレよ。いえ、当たりと言うべきかしら?」

 

――オレの調査した情報と違えども、カードを1枚手札に加えただけならば……

 

 オブライエンに指をさされ、3体の戦士の内の騎兵の影が明日香の手札に吸い込まれていく光景を前にしても、すぐさま動揺を抑え込んだオブライエンは戦術プランを立て直し始める。

 

「続けて罠カード《死魂(ネクロ・)融合(フュージョン)》発動! 今、墓地に送った《エトワール・サイバー》と《ブレードスケーター》を裏側で除外し、融合召喚!!」

 

 しかし、遅い。

 

「真のプリマは自らの光で舞台を照らし踊り続けるのよ! 来なさい!サイバー・ブレイダー!」

 

 青のストレートの長髪を風に奔らせながら大地をスケートのように滑る燃える炎のような赤き意匠のバレエ衣装を身にまとい、目元を赤いバイザーで覆い隠したミステリアスな舞姫が、このデュエルという舞台に舞い降りた。

 

《サイバー・ブレイダー》 攻撃表示

星7 地属性 戦士族

攻2100 守 800

 

「貴方のフィールドにモンスターが2体存在することで、《サイバー・ブレイダー》の効果!!! パ・ド・トロワ! 攻撃力が2倍に!!」

 

 そして《サイバー・ブレイダー》が漲るような白いオーラに包まれれば、その覇気を前にオブライエンのヴォルカニックたちは思わず一歩後ずさる。

 

《サイバー・ブレイダー》

攻2100 → 攻4200

 

「私を過去のデータ通りのデュエリストとは思わないことね」

 

 

明日香LP:3125 手札2

《エトワール・サイバー》攻1200

《サイバー・ブレイダー》攻4200

フィールド魔法:セット状態

VS

オブライエン:3000 手札3

《ヴォルカニック・ハンマー》守1500

《炎帝近衛兵》攻1700

伏せ×3

 

 

 

 かくして、オブライエンの(バーン)の戦術に飲まれることもなく、明日香の新生サイバー・ガールたちがフィールドという名の氷上で舞う。

 

 そんな姿に、観客席にて声援を送るアカデミア生に混じって十代も興奮冷めやらぬ様子で拳を握った。

 

「遊戯さんの暗黒騎士ガイアじゃん! あれが天上院のデッキか~!」

 

『どちらかと言えば、「サイバーガール」のサポートを目的にしている印象だけど……随分、変わった組み合わせだね』

 

 それは明日香のデュエルを初めて見たゆえのインパクトに加えて、デッキにデュエルキングが使用した『暗黒騎士ガイア』に類するカードたちが採用される部分も無関係ではあるまい。

 

 そんなユベルの考察を精霊が知覚できぬゆえに知ることのない三沢と万丈目にとっても、それらは初見であるゆえか気になる部分である。

 

「中等部のデュエル記録とは随分と違うんだな……万丈目は知っていたのか?」

 

「いや、俺も初めて見る」

 

「……成功……」

 

「あれが明日香さんの新生サイバーガールです!」

 

「ふふっ、明日香――今の貴方は誰よりも輝いてるわ」

 

 やがて、明日香のデッキ構築に協力したレイン、原麗華、雪乃が友人の躍進を自慢に思いつつ声援を送れば――

 

 

 

「私のターン、ドロー! 前のターンにセットしたフィールド魔法《チキンレース》を発動! 効果によりライフを1000払って1枚ドローするわ!」

 

明日香LP:3125 → 2125

 

 フィールドが荒れ果てた荒野と化し、どこからともなく車のエンジン音を響き渡らせながら、明日香の手札を増強し、重ねて魔法カード《闇の誘惑》で手札1枚の除外を贄に2枚の追加ドローを得るが――

 

「だが、そのカードはオレにとってもメリットのあるカード。ライフが相手より下回ったプレイヤーは一切のダメージを受けなくなる――永続魔法《暗黒の扉》もある以上、オレの防御をより強固にするだけだ」

 

 オブライエンの言うように、その代償は決して安くはない。

 

 モンスターの攻撃によるダメージを前提とした明日香のデッキにおいて、効果ダメージを主体とし、モンスターのバトルを避けるオブライエンを前に守りを固めるなど愚の骨頂。

 

 明日香の攻め手が遅れれば遅れる程に、オブライエンのデッキから放たれる効果ダメージは雨あられと降り注ぐのだから。

 

「それはどうかしら? 《エトワール・サイバー》をリリースしてアドバンス召喚!」

 

 やがて《エトワール・サイバー》が天より降りたスポットライトの光の中に消えれば――

 

「主演の光を見せてあげる! 出番よ、《サイバー・プリマ》!!」

 

 光の中から赤い仮面で目元を隠した両肩・胴・手首に二対のリングを回転させる女戦士が、その長い白髪と同じ白と灰のバレエ衣装を以て舞台に上がってみせる。

 

《サイバー・プリマ》攻撃表示

星6 光属性 戦士族

攻2300 守1600

 

「効果により、フィールドの表側の魔法カードを全て破壊! プリマの光!!」

 

 そして、登場早々に身体の回転するリングと《サイバー・プリマ》のスピンの力が合わさった竜巻がフィールド全土を呑み込めば、相手の攻撃を防ぐ為に明日香が用意していたカードは消え去った。

 

 いや、そもそも「それら」のカードは自分のターンでリセットする腹積もりである。相手の攻め手を制限し、己の攻め手の邪魔はしない――それが新生サイバーガールのスタイル。

 

「これで一切の制限はないわ! バトル!」

 

「リバースカードオープン! 永続罠《ブレイズ・キャノン・マガジン》を発動! さらに永続罠《神の恵み》も発動!!」

 

――仕掛けてきたわね!

 

 そうして、バトルフェイズに移行しようとした明日香に対し、メインフェイズに銀の装甲に覆われた三つの砲台が収まる近未来的な大砲を出現させるオブライエン。

 

「その効果により、手札の炎族を墓地に送って1枚ドロー!」

 

「そして貴方がカードをドローする度に永続罠《神の恵み》でライフを500回復するわけね――でも、その程度の回復量じゃ焼け石に水でしかないわ」

 

オブライエンLP:3000 → 3500

 

 だが、そうしてオブライエンに得られたのは僅かばかりのライフ。この程度では明日香の猛攻を防ぎきることは出来ない。

 

「なら、より炎をくべるまでだ。墓地に送られた《ヴォルカニック・バックショット》の効果!」

 

 などと誰が決めた。

 

 《ブレイズ・キャノン・マガジン》より、カチャンと弾丸が装填された音が響けば――

 

「『ブレイズ・キャノン』カードの効果によって墓地に送られた時、デッキより2枚の同名カードを墓地に送ることで、相手フィールドのモンスターを全て破壊する!」

 

『ブレイズ・キャノン』として扱う効果がある《ブレイズ・キャノン・マガジン》の3つの砲門が火を噴いた。

 

「――なっ!?」

 

「地獄に落ちろ――ファイアー!!」

 

 やがて3つの砲門から三つ首の《ヴォルカニック・バレット》とでも言うべきモンスターたちが、弾丸すらも凌ぐ速度で明日香のフィールドに着弾。

 

 結果、明日香のフィールドを爆炎が包み込む。

 

 それにより、滑るべき氷上を失った《サイバー・プリマ》と《サイバー・ブレイダー》は炎の中に苦悶の声と共に消えていった。

 

「私のサイバーガールたちが……!」

 

「さらに墓地に送られた《ヴォルカニック・バックショット》は500のダメージを与える。3発分のダメージを受けて貰おう」

 

「でも、2枚目の墓地の罠カード《ダメージ・ダイエット》を除外して効果ダメージを半分に!!」

 

「まだ隠していたか」

 

明日香LP:2125 → 1375

 

「だが、既にお前のサイバーガールたちは全て消えた――その程度のリカバリー、焼け石に水でしかない」

 

 炎の海により、大きな痛手を受けた明日香がサイバーガールたちを失いよろめく中、僅かにダメージを軽減した事実に形ばかりの賞賛を贈るオブライエン。

 

「あら、忘れたの?」

 

「……?」

 

 だが、そんな逆境を前に明日香は小さく笑みを浮かべてみせる。

 

「言ったでしょう? 『それはどうかしら』って!」

 

 さすれば、メインフェイズに1枚のカードが発動され――

 

「罠カード《トラップトリック》を発動! デッキから罠カードを除外し、その同名カードをセット! そのカードは即座に発動が可能よ!」

 

 炎を押しのけるように突如として明日香のフィールドに空いた大穴に貯まった地下水が映しだすのは、天に座す月の輝き。

 

「罠カード《逢魔ノ刻》! 通常召喚できないモンスター1体を復活させるわ! 私が呼ぶのは当然――」

 

 その月光の光にいざなわれ、水面より飛び出した一つの影が空中で華麗なターンを決めれば、明日香のフィールドで微かに火種が燻っていた大地を氷上に変えていく。

 

「アンコールよ! 《サイバー・ブレイダー》!!」

 

 その正体は当然、明日香のフェイバリットたる《サイバー・ブレイダー》。

 

《サイバー・ブレイダー》攻撃表示

星7 地属性 戦士族

攻2100 守 800

攻4200

 

「だが、そのカードだけではオレのライフを削りきるには至るまい」

 

 しかし、攻撃力が4200に上昇しているとはいえ、オブライエンのライフは3500――ヴォルカニックたちに守られている以上、決定打には届かない。

 

 そんな前提を前に、魔法カード《三戦の才》で2枚ドローした明日香は手札の1枚を兄よろしく天へとかざした。

 

「残念だけど、まだアンコールは始まったばかりよ! 手札の戦士族をリリースして、現れなさい! 《サイバー・チュチュボン》!」

 

 さすれば、頭に大きな赤いお団子を2つばかりつけた深緑ボブカットに、腰元へフリルの羽を付けた黄緑のバレエ衣装を纏う女戦士が、足首に付けられた鈴をステップの度に鳴らしつつ現れた。

 

《サイバー・チュチュボン》攻撃表示

星5 地属性 戦士族

攻1800 守1600

 

「さらにリリースされた《覚醒の暗黒騎士ガイア》の効果! 墓地から《聖戦士カオス・ソルジャー》を復活させる!

 

 そんな鈴の音を合図に、馬上の騎士が天上のスポットライトの光へと消えれば――

 

「さぁ、私の元へかしずきなさい!」

 

 天より各部に翼の意匠があしらわれた純白の甲冑に身を纏う戦士が、大盾と剣を携え地上に降り立った。

 

《聖戦士カオス・ソルジャー》攻撃表示

星8 光属性 戦士族

攻3000 守2500

 

「《聖戦士カオス・ソルジャー》の効果により、除外されている2枚目の《覚醒の暗黒騎士ガイア》を墓地に戻して貴方の最後のセットカードを除外するわ!!」

 

――永続罠《スピリットバリア》が除外されたか。予定が狂ったな。

 

「今度こそバトルよ!」

 

 そうして、目にも留まらぬ一振りを披露した《聖戦士カオス・ソルジャー》の剣撃がオブライエンの最後のリバースカードを打ち抜けば、相手を守る壁となるのは些か頼りない攻撃力と、守備力を持つ2体のみ。

 

「《炎帝近衛兵》を《サイバー・ブレイダー》で――」

 

 フィニッシュを決めるべく《サイバー・ブレイダー》に指示を出そうとした明日香だったが、第六感と言うべき知らせが背筋を凍らせる。

 

 何か重大な見落としが、致命的な間違いが、誤った前提で進んでいるような違和感を覚える明日香だが、今回の明日香のデュエルに大きなミスはない。

 

「――ッ! い、いえ、カオス・ソルジャーで攻撃するわ!」

 

「ぐっ……!」

 

 しかし、己の直感に従った明日香の声に応じた《聖戦士カオス・ソルジャー》が跳躍と共に剣を振りかぶり、《炎帝近衛兵》に振り下ろした。

 

オブライエンLP:3500 → 2200

 

 とはいえ、明日香の不安が杞憂と思える程に呆気なく両断された《炎帝近衛兵》が爆散すれば、オブライエンから少なくないライフを奪う結果となる。

 

 と、同時にオブライエンの足元から装甲と炎に覆われた二対の四足獣が牙をむいた。

 

「この瞬間、墓地の2枚の《ヴォルカニック・カウンター》の強制効果――オレがバトルダメージを受けた時、同じ数値のダメージを、自身を除外して相手に与える。 2回分のダメージを受けて貰おう!」

 

 それらは《ヴォルカニック・カウンター》――報復の炎獣たる彼らの進軍は二筋の矢となって明日香を目がけて――

 

「――ファイアッ!!」

 

「くぅうぅぅ……!!」

 

 着弾と同時に爆散。

 

 その炎は《ダメージ・ダイエット》で半減されるが、2枚分のダメージとなれば受けるダメージをそのまま反射されたようなものだ。

 

 

明日香LP:1375 → 75

 

 その不意の一撃に一歩後ずさった明日香だが、その内心では大きく安堵の息を漏らす。

 

――ギリギリ……だったみたいね。あのまま《サイバー・ブレイダー》で攻撃していれば今頃、私のライフは……

 

 なにせ、ダメージを優先していた場合、《ヴォルカニック・カウンター》の効果により明日香は敗北していた。

 

「……《聖戦士カオス・ソルジャー》がモンスターを破壊したことで、墓地のレベル7以下の戦士族――《サイバー・プリマ》を手札に戻させて貰うわ」

 

「良い判断だ」

 

《聖戦士カオス・ソルジャー》の盾から放たれる光が墓地の傷ついた戦士たちを癒し、明日香の(手札)へ帰還させる中、オブライエンから今度は先程の形ばかりのものとは違う賞賛の声が贈られる。

 

 千載一遇の機会こそが罠――オブライエンはずっと網を張っていたのだ。何も知らぬ獲物を一撃で仕留める為のとっておきを。

 

「だが、オレのモンスターが減ったことで、お前の《サイバー・ブレイダー》はパワーダウンする」

 

「くっ……」

 

 そうして明日香に残った攻撃手は、爆発力を失った《サイバー・ブレイダー》と、1800と過信は出来ない攻撃力の《サイバー・チュチュボン》のみ。

 

《サイバー・ブレイダー》

攻4200 → 攻2100

 

 しかし、決して痛手ばかりではない。

 

「でも、これで貴方を守るカードは何もない! 追撃よ、チュチュボン!」

 

 今、仕掛け()を使い切った無防備なオブライエンを守る唯一の壁である《ヴォルカニック・ハンマー》を回し蹴りで《サイバー・チュチュボン》が吹き飛ばせば――

 

「これも食らいなさい! 《サイバー・ブレイダー》でダイレクトアタック! グリッサード・スラッシュ!!」

 

「ぐぅぉっ!?」

 

 がら空きのオブライエンに《サイバー・ブレイダー》のスピンによって増幅された回転蹴りがクリーンヒット。

 

オブライエンLP:2200 → 100

 

「命拾いしたのは貴方も同じようね」

 

 これでライフの条件は五分だと明日香が挑発交じりに告げる中、フィールド魔法《フューチャー・ヴィジョン》を発動し、周囲を幻想的な宇宙のような夜空で彩りつつカードを2枚セットしてターンを終えた。

 

 

 とはいえ、口ほどに状況が好転していないことは明日香とて重々承知。

 

 しかし、彼女にも最後の仕掛け()が、希望となるカードが最初のターンより残っていた。

 

 

明日香LP:75 手札1

《サイバー・ブレイダー》攻2100

《サイバー・チュチュボン》攻1800

《聖戦士カオス・ソルジャー》攻3000

伏せ×3

フィールド魔法《フューチャー・ヴィジョン》

VS

オブライエン:100 手札3

《ブレイズ・キャノン・マガジン》

《神の恵み》

 

 

 そうして、お互いに風前の灯火と言えるライフの最中、オブライエンはデッキに手をかけ――

 

――ダメージを優先していれば仕留められる算段だったが……無意識に危機を感じ取るとは想定外だった。だが――

 

「オレのターン、ドロー。さらに《ブレイズ・キャノン・マガジン》の効果で炎族の《ヴォルカニック・バレット》を墓地に送って更にドロー。この2回のドローでオレは永続罠《神の恵み》の効果でライフが回復」

 

オブライエンLP:100 → 600 → 1100

 

 思案交じりにカードを補充し、ついでにライフも補充するが、決して万全と言える数値ではない。

 

――私と同じように相手のライフも決して余裕がある訳じゃないわ。後、一撃、バトルに入らざるを得ない状況になれば……

 

 そんなオブライエンの動きをつぶさに見やる明日香がタイミングを計るように固唾を呑む中――

 

――このカードが来たか。しかし、相手の伏せカードは《ドゥーブルパッセ》と、残り2枚はその際のダイレクトダメージを防ぐカードであることは明白。

 

 オブライエンは、手札に舞い込んだフェイバリットエースに視線を落として僅かに思案するも、瞳を閉じて考えをまとめた後に内心で否を突きつけた。

 

――モンスター同士のぶつかり合いにおいては向こうに一日の長があるだろう。

 

「オレは墓地の《ヴォルカニック・バレット》の効果でライフを500支払い同名カードを手札に――そして手札1枚を捨て、装備魔法《D・(ディファレント)D・(ディメンション)R(リバイバル)》を発動。除外されている《ヴォルカニック・カウンター》を特殊召喚」

 

オブライエンLP:1100 → 600

 

 そうして、オブライエンのデッキから飛び出した《ヴォルカニック・バレット》が爆ぜれば炎のゲートとなって、異次元より《ヴォルカニック・カウンター》がフィールドにポトリと落ちた。

 

《ヴォルカニック・カウンター》 攻撃表示

星3 炎属性 炎族

攻 300 守1300

 

「無駄よ。効果ダメージを狙おうにも貴方のライフが尽きる方が早いわ」

 

――ここで相手が《ヴォルカニック・ハンマー》をアドバンス()()しても、その瞬間にフィールド魔法《フューチャー・ヴィジョン》によって効果を使う前に次のターンまで除外される……そう、まだよ! まだ私は戦える!

 

「そのようだな」

 

 そんな己に手痛い一撃を食らわせたモンスターの出現に明日香は、苦境を悟られぬように強気な言葉を選ぶが、オブライエンの心の内は炎のように揺らいではくれない。

 

「魔法カード《トランスターン》を発動。《ヴォルカニック・カウンター》を墓地に送り――奇襲せよ、《ヴォルカニック・エッジ》!」

 

 やがて、《ヴォルカニック・カウンター》が火柱に包まれれば、黄緑の装甲に覆われた二足歩行のトカゲが炎をものともせずに歩み出た。

 

《ヴォルカニック・エッジ》攻撃表示

星4 炎属性 炎族

攻1800 守1200

 

――攻撃力1800……十分よ!

 

「悪いが其方の誘いに乗る気はない。最後まで、オレの土俵でやらせて貰う」

 

 そうして、己の伏せカードに意識を向けた明日香の心中を貫くようにオブライエンが指をさせば――

 

「《ヴォルカニック・エッジ》は攻撃を放棄することで、相手に500ポイントのダメージを与える」

 

 その先にいる明日香へと《ヴォルカニック・エッジ》の口から火球が放たれ、明日香に着弾。

 

明日香LP:75 → 0

 

 此度のデュエルの最後は、なんとも呆気のない一撃を以て終止符が打たれることとなった。

 

 

 

 

 

 

 オブライエンの勝利に沸くノース校の生徒たちの歓声を余所に、十代は残念そうに呟いた。

 

「あ~、惜しかったな~」

 

『折角、ボクの十代が応援したっていうのに……』

 

 なにせ、オブライエンのライフを一時は100まで削った上での敗北である。文字通り「後一歩」であっただけに悔しさも、ひとしおだろう。

 

 しかし、そんな十代(+ユベル)の反応に対し、三沢と万丈目は否定的だった。

 

「終始、相手にペースを握られてしまったのが響いたデュエルだったな」

 

「そもそもデッキ相性が悪過ぎる。天上院くんは、相手の攻撃を受けてカウンターしていくスタイルだ。だというのに『ああ』も、なしのつぶてでは……」

 

「やめて頂戴。相性差を覆せなかった私の未熟よ」

 

「天上院くん……」

 

 だが、そんな二人の慰めにも近い言葉は、いつの間にやら観客席に戻っていた明日香によって制される。

 

そこには、己の力不足を言い訳することなどない気高き心が見て取れたが、同時に敗北の悔しさも拭えてはいない。

 

 それゆえ、そんな雰囲気を変えるように三沢が問うた。

 

「天上院さん、参考までに聞かせて欲しいんだが、最後の伏せカードは何だったんだ?」

 

「《ドゥーブルパッセ》と《ガード・ブロック》よ。後の1枚は《ダメージ・コンデンサー》だったけど……ブラフになるわ」

 

「デュエルスタイルに救われたな」

 

「おっ? えーと、オブライエンだったよな! 俺、遊城 十代! よろしくな!」

 

「ああ、よろしく頼む」

 

 やがて明日香の返答を余所に、合流――というか交流――したオブライエンが近くの席に腰を下ろす中、やはりと言うべきか十代が率先して声をかけるが――

 

「お前、強いよなー!」

 

「上を見上げれば、オレもまだまだ未熟の身だ」

 

 混じりっけなしの十代からの賞賛を前に、オブライエンは否を返す。今回のデュエルも満足いく結果とはいえない。

 

 先程の「デュエルスタイルに救われた」は謙遜でもなんでもないのだ。

 

 とはいえ、そんなオブライエンの固い雰囲気など気にした様子もない十代は、新しく見つけた「同年代の凄い奴」に興味津々の様子。

 

「なぁなぁ! 代表試合終わった後、俺ともデュエルしようぜ!」

 

「考えておこう」

 

『随分、素気のない奴だね……まぁ、ボクとしては、その方が良いけど』

 

「おい、そろそろ静かにしろ貴様ら。カイザーのデュエルが始まる」

 

 やがて、ユベルの杞憂を余所に万丈目がピシャリと宣言するが、十代は一区切りとばかりに指を1本立ててオブライエンに最後の問いかけをした。

 

「じゃあ最後に1個だけ教えてくれよ、オブライエン! カイザーとデュエルするノース校の相手って、どんな奴なんだ!」

 

「3年の先輩だ。在学中ずっとカイザーの背中を追い続けてきたらしい」

 

 それは、亮の対戦相手の情報――とはいえ、同じ学園の義理ゆえかオブライエンの答えは人物像に留まっているが、明日香とアレコレ話していた3人娘は耳ざとくピクリと反応を見せる。

 

「あら、一途なのね」

 

「……同年代にあんな凄い人(カイザー亮)がいれば、ずっと比べられちゃいますよね」

 

「……ゴリラ……」

 

 やがて、デュエル場に亮を待つノース校の大柄の生徒を見やった一同だが、パッと見では実力の程は実感できない様子。

 

「へぇ~、オブライエンより強いのか?」

 

「十代、流石にその問い方は――」

 

「カイザーを雲の上の相手――と断ぜず、諦めることなく挑み続ける姿勢にはオレも敬意を払っている」

 

『自分も負けていないって顔してるね。結構、強いんじゃないかい?』

 

 やがて、やいのやいのと亮の対戦相手であるノース校の生徒を話のタネにする一同を余所に――

 

――丸藤 亮、学園最強の男……アカデミアがフォース制度を生み出さざるを得なかった文字通りの傑物。

 

 万丈目だけが、内心を押し殺しつつ静かにデュエル場を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな青春真っただ中の十代たちに反して、神崎は若干頭を抱えていた。いつものことである。

 

 伝説の三騎士とゼーマンの間に主従の結束を積み上げさせていたら、シグナーの龍の1体こと《エンシェント・フェアリー・ドラゴン》の介入。

 

 未だ原作の5D’sの時期は訪れていなかっただけに想定外だった。とはいえ、精霊でもあるシグナーの龍たちが原作開始までジッとしてくれる保障など、元より何処にもないのだが。

 

「そ、想定していたよりも早い会合になりましたね。向こう側からのコンタクトは?」

 

『いえ、今の段階では不審な様子はありません。我らダークシンクロが雌雄を決していたのはシグナーたちの元ゆえ、精霊界にて直接顔を合わせていないことから、同一の精霊との判断が未だついていないと思われます』

 

――やはり、所謂マハードの方と、パンドラの方の《ブラック・マジシャン》に違いがある場合と、三幻神のような同種がいない単一の個体である場合、そのどちらであるかの確証が持てないのか。

 

 そうして、ゼーマンの報告を前に、思案を巡らせる神崎。

 

 そう、一口にカードの精霊といっても「カード名」が「個人」を指す場合と、「種」を指す場合といった具合に、色々あるのだ。

 

 

 此処で、シグナーの竜と比較して例に挙げれば――

 

 《スターダスト・ドラゴン》と同じ姿の他の精霊は存在しない。文字通り、世界で唯一の存在である。

 

 だが、《クリボー》は同じ姿の精霊が沢山いる。文字通り、クリボーだけで村が作れる程に。

 

 

 つまり、エンシェント・フェアリー・ドラゴンは、ゼーマンが『冥界の王の下僕である個体』なのか、『同じ姿(同族)なだけの別のゴリラ(ゼーマン)』なのか分からない状態であると推察される。

 

――それとも、既に確証を持った上で目的を探りに来たか。

 

 しかし、神崎の考えは「推察」でしかない。「精霊の不思議パワーで確認が取れた!」なんて無茶苦茶な可能性も、決して低くはない。

 

 ゆえに、此処での対応は慎重になるべき事柄である。

 

『どういたしましょう』

 

「そうですね。一先ず、貴方たちは素知らぬ顔でエンシェント・フェアリー・ドラゴンたちと友好を育んでください」

 

『友好……ですか?』

 

 だというのに、宿敵の接近に緊張した様子のゼーマンへ、神崎は相変わらずのスタンスを返す。

 

 

 敵対を可能な限り避ける――それが、神崎の生き方だ。

 

 

「ええ、友好です。時に同調し、時に意見をぶつけ合う間柄。そうして最後は――」

 

 

 そうして、明らかに不服を覚えるゼーマンを言い含めるように――

 

 

「――無二の同胞となるのが望ましい」

 

 

 ゼーマンが目指すべき先を神崎は示してみせる。

 

 

 そう、此処に5D’sに訪れる破滅の未来攻略チャートの一端が紐解かれようとしていた。

 

 

 






詳細は次回





今作のオブライエンデッキ――は、凄い普通の【ヴォルカニック】なので割愛。
精々がライフ4000環境ゆえのライフコスト欲しさに回復ギミックが少々ある程度。



~今作の明日香デッキ~

GXで明日香が使用した謎テーマ(テーマになってないけど)「これがサイバーガールよ!」の決めゼリフでお馴染みの【機械天使(サイバー・エンジェル)】――ではなく、

原作GX当時から何一つ新規が来ず「サポート魔法・罠など甘え」とばかりに存在しない5人のメンバー……【サイバーガール】です。なお中身はと殆ど【ガイア戦士族】デッキの模様。

デッキスタイルとしては――
永続魔法やフィールド魔法で相手ごと行動を制限しつつ、下級サイバーガールでチクチクしつつ
「折を見て《サイバー・プリマ》で制限を解除し、一気に攻め込み」→ 「永続魔法などで行動を制限」 → (以下ループ)
な具合の平たく言えば【ロックビート】。

《聖戦士カオス・ソルジャー》の効果で、全ての『サイバーガール』が回収可能な点が心強い。
彼らのサポートカード《天地開闢》などの助けも借りよう。

「暗黒騎士ガイアたちだけで戦った方が強くね?」は禁句。

というか、仮にも原作ヒロインの使用テーマなのに扱いが酷いっすよ、コ〇ミさん……


2022/1/26
アンケートの詳細は活動報告に記載しておりますm(_ _)m


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第262話 鬼才 と 凡人


前回のあらすじ
これがサイバーガール(デッキ)よ!!

と、言える日が来るのは一体いつになるのやら(遠い目)






『無二の同胞……ですか?』

 

「ええ、それ以外は必要ありません。いえ、むしろ何もしないでください」

 

『シグナーの龍の勝手を許すので――』

 

 告げられた言葉を復唱するゼーマンへ神崎は念押しするが、ゼーマンが納得していない様子は声色から容易に把握できた為、神崎は再度釘をさす。

 

「変わらず三騎士の方針に従ってください。どんなイレギュラーが起きようとも、そのスタンスを絶対に崩さないように」

 

――そうしている限り、相手は本格的な行動には移せない。証拠になりえるのは冥界の王の存在を三騎士たちに把握されること……だが、今の状態を維持できれば「それすら」も問題足りえない。

 

 そう、神崎の内心の声が示すように、ゼーマンの立場は盤石である。仮に、冥界の王まわりの情報が発覚したとしても――

 

「ゼーマン、今の貴方には積み上げた実績がある。正体の発覚を含めて最悪の状況になっても三騎士たちは貴方たちに厳しい処置を取れない」

 

――「心を入れ替えて善行を積んでいる」との認識が残る以上、即排除される心配はまずない。最低でも弁明の機会は用意される。

 

 精霊界にはびこる多くの問題に対し、真摯に向き合ってきた実績がある以上、幾らエンシェント・フェアリー・ドラゴンが危険性を忠言したとしても、伝説の三騎士たちが問答無用で殺しに来ることは絶対にない。

 

 絶対にないからこそ、彼らは「正義の味方」なのだから。

 

 もし、エンシェント・フェアリー・ドラゴンが強硬策に出れば、今度は「伝説の三騎士 陣営 VS シグナーの龍 陣営」の構図になりうる可能性も十二分にありうるのだ。

 

 それゆえに、エンシェント・フェアリー・ドラゴンも、ゼーマンを前に「同じ陣営に入って様子を見る」なんて消極的な手を取っているのであろうことは明白である。

 

 正義側同士でぶつかり合うなど、エンシェント・フェアリー・ドラゴンとしても望むことろではあるまい。

 

 

 だが、この理屈にはただ1点ばかり問題があった。ゆえにゼーマンは罰を覚悟で忠言を飛ばす。

 

『お待ちを! シグナーの龍共と肩を並べようなど、御身にも危険が及ぶ可能性があります! どうかご再考を!』

 

 そう、伝説の三騎士が仲間として認めているのは、あくまで「ゼーマンたちのみ」なのだ。過去(前任者)の悪行より冥界の王の危険性は1ミリも変わっていない以上、神崎だけは即殺の危険性が付いて回る。

 

「此方にも危機に対する備えはあります。むしろ、貴方が前提から逸れた行動を起こした方が、最悪の可能性は跳ね上がると理解してください」

 

――上手くいけば、ゼーマン経由で伝説の三騎士に加えて、シグナーの龍たちの陣営の情報を把握できる破格の状況が創れる。これは是が非でも維持したい。

 

 だが、それでも神崎はゼーマンの忠言を退けた。なにせ、これが上手くいけば5D’s編にて情報戦に困ることがなくなる。将来的に打つ予定の一手を含めて、是が非でも果たしておきたい部分だった。

 

 そもそも、冥界の王の目的であった「世界を滅ぼす」を保留すれば、神崎という「個人」レベルなら逃げ切る方法は十二分にある。

 

『ですが――』

 

「どのみち接触があった以上、あなた方は逃げ隠れ出来る状態ではありません。むしろ、今のまま堂々としている方が私の方も逆に安全です」

 

 そうして、それでも心配が尽きないゼーマンに対し、神崎が幾つかそれらしい理由を何度かやり取りした後、渋々と言った様子で「是」を返したゼーマンの言葉を合図に此度の連絡会は終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

 やがて、表面上は「問題ない」と語っていた神崎だが、頭痛をこらえるように額に手を当て項垂れつつ呟いた。

 

「…………大事にならないと良いな」

 

――せめて遊城くんたちが卒業するまで大人しくして欲しかった……

 

 ゼーマンに告げた「堂々としていればいい」とは何だったのか。

 

 とはいえ、カミューラ探しに、ダークネス問題、そして遊星の両親の問題などと、忙しさに追われている神崎としては他の問題ならまだしも、完全な敵対関係にあるシグナーの龍の問題まで加わると、少々キャパオーバーだった。

 

 なにせ、状況次第では5000年周期の赤き龍と冥界の王の殺し合いが、前倒しになる可能性だってあるのだから。

 

 しかし、マイナスばかりではない。

 

「いや、プラスに考えよう。これでZ-ONEの時代にシグナーの龍が介入できる状況を作りやすくなった」

 

 そう、これが神崎がパラドックスとの一方的な相談を経て改善した未来救済の策。

 

 かつて名もなき科学者だった頃のZ-ONEは、不動 遊星のデータを己の脳にインプットすることで過去の英雄を復活させて破滅に向かう世界を前に、人々に手を差し伸べる道を取った。

 

 だが、彼が持っていた《スターダスト・ドラゴン》が「本物だった可能性」は「限りなく0」である。

 

 何故なら、世界崩壊の危機にありながら他のシグナーの龍たちが一切助けに来ないなど、彼らの精神性を鑑みれば「ありえない」ことなのだから。

 

 《スターダスト・ドラゴン》だけが助けに来た、と考えるよりは、Z-ONEが公的なレプリカを用意したと考える方が自然だ。

 

 ゆえに、神崎は考えた。

 

 Z-ONEたちが世界崩壊を前に奮闘していた同時期に、精霊世界にて何かあったのかもしれない、と。

 

 其方にかかりっきりだったゆえに、エンシェント・フェアリー・ドラゴンを始めとしたシグナーの龍たちはZ-ONEの元に駆けつけることが出来なかった。

 

 なれば、答えは簡単だ。

 

「ゼーマンに背中を預ける――とまではいかずとも、戦線を任せて貰える程度の信頼関係を構築させないと」

 

 神崎の狙いは、エンシェント・フェアリー・ドラゴンを含めたシグナーの龍たちが人類がZ-ONEを残して潰える前に、遊星として人助けをしていたZ-ONEの元へ駆けつけられる状況を担保しておくこと。

 

 戦力という点に関しては神崎は大きく都合がつけられる部分である。

 

 それゆえの友好関係。それゆえの情報把握。それゆえの戦力調達。

 

 かつて、パラドックスに告げた救済案から大きく毛色を変えたことで、かなり穏便な策となったものの、それでも一番の問題は残っている。

 

――この方法なら、流石にパラドックスも納得してくれる……と思いたい。とはいえ、冥界の王と、ダークシンクロの部分だけは、どうにか誤魔化す方法を考えておかないと。

 

 それこそが、救済案の相談の際、パラドックスに冥界の王まわりの情報を握られていた点。

 

 過去の冥界の王の悪行を思えば今後において、あまりにも致命的だった。

 

「記憶の改竄は避けたいな」

 

 やがて、そんな物騒なことを口走りながら神崎は行動を開始する。

 

 

 さて、パラドックスの明日はどっちだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 此処でアカデミアに舞台を戻せば、多くの観客が見守るデュエル場にて亮の前には対戦相手の顎に広いU字の髭を伸ばす高校生か疑わしい筋骨隆々の大男が立っていた。

 

「よう、会いたかったぜ、カイザー」

 

「……江戸川か」

 

「なんだよ、オレのことなんざ忘れちまってると思ってたんだが……覚えてくれてたとは光栄だ」

 

 彼はノース校3年、生徒会長をも務める男――江戸川(えどがわ) 遊離(ゆうり)

 

 名前に「遊」の字を持つが、原作で重要な立ち位置にいた訳でもなく、特殊な出自でもない。

 

 悪く言えば、原作にいた「ただのモブ」でしかない人物である。

 

 亮からすれば、己が倒してきた凡百の中の一人でしかないだろう――その自覚があったゆえに江戸川は肩をすくめて、おどけたように驚きを示して見せるが、亮は己の胸に拳をかざし静かに語る。

 

「忘れない。キミはずっと俺を追い続けてくれた。何度、敗北しようとも、何度、挫かれようとも――そんなデュエリストを忘れる訳がない」

 

「おいおい、随分と買ってくれるじゃねぇか」

 

「俺は……もっと早くに気づくべきだったんだ」

 

 そうして、敗北に誰よりも向き合ってきただろう相手を前に、亮が後悔を滲ませる中――

 

「そうかい。なら、今度はそっちが挫かれる番だ!!」

 

 そんな亮の感慨など、興味が無いと言わんばかりに江戸川が腕を振った行為を合図に、この交流戦の最後を締めくくるデュエルが幕を開けた。

 

 

 

 

 やがて、当然とばかりに先攻を得たのは江戸川――いや、後攻を得たのは亮。

 

「先攻は貰うぜ――ドロー! 魔法カード《手札抹殺》発動! 互いに手札を全て捨て、その分ドローだ!!」

 

「墓地に送られた《サイバー・ドラゴン・ヘルツ》の効果――デッキから《サイバー・ドラゴン》を手札に」

 

「その程度くれてやるさ! オレは魔法カード《融合派兵》を発動! エクストラデッキの《クリッチー》を公開し、デッキからその融合素材――《黒き森のウィッチ》を特殊召喚!」

 

 そして、江戸川のフィールドの一番槍には黒いローブを纏った紫色の長髪の盲目の女性が祈るように指を組み、額に開く第三の目で空を見上げつつ歩み出た。

 

《黒き森のウィッチ》守備表示

星4 闇属性 魔法使い族

攻1100 守1200

 

「此処で手札の通常モンスターを墓地に送り、こいつを手札から特殊召喚! 来な! 《コスモブレイン》!!」

 

 そんな《黒き森のウィッチ》が見上げる空より宇宙の輝きが花開けば、宙を割いて深紅のタイトなドレスの女王が青のローブを両肩で揺らしつつ、身の丈を優に超える星座を模した杖を手に現れた。

 

《コスモブレイン》 攻撃表示

星7 闇属性 魔法使い族

攻1500 守2450

攻2900

 

 その《コスモブレイン》の姿に、亮は相手のメインエンジンがかかる気配を感じるが――

 

「己を呼び出す為の贄のレベル×200分、攻撃力が上昇するモンスターか。だが、その本領は――」

 

「そこから先は今、見せてやるさ! 《黒き森のウィッチ》をリリースし、《コスモブレイン》の効果発動! デッキより通常モンスター1体を特殊召喚する!! さぁ、来な! 《真紅眼の黒竜 (レッドアイズ・ブラックドラゴン)》!!」

 

 《コスモブレイン》に杖を向けられた《黒き森のウィッチ》の身体は光の粒子となって消え、その光の中より現れるは漆黒の竜。

 

 細身のラインでありながらも、甲殻を連ならせたような全身からは強靭さを感じさせた。

 

真紅眼の黒竜 (レッドアイズ・ブラックドラゴン)》攻撃表示

星7 闇属性 ドラゴン族

攻2400 守2000

 

「レッドアイズだと?」

 

「そして墓地に送られた《黒き森のウィッチ》の効果で守備力1500以下――《魔界発現世行きデスガイド》をデッキから手札に!」

 

 そうして呼び出された《真紅眼の黒竜 (レッドアイズ・ブラックドラゴン)》の姿へ、僅かに眉を顰める亮を余所に江戸川の展開は止まらない。

 

「まだだ! 《悪魔嬢アリス》を通常召喚!! その効果により墓地の《悪魔嬢リリス》が復活!!」

 

 くすんだ黒い肌に覆われたツインテールの金の髪を揺らす少女の悪魔が、頭と背中の翼で滑空しながら眼下を嘲るようにゆっくりとフィールドに降り立った。

 

 その顔だけに浮かぶ白い肌は、何処か作り物めいたものを思わせる。

 

《悪魔嬢アリス》攻撃表示

星3 闇属性 悪魔族

攻 0 守2000

 

 そんな《悪魔嬢アリス》の影からヌルリと這い出た赤髪の頭に大きな二本角を伸ばす女の悪魔は、蠱惑的な笑みを浮かべながら、《悪魔嬢アリス》と同じように頭と背中から伸びる翼を広げた。

 

《悪魔嬢リリス》攻撃表示

星3 闇属性 悪魔族

攻2000 守 0

 

「そして《悪魔嬢リリス》の効果発動! オレの闇属性1体――《悪魔嬢アリス》をリリースし、デッキから罠カードを3枚選択! 相手がランダムに選んだ1枚をセットする!」

 

 やがて《悪魔嬢リリス》の笑みを向けられ、コクリと頷いた《悪魔嬢アリス》が影に溶けて消えていく中、現れる3枚の罠カード。

 

「右端だ」

 

――へっ、良いカードが伏せれた。幸先は悪くねぇ。

 

 その内の1枚――望むカードが伏せられた状況に、己へ勝負の流れが来ていることを感じ取った江戸川は、リリースされた《悪魔嬢アリス》によって手札に加えた2枚目の《悪魔嬢リリス》を手に、このターンの締めへと取りかかる。

 

「オレは最後に、手札1枚をデッキの上に戻すことで、墓地の《エッジインプ・シザー》を復活させて貰うぜ」

 

 そして、現れるは家庭用のハサミを6つばかり繋げた複葉刃ハサミに憑りついた悪魔が、連なった刃の部分を足代わりに器用に立つ。

 

《エッジインプ・シザー》守備表示

星3 闇属性 悪魔族

攻1200 守 800

 

 魔法カード《レッドアイズ・インサイト》を発動して、サーチした《真紅眼の鎧旋(リターン・オブ・レッドアイズ)》を伏せてターンを終えた。

 

 

 

江戸川LP:4000 手札1

《コスモブレイン》攻2900

真紅眼の黒竜 (レッドアイズ・ブラックドラゴン)》攻2400

《悪魔嬢リリス》攻2000

《エッジインプ・シザー》守800

伏せ×2

VS

亮LP:4000 手札6

 

 

 

 

 そんな大型モンスターに、下級モンスターを添えて、セットカードで守る基本に忠実なオーソドックスな布陣を前に、フォース生用の観客席の吹雪と藤原は意見を交わす。

 

「おっと、去年とはかなりデッキが変わってるみたいだね――どう見る?」

 

「『ノース校の悪魔』の代名詞は未だに温存……って、ことかな?」

 

『まさか、フェイバリットカードをデッキから外してしまったのか?』

 

 だが、そんな中でオネストだけは、他人事ではない可能性に若干ビクビクしていたが――

 

「さっきまで『アスリン、アスリン』喚いてた癖に今更、気取っても恰好つかないわよ」

 

「おや、そう――かな?」

 

『先程の応援っぷりが別人レベルに格好がついている!?』

 

 小日向のヤジ染みた声に対する吹雪のキメ顔返答の完成度の高さに、抱いていた不安など全て吹き飛ぶオネスト。

 

「……ま、まぁ、いつだって自分に正直なのが吹雪の良いところだから」

 

「ハァ……真面目に答えるなら相手がどんな布陣をしこうが、上から叩けるのが亮の強みでしょ――どーせ、手札にワンキルパーツ揃ってるわよ」

 

 そんな変わらぬ吹雪のマイペースを余所に、小日向が己の考察を述べれば、藤原もそれに同調してみせる。

 

「最近の亮は、毎ターン『防げなければ終わり』を突き付けてくるよね」

 

「は? なに、ひょっとして『毎回、防げる自分凄い』アピール?」

 

「ええっ!? そんなつもりじゃ――」

 

 だが、それは小日向の地雷だった模様。唐突ないわれのない怒りを前に藤原は逃げ腰にならざるを得ない中、吹雪が助け船を出すが――

 

「おやおや、喧嘩腰は良くないよ、小日向くん」

 

「他人事ぶっても、アンタも私側な(毎回は防ぎきれない)事実は変わらないわよ」

 

「……ハハハ、これは痛いところを突かれちゃったね」

 

 此方も小日向による痛烈なカウンターを前に、吹雪は乾いた笑いを漏らす他ない。

 

 同じフォース生徒であっても、実力の差が全くない訳ではないのだから。

 

 

 

 

 

 そんなフォース生のやり取りを余所に、フォース最強のデュエリストである亮は、ターンの開始にカードをドローし、手札の1枚のカードに手をかけようとする。

 

「俺のターン、ドロー。俺は――」

 

「そのドローフェイズ時、永続罠《真紅眼の鎧旋(リターン・オブ・レッドアイズ)》を発動! オレのフィールドにレッドアイズがいる時、1ターンに1度だけ墓地の通常モンスターを復活させる! 頼むぜ、オレの相棒!!」

 

 しかし、それに先んじて江戸川が1枚のカードを発動させれば、それを合図とするように轟かせた《真紅眼の黒竜 (レッドアイズ・ブラックドラゴン)》の天への咆哮が、墓地に眠る同胞の亡骸を呼び覚ます。

 

 それこそが、江戸川のフェイバリット。

 

 彼が「ノース校の悪魔」と呼ばれる所以(ゆえん)となった1枚。

 

 

「――《デビルゾア》!!」

 

 そして大地より這い出る形で現れるは、青き悪魔。

 

 それは翼のような耳で周囲を把握し、異常に発達した両腕を以て大地を揺らしながら今、その関節部から攻撃的な角が伸びる全身をあらわにした。

 

《デビルゾア》攻撃表示

星7 闇属性 悪魔族

攻2600 守1900

 

「来たか。なら俺は――」

 

「そして攻撃力2500以上の闇属性――《デビルゾア》をリリースし、発動しろ!!」

 

 その《デビルゾア》に、相手のフェイバリットカードが変わっていない事実を嬉しく感じる亮を尻目に、《デビルゾア》の身体がボコボコと脈動した後、その身体が内部から破裂した。

 

「――《闇のデッキ破壊ウイルス》!!」

 

 途端にフィールド全域に広がるのは血飛沫――ではなく、黒いドクロにも見えるダニ状のウイルス。

 

 それら闇のウイルスが亮のフィールドや手札に次々と付着していく。

 

「魔法か罠! オレが宣言したお前のカードを、全て破壊する! オレが選ぶのは当然、『魔法カード』だ!! さぁ、手札を見せな!!」

 

「俺の手札の魔法カードは3枚だ」

 

 さすれば、亮の6枚の手札の中の魔法カードである――

 

 相手フィールドの魔法・罠カードを全て破壊する

 《ハーピィの羽根帚》

 

 互いに1枚ドローし、次のターン終了時まで互いにダメージを受けなくなる

 《一時休戦》

 

 そして、亮の代名詞たるカード。

 

 機械族の融合モンスターを、攻撃力を倍にして融合する

 《パワーボンド》

 

 その3枚の亮の手札が破壊され、墓地へと送られた。

 

「……危ねぇ、危ねぇ。オレの罠の除去に加えて、伝家の宝刀《パワーボンド》だけじゃなく、そのデメリットのダメージすら回避する手を握ってやがったか」

 

 その強力な3枚のカードを前に、江戸川は冷や汗を拭った。《闇のデッキ破壊ウイルス》がなければ、亮は文字通り1ターンで江戸川を仕留めていただろう。

 

「だが、《闇のデッキ破壊ウイルス》の効果で3ターンの間、お前がドローした魔法カードは破壊され続ける! これで融合召喚は封じたぜ!!」

 

「相手フィールドにのみモンスターが存在する為、手札の《サイバー・ドラゴン》を特殊召喚」

 

 そうして、己の有利を確信する江戸川を余所に、亮のフィールドに白金の装甲に覆われた機械龍が、蛇のように長大な身体を丸めて亮を守るように現れた。

 

《サイバー・ドラゴン》守備表示

星5 光属性 機械族

攻2100 守1600

 

「そいつを壁にしてターンをやり過ごそうって腹か? 違うよな、お前はそんなチンケな男じゃねぇ筈だ」

 

「《サイバー・ドラゴン・ネクステア》を召喚。効果により、墓地の2100ステータス――《サイバー・ファロス》が復活」

 

 しかし、油断はしないと語る江戸川を前に、次々と亮の相棒たる機械龍の眷属たちが現れる。

 

 それは三本指を広げたような翼を持つ、海蛇のような機械龍と、

 

《サイバー・ドラゴン・ネクステア》→《サイバー・ドラゴン》 攻撃表示

星1 光属性 機械族

攻 200 守 200

 

 半透明な素材で覆われているゆえか、周囲の光によって淡い水色に輝く灯台の如き要塞の姿が亮のフィールドに並んだ。

 

《サイバー・ファロス》守備表示

星1 光属性 機械族

攻 0 守2100

 

「《サイバー・ファロス》の効果――俺は融合召喚を行う。フィールドの《サイバー・ドラゴン・ネクステア》、《サイバー・ファロス》、そして手札の《サイバー・ドラゴン・コア》を素材に融合!!」

 

 やがて《サイバー・ファロス》の灯台部分が光を放てば、その中へと2体の機械龍たちが吸い込まれ――

 

「融合召喚! 《サイバー・エタニティ・ドラゴン》!!」

 

 その光の中から次元の壁を切り裂き、現れるは世界を一回り巻ける程に長大な機械龍。

 

 その《サイバー・エタニティ・ドラゴン》の白銀の装甲が、「亮を守る」――その一点にのみ、力を注ぐように、その巨大な体躯でとぐろを巻いた。

 

《サイバー・エタニティ・ドラゴン》守備表示

星10 光属性 機械族

攻2800 守4000

 

「カードを1枚セットしてターンエンドだ」

 

「即席にしちゃぁ頑強な壁だ――そのエンド時にリリスの効果! 《エッジインプ・シザー》をリリースし、また3枚の罠カードの中から選んで貰うぜ!」

 

 そうして、巨大な機械龍を従えターンを終えた亮を前に、江戸川も《エッジインプ・シザー》を闇の中に沈ませた対価に、《悪魔嬢リリス》に1枚のカードをセットさせ、亮の盤面を崩さんと己のデッキの牙を研ぐ。

 

 

江戸川LP:4000 手札3

《コスモブレイン》攻2900

真紅眼の黒竜 (レッドアイズ・ブラックドラゴン)》攻2400

《悪魔嬢リリス》攻2000

伏せ×1

真紅眼の鎧旋(リターン・オブ・レッドアイズ)

VS

亮LP:4000 手札0

《サイバー・エタニティ・ドラゴン》守4000

《サイバー・ドラゴン》守1600

伏せ×1

 

 

 

 だが、普段の亮の速攻勝利をよく知る観客席の明日香は、眼前に広がる光景を前に信じられない様子で思わず呟いた。

 

「亮がああも何もさせて貰えないなんて……」

 

 なにせ《サイバー・エンド・ドラゴン》を始め、攻撃的なデュエルの印象の強い亮が、このターンに行ったのは「壁モンスターを並べるだけ」である。

 

 伏せカードも、たった1枚であり、手札も0――盤石には程遠く見えよう。

 

「いや、守備力4000ならば守りには十分な筈だ」

 

「だが、逆を言えば『守りに入らされた』……あのカイザーが」

 

 やがて、三沢と万丈目がそれぞれ私見を述べる中、十代は周囲の深刻さなど気づいた様子もなく、オブライエンに同郷への賛辞を贈るが――

 

「オブライエン! お前の先輩、凄いな!!」

 

「まだ出鼻を挫いただけに過ぎない。状況は未だイーブンだ」

 

『十代、彼の目線じゃ「別に凄くない」ってさ』

 

 腕を組み、デュエルの経緯を静かに見守るオブライエンとしては、ユベルの言うように「現段階では賞賛に値しない」と辛口採点である。

 

 

 

 

 

 そして、それは亮とデュエルしている江戸川が誰よりも理解していた。

 

 亮が、こんな程度の妨害で仕留められるようなデュエリストなら「皇帝(カイザー)」などと呼ばれてはいない。

 

「だが、んな程度で安心してる訳じゃねぇだろ! オレのターン、ドロー!! フィールド魔法《天威無崩の地》発動! そして《魔界発現世行きデスガイド》を通常召喚!」

 

 やがて、フィールドが岩肌に覆われる中、その悪路を駆ける不自然な程に真っ黒なバスがドリフト停車に失敗。

 

 それによって二転三転転がった結果、横転したバス――の扉を蹴破り、紺の添乗員服に身を包んだ肩口まで伸ばした赤髪の女悪魔のガイドが身体の埃を払いながら現れれば――

 

《魔界発現世行きデスガイド》攻撃表示

星3 闇属性 悪魔族

攻1000 守 600

 

「デスガイドの効果! デッキからレベル3悪魔族――《クリッター》を特殊召喚する!」

 

 横転したバスの窓から、必死な泣きっ面で這って脱出した丸い毛玉の三つ目の悪魔が身体の調子を確かめるように丸毛玉から伸びる己の細い手足で伸びをする。

 

《クリッター》守備表示

星3 闇属性 悪魔族

攻1000 守 600

 

「さぁ、もういっちょ頼むぜ、《コスモブレイン》! 《クリッター》をリリースして出てこい! 《デビルゾア》!!」

 

 そんな中、《コスモブレイン》の杖をかざされれば、伸びをしていた《クリッター》の内側を食い破るように、青き悪魔たる《デビルゾア》が現れ、威嚇するような唸り声を響かせた。

 

《デビルゾア》攻撃表示

星7 闇属性 悪魔族

攻2600 守1900

 

 やがて、墓地に送られた《クリッター》の効果で2枚目の《魔界発現世行きデスガイド》をサーチした江戸川だが――

 

「まだだ! デスガイドをリリースして三度リリスの効果発動! さぁ、選びな!!」

 

「左側だ」

 

「なら、こいつをセット! そして永続罠《真紅眼の鎧旋(リターン・オブ・レッドアイズ)》の効果! 墓地の2体目の《デビルゾア》が復活!!」

 

 《悪魔嬢リリス》の効果を最大限活用し、セットカードを途切れさせない――だけでなく、新たな《デビルゾア》をフィールドに呼び寄せ、次々と大型モンスターを繰り出していく。

 

《デビルゾア》攻撃表示

星7 闇属性 悪魔族

攻2600 守1900

 

 そうして、最上級悪魔たる攻撃力2600の《デビルゾア》が2体も立ち並び、

 

 さらに攻撃力が2900にまでパワーアップした《コスモブレイン》と、《真紅眼の黒竜 (レッドアイズ・ブラックドラゴン)》に加えて、

 

 下級モンスターでは破格の攻撃力2000を持つ《悪魔嬢リリス》と、

 

 江戸川のフィールドを埋め尽くす5体のモンスターたちに対し、亮のフィールドには2体しかモンスターはいない。

 

「バトル! リリスで《サイバー・ドラゴン》を攻撃!」

 

 しかし、そんな亮を守る2体の壁も、翼を広げて空中に飛んだ《悪魔嬢リリス》から放たれる爪の一撃を前に《サイバー・ドラゴン》が切り裂かれれば、残るは後1体。

 

「だが、《サイバー・エタニティ・ドラゴン》の防御は突破できない」

 

 とはいえ、その残る《サイバー・エタニティ・ドラゴン》の守備力は4000。江戸川のモンスターたちでは突破できない数値である。

 

「はんっ! オレの名を覚えていても、こいつは忘れちまったらしい――《デビルゾア》!! 攻撃だ!!」

 

 だが、亮が語った前提を無視して江戸川が《デビルゾア》を突っ込ませ、その剛腕を《サイバー・エタニティ・ドラゴン》に叩きつければ――

 

「ダメージステップ時、罠カード《メタル化・魔法反射装甲》発動! 攻撃力を300アップ! さらに攻撃時、相手モンスターの攻撃力の半分パワーアップ!!」

 

 両者が接触する前に《デビルゾア》の腕と肩、そして頭に羽織る形で、メタリックな装甲板が装着された。

 

 その結果、剛腕を叩きつけた《デビルゾア》を弾き飛ばすように《サイバー・エタニティ・ドラゴン》の全身を電磁シールドが包み込んだ瞬間に、《メタル化・魔法反射装甲》がそのエネルギーを吸収。

 

 途端に《デビルゾア》が纏うアーマーが一瞬、煌めいたと同時に――

 

《デビルゾア》

攻2600 → 攻2900 → 攻4300

 

「デビル・エックス・シザース!!」

 

 《サイバー・エタニティ・ドラゴン》の巨躯は、十字に切り裂かれていた。

 

 やがて、内部のスパークによって誘爆し、爆炎の中に消えていく《サイバー・エタニティ・ドラゴン》に向けて、亮は手をかざす。

 

「機械族の融合モンスターがバトルで破壊された瞬間、墓地の《サイバー・ファロス》を除外し、効果発動――デッキから《パワーボンド》を手札に加える」

 

「チッ、『ドロー』じゃねぇ場合は、《闇のデッキ破壊ウイルス》で破壊は出来ねぇ」

 

 さすれば、その残骸の中から1枚のカードを手札に加える亮の姿を、江戸川は苦い表情で見送るも――

 

「このままがら空きのお前をぶっ飛ばしたいところだが……さっさと《サイバー・エタニティ・ドラゴン》の効果でサイバー・ドラゴンを呼びな!」

 

 己の有利は崩れていないと、亮の言葉を先回りするように先を促すが、対する亮はピクリと動きを止めた。

 

「知っていたのか」

 

 なにせ、《サイバー・エタニティ・ドラゴン》は最近、手にしたカードである。オブライエンの時とは違い、事前調査で判明するようなものではない。ノース校に使い手でもいるのかと、考える亮。

 

「ああ、知ってるさ。俺とタメ(同い年)で、お前のことを知らない奴なんていねぇ」

 

 だが、そんな亮の疑問を曲解した江戸川は、拳を握りながら己の思いの丈を語る。

 

 皇帝(カイザー)、丸藤 亮――同学年なら、誰もが1度は土をつけられた(敗北した)ことがあろう相手。

 

 江戸川たちは、ただ、「歳が同じだった」と言うだけで、常に比較され続けてきた。

 

 親に、教師に、プロ業界に、「(カイザー)に比べてキミは――」、「キミも(カイザー)のように――」、「(カイザー)に出来たんだ。キミだって――」、

 

 そんな現実を履き違えた無責任な言葉に晒され続けた。

 

「お前は、いつだって俺たちの前にいた……!!」

 

 ジュニアの大会で、皇帝(カイザー)を見れば、江戸川は――いや、凡人たちは「二番目争い」に準じなければならない異常。それが、彼らの日常だった。

 

 誰もカイザーに勝てなかった。「俺が倒す」と意気込んでいた者たちも、次第に諦めていった。

 

 そうして、決勝で行うカイザーのデュエルは「思い出作り」に堕ちていく。

 

 きっと将来「世界的なデュエリスト」になるであろう相手(カイザー)と「デュエルした事実だけ」で皆が皆、満足していくのだ。

 

 だが江戸川には、そんなもの御免だった。

 

「誰もがお前の背中を追いかける立場だった。だがなぁ……」

 

 そして、江戸川は今、此処にいる。

 

 相手(カイザー)の魔法を封じ、サイバー・ドラゴンたちを薙ぎ倒し、

 

 己のモンスターだけが、フィールドを支配する。

 

 とうとう、此処まで来た。後一歩――いや、もう数歩で届く。きっと届く。

 

 違う。()()()()

 

 他の誰でもない己自身が。

 

「――今度は、お前が追いかける番だ!!」

 

 そう、力強く宣言した江戸川を前に、亮はポツリと言葉を零した。

 

「……己が情けなくなる」

 

「あん?」

 

「誰もが向き合っていた『それ』に、気づくのが随分と遅れた」

 

 しかし、その独白は要領を得てはおらず、江戸川に正しく伝わってはいない。

 

「何をゴチャゴチャ言ってんのか知らねぇが、テメェもデュエリストならデュエルで語りな!」

 

「そうだな。デュエルで語ろう」

 

 ゆえに、問答を切り上げてみせる江戸川の言葉に応じる形で、亮はフィールドに手をかざす。

 

「《サイバー・エタニティ・ドラゴン》の効果により墓地で《サイバー・ドラゴン》として扱う《サイバー・ドラゴン・ネクステア》を特殊召喚」

 

 さすれば、前のターンの焼き増しのように《サイバー・ドラゴン・ネクステア》が翼を広げて現れれば、

 

《サイバー・ドラゴン・ネクステア》守備表示

星1 光属性 機械族

攻100 守100

 

「そして、ネクステアの効果によりステータス2100の《サイバー・ドラゴン》を復活させる」

 

 その尾の先に連結する形で《サイバー・ドラゴン》も、亮を守る壁となって立ちふさがる。

 

《サイバー・ドラゴン》守備表示

星5 光属性 機械族

攻2100 守1600

 

 やがて、相手フィールドに効果モンスターが呼び出されたことで、《天威無崩の地》で2ドローした江戸川は、此処ぞとばかりに攻勢に出れば――

 

「だとしても、壁が1枚足りねぇぜ!! レッドアイズ! 《デビルゾア》! 露払いしな!!」

 

 《真紅眼の黒竜 (レッドアイズ・ブラックドラゴン)》の口から放たれた球体状の黒き炎が、

 

 《デビルゾア》が交差した腕を開放する形で放ったX字の斬撃が、

 

 亮のフィールドのサイバー・ドラゴンたちを粉砕し、爆炎を轟かせる。

 

「これで、正真正銘がら空きだ! 《コスモブレイン》でダイレクトアタック!!」

 

 そうして最後の最後に《コスモブレイン》が杖を天にかざせば、空より降り注ぐ流星群が無防備な亮に次々と炸裂。

 

亮LP:4000 → 1100

 

 そのライフを一気に半分以上、削り取った。

 

「バトルはこれで終いだ――まぁ、ほんの挨拶代わりよ」

 

 しかし、そのライフアドバンテージすら、江戸川にとっては「挨拶代わり」と切って捨てる些事である。

 

 江戸川の知るカイザー亮というデュエリストは、この程度が痛手となるような(やわ)な実力では決してない。

 

「《メタル化・魔法反射装甲》を装備した《デビルゾア》を墓地に送り、オレの相棒は真の姿を見せる!」

 

 それゆえに、万全を期するべく《デビルゾア》の半身を覆う装甲の更なる力を発揮させれば――

 

「――《メタル・デビルゾア》!!」

 

 《デビルゾア》を簡易的に覆っていただけの装甲は完全に融合する形で、《デビルゾア》に溶け込み、

 

 青き悪魔である《デビルゾア》を完全にマシン化させた姿と化した。

 

《メタル・デビルゾア》攻撃表示

星8 闇属性 機械族

攻3000 守2300

 

こうして、攻撃力3000という大台を従えた江戸川は、カードを2枚セットしてターンを終えるが、その闘志に満ちた視線は鋭く亮を見据えていた。

 

 

江戸川LP:4000 手札1

《メタル・デビルゾア》攻3000

《コスモブレイン》攻2900

《デビルゾア》攻2600

真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》攻2400

《悪魔嬢リリス》攻2000

伏せ×3

真紅眼の鎧旋(リターン・オブ・レッドアイズ)

フィールド魔法《天威無崩の地》

VS

亮LP:1100 手札0

伏せ×1

 

 

 

 そうして、手痛い一撃を受けた亮の姿に観客席の明日香は驚きの声を漏らしていた。

 

「亮が先手を許すなんて……!」

 

「驚嘆に値するな」

 

「実質、分校扱いのノース校を侮っていた訳ではないが……此処までとは」

 

 その現実はオブライエンの言葉を前に、思わず万丈目も同意せざるを得ない。

 

 正直、万丈目は今回のデュエルを「カイザー亮の実力を推し量る為の試金石」程度にしか考えていなかった。亮が遅れを取る可能性など、全く想定していない。

 

 だが、蓋を開ければどうだ?

 

 亮を相手に江戸川は、ハンドアドバンテージを稼ぎ、フィールドアドバンテージを引き離し、ライフアドバンテージすら手中に取った。

 

 そう、万丈目は心のどこかで「ノース校の最強と言えども、カイザーには及ばない」と高を括っていた現実を認めざるを得ない。

 

 万丈目は、怠けているつもりなどなかったと言うのに。

 

 だが、万丈目より「2年先に生まれた」江戸川には、時間的なアドバンテージが確実に存在している。当たり前の話だ。兎と亀の童話よろしく「己が努力している間に、他が努力していない」なんて、都合の良いことばかりが起こる筈もない。

 

 

「流石はカイザーだ。楽に攻め落とさせてはくれない」

 

「なんだと?」

 

 しかし、そんな己の耳に届いたオブライエンの「驚嘆に値する」との言葉の真意に、万丈目が意図を測りかねる中、顎に手を当て思案を続けていた三沢が納得の声を落とす。

 

「……成程。前のターン、カイザーは攻撃的な融合体を呼んで攻めに転じることも出来た。だが、この戦況を予測したゆえの守勢……か」

 

 そう、最初の亮のターン、《サイバー・エンド・ドラゴン》を呼び、攻勢に出ることは一応可能だった。

 

 だが、その場合、次の江戸川のターンで《メタル化・魔法反射装甲》でパワーアップされた《デビルゾア》によって、亮は深刻なダメージを受けていたことだろう。

 

「そう、未だ江戸川のデュエルはカイザーの掌の上だ」

 

『魔法カードを実質、封じられた上で……か』

 

「どっちも頑張れー!」

 

 やがて、「盤面ほどに江戸川が押している訳ではない」と締めくくったオブライエンの主張に対し、ユベルが補足を入れる中、十代だけが純粋な「一観客」として声援を送っていた。

 

 

 

 

 

 

 そんな観客たちの考察を余所に、江戸川はあえて挑発するような言葉を選ぶが――

 

「どうしたよ、お前のターンだぜ? まぁ、折角サーチしたお得意の《パワー・ボンド》も今じゃ宝の持ち腐れだがな」

 

「俺のターン、ドロー」

 

「待ちな! そのドローは《闇のデッキ破壊ウイルス》の効果で確認させて貰うぜ! 魔法カードなら当然――」

 

「俺が引いたのは《融合呪印生物-光》――モンスターだ」

 

 亮の心は波風一つ立ちはしない。「もし、魔法カードを引いてしまえば――」なんて恐れすら欠片も見せないメンタルは、江戸川にとって只々厄介だった。

 

「チッ、悪運の強い野郎だ」

 

――守備力1600じゃぁセットしてある《影のデッキ破壊ウイルス》じゃ墓地には送れねぇ。

 

「俺は永続罠《DNA改造手術》を発動。フィールドの全てのモンスターを俺が宣言した種族とする。機械族を宣言」

 

 しかし、亮が1枚のカードを発動させ、江戸川の悪魔族たちがマシン化していけば――

 

「なんの真似――ッ! リリスの効果! リリス自身をリリースし、罠カードを伏せる!」

 

「だが、伏せたターンには発動できない」

 

 その意図を察した江戸川が《悪魔嬢リリス》によって、1枚のカードを新たにセットするも亮の言う通り、それでは亮は止まらない。

 

「墓地の《サイバー・ドラゴン・コア》を除外し、デッキから『サイバー・ドラゴン』1体を――《サイバー・ドラゴン・ネクステア》を特殊召喚。効果により、《サイバー・ドラゴン》が復活」

 

 そして、三度、《サイバー・ドラゴン・ネクステア》がデッキよりフィールド内に羽ばたけば――

 

《サイバー・ドラゴン・ネクステア》→《サイバー・ドラゴン》守備表示

星1 光属性 機械族

攻100 守100

 

 共をするように《サイバー・ドラゴン》が追従。

 

《サイバー・ドラゴン》守備表示

星5 光属性 機械族

攻2100 守1600

 

 

 そうして、効果モンスターが呼ばれたことで、フィールド魔法《天威無崩の地》で2枚ドローする江戸川は、顔に警戒の表情を浮かべつつ、確かめるように言葉を落とす。

 

「……へっ、とうとう《パワーボンド》の素材を揃えて来たか」

 

「俺は《サイバー・ドラゴン》として扱う《サイバー・ドラゴン・ネクステア》と、相手フィールドの機械族を素材に融合召喚!!」

 

「くっ、オレのモンスターを根こそぎ……!」

 

 だが、江戸川の誘導に乗ることなく、亮が《サイバー・ドラゴン・ネクステア》を指さし、空に浮かんだ全てを吸い込む大穴に、江戸川の《コスモブレイン》と《真紅眼の黒竜 (レッドアイズ・ブラックドラゴン)》、そしてデビルゾアたちが吸い込まれれば――

 

「現れろ、《キメラテック・フォートレス・ドラゴン》!! その攻撃力は素材の数×1000!!」

 

 輪を連ならせたような歪な長大な体を持つ銀龍が、列車のように大地を駆け抜け現れる。

 

 やがて、その連ならせた輪の4つから、小竜の頭部が獲物を求めるように牙を剥いて顔を出した。

 

《キメラテック・フォートレス・ドラゴン》攻撃表示

星8 闇属性 機械族

攻 0 守 0

攻5000

 

「まだだ。《融合呪印生物-光》を通常召喚」

 

 続いて現れるのは、幾つもの生物を強引に球体に押しとどめたような不気味な様相を醸し出す歪な球体状のモンスター。

 

《融合呪印生物-光》攻撃表示

星3 光属性 岩石族 → 機械族

攻1000 守1600

 

「効果発動! このカードを含めた融合素材をリリースし、生贄(リリース・)融合(フュージョン)!!」

 

 そんな歪な《融合呪印生物-光》が《サイバー・ドラゴン》の首元に貼りつけば、《融合呪印生物-光》の身体は発光と共にグネグネと粘土のように姿を変え始める。

 

「――現れろ! 《サイバー・ツイン・ドラゴン》!!」

 

 そして、光が収まった先には疑似的に頭を一つ増やし、双頭となった機械龍がフィールドに降り立った。

 

《サイバー・ツイン・ドラゴン》攻撃表示

星8 光属性 機械族

攻2800 守2100

 

「たった一手で……!!」

 

――そうだよな! それでこそカイザー……俺が追い続けたデュエリストだ!

 

 魔法すら碌に使えぬ亮のたった1ターンで、江戸川の布陣は無に帰した。

 

 2000オーバーの攻撃力5体が並んでいた江戸川の圧倒的優位は崩れ、亮のフィールドに2回攻撃が可能な攻撃力2800と、5000の大型融合モンスターが立ち並ぶ。

 

「バトル!!」

 

「だが、タダで通す気はねぇ!! 罠カード《レッドアイズ・スピリット》発動! 甦れ、《真紅眼の黒竜 (レッドアイズ・ブラックドラゴン)》!!」

 

 しかし、それでも江戸川の備えは崩れない。

 

 再び天を舞う黒き龍たる《真紅眼の黒竜 (レッドアイズ・ブラックドラゴン)》が翼を広げれば――

 

真紅眼の黒竜 (レッドアイズ・ブラックドラゴン)》攻撃表示

星7 闇属性 ドラゴン族 → 機械族

攻2400 守2000

 

「そして守備力2000以上の闇属性――《真紅眼の黒竜 (レッドアイズ・ブラックドラゴン)》をリリースし、罠カード《影のデッキ破壊ウイルス》発動!! 今度は守備力1500以下をむしばむ(破壊)ウイルスだ!!」

 

 その瞬間に、《真紅眼の黒竜 (レッドアイズ・ブラックドラゴン)》の身体は弾け飛び、「影」の文字が浮かぶコウモリに似たウイルスが広げた翼をもって亮のフィールドに降り注ぐ。

 

 さすれば、《キメラテック・フォートレス・ドラゴン》の全身から異常を知らせるシグナルが明滅し始め――

 

「消えろ、キメラテック・フォートレス!」

 

 内部機構が誤作動を起こし、《キメラテック・フォートレス・ドラゴン》は内部から爆散。立ち昇る炎の中で、白金の機械魔龍は崩れ落ちていった。

 

「だとしても、サイバー・ツインの攻撃は残っている! エヴォリューション・ツイン・バースト!!」

 

「承知の上さ! 罠カード《逢魔ノ刻》! 甦れ、《メタル・デビルゾア》!!」

 

 それでも、《サイバー・ツイン・ドラゴン》の双頭が大口を開け、二対の光線のブレスが放たれるも、大地を砕き現れた《メタル・デビルゾア》が魔法反射装甲に覆われた腕を振るえば、二対の光線はあらぬ方へと弾かれ、デュエル場の屋根に着弾するに終わる。

 

《メタル・デビルゾア》攻撃表示

星8 闇属性 機械族

攻3000 守2300

 

「攻撃はキャンセルだ。ターンエンド」

 

――凌ぎ……切った……!

 

 そうして、亮の攻勢を凡そ十全と言える形で挫いた江戸川は、確かな手ごたえを感じ取る。

 

 

江戸川LP:4000 手札3

《メタル・デビルゾア》攻3000

伏せ×1

真紅眼の鎧旋(リターン・オブ・レッドアイズ)

フィールド魔法《天威無崩の地》

VS

亮LP:1100 手札1

《サイバー・ツイン・ドラゴン》攻2800

《DNA改造手術》

 

 

 なにせ、今の亮の手札に残るは無意味な《パワーボンド》のみ。

 

 セットカードも全て判明し、完全なガラ空き。

 

 最後に残る《サイバー・ツイン・ドラゴン》も、《メタル・デビルゾア》の敵ではない。

 

 

「オレのターン、ドロー!!」

 

――届く……! 後少し……後少しで!! 届く()なんだ……!!

 

 ゆえに、逸る気持ちを押さえつけ、カードをドローした江戸川は一切の抜かりなく、亮より勝利をもぎ取るべく1枚のカードを発動させる。

 

「オレは魔法カード《融合派兵》発動! 《ブラック・デーモンズ・ドラゴン》を公開し、デッキより舞い上がれ、レッドアイズ!!」

 

 それにより、三度舞い戻る《真紅眼の黒竜 (レッドアイズ・ブラックドラゴン)》が空にて翼を広げて、咆哮を響かせれば――

 

真紅眼の黒竜 (レッドアイズ・ブラックドラゴン)》攻撃表示

星7 闇属性 ドラゴン族 → 機械族

攻2400 守2000

 

「さらに永続罠《真紅眼の鎧旋(リターン・オブ・レッドアイズ)》の効果! 甦れ、《デビルゾア》!!」

 

 その黒竜の雄たけびに呼応するように江戸川のフェイバリットたる《デビルゾア》が天より音を立てて大地を砕きながら降り立った。

 

《デビルゾア》攻撃表示

星7 闇属性 悪魔族 → 機械族

攻2600 守1900

 

 そうして、《サイバー・ツイン・ドラゴン》を薙ぎ倒さんと進軍する《真紅眼の黒竜 (レッドアイズ・ブラックドラゴン)》とデビルゾアたち。

 

「バトルと行――」

 

 だが、件の相手である《サイバー・ツイン・ドラゴン》が唐突に爆散した。

 

「なっ!? サイバー・ツインが……独りでに……?」

 

「メインフェイズ終了時、墓地の罠カード《ハイレート・ドロー》の効果を発動させて貰った。俺のモンスターを破壊することで、墓地のこのカードはセットされる」

 

 そんな前触れなき急変を前に戸惑う江戸川へ、亮は自ら己を守るモンスターを手放したことが明かされる。

 

 だが、伏せられた《ハイレート・ドロー》も「罠カード」である以上、セットされたターンは無用の長物に他ならない。

 

「だったら、そのままダイレクトアタックするまでだ!」

 

 ゆえに、江戸川はモンスターたちを進軍させるが、今度は天より降り注ぐ光の刃がデビルゾアたちの行く手を遮る檻を生み出すように地面に突き刺さる。

 

「墓地の永続罠《光の護封霊剣》を除外し、このターンのダイレクトアタックを無効にする」

 

「――ッ!」

 

――くっ……罠カード《メタル化・魔法反射装甲》のパワーアップで仕留める段取りが……

 

 そうして、千載一遇の機会を惜しくも逃した江戸川は内心で舌を打つ。

 

 《光の護封霊剣》のダイレクトアタック封じだけならば、セットしていた罠カード《メタル化・魔法反射装甲》の攻撃力上昇によって突破できていただけに、この空振りは大きな痛手だ。

 

――《レッドアイズ・ブラックメタルドラゴン》を呼び出して少しでも攻撃力を上げておくべきか? いや、此処は!

 

 だが、その失敗を引きずることはせず、次のターンの攻防に意識を向けた江戸川は、瞬きの思考の間に結論を定め、カードを2枚セットしてターンを終えた。

 

 

江戸川LP:4000 手札1

《メタル・デビルゾア》攻3000

《デビルゾア》攻2600

真紅眼の黒竜 (レッドアイズ・ブラックドラゴン)》攻2400

伏せ×3

真紅眼の鎧旋(リターン・オブ・レッドアイズ)

フィールド魔法《天威無崩の地》

VS

亮LP:1100 手札1

伏せ×1

《DNA改造手術》

 

 

「俺のターン、ドロー」

 

「その瞬間、《闇のデッキ破壊ウイルス》と《影のデッキ破壊ウイルス》の効果が適用される! 『魔法カード』か『守備力1500』以下なら破壊だ!!」

 

 やがて、圧倒的なアドバンテージ差を前にしているにも関わらず、変わらぬ平常心でカードを引いた亮に対し、江戸川は焦ったようにドローカードの確認を急かす。

 

「俺が引いたカードは《サイバー・ドラゴン・ヘルツ》――守備力1500以下の為、破壊されるが、墓地に送られた《サイバー・ドラゴン・ヘルツ》の効果によって墓地の《サイバー・ドラゴン・コア》を手札に加える」

 

 だが、亮の手札を侵食したウイルスによって崩れ落ちた1枚のカードは、墓地のカードに転生を果たす形で舞い戻り――

 

「《サイバー・ドラゴン・コア》を通常召喚」

 

 亮のフィールドで黒い球体が数珠繋がりになったような痩せ細った機械竜として現れた。

 

《サイバー・ドラゴン・コア》→《サイバー・ドラゴン》攻撃表示

星2 光属性 機械族

攻 400 守1500

 

「キメラテック・フォートレスは呼ばせねぇ! 罠カード《闇のデッキ破壊ウイルス》! 《メタル・デビルゾア》をリリースし、今度は罠カードを選択!」

 

 その瞬間に、《メタル・デビルゾア》の装甲の隙間から黒い瘴気が噴出し、亮のフィールドを呑み込めば、セットされた《ハイレート・ドロー》を含め、《DNA改造手術》が砂の城が崩れるように消えていく。

 

 その結果、《DNA改造手術》によって、マシン化させられていた江戸川のモンスターたちは元の姿へと戻っていった。

 

「これでお前に残ったのは、貧相な《サイバー・ドラゴン・コア》と形無しの《パワーボンド》だけだ!!」

 

 これにより、前のターンのように《キメラテック・フォートレス・ドラゴン》を呼び出すことは叶わない。

 

 元々が機械族の《メタル・デビルゾア》も既にいない以上、亮に残るのは現状アタッカーになりえないカード。

 

「だが、俺は《サイバー・ドラゴン・コア》の召喚時の効果により、このカードを手札に加えさせて貰った」

 

「あん?」

 

 と、つい先程サーチした1枚のカードだけだ。

 

「速攻魔法《サイバネティック・フュージョン・サポート》発動! ライフを半分支払い、このターン1度だけ機械族の融合召喚の際に、墓地のカードが使用可能!」

 

亮LP:1100 → 550

 

 そして、その最後の1枚によって、このデュエルは別の景色を映し出す。

 

「なん……だと……!?」

 

「そして、墓地の《サイバー・エタニティ・ドラゴン》を除外後、このカードを発動させて貰う。魔法カード――」

 

 やがて、墓地より数多の機械龍たちがスパークを引き起こしながら、生誕の時を待つようにうごめく中――

 

「――《パワーボンド》!!」

 

 亮の――いや、皇帝(カイザー)の代名詞たるカードが発動された。

 

「《サイバー・ドラゴン》として扱う《サイバー・ドラゴン・コア》と墓地の《サイバー・ドラゴン・ヘルツ》、そして《サイバー・ドラゴン》を除外し、融合召喚!!」

 

 やがて、墓地に眠る機械龍たちが天に轟く紫電の光に飲み込まれていけば、その光の中に巨大な影が浮かび上がる。

 

 そして、降り立つはサイバー流の象徴であり、亮のフェイバリットカードである1枚。

 

「――降臨せよ! 《サイバー・エンド・ドラゴン》!!」

 

 白銀の巨躯を持つ三つ首の機械竜が、王者の証たる巨大な翼を広げ、絶対的な力を示すように大気すら揺らす咆哮を轟かせる。

 

《サイバー・エンド・ドラゴン》攻撃表示

星10 光属性 機械族

攻4000 守2800

 

「《パワーボンド》で呼び出されたモンスターの攻撃力は倍となる!」

 

 その圧倒的なまでの威容は、攻撃力として如実に現れ、全てを薙ぎ倒す必殺の力が《サイバー・エンド・ドラゴン》の中で脈動を始める。

 

《サイバー・エンド・ドラゴン》

攻4000 → 攻8000

 

「バトル!!」

 

「させるかァ!! レッドアイズをリリースし、罠カード《闇の閃光》発動!」

 

 そうして、三つ首にエネルギーをチャージし始める《サイバー・エンド・ドラゴン》だが、その前に立ちはだかった《真紅眼の黒竜 (レッドアイズ・ブラックドラゴン)》が黒き閃光となって、その身を散らせば――

 

「このターン特殊召喚されたモンスターを全て破壊する! これで、《パワーボンド》のデメリットダメージでお前は――」

 

 その漆黒の輝きは数多の刃となって、《サイバー・エンド・ドラゴン》の身体を貫いていく。

 

 ことはなく、《サイバー・エンド・ドラゴン》が雄たけびを上げて大気を震わせれば、漆黒の閃光はより強い光にかき消されるように消えていった。

 

「なん……で……!」

 

「除外した《サイバー・エタニティ・ドラゴン》の効果により、サイバー・エンドは破壊されない」

 

 そう、江戸川が用意した全ての戦略は、既に亮によって打ち崩されている。

 

「此処まで来て――」

 

――いや、違う……これは!

 

 そして、遅ればせながら江戸川は気付いた。己がとんだ思い違いをしていた現実を。

 

 ハンドアドバンテージの優位を保った?

 

 フィールドアドバンテージを維持した?

 

 ライフアドバンテージを引き離した?

 

 確かに、アドバンテージを稼ぎ積み上げる行為は、己の優位に働くだろう。

 

 だが、そこまでだ。

 

 積み上げたアドバンテージが勝利を意味する訳ではない。

 

「サイバー・エンドの攻撃!!」

 

――最初から『こう』なるようにデュエルの流れを……!

 

 やがて、亮の指によって狙いを定めた《サイバー・エンド・ドラゴン》の三対の眼が己を捉える中、江戸川は理解する。互いに見ている景色があまりにも違い過ぎたことに。

 

 このデュエル中の江戸川は、盤面差やライフ差を前に一喜一憂していただけに過ぎない。

 

「エターナル・エヴォリューション――」

 

 そうして、江戸川の元に最後に残った《デビルゾア》を目がけて《サイバー・エンド・ドラゴン》の三つ首の口から蓄積された光輝くエネルギーが、今――

 

「――バーストッ!!」

 

 破壊の奔流となって放たれた。

 

――あぁ……

 

 大地を削り、空間を歪ませ、破壊音を響かせながら迫る《サイバー・エンド・ドラゴン》のブレスを前に、江戸川の胸中は不思議と穏やかだった。

 

 終始、亮にデュエルの主導権を握られていたことなど気づきもしなかった屈辱的な敗北だというのに、江戸川の心には怒りすら沸いてこない。

 

 そうして、全てを貫く光の奔流に相棒の《デビルゾア》と共に呑まれた江戸川の胸を占めるのは――

 

――やっぱ遠い……な。

 

江戸川LP:4000 → 0

 

 ライバルと認めたデュエリストへの純粋な賛辞だけだった。

 

 

 やがて、デュエル場にて一際大きな爆炎が立ち昇る。

 

 

 それは、デュエルの終幕を告げる鐘の音にも思えた。

 

 

 

 

 

 デュエル場にて、二人のデュエリストが向かい合う。

 

 だが、一方は敗北を前に膝をつき、腕を組んだ相手を見上げることすら叶わない。

 

 

 その勝者を前に、会場は不思議な程に静まり返っていた。

 

「なに…………これ」

 

 そんな中、観客席の中の誰かが呟く。

 

 デュエルについて学んできたデュエルアカデミアの生徒ゆえに、眼前の光景の理解を脳が拒絶する。

 

 全てのアドバンテージを握っていた江戸川が終始、優勢だったのにも拘わらず、まるで運命に逆らえぬように流れのまま回避不能の必殺の一撃が放たれた。

 

 偶然。ただ運が良かっただけ。勝利の女神の気まぐれが起こったに過ぎない。

 

 そう笑い飛ばせれば、どれだけ良かっただろうか。

 

「これが……カイザー」

 

 だが、観客席の十代は思わずゴクリと唾を飲む。

 

 理屈は分からない。しかし、確信だけがあった。

 

 このデュエルは全て皇帝(カイザー)の手の平の上だったのだと。

 

「――アカデミア最強のデュエリスト」

 

 やがて、十代の呟きを余所に勝利者であることを示すように亮が拳を突き上げた瞬間、割れんばかりの喝采が会場を揺らすこととなった。

 

 

 

 

 

 

 





リスペクトの境地――の片鱗




Q:江戸川って誰? カイザーを追いつめる程の実力者なの?

A:立ち位置は「ノース校のカイザー」と呼べるポジション。なお原作では1年の万丈目のカマセにされた。後は「(万丈目)サンダー!」と叫ぶ係。

今作では姉妹校の学園トップが「本校の1年生の万丈目以下」では姉妹校の価値がなくなるので、過去のコブラの改革で底上げ。

今作での肉薄は、カイザーの主戦術である融合魔法を封じたゆえのもの。というか、魔法封じられて一発しか攻撃貰ってないカイザー側が異常。




~今作の江戸川のデッキ~
彼が原作で使用していた《デビルゾア》をメタル化させることを突き詰めたデッキ。

その過程でレッドアイズと化学反応した結果、レッドアイズのメタル化も追加された。
機械化はロマン!

真紅眼の鎧旋(リターン・オブ・レッドアイズ)》で上述した2体をポコポコ復活させつつ、《悪魔嬢リリス》の効果で《メタル化・魔法反射装甲》をサーチからのアーマー進化を目指そう(違)

素引きしてしまったアーマー体(おい)は《エッジインプ・シザー》で戻せば無問題だ!

《デビルゾア》は高ステータスな闇属性な為、《悪魔嬢リリス》で《メタル化・魔法反射装甲》のついでにサーチ可能な各種ウイルスの素材にも活用すれば中々戦えるぞ。




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第263話 私は未来のあなた自身なのです



前回のあらすじ
デビルゾア「キースデッキではなく、江戸川デッキが俺の居場所だったんだ……!!」





 

 

 ノース校の代表戦を終え、実施された軽食パーティで生徒たちは各々交流を行う。

 

 それは間近のインパクトが強烈であったカイザー亮のデュエルを話題に意見を交わしたり、

 

 まだ見ぬライバルや、1年振りの再会を果たした好敵手とのデュエルに興じたり、

 

 そんなデュエル観戦をしながら、振る舞われた料理に舌鼓を打つことに注力したり、

 

 または互いのデッキの品評をしつつ、カードトレードを画策したり、

 

 はたまた、ノース校の立地が流氷に囲まれた僻地ゆえに男子校と化した弊害による不足した出会いを求める者たちまで――と、多岐にわたる。

 

 

 だが、そんな騒がしくとも楽しい時間は日が暮れる頃には終わりを告げ、二人の校長の友好の握手を締めとし、此度の交流戦はお開きとなった。

 

 

 

 

 

 そうして、本校生徒たちが手を振って別れを贈る姿が豆粒ほどのサイズに遠ざかった中、ノース校が所有する潜水艦が船体を出したままの甲板にて、「次はプロでリベンジだ!」と気合を入れる江戸川を余所に、離れていくデュエルアカデミアの島を眺めていたオブライエンの脳裏に言葉が響く。

 

“どうせなら面白い方を俺は選ぶぜ!”

 

 その言葉は「代表戦の後に」と約束していた十代とのデュエルでのこと。

 

 代表戦で戦った明日香の闘志溢れるも「デュエルの定石」に沿ったプレイングと異なり、十代のデュエルは「己の嗜好」が大きなウェイトを占めていた。

 

 それは、時にエースのぶつかり合いにこだわったり、時に相手の土俵で勝負してみたり――と、様々だ。

 

 とはいえ、それは手を抜いている訳でもなければ、定石が分からない訳でもないことが何となしに殆ど初対面のオブライエンにすら分かる。あれ(十代)は、そんな器用な人間ではない。

 

 器用な人間は、ノース校のデュエリストに片っ端からデュエルを挑んだりしなければ、連戦し過ぎて後半おかしなテンションになったせいで友人(三沢)医療教諭(鮎川先生)にドクターストップをかけられなどしないだろう。

 

 ただ、「ワクワクする」なんて曖昧な理由で、時折それら全てを放り投げた思いもよらない決断をする。言ってしまえば――

 

「不思議なデュエリストだったな」

 

――交流戦は「ノース校の敗戦続き」と聞いていたが、思いのほか有意義な時間だった。

 

 オブライエンにとって興味深いデュエリスト。そんな言葉が適していよう。

 

 ノース校で見聞きした情報から過度な期待を持っていなかったオブライエンとしては朗報である。

 

――KCから依頼された「学園の内情を生徒視点から探る」今回のミッション、中々面白い。

 

 なにせ、オブライエンはただの学生ではない。父より幼き頃から傭兵の手解きを受けた現役のプロフェッショナルだ。

 

 そんな彼の任務は、デュエルアカデミア本校の前校長の失態を受けての「外部の目」としての役割。

 

 そう、過去はコブラが行っていた件が、そのコブラが本校の校長に抜擢されたゆえに暫定的に任された身なのだ。

 

 そうして、今まで見たことのないタイプのデュエリストとの出会いに思わず挑戦的な笑みを小さくこぼすオブライエン。

 

「……楽しんでいるのか、オレは?」

 

 しかし、己の頬に手を当てたオブライエンは思わぬ自身の心境の変化に僅かに戸惑いを見せた。傭兵として必要ない領分であろう。

 

 だが、その脳裏に父と過ごした過去の情景が過る。

 

 それは、幼少時のオブライエンが「傭兵」を「雇い主の言いなり」「まるで忠実な犬みたい」と父に零した件。

 

 確かに、依頼を受けて活動する以上、そういった側面があることは事実だ。現にオブライエンの父も、その点は否定しなかった。だが――

 

“燃えろ、My son(我が息子よ)

 

 それでも己の中で譲れぬ領分を捨てる必要はないと教授してくれた。

 

 そんな熱く燃える戦士だった父の姿を思い起こし、オブライエンは今や遥か遠く離れたデュエルアカデミアの島から視線を切り、船内へと歩を進める。

 

――ダディに、良い報告が出来そうだ。

 

 その背には、何処か不思議な高揚感が満ち始めていた。

 

 

 

 

 

 

 ところ変わって日を改めたアカデミアにて――

 

 ノース校との交流戦の熱気も冷めやらぬアカデミアの空気を余所に校長室に訪れていた亮は、デスクを前に座して腕を組む部屋の主たるコブラを前にしていた。

 

「コブラ校長、お話が」

 

「なにかね? キミが私に願いごとなど珍しいじゃないか」

 

 そうして、粛々とした様相の亮に対し、コブラは軽口と共に相手の要求を引き出していく。

 

 フォース生徒は様々な特権が学園よりもたらされている。

 

 それはレアカードの入手、人脈の紹介、コネクションの構築、大会の参加権――等々、細かく並べればキリがない為、割愛するが言ってしまえば「己を高める」為に「必要である」と「要望」すれば「大抵のもの」が「手に入る」レベルだ。

 

 吹雪のショーマンシップから来る衣装やら小道具やら演出やらも、この辺りから出ている。

 

 他は、藤原は精霊関連の蔵書を求める傾向が強く、小日向はシンプルにデッキ強化のレアカードを求めることが多い。

 

 とはいえ、フォース生徒の中で亮はあまりこの手の権利を行使しないタイプな為、上述のコブラの言葉通り「珍しい」ゆえに「余程のことか」とコブラは瞳を鋭くさせるが――

 

「フォースに上がれそうな生徒はどの程度いますか?」

 

「持って回った言い方などしなくていい。多少、無礼でも構わん。端的に述べたまえ――キミたちにはそれが許されている」

 

 亮から告げられた言葉はアカデミアの実情の確認でしかない。しかし、流石に個人情報に類することは教えられない為、コブラも亮の真意を問いただす他ない。

 

 多少、無茶な要求であっても「皇帝(カイザー)」の頼みならば無碍には出来ないところだ。

 

「……俺たちは直に卒業です。ですが、俺はお世話になった学園に恩を返せていない」

 

「それはキミの勘違いだ。キミというブランドは十二分に学園の為になっているとも」

 

「俺はデュエルばかりの男です。様々な面で学園に多くのご迷惑をお掛けしました……」

 

「年齢的に多感な時期の『それら』に応対するのが我々の仕事だ。キミが気にすることではない」

 

 だが、ノース校との交流戦が「新入生が学園になれた後に行う」との方針から原作よりも遅い時期に設定されており、そろそろ卒業を控えた亮から帰ってくるのは後悔や自責の言葉ばかり。

 

 とはいえ、コブラからすれば見当違いも甚だしい自己評価でしかない。

 

 正直、一度は地の底にまで落ちかねなかったアカデミアのブランドが今も維持――いや、劇的な上方修正が叶ったことは、「皇帝」と評されるカイザー亮の存在が大きかった。

 

 前校長である鮫島がアカデミア内部の諸々の問題を抱えていても、太鼓判を押すだけの力が亮にはある。

 

「だとしても、俺は……俺は学園を去るものとして、なにか一つでも――」

 

「端的に述べたまえ」

 

 ゆえに、言葉を濁す亮へコブラは強い言葉で先を促した。

 

 

「キミは『何がしたい』」

 

 

 その答えは果たして。

 

 

 

 

 

 

 そんな会合など知る由もない十代は購買近くのイートインコーナー代わりのデュエル場にて、いつもの調子で今日も今日とて目についたオベリスク・ブルー生徒にデュエルを挑む。

 

「おっ、そこのセンパ~イ! 俺とデュエルしようぜ~!」

 

 その十代の姿はオベリスク・ブルーでも日常になりつつある為か、最初の頃にはあった慣れない敬語も省略され、「しょうがない奴」とばかりに相手の了承を得てデュエルが開始。

 

「よっしゃぁ! 一気に攻撃だ!」

 

 デュエル自体は一進一退の攻防が繰り広げられているが、チャンスはさておきピンチであっても構わず十代は楽しそうだ。

 

「甘いぜ! 罠カードだ!」

 

『ブルーに上がってもキミは変わらないな』

 

 そうして、相手の攻勢をなんとか防いだ十代の隣で浮かぶユベルは、苦笑交じりに微笑むのが最近の彼らの日常である。

 

 

 

 

 だが、そんな十代たちの日常の様子を少々辟易した様子で眺める万丈目は、アカデミアの購買名物「ドローパン」片手に思わず呟いた。

 

「……相変わらずデュエル馬鹿だな」

 

 日々デュエリストとしての腕を磨くことに余念のない万丈目から見ても、十代のデュエルの頻度は若干以上に過剰である。その元気が何処から無尽蔵に湧くのか知りたいくらいだ。

 

「まぁ、そう言うな、万丈目。どうにも交流戦のカイザーのデュエルを見て火が付いたらしくてな。『カイザーと絶対にデュエルする』と張り切っているんだ」

 

「ふん、はしゃいでいる姿が目に浮かぶようだ」

 

 とはいえ、ドリンク片手の三沢の説明に己も思うところがあるのか万丈目も鼻を鳴らしつつ、呆れ顔に留める。とはいえ、その顔は「幾ら何でも限度がある」と言わんばかりの表情だ。

 

「万丈目くんも似たようなものだと思うけど?」

 

「同じにしないでくれ、天上院くん。俺と違って、アイツはただ数をこなしているだけだ」

 

 しかし、明日香から見れば「万丈目もストイックな性質であり、似た者同士」との言を万丈目は即座に否定した。

 

 闇雲にデュエルして強くなれるのなら誰も苦労しない。1戦1戦、勝利と敗北の背景を吟味しなければ、意味がないのだと。

 

「目指す先が違えども過程が同じなら、道中は楽しんだ方が得かもしれないな」

 

「……なんだ『それ』は。まさか、あの時の一件を蒸し返す気か?」

 

 だが、ポツリと差し込むような三沢の声に、万丈目は鋭い視線を返すが――

 

「いや、ただの個人的な考察を披露しただけさ」

 

「……ふん、そういうことにしておいてやろう」

 

 とぼけた様子の三沢の姿に、万丈目は追及の矛を収めた。

 

「『あの時の一件』って?」

 

「――て、天上院くんには関係のない話だ!」

 

 だが、過去の事情(十代との衝突)を知らぬ第三者の存在を一瞬忘れていたせいか、訪れた思わぬ追及に大きく肩を跳ねさせた万丈目は、慌てた様子で話題を変えようとするが――

 

「そう言われると気になっちゃうんだけど……」

 

 なんだかんだで、十代たちとの接点が増えた明日香からすれば捨て置く気にもならない。

 

「察してやってくれないか。譲れぬ男の矜持なんだ」

 

「そ、そういうことなんだ。悪いね。後、三沢――あのデュエルバカには、しっかりと口止めしておけよ」

 

「十代が関係しているの?」

 

「あっ」

 

 やがて三沢のフォローを交えつつ煙に巻こうとした万丈目だったが、念を押した結果に口を滑らせた己のウッカリを悔やみながらも、なんとか誤魔化そうとするが――

 

「いや、これは何と言うか、アレなんだ……アレで――なぁ、三沢!」

 

 己の限界を悟って、三沢にキラーパス(無茶振り)

 

「そろそろ約束の時間だ。移動を始めた方が良い――俺は十代を拾ってから向かうよ」

 

「そ、そうだとも、天上院くん! この話は別の機会にしようじゃないか!」

 

 だが、席を立ちつつ空の容器をゴミ箱に捨てる三沢からの言葉に、この場はお開きとなる。

 

 

 

 

 

「十代ー! そろそろ切り上げないと間に合わなくなるぞー!」

 

「ヤベッ!? もうそんな時間か!?」

 

『十代、相手が「デュエルの状態を保存して中断を――」とか何とか言ってるけど、どうするんだい?』

 

 そうして、三沢からタイムリミットを告げられ、慌てる十代にユベルは助け船を出すも――

 

「このまま決めるぜ!」

 

『まぁ、この手札ならこのターンに決着もつくか』

 

 勝負の流れを掴んだ実感があるゆえか、十代はデュエルを続行。

 

 なお、最終的にデュエルは十代の勝利に終わるも、思いのほか速攻を決められなかったことから予定に遅れない為にダッシュする羽目となった。

 

 

 その結果、「廊下を走っちゃダメなノーネ! 危なイーノ!」という定番のセリフを受けることになるが、余談である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 十代と同じ1年生のオベリスク・ブルー生徒が集められたアカデミアの一室にて、教壇に立つ佐藤は常と変わらぬ平坦な口調で彼らを集めた要件を告げる。

 

「もうじき学園祭のシーズンです」

 

「うぉー! 祭りだー!」

 

「静粛に」

 

「――あっ、はい……すみません、佐藤先生」

 

 それは、アカデミアでの大きなイベントの話題。分かり易いお祭り騒ぎの気配に十代も思わずテンションが上がるも、即座に佐藤にいさめられ肩を小さくした。

 

『折角のお祭りなんだから、少し羽目を外すくらい許して欲しいね』

 

「イベントを前に浮かれる気持ちは分かりますが、自分たちが学園の顔である『オベリスク・ブルー』である自覚を持った行動を心がけてください」

 

 やがて、しょんぼりした十代の姿にユベルが援護射撃に回るが、佐藤からの説教と言う名の追求の手は続く。

 

 正直、旧体制での生徒の失踪騒ぎや、校内の数多の問題の情報を大々的に公開した今のアカデミアは原作程の余裕や寛容さはない。普通なら廃校になっていても、おかしくない次元なのだから。

 

「己の行動の一つ一つがアカデミアの全生徒の将来を左右する可能性すらある事実を重く受け止めるように」

 

「…………はい」

 

『ハァ~、KCの時から変わらず嫌味な奴だ』

 

 それゆえに口酸っぱく締めくくった佐藤を前に、十代は申し訳なさげに反省の姿勢を見せるが、実質の部外者なユベルからすれば納得いかない様子の中、話題を此度の要件に戻せば――

 

「では、話を戻します。本来であれば、ブルー1年生のあなた方は、ブルー2年生との合同の形での学園祭参加になりますが――今年は優秀な生徒が増えました」

 

「いや~、それ程でも……って、2年の先輩と合同?」

 

「ですので、新体制初の『ブルー1年単独』での学園祭参加を認める決定となります」

 

 普段は手厳しい佐藤からの「優秀」との評価に照れ混じりに頭をかく十代の疑問の口をふさぐように、佐藤は端的に締めくくる。

 

「限られた人数ゆえ行える範囲は限られますが、節度ある行動を願います――以上です。質問があれば応対しますが、基本キミたちで議論するように」

 

 やがて、教壇を降り、脇に退いて座した佐藤を余所に、一室に痛いくらいの沈黙が広がっていく。

 

 そうして、どれだけの時間が経ったか定かではないが――

 

「お、おう? ……始めて良いのか?」

 

『良いんじゃないかな。「生徒の自主性に任せる」って話だろ?』

 

 何もせずにジッとしていられる性分ではない十代が思わず、そう言葉を零したことを思えばあまり時間は経っていないのかもしれない。

 

「――では、僭越ながら私、原 麗華が進行役を担当させて貰います!!」

 

 しかし、口火が切られたゆえか先の沈黙を取り戻すように委員長気質の原 麗華が教壇に上がり、「学園祭」と板書しつつ司会進行役を名乗りでた姿に、十代も乗り遅れる訳にはいかぬと己の希望を述べるが――

 

「あっ! はい! はーい! 俺、劇とかやりたい! ヒーローショーみたいなの!」

 

「遊城くん! 希望は後で募りますので、まずは私の説明を聞いた上で現状の把握を優先してください!」

 

 そうして、「もうテンション上げて大丈夫」な空気に十代が生来の明るさを出していく中、原 麗華が「注意点」との板書と共に先程、佐藤が言った「新体制初」における側面を纏めていく。

 

 その説明にオベリスク・ブルー1年生の面々がそれぞれ意見を述べていく中、その辺りの小難しい話題へ頭上に「?」マークを浮かべる十代へ三沢が助け船を出した。

 

「劇か……難しいだろうな」

 

「えっ、そうなのか?」

 

『何か知ってるのかい、三沢?』

 

「裏方にどうしても人数が必要だからな。簡易的なものなら出来なくはないだろうが……」

 

「相変わらず物を知らんな、貴様は――各々の分野を志望する先輩方が来賓にアピールする場でもある。そんな中でチンケなものでも出してみろ。アカデミアの看板に泥を塗ることになるぞ」

 

 そう、十代が提案したヒーローショーなどは意外と人手がいる。更には、スタッフを担当する生徒も「学園祭を見て回る時間は欲しい」以上、思いのほか求められる人数は少なくない。

 

 それに万丈目が付け加えたように、アカデミアは「プロデュエリスト」を目指す者「以外」も多々存在する。それは「カードデザイナー」であったり、「ゲームデザイナー」であったりと様々だ。

 

 そういった「普段のデュエルでは自己アピールし難い面々」にとって、この学園祭は願ってもない場である以上、熱の入りようは十代とは別の意味で猛々しい。

 

 三沢が言った「簡易的なもの」では最悪の意味で目立つだろう。

 

「兄さんの話じゃ、新体制が始まったばかりのオベリスク・ブルー1年は、数人しかいなかったらしいわ」

 

 前年度は明日香の言った問題から、「2、3人でアカデミアのブランドに恥じないレベルの学園祭の出し物してね!」が余りにも酷であった現実ゆえに、「1年生は2年生と合同」にせざるを得なかったくらいである。

 

「今ですら、辛うじて二桁いる程度だからな……中々、責任重大だぞ」

 

「俺たちが失敗した場合、今後の1年ブルー生徒が『2年合同で固定』――なんて話にもなりかねないしな」

 

 とはいえ、万丈目と三沢が頭を悩ませるように、幾らオベリスク・ブルー1年が増えたと言っても「十人ちょっと」では人的余裕は殆どない。出来る範囲は限られる。

 

 幾ら佐藤の発言から「試験的な運用」とのことが示唆されていても、手を抜いていい理由にはなりえない以上、一同は脇に退いて座り、未だに沈黙を守る佐藤をチラとみて「あーでもない、こーでもない」と意見を交わすが――

 

『十代、人手が足りないならラー・イエローから借りたらどうだい? 人数が多いんだ。何人かいなくなっても大した問題じゃないだろう?』

 

「でもさ! 折角のお祭りなんだし、俺たち含めて『みんな』が楽しめた方が良いじゃん!」

 

『…………キミが、そう言うなら無理強いはしないよ』

 

 そんな中で、ユベルの「人手が足りないなら別から無理矢理に引っ張ってくれば良い」との提案を十代は小さく横に首を振って「否」を返しつつ、眉間にしわを寄せて悩まし気な三沢たちに己の主張を披露する。

 

 確かに三沢たちが語ったような問題があるのは十代も理解したが、学園祭の主役は生徒たちである以上、自分たちが楽しめないのでは本末転倒である。

 

「その通りです、遊城くん!!」

 

「うぉっ!?」

 

 だが、「楽しむこと」を何より重要視する十代の声に、急に割り込んできた原 麗華の気合の入った声に十代がひっくり返りそうになる中、原 麗華は教壇にて拳を握り続ける。

 

『説明、終わったみたいだね』

 

「私たちはオベリスク・ブルー1年の最初の一歩を踏み出す機会に恵まれました! ならば、今こそ、未来のアカデミア生徒の良き前例となるべきではないでしょうか!!」

 

「張り切ってるわね、麗華」

 

「……お祭り……」

 

 そんなこんなで、やる気に満ちた原 麗華の音頭を取る姿に周囲の熱も引っ張られる中、雪乃とレインもまたその熱気にあてられていく。

 

 

 果たして、その熱が生み出すのは一体どんな魔物(出し物)になるのやら。

 

 

 

 

 

 

 

 そんなお祭り騒ぎの気配を感じてか、授業終了のチャイムが鳴るオシリス・レッドの教室にてジュンコは隠し切れない程の楽しみな様子で両腕を頭上に挙げて伸びをしながら未来へ心躍らせる。

 

「学園祭かー、楽しみねー!」

 

「吹雪様と偶然お会いできるかもしれませんわ~」

 

 そう、学園祭の間は寮の隔たりが一部解除される。その為、彼女らがファンであるフブキングこと吹雪に出会えるチャンスは低くはない――というか、3年のオベリスク・ブルーの出し物に足を運べば、ほぼ確実に出会えるだろう。

 

 それゆえに、ジュンコたちは学園祭の日を今か今かと楽しみにしていた。

 

「何を言っているんですか? 当日のオシリス・レッドは通常授業ですよ?」

 

「なん……ですって……!?」

 

 だが、生徒からの質問に答え終えた響から無情な現実が突き付けられた。

 

「響先生! 後生ですから! ちょっとだけでも許してください!」

 

「お願い致しますわ! これが最後のチャンスでしてよ!」

 

「恨むのなら過去の自分たちを恨みなさい」

 

「正論……!」

 

 しかし、諦めきれぬジュンコとももえが祈るように縋るも返ってくるのは圧倒的な正論。

 

 変な意地を張らずに普通に授業を受けて頑張っていれば、余程のことでもない限りラー・イエローには上がれる程度の実力は最低限ついていた筈なのだ。

 

 とはいえ、正論で誰もが納得できるのなら世の中はとっくの昔に平和である。ゆえに、ももえは禁断の方法を画策。

 

「こ、こうなったら、その日だけは授業をサボるしかありませんわ! これだけは譲れませんの!」

 

「サボるのは構いませんが、警備の邪魔にならないように寮で待機していてくださいね。倫理委員会に保護されて、冷たい床で1日過ごすなんて嫌でしょう?」

 

 しかし、その作戦は響の忠言により即座にとん挫した。アカデミアの治安維持を務める面々にガチられては、一般人であるももえたちに勝ち目はない。

 

「徹底し過ぎですわ!? わたくしたちが何をしましたの!?」

 

「今の体制では基本的にイベントごとはオープンにしていますから、レッド生徒に余計な負荷を与えない為です。キツいですよ――『落ちこぼれ』とのレッテルが貼られた視線は」

 

 とはいえ、これだけ徹底するのにも訳がある。

 

 現体制のアカデミアでは、学内の情報をオープンにしている以上、返ってくる声は前体制の比ではないのだ。

 

 良い声ばかりならば気にする必要はないのだろうが、悪しきに罵る声がゼロな訳がないだろう。

 

 軽い気持ちで送られる誹謗中傷の言葉に心を傷つけない訳がない。ただでさえ彼ら生徒は、ナイーブな年齢なのだ。リスクは可能な限り排したいのも無理からぬ話。

 

「うっ……でも、私たちだって、ちょっとは成長してますし――」

 

「安易に貼られるレッテルに詳細な事実関係なんて加味されませんよ」

 

 それに加えて、幾らジュンコが言うように彼女らも少しずつ進歩していたとしても、その情報を受け手が正確に把握してくれる保障など何処にもない。

 

 ゆえに「過保護」と言われようとも、これ以上の失態を許されない立場であるアカデミアとしては徹底せざるを得ないのだ。

 

 

 そうして、ジュンコとももえが机にうつ伏せになりつつ絶望の様相でさめざめと泣く中、教科書の類を片付けていた翔は、オベリスク・ブルーの寮がある方向を見ながら肩を落とす。

 

――あー、学園祭行きたかったっスねー……でも、お兄さん何するんだろう? 店番してる姿なんて想像できないっス。

 

 それは、翔の兄である亮に向けた――アカデミアの最高位にいる兄と、最低位にいる己との差への絶望混じりの情景。

 

 だが、そんな優秀な兄である亮が学園祭で店番している姿を想像し、そのあまりの似合わなさに思わず内心で吹き出しそうになる翔だったが、そんな己へ背後から声がかかる。

 

「なぁ、丸藤」

 

「……? なんっスか、慕谷くん」

 

「学園祭の日の1日だけ授業休んで寮で中継見ながら祭り気分を味わわないか? レッドの男連中みんなで集まってパーっと騒ごうぜ」

 

その声の主である万丈目の元取り巻きの1人こと慕谷からの遊びの誘いを受ければ――

 

「おっ、それ良いっすね。僕、お菓子買い貯めしとくっす!」

 

 これを翔は乗り気で快諾。昔の彼ならば考えられない選択だろう。

 

 やがて、慕谷たちと帰路を共にしながら翔は、未来の宴の計画を話題に花を咲かせる。

 

 

 そんな彼らの姿は、祭りの形が一つではないことを感じさせた。

 

 

 

 

 

 

 

 そんなお祭り気分なアカデミアに引っ張られた訳ではないだろうが、「凄い発見をした」との遊戯の知らせを受けて呼び出された神崎は軽い足取りで夜更けに遺跡の地下深くへ向かっていた。

 

 それはシンプルに、詳細な情報を得られれば「将来的な危機の予測」を立てやすくなった朗報ゆえの前向きの気分でもあり、

 

 また、「漫画版5D’sでは語られなかった原作の部分」を知ることが出来るファン冥利につきるミーハーな気分でもあったりもするが、そこはあまり問題ではない。

 

 今、重要なのはいい歳してウキウキな気分で神崎は調査依頼をしていた遺跡を訪れたことだけだ。

 

「神崎さん、こっちです」

 

「これは、武藤くん――凄い大発見をなされたと聞きましたが、その場に立ち会わせて頂けるなんて光栄です」

 

 そうして、夜も遅いゆえに小さな照明の光が辛うじて周囲を照らす暗がりの遺跡の地下部分にて、神崎は一先ず遊戯に礼を述べるが――

 

 

「おや、皆さんはどうなされたのですか?」

 

「教授たちには席を外して貰ってます」

 

 他の面々にも挨拶しようとした神崎は、周囲に遊戯以外の姿がないことに遅ればせながら気づいた素振りを見せれば遊戯より「人払いした」との発言を受け、若干気を引き締める。

 

 思ったより真面目な話なのかもしれない、と。

 

「……? そうですか」

 

「これを見て欲しかったんです」

 

 そうして、照明を掲げた遊戯に促されるまま照らされた遺跡の壁画を見上げれば、そこにあるのは巨大なドラゴンの周りを、数体のドラゴンたちが争うように取り巻く姿が描かれている。

 

――陰陽祭の伝承……か?

 

 やがて、その壁画の様相を原作知識からあたりをつける神崎へ、遊戯が重い口を開いた。

 

「シンクロ召喚、未来の召喚法」

 

“これが俺たちの時代にある召喚法――シンクロ召喚です”

 

 そんな遊戯の脳裏に響くのは「未来から来た」と語った未来のデュエリスト(遊星)の姿。

 

「…………これって、あの時のドラゴンですよね?」

 

“そんなドラゴンは知らない! 本来の歴史には存在しなかった!”

 

 今の遊戯の脳を揺さぶるのは「滅びの未来から来た」と語った未来のデュエリスト(パラドックス)の姿。

 

「確かに、よく似ていますね」

 

 そして、今の遊戯が見やるのは「限定的な未来の知識を持つ」と語った現代の人間。

 

 だが、その人間である神崎の煙に巻くような所作に遊戯は声を荒げた。

 

「とぼけないでください! 未来を断片的に知っている貴方は、ずっと前から知っていたんでしょう! だから、ボクたちに調査を依頼した!」

 

“私は歴史を観測し、最善の歴史を探っていたが――その中で歴史を歪めている存在を見つけた”

 

 なにせ、()()()情報を明かしておいて今更、隠し立てされるなど許されはしない。遊戯の心にパラドックスの言葉が重くのしかかる。

 

「何か問題でも? 武藤くんには私が断片的な未来の情報を有している点は既に明かしたじゃないですか」

 

――遺跡の存在は知っていても、発見自体はイレギュラーなんだけどな……

 

「なら、答えてください!」

 

 だが、それでも不思議そうな様子で詳細を語ろうとしない神崎へ、遊戯は強い言葉で問いかける。

 

「未来の遊星くんに何をさせるつもりなんですか!!」

 

 今の遊戯には返答次第では敵対の覚悟すら伺えた。

 

 

 しかし、とうの神崎は只々疑問である。遊戯の怒りの根源が見えない。

 

――彼には“世界を救って貰う”訳だが、そういう答えを求めている様子ではない……よな?

 

「……どうにも話が噛み合っていないように思えます。あの時の不動さんの発言を鑑みるに、彼のご両親は高名な方なのでしょう?」

 

 ゆえに、「情報不足」と判断した神崎は、パラドックスの一件で遊戯が把握した範囲の情報を確認するように羅列していく。

 

「今の時代に不動さんのご両親の存在が把握できていない以上、不動さんがいた時代は最低でも今から30年程度のスパンがある筈――今の私の年齢的に、どうこう出来るとは思えないのですが」

 

 とはいえ、神崎が語ってみせたように「現実的な視点に縛られている」限り、神崎は遊星に手出しできない状況である。

 

 神崎の脳裏に「まさか冥界の王を代替わりしたゆえの寿命の崩壊を知られた?」との懸念が浮かぶが、それにしては遊戯の対応が妙に半端のようにも思えた。

 

 だが、遊戯はその辺りを疑ってはいない。

 

“足掻き続けた先に父さんと母さんが、みんなが掴んだその想いをそんな言葉で否定はさせない!! 人には未来を変える力があるんだ!!”

 

 このパラドックスとの衝突の際の遊星の発言を鑑みれば、神崎が遊星に直接関与しているとは考えにくいのは明白だ。ゆえに、介入のタイミングは――

 

「だとしても、遊星くんの両親が若い頃なら――――………………?」

 

 と、続けようとした遊戯は、遅ればせながらに状況の不可解さに気づく。遺跡の情報を問題にしている今、神崎が年代ばかり気にする現実はあまりにも妙だった。

 

――いや、どうして……さっきから遺跡についての話題が出ないんだ? ボクたちが遺跡の情報を手にした以上、隠す意味はない筈……

 

 神崎が情報を隠したがっていることは、過去の一件より遊戯も理解している。しかし、「遺跡を調査させた」以上、それは「情報を開示した」と同義である筈だ。

 

 それは、つまり「遺跡での情報を踏まえた議論がしたかった」との結論が下せる筈であろう。

 

「先程の発言から察するに、武藤くんは未来の不動さんを心配している訳ですよね? この遺跡に不動さんへ危険を及ぼす代物でもあったのですか?」

 

「いや、だから――」

 

 だというのに、神崎は未だに「遺跡の情報」を欠片も開示しない不可解な現実。噛み合わない会話。

 

――まさか……知らない?

 

 しかし此処で、遊戯は己が神崎を色眼鏡で見ていた事実に思い至る。

 

 幾ら「未来の情報は酷く断片的」との話を聞いていても、「自分が知っている程度のことなど神崎は全て知っている」と頭から決めつけていた。

 

 だが、神崎の原作知識は意外と穴が多い。「何月何日の何時何分に~」などの詳細な情報は殆どないのだ。知識が「記録」ではなく「物語」である以上、当たり前の話である。

 

 

 ある種の遊戯の自己評価の低さが招いた食い違い。

 

 

――そうか、教授を頼った以上、神崎さんは遺跡の碑文を完全に解読できる訳じゃない……

 

 ゆえに、現状のズレを遊戯はかなりの速度で凡その形、把握し始める。

 

 そう、神崎は遺跡の碑文を「読む」ことは出来ても、「解読」できる訳ではない。

 

 一つ例題を上げれば、『ラーの翼神竜』のヒエラティックテキストに記された――

 

“神は三体の生贄を束ねてその力を得る ただし神を従えし者 古の呪文を天に捧げよ”

 

 との内容を「読む」ことは出来ても、それが「どんな意味(効果)を持つのか?」を「解読」出来ないのだ。

 

 

 とはいえ、今回の双方の認識のズレの一番の大きな要因は、「この遺跡こと《閃光竜スターダスト》が遊星に危害を及ぼす筈がない」との原作知識からなる神崎の先入観が主だが。

 

 平たく言えば、神崎の認識では「遊戯が此処まで取り乱すレベルの危機」が遊星に訪れることはない筈である。ゆえに、話が噛み合わない。認識が食い違う。情報に齟齬が生まれる。

 

「武藤くん?」

 

 そうして、思考の海に沈み黙して語らぬ遊戯へ心配するように声をかける神崎だが、相も変わらず遊戯からの返答はない。

 

“初めまして、神崎さん――貴方の話は『父から』聞いています”

 

――遊星くんが、こう言っていたけど、ひょっとして遊星くん自身は神崎さんから伝言の類すら受け取ったことがない? なら、どうして……

 

 それもその筈、今の遊戯は大きな疑問に差し当たっていた。いや、矛盾と言い換えても良い。

 

 詳細な未来の情報を有していたパラドックスが「知らない」と断言した以上、《閃光竜スターダスト》の件に神崎が関わっている可能性は非常に高い。

 

 だというのに、《閃光竜スターダスト》に必要不可欠な情報を神崎が持っていない――と思しき反応を見せる。

 

 流石に「今の神崎の反応」を「演技」とは遊戯も思っていない。そもそも「演技」する「必要すらない」話なのだから。

 

 ゆえに、相手の反応を確認しようと思考の海から顔を上げた遊戯の瞳に映るのは、心配気な様子で己を見やる神崎の姿。

 

「落ち着きましたか? 問題があったのならば話し合いましょう。場合によっては私も未来の情報を開示する必要があるかもしれません」

 

「えっ、いや、その……」

 

――……あれ? これって……

 

 やがて、神崎があれ程までに避けていた「未来の情報の開示」が提案される程に心配されていた現実に、遊戯はようやく違和感の正体にたどり着く。

 

 

 その答えはあまりに簡単なことだった。

 

 

――まさか遊星くんが《閃光竜スターダスト》を手にしたのは、ボクが神崎さんに伝えた情報が原因……?

 

 本来の歴史において、遊戯が神崎に何を告げたのかは分からない。

 

 パラドックスの「歴史は想定以上の歪みを見せている」との発言から「本来の歴史の自分(遊戯)」が「神崎に何処まで踏み込んだ」のかも分からない。

 

 何も知らず、疑わず、無根拠に信頼して何もかも伝えてしまったかすら分からない。

 

 

 ただ、唯一分かっていることもある。

 

 

 それは今、神崎の未来の行く末を遊戯が握っている事実のみ。

 

 

 遊戯からの何気ない情報一つで神崎の行動は大きく変わるだろう。

 

 

 それを自覚し始めた瞬間に己に宿る「全能感」と「忌避感」――己が世界を動かしているような得難い感覚。

 

 (遊戯)の発言によって、相手(神崎)の未来が決定しかねない そんな他人の人生をオモチャのように手にした感覚。

 

――なんだろう、この感覚。凄く気持ち悪い……

 

 そうして、何処か息苦しさを覚えた遊戯は内から生じる気分の悪さを誤魔化すように、己の口を手で塞ぐ。

 

 それは「思わず情報を明かさないように」との無意識の所作だったが、遊戯の様子を「考え込んでいる」と誤認した神崎は場を仕切りなおすようにパンと手を叩いた。

 

「考えが纏まらないようですね。では、問題を一つずつ定義していきましょう」

 

 やがて、神崎は指を一つずつ伸ばして遊戯が答え易くなるように進行する。

 

「1つ、この遺跡に何らかの危険要素が発見された」

 

 遊戯の反応を見るに、それが深刻なものであることが神崎からも伺える。

 

「2つ、それは未来にて影響を与える時限式タイプの代物。詳細な時期は、不動さんがいる時代」

 

 そして、「遊星くんに何をさせるつもりなんですか!!」との発言を鑑みれば、「遊星でなければならない」確信が遊戯にあることは明白。

 

「3つ、その問題に現在の私が介入することで、状況を悪化させかねない可能性が高い」

 

 更に、糾弾するような遊戯の様子を見るに「非人道的な行い」が必要であることが察せられ、神崎が「非人道的であっても実行する」程の「何か」を遊戯は知った。

 

「今の私に定義できるのは、このくらいです」

 

 そうして、三本指を立てて締めくくった神崎だが、とうの本人としては今でもサッパリ現状を把握できていない。

 

「焦らずとも構いませんよ。ゆっくり深呼吸してから考えてください」

 

 そう優しげに提案する神崎だが、本音としては是が非でも説明して貰いたいが、同時にこれ以上、遊戯の不興を買う真似は絶対に避けたい。

 

「武藤くんが『話したくないこと』は『話さなくて』構いません」

 

 そうして、待ちの姿勢になった神崎を前に、遊戯は沈黙したままである。

 

 

 今の遊戯は、言葉が出てこなかった。

 

 パラドックスとのデュエルの際に《閃光竜スターダスト》が存在していなければ、どうなる?

 

 パラドックスとのデュエルの際に不動 遊星が駆けつけなくなれば、どうなる?

 

 パラドックスとのデュエルの際に遊戯たちが負ければ、どうなる?

 

 

 きっと、目の前にいる人が、あっけなく死んでしまうのだろう。

 

 

 これからの遊戯の発言一つで未来は容易く変わる。変わってしまう。

 

 

 武藤 遊戯には――彼には、それだけの影響力がある。

 

 

 滅びの未来なんてものを知らなければ、何も悩まず答えられていた筈の言葉が出てこない。

 

 良くも悪くも未来を変えられてしまうことを自覚しなければ、背負う必要がなかった重責が、その肩にのしかかる。

 

 

 

「武藤くんは、()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

 さぁ、デュエルキング――今度はキミが選ぶ番だ。

 

 

 

 (未来)を左右する選択を。

 

 

 

 




知らない頃には戻れない。





Q:なんで遊戯はガチギレしてたの?

A:未来で遊星が使っていたカードが「人死にが出るレベルで危険な闇のカード」であったことが発覚し、神崎が関わっている可能性が極めて高い状況証拠が凄い出てきた。




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第264話 学園祭デュエル! ???乱入!



前回のあらすじ
祭りじゃ! 祭りじゃ!





 遊戯との会談も過去となった頃、神崎は電話と書類の山に追われていた。

 

「ペガサス会長への繋ぎは、これで問題なし――と」

 

――シンクロ召喚の発見が武藤くんの手で、更にはこの時期に……

 

 それは、シンクロ召喚に関してI2社――主にペガサスとの情報共有や、遺跡調査へKCやI2社の人間の介入の際の摩擦の緩和など、様々なお役所仕事系統のアレである。

 

 流石に、広い見識を持っていても根っこは一考古学者なホプキンス教授や、その弟子扱いの遊戯に丸投げできる部分ではないゆえに請け負った――というよりは、企業間の抜け駆けを避けたい思惑から白羽の矢を突き立てられた具合だ。

 

 そうして、未だGX時代の1年目にも拘わらず5D’sの顔である「シンクロ召喚」の出現に色々考える神崎だが――

 

――いや、カード開発や規格の設定、関係各所への通達や全世界への周知などの諸々を鑑みれば、数年で終わる代物じゃない。この程度は誤差の範囲と言える。

 

 彼が予想するように、原作の5D’sの時期で「既にシンクロ召喚が珍しいもの扱いもされずに周知されていた」事実を思えば、GXのこの時期に発見されても「誤差」と言えなくもない。

 

 原作GX終了時から数年後を描いた劇場版「超融合―時を超えた絆―」の事件が切っ掛けとなった――と考えれば、その誤差は「数年以内」と苦しいながらに言えよう。

 

「武藤くんが取り乱す理由も分からなくはない」

 

“「デュエルモンスターズの発展の加速が破滅の未来を引き寄せている」ってパラドックスさんが言ってたので、シンクロ召喚の発表は何時くらいにすれば良いか、相談したくて……”

 

 そう、これが先の会合で遊戯から明かされた「神崎を呼び出した理由」だ。

 

 それは、つまり――

 

「……嘘『は』ないんだろう」

 

――私には「明かすべきではない」と判断した……か。

 

 あの会合で「遊戯が知った遺跡の情報」は明かされなかった事実に他ならない。

 

 遊戯は己の意思で「伝えない」選択を取った。そこからは、遊戯なりに行動する旨が伺えた。

 

 しかし、遊戯の重要性を誰よりも知る神崎は思い悩む。

 

――その気になれば、ホプキンス教授経由で強引に入手することも出来なくはないが……

 

 それは、遊戯の意思を無視してでも「遊戯が隠すべき」と判断した部分を追求するか否かの決断。

 

“………………無理しないでください。全ては捧げられないけれども、助けが欲しくなったら何時でも言ってくれて大丈夫です――と言っても、ボクに出来そうなのはデュエルくらいですけど……”

 

 だが、そう思案する神崎の脳裏にかつて遊戯に告げられた言葉が蘇る。

 

 そう、(遊戯)自分(神崎)を信じてくれた。黒い部分(非道な行為)を薄々察していても知ってもなお「信じる」と言ってくれた。

 

「……武藤くんの選択を信じよう」

 

 なら、そんな相手を信じないのはフェアではない。

 

 それに加えて、漫画版5D’sの原作知識を持つ神崎からすれば、情報の凡そを察せるゆえに「無理に追及する必要はない」との意識も、その決断を後押ししているだろう。

 

――ああも、親身にぶつかって来てくれる相手を蔑ろにしちゃいけない。

 

 とはいえ、その根底にあるのは「信じたい」との希望的観測に他ならないことを神崎は気付いているのだろうか?

 

 絶対的な指標――その前提が崩れた現実を突きつけられた筈なのに。

 

 それでも「信じたい」と考えてしまうのは、彼の弱さなのか。それとも、その心が前を向き始めたゆえなのか。はたまた、ただの思考の放棄か。

 

 その心は本人にすら分からない。

 

 だが、そうして思考と共に止まっていた神崎の手の中の端末からアラーム音が鳴り響く。

 

 仕事の依頼だ。

 

 その認識と共に神崎は手早く「次」へと意識を切り替え、通話片手に移動の準備を始める。

 

 時間は有限である。

 

 滅亡の未来は彼を待ってはくれないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなアレコレ時が経つうちに迎えたデュエル・アカデミアの学園祭。生徒たちは、島全体に広がるお祭り騒ぎの雰囲気に足取り軽い様子で各々エンジョイしていた。

 

 それは、デュエル場の一角にいた学外からの数多の客人たちの1人こと――

 

「小日向さん! 久しぶり!」

 

「……ん? あぁ、あの時の恋するチビッ子」

 

「レイちゃんだよ。名前、覚えられないの?」

 

 早乙女 レイと、黒田 月子もまた同様である。とはいえ、休憩中と思しき小日向に朗らかに挨拶するレイと異なり、月子の方は若干の棘がみえた。

 

「ごめんねー、年間いっぱい人と会うから一々覚えてられないのー」

 

 そして、その(挑発)を見逃す小日向ではない。煽られたら煽り返す――倍返しである。

 

「あ゛?」

 

「月子がマジギレしている……メッチャ怖えぇ!」

 

 そうして、瞳の周辺に血管を浮き上がらせながらギョロリと睨み返す月子の背後で、月子の兄こと黒田 夜魅は情けない声を出しながらガタガタ膝を震わせる。トラウマがある様子。

 

 ゆえに、バチバチとぶつかる爬虫類――族、使いたちの闘争を止めてくれることは期待できそうにない。

 

「俺は勝ぁつッ!!」

 

「つ、月子ちゃん! わたしは気にしてないから!」

 

 結果、デュエル場で響く聞きなれた声をバックに友人である月子をなだめようと奮闘する彼女の元へ――

 

「ダメだよ、小日向さん。月子ちゃんの大事な友達をからかうようなことしちゃあ――ゴメンね、みんな。小日向さんは、あまのじゃくなところがあるから……」

 

『とはいえ、「恋するチビッ子」呼びでああも喧嘩腰だったのも、どうかと思うよ』

 

 天使(オネスト使い)――現る。

 

 普段は「影が薄い」と言われる所以である藤原(とオネスト)の圧倒的なまでの常識人力によって、矛先を失っていく二つの爬虫類族使いを見て、レイは天使が舞い降りる様を幻視したそうな。

 

「勝利こそが全て!!」

 

 やがて、聞きなれた誰かの声がデュエル場で響く中、小日向は両手を小さく上げて降参の姿勢を取りつつ肩をすくめて名を呼んだ。

 

「はいはい、悪かったわよ。レイに月子でしょ、覚えてる覚えてる」

 

「――オレは!?」

 

 面識が一切ない夜魅は除外されるが。

 

 そうして、おのれを指さし自己アピールする夜魅をチラと見た小日向は僅かに首を傾げるも納得した様子でポンと手を叩く。

 

「……? アンタ、誰? ……あぁ、そうか。男が出来たのか」

 

「――オレが!?」

 

「ち、違うからね、夜魅くんは、ただの友達で全然そういうのじゃないから!」

 

「――ぐふっ!?」

 

 まさかの勘違いに一瞬ドギマギする夜魅だが、レイが食い気味で否定した現実に吐血しそうな精神的ショックを受けざるを得ない。

 

 夜魅とて別にそういう気持ち(レイへの恋愛感情)があった訳ではないが、「論外」と言わんばかりの否定をされれば傷ついてしまうのは男の性なのだろうか。

 

「……ワンチャン狙ってたのか」

 

「そんな言い方しちゃダメだよ……」

 

『恋愛に興味が出てくる年ごろなんだろう』

 

「兄さん、最低」

 

 だが、「告白する前に振られて大ダメージ」と判断した小日向と藤原の誤認が、月子の中で只でさえ高くなかった夜魅の兄としての威厳を地に落とした。

 

 妹の親友に手を出す(誤解)兄は、月子の中ではアウトらしい。

 

「ち、違うんだ、月子! お兄ちゃんはただ――」

 

「なんですか、()()()()?」

 

「――ぐっふぉぁっ!?」

 

 やがて、弁明の機会すら与えられず他人行儀に呼んでくる月子の言葉の槍に貫かれ、極度のシスコンである夜魅は致命的なダメージを受けて思わず膝をつく。これは立ち上がれない。

 

「うん、気持ちは分からないでもないけど、その辺りにしておいて上げて――ね?」

 

 こうして、メンタルに瀕死の重傷を負った夜魅を藤原に任せたレイたちは、尊い犠牲を背に前を向く。

 

「消えろ、敗者は!!」

 

 デュエル場にて木霊する聞きなれた声を背に、月子は話題を変えたかったのか小日向に問うが――

 

「フォースの人たちって、学園祭で何を出し物にしてるの?」

 

「フォース生でも、学園祭は学年ごとのオベリスクブルーに組み込まれるわよ。4人ぽっちじゃ出来ること殆どないし」

 

「あ、あの! そろそろ良いですか!」

 

 だが、その流れをバッサリ切ってでもレイは、ずっと疑問だった点を解明すべくデュエル場を指さした。

 

「なに? 順番はちゃんと待って貰うわよ」

 

「それは当然ですけど――」

 

 そして、小日向の小言を余所に、レイが指し示した先にあるのは1人のデュエリストの姿。

 

 

「――俺は勝利をリスペクトする!!」

 

 

 三つ首の機械龍を背に従え、対戦相手たちを完膚なきまでに叩き潰す普段の青と白の制服とは異なる黒い衣装を纏う亮の姿。

 

 その纏う雰囲気は、繰り出される言葉は、そしてなによりデュエルは「皇帝(カイザー)」と称される高潔で相手のプライドを重んじていた姿は欠片もない。

 

 

「あの亮様どうしちゃったんですか!?」

 

 ゆえに、レイはたまらず問わずにはいられない。

 

 あれでは、かつて吹雪が己の語ってくれた道を踏み外した姿そのものではないか。

 

 乗り越えた筈の過去に追いつかれてしまったのかとレイは心配気な表情を見せる。

 

「プロ行き決まった面々いるから、そいつらと景品とかで客を釣ってレイド形式のデュエルやってんのよ。あの煩いのは『ヒール役』の演技」

 

「……ヒール? 悪役の演技ってこと?」

 

 だが、真相は凄いしょうもないことだった。

 

「そう、『悪い魔王をやっつけろー』って趣旨。だから、レイド形式な訳」

 

「レイド形式?」

 

「客側が5人1組で1人ずつ挑んで、魔王側のライフをゼロにする形式。5人の挑戦者側は盤面を引き継げて、魔王側はライフだけ引き継ぐから、『5回のデュエルで亮の4000のライフを削る』って考えれば良いわ」

 

 そう、これはオベリスク・ブルー3年の学園祭の出し物の一環である。

 

 オベリスク・ブルーの3年生ともなれば、プロ行きが決まっている者も少なくはない。そんな実質プロデュエリストたちと間近で戦える舞台――それを彼らの売りにした。

 

 とはいえ、対等な条件のデュエルでは一方的になりかねない為、少々お祭り要素を押し出しているが。

 

 亮の件は「悪役とはどんな風にすれば良い?」とクソ真面目に聞いてきた当人へ――

 

「昔の恥さらしてた感じで良いんじゃない?」

 

「確かに悪役感バッチリだね!」

 

「複雑だろうけど、あの時が近いと思うよ」

 

 との友人たちからのありがたいアドバイスを参考にした結果だ。「いつもと違うカイザーが見れて新鮮」と意外と好評である。

 

「な、なんだ……そうだったんだ……」

 

「そっか、カイザーは強いけど、ライフだけ減っちゃう5連戦なら私たち(小学生)でも勝てる可能性あるんだ」

 

「そういうこと」

 

 やがて、心配が杞憂だったと安堵の息を漏らすレイを余所に、月子が祭りの趣旨を理解してく最中、未だグロッキーな夜魅の背をさすりながら藤原が注釈をいれる。

 

「でも、倒せなくてもデュエルの内容でポイントをつけてるから、軽い景品なら負けても手に入るよ。安心してね」

 

『まずはみんなに楽しんで貰うことが目的なんだ』

 

 そう、彼らの出し物は(実質)プロとデュエルして終わりではない。付加価値(オマケ)があるのだ。

 

 (実質)プロのサインや、ブロマイドなどのグッズ、はては一緒に写真を撮るなんてミーハーなものまで多種多様である。

 

 

 そうして、そんなオマケ(景品)に誘われた哀れな子羊たちがまた一人(五人)――決戦の地へと足を運ぶ。

 

「さぁ、次の相手は誰だ!!」

 

「俺たちノース校・四天王が相手だ! 先方は、この俺! 【切り込みガガギゴ】使いの青島が務める!」

 

 その5人組の内の4人――ノース校四天王ことチョビ髭、触覚前髪、ギザギザ頭、ロン毛の中から1人、「青島」がデッキ片手に前に出る。

 

「ほう、つまり《切り込み隊長》を主軸としたデッキか――手の内を明かすとは……後悔することになるぞ!」

 

 だが、その名乗りの際にデッキコンセプトを明かす青島の発言に、亮は頑張って悪ぶってみるが、その内心では「情報アドバンテージをイーブンにする為か」とリスペクトしながら両者は対峙した。

 

「 「 デュエル! 」 」

 

「俺の先攻、ドロー! 魔法カード《デス・メテオ》! 相手に1000のダメージを与える!!」

 

「バーンデッキだと!?」

 

亮LP:4000 → 3000

 

 しかし、蓋を開けてみれば《ガガギゴ》も《切り込み隊長》も関係ない炎の隕石が亮に降り注ぎ、そのライフを着実に削っていく。

 

 とはいえ、青島もこんな騙し討ち染みた真似は本意ではない。

 

「俺の普段のデッキでなくて申し訳ないが――『カイザーとのガチデュエル権』を以て、ノース校のキングに! 江戸川さんに錦を飾らせてやる為なら俺たちのプライド! 今ばかりは捨てるぜ!!」

 

 そう、全ては景品ことデュエルの場を、直に卒業する先輩へ届ける為。江戸川本人は「プロの世界でリベンジ」と言っていたが、後悔がゼロではないことくらいは分かる。それゆえの決断。

 

「まさに一人一殺のノーガード戦法……面白い、血の滾りを感じるぞ!!」

 

 そんな覚悟を受け取った亮は、全身全霊を以て打ち倒すことを悪役感タップリに宣言。

 

 己の魂とも言えるデッキを歪めてまで勝利を求めた彼らへ、温情をかけたデュエル(手を抜いて負ける)など傷に塩を塗る行為に他ならない。

 

 そうして、手札の全てを使いカイザーのライフを大きく削った青島がターンを終えれば――

 

「だが、この俺を前に無防備にターンを渡すなど愚かだと知るがいい! サイバーツインの2連撃に沈めェ!!」

 

「うわぁぁああぁ!!」

 

青島LP:4000 → 1200 → 0

 

 壁モンスターすらいない青島へ、亮は双頭の機械龍を即座に融合し、その連撃を以て一瞬で沈めてみせる。

 

「ナイスだ、青島! 後は1人頭、最低でも1000削れば十二分に勝機はある! 次鋒は【切り込みゴブリン】使いの緑川が引き継ごう!」

 

 かくして、減った亮のライフをそのままにフィールドと手札が一新されて次なるチャレンジャーとしてノース校・四天王の2人目、緑川が亮の残りライフを削るべく手札から効果ダメージを与えるカードを発動した。

 

 

 

「――あんなのアリなんですか!?」

 

「挑み方は自由よ。お祭り騒ぎがメインなんだし」

 

 だが、観客席にてレイは思わず叫ぶ。ハッキリ言って「せこい手段」と言わざるを得ない。

 

 幾ら小日向の言うような「お祭り」ゆえの側面があると言っても、あからさま過ぎる手で想い人たる亮が負けるなど、レイからすれば思うところがあるだろう。

 

「まぁ、あんまり賢い戦法じゃないけどね」

 

 ただ、藤原が思いのほかにバッサリ告げた――アレじゃ亮は倒せない、と。

 

 

 

「ぐぁあぁあああ!!」

 

緑川LP:4000 → 0

 

「よくも緑川をアッサリ! だが後一息だ! 此処は【切り込みG・(ジェノサイド)K(キング)・D(デーモン)】使いの赤井が終わらせよう!」

 

 そうして、また1人と倒れていったノース校の四天王たち――これで残る四天王は2人。

 

 しかし、2人いれば大きく目減りした亮のライフを削り切れると、ノース校の四天王の赤井が手札より効果ダメージを与えるカードを発動していた。

 

 

 

 やがて着実に減っていく亮のライフをレイがドギマギした気持ちで眺めるが――

 

「でも、亮様のライフは殆ど残ってないし……」

 

「あれで倒せるなら、あのバカは『皇帝(カイザー)』なんて呼ばれてないわよ」

 

「見てれば分かるよ、レイちゃん」

 

 小日向と藤原は、亮が敗北する心配など露ともしていなかった。

 

 

 

 

「《サイバー・エタニティ・ドラゴン》でダイレクトアタック!!」

 

「だが、そいつの攻撃力は2800! ライフは残る! 次のドローで効果ダメージを与えるカードを引けば――」

 

赤井LP:4000 → 1200

 

 そうして長大な機械龍の突進を受けた赤井は、今まで四天王たちを1ターンで沈めて来た亮が初めて仕留め損なった事実に勝負の流れを掴んだ感覚を覚え、来たるべき次のドローに力がこもる。

 

「速攻魔法《神秘の中華鍋》! サイバー・エタニティをリリースし、その守備力分のライフを回復する!!」

 

「――なっ!?」

 

 だが、亮が従えていた長大な機械龍こと《サイバー・エタニティ・ドラゴン》を光へと還せば、その光が亮のライフを大幅に回復していく――その数値は4000、初期ライフがそのまま戻ったに等しい。

 

「そして速攻魔法《エターナル・サイバー》により墓地から舞い戻れ! サイバー・エタニティ!!」

 

 更に、赤井の絶望は続く。来る筈だった次のターンの代わりに彼の元へ訪れたのは、光と消えた筈の《サイバー・エタニティ・ドラゴン》の姿。

 

「当然、墓地から舞い戻ったサイバー・エタニティには攻撃権が残っている!!」

 

 そして、《サイバー・エタニティ・ドラゴン》の長大な身体の関節部がスパークを放ちながら、その口元に収束し始めていたエネルギー波が――

 

「エターナル・エタニティ・バァーストッ!!」

 

 次のターンが来ると信じていた赤井を貫いた。

 

赤井LP:1200 → 0

 

「赤井!」

 

「す、すまない……」

 

「ま、まだだ! この俺! 【切り込み連合軍】使いの黄田が勝負の流れを取り返す!」

 

 悔し気に膝をつく赤井に駆け寄った最後の四天王こと黄田が己を奮い立たせるような言葉と共に、亮のライフ以外が一新されたレイド形式のデュエルに向かうが、その心は頭以上に非情な現実を受け入れ始めていた。

 

 

 

 

 かくして、一人一殺のスタンスで有利を取っていた筈の四天王たちが、一転して窮地に立たされ始めた雰囲気にレイは驚愕と尊敬のまなざしをデュエル場の亮へと向ける。

 

「亮様のライフが一気に回復した!?」

 

「そっか、この戦法(効果ダメージだけ)だと挑戦者側の盤面の引継ぎが殆どなくて、カイザーに毎ターン5枚の手札を引き直させてるのと同じなんだ……」

 

 そう、月子が理解の色を見せるように四天王の効果ダメージを主体とし、モンスターを無視してライフを削り切る作戦は、今回のレイド形式の挑戦者側の恩恵が殆ど受けられない。

 

 幾ら亮が呼び出す強力なモンスターが、盤面がリセットされる度に消えてくれるとはいえ、亮のデッキは魔法カード《パワーボンド》のデメリットによる効果ダメージをフォローするカードも多い。

 

 仕切り直し5枚のドローを5人分の5回も繰り返して、それらのギミックに一切遭遇しないなど、逆に難しいだろう。

 

「そういうこと。アイツを何ターンも自由にさせとくなんて自殺行為でしょ?」

 

「交流戦の時も江戸川くんは、徹底的に亮の自由を奪いにかかってたからね……」

 

『そこまでかけて、辛うじてイーブンだった。やはり、彼は飛びぬけているよ』

 

 そして、それは江戸川も理解していたと小日向と藤原たちは語る。

 

 四天王たちが盤面こと「モンスターを無視」している以上、亮は罠カードなどの妨害を殆ど気にする必要がないのだ。妨害しまくっていた江戸川でさえ――と考えれば、四天王の策は最適とは言い難い。

 

 とはいえ、四天王たちの「自分たちでは確実に当たり負けする以上、速攻しかない」との論も、一理はあるのだが。

 

 

 

 

 

「――ぐわぁあああぁ!!」

 

「 「 「 黄田!! 」 」 」

 

 そうこうしている内に、最後の四天王たる黄田も敗北。黄田に駆け寄っていた青島、緑川、赤井たちが悔し気な表情を見せる。

 

「くっ……此処まで来て……!」

 

 だが、黄田とて、ただやられた訳ではない。大幅に回復した亮のライフを後1人がギリギリ削り切れるかもしれないラインまでは削っている。

 

 しかし、それだけに惜しい。

 

「ククク、これでお前たちに後はない……最後の1人を倒し、俺は勝利する!!」

 

 なにせ、最後の1人は、今回の計画(自分たちのプライドを捨てること)を江戸川が知れば反対すると分かっていただけに情報漏洩を防ぐべく自分たち以外のノース校の協力者を排したゆえに――

 

「拙い! 最後の1人は――」

 

「人が捕まらなかったから数合わせで入れた――」

 

そこら辺に(学園祭見学して)いたおっさんしか……!」

 

 実力度外視で現地調達した人のよさそうなおっさんが最後のメンバーなのだから。

 

「デュエル、よろしくお願いします」

 

「良いだろう! 最後の足掻きを見せてみろ!」

 

 謎のおっさん参戦!!

 

 

 

 

「――神崎さん!?」

 

「なに、また知り合い?」

 

「私の知らない人……誰、レイちゃん?」

 

 そうして、謎のおっさんこと神崎が亮とデュエルする姿に、驚きと共に二度見するレイを、小日向と月子がそれぞれ別ベクトルで興味を示す中、レイは言葉を探すように返答する。

 

「えっとKCの元社員の人で……大門さんが頼りにしてる……人?」

 

 なにせ、正直なところレイは神崎が「どういった人」なのか殆ど知らないのだから。職種すら禄に分からない始末だ。

 

「は? 大門って、KC幹部の?」

 

「……レイちゃん、それって有名な人なの?」

 

「レイちゃん、凄い人と知り合いなんだね……」

 

『親御さんの交友関係かな?』

 

 だが、レイの口からサラッと出てきたKC幹部と名高いBIG5(大門)の名前に年長組の話題はサイコ・ショッカーの人こと大門に持っていかれていく。

 

 

 

 

 そんな刹那で話題から消えた神崎は――

 

「サイバー・エンドでダイレクトアタック! エターナル・エヴォリューション・バーストォ!!」

 

 亮の代名詞たる攻撃力4000の三つ首の機械龍の三筋の光線が放たれ、1ターンキルされそうになっていた。

 

「手札の《クリボー》の効果により戦闘ダメージを0に」

 

『ク――――――リィボァッ!?』

 

 だが、そんな破壊光線の直撃を受けるのは我らが毛玉の悪魔《クリボー》が身体を張って受け止めるも、音を置き去りにする速度で爆散。断末魔を上げる暇すらない。

 

「ダメージを躱した!」

 

「だが、それだけじゃ……!」

 

「結局、次のターンで……!」

 

「ライフは後一歩なのに……!」

 

 そうして、何とか攻撃をしのいだ神崎へ四天王たちは縋るように声援を贈るが――

 

「《キメラテック・オーバー・ドラゴン》! エヴォリューション・レザルト・バースト! 5連打ァ!!」

 

「手札の《虹クリボー》を攻撃モンスターに装備することで、攻撃できなくなります」

 

 新たに五つ首の機械魔龍を呼び出した亮は容赦なく攻撃をしかけるも、その五つ首の口の1つに紫色のつや肌クリボーがドッキングされたことで、異物混入によりエラー音を出しながら機械魔龍は沈黙。

 

「守ってばかりでは俺には勝てんぞ! このバトルフェイズ時に速攻魔法《サイバー・ロード・フュージョン》! 除外された《サイバー・ドラゴン》たちを贄に現れろ! サイバー・ツイン! 攻撃だ!」

 

 だが、1ターン1ターンを辛くも凌ぐ神崎へ、亮はバトルフェイズ中に双頭の機械龍を呼び出し、追撃をかける。そこに相手を「数合わせ」と侮る所作は欠片ほども存在しない。

 

 なにせ――

 

「手札の《クリボール》で攻撃モンスターを守備表示に」

 

 この数合わせ(おっさん)、やたらと攻撃を防いでくる。

 

 相手の意表を衝いた筈のバトルフェイズ中の追撃も、双頭の機械龍の片方の頭に球体状のクリボーが直撃したことで、双頭の機械龍のそれぞれの頭がぶつかり眼を回したことで攻撃は中断されてしまった。

 

 

 亮の中で、「なんか知らないおっさん」への警戒度が高まっていく。そう、生存に特化した神崎の防御能力は伊達ではなく、彼の右に出るものはそんなにいない。

 

「《共闘》と《バーサーカークラッシュ》の効果で攻撃力が5000となった《クリボー》と《ハネクリボー》で攻撃」

 

『 『 クリボォォオオオォオオォオオオオ!! 』 』

 

 そして、凌ぎに凌いで耐え抜いた先に《クリボー》と天使の羽の生えた毛玉が巨大化。

 

 今までのお返しとばかりに、その巨体で亮の白金の機械龍の軍団に巨大化したボディでプレスをかけるべくジャンプ。

 

「無駄だ、無駄だ! 無駄だァ!! 罠カード《サイバネティック・オーバーフロー》! 墓地の《サイバードラゴン》を任意の数除外し、相手フィールドのカードを破壊する!」

 

 したと同時に、亮の墓地に眠る機械龍たちが体内に残る残留電力を放出すれば、それに誘われるように天よりイカズチが落下。

 

「躱せ、おっさん!」

 

「そうしたいのは山々なんですが、手札が尽きまして」

 

『 『 クリッ!? 』 』

 

 四天王のありがたい助言に「ムリ」と返せば、自分たちの末路を悟った巨大化していた《クリボー》と《ハネクリボー》はお互いに顔を見合わせて――

 

『 『 ――クリィイィィイイィイィッ!? 』 』

 

「クリボー、爆殺!!」

 

 天より降り注いだイカズチに焼かれ、ビリビリと雷が明滅する度にレントゲンよろしく骨が映っては消えを繰り返した後に毛玉ボディゆえに静電気がアレしたのか爆散。

 

 

 そうして、挽回をかけた巨大毛玉プレスも失敗に終わった後がない神崎へ――

 

「甦れ、《サイバー・ドラゴン》! 5体で一斉攻撃だ!」

 

「墓地の《クリボーン》を除外し、墓地のクリボーたちを特殊召喚」

 

 亮がトドメを刺すべく機械龍の軍勢を差し向けるが、白いケープを被った純白の毛玉の宣言に、「天の啓示を得た」とばかりに毛玉の軍勢が駆けつける。

 

「ならば蹴散らすのみ!」

 

 まぁ、ステータス差が絶望的なので、毛玉(クリボー)たちは順次しめやかに爆散してくのだが。

 

 

 

 

 そうして、クリボー系統の断末魔がやたらと響きまくるデュエル場を眺めていた小日向は思わず呟いた。

 

「……意外と粘るわね、あのおっさん」

 

「KCに勤めていただけあって、実力者なのかな?」

 

『防御にウェイトを置いたデュエルスタイルのようだね……』

 

 そう、お祭り用で普段のガチ状態ではないとはいえ、あの「皇帝(カイザー)」の猛攻をそこいらの一般人がああも凌げるものではない。

 

 そうして、藤原たちの話題の中心に神崎が再び舞い戻るも――

 

「そうなの、レイちゃん?」

 

「えっ? どうなんだろ……大門さんは海馬社長を本気にさせるくらい強いらしいけど、神崎さんのデュエルは見るのはこれが初めてだし……」

 

「は? あの海馬 瀬人を?」

 

 月子の何気ない質問の返答から、また話題はBIG5の大門(サイコ・ショッカーの人)の元へとさらわれていった。

 

 

 

 

 

 かくして、フォースの面々からの注目はあんまり得られていない現状にて、なんだかんだで奮闘してくれている神崎へ、声援を送っていた四天王の面々は現状を受け止め始める。

 

「なんとか持ちこたえたが……」

 

「おっさんのフィールドは0、手札も1枚じゃ……」

 

「やっぱり、その辺のおっさんに無茶させるもんじゃねぇ!」

 

「アンタは十分にやってくれた!」

 

 そして、そんな四天王の面々の発言に、観客たちも「頑張ったな、おっさん」ムードが広がる中――

 

「相手フィールドの《サイバー・ドラゴン》と相手フィールドの機械族モンスターを素材に融合します」

 

「――なっ!?」

 

 おっさん、究極のサイバー流メタを解禁。

 

 さすれば、亮のフィールドの《サイバー・ドラゴン》が己の意に反して、同胞の血肉をむさぼり始めさせられる。

 

「相手フィールドのモンスターだけで!?」

 

「何する気だ、おっさん!?」

 

「エクストラのお守りこと、《キメラテック・フォートレス・ドラゴン》を融合召喚」

 

 その味方殺しの業を負った《サイバー・ドラゴン》の白銀の身体は、罪を示すように暗い色へと変貌し、輪が連なった長大な龍の体躯でかつての主に牙を剥く。

 

《キメラテック・フォートレス・ドラゴン》 攻撃表示

星8 闇属性 機械族

攻 0 守 0

攻5000

 

「おのれ、俺のサイバー・ドラゴンを……!」

 

「これでカイザーのフィールドはがら空き!」

 

「おまけに攻撃力5000のフォートレスまで!」

 

「スゲェぜ! 一発逆転だ!!」

 

「バトルフェイズへ」

 

 かくして、戦況を一変させた神崎はそのまま畳みかけるように無防備な亮へ《キメラテック・フォートレス・ドラゴン》をけしかけようとするが――

 

「まだだ! リバースカードオープン! 速攻魔法《エターナル・サイバー》! 墓地より舞い戻れ!! 《サイバー・エンド・ドラゴン》!!」

 

 その行く手を遮るように、亮のフェイバリットたる三つ首の機械龍が白銀の装甲を以て大地を砕きながら現れた。

 

《サイバー・エンド・ドラゴン》攻撃表示

星10 光属性 機械族

攻4000 守2800

 

 攻撃力が劣っているにも拘わらず、攻撃表示で呼び出された《サイバー・エンド・ドラゴン》を前に、罠の気配を感じる神崎。

 

「仕方ありません。此方に余力はありませんし――攻撃続行です」

 

 とはいえ、「現状、次のターンは耐え切れない」との判断から、《キメラテック・フォートレス・ドラゴン》の口元にエネルギーをチャージさせるが――

 

「サイバー流に『サイバー・ドラゴン』で挑むなど愚かだと知れェ!!」

 

 さすれば当然とばかりにカイザーは最後のリバースカードを発動。

 

「罠カード《決戦融合-ファイナル・フュージョン》!! 更に罠カード《レインボー・ライフ》!」

 

「あっ」

 

 その瞬間、神崎は己の敗北を悟った。

 

 そう、これは神崎が知らない(原作知識にない)亮と親友の1人によって紡がれた一手。

 

「これにより、貴様だけが互いの融合モンスターの攻撃力の合計分のダメージを受けろぉおぉぉおお!!」

 

「――おっさぁあぁあぁあん!!」

 

 そうして、《キメラテック・フォートレス・ドラゴン》と《サイバー・エンド・ドラゴン》のブレスがぶつかり合った結果に生じた合計9000ポイント分の暴発するエネルギーの奔流が神崎を襲う。

 

 その巨大な爆炎を上げるデュエル場へ、四天王の面々が思わず叫ばざるを得ない。「アンタ、あのカイザー相手によくやってくれたよ」と。

 

「鬼にならねば見えぬ地平がある――敗者の貴様には分かるまい」

 

 かくして、亮が最後にヒール(悪役)としての役割を示しつつ、四天王の面々(+神崎)と握手する光景へ贈られる順番待ち兼観客の拍手をもって彼らの挑戦(来店)は終わりを見せた。

 

 

「熱血タイム終了だ! ヘルカイザー亮、休憩の時間だよ!!」

 

 暫くして、綾小路(テニスの3年の人)がタオルや飲み物片手に場を仕切っていく最中、レイたちに向けて藤原は軽く別れの挨拶を告げる。

 

「あっ、そろそろ準備しないと。またね、レイちゃん、月子ちゃん。後、夜魅くんのこと、そろそろ許してあげてね」

 

『衣装は準備済みのようだよ』

 

「はい! 色々ありがとうございました!」

 

「はーい」

 

 こうして、未だ元気が戻らぬ夜魅を受け取りつつ藤原の離脱を見送ったレイたちの目的を凡そ察している小日向はパンフレットを差し出しつつ告げた。

 

「流石に控室には案内できないから――亮とデュエルしたいなら時間空けてまた来なさい。スケジュールはパンフレットに書いてるわ。はい、これ」

 

「あ、ありがとうございます。でも安心してください! もうズルはしないって約束したので!」

 

「あっそ、まぁ頑張んなさい」

 

「じゃあレイちゃん、他の出し物一緒に回ろっ」

 

「うん! それと夜魅くん、元気出――」

 

 そして、学園祭を堪能するべく、歩み出す――前に、レイは夜魅を立ち直らせんとするが――

 

「兄さん、サッサと準備して」

 

「……えっ?」

 

「荷物持ち」

 

「――お兄ちゃんに任せろ、月子!」

 

 月子の鶴の一声こと「兄を頼りにする声(パシリ発言)」に夜魅はチョロいくらいに華麗に復活。

 

――う、うん、夜魅くんが、それで良いならいいや。

 

「あっ、そういえば吹雪さん見かけないけど、どうしたんですか? こういうお祭り好きそうなのに……」

 

 やがて現実逃避もかねてレイはこの場にいない最後のフォース生である吹雪に挨拶をしていきたい旨を伝えれば、小日向は露骨に疲れた表情を見せた。

 

「逆よ、逆」

 

「逆?」

 

「この手のイベントが好きすぎて山ほど手ぇ伸ばしまくってて忙しくしてるの。ミスコンやらミスターコンやら――詳しいことは、そのパンフ見てれば察するわよ」

 

 そう、天性のお祭り男こと吹雪が「自分のクラスの出し物」だけで満足する筈がなかった。

 

「うわ~、名前がいっぱいあるよ、レイちゃん」

 

「ホントだ……」

 

「吹雪に会いたいなら一際人混みが多いところ巡ってれば、そのうち会えるんじゃない?」

 

「分かりました! 全部、回ってみます!」

 

 かくして、小さな3人組は学園祭を巡るべくこの場を後にする。

 

「悩む者よ、苦しむ者よ、悲しむ者よ……全てを認めよう! 今こそ、ダークネスと1つになるのだ!」

 

――あっ、藤原さんもヒール役するんだ……

 

 その彼女らの背中を、鳥を思わせる変な黒い仮面で目元を覆った藤原――否、ダークネス藤原のデュエルが見送っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ところ変わって少々時間も経ったアカデミアの校長室にて、ようやくひと段落ついたとばかりに客人を呼び出していた。

 

「よく来てくれた、待たせてしまったようだな」

 

「いえ、お気になさらず。色々見れて楽しかったですよ――盛況のようで何よりです」

 

――原作では学内の生徒たちだけだったが、此方は学外からも人をこうも呼び込んでいたとは。

 

 その相手は神崎――待っている間、学園祭の出し物を巡って時間を潰していた次第である。学外へのアピールゆえか凝った物が多かったゆえに退屈せずに済んでいた。

 

「環境を整備した以上、盛況でなければ困る」

 

「手厳しいですね」

 

「当然だ。身内で完結しているようなデュエルエリートなど何の意味もない。その為に学外からの目を意識させているのだからな」

 

 だが、コブラは「この程度、出来て当然でなければならない」とばかりに厳しい評価をくだす。デュエルエリートたるもの「デュエルは強いが、他は出来ません」では困るのだ。

 

「この学園祭の姿勢もその一環だと?」

 

「アカデミアにおいてもデュエル以外の発表の場は未だ限られている。荒療治であっても変革は必要だ」

 

「だとしても、オシリス・レッドへ参加すら認めない部分は後々問題になりかねませんよ」

 

「忠告は受け取ろう。だが、大々的に外部の人間を誘致した以上、生徒たちも半端をすれば己の価値が下がることを理解している――いや、理解できぬ弱卒など学園には必要ない」

 

 そうした今のアカデミアの教育理念を問いただすような神崎の言葉にも、コブラは断固とした姿勢を崩さない。

 

 半端者を晒し者にするくらいなら、封殺することが彼らの為なのだと言わんばかりである。

 

――リスペクトを踏まえつつも徹底した合理主義……生徒に良い悪いはともかく、原作の様相が残らない訳だ。

 

 とはいえ、元より教育は門外漢の神崎はさしたる追及をする気はない。宇宙に行っている間に起こった変化を当人たちから直に感じ取りたかっただけだ。

 

「そろそろ仕事の話に入らせて貰おう」

 

 しかし、そうして思案する神崎へ「これ以上、議論する気はない」と本題を切り出すコブラへ、神崎は脱力するように肩をすくめて応対する。

 

「そういえば依頼内容は『現地にて』とのお話でしたね。また内密事ですか?」

 

 なにせ、「依頼する」とは言われても肝心の「依頼内容」が未だ不透明なのだから。

 

「いいや、キミにはただ見極めて欲しい」

 

「と、言うと?」

 

「キミは人間的には完全に信頼することはできんが、その審美眼だけは信用に値する」

 

 そうして、コブラが依頼するのは神崎の「目」を期待したもの。

 

「世界中から数多の人材を集め、かのKCにて己の立場を擁立した力を借り受けたい」

 

 そう、傍から見た神崎の見識はかなりのものだ。

 

 特に才能を持つ者への嗅覚が凄まじい。それは目ざといレベルの話ではない――例え、それが「原作知識」ありきであっても、その存在を知らぬ面々からすれば、何よりも警戒に値する。

 

「……それは構いませんが、私の目を過信されても困りますよ。生徒たちの将来を見据えるには、私は教育の場から些か遠すぎる」

 

――(バー)の知覚では分からない世界である以上、所詮は原作知識ありきだからな……

 

「それで構わんよ。最終的な決定は此方がくだす」

 

 とはいえ、当の神崎は「原作知識から逸脱した範囲はほぼほぼ無力」であることを自覚しているゆえに、やんわりと言い訳染みた言葉を並べるがコブラは一二もなく宣言した。

 

「取りこぼしを最小限に留めることが主目的だ」

 

 これが、今のデュエルアカデミアの更なる起爆剤となることを信じて。

 

 

 

 

 

 

 そんな大人の話はさておき、島内の原っぱ広がる場を舞台に選んだオベリスク・ブルー1年の様子を見れば――

 

「フィニッシュだ、フレイム・ウィングマン!!」

 

「勝者! チャンピオン十代!!」

 

 右腕に竜の顎を備えたヒーローの炎の一撃を以てデュエルに幕を引いた十代は、背中のマントをはためかせて左手を天へと掲げるポーズを以てチャンピオンの存在感を示す。

 

 そんな中、勝利者宣言をした万丈目の知人こと武田(原作で三沢を追い詰めたモブ)は、職務を全うするように話題を振る。

 

「解説の万丈目さん、先のデュエルどうでしたか?」

 

「チャレンジャー側が攻めに焦った印象が強いデュエルだったな。だが、後半からは――」

 

 そうして、万丈目が先のデュエルの品評を行う中、チャンピオン十代がチャレンジャーの少年へ「良いデュエルだった」と握手したり――

 

「次の試合は、チャンピオン・並びにチャレンジャーの準備が終わり次第――」

 

 武田が次のデュエル準備をアナウンスしたり――

 

「デュエル開始の宣言をしろ、武田!!」

 

「――デュエル開始ィイイィイイ!!」

 

 万丈目の宣言を受けて、武田が右腕を掲げて磯野ムーヴしたりしていた。

 

 

 

 

 そんな光景を「1年オベリスク・ブルー本部」との立て看板がある場で見守っていた原 麗華は眼鏡に謎の光を反射しながら確かな手ごたえを感じていた。

 

「ふっふっふ、盛況のようですね――『プロデュエリストの気分を味わってみよう!』コーナーは!!」

 

『名前の方は、もう少しどうにかならなかったのかい?』

 

「これなら、最低限の人数で回せるし、みんなの希望も組み込める良いアイデアだったと思うわ、麗華」

 

 そう、1年オベリスク・ブルーの出し物は「チャンピオンorチャレンジャー気分を味わえる場」である。

 

 ネーミングセンスはユベルが壊滅的もとい独特と評する程だが、明日香の言う通り「盛り上げ役」などの各種人員を「集まった観客を活用する」といった具合に「人数が少ない」点を彼女らなりにフォローした賜物だ。

 

「いえいえ、デュエル業界で既に名の知れた万丈目さんに、ショーマンシップ溢れる新星の遊城さん、そして我らが明日香さん――3人のスター性があったからこそ、形になった企画です!」

 

「ふふっ、そう謙遜しないで。麗華も含めて、みんなの得意が上手く噛み合った結果よ」

 

 そんな具合で、出し物の成功を確信してか何時もよりテンション高めな原 麗華を微笑ましいものでも見るように苦笑する明日香が各々から来る報告を纏めていれば――

 

「マント一つで、ああもサマになるなんて――本当に面白い子ね」

 

「……明日香……チャンピオン希望者……」

 

 興味深そうに獲物を狙う目を見せる雪乃と共に、レインが「申込書」と書かれた紙の束を差し出しながら明日香の出番を告げる。

 

「えっ? 私? でも全体の指揮が――」

 

 しかし、明日香は「まとめ役」を担当している為、簡単に場を離れられない立ち位置だ。ゆえに、断りを入れようとする明日香。

 

「こっちは私たちでやっておくから、貴方も楽しんでいらっしゃい」

 

「……いらっしゃい……」

 

「ちょ、ちょっと二人とも――」

 

 だが、そんな明日香の遠慮を封殺するように背を押して強引に移動を始めさせる雪乃とレインは、「チャンピオン役の証」である赤いマントの保管場所に向けて進んでいった。

 

 

 

「フッフッフ、牛尾よ。迫る脅威も知らずに能天気な者たちばかりだな」

 

 そんな生徒たちのやり取りを見やった《人造人間-サイコ・ショッカー》は、彼女らの在りようを「能天気」だと嗤って見せるが、パトロール中の牛尾は思わずため息を吐かざるを得ない。

 

「あんま羽目外すなよ。俺も仕事があんだから」

 

「サイコ・ショッカーじゃねぇーか。完成度高けーなオイ」

 

 なにせ、態々魔力(ヘカ)を無駄に使ってまで実体化している《人造人間-サイコ・ショッカー》の姿は「全力で学園祭を堪能している」以外の何物でもないのだから。

 

 

 

 そんな《人造人間-サイコ・ショッカー》が道行く人(オカルトブラザーズ)に写真撮影を求められている光景をチラと見た明日香は、ずっと感じていた疑問を思わず吐露した。

 

「…………ずっと、気になっていたのだけれど、結構な頻度でデュエルモンスターズのカードに仮装した人たちを見かけるのは、どうしてなのかしら……?」

 

「あら、明日香は知らないの?」

 

 そう、それは「仮装してる人多くね?」な件だったが、「なんだ、そんなことか」とばかりにチャンピオン役用の肩に羽織る赤マントを手渡しながら雪乃が種を明かす。

 

「雪乃は知ってるの?」

 

「去年の文化祭で貴方のお兄さんが『コスプレデュエル大会』を開催したの。大々的に宣伝していたから、大盛り上がりだったらしいわよ」

 

「オシリス・レッドの伝統でしたが、新体制では参加できなくなりましたからね。吹雪さんも、伝統が廃れるのをよしとしなかったのでしょう」

 

「……伝説のチーム……」

 

 そうして、雪乃、原 麗華、レインによって明かされるJOINな顛末。

 

「…………私に隠れて何やってたの、兄さん……」

 

 去年の明日香は受験シーズンだったゆえに見に行かなかった裏で、彼女の兄は思う存分祭りをエンJOIN(ジョイ)していたご様子。

 

「今年も有志を集めてやっているわよ」

 

「……後で……一緒に……」

 

「え、ええ、そうね」

 

――本当に何をやってるの、兄さん……

 

 そうして、レインから遊びに誘われる中、自由人過ぎる兄の所業へ頭痛をこらえるように天を見上げた明日香だが、その雲の上で「JOIN!」している吹雪がいるように見えるのは気のせいなのか。

 

 

 

 

 

 

――やはり、チャンピオン側を希望する者が多いな。

 

 そんな明日香たちを余所に「受付」の立て看板の横に備え付けられた机に向かいお客をさばいていた三沢は、思わず統計を取ってしまっていたが、その頭上より少女の声が落ちる。

 

「あの~、受付って此処でするんですか?」

 

「ああ、此方の用紙にチャンピオン側かチャレンジャー側かを選んで記入して欲しい。プロネームや、入場の際の名乗りは此方で用意があるが、希望があれば重ねて記入してくれれば対応する」

 

「じゃあ、これでお願いしまーす」

 

 そうして、手続きを終え、礼を述べつつ会場代わりの広場へ向かっていった少女を見送った三沢だが、そのインパクトの大きさに思わず内心でひとりごちる。

 

――随分と気合の入った仮装だったな……

 

 まるで、カードの中から飛び出してきたかのような人物だったと。

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、会場代わりの広場にて、次なる対戦カードを発表しよとする武田だが――

 

「さぁ、次のチャレンジャーの登場だ! クイズデュエリストは世界に1人――」

 

「はいはーい、わたしでーす!」

 

「――この……? !?」

 

 その進行はピタリと止まる。

 

 それは、聞かされていたデュエリストとは異なる人間がデュエル場に手を振りながら乱入した件も無関係ではないだろう。

 

 だが、最たる理由は明白だった。

 

「ブラック・マジシャン……ガール……だと……!?」

 

「オイオイオイ……か、完成度高けーなオイ」

 

「トメさんのじゃないマジの奴だ!?」

 

 オカルトブラザーズの高寺、向田、井坂が言うように《ブラック・マジシャン・ガール》の生き写しと言わんばかりのデュエリストの登場。

 

 その容貌に加えて、武藤 遊戯が使用したことも相まってカルト的な人気を誇る存在(カード)だけに、この場の人間が受けた衝撃は大きかった。

 

 特に2、3年生は顕著である。

 

 なにせ前年度、鮫島校長の時と同様に体型を無視して《ブラック・マジシャン・ガール》の仮装をしていたトメさんへ「主役は生徒たち」とやんわり咎めたコブラは、まさに彼らにとって救世主だったのだから。

 

 

 ただ、その辺に頓着しない万丈目からすれば、《ブラック・マジシャン・ガール》――もう長いので「ブラマジガール」と略すが――の存在は「予定と違うイレギュラー」でしかない。

 

「――ん? おい、予定と違うぞ、藤原」

 

 ゆえに、「プロネーム・入場の際の名乗り」との用紙の束をパラパラと確認しつつ、それを持ってきた雪乃へ咎めるような視線を向けるが――

 

「あら、可愛いチャレンジャーさんね。でも、割り込みなんてイ・ケ・ナ・イ子」

 

「割り込んでませんよ~! あっち(観客席)で待ってたら、順番を代わってくれたんです!」

 

「ふふっ、そう。罪作りな子なのね」

 

 当の雪乃は突然現れた「面白い子(ブラマジガール)」に夢中だった。彼女の悪い癖である。

 

「なら、オイタにはオシオキが必――」

 

「――待ちな!!」

 

 だが、そんな雪乃の悪癖を注意するような声が響いた。

 

「誰かしら?」

 

「ハハン、そのデュエル――俺に譲って貰うぜ!」

 

「……本当に誰かしら?」

 

 そんな己の楽しみを邪魔する「悪い子」へ視線を向ける雪乃だが、件の人物は酷くリアクションに困る装い。

 

 イエローの制服を肩にかけ、それがズリ落ちないように首に緑のボロのスカーフを巻いた急ごしらえ仕様。

 

 逆立てた髪型はヒトデを思わせる――には微妙にトンガリが足りない。

 

 そして何より、その首に光る逆三角形のデカいペンダントを見れば――

 

「その首飾り……ひょっとして武藤 遊戯の仮装のつもり?」

 

「俺のパズルは手作りでね!!」

 

 武藤 遊戯――と言うには、少々苦しい姿である。ブラマジガールの完成度を見た後では、雪乃の興味は惹かれない。

 

「何をやってるんだ神楽坂……これ以上、事態をややこしくするんじゃ――」

 

「なら、聞こう」

 

 その遊戯のパチモンこと神楽坂を、万丈目がやんわりと「出ていけ」と告げようとするが――

 

「見たくはないか?」

 

 当の神楽坂は、堪え切れぬように拳を握って宣言する。

 

「――最強の師弟決戦を!!」

 

 その言葉の意味が分からぬデュエルアカデミアの生徒は、そんなにいない。

 

 そして、万丈目は他ならぬ当事者だった。

 

「まさか……完成したのか!? 武藤 遊戯のコピーデッキが!!」

 

「あら、なら貴方が噂の……」

 

 ゆえに「武藤 遊戯のコピーデッキ」の噂を知る面々を通じて観客を含めた周囲の人間がざわつき始める。彼らは一大イベントの予感をヒシヒシと感じているのだろう。

 

 

「なんの騒ぎ!」

 

 

 ただ、この場の責任者である明日香からすれば、看過は出来ぬ問題だった。赤いマントをはためかせて混乱する場をいさめる姿は、まさに「オベリスク・ブルーの女王」に相応しい。

 

「す、すまない天上院くん、このバカ共を直ぐに摘まみだす――おい、三沢、手伝え!」

 

「神楽坂、デッキの完成が嬉しいのは分かるが、割り込みは感心しないぞ」

 

「――安心してよ、城之内(三沢)くん! 係の人が『面白いから採用』って言ってくれたんだ!」

 

「三沢だ!」

 

 そんな女王の威厳に慌てて万丈目が事態の強引な収束を図るが、増援として呼んだ三沢の説得も虚しく、神楽坂は引く気はない様子。

 

 というか、サラッと裏切者(ユダ)の存在が示唆された。

 

「……どういうことだ?」

 

 これには流石の万丈目も困惑の色を見せる。なにせ、人数が少ないながら苦楽を共にした自分たちの結束は固いとの自負があったからだ。

 

 更に、裏切者の1年が出し物をぶち壊したところで、下がるのは1年の評価――つまり自分の首を絞めると同義である。デメリットが大き過ぎる。

 

 だが、安心して欲しい。

 

 

 

「……師弟対決……きっと、みんな……見たい……」

 

「ああ! 俺も見たいぜ!」

 

 観客代わりの原っぱにいるレインと十代に裏切った自覚など、欠片もない。逆に「きっと盛り上がるぞ~!」と良かれと思っての行為だ。

 

『だけど、十代――こいつ(レイン)が勝手に決めたのに大丈夫かい? あっちの眼鏡(原 麗華)が押し切られてたのが決め手とはいえ、後でキミが怒られないか心配なんだけど……』

 

「止められなかった以上、怒られる時は一緒さ!」

 

『……キミって奴は相変わらずだね』

 

――レインと十代、本当に何やってるの……これは後でお説教ね。

 

 やがて、そんな仲間の暴走に頭を痛める明日香へ、万丈目たちが小声で意見を求めるが――

 

「(天上院くん、どうする?)」

 

「(面白そうだから、このまま進めちゃいましょう?)」

 

「(黙っていろ藤原! 貴様には聞いていない!)」

 

「(落ち着け、万丈目。俺たちが揉め出せば収拾がつかなくなるぞ)」

 

 ものの見事に歩調がバラバラである。「最後に頼れるのは己のみ」それは誰の言葉だったか。

 

「みんな落ち着いて――まずは事実確認からよ」

 

 やがて、周囲のざわつきが限界を迎える前に明日香は動き出す。

 

「ねぇ、そこの貴方――あの子に順番を譲った話は、お互いが同意の上なのよね?」

 

「ひゃ、ひゃい! 大丈夫でひゅ!」

 

――確か……秋葉原くんだったわよね? 神楽坂くんと同じイエロー生徒だし、デッキ披露の場をサプライズしてもおかしくはない。

 

 そうして、急に想い人に話しかけられたゆえか素っ頓狂な声を漏らした秋葉原(魂の名(ソウルネーム))の人間関係から、十代と神楽坂を繋げていく明日香。レインの方は知らん。

 

――それに、神楽坂くんの噂はブルーでも広まってるくらいだし、みんなも「師弟対決」への期待は高まってる……

 

 更に、勝負すると決まった訳でもないのにマイクパフォーマンス(マイクなし)で先に盛り上がり始めているブラマジガールと神楽坂を横目に「観客を活用する催し」の問題点が浮き彫りになったかのような現状へ明日香は決せざるを得なかった。

 

「雪乃、貴方はレインたちを見ていて。万丈目くん、進行役をお願い――三沢くんは、解説を頼むわ」

 

「あら、除け者なんて酷いわ」

 

「任せてくれ、天上院くん!」

 

「俺も構わないが……キミはどうするんだい?」

 

「この場は私に任せて頂戴」

 

 こうして、外した赤マントを雪乃に手渡しつつ、手早く「常識的な判断が冷静に下せる(一部(雪乃に)不安もあるが)」面々に明日香は指示を飛ばしつつ、動き出す。

 

 

 今回をオベリスク・ブルー1年生の最後の学園祭にしない為に。

 

 

 

 







十代「後でスッゲー怒られた……」

レイン「……怒……ら……れた……」

ユベル『だから言ったのに……』




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第265話 最強の師弟決戦!(半ギレ)


前回のあらすじ
(観客席で反省中の)十代「遂に完成したんだな、神楽坂……!」

(同じく反省中の)レイン「……楽しみ……」

(観客席の)サイコ・ショッカー「興味深い対戦カードだな」

ユベル『なんだ、お前!?』





 混迷し始める場に対し、明日香が最初に試みたのは無軌道に盛り上げるブラマジガールと神楽坂、ひいては観客からイニシアチブ(主導権)を取り返すこと。

 

 その役目を任されたのは万丈目。

 

「まずは飛び入り参加の新鋭の登場だ! その正体はデュエルキングの再来か、はたまた唯のレプリカ野郎か――」

 

 なにせ、万丈目は昔から公的な大会に頻繁に顔を出しており、オベリスク・ブルー1年の中では「大会の流れ」を誰よりも熟知している存在と言えよう。

 

 マイクパフォーマンスに関して心得はあまりないが、(明日香以外)物怖じしない万丈目からすれば、粗さがあれども勢いで周囲の空気を引っ張ってくれる。

 

「――神楽坂ァアアァーー!!」

 

 やがて、デュエル場である広場で腕組みしつつ遊戯ムーヴに勤しむ神楽坂の向かいから――

 

「そして、此方は誰もがご存知――彼女を知らない奴はモグリを疑え! 伝説のデュエリスト! 武藤 遊戯の相棒たる魔術師のたった1人の弟子!!」

 

 観客の期待感を煽るような万丈目の声と共に、金の長髪に水色の軽装の法衣を纏ったデュエルモンスターズ界のアイドルの化身の如き少女が歩み出る。

 

「――ブラック・マジシャン・ガァールゥウウゥウウウ!!」

 

 その万丈目の宣誓と共に登場した瞬間に周囲の面々が歓声を上げれば、頭上に上げた両手を振って応えるブラマジガールへ、神楽坂は挑発めいた言葉を飛ばした。

 

「お前の持ちうる最高の戦術で挑んできな!」

 

「よーし、行っきまーす!」

 

「じゃあ、万丈目くん、デュエル開始の宣言をお願い」

 

「――デュエル開始ィイイィイイ!!」

 

「 「 デュエル!! 」 」

 

 そうして、明日香の指示に従い司会進行役を担当している万丈目の声に従い、2人のデュエリストは互いのデュエルをぶつけ合う。

 

 これにより、明日香たちはなんとか必須要項と言うべき、最初の問題をクリアした。

 

「先攻・後攻はチャレンジャー側が――どっちだ……?」

 

「ブラック・マジシャン・ガールが選ぶに決まってんだろー!」

 

「さんをつけろよデコ助野郎!」

 

 とはいえ、さっそくもたついた万丈目へ周囲の観客がヤジに飛ばすが――

 

「ええーい! やかましいぞ、貴様ら!! 神楽坂! 仮にも武藤 遊戯をコピーしたなら譲れ!!」

 

「ハハン、俺はどっちでも構わないぜ! 好きにしな!」

 

「じゃあ、先攻を貰っちゃいまーす! ドロー!」

 

 万丈目の独断というか投げやりによって、先攻を得たブラマジガールは、魔法カード《手札抹殺》を発動し、墓地に送った分の5枚の手札をリセットすれば――

 

「魔法カード《天底の使徒》発動~! エクストラデッキのカードを1枚墓地に送って『ドラグマ』モンスター1体――《凶導(ドラグマ)白騎士(アルバス・ナイト)》をサーチしまーす!」

 

 空に異次元への大穴が開き、その先より竜の咆哮が木霊する。

 

「そして手札からこの子を召喚! 来て、エクレシアちゃん!」

 

 そんな中、呼び出されたのは白銀の西洋鎧でその身を包んだ金糸の髪の少女。その小柄な身の丈を超えるハンマーを構えれば、額の聖痕が僅かに光をともした。

 

教導(ドラグマ)の聖女エクレシア》 攻撃表示

星4 光属性 魔法使い族

攻1500 守1500

 

「召喚されたエクレシアちゃんの効果! デッキから『ドラグマ』カード――儀式魔法《凶導の福音(ドラグマータ)》を手札に!」

 

 そうして《教導(ドラグマ)の聖女エクレシア》がハンマーで地面を叩けば、モグラよろしく1枚のカードがブラマジガールの手元へ飛んでいく。

 

「よ~し、これで準備完了! 儀式魔法《凶導の福音(ドラグマータ)》発動で~す! レベルが8になるようにエクストラデッキのモンスターを生贄に儀式召喚!」

 

 さすれば、そこよりまたまた竜の咆哮が響けば、黒き幻影が墓地に消えると同時に――

 

「お願いしまーす! 《凶導(ドラグマ)白騎士(アルバス・ナイト)》!!」

 

 主なきままに一人でに動く長身の西洋鎧が闇色の瘴気で満ちた手甲を動かし、大剣と大盾を交差する形で構えて膝をついた。

 

凶導(ドラグマ)白騎士(アルバス・ナイト)》守備表示

星8 光属性 魔法使い族

攻 500 守2500

 

 やがて永続魔法《未来融合-フューチャー・フュージョン》を2枚発動し、カードを1枚セットしたブラマジガールはターンを終えた。

 

 

ブラマジガールLP:4000 手札0

凶導(ドラグマ)白騎士(アルバス・ナイト)》守2500

教導(ドラグマ)の聖女エクレシア》攻1500

伏せ×1

《未来融合-フューチャー・フュージョン》×2

VS

神楽坂LP:4000 手札5

 

 

 こうして、観客が注目するブラマジガールの1ターン目が少々味気なく終わった事実に、明日香は周囲の意見を代弁するように問題定義を解説の三沢へ送った。

 

「思ったより《ブラック・マジシャン・ガール》が影も形もない1ターン目だったわね――解説の三沢くん、彼女のデッキはどう見てる?」

 

「儀式デッキ……という雰囲気ではなさそうだ。確かに、今のところ《ブラック・マジシャン・ガール》との関連性は伺えないが、恐らく本命の前の準備段階なのだろう」

 

 そう、こうしてキチンと解説を機能させれば、耳を傾ける人間がいる限り、集団は意外と纏まるものだ。

 

 1年の筆記ナンバー1の他の追随を許さぬ三沢の知識量を思えばベストなポジションだろう。

 

 後は、明日香はそんな彼らの一歩後ろで軌道修正していく形で、精神的な支柱になればいい。

 

 

 そんな具合で、凡そ周囲の無軌道なゴタゴタの手綱を明日香が握ったことで、一定の落ち着きを見せた雰囲気の中、神楽坂がカードを引けば――

 

「『待ちの姿勢』か――なら、俺の方から攻め込ませて貰うぜ! 俺のターン、ドロー!」

 

 速攻とばかりに神楽坂は1枚のカードを発動させる。

 

「魔法カード《融合徴兵》! エクストラデッキの《カオス・ウィザード》を公開し、デッキからその融合素材である《ホーリー・エルフ》を手札に!」

 

 さすれば、黒き甲冑を纏う仮面の魔導士がマントをひるがえせば、無より黄緑の法衣を纏った青い肌に金の長髪をもったエルフが神楽坂の手札に舞い降りた。

 

「見てくれているかい、上杉くん――キミから譲り受けたこのカードは大切にさせて貰っているぜ」

 

「遊戯さん……」

 

 そんな神楽坂とラー・イエロー生徒(原作のモブ役こと上杉)のやり取りにブラマジガールも「うんうん」と感慨深く頷くが――

 

「うんうん、良い友情ですね――でも、その瞬間《凶導(ドラグマ)白騎士(アルバス・ナイト)》の効果発動でーす! お互いのエクストラデッキから1枚ずつカードを墓地に送り、その攻撃力の合計の半分パワーアップしまーす!」

 

 《凶導(ドラグマ)白騎士(アルバス・ナイト)》が突如として神楽坂のエクストラデッキへ剣を突き刺し、1枚のカードを貫いた。

 

「じゃあ、キミはそれね!」

 

「くっ、綾小路さんから譲り受けた《超魔導騎士-ブラック・キャバルリー》が!?」

 

 すると、竜騎士と魔導騎士の血に染まった《凶導(ドラグマ)白騎士(アルバス・ナイト)》の剣が脈動と共に禍々しさを増していく。

 

凶導(ドラグマ)白騎士(アルバス・ナイト)

攻 500 → 攻3400

 

「だが、そいつが守備表示な以上、問題ないぜ!」

 

「でも元々の守備力は2500! お師匠様にだって突破は出来ません!」

 

「そいつは、どうかな?」

 

 しかし、怯まぬ神楽坂へブラマジガールが相手を指さしながら観客の期待である「師弟決戦」の要こと《ブラック・マジシャン》の登場を示唆すれば、神楽坂も天へと拳を握って応えてみせた。

 

「結束の力が、そいつを打ち砕く! 魔法カード《融合》! 《ブラック・マジシャン》と癒しの魔術師の力を借り受け、降臨せよ!!」

 

 さすれば神楽坂の頭上に渦が生じ、その先へ彼の手札から2体の魔術師が光の筋となって吸い込まれ――

 

「――《超魔導師-ブラック・マジシャンズ》!!」

 

 《ブラック・マジシャン》と、その隣に黄緑のローブを羽織った青い肌のエルフの女性の魔術師が並び立つ。

 

《超魔導師-ブラック・マジシャンズ》攻撃表示

星8 闇属性 魔法使い族

攻2800 守2300

 

「ブラマジ来たー!!」

 

「……来た……!」

 

 そんな遊戯の顔であるモンスターの融合体に観客席の十代とレインたちも盛り上がるが、対戦相手であるブラマジガールは思わずと言った様相で神楽坂のフィールドを指さし叫んだ。

 

「――って、お師匠様が私じゃなくて、《ホーリー・エルフ》さんと!?」

 

「修羅場だ!?」

 

「いや、ただの師弟なんだから修羅場もへったくれもないだろ」

 

「時代は母性だよ、母性」

 

 そう、観客のオカルトブラザースの発言――は、さておき、《ブラック・マジシャン》の隣にいるのは、弟子である《ブラック・マジシャン・ガール》ではなく、《ホーリー・エルフ》である。

 

 《超魔導師-ブラック・マジシャンズ》の融合素材が《ブラック・マジシャン》または《ブラック・マジシャン・ガール》と「魔法使い族」であるゆえの結果だが、《ブラック・マジシャン》の弟子である身からすれば、なんとなく裏切られた感が強い。

 

 

 とはいえ、一部の面々の独特のリアクションを引っ張られるのは明日香たちにとっては悪手である為、解説の三沢は一般的な周囲の代弁に務めた。

 

「《超魔導師-ブラック・マジシャンズ》だと!? あれ程のレアカード、一体どうやって……!?」

 

「確かに、かなりのレアカードよね。クラスメイトが持っていたなら自慢話の一つくらい聞こえてきそうなものだけど……」

 

「ハハン! 学園祭の縁日での景品パックで当たったおっさんと、5枚のクリボーカードをトレードしたのさ!」

 

――感謝するぜ、名も知らぬおっさん……!

 

 だが、詳細はとうの神楽坂からアッサリ明かされ、今現在この場にいない笑顔が胡散臭いおっさんに感謝を告げるようにお空を眺めているが、明日香からすれば聞き逃せぬ内容がある。

 

「5枚と1枚って、シャーク(不釣り合いな)トレードなんじゃ……」

 

 それは、明らかに枚数差のある(シャーク)トレードがなされた現状が明かされたからだ。アカデミアの不祥事――とまではいかずとも、変な勘違いを生むのだけは避けたい。

 

「いや、クリボー系のカードもコアな人気があるにはあるが、魔術師師弟のカードの方がネームバリューは上だろう。あの《超魔導師-ブラック・マジシャンズ》と交換できるなら、悪くはない筈だ」

 

「ちなみに、イエロー1年主催の祭り定番の縁日コーナーはイエロー寮前の広場で開催中だぜ! みんな、来てくれよな!」

 

「勝手に宣伝をするな、馬鹿者! デュエルに戻れ!」

 

「なら、とくと見な! 俺のデュエルを!」

 

 だが、そんな明日香の心配は、三沢の説明が解消し、若干ばかり神楽坂が脱線し始める光景を司会進行の万丈目が修正している光景を見れば安心できよう。

 

「魔法カード《融合派兵》発動! エクストラデッキの《クリッチー》を公開し、デッキから《黒き森のウィッチ》を特殊召喚!」

 

 そうしてデュエルに戻った神楽坂が呼び出した額に第三の目を持つ盲目の黒いローブの女性が祈るように膝をつくが――

 

《黒き森のウィッチ》攻撃表示

星4 闇属性 魔法使い族

攻1100 守1200

 

「この《黒き森のウィッチ》は、小原くんから譲り受けた――」

 

「待って、神楽坂くん。協力してくれた人たちに感謝を贈りたいのは分かるけど、お礼は最後にまとめてするのはどうかしら? 手伝ってくれた人たちだって、デュエルで活躍している姿を見たい筈でしょう?」

 

 逐一、デッキ構築を手伝ってくれたトレード相手へ感謝を述べる神楽坂へ、明日香は少々強めに言い含める。

 

 明日香とて神楽坂の気持ちは分からなくもないが、彼女もオベリスク・ブルー1年の文化祭参加の今後を背負う身、盛り上がりに水を差す可能性は可能な限り排除したい。

 

「…………ハハン! 分かったぜ!」

 

「そ、そう」

 

――無理に遊戯さんっぽく振る舞わなくてもいいのだけれど……

 

 やがて、闇遊戯ムーヴで是を返した神楽坂へ、明日香が若干の苦手意識を持つ中――

 

「なら――魔法カードが発動されたことにより、《超魔導師-ブラック・マジシャンズ》の効果だ! カードをドローし、それが魔法・罠カードならセットが可能!」

 

「仮にもお師匠様のカード、説明は不要ですよ! 罠カードをセットした場合は即座に発動できることはお見通しです!」

 

「だったら早速使わせて貰うぜ! 罠カード《融合(フュージョン)準備(・リザーブ)》! エクストラデッキの《有翼幻獣キマイラ》を公開し、《バフォメット》と墓地の《融合》を手札に! そして、そのまま召喚!!」

 

 神楽坂が伏せたカードに《超魔導師-ブラック・マジシャンズ》が手をかざせば、《黒き森のウィッチ》が光と消えた先より白い翼を広げる赤い肌の悪魔が大きな2本角を突き出すように前のめりの姿勢で現れた。

 

《バフォメット》攻撃表示

星5 闇属性 悪魔族

攻1400 守1800

 

「墓地に送られた《黒き森のウィッチ》の効果で《翻弄するエルフの剣士》を手札に! 更に召喚された《バフォメット》の効果! デッキから《幻獣王ガゼル》を手札に加え――」

 

「あの組み合わせは!?」

 

「来るぞ、レイン!」

 

「……?」

 

「再び《融合》を発動し、ガゼルと《バフォメット》で融合召喚! 現れろ! 《有翼幻獣キマイラ》!!」

 

 十代たちの期待を背に現れた、2つの魔獣の顔を持つ四足の幻獣が白い翼を広げ、尾に伸びる蛇の頭と共に咆哮を上げる。

 

《有翼幻獣キマイラ》攻撃表示

星6 風属性 獣族

攻2100 守1800

 

 そして、魔法カード《貪欲な壺》を発動し、墓地の5枚のカードを戻して2枚ドローした神楽坂は、その内の1枚のカードを発動させた。

 

「最後にこいつを発動させて貰うぜ! 魔法カード《死者蘇生》!」

 

「まさか、お師匠様を……!?」

 

「復活しろ! 《エルフの聖剣士》!! その効果により手札から『エルフの剣士』カード――《翻弄するエルフの剣士》を呼び出すぜ! 並び立て、剣士たちよ!」

 

 だが、ブラマジガールの予想とは異なり現れたのは緑の甲冑を纏う二刀流のエルフの剣士。

マントをはためかせクルリと回転する様はなんとも頼もしく、

 

《エルフの聖剣士》攻撃表示

星4 地属性 戦士族

攻2100 守 700

 

 そんな《エルフの聖剣士》と背中合わせの形で現れた瓜二つのボブカットのエルフの剣士が、1本の剣を両手で握り腰元で構えて並び立つ。

 

《翻弄するエルフの剣士》攻撃表示

星4 地属性 戦士族

攻1400 守1200

 

 かくして、フィールドにズラリと並んだのは遊戯の顔である魔術師の融合体たる《超魔導師-ブラック・マジシャンズ》に、

 

 《有翼幻獣キマイラ》と、2体の『エルフの剣士』たち――そのどれもがデュエルキングを代表するモンスターたち

 

「遊戯さんだ……」

 

「なんだよ…結構、遊戯さんじゃねぇか……」

 

 観客の中の誰かが思わずそう呟くのも無理はない。なにせ、繋ぎに呼び出されるモンスターでさえ、全てが伝説のデュエリストが使用したカードたちなのだから。

 

 やがて、永続魔法《補給部隊》を2枚発動した神楽坂は――

 

「バトル! 行けッ! 《エルフの聖剣士》! エクレシアに攻撃!」

 

 闇遊戯を思わせる強気な姿勢で攻勢に出れば二刀流の《エルフの聖剣士》の右の太刀が《教導(ドラグマ)の聖女エクレシア》のフルスイングした大型ハンマーを受け流し、

 

 ハンマーを振り切ったゆえに隙を晒した《教導(ドラグマ)の聖女エクレシア》の胴を《エルフの聖剣士》の左の太刀が逆胴の形で切り抜いた。

 

「うぅ……! エクレシアちゃんが……!」

 

ブラマジガールLP:4000 → 3400

 

「更に《エルフの聖剣士》の効果を発動させて貰うぜ! こいつがダメージを与えた時、『エルフの剣士』カードの数だけカードをドローする! 2枚ドローだ!」

 

「こっちもタダではやられませんよ~! 魔法使い族が破壊された瞬間に墓地の《マジクリボー》の効果! 墓地から自身を手札に戻します!」

 

 そうして、神楽坂が戦果とばかりに手札を補充する中、ブラマジガールの手札に魔法使いの帽子と杖をつけた黒い毛玉がボヨンと跳ね戻るが――

 

「だったら、続けて《超魔導師-ブラック・マジシャンズ》で《凶導(ドラグマ)白騎士(アルバス・ナイト)》を攻撃! ツイン・カオス・マジック!!」

 

 そんな光景を無視して《超魔導師-ブラック・マジシャンズ》こと《ブラック・マジシャン》と《ホーリー・エルフ》のコンビが生み出す黒と白の魔術が、螺旋を描いて交じり合うように弾丸の如く放たれれば《凶導(ドラグマ)白騎士(アルバス・ナイト)》が構えた盾ごとその身を貫いた。

 

「お、お師匠様の裏切者ー!」

 

「これでお前のフィールドはガラ空き! キマイラでダイレクトアタックだ!」

 

 やがて、《ホーリー・エルフ》と息の合った攻撃を見せる師匠へブラマジガールが恨み言を零す最中、《有翼幻獣キマイラ》が遠慮なくブラマジガールの元へ牙を剥き突っ込んでくるが――

 

「させない! 罠カード《ドラグマ・エンカウンター》! 墓地の『ドラグマ』1体――エクレシアちゃんが復活でーす! その効果で『ドラグマ』カードをデッキから手札に!」

 

 その突撃を遮るように《教導(ドラグマ)の聖女エクレシア》がブラマジガールの背後より大型ハンマーを振りかぶりながら迎え撃つ。

 

教導(ドラグマ)の聖女エクレシア》攻撃表示

星4 光属性 魔法使い族

攻1500 守1500

 

「だが、攻撃力は此方が上! 攻撃続行だ、キマイラ! インパクトダッシュ!」

 

「負けないで、エクレシアちゃん!」

 

 そして、ぶつかり合う《有翼幻獣キマイラ》の突進と《教導(ドラグマ)の聖女エクレシア》の大型ハンマー。

 

 だが、ジリジリと《教導(ドラグマ)の聖女エクレシア》が押し込まれて行き、最後は《有翼幻獣キマイラ》の角にハンマーごと天へと放り投げられた《教導(ドラグマ)の聖女エクレシア》はブラマジガールの足元に転がる結果となった。

 

ブラマジガールLP3400 → 2800

 

 しかし、《教導(ドラグマ)の聖女エクレシア》は地面を転がった際に顔についた土を手の甲で雑に拭った後、不屈の闘志で立ち上がる。

 

「破壊……されない?」

 

「ふふーん、どうです! これがエクレシアちゃんたち『ドラグマ』の力! エクストラデッキから呼び出されたモンスターとのバトルでは破壊されません! お師匠様が融合しても無駄ですからね~!」

 

 そう、《教導(ドラグマ)の聖女エクレシア》たち「ドラグマ」は邪教徒の扱う召喚法(エクストラから呼ばれた者)には決して負けぬ強き意思があるのだ。

 

 融合を主体にする(エクストラを多用する)神楽坂のデッキには少々厄介な面々であろう。

 

「だったら、《翻弄するエルフの剣士》で攻撃だ!」

 

「攻撃力が低いのに? まぁ、いいや。やっちゃえ、エクレシアちゃん!」

 

 だとしても、デッキ相性差に臆することなく攻撃をしかける神楽坂の声に、《翻弄するエルフの剣士》は剣を上段に構え、大型ハンマーを振りかぶる《教導(ドラグマ)の聖女エクレシア》に向けて駆け抜ける。

 

 しかし、今度は剣が大型ハンマーに接触した瞬間に砕け散り、一切の勢いが衰えぬまま《教導(ドラグマ)の聖女エクレシア》のハンマーが《翻弄するエルフの剣士》の腹を深々と穿ち、気合と共に振り切られたハンマーの動きに合わせて《翻弄するエルフの剣士》はお空の星となった。

 

神楽坂LP:4000 → 3900

 

「くっ、すまない、エルフの剣士……! だが、お前の犠牲は無駄にはしない! 2枚の永続魔法《補給部隊》の効果で合計2枚ドロー! …………バトルを終了するぜ」

 

「どうやら良いカードを引き込めなかったようですね――でも、手加減はしません! わたしがダメージを受けたターンのバトルフェイズ、手札の《マジクリボー》を墓地に送って効果発動!」

 

 やがて、モンスターを惜しい形で失った神楽坂へ追い打ちをかけるように、ブラマジガールの手札から《ブラック・マジシャン》に似た紫のトンガリ帽子と杖を持った毛玉こと《マジクリボー》が現れ、その肩に乗って杖を振れば――

 

「デッキか墓地から魔術師師弟のどちらかを特殊召喚します! 呼びだすのは当然――せーの!」

 

「 「 「 《ブラック・マジシャン・ガール》!! 」 」 」

 

「折角なのでわたし自身が登場~!」

 

 観客たちの声援を受け、フィールドにブラマジガール自身がピョンとエントリーした。

 

《ブラック・マジシャン・ガール》攻撃表示

星6 闇属性 魔法使い族

攻2000 守1700

 

 そうして、マジシャンの師弟が対面したフィールドへ司会の万丈目が盛り上げ時とばかりに声を張る。

 

「遂に来たぞ、師弟決戦が!!」

 

「つまり、彼女は、エクレシアをあえて攻撃表示で蘇生させて、《マジクリボー》のダメージトリガーを狙ったのね」

 

「……? だが、あの説明では《エルフの聖剣士》で受けたダメージで問題ないようにも思えるが……」

 

 そんな中で明日香も三沢に解説を振って役目を果たすが、とうの三沢はブラマジガールのプレイングに少々疑問を覚えた様子。

 

「さ、さぁ、お師匠様の攻撃は終わってますよー! わたしを前に、どう来ますか!」

 

「ハハン、焦るなよ。勝負はまだ始まったばかりだぜ?」

 

 やがて、一瞬目を泳がせたブラマジガールが《超魔導師-ブラック・マジシャンズ》を指さし挑発すれば、神楽坂はフィールド魔法《融合再生機構》を発動し、永続魔法《ブランチ》を発動させ、カードを2枚セットしてターンを終える。

 

「ターンの終わりにフィールド魔法《融合再生機構》の効果により、墓地の融合素材としたカード――《ホーリー・エルフ》が手札に戻って来るぜ」

 

 

ブラマジガールLP:2800 手札1

《ブラック・マジシャン・ガール》攻2000

教導(ドラグマ)の聖女エクレシア》攻1500

伏せ×2

《未来融合-フューチャー・フュージョン》×2

VS

神楽坂LP:3900 手札1

《超魔導師-ブラック・マジシャンズ》攻2800

《有翼幻獣キマイラ》攻2100

《エルフの聖剣士》攻2100

伏せ×2

《補給部隊》×2

《ブランチ》

フィールド魔法《融合再生機構》

 

 

「デュエルキングのコピーデッキ――本物より、融合軸に振ってあるとはいえ、中々の完成度ね。戦局は神楽坂くんが有利に見えるけど……」

 

「融合モンスターを主軸にしている以上、『ドラグマ』たちの戦闘耐性が厄介だな。それに相手には2枚の《未来融合-フューチャー・フュージョン》があれば、戦況を大きく動かせる筈だ」

 

 そうして、互いが1ターンずつ終えたことを見届けた明日香と三沢の解説を余所に、ブラマジガールは観客に向けて手を上げ己へ注意を集めていた。

 

「じゃあ、わたしのターン、行っきまーす!」

 

「 「 「 はーい! 」 」 」

 

「ドロー! スタンバイフェイズに2枚の永続魔法《未来融合-フューチャー・フュージョン》の効果! 融合モンスターの素材をデッキから墓地に送りますね! わたしは《クインテット・マジシャン》2体分の融合素材の――魔法使い族10体をデッキから墓地に送りまーす!」

 

「はーぃ…………マジで?」

 

「10体……? 10体!?」

 

「ヤバいわよ!?」

 

 だが、観客のアカデミア生徒の大半はエグいアドバンテージの発生にドン引きせざるを得ない。「デッキから好きなモンスター10枚を墓地に送って良いよ」は昨今のデュエル環境において大概の場合「死刑宣告」である。

 

「まぁ、そうなるわよね」

 

「予想はしていたが拙いな。好きな魔法使い族を10体も墓地に送れるとなれば、取れる戦術の幅は計り知れない――神楽坂の2枚のリバースカードで対応しきれれば良いが……」

 

「この瞬間、わたしの効果!!」

 

「わたしの効果って!?」

 

 だが、解説2名が悩まし気に戦況を見守る中で宣言されたブラマジガールの発言に、明日香は思わずツッコミを入れた。発言だけ切り取れば意味不明である。

 

「墓地の《ブラック・マジシャン》と《マジシャン・オブ・ブラックカオス》の数×300ポイント攻撃力がアップしまーす! その攻撃力は――うぉぉおぉおおぉおお!!」

 

 しかし、弟子の手にかかり墓地に散っていった師匠たちの力が、ブラマジガールの元へ集まれば、気の抜けるトーンの雄たけびと共にブラマジガールの全身を黄金のオーラが覆っていく。

 

「つまり、永続魔法《未来融合-フューチャー・フュージョン》はそれらのカードを墓地に送る為だったのね。なんというか、豪勢な使い方に思えるわ……」

 

「その2種類のカードを3枚ずつに加え、墓地で《ブラック・マジシャン》として扱う《マジシャン・オブ・カオス》を3枚――どうやら彼女のデッキは、徹底的に《ブラック・マジシャン・ガール》の攻撃力を高めるスタイルのようだな」

 

 やがて、先のブラマジガールの意味不明な発言の真意を理解する明日香を余所に、ブラマジガールのデッキのスタイルを解説する三沢だが――

 

《ブラック・マジシャン・ガール》

攻2000 → 攻5600

 

「攻撃力5600!?」

 

「計算が合わない! 9体を墓地に送っても上昇幅は2700! 攻撃力は4700になる筈だ!」

 

 しかし、ブラマジガールの攻撃力は彼らの想定を少々上回る数値を見せた現実にざわめきが広がれば、得意げなブラマジガールの声が響いた。

 

「ふっふっふー、わたしの墓地へ、お師匠様(ブラック・マジシャン)として扱う融合モンスター《竜騎士ブラック・マジシャン》を送っておいたのです!」

 

「《竜騎士ブラック・マジシャン》? 聞いたことのないカードね」

 

「成程、《凶導(ドラグマ)白騎士(アルバス・ナイト)》はその為に……しかし、俺たちも全てのカードを知っている訳ではないとはいえ、有名な《ブラック・マジシャン》に関するカードが、他にもあったとは……」

 

 やがて、今度こそブラマジガールのデッキの本質に触れた明日香と三沢は未だ知り得ぬレアカードの存在に解説担当としての知識不足を悔やむが――

 

「よもやあの伝説のカードを目にする機会に恵まれるとはな」

 

「サ、サイコ・ショッカー!? ちょ、ちょっと貴方どこから――」

 

「知っているのか、サイコ・ショッカー!!」

 

 いつの間にか解説席の背後に立っていたやたらとクオリティの高い《人造人間サイコ・ショッカー》に扮した人が情報提供するも――

 

「ウム、お前たちが知らぬのも無理はない。あれは精霊界より封印されていた伝説の三体の竜にまつわるカード――その守り手たる巫女がいるとの噂は聞いたことがあるが、よもやあのような小娘であったとはな」

 

「あ、ああ、そうなのか」

 

「なんの説明にもなってないじゃない……」

 

 残念ながらサイコ・ショッカーの説明は、常人には理解できない内容だった。傍から見れば「なに言ってんだ、こいつ」である。

 

「詳細はともかく、彼女のデッキは、エクストラから直接墓地に送る『ドラグマ』の効果を利用した戦術を主にしている訳か」

 

「その通り! これで、わたしは強靭! 無敵! 最強! です! 三つ首ドラゴンどころか、五つ首ドラゴンにだって負けませんよ~!」

 

「ハハン、なら攻撃してきな!」

 

 やがて、サイコ・ショッカーの説明をサラッと流した三沢を余所に、ブラマジガールは己の最高に高まったフィール(攻撃力)で鼻高々な様子だが、《超魔導師-ブラック・マジシャンズ》の効果でカードを1枚ドローする神楽坂が臆する様子は欠片もない。

 

「成程、その伏せカードに余程の自信があるようですね――なら、墓地の《魂のしもべ》を除外し、効果発動! 墓地・フィールドの魔術師師弟の種類だけドローします! 2枚ドロー!」

 

 ゆえに、罠の存在を察知したブラマジガールは2枚のカードをドローし、その中から――

 

「デッキからレベル6以上の魔法使い族を墓地に送って手札の《マジシャンズ・ソウルズ》を特殊召喚!」

 

 霊体と思しき姿が希薄な魔術師の師弟がブラマジガールの隣にフワフワと浮かぶように現れた。

 

《マジシャンズ・ソウルズ》守備表示

星1 闇属性 魔法使い族

攻 0 守 0

 

「そして、《マジシャンズ・ソウルズ》の効果でーす! 手札・フィールドの魔法・罠カードを2枚まで墓地に送り、その枚数分ドローできまーす! 2枚の永続魔法《未来融合-フューチャー・フュージョン》を墓地に送って2枚ドロー!」

 

 さらに、《マジシャンズ・ソウルズ》がそれぞれ杖を交差させれば、フィールドのカードを光と変えて、ブラマジガールに新たな手札を授ける。

 

「まだまだぁ! 魔法カード《ルドラの魔導書》発動! 魔法使い族の《マジシャンズ・ソウルズ》を墓地に送って、三度2枚ドロー!」

 

「3連続の2枚ドロー……一気に手札を増強したな。神楽坂のセットカードが除去されれば危ういぞ」

 

「でも、あの子のデッキは《ブラック・マジシャン》たちを墓地に送ることに特化してるみたいだから、上手くカードを引き込めない可能性もあるわ」

 

 そして、《マジシャンズ・ソウルズ》自身もドローに変換して怒涛の供給を見守る解説の2人の目に――

 

「来ましたよ~! とっておきのカードが!」

 

 手札の1枚を嬉しそうに掲げるブラマジガールの姿が映る。

 

「わたし専用魔法! 《黒・魔・導・爆・裂・破(ブラック・バーニング)》! フィールドにわたしがいる時、相手フィールドの表側モンスターを全て破壊しまーす! 行きますよー、せーの!」

 

「 「 「 ブラック・バーニング!! 」 」 」

 

 さすれば、観客たちと息を合わせた宣言と共に神楽坂のフィールドに向けたブラマジガールの杖の先から紅蓮の炎の球体が放たれた。

 

 その炎の魔術に対し、口から炎を吹いて対抗する《有翼幻獣キマイラ》と、その背に乗った《超魔導師-ブラック・マジシャンズ》が黒と白の波動を放つも、

 

 後方で応援していた《エルフの聖剣士》の奮闘も虚しく、彼らを呑み込むように炎は爆ぜ、巨大な爆炎が神楽坂のフィールドを覆った。

 

「お師匠様たち――爆殺!」

 

「どうやら、アドバンテージを供給し続ける《超魔導師-ブラック・マジシャンズ》を確実に仕留めに行ったようだな」

 

「でも、《超魔導師-ブラック・マジシャンズ》には破壊された時、魔術師の師弟を呼び出す効果が発動できるわ。盤面だけみれば――」

 

 そうして炎の中に散った裏切者の師匠(ホーリー・エルフにはしった奴)の姿に満足げなブラマジガールを余所に、三沢と明日香は爆炎が収まった煙の中から魔術師の師弟が現れる姿を見――

 

「できないぜ!」

 

「できないの!?」

 

 ることは他ならぬ神楽坂の宣言から叶わない様子。

 

「どうしてですか! わたしに手加減なんて必要ありませんよー!」

 

「……デッキに入っていないんだ」

 

 その謎のプレイングに憤慨するブラマジガールだったが、今までの闇遊戯ムーヴを忘れた様子でしょげた神楽坂の声に返す言葉を失うほかない。

 

「……そうよね。《ブラック・マジシャン・ガール》は、その人気から簡単に手に入るカードじゃなかったわ」

 

「《超魔導師-ブラック・マジシャンズ》の効果は片方だけを呼び出せないからな」

 

 そう、明日香と三沢の言う通り、《ブラック・マジシャン》もそうだが、《ブラック・マジシャン・ガール》も価値が高く中々お目にかかれない圧倒的なレアなカードなのだ。

 

 《超魔導師-ブラック・マジシャンズ》の師弟が揃って真の力を発揮する効果は、今の神楽坂には縁遠い。

 

「どうやら、その伏せカードは飾りだったようですね――なら、このダイレクトアタックで終わりです!」

 

「そいつは、どうかな?」

 

「えっ?」

 

 しかし、勝利を確信するブラマジガールへ、神楽坂は闇遊戯ムーヴを取り戻しつつ、その程度の問題は解決済みだと言わんばかりの強気な笑みを見せた。

 

「永続魔法《ブランチ》の効果! 融合モンスターが破壊された時、その融合素材の1体を墓地より復活させる! 待たせたな、相棒!」

 

「遂に来ましたか、お師匠様!」

 

「――《ブラック・マジシャン》!!」

 

 そうして、立ち込める煙を巻き込むように逆巻かせ、伝説のデュエリストの相棒たる黒き魔術師が現れる。

 

 

 その姿は、地下から泥がせり出したように大地から2本の腕が伸び、泥で押し固めた人の頭だけが這い出たような姿で長い年月を経た老獪さすら感じさせた。

 

《沼地の魔神王》守備表示

星3 水属性 水族

攻 500 守1100

 

 

「――って、《沼地の魔神王》じゃねぇか!」

 

「んなドロドロな師匠がいて、たまるか!」

 

 そのあんまりな落差に起こるのは観客たちからのブーイングの嵐。散々期待を煽っておいて「これ」ならば当然の反応であろう。

 

「そういえば、《ブラック・マジシャン・ガール》のパワーアップは相手の墓地も参照したわ……違和感の正体は、これだったのね」

 

「《ブラック・マジシャン》なしのデッキだったとは――完成しなかったのか、神楽坂!!」

 

 やがて、いぶかしむ明日香を余所に観客の声を代弁した当然の疑問が三沢から放たれるが――

 

「これで良いんだ、城之内くん」

 

「三沢だ!」

 

「武藤 遊戯のデッキは初めから完成されていたかい? 違う筈だよ」

 

 闇遊戯ムーヴから、遊戯ムーヴに緩急を付けつつ神楽坂は自論を語ってみせる。

 

「今のボクは『カード不足ながらも現状可能な限り最高のデッキを組み上げた』『武藤 遊戯』なんだ!!」

 

「知るか! 俺たちは、魔術師師弟のデュエル――って話だから、見に来たんだぞ!」

 

「肝心の《ブラック・マジシャン》がいないなら、師弟対決も何もないだろ!」

 

「静まれ、貴様ら! デュエル中だぞ!」

 

「《ブラック・マジシャン》のいない遊戯デッキなんて、ライスのないカレー同然だよ!」

 

「ライスのないカレーも、美味しいですよ」

 

「そうですよ! マスターの真似をするなら、最低でもお師匠様は必須じゃないですか!」

 

――この流れは拙いわね……

 

 だが、噂を聞きつけてか、いつの間にやら増え始めていた周囲の観客からの反応はあまり色好いモノではなかった。まぁ、此方も当然の反応だろう。

 

 しかし、そのブーイングの嵐は司会進行の万丈目に抑えられない程に広まり始め、明日香も危機感から事態の収束を図らんと動き出す。

 

 

 

 

 

「――受け取れ、遊戯ィイイィイイ!!」

 

 

 

 

 その前に、神楽坂の元へ飛来する1枚のカード。

 

「――!?」

 

「この声は!?」

 

「まさか!?」

 

「あの伝説のデュエリストが!?」

 

「伝説って?」

 

「ああ!」

 

 観客たちが各々の反応を見せた視線の先にいたのは1人の男。

 

 

 男は《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》の豹を思わせるヘルムと、両肩の出た黒い甲冑を纏い、

 

 その肩から「ミスターアカデミア殿堂入り」のタスキをかけ、

 

 背中には「バンド帰りです」と言わんばかりのエレキギターがマントの後ろに鎮座し、

 

 何故か、その手の中にあるウクレレを軽快に奏でた男は歯を光らせ眩しい笑みを浮かべて語る。

 

「なにやら、楽し気じゃないか――ボクも混ぜてやくれないか?」

 

「カイバーマンさん? ううん、違う。パンサーウォリアーを意識したマスク……彼は一体……後、どうしてギターとウクレレ持ってるの?」

 

「(……吹雪さんだよな)」

 

「(吹雪様よ……)」

 

「(伝説のお祭り男が来るとは……)」

 

「(天上院先輩……!? まさか天上院くんが呼んだのか……?)」

 

「なにやってるの、兄さん……」

 

 吹雪の乱入に、場の雰囲気はガラリと変わる。というか、当人の情報量に話題が完全に乗っ取られた。

 

「神楽坂、なんのカードを渡されたんだ?」

 

「こ、これは――《ブラック・マジシャン》!?」

 

「ボクからのプレゼントさ☆」

 

 やがて、三沢がおずおずと尋ねれば、おののく神楽坂を余所に吹雪は茶目っ気タップリに敬礼するように指を目元に充てつつウィンクした後、拳を握って突き出し宣誓するように力強い声を飛ばした。

 

「キミの熱き想い、今のデッキではぶつけきれない筈だ! 少々掟破りになるけれど、学園祭総合統括長のボクの顔に免じて許してくれるかな?」

 

「だけど……だけど、城之内(吹雪)くん!」

 

「城之内さん()は俺ではなかったのか!?」

 

「なに言ってるの、三沢くん!?」

 

 そうして、先とは別の意味で場が混沌とする中、明日香のツッコミだけが虚しく響くが――

 

「聞こえるだろう! デッキの声が!」

 

「でも、今はデュエル中で――」

 

「ようやく出てきましたね、お師匠様が!」

 

「待ちくたびれたぜ!」

 

「いよいよ、師弟対決の始まりだァ!!」

 

「満足させてくれよォ!」

 

 一つになった観客たちの心がいつの間にか神楽坂を後押しするように木霊する。

 

――天上院くん、俺はどうすれば!?

 

「…………許可します」

 

「熱い展開なので許可だ!!」

 

「――みんな、ありがとう!!」

 

 そうして、オベリスク・ブルー1年のまとめ役の明日香の許可を出し、万丈目がGOサインを出せば――

 

「来てくれ! 《ブラック・マジシャン》!!」

 

 デュエルディスクからブザー音が鳴り響いた。

 

「――!?」

 

 思わずカードとデュエルディスクを交互に見やり混乱する神楽坂。当たり前の話だが、デッキ外からカードを追加するのはルール違反である。

 

 それゆえ、解説席から席を立ち神楽坂の元へ駆け寄った三沢が彼のデュエルディスクを操作し始め――

 

「デュエルディスクのイカサマ防止用のシステムだな。ちょっと待ってくれ…………済まない、ブラック・マジシャン・ガールさん――キミのデュエルディスクで許可してやってくれないか?」

 

「えっ? えーと、こう……かな?」

 

「違う、こうだ」

 

「サイコ・ショッカーさん、ありがとー!」

 

「フン、礼には及ばん」

 

「いや、俺からも礼を言わせてくれ、助かったよ――よし、これで問題ない筈だ」

 

 ブラマジガールと、サイコ・ショッカーの手も借りて《沼地の魔神王》を《ブラック・マジシャン》に置き換える形で問題を解決。

 

「なら、万丈目くん」

 

「では、デュエル再開!!」

 

「なら、気を取り直して……行くぜ、相棒!!」

 

 再開されたデュエルの幕を開くのは――

 

「――現れろ、俺の切り札にして最強のしもべ!! 《ブラック・マジシャン》!!」

 

 デュエリストなら誰もが焦がれた伝説のデュエリストの相棒たる黒衣の魔術師。

 

《ブラック・マジシャン》守備表示

星7 闇属性 魔法使い族

攻2500 守2000

 

「そしてキマイラの効果で墓地から《バフォメット》が復活!」

 

 後、ついでに赤い肌の悪魔こと《バフォメット》が白い翼を丸めて盾がわりにするように隣に陣取った。

 

《バフォメット》守備表示

星5 闇属性 悪魔族

攻1400 守1800

 

「今度こそ、ブラマジ来たー!」

 

「……来たー……!」

 

『まぁ、後の末路は察する状況だけどね』

 

 やがて2枚の永続魔法《補給部隊》で2枚ドローする神楽坂を余所に観客たちも先のブーイングの嵐など忘れたようにテンションのボルテージを上げていく。

 

「出てきましたね、お師匠さま! でも、師を超えるのが弟子の責務! 装備魔法《ワンダー・ワンド》をエクレシアちゃんに装備して――」

 

 しかし、ブラマジガールから急に杖を手渡され、元々持っていた大型ハンマーとの兼ね合いにオロオロする《教導(ドラグマ)の聖女エクレシア》を余所に――

 

教導(ドラグマ)の聖女エクレシア》

攻1500 → 攻2000

 

 

「バトル! わたしでお師匠様に攻撃! ブラック・バーニング!!」

 

「――ブラック・マジシャン!?」

 

 《ブラック・マジシャン》へブラマジガールの杖から放たれた炎の球体が着弾。「ファ、ファラオォオオォオ!!」との断末魔を空耳させながら鮮やかに出オチしていった。

 

「さぁ、これで更にお師匠様の魂を弟子のわたしが受け継ぎました! わたしはまたまた強くなりまーす!」

 

 やがてシリアルキラーみたいな発言を余所に、更なるパワーを得たブラマジガール。

 

《ブラック・マジシャン・ガール》

攻5600 → 攻5900

 

「今のわたしはお師匠様すら一撃ノックアウト! ――どうやら、わたしもこっちで強くなり過ぎたようですね……」

 

 その力の強大さに些か調子に乗り始めるが――

 

「エクレシアちゃん! 続いて《バフォメット》も粉砕だ~!」

 

「くっ……! 《バフォメット》が……!」

 

 《教導(ドラグマ)の聖女エクレシア》の大型ハンマーに脳天をしばかれた《バフォメット》が巨大なたんこぶを作りながら地面に叩き伏せられ消えていく様子を見ればデュエルの流れを掴んでいることは確かである。

 

「だが、散っていった相棒たちの想いは無駄にはしない! 罠カード《セットアッパー》! 破壊されたモンスター以下の攻撃力を持つカードをデッキより裏側守備表示で特殊召喚する! 《メタモルポット》をセットだ!!」

 

「うーん、《メタモルポット》かぁ……なら手札を残すのは良くないよね! カードを3枚セットしてターンエンド!」

 

 しかし、なんとか次の手を繋いだ神楽坂へ、ブラマジガールは己の顎に人差し指を当てながら少々思案を見せた後にターンを終えた。

 

 

ブラマジガールLP:2800 手札1

《ブラック・マジシャン・ガール》攻5900

教導(ドラグマ)の聖女エクレシア》攻2000

伏せ×3

《ワンダー・ワンド》

VS

神楽坂LP:3900 手札4

裏守備モンスター×1

伏せ×1

《補給部隊》×2

《ブランチ》

フィールド魔法《融合再生機構》

 

 

「一気に追い込まれたわね……伏せカードも殆どブラフのようだし、《メタモルポット》の5ドローの内容次第じゃ押し切られかねないわ」

 

「いや、その点は神楽坂のバランス感覚なら問題ないだろう。むしろ、問題なのは相手の5000オーバーの攻撃力――武藤 遊戯はそこまで火力(攻撃力)勝負に秀でたデュエリストじゃない。その面は彼のデッキをコピーした神楽坂にもダイレクトに影響している筈だ」

 

 やがて色んな意味で波乱の多かったブラマジガールのターンへの解説をこなす明日香たちを余所に――

 

「……俺のターン! ドロー! 儀式魔法《高等儀式術》発動! デッキの通常モンスターを――光と闇を! 《エルフの剣士》と《デビル・ドラゴン》を贄に捧げ、カオスフィールドを生成!!」

 

 なんか神楽坂のフィールドでクライマックス感が溢れるエルフの光とドラゴンの闇の力によって道筋が天より描かれる。

 

「儀式召喚!! 駆け抜けろ! 《カオス・ソルジャー》!!」

 

 さすれば、その光と闇の道筋――カオスフィールドを駆け抜ける中で、その身に藍の堅牢な鎧に身を包んだ超戦士がフィールドに降り立ち、剣を構えた。

 

《カオス・ソルジャー》攻撃表示

星8 地属性 戦士族

攻3000 守2500

 

 

「くっ……、伝説の剣士ですら、今のブラマジガールの攻撃力には届かない……!」

 

「つーか、アイツ《カオス・ソルジャー》まで採用したのか!?」

 

「いくら《高等儀式術》が通常モンスターを利用できるからって無茶だろ……」

 

『まぁ、普通はそう思うだろうさ』

 

「今のアイツは『持ちうるカードを全てつぎ込んだ遊戯さん』なんだ! 遊戯さんのカードを外すことなんて絶対にしない!」

 

「……そう……なの……?」

 

「ほう、神に選ばれし者へと手を伸ばすとは――いつの世も人間とは愚かしいな」

 

 途切れることなく現れる闇遊戯ムーヴなデュエルに観客たちのハートを鷲掴みにしていくが、神楽坂の展開はこの程度では止まらない。

 

「魔法カード《融合徴兵》! エクストラデッキの《竜騎士ガイア》を公開し、デッキから《暗黒騎士ガイア》を手札に!」

 

 未だ5枚ドロー可能な《メタモルポット》の効果も使っていないというのに次々と神楽坂の元へ集うは――

 

「まだだ! リバースカードオープン! 罠カード《融合(フュージョン)準備(・リザーブ)》! エクストラデッキの《カイザー・ドラゴン》を公開し、デッキから《砦を守る翼竜》を! 墓地より《融合》を手札に!」

 

 数多のドラゴンたち。

 

 こうして、このターンに名前の挙がった《デビル・ドラゴン》、《砦を守る翼竜》、《カイザー・ドラゴン》――それらの元々の持ち主である万丈目は、信じられない様子で呟いた。

 

「……アイツ、まさか俺が渡したドラゴン族カードを全て採用したのか……!?」

 

――いや、それなら……それなら、たった1つだけ存在する……! あの馬鹿げた攻撃力になった《ブラック・マジシャン・ガール》を真正面から打ち倒す方法が!

 

 そして気づく。神楽坂の狙いに。

 

「魔法カード《融合》! 手札の《暗黒騎士ガイア》とドラゴン族である《砦を守る翼竜》の2体で融合召喚!! 飛翔せよ、《天翔の竜騎士ガイア》!!」

 

 やがて、馬の背から跳躍した二双の突撃槍を持つ騎士が、宙に舞う水色の小型ドラゴンの背中にまたがれば、騎士は竜騎士となって空を駆ける。

 

《天翔の竜騎士ガイア》攻撃表示

星7 風属性 ドラゴン族

攻2600 守2100

 

 フィールド魔法《融合再生機構》の効果で最後に手札に残った《ホーリー・エルフ》を《融合》に変換してセットした神楽坂は運命のドローに賭けた。

 

「此処で反転召喚だ! 《メタモルポット》! その効果により互いは手札を全て捨て、新たに5枚ドロー!!」

 

《メタモルポット》裏守備表示 → 攻撃表示

星2 地属性 岩石族

攻 700 守 600

 

――此処で引き込めるか神楽坂……あのカードを!

 

「――来たぜ、万丈目!」

 

 やがて司会の万丈目に向けて親指を立てつつ僅かに視線を送った神楽坂が繰り出すのは――

 

「俺は《メタモルポット》をリリースし、《カース・オブ・ドラゴン》をアドバンス召喚!!」

 

 《メタモルポット》の壺が砕け散った先から、身体の各所に鋭利な棘が伸びる土色のドラゴンが雄たけびと共に宙を舞う。

 

《カース・オブ・ドラゴン》攻撃表示

星5 闇属性 ドラゴン族

攻2000 守1500

 

「ふっふっふ、どれだけモンスターを呼び出そうとも、最強になったわたしの前では無力ですよ!」

 

 とはいえ、次々と繰り出されるドラゴン軍団はブラマジガールの脅威ではない。彼女が調子に乗って天狗になった鼻を伸ばすように胸を張る様子を見れば分かろう。

 

 だが、これにて神楽坂の全ての準備は整った。

 

「お前が最強の力を振るうのなら、俺は究極の力で応えよう――魔法カード《融合》発動!!」

 

「今更、なにを融合召喚したって――」

 

「俺はあらゆる融合素材に変化する力を持つ《沼地の魔神王》を究極のドラゴンとして扱い! 伝説の剣士と融合させる!!」

 

 そして、《融合》を見せ付けるように腕を突き出した神楽坂の背後で、白き三つ首の竜の幻影が薄っすらと映れば――

 

「――究極融合召喚!!」

 

「きゅ、究極融合召喚!?」

 

「――《究 極(マスター・オブ)(・ドラゴン)騎士(ナイト)》! 降・臨!!」

 

 天より降り立つのは、伝説の白き竜が三つ首の究極の姿と化した背中に、究極の剣士が乗った――まさにその名に恥じぬ、究極の竜騎士。

 

 その存在感は、フィールドに佇むだけで圧倒的な力を感じさせる。

 

究 極(マスター・オブ)(・ドラゴン)騎士(ナイト)》攻撃表示

星12 光属性 ドラゴン族

攻5000 守5000

 

「こ、攻撃力5000!? で、でも5000じゃ最強になったわたしは倒せませんよ!」

 

「いいえ、あのカードの効果は!」

 

「自身以外のドラゴン族の数×500パワーアップする! そして、今の神楽坂のフィールドには2体のドラゴン族が!」

 

「そうだ! よって《究 極(マスター・オブ)(・ドラゴン)騎士(ナイト)》の攻撃力は――」

 

 そして、《究 極(マスター・オブ)(・ドラゴン)騎士(ナイト)》の圧倒的な力に仲間たちの力も合わされば、まさに鬼に金棒。

 

究 極(マスター・オブ)(・ドラゴン)騎士(ナイト)

攻5000 → 攻5500 → 攻6000

 

 

「《ブラック・マジシャン・ガール》の攻撃力を上回った!!」

 

「バトル!!」

 

 数多の師匠の屍の上で圧倒的なまでの力を手にしたブラマジガールを超えた究極のパワーを見せた《究 極(マスター・オブ)(・ドラゴン)騎士(ナイト)》を従えた神楽坂が力強く攻勢を宣言。

 

「残念だけど、その攻撃は――」

 

「《天翔の竜騎士ガイア》でアンタに攻撃するぜ!」

 

「えぇっ!? 《究 極(マスター・オブ)(・ドラゴン)騎士(ナイト)》じゃないんですか!?」

 

 だが、想定外の進軍命令に、なにやら動こうとしていたブラマジガールが突き出した手も思わず固まる。

 

「上手いわね、神楽坂くん――攻撃時に相手を守備表示にする《天翔の竜騎士ガイア》なら相手の攻撃力は関係ないわ!」

 

「わ、わわ! さ、させません! 罠カード《ドラグマ・パニッシュメント》! エクストラデッキのカードを墓地に送り、その攻撃力以下の相手モンスター1体を破壊します!」

 

 しかし、明日香の解説に慌てた様子でブラマジガールがリバースカードを発動させれば天より一筋の大剣が襲来し、《天翔の竜騎士ガイア》を貫いた。

 

「(天翔の竜騎士)ガッ……ガイアッッッ!!」

 

「ガイア――爆・殺! ふふーん! これで、ドラゴン族が減ったので、《究 極(マスター・オブ)(・ドラゴン)騎士(ナイト)》もわたしの力の前にひれ伏――」

 

「融合モンスターが破壊されたことで、永続魔法《ブランチ》の効果! 甦れ、《砦を守る翼竜》!!」

 

「あっ」

 

 だが観客の悲痛な声が響く中、騎士を失ったドラゴンこと《砦を守る翼竜》がなに食わぬ顔で翼を広げている。竜騎士、散れどもドラゴンは死なず。

 

《砦を守る翼竜》守備表示

星4 風属性 ドラゴン族

攻1400 守1200

 

 やがて2枚の永続魔法《補給部隊》で2ドローする神楽坂は呆けた様子で口を開けるブラマジガールを余所に、観客席で腕組みする吹雪を見やり視線で合図した。

 

 

「行くぜ、海馬(吹雪さん)!!」

 

「全速前進だ!!」

 

「兄さん、怒られるわよ」

 

 そうして、吹雪に海馬ムーヴをお願いした神楽坂は――

 

「 「 《究 極(マスター・オブ)(・ドラゴン)騎士(ナイト)》の攻撃!! 」 」

 

 闇遊戯と海馬のタッグを思わせるように互いの所作を合わせれば、それに呼応するように《究 極(マスター・オブ)(・ドラゴン)騎士(ナイト)》の剣士の部分(カオス・ソルジャー)が剣にエネルギーを漲らせ、

 

 ドラゴンの部分(青眼の究極竜)の三つ首のそれぞれからブレスをチャージ。

 

「 「 ギャラクシィイイィイイ!! クラッシャァァアァアァアア!! 」 」

 

「さ、最強になったわたしがー!!」

 

 四筋の破壊の奔流が大地を砕きながらブラマジガールを呑み込み、

 

 《教導(ドラグマ)の聖女エクレシア》だけが油の切れた機械のような所作で破壊の傷跡を眺めていた。

 

「……普通にエクレシアに攻撃してればライフ削り切れたんじゃ……」

 

「明日香、ロマンも時には必要なんだ」

 

 とはいえ、明日香の言うように明らかに攻撃する相手を間違えたように思われたが――

 

ブラマジガールLP:2800 → 2750

 

「しかし、50の僅かなダメージとはいえ――50だと?」

 

「快進撃も此処までですよ! 永続罠《マジシャンズ・プロテクション》を発動していました! これで魔法使い族を従えるわたしへのダメージは全て半減しちゃいます!」

 

 三沢のハッとした表情の通り、このブラマジガール――そんじょそこいらのマジシャンの小娘とは一線を画す。

 

「そして、魔法使い族が破壊されたことで、墓地の《マジクリボー》を回収!」

 

「拙い! この流れは!」

 

「ふははははー! たった50ポイントでもダメージはダメージ! 手札の《マジクリボー》を墓地に送り、効果発動でーす! 復活だ、最強無敵のわたし!!」

 

 《マジクリボー》が杖をクルンと振るえば、《ブラック・マジシャン・ガール》が華麗に復活。

 

 というか、ブラマジガール自身がピョンとジャンプしてフィールドへ舞い戻りつつ、《教導(ドラグマ)の聖女エクレシア》とハイタッチを交していた。

 

《ブラック・マジシャン・ガール》攻撃表示

星6 闇属性 魔法使い族

攻2000 守1700

攻5900

 

 

「ほら、明日香――やはりロマンを重視したのは間違いじゃなかっただろう?」

 

「でも、《マジクリボー》のサルベージと復活があるんだから、ダメージを取っておくべきよ――って、兄さん、サラッと実況席に紛れこまないで」

 

「しかし厄介だな。《マジクリボー》のループを断たない限り、攻撃力5000オーバーの《ブラック・マジシャン・ガール》が復活し続ける……まさに無限ループ」

 

 やがて、苦労して倒した筈の《ブラック・マジシャン・ガール》が簡単に舞い戻った現実に吹雪・明日香・三沢が各々の考察(デュエルに関係ないのもあるが)を披露する中――

 

「くっ……! なら《カース・オブ・ドラゴン》でエクレシアを攻撃! ヘル・フレイム!!」

 

「迎え撃って、エクレシアちゃん! フルスイング・ハンマー・シュート!」

 

 此処に来て焦りを見せ始めた神楽坂の声に従い《カース・オブ・ドラゴン》が炎を噴けば、《教導(ドラグマ)の聖女エクレシア》はハンマー投げよろしくグルグル回転した後、大型ハンマーを投擲。

 

 お空にてゴツンと痛そうな音が響く中、回転し過ぎて今度はグルグルと目を回してフラフラしていた《教導(ドラグマ)の聖女エクレシア》は案の定《カース・オブ・ドラゴン》の炎のブレスを躱せず、炎の中に散っていった。

 

「相打ちになっちゃったけど、エクレシアちゃんの頑張りが、《究 極(マスター・オブ)(・ドラゴン)騎士(ナイト)》から力を削ぐよ!」

 

究 極(マスター・オブ)(・ドラゴン)騎士(ナイト)

攻6000 → 攻5500

 

「……俺はカードを1枚セットしてターンエンドだ」

 

 こうして、超大型モンスター《究 極(マスター・オブ)(・ドラゴン)騎士(ナイト)》を呼び出した割に相手へ痛手を与えられなかった神楽坂は、沈痛な面持ちでエンド時にフィールド魔法《融合再生機構》の効果で《暗黒騎士ガイア》を手札に戻し、ターンを終えた。

 

 

ブラマジガールLP:2750 手札5

《ブラック・マジシャン・ガール》攻5900

伏せ×1

《マジシャンズ・プロテクション》

VS

神楽坂LP:3900 手札5

究 極(マスター・オブ)(・ドラゴン)騎士(ナイト)》攻5500

《砦を守る翼竜》守1200

伏せ×1

《補給部隊》×2

《ブランチ》

フィールド魔法《融合再生機構》

 

 

「絶好調のわたしのターン! ドロー! 相手フィールドにエクストラデッキから特殊召喚されたカードが存在する時に、このカードは手札から特殊召喚できまーす!」

 

 対する《究 極(マスター・オブ)(・ドラゴン)騎士(ナイト)》という特大モンスターの攻撃を華麗に(疑似的に)躱せたブラマジガールは有頂天な様子で攻めに転じる。

 

「お願いします、エクレシアのお姉ちゃん! フルルドリスさん!!」

 

 そうして呼び出されたのは純白の西洋鎧に身を包んだ長身の聖剣士――女だてらに大盾を軽々と片手に装備した聖騎士の容貌は鎧に覆われ伺えない。

 

 だが、《教導(ドラグマ)の聖女エクレシア》の仇討とばかりに前のターンに《竜騎士》を屠った地面に突き刺さっている大剣を片手で引き抜く姿から勇猛な様子が見て取れた。

 

教導(ドラグマ)の騎士フルルドリス》攻撃表示

星8 光属性 魔法使い族

攻2500 守2500

 

「更に魔法カード《融合派兵》発動! 効果はキミも知ってるよね? エクストラデッキの《超魔導師-ブラック・マジシャンズ》を公開し――」

 

 更にダメ押しとして――

 

「分身の術――なんちゃって、2体目の《ブラック・マジシャン・ガール》を特殊召喚!」

 

 ブラマジガールの隣に、今度はソリッドビジョンの《ブラック・マジシャン・ガール》がターンしつつ並び立つ。その姿は当人の言う通り「分身の術」という程にソックリである。

 

《ブラック・マジシャン・ガール》攻撃表示

星6 闇属性 魔法使い族

攻2000 守1700

攻5900

 

「此処に来て2体目ですって!?」

 

「幾ら神楽坂のライフが殆ど初期値とはいえ、あのパワーの波状攻撃は……!」

 

「バトル~! わたしで《究 極(マスター・オブ)(・ドラゴン)騎士(ナイト)》を攻撃!」

 

 明日香と三沢が焦った声を零す中、神楽坂を追い詰めるべくブラマジガールは追撃の一手を打つ。

 

「さ・ら・に! この瞬間、罠カード《マジシャンズ・サークル》を発動~! お互いはデッキから攻撃力2000以下の魔法使い族を――()()()()で特殊召喚()()()()()()()()()

 

 さすれば互いのフィールドの足元に魔法陣が描かれた。

 

「おっと、これは拙いね。彼のデッキに低ステータスの魔法使い族がいれば、殆どダイレクトアタックと変わらないダメージを受けてしまう」

 

「わたしが呼ぶのはこの子! 《チョコ・マジシャン・ガール》!」

 

 やがて、吹雪の懸念を余所に魔法陣より、水色の長髪がのぞくとんがり帽子をかぶった青い魔法少女風の衣装を纏った魔術師の少女が、衣装の背中から伸びるコウモリの翼をピコピコ動かし現れる。

 

《チョコ・マジシャン・ガール》攻撃表示

星4 水属性 魔法使い族

攻1600 守1000

 

「ハ、ハハン、残念だったな。俺のデッキに、もう魔法使い族は存在しないぜ!」

 

 しかし、対する神楽坂のフィールドの魔法陣は不発に終わった。闇遊戯のデッキがごった煮な性質が功を奏したゆえか、首の皮1枚繋がる神楽坂。

 

「だったら、わたしでそのまま攻撃続行! そして、さっきのお返しだー! 手札から《幻想の見習い魔導師》を捨て効果発動! バトルする闇属性・魔法使い族1体の攻撃力を2000ポイントアップ!!」

 

「なっ!?」

 

 だが、その程度は誤差とばかりに褐色肌の《ブラック・マジシャン・ガール》とでも言うべき魔術師の少女がブラマジガールの手札から飛び出し、援護するように魔法を放てば――

 

《ブラック・マジシャン・ガール》

攻5900 → 攻7900

 

 

「えーい! スペシャル・ブラックバーニング!!」

 

 天に掲げた杖の先に灯る炎の魔術が隕石ほどに肥大化し、大火球となって《究 極(マスター・オブ)(・ドラゴン)騎士(ナイト)》に向かって放たれた。

 

 対峙する《究 極(マスター・オブ)(・ドラゴン)騎士(ナイト)》もドラゴンの三つ首のブレスと、その背に乗る剣の斬撃が振るわれるが、ジリジリと押し負け始め――

 

 

「――ぐぅぁぁぁああああ!!

 

 巨大な大爆発が神楽坂のフィールドを包み込み、その爆炎の渦中にてドラゴンの断末魔が響き渡った。

 

神楽坂LP:3900 → 1500

 

「くっ、まるで攻撃力6000の時であっても関係ない――そう言いたげな攻撃だわ……!」

 

「いや、それよりもこれで神楽坂は闇属性の魔法使い族へ、安易に攻撃できなくなった……例え、相手の手札に《幻想の見習い魔導師》がなくとも、牽制される今の状況は厳しいものがある」

 

 これには明日香や三沢も、圧倒的な攻撃力を真正面から殴り返したブラマジガールのド脳筋な火力攻撃に戦慄を覚える。伝説の魔術師の師弟らしからぬパワーファイトであろう。

 

「あの女、イロモノ枠かと思ったら中々に強いぞ!?」

 

「伝説の三体の龍が選んだ魔術師が弱い訳がなかろう」

 

 やがて万丈目とサイコ・ショッカーが未だ立ち昇っている巨大な爆炎を前に、腕を目元にかざしながら神楽坂の2枚の永続魔法《補給部隊》での2枚ドローを見守る他ない。

 

「だが、《究 極(マスター・オブ)(・ドラゴン)騎士(ナイト)》が破壊されたことで、《ブランチ》の効果! 墓地より舞い戻れ、《カオス・ソルジャー》!!」

 

 しかし、その爆炎を切り裂きながら《カオス・ソルジャー》が神楽坂のフィールドに降り立ち身代わりになってくれた相方(青眼の究極竜)の分まで戦わんと剣を構える。

 

《カオス・ソルジャー》守備表示

星8 地属性 戦士族

攻3000 守2500

 

「くっそ~、伝説の剣士でさえ、今は守備表示にするしかねぇのか……」

 

「……がんばれー……」

 

『ここが正念場だろうね』

 

「お次はフルルドリスさんで《カオス・ソルジャー》を攻撃! そして、フルルドリスさんが攻撃する時、『ドラグマ』たちは500ポイントパワーアップ!」

 

 だとしても、十代とレインの願いも虚しく主の命により抜かれた《教導(ドラグマ)の騎士フルルドリス》の大剣が上段より振るわれ、《カオス・ソルジャー》の剣とぶつかり合えば、先程までの連戦の影響か《カオス・ソルジャー》の剣はピシリとひび割れれば――

 

教導(ドラグマ)の騎士フルルドリス》

攻2500 → 攻3000

 

「カ、カオス・ソルジャー!!」

 

「そして、《チョコ・マジシャン・ガール》で《砦を守る翼竜》も撃破!」

 

 《カオス・ソルジャー》は愛剣もろとも一刀のもとに切り伏せられ、仲間が次々と散っていく光景に思わず空に回避した《砦を守る翼竜》も、《チョコ・マジシャン・ガール》の桃色ビームによってお菓子になって地面に転がる末路を辿った。

 

「そして、そして~!! 2体目のわたしでダイレクトアタック!!」

 

 さすれば、残るはブラマジガールの言う通り、守り手を失った神楽坂のみ。

 

 やがて増え続ける観客との一体感を煽るようにブラマジガールは杖を構えて――

 

「みんなー! 行っくよー!」

 

「い、行くのか……?」

 

「もはや追い打ちじゃあ……」

 

「ファ、ファンである俺たちには退く道はねぇ!」

 

「もうやめて! とっくに――」

 

 若干、引き気味の観客たちと共に――

 

「―― ブ ラ ッ ク ・ バ ー ニ ン グ ! !」

 

 

「 「 「 ゆ、遊戯さぁぁああぁん!! 」 」 」

 

 

「いや、あれ、神楽坂!」

 

 

 火炎球の魔術が神楽坂にダイレクトに襲い掛かり、そのフィールドにて何度目か分からぬ大爆発を引き起こす。

 

 

 5000オーバーのダメージなだけに、その威力が計り知れない様が轟々と立ち昇る業火からも伺えた。

 

 

 そうして、観客の誰もが遊戯さんの敗北を確信し、このデュエルの最後を固唾を呑んで見守る中、爆炎が煙と化して晴れれば――

 

 

 

神楽坂LP:1500

 

 

「ゆ、遊戯さん!」

 

「耐えた……!」

 

「このパターンは!」

 

 しかと2本の足で立つ神楽坂の姿に、観客たちも思わず拳を握った。

 

「……俺は手札の《クリボー》の効果によりダメージをゼロにさせて貰った。ありがとう、《クリボー》……お前のお陰で俺はまだ――戦える!!」

 

 そんな神楽坂の元には、遊戯お馴染みの黒い毛玉こと《クリボー》が煙にせき込む姿が見える。

 

「なら、バトルを終了し、《チョコ・マジシャン・ガール》の効果! 手札の魔法使い族を墓地に送り、1枚ドロー!」

 

 しかし、辛うじて猛攻を躱した神楽坂の絶望は終わらない。《チョコ・マジシャン・ガール》がブラマジガールへ1枚のハート型の入れ物を渡せば、中からチョコが――

 

「おぉ! 良いカードを引きました! 魔法カード《救魔の標》! 墓地の魔法使い族1体――《幻想の見習い魔導師》を手札に回収しまーす! カードを1枚セットしてターンエンドでーす!」

 

 いや、チョコのような褐色肌を持つ先程、神楽坂へ悪夢を見せた《幻想の見習い魔導師》がブラマジガールの手札に舞い戻る結果を生む。

 

「ま、またブラマジガールの手札に《幻想の見習い魔導師》が……」

 

 

ブラマジガールLP:2750 手札2

《ブラック・マジシャン・ガール》×2 攻5900

教導(ドラグマ)の騎士フルルドリス》攻3000

《チョコ・マジシャン・ガール》攻1600

伏せ×1

《マジシャンズ・プロテクション》

VS

神楽坂LP:1500 手札6

伏せ×1

《補給部隊》×2

《ブランチ》

フィールド魔法《融合再生機構》

 

 

 かくして、ゴクリと戦慄の意味で喉を引きつらせる観客を余所に、解説席の背後にて腕組みしていた吹雪が言葉を零した。

 

「どうやら、彼のコピーデッキ――展開方面にかなり力を入れているようだね」

 

「勝手に解説役を取らないで、兄さん」

 

「流石です、天上院先輩。俺はデッキ構築に携わったゆえに気づけたの――」

 

「チッチッチ、フブキングと呼んでくれるかな?」

 

「フ、フブキングですか……」

 

「……兄さん、もう分かったから、せめて大人しく解説してて」

 

 やがて、明日香の退散命令にも動じず、三沢にブッキーハラスメントを繰り出す兄の姿に明日香も諦めたように続きを促せば――

 

「なら、遠慮なく――神楽坂くんのコピーデッキは融合軸で何とかまとめてある。遊戯さんの上級・最上級が多い構築も《ブランチ》でワンクッション挟むことで、展開を持続しやすくしているんだね」

 

――予想外に兄さんが凄い真面目に解説してる……

 

「でも、展開に特化した半面、防御や妨害面は酷く薄い。厳しい言い方だけど、アレじゃあ『武藤 遊戯()()()デュエル』は出来ても『武藤 遊戯()デュエル』は出来ない」

 

 飛び出したのは明日香も驚きのマトモな説明。デュエルを一見しただけだというのに理解度がやたらと高い。流石はフォースと言ったところか。

 

「それは神楽坂が一番理解しています! だからこそ、その展開力で――」

 

「だとしても、相手のマジシャン・ガールさんのデッキは少々風変りとはいえ、攻撃・防御・展開・妨害の一通りが揃っている。凡その下準備をとうに終えた彼女を崩すのは容易くないよ」

 

――普段からこのくらい真面目にしてくれれば――って、感心してる場合じゃなかったわ!?

 

 そうして、(神楽坂)を援護する三沢と吹雪の解説がヒートアップして行く光景に、明日香は慌てて己の役目に戻った。場を整えるのは彼女の仕事である。

 

「彼女が難敵なのはよく分かったわ。それで兄さんの見立てでは神楽坂くんの逆転の芽は、どのくらいあるのかしら?」

 

「そうだね……彼には武藤 遊戯のような攻防一体のデュエルは出来ない――まさに盾を持たないデュエルキング」

 

「矛だけじゃ勝てないって言うの?」

 

「かもしれない。でもね、明日香。そんな矛しか持たない紛い物に、この場の人間は――」

 

 吹雪も、神楽坂の奮闘を理解していても「デュエルキングの劣化コピー」というレッテルを外すことは出来ない。本物はあんなものじゃなかった。それは実力者ほどに如実に実感させられることだ。

 

 しかし、それでも今の絶体絶命の状況で神楽坂がカードをドローする姿が吹雪に――いや、周囲の観客たちの瞳を捉えて放さない。

 

「俺のターン! ドロー!!」

 

 

「――伝説を幻視したんだ」

 

 

 この場の誰もが紛い物の背に、思わず伝説の影を重ねてしまっていた。

 

 

「リバースカードオープン! 罠カード《融合(フュージョン)準備(・リザーブ)》! エクストラデッキの《バラに棲む悪霊》を公開し、デッキから《グレムリン》を! 墓地から《融合》を手札に!」

 

 そうして、巨大な茨に覆われた赤い薔薇から深緑の肌の女の悪霊がフッと花弁を飛ばせば、その1枚より耳の大きな獣を思わせる緑の悪魔が神楽坂の手札に舞い込む。

 

 さすれば神楽坂は、1枚のカードを手札から引き抜いた。

 

「そして手札1枚をコストに魔法カード《ジョーカーズ・ストレート》発動! デッキから《クィーンズ・ナイト》を特殊召喚し、更にデッキから《キングス・ナイト》を手札に加えて召喚できる!」

 

 すると、赤い鎧を纏った金の長髪の女剣士が絵札のマークが描かれた盾を構えて現れ、右手の剣を天へとかざせば――

 

《クィーンズ・ナイト》攻撃表示

星4 光属性 戦士族

攻1500 守1600

 

 そこに交差する形で己の剣を添えた立派な顎髭を蓄えた金髪の壮年の黄金の鎧を纏う剣士が青いマントを翻しながら現れる。

 

《キングス・ナイト》攻撃表示

星4 光属性 戦士族

攻1600 守1400

 

「更に召喚された《キングス・ナイト》の効果! 《クィーンズ・ナイト》が存在する時、デッキから《ジャックス・ナイト》を特殊召喚する! 並び立て、絵札の三騎士!!」

 

 そして、その交差した2つの剣に呼応するように3つ目の剣――青き鎧に身を纏う青年の剣士が並び立った。

 

《ジャックス・ナイト》攻撃表示

星5 光属性 戦士族

攻1900 守1000

 

 

「遊戯さんのフィールドに3体の贄が揃った!」

 

「……揃った……!」

 

『いや、三幻神は墓守の一族ってのが管理してるんだから、アイツが持ってる訳ないだろ』

 

 かくして、遊戯と3体の生贄――そして残った召喚権。

 

 この3つが揃った時、誰もが連想する伝説のカードの存在を十代とレインたちが期待するも、ユベルの言う通り、それは実現不可能な部分である。

 

「まだだ! 魔法カード《融合派兵》! エクストラの《砂の魔女(サンド・ウィッチ)》を公開し、デッキから《岩石の巨兵》を特殊召喚!!」

 

 しかし、そんなことはおかまいなしに神楽坂のフィールドに箒にまたがる伝統的な赤い魔女の衣装に身を包んだ緑髪の女が指をパチンとならせば、

 

 大地より巨大な岩石がせりあがり、己が正体を明かすように音を立てて展開し、二刀の石の剣を持つ岩の兵隊ことゴーレムとなって主の命令を待つ。

 

《岩石の巨兵》攻撃表示

星3 地属性 岩石族

攻1300 守2000

 

「そして、俺の手札1枚を墓地に送り、出てこい! 《THE() トリッキー》!!」

 

 更に神楽坂のモンスターゾーンの最後の席に「?」が描かれたマスクと道化師を思わせる衣装を纏った魔術師が、ビシッと敬礼しながら現れた。

 

THE() トリッキー》攻撃表示

星5 風属性 魔法使い族

攻2000 守1200

 

 

「すっごく沢山、呼び出したね! 今度は何を融合するのー?」

 

「いいや、俺が呼び出すのは手札のこのカード!!」

 

 そんなこんなで、神楽坂のフィールドを埋め尽くした5体のモンスターたちの姿にブラマジガールは頬に指を置いて小首をかしげて見せるが、彼女の予想を覆すように神楽坂は手札の1枚を腕を横へ振り切りながら示した。

 

「――神の召喚!!」

 

「か、神の召喚!?」

 

 それは、ありえない筈の1枚。

 

「俺のフィールドの5体のモンスターを生贄に現れろ!!!」

 

 しかし、そんな前提を破壊し、5体のモンスターが天へと昇る光と化して消えれば、地響きと共に大地に亀裂が入り、全てを薙ぎ倒す破壊の神が顕現する。

 

 

「――エクゾディア!!」

 

 

 強大すぎる己の力を封じる為の手足の鎖を引きちぎり、天を衝く程の藍色の巨躯と共に己が力を示すように、大気を震わせる程の雄たけびを上げた。

 

《守護神エクゾディア》攻撃表示

星10 闇属性 魔法使い族

攻 ? 守 ?

 

「5体を生贄にアドバンス召喚されるモンスター!?」

 

「モンスターではない――神だッ!!」

 

 そして、その《守護神エクゾディア》の巨体を見上げるブラマジガールが思わず一歩後ずさる中――

 

 

「神の力は、生贄にしたモンスターの力の合計となる!!」

 

 

 《守護神エクゾディア》の巨躯へ破壊の神に相応しい絶対的な力が内蔵されれば、拳を握る所作一つで周囲の空間は軋みを上げ、大地が限界を迎えたようにひび割れていく。

 

《守護神エクゾディア》

攻 ? 守 ?

攻8300 守8300

 

 

 その圧倒的なまでの神の威容に観客たちも思わず拳を掲げて叫んだ。

 

「神だ!」

 

「デュエルキングの魂!」

 

「しかも攻撃力8000超え!」

 

「さすがだぁ……」

 

「《幻想の見習い魔導師》のパワーアップすら恐るるに足りん!」

 

「なら、こうです! 罠カード《黒魔族復活の棺》! 相手が召喚した時、そのモンスターとわたしの魔法使い族を墓地に送って、デッキ・手札・墓地から魔法使い族を特殊召喚します! フルルドリスさん、お願い!」

 

 だが、そんな歓声に水を差すように大地に大剣を叩きつけた《教導(ドラグマ)の騎士フルルドリス》によって、《守護神エクゾディア》のひび割れていた足元から魔法陣が浮かび上がるが――

 

 

「神を生贄に!?」

 

「無駄だぜ、ブラマジガール! 遊戯さんの神にトラップなんて通用しない!」

 

「……しない……!」

 

『見た感じ、そんな効果はないみたいだよ』

 

 知らないのか、神に小細工など通用しない。

 

 しかし、ひび割れた大地に描かれた魔法陣より生じた5枚の石板から幾重もの鎖が飛び出し《守護神エクゾディア》を封じるように纏わりつけば、神の苦悶する声が響いた。

 

「――エ、エクゾディア!!」

 

 さすれば、《守護神エクゾディア》は「封印されし」との代名詞を示すように大地に沈み、5枚の石板へ姿が彫られていくごとに身体は存在を保てぬように薄まっていき――

 

「か、神が……!?」

 

「消えていく……!?」

 

「あ、ぁりぇなぃ……」

 

「もうダメだぁ……おしまいだぁ」

 

 5枚の石板に封じられ、沈黙。観客たちも絶望の様相で見守る他ない。

 

「そして、3体目のわたし降~臨~!」

 

 やがて、その5枚の石板を砕き3体目の《ブラック・マジシャン・ガール》が分身よろしく登場。観客へピースを贈るが、帰ってくる反応に最初の頃の明るさはない。

 

《ブラック・マジシャン・ガール》攻撃表示

星6 闇属性 魔法使い族

攻2000 守1700

攻5900

 

 

 当然、神楽坂も同様の絶望感の只中にいた。

 

「くっ……! 神を以てしてでも、届かないのか……!」

 

 倒しても倒しても、その圧倒的な攻撃力と共に無限に復活する――みんなのアイドルこと《ブラック・マジシャン・ガール》。

 

「もはや俺には、無限に現れる魔術師へ成す術は……」

 

 最後の希望だった《守護神エクゾディア》も失った現実は、対峙する神楽坂にとっても悪夢でしかない。

 

「勝てない……ブラック・マジシャン・ガールを……倒す手段は……ない」

 

 ゆえに思わず膝をついた神楽坂は絶望のままに力なく呟いた。

 

 多くの仲間たちの協力のもとで作り上げた己のデッキがまるで通じない事実は神楽坂の心に深い影を落とす。

 

――すまない、みんな……やっぱり俺じゃ……

 

 皆と共に作り上げたデッキに「これならば」と自信が持てたゆえに、神楽坂は申し訳なさも相まってデッキの上に手を置く。

 

 

 

 

「――立ち上がれ!!」

 

 前に、周囲の喧騒を打ち消す程の力強い声が木霊した。

 

 その叱責するような声に思わず顔を上げた神楽坂の視界に映るのは、

 

 

 橙色の長髪を風にたなびかせる青年の姿。

 

 だが、その青年の顔には伝説の白き龍を思わせるマスクによって口元以外は伺えず、

 

 何処かで見たようなことのある白いコートがなんとも印象深い。

 

「カイバー……マン?」

 

「カイバーマンじゃねぇーか。完成度高けーなオイ」

 

 そう、その《正義の味方カイバーマン》に酷似した人物。観客の反応から見ても、そのクオリティはブラマジガール程に高いことが伺える。

 

「……兄さん、今度は誰を連れてきたの?」

 

「いやいや、あれはボクとは関係ないよ」

 

 その乱入者に明日香は原因と思しき兄――吹雪を見やるが、彼は両手を上げて無罪を主張。

 

「カイバーマンさん!?」

 

「馬鹿な、何故あの男がこんな場所に!?」

 

『まさかアレ、お前たちの知り合いかい?』

 

 どうやらブラマジガールや、サイコ・ショッカーたちは知っているようだが――

 

「スッゲー! 本物そっくりだ!」

 

「……そっくり……」

 

「ああ、モクバ様ですか? 今、社長はどちらに――そうでしたか、会社に。いえ、なら構わないのですが」

 

 その辺りの事情を知らぬ十代たちは、カードから飛び出してきたような完成度にテンションを上げるばかりである。

 

 

「だが、カイバーマ――」

 

「貴様が目指した男は、此処で立ち止まるようなデュエリストだったか!」

 

 そんなカイバーマンへ、神楽坂は己の限界を悟ったように口を開くが、振り払うように腕を振ったカイバーマンの声が響く。「お前は一体誰をコピーしたのだ」と言わんばかりだ。

 

「無限などというまやかしを前に膝をつくデュエリストだったか!」

 

「――違う!! あの人は……あの人は、そんなデュエリストじゃない!! だけど……だけど、俺は!!」

 

 しかし、神楽坂は「コピー」ゆえの限界を感じ、「劣化コピーでしかない」と続けようとするも、それより先にカイバーマンが遮るように宣言した。

 

「ならば他ならぬ()のデッキを信じて進め! 敗北であっても、己が手で踏み記したロード! それがお前の未来となるのだ!」

 

 それは「劣化」ではなく「変化」であると、「コピー」であっても今や「お前のデッキ」なのだと。

 

「それを遮るものがいるのなら例え、神であろうとも――」

 

 そう、敗北であっても踏みしめて進め。それがカイバーマンの語るデュエリストのあるべき姿。

 

 それを邪魔するのなら周囲の評価であろうが、己のプライドであろうが、神であろうが――

 

 

「――薙ぎ倒していけ!!」

 

 

 突き進んだ先にこそ、彼が目指したデュエリストの姿がある筈だ。

 

 

 

 その言葉を受けた神楽坂はハッとした表情で己の過ちに気づく。

 

 敗北するのは誰だって嫌だ。負けるより勝てた方が良いだろう。

 

 しかし、敗北は決して避けられるものではない。幾ら無敗を誇ろうとも、いつかは敗北に追いつかれる。

 

 デュエルキングとて、それは例外ではない。

 

――そうだ。デュエルキングは……例え、敗北が間近にあろうと最後まで戦い抜いた……!

 

 ペガサス島のデュエル――デュエルキングは、敗北の瞬間でも前を向いていた。

 

 今の己のように、つまらないプライドにこだわってサレンダーを選びはしなかった。

 

 そして、その真摯な姿勢こそが武藤 遊戯をデュエルキングたらしめる力に繋がっていたじゃないか。

 

――俺は今まで彼の何を見てきたんだ……!

 

 デッキ構築。

 

 プレイング。

 

 タクティクス。

 

 それらだけがデュエルキングの強さの全てではなかった筈だ。

 

 デュエルキングのデュエル映像を世界で誰よりも繰り返し観察・研究してきた神楽坂が、見落としていた部分を受け入れた時、彼の膝は地面より離れる。

 

 やがて、2本の足で立ち上がった神楽坂を見たブラマジガールは相手を指さしながら挑発的な言葉を投げかけた。

 

「どうやら相談は済んだみたいですね! さぁ、この最強わたし軍団を前にどうしますか!」

 

「ハハン……焦るなよ。勝負は此処からだぜ!!」

 

 それに応える神楽坂の答えは一つ。

 

――だが、俺の残った3枚の手札じゃギリギリ後1度の融合が限度……いや、そもそもこの状況を覆せる融合モンスターは既に……今の俺のデッキに手は残されて――

 

 それが例え、ただの強がりであったとしても最後まで戦い抜かんと神楽坂は己に残された3枚の手札を見やるが、残念ながらその3枚では逆転どころか次のターンをしのぐ算段すら立たない。

 

――いや、ある()()()()()()……! だが、相手のデッキカラーを考えれば、可能性は限りなく低い……それでも!!

 

 かに思えた。

 

 僅かに見えた光明に、そのか細い可能性に神楽坂は僅かに迷うも――

 

「魔法カード《思い出のブランコ》発動!! 墓地より舞い戻れ、《ブラック・マジシャン》!!」

 

 神楽坂の闘志に応えるように《ブラック・マジシャン》が魔法陣より舞い戻り、杖を構えた。

 

《ブラック・マジシャン》攻撃表示

星7 闇属性 魔法使い族

攻2500 守2100

 

――その可能性に俺は賭ける!!

 

「最後はお師匠様が相手ですか――でも、《思い出のブランコ》じゃあ、そのデメリットでエンドフェイズに自壊しちゃいますよー!」

 

 そうして、墓地の師匠カードが減ったことで若干パワーが落ちたブラマジガール軍団だが、対する今の《ブラック・マジシャン》では壁にすらならないと胸を張って煽ってみせる程に余裕タップリである。

 

《ブラック・マジシャン・ガール》×3

攻5900 → 攻5600

 

「フィールド魔法《融合再生機構》の効果で手札を墓地に送り、デッキから魔法カード《融合》を手札に!!」

 

「今更、なにを融合しても無駄ですよ!」

 

「いいや、違うぜ。俺は融合召喚する為にこのカードを手札に加えた訳じゃない」

 

「……? じゃあ、何の為に?」

 

 しかし、逆転の融合召喚を警戒するブラマジガールに対し、神楽坂は精一杯強気な笑みを浮かべて最後の一手を打った。

 

「こいつの為さ! 手札の魔法カードをコストに、魔法カード《二重魔法(ダブルマジック)》を発動!!」

 

「ダ、《二重魔法(ダブルマジック)》!? ……って、なんですか?」

 

「その効果によりアンタの墓地の魔法カード1枚を俺のフィールドにセットする!」

 

「ま、まさか!?」

 

「その『まさか』さ! 今の俺に勝利の布石は存在しない――だが、お前のデッキなら、どうかな?」

 

「さぁ、見せて貰うぜ! お前の墓地の魔法カードを!!」

 

 やがて、このデュエルで一番大きく動揺を見せたブラマジガールの背後に、墓地に眠るカードが浮かび上がっていく。

 

――あのカードがあれば……!

 

「わ、わたしの墓地が赤裸々にー!」

 

 その宙に並ぶカードを注意深く見やる神楽坂は緊張した表情を浮かべていたが、ある1枚のカードの存在を確認した時、その瞳が大きく見開かれた。

 

「俺はそいつをセットさせて貰うぜ! そして発動せよ、魔法カード――」

 

 それこそが、この状況を一変させるカード。

 

「――《黒・魔・導・連・弾(ブラックツインバースト)》!!」

 

 魔術師師弟の合わせ技――武藤 遊戯の代名詞と言える「結束の力」の象徴の1枚。

 

「そうか! あのカードなら!!」

 

「知ってるの、三沢くん!?」

 

「あれは《ブラック・マジシャン》の攻撃力をフィールドの《ブラック・マジシャン・ガール》の攻撃力分パワーアップするカード!」

 

「でも、神楽坂くんのフィールドに《ブラック・マジシャン・ガール》なんて――」

 

「違うよ、明日香――《黒・魔・導・連・弾(ブラックツインバースト)》は()()()()()()()()()()()()

 

 やがて三沢の解説に問題点を定義する明日香と注釈を加える吹雪を余所に、カイバーマンは小さく鼻を鳴らした。

 

「フゥン、あの小娘の復活がライフダメージをトリガーにしている以上、無限など残りライフという限界に囚われたまやかしに過ぎん」

 

「つ、つまり最強わたし軍団のパワーが……!!」

 

「全て、俺の《ブラック・マジシャン》の元に集う!!」

 

 そして、3体の弟子の力を逆利用して己の力と化し、黄金の闘気を纏う《ブラック・マジシャン》。

その洗練された魔力の流れは師としての腕の違いを見せるかの如し。

 

《ブラック・マジシャン》

攻2500 → 攻19300

 

 

「こ、攻撃力1万9300のブラック・マジシャンだとォ!?」

 

「カックィー!」

 

「バトルだ! 《ブラック・マジシャン》!!」

 

 そして、観客の声援を余所に《ブラック・マジシャン》は天へと飛翔しタクトのように杖を回転させ、空一面に幾重にも重なり合った魔法陣を展開させていく。

 

「お、お師匠様…………怒ってます?」

 

 そんな見るからにオーバーキルな大魔法が展開されて行く光景を前に、一歩、また一歩と後ずさったブラマジガールたちに向かって――

 

 

「―― 黒 ・ 魔 ・ 導 (ブラック・マジック)!!」

 

 

 天より雷撃の如き黒き光が落ち、周囲を光の奔流が呑み込んだ。

 

 

 

 やがて、光が晴れた先には、クレーターの中で目を回して倒れるブラマジガールの姿が残るのみ。

 

 

 そんな中、現実感なく呆然としていた神楽坂だったが、相手のライフがゼロになったことを示す音が響いたと同時に――

 

 

ブラマジガールLP:2750 → 0

 

 

 握った両手を掲げて、天へ勝利の雄たけびを上げた。

 

 

 

 

 師弟決戦――此処に決着。

 




~今作のブラック・マジシャン・ガールのデッキ~

謎の宗教にハマり、師匠を墓地に送りまくる弟子の図――なデッキ。
『マジシャン・ガール』は手札の師匠を墓地に送れる《チョコ・マジシャン・ガール》以外は採用されていない。
デッキの凡そ4分の1が師匠で埋まって枠がないからね! 仕方ないね!

そんな具合で、墓地で師匠扱いになるカードを落とし終えれば、攻撃力5600がスナック感覚で呼び出され続ける構図になる。

それだけ墓地アド稼げるなら他のカードで制圧盤面敷ける?
その(ブラック・マジシャンの)命、ブラマジガールへ捧げよ。

なんの耐性も強力な効果もない弟子だが、
シンプルなパワー(攻撃力)の波状攻撃は意外と洒落にならない――が単調。

初期手札が師匠フルハウスになることが多々あるが、師弟愛で乗り切ろう。



~今作の神楽坂のデュエルキングのコピーデッキ~

融合代用モンスター以外のモンスターは遊戯に関連するカードしかないデッキ。
とはいえ、大半のモンスターを「融合素材」と割り切っている為、完全に融合軸に振った構築。

それにより、融合召喚することに大半のリソースが取られている為、防御面は頼りない。
《ブランチ》で後続を繋げてはいるものの、相手ターンは基本やられっぱなしになる。

なお、エクゾディアパーツ5枚は流石に邪魔なので、三幻神ポジも兼ねて《守護神エクゾディア》で代用している。





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第266話 理想 と 現実


前回のあらすじ
カイバーマン「やってみせろよ、神楽坂!」

遊矢「何とでもなるはずだ!!」

ユウラン「(A BF-)ガンダ〇(のオニマル)だと!?」

~♪




 

 

 神楽坂やブラマジガールを含め、なんかよくわからない者たちも色々乱入しまくった十代たちの学園祭は、なんやかんやで盛り上がったので結果的に大成功となった。他は――

 

 デュエル後に胴上げされていた神楽坂が1年ブルーの出し物に半強制的に組み込まれたり、

 

 十代とレインが「反省中」の張り紙と共に自由時間を大きく削減されたり、

 

 フブキングの提案によりミスコンに乱入するブラマジガールや、

 

 そんな彼女を迎えに来た保護者(師匠)の乱入――等々、話題には事欠かない。

 

 ゆえに、新体制における情報のオープンさによってアカデミアの知名度アップに大きく貢献したと言えるだろう。

 

 

 

 そうした楽しいお祭りが終わりをつげ、日々が過ぎたことで日常が戻る中、通常授業も終えた十代たちは何時もの3人で対戦相手探しをすべく購買部へと向かっていた。

 

「いやー、凄かったよなー! 神楽坂のデッキ! ホントに遊戯さんみたいだったぜ!」

 

「ふん、まだ粗が多かったがな」

 

「だが、あのデュエルの後、《ブラック・マジシャン・ガール》のカードをトレードして貰ったんだ――神楽坂なら、デッキをより洗練させていくだろう」

 

 そんな彼らの話題は学園祭の出来事――未だにお祭りテンションの十代へ呆れ気味に応対する万丈目を余所に、三沢は学園祭以降にグンと増えた「神楽坂へのカード提供の協力者」を思い出し、学友の躍進に胸を高鳴らせるが――

 

「あの女も、よく4枚目を持っていたものだ」

 

「じゃあ折角だし、また今度みんなでデュエルしに行こうぜ!」

 

「悪いが断る。貴様らだけで行け」

 

「えぇー、一緒に行こうぜ? なっ?」

 

「無理強いはよくないぞ、十代。それに今は順番待ちが長いだろうからな……」

 

 十代の提案に難色を示した万丈目の姿に三沢はフォローに回る。

 

 学園祭が終わった後に、約束だった「神楽坂のコピーデッキのデュエル」を行った十代たちだが、「もう1戦」と気軽にはいかぬ事情があった。

 

 それは学園祭の一件で有名になったこともあり、そして当然ながら当人も身一つ。

 

 それに加えて、他ならぬ神楽坂がデッキを新しいカードの提供の度に組みなおしていることも相まって、順番待ちはかなり長い。現在、整理券のナンバーが凄いことになっている。

 

 しかし、万丈目はそんな三沢の言に向けて首を横に振った。

 

「勘違いするな。値千金の経験となるなら幾らでも時間はかける――今ではないという話だけだ」

 

 それは一見すれば、「時間をかけるに値しない」と突き放すような言葉にも思えるが――

 

『ハァ、黙って聞いてれば回りくどい……つまり「神楽坂がオベリスク・ブルーに上がってから」って話だろ? 素直に認められないのか、こいつは』

 

「へへっ、そうだな! アイツならもっと凄いデュエリストになってくるぜ!」

 

「そうだな。あの学園祭のデュエルが神楽坂に成功体験となって良い方向に作用してくれる筈だ」

 

『まぁ、「他人のデッキを自在に扱う」なんて、ある程度の実力がないと出来ないだろうからね』

 

 辟易したような表情のユベルから落ちた言葉に十代は、神楽坂の躍進を信じて三沢たちの言葉を背に一歩先に駆け出した。

 

 

 

「おっ、小原と大原と――誰だ? 見ない顔だけど……」

 

 先に壁にかけられたボードの前で見慣れたラー・イエローの制服を3つ程発見し、足を止める十代。

 

「ん? なんだ、遊城か」

 

「が、学園祭ぶりだね、遊城くん」

 

「――ま、万丈目さん!?」

 

 そんな十代に軽く挨拶を返す小原と大原を余所に、3人目の見知らぬイエロー生徒が十代の背後を視界に収めた瞬間に、その肩を大きく跳ねさせた。

 

「えっ? 万丈目の知り合い?」

 

「『取巻 太陽』、中等部時代の友人だ。お前が知らんと言うことは、オシリス・レッドに落ちていたんだろう」

 

 だが、その3人目のイエロー生徒の正体は万丈目から問題のありそうな言い方を以て明かされる。

 

 そのあんまりな紹介の仕方に、大原は大きな図体を縮こませ、引け腰になりながらも話題の転換を図った。

 

「み、三沢くんたちが考えてくれた『新しいイエロー寮の決まり事』でな、仲良くなったんだよ」

 

「大原とデッキタイプが似ていたのが良い話題になったんだ」

 

「……なんの話だ?」

 

 しかし、小原の注釈も虚しく当の万丈目には届いていない模様。話題が話題の(ブルーに関係ない話の)為、無理もない。

 

 ゆえに三沢が手短に説明するが――

 

「ああ、万丈目は知らなかったな。イエロー寮では『デュエル後の一言感想戦をする決まり』を作ったんだ。最低でも『一言』喋る必要があるから、話題の切っ掛けになる」

 

「……? それに何の意味がある? そんなもの決まり事にするまでもないだろう」

 

「まぁ、物怖じしない万丈目には縁遠い話かもしれないが、『決まりだから』と後押しした方が話しやすいこともあるんだ」

 

「つまり、こいつが『そう』な訳か。気の小さい奴だ」

 

 残念ながら大原に視線を向ける万丈目には、いまいちピンと来ていない様子。そして、そんな格上(ブルー生)の視線にまたまた委縮する大原。

 

「うっ……ご、ごめん」

 

「お前みたいな奴には一生分かんないだろうさ」

 

「まぁ、良いじゃん、小原! アカデミアにだって色んな奴がいるんだし! えっーと、『取巻』だったよな? 俺、遊城 十代! よろしくな!」

 

「……あ、ああ、よろしく頼む」

 

 だが、ピクリと瞳を鋭くした小原の肩を軽く叩いた十代は、挨拶代わりに取巻と友好の握手をしつつブンブン相手の腕ごと振っていた。

 

 やがて、十代に振り回され気味だった取巻が相手のエネルギッシュさに翻弄される中――

 

「取巻、慕谷はどうした? 一緒じゃないのか?」

 

「い、いえ……そ、その、アイツはまだオシリス・レッドでして……」

 

 かつての兄貴分こと万丈目から痛いところを突かれ、取巻はしどろもどろにならざるを得ない。

 

 なにせ、過去の自分が散々馬鹿にしてきたレベルで未だ燻っているとなれば、かつての関係性など吹いて飛ぶことだろう。

 

「なら、イエローに上がった時に伝えておけ。『二人でさっさとブルーに上がって来い』とな」

 

「ま、万丈目さん……」

 

 しかし、万丈目のぶっきら棒な応援を前に、取巻の口から思わず縋るように言葉が零れるも、それ以上は言う気はないのか「フン」と鼻を鳴らすだけの万丈目へ、取巻なりの決意を告げるが――

 

『こっちは、旧交を温めるので忙しいみたいだね』

 

 その辺に興味のないユベルは、十代の意識を遠回しに小原たちへ向けさせた。

 

「それで、小原たちは何してたんだ?」

 

「見れば分かるだろ」

 

「これは……大会へのエントリーか」

 

「えっ、また交流戦するのか!?」

 

 そうして、話題は小原がにらめっこする壁にかけられたボードに見える紙こと、三沢いわく「大会のエントリー表」へと移れば、大原がおずおずと詳細を語る。

 

「が、学外の大会だよ」

 

「アカデミアの外の? なんで?」

 

「アカデミアは『陸の孤島』状態だから、学校の帰りに少し足を延ばして大会参加――って訳にもいかないだろ」

 

「き、希望者を纏めて送り迎えし、してくれるんだ」

 

「アカデミアにも慣れて来たからな。そろそろ、動き時なんだよ」

 

「へぇー、なら俺も――って、『イエロー生徒用』?」

 

 そうして大原と小原の説明に注釈を入れた三沢のお陰も相まって、手早く納得できた十代は紙面を見やるが、新たな疑問のタネに衝突したことで、呆れた様子の万丈目の声が背中から響いた。

 

「相変わらずものを知らんな、貴様は。学園では色分けが鉄則だろうが」

 

『なんだ、もう終わったのかい? もっと、そいつ(取巻)と話していて良いんだよ?』

 

「十代、此方の大会ならエントリー可能だぞ。必要最低限の定員もクリアされているから確実だろう」

 

『…………「確実」だなんて、なんだか妙な言い方だね、十代』

 

 そんな万丈目の十代をバカにするような言い方に噛みつくユベルだが、三沢からのアドバイスに十代第一とばかりに切り上げた。

 

「おっ、マジで!? ……ん? ひょっとして確実じゃない場合もあるのか?」

 

「当たり前だろ。そこいらの生徒1人の為にアカデミアが動くわけない――特に、僕らみたいなイエローなら……な」

 

 やがて、小原の自虐めいた発言を経て、十代たちは学外の大会を吟味し始める。

 

 デュエルアカデミアは島という世間とは隔絶した環境ゆえに、こういった「外」での経験は自発的にアレコレ手続きせねばならないのは遊びたい盛りの学生である彼らには少々難儀なところであろう。

 

 

 そうして、大会の申し込み用紙を入手しつつ、三沢に「記入+提出」法のレクチャーを受けていた十代に、遠方より新たな来訪者から声がかかった。

 

「ああ、此処にいましたか遊城くん、丁度いい」

 

「おっ、佐藤先生! なにかあったのか――ですか!」

 

『敬語は未だに慣れないね……』

 

「少し校長室まで来ていただけませんか?」

 

「は、はい!」

 

 その相手――教員の中でも厳格な方の佐藤の姿に慌てて言葉を正しつつ、出来の悪いロボットのように背筋をピンと伸ばしてカクカク対応する十代は、思わず小声で心当たりを振り返るも――

 

「(呼び出しかぁ~、俺なにかしちゃったかな?)」

 

「ふん、どうせ筆記の成績不振だろうよ」

 

『お前には聞いてないんだ。分かったら、口を閉じてろ』

 

「万丈目くん、キミもですよ」

 

「ッ!? 俺もですか!?」

 

『ハン、きっと成績不振だろうね』

 

 鼻でドナドナを歌わんばかりの万丈目と共に、踵を返して先導する佐藤の背を追いかける前に、小原たちへと軽く別れの挨拶を告げる。

 

「じゃあ、ちょっと行ってくるぜ、三沢! 小原たちもまたな!」

 

「先に寮に戻ってくれて構わんぞ」

 

 そんな彼らを三沢は、いつもと変わらぬ日常の一幕として小原たちと共に見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 そうして校長室にて、十代と万丈目――と、別口で呼ばれていた明日香の姿が並ぶ中、彼らと向かい合う形で立つコブラは相も変らぬ圧の強い様相で口火を切る。

 

「よく集まってくれた。しかし、悪いが下らん挨拶を並べる気はない――早速、本題に入らせて貰う」

 

――やっぱコブラ校長は苦手だぜ。

 

『確かに――どう見ても、堅気の人間じゃないだろ』

 

――ユベル、そこまでは言ってないぞ。

 

「キミたちも知っての通り、フォース制定時からその人数は増えていない。このまま行けば卒業シーズンを終え、その後のフォース制度は形骸化していくことだろう」

 

 やがて十代とユベルが内心で失礼なことを考えている間にコブラが語ったのは「フォース」の話題。新体制に際して制定された制度だが、持て余している感は否めない。

 

「ゆえに、この機に新しい試みを行っておきたいのだ」

 

「新しい試み……ですか?」

 

「まさか――」

 

「ああ、キミたちの想像通り、見込ある面々への荒療治を行いたいと考えている。さしずめ『フォース候補生』とでも言ったところだ」

 

 そうして、話題へ疑問を見せる明日香を余所に、万丈目が察した答えをコブラは示して見せた。

 

 それは亮からの要望を受けた背景もあるにはあるが、実際問題としてアカデミア側も何らかのアクションは予定していた事柄である。

 

「既に2、3年生のめぼしい生徒たちにも通達は済んでいる」

 

 ゆえに、コブラは既に大局が動いている旨を明かしつつ続けた。

 

「しかし、これは強制ではない。1年生ともなれば力の差は歴然――打ちのめされ、立ち上がれなくなる可能性もある」

 

 とはいえ、最終的な意思決定は十代たちにある。散々階級ごとに分けた扱いをしてきたのはアカデミア側なのだ。急にそのハシゴを外されるのは厳しかろう。

 

「ノース校との交流戦で、フォース生の実力は身に染みて理解できている筈だ。それに加え、此方の判断で打ち切ることも念頭において欲しい」

 

「亮や兄さんたちと同じステージに……」

 

「だが、今すぐに決断を下す必要はない。撤退もまた勇気ある決断だ」

 

 そうして、明日香の独白の最中に、コブラは区切りをつけるように十代たちを見やり問うた。

 

「概要は以上になる。此処までで何か質問はあるかね?」

 

「構いませんか?」

 

「なにかね、万丈目くん」

 

 さすれば、早速とばかりに挙手した万丈目から――

 

「候補生は、そのままフォース入りすることも可能なのですか?」

 

――この好機、兄さんたちの為にも必ずものにせねば……!

 

「可能か不可能かで問えば、『可能』だ。だが、今の今までフォース生徒が一切増えていない現実を理解したまえ」

 

 投げかけられた当然の疑問へのコブラへの返答は些か辛辣なもの。フォースとデュエルすれば、その実力がフォースの適正レベルに上がるのなら誰も苦労はしない。

 

 なにせ、実際にフォースの1人である吹雪とデュエルした万丈目が、未だにフォース昇格どころか再挑戦すら許されていない以上、絵に描いた餅でしかないだろう。

 

「はい!」

 

「なにかね、遊城くん」

 

 そうして、はやる万丈目を一蹴したコブラだったが、この手の質問に普段は無頓着な十代の挙手に若干の興味を抱きつつ先を促した。

 

「三沢は? 三沢は呼ばなくて良いの――良いんでしょうか?」

 

「実に、くだらない質問だな」

 

 だが、その内容にコブラの興味は大きな失望へと変わる。

 

『まぁ、アイツの実力なら――』

 

「『此処にいない』――それこそが答えだ」

 

 何故なら、この場にいる誰もが分かり切っている内容――いや、今は「十代以外」との注釈をつけるべきか。

 

『……随分と手厳しいんだね』

 

「で、でもさ! 三沢、スッゲー強いし、頑張ってて――」

 

「お友達ゴッコを続けたいなら辞退したまえ」

 

「なんだよ、それ! そんな言い方しなくっても――」

 

 やがて、コブラが切って捨てようとした「分かり切っている話題」へ、いつまでも執着する十代だが、その先を続ける前にコブラは事の成り行きを黙して見守っていた明日香へと問うた。

 

「天上院くん、この学園の目的は何かね?」

 

 このデュエルアカデミアの存在意義を。

 

「……あらゆる第一線で通用するデュエルエリートを育成することです」

 

「その通りだ」

 

 そうして、申し訳なさゆえか十代から目を背けながら返答した明日香の発言に、満足気に頷き肯定したコブラは、十代に向きなおり今まで以上に厳しい口調で告げる。

 

「友情に足を取られて頂きに昇れぬのなら、即刻アカデミアから立ち去りたまえ。時間の無駄だ」

 

「……ッ!」

 

 それは十代の根幹の否定に等しい。

 

 楽しい「だけ」の、遊び気分のデュエルに浸りたいなら、デュエルアカデミアほどに不適格な場所はないだろう。

 

 この場は各々が抱いた夢を叶える為に足掻くための場なのだから。

 

『十代……』

 

 やがて、コブラから意思確認までのリミットなどを含めた細部の部分が告げられる中、うつむいた拳を握りしめる十代へ、ユベルは声をかけられないまま解散までの時を過ごすこととなった。

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、言いようのない葛藤を胸の内に渦巻かせながら重い足取りで十代は万丈目と共にブルー寮へと帰路を進むが、購買近くのイートインコーナー代わりのデュエル場を通り過ぎる際に声をかけられる。

 

「戻ったか。その様子では、あまり良い話ではなかったのか?」

 

「三沢……待っててくれたのか?」

 

「ああ、少し心配だったからな」

 

「……そっか」

 

 時間潰しに読んでいた本をパタンと閉じて駆け寄った三沢の姿に十代が力のない返事を返せば、「悪い予感が当ったのか?」と三沢の表情も心配げだ。

 

 なにせ、学園祭で結果オーライだったとはいえ、問題を起こした件もある。ゆえに、初めて見る普段の元気が欠片も感じられない十代へ、三沢は当然のように協力の姿勢を見せるが――

 

「どうしたんだ、十代? なにか問題があったのか? 俺で良ければ力になるぞ?」

 

『三沢……』

 

「…………えーと……ハハ、筆記の結果で小言、言われちゃってさ」

 

 誰の目から見ても分かる嘘を吐いた十代の隣で万丈目は端的に状況を語った。

 

「三沢、()()()『は』デュエル実技をフォースの面々と行うことになった。候補生との話だそうだ」

 

「――万丈目!」

 

「いずれ分かることだ。誤魔化しても仕方あるまい」

 

「だからって――」

 

 その「お前は選ばれなかった」と無常に告げるような物言いに十代は思わず万丈目の胸倉を掴むが、対する万丈目は悪気すら見せずに、その腕を払って見せる。下手に隠し立てする方が無礼だと。

 

「なんだ、そうだったのか。やったじゃないか、十代! カイザーとのデュエルのチャンスだぞ!」

 

「………………なんでだよ」

 

「本当にどうしたんだ? 嬉しくないのか?」

 

 しかし、三沢は堪えた様子もなく十代の躍進を喜んで見せる。強敵とのデュエルに燃えていた十代にとって、まさに渡りに船の話だろう。

 

 とはいえ、先の万丈目の発言――いや、アカデミアがくだしたも同然の宣告など、気にすらしない友人(とも)の姿は十代には歪に映って仕方がない。

 

「――なんで、そんなに平然としてられるんだよ!」

 

「十代……?」

 

 ゆえに、十代は抱えていた苛立ちをぶちまけるように言葉を並べ立てる。

 

「おかしいだろ! 今、お前は先生たちに『いらない』って言われたんだぞ!! 三沢、ずっと頑張ってたのに……! 全部『無駄』だったって言われたようなもんじゃねぇか!!」

 

 入試はトップ通過し、入学後も1年筆記ナンバー1の座を一度も譲らず、

 

 入学して間もない2回目の試験で、直ぐにオベリスク・ブルーへ昇格。

 

 現状に甘んじず、将来を見据えて情報収集を徹底し、

 

 自身の問題点にも早急に向き合い、苦手な分野でも避けずに邁進し、

 

 日頃から勤勉で、更には適切な努力を常に探求・実践し続け、

 

 いつもデュエルに真摯に向き合っていたデュエリスト(親友)が――

 

 

 入試は突破できるレベルで投げ、定期試験の筆記は殆ど試験前から慌てて勉強を初める一夜漬け同然でギリギリ、

 

 三沢と同時期にオベリスク・ブルーに昇格した後は毎日、好きなように過ごし、

 

 興味のない分野は基本的なアカデミアの情報すら疎い有様で、

 

 問題があっても場当たり的な対応で済ませ、やりたくないことは最低限しか手を付けず、

 

 殆ど好きなことだけやっていただけのデュエリスト(自分)が――

 

「俺なんかより、ずっと頑張ってたお前じゃなくて…………なんで俺が選ばれてんだよ……」

 

『十代……』

 

 アカデミア生が目指す頂きに――その一端(候補生)とはいえ、辿り着けてしまった。

 

 デュエルアカデミアは、大して頑張っていない自分を選び、誰よりも頑張っていた親友を選ばなかった。

 

 学園側としても芽が出た方を気にかけるのは当然のことなのだが、十代はその残酷な現実に、思わず己に嫌悪感すら抱く。

 

 原作では「自分はオシリス・レッド(一番下の階級)だから」と低い自己評価で誤魔化せていた問題が、歴史が歪んだ影響ゆえか十代に突き付けられる。

 

 楽しくデュエル? そりゃぁ楽しいだろうさ。大した苦労もなく、少し手間をかけるだけで簡単に結果を残せるんだから。

 

 そりゃぁ()()()()()楽しいだろうさ。凡百共が感じる溺れた時のような結果の出ない息苦しさを知らずにいられるんだから。

 

――ようやく分かったか、十代。お前の言う「楽しく」なんて幻想でしかないということに。そう……幻想なんだ。望む道は力で勝ち取る他ない。

 

「喚くな馬鹿者、その辺りにし――」

 

 そうして、その背に乗った現実の重みへ初めて実感を伴った十代を、内心で冷たく見下ろす万丈目は時間帯ゆえにまばらな周囲がざわつき始める中、事態の収拾に回る。

 

 しかし、それより先んじて三沢が十代の肩に手を置きながら諭すように告げた。

 

「何を言うんだ、十代――お前だって頑張ってきたじゃないか。苦手な座学に四苦八苦して、カード効果の性質や特性を議論しあったこともあった。普段のデュエルだって同じだろう?」

 

 何故なら、三沢は知っている。

 

 十代は勢いばかりでデュエルしているように見えて、その実プレイミスは非常に少なく最善手を見極める目を持っていることを。

 

 それが三沢のような「事前(デュエル前)知識(学習)」からではなく「現場(デュエル中)での経験」によって成り立っているゆえに誤解されがちなだけだ。

 

 十代の学習姿勢への偏りは否定できないが、言ってしまえば努力を楽しむことが出来る稀有な人物なのだ。

 

 ゆえに、いつもデュエルのことを考えている(へ真摯に向き合っている)のは十代も同じである。

 

 だからこそ、そんな十代の奮闘を「怠惰」と切って捨てるなど他ならぬ十代自身であろうが、否定させるなど三沢は友人として許す訳にはいかない。

 

「そんなのお前も同じじゃんか……」

 

「かもしれないな。だが、そもそも頑張った分だけ報われる訳じゃないんだ」

 

 だが、それでも「結果の違い」という現実を前にした十代の覇気のない声には、三沢も肯定を返す他なかった。

 

 人はみんなに個性があるように、習熟速度にだって違いはある。そこを嘆いたところで、どうにもならない。

 

「こればかりは仕方のない話さ」

 

「でも――」

 

「――だから、先に行っていてくれ」

 

 だからこそ、三沢は未だ納得の見えぬ十代へ誓うように宣言した。

 

「先に?」

 

「後から必ず追いついて見せる! 約束だ!」

 

 十代と三沢――入学から今に至るまで苦楽を共にし、今や親友とも呼べる間柄でさえある2人。

 

 だが、そんな彼らの始まりは――

 

「――1番くん!」

 

 互いを「1番くん」「2番くん」と呼び合い茶化し合いつつも順位を競う形だったのだから。

 

 そう、彼らの原点は友であると同時にライバルであった。

 

 そして、それは十代も理解できる。

 

 

 理解()できる。

 

 

 だが、十代の脳裏に交流戦でのカイザーのデュエルが浮かぶのだ。

 

 コブラが語った「フォース制定時からその人数は増えていない」事実が突き付けられるのだ。

 

 それゆえか、十代の胸の内に燻る淀みは最後まで晴れることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ところ変わってアメリカの地の何処かの高層ビルの屋上にて、携帯片手の神崎は――

 

――今頃、フォース候補生の話が出てる頃……三沢くんの件による遊城くんへの影響は大丈夫だろう。遊城くんは、その辺りサッパリしている性質ですし。

 

 実像と少々ズレた認識を抱きながら携帯の向こう側の相手へ困ったように返事をする。

 

「はい――はい、申し訳ございません。噂の女性に関しては存じて――ええ、はい、関わるつもりはありませんので、別口で――はい――ですから――」

 

――光の結社の問題もクリアされている以上、三沢くんが拗らせる心配もないだろうし、問題があればコブラさんも何かしら手を打つ筈。うん、この件は何もしなくて良いな。

 

 やがて、原作から様変わりしたアカデミアの様子を直に確認しただけに、そちら方面(闇落ち問題など)を完全に安心しきっている様子。

 

 そうして、神崎は携帯ごしにペコペコと頭を下げた後に通話を終えるが、終えた途端にすぐさま新たなコール音が響き、応対する羽目になるも――

 

「これはこれは、お久しぶ―――その件でしたら――KCの仕業? それは誤解ですよ。海馬社長は――――いえ、私にとってもう古巣ですから手の出しようも――なんでもオカルトに結びつけるのは悪手で――」

 

――今の一番の問題は黒田くんの存在。年齢的にアカデミア中等部を舞台にしたスピンオフ作品とみるのが自然だが……敵役云々どころか事件の影も形もないんだよな。

 

 しかし、先の通話と似たような依頼だったのか神崎の表情にげんなりしたものが混ざる中、彼の脳裏は別の仕事をこなしだす。

 

 それが個性的過ぎるダーク黒田こと、黒田 夜魅の存在――彼の原作での立ち位置である。

 

 ダーク黒田は、3DSのゲーム作品に始まり、純粋なカードゲーム遊びを題材にしたコミック「OCGストラクチャーズ」というシリーズに登場しているが、連載時期的に残念ながら神崎は知らない部分だ。

 

――何周年かの祝いの際に公式が出した単発回か? それとも題材が平和な学園モノだったりするのか? いや、だが……あの遊戯王だぞ?

 

 とはいえ、そんな平和な世界観だとは神崎は夢にも思っていない。なにせ遊戯王シリーズは――

 

 世界を真っ白に染めるとの理想の元、軍事国家の衛星兵器の所持者を洗脳して、地球を吹っ飛ばそうとする教祖がいたり、

 

 新世界の神になる過程で、この世を冥界こと地獄に変えようとする超官がいたり、

 

 魂の昇華を突き詰める存在を作ったは良いものの、そいつの暴走を止める方法を考えていなかったせいで、結果的に別の世界が滅ぶ要因を量産しまくった原因の癖に謎の被害者ムーヴする奴らがいたり、

 

 4人に分かれた娘を元に戻すべく、成功するかどうかも分からない計画で、結果的に万単位の殺戮を生じさせたイカレ親父がいたり、

 

 自分たちが犯罪行為をしてまで生み出した失敗作を処分する為に、世界中に届く電子パルス爆弾的なもので文明を石器時代レベルまで破壊しようとするテロリストがいたり、

 

 

 と、まさに世紀末も真っ青なカオスな面々(一例)がいるのが遊戯王ワールドである。警戒し過ぎることはない。

 

 そうした重圧ゆえか、幾らか連続するコール音をようやくさばき終えた神崎は大きくため息を吐いた。

 

「ハァ……ようやく終わった。新体制のアカデミアが情報発信に積極的になった弊害がこんなところに――」

 

 なにせ、今までの――いや、最近の神崎への依頼の大半は似たような内容なのである。

 

 原因も判明しているが、神崎にどうこう出来る部分ではない為、ほとぼりが冷めるのを待つ他ないゆえに「いつまで続くのか?」と感じぬ筈の疲労が見える表情だ。

 

 だが、またもや響いたコール音に――

 

「――はい、此方『紹介屋』。噂の女性の件なら、他を当たって――」

 

『セラです。近くにいますね? 急を要します。今すぐ――』

 

 先んじて断りの文面を述べる神崎へ、有無を言わせぬセラからの要請が語られた。

 

『――では、詳しいことは現地で』

 

 やがて矢継ぎ早にザックリした要件を伝え、即ブツリと切れた通信を前に神崎は内心で懐かしい感覚に襲われながらも、裏路地目がけて高層ビルの屋上からピョンと飛び降りる。

 

――セラさん…………なんだか、海馬社長に似てきたな。

 

 そして僅かな浮遊感を感じる最中、強くたくましい子になったセラへと神崎は複雑な心境を抱く。

 

 なにせ、セラたちの世界(プラナ世界)での生活を結果的に神崎が吹っ飛ばしてしまった過去ゆえの今である。

 

 セラの企業人としての成長(が童実野町の独裁者に似てきた現状)を喜べば良いのか悔やめば良いのか神崎には分からなかった。

 

 ただ、ディーヴァ(お兄ちゃん)はキレて良いと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 此処で、時間は少し巻き戻る。

 

 神崎が高層ビルの屋上で連続してコールする携帯と格闘している頃、とあるオーディション会場にてセラは助っ人として召集された(ということになっている)相手へ挨拶を贈れば――

 

「初めまして、真崎さん。本日、担当させて頂くことになった『藍神 セラ』と申します」

 

「『真崎 杏子』よ。よろしくね! 私のことは『杏子』で構わないわ」

 

「では、私の方も『セラ』で構いません」

 

 その件の相手こと杏子は笑顔と握手で返し、友好的な姿勢を見せる。

 

 そう、これは神崎がBIG5の大瀧(ペンギンの人)に頼んだ杏子の夢の舞台であるミュージカル「ブラック・マジシャン・ガール~賢者の宝石~」の舞台裏に触れる件だ。

 

「今回、真崎さんには私たちが『劇団の舞台裏』を紹介する映像取得の際に、ダンスに携わる人間の目線で何か気づいたことがあった際にアドバイスして頂きたく依頼させて頂きました」

 

「うん、出来る限り頑張るから、何でも言ってね!」

 

 そうして、セラは早速とばかりに杏子へ用意された「それらしい理由(仕事)」を語る中、なにも知らない杏子は「任せてくれ」とばかりに小柄なセラへ目線を合わせるように屈んで親指を立てる。

 

「では、早速リハーサルの際にダンスを披露して頂くことになるかもしれません。劇団員の方々が少々遅れるとの連絡もありましたので」

 

「…………こんな大きな劇団なのに、私で大丈夫かな」

 

「安心してください。大まかな流れの際に動線への注意点を測りたいだけ――申し訳ありません。貴方の技量を必要としないような物言いを――」

 

 しかし、憧れのステージの舞台裏を間近にしてか委縮する杏子へセラはあえて無礼にも取られかねない物言いをしつつ、直ぐに謝罪してみせれば――

 

「ううん、気にしないで! 私は駆け出しダンサーみたいなものだから! でも根性だけは負けてないつもり! だから、本当に何でも言ってね!」

 

 年下に気を使わせた状況に、人の良い杏子はすぐさま落としていた気を引き上げ、ガッツを見せる姿にセラは頼るように小さく微笑みながら会釈した後、己への背後へ声をかけた。

 

「はい、その際はお願いします――百済木、そちらの進捗状況は?」

 

「――テメェらァ!!」

 

「KCの方と回線繋がりました!」

 

「『移動式ソリッドビジョンシステム』との同期、オールクリアっす!」

 

「撮影機材も問題ありません!」

 

「此処でも、例の女の情報探してるっぽいです!」

 

 さすれば、黒服+サングラスに身を包んだ百済木の檄の元、百済木軍団員の各々が現状を端的に語っていき――

 

「――よぉし! 姉御、いつでも行けますぜ!!」

 

「では、KCにいる兄さ――ディーヴァの準備が済むには少し時間がかかります。オーディションが開かれるとの話がありますので、まずは其方を収めておきましょう」

 

――百済木くんたち、KCで働いてたのね……

 

 そうして、指示を飛ばすセラに付き従う百済木たちを杏子は「意外な組み合わせ」となんとも言えない表情を見せる最中にも、彼らは仕事に励む。

 

「了解です、姉御!! ――テメェらァ!!」

 

「撮影機材の方は、そのまま流用可能です!」

 

「開催時間も、こっちの進捗に影響しないっす!」

 

「オーディションの試験官に欠員が出た話が!!」

 

「このまま遅れると、スケジュール被るかもです!」

 

「ほぉう、相手さんのトラブルかぁ……こいつぁチャンスだぜェ!」

 

 だが、此処で軍団員の報告を聞いた百済木が顎に拳を置きながらニヤリと悪そうな顔を見せた。

 

「姉御! デュエリストの都合をつけちゃぁ貰えませんか! 世の中、持ちつ持たれつ―――撮れ高ァ交渉してきますぜ!!」

 

「確認を取ります。少し待ちなさい」

 

「――あざっス!!」

 

 そして、交渉材料を上司(セラ)へ願うべく90度腰を曲げて頭を下げた百済木の姿が残る中、懐から携帯を取り出したセラが電話した先は――

 

「モクバ、今近場にKCのデュエリストはいる?」

 

『えっ? どうしたんだ? なにかトラブルでもあったのか?』

 

「ううん、大したことじゃないの。実は――」

 

 直属の上司でもあり、副社長でもあるモクバの元。やがて事情を説明し、幾つか言葉がやり取りされた後、通話を終えたセラへ百済木は駆け寄った。

 

「どうでしたか、姉御!!」

 

「KCで用意することは叶いませんでした」

 

 しかし、結果は残念なもの。

 

 KCもアメリカに支社があるとはいえ、地理的な距離は無視できない。多少の時間的猶予があれば別だろうが「殆ど今すぐ」に近い状況では流石に無理筋である。

 

「えーと、私がやろうか?」

 

「ありがとうございます、杏子。ですが、この手の試験官はデュエルの勝利ではなく、主に立ち回りを求められるのです。お気持ちだけ頂かせて貰います」

 

 やがて、おずおずと多少デュエルの心得がある杏子が手を上げるが、セラはやんわり断りを入れる他ない。「ただ、デュエルする()()」ならそこいらの歩いている人間でも出来る話だ。

 

「ううん、気にしないで! でも、どうしよっか……」

 

「恐らく、近くに便利な相手がいるでしょうから其方を使います」

 

 そうして、困ったように顎に指を当てて悩む杏子を余所に、セラは携帯にいつぞやの番号をプッシュし始めていく。

 

 

 

 かくして、話は高層ビルの屋上から飛び降りたおっさんの元へと戻るのだ。

 

 

「遅かったですね」

 

「申し訳ない。急なご依頼だとの話だというのに」

 

 そして、連絡から少し待てば「大急ぎで走ってきました」な様相を演出して来た神崎の姿を視界にとらえた杏子は、意外な人物だと内心で驚きを見せる。

 

――セラが言ってた「便利な相手」って、神崎さんのことだったのね……ホントにKC辞めちゃってたんだ。

 

 なにせ、「KCを辞めた」との話は海馬経由で遊戯たちから聞いていたものの実際に電話1本で呼び出される姿を見るまでにわかには信じられなかったのだから。

 

「遅れたフリを謝罪なさるのなら、仕事の方で便宜をお願いします――依頼内容は、お伝えした通りです」

 

 だが、当のセラは神崎がこの場の近くでスタンバってただろうことは想像に難くない。

 

 元プラナであり、遊戯の重要性を知るセラからすれば、今回の杏子の話も「その一環である」ことが手に取るように分かるのだろう。

 

「合否に関する採点は向こう側で行われますので、貴方なら可能ですね?」

 

「その件ですが少々難しく、別のアプローチを――」

 

「海馬社長に確認を取ったところ、可能との話をしておられたのですが……受けて頂けますよね?」

 

 だが、率先してデュエルしたがらない神崎の性ゆえか難色を見せる神崎へ、セラは言外に「海馬 瀬人を嘘つき呼ばわりする気か?」との圧力をかける。

 

 神崎が海馬へ異常なまでに警戒心を持っていることも、またセラもよく知るところだ。

 

「ですが多少、腕に覚えはあるとはいえ、今回のような件を期待されても困るのですが……」

 

 とはいえ、神崎にも言い分はある。彼は「ミュージカル」などの芸術系統の良し悪しはハッキリ言ってよく分かっていない部分だ。

 

「問題ありません。貴方は舞台装置の立場ですから」

 

――つまり、採点を担当する試験官が観客の立場……

 

「後、これを」

 

「これは……黒衣(くろこ)?」

 

「試験官は、これを着るそうです。主役である相手を立てるような立ち回りをお願いします」

 

――平たくまとめれば、デュエルの中で相手の展開を促しつつ、サンドバッグに徹する。

 

 しかし、歌舞伎でお馴染み「観客から見えない立ち位置」の黒衣(くろこ)の衣装を手渡されれば、神崎も己の役割を察してみせる。そう――

 

「つまり『接待デュエル』のようなものですか」

 

 接待デュエル――それはジャパニーズおもてなし(O・MO・TE・NA・SI)の世界で進化したデュエル。

 

 如何にして相手に気持ちよくデュエルさせるかを突き詰め続ける者たちを、海馬 瀬人は「デュエリストの風上にも置けん馬の骨共」と呼んだ。

 

 

 

 神崎の超得意分野である。

 

 

 

 

 やがて、黒衣(くろこ)に身を包み歌舞伎の補助員状態になった神崎は、インカムからの指示に従い夢を目指す者たちの登竜門ことサンドバッグに徹し始めれば――

 

『その調子で頑張ってください』

 

「了解しました」

 

――正直、相手の展開速度に合わせる以外は普通にデュエルしているだけだが……本当に問題ないのだろうか? 専門外なだけに不安だ。

 

 神崎の内心の不安を余所に、1人、また1人とオーディションのデュエルを終えていく中、入室した新たなチャレンジャーの姿に神崎はピタリと固まる。

 

 その視線の先には、持参したラジカセを地面に置く――赤いシャツでキメた焼いた浅黒い肌にドレッドへアーの男の姿が気合の入った声で宣誓した。

 

「音源はこれをお願いしゃぁっす!!」

 

――ス、ステップジョニー!?

 

 DMマイナー過ぎるポジ――ステップジョニー参戦。

 

 





グッバイ三沢




Q:三沢の進退を十代が気にし過ぎじゃね?

A;原作との人間関係の変化によるものです。原作と今作での十代からの印象を比べると――

人物   原作  →  今作
万丈目:ライバル → リベンジしたいライバル
三沢:他寮の友人 → 入学時からの親しい友人
明日香:他寮の友人 → オベリスク・ブルー1年の頼れるリーダー
亮:頼りになる先輩 → 雲の上の存在

校長:話の分かる人(鮫島) → 凄く厳しい人(コブラ)

今話で名前の出たメインの面々はこんな具合です。

原作では翔や隼人、レッド落ちした万丈目サンダーで分散していた十代の友人関係が凝縮された? イメージが近いかもしれません(多分)



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第267話 未知との遭遇




前回のあらすじ
三沢フラグが立った! 立ったよ、兄貴!






 

 

 

 意外な人物の登場に内心で面食らう神崎を余所に、ステップジョニーはラジカセをポチッと操作して軽快な音楽を響かせながら指を天へと向けて始まりを告げるように宣言していた。

 

「ミュージック・スタート!!」

 

――渡米するだけでなく、有名オーディションのデュエル試験まで辿り着いていたとは…………私が宇宙に行っている間に頑張っていたんだな……

 

「俺の先攻、ドロー! まずは本日のライブ会場へ案内するぜ! フィールド魔法《召魔装着》発動! これにより、俺の戦士・魔法使い・ドラゴン族は300パワーアップ!」

 

 そうして、ステップジョニーが指さした天井からミラーボールよろしくカラフルな光が明滅し始める。

 

「弱体化しちまうが――《悪魔嬢リリス》を通常召喚! 更に魔法カード《融合派兵》を発動だ! エクストラデッキの《クリッチー》を公開し――《黒き森のウィッチ》をデッキから特殊召喚!」

 

 そんな即興のステージに二本角が伸びる赤髪の女悪魔が舞い降りれば、その隣に立つようにステップジョニーは陣取り――

 

《悪魔嬢リリス》攻撃表示

星3 闇属性 悪魔族

攻2000 守 0

攻1000

 

 《悪魔嬢リリス》から横に離れるようにステップジョニーがポーズを固定しながらスライド移動すれば、その間から紫色の長髪を持つ盲目の女性が身に纏う黒いローブの端を少し掴みながら優雅に一礼しつつ現れた。

 

《黒き森のウィッチ》 攻撃表示

星4 闇属性 魔法使い族

攻1100 守1200

攻1400 守1500

 

 やがて《悪魔嬢リリス》の効果で闇属性の《黒き森のウィッチ》がリリースされ、デッキから選択された3枚の内の1枚のカードがセットされる中、同時にバックステップで下がったステップジョニーが手札の1枚を手に指をパチンと鳴らせば――

 

「墓地に送られた《黒き森のウィッチ》の効果で手札に加えた《ハイ・プリーステス》を墓地に送り、フィールド魔法《召魔装着》の効果! デッキより『魔装戦士』1体――《魔装戦士 アルニス》を特殊召喚だ!」

 

 ステップジョニーが先程いた場所に朱雀を思わせる深紅の全身鎧を纏った女戦士が多段の機械翼を広げて空より着地した。

 

《魔装戦士 アルニス》守備表示

星4 炎属性 戦士族

攻1700 守1200

攻2000 守1500

 

 そうして、最後にカードを1枚セットして横に一回転してターンを終えたステップジョニーを見やった神崎は、使用されたカードと原作知識から相手のデッキ内容を逆算し始める。

 

――『魔装戦士』を絡めているとはいえ、原作でのアテム曰く「ミュージシャンデッキ」が根底に見える。フェイバリットを意図的に隠した行為を鑑みれば……

 

 その精度は、今までのオーディション相手と異なり原作知識からひととなりを把握しているだけに高い。

 

 ゆえに、己の良い手札を確認した神崎は好調な自身に違和感を覚えつつも、仕事を果たす。

 

――此方の手札は悪くない。余裕を持って動ける。デッキ改造が上手く働いたか? 彼には感謝しないと。

 

 

ステップジョニーLP:4000 手札2

《魔装戦士 アルニス》守1500

《悪魔嬢リリス》攻1000

伏せ×2

フィールド魔法《召魔装着》

VS

神崎LP:4000 手札5

 

 

『私のターン、ドロー。スタンバイフェイズを経てメインフェイズへ。《サクリボー》を召喚』

 

 そんな新調された神崎のデッキの一番槍はやはりと言うべきか毛玉が1匹ことクリボーの1体。背中のウジャト眼を亀の甲羅よろしく背負いながらヤル気タップリに小さな手足を左右に伸ばす。

 

《サクリボー》攻撃表示

星1 闇属性 悪魔族

攻 300 守 200

 

 

 その神崎のデュエルを映像越しに別室で眺めていたセラは、採点担当の職員からの意向に沿った指示をインカムを通じて送った。

 

「神崎、《魔装戦士 アルニス》を破壊するようにとの話です」

 

『了解』

 

「ねぇ、セラ――神崎さんってデュエル強いの? あんまりデュエリストってイメージないんだけど……」

 

 そんな中、手持ち無沙汰になった杏子は手を止め待ちの姿勢となったセラへと思わず問う。

 

 それは神崎のデュエルの腕前の話。

 

 試験する側は色々求められるとの話を聞いた身だが何人かの試験が画面の向こう側で終わっている今でも、それらの片鱗は見えてこない。

 

 杏子の目には至って普通にデュエルしている光景しかなく、あまり何かに秀でている印象がないデュエルだった。

 

「そうですね。『デュエリストとして』見れば少々物足りない実力になるかと」

 

「……? それって、どういうこと?」

 

 だが、態々呼び立てて依頼した側のセラも杏子の辛口採点に同意を見せる。セラから見ても正直、神崎は「デュエリストとしては二流」との印象が拭えない。

 

 しかし、その物言いに違和感を覚えた杏子が小首をかしげる姿へ苦笑交じりに注釈を入れた。

 

「デュエリストが持つべき『勝利への意識』が酷く低いんです。その意識の差は窮地の時ほどに大きく響く――海馬社長も、その点へは大きな苦言を申されていました」

 

 それが神崎の「デュエリストとして」の「致命的な」欠陥。

 

「ふーん、あの海馬くんが……」

 

「『目的が叶えば負けても構わない』とも言いかねない在り方は、やはり海馬社長と馬が合わないのでしょうね」

 

 その点に助けられたものもあれば、取りこぼしたものもある。

 

 勝利こそを是とする海馬とは、真逆な性質ゆえに相容れない――が、その相反する2つがあったからこそ見えた景色(BIG5との和解)もあった。

 

 その辺りの複雑な諸事情が結果主義な海馬をしても、神崎を受容にも排斥にも踏み切れなかったのだろう。

 

 やがて、神崎の実力を「弱くはないが、一流と比べると見劣りして物足りない」との認識を杏子が抱く中――

 

『《サクリボー》をリリースして《機巧嘴(きこうし)八咫御先(ヤタノミサキ)》を特殊召喚。バトルフェイズ、《悪魔嬢リリス》を攻撃』

 

 画面上の神崎のフィールドに四対の翼を広げる黄金の体躯を持つ翼竜がいなないていた。

 

機巧嘴(きこうし)八咫御先(ヤタノミサキ)》》攻撃表示

星5 光属性 機械族

攻2050 守2050

 

 

 そして、《サクリボー》の効果で1枚ドローする神崎の声に従い《機巧嘴(きこうし)八咫御先(ヤタノミサキ)》がいななきと共に翼を広げて《悪魔嬢リリス》へ足の爪を繰り出す。

 

「そっか――って、《悪魔嬢リリス》に攻撃してるけど良いの? 確か、《魔装戦士 アルニス》に攻撃するって話じゃ……」

 

「――!? 神崎、どういう意図で――」

 

 だが、そんな杏子の声に、セラ――もとい劇団側――の指示を無視した神崎のデュエルへ、セラの脳内で「責任・信用問題」の文字が脳裏をよぎり始めた。さっき神崎をちょっと褒めたのが台無しである。

 

『罠カード《立ちはだかる強敵》! バトルの相手こと、選曲は俺に決めさせて貰う! アルニスのダンスに酔いな!』

 

 しかし、その《悪魔嬢リリス》を庇うように深紅の翼を広げて飛翔し、割って入った《魔装戦士 アルニス》が《機巧嘴(きこうし)八咫御先(ヤタノミサキ)》の爪の一撃によって貫かれて散っていく。

 

『そして破壊されたアルニスの効果! デッキから攻撃力1500以下の魔法使い族――《黒き森のウィッチ》を特殊召喚!』

 

 そんな中、砕けた《魔装戦士 アルニス》の深紅の鎧の中から《黒き森のウィッチ》が現れると共に宙に放り出され、地上で受け止めるような所作を取るステップジョニーが横にターンするタイミングでフィールドに降り立った。

 

《黒き森のウィッチ》攻撃表示

星4 闇属性 魔法使い族

攻1100 守1200

攻1400 守1500

 

 

 そうして、結果的に当初の予定通りになったデュエルの流れに安堵の息を吐くセラを余所に、百済木は感嘆の息を漏らす。

 

「ほぅ、中々の目を持ってるなぁ……流石はペンギンのオジキ(BIG5の大瀧)の盟友さんだぜぇ」

 

「えっ? セラの指示無視しちゃって構わないの?」

 

 だが、返ってきた杏子からの当然の疑問へ、百済木は肩をすくめながら呆れ気味に返した。

 

「やれやれ、これだから演出が分かってない奴は――『華麗に防いだ』絵の方が映えるのよぉ」

 

 そう、先程ステップジョニーが発動した《立ちはだかる強敵》は《悪魔嬢リリス》の効果によって確認後にランダムにセットされた罠カード――神崎の動体視力を以てすれば、その位置を把握しておくことなど容易い。

 

 ただ、シャッフルしたカードを動体視力で判別する行為がルール的に問題か否かは怪しいところだが、黙っていれば確実なグレーである。

 

 実際、今の百済木のように「相手の反応からセットされたカードを予想した」とでも勘違えば確認する術はない。

 

「……はいはい、私は未熟ですよー」

 

『メインフェイズ2に八咫御先(ヤタノミサキ)の効果発動。モンスター1体を通常召喚します。《クリバンデット》を召喚』

 

 そんな真っ黒なグレーゾーンを突っ走る神崎の元に、眼帯にバンダナの犯罪者こと盗賊風ファッションのまん丸毛玉がナイフ片手に現れていた。

 

《クリバンデット》攻撃表示

星3 闇属性 悪魔族

攻1000 守 700

 

 そうして、仮にも表現者(ダンサー)である己に毒を吐いた百済木へ、杏子は口を尖らせて流す中、画面上の神崎はカードを2枚セットしてターンを終える。

 

 更に神崎は、そのエンド時に《クリバンデット》の効果でデッキの上5枚の中から《バーサーカークラッシュ》を手札に加え、残りを墓地に送り、

 

 ステップジョニーは最初のターンのように《悪魔嬢リリス》の効果で《黒き森のウィッチ》をリリースし、デッキから新たな罠カードをセットしつつ、《黒き森のウィッチ》の効果でデッキから新たなモンスターを手札に加えて次のターンに備えていた。

 

 

 だが、そんな両者のデュエルの経緯を眺めていた杏子はふと零す。

 

「でも、さっきから『クリボー』ばかりね……神崎さんのデッキって意外とファンシー?」

 

「デッキと違って本人は中々に良い性格をしておられますけどね」

 

 それは杏子が持つ神崎のイメージとの乖離から出たものだったが、指示無視の件からかセラから中々に棘のある注釈がなされれば、杏子は思わず問うてしまう。「ひょっとして仲が悪いのか?」と。

 

「そ、そうなんだ……ひょっとして、昔に何かあった?」

 

「兄と共に殺し合いました」

 

「えっ」

 

「冗談です」

 

「あっ、うん」

 

 だが、その詳細は物騒な発言を優しく微笑んで流したセラの姿を前に、杏子は引き下がらざるを得ない。

 

――セラたちと、神崎さんの間に一体なにが……

 

 やがて、杏子は聞くに聞けない雰囲気を前に悩まし気にする他ない中、画面上のライフの変動のないデュエルは動きを見せ始めていた。

 

 

ステップジョニーLP:4000 手札3

《悪魔嬢リリス》攻1000

伏せ×2

フィールド魔法《召魔装着》

VS

神崎LP:4000 手札4

機巧嘴(きこうし)八咫御先(ヤタノミサキ)》攻2050

伏せ×2

 

 

「魔法カード《融合派兵》! 今度は《裁きを下す女帝》を公開し、ベースを呼ばせて貰うぜ! 来なッ、《響女(ヒビキメ)》! 更に《音女(オトメ)》を通常召喚し、ツインベースだ!」

 

 通常ドローしたステップジョニーが両手を左右に広げる所作と共に繰り出したのは2体のバンドウーマン。

 

 ウェーブのかかった青い長髪に肩の出た緑のドレスに身を包んだ女戦士が、音符マークの大鎌をベースのように構えて演奏準備に入り、

 

響女(ヒビキメ)》 攻撃表示

星4 地属性 戦士族

攻1450 守1000

攻1750 守1300

 

 上述の女戦士と瓜二つの外見で、赤い髪とピンクのドレスの女戦士が同じような音符マークの大鎌をギターよろしく構えてベースを担当してみせる。

 

音女(オトメ)》攻撃表示

星3 地属性 戦士族

攻1200 守 900

攻1500 守1200

 

「此処で主役の登場だァ! 罠カード《死魂(ネクロ・)融合(フュージョン)》! 墓地の融合素材となる2体を裏側除外し、鳴り響け俺のソウル!!」

 

 そして、ベースに続くように主役のご登場。デュエルディスクをギターのように動かしたステップジョニーの背後から――

 

「――《音楽家の(ミュージシャン・)帝王(キング)》!!」

 

 背中合わせの形で現れたのは赤いバンダナで怒髪天を衝くように金髪を逆立てたジーンズ一丁のバンドマン。

 

音楽家の(ミュージシャン・)帝王(キング)》攻撃表示

星5 光属性 魔法使い族

攻1750 守1500

攻2050 守1800

 

「とはいえ、《死魂(ネクロ・)融合(フュージョン)》で融合した場合、そのターン攻撃は出来ない――だが! こいつでソウルビートを響かせる! 永続魔法《連合軍》!!」

 

 《音楽家の(ミュージシャン・)帝王(キング)》が己の相棒の真っ赤なギターを打ち鳴らせば、その旋律に合わせるように《響女(ヒビキメ)》と《音女(オトメ)》も大鎌のベースを響かせる。

 

「これにより俺のフィールドの戦士族は、戦士族と()()使()()()の数×200パワーアップ!!」

 

 さすれば、そんな3人の演奏が戦士たちに力を与え、2人の大鎌は禍々しさを帯びていった。

 

響女(ヒビキメ)

攻1750 → 攻2350

 

音女(オトメ)

攻1500 → 攻2100

 

「最高に高まったロックンロールが、ミュージックの次元を押し上げた! バトルと行くぜ! 《音楽家の(ミュージシャン・)帝王(キング)》バンドのビートを受けた《響女(ヒビキメ)》の渾身のソウルビートを受けな!」

 

 やがて、ステップジョニーが左右に開けていた腕を、足をピタンと揃えると共に前に突き出し、その両手の指で示した先に一歩前に出た《響女(ヒビキメ)》がソロパートとばかりに激しい曲調の歌声と共に大鎌のベースを弾きならす。

 

 さすれば、その音波にノックアウトさせられたのか翼竜であることを忘れたように《機巧嘴(きこうし)八咫御先(ヤタノミサキ)》がフラフラと墜落し、神崎の元に真っ逆さまに落下して爆散。

 

神崎LP:4000 → 3700

 

 それによりガラ空きになった神崎の本陣へと、ステップジョニーは姿勢を半身に変えながら指で銃のように構えて、銃弾を放つような仕草で攻勢を宣言した。

 

「続け! 《音女(オトメ)》! リリス! ダイレクトアタックだ!」

 

『クリー!』

 

『クリリ!』

 

 すると同時にステップジョニーの視界を黒いまん丸毛玉たちが覆いつくす。

 

「!? なんだ、この毛玉共!?」

 

「罠カード《レベル・レジストウォール》の効果です。破壊された八咫御先(ヤタノミサキ)と同じレベルになるようにデッキから任意の数のモンスターを効果を無効にして特殊召喚しました」

 

 さすれば思わず素でツッコミを入れたステップジョニーを余所に、神崎の元にはクリボー5兄弟の(多分)長男こと紫の毛玉がぬぼーと現れ、

 

《クリバー》守備表示

星1 闇属性 悪魔族

攻 300 守 200

 

 さらに(多分)次男と思しき桃色の毛玉が強気な視線を送り、

 

《クリビー》守備表示

星1 闇属性 悪魔族

攻 300 守 200

 

 そして、(多分)三男――ではなく、突如として現れた(多分)五男の三つ子の黒い毛玉ことノーマル《クリボー》の出現に「!?」と二度見した後に顔を見合わせる《クリバー》と《クリビー》。

 

《クリボー》×3 守備表示

星1 闇属性 悪魔族

攻 300 守 200

 

「オーディエンスが増えたなら、破壊のメロディを受けて貰うぜ! 死の一曲を届けてやりな! 《音女(オトメ)》とリリスで《クリバー》と《クリビー》を攻撃だ!」

 

 しかし、そんな毛玉寸劇を前にすぐさま正気に戻ったステップジョニーは前に伸ばした腕を天へと掲げて指を鳴らせば、それを合図に音符の大鎌ベースに乗って、悪魔の歌声が毛玉たちの心を奪う。

 

「破壊された《クリビー》の効果でデッキから『クリボー』の名が記されたカード――《クリボーを呼ぶ笛》を手札に。そして、《クリバー》の効果によりデッキから《クリボン》を特殊召喚」

 

 そうして、相手のライブ攻撃にテンションアゲアゲし過ぎて力尽き、グッタリした《クリバー》と《クリビー》をリボンのついた尻尾でベシッと片付けた毛玉こと《クリボン》を余所に――

 

《クリボン》守備表示

星1 光属性 天使族

攻 300 守 200

 

 バトルを終えたステップジョニーは魔法カード《三戦の才》で2枚ドローし、カードを1枚セットしてターンを終える。

 

「そのエンド時にセットしていた速攻魔法《機雷化》を発動。《クリボー》を全て破壊し、その枚数分のカードを破壊します」

 

『クリッ!』

 

『クリリー!』

 

 だが、それと同時に三つ子《クリボー》たちは、カミカゼアタックを敢行。しかし、その行く手を遮るようにステップジョニーはターンしながら腕を払えば――

 

 

「伝説は止めさせねぇ! 罠カード《ガガガシールド》発動! こいつを装備した《音楽家の(ミュージシャン・)帝王(キング)》の破壊はまぬがれる! 更にリリスも自身の効果でリリースだ!」

 

「では《音楽家の(ミュージシャン・)帝王(キング)》と《連合軍》、《ガガガシールド》を選択します」

 

 空より縦に長い大盾が《音楽家の(ミュージシャン・)帝王(キング)》の元に舞い降りれば、その大盾は彼のギターを巻き込み変形合体。

 

 トゲトゲ・ゴテゴテな装飾のついたビッグギターへと進化を遂げた結果、そのトゲに突き刺さった《クリボー》の1体は仕事を果たすことなく爆散し、天へと昇って行く。

 

 だが、2体目の誘爆でビッグギターの外装は破損し、元のギターへと逆戻り。

 

 そして、最後に仕事を果たし(爆死して)お空で敬礼する3体目の《クリボー》が永続魔法《連合軍》を破壊できたお陰で《響女(ヒビキメ)》と《音女(オトメ)》の攻撃力はガクッと下がっていた。

 

 

ステップジョニーLP:4000 手札1

音楽家の(ミュージシャン・)帝王(キング)》攻2050

響女(ヒビキメ)》攻2300 → 攻1750

音女(オトメ)》攻2100 → 攻1500

伏せ×2

フィールド魔法《召魔装着》

VS

神崎LP:3700 手札5

《クリボン》守200

 

 

 

 そうして、一気に攻勢に出たステップジョニーのターンが終える中、その様子を別室で画面越しに見ていた杏子は、このデュエル――いや、此処までの受験者()()のデュエルを通して浮かんだ疑問が思わず口から零れた。

 

「さっきからずっと思ってたんだけど……どうして、みんなデュエル中に踊るんだろう?」

 

 それは、デュエル中にオーバーな所作を以て疑似的にダンスを魅せる受験者たちの姿。

 

 1人、2人程度なら個人の問題だと流せなくもないが、ダンスの実技を見る場でもないのに今デュエルしているステップジョニーを含めて示し合わせたように踊りながらデュエルしている事実は杏子にとって只々不可解である。

 

 だが、そんな杏子へ百済木が呆れた様子を見せるが――

 

「おんや? 知らねぇのかい。ダンサーの端くれだってのに疎いこって」

 

「……悪かったわね」

 

「無理もありません。あのスタイルが確立されたのは最近の話とのことですから」

 

「そうなの?」

 

「百済木」

 

「へい、姉御」

 

 セラから客人対応を突き付けられた百済木は粛々と解説役を買って出る。

 

「まぁ、発端は『とある一人の男』がオーディションで始めたことを周囲が真似し始めた――言っちまえば、すんげぇアングラなもんだからよぉ」

 

 とはいえ、話の根幹は大したものではない。言ってしまえば「ただの流行り」でしかないのだから。

 

「アンタみたいにアンテナ弱い奴なら、知らなくても無理はねぇさ」

 

「そんな人が……」

 

 しかし、異国の地で土地勘も情報網(アンテナ)もない杏子が感心する中、画面上にてカードをドローした神崎のフィールドに動きが見られる。

 

『《クリボン》をリリースして《クリバビロン》をアドバンス召喚します』

 

『バビィッ!!』

 

 それは、伸びた2本の犬歯を覗かせる群青色の大きな毛玉が、額の一本角を天に伸ばしながら威嚇するように瞳を鋭くさせる姿。

 

《クリバビロン》攻撃表示

星5 闇属性 悪魔族

攻1500 守1000

 

『毛玉の親玉が登場か。だが、そんなパワーじゃ俺のダンスについては来れ――』

 

『自身の効果で墓地の『クリボー』の数×300のパワーアップです』

 

 その《クリバビロン》はステップジョニーの言う通り、まさに『クリボー』の親玉に相応しい力――散っていった同胞の『クリボー』たちの力を受け取って、グググと《クリバビロン》の体躯は2周り程大きくなった。

 

《クリバビロン》攻撃表示

攻1500 守1000

攻3300 守2800

 

 

『こ、攻撃力3000オーバー!?』

 

『バトルフェイズへ。《クリバビロン》で《響女(ヒビキメ)》を攻撃』

 

『バビビィッ!!』

 

 やがて、高まった力のまま《響女(ヒビキメ)》に《クリバビロン》は額の一本角を突き刺し、まん丸毛玉ボディで突撃を敢行。

 

「こ、攻撃力3300!? クリボーって、あんなにパワー出るんだ……」

 

「おいおい、勝負に熱くなっちまって、目的忘れてんじゃ――」

 

「その心配は無用だと思いますよ」

 

 その圧倒的パワーで叩き潰さんとする姿に、杏子と百済木が別々の意味で驚きを覚える中――

 

『ソロで押し負けるなら――セッションだ! 罠カード《援護射撃》!』

 

 ステップジョニーは《音楽家の(ミュージシャン・)帝王(キング)》と共に左右で《響女(ヒビキメ)》を挟むように位置取ると共に、ギターをかき鳴らした。

 

『これにより《音楽家の(ミュージシャン・)帝王(キング)》の攻撃力が、《響女(ヒビキメ)》に加算される! 即興のソウルビートを魅せてやりな!』

 

 さすれば、《響女(ヒビキメ)》の音符の大鎌のベースの音色は強靭さと棘々しさを増していき、音波の反射壁となって《クリバビロン》の突撃をはじき返す。

 

響女(ヒビキメ)

攻1750 → 攻3800

 

『墓地の《サクリボー》を除外し、破壊を免れます』

 

『バ、バビィ……』

 

 そして、吹き飛ばされゴロゴロ転がった《クリバビロン》が立ち上がれば、その自慢の一本角にヒビが入った事実に《クリバビロン》は涙目を見せていた。

 

《クリバビロン》

攻3300 守2800

攻3000 守2500

 

神崎LP:3700 → 3200

 

『へっ、良い音色だったろ?』

 

やがてバトルフェイズを終え、メインフェイズ2にて4枚の手札を見やる画面上の神崎を余所に、杏子はおずおずと先の話題を振り返る。

 

「ね、ねぇ、百済木くん、その噂の人って誰なの?」

 

「いんや、知らねぇ。だが、この業界に神風を巻き起こした奴なんだ。とっくにデカい舞台に昇り詰めてるだろうさ」

 

 それは、この場の多くの受験者たちに影響を与えたと思しき噂の謎のダンサーの正体。とはいえ、その正体はこの手の情報に聡い百済木にも掴めてはいない。

 

「な、名前とかは?」

 

「名乗り出た奴もいたらしいが、騙り(偽物)ばっかりだったらしい――オーディションの記録さかのぼりゃぁ一発でバレってのに馬鹿な奴らだよなぁ」

 

「じゃぁ特徴とかだけでも!」

 

「お、おぉぅ。噂じゃ、マントつけた大男だぁ、眼鏡の女だぁ、醜いブ男だぁ――な具合で情報が一人歩きしてる現状よぉぅ。騙り(偽物)が多かった弊害さぁ」

 

 だが、それでも詳細を求める杏子に、仕方なしに百済木は漠然と把握している範囲の情報を語るが――

 

「まっ、そんなに会いたいなら今デュエルしてる何でも屋さんに頼むんだなぁ」

 

『カードを2枚セットしてターンエンドです』

 

 餅は餅屋とばかりに百済木は、画面上にてターンを終える神崎を指さした。

 

ステップジョニーLP:4000 手札1

音楽家の(ミュージシャン・)帝王(キング)》攻2050

響女(ヒビキメ)》攻3800 → 攻1750

音女(オトメ)》攻1500

伏せ×1

フィールド魔法《召魔装着》

VS

神崎LP:3200 手札2

《クリバビロン》攻3000

伏せ×2

 

 

 そうして、辛うじて攻撃をしのいだものの《クリバビロン》の高い攻撃力を前に現在、成す術のないステップジョニーは突破口を見出す為にも気合を入れてドロー。

 

「俺のターン、ドロー!! 来たぜ! このデッキのボーカルの出番が! 《ハイ・プリーステス》召喚!!」

 

 その結果、遂に最後のバンドメンバーこと丸みを帯びた帽子から垣間見える澄んだ青の髪を持った女性が両の手を合わせた祈りの所作と共に現れた。

 

《ハイ・プリーステス》攻撃表示

星3 光属性 魔法使い族

攻1100 守 800

攻1400 守1100

 

「そして、こいつでラストソングのセッションを響かせろ! 魔法カード《マジシャンズ・クロス》!!」

 

 さすれば、MCのように振る舞ったステップジョニーの合図と共に《ハイ・プリーステス》がギターとベースの面々に見守られつつ、一歩前に出て地面からせり出したマイクの前に立てば――

 

「仲間のミュージシャン(魔法使い族)たちの攻撃を放棄することで、1体のミュージシャン(魔法使い族)に力を集め――このターン、攻撃力を3000にする!!」

 

 ロックな演奏に似つかわしくない澄んだ声でバラードを披露すれば、奇跡の調和によって《音楽家の(ミュージシャン・)帝王(キング)》の音楽性も高まりを見せる。

 

音楽家の(ミュージシャン・)帝王(キング)

攻2050 → 攻3000

 

「まだだ! 罠カード《メタル化・魔法反射装甲》発動! 《音楽家の(ミュージシャン・)帝王(キング)》は、ヘヴィメタル・キングにパワーアップ!」

 

 そうして、高まりのまま《音楽家の(ミュージシャン・)帝王(キング)》に両肩に棘のついたメタルな革ジャンとパンクなメイクがなされ、音楽性が攻撃的に変化。

 

音楽家の(ミュージシャン・)帝王(キング)

攻3000 → 攻3300

 

「バトル! ヘヴィメタル・キングで《クリバビロン》を攻撃!」

 

 そんな《音楽家の(ミュージシャン・)帝王(キング)》――いや、ヘビィメタル・キングのハイビートな旋律が《クリバビロン》に迫り――

 

「その攻撃時、手札の《クリブー》を捨てデッキから《クリボール》を手札に――墓地に『クリボー』が増えたことで《クリバビロン》の攻守が300上昇」

 

「相打ち狙いは無駄だぜ! ダメージステップ時《メタル化・魔法反射装甲》の効果で、相手の攻撃力の半分が追加でパワーアップ!」

 

 思わず仲間(クリブー)と共に負けじと叫んだ《クリバビロン》たちの声を飲み込みながら、ヘビィメタル・キングの奏でる音色が着弾。

 

《クリバビロン》

攻3000 守2500

攻3300 守2800

 

音楽家の(ミュージシャン・)帝王(キング)

攻3300 → 攻4950

 

 

「悪魔のキッス!!」

 

『バ、バビィ~!?』

 

 さすれば、圧倒的な音域に三半規管をやられたように《クリバビロン》は目を回してフラフラした後、ポテンと倒れてしまう。これにて、神崎を守る盾となるモンスターは消えた。

 

神崎LP:3200 → 1550

 

「《マジシャンズ・クロス》の効果で残りの魔法使い族の《ハイ・プリーステス》は攻撃できないが――戦士族のベースたちには関係ない! 《響女(ヒビキメ)》のダイレクトアタックでフィニッシュだ!」

 

「その直接攻撃の際、墓地の《虹クリボー》を特殊召喚」

 

 その隙を逃さぬように指を鳴らしたステップジョニーの宣言と共に《響女(ヒビキメ)》が音符の大鎌のベースを弾きならし、音波のビッグウェーブを叩きつけんとするが、その衝撃は紫色のつや肌ボールこと《虹クリボー》が観客として身体で受け止める。

 

《虹クリボー》守備表示

星1 光属性 悪魔族

攻100 守100

 

「だったら《響女(ヒビキメ)》で蹴散らして、《音女(オトメ)》のダイレクトアタックを受けて貰うぜ!」

 

 しかし、《虹クリボー》はあっけなくダウンした為、大鎌のベースを鳴らす《音女(オトメ)》の演奏は止められず、音波の波が神崎を強かに打ち付けた。

 

神崎LP:1550 → 50

 

 

『チィッ、フィニッシュを逃しちまったか……ならバトルは終了だ!』

 

 そうして、仕留めきれなかった事実に舌を打ちステップジョニーが悔し気な様相を見せる中、そんな彼らのデュエルを別室で眺めていた杏子は呼吸することを思い出したように大きく息を吐いた。

 

「ギ、ギリギリね……」

 

「よくもまぁ頭が回るもんだ」

 

 そして百済木と共に、中々見ることがないギリギリのライフの数値に対する各々の反応を見せる中――

 

「神崎、試験の終了を通告して欲しいとのことです」

 

『了解。お疲れ様でした。これで――』

 

『えっ……ま、待ってく――』

 

 インカムで神崎へ指示を出すセラの声に、画面上の神崎から社交辞令的な労いの言葉が告げられるも、僅かに理解の遅れたステップジョニーが食い下がる。

 

『結果は追ってお知らせするとのことです』

 

『くっ……本日は、ありがとござぃましたァ!!』

 

 だが、続いた神崎の平坦な声を前にステップジョニーは隠せない程の悔し気な表情を滲ませながら引き下がる姿が画面上に広がる光景に、杏子は思わずセラの方を振り返った。

 

「えっ、打ち切っちゃうの!?」

 

「劇団側のお眼鏡には適わなかったってことだろうなぁ」

 

 しかし、忙しそうに劇団側と橋渡しするセラの代わりに告げられた百済木の言葉が現状を端的に物語っていよう。

 

 

 

 

 

 

 

その後、代わる代わるオーディションデュエルは何度も繰り返されるも、試験官の補充が出来た段階で引継ぎを終えて神崎が解放されれば、セラが労いの社交辞令を贈った。

 

「腕は衰えていないようですね」

 

「この手の依頼もありますから」

 

 そうして手短なやり取りながらも依頼の完遂が告げられる中、杏子はおずおずと手を上げ申し出る。

 

「あ、あの神崎さん、今って依頼大丈夫ですか?」

 

「今の依頼主次第でしょうか」

 

「私は構いません。此方の依頼は完了しましたから」

 

「じゃあ、えっと実は――」

 

 それは、つい先程に百済木から語られた「ミュージカル界の謎の新星」の話。

 

 とはいえ、原作知識にもない話であり、最近まで宇宙にいた神崎からすれば初耳である。

 

――私が宇宙に行っている間に、そんなことが……

 

「そんな方がいらしたんですね」

 

 だが、同時に神崎は営業スマイルの裏で疑念を芽生えさせた。

 

――真崎さんの行動に合わせて出現した? いや、流石に勘繰り過ぎ……とも言い切れない。

 

 そう、件の謎の人物は、夢の道の最中に壁にぶつかった杏子にとってあまりに都合の良い存在。

 

 神崎の脳裏に「歴史の修正力」なる原作の鎖の気配がチラと映る。

 

――どうにも、タイミングがあからさま過ぎる……ほぼ破綻した原作の流れが元に戻ろうとしているとでも言うのか?

 

 しかし、そうして考え込む様子の神崎の姿を「否」の返答と感じて不安げな杏子だったが――

 

「あの……やっぱり、難しいですか?」

 

「そうだぜぇ、流石に時期が悪いぜ時期が」

 

「時期……?」

 

 百済木の含みのある発言に、情勢の問題を示される。だが、その辺りの事情など与り知らぬ杏子が疑問符を浮かべれば、セラが助け船を出すように命じた。

 

「百済木、説明を」

 

「しゃぁすッ!! アンタ、『賢者の宝石』の舞台を目指してんなら知ってるかもしれねぇが、その人選の厳選っぷりは他の追随を許しちゃいねぇ! ――と語ったところで実際問題、多少の妥協はされてる。人間なんだ、多少の差異は仕方がねぇとな」

 

 その内実は、杏子の夢の舞台――に携わる面々に激震が走ったことである。

 

「だが、とある学園祭にてミラクルは起こったのさ」

 

 それは、あるデュエルを学びやたる孤島での行事にて彗星のごとく現れた存在。

 

「まさにブラック・マジシャン・ガールの生き写しの出現! いや、まさにカードから飛び出してきたような存在! まさに神が創りし芸術!! まさに、金の卵!」

 

 そう、ご存知デュエルアカデミアに遊びに来た精霊こと、ブラマジガールさんである。

 

「突発的な乱入でありながら、周囲の状況を見て咄嗟にヒール役をこなしつつ、イメージを損なわないコミカルなキャラクター性を保ちながら最大限のパフォーマンスを演出させた技量! それすなわち究極の投影!」

 

 だが、当のブラマジガールからすれば「ちょっと人間世界に遊びに来た」だけだが、そんな事情など知らない人からすれば「絵の中の住人が現実世界に誕生した」レベルの話である。

 

 当然、捨て置かれる筈もなく世の中は大騒ぎだ。ブラック・マジシャン・ガールを題材にした舞台をしている劇団からすれば、見逃せる筈もない。

 

「――が、世界中が血眼になって探しても影すら見当たらない始末さぁ。その女の『お師匠様』とやらは、かなりのやり手らしい」

 

「そ、そうなんだ」

 

――そんな凄い人がいたなんて……

 

 そうして、熱弁した百済木の勢いに杏子はドン引きしながらも理解を見せる。話題性が大きすぎる話があれば、他の噂など掻き消えてしまうことだろう。

 

 だが、此処で神崎は1つばかり提案を切り出した。

 

「ただ、真崎さんからすればチャンスです」

 

「えっ?」

 

 とはいえ、急に「チャンス」だと言われても、今まで上手くいっていなかった杏子からすればピンとこないが、神崎にも言い分があった。

 

「今まで漠然としたイメージで先行していたものがある種、明確化されました。劇団への興味はないようですから彼女の振る舞いをコピーすれば真崎さんの夢も――」

 

 それが指標の出現。

 

 この話題っぷりからして、今後の「ブラック・マジシャン・ガールらしさ」がブラマジガールを基準にするだろうことは明白である。

 

 他の面々もブラマジガールの模倣に奔るだろうが、逆に土壌が他より真っ新な杏子の方が優位に立てる公算が高い。

 

「でも、それって――」

 

「おい、流石にそいつは酷ってもんじゃねぇかぁ?」

 

 だが、その意味するところへ杏子が気づくと同時に、百済木が待ったをかけた。

 

「どうしてでしょう?」

 

「確かに一つの解がなされたことは認めるぜ? だが、それは今までの演者の振る舞いが間違っていたことにはならねぇ」

 

 それは、形は違えど表現者(アイドル)の育成に関わる百済木の矜持だった。

 

 幾らブラマジガールが騒がれているとはいえ、その在り方全てが「賢者の宝石の舞台に適しているか?」と問われれば、「否」を返す他ない。

 

「劇団側だって完成形のコピーを求めている訳じゃねぇ筈だ。違うかい? 人の個性潰すような真似は無粋だぜ」

 

 ゆえに、杏子の個性を潰すような物言いを咎める百済木だが、神崎は首を横に振る。

 

「いいえ、これは真崎さんが夢を叶えられるチャンスが見えた旨を示させて頂いているだけです。選ぶのは彼女だ」

 

「自分殺してまで叶える夢に価値があるのかい?」

 

「夢への比重の置き方は人それぞれですよ」

 

「――そこまでにしてください。当人を置き去りにして話す内容ではありません」

 

 そうして、「夢を叶える為の代償としては大き過ぎる」との論争に発展し始める中、セラはパンと手を叩き、話題を打ち切らせた。

 

――やけに拘る……誰かから依頼を受けた話でしょうか?

 

「だ、だがよぅ、姉御」

 

 やがて、百済木の発言を封殺し、神崎の行動の根底をセラは内心で推察する中、論争の執着の為にも杏子に問いかけた。

 

「杏子は、どうなさるつもりですか?」

 

「か、可能性って、どのくらいありますか?」

 

「今までよりかは格段に上がります。努力は一定のラインまでなら平等に有効ですから」

 

 真崎 杏子という個を排した「ブラマジガールのコピー」として「夢が叶う」可能性は決して低くはない。

 

 神崎が語るように「努力」と「模倣」は相性が良いのだ。どんな技術体系でも、誰もが最初は模倣から始まるのだから。

 

「とはいえ、努力にも年齢という名の鮮度があります。やはり若い方が覚えが良い現実はある。決断が遅れれば遅れる程に可能性は下がるかと」

 

 しかし、努力でも「肉体の衰え」の問題はどうにも出来ない。それゆえに決断の重要性を神崎は告げるが――

 

「先程お伝えした通り、決めるのは真崎さんです。私に出来るのは選択肢を提示することだけですから」

 

 それでもなお、最後の決断は杏子に委ねた。

 

 なにせ、遊戯の依頼では「杏子の意思を尊重する」必要があるのだから。今までの物言いも遊戯の要望の範疇を逸脱しない範囲に留めている。

 

 

 そうして、セラ、百済木、神崎の3人からの視線にさらされる杏子は、降って湧いた決断を前に目をグルグル回しながら思考加速のオーバーフローをさせ――

 

「う、噂の人と会ってから決めます!」

 

 思考放棄気味の結論を下した。まぁ、専門家の意見を求めるのは間違いでもない。

 

「おいおい、相手は多分トップスターだぜぇ? なに話すんだよ……」

 

「そもそも会える確証がある訳ではないのですが」

 

 とはいえ、呆れ顔の百済木と共に困り顔をする神崎の言う通り、今の段階では段取りゼロである。

 

「百済木さん! 時間っす!」

 

「ディーヴァさんの投影準備できてます!」

 

「移動式ソリッドビジョンの稼働、入ります!」

 

「周辺地形との同期、オールクリア!」

 

「では、この話は以上です。杏子と百済木は仕事に戻りましょう――神崎、本日は助かりました。ありがとうございます」

 

 かくして、最後の最後でグダった相談会は百済木軍団の声を合図にて、セラの手により終わりを告げる。

 

 ゆえに神崎は追い出されるように、この場を後にすることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、杏子回りのゴタゴタも鳴りを潜め、情報集めに奔走し始めた神崎。

 

「お次は謎のダンサー探し……か。一体その正体は誰なのやら」

 

 だが、原作にて影も形もなかった話となれば懸念材料は計り知れない。ゆえに、方針を悩む神崎だったが、携帯端末からのコール音にすぐさま思考から意識を引き戻し応対する。

 

「はい、『紹介屋』。ご用件は――」

 

『神崎! さっさとアカデミアに来い! 十代の元気が――』

 

――えっ? この声って……ユベル?

 

 しかし、携帯端末越しに響く聞きなれた声に神崎は面食らう。

 

「ユベル……さんですか? 通話できているということは、実体化なされている?」

 

――物質次元での実体化は精霊にとって、かなり力を使う行為だった筈……

 

 なにせ、相手が相手――(ヤベェ)精霊からの電話である。もはやホラー話の導入にすら思えた。

 

『そんなことどうでも良いだろ! お前、こういうの得意だったね! 口車でも何でも良いから、十代を元気づけるんだ! 良いか、直ぐにだぞ!』

 

――いや、現体制のアカデミアの来訪はしっかり手続きを踏まないと駄目なんだが……しかし、相手がユベルさん(元危険なヤンデレ)となると最悪の可能性もある。

 

 そんな中でも止まらぬ怒涛のユベルからの脅迫染みた要請に思考の渦に叩きこまれていた神崎は内心の動揺を抑え込んで平静を装い淡々と返す。

 

「直ぐに向かうのは構いませんが、本日中は流石に不可能です」

 

――KC社員の時ならまだしも、今のフリーの身じゃ、事後承諾でアカデミアに密入すれば大問題になる。

 

『関係ない! ボクの十代の一大事なんだぞ!』

 

「そもそも遊城くんは、何を落ち込んで――」

 

 そうして、現実的な問題を交えて会話の糸口を見出そうとしていた神崎だが、そのユベルとの通話は唐突にブツリと切れた。

 

 もはや、神崎は置いてけぼりを食らった精神のまま天を仰ぐ他ない。

 

――えぇ……本当に何があったんだ? 原作のような鬱展開の材料は皆無な環境なのに?

 

 なにせ、アカデミアに問題がないかどうかは神崎が何度もアカデミアを訪れて確認しつくした部分である。

 

 唯一あった危ない事件こと、サイコ・ショッカーの件でさえ、実質神崎の助力がなくとも新生アカデミア倫理委員会が問題なく対処できていた。

 

 それゆえに、問題の種すら見当がつかない神崎は思考放棄とばかりに「知ってる人に聞こう」と連絡を取り始める。だが――

 

「牛尾くん、今構いませ――」

 

『だから、勝手に部外者招こうとしてんじゃ――あ゛ァ゛!? 今、忙しいんだ! 後にし――って、お前はまた! 良いかよく聞けよ、ユベル! お前さんが十代を気にかけんのは分かるが、ガキ預かってる場で無茶苦茶されると困――』

 

「あっ、はい」

 

 速攻で通信を切られた。忙しいなら仕様がない。

 

 携帯端末から鳴る「ツー、ツー」との音がなんとも無常であった。

 

 やがて、「強引に現地入りするべきか?」と物騒なことを考え始める神崎へ、再び響くコール音。

 

「はい、此方――」

 

『コブラだ。神崎、既に連絡されただろうが、遊城 十代と共にいる精霊ユベルの件なら問題ない。其方の件での勝手な真似は慎んでくれ』

 

 そして続く、速攻で先回りして釘を刺しに来たコブラの声。流石が元軍人、判断が早い。

 

「心配なさらずとも、今は無茶をできる環境にはいませんよ」

 

『キミの過去の経歴を思えば釘を刺したくもなる――だが、此方はついでの話だ』

 

「と、言うと?」

 

 やがて、コブラの懸念をいけしゃあしゃあと、とぼけて見せる神崎に告げられるのは――

 

『どちらかと言えば、才能を腐らせかねない現状の方が問題だね』

 

「遊城くんが? 彼は悩みとは無縁なタイプだと思っていたのですが……」

 

――鬱展開であるデスデュエル編や異世界編が皆無な今のアカデミアで何を悩むんだ?筆記の点数?

 

 ユベルが騒いでいた「十代の元気がない」との話の部分。当然、神崎には皆目見当がつかない。

 

『多少の概要は把握しているが、本質の部分は不明瞭だ。マスター鮫島にも話は通したが、どうにも正攻法が通じる話ではないように思えてな。力を借りたい』

 

「――ご依頼ありがとうございます」

 

 しかし「依頼とあらば」と一二もなく笑顔で快諾した神崎。こうした切り替えの速さは彼の強味なのかもしれない。

 

 ゆえに、招待されるままに神崎はアカデミアに向けて動き出す。

 

 

 なお、かの地にてスポ根マンガみたいなことで悩んでいる十代がいるとは夢にも思っていない。

 

 

 







ミュージカルデュエルって本当になんなんだよ……(頭痛)


~今作のステップジョニーのデッキ~

彼が原作で使用したカードに戦士族・魔法使い族が多かった為、その辺りを中核に添えた代物。

原作アニメでの「メタル化を装備して、ヘビィメタル・キングだぜェ!」を目指すスタイル。

だが、最終着地点が「装備カードを沢山つけたレベル4バニラ」同然な為、デッキパワーはお察し。

《悪魔嬢リリス》の罠サーチにお世話になりっぱなしになるだろう。

原作アニメで使用していた《水の踊り子》と《ハープの精》? 《召魔装着》に対応できない面々をフォローする余裕など、このデッキにはない。

代わりに原作アニメで使用された《音女》の色違いモンスターの《響女》を追加したから許して。




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第268話 薄汚ねぇ大人



前回のあらすじ
???「ダンスしながらデュエルだと!? ふざけやがって!!」


 

 

 アカデミアにあるフロアの一角にて、いつもの明るさのない十代はテーブルに突っ伏したまま、やり場のない思慮に苛まれながら虚空を眺めていた。

 

「お久しぶりです、遊城くん」

 

「……神崎さんか。なんでアカデミアに?」

 

 だが、その瞳に映った変わらぬ笑顔で軽く挨拶する神崎の姿に十代がゆっくりと顔を起こす中、離れた箇所から成り行きを見守るユベルの視線を受けつつ、神崎は向かい合うように席に着く。

 

「ユベルさんから相談に乗ってあげて欲しいと頼まれまして」

 

「俺の為に?」

 

「ええ、そうなりま――」

 

「一生徒の為に態々?」

 

 しかし、神崎から要件を聞き出した十代は、何処か冷たく突き放すような返答を零す。とはいえ、十代がこんな反応を見せるのにも理由がある。

 

「そんな悲しいことを言わないでください。私と遊城くんは知らない仲じゃないでしょう?」

 

「でも、おかしいだろ……そういうの普通、学校の先生がするもんじゃん」

 

 そうして、友好的姿勢を見せる神崎へ返した十代の言葉が全てを物語っていた。そう、タイミングがあからさま過ぎる。

 

「そうですね。ですが、アカデミアの教員の方々の言葉が届かなかったのであれば、私のような外部の人間に話が回ってくるのは自然な話でし――」

 

「自然じゃない。全然、普通じゃない」

 

 そんな中、神崎が誤解を解こうと奮闘する姿を十代は強く否定した。

 

「……と、言うと?」

 

「そんなの普通じゃない。人付き合いが苦手だった小原だって、人前でうまく喋れなかった大原だって、兄ちゃんたちと上手くいってない万丈目だって――三沢だって、今、オシリスレッドで上手く昇格できない奴らだってそうだ」

 

 やがて神崎に促されるまま十代が語るのは、アカデミアで大小様々な悩みを抱えていた面々。だが、当然のことながら――

 

「アカデミアで俺以外にも悩んでる奴なんて幾らでもいる。でも、外部から態々『それだけの為に人が呼ばれること』なんてなかった」

 

 そんな悩める生徒たちの為に神崎がアカデミアを訪れたことはなかった。

 

 その筆記の成績の悪さから勘違いされがちだが、遊城 十代という青年は存外鋭い。元々、本質を見抜く目は備わっており、今回の件を考える時間もあった――それに加えて、こうも「あからさま」であれば疑いようがないだろう。

 

「俺がフォースに入れるデュエリストだからだろ?」

 

――ああ、そうか。

 

 ゆえに、相手のスタンスに嫌悪すらにじませる十代の姿を見た神崎は、コブラから聞いていた情報に欠けていた認識を内心で補完する。

 

「俺に才能があるから構うんだろ? ――神崎さんも! デュエルアカデミアも!!」

 

――()()()()己が特別であることに気づいたのか。

 

 そう、遊城 十代は己が落ちこぼれなどではなく、得難き才能を持った特別な存在であることを自覚した。

 

 

 

 

 やがて、原作なら彼らが3年生くらいの時にぶつかる問題に1年生で突撃した十代の精神状態の誤差を神崎は心中で埋めていく。それは例えるのなら――

 

――状況的にヨハン・アンデルセンが実力不足を言い渡されてアカデミアから去らねばならない……そんな仮定が近いか。

 

 ヨハン・アンデルセン

 

 原作にて、十代が3年生時に出会う精霊が見え、十代と同じ視点で世界を見ることが出来る最も波長の合う仲間だった青年。

 

 その仲の良さは短期間ながら1年次からの付き合いのあった万丈目達を凌ぎ、原作の様子から十代も他の仲間より特別視していた節すらある。

 

 原作でも、この歪んだ歴史でも、ユベルの起こした事件によって、幼少時の友人関係に破綻しかけていた十代にとって、己と同じ(精霊が見える)価値観を共有できる存在は得難いものだっただろう。

 

 そして、歪んだ歴史において「間接的に精霊への理解を示した」三沢の存在は、十代にとってヨハンと同程度――とまでは行かずとも、相応の友情を構築できたゆえに生じたのが今回の問題である。

 

 

 

 原作でもヨハンがアカデミアから冷遇される話があれば、十代が反発したであろうことは容易に想像できよう。

 

 そして、その原因が「(十代)が特別であること」だと自覚すれば十代としても苦悩を覚えよう。

 

「そうですね」

 

「――ッ! …………否定しねぇのかよ」

 

「事実ですから」

 

 だからこそ、神崎はその事実を否定しない。

 

 そして、期待を裏切られたような表情を見せる十代を見つつ、考えを巡らせる神崎は笑顔のままで切り出した。

 

「ですが、遊城くんは何に怒っているのですか?」

 

 それは、ある種の当然の疑問。

 

「テストで100点を取った人間と、90点を取った人間――前者が評価されるのは当然のことでしょう?」

 

「そういうことじゃない! 俺と同じくらい強い三沢が――」

 

「そう思っていたのは遊城くんだけなのでは?」

 

「――ッ! 違う! みんな三沢のこと認めてた! 万丈目だって! 大山先輩だって!」

 

 そんな具合に極めて常識的な視点で語る神崎の姿に、十代はバンとテーブルを叩きながら前のめる。

 

「成程、つまり友人が不当な評価を受けている事実を怒っているんですね?」

 

「ふ、不当とまでは言わないけど……まぁ、そんな感じ」

 

 だが、そんな己の怒りを前にしても淡々と事実関係を確認する神崎の姿に、十代は気勢を削がれたようにおずおずと席に腰を落とす他ない。

 

 十代からすれば、幼少時に会った時から変わらぬ掴み処のない雰囲気を持つ神崎の姿は、こういう状況ではやり難さを覚えて仕方がなかった。

 

「でしたら、アカデミアへ怒りを向けるのは間違いですよ」

 

「なんでだよ! 決めたの――」

 

「――私ですから」

 

「……え?」

 

 しかし、続いた神崎の言葉に十代の反応は遅れた。

 

「候補生に耐えうる生徒を見極めて欲しいと依頼され、私が選出させて頂きました」

 

「えっ、いや、だって――」

 

「最終的な決定はアカデミア側がくだしていますが、選出段階で三沢くんの名は初めからありませんでした。だから、選ばれる筈がないんですよ」

 

 やがて、反応が遅れた己を置いてけぼりにするように明かされる情報の波に、十代はわらをも掴む心持ちで声を震わせた。

 

「だ、だって、神崎さんは他人に点数つけるような人じゃない……だろ? 昔、ユベルが起こしたみたいな……不思議な事件を解決する……ヒーローみたいな……」

 

 なにせ、十代の中での神崎は恩人で、尊敬できる人で、自分が目指すヒーロー像――には少しズレてはいたが、そんな人だと思っていた。

 

 だが、そんな人間が友人を切り捨てた?

 

 なんで? どうして?

 

 十代の頭には、そんな疑問符ばかりが浮かぶだけ。

 

 だが、幼子の間違いを諭すように穏やかに語る神崎の声へ、反射的に檄を飛ばす十代だが――

 

「前にお会いした時に言いましたよね? KCは辞めた、と。今の仕事が『そう』なんですよ。昔から人を見る目はあったので」

 

「じゃあ、なんで!! なんで、三沢を選ばなかったん――」

 

「ですが、安心してください。キミが望むのなら三沢くんをフォースにねじ込むことだって可能です。これで遊城くんの望みも叶う――そうでしょう?」

 

「――ふざけんなッ!!」

 

 到底、許容できない内容が告げられた。

 

 己が最も嫌う行為を提案された事実に怒りのままに立ち上がった十代は、爆発しそうな感情をギリギリで抑えるように歯を食いしばる。

 

 だが、そんな十代を見上げながら神崎は変わらぬ笑顔で続けた。

 

「何を怒っているんです? キミは友人にフォースへ昇格して欲しかったんでしょう?」

 

「そうじゃない! ちゃんと評価さ――」

 

「――された上の結果なんですよ。キミの友人もそれを理解している。他の生徒たちもそれを理解している」

 

 続けて現実を並べてあげつらう。

 

「理解していないのはキミだけだ。それとも()()()()()()()()()()()()?」

 

「な、なにを――」

 

 やがて、スッと立ち上がった神崎が身長差から笑顔で十代を見下ろしつつ、その内心を見透かしたように並べ立てる。

 

「キミの怒りの根っこが何なのか当ててみせましょうか? 友人の努力を鼻で嗤う結果を簡単に出せてしまってバツが悪いんですよ。だから、怒る。罪悪感と向き合いたくないから。言ってしまえばただの癇癪だ」

 

 十代が無自覚に感じていた()()()()()()感情を、あたかも真実であるかのように並べ立てる。

 

「友人を想って怒っているように見えて、キミの感情の根源は、自己愛なんですよ」

 

「ち、違う! 俺は三沢の実力なら――」

 

「ならば何故、彼の言葉を信じなかったんですか? 必ずフォースに相応しいデュエリストになると誓われたんでしょう? 当人が納得しており、既に前を向いている」

 

 しかし、そんな戯言を前に血の気が一気に引いた表情を見せる十代へ、神崎は純然たる事実を交えて突き付ける。

 

「なら、もう問題は解決している筈だ。でも、未だにキミだけが憤っている。キミだけが彼の意思を信じない」

 

 十代が無意識に考えようとしなかった現実(虚構)を。

 

「信じられませんよね。信じてしまえば、友人が懸命に積み重ねてきた数多の努力を『己が容易く踏みにじれた現実』を認めざるを得ない」

 

 息が出来ない。

 

「認めてしまえば、キミがこれから他者の努力を容易く踏みにじれる存在である事実に晒され続ける。そう、キミは友人の努力を踏みにじり続けてしまう」

 

 気づいてしまったから。

 

「遊城くんは、デュエルアカデミアに来て自分が強くなっていく感覚を覚えているでしょう? キミは天賦の才の持ち主だ。数多のデュエリストから刺激を受け益々強くなっていく――友人を置き去りにして」

 

 

 そう、無意識に十代は感じ始めていた。

 

 

 誰かの頑張りを一瞬で否定してしまえる己の力への恐怖。嫌悪。

 

 

 仮に三沢を信じても、自分の才能が、いつか三沢の心を折ってしまうかもしれない。もう無理だ。持っているモノ(才覚)が違うと。デュエルの道を奪ってしまうかもしれない。

 

 

 だから踏み出せない。フォースに上がる決心がつかない。三沢の宣言を信じてやれない。

 

 

 だって、見てしまったから。

 

 

「言い訳しますか? 『才能なんて関係ない。適正な努力を続けただけだ』と()()()()()が周りに転がる中で――」

 

 

 天才(カイザー)挑むことを止めてしまった(潰された)面々を見てしまったから。

 

 

「――『()()()()の努力は正しくなかったのだ』と」

 

 

 十代の脳裏に交流戦にて天才(カイザー)を賞賛するも、特別視して挑まない生徒たちの姿が蘇る。

 

「無理ですよね。キミはそこまで器用な性質じゃない」

 

 見透かしたような声に十代は逃げるようにその場から駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 ユベルは真っ青な顔で己の横を通り過ぎた十代の姿に反射的に追いかけようとする前に、明らかに原因であろう神崎から手早く情報を聞き出すべく詰め寄るが――

 

『おい、神崎!! ボクの十代に何を言ったんだ!!』

 

「申し訳ありません、ユベルさん。私では力不足だったようで」

 

『ふざけ――』

 

「早く追いかけた方が良いのでは?」

 

『~~ッ! もう良い! お前に頼ったボクが馬鹿だった!』

 

 申し訳なさそうに笑顔で応対する詳細を語る気のない神崎の姿に、ユベルは半殺しにしてやりたい気持ちを後回しにしつつ、舌打ちと共に十代の後を追いかける。

 

 

 そんなユベルを神崎が見送る中、空いた席にドスンと座りことの成り行きを見守っていたコブラは悩まし気に己のこめかみを掴みながら呟いた。

 

「……アレで構わなかったのかね?」

 

「構いませんよ。お陰でアカデミア側に向かっていた負の感情が、私の方に向きました――幾分か、話しやすくなったでしょう?」

 

「そうではない。目をかけていたのだろう?」

 

 しかし、席に着きながら己の質問へズレた返答をする神崎へコブラは確認するように再度問うた。

 

 コブラから見ても神崎が十代を特別視しているのは容易に分かる。何らかの役割を期待していることも。

 

 事前に聞かされていたとはいえ、そんな相手と凡そ修復不可能な程の溝を作ってしまった事実は、中々に重い。

 

「『構わない』と言いました。何も彼と仲良しこよしがしたい訳じゃない」

 

 しかし、コブラの前に座る元上司の相変わらずの破綻者っぷりは健在の様子。

 

「その答えが、何かに縋りたくなる精神状態に追い詰める……か。詐欺師の手口だな」

 

「ですが、此処から全うな説法を受ければ完璧でしょう?」

 

 そう、今回の十代を精神的に追い詰めるような神崎の立ち回りは、十代の悩みを解消する為のものだ。

 

 完全な競争社会の中で蹴落とされた友人――凡そ確かな正解と呼べる答えのない問題に対し、十代側・アカデミア側の双方にとって益のある形に着地するべく神崎が出した結論がコレである。

 

 とはいえ、その手法は――あのまま腐っていくかもしれないことを思えば――いや、普通に些か以上に乱暴が過ぎたが。

 

「嫌われ役は必要か。将来、彼が察してくれることを願う他ないな」

 

「それも必要ありません。こういうのは『昔にムカつく先生がいたよな』って笑い話にできれば良いんですよ――それよりも、協力者の件は?」

 

 しかし、人情の部分で葛藤するコブラをスッパリと切って捨てた神崎が計画の先を促せば――

 

「腹芸なら彼が適任だろう」

 

「通達は?」

 

「既に済ませている」

 

 そこはコブラも元軍人。感情論で手を緩めることなく、残りの準備はキッチリと済ませている。

 

「では、成り行きを見届けましょう。駄目なら駄目で別の手で行きます」

 

「相変わらずだな、キミは」

 

「貴方だけですよ。変わらないと言ってくれる方は」

 

「個人的には、変わっていて欲しかったがね」

 

 やがて、彼らは軽口を交わしながら席を立つ。目指す先は校長室――といっても、残る仕事は吉報を待つことだけだが。

 

 

「ところで、例の件、考えてくれたかね?」

 

「こんな現場を見た後で聞くんですか?」

 

「こんな現場を見た後だからだ。メンタリティに聡い人間は多い方が良い」

 

 そうして、歩を進めながら背中越しに神崎へ今回の件を受けての提案を告げるコブラ。言葉尻から察して、再確認の様子。だが、神崎はおどけた様子で自虐する。

 

「私が教育の場に相応しい人間に見えますか?」

 

 そう、親御さんの立場からすれば、神崎の精神性は些か遠慮願いたいことは想像だに難くない。

 

「私が校長先生に見えるかね?」

 

 だが、足を止めて振り返ったコブラが厳つく笑みを浮かべた姿に、自虐のカウンターブローを受けることになった。

 

 

 彼らの(傍から見れば)悪巧みは、暫く続きそうである。

 

 

 

 

 

 

 

 フォースに与えられた一室にて、フォース4名の前に立つ6人の男女の内の万丈目と明日香を除いた3人をユベルは指さしながら、十代の好みそうな話題を振る。

 

『大山に、綾小路――後、2年のこいつは誰だったかな? 十代、きっとコイツも強いデュエリストだろうから、キミを楽しませてくれる筈だよ』

 

『彼女は胡蝶(こちょう) (らん)さんだよ。まずは挨拶させて欲しい。僕はオネストと言――』

 

『――ボクは十代と話してるんだ。勝手に話に入ってこないでくれないか』

 

 だが、同じ精霊としてオネストが友好を示すが、ユベルの苦虫を噛み潰したような視線によって回れ右を余儀なくされる。

 

 そんな精霊同士のやり取りを余所に、胡蝶は愛しの亮の姿が間近にある現実に両の手を祈るように組みつつ感極まった様子で叫んだ。

 

「亮様! わたくし、遂に此処まで来ましたわ!!」

 

「胡蝶、落ち着くんだ。キミたちはあくまで候補生――道半ばで達成感を享受すべきじゃない」

 

「愛の力で勝ち取った栄光への切符! う~ん! 胸キュンポイント4点だ!」

 

 なお、そんな胡蝶の愛の波動は亮に三分の一どころか十分の一すら伝わっていないが、恋の伝道師たる吹雪だけは親指を立ててキラリと歯を輝かせながら手放しで祝福してくれる。

 

 

 そう、十代はフォース候補生として、この場にいた。

 

 本意ではない。ただ、此処で感情のままにフォース行きを蹴れば、決定的な何かが壊れてしまうという漠然とした直感だけが今の十代を動かしていた。

 

 いや、単純に「絶対に三沢がいない場所」に逃げたかっただけなのかもしれない。

 

 そんな天にも昇る心地の胡蝶と、地の底にまで気落ちした十代の対照的な精神状態を余所に、亮は「フォース候補生」の提案をした身ゆえの責任感からか進んで進行役を買って出る。

 

「まずは自己紹介させて貰おう。俺はオベリスク・ブルー3年『フォース』在籍の丸藤 亮だ。お互い良い経験になれればと思う」

 

「同じく3年ブルー『フォース』の藤原 優介。よろしくね」

 

『すまない、マスター。あの精霊(ユベル)と話せる気がしない』

 

「小日向 星華よ」

 

 やがて、亮と藤原が当たり障りのない挨拶をする中、小日向は面倒臭そうに短く告げ、

 

「――キミの瞳に何が見える?」

 

「これは天上院 吹雪。私も含めて、全員3年だから敬いなさい」

 

 そして、突如としてフォース候補生に背を向け、天を指さし決めポーズを取った吹雪の自己紹介を小日向は勝手に済ませた。

 

――兄さん何やって…………ん?

 

 さすれば、(吹雪)奇行(お約束)に頭を痛める明日香が違和感を覚える中――

 

「キミの瞳に何が見――」

 

「天」

 

「――JOIN!!」

 

 テイク2を行おうとした吹雪だが、小日向に速攻で返された為、即座に振り返りながら親指を立ててグッドなスマイルをキメて見せざるを得ない。

 

「天・上~院 吹雪だ。よろしく頼むよ、みんな!」

 

「吹雪は基本こういう奴だから、フリがあったらさっさと応えた方が面倒少ないわよ」

 

――あの兄さんの手綱を握れてる!?

 

 やがて、そんな具合で慣れた様子で吹雪をあしらう小日向の姿に明日香が内心でカルチャーショックを受ける中、候補生側と軽い挨拶を交わした後に亮は早速とばかりにデュエルを提案すれば――

 

「挨拶もこのくらいにデュエルといこう。俺の相手は――」

 

「なら、俺とデュ――」

 

「待て、万丈目! 俺とて――」

 

「此処はライバルたる僕が――」

 

「亮様のお相手はわたくしが――」

 

『ほら十代、キミも行こう! こいつだろ? キミがデュエルしたがってたの』

 

「待った待った。流石にみんなも急に『候補生』って言われて戸惑ってる部分もあるだろうから」

 

 十代と明日香以外が一斉に肉食獣もかくやな食いつきを見せるが、流石に多対一をさせる訳にもいかぬと藤原がストップをかけてる。

 

『皆さん、凄い食いついてたけどね』

 

「初日だし、まずは一組ずつデュエルして、後に感想戦しながら様子を見よう――ね?」

 

「そうだね。デュエルで語ることも大事だけど、言葉だって大切だよ、亮」

 

「そう……だな。なら、俺が先陣を切ろう。相手は――」

 

「組み合わせはこっちで勝手に決めるから、文句はなしね。胡蝶、最初はアンタ。準備して――ハンデは初期ライフ4分の1を設定。順番は書いたから、後は自分たちでしなさい」

 

 そうして、藤原と吹雪になだめられた亮が、あんまり分かってない具合に先陣を切ろうとする横で、引っ張り出してきたホワイトボードをバンと叩いた小日向の仕切りにこの場の1人を除く意識は集中。

 

「――亮様ぁッ!!」

 

――了解しましてよ!!

 

「人間の返事をしなさい」

 

 かくして、第1戦となる恋のラブデュエルが幕を開いた。

 

 

 

 

 

 そんなこんなで騒がしいお祭り騒ぎもかくやな雰囲気が広がるが、いつもなら誰よりも先にはしゃぐであろう十代は彼らの輪の中にはおらず、未だに遠巻きに眺めているだけだ。

 

 だが、そんな虚空を見つめる十代の頭上から声が落ちた。

 

「元気がないようだな。何かあったのか?」

 

「……カイ――丸藤先輩、確かデュエルしてたんじゃ……」

 

『十代、こいつ1ターンで速攻で終わらせたよ』

 

 その人物はカイザーこと亮――胡蝶とのラブデュエルは一瞬(1ターン)で終わった為、己が見込んでいた1年坊が普段と違う様相を心配して見に来た次第である。

 

「星華はああ言っていたが、敬称を気にすることはない。俺たちは同じデュエリストだ」

 

「……じゃあ、カイザーって呼ばせて貰うぜ……良いかな?」

 

『うん、構わないよ、十代』

 

「ああ、構わない」

 

 やがて、亮からの提案もあって敬称を止めた十代が、ユベルが気にしない呼び方を選べば、座り込んだ十代の隣に亮もまた腰を落とす。

 

 そして、沈黙が続いた。

 

 見定めるべき現実から目を背け、虚空を見つめる十代と、

 

 その隣に座して何も語らずデュエルの様子を眺める亮。

 

 そうして、どちらも口火を切ることなく沈黙は変わらず続く。まさに圧倒的コミュ力不足。

 

『…………こいつ、このまま何も喋らない気か?』

 

 だが、そんな沈黙に耐え切れなくなったユベルが、怪訝な視線を亮に向けたと同時に十代は口を開いた。

 

「なぁ、カイザー……」

 

「どうした?」

 

「デュエルエリートってなんなんだ?」

 

「数多のデュエル産業に対し、新たな道を切り開くにたる力を持った者たちのことだ」

 

 しかし、亮は、十代の口から零れたような問いかけの意図を察することもなく、額面通りに返す。

 

 ただ、今の十代が「そんな答え」を聞きたい訳ではないだろうことは誰の目にも明らかだった。

 

「……それって、友達より大事なのか? 弱いから『いらない』って全部捨てた先のエリートってなんなんだ? そんなに大事なものなのか?」

 

 そんな察する能力が壊滅的な亮が相手ゆえか、重かった十代の口から整理され始めた己の心情が吐露され始めれば――

 

「……俺、分かんなくなっちゃってさ」

 

「『フォース』に上がれなかった友人がいるんだな」

 

「……ああ、三沢は『追いかける』『追いつく』って言ってくれたんだけどさ……俺、怖いんだ。いつか『頑張っても無駄だ』って突き付けちまうんじゃないかって」

 

 十代の人間関係から凡その経緯を遅ればせながらに把握し始めた亮は、先輩として、学園の模範として、悩める後輩を助力するべく言葉を重ねる。

 

 

「友の言葉が信用できないのか?」

 

 

「――そんな訳ないだろ!!」

 

 

 速攻で地雷を踏んだ。

 

 

「すまない。言葉が悪かった」

 

 あんまりな言いようにカッとなった十代だが、真顔で謝罪する亮の姿を見れば悪気はなかったことを察してか矛を収める。だが、亮は地雷を踏んだ事実など忘れたように続けた。

 

「だが、現実的な問題としてフォース以前に、オベリスク・ブルーに上がれない生徒も存在する。努力・才能・適性・運、様々な要因によって誰もが必ず強くなれる訳じゃない」

 

 それは3年間、旧・新合わせたデュエルアカデミアを見てきた亮が実感した代物。がむしゃらに夢を追う者たちの姿を見続けてきたゆえの実感。

 

 誰もが己の望み通りに生きられる訳ではない。頑張っても報われる訳ではない。

 

「正しい努力など、所詮は結果論だ。正しい努力とされるものを懸命に積み重ねてきた者が、怠惰な者や、正しいと思えない行いをした者に敗れる光景を俺は幾度となく見てきた」

 

「間違ってて強いヤツなんているのか?」

 

「目の前にいる」

 

「えっ?」

 

 だが、そんな亮の主張に当然の疑問が十代から投げかけられるが、その証明こそが己の存在なのだと亮は返す。

 

「俺もかつて間違った努力を振りかざした。謂われない言葉で友を傷つけ、勝利だけをリスペクトすれば良いのだと、酷いデュエルをした。恥ずべきことだ」

 

 丸藤 亮は1度、道を違えた。それは決定的なまでに。

 

 他者どころか友すらも、いたずらに傷つけ「己だけ」を求めた。勝利と言う名の栄光に目がくらみ、自分が周囲に何をバラまいているのか考えもしなかった。

 

 だが、それでもカイザー亮は――いや、ヘルカイザー亮は――フォースの誰よりも強かった。凡そ人道から外れた人間的に間違った在り方でも、彼は誰よりも強かった。

 

 これで「正しさ」が「強さに繋がる」などと語れる筈もない。しかし、それでも――

 

「絶縁されても仕方のない男だった。だが、吹雪は、優介は、そして星華は今でも変わらぬままに接してくれている。俺には過ぎた仲間たちだ」

 

「……俺にとっての三沢が、カイザーにとっての吹雪さんたちなんだな」

 

「ああ」

 

 亮は根拠もなければ、確証すらない友の頑張りを、奮闘を信じていた。そんな彼らの友情に十代も感慨深い心持ちになるが、ふと気づく。

 

「あれ? でも吹雪さんたち、みんなフォースにいるから三沢の場合とは違うんじゃ……」

 

 なんか良い話をされているが、それ自体は己の悩みの解消とは全く無関係だったことに。

 

「…………そういえば、そうだな」

 

「えぇ……」

 

『おい、此処まで話して、それはないんじゃないかい?』

 

 先輩として相談に乗っておきながら関係ない己の身の上話をした亮の姿に、困惑した表情を向ける十代、そして、頬をピクピクさせてキレそうなユベル。

 

「すまない。どうにも俺は口が上手くなくてな」

 

 そして、あんまり表情が動かないせいか謝っているのか煽っているのか判断に迷う姿を見せる亮は、汚名返上すべく言葉を選ぶが――

 

「なんと評せば良いのか……十代、お前は三沢を信じている。だからこそ――いや、違うな。信じて待つことこそが……これではニュアンスが変わってくる。此処は、彼らの関係性は揺るがない旨を伝えたい訳で――」

 

『こいつの頭の中がこんがらがっていることだけは分かるよ』

 

「俺の方までこんがらがって来たぜ……」

 

 全然、頼りにならない姿だけが残り、その混沌に十代が呑まれ始めたと同時に、声が響いた。

 

「キミたちの友情にアカデミアの階級(フォースか否か)なんて関係ない――ってことさ!」

 

「……吹雪さん?」

 

 それは親指をピンと立ててグッドスマイルを贈る吹雪からの言葉。

 

「そう、それが言いたかった」

 

『……流石に後だし過ぎるだろ』

 

 そんな吹雪の助け舟に、ポンと手を叩いて便乗――もとい考えをまとめた亮は、十代の肩に手を置き続ける。

 

「十代、学園が何を掲げていようとも、皆が何を目指していようとも、持って生まれた差があろうとも、それら自体が友人関係を壊す訳じゃない。立場に惑わされるな。お前はお前が大切にしたい部分をしかと見定めろ」

 

『……ふん、こいつも先輩らしいことが言えるじゃないか』

 

 だが、その亮の言葉は今までのやり取りで地の底まで落ちたユベルからの評価を回復させるだけの力があった。

 

「えー、うん? ……ああ!!」

 

「つまり! デュエリストたちの道は交わることもあれば、分かつこともあるってことさ!!」

 

 ただ、文体の固さから十代には上手く伝わらなかったことを察した吹雪は、銃のように構えた指を顎辺りに添えてキメ顔を作りながら語る。

 

「時にぶつかり合い、時にすれ違い――それぞれが望まぬ結果に終わることだって、あるだろう……だが!!」

 

 それは、かつての吹雪と亮の過去の出来事を彷彿させる内容。

 

「途切れてしまったのなら、繋ぎなおせば良い!」

 

 そう、吹雪は最後の一線を越えようとした友の手をしかと握り、引き止めた。

 

「歪んでしまったのなら、別の形を見出せば良い!」

 

 変わろうとした友へ、共に歩むことを誓った。

 

「そうすれば、キミたちの友情はプライスレス! 永遠さ!」

 

 だからこそ、今、彼らの友情は残っている。いや、前よりも強固なものとなった。

 

 そして、吹雪は両腕を右側に向けるようなポージングをしつつ締めくくる。

 

「変化を恐れるな、十代くん! 変わらないものなんて、この世の何処にもないのだから!」

 

「……ははっ」

 

 やがて、変な――前衛的なポーズで熱い言葉を贈る先輩(吹雪)の姿に思わず十代が苦笑を漏らす姿に、ユベルが振り向けば――

 

『なんだ、こいつ――って十代……?』

 

「そうか、そうだよな……三沢がフォースに上がれなかったとしても、関係ないよな」

 

 十代は確かめるように最悪の可能性を呟く。いや、それはもはや最悪ではないのかもしれない。

 

「ライバルじゃなくなったって、関係ない……関係ないよな」

 

 一緒に購買で買い食いし、

 

 アカデミアでの他愛のない出来事で盛り上がって、

 

 馬鹿話をしながら帰路につく。

 

 それで良いじゃないか。

 

 デュエルを諦めてしまっても、遊びなら他にも幾らでもある。

 

 万が一、心折れた友がアカデミアを去ってしまっても、それで彼らの友人関係が終わる訳じゃない。

 

 エリートだなんだとややこしい重荷のせいで、こんな当たり前のことすら見落としてしまっていた十代の曇った眼に光が戻る。

 

『……やっぱり十代には笑っている方が似合ってるよ』

 

 そうして、生来の明るさを取り戻していく十代の姿にユベルも安心したように頬を緩めた。

 

「――遊城 十代! 次、アンタよ! さっさと来なさい!! 優介、感想戦はサボってるアイツらにさせなさい!」

 

 だが、突如として響いた小日向の怒声にビクリと肩を震わせる十代の背をバシンと吹雪は押し――

 

「おっと、お姫様はお怒りのようだ――さぁ、出番だよ、十代くん」

 

「行ってこい、十代。優介はお前と同じ世界を見ている(精霊を見る力がある)。きっと力になってくれる筈だ」

 

「――おう! 行ってくるぜ!!」

 

『全く、世話が焼けるね』

 

 背中越しに亮から届いた興味深い内容に、十代はワクワクした様子で力強く駆けだした。

 

 

 

 

『ん? さっきのアイツら、ボクの十代を馴れ馴れしく呼んでなかったかい?』

 

 その背中を追いかけるユベルが何かに気づいた様子で空中で一瞬ばかりピタリと止まったが、気にしないことにしよう。

 

 

 

 

 そうして、相対するは今のアカデミアでも3人といない精霊が見える人間。

 

 やがて、藤原は目に見えて元気が戻った十代に再度、自己紹介を交える。なお、オネストはユベルとのファーストコンタクトの失敗が尾をひいているのか様子見の構えの模様。

 

「改めて初めまして、僕は藤原 優介。キミと同じでデュエルモンスターズの精霊が見えるんだ。()()()よろしくね」

 

「おう! こいつは俺の恋人のユベル」

 

「恋人? ……恋人!?」

 

 だが、唐突な爆弾発言に目を白黒させる藤原。十代の背後で照れたように身をよじらせるユベル。

 

「将来を誓い合った仲さ」

 

「へ、へー、将来って?」

 

「ああ! それってオネスト?」

 

 かくして、ほのかに混沌をかもしながらセカンドコンタクトを終えた2人もとい4名は、ハンデデュエルでお互いを確かめ合う。

 

 

 こうして、劇的な立ち直りを見せた十代は、フォース生徒だけでなく、その候補生たちとのデュエルの連続の1日に大きな満足感を覚えていることだろう。

 

 

 将来、この場に三沢の姿が混じるかどうかは定かではないが、今の立ち直った十代の姿を彼が見れば、我が事のように喜んでくれることだけは確かだった。

 

 







???「計画通り」



Q:つまり、十代がこんなに拗らせた理由って?

A:アカデミアでの最初の友人が丸藤 翔じゃなかったから。

三沢は向上心が高いタイプなので、十代もその向上心に続かなければ縁が切れてしまう。
(今作での寮同士の心的な距離が原作よりも離れていることも原因の一旦)

なのに、三沢が途中でこけて、十代だけが向上(昇格)しちゃったので縁が切れそうになった為、(原作のヨハン程に精霊への理解を示せる友人だったことも相まって)拗れた。

これが翔の場合、兄貴分・弟分の関係になる為、上述の問題が発生せず、今作で着地した「楽しく駄弁る友人」としての関係性が初めから出来ているので問題にならない。

つまり――
???「十代の兄貴には僕がいなきゃダメってことっスよ!!」




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第269話 大人の事情




前回のあらすじ
デュエル関係以外あんまり役に立たないポジは遊戯王シリーズの伝統枠






 

 

 

 

 亮がひな形を考案したフォース候補生の制度がボチボチのスタートを切り出した頃、校長室にて呼び出された吹雪と小日向はクロノスから通達を受けていた。

 

「シニョール天上院、シニョーラ小日向――今後、2人ニーハ、候補生とハンデ抜きのデュエルをこなして貰うことになるノーネ」

 

「つまり、私たちはフォース不適格ってことですかー?」

 

「止しなよ、小日向くん。クロノス教諭にも深い訳が――」

 

 それは思いのほかに健闘する候補生たちへ制限の一部を解除する旨だが、態々自分たち「だけ」を呼び出したとなれば、小日向がそう勘ぐるのも無理からぬ話。

 

「そ、そういうことじゃなイーノ! これは、候補生のみんなーニ経験を積んで貰う為ナーノ! シニョール藤原や、カイザーには任せられないカーラ、貴方たち2人に任せるしかないノーネ!」

 

「ほら、深い訳があっただろう?」

 

「ハイハイ、深い訳ねー」

 

 しかし、吹雪の推察通りに事情を語るクロノスの慌てた姿へ、小日向は皮肉タップリに返した。

 

「よーするに、今いるフォースの卒業が目前だから候補生に追い上げかけたいけど、亮と優介の全力じゃアイツら叩き潰しかねないから、2人より落ちる私らに相手させようって話でしょ?」

 

 そう、どう贔屓目に見ても吹雪たちの扱いは格下のそれである。

 

「深すぎて笑えてくるんですけどー」

 

「こ、小日向くん校長先生の前だよ。言い方が――」

 

 ゆえに不満を隠そうともしない明け透けな小日向の態度へ、流石に吹雪もいさめるように忠告するが――

 

「構わんよ。正式な場で正せるのなら問題ない。我々はむしろ信頼の証と受け取っている程だ」

 

 コブラは普段の外面仕様を知っている為か気にした様子もない。だが、一応とばかりに教育者として注釈を入れる。

 

「へそを曲げたくなる気持ちは分からなくもない。だが、キミたちとて己の立ち位置を理解している筈だ。違うかね?」

 

「それは…………理解しています」

 

「はーい、了解でーす」

 

 やがて、突き付けられたアカデミア側からの評価に吹雪が言葉を濁す中、小日向の軽い調子の返事を最後にこの場はお開きとなった。

 

 

 

 

 

 1年オベリスク・ブルーの教室にて、授業の終わりを告げる鐘の音が響けば教壇に立っていた佐藤は説明の手を止め、生徒の方を見やる。

 

「この2つのカードは一見すると同じ効果に見えますが――と、今日は此処までとします。課題を用意しましたので『必要だと思う者』は取りに来るように」

 

 そして、手短にそう伝えると教室の隅に備え付けられた机に乗った前回の課題の余りを回収しながら、今回分の課題を置いた後に去っていった姿を見送った十代は、力尽きたように机に突っ伏した。

 

「あぁー、佐藤先生の授業、受けるといっつも怠くなるぜ……」

 

『授業の堅苦しさはアカデミア一だね』

 

「それだけ貴様が筆記をおざなりにしてきた証明だ、馬鹿者」

 

「まぁ、仕方ないさ。カードテキストにすら記載がない効果内容なんて普通は意識する機会がないからな」

 

 やがて、頭から煙を出しそうな十代を一瞥もせずに切って捨てる万丈目は、一応のフォローを入れた三沢にも冷たく言い放った。

 

「止めろ、三沢。デュエルディスクに頼り切った軟弱者を甘やかすな」

 

『猿じゃないんだから、文明の利器に頼って何が悪いんだい?』

 

 遊戯王ワールドにおいてデュエルディスクは大抵の処理を自動で行ってくれるハイテク機器だ。複雑なルールからなる各処理をデジタルでオート化されることの恩恵は、誰の目にも明らかだろう。

 

 ユベルの言う通り、その利便性を頼ることは悪ではないが、この世界においてプロスポーツ的な側面の強いプロデュエリストを目指す者たちが「あっ、なんか知らないけど(偶然、効果が上手くかみ合って)勝った!」を連発されても困るのだ。

 

「うぉぁー、課題が億劫だぜ……」

 

「フン、嫌ならしなければ良いだけの話だ。課題があろうとなかろうと加点も減点もされんのだからな」

 

「そりゃ、そうだけどさー」

 

 そうして億劫そうに頭をかく十代が困った表情を見せるが、リアルでは「コンマイ語」などと揶揄される複雑怪奇なルールを正確に把握しなければならないことを思えば、共感も出来よう。

 

「十代」

 

「むぐぐ……ん? なんだ、三沢?」

 

 だが、そんな中ふと己の名を呼んだ三沢の声に十代が顔を上げれば、触れるべきか否かを僅かに逡巡した後に――

 

「迷いは……晴れたのか?」

 

「――おう! カイザーたちってスゲーんだな!」

 

 そう、三沢に問われれば、十代は一二もなく明るい調子で親指を立てて見せる。

 

 これには調子の戻った十代の姿が、ただの空元気かもしれぬと心配した三沢も肩の荷を下ろせよう。

 

「当たり前だ。そもそもフォース制度は、カイザーの為に用意されたようなものだぞ」

 

「えっ!? そうなの!?」

 

『態々、1人の生徒の為に大袈裟な奴らだ』

 

「らしいな。俺も先輩方が噂しているのを聞いたことがある」

 

「真の傑物は周囲が放っておかんものだ」

 

 やがて、以前のような関係に無事戻れた十代たちがたわいもない話で盛り上がる中――

 

「――あっ、そろそろ行かねぇと!」

 

「毎度のことながらフォースの教室は1年の教室と距離があるのが面倒だな」

 

 以前とは唯一違う立場となった2人が、三沢へ軽く上げた手でもって別れの挨拶を贈る。

 

「じゃあ、三沢! また寮でな!」

 

「ああ、楽しんで来い」

 

『今度こそボクの力で、あのすまし顔にギャフンと言わせてやる……!』

 

 そうして、2人を見送った三沢が暫く板書を眺める中、他の生徒たちも含めて誰もいなくなった教室にてポツリと呟いた。

 

「…………1番君には、随分と引き離されてしまったな」

 

 しかし、その瞳には静かに燃える闘志だけが宿っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところ変わって、校長室に訪れていた神崎は、テーブルを挟んで向かい合う形でコブラへ仕事がてら近況確認に勤しんでいた。

 

「――それで、遊城くんの様子はどうですか?」

 

「ああ、ヤマは越えただろう。今では元気なものだ」

 

「少々楽観的では?」

 

「心配せずとも元々彼らは凡その挫折を乗り越えた能力的に優れた面々だ。早々、大きな問題は起きんよ。今までのフォースの中でも、彼ほどに崩れたのは1人だけだ」

 

「そうでしたか」

 

 そうして、探り合うように語るコブラと神崎の会合の中――

 

――なんナーノ? ナンデ魑魅魍魎の化かし合いーに、ワタクシが巻き込まれてるノーネ?

 

 その空間に囚われたクロノスは置物のように沈黙を守りながら、己の不運を嘆く他ない。とはいえ、言うほど化かし合っている場でもないが。

 

「頼まれていた件は此方に。ただ、もう一方の件はお断りさせて頂きます」

 

「相変わらず仕事が早いな――クロノス教諭、キミはどう見る?」

 

 やがて、世間話も余所に神崎から差し出されたファイルを受け取ったコブラは、そのままクロノスにパス。

 

――は、話振らないで欲しイーノ!

 

「ちょ、ちょっと待ってなノーネ。今、確認すルーノ」

 

 当然、なんの気構えもしていなかったクロノスが内心で悲鳴を上げつつ、ファイルの中身を確認していくが――

 

――た、確かプロの招致の話だカーラ、この書類もその手の……って、プロの名前が一杯ナーノ!?

 

「そう焦らずとも構わんよ。それで神崎、メンタルケアの件は何か問題でも?」

 

 そんなクロノスを置いて、彼らの話は進んでいく。

 

「私のような乱暴な手法しか使えない人間ではなく、キチンと専門技術を修めた方が対応するべき話です。今回はイレギュラー中のイレギュラーでしたから」

 

「だが、キミ程にデュエルの知識を有している人間は、そうはいまい。教員との連携もスムーズに行える筈だ」

 

 その話題は、カウンセラー扱いの雇用の件だが、神崎は否定的だった。

 

「知識を持っていることと、教えるスキルは別物です。それに、この学園に長くかかわる気のない人間が、どの面さげて教育に携われますか?」

 

 なにせ、神崎としては原作GXの時期が終了すれば、5D’sへの本格的な備えが必要になる以上、十代たち以降の生徒への関心は限りなく0だ。

 

 そんな人物、教育に携わる者として失格と言えよう。

 

 だからこそ、神崎は頑なにアカデミアに籍を置こうとはしない。

 

 幾ら前世で培ったカード知識があろうとも、そんなものクロノスを含めた教員たちには当然のように備わっている代物だ。教育者として、さしたるアドバンテージにもなりはしない。

 

「頑なだな――ところでクロノス教諭、教育者のキミから見て彼はどう映る?」

 

 そんな神崎の姿勢を崩すのは難しいと見てか、別の切り口としてクロノスに話題を振るコブラ。だが――

 

――マルチタスク止めるノーネ! ついていけなイーノ!

 

 彼は現在、ファイルと格闘中である。内心で更に悲鳴を上げるクロノス。

 

「コブラ校長ゥーガ、彼を教員などぉーに雇い入れたいのナーラ、悪いけど反対せざるを得なイーノ」

 

 だが、それでもクロノスは、予め用意していた己のスタンスを示して見せた。

 

「どれだけ知識があろうトーモ、『乱暴な手法』を主にしている自覚がある人間ーニ、大事な生徒たちは任せらないノーネ!」

 

 そう、乱暴な手法――例えば、「素行の悪い生徒をデュエルでぶっ飛ばすぜ」なんて教育者の風上にも置けない人間性であろう。教え、導くのが教師の仕事なのだから。

 

 当然、先日の十代の時のように「精神的に追い詰める言葉でぶっ飛ばすぜ」もクロノス的には論外である。

 

「素晴らしいお考えです。彼のような志の高い教員の方がおられればコブラ校長も心強いですね」

 

 だが、そんなクロノスの言葉に感銘を受けたように小さく拍手する神崎。

 

――シニョールは、どの立ち位置なノーネ!? 今、ワタクシは貴方をけなしたノーヨ!?

 

 そして、その神崎にドン引きするクロノス。とはいえ、要約して「アンタ教育現場に向いてないよ」からの「素晴らしいお考えです」は意味不明であろう。

 

 ただ、神崎の中で「原作の光のデュエルを信じたクロノス先生」像をリアルで実感できた事実は、彼にとっては普通に感動ものである。ミーハーか。

 

 しかし、そんなミーハー心が伝わる訳もなく、場の空気が変な感じになり始める前にコブラは口火を切った。

 

「そうだな。彼には頑張って貰いたいものだ。それでクロノス教諭、そろそろ答えを聞こうか」

 

――き、来たノーネ!?

 

「プロの招致デスーガ、ホントにこんなに呼べるノーネ?」

 

「ええ、好みそうな話題を用意できれば興味を持って頂けるので――彼らも将来の商売敵の動向は気になるでしょうから」

 

 投げかけられた話題は神崎が持ち込んだファイルの中身――フォース用のプロデュエリスト招致の件。コブラが前回の際に依頼したものだ。

 

 今やKCを去った神崎だが、KC時代に培った人脈は意外と生きている。まぁ、門前払いされない程度の代物だが、それでも話だけでも通せるのは、やはり強い。

 

「それにフォースのブランドが継続さえすれば、直に私の仲介も必要なくなるかと」

 

 それに加えて、原作知識からなる「見る目が秀でている」と誤認されていることも相まって、フォースの評価に太鼓判を押せる事実も後押ししていた。

 

「デスーガ、そもそもの話、海馬オーナーに頼めーばKC経由で話が通るカーラ、シニョールの助力は必要なくなルーノ。シニョールでなければならない意味が少々疑問なノーネ」

 

「クロノス教諭、それは我々の問題だ。校長の席について実感したことだが、学び舎というのは古今東西どうにも閉鎖的過ぎる」

 

 しかし、神崎に出来ることなど、KCの海馬や乃亜が大抵はもっと上手くやれる。その意味ではクロノスの発言はもっともだったが――

 

「だが、KCのように企業単位で繋がりを持てば、それを理由に他の企業からも横やりを入れられる原因になりかねない――生徒たちの将来を思えば、それは避けたい部分だ」

 

「そう言えーば、マスター鮫島も個人単位ノーネ……万が一の時は、後腐れなく出来る相手ってことナーノ?」

 

 借りる手がデカ過ぎるのも、それはそれで問題――というか面倒なのだ。

 

「そういうことでしたら、いつでも切り捨てて頂いて構いませんよ」

 

――サラッと言いやがっターノ。伊達にあのKCで生き抜いてないノーネ……

 

 やがて、己の進退を明け透けに笑ってポイ捨てして見せる神崎へ、変なものを見る視線をクロノスが向ける中、コブラは一段低い声で感謝を述べた。

 

「そういう意味では、キミがKCを去ってくれて助かっているよ。()()()()()()?」

 

「買い被りですよ」

 

「キナ臭いものを察知して潜るのを止めたのだろう? KCに戻らず『何でも屋』染みた真似を始めたのは、表立って情報を集められない相手を探してのもの――だが未だに足取りが掴めない。ゆえに待ちの姿勢」

 

――や、止めるノーネ! ワタクシの前でヤバそうな話、始めるのマジで止めルーノ!?

 

 そして、内心で絶叫するクロノスの前で唐突に始まるコブラの推理。

 

 断片的な情報しか得られない立場ながら、推察も交えて繰り出されるコブラのそれは間違った過程を経ながらも、凡そ真相に辿り着きつつある。

 

 まぁ、「宇宙の悪い奴をやっつけに行ってました」などと言う状況を想定するのは無理ゲーだろうが。

 

――過程が違うとはいえ、こうも断片的な情報で真相になんで辿り着けるの!?

 

「かないませんね――聞かせても?」

 

「構わんよ」

 

 やがて、神崎が内心でコブラの洞察力に戦慄を抱く中、クロノスにも聞かせるように明かされるのは――

 

――か、構うノーネ! ホントに構うノーネ!?

 

「生徒の安全の為だ」

 

――じゃあ、しょうがなイーノ!!

 

 テーブルにスッとおかれた1枚の似顔絵。そこには長い緑髪の女性が描かれている。

 

「この女性に見覚えは?」

 

「……? ないノーネ」

 

「私もだ。しかし、今時似顔絵とは……写真はないのかね?」

 

「ええ、全く」

 

 しかし、当然と言うべきかクロノスが首を傾げる中、コブラはある程度の事情を察したように頷いた。

 

「ふむ、そういう存在か。キミの追跡を撒けるとなると、かなりの力の持ち主だな。既に死亡している可能性は?」

 

「未知数です。何もないに越したことはないんですが」

 

「そうか。なら、万が一の際は此方で対処する必要があるな」

 

 そうして、「相手は写真に写らない異様な存在」であり、その手の専門家たちから「今も逃げ続けられている事実」を「己に明かした」ことからコブラが凡そを把握すれば――

 

――? ……? つまり、この人がアカデミアに悪さしに来るってことナーノ?

 

「クロノス教諭、私が動けん時はキミが暫定的に校長業務を引き継ぎ給え」

 

「……? ワタクシが戦うんじゃなイーノ?」

 

 若干、理解が遅れていたクロノスが、コブラの要請に疑問を持った。「生徒を守るのは己の仕事ではないのか?」と。

 

「何を馬鹿なことを言っている。アカデミア倫理委員会が何の為に存在していると思っているんだ。私が彼らとの連携に手がかかりっきりになった際の話だとも」

 

「――そういうことなら任せて欲しいノーネ!!」

 

「心強い返事で助かるよ。とはいえ、現段階では疑惑の話でしかない。彼の言う通り、何もなければ杞憂で終わる話だ」

 

 やがて、学園の治安維持を守る組織の存在を指摘され、自身の領分を理解したクロノスが己の胸をドンと叩く中、此度の会合もお開きの空気が流れ始める。

 

「では、ご依頼はプロの招致の件を継続する形ということで」

 

「そうなるな。一先ずフォース生と面通しをしておこうか。彼らの要望を直に聞いてくれ――クロノス教諭、案内を」

 

「任せるノーネ!」

 

――昔は狙ってた校長の座だケード、校長先生も大変なノーネ……

 

 こうして、神崎を引き連れフォースの面々の元へ案内し始めるクロノスだが、内心では学園の立て直しと、校長の業務に板挟みのコブラに少々同情的だった。

 

 昔は出世に興味津々だった身だが、正直、「今日からキミが校長だ」と言われても己には出来る気がしない。

 

 とはいえ、普通はこんなこと(吸血鬼の襲来とか)考える必要は全然ない筈なのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 ところ変わって、レッド生徒たちは、定期試験のデュエルに望んでいた。

 

 と言っても、凡その面々のデュエルは終わり、今や「翔 VS ももえ」のデュエルを残すのみ。

 

 

 そして、彼女の定番の魔法カード《魔獣の懐柔》と《レスキューキャット》の連撃で5体の可愛い獣たちを従えたももえは、己の伏せカードを指さし意気揚々と宣言した。

 

「今、わたくしのフィールドの5体の獣族ちゃんたちの属性――地、水、炎、風が揃った時、このカードが発動できますわ! 罠カード《風林火山》!!」

 

 さすれば、ももえのフィールドの2匹の猫が、ビーバーが、子狼の小さな獣人が、天へと可愛らしい鳴き声を轟かせれば、空気を読んだ地面がパカリと地割れし、翔の魔法・罠カードを断層の底へと誘っていく。

 

「その効果により、貴方の魔法・罠ゾーンのカードを全て破壊!!」

 

「させないっスよ!! 速攻魔法《瞬間融合》と罠カード《チェーン・マテリアル》発動! これにより、僕はデッキのモンスターを素材に融合召喚するっス!!」

 

 しかし、その断層から突如として竜巻と共に4つの機影が飛び出した。

 

 さすれば、2つに分かれた新幹線がトラックの両端を挟むように音を立てて接続され、

 

 ステルス戦闘機が背中に翼となるように装着を果たし、

 

 最後に大型ドリルの削岩機が2つに分かれ、トラックの下部へとドッキング。

 

「これが僕の究極の乗り物――《スーパービークロイド-ステルス・ユニオン》っス!!」

 

 その翔の声に応えるように、トラックの上段から出現した頭部パーツのマシンアイを光らせ、両肩の新幹線のパーツから伸びた剛腕を回転させながら己が周囲を奔る竜巻をかき消しながら機械の巨兵が現れた。

 

《スーパービークロイド-ステルス・ユニオン》 攻撃表示

星9 地属性 機械族

攻3600 守3000

 

「出ましたわね! ですが、フィールド魔法《フュージョン・ゲート》も含めて、厄介な伏せカードは消えましてよ!」

 

「でも、僕の《スチームロイド》と《ジャイロイド》は守備表示! しかもステルス・ユニオンの攻撃力の敵じゃないっス!」

 

――うぅ……でも、コンボの要の《チェーン・マテリアル》を使っちゃったのは痛いっス……

 

 その《スーパービークロイド-ステルス・ユニオン》の圧倒的な姿に強気な姿勢を見せる翔だが、その内心は想定していたコンボが崩れた現実に歯嚙みしていたが――

 

「お生憎様! 永続魔法《憑依覚醒》! 属性1体につき300ポイントパワーアップですわ! わたくしのフィールドの5体は全て違う属性でしてよ!」

 

「こ、攻撃力1500アップ!? で、でも、まだ足りないっスよ!」

 

 ももえの獣族モンスターたちの攻撃力が一気に上がった事実に動揺を見せる翔。とはいえ、今のももえの一番高い攻撃力は1000な為、1500上がったところで《スーパービークロイド-ステルス・ユニオン》の敵ではない。

 

「速攻魔法《百獣大行進》発動! このターン、獣族×200分――1000ポイントパワーアップですわ!」

 

「レ、レベル2で攻撃力3000超え!?」

 

 だが、毛を逆立てて威嚇する小さな獣たちの姿に翔は一歩後ずさるも、既のところで踏みとどまった。まだギリギリ大丈夫だと。

 

「で、でも後ちょっと足りないっス! 残念でした!」

 

「永続魔法《レベル制限B地区》発動! レベル4以上は全て守備表示になって貰いましてよ!」

 

「し、しまった!?」

 

 しかし、《スーパービークロイド-ステルス・ユニオン》が膝をつく姿に、翔は大きく動揺を見せるが、相手は止まってくれはしない。

 

《スーパービークロイド-ステルス・ユニオン》攻撃表示 → 守備表示

攻3600 → 守3000

 

「バトル! 3体の獣ちゃんたちで《スチームロイド》と《ジャイロイド》、そしてステルス・ユニオンを攻撃! 残りの2体のダイレクトアタックでフィニッシュですわ!!」

 

 やがてデフォルメされた生きた青いヘリコプターこと《ジャイロイド》と、同じく生きた列車の《スチームロイド》を含めた翔のロイドたちが、小さな獣たちに全身をガジガジかじられ、むず痒さから悶絶して爆死するが――

 

「ジャ、《ジャイロイド》は1ターンに1度、バトルでは破壊されないっス!! う、うわぁあぁあ!!」

 

 最後の最後で少しばかり踏ん張った《ジャイロイド》の奮闘によって、翔のライフは辛くも残ることとなる。

 

翔LP:4000 → 500

 

「くっ、仕留めきれませんでしたわ……!」

 

 やがて、勝負に出たゆえに一気にカードを消費したももえが計算違いに悩まし気な声を漏らす中、カードを1枚セットしてターンを終えた。

 

 そのエンド時に《魔獣の懐柔》と《レスキューキャット》によって呼び出された獣たちは、それらのデメリットにより自壊を余儀なくされる。

 

 だが、永続魔法《メルフィーのかくれんぼ》の効果によってそれらの破壊は免れ、ももえの元で小さな牙爪を翔に向けるも、速攻魔法《百獣大行進》の効果が切れればシュンと大人しく伏せを始めた。

 

ももえLP:1300 手札1

《魔轟神獣ケルベラル》攻1000 → 攻2500

《空牙団の飛哨 リコン》攻1000 → 攻2500

《リトル・キメラ》攻600 → 攻2100

《素早いビーバー》攻400 → 攻1900

《またたびキャット》攻 0 → 攻1500

伏せ×1

《メルフィーのかくれんぼ》

《憑依覚醒》

《レベル制限B地区》

《ジャンクスリープ》

VS

翔LP:500 手札1

 

 

 とはいえ、盤上を見れば圧倒的なアドバンテージ差が見て取れる。まさに翔にとっての背水の陣。

 

 だが、翔はそれでも勝利の道筋を見据えていた。

 

――やった! これで永続魔法《レベル制限B地区》を墓地の《ギャラクシー・サイクロン》で破壊して、速攻魔法《マグネット・リバース》で復活したステルス・ユニオンで連続攻撃すればボクの勝ちっス!

 

 そう、思わぬ痛手を支払ったが、既に逆転の布石は準備されている。

 

 後はその一手を切るだけ。

 

「僕のターン! ドロー! 僕は――」

 

「そのドローフェイズ時に罠カード《風林火山》発動! 貴方の残りの手札2枚をランダムに捨てさせますわ!」

 

「えっ?」

 

 だが、獣たちの尻尾フリフリから放たれた疾風が翔の速攻魔法《マグネット・リバース》と今ドローした罠カード《進入禁止!No Entry!!》を叩き落とす。

 

 こうして、手札を失い逆転どころか足掻く手足を失った翔のデュエルは、次のターンでアッサリと押し負けてしまい終了を喫することとなった。

 

 

 

 

 

「やりましてよ! わたくしの勝ちですわ!」

 

「ももえ、勝ったの!? いいなー、私は最後の最後に負けちゃって……」

 

「そ、そうでしたの……申し訳ないですわ、ジュンコさん。わたくし一人で盛り上がってしまって……」

 

「えっ、いや、そんなつもりで言ったんじゃ――」

 

 やがて、ももえが友人のジュンコと勝利の喜びに浸る中、翔は逆転の道筋がキチンと見えたゆえ確かな手ごたえを覚えていただけに大きなショックを受けていた。

 

――そ、そんな……後、ちょっとだったのに……

 

「皆さん、集合してください。合否を発表します」

 

 しかし、その翔の内心の葛藤を余所に、響みどりの声が響けばレッド生徒たちは集合し、此度の合否結果を待つこととなる。

 

「昇格者は、枕田 ジュンコさんに――」

 

「ぇ? わ、私、昇格ですか!? 負けちゃったんですよ!?」

 

「私語は慎みなさい。理由は後程お伝えします」

 

「他は――」

 

 そして、響みどりがジュンコの私語を封殺しながら昇格者たちの名前を読み上げ終えれば――

 

「――最後に、浜口 ももえさん、昇格者は以上になります」

 

「やりましたわー! 2人揃って昇格ですわよ、ジュンコさん!」

 

 真っ先にはしゃいで見せたももえに引っ張られるように他の昇格者たちも各々喜色の声が漏れ出始めるが、それらの面々とは異なりジュンコの反応はイマイチの様子。

 

「う、うん」

 

「もっと喜びましょう! これで明日香さんの元へ行けますわ! 吹雪様の元も!」

 

「そ、そりゃ私も素直に喜びたいけど、負けて昇格って言われても納得が……」

 

「総評に移ります。呼ばれた者は前へ、まずは――」

 

 だが、負けた身で――とジュンコが喜び切れぬ心象を語る最中、響みどりは順番に名前を呼びながら、それぞれの生徒たちのデュエルの評価点・改善点を告げていく。

 

「――よく頑張りましたね。文句なしの昇格です。ラー・イエローで満足することなく、オベリスク・ブルーを視野に入れて、ハンデ戦であってもブルー寮の生徒たちへ積極的に挑んでみるのも良いかもしれません」

 

 そうして、昇格を喜ぶもの、残留を悔やむものの明暗が分かれた反応を余所に――

 

「次は……枕田さん」

 

「あっ、はーい! 響先生! どういうことですか! 負けたのに昇格って!」

 

 遂にいまいち納得できていないジュンコの番が来れば、此処ぞとばかりに胸の内の困惑を晴らそうとするジュンコ。

 

「枕田さんはライフコスト面が課題となっていましたが、永続魔法《魂吸収》で上手く賄えていました。昨今はコストとして除外をトリガーにするものも多いですから、回復の機会も多く申し分ありません」

 

「あっ、どうも」

 

「永続系カードゆえの除去の危機に対しても、永続罠《潜海(シー・ステルス)奇襲(・アタック)》で守ることが可能であり、更にその際の一時除外が回復に利用できる――除外系のカードをデッキに多めに配分したことも含めて、前回から大きく改善しましたね」

 

 だが、「どんな厳しい言葉が来るのか」と身構えていたジュンコへ贈られるのは賞賛の言葉。

 

――助けて、ももえ。凄い褒められて逆に不安……

 

「ジュ、ジュンコさんがべた褒めに困惑しておられますわ……」

 

 これにはジュンコも縋るように友人に視線を送るが、残念ながら今ももえに出来ることなど何もない。

 

「プレイングにも大きな問題はありませんでした。今後は展開の要である罠カード《暗岩の海竜神》と、それに必要な『海』へより素早くアクセスすることを意識し、課題にしてみましょう」

 

 最後に、新たな課題点を指摘した響みどりは背を向け、次なる生徒へ意識を向けようとするが、その背へジュンコは肝心な部分が語られていないと待ったをかけた。

 

「以上です。次は――」

 

「ま、待ってください、響先生! 負けたのに昇格な部分の説明がまだです!」

 

「昇格ラインに達していた貴方より、相手の方が遥かに成長していて強かっただけです」

 

「――正論!?」

 

 しかし、2秒でぶった切られた。

 

 思わずジュンコは膝をつく。「まぁ、及第点」と「キミ、パーフェクトゥ!!」が試験でぶつかってしまえば仕方のない話である。

 

「次は……慕谷くん、貴方は前回とは打って変わって、デッキコンセプトから迷走している節が――」

 

「……うぅ、納得したけど、なんだか納得できない……」

 

「ジュンコさん、前向きに考えましょう! これで、雑魚寝生活ともオサラバですわ!」

 

「あっ、そっか。それに明日香さんにも会いに行けるじゃない!」

 

 やがて、響みどりの総評をバックミュージックにジュンコとももえは友情の未来へレディゴーするが――

 

「次は……浜口さん」

 

「そうでして――あっ、お呼ばれしてしまいましたわ。ジュンコさん、今後のお話は後程に」

 

「罠カード《風林火山》の採用、随分と思い切った印象を受けます。ですが、ただの一発屋にならず発動条件の属性を散らせる点を、永続魔法《憑依覚醒》や《マタタビ仙狸》などによって強味としてしっかりと活かせていました」

 

 ももえは、響みどりの総評を渾身のドヤ顔で受けに行く。もっと褒めてくれても構わないのだと。

 

「反面、永続系のカードを多用しているようなので、魔法・罠ゾーンの圧迫が柔軟性を損なう可能性を意識した方が良いでしょう」

 

 しかし、加点よりも減点が少ないタイプだったゆえか、ももえの承認欲求タイムは早々に終わりを告げ、ついでに遠回しに「このままだと限界が見えてる」と釘を刺される始末。

 

 やがて、ももえの高々だった鼻はしょんぼり曲がり、ジュンコの元にトボトボ戻る中、遂に――

 

「次は……丸藤くん、貴方は『ビークロイド』専用融合である《ビークロイド・コネクション・ゾーン》と《チェーン・マテリアル》によるコンボで展開するスタイルへ、大きく変化しましたね」

 

 己の番が来たと翔は背筋をピンと伸ばしながら黙して総評へと耳を傾ける。

 

「《ビークロイド・コネクション・ゾーン》だけでなく、《大融合》も交え融合手段を大きく増やし、通常の融合系カードを使用した際に自壊しても問題ないよう蘇生系のカードも交え、即効性に劣るもののよく練られていました」

 

 翔のデッキは大きく様変わりしたものの、その方向性は響みどりにも理解できる代物だった。翔の中のデッキの完成形がどんな代物かは未知数だが、将来的な期待値は決して低くはない。

 

「半面、プレイングの粗さは未だ課題が多いので、気を配るように」

 

 ただ、翔の一番の問題点へ、未だ大きな改善が見られなかった。

 

「一番致命的だったのは、最後のターンに《風林火山》の発動にチェーンして、速攻魔法《マグネット・リバース》を発動しなかったのは何故ですか?」

 

「えっ? あっ! ……いや、でも結局は意味ないっス!」

 

 しかし、翔はその響みどりの指摘に異を唱える。

 

「続けて」

 

 そして、怒られると身構えた翔に続きを促した響みどりが耳を傾ければ――

 

「…………えー、ステルス・ユニオンが復活しても、永続魔法《レベル制限B地区》で守備表示になっちゃうっス!」

 

 速攻魔法《マグネット・リバース》の発動を意識していなかった翔だが、あの状況では意味はない。

 

「それに《風林火山》の効果を選ぶのはチェーン処理の後だから、復活した後に破壊効果を選ばれて、壁にすらならないっス!」

 

 どちらにせよ翔の逆転の布石だった《スーパービークロイド-ステルス・ユニオン》は攻撃に参加することが出来ない。《風林火山》には「モンスター破壊」「魔法・罠破壊」「手札破壊」「ドロー」と4種の効果を選べるのだから。

 

「ですが、手札破壊は防げます」

 

「えっ!? あっ、ホントだ……なら、こうっス! ステルス・ユニオンが壁になっても、ももえさんのフィールドには裏守備表示にできる永続罠《ジャンクスリーブ》があったっス!」

 

 しかし、その《風林火山》の選択肢を操作できたと語る響みどりへ、ハッとした翔は改めて考え直すも、結果は同じだと返す。

 

「ステルス・ユニオンの効果で、こっちの守備力を0にする《またたびキャット》を装備しても、次のターンに新しく召喚される《ゼンマイニャンコ》の効果で手札に戻されるから、やっぱり壁にもならないっス!」

 

 あの状況で、ももえにとって「守備表示になった《スーパービークロイド-ステルス・ユニオン》は脅威ではなかった」ゆえに「《風林火山》の手札破壊を確定で選ばれる」為、「手札は守れない」と主張する翔。

 

「ですが、手札は守れた筈です」

 

「だから、ステルス・ユニオンを破壊する必要ないんスから、《風林火山》で結局は手札を墓地に送られて――」

 

「《風林火山》の手札破壊効果は『2枚以上なければ』適用できません」

 

「…………あ」

 

 だが、翔の主張は前提から間違っていた。

 

「あの時、丸藤くんは1ターンの延命が可能でした。僅かであっても、その延命が奇跡を起こすことがデュエルの世界では往々にあります。プレイングの粗さは、そういった奇跡を掃いて捨てているも同然です。反省するように」

 

 そうして、最後に手厳しい指摘を受けた翔が悔しさにうつむく中、他の面々への総評を終わらせた響みどりはパンと手を叩いて周囲の注目を集めた。

 

「今日は此処までになります――昇格したラー・イエロー女子は、このまま寮の案内を行いますので、ついてきてください。昇格したイエロー男子の方はレッド寮にて樺山先生がお待ちです。指示に従うように」

 

 さすれば、昇格組にとっての朗報を伝えつつ、住居環境の改善にテンションを上げる面々と、お通夜もかくやな面々の二極化された空間はお開きとなる。

 

「他は各自、解散とします」

 

「響先生! 響先生! 寮の質問良いですか!」

 

「構いませんよ」

 

 そして、響みどりの後に続く新ラー・イエロー女生徒のジュンコは手を上げ、「もう雑魚寝は嫌だ」とばかりに新たな住居環境を問いただしていた。

 

「洗面台って、共用部じゃなくて部屋にありますよね!?」

 

「あります」

 

「お風呂は!?」

 

「あります。大浴場の方も利用可能です」

 

 さすれば、明かされる真っ当な内容に諸手を上げて喜ぶ一同。これが彼女らが望んだ人間らしい暮らし! 刑務所もどきとは、オサラバ! 圧倒的! 圧倒的シャバ(自由)の空気!!

 

「テレビは!?」

 

「ありません。イエローエリアの共有部分のものを仲良く使うように」

 

「……流石にテレビはなかったか」

 

 だが、家電はなかった。

 

「このご時世ですわよ!? 感覚がマヒしてませんの!?」

 

 しかし、テレビを「流石に」と言ってしまう辺り、心は未だに雑魚寝部屋(レッド寮)に囚われている。悲しい。

 

「部屋の鍵になります」

 

「――鍵!? 鍵、閉めて良いの!?」

 

「落ち着いてくださいな、ジュンコさん!」

 

 この悲しき温度差は暫く続きそうである。

 

 

 

 

 だが、悲しさでは此方も負けてはいない。未だに男女共そこそこの数いるレッド残留組である。

 

 各々が「あの時のプレイミスが」「あのカード入れときゃ良かった」「なんで、この効果を勘違いしてたんだろ」と後悔に浸る中、翔は今回の試験に結構、自信があっただけに、落胆の幅も大きかった。

 

「うぅ……ボロクソに言われちゃったっス……」

 

「ドンマイ、丸藤。でも、デッキの方は褒められてたって、なっ?」

 

 しかし、そんな翔を励ます存在――慕谷の声。今日だけは彼のモブ顔が心強い。

 

「……むしろ、慕谷くんは両方ボロクソに言われてたのに凹まないんスか?」

 

 なにせ、今回の試験で(多分)一番評価が悪かった人間である。むしろ、その謎の前向きさが気になるくらいだ。

 

「いや、もはや一人でレッド残留しなかった安堵の方がデカい」

 

「それはそれで、昇格できなかったみんなに酷いっス……」

 

 しかし、残念ながらその理由は、あまり褒められたものではなかったが――まぁ、元気づけられたので良しとしよう。

 

 

 

 

 

 

 そんな定期試験の阿鼻叫喚とは無縁のフォース候補生たちは、だだっ広いフォース用の教室で待ちぼうけを食らっていた。

 

吹雪さんたち(フォースのみんな)、遅いなー」

 

 そうして、何度目かも分からぬ十代の呟きが教室に零れる中、いい加減にうっとうしくなってきた万丈目が苛立ちを隠さぬように苦言を漏らす。

 

「さっきから、やかましいぞ。大人しく待てんのか、貴様は」

 

「でも、確かに遅いわね――兄さんは、コブラ校長に呼び出しを受けたって言ってたけど……何かあったのかしら?」

 

「そういえば、大山くんもいないじゃないか! 胡蝶くん知らないかい! クラスメイトだろう!」

 

 やがて、明日香の言葉に綾小路がフォースの面々+αの行方の聞き取りを始めるが――

 

「あの男なら『フォースとの差を直に触れた今なら!』とか言いながら、森へ還り(ターザンし)ましてよ」

 

『…………アイツも相変わらずだね』

 

 残念ながら+α(ターザン)以外の行方は、胡蝶含めてこの場の誰にも把握できてはいない。

 

 やがて、待てなくなったのか十代が万丈目にデュエルを挑まんとするが――

 

「暇だしデュエルし――おっ、吹雪さんたちだ! おーい!」

 

「あぁ、亮様……今日も凛々しいお姿……」

 

 遠方の開いた扉から現れたフォースの面々に十代は踵を返して「待ちくたびれた」とばかりに手を振るが――

 

「――って、クロノス教諭と……あっ」

 

 見知った顔を見かけてか、十代の動きはピタリと止まり、振っていた腕は即座に仕舞われた。

 

「あら? 知り合いじゃないの? 会釈してくれてるみたいだけど……」

 

「……知り合いだけど、そうじゃない」

 

 そんな十代の豹変の原因であろう張り付けた笑顔の男を見やる明日香だが、当の十代は頑なな様子を見せるばかり。

 

 これには万丈目も意外な表情を見せた。「人類皆友達」的なスタンスの十代らしくないと。

 

「珍しいな、貴様がこうも嫌悪感を隠さんとは」

 

「喧嘩でもした?」

 

『……本当に何を言われたんだい? キミの様子からして余程酷いことを言われたんだろうけど……』

 

「あんまり貴方とは関わりのなさそうな人だけど……誰かしら?」

 

 そのあまりの拒絶っぷりに明日香が心配げに様子を伺うが、十代は何も語る様子はない。

 

 だが、代わりとばかりに、件の人物の情報を持つ人物が明日香へのアピールも兼ねて意気揚々と明かして見せた。

 

「彼はKCの神崎だね! 父さんたちと会っているのを何度か見たよ! いや、僕自身が話したこともあるくらいさ!」

 

「KC……の?」

 

「そうだとも、天上院くん!! 仕事熱心な人だと聞いているよ! でも、僕には『アレとは関わるな』とも言っていたね!!」

 

「は、はあ……」

 

「確かに、綾小路モーターズの御曹司である先輩なら、KCの幹部とも話す機会もあるだろう」

 

 そう、万丈目の言う通り、綾小路は「綾小路モーターズ」という大企業の御曹司である。つまり金づ――お金持ち。KC時代の神崎のお得意様だ。

 

 万丈目も兄の関係で顔を合わせた程度はある。

 

 その辺りと縁のない明日香からすれば、海馬社長の存在感とBIG5のイロ――もといインパクトの前に、神崎のことなどあまり記憶に残らないだろう。

 

「元だけどな」

 

「KCを辞した話は聞いていたが――情報に疎い貴様が、よく知っていたな」

 

 そして、それは「その辺りと縁のなさそうな十代」にも当てはまる筈だったが、ポロッと零した十代の声に万丈目は目ざとく反応した。

 

 己がいるアカデミアの制度すらマトモに把握していない人間が、KCの――その中でも印象の薄い人間の進退まで把握しているのは流石にチグハグが過ぎるだろう。

 

「確かにそうよね……つまり、近況を伝え合う程度には仲が良かったってこと?」

 

「…………昔、会っただけだし」

 

「いい加減になさい、遊城! 嫌いな相手でもリスペクトの心を以て接するのが亮様の教えですことよ!!」

 

 だが、いつまでも不貞腐れた様子を隠しもしない十代へ、胡蝶が怒りのリスペクト説法を放つ。

 

『いや、アカデミアの教えだろ……』

 

「胡蝶先輩の言う通りだ。へつらえとは言わんが、それとなく対応できるようにならんと馬鹿を見るのは貴様自身だぞ」

 

 そして、それには万丈目も肯定を返した。「嫌い」なら「嫌い」で構わないが、「排斥する」などの攻撃的な姿勢ではなく、「関わらないようにする」などの接し方もあろう。

 

 今、フォースの面々と話している神崎が、自分たちと今後どう関係するかは不明だが、今の十代の姿勢が正しいとは万丈目にも思えない。

 

「…………分かってるよ」

 

「分かっているのなら、その仏頂面を直ぐに止めろ」

 

 ゆえに、口ほどに分かっている様子のない十代と、厳しく告げる万丈目の間に不穏な空気が流れるが――

 

「ま、まぁ、良いじゃない、万丈目くん。苦手な人くらい誰にでもいるから、今のところ(候補生の間)はそこまで気にすることないんじゃない? ねっ?」

 

 その衝突を危惧してか、明日香はやんわりと場を流そうとするも、あまり効果は見られない。

 

――兄さん、亮、早く話終わらせてきて……

 

 ゆえに、明日香は、この2人を確実に止められるであろうフォースの面々へSOSを贈る他なかった。

 

 

 ただ、亮は神崎と色々話したかったことがあった為か、その要請が聞き遂げられたのは、かなり遅かったことを此処に記しておく。

 

 

 

 

 






デュエルのルール全部ちゃんと説明してよ――という名の難問

俺たちは雰囲気でデュエルをやっている……!



~今作の翔のデッキ(VerUp版)~

「マテリアル1キル」でお馴染みの《チェーン・マテリアル》と《フュージョン・ゲート》を中核としたデッキに大きく変化。

《チェーン・マテリアル》効果で融合するとエンド時に自壊してしまうが、蘇生させて闘うスタイル。

手札に《ビークロイド・コネクション・ゾーン》や《大融合》があれば上述の自壊も回避できるが、

基本コンボの2枚だけでも《チェーン・マテリアル》の効果で融合したモンスター同士を融合させれば自壊は回避可能。
《フュージョン・ゲート》で素材が除外される点も《マグネット・リバース》なら帰還できる。

とはいえ、バトルフェイズを1ターン捨てる関係上、攻め手が遅れるのが普通に致命的。

更に一番の問題として、お兄さんから貰った《パワー・ボンド》とのシナジーが皆無。
これが兄離れというものか……(違)




~今作のジュンコデッキ(VerUp版)~
作中で語った以上の範囲に大きな変化はない。
《暗岩の海竜神》により、展開力のなさをカバーできるようになったが、《伝説の都アトランティス》こと「海」を失うと彼女の原作使用フェイバリットカード《マーメイド・ナイト》の効果が機能不全を起こす欠陥を抱えている。

人魚じゃないけど「海」になれる《海神の巫女》を一緒に呼んで上げよう。


~今作のももえデッキ(VerUp版)~
作中で語った以上の範囲に大きな変化はない。

属性を散らして《憑依覚醒》のお陰で打点不足が多少改善されているが、5属性揃っても打点が2500止まりなので、結構頼りない。

Q:なんで「空牙団」テーマが混ざってるの? テーマ出張?

A:レベル2以下の風属性の獣族が5体しかいない + 最低限の攻撃力を持っているのが「空牙団」員しかいなかった。
《マタタビ仙狸》が風属性ですが、素の攻撃力0ですし。

というか、レベル2以下の獣族は、地属性以外の層が薄過ぎる。




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第270話 異物の混じったとある一日




前回のあらすじ
クロノス先生の「ク」の字は社会の歯車の「()」しみを表しているんだよ(大嘘)





 

 

 

 デュエルアカデミアがデュエルの学校だからといって一般的な通常授業がない訳ではない。当然、担当教科ごとに教員からの授業を生徒たちは受けている。

 

「担当の先生がギックリ腰でダウンしたノーデ、この講義は休講になるノーネ。他の授業中のクラスへ迷惑にならない範囲ーで好きに過ごスーノ」

 

 だが、本日の1時間目ばかりはそんな通常授業とも一時お別れ――ゆえに、お知らせに来たクロノスが教室から立ち去る中、座学より実技な十代はテンション高く声を上げた。

 

「よっしゃぁ! 三沢! 購買、行こうぜ!」

 

「悪いが、資料室に行く予定なんだ。他が授業中の今なら空いているだろうからな」

 

「そっかー……じゃあ、万丈目! 吹雪さんとデュエルしに行こうぜ! 前に『3年は暇だからいつでもOKさ!』って言ってたし!」

 

「貴様に言われずとも、そのつもりだ。天上院くんは――あの様子では、用事があるようだな」

 

 しかし、別件での用事があった三沢の同行を諦めた十代は、視界の端で友人の後を追った明日香の様子を見送った万丈目を引き連れ、ウキウキで教室を後にする。

 

「今日も勝つぞ~!」

 

『そうは言っても十代、ハンデ抜きだとやっぱり厳しい相手だよ』

 

「フン、1度のまぐれ勝ちで調子に乗っているようでは候補生止まりだぞ」

 

 最近の十代は、嫌なことが少々重なり不調だったことが嘘のように、絶好調の毎日を過ごせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 そんな好調続きの十代と異なり明日香には試練が待ち受けていた。

 

 そう、現在、授業中ゆえに人の気配が殆どない購買のフードコートにて座る何時もの馴染みの友人に声をかけた明日香だが――

 

「待って、レイン――久しぶりね」

 

 当の相手には、プイッとそっぽを向かれる始末。ならばと、そっぽを向いた方向から再度、声をかける明日香。

 

「……どうしたの? ……レイン?」

 

 だが、レインはまた逆の方向に、そっぽを向いた。

 

 このやり取りに「なんの遊びか」と一瞬ばかり悩んだ明日香だが、考えてみれば分かり易い態度に、その答えへアッサリ辿りつく。

 

「ひょっとして、怒ってる?」

 

 とはいえ、当のレインは無言。黙したまま、明日香と視線を合わせようとしない。

 

 しかし、そろそろ本気で困った表情を浮かべ始める明日香に、同席している雪乃はクスクス笑いながら助け船を出した。

 

「明日香、此処のところフォースに入り浸りだったでしょう? 拗ねてるのよ」

 

「……否定……」

 

「……確かに、疎遠になってはいたわね」

 

 やがて、当のレインが小さく否定する中、明日香はへそを曲げてしまったレインとの関係を修復すべく思案し、提案する。

 

「だったらお詫びに、今度の連休に学外へ遊びに行きましょう? だから機嫌治して――ねっ?」

 

「……本当に――」

 

 それはシンプルに「埋め合わせ」との安易なものだったが、チョ――純粋なレインは速攻で食いつく瞬間――

 

「――藤原くん! こっちですよ!」

 

 恰幅の良いスキンヘッドの中華服のおっさん――鮫島の声が周囲に木霊した。

 

 そんな席を取っていた鮫島の声に導かれ、着席した藤原は一先ず鮫島以外の同席者のおっさんに挨拶する。

 

「あっ、鮫島さん。今日は、どうも――それでお話って? それに其方は……確か、神崎さんでしたよね?」

 

「どうも。先日振りです」

 

「ああ、彼がキミの進路希望の助けになってくれるかもしれない人でね」

 

 そうして、同席者のおっさんこと神崎を交えて始まるのは、藤原の進路の話。卒業間近だというのに未だに決まっていなかった様子。

 

 とはいえ、それには深い理由があった。

 

「はい、藤原様は超神秘科学体系を学べる場への進学を希望しておられると聞いて、お力になれればと」

 

「本当ですか!?」

 

「ハハハ、未だ不明瞭な部分が多い分野ゆえ、混合した玉石を推し量る術をキミに丸投げせざるを得なかったことは申し訳なかったが――彼ならば適した場を選別してくれるだろう」

 

 そう、朗らかに笑う鮫島の言う通り、藤原の望む精霊分野を学べる学校はまさに玉石混交である。ハッキリ言って大半が「その辺の歴史を学んで終わり」の仕様だ。

 

 何故、こんなに不親切設計なのかの理由は幾つかあるが、一番はやはり「悪用」の危険性だろう。

 

 原作での「精霊狩りのギース」の行った非道を思えば、安易に学べるようになっては大問題である。

 

 友達感覚で関わって思わぬ地雷を踏みぬいた結果、精霊側がブチ切れて、神に類する精霊が動き出し、戦争吹っ掛けられた時点で人類はまず滅びかねないのだから。

 

「KCかI2社を目指す選択肢もありますが――」

 

「それも考えたんですが、まずは僕1人で先入観なく学んでみたくて」

 

「うむ、素晴らしい決断だね。私はキミの意思を尊重(リスペクト)したい」

 

「では、早速、それぞれの進学先ごとの特色と傾向のお話を――」

 

 そうして、藤原の希望を踏まえつつ、彼の進学先が話し合われ始めていた。

 

 

 

 

 だが、奇遇にもそんな現場に遠目に立ち会ってしまったレインたちは――

 

「……此処も、オススメ……」

 

「でもレインさん、あんまり遠出は出来ないですよ。予算の問題もありますから」

 

 お出かけの予定を立てるのに忙しかった為、あんまり興味がない様子。「此処も」「此処も」と次々指さすレインを原 麗華がやんわりいさめつつ、計画を立てていくが明日香だけは、その視線を時折、藤原たちに向けていた。

 

「明日香、そんなに上の空だとまた拗ねちゃう子がいるわよ。何か気になるの?」

 

「えっ? あっ、ごめんなさい。ただ、『藤原先輩が何を相談してるのかな』って」

 

 そんな明日香に、イタズラ好きな笑みを浮かべながら、からかう様にレインを示した雪乃は、遠い親戚ゆえに知り得た情報を惜しみなく明かして見せる。

 

「相手が超神秘科学体系のシンパ(信奉者)なら進路の話じゃない? 『未だに決めかねているらしい』ってお父様へ相談されてたもの」

 

「そうだったの……初耳だわ」

 

――シンパ(信奉者)って……フォース周りのアレコレの手配を手伝ってくれる人とは聞いてたけど、そんなことまで……

 

 だが、そんな何気ない雪乃の言葉に、明日香は僅かに引っ掛かりを覚えるも――

 

「昔から悩み事は抱え込むタイプだったから。ハァ、フォースだって言うのに本当に未だにお子様ね」

 

「そ、そこまで言わなくても……私も将来の悩みくらいあるし、きっとお世話になるだろうから――」

 

 遠い親戚と言う名の身内ゆえか、明け透けに呆れて見せる雪乃に、生来の気質ゆえか明日香は覚えた引っ掛かりも放り投げ、思わずフォローに回れば、その手首を冷たい手が握った。

 

「関わらない方が良い」

 

「……レイン?」

 

 そう、明日香の手首を引き留めるように握ったのはレイン。だが、普段の口調とは異なり、その言葉には強い意志が垣間見える。

 

 その変化ゆえに、明日香も心配げにレインの顔色を伺うが――

 

「……関わらない方が…………良い」

 

「本当に、どうしたの?」

 

 僅かに震えているレインの手に、明日香の心配も大きくなる中、事の成り行きを見守っていた雪乃も同意を示した。

 

「私もレインに賛成。あんまり良い噂は聞かない相手だもの」

 

――十代……じゃなくて遊城くんの「あの態度」も、その噂のせい? ううん、彼は噂で人を判断するタイプじゃない。なら、噂が本当だったから?

 

「それって、どんな噂?」

 

 そうして、明日香の中で情報のパズルが組みあがっていくような錯覚を覚える中、新たなピースを求めるように明日香は詳細を問うた。

 

「……危険人物……」

 

「オカルトに傾倒している、人道から外れた研究をしている、命を売り買いしている――まぁ、色々あるけど、どれもろくでもないのは確かよ」

 

「でも、以前KCに勤めていたって聞いたんだけど……あの海馬社長がそんなこと許さないんじゃないかしら?」

 

 しかし、得られたピースこと情報は、明日香が納得できる代物ではなかった。

 

「さぁ、真偽は定かじゃないわ――でも噂って、そういうものでしょう?」

 

「昔、KCが軍事産業をしていた時代から在籍していた人という話は聞いたことがあります。雪乃さんが言う『噂』は、その辺りから来ているのでは?」

 

 とはいえ、所詮は「噂」と語る雪乃の言葉を原 麗華が補足する中、レインはひたすらにコクコク頷くばかり。

 

「でも、そんな危ない人をコブラ校長が手配するかしら?」

 

 だが、それらの情報を踏まえてもやはり明日香は納得できなかった。

 

 明日香からすれば、コブラは兄が不可解な事件――詳細は教えて貰えなかったが――に巻き込まれた際に助けてくれた相手なこともあり、それなりに信頼している。

 

 少なくとも「生徒に危害が及ぶ危険」を許容する人物には思えない。

 

「……危険……」

 

「レインは何を知っているの?」

 

「……禁則事項……」

 

 しかし、あからさまに「なにか知ってます」なレインは「隠す気があるのか?」と思うレベルのガバっぷりを見せ付けてくるが、「己を心配している気持ちは本物」と判断した明日香は一先ず矛先を収めることとする。

 

「…………分かったわ。あんまり関わらないようにする。だから放して? ねっ?」

 

「……謝罪を……」

 

「ううん、気にしないで。私を心配してくれてのことでしょう?」

 

――レインのこの怯えよう……これは嘘じゃない。でも、何を怖がっているかは教えてくれない。うーん、一応コブラ校長に伝えておいた方が良いのかしら?

 

 やがて、ゆっくりと手を放したレインの姿に内心で心配と疑念を残しながらも、明日香は表には出さずお出かけの予定立てに戻り、日常に戻っていく。

 

 

 

――此方に反応した素振りはない。つまり、パラドックスの偽装は未だ問題なく作用していることを示している。なら、今現在の優先度を下げて静観に徹し、唯一反応を示した牛尾 哲への警戒を継続するべきであり――

 

 ただ、そんな日常の最中であっても、レインの頭脳は冷徹に状況を分析し続けていた。

 

 

 

 

 

 

「シニョール神崎!」

 

 十代や明日香たちが、一時の自由を終えて通常授業に戻った頃、藤原からの新たな要望を受け取った神崎はクロノスから呼び止められていた。

 

「はい、なんでしょうか?」

 

 その声に足を止めた神崎の両肩をガシッと掴んだクロノスは詰め寄るように、矢継ぎ早に並べ立てる。

 

「シニョール藤原の進路は、ぶっちゃけ『どう』ナーノ!? 希望は通りそうなノーネ!? ただでさえ、進路決定が遅くなった生徒だカーラ、心配の種が盛りだくさんなノーヨ……」

 

「『試験も学費もいらないから来てくれ』との話です」

 

「…………逆に、そんなとこ(大学)で大丈夫ナーノ?」

 

 そうして、生徒の将来を心配するクロノスだったが、絶好調過ぎて逆に不安になる返答が返って来たため困った様相を見せる他ない。

 

 彼の気持ちを代弁するなら「試験も学費もいらない――って何!?」と言ったところか。

 

「カイザー亮と唯一対等と言える相手なら当然の反応かと。彼の場合は一般的な知名度の低さが問題なだけですし――金の卵から生まれた麒麟児なら、誰だって引き入れたいですよ」

 

――丸藤 亮に比べて派手さのなさと、メンタルの脆さがあれども、それ以外は普通に対等だからなぁ……流石は原作のカイザー亮が唯一『自分以上の天才』と称しただけはある。

 

 とはいえ、神崎からすれば当然の評価だった。

 

 原作ではGXの最終盤にポッと出てくる中ボス扱いだが、カタログスペックは「破格」の一言である。

 

 ただ、強者の風格を持つ亮、派手さと話題性に事欠かない吹雪、紅一点の小日向――そんな彼らと並ぶと、藤原は常識人過ぎてイマイチ「パッとしない」のが問題なだけで。

 

 とはいえ、逆に「他の奴らが注目してないなら、その隙にウチが貰たろ!」と各々の陣営が考えていたりもするが。

 

「ぐぐぐ……そう言われても、旨い話は裏側を心配しちゃウーノ! こうなったら……その学校の様子を見に行くっきゃないノーネ!」

 

「休暇返上の献身、頭が下がります」

 

――流石はクロノス先生……

 

 しかし、それでも心配の種が尽きないゆえか、生徒の為に粉骨砕身の姿勢を見せるクロノスに神崎が内心で感動する中――

 

「なに言ってるノーネ? シニョールも一緒ナーノ!」

 

「えっ」

 

 なんか巻き込まれた。

 

「生徒の将来がかかっているノーネ! 依頼料でもなんでも払ってやルーノ!」

 

――さ、流石はクロノス先生……

 

 だが、クロノスとて巻き込む以上、対価は用意する。それは、神崎の役職的にも自然と巻き込める形であろう。

 

「でも、値引きサービスがあるナーラ、よろしく頼むノーネ」

 

――クロノス先生ェ……

 

 ただ、最後の最後で、妙に人間臭い部分を見せてくるクロノスの姿は妙に残念さを感じさせるが、これもまた彼の魅力の一つなのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 午前の授業も終わり、時は昼食時――午後のデュエルの実技授業に備えて腹を満たすべく、食堂では生徒たちが賑わいを見せている。

 

 だが、そんな喧噪から少々離れた場にてテーブルを囲み座していた明日香たちは、お出かけの予定立てを再開していた。

 

「……明日香……此処も寄りたい……」

 

「ええ、構わないわよ」

 

「……じゃあ……こっちは……?」

 

「フフッ、とっても面白そうね」

 

「……じゃあ、じゃあ――」

 

 とはいえ、レインの精神的成熟のショボさゆえか、もはや友人というか母子のやり取りになりかけていた。しかし、そんな彼女らの元にブンブン腕を振りながら迫る影が2つ。

 

「――明日香さーん!」

 

「明日香さ~ん! お待たせしてしまいましたわ~!」

 

 その正体は、ついこの間に地獄のレッド生活からオサラバしたジュンコとももえ。

 

「ようやく、ラー・イエローに上がれました! また中等部の時みたいに一緒――って、誰!?」

 

 だが、そんなジュンコたちの視界に映るのは、明日香の周りに仲良さげに一緒にいる知らない顔ぶれ。

 

「……誰……?」

 

「わたくしたちの知らない間に、明日香さんが遠いところへ!?」

 

 しかも、お出かけの予定を立てている程の仲となれば、なんか裏切られた気持ちがももえたちに芽生えても無理はなかった。

 

「……誰……?」

 

 やがて、そんなショックを受ける2人から返答が貰えなかったゆえかレインは雪乃に問えば――

 

「『中等部の頃の』明日香のお友達よ」

 

「雪乃さん、言い方に悪意が見えますよ……明日香さんも困ってし――」

 

「誰よ、アンタ! 明日香さんに馴れ馴れしいじゃない!」

 

「――えぇ!? 私にですか!?」

 

 フォローしようとした原 麗華にジュンコが噛みつくように言葉を発した瞬間に、彼女らの間に戦いのゴングが鳴らされた――気がした。

 

「……明日香の友達……なら私の友達……」

 

 とはいえ、その辺りに疎いレインはガバガバ友達判定によって、ももえと握手。

 

「大体――って、ちょっと、ももえ! なに、懐柔されてるの!」

 

「ジュ、ジュンコさん、これは此方の方が勝手に――」

 

 これにはジュンコ、仲間の裏切りかと怒りを見せるが、ももえは無罪を主張する中、その隙を見逃さぬよう雪乃は牽制のジャブを入れる。

 

「まだ『ラー・イエロー』じゃぁ、『オベリスク・ブルー』の明日香の隣は相応しくないんじゃないかしら?」

 

 そう、「馴れ馴れしい」と喧嘩を売られたら買わねばならない。これは、乙女たちの聖戦なのだ。面白がってからかっている訳では断じてない。断じてないのだ。

 

「はァ!? 私たちはオシリス・レッドの地獄を潜り抜けたんですけどォ!! ねぇ、ももえ!」

 

「そうですわ! 侮るような発言! 流石に聞き捨てなりませんわよ!」

 

 しかし、あのくそったれな生活環境を知らぬヒヨッコ共に舐められるなど、ジュンコたちのプライドが許さない。

 

 実際、過去に怠けていた自分たちの自業自得な気もするが、今は知ったことではない。

 

「……ジュン……コ? ……も、明日香の友達……なら私の友達……」

 

 やがて始まる熾烈なるマウントの取り合い。()に恐ろしきかな学内カースト。

 

 後、ガバガバ友達認定+握手。

 

 そうして、「どちらが明日香の友人に相応しいか」という一周回らずとも恥ずかしい内容で論争する3名+なんか変なの1名の姿に、1人懸命に終息を試みていた原 麗華は限界を悟って匙を投げた。

 

「も、もはや私の手には負えません! 明日香さん、原因なんですから、なんとかしてください!」

 

「えっ? これって、私が悪いの?」

 

「明日香さんは、どっちの味方なんですか!!」

 

「勿論、明日香は私たちの味方よね?」

 

「きゅ、急にそんなこと言われても……」

 

 やがて、ジュンコたちと雪乃――後、勝手に2人と握手してブンブンしているレイン――に詰め寄られた明日香はたじろぐ他ない。

 

 なにせ明日香は、今の今までどころか今でさえ学内カーストなど気にしたことすらない人間である。「みんな仲良くしましょう」と言えば、大抵の問題は終わっていただけに此度の件はキャパシティーオーバーだ。

 

「このままじゃ埒が明かないわ! タッグデュエルで白黒つけようじゃない!!

 

「ジュンコも、ももえも落ち着いて――えー、ほら! みんなで仲良くすれば――」

 

 やがて、こんな恥ずかしい内容で大っぴらにデュエルし始めようとするジュンコたちへ、通じないと分かっている内容で引き留めんとする明日香。

 

「明日香、カイザーが呼んでるから顔貸しなさい」

 

 そして、論争を断ち切るように己の腕を掴んだ小日向の出現に、明日香は面食らった。

 

「こ、小日向先輩!? 亮が私に?」

 

「ちょっと! 明日香さんは今、私たちと――」

 

 しかし、ジュンコからすれば急にしゃしゃり出てきた第三者に過ぎない。当然、元々気の強い性質のジュンコは強い姿勢で引き留めるが――

 

「何?」

 

「話し――――」

 

 小日向が振り向いて目があった瞬間にジュンコは次の言葉が上手く出てこなくなった。

 

「はな……して…………その………」

 

 相手の目に宿るのは圧倒的なまでの自負、自信――まさに揺るがぬ精神が醸し出す「圧」と言う他ないものを前に、ジュンコは常日頃の強気さが一気にしぼんで行く感覚に襲われる。

 

 相手を呼び止めたことが罪とすら思えるような圧迫感を受ける中、思わず視線を彷徨わせたジュンコは、やがて根負けしたようにか細い声がこぼれた。

 

「……………な、なんでもないです」

 

「そう。じゃあ行くわよ」

 

 

 此度の勝者――小日向。

 

 颯爽と結構しょーもないやり取りから明日香を連れ出した手腕は見事なものである。

 

 

「……やだ、強引」

 

「……強……引……?」

 

 後、レインに友達が2人増えました。

 

 両の手が握る2人の手は、雪乃が言う様に「強引」ではあるが友人の証であろう。多分。

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、フォースにあてがわれた教室に向かって小日向に引っ張られている明日香だが、沈黙に耐え切れなかった明日香が言葉を発するより僅かに目的地に辿り着く方が早かった。

 

「あの、小日向先輩、亮の用事って――」

 

「最近、師範の語るリスペクトはいたずらに拡張性ばかりを広げているだけのように感じてしまうんです。人の数だけある個性やデュエルスタイル・スタンスゆえに柔軟な受容の姿勢が必要なのは理解していますが、戸口を広げ過ぎれば『リスペクト』という『軸』を失ってしまいかねない危険性を有していることは明白の筈。師範が過去の失敗から多くの知見を集めたいであろうことは分かっているつもりです。ですが、過去の失敗にばかりに目を奪われ、リスペクトデュエルの根幹を見失いつつあるように思えてしまうのは、俺に師範へのリスペクトが足りていないからなのか、それとも――」

 

「丸藤様の危惧は把握しました。私も鮫島さんの方針に明確な『軸』がなくなったような印象は受けます。ただ、それは『在り方を見直している』段階であって、『安易な正解』に逃げない姿勢の表れではないでしょうか? 丸藤様もリスペクトの在り方を見つめなおしている最中だとお聞きし――」

 

「くっ、亮様のリスペクト談義に付いていけないなんて……! この胡蝶 蘭! 一生の不覚でしてよ!!」

 

 途端に明日香を出迎えるのは、読み飛ばしても問題なさそうな討論を繰り広げる2名と、脱落者1名。

 

「え、えぇ……こ、小日向先輩、私はどうすれば――」

 

 当然のことながら明日香は戸惑いを覚えるが、当の小日向は明日香の腕から手を放し、いつもの定位置のソファの上で雑誌を読み始める始末。説明責任を果たす気が感じられない。

 

「あの……小日向先輩?」

 

「別に何もないわよ? あの場を切り上げる理由に使っただけ。後で適当に口裏合わせときなさい」

 

「えっ? それって……」

 

「勘違いしないで。嫌いなの、ああいうの」

 

 しかし、普段通りに明日香には眼もくれず雑誌片手にぶっきら棒に伝えられた内容に、勘違った明日香を一蹴する小日向。

 

 小日向の言う通り「助けた」というには、今後の明日香たちの友人関係への配慮が一切ない。文字通り「気に入らなかった」だけなのだろう。

 

「やれやれ、小日向くんは相変わらず素直になれな痛たたたたたッ!!」

 

 だが、ソファの背面からヌルりと顔を出した吹雪が最後まで言い切る前に、彼の耳は頭からテイクオフを試み始めていた。

 

「兄さん!? いつの間に!?」

 

「あ痛たた……今、来たところさ。明日香が困ってるって聞いてね。彼女たちのことなら安心しておくれ――僕の方でうまく話しておいたよ!!」

 

「……ありがとう、兄さん」

 

 やがて、片耳を押さえる吹雪の珍しい兄としての姿に、明日香が小さく感謝を伝えれば、いつものように親指を立てて歯を光らせて爽やかスマイルを――

 

「JOIN! 良いってこ――」

 

「友達は選んだ方が良いんじゃない?」

 

 出した途端に小日向から痛烈な意見が飛来する。しかし、吹雪は左右に小さく首を振りつつ「やれやれ感」タップリに反論。

 

「……彼女たちを、そんなに責めないで上げておくれよ、小日向くん。2人は明日香と再会することを目標にずっと頑張って来たんだから」

 

「真面目ちゃんでも構わないけど、一々相手してたらキリがないって話」

 

「カイザー!! デュエルしようぜー!!」

 

 そして吹雪と小日向の友人関係への方針の違いが見え隠れする中、第三者こと十代の乱入に周囲の注目は、彼に集まることとなった。

 

 やがて、亮以外の面々から突き刺さる視線に固まる十代。

 

『なんだい。ボクの十代をジロジロ見るんじゃないよ』

 

「…………あっ、俺なんか邪魔しちゃった?」

 

「別に。話は済んだからかまわないわよ」

 

 だが、申し訳なさそうにする十代の心配は、興味を失ったような小日向の姿勢からなさそうである。

 

「今日も元気だね、十代くん! おや、万丈目くんは?」

 

「おう! 吹雪さんもな! アイツは、まだ昼飯食ってる!」

 

「そうかい。でも亮とのデュエルはちょっと待ってあげてくれないかな。今、良いところみたいだからさ」

 

 しかし、そうして元気よく挨拶し合う吹雪と十代だったが、亮の方をチラと見る吹雪の視線を追った十代は、亮と話す神崎を捉えた途端に今度は違う意味で固まった。

 

「…………また来てたんだ、ですね」

 

『偉いよ、十代! あんな奴が相手でも、それとなく対応できてる!!』

 

「まぁ、亮が今まで『リスペクトデュエルについて』語り合える相手は、殆どいなかったからね」

 

 そんな前回よりも大人な対応を見せる十代の姿勢を手放しで称賛するユベルを余所に、吹雪は空気を読んで亮の話題にシフトさせれば――

 

「兄さんたちは話せないの?」

 

「うーん、リスペクトを『極めたい』亮と違って、ボクらは『心得』だけで満足しちゃったから難しいかな?」

 

「ふーん、時間かかるのか?」

 

「ボクとしては、亮の気の済むまで話させて上げたいところだね」

 

 意外と熱量のある亮の専門的な(リスペクト)話に付いていけ、なおかつ付き合ってくれる人間の少なさを知る吹雪からすれば相手が「仕事なら応じる」なスタンスの神崎であっても、あまり邪魔したくなかった。

 

 とはいえ、デュエルする気で来た十代からすれば、ただ待つのは苦痛である。

 

「――じゃあ、小日向先輩、デュエルしようぜ!!」

 

「何が『じゃあ』なの? 吹雪に相手して貰いなさい」

 

「『同じ相手とばっかりじゃ、経験が偏る』ってクロノス先生に言われてさ!」

 

 結果、暇そうな小日向にデュエルを申し込む十代。露骨に嫌な顔をする小日向の言も、十代が休講のあった午前に吹雪とデュエルした以上、旗色は悪い。

 

「い・や、ハンデ抜きは1日以上、空けなきゃしない。アンタとは昨日デュエルしたから明日以降」

 

 しかし、旗色が悪かろうが、嫌なものは嫌と言えるのが彼女の強味であり困り種。予め決めたルールを盾にされたことで、十代は渋々引き下がる。

 

「ちぇー、ケチー」

 

「私は普通。何度も付き合ってる吹雪たちがサービス良いの」

 

「十だ――遊城くん、小日向先輩も準備期間の大切さを教えてくれているだけなのよ。ほら、プロだって試合ごとに期間が空くでしょう?」

 

『確かに忙しいプロでも1日で何連戦もするのは珍しいか……』

 

 とはいえ、小日向の定めたルールも理解できるとの明日香から説明されれば、ユベルと共に納得せざるを得まい。

 

「えっ、そうなの!?」

 

「違うけど。卒業間近にフォースから降格したくないし」

 

「――ええっ!?」

 

 そんなことはなかった。

 

『……こいつ本当にアカデミア最上位に格付けされた奴なのか?』

 

「卒業までの日数と候補生の人数を計算して、半分負けても問題ない回数に沿っただけ」

 

「は、栄えあるフォースの生徒が、そんな理由は良くないんじゃ――」

 

「卒業後の進路に影響するんだから当然じゃない」

 

 小日向の殊勝な心構えなど皆無な俗な理由に思わずうろたえる明日香だが――

 

「……? つまり俺たちとのハンデ抜きのデュエルで半分以上、負けると小日向先輩たちはフォースから降格しちゃうのか?」

 

『もしくは、こいつらは据え置き(フォースのまま)で十代が昇格するか……か。吹雪の奴、降格の可能性があるのに十代とのデュエルに、あんなにも付き合ってくれてたんだね』

 

 十代が頭を捻りながら浮かべた結論に、ユベルは吹雪の評価を二段階ほど上方修正する。

 

 亮が化け物過ぎて忘れがちだが、フォースの生徒とて他の寮と同様に降格の危機は存在するとなれば、小日向の方針も間違ってはいない。

 

 だが、真相は少しばかり違うのだ。

 

「何? 勝ち越せるつもりだったの?」

 

 それは自負――己が調子を崩さない頻度のデュエルであれば「負け越すことはない」との絶対の自信。

 

 そんな言外の挑発に十代の頬は思わず笑みに吊り上がった。

 

「――!! へへっ、ひょっとしたら勝ち越しちまうかもな」

 

「あっそう。精々、頑張んなさい」

 

 しかし、十代の挑戦的な視線も暖簾に腕押しの如く興味なさげに雑誌を眺めながらの片手間で返答する小日向の姿に、事の成り行きを見守っていた吹雪は無言で親指を立てた。

 

――なんだかんだで小日向くんも、十代くんたちに一目置いているんだね……う~ん、胸キュンポイント7点だ!

 

 

 

 

 

 かくして、ライバル意識を高めていた十代だったが、遂に待ち人が来たる。

 

「十代か。待たせてしまって済まないな」

 

「おっ! カイザー! 話、終わったのか?」

 

「ああ、今日もデュエルするんだろう? 俺も昨日のリベンジは果たしたかったところだ」

 

 彼らのような良い意味でデュエル馬鹿な2人が揃えば、自然な流れでデュエルの話が進み――

 

『おいおい、ハンデでお前のライフが8分の1になった勝負だったのに…………負けず嫌いな奴』

 

「だったら、今日も勝って上がったハンデを下げさせてやるぜ!!」

 

「 「 デュエル!! 」 」

 

 なんか、いつの間にか学園側からハンデを追加で増やされていた亮とのデュエルの幕がスムーズに開いた。

 

 

 

 

 

 そうして、亮のリスペクト談義から解放された神崎は――仕事柄、多少はリスペクトに通じているが、その道の求道者みたいな亮が相手では普通に精神的にしんどい為――疲弊を内心に押しとどめつつ、退却前に残りの面々に「挨拶だけでも」と歩み寄る。

 

 やがて、残りの面々の中で一番の先輩である小日向に会釈しながら切り出した。

 

「これは皆さん――かの高名なカイザーをお借りしてしまったようで本当に申し訳ない」

 

「いえ、お気になさらないで。彼も貴方との議論は有意義に感じているようですから」

 

「うわっ」

 

「おい、聞こえてんぞ、遊城」

 

「お、俺のターン!! ドロー!」

 

『外面のエグイ女だ……』

 

 しかし、小日向の外面っぷりに十代はデュエル中だというのに思わず声が漏れた。とはいえ、当人からにらまれた為、直ぐにデュエルに戻ったが。

 

 だが、神崎からすれば理解できる。これは一種の拒絶だと。「まだ信用してない」と言外に示しているのだろうことが見て取れよう。

 

 卒業直前の時期に変なサポート役のおっさんが来れば、そう反応するのもあながちおかしな話ではない。

 

「敬称などはお気になさらず。雇われの身ですので」

 

「ご謙遜を。そうだ――この後のご予定は?」

 

「藤原様より、ご要望がありましたので持ち帰り次第、其方に取り掛かりたいと考えております」

 

「そうでしたか。ではお引止めするのも――」

 

「――進学の話ならアスリンの相談に乗ってやってくれないかい!!」

 

 そんな具合でThe社交辞令で流そうとした小日向だったが、そんな彼女とは違い吹雪はオープンでウェルカムな性質だった。

 

「チッ…………では、私は胡蝶と用がありますので、後のことは吹雪にお願いしますね」

 

「えっ!? わたくしに!?」

 

「了承しました。お忙しいところお邪魔してしまったようで申し訳ない」

 

「では」

 

『あの女、丸投げしやがったよ』

 

 やがて全てが面倒になったのか、聞こえないように小さく舌打ちした小日向が1人で黙々と先のリスペクト談義を復習していた胡蝶 蘭をダシに退却していけば――

 

「やぁ、神崎さん! 先日振りだね! 改めて紹介するよ、我が妹――愛しのプリンセスのアスリンだ!」

 

――兄さん!?

 

 先程までの堅苦しい様相が一瞬で消し飛んだ。堅苦しければ良いと言うものではないが、逆に振り切れば良いってものでもない手本のような光景である。

 

「はい、お噂はかねがね」

 

「ボクとは、もっとラフで構わないよ! ボクらの将来の為に活動してくれるのなら、それはもはや運命共同体じゃないか!!」

 

「に、兄さん!?」

 

 だが、常識人よりの明日香からすれば気が気でない。兄が「ふざけすぎて降格」なんてことになれば目も当てられないだろう。

 

「心配し過ぎだよ、アスリン――『敬称は気にするな』と重ねて言われた以上、気にしない方にかじを切ることだって間違いじゃないのさ!!」

 

「はい、私としても堅苦しいのは苦手なもので」

 

「――だってさ!!」

 

――いや、でも限度ってものが……

 

「先日は挨拶もろくに出来ず失礼を。神崎と言います――確か、天上院 明日香様でしたよね?」

 

「あっ、どうも」

 

 やがて、吹雪の強い後押しにより、一先ずたわいもない挨拶をこなしていく両者。

 

「プロ行きだけでなく、進学に関しても良いお話をご提案できると自負しております」

 

「えっ、は、はい」

 

 しかし、そんな話の中で、明日香の中に最初に浮かんだのは僅かな違和感。

 

「入用があればお声掛けください」

 

「でも神崎さんは、フォースのサポートを担当されているんですよね? 私は候補生ですし……」

 

「候補生と言うことは、フォースに昇格される可能性が高い以上、事前の準備もありますので、先にご要望を把握するのが道理かと」

 

 やがて明日香は感じた違和感を確かめるように、それとなく探りを入れてみるが返ってくるのは常識的な内容ばかりだ。

 

「デュエルに関する教員を目指しておられるのなら、やはり進学先も相応のモノが求められますので」

 

――あれ? いや、でも……

 

 だが、此処で明日香の中の違和感の種から疑念が芽吹く、「誰かにアカデミア教員が己の夢だと話したっけ?」と。

 

 兄である吹雪を経由して聞いたのか? それとも教員たちが、それとなく察したのを把握したのか?

 

 答えは出ない。

 

「頼りになるだろう! なにを隠そう、コブラ校長が手ずから選んだサポーターだからね!」

 

 ただ、兄である吹雪は全面的に信頼している様子だけが視界に入る、その根拠が明日香には弱いように思えた。

 

 とはいえ、吹雪が全面的な信頼を置いているのは神崎ではなく、コブラの方である。ダークネスに囚われた藤原の事件でのことを思えば、それは吹雪の中では揺るがないものだ。

 

 しかし、その辺りの詳細な事情を知らされていない明日香からすれば、残念ながら決め手には弱い。

 

 ゆえに、明日香の目に映るのは――

 

「概要だけでも伝えて頂ければ、次回の来訪時までに用意しますので」

 

――ああ、なんとなくだけど十代がこの人を嫌う理由が分かった気がする。

 

 全てを見透かしたような物言いで、己が進むかもしれぬ全ての道を先回りして舗装するような男の姿だけだった。

 

 

 






会話の中で明日香は一度も「アカデミアの教員になりたい」とは言っていない。




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第271話 片鱗




前回のあらすじ
神崎の「軍事企業の幹部として死の商人やってた」という社会的評価において特大のマイナス。





 

 

 

 フォースの面々からのパシ――要望を聞く立場となった神崎は、今日も今日とて元気にパシられていた。

 

 元KC社員との肩書もあって「契約方面に強いだろう」という小並感的な認識より亮から「自身のプロ契約の内容に問題ないか否か」などの確認を頼まれた神崎は快諾し、あっという間に日をまたぎ、向かい合う形で座して個人面談としゃれ込めば――

 

「一先ず丸藤様がプロ契約された各所から契約内容の最終確認を取って参りましたが――ほぼ白紙に戻す旨を確約して参りました」

 

「――!?」

 

 結果、契約内容が白紙になった。何を言っているのか分からねーと思うが(以下略)

 

「では詳細を――」

 

「ま、待ってください! 確かに、プロ契約の最終確認をお願いしましたが、卒業を間近に控えた今に、そんな横暴が許される訳が――」

 

 そんな常日頃の平静さが吹っ飛んだような有様の亮を無視して話を続けようとする神崎だが、安心して欲しい。ちゃんと事情はある。というか、なければコブラがキレる。

 

「丸藤様が他者へのリスペクトを重んじ、相手の要望を最大限叶えようとする姿勢は素晴らしいものですが、今回の場合は引き受けすぎです」

 

 それが丸藤 亮という人間の「人の良さ」だった。

 

「このままでは最悪の場合、丸藤様が潰れかねないとご説明させて頂いたところ、見直しの許可を貰えました」

 

 そう、丸藤 亮という人間は頼られれば最大限それに応えようとする。ただ、そこに「自分が多少無理をしてでも」との注釈が付くのが問題なのだが。

 

――原作では、エドに敗北した後の不調でも容赦なく試合に「出たor出させた」だったからな……丸藤 亮という人間の責任感の強さを思えば後者よりの前者(要請を断らない)だろうけど。

 

 内心で零す神崎の言う通り、原作でもプロになった亮は明らかに調子を崩している状態であっても目の前のデュエルに――周囲からの期待に応えようと無理をしていた節があった。

 

 だが、此処で当然の疑問が浮かぶ。「何故、周囲は止めようとしなかったのか」と。「止められない」なんて話はない。プロである以上、「試合が組まれなければ、公式戦など出来ない」のだから。

 

 とはいえ、真相は意外と簡単である。

 

「丸藤様がスポンサー側の要望を全て叶える必要は何処にもありません。彼らも『どの程度まで要求できるか』と擦り合わせも兼ねて多くの要望を提示している訳ですから」

 

 マネジメントする側からのダメ元で何気なく提示されるあらゆる要望に対し、亮が「プロはこういうものなのか」と全て応えて見せようと頑張ってしまった――情報を集めた神崎個人の見立てでは、そんなところだ。

 

 浅く言えば「世間知らず」と言ったところか。

 

「ですので、丸藤様は己の方針を常に伝えることを心掛けてください。企業間のやり取りにおいて『沈黙』は『文句がない』と同義ですので」

 

 それに加えて、丸藤 亮という人間は凄まじいまでに自分の状態を他者に語らない。死期を悟った猫か何かなくらいに表に出さない。

 

 原作でも「パーフェクトというある意味での限界」との悩みを抱えていたが、明かされた十代との卒業デュエルの最後の最後でポロっと零しただけだ。どう考えても、在学中に鮫島校長にでも相談すべき問題である。

 

 そうして、神崎からの説明を受けた亮だが、だからと言って「はい、そうですか」と引き下がる訳にはいかない。

 

「……事情は把握しました。俺が至らなかった面も理解できます――ですが、プロの看板を背負う身は、もう俺1人のものではないんです! 今、そんなこと(契約内容白紙)をすれば、どれだけの人間に迷惑がかかるか! 分からない貴方じゃないでしょう!」

 

「丸藤様の企業価値からなる需要を思えば、多少の我儘は相手側も十二分に許容する用意があることが伺えます」

 

 そう、この場において亮の発言は的を射ていた。

 

 普通に考えて、プロ活動目前でのちゃぶ台返しは企業側からすればブチ切れ案件以外の何物でもない。神崎の語る「許容」を優に逸脱した決定であろう。

 

 しかし、丸藤 亮という人間は「普通ではない」のだ。

 

――本来なら企業側の要望に沿わないプロは敬遠されがちだが…………彼は、金のなる木だからなぁ。

 

 前体制・現体制の両方に認められた文字通りアカデミアナンバー1の話題性。

 

 原作にて、イケメン大好き浜口ももえが太鼓判を押すルックス。

 

 この世界において知らぬ者はいない海馬 瀬人を思わせる技巧を交えたパワーファイトスタイル。

 

 デュエルキングにすら届きうる可能性を秘めたポテンシャルと期待感。

 

 これが「今の契約だと潰れるかも」「潰れたら状態問わずウチに頂戴(意訳)」などと「目利きで生きてきたような相手」に言われれば、流石に考える時間くらい取ろうとする。

 

 企業側が悪いとは言わない。丸藤 亮という人間の規格外の才能を正確に把握できる方法が限られているのが原因なのだから。

 

 運命を見通す力(当然、正位置ィ!)や、原作知識を持つ者(異物混入)のような理外の方法しかないのだから仕方のない話だ。

 

 

 ただ、そろそろ疑問に思うだろう。「こんな多方面に迷惑かけてまで神崎は何をこだわっているの?」と。此方の理由もシンプルである。

 

――衝撃増幅装置がご禁制になった以上、原作同様のヘル化ルートを歩むと普通に逮捕案件が生じるのが……頭が痛い。

 

 原作のように亮がイメチェンこと「ヘルカイザー亮」になり、そのまま原作通りに進んだ結果、「実の弟(丸藤 翔)を謎の機械で痛めつけたぜ!」されると困るのだ。

 

 もしも、そのルートを辿れば、「カイザー逮捕!」が新聞の一面を飾られることだろう。

 

 原作では言及されていない? 許されている?

 

 残念ながら歪んだ今の歴史内では許される道理はない。許されるならマリク(大量殺戮犯)は原作同様に無罪放免を勝ち取れていよう。

 

 閑話休題。

 

 やがて、「もっと我儘言っていいんだよ(意訳)」との言を受け、亮が素人目にも分かる問題が脳をチラつくからか決断に踏み切れない中、神崎は後押しするように宣言した。

 

「ご安心ください。丸藤様の懸念の解消も対応いたしておりますので」

 

「…………お互いをリスペクトしたより良い契約を交わせるのなら俺としても願ってもない話ですが――こんな急な変更、本当に大丈夫なんですか?」

 

「これも私の職務範囲ですから丸藤様はお気になさらずに」

 

――「大丈夫な訳ねぇだろうが!!」と現実を嘆いても、どうにもならないからな。

 

 そうして、恐る恐る「是」を返そうとする亮へ、ニコニコと安心させるように笑みが届くが、安心して欲しい。「面倒は全て此方で引き受ける」と神崎は相手側と約束したので微塵も大丈夫じゃない。だが――

 

 

 頑張ると褒められるのが子供の世界。

 

 頑張るのが当たり前なのが大人の世界なのだ。

 

 

 

 

 

 

 かくして、遠慮しがちな亮へ「もっと自分の要望いっぱい言え(意訳)」と掘り出すだけ掘り出した神崎は早速、仕事だとばかりに帰り支度を始める。

 

「丸藤様の要望は以上でよろしいですね? では、持ち帰り直接お伝えしてまいりますので今日は、この辺りで」

 

「待ってください。少し、話しませんか?」

 

「リスペクトのお話でしたら、その方面の教えに詳しい方をご紹介しましょうか? 多少覚えがある程度の私より、有意義なお時間を提供できるかと」

 

 だが、亮に呼び止められた為、言外に「これから忙しいんじゃボケェ!!」との副音声が聞こえそうなカチカチ文章を放つ神崎。

 

「すみません。言い方を変えます――少し、質問しても構いませんか?」

 

「はい、構いませんよ」

 

――急にどうしたんだろうか……

 

 とはいえ、思った以上に真面目な話っぽいゆえか手短に先を促せば――

 

「……何故、貴方は俺たちを避けているんですか?」

 

「どういうことでしょう? こうして会談の場は設けているつもりでしたが……」

 

 いまいち神崎にピンとこない話が振られる始末。

 

「いえ、『俺たち』です。フォースだけじゃなく、候補生……いや、アカデミアの生徒たち全体を含めてです――こうして話していても、未だに壁を感じる」

 

「壁……ですか」

 

 亮の言いたいことが未だに把握できない神崎は、相槌を交えつつ聞きに徹する他ない。

 

「初めて貴方と会った時に感じたのは『違和感』でした」

 

「確か……学園祭の時でしたね」

 

「そのデュエルで最初に感じたのは『楽しそうにデュエルする人』でしたが、同時に『その感情に蓋をしている』――どこか後ろめたさに似た壁がある印象を受けました」

 

――実際、楽しかったが……問題行動はなかった筈。

 

 そうして、語られるのは学園祭での変則ルールでのデュエル。終始サンドバック状態に片足を突っ込んでいた神崎だが、かのカイザー亮との一戦は楽しかった思い出しかない。

 

 蓋とか抜きに全力で楽しんでいただけに「後ろめたさ」などと言われても神崎も困ろう。

 

「それはコブラ校長から紹介を受け、『恐らく、あの時も仕事中だったから』だと考えていました。でも違った」

 

 しかし、亮はその時から今に至るまでの中で感じた己の直感を語り続ける。

 

「何を語っても、誰と話しても、貴方はずっと壁を作っていた」

 

 そして、リスペクトの教えより感じ取った答えが「壁」だった。

 

「学園祭の時のやり取りを見れば『友好的に振る舞うことは出来る』筈なのに、貴方は『意図的に他者と壁を作っている』ようで……それは俺が何度、語り合っても変わらなかった」

 

――リスペクト談義は、それ自体ではなく、その違和感を探ることが主目的だったのか。

 

 やがて、亮が神崎とリスペクトについて語らいの場を設けた本当の意図を把握する神崎へ――

 

「サポート役の仕事を考えれば、俺たちと友好的な関係を築くことはプラスな筈なのに、貴方は頑なに『それ』を避けている――何故ですか?」

 

 改めて放たれた先の問いかけに神崎は咄嗟に返す言葉を持たない。亮がおぼろげながらも輪郭を捉えている神崎の心の内の一点は、神崎が自分の中ですら抽象的で曖昧な部分である。

 

 即座に言語化できるような話ではない。何故なら「神崎自身にもよく分かっていない」のだから。

 

「俺たちに問題が――」

 

「――それはありません」

 

「……そうでしたか。なら、何故なんですか?」

 

 だが、亮たちが原因ではないとだけ神崎は核心を持って言える。そうして神崎の食い気味な否定を前に、亮は再び問いかけながらも自分の力量不足を嘆いた。

 

「学園祭のデュエルで全てをリスペクト出来ていたら、その正体も分かったのかもしれません……ですが今の未熟な俺では、それも叶いません」

 

――普通はリスペクトしても読心染みた真似は出来ない筈なんだけどな……武藤くんじゃあるまいし。

 

 しかし、神崎は人の心の機微を直に観測する(魂を観測する)力を持っている(冥界の王からぶんどった)だけに、亮の異常性の一端が否応なく目に入る。「デュエルで分かり合う」――この世界の人間にとって当然の常識(非常識)を。

 

「直に卒業のせいか、アカデミアに残る面々(の在校生)のことばかり考えてしまって……言い難いことなのかもしれませんが、答えて貰えると助かります」

 

 とはいえ、亮とて無理やり聞き出したい訳ではない。ただ、彼は心配なのだ。

 

 十代と神崎に何らかの確執があることは容易に見て取れ、なおかつ十代はともかくサポート役の立場である神崎も「その状態を改善する気がない」となれば自分が卒業した後に何かトラブルに発展するのではないか、と。

 

「申し訳ありません。何分、急なお話の為、私自身にも実感が伴っておらず、明瞭な答えを提示することが出来ない次第で」

 

「いえ、気にしないでください。貴方にも事情があってのことは理解しているつもりです」

 

 やがて、予想していた返答を前に亮は、相手の内面への一歩を踏み出した事実を謝罪し、この場はお開きとなる。

 

「……では本日は失礼させて頂きます」

 

 そうして、立ち去った神崎の胸中には得体のしれぬ感覚が残っていた。

 

 

 初めてかもしれない。

 

 

 他者に対し、こうも明確に苦手意識を持ったのは。武藤 遊戯の一件でさえ、此処までではなかったのだから。

 

 

 ゆえに神崎は少々気味の悪さを感じずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 だが、これは皆がお前に抱いている感覚である。覚えろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レッド寮近くの広場にて、1つのデュエルが始まろうとしていた。

 

「先攻はくれてやるっス!」

 

「っ!? 立ち上がりが遅いお前のデッキが先攻を捨てるだと!?」

 

「ふっふっふ……僕、知ってるんスよ! 慕谷くんのデッキが先攻することないって! 勝負は始まる前に始まってるっス!」

 

 先攻・後攻の選択権を得た翔は、冴えわたる己の頭脳を見せ付けるような理論武装を対戦相手の慕谷に向けるが――

 

「くっ……丸藤の癖に生意気な――だが、一体いつの話をしている! 《烈風の結界像》を召喚!! そして5枚の装備魔法を装備しパワーアップだ!!」

 

 通常ドローから繰り出された深緑の膝をついたガルーダの石像に剣やら杖やらがぶっ刺さっていく光景を余所に翔は強気な笑みを浮かべた。

 

「前の試験の時みたいな手札事故は避けられたみたいっスけど、結局いつも通りの布陣っスね! 攻撃力がどんなに高くても攻撃できない1ターン目なら脅威じゃないっス!」

 

「そいつは、どうかな? 《烈風の結界像》が存在する限り、お互いに風属性以外の特殊召喚は叶わない!!」

 

「――!?」

 

 しかし、翔の余裕は呆気なく霧散することとなる。

 

「気が付いたな! そう! 特殊召喚なしでパワーアップしたコイツを突破できるロイドはいまい! ターンエンド!!」

 

 そう、《烈風の結界像》の効果と翔のロイドたちは相性が酷く悪い。「何故かピンポイントで風属性をハブる」傾向のあるロイドにとって鬼門とも言えるモンスターだろう。

 

「ま、拙いっス……ぼ、僕のターン、ドロー!  あっ――魔法カード《闇の護封剣》発動! これで相手モンスターを全て裏守備表示にするっス!」

 

「ちょ、おまっ!?」

 

 だが、天より降り注いだ幾重もの闇色の光の剣が慕谷の元に降り注げば、《烈風の結界像》はパタリとカードの裏側に消え、刺さっていた武器こと装備カードだけが周囲にカランと虚しい音を立てて散らばって砕けた。

 

「はーはっはー! これで装備魔法は一掃! コンボ用のカードが上手くハマったっスね! 後は――」

 

 相手の守備表示モンスターに作用するカードが多い特色のある「ロイド」のサポートに――との採用だったが、思わぬ形で窮地を脱した翔は、早速とばかりにデッキを回しつつ融合召喚を敢行。

 

「融合召喚! 《スーパービークロイド-ステルス・ユニオン》!! そして、効果発動っス! 相手のモンスターを装着!!」

 

「ま、拙い!? これで貫通と全体攻撃能力が――」

 

 いつもの合体シークエンスを得て、人型機動戦士が大地を揺らしながら着地する。そして、当然、その力が慕谷が従える《烈風の結界像》を襲った。

 

 

 かに思えたが、《スーパービークロイド-ステルス・ユニオン》は腕を組み仁王立ちのまま動かない。

 

 やがて、完全に沈黙したかのように微動だにしない《スーパービークロイド-ステルス・ユニオン》の姿に、遅れて違和感を覚えた翔が振り返るが――

 

「…………あれ?」 

 

「はい! プレイミス1ぃー!」

 

 途端に響いた慕谷が指をさして叫ぶ声に、翔は慌てて弁明に奔る。

 

「こ、これは違うっス! きっと慕谷くんの方の問題っス!」

 

「手札を使い切った俺に、そんな余地があると思うか?」

 

「じゃあ何でだろ? おっかしいっスねー、デュエルディスクの故障っスか?」

 

 しかし、翔の予想は残念ながら当人によって否定され、まさかの可能性に自分のデュエルディスクを太陽にかざすように見やる他ない。

 

「そんなピンポイントな……大人しく自分のプレミを認めろって」

 

「失礼っスね! 今回はちゃんと確認して臨んでるっス! ほら! ステルス・ユニオンのテキストにも『相手の機械族以外を装備』って書いて――ひょっとして、機械族だったりするんスか?」

 

「いや、《烈風の結界像》は鳥獣族だぞ」

 

「その見た目で!?」

 

 やがて、今回のデュエルの目的である「プレイミスしたらその場で確認」を慕谷と再考するも話題はおかしな方向にズレたりズレなかったり。

 

「なんか鳥獣的な意味があんだよ、知らんけど。取り敢えず、一旦デュエル中断して調べてみようぜ。どーせ、いつもみたいになんか見落としてんだろ」

 

「とほほ、今度こそ大丈夫だと思ったんスけどね……」

 

 かくして、自分たちの知恵ではらちが明かぬと、一時デュエルを中断した2人は用意していた教科書やら授業のノートや採点済みの課題を並べて《スーパービークロイド-ステルス・ユニオン》が仁王立ちする中、うんうん悩み始めることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、そんな2人のデュエルを離れた場所から眺めていた神崎は、内心でひとりごちる。

 

――やっぱり幾らデュエルを見ても、相手の心の内なんて分からないよな。

 

 帰路につく中で偶然見かけたデュエルの様子に「デュエルを見て相手の心を理解する」亮の真似事をしてみたが、残念ながら神崎には叶わなかった様子。

 

 心を観測する術を手にした身ゆえに、デュエルの腕は一級品であれども特別な力を何一つ持たない亮の離れ業は神崎にとって、ただただ異様に映る理解できない代物だった。

 

――まぁ、丸藤 亮は直に卒業な以上、プロ活動の忙しさを思えば早々会うこともないだろう。

 

「怖いなぁ」

 

――しかし、結界像ビートとは……旧体制定番の攻撃力至上主義の片鱗ェ……

 

「何をなさっているので?」

 

 やがて、神崎の何気ない呟きと共にその思考が原作からの殆ど情報がない(モブ生徒)の慕谷のデッキ内容に逸れていく中、背後から響いた声に神崎は振り返りながら会釈する。

 

「これは佐藤教諭――今日は面談と、ご依頼の品を届けた帰りにデュエルされている光景が見えたので見学を」

 

「ああ、天上院くんの件の。しかし、タイミングが悪い。彼女は友人らと島外に出かけているそうですよ」

 

「だからです」

 

「……というと?」

 

「どうにも生徒たちに不信感を抱かれているようなので、接触は極力避けさせて頂いています。余計なトラブルは避けるべきでしょう?」

 

 そうして、元同僚こと佐藤とジャブ代わりのたわいのない世間話に花を咲かせるが、続いた神崎の定型文に対する佐藤の返答は沈黙。その視線に些か呆れの色が見えるのは気のせいではあるまい。

 

 だが、秘密主義からなる排他主義を咎められても返答に困る神崎は話題を変えるべく逆に問いかけた。

 

「其方は見回りですか?」

 

「ええ、自らの力で励む彼らに余計な口出しをされては困りますから。貴方のやり方は彼らには些か毒だ」

 

――そ、そうなんだ……

 

 しかし、返って来たのは中々に皮肉の効いた言葉。KC時代から佐藤の言葉は凡そ皮肉の気が強いが教師になった今も相変わらずのようである。

 

 とはいえ、今回の場合は結構、真面目な話だ。KCにて神崎が行った「強いカードを使わせれば(環境デッキを握れば)良い」は、ことアカデミアにおいて有効とは言い難い。

 

「強力なカードにばかり主眼を置けば、行きつく先は多様性を失ったデッキ分布。そしてプレイングを突き詰め終えれば、個を区分しうる残りは『元々の素養の差』だけ」

 

 なにせ、遊戯王ワールドはドロー力の概念がある世界だ。同じような環境デッキ同士で戦えば、その差は残酷なまでに突き付けられる。パワーカードで諸々の問題を解決できるのなら神崎は今頃、デュエルキングであろう。

 

 その辺りを過去の羽蛾も察したゆえに、多くのカードをアヌビス経由で神崎に返している。

 

――耳の痛い話。「一強環境」なんて話もあったもんな……

 

「そして、なにより『カードを取捨選択する判断能力』を著しく奪う。強力なカードが規制される度に貴方が彼らの面倒を見ると言うのなら話は別ですがね」

 

 更に、いつぞやのクロノスも語ったことだが、生徒の未来はアカデミアを去った後も続く以上、いつまでも学園のサポートが受け続けられる訳ではないのだ。

 

「これが貴方のやり方の限界だ。仮に、それらの問題をクリアしたとして、その終着点が彼――いや、アレと言うべきでしょうか」

 

 そうして、思いのほか熱く語って並べた佐藤が大きく息を吐く。なにせ、佐藤は知っていた。神崎が推したシステムを忠実に沿って()()()()存在を。

 

「客受けも悪ければ、相手への敬意も希薄。加えて社会性の欠片もない」

 

 あんな有様のデュエリストがアカデミアから羽ばたいたとなれば、予想される問題は星の数。

 

「まだ弱者をいたぶって、楽しんでいる方が可愛げがあるでしょう」

 

――お、おう……しかしアクターが、こうもボロクソに言われているのは新鮮。基本「デュエルが強い」がそのまま人物像の評価に直結していた様相だったのに。

 

「珍しいですね。貴方が『こう』も感情的に語られるなんて」

 

「失礼。少し苛立っていたのかもしれません」

 

 だが、此処でせきを切ったように語る佐藤に内心で圧倒されていた神崎からの言葉に、佐藤は己の手の中の紙束へと僅かに視線を落とした。

 

――原作でも形はどうあれ教育に熱心な人だったもんな……話題を変えた方が良いか。

 

「彼らは昇格できそうですか?」

 

 やがて、思った以上に消沈した佐藤の反応に神崎は気を逸らさせるように翔たちの方を見やれば――

 

 

 

「これ、裏側守備表示だからダメなんじゃないか?」

 

「えぇ~! 絶対、違うっスよー! それならテキストに『表側表示のモンスター』って記載されてる筈っス! ステルス・ユニオンのテキストにはないっスよ!」

 

「……確かに、そうか」

 

 

 

 いまいちリアクションに困る進歩具合である。仁王立ちする《スーパービークロイド-ステルス・ユニオン》が動けるのは、暫し時間がかかりそうだ。

 

「貴方ご自慢の目から見ればどうですか?」

 

――そう言われても原作と評価基準が何もかも違い過ぎて正直、分からないんですが……

 

 それは佐藤も同じだったのか問い返されるも、神崎の内心通り「自慢の目利き」の根源が原作知識である以上、答えに困り笑顔で逡巡する他ない。

 

「昔の貴方の言葉を借りるのなら、彼らは『落ちているかもしれないゴミを探す者』辺りかと。懸命に奮闘する姿は好ましいと思います」

 

 そして、一拍おいて神崎が語ったのは原作での佐藤が語った「ゴミが落ちているのに気付いて拾わない者と、気付かずに拾わない者。さて、どちらが悪い?」との問いかけを意識したもの。

 

 これは「ゴミに気付かなければ永遠に拾う機会がない」ゆえに「無知は悪」との佐藤の主張なのだが、今回の神崎の場合は「気付こうと頑張ってはいる」点を評価した形だ。

 

 しかし、そんな神崎の答えを予想していたのか、佐藤は手元の紙の束を神崎が見える位置に上げながら冷たく言い放つ。

 

「ならば、此方の面々は『落ちているゴミに気づいた上で、拾わない理由を探し続けている者』辺りでしょうか」

 

――「転入届」……そういえば1年の終わりにレッドから昇格できなければ強制退学だったか。

 

 そして己の視界に入った紙の束の内容に神崎は、佐藤の苛立ちの正体をなんとなしに把握した。

 

 そう、卒業デュエルが間近に迫った今の時期、レッド生徒の幾ばくかは諦めてしまったことが見て取れる。更に、それが佐藤にとって「怠惰」に映っていることも。ただ――

 

「誰しもが理想通りに振る舞える訳ではないかと」

 

「かもしれません。ただ、この時期になるとふと考えてしまう」

 

 理想よりも現実を重んじてきた神崎の声に、佐藤は反論することなく同意してみせた。しかし、それでも佐藤は教育者の端くれとして考えざるを得ない。

 

「ゴミが落ちているのに気付いて拾わない者と、気付かずに拾わない者」

 

 生徒を教え導くのが教師の使命。だが――

 

「今の私は知らぬ間に『気付かない側』に立っているのかもしれない、と」

 

 こうして生徒の怠惰を嘆く己が、ただ教え導いた気になっているだけなのかもしれない、と。

 

 

 そう語る佐藤の背は、どこか寂し気に見えた。

 

 

 

 

 

――そう考えられている内は大丈夫だと思うが……そういう話じゃないんだろうな。

 

 そして、神崎もまた、そう思いつつも言葉には出せない。

 

 教育の専門家ではない神崎の無根拠な励ましなど、佐藤には何の慰めにもならないことが容易に察せられよう。

 

 

 







Q:カイザーって、そんな第六感(シックスセンス)みたいなのあるの?

A:原作のVS十代の卒業デュエルにて、十代と謎空間で語り合った実績がある。




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第272話 フォースの憂鬱



前回のあらすじ
翔「どうして、ステルス・ユニオンの効果が使えないんスか!!」

ルール上、裏側守備表示のカードの種族は「不明」扱いの為、ステルス・ユニオンの「機械族モンスター以外を装備」する効果は適用できません。

翔「でも、あの時は『さっき見たから機械族じゃない』って分かってるっス!」

裏側守備表示のカードへの効果の適用を認めてしまった場合、プレイヤーが情報を有していない裏側守備表示のカードへステルス・ユニオンが効果を使用する際、「相手の種族を確認する」との「テキストに記載のない処理」が必要になってしまいます。

翔「……確かに、ステルス・ユニオンにそんな効果はないっス……つまり、裏側守備表示のカードへ『種族とかを指定するカード』は使えないんスね!」

例外もあります。

翔「!?」

どうやら理解したようだな――そうだ! これがデュエルモンスターズだ!









 

 

「わたくし、亮様のことをお慕いしておりますの。勿論、恋愛的な意味で」

 

 とある一室のテーブルを囲む中で紡がれた胡蝶 蘭からの愛の告白に、何故か同席させられている吹雪と綾小路はゴクリと息をのむ。

 

「だが、俺は――」

 

「――存じていますわ。亮様には色恋が分からないのでしょう? そのくらいのこと、わたくしにも分かってよ。ずっと貴方のことを見てきましたもの」

 

 しかし、向かい合うように座る亮の言葉を遮った胡蝶 蘭は手を前に突き出しながら「全て承知の上」と返した。実直過ぎる亮では「お試し期間で」なんて甘い話すらしないだろう。

 

「ですが、亮様が納得できる形で恋を理解なされるよりも卒業される方が確実に早い――そして、このアカデミアというくびきから亮様が飛び立たれた時、わたくしは接点を失ってしまう」

 

 そして、顔の前で手を組み肘をテーブルについた胡蝶 蘭は、この場の意義を語る。

 

 原作では「プロになって追いかける」的なことを言っていたが、歪んだ歴史において互いの実力差が理解できぬ胡蝶 蘭ではない。プロにもランク差はあるのだから。

 

「だからこそ亮様の卒業前に『恋』がなんたるかの欠片だけでも掴んで貰いますわ」

 

 そう、胡蝶蘭に残された時間は短い。後、3話くらいで学園から羽ばたいていく亮を止める手段など一体どこにあるのか。

 

「その為に恋の伝道師こと吹雪様と、おモテになる綾小路先輩に同席願ってよ」

 

「亮、ボクとてキミの歩みを急かす気はなかったけど――恋する者の味方として傍観は出来ないよ!!」

 

「カイザー! 今こそ恋のスマッシュを伝授しようじゃないか!!」

 

 ゆえに、胡蝶 蘭は恋のスペシャリスト?たちの頼もしそうな声に後押しされながら宣言する。

 

「今日ばかりは他のフォース並びに候補生の方々の邪魔は入らぬようにさせて貰いましたわ!」

 

「胡蝶…………」

 

 もはや、これが最後のチャンスであろう。ゆえに思う存分語り合うのだ。

 

「さぁ、リスペクト談義を始めましてよ! 今回のテーマは――『恋』ですわ!!」

 

 リスペクトを以て、「恋」がなんたるかを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな胡蝶 蘭の計画のしわ寄せを受ける形で、残りの候補生をぶん投げられた小日向と藤原だが、明日香の進路相談に乗る形で藤原が離脱した為、向上心の塊と好奇心の塊とのデュエルを順番にする羽目になっていた。

 

 

 そうして、まずは万丈目とのデュエルが幕を開けば、魔法カード《強欲で金満な壺》で2枚ドローした小日向は永続魔法《魂吸収》を発動した後、カードを3枚セットしてターンを終える。

 

 

小日向LP:4000 手札3

伏せ×3

《魂吸収》

VS

万丈目LP:4000 手札5

 

 

 そんな一切モンスターを召喚しない不気味な程の静かな立ち上がりに対峙する万丈目は内心で警戒感を募らせていた。

 

――相変わらずデュエル中は普段と別人レベルの様相だ……攻めづらい。だが、甘く出れば一気に食われかねん。だが……

 

「俺のターン、ドロー! 魔法カード《融合派兵》を発動! エクストラデッキの《竜魔人 キングドラグーン》を公開し、其処に記された《ロード・オブ・ドラゴン-ドラゴンの支配者-》を特殊召喚!!」

 

 しかし、臆することなくカードを引いた万丈目が繰り出すのは、彼のデッキの代名詞たる竜の骨でつくられた鎧を身に纏う竜操の魔術師が青いマントをはためかせながら現れる。

 

《ロード・オブ・ドラゴン-ドラゴンの支配者-》攻撃表示

星4 闇属性 魔法使い族

攻1200 守1100

 

「そして、このカードがこいつの真価を発揮させる! 魔法カード《ドラゴンを呼ぶ笛》!」

 

 やがて《ロード・オブ・ドラゴン-ドラゴンの支配者-》が懐から取り出した竜を模した笛の音を力いっぱい奏でれば――

 

「俺の手札より現れろ! 光と闇のドラゴンたちよ!!」

 

 純白のドラゴンが黄金の関節をうならせ4枚の翼を広げて大空を舞う中、その体躯を何処かトカゲ染みた様相に変化させ、

 

《アークブレイブドラゴン》攻撃表示

星7 光属性 ドラゴン族 → 爬虫類族

攻2400 守2000

 

 細身の流線的な身体に巨大な爪にも見える6枚の翼が毒々しい標識を思わせる漆黒のドラゴンがいななきを上げる中、此方も体躯が蛇のような形に変貌していった。

 

《パンデミック・ドラゴン》攻撃表示

星7 闇属性 ドラゴン族 → 爬虫類族

攻2500 守1000

 

「――!? 種族が!?」

 

「その瞬間、《ダメージ=レプトル》、《毒蛇の怨念》、《DNA改造手術》の3枚の永続罠を発動させて貰ったわ。これでフィールドの全てのモンスターは《DNA改造手術》の効果で宣言した爬虫類族に」

 

――くっ、これではドラゴン族を守る《ロード・オブ・ドラゴン-ドラゴンの支配者-》が案山子同然に……それに永続系のカードは《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》の効果をすり抜けてしまう。ならば!

 

 かくして、歪に変化させられた己がドラゴンたちを見上げながら万丈目は内心で舌を打つ。デッキにドラゴン族を指定するサポートカードが多い万丈目のデッキにとって、中々に無視できない事象だ。

 

 だが、速攻魔法《魔力の泉》で小日向の表側の魔法・罠の数――4枚ドローし、己の表側の魔法・罠の数こと1枚の手札を捨てた万丈目は増えた手札から視線を切り攻勢に出る。

 

「バトル! ロード・オブ・ドラゴンでダイレクトアタックだ!!」

 

 その主の声に《ロード・オブ・ドラゴン-ドラゴンの支配者-》が大きく息を吸い込んだ後に放った笛の音の不協和音に晒される小日向は内心で小さく苛立ちを募らせていた。

 

――吹雪の時より随分と冷静じゃない。ムカつく。

 

小日向LP:4000 → 2800

 

「爬虫類族の戦闘によって私がダメージを受けた瞬間、永続罠《ダメージ=レプトル》の効果が発動するわ! そのダメージ以下の爬虫類族をデッキから特殊召喚!!」

 

 やがて、(ダメージ)の匂いに誘われるように水色のトカゲが頭部から伸びる髪のような体毛と二房の髭のような体毛を周囲を探るように震わせ現れた。

 

《イピリア》守備表示

星2 地属性 爬虫類族

攻 500 守 500

 

「《イピリア》が召喚されたことでカードを1枚ドロー!」

 

「だとしても、そのステータスでは壁にもならん! 切り裂け、《アークブレイブドラゴン》!」

 

 しかし、地を這うしか叶わぬ《イピリア》では、大空より強襲する《アークブレイブドラゴン》の牙を躱す術もなく、呆気なく空にさらわれ上空にて血肉の欠片をバラまく結果となる。

 

「でも私の爬虫類が戦闘で破壊された瞬間、永続罠《毒蛇の怨念》の効果が発動! デッキからレベル4以下の爬虫類族を特殊召喚! 来なさい、《ブラックマンバ》!」

 

 だが、今度はそれらの血肉の気配に誘われる一本角の生えた紫のコブラが身体をくねらせ這い出した。

 

《ブラックマンバ》守備表示

星3 闇属性 爬虫類族

攻1300 守1000

 

「ワラワラと湧いてこようが、俺の敵ではない! 蹴散らせ! 《パンデミック・ドラゴン》!」

 

 とはいえ、空を制する捕食者を前にエサが増えただけだと《パンデミック・ドラゴン》が風を切って襲来するが、その牙が獲物に届く寸前でバランスを崩し、地面を削る形で着陸する羽目となった。

 

《パンデミック・ドラゴン》攻撃表示 → 守備表示

攻2500 → 守1000

 

「なっ!?」

 

「毒の龍の割に、蛇の毒が効くのね――呼び出された《ブラックマンバ》の効果で、私のデッキから爬虫類族1体を墓地に送ることで、表示形式を変更させて貰ったわ」

 

 万丈目の驚きの声を余所に《パンデミック・ドラゴン》の首元から牙を抜いた毒蛇こと《ブラックマンバ》がピョンと小日向のフィールドに戻りながらチロチロと挑発するように舌を揺らす姿が視界にちらつく万丈目だが――

 

――くっ、小日向先輩お得意のパターンに……いや、今はこれで良い。

 

「永続魔法《未来融合-フューチャー・フュージョン》を発動し、カードを1枚セット! これでターンエンドだ!」

 

 一杯食わされたものの、立ち上がりは悪くないと互いの盤面差を見やりつつターンを終えた。

 

 

小日向LP:2800 手札4

《ブラックマンバ》攻1300

《魂吸収》

《DNA改造手術》

《ダメージ=レプトル》

《毒蛇の怨念》

VS

万丈目LP:4000 手札2

《ロード・オブ・ドラゴン-ドラゴンの支配者-》攻1200

《アークブレイブドラゴン》攻2400

《パンデミック・ドラゴン》守1000

伏せ×1

《未来融合-フューチャー・フュージョン》

 

 

「ん~? なんか万丈目のデュエル、いつもと……違う?」

 

『確かに、前の十代とのデュエルじゃ、もっと攻め気が強かったよね』

 

 違和感の正体が万丈目のデュエルの様子。今の万丈目は十代の目から見て少々消極的に見えるも、その理由はサッパリなのか悩まし気に唸る十代とユベル。

 

「十代くん、そこは教師としてもうちょっと早くに気づいていて欲しかった部分なんだけど」

 

「げっ、響先生!? な、なんで此処に!?」

 

 だが、いつの間にやら増えた1つの声こと響みどりの存在に十代は思わずビクリと席を立った。

 

「今日、小日向さん1人って聞いたから様子を見に来たんですよ――それと仮にもフォース候補生なんだから、相手の変化には気を配るよーに」

 

 とはいえ、軽いお説教と共に説明されれば、納得の内容である。

 

 亮と胡蝶 蘭の件にフォース並びに候補生が集中しているとはいえ、フォースと候補生が凡そ1体1の状況で配置されている中、小日向にだけ2名の候補生がぶん投げられている状況ともなれば当然だろう。

 

 なお、大山は単身ジャングル行きの為、例外とする。

 

 閑話休題。

 

『はぁ、相変わらず馴れ馴れしい女だ』

 

「は、はーい。それで、やっぱ違うの?」

 

「ええ、小日向さんと万丈目くんのデッキって、お互いがお互いに相性があんまり良くないの――というより、もっと前に違和感くらい覚えてると思ってたんだけど……」

 

 やがて、教師として軽いお小言を飛ばす響みどりに十代は困った様相を見せる中、話題を変えるように問いかけた。

 

「は、はは……でもさ! 両方、相性が悪いなんて変じゃないか?」

 

『確かに、普通は相性の良し悪しは一方的なものの筈……』

 

 とはいえ、十代もアカデミアで近しいデュエリストの変化は気になる部分である。

 

「なら、それを今日の課題とします! このデュエルを通じて、しっかり学ぶように――ね?」

 

「えぇー!?」

 

 だが、藪蛇を踏んだとばかりに課題とする響みどりの姿に、十代は縋るように願い出れば――

 

「――じゃあさ! なんかヒントくれよ、響先生!」

 

「なら1つだけ!」

 

「おぉ!」

 

 指を一本立てる響みどりより情けがかけられた。これが佐藤なら「自分で考えなさい」と突き放されるだろう。

 

「小日向さんは、ああ見えて凄く負けず嫌いなの。1年の十代くんが相手でも徹底して勝ちに行くくらいだから」

 

「えっ、そうなの?」

 

『まぁ、それは何となく想像つくけど…………でも、それ本当にヒントなのか?』

 

 しかし、折角貰ったヒントに十代はピンと来ない様子。とはいえ、小日向の人物像を凡そ察しているユベルでさえ、疑問符を浮かべるのだからヒントとしては意地の悪いものなのやもしれない。

 

 

 

 そんなオーディエンスが授業にふける中、デュエルに戻れば――

 

――あー、ヤダヤダ。明らかに「奥の手隠してます」って面してるじゃない。

 

 件の小日向も万丈目の変化は察しているのか内心でゲンナリした様相である。

 

「私のターン、ドロー。魔法カード《強欲で金満な壺》を発動してエクストラデッキ6枚を裏側で除外して2枚ドロー」

 

 そうして、砕けた壺の中から飛び出した2枚のカードを見やりつつ、小日向は面倒そうに心中でため息を吐いた。

 

――吹雪との試験の時みたいに呑まれて、下手打ってくれれば楽だってのに……

 

「カードが除外されたことで永続魔法《魂吸収》の効果により、1枚につき500回復ね」

 

 やがて、辺りに散らばった壺の欠片が光となって小日向を包み、先のライフダメージを帳消しする最中――

 

小日向LP:2800 → 5800

 

「そしてフィールドに爬虫類族がいる時、手札の《ブラックマンバ》は特殊召喚できるわ」

 

 小日向の肩から、もう1匹の《ブラックマンバ》が蛇の体躯をにゅるりと落として顔を出す。

 

《ブラックマンバ》守備表示

星3 闇属性 爬虫類族

攻1300 守1000

 

「当然、効果も使って墓地に爬虫類族を送らせて貰うわね」

 

 さらに《ブラックマンバ》の口より放たれた毒液が《パンデミック・ドラゴン》の顔にかかれば、怒り狂ったような雄たけびと共に《パンデミック・ドラゴン》が奮い立った。

 

《パンデミック・ドラゴン》 守備表示 → 攻撃表示

守1000 → 攻2500

 

「ちょっと物足りないけど、その乗り気は鬱陶しいから見せてあげる。私のフィールド・墓地の爬虫類族、全てを贄に現れなさい――」

 

 だが、そんな竜の怒りを前に2体の《ブラックマンバ》たちが溶けるように大地に消えていけば――

 

「――《邪龍アナンタ》!!」

 

 毒の沼となった大地を砕き土色の巨大な大蛇が現れ大口を開く。

 

《邪龍アナンタ》攻撃表示

星8 闇属性 爬虫類族

攻 ? 守 ?

 

――来たか! (りん)(てい)の代名詞が!!

 

「《邪龍アナンタ》のステータスは自身の効果で除外した爬虫類族の数×600アップよ。更にカードが除外されたことで永続魔法《魂吸収》の回復もプラス」

 

 だが、小日向の宣言と共に《邪龍アナンタ》の開かれた大口から新たに数多の蛇の頭が噴出し、多頭の異形となって、それぞれの頭から各々咆哮が轟けば、足元の毒沼より零れた同胞たちの命の光が小日向を癒す。

 

《邪龍アナンタ》

攻 ? 守 ?

攻3000 守3000

 

小日向LP:5800 → 8300

 

「此処で速攻魔法《帝王の烈旋》発動。相手モンスターをリリースしてアドバンス召喚させて貰うわ――アンタの《アークブレイブドラゴン》を食い破って、現れなさい」

 

 更に、そんな毒沼より強襲する1つの影が大口を開けて《アークブレイブドラゴン》に食らいつき、空にいざす《アークブレイブドラゴン》を毒沼に引きずり込めば――

 

「――《スパウン・アリゲーター》!!」

 

 その先より毒沼より現れし真っ赤な巨大なワニが現れると共に、身体を振って泥を弾き飛ばしながらその身体を覆う白い部分鎧を見せた。

 

《スパウン・アリゲーター》攻撃表示

星5 水属性 爬虫類族

攻2200 守1000

 

「バトル! 《スパウン・アリゲーター》でロード・オブ・ドラゴンを攻撃! スピニング・イート!!」

 

「ぐっ……!!」

 

 《ロード・オブ・ドラゴン-ドラゴンの支配者-》を見下ろす程の巨体から、その肩口に牙を突き立てた《スパウン・アリゲーター》の顎の力は、《ロード・オブ・ドラゴン-ドラゴンの支配者-》の身体を苦も無く圧し折り、その亡骸を《スパウン・アリゲーター》は頭を上げつつ踊り食うように捕食。

 

万丈目LP:4000 → 3000

 

「さぁ、アナンタ! どちらが毒の王に相応しいか見せてやりなさい! 《パンデミック・ドラゴン》を攻撃! 毒牙連撃破!」

 

 《邪龍アナンタ》の身体から伸びる幾重もの蛇の頭が一斉に《パンデミック・ドラゴン》へと食いつき、翼、腕、足と次々に食いちぎっていく。

 

 その捕食者の猛攻に、《パンデミック・ドラゴン》は懸命に足掻いていたが、最後は蛇の頭の1つが首に食いつかれたことが致命打となり毒の沼に沈むこととなる。

 

万丈目LP:3000 → 2500

 

「ッ! だが、破壊された《パンデミック・ドラゴン》はフィールドに毒をバラまきすべてのモンスターの攻撃力を1000下げる!」

 

 しかし、《パンデミック・ドラゴン》が倒れ伏した瞬間に、その身体は毒の粒子となって周囲に散布され、《邪龍アナンタ》と《スパウン・アリゲーター》の鱗をグズグズに溶かしていった。

 

《邪龍アナンタ》

攻3000 → 攻2000

 

《スパウン・アリゲーター》

攻2200 → 攻1200

 

「ならターンエンド。だけどこのエンド時に《スパウン・アリゲーター》の効果、自身のアドバンス召喚に使用した爬虫類族を復活させるわ――当然、私のフィールドにね」

 

 そうして、小さなしっぺ返しなど気にした様子もない小日向がターンを終えれば、《スパウン・アリゲーター》は身体を震わせ、フィールドに1つの卵を産み落とす。

 

 そう、これが《スパウン・アリゲーター》の力。捕食した命を己が兵とする代物。

 

「だとしても、墓地の俺のドラゴンたちに関係は――いや、《DNA改造手術》……まさかフィールドを参照する効果か!?」

 

「そういうこと――《アークブレイブドラゴン》が復活。もちろん、このドラゴンの効果は知ってるわよね?」

 

 やがて、ひび割れていく卵の正体に万丈目が最悪を想定する中、誕生した《アークブレイブドラゴン》は更に爬虫類――いや、ワニの姿に近づいた身体で、親の《スパウン・アリゲーター》の元でゴロゴロと喉を鳴らしていた。

 

《アークブレイブドラゴン》攻撃表示

星7 光属性 ドラゴン族 → 爬虫類族

攻2400 守2000

 

「……墓地から特殊召喚された時、相手の表側の魔法・罠カードを除外しパワーアップ……する……!」

 

「仕事する前に永続魔法《未来融合-フューチャー・フュージョン》には消えて貰うわ。そして、除外した数×200のパワーアップ」

 

 だが、《スパウン・アリゲーター》に尾でパシンと促されれば《アークブレイブドラゴン》はかつての主へ向け、炎のブレスを放ち、その焼き尽くした大地を誇るように親の《スパウン・アリゲーター》の元に降り立つ。

 

《アークブレイブドラゴン》

攻2400 守2000

攻2600 守2200

 

「更にエンド時にアナンタの効果でフィールドのカード1枚を破壊する。これでアンタのセットカードを破壊しても良いけど――《スパウン・アリゲーター》を破壊」

 

「なっ!?」

 

 更に万丈目のフィールドを食い散らかすと思われていた、《邪龍アナンタ》は万丈目の予想を裏切り、同胞食いをし始める始末。

 

 これには《アークブレイブドラゴン》も、己を生みなおした母たる《スパウン・アリゲーター》が《邪龍アナンタ》に食い散らかされている現状に、口をあんぐり開ける他ない。

 

「残~念、永続罠《毒蛇の怨念》は爬虫類族が墓地に送られても発動可能だから。デッキより《ラミア》を特殊召喚。その効果でデッキからレベル8の爬虫類族――《ダーク・アリゲーター》を手札に」

 

 だが、そんな《スパウン・アリゲーター》の肉片の中から、緑の大蛇の胴体を持つ人に似た上半身を持つ異形のバケモノが人の両腕で周辺の肉片を押しのけつつ這い出していく。

 

《ラミア》守備表示

星4 闇属性 爬虫類族

攻1300 守1500

 

「これで、今度こそターンエンドよ」

 

 やがて、爆誕したNEWお母さんを前に二度見する《アークブレイブドラゴン》を余所に、今度こそ小日向のターンは終わりを告げた。

 

 

小日向LP:8300 手札3

《邪龍アナンタ》攻2000

《アークブレイブドラゴン》攻2600

《ラミア》守1500

《魂吸収》

《DNA改造手術》

《ダメージ=レプトル》

《毒蛇の怨念》

VS

万丈目LP:2500 手札2

伏せ×1

 

 

 

 そんな弱肉強食よろしくなやり取りを余所に、大いに盤面を食い荒らされた万丈目は形はどうあれ見逃されたセットカードをチラと見つつ己の劣勢に歯がみする。

 

――くっ、小日向先輩の読み通り、俺のセットカードは十全に効果を発揮できる状況じゃない。《DNA改造手術》が厄介だ……

 

「俺のターン! ドロー!」

 

――駄目だ。このカードだけでは守りを固めるしか出来ない。それではジリ貧になりかねん。

 

「速攻魔法《魔力の泉》を発動! 4枚ドローし、手札を1枚捨てる!」

 

 しかし、引いたカードに状況打開の一手がなかったゆえか、万丈目は己の背後から間欠泉のように噴出した聖水を以て相手の魔法・罠カードに破壊耐性を与える愚を犯してでも破格の手札増強に奔る姿に、対面する小日向は内心で舌打ちした。

 

――チッ、私のデッキ傾向(永続罠)への対策カードなんだろうけど、こうも手軽にガンガンドローされるとムカつくわね……

 

「俺は魔法カード《浅すぎた墓穴》を発動! お互いに墓地からモンスター1体を裏側守備表示で復活させる!」

 

「……今の私の墓地には《スパウン・アリゲーター》しか――」

 

 やがて、大地こと墓地より竜の叫びが木霊すれば、お互いのフィールドに2体の影がチラと映った後に裏側のカードの姿をさらすが――

 

「罠カード《バーストブレス》! 俺のフィールドの()()()()()をリリースし、その攻撃力以下の守備力を持つモンスターを全て破壊する!」

 

 その裏側のカードより、その身を炎に包んだ《パンデミック・ドラゴン》が現れ万丈目の頭上にて翼を広げた。

 

「ッ! 裏側表示のカードは《DNA改造手術》の影響下に――」

 

「そう! いない!! 竜の怒りを受けて貰うぞ!」

 

 そうして、その身体を炎に散らしながらも不死鳥のごとくフィールドの中心に炸裂させた《パンデミック・ドラゴン》の輝きは、猛毒すらかき消す程の業火となって燃え盛る。

 

 その炎の只中では、小日向のフィールドの《ラミア》も《アークブレイブドラゴン》も一瞬で焼け付き、火をくべる為の燃料と化す。

 

 やがて、炎が収まった先にはグズグズに溶けた鱗を捨て、脱皮した《邪龍アナンタ》と裏側のカードとして残る《スパウン・アリゲーター》だけが残った。

 

「チィッ! 永続罠《毒蛇の怨念》の効果! デッキより《イピリア》を特殊召喚! 更にその効果で1枚ドロー!」

 

 焼け跡から《イピリア》が残り火を嫌がるように《邪龍アナンタ》の影に隠れ現れるが――

 

《イピリア》守備表示

星2 地属性 爬虫類族

攻 500 守 500

 

――拙い、恐らくアイツの手札には――

 

「魔法カード《死者蘇生》! 俺の墓地より舞い戻れ、《アークブレイブドラゴン》!!」

 

 小日向の懸念通り、万丈目の墓地より光の竜こと《アークブレイブドラゴン》が4枚翼を広げて再臨。

 

《アークブレイブドラゴン》攻撃表示

星7 光属性 ドラゴン族

攻2400 守2000

 

「効果は説明するまでもあるまい!」

 

「くっ……やってくれるじゃない……!」

 

 当然、先のターンのお返しとばかりに《アークブレイブドラゴン》から放たれた聖なる炎のブレスが小日向の魔法・罠カードを焼き、4枚のカード全てを除外していく。

 

《アークブレイブドラゴン》

攻2400 守2000

攻3200 守2800

 

「このまま一気に決めさせて貰う! 魔法カード《龍の(ドラゴンズ)(・ミラー)》! 墓地の《ロード・オブ・ドラゴン-ドラゴンの支配者-》と《神竜ラグナロク》を除外し、融合召喚!!」

 

 更に万丈目の気迫に呼応するように竜に模した縁取りのされた鏡より、《ロード・オブ・ドラゴン-ドラゴンの支配者-》と白き長大なる竜の姿が光と共に交じり合えば――

 

「反撃の狼煙を上げろ! 《竜魔人 キングドラグーン》!!」

 

 鏡の中から光と共に現れた巨体が黄金の竜の下半身で大地をうねらせながら立ち、翼代わりに深緑のマントを広げた人の上半身が、竜の如き雄たけびを上げた。

 

《竜魔人 キングドラグーン》攻撃表示

星7 闇属性 ドラゴン族

攻2400 守1100

 

「キングドラグーンの効果! 手札より同胞を呼び起こす! 来たれ! 天空の竜剣士! 《ドラグニティアームズ-レヴァテイン》!

 

 そんな《竜魔人 キングドラグーン》の雄たけびに招かれるように、橙の甲殻に覆われた細身の竜人剣士が黒き大剣を天上に掲げ、竜の軍団入りを果たす

 

《ドラグニティアームズ-レヴァテイン》

星8 風属性 ドラゴン族

攻2600 守1200

 

 《ドラグニティアームズ-レヴァテイン》の効果で墓地の《パンデミック・ドラゴン》を装備させた万丈目が敵地を示すように相手フィールドを指させば――

 

「うぉおぉ! チャンスだ、行っけー! 万丈目ぇー!!」

 

――やかましいわ! 言われんでも分かってる!

 

「バトル! 行け、ドラゴンたちよ!! 蛇共を粉砕しろ!!」

 

 お節介に感じる十代の声援の中、《竜魔人 キングドラグーン》の両腕から生成された波動弾が《イピリア》を貫き、

 

 《ドラグニティアームズ-レヴァテイン》が振り下ろした大剣が《スパウン・アリゲーター》を両断し、

 

 上空より急降下した《アークブレイブドラゴン》の牙が《邪龍アナンタ》を穿った。

 

小日向LP:8300 → 7300

 

「ハッ! だとしてもアンタの発動した《浅すぎた墓穴》のお陰で大したダメージは――」

 

「速攻魔法《ライバル・アライバル》発動! それにより、こいつを召喚する! 2体のドラゴンたちを贄に、降臨せよ――」

 

 だが、守備モンスターが多かったゆえにダメージは微々たるものと煽る小日向の視界には、《アークブレイブドラゴン》と《ドラグニティアームズ-レヴァテイン》が光と闇となって交錯するように交わり――

 

「――《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》!!」

 

 降臨するは、黒と白の二色の半身を持つ2本の尾を持つ異様なるドラゴン。だが、天使と悪魔を思わせる二種の翼を広げるその姿は何処か神秘性すら感じさせた。

 

光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》攻撃表示

星8 光属性 ドラゴン族

攻2800 守2400

 

「拙――」

 

「追撃だ! 《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》! シャイニングブレス!!」

 

 状況の悪化を悟った小日向を目がけて《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》より白と黒、光と闇のブレスがチャージされ、その二筋のブレスが螺旋のように交じり合いながら放たれる。

 

「くぅうぅっ……!!」

 

小日向LP:7300 → 4200

 

 着弾と同時に生じた疾風に対し、防御するように目元を腕で隠す小日向に突き付けられた戦況の変化は受けたライフダメージ以上のものだろう。

 

「カードを1枚セットしてターンエンドだ!」

 

――行ける。行けるぞ! 俺の力はフォースの一角に届きつつある……! だが、此処で気を緩めるな万丈目 準! 手負いの獣ほど厄介なものはない!

 

 やがて、万丈目は想定以上の己の躍進に浮つく足元へとしかと檄を飛ばしてターンを終えた。

 

 

小日向LP:4200 手札4

VS

万丈目LP:4000 手札0

光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》攻2800

《竜魔人 キングドラグーン》攻2400

伏せ×1

 

 

――くっっそがッ!! 《ダーク・アリゲーター》で押し切るプランが台無しじゃない!

 

 だが、当の小日向は万丈目の殊勝さを吹き飛ばす程の悪態を内心で叫ぶ。

 

 彼女の想定として、種族変更で攻めあぐねるだろう万丈目へ、召喚リリースの際の爬虫類族の数だけ分身ことトークンを生み出す《ダーク・アリゲーター》で一気に押し切る算段だっただけに諸々の布陣が全て吹き飛んだ現状は看過できない。

 

 セットカードを破壊するべきだったかと悔やもうにも、相手の《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》の存在を思えば自軍の墓地に爬虫類族を多少なりとも溜めておきたかった思惑もある。

 

 ベストはあれど正解がないのがデュエルの世界とも言うべき事態か。

 

――しかも、ご丁寧に蓋までして! ホント、生意気!

 

 そしてなにより、攻守を500下げることであらゆる効果を無効化する《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》がこのタイミングで呼び出されたのは中々に痛いところだろう。

 

「私のターン!! ドロー!!」

 

――拙い、拙い、拙い! このままじゃ負ける! いや、負け自体は許容範囲だけど、完敗したみたいな状況は拙い!

 

 そして若干キレ気味にドローした小日向だったが、その内心は冷静に――そう、冷静にデュエルとは関係ないことを考え始めていた。

 

 他者から見た自己評価。

 

 原作の漫画版GXでの様子から見ても、どちらかと言わずとも承認欲求が強めな小日向にとって、かなり気にする部分である。

 

――更に運の悪いことに、今の指導担当は響教諭……人柄の割に採点はシビア! 「1年坊に大きく遅れを取った事実」だけでもヤバいのに完敗に近い印象を抱かれるのは拙い!

 

 それに加えて、今の状況は「フォースからの降格」という問題が現実味を帯びていく。

 

 そんな今のデュエルとは無関係な部分に思考が流れる彼女は愚かしく映るだろう。

 

――こいつを使うしかないの? 相手、1年坊よ!?

 

 だが、彼女にとってデュエルへの解答は既に済んだ後。そう、勝利までの道筋を見据えた前提とした悩みである。勝ち方すら選べるのが本当の一流――しかし、今は選べぬ現実が歯痒いのだろう。

 

「~~ッ! フィールド・墓地の爬虫類族を全て除外し、2枚目の《邪龍アナンタ》を特殊召喚!」

 

 やがて、苦渋の決断とばかりに《邪龍アナンタ》が大口を開けて再び現れ、その開いた大口から今度は4つの蛇の頭を出しながら悲鳴染みた甲高い唸り声を漏らす。

 

《邪龍アナンタ》攻撃表示

星8 闇属性 爬虫類族

攻 ? 守 ?

攻2400 守2400

 

「そして除外された《ラミア》の効果! 私の爬虫類族1体はこのターン効果では破壊されない!」

 

「させん! 《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》の効果! 攻守を500下げることで、その効果を無効にする!」

 

「知ってるわよ! チェーンして速攻魔法《帝王の烈旋》発動! このターン、アンタのモンスター1体をアドバンス召喚の際にリリースが可能に!」

 

 やがて《邪龍アナンタ》を守らんとする4本の蛇の頭の1つに新たに参入しようとした《ラミア》を、《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》から放たれた純白の光が阻む中、小さな風が万丈目の元に吹き荒れれば――

 

光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)

攻2800 守2400

攻2300 守1900

 

――くっ、《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》の抜け道は当然、押さえられているか……しかし、それも想定内だ!

 

「3体目の《ブラックマンバ》を特殊召喚!」

 

「だが、そのカードの効果は《竜魔人 キングドラグーン》によって《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》には届かない!」

 

 隙間風を縫うように《ブラックマンバ》がとぐろを巻きながら顔を出す。

 

《ブラックマンバ》守備表示

星3 闇属性 爬虫類族

攻1300 守1000

 

「関係ないわよ! こいつは唯の頭数!! こいつとアンタの《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》の2体でリリースしてアドバンス召喚!!」

 

 そして、万丈目の足元に燻っていた風が突風となって《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》を飲み込みながら互いのフィールド全体へと広がるように逆巻いた。

 

「来なさい、暴虐の化身! 全てを奪いつくす罪深き暴君!」

 

 やがて、その逆巻く風を切り裂くのは一振りの大鎌。

 

 暴風ごと両断された《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》の亡骸の首を誇るように片手で持ち上げる程の巨躯が歩み出る。

 

「――《The(ザ・) tyrant(タイラント・) NEPTUNE(ネプチューン)》!!」

 

 その姿は鈍い灰の鎧に身を包んだ四足のワニの戦士。

 

 だが、頭部は影のように揺らめき実体が見えず、仕留めた獲物を貪った後に空へと上げる怨嗟の雄たけびはこの世の者とは思えぬ程の邪悪さを孕んでいた。

 

The(ザ・) tyrant(タイラント・) NEPTUNE(ネプチューン)》攻撃表示

星10 水属性 爬虫類族

攻 0 守 0

攻4100 守3400

 

「プ、プラネットシリーズ……だと……!?」

 

 現れた異様な存在感とネームバリューに思わず一歩後ずさる万丈目。小日向がプラネットシリーズを使うなどと言う話はこれまで一度も聞いたことがない。

 

「――ッ! だが、ただでは終わらん! 罠カード《竜の転生》! キングドラグーンを除外し、墓地より転生せよ、レヴァテイン!!」

 

 だが、臆しかけていた心に鞭を打った万丈目が《竜魔人 キングドラグーン》へと指差せば、意を汲んだ《竜魔人 キングドラグーン》が己を炎で包み転生を果たす。

 

 やがて、同胞の命と引き換えに再臨した《ドラグニティアームズ-レヴァテイン》は眼前の暴虐の覇者を前に、主を守らんと大剣を盾のように構えた。

 

《ドラグニティアームズ-レヴァテイン》守備表示

星8 風属性 ドラゴン族

攻2600 守1200

 

「更にレヴァテインの効果! 墓地の《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》を装備する!」

 

 そして《ドラグニティアームズ-レヴァテイン》の大剣に散っていった同胞の思いが残留思念となって宿り、主を守る鉄壁の守りと化していく姿に、小日向はその頑強さに舌を巻いた。

 

「……成程ね。これでレヴァテインが破壊されても、その瞬間に《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》も破壊され、その効果によりレヴァテインが再復活し、また《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》が装備される」

 

「そうだ! これで其方の攻撃が俺に届くことはない!!」

 

 そう、この布陣が完成すれば《ドラグニティアームズ-レヴァテイン》と《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》の双方の効果が連動し、無限に現れ続ける疑似的な不死となる。

 

 それを前にすれば如何にプラネットシリーズであろうとも、突破は容易ではない。

 

 完成さえすれば――だが。

 

「残念だけど――《The(ザ・) tyrant(タイラント・) NEPTUNE(ネプチューン)》の効果! 攻守を500下げ、相手の効果の発動を無効に!!」

 

 しかし、《ドラグニティアームズ-レヴァテイン》の大剣に宿る筈だった《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》の霊魂は《The(ザ・) tyrant(タイラント・) NEPTUNE(ネプチューン)》の大鎌の頂点にあるスパイクに貫かれ、仲間の元に宿ることなく暴虐の長に囚われる。

 

The(ザ・) tyrant(タイラント・) NEPTUNE(ネプチューン)

攻4100 守3400

攻3600 守2900

 

「《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》と同じ効果だと!? いや、違う、これは――」

 

 そうして、語られた《The(ザ・) tyrant(タイラント・) NEPTUNE(ネプチューン)》の力へ、既視感を覚える万丈目だが、その正体はすぐに看破された。そう――

 

――コピー能力!?

 

「そう、NEPTUNE(ネプチューン)は全てを奪う――相手の力も、効果も、そして勝利さえも!」

 

 プラネットシリーズの中で最も異質と呼べる力。

 

 その力は、アドバンス召喚の際のリリース――贄によって、全てが定められる悪しきに言えば人頼みにすら思える代物だ。

 

 だが、小日向が「勝利さえも奪う」と評したようにその可能性は無限に等しく広がる。

 

 なにせ実質、この世の全てのカードの力を我が物と出来るに等しいのだから。

 

「もはやアンタのレヴァテインはただの壁!! 蹴散らしなさい、アナンタ!!」

 

 やがて、他ならぬ己と共に戦う仲間の力によって、翼をもがれたも同然の《ドラグニティアームズ-レヴァテイン》は《邪龍アナンタ》の数多の牙を捌き切ることは叶わず、その身を食い散らかされていく。

 

「これで終局よ!!」

 

 そして、がら空きの万丈目に向けて《The(ザ・) tyrant(タイラント・) NEPTUNE(ネプチューン)》の死神の如き大鎌が今――

 

「――Sickle(シクル) of(オブ) ruin(ルーイン)!!」

 

「ぐぉぅぉおおぉおおおぉお!!」

 

 振るわれた。

 

万丈目LP:2500 → 0

 

 

 

 かくして、決着がなされたデュエルを前に膝をつく万丈目へ、十代が元気よく駆け寄り励ましの言葉を贈るが――

 

「万丈目~!! おしかったなー!!」

 

「……デカい声で騒ぐな。やかましい」

 

 対する万丈目は普段の軽口にすら影が見える表情で力なくあしらうが、そんな光景を前にユベルは十代に耳打ちするようにささやいた。

 

『フッ、十代――こいつ、らしくない程に凹んでるよ』

 

「そんな落ち込むなよ! しっかし、最後に呼んでたのなんか凄かったよな!」

 

「――やかましいと言っとるだろうが!! ……全く、プラネットシリーズも知らんのか貴様は」

 

 あっけらかんに己の状態を評した十代へ、万丈目は落ち込む気をなくしたように普段の様相で十代の偏りの多い知識に苦言を漏らす。

 

「プラネットシリーズ!? なにそれ、凄そうじゃん!!」

 

「授業で教えた内容だった筈なんだけど……」

 

 だが、此処で少し遅れて合流した響みどりからの痛い指摘に十代は逃げ道を探すように小日向へ、次の己のデュエルの順番へと話を振った。

 

「あー、ははは――小日向先輩! 次、俺の番! 俺にもプラネットシリーズ使ってくれよ!」

 

「『小日向先輩、次お願いします』よ」

 

「つ、次お願いします」

 

『……なんでこいつだけ、やたらと敬称を気にするんだか』

 

 やがて、相も変わらず堅苦しさを強いる小日向に、敬称を忘れがちな十代は思わずタジタジになりつつも、小さく頭を下げるが――

 

「でも悪いけどパス」

 

「えぇっ!? なんで!? ちゃんと日にち開けたじゃん!?」

 

「パスったら、パス!!」

 

 続いた小日向の言葉は看過できなかった。彼女の提示した条件を守っていただけに突然のデュエルキャンセルへ十代は物申すが、小日向は頑なだった。

 

「待ってください、小日向先輩。十代の馬鹿の言葉遣いが至らなかった面はありますが、流石にその対応は――」

 

「嫌って言ってるでしょ! 散れ! しっ、しっ!」

 

 それは流石に気の毒に思った万丈目が出した助け船が瞬時に沈められる程である。

 

 やがて羽虫でも払うように片手であしらう小日向に困った様子の十代たちに救いの第三者が舞い降りた。

 

「まぁ、そんなに難しく考えることないよ、天上院さん。選択肢にだって限りが――」

 

「優介、後任せる」

 

「うわっ!? う、うん、構わないけど」

 

 それは扉を開きながら明日香と共に戻って来た進路相談を受けていた藤原。だが、睨むような小日向の視線に射貫かれると共に、丸投げされる始末。

 

 そうして、完全なエスケープ姿勢のままこの場を立ち去っていく小日向を十代は引き留めようとするが――

 

「えぇ!? 小日向先輩、今日は俺とデュエルする約束だったじゃん!? 日にちも開けて――」

 

「はい、ストップ。十代くん、無理強いは駄目よ」

 

『先に約束を破ったのはあっちじゃないか』

 

 見かねた響みどりに間に入られ、制止されている間に小日向は完全にこの場を後にした。

 

 そうして、来たるべきデュエルに燃えていた十代は不完全燃焼感を隠すことなく大きくため息を吐く。

 

「あー、行っちゃった……」

 

「また別の日にお願いすれば快く……とは行かないでしょうけど、無碍にはされないだろうから、その時に――ね?」

 

「えっと……響先生、僕が遊城くんとデュエルすれば良いんですよね?」

 

 とはいえ、そんな十代へ響みどりや藤原からフォローが入るが、当人は「プラネットシリーズ」という名のビッグネームに未練が強い様子。

 

『まったく、我儘な女だ』

 

「でも、やっぱ俺もプラネットシリーズとデュエルしたかったなー」

 

「おい! 藤原先輩に失礼だぞ!」

 

 だが、対戦相手を買って出てくれた藤原を前にして、その態度は頂けないと苦言を呈しつつ十代の頭を掴んで強く握る万丈目へ、藤原は優しく言いなだめた。

 

「あはは、気にしてないよ、万丈目くん。遊城くんがハンデ戦に思うところがあるのは知ってるからね」

 

「こら、頭を下げろ馬鹿者が……!!」

 

「痛たたたッ! ギブギブ! 万丈目、ギブ!」

 

「こら、2人とも喧嘩しないの! じゃれ合いならテン(10)カウントで放しなさい――1ー(ワーン)! 2ー(ツー)!」

 

「……聞いてないし」

 

 しかし、現状は反省の色が見えない十代の頭にヘッドロックをかけ始めた万丈目へ、セコンド――もとい仲裁役を買って出た響みどりが矛先をいさめる光景に、藤原の入る余地はない。

 

 そんな完全な蚊帳の外な状況に、藤原は愚痴混じりに小さくため息を吐いた。

 

「まぁ、あんまり実感ないよね。亮はハンデがあっても結構、変わらずデュエルしてる感じだから」

 

「そうなんですか? 藤原先輩も、あまり普段と変わらない様子でしたけれど……」

 

 そんな中、同じく蚊帳の外だった明日香の反応を前に、藤原は己の心が若干救われる感覚を覚えると共に持論を展開。

 

「結構、違うよ? ライフハンデありだと場に残す攻撃力のラインにも気を使うし、相手の牽制レベルの攻撃ですら致命打になりうるから、最初から背水の陣を前提に動かなきゃならないし」

 

――つまり抑え気味の今で、亮と藤原先輩は私たち相手に互角以上に戦われている……これがハンデを解かれた兄さんたちより一段上のデュエリスト。

 

 そう、ライフは「残ってさえいれば良い」と軽視されがちな代物だが、その些細な変化は存外馬鹿にならない。

 

 それゆえ、明日香が藤原への敬意を若干上方修正する中、万丈目と十代のバトルは終局を迎えていた。

 

「藤原先輩だけではない……! 小日向先輩の件もだ……! 貴様は気を抜くと直ぐに礼儀を忘れおって……!!」

 

「で、でも先に約束破ったの先輩の方じゃん!」

 

7ー(セブーン)! 8ー(エーイト)!」

 

「万丈目くん、小日向さんはそんなことであんな態度を取りはしないよ」

 

 だが、此処で流されがちな藤原の芯の通った発言に万丈目の腕が僅かに緩む。

 

「っ!? 藤原先輩には何か心当たりが?」

 

『よし、抜けた!!』

 

 その一瞬の隙をついて脱出した十代だが、当然の疑問を問いかけるが――

 

「ふぅ――? じゃあ何で怒ってたんだ?」

 

「うーん、僕の口から言うのはフェアじゃないかな?」

 

『マスターたちが原因の一端を担っているようなものだからね』

 

 藤原が困ったように言葉を濁した結果、その真実は十代たちに届くことはない。

 

 そんな彼らのやり取りの中、双方の詳細を完全に把握しているオネストだけがバツが悪そうにポツリとこぼすが、十代たちに届くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 レッド寮の前の広場にて、レッド生徒たちが自主練とばかりにデュエルに励む姿を離れた場所から眺めていた神崎は、背後からの声に振り向かずに返す。

 

「また此処にいたんすか」

 

「これは牛尾くん。何かありましたか?」

 

「レッド生徒にいらねぇちょっかいかけられちゃ困るってことで見張り頼まれたんすよ。気になる生徒でもいたんですかい?」

 

「特には。丸藤 亮の弟さんの状態を確認しているだけです」

 

 件の人物――牛尾からの苦言に神崎は定型文らしく返すが、その相変わらずの反応に牛尾は見せ付けるように大きくため息を吐いた。

 

「ハァー、そういう贔屓は今じゃもうご法度ですぜ?」

 

「手を加える訳ではないのでご安心を。状態を把握しておきたいだけです」

 

――丸藤 翔が退学した場合、丸藤 亮が受ける影響は未知数だからな……

 

 だが、牛尾の心配を余所に神崎が問題視しているのはレッド生ではなく亮の精神状況に及ぼす影響の種――翔の動向が主だった。

 

 しかし、「翔」ではなく「亮の弟」と神崎が評したせいか牛尾は思わず棘のある言葉を飛ばしてしまうが――

 

「あの十代をブチ切れさせた人に言われても説得力ないっすよ」

 

「それに関しては申し開きもない」

 

「…………あー、いや、こっちこそすんません。本来なら俺らでどうにかする問題っすよね」

 

「構いませんよ。今は身軽ですから」

 

 粛々と謝罪を返す神崎の姿に、牛尾は己の失言を恥じるが、相も変わらず神崎には響いた様子はない。

 

 やがて、両者の間――傍から見れば牛尾だけだが――に痛い沈黙が流れるも、暫くして牛尾は意を決したように言葉を発した。

 

「神崎さん」

 

「なんでしょう?」

 

「…………今回の相手(カミューラ)、そんなにヤバい奴なんですかい?」

 

 それは神崎が提示したカミューラの情報。秘密主義の神崎が開示した事実が牛尾には重くのしかかる。

 

「コブラ校長はなんと?」

 

「今んとこ俺が率先して身体張るように言われてます――心配しなくても逃げやしませんよ。俺みたいな奴を許してくれたアイツらに、顔向けできないことは絶対にしねぇと誓ったもんで」

 

「そうですか。ですが正直、相手の出方が読めないので現状では確定したことは何も言えません」

 

 だが、コブラからの無茶にも見える指示に準じる姿勢を見せた牛尾だが、思いもよらぬ神崎の発言に牛尾は力なく笑って見せた。

 

「ハハッ、まさかアンタの口から『読めねぇ』なんて聞かされるたぁ……世も末っすね」

 

「大袈裟な。買い被り過ぎですよ」

 

――原作知識から外れたことはサッパリだからなぁ……

 

 実際問題、神崎の行動・先読み・計画は「原作知識を前提として」立てられている。

 

 しかし、度重なる原作崩壊により修復不可能な程に原作からズレた現状における神崎は、戦闘方面以外で大して役に立たない。審美眼とうそぶいて来た原作知識のバックアップがなければ存外脆いものだ。

 

「……そういうのは自分の経歴振り返ってから言ってくださいよ」

 

――この人から時々出るよな、この手の謙遜。

 

 ただ、そんな原作知識のバックアップからなる虚栄を間近で見続けてきた牛尾からすれば、神崎に何も読ませない敵の姿も実物以上に大きく見えよう。

 

――いや、逆に描いてる絵図(計画)の規模の問題かねぇ……俺みたいにな木っ端には分からねぇ世界なのかもな。

 

「ところで、そろそろ本題に入って貰えませんか?」

 

 だが、「此処で余計なことを考えるな」とばかりに己の思考を両断した神崎からの声に、牛尾は参った様子を見せながらも心中で慎重を期しながら「見張り役を買って出た」実情を明かす。

 

――露骨に話変えに来たな……こういう所は相変わらずか。

 

「えー、それなんすけど……『レイン恵』って名前に聞き覚えありません? 白髪でいつも『ポケー』と能天気そうな嬢ちゃんなんすけど」

 

 それがレイン恵の存在。童実野高校に在籍していた人物と瓜二つな存在が同じ歳でアカデミアにいる問題。

 

――聞くべきなのか悩みどころだったが、この人に「読めない」と言わせる状況なら不確定要素は潰しとくべきだろ。

 

 コブラからは「動きがないなら干渉するべきでない」と言われてはいるものの、背中を刺される危険性は可能な限り排除しておきたかった。

 

「ええ、存じてますよ」

 

「――本当っすか!?」

 

「天上院 明日香のご学友ですよね?」

 

 だが、僅かに期待をにじませた問いへの返答は、牛尾の望むものではなかった。ゆえに、もう暫し踏み込んで見せるが――

 

「あー、はい、そりゃそうなんすけど……他で聞いた覚えはないんすか? 例えば、ほら、遊戯たちが学生時代の頃とか! KCに来てた客の中とか!」

 

「武藤くんのクラスメイトは把握していましたが、そんな名前に覚えはありません。それに客人の中に、そんな特徴のある人物がいれば忘れないかと」

 

――おい、この人サラッと遊戯たち監視してたこと認めたぞ。いや、デュエルキングの身辺把握すんのは企業人としちゃぁ間違ってねぇんだろうけどさ。

 

 少し考え込んで爆弾発言を繰り出しながら「知らない」と語る神崎へ、牛尾は別の意味で頭を抱えながらも、若干の気落ちを見せれば――

 

「……そうっすか」

 

「心配事なら此方で処――」

 

「――しなくていいっすから! なんもしなくて大丈夫なんで!! マジで! フリとかじゃなく!」

 

 なんかヤバいこと言い出した神崎を牛尾は慌てて制止した。

 

「警告・制裁の類は倫理委員会の方の管轄っすから! ホント! それに今、制裁デュエルに代わるペナルティやら何やらで忙しいんすから、これ以上、厄介事の種は御免ですぜ!」

 

「おや? まだ改革は完了していなかったんですか?」

 

――既に原作アカデミアの原型が残ってないのに!?

 

 そうして、牛尾が矢継ぎ早に「助けは不要」との理由を並べ立てる中に聞き逃せない発言があったせいか神崎は平静を装いつつも、更なる原作崩壊の危機に心中で冷や汗を流す。

 

「あー、まだ道半ばらしいっす。制裁デュエル回りは見直されて、今は社会的なペナルティで代用していく方針っすね」

 

「へぇ」

 

――め、迷宮兄弟とのタッグデュエルが!?

 

 やがて、欠片くらいはあった原作イベント復帰の可能性が完全に潰える事実に内心で震える神崎。

 

 とはいえ、これにはちゃんとした理由がある。

 

「まぁ、悪さしたガキを格上がデュエルでボコったところで『反省しねぇ』ってのがコブラ校長の見解なもんで」

 

――……確かに原作でも迷宮兄弟との制裁タッグデュエルで丸藤 翔が成長を見せたとはいえ、「立ち入り禁止の廃屋に入った」ことを「反省したか?」と問われれば微妙なラインか。

 

 なにせ、牛尾の発言に神崎が原作を思い出すように「制裁デュエル」が「正常に機能している様子」が原作に「一切ない」のだから。

 

「それに、制裁デュエルが原因でデュエルに変な苦手意識が植え付いちまったら親御さんに顔向け出来ねぇでしょう?」

 

 それに加え、原作のヘルカイザー誕生の様子を見るに「デュエルが原因でトラウマを併発する」ことが普通にある遊戯王ワールドにおいて、「制裁デュエル」の存在はナンセンスである。

 

 原作でも迷宮兄弟の実力を前に、翔の心が折れそうになっている場面も多々あった。というか、十代がいなければ変なトラウマを受けていただろう。

 

「ぶっちゃけ、効果が見込めてんなら鮫島さんの時代で素行不良が抑制されてなきゃ、おかしいっすから」

 

「教育の難しいところですね」

 

――げ、原作の舞台の全否定……

 

 そうして、歪んだ歴史とはいえ(アカデミアの)現場の人間により、原作模様が全否定される光景に複雑な心境に陥る神崎。1人の遊戯王ファンとしてはむず痒いところだろう。

 

「そうなんすよ。他にも寮の管理含めて、教師に色々負担が大き過ぎだかなんやで、授業に専念して貰って他は散らすって話で、治安維持担当の俺らに罰則やらの『叱る役』全般が回ってきてるし……」

 

 やがて、未だアカデミアは改革の道半ばなのだと頭をかきながら山積みの将来の予定に苦悩する牛尾に、神崎は剛三郎時代のKCを思い出してか共感の姿勢を見せるが――

 

「まだコブラ校長の新体制は2年目ですから、今が一番忙しい訳ですか」

 

「そこまで分かってんなら、頼むから大人しくしてくださいよ、マジで」

 

 牛尾の一番の悩みの種は、目の前のブレーキぶっ壊れおじさんなのだから労わって欲しいものである。

 

 

 

 

 

 

 購買にほど近くも周囲に人の気配のない自販機近くのベンチに腰掛ける小日向は、その手に持った冷たいジュースの空き缶をゴミ箱にポイッとゴールさせた後、冷えた頭で小さく呟いた。

 

「はー、最悪。なんなのアイツら」

 

 彼女の気分は大変よろしくなかった。

 

 あげられた「アイツら」が誰を指すかなど語るまでもないだろう。

 

「……アレで1年とか、ふざけんじゃないわよ」

 

 少しばかりナメていた事実を認めねばなるまい。卒業までなら誤魔化せる程度の差はある筈だとの己の考えが甘かったのだと。

 

 才能――昔は、碌に足掻きもしない者の言い訳だと嗤っていたものだが、中等部で本物と出会ったとき、思い知らされた筈なのに。

 

 皇帝カイザー。

 

 彼が不調の時(ヘルカイザー事件)でさえ、小日向は、吹雪は、彼の戦績すら脅かすことすら出来なかった。

 

「あー、もう面倒ー、あんな約束なんてするんじゃなかった」

 

 ゆえに、似たような奴らが己の背後に追いついてきたとなれば心中穏やかではいられない。

 

 安易な約束をしてしまった事実を前にダルそうにひとりごちるが、あんな才能お化けが己の在学中にまた出てくるなど流石に彼女も想定外であろう。

 

 自分が1年の時――同い年だった時期より遥かに実力を備え、更には成長率まで備えている始末。「天は二物を与えず」とはなんだったのか。

 

「いや、デュエルを避け過ぎれば降格されてたかー」

 

 とはいえ、彼女がこだわる「フォースの座」は逃げの姿勢で維持できるものではない。「弱卒は不要」とのコブラの姿勢ゆえに小日向の気は重くなる。

 

 今回は隠し玉による奇襲が成功しただけともなれば、次は更に厄介になろうことを思えば更に気分は沈んでいこう。

 

 だが、そんな倦怠感の中でとらえた足音に対し、己を探しに来るであろう元気の塊の正体を察して若干の苛立ちを混ぜつつ言い放つ。

 

「散れって言ったで――」

 

 いや、言い放とうとしたが、撤回せざるを得なかった。

 

 なにせ眼前に立つ人物は己の予想に反し――

 

「ちっ、嫌な顔見た」

 

「辛辣だな、星華」

 

 今、二番目くらいに会いたくないであろう顔――亮だったのだから。

 

 ゆえに、再出した不機嫌さを隠すこともなく小日向は投げやりに追っ払う材料を探し始める。

 

「なんで、こんなとこにいんの? 胡蝶との話は?」

 

「俺が不甲斐ないせいで、少し休憩を挟むことになった」

 

「片方の答えにしかなってないんだけど……それともアレ? 女の後つける趣味でも出来た?」

 

 しかし、亮の相変わらずの天然混じりの返答に頭を痛めつつも、分かり易く棘のある言葉を飛ばす小日向。

 

「ふと見かけたキミの様子がおかしいように思えた」

 

「はぁ? いつも通りですけど」

 

 だが、一切堪えた様子のない亮の返答に八つ当たり染みた苛立ちを募らせる小日向だが――

 

「そうか」

 

「隣、座んな」

 

 当然のようにベンチこと、小日向の隣に腰かけた亮の姿に話の通じなさを感じざるを得ない。

 

 やがて、次に何を言い出すのかと面倒そうに身構えた小日向に対して、何も語らないどころか視線すら向けることなく綺麗な姿勢で座ったまま誰もいない真正面を見つめ続けている状態の亮。

 

 そんな物言わぬ完全な置物と化した亮に、小日向は根負けする形で話題を振った。

 

「……で、何? だんまりされると居心地悪いんだけど」

 

「十代たちは確かに才能に溢れている。だが、現時点ではキミが焦る段階じゃない」

 

「強者のセリフね。吹雪にでも言ってあげれば? きっと面白い(苦い)顔するわよ」

 

 さすれば、言葉に反応するだけのロボットのように微妙に質問に沿わない解答を見せる亮だが、小さく嗤いながら零した小日向の声に初めて視線は相手に向いた。

 

「……あの吹雪がか?」

 

 亮が「あの」と評するように吹雪は常に笑顔とサービス精神を忘れぬ紳士ことみんなのアイドルである。「苦い顔」どころか分かり易く不快感を示すようなことはない。精々が「困った顔」程度だろう。

 

 それゆえの疑問。

 

「ハァ~、ちょっとはマシになったかと思えば、相変わらず無自覚ね。フォース昇格をかけた定期試験でデュエルさせられるのが吹雪や私な理由、考えたことないの?」

 

「ない。アカデミアの決定を俺は信じている」

 

 やがて、亮の疑問を解消しうるヒントを馬鹿にしつつも何処か試すような小日向から投げかけられるが、それに対しては迷うことなく断言してみせた。

 

 その真っ直ぐ過ぎる信頼に小日向の内より怒りが顔を出しそうになるも、既のところで流すが――

 

「……チッ、私たちと違ってアンタや優介は別格なのよ。ハンデなしで戦わせちゃダメって判断されてんの――ったく、言わせんなバカ」

 

「俺はキミが劣っているとは思わない」

 

「ふざけんじゃ――!!」

 

 亮のブレることのない言葉に小日向の怒りが火を噴く。

 

「デュエルの腕が全てではない筈だ」

 

 と、同時に怒気に晒されつつも亮は気にした様子もなく自論を語る。

 

「俺には吹雪のように誰かの心を惹きつけることは出来ない」

 

 なにせ、吹雪は亮にない強さを持っていた。

 

「優介のように誰かの心の弱さを上手く察してやることは叶わない」

 

 それは藤原も同じで、

 

「星華のように社会という枠組みに対して巧みに立ち回る術を持たない」

 

 当然、小日向にも当てはまる。

 

「デュエルの腕ばかりが持てはやされる俺には、其方の方が眩しく思う」

 

 だが、亮には「デュエルの腕」しかなかった。

 

 

 後輩(十代)の悩みに上手く寄り添ってやることも出来ず、

 

 進路に悩む後輩(明日香)に助言の一つもしてやれなければ、

 

 己を追いかける後輩(万丈目)へ道を示してやることすら叶わない。

 

 

 彼に出来るのは「デュエルで叩き潰す」ことだけだ。

 

 

 そうして、実践的な経験になってやること以外、何も出来ない己を知る度に仲間たち(フォース)へ羨望の感情が浮かび上がるのだと自分語りする亮の姿に小日向は怒りの矛先を失い小さく息を吐いて呟く。

 

「……………………ふん、そんなの詭弁じゃない」

 

 そう、詭弁でしかない。幾ら隣の芝生は青く見えようとも、亮は吹雪たちの強さが後天的に身に付く可能性は高いが、逆は絶望的なのだから。

 

「かもしれない。だが、デュエルの実力だけを重視するのならアカデミアにリスペクトの精神など不要の筈だ」

 

 しかし、それでも亮は今のアカデミアの姿勢を、友の力を認めるアカデミアの姿勢を好ましいものだと考えている。

 

「だからこそ、俺は信じている。アカデミアの決定を」

 

 ゆえに、信じるのだ。

 

「キミがフォースに相応しいとの判断を」

 

 アカデミアが、己の友人たちを正しく評価してくれているのだと。

 

「邪魔をした」

 

 そうして、小さく謝罪を入れて亮は席を立つ。そろそろ予定の休憩時刻が終わりを告げる以上、吹雪たちの元に戻らねばならないのだから。

 

 

 やがて、言いたいことだけを言って勝手に立ち去った亮。

 

 

 普段バカみたいに語っている「リスペクトの心」とやらは何処へ行ったのやら。

 

 

「……バッカじゃないの」

 

 

 ゆえに、小日向は立ち去る亮の背中からそっぽを向いてぶっきらぼうにそう呟いた。

 

 





早〇女レ〇ちゃん「かーっ! 卑しか女ばい!」



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第273話 アカデミアの返礼




前回のあらすじ
Q:なんでOCGでの禁止カードがあんだよ! 教えはどうなってんだ、教えは!


A:漫画版GXでの小日向のデッキが未OCG永続魔法『蛇龍の沼地』により相手フィールドに爬虫類族を投げながら墓地肥やしするタイプのデッキだったので

相手に投げた爬虫類族を活用する方針に舵を切った結果、漫画版GXに登場した漫画版GXのジムことジェームス・クロコダイル・クックのデッキと悪魔合体した為です。

相手のエースの力を我が物のように使う《The(ザ・) tyrant(タイラント・) NEPTUNE(ネプチューン)》の姿は原作で評された「暴君」の名に相応しいのではなかろうか(小並感)





 

 

 

 レッド寮前の広場にて、今年度における最後の試験が実施されていた。

 

 入学時より数がまばらになった生徒たちが各々デュエルを開始し始める中、翔もラストチャンスを掴むべくデュエルに勤しむが、その最後のデュエルになるかもしれない相手は――

 

「どうだ! 俺のフィールドの装備パワー全開のモンスターたちに、お前のロイドはパワー不足だぜ! ターンエンド!」

 

 何かと付き合いの長い友人たる慕谷が率いる、槍と斧を構えた鎧武者・ハヤブサ頭の西洋甲冑を纏う騎士・開脚姿勢で尾針を突き出すハチの多国籍ならぬ他種族軍。

 

――でもモビルベースの守備力高くて辛ぇな……

 

 だが、それらを率いる慕谷は内心で若干情けないことを零しつつ、取り返した盤面差を誇る様子を見せつつターンを終えた。

 

 

慕谷LP:700

《不意打ち又佐》攻1300 → 攻2300

(はやぶさ)の騎士》攻1000 → 攻3000

B・(ビー・)F(フォース)-連撃のツインボウ》攻1000

伏せ×1

《デーモンの斧》

《モルトシュラーク》

《ガーディアンの力》(魔力カウンター×4)

《月鏡の盾》

VS

翔LP:1300

《スーパービークロイド-モビルベース》守5000

伏せ×2

 

 

 しかし、対する翔は劣勢に気後れすることなくカードをドローし、逆転を賭けた一手を打って出た。

 

「デュエルは攻撃力でするもんじゃないっス! 結界像もいなくなった今こそ畳み掛けさせて貰うスよ! モビルベースの効果! 相手1体の攻撃力以下のロイド融合体を特殊召喚! 頼んだよ! 《スチームジャイロイド》!」

 

 《スーパービークロイド-モビルベース》の内部から汽笛の音を上げながら大地を爆進するのはプロペラのついたデフォルメされた黒鉄の列車。

 

 先頭車両についた目口からやる気を漲らせている様子。

 

《スチームジャイロイド》攻撃表示

星6 地属性 機械族

攻2200 守1600

 

「ハン、どうやらエクストラデッキのロイドたちは品切れのようだな!」

 

 しかし、効果もない《スチームジャイロイド》の出現に翔のロイドたちをよく知る慕谷は戦況の有利を確信するも――

 

「――速攻魔法《次元誘爆》!」

 

「じ、《次元誘爆》だと!? (な、なんだっけ? あの効果?)」

 

「僕の融合モンスター1体――《スチームジャイロイド》をエクストラデッキに戻し、お互いに除外されているモンスターを2体まで特殊召喚っス!」

 

「成程な。4枚目以降の速攻魔法《マグネット・リバース》枠か! だが、どんな融合体を呼ぼうとも――」

 

 未知のカードに一瞬ばかり肝を冷やした慕谷だが、その用途を把握し想定内だと安堵の息を吐く。

 

「誰が融合モンスターを特殊召喚するって言ったっスか?」

 

「なん……だと……!?」

 

 いや、慕谷は吐こうとした安堵の息を引っ込めざるを得ない状況を突きつけられた。

 

「僕は除外されている《パトロイド》と《サブマリンロイド》を特殊召喚!!」

 

 やがて、翔の元に現れるタイヤの手足の生えたデフォルメされたパトカーが白の警察帽の位置を直しながら駆けつけ、

 

《パトロイド》守備表示

星4 地属性 機械族

攻1200 守1200

 

 青い背と黄色い腹の潜水艦が身体から伸びる両腕で顔の付いた魚雷を持ちつつ大地の海から顔を出す。

 

《サブマリンロイド》攻撃表示

星4 水属性 機械族

攻 800 守1800

 

「馬鹿な! 融合素材専門の低級モンスターを此処で!?」

 

「融合素材専門は仮の姿っス! この状況なら融合体ロイドよりも、その真価を発揮する! 《パトロイド》の効果で慕谷くんのセットカードを確認!」

 

 慕谷からすれば(融合素材で直ぐにバイバイされる為に)殆ど初見の《パトロイド》がサイレンを鳴らせば、ハッとした表情の《(はやぶさ)の騎士》が敬礼しながら慕谷のセットカードをペロリとめくり公開(密告)

 

「……? なんで、そんなカードを? まぁ、問題なしっス! バトル! 《サブマリンロイド》でダイレクトアタック!!」

 

 《パトロイド》からの安全確認を受け取った翔は、《サブマリンロイド》を大地に潜水させ、敵の軍勢をすり抜けるように進軍させ、《サブマリンロイド》が持つ魚雷が慕谷に向けて放たれる。

 

「馬鹿め! 永続罠《バブル・ブリンガー》発動! レベル4以上のモンスターはダイレクトアタックできない!!」

 

 その寸前に地中にて海中よろしく泡が溢れ出し、視界不良に陥った《サブマリンロイド》は堪らぬ様子で地中から飛び出し、翔の元へと帰っていった。

 

「でも、それは慕谷くんも同じ――って、レベル3ばっかりなのは、これが理由っスか!? くっ、ターンエンド!」

 

「その通り! 更に《サブマリンロイド》が守備表示になれるのは、『攻撃をした後』! つまり今の《サブマリンロイド》はまさに『まな板の上の鯉』ならぬ『大地の上の潜水艦』! 逃げ場はないぜ!」

 

 やがて泡こと《バブル・ブリンガー》の意味する本当の策略にかかった翔へ、慕谷は勝利を確信するが――

 

「エンド時にモビルベースの効果! フィールドのロイド1体――《サブマリンロイド》を手札に戻し、その場所に移動するっス!」

 

 しれっとした表情で《サブマリンロイド》は《スーパービークロイド-モビルベース》の内部に格納されていく。

 

「なっ!? そんな効果が!?」

 

「はーはっは! (普段はあんまり使わない)隠された効果っス!」

 

「他の面々もデュエル中ですので、声は抑えるように」

 

「あっ、すみません」

 

「も、申し訳ないっス……」

 

 そうして窮地を危うげなく脱した翔が自信満々に胸を張るも、佐藤から「ヒートアップし過ぎ」との注意を受け、スゴスゴと身体を小さくする羽目となった。

 

 だが、彼らのデュエルの本番が此処からであろうことは容易に見て取れる為、またヒートアップしそうである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな今年度の最後の試験も一足先に終わった卒業生の綾小路は果たしておかねばならぬ決戦の為、アカデミアの広場にて友人たちと談笑していた明日香へと声をかけた。

 

「天ッ上ォー院くん! ボクの熱き想いをデュエルに乗せよう! 是非、受け取って欲しいッ!!」

 

 いや、声をかけたと評するにはあまりに熱と圧のある申し出である。

 

「えっと、デュエルのお誘いですよね?」

 

「想いの発露でもある!」

 

「あっ、はい、じゃあデュエル」

 

「デュエル!!」

 

 やがて、イマイチ分かっていない明日香を余所に、綾小路の想いを告げるデュエルが幕を開いた。

 

 

「…………アレ……なに?」

 

「あれは3年の綾小路先輩ですね」

 

 とはいえ、急に現れて明日香とデュエルし始めた光景に理解が追い付いていないレインが綾小路を指さしつつ原麗華に問いかけるも、望んだ答えは得られなかったのか今度は雪乃へ問えば――

 

「……………アレ……なに?」

 

「数日後には卒業デュエルでしょう? 卒業前の告白ラッシュよ」

 

 シンプルな解が得られた――が、レインには看過できぬ当然の疑問が浮かぶ。

 

「…………明日香、付き合うの……?」

 

「そ、そうなんですか、雪乃さん!?」

 

「さぁ? 明日香の目にはデュエルしか映ってなさそうだけど……デュエルの内容次第じゃひょっとしたら、ひょっとしちゃうかもね」

 

 そうして、友人を取り巻く1つの恋の行く末を前にアレやコレやと邪推が成される中、デュエルの様子を見やれば――

 

 先攻を得た綾小路が魔法カード《強欲で金満な壺》で2枚ドローした後、手札の1枚のカードを手に意気揚々と宣言していた。

 

「早速、僕のサービスエースを受けて貰うよ! 魔法カード《アンティ勝負》発動! お互いに手札を1枚選び、そのレベルを競う! 勝った方が1000ダメージを与え、負けた方は選んだ自分のカードを墓地送りさ!」

 

 やがて、互いの秘めたる1枚を示し合わせるように掲げた両者は、そのカードを公開すれば――

 

「僕が選んだのは――レベル12! 《サブテラーマリス・バレスアッシュ》!」

 

「くっ……私が選んだのはレベル8《聖戦士カオス・ソルジャー》……墓地に送ります」

 

 綾小路の元より猛き溶岩を纏う土色の土竜が身体を丸めた途端、小気味の言いショット音を響かせながら球体となって明日香へ着弾し、小さく爆ぜる。

 

明日香LP:4000 → 3000

 

「フィフティーンラブ――僕のサービスエースが決まったようだね」

 

「早速、来たわね!  綾小路先輩のテニスに見立てたバーン戦術が!」

 

「相変わらずイケメンですわ……」

 

「……テニス……?」

 

 やがて、解説に回ったジュンコとももえの一見すると意味不明な発言にレインが小首をかしげる中、人差し指を立てて決めポーズしていた綾小路が動きを見せた。

 

「此処でショットの魔術師を呼ぼうじゃないか――《コールド・エンチャンター》召喚! その効果により手札を捨てた分だけアイスカウンターを自身に乗せ、その数×300 パワーアップ!」

 

 現れた純白と淡い水色の衣に身を包んだ氷の結晶の杖を持つ白髪の女性が腰を落として杖を構えれば、その氷の杖の先端に円が形成され氷のラケットとなっていく。

 

《コールド・エンチャンター》攻撃表示

星4 水属性 水族

攻1600 守1200

攻1900

 

「墓地の《エッジインプ・シザー》の効果! 手札を1枚デッキの上に戻し、自身を守備表示で復活!」

 

 更に、《コールド・エンチャンター》の予備のラケットを熟さんと連なった6つのハサミが刃の足を持ち手代わりに閉じてテニスラケットに擬態し、伝説のラケット風に大地へ突き刺さった。

 

《エッジインプ・シザー》守備表示

星3 闇属性 悪魔族

攻1200 守 800

 

 

「さぁ、お次はスマッシュエースも決めさせて貰うよ! 《星見獣ガリス》の効果! デッキトップを墓地に送り、それがモンスターならそのレベル×200のダメージを与え、特殊召喚! 当然――」

 

 やがて、鳥のいななきと共にデッキトップに手をかけた綾小路が、そのカードを明日香へ見せ付けるように引き抜くが――

 

「《エッジインプ・シザー》の効果で戻した《サブテラーマリス・バレスアッシュ》……!」

 

 明日香の言う通り、確認するまでもない結果に 外見説明が現れ、翼の間に形成したテニス印のエネルギーショットを発射。

 

《星見獣ガリス》攻撃表示

星3 地属性 獣族

攻 800 守 800

 

「くっ……!」

 

「その通りさ! これでサーティーンラブ――早くも後がなくなって来たんじゃないかな?」

 

明日香LP:3000 → 600

 

 僅か1ターンで明日香のライフに瀕死クラスのダメージを与えた綾小路はカードを2枚セットしてターンを終えた。

 

 

綾小路LP:4000 手札0

《コールド・エンチャンター》攻1900

《エッジインプ・シザー》守800

《星見獣ガリス》攻800

伏せ×2

VS

明日香LP:600 手札5

 

 

「明日香さん!?」

 

「やっぱりブルー3年の殿方だけあって、お強くイケメンですわぁ……」

 

「明日香さんのライフは一気に押し込まれましたが、綾小路先輩の盤面に脅威となる材料は少なそうですね」

 

「……先輩、強い……?」

 

 明日香のピンチにおののくジュンコとももえに対し、冷静に盤面を見定める原麗華だが、レインは不安の解消を願うように雪乃へ問えば――

 

「『フォース候補生』に選ばれている以上、アカデミアは私たちより『強い』って考えてるんじゃないかしら?」

 

「……雪乃も……強くなった……」

 

「ふふっ、ありがと」

 

 雪乃らしからぬ強気さの見えぬ返答を受け、レインは逆に励ますような言葉を贈る姿に対し、雪乃はレインの頬をピンと弾きながら悪戯な笑みを向けていた。

 

 

 

 

 そんなオーディエンスからの注視を余所に、カードをドローした明日香は――

 

「私は《サイバー・ジムナティクス》を召喚し、効果発動! 手札を1枚捨て、《星見獣ガリス》を破壊させて貰うわ!」

 

 黒のボディスーツを纏った白い仮面の褐色肌の女性が指を弾けば、後ろに纏めた長い金の髪が僅かに揺れると同時に《星見獣ガリス》へコインが突き刺さり爆散。

 

《サイバー・ジムナティクス》攻撃表示

星4 地属性 戦士族

攻 800 守1800

 

「カードを3枚セットしてターンエンド!」

 

「おや、攻撃しないのかい? 僕のデッキを前に――」

 

 《星見獣ガリス》を仕留めただけで即座にターンを終えた明日香に、綾小路が心配そうな表情を見せるが――

 

「効果ダメージを主体とする相手に長期戦は悪手――でしょう? アドバイスは不要です。ここ数か月、綾小路先輩のデュエルは間近で見せて頂いてますから」

 

「おっと、僕のデュエルにキミの視線が釘付けだったなんて……照れるな」

 

 助言染みた真似を拒否した己へ、綾小路は何処までが本気なのか判断に困る様相で照れて見せる姿に、明日香は逸れかけた意識をデュエルへ引き戻す。

 

「…………《魔法(マジック・)の筒(シリンダー)》が伏せられている状況で闇雲に攻勢へ出るつもりはありません。私のライフが僅かでも、コンボ性の強い先輩のスタイルなら『その僅か』を削ることは、今は難しい筈です」

 

「なら、僕のレシーブエースはお預けって訳だ――なら、こっちはどうかな罠カード《サブテラーの継承》!」

 

 そうして、ライフ程に己の優位は崩れていないと示す明日香へ、綾小路はリバースカードに手をかざした。

 

「その効果により《エッジインプ・シザー》を墓地に送り、属性の同じリバースモンスター1体を手札に加える!《シャドール・ビースト》を手札に! そして、このカードは再びセットされる」

 

 途端に、《コールド・エンチャンター》の氷のラケットに天高く打ち上げられた《エッジインプ・シザー》がキラリと光れば、1枚のカードが綾小路の元に舞い降りる。

 

「繰り返し使える罠!?」

 

「驚いた顔も素敵だね、天上院くん――でも、これで僕の手札は1枚」

 

 やがて、驚愕に彩られた明日香の表情を愛でた綾小路は、増えた手札を見せ付けるように突き出してカードをドロー。

 

「更に、僕のターン、ドロー! これで2枚に――再び罠カード《サブテラーの継承》を発動! 今度はリバースモンスター《シャドール・ビースト》を墓地に送り、そのレベル以下の同じ属性のモンスター1体を手札に加える!」

 

 さすれば、綾小路の手札は2枚に増え、更に《コールド・エンチャンター》が氷のラケットを打ち鳴らせば――

 

「更に効果で墓地に送られた《シャドール・ビースト》の効果で1枚ドロー!!」

 

「手札が3枚に……!」

 

 前のターン、0枚だった手札が3枚にまで増強され、更にはサーチにより必要パーツを揃えている始末。

 

「これだけあれば僕のスマッシュコンボは十二分に起動が可能さ! カードを1枚セットし、《エッジインプ・シザー》の効果! 手札1枚をデッキトップに戻し、特殊召喚!」

 

 前のターンの焼き増しのように《エッジインプ・シザー》が現れる光景を前に思わず身構える明日香。

 

《エッジインプ・シザー》守備表示

星3 闇属性 悪魔族

攻1200 守 800

 

「そして、此処で伝説のビッグサーバーを呼び出そう! 通常召喚!!」

 

 銃身が前後に伸びる歪な拳銃から悪魔の頭が飛び出し、グリップ部分から伸びた両腕でカラカラと身体を回せば――その姿は段々と機械のボディを持つ大柄なテニスロボに見えていく訳もないような気もしないでもない。

 

 いや、やっぱ見えない。

 

(気分は『伝説のビッグサーバー』って訳でもない)

《インフェルニティ・リローダー》攻撃表示

星1 闇属性 戦士族

攻 900 守 0

 

「ッ! 《エッジインプ・シザー》の効果を使ったということは――」

 

「そう! 『伝説のビッグサーバー(インフェルニティ・リローダー)』効果! 僕の手札が0枚の時、カードを1枚ドロー!」

 

 やがて、明日香の直感を裏打ちするように《インフェルニティ・リローダー》が己と一体化した引き金を引けば胴体の撃鉄が振り下ろされ――

 

「それがモンスターであればレベル×200のダメージを与え、魔法・罠なら僕は500のダメージを受ける!!」

 

 獲物を探るように綾小路と明日香に向けられた前後の銃身から、この一戦を終わらせる運命の弾丸が放たれた。

 

「当然、レベル12《サブテラーマリス・バレスアッシュ》!! これでフィニッシュだ!!」

 

 その運命の弾丸は綾小路が定めた通りに明日香のハートを撃ち抜き、恋のノックアウトを取る。

 

 

 

「……明日香、頑張って……!」

 

「流石に応援のタイミングが遅いんじゃ……」

 

 やがて、レインの応援も虚しく――

 

 

 

 

明日香LP:600 → 3000

 

 なんてことはなく、心臓を撃ち抜かれた様子も感じさせずに胸の前で手を払った明日香のライフは健在どころか一気に回復している始末。

 

「なっ!?」

 

「勝負を焦りましたね、綾小路先輩。罠カード《レインボー・ライフ》――これで、このターンの私へのダメージは全て回復に変換されます」

 

「くっ……」

 

 やがて、今度は驚く番となった綾小路が悔し気な様相を見せる中、明日香は射貫くように語ってみせる。

 

「そう、長期戦が苦手なのは先輩のデッキも同じ。その新しく伏せた1枚のカードだけで今の私のライフを削り切るのは難しいんじゃないですか?」

 

 そう、効果ダメージが主体の綾小路にとって手痛い回復だった。

 

 やがて、貧弱な盤面ながら悠然と立つ明日香を前に綾小路は撤退か強攻の選択が突き付けられるが、このデュエルの趣旨を思えば答えは一つだと綾小路は奮い立つ。

 

「いいや! 退きはしないよ!! 僕の想い全てをキミにぶつけなければ意味がない!アタックあるのみだ! バトル! 《コールド・エンチャンター》で《サイバー・ジムナティクス》に攻撃!」

 

 綾小路の気持ちに後押しされるように天高く氷のボールを放った《コールド・エンチャンター》は、氷のラケットによる鋭いスイングで氷の魔球を放つ。

 

「ライフが回復するのに!?」

 

「……厄介なモンスターを破壊しておきたい……」

 

「それとも、これ以上、回復されたくない部分と悩みどころね」

 

 やがて、オーディエンスのジュンコの驚きの声へ注釈を入れるレインと雪乃を余所に、その魔球は《サイバー・ジムナティクス》の足元でスピンをかけながら跳ねると同時に、その頭部に直撃。

 

「罠カード《ドゥーブルパッセ》! 《サイバー・ジムナティクス》の攻撃力分のダメージを相手に与え、その攻撃を私へのダイレクトアタックにする!」

 

「しまっ――」

 

 することなく、身代わりのように一歩前に出た明日香へと向かった氷の魔球は、着弾する寸前で虹色の壁に阻まれ、周囲に細かな氷の粒と砕け幻想的なダイヤモンドダストを生み出した。

 

綾小路LP:4000 → 3200

 

明日香LP:3000 → 4900

 

 

「上手く躱しましたよ!」

 

「……守って……回復もした……」

 

「あら、どっちもだなんて……随分と欲張りになったのね」

 

「ダイヤモンドダストの中に佇む明日香様……お美しいですわ」

 

「なんてふつくしぃんだ、明日香くん……」

 

 やがて、いつもの三人組がガッツポーズを取る中、ほぅと吐息を漏らすももえに混じるように綾小路も細氷の結晶の舞う中に立つ明日香へ熱い視線を贈る。

 

 

 

 なお、その後のデュエルは綾小路が改めて効果ダメージを加えるも、此度の回復が後々に響き、明日香のライフを削り切ることは後一歩、叶わぬ結果となった。

 

 

 

 かくして、ラブデュエルを終えた両者はお互いに健闘を称え合うが――

 

「綾小路先輩、いいデュエルでした」

 

「いいや、完敗だよ。でも聞かせてくれなかい。僕の想いを込めたデュエルへの答えを!!」

 

「……? えっと……卒業してもお元気で?」

 

 最後に熱いデュエルでの告白の返事を問うた綾小路へ、明日香は僅かに首を傾げた後、卒業していく先輩に早めの賛辞を贈った。

 

「なっ!?」

 

「えっ?」

 

 途端に固まる綾小路。思っていた反応と違ったせいか戸惑う明日香。

 

「う……うぅ……」

 

「あ、あの綾小路先輩、今回のデュエルはどちらが勝ってもおかしくな――」

 

 やがて、うつむき小さく嗚咽を漏らし始めた綾小路に、明日香は慰めではなく本心から此度のデュエルの結果など時の運でしかなかったのだと語ろうとするが――

 

「――うわぁぁぁぁああぁあああんッ!!」

 

「あ、綾小路先輩!? 急にどうし――」

 

 それより先に突如として立ち上がり背を向けた綾小路が走り去る姿に、明日香が咄嗟に手を伸ばすも届かず。

 

「恋なんて……恋なんて大っ嫌いだぁぁあぁあぁああ!!」

 

「えぇ……」

 

 ドップラー効果を響かせながらガチ泣きしながら駆けた綾小路を止められるものなど、この場には誰一人としていなかった。

 

「これは……明日香さんの返事は『No』で良いんでしょうか?」

 

「むしろ『Yes・No』以前の問題じゃないかしら?」

 

 やがて、呆然と綾小路が走り去った先を見やる明日香を余所に、原麗華と雪乃がコソコソと語り合う中、明日香の元にとっとこ駆け寄ったレインは問うた。

 

「……明日香、何処にも……行かない?」

 

「えっ? 今日は特に予定はなかったと思うけど……急にどうしたの?」

 

 だが、質問の仕方が悪いせいか曲解する明日香を余所に、レインは再度問いかければ――

 

「……行かない……?」

 

「え、ええ、卒業まで一緒に頑張りましょう」

 

 望んだ答えが得られたのか、レインは同意を示すように無言でコクリと頷く。

 

 

 

 そうして、流石にあの様相の綾小路の後を追いかける気にはなれなかったのか「敗北の傷へ塩をすりつけることもない」と、そっとしておくこととした明日香たちは予定通りに暫しの歓談を過ごすこととなった。

 

 

 

 

 

 

 

 そんな彼女たちの歓談を余所に1年の終わりだろうがお構いなしの十代と万丈目は、いつも通りに亮へデュエルを挑むべくフォース用の一室に入室しようとするが――

 

「カイザー! デュエルしよ――」

 

「ストップだ、十代くん」

 

「――っと、吹雪さん? どうかしたのか? 大山先輩も珍しくアカデミアにいるし」

 

 扉の前でたむろしていた吹雪の手で歩みを制された十代は、扉の前で立ち往生する試験の時期ゆえにジャングルから戻っていた半裸の大男――ターザンこと大山が未だにジャングルに帰っていないことに珍しさを感じざるを得ない。

 

 それゆえ、十代は吹雪たちに交じり共に部屋の様子を伺えば――

 

「お客さんが来ていてね」

 

「誰なんだ? 外国の人?」

 

「おい、十代。覗き見なんぞ趣味が悪いぞ」

 

 チラと伺えた金髪と顔立ちから吹雪の語る「お客」への興味を募らせる十代を万丈目がいさめるが、吹雪は咎めることなくウィンクして見せた。

 

「亮のライバルってところかな」

 

「カイザーの卒業前に――プロの場に向かう前に宣戦布告へ来たんだろう。男同士の語らいに無粋な真似は出来んということだ」

 

――……そっか。最後の試験も終わったし、カイザーたち卒業しちゃうんだよな……

 

 やがて壁を背に立つ大山の注釈を耳に目前に迫った別れの日を感じてか少々ナイーブな気分になる十代だったが――

 

「なら、俺は席を外します」

 

「えっ!? 万丈目は気にならないのかよ!? あのカイザーのライバルだぜ?」

 

 踵を返した万丈目の背に先程までの神妙さなど忘れたように膨らんだ好奇心を見せる十代へ、万丈目は大きくため息を吐いて呆れタップリに言い放つ。

 

「バカバカしい。貴様は一体いつから上を眺められる程に強くなったんだ」

 

 そう、確かに万丈目の言う通り、亮の実力に追いすがれていない身で向こうをライバル視を如何こうしたところで、さしたる効果もあるまい。

 

「でも、万丈目だってカイザー、ライバル視してたじゃん。兄ちゃんたちと話してたろ?」

 

 だが、それは万丈目にも突き刺さるブーメランだった。

 

「俺と貴様を同列に並べるな!」

 

「えぇー、もう同じ候補生の仲間じゃんかよー」

 

「誰が仲間だ! 誰が! 貴様と俺の間には百の――いや、千すら超えた万の壁があるわ!!」

 

「へへっ、スゲェ壁だな! 挑み甲斐があるぜ!」

 

「貴様という奴は、ああ言えばこう言いおって……!!」

 

 やがて痛いところを突かれたゆえかムキになる万丈目だが、十代からすればその手の歌い文句は望むところ。結果、負け惜しみ染みた言葉を飛ばす羽目になる万丈目だったが――

 

「ふふっ」

 

「て、天上院くん!? いつの間に……綾小路先輩との話は――いや、それよりも何かおかしな部分でもあったのかい?」

 

 いつの間にか合流していた明日香の思わず零した笑みに万丈目は先程の意地の張り合いを即座に止めつつ咳払い一つして、取り繕って見せた。

 

「ごめんなさいね。ただ、そんなに風にムキになる万丈目くんを初めてみたから、つい……」

 

「~~ッ! 十代!! 貴様のせいで天上院くんに嗤われただろうが!」

 

「えっ!? 俺のせい!?」

 

『おい、黙って聞いてやっていれば――ボクの十代の名をきやすく呼ぶなよ、万丈目!!』

 

 だが、外面を繕うのが少々遅かった為、責任転嫁する他ない万丈目にさらされる十代にとっては災難であっただろう。

 

「う~ん、競い合う友情の輝き! 胸キュンポイント8点だ!」

 

 とはいえ、それらの背景の凡そを察している吹雪からすれば彼が好む輝かしき青春の一幕であった。

 

 

 

 

 

 かくして、彼らの青春の一波乱が終われば――

 

「全く、貴様という奴は……とにかく、そういうことだ。天上院くん、こいつのことは任せて構わないかい?」

 

「そんなに心配することないと思うんだけれど……」

 

 そんな捨て台詞と共に万丈目が席を外していく中、室内での亮の会話もひと段落が着こうとしていた。

 

 

『少しはマシな面構えになったじゃないカ』

 

『キミには世話になった』

 

 亮を一瞥することなく背を向ける軍服にも似た白い学生服の男ことデイビット・ラブは、思いがけない返答にオーバーに肩をすくめてみせる。

 

『MeがYouを? よしてくれ』

 

 まさか、過去の言いがかり染みた形で吹っ掛けたデュエルをそんな風に思っていたなどデイビットにとって想定外だった。そして、そんな慣れ合いなど彼の望むものではない。

 

 ゆえに、振り返り様に語気を強めて言い放った。

 

『完膚なきまでに叩き潰す――プロの世界という処刑場で膝を震えさせて待っているんだナ』

 

『ああ、その時は良いデュエルにしよう』

 

『チッ、話はそれだけだ』

 

 だが、相も変わらず友人のように接してくる亮に若干の苛立ちを感じたデイビットは、「用は済んだ」と相手の纏う雰囲気に嫌気がさしたように足早に立ち去ろうとするが――

 

「扉の前でなんダ? 邪魔だ。失せろ、Boy」

 

「わ、悪ぃ」

 

『なんだ、こいつ? 失礼な奴だね』

 

 開いた扉の前にいた十代に出鼻をくじかれた苛立ちをぶつけつつ、今度こそこの場を後にした。

 

 そんなデイビットを見送った亮は、扉の前でたむろする面々の姿に疑問をぶつけるも――

 

「何をしているんだ、吹雪」

 

「友情のインターセプトさ!」

 

「……本当に何をしていたんだ」

 

 残念ながら、親指を立てて歯をキラッめかせる吹雪流の気遣いは届いていない。当人も届ける気がないのだろうが。

 

「あっ、カイザー! デュエルしようぜ!」

 

「すまない、十代。この後、コブラ校長の元に用があってな」

 

「えぇー、そっかー、じゃあ仕方ないか」

 

「なら、このボクが相手になろうじゃないか!」

 

「えっ、良いの!? じゃあ、デュエルだ、吹雪さん!!」

 

 やがて、終わりが目前に感じてか一戦でも多くとデュエルをねだる十代の願いは残念ながら届かなかったが、立ち去る亮を見送りデュエルへ挑む様子を見れば、彼らの日常は最後まで脅かされることなく終わりそうである。

 

 

 

 

 

 ところ変わって、日常が変わらねば終わりな面々への最後の審判をくだすように佐藤は口を開いた。

 

「今回は合否の発表の前に総評を行います。呼ばれた者は来るように。まずは――」

 

「と、とうとう最後の時が来ちゃったっス……ど、どうしよう、慕谷くん……」

 

「お前は俺に勝ったんだから、まだマシな方だろ! 俺を差し置いて緊張するな!」

 

 そうして、1人ずつ呼び出されるクラスメイトを尻目に死刑台に上がる囚人のような面持ちでハラハラしっぱなしの翔と慕谷。

 

 彼らの様子を見るに、どうやら実技の自信はあまりない様子。

 

「で、でも、他のみんなのデュエルは、なんか凄そうな気がするし、気が気じゃないっス!」

 

「やれるだけ、やったんだから――」

 

「次、慕谷くん」

 

「は、はい!!」

 

「し、慕谷くん! ファイトっス!」

 

 しかし、彼らの友情を引き裂くような佐藤の声が響けば、慕谷はガチガチに緊張した様子で駆け寄る他ない。やがて繰り出されるのは――

 

「慕谷くんのデッキは『装備ビート』で一貫しつつ、『直接攻撃可能モンスター主体』、『モンスター比率を増やし、貫通攻撃主体』、『特殊召喚封じモンスター主体』、『2回攻撃主体』などと様々なパターンを試していたようですが、今回の試験はその集大成と考えても?」

 

「えっ?」

 

 懐かしき圧迫面接染みた問答。

 

「闇雲に試していただけですか?」

 

「えっ、あー、それは! えーと、最初は装備を一点集中してダイレクトアタックでぶん殴って勝ちで行くつもりだったんですけど、そのモンスターがやられた後が負けてばっかで……」

 

 僅かに呆けていた慕谷だが、続きを促すような佐藤の声に慌てて自論を語っていく。

 

「その為に特殊召喚を封じることで、相手の行動を阻害していたのでは?」

 

「そ、それは……その、それが出来た時は良いんですけど、手札が偏った時に何も出来ないことが多くて……」

 

「そこから何故、今の形に?」

 

「えー、さっき言った通り手札が偏るとキツかったので、偏っても最低限は動けるようにしたと言いますか……はい」

 

 装備魔法を主体とする戦術を好む慕谷だったが、「モンスターと装備」の2つが揃って初めて真価を発揮する性質上、手札事故は致命的だった。ゆえに防御面を見直したと語る慕谷。

 

「それが2回攻撃の効果を持つモンスターと、レベル4以上の攻撃を制限する永続カードだったと」

 

「……はい」

 

 そうして、レベル4以上の攻撃を制限する構築にすることで、「モンスターと装備」が上手く揃わぬ状況でも即やられぬようにし、その制限をすり抜ける相手には装備魔法で有利を取っていくスタイルを示すが――

 

「ですが、その場合レベル4の結界像が攻撃参加できなくなりますが、その辺りはどうお考えていますか?」

 

 佐藤の言う通り、前の翔のデュエルで見せた《烈風の結界像》などの「結界像」たちは全てレベル4であり、自ら敷いた制限に引っかかってしまうモンスターたちだ。

 

 それゆえに、アンチシナジーな旨を指摘されるが、慕谷は頭をかきつつ自分なりの解を語ってみせる。

 

「あー、《レベル制限B地区》も《グラヴィティ・バインド-超重力の網-》も制限カード(1枚しか採用不可)だから、モンスターへの攻撃は結構参加できるんです。《バブル・ブリンガー》はダイレクトアタックしか封じないんで」

 

「立ち回りでカバーできる範囲だと判断した訳ですか――今後の改善点は?」

 

 ルール上の採用可能枚数ゆえに「結界像と同時に手札に来る確率」を鑑みて、問題ないと判断した慕谷へ、間髪入れずに佐藤が今後の改善案を問えば――

 

「あー、えー、《マシュマロン》みたいな戦闘で破壊されないモンスターがシンドイので、その辺りを――貫通モンスターかな? 混ぜてみようかと考えてます」

 

「なら、永続罠《バブル・ブリンガー》のもう1つの効果の活用にも気を配りなさい。選択肢が『ある』と『ない』では大きく変わります」

 

「えっ? あ、ありがとうございます」

 

「以上です。次、丸藤くん」

 

 最後にポツリと零された助言と共にポカンとする慕谷が解放されれば、お次は翔の番。彼も先の慕谷と負けず劣らずに緊張した面持ちで前に出る。

 

「ははは、はいっス!!」

 

――ヤバいっス! 入学したての頃みたいに滅茶苦茶つつかれる感じっス!

 

 なにせ、それは入学したての頃を思い出させる厳しさが垣間見える為、失言する訳にはいかないと気を張る翔。

 

「丸藤くんのデッキは《チェーン・マテリアル》を主軸にした後は一貫していますね。デッキの核を変えなかったのは何故ですか?」

 

「わわわ……えっと、えっと――」

 

 だが、なんかダメそうだった。

 

「理由がなければ構いません」

 

「あ、あるっス!!」

 

「続けて」

 

 しかし、此処で挫けて終わる翔はもういない。立ち直りの速さでカバーした翔は自信を以て己のNewロイドデッキの真価を語る。

 

「僕のビークロイドたちは1体1体のパワーがそんなに高くなくて、融合することで強くなるっス!」

 

「融合デッキの基本的な性質ですね」

 

「そうっス! でも、ロイドたちは意外に横の繋がり(融合素材同士の互換性)がないから手札に集まったロイドで融合できない状況に陥りやすいんス!」

 

 そう、これがロイドの致命的な欠点だった。

 

 十代のHEROたちは融合素材ごとにA融合体・B融合体といった「選択肢」という形で融合召喚の幅が多く、基本「融合できない」なんてことは殆どない。

 

 だが、ロイドは大半の融合体が専用の融合素材を要求しており、「手札に複数のロイドと《融合》があっても融合召喚できない」なんてことがザラにある。

 

 融合素材モンスターの力で戦おうにも上述したようにパワー不足は否めないだろう。

 

「だからこそ一息に纏めて融合できる今のスタイルという訳ですか」

 

「それだけじゃないっスよ! 今までは融合素材になったロイドたちに出番はなかったっスけど、速攻魔法《次元誘爆》で僕のデッキは進化したんス!」

 

「具体的には?」

 

 しかし、融合召喚して終わりだった今までとは大きく違うのだと翔は得意げに己のデッキの変化を語ってみせる。

 

「状況に応じたロイドを帰還させられるんス! 相手の伏せが気になる時は《パトロイド》、自分の伏せを守りたい時は《ネイビィロイド》――って具合に!」

 

 それこそが融合素材モンスターであることを利用した「除外→帰還コンボ」だった。効果は慕谷との試験デュエルで見せた通りである。

 

「――で、あるのなら装備カードを主体とする慕谷くんのデュエルで《アーマロイドガイデンゴー》を呼ばなかったのは何故ですか?」

 

「そんなの決まってるっス! 《アーマロイドガイデンゴー》の魔法・罠を除去する効果は『アドバンス召喚した時』に発動するから、特殊召喚する意味はないっス!」

 

「《スーパービークロイド-モビルベース》で手札に戻してからアドバンス召喚しなかったのは何故か――との問いだったのですが」

 

「あっ」

 

 なんかダメそうな気配が翔に突き刺さった。

 

 

 おNew過ぎた結果、翔のデッキ慣れが間に合わなかったらしい。

 

 

 やがて、その後も暫しの問答が続いた後に開放された翔は真っ白に燃え尽きたように腰を落とした。

 

「次は――」

 

「……終わったっス。僕のアカデミア生活も終わりっス」

 

 夢も希望もありはしないのだと、大一番のラストチャンスで大ポカをした翔の脳裏を巡るのは楽しかったアカデミアでの日々――いや、あんまり楽しい日々はなかった。

 

「お前が終わりなら逆説的に俺も終わりじゃねぇかよ……」

 

「見るっス、この死屍累々なみんなを――仲良く退学で終わりっス」

 

 だが、励ます慕谷の言う通り、翔がダメなら彼に負けた慕谷はもっと可能性がない。

 

 ゆえに、翔と似たような状態のクラスメイトの重苦しい雰囲気に耐えられなくなったのか希望を探すように慕谷は言葉を尽くす。

 

「じ、自暴自棄になるなよ、丸藤! みんなもだ! 俺たちみんな、強くなった実感はあっただろ!」

 

「デュエルエリートじゃなきゃ意味ないっス。ゴメンよ、お兄さん……僕、やっぱり落ちこぼれだったっス……」

 

 しかし、佐藤の問答を受け、新たな死屍累々が広がっていく中で探す希望など儚い代物でしかなかった。

 

 絶望のターンエンドである。

 

 

 

 

 

 

 

「全く、あのアホ(十代)め……先輩方に気を利かせられんのか」

 

 そんな地獄もかくやな面々を余所に、亮とデイビットの会合を邪魔してはならぬとブラブラ散策していた万丈目だが、その歩みはふと止まる。

 

「あのカイザーが認めたライバル……か」

 

 カイザーと並び立ち、超えることを目標にしていた万丈目にとって、吹雪が――いや、あの亮自らがライバルと認める相手を己の視界に入れたくなかった。そんな気持ちもゼロではない。

 

 己こそが――そう醜い嫉妬心を燻らせてしまうかもしれない。それが万丈目には怖かったのかもしれない。

 

「いや、上を見上げてもキリがない。今は候補生から本当のフォースになるのが先だ」

 

 だが、道半ばで迷っていても仕方がないと顔を上げた万丈目は、来た道を引き返し始める。

 

「……そろそろ戻るか――? 声?」

 

 しかし、彼の耳が捉えた大仰に驚く人間の声の方へと誘われれば――

 

 

『なんデスート!? 卒業デュエルの在校生代表に、シニョール十代を!?』

 

 一発で誰か判明する独特な口調が校長室の少しばかり開いた扉の奥から響いていた。

 

『2年生ニーモ、シニョール大山を含め、粒が揃っている中で1年生の起用ナノーネ!?』

 

『最後まで我儘を言ってしまい申し訳ないです』

 

『キミが気にすることではない』

 

 やがて、校長室の窓からアカデミアを眺めていたコブラの背中越しの声が亮の謝罪を切って捨てる。

 

『在校生代表の選出権は首席であるキミの権利だ。存分に行使したまえ』

 

 そして、そんな言葉を最後に少し開いていた扉は閉められ、話題は詳細へと移っていった。

 

 

 

 

 

 だが、そんな細部の会話を知る術もなく、関係のない万丈目は暫しの思案の後――

 

 

――十代が、カイザーの最後の相手に……?

 

 

『――デュエルの馬鹿やろぉぉおおぉおおおお!!』

 

 

 綾小路が涙ながらにアカデミアの島内の山の方で叫ぶ声が木霊して響けば、思考の渦に沈んだ万丈目の意識は引き上げられる。

 

――綾小路先輩……玉砕なされたんですね……

 

 そんな声に全てを察した万丈目はフォース用の一室への道から背を向け、オベリスクブルー男子寮の方へと歩を進め始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 山奥から悲恋の青春的叫びが響く頃、そんな声がギリギリ届かぬオシリスレッドの面々への総評を終わらせた佐藤はこの場を切り上げるべく未だ死屍累々な翔たちへ最後の言葉を贈る。

 

「退学者へ該当するものは0になります。この時期まで残ってしまった事実を重く受け止めて寮に戻り、樺山教諭ならびに響教諭の指示に従うように――以上です。各自解散しなさい」

 

 その端的な説明に周囲のレッド生徒がザワザワし始める中、翔は信じられぬ様子で立ち上がり叫んだ。

 

「0人!? みんな退学ってことっスか!?」

 

「落ち着け、丸藤! 退学者が0人ってことだ!」

 

「じゃあ、昇格者は何人っス!? ――って、待ってくださいっス! 佐藤先生!」

 

「なんでしょう?」

 

 そうして、混乱した様子の翔が慕谷に肩を引かれるのも振り払って、この場を去っていく佐藤へ縋るように駆け寄り問うが――

 

「僕たち昇格なんスか!?」

 

「退学勧告を受けなかった時点で論じるまでもない話です。教員の方々をあまり待たせてはいけませんよ」

 

「……? じゃあ、みんな昇格したってことっスか……?」

 

「最初からそう告げた筈ですが?」

 

「なんでっスか!!」

 

 佐藤からの「昇格」を意味する朗報を前に翔は何故か納得がいっていない表情で噛みついた。

 

「た、確かに名前呼んでくれれば――って、まさか分かってなかったの俺たちだけ? ……まぁ、態々全員呼ぶ方もアレか」

 

 そう、慕谷の言う通り「退学者」の有無ではなく、いつも通りに「昇格者」の名を呼べば余計な混乱を生むことはない。態々、今回だけ異なる形にしたのはいたずらが過ぎよう。

 

「――なんでプレミした僕が昇格なんスか!!」

 

「ま、丸藤!?」

 

 だが、翔が問題にしているのは全くの別件だった。それが己のプレイミスの件。

 

 装備魔法を主体とする慕谷を相手に《アーマロイドガイデンゴー》の防ぎ難い「除外」効果を忘れずに活用していれば、グンと楽に勝利できたのだ。

 

 ゆえに、今回の試験での翔のプレイミスが意味するところは大きい。無駄に手古摺るどころか勝てる勝負を落とす可能性すらあったのだから。

 

「呆れた。未だに問題の本質を理解していなかったとは」

 

 しかし、分かり易くため息を吐いて呆れて見せる佐藤の見解は違う。

 

「プロの世界ですらプレイミスは起こり得ます。『プレイミスが理由で昇格できない』のならば、全生徒がレッド生ですよ」

 

 なにせ、デュエルにおいて「プレイミス」は避けられない代物だ。戦況一つ読み違えるだけで「結果的にミスだった」ことなどザラにある。

 

 それに加えてプレイミスを恐れてデュエルが消極的になってしまっては本末転倒な為、「プレイミスの有無」は直接的な昇格・降格には加味されないのだと佐藤は語ってみせた。

 

「で、でも、『プレイミスに気を配れ』って響先生に言われたっス!」

 

「それは当時の貴方のデュエルが常に粗雑だったからでしょう?」

 

「ざ、雑!?」

 

 しかし、別の教員から注意された旨を翔が返すも、痛烈な一撃がカウンターされる始末。

 

「まぁ、あの時は結構なレベルで雑だったな」

 

「し、慕谷くん!? どっちの味方なんスか!!」

 

「いや、俺も他人のこと言えた義理じゃないけど、お互い自分が使うカードすら怪しかったし」

 

「うぐっ……」

 

 そうして、いつの間にやら背中(友人)からも切られることとなった翔は返す言葉を失うが――

 

「とはいえ、凡その改善も見られ、デッキ並びにプレイングも一定のレベルに達してはいますから昇格――いえ、『レッドからの昇格』『程度』なら問題ありませんよ」

 

「じゃあ、遂にやったんスか……? イエローに上がれるんスか……?」

 

「辛くも及第点と言――」

 

「――やった……やった! やったっス~!! 遂にイエロー生っス!!」

 

 佐藤からの一々棘のある合格判定の最中に翔の中でようやく実感が生まれ、ワナワナと喜びに震えながら身体全体より溢れるような喝采と共にバンザイして両手を上げた。

 

「ギリギリ滑り込みだけど昇格達成っス!! やったー!!」

 

「聞きなさい」

 

「――グエッ!?」

 

 だが、そんな翔の喜びの万歳三唱は己の頭を掴んで捻った佐藤によって強引に向き合わされる形で終わりを告げる。

 

「辛うじて退学を逃れた程度で調子に乗らないように。現段階ではレッド落ちの可能性が卒業まで常について回ると考えなさい――キミたちには、そのくらいの認識が丁度良いでしょう」

 

「……はいっス」

 

「耳が痛いな……」

 

 そうして、要約すれば「お前ら調子乗れる立場か?」とありがたい説法を食らった翔たちがガクリと肩を落とす中、背を向けた佐藤は去り際に一つ付け加えた。

 

「とはいえ、キミたちが羽を伸ばせるのは今日くらいでしょう。はしゃぐのは荷造りする時くらいに留めなさい」

 

「はいっス!!」

 

 そんな「はしゃぐなら程々にな」を意味する言葉に、破顔した翔は最後にビシッとお辞儀をした後――

 

「みんなー! 昇格のお祝いにハイタッチするっスー!!」

 

「 「 「 せーの! 」 」 」

 

 つい少し前まで死屍累々だったオシリスレッドの面々――否、新ラー・イエローの面々は円陣を組むように集まり――

 

「 「 「 やったー!! 」 」 」

 

 自分たちの昇格を祝って暫しの間、天高々に届くような万歳三唱を続けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 そんなアカデミアの一角のお祭り騒ぎの様相を余所に、フォース用の一室では――

 

「――パンサーウォリアーでダイレクトアタックだ!!」

 

 漆黒の豹の戦士が対峙する十代へ向けてフィールドを駆け抜け、己が愛刀ならぬサーベルを振りぬいたと同時にライフが0になることを示す音が響く

 

「くっそー! 後、ちょっとだったのにー!!」

 

「フッ、まだまだハンデなしじゃ負け越して上げられないからね!」

 

 やがて脱力したようにその場に座り込んで悔しがる十代は、差し出された吹雪の手を取りつつ互いの健闘を称え合う。

 

「次の相手を頼みます!」

 

「勿論だ! 大山くん! キミの進化したドロー、魅せて貰うよ!」

 

「じゃあ俺は天上院とデュエルし――おっ、万丈目おかえりーって、なんかあったのか?」

 

 そうして、大山へとデュエルの順番を替わった十代がデュエル場から離れ、今度は明日香へデュエルを挑もうとする中、戻って来た万丈目の姿を確認し、丁度良いと駆け寄っていく。

 

「天上院くん、今構わないかい?」

 

「構わないけど……どうしたの? 深刻そうな顔して」

 

「ん~? 万丈目のヤツ、急にどうしたんだ?」

 

 しかし、いつもとは異なる万丈目の気配に十代は怪訝な様子で明日香とのやり取りを見守るが――

 

「十代、貴様もだ」

 

「えっ、俺も?」

 

「それで万丈目くん、話って?」

 

 珍しく1年フォース候補生だけが集まった中、吹雪と大山のデュエルを尻目に万丈目は促されるままに重い口を開く。

 

「卒業デュエルの在校生代表――1年の俺たちは辞退しておかないか?」

 

「えっ?」

 

 それは卒業式にて、卒業生の首席が選んだ在校生1名と締めのデュエルする行事の件。

 

 基本的に在校生もデュエルの腕に秀でた人間が選ばれる傾向があるだけに、フォースの候補生に選ばれた面々から選出される可能性が高い。

 

「えぇ~、なんでだよ。選ばれた奴が頑張りゃ良いじゃん」

 

「カイザーの最後の相手に1年生が選ばれたとなれば、先輩方も面白くはないだろう。ならば俺たちが先んじて辞退していた方が余計な波風を立てずに済む――そうだろう?」

 

「それは……確かに、そうかもしれないけど……」

 

 当然の不満を漏らす十代へ、万丈目が説明していけば優等生の明日香も納得の理由が述べられる。

 

「俺は反対! そういうの何か違うだろ」

 

 だが、理解と納得は別口だった。

 

「ふん、貴様が無根拠に『そう』言うだろうことは想定済みだ」

 

 しかし、万丈目も察していたゆえか咎めることはなく、鋭い視線を以て十代を指さして言葉を叩きつけた。

 

「――俺とデュエルしろ、十代」

 

 デュエルの挑戦状を。

 

「貴様が勝てば勝手にしろ。だが、俺が勝てば従って貰う」

 

「良いな、それ! そっちの方が分かり易くて良いぜ!」

 

「ちょっと万丈目くん! そんな喧嘩みたいなこと――」

 

 勝った方に従う――そんなシンプルだが些か乱暴に思える意見に明日香は思わず割って入るが、万丈目は突き放すように視線で制した。

 

「邪魔をしないでくれ天上院くん――それとも、キミも在校生代表に未練がある口か?」

 

「そ、そうは言わないけど、こんな乱暴なやり方じゃなくても……」

 

 いつも己には紳士的だった万丈目の厳しい視線を前に明日香は戸惑いを見せるも――

 

「へへっ、じゃあ早速やろうぜ! 審判は頼む、天上院!」

 

「いや、場所を変えるぞ。此処では吹雪さんたちに止められかねん」

 

 当の十代が乗り気な以上、止めれそうな人間(吹雪)はデュエル中である為、状況に流されるように一同は場を移すこととなる。

 

 

 

 

 そうして、3名が向かったのは購買付近の――

 

「此処って、フードコートの……?」

 

 お昼休みに生徒たちが憩いを求めるフードコートの近くに設置されたデュエル場。とはいえ、今は時間帯の問題か人の気配は感じさせないが。

 

 やがて、十代が馴染みの場の珍しい雰囲気にキョロキョロ周囲へ人影を探す中、デュエル場の一角に立った万丈目はデュエルディスクを装着しながらこの場を選んだ理由を告げる。

 

「今の時間帯なら人も少ない。それに貴様が散々デュエルしている場だ。珍しくもない光景なら、悪目立ちもせんだろう」

 

「2人とも頭を冷やしなさい! こんな喧嘩みたいな真似、本当に――」

 

「天上院くん――俺は本気だ」

 

「へへっ、そういや候補生になってから、お前と真正面からぶつかる機会って中々なかったよな!」

 

 そうして、明日香の最後の注意を真っ向から弾いた万丈目が立つデュエル場へと十代はワクワクを隠し切れぬ様子でデュエルディスクを手に歩を進め――

 

「ふん、結果は前と同じになるだろうがな」

 

「なら、前の俺とは違うってところ見せてやるぜ!」

 

 互いに軽口を以て勝負の了承と取れば――

 

「天上院くん、開始の合図を頼む」

 

「行くぜ、万丈目!!」

 

「――もう! デュエル開始!!」

 

「 「 デュエル! 」 」

 

 審判役となった明日香の宣言と共に、1年最強を決める決戦の火蓋が切られた。

 

 

 

 

 

 さぁ、最強は(どちら)だ。

 

 

 

 

 

 

 

「――ああ、成程。そういうことか」

 

 そんな彼らのデュエルを、笑みを浮かべた1つの人影が見つめていたことを彼らは知る由もない。

 

 






翔くん、レッド脱出! 脱出!




この度iloveu.exe様から支援絵を頂きました。ありがてぇ……!! 骨身に染みる……!
https://img.syosetu.org/img/user/405051/101326.png
普段の神崎のイラスト。胡散臭い会社員――にあるガッチガチの背中に吹く。
そりゃ海馬社長も警戒するわ……(謎の関西弁)

https://img.syosetu.org/img/user/405051/101327.png
冥界の王の力(腕)を行使した神崎。
その「このような結果になり残念です」とでも言わんばかりの所作がバクラに別れ(死刑宣告)を告げた時を思い出させるぜ!(思い出させない)



~今作の翔のデッキ(New・VerUp版)~

前回の《チェーン・マテリアル》と《フュージョン・ゲート》のコンボからの復活スタイルを維持しつつ特化させた。

一番の目玉は、速攻魔法《次元誘爆》によって疑似的に「任意のロイドを好きなタイミングで呼べる」為、ニッチ過ぎる効果を持つロイドたちをピンポイントな状況で活用できる――かもしれない。

速攻魔法《次元誘爆》には融合モンスターをデッキに戻す必要があるが、相手に表側のモンスターさえいれば《スーパービークロイド-モビルベース》で《スーパービークロイド-モビルベース》を供給し続けられるのであまり困らない。

一番の問題は――
「大量の融合召喚を上述のコンボで一刻も早く行う」+「要である《次元誘爆》に必要な『除外された相手モンスターの用意』」の双方に特化する必要がある為、
カイザーことお兄さん印の《パワー・ボンド》を採用する余地が一切ない。

すまねぇ、カイザー。
融合テーマのロイドって想像以上に融合召喚が苦手やったんや……(自己矛盾)



~今作の綾小路ミツルのデッキ~

原作で彼が使用した「1500の効果ダメージを与えるカード群」が手札やデッキトップを参照するカードが多かった為、OCGでの類似カードを主軸にした。

その際に「高レベルのモンスター」が必要だった為、サーチ手段も多い【サブテラー】テーマを拝借。《サブテラーの導師》や《サブテラーの継承》を以てコンボパーツを集めていく。

彼のエース――未OCGカード『伝説のビッグサーバー』は
デッキから未OCG魔法『サービスエース』(自分手札の1枚の種類を相手に当てさせ、ハズレなら1500ダメージを与える)を
サーチする効果を持っているが、OCGの中に似た代物がなかったので――

疑似『サービスエース』を内蔵している《インフェルニティ・リローダー》で代用している。

【導師ビート】の真似事も出来る為、妨害力はそこそこあり、
(下準備がアレだが)効果ダメージもライフ4000環境ではシャレにならない威力が出るので
彼がライバル視していたカイザーにもワンチャンあるのではなかろうか?




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第274話 光さす道



前回のあらすじ
K〇NAMIさん、ロイドを――いや、アニメテーマをもっと幅広く助けてくださいっス……






 

 

 

 万丈目から唐突に挑まれる形で始まったデュエルの先攻を得た十代は、久しく機会のなかったライバルとの一戦に高揚感を隠せずにカードを引く。

 

「俺のターン、ドロー!! さぁて、どうすっかな」

 

『なんだか面倒なことになってるじゃないか』

 

――でも、「こう」も本気の万丈目とのデュエルなら望むところだぜ!

 

 そうして、ユベルの呆れ気味の視線を余所に魔法カード《手札抹殺》を発動し、お互いの手札を墓地に送り、十代はお互いに同じ枚数ドロー。

 

 更に墓地に送られた装備魔法《妖刀竹光》の効果で《黄金色の竹光》をサーチし――

 

「永続魔法《切り裂かれし闇》を発動! そんでもって魔法カード《融合派兵》! エクストラの《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) マッドボールマン》を公開して現れろ――クレイマン!!」

 

 来たる万丈目の猛攻に備え、十代のデッキの守備隊長とも言える土色の丸みを帯びた体躯のヒーローが赤く丸い頭の前で両腕を交差し、迫る攻撃に備える。

 

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) クレイマン》守備表示

星4 地属性 戦士族

攻 800 守2000

 

「永続魔法《切り裂かれし闇》の効果! 俺が通常モンスターを召喚・特殊召喚した時、1枚ドローする!」

 

 やがてカードをドローした十代は《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) クレイマン》が扱いに困るように小脇に抱えた装備魔法《折れ竹光》を装備させると、『竹光』カードがある際に2枚ドローできる魔法カード《黄金色の竹光》を2枚発動して一気に手札を増やし――

 

「来た来たァ! 魔法カード《ミラクル・フュージョン》! 墓地のバーストレディとバブルマンを除外し、融合召喚!! 頼んだぜ、スチーム・ヒーラー!!」

 

 墓地に眠る水と炎のヒーローの力を得たことで間欠泉と共に現れるのは紫色の装甲で覆われたマシンヒーロー。

 

 背面から熱を逃がすパイプが4本ほど翼のように伸び、大きく装甲を盛られた手足からスチームを吹き出しホバリングしながらフィールドへとゆっくり着地した。

 

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) スチーム・ヒーラー》攻撃表示

星5 水属性 戦士族

攻1800 守1000

 

 些か攻撃力に不安が残るモンスターに見えるが、十代からすれば頼もしいヒーローであることを疑わせぬ真っ直ぐな瞳のまま永続魔法《未来融合-フューチャー・フュージョン》を発動した十代は、カードを3枚セットしてターンを終えた。

 

 

十代LP:4000 手札2

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) スチーム・ヒーラー》攻1800

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) クレイマン》守2000

伏せ×2

《折れ竹光》

《切り裂かれし闇》

《未来融合-フューチャー・フュージョン》

VS

万丈目LP:4000 手札5

 

 

 凡そ平均的な立ち上がりを見せた十代に対し、万丈目は何処かいつも以上に固い表情を持ってデッキに手をかけドローし――

 

「定番の融合ヒーローか――俺のターン! ドロー!」

 

 此方も魔法カード《手札抹殺》を発動した後、魔法カード《トレード・イン》でレベル8を墓地に送って2枚ドローした万丈目は、最後に魔法カード《闇の量産工場》で墓地の通常モンスターを2体手札に回収すると――

 

「魔法カード《融合派兵》! 説明は不要だろう――俺はデッキより、ロード・オブ・ドラゴンを特殊召喚!!」

 

 万丈目の定番コンボの立役者たる青いマントの竜骨の鎧を纏いし魔術師が颯爽とマントを揺らしつつ懐から先んじて笛を取り出せば――

 

《ロード・オブ・ドラゴン-ドラゴンの 支配者-》攻撃表示

星4 闇属性 魔法使い族

攻1200 守1100

 

「おっ、早速来るのか!」

 

「魔法カード《ドラゴンを呼ぶ笛》! 手札から現れよ、俺のドラゴンたちよ!!」

 

 いつもの光景とばかりに《ロード・オブ・ドラゴン-ドラゴンの 支配者-》の演奏に誘われ、巨大な爪に似た6枚の翼を円形に伸ばす細身の竜が危険な標識に似たフォルムの通りの毒竜が天より舞い降り、

 

《パンデミック・ドラゴン》攻撃表示

星7 闇属性 ドラゴン族

攻2500 守1000

 

 さらに機械の鳥を思わせる甲殻に覆われた薄紫色の翼竜が大きな下顎を開きながら、いななく鳥のような甲高い咆哮を飛ばしながら、天を舞う。

 

《ホーリー・ナイト・ドラゴン》攻撃表示

星7 光属性 ドラゴン族

攻2500 守2300

 

『最上級の通常モンスター? 気を付けろ、十代。こいつ、いつもとデッキが随分と違う』

 

「へへっ、それってつまりは新戦術ってことだろ! く~! 楽しみだぜ!」

 

「フン、その減らず口がいつまで続くか見ものだな――《パンデミック・ドラゴン》の効果! このカード以下の攻撃力のモンスター1体を破壊する!!」

 

 初見の《ホーリー・ナイト・ドラゴン》へ警戒を促すユベルだが、その危惧を飛び越え《パンデミック・ドラゴン》の咆哮が轟く。

 

 さすれば、その口から毒液が放たれ――

 

「消え失せろ! スチーム・ヒーラー!!」

 

「させるか! 墓地の罠カード《スキル・プリズナー》を除外し、効果発動! 俺のカード1枚への相手のモンスター効果を無効にする!」

 

 《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) スチーム・ヒーラー》に迫るも、接触の寸前で半透明の六角形の壁が現れたことで毒液を阻み届かない。そして周囲に散らばった毒液が大地を溶かすに留まる。

 

「だったら対象に取らなければいいだけの話! 《パンデミック・ドラゴン》の更なる効果! 俺のライフを糧にフィールドに毒をバラまき、その分だけ自身以外の攻撃力を下げる!」

 

 ならば、と《パンデミック・ドラゴン》が唸り声と共に体を震わせれば、歪な突起のような翼から黒い粒子が周囲に散布されていく。

 

万丈目LP:4000 → 3000

 

 その粒子は敵味方問わず周囲のモンスター全てを侵食し、身体に黒い斑点染みた紋様を浮かばせながら肉体を内側から腐らせていった。

 

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) スチーム・ヒーラー》

攻1800 → 攻800

 

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) クレイマン》

攻 800 → 攻 0

 

《ホーリー・ナイト・ドラゴン》

攻2500 → 攻1500

 

《ロード・オブ・ドラゴン-ドラゴンの 支配者-》

攻1200 → 攻 200

 

 

 やがて、万丈目が普段から頼りにしている《ロード・オブ・ドラゴン-ドラゴンの 支配者-》が苦し気に膝をつく姿に明日香は思わず言葉を零す。

 

「自分のモンスターごと弱体化させるなんて……いつもの万丈目くんらしくないわ」

 

「墓地の《カーボネドン》を除外し、デッキからレベル7以下のドラゴン族――《神竜 ラグナロク》を守備表示で特殊召喚!!」

 

 しかし、明日香の声など届かぬ様子で墓地に眠る機械染みた黒い装甲に覆われた小型の二足恐竜が圧力を受けて圧縮されれば、その装甲がはじけ飛び、その内部より純白の東洋竜が細く流麗な体躯でとぐろを巻いて現れる。

 

《神竜 ラグナロク》守備表示

星4 光属性 ドラゴン族

攻1500 守1000

 

「そして墓地の《輪廻竜サンサーラ》を除外し、墓地のレベル5以上のドラゴン族を手札に加えてアドバンス召喚する!!」

 

『来るぞ、十代!』

 

「ロード・オブ・ドラゴンと《神竜 ラグナロク》を贄に現れろ、我が魂!!」

 

 そうして、揃った2体の生贄が天への扉を開けば、天上より聖と魔を併せ持ったドラゴンが光と共に姿を現す。

 

「――《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》!!」

 

 やがて身体の中央で黒と白に分かれた万丈目の相棒たるドラゴンが、天使と悪魔の翼を広げて、十代を威圧するように咆哮を飛ばした。

 

光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》攻撃表示

星8 光属性 ドラゴン族

攻2800 守2400

 

「これで貴様が何を伏せていようとも無意味! バトルだ!! 《ホーリー・ナイト・ドラゴン》でスチーム・ヒーラーを攻撃!!」

 

 毒の粒子に浸食されている筈の《ホーリー・ナイト・ドラゴン》は、いななきと共に広げた翼で《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) スチーム・ヒーラー》を屠らんと地上スレスレを滑空するように突撃するが――

 

「そいつは、どうかな! その攻撃宣言時、永続魔法《切り裂かれし闇》の効果! 1ターンに1度、通常モンスターを素材に呼び出された融合モンスターがバトルする時! 相手モンスターの攻撃力分パワーアップする!」

 

「藤原先輩の《オネスト》の類似効果か……」

 

「そうさ! そして、お前の《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》は発動済みの永続カードの効果を止められない!」

 

 墓地に眠るヒーロー(通常モンスター)の助けを受け、《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) スチーム・ヒーラー》の身体が黄金に輝けば、毒の粒子に侵されていた筈の身体は活力を取り戻していく。

 

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) スチーム・ヒーラー》

攻800 → 攻2300

 

「反撃だ! スチーム・ヒーラー! スチーム・ブラスト!!」

 

 そして、大地を滑るようにホバリングして駆ける《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) スチーム・ヒーラー》の両腕の盛られた装甲が展開すれば、そこより蒸気が迸り、毒を受け弱った影響で高度が下がった《ホーリー・ナイト・ドラゴン》を打ち落とした。

 

万丈目LP:3000 → 2200

 

「くっ……! 少しは知恵を絞ったようだな……!」

 

「そしてモンスターを破壊したスチーム・ヒーラーの効果! その攻撃力分のライフを回復させて貰うぜ!」

 

「だが、それは通さん! 《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》の効果! 攻守を500下げ、効果の発動を無効にする!」

 

 ダメージの衝撃に顔を腕で覆っていた万丈目が、《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) スチーム・ヒーラー》が仕留めた獲物のエネルギーを吸収しようと両肩からパイプを伸ばす姿へと指させば、《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》の生命力を消費して放たれた光のオーラが周囲を満たし、その力を掻き消していく。

 

光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》攻撃表示

攻2800 守2400

攻2300 守1900

 

 その相も変わらず厄介な能力を前に、制御不能に陥ったゆえに膝をついた《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) スチーム・ヒーラー》を余所に強気な姿勢を見せる十代だが――

 

「でも、これで《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》のパワーは下がったぜ!」

 

「だったら《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) スチーム・ヒーラー》を攻撃しろ! 《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》! ダークバプティズム!!」

 

「なっ!?」

 

『攻撃力の勝る《パンデミック・ドラゴン》で攻撃しないのか!?』

 

 己がフェイバリットを自ら捨てるような万丈目の宣言に、フェイバリットカードへの想いの強い十代はユベル共々面食らう。

 

 やがて、再び両腕の重装甲を展開し蒸気を迸らせた《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) スチーム・ヒーラー》の攻撃に自ら身を晒すように無防備に突撃した《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》は蒸気の激流にその身を散らす寸前に《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) スチーム・ヒーラー》の喉元に牙を突き立て相打った。

 

「破壊された《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》の効果発動!! 俺のフィールドの全てのカードを破壊し、墓地のモンスター1体を復活!! だが、ドラゴン族の破壊は墓地の魔法カード《復活の福音》を以て身代わりとする!!」

 

 しかし、消えゆく《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》は新たな命となって転生を果たさんと己の周囲を全て包みこむような闇のオーラが噴出させるが――

 

「だったら、ダブルリバース(2枚の伏せカード)オープン! 罠カード《ヒーロー・シグナル》! 罠カード《セットアッパー》!!」

 

 とはいえ、形はどうあれ《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》の影響から逃れた十代も黙ってはいない。仕掛けた伏せカードを全て使って守りを固める。

 

「デッキよりヒーロー1体――バブルマンと、スチーム・ヒーラーより攻撃力の低いモンスター1体を裏側守備表示でセットするぜ!!」

 

 そしてピンチの十代の元に駆けつけたのは、水色のアーマーを装着し、深い青のヒーロースーツに身を包んだ水のヒーロー。白いマントをはためかせながら十代を守るように迫る脅威に立ちふさがる。

 

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) バブルマン》守備表示

星4 水属性 戦士族

攻 800 守1200

 

 その隣でチラッと壺が見えると同時に裏側のカードと化して、裏側表示であることを示した。

 

《メタモルポット》裏側守備表示

星2 地属性 岩石族

攻 700 守 600

 

「フン、これで貴様の守備モンスターは3体――慌てて守りを固めたか」

 

 《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》が死に際に放った闇のオーラより歩み出るのは、他ならぬそのオーラに唯一呑まれた《ロード・オブ・ドラゴン-ドラゴンの 支配者-》自身。

 

《ロード・オブ・ドラゴン-ドラゴンの 支配者-》攻撃表示

星4 闇属性 魔法使い族

攻1200 守1100

 

 更に、その隣で座禅を組む人型ながらも全身の鱗と頭の角、そして背中から翼を伸ばす竜人の老僧侶と思しき姿が祈りの所作を見せていた。

 

霊廟(れいびょう)の守護者》守備表示

星4 闇属性 ドラゴン族

攻 0 守2100

 

『ロード・オブ・ドラゴン? もっと攻撃力の高いモンスターも墓地にいた筈なのに……』

 

「ドラゴン族が破壊されたことで墓地の《霊廟(れいびょう)の守護者》は特殊召喚される――そして速攻魔法《ライバル・アライバル》!!」

 

 そして、十代の守勢を嘲笑うかのように万丈目は手札から新たなしもべを呼び寄せんとカードを発動させれば、空に浮かぶ雲が真っ二つに割れた。

 

「ドラゴン族2体分のリリースとなる《霊廟(れいびょう)の守護者》をリリースし、アドバンス召喚! 舞い降りろ! 《エビルナイト・ドラゴン》!!」

 

 そんな不吉さを感じさせる空から風を切って舞い降りるのは、鋭いくちばしのような頭を持つ長大な青きドラゴン。

 

 その細く長い身体の各位から伸ばす小ぶりな翼に反し、雲を断つ手足の爪は非常に鋭利で禍々しい。

 

《エビルナイト・ドラゴン》攻撃表示

星7 闇属性 ドラゴン族

攻2350 守2400

 

「貴様の固めた守りなど、俺の前では塵同然と知れ!! 薙ぎ払え! 俺のドラゴンたちよ!!」

 

 《パンデミック・ドラゴン》と《エビルナイト・ドラゴン》の放った毒液と瘴気のブレスが《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) クレイマン》と《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) バブルマン》を瞬く間に融解させる中、《ロード・オブ・ドラゴン-ドラゴンの 支配者-》のパンチが壺こと《メタモルポット》を粉砕。

 

「くぅっ……!! でも、なんとか凌げたぜ……!」

 

『リバースした《メタモルポット》の5枚のドローも悪くないね』

 

 攻撃の余波の中、《メタモルポット》の効果で手札を捨てて新たに5枚のカードをドローした十代は、その際に墓地に送られた装備魔法《妖刀竹光》の効果で魔法カード《黄金色の竹光》をサーチするが――

 

「だが、貴様の《メタモルポット》の恩恵は俺も受ける――速攻魔法《瞬間融合》発動!!」

 

「っ!? キングドラグーンは融合できない筈!?」

 

「俺は魔法使い族のロード・オブ・ドラゴンと、ドラゴン族の《エビルナイト・ドラゴン》を融合!!」

 

 万丈目の追撃に放ったカードに十代は面食らう。

 

 自分フィールド限定の融合を行う《瞬間融合》では万丈目のデッキの潤滑油たる《ロード・オブ・ドラゴン-ドラゴンの 支配者-》の進化体である《竜魔人 キングドラグーン》を今の状況で呼ぶことは叶わない。

 

 そして、この状況で呼び出されるようなカードも十代にとっては完全に未知。

 

「融合召喚! 顕現せよ! 《ミュステリオンの竜冠》!!」

 

 そんな警戒心に一歩後ずさる十代に立ちはだかるように異次元をこじ開け、巨大で長大な黄金のドラゴンが万丈目のフィールド内を圧巻する。

 

 そんな中、大きな顎を開く竜の頭の頭蓋より黄金の鱗で覆われた人型の上半身が己が生誕を祝うように両の手を左右に広げれば、竜の顎より空間を揺らす程の轟咆を響かせた。

 

《ミュステリオンの竜冠(りゅうかん)》攻撃表示

星8 光属性 魔法使い族

攻3000 守1500

 

「攻撃力3000……!?」

 

「いいや、ミュステリオンは自身の除外されているカードの数×100ポイント弱体化するが――」

 

 やがて、《ミュステリオンの竜冠(りゅうかん)》の身体から黄金の鱗が身体から幾つか落ちる中、むき出しの部分より水晶のような皮膚膜を覗かせていく。

 

《ミュステリオンの竜冠(りゅうかん)

攻3000 → 攻2700

 

 そんな負傷により若干の攻撃力の減少があったが、残念ながら今の十代を守ってくれるモンスターはいない。

 

「今の貴様には十分だ――行け! ミュステリオン!!」

 

「うぅわぁあぁぁあ!!」

 

 それゆえ、竜の頭蓋より伸びる人型の上半身が敵である十代を指させば、その顎が獲物を求めてガチリと開き、水晶が雨の如く連なった剣撃のブレスが無防備な十代を襲った。

 

十代LP:4000 → 1300

 

『十代!!』

 

「くっ……効いたぜ」

 

「俺はバトルを終了し、魔法カード《ドラゴン・復活の狂奏》を発動!」

 

 初撃で中々のダメージを負った十代へユベルが心配そうに肩を貸す中、万丈目は次のターンへの追い込みとして、《ミュステリオンの竜冠(りゅうかん)》の頭蓋から伸びる人型にギターと旋律を授ければ激流のようなメロディーが響き渡り――

 

「魔法使い族がいる時、墓地のドラゴン族の通常モンスターを含む2体のドラゴンたちを復活させる!! 舞い戻れ、俺のドラゴンたち!!」

 

 大地より二筋の間欠泉が噴出し、竜の頭となって天へと昇れば、その水飛沫の内より十代が先程倒した筈のドラゴンたちが舞い戻る。

 

《ホーリー・ナイト・ドラゴン》攻撃表示

星7 光属性 ドラゴン族

攻2500 守2300

 

霊廟(れいびょう)の守護者》守備表示

星4 闇属性 ドラゴン族

攻 0 守2100

 

 そして、万丈目は《ミュステリオンの竜冠(りゅうかん)》を魔法カード《アドバンスドロー》によって墓地に送り2枚ドローした後――

 

「此処で墓地の《輝光竜セイファート》を除外し、効果発動! 墓地のレベル8ドラゴン族1体を手札に加える!!」

 

「レベル8……? しかも《霊廟(れいびょう)の守護者》が、まさか――」

 

「そのまさかだ! 俺はまだ通常召喚を行っていない!! 《霊廟(れいびょう)の守護者》を贄に再び降臨せよ――《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》!!」

 

 《霊廟(れいびょう)の守護者》の捧げた祈りによって本当の意味で転生を果たした《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》が十代の全てを封じるべく、天使と悪魔の翼を広げれば、フィールドを支配するかの如き疾風が周囲を吹きすさぶ。

 

光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》攻撃表示

星8 光属性 ドラゴン族

攻2800 守2400

 

『厄介なドラゴンが消えたと思ったら、また……!』

 

「カードを1枚セットしてターンエンドだ!!」

 

 

十代LP:1300 手札6

《切り裂かれし闇》

《未来融合-フューチャー・フュージョン》

VS

万丈目LP:2200 手札3

光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》攻2800

《パンデミック・ドラゴン》攻2500

《ホーリー・ナイト・ドラゴン》攻2500

伏せ×1

 

 

 そうして、《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》の隙を打つようなカードを用いたにも拘わらず、そのターンの内に完全な形で再臨を果たした《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》の姿に十代は思わず楽し気に笑みを浮かべる。

 

――やっぱ強ぇぜ、万丈目は!

 

「俺のターン、ドロー! このスタンバイフェイズに永続魔法《未来融合-フューチャー・フュージョン》の効果で融合素材となるモンスターをデッキから墓地に送る! 俺はフェザーマンとバーストレディを墓地へ!」

 

『こいつの効果は《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》に邪魔はされないけど……流石に次のターンまで悠長に待ってくれる相手じゃないよ、十代』

 

――分かってるって!

 

 やがて、十代の背後より近未来のビル群の幻影が映ると同時に、未来での窮地に駆けつけるべく風と炎のヒーローが派遣されるが――

 

「よし! 早速行くぜ! 魔法カード《融合》発動! 手札のエッジマンとワイルドマンを手札融合!!」

 

 今の窮地を脱するべく浅黒い肌に筋骨隆々なヒーローと、黄金のアーマーに身を包んだヒーローが渦にて結束しようとするも、当然《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》から放たれる光のオーラを以てかき消されんとする。

 

「無駄だ! 《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》の効果により――」

 

「チェーンして速攻魔法《皆既日蝕の書》発動! フィールドの全てのモンスターを裏側守備表示にする!!」

 

「っ!?」

 

『考えたじゃないか。裏側になってしまえば「攻守を500下げれない」以上、効果も無効化されない寸法か』

 

 だが、《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》が放つ筈だった光は天に座す太陽が日食によって隠れたことで光源を損なった。

 

 やがて、太陽の輝きを失った世界に恐れるように万丈目のドラゴンたちはその身を裏側のカードとして隠していく。

 

「これでヒーローの登場は邪魔されないぜ! 来い! ワイルドジャギーマン!!」

 

 そんな太陽なき世界に現れるのは黄金の兜と手甲で覆っただけの軽装のヒーロー。

 

 だが、その浅黒い体躯は強靭で筋肉質な肉体を持ち合わせ、その背の巨大な大剣を片手で振り回す程のパワフルさを見れば、装備など飾りと言わんばかりだ。

 

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) ワイルドジャギーマン》攻撃表示

星8 地属性 戦士族

攻2600 守2300

 

 その後、十代は装備魔法《折れ竹光》を《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) ワイルドジャギーマン》に装備させ、魔法カード《黄金色の竹光》で2枚ドローした後、更に魔法カード《三戦の才》でドローし――

 

「此処でスパークマンを召喚! 永続魔法《切り裂かれし闇》の効果で1枚ドロー!」

 

 黄金の胸当てに群青のライダースーツに身を包んだ水色のバイザーで顔を隠したイカヅチのヒーローが闘志を見せるように手の平にて雷撃を迸らせていた。

 

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) スパークマン》攻撃表示

星4 光属性 戦士族

攻1600 守1400

 

「一気に決めるぜ! 魔法カード《H(エイチ)-ヒートハート》!  ワイルドジャギーマンの攻撃力を500アップし、その攻撃は貫通する!!」

 

『更に《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) ワイルドジャギーマン》は相手モンスター全てに攻撃できる。いたずらにモンスターを並べたことを後悔するんだね』

 

 《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) ワイルドジャギーマン》の身体に熱き正義の闘志が覆えば、その腕に光る黄金の手甲から伸びるブレードが鋭利さを増していく。

 

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) ワイルドジャギーマン》

攻2600 → 攻3100

 

「バトルだ! ワイルドジャギーマンで《ホーリー・ナイト・ドラゴン》と《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》を攻撃!! インフィニティ・エッジ・スライサー!!」

 

「――罠カード《ダメージ・ダイエット》! これにより、このターンのダメージは半減させて貰うぞ!!」

 

 十代の声に跳躍した《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) ワイルドジャギーマン》の手甲から射出された2本のブレードが《ホーリー・ナイト・ドラゴン》と《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》に突き刺さると同時に怯んだ両者へ《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) ワイルドジャギーマン》が横なぎに振るった巨大で無骨な大剣の一撃が、その首を屠る。

 

「ぐぅっ……!!」

 

万丈目LP:2200 → 1450

 

 そして、その攻撃の余波を透明な壁で減衰させつつも苛まれる万丈目へ、十代は挑発するような言葉を投げかけた。

 

「さぁ、万丈目! 《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》の効果でお前のモンスターを復活して貰うぜ!」

 

「ならばお望み通り、俺のフィールドの全てを破壊し、舞い戻れ――《エビルナイト・ドラゴン》!!」

 

 そう、《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》が破壊された際の効果は強制的に発動される。

 

 それゆえ、最後に残った《パンデミック・ドラゴン》の命を呑み込んだ闇のオーラの中より、長大な姿を天へと昇らせた邪悪なるドラゴンが転生を果たした。

 

《エビルナイト・ドラゴン》守備表示

星7 闇属性 ドラゴン族

攻2350 守2400

 

「そして破壊された《パンデミック・ドラゴン》の効果! フィールド全てのモンスターの攻撃力を1000ポイントダウンさせる!!」

 

 そんな《エビルナイト・ドラゴン》を祝福する(呪う)ように、命を散らした毒竜の血の雨がフィールド全体に降り注げば、敵味方問わずに苦悶の声を漏らして膝をつく。

 

《エビルナイト・ドラゴン》

攻2350 → 1350

 

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) ワイルドジャギーマン》

攻3100 → 攻2100

 

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) スパークマン》

攻1600 → 攻600

 

「幾らワイルドジャギーマンが連続攻撃できようとも、その攻撃力では突破は叶わん!」

 

 そう、攻勢に出る十代とは異なり、万丈目を守る立場の《エビルナイト・ドラゴン》の守備力は2400――その強靭な竜の鱗があれば、その守護には十二分に果たせよう。

 

「ワイルドジャギーマンで俺のドラゴンたちを一掃したかったんだろうが、詰めが甘かったな、十代! 《パンデミック・ドラゴン》の毒を受けた身では、もう攻撃できまい!」

 

「そいつはどうかな?」

 

「……なんだと?」

 

「速攻魔法《融合解除》! ワイルドジャギーマンの融合を解除するぜ!」

 

 だが、此処で十代が天へと右腕をかざせば、その頭上に生じた渦巻に《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) ワイルドジャギーマン》が飛び込んだと同時に、合わせていた力を今ばかり解いたことで――

 

「戻ってこい! エッジマン! ワイルドマン!」

 

 二本角の黄金のアーマーで全身を覆った機械鎧のヒーローが拳を握って親指を立てつつ現れ、

 

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) エッジマン》攻撃表示

星7 地属性 戦士族

攻2600 守1800

 

 その隣には野性味あふれる腰布1枚の浅黒い肌の益荒男(ますらお)が背中の無骨な大剣を引き抜きつつ、一纏めにした黒い髪を揺らしつつ並んだ。

 

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) ワイルドマン》攻撃表示

星4 地属性 戦士族

攻1500 守1600

 

「行けッ! エッジマン! 《エビルナイト・ドラゴン》をぶっ飛ばせ!! パワー・エッジ・アタック!!」

 

 そして、毒を受けていないゆえに不調の一切ない《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) エッジマン》は背面のブースターを吹かせながら右拳を振りかぶって突撃し、とぐろを巻いて拳を弾き返そうとする《エビルナイト・ドラゴン》の抵抗を苦も無く打ち破り、貫通した衝撃が万丈目を打ち据える。

 

万丈目LP:1250 → 1150

 

「ぐっ――だが、ドラゴン族が破壊されたことで墓地の《霊廟(れいびょう)の守護者》の効果! 自身を特殊召喚し、破壊されたドラゴン族が通常モンスターだった場合、墓地の通常モンスター1体を手札に加える!!」

 

 だが、途切れぬ守りが《霊廟(れいびょう)の守護者》として万丈目のフィールドを守護し続けた。

 

霊廟(れいびょう)の守護者》守備表示

星4 闇属性 ドラゴン族

攻 0 守2100

 

「これで今度こそ、貴様の追撃も終わりだ!」

 

『守備力2100のダブルコスト(2体分のリリースになる)モンスター……アイツの手札に余力がある状態で残すと厄介そうだ』

 

「だったら、スパークマンで攻撃! スパークフラッシュ!!」

 

「血迷ったか!」

 

 しかし、十代の声に応えた《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) スパークマン》は毒によって弱体化しつつも、その手の平より弱々しい稲妻を放つ――も《霊廟(れいびょう)の守護者》の鱗を穿つには至らず、逆に反射される始末。

 

「手札から速攻魔法《旗鼓堂々(きこどうどう)》発動! 墓地の装備魔法《月鏡の盾》をスパークマンに装備! これでバトルの時、相手の攻守を必ず100だけ上回れるぜ!」

 

 だが、反射された稲妻は、《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) スパークマン》の腹部にいつの間にか装着されていた鏡が再び反射し、度重なる反射で増幅した稲妻の槍となって《霊廟(れいびょう)の守護者》を貫いた。

 

「これでお前のフィールドはガラ空きだ! ダイレクトアタックだ、ワイルドマン! ワイルド・スラッシュ!!」

 

「――ぐぅぁあぁっ!!」

 

 そうして、今度こそ守りを失った万丈目へ跳躍と共に迫った《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) ワイルドマン》は上段に構えた無骨な大剣を振り下ろす。

 

 その衝撃は半減されようとも確かに万丈目の身に響き、そのライフを風前の灯火と化した。

 

万丈目LP:1350 → 600

 

『チッ、仕留め損ねたね』

 

「でも、これで今度こそ《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》は消えたぜ! 魔法カード《七星の宝刀》を発動だ! レベル7のエッジマンを除外し2枚ドロー!」

 

 そうして、バトルを終えた十代は墓地の魔法カード《シャッフル・リボーン》を除外し、装備魔法《月鏡の盾》をデッキに戻して1枚ドローし――

 

「最後に墓地の《ADチェンジャー》を除外してワイルドマンを守備表示に! カードを3枚セットしてターンエンドだ!」

 

 《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) ワイルドマン》が大剣を大盾のように構える姿の中、ターンを終えた。

 

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) ワイルドマン》

攻1500 → 守1600

 

 

十代LP:1300 手札0

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) ワイルドマン》守1600

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) スパークマン》攻600

伏せ×3

《切り裂かれし闇》

《未来融合-フューチャー・フュージョン》

VS

万丈目LP:600 手札4

 

 

 一度は更地にされた己の盤面を盛り返した十代だが、その瞳には余裕の色は垣間見えない。なにせ、万丈目の手札は1枚が判明しているとはいえ4枚。対する十代は0枚。

 

 どちらに余力があるかなど、一目瞭然である。

 

 しかし、そんな余力に溢れた万丈目は険しい視線で十代の一挙手一投足を見逃さない。

 

「俺のターン、ドロー!!」

 

 そして墓地の《輝光竜セイファート》を除外し、レベル8のドラゴン族を手札に戻した後、魔法カード《トレード・イン》で2枚のドローに変換した万丈目は――

 

「魔法カード《龍の(ドラゴンズ)(・ミラー)》!! 墓地のロード・オブ・ドラゴンと《神竜 ラグナロク》を除外し、融合召喚!!」

 

「へへっ、そっちも遂に来たか!」

 

「現れろ、《竜魔人 キングドラグーン》!!」

 

 宙に浮かぶ十代が幾度となく見てきた竜を模した額縁の鏡の中から鏡面を砕きつつ、翼のように鋭利に伸びる深緑のマントをたなびかせ、黄金の竜の下半身で大地にとぐろを巻いて立つ半人半竜の戦士が天へと拳をかざせば――

 

《竜魔人 キングドラグーン》攻撃表示

星7 闇属性 ドラゴン族

攻2400 守1100

 

「キングドラグーンの効果! 手札のドラゴン族1体――《ホーリー・ナイト・ドラゴン》を特殊召喚!!」

 

 《竜魔人 キングドラグーン》は天を割り、万丈目のフェイバリットに相応しく新たなドラゴンを呼び起こす。

 

 さすれば、薄紫の翼竜こと《ホーリー・ナイト・ドラゴン》がいななきと共に翼を広げた。

 

《ホーリー・ナイト・ドラゴン》攻撃表示

星7 光属性 ドラゴン族

攻2500 守2300

 

「まだだ! 墓地の2体目の《カーボネドン》を除外し、デッキからレベル7以下のドラゴン族通常モンスター1体を特殊召喚する! 来い! 《ガード・オブ・フレムベル》!!」

 

 再び《カーボネドン》が墓地にて圧を受け、砕け散った先より今度は、段々に連なった青銅の甲殻に身を包むその身を燃え盛らせる小型のワイバーンのようなドラゴンが身体を球体状に丸めて現れた。

 

《ガード・オブ・フレムベル》守備表示

星1 炎属性 ドラゴン族

攻 100 守2000

 

「そして俺はこの2体のモンスターで――」

 

 その2体のドラゴンを以て、己が相棒を三度呼び出そうとした万丈目だが、突如として彼のエクストラデッキがドクンと脈打った。

 

――…………なんだ、今の感覚は?

 

 その今まで感じたことのなかった不思議な感覚を前に、一瞬デュエルを忘れた万丈目は己の手が何故かエクストラデッキへと伸びていく。

 

「流石だぜ、万丈目! 《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》をこうも何度も呼び出せるなんてさ!!」

 

『特殊召喚も出来ないのに、毎度毎度しつこいったらないね』

 

「……ああ、そうだ」

 

 だが、響いた十代の感嘆の声に万丈目の意識ははたと戻り――

 

――今、融合モンスターに……エクストラデッキに用はない!

 

「俺は墓地の《輪廻竜サンサーラ》を除外し効果発動! 墓地より手札に舞い戻り、三度フィールドへ降り立て!!」

 

 その手は墓地に眠る己の相棒たるドラゴンへと届き、フィールドの《ガード・オブ・フレムベル》が1つの光の輪となって、7つの星となった《ホーリー・ナイト・ドラゴン》を包み込めば――

 

「――《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》!!」

 

 天を白と黒に割りながら《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》が舞い降りる。

 

光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》攻撃表示

星8 光属性 ドラゴン族

攻2800 守2400

 

 

「バトルだ!! 行け! キングドラグーン! ワイルドマンを消し飛ばせ! トワイライト・バーン!!」

 

「でもワイルドマンは守備表示! ダメージは0だ! 助かったぜ、ワイルドマン!!」

 

 《竜魔人 キングドラグーン》の振りかぶった拳から衝撃波が放たれるも、《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) ワイルドマン》がその身を盾として、背中の先にいる十代を守り切って、その身を散らした。

 

「フン、セットカードが飾りならばこれで終いだ! 《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》でスパークマンを攻撃!!」

 

 だが、そうして何とか耐える十代に迫る《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》の口元にチャージされる黒白のブレスは毒で疲弊した《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) スパークマン》では止めきれない。

 

「へへっ! 当然、飾りじゃねぇぜ! 墓地の罠カード《仁王立ち》を除外し、効果発動!」

 

「無駄だ! 《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》の効果により無効化される!」

 

 だとしても、とヒーローとして一歩前に出そうとした《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) スパークマン》の足さえ、《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》が生命力を糧に放つオーラの前には通じないが――

 

光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)

攻2800 守2400

攻2300 守1900

 

 

「チェーンして罠カード《異次元トンネル-ミラーゲート-》発動!」

 

 《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》と《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) スパークマン》の間に、平面にもかかわらず迷宮のように入り組んだ巨大な鏡が現れれば、両者の立ち位置を鏡合わせに逆転させんと鏡面が眩いだ。

 

――これが本命か!

 

「その効果により、攻撃してきたモンスターと俺のHEROのコントロールを入れ替えてバトルさせる!!」

 

『相棒の手にかかって終われるなら本望だろう?』

 

「させん! 速攻魔法《エネミーコントローラー》!!」

 

 だが、そんな一発逆転をかけたカードを前に万丈目は巨大なコントローラーを展開。そして、そのコントローラーが独りでにコマンドを入力し始めれば――

 

「無駄だぜ、万丈目! 守備表示にしてもコントロールの入れ替えは止められない!」

 

「ならば、もう1つの効果を使うまでだ! キングドラグーンをリリースし、このターン貴様のスパークマンのコントロールを得る!!」

 

 仲間の命を糧に巨大なコントローラーから伸びた1本のコードが《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) スパークマン》の背中に突き刺さり、ピタリと《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) スパークマン》の身体の動きを止めた。

 

 その途端に、強制的に操られた《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) スパークマン》は己に迫る《異次元トンネル-ミラーゲート-》の鏡面から身をひるがえして跳躍し、万丈目のフィールドにて忠誠を誓う様に膝をついた。

 

『チッ、入れ替え対象がいなくなれば《異次元トンネル-ミラーゲート-》は不発に終わる……』

 

「これで今度こそ貴様のフィールドはガラ空き!! 《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》のダイレクトアタックで終わりだ!!」

 

『クリクリ~』

 

 そうして、今度こそ守り手のいなくなった十代へと《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》が黒白のブレスを放たんとするが、小さな声と共に十代の足元を見やれば天使の羽の生えた小さな毛玉が短い手足で精一杯、主を守らんと立ちはだかる。

 

《ハネクリボー》守備表示

星1 光属性 天使族

攻 300 守 200

 

「なっ!?」

 

「《エネミーコントローラー》にチェーンして、こいつを発動していたのさ! 速攻魔法《クリボーを呼ぶ笛》!! こいつで《ハネクリボー》を呼ばせて貰ったぜ!」

 

『同一チェーン上に《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》の効果は使えない――そうだろう?』

 

「くっ……ならば《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》で攻撃を続行だ! シャイニングブレス!!」

 

『クリー!?』

 

 だが、《ハネクリボー》の脆弱な体躯では《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》から放たれたブレスを防ぐことは叶わず、一瞬で消し飛ばされた《ハネクリボー》。

 

「だけど、破壊された《ハネクリボー》の効果!」

 

「無駄だ! 《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》の効果で無効!!」

 

 《ハネクリボー》の最後の力を振り絞った抵抗も《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》が生命力を削りつつ放ったオーラを前に空を切る結果となる。

 

光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)

攻2300 守1900

攻1800 守1400

 

『だけど、これで《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》のパワーはかなり下がった。これなら下級モンスターでも十二分に倒せる』

 

「これで貴様のフィールドはガラ空き! 裏切りのヒーローの攻撃を受けろ! スパークマンでダイレクトアタック!! スパークフラッシュ!!」

 

「くっ……! でも、敵側から見るお前も最高だぜ、スパークマン!」

 

 そして、今度こそ防御手段を失った十代へ、身体を無理やり操られる《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) スパークマン》が跳躍と共に腕をかつての主に向けてイカヅチを放つも、いつもと違う景色に十代は何処か満足げだ。

 

十代LP:1300 → 700

 

「減らず口を――バトルを終了し、墓地の《置換融合》を除外して効果発動! ミュステリオンをエクストラに戻して1枚ドローだ!」

 

「だとしても、お前の《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》が――」

 

「チェーンして速攻魔法《月の書》を発動! 《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》を裏側守備表示に!!」

 

 そうして、大きく弱体化した《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》をどう攻略するかを考えていた十代を嘲笑うかのように、《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》が裏側のカードとなって姿を隠せば――

 

『チッ、流石に自分の相棒だけあって、ボクの十代が見つけた抜け道は、当然のように利用してくるか……』

 

「更に墓地の《ADチェンジャー》を除外し、表示形式を変更! 完全なる姿で舞い戻るが良い! 《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》よ!!」

 

 生命力を失い何処かくすんでいた鱗は一新され、活力に満ちた姿で《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》は何度めか分からぬ再臨を果たす。

 

光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》裏側守備表示 → 攻撃表示

星8 光属性 ドラゴン族

攻2800 守2400

 

「カードを3枚セットしてターンエンドだ!!」

 

「そのエンド時に《エネミーコントローラー》の効果が切れ、スパークマンは俺の元に戻って来るぜ!」

 

 やがて、正気に戻った《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) スパークマン》が毒に侵された身体でフラフラと十代のフィールドに戻るが、戦況は絶望的だった。

 

 

十代LP:700 手札0

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) スパークマン》攻600

伏せ×1

《切り裂かれし闇》

《未来融合-フューチャー・フュージョン》

VS

万丈目LP:600 手札0

光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》攻2800

伏せ×3

 

 

「あっぶねぇー! 助かったぜ、相棒!」

 

『クリリ~!』

 

『まぁ、お前も十代のピンチに頑張った方じゃないかな』

 

 しかし、そんな絶望的な状況でさえ楽し気に笑って見せる十代たちへ、完全な形で再臨を果たした《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》を従える万丈目は現実を突きつけるように言葉を飛ばす。

 

「フン、辛うじて防いだようだが貴様の手札は0! 貴様が何を引こうとも《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》の効果で潰えるまでだ!!」

 

――だが、奴はそのドローで奇跡を起こしてきた。見せてみろ、十代。貴様の力を!

 

 そう、傲慢にも取れる言葉を飛ばす万丈目の心中に油断や侮りは一切ない。こんな絶望的な状況を十代が何度も乗り越えてきた姿を間近で見てきたのだ。どうして気を緩められよう。

 

「へへっ、そうだな! 逆転のカードを引いても《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》に無効にされちまう……まさに絶体絶命だぜ!」

 

「フン、サレンダーを認めてやっても構わんぞ」

 

「冗談! このドローで世界がガラリと変わるかもしれないんだぜ! そう思うとワクワクしないか!?」

 

「だが、敗北が確定する瞬間にもなりうる!」

 

 やがて、お互いに軽口の飛ばし合いを得て、十代はデッキに手を置き――

 

「それも含めてワクワクするのさ! 俺のターン――ドロー!」

 

 カードをドロー。

 

 それを合図とするように、十代の背後から異次元のゲートが半透明なビル群と共に顔を覗かせ――

 

「このスタンバイフェイズに永続魔法《未来融合-フューチャー・フュージョン》によって、この決戦の舞台にヒーローが降り立つ! 現れろ、マイフェイバリットヒーロー!」

 

 十代のピンチに1人のヒーローが駆けつける。それは勿論。

 

「――フレイムウィングマン!!」

 

 十代のフェイバリットたる緑の肌に、左肩だけから白い鳥のような翼を広げる異形のヒーローが舞い降りる。

 

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) フレイムウィングマン》攻撃表示

星6 風属性 戦士族

攻2100 守1200

 

『永続カードによる効果は《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》じゃ止められない――決めるよ、十代』

 

『クリィ!』

 

「おうよ!! バトル! フレイムウィングマンで《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》を攻撃!! そして攻撃宣言時に永続魔法《切り裂かれし闇》の効果でパワーアップだ!!」

 

 そうして、《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) フレイムウィングマン》が天高く跳躍し、最後の一撃を食らわさんと宙で構えた右腕である竜の顎から黄金に輝く炎を迸らせるが――

 

「させん! 墓地の罠カード《ダメージ・ダイエット》を除外し、このターン俺が受ける効果ダメージを半分にする!」

 

「だけど、その効果は他ならぬお前の《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》が止めてくれるぜ!」

 

『でも、奴の狙いは恐らく――』

 

 そんな《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) フレイムウィングマン》を咎めるように《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》が己の生命力を賭した光と共に翼を広げて飛翔。

 

光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)

攻2800 守2400

攻2300 守1900

 

「チェーンして罠カード《無限泡影(むげんほうよう)》! 相手モンスターの効果を無効とし、更にこのカードと同じ縦列の魔法・罠カードの効果も無効とする!!」

 

 やがて《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) フレイムウィングマン》目がけてグングンと高度を上げる《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》が咆哮を轟かせれば、《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) フレイムウィングマン》の右腕の竜の顎に迸っていた黄金の輝きが消え去り――

 

「くっ、やっぱ《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》に関しちゃ万丈目の方が一枚も二枚も上手だな……!」

 

「これで、貴様の《切り裂かれし闇》は無効だ!!」

 

『だけど、忘れちゃいないかい? お前の《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》は十代がカードを発動するだけで勝手に弱体化してくんだよ!』

 

「そして、貴様の最後の足掻きのリバースカードもこれで潰させて貰う!」

 

 聞こえていない筈のユベルの言など封殺するように万丈目はトドメとばかりに宣言した。

 

「更にチェーンして永続罠《竜魂の城》を発動! 墓地のドラゴン1体を除外し、《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》の攻撃力は700ポイントアップ!!」

 

 身体から急速に力が抜けていく《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) フレイムウィングマン》に反し、《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》は散って行ったドラゴンの魂を以てその身に強靭さを帯びさせていく。

 

光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)

攻2300 → 攻3000

 

「ッ!?」

 

『クリィ!?』

 

「そう! これで貴様はカードを無駄打ちして俺の《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》のパワーダウンを狙おうとも、2枚以上発動しなければならない!!」

 

「遊城くんの最後のリバースカードすら牽制して来た……!」

 

 そう、明日香が語るように十代が最後のリバースカードは「今、この瞬間に発動しなければ」《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》の力に呑まれることが殆ど確定している。

 

 だが、前のターンより発動されない様子を見れば、状況を逃していることは容易に想像できよう。

 

「もはや貴様に勝機はない! これで今度こそ終わりだ!! 返り討ちにしろ! 《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》!!」

 

「忘れたのかよ、万丈目!!」

 

 ゆえに、空中で立ち向かう力と逃げ場を失った《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) フレイムウィングマン》を屠るべく、《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》は天を割らん勢いで黒と白のブレスを螺旋に連ならせながら放った。

 

 

 いや、()()()()()()途端に大地が揺れた。

 

 

「ヒーローにはヒーローに相応しい――戦う舞台ってもんがあるんだ!」

 

 

 そして、デュエルディスクを天へと掲げた十代がデッキより1枚のカードを手に取れば――

 

 

「チェーンして罠カード《メタバース》! デッキからフィールド魔法を発動する! 発動するのは当然――」

 

 さすれば、十代と万丈目を呑み込むように大地から数多のビル群が次々とせり上がり始め周囲を近未的な風景へと変貌させていく。

 

「フィールド魔法! スカイスクレイパー!!」

 

 かくして、最後の戦いの舞台は夜のビル街の明かりが所狭しと輝く夜も眠らぬ世界――摩天楼こと《摩天楼 -スカイスクレイパ-》へと変貌。

 

「これは遊城くんお得意の……!!」

 

 だが、そんな明日香の期待の乗った声と同時に摩天楼の輝きは時が止まってしまったように瞬く間に色を失っていき始めた。

 

 

 そして、灰色にくすんだ街並みが静寂と化す中、動揺を見せる十代へ万丈目は静かに告げた。

 

「なっ!?」

 

「忘れる訳があるまい。チェーンして罠カード《マジック・ディフレクター》の効果を発動させて貰った。これで貴様のフィールド魔法は力を失う」

 

 そう、これによりこのターン通常魔法以外のあらゆる魔法が意味をなさなくなる。

 

 十代のヒーローたち専用の装備魔法の数々も、

 

 融合ヒーローをトリッキーにサポートする速攻魔法たちも、

 

 《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》対策に採用した数多の永続魔法でさえも、

 

 そして、唯一許された通常魔法を発動しようにも、チェーン発動できない身では《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》を前に成す術がない。

 

 罠カードに頼ろうにも、伏せていたカードは全て使ってしまった。

 

「くぅうぅー! やっぱ、万丈目は流石だぜ!」

 

「フン、貴様は相変わらずだったがな」

 

 ゆえに、十代は此処まで徹底的に己を封殺しにきた万丈目を嬉しく思う。

 

 ずっと背中を追いかけ追い越し、また追い抜かれ――そんなライバルが、己というデュエリストを其処まで買ってくれている。

 

 その事実は、他ならぬ万丈目が十代を認めていることの証明のように思えて十代は嬉しくて仕方がない。

 

 信じてよかった、と。

 

「だけど、俺は信じてたぜ、万丈目!!」

 

「なんだと?」

 

 ゆえに、十代は手札に残った最後の1枚を切る。

 

 己が万丈目を信じていたからこそ、このタイミングまで待てたカードを。

 

「チェーンして速攻魔法《瞬間融合》発動!! フィールドのモンスターで融合する!!」

 

 十代お得意の最後の融合召喚を、今こそ此処で。

 

 罠カード《マジック・ディフレクター》の効果が適用される僅か前のこのタイミングで。

 

「フレイムウィングマンとスパークマンで融合召喚!!」

 

 やがて、十代のフィールドに突風が逆巻くと共に宙で狩られる寸前だった《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) フレイムウィングマン》の元へ、風に乗った《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) スパークマン》が駆けつけ――

 

「融合ヒーローを素材に融合召喚だと!?」

 

「散って行ったヒーローたちの想いを胸に! マイフェイバリットが更なる進化を遂げる! 現れろ!!」

 

 遥か天にて、融合の輝きが渦巻けば色を失った摩天楼の街並みを自ら照らす輝きが迸る。

 

「――シャイニング・フレア・ウィングマン!!」

 

 そして、輝きの中から現れ宙で太陽の如き輝きを見せるのは純白の装甲をその身に纏う《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) フレイムウィングマン》の進化した姿。

 

 そこに異形めいた面影はなく、背より光輝く白い機械翼を広げるその姿はまさに正義の象徴たる光のヒーローの姿。

 

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) シャイニング・フレア・ウィングマン》攻撃表示

星8 光属性 戦士族

攻2500 守2100

 

 

「だが、その攻撃力は2500! 一歩届かん!!」

 

「そいつはどうかな?」

 

 十代の声に《シャイニングフレイムウィングマン》が天へと腕をかざせば、その背にデュエルの最中に十代と共に戦ったヒーローの幻影が映り――

 

「言っただろ! 散って行ったヒーローの想いを受け継ぐってさ! シャイニング・フレア・ウィングマンは墓地のヒーロー×300ポイントパワーアップするぜ!」

 

 それらのヒーローたちが《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) シャイニング・フレア・ウィングマン》の元に集えば、背中の翼が巨大な光の翼となって天をも照らす輝きを放つ。

 

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) シャイニング・フレア・ウィングマン》

攻2500 → 攻4600

 

「こ、攻撃力4600だと!?」

 

「シャイニング・フレア・ウィングマンの攻撃!!」

 

 そして《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) シャイニング・フレア・ウィングマン》の放つ全ての輝きが右拳に終息されていくと同時に《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》がブレスを放つも――

 

「究極の輝きを放て! シャイニング・シュートォオォッ!!」

 

 一筋の流星となった《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) シャイニング・フレア・ウィングマン》の一撃に《光と闇の(ライトアンドダークネス)(・ドラゴン)》のブレスはかき消され、その身は光の中へと呑まれると共に周囲を眩いばかりの閃光が覆った。

 

 

 

 






今日の最強カードは《ライトエンド・ドラゴン》!

見たことない白い枠のカードだ!
世界にはまだまだ俺たちの知らないカードが沢山眠っているぜ!(By十代)



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第275話 誰も知らぬ歴史



前回のあらすじ
???「力が……力が欲しいか?」

万丈目「黙っていろ!! これは俺のデュエルだ!」

???「……|•́ㅿ•̀ )シュン」


 

 

 

万丈目LP:600 → 0

 

 

 万丈目のライフが尽きたことを知らせる音がデュエルディスクより響く中、ラストアタックの際に拳を突き出したままの十代は遅ればせながら呟いた。

 

「…………勝った……のか?」

 

『他にどう見えるって言うんだい』

 

「ああ、貴様の勝ちだ」

 

 そうして、届いたユベルと万丈目からの声に、己の勝利を実感できていなかった十代は己の握っていた拳をほどいて手の平を見やる。

 

「……勝った…………勝った! ()()万丈目に……!!」

 

 ギュッと拳を握った十代は、未だ不確だった現実を噛み締めるように言葉を零し――

 

「――いよぉっっしゃぁあぁあっ!!」

 

『――クリリィイィイイィイ!!』

 

 ハネクリボーと共に、天高く両腕を上げながら全身で喜色の叫びをあげた。

 

 

 万丈目 準――このアカデミアで最初に壁としてぶつかったデュエリスト。

 

 デュエルへの向き合い方もまるで真逆なのに――いや、真逆だからこそ互いに互いへ強いライバル意識を抱いてきた。

 

 そんな相手からこの1年の集大成とも呼べるような場で勝利できたとなれば、感慨深さもひとしおであろう。

 

 

 ゆえに、ひとしきり叫んだ十代は万丈目へ二本の指先を向けて、自分流の健闘を称え合う所作を贈る。

 

「ガッチャ! 楽しいデュエ――」

 

「リベンジやったな、遊城ー!」

 

「良いデュエルだったよー!」

 

「――って、小原に、高寺先輩たち(オカルトブラザーズ)?」

 

 だが、そんなガッチャが万丈目に届く前にラー・イエローの生徒たちの声援が響いたことで十代が周囲を見渡せば――

 

「惜しかったな、万丈目ー!」

 

「……ナイス……ファイト……」

 

「酷いじゃない、明日香。こんな楽しそうなこと独り占めするなんて」

 

「そ、そういう訳じゃ――」

 

「そうですわ! わたくしたちも誘ってくださいな!」

 

「これで1年最強の座は遊城って訳か!」

 

「おいおい、まだ1勝1敗だろ!」

 

「なんだ、なんだ! みんなして!?」

 

『いつの間にか随分とオーディエンスが増えてるじゃないか』

 

ユベルの言う通り、ラー・イエローだけでなく、オベリスク・ブルーの生徒含め数多くの人間が観客として十代たちのデュエルを密かに観戦していたことが発覚。

 

『クリィ、クリリ!』

 

「ん? どうかしたのか、相棒?」

 

「あ、あの!!」

 

 さらに、その観客の中から1つの人影が十代の元へと駆けよれば、周囲も釣られて隠れることを辞めた多くの生徒たちでフードコートのデュエルスペースは人でごった返す。

 

「うぉっ!? えーと、確かお前は――」

 

「丸藤 翔っス! アニキと呼ばせてください!」

 

「確か、入試の時に会ったよな? というか、急にどうしたんだよ……」

 

「お、覚えててくれたんスか!?」

 

 そして、人混みの口火を切った人影ことラー・イエローの新入りこと丸藤 翔がなにやら1年の遅れを取り戻すかのように原作ムーヴを始めていた。

 

「僕! アニキのデュエルを見て、感動したんス!」

 

『なんだ、コイツ……』

 

「是非、僕を弟分にしてください、アニキ!」

 

『は?』

 

 だが、そんな憧れと尊敬の眼差しを向ける翔の行いは、ユベルという特大の地雷原でタップダンスを踊るに等しい無謀。

 

 視線で人が殺せるんじゃなかと思えてしまう形相でユベルにらまれていることなど知る由もない翔へ、十代は一拍悩んだ様子を見せてから返答する。

 

「うーん、でも弟分とかより……そうだ! ライバルになろうぜ!」

 

「えぇ!? なんでっスか!? 僕、イエローっスよ!?」

 

「えぇー、じゃあファン第1号で」

 

「……僕がアニキの一番最初のファン……」

 

 しかし、イエロー上がりたての翔からすれば、恐れ多いどころか相手にならない実力差だと、と己を卑下しつつおののく姿に、「なら」と十代がパッと思いついた代案を受け取った翔は何処か頬を緩めて満足げだ。

 

 とはいえ、そこに「アニキ」呼びへの許可は含まれていないが詮無きこと。

 

「リ、リベンジおめでとう、遊城くん!」

 

「おめでとう、十代くん!」

 

「ゆ、遊戯さ――じゃなくて神楽坂! それに大原も! みんな集まって、ホントどうしたんだよ!?」

 

 そうして、次々と友人たちにもみくちゃにされる十代が、ようやく当然の疑問に行き当たれば――

 

「『1年最強を決める』なんて聞いたら見に来るだろ」

 

「が、学園中で噂になってるよ」

 

「えっ、そうなの?」

 

『そうらしいね。よくもまぁ、こんなに集まったもんだ』

 

 十代と万丈目の一戦は、突発的に始まったにもかかわらずアカデミアで知らぬものはいない程に何故か周知されていた。

 

「さぁ、みんなで十代くんの勝利を祝って胴上げしよう!」

 

「遊戯さんに続け!!」

 

「ゆ、遊戯さん!? なに言ってるんスか!? でも賛成っス!」

 

 やがて、神楽坂の音頭の元、ラー・イエロー、オベリスク・ブルーの十代に馴染みのある面々が此度の激闘のデュエルの観戦のお礼とばかりに十代を担ぎあげ胴上げを開始。

 

 当の十代も満更ではないのか時折「イェーイ!」と喜色の声を上げながら勝者の義務とやらを楽しんでいた。

 

 

 

 

 

 

 かくして一気にお祭り騒ぎの様相を見せている十代たちから少し離れて、遠巻きから眺めていた万丈目は何処か羨ましくとも呆れた様子で呟いた。

 

「フン、相変わらず勝っても負けても騒がしい奴らだ」

 

「すまないな。どうにも想定以上に集まってしまってね」

 

 そして、そんな己の隣に立った三沢の姿に万丈目はぶっきら棒に謝礼を返す。

 

「三沢か……手間をかけさせて悪かったな。礼は後で返す」

 

「期待しておくよ。ただ、急に俺の部屋まで押しかけて来て『人を集めてくれ』なんて――次からは前もって言っておいてくれると助かる」

 

 そう、碌に周知もされずに始まった此度のデュエルでいつの間にやら多くの観戦者が集ったのは万丈目に依頼された三沢が情報を流したゆえ。

 

 噂として「1年最強を決める勝負」「因縁のリベンジマッチ」等々――1年でフォースの候補生にまで選ばれた2人のデュエルならば話題には事欠かない。

 

とはいえ、事前準備もなしにともなれば、さしもの三沢も苦労したようだが。

 

「心配せずとも、こんなバカ騒ぎはこれっきりだ」

 

「ふっ、そうだと良いんだが――どちらにせよ、これで一安心だな」

 

「なにが言いたい?」

 

「これだけの人間が今回のデュエルを見れば、在校生代表に選ばれても誰も文句は言わないだろう?」

 

「だから、なんの話だ」

 

 だが、此処に来て三沢と万丈目の意識に差異が開き始めた。

 

「……? その為に俺に人を集めるように頼んだんじゃないのか?」

 

「勘違いするな。如何に奴が能天気だとしても、大勢の前で負けたとなれば大人しく辞退すると考えたに過ぎん」

 

 三沢の予想では「1年で在校生代表に選ばれた十代がいらぬトラブルに巻き込まれぬ為」と判断していたが、万丈目の考えはあくまで「在校生代表を諦めさせる為」の様子。

 

「いや、どう考えても…………ああ、そういうことか――すまない、どうやら俺の勘違いだったみたいだ。いらぬ邪推を生みかねない推理は俺の胸の内に仕舞っておくよ」

 

 しかし、ハッと何かに気づいた様子を見せた三沢は不器用な友人(万丈目)なりのエールに微笑ましく思いながら己の過ちを謝罪すれば、察しが良すぎる友人(三沢)へばつが悪そうな表情を見せる万丈目。

 

「…………分かれば良い」

 

「俺は良い後輩たちを持ったな」

 

「カイザー!?」

 

 だが、そんな万丈目もいつの間にか傍にいた亮の姿に慌てて己を取り繕う中、胡蝶 蘭の良く通る声が胴上げ組の面々に飛ぶ。

 

「貴方たち! 亮様に道を開けなさい!!」

 

「おっ、カイザーじゃん!」

 

「お兄さん!?」

 

 やがて、学園最強の出現に胴上げを止めた一同は、何処かの神話の割れた海よろしく左右に分かれていく。

 

 そして、割れた人混みの海の只中をカツン、カツンと靴音を響かせながら十代の元へ歩んで行く亮の姿を一同が固唾を呑んで見守る中、十代の前に立った亮はいつもと変わらぬ様子で語る。

 

「この場を借りて、申し出させて貰おう」

 

「ん?」

 

『クリィ?』

 

「十代、在校生代表として俺の卒業デュエルを受けてくれないか?」

 

 亮のアカデミア3年間の集大成の相手として、1年生である十代を選んだことを。

 

 かのカイザーとまで呼ばれるデュエリストからの直々の願い。

 

「お兄さんがアニキと……?」

 

 それは、1年生の間、退学の瀬戸際で奮闘していただけの翔にとっては信じられない言葉。

 

 なにせ、翔はこの苦しい1年間でデュエリストとして爆発的――とまでは言わずとも、中々の成長を遂げた。このまま2年目の日々を乗り越えれば、もっと成長できるだろう。

 

 だが、そんな2年目の日々を過ごしていない1年生である十代が、この過酷とも言える学園で腕を磨いてきた2年生たちを差し置いて在校生の代表に選ばれる。

 

 そして、それをこの場の誰もが――いや、アカデミアが当然のことのように受け止めている現実。

 

「ああ、勿論だぜ!! 良いよな、万丈目!」

 

「勝手にしろ」

 

 やがて、グッと親指を立てて勝負を受けた十代が一応とばかりに万丈目に確認を取り合う光景を眺めていた翔は、かつて佐藤が言った「辛くも及第点」との言葉の本当の意味を実感することとなる。

 

 そう、丸藤 翔はようやく昇り始めたばかりなのだ。

 

 

 この果てしなく続くデュエリストの道を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 かくして、未だ盛り上がりが収まらぬフードコート近くのデュエル場から人目に付かぬようそそくさと離れた神崎へ、空中に浮かぶおジャマイエローは引き留めるように語りかけた。

 

『ねぇ、ねぇ、ちょっとアンタ~、良かったのん? なんにも言わなくて~』

 

「どういった意味でしょう?」

 

『隠れて噂を流して生徒をいっぱい集める手伝いしたんだから少しくらい自慢したって、バチ当たらないわよん?』

 

 そう、十代へデュエルを挑む前に万丈目があらかじめ三沢に願いでた「十代の最大限の実力を多くの人間に鮮烈に見せ付ける」為には、「ある程度のデュエルの経過を観客に見せる」必要がある。

 

 なにせ最後のフィニッシュだけ見ても、十代が在校生代表に相応しいか否かの判断は付かない。

 

 ゆえに、三沢が噂を広める時間を稼ぐべく、万丈目はデュエルの前に十代へそれらしい理由を説明してみせたり、態々デュエルする場所を移動したりと手を講じたのだ。

 

 そして、それらの事情を万丈目の様子から察した神崎は、余計なお節介と知りつつもコッソリ助力した次第である。ただ――

 

「生徒間で盛り上がっている場への大人の介入は嫌がられますよ。ほら、学園祭で教員がアレコレ口を出して来たら鬱陶しいでしょう?」

 

『う~ん、そう言われるとそんな気もするけど……』

 

 それらしい理由を付けておジャマイエローを煙に巻こうとする神崎は、礼や見返りが欲しくてやった訳ではない。

 

 ただの自己満足――いや、実際問題として三沢の働きかけだけでも十分な人数は集まっていた公算が高い以上、文字通り「余計なお節介」でしかないのだ。

 

 まぁ、「声だけを遠くへ届ける」なんて裏技も使った以上、神崎が詳細を誰かに語る選択肢は存在しないのだが。

 

 とはいえ、おジャマイエローは変な奴を見るような視線を神崎に向けつつ、ポロっと零す。

 

『……アンタ、なんて言うかアレね。ずっと見張ってたオイラから見て――競争心? 闘争心? そーいうのが足りてないんじゃない?』

 

「ずっと見張っていた?」

 

『あっ、気を悪くしたらゴメンなさいねん。アリスの姉貴からキツく言われてたからなんだけど――全くアリスの姉貴も心配性よね~』

 

――コブラ経由で私の身元の証明はなされている筈……何を探っている? どちらかと言えば怨霊的な存在ゆえの察知能力があるのか?

 

 だが、おジャマイエローから零れた聞き逃せない発言に神崎は内心で気を引き締める。相手が相手だ。己の力の根にある部分――冥界の王の力を察知する可能性はゼロではない。

 

『でも安心してん! ホントーに大したことじゃないのよ! 精霊も見えて、カードも大切にしてるのに精霊の影も形も感じ取れないなんて珍しいでしょ? だからなのよ~』

 

 しかし、おジャマイエローは己の顔の前でブンブン手を振りながら陽気な様子でボロボロ語る。あまり当人を前に大っぴらに話してはいけないことまで話している状態だが、おジャマイエローは気付いても、気にしてもいない様子。

 

 とはいえ、おジャマイエローのお気楽なのにも理由はある。

 

『オイラも言ったのよん! 「精霊界からこっちに来るのって大変だからじゃないか?」って! でも、アリスの姉貴は納得しなくって~』

 

 原作GXにて、サイコ・ショッカーが3人もの生贄を以て精霊界から物質次元(人間の住まう世界)に襲来したように、多くの精霊にとって「異なる次元へ渡る」行為は酷くハードルの高いものだ。

 

 学園祭の時のように「楽しそう!」な軽い理由で気楽に来るブラック・マジシャン・ガールたちのような面々は、総じて「精霊として大きな力を持っている」ゆえである。

 

 その為、「小さな力しか持たない精霊」であるおジャマイエローからすれば、アリスの懸念は「心配し過ぎ」と笑い飛ばせる程度のものだ。

 

 しかし、「発覚=死」レベルの情報を秘する神崎からすれば、おジャマイエロー経由でアリスの疑念を晴らしておきたいゆえに、相手の弁に乗る形で潔白を主張するが――

 

「なら、大変だからこそ『居ない』と言えば良かったのでは?」

 

『うーん、でも偶然できる小さな次元のひずみを運よく見つけられれば、オイラたちみたいな力の弱い精霊でも来れるには来れるのよ~』

 

 おジャマイエローのような「小さな力しか持たない精霊」でも――いや、「小さな力しか持たないゆえ」に小さな綻びから意外と簡単に来れることもある為、アリスを説得しきれなかったのだと返すおジャマイエロー。

 

「なら、精霊界に帰られたのかもしれませんね。あまりデュエルをしない性質なので、精霊の皆さんからすれば面白味がないやもしれませんし」

 

――基本的に人間は精霊界へ行く場合はゲートが必要だが、精霊には必要なかった筈……

 

『そりゃ精霊界に帰る「だけ」なら、いつでも帰れるけど…………余程、力のある精霊じゃないとこっちには二度と来れないかもしれないのよん! 直ぐ見切りを付けちゃ勿体ないじゃない~』

 

 そうして、己への追及を避けようとする神崎が言葉を重ねるが、神崎が密かに抱く危機感は、おジャマイエローには知るよりもない為、暖簾に腕押しである。

 

 そもそもの話、おジャマイエローが「もったいない」と語るように他の次元へは「多くが自由に行き来できない」ことが前提なのだ。自由に行き来が出来るなら原作GXにてサイコ・ショッカーやツバインシュタイン博士があれだけ苦労していない。

 

『聞くところによるとアンタ、精霊に詳しいんでしょう? 心当たりがあるならアリスの姉貴に――』

 

「あなた方も粘られたのですか?」

 

『えっ?』

 

「精霊界に帰ろうと思ったことがあるような口調だったので」

 

 だが、そんなおジャマイエローへ今度は神崎が問いかけた。

 

 原作GXにて、おジャマイエローの兄たちが井戸の底に捨てられていたことを思えば、神崎としても気になる部分である。

 

 井戸に捨てられていたカードの精霊たちは、なにを思って井戸の中に居続けたのかと。「精霊界に帰れない」なんてことはなかった筈だ。原作の彼らの様子に「二度と故郷に帰れない絶望」なんてものはなかったのだから。

 

 それゆえに、「冷たい井戸の底で閉じ込められるような生活」の心の支えがなんだったのかと。

 

『それはオイラって言うよりは、むしろ(あん)ちゃんたちの方ねん。井戸の中にいた時は他のみんなと「もう諦めようか、どうしようか」ずっと悩んでたらしいのよ~』

 

 ただ、一応はノース校の校長である市ノ瀬に管理されていたおジャマイエローには兄であるブラック、グリーンの苦悩は本当の意味では実感できない。ただ1つだけ分かることもあった。

 

『兄ちゃんたちも「折角こっちに来れたんだから」って、楽しい思い出が欲しかったのかもね~、精霊界へ帰る()()なら何時でも出来るんだし』

 

 遥か昔の彼らのご先祖様の精霊たちは、人間たちと普通に仲良く暮らしていた――遥か古代アトランティスの時代に潰える前の人と精霊の間に垣根のなかった世界への憧れが魂に受け継がれていたのかもしれない、と。

 

「その様子を見るに諦めなかった甲斐があったようですね」

 

『――そうなのよ~ん! ねぇ、聞いて! この前、兄ちゃんたちと一緒にいた子が生徒の1人に選ばれたのよ~!』

 

「それは何より」

 

『そうでしょう~! 「ザコ」だの「ゴミ」だの言われて来たオイラたちへ「自分のデッキに必要だ」って!!』

 

 やがて、おジャマイエローの人間への期待感をにじませる瞳は、確かな実感となってマシンガントークの如く放たれる。

 

 そう、彼らの物質次元での依り代となるカードたちは、アカデミアの購買にてデュエリストの出会いを待っているのだ。

 

『その時はもう! ホント~に! 兄ちゃんたちとみんなでお祭り騒ぎだったのよ!』

 

 ゆえに仲間の良き出会いを己のことのように喜び、自慢げに話すおジャマイエローは今の楽しき日々をこれでもかと話し続ける。

 

 そうして、神崎の歩み以上に止まることのなかったおジャマイエローのマシンガントークだったが――

 

『それでね、それでねん! その生徒が――』

 

「申し訳ない。そろそろ行かないと」

 

『えぇ~! もっとお喋りしましょうよ~!』

 

 船着き場にて、足を止めた神崎の申し訳なさげの声に此度の場はお開きとなる。

 

「ご勘弁を。仕事もありますし」

 

『そう言われると引き留められないわね……じゃあ、またね~ん!』

 

 とはいえ、おジャマイエローはもっと話したいようだが「仕事がある」と言われれば、アカデミアの生徒たちを見守る立場でもあるおジャマイエローに引き留める術はない。

 

 ゆえに、定期船に乗って去る神崎へ向けてブンブンと腕を振っておジャマイエローは別れを惜しむこととした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…………あらん? オイラ、なにを聞こうとしてたんだっけ?』

 

 大事なこと(自分の仕事)を忘れて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところ変わって日にちもまたいだ頃、アカデミアの全校生徒が観客席にて見守る中、アカデミアで定期試験が行われる一番大きなデュエル場にて、たった2人のデュエリストが向かい合う。

 

 そんな場に審判として立つクロノスは卒業していく生徒たちへ抱く寂しさを隠すように努めてオーバーに宣言した。

 

「卒業デュエルを始めるノーネ! このデュエルは学園外にも発信しているカーラ、やり直しなんーて出来まセェーンヌ! 両者、悔いのないようにすルーノ!」

 

 そう、改革後のアカデミアは相も変わらず外部への情報発信を徹底しているゆえ、生徒は勿論のことクロノスとて情けのないところは見せられない。

 

 だが、そんな緊張感を抱くクロノスに反し、卒業生代表の亮は普段と変わらぬ様子で語りだす。

 

「十代、俺はあまり良い先輩ではなかったのかもしれない。接した時間も少なければ、託せたものも…………駄目だな、やはり上手くは伝えられそうにない」

 

 とはいえ、持ち前の口下手さも変わらぬ為、亮は言葉を打ち切ってデュエルディスクを構えて見せる。

 

「デュエルで語ろう。やはり俺には、それしか出来ない」

 

「望むところだぜ!」

 

「デハデーハ! デュエルの前ェーニ! 先攻後攻の選択権を持つシニョール遊城! どちらか選ぶノーネ!」

 

 そして、最後の言葉はデュエルの中で――と在校生代表の十代と共に話が済めば、クロノスの最後の音頭の元――

 

「勿論、先攻だぜ! カイザーのサイバー流は後攻が得意なんだろ!」

 

「ああ」

 

「両者、気合は十分なノーネ! だったァーラ――デュエル開始ィィイィイイィイナノーネ!!」

 

「 「 デュエル!! 」 」

 

 この1年の集大成となるデュエルが幕を開けた。

 

 

 

 

 

「俺の先攻! ドロー!!」

 

『気を付けろよ、十代。今のカイザーにライフハンデなんてものはない――僅かなダメージすら許されない時と違って余裕が段違いだ。大胆に攻め込んでくるよ』

 

――勿論分かってるぜ、ユベル!! 1ターンだって猶予は渡せない!

 

 かくして、始まってしまった卒業デュエル。だが、十代の中で行事的な思惑なんて欠片もない。ハンデ抜きの正真正銘の真剣勝負――全力全開のカイザーを前にデュエルできる喜びと楽しみが満ちている。

 

「俺は魔法カード《手札抹殺》を発動! 互いは手札を全て捨て、捨てた枚数ドローする!」

 

「俺は墓地に送られた《サイバー・ドラゴン・ヘルツ》の効果。デッキから《サイバー・ドラゴン》を手札に」

 

「だったら、モンスター効果が発動したことで魔法カード《三戦の才》を発動! 俺は更に2枚ドロー!」

 

 そして、挨拶代わりのドロー合戦が渦巻けば、亮のデッキから白銀の機械龍が手札に轟くと同時に、十代の元でうちわ型の軍配が双方の激突を望むように振るわれた。

 

 やがて、魔法カード《闇の量産工場》で墓地の2枚のヒーローを回収した十代は――

 

「来い! フェザーマン!!」

 

 緑の体毛に白い翼の生えた何処か獣染みた特徴を残す風のヒーローが鉤爪の拳を握って、雄々しく現れた。

 

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) フェザーマン》攻撃表示

星3 風属性 戦士族

攻1000 守1000

 

 その《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) フェザーマン》に装備魔法《折れ竹光》を装備し、魔法カード《黄金色の竹光》を2枚発動して一気に4枚もドローした十代は手札の1枚に手をかける。

 

「此処で魔法カード《馬の骨の対価》を発動! フェザーマンを墓地に送って2枚ドロー!」

 

『仕込みは十分ってところかな』

 

「魔法カード《死者蘇生》! 墓地から戻ってこい! エッジマン!!」

 

 そうして《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) フェザーマン》が光となって消えた先から黄金の機械鎧で全身を包んだ金色のヒーローが背中からブースターを吹かせながら現れた。

 

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) エッジマン》攻撃表示

星7 地属性 戦士族

攻2600 守1800

 

「魔法カード《融合派兵》! エクストラデッキのスチームヒーラーを公開し、デッキからバブルマンを特殊召喚だ!!」

 

 更に顔の上半分を覆う水色のマスクに同色のアーマーを装着した名前の通りに操る水を背中のタンクを親指で指さすポーズと共に白いマントをひるがえす。

 

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) バブルマン》攻撃表示

星4 水属性 戦士族

攻 800 守1200

 

「カードを5枚セットしてターンエンド!!」

 

 

十代LP:4000 手札1

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) エッジマン》攻2600

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) バブルマン》攻800

伏せ×5

VS

亮LP:4000 手札6

 

 

 

 かくして、攻撃できない1ターン目ゆえに5枚のセットカードで守りを固めた十代だが、自ら貧弱な攻撃力を晒した《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) バブルマン》の姿に観客席の全校生徒の思いを代弁するように万丈目が言葉を零した。

 

「エッジマンはともかく、バブルマンを攻撃表示だと?」

 

「何か狙いがあるんだろうけど、あからさま過ぎるわ……」

 

 そう、明日香の言う通り、圧倒的な攻撃力が自慢のカイザー亮を前に800ぽっちの攻撃力を晒すなど自殺行為以外の何物でもない。

 

 誰の目から見ても「5枚のセットカードで迎え撃ちます」と宣伝しているようなものだ。

 

 こうも見え透いた罠など誰が不用意に踏んでくれるというのか。

 

 しかし、亮と付き合いの長い吹雪たちの考えは真逆だった。

 

「でも、亮なら真正面から飛び込んで行っちゃうだろうね」

 

「馬鹿でしょ」

 

「こ、小日向さん、亮も亮なりに十代くんの気持ちに応えようとしているだけだから……」

 

 何故なら、丸藤 亮というデュエリストは罠を前に臆することもなければ、罠を除去するまで動くのを待つタイプでもない。

 

 悪く言えば、見え透いた罠に不用意に突っ込むタイプだ。

 

 ただ、1つばかり注釈を付け加えるのなら――その歩みは凡百のそれではない。

 

 

 そう、皇帝(カイザー)の進軍だ。

 

 

 

「俺のターン、ドロー」

 

――十代。お前の目が教えてくれている。その場しのぎの防御ではなく、既に俺から勝利をもぎ取らんとしていることが。

 

 やがて、カードをドローした後、暫し逡巡するカイザーは十代の目に確かな闘志が満ちていることを感じ取る。それはもはや「攻めて来い」と言わんばかりの挑発だ。

 

「墓地の《サイバー・ドラゴン・コア》を除外し、効果発動! デッキから『サイバードラゴン』1体――《サイバー・ドラゴン・ネクステア》を特殊召喚」

 

 ゆえに、亮が繰り出すのは「ドラゴン」との名の割に海蛇のような小柄な体躯の機械龍。

 

 だが、そんな《サイバー・ドラゴン・ネクステア》が三本指を広げたような翼を広げ、機械音を響かせれば――

 

《サイバー・ドラゴン・ネクステア》守備表示

星1 光属性 機械族

攻 200 守 200

 

「更に《サイバー・ドラゴン・ネクステア》の効果により、墓地よりステータス2100の――《サイバー・ファロス》を蘇生」

 

 大地より半透明な灯台が飛び出すように建設され、灯台の天頂部より光を灯すと共にその全容を水色の淡い光が包み込んだ。

 

《サイバー・ファロス》守備表示

星1 光属性 機械族

攻 0 守2100

 

 

――ならば、俺も全力で応えよう。

 

「此処で魔法カード《機械複製術》を発動。攻撃力500以下の《サイバー・ドラゴン・ネクステア》の同名モンスター2体をデッキから特殊召喚するが、フィールドの《サイバー・ドラゴン・ネクステア》は《サイバー・ドラゴン》として扱われている」

 

『まさか!?』

 

「デッキより来たれ! 2体の《サイバー・ドラゴン》!」

 

 十代の挑発を真正面から受ける形で呼び出されるのは、彼の相棒たる白銀の機械龍が亮の左右を固めるように左右対象となる姿勢で天を向き現れる。

 

《サイバー・ドラゴン》×2

星5 光属性 機械族

攻2100 守1600

 

 

「《サイバー・ヴァリー》を召喚」

 

 そうして次々と機械龍が並ぶ中、それらより一回り巨大ながらも眼すらない顔なき無貌の機械龍がその細く長い身体で《サイバー・ドラゴン・ネクステア》を絡めとれば――

 

《サイバー・ヴァリー》攻撃表示

星1 光属性 機械族

攻 0 守 0

 

「そして《サイバー・ヴァリー》の効果――フィールドのモンスター1体と自身を除外し2枚ドロー」

 

 《サイバー・ヴァリー》と共に《サイバー・ドラゴン・ネクステア》の姿は消え、光の粒子となって亮の手札を潤した。

 

 

――俺の全てを以て挑もう!!

 

 

 かくして、下準備は終わったとばかりにフィールドへと手をかざす亮。

 

「揃った……」

 

 その姿を見て、そう呟いたのは果たして観客の誰の声だったのだろう。

 

「俺は《サイバー・ファロス》の効果を発動! 融合召喚を行う!! フィールドと手札の《サイバー・ドラゴン》3体を融合!!」

 

 そんなデュエル場にまで届く筈のない誰かの呟きを合図とするように、手をかざした亮のフィールドにて3体の《サイバー・ドラゴン》たちの間で巨大なスパークが迸り始める。

 

「現れろ!!」

 

 さすれば、そのスパークがぶつかり合うように巨大な渦と化し、3体の《サイバー・ドラゴン》たちを呑み込んで行き――

 

「――《サイバー・エンド・ドラゴン》!!」

 

 渦の果てより降臨するのは亮の相棒たる三者三様の形を見せる三つ首の巨大な機械龍。

 

 その巨躯から伸ばす巨大な翼を広げ、咆哮を轟かせる姿はまさに圧巻の一言。

 

《サイバー・エンド・ドラゴン》攻撃表示

星10 光属性 機械族

攻4000 守2800

 

 

『1ターン目で……!』

 

「相変わらず最高だぜ、カイザーは!」

 

「バトル!! 行け、《サイバー・エンド・ドラゴン》! エッジマンを攻撃! エターナル・エヴォリューション・バースト!!」

 

 速攻とばかりに《サイバー・エンド・ドラゴン》の三つ首から迸るエネルギーが破壊の奔流となって放たれんとする中、迎え撃つ《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) エッジマン》は己の背に装着されたブースターに手をかけた。

 

「でも、流石にそいつは通さないぜ! 罠カード《エッジ・ハンマー》!! エッジマンをリリースし、《サイバー・エンド・ドラゴン》を破壊!! その攻撃力分のダメージをカイザーに与える!!」

 

 途端に、ブースターがパージされ、推進力を生み出す為のブースターはハンマーへと変形。

 

 そして振りかぶり気味に《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) エッジマン》がハンマーを振るえば《サイバー・エンド・ドラゴン》が放つ直前のブレスと激突する。その結果、互いのエネルギーは暴発。

 

 周囲を巨大な爆発と爆煙で包みこんだ。

 

「4000の効果ダメージ!! これでアニキの勝ちっス!!」

 

 その圧倒される規模の余波を前に、観客席の翔は兄である亮の一瞬の隙を狙いすましたアニキ分の勝利を確信するが――

 

『まぁ、そんな簡単に終わってくれる相手じゃないだろうね』

 

 当の十代はユベルの言う通り、これで勝てるなら苦労はないと爆煙の中に目を凝らしていた。

 

 その中より現れるのは3体の《サイバー・ドラゴン》が亮を守るように周囲でとぐろを巻く姿。

 

《サイバー・ドラゴン》×3 攻撃表示

星5 光属性 機械族

攻2100 守1600

 

「速攻魔法《融合解除》を発動させて貰った。よって対象を失った《エッジ・ハンマー》は不発となる」

 

『来るぞ、十代!』

 

「《サイバー・ドラゴン》でバブルマンを攻撃! エヴォリューション・バースト!!」

 

 そして、無為に《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) エッジマン》を失っただけの十代へ、亮の右側に陣取っていた《サイバー・ドラゴン》が大口を開けて放った光線のブレスで《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) バブルマン》を貫いた。

 

 これで、十代を守るヒーローは消え、残りの2体の《サイバー・ドラゴン》の攻撃で十代のライフは尽きる。

 

 だが、光線のブレスに貫かれた《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) バブルマン》の身体が唐突に泡となって弾け――

 

「速攻魔法《バブル・シャッフル》! バブルマンと《サイバー・ドラゴン》は守備表示になって貰ったぜ!」

 

 意思を持ったかのように動く泡が《サイバー・ドラゴン》を包めば、金属の装甲がサビたことで《サイバー・ドラゴン》の動きが鈍り、その攻撃は十代までは届かない。

 

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) バブルマン》+《サイバー・ドラゴン》攻撃表示 → 守備表示

 

「まだだ! 《バブルシャッフル》の更なる効果! バブルマンをリリースし、手札のヒーローを特殊召喚する! 頼んだぜ、バーストレディ!!」

 

 やがて、泡状になった《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) バブルマン》がパンと弾けた途端、手品よろしく赤と白のライダースーツに身を包んだヒーローの紅一点――炎のヒーロー《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) バーストレディ》が長い黒髪を翻し、十代を守るように立ちふさがる。

 

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) バーストレディ》守備表示

星3 炎属性 戦士族

攻1200 守800

 

「ならば2体目の《サイバー・ドラゴン》の攻撃!!」

 

「その攻撃宣言時、罠カード《異次元トンネル-ミラーゲート-》発動! 互いのコントロールを入れ替えてバトルを行う!」

 

 やがて亮の左側に陣取っていた《サイバー・ドラゴン》が牙を剥きながら《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) バーストレディ》を食いちぎらんと飛び掛かるが、その眼前に鏡の迷宮が現れ両者を逆さまの世界へと誘う。

 

「速攻魔法《フォトン・ジェネレーター・ユニット》発動! フィールドの2体の《サイバー・ドラゴン》をリリースし、デッキより現れろ!!」

 

 しかし、飛び掛かった《サイバー・ドラゴン》が鏡の世界へ呑み込まれる寸前に、とぐろを巻いて守備表示になっていた方の《サイバー・ドラゴン》が追加装備と共に激突すれば――

 

「――《サイバー・レーザー・ドラゴン》!!」

 

 2体の《サイバー・ドラゴン》が分解・再連結され、一回り大きく長大な新たな機械竜としてバージョンアップされ、閉じた花のつぼみのような尾先を大地に突き刺すことで強引に身体を引き戻すことで窮地を脱した。

 

《サイバー・レーザー・ドラゴン》攻撃表示

星7 光属性 機械族

攻2400 守1800

 

 

 さすれば迎え入れる住人が消えたことで鏡の迷宮こと《異次元トンネル-ミラーゲート-》も砕け散り、ガラス片から仲間を守るように《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) バーストレディ》も十代の前で腕を交差する。

 

「くっ!?」

 

『躱された!』

 

「3体目の《サイバー・ドラゴン》でバーストレディを攻撃し、《サイバー・レーザー・ドラゴン》でダイレクトアタック! エヴォリューション・レーザーショット!!」

 

 そして、《サイバー・ドラゴン》の光線のブレスによって《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) バーストレディ》が消し飛ばされる中、無防備な十代へ向けて《サイバー・レーザー・ドラゴン》のつぼみの尾先が花開くように展開され、そこより覗かせた発射口から放たれた一筋のレーザーが十代を貫いた。

 

「――ぅわぁあぁぁあ!!」

 

十代LP:4000 → 1600

 

 形だけみれば見え透いた罠に無防備に突っ込んで来ただけの愚者の如き歩みが止めきれない。

 

 

 くだらぬ小細工など悠々と踏み潰して突き進む姿はまさに皇帝(カイザー)

 

 

 そうして、多くの罠を費やしたにも関わらず半分以上のライフを持っていかれた十代だが、その顔には強気な笑みが浮かんでいた。

 

「ぐっ……でも、凌ぎ切ったぜ!」

 

『あのカイザーの攻撃を凌げるなら、この程度のダメージ安いもんさ』

 

 

 そう、あのカイザー亮を前に凡そライフ半分で済んだのだ。この事実は大きい。

 

 

 ライフが尽きなければ、敗北ではない。勝利の可能性は十二分にある。

 

 

 そして、既に逆転への布石も揃えた。

 

 

「速攻魔法《サイバネティック・フュージョン・サポート》! 俺はライフを半分払うことで、このターン融合召喚の際に1度だけ墓地のカードも除外できる!!」

 

 だが、皇帝(カイザー)はその更に先を行く。

 

カイザーLP:4000 → 2000

 

 再び亮の元で迸るスパークこと機械族の進化の灯火が点火される中、ユベルは苛立ち気にヤジを飛ばす。

 

『今はバトルフェイズだってのに、しつこい奴だ!!』

 

「速攻魔法《瞬間融合》! 《サイバネティック・フュージョン・サポート》により《サイバー・ファロス》を除くフィールド・墓地の機械族モンスター全てを除外し、現れろ!!」

 

 モンスターを呼び出すのはメインフェイズ――なんて定石など飛び越え、そびえ立つ《サイバー・ファロス》以外の数多の機械龍を呑み込み、二度目の融合の渦の先より、くすんだ銀の装甲が顔を出す。

 

「――《キメラテック・オーバー・ドラゴン》!!」

 

 そしてフィールドに鎮座するのは灰鉄で出来た巨大な壺のような胴体に竜の尾が伸びるだけの「ドラゴン」とは形容できぬ歪な存在。

 

 更に、その出現の際の衝撃で亮のフィールドの《サイバー・ファロス》が消し飛ばされ、墓地に送られていくが――

 

《キメラテック・オーバー・ドラゴン》攻撃表示

星9 闇属性 機械族

攻 ? 守 ?

 

 

「そのステータスは素材としたモンスターの数×800ポイント! よって、その攻撃力は――」

 

 それと同時に《キメラテック・オーバー・ドラゴン》は、その首なき胴体から己が身に取り込んだ機械龍の数――5本の首を伸ばして咆哮を上げる姿を以て、その名の通りに「キメラ」と評される機械龍としての全容を見せ付けた。

 

《キメラテック・オーバー・ドラゴン》

攻 ? 守 ?

攻4000 守4000

 

「攻撃力4000!?」

 

「ダイレクトアタックだ! 《キメラテック・オーバー・ドラゴン》! エヴォリューション・レザルト・バースト!!」

 

 完全に無防備な十代へ目がけて5つのブレスの奔流が逃げ場を奪うように放たれんとするが、その破壊の一撃がくだされる前に笛の音が響いた。

 

「速攻魔法《クリボーを呼ぶ笛》! 頼んだぜ、相棒!!」

 

『クリッ!』

 

 途端に十代の元に天より降り立つ天使の翼が生えた毛玉こと《ハネクリボー》。

 

 決意タップリの様子で、翼で己を包み身体全体を盾とするように《キメラテック・オーバー・ドラゴン》の前に立ちはだかった。

 

《ハネクリボー》守備表示

星1 光属性 天使族

攻 300 守 200

 

 

「《ハネクリボー》の効果は知ってるよな? これで今度こそ凌ぎ切らせて貰ったぜ!」

 

 そして得意げに語る十代の言う通り《ハネクリボー》の「破壊され、墓地に送られたターンのダメージを0にする」効果によって、今度こそ亮の進撃は止まることとなる。

 

「ならば《キメラテック・オーバー・ドラゴン》の攻撃をキャンセルだ」

 

『ハネクリボーを攻撃しない……?』

 

 それゆえ、忌々し気な様子で《キメラテック・オーバー・ドラゴン》は五つ首にチャージしていたエネルギーを霧散させ、矛を収めさせた亮の元で苛立ち混じりに「グルル」と喉を鳴らす。

 

 その苛立ちは獲物を前に尻尾を巻く担い手への怒り。

 

「そして、このカードを発動する――速攻魔法《サイバーロード・フュージョン》!!」

 

 ではなく、獲物へと止めを刺すのが己ではないことへの怒り。

 

「除外された《サイバー・ドラゴン》3体をデッキに戻し、融合召喚!!」

 

 天へと三度現れた融合の渦へ三つの機械龍の幻影が連なるように昇り、この一戦を終わらせる巨躯へと昇華する。

 

「再臨せよ!」

 

「嘘……だろ……」

 

「――《サイバー・エンド・ドラゴン》!!」

 

 そうして現れるのは、このターン退けた筈の《サイバー・エンド・ドラゴン》が雄たけびを上げる姿。

 

《サイバー・エンド・ドラゴン》攻撃表示

星10 光属性 機械族

攻4000 守2800

 

 

 やがて、亮は静かに告げる。

 

「お前がこの状況を託すに値するカードは分かっている」

 

 そう、この状況は十代の入学試験の時に酷似したもの。

 

「お前も知っての通り、《サイバー・エンド・ドラゴン》には貫通ダメージを与える効果を持つ――《ハネクリボー》の効果は適用が間に合わない」

 

 だが、今回はクロノスの《古代の機械(アンティーク・ギア)巨人(ゴーレム)》の時のように自ら《ハネクリボー》を破壊する術はない。

 

「《サイバー・エンド・ドラゴン》で《ハネクリボー》を攻撃!!」

 

 ゆえに、これで最後の攻撃だと言わんばかりの力強い宣言の元、《サイバー・エンド・ドラゴン》の三つ首から破壊のエネルギーがチャージされて行き――

 

「――エターナル・エヴォリューション・バースト!!」

 

 回避不能の破壊の三筋の奔流となって十代へと放たれた。

 

 

 

 そんな必殺の一撃が大地を削りながら己に迫る中、高揚感にも似た妙な心地よさに浸りつつ十代は、世界がスローに見えるかのような感覚の中で思わず呟いた。

 

「やっぱカイザーは強ぇ。パーフェクトどころじゃないぜ……」

 

「だが、『パーフェクト』などデュエリストに眠る無限の可能性に比べれば、ただの称号に過ぎない」

 

 

 しかし、《サイバー・エンド・ドラゴン》が放つ破壊の奔流が周囲と共に緩やかに進む中で、十代と亮――お互いの意思だけが不思議とスッと交わされる。

 

 

 そんな極限の集中状態から流れる2人だけの奇跡の時間の中、亮は卒業生として最後の言葉を贈った。

 

 

「飾る言葉に惑わされるな。可能性という道中を楽しんでいけ」

 

「サンキュー、カイザー! 卒業生の言葉――しっかりと受け取ったぜ!」

 

 

 やがて、卒業生の言葉を受け取った十代の感謝を合図とするように、スローだった周囲の時間が元の速度を取り戻していく。

 

 

 そして、《サイバー・エンド・ドラゴン》が放ったブレスが破壊の奔流となって、大地を砕きながら《ハネクリボー》ごと十代を呑み込まんとする中、十代は最後のリバースカードへ手をかざした。

 

 

「だけどさ、在校生代表として俺から卒業の記念はこれからだ! 受け取れ、カイザー!!」

 

 さすれば、《ハネクリボー》の眼前に摩訶不思議な魔法陣が出現し――

 

「罠カード《リミット・リバース》! 墓地から攻撃力1000以下のモンスター1体を復活だ! さぁ、ド派手な花火を上げようぜ!!」

 

 1つの人影が《サイバー・エンド・ドラゴン》の攻撃を遮るように降り立つ。

 

「――ユベル!!」

 

 その人影の正体は十代の唯一無二のパートナーであるユベル。その背の竜の翼を広げて悠然と腕を組む姿には十代を守る意思が垣間見えた。

 

《ユベル》攻撃表示

星10 闇属性 悪魔族

攻 0 守 0

 

「更に、墓地の罠カード《仁王立ち》を除外し、ユベルを選択! これでカイザー! アンタはユベル以外を攻撃できない! さぁ、これで今度の今度こそ凌ぎ切らせて貰ったぜ!」

 

 そして迫る《サイバー・エンド・ドラゴン》の破壊の奔流たるブレスを迎え撃つように立ちはだかったユベルを前に、静かに瞳を閉じた亮は開眼すると同時に――

 

「――攻撃続行だ、サイバー・エンド!!」

 

「へへっ、ユベルが相手でも真正面から――って訳か! 望むところだぜ! 勝負だ、カイザー!!」

 

 亮の指示に臆することなく《サイバー・エンド・ドラゴン》は応え、更なる力をブレスに乗せた姿に、十代も如何にしてユベルに対抗するのかワクワクを抑えきれない様子で見据えつつ、拳を握って突き出した。

 

 さすれば、十代の愛を受けたユベルは、足元からツタを移動型の盾のように己の周りを旋回させ始める。

 

「ユベルの効果! 攻撃されたダメージ計算前に、攻撃モンスターである《サイバー・エンド・ドラゴン》の攻撃力分のダメージを与える!!」

 

 そして《サイバー・エンド・ドラゴン》のブレスと、ユベルのツタの壁が激突。

 

 互いに互いを押しつぶさんとしのぎを削り始めるも、ユベルの力によって逆に押し返していき――

 

「行くぜ、ユベル!」

 

『勿論だよ!!』

 

「ナイトメア・ペイン!!」

 

『ナイトメ――ッ!?』

 

「墓地の罠カード《ブレイクスルー・スキル》を除外させて貰った。これでユベルの効果は発動しない――言った筈だ、十代」

 

 しかし、破壊のブレスが亮へとはじき返されることなく、《サイバー・エンド・ドラゴン》の放ったブレスはジリジリとユベルを押し込んでいく中、ユベルを心配する十代へ亮は再びかの言葉を告げる。

 

「――ユベル!?」

 

「『お前がこの状況を託すに値するカードは分かっている』と」

 

『くっ……十代、ゴメ――』

 

「ユベルの効果が無効になったことでサイバー・エンドが与えるダメージは十代、お前が受けることとなる――サイバー・エンド!!」

 

 そして、最後の十代の策も読み切っていた亮は、己が相棒たる《サイバー・エンド・ドラゴン》に引導を渡させべく声を張れば、ブレスを放っていた《サイバー・エンド・ドラゴン》の眼が鈍く光り――

 

「――エターナル・エヴォリューション・バースト!!」

 

「『――うわぁぁあああぁあああ!!」』

 

 より強大になった光のブレスがユベル諸共、十代を呑み込んだ。

 

十代LP:1600  → 0

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ONE(ワ、ワン) TURN(ターン) KILL(キルゥ……)

 

 

 卒業デュエルの決着がついたというのに観客の誰一人として言葉を発せられない。

 

 

 辺りを沈黙が支配する。

 

 

 そんな中、ただ1人だけ普段と変わらぬ様子で歩みより、膝をつく十代へ手を伸ばした亮は――

 

 

「十代、良いデュエルだった」

 

「加減しなさい!! 馬鹿なの!?」

 

 

 後ろから襲来していた小日向に頭をパシンと(はた)かれた。

 

 

 在校生と卒業生がデュエルを通じてターンを重ねながら対話する――なんて空気を一切読まず、容赦なくONE(ワン) TURN(ターン) KILL(キルゥ)をかましたカイザー。

 

 

 だが、そんな中でも周囲の観客たちは頑張って空気を読んで盛大な拍手を送った。

 

 

 その後、カイザーは小日向に首根っこ掴まれガクガク揺らされたり、肩へ手を置いた吹雪からフォローの言葉が贈られたり、頭を抱えた様相の藤原からの呆れた視線を受けることとなるが栓無きこと。

 

 

 ただ、そんな物言わぬ親しさが垣間見える卒業生のやり取りを、十代は何処か眩しさを覚えつつ、あの言葉を贈る。

 

 

「ガッチャ! 楽しいデュエルだったぜ、カイザー!!」

 

 

 結果が敗北であっても、十代にとって最高に楽しいデュエルだったのだから。

 

 

 







今日の最強カードは《一時休戦》!

お互いに1枚ドローする代わりに、次のターン終了までお互いにダメージが発生しない
まさに「休戦」の名に相応しい守りのカードだ!









これにて、1年生編は終了となります。
定期更新が崩れて申し訳ない限りの章でした。

そして、アンケートの方も締め切りとさせて頂きます。ご協力感謝です。
頂いたご意見はしかと糧にして参りたいと思います。



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第4章 セブンスターズ編 崩壊する日常
第276話 あからさまな挑戦状



前回のあらすじ
カイザー「今日の最強カードは《一時休戦》――《パワーボンド》のデメリットも回避できる良いカードだ。手札にあれば不測の際、頼もしい1枚となるだろう」






 

 

 

 アカデミアの校長室でデスクを前に座すコブラへ受話器の向こう側の人物は焦った様子でまくし立てていた。

 

『ど、どうしてデアールか、ムッシュコブラ! 吾輩(わがはい)はアカデミアの改革に全面的に協力すると申したではないですか!』

 

「Mr.ナポレオン、キミの能力を疑っている訳ではないが――ご子息の進学に先んじてアカデミアに席を置こうとする状況になっている現実は看過できない」

 

 コブラの通話相手の名はナポレオン――原作では十代たちが2年生になった頃に教頭として赴任した人物である。ただ、その性格は「原作初期の頃のクロノス先生」と凡そ合致しており、「教頭」としての能力には疑問が残ろう。

 

 更に、コブラの語った「十代が3年生時に入学する息子」ことマルタンと共に、3年目の途中でアカデミアから去っていく為、「息子の身を案じて一線を引いた」と言えば聞こえは良いが、結果的に「混乱だけもたらして汚名を返上することなく自己都合で去った」教員だ。

 

 当然――

 

『そ、それは誤解デアール! 確かにマルタンは来年アカデミアを受験する予定デアールが――』

 

「現在のアカデミアは改革を推し進めているとはいえ、依然として微妙な立場だ。そんな中で『教員が我が子可愛さに』などと要らぬ誤解を受けかねない事態は、此方としても避けたいことを理解して頂きたい」

 

 コブラの言う通り、そんな能力的に疑問が残る人物(ナポレオン教頭)を招き入れる余裕は、この歪んだ歴史におけるアカデミアには一切ない。

 

 生徒の行方不明こと死亡(大徳寺主導の墓守の試練)海外留学に偽装した失踪(影丸主導のダークネスの実験)、成績不振による学園ブランドの低下の蓄積etc.etc

 

 そう、次に大きな問題が起きればコブラの進退どころか「アカデミアの取り潰し」すら視野に入るレベルの負債が残っているのだから。

 

「以上がキミを採用しなかった理由だ。悪いが業務も山積みでね――これ以上の直談判に付き合えん」

 

『ま、待って欲しいのデア――』

 

「失礼する」

 

 やがて、通話を打ち切ったコブラは差し迫った問題を前に対処すべく、今のアカデミアの中核を担う2人へと謝罪と共に向き直った。

 

「すまないな、話の腰を折ってしまって」

 

「いや、それは構わないんすけど……人員増やしてくれるって話じゃなかったんすか?」

 

「誰でも良い訳ではない。孤島という閉鎖的な立地がある以上、自浄作用の腐敗の問題は常について回る。半端者を招く訳にはいかん」

 

 牛尾が、アカデミアの警備の大部分を担う「アカデミア倫理委員会」の顔役として苦し気な人員事情を漏らすが、此処ばかりはコブラとて妥協は出来ぬ部分だと返すほかない。

 

「ねぇ、いい加減に話を戻してくれない? あたしだって暇じゃないのよ」

 

「そういうなよ、アリス。俺らにとっちゃ死活問題なんだぜ?」

 

 だが、此処でアリスが、いつまでたっても脇に逸れた話を戻さぬ2人に対して苛立ちを隠すことなく苦言を飛ばすが、牛尾の泣き言を無視して言い放った。

 

「だとしても、人形の怨霊のあたしには関係ないわ。今は『セブンスターズ』とか言う奴らが来て面倒事を起こすって話の方が重要でしょう――ねぇ、コブラ?」

 

 なにせ、人形の(元)怨霊としてカードの精霊(おジャマイエロー)たちと友好を結び、アカデミア中に監視の目を巡らせるアリスにとって、「外」から迫る敵は最重要案件である。

 

 こうしている間に「カードの精霊たちが敵の顔を知らず素通りさせました」なんて報告があれば目も当てられない。

 

 そんな事情を理解しているコブラは、話の根っこの部分を語り始めた。

 

「勿論だとも。マスター鮫島の話ではこの学園の地盤に封印された強大な力を持つ『三幻魔』を狙う謎に包まれた7名のデュエリスト――『セブンスターズ』を、アカデミアの選ばれた7人のデュエリストが打ち払う(いにしえ)より伝わる盟約との話だ」

 

「つまり、果し合いみたいなもんすか」

 

「なにそれ。盟約だかなんだか知らないけど、前年度も前々年度もそんな奴ら来てなかったわよ」

 

「存じている。これはアカデミア設立時の最初期より伝承として言い伝えられて来た今や化石染みた代物でしかない」

 

「……あっやしいわねぇ」

 

 だが、蓋を開けてみればアリスが呟いた通り「意味不明」の伝統だった。

 

 危険らしい三幻魔のカードがアカデミアに封印されているのは「封印した輩の問題」である為、流すとして――

 

 まず、「危険カードを狙う(恐らく)悪い奴ら」の対処を、デュエルの腕が立つとはいえ「アカデミアの生徒が撃退しなければならない理由」が一切ない。

 

 流石に「(いにしえ)の言い伝え!」でゴリ押すのは、我が子を信頼してアカデミアに通わせている親御さんへの裏切りどころではない蛮行である。

 

 更に(恐らく)悪い奴らが「態々7人の人数制限」を「かけてくれる」点も、なんらかの別の意図が垣間見え、どう考えても罠臭い。

 

 もはや、「もうセキュリティ(警察)呼べよ」と言われかねない状態だ。別に「超常の存在に選ばれた者でしか解決できない」訳でもないのだから。

 

 しかし、この歪んだ歴史の影響で上述の問題をゴリ押せる「影丸理事長の強権」が潰えたことで、セブンスターズ側も体裁は取り繕ってきた。

 

「十中八九、罠だろう。だが、相手も『流石にこのままではあからさま過ぎる』と考えたのか、『伝承になぞらえたアカデミアの伝統である交流試合』との正規の手順を踏んできた」

 

 そう、コブラが語ったように相手が「過去の伝承を現代風にアレンジしただけのショーイベントです」とのカモフラージュこと建前を用意してきた為、無視するわけにもいかない事情がある。

 

「実際、マスター鮫島が語った『(いにしえ)からの言い伝え』との情報は過去のアカデミア設立時から学外でも噂されている以上、無碍にすれば角が立つ」

 

 風評――今のアカデミアにとって、もっとも気にしなければならないウィークポイントだ。前体制での悪評は未だ完全に取り除けた訳ではないのだから。

 

「『伝統を軽んじ、勝負から逃げた』などと吹聴されれば生徒たちの将来に傷がつきかねん」

 

「敗北条件はどうなってんすか?」

 

「この7つの鍵を奪われること――つまり、学園側が7敗することだ」

 

 やがて、ボリボリと困ったように頭をかく牛尾へ、コブラはデスクから取り出したケースに収められた7枚の板がパズルのように1つに組み合わされた代物をテーブルに乗せれば、胡散臭そうに1枚の板こと鍵を指でつまんだアリスは――

 

「なら鍵、壊しちゃえば? 伝統なんて出来っこない状況なら――」

 

「悪手だな。この鍵は用意されたものだ。代用品がある可能性は決して少なくない」

 

 爆弾発言をするも、コブラは厳しい口調で「否」を示すように首を左右に振る。風評が肝だというのに「大事な伝承の鍵の管理も碌に出来ない学園」なんてレッテルを貼られれば意味がない。

 

「それに加えて、この鍵を『重要なもの』と定義して託された以上、紛失や破損は付け入る隙を与えるだけになりかねない」

 

「なによ。じゃあ、そいつらの言う通りに馬鹿正直に『交流試合』する気なの?」

 

 やがて、「アレもダメ」「これもダメ」なやり取りに嫌気がさしたようなアリスが自身の両の手を腰に当てつつ呆れ顔を見せつつも話し合えば――

 

「その選択肢はない。こんな化石同然の伝承を今になって持ちだす輩がまともだと思うのかね?」

 

「でも『伝統を軽んじる』のはダメなんでしょう?」

 

「アカデミアへの挑戦状を俺ら『倫理委員会が受ける』ってのもおかしな話っすからね。相手さんも納得しねぇでしょうし、『挑戦から逃げた』ってレッテル張りに来るんじゃないっすか?」

 

「安心してくれ、シンプルな解決案を用意した」

 

 諸々の問題点を共有した後、1枚の書面をデスクに置いたコブラより全ての問題をクリアできる魔法のような――訳でもないが――解決案が明かされる。

 

 

 そして、その概要を語り終えたコブラへ、牛尾は頭を抱えた様子で呟いた。

 

 

「……あー、はいはい、理屈は分かるんすけど――これ、コブラ校長の発案じゃねぇっすよね?」

 

「バッッッッカみたいなこと考える奴がいたものね。こんなの本当に出来るの?」

 

「仮に失敗したとしてもアカデミア側にさしたるデメリットがない。ゆえに私はこの案を受けるつもりだ」

 

 アリスの呆れを通り越して感心すらしていそうな感想に反し、肯定的な意見を見せるコブラ。そして、困り顔の牛尾は助けを求めるようにアリスへ問うた。

 

「いや、まぁ、それはそうなんすけど…………どうするよ?」

 

「良いんじゃない? やらせてみれば」

 

「……意外だねぇ、てっきりお前さんは反対するもんとばかり」

 

「正直、貴方たち程は彼のこと信用できる気はしないけど、この無茶苦茶な案は『生徒を守りたい』って考えた結果なのくらいは分かるもの――でもアカデミアでの監視は続けるわよ」

 

「では決まりだ」

 

 しかし、達観にも似た心境のアリスが発案者への警戒を続けることを条件に若干、投げやり気味に作戦の同意を見せれば、一同の腹は決まった。

 

「だが、情報漏洩を防ぐ意味でも全容を知る者は最低限に抑えなければならない。ゆえに――」

 

 そうして、必要事項を話し合いつつ各部署へ連絡を入れ始める3名。

 

 そう、此処に生徒を守りたいアカデミア VS 幻魔絶対復活させたいセブンスターズの構図が形成されたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 牛尾とアリスが校長室から去った後、デスクに席を落としたコブラは受話器片手に連絡を取っていた。

 

「――ああ、そうだ――懸念だったアリス嬢にも無事に話は通せた。これでアカデミア倫理委員会も上手く情報統制してくれるだろう――が、こんな作戦、考え付いたとして実行しようと思うものかね?」

 

『絶対的な安全性は保障されますよ?』

 

「成功すればの話だがな。此方の手回しは済んだが、キミの方はどうなんだ。計画は盤石かね?」

 

『どうでしょう? 良くも悪くも相手次第でしょうし』

 

「…………まぁ良い」

 

 だが、肝心のコブラの通話相手たるハチャメチャな作戦を立てた人物からの何とも言えぬ物言いにコブラは一言申したくなるのをグッと堪えて先の話を促すように言葉を零した。

 

「しかし、カイザー亮が卒業した途端に『これ』か」

 

『そういう意味では、分かり易いタイミングでしたね』

 

「それに加えて、幻魔復活儀式とやらの条件である遊城 十代を狙えば、同じく条件に合致する藤原 優介が割って入ることも容易に想像できる」

 

『あの2人の実力を思えば、デュエルを避けたくなる気持ちも分かります』

 

「己の力を過信せず、警戒心の高い相手――と考えれば厄介極まりないがな」

 

 コブラが危惧していたのはセブンスターズが動いたタイミングだった。あからさまな程に亮と藤原を避けている。

 

 電話の主の言い分は理解できなくはないが、セブンスターズがただの臆病者ではなさそうなのはコブラとしても悩みの種であろう。ゆえに、これ以上の懸念事項は御免だとばかりに確認を取れば――

 

「ミスター鮫島の話では、学園の伝承自体に影丸『元』理事長が関与している疑いがあるそうだが、あの老人は今や檻の中――今はカミューラとやらが主導していると仮定して良いんだな?」

 

『恐らく間違いはないかと。残りのセブンスターズのメンバーが何人賛同したのかは定かではありませんが』

 

「それは構わんよ。どの道、『枠は7つ』だ」

 

『では、お互い手筈通りに』

 

「ああ、諸々含めて何事もなく終わらせよう」

 

 敵の全容をお互いに最終確認した両者の通信はプツリと途切れた。

 

 やがて、「フゥ」と一つ息を吐いたコブラはデスクの上の計画書を手に取って再度目を通し終えた後、誰に語り掛ける訳でもなくひとりごちる。

 

「…………よくもまぁ海馬 瀬人は、こんな男をコントロールできたな」

 

 そんな今回の計画へのコブラの嘘偽りない感想は、懐から出されたライターによって燃やされていく計画書と同様に誰にも届くことなく消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 コブラ校長からの呼び出しに集まった十代・万丈目・明日香のいつもの3人組は、コブラから語られたこの学園にまつわる伝承を聞かされるも――

 

「三幻魔のカード?」

 

「キミたちには馴染みのない話やもしれんが、このデュエルアカデミアの地下に(いにしえ)より封印されている伝説の3枚のカードのことだ」

 

 代表して首を傾げる十代の様子が示す通り、生徒たちの間では一切周知されていないことが伺える。

 

「――と言っても実情は、デュエルアカデミアの設立の際に箔でもつけたかった一部の面々が地下に収めたのだろう」

 

「うぉー! なにそれ! 凄そうじゃん! デュエルしてみてー!」

 

 だが、続いたコブラからの「封印・伝説」との響きに釣られる十代だが、万丈目は険しい表情で先を促した。

 

「……封印との話ですが、それ程までに危険なカードなのですか?」

 

「前任の鮫島校長に聞いた話では、その3枚のカードが解き放たれれば世界は混沌に――などと、神話によくある内容だ」

 

 とはいえ、残念ながら「危険性」についての「科学的な証明」は一切ない。精々がアカデミアに襲来したサイコ・ショッカーからの伝聞程度だ。

 

「真偽の程は実物を確認できない以上、なんとも言えん。だが、アカデミア設立時から今にかけて三幻魔のカードによる問題は起こってはいないことは確かだ」

 

『なんだい。やけに含みのある言い方じゃないか』

 

「心配し過ぎだって、万丈目!」

 

「馬鹿か貴様は――態々コブラ校長直々に呼ばれた理由を少しは考えろ」

 

「えぇー、それを今から聞くんじゃん」

 

「2人とも、話の腰を折っちゃダメよ。それでコブラ校長、ひょっとして私たちが呼ばれたのって――」

 

 相変わらずの十代の楽観っぷりへ普段通りに苦言を入れる万丈目だが、2人に喧嘩を始められては困るとばかりに明日香が予想した通り――

 

「ああ、キミの考えている通りだ。『封印』があれば『解こうとする者』も現れる」

 

「物好きな……何者ですか?」

 

「七星王――『セブンスターズ』と呼ばれる7人のデュエリストとの話だ。とはいえ、本当に三幻魔を奪い合う訳ではない。語られた伝承に基づいたレクリエーションのようなもの――早い話が交流試合になる」

 

 セブンスターズとのデュエルの件を、肝心な部分を隠しつつ曲解した形で明かされる。

 

「なーんだ。三幻魔は見れないのか」

 

「そのセブンスターズとやらを俺たちが倒せば良いのですか?」

 

「でも7人いるのよね? 進路の為にアカデミアを離れている胡蝶先輩と、ジャングルにいる大山先輩を合わせても、私たちだけじゃ数が足りないわ」

 

「別にいいじゃん! 俺は7連戦でも大丈夫だぜ!」

 

「残念だが、それは難しいだろう。この交流試合は伝承に基づき、封印こと七精門を守る7つの鍵を参加資格として、それらを賭けて戦うルールになる」

 

 三者三様の反応を見せる十代たちだが、コブラからの注釈により直ぐに万丈目は勝負へ挑む姿勢へと頭を回し始めた。

 

「つまり、俺たちの誰かが1度でも負ければ、他の誰かが連勝する必要が出てくる……」

 

「でもさ、逆に誰かが負けても他の奴でフォローできるじゃん! 頼りにしてるぜ、万丈目!」

 

「…………貴様は簡単に言いおって」

 

「ふふっ、そうね。もしもの時は、お願いするわ」

 

「て、天上院くんまで!?」

 

「盛り上がっているところに水を差すようで悪いが、今回の交流戦に参加するのはキミたちではない」

 

 しかし、そんな万丈目たちの友情の力は必要ない旨がコブラによって明かされた。

 

「えっ」

 

「校則を覚えているかね?」

 

「……ひょっとして相手は学生ではないのですか?」

 

「えっ?」

 

『おい! なにお前らだけで勝手に納得し合ってるんだ! ボクの十代にも分かるようにちゃんと伝えろ!』

 

 とはいえ、残念ながらコブラの真意は十代には伝わっていない様子。だが、此処で明日香が助け舟を出す。

 

「遊城くん、伝承は凄く昔のアカデミアのものだから、今の新体制のアカデミアの校則に沿ってないのよ」

 

『……成程ね。つまり相手は、ハンデ戦なんて代物は一切想定してないのか』

 

「へぇー、じゃあ、どうすんだ? 伝承って、なんか大事なんじゃないの?」

 

 そうして、「生徒の実力≒寮の色ごとにハンデを設けて対戦カードを決める」今のアカデミアの体制が「外の人間が勝手に対戦カードを決める」此度のイベントに沿っていない旨を理解した十代は、コブラ――と言うよりアカデミアの「のっぴきならない事情」を察する他ない。

 

「うむ、前置きが長くなったが、我が校としては『相手側がどの程度の実力者を用意してくるか分からない』以上、『生徒の選出は絞らざるを得ない』との結論が出た」

 

 そうして、話題が「アカデミアの事情」から「十代たちが呼ばれた要件」へとシフトする中――

 

「ゆえにフォースからの参加者は胡蝶・大山の2名のみだ」

 

「えぇー!? 俺もデュエルしたいのにー!?」

 

 十代としては残念なお知らせが舞い込む。長々と話を聞いて「なんか凄そうな相手(セブンスターズ)」との「デュエルの機会すらない」となれば文句も言いたくなる。

 

「自惚れるな馬鹿者。俺たち2年生のフォース昇格は『将来性を加味して』だ。先輩方と同じ扱いをして貰えると思うな」

 

「なんだよ! 万丈目は参加したくないのか? 三幻魔だぞ! すっげーデュエリストが来るんだぜ!」

 

「そ、それは……思うところがない訳ではないが、仕方あるまい!」

 

「うむ、万丈目くんの言う通りだ。遊城くん、今回ばかりは諦めてくれ」

 

「ちぇー」

 

 しかし、万丈目の説得もとい「自分も我慢している」との言い分に矛先を収める十代だが、此処で明日香から当然の疑問が飛び出した。

 

「でもメンバーは7人必要なんですよね? 残りの5人はどうするんですか?」

 

『この女の言う通りだ。ボクの十代が普通のブルー生徒に劣るなんて言わせないよ』

 

 表向きは十代たちを「実力に不安が残る」との理由で外した以上、半端な選出は許されないが――

 

「残りのメンバーは我々教員で埋めさせて貰う。とはいえ、相手側が此方の事情を鑑みたデュエリストを選出してくれた場合ならば、キミたちにも出番は作れよう」

 

「マジで! じゃあ俺もデュエルして良いの!?」

 

「条件が合えば――だがね。その場合に備えて、デュエルの見学の場を用意することもある」

 

 生徒ならば、その実力をよく知る教員たちならば納得であろう。更には「相手次第では自分たちも」ともなれば、十代にとっても渡りに船である。

 

「その際は、普段は見れぬ教員たちのまさに全力のデュエル――是非とも、キミたちへ糧にして貰いたい」

 

「やったわね」

 

「おう!」

 

 そうして、明日香にウィンク混じりに目配せを受ける中、まだ見ぬ強敵たちへと期待を膨らませる十代だが、コブラは此処で一段と低い声で問いかけた。

 

「だが、勝手にデュエルしようなどと考えないことだ。『何故か?』は理解できるかね、遊城くん」

 

「えっ!? えーと、校則違反になるから?」

 

「ギリギリ及第点の答えだな。正確には不確かな状態で『前例を作らない』ことが重要になる。1度ルールを軽んじれば『次も』と要求されかねん」

 

「き、気を付けます……」

 

『「伝統」ってのも、こうなると面倒なものだね』

 

 そんなこんなで、喜色一辺倒だった(はしゃいでいた)十代の背中がピンと伸びて、気が引き締まったことを見届けたコブラは、今回の要件を端的にまとめて見せる。

 

「そう、緊張せずとも構わんよ。今回の話の肝はセブンスターズという『アカデミアで管理されていない完全な部外者』が来訪する関係上、万が一の為に最低限の面々にだけでも事情を話しておきたかったからだ」

 

 かくして、十代たちは何も知らないままに渦中へ巻き込まれ――いや、彼らを巻き込まないように上手い具合に此度の騒動を流す算段を背景に、歪な形で進み始める歴史の針。

 

 もはや、その針の行く先は誰にも分からない。

 

 

 

 

 

 

 明日香と別れてオベリスク・ブルー男子寮への帰路につく十代は、なんとなしにポツリと零す。

 

「しっかし、セブンスターズかー、コブラ校長もなんか大変そうだよなー」

 

『コブラも確か校長は、まだ今年で3年目だろ? アカデミアを改革中で忙しいって時に、外から古臭い伝統を持ち出されちゃさぞ面倒だろうね』

 

 それは、「伝承」だの「伝統」だの十代から見ても面倒臭そうなことに雁字搦めの様子が伺えたゆえだったが、万丈目はそれを厳しい口調で咎めた。

 

「おい、十代。あまりペラペラと喋るな。『いらん混乱を起こさぬように』との話を忘れたのか貴様は」

 

「別に良いじゃん。今はみんな新入生の歓迎会の準備で寮に集まってるだろうし」

 

「だからといって誰も出歩い――」

 

「三沢ー! 準備の方どうなってるー!」

 

 しかし、これ以上の小言は御免だとばかりにダッシュでオベリスク・ブルー寮へと逃げた十代は見慣れた顔へと駆け寄っていた。

 

「戻ったか――だが、準備の方は殆ど終わったところでな。後は新入生を迎えるばかりで暇をしていたところだ」

 

「あっ、悪ぃ」

 

「気にするな。コブラ校長から直々に呼び出されたとなれば、みんなも納得する他ないよ」

 

 そうして、結果的に歓迎会の準備を放り投げてしまったことを謝罪する十代だが、相手が相手(圧のあるコブラ)だけに三沢含めてブルー生徒が十代たちを糾弾することはないが――

 

「ところで、なんの要件だったんだ?」

 

「えっ? あー、えーと」

 

 流石に「急に呼び出された」理由くらいは知っておきたい――と言うより、皆の納得を得る為にも必要と言ったところか。

 

 とはいえ、その手の腹芸が苦手な十代は言葉に詰まる。先程も「ペラペラ喋るな」と置き去りにした万丈目に言われたばかりである。

 

 だが、此処でようやく追いついた万丈目からコブラが用意していた話題を放る。

 

「フォース候補生だった俺たちを、正式なフォースとして昇格させるとの話だ」

 

『まぁ、嘘ではないね』

 

「そう、それ! 見ろよ、三沢! フォースの証のバッジも貰ったんだぜ!」

 

『似合ってるよ、十代』

 

「ほう、これがか」

 

 そうして、《光の創造神 ホルアクティ》を意識して光の翼を模したピンバッジを自慢げに見せる十代だったが、見せ付けている間にポツンと頭上に疑問が浮かんだ。

 

「だろ! …………あれ? でもカイザーたちは、こんなの付けてなかったような?」

 

「さしずめ殆どカイザーたちの特例状態から正式な制度になった証な訳か。やったな、十代」

 

「フン、浮かれるな。所詮は暫定的な話だ」

 

 とはいえ、それは「フォース制度の誕生がそもそも急ごしらえの産物」であることを思えば疑問は少ない。

 

 卒業前の亮の申し出がなければ、コブラも無理に制度を存続させる気もなかっただろうことは明白だ。

 

 ゆえに万丈目は厳しい物言いだが――

 

「確かに、アカデミア側もフォース制度を維持できるか測りたい思惑があるだろうが――コブラ校長は、半端なデュエリストを在籍させるくらいなら制度自体を廃止するタイプだろう?」

 

「そうだぜ、万丈目! お前だって兄ちゃんたちへ嬉しそうに報告してたじゃん!」

 

「――しとらんわ!!」

 

『バレバレな嘘を吐かない方が良いよ。お前の言うところの「馬鹿」に見える』

 

 三沢と十代の別方向からなる正論の矢に、万丈目は貫かれることとなる。

 

 そうして、痛い腹を突かれた事実を誤魔化した結果、肩で息をする羽目になった万丈目は大きく深呼吸した後、話題を強引に変える。

 

「……全く、浮かれおって。そろそろ歓迎会の会場に行くぞ。今年は俺たちが迎える番だ」

 

『クリリー』

 

「おっ、どうしたんだ?」

 

 

 

「――たのもーザウルス!!」

 

 

 だが、そんな話題の変換も、更なる話題――いや、波乱の足音にかき消された。

 

 

 そんなオベリスク・ブルー男子寮の出入口の開いた戸を前に腕を組んで仁王立ちするドレッドヘアーをバンダナで覆った褐色肌の男に、十代たちを含めたオベリスク・ブルー生徒たちの視線が突き刺さる。

 

「ん? あれは……イエロー生か? 迷子という訳じゃなさそうだが……」

 

「おー! なんだなんだ! 面白そうじゃん!」

 

『なんだい、アレ? まさか道場破りのつもりかい?』

 

「相手にするな。どう見ても考えなしの馬鹿だ」

 

 バンダナ男の袖のないラー・イエローの改造制服に所属を把握する十代たち。

 

 だが、各寮ごとの歓迎会も直に始まる時間帯に別の寮へ足を運んでいる時点で、万丈目の言う通り一般的な感性から語尾共々ズレていることは伺えよう。

 

 

「俺の名はティラノ剣山! アンタらブルー寮の奴らには、俺がオベリスク・ブルーになる為の踏み台になって貰うザウルス!! どっからでもかかってこいだドン!!」

 

 

 ただ、そのバンダナ男こと「ティラノ剣山」が大人しく立ち去ってくれる性質ではないことだけは、誰の目にも明らかだった。

 

 

 

 

 






ナポレオン教頭「!?」






Q:原作2年目キャラのナポレオン教頭は何故、今作のアカデミアを不採用になったの?

A:今作の改革後のアカデミアで、原作初期のクロノス先生のような「レッド切り捨て思想」「長い物(権力)には巻かれろ」なナポレオン教頭を採用するメリットがなかったからです。

デュエルの腕も(本人曰く)さほど高い訳でもないからね!



Q:ティラノ剣山って、こんな殴り込み染みたことする奴だっけ?

A:原作では、クロノスたちの「外部入学の最高はラー・イエロー」だから「キミは優秀」との説明で納得していただけなので

今作の「キミの実力ではオベリスク・ブルーに相応しくない」との評価では納得の矛先を失い、「ブルーに相応しいとこ見せてやるドン!」と結論づけると判断させて頂きました。





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第277話 TURN-55 ティラノ剣山登場ざうるす!




前回のあらすじ
神崎「私にいい考えがある!」

牛尾「正気なんすか?」

アリス「正気なの?」

コブラ「(これの相手を平然と続けていた)海馬 瀬人は凄かったんだな……」






 

 

「さぁ、どうしたドン! 俺の挑戦を受けるザウルス!」

 

 オベリスク・ブルー寮に挑発するかのような剣山の声が木霊するが、肝心のブルー生徒たちには困惑に近い表情を浮かべるものばかり――端的に言えば「なんだコイツ」な感情が勝り、中には冷ややかな視線すら向ける者すらいる有様だ。

 

 とはいえ、2、3年生からすれば此度の剣山の行動は――此処までアグレッシブではなかっただろうが――過去の己を見るが如く馴染み深い光景であろう。

 

 しかし、それらとは毛色の違う視線が一つ。

 

『クリー、クリリー』

 

「へへっ、そうだな! イエローにはイキのいい1年が入学となれば、ちょっと試しに――」

 

「やめんか馬鹿者! 騒ぎに火をつけてどうする! 貴様もフォースになった以上、アカデミアの規範となれ!」

 

「俺は倫理委員会の方に連絡を入れて来る」

 

「頼むぞ、三沢。俺はこの馬鹿が余計なことをせんように――って、行くなと言っとろうが!」

 

 そうして、この手の騒ぎが望むところな節のある十代の好奇心の爆走に振り回される万丈目の普段の光景が流れる最中、三沢が連絡の為に駆け足で立ち去っていく。

 

『馬鹿だ馬鹿だと他の言葉を知らないのか、こいつは』

 

「えぇー、だってさー」

 

「でもも、だってもあるか!」

 

 やがて引き下がる様子を見せない十代は万丈目を誘導するように目線を剣山の方へ向ければ――

 

「誰もかかってこない気ドン? オベリスク・ブルーは腰抜けの集まりザウルスか?」

 

「なら僕が相手になるよ――確か、剣山って言ったっけ? 僕は空野(そらの) 大悟(だいご)、キミと同じ1年だ」

 

「ようやくザウルスか。なら、犠牲者第一号はお前だドン!」

 

 何処か学生帽のようにも見える角刈りの青年「空野(そらの) 大悟(だいご)」が剣山の安い挑発に乗っている光景が広がっていた。

 

「アイツらやる気みたいだぜ?」

 

「なっ!? 全く、どいつもこいつも! デュエル馬鹿は1人で十分だと言うのに……!!」

 

 十代の指摘に頭を痛める他ない万丈目だが、このまま放置する訳にもいかないゆえに十代を腕で制した後、問題の収束を図るべく駆けだす羽目となる。

 

「場所は此処で構わないか?」

 

「当然だドン! 2戦目が控えてるザウルス!!」

 

「やめろ、1年」

 

「……誰だドン?」

 

「万丈目先輩……」

 

 そうして、デュエルディスクを手に一触即発だった剣山と空野の間に割って入る万丈目へ、対照的な反応を見せる両者。

 

「いいか良く聞け。入学したての貴様らには馴染みが薄いかもしれんが、アカデミアでは規則として他の寮生とのハンデ抜きのデュエルは認められていない」

 

 かくして剣山たちの行動の問題性の指摘を続ける万丈目だが――

 

「そして、そのハンデを定めるのは教員方だ。つまらん校則違反で降格したくなかったら、大人しく矛を収めろ」

 

「なにを言うのかと思えば規則だのなんだの――ダッサいドン! 男なら挑まれた勝負は正面から受けるべきザウルス!」

 

「僕も同感です。僕たちオベリスク・ブルーを此処まで虚仮にされて黙って帰せと?」

 

 万丈目の忠言は、剣山たちにとってお気に召さなかった様子。男には退けぬ時があるのだと言わんばかりだ。

 

「全くバカバカしい……野生児か貴様ら? そんな蛮族染みた思想を現代に持ち込むな」

 

「恐竜さんの生きた野生をバカにするなドン!!」

 

「……『竜王』の名も落ちたものですね」

 

 やがて、強情な1年坊主たちへ呆れた様子を見せる万丈目へ、謎の怒りと失望の混ざった視線が向けられるが、そんな感情論以下の代物が万丈目の心に響くことはない。

 

 ゆえに、万丈目は強引にでも話を収束させようとするが――

 

「きょ、恐竜? まぁ、良い。くだら――」

 

「――いい加減にしろよ、空野! 万丈目さんに向かってなんて口の利き方だ!!」

 

 そんな3人の元、茶髪のとげとげヘアーの1年が強い口調を以て乱入を果たす。

 

「……ハァ、お前には関係ないだろ、五階堂」

 

 彼の名は「五階堂(ごかいどう) 宝山(ほうざん)」――空野が面倒臭そうに対応する姿を見た通り、彼は万丈目へ尊敬が重い癖の強い人物だ。

 

「おい1年坊、急にな――」

 

「関係なくない! まず万丈目さんに無礼を詫びろ!!」

 

「ええーい! 割り込んでくるなうっとうしい!!」

 

 ゆえに、尊敬する先輩(万丈目)へ暴言を吐いた空野と、生意気なイエロー(剣山)へ五階堂は食って掛かるが、万丈目からすれば事態をややこしくする相手でしかない。

 

 かくして、問題の収束どころか更なる波乱を呼び混沌とし始める状況へ、周囲から「今年の1年(色んな意味で)ヤベェな」な視線と共に万丈目へ無言のエールが贈られるが――

 

「――じゃあ、みんなでデュエルしようぜ!」

 

 そんな混沌とした空間に、十代は躊躇なく飛び込んだ。

 

「……はぁ? なに言ってるドン? 今、その話をしてるとこザウルス」

 

「これ以上、話をややこしくするな十代! 煽るような真似は止せ!」

 

 ただ、剣山と万丈目の言う通り、十代の主張は今の状況では若干ズレた代物だ。更に「デュエルを止めたい」万丈目からすれば逆境な程である。

 

「いや、だからさ『俺たちブルーみんなでデュエル』しようぜ!」

 

「……つまり、先輩は何が言いたいんですか?」

 

 しかし、十代とて考えもなしに発言した訳ではない。その意を感じ取ったのか代表して空野が先を促せば――

 

「だって、そこのイエローの――剣山だっけ? そいつはオベリスク・ブルーの実力を自分の肌で感じたいから道場破りみたいなことしてんだよな?」

 

「……微妙に違うザウルスが、まぁ概ねそんな感じだドン」

 

「でも、万丈目の言う通り『別の寮とのデュエル』は色々校則があるからパッとは出来ないだろ?」

 

 そうして、彼らを取り巻く現状をザックリ説明し終えた十代は、親指を立てつつ自信たっぷりに宣言した。

 

「ならさ! 俺たちオベリスク・ブルー同士でデュエルして、それを剣山に見て貰えば良いじゃん!」

 

 そう、「剣山の凡その望み」は「剣山がデュエルしなくとも叶う」のだと。

 

「デュエルを見ればデュエリストの全部――ってのは俺たちには難しいけど、実力くらいなら分かるだろ!」

 

「…………それは確かに……そうザウルス?」

 

「……これなら校則を破る面倒も……ない」

 

 やがて、剣山と空野が思いのほか現実的な落としどころに思案顔を見せるが、そんな彼らの胸の内をユベルが端的に語ってみせる。

 

『揺れてるみたいだね。まぁ、こいつらだって入学早々コブラに目を付けられるような状況は避けたいか』

 

 そう、アカデミアの校長であるコブラの存在は、入学の挨拶の段階で剣山たちも知った顔だ。「凄い怖そう」のイメージと違わず非常に厳しい人物像である。

 

 売り言葉に買い言葉で熱くなっていた頭が冷えれば、コブラからしかりを受けるリスクは無視できる程に彼らは豪胆ではない。

 

――こいつ、考えなしの発言かと思えば意外と理屈は通っている……

 

「よし十代。貴様の口車、乗ってやろう。それで相手はどうする?」

 

 やがて万丈目も、そんな剣山たちの様子を遅ればせながらに察し、話に乗って見せるが――

 

「……? なに言ってんだよ万丈目。『ブルーみんな』って言っただろ? ちょっと早いけど新入生の歓迎会を始めちまおうぜ!」

 

「えっ?」

 

「1年はみんないるな! なら始めるぜ!」

 

 天へと拳を突き上げた十代は、剣山たちを余所に周囲に向けて号令を飛ばす。

 

「――新入生歓迎デュエル大会だ!!」

 

 かくして、十代の熱に当てられた周囲の全ブルー男子生徒(一部除く)が謎のテンションで応えて見せる光景が剣山たちを置き去りにしながら繰り広げられた。

 

 

 そして、謎のお祭り騒ぎが始まった事実に万丈目は思う――「やはり、こいつ(十代)はとんだトラブルメーカーだ」と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「済まない、万丈目! 遅れた!」

 

「シニョール剣山! 喧嘩は止めるノーネ!」

 

「若気の至りじゃすまねぇから止めとけ――」

 

 オベリスク・ブルー寮へと慌てた様子で飛び込んだ三沢・クロノス・牛尾が、一触即発な現場に駆け付ければ、其処に広がっているのは――

 

 

「《ホルスの黒炎竜 LV8》の効果! 魔法の発動を無効にし、破壊する!」

 

 空野の背後で、白銀の装甲で覆われた巨大な翼竜が、その口より放つ炎を以てフィールドを焼き払い、

 

「《ギルフォード・ザ・レジェンド》は数多の武器を使いこなす達人! 墓地より5枚の装備以て、その力を見せよ!」

 

 五階堂の隣で、角のある仮面で目元を隠した黒き鎧に身を包む大柄な戦士が、数多の武具をその身に装備し、

 

「この《暴鬼(あばき)》は(いにしえ)のカード! 『1ターンに1度(名称ターン1)』などと言う甘えは存在しない! 互いに500ポイントのダメージだ!」

 

 真っ先にゾンビ化されそうな生徒の元、棍棒を持つ赤い鬼が相手デュエリストを巻き込むように爆散し、

 

「無駄だ! 《ミラージュ・ドラゴン》がいる限り、相手はバトルフェイズに罠カードを発動できない! ゆえにこちらのモンスターの展開を止める術はない!」

 

 ゴージャスなデュエルディスクに目がくらみ、死ぬ寸前までデュエルエナジーを吸い尽くされそうな生徒が繰り出した緑のたてがみを揺らす黄金の細く長い身体を持つドラゴンの周囲に次々とモンスターが立ち並び、

 

「来い、マイフェイバリットヒーロー!」

 

 巨大なビル群が立ち並ぶ摩天楼の最中――

 

「――フレイム・ウィングマン!!」

 

 十代のフェイバリットであるヒーローが片翼を広げ、その腕の竜の顎をヴィラン(敵モンスター)へと向ける光景が広がる。

 

 

 

 そんなモンスターたちが所狭しとぶつかり合う予想だにしない状況に三沢・クロノス・牛尾の3名は困惑の表情を浮かべる他ない。

 

「これは……」

 

「ど、どどどどうなってるノーネ!?」

 

「なんつーか、樺山先生に聞いてた話と違うみたいっすね」

 

 だが、三沢だけは直ぐにこの舞台を作り出した人物を察し、情景共にクロノスと牛尾へ向き直った。

 

――全く……お前は何時だって俺の計算を容易く超えてくるな、十代。

 

「すみません、クロノス教諭、牛尾さん。どうやら俺の勘違いだったようです」

 

「そうナーノ? 確かに険悪な雰囲気ィーは、なさそうデスーネ」

 

「まぁ、問題が起きてねぇなら構わねぇさ。一応、見回らせて貰うけどな」

 

 やがて、手を煩わせてしまったと頭を下げる三沢へ、クロノスと牛尾が往々に対応する中、それを目にとめた十代が駆け寄り告げる。

 

「おっ、クロノス教諭じゃん! 悪ぃけど色々あったから歓迎会、ちょっと早めに始めさせて貰ってるぜ!」

 

「そ、それは別に構わないノーネ。歓迎会の主役は1年生たちだカーラ、ワタクシたち教師に気を使わなくても良イーノ」

 

「そっか。サンキュー!」

 

「デモデーモ、何があったか説明――」

 

「あっ! おーい、剣山ー!」

 

 やがて、軽い謝罪を問題ないと流したクロノスが十代から詳細を聞こうとするも、当人は話は終わったとばかりにデュエルを観戦している剣山の元へ駆けだす始末。

 

「――って、行っちゃったノーネ……」

 

「まぁ、他の奴らに聞いて擦り合わせりゃ良いでしょ」

 

 とはいえ、牛尾の言う通り1人2人に事情を聞いて終わる話でもない為、順番が前後する程度の問題だと2人は各々の職務を全うすることとなった。

 

 

 

 

 かくして、オベリスク・ブルー同士のデュエルが1戦、また1戦と終わると同時に新たに開始される光景を観戦していた剣山の背へ声をかける十代。

 

「どうだ、剣山! 俺たちオベリスク・ブルーも捨てたもんじゃないだろ?」

 

 十代の言う通り、これだけ現在進行形でデュエルを見れば、オベリスク・ブルーの実力は剣山に伝わっていることだろう。

 

「まぁ、剣山も『自分は負けてねぇ!』って思ってるかもだけどさ――筆記とかでダメだとブルーに上がれなかったりするし……あー、なんて言えば良いんだろ?」

 

 しかし、「デュエルで強ければ無条件にブルー」という訳でも「ない」ゆえに、十代は自らも苦労した「その辺りの問題」を提示しつつ、上手い言葉を探しながら告げる。

 

「こう、あんまり喧嘩腰? じゃなくてぶつかり合いばっかりじゃなくて? えーと……」

 

「……なんで」

 

「ん?」

 

「なんで、態々こんなことしたドン?」

 

 だが、そんな十代の言葉は剣山からの当然の問いかけに遮られた。

 

 なにせ、デュエルを直に見て多くのブルー1年生と見比べて己が特段劣っている印象はない剣山でも、十代の実力が自分より優れていたことは分かる。

 

 なら、こんな大規模な祭り染みた面倒を起こさずとも、十代が剣山をハンデデュエルで倒して「お前はブルーに相応しい実力がない」と突き付けることも出来た。

 

 いや、其方の方が遥かに簡単だっただろう。十代からすれば、剣山は「自分たちに喧嘩を売って来た無礼者」同然なのだから「生意気だ」とぶっ飛ばしてしまえば良かったのだと。

 

 しかし、そんな剣山へ十代は不思議そうに返す。

 

「なんでって、剣山はオベリスク・ブルーになりたいんだろ? なら、俺たちは未来のクラスメイト――つまり仲間じゃん!」

 

 そう、剣山と十代は見ている世界が違い過ぎた。

 

「そりゃぁ競い合うんだから、ぶつかったりするけど俺たちはライバルだけど敵じゃないんだぜ?」

 

 片や己のカリスマを磨く為に相手を踏み台にしようとした男と、ただ楽しく切磋琢磨できる仲間を求めていた男。

 

「なら仲間同士罵り合うんじゃなくてさ、ちゃんと定期試験で先生たちに『(剣山)の実力は凄いんだぜ!』ってのを正面から叩きつけてやろうぜ!」

 

 十代の言葉が一つ、また一つと届く度に剣山は己の小ささを自覚せざるを得なかった。ゆえに――

 

「そっちの方がスカッとしそうだし!」

 

「……ニキ……」

 

「……?」

 

「――アニキと呼ばせて欲しいドン!!」

 

「えっ?」

 

 剣山は、この(十代)の元で、デュエリストのなんたるかを学びたいと決意する。

 

「俺はアニキの元でなら本当の強さを学べるザウルス! いや、学ばせて欲しいドン!」

 

 過去の剣山は腕っぷしの強さとデュエルの技量ゆえに他者に「兄貴分」と慕われた男である。しかし同時に窮地の際に己を慕っていた筈の弟分たちが逃げ出す歪な関係性ばかりだった。

 

 それを剣山自身は「己のカリスマが足りないゆえ」だと考えアカデミアの門を叩いたが、十代と接してそれが思い違いであると至る。

 

 なにせ殆ど喧嘩を売りに来た同然だった剣山と、売り言葉に買い言葉で衝突必死だったオベリスク・ブルーの生徒たち――その双方の意を汲みつつ、この場を収めて見せたのだ。

 

 そう、本当の強さは直接的な力ではない――そう教えられた気がした剣山。

 

 ゆえに、剣山は懇願する。

 

「い、いや、そんなこと急に言われても……つーか、これ前もあった気がす――」

 

「頼むドン! 是非とも、この俺! ティラノ剣山をよろしくザウルス、アニキ!」

 

『随分、調子の良い奴だな……』

 

 とはいえ、十代からすれば180度急変した剣山の態度へは困惑が強い。更に謎のデジャヴすら覚える。

 

 やがて、もう誰も剣山のことなど眼中になくデュエル大会を全力で楽しんでいるゆえ、助け船のない十代は困った表情を浮かべるが――

 

「十代、そろそろ彼にはイエロー寮に戻ってもらわ――どうした?」

 

「おい、今度は何の騒ぎだ」

 

「ちょ、丁度良いところに――てか助けてくれ~」

 

 三沢と万丈目の合流に「救いの手」だとばかりに2人へ手を伸ばす十代。

 

「アニキの生きざまを是非とも間近で学ばせて欲しいドン!」

 

「ああ、そういうことか」

 

「全く、次から次へと騒がしい奴だな……」

 

 やがて、剣山が任侠映画よろしくビシッと頭を下げて懇願する姿に凡そを察した三沢と万丈目は――

 

「確か剣山だったな? 十代に弟子入りしたいというが、フォースの立場上、『特別扱い』とも受け取られかねない行為は不要な軋轢を生――」

 

「放っておけ、十代。この手の輩を一々相手しては、つけあがるだけだ」

 

「アンタに頼んでる訳じゃないザウルス!」

 

「お、落ち着けよ剣山」

 

『ハァ、面倒事の塊みたいな奴だね、こいつは』

 

 それぞれ助言を贈ろうとするが、剣山は万丈目の「相手するだけ無駄」ともバッサリ切るような発言に噛みつく他ない。軽い気持ちではなく本気なのだと。

 

 そんな中、三沢は剣山の肩をグッと掴みながら強めの口調で相手の意識を向けさせる。

 

「聞くんだ、剣山」

 

「な、なんだドン?」

 

「十代の弟分になりたいのなら、まずは『弟分に相応しい』と周囲に認めさせるだけの材料を用意するべきじゃないか?」

 

「おー、確かにそうザウルス! アンタは話が分かるドン!」

 

()()()オベリスク・ブルーを目指すところから始めてみるといい。進級試験も直だ」

 

「成程――なら待っててくれだドン! 十代のアニキ!」

 

「お、おう、頑張ってなー」

 

 そうして、三沢のもっともらしい言葉に納得した剣山は拳を握って十代へ誓いを立てた後、「こうしちゃいられない」とばかりにラー・イエロー寮へと駆け出していった。

 

 やがて、そんな剣山を力なく見送った十代は疲れた様子で感謝を告げる。

 

「……サンキュー、助かったぜ三沢」

 

「いや、それは構わないんだが……時間稼ぎにしかならないぞ」

 

「フン、これを機に貴様もあしらい方を覚えておけ」

 

 とはいえ、万丈目の言う通り十代は早いところ「この手(有名税)の対応」を覚える必要がありそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 此処で少しばかり時間は進み、剣山が戻ったラー・イエロー寮にて1年生への歓迎会が始まった頃――

 

「はーはっはっはー! 新入生諸君! よく来たっスね! 困った事があればこのボク!丸藤 翔を頼ってくれて良いっスよ!」

 

 翔は意気揚々と先輩風を吹かせていた。少し前までは退学に怯える日々だったゆえ、自分たちの背を追う立場の後輩を見て気が大きくなっているのが見て取れる。

 

「いや、丸藤。俺らも昇格したばっかで、あんま変わ――」

 

「――わー! わー! なんでもないからね! (よ、余計なこと言わないでよ、慕谷くん!)」

 

 しかし、そんな翔のメッキも背後の慕谷の発言によって呆気なくはがれ落ちた。正直、新入生と実質ラー・イエロー1年生状態の翔たちは先輩風を吹かせている場合ではない。

 

 とはいえ、そんな風に誘われる者もいた。

 

「ならオレの疑問もアンタが答えてくれるザウルス?」

 

「任せてよ! って、ザウルス? ……ひっ!」

 

「なに隠れてるドン?」

 

「(なんか怖そうな人が来ちゃったよ、慕谷くん!)」

 

「(だからって、俺を盾にするな!)」

 

 だが、先輩風に誘われた剣山の荒っぽそうな風貌(改造制服)に気の小さい翔は慕谷の背中に隠れる他ない。まぁ、慕谷も翔と同様に腰が引けているゆえ、盾としてはすこぶる頼りないが。

 

「そこのキミ! オカルトに興味は――なんでもないです」

 

――3年の先輩、逃げやがったっス!?

 

「なにコソコソ話してるドン! 頼れって言ったのはアンタらザウルス!」

 

「あわわ、どうしよう!?」

 

「お、俺は言ってないぞ!?」

 

「ズ、ズルいっス! 1人で逃げる気っスか!?」

 

「どこに行く気ザウ――」

 

 やがて、オカルトブラザーズ(高寺・井坂・向田)も翔たちを見捨てた――もとい歓談の場を邪魔せず距離を取った中、必要もない醜い押し付け合いが始まるも、逃げようとする両者を剣山が追いかけようとした瞬間、眼前に1人の大男が立ちはだかった。

 

 己より大柄な男に思わず警戒する剣山。

 

「……誰だドン?」

 

「え、えっと僕は2年の大原って言うんだ。よ、よろしくね」

 

「先輩だったザウルスか、これは失礼したドン――オレはティラノ剣山ザウルス! よろしく頼むドン!」

 

「う、うん、剣山くんだね。そ、それで疑問って言ってたよね? ど、どうしたの?」

 

 だが、体格の割に臆病さを滲ませながらも己へ温和に応対する大原の姿に、剣山は頼る先を変えれば――

 

「(慕谷! 丸藤! 今のうちにこっち来い!)」

 

「(取巻!)」

 

 少し離れた場所から手招きする取巻の姿に、慌てて逃げ寄る翔たちを余所に剣山は大原へと目的を語っていた。

 

「オレはオベリスク・ブルーを目指してるザウルス! だから昇格する為の定期試験の日時と筆記の合格ラインを教えて欲しいドン!」

 

「が、学園での予定は、こ、公共スペースのカレンダーに書いてあるから、あ、後でメモしとくと良いよ。ひ、筆記の合格ラインは、い、一定じゃなくて小原く――僕の友達の方が詳しいから、しょ、紹介するね」

 

「大原先輩、何から何まで助かるザウルス」

 

「き、気にしないで。で、でも凄いね。にゅ、入学して直ぐなのに昇格を、も、目標にするなんて」

 

 かくして相手の新入生として極めて常識的な問答に、大原も「誤解されやすい性質なのだろう」と剣山への認識を改めつつ和やかな対談が続く。

 

「当然だドン! オレは十代のアニキに相応しいデュエリストを目指してるザウルス!」

 

「ぬぁにぉ! 十代のアニキの弟分は僕っス!!」

 

 と思われたが、先程の気の小ささを感じさせぬ勢いで食って掛かる声が剣山に向けられた。

 

「今度は誰ザウルス?」

 

「か、彼は僕のクラスメイトのし、慕谷くんだね」

 

 そして剣山が唐突な乱入者に怪訝な視線を向ければ、そこにいるのは慕谷の姿。やがて、剣山は譲れぬ勝負を仕掛けられたと負けじと己の想いを語って見せるが――

 

「また先輩ザウルスか。でも、先輩だからって十代のアニキの弟分の座は譲れないドン!!」

 

「お、俺じゃないぞ!? 遊城の弟分とか興味ないし!」

 

「さっきと言ってること違うドン! この期に及んで誤魔化すなんて男らしくないザウルス!」

 

 先とは打って変わって、首を横にブンブン振りながら真逆の言葉を並べる慕谷の言葉の軽さに剣山は怪訝に思いつつも不機嫌さを募らせていく。

 

 己と同じ男の背を追う者の志の低さは流せるものではない。

 

「いや、ホントに興味な――って丸藤! いい加減、俺を盾にするのはやめろ!」

 

「丸藤? 後ろに誰かいるザウルスか?」

 

「か、彼も2年生でま、丸藤 翔くんだよ」

 

 だが、真相は思ったよりも仕様もないものである。十代の弟分を目指す剣山に食って掛かったのは慕谷――ではなく、その背に隠れて叫んでいた翔だったのだ。

 

 そんな情けなさすら見える翔の姿に剣山の中の闘志は大きくしぼんで行く他ない。

 

「……誰かの影に隠れるなんて情けない男だドン。そんな奴にアニキの弟分は相応しくないザウルス」

 

「ふぅんっ!」

 

「おべっ!?」

 

「慕谷!」

 

 しかし、剣山の真っ当な言い分を前に翔は盾にしていた慕谷を横に押しのけ、プルプル震える膝を一歩前に出して胸を張る。

 

「ど、どうだ1年坊! これで文句ないだろ!」

 

「フッ、少しは男を見せたみたいだドン――でも知らないザウルスか? ラー・イエローじゃアニキの弟分には相応しくないドン!」

 

「キミだってラー・イエローじゃないっスか!」

 

「だから、次の試験で直ぐにオベリスク・ブルーに上がるザウルス!」

 

「簡単に言うなっス! 昇格するのはキミが考えてるより大変なんだよ!!」

 

「け、喧嘩はやめようよ、2人とも……」

 

 そうして、お互いを一先ずライバルと定めた2人が皮算用染みた形でマウントを取り合う光景を大原がオロオロしながら止めようとする姿に、慕谷と取巻は先の借りを返す意味も込めて2人の間に割り込む――のは、剣山が怖いので無理な為、翔を抑えにかかる。

 

「落ち着けよ、丸藤。そもそも急にアニキだ弟分だって、どうしたよ? 遊城のファン第1号じゃなかったのか?」

 

「放してよ、慕谷くん! 僕は節度をもってアニキのファンやってるのに、こいつ(剣山くん)は――」

 

「お前はどの立ち位置なんだよ……」

 

「……完全に厄介なファンじゃん」

 

 やがて、翔が中々に拗らせ始めている事実に困惑が勝った慕谷と取巻はお手上げとばかりに引け気味になる他ない。

 

「なら、どちらがアニキに相応しいか競争と行くドン!」

 

「望むところっス!」

 

 かくして、ラー・イエローにて不思議なライバル関係が構築されていくが、彼ら以外のラー・イエローの生徒たちを含め、他の寮の歓迎会も大きなトラブルもなく無事に終えていくことだろう。

 

 ゆえに、これからの彼らの学園生活が平穏無事に終わることを願いたい。

 

 

 

 

 

 後日、歓迎ムードも終わったアカデミアのフォース用の教室にて、2年生となったフォース3人組の明日香、十代、万丈目は講師が来るまで前日の歓迎会の話題――剣山のアニキ騒動――で盛り上がっていた。

 

「ふふっ、大変だったのね」

 

「いやぁ~、人気者は辛いぜ」

 

「フン、所詮は表面的なものだ。フォースから降格すれば見向きもされんようになる」

 

「……そうね。私たちのフォース在籍はあくまで将来性を加味されてのものでしょうし」

 

「そっかー、俺たちもフォースだもんな――って、もう候補生じゃなくて、ちゃんとしたフォースになったならアレじゃん!」

 

「アレって?」

 

 だが思い出したかのような唐突な十代の話題の転換に明日香が首を傾げれば――

 

「プロとデュエルできるんだよな! 良いな~、誰呼んで貰おっかなー!」

 

「ハンデは付くがな」

 

「確かにそうだけどオファーを受けてくれる相手だけだから、あんまり期待し過ぎちゃダメよ?」

 

 十代の頭の中は凄いプロデュエリストたちとのデュエルに喜色の思いを馳せ始める。

 

『まぁ、神崎なら大抵の相手を呼んでこれそうだけど』

 

「…………うん、そうだな!」

 

「やっぱり、まだ神崎さんが苦手なのね……」

 

 だが、ユベルの呟きについ難しい顔になった十代に明日香は苦笑を返す他ない。直感を重んじ突き進むタイプの十代に、アレコレ考えて細かに軌道修正するタイプの神崎はやはり相性が悪いのだろうと。

 

「辞められたらしいぞ」

 

「…………うん?」

 

『そういえば最近めっきり見なくなってたね。相変わらず、行動の読めない奴だ』

 

「え゛っ!? 神崎さん、辞めちゃったの!?」

 

「な、なんだ、急に!? 嫌っとる貴様からすれば喜ばしいことだろうに!?」

 

「なんで!?」

 

 しかし、唐突に明かされた「神崎がアカデミアを去った」との情報に十代は面食らいながら情報源の万丈目へ詰め寄った。とはいえ、万丈目とて十全な情報を持っている訳ではない。

 

「俺が知る訳があるまい。ただ――雇われた身である以上、仕事が終われば去るのは自然なことだろう」

 

「そうね。卒業前に藤原先輩から聞いた話じゃ冬と春の長期休みの間に色々してたらしいし……その間に仕事を片付けちゃったのかもしれないわ」

 

『まぁ、良いじゃないか、十代。これで気を使う必要もなくなったんだから』

 

「そりゃ……そうだけどさ」

 

 やがて、「アカデミアでの仕事が終わったからでは?」との極めて普通な理由に何処か納得を得られない十代が、喧嘩別れ染みた状態になった現実にやりきれなさを覚える中、勢いよく教室の扉を開く者がいた。

 

「みなさん姿勢を正しなさい! 講義の時間ですわよ!」

 

「胡蝶先輩! 神崎さん辞めたって話――」

 

「それは講師の方がお見えになっている今する話ではありませんことよ! わきまえなさい!」

 

 そうして、フォース用の教室に現れた3年生の胡蝶の姿に十代が情報を求めるが封殺するも、その背後から恰幅のよい人物が胡蝶の叱責をやんわりとなだめ出る。

 

「構いませんよ、胡蝶くん。他に気になることがあると集中できなくなるものです」

 

「貴方は確か……」

 

「みなさんとは初めましてですね。私は『鮫島』、此処の元校長の人――と言えば覚えもあるかもしれませんが」

 

 今回の講師こと鮫島は初めて顔を合わせる十代たちに名乗ってみせれば、彼の言葉通り十代は鮫島の顔に見覚えがあった。そう、それはテレビのニュースでチラと見た――

 

「それってクビになっちゃったって人だよな?」

 

「――十代!!」

 

「えっ? あっ、悪い――じゃなくて、ごめんなさい……」

 

「ははは、構いませんよ。私が力及ばずだったことは紛れもない事実です。ただ、キミの素直さは美徳ですが、それを流してくれる相手ばかりだとも限りませんので、気を付けた方が良いでしょう」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 スッゴイ失礼な第一印象を与えた十代だが、鮫島は好々爺よろしく朗らかに笑いつつも、ウィンクしながら人差し指を立てつつ一応の助言を以て、「これでこの件は終わり」と流して見せる。

 

 やがて、ペコリと頭を下げた十代が望んでいるであろう情報を鮫島は開示した。

 

「よろしい。ちなみに神崎くんは『アカデミア』と『各企業』のパイプを繋げ終えたので、『水を通す』――つまり、企業側からより多くの賛同者を探しに学外にて活動しております」

 

「…………へぇー?」

 

「…………分からんのなら正直に『分からん』と言え」

 

「卒業後の進路先を探そうにも、此処は孤島です。交通アクセスの不便さは言わずもがなでしょう?」

 

 どう見ても頭に疑問符が浮かんでいる十代へ、鮫島は順序だてて説明を続ける。とはいえ、そう難しい話ではない。

 

「ですので、欲しい生徒を進学先や企業側が引き抜く形式をコブラ校長は検討していたそうです」

 

 そう、アカデミアの交通アクセスが最悪な問題に対し、逆に「24時間365日、凡そ常に生徒を集めておける場」と発想を逆転させたのだ。

 

「今は定期試験などの情報発信を積極的に行っていることで、生徒たちの能力はアカデミアにまで来なくとも把握できますから」

 

「……あー、はいはい、そういうことね」

 

「貴様、絶対に分かっとらんだろ……」

 

 しかし、腕を組みつつしたり顔で「納得した感を出しているだけ」の十代へ、万丈目は頭痛をこらえるが――

 

『つまり今のアカデミアは定期試験の度に、世界中の企業へ面接を受けに行っているようなもんだよ』

 

「へー、そうなんだ――って、マジで!? 俺、世界中の企業に面接行ったことになってんの!?」

 

「ふふっ、ちゃんと分かってたのね」

 

「まぁ、凡そはその認識で問題ないでしょう。詳細な部分を語り始めればキリがありませんから――これで疑問は晴れたかな?」

 

 そうして、ユベルからのザックリした説明におののく十代のリアクションに思わず苦笑する明日香。

 

 そんな彼らの反応に鮫島も満足げだ。

 

「神崎さん、ホントに何やってたんだよ……」

 

『十代、気持ちは分からなくないけど、仮にもKCで幹部だったんだから、性格の方は切り離して考えた方が良いよ』

 

 かくして、「神崎は学外でアカデミアに関する仕事中」との事実に十代は喧嘩別れの心配はなくなった為、一先ず悩みは晴れる――関係修復の目途は一切立っていない――が、胡蝶がパンと手を叩いて注目を集めた結果、問題は先送りとなる。

 

「では、遊城の疑問も晴れたことですし、鮫島先生にリスペクトの精神を教えて頂きますわ!!」

 

 そう、授業の時間。今回のテーマは――「リスペクトデュエル」だァ!!

 

「……リスペクト? 確か、カイザーが良く言ってた奴だよな?」

 

『確か……2年生じゃ必修科目だったかな?』

 

「ええ、そうよ。2年生での必修科目になるわ」

 

「昨今のデュエルモンスターズ界では『強い()()のデュエリスト』は敬遠されがちだからな。その辺りの意識もあるのだろう」

 

 そうして、ふんわりした認識の十代へ、重要性を告げていく明日香と万丈目だが――

 

「幾らデュエルが強かろうと、協調性もなく自分本位な輩はいらぬ不和を生みかねん」

 

「海馬社長とか?」

 

「ば、馬鹿者!? 此処のオーナーを悪く言う奴があるか!」

 

『ふん、否定はしないんだね――いや……普通に出来ないか。KCって面倒な奴ばっかりだったし』

 

 十代の爆弾発言に慌てて周囲を見回す万丈目。とはいえ、ユベルの言う通り「協調性」など海馬から一番遠い代物だろう。

 

「でも、リスペクトかー、なんか大変そうだなー」

 

「フン、相変わらず随分と他人事だな。デュエル以外に興味を持てんのか貴様は」

 

「万丈目くん、キミは十代く――遊城くんへの物言いが少々乱暴に見受けられます。親しき中にも礼儀あり、相手の厚意を前提にしたコミュニケーションは感心しませんよ?」

 

「っ!?」

 

 だが、此処で万丈目のキツイ物言いに鮫島から注意が入る。傍から見ただけの鮫島からでも、万丈目の物言いは十代にだけ厳しいように思えるのだろう。実際その通りだが。

 

「ぷっ、怒られてやんのー!」

 

「き、貴様が普段からシャンとしていれば俺も余計なことを言わずに済むんだ!!」

 

 しかし、十代の軽口にリスペクトの教えで後れを取っているような感覚になってしまったのか、反射的に乱暴な言葉で噛みついてしまう万丈目。

 

「こらこら、喧嘩は――」

 

「およしなさい!! 心の発露たる感情を制せぬデュエリストに未来はありませんことよ!!」

 

「ッ!」

 

 しかし、その2人の口喧嘩は胡蝶の発言によって即座に制された。直ぐに冷静さを失うデュエリストなど愚の骨頂である。

 

 そうして、2人が口喧嘩を止めた光景に仲裁が一歩遅れた鮫島も続く。

 

「ええ、怒りは――」

 

「怒りに身を任せたデュエルで、全力が出せると思っているのなら恥を知りなさい! 心にデュエリストとしての熱を灯せども、思考まで火にくべれば待っているのは敗北でしてよ!!」

 

「胡蝶先輩……」

 

『こいつ、意外とまともなこと言えたんだな』

 

 その前に、胡蝶が十代と万丈目を厳しく注意する。かつて、亮が己に背中で教えてくれた亮のリスペクトの教えを今度は己が伝える番なのだと。

 

「そう、感情に流さ――」

 

「感情をコントロールしろと言っている訳ではありませんわ!! 人は感情と共に生きる存在なのですから――が、感情に呑まれる輩など獣と変わりなくてよ!!」

 

 そうして、直ぐに熱くなる十代と万丈目へ、デュエリストの先達として己が贈れる限りの教えを諭した胡蝶の姿へ十代たちは「ただのカイザー大好き人間じゃなかったんだな……」と人物評価への大幅な上方修正が入る。

 

 だが、そんな彼らの間に教えを諭すどころか割っても入れなかった鮫島はポツリと呟いた。

 

「………………だ、そうです」

 

「さ、鮫島先生、どうか気を落とさずに」

 

 言いたいことは全部言われてしまった寂しさに打ちのめされる鮫島の背へ、明日香は励ましの言葉を贈る他ない。

 

 とはいえ、鮫島といえど本気で拗ねている訳ではない。

 

「いえいえ、むしろ嬉しく思っていますよ。強さを求める程におろそかにされがちなリスペクトの心を、こんなにも大事にしてくれているデュエリストがいるのですから」

 

 なにせ、これは普通に喜ばしいことなのだ。

 

 デュエルの強さだけでなく、人間としての心の強さ――そう、遊戯が持つような「優しさという強さ」へ目を向けるデュエリストが増えていけば、きっと未来は明るいものとなる。

 

 ゆえに、嬉し涙が零れる気分で目頭を押さえた鮫島は背を向けて――

 

「では、私はこの辺で」

 

「――帰ろうとしないで!?」

 

 一仕事終えた感じで帰ろうとしたが明日香に引き留められるも、これは鮫島の小粋なジョークだ。

 

「オホン、レディたるものが少々取り乱しましたわ。さぁ、鮫島先生、皆さんにリスペクトの教導を」

 

「………………フッ」

 

「あの……『殆ど言われちゃってどうしよう』なんて顔はやめてください」

 

 そうして、胡蝶に促され講師としての腕を振るおうとした鮫島のニヒルな微笑みが明日香に誤解される中、「ちゃんと聞こう」と姿勢を正した十代と万丈目へ講義が始まる。

 

「冗談ですよ。2人とも、胡蝶さんの仰ったことは分かりましたか? では、それを踏まえて『実際、どういう心構えでいると良いのか』を一般的な事例を交えつつ――」

 

 ところで、胡蝶の携帯端末からピピッとアラーム音が鳴った。さすれば、胡蝶は講義を離席する旨を伝えれば――

 

「失礼。時間ですわ。今日はこれから亮様の出演する番組を見る予定ですの」

 

「胡蝶先輩!?」

 

「カイザーが!?」

 

「えっ、なにそれ! 俺も見たい!」

 

「私も見たいですぞ!!」

 

「鮫島先生!?」

 

 もはやリスペクトの講義どころではない状況(ビッグウェーブ)である。

 

 そうして、この場の誰もが――鮫島(講師)でさえも――リスペクトの講義への興味が失われる中、明日香だけがビッグウェーブに乗れずに翻弄される他ない。

 

 しかし、その明日香でさえ「亮の出演する番組」への興味はある。

 

 揺れ動くマインド。

 

 やがて「全米リーグに来る新星! カイザー亮の歴史に迫る!」を仲良く見た一同だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところと日にち変わって港にて、定期船から目元を仮面で隠した黒衣の大男が港で待つ校長と3名のアカデミア生徒――十代、万丈目、明日香――へ向けて意気揚々と名乗りを上げる。

 

「ふっふっふ、我が名はタイタン! 千年アイテムに選ばれし闇のデュエリスト!」

 

「闇のデュエリスト? ってなんだ、万丈目?」

 

「千年アイテムとやら――早い話が、いわくつきの品でも扱っているんだろう」

 

「そういえば、デュエルキングも似たような首飾りをつけていたわね……」

 

 そうして掲げる黒衣の男ことタイタンが片手に掲げる千年パズルへと十代たちの視線が集まっていくが――

 

「そんなスゲェものを……やっぱセブンスターズって只者じゃないぜ!」

 

「同じ物なのか? 何やら怪しい光を放っているが……」

 

「……どこか不気味な鳴動も感じるわ」

 

 十代たちは「光る! 鳴る! エア○アルぅ~!」でお馴染みの千年パズルの威容に何処か気圧されていた。

 

 なにせ、かのデュエルキングも有していた代物となればデュエリストとして警戒せざるを得ない。偽物だが。

 

 だが、此処で十代たちの監督役として同席していた唯一の大人ことコブラが、情報を知る者として当然の義務を果たさねばならない。

 

「キミの持つ千年パズルがエジプト考古学局に管理された本物だった場合、我々は一市民としてキミと言う窃盗犯を司法の場に突き出さねば――」

 

「――アイテムなぞ使ってんじゃねえ!!」

 

 途端にタイタンの手によってガチャンと地面に叩きつけられ砕け散る(偽)千年パズル。まさにマインド・クラッシュものの衝撃。

 

「せ、千年アイテムが!?」

 

「フ、フゥン、貴様らなどぉ千年アイテムの力を使うまでもなぁい」

 

 地面に電池や機械部品が転がる中、十代はかのデュエルキングと同種のアイテムの損失に悲痛な声を漏らすが、タイタンからすればそれどころではない。

 

 国宝を盗んだ国際的な犯罪者にされる訳にはいかないのだ。とはいえ、千年パズルが偽物であることを知っているコブラからすれば興味のない部分ゆえ、話を進める。

 

「そうか。ではキミとデュエルするアカデミア教師だが――」

 

「きょ、教師!? 生徒が相手ではないのか!?」

 

「伝統の記述では『アカデミア側』としか明記されていない。アカデミアに籍を置く教員の参加も問題ない筈だが?」

 

――は、話が違ぅ……!? いや、教師の方が此方も変に配慮せずに済むぅ。

 

「で、ではぁ、その相手とやらをぉ呼んでも貰おぅかぁ」

 

 やがて、依頼内容との差異に一瞬戸惑うタイタンだが、高名な人物の子供とデュエルして面倒事に発展しかねないリスクを思えば、許容できる範囲だ。

 

 ゆえに、コブラの圧も相まってごねもせず対戦相手を促すタイタンの元に、1人のタイタンもよく知る人物が現れる。

 

「神崎と申します」

 

「神崎さん!?」

 

「か、神崎!? 海馬 瀬人にKCを追われた貴様が何故、アカデミアに!?」

 

「あの男、自主退職ではなくKCをクビになっていたのか……」

 

「……海馬オーナーとは馬が合わなそうだものね」

 

 そうして、思わぬ相手の出現にタイタンと十代たちは面食らう中、神崎は己がこの場にいる理由を語る。

 

「人材発掘業の方が芳しくなかったので空白期間に教員資格を獲得し、この度アカデミア非正規教員に採用されました」

 

「なにが教員だ! 殆ど新人ではないか!」

 

「ちなみに担当はレッド寮です!」

 

 すごく世知辛い話だった。タイタンの言う通り一般的に見れば、そのセカンドキャリアは下っ端同然である。

 

「おしゃべりは其処までにして貰おう」

 

「了解しました、コブラ校長!」

 

 そうして、コブラの苦言にビシッとへつらう神崎の姿に、タイタンは物悲しさを覚えてならない。なにせ――

 

――かつては裏デュエル界の黒幕(フィクサー)とさぇ呼ばれた男がぁ、今や木っ端の雇われ(アルバイター)同然にまで身をやつしているとはぁ……世知辛ぃ話だぁ。

 

 まさに「これが、かつてKC(大企業)で幹部にまで昇り詰めた男の姿か?」と言わんばかり。まさに生き恥。経歴のジェットコースター。

 

 だが、そんなタイタンの感傷など気にも留めないコブラの声が響く。

 

「なんにせよ、彼も立派なアカデミアの(非正規)教員だ。七星門の鍵を守る門番の資格がある以上、なんの問題もない――そうだろう?」

 

 そう、これこそが神崎の計画だ。

 

 生徒を危険に晒す訳にはいかない以上、教師が前に出る――といっても、教師にだって帰りを待つ家族や大切な人がいる。彼らの安全とて軽視してはならない。

 

 ゆえに、神崎は考えた。

 

「フゥン、良いだろぉぅ。裏方の人間に負ける私ではなぁい!」

 

「では尋常に――」

 

 やがて、もう色々己の感慨を投げやったタイタンと、新たな社畜となった神崎は――

 

「 「 デュエル!! 」 」

 

 デュエルディスクにデッキをセットし、デュエルを以て雌雄を決す。

 

 

 

 

 

 そう、神崎の立てた作戦を()()()()()()()――

 

 

 セブンスターズなんて、1人でみんなやっつけてやる!

 

 

 である。バッッッッカみたいなこと考える奴がいたものね。

 

 






完璧な作戦が完成しちまったなアア~!!

これでノーベル賞は俺んモンだぜぇええぇえ!!





Q:五階堂 宝山って誰? 今作でのオベリスク・ブルーになれる実力者なの?


A:原作:万丈目を尊敬していたが、おジャマん丈目になった万丈目に失望し、デュエルを挑んだ後輩キャラ。
性格は、レッド生徒は見下すよくある「エリート思考拗らせ」くん。だがデュエル中「昔の貴方は――」と語りかけていることから、過去の万丈目を尊敬していた部分は本物の様子。

今作:尊敬する対象の万丈目が原作から変化した分、多少影響を受けている。

原作での使用デッキもコンセプトは結構しっかりしており、エースが倒されても即座に二の矢を出せている様子から、今作ではオベリスク・ブルーとさせて頂きました。

新入生の名ありオベリスク・ブルーが1人じゃ寂しいですし(メタ)


Q:空野 大悟って(以下略)

原作にて「お触れホルス」という当時でも結構なデッキで3年時の十代に挑んだ人。3年目の十代を後一歩まで追い込んだヤベェ実力者。
(魔法を使わないコンタクト融合の強みを見せる為の相手とか言ってはならない)




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第278話 TURN-278 闇のデーモンデッキ




前回のあらすじ
ティラノ団は犠牲になったのだ。歪み続ける歴史の余波……その犠牲にな。






 

 

 

 

 遂に始まった幻魔復活を企む一団セブンスターズの一番槍たるタイタンは依頼主からの追加報酬を頂く為、気合を入れてカードをドロー。

 

「私の先攻ぅ! ドロォゥ! 魔法カード《強欲で金満な壺》を発動! エクストラ6枚を除外し、2枚ドロー!」

 

 タイタンの足元で2つの欲に塗れた顔のついた壺が砕け散ったと同時に地面から周囲を覆うように煙が噴き出し始めれば――

 

「まずは貴様らを地獄の一丁目へ招待してやろぉう――フィールド魔法《万魔殿(パンディモニウム)-悪魔の巣窟(そうくつ)-》!」

 

 青空は薄暗く濁り始め、辺りは生物の体内のような不気味な様相へと変貌し、悪魔たちが贄を争わせる闘技場染みた場へと化した。

 

「フィールドが!?」

 

「あの男、【デーモン】デッキか!?」

 

「此処で永続魔法《煉獄(れんごく)災天(さいてん)》を発動! 手札1枚を墓地に送ることでデッキより悪魔族を墓地へ! そしてデッキから墓地に送られた《トリック・デーモン》の効果によりぃデッキから『デーモン』カード1枚を手札に加えるぅ」

 

 十代と万丈目の驚く声に気分を良くしたタイタンが、指をパチンと鳴らせば《万魔殿(パンディモニウム)-悪魔の巣窟-》の外周の更に外側に破壊され尽くし荒廃した街並みが現れる。

 

 やがて、その荒廃した世界より悪魔の笑い声が響き、タイタンの元へある悪魔をいざなった。

 

「更に墓地の《ヘルウェイ・パトロール》を除外し効果発動! 手札から攻撃力2000以下の悪魔族1体を特殊召喚!」

 

 さすれば悪魔が奔らせるバイクをチャリオット(戦車)とし、悪魔の住処たる《万魔殿(パンディモニウム)-悪魔の巣窟-》に進軍し、チャリオットから飛び降りたのは――

 

「――来たれ! 《ジェノサイドキングデーモン》!!」

 

 皮膚が剝がれ骨と肉がむき出しになった王冠のような頭蓋が特徴の悪魔の王。大地に着地し、無骨な剣を大地に突き刺して両の手を置き佇む姿は堂々たるもの。

 

《ジェノサイドキングデーモン》攻撃表示

星4 闇属性 悪魔族

攻2000 守1500

 

「では、その特殊召喚に対して手札の《ドラゴン・アイス》の効果。手札を1枚捨てることで手札・墓地の自身を特殊召喚」

 

 《ジェノサイドキングデーモン》の雄たけびに対し、神崎を守るように現れた氷の鱗で覆われた無骨なドラゴン。

 

 外骨格で守られた頭部から威嚇するように氷の息を吐き、黒い翼を盾のように丸めた。

 

《ドラゴン・アイス》守備表示

星5 水属性 ドラゴン族

攻1800 守2200

 

「フゥン、貴様のデッキはドラゴンデッキかぁ? ならば永続魔法《補給部隊》を2枚発動し、カードを1枚セット――これでターンエンドだぁ」

 

 

 

タイタンLP:4000 手札1

《ジェノサイドキングデーモン》攻2000

伏せ×1

《煉獄の災天》

《補給部隊》×2

フィールド魔法《万魔殿(パンディモニウム)-悪魔の巣窟-》

VS

神崎LP:4000 手札4

《ドラゴン・アイス》守2200

 

 

 そうして、最初のターンを終えたタイタンだが思いのほか動きを見せなかった事実に十代が思わず物足りない様子で言葉を零した。

 

「脅かした割には下級モンスター1体並べただけじゃん」

 

「いや、あの男の自信を見れば何か狙いがある筈だ」

 

「どう対処するか見ものね――そういえば、神崎さんの実力ってどのくらいなの遊城くん?」

 

「えっ? いや、俺デュエル見たことないから分かんないけど……」

 

「コブラ校長、あの男はどのくらいの実力なんですか?」

 

 だが、流石に1ターン目でタイタンの実力を測り切れなかったのか万丈目と明日香は事前情報がある神崎の実力をコブラに問うが――

 

「私のターン、ドロー。スタンバイフェイズを経てメインフェイズ1へ――自分フィールドのレベル5モンスターをリリースし、魔法カード《ティンクル・ファイブスター》を発動。デッキからクリボー5兄弟を特殊召喚します」

 

 コブラが答える前に《ドラゴン・アイス》が五つの星になって天へと散らばれば、空より一回転して「ドゴン」と音を立てて着弾。

 

 その五つの星より、紫、桃、白、緑、茶の毛玉たちが飛び降りフィールド上に勢ぞろいした。

 

《クリバー》ビー》ブー》ベー》ボー》攻撃表示

星1 闇属性 悪魔族

攻 300 守 200

 

「ほう、一気に5体のモンスターを並べたか――だとしても、無駄だぁ! 罠カード《激流葬》!フィールドの全てのモンスターを破壊!」

 

『 『 『 『 『 クリリ~ッ!? 』 』 』 』 』

 

「ク、クリボー5兄弟!?」

 

 したのだが、《ジェノサイドキングデーモン》が大地に剣を突き立てたと同時に噴出した間欠泉から引き起こされる激流にクリボー5兄弟は目を回しながら流されていく。

 

 結果、激流が収まった後には何も残らぬフィールドが広がるばかり。

 

「毛玉共の心配をしている場合ではないぞ!」

 

 かと思いきや、タイタンの手札から甲殻で覆われた触手が大地を貫いた。

 

「《ジェノサイドキングデーモン》が破壊されたことで、2枚の永続魔法《補給部隊》! フィールド魔法《万魔殿(パンディモニウム)-悪魔の巣窟-》! そして手札の《デスルークデーモン》の効果をそれぞれ適用!!」

 

 そして《万魔殿(パンディモニウム)-悪魔の巣窟-》が脈動を始める最中、タコに似た体形の悪魔《デスルークデーモン》の4本の触手によって大地から引きずり出されるのは――

 

「まずは《デスルークデーモン》の効果により復活せよ! 《ジェノサイドキングデーモン》!」

 

 デーモンの王たる《ジェノサイドキングデーモン》が這い出るように再臨を果たし、剣を肩に担ぎなおした。

 

《ジェノサイドキングデーモン》攻撃表示

星4 闇属性 悪魔族

攻2000 守1500

 

「更にフィールド魔法たる万魔殿(パンディモニウム)の効果により、破壊された『デーモン』より低いレベルを持つ『デーモン』――2枚目の《デスルークデーモン》を手札に加え、2枚の《補給部隊》で2枚ドローさせて貰うぞぉ」

 

 そうして、5体のモンスターを無為に失った神崎に対し、タイタンのフィールドに損失がないどころか手札まで補充されている始末。

 

 そのアドバンテージの差にタイタンは余裕の笑いを零しながら得意げに挑発。

 

「ふっふっふ、これぞ私の『ジェノサイドコンボ』――さぁ、これで仕切り直しだ。どうした? 早く次の手を打たんのかぁ?」

 

「魔法カード《光の援軍》を発動。デッキの上から3枚を墓地に送り、『ライトロード』モンスター1体――《ライトロード・アサシン ライデン》を手札に」

 

――と、《隣の芝刈り》が!?

 

 やがて、神崎のデッキに一筋の光が差し込むと同時に彼のデッキのパワーカードを全滅させつつ光の戦士が手札に舞い込み――

 

「《ライトロード・アサシン ライデン》を召喚し、効果発動。デッキの上から2枚を墓地に」

 

 青い衣をマフラーのように巻いた褐色肌の男が、暗殺者(アサシン)の名の通り何時の間にやら逆手に持った短剣を神崎のデッキに奔らせていた。

 

《ライトロード・アサシン ライデン》攻撃表示

星4 光属性 戦士族

攻1700 守1000

 

「デッキから墓地に送られた《古尖兵ケルベク》の効果。お互いのデッキの上から5枚のカードを墓地に送ります」

 

 そうして、神崎のデッキから顔を出した6本の棘が伸びる球体状の身体にV字の頭部を張り付けた機兵がお互いのデッキを攻撃するようにウジャトのモノアイからレーザーを照射。

 

 それにより、互いのデッキの5枚のカードが煙を出し、力尽きるように消えていく。

 

――うーん、落ちは悪くは……ない?

 

「フゥン、墓地肥やしを主体にしたデッキだったか。だがぁ、私のデッキから墓地に送られた2枚目の《トリック・デーモン》の効果により、新たな『デーモン』カードを手札に加えさせてぇ貰おう」

 

「カードを1枚セットし、ターンエンド」

 

 それによりキーカードを犠牲にしつつも墓地を肥やした神崎の様子を、タイタンの肩の上で《トリック・デーモン》がクスクス笑いながら眺めていた。

 

「このエンド時に《ライトロード・アサシン ライデン》の効果によりデッキの上から更に2枚のカードを墓地へ。そして墓地の罠カード《ジョーカーズ・ワイルド》の効果――墓地の光属性・戦士族2枚目の《ライトロード・アサシン ライデン》をデッキに戻し、自身を手札に」

 

 やがて、碌な攻撃も出来ずにターンを終えた神崎に、道化を思わせる鎧を纏う絵札の奇術師はオーバーに困った様子を見せながら墓地の《ライトロード・アサシン ライデン》をトランプに変化させた後、デッキに舞い戻らせつつ手札に加わった。

 

 

 そんな神崎の返しのターンを前に、コブラはターンの最初に問われた生徒たちの問いかけに答えれば――

 

「彼の実力は見ての通りだ」

 

「……あんまり強くはないのね」

 

「そもそもが裏方の人間だからな」

 

「頑張れー! 神崎さーん!」

 

 明日香と万丈目はイマイチ「パッ」としない神崎の実力に反応に困る他ない。

 

 

 

タイタンLP:4000 手札4

《ジェノサイドキングデーモン》攻2000

《煉獄の災天》

《補給部隊》×2

フィールド魔法《万魔殿(パンディモニウム)-悪魔の巣窟-》

VS

神崎LP:4000 手札3

《ライトロード・アサシン ライデン》攻1700

伏せ×1

 

 

 

「フゥン、所詮はデュエルの世界から逃げた男――この程度か。私のターン、ドロォゥ!」

 

 そして、万丈目と明日香に同意するようにタイタンはカードを引く。

 

 そう、タイタンからすれば神崎は「デュエリストを雇う側の人間」でしかない。裏デュエル界でしのぎを削って来た己と比べれば闘いの場から逃げ、実戦を忘れたロートルに等しい。

 

「このスタンバイフェイズに墓地の《プリズンクインデーモン》の効果! レベル4以下の『デーモン』1体の攻撃力をこのターン1000パワーアップさせるぅ! 《ジェノサイドキングデーモン》に力を与えるのだぁ!」

 

 虚空より巨大な悪魔の腕が現れ、その指先が撫でるように《ジェノサイドキングデーモン》の体躯に触れれば、その身体はメキメキと異形に膨らむ形で変化し始め、その身に禍々しい力を加速させていく。

 

《ジェノサイドキングデーモン》

攻2000 → 攻3000

 

「では《インフェルノクインデーモン》を召喚し、バトルと行こう!」

 

 剥き出しの骨の頭部から伸びる長い青髪が特徴の紅のローブを纏ったデーモンの女王が気品のある所作で戦場を指させば――

 

《インフェルノクインデーモン》攻撃表示

星4 炎属性 悪魔族

攻 900 守1500

 

「《ジェノサイドキングデーモン》で《ライトロード・アサシン ライデン》に攻撃! 炸裂! 五臓六腑!」

 

 先陣を切った《ジェノサイドキングデーモン》が開いた腹より内臓を蟲へと変貌させながら《ライトロード・アサシン ライデン》へと襲い掛からせる。

 

「くっ!?」

 

 対抗して剣を振るう《ライトロード・アサシン ライデン》だが小さな蟲1匹1匹を全て捉えることは叶わず、その身体中を蟲で覆われていき、蟲たちが《ジェノサイドキングデーモン》の体内に戻る頃には肉片一つ残さず食いつくされる最後となった。

 

神崎LP:4000 → 2300

 

「どうやら伏せたカードは飾りのようだな――《インフェルノクインデーモン》でダイレクトアタック!」

 

「その攻撃宣言時、墓地の《クリボーン》を除外し、効果発動。墓地の『クリボー』を任意の数、特殊召喚」

 

 がら空きの神崎へ《インフェルノクインデーモン》が手をかざすが、その手の先より黒のヴェールを被った光の毛玉こと《クリボーン》が祈りと共に立ちはだかる。

 

 そして、その輝きに思わずかざした手で目を覆った《インフェルノクインデーモン》が光の収まった先を見やれば、前のターンの焼き増しのように5色のクリボー5兄弟がそれぞれ決めポーズを取っていた。

 

《クリバー》ビー》ブー》ベー》ボー》守備表示

星1 闇属性 悪魔族

攻 300 守 200

 

「チィッ! また、その毛玉共か! ならば《インフェルノクインデーモン》で《クリボー》へ攻撃だ!」

 

「《クリブー》の効果。手札の罠カード1枚を捨てることで相手モンスター1体の攻撃力をこのターン1500ダウンさせます」

 

 反撃とばかりにクリボー5兄弟がゴロゴロと転がり始め、最後尾の《クリブー》が残りの兄弟を一時呑み込み巨大な白い毛玉となって《インフェルノクインデーモン》に突撃。

 

「させん! 《インフェルノクインデーモン》の効果! 自身を対象とする効果が発動した瞬間、ダイスを振る! そして出目が『 2・5 』ならば、その効果は無効となり破壊されるぅ!」

 

 しようとするも、《インフェルノクインデーモン》が手をかざせば《クリブー》は宙に縫い付けられるように動きを止め――

 

「今回はダイスの代わりにルゥーレットを使用させて貰おう――さぁ、運命の時だ!」

 

 タイタンの手元に1から6の数字が書かれた6つの球が現れ、それらを順番に回るように炎の灯りがダイス代わりのルーレットと化す中、炎のルーレットが開始される。

 

 やがて、炎が止まった先は2番の球体。

 

「出目は――『 2 』! 受けるがいい! 女王の聖別!!」

 

『ク、クリブーー!?』

 

 己が力を解放した《インフェルノクインデーモン》がかざしていた手の平を「覇ッ!」と言わんばかりに握りつぶせば、宙に浮かんでいた《クリブー》から4兄弟が排出され、《クリブー》は断末魔と共に爆散。

 

 哀れ《クリブー》の効果は届かず、汚い花火と化した。

 

「さぁ、バトルは続行だ! 今度こそ《クリボー》には消えて貰う! あの《クリブー》のようにな!」

 

 そうして邪魔者を排除した《インフェルノクインデーモン》が手の平に炎を滾らせ《クリボー》へと掌底を叩きこまんとする。

 

 だが、うつむきプルプルと怒りで震える《クリボー》は、己の内に広がる純然たる怒りを解放した。

 

『クリブー、クリリ……クリブー、クリリーーっ!!!』

 

 そして、心なしか毛が逆立った《クリボー》は兄弟の仇を討つべく、《インフェルノクインデーモン》へと突撃をぶちかます。

 

 その一撃は《インフェルノクインデーモン》のどてっぱらを貫き――

 

『――クリベブシッ!?』

 

 なんてことはなく、《インフェルノクインデーモン》の掌底にハエたたきよろしく「パァン」と叩かれ《クリボー》は地面にめり込みこと切れた。

 

「ですが、その瞬間《クリバー》と《クリビー》の効果を発動。『クリボー』が破壊された時、デッキから特定カード――《クリブー》を特殊召喚。更に《クリボー》の名が記されたカード1枚を手札に」

 

『クリバ……』『クリビッ!』

 

 地面にめり込んだ《クリボー》に白いペンキを塗り始める《クリバー》と《クリビー》が一仕事終えた様子で汗を拭えば――

 

『クリボ――クリブー?』

 

 己が何者かも忘れた様子で頭を押さえる白い毛玉こと《クリボー》もとい《クリブー》が復活を果たす。

 

《クリブー》守備表示

星1 闇属性 悪魔族

攻 300 守 200

 

「くっ、ワラワラと鬱陶しい毛玉共めぇ――ならばバトルを終了し、魔法カード《ブラック・ホール》を発動! フィールドの全てのモンスターを破壊する!!」

 

『 『 『 クリッ!? 』 』 』

 

 だが、兄弟たちの再会を喜ぶ間もなく、黒い暴虐の渦が天に渦巻き始めた。

 

 やがて破壊の奔流に呑まれ、宇宙の塵となって消し飛ばされるクリボー4兄弟たちと、2体のデーモン。

 

「また自分のモンスターごと!?」

 

「いや、これは恐らく――」

 

「再び2枚の永続魔法《補給部隊》! 手札の2枚目の《デスルークデーモン》! フィールド魔法 万魔殿(パンディモニウム)の効果――ジェノサイドコンボが起動する!!」

 

 十代と万丈目の言葉を遮るように、タイタンが大地へと手をかざせばブラック・ホールに呑まれ、死した筈の悪魔の王の鼓動が木霊する。

 

「手札増強をかねた牽制……!」

 

「また2枚のドローに、『デーモン』のサーチに加えて――」

 

「三度、復活せよ! 《ジェノサイドキングデーモン》!!」

 

 そして、万丈目と明日香の悲痛な声と共に、タイタンの元へ《ジェノサイドキングデーモン》が死の淵より舞い戻った。

 

《ジェノサイドキングデーモン》攻撃表示

星4 闇属性 悪魔族

攻2000 守1500

 

「フゥン、良い引きだな――カードを2枚セットしてターンエンド!」

 

「そのエンド時に墓地の《ライトロード・アサシン ライデン》をデッキに戻し、墓地の罠カード《ジョーカーズ・ワイルド》を手札に」

 

 かくして、ターンを終えたタイタンを余所にコスト用の罠カードを回収する神崎だが、盤面差が徐々に開き始めている現実が広がっていた。

 

 

タイタンLP:4000 手札4

《ジェノサイドキングデーモン》攻2000

伏せ×2

《煉獄の災天》

《補給部隊》×2

フィールド魔法《万魔殿(パンディモニウム)-悪魔の巣窟-》

VS

神崎LP:2300 手札4

伏せ×1

 

 

「私のターン、ドロー。スタンバイフェイズを経てメインフェイズ1へ。魔法カード《ソーラー・エクスチェンジ》を発動。手札の『ライトロード』1体――《ライトロード・モンク エイリン》を捨てデッキから2枚ドロー。その後、デッキの上から2枚を墓地に」

 

 天より注ぐ光へと褐色肌の女闘士が赤い袴を揺らして駆け上がれば、その光の先より一つ目がギョロリとフィールドを覗き込む。

 

「今デッキから墓地に送られた《古衛兵アギド》の効果。お互いのデッキの上から5枚を墓地に」

 

「良いだろう。とはいえ、私のデッキを破壊しきるには少々物足りんがな」

 

 やがて、機械の一つ目に翼とハサミの腕を伸ばす《古衛兵アギド》が互いのデッキの上段をハサミの両腕でバッサリと両断。

 

 これで互いのデッキは10枚以上の枚数が削られているが、タイタンがデッキ切れを起こすには当人の言葉通り、少々決め手にかけるだろう。

 

「自分フィールドにモンスターがいない時、手札の《ドリーム・シャーク》を特殊召喚」

 

 そんな中、悪魔の闘技場より異次元より水飛沫を飛ばしながら紫色の巨大な鮫が飛び出す――も、飛び出した先に水場がなかったゆえか、フィールドでまな板の上の鯉よろしくピチピチする他ない。

 

《ドリーム・シャーク》守備表示

星5 水属性 魚族

攻 0 守2600

 

「魔法カード《ティンクル・ファイブスター》を発動。レベル5の《ドリーム・シャーク》をリリースし、デッキ・墓地からクリボー5兄弟を特殊召喚」

 

 《ドリーム・シャーク》がドリルよろしく高速回転して潜るように地中に消えれば、噴水が湧き出るようにクリボー5兄弟が再び舞い戻る。

 

《クリバー》ビー》ブー》ベー》ボー》攻撃表示

星1 闇属性 悪魔族

攻 300 守 200

 

「《クリバー》の効果。クリボー5兄弟をリリースし、デッキ・墓地から《クリバビロン》を特殊召喚します」

 

『クリバッ!』『クリビッ!』『クリブッ!』『クリベッ!』『クリボッ!』

 

 やがて《クリバー》の音頭の元、おしくらまんじゅうの如くクリボー兄弟たちが暫く押し合いボフンと煙を立てれば――

 

 その煙の中から伸びた2本の犬歯を開きゲホゲホ煙にせき込みながら群青色の大きな毛玉となって合体した《クリバビロン》の姿が現れた。

 

《クリバビロン》攻撃表示

星5 闇属性 悪魔族

攻1500 守1000

 

「《クリバビロン》の攻守は墓地の『クリボー』の数×300ポイントアップ」

 

『クリバビッ!』

 

 やがて、散って行った仲間の無念を晴らすように《クリバビロン》の額から伸びる大きな角が鋭利さを増していき――

 

《クリバビロン》

攻1500 守1000

攻5100 守4600

 

「攻撃力5000超え!」

 

「これがあのデッキの切り札って訳ね」

 

「さしずめクリボー共の親玉と言ったところか」

 

「チャンスだぜ、《クリバビロン》! 行っけー!」

 

「バトルフェイズへ――《クリバビロン》で《ジェノサイドキングデーモン》を攻撃」

 

 万丈目、明日香、十代の声援を受けて《ジェノサイドキングデーモン》へと角を向けて突撃する《クリバビロン》。

 

「かかったなドアホが!! 罠カード《ヘイト・バスター》! バトルするモンスター双方を破壊!! 更に貴様は破壊された己のモンスターの元々の攻撃力分のダメージを受ける!!」

 

『バ、バビィ!?』

 

 だが、相手を角で貫いた途端、《クリバビロン》は《ジェノサイドキングデーモン》に身体を掴まれた。

 

 そして嫌な予感にバタバタ暴れる《クリバビロン》を余所にブクブクと内部より膨れ上がる《ジェノサイドキングデーモン》の身体が臨界点を越えれば――

 

『――バ、バビィイイイィイイイ!!』

 

 《ジェノサイドキングデーモン》の自爆に巻き込まれるように巨大な爆発の只中で《クリバビロン》の断末魔が広がった。

 

神崎LP:2300 → 800

 

「くっ……」

 

「フゥン、元々の攻撃力の低さに助けられたなぁ――だが! 三度ジェノサイドコンボが起動! 3枚の手札増強に加え、何度でも甦れ! 《ジェノサイドキングデーモン》!!」

 

 その余波を受ける神崎をせせら笑いながらタイタンがフィールドに手をかざして宣言すれば、爆炎の中より無傷の――いや、転生した《ジェノサイドキングデーモン》が歩み出る。

 

《ジェノサイドキングデーモン》攻撃表示

星4 闇属性 悪魔族

攻2000 守1500

 

「ふっふっふ、これで貴様の頼りの《クリバビロン》も消えたぁ」

 

 そして、ようやく呼び出せた切り札を一瞬で失った神崎が何も語らぬ姿にタイタンは挑発するような言葉を投げかける。

 

「どうしたのだ? さっきまでの勢いは――笑えよ、神崎」

 

 生徒の前で教師が情けない姿を見せて良いのかと。何時もの胡散臭い笑みは何処へ行ったのだと。

 

「くっ、此処まで《ジェノサイドキングデーモン》が倒れないなんて……」

 

「だが、奴はこれで3枚目のルークを使い切った」

 

「でも、神崎さんも虎の子の《クリバビロン》を失っちまったぜ!」

 

 やがて、明日香、万丈目、十代が何も語らぬ神崎に代わって現状を評する中――

 

「自分フィールドにモンスターがいない時、墓地の罠カード《もののけの巣くう祠》を除外し効果発動」

 

 亡霊の怨嗟の声が響く。

 

「墓地のアンデット族1体――《劫火の槍術士 ゴースト・ランサー》を特殊召喚」

 

 その声に誘われて現れるは、生気の感じられぬ肌色の1人の槍兵。

 

 雑多に一束で纏めた伸びきった髪が風に揺れると共に、朽ちてぼろぎれになった戦装束も不気味にたなびく。

 

《劫火の槍術士 ゴースト・ランサー》攻撃表示

星5 闇属性 アンデット族

攻2000 守 0

 

「《ドリーム・シャーク》の効果を使ってダメージを防がなかったのは、これが理由だったのね」

 

「肉を切らせて――か。今や奴の手札に《デスルークデーモン》はない」

 

「おっしゃぁ! バトルフェイズに呼び出されたモンスターには攻撃権が残ってる!」

 

「な、なんだと!?」

 

 そうして、反撃の狼煙となりえる状況に浮足立つ明日香、万丈目、十代にタイタンは己のコンボの穴に気づかれ動揺が隠せない様子。

 

「ゴースト・ランサーで《ジェノサイドキングデーモン》を攻撃」

 

「くっ! 迎え撃て! 《ジェノサイドキングデーモン》! ジェノサイド・ブレイバー!!」

 

 やがて、槍を低く構えて一筋の銃弾のように突き進んだ《劫火の槍術士 ゴースト・ランサー》へ、剣を上段に構えた《ジェノサイドキングデーモン》より袈裟切りが繰り出された。

 

 そして、交錯した両者が背中越しに佇む中、槍が心臓に突き刺さった《ジェノサイドキングデーモン》が苦悶の声を漏らしたと同時に、《劫火の槍術士 ゴースト・ランサー》の上半身がズレるように身体から落ちていく。

 

 結果、両雄とも糸が切れるように地に付すこととなった。

 

「相打ちよ!」

 

「だが、先程までとは違う!」

 

「もう《ジェノサイドキングデーモン》は復活しないぜ!」

 

「こ、こんなことが……ま、ま……まさか私のジェノサイドコンボが……!」

 

 かくして、不死身と思われた《ジェノサイドキングデーモン》が遂に復活することなく消えていく光景に動揺した様子で一歩後ずさったタイタン。

 

「――ち……ちくしょおおお!!」

 

「バトルフェイズを終了し、メインフェイズ2へ」

 

 やがてタイタンは悔し気な慟哭を響かせ――

 

「――なんちゃってぇ! バトルフェイズ終了時、手札の《クリボーン》の効果! 手札の自身を捨てることで、このターンバトルで破壊されたモンスター1体を復活させる!!」

 

 るのを止めれば、今度は強気な笑みを浮かべるタイタンの元で《クリボーン》が祈りを捧げ始めた。

 

「そ、そんな……!」

 

「アイツも『クリボー』を使うのか!?」

 

「来るぞ!!」

 

「不死鳥のごとく舞い戻れ! 《ジェノサイドキングデーモン》!!」

 

 さすれば、その祈りに応えるように《ジェノサイドキングデーモン》は大地より這い出し、不屈の闘志で立ち上がる。

 

 そう、決して朽ちぬ不死の王は未だ健在。

 

《ジェノサイドキングデーモン》攻撃表示

星4 闇属性 悪魔族

攻2000 守1500

 

「くっ、ただの【チェスデーモン】じゃないわ……!」

 

「まさに《ジェノサイドキングデーモン》で徹底的に戦うデッキ!」

 

「でも、流石にこれ以上の復活は相手だって厳しい筈だぜ!」

 

「では今度こそメインフェイズ2へ。魔法カード《死者蘇生》を発動。墓地の《クリバビロン》を特殊召喚」

 

『バ、バビィ……』

 

 やがて、明日香、万丈目、十代が各々このデュエルの状況を述べる中、負けじと神崎の手札からボフンと煙を立てた先より舞い戻る《クリバビロン》。

 

 だが、自身を含め同胞(クリボー)たちが吹き飛ばされ続けている現実にチラと神崎を不安そうに眺めていた。

 

《クリバビロン》攻撃表示

星5 闇属性 悪魔族

攻1500 守1000

攻5100 守4600

 

「カードを1枚セットしてターンエンド。エンド時に墓地の《ライトロード・モンク エイリン》をデッキに戻し、罠カード《ジョーカーズ・ワイルド》の効果で自身を手札に」

 

「よっしゃぁ! 神崎さんの《クリバビロン》も復活したぜ!」

 

「どちらもエースを主体としたデッキね……」

 

「まさに意地のぶつかり合いだな……」

 

 そうして、再び互いのエースが並び立つフィールドに十代たちが色めき立つ中、神崎の最初のターン以降、沈黙を守っていたコブラが重い口を開いた。

 

「勝てそうかね?」

 

「勿論です、コブラ校長。彼は3枚の《デスルークデーモン》を使い切り、更にはシナジーの薄い《クリボーン》まで使ったとなれば復活劇も此処まで」

 

 その厳しい問いかけにすぐさま返答を返す神崎。

 

「復活劇も此処まで? 仮にも一度は役者(アクター)の舞台を仕上げた調停者(フィクサー)らしくもない発言だな」

 

 だが、その目算は他ならぬタイタンに甘いと断じられ――

 

「罠カード《光の召集》! 手札を全て墓地に送り、墓地に送った枚数だけ墓地の光属性モンスターを手札に戻す!!」

 

 突如として悪魔の闘技場が広がる《万魔殿(パンディモニウム)-悪魔の巣窟-》の濁った空へ、聖なる白き居城が現れれば天より光が世界を照らし出し――

 

「ま、まさか!?」

 

「《デスルークデーモン》は光属性なの……!?」

 

「つまり《クリボーン》は光属性のかさ増しを兼ねて……!」

 

「ふっふっふ、その通りだぁ。そして今、墓地に送られた3枚目の《トリック・デーモン》の効果でデッキから更なる『デーモン』カードを手札に!」

 

 数多の悪魔たちがタイタンの元へと戻っていった後、天に現れた白き居城は幻だったかの如く消え去った。

 

「あんだけ使った手札が、もう5枚に……!?」

 

「しかも、これで《ジェノサイドキングデーモン》はまた復活が可能になったわ……!」

 

「これがセブンスターズの一番槍の実力……!」

 

 品切れの筈の《ジェノサイドキングデーモン》の不死のトリガーとなる《デスルークデーモン》が完璧な形で補充された現実に十代たちもセブンスターズの実力に戦慄し始める他ない。

 

 コブラが生徒との対戦を避けさせる訳だと。

 

 

タイタンLP:4000 手札5

《ジェノサイドキングデーモン》攻2000

伏せ×1

《煉獄の災天》

《補給部隊》×2

フィールド魔法《万魔殿(パンディモニウム)-悪魔の巣窟-》

神崎LP:800 手札2

《クリバビロン》攻5100

伏せ×2

 

 

「私のターン! ドロォゥ! スタンバイフェイズに墓地の3()()の《プリズンクインデーモン》の効果! ふっふっふ、貴様のお陰で究極のパワーを見せてやろう」

 

 そして、完璧な形で神崎の攻勢を捌いたタイタンの元、前のターンの焼き増しの如く空中より悪魔の腕が現れるが、今回は前とは違い3本の腕。

 

「今度は3度、《ジェノサイドキングデーモン》の攻撃力を1000アップさせる! よって、合計された強化により攻撃力は――」

 

 その3体の悪魔の腕の主に力を注がれた《ジェノサイドキングデーモン》はより巨大に禍々しく体躯を変貌させ、更には剣すらもその変貌に巻き込み巨大な大剣へと変貌させた。

 

《ジェノサイドキングデーモン》

攻2000 → 攻5000

 

「更に魔法カード《強欲で金満な壺》発動! エクストラの6枚を除外し、2枚ドローさせて貰う!」

 

「い、一気に攻撃力5000にパワーアップですって!?」

 

「くっ、墓地肥やしが完全に利用されている……!」

 

「で、でも神崎さんの《クリバビロン》の攻撃力の方がギリギリ高いぜ!」

 

 そして、欲深き顔のある壺が砕ける中、明日香たちが戦況のひっ迫具合を悟るも、十代の言葉に《クリバビロン》へと最後の希望が向けられた。

 

「なら、こうするまでだぁ――貴様の《クリバビロン》をリリースし、現れろ!」

 

 途端に《万魔殿(パンディモニウム)-悪魔の巣窟-》に似つかわしくない雪が降り始め、「シャンシャン」とベルの音を鳴らしながら聖夜を祝うかの存在が現れる。

 

 その者、赤き表皮で覆われ、4枚の翼で空を舞い、トナカイの角を伸ばし、ヤドリギを肩に携えた――

 

「――《サタンクロース》!!」

 

 サンタクロースもとい、悪魔のサンタこと《サタンクロース》が現れ、プレゼントがタップリ入っていそうな袋に《クリバビロン》を押し込んだ。

 

《サタンクロース》守備表示

星6 光属性 悪魔族

攻1200 守2500

 

 これから子供たちに夢を届けるのだと信じて疑わない《クリバビロン》が《サタンクロース》が持つ白い袋の口からピョコンと顔を出す中、十代たちは驚きの声を漏らす。

 

「相手フィールドに召喚!? いや、それより《クリボーン》を回収したんじゃなかったのか!?」

 

「……やはり墓地肥やしを逆手に取られ続けているのが痛いな」

 

「いいえ、《サタンクロース》も光属性の悪魔族――本来なら《煉獄の災天》で自ら墓地に送って回収するのが相手の戦術の筈よ……」

 

 そう、十代たちが察した通り、たとえ神崎が何を呼び出そうともタイタンは罠カード《光の召集》によって如何様にも対処が可能だったのだ。

 

「ふっふっふ、これで『この私に勝てる』などという冗談も言えまい」

 

――魔法カード《ディスカバード・アタック》でダイレクトアタックも狙えるが、もはや必要あるまい。

 

 やがて、コブラへ「問題ない」と返した神崎の言葉をあげつらうようにタイタンの言葉にも神崎は反応を示さない。

 

「フゥン、もはや声もでんか――ならば終わらせよう! 魔法カード《死者蘇生》! 王の元で女王の真の力を見せよ! 《プリズンクインデーモン》!!」

 

 《インフェルノクインデーモン》がその紅のローブを脱ぎ捨て、気品とは真逆の巨大で荒々しい姿を晒しながら己を封じていた四肢の鎖を引き千切っていき、《サタンクロース》が積もらせた雪を踏みしめた。

 

《プリズンクインデーモン》攻撃表示

星8 闇属性 悪魔族

攻2600 守1700

 

「更に《シャドウナイトデーモン》を召喚し、バトル!!」

 

 そんな女王に仕えるように鎧のような外骨格を持つ悪魔の騎士が、右腕と一体化した赤き剣を、左手の鋭利な三本爪と交差する形で構え――

 

《シャドウナイトデーモン》攻撃表示

星4 風属性 悪魔族

攻2000 守1600

 

「《プリズンクインデーモン》で《サタンクロース》を破壊し、《ジェノサイドキングデーモン》のダイレクトアタックでフィニッシュだ!!」

 

 《サタンクロース》が白い袋に閉じ込めた《クリバビロン》を盾にするように差し出す中、《プリズンクインデーモン》がその巨体任せの剛腕が振るわれ、迫る拳と神崎の間で視線をキョロキョロさせる《クリバビロン》。

 

「相手のライフが勝る時、速攻魔法《ジェネレーション・ネクスト》発動。ライフの差以下の攻撃力を持つ『クリボー』――《ハネクリボー》を墓地から特殊召喚」

 

『クリリー!』

 

 そんなの絶体絶命の最中に気の抜けた鳴き声と共に羽の生えた毛玉こと《ハネクリボー》が現れ、《サタンクロース》の隣に赤い三角帽子をかぶって並べば気分はクリスマスだ。

 

《ハネクリボー》守備表示

星1 光属性 天使族

攻 300 守 200

 

「よし! 《ハネクリボー》は破壊された時、このターンのダメージを防ぐ効果があるぜ!」

 

「無駄だぁ! 《ジェノサイドキングデーモン》が破壊したモンスターは効果を無効化されるぅ!!」

 

「いえ、どのみち《ジェネレーション・ネクスト》で呼び出したモンスターは、このターン効果を発動できません」

 

『バビィッ!?』

 

 やがて、どう転んでも《サタンクロース》諸共ぶん殴られることが確定した《クリバビロン》が悲痛な声を漏らす中、デーモンたちの進軍が再開されるが――

 

「ならば毛玉共を蹴散らし、《シャドウナイトデーモン》でダイレクトアタックすれば終わりだぁ! 再び路頭に迷うが良い!」

 

「墓地の《剣神官ムドラ》の効果。墓地の自身を除外し、墓地のカードを3枚までデッキに戻します」

 

 黄金の鎧をまとう褐色肌の闘士が鋭利な刃のついたメリケンサックで異次元を切り裂き、墓地に眠るカードたちをデッキへの道を切り開く――も、別に盤面への影響はゼロだ。

 

「往生際が悪いぞ、神崎ぃ! 今更、そんなことをしても貴様の失業の未来は変わらん!!」

 

 ゆえに、タイタンの言う通り無駄な足掻きでしかなく、3体のデーモンたちの進軍が止まることはない。

 

「手札を2枚捨て、速攻魔法《進化する翼》を発動。フィールドの《ハネクリボー》をリリースし、デッキから《ハネクリボー LV(レベル)10》を特殊召喚」

 

 だが、聖夜の夜を彩るように《ハネクリボー》が光り輝けば、その身を細身の黄金の竜に掴ませる形で合体した《ハネクリボー》が進化した己の身体を誇るように大きな翼を広げた。

 

《ハネクリボー LV10》守備表示

星10 光属性 天使族

攻 300 守 200

 

「レベルモンスター? ほぅ、蘇生制限のあるモンスターを呼び出す為の小細工か。だが、どちらにせよ、その程度の攻撃力では――」

 

「《ハネクリボー LV10》の効果。バトルフェイズに自身をリリースし、相手フィールドの攻撃表示モンスターを全て破壊。その『元々の攻撃力』の合計分のダメージを与えます」

 

 更に《ハネクリボー LV10》が翼を広げた衝撃で舞い上がった雪が光を乱反射し、ダイヤモンドダストの輝きを見せ始めた。

 

「――なっ!?」

 

この効果(ハネクリボー LV10)が与えるダメージは元々の攻撃力の合計ですので、2体目以上、並べて欲しかったんですよ」

 

 更に、自身も輝き始める《ハネクリボー LV10》の光も合わせてダイヤモンドダストとの相乗効果で光の乱反射が加速し始めていく。

 

 

「ば、馬鹿な……!? こ、こんなことが……!?」

 

 

『クリ、クリリ――』

 

 

 やがて、悪魔の闘技場である《万魔殿(パンディモニウム)-悪魔の巣窟-》に似つかわしくない幻想的な光景が広がり続ける世界に3体のデーモンたちが聖なる夜の光を嫌うように腕で顔を覆い、その足を止める他ない。

 

 そうして、乱反射を続ける光が臨界点を越えて悪魔の世界となったフィールドを覆い始める最中――

 

 

「――ち、ちくしょおおおーーっ! ちくしょおおおーーっ!! 2体目以上……! 2体目以上並べなければー!!」

 

 

『――クリィイイイィイイイッ!!』

 

 

 己の僅かなプレイミスを悟ったタイタンが溢れんばかりの悔しさを嘆く声と共に、周囲の世界全てが光に覆われた。

 

 

 

 タイタンLP:4000 → 0

 

 

 セブンスターズ一戦目、此処に決着。

 

 

 

 







今日の最強カードは――
【チェスデーモン】の王! 《迅雷の魔王-スカル・デーモン》!

原作でタイタンの奥の手だったモンスターだ!

でも、【チェスデーモン】のテーマは、彼を王とは認めてないみたいだ(何一つ専用サポートしない)ぜ!




~今作のタイタンのデッキ~

サイコロ耐性以外で【チェス・デーモン】の唯一の特徴である《ジェノサイドキングデーモン》のサポート効果をプッシュアップした結果――殆ど攻撃力が500高いだけの上級エース《迅雷の魔王-スカル・デーモン》は犠牲になった。

どうして王の伴侶である女王――《プリズンクインデーモン》の効果の適用外なんですかねぇ……
「王は(デッキに)2人もいらぬ」な理論なのか。

疑似的に破壊耐性を付与する《デスルークデーモン》と、それを回収できる《光の召集》を交えれば、(全体破壊に巻き込んでも)決して倒れぬ悪魔の王が誕生するぞ!

復活回数をかさを増しできる《クリボーン》や、邪魔なモンスターを無力化できる《サタンクロース》も《光の召集》で使いまわし王に勝利をお届けするのだ!

ジェノサイドキングデーモン「キングは1人! この俺だ!」



~神崎のデッキ・クリボー改WTマークIIセカンド~

よくある【イシズライロ】の力を借り、クリボーシリーズをサポートするデッキ。
というか、殆どが罠カードの必要な《クリブー》の為の構築。

ライトロードを光属性・戦士族に固定し、《ジョーカーズ・ワイルド》を恒久的な罠コストに出来るので《クリブー》の効果を積極的に狙え、手札コストの重い《進化する翼》も発動し易い。

ライロギミックは無作為の墓地肥やしであるが、イシズ地天使のお陰で必要なカードはデッキに戻せるので気にならない。流石は環境デッキの出張パーツになる面々よ。

後は、1体立ちが条件の《ティンクル・ファイブスター》と、ライロギミックに相性の良いレベル5モンスター並びに展開手段を採用している程度。




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第279話 TURN-90 アカデミアのプライド




前回のあらすじ
???「テぇテン(タイタン)がやられちぇまったみてぇだなぁ……」

???「オーホッホ、ですがあの方はセブンスターズの中でも最弱……」

???「【クリボー】に負ける奴なんていらない! クッキーになっちゃえ!」




 

 

 

 セブンスターズの1番手を退けたのも束の間――アカデミアでは今日も今日とて生徒たちが切磋琢磨していた。

 

 そんな生徒たちの最上位ことフォースの面々である十代たちも例外に漏れず専用のデュエル場に集められれば、本日担当のクロノスは「おほん」と咳払いを一つした後、仰々しい仕草で己の隣の人物の紹介に入る。

 

「今日はプロデュエリストであらレール、『数学博士』でお馴染ミーノ『マティマティカ』氏に来て頂いたノーネ。ハンデの方は設定してあるカーラ胸を借りるつもリーデ挑戦す――」

 

 十代たちの視界に入るのは、数字が大きく散りばめられた真っ赤なタキシードに身を包んだ細く伸びたグルグル眉毛とグルグル髭が特徴の男――『マティマティカ』、アカデミア生徒の多くの目標であるプロデュエリストの1人だ。

 

 クロノスの紹介にマティマティカが己のW字に伸びる後ろ髪と同じ角度でS字に曲がる前髪を手癖で触れていたが――

 

「はいはーい! 俺、デュエルする! 選ぶのは後攻ね!」

 

 挨拶もそこそこに普段の8割増しでやる気に満ちた十代の待ちきれないとばかりの宣言が響けば、クロノスは顔を真っ青にしながらしどろもどろになりつつも弁解を述べた。

 

「ちょ、ちょ失礼なノーネ!? も、申し訳なイーノMr.マティマティカ! シニョール遊城は何と言ウーカ、デュエルを楽しみ過――」

 

「構わないとも。むしろプロを前に委縮していない分、好感触でさえある」

 

「そ、そうナノーネ? だっターラ、他のシニョールたち――順番は構わなイーノ?」

 

「はい、私は構いません」

 

「当人が問題にしないと述べた以上、()わたくしから言うことはありませんわ」

 

「俺も問題ありません、クロノス教諭」

 

「ではでーは、シニョール遊城! 失礼のないように――って、待つノーネ!?」

 

 やがてトントン拍子で話が進む中、相変わらずジャングルから帰らない大山を除いた明日香、胡蝶、万丈目の許しが出たとばかりにデュエル場に駆け出す十代と、それを後ろから歩いて追うマティマティカ。

 

 そして、その2人の背中を審判役+監督役として慌てて追いかけるクロノスの背中を尻目に明日香は思わず苦笑を零した。

 

「ふふっ、いつも以上にやる気タップリみたいね」

 

「どうにもセブンスターズとのデュエルを見て触発されたらしくてね。いい迷惑だ」

 

「そうかしら? 私も他の先生たちの本気も気になるところだけど……」

 

「……アイツの場合は『今から強くなればセブンスターズともデュエル出来るかもしれない』程度の考えだと思うよ、天上院くん」

 

 やがて、万丈目が十代のモチベーションの高さに若干の辟易を見せる中、明日香と共にクロノスの後に続けば――

 

 

「アワワのワ! 始まっちゃったノーネ!? シニョールの失礼がないとよいのだケード……!」

 

「ご安心なさって構いませんことよ、クロノス教諭。相手もプロ、遊城のように接してくる相手にも慣れておられますわ」

 

 先んじてクロノスの元で観戦ムードだった胡蝶が、心配でハラハラしっぱなしのクロノスへ安心材料を並べる。

 

 

 

マティマティカLP:2000(ハンデ) 手札2

伏せ×5

VS

十代LP:4000 手札5

 

 

 初期ライフ半分のハンデを背負ったマティマティカは、魔法カード《強欲で金満な壺》で2枚ドローしたものの、カードを5枚伏せてターンをアッサリ終えた1ターン目にユベルが怪訝な声を漏らす。

 

『手札補強して5枚カードを伏せただけ? 何処のリーグか知らないけど、プロランク10位って割には随分消極的じゃないか』

 

――うーん、でもハンデでライフが半分になってるなら慎重になるのは普通じゃないか?

 

 とはいえ、十代もユベルと同様の感覚を持った様子。ゆえに、一抹の懸念材料を覚えつつも己を納得させる言葉を探す十代へ、マティマティカの声が届いた。

 

「どうしたんだい? 私の講義(デュエル)は退屈だったかな?」

 

「いいや、これからアンタをぶっ倒す方法を考えてたのさ! 俺のターン、ドロー!」

 

 そんな相手からの軽い言葉のジャブに、一旦思考を打ち切った十代はデッキに手をかけ、カードをドロー。そして永続魔法《切り裂かれし闇》を発動した後、手札の1枚に手をかけた。

 

「まずはお前だ! スパークマンを召喚! そして発動していた永続魔法《切り裂かれし闇》で1枚ドロー!」

 

 そうして水色のバイザーで顔を隠した青のヒーロースーツに身を包んだ稲妻のヒーローが天へと掲げた掌から紫電を迸らせれば――

 

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) スパークマン》 攻撃表示

星4 光属性 戦士族

攻1600 守1400

 

「早速、行くぜ! 魔法カード《融合》! フィールドのスパークマンと手札のエッジマンを融合!」

 

 空にエネルギーフィールドが渦巻き、そこへ十代の手札の1枚と共に《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) スパークマン》 が飛び込んだ。

 

「融合召喚! 頼んだぜ! プラズマヴァイスマン!!」

 

 さすれば、渦より黄金の重装甲に身を包んだ《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) スパークマン》 ――いや、《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) プラズマヴァイスマン》 がより巨大な装甲に覆われた両腕で大地を砕くように大地に着地。

 

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) プラズマヴァイスマン》 攻撃表示

星8 地属性 戦士族

攻2600 守2300

 

「キミの手札からモンスターが墓地に送られたことで、罠カード《廃車復活》を発動させて貰おう。そのモンスターを頂こうか」

 

 十代の《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) プラズマヴァイスマン》 と鏡合わせの姿勢で全身をくまなく黄金のアーマーで包んだ二本角のヒーローが()()()()()()()の元に降り立つ。

 

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) エッジマン》 攻撃表示

星7 地属性 戦士族

攻2600 守1800

 

「なっ!? 俺のエッジマンが!?」

 

 マティマティカの元に腕を組んで立つ《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) エッジマン》 の姿に困惑する十代だったが、その疑問が氷解する間もなく「パチン」とそろばんを弾くような音と共に亡者の嘆きが十代を襲った。

 

十代LP:4000 → 3500

 

「うぉっ!? な、なんだ、なんだ!?」

 

「キミの《融合》に対し、このカードを発動していたのさ。永続罠《死の(デス・)演算盤(カリキュレーター)》をね」

 

「です・かりきゅれーたー?」

 

「このカードがフィールドに存在する限り、フィールドからモンスターが墓地に送られる度に、その持ち主は500ポイントのダメージが発生する」

 

 唐突に生じたダメージにキョロキョロする十代へ、マティマティカは己の背後に立つ何処かそろばんにも似た不気味な呪具を親指で指さしつつタネを明かして見せれば、十代も事態の厄介さを段々と呑み込み始める。

 

 そう、先の十代へのダメージは、フィールドから《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) スパークマン》 が墓地に送られたことによるもの。それが意味するところは――

 

「げっ! じゃあ下手に融合したらあっという間に俺のライフがなくなっちまうのか……」

 

『本来なら守備モンスターでしのげる状況でも、着実にダメージは蓄積してくって寸法か……厄介な』

 

 フィールドを経由して融合召喚を多用する十代にとって――否、フィールドにモンスターを繰り出してデュエルする全てのデュエリストにとって鬼門となる状況だ。

 

「その通りだ。今後の融合召喚は気を付けたまえ」

 

『成程ね。こいつのデッキは――』

 

「でも、エッジマンは返して貰うぜ! プラズマヴァイスマンの効果! 手札を1枚捨て相手の攻撃表示モンスターを破壊する! プラズマ・パルサーション!」

 

 だが、十代は「相手も条件は同じ」とばかりに《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) エッジマン》 を指さし《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) プラズマヴァイスマン》 に指示すれば、巨大な装甲に覆われた両腕から巨大な雷撃の槍がはなたれる。

 

 そんな雷撃の槍を《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) エッジマン》 は交差した両腕で受け止めようとするも、己の黄金の鎧すら熱し溶かす威力に苦悶の声を上げた後、爆散。

 

 やがて敵の元から解放され十代の元こと墓地に戻るだけでなく――

 

『――っ!? それは拙いよ十代!』

 

「へっ?」

 

「フィールドからモンスターが離れた瞬間、《死の(デス・)演算盤(カリキュレーター)》の効果! その持ち主に500のダメージを与える!」

 

「おう! これでアンタのライフが500削られ――」

 

 《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) エッジマン》 の死に際の断末魔が《死の(デス・)演算盤(カリキュレーター)》の玉石を弾き、亡者の声に変換されて十代を襲った。

 

十代LP:3500 → 3000

 

「うわっ!? な、なんでだ!?」

 

「やれやれ……先程の講義(効果説明)を聞いていなかったのかな?」

 

「えっ? いや、エッジマンをコントロールしてたのは、そっちだろ!?」

 

 目を白黒させながら「マティマティカがダメージを受ける筈だった」と困惑する十代へ、マティマティカは少し呆れ気味な表情を見せるも慣れた様子で補足説明に移る。

 

「これは補習が必要なようだ。どれだけデュエル中にカードのコントロールが移動しようと『持ち主』は『そのカードの持ち主』である大前提は崩れないのさ」

 

「なっ!? まさかアンタのデッキって――」

 

「そう、私のデッキにモンスターは一切入っていない。キミのモンスターでデュエルする――それが私のスタイル」

 

 そう、遅ればせながら察した十代の予想通り、マティマティカは「数学博士」との呼び名通り、《死の(デス・)演算盤(カリキュレーター)》を活用したデッキを扱うプロデュエリスト。

 

 彼の卓越した頭脳から導かれる緻密な計算によって、初見のデッキであっても即座に対応し己がしもべとして扱う姿は、まるで自分のデッキと戦わされている感覚すら覚えるだろう。

 

「じゃあ《死の(デス・)演算盤(カリキュレーター)》でダメージを受けるのは俺だけってこと!?」

 

「そういうことさ。さて、そろそろ講義に――デュエルに戻りたまえ」

 

「へへっ、流石プロ……初めて見る戦術だぜ! でも今のアンタのフィールドはガラ空きだ! プラズマヴァイスマンでダイレクトアタック!」

 

 やがて一風変わったスタイルにテンションの上がった十代は、臆することなく《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) プラズマヴァイスマン》 を進軍させ、ハンデによって半減されたマティマティカの残りライフ2000を刈り取りに行くが――

 

「やはりアマチュアか。罠カード《天龍雪獄(てんろうせつごく)》発動。相手墓地のモンスターを私のフィールドに特殊召喚する――また来てもらうか、エッジマン」

 

 その行く手は突如として吹き荒れたブリザードの中より現れた、他ならぬ十代が頼りにしてきたヒーローこと《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) エッジマン》 に塞がれる。

 

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) エッジマン》 攻撃表示

星7 地属性 戦士族

攻2600 守1800

 

「くっ!?」

 

「永続魔法《切り裂かれし闇》の強化は『攻撃宣言時』に適応される効果、もう『その時は過ぎている』」

 

 そしてマティマティカは見透かしたように十代を指さし問いかけた。

 

「さぁ、選択の時だ。相打つか退くかを――勝利と言う正答を導きだしてみたまえ」

 

――俺のデッキの特徴を一瞬で掴まれた……これがプロ。

 

「だとしても、俺は退かねぇぜ! 攻撃は続行だ!」

 

「ならば迎え撃ちたまえ、エッジマン!」

 

 しかし、此処で退いては名折れだと果敢に攻め込む十代の意思に応え《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) プラズマヴァイスマン》 の巨大な装甲に覆われた右拳と、黄金のアーマーに身を包んだ《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) エッジマン》 のブレードが突き出した右拳が激突。

 

 さすれば、金属同士がぶつかり合う歪な音色を奏でながら互いの拳は交錯するも、両者とも一歩も引かずにそのまま拳を振り切ればクロスカウンターの形で互いの拳がそれぞれの頭に直撃。

 

 共に致命打となり倒れ、ダブルノックダウンの様相を見せた。

 

「キミのモンスターが2体墓地に送られたことで《死の(デス・)演算盤(カリキュレーター)》の2回分のダメージを受けたまえ!」

 

「うわっ!!」

 

 だが、その2つのヒーローの魂の残照は《死の(デス・)演算盤(カリキュレーター)》によって妄執と変質し、十代を襲う。

 

十代LP:3000 → 2500 → 2000

 

 その衝撃に苦悶の声を漏らす十代へ、マティマティカは失望の声を落とした。

 

「折角のライフハンデも1ターンで不意にするとは――フォース2期生は随分と質が低いね」

 

「……まさか昔のカイザーとデュエルしたのか?」

 

「その通りだとも。彼は実に素晴らしいデュエリストだった。美しいとさえ思える計算しつくされたデッキとタクティクス――是非ともハンデなど抜きにして(本来の私で)デュエルしたかったが……」

 

 十代が察した通り、プロとして多忙な身のマティマティカがアカデミアの要望に態々応えたのは、カイザーこと丸藤 亮の存在が大きい。

 

 今は青くとも将来有望なデュエリストとのデュエルはマティマティカにとっても、有意義なものだからだ。

 

「それは彼がプロランクを駆け上がるまで待つのが道理さ」

 

「そっか、流石カイザー! でも今、デュエルしているのは俺だ! 未来に余所見してる場合じゃねぇぜ!」

 

 そうして、望郷に似た感情を見せるマティマティカだが、十代は己を無視させないとばかりに力強く宣言し、1枚のカードを発動させた。

 

「魔法カード《死者蘇生》! 復活しろ、エッジマン!!」

 

『お前のデュエルスタイルじゃ、こいつを越えるのは難しい筈だよ』

 

 さすれば、先程倒れた《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) エッジマン》 が今度はきちんと十代の元で再臨を果たし、拳を握ってみせる。

 

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) エッジマン》 攻撃表示

星7 地属性 戦士族

攻2600 守1800

 

「成程。融合HEROは『融合召喚以外の特殊召喚』が叶わない。少しは知恵を絞ったようだね」

 

「ああ! 俺のプラズマヴァイスマンは墓地から特殊召喚できない以上、他のヒーローを奪っても無傷じゃ凌げないだろ! カードを1枚セットしてターンエンドだ!」

 

『エッジマンには貫通能力がある。《死の(デス・)演算盤(カリキュレーター)》のダメージよりお前が受けるダメージの方が多いよ』

 

 そうして、マティマティカの「相手の墓地からモンスターを奪う」戦術の穴を突いた十代の評価を上方修正するマティマティカ。

 

 

マティマティカLP:2000(ハンデ) 手札2

伏せ×2

死の(デス・)演算盤(カリキュレーター)

VS

十代LP:2000 手札0

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) エッジマン》 攻2600

伏せ×1

《切り裂かれし闇》

 

 

 そして、己のターンに通常ドローしたマティマティカは魔法カード《強欲で金満な壺》で追加で2枚ドローし――

 

「しかし、浅知恵と評する他ないな。魔法カード《洗脳-ブレインコントロール》発動。ライフを800支払いターンの終わりまでキミのエッジマンのコントロールを得る」

 

マティマティカLP:2000 → 1200

 

 《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) エッジマン》 の頭部を宙に浮かぶ謎の両手が包めば、フラフラとした足取りで歩き出した《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) エッジマン》 は再びマティマティカの元に立ち十代へとファイティングポーズを向けた。

 

「あぁ!? また俺のエッジマンが~!?」

 

「呆気ない終幕だが――致し方あるまい。エッジマンでダイレクトアタックといこう」

 

 そして、今度は先のターンとは逆の形でガラ空きの十代の元へヒーローこと《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) エッジマン》 が進軍するが――

 

「そう簡単に終わってたまるかよ! 罠カード《カウンター・ゲート》! ダイレクトアタックを無効にし、1枚ドロー! それがモンスターなら召喚するぜ!」

 

 《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) エッジマン》 から繰り出された右拳は十代の前に形成された異次元の門を叩く結果に終わる。そして、《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) エッジマン》 の拳によって砕けた門の先から1つの影が飛び出した。

 

「ドロー! 俺が引いたのは――フェザーマン ! モンスターカードだ!」

 

 その正体は緑の体毛で覆われた背に白い翼の伸びる風のヒーローが、空を舞い十代を守るようにかつての仲間へと立ちふさがる。

 

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) フェザーマン》 攻撃表示

星3 風属性 戦士族

攻1000 守1000

 

「通常モンスターか。《切り裂かれし闇》で1ドローしたまえ」

 

「言われなくても! ドロー!」

 

「良いカードは引けたかな?」

 

「くっ、でもターンの終わりにエッジマンは返して貰うぜ!」

 

 そして、カードをドローしながら十代は、バトルを終えたマティマティカへ戦況を示すが、マティマティカは己のグルグル髭をピンと弾きつつ余裕を崩さない。

 

「実に甘い目算なことだ。装備魔法《夢迷枕(ゆめまくら)パラソムニア》をエッジマンに装備。カードを2枚セットしてターンエンド」

 

 やがて、《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) エッジマン》 の頭上にアリクイに似たぬいぐるみが浮かべば、《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) エッジマン》 はコクリコクリと眠気と戦い始め――

 

「よし! 戻ってこい、エッジマン! そして俺のターン――」

 

「――そのエンド時に装備魔法《夢迷枕パラソムニア》の効果を発動。装備モンスターを破壊」

 

 ターンの終わりと共に腕を組んだ形で器用に立ったまま眠りこけた《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) エッジマン》 の頭上のアリクイに似たぬいぐるみは、夢を食らう幻獣「(ばく)」としての本性を見せ《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) エッジマン》 を頭から丸のみ。

 

「そして、そのモンスターと同じ属性・種族・攻撃力の『パラソムニアトークン』を特殊召喚し、自身を装備させる」

 

 獲物を食らったことで巨大化したぬいぐるみは白い胴体で大地を砕きながら着地し、黒い頭部から悍ましい鳴き声を響かせた。

 

『パラソムニアトークン』攻撃表示

星1 地属性 戦士族

攻 ? 守 0

攻2600

 

「エ、エッジマン!?」

 

「おっと、《死の(デス・)演算盤(カリキュレーター)》のダメージを忘れていないかね?」

 

「うおわっ!?」

 

 かくして、再び倒れた者の最後の念が《死の(デス・)演算盤(カリキュレーター)》によって、怨念へと変貌され十代を襲い、そのライフを着実に削り取っていく。

 

十代LP:2000 → 1500

 

「更に罠カード《リボーン・パズル》の方も発動させて貰おう。私のフィールドで効果破壊されたモンスター1体を復活させる――当然、私のフィールドにね」

 

 ぬいぐるみこと《夢迷枕パラソムニア》によって食べられた《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) エッジマン》 の思念の欠片がパズルのように繋ぎ合わされていく。

 

 そうして十代の《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) エッジマン》 は再びマティマティカの元に再構成される始末。

 

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) エッジマン》  攻撃表示

星7 地属性 戦士族

攻2600 守1800

 

「今度こそターンエンドだ。さて、そろそろキミの本気とやらを見せてくれたまえ」

 

「くっ……!」

 

『よくも十代のカードを好き勝手に……!!』

 

 

マティマティカLP:1200(ハンデ) 手札0

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) エッジマン》 攻2600

『パラソムニアトークン』攻2600

伏せ×3

死の(デス・)演算盤(カリキュレーター)

《夢迷枕パラソムニア》

VS

十代LP:1500 手札1

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) フェザーマン》 攻撃表示

《切り裂かれし闇》

 

 

 

 かくして、引っ掻き回され続けている状態の十代へ観戦していた明日香は苦い顔を見せた。

 

「これがプロランク10位、数学博士と言われるマティマティカの実力……!」

 

 自分の実力を過信していた訳ではないが、プロの実力の程を見せ付けられるような試合展開は明日香としても思うところがあるのだろう。

 

「ですが、遊城も墓地へ罠カード《仁王立ち》を落としていた以上、ダメージを確実に回避する策の用意はあってよ」

 

「そして、デッキの相性で言えば十代が大幅に有利――そのアドバンテージを活かしきれれば……」

 

「早速、シニョール遊城の踏ん張りどころナノーネ」

 

――今までの貴方らしさが通じない相手ナーノ。どう対応するか見ものナノーネ。

 

 やがて、胡蝶と万丈目が戦況を鑑みる中、クロノスだけは十代の中に眠るポテンシャルへの期待を込めた眼差しを向けていた。

 

 

 

 だが、そうしてターンを重ね、ぶつかり合う十代とマティマティカだが――

 

「どうだ! これが俺のとっておきのヒーロー! シャイニング・フレア・ウィングマンの力だぜ! ターンエンド!」

 

「フム、これは厄介だ。私のターン、ドロー。では魔法カード《エクスチェンジ》を発動。互いの手札を1枚トレードさせて貰うよ」

 

「げっ、また俺のカードを!?」

 

 十代のデッキの最大パワーこと攻撃力を持つ白き装甲に覆われた光のヒーロー《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) シャイニング・フレア・ウィングマン》の攻撃によって戦局は十代に大きく傾く中、マティマティカは何度めか分からぬ程に十代のカードに手を伸ばす。

 

 そして、手にした1枚のカードを手に、マティマティカはいたずらっぽい笑みを浮かべて発動。

 

「キミの言葉を借りるのなら――ヒーローにはヒーローに相応しい戦う舞台があるんだってね。フィールド魔法スカイスクレイパー!!」

 

 さすれば、十代を知る者なら誰しもが目にした摩天楼のビル群が周囲よりせり上がり始めた。

 

『拙いよ、十代! エッジマンの攻撃力が1000上がればシャイニング・フレア・ウィングマンを越える!!』

 

「くそっ! 墓地にヒーローが後1体いれば……!」

 

 このヒーローの力を増す舞台によって、()()()()()()()()()()()()()()も当然力を増すこととなる。

 

 

 

 その事実の重みを誰よりも知る万丈目たちは悲鳴染みた声を漏らした。

 

「十代の十八番まで奪うだと!?」

 

「しかも相手のモンスターを奪っていくマティマティカのスタイルが、墓地のヒーローの力を継ぐシャイニング・フレア・ウィングマンの効果を阻害しているわ……!」

 

「でも、このバトルで遊城のライフが削り切られる心配はなくってよ!」

 

「だとしテーモ、《死の(デス・)演算盤(カリキュレーター)》のせいで今後マティマティカの元にいるヒーローたちを下手に破壊することも出来なくなるノーネ」

 

 明日香や胡蝶が現状を再確認するが、クロノスが締めたように多くのデュエリストが当然として行う「モンスター同士が戦う」だけで十代の退路は塞がれていく。

 

「くっ……十代が守りに入ったとしてもマティマティカは墓地の罠カード《ハイレート・ドロー》を使って、いつでも十代のヒーローたちを破壊し、ダメージに変換できる……!」

 

「遊城くんに手をこまねく時間は一切残されていないってことね……」

 

 更には十代のライフというタイムリミットは予断を許さない状況である事実に「己なら」と万丈目と明日香が戦況を語り合う中、クロノスは十代の方へと視線を向けて内心でひとりごちる。

 

――その通りナノーネ。プロにとって「初見で対応する」ことは出来て当然の項目でスーノ……シニョール十代の「デュエルの最中で学び強くなる」デーハ、遅すぎるノーネ。

 

 かくして、プロとの初めてのデュエルに大いに翻弄される十代だったが、当人の意識を置き去りにしながらデュエルは佳境に入り始めていた――が、彼らの決着の軌跡を拝むのは、また機会があればとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 割り振られた宿直室染みた小さな部屋にて神崎は携帯端末ごしにコブラから苦言を貰っていた。

 

『初戦は随分と危ない決着だったじゃないか』

 

「いや~、実質ノーリスクの作戦とはいえデュエルの勝敗に絶対はありませんから想定の範囲内ということでお願いします」

 

 なにせ、セブンスターズの1人目タイタンとのデュエルは中々に接戦だったのだ。

 

 最後のターン、タイタンが冷静に魔法カード《ディスカバード・アタック》を発動し、ダイレクトアタックを狙っていれば勝負はより泥沼の様相を見せていただろう。

 

 これでは「7人抜きする」などと言われても怪しいものである。

 

『……まあ良い。今作戦の強みである「リスクの低さ」を捨ててまで、最大戦果を望んでは本末転倒だ』

 

「助かります。それでお互い気がかりだった初戦を無事には終えられましたが、其方の方は?」

 

 やがて、「作戦立てたけど一戦目で瓦解したぜ!」というアホの極みの最悪を回避できた為、互いの状況の再確認に移る神崎。

 

 なにせ現在、下っ端の立場の神崎(新人教師的な立場)は、トップたる校長コブラの状況をこうして通話越しに知る他ないのだから。

 

『至って平和そのものだとも。ただ、キミの今の立場を鑑みれば学内の情報程度は把握していて貰いたいところだな』

 

「生憎と本校舎に向かうこともない職場なので、ご勘弁を」

 

 世間話ではないが「教員は多忙」との話は何処の世界でも同じだ。本校舎に縁遠いレッド男子寮を管轄する身となれば、なおさらであろう。情報の偏りは否めない。

 

「それで態々、ご連絡頂けたということは――」

 

『ああ、相手側より2人目の来訪の知らせが来た――が、ターゲットではない。1人目と同様に対処してくれ』

 

「了解しました。此方も準備しておきます」

 

――後、6人か。

 

 そうして、話の主題たる新たなセブンスターズの襲来の知らせに神崎はデッキを手に取りパラパラと微調整しながら新たな一戦へと意識を向けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 定期試験が近づくアカデミアにおいて、小腹が空けば直ぐに軽食にありつける購買部近くのフードコートは生徒たちにとって絶好のたまり場である。

 

 それゆえ、十代の弟分を目指す剣山も例外に漏れず、2年のラー・イエローの面々に混じり模擬テストにかじりついていたが――

 

「くぁ~! 終わったザウルス~!」

 

 小さなアラーム音と共に、ペンを置きテーブルから両の手を上げ解放感に身を包ませる剣山。そんな彼の元より模擬テストの用紙を回収した小原は赤ペン片手に告げる。

 

「採点しとくから飯でも食べときな」

 

「助かるドン、小原先輩」

 

「別に良いよ。代わりに後でデッキ調整とデュエル付き合ってもらうし」

 

「任せてくれだドン! デュエルなら望むところザウルス!」

 

 そうして、ブルー昇格に燃える剣山とギブ&テイクよろしくなやり取りがなされる中、同席して自習に勤しんでいた翔は思わずと言った具合に問うた。

 

「でもホントに良いんスか? 剣山くん1年生っスよ?」

 

「それ、どういう意味だドン」

 

「同じ寮ならデュエルにハンデが一切つかないんだから、学年差なんて殆ど関係ないだろ」

 

 だが、若干以上に棘のある言葉にピクリと眉を跳ねさせた剣山だったが、小原の真っ当な物言いに反論する間もなく、むしろ逆に翔が意外そうな表情を浮かべて疑問を続ける。

 

「えっ? じゃあラー・イエローの3年の先輩たちや、剣山くんも僕の実力とさして変わらないってことっスか?」

 

 そう、歪んだ歴史のアカデミアでは同じ寮のデュエルでは一切ハンデが介入しない。それは「必要ない」と判断されていることと同義であり、突き詰めれば「1年も3年も区分する程の大きな差はない」とも同義であろう。

 

 とはいえ、「レッド落ち間際」と「ブルー昇格間近」では流石に差が出てくるだろうが。

 

「それはそれで複雑な気分ザウルス……」

 

「それ、どういう意味っス!」

 

「ま、また喧嘩して……ダメだよ、ふ、二人とも……」

 

「放っとけよ、大原。これは2人にとって、もう挨拶みたいなものだろうから」

 

 そうして、お互いに目標が同じゆえに強くライバル視する剣山と翔がテーブルを挟んでにらみ合う中、なんとか場を収めようとする大原と流石に慣れが出てきた小原を背景に試合開始のゴングが鳴り響く。

 

「大体、丸藤先輩は『なんか頼りない』って1年生の中で噂になってたドン」

 

「なっ!? だったら――剣山くんだって1年に避けられてる癖に! このボッチ恐竜!」

 

「そんなの嘘だドン! 俺は今まで同年代には『アニキ』と慕われて来た男ザウルス!」

 

「常識的に考えるっス! 入学早々オベリスク・ブルー寮にカチコミかける人が慕われる訳ないっスよ! 恐怖の対象っス! まさに『恐』竜っス!」

 

「!? そうなんザウルス、小原先輩!?」

 

 剣山は「人望の有無」を先制パンチとして放つが、翔から返って来た激烈なカウンターに思わず小原に確認を取れば――

 

「うん、お前ちょっと孤立気味だぞ」

 

「くっ……どうりで、アカデミアではティラノ団が自然に結成されなかった訳ザウルス……!」

 

「そうさ! 人望のない剣山くんにアニキの弟分は相応しくないっスよ! 今日という今日こそは真の弟分の座へ引導を渡してやるっス!」

 

「人望で言えば丸藤先輩も大したことないドン! 取巻先輩に聞いたザウルス! ラー・イエローの在籍期間はオレたち1年生と大差ないって!」

 

 やがて、「高校デビューに失敗した人」状態の剣山へ、翔は此処ぞとばかりに攻勢に出るも、「高校でスタートダッシュに失敗した人」である事実を突きつけられ、翔は一瞬言葉に詰まる。

 

「い、言ったっスね~! もう怒ったっス! デュエルでコテンパンに――」

 

 やがて、「こうなればデュエルで白黒つけるしかない」と翔がデュエルディスクを取り出すが――

 

 

「――丸藤! 聞いてくれよ、丸藤! 俺、凄い人に会っちゃったんだよ!!」

 

 

「邪魔しないで慕谷くん! 今、それどころじゃないっス!」

 

 どこからともなく駆けつけた慕谷が高まったテンションのまま乱入。

 

「おいおい、良いのか丸藤? 慕谷のビッグニュースを聞かなくて」

 

「なにかあったザウルス、取巻先輩?」

 

 そうして、共に来た自慢気な取巻の様子に興味を引かれた剣山が先を促せば――

 

「実は俺たち、プロデュエリストにばったり会っちまったんだよ」

 

「そうなんだよ、丸藤! 生のマティマティカ!!」

 

 デュエルアカデミアの生徒の多くが夢見る先――プロデュエリストとの邂逅に慕谷のテンションは留まることをしらない。

 

「……? 誰っスか?」

 

 だが、翔には関係なかった。知らない名ゆえか興味が乏しい。

 

「はぁ!? お前、マジかよ!? ランキング10位の数学博士! マティマティカ! マジモンのトッププロ!! 雲の上の人なんだぞ!?」

 

「悪いけど、ちょっと知らないっス」

 

「こ、これだから情弱は……!」

 

 とはいえ、これは翔が一概に悪い訳ではない。

 

 遊戯王ワールドにおいてプロデュエリストは「色々なプロリーグ」の中でしのぎを削る面々たちを指す。

 

 その中のランキングのトップを原作の一例をあげるなら――

 

 キース・ハワードは元「全米チャンプ」≒「全米リーグのランキング1位」、

 

 ジーク・ロイドは「ヨーロッパチャンプ」≒「ヨーロッパランキング1位」、

 

 と、いった具合に「デュエルチャンプ(チャンピオン)」1つとっても様々だ。

 

 つまり、全世界の人間がデュエリストである遊戯王ワールドでの「各リーグのプロ人数」を鑑みれば「ランキング10位」は決して低くはなく、上澄みといって良い立ち位置ではある。

 

 ただ、リアルのスポーツ(読者側の感覚)でも、個人技のスポーツで「世界で10番目に強いプレイヤー」ならまだしも、「○○リーグで10番目に強いプレイヤー」となればピンと来ない人も多いだろう。

 

 

 閑話休題。

 

 

 そんなこんなで慕谷の力説を手ごたえなく受ける翔を余所に、剣山は当然の疑問を口にした。

 

「でも、そんな凄いプロが何しに来たんだドン?」

 

「噂の道場破りじゃないっスか?」

 

「どう考えてもフォースとのデュエルだろ」

 

 やがて、翔の予想を修正する形で小原から解がなされば、取巻も思い出したように手を叩く。

 

「あ~、そういやフォース制度って維持されたんだっけ。でも遊城たち、ついこないだまで『候補生』だったろ? 流石にプロ相手は早――」

 

「 「 ――アニキをバカにするなっス(ドン)!! 」 」

 

 だが、地雷を踏んだ。

 

「えっ、いや、だって実際そうだろ!? あの卒業デュエル忘れたのかよ!?」

 

「今のは取巻が悪いぞ」

 

「そ、そんなこと言うなよ小原~、俺はただ現実的な話を――」

 

「アニキならプロ相手でも互角に戦えるっス!」

 

「そうだドン! アニキを侮るような発言は見過ごせないザウルス!」

 

 かくして、先程まで喧嘩していたのが嘘のように息ピッタリで噛みつく翔と剣山を前に、周囲に取巻が助けを求めるが、生憎と彼の味方はいない。

 

「……こういう時だけ仲良いよな、お前ら」

 

「で、でも、ど、道場破りのう、噂のこともあ、あるよね」

 

「……それは確かにそうだドン」

 

「……そうっスね。なんか凄い人たちが挑戦しに来てるって噂があったし」

 

「俺の時と対応違くない!?」

 

 しかし、此処で慕谷の呟きに反応した大原の「噂も気がかり」との内容に剣山と翔が各々矛を収めつつ気にし始める中、取巻の魂の叫びを余所に剣山は「餅は餅屋」とばかりに噂に詳しそうな人物を頼る。

 

「トメさ~ん! 噂の道場破りのこと何か聞いてるザウルス~?」

 

「あたしかい? そう言われても……他の先生から聞いた話じゃ『新しい先生や職員の人が来るかも』――ってことくらいで……」

 

 さすれば、商品の品出しをしていた眼鏡の恰幅の良い購買部おばちゃんの「トメさん」が生徒の会話が耳に入りやすい立場から情報を精査するも、「道場破り」こと「学外からの来訪者」をピックアップしていくが――

 

「精々、購買部の方にも『どんな人を雇って欲しいか』聞かれたくらいかしら?」

 

「バイトでも雇うドン?」

 

「あはは、違う違う。こんな島くんだりに来て貰うんだからバイトじゃ可哀想だよ」

 

「言われてみればそうっスね。僕ら、あんまり気にしたことないけど」

 

「大抵のものは揃ってるもんな」

 

 残念ながらトメさんからの情報では、翔たちの望む「噂の真相」を解き明かすことは叶わない。

 

「トメさん、ドローパンの代金おいとくドン」

 

「毎度ありがとうね。話は戻るけど、なんでも人材発掘の専門家の人が色々探してくれてるんですって。コブラ校長はホント手広くやってるわよね~」

 

「あの校長先生ザウルスか……噂の真偽は分からず仕舞いだドン」

 

 やがて、手間賃ではないが剣山が情報の対価に売り上げに貢献する中、追加で情報が明かされるも――

 

「すみませーん、これくださーい」

 

「……求む……」

 

「――サテンに来たぜ!」

 

「あら、そろそろ戻らなくっちゃ。みんな試験勉強、頑張ってね」

 

 購買部への来客にトメさんを見送れば、キリが良いとばかりに剣山たちも慕谷たちを加えて採点待ちの軽食へと話題は移り去っていった。

 

 

 

 

 

 

 大きな校舎から離れた島の端にある港近くの質素なアパート風の建物の周囲で、神崎は掃除用具片手に職務を全うしていた。

 

「ん~、今日も平和だ――ん?」

 

 だが、地平線へと視線を向けた神崎は遥か遠方から近づく気配にピクリと反応を見せる。

 

「――定期船……じゃないな。この航路、それに速度も」

 

「神崎さーん! 次のセブンスターズ来たー?」

 

「こら! 勝手に突っ走るな馬鹿者!」

 

 そんな中、タイミングが良いのか悪いのか十代と万丈目が校舎の方から元気よく駆け寄る姿を捉えた神崎は、いつものように形ばかりの笑顔で応対。

 

「そう焦らずとも来訪の際はお知らせしますよ」

 

「でも、今日来る予定なんだろ? くぅ~、次はどんなデュエリストが来るんだろ~!」

 

「全く、天上院くんと纏まって動いた方が無駄がないと言うのに貴様は……」

 

 やがて、予定が合わなかった――と言うよりは十代の爆走に巻き込まれた形の万丈目が息を切らせる横で、神崎は息を吐くように嘘を並べ立てる。

 

「ですが、それらしい連絡もあったので少し様子を見てきます」

 

「なぁなぁ! 俺も一緒に行って良い!?」

 

「構いませんよ。ただ、此方の指示には従うように」

 

「了解です!」

 

「おい、真面目にしろ。万が一に備えんか」

 

「あまり心配なさらずとも倫理委員会の方々が巡回していますし、そう危険なことはないかと」

 

 かくして、ビシッと敬礼の真似事をする十代に苦言を呈する万丈目を引き連れ、少々不穏な気配を見せる2人目のセブンスターズの来訪(予定)を出迎えるべく彼らは海岸の方へと移動を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、ビーチよろしく綺麗な海が広がる場にて到着すれば、乗り捨てられたジェットスキーと思しき代物が砂浜に着岸されていた光景が広がる。

 

 更に、その持ち主と思しき白いタキシードに身を包んだ茶髪に眼鏡の青年が襟を正している様子を見れば、丁度今しがた到着した様子が伺えた。

 

 やがて、神崎たちに気づいた白のタキシードの青年は軽薄な口調で挨拶を贈る。

 

「おっと、アンタたちがお出迎えって訳か。随分と花のないこった」

 

「セブンスターズの方……で問題ありませんか?」

 

「他にどう見えるってんだ?」

 

「では、まず自己紹介を。今日、貴方とデュエルすることになっている神崎と申します。彼らはその見学の生徒、遊城 十代と万丈目 準」

 

「そうかい。オレは『ボーイ』――よろしくしてくれなくて構わねぇぜ」

 

 そして神崎の形式ばったやり取りを興味なさげにあしらった白のタキシードの青年「ボーイ」は、デュエルディスクを取り出し急かすように言い放つ。

 

「さて、これで挨拶も済ませた。早速デュエルをしゃれ込もうじゃねぇか。三幻魔のカードがオレを待ってるんでね」

 

「三幻魔のカード?」

 

「なんだよ、知らないのか? 伝説のカード――ゾクゾクする響きだろ? カードを扱う身なら是が非でも手にしたいお宝だ」

 

 だが、十代からの疑問にボーイは呆れた様子を見せるが――

 

「いや、そうじゃなくて……これって三幻魔のカードを取り合う伝承?の話じゃなくて普通の交流戦だろ?」

 

「こいつは失敬、表向きはそうなってるんだったな。忘れてくれ」

 

「……? どういうことだ?」

 

 十代の認識にボーイの呆れた視線はせせら笑うような代物に変わるも、当の十代は首を傾げる他ない。

 

「マイクパフォーマンスはありがたいのですが、デュエルの方は少々お待ちを。見学者が揃ってからになっておりますので」

 

「はっ、先生も大変なこった。なら、さっさと呼んでくれねぇか? オレも暇じゃないんだ」

 

「万丈目くん」

 

 しかし、割って入る形で神崎は手早くデュエルの準備を整えようと万丈目に目配せすれば、意図を察した万丈目が携帯端末を取り出し始め――

 

「直ぐに天上院くんの方に連絡を入れ――」

 

「――天上院?」

 

「どうかしましたか?」

 

 るも、万丈目が零した名にボーイは小さく反応を見せた。

 

「ひょっとして天上院 明日香のことか?」

 

「天上院くんを知っているのか?」

 

 やがて、神崎を無視して万丈目から明日香の存在を確認したボーイはニヒルな笑みを浮かべた後、告げる。

 

 

「フッ、気が代わった。オレを雇わせてやる」

 

 

 訳わかんないことを。

 

 

「……? 急にどうしたんだ?」

 

「俺に聞くな」

 

「つまり、こういうことさ」

 

 そして180度の態度の急変に当然の反応を見せる十代と万丈目への返答はボーイの手から放たれた1枚のトランプだった。

 

 その飛来するトランプを掴み損ねた結果、己の頭に上手い具合に刺さった神崎が手に取って確認すれば、トランプ風の名刺であることが判明。

 

「これは……フリーギャンブラーの方でしたか」

 

――いや、フリーギャンブラーってなんだよ。

 

 その名刺に英語で記された内容に神崎は内心でツッコミを入れる他ない。いわゆる「代打ち(代理賭博)」に当たるのだろが、あらためて聞くと妙な響きだ。

 

「この世界、まだまだ若輩者ですが――既に天下は取ったつもりでいます。お役に立ちますよ」

 

「ようするに、セブンスターズ側からアカデミア側に鞍替えしたいと?」

 

「悪くない話だろ? 三幻魔のカードはオレが守ってやるからさ」

 

 かくして、ボーイの不可解な心変わりの真相を端的に評した神崎へ、ボーイは肯定を返すが――

 

「あの、セブンスターズ側として依頼を受けておられると思うのですが、その依頼を放棄なさるおつもりで?」

 

「構わねぇよ。オレからすれば、はした金同然だ」

 

――そう言う問題じゃないと思うんだが……

 

 神崎からすれば、恐らくカミューラに金で雇われているだろうセブンスターズの穴埋め(ボーイ)の裏切りなど想定外である。

 

 金の関係とはいえ平気で裏切る相手を、迎撃の兵としてでもアカデミアに置くのは問題だろう。

 

「……申し訳ありませんが、私の一存では決められない話なので――」

 

「なら、上司にでもなんでも連絡しな。今の責任者は徹底した実力主義なんだろう? 落ち目と噂の学園からすれば渡りに船だろうぜ」

 

 とはいえ、今の立場では上司に確認を取る他ない為、自信タップリのボーイを余所に携帯端末を手に連絡を取り始める神崎。

 

「なんか妙なことになって来たな、万丈目」

 

「天上院くんの名を聞いた途端になんなんだ、アイツは……」

 

「ボーイだっけ? 俺たちと歳は近いっぽいし、天上院の知り合いとか?」

 

 そうして電話口でペコペコ頭を下げる神崎を余所に、十代と万丈目は明日香への連絡も忘れて困惑と共に事の成り行きを見守ることとなった。

 

 

 

「――はい、はい――――はい、了承しました」

 

ギャラ(依頼料)は幾ら積んでくれるって? サービスしとくぜ」

 

 やがて、通話を終えた神崎へボーイはギャラ交渉に入ろうとするが、神崎は腕にデュエルディスクを装着しながら上からの返答を告げる。

 

「コブラ校長いわく『実力が分からなければ判断が付かない』と。ですので――」

 

「結局、やることは変わらねぇってことか」

 

「そうなります」

 

 結局、デュエルすることになる事実は変わらない。先程までのやり取りは何だったのか。

 

「相手は一番下っ端のアンタで良いのかい?」

 

「私の職務なので」

 

「アンタも大変だねぇ。ならさっさと始めようぜ」

 

 そうして、哀愁漂う神崎へデュエルに適した距離へと歩きながら憐憫の視線を向けたボーイは、互いのデッキがデュエルディスクにセットされたことを確認した後――

 

 

「 「 デュエル!! 」 」

 

 

 ボーイの淡い思惑のこもったデュエルが開始された。

 

 

 






カミューラ「なんで裏切ろうとしてんの?」





Q:ボーイって誰?

A:原作アニメGXのセブンスターズ編にて、三幻魔を巡るデュエルの情報を微妙に曲解された状態で聞きつけ
セブンスターズと戦うべくアカデミアに自分を売り込みに来たギャンブラー。

原作では、幼少期の明日香との因縁からデュエルに発展。なんか最後は良い話風に終わる。


Q:マティマティカって誰?

A:原作アニメGXのジェネックス編にて登場したプロデュエリストたちの1人。
どのリーグか明言されていないがランキングは10位。大山の野生のディスティニードローで敗北している。


Q:マティマティカって、ハンデ負った上で十代を追い詰める程に強いの?

A:原作では、彼より上のランキング8位の人が明日香相手に実質ハンデ貰った上に負けただけでなく
明日香が「普通に勝つなら、もっと簡単にできるけど、ブルー女子のプライドの為に勝ち方を選ぶわ」と
擁護不可能なレベルで「明日香のカマセ」ポジだったので

ランキングが10位と劣るマティマティカも「典型的なカマセ」と言われても否定はできない。

ただ今作では、「デュエリストの目標であり憧れでもあるプロデュエリスト」が「十代たちのカマセ」では、プロを目指している生徒たちが道化以外の何物でもないので、

プロデュエリストは本来このくらいの扱いであるべきだと考えております。



~今作のマティマティカのデッキ~

原作でのデュエルスタイルは数学博士らしく《死の(デス・)演算盤(カリキュレーター)》を戦術に絡め――
《グラヴィティ・バインド-超重力の網-》で相手の攻撃制限

未OCG『測量戦士 トランシッター』の効果で自軍をリリースし、直接攻撃。

上記の際に別途で自軍に呼び出した相手モンスターを墓地に送ることで《死の(デス・)演算盤(カリキュレーター)》のダメージを狙う。

のだが、この流れがまどろっこし過ぎたので――
ひたすら相手のモンスターを奪ってデュエルし、《死の(デス・)演算盤(カリキュレーター)》のダメージを相手にだけ押し付けていくデッキに改造。【フルモン】の逆バージョン。

どんな相手のモンスターも持ち前の頭脳ですぐさま使いこなし、
疑似ミラーマッチを仕掛けていく姿はなんか数学博士っぽいのではなかろうか(願望)




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第280話 TURN-280 明日香にセカンド・ラブ・チャンス!?




前回のあらすじ
マティマティカ「斎王たちは田舎へ帰省していた。まごころ込めて植えた割り箸畑からメルヘンチック遊園地が獲れたが、それはデュエルアカデミアAブロック基地となっていた」

???「なんで!!!?」






 

 

 かくして、妙な成り行きの元で始まった2人目のセブンスターズとのデュエル。

 

「先攻はオレだ! ドロー! 《伝説の(レジェンド)賭博師(ギャンブラー)》を召喚!」

 

 先手を得たボーイが繰り出すのは、カウボーイハットをかぶったウェスタンな装いの金髪ギャンブラーが何故かハーモニカを吹きながら夕陽をバックに現れる。

 

伝説の(レジェンド)賭博師(ギャンブラー)》攻撃表示

星4 闇属性 魔法使い族

攻 500 守1400

 

「フィールド魔法《エンタメデュエル》と永続魔法《セカンド・チャンス》を発動! 更にカードを3枚セットし――《伝説の(レジェンド)賭博師(ギャンブラー)》の効果発動!」

 

 そして欲望が渦巻く街並みが現れ、獲物を誘うような爛々としたネオンの輝きを見せる中、コインを手の平で遊ばせていた《伝説の(レジェンド)賭博師(ギャンブラー)》は運を天に任せるようにコイントス。

 

「3回コイントスを行い表が3度なら相手モンスターを全破壊、2枚なら相手の手札を1枚墓地へ、1枚ならオレのフィールドのカード1枚を破壊、0枚ならオレは手札を全て捨てる」

 

「ッ!? 無謀すぎる!?」

 

「えっ、なんでだ?」

 

「馬鹿か貴様! あれでは今、効果を使っても表2枚以外は全てハズレ同然なんだぞ!」

 

 だが、此処で前とは異なり明日香抜きで観戦していた万丈目の驚きの声に、十代が反射的に問いかければ厳しい口調でたしなめられる。

 

 そう、本来なら半々でプラスの効果が得られる《伝説の(レジェンド)賭博師(ギャンブラー)》だが、今回は3枚表がでても「破壊する相手モンスターがいない」≒「当たりの目が1つ少ない状態でギャンブルしている」ような状況なのだ。

 

「一か八か! 生か死か! この豪快な勝負魂こそギャンブラー精神ってもんよ! コイントス!!」

 

 しかしボーイは高らかに天を仰いでコインを投げる。そこには無謀な状況への恐れがないどころか、そのスリルすら楽しんでいるように思える姿。

 

 やがて、3枚のコインが1枚ずつ地面に落ちれば――

 

「表! 裏、裏か……」

 

「あぁ~! 失敗だ~!」

 

「何を悔しがっているんだ、貴様は……せめて教諭を応援せんか」

 

 結果は「表が1枚のみ」つまりボーイは「自分フィールドのカードを1枚破壊」せねばならないデメリットを負う。

 

「おっと、待ちな! 《セカンド・チャンス》の時間だぜ! この永続魔法の効果によって1ターンに1度、オレはコイントスをやり直せる!」

 

 だが、ボーイが胸ポケットからスカーフを取り出し口づけする仕草と共に、運命をやり直す如く再び3枚のコインが天を舞えば――

 

「表! 表! そして――裏!」

 

「おぉ! 当たりだ!」

 

「さぁ、アンタの手札をランダムに1枚墓地に送らせて貰うぜ! 左端のカードだ!」

 

 今度は狙った目を出せ大当たり。《伝説の(レジェンド)賭博師(ギャンブラー)》が指を弾きコインの弾丸を繰り出せば、神崎の手札のカードを貫いた。

 

「墓地に送られた《古尖兵ケルベク》の効果――互いのデッキの上から5枚のカードを墓地に送ります」

 

「デッキ破壊……って訳じゃなさそうだな。だが、そいつは待って貰うぜ! フィールド魔法《エンタメデュエル》の効果! 1ターンにコイントスを5回以上行った時、2枚ドローできる!!」

 

 しかし、神崎の貫かれた手札からV字頭の機兵が球体状の胴体から煙を上げながら墜落しつつも最後の力を振り絞り、両の手の鍵爪をお互いのデッキに射出。

 

 される前に周囲の眩い街並みが賭けに勝利したボーイを祝福するかのようにファンファーレを鳴らした。

 

「成程な。当たりハズレに関わらず確実にアドバンテージが得られる……ギャンブル効果のリスクを最低限にするスタイルか」

 

「でも、『一か八かこそ』みたいなこと言ってんのに、ギャンブラーがそれで良いのか?」

 

「それは違いますよ、遊城くん」

 

 そして《古尖兵ケルベク》の死に際の爪により互いのデッキから5枚のカードが墓地に行く中、ボーイのデュエルスタイルを考察した万丈目へ十代が歯切れの悪い印象を受けるが、神崎はその認識へ注釈を入れんとする。

 

「えっ? なんで?」

 

「腕の良いギャンブラーほど『一か八か』――つまり『運』の要素を排除したがるものです。ですので、彼の行動はギャンブラーとしては極めて自然なものですよ」

 

「……? つっても、『ギャンブル』って要は『運の勝負』だろ? んで、その『運の勝負』するのが『ギャンブラー』じゃないの?」

 

 ギャンブルを生業とする者にも色々いるが、十代の言うような「完全に運を天に任せている」輩は少ない。

 

 当然だろう。勝負事で常に天に祈っている者など、直ぐに破滅するのは自明の理。

 

 ゆえにギャンブルで稼ぐには、勝ちの目を確実にする為にも「運」などという不確定を排する他ない。「2分の1の運次第で財産失います」で生計を立てられる訳もないのだから。

 

「個人的な印象ですが、所作や癖から相手の手を見抜いたり、ルールの穴を突いたりと言った『勝負事の駆け引き』を好む方々を『ギャンブラー』と評するのかと」

 

「へぇー、そうなんだ」

 

 そうして、神崎なりの「ギャンブラーへの認識」に妙に納得した十代は感嘆の息を漏らす。

 

「分かってるじゃねぇか、先生ェさんよぉ――お礼に、オレの腕をジックリ味わわせてやるぜ。カードを追加で1枚セットしてターンエンドだ」

 

「では、そのエンド時に墓地の罠カード《ジョーカーズ・ワイルド》を発動。墓地の光属性・戦士族1体をデッキに戻して自身を手札に戻します」

 

 やがて、その印象を受けて気分を良くしたボーイの機嫌が上向く中、神崎の元に現れた道化師が内緒話をするような仕草と共に、神崎の手札にカードを1枚ねじ込んでいた。

 

 

ボーイLP:4000 手札1

伝説の(レジェンド)賭博師(ギャンブラー)》攻500

伏せ×4

《セカンド・チャンス》

フィールド魔法《エンタメデュエル》

VS

神崎LP:4000 手札5

 

 

「よっし! これで次の手札破壊に備えられるぜ!」

 

「しかし、呼び出したモンスターの数に反して、随分とカードを伏せたな。あの口ぶりなら『ギャンブル』デッキで確実だろうが……何が出てくる?」

 

「私のターン、ドロー。スタンバイフェイズを経てメインフェイズ1へ」

 

 そして、十代と万丈目が各々デュエルに注視する中、カードを引いた神崎は――

 

「魔法カード《ソーラー・エクスチェンジ》 を発動。手札の《ライトロード・アサシン ライデン》を墓地に送り2枚ドロー。その後、私のデッキの上から2枚を墓地に送ります」

 

 手札から褐色肌のアサシンを天へと続く光の道へと駆け上がらせ、天より新たな光こと2枚のドローを得る。

 

「墓地の罠カード《もののけの巣くう祠》を除外し、効果発動。墓地のアンデット族1体――《劫火の槍術士 ゴースト・ランサー》の効果を無効にして特殊召喚」

 

 だが、その光から零れるように墓地に送られた槍兵の怨念が、亡者のささやきによって目覚めさせられた。

 

 そして、太古の戦場で散ったことが伺えるボロボロの戦装束の槍兵が、現代の戦場へと帰還するが、その肌にも瞳にも生気は一切感じられない。

 

《劫火の槍術士 ゴースト・ランサー》攻撃表示

星5 闇属性 アンデット族

攻2000 守 0

 

「来たぜ! この流れは!」

 

「魔法カード《ティンクル・ファイブスター》発動。レベル5の《劫火の槍術士 ゴースト・ランサー》を墓地に送り、クリボー5兄弟をデッキから特殊召喚」

 

 十代の期待通りに流れ星に乗って紫、桃、白、緑、茶の毛玉ことクリボー5兄弟。大地に着弾――もとい着地した隕石から1体ずつ降りていく。

 

《クリバー》ビー》ブー》ベー》ボー》攻撃表示

星1 闇属性 悪魔族

攻 300 守 200

 

「《クリバー》の効果――5兄弟をリリースして合体もといデッキから《クリバビロン》を特殊召喚」

 

 やがて、《クリバー》の音頭の元、それぞれが両手で星マークの出っ張りを表現しつつ位置取りしてポーズを取れば、ボフンと煙を上げて5兄弟は合体。

 

『バビビィ!』

 

 一本角の大きな毛玉こと《クリバビロン》の姿を見せた。

 

《クリバビロン》攻撃表示

星5 闇属性 悪魔族

攻1500 守1500

攻3000 守3000

 

「墓地のクリボーたち×300パワーアップで3000! これでボーイに先制パンチだぜ、神崎さん!」

 

「《クリバビロン》の効果。自身を手札に戻し、墓地の5兄弟を特殊召喚します」

 

『クリバッ!』 『クリビッ!』 『クリブッ!』 『クリベッ!』 『クリボッ!』

 

 しかし、攻め気を見せる十代を余所に、《クリバビロン》が大きく息を吸い込み身体を膨らませた後に再びボフンと煙を上げれば、《クリバビロン》は元のクリボー5兄弟へと分離。

 

《クリバー》ビー》ブー》ベー》ボー》攻撃表示

星1 闇属性 悪魔族

攻 300 守 200

 

「ぶ、分離すんの!?」

 

「相手のセットカードを警戒してのことだろう。とはいえ、今のクリボー共では《伝説の(レジェンド)賭博師(ギャンブラー)》すら倒せんぞ……」

 

「《クリベー》の効果。5兄弟をリリースして合体。デッキから《クリバンデット》を手札に加え、その後、悪魔族を召喚できます――《クリバンデット》を召喚」

 

 やがて神崎のプレイングに疑問符を浮かべる十代たちを余所に、先程の星のマークの陣形を維持していたクリボー5兄弟は、今度は星を逆転させたマークに陣形変更。

 

 さすれば、再び煙を上げ、今度は眼帯にバンダナを付けた盗賊風の毛玉へと、その姿を変貌させた。

 

《クリバンデット》攻撃表示

星3 闇属性 悪魔族

攻1000 守 700

 

「おぉ! 新しいクリボーだ! ――って、あれってクリボーなのか?」

 

「『クリボーカード』という意味では違うようだが、まぁ仲間なんだろう」

 

「《ライトロード・アサシン ライデン》を通常召喚。その効果でデッキの上から2枚を墓地へ」

 

 褐色肌のアサシンが、マフラーのように巻かれた青い衣をたなびかせてターンしつつ、神崎のデッキを短剣で切り裂いたのを合図に――

 

《ライトロード・アサシン ライデン》攻撃表示

星4 光属性 戦士族

攻1700 守1000

 

「バトルフェイズへ」

 

「待ちな! バトルフェイズ開始時に永続罠《強化蘇生》発動! 墓地の《魔導(マジカル)闇商人(・ブローカー)》をレベルを1つ上げて特殊召喚! そして攻撃力は100アップする!」

 

 攻め気を見せる神崎の前に、多くの荷物を背負った大きな角の鹿の獣人が赤いローブを揺らし、右手の水色の宝石が輝く杖を構える。

 

魔導(マジカル)闇商人(・ブローカー)》攻撃表示

星3 闇属性 魔法使い族

攻1500 守 200

攻1600

 

「では《クリバンデット》で《伝説の(レジェンド)賭博師(ギャンブラー)》を攻撃」

 

 とはいえ、当の《クリバンデット》は、そんな《魔導(マジカル)闇商人(・ブローカー)》を無視して《伝説の(レジェンド)賭博師(ギャンブラー)》へナイフを向けつつ飛び掛かった。

 

「させるかよ! 永続罠《ラッキーパンチ》発動! 相手の攻撃宣言時にコイントスを3回行い表が3枚でれば3枚ドロー! 裏が3枚なら自身を破壊! 破壊された瞬間オレは6000のライフを失う!」

 

 途端にボーイの背後に巨大なスロットマシーンが出現。「当」の文字とドクロのマークが半々に記されたレールが高速回転を始めた。

 

「またギャンブルカードだ!? でも《クリバンデット》の攻撃は止まらないぜ!」

 

「そいつはどうかな――チェーンして永続罠《(ガン・)(キャノン)(・ショット)》発動!」

 

「あれは元全米チャンプも使っていたカード!?」

 

「そう! こいつがある限り、コイントスが行われた際に1度だけ表の数だけ追加効果の確変タイムだ!」

 

 そうして、十代と万丈目の声にボーイが意気揚々と答える中、スロットマシーンの上部に3つの機銃がセットされ――

 

「表が1枚なら500ダメージを与え、2枚なら相手フィールドのカード1枚を破壊し、3枚なら手札を1枚破壊する!」

 

 神崎自身と、そのフィールドのモンスター、そして手札にそれぞれ銃身が向けられる。

 

「表が2枚でたら返り討ちになっちまう!?」

 

「コイントス! 表! 裏! 裏!」

 

「失敗した!」

 

「だが、奴には《セカンド・チャンス》による再試行がある!」

 

 やがて十代の心配の元、スロットが止まるが「当」の文字は1つにドクロのマークが2つ。大ハズレではないが、当たりとも言い難いハズレの部類だろう。

 

 しかし、万丈目の声と共にボーイがスカーフに口づけする仕草をすれば、スロットの画面にニヤけるゴブリンがフィーバーダンスする映像が表示されると同時に再回転を初め――

 

「その通り! コイントス! 表! 表! 表! 大当たりだ!」

 

 ゲラゲラ笑うゴブリンの映像と共に「当」の文字が3つ並びスロットから大量のメダルが吐き出され、更には《(ガン・)(キャノン)(・ショット)》の機銃が音を立てて起動を始める。

 

「でも神崎さんが手札を失う代わりに、お前の《伝説の(レジェンド)賭博師(ギャンブラー)》への攻撃は通る!」

 

「なに勘違いしてんだよ――《(ガン・)(キャノン)(・ショット)》の効果は『表の数だけ施行される』!!」

 

「なっ!?」

 

「よって、先公に500ダメージを与え、アサシン ライデンを破壊し、手札を1枚ランダムに墓地へ送らせ――オレは3枚ドローする!!」

 

 さすれば、3つの機銃が火を噴き、神崎とその手札、更には《ライトロード・アサシン ライデン》を撃ち抜いた。

 

神崎LP:4000 → 3500

 

「む、無茶苦茶じゃん!?」

 

「くっ、これで教諭のリソースは一気に削られる……!」

 

「更に5度以上のコイントスを行った! フィールド魔法《エンタメデュエル》の効果により追加で2枚ドロー!!」

 

 十代と万丈目が戦況の悪化に舌を巻く中、ボーイはスロットから吐き出されたメダルをカードに変換するかのようにドロー。

 

「で、でも《クリバンデット》が残れば、やっぱり攻撃は――」

 

「通らねぇって言ってんだろ!! 発動していた《強制終了》の効果! オレのフィールドのカード1枚――《強化蘇生》を墓地に送ることでバトルフェイズを強制終了だ!!」

 

 しかし、なんか生き残っていた《クリバンデット》がキョロキョロと状況の変化に置いてけぼりにされる中、いつの間にやら停戦を示す信号弾が放たれたことで《クリバンデット》は渋々神崎の元へと戻っていく。

 

「どうだい、先生ェさんよ! オレの『ギャンブルコンボ』の味は!!」

 

「……メインフェイズ2へ。ターンエンドです」

 

 かくして、両の手を広げ自信に満ちた様子のボーイのデュエルスタイルが凡そ明らかになった中、神崎は言葉数少なくターンを終えれば、代わりに十代たちが代弁するかのようにザワつき始める。

 

「な、なんだよ、これ……1回攻撃しようとしただけで神崎さんの手札を削って、しかも自分は手札を5枚も増やしてる……」

 

「まさに大当たりといった具合か。あの男もセブンスターズに選ばれるだけの実力者という訳だ」

 

 なにせ、「ギャンブル効果は当たれば大きい」とは言われていても「5枚のドローに加えて、多様な+α」なんて状況は、早々お目にはかかれない。

 

 それに加えて、ギャンブル効果が2連続で大当たりしたともなれば当然の疑念が十代の中で浮かぶ。

 

「だからって、流石に当たり過ぎじゃねぇか?」

 

「まぁ、それは俺も同意見だが、あの男もラッキーアイテムと思しきスカーフや、スカーフに口づけするルーティンのように『運気を上げる』に繋がる行為を徹底しているんだ。多少なりとも効果が出ていても不思議ではあるまい」

 

「へぇー、あのスカーフなんか大事そうにしてると思ったら、そんな意味があったのか……」

 

 やがて言外に「イカサマ」を疑ってしまった十代だが、その認識を万丈目は否定する。世の中「ゲン担ぎ」を馬鹿に出来ない前例など少なくないのだから。

 

「そうさ。こいつは天上院から頂戴したスカーフ――こいつを持って勝負した時は必ず勝って来た。まさにオレのお守りさ」

 

 だが、そんな十代たちの反応に潔白を示すようにボーイは、愛用のスカーフを自慢するかのように口づけして語れば――

 

「ご友人でし――」

 

「!? どういうことだ!? 何故、天上院くんがお前にスカーフのプレゼントなど!?」

 

「友人関係があったのであれば贈――」

 

「貴様! 天上院くんの何だ!! どんな関係なんだ! まさか……!!」

 

「お、落ち着けよ、万丈目」

 

「これが落ち着いてられるか!!」

 

 話題を広げようとした神崎を遮るように万丈目が急反応を示した。明日香へ何処か特別な感情を抱いている万丈目の暴走に、十代がいつもと逆の立場で止めようとするも効果は薄い。

 

「ボーイさん、申し訳ありませんが彼に説明して貰えませんか? スカーフを贈られた部分だけで構わないので」

 

「やれやれ、見苦しい男の嫉妬を突きつけられるのも面倒だ。話してやるよ」

 

 かくして、ボーイは己の過去を語り始める。

 

 そう、全ては小学校6年生にボーイこと光雄が明日香のいる小学校へ転校してきたのが全ての始まりだった。

 

 当時から光雄は勝負ごとを好み、クラスメイトと互いの所持品を賭けたギャンブルをするのが日常だった。

 

 とはいえ、それはお互いに納得した上での勝負であり、相手側も光雄側から高価な品物を勝ち得ていた為、無理強いしていたものでは決してない(教育的には大問題だが)。

 

 ただ、裕福な家庭に生まれた光雄にとって、己が賭け金とする代金こと物品は大した損失ではない。ゆえに、負けても別の物を賭けて再勝負することにリスクは殆どなかった。

 

 だが、クラスメイトはそうではない。最初の内は光雄から高価な物品を得られて上機嫌に再戦するが連戦連勝できる訳もなく、負ければ己が大事にしていた物が光雄に次々に徴収されていく。

 

 そう、これこそが光雄の遊びだった。「相手の大切にしている(宝物)を奪う」というなんとも悪趣味な遊び。

 

 だが、彼は悪びれない。「奪われたくなければ勝負を受けなければ良い」のだと「高価な品物に目がくらみ、大切な(宝物)を賭けのテーブルに乗せたのは他ならぬ其方」と言わんばかりに。

 

 そんな状況に待ったをかけたのが同じクラスの明日香だった。

 

 当時から既に男前ヒロインだった明日香は、クラスメイトたちの大事な物を取り返すべく「母から貰った大切なスカーフ」を賭けのテーブルに乗せて勝負する。

 

 しかし、明日香は1つ条件を付けくわえた――勝負方法はポーカーなどではなく、「デュエルにしよう」と。

 

 結果は光雄の惨敗。だが、別の物を賭けて再度勝負を挑もうとする光雄に明日香は言い放つ。「今のままでは何度やっても同じ」だと。

 

 当然だ。デュエルの勝敗は運の要素が絡むとはいえ、それは「互いの腕・タクティクス・デッキパワーなどが近しい」状況であって初めて成立する。

 

 プレイミスしまくる初心者同然の当時の光雄を相手に、当時から百戦錬磨の明日香が負ける余地など限りなくゼロだ。

 

 そうして明日香は「デュエルの楽しさと奥の深さ」を知って貰えば、きっと今の悪趣味な遊びよりも楽しくなるとの思いを込め、勝負に期間を開けることを提案したのだが――

 

 

 内心で見下していた相手からの反撃に、光雄は「このまま何度も勝負を続ければ(まぐれ勝ちでも)いずれ己が勝つ。だから明日香のスカーフは自分の物」という稚拙どころか幼稚な理論武装を持って強奪。

 

 他のクラスメイトと異なり、明日香へは淡い恋心を持っていたゆえの蛮行だったが、その後直に光雄が再び転校してしまったことも相まって、明日香は母から貰った大切なスカーフを取り戻す機会を失い――今に至る。

 

 

 そうして、今この場に明日香がいない中、スカーフ入手の経緯を知った十代たちは――

 

「お、おう」

 

「な、なんて奴だ……」

 

 彼らの光雄ことボーイへの評価は地に落ちた。

 

 具体的には「優れたギャンブラーであり、なおかつ手強いセブンスターズの2番手」から

 

急転直下し「クラスメイトから奪ったスカーフにキスするルーティンを繰り返すクソ野郎」へ華麗にクラスチェンジ。

 

 だが、此処でパチパチと祝福するかのような拍手する音が響いた。

 

「成程、急な心変わりはスカーフの返却の為の方便でしたか。気を利かせられず申し訳ない」

 

「 「 えっ? 」 」

 

「……?」

 

 そして顔を見合わせる十代と万丈目を余所に、理解に遅れたボーイへ神崎は続ける。

 

「貴方は過去を後悔していたのでしょう? だからこそ、己の信用を損ねかねない一方的な契約破棄をしてまで今回の話を提案した――違うのですか?」

 

「そんな事情があったとは……」

 

「へぇー、アイツやるじゃん!」

 

 謎の好意的――いや、もはや厚意的な解釈に地の底まで落ちていたボーイの評価が僅かに回復。

 

 過去の所業は許せないが、今の己の栄光ある立場の全てをドブに捨ててまで反省の意を示した姿勢を鑑みれば、明日香に話()()でも通す程度のことはやぶさかではないだろう。

 

「直接顔を合わせ難いのなら、書面にしましょうか? 懺悔と返却の旨を伝えれば、受け取って貰える可能性もあるでしょう。いえ、そもそもこのデュエルの必要性も――」

 

「おいおい、先生ェさんよぉ……アンタの物差しで勝手にオレを測るなよ。先公ってのは、どいつもこいつも説教臭くていけねぇ」

 

 違った。ボーイは反省なんて欠片もしていなかった様子。

 

「これは失礼しました。では、貴方はどうなさるおつもりでしょう?」

 

 そんなボーイの様子を察してか、神崎は返答を謝罪混じりに問いかける。

 

「まさか、セブンスターズを追い払えば天上院さんが見直すとでも? 贖罪にしては一方的だ」

 

 しかし、それはボーイが反省してないと分かったゆえか一転して理詰めで追い詰め始める神崎。そういうところが胡散臭さを加速させている要因だろうに。

 

「まさか、この機会に良い仲になりたい? まぁ、恋愛は自由でしょうが学園での彼女を知る身としては、今のままでは拒絶されるのが目に見えているように思えますが……」

 

 そうして、ボーイの心の奥底に隠していた本音の部分までさらけ出そうとする神崎へ、ボーイは吐き捨てるように呟いた。

 

「言った筈だぜ? 勝った方が総取り、全てを手に入れる――それだけの話さ」

 

「では、此方からも条件を――貴方が負けた際は謝罪を書面にしたためてください。流石に加害者である貴方を被害者である生徒の元へ案内する訳にもいきませんから」

 

 とはいえ、「デュエル前に決めた通りに」とのボーイの言い分を、そのまま神崎は通す訳にもいかない。

 

 ゆえに、条件を付けたす神崎。既にボーイ側が「鞍替えの条件を追加した」件もある為、ボーイも異を唱えることはしなかった。

 

「ですが、彼女の人間性を鑑みれば、貴方の誠意さえ伝われば会合の場も夢物語ではありませんよ」

 

「そういうことはオレに勝ってから言いな! オレのタ――」

 

「私のエンド時に《クリバンデット》の効果。自身をリリースし、デッキの上から5枚を確認。その中の魔法・罠カード1枚を手札に加え、残りを墓地に送ります」

 

 やがて、デュエルが再開され神崎がターンを終えた瞬間に戻る中、ボーイがカードをドローする前に《クリバンデット》がクルリと宙で一回転し、煙と共に消えていく。

 

「更に墓地に送られた《古衛兵アギド》の効果。お互いのデッキの上から5枚のカードを墓地へ」

 

 そして、その煙の中から1枚のカードと一つ目の機兵が翼を広げて飛び出し、1枚のカードが神崎の手札に加わる中、《古衛兵アギド》はそのハサミの腕でお互いのデッキをザックリ両断。

 

「最後に墓地の《ジョーカーズ・ワイルド》の効果で墓地の光属性・戦士族をデッキに戻し、自身を手札に――今度こそターンエンドです。さぁ、どうぞ」

 

 最後に現れた道化師がボーイを指さしクスクス嗤った後、再び神崎の手札にカードを1枚差し込んだ。

 

 

ボーイLP:4000 手札6

伝説の(レジェンド)賭博師(ギャンブラー)》攻500

魔導(マジカル)闇商人(・ブローカー)》攻1500

《セカンド・チャンス》

《ラッキーパンチ》

(ガン・)(キャノン)(・ショット)

《強制終了》

フィールド魔法《エンタメデュエル》

VS

神崎LP:3500 手札6

 

 

「なんだか妙なことになっちまったな……」

 

「奴を天上院くんの元に連れていくなど許せんが、天上院くんが奴からの詫びを求めている可能性も――」

 

「まぁ、どっちにしろ勝負の結果と天上院の気持ち次第だろ」

 

 かくして、ボーイがアカデミアに自分を売り込む為のデュエルだった筈が、いつの間にやら明日香への謝罪云々へと逸れ始め、十代が珍しく万丈目のフォローに回る中――

 

「はっ、成程ねぇ。アンタのデッキはゾンビみてぇに墓地からワラワラ湧いてくる感じか――今度こそオレのターン! ドロー!」

 

 神崎のデッキの特徴を掴み始めていたボーイがカードを引けば、落ち葉がゴソゴソ擦れ合うような音が響く。

 

「だが! スタンバイフェイズ時に相手の墓地のカードの方が多い時! 墓地の《枯鰈葉(カレイハ)リプレース》は特殊召喚される!!」

 

 そして大地から顔を出したのは落ち葉で出来たヒラメのような謎生物。ただ、その顔はデフォルメが効きすぎている程に簡素なゆえ、見る者に妙な不気味さを植え付けよう。

 

枯鰈葉(カレイハ)リプレース》攻撃表示

星3 闇属性 サイキック族

攻 ? 守 ?

 

「こいつの攻撃力はアンタの墓地のカードの数×200だけパワーアップす――」

 

「相手が特殊召喚した際、手札の《ドラゴン・アイス》の効果。手札を1枚捨て手札・墓地の自身を特殊召喚します」

 

 途端に枯れ葉を朽ちさせるかのように氷の鱗から冷気を発しながら、何処かボロボロの黒い翼が伸びる氷のドラゴンが現れる。

 

《ドラゴン・アイス》守備表示

星5 水属性 ドラゴン族

攻1800 守2200

 

「……ホントにゾンビみてぇに湧いてでやがるな。なら、こっちも右に倣えだ。魔法カード《死者蘇生》! さぁ、レジェンドギャンブラーの復活だ!!」

 

 天より白きアンクが輝く中、1枚のコインが宙を舞い落下する。

 

「来いッ! 《サンド・ギャンブラー》!!」

 

 そのコインは腕を横に振って取ってみせた茶髪のカジノディーラーの男の手の中に収まり――

 

《サンド・ギャンブラー》攻撃表示

星3 光属性 魔法使い族

攻 300 守1600

 

「《サンド・ギャンブラー》の効果! コイントスを3度行い、表が3枚なら相手の! 裏が3枚ならオレの! フィールドのモンスター全てを破壊する!!」

 

 そのディーラーの男こと《サンド・ギャンブラー》の手により三度、3枚のコインが宙を舞う。

 

「ん? 《伝説の(レジェンド)賭博師(ギャンブラー)》の効果は使わないのか?」

 

「恐らくデメリット効果を嫌ったのだろう。《サンド・ギャンブラー》なら裏が3枚でん限りデメリットはない」

 

「コイントス! 表! 表! 裏! 《セカンド・チャンス》! 表! 表! 表!!」

 

「ま、また表が3枚!?」

 

「再試行したとはいえ、凄まじい豪運だな……」

 

 さすれば、スカーフに口づけしたボーイの出した出目は、十代と万丈目が息を呑む結果となり、《サンド・ギャンブラー》が3枚のコインを弾丸のように射出すれば――

 

「これで、そっちの《ドラゴン・アイス》はあの世行き! 更にフィールド魔法《エンタメデュエル》で2枚ドロー!」

 

 飛来するコインの1枚をキャッチしようとした《ドラゴン・アイス》の腕に接触した途端に爆発。

 

「更に更に! 《(ガン・)(キャノン)(・ショット)》の全ての効果が適用され、500ダメージ・1枚破壊・ハンデスを受けて貰おうか! まぁ、アンタのフィールドにカードは残っちゃいないがな!」

 

 残り2枚は神崎自身と、その手札の1枚を貫く。そして、神崎から賭け金を徴収するようにメダルとなってボーイの元に降り注いだ。

 

神崎LP:3500 → 3000

 

「まだだ! 魔法カード《貪欲な壺》! 墓地のモンスター5体をデッキに戻し、2枚ドロー!」

 

 カジノで客から巻き上げたと思しき宝石が散りばめられた欲望に塗れた壺が、因果応報とばかりに砕け散り、ため込んだ宝石類ことカードがボーイの手中に収まる。

 

「来たぜ、アンタをぶちのめすとっておきが! 《枯鰈葉(カレイハ)リプレース》をリリースし、アドバンス召喚!! 《激昂のムカムカ》!!」

 

 全身を固い岩盤で覆われた何処か蜘蛛にも似たモンスターが、その名の「苛立ち(ムカムカ)」を示すように背中から伸びる沢山の排気口から湯沸かし器のように煙を吹き出しながら現れた。

 

《激昂のムカムカ》攻撃表示

星5 地属性 岩石族

攻1200 守 600

 

「《激昂のムカムカ》の攻・守はオレの手札の数×400ポイントアップ!!」

 

「や、やべぇぜ、万丈目! アイツの手札8枚もある!?」

 

「あの男、これを狙って手札を増やしていたのか!?」

 

 そして《激昂のムカムカ》はメダルをムシャムシャ喰らって、腹を膨らませたカエルのようにその身を肥大化させていく。

 

 やがて、その体格だけは三幻神に匹敵する程の巨体となって大地を揺らした。

 

《激昂のムカムカ》

攻1200 守 600

攻4400 守3800

 

「バトル! 《激昂のムカムカ》でダイレクトアタックだ!!」

 

「墓地の《クリボーン》を除外し、墓地のクリボー5兄弟を特殊召喚」

 

 しかし大地を砕きながら轟音と共に迫る《激昂のムカムカ》を前に、白きクリボーがヴェールの中で祈れば、主のピンチに駆けつけるようにクリボー5兄弟が扇状のポーズを取りながらヒーローショーっぽく出現。

 

《クリバー》ビー》ブー》ベー》ボー》守備表示

星1 闇属性 悪魔族

攻 300 守 200

 

「だ、ダメだ! 《クリブー》の効果で《激昂のムカムカ》の攻撃力を1500下げたって、どうしようもねぇ!」

 

「いや、度重なる手札破壊で教諭の手札に罠カードが残っているかすら怪しいぞ」

 

「へぇ、そいつは良いことを聞いたぜ。だったら《クリブー》を攻撃だ!!」

 

『クリブッ!?』

 

 十代と万丈目がポロっと零した言葉により《激昂のムカムカ》のターゲットにされた《クリブー》が「ちょ、おま!?」と言わんばかりにオロオロし始め、縋るように兄弟たちを見やれば――

 

『クリバッ!』 『ク~リビ~!』 『クリベ……』 『クリィ!』

 

 敬礼して見捨――見送る姿勢を取っていたり、「バイバイ!」と別れを惜しむように手を振っていたり、目を背けていたり、なんか応援していたりする兄弟の姿。

 

『――!? クリ!? クリブ!?』

 

 そう、助けはこない。

 

 だが、余所見をしていたせいか一際大きく大地を揺らして跳躍した《激昂のムカムカ》の巨体が《クリブー》に迫り、あわれにも《クリブー》はプチッと押しつぶされた。

 

「《クリブー》が破壊されたことで《クリバー》の効果により、《アンクリボー》を特殊召喚」

 

『クリバ……クリ――クリリッ!!』

 

 やがて、一先ずの怒りが収まった《激昂のムカムカ》がズシン、ズシンとボーイの元に戻っていく中、いつの間にやら面接会場っぽいものが用意され、面接官の《クリバー》がNewメンバーを採用。

 

『アンクリィ!』

 

 見事選ばれた完全な球体状の身体に黄金のアンクと装飾が散りばめられた妙に目力の強い《アンクリボー》が4兄弟より歓迎の胴上げを受けていた。

 

《アンクリボー》守備表示

星1 闇属性 悪魔族

攻 300 守 200

 

「更に《クリベー》の効果でデッキから『クリボー』の名が記されたカードを手札に加えます」

 

――段々分かって来たぜ。この先公のデッキは防御主体のデッキ……『守りに守って育てた《クリバビロン》でぶん殴る』、そんなところか。

 

「だが、親玉を呼ぶ厄介な毛玉には消えて貰うぜ! 《サンド・ギャンブラー》で《クリバー》に攻撃!」

 

「その攻撃宣言時に《クリビー》の効果を発動。このターン自身以外の攻撃力を0にすることで相手の攻撃を防ぎます」

 

 続いて《サンド・ギャンブラー》が再びコインを指ではじいて弾丸とすれば、今度はクリボーたちが頭に星のマークを浮かばせて集まり盾とする。

 

 結果、5つの星の盾によってコインの弾丸は弾かれ、攻撃は不発。防衛成功にクリボーたちが――さっき見捨てた兄弟を忘れたかのように――お祭り騒ぎで喜び叫ぶ。

 

『クッリビ~!』

 

「チィッ! なら《伝説の(レジェンド)賭博師(ギャンブラー)》を守備表示に変更! 最後に永続魔法《無限の手札》を発動してターンエンドだ!!」

 

 そして、「あっかんべー」と舌を出す《クリビー》の腹立つ顔にイラッとしたボーイが怒りのままにターンを終えた。

 

伝説の(レジェンド)賭博師(ギャンブラー)》攻撃表示 → 守備表示

攻500 → 守1400

 

「では、そのメインフェイズ2の終了時に墓地の《ハイレート・ドロー》の効果。《アンクリボー》を破壊し、自身をセット」

 

『アンクリッ!?』

 

 と、同時に《アンクリボー》爆散。

 

『 『 『 クリリッ!? 』 』 』

 

「そしてエンド時に破壊された《アンクリボー》の効果でデッキから《死者蘇生》を手札に加え、更に墓地の罠カード《ジョーカーズ・ワイルド》を自身の効果で回収させて貰います」

 

 やがて倒れ伏した《アンクリボー》が消えていく中、その額にくっついていたアンクだけが神崎の元に戻る中、道化師が何時もの賄賂――じゃなくてカードを神崎の手札にねじ込みながらアンクを失った《アンクリボー》だった毛玉を手に去っていった。

 

 

 

ボーイLP:4000 手札7

《サンド・ギャンブラー》攻300

伝説の(レジェンド)賭博師(ギャンブラー)》守1400

魔導(マジカル)闇商人(・ブローカー)》攻1500

《激昂のムカムカ》攻1200→攻4000

《セカンド・チャンス》

《無限の手札》

《ラッキーパンチ》

(ガン・)(キャノン)(・ショット)

《強制終了》

フィールド魔法《エンタメデュエル》

VS

神崎LP:3000 手札7

《クリバー》ビー》ベー》ボー》守備表示

伏せ×1

 

 

 

 そんなひたすらクリボーたちが右往左往するだけのターンが終わるも、その辺りはタイタン戦で慣れたのか万丈目の意識はボーイのデュエルへ注視される。

 

 なにせボーイのデッキは万丈目から見ても――

 

「魔法・罠ゾーンを完全に埋めるなど――なんなんだ、あのデッキは……」

 

「? それがどうかしたのかよ?」

 

「馬鹿者! あれでは罠カードはおろか、魔法カードすら使えんではないか!」

 

 そう、ボーイのデッキは非常に不可解だった。

 

 何度も効果を使える永続系統のカードは維持できれば強力な反面、魔法・罠ゾーンを圧迫するデメリットがある。

 

 それは「見えない罠」こと「伏せカード」の数が減ってしまうこともさることながら、今のボーイのように5つの魔法・罠ゾーンが完全に埋まってしまえば「魔法カードの発動すら出来なくなる」致命的な問題が生じるのだ。

 

「あれだけの手札があってもモンスターを呼ぶ以外は何も出来んのだぞ!? まさか、あの『ギャンブルコンボ』だけで戦う気なのか!?」

 

「うーん、確かに変わったデッキだよなー」

 

 あれでは、まさに万丈目の言う通り、ボーイの『ギャンブルコンボ』によって得られた莫大な数の手札も宝の持ち腐れであろう。

 

「では私のターン、ドロー。スタンバイフェイズを経て、メインフェイズ1へ」

 

 とはいえ、ボーイの動きが少ないのは神崎にとって悪いものではない。ただでさえ、ピーキーな構築になっているクリボーに傾倒したデッキなのだ。

 

 コンボパーツが多いゆえに攻め手が遅くなりがちな神崎にとって、スローテンポのデュエルは望むところ。

 

「魔法カード《光の援軍》を発動。デッキの上から3枚を墓地に送り、デッキから『ライトロード』モンスター1体を手札に加――」

 

()()()()灰流(はる)うらら》の効果発動!! こいつを手札から墓地に送ることで、デッキから手札に加える効果を無効にする!! これ以上の墓地肥やしはさせねぇぜ!」

 

 だが、そんな神崎のカードは栗毛の獣の耳と尻尾のある白い着物の少女によってパシッと叩かれた。

 

 そして見下ろす神崎と見上げる《灰流(はる)うらら》の目が合うも、《灰流(はる)うらら》はニッコリ天使のような笑顔を浮かべて《光の招集》をムシャムシャ食し始める。

 

 そう、《灰流(はる)うらら》はごはんはたくさん(増殖するGでも容赦なく)食べるタイプ。《光の援軍》程度など朝飯前だ。

 

 結果、キーカードのサーチが叶わなかった神崎は埋め合わせとして――

 

「罠カード《ハイレート・ドロー》を発動。私のフィールドのモンスターを任意の数だけ破壊し、2枚につき1枚ドローします」

 

『 『 『 『 クリッ!? 』 』 』 』

 

 クリボー共を爆破する。「えっ!? 聞いてないよ!?」とばかりに神崎を振り返る毛玉共。

 

 やがて沼地から自分たちを破壊せんと伸びる腕に「あっ、これマジの奴だ」と察したクリボーたちは――

 

『クリ! クリバッ!』 『ク~リ~ビ~!!』 『……クリベッ!』 『クリィ!? クリリ!!』

 

 自分は合体に必要と己を指さす者、「まっ、自分は大丈夫でしょ」と口笛を吹いて余裕を見せるもの、「あれ? ひょっとして自分じゃ……」と察し始める者、みんなで話し合おうとする者と四者四様。

 

「4体全てを破壊し、2枚ドロー」

 

『 『 『 『 クリリッ!? 』 』 』 』

 

 残念。全員、アウト~

 

 沼地からハリセンを取り出した腕によって、背後から次々とビンタされるクリボーたち。

 

『 『 『 クリェェエェェ――――ッ!! 』 』 』

 

「魔法カード《死者蘇生》を発動し、墓地の《異界の棘紫獣(きょくしじゅう)》を特殊召喚」

 

 やがて毛玉共が爆発四散した中、腕が戻っていく沼地から飛び出した複眼を持つ大きな狼のような藍色の獣が、刺々しい身体についた泥を全身をブルブル震わせて弾いていた。

 

 のだが、背中の泥が取れきれなかったのか《異界の棘紫獣》は犬のように身体を捻って後ろ足を背中に伸ばすも、バランスを崩してコテンと転がるばかり。

 

《異界の棘紫獣(きょくしじゅう)》守備表示

星5 闇属性 獣族

攻1100 守2200

 

――《クリバビロン》を呼ぶ気か! だが、タダじゃ通さねぇぜ!

 

「その特殊召喚に対し、手札の《朔夜(さよ)しぐれ》を墓地に送って効果発動! そいつの効果はこのターン無効化され、更にフィールドを離れた際に元々の攻撃力分のダメージをテメェに与える!」

 

 そんなアホっぽい犬丸出しの《異界の棘紫獣》の背中を優しく撫で、泥を払ってくれる兎の垂れた耳を模したフードの中から水色の長い髪が二房伸びる白いローブの少女《朔夜(さよ)しぐれ》。

 

 その《朔夜(さよ)しぐれ》の優しさに触れた《異界の棘紫獣》はゴロゴロと喉路を鳴らし、信頼の証のように腹を見せて寝転がり、されるがままに撫でられ始めた。

 

「魔法カード《ティンクル・ファイブスター》を発動。《異界の棘紫獣》をリリースし、デッキ・墓地からクリボー5兄弟を特殊召喚」

 

『ク、クリバ……』 『……クリビ』 『クリ……ベ』 『クリブッ! クリィ?』 『クリィ……』

 

 そうして、ひとしきり撫でられた《異界の棘紫獣》が背中に《朔夜(さよ)しぐれ》を乗せて去っていく中、沼から現れて己の背中をさする4兄弟を余所に、そんな兄弟たちを不思議そうに伺う元気いっぱいな《クリブー》を合わせたクリボー5兄弟が勢揃い。

 

《クリバー》ビー》ブー》ベー》ボー》攻撃表示

星1 闇属性 悪魔族

攻 300 守 200

 

「またチビ共か――だが勝手の代金は払って貰うぜ! 《朔夜(さよ)しぐれ》の効果を受けた《異界の棘紫獣》が墓地に送られたことで、その攻撃力分のダメージを受けな!!」

 

 しかし、4兄弟が背中をさする傍らで、背中に乗せた《朔夜(さよ)しぐれ》の指示に従い5兄弟を蹴散らしながら《異界の棘紫獣》は神崎のスネに突撃をかます。

 

神崎LP:3000 → 1900

 

 さすれば、勢い余って《朔夜(さよ)しぐれ》の頭も合わせてダブル頭突きによって「ゴィーン」と小気味の良い音が2つの頭から響いた後、目を回す《朔夜(さよ)しぐれ》を背に《異界の棘紫獣》は糸の切れた人形のように倒れた。

 

 

 そんな三文芝居の最中、万丈目はハッとした表情でボーイのデッキの不可解さの正体に気づく。

 

「これは……手札誘発か!」

 

「手札誘発?」

 

「貴様も使ったことくらいあるだろう! 手札から発動する奇襲性の高い効果を持つ防ぎ難いカードのことだ!」

 

 手札誘発。雑に説明すれば――

 

 よく遊戯が対戦相手から「これでフィールドに貴様を守るカードはない! 終わりだ、遊戯ィ!」とのシーンで「俺は手札から《クリボー》の効果を発動していたのさ!」って奴の仲間である。

 

 こんな具合で手札から急に発動されるので、相手は準備なしで対処するのは難しい。

 

「へぇー、じゃあそれが一杯あるのがアイツのデッキの強みってことか」

 

「いや、そう簡単な話ではない。手札誘発は奇襲性に優れる反面、ステータスが低く効果も限定的なものが多い。単体では脅威度はどうしても下がる」

 

「? なんでだ? 手札から発動できる罠カードみたいなもんじゃん。強くね?」

 

「馬鹿者! もしも手札が手札誘発ばかりになった状況を考えろ! そこから相手の行動を上手く相殺できたとしても、その先がどうなるかくらい察しがつくだろう!」

 

 だが、良いこと尽くめに聞こえる手札誘発も致命的な問題があった。それは多くが「単体では壁にもならない無力なカードである」点だ。

 

「えっ、そんなのお互いの手札がなくなって、ドロー勝負になるだけ――あっ」

 

「そうだ! 単純なドロー勝負になれば『下級モンスターを召喚して攻撃し合う』状況になる! だが、手札誘発のステータスは基本低い! 多く採用すれば当然、力負けし続ける!」

 

 そう、手札誘発を多く採用すればする程「なんとか相手の行動を全て止めれました」でも「自分は何も動けません」なんて状況もザラに起こり得る。

 

「手札誘発が強みになりえるのは『僅かな手札で平均以上の動きが出来るデッキ』に限られる! しかし、そんな都合の良いデッキがあるなら俺が知りたいくらいだ!!」

 

 リアル(現実)のデュエル環境も「手札誘発を採用しても自分の動きを阻害しないだけのデッキスペースの有無」が(例外はあれども)「強いデッキ」の条件な節もある程だ。

 

 ただ、残念ながらGXのエクストラデッキが融合モンスターだけの時代では(一部を除き)中々難しいところだろう。

 

「その問題へこんな強引なアプローチを……だとしても、魔法・罠ゾーンを完全に埋める暴挙に見合うリターンが果たしてあるのか?」

 

「でも、なんか面白そうだぜ! 流石、セブンスターズ! 色んな奴がいるな~!」

 

 そんな手札誘発の問題を「山ほど手札を引けばOKじゃん!」で解決したのがボーイのデッキなのだと語った万丈目に、理解は話半分でテンションを上げていく十代。

 

「解説ありがとよ。まぁ、そういう訳だ――下手に攻撃すりゃぁ火傷じゃすまないぜ、先生さんよ」

 

「では《クリバー》の効果で5兄弟を《クリバビロン》に合体。手札に戻して即分離し5兄弟を特殊召喚した後、《クリベー》の効果、5兄弟をリリースし、合体こと墓地から《クリバンデット》を回収し、そのまま召喚します」

 

『クリ!? クリバッ!?』『ク、クリビー!』『『クリィッ!?』』『クリリ-!』

 

『バビィ! ッバビィ!? バビー!!』

 

『クリィ、クリベッ! クリリ!』『 『 『 クリィ~!! 』 』 』

 

 やがて合体分離の連続に大慌てのクリボー5兄弟。てんやわんやでゴタゴタする中、何とか《クリベー》の音頭の元、再び兄弟たちは《クリバンデット》へと合体。

 

 だが、大急ぎで合体したゆえか《クリバンデット》は疲労感にフラフラしていて足元がおぼついていない様子。

 

《クリバンデット》攻撃表示

星3 闇属性 悪魔族

攻1000 守 700

 

――攻撃力の勝る《クリバビロン》に合体しねぇだと?

 

「ではバトルフェイズへ。《クリバンデット》で《サンド・ギャンブラー》を攻撃」

 

 しかし、息つく暇もなく即座に戦場に駆り出された《クリバンデット》は時間をかけるように短剣をゆっくり構え、時折神崎の方をチラチラ確認しながら慎重さを示すように敵前へ徒歩で移動を始める中――

 

「永続罠《強制終了》があるのに攻撃すんの!?」

 

「いや、次のターンには再び《枯鰈葉(カレイハ)リプレース》が復活する! 相手のリソースを削るなら今しかない!」

 

「おいおい、テメェら忘れたのか? オレの『ギャンブルコンボ』が成功すりゃあ《強制終了》を使うまでもないってことをよォ!」

 

 十代と万丈目のやり取りを一笑に付したボーイが背後のスロットを起動させれば、出目こが回転を始め、一同が固唾を呑んで見守る中で3つの出目が現れた。

 

「永続罠《ラッキーパンチ》の効果! 表! 裏! 裏! 《セカンド・チャンス》でコイントスの再試行! 表! 表! 表!」

 

「ま、また!?」

 

「《セカンド・チャンス》があるとはいえ、こうも連続で……!」

 

 だが、ボーイがスカーフに口づけして再試行すれば「当」1つ、ドクロが2つだった筈の出目はスロット画面に出てきたゴブリンがキョロキョロ周囲を伺った後、2つのドクロの出目を「当」にズラす確変演出によって大当たりへと変貌。

 

「さぁ、これでオレは5枚のカードをドロー! そしてテメェの《クリバンデット》共々、ライフと手札を撃ち抜くぜ!」

 

 そしてスロットより溢れるメダルの奔流がボーイを潤す中、3つの機銃が神崎とチラチラと後ろを伺っていたゆえに危機に気づかなかった《クリバンデット》を撃ち抜いた。

 

神崎LP:1900 → 1400

 

「私はバトルフェイズを終了し、メインフェイズ2へ……このままターンエンドです。エンド時に墓地の《ジョーカーズ・ワイルド》の効果を――」

 

「いい加減しつこいぜ、道化さんよォ! 手札から《D(ディー).D(ディー).クロウ》を捨て、そいつを除外! ピエロはおどけて退場しねぇとなァ!」

 

 かくして、気絶から復帰した《異界の棘紫獣》が未だ目を回している《朔夜(さよ)しぐれ》を口に咥えて去っていく光景を余所に、毎度のことながら道化師が神崎の手札にカードを1枚差し込もうとするが、その両肩をカラスに掴まれ道化師は空こと異次元へとフライアウェイ。

 

 道化師は、お空で親指を立ててお星様(除外ゾーン)で神崎を見守る構図となった。

 

 

ボーイLP:4000 手札11

《サンドギャンブラー》攻300

伝説の(レジェンド)賭博師(ギャンブラー)》守1400

魔導(マジカル)闇商人(・ブローカー)》攻1500

《激昂のムカムカ》攻1200 → 攻5600

《セカンド・チャンス》

《無限の手札》

《ラッキーパンチ》

(ガン・)(キャノン)(・ショット)

《強制終了》

フィールド魔法《エンタメデュエル》

VS

神崎LP:1400 手札7

 

 

「くっ……手札破壊の弾除けになっていた《ジョーカーズ・ワイルド》が……!」

 

「それよりも万丈目! アイツの手札スゲェぜ! 10枚以上ある!」

 

「ああ、手札枚数に差があり過ぎる。このまま端から端まで止められれば、まともなデュエルは出来んぞ!?」

 

 かくして、益々手札の差が広がり続ける現状へ、流石に焦りを見せ始める万丈目たち。

 

「ハハハ! 賭けに勝ち続ければ、まさにバラ色! これぞギャンブルの醍醐味ってもんよ! オレのターン! ドロー!」

 

――しっかし、1枚ずつとはいえ毎ターン手札破壊してるってのに未だに手札が削り切れねぇ……

 

「さて、どうすっか」

 

 高笑いするボーイだが内心では、そこまで己の有利を過信してはいなかった。なにせデュエル開始から4度の手札破壊を行ったにもかかわらず、今の神崎の手札は7枚。初期値を僅かに上回る。

 

 ダメージも《(ガン・)(キャノン)(・ショット)》以外は《朔夜(さよ)しぐれ》の効果で1度受けたのみ。

 

 ただ、過信は出来ずとも己が有利な状況である確信がボーイにはある。なにせ、神崎の手札枚数の多さは――

 

――とはいえ、タネは単純だ。攻め気を殆ど見せず温存に奔ったゆえの備蓄。だが、いつまで続くかな!

 

「いや、こんな茶番もう終わらせちまうぜ! バトルだ!!」

 

「墓地の《枯鰈葉(カレイハ)リプレース》を復活させねぇのか!?」

 

「恐らくだが、モンスターゾーンを埋めきってしまうことを嫌ったのだろう。何か仕掛ける気か?」

 

「仕掛けなんざ必要ないね! テメェらの先公のちっぽけなライフなんざ、この一撃でお陀仏よ! ダイレクトアタックだ、《激昂のムカムカ》!!」

 

 やがて《激昂のムカムカ》の巨体が大地を揺らしながら神崎をひき殺さんと迫る中、《クリボーン》の祈りが天に届く。

 

「墓地の2枚目の《クリボーン》を除外し――」

 

「無駄だって言ってんだろ! 手札の《屋敷(やしき)わらし》を墓地に送ることで『墓地から特殊召喚する効果』――つまり《クリボーン》の効果は無効!!」

 

 と同時に黒のゴシックドレスの灰色の長髪の少女が祈りを割り込み、天へとキャンセル要請を届ける。

 

「教諭のデッキの生命線が……!!」

 

「拙いぜ、この攻撃が通れば!?」

 

「チェーンして墓地から3枚目の《クリボーン》を除外し、クリボー5兄弟を特殊召喚」

 

 だが、《屋敷(やしき)わらし》の祈りに更に割り込んだ最後の《クリボーン》の祈りに、急な仕様変更ゆえか天から雑にクリボー5兄弟が排出され、全員共々顔面から地面に落ちた。

 

《クリバー》ビー》ブー》ベー》ボー》守備表示

星1 闇属性 悪魔族

攻 300 守 200

 

 やがて、最終的に天が《クリボーン》を選んだ結果に《屋敷(やしき)わらし》が「ガーン!」と擬音が付きそうな表情でフェードアウトしていく中、ボーイは舌打ちしながらも方針変更。

 

「チッ、最後の3枚目も墓地にあったか――攻撃はキャンセルさせて貰うぜ。どうせ叩きゃ、またボコボコでてくるんだ」

 

 そうして、頭――というか一頭身の半分が地面にめり込んだゆえ、脱出に四苦八苦するクリボー5兄弟を余所に、《サンド・ギャンブラー》は宙へとコイントス。

 

「だが、効果破壊ならどうかな? 《サンド・ギャンブラー》の効果!! コイントス!!」

 

「これで、また表が3枚でれば……」

 

「くっ、まさに運命を見守る他ない状況だ……」

 

『クリバ……! 』『クリリ! クリビ!』『クリブー!』『クリベー?』『クリ、クリィ!』

 

 ようやく地面から脱出したクリボー4兄弟の目に映るのは、死刑宣告代わりのコインが宙から落ちる光景。

 

 ゆえに、みんな慌てて天に祈ったり、踊って謎の儀式をしたり、両手から念を飛ばす仕草をしたり、まだ地面にめり込んでいる為に状況を把握していなかったり、最後の1人を地面から引き抜こうとしていたりと様々だ。

 

「裏! 裏! 表! 《セカンド・チャンス》の再試行! 表! 表! 表!! 大当たりだ!! 毛玉共には消えて貰うぜ!!」

 

『 『 『 クリッ!? 』 』 』

 

 だが、現実は無常……! 圧倒的、無常……!

 

 強者には幸運を……! 弱者には不運を……!

 

 それが必然……! 一発逆転など所詮は幻想……!

 

「そして『ギャンブルコンボ』を受けな!!」

 

「ですが、墓地の罠カード《Vivid(ビビッド) Tail(テール)》の効果により《クリベー》を手札に戻し、自身をセットさせて頂きました」

 

 そうして、コインの雨霰にてんやわんやのクリボー5兄弟の中、バイクのエンジン音と共に突如として現れた天才を自称していそうな女ライダーが地面に半分埋まっていた《クリベー》を連れ去り逃亡。

 

『クリバ!? クリバックリ、クリベー!?』 『クリ、クリクリビビー!!』 『クリブ……』 『ク、クリィ……』

 

「はっ、小細工を――だが、そんなもん逆に破壊する的が増えるだけさ!」

 

 やがて、信じていたチームメンバーから裏切られたリーダーみたいな心境のクリボー4兄弟はコインの雨に呑まれ、神崎もコインのつぶてを受ける中、その恩恵だけをボーイが手札として得ていた。

 

神崎LP:1400 → 900

 

「これでアンタを支えるモンスターどころかセットカードも綺麗サッパリ消えちまった。もう諦めるんだな、先生ェさんよぉ」

 

「でも、今んところ神崎さんが受けたダメージは《朔夜(さよ)しぐれ》以外じゃ《(ガン・)(キャノン)(・ショット)》だけだ! このままなら数ターンは持ちこたえられるぜ!」

 

「ああ、クリボーは防御面に優れているからな。根競べなら十二分に――そうか! これならば直に奴のデッキは機能不全を起こす!」

 

「えっ?」

 

 かくして、相手の心を折るべくボーイは戦況をあげつらうが、此処で庇うような十代の言葉に万丈目は今まで消極的なデュエルだった神崎の意図を察した。

 

「馬鹿者! 相手は毎ターン5枚ドローし続けているような状態なんだぞ! 40枚なぞあっという間に引き切る!」

 

「あっ、そっか! アイツの魔法・罠ゾーンが埋まってるからデッキ回復もできないのか!」

 

「そういうことだ! 墓地で発動する効果もなさそうなデッキである以上、手札の大本であるデッキこそが奴のリソースの限界値!」

 

「神崎さんのデッキは60枚構築だから、リソース勝負なら20枚の分があるってことか!」

 

「しかも、奴がドローを止めるには『ギャンブルコンボ』を停止させなければならん! だが『ギャンブルコンボ』を止めれば、奴のデッキは根底から破綻する!!」

 

 そう、今やボーイのデッキ枚数は一桁。

 

 だからといって、デッキ切れを避ける為にギャンブル効果を使わなければ、相手の攻撃を素通りさせるも同然だ。

 

 ここまで神崎が多くのカードを墓地に送って来た以上、《クリバビロン》の攻撃力は最大限に高まっていることは想像に難くない。

 

 つまり、ボーイに残された道は必要以上にドローしないように気を配りながら『ギャンブルコンボ』を適用させるのみ。

 

 だが、ただでさえ不確定なギャンブル効果に更なるデメリットを追加された状態では破綻は避けられないだろう。

 

「やれやれだぜ。アカデミアってのは馬鹿しかいねぇのか?」

 

「なんだと!」

 

「これだけ手札があれば解決策だって引いてなきゃおかしいだろ! 《プレートクラッシャー》召喚!!」

 

 しかし、そんな万丈目たちの考察を鼻で嗤ったボーイは目元を隠した軽鎧の戦士を繰り出す。

 

 その戦士こと《プレートクラッシャー》は鎧の隙間から垣間見える強靭な肉体を証明するように左右の手にそれぞれ握った長剣を片手で軽々と振り回して見せた。

 

《プレートクラッシャー》攻撃表示

星3 地属性 岩石族

攻1400 守 300

 

「さぁ、《プレートクラッシャー》の効果を見せてやる! オレの魔法・罠ゾーンの表側のカードを墓地に送り、500のダメージを与える!! 《ラッキーパンチ》を墓地へ!!」

 

 そして《プレートクラッシャー》はボーイの魔法・罠ゾーンのカードに右手の長剣を突き立て投げ捨てるように長剣を振れば、カードは砲弾の如き速度で神崎へと放り投げられる。

 

神崎LP:900 → 400

 

 結果カードが着弾し、小さな爆発に包まれる神崎を余所に万丈目は焦った声を漏らす他ない。前提が崩れた。

 

「魔法・罠ゾーンを空ける効果だと!?」

 

「でも、《ラッキーパンチ》がフィールドを離れた! これでアイツは6000のライフを失うデメリットを受け――」

 

「チッチッチ、《ラッキーパンチ》のデメリットは『破壊された』時だ、『墓地に送られた』場合はノーリスク!」

 

「残りライフ400……拙いな。これで《(ガン・)(キャノン)(・ショット)》のダメージを受けられる猶予がなくなった。相手のデッキ切れまで秒読みとはいえ、相手が全て裏を出す確率に願う他ないぞ」

 

 そして、ボーイが十代へ馬鹿にするように人差し指を振って見せる中、修正を図った万丈目の考察の最中にフィールドのネオン輝く街並みの光が神崎を始めて照らす。

 

「ですが私のライフが500以下になった為、貴方のフィールド魔法《エンタメデュエル》の効果により私は2枚ドローできます」

 

 

 やがて、最後の希望のカードを2枚引く神崎へ、ボーイは嘲笑うように宣言した。

 

 

「そのくらいくれてやるさ。なにせアンタの最後のドローだからな! 《プレートクラッシャー》の効果!! 今度は《(ガン・)(キャノン)(・ショット)》を墓地に送る!!」

 

 

「2回目だと!?」

 

 

「1ターンに同じ効果を2度使えるモンスター!?」

 

 

 さすれば今度は《プレートクラッシャー》がボーイの魔法・罠ゾーンに左手の長剣を突き立て、引き抜くように長剣をフルスイングすれば、再びカードが砲弾と化して神崎に着弾し爆発。

 

 

「くっ、此処までか……」

 

 

「――神崎さん!!」

 

 

 その風前の灯火のライフは呆気なく吹き消されることとなる。

 

 

 かくして、最後はギャンブルの勝負の場にすら立たせて貰えぬ結果となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神崎LP:400

 

 かに思われた。

 

「なんだと!?」

 

「どうやら私の運も捨てたものではないようです。手札から《クリアクリボー》の効果を発動させて貰いました。ダメージを与えるモンスターの効果を無効にします」

 

 そう、《プレートクラッシャー》が長剣で放り投げたカード爆弾の爆撃を受けたのは神崎ではなく、薄紫の毛玉こと《クリアクリボー》。

 

 やがて煙でボロボロになった《クリアクリボー》の身体がパッカン開くと共に中から無傷の《クリアクリボー》が現れ、ボーイに向けて胸――というか一頭身の身体全体を――張る。

 

「チッ、往生際の悪い先公だ……だが、アンタの絶望的な状況は何一つ変わっちゃいねぇぜ! 今のオレは魔法を使えるんだからよ! 魔法カード《貪欲な壺》を発動! 墓地の5枚のモンスターをデッキに戻し、2枚のドロー!」

 

 そうして、ボーイの苛立ちとシンクロするように《サンド・ギャンブラー》が散って行った者たちを食わせた《貪欲な壺》を蹴飛ばし砕けば、砕けた壺からメダルの山が溢れボーイの手札をさらに潤していく。

 

「これでアンタは1度でもオレに攻撃した瞬間にライフが尽きる――まさか、『今のオレの手札に《(ガン・)(キャノン)(・ショット)》がない』なんて甘い考えしてねぇよな?」

 

「拙いぜ、万丈目! これでアイツのデッキに手札誘発が戻っちまった!?」

 

「デッキが残り僅かゆえに、今のドローで引いた可能性も高い……!」

 

「更に、これでオレのデッキ切れより、どう考えても先生ェのライフが尽きる方が早ぇよなぁ」

 

「この状況で盛り返してくるとは……」

 

「くっ、やっぱ伊達にセブンスターズに選ばれちゃいないぜ」

 

「《サンド・ギャンブラー》を守備表示に変更し、カードを2枚セットしてターンエンドだ」

 

 かくして、十代と万丈目たちが戦況の悪化を察する通り、ボーイは文字通りのラストターンを神崎へ突きつける。

 

「さぁ、今度こそ正真正銘のラストターンだぜ、先生――まぁ、その貧弱な毛玉共じゃ、どうやったって巻き返せねぇがな」

 

「そんなことねぇぜ! クリボーはあの遊戯さんのピンチを何度も救ってきたカードなんだ!」

 

 しかし、状況ゆえか黙したままの神崎を庇うように、十代が前例を上げて援護するが――

 

「テメェは馬鹿か? 確かにクリボーたちはデュエルキングも使用したカードだ――が、その役目はあくまで補助的な代物。アタッカーとして運用するもんじゃねぇのは明白だろうが」

 

「その通りだぞ、十代。遊戯さんが使っていたからといって必要以上に特別視するのは止めんか、神楽坂でもあるまいし」

 

「うぐっ!? ま、万丈目はどっちの味方なんだよ!」

 

「味方もへったくれもあるか。もはや俺たちがすべきはこのデュエルを学びの糧とすることだけだろうに」

 

 前例である遊戯でさえ、「クリボーをメインアタッカーにしていた(で殴り合っていた)訳ではない」との真っ当過ぎるボーイの主張に万丈目にすら「援護になっていない」と呆れられる始末。

 

 

ボーイLP:4000 手札9

《サンド・ギャンブラー》守1600

伝説の(レジェンド)賭博師(ギャンブラー)》守1400

魔導(マジカル)闇商人(・ブローカー)》攻1500

《プレートクラッシャー》攻1400

《激昂のムカムカ》攻1200 → 攻4800

伏せ×2

《セカンド・チャンス》

《無限の手札》

《強制終了》

フィールド魔法《エンタメデュエル》

VS

神崎LP:400 手札8

 

 

「では私のターン、ドロー。ッ!? スタンバイフェイズを経てメインフェイズ1へ……ま、魔法カード《隣の芝刈り》を……は、発動します」

 

 だが、そんな十代の援護が届いたのかカードを引いた神崎の貼り付けた笑顔の仮面がこのデュエル中に初めて揺れ、急に緊張した様子でカードを発動する神崎に万丈目たちは希望を見出す。

 

「あれは! 相手のデッキと同じ枚数になるように己のデッキを墓地に送れるカード!」

 

「よっしゃぁ! 墓地のクリボーが増えれば神崎さんの戦術の幅もグンと増えるぜ!!」

 

――この先公、なんでソワソワしてんだ? まぁ、なんにせよだ。

 

 ただ、ボーイには神崎が初めて見せた動揺の方が気になってしまう。

 

 ちなみに――ボーイは知らぬ話だが、デッキが一桁になるレベルで《隣の芝刈り》することでしか得られない成分があったりする。そして――

 

「――通す訳ねぇだろうが! 手札から《灰流(はる)うらら》を墓地に送り、そいつの効果は無効だ!!」

 

 大抵、そんな機会は相手が《灰流(はる)うらら》にムシャムシャされるのがお約束だったりする。

 

 そして最高にフィーバーする筈だったカードをモシャモシャほおばる《灰流(はる)うらら》の姿に、神崎の目からハイライトが消えていき、いつもの笑顔の仮面が再生していく始末。

 

「くっ、流石に素通りさせてくれねぇ……!」

 

「奴も教諭の墓地発動のカードに散々手を焼いてきたからな。当然だろう」

 

「…………ハァ、私のフィールドにモンスターがいない時、墓地の罠カード《もののけの巣くう祠》を除外することで墓地のゴースト・ランサーの効果を無効にして特殊召喚」

 

 やがて、大きく肩を落とした神崎の肩をポンと軽く叩きながら《劫火の槍術士 ゴースト・ランサー》が槍を杖代わりに立つ中――

 

《劫火の槍術士 ゴースト・ランサー》攻撃表示

星5 闇属性 アンデット族

攻2000 守 0

 

「そいつで、また毛玉共を呼ぶつもりか――させるかよ! 手札から《朔夜(さよ)しぐれ》の効果発動! このターン、ゴースト・ランサーがフィールドを離れた瞬間、その元々の攻撃力分のダメージでお陀仏さ!」

 

「チェーンして墓地の罠カード《Vivid(ビビッド) Tail(テール)》の効果。《劫火の槍術士 ゴースト・ランサー》を手札に戻し、墓地の自身をセット。ただし、このターン手札に戻したカードの効果は発動できません」

 

 空から女の子もとい《朔夜(さよ)しぐれ》が降って来た為、受け止めようとする《劫火の槍術士 ゴースト・ランサー》を謎の(自称)天才美少女ライダーの駆るバイクが跳ね飛ばした。

 

 バイクに跳ねられ宙を舞い《劫火の槍術士 ゴースト・ランサー》が神崎の手札に救急搬送される中、地面に「ベシン!」と人型の穴を作る形で着地する《朔夜(さよ)しぐれ》。

 

「チッ、これも躱したか」

 

「相手フィールドにのみモンスターがいる時、手札のゴースト・ランサーを自身の効果で特殊召喚」

 

 やがて手札から退院した《劫火の槍術士 ゴースト・ランサー》に地面から救助されるも、《朔夜(さよ)しぐれ》は泣きべそをかきながら逃走。手を貸そうと伸ばした《劫火の槍術士 ゴースト・ランサー》の腕だけが虚しく残った。

 

《劫火の槍術士 ゴースト・ランサー》攻撃表示

星5 闇属性 アンデット族

攻2000 守 0

 

 ただ、そんな寸劇の最中、見逃せない事実にボーイが叫ぶ。

 

「――!? おい、待て! 《Vivid(ビビッド) Tail(テール)》で戻したカードはこのターン使えないんじゃねぇのかよ!?」

 

「『効果が無効化された』訳ではなく『効果は発動できない』だけですので、問題ありませんよ」

 

「えっ? そうなの?」

 

「ああ、教諭の言う通りだ――というか、専門外の奴(ギャンブラー)ならともかく、フォース(未来のプロデュエリスト)ならばその程度は把握しておかんか!!」

 

「ギ、ギブギブ! ちょっとド忘れしてただけだって!!」

 

 しかし万丈目にヘッドロックされる十代がタップする中、コンマイ語の洗礼を浴びたボーイは舌打ちしながら先を促せば――

 

「チッ……これだからデュエルは面倒臭ぇんだ。だが、そこからどうするよ!!」

 

「ゴースト・ランサーをリリースし、《クリバビロン》をアドバンス召喚」

 

『バビィ! バビビィ!!』

 

 なんか悪いことした感のある《劫火の槍術士 ゴースト・ランサー》がしょんぼり消えていく中で現れた《クリバビロン》がヤル気に満ちた様相でビヨンビヨン一頭身の身体を上下させる。

 

 そして、一発逆転に繋がる己の圧倒的な攻撃力の表示バーをチラっと見れば――

 

《クリバビロン》攻撃表示

星5 闇属性 悪魔族

攻1500 守1500

 

「よし! 《クリバビロン》まで繋げたぜ!」

 

「だが、《強制終了》がある限り、バトルは通らん! しかも、あのデッキはクリボーに特化し過ぎて大した除去札は期待できんぞ!」

 

「《クリバビロン》の効果、自身を手札に戻し、墓地からクリボー5兄弟を特殊召喚します――が、どうなさいますか?」

 

『バビッ!?』

 

「………………好きにしな」

 

 すぐさま分離させられる現実に《クリバビロン》が神崎を二度見するも、渋々と言った具合で分離。このデュエルで何度目か分からぬ5兄弟の姿が神崎の元に並んだ。

 

《クリバー》ビー》ブー》ベー》ボー》攻撃表示

星1 闇属性 悪魔族

攻 300 守 200

 

「また分離すんの!?」

 

「《クリバビロン》の攻撃力なしで、どうするつもりなんだ!?」

 

「速攻魔法《機雷化》を発動。《クリボー》を破壊し、その分だけ相手のカードを破壊します――永続罠《強制終了》を破壊」

 

『クリリー!』

 

 さすれば、騎馬を組んだ4兄弟を発射台として《クリボー》が単身で敵陣に強襲をかける。

 

 そして、ボーイのフィールドのカードの1枚にしがみつくと、《クリボー》はチラと振り返り敬礼。当然、4兄弟も敬礼を返せば、それを合図としたかのように小さな爆発がボーイのフィールドを覆った。

 

「《機雷化》だと!?」

 

「あれ、遊戯さんが使ってたの見たことあるぜ!」

 

「あ、あんなニッチなカードまで採用しているのか……」

 

 やがて、爆発の煙に腕で目元を覆う万丈目と十代が思いもよらぬカードの発動に神崎のデッキのピーキーさを実感するが、煙が晴れた先からボーイは軽口を飛ばしてみせる。

 

「だが残念だったなぁ、前のターンに引いてりゃ《ラッキーパンチ》を破壊して勝てたかもしれねぇのに」

 

「速攻魔法《クリボーを呼ぶ笛》を発動。デッキから《ハネクリボー》を特殊召喚」

 

『クリリー』

 

 そうして、ボーイが《ラッキーパンチ》のデメリット――表側で破壊された際に6000のライフを失う――を警戒する中、現れるのは小さな天使の翼が生えたクリボー。

 

《ハネクリボー》攻撃表示

星1 光属性 天使族

攻 300 守 200

 

――また攻撃表示だと? 大体《クリボー》を呼べば再合体は出来た筈。この先公、何を狙ってやがる……

 

「バトルフェイズへ、《ハネクリボー》で《プレートクラッシャー》を攻撃」

 

「えっ、ちょっ!?」

 

「流石に、あからさま過ぎるぞ!?」

 

「勝負を投げたって感じじゃなさそうだな――だが、こうも博打を挑まれちゃあ受けて立つのがギャンブラーだぜ! 永続罠《ラッキーパンチ》と《(ガン・)(キャノン)(・ショット)》発動!!」

 

 やがて、警戒を募らせるボーイの元、十代たちが察する程に一か八かの逆転の一手こと《ハネクリボー》を突撃させた神崎。

 

 だが、一か八かの勝負を仕掛けられたのなら乗るのがギャンブラーの性。ゆえに、ボーイがカードを発動させれば、その背後で再臨を果たしたスロットが回転を始める。

 

「表が1度でも出ればアンタはお陀仏だ!!」

 

「くぅ~! 最後の一か八かの大勝負だぜ!」

 

「しかし、今まで散々表を出し続けてきたんだ! 運の揺り返しが来てもおかしくはない!」

 

 神崎の残りライフはたった400――丁度《(ガン・)(キャノン)(・ショット)》の500ダメージでジ・エンドだ。

 

 ゆえに、ボーイが圧倒的に有利なギャンブルの結果を示すように、スロットの出目の回転が段々と遅くなっていく中――

 

「墓地の罠カード《ダメージ・ダイエット》を除外し、効果発動。このターン受ける効果ダメージを半減させます」

 

「野暮な真似は止せよ! 手札から《スカル・マイスター》の効果! 相手の墓地で発動する効果を無効にする!!」

 

 神崎の墓地から飛び出した毛糸で編まれたマジックハンドが盾のように展開されるが、長い黒髪を頭上でまとめた青年が繰り出す悪魔の頭骨によってプッツリと噛み切られた。

 

「2枚目の罠カード《ダメージ・ダイエット》を除外し、効果発動。このターン受ける効果ダメージを半減します」

 

「ッ!? またかよ! だが、運命のコインは止まらねぇ! 裏! 裏! 裏!」

 

 途端に追加で飛び出した毛糸のマジックハンドに絡まった《スカル・マイスター》と彼の操る悪魔の頭骨が複雑に絡み合った結果ワチャワチャもがく羽目になる中、スロットがボーイにとって最悪な3つのドクロの出目を出す。

 

「だが、永続魔法《セカンド・チャンス》の再試行! 表! 表! 表!!」

 

 しかし、ボーイがスカーフに口づけして再試行すれば、スロットの画面のゴブリンがドクロのマークの上に「当」のシールを張ったことで大当たりへと確変。

 

「またまた大当たり!?」

 

「ふざけるな! 無茶苦茶ではないか!!」

 

「無茶を通したものが勝つ! それがギャンブルってもんさ!」

 

 そうして、このデュエル中に何度でたかわからぬ「3枚とも表」の数に、流石の十代たちもブーイングを飛ばすが、ボーイは一刀ならぬ一言の元に切り伏せる。

 

「さぁ、『ギャンブルコンボ』のお時間だ! オレは合計5枚ドロー! ダメージに加えて手札破壊! そしてフィールドで破壊するのは――」

 

 やがて、スロットマシーンの上部からお馴染み3つの機銃が現れたと同時に発砲、連射。

 

「《ハネクリボー》だ! 何を狙ってやがるかは知らねぇが、そいつがキーなんだろ!!」

 

『クリリィィイイイイ!?』

 

神崎LP:400 → 150

 

 毛糸のマジックハンドに守られた神崎と、その手札を撃ち抜き、《ハネクリボー》をハチの巣に撃ち抜く。

 

「これでアンタの最後の一手も完全攻略! さぁ、ターンエンドしな!」

 

 かくして、最後の大博打にも見事勝利したボーイは、神崎の最後の頼みの綱も断ち切ったと勝利を確信するが――

 

「なにを勘違いされているのですか?」

 

「あぁ?」

 

「まだ私のバトルフェイズは終了していません。《クリベー》で《プレートクラッシャー》を攻撃」

 

 そんな中、今度は《クリベー》が決死の突撃を始める。

 

「テメェ!? 自滅する気か!?」

 

「いいや! 《ハネクリボー》が破壊されたターン! 神崎さんはバトルダメージを受けないぜ!」

 

「そうか! ならば狙いは――」

 

「墓地の《剣神官ムドラ》を除外し、墓地の《ハネクリボー LV(レベル)10》、《クリボー》、《機雷化》の3枚をデッキに戻します」

 

 やがて、やぶれかぶれにしか見えない《クリベー》の突撃にボーイがおののく中、十代たちはタイタンのデュエルを思い出せば、黄金の鎧をまとう褐色肌の闘士が両の手のメリケンサックで墓地からカードを掘り起こし始めた。

 

「ッ! 《クリバー》と《クリビー》の効果か!?」

 

 そんな光景にボーイも神崎の狙いを察する他ない。

 

 そう、神崎の狙いは再び《クリボー》と《機雷化》を揃え、今度こそ《ラッキーパンチ》を破壊するつもりだ。

 

「――させるかよォ!! 手札の《屋敷(やしき)わらし》の効果! こいつを墓地に送って相手の墓地からデッキに戻す効果は無効だァ!!」

 

 しかし、一転して絶体絶命の状況に陥ったボーイだが、黙って素通りさせるつもりは毛頭ない。

 

 墓地のカードを手に取り去ろうとした《剣神官ムドラ》の前に《屋敷(やしき)わらし》が両の手を広げて立ちはだかったことで、《剣神官ムドラ》の足は止まる。

 

 やがて、《屋敷(やしき)わらし》の真っ直ぐな視線に「墓守の己が墓暴きしてる……」と己を恥じた《剣神官ムドラ》は両の手からメリケンサックと共にカードを落として自己嫌悪で涙する中、その背中を《屋敷(やしき)わらし》は優しくポンと叩いた。

 

「墓地の《宿(しゅく)神像(しんぞう)ケルドウ》を除外し、墓地の《ハネクリボー LV(レベル)10》、《クリボー》、《機雷化》の3枚をデッキに戻します」

 

「テ、テメェ!!」

 

 そんな2人の隣で巨大な大盾のような両腕を伸ばす女神像のような機兵が《剣神官ムドラ》の落したカードを手に去っていく光景に、またまた《屋敷(やしき)わらし》は「ガーン!」と擬音を響かせながらショックを受けた様相を見せていた。

 

「そうか! アイツの手札誘発は『1ターンに1度しか使えない』のばっかりなんだ!」

 

「だからこそ、墓地にカードが貯まり切り、2度打ち――セカンド・チャンスが出来る状況まで待った……!」

 

『クリベブッ!?』

 

 かくして、ボーイのデッキの僅かな隙を狙いすまし、《プレートクラッシャー》の長剣の腹に脳天をチョップされた《クリベー》が大きなたんこぶを作りながら地面にめり込む中――

 

「《クリベー》が破壊されたことで、《クリバー》の効果で《クリボー》を特殊召喚」

 

『クリィ!!』

 

 倒れた《クリベー》に黒いガソリンをぶっかけた《クリバー》の匠の一手により、《クリベー》は《クリボー》に華麗に変身。

 

《クリボー》攻撃表示

星1 闇属性 悪魔族

攻 300 守 200

 

「更に《クリベー》の効果で《クリボー》の名が記された――速攻魔法《機雷化》を手札に加え、そのまま発動」

 

 そして、《クリベー》に先っちょに火が付いたロープを頭に付けられた《クリボー》は、2兄弟にまで減った発射台によって射出。

 

 やがて、その間も短くなり続けていた導火線の火が《クリボー》に着火すれば、巨大な爆発がメッチャ焦るボーイを襲った。

 

「――うぉぉおおぉおお!!??」

 

『――ク゛リ゛ィ゛イ゛イ゛イ゛ィ゛イ゛イ゛イ゛!!??』

 

 (自称)聖なる光の力によって轟々と燃えさかるボーイのフィールドにて、《クリボー》の断末魔――じゃなくて聖なる歌が響く中、十代たちはあっと驚く逆転劇にテンションを上げていた。

 

「よっしゃぁ! 《ラッキーパンチ》のデメリットは『破壊された時』だぜ!」

 

「遂に避け続けてきたリスクを清算する時だ!!」

 

 そう、今の今まで豪運が続いていたボーイの運は此処に尽きる。

 

 その最後は「自らのカードのデメリット」というのは何ともギャンブラーらしいものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ボーイLP:4000

 

 かに思われた。

 

「なっ!?」

 

「……ふぅ、危ねぇところだったぜ――オレはチェーンして《魔導(マジカル)闇商人(・ブローカー)》の効果を発動させて貰った。オレの表側の魔法・罠カードを墓地に送ることで1枚ドローする効果をな」

 

 今の今まで存在感皆無だった《魔導(マジカル)闇商人(・ブローカー)》が杖から水を撒いたことで鎮火し、プスプス煙を上げている《クリボー》を掴んでいる光景に、流石の十代たちも舌を巻く。

 

 そう、これこそが《魔導(マジカル)闇商人(・ブローカー)》の効果。魔法・罠ゾーンの圧迫を何時でも解け、更には相手ターンに《ラッキーパンチ》のデメリットすら回避する。

 

「先生ェよぉ、奥の手ってのは最後の最後まで隠しとくもんだぜ」

 

「……こ、これも躱すなんて」

 

「対象を取らない《機雷化》は、他のカードを破壊できるが破壊したところで焼け石に水だ……」

 

「では《(ガン・)(キャノン)(・ショット)》を破壊しておきましょうか」

 

 やがて、ボーイの煽るような言葉に十代たちが絶句する中、ボーイの背後のスロットと機銃が煙を出しながら壊れていく。

 

 まさに針に糸を通すかのような唯一の光明が今、絶たれた。

 

「まさか最後にあんな手を残してるとはな――正直アンタを舐めてたぜ。大したもんだ」

 

 だが、ボーイは此処に来て初めて神崎へ純粋な賛辞を贈る。正直、もっと楽に勝てると思っていただけに今、ボーイは己の考えを改める。

 

 流石はアカデミア――落ち目といえども粒が揃っている、と。

 

「まっ、これからはセブンスターズを退ける同僚として仲良くしようじゃねぇか」

 

「なに勘違いしているんですか?」

 

「……? なんだ? まだ、なんかあんのかよ」

 

 しかし、まだだ。まだ終わってはいない。

 

「言ったでしょう? まだ私のバトルフェイズは終了していないと! 速攻魔法《バーサ――《ジェネレーション・ネクスト》発動! 墓地の《ハネクリボー》を特殊召喚!!」

 

「成程な。そいつの効果で次のターンを凌ごうって腹か」

 

『クリリィ!!』

 

 さすれば《ハネクリボー》が小さな天使の翼を懸命に動かしながら墓地より飛翔。

 

《ハネクリボー》攻撃表示

星1 光属性 天使族

攻 300 守 200

 

「攻撃表示だと?」

 

「《ハネクリボー》で《プレートクラッシャー》を攻撃!」

 

「なに考えて――」

 

 だが、ボーイの予想に反して、《ハネクリボー》はグググと踏ん張り身体から光を放たんとすれば――

 

「ダメージステップ時、速攻魔法《バーサーカーソウ――《バーサーカークラッシュ》発動! 墓地の《爆走特急ロケット・アロー》を除外し、そのステータスを《ハネクリボー》は得る!」

 

 《ハネクリボー》の背中の小さな翼が巨大な10枚の翼に増え、か細い光は絶対的な神々しさすら見える代物へと変化。

 

《ハネクリボー》

攻300 守200

攻5000 守 0

 

「こ、攻撃力5000だと!?」

 

「このカードが手札破壊されれば私の負けでしたよ」

 

 しかし、此処で神崎は「ギャンブル効果に勝ったのは己だ」と返す。

 

 彼が手札で温存していたコンボパーツのどれか1枚でもボーイが手札破壊できていれば、この結果はなかった。

 

 そう、針に糸を通すようなか細い道が閉ざされたのなら、己が剛腕を以て道を開くだけだ。

 

 神崎はいつだってそうやって来たのだから。

 

「くっ……! だが、ライフ計算を間違えてるぜ、先生ェさんよ! これならオレのライフは残る!!」

 

「ライフが残る? 何を言っているんですか?」

 

「……なんだと?」

 

「言ったでしょう――『このカードが手札破壊されれば私の負けだった』と」

 

 そう、最後の最後でボーイは当たりを引き損ねたのだ。

 

「これが(就職難を)生き残る為の私の足掻きだァ!! 手札の《クリベー》の効果! 『クリボー』1体――《ハネクリボー》の攻撃力を1500アップさせる!!」

 

『――クリィイイィイイ!!』

 

 手札の《クリベー》が光となって《ハネクリボー》に力を貸せば、その背中の10枚の翼が、12枚の翼に増えたことで、より神々しさを増す。

 

《ハネクリボー》

攻5000 → 攻6500

 

 

「 「 こ、攻撃力6500の《ハネクリボー》だとォ!? 」 」

 

 

「カックィー!」

 

 

 ボーイと万丈目がハモり、十代のテンションが最大限に高まった。

 

 

 そんな中、ボーイはその圧倒的な攻撃力を前に、一歩後ずさる。そして、自分は一体「何のデッキと戦っていたのか」と思い返せば――

 

 

「ク、クリボーがして良い攻撃力じゃ――」

 

 

『――クリィイイイイイイィイイイイイイィイイイ!!!!』

 

 

「――ぐぉおぉおおぉおおおぉお!!??」

 

 

 12枚の翼を広げ、天上の存在にランクアップした《ハネクリボー》から放たれる神の如き光の奔流が《プレートクラッシャー》もろとも罪人を裁くようにボーイを呑み込んだ。

 

 

ボーイLP:4000 → 0

 

 

 盗人死すべし慈悲はない。

 

 

 







今日の最強カードもとい最強アイテムは――

明日香が母から貰ったスカーフ!

こいつに願掛けすると豪運が舞い込むらしいぜ!

もはやオーパーツだな!







~今作のボーイのデッキ~

原作の彼のデッキでは、モンスター2体以上で攻撃された瞬間に戦線が崩壊するので、

ボーイの「一か八かの大博打――に見せかけつつもリスクは負わない」姿勢をデッキに反映させ
《セカンド・チャンス》のやり直しコイントスを必ず的中させられるスカーフの能力?に着眼する形で改造。

作中のように互いのターンに「3枚のコイントス」を《セカンド・チャンス》することで
《エンタメデュエル》と《(ガン・)(キャノン)(・ショット)》によって
毎ターンの「2~5ドロー」+「手札破壊と盤面除去」――によりアド差を広げていく。

しかし魔法・罠ゾーンの圧迫が酷く、展開力も皆無なことから沢山ドローしても手札制限により捨てる羽目になるので《無限の手札》を採用しているが、

結局「より魔法・罠ゾーンの圧迫が酷くなる」事態を生んでいる為、有り余る手札は手札誘発に割り切った。

とはいえ、直接的な除去には滅法弱い為、語られる程の圧はない。

彼が使用した未OCGの『ギャンブル天使バニー』? 同じ効果の《暴れ牛鬼》ですら採用し難いので
(OCG化の際に魔改造されないと)厳しいっす。



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第281話 水面下




前回のあらすじ
コイントスの成否に限定すれば――
絶対運命力を持つ斎王 < (明日香が)母から貰ったスカーフ(を持った並デュエリスト)

明日香の母親は一体なにものなんだ……!!





 

 

 

 夜空に浮かぶ煌びやかに輝く黄金で彩られた巨大な空飛ぶ帆船の中、椅子に腰かけた深紅のドレスに身を包む緑の長髪の女がヴァンパイアの特徴である鋭く伸びた犬歯を剥き出しにしながら苛立ち混じりにテーブルへと拳を叩き落す。

 

「2連敗ですって……!! 高い金、払ってるってのにアイツら……!!」

 

「所詮は金に目がくらんだ戦士には程遠い者たちだ。初めから期待していなかっただろう?」

 

「タニヤの言う通りだ。そう憤るな、カミューラよ。そもそも勝敗は二の次との計画だろう?」

 

 そしてブチ切れ数歩前の様子を見せるドレスの女こと『カミューラ』を、テーブルを共にする褐色肌の2人――赤紫髪のポニーテールの筋骨隆々な女こと『タニヤ』は予想していた結果なのか軽い調子だ。

 

 だが、そんなタニヤの後押しをした地位の高さを感じさせる黄金の装飾の目立つ古代エジプト風の衣装の褐色肌の青年たる『アビドス三世』へ、カミューラは威圧するような声色で唸るが――

 

「だとしても、ストレート負けじゃ幻魔が復活しない可能性だってある――忘れた訳じゃないでしょうね」

 

「だが、アカデミアが改革されてから生徒間のデュエルの頻度は上がっている。ならば、その可能性は限りなく低いではないか」

 

「ふふふ、猛き戦士の数は、私のお婿さん候補の数に――」

 

「その限りなく低い可能性で失敗すれば目も当てられないって分からないのかしら!!」

 

 アビドス三世からの真っ当な物言いに両手を顔の前でウフフするタニヤをスルーして、カミューラは再度その怒りが再噴火。

 

 なにせ、カミューラの目的である「ヴァンパイア一族の復興」は遥か昔の迫害と弾圧から「唯一生き残った己にしか果たせぬ大義」と彼女は使命感と復讐心の狭間で燃えているのだ。

 

 その計画の要である「幻魔の復活」の失敗の懸念が「セブンスターズの数合わせとして雇ったデュエリスト」という外的要因ともなればカミューラの苛立ちも大きくなろう。

 

「であろうとも、相手方の実力は其方にも、余にもどうしようもなるまい」

 

「どうにかなさい。どうにもならないのなら、私もこのカードを使わざる――」

 

「止せ。私たちがお前に協力する条件を忘れたのか?」

 

 だが、困ったように腕を組んだアビドス三世の姿に、懐から1枚のカードを取り出したカミューラの腕をタニヤが掴むと同時に厳しい口調でいさめた。

 

 やがて1枚のカードがカミューラの手から零れ落ちテーブルに突き立つ中、剣呑な雰囲気を漂わせ始める両者をアビドス三世は制しに動く。

 

「少し頭を冷やせ、カミューラ。其方たち一族が受けた仕打ちを思えば、余たちとて無碍にはせん」

 

「……本当の意味で使う訳じゃないわ。脅しに使うだけよ。条件さえ守れば絶対に勝てるんだから、それで十分じゃない」

 

 そうして、話題に上がった「ヴァンパイアへ人間が行った過去の数々の仕打ち」が脳裏に蘇ったのかカミューラは僅かに意気消沈した様子で自由になった腕を引っ込めながら己の短慮を恥じつつも、奥の手の有効性を示して食い下がるが――

 

「しかし、それにはお前が打って出なければならない。そして、今まで私たちが潜伏できていたのはアビドス三世の『王の船』の力ゆえ――その庇護から離れれば『奴』は確実に動く。アレはそういう男だ」

 

「余も同意見だ。今は無理をするべきではない。余たちを抜いても後2人分、様子を見てからでも遅くはなかろう?」

 

 カミューラの意見へ、タニヤとアビドス三世はそれぞれの方向より否を突きつける。

 

 なにせ、神崎が血眼になって捜索していたカミューラがノンビリ空の船旅が出来ているのはアビドス三世が所有する『空飛ぶ船』があってのこと。

 

 ただの空飛ぶ船と思うなかれ、それは今とは比べ物にならないくらい神秘が顕現していた時代に「宗教的に神と同一視されていた王」を「死後、天へと運ぶ為」の船なのだ。オカルト力が段違いである。

 

 性質の違いから一概には比べられないが「アテムたちの千年アイテム」に近しい神秘はあるだろうことは容易に想像がつく。

 

 つまり、オカルト存在をマシマシに食い千切ってきた神崎にすら通じる逸品だ。

 

 

 閑話休題。

 

 

 そう、カミューラがヤバげなカードの力にどれだけ自信を持っていたとしても、「捕捉されていない優位性」を捨てる程、緊迫した状況ではないとタニヤたちは言いたいのだ。

 

 しかし、カミューラの認識は違った。

 

「…………逆よ」

 

「……? どういうことだ?」

 

「あの男が、このまま黙ってセブンスターズの投入を許してくれると思う? 私たちが時間をかければかける程、相手に準備期間を与えることになるじゃない」

 

 カミューラは、ただ待つだけの現状に危機感を覚えていた。こうして自分たちが手をこまねいている間、相手が何をしてくるか想像がつかない。

 

 命を金に換える死の商人だった頃のKCで幹部の席を用意されるまで命を売り買いし、

 

 国家に匹敵する権力で守られていた世界的な凶悪犯罪者だったグールズの総帥を司法の場に引きずり出せとの命が下れば、肉体以外の全てを引き千切ることすらいとわず、

 

 更には怪しげなオカルト方面の力を日夜研究し、果ては人体実験紛いの行為すら平然と行う話すら聞こえてくる始末。

 

 まさに血と暴力を生業にしてきた男。ハッキリ言って異常者だ。

 

 

 そして今、カミューラたちは「そんな異常者」を前に()()()()()()()()()()()()()()

 

 態々1人ずつ、しかも逐一アカデミアにお伺い立ててから刺客を送り込む――幾らアカデミアを警戒させない為とはいえ、消極的過ぎよう。

 

「ふむ、一理あるな。今、アカデミア側が学内の人間で対処しているのは『曲がりなりにも伝統行事の体』だからだ。その前提が崩れれば、我々は『賊』として扱われかねん」

 

「……成程、そうなれば余たちが狙う三幻魔の儀に必要な『精霊と強い縁ある者』の遊城 十代とのデュエルが遠のく」

 

 やがてカミューラの懸念にタニヤとアビドス三世は理解を示す他ない。なにせ、次で刺客は3人目――もう、セブンスターズが殆ど半分になる。

 

 幻魔復活の為に十代をデュエルの場に引き出さねばならないことを思えば、早急に動き出さねばタニヤの言う通り痛い腹を暴かれ一網打尽の状況に陥りかねない。

 

「そう、他の条件を満たした人間を探そうにも私たちが知るのは、あのカイザーと互角と言われる藤原 優介だけ――でも、それじゃあ折角アイツらの卒業を待った意味がなくなるわ」

 

「ふっ、私としては強き戦士とのデュエルは望むところだがな」

 

「余らに唯一残された機会を思えば、懸念は晴らしておきたいところか……」

 

「ええ、あまり時間はかけられないわ」

 

 やがて、タニヤとアビドス三世へ幻魔復活の条件である「精霊と強い縁のある者」で「唯一手に届く」十代を手中に収める為の一手をカミューラは明かし始める。

 

「だから、電撃作戦よ」

 

 その計略の行きつく先は果たして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな計略など知る由もない今日も平和なアカデミアのフォース生用の教室にて、十代は長椅子にカードを広げて悩まし気な声を漏らしていた。

 

「うーん、どうすっかなー」

 

「遊城、エクストラデッキの方は見直さなくて?」

 

 そのデッキ調整をしている十代の背後から窺う形で胡蝶 蘭の提案が届くも、十代は困ったように頭をかいている。どうにも胡蝶 蘭の提案は素直に頷けない代物なのか、十代はおずおずと困った様子で言葉を零した。

 

「いや、そっちはあんまり変えたくなくって…………やっぱ、変えなきゃダメ?」

 

『HEROは色々種類が多いからね。調べるだけ調べてみるのもアリなんじゃないかな?』

 

「遊城に譲れないこだわりがあるのなら、わたくしはその意思をリスペクトしますわ。ただ、負けた理由に『それ』を使わないようにお気をつけになって」

 

「そんなことしないけど――でも、どこから手を付けりゃ良いんだ? おーい! 万丈目~! 電話まだ~!」

 

 そうして、デッキ調整――というよりはデッキを大きく変える「改造」を前に、明瞭な形が見いだせない十代は助けを求めるように己のライバルの名を呼んだ。

 

 

 

「――やかましいぞ!! まだだ!!」

 

 呼んだのだが、当の万丈目は通信端末片手に離れた位置で通話中の様子ゆえ、十代には怒声が返ってくるばかり。

 

 やがて、怒声を前に少しばかりしょぼくれた十代の姿に小さく「フン」と鼻を鳴らした万丈目は通話相手に謝罪しようとするが――

 

「すみません、正司兄さん。クラスメイトが煩くて――」

 

『構わん。交流すべき人間選びもお前が学ぶべきことだ』

 

 万丈目の電話相手こと、彼の兄「正司」は遠回しに苦言を呈して万丈目の謝罪を切って捨て本題に入る。

 

『それより準、今のアカデミアはどんな様子だ?』

 

「……? 特に変わりはありませんが……精々が学外から来たデュエリストのデュエルを見学する程度で……」

 

 だが、その問いかけの意図は万丈目には推し量れず、態々経済界で忙しくしているであろう兄の正司自ら連絡してきた事実に求められている情報が分からない万丈目は珍しく言葉に詰まった。

 

『…………………………神崎はどうしている?』

 

「あの男ですか? 特段変わった話は聞きませんが……そちら方面は長作兄さんの方が詳しいと――」

 

『なら構わん。兄者にも、そう伝えておく』

 

――この口ぶり、長作兄さんが知りたがっている?

 

 しかし長い沈黙の末に問われた内容の意図も理解できずとも、正司が長兄である長作の要請であることを漏らしたことに万丈目はどうにもキナ臭いモノを感じざるを得ない。

 

 長作が知りたい話なら当人が万丈目に連絡すれば済む話――いや、長作どころか正司でさえ、己の秘書か部下にでも確認を取らせれば良いだけのこと。

 

「何かあったのですか?」

 

『お前程度が気にすることではない』

 

「で、ですが、デュエルアカデミアのことなら俺にも力になれることがある筈です!」

 

『「気にすることではない」と言った』

 

 ゆえに、万丈目は一歩踏み込むが、正司は取り付く島もない。

 

「待ってください正司兄さん! 長作兄さん直々の話なんでしょう!? だったら――」

 

『――くどい! そもそも今のアカデミアにはお前の語った「理由」であるカイザー亮はいないんだぞ! 唯一肩を並べたとされる藤原 優介もだ!』

 

 だが、引き下がらなかった万丈目に対し、正司は厳しい口調でいさめた。

 

『お前が未だにアカデミアに在籍できているのは兄者の温情でしかない! ならば余計なことを考えている暇などない筈だ!! 違うか!!』

 

「そ、それは…………違いませんが」

 

『分かっているのなら()() ()()とでもデュエルして腕を磨いておけ!! 良いな!!』

 

 それは単なる論点のすり替え染みた代物だったが、語られた内容に反論する材料を持たない万丈目は答えに窮する他ない。実際問題、亮たちの卒業は万丈目にとっても得難い経験の喪失に等しいのだから。

 

 ただ、一つばかり引っかかった。

 

「……? 何故、十代が?」

 

 何故、正司が「十代を名指ししたのか」――その一点が。

 

 なにせ、万丈目の兄2人は双方共にデュエルなど門外漢だ。凡そのルール程度は把握しているだろうが、デュエリストの腕の良し悪しを戦績以外で見極める術は乏しい。

 

 それが成長の余地という見えない領域が大きい学生であれば、なおのことだろう。

 

『…………アレは神崎がかなり気にかけている――カイザー以上にな。恐らく何らかの逸材なのだろう』

 

 しかし、そんな当然の疑問に正司は僅かに言葉を濁して返した。その躊躇い振りは、本当は万丈目に話したくなかった様子が容易に伺える程である。

 

 なにせ、目利きに定評がある(と勘違われる)神崎は万丈目へさほど興味を示さなかったのだから正司も兄として面白くはないだろう。

 

『奴の目が確かである以上、存分に利用すべきだ』

 

「……俺はアイツを利用しようとは思えません」

 

 だが、それはそれとして「亮の代わりに十代を糧にしろ」とアドバイスを贈るも、「利用」との言葉へ僅かに嫌悪感を見せた万丈目を正司は鼻で嗤って見せた。

 

『フン、そんなもの所詮は建前だ。切磋琢磨などと言っても、知らずの内にお互いが利用し合う関係である事実は変わらん』

 

 財界という金こそが全てと言わんばかりの世界で生き抜いてきた正司からすれば、今の万丈目の姿勢など甘えでしかない。

 

 そんなことでは政界・財界・デュエルモンスターズ界を統べる万丈目帝国など夢のまた夢である。

 

『「利用」が嫌ならば『競争』でも『友好』でも好きに呼び名をつければ良い』

 

 ゆえに、万丈目を言いくるめるように正司は自論を述べた。

 

『準、お前も万丈目一族の人間ならば人であれ何であれ、上手く使え――話はそれだけだ。何かあれば連絡しろ』

 

 そして「どれだけ綺麗ごとを並べようとも結果を出せなければ意味がない」と言外に告げた正司は「これ以上、論ずる気はない」とばかりにブツリと通話は打ち切ってみせる。

 

 

 やがて携帯端末から響く規則的な機械音を前に、万丈目は立ち尽くす他なかった。

 

 

 

 

 

 暫くして、どう見ても通話中ではない万丈目へ駆け寄った十代の声に、万丈目は顔を向けるが――

 

「おっ、兄ちゃんたちとの電話終わったのか? なら、聞いてくれよ、万丈目~! デッキ改造なんだけど――――」

 

――こいつのデュエルの腕は認めるが、カイザー以上の素質など…………果たしてあるのか?

 

 アレコレとデッキの改修案に四苦八苦しつつも楽しそうに相談する十代の姿に、正司が語った程の「才」を感じられなかった万丈目は堂々巡りを始める思考を一旦止め、未だに語り続ける十代の主張も打ち切り、簡潔に返す。

 

「フン、碌にHEROデッキに触れたこともない俺の半端な意見を取り入れたところで、半端なデッキになって終いだ。自分で考えろ」

 

「えぇ~! ケチ~!」

 

『こいつは……こんなに十代が頼んでるってのに、アイデアの一つも出せないのかい?』

 

 その素っ気ない言葉を前にユベル共々不平不満を述べる十代だが、やがて「仕方がない」と自問自答に戻って行けば、そのやり取りを見守っていた胡蝶の言葉が響いた。

 

「なら、まずは遊城が自身のデッキへのリスペクトをより深めることから始めなさったら?」

 

「……つまり?」

 

「亮様は仰っていましたわ――『多くの出会いをリスペクトした時、道が開けた』と」

 

 さすれば、急に場の雰囲気を熱のこもったものに変えながら胡蝶は力強く素晴らしき亮の教え……もといリスペクトデュエルの精神を語り始めるが――

 

「そう! 己の中にデッキへのリスペクトの答えを見いだせないのなら、これまでの貴方の出会いをリスペクトし直して貰いましてよ! そこから貴方の新たなリスペクトの形を見出しなさい!」

 

『事あるごとに「リスペクト、リスペクト」と煩い女だ……』

 

「おぉ! なんかよく分かんないけどいける気がしてきた! おっしゃー! みんなで最強HEROデッキを考えるぜー!!」

 

 やがて、胡蝶のどちらかといえばLoveな熱気を「熱血」と取り違えた十代の新たなる旅路(小旅行)が幕を開ける。

 

 

 

 

 

「――万丈目も行こうぜ!」

 

――どう見ても唯のデュエル馬鹿にしか見えん。

 

 若干の呆れ顔を見せる万丈目を巻き込んで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな騒がしさが広がるであろうアカデミアを余所に、島の端の寮を拠点とする神崎は海岸から海へと石を投げ、その波紋と音に意識を集中させていた。

 

「水中には何もなし。空も聞いての通り何もなし――相手も何らかの方法で此方の情報を取っている筈だが……流石に送られた刺客(セブンスターズ)の任務失敗報告だけが情報源な訳ないだろうし」

 

 そう、これはソナー代わりの索敵。なんらかの方法でアカデミアの様子を探り十代を狙うカミューラを警戒しての行為だが、空を持ち前の視力で見上げた神崎の瞳には青い空と白い雲しか映らない。

 

 やがて憶測を交えて相手の出方を警戒する神崎だが――

 

「打って出れないだけで『こう』も弱いとは。力だけあっても出来ないことの方がやはり多いか」

 

 その本心は端的に言って「暇」だった。本来ならば教師は激務なのだが、高度に訓練され苛烈で過酷な環境に適合し、生き残ってしまった悲しい社畜である神崎にとってはもどかしい様子。

 

 ドブ川に慣れた魚は清流を生きられないとは誰の言葉か。

 

――まぁ、備えの為にこうして島くんだりで待機している訳なんだが……

 

「無為に過ぎるだけの時間が妙に勿体なく感じてしまう」

 

 やがて、原作の十代のように釣りに興じつつも社畜の鏡みたいなこと零しながら神崎の中の時間は、今までで最も穏やかな時を刻んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『G■チY、▼Cいデ●LD▼タZ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 デッキ改造の聞き込み旅に出かけた十代だが、やはりと言うべきか向かう足は古巣こと付き合いの多い友人たちの元へと向かっていた。

 

「えっ? ひ、ヒーローデッキのか、改造案? ……そ、そうだね。やっぱり融合召喚はて、手札消費が激しいから、み、見直すならその辺りかな? ど、どう思う小原くん」

 

「ああ、大原の方針で良いと思う。遊城のドローが凄いのは知ってるけど、手札に余裕があった方が戦略の幅は広がるし」

 

『まぁ、当然の部分だろうね。ただ、もう少し悩める十代のヒントになりそうなポイントが欲しいところだけれど』

 

「だよな! やっぱ基本は押さえとかねぇと――2人とも、ありがとな!」

 

 それは道すがら会ったラー・イエローで馴染み深い相手である大原、小原の2人からだったり――

 

 

「ん? 遊城、デッキ見直すの? んー、なら取巻みたいに《一族の結束》でも入れてみれば? 遊城のHEROって融合素材も融合体もパワー不足っぽいし」

 

「ハン! マティマティカプロに負けたのがそんなに悔しかったみたいだな! ……えっ、勝った!? ハァ!? トップランカーに!? ハンデありとは言え!? その話、詳しく聞かせ――待て遊城! って、放せよ、慕谷! 俺は真実を確かめ――」

 

「邪魔しちゃダメだぞ取巻~」

 

『ボクとの兼ね合いが悪過ぎるじゃないか。却下だね』

 

 万丈目と縁のある慕谷と取巻だったり――

 

 

「ゲッ、フォース生!? ……の方々」

 

「流石に失礼ですわよ、ジュンコさん」

 

『なんだい、随分と失礼な女だな……』

 

「えっ? 俺、なんかした?」

 

 明日香を探すついでに出会った女子ラー・イエローのジュンコとももえに遭遇するも、思わぬ反応に面食らったりする十代。

 

「えーと、なんでもないことはなくても、別にアンタが悪いって訳じゃなくて――」

 

「オホホ、ジュンコさんは昔フォース生の方の圧に押されて以来、勝手に苦手意識を持っておりますの」

 

「……? でもフォースの天上院と友達なんだよな?」

 

 ももえから過去の小日向との一件を連想したジュンコの引き気味な対応の真相を伝えられるも、残念ながら十代にはピンと来ていない様子。

 

「勿論ですわ! 明日香様とわたくしたち2人は親友ですの!」

 

「……なら何で? まぁ、良いや。じゃあ天上院を見かけたら俺が『デッキのアドバイス欲しい』って探してたこと伝えといてくれよな~!」

 

 それゆえか、アッサリ流して要件を伝えた十代は新たなアドバイス相手を探して万丈目と胡蝶を連れて駆けていく。

 

 

「シニョールのデッキィーノ、改善点でスーテ? オホン、それを様々な方法ゥーデ導き出すノーガ、シニョールの成長に繋が――って、待つノーネ! 話は終わってナイーノ!」

 

 その先で会ったクロノスから助言を貰おうとするも、話が長くなりそうだったのでエスケープした十代たちだったが――

 

 

「話は聞かせて貰ったよ、十代くん! このラッキーカード《ブランチ》がキミのところへ行きたがってる!」

 

「遊戯さん!」

 

 遊戯もとい神楽坂との遭遇にその足を止める十代。

 

『「行きたがって」って、自意識どころか生物なのかすら怪しいカードじゃないか』

 

「ハハン、こいつがあれば融合体がバトルで破壊されてもHEROがフィールドに残り、更にはキミのデッキの核となる《切り裂かれし闇》のドロー効果にも繋がるぜ!」

 

 さすればユベルのツッコミを余所に神楽坂がオススメ理由を交えつつアドバイスする中――

 

「でも戦闘破壊された時の《ブランチ》じゃ《切り裂かれし闇》のドロー効果は使えなくってよ?」

 

「ゆ、遊戯さん!?」

 

「見るな……! そんな目で俺を見るな!!」

 

 胡蝶からの訂正に「憧れの遊戯さんムーブ」の失敗を悟った神楽坂は、十代からの責めるような視線(気のせい)に耐えられない様子で後ずさる。

 

『まぁ、ボクの邪魔にならない点は評価してあげても良いかな』

 

「――うぁわぁぁああぁあああぁあああ!!」

 

「――か、神楽坂!!」

 

 やがて涙ながらに背を見せ走り去る神楽坂を十代は咄嗟に追いかけようとするが、その歩みは立ちふさがった2人の人物によって止められた。

 

「アニキ、今は行かせて上げるっス……」

 

「武士の情けだドン」

 

「お、おう」

 

 かくして、(多分)尊い犠牲を余所に話を聞きつけた十代を「アニキ」と慕う翔と剣山が話題を変えるように「力になりに来た」とばかりに親指を立てれば――

 

「それよりアニキ! 話は聞かせて貰ったっス! 僕もアニキの力になりに来たっス!」

 

「抜け駆けは許さないザウルス! オレもだドン! アニキ!」

 

「おっ、2人とも助かるぜ! じゃあ先に――」

 

 我先にと十代に詰め寄る2人。

 

「お先だドン! HEROデッキのパワーアップなら先人に頼るのが一番ザウルス! プロには『属性HERO』ってのを使うお人がいるドン! これなら――」

 

「あっ、悪ぃ剣山。エクストラデッキはそのままにしてぇんだ」

 

「!? な、なんでだドン!?」

 

 だが、競り勝った剣山の「餅は餅屋」理論からなる助力は他ならぬ十代によって一瞬にして両断された。

 

「……ハァ~、分かってないっスね、剣山くんは! 緩い融合素材より、決まった融合素材の融合体の方が特別感があるんスよ――これ、融合使いには常識っス! ねぇー! アニキ!」

 

「……そういう丸藤先輩も『ロイド×5体』みたいな緩い融合素材の融合体、使ってるドン」

 

「 ボ ク の フ ェ イ バ リ ッ ト は 違 う か ら 良 い ん ス !!」

 

 一瞬で撃沈した剣山を嘲笑うかのように翔が鼻高々に語るも、ボソッと呟いた剣山を黙らせる翔だが――

 

「あっ、悪ぃ翔。俺、他のHEROも特別でカッコいいと思ってるんだ」

 

「!? じゃ、じゃあ何で『緩い素材の融合体』使わないんスか!? 何枚かあった方が絶対便利っスよ!?」

 

 此方もバッサリ両断されそうになる事態に翔は慌てて理由を問えば、十代は自分のHEROの強みこと自慢の部分を得意げな様子で語り始めた。

 

「いや、だって属性HEROって、みんな『バトルに関する効果』だろ? 確かに俺のデッキの融合HEROはパワーじゃ押されるかもだけど、その分『色んな状況』に対応できるんだ」

 

「……つまり、どういうことっスか?」

 

 そう、「〇属性+HERO」で融合される所謂「属性HERO」にはなく、十代が使うHEROたちにあるもの――それこそが、効果の多様性。

 

 とはいえ、突然そんなことを言われても翔が首を傾げるようにピンと来ないだろう。

 

 しかし、そんな翔の疑問は新たな4名の来訪者たちによって紐解かれた。

 

「ふふっ、『ダイレクトアタックする融合HERO』なんて坊やのセイラーマンくらいなのよ、坊やたち」

 

「……ライフを回復する融合HERO……スチーム・ヒーラーのみ……」

 

「おっ、藤原に、レインも! そうなんだよ! 俺のHEROの『こいつらなりの強み』があるんだぜ!」

 

 そう、相手の厄介なモンスターを処理できないが、ダイレクトアタックさえ決められれば勝てる状況や、

 

 初期ライフが4000ゆえに、即死ラインを大幅に更新できるライフ回復が活きる状況などは決して珍しくもない。

 

 それらはシンプルなカードパワーでは勝っている属性HEROたちといえども手が届かない部分なのだ。

 

「確かに突破力と、対応力の両者の強みは別物ザウルス……まさに一長一短だドン」

 

「それに遊城くんのデッキには『指定した融合素材』を要にしたサポートカードも多いわ。まぁ、それでも1、2枚くらいは採用を考えても良いとは思うのだけれど」

 

「ほ、本物の明日香さんだ……」

 

 そうして、明日香が引き継いだ解説を加えて更に納得を見せる剣山を余所に、翔は学園のアイドルと名高い明日香と間近に接せれてかデレデレするのに忙しい様子。

 

「ハァ、丸藤先輩は鼻の下伸ばして……アニキの前で情けないとこ見せないで欲しいザウルス――って、聞こえてないドン」

 

「うーん、でもさ天上院、そのせいで手札のサポートカードが腐るのもイヤなんだよなー」

 

『融合してればエクストラデッキは減っていくからね。攻め時に足ふみしかねない可能性を考えれば、ボクは十代の意見に賛同だよ』

 

 やがて、明日香からのワンポイントアドバイスを前に十代が悩まし気な様子で頭を捻る中、今まで沈黙を守っていた原 麗華が聞くべきか否かを躊躇した後、不思議そうに切り出した。

 

「……素朴な疑問なんですが、だったら遊城さんは何故『ガイ』シリーズを使わないんですか?」

 

「……?」

 

「そういえば、そうザウルス。アニキのデュエル映像、見まくったけど使ってるとこ見たとこないドン」

 

「なっ!? デュエル映像を!? そんなの出来るんスか!?」

 

「大原先輩に教えて貰ったザウルス! まさか丸藤先輩、知らなかったドン?」

 

 当の十代が原 麗華の質問の意味の段階で首を更に傾げるのを余所に、剣山と翔のマウント合戦が再び幕を開く中――

 

「……確かに……疑問……」

 

「……? なんの話してんだ?」

 

「フレイムウィングマンと同じ素材で別の融合HEROを呼び出せるんです――昔は『それこそがE・HEROの特徴』とすら言われていた時期もあるくらいで……」

 

「それって属性HEROのことだろ?」

 

 やがて、原 麗華から問いかけのベースの部分を聞くも、「緩い融合素材のHERO」だと判断した十代の誤認を原 麗華は訂正してみせる。

 

「いえ、別口です。代表的なものはフレイムウィングマンと同じ融合素材を指定するフェニックスガイになりますね」

 

 そう、これは原作GXでも設定だけは存在するが、該当するものが公式アニメで2枚しか紹介されていない悲しきシリーズだ。多分、公式(K〇NAMI)は存在を忘れてる。

 

「し、知らねぇ……」

 

「遊城、貴方って人は……」

 

『いい加減にしろよ、お前ら! 世界にどれだけの種類のカードがあると思ってるんだ! 見落としくらい出て来て当然じゃないか!』

 

 そして代表して呟いた胡蝶の「HERO使いなのに知らなかったの?」と言わんばかりの周囲の面々(一部除く)も合わさった視線が十代に突き刺さる。

 

 そんな中、ユベルが懸命に十代以外に届かぬ援護をすれば偶然にも場の雰囲気を変えようとした明日香がパンと手を叩いて注意を集めつつ建設的な方向へと舵を切った。

 

「ま、まぁ、これで遊城くんのエクストラデッキの補強の目途も立ったんじゃないかしら? 後でみんなに連絡して持っている人がいないか確かめてみましょう――もし、なくてもアカデミアの情報網なら探し出せる筈よ」

 

「思わぬ形でアニキのエクストラデッキが強化されたザウルス――くっ、まさか原先輩にアニキ助けで遅れを取るとは思ってもみなかったドン……!!」

 

「……麗華、すごい……」

 

「なんで本人じゃないのにドヤってるんスか……」

 

 やがて、なんか悔しがる(自称)弟分2人のやり取りの中、明日香によって纏められた助言を得て、十代たちは再び新たな出会いを求めて駆けだすこととなる。

 

 とはいえ、そんな十代たちを見送る明日香たちを余所に追従する(自称)弟分たちという新しいメンバーが追加されたが――栓無きことであろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 携帯端末に届いたメッセージを受けた神崎は懐から取り出したデッキケースを手に、デッキ調整とばかりに手品よろしく袖からカードを出しつつ、吟味を始めていた。

 

「HEROデッキか――やはり属性HEROの採用が手っ取り早いと思うが……遊城くんらしさが消えてしまっては本末転倒だろうし」

 

 さすれば、質量保存の法則を無視して次々と袖から出ては消えていくカードの山を余所に「十代のHEROデッキ改」を試し組みしつつ、発展パターンを模索していく神崎だが、ふとその手が止まる。

 

 そう、ただパワーカードで強化すれば良いという話ではない。

 

「【ブルーアイズデッキ】を【ドラゴン族グッドスタッフ】にしてデッキパワーが上がったとしても、海馬社長の本来の実力が出なくなる世界観な訳で」

 

 なにせ遊戯王ワールドにおいてデュエリストとカードの親和性は決して無視できない代物。

 

 原作GXでもヘルカイザー亮から裏サイバー流のカードを受け継いだ翔が、親和性の要であろう「カードが望む道」に気づくまでは「デッキが上手く回らない」と語っていたことからも明白であろう。

 

 ゆえに、方向性を再度思案した神崎が一先ずの完成形を思い描けば、再び袖から出し入れされるカードがデッキに投入される中――

 

「《切り裂かれし闇》を主軸に補助していくのがベストなのだろうが……やはりエクストラデッキのピーキーさが課題か」

 

「神崎さーん! 相談があるんだけどー!」

 

「はい、話は聞いていますよ」

 

 件の人物であろう十代の声に手を止めた神崎は、何食わぬ顔で彼を出迎えるのだった。

 

 

 

 

『●書KンにいR▲にAンまL■く9D▼』『K▼で■TタZの●K▲め!』『●Kてバ▲Rデ■ニ7Rなイ?』『だ■T▼メDもン7』

 

 

 

 

 

 

 やがてアカデミアを一通り回り終えた十代たち。ただ、そんな十代の珍道中に付き合った万丈目の脳裏に蘇るのは――

 

――今日の天上院くんは、どうも機嫌が良かったな。何かあ――いかん、いかん。正司兄さんに釘を刺されたばかりだというのに俺は……!

 

 何処か普段よりも機嫌が良かった明日香の姿。だが、すぐさま頭を振った万丈目は緩んだ己の芯を締め直す。

 

 そんな万丈目の苦悩を余所に、色々回ったゆえに空いた小腹を満たすべく購買部で得たドローパンという戦果を腹に収めた十代はなんとなしに言葉を零した。

 

「いやー、みんなから色々アドバイス聞いたけど――余計こんがらがって来たぜ!!」

 

「アニキなら大丈夫っスよ!」

 

「みんなの意見の対立が問題ザウルス……あっちを立てれば、こっちが立たずだドン」

 

 そんな一見すれば情けないような発言にも翔と剣山のアニキフィルターは健在の様子。

 

「おう、2人もありがとな! ……あっ、忘れてた。胡蝶先輩は俺のデュエル、どんな感じだった?」

 

「わたくしはデッキそのものより、遊城のタクティクス面が気になってよ。上手くは言えませんが……先日のプロとの苦戦と決して無関係とは思えませんわ」

 

 やがて、アニキ分からの礼にわいのわいのする翔たちを他所に十代は此処まで付き合ってくれた胡蝶にあらためて己のデュエルの在り方を問えば、返って来たのは今までとは異なり何とも抽象的な話。

 

 ゆえに、やっぱり「うーん」と十代の中でこんがらがった感覚が増していくばかりだ。

 

『苦戦はしたけど十代に大きなミスはなかった筈だけど……』

 

「おや、珍しい組み合わせだな」

 

 しかし、此処でキャリーバックを引く音と共に馴染み深い声が届いた。

 

「三沢か」

 

「おっ! 久しぶり!」

 

「久しぶりだドン、三沢先輩!」

 

「三沢くん、いたの?」

 

「ああ、久しぶり。最近は、学外の大会に顔を出していてな。顔を合わせる以前の問題さ」

 

 やがて万丈目たちから「久しぶり」と意味を含んだ声に来訪者たる三沢は、公欠扱いになっていたとはいえ、アカデミアにいなかった旨を明かせば「なんか面白そうな外出」とばかりに十代が食いつくが――

 

「えぇ~! なんだよ、それ! 俺も誘ってくれよ~!」

 

「残念だがフォース生の予定を崩せる程の大会じゃなかったんだ。すまないね」

 

「ところで、なんの集まりなんだ? 胡蝶先輩の恋愛相談という訳でもなさそうだが……」

 

 やんわり実力差の問題を告げつつ三沢は珍しいメンバーの集合したこの場に話題を移した。

 

「遊城がデッキを見直したいから、と意見を募っているところでしてよ」

 

「ああ! マティマティカとのハンデデュエルで苦戦しちまってさ。なんとか勝てはしたんだけど、こう、なんて言うか『課題』って言うの? が見つかった気がして」

 

「見つかっとらんではないか」

 

 そうして、十代なりに己の殻を破ろとした旨を明かすが、残念ながら万丈目の言う通り解決策どころか「課題」の段階で迷子だ。

 

「まぁ、そう言ってやるな、万丈目。他のプロならまだしもマティマティカが相手なら十代も普段通りにデュエル出来なかったんだろう」

 

「そうなんだよ~――って、なんで分かったんだ?」

 

「マティマティカはプロの中でも、かなり特殊なスタイルだからな」

 

『どう考えたって、こっちのモンスターしか使わない奴なんて少数だろうさ』

 

「どう説明したものか。そうだな……十代はデュエルであまり悩んだことはないだろ?」

 

 だが、久しぶりの再会だと言うのに十代の悩みの核の部分を凡そ察している様子に大きく興味を見せた十代へ、三沢は少し言葉を探す素振りを見せた後に口を開けば――

 

「ああ! そんなにないぜ!」

 

「その決断力ある十代の実力の根底は『経験則』から来ているんだ。多くのデュエリストとデュエルした経験全てが十代の血肉となっている。だから、咄嗟の状況でも直ぐに対応できるし、相手の隙が感覚的に察知できる」

 

 アカデミアで一番近く、そして長く十代を見てきた三沢の視点からの「デュエリスト遊城 十代」像が語られた。

 

「だが逆を言えば、『経験していない』もしくは『経験が大きく不足している』状況だと本来の実力を発揮できない」

 

「……おう?」

 

「他人に自分の理解度で負ける奴があるか」

 

『自分のことだからこそ、見えない部分があるのが分からないのか?』

 

 しかし、三沢の説明でさえも十代は首を捻るばかりの姿に流石の万丈目も呆れ顔だ。

 

「(け、剣山くん、話についていけないっス)」

 

「(やっぱり話の分かるブルー生徒は一味違うドン)」

 

「違うぜ、万丈目! 三沢は親友さ!」

 

 やがて、十代と同様に三沢の説明に付いていけない弟分たちの小声のやり取りを余所に、十代からズレた返答がなされる中、三沢は切り口を変えて続けた。

 

「はは、ありがとう――ただ、俺の見立てではたとえトッププロのマティマティカが相手であっても十代なら互角に渡り合えると思っている」

 

「いや~、それ程でも~」

 

「調子に乗るな。現実は互角ではなかったではないか」

 

「とはいえ、『本来の実力が出せていれば』との注釈が付くがな」

 

 さすれば、調子に乗せられた十代へ厳しく苦言を告げた万丈目を常は「言い過ぎだ」といさめる三沢だが、今回は珍しく注釈を入れて肯定してみせる。

 

「恐らく、先生方も十代のその辺りを補強する為に、マティマティカに来て頂いたんだろう」

 

「そうなのか?」

 

「ああ、カイザーの卒業デュエルの時に俺から見てもハッキリしていた部分だったからな」

 

「何故だ? 俺の目には十代に大きなミスはなかったと思うが……」

 

 そうして、彼らからすれば少しばかり過去の一戦を振り返る三沢。

 

 とはいえ、万丈目からすれば十代にミスらしきミスはなかった記憶であり、マティマティカ戦を経た今回の話とは「流石に無関係では?」と判断していた。

 

 だが観察・解析能力に秀でており、更に十代の情報が一番手に入る状況だった三沢は指を1本立てて万丈目に問いかけた。

 

「なら聞くが、万丈目。十代とデュエルして《ユベル》のカードをどのくらい見た?」

 

「…………1度もない」

 

「そう、十代にとって《ユベル》のカードは特別ゆえに、登場の機会も少ない。つまり『ユベル主体の戦法の経験が不足している』『未だ発展途上』の部分が多いんだ」

 

 それが《ユベル》のカードのデュエルでの使用頻度。主戦力のHEROと比較すれば、やはりどうしても劣る。「その僅かな使用感の差」は強敵ほどに致命的だった。

 

「ある程度までなら感覚的に埋められるかもしれないが、極限状態での咄嗟の判断はどうしても他より僅かに劣る。その隙を見逃すカイザーじゃない」

 

「……じゃあ俺のせいでユベルは力を発揮できなかったってことか?」

 

『そんなことないよ、十代! あのデュエルはカイザーの読みが異常だっただけさ!』

 

「いいや、感覚を研ぎ澄ませ続けた十代の今までは間違っていない――ただ、次のステップに進む時が来ただけさ」

 

 やがて、十代は過去の一件より無意識レベルにデュエルでの使用を控えていた事実に己を責めるが、三沢は首を横に振って否定する。なにせ、これはあくまで「亮との卒業デュエルの部分」だ。

 

 マティマティカとのデュエルではシンプルに「相手が何をしてくるか予測どころか予想もつかなかったゆえに経験値不足から対応が遅れた」話なのだから。そう、簡単に言えば――

 

「フン、ようするに『もっと頭を使え』ということだ」

 

「えぇ~! また、其処に戻るのかよ~!」

 

「お、オレも力になるドン! アニキ!」

 

「ぼ、僕もっス!!」

 

 万丈目からの端的な指摘に今度は別の意味で頭を抱える十代たちなのであった。とはいえ、知識方面は弟分たちも得意分野という訳ではないのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 そんな最終的に学生らしい悩みに着地した十代たちを余所に、神崎は携帯端末を手にコブラからの連絡を受けていた。

 

「はい、了承しました。3人目のセブンスターズの挑戦の知らせが来たと。では、此方も対応を――」

 

 それは新たなセブンスターズの襲来を知らせる闘いの火蓋の足音。そして――

 

 

『Dロ●Pア▼10B■1にハ▲LでJ●なノ■N』『10こL●JBコ■Kに▲RたクNか▼たL■MてK▲シR!』『このK■を●KレB10ノ▲イFハ!?』『A2▲ハ●けナい▼ス』『S●D■ン! ▼2Kの●化はK▲かR▼L■!』『■Kてバ●かで▲ニなRな1?』『D▼て■Mダ0んN▲!』『●G10モM■といU▲でハ7▼Uダ』『M▲9ン1●ノ?』『Z●とイT!』『ヤK▲CぞK■ラ!』『■CKウN●たラT■▲にヤ▼10やLぜ』『1▲TクケD40■なイ●TちハKナL▼いZ!』

 

 

 耳鳴りのように響き続け始める不協和音染みた声。

 

「…………流石に疲弊も出てくるか」

 

 そのもはや不快な音の羅列と呼ぶに相応しい異音に、いつもの張りつめた笑顔に精神的な疲れが見え始める神崎。

 

 リスクのない作戦とはいえ、「7人抜き出来た方が絶対に良い」という確実に存在するプレッシャーに神崎は参った様子で己の額に手を当てる他ない。

 

「後5人、なんとか保ってく――」

 

 だが、そうして()()()()()()()()()()()神崎の背後から突如として襲撃者が大地を踏み砕けば――

 

「――ん?」

 

 神崎が背後に意識を向けたと同時に腕に巻き付いた鎖によって森の方へと凄まじい力で引き寄せられる始末。

 

 普段ならば力勝負に滅法強い神崎だが、地面が砕けたゆえ一瞬ばかり宙に浮いた神崎に逃れる術はない。

 

 とはいえ、直ぐに足で地面に杭を打つ形で神崎は止まるのだが、先手を取られた事実に変わりはなかった――それに加え、腕に巻き付いた鎖が伸びる先の森の木々に紛れた相手の出方すら分からない始末。

 

 

 そう、どうにも此度のセブンスターズは一筋縄ではいかない様子である。

 

 






ガチ対応にはガチ対応をぶつけるんだよォ!!



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第282話 TURN-282 輝け! シャイニング・フレア・ウィングマン




前回のあらすじ
遂に動き出したカミューラ!

果たして神崎は十代を守り切れるのか!





 

 

 

 いつもの学び舎から離れた森の中、携帯端末を見ながら先頭を行く十代の後に続く万丈目と明日香だったが、痺れを切らしたように万丈目が苛立ち気な声を漏らした。

 

「おい、十代。本当に方角はあってるのか?」

 

「んー、メッセージの地図ではこっちにデカい広場があって、そこで神崎さんが待ってるって話だけど……」

 

「珍しいわね。いつもは直接連絡してくるのに」

 

 そう、彼らは「3人目のセブンスターズが来た」との連絡を受け、デュエル見学の為に神崎から指定された場所に赴いている最中である。

 

 とはいえ、場所の問題か、十代のナビの問題か、それとも携帯端末に送られた地図の問題か、目的地までの道のりは順調とは言い難い様子。

 

「全く、こんな森の奥を試合場所に選ぶとはセブンスターズも面倒なことをしおって」

 

「そうか? 俺は今度もどんなデュエルなのか楽しみで仕方ないぜ!」

 

 やがて、万丈目の愚痴を背に十代たちが木々の先を抜ければ、十代たちの視界に広がるだだっ広い広場。

 

 オシリスレッド寮どころか、豪勢なオベリスクブルー寮すら余裕で収まる程の立地面積である。

 

「おっ、此処かぁ――って、なんかデッケー塔いっぱい建ってるじゃん!? なにこれスゲー!」

 

「アカデミアにこんなところがあったとはな……」

 

「一体なんの施設なのかしら? それに神崎さんもいないようだけど?」

 

 やがて、周囲に幾つも立つ巨大な杭のようなモニュメントの1つにバシバシ触れる十代を余所に肝心の神崎たちがいない事実を明日香が告げれば――

 

「そういや、そうだな。道にでも迷ってんのかな?」

 

「もしくは貴様が場所を間違えたか、だな」

 

「えぇー!? そんな筈は……」

 

「送られた地図 見せてくれる?」

 

 この手の行動に信用がないのか万丈目からの苦言に、心配になり始める十代。

 

 だが、一同が携帯端末に表示された地図に集まろうとした時、空から響くように声が落ちた。

 

「ようやくお出ましのようね」

 

「!? なにっ!? コウモリの群れ!?」

 

 同時に周囲の森から小さなコウモリたちが雨霰と飛び出し、明日香たちを通り抜けて広場の中央に集まっていく。

 

 やがて、集まったコウモリが黒い霧となって消えていく中、その霧の中より深紅のドレスに身を包んだ緑の長髪の女――カミューラが現れた。

 

「ようこそ、赤き闇への道へ」

 

「フン、随分と派手な演出だな……」

 

「おぉ! 次の相手はマジシャンなのか!?」

 

「私はセブンスターズのヴァンパイアの貴婦人――『カミューラ』」

 

「ヴァ、ヴァンパイア!? マジで!?」

 

「馬鹿者、役作りの一種に決まっとるだろうが」

 

「兄さんみたいにエンターリーグの人なのかしら?」

 

 そうして、ド派手な登場にテンションを上げっぱなしの十代へ軽く挨拶を済ませたカミューラは万丈目たちのやり取りを無視して黄金のコウモリの翼のようなデュエルディスクを構えて見せて告げる。

 

「招待状どころか歓迎の準備すらなくて申し訳ないけど、早速デュエルを始めましょう」

 

「あっ、待ってくれよ。神崎さ――じゃなくて、デュエルする先生がまだ来てなくってさ」

 

「申し訳ないけど少し待って貰えませんか?」

 

 とはいえ、セブンスターズとのデュエルをアカデミア側が許可していない以上、十代と明日香たちからすれば、カミューラには待って貰う他ない。

 

 ゆえに、軽くお喋りでも――との十代たちの姿勢にカミューラは小さく苦笑を浮かべた。

 

「残念だけれど、待ち人は来ないわ」

 

「えっ?」

 

「……なんだと? まさか貴様、セブンスターズではないのか?」

 

「いいえ、セブンスターズよ。ただ、貴方たちの先生は忙しいんですって」

 

 そうして告げられる「神崎は来ない」との言葉に眉をひそめた万丈目だが、とぼけるように薄く笑みを浮かべるカミューラの言葉に、明日香が十代の手の携帯端末へと思わず視線を向けた。

 

「まさか、このメッセージって……偽物?」

 

「貴様、教諭に何をした……!」

 

「さぁ、今頃は他のセブンスターズとデュエルしてるんじゃないかしら?」

 

 さすれば、万丈目たちへ誤魔化す気もなくしたカミューラは罠にかかった獲物である彼らへ今度は分かり易く嘲笑を向けた後、デュエルの相手を物色するように己の指を向ける。

 

「だから、私の相手は貴方にして貰うわ――遊城 十代、貴方にねェ!!」

 

「えっ、俺?」

 

「おい、十代! 逃げるぞ!」

 

「えっ? なんで?」

 

「コブラ校長の話を忘れたの!」

 

 やがて、未だに事情が呑み込めていない十代の背を叩いた万丈目が先行し、カミューラから離れるように即座に駆け出した。

 

 なにせ、コブラが明言しなかったとはいえ「不審な点がある」との話は明日香たちも聞いている。

 

「逃がす訳ないでしょう! 始めましょう! 闇のデュエルを!!」

 

「や、闇のデュエル!?」

 

「止まるな! 直ぐに他の教諭たちに連絡を――おごっ!?」

 

「なに止まってんだよ、万丈目!」

 

「待って遊城くん! これって――見えない……壁?」

 

 だが、先頭を走っていた万丈目が何もない空間で何かにぶつかり身体を痛める姿に十代の足が思わず止まる。

 

 そして明日香が虚空に手を当て「透明な壁」を認識すれば、せせら笑うカミューラの声が響いた。

 

「残念だけど、一度始まった闇のデュエルを止める術はないわ」

 

 そう、既に闇のゲームは――闇のデュエルは始まっている。

 

 快晴だった筈の空は淀んだ黒い霧に覆われ窺えず、息も詰まるような重苦しい雰囲気が辺りを包み込んでいた。

 

「それでも勝負しないのなら『デュエルの意思なし』と判断され『貴方の負け』ってことになるけど――『負けた時どうなるか』なんて流石に言わなくても分かるわよね?」

 

「くっ……! 仕方あるまい! 下がっていてくれ、天上院くん! 俺が直ぐにケリをつける!」

 

「待って、万丈目くん。私だって――? デュエルディスクが開かない?」

 

「整備不良とはらしくないな。だが、此処は俺に任せて……まさか俺のデュエルディスクも!?」

 

 かくして「最悪の可能性」をチラつかせたカミューラに腕に覚えのある万丈目が一歩前に出るが、続いた明日香の闘志にも反して2人のデュエルディスクは沈黙を守ったままだ。

 

 そんな2人の困惑の表情に嗜虐的な笑みを浮かべたカミューラは己のデュエルディスクに手を当てながら告げる。

 

「悪いけど闇のデュエルのフィールドに貴方たちが立つことは叶わないわ。選ばれたのは遊城 十代! 貴方なのだから!」

 

「へへっ、望むところだぜ! むしろセブンスターズとデュエルできるんなら願ったり叶ったりさ!」

 

 挑まれた勝負にようやく状況を呑み込んだ十代が、そのデュエルディスクを展開すれば見守る他ないと悟った万丈目たちは声援を送る。

 

「油断するなよ、十代! コブラ校長が『俺たちがデュエルするべきではない』と判断した相手だ! カイザーレベルだと思って行け!」

 

「『闇のデュエル』がなんなのかは分からないけど、『デュエル』であるなら十分に勝機はある筈よ! 落ち着いて!」

 

「では始めましょう! 闇のデュエルを!」

 

 

 

「 「 デュエル!! 」 」

 

 

 かくして、周囲に重苦しい空気が物理的にデュエリストを襲う中、想定しうる限り最悪の状況で闇のデュエルの幕が開いた。

 

 

 

「私の先攻! ドロー! 魔法カード《汎神の帝王》を発動し、『帝王』カードを捨てて2枚ドロー! 更に墓地の《汎神の帝王》を除外し、デッキから3枚の『帝王』カードを選択――坊やが選んだ1枚を手札に加える!」

 

「全部同じじゃん!」

 

「ふっ、当然どれを選んでも同じよ! 魔法カード《手札抹殺》でお互いは手札を全て捨て、その枚数分ドローよ!」

 

「だけど、俺の墓地に送られた装備魔法《妖刀竹光》の効果でデッキから『竹光』カードを手札に加えさせて貰うぜ!」

 

 かくして、一気にデッキを回したカミューラを余所に十代の足元に突き刺さった禍々しい気を感じさせる竹光が地面に沈んで行けば、そこより黄金に輝く竹光が現れるも――

 

「ふっ、お好きになさいな――魔法カード《時を裂く魔 瞳(モルガナイト)》発動! このデュエル中、私は手札のモンスター効果を発動できない代わりに、通常ドローと通常召喚を2度行える!!」

 

「なっ!? そんなのありかよ!?」

 

「ルールに介入するカードですって!?」

 

「ヴァンパイアという割にアンデット族ではなく、アドバンス召喚を主体にしたデッキなのか?」

 

「さぁ、行くわよ! 墓地の《もののけの巣くう祠》を除外し墓地のアンデット族1体――《ゴブリンゾンビ》が復活!!」

 

 鐘の音が響く空間に、墓から腕を突き出しながら這い出たのは生皮が剥がされ骨と筋肉が剥き出しのゴブリン――とはいえ、短剣を構える姿に生前の面影は感じられず、今や異形の化物だ。

 

《ゴブリンゾンビ》守備表示

星4 闇属性 アンデット族

攻1100 守1050

 

「更に魔法カード《トランスターン》を発動! 《ゴブリンゾンビ》を墓地に送り、レベルの1つ高い《ヴァンパイア・ロード》をデッキから特殊召喚!!」

 

 《ゴブリンゾンビ》が己の短剣を自らの心臓に突き刺せば、飛び散った血飛沫諸共その身の全てを高貴なるヴァンパイアの贄とする。

 

 だが、飛び散る血飛沫を巻き立て現れた仕立ての良い黒のタキシードにマントを羽織った青髪の若きヴァンパイアは《ゴブリンゾンビ》の亡骸をゴミのように踏みつけ降り立った。

 

《ヴァンパイア・ロード》攻撃表示

星5 闇属性 アンデット族

攻2000 守1500

 

「くっ、やはり【ヴァンパイア】デッキか……!」

 

「気を付けて遊城くん! 【ヴァンパイア】デッキは、その不死性が厄介よ!」

 

「まだよ! 《ゴブリンゾンビ》が墓地に送られたことでデッキから《ヴァンパイアの幽鬼》を手札に! 更に墓地の《馬頭鬼》を除外し甦れ! 《ヴァンパイアの使い魔》!」

 

 《ゴブリンゾンビ》の死骸で汚れた靴に顔をしかめる《ヴァンパイア・ロード》の傍らに、黒き影で出来た数多のコウモリたちが家臣の如く飛び回り、転がった死骸を綺麗に平らげていく。

 

《ヴァンパイアの使い魔》守備表示

星1 闇属性 アンデット族

攻 500 守 0

 

「墓地から蘇った《ヴァンパイアの使い魔》の効果! 私のライフを500払うことでデッキから『ヴァンパイア』モンスターを手札に!」

 

カミューラLP:4000 → 3500

 

「そして《ヴァンパイアの幽鬼》を通常召喚!」

 

 黒のローブに身を纏った黒髪の若きヴァンパイアが《ヴァンパイア・ロード》にかしずく中――

 

《ヴァンパイアの幽鬼》攻撃表示

星3 闇属性 アンデット族

攻1500 守 0

 

「その効果によりフィールドの《ヴァンパイアの使い魔》を墓地に送り、デッキから《ヴァンパイアの眷属》を墓地へ! 更にデッキから《ヴァンパイア・グリムゾン》を手札に加える!」

 

 《ヴァンパイアの幽鬼》の手元に集まっていく《ヴァンパイアの使い魔》たちが握りつぶされると同時に、《ヴァンパイアの使い魔》たちは血をぶちまけ新たな贄となる。

 

「まだよ! 墓地の《ヴァンパイアの眷属》の効果! フィールドの《ヴァンパイアの幽鬼》を墓地に送って自身を復活! そして効果によりライフを500払って『ヴァンパイア』魔法・罠カード1を手札に!!」

 

カミューラLP:3500 → 3000

 

 やがて《ヴァンパイアの幽鬼》はその身体を黒き霧状と化せば、再構築されるように身体の半分が影で覆われた白猫へと変貌し、《ヴァンパイア・ロード》の足元で喉を鳴らしてみせていた。

 

《ヴァンパイアの眷属》攻撃表示

星2 闇属性 アンデット族

攻1200 守 0

 

「な、なんだこれ……アイツの手札が全然減らねぇ……!」

 

「ビビるな十代! 盤面自体はそう脅威ではない!」

 

「最後に《時を裂く魔 瞳(モルガナイト)》で2度に増えた召喚権で《ヴァンパイア・グリムゾン》をアドバンス召喚――カードを2枚伏せてターンエンドよ」

 

 数多のヴァンパイアたちが現れては消える中、最後に《ヴァンパイアの眷属》の身体がメキメキと異音を上げながら肥大化し、弾けた先より深紅のローブを纏った灰髪のヴァンパイアが現れる。

 

 やがて、巨大な大鎌を影より取り出し肩に担いだ後、《ヴァンパイア・ロード》へ忠誠を誓うように膝をついた。

 

《ヴァンパイア・グリムゾン》攻撃表示

星5 闇属性 アンデット族

攻2000 守1400

 

 

カミューラLP:3000 手札3

《ヴァンパイア・ロード》攻2000

《ヴァンパイア・グリムゾン》攻2000

伏せ×2

VS

十代LP:4000 手札6

 

 

 カミューラの盤面だけみれば万丈目の言う通りさほど脅威には映らないが、アンデット族は墓地にカードが増える程に戦術性が富むことが多いことは十代も知っている。

 

「落ち着いて、遊城くん! 相手に呑まれちゃダメよ!!」

 

「いいや、むしろ逆だぜ、天上院! こんなスゲェデュエリストを相手に燃えない訳がねぇ! 俺のターン! ドローだ!!」

 

「フン、相変わらずのデュエル馬鹿だな」

 

 一抹の心配を覚えた明日香の声が響くが、この物理的にすら重苦しい闇のデュエルの最中であっても十代の心は平常心のままだった。

 

「俺は魔法カード《苦渋の決断》発動! デッキから通常モンスター1体を墓地に送り、その同名カードをデッキから手札に加える! 俺はバーストレディを選択だ!」

 

 炎の女ヒーローが十代のデッキから飛び出し、影を己と瓜二つなドッペルゲンガーのように分離させ、十代の手札と墓地に飛び立ち――

 

「更に魔法カード《E-エマージェンシーコール》発動! デッキからフェザーマンを手札に!」

 

 空から「E」の文字が照らされれば、十代の手札に風が渦巻き始める。

 

「そして永続魔法《切り裂かれし闇》を発動して《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) フェザーマン》を召喚! 通常モンスターが呼び出されたことで1枚ドロー!」

 

 その風の吹くままに舞い降りた《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) フェザーマン》が翼を広げて、ヴァンパイアたちを警戒するように見やった。

 

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) フェザーマン》攻撃表示

星3 風属性 戦士族

攻1000 守1000

 

「早速、お得意の融合召喚の準備が整ったって訳かしら?」

 

「いいや! もう一手加えさせて貰うぜ! 速攻魔法《武装再生》! 墓地の《妖刀竹光》をフェザーマンに装備! これで手札の魔法カード《黄金色の竹光》で2枚ドローだ!」

 

 そんな中、《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) フェザーマン》の手中に2種の竹光が収まり、その2つの輝きを交差させれば――

 

「さぁ、今こそ行くぜ! 魔法カード《融合》! フィールドのフェザーマンと手札のバーストレディを融合!!」

 

 十代の元にお決まりの異空間がヒーローたちに更なる力を引き出さんと渦巻いた。

 

「融合召喚! マイフェイバリットヒーロー! フレイム・ウィングマン!!」

 

 そして降り立つは十代のフェイバリットたる右腕に竜の顎を持つ異形のヒーローたる《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) フレイム・ウィングマン》。

 

 片翼を広げて飛翔して難敵を見下ろせば、見下ろされた事実にヴァンパイアたちの瞳に剣呑な色が宿った。

 

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) フレイム・ウィングマン》攻撃表示

星6 風属性 戦士族

攻2100 守1200

 

「成程ね。《妖刀竹光》が墓地に送られたことで再び《黄金色の竹光》を手札に加え、次の融合召喚に備えようって魂胆かしら?」

 

「まぁ、その次がアンタにあるかは分からないけどな! バトルだ! 行けッ! フレイム・ウィングマン! 《ヴァンパイア・グリムゾン》に攻撃だ!」

 

 十代の声に応えるように天高く跳躍した《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) フレイム・ウィングマン》はその身を炎で包み、一筋の弾丸の如く加速する。

 

「良いぞ、十代! 永続魔法《切り裂かれし闇》の効果が乗り、フレイム・ウィングマンはこのターン相手の攻撃力分パワーアップだ!!」

 

 さすれば、加速を続けた《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) フレイム・ウィングマン》の身体を包む炎が黄金の輝きを見せ――

 

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) フレイム・ウィングマン》

攻2100 → 攻4100

 

「――フレイムシュート!!」

 

「くぁあぁぁぁああぁああ!!」

 

 《ヴァンパイア・グリムゾン》が振るった大鎌を一瞬にして熔解させて、その身を穿ち炎の余波に焼かれたカミューラは実際にその身が焼かれたかのような叫びをあげた。

 

カミューラLP:3000 → 900

 

「これで決まったわ! フレイム・ウィングマンの効果は!」

 

「フレイム・ウィングマンの効果! 破壊した相手モンスターの攻撃力分のダメージを受けて貰うぜ!!」

 

 そして、《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) フレイム・ウィングマン》の右腕の竜の顎から放たれた炎がカミューラを襲い、その残り僅かなライフを削り取る。

 

 

 

 

カミューラLP:900

 

「なっ!?」

 

 かに思われたが、炎に晒されている筈のカミューラは涼しい顔をしており、逆に《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) フレイム・ウィングマン》が苦悶の声を上げ始める始末。

 

「フレイム・ウィングマン!?」

 

「なんなの、これ……!?」

 

「フレイム・ウィングマンの命が奴に吸い取られているとでも言うのか!?」

 

「あながち間違いでもないわね」

 

 やがて、《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) フレイム・ウィングマン》の右腕の竜の頭から放たれているのが炎ではなく、その命そのものが奪われるかのようにカミューラの元へ吸い寄せられていた。

 

「カウンター罠《ヴァンパイアの支配》を発動させて貰ったわ。相手の効果を無効にし、破壊――それがモンスターであれば、その元々の数値分のライフを私は回復する」

 

カミューラLP:900 → 3000

 

「拙いな……これで十代のフィールドはガラ空きだ」

 

「くっ、これを狙っていたのね……!」

 

「さぁ、まだ坊やのターンよ」

 

 やがて、力尽きた《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) フレイム・ウィングマン》が灰になって砕け散る中、与えた筈のダメージを完全に回復された事実に歯がみするオーディエンスの姿に気分を良くするカミューラの挑発が届けば――

 

「だったら! 魔法カード《闇の量産工場》! 魔法カード《融合(フュージョン)回収(・リカバリー)》のダブルマジックだ!!」

 

 負けじとバトルを終えた十代は2枚の手札を連続発動。墓地より3つの輝きが十代の元に舞い戻る。

 

「これで《融合》とバーストレディ2枚、そしてクレイマンを手札に戻し――もう一度《融合》発動!!」

 

 そして先の焼き増しのように異空間が渦巻けば、今度は炎と土のヒーローの力が混ざりあう。

 

「今後は手札のバーストレディとクレイマンを融合!! ランパートガンナーを融合召喚!!」

 

 降り立つのは、土色の重厚な装甲に覆われた女ヒーローの姿。左腕の大盾を前面に支柱にするように構え、右腕と一体化したミサイルポッドを添えて見せる。

 

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) ランパートガンナー》攻撃表示

星6 地属性 戦士族

攻2000 守2500

 

「永続魔法《未来融合-フューチャー・フュージョン》を発動して、カードを1枚セット! ターンエンドだ!」

 

 やがてターンを終えた十代だが、やる気を出し過ぎたせいか思うように攻めきれなかったターンとなった。

 

 

カミューラLP:3000 手札3

《ヴァンパイア・ロード》攻2000

伏せ×1

VS

十代LP:4000 手札3

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) ランパートガンナー》攻2000

伏せ×1

《未来融合-フューチャー・フュージョン》

《切り裂かれし闇》

 

 

「《切り裂かれし闇》があるとはいえ、守備型のHEROを攻撃表示か……」

 

「相手のヴァンパイアたちの攻撃力が2000なことを思えば、少し不安な数値ね。でも相手ライフを思えば、うかつに攻勢には出れない筈よ」

 

「なら、私のターン! 《時を裂く魔 瞳(モルガナイト)》の効果により通常ドローが2枚に!!」

 

 そして、それは万丈目たちも――更に対戦相手であるカミューラですら感じ取っている。

 

 それゆえかカミューラはこの機に攻め崩すべく、墓地の魔法カード《汎神の帝王》を除外してサーチし、更に2枚目の《汎神の帝王》を以て最初のターンと同様に手札を補強すれば――

 

「さて、そろそろ王を出迎える準備をしないとね。2枚の永続魔法《ヴァンパイアの領域》と――フィールド魔法《ヴァンパイア帝国(エンパイア)》発動!!」

 

「な、なんだ!? このフィールドは!?」

 

「言ったでしょう? 王の居城よ」

 

 突如として空を夜に染め、世界を中世ヨーロッパの時代まで逆行させていく。

 

 やがて、爛々と不気味に赤く輝く月が照らす魔城がカミューラの背後にそびえ立つ中、周囲をキョロキョロし始める十代へ、カミューラは己の1枚の手札を強調するように見せ付ける。

 

「さぁ、今こそ城の主を呼び出しましょう――《ヴァンパイア・ロード》を除外し、現れなさい! ヴァンパイアの王!」

 

 さすれば《ヴァンパイア・ロード》が黒い霧に包まれ、その身を依り代と化せば、美しき《ヴァンパイア・ロード》が内側より破壊と再生を繰り返し始め――

 

「――《ヴァンパイアジェネシス》!!」

 

 美しさとはかけ離れた筋骨隆々な暴力の化身として円状の翼を広げ降臨を果たした。

 

 しかし、そんなまさに化け物といった風貌の《ヴァンパイアジェネシス》の姿に、墓地に眠るヴァンパイアたちからは己の始祖たる強靭な姿へ畏怖と敬意の混ざった声が漏れる。

 

《ヴァンパイアジェネシス》攻撃表示

星8 闇属性 アンデット族

攻3000 守2100

 

「攻撃力3000ですって!?」

 

「さしずめアレが奴の切り札ってところか」

 

「ジェネシスの効果! 手札のアンデット族を墓地に送り、そのレベルより低いレベルのアンデット族1体を復活させる!」

 

 《ヴァンパイアジェネシス》の手中にカミューラの手札の1枚から生命エネルギーと思しき光が集い、やがてそれを《ヴァンパイアジェネシス》が握りつぶせば――

 

「私が墓地に送ったのはレベル8の《冥帝エレボス》――よってレベル5の《ヴァンパイア・グリムゾン》が復活!!」

 

 命の贄が血となって大地に滴り、散って行った同胞たる《ヴァンパイア・グリムゾン》が血から逆再生されるように復活。

 

 即座に《ヴァンパイア・グリムゾン》は始まりの始祖たるヴァンパイアの王、《ヴァンパイアジェネシス》の恩寵に感謝するようにかしずいた。

 

《ヴァンパイア・グリムゾン》攻撃表示

星5 闇属性 アンデット族

攻2000 守1400

 

「だとしても、《切り裂かれし闇》がある限り、奴の攻撃は通らん!」

 

「装備魔法《疫病》をランパートガンナーに装備!! これにより戦士族の攻撃力は0になる!!」

 

 カミューラの元より吹いた風に乗った紫色の怨霊の如き影が《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) ランパートガンナー》の周囲に立ち込めれば、たちまちヒーローは血を吐き、膝をつく。

 

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) ランパートガンナー》

攻2000 → 攻 0

 

「え、《疫病》だと!? 何故、あんなピンポイントなカードを!?」

 

「拙いわ! これじゃあ《切り裂かれし闇》で攻撃力を上げても相打ちが限界よ!」

 

「バトル!! 《ヴァンパイアジェネシス》でランパートガンナーを攻撃! ヘルビシャス・ブラッド!!」

 

「くっ! だけど永続魔法《切り裂かれし闇》で攻撃力はアップする! 迎え撃てランパートガンナー! ランパート・ショット!!」

 

 《ヴァンパイアジェネシス》が己の身体を瘴気と変化させ、文字通り嵐となって襲い掛かれば、負けじと《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) ランパートガンナー》も右腕のミサイルポッドより全弾発射(フルバースト)

 

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) ランパートガンナー》

攻 0 → 攻3000

 

 瘴気の嵐とミサイルの爆風がぶつかり合い衝撃が連鎖したことで、より巨大な爆発となって爆ぜ、双方のデュエリストごとお互いを消し飛ばした。

 

「うぁあああああぁあああ!!」

 

十代LP:4000 → 3500

 

 だが、爆風に焼かれる十代に反し、爆炎の中より瘴気の嵐と化していた身体を元に戻した《ヴァンパイアジェネシス》はカミューラを守りながらも無傷で現れてみせる。

 

「なっ!? どうして遊城くんのランパートガンナーだけが!?」

 

「まさかあのフィールド魔法の効果か!?」

 

「ご名答。フィールド魔法《ヴァンパイア帝国(エンパイア)》はアンデット族がバトルするダメージ計算時のみ攻撃力を500ポイントパワーアップさせる」

 

 そう、今やフィールドは完全にヴァンパイアの領域。如何にヒーローといえど単身敵地となれば分が悪い。

 

「《切り裂かれし闇》のパワーアップが攻撃宣言時なのを狙って……!」

 

「こいつ、さっきの《疫病》といい、十代のデッキを調べ尽くしてやがる……!」

 

「卑怯だなんていわないでね。闘いはデュエル以前から始まっているのよ」

 

 更に十代のデッキの隙を狙いすましたカミューラのデッキ構築に、明日香たちも状況の悪さに舌を打つ他ない。

 

「ぐっ……ぅう……」

 

「十代! なにをぼさっとしている! 次が来るぞ!!」

 

 悪化し続ける状況を前に――いや、デュエル中だというのに足元がフラフラとおぼつかない十代の情けないとすら感じる姿に思わず万丈目は檄を飛ばしてしまうが――

 

「あら、随分と酷いお友達ね。闇のデュエルに苦しむ相手に更にムチを入れようだなんて」

 

「どういうことなの――まさか!?」

 

「そう、闇のデュエルは坊やたちが普段しているようなお遊びデュエルとは違うのよ。文字通り、互いの命すら賭けうる死のゲーム」

 

 カミューラはケラケラと嗤いながら、明日香たちの無知を正して見せる。

 

「そのダメージは実際のものとなってプレイヤーを襲い、耐えられなければデュエルの決着を待たず敗北となる」

 

「そ、そんな……そんなの嘘……」

 

「そうだ! そんな馬鹿げたものがあってたまるか!!」

 

「そう、信じたくないのなら構わないわ。デュエルに戻りましょう」

 

 まさにデス・ゲーム。

 

 唐突に巻き込まれた命のやり取りを前に、明日香たちが素直に頷けないのも当然の話。しかし、現実は残酷なまでに進み続ける。

 

「『ヴァンパイア』によってダメージを与えた瞬間、永続魔法《ヴァンパイアの領域》の効果――その数値分、私のライフを回復」

 

カミューラLP:3000 → 3500 → 4000

 

 《ヴァンパイアジェネシス》が十代より奪った命の輝きをカミューラへ慈しむように与えていく中――

 

「更に発動していた罠カード《アームズ・コール》によって《ヴァンパイアジェネシス》に装備された装備魔法《アームド・チェンジャー》の効果も適用よ」

 

 屠った《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) ランパートガンナー》の残骸を手に残酷に握りつぶして見せれば、その命の残照は再び同胞のものとなってカミューラの元へ舞い戻った。

 

「《ヴァンパイアジェネシス》がバトルでモンスターを破壊した時、装備モンスター以下の攻撃力を持つモンスター1体を墓地から手札に戻す効果をね」

 

「くっ、これで《冥帝エレボス》を戻して、再び《ヴァンパイアジェネシス》の効果を狙うコンボね……!」

 

「気をしっかり持て、十代! 次の攻撃で貴様のライフが残っても、貴様が倒れれば終わりだ!!」

 

 そう、これで次のターンの《ヴァンパイアジェネシス》の効果の準備も整った。とはいえ――

 

「あら、察しの良いお嬢ちゃんだこと――でも、その次が坊やにあるかは分からないけどね! 《ヴァンパイア・グリムゾン》でダイレクトアタック!!」

 

 先の十代のターンの意趣返しのように告げられた《ヴァンパイア・グリムゾン》の大鎌による実質の死刑宣告を前に、万丈目の懸念が振り払えなければ終わりだ。

 

「 「 ――十代(遊城くん)!! 」 」

 

「うわぁぁああぁあああああ!!」

 

 やがて、《ヴァンパイア・グリムゾン》の大鎌が十代の身体を袈裟切りに振るわれ、裂傷こそなくとも大鎌で両断されたかのような衝撃がその身体を突き抜ける。

 

十代LP:3500 → 1000

 

 さすれば、実際のダメージとなって十代の身体を傷なく切り裂いた一撃を前に、つい先程まで痛みで叫んでいた筈の十代の身体は糸の切れた人形のように倒れた。

 

「あら、まさかもう死んじゃった? 折角、永続魔法《ヴァンパイアの領域》で回復した意味がなくなるじゃない――ターンエンドよ」

 

カミューラLP:4000 → 6500 → 9000

 

 

 

カミューラLP:9000 手札1

《ヴァンパイアジェネシス》攻3000(装)

《ヴァンパイア・グリムゾン》攻2000

《アームド・チェンジャー》(装)

《ヴァンパイアの領域》×2

フィールド魔法《ヴァンパイア帝国(エンパイア)

VS

十代LP:1000 手札3

伏せ×1

《未来融合-フューチャー・フュージョン》

《切り裂かれし闇》

 

 

 

 そうしてターンを終えたカミューラが奪った生命エネルギーを得て活力に満ちていく姿に反し、闇のデュエルによるダメージによって倒れた十代はピクリとも動かない。

 

 いつもなら己のターンになれば意気揚々とカードを引いて見せるというのに、倒れ伏したままの姿は只々痛ましい。だからこそ、我慢できずに万丈目は叫んだ。

 

「くっ! おい、貴様! このデュエルは俺が引き継ぐ! 奴はもう限界だ!!」

 

「忘れたの? 一度始まった闇のゲームを止める術なんてないのよ。でも良かったじゃない。坊やの犠牲のお陰で貴方たちは逃げられるんだから」

 

 だが、そんな万丈目の提案もアッサリと断られる。いや、「カミューラにさえ叶えられない」のだ。

 

 この闇のデュエルは十代とカミューラの決戦――代役なんて生温いシステムなど存在しないのだから。

 

「立って! 立って、遊城くん! このままじゃ貴方は!!」

 

「ッ~! 十代! いつもの無駄な暑苦しさはどうした! 立て! 立つんだ、十代!」

 

 ゆえに、もはや明日香たちには励ましの声を贈る他ない。

 

 しかし、そんな声援が届いたのかピクリと指が動いた十代は、やがてノロマと揶揄されかねぬ動きであっても、ゆっくりと確実に立ち上がってみせる。

 

「う、煩いぜ、2人共……そんなに怒鳴らなくったって、ちゃんと聞こえてる……」

 

「あら、寝ていた方がもう苦しむこともないでしょうに」

 

「へ、へへっ、冗談だろ。アンタみたいな強いデュエリストと……デュエルできるんだぜ? 寝て……られっかよ……!」

 

「遊城くん……!」

 

「全く、ヒヤヒヤさせおって……」

 

 とはいえ、カミューラの挑発に軽口を叩いてみせる十代の姿はどうみても唯の強がりだ。ダメージで震える膝がそれを如実に物語っている。

 

――よし、立った。あの子には精霊の庇護がある以上、死の危険がないとはいえ本当に死ぬんじゃないかと肝を冷やしたけど、追い込みは十分の筈。

 

 だが、カミューラはその内心で胸を撫でおろしていた。

 

 なにせ、十代の存在は幻魔を復活させ、その力を完全に掌握する為の鍵。デュエルが終わるまで――いや、儀式が終わるまでは立っていて貰わねば困る。

 

「俺のターン、ドロー! このスタンバイフェイズに永続魔法《未来融合-フューチャー・フュージョン》の効果だ! デッキから融合素材を墓地に送り、次のスタンバイフェイズに融合召喚する!!」

 

「この瞬間、フィールド魔法《ヴァンパイア帝国(エンパイア)》の効果発動!」

 

「なっ!?」

 

 逆転の布石となり得る筈の十代の背後から幻影のようにおぼろげ現れた巨大なビルが光を放つが、その光を嫌うように《ヴァンパイア帝国(エンパイア)》は大地を脈動させていく。

 

「相手のデッキからカードが墓地に送られた時、私のデッキから『ヴァンパイア』1体を墓地に送って、フィールドのカード1枚を破壊する! 永続魔法《切り裂かれし闇》を破壊!!」

 

「くっ……!!」

 

「拙いわ! これじゃあ!」

 

「今は守りを固めろ、十代! 直に異変に気付いた先生方がなんとかしてくれる筈だ!!」

 

 やがて、血脈が鼓動するように隆起した大地によって十代のデッキの核となっていた《切り裂かれし闇》の消失に形勢の更なる悪化を悟った明日香たちが十代に助言を飛ばすが――

 

「いや、そいつは難しいぜ、万丈目」

 

「なんだと?」

 

「こいつを相手に少しでも弱気を見せれば、一気に押し込まれる……!」

 

「それ程の相手なのね」

 

 十代は理解していた。完全に準備を終えたカミューラを倒す気でいかねば食らいつくことすら叶わないと。

 

「リバースカードオープン! 罠カード《補充要員》! 墓地の3枚の通常モンスターのHEROたちよ! 手札に戻ってこい!」

 

 そんな十代の危機に再び墓地のヒーローたちが駆けつけるも、既にどの組み合わせの融合体も破壊されてしまっている以上、三度の融合召喚とは繋がらない。

 

「そして魔法カード《手札抹殺》! お互いの手札を全て捨て、その枚数分ドロー!」

 

「使えないHEROたちを上手く別のカードに変換したわね」

 

「いいや、俺のデッキにそんなHEROは1人もないぜ! 魔法カード《苦渋の決断》! 今度はデッキからスパークマンを墓地に送りつつ手札に!」

 

 だが、新たな布石となったヒーローたちのお陰で、バイザーで顔を覆ったイカズチの戦士がその影を文字通り墓地に落としながら十代の元へ駆けつけ――

 

「行くぜ! 《融合》発動! スパークマンとクレイマンで融合召喚!!」

 

 再び渦巻く異次元へと飛び込み、土のヒーローと力を合わせる。

 

「――《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) サンダー・ジャイアント》!!」

 

 さすれば、胴と両腕に黄色の追加装甲を装着した《スパークマン》の面影が残るヒーローが手の平の球体からイカズチを奔らせながら現れた。

 

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) サンダー・ジャイアント》攻撃表示

星6 光属性 戦士族

攻2400 守1500

 

「だとしても攻撃力が足りないわ」

 

「だったら教えてやるぜ、カミューラ! ヒーローにはヒーローに相応しい戦う舞台ってものがあるのさ!!」

 

 十代の声に呼応するように《ヴァンパイア帝国(エンパイア)》を揺らす程に大地が音を立てて隆起を始める。

 

「――フィールド魔法! スカイスクレイパー!!」

 

 さすれば、数多のビル群が《ヴァンパイア帝国(エンパイア)》を呑み込み世界を――いや、「舞台」を中世ヨーロッパの街並みから近未来のビル群たる「摩天楼」へと姿を変えた。

 

 そう、今や舞台はヒーローのホーム。

 

「フン、馬鹿の一つ覚えだがこれで!」

 

「攻撃時に1000パワーアップよ!」

 

「バトル!! サンダー・ジャイアントで《ヴァンパイアジェネシス》に攻撃!! スカイスクレイパー・ボルト!!」

 

 摩天楼の頂点に立った《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) サンダー・ジャイアント》は敗れた仲間である《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) フレイム・ウィングマン》を思わせる所作で跳躍し、右手に奔らせた紫電を竜の顎のようにスパークさせ突貫。

 

 その雷撃の竜と化した一撃は《ヴァンパイアジェネシス》が繰り出した闇の瘴気の嵐を切り裂き、吸血鬼の始祖は雷流の中で断末魔の叫びを上げることとなった。

 

「くぅうぅ……!」

 

カミューラLP:9000 → 8600

 

 

 

 

 かに思われたが、その断末魔が怒りの雄たけびへと変貌したのを皮切りに雷流をこじ開けるように《ヴァンパイアジェネシス》が全身から闘志を放てば――

 

「なっ!?」

 

「《ヴァンパイアジェネシス》が破壊されて……いない……!?」

 

 周囲に焼け焦げた跡を残すも無傷な《ヴァンパイアジェネシス》が摩天楼のビル群へ弾き飛ばした《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) サンダー・ジャイアント》を忌々し気に見上げていた。

 

「残念だけれど《ヴァンパイア・グリムゾン》がいる限り、私の1000のライフを糧に『ヴァンパイア』たちは破壊されないわ」

 

カミューラLP:8600 → 7600

 

「くっ、前のターンの攻防で隠していた効果か……!」

 

「ライフは削れたけど相手の攻撃じゃスカイスクレイパーの効果は適用されないわ! それに次のターンに、また……!」

 

「さぁ、お次はなんなのかしら? ヒーローに相応しい舞台を見せてくれるんでしょう?」

 

 《ヴァンパイア・グリムゾン》が差し出した腕に噛みつき、血どころか命をすする《ヴァンパイアジェネシス》を余所に、余裕を崩さないカミューラがわざとらしく嘲笑してみせる姿に万丈目たちは悪化を悟る他ない。

 

「サンダー・ジャイアントの効果なら、もう1度破壊が狙えるけど……」

 

「……ライフ1000で防がれるのなら、十代の手札損失の方が痛手だ」

 

「くっ……俺はカードを1枚セットして、ターンエンドだ!」

 

 

カミューラLP:7600 手札1

《ヴァンパイアジェネシス》攻3000(装)

《ヴァンパイア・グリムゾン》攻2000

《アームド・チェンジャー》(装)

《ヴァンパイアの領域》×2

VS

十代LP:1000 手札2

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) サンダー・ジャイアント》攻2400

伏せ×1

《未来融合-フューチャー・フュージョン》

フィールド魔法《摩天楼 -スカイスクレイパー-》

 

 

 悔し気にターンを終えた十代へ、圧倒的な優位を確信したカミューラは上機嫌でカードをドローする。

 

「あはははは! どうやら成す術がないようね! 私のターン、2枚ドロー!」

 

――チッ、これだけ儀式のキーとなる遊城 十代を追い立ててるっていうのに儀式場が起動する様子がないなんて……やっぱり幻魔復活の為のエネルギーが不足してるじゃない!

 

 だが、カミューラの内心は見せた所作ほどに楽観してはいない。

 

 なにせ、アビドス三世の想定とは異なり、三幻魔復活の儀式に必要な「アカデミアに満ちたデュエリストの闘志」の不足が発覚している。

 

 折角リスクを取ってでも「三幻魔の制御」の鍵である遊城 十代を引きずり出したというのに肝心の儀式場が起動しなければ、カミューラの目的は果たされない。

 

 当たり前の話だが三幻魔が復活しなければ、制御もへったくれもないのだから。

 

「墓地の《汎神の帝王》を除外し、坊やが選んだ『帝王』カードを手札に加え、3枚目の魔法カード《汎神の帝王》を発動! 『帝王』カードを捨て更に2枚のドローよ!!」

 

――あら、良いカードが引けたわ。そうね復活のエネルギーが足りないなら、これで今の坊やから搾り取ってあげるとしましょう。

 

 しかし、此処でカミューラは引いたカードに内心ほくそ笑む。非常にシンプルな形で解決の目途が立った。

 

 そう、「アカデミアに満ちたデュエリストの闘志」が足りないのなら、今「継ぎ足せば良い」のだと。

 

 コブラが校長になってから、その厳しさゆえに「結果的に闘志が満ちやすい環境」が出来ている以上、足りない闘志も言う程は大きくないのは明白。

 

――坊やの持つ強い力を持つ精霊を起爆剤に使ってね!!

 

「魔法カード《天声の服従》!!」

 

 ゆえに、天高く掲げるようにカミューラがカードをかざせば、摩天楼の空より雲を切り裂き仙人のような老人が蜃気楼の虚像を以て現れる。

 

「私のライフ2000を糧にモンスターカードを1つ宣言するわ!!」

 

カミューラLP:7600 → 5600

 

「そして宣言されたカードが坊やのデッキにあれば、そのカードを私の手札か、フィールドに特殊召喚する!!」

 

「此処で《天声の服従》だと!? 何を考えている!?」

 

「どちらにせよ、遊城くんのデッキは調べ尽くされてるわ! なら確実に当ててくる筈よ!」

 

「なら当ててみろよ! カミューラ!!」

 

 やがて、思ってもみなかったカードの発動に万丈目たちは僅かに不審に思うも、厄介な状況には変わりない為、警戒心を募らせていく。

 

 空に浮かぶ仙人の虚像は十代のデッキを指させば、同時にカミューラの背後に巨大な十字架を落とし――

 

「私が宣言するのは――ユベル!!」

 

「ユベルを!?」

 

「拙い、ユベルの効果は十代のデッキにとって厄介だ!」

 

「さぁ、私の元にひざまずきなさい!」

 

 

 狙われた1枚のカードを絡めとらんと、空からデッキへ鎖が放たれる。

 

 

 更に、その鎖は罪人を縛り上げるかのように十字架に張り付けされることとなった。

 

 

「――ユベル!!」

 

「ユ、ユベル!?」

 

 

 だが、十字架の先に縛り付けられている筈のユベルの姿はない。

 

 

 やがて、十代のデッキに絡みついていた天よりの鎖は赦しを与えるように解けていく。

 

 

 そして空に浮かぶ仙人の虚像は霧のように霧散し、消えていった。

 

 

 こうして、色々なエフェクト的なアレコレがあったが、端的に言って――

 

 

 そう、何も起こらなかった。

 

 

「ん?」

 

「ユベルが呼び出されない?」

 

「ま、まさか――デッキを公開しなさい!!」

 

「お、おう、これ押したら良いんだよな? ポチッと」

 

 暫くして、状況を示したような万丈目の言葉にカミューラが怒りの要請を下せば、十代は不慣れな様子でデュエルディスクのボタンを操作。

 

 さすれば、十代の背後に綺麗に並べられたカードが浮かび上がり、一同へと公開された。

 

「手札で進化体たちと固まっている訳でもなさそうだが……」

 

「あら? ユベルがいないわ?」

 

「あっ、そういやユベルはデッキ調整の時に試しで1回抜いたままだった」

 

「し、心配させおって……」

 

「デッキが改修中で助かったわね……」

 

 やがて、魔法カード《天声の服従》の不発の原因が思いのほかにアッサリ発覚し、万丈目たちは一先ず安堵の息を吐く。

 

 ただでさえ、十代の旗色が悪かったのだ。この不発は勝負の流れを引き戻す代物としては決して小さくはないだろう。

 

「ユベルが……デッキに入ってい……ない?」

 

 だが、カミューラからすれば そ ん な も の (勝負の流れ)など今はどうでも良い。いや、別の要因で追い詰められ始めていた。

 

 

 完璧な形で十代を儀式場に誘導し、幻魔復活の流れを整えたというのに学生の気まぐれ(十代のデッキ調整)でカミューラが負ったリスクが無視できない程に膨らみ始めている。

 

――くっ、デッキ調整中ですって……! 最悪のタイミングじゃない! まさか儀式場が起動しないのは、精霊のカードをデッキから外していたのが原因!?

 

 そう、最悪のタイミングだった。

 

 折角、神崎をタニヤがセブンスターズとしての立場でデュエルを強制することで足止めしたというのに、これでは意味がない。

 

 なにせ、彼女らの計画はある意味「片道切符」だ。帰りの便は「手中に収めた復活した幻魔の力」ありきなのだから。

 

 幻魔の復活・制御に失敗すれば、カミューラに後はない。

 

――どうする……闇のデュエルを途中で切り上げることなんか出来ない……! 一度、坊やを倒して再度デュエルを――ダメよ、流石に馬鹿正直にユベルのカードをデッキに入れる訳がない!

 

 此処に来て初めてカミューラは迷いを見せる。胸中の迷いが表に出てしまう程に。

 

――大体、儀式の条件は『精霊と縁のあるデュエリスト』なんだから、精霊の有無は無視しても良いじゃない! 

 

「おーい! そっちのターンだぜ!」

 

「煩い!!」

 

 デュエルでは劣勢だと言うのに吞気に急かす十代の声にすら怒声を返してしまう程にカミューラは八つ当たり気味に苛立ちを募らせていく。

 

「大体、アンタが――」

 

――ユベルのカードをデッキにいれておかないから……!!

 

 なにせ、十代がユベルのカードをデッキに入れていない可能性などカミューラは考慮していなかった。当然だ。

 

「大事なカードだってのに、アンタが……!!」

 

 遊城 十代にとってのユベルのカードは

 

 武藤 遊戯の《ブラック・マジシャン》や

 

 海馬 瀬人の《青眼(ブルーアイズ・)の白龍(ホワイト・ドラゴン)》のようなもの。

 

 まさに無二の相棒であり己の魂に等しい存在。そんな己の魂を試しに外してみる輩が何処にいる?

 

 

 幾ら「あらゆる状況を想定すべき」などと論じても何処かで区切りを付けなければキリがない。

 

 

 そう、文字通りの「ありえない状況」の想定などしていられない。

 

 

「アンタ――」

 

 

――がデッキに入れておかない……から?

 

 

 だが、此処でカミューラは声に詰まる。頭になにかが引っかかる。

 

 

 何故?

 

 

 何故、想定していない?

 

 

 違う。

 

 

 何故、遊城 十代はユベルをデッキに入れていない?

 

 

 武藤 遊戯が《ブラック・マジシャン》をデッキから外すか?

 

 

 海馬 瀬人が《青眼(ブルーアイズ・)の白龍(ホワイト・ドラゴン)》をデッキから外すか?

 

 

 己の魂と呼ぶべきカードをデッキから外すのか?

 

 

 

 そんなあり得ない行為を成したこいつは――

 

 

 

「――アンタ……誰?」

 

 

 

 一体、誰なんだ(遊城 十代なのか)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――バレちゃったかァ」

 

 十代が「遊城 十代」が絶対にしない顔で歪に嗤った。

 

 

 





詳細は次回。


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第283話 偽りのヒーロー




前回のあらすじ
誰だ……コイツは!?
幻術か?
イヤ……幻術じゃない……!
十代!?
また幻術なのか……!?




 

 

 カミューラから思わずといった具合で零れた第六感に確信を得た発言を前に、十代は浮かべていた歪んだ笑みを止めて肩をすくめてみせる。

 

「あーあ、やっぱバレちまったか。折角、手札確認されても良いようにHEROは厳選したってのに、これじゃ意味ないぜ」

 

 その悪戯が見つかってしまったような表情と仕草だけを見れば、皆が知る十代そのもの。

 

 しかし、「バレちゃった」との発言から「この十代」が何者かによる変装であることは明白――ゆえに、カミューラは内心の焦りが表層に出たように剥き出しの苛立ちを見せた。

 

――くっ、どうりで儀式場が起動しない筈……!

 

「随分とふざけた真似してくれるじゃない……!」

 

「いや、死ぬかもしれねぇ鉄火場って分かり切ってんだから生徒は安全圏に置くに決まってんじゃん」

 

「ど、どういうことだ、十代!? いや、貴様は十代じゃないのか!?」

 

「本物の遊城くんは何処にいったの!?」

 

 だが、ケラケラと腹を抱えて笑う十代らしい仕草から、十代らしくない発言が飛び出す姿に状況から置いてけぼりだった万丈目たちが再起動するが――

 

「あっ、悪ぃな2人とも――でも安心してくれよ。この闇のデュエルが終わったら直ぐ避難してくれれば大丈夫だからさ!」

 

「それで納得できる訳が――」

 

「納得なんて求めてねぇんだ、万丈目。これは『上からの命令』なんだ。分かるよな?」

 

「くっ……」

 

「……万丈目くん、此処は指示に従うべきよ」

 

 言外に「詳しくは言えないから黙って指示に従え」との十代からの一段低い声色に、凡その背景を察した万丈目たちは黙する道を選ぶ他ない。

 

 そんな万丈目たちの姿に満足した十代――いや、偽十代はカミューラへ休戦を提案してみせる。

 

「よし! んじゃあ話は戻るけど……カミューラ! こっちはアンタたちの要望を叶える準備があるんだってさ! だから、闇のデュエルは適当に終わらせて協力し――」

 

「――黙りなさい!!」

 

「えぇー、もう平和的に行こうぜー」

 

「ふざけないで! 人間を信用するなんて冗談じゃない! 人間共が私たちに何をして来たのか忘れたようね!」

 

 残念ながらカミューラに人間の提案を受ける選択肢などない。信じるには迫害の歴史が少々重すぎた。それに加えて、眼前の偽十代が己を騙そうとした事実を思えば首も縦には振れまい。

 

「でも、幻魔の計画は人間から持ち掛けられてんじゃん」

 

「煩い! 大体、いつまでその恰好でいるつもり! 正体を現しなさい! 目ざわりなのよ!!」

 

「口調の方はどうにもなんねぇんだけどな……つーか、なんで変装、解かなきゃいけねぇんだ?」

 

「ハァ!?」

 

 やがて幼稚な口喧嘩に発展しかねなかった話題がカミューラの「素顔も見せない相手の話など――」との真っ当な方向に進もうとする中、偽十代は不思議そうに首を傾げてみせた。

 

 そして、言葉を探すように宙に視線を彷徨わせた偽十代はポンと手を叩いて問いかける。

 

「うーん、どう説明すっかな……そうだ! 話は変わるけど俺たちの提案を受けないってんなら、アンタどうするつもりなんだ?」

 

「決まってるじゃない。アンタを倒して、本物の遊城 十代を探しにいくだけよ」

 

「どうやって?」

 

「……なにが言いたいの?」

 

「ん~、だってアンタが俺の正体を見破ったのって『ユベルの有無』だろ? 外見や仕草からバレた訳じゃねぇんだから、『次に会った十代』が『本物か否かの判別』って無理じゃん」

 

 実際問題、偽十代の言う通り「変装技術そのもの」は「カミューラも見破れてはいない」のだ。

 

 だが、その的外れな指摘をカミューラは実際に口を裂けさせながら嘲笑う。

 

「アはハ! 馬鹿じゃないの! 解決策はアンタが言ってるじゃない! そんなの『ユベルの有無』を確認すれば良――」

 

「本物に持たせなかったら?」

 

「――ッ!」

 

「分かっただろ? もう、アンタらの計画って瓦解してんだよ。計画に必須な遊城 十代を探しようがないんだからさ」

 

 そう、カミューラは「本物と偽物の区別がつけられない」ことを自ら示してしまっているのだ。

 

 とはいえ、実際にデュエルすれば僅かな違和感から判断がつくやもしれないが、逐一デュエルしていては本物に辿り着く前にカミューラが捕まる方が早いだろう。

 

「大体、本物が『遊城 十代の姿』をしている保証すらねぇんだし、全人類の中から探し出せんの? しかも俺たちから逃げながらさ」

 

 やがて偽十代が先程の本物らしい仕草から、らしからぬ心底馬鹿にするような表情を見せつつ己の胸に手を当てて続ける。

 

「それに『俺が本物の可能性』だってあるんだぜ?」

 

 そんなあり得ない可能性すら、今のカミューラは否定できないのだと。

 

「まっ、俺なら本物は外国のアカデミアにでも短期留学させるって話を盛りつつ、変装させて海馬 瀬人の周辺に置いとくけどな」

 

「くっ……!!」

 

――神崎がアカデミアに1年近く関わったのは、こいつらに施す変装と演技の質を上げる為……! 

 

 そうして、カミューラは己のおかれた最悪な状況を理解し始めるが――

 

――私たちがカイザーの卒業までは動かないと確信した上で、最低でも1年以上を準備に費やした……!

 

 残念ながらカミューラの予想とは異なり、神崎が今回の計画を発案・実行に移したのはカイザーの卒業後である。

 

 オカルトの力があれば、某「一晩でやってくれました」なトンデモムーブすら可能なのだ。

 

 

 閑話休題。

 

 

――変装を解かないのは使い捨てにする必要があるから? それを嫌って……いえ、もうそんなことは問題じゃない……!

 

 もはやカミューラは「偽物の十代の正体」なんて論じている場合ではない。今は退路のない作戦に「本物の十代の居場所の捜索」なんて手間が付随した。

 

 孤島にいると仮定しても島全土となれば、流石に探すには骨が折れる。

 

「本物の遊城 十代の居場所は何処?」

 

「言う訳ないじゃん」

 

「つまり、知ってはいるのね?」

 

「はぁ、せっかくチャンスを与えてやったのに頑固な奴だな――大体、仮に俺から聞き出したところで『そこにいる十代が本物かどうか』はお前じゃ『判別できない』って言ってんだろ?」

 

 しかし偽十代は未だに諦めないカミューラにわざとらしくため息を吐きながら呆れてみせる。

 

 実質的に計画が実行不可能な事実に対し、明確な解決方法を持っていない身であることを理解していないのかと。

 

 足掻かなければ死ぬのなら分からなくもない行動だが、「要望を叶える準備がある」と示しているのだから、大人しく其方に縋って欲しいものであろう。

 

 だが、そんな偽十代の呆れ顔へカミューラは強気な笑みを浮かべて返した。

 

「ライフが風前の灯火なのに随分と余裕ね。アンタが誰だかは知らないけど、遊城 十代に擬態したデッキじゃ本来の力は出せない――そうでしょう?」

 

「げっ、バレてる」

 

「そう、この闇のデュエルでアンタの命は私が握っているも同然なのよ? アンタが喋らないんなら、他の奴から聞き出すまで。だけど――」

 

 なにせ、カミューラの計画が幾ら破綻しかけとはいえ「そんなことは関係なく」「闇のデュエルは止められない」のだ。

 

「――他の奴らはアンタ程に口が固いのかしら?」

 

 ゆえに、偽十代を脅しにかかるカミューラ。

 

 偽十代の口ぶりから「他にも偽物がいる」ことは察せられる。つまり情報源は決して少なくない。

 

「うーん、どうだろうなー」

 

「闇のデュエルで負けたアンタには世にも恐ろしいペナルティがくだるけど、私なら助けてあげられる。だから知っていることを吐きなさい」

 

「いや、そもそも俺、本物の場所知らねぇんだけど……」

 

「なら有益な情報を出すのね。私の仲間からの確認が取れ次第、助けてあげるわ。だけど、騙そうって話なら……その末路くらい想像つくわよね?」

 

「うへぇー、ガチで命の獲り合い続けんのかよ……もうやめようぜ? なっ?」

 

 やがて腕を組んで悩む仕草を見せる偽十代は、辟易とした様相を見せる他ない。何が悲しくて命のやり取りを続けなければならないのか。

 

「聞く気はないわ。そうやってアンタがアレコレ煩いのは『私が降伏しないと不都合』だから。今はそれだけ分かれば十分よ! デュエルに戻るわ!!」

 

 しかし、退く気はないカミューラは一旦、取引を打ち切って情報を出し易くするべく闇のデュエルで痛めつける方向へとシフト。生徒でないことが判明したのなら、多少手荒にしても問題はあるまい。

 

 そうしてデュエルに戻れば、今はカミューラのメインフェイズ1に――

 

「《ユベル》がいないのなら、そのまま叩き潰してあげる! 《ヴァンパイアジェネシス》の効果! 《冥帝エレボス》を墓地に送り、蘇りなさい! 《ヴァンパイア・ロード》!!」

 

 《ヴァンパイアジェネシス》がカミューラの手札を生命エネルギーへと変換し、握り潰して己の血を混ぜれば、滴り落ちた血より《ヴァンパイア・ロード》が形作られていく。

 

《ヴァンパイア・ロード》攻撃表示

星5 闇属性 アンデット族

攻2000 守1500

 

「バトル!! 《ヴァンパイアジェネシス》でサンダー・ジャイアントを攻撃! ヘルビシャス・ブラッド!!」

 

「――うぁぁあぁッ!!」

 

 瘴気の嵐と変貌した《ヴァンパイアジェネシス》が《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) サンダー・ジャイアント》を一瞬にして呑み込めば、イカズチをやたら滅多に放って抵抗する《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) サンダー・ジャイアント》の奮闘も虚しく、ヒーローは呆気なく塵芥となって消し飛ばされた。

 

偽十代LP:1000 → 400

 

「2枚の永続魔法《ヴァンパイアの領域》と装備魔法《アームド・チェンジャー》の効果により、ライフの回復と墓地から《冥帝エレボス》を手札に!!」

 

 闇のデュエルにより現実となったダメージに膝をつく十代を余所に、身体を元に戻した《ヴァンパイアジェネシス》の手の平に《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) サンダー・ジャイアント》の命の輝きが灯れば、すぐさまカミューラを包む祝福と化す。

 

カミューラLP:5600 → 6200 → 6800

 

「これでトドメよ! 《ヴァンパイア・ロード》でダイレクトアタック!! 暗黒の使徒!!」

 

 そして、がら空きの偽十代へ《ヴァンパイア・ロード》が翻したマントから影のコウモリが弾丸の如く放たれた。

 

 

 が、そのコウモリは偽十代を怖がるように《ヴァンパイア・ロード》の元へ踵を返し、主の周囲を飛び回るばかりで攻撃に転じない。

 

「どうしたの! ダイレクトアタックよ!!」

 

「無駄だぜ! 罠カード《立ちはだかる強敵》を発動していた! このターン、お前が攻撃できるのは倒されたサンダー・ジャイアントだけさ!」

 

「くっ……つまり、これ以上の攻撃は初めから出来ないって訳ね、生意気!」

 

 とはいえ、タネを明かせば単純なもの。散って行った《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) サンダー・ジャイアント》のヒーローの最後の輝きが闇の眷属たるヴァンパイアを一時ばかり遠ざけていたのだ。

 

「なら魔法カード《トレード・イン》発動! レベル8の《冥帝エレボス》を墓地に送り、2枚ドロー! カードを1枚セットしてターンエンドよ!!」

 

 

 

カミューラLP:6800 手札2

《ヴァンパイアジェネシス》攻3000(装)

《ヴァンパイア・グリムゾン》攻2000

《ヴァンパイア・ロード》攻2000

伏せ×1

《アームド・チェンジャー》(装)

《ヴァンパイアの領域》×2

VS

偽十代LP:400 手札2

《未来融合-フューチャー・フュージョン》

フィールド魔法《摩天楼 -スカイスクレイパー-》

 

 

 

 やがて忌々しげにターンを終えたカミューラへ向けて、偽十代はオーバーな仕草で嗤って見せる。

 

「あっれ~? 俺なんて簡単に倒せるんじゃなかったっけ?」

 

「……アンタのターンよ」

 

「なぁ、言われっぱなしで嫌にならない? だって惨めだもんな」

 

「――アンタのターンよ!!」

 

「おー、怖――じゃぁ、俺のターン、ドロー! このスタンバイフェイズに永続魔法《未来融合-フューチャー・フュージョン》の効果でNEWヒーローが降り立つぜ!!」

 

 それは「本来の実力は出せない」と評したカミューラの言葉を上げつらうものだったが、響いた怒声に大きく肩をすくめた偽十代はデュエルに戻れば、摩天楼のビル群にサーチライトが照らされた。

 

「来いッ! 俺の新たな力! 《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) サンライザー》!!」

 

 その光に照らされるのは全身が赤きアーマーのヒーロー。その姿は灼熱の太陽のように輝き、風でたなびく空色のマントは青空の如し。

 

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) サンライザー》攻撃表示

星7 光属性 戦士族

攻2500 守1200

 

「サンライザーの効果でデッキから《ミラクル・フュージョン》を手札に! 此処で魔法カード《ヒーローの遺産》発動! 墓地のサンダー・ジャイアントとランパートガンナーをエクストラデッキに戻し3枚ドロー!!」

 

 やがて散って行ったヒーローたちの装備が担い手を求め、宙に浮かび上がれば――

 

「来た来たァ! 魔法カード《E-エマージェンシーコール》と魔法カード《融合(フュージョン)回収(・リカバリー)》のダブルマジック発動! デッキからフェザーマンを! 墓地から《融合》とスパークマンを手札に!」

 

 その担い手に選ばれた摩天楼に集ったヒーローの影が次々と摩天楼のライトの間を潜り抜ける。

 

「またまたNEWヒーローのご登場だ! 魔法カード《融合》! 2体のHEROの力を合わせ、舞い降りろ! 幻影のヒーロー!!」

 

 さすれば、特殊繊維の布で蜘蛛のように摩天楼のビル群の隙間を飛び交う漆黒のヒーローが偽十代の元に降り立った。

 

「――《V・(ヴィジョン)HERO アドレイション》!!」

 

 その黒い拘束服のようなヒーロースーツから伸びる6本の腰布が風にたなびき、腕を組む姿は何処か「蜘蛛」を思わせる。

 

V・(ヴィジョン)HERO アドレイション》攻撃表示

星8 闇属性 戦士族

攻2800 守2100

 

V・(ヴィジョン)HERO……?」

 

――案の定、エクストラデッキは偽装する気は皆無みたいね……いえ、相手のエクストラデッキを確認するようなカードは少数。負けられない私は採用する余地がないと踏んだ……!

 

「此処で魔法カード《ミラクル・フュージョン》発動! 墓地のフェザーマンとバーストレディを除外し、ミラクルフュージョン!!」

 

 カミューラの独白を余所に、偽十代の連続融合は止まらないことを示すように摩天楼のビル群に疾風が吹き荒れ始める。

 

「舞い上がれ! 《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) Great(グレイト) TORNADO(トルネード)》!!」

 

 その疾風より黒きローブを風に揺らしながら現れたのは、幾重もの黄金のリングが全身に奔る淡い緑のアーマーを身に纏う風のヒーローが、両肩より噴出した風を操り宙に浮かぶ。

 

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) Great(グレイト) TORNADO(トルネード)》攻撃表示

星8 風属性 戦士族

攻2800 守2200

 

Great(グレイト) TORNADO(トルネード)の効果! お前のヴァンパイアたちの攻撃力は全て半分になる! 吹き荒れろ! タウン・バースト!!」

 

「なんですって!?」

 

 やがて《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) Great(グレイト) TORNADO(トルネード)》の両肩から排出された風が周囲のそよ風を呑み込み疾風を越え、暴風へと育って逆巻けば、その暴虐の風は次々とヴァンパイアたちに少なくない切り傷を負わせていった。

 

《ヴァンパイアジェネシス》

攻3000 → 攻1500

 

《ヴァンパイア・ロード》+《ヴァンパイア・グリムゾン》

攻2000 → 攻1000

 

「それだけじゃない! サンライザーがいる限り、俺のHEROたちはエレメントの力を得る! 属性×200ポイントパワーアップだ!」

 

 更に《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) サンライザー》の輝きに照らされたヒーローたちが己の内に眠る力の覚醒に拳を握って雄々しい声を上げる中――

 

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) サンライザー》

攻2500 → 攻3100

 

V・(ヴィジョン)HERO アドレイション》+《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) Great(グレイト) TORNADO(トルネード)

攻2800 → 攻3400

 

「まだまだァ! 容赦のない俺はこんなもんじゃないぜ! アドレイションの効果! 他のHERO1体の攻撃力分、相手のステータスをダウンだ! ヴィジョン・アドレイト!!」

 

 《V・(ヴィジョン)HERO アドレイション》の腰布が影を伝って《ヴァンパイアジェネシス》を拘束し、その力をさらに削いでいく。

 

《ヴァンパイジェネシス》

攻1500 → 攻 0

 

「バトル!! 徹底的にやってやるぜ! アドレイションで――」

 

「そのメインフェイズ終了時、墓地の《ヴァンパイアの幽鬼》を除外し効果発動! ライフを500払いヴァンパイアをアドバンス召喚する!!」

 

 だが、摩天楼のビル群を駆け抜け敵陣に飛び込もうとしたヒーローたちの前に、《ヴァンパイアの幽鬼》の亡霊が夜空に赤い月を昇らせた。

 

カミューラLP:6800 → 6300

 

「このタイミングで!?」

 

「ジェネシスとロードの血を得て降臨せよ! 《竜血公(ドラクレア)ヴァンパイア》!!」

 

 その赤い月の光に2体のヴァンパイアは血となって混ざり合い、その血脈より現れるは白き法衣に身を包むウェーブがかった白髪のヴァンパイア。

 

 青年とすら見まがう若々しい姿に反し、胸部と両肩を覆う黒き鎧から伸びるマントを揺らし佇む姿だけで、高貴なる身分であることが窺える老獪さすら感じさせる。

 

竜血公(ドラクレア)ヴァンパイア》攻撃表示

星8 闇属性 アンデット族

攻2800 守2100

 

「召喚した《竜血公(ドラクレア)ヴァンパイア》の効果! アンタの墓地のモンスターを2体まで私のフィールドに特殊召喚する! 跪きなさい、ヒーロー共!!」

 

 《竜血公(ドラクレア)ヴァンパイア》が己の血によって生成した三又の槍を大地に突き刺せば、地中より魅入られたように赤い瞳となった《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) クレイマン》がカミューラの肉壁となるように立ちふさがった。

 

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) クレイマン》×2 守備表示

星4 地属性 戦士族

攻 800 守2000

 

「ならバトル続行! アドレイションで《ヴァンパイア・グリムゾン》を攻撃! アンビション・サンクションズ!!」

 

「うあぁぁあぁッ!!」

 

 《V・(ヴィジョン)HERO アドレイション》の腰布がムチのようにしなって《ヴァンパイア・グリムゾン》に殺到すれば、不死のヴァンパイアの身体を苦も無く両断し、闇の眷属たちを血へと還していく余波がカミューラに突き刺さる。

 

カミューラLP:6300 → 3900

 

「これで身代わり効果は消えた! Great(グレイト) TORNADO(トルネード)で《竜血公(ドラクレア)ヴァンパイア》を追撃! 更にこの瞬間、サンライザーの効果発動!」

 

 更に《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) Great(グレイト) TORNADO(トルネード)》が己の身にまとう暴風を指向性を持たせた竜巻のように《竜血公(ドラクレア)ヴァンパイア》にけしかければ、《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) サンライザー》がその竜巻に乗せるように光の弾丸を放つ。

 

「ヒーローがバトルする攻撃宣言時、相手フィールドのカード1枚を破壊する! クレイマンを破壊!!」

 

「くっ……! でも、ヒーローの壁はまだ1体残る!」

 

「だとしてもGreat(グレイト) TORNADO(トルネード)の攻撃は止まらない! 逆巻け! スーパーセル!!」

 

「くぅうぅッ!!」

 

 さすれば、竜巻によって拡散された光が散弾のように飛来し、己の血で形成した三又の槍で切り払い切れなかった《竜血公(ドラクレア)ヴァンパイア》諸共《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) クレイマン》を粉砕した。

 

カミューラLP:3900 → 3300

 

「最後にサンライザーの攻撃でクレイマンを破壊だ!」

 

「だとしても守備表示ならダメージはないわ!」

 

「でも、これでアンタのヴァンパイア共は一掃したぜ! まっ、俺も鬼じゃないから、これ以上ボコボコにされたくなかったら諦めて降参するんだな! カードを1枚セットしてターンエンド!」

 

――仕留めきれなかったか。

 

 やがて、最後に残った《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) クレイマン》も《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) サンライザー》の回し蹴りで粉砕し、偽十代はその心中を余所に意気揚々とターンを終える。

 

 

カミューラLP:3300 手札1

伏せ×1

《ヴァンパイアの領域》×2

VS

偽十代LP:400 手札2

V・(ヴィジョン)HERO アドレイション》攻2800→攻3400

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) Great(グレイト) TORNADO(トルネード)》攻2800→攻3400

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) サンライザー》攻2500→攻3100

《未来融合-フューチャー・フュージョン》

フィールド魔法《摩天楼 -スカイスクレイパー-》

 

 

「フン、相変わらず減らず口ばかり……私のターン! 2枚ドロー!」

 

――くっ、こんな奴に「このカード」を使うことになるなんて……!

 

 そんな勢いに乗る偽十代へ、カミューラは口惜しそうに吐き捨てる。

 

 幾ら《天声の服従》の効果が不発に終わってしまったとはいえ、「使い慣れた自分のデッキですらない相手」へ闇のカードを使わねばならない程に追い詰められた事実は失態であろう。

 

――でも、そうやって調子に乗っていれば良いわ。「このカード」があれば確実に貴方は自ら膝を折る……

 

 だが、カミューラは内心で嘲笑う。

 

 偽十代は「カミューラの計画の完遂は不可能」と判断しているようだがカミューラからすれば「闇のカード」で多少脅してやれば命惜しさに情報を得ることなど容易い。

 

 状況の悪化は認めざるを得ないが、まだまだ挽回は可能だとほくそ笑む――いや、ほくそ笑もうとした。

 

「どうしたよ! 良いカードが引けなかったのか? それとも今更ライフコストが重くなったとか? なんせ2000ポイントも無駄にしちまったもんなぁ」

 

 固まって動かないカミューラへ、痺れを切らしたであろう偽十代の挑発が飛ぶが、カミューラはそれどころではない。

 

 そう、カミューラが仲間に「絶対に勝てるカード」と豪語した闇のカードには「一つだけ弱点がある」のだ。

 

――こいつ、自ら膝を折るの? 万が一にでも保身に走られれば……2人との約束を反故にする訳には……でも、だからって今の手札じゃ……

 

「本当に役に立つカードだって思うんなら使ってみれば? それとも怖い? 自分の手に負えないかもしれないもんなぁ――へへっ、ようは此処に来てビビってんだ」

 

 思考の渦にはまり黙したまま動かないカミューラへ精神攻撃のつもりなのか偽十代は言いたい放題続けてる中――

 

「それとも此処に来てカードが信じられなくなったとか? ハハッ! だとしたらアンタは、まさにクズで役立たずの負け犬だな!」

 

「……少しばかり盤面を取り戻したからって、随分と饒舌ね」

 

――こんなクズが相手じゃ、このカードの確実性は薄れる……なら!!

 

 カミューラの持つ闇のカードの弱点――それは、我が身可愛さに平然と他人を見捨てる輩には効果的でないのだ。

 

「魔法カード《強欲で金満な壺》を発動し、2枚ドロー!」

 

――よし、これなら「あのカード」を使わずに済む!

 

「《ヴァンパイアの領域》を墓地に送り、墓地の《ヴァンパイアの使い魔》の効果で自身を復活! 更に500のライフを払いデッキの『ヴァンパイア』1体を手札に!」

 

カミューラLP:3300 → 2800

 

 やがてぶっ壊れた壺の中から出たカードを手に、フィールドの一部を血に呑み込ませたカミューラは《ヴァンパイアの使い魔》に己の血を対価として新たなる血族を手札に求め――

 

《ヴァンパイアの使い魔》攻撃表示

星1 闇属性 アンデット族

攻 500 守 0

 

「《ヴァンパイアの使い魔》をリリースして《ヴァンパイア・ロード》をアドバンス召喚!!」

 

 血を得た《ヴァンパイアの使い魔》が集いに集えば、その影より三度《ヴァンパイア・ロード》が顕現を果たす。

 

《ヴァンパイア・ロード》攻撃表示

星5 闇属性 アンデット族

攻2000 守1500

 

「此処で装備魔法《再臨の帝王》を発動! 墓地の《冥帝エレボス》を復活し、このカードを装備!」

 

 大地より死者の血肉と骨によって巨大な玉座が形作られれば、そこへ闇が堕ち、黒き重鎧をまとった巨躯が腰を下ろす。

 

 二本角の兜より退屈そうに眼下を見下ろす眼差しを前に、ヴァンパイアたちは忌々しそうな視線を向ければ――

 

《冥帝エレボス》攻撃表示

星8 闇属性 アンデット族

攻2800 守1000

 

「そして《再臨の帝王》を装備したモンスターは2体分のアドバンス召喚の贄となれる! 2体分の贄となった《冥帝エレボス》をリリースし、アドバンス召喚!!」

 

 その玉座の天より透き通るような歌声が響けば、気分を良くした《冥帝エレボス》はその身を闇へと変貌させ、冥府へ還ってゆく。

 

「降臨せよ! 《ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア》!!」

 

 そうして、天より小さな翼で滑空するように舞い降りるのは、弱点である筈の十字をあしらった紺の修道服にも似た格好のヴァンパイアの姫君が、ストレートの白髪を噛むような仕草と共に蠱惑的な笑みを浮かべていた。

 

《ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア》攻撃表示

星7 闇属性 アンデット族

攻2000 守2000

 

「おいおい、そいつらじゃ攻撃力が足りないぜ!」

 

「召喚した《ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア》の効果! このカードより攻撃力の勝る相手モンスター1体を下僕とし、装備する!」

 

「やべっ!?」

 

「我が血族に忠誠を誓いなさい! サンライザー!」

 

 微笑を浮かべる《ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア》の赤い瞳に魅入られたようにフラフラと歩み寄った《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) サンライザー》は《ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア》の眼前で跪き、その手の甲へ口づけを以て忠誠を誓った。

 

「その攻撃力分、パワーアップ! そしてサンライザーが消えた今、ヒーロー共はパワーダウンよ!!」

 

 やがて跪く《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) サンライザー》の右肩に《ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア》が腰を下ろせば、立ち上がった《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) サンライザー》は仲間を照らしていた光の力を収め、その身を闇の光で覆う。

 

《ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア》

攻2000 → 攻4500

 

V・(ヴィジョン)HERO アドレイション》+《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) Great(グレイト) TORNADO(トルネード)

攻3400 → 攻2800

 

「バトル! 《ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア》でトドメよ!!」

 

 かくして、かつての仲間を前に闘志が鈍るヒーローたちが攻撃に移れない中、《ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア》に言われるがままに《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) サンライザー》は跳躍し、天より闇色の輝きを刃にして放てば、その衝撃により巨大な砂煙が周りを覆う。

 

 その煙が晴れた先には、闇色の刃に傷だらけになった《V・(ヴィジョン)HERO アドレイション》とその余波を受けた偽十代が――

 

 

 

「罠カード《攻撃の無敵化》! このターン、俺はバトルダメージを受けない!!」

 

 いや、余波から偽十代を守るように《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) Great(グレイト) TORNADO(トルネード)》が《V・(ヴィジョン)HERO アドレイション》の首根っこを掴み肉壁もとい盾としていた。

 

「チッ、しぶとい坊やね……でも罠カード《アームズ・コール》により装備魔法《アームド・チェンジャー》を装備していたことで効果発動! 墓地の《ヴァンパイアジェネシス》を手札に加える!」

 

「だけど、《ヴァンパイア・ロード》じゃ俺のGreat(グレイト) TORNADO(トルネード)は倒せないぜ!」

 

「ふふっ、構わないわ。そのカードは融合した後は唯の置物、大した脅威じゃないもの」

 

 やがて盾として使い物にならなくなった《V・(ヴィジョン)HERO アドレイション》が《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) Great(グレイト) TORNADO(トルネード)》によって乱雑に放り捨てられる中、《ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア》に同族を再生させる為の血を奪われる《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) サンライザー》が葛藤に苦しむような仕草と共に膝をつく。

 

「《ヴァンパイア・ロード》を除外し、手札の《ヴァンパイアジェネシス》が再臨!」

 

 だが、《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) サンライザー》の葛藤を余所に裏切りのヒーローの助力によって《ヴァンパイア・ロード》に力が注がれ、転生を果たした《ヴァンパイアジェネシス》が復活の雄たけびを上げていた。

 

《ヴァンパイアジェネシス》攻撃表示

星8 闇属性 アンデット族

攻3000 守2100

 

「そして墓地の《冥帝エレボス》の効果! 手札の『帝王』カードを墓地に送り、自身を手札に加える」

 

「ってことは、まさか!?」

 

「そう! 当然、《ヴァンパイアジェネシス》の効果を発動! 《冥帝エレボス》を墓地に送り、《ヴァンパイア・グリムゾン》が復活!!」

 

 更に《ヴァンパイアジェネシス》は己の転生に献身した眷属たちに報いるべく、己の血を以て大地に陣を敷き、仲間たる《ヴァンパイア・グリムゾン》を復活させ――

 

《ヴァンパイア・グリムゾン》攻撃表示

星5 闇属性 アンデット族

攻2000 守1400

 

「あハはハはッ! これで再び私のヴァンパイアたちは不死と復活の力を得た!」

 

 口を裂けさせて笑うカミューラと共に、集った同胞たちに高笑いを上げる《ヴァンパイアジェネシス》。

 

 そして、共に血族の栄華を喜ぶヴァンパイアたち。

 

「坊やが前のターン攻めきれなかった様子を見るに、今の手札に突破口となるカードがないんじゃないかしら! ターンエンド!!」

 

 そう、これでカミューラの盤面は綺麗に元通り――どころか、単純なパワーだけなら今まで以上である。

 

 更に、カミューラの推察も間違ってはいなかった。

 

 

カミューラLP:2800 手札1

《ヴァンパイアジェネシス》攻3000

《ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア》攻2000 → 攻4500(装×2)

《ヴァンパイア・グリムゾン》攻2000

《ヴァンパイアの領域》

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) サンライザー》(装)

《アームド・チェンジャー》(装)

VS

偽十代LP:400 手札2

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) Great(グレイト) TORNADO(トルネード)》攻2800

フィールド魔法《摩天楼 -スカイスクレイパー-》

 

 

 今、偽十代の手札にあるのは状況を打破するどころか、文字通り「使えないカード」である。状況さえ揃えば良いカードなのだが、今は完全な死に札だ。

 

 ゆえに、このドローで全てをひっくり返す他ない。

 

「へへっ、ピンチこそヒーローの日常ってな! このドローで奇跡を起こすまでさ! 俺のターン! ドロー!!」

 

 やがて、最後は十代らしくデッキを信じて奇跡のドローにかけた偽十代。

 

――二手ほど足りないか。

 

「魔法カード《闇の量産工場》発動! 墓地から2体のクレイマンを手札に!! そしてクレイマンを通常召喚!!」

 

 内心で冷徹に戦況を察した偽十代が最後に繰り出したのは、《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) クレイマン》。

 

 いつもは守りの構えを取ることが多いせいか、今回は深呼吸するように軽く息を吐いて肩をコキコキ慣らした後、腕を軽く回してヤル気を見せていた。

 

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) クレイマン》攻撃表示

星4 地属性 戦士族

攻 800 守2000

 

「クレイマンを攻撃表示で?」

 

 その不審なプレイングにカミューラの中で警戒心が上がるも、真意が見えない。

 

 永続魔法《切り裂かれし闇》でドローを狙える状況でもない以上、アタッカー向きではない《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) クレイマン》を態々回収してまで召喚した理由に見当すらつかなかった。

 

「俺は装備魔法《脆刃(もろは)(つるぎ)》を発動! 装備モンスターは攻撃力が2000ポイントアップ!!」

 

「こ、攻撃力2000ポイントアップですって!?」

 

――拙い! 《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) Great(グレイト) TORNADO(トルネード)》の攻撃力が4800になれば、私のライフが……!!

 

 だが、天より光と共にゆっくりと舞い降りる黄金仕立ての持ち手から伸びる透き通る刀身までもが美しい剣の姿よりカミューラの脳裏に最悪の可能性が過る。

 

 しかし、そんな最中に《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) Great(グレイト) TORNADO(トルネード)》は両手に乗せるように持った《脆刃(もろは)(つるぎ)》を膝をついて《ヴァンパイアジェネシス》に差し出した。

 

 《ヴァンパイアジェネシス》は一瞬、警戒するも《脆刃(もろは)(つるぎ)》の透き通った刀身に心を奪われ、手に取って構えて見せれば《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) Great(グレイト) TORNADO(トルネード)》は「お似合いです」といわんばかりにパチパチと拍手を送る。

 

 

《ヴァンパイアジェネシス》

攻3000 → 攻5000

 

 

「……? これは一体なんの真似かしら?」

 

 

「バトルだ! クレイマンで《ヴァンパイアジェネシス》を攻撃! クレイ・ナックル!!」

 

 

「っ! 何を企んでるかは知らないけど返り討ちになさい! 《ヴァンパイアジェネシス》! ヘルビシャス・ブラッド!!」

 

 

 勝利の道を自らドブに捨てるようなプレイングをカミューラが不可解に思う間もなく、拍手する《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) Great(グレイト) TORNADO(トルネード)》を押しのけ《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) クレイマン》が拳を構えながらドスドスとダッシュ。

 

 

 普段、放つことが滅多にない《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) クレイマン》必殺のクレイ・ナックルが《ヴァンパイアジェネシス》を貫き、カミューラのライフをゼロにした。

 

 

 

 なんて、ことはなく普段の己を瘴気の嵐と化す技を止めた《ヴァンパイアジェネシス》が振り下ろした《脆刃(もろは)(つるぎ)》が《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) クレイマン》を両断――したと同時に、耐久限界に至り木っ端微塵に砕け散る。

 

 

 刃の破片が周囲を舞う中、至高の一品の破損に《ヴァンパイアジェネシス》の顔が驚愕に彩られる中――

 

 

「くぅうううぅう!! 装備魔法《脆刃(もろは)(つるぎ)》の効果! こいつを装備したモンスターとバトルした際に発生するダメージはお互いが受ける!!」

 

 

「なっ!?」

 

 

 その刃の破片が偽十代とカミューラに雨霰と突き刺さった。

 

 

「 「 うわぁぁぁぁああぁあぁあ!! 」 」

 

 

偽十代LP:400 → 0

 

 

カミューラLP:2800 → 0

 

 

 

 






詳細は次回と言ったな――悪ぃ、入り切らなかった。



この度タタミブトン様より支援絵を頂きました。感激……! 感激の嵐……!
https://img.syosetu.org/img/user/421147/109772.png
クリボーとのツーショットです。お互い素直になれていない感じがエエっすねぇ……


~今作のカミューラのデッキ~
彼女のエースたる《ヴァンパイアジェネシス》主軸の【ヴァンパイア】デッキ。

《ヴァンパイアジェネシス》のコストの為に《冥帝エレボス》と『帝王』カードでサポートしている部分以外は一般的な【ヴァンパイア】デッキに近い。

後は《ヴァンパイアジェネシス》のコスト回収用の《アームド・チェンジャー》の為に装備魔法が多めなくらいが特徴か。


~偽十代のデッキ~
手札破壊された際に正体が発覚しないようにする為、メインデッキのHEROは通常モンスターしか採用していない。

なおエクストラデッキは「見せる用の十代のHERO融合体」が数枚あるだけで、他は全て汎用的なHERO融合体で構成されている。

後は、カミューラの「例のカード」を警戒して引き分け狙いの《脆刃(もろは)(つるぎ)》の為に装備カード軸に寄っているくらいか。




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第284話 衝撃の真実




前回のあらすじ
???「今はまだ私が動く時ではない」






 

 

 

 

 カミューラと偽十代の両者が闇のデュエルのダメージにより膝をついたと同時に、周囲の重苦しい空気が消え、闇のデュエル空間が解除されていく瞬間に偽十代は鬼気迫る様相で叫んだ。

 

「――校舎まで走れ!」

 

「行こう! 天上院くん!」

 

「貴方も気を付けて!!」

 

「待ちなさ――ッ!?」

 

 さすれば邪魔にはなるまいと万丈目と明日香が校舎に向かって駆けだす背中を、カミューラが追おうとするも、茂みより飛び出した影にさらわれたカミューラの身は本人の意思に反してこの場から立ち去ることとなった。

 

 

 

 

 とはいえ、黙って引きずり回される気もないカミューラが抵抗しようとするが、その前に頭上から馴染みのある声が響いた。

 

「落ち着け、カミューラ。私だ」

 

「タニヤ!? なんでアンタが此処に――神崎の足止めは!」

 

 やがて、仲間の姿に抵抗を止めたカミューラを一旦、解放したタニヤは少し歯切れ悪く返す。

 

「問題ない。直ぐに終わった」

 

「そう、勝ったのね。なら、これでセブンスターズ側の1勝……こっちは偽物掴まされて引き分けよ。でも、アイツはさほど強くはな――」

 

「あれを勝ちとは呼びたくはないがな」

 

「どういうこと?」

 

「あの男、デュエルが始まって直ぐに自爆特攻してな。自ら敗北を選び、校舎から離れるように逃走した――恐らく、私に追わせるのが狙いだったのだろう」

 

 なにせ、命のやり取りを好まないタニヤが闇のデュエルをしなかったとはいえ、「神崎の足止め」という面でも、「デュエル」という面でもタニヤにとって不完全燃焼な結末だったのだ。

 

 デュエル開始早々にクリボー5兄弟の特攻5連続タックルで爆散してく神崎を見れば、再び挑んだところで、同じ光景が繰り返されると悟る他ない。

 

 なにより、そんな不可解な行動をする神崎の姿にタニヤの戦士としての勘が警鐘を鳴らしたことも合流の選択に一役買っていた。

 

「キナ臭いものを感じてお前に知らせを送りたかったのだが、既に闇のデュエルが始まっていたからな」

 

「待機してくれてたって訳ね。なら、あの偽物の相手をお願い……私は本物の遊城 十代を探す」

 

「探すアテはあるのか?」

 

「精霊の方を探すわ。最悪、遊城 十代がいなくても他に精霊を知覚できる人間がいれば……」

 

「なぁ、作戦会議って終わった?」

 

「――ッ!?」

 

「遊城 十代!?」

 

 やがて、互いの情報をやり取りし、方針を立て直す2人にしれっと混ざる偽十代――に、2人が驚く中、カミューラは校舎へ向かって距離を取りながら声を張り上げる。

 

「例の偽物よ! 口調・仕草とも私たちじゃ判別できない! でも、デュエルの腕は大したことないわ!」

 

「なら、此処は私が受け持とう!」

 

「なーんか、勝手に話進んでっけど良いのかよ?」

 

 だが、偽十代の足止めにタニヤが立ちはだかり、カミューラが校舎へ駆けだそうとする中、偽十代はポリポリと頭をかきながらポツリと呟いた。

 

「そいつ、本物か?」

 

「――ッ!?」

 

「何を馬鹿な…………カミューラ?」

 

 途端にカミューラの足は止まる。

 

 そう、カミューラは動けない。何故なら――

 

「だよなぁ――タニヤが俺たちの仲間が変装した奴だったら、アンタは隙だらけの背中晒しちまうもんなぁ。仲間内でしか知らねぇ情報も本物から抜き出されてるかもしれねぇし」

 

「落ち着け、カミューラ! もし私が偽物であれば、奴が明かす訳がないだろう!」

 

「そんなの『そんなことする筈ないから本物』って思わせる為かもしれないじゃん」

 

「そんなもの――」

 

 なにせ、カミューラには「偽十代の正体をユベルの有無でしか判別できなかった」のだ。

 

 タニヤの正否も「外見や仕草」から判別できず、内面の情報すら「本物が今どうなっているか分からない」以上、判断材料にはなりえない。

 

「――水掛け論だよな」

 

 結果、タニヤの述べた判別方法も結局は「カミューラが信じられるか否か」の問題になる。

 

「でも、なんにも信じずに一人で足掻くのが最適解なんだよ。一番リスクがない」

 

 十代らしからぬニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる偽十代の言葉にカミューラは、思った以上に厄介な「偽物」の対処に頭を悩ませれば――

 

――こいつの言う通り、このタニヤが本物の保証なんて何処にもない……でも、そんなことまで論じ始めれば何も出来なくなる。1人でも動くしかない……けど!

 

「だけど、1人で動くと俺たち総出で袋叩きにされちゃうかもしれねぇんだよなぁ――なぁ、どうする?」

 

 見透かしたかのような偽十代の声が響き、カミューラを惑わせる。

 

「……それは嘘だな」

 

「なんの話?」

 

だが、此処で何かに気づいた様子のタニヤが待ったをかけた。

 

「お前たちが『集団で動いている』との話だ」

 

「ふーん、それで?」

 

「聞け、カミューラ。奴の言う通り多人数の仲間が大勢いるのであれば、神崎は私の足止めに専念していた筈だ。鍵を1つ失うリスクを取ってまで自滅を選び、決着を焦る必要はない」

 

 そしてカミューラに聞かせるようにタニヤが説明する通り、偽十代の仲間が大勢いるのなら「神崎はタニヤの足止めに乗っかっていた方が良かった」のは明白である。

 

 なにせ、その方が「偽十代はカミューラの相手に専念できる」のだから。今のような状況にすら陥いることなく――だ。

 

「むしろ、追わせるように神崎が逃げたのは、私を振り切り偽物の遊城 十代としてカミューラの前に現れる為だったのやもしれん」

 

「スッゲー、名推理! 良かったな、カミューラ! このタニヤ、本物っぽいぜ! 信じて良いんじゃねぇか!」

 

 やがて、タニヤの推理をパチパチと拍手しながら褒め称えた偽十代の姿にカミューラは歯噛みし、言葉を返せない。

 

「自分で導き出した答えってのは、案外自分じゃ疑わねぇからなー」

 

 そう、今のカミューラには「自分の為のタニヤの行動」ですら「自分を信用させる為の行為」ではないかと疑ってしまうのだ。

 

 誰も信じられない。

 

 だが、誰かを信じないとリスクが跳ね上がる。

 

 しかし、信じた結果、また騙される可能性が脳裏をよぎる。

 

 そうなれば、今度こそ詰みになりかねない。

 

 

 暫くして葛藤に葛藤を重ねたカミューラは絞り出すように呟いた。

 

「信じて……良いのね?」

 

「いや、信じるな。私の偽物が用意されている可能性もある」

 

 しかし、そのカミューラの決断をタニヤは切って捨てて告げる。

 

「私はお前の為に動く。お前はそれを利用しろ」

 

「ひゅ~! カックィー! これは確実に本物の仲間だぜ、カミューラ! 信じて背中を任せるべきだって!」

 

「――黙りなさい!!」

 

――幾ら疑っても、信頼し切れる材料がない……確信も得られない……こいつら、本当に性格が悪い!!

 

 やがて、茶化すような偽十代の声と仕草にがなり声をあげたカミューラは、信じたい気持ちと信じられない感覚の板挟みになりながらも、タニヤたちを視界から外せぬまま少しずつ校舎の方へと後ずさっていく。

 

 だが、此処で茂みから足音が響いた。

 

「貴方たちィーガ、セブンスターズでスーネ! 生徒たちには近づけさせないナノーネ!」

 

「おっ、タニヤの『仲間が少ない』って情報と食い違うな~、やっぱ怪しいんじゃねぇの?」

 

「行けッ! カミューラ!!」

 

「くっ、アンタが偽物だったら承知しないわよ!!」

 

 と、同時に万丈目たちからの知らせを受けたと思しきクロノスが現れたことで、タニヤへの信用が乱高下する中、ギリッと歯を食いしばったカミューラは一か八かの覚悟で校舎へ向かって駆けだした。

 

「ま、待つノーネ! ワタクシが相手を――って、ワワワ!? ま、周りが真っ黒々になってイクーノ!?」

 

 やがて、遅れてその後を追うクロノスが茂みの向こう側で闇のデュエルに引き込まれた中、タニヤはデュエルディスクを構えて見せる。

 

「どうした? 早く構えないか。デュエルといこう」

 

「まっ、一応アンタにも聞いとくよ。こっちはカミューラの望みを叶える準備がある。アンタから説得してくれねぇか?」

 

「いい加減、遊城 十代の振りは止せ。正体を明かせとまでは言わんが、私はお前という戦士の素の姿が見たい」

 

 しかし、この期に及んで十代の演技を止めない偽十代へ、タニヤが眉をひそめるが――

 

「あはは、悪ぃ。この姿だとなに喋っても『遊城 十代っぽく』なっちまうんだ。参っちまうぜ――んで、交渉の答えは?」

 

「悪いがカミューラが『信じられない』と結論づけた以上、その決断を尊重するつもりだ。それに私から見ても、どのみち一族が復興すれば人間との対立は避けられん」

 

「だよなー」

 

「話はそれだけか? ならば、デュエルといこう。カミューラの時のように擬態用のデッキではなく、本来のデッキで来い」

 

 演技を「止めない」ではなく「止められない」と肩をすくめてみせた偽十代の停戦の提案は呆気なく蹴ったタニヤが剥き出しの闘志をぶつけながら獰猛な笑みを浮かべて見せた。

 

「アマゾネスの戦士の誇りに懸けて、全霊を以てお相手しよう」

 

「やっぱ、デュエルしなきゃダメ?」

 

「当然だ。貴様も7つの鍵を守る戦士の1人――敵将の頭数を減らせる機会を逃す訳もあるまい」

 

「うぐっ、反論できねぇ。うーん、じゃあこの『知恵』のデッキと『勇気』のデッキ、どっちが良い?」

 

「……私のことも調査済みという訳か」

 

 そんなデュエリスト然としたタニヤの姿に偽十代は諦めた様子で腰のデッキケースから2つのデッキを手に取り問うた。

 

 そう、これは原作GXにてタニヤが対戦相手に問いかける二択。神崎とのデュエルでは見せていなかった所作ゆえに、カミューラが騙された偽物の完成度に内心で舌を巻く。

 

「まぁな! 俺の方はアンタが選んだ方と同じヤツを選ぶぜ! さぁ、どっちだ!」

 

「フフフ、成程な。これは少々厄介だ」

 

――どちらのデッキが私の全力に応えられるか……相性の問題もある。

 

「ならば『知恵』のデッキにしよう。策を弄するお前の知恵の髄たる形が見たい」

 

「おっけー! じゃぁ、こっちのデッキな――よし、行くぜ!」

 

 

「 「 デュエル!! 」 」

 

 

 

 やがて、選ばれたデッキの一方をデュエルディスクに収めた偽十代の姿を合図に、闇のデュエルではない普通のデュエルが幕を開く。

 

「私の先攻! ドロー! フィールド魔法《アマゾネスの里》を発動! そして手札の――」

 

「――マンマミーア!? そ、そんなカード、ズルっ子ナーノ!?」

 

 そして、周囲にアマゾンの奥地にある集落を思わせる世界が広がる中、遠方でクロノスの世の理不尽を呪うかのような叫び声が響いた。

 

「ペ、ペペロンチィイイイィイイイノォオォオォオオオ!!??」

 

「あれ? クロノス先生、負けちまったのか? うーん、流石にこっからじゃ分かんねぇなー」

 

「フッ、早くもお前たちの仲間が敗れたようだな。これで鍵の守り手は2人減り、お前を倒せば半数――状況はイーブンに……」

 

 やがて、遠方からクロノスの断末魔が木霊すれば、偽十代とタニヤはその勝負の行方を悟るが――

 

 

“自分で導き出した答えってのは、案外自分じゃ疑わねぇからなー”

 

 

 その決着を前に、タニヤの中で疑念が芽吹いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 此処で時計の針を少しばかり早めれば、校舎にて闇のデュエルのダメージによってフラついていた牛尾は、限界を迎えたように膝から崩れ落ちた。

 

「くそっ……俺の実力じゃ、ここいらが限界……か」

 

「倫理委員会のおっさん!?」

 

「そこで寝ていなさい! さぁ、次の相手は誰!!」

 

――この騒ぎは教師だけでなく、生徒たちにも伝わっている筈。このまま、遊城 十代だけでなく、精霊に選ばれるようなデュエリストが黙っていられない状況を作ってやるわ!

 

 やがて、邪魔者がいなくなったことでカミューラが次々に階段を昇って捜索を続けていけば、様子を伺っていた生徒たちは蜘蛛の子を散らすように逃げまどう。

 

 そんな中、カミューラは校舎中に聞こえそうな程に拡散させた声で高々に告げた。

 

「聞こえているかしら! 遊城 十代! 坊やを守る為に先生たちが次々傷ついていくわよ!!」

 

 それは恐怖にかられた生徒たちに「十代を差し出せば助かる」との思考誘導を兼ねた牽制。

 

 そうして、アカデミア側に余計な仕事を増やしつつ、己が少しでも動きやすくせんとするカミューラだが――

 

「こうなったらオレが相手だドン! 十代のアニキの元へは行かせないザウルス!!」

 

「ダ、ダメだっスよ、剣山くん! 牛尾さんはともかく、クロノス先生すら倒した相手に僕らじゃ無理っスよ~!」

 

 逆に「アニキの危機だ!」と知ったゆえに剣山を呼び寄せてしまう結果になる。

 

 その腰元には翔が小鹿のように足を震えさせながら剣山の身を案じて引っ張っていたが、鍛え方の差ゆえに効果はない様子。

 

「何をしている馬鹿者ども! さっさと避難しろと言われただろうが!!」

 

「ま、万丈目先輩!?」

 

「あら、アンタたちは遊城 十代の知り合いだったわね――なら、痛めつければ、坊やの方から来てくれるかしら!!」

 

「ひ、ひぃ~! お助けっス~!!」

 

「まさか先輩まで、このまま黙って逃げろって言う気ザウルス!?」

 

「もっと頭を使え、1年坊! 戦うにしても、纏まっていた方が有利だろうが! 今は生徒全員で一致団結するぞ! 来いッ!!」

 

 やがて、逃げ遅れ+馬鹿な事を考えた面々の回収に万丈目が怒声を上げる中、カミューラはアカデミア側の混乱が加速している状況にほくそ笑む。

 

「あら、狩り場に案内してくれるなら助かるわ」

 

「俺が相手だ、カミューラ!!」

 

「 「 アニキ!! 」 」

 

 だが、此処でお目当ての十代が乱入。とはいえ、本物の保証は何処にもないが。

 

――こいつ、本物? いいえ、関係ないわ。偽物も片っ端から倒せば良い。

 

「よくも先生たちを……!! 俺はお前を絶対に許さねぇ!!」

 

 しかし、怒りに満ちた目でカミューラを睨む十代の姿は2年目にして覇王化するんじゃないかと思えるものである。

 

「止せ、十代! あの女の狙いは貴様だ! のこのこ出て行ってどうする!!」

 

「状況が見えてないな。ボクの十代が狙われているっていうのに、ガードの教師どもが頼りないんじゃ時間の問題ってことが分からないのかい?」

 

「行くぞ、ユベル!! アイツは俺たちで止める!!」

 

「勿論だよ、十代。キミとボクの力があれば、どんな壁だって乗り越えられる――そうだろう?」

 

「剣山くん……アニキ、空中に向かって話しかけて――誰と話してるんスか?」

 

「分からないドン……でも、きっと自分の魂のデッキに語り掛けるアニキなりのルーティーンに違いないザウルス!」

 

 更に空中に浮かぶユベルに語り掛ける十代の姿に、カミューラの中にひりついた緊張感が走った。

 

――ユベル! 遊城 十代と共にいる精霊! 仮にこの遊城 十代が本物でなくとも、こいつも精霊が見えるのなら問題ない!!

 

 この際、「この十代」が本物か否かは構わない。

 

 なにせ、精霊が見える人間――幻魔を復活させ、その力をコントロールする為の(キー)が揃っている。

 

「やめろ、十代!! 冷静になれ!!」

 

「退けよ! 万丈目!! こいつは……!! こいつだけは……!!」

 

『カミューラ! 聞こえるか! タニヤだ!!』

 

――タニヤからの通信? あの偽物を倒したの?

 

 ゆえに、万丈目を振り切った眼前の十代へカミューラがデュエルディスクを構えるが、彼女の通信機から焦ったようなタニヤの声が響く。

 

『一旦、退却しろ! 態勢を立て直すんだ!』

 

「問題ないわ! 遊城 十代がいたの!!」

 

『相手にするな! 罠だ!!』

 

「問題ないわ! 偽物でも精霊との縁があれば良い!!」

 

 しかし、タニヤの「罠」との忠言をカミューラは切って捨てる。この際、罠でもなんでも構わない。

 

 今のカミューラには「精霊が知覚できる人間とデュエルできる」なら、罠だとしても飛び込む他ないのだ。

 

『そうじゃない!』

 

――タニヤ……通信機を奪われたのね。でも、アンタが稼いだ時間は無駄にはしないわ!

 

「儀式さえ始めてしまえば私たちの勝ちよ!!」

 

『聞け! カミューラ!!』

 

 それに加えて、「信じるな」「(タニヤ)の行動を利用しろ」とタニヤ自身が言っていたにも拘わらず、ひたすら「撤退しろ」と方針を押し付けてくる「通信機から聞こえるタニヤの声」はカミューラの決断を後押しする結果となる。

 

 

 なにせ、通信機からの声は「今、カミューラが“この十代”とデュエルすることに不都合を感じている」神崎の思惑が透けて見えたからだ。

 

 

 だからこそ、カミューラは「偽十代を足止めしたタニヤ」を信じて、眼前のデュエルに集中する。

 

 

 これが正真正銘の最後のチャンス。

 

 

 仮にこの十代が偽物で、とんでもない実力者が変装していたとしても構わない。

 

 

 なんとしても勝つ――その決意だけがカミューラの背を押していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――此処はアカデミアじゃない!!』

 

 

 

「…………えっ?」

 

 

 そして、プツリとカミューラの集中が途切れる。

 

 

 言葉の意味を理解するのが数拍遅れる。

 

 

 眼前の十代の両端から剣山、翔、万丈目たちがカミューラに飛び掛かり、

 

 

 周囲の教室から飛び出した生徒たちも同様に己に向けて殺到する光景に意識が追い付かない。

 

 

「ガ■チャ、楽CいデュLだっタZ」

 

 

 視界の端で十代の()()()()()()()()()()()()と視線があった瞬間にカミューラの全身を突き抜ける衝撃。

 

 

 砕ける窓ガラス。

 

 

 その身を覆う一瞬の浮遊感。

 

 

 互いを足場に次々と己を目指す生徒たちの姿。

 

 

 重力に引かれる感覚。

 

 

「カミューラ!!」

 

 

 そして仲間の声。

 

 

 受け止められた感触。

 

 

 分散された着地の衝撃と同時に周囲に、肉の潰れる音が幾重にも響いた。

 

 

「なに……これ……」

 

 

 呆然とタニヤの腕の中で呟いたカミューラの眼前には、頭が欠け、腕がひしゃげ、足があらぬ方を向いた生徒たちの姿。

 

「恐竜サん●DNAがNAけれBA即死▲ったザUルス……」「ヒョーHYOヒョ▲スだゾ、キ●スのアニKノO陰っス」「オCリスRedの●ズME」「KズはクZ同士庇I合イカ?」「連■飛BI降RI事件●真相HA万丈目Thunder▲名NI懸けて■く!!」「Red如きがBlueのAタ▲TAちニ意見■ルKI?」「校舎▲らDrop out Boy●ノーネ」

 

 いや、大勢の生徒だったなにかがうめき声に似た音を上げながら立ち上がり、這いずる光景。

 

「なん……なの……? 何が……何が起きてるの!?」

 

 カミューラには眼前の地獄のような光景が理解できない。

 

 脳が状況の把握を拒絶する。

 

 だが、それでもヴァンパイア一族の復興が脳裏を過ったカミューラは縋りつくように己を抱えるタニヤへ叫んだ。

 

「此処がアカデミアじゃないって何!? なら、何処なの!? アイツらは誰!?」

 

「……そこまでは分からん」

 

「だったら放して!! どうせ、アンタも偽物なんでしょう!!」

 

 しかし、望んだ答えが得られなかったカミューラはヒステリックに叫ぶ他ない。

 

 だって、後一歩だったのだ。

 

 精霊が知覚できるデュエリストを見つけたのだ。

 

 そいつを倒せばすべてが解決した筈なのに。

 

「折角、精霊の見える人間を見つけたのにアンタのせいで台無しよ!!」

 

「……幻魔封印の鍵の扱いが雑過ぎる。この日だけで私たちは7人の守り手の内、何人倒した?」

 

 だが、此処でタニヤが確かめるような問いかけが落ちる。

 

 代わりに答えれば、確認できているだけでも神崎、クロノス、牛尾の3人である。

 

 偽十代も実力を鑑みれば、そう苦もなく倒せることを鑑みれば4人倒せる計算になるだろう。

 

「馬鹿じゃないの! あのカードの力があれば、そんなの幾らでも倒せ――」

 

「なら、儀式場は起動したか!!」

 

「そんなのエネルギーが足りないんだから、仕方ないでしょう!!」

 

 とはいえ、カミューラの言う通り「例の闇のカード」があれば、この戦果はさほど難しい訳ではない。

 

「――これは1年前に実行する筈の計画だったんだぞ!!」

 

「ッ!?」

 

 だが、儀式場の起動に関しては説明が付かなかった。

 

 本来であれば幻魔の騒動は「十代たちが1年生の間に起きる事件」だ。カミューラたちも「当初はその予定だった」のだから。

 

 ならば、1年前にエネルギーが貯まっていなければ辻褄が合わない。とはいえ、多少の誤差はあるだろう。

 

「それでも多少の不足は理解できる! だが、これだけ暴れて何故、起動しない!!」

 

 しかし、現状は「多少」とは呼べぬ程に乖離していた。ありえない程に。

 

 だが、前提が違うことに思い至れば当然だった。

 

「『此処がアカデミアでない』なら奴の行動にも全て説明がつく!!」

 

 そう、儀式場が起動しないのは当然だ。だって、儀式場なんて代物が初めからないのだから。

 

 鍵の守り手が捨て駒にされて当然だ。だって、守る必要のある鍵なんて此処にはないのだから。

 

「正解・正解・大正解~! いやぁ、まさか其処まで辿り着くなんてなー」

 

 その結論にたどり着いたタニヤへ偽十代が拍手を送れば、周囲の身体の損傷が激しい生徒たちも盛大な拍手を共に打ち鳴らす。

 

 何故、疑問に思わなかったのか。

 

 セブンスターズとのデュエルではユベルが一言たりとも喋らず、

 

 アカデミアでは3年の胡蝶 蘭が先輩として十代たちの世話を焼いていたにも拘わらず、セブンスターズとのデュエルの際は姿どころか話題にすら出ず、

 

 セブンスターズとのデュエルでは漫画版の雰囲気に近くなった万丈目が、妙にアニメ版の性格で騒ぎ、

 

 明日香の知り合いがセブンスターズとして来れば、示し合わせたように明日香が観客から消える。

 

 いや、そもそも神崎がいた場所を「アカデミア」と明言したことは一度もないのだが。

 

 

 そう、答えはシンプルだった。

 

 

 学園も、生徒も、教師も――全部、全部、ぜーんぶ偽物だったのだ。

 

 

 偽物の学園で、偽物の生徒相手に、偽物の儀式を行って、一喜一憂していたカミューラの姿はお笑い種であろう。

 

 

 おっと、偽物の生徒の1人には気づいたんだったか。

 

 

「アンタ……!!」

 

「あっ、俺のことは気にせず続けてくれて構わねぇぜ。デュエル中だけど、アンタらが喧嘩したまま再開されても困るし」

 

 そんな小馬鹿にしたような拍手喝采を睨むカミューラに、偽十代は堪えた様子もなくタニヤへ推理の続きを促せば――

 

「カミューラ、我らはアレの変装精度の高さに『そう数は用意できない』と判断してしまった。なんの根拠もない推論を軸に行動を……な」

 

 苦虫を嚙み潰したようなタニヤは己の軽率な判断を悔やんで見せる。

 

「此処で儀式を始められる訳がなかったんだ……儀式場そのものがないのだから」

 

「なら、今まで送り込んだセブンスターズとのデュエルは!?」

 

 しかし、それでも信じられないのか送り込んだセブンスターズの刺客たちの情報をもとに反論の術を探すカミューラへ、偽十代は何でもないように返した。

 

「いや、全部ここで終わらせたに決まってんじゃん。アカデミアは今日も平和にやってるって話だぜ」

 

「ふざけないで!! アカデミアにセブンスターズの刺客を退けたって噂があるのよ! 学園との交流戦の話は表のルールに則った正式なもの! 無視は出来ない!!」

 

「……? そんなのこっちで用意した偽物の刺客をアカデミアに送り込んだら良いだけだろ?」

 

「だとしても、島1つ増えれば流石に誰かが疑問に思う筈よ!!」

 

「辺り一面に海しかねぇ閉鎖的な場所で『誰が』『どう』確認すんだよ。衛星とか計器とかさえ誤魔化せりゃ、後はどうとでもなんだろ――アンタたちは専門的な知識もないんだからさ」

 

「ふ、ふざけないで!!」

 

「ハハッ、コブラ校長も似た感想だったらしいぜ!」

 

 そう、今回の計画は偽物と本物をひっくり返しただけだ。

 

 本物のセブンスターズは偽物のアカデミアへ、

 

 偽物のセブンスターズを本物のアカデミアへ。

 

 たった、それだけの話。

 

「神崎がアカデミアに半年ほど籍を置いていたのは学園の人間たちの性格や行動パターンを測る為……」

 

 やがて、タニヤは合点がいった様子で神崎の行動の裏を整理してみせるが――

 

「偽のアカデミアの準備を思えば、少なくとも数年以上前に我らの計画は察知されていた訳か」

 

「バ、バカじゃないの!? 私たちを捕らえる為だけに! 偽物のアカデミアを用意して! 偽物の生徒を大勢用意して! 闇のゲームで命を賭けたって言うの!?」

 

 カミューラの言う通り過剰すぎる計画だった。

 

 島を丸ごと一つ使って、たった1人を捕らえるなど馬鹿げている。

 

「生徒の安全という面では確実な手だ。実際に足を運ばねばまず偽物とは発覚しない――そして、足を運べば偽の生徒全員で包囲され逃げ場を失う」

 

 しかし、タニヤの言う通り「生徒の安全」において費用対効果はともかく、これ以上の策はないだろう。なにせ「守る生徒がいない場で戦う」のだから。

 

「それに恐らくは我々に『幻魔復活は不可能だった』と誤認させる目的もあったのだろう」

 

「あはは……まぁ、微妙に違うけど大体そんな感じ」

 

 やがて、「第二、第三の幻魔復活をもくろむ輩への罠」としての側面もあったと察してみせるタニヤへ、目を泳がせた偽十代はパンと手を叩いて話題を変えた。

 

「まっ、種明かしも済んだところで――そろそろ諦めろよ。俺もお前らと問答無用で潰し合いたい訳じゃないんだ」

 

 先程までの嘲るような素振りは見せずに偽十代は真摯な姿を見せる。

 

「お前らの目的って多分、カミューラの一族の復活だか復興だかだろ? なら、そっちの『ヴァンパイア一族の情報』さえ貰えれば力になれるからさ!」

 

 そう、神崎側に唯一足りないのが「物質次元を生きたヴァンパイアの情報」のみ。

 

 それさえ明らかになれば、カミューラの望みが何の犠牲なく叶う可能性だってゼロではない。

 

「俺たちが戦う理由なんて、ホントは何処にもないんだよ! なっ? 仲良くいこうぜ?」

 

「10代、包I●完了▲たZ」

 

「MI沢9んIたNO?」

 

「ZUっ10イTA!」

 

 そんな偽十代の真っ直ぐな言葉を余所に、周囲に偽物の生徒たちがカミューラたちから逃げ場を奪うように集っているが栓無き事である。

 

――囲まれたか。口を挟まなかったのは偽物共を集める為……

 

「……ならば、いい加減、遊城 十代の振りは止めたらどうだ」

 

「またそれかよ……いやさ、ちゃんと擬態を解くのって面倒なんだよ。協力取り付ける前に使い捨てちゃ、もしもの時に困るだろ?」

 

「もはや正体を隠す意味はあるまい。そうだろう、神崎?」

 

「ははっ、当てずっぽで――」

 

 やがて、周囲に気を配るタニヤのカマをかけるような物言いに偽十代はとぼけて見せるが――

 

「変装程度ならまだしも、これだけの規模の力をお前が不特定多数の人間に晒す訳がない。それが理由だ」

 

「なら聞くけど、正体明かせば諦めんのか?」

 

「話くらいは聞くやもしれんぞ」

 

 状況証拠ゆえど確信を持ったタニヤの瞳を前に自白とも取れる形で偽十代は降伏の確認を取るが、最後は諦めたように一息吐けば顔がひび割れたように崩れていき、その身体はメキメキと異音を上げながら一回り、二回りと大きくなっていく。

 

「ハァ…………これで満足ですか?」

 

 さすれば、サイズが合わずに手に取った青い制服の上着を肩にかけながら、いつものスーツではなく十代が着ているような黒いインナー姿の神崎が身体の調子を確かめるように肩を回していた。

 

 

「やはり神崎……!!」

 

「では、本来ならあなた方からヴァンパイアの情報を得た上で説明するべきでしたが、此方が持ちうる情報で用意した解決策を提示さ――」

 

「――喋るな!! アンタ、頭おかしいんじゃないの!? 聞く訳ないじゃない!! 騙そうとしてきた相手の言葉を!!」

 

 そして、神崎が用意した解決策を語ろうとするも、カミューラの怒声によって掻き消される。

 

 当然だ。これだけ念入りに騙しに来た相手の言葉を「はい、そうですか」と簡単に信じられるのなら世界はとうに平和だろう。

 

 カミューラとて生徒たちを危険に晒す計画を立てたとはいえ、理屈と感情は別である。

 

「期待はしていませんでしたが、やはり話は聞いてもらえないようですね」

 

「お、終わり……なの? こんな……こんな馬鹿げてること考えた奴のせいで……ヴァンパイア一族の復興が……」

 

「いや、1つだけ突破口がある」

 

「えっ?」

 

「……気休めじゃないわよね?」

 

 やがて、神崎も「もう、全部ぶっ飛ばしてから考えるか」なんて物騒なことを考え始めていた中、タニヤから驚きの発言が飛び出した。

 

 思わず神崎も「え、この状態からでも入れる保険があるんですか?」とばかりに呆けた声が漏れる。費用対効果をガン無視した意味は一体……

 

「ああ、奴は我々を『殺せない』――『怪我すらあまりさせたくない』程に」

 

「私たちを?」

 

「そうだ。そもそも、こんな馬鹿げた規模の作戦を立てた理由を考えてみろ。さほど計略に富んでいない私でさえ『もっとマシな作戦がある』と断言できる」

 

 だが、真相は逆である。「費用対効果をガン無視するだけの何かがある」と察せられたのだ。

 

「つまり、奴は『それが出来ない何らかの理由』があるのだろう。こうして殆ど詰みの状況に持って行ったというのに、未だに降伏を持ち掛けてくる」

 

 なにせ、考えてみれば不思議な話である。手段を選ばなければ神崎には幾らでも勝ち方はあった。

 

「そして何より、先程の落下したお前を私が受け止める時、奴は邪魔をしなかった」

 

 最たるものは、カミューラが偽の校舎から叩き落された一件。

 

 あの時、通話が繋がる前からタニヤはカミューラの元へ向かうべく「偽十代とデュエル中にも拘わらず」校舎へと突っ走っていたのだから。

 

「妨害一つでもあればお前は重症を負い、逃走の可能性が断てたというのに」

 

 あの歩みを偽十代が僅かでも足止めしていれば、カミューラは歩行不可能な程の怪我を負い自力での移動が困難になっていたことは明白。

 

 そうなれば、タニヤとて打つ手がなかった。ゆえに告げる。

 

「ゆえに逃げろ、カミューラ。奴らの足止めは私がする」

 

「この数を相手に? そんなの出来っこないわ!!」

 

「笑わせる――私は誇り高きアマゾネスの戦士! この程度の苦境など幾度となく乗り越えて来た!!」

 

「いえ、流石にデュエル中の相手へ襲撃させたりはしませんよ」

 

 単身で偽物の生徒と呼べない物の怪どもとの闘いに挑むタニヤを神崎は一応、デュエリストの立場でやんわりと断った。

 

 遊戯王ワールドでデュエル中の相手に襲撃をかますような面々の末路など語るまでもあるまい。

 

 しかし、物の怪生徒どもが相手ではカミューラが逃げ切れないことを察しているタニヤは引く気はなかった。

 

「ならば悪いがデュエルは中断させて貰おう。カミューラが逃げ切った後に再開だ」

 

「止めませんか? デュエルを放棄なさるのなら、荒っぽい方法になってしまいますので」

 

「やってみろ! この私を倒さねば――」

 

 ゆえに、デュエリストの矜持を曲げてでも仲間の盾となろうとしたタニヤは、その頭を神崎の手に掴まれ地面にあおむけに叩きつけられた。

 

 遅れてタニヤの背中に衝撃が響く。

 

「――ばッ!?」

 

「タニヤ!?」

 

「止まるな! 走り続けろ! 私がこいつを捕まえている内に!!」

 

 だが、タニヤは己の頭を掴む神崎の腕を圧し折る勢いで掴み返して叫んだ。

 

「でもっ!」

 

「こいつは私を殺せん! だ……が!!」

 

「ぅぉっ」

 

「力比べに随分と自信があるようだが……! 私とてアマゾネスの戦士の中では剛腕……! 容易く振りほどけはせんぞ……!!」

 

 やがて、頭を掴まれたままで押し返すように立ち上がるタニヤの腕力に神崎が僅かに押されていく。

 

 そう、なにせタニヤの本当の姿は「虎のモンスターの精霊」――その怪力は人間とは比較にはならず、精霊の中でも決して非力ではない。

 

 限界を超えた肉体の酷使にタニヤの身体からミシミシと鳴ってはならない歪な音が零れるが、その甲斐あってか神崎は押し切れず、動けない。

 

「構いませんよ。貴方を抑え込めれば」

 

 ただ、既にそんなことは関係なかった。

 

「やれ」

 

「 「 「 Glory on the Academia!! 」 」 」

 

 端的な神崎の指示に周囲からおびただしい程のアカデミア生徒や教師の姿が貼りつけられたオレイカルコスソルジャーたちが殺到する中、もはやタニヤは力の限り叫ぶ他ない。

 

「走れ! カミューラ!!」

 

「――くっ!!」

 

 そのタニヤの覚悟に背を押されたカミューラは、崖のある方へと駆け出していくが――

 

「行KE! 9ZU共!!」「ジュ●KO、MOもエ! Jet Stream Attackを仕KAけRUわ!」「 「 Jet Stream Attack!! 」 」「融合SURUのはYubel! 俺TOお前NO魂DA!!」「俺GA輝KU為にHA、もHAやKOんNA制服HA必要NAIッ!」「こU見EてMO腕力にHA自信がAるNでスYO」

 

「放しなさ――」

 

 死体に群がる蟻のように己に向かうオレイカルコスソルジャーたちの幾人かを躱すカミューラの手は眼鏡をかけたオレイカルコスソルジャーに掴まれたことで歩みが止まり、

 

「Aの時TO一緒DANA……」「IYAッHOOOOOOォUゥ!!」「YAっPAりBAKAの一TU覚EなNOーNE……」「NAにYAってRUの Brother……」「所詮TEめぇRAは権力NIゃA逆らEねぇNだYOォッ!!」

 

「――ぶっ……!?」

 

 皮を削ぐ勢いでなんとか腕を自由にしたカミューラの腹部に1体のオレイカルコスソルジャーのタックルが突き刺されば、体勢を崩したカミューラの元へ次々にオレイカルコスソルジャーたちが抑え込みにかかる。

 

「GAッTYOョ、楽しIデュエルDAったZE!」「SOれっTE、OかSIクなIかNA?」「SOうDA。貴様にHAデュエリストとSIてNO骨がNAI。デュエルGA軽イ。」「DEすかRA私HA皆サNに……復讐SUるKOとNI決メMAシTA」「嬉シIヨ10代……KOれGA、YouノLoveナNダNE」

 

 そして、最後は幾人ものオレイカルコスソルジャーたちによって地面に押さえつけられた。

 

 それでも土で汚れたカミューラが崖に向かって這ってでも進もうとするが、そんな無意味な足掻きでさえ、余りに余ったオレイカルコスソルジャーたちがカミューラの手足を抑えるだけで終わる。

 

 更に、他のオレイカルコスソルジャーたちが周囲の警戒をするように、カミューラの盾にも見えてしまう陣形を取って辺りを見回しているが、乱入者の影どころか何もない。

 

 やがて、打つ手を失くしたカミューラの涙と嗚咽に混じった声が零れるが、残酷なまでに奇跡なんて何処にもなかった。

 

 

「存外、呆気のない――これが貴方の言う『突破口』ですか?」

 

 

――じゃないよな。瞳の闘志が消えていない。

 

 

 しかし、それでも神崎は警戒を続ける。なにせ、己の腕を未だに力の限り掴むタニヤの目は死んでいない。

 

 

 この状況からの逆転を信じて疑っていない。だからこそ、再度告げる。

 

 

「なんにせよ、あなた方の身柄さえ押さえら――ッ!?」

 

 

 と同時に黄金の船が神崎を跳ね飛ばした。

 

 

――いつの間に? いや、()()近づいた!?

 

 

 まるで時間を切り取ったかのように現れ、オレイカルコスソルジャーたち諸共神崎を蹴散らした黄金の船の出現に意識が逸れる中、空より1人の青年が着地する。

 

「無事か、2人とも」

 

「アビ……ドス……」

 

「どうやら……上手く伝わったようだな」

 

「ど、どういうこ――」

 

 そんなアビドス三世の乱入に、人身事故に巻き込まれかけたタニヤが安堵の息を吐きながら倒れたままのカミューラに手を差し出せば、黄金の船の着弾地からドゴンと轟音が響いた。

 

「そういえば、貴方もいましたね」

 

「王の船がッ!?」

 

「私を足止めし、カミューラに単身で無謀な逃走を指示したのは、生徒が群がる異常な光景を用意する為……これは一本、取られました」

 

 やがて一蹴りで王を神の国に運ぶ超重要文化財を通り越した技術革新を運ぶオーパーツこと、王の船をぶっ壊した神崎はタニヤの語った「突破口」の正体に舌を巻く。

 

 だが、アビドス三世もまた感嘆の声を漏らした。

 

「成程な。状況は理解した――この者、神官の系譜か。伝承の途絶えた今の世に、これ程の魔術を行使できる者がいたとは余も驚きだ」

 

「アビドス、任せるぞ」

 

「引き受けた。しんがりは余が務めよう」

 

「流石にこれ以上、付き合う気はないな」

 

 やがて、タニヤの言わんとする所を理解したアビドス三世が一歩前に出た瞬間に、その背に守るカミューラに向けて神崎の拳が振るわれた。

 

――ッ!?

 

 と、同時に神聖なる力のこもった杖が神崎の拳を払った。

 

「よもや、余の魔物(カー)たるスピリット・オブ・ファラオと生身で打ち合うとは……」

 

 聖なる光の宿る一撃に拳から煙を出しながら距離を取った神崎へ、ツタンカーメンマスクに黄金の鎧で身を包んだ魔物(カー)――スピリット・オブ・ファラオがアビドス三世を守るように穂先が曲がったモザイク模様の杖を構えて立ちはだかる。

 

――そうか、アビドス三世は……!

 

「其方、かの精霊(カー)と術者を同一化する禁術を用いた身ではあるまいな?」

 

 やがて、逆に心配そうな顔を見せるアビドス三世より、神崎は原作にて描写がなかったゆえに無意識で除外していた可能性に晒され内心で舌を打つ。

 

――石板に魔物(カー)を封印していた時代の王!!

 

 そう、原作にて特に魔物(カー)と共に戦う描写がなされた訳ではないが、アビドス三世は「石板に封じられたモンスターを使って戦える者ディアハリスト」なのだ。

 

 アテムもご用達だった「石板の魔物(カー)を用いて戦う訓練」の様子だけは原作でもしかと描写されている。

 

 やがて、神崎に釣られた訳ではないが思ってもみなかった仲間の活躍にポカンとしていたカミューラへアビドス三世は焦燥感を含んだ声で告げた。

 

「語らいは好まぬか――何をしているカミューラ。行け、余とて何処まで対抗できるかは分からぬ」

 

「乗れ、カミューラ!!」

 

「全員静聴、アレは無視してカミューラを追え」

 

 やがてカミューラがタニヤの肩に乗せられた中、神崎がパチンと指を鳴らせば生徒のガワが弾け飛び――

 

「UGOGO……!」「GUGAAaaaAaaa!!」「IiiYAHAaaaaaHA~ッ!」「UKEKEKEKEッ!!」「HiHiHiーッ」「REREZIGii、GAGAGAGAGAAaaa!!」「IYaッHoooooo~~!!」「SIiiiZAaaaaaaッ!!」「ⅣOooOoooッ!!」「KiKi i i i i i!!」

 

 異形の叫びをあげる普段通りのオレイカルコスソルジャーたちがスピリット・オブ・ファラオの先にいるカミューラたちへ向けて殺到。

 

「王を前に単身で挑むか――だが、今の世の神官よ、忘れてはいまいか?」

 

 その石像の軍勢を前にアビドス三世は内より魔力(ヘカ)を練り上げ、己の魔物(カー)の力を開放すれば、スピリット・オブ・ファラオの肩から伸びるホルスとジャッカルの頭部の瞳が赤く輝きを増していく。

 

「余がファラオであることを! 民を率い戦う矛であり盾であることを!!」

 

 そして、スピリット・オブ・ファラオが地面に己の杖を突きさせば、大地が脈動と共に隆起し、大地より這い出した影がオレイカルコスソルジャーたちに次々に襲い掛かる。

 

「うぉ……」

 

――いやはや、カードパワーと精霊(カー)の力は一切関係がないのは知っているが……

 

 やがて、神崎の眼前に広がるのは地を揺るがす程のミイラの兵隊、骨の騎馬隊、はたまた死霊の古代の戦車(チャリオット)の軍勢など大軍がおびただしい数のオレイカルコスソルジャーたちと激突する光景。

 

 

 剣が、槍が、矢が飛び交いオレイカルコスソルジャーの身体を砕き、かたやオレイカルコスソルジャーたちもその拳でミイラの兵を薙ぎ倒す。

 

 まさに地獄もかくやな戦場が一瞬にして形勢された事実に神崎の喉は引きつりっぱなしである。

 

 

――太古のエジプト人、怖すぎだろ。

 

 

 《スピリット・オブ・ファラオ》――OCG化に伴いクソカード、産廃、重症患者etcといった具合に、カードとして数々の汚名を受けている。

 

 だが、遊戯王ワールドにおいて精霊(カー)という「人の常識では測れない超常の存在である」ことは、意外と忘れさられがちだ。

 

 

 

 さぁ、ディアハしようぜ

 

 

 






おい、デュエルしろよ。




Q:なんでスピリット・オブ・ファラオ、こんなに強いの?

A:ディアハで「王もバリバリ戦うのが常識な時代」の「王の魔物(カー)」が弱い訳がなく、

「カードパワー」と「精霊パワー」の因果関係は一切ないからです。


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第285話 ようこそ、僕のデュエルアカデミアへ




前回のあらすじ
見よ、我が同胞たちを!

国は滅び、その魂が天に召されようとも、それでもなお余を慕う精霊(カー)たち!

皆との結束こそが我が(ファラオの)遺産! 我が魂! 余が誇る最強魔物(カード)――(スピリッツ)(・オブ・)(ファラオ)なり!!




 

 

 

 雪崩の如く迫りくる数多の石像たちを見定めたアビドス三世は、(バー)から魔力(ヘカ)が一気に目減りしたゆえ貧血に近い感覚を覚えながらも己の魔物(カー)であるスピリッツ・オブ・ファラオと共に神崎の一挙手一投足を見逃さぬよう注視するが、相手は距離を取ったまま動く気配はない。

 

――まずは、あの者の魔物(カー)の力を推し量らねば……

 

 そう、結果的に相手の虚を突いてカミューラたちを逃がせたとはいえ、想定外なのはアビドス三世も同じだ。此処でアビドス三世が倒れれば仲間の逃走の芽も潰える。

 

 だというのに、戦況を有利に進める上で必須であろう情報が何よりも不足していた。

 

 相手が神官の技能を修めた者だと仮定して魔物(カー)の姿や形、更にはその固有能力。加えてカミューラたちを騙した擬態などの神崎が行使できる術の範囲。

 

 下手に突っ込んで相手の未知の魔物(カー)の力に敗れればアビドス三世たちは詰む。

 

 石像の兵を操っている様子から己のスピリッツ・オブ・ファラオと同系統の固有能力を有していることは窺えるが、逆を言えばその程度のことしか今のアビドス三世には分からないのだから。

 

 

 ゆえに、お互いに如何に立て直しを図るかが求められる中、とうの神崎は膝をついて地面に手を付けた。

 

「《湿地草原》」

 

 途端に地面が長い草の生い茂った湿地で染まり、ぬかるんだ地面にアビドス三世の兵士たちの足が鈍る。なにせアビドス三世の故郷は砂漠地帯――湿地の戦闘経験はない。

 

――地形操作の能力を持つ魔物(カー)か!?

 

 そうして勘違いするアビドス三世を余所に、石像の重量ゆえにオレイカルコスソルジャーたちも湿地に足を取られ始めるが――

 

「《城壁》」

 

「 「 「 UGOッ!? 」 」 」

 

 地面から飛び出したレンガ詰みの巨大な壁がオレイカルコスソルジャーたちの幾体かを天高く戦線から弾き飛ばした。

 

――拙いッ!

 

「スピリッツ・オブ・ファラオ!」

 

 だが、ぬかるみの足場など感じさせぬ跳躍を見せたスピリッツ・オブ・ファラオが腰元より抜いた剣を振り抜き撃ち落とす。

 

 結果、湿地に頭から叩きつけられた数体のオレイカルコスソルジャーは、周りの白い仮面をつけたミイラ兵たちこと「王家の守護者」たちに取り囲まれて拳でしばき回されていた。

 

「 「 「 H、HELP! HELP! 」 」 」

 

「《魔力の棘》」

 

 が、その王家の守護者たちの足元から伸びた茨が更に彼らの動きを阻害する。とはいえ、オレイカルコスソルジャーたちの動きも阻害されるが。

 

「《銀幕の(ミラー)(ウォール)》」

 

「 「 「 TIGAッ!? 」 」 」

 

 しかし今度は水晶の壁が地面から飛び出し再び幾体かのオレイカルコスソルジャーを天へと弾き飛ばした。

 

「くっ! 撃ち落とせ、スピリッツ・オブ・ファラオ!」

 

「《誘爆》」

 

 当然、見逃せないアビドス三世は先と同様にスピリッツ・オブ・ファラオに叩き落させんと跳躍するが、その瞬間アカデミア本校舎で連鎖的な爆発音が響くと同時に本校舎は大きく傾き――

 

「王族親衛隊よ!!」

 

 

 両軍まとめて圧し潰す質量兵器となって降り注ぐ。

 

 

 やがて轟音と共に建物の残骸によって周囲の全てが押し潰された。

 

 

 そんな残骸広がる跡地から幾体もの木製の盾を持つミイラこと「王族親衛隊」によって守られたアビドス三世が顔を出し、他の兵たちも生き残りが立ち上がるが悠長にはしていられない。

 

――拙い、何体か包囲を抜けた!

 

「ファラオのしもべよ! カミューラを守るのだ!」

 

「《鈍重》」

 

 槍を持ったミイラ兵ことファラオのしもべを追手に回すも彼らの身体にかかる超重力により、ぬかるみに更に足がはまり、瓦礫が身体に突き刺さり、茨が四肢を縫い付ける。

 

――この規模の術を連続で……! だが!!

 

 ただ、先の残骸の雨を逆に足場として天へと駆けたスピリッツ・オブ・ファラオが杖を構え、遥か空より知覚外から《鈍重》による超重力すら加速に利用した一撃を放っていた。

 

「其方の危機に魔物(カー)は姿を現さざるを得まい!!」

 

「《(ソーン)の壁(・ウォール)》」

 

 しかし、スピリッツ・オブ・ファラオの杖の一撃は地面から伸びた幾重もの茨が絡まり合った巨大な壁に阻まれる。

 

 だが、スピリッツ・オブ・ファラオは己の身が茨に傷つけられることになろうとも、杖に魔力(ヘカ)を一点集中させれば――

 

 

 粉砕。

 

 

 茨の壁は砕け散り速度を緩めることなく神崎を射抜かんと迫るも、神崎が防御の為に地面へ手をかざす。

 

 

「《光の護――」

 

 

 だが地面に手をかざした神崎にパキンと何かが砕けるような感覚が過ればオレイカルコスソルジャーたちを含めた偽のアカデミア諸共、島自体が消失した。

 

 

 そう、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「 「 ッ!? 」 」

 

 

 それにより、この場の全員の身体が浮遊感に晒される中、結果的に神崎も海へと落下したことでスピリッツ・オブ・ファラオの一撃は目標を貫くことなく海面へと一先ず先に着水。

 

 

「ゴースト・カロンたちよ!!」

 

 

 アビドス三世も小船に乗った傘を被った船頭こと「劫火の舟守 ゴースト・カロン」たちを呼び出し、兵たちと共に海面への落下を防ぐ中、神崎は唯一残った陸と呼ぶには少しばかり狭い岩場に着地した。

 

 

 

 

 やがて偽のアカデミアの島とオレイカルコスソルジャーたちすら消えた事実に神崎が不思議そうに己の手の平を見やるが、アビドス三世は驚きを交えつつも確かな口調で告げる。

 

「よもや、この島すら魔術で用意した代物だったとは……驚嘆に値する魔力(ヘカ)だ」

 

 既存の島を利用したと考えていただけに、アビドス三世は舌を巻かざるを得ない。ただ、納得も出来た。

 

「だが驕ったな。如何なる外法を用いたのかは知らぬが、魔力(ヘカ)(バー)より生ずるもの。無理やり行使しようものなら命すら脅かし、術はまともに発動すらせん」

 

 そう、魔力(ヘカ)の枯渇の危険性は原作にて神官カリムの死が証明している。

 

「よせ。其方は偽物の生徒と教師たちに加え、この島の維持をかなりの期間続けていた身――とうに限界など越えている筈だ」

 

 なにせ、どれだけ魔力(ヘカ)の総量の自信があったとしても、超広域・長時間・微精細なコスパを完全に無視した術を維持し続けるなど正気の沙汰ではない。

 

 むしろ、逆に今まで維持できていたことが既に奇跡だとアビドス三世は断じてみせた。

 

「警告しよう。それ以上、その力を使うべきではない」

 

 それゆえ、拳を握ったアビドス三世は強い口調でいさめる。

 

「外法によって幾ら強大な力が行使できるようになったといえども、その手の代物は術者の心と体を蝕むゆえに禁忌とされているのだ」

 

 これは打算などではないアビドス三世の純粋な心配から来る言葉だ。

 

「其方が更に力を使い続ければ命の危険だけでなく、心を失う可能性すらある」

 

 神秘のあった時代の王として高度な魔術系統の教育を受けたアビドス三世には、神崎がどれだけ危険な行為をしているかを確かな精度で把握できるゆえに、その言葉は重い。

 

「ゆえに此処は退いてはくれぬか?」

 

「やむを得ませんね」

 

「うむ、賢明な判断だ」

 

「いたぶるような真似は避けたかったのですが」

 

 だが、世間話でもするような気軽さで神崎の姿はアビドス三世の視界からブレて消えた。

 

 

 そう、アビドス三世の心配など止まる気のない神崎には届かない。

 

 

 結果、瞬きの間にアビドス三世の背後に移動し右拳を腰だめに構えた神崎――だが、そんな不意打ちへ即座に反転して反応したスピリッツ・オブ・ファラオは神崎が右拳を放つより先に杖による突きを放っていた。

 

 そんな突きの一撃に対し、神崎は腰だめの右拳を添えるように合わせて杖を掴み相手の勢いを利用するように引き込み左の蹴りを叩きこむ。

 

 しかし、とうのスピリッツ・オブ・ファラオは引き込まれた段階で既に杖を手放し右腕で神崎の蹴りをガードするも、蹴りのインパクトの瞬間に神崎は身体を回転させながら右の回し蹴りに繋げてスピリッツ・オブ・ファラオの横っ腹を蹴り抜いた。

 

 結果、横腹から鈍い音を立てながら海面を二転三転と石で水切りするように吹き飛んだスピリッツ・オブ・ファラオは、吹き飛ぶ瞬間に抱えていたアビドス三世と共に別の小船のゴースト・カロンに受け止められる。

 

「ぐっ……」

 

 途端にスピリッツ・オブ・ファラオの受けたダメージのフィードバックにより膝をつくアビドス三世を余所に、海面に立つ神崎は煙を上げる己の右腕で銃痕のような傷の残る右肩から金属片を引き抜きつつ、スピリッツ・オブ・ファラオの右腕の手甲が一段なくなっている様子を見やっていた。

 

「死眼の伝霊……よ、余らを癒……せ」

 

 しかし、黒いローブの小さな影こと「死眼の伝霊-プシュコポンポス」がアビドス三世の背中で何やら呪文を唱えれば先のフィードバックによるダメージを含めスピリッツ・オブ・ファラオの横腹の負傷が逆再生するかのように消えていく。

 

 

 これにより、不意打ち染みた此度の攻防は、聖なる力のこもった杖を不用意に握った右腕とカウンターを受けた右肩を負傷した神崎の一手損といったところ。

 

 いつもなら瞬く間に治る神崎の負傷も「聖なる力」が致命的な弱点ゆえに亀の歩み。

 

 そして何より――

 

 

「治療役まで……歴史家の評価がアテにならないな」

 

 神崎が言葉を零したように、負傷を帳消し出来る程の治癒能力すら間接的に有するスピリッツ・オブ・ファラオの力は彼にも想定外だった。

 

――追撃しないだと? あの者、何を考えて……

 

「当然だ。余が生きた時代は、平和とは言えずとも動乱とは無縁の日々――余の国と共にあった魔物(カー)の力を間近にする機会など、殆どなかったのだから無理はない」

 

 しかし、急に足を止めた神崎を警戒するようにアビドス三世が己の生きた時代を語ってみせつつ出方を窺う他ない。

 

 

 そう、原作GXで語られていた王の不敗伝説も配下に八百長染みた真似をさせていた以上、周辺国への牽制を目的に国家の立場で流布された情報戦染みた代物だと推察できる。

 

 とはいえ、周辺国も魔物(カー)の情報を有していれば、闘おうとは思えないだろうが。

 

 なんにせよアビドス三世の不敗伝説がGX時代にて「真実だ」と誤認される程度には真実味があったのだろう。

 

 

 閑話休題。

 

 

 そうして出方を窺う神崎の姿に、矛を収める機会を得たとアビドス三世は争いを避けようと言い放つ。

 

「其方の力は確かに脅威だが、(バー)魔力(ヘカ)も疲弊し魔物(カー)の維持すら叶わぬ状態で千の魔物(カー)を従える余のスピリッツ・オブ・ファラオと戦えば、ただでは済まぬ筈」

 

 スピリッツ・オブ・ファラオが従える魔物(カー)の中には治癒能力を持つ魔物(カー)も存在し、今まではオレイカルコスソルジャーたちの相手をしていた魔物(カー)たちが全て神崎に襲い掛かるとなれば数の利は明白。

 

 とはいえ、アビドス三世も確実に勝てるとは思ってはいない。神崎が魔物(カー)と殴り合える身体能力を持っている以上、奥の手の一つや二つがあってもおかしくはないだろう。

 

 しかし、それでも――

 

「これが最後の警告だ。退いてくれ――余とて其方を傷つけるのは本意ではない」

 

 カミューラの決死の覚悟を知りつつも、アビドス三世は可能な限り血を流さず穏便に計画を完遂したかった。

 

 

 返答はアビドス三世に迫る拳だった。

 

 

「残念だ」

 

 爆発的な速度で迫った神崎の拳に貫かれたファラオのしもべがアビドス三世が一息に大きく離れる時間を作れた事実に満足気に消えていくと同時に、その背後から跳躍していたスピリッツ・オブ・ファラオが己の頭上で回転させていた杖を神崎の脳天へと振り下ろす。

 

 だが、それを交差した両腕でガードした神崎はその杖を起点に重さを感じさせぬ体捌きにより空中でスピリッツ・オブ・ファラオへ回転蹴りを放つが、海中より飛び出した王家の守護者が両腕を己の顔の前で構えて防御し身代わりとなった。

 

 その一瞬の間に杖から手を放して神崎の側面へ回り込んでいたスピリッツ・オブ・ファラオは結果的に回し蹴りを王家の守護者に放った無防備な神崎へ腰元の剣を居合抜きのように振るう。

 

 だが、その僅か前に神崎は蹴り抜いた王家の守護者を足の指で掴んで強引に足場とし、更に身体を捻って今度は縦回転によるかかと落としをスピリッツ・オブ・ファラオに放っていた。

 

 と同時にかかと落としに一足先に着弾した離れた位置でアビドス三世を抱えたファラオのしもべの投擲した槍が砕けて威力を削ぐ中――

 

 

 スピリッツ・オブ・ファラオの渾身の一刀と神崎のかかと落としが激突。

 

 

 空間にヒビを入れるような感覚を辺りにばらまきつつ、その余波が海面を波立たせていく。

 

 

――速い……並の兵では追いすがることすら叶わん、か。そして先程より威力が増しているとなれば……

 

 やがて均衡が崩れたようにスピリッツ・オブ・ファラオの振るった剣は弾かれ、軌道のズレた神崎のかかと落としが海面を叩き割る。

 

 そんな中、剣を弾かれた勢いのまま回転したスピリッツ・オブ・ファラオは離れた位置の骸骨こと「ワイト」から投げられた吹き飛んでいた己の杖を掴みつつ一歩前に出た神崎の右腹へ杖による薙ぎの一撃を振るう。

 

 さすれば鈍い音と焼けるような音が神崎の脇腹から響く瞬間、己の身体に打ち据える衝撃を左腕から逃がすように左ストレートの拳となってスピリッツ・オブ・ファラオの胸部を打ち据えた。

 

――やはり、あの者の狙いは……

 

 そうして、カウンターを受けて吹き飛ばされたスピリッツ・オブ・ファラオが別のゴースト・カロンの小船に着地し、即座に待機していた死眼の伝霊の治療を受ける中、脇腹から煙を上げる神崎の元に周囲の全ての船上から紫のローブの骸骨の「ファイヤー・デビル」たちが火矢を雨あられと放っていく。

 

――余が命を落とさぬラインを探りながら戦うつもりか。ならば、その隙! つかせて貰おう!

 

 そう、今の神崎は「万が一にもアビドス三世が死なない範囲の威力」を測りながら戦っている。

 

 それは「アビドス三世が冥界に還った際にアテムに遭遇する可能性が高い」ゆえの悪印象が伝わる危険を鑑みてのことだが、残念ながらその行いは神崎が語った通り「避けたかった」「いたぶるような真似」だ。

 

 とはいえ、結果的に「手を抜いている」現実は変わらない以上、アビドス三世の言う通りそれは「付け入る隙」以外の何物でもない。

 

 

 

 かくして、火矢の雨の渦中で神崎が海面に拳を叩きつければ海水が壁のように跳ね上がり火矢を防ぐ中、その海水の城壁とも言うべき場所へ船上よりスピリッツ・オブ・ファラオが槍投げのように掲げた杖に紫電の光を迸らせながら構え――

 

「スケルゴン!!」

 

 海水の城壁の形が崩れた瞬間に()()()()()()()()()()()()放たれた。

 

 と同時に骸骨の竜ことスケルゴンに乗り空へ飛翔するアビドス三世が乗っていた小舟が海中から蹴りをぶちかました神崎に蹴り砕かれ、ゴースト・カロンが海に放り出される瞬間に空気を切り裂きながら迫る杖が神崎に着弾。

 

 咄嗟に右腕を差し込んでいた神崎が強引に腕をかち上げて聖なる光が迸る杖の軌道を空のスケルゴンに乗るアビドス三世へ変えて見せるが、その杖の一撃はスケルゴンから飛び降りた王家の守護者が己の身体を盾として弾いた。

 

 その一連の攻防の最中、急接近していた両拳に聖なる光を宿したスピリッツ・オブ・ファラオが杖をかち上げた姿勢で隙を晒す神崎の土手っ腹に上段から拳を振るい海面に叩きつけて見せる。

 

「スケルゴンよ! 煙毒のブレスを放て!」

 

 途端に海中より現れたおびただしいまでの腕こと「死者の腕」が神崎を海面へと縛り付け、スケルゴンより毒ガスのブレスが放たれスピリッツ・オブ・ファラオが海中へ姿を隠せば――

 

「――ハァッ!!」

 

 その瞬間にスケルゴンの背からアビドス三世の放った炎の魔術が可燃性の毒ガスのブレスに引火。

 

 

 海水を巻き込んだ水蒸気爆発も交えた炎熱地獄が周囲を包んだ。

 

 

 白煙が周囲を包む中、アビドス三世は息を整えながら己の背後に陣取る死眼の伝霊へ指示を出す。

 

 

「ハァ……ハァ……死眼の伝霊よ、あの者を探すのだ」

 

 

 傍から見ればオーバーキル満載の攻防だったがアビドス三世とて殺す気があった訳ではない。

 

 

 スピリッツ・オブ・ファラオの攻撃を受け止められる人間が耐えられるギリギリを狙い、なおかつ治癒能力を有する魔物(カー)を従えている上での一手。

 

 

 というか、これだけやらなきゃ止まらない神崎側に大いに問題があろう。

 

 

 ただ、白煙の晴れた先より問題なく立つ神崎の姿に己の認識が間違っていた事実をアビドス三世は悟った。

 

 

「……馬鹿な、あり……えぬ」

 

 

――魔物(カー)の維持すら叶わぬ以上、今あの者は己の膂力のみで戦っている筈! 外法によって幾らか身体能力が上がっていたとしても、あの一撃を受けて立っていられる筈がない!

 

 

 偽アカデミアの維持が唐突に途切れたことからも、神崎の魔力(ヘカ)が限界だったのは確固たる事実。

 

 スピリッツ・オブ・ファラオと打ち合えていたのは、外法による肉体の変異を鑑みれば説明できなくもない。

 

 だが、魔物(カー)にさえ耐えられないレベルの一撃を受けて、多少の火傷らしきダメージが見える程度な現実は無視できなかった。

 

 

 賢明な読者諸君は「今更なにを言っているんだ?」とお思いかもしれない。だが違うのだ。

 

 

――余のスピリッツ・オブ・ファラオと打ち合える程度なら理解できる。だが、魔物(カー)ですら耐えられぬ一撃を耐えうる術者など……根底が崩れる!

 

 

 アビドス三世は神官が生身で魔物(カー)と打ち合う話など聞いたことがない。

 

 さらに、魔物(カー)と一体化した禁術の可能性を考えようにも、一体化した魔物(カー)の力を使う気配もなく、ひたすら肉弾戦を繰り出す姿を見れば杞憂だろう。

 

 人間の身体能力の底上げを成す術も存在するにはするが、魔物(カー)の身体能力に比べれば微々たる代物だ。

 

 

 なにせ魔力(ヘカ)(バー)由来の(エネルギー)であり、原作のマハードのように肉体を失っても問題なく使用できるが――

 

 反面、人間の身体能力に大きく作用することはなく「エジプト一の魔術師」といわれた生前のマハードでさえディアハリストの「術者が狙われると弱い」弱点を克服できず、その弱点を突かれ原作にてバクラに殺害されていた。

 

 それは原作にてアクナムカノンが闇落ちし、外法によって強化された「闇の大神官」であっても神官セトに「なんの変哲もない刃物」で急所を刺されれば死亡する程度だ。

 

 

 ちなみに、デュエルエナジーは肉体由来の(エネルギー)と思われる。

 

 なにせ原作GXでもデュエルエナジーを吸い取られた十代の容態が「何日も連続でデュエルし続けたような疲弊が見られる」と語られており、更には原作GXにて肉体に甚大なダメージを負ったユベルが身体の再生の為にコブラに集めさせていたのだから。

 

 

 閑話休題。

 

 

 早い話が神崎の異様さがアビドス三世には正しく認識できてしまう。

 

 タニヤやカミューラなら「変わった力を持っている」程度の認識で流せるのだろう。だが、神秘のある時代の王として高度な教育を受け、魔術にも造詣が深いアビドス三世には無視できない。

 

 今まで神崎と戦って来た(リアルファイトしてきた)面々が漫然と流していた現象に違和感を感じ取れてしまう。

 

 

――なんだ……? 余はあの者の何を見落としている……?

 

 

 これが冥界の王の力を使った産物であれば、アビドス三世も納得が出来ただろう。

 

 しかし、残念ながら「冥界でアテムに会うかもしれないアビドス三世」に神崎が冥界の王の力を見せる筈もない。

 

 

――これでは……これでは、まるで……

 

 

 そうして、意識が思考の渦に沈み始めていたアビドス三世の口から一筋の血が零れた。

 

「……?」

 

 ふらつく身体でアビドス三世は眼下にて膝をつくスピリッツ・オブ・ファラオの姿を認識すれば、己の身に魔物(カー)が受けたダメージがフィードバックした事実を理解する。

 

 

 やがて、海面で立つ神崎の焼けただれた顔に浮かぶ歪な笑みと目が合った。

 

 

 

 そう――残念ながら時間切れだ(デッドラインを把握された)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 身体中に打撲と裂傷の痕が見える痛々しい姿のアビドス三世の首根っこを掴んでいた神崎は、地に倒れ伏したスピリッツ・オブ・ファラオが己の足を掴む姿が、その身体が光の粒子となって消えていく光景にひとりごちた。

 

「ようやく魔力(ヘカ)の限界か」

 

 それと同時に周囲の壊れた小舟や、海面に浮かぶファラオのしもべや王家の守護者の姿が消えていく中、アビドス三世は身体中に奔る痛みを無視して腰元の鞘のついた短剣に手を伸ばす。

 

 と同時に、その身体は神崎に放り投げられ地面に転がり、短剣はカランと音を立てて地面に零れ落ちた。

 

 しかし、アビドス三世は動かぬ身体に鞭を打って短剣の落ちた先へ這いずるが――

 

「無駄ですよ」

 

 負傷を治しながら神崎はその行いを無駄だと断じて見せる。

 

「時間稼ぎを考えておられるのでしょうが、此方の索敵を妨害していたのはあの黄金の船の力でしょう?」

 

 なにせ、今更アビドス三世が短剣一本持ったところで戦況は覆らない。

 

「アレが破壊された時点で追跡は容易。貴方が懸命に稼いだ時間にさしたる意味はない」

 

 なにより、多少は枯渇していた魔力(ヘカ)が回復し始めている神崎からすれば、アビドス三世の有する厄介なオーパーツの類を制せた段階で戦果としては十二分であろう。

 

 ゆえに今度は神崎が提案する。

 

「降伏を。此方としては貴方が還るべき場へ還って頂ければ良いんです。貴方が願う『デュエルの相手』なら、其処で十二分に賄えますよ」

 

 アビドス三世の本当の願い(策なく普通にデュエルする)を知る神崎からすれば、ここいらが着地点だった。

 

 カミューラへの義理も足止めで果たし、これ以上の無茶は無意味となればアビドス三世に戦う理由などない。

 

 

 だというのに、短剣を手に震える四肢で地面に肘膝を立てて立ち上がろうするアビドス三世の姿に、神崎は一段低い声で告げた。

 

「……立つな。これ以上は無意味だ」

 

 そう、上述の説明通り「もはやアビドス三世が戦うメリットも必要性も一切ない」のだ。

 

 なら、そのまま力を抜いて還るべき場所へ還れば良い。誰だって「そう」する。同じ状況なら神崎だって「そう」する。

 

 

 しかし、それでも言うことを聞かぬ足でなんとか立ち上がったアビドス三世が短剣を構えるよりも先に、その頬を神崎の拳が軽く打ち据えた。

 

 結果、踏ん張れる筈もなく再び地面に転がるアビドス三世だが、再び四つん這いから四肢に立ち上がる力を籠める姿に神崎は苛立ち混じりに返す。

 

「話を聞いていたのか? 此方は今すぐにキミの仲間の元へ移動する術もある。貴方が此処で幾ら時間を稼いだところで無意味なんだよ」

 

 タニヤの泳ぎが幾ら速かろうが、本物のアカデミアに辿り着くよりも神崎が追い付く方が早い。

 

 なんなら神崎の方が先に本物のアカデミアに辿り着く術だってある。

 

 

 それでもフラつきながらも立ち上がったアビドス三世だが、神崎が軽く押して見せるだけで尻もちをついてしまう程にもはや無力だ。

 

「いい加減にしろ。此方に敵意がないことは、もう流石に理解しているだろう?」

 

 神崎は咎めるような物言いをしつつも、内心で面倒になるがこれ以上の実力行使は避けたいのもまた事実。

 

 先に語った通り、アビドス三世は冥界でアテムに会合する可能性のある人物――印象値の操作という点では既に危険域を超えているだろう。

 

 

 ゆえに、厄介だった。

 

 

 限界を迎えた身体で何度でも立ち上がってみせるアビドス三世が。

 

 

 彼の仲間への誓いが。

 

 

 その折れない闘志が。

 

 

「………………分かった。降参だ」

 

 

 やがて小さく息を吐いた神崎は力の抜けた声を落とす。

 

 

「そうだった。キミたちは『そういう精神性』をしているんだった――なら、その闘志を折る方法は一つしかない」

 

 

 そして何処からともなく左腕にデュエルディスクを出現させれば――

 

 

「デュエルしよう。私が勝ったら諦めて還るべき場へ還れ」

 

「余が……勝……て、ぐっ!?」

 

「それは貴方が決めることでは?」

 

 息も絶え絶えなアビドス三世の土手っ腹に神崎が掌底を叩きこんで見せれば、ある程度アビドス三世の身体の負傷が癒えていく。

 

「傷が……」

 

「怪我でデュエルに支障が出たせいだ――なんて言い訳で再戦なんて御免ですから」

 

「ならば、余が勝てばこの場は退いて貰う」

 

「良いでしょう」

 

 やがて、アビドス三世の左腕に黄金のデュエルディスクが展開される中で告げられた要請に神崎は二つ返事で了承してみせる。

 

 

 なにせ、神崎からすれば殆ど意味のない提案だ。この場を退いたとしても別ルートで追いかければ済む話。アビドス三世を監視してはならない制限がある訳でもない。

 

 

 まさに無意味な約定――だが、それで良い。

 

 

 なにせ、このデュエルの本質は――

 

 

「 「 デュエル!! 」 」

 

 

 相手(デュエリスト)の闘志を折ることなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて、その矛となる手札を神崎は見やった。

 

 

神崎の手札

《クリバー》

《クリビー》

《クリブー》

《クリベー》

《クリボー》

 

 

――れれれ、冷静になれ。

 

 

 と同時に固まった。

 

 

 久々に、とんでもねぇ手札だった。

 

 

 

 

 







Q:どうしてデュエルするの? 暴力でボコった方が早くね?

A:デュエル以外で闘志が一切折れない面々が「選ばれし真のデュエリスト」だからです。

後々の遺恨やら報復やら何やらを鑑みると、「もはやデュエルで心を折るのが最効率」レベルかと思われます。





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第286話 ファラオの遺産




前回のあらすじ
スピリッツ・オブ・ファラオ「どうして魔術使うの止めて普通に殴って来る方が強いんですか? どうして……」





 

 

 

「先攻は余だ! ドロー! 魔法カード《強欲で金満な壺》を発動! エクストラデッキ6枚を裏側で除外し2枚ドロー!」

 

 かくして神崎の後攻で始まったアビドス三世の戦意を折る為のデュエル。

 

 

 だが、当の神崎は手札に揃ったクリボー5兄弟の姿に固まる他ない。選んだデッキである「クリボー大集合デッキ(改)」の尖った仕様である事実を踏まえても、予想外な手札だ。

 

――ふ、複数枚の採用とはいえ、どんな確率!?

 

 神崎の「クリボー大集合デッキ(改)」に5兄弟たちは2枚ずつ採用されており、デッキの総数は限界一杯の60枚。そして初期手札5枚に揃う確率は――などと講釈を垂れたところで、現実は変わらない為、割愛させて貰おう。

 

 別に計算が面倒になった訳ではない。断じてないのだ。

 

――い、いや、だとしても《クリバー》の合体効果は手札にも対応している! アド損になるが《クリバビロン》から分離して5兄弟を並べれば一先ずの盤面は……

 

 そうして、遊戯とのデュエルのような即死級の手札事故ではなかった事実に安堵しつつ神崎は来るべき自分のターンでの立ち回りに頭を回すが――

 

「魔法カード《二量(ダイマー・)合成(シンセシス)》! デッキから『化合獣』1体と《完全燃焼(バーンアウト)》を手札に!!」

 

――か、【化合獣】だと!?

 

 悪趣味な壺がぶっ壊れる中でアビドス三世が発動したカードにより球体状になった元素が機械のアームによって組み合わされて行く光景が広がる中で宣言された内容に神崎は更なる衝撃を受けた。

 

 

 【化合獣】――それらについて語るには、「デュアルモンスター」について語らねばなるまい。

 

 デュアルモンスターとは、手札・フィールド・墓地で通常モンスターとして扱う代わりにフィールドで「もう一度召喚する」「デュアル召喚」が可能であり、その際に「効果モンスターとなる」一風変わったカード群だ。

 

 ただ、こうして説明されると勘の良い方々なら既にお気づきかもしれない。「1ターンに1度しかない通常召喚」を使うくらいなら「最初から効果モンスター召喚すれば良くね?」と。

 

 その通りだ。

 

 本来の想定では「通常モンスターのふんだんなサポートを得つつ、必要に応じて効果を得ていく」的な活躍を期待されていた「デュアル」モンスターたち。

 

 だが、現実は「デュアル召喚しなくても強い効果モンスターがいっぱいいる」中で彼ら(デュアル)に誰が召喚権を割いてくれるのか。

 

 しかも「でもデュアル召喚できれば強いんでしょう?」と聞かれても「……微妙」と言わざるを得ないパワーのなさに加えて、原作でも誰一人として「デュアル召喚したことがない(穂村 尊が使用「は」してくれた)」レベルの不遇枠である。

 

 

 しかし、そんな悲しみを背負った「デュアル」たちを公式は見捨てていなかった。彼らを救済すべく舞い降りた救世主たちこそが【化合獣】。

 

 

 前置きが長くなったが、そのデュアルの救世主たる【化合獣】たちだが――神崎のリアクションで大体察しが付くだろう。

 

 そう、【化合獣】でさえ、デュアルは救えなかった。というか、【化合獣】たちが助けを求めるレベルだった。そして今や公式も(多分)匙を投げている。

 

 

 

 閑話休題。

 

 

 つまり、アビドス三世の代名詞である扱いの難しい《スピリッツ・オブ・ファラオ》の為にパワーのあるカードの助けが必要だと言うのに、同じくパワーのあるカードの助けが必要なカード群が出てきた――今は本末転倒感の溢れる状況である。

 

 

 デュエルに戻ろう。

 

「余は《化合獣オキシン・オックス》を召喚! カードを4枚セットしターンエンドだ!!」

 

 球体状の元素の骨組みを覆う半透明な深緑の体躯を持つ牡牛が緋色の熱の灯る大きな二本角を掲げるようにいなないて見せていた。

 

《化合獣オキシン・オックス》攻撃表示

星2 風属性 獣族

攻 0 守2100

 

 そうして、迫真の牛1頭ポン出しでエンド宣言したアビドス三世。

 

 伏せカードが4枚あるが、攻撃力0の棒立ち――彼の代名詞たる《スピリッツ・オブ・ファラオ》は影も形もない。

 

――か、彼のデッキは《スピリッツ・オブ・ファラオ》を主軸にしていないのか? いや、相性が致命的に悪い訳ではないが……

 

 そんな神崎の心理状態を代弁するならば「相手が目指す先は分かるが、狙いが読めない」と言ったところだろう。

 

 普段ならば原作に登場した面々のデッキは凡そ察しがつくが、特級に使い難い(呪物レベル)《スピリッツ・オブ・ファラオ》を活用したデッキなど神崎には想像できないのだ。

 

 これが唯の素人なら気を揉まずに済むのだが、なんだかんだで原作でも十代を相手に《スピリッツ・オブ・ファラオ》を呼び出し、追い詰めた人物となれば楽観も出来ない。

 

 

 

アビドス三世LP:4000 手札3

《化合獣オキシン・オックス》攻0

伏せ×4

VS

神崎LP:4000 手札5

 

 

 更に、何より神崎の手札で勢揃いのクリボー5兄弟の姿を見れば、「相手の想定外の動きに対応できる」余裕など欠片もなかろう。

 

「私のターン、ドロー。スタンバイフェイズを経てメインフェイズ1へ」

 

――相手のエースを思えば速攻をかけたいが、アビドス三世は「それ」を許してくれるような相手でもない……何より此方のデッキの特性上、もたつけば死ぬ。

 

 かくして、思案しながら引いたカードはそう悪いものではないが相手のセットカードの多さを思えば、どう考えても不用意な一手は罠の餌食となるだけなのは明白だ。

 

 しかし、今の神崎に手をこまねく余裕はない。

 

「手札1枚を墓地に送り、魔法カード《ワン・フォー・ワン》を発動。デッキからレベル1――《クリバー》を特殊召喚。そして《クリビー》を通常召喚」

 

 ゆえに、地面から芽が出るように這い出た紫の毛玉の《クリバー》が水を払う犬のように身体の土をフルフル払う中、ピンクの毛玉の《クリビー》が飛び散る土に目を覆う。

 

《クリバー》ビー》守備表示 + 攻撃表示

星1 闇属性 悪魔族

攻 300 守 200

 

「だが、余は其方の《ワン・フォー・ワン》に対し、手札の《増殖するG》を発動させて貰った。特殊召喚の際に1枚ドローさせて貰う」

 

「ではバトルフェイズへ。《クリビー》で《化合獣オキシン・オックス》を攻撃」

 

 やがて、5兄弟が揃っていない事実に気づいた《クリビー》だが、《化合獣オキシン・オックス》が攻撃力0と思えない様相で地面を蹴り、突進する姿に驚き毛を逆立てながらビビり散らせば――

 

「させん! 罠カード《完全燃焼(バーンアウト)》を発動! 【化合獣】1体――オキシン・オックスを除外し、デッキから2体の『化合獣』を特殊召喚する!」

 

 《化合獣オキシン・オックス》の身体の内側が真っ赤に燃えたかのような輝きを見せれば、その半透明な外皮より球体状の元素の骨組みがはじけ飛び、2つに分かれて再構成されて行く。

 

「来たれ! 《化合獣ハイドロン・ホーク》! 《化合獣カーボン・クラブ》!!」

 

 そして新たに組み直された骨組みを覆う透明の水色の体躯が覆い、翼を広げる大鷲と、

 

《化合獣ハイドロン・ホーク》攻撃表示

星2 水属性 鳥獣族

攻1400 守 700

 

 同じく組み直された骨組みを半透明の土色のカニの体躯が覆い、銀に輝く大きなハサミを盾のように構える姿となった。

 

《化合獣カーボン・クラブ》守備表示

星2 炎属性 水族

攻 700 守1400

 

「……バトルは続行。《クリビー》で《化合獣ハイドロン・ホーク》を攻撃します」

 

「ならば迎え撃てハイドロン・ホーク! ハイドロフェザー!!」

 

 死地に突っ込まされる羽目になった《クリビー》が神崎へ向き直り文句を上げるが、戦闘中に抗議の声を上げるのに夢中になっていた《クリビー》は背後から迫る《化合獣ハイドロン・ホーク》の姿に気づかなかった

 

 そして「ポカッ」と小気味の良い音を響かせ倒れた《クリビー》の目が覚めたら――

 

神崎LP:4000 → 2900

 

「破壊された《クリビー》の効果――デッキから『クリボー』の名が記された魔法・罠カードを手札に。更に《クリバー》の効果でデッキから2体目の《クリビー》を特殊召喚します」

 

 《クリビー》は、ピンクの毛玉こと《クリビー》マーク2(2体目)になっていた。

 

 《クリバー》から鏡を見せられ、変わり果てた己の姿にアワアワする《クリビー》。

 

《クリビー》守備表示

星1 闇属性 悪魔族

攻 300 守 200

 

「むっ、後続を用意するカードだったか……」

 

「私はバトルフェイズを終了し、ターンエンドです」

 

――此方の手の内が分からないのは相手も同じか。

 

 毛玉共の寸劇を余所にアビドス三世が己のミスに歯嚙みする中、神崎も残りの伏せカードに警戒を強めるが、残りの手札も毛玉な神崎はこれ以上動くことは叶わない。

 

「ならば永続罠《第一の棺》! 其方のエンド時の度に手札・デッキより《第二の棺》を魔法・罠ゾーンに安置する!」

 

 しかし、地響きと共に大地からアビドス三世の代名詞たる土色の長方形の棺がせり出せば、棺が独りでに音を立てて蓋を開き、その棺の内部より新たな黄金に輝く棺が現れた。

 

「フッ、これで次の其方のターンの終わりに、余の最強の魔物(カー)が姿を現すであろう」

 

 かくして、互いのターンが終わり攻防に一段落が付いたデュエルだが、その内実は最新のカードプールを感じさせない程にショボ――緩やかなものだった。

 

 

アビドス三世LP:4000 手札4

《化合獣ハイドロン・ホーク》攻1400

《化合獣カーボン・クラブ》守1400

伏せ×3

《第一の棺》

《第二の棺》

VS

神崎LP:2900 手札4

《クリバー》ビー》守200

 

 

 やがて、《増殖するG》の効果で3枚のドローを獲得できたアビドス三世は意気揚々とドローし――

 

「では余のターンだ! ドロー! カーボン・クラブをデュアル召喚! おっと、デュアル召喚というのはモンスターを再度召喚するこ――」

 

「存じております」

 

「そうであったか。ならばデュアル召喚されたカーボン・クラブの効果! デッキから『デュアル』を墓地に送ることで、デッキの『デュアル』1体を手札に加えさせて貰おう!」

 

 《化合獣カーボン・クラブ》の身体が銀色に硬質化されていけば、ハサミを地面に突き立てる。さすれば間欠泉の噴水が飛び出すとともにアビドス三世の元にカードが舞い込んだ。

 

「ふむ、では魔法カード《一撃必殺!居合いドロー》を発動! 余は手札を1枚捨てることで其方のフィールドのカードの数だけデッキから墓地に送り、1枚ドローする!」

 

「それが《一撃必殺!居合いドロー》であればフィールドの全てのカードを破壊し、その数×2000のダメージを与えられますが――流石に、そう上手くいくでしょうか?」

 

――流石に当たる筈が……

 

 やがて、パチンと刀の(つば)が鳴る音が響き、デュエリストの勝負の流れを引き寄せる力を知る神崎がハラハラしながらフラグ立てで妨害を試みるが――

 

「やはり、教師に化けただけあって其方はカードに詳しいな。だが、余が引いたカードは――……《馬の骨の対価》か。仕方あるまい。《一撃必殺!居合いドロー》の更なる効果により墓地のカード2枚をデッキに戻させて貰うぞ」

 

 アビドス三世の方は神崎のカード知識の量に感心する始末。そして、一筋の風が吹くに終わった事実に一緒になって震えていた《クリバー》と《クリビー》が安堵のため息を零していた。

 

――キーカードの回収用と分かってはいても心臓に悪い。

 

「うーむ、その毛玉たちはバトルで破壊すれば仲間を呼ぶのであったな?」

 

「ええ」

 

「では、こうしよう。罠カード《つり天井》! フィールドに4体以上モンスターがいる時! その全てのモンスターを破壊する!!」

 

――っ!?

 

 だが、安心する《クリバー》と《クリビー》に迫る殺傷能力の高いスパイクの付いた天井が襲い掛かる。

 

 あっちへこっちへ逃げようとする毛玉たちを余所に、落とし穴が開けば――

 

「更にチェーンして罠カード《トラップトラック》も発動だ。余のモンスター1体を破壊し、デッキから通常罠カード1枚――罠カード《激流葬》をセットさせて貰おう」

 

 天啓を得たりと「避難場所だ!」と駆け寄る毛玉たちが見たのは落とし穴の先でアツアツの蟹鍋になっている《化合獣カーボン・クラブ》の姿。

 

 そう、毛玉たちに突き付けられるのは「棘天井にくし刺しにされる」か「鍋の具材」になるかの二択。

 

 

――成程。彼のデッキが読めてきた……

 

 やがて、毛玉2体が迷っている内に棘天井に貫かれて断末魔を上げていた中、神崎の中でアビドス三世のデッキの様相を把握し始める。

 

 

 そう、アビドス三世は八百長されていた過去から「弱い」と誤解されがちだが、デュエルの腕は決して低くはない。

 

 原作でも《第一の棺》の破壊を守るカードをキチンと用意しており、

 

 更には《スピリッツ・オブ・ファラオ》の効果を通してもパワー不足を補う為の《サウザンドエナジー》を採用し、その自壊デメリットも合わせて「的になるモンスターを残さない」ことへ気を配っている。

 

 その過去と彼のエースカードの使い難さゆえに勘違いされがちだが、アビドス三世はデュエルに対して決して不勉強でもなければ、不誠実でもない一角のデュエリストなのだ。

 

 自分のカード効果すら把握していない面々と同列に語るのは、失礼なくらいである。

 

 

「これで余を遮るものは何もない――魔法カード《トライワイトゾーン》発動! 余の墓地のレベル2以下の通常モンスター3体を特殊召喚!」

 

 そしてデュエルに戻ればクリボーたち諸共盤面を一掃したアビドス三世は大地に手をかざし、同胞たちに呼び掛ければ大地を砕き――

 

「舞い戻れ、余のしもべたちよ!」

 

 空へと飛翔する《化合獣ハイドロン・ホーク》が羽ばたき、

 

《化合獣ハイドロン・ホーク》攻撃表示

星2 水属性 鳥獣族

攻1400 守 700

 

 《化合獣カーボン・クラブ》が土を払ったハサミを掲げ、

 

《化合獣カーボン・クラブ》攻撃表示

星2 炎属性 水族

攻 700 守1400

 

 《化合獣オキシン・オックス》――ではなく、緑のアーマーに身を包んだ風車のような髪型の戦士が獲物のダーツを手の平の風を起こして回転させながら白いマフラーをたなびかせていた。

 

《デュアル・ソルジャー》攻撃表示

星2 風属性 戦士族

攻 500 守 300

 

「バトル! ハイドロン・ホークでダイレクトアタック!」

 

 一番槍として上空より《化合獣ハイドロン・ホーク》が翼を畳んで急降下する中、その行く手に影が飛び出す。

 

「その攻撃宣言時、手札の《クリブー》を墓地に送り効果発動。デッキから《アンクリボー》を手札に加えます」

 

「だとしても攻撃は止まらぬ! 更にダメージ計算時、速攻魔法《スプライト・ガンマ・バースト》発動! レベル2モンスターの攻撃力は1400アップだ!!」

 

 しかし、恐怖からか目をつぶって手札から飛び出した白い毛玉こと《クリブー》の壁は《化合獣ハイドロン・ホーク》の急降下とは全く別の場所で小さな両手を目いっぱい広げるに終わる。

 

 だけなら良かったのだが、グングン加速する《化合獣ハイドロン・ホーク》の風切りによって生じたスパークが散らばれば化合獣たちの体内に眠る元素の力を呼び起こして原始ならぬ元素回帰し、身体が熱を帯びたように赤いオーラで覆われ始めた。

 

《化合獣ハイドロン・ホーク》

攻1400 → 攻2800

 

《化合獣カーボン・クラブ》

攻700 → 攻2100

 

《デュアル・ソルジャー》

攻500 → 攻1900

 

 やがて、一番槍の赤く輝く《化合獣ハイドロン・ホーク》の突撃が神崎のお留守な心の臓に着弾して貫通。結果、潰れた毛玉のような「グリェー!?」っとの汚ぇ断末魔が神崎の心の臓から響いた。

 

 そして、いつの間にか上がっていた謎の土煙が晴れた先には――

 

「残念ですが手札の《クリボー》を墓地に送ることで、戦闘ダメージを0にさせて頂きました」

 

 心臓付近に黒い毛玉こと《クリボー》を配置させ、《化合獣ハイドロン・ホーク》の軌道をズラした五体満足な神崎が健在。いつものである。

 

「ほう、躱したか。だが、残り2体の攻撃を止められねば同じこと! 行くのだ! カーボン・クラブ! 《デュアル・ソルジャー》!!

 

「《化合獣カーボン・クラブ》の攻撃宣言時、手札の《アンクリボー》を捨て効果発動。墓地の《クリビー》を特殊召喚」

 

 しかし、《クリボー》が力尽き消えていく最中に《化合獣カーボン・クラブ》と《デュアル・ソルジャー》が神崎に飛び掛かるが、対する神崎は《アンクリボー》の外した額のアンクを釣り餌に《クリビー》を一本釣り。

 

 次なる肉壁――ゲフンゲフン、頼もしき守護者を用意。

 

《クリビー》守備表示

星1 闇属性 悪魔族

攻 300 守 200

 

『クリビッ!? ク、クリビー!!』

 

「むっ? 《クリバー》ではないのか?」

 

 だが、(多分)自ら囮訳を買って出た尊き《クリビー》のジタバタする姿にアビドス三世は疑問を持った。

 

 なにせ《アンクリボー》で《クリバー》を復活させていれば、破壊された時に仲間を呼ぶ効果も相まって2体のモンスターの攻撃を防ぎ切れるのだから。

 

「ええ、《アンクリボー》の効果で特殊召喚されたモンスターはエンドフェイズ時に墓地へ送られてしまうので」

 

「…………成程な。《クリバー》を復活させれば余が攻撃を止めれば済む話。だが、これなら《クリビー》を破壊すれば其方のライフにダメージを与えられる」

 

 そう、これは余力に困窮する神崎の苦肉の策だった。

 

 不自由な二択――とは少し違うが、相手の手札かライフのどちらのアドバンテージを取るかと言う話である。

 

『クリッ! クリクリ! クリビッ!』

 

「ならば、余は進もう! カーボン・クラブで《クリビー》を破壊し、《デュアル・ソルジャー》でダイレクトアタックだ!!」

 

『――クリビデブッ!?』

 

 やがて両手を前に突き出し必死になにかを訴えていたようにも見える《クリビー》だったが、《化合獣カーボン・クラブ》のハサミに身体全体を挟まれながら地面へハサミをハンマーされて叩きつけられる最後を辿る。

 

「《クリビー》の効果でデッキから《機雷化》を手札に」

 

「だとしても、《デュアル・ソルジャー》のダイレクトアタックは防げまい!!」

 

 その《クリビー》の誇り高き散り様にデッキも感激のサーチを零す中、《デュアル・ソルジャー》の指先から放たれた風の刃が神崎を切り裂いた。

 

神崎LP:2900 → 1000

 

「バトルを終了し、魔法カード《馬の骨の対価》を発動! 《デュアル・ソルジャー》を墓地に送り2枚ドロー! ふむ、これなら……」

 

 こうして、手痛いダメージを受けた神崎を余所に《デュアル・ソルジャー》がクルリとターンして風の繭に包まれれば、風と共に消えた先から2枚のカードがアビドス三世の元に舞い降りる。

 

「フィールド魔法《アンデットワールド》を発動し、カードを2枚セットしてターンエンドといこう!! ターンの終わりに余のしもべたちの攻撃力は元に戻る」

 

 最後に周囲を腐食の霧が立ち込め、足元にはドクロが転がる不死者たちの楽園を世界に広がらせながらターンを終えた。

 

 

アビドス三世LP:4000 手札2

《化合獣ハイドロン・ホーク》攻2800 → 攻1400

《化合獣カーボン・クラブ》攻2100 → 攻700

伏せ×3

《第一の棺》

《第二の棺》

フィールド魔法《アンデットワールド》

VS

神崎LP:1000 手札4

 

 

 

――《アンデットワールド》ということは、やはり彼のデッキの主軸は《スピリッツ・オブ・ファラオ》であることは確定か。

 

「では私のターン、ドロー。スタンバイフェイズを経てメインフェイズ1へ――相手フィールドにのみモンスターがいる際、手札から《ドリーム・シャーク》を特殊召喚」

 

 相手のデッキの凡そを掴み始めた神崎が思案交じりにカードを引けば、不死者の世界となった血の池より紫色のサメが身体を腐らせながら這い出した。

 

《ドリーム・シャーク》守備表示

星5 水属性 魚族 → アンデット族

攻 0 守2600

 

――流石に動かない……か。

 

「レベル5モンスター1体をリリースし、魔法カード《ティンクル・ファイブスター》を発動。デッキ・手札・墓地よりクリボー5兄弟を特殊召喚」

 

『 『 『 クリリ~! 』 』 』

 

 そして、判明しているアビドス三世のセットカードへ視線を向ける神崎を余所に星になった《ドリーム・シャーク》が天へと昇った後に大地へ着弾すれば、その星より5色の毛玉ことクリボーたちが勢ぞろい。

 

《クリバー》ビー》ブー》ベー》ボー》守備表示

星1 闇属性 悪魔族 → アンデット族

攻 300 守 200

 

『クリッ~!! クリビッ! クリリッ!』

 

「だが、その《ティンクル・ファイブスター》に対し、余は手札の《増殖するG》を発動させて貰った。これでこのターン其方が特殊召喚する度、1枚ドローさせて貰う」

 

「罠カード《激流葬》の発動はありませんか?」

 

「うむ、発動はせん」

 

 やがて再会を喜ぶ毛玉の兄弟たちの中で唯一怒り心頭の様子の《クリビー》が色々叫んでいると――

 

「なら破壊します。速攻魔法《機雷化》を発動。《クリボー》を全て破壊し、その枚数分だけ相手のカードを破壊します――今回は1体なので、貴方のセットカードの1枚を破壊」

 

『クリビッ!』

 

『クリッ!?』

 

 怒りの訴えでプンスカ動いている《クリビー》の身体にぶつかり唐突に弾き飛ばされた《クリボー》はアビドス三世のセットカードの1枚と接触した瞬間に爆散。

 

『ク、クリリ……クリビッ、クリリッ……!!』

 

――相手の《増殖するG》のドロー加速が怖いが、全体破壊を主にする相手にリソース0はキツい。

 

「《クリベー》を召喚し、バトルフェイズへ」

 

 そうして兄弟たちの爆散した光景に《クリビー》が狼狽え一歩後退る中、その背後に現れた深緑の毛玉こと《クリベー》にぶつかれば――

 

《クリベー》攻撃表示

星1 闇属性 悪魔族 → アンデット族

攻 300 守 200

 

「だが、その攻撃力ではカーボン・クラブにすら勝てぬぞ?」

 

「必要経費ですよ。《クリベー》で《化合獣カーボン・クラブ》を攻撃」

 

 ボヨンボヨンと弾かれた《クリベー》が跳弾し、良い機会だと《化合獣カーボン・クラブ》へと突撃――するも、《化合獣カーボン・クラブ》のハサミのクロスカウンターを受け、ベチンと叩き落とされた。

 

神崎LP:1000 → 600

 

「……よもや其方、手を抜いている訳ではあるまいな?」

 

「いいえ、言ったでしょう? 必要経費だと。《クリベー》が破壊されたことで《クリビー》の効果で《クリボーを呼ぶ笛》を手札に加え、《クリバー》の効果で《クリボー》を特殊召喚」

 

 かくして、先程から自爆特攻ばかりしている神崎へアビドス三世は「最強伝説を流布する為に配下に八百長されていた」過去を思い出して苦言を零すが、神崎は至って真剣である。

 

 そして、倒れた《クリベー》に黒いペンキを塗りつけて《クリボー》に彩った《クリビー》が先程までの行いの証拠隠滅が終わったとばかりに息を吐く。

 

《クリボー》 守備表示

星1 闇属性 悪魔族 → アンデット族

攻 300 守 200

 

「バトルフェイズを終了し、メインフェイズ2へ――《クリバー》の効果。クリボー5兄弟を合体させ、デッキから《クリバビロン》を特殊召喚。その能力は墓地のクリボーの数×300アップ」

 

 やがて、気分を一新してクリボー5兄弟は天高く飛び上がった《クリバー》に集合するように合体。

 

 角の生えた巨大な毛玉こと《クリバビロン》となって、やられっぱなしだった今までに反旗を翻すべく、鋭い犬歯を剥き出しにして威嚇してみせた。

 

《クリバビロン》攻撃表示

星5 闇属性 悪魔族 → アンデット族

攻1500 守1000

攻4800 守4300

 

「おぉ! これが其方の切り札という訳か!」

 

「ええ、まぁ」

 

――さて、どうする? 《クリバンデット》に合体するか? だが、落ちが悪ければ殆ど無防備になる。《クリバビロン》の攻撃力なら早々に殴り負けることはない筈だが……

 

 とはいえ、神崎のエースのお出ましに目を輝かせるアビドス三世に反し、神崎の心中は《クリバビロン》程に攻め気は出ない。

 

 なにせ、今までのアビドス三世のデュエルを見れば「効果による破壊」を主にしていることは明白だ。単純な攻撃力の高さなど安心材料にはなりえない。

 

「《クリバビロン》の効果。自身を手札に戻し、墓地からクリボー5兄弟を再展開。更に今度は《クリベー》の効果を使い5兄弟をデッキの《クリバンデット》に合体させ召喚します」

 

『バ、バビィッ!?』

 

 ゆえに、一瞬で出番が終わった《クリバビロン》の嘆きを余所に5兄弟へ分離からの別形体へ再合体すれば、盗賊風の装いの毛玉こと《クリバンデット》がアビドス三世へファンサービスするように短剣をシュバッと構えて見せる。

 

《クリバンデット》攻撃表示

星3 闇属性 悪魔族 → アンデット族

攻1000 守 700

 

「なんだ、戻してしまうのか……」

 

「カードを1枚セットしてターンエンド。エンドフェイズ時に《クリバンデット》の効果――自身をリリースし、デッキの上から5枚のカードの内の魔法・罠カード1枚を手札に加え、残りを墓地へ送ります」

 

 ただ、地味めなステータスゆえかアビドス三世の反応は芳しくない事実にショックを受けた《クリバンデット》は涙ながらに夕日へ駆けていった。

 

――せめて《クリボーン》を墓地に送りたかったが……まぁ、こんな時もあるか。

 

 そんな中で《クリバンデット》の落とし物のように散らばった墓地に落ちたカードを見つつ神崎は再び思考にふけるが――

 

「では、そのエンド時に余の《第一の棺》の効果が遂に完遂する! デッキより《第三の棺》が安置され、その封印が今! 解かれる!」

 

 その時、棺が動いた。

 

 《第二の棺》の蓋が開き、その内側より露になった水色の淵が彩られた最後の棺の蓋が独りでに開き始め、

 

「降臨せよ! 《スピリッツ・オブ・ファラオ》!!」

 

 ツタンカーメンマスクで顔を隠した王が、死者である濃紫の肌を黄金の鎧で包み現れ、マスクで覆われて窺えぬ瞳の代わりに、左右の肩から顔を出したアヌビスとホルスの瞳が赤く輝いた。

 

《スピリッツ・オブ・ファラオ》攻撃表示

星6 光属性 アンデット族

攻2500 守2000

 

「王の魔物(カー)の力を知れ! 《アンデットワールド》によりアンデット族と化したレベル2以下の通常モンスターたちよ! 今こそ、我が元に集え!!」

 

 杖を掲げた《スピリッツ・オブ・ファラオ》の元に集うように――

 

 白い仮面で顔を覆った青き衣をまとうミイラが王へと膝をつき、

 

《王家の守護者》攻撃表示

星2 地属性 アンデット族

攻 900 守 0

 

 《デュアル・ソルジャー》がそよ風と共にターンしながら現れた。

 

《デュアル・ソルジャー》攻撃表示

星2 風属性 戦士族 → アンデット族

攻 500 守 300

 

 

 神崎の攻撃があまりに消極的だったゆえに復活したのは2体だけだったが、それでもモンスターゾーンを一瞬で埋め尽くす光景は圧巻の一言である。

 

 

 ゆえに、アビドス三世は確かめるように言葉を零した。

 

 

「其方は最後まで《スピリッツ・オブ・ファラオ》の眠る棺を破壊しようとはしなかったな」

 

 

「手心を加えた訳ではありませんよ」

 

 

「なに気にしてはおらん。デュエルして分かった――其方は余が使うカードのことを知っていたのであろう? なれば、脅威度の高いカードを破壊するのは理に適っておる」

 

 

 それは「過去の八百長ゆえに《第一の棺》を破壊しに動く相手がいなかった」事実を思い出したもの――ではなく、神崎の知識量ゆえの決断だとアビドス三世は見抜いていた。

 

 

 効果破壊にあまり対応していないクリボーたちにとって、戦闘破壊の頭数を揃える《スピリッツ・オブ・ファラオ》より、全てのモンスターを効果破壊する《激流葬》の対処に手を回すのは当然だ。

 

 

「――だが、今ばかりは過ちだ!」

 

 

 しかし、クワッと力強く目を見開いたアビドス三世はその決断をミスだと断じて見せる。

 

 

 そして、リバースカードに手をかざし、気合の入った声で宣言した。

 

 

「罠カード《エレメンタルバースト》!!」

 

 

「エ、《エレメンタルバースト》だと!?」

 

 

 神崎の思いもよらぬ1枚のカードの名を。

 

 

「やはり、このカードも知っていたか――そう! 余の従える風・水・炎・地の属性を持つ4体のモンスターを贄に其方のフィールドのカードを全て破壊する!!」

 

 そう、アビドス三世の説明した通り罠カード《エレメンタルバースト》は「相手フィールドの全てのカードを破壊する」超強力な効果を有している。

 

 だが、先程から神崎が驚きより帰還できていないように「自分のモンスターを4体も失う」ハイリスク――否、ハイデメリットなカードなのだ。

 

 

 つまり、アビドス三世のデッキは――

 

 扱いに難しい《スピリッツ・オブ・ファラオ》を

 

 扱いに難のある【化合獣】でサポートし、

 

 ハイデメリット・ハイリターンな《エレメンタルバースト》でコンボするデッキ。

 

 

「世界広しといえども、エンド時に4体ものモンスターを呼び出せるカードは余の《スピリッツ・オブ・ファラオ》をおいて他にはない!!」

 

 相手のエンドフェイズ時に《エレメンタルバースト》を通そうと思えば、本来ならば相手の攻撃・効果を全て避け切らなければならない!!

 

 だが!! しかし!!

 

 (下準備を終えた)《スピリッツ・オブ・ファラオ》ならば棺を守るだけで可能!!

 

 まさに唯一無二!!

 

「そして、其方がこのターンに伏せたカードは余のターンが来るまで発動できん以上、其方はガラ空きのフィールドを晒す他ない!!」

 

 なにより、相手が次のターンの為に如何なる罠カードを伏せていたとしても!!

 

 (基本的に) 罠 カ ー ド は 伏 せ た タ ー ン に 発 動 で き な い ! !

 

 そう! まさに! これは!!

 

「これぞ余の究極コンボ――エンド(エレメンタル)バースト!!」

 

――エンドサイクみたいな勢いでトンでもないこと言い出してる!?

 

 

 初心者デュエリストが通る初期テクニック「エンドサイク(発動不可時に破壊)」を究極発展させたコンボ!

 

 

 それこそが! このエンド(エレメンタル)バースト!! 相手は死ぬ(負ける)!!

 

 

「受けるが良い!! 余の渾身の一撃! エンド! バーストォ!!」

 

 かくして、4体の【化合獣】(内1体はミイラ)が4つのエレメントの力となって《スピリッツ・オブ・ファラオ》の剣に宿り、天上に構えられた後に振るわれる。

 

 その剣撃が大地を巻き込みながら着火することで溶岩と化し、鉄砲水の如きマグマの水流が嵐の如く神崎のフィールド全てを呑み込むように荒れ狂い蹂躙跋扈(じゅうりんばっこ)

 

 

 その結果、神崎のフィールドのリバースカードが「1枚のみ」破壊された。

 

 そんな究極のアド損コンボにより、たった1枚のリバースカードを失った神崎は驚きから立ち直りつつ、状況を鑑みる。

 

――いや、一応は理に適っているのか!?

 

 なにせ、そもそも通常モンスター4体を並べたところで、シンクロすらない時代ではアタッカーが精々である。

 

 更にアビドス三世が《トライワイトゾーン》を使用していた時点で「棺が完遂しても《トライワイトゾーン》を発動されたと思えば良い」と神崎も判断しており、

 

 《つり天井》や《激流葬》などの強力なパワーを持つカードにばかり警戒をしていた点は否めない。

 

 まさに、そんな心理的な隙をついたアビドス三世の一手。

 

――って、それどころじゃない! 頼みの綱の《クリボーを呼ぶ笛》が破壊されたのが痛いが立て直しは……

 

「まだだ! 罠カード《ブービートラップE》発動! 余の手札を1枚捨てることで墓地の永続罠1枚をセット! そしてセットしたカードはこのターンに発動可能となる!」

 

「まさかッ!?」

 

 だが、驚きから立ち直りつつある神崎を揺さぶるゴゴゴと地揺れが起きれば――

 

「そのまさかだ! 再び起動せよ! 永続罠《第一の棺》!! その効果により《第二の棺》が安置される!!」

 

 大地より封印されし王の眠る棺が、その王たる《スピリッツ・オブ・ファラオ》の背後に現れた。

 

 そして突き付けられる《エレメンタルバースト》の幻影。

 

――バ、バカな2体目を狙っ……いや、今の相手に伏せカードはない! ならば、これは除去への誘導!!

 

 そう、今や神崎の脳裏に新たな真理が刻み付けられた。

 

 《スピリッツ・オブ・ファラオ》の降臨 = 《エレメンタルバースト》の襲来、だ。

 

 とはいえ、そんなに都合よく《エレメンタルバースト》が伏せられている可能性は低い方であり、どう見ても見え透いた誘導。

 

 だが、今しがた受けた手痛い一撃が神崎の脳裏を過る。

 

 

 トータルで見れば他の伏せカードの方が厄介なことは明白な筈なのに――棺を無視できない。

 

 気軽に除去をガンガン飛ばせるデッキなら気にならないだろうが、神崎のデッキはクリボー軍団だ。さほど除去能力に秀でている訳ではないのだから。

 

 

アビドス三世LP:4000 手札4

《ファラオ》攻2500

《第一の棺》

《第二の棺》

フィールド魔法《アンデットワールド》

VS

神崎LP:600 手札2

 

 

「この勝負、貰った! 余のターン! ドロー!! 魔法カード《強欲で金満な壺》を発動し、2枚ドロー!」

 

 やがて、神崎の虚を思いっきり突けたアビドス三世が勝負の波に乗るようにドローと共に壺をぶっ壊してカードを引けば――

 

「そして魔法カード《トライワイトゾーン》を発動! 墓地より三度舞い戻れ、余のしもべたちよ!!」

 

 残りライフ600の神崎を前にアビドス三世は一切手抜かりなく先程《エレメンタルバースト》した仲間たちを招集。

 

《王家の守護者》攻撃表示

星2 地属性 アンデット族

攻 900 守 0

 

《化合獣ハイドロン・ホーク》攻撃表示

星2 水属性 鳥獣族 → アンデット族

攻1400 守 700

 

《化合獣カーボン・クラブ》攻撃表示

星2 炎属性 水族 → アンデット族

攻 700 守1400

 

 なに? 1体足りない? そんなことはない。

 

「此処で《化合獣ハイドロン・ホーク》をデュアル召喚し、効果発動! 手札1枚を墓地に送り、デュアル1体を復活させる! 甦れ、《デュアル・ソルジャー》!!」

 

 《化合獣ハイドロン・ホーク》が澄んだ水の身体の内部で元素を構築し始めれば、《化合獣ハイドロン・ホーク》の生命の源たる水の身体より《デュアル・ソルジャー》が水飛沫を上げながら現れる。

 

《デュアル・ソルジャー》攻撃表示

星2 風属性 戦士族 → アンデット族

攻 500 守 300

 

――くっ、また《エレメンタルバースト》の条件が揃った!? い、いや、冷静になれ。普通に考えて、3積みするようなカードじゃない……が、それよりも総攻撃を防ぐ方が先決。

 

 そして、神崎の懸念通り再び《エレメンタルバースト》の準備が一瞬で整う。

 

 そう、自分のターンは《トライワイトゾーン》で、相手のターンは《スピリッツ・オブ・ファラオ》で――《エレメンタルバースト》の使い分けも完璧だ。

 

 だが、今や盤面が空っぽな神崎へは不要の話。

 

「墓地の速攻魔法《スプライト・ガンマ・バースト》を除外し、余の1体のレベル2――《化合獣カーボン・クラブ》の攻撃力を1400パワーアップ!」

 

 最初のバトルの焼き増しのようにスパークが渦巻けば《化合獣カーボン・クラブ》の身体へ熱エネルギーとして循環し、そのパワーを3倍にまで引き上げる。

 

《化合獣カーボン・クラブ》

攻700 → 攻2100

 

「更に墓地の《二量(ダイマー・)合成(シンセシス)》を除外し効果発動! デュアル召喚された《化合獣ハイドロン・ホーク》の攻撃力を0とし、その元々の攻撃力を余の《スピリッツ・オブ・ファラオ》へ! 力を合わせよ!」

 

 《化合獣ハイドロン・ホーク》の身体が水へと崩れ《スピリッツ・オブ・ファラオ》の剣に宿れば、その刀身は澄んだ深い青の輝きを見せ――

 

《スピリッツ・オブ・ファラオ》攻撃表示

攻2500 → 攻3900

 

「これで其方は《クリバビロン》以外では《スピリッツ・オブ・ファラオ》の攻撃を易々とは止められまい!!」

 

 アビドス三世の闘志に従い《スピリッツ・オブ・ファラオ》は剣を横なぎに構えて進軍。

 

「バトルだ! 《スピリッツ・オブ・ファラオ》でダイレクトアタック!! 王の一撃!!」

 

「その攻撃宣言時、墓地の《クリアクリボー》を除外し効果発動! 私は1枚ドローし、それがモンスターであれば特殊召喚して攻撃モンスターとバトルさせる!」

 

 しかし、神崎は最後の頼みとばかりに墓地より紫の毛玉こと《クリアクリボー》を繰り出す他ない。

 

 デッキの中にモンスターは多く残っているとはいえ、残り4体のモンスターの攻撃を凌げる代物となれば決して多くはない分の悪い賭けだ。

 

 だが、アビドス三世は断じて見せる。

 

「ほう、運否天賦――という訳ではなさそうだ。其方なら引いてくるであろう!」

 

「だと良いのですがね! ドロー!!」

 

 そう、デュエルを通じて神崎のひととなりを凡そ感じ取ったアビドス三世には確信に近いものがあった。

 

 自分と同じように扱い難かろうが「好きなカードでデュエルしたい」思いを貫かんとする相手なら、と。

 

「引いたカードは……《ハネクリボー》! モンスターカード!!」

 

 そして、《スピリッツ・オブ・ファラオ》の剣に切り裂かれた《クリアクリボー》の中から出たのは天使の翼を持つ毛玉もと《ハネクリボー》。

 

 しかし、振り切られた筈の剣筋より遅れて飛来した水流の刃に即座に《ハネクリボー》は両断される。

 

《ハネクリボー》守備表示

星1 光属性 天使族 → アンデット族

攻 300 守 200

 

「だが、余の《スピリッツ・オブ・ファラオ》には届かん! 余のしもべたちの追撃で終わりだ!!」

 

 結果、残りの王の家臣たちが神崎へとトドメを刺すべく進軍する足を止めるには至らない。

 

『クリィー!!』

 

「いいえ! 《ハネクリボー》が破壊されたターンに私は戦闘ダメージを受けない!」

 

 かと思いきや《ハネクリボー》の最後の祈りが光の結界となって、王の家臣たちの追撃を防いだ事実にアビドス三世は楽し気に笑みを浮かべて見せる。

 

「なっ!? よもや余のエンドバーストを受けて、此処まで凌ぐ手があったとは……面白い! 余はカードを3枚セットしてターンエンドだ!」

 

 

アビドス三世LP:4000 手札1

《ファラオ》攻3900 → 攻2500

《王家の守護者》攻900

《化合獣ハイドロン・ホーク》攻0 → 攻1400

《化合獣カーボン・クラブ》攻2100 → 攻700

《デュアル・ソルジャー》攻500

伏せ×3

《第一の棺》

《第ニの棺》

フィールド魔法《アンデットワールド》

VS

神崎LP:600 手札2

 

 

 辛くも絶体絶命のピンチを切り抜けた神崎だが、状況はあまり改善してない。

 

 なにせ、既にアビドス三世は《エレメンタルバースト》の準備を整えており、3枚のセットカードの中に潜ませている可能性すらある。

 

 そして何より、それらを躱すことに成功しても《スピリッツ・オブ・ファラオ》のお替りがチラついている現状。

 

 粘り強さが持ち味の筈のクリボーたちだというのに、今や長期戦は不利。

 

――ふぅ、ギリギリなんとかなった……が、多分次は防げないな。

 

「私のターン、ドロー。スタンバイフェイズを経――ッ!? ……経てメインフェイズ1へ」

 

 しかし、ドローしたカードに一瞬動揺した神崎には突破口があった。それこそが《クリバビロン》による圧倒的な攻撃力。

 

 一発デカいのを叩きこむことが出来れば、どんな窮地からでも勝利をもぎ取れるまさに一発逆転パンチとも言える代物だ。

 

 粘りに粘って、超火力で殴り勝つ――これこそが彼のNewクリボーデッキの持ち味。

 

「魔法カード《隣の芝刈り》を発動。相手のデッキの枚数と同じになるように私はデッキからカードを墓地に送ります」

 

「さしずめ、これで《クリバビロン》の攻撃力を更に高めようという魂胆か」

 

「なにかありますか?」

 

「……? なんの話だ?」

 

 やがて、相手の伏せカードを削るジャブ代わりにカードを発動させた神崎だが、動かぬアビドス三世へ不思議そうに問いかければ、アビドス三世側も首を傾げる始末。

 

 ゆえに、分かり易くOCGよろしくの宣言を行えば――

 

「リバースカードなどの発動はありますか?」

 

「いや、ない。気にせずデュエルを続けてくれ」

 

「では《隣の芝刈り》の効果を適用させて頂きます」

 

――イヤッホオオオォォオオオォオウッッ!!!!

 

 朗報、《隣の芝刈り》――無事に通る(発動を邪魔されない)

 

 しかも、今のアビドス三世のデッキ枚数は10枚程度――神崎のデッキから数十枚のカードが墓地に送られていく光景は圧巻の一言。

 

 神崎の内心のテンションから窺えるように脳から変な成分がドバドバ出ても何らおかしくはない。

 

 今、神崎のデッキは真の力を発揮しようとしていた。

 

「墓地に送られた《古衛兵アギド》の効果、お互いのデッキから5枚のカードを墓地に送ります」

 

 更に《古衛兵アギド》のハサミが両者のデッキを切り裂いたことで、もはやデッキ破壊での勝利さえ可能なのではないかと思わせるくらいにデッキが削れた両者。

 

 しかし、なにより――

 

「手札の《クリバビロン》の効果。相手より墓地のモンスターが多い時、手札から特殊召喚」

 

『グリバビィイイィイィヤッホオオオォォオオオォオウッッ!!!!』

 

 身体から溢れんばかりの力の高まりを感じる《クリバビロン》の雄たけびが示すように、今デッキの全てのクリボーたちが墓地にいる。

 

 そう、(クリボーの)(ソウル)エナジーMAXだ。

 

《クリバビロン》攻撃表示

星5 闇属性 悪魔族 → アンデット族

攻1500 守1000

攻8100 守7600

 

「こ、攻撃力8000オーバーだと!?」

 

「バトルフェイズへ。《クリバビロン》で《スピリッツ・オブ・ファラオ》を攻撃」

 

『グリバビィイイイィイイヤァァァアァアアァアハァァァァァアッッ!!!』

 

 そうして溢れんばかりのエネルギーにより超巨大化した《クリバビロン》は先程の溜まり溜まったフラストレーションを発散するように《スピリッツ・オブ・ファラオ》に飛び掛かった。

 

 

 と、同時に天井に頭をぶつけた。

 

 途端に落下する天井。そう、これは――

 

「させん! 罠カード《つり天井》!! 《クリバビロン》には道連れになって貰おう!!」

 

 棘つき天井こと《つり天井》、再び。

 

「墓地の罠カード《Vivid(ビビッド) Tail(テール)》の効果、自分フィールドのモンスター1体を手札に戻し、墓地の自身をフィールドにセットします」

 

『バビビィッ!!』

 

「なっ!?」

 

 しかし、親切な運び屋がトランポリンを斜めセットしてくれた光景を見た《クリバビロン》は着地後に、すぐさまトランポリンに飛び乗り神崎の手札へ跳躍。

 

「これで《つり天井》が破壊するのは貴方のモンスターのみ」

 

「くっ……だとしても、其方の攻勢を挫けたのなら安いモノだ!」

 

 巨体となった《クリバビロン》が神崎の手札へ収まる最中、王の軍勢は1人残らず《つり天井》の餌食となり、罠士罠に嵌る結末を辿った。

 

「墓地の罠カード《もののけの巣くう祠》を除外し、墓地のアンデット族1体――《劫火の槍術士 ゴースト・ランサー》を効果を無効にして特殊召喚」

 

 そして、今度はアビドス三世のフィールドがガラ空きになった隙に、風化しボロ切れとなった戦装束に身を纏うゾンビの槍兵が敵将の首を求めて現れ――

 

《劫火の槍術士 ゴースト・ランサー》攻撃表示

星5 闇属性 アンデット族

攻2000 守 0

 

 

「ゴースト・ランサーでダイレクトアタック」

 

「くぅうぅッ!?」

 

 王の首を求めた《劫火の槍術士 ゴースト・ランサー》の突撃交じりに槍の一突きがアビドス三世に 届 い て し ま っ た 。

 

アビドス三世LP:4000 → 2000

 

――ッ!? 墓地の罠カード《完全燃焼(バーンアウト)》の効果を使わない!? まさか……!

 

「バトルフェイズを終了し、メインフェイズ2へ――魔法カード《ティンクル・ファイブスター》を発動。ゴースト・ランサーをリリースし、クリボー5兄弟を特殊召喚」

 

 攻撃が通ってしまった事実に最悪の可能性が脳裏を過る神崎だが、《劫火の槍術士 ゴースト・ランサー》の身体が内部爆発し、5つの星が散らばらせクリボー5兄弟を呼び寄せていた。

 

《クリボー》守備表示

星1 闇属性 悪魔族 → アンデット族

 

「《クリバー》の効果で5兄弟を《クリバビロン》に再合体。これでターンエンドです」

 

 とはいえ、クリボー5兄弟たちは大急ぎで一か所に固まり、煙と共に《クリバビロン》へと合体したことを眺める神崎は、己の懸念が外れていることを祈ってターンを終える他ない。

 

《クリバビロン》攻撃表示

星5 闇属性 悪魔族 → アンデット族

攻1500 守1000

攻8100 守7600

 

「だが、其方のエンド時に罠カード《貪欲な瓶》を発動! 墓地の5枚のカードをデッキに戻し、1枚ドローする!」

 

 そして、欲深い壺が王の魂を輪廻の輪に乗せた後、使命を果たして砕け散れば――

 

「さぁ! 今、この時! 《第一の棺》の効果により再び三つの棺が揃う! 再臨せよ!王たる余の魂! 《スピリッツ・オブ・ファラオ》!!」

 

 開きに開いた3つ目の棺より、伝説の王が輪廻転生を経て帰還を果たす。

 

《スピリッツ・オブ・ファラオ》攻撃表示

星6 光属性 アンデット族

攻2500 守2000

 

 

「さぁ、今こそ王の力を見せるのだ! 《スピリッツ・オブ・ファラオ》の効果により墓地のレベル2以下の通常モンスターを可能な限り――」

 

「墓地の《剣神官ムドラ》を除外し、貴方の墓地のデュアルモンスター3体をデッキに戻します」

 

「っ!? だとしても、《王家の守護者》は()せ参じる!」

 

 そして、4体の仲間たちが帰還せんとする中、その背後より迫る黄金の仮面をつけた戦士こと《剣神官ムドラ》のメリケンサックの刃で背中を切られた仲間たち。

 

 それにより、王こと《スピリッツ・オブ・ファラオ》の元に馳せ参じれたのは《王家の守護者》ただ1人。

 

《王家の守護者》攻撃表示

星2 地属性 アンデット族

攻 900 守 0

 

 かくして、相手のコンボの一角を崩した神崎だが、その胸中には言い得ぬ淀みが残る。なにせ、此方の選択ではもう一つの懸念事項を払えない。

 

――これで……良かったか? いや、《貪欲な瓶》で戻した《トライワイトゾーン》を引かれた際の可能性を潰すべき……だ。《宿神像ケルドウ》も墓地に落ちていれば……

 

「これで《エレメンタルバースト》のコストは賄えませんが……」

 

「ふっ、それはどうかな?」

 

「……やはりですか」

 

「ほう、気付いていたか。だが、手遅れだ! 罠カード《闇よりの罠》! 己のライフが3000以下の時、ライフを1000払い余の墓地の罠カード1枚を除外! 除外したカードと同じ効果を得る!」

 

 地中の底より何時の間にやら蓄積されていたエネルギーが逃げ場を求めるように大地をひび割れさせ、今か今かと解放の瞬間を待ちわびるように地揺れを起こせば――

 

アビドス三世LP:2000 → 1000

 

――踏み倒しギミックまで入ってるって、デッキ構築どうなってんだよ!?

 

 そして、神崎の懸念していたカードが伏せられていた事実に、相手のデッキの闇鍋っぷりへ内心で叫ぶが、今の神崎のデッキも似たようなものなので「お前が言うな」案件であろう。

 

「余が除外した罠カードは当然――《エレメンタルバースト》!!」

 

『クリバビ! バビバ!』

 

 やがて、ヤバげな気配を感じ取りピョンピョンと跳ねる仕草でトランポリンこと《Vivid(ビビッド) Tail(テール)》を要求する《クリバビロン》だが、残念ながら無理である。

 

――くっ、このターン伏せられた《Vivid(ビビッド) Tail(テール)》は当然、発動できない!

 

「再び受けよ! 余のエンドバーストを!!」

 

『バ、バビィイイイィイイイッ!!』

 

 かくして、《スピリッツ・オブ・ファラオ》が大地を剣で切り払うことで指向性を得た地中に眠っていたエネルギーは自然の猛威を振るう剣撃と化し襲い掛かる。

 

 その大自然の暴虐が過ぎ去れば、神崎のフィールドは再びスッカラカンになるのであった。

 

 

アビドス三世LP:1000 手札2

《ファラオ》攻2500

《王家の守護者》攻900

フィールド魔法《アンデットワールド》

VS

神崎LP:600 手札1

 

 

「これで其方のフィールドは再び更地!! 余のターン、ドロー!! 余は魔法カード《手札抹殺》を発動し、互いに手札を全て捨てその枚数分ドロー!」

 

 当然、この千載一遇の機会を逃すアビドス三世ではない。手早く手札交換を済ませた後、《スピリッツ・オブ・ファラオ》へ進軍を宣言してみせる。

 

「バトル!! 今、止めを刺そう! 《スピリッツ・オブ・ファラオ》でダイレクトアタックだ!!」

 

「その攻撃宣言時、墓地の《クリボーン》を除外して効果発動。墓地の『クリボー』たちを任意の数だけ特殊召喚」

 

『 『 『 クリリー!! 』 』 』

 

 だが、墓地リソースの確保できたクリボー達の粘り強さは伊達ではない。

 

 《スピリッツ・オブ・ファラオ》の前にクリボー5兄弟が立ち塞がり、その行く手を完全にシャットアウト。

 

《クリバー》ビー》ブー》ベー》ボー》

星1 闇属性 悪魔族 → アンデット族

攻 300 守 200

 

 しかし、その瞬間《スピリッツ・オブ・ファラオ》は己の剣を大地に突き刺し、身体ごと剣を捻じるような構えを見せた。

 

「ならば《スピリッツ・オブ・ファラオ》で追撃を続け――ライフを半分払い墓地の罠カード《トランザクション・ロールバック》を除外し効果発動! 余の墓地より罠カードを除外し、その効果を得る!!」

 

「なっ!?」

 

 途端に大地より噴出せんとする大自然の爆発的なエネルギーの奔流の気配がフィールドに漂う。

 

アビドス三世LP:1000 → 500

 

「三度受けるが良い! 余の必殺のエンドバーストを!!」

 

『 『 『 ク、クリリィイイィイィッ!? 』 』 』

 

「くっ、先程の魔法カード《手札抹殺》の時に墓地へ……!」

 

 やがて《スピリッツ・オブ・ファラオ》が大地より剣を引き抜くように振り払えば、大地より鉄砲水のようなマグマの奔流が嵐のように放たれ、クリボー5兄弟たちを一瞬にして呑み込んで行く。

 

「それだけではない! 既に余の『攻撃宣言』は『終了している』! 今度は其方のクリボーたちが割り込むことは叶わん!!」

 

 そして、三度ガラ空きとなった神崎に上段に剣を構えた《スピリッツ・オブ・ファラオ》が迫り――

 

「行けッ! 《スピリッツ・オブ・ファラオ》!!!」

 

 《スピリッツ・オブ・ファラオ》の一刀が神崎を切り裂いた。

 

 







今日の最強カードは《スピリッツ・オブ・ファラオ》!

相手のエンドフェイズ時に4体のモンスターを呼び出せる唯一無二の効果を持っているぜ!

相手の状況(妨害以外)に左右されないのは1万種類を超えるカードの中で(多分)コイツだけさ!







~今作のアビドス三世のデッキ~

彼のエースである《スピリッツ・オブ・ファラオ》を主軸――にしたのだが、
普通に使うと《トライワイトゾーン》の実質劣化なので
「《スピリッツ・オブ・ファラオ》でなければならない」構築を目指した。

結果、相手のエンド時に4体並べられる点に着目し、「エンドサイク」ならぬ
「エンド(エレメンタル)バースト」により盤面ガラ空きの相手に(ファラオ)パンチをぶちかますデッキに。

とはいえ、効果の関係上「ステータスに不安の残る通常レベル2以下」が多いデッキゆえに、盤面は《激流葬》などのパワーカードで強引に流していく他ない。

反面、相手からすれば「棺より脅威度の高い伏せを除去した方が良い」状況になる為、間接的に3種の棺を守れる――と良いな。

化合獣の採用は、コンボパーツ(+そのサーチ)にデッキリソースが偏っている関係上、墓地の用意が「《二量(ダイマー・)合成(シンセシス)》→《完全燃焼(バーンアウト)》」の一手で済むゆえ。
+《激流葬》後の自軍のガラ空きのフォローも出来るのが頼もしい(なお)

だが、「地属性レベル2以下のデュアルがいない」のが今デッキのノイズになっている。
それゆえ《王家の守護者》は気合で墓地に送る他ない。闇属性の《ファラオのしもべ》は犠牲になったのだ……


ただ、作中のように効果コピーで条件踏み倒し《エレメンタルバースト》する方がお手軽なのは密に、密に。
(まぁ、正規で素打ちが狙えるのも若干の強みにはなりえますが)


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第287話 ミステイク




前回のあらすじ
スピリッツ・オブ・ファラオ「つーか(デッキ構築は)これが限界」







 

 

 

 振りぬかれた《スピリッツ・オブ・ファラオ》の剣を前に闇のデュエルによる実体化するダメージ――よりも想定外の一撃を前に一歩後退った神崎を余所に無情な機械音がデュエルディスクから鳴り響く。

 

 

神崎LP:600 → 0

 

 

 やがて神崎の敗北という結果だけが現実として横たわる中、剣を振り切った姿の《スピリッツ・オブ・ファラオ》がソリッドビジョンの枷から解き放たれるように消えていくと同時にアビドス三世は力尽きるように背中から地面に倒れた。

 

「ハハッ、勝った……! 余は勝ったぞ……!!」

 

 そして天へと突きあげた手の平を闇のデュエルから解き放たれ露わになった夜空へとかざし――

 

「これが勝利か……悪くない」

 

 空に浮かぶ月を掴むように握った拳を以て初めて手にした本当の勝利を噛み締めるアビドス三世は満ち足りた表情を浮かべている中、神崎は呆然と呟いた。

 

「負け……か」

 

――《Vivid(ビビッド) Tail(テール)》を《クリバビロン》ではなく、温存して《クリボーン》で蘇生した《クリボー》に使っていればあるいは……

 

 そんな神崎の脳裏に即座に己のプレイングへ頭が回るのは彼がデュエル脳なゆえか、それとも――

 

「まぁ構わないだろう」

 

――この場から一旦退けば良いだけの話。

 

 だが、すぐさま思考を打ち切った神崎は未だ立ち上がる様子を見せないアビドス三世へ歩み寄り手を差し出しながら魔力(ヘカ)によるマーキング(発信機)を図る。

 

「約束通り、この場は退きましょう」

 

「いや、構わん」

 

「……は?」

 

 しかし、そんな神崎の内心など知ってか知らずか神崎の手を取ったアビドス三世は勝者の特権とばかりに得た報酬を捨てて見せる。そう、今の彼には勝利の栄誉さえあれば良い。

 

「もとより今の余は魔力(ヘカ)を使い過ぎた身ゆえ、もはやこの世に留まり続けることは叶わん」

 

 何よりアビドス三世の身体には無茶を続けたツケが回って来た。

 

 《スピリッツ・オブ・ファラオ》の能力ありきとはいえ疑似的に大量の魔物(カー)を行使した事実――幾らデュエルの前に傷を癒されようとも、(バー)の疲弊までは無視できない。

 

「それにデュエルを通じ、其方のひととなりに信を置けるものも感じ取れた……そして、余の願いであった『正々堂々としたデュエル』も果たせたのだ――なれば、これ以上は過分であろう」

 

「カミューラを裏切ると?」

 

「フッ、そうではない。死力を尽くした余に残された時間など僅か……もはやカミューラにしてやれることなど何もないのだ」

 

 かくして、見方によれば神崎の言う通り「カミューラへの裏切り」とも取れかねない言動を並べるアビドス三世だが、晴れ晴れとした表情の当人の中では「やれるだけはやった」様子。

 

「なれば、その最後の時を其方と語らってみたいと思うのはそんなにおかしなことか?」

 

「……時間稼ぎですか?」

 

「ハハッ、全く困った男だ。なら、余の最後の時間稼ぎに付き合ってくれ――余の本当の勝利の、その栄誉として」

 

――(バー)の様子から嘘はない。魔力(ヘカ)が僅かな点も事実。

 

「語り合える程の時間が貴方に残っているようには見えませんが、それでも良ければ」

 

「それもそうだな。なら早速、聞かせて貰おう」

 

――アビドス三世はアテムのいる冥界に還る身、踏み込んだ話は出来ないが……あまり嘘を含めすぎるとアテムと会話された際に齟齬(そご)が出る。

 

 かくして、未だに疑念を拭いきれぬ神崎は冗談交じりに笑って勝者の特権を行使するアビドス三世への解答を思案する。

 

 仮にも闇のゲームの強制力がある中で「余計な情報は与えない」ことを念頭に置かねばならぬ神崎にはあからさまな偽証は叶わない。

 

 

「罠カード《もののけの巣くう祠》は何の為にデッキにあったのだ?」

 

 

「……は?」

 

 

 だが、そんな心配は無用だった。

 

 

 思わぬ問いかけに固まる神崎へアビドス三世は「説明不足か?」と感じたのか首を傾げながら続ける。

 

「む? 其方のデッキはクリボーを主にした物だろう? 中核たる魔法カード《ティンクル・ファイブスター》の為のレベル5を用意するだけなら《ジョーカーズ・ナイト》の方が扱いやすいと思ったのだが……」

 

 《ジョーカーズ・ナイト》――それはデッキの絵札の三騎士を墓地に送ることで手札から特殊召喚できるレベル5のモンスター。

 

 更には墓地の光属性・戦士族をデッキに戻すことで墓地から手札に回収することも出来るゆえ、神崎のクリボーデッキとの相性は悪くない。

 

 というより、使い切りの罠カードよりも半永久的に使えるこちらの方がデッキに適しているとすらアビドス三世は考えている。それゆえの疑問。

 

「よもや、余のデュエルでは出番がなかっただけでデッキにあったのか?」

 

「…………他に聞くべきことがあるのでは?」

 

「他?」

 

「仲間への私の対応を含め、幾らでもあるでしょう?」

 

 しかし、一般的に鑑みても神崎の言葉通りアビドス三世の話題のチョイスが謎すぎた。結果、逆に神崎の側から探られれば痛い腹の場所を明かし出す始末。

 

 神崎も混乱して――いや、かなり混乱している訳だが、聞かれても答えられる範囲に留めている辺りギリギリ取り繕えてはいるも、アビドス三世は気にした様子もなくあっけらかんと返す。

 

「それを聞いたとして、余に真意を確かめる術などないのだ。ならば、余がデュエルを通じて感じ取れた其方の心を信じたい――それでは答えにならぬか?」

 

 それは島ごと偽造して騙しにかかり、仲間(カミューラ)たちのトラウマになりかねない包囲網を敷いた相手を「信頼する」との言葉。

 

――…………正気か? それとも「仲間へ伝聞する術がない」以上は「自分が聞いても意味がない」と考えた?

 

 そんなものを信じられる程、神崎は素直でもなければお人よしでもないが――

 

「話を戻すが、絵札の騎士もデッキに入れねばならぬが繰り返し使える《ジョーカーズ・ナイト》の方が適しているようにも思えるのだが……」

 

――いや、デュエルのことしか考えてないな、これ。

 

 顎に手を当て真面目な顔で神崎のデッキコンセプトを思案するアビドス三世の姿が答えだった。

 

「どうした? 余の時間は残り僅かしか残されておらんぞ? 答えてくれぬか? 気になって仕方がないのだ」

 

「…………ハァ、引き損に成り得るカードは最低限にしたかったので」

 

「……? だが、其方のデッキは60枚だろう? 絵札の騎士の1枚や2枚、さしたる影響がないではないか」

 

「万全にデッキが回った状態でさえ、絵札の騎士を手札に抱えた際に能動的に墓地に送れず、役目を果たせないんですよ」

 

 やがて神崎は警戒している自分が馬鹿らしくなったのかポツポツと《ジョーカーズ・ナイト》の不採用理由を語りだす。

 

 とはいえ、答えは単純明快――引き(ドロー力)が強くない神崎は「引いたら手札で腐る(使い道がなくなる)カード」の採用を避けただけだ。

 

 だが、此処でアビドス三世が待ったをかける。

 

「それは盤面が空いていなければ使えぬ《もののけの巣くう祠》も同じではないのか?」

 

「罠カードは《クリブー》の効果に使えます。ブラフでセットしても良い。特殊召喚効果を持つアンデット族も無理やり召喚して《ティンクル・ファイブスター》の再展開の起点にしても良い」

 

 《もののけの巣くう祠》の発動条件に難のある部分を上げるアビドス三世だが、手札事故と友達レベルの神崎からすれば「その程度の問題(使うタイミング待ち)」は些事。

 

「ですが、絵札の騎士は『手札で抱えると』一切仕事が出来ない。召喚しても相手の破壊を待たなければならない」

 

――なにより手札事故した際に絵札の騎士を引くと詰みかねない。

 

「それが理由です」

 

「ふむ、手札で『必ず』腐る状況ゆえか……墓地に送るカードを用意しても、今度は『それ』が重くなる。合点がいった」

 

 やがて内心の一部を除いて語り終えた神崎の解答に対し、「そんな考え方もあるのか」とドロー強者(手札事故と無縁)っぷりを感じさせつつアビドス三世は納得を見せた。

 

 しかし、人差し指を一本立てたアビドス三世は体内に残る魔力(ヘカ)の枯渇の気配を感じつつ最後とばかりに追加で願いでる。

 

「余の残り時間も僅かだが――もう1つ構わぬか?」

 

「構いませんよ」

 

「余のデッキは、どうだった?」

 

――………………マジかよ。

 

 かくして相手の正気を疑い始める神崎を余所にアビドス三世は己のデッキの自慢のポイントを上げ始める。

 

 そこにいるのは威厳のある王でもなく、最強と担ぎ上げられたデュエリストでもない――ただ、普通にデュエル談義したい1人の人間の姿がそこにはあった。

 

 

 

 

 

 そうして、時間稼ぎにもならない数分程度だったが、生前からの部下たちが膝をついて迎えに来るまでアビドス三世は観光に来た外国人くらいのテンションで談義した後、満足気にあの世へ還っていく。

 

 

 その王の旅路の最後を見送る神崎の胸中はまさに宇宙に漂う猫のよう。

 

 

 そう、まさに未知の経験であった。

 

 

 

 

 

 

 ただ、そんな未知に思考が沈んでいた神崎の意識を引き裂くようにバリバリと風を切る音が空に響いた。

 

 そんな遥か遠方よりグングンと急接近する小さな影を視界にとらえた神崎は内心で小さく舌を打つ。

 

――これは……下手を打ったか? いや、情報さえ届ければ問題ないか。

 

 やがて個人を特定されるレベルで視認された相手が相手なだけに常識的な範囲で行動しなければならない神崎へ空の音の正体である軍用ヘリより拡声器と思しきけたたましい声が届く。

 

「Freeze!」

 

「Hands up!」

 

「Put your hands behind your back!」

 

 なんらかの警告染みた異国の言葉の連続を前に神崎は手の平を隠すように両手を上げながら携帯端末を密かに操作する。

 

「Raise your hands!」

 

「Hold it!」

 

「I'll shoot if you move!」

 

「Freeze!」

 

 だが、その所作を咎めるような異国の言葉が投げかけられるも、神崎は素知らぬ顔で両の手を相手の指示に従うように頭の後ろに持っていって見せれば――

 

 

 

 発砲音が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 此処でところと時間が変わって本物のアカデミアのデュエル場にて観客席の十代たちが見守る中、響みどりがセブンスターズ(偽)とのデュエルに勤しんでいた。その相手は――

 

「セブンスターズの1人! 佐竹サマがサイバー流仕込みのデュエルを教えてやるぜ! ターンエンドだ!」

 

佐竹LP:4000 手札2

《ジェムナイト・プリズムオーラ》守1400

伏せ×3

《ブリリアント・フュージョン》

VS

響みどりLP:4000 手札5

 

 大口の割には1度ばかり融合召喚し、宝石の散りばめられた白銀の騎士を呼び出しただけでターンを終えた箒頭の男、佐竹。

 

 伏せカードが3枚あるとはいえ、傍から見ればそこまで脅威には見えない。

 

「では私のターン、ドローです」

 

「その瞬間、リバースカードオープン! 罠カード《百雷(ひゃくらい)のサンダー・ドラゴン》!」

 

 しかし、響みどりが手札の1枚を手にかけたと同時に佐竹が天へと腕をかざせば落雷がフィールドに轟いた。

 

「こいつの効果でオレは墓地の雷族1体――《ジェムナイト・アンバー》を復活させ、墓地の同名モンスターを可能な限り連鎖復活!!」

 

 そしてバチバチと紫電を漏らす大地から2対のイエローの琥珀が出現すると同時に砕け散り、琥珀の内から宝石を接ぎ木したかのような人型の鎧が現れる。

 

 やがて2体の《ジェムナイト・アンバー》は手の平の宝玉から光る刃を生成し、鏡合わせのように揃った所作で敵対者である響みどりに刃を向けた。

 

《ジェムナイト・アンバー》守備表示 ×2

星4 地属性 雷族

攻1600 守1400

 

 

「だけど、前のターンに融合したモンスターも攻撃力が0だからパワー不足だぜ!」

 

 何時ものメンバーで見学している十代の宣言通り、大量展開したとはいえ佐竹の盤面は固い訳ではないが――

 

「この2体の通常モンスターをリリースし発動だ! 永続罠《暴君の自暴自棄》!!」

 

「ぼ、《暴君の自暴自棄》だと!?」

 

「知ってるのか、万丈目!?」

 

「あのカードがフィールドに存在する限り、お互いに効果モンスターを特殊召喚はおろか召喚すら叶わなくなるカードだ!」

 

 思わぬカードの発動に万丈目は宝石の騎士(ジェムナイト・アンバー)を砕いた王の怒りの声が木霊するフィールドへ瞠目してみせる。

 

「最近は強力な効果モンスターを主体にする方が多いですわ! ゆえに大抵のデュエリストにとって鬼門となるカードでしてよ!!」

 

『サイバー流はカイザーみたいなヤツばっかりだと思ったら、こんな変わり種もいるんだね』

 

 なにせ、胡蝶が説明を引き継いだ通り大半のデッキのキラー(必殺)カードとなり得る1枚――アカデミア教員の実力を身をもって知る生徒たちからしても致命的な相性の悪さは察して余りある。

 

 やがてユベルの興味なさげな視線を余所に困ったように眉をひそめた響みどりは手をかけていたカードとは別のカードを手にデュエルディスクに差し込んだ。

 

「む、厄介ね……魔法カード《カード・アドバンス》を発動して、デッキの上から5枚の順番を操作し、アドバンス召喚権利を+1」

 

 さすれば、何処からともなく竜の咆哮が木霊し響みどりのフィールドへ追い風となって吹きすさぶ中――

 

「魔法カード《名推理》発動。デッキの上からモンスターが出るまで墓地へ送り、貴方が選んだレベルなら墓地へ、それ以外なら特殊召喚します」

 

「なら、レベル8を選ぶぜ!」

 

 響みどりのデッキトップが光り輝くと共にめくられていき、次々と墓地へ送られていく。

 

「デッキの3番目がモンスターの《堕天使ルシフェル》ですが特殊召喚ができないモンスター――墓地に送られます」

 

「ハン、どっちみちそいつは『効果モンスター』! 《暴君の自暴自棄》がある限り、どうせ特殊召喚は出来ねぇぜ!」

 

「《堕天使イシュタム》の効果で手札の『堕天使』1枚を墓地に送って2枚ドロー。魔法カード《堕天使の追放》を発動してデッキから『堕天使』カード1枚を手札に」

 

 そうして佐竹が己の策に嵌った相手のもがく姿にご満悦な様子で指さすが、響みどりの背後より四枚の黒翼を持つ妖艶な褐色肌の堕天使が天へと飛び立ち、次々と新たなカードが舞い込んでいる様子を見るに堪えた様子はない。

 

「モンスターをセットし、そのカードをリリースして、モンスターを裏側守備表示でアドバンスセット――最後にカードを1枚セットしてターンエンドです」

 

 

佐竹LP:4000 手札2

《ジェムナイト・プリズムオーラ》守1400

伏せ×1

《暴君の自暴自棄》

《ブリリアント・フュージョン》

VS

響みどりLP:4000 手札1

裏側守備表示のモンスター×1

伏せ×1

 

 

 しかし、アレコレした割りには響みどりのデッキの代名詞である漆黒の翼が降り立つこともなく、防御に回ったというには些か以上に頼りない盤面でターンを終えた恩師の姿に十代は思わず己のことのように歯嚙みする。

 

「くっ、響先生の【堕天使】デッキは全部効果モンスター……通常モンスターがいないんじゃ碌に動けないぜ」

 

『なんとか《暴君の自暴自棄》の抜け道を狙ってモンスターをセットしてるみたいだけど、守りをモンスター1体に頼り切るのは不安だろうさ』

 

「でも、あの効果は自身にも及ぶ筈よ……佐竹さん? が使う【ジェムナイト】の融合体は『効果モンスター』ばかりなのに、どうする気かしら?」

 

「天上院くんの言う通りだ。今回のセブンスターズは自分で自分の首を絞めているようなものだぞ……鮫島教諭、あの門下生はどのくらいの実力なのですか?」

 

 とはいえ明日香の言う通り盤面程に響みどりが絶望的な訳ではない。

 

 なにせ永続罠《暴君の自暴自棄》の効果は「お互いに及ぶ」のだ。ゆえに同意を見せた万丈目が佐竹のデュエルスタイルに疑問を呈すれば――

 

「佐竹くんたちは私がアカデミアを去り、サイバー流道場に戻ってからの門下生です。ですが、とても向上心に溢れておりますよ」

 

「そうだゾ! オレたちは今までとは違うんだゾ!」

 

「見せてやれ、佐竹ー! 進化したオレたちの! そしてお前の力をー!」

 

 鮫島は新たな門下生となった佐竹の持つポテンシャルの評価に留めるばかり。

 

 だが、代わりに骨塚や高井戸が大人げなく対抗心を剥き出しに答えて見せた――とはいえ、彼らと鮫島の師弟関係は1、2年程度なのだが。

 

 

 此処で一応「誰、こいつら(骨塚・佐竹・高井戸)!?」とお思いの方々へ注釈すると、骨塚たちは原作のペガサス島にてキースの舎弟っぽい立場の(後に切り捨てられる)3人衆のことである。

 

 

 そんなこんなでエリート高校の生徒に謎の対抗心を燃やす新たな鮫島の門弟たちを余所に佐竹はドローしたカードを起点に動き出す。

 

 魔法カード《七星の宝刀》で《ジェムナイト・プリズムオーラ》を除外して2枚ドローし、

 

 魔法カード《闇の誘惑》で2枚ドローしながら除外した《雷電龍-サンダー・ドラゴン》の効果で《雷獣龍-サンダー・ドラゴン》を手札に加えていく。

 

「手札の《サンダー・ドラゴン》の効果! 手札の自身を墓地に送り、同名モンスターを2枚まで手札に加える!」

 

 かくして雷の龍たちの雄たけびが響き続ける佐竹の背後に、蛇のように長い身体を持つ緑の雷龍が半透明に浮かび上がれば――

 

「フィールド魔法《フュージョンゲート》発動! 2体の《サンダードラゴン》を除外し、融合召喚!!」

 

 その2つの影は異次元の渦より混ざり合い、その体表を毒々しい桃色に変貌させつつ頭部に2つ目の大口を開かせ牙を覗かせる。

 

「雷鳴と共に轟け! 《双頭の(サンダー)(・ドラゴン)》!!」

 

 そして最後に一際大きな落雷が響けば、その紫電の先より一本角の伸びる二対の頭部こと双頭を伸ばす毒々しい桃色の雷龍が鳥のような足で大地を踏みしめ現れた。

 

《双頭の(サンダー)(・ドラゴン)》攻撃表示

星7 光属性 雷族

攻2800 守2100

 

 しかし此処で十代は驚愕の声を漏らす。なにせ――

 

「融合モンスターを!? 《暴君の自暴自棄》がある限り効果モンスターは特殊召喚できないんじゃ!?」

 

「お勉強が足りないゾ! アレは『効果を持たない』融合モンスター! ゆえに『効果モンスターではない』んだゾ!!」

 

「っ!? 俺のマッドボールマンみたいな感じか!」

 

「いえ、遊城くんのマッドボールマンは『効果モンスター』ですよ」

 

「えっ!?」

 

「だが、逆を言えば『融合素材を除外してしまった』以上、これ以上の展開はない! 響教諭の守備モンスターで十分凌ぎ切れる!」

 

 やがて骨塚と鮫島により「デュエルのルールは複雑そうに見えて複雑だぜ!」の極致を未だに突きつけられる十代を余所に万丈目が力強くフラグ発言を設置。

 

「『サンダー・ドラゴン使い』の佐竹サマを舐めるなよォ! 魔法カード《(サンダー・)(ドラゴン)(・フュー)(ジョン)》!!」

 

 さすれば佐竹の雄たけびに応えるように天より雷雲が鳴り響き――

 

「除外された《サンダー・ドラゴン》2体をデッキに戻し、融合召喚!! 来たれ、《双頭の(サンダー)(・ドラゴン)》!!」

 

 雷雲を切り裂き2体目の《双頭の(サンダー)(・ドラゴン)》が咆哮と共に翼を広げて宙を舞う。

 

《双頭の(サンダー)(・ドラゴン)》攻撃表示

攻2800 守2100

 

「2体目だと!?」

 

「まだだァ! 手札の《雷獣龍-サンダー・ドラゴン》の効果! 自身を捨て墓地の《サンダー・ドラゴン》を回収! そして《サンダー・ドラゴン》の効果! 同名2体を手札に!!」

 

 エースの連続召喚におののく万丈目を余所に、佐竹が手札の2本角の獣のような青き雷龍を繰り出せば、墓地より大地を砕き《サンダー・ドラゴン》の1体が佐竹の手札に舞い戻る。

 

 そして先のように、その姿を2つの幻影へと分身させれば――

 

「また融合素材が2枚揃った!?」

 

「ということは――」

 

「フィールド魔法《フュージョン・ゲート》の効果により再び、2体を除外融合!! 舞い降りろ! オレの最強にして究極のドラゴン!」

 

 フィールドの《双頭の(サンダー)(・ドラゴン)》が共鳴するように雄たけびを上げれば雷雲が一際巨大なイカヅチを放ち始めた。

 

「――《双頭の(サンダー)(・ドラゴン)》!!」

 

 さすれば、天より新たなイカヅチとなって3体目の《双頭の(サンダー)(・ドラゴン)》が大地を砕きながら降り立つ。

 

 その双頭の頭を揺らす巨大なる龍が3体並ぶ姿はまさに圧巻。

 

《双頭の(サンダー)(・ドラゴン)

攻2800

 

「1ターンに三連続の融合……だと!?」

 

One(ワン) Turn(ターン) Three(スリー) Twin()-Headed() Thunder() Dragon()……だゾ」

 

「長い長い」

 

 よもやの3連続融合におののく万丈目へ、骨塚たちのアホなやり取りを余所に佐竹は力強く叫ぶ。

 

「見たか! オレこそが真の『サンダー・ドラゴン使い』!! 『サンダー・ドラゴンの申し子』!!」

 

 そう、己こそが雷龍たちが相応しい担い手なのだと。断じてどこかの社長の弟ではないのだと。

 

「でも、佐竹の奴、さっきから謎のアピール続けて……一体どうしたんだゾ?」

 

「いや、夢でモクバ副社長がサンダー・ドラゴンを我が物のように使う光景を見たらしいんだよ……ほら、『リンス』だか『リンク』だか、うなされてたヤツ」

 

「……訳が分からないゾ」

 

 とはいえ、残念ながら佐竹の魂の叫びは付き合いの長い骨塚たちにも分からない。

 

 

 ゆえに軽く解説すれば――

 

 《双頭の(サンダー)(・ドラゴン)》は原作アニメのバトルシティのレアカード登録画面でアンティ指定――つまりフェイバリット指定していた佐竹の相棒たるカード。

 

 なのだが、当の《双頭の(サンダー)(・ドラゴン)》たちがゲームアプリたる「デュエルリンクス」のDSODワールドでモクバ様のデッキに設定されている現実。

 

 つまり、ただでさえ絶望的な佐竹のデュエルリンクス参戦は一層絶望的になったのである! ……まぁ(ほぼモブやし)エエか。

 

 

 閑話休題。

 

 

 そんな電波を受け取った訳ではないが、魂から響く謎の焦りからなる自己アピールに猛る佐竹へ、鮫島は温和な口調でいさめて見せる。

 

「佐竹くん、自負を持つのは構いませんが、過信に変わりかねない程になってはいけませんよ。それは心の隙となって油断に繋がります」

 

「そ、そうだった! オレはクリーンでグレートなデュエリストに生まれ変わったんだった! ご指導ありがとうございます! 鮫島師範!」

 

 かくして、まだ浅いながらも確かな師弟関係を感じさせる2人とその友人たち。

 

 

 そう、お察しの通り本物の学園に送り込む「偽のセブンスターズの人員」は、鮫島ことサイバー流から都合を付けて貰っていたのだ!

 

 何故、骨塚たちがサイバー流に所属するようになったかといえば、骨塚の中の人がサイバー流の関係者(丸藤 翔)だったり、佐竹が使う《サンダー・ドラゴン》と《サイバー・ドラゴン》の名前が似ているなんて安易な理由では断じてないことを此処に記しておこう。

 

 誰得な話過ぎて語られることはないだろうが――

 

 サイバー流の師範代として、迷えるデュエリストたちに手を差し伸べる活動を始めた鮫島と、将来への道に迷いを抱えていた骨塚たちと縁が繋がった――的なメモリーがあるのだ。

 

 

 デュエルに戻ろう。

 

 

「永続魔法《一族の結束》を発動し、バトル! 《双頭の(サンダー)(・ドラゴン)》の三連撃を受けろ! 轟雷のツイン・ボルテーション!!」

 

「ですがセットしていたのは《堕天使アムドゥシアス》――その守備力は2800で互角。突破は叶いません」

 

 《双頭の(サンダー)(・ドラゴン)》が2つの頭から姿を現さぬ相手へイカズチのブレスを放つが、その雷撃が直撃すると同時に漆黒の翼で身を守る持つユニコーンたる《堕天使アムドゥシアス》の姿を照らし出す。

 

 だが、響みどりの言葉に反し、《堕天使アムドゥシアス》が盾とした翼がピシリ、ピシリとひび割れ始めた。

 

《堕天使アムドゥシアス》裏側守備表示 → 表側守備表示

星6 闇属性 天使族

攻1800 守2800

 

「無駄だぜ! 永続魔法《一族の結束》により俺の《双頭の(サンダー)(・ドラゴン)》たちの攻撃力は800アップしてるんだからよォ!」

 

 なにせ墓地に眠る同胞たちの力を糧に《双頭の(サンダー)(・ドラゴン)》たちの身体は紫電を帯び、放ったイカズチのブレスもより激しさを増していく。

 

《双頭の(サンダー)(・ドラゴン)》×3

攻2800 → 攻3600

 

「アイツ、龍なのにドラゴン族じゃないのか!?」

 

「ややこしいが全て雷族のようだな」

 

「拙いわ! これじゃあ残り2連撃を凌ぎ切れない!」

 

 雷煙が吹き荒れる響みどりのフィールドへ向けて明日香の悲痛な声が響くと同時に、黒き翼の砕ける音が響く。

 

 

 だが、そんな中で響みどりが天に掲げた指をパチンと鳴らした。

 

 

 さすれば、パラパラと砕けたように舞い散る漆黒の羽吹雪が逆巻いた先より傷一つない《堕天使アムドゥシアス》がいななきを上げながら前足を上げて見せる。

 

「なんだと!?」

 

「アムドゥシアスが破壊される筈だゾ!?」

 

「手札の《堕天使テスカトリポカ》は破壊される『堕天使』の身代わりとなれます」

 

 やがて驚く佐竹と骨塚の前に、《堕天使アムドゥシアス》を庇うように立つ漆黒の装甲を持つ人型の堕天使が嘲笑するように逆立った紫色の髪を直して見せる。

 

 だが、その身体は先の雷撃により大きく損壊しているが健在を示すように《堕天使アムドゥシアス》が喉を鳴らせば、満足したように消えていった。

 

「くっ!?」

 

「よっしゃぁ! これで、このターンは大丈夫だぜ!」

 

「たとえ苦手なデッキとデュエルすることになっても、動き方一つで思いのほかアッサリ状況を打開することも往々にしてあります。大切なのはデュエルの流れの中に隠れるさざ波を――隙を見逃さないことが大切なんですよ」

 

『鮫島の言う通りだよ、十代。マティマティカとのデュエルだって、ちゃんと慎重に動けばもっと楽に勝ててた筈だ』

 

「でもさ鮫島先生、隙のない相手だったらどうすりゃ良いんだ?」

 

 計算外に歯嚙みする佐竹の様子を一例に鮫島が講義を見せる中、ユベルからの苦言に十代が思わず問いかければ、鮫島は己の顎に手を当て茶目っ気を含んだわざとらしい仕草で返す。

 

「おや? それは響先生が既に実演されていたのですが……」

 

「えっ!?」

 

「ハハハ! トップエリートって言っても大したことないゾ!」

 

「では、骨塚くん――遊城くんに説明を」

 

「えぇっ!? えーと……(た、高井戸……分かるゾ?)」

 

「ハン! 分かる――訳ねぇだろ!!」

 

「では皆さんで一緒に考えてみましょう。互いに意見を出し合えば、ひらめきの種になるやもしれません」

 

「わ、分かったゾ……」

 

 そうして、お勉強が足りないノーネと言われかねない組がヒソヒソと意見交換し始める中、十代も万丈目を頼れば――

 

「よし、じゃあ万丈目たちも――って、みんな分かってたりする?」

 

「当然だ」

 

 流石に答えを知っている面々には頼れぬ現実が横たわる中、戦況は激変し始めていた。

 

「だが、所詮はその場しのぎ!! 残りの《双頭の(サンダー)(・ドラゴン)》たちの連続攻撃は止められねぇ!!」

 

「――って、それどころじゃねぇ!?」

 

「流石は鮫島教諭が手ずから鍛えられたセブンスターズたち――生半可な実力ではないな」

 

「デッキ相性があるとはいえ、教員の中でも上位の実力の響先生がこうも手古摺るなんて……」

 

「追撃し! ダイレクトアタックだ! 《双頭の(サンダー)(・ドラゴン)》たち!!」

 

 フォース1年生たちの尊敬の混じった眼差しを背に残る2体の《双頭の(サンダー)(・ドラゴン)》を嗾ける佐竹だが、此処で再び響みどりがパチンと指が鳴らせば――

 

「その攻撃時、アムドゥシアスの効果。ライフを1000払い、墓地の『堕天使』魔法・罠1枚をデッキに戻し、その効果を得る――罠カード《背徳の堕天使》の効果適用」

 

響みどりLP:4000 → 3000

 

 《堕天使アムドゥシアス》が黒翼を広げれば天より光が差し込み、掲げた一本角へと力が宿る。

 

「貴方のフィールドのカードを1枚破壊します。当然、選ぶのは――」

 

「チィッ!? 《暴君の自暴自棄》が!?」

 

 《堕天使アムドゥシアス》のいななきと共に一本角から放たれた黒い光の刃は《双頭の(サンダー)(・ドラゴン)》たちを素通りし、佐竹のフィールドに突き刺さり爆散。王の断末魔が木霊する。

 

「よし! これで響先生もモンスターが呼べるぜ!」

 

「だけど、まだ佐竹には3体の攻撃力3000オーバーの《双頭の(サンダー)(・ドラゴン)》たちが残ってるゾ!」

 

「モンスターを呼ばれる前にお陀仏だぜ!」

 

「任せときな! 攻撃続行だ! 《双頭の(サンダー)(・ドラゴン)》!」

 

 そうして響みどりのデッキを縛る暴君の無法(永続罠の効果)が解き放たれた事実に歓声を上げる十代だが、骨塚と高井戸の言う通り新たな堕天使たちが舞い降りる前に本丸を落とせば良いだけだ。

 

 ゆえに《堕天使アムドゥシアス》を蹴散らし、最後の《双頭の(サンダー)(・ドラゴン)》を進軍させる佐竹に三度「パチン」と天へ掲げた響みどりの指の鳴る音が響いた。

 

「罠カード《死魂(ネクロ・)融合(フュージョン)》発動。墓地の3体の『堕天使』を裏側除外し、融合召喚を行います」

 

 さすれば今の今まで雷雲が立ち込め続けていた空が真っ二つに割れ、禍々しいまでの光がお互いのフィールドを照らし出す。

 

「今こそ天を地に落とせ」

 

 その光の先より球体状に包まれた黒き十の翼がほどかれていく。

 

「黎明の堕天使」

 

 黒翼の庇護が解き放たれ、その身を覆う漆黒の鎧が垣間見えただけで大気の温度は熱を失い、

 

 携えられた漆黒の大盾と、獲物を探すように脈動する血脈の這う長剣が黒翼の鞘より解放されるだけで周囲の重圧は増し、

 

「ルシフェル」

 

 やがて十の翼を広げ、長い白髪を風に揺らす儚げな青年が頭上へ赤き天輪を浮かべ空にたゆたう。

 

 その冷たい瞳が空の支配者である筈の《双頭の(サンダー)(・ドラゴン)》たちを見下ろしていた。

 

《黎明の堕天使ルシフェル》攻撃表示

星12 闇属性 天使族

攻4000 守4000

 

「こ、攻撃力……4000……!?」

 

――いや、ビビるな! 俺の手札には《雷源龍-サンダー・ドラゴン》がいる! こいつの効果で《双頭の(サンダー)(・ドラゴン)》を更にパワーアップ(攻撃力を500強化)させれば問題ねぇ!

 

 天に座す絶対者たる《黎明の堕天使ルシフェル》からの重圧へ見上げることしか叶わない佐竹は一歩後ずさるも脳内で立ち向かう術を模索し、一筋の光明を見出すが――

 

「《堕天使ルシフェル》を融合素材とした黎明の堕天使の効果――融合召喚時、相手フィールドの全てのカードを破壊します」

 

 しかし、響みどりが頭上に手を掲げて指を鳴らす所作に合わせて《黎明の堕天使ルシフェル》が天へと剣を掲げれば――

 

「なっ!?」

 

 

黎明(ダウン)の鎮魂歌(・レクイエム)

 

 

 パチンと響みどりの指を鳴らす音を合図に天より黒き閃光が世界を照らせば、《双頭の(サンダー)(・ドラゴン)》たちの身体は抵抗すら許されぬようにボロボロと崩れるように消えていく。

 

 

 そうして、一瞬にして更地になった己のフィールドを前に佐竹は、骨塚たちと共に呆然と言葉を零す他ない。

 

 

「馬鹿……な……!?」

 

 

「佐竹の雷龍たちが一瞬で……」

 

 

「こ、これが企業デュエル無敗の女王†漆黒の翼†の実力なんだゾ……!?」

 

 

「ぶっ」

 

 

「なにそれ! カックイイー!」

 

 

 そんな中で響みどりは顔を背けて噴き出した――のだが、そんな恩師の変化に気づかぬ十代はシンプルに凄そうな呼び名にテンションを上げるばかり。

 

 

「そういえば響先生の元の勤め先はKCだったわね」

 

「プロネームのようなものだろう。有名になれば、1つや2つ出てくるものだ」

 

「流石は、あの魑魅魍魎(ちみもうりょう)が蔓延るKCを生き抜いた女傑だゾ……」

 

「む、むむ昔の話です」

 

 明日香たちが恩師の過去を思い出す中、恐ろし気に冷や汗を拭う骨塚を遠回しに黙らせようとする急にそっぽを向きつつ開いた手で顔を隠した響みどりだが――

 

「流石、漆黒の翼だぜ!」

 

「 や め な さ い 」

 

 無邪気に若かりし頃の古傷(黒歴史)を抉る十代の純真さに思わず満足町風の制止を要請するも、効果は望み薄だろう。

 

「くっ、たとえ†漆黒の翼†が相手だろうともオレにはコイツが残ってる! カードを1枚セットしてターンエンドだ!!」

 

――たとえ攻撃力4000だろうと、罠カード《百雷のサンダー・ドラゴン》で3体の《双頭の(サンダー)(・ドラゴン)》が復活する! こいつらで凌いで次のターンにパワーアップした《双頭の(サンダー)(・ドラゴン)》の一撃を食らわせてやるぜ!

 

 とはいえ、響みどりの過去のアレコレはデュエルを再開した佐竹の一発逆転をかけた伏せカードを前に観客の意識もやや其方に逸れ始めていく。

 

 

 そのことに安堵したように息を吐いた響みどりはデッキからカードを引いた後、手癖で指を鳴らして効果発動を宣言。

 

「なら私のターン、ドロー! ルシフェルの効果――ライフを1000払い墓地の【堕天使】1体を、テスカトリポカを特殊召喚!」

 

響みどりLP:3000 → 2000

 

 《黎明の堕天使ルシフェル》が長剣で手の平を斬り、滴る血が大地を濡らせば墓地こと地獄より《堕天使テスカトリポカ》が這い出し、損傷の治った身体で飛翔。

 

そして、王の慈悲を前に腕と翼で臣下の礼を取った。

 

《堕天使テスカトリポカ》

星9 闇属性 天使族

攻2800 守2100

 

 

 ただ、此処で十代は一つばかり気になった様子で鮫島に問いかけた。

 

「なぁなぁ、鮫島先生! 響先生の指鳴らすのって理由あるのか?」

 

「あれはルーティーンの一種でしょう。己のリズムを整える為に、ああいった所作を行う方も珍しくはありません」

 

 それは「なんでカードの発動の度に指を鳴らすのだろう」とのある種の当然の疑問に鮫島は私見を述べるが――

 

 本当のところは原作の響みどりが登場する漫画版GXでも明かされてはおらず、謎に包まれている部分だ。

 

 作中でも誰も言及していない部分されていないが、唯一ハッキリしていることもある。

 

「へぇー、なんかカッコイイからとかじゃないんだな!」

 

「ブッ、ゲフンゲフン――私のターン!! ドロー!!」

 

 十代の言う通り、なんかカッコイイ所作だよね。

 

 

 

 最後に後のデュエル経過は永続罠《暴君の自暴自棄》を失った佐竹が堕天使の猛攻を止めきれず、響みどりは勝利するのだが――

 

 

 舞い降りる堕天使たちの黒翼から零れた羽の舞うフィールドに佇む響みどりの姿はまさしく「漆黒の翼」と呼ばれるに相応しいものだったと記しておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今回も(偽の)セブンスターズに勝利した知らせを受けた後、コブラは校長室にて神妙な表情で呟いた。

 

「やはり定時連絡は完全に途絶えた……か」

 

――仕損じたな、神崎。

 

 神崎からの連絡が途絶えただけでなく、コブラ側からのコールにすら応答しない。何か問題が起きたことは明白。

 

「佐藤、最後の連絡はキミに当てた『それ』だけかね?」

 

「はい、『貴方が対処し』とまで」

 

「私ではなく、キミに――連絡相手を精査する暇すらなかったのか、それとも『キミである必要があった』のか判断に困るところだ。キミはどう思う?」

 

「それがサッパリです。私には彼の考えていることは分かりかねますよ」

 

 そうして明らかに途中で送信されたメッセージを前に、神崎の意図と状況を推し量るコブラだが、佐藤の方はさじを投げたようにお手上げと両手を上げるばかり。

 

「だが、『其方で』ではなく『貴方が』と記した以上、誰か『特定の人物に対処させるつもりだった』ことは確かだ。何か気が付いたことがあれば直ぐに知らせてくれ」

 

「…………随分と無茶を仰る」

 

「無茶でも何でもやらねばならん。未だ事件性すらない状況では司法すら頼れん……戦力だけは過剰な程に用意があるのが幸いか」

 

「方針が決まれば知らせてください」

 

 やがて状況が状況なだけに顔に影を浮かべる佐藤だが、コブラが受話器に手をかける姿に「邪魔をしては悪い」とばかりに退室すれば――

 

「ああ、分かった。オブライエン、私だ――ああ、警戒してくれ。最悪の事態が想定される――其方は問題ない。人員は既に準備済みだ。ただ、念のためキミの息子にも動いて欲しい」

 

 佐藤へ生返事をしながらコブラはかつては戦場を共にした相手へ、事態の収束への協力を願い出る。

 

 その後は手持ち戦力をより増強すべく要請したり、今の警戒態勢を一段引き上げた警備の為の指示を出したりと忙しく動き出す。

 

 

「なんだ、なにか気づい――キミか。なんの用かね?」

 

 

 だが、そんな中で予想外の客人が訪れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 またまた数日が過ぎた頃、学園に近づく不審な小型船を発見したアカデミア側は招かれざる客人が島の港に上がった途端に刺客を差し向けた。

 

「 「 アカデミア用務員が1人! 学園の門番! 迷宮兄弟!! 」 」

 

 それは左右を固める何時もの中華風の恰好ではなく用務員の恰好をした迷宮兄弟だったり、

 

「アカデミア用務員が1人! 神の担い手! レアハンター!」

 

 中央で膝をついて両手を広げる用務員の恰好をしたことで爬虫類っぽい目しか残らず、原作の面影が皆無なエクゾ使いの(元)グールズだったり、

 

「アカデミア用務員が1人! 否! 高貴なる者! ジーク・ロイド!」

 

 センターを陣取るも、用務員の恰好を「気品に欠ける」と拒否し、貴族風の恰好のまま偽名を名乗る(元)シュレイダーの長兄だったり、

 

「アカデミア用務員が1人! サイキッカー! ピート・コパーマイン!」

 

「アカデミア用務員が1人! 猛き血の眷属! ティラ・ムーク!」

 

 此方も用務員の恰好を拒否し、普段のパンクな格好の男とゴシックドレスの女が各々左右の両翼にて斜めに天を指差すカード・プロフェッサーたちだったり

 

「ア、アカデミア用務員が1人! き、北森です!」

 

 一番後ろで両の手を伸ばし、我の強い面々のポーズに統一感を持たせようと奮闘する北森だったり、

 

「……アモンだ」

 

 その謎陣形に一切関与するなく少し離れたところでメガネの位置を直すアモンを含めた――

 

 

「 「 「 我らアカデミア用務員北部7人衆!! 」 」 」

 

 

 用務員という適当な理由でアカデミアに滞在するデュエリストたちの渾身の合体決めポーズ(1名不参加)を前に、侵入者ことタニヤはイロモノを見るかのような視線で返した。

 

 

「8人いるように見えるが?」

 

 その胸中は「コイツら、ツッコミ待ちか?」と言ったところ。

 

「ちょっと坊や。折角決めたんだからポーズ取りなさいよ」

 

「ニャハハ、少年ノリ悪ーい」

 

「アモンよ、気にすることはない。私の気品を前にして委縮するのは必然だとも」

 

 だが、用務員7人衆(8名)の中の用務員の正装ことツナギを着ることすら拒否した優雅組のティラ・ムーク、ピート・コパーマイン、ジーク・ロイド(偽名)の3名は最年少なアモンをイジるのに忙しい。

 

「安心なされよ、我らはタッグデュエル専門」

 

「然り。其方(そなた)らセブンスターズ側にタッグデュエリストがいた際の人員である」

 

「……そうか。だが、まずは名乗られたのなら名乗り返さねばなるまい」

 

 しかし、2人で動作をシンクロさせながら一歩前に出た迷宮兄弟からの説明に一先ず納得することにしたタニヤは「其方(そなた)」呼びや「いる筈のないタッグデュエリスト」への備えから神崎より情報が渡っていないことを察し――

 

「私はセブンスターズの1人! アマゾネスの戦士、『タニヤ』!」

 

 タニヤは注目を集めるように声を張って名乗りをみせつつ挑発を入れる。

 

「さぁ、鍵の守り手たちよ! 我が歩みを止めてみせるが良い!!」

 

「フン、では一番槍の栄誉はお前たちにくれてやろう」

 

 さすれば、己が最後の砦と認識しているジークはタニヤの実力を測る意味合いも込めて出番を譲れば――

 

「ならば神を従える私が終わら――」

 

「では僕が」

 

「 「 待たれよ! アモン殿は最後の砦と聞いておる! 先鋒は任せられん!! 」 」

 

 手柄が欲しいエクゾ使いの(元)グールズがデュエルディスクを構えようとした瞬間にアモンが前に出たと同時に、迷宮兄弟にまとめて制される。

 

「こんな坊やが大将だなんて――そんな実力者なのかしら?」

 

「お嬢さん、デュエリストに年齢を問うなどナンセンスだよ」

 

「アモンくんはス、スッゴク強いですよ!」

 

 出鼻を挫かれ無言で固まるエクゾ使いを余所に、ティラ・ムークへマウントを取るジークと頑張って場を収めようとする北森。

 

 そんなやいのやいのする用務員’sたちの中、エクゾ使いはテイク2を敢行する。

 

「オホン、では神を従える私が終――」

 

「ニャハハ、じゃあ、おねぇさんが決めて良いよ~?」

 

「フン、まとまりのない奴らだ。あの坊やが無理なら……そうだな」

 

「ならば今こそ、神を従える私の力を――」

 

 のだが、ピート・コパーマインの提案に乗ったタニヤの姿に手柄がどうしても欲しいエクゾ使いは相手が食いつきそうな単語を選び賢明に自己アピールするが――

 

「お待ちを――どうか、この役目。私に譲っては頂けませんか?」

 

「また増えるのか……」

 

 なんかいつの間にか増えた9人目こと鮫島の姿に、流石にゲンナリし始めるタニヤ。

 

 しかし、そんな鮫島の行動をジークはかつてのように鼻で嗤って見せる。

 

「誰かと思えば……いつぞやの道場主かね。学園で失脚した汚名を雪ぎたいようだが今は下がりたまえ。キミの手に余る事態だ」

 

「いいえ、私が前に出ねばならなかった……もっと早くからこうするべきだったのです」

 

 だが、鮫島の瞳に宿る確固たる意志の力を垣間見たジークは懐から棒状の鍵を放り投げた。

 

「…………フッ、何を言っても無駄なようだ。ならば、この私の鍵(参加券)を受け取りたまえ」

 

「感謝します」

 

 鮫島が空中で掴んで見せた「それ」はセブンスターズが求める幻魔を封じる7つの鍵の1つ(偽物)。

 

「(えっ? アレって勝手に渡して良いものなの?)」

 

「(良いんじゃな~い? 責任云々はあの人が負うんだろうし、ニャハハ)」

 

 とはいえ、偽物とは知らぬティラ・ムークやピート・コパーマインからすれば「なにやってんだ、この没落貴族」とコソコソ話す他ない。

 

「わ、我が神の力を――」

 

「話は済んだようだな。好みではないが致し方あるまい――戦士よ、名を聞こう」

 

「サイバー流、師範代――鮫島!! 参る!!」

 

 やがて、エクゾ使いの言葉を打ち切ったタニヤは鍵の守り手どころか鍵すら興味などなかったが、鮫島からの名乗りを聞けば此処に来て初めて獰猛に笑みを浮かべる。

 

「ほう、かのカイザーの師か……良き闘志だ! 申し分ない!!」

 

 最後の最後で己の望む大当たりを引いたかもしれない、と。

 

 

「 「 デュエル!! 」 」

 

 

 その気迫のままに幕を開くデュエルの行く末は果たして――

 

 






鮫島「――(初めから)こうすれば良かったのです!!」




Q:佐竹ってサンダー・ドラゴン使いなの?

A:アニメDMでのバトルシティ編にて(エクゾ使いのグールズのPC情報から)
佐竹のアンティカードに《双頭の(サンダー)(・ドラゴン)》が指定されております。
(ただ、当時は素の《サンダー・ドラゴン》のみの時代なので【融合】デッキでしょうけど)



~今作の佐竹のデッキ~

リメイクされた【サンダー・ドラゴン】融合体ではなく、《双頭の(サンダー)(・ドラゴン)》を主軸にするべく
《暴君の自暴自棄》を絡めた【非効果雷族】とも言うべきデッキ。

デッキ融合のある【ジェムナイト】の雷族を出張させて素早く墓地に通常モンスターの雷族を溜め、《百雷のサンダー・ドラゴン》で複数蘇生して《暴君の自暴自棄》の発動コストを賄う。

後は《暴君の自暴自棄》の影響化で動きの鈍った相手を《双頭の(サンダー)(・ドラゴン)》の連続融合で押し切ろう。

《百雷のサンダー・ドラゴン》を含め、各種【サンダー・ドラゴン】のサポートのお陰で《双頭の(サンダー)(・ドラゴン)》が倒されてもリカバリーは非常に容易なのが頼もしい。

(ただ、普通にNewサンダー・ドラゴン融合体ガンガン使った方が強いのは密に密に)




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第288話 師範代と意地



前回のあらすじ
響みどりは犠牲になったのだ……

コミック版GXの指パッチン設定への今作なりの解釈……

その犠牲にな……





 

 

 

 覚悟を決めた鮫島のデュエルが始まる中、島内でそんなことが起きていることなど知る由もないフォース2年生sこと十代たちは一室に集められ、与えられた課題を熟していた。

 

「あー、この前の響先生のデュエル凄かったなー」

 

「なんだ、貴様。藪から棒に……」

 

「いやさ、なんて言うか上手く言えねぇけど、アレでさ」

 

「馬鹿者。その不明瞭な部分を言語化する為に、こうしてレポートに纏めとるんだろうが――手を動かせ、手を」

 

 言語野が仕事を放棄したようにペンを宙でぶらつかせる十代へ、レポート用紙にペンをよどみなく走らせる万丈目はピタリと手を止め何時ものように苦言を飛ばすが――

 

「いやー、なんか今日は筆が乗らなくって……」

 

「『今日は』ではなく『常に』だろうが」

 

『こいつは……いつも一言余計だね』

 

「フフッ、遊城くんは毎回苦心してるものね」

 

 苦笑する明日香の言う通り、「書け」と言われるとヤル気が削げてしまうのが十代スタイル。

 

 こうして「(偽)セブンスターズと教員のデュエルを経た学び」――今回の場合は「相性の悪いデッキとデュエルする際の心得」と言ったところか――のレポート課題は未だ十代だけ白紙である。

 

「やっぱ、考えが纏まらねぇ! ちょっと今日の授業はパスする! 購買にでも行ってデュエルの相手、探してくるぜ!」

 

「……全く、一々宣言せずとも授業の出欠は貴様の自由だ。勝手にしろ」

 

「まぁ、そんな日もあるわよね。佐藤先生には私が言っておくわ」

 

「いや、必要ないようだ、天上院くん。教諭も戻られたぞ」

 

『全くタイミングが良いんだか、悪いんだか』

 

 やがて一度大きく伸びをした十代が帰り支度を始める中、席を外していた佐藤の帰還に十代はいつもの調子で敬礼のように指を添える所作を以て立ち去らんとするが――

 

「ナイスタイミング! 佐藤先生! 悪ぃけど授業はパスするぜ! レポートは明日にでも――」

 

「遊城くん、座りなさい。今回の授業は欠席不可です」

 

「えっ?」

 

 普段以上に固い口調の佐藤の声に、十代の動きはピタリと固まった。

 

「どういうことですか、佐藤教諭? 他のセブンスターズのデュエルの時と同様、レポートを授業中に仕上げる必要性はない筈ですが……」

 

「万丈目くんの言う通りです。それに今のアカデミアで授業の出欠は生徒の自由の筈でしょう?」

 

『別にあの門下生が特段に変わり種って訳でもないだろう? コイツ、急にどうしたんだ?』

 

 そう、万丈目たちの言う通り「この歪んだ歴史におけるアカデミア」において授業の離席は完全に生徒の自由である。

 

 レポート課題に関しても別に寮や図書館などで行っても問題ない。というか、参考資料があった方が良いくらいだ。生徒を教室に縛り付ける必要性の方が少ないだろう。

 

「…………来賓が来られるかもしれないとの連絡を受けました。ですので、貴方たちには今日一日、纏まって行動して貰うことになります」

 

「俺たちが……?」

 

「誰、来るんだろ? この感じだと、スッゲー人だよな!」

 

『3年の胡蝶が別口の様子(この場にいないこと)を考えると、十代たち2年生――いや、新生フォースに興味を持った人間じゃないかな』

 

「でも、随分と急な話ね……」

 

 しかし、佐藤から語られた理由に一抹の懸念を覚えつつも一先ず納得を見せる万丈目たち。

 

 だとしても、明日香の言う通り「この手の話」を直前に知らされた事実に一同は疑念を覚えた。

 

「……それだけのビッグネームという話か?」

 

「海馬オーナーとか?」

 

「ありえん。むしろ俺たちを呼び寄せる側だろう」

 

「じゃあデュエルキング!」

 

「流石に彼ほどのデュエリストが、プロを差し置いて私たちへ直接訪ねることはしないんじゃないかしら?」

 

 だが、「アカデミア側にも事情があるのだろう」と信頼を担保にして疑念を流そうとする万丈目へ、十代は「急に来る人」への思い当たる節を上げていくが明日香たちの納得には至らない様子。

 

「なら、ペガサス会長とか!?」

 

『あり得るね。噂じゃ才能ある子供を探して後継者候補にしてる話もあるくらいだし』

 

 やがて、十代たちは年相応に「客人」への期待感を高めつつ、私語に興じていく。

 

 ただ、凡そ課題の終わりが見える2人に反し、十代のレポート用紙は未だに白紙のままだったことをここに記しておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな十代たちを守るべくアカデミアの港にてデュエルに興じる鮫島は、先攻を得たタニヤ……いや、サイバー流が得意とする後攻をあえて渡した姿を警戒気に見やれば――

 

「私のターン! ドロー! 魔法カード《手札抹殺》! 互いの手札を全て捨て、その枚数分ドロー!」

 

 新たに引いたカードを視界に収め、僅かに目を細めたタニヤはブレードのようなデュエルディスクにカードを差し込む。

 

「お前を我が故郷に招待してやろう――フィールド魔法《アマゾネスの里》! これにより『アマゾネス』たちの攻守は200ポイントパワーアップ!」

 

 さすれば周囲は原生林の如きジャングルに覆われ、獣や鳥たちの声が木霊し始めた。

 

「此処で墓地の《ヴァレルロード・R・(ライオット)ドラゴン》の効果! 手札を1枚破壊し、墓地の【ヴァレル】1体――【ヴァレル】たる自身を手札に戻す!!」

 

 だが、そんなジャングルの中には似合わぬ青き拳銃を模した機械龍が緑のエネルギーウィングを開きながらタニヤの手札から銃弾のブレスを放てば――

 

「そして、この瞬間《アマゾネスの里》の効果! 『アマゾネス』が破壊された時、1ターンに1度そのレベル以下の同胞をデッキから呼び出すことが出来る!」

 

「 「 手札の破壊からも可能だと!? 」 」

 

「長として先陣を切れ! 《アマゾネス王女(プリンセス)》!!」

 

 迷宮兄弟が驚く中、タニヤの手札へと消えていく《ヴァレルロード・R・(ライオット)ドラゴン》の背より長に連なる者のみが許される赤い墨の入った褐色肌の少女が民族的な軽装に身を包み飛び降り、地面に突き刺した槍の柄へと着地してみせた。

 

《アマゾネス王女(プリンセス)》守備表示

星3 地属性 戦士族

攻1200 守 900

攻1400 守1100

 

「特殊召喚された王女(プリンセス)の効果によりデッキから『アマゾネス』カードを手札に加え――《アマゾネスの格闘戦士》を召喚!!」

 

 やがて《アマゾネス王女(プリンセス)》が角飾りのついた帽子から伸びる白い飾り毛を揺らしながら指笛を吹けば、筋骨隆々な巨躯の女戦士が現れる。

 

 その《アマゾネスの格闘戦士》は雑多にまとめた黒髪で首を垂れつつ膝をつき、なにやら手土産を《アマゾネス王女(プリンセス)》に手渡していた。

 

《アマゾネスの格闘戦士》攻撃表示

星4 地属性 戦士族

攻1500 守1300

攻1700 守1500

 

「永続魔法《補給部隊》を発動し、カードを1枚セット――これでターンエンドだ。さぁ、サイバー流の力とやら、見せて貰おうか!」

 

 とはいえ、その手土産は即座にタニヤへパスされたが栓無きことである。

 

 

 

タニヤLP:4000 手札2

《アマゾネスの格闘戦士》攻1700

《アマゾネス王女(プリンセス)》守1100

伏せ×1

《補給部隊》

フィールド魔法《アマゾネスの里》

VS

鮫島LP:4000 手札5

 

 

 

「サイバー流はその圧倒的なパワーからなる速攻が強み――あの程度の布陣とは、セブンスターズも所詮は名ばかりの集団か」

 

 そんなタニヤの1ターン目にエクゾ使いの(元)グールズは鼻で嗤うように零す。

 

 なにせ、アカデミアが厳戒態勢を敷く相手が貧弱な下級モンスター2体ばかりでターンを終えたのだ。

 

「だと良いのだがね」

 

 あの程度の盤面では、サイバー流のパワーファイトを知る者からすれば自殺行為に過ぎない。そして、それは他ならぬジークもよく知るものだったが――

 

「私のターン! ドロー! 魔法カード《機甲部隊(マシンナーズ・)の再編制(リフォーメーション)》! 手札の『マシンナーズ』カードを捨て、デッキから2枚の『マシンナーズ』カードを手札に加えます!」

 

「【サイバー】ではなく、【マシンナーズ】だと!?」

 

「ほう、私を相手になりふり構わずと言ったところか?」

 

「いいえ、私のデッキにはサイバー流の理念が根付いておりますよ」

 

 キャタピラ音とプロペラ音が《アマゾネスの里》たるジャングルに響く光景に驚くエクゾ使いを余所に、タニヤはやや失望を込めて皮肉を送れば、鮫島は即座に否定してみせる。

 

「速攻魔法《緊急ダイヤ》! デッキよりレベル5以上と4以下の地属性・機械族モンスターを特殊召喚! 現れろ! 《マシンナーズ・ギアフレーム》! そして――」

 

 そうして空のプロペラ音から飛来する2つの人影――否、兵器。

 

「《サイバー・オーガ》!!」

 

 大地にヒビを入れながら落下したのは、くすんだ鉄色を持つ二本角の一本が欠けた機械仕掛けの鬼。

 

 (オーガ)の名に相応しい巨躯から駆動音を鳴らしてジャングルの木々を薙ぎ倒しながら、鮫島の元へと歩を進めていく姿はまさに破壊者に相応しい。

 

《サイバー・オーガ》守備表示

星5 地属性 機械族

攻1900 守1200

 

 反面、その同行者は静かにその橙色の装甲で歩を進め、細身の人型ボディで鮫島を守るように膝をついて腕を交差させた。

 

《マシンナーズ・ギアフレーム》守備表示

星4 地属性 機械族

攻1800 守 0

 

 

「それがお前のサイバー流の形か」

 

「その真価、今お見せしましょう! 魔法カード《アイアンドロー》で2枚ドローし――発動せよ! 魔法カード《パワー・ボンド》!!」

 

 さすればタニヤの挑発に応えるように鮫島のフィールドにて《サイバー・オーガ》の機械音からなる雄たけびを合図に紫電の光の渦が周囲を呑み込み――

 

「フィールドと手札の《サイバー・オーガ》を融合し、立ち上がれ!!」

 

 その全身を青銅色の装甲が包んで行き、機械の鬼人を鬼神へと昇華させていく。

 

「――《サイバー・オーガ・2(ツー)》!!」

 

 やがて、圧倒的な巨躯を得た機械の鬼神こと《サイバー・オーガ・2(ツー)》はスパイクのついた尾で周囲を薙ぎ倒しながら、大地を踏みしめ黄金の三本角と共にその視線を獲物へと向けた。

 

《サイバー・オーガ・2(ツー)》攻撃表示

星7 地属性 機械族

攻2600 守1900

攻5200

 

「《パワー・ボンド》による攻撃力倍化で一気に決める気ね!」

 

「ニャハハ、これってワンターンキルじゃな~い?」

 

「《補給部隊》と《機甲部隊(マシンナーズ・)の防衛圏(ディフェンスリジョン)》の2枚の永続魔法を発動し、バトル!!」

 

 ティラ・ムークとピート・コパーマインの声を背に、鮫島が手の平で進軍を示せば、《サイバー・オーガ・2(ツー)》は雄たけびを上げ――

 

「《サイバー・オーガ・2(ツー)》は攻撃の際に相手の攻撃力の半分の力を得る! エターナル・フォース!!」

 

 駆逐するべき敵の存在に闘争心がエネルギーと化すように《サイバー・オーガ・2(ツー)》の両肩の翼が展開すれば、ブースターのように噴出した赤いオーラが己の全身を覆っていく。

 

《サイバー・オーガ・2(ツー)

攻5200 → 攻6050

 

「叩き潰しなさい! 《サイバー・オーガ・2(ツー)》! エボリューション・ダブル・ハンマー!!」

 

 やがて地を駆け《アマゾネスの格闘戦士》が振るう拳へ、《サイバー・オーガ・2(ツー)》は組んだ両腕で敵を弾き飛ばすようにサイドスローの要領で己が二対の鉄槌を振り抜いた。

 

 さすれば、拮抗することなく一瞬で叩き潰された《アマゾネスの格闘戦士》が大地を削りながら弾き飛ばされると同時に地がえぐれ、巨大な破壊痕を残す始末。

 

「これがサイバー流師範代の実力……!」

 

 眼前の圧倒的パワーの権化を前にエクゾ使いは感嘆の声を漏らす他ない。なにせ、その余波が生み出すダメージはタニヤの初期ライフ4000を一瞬で削り切る。

 

 サイバー流の力を知っていたエクゾ使いでさえ、立ち上がりに一瞬ばかり見せた僅かな隙へ、これだけの一撃をこともなげに叩き込んでくる光景を直に見れば言葉を失う他ない。

 

 

 そして、それはタニヤも同意見だった。

 

 

「悪くない一撃だった」

 

 

 ゆえに掛け値なしの純粋な賛辞を贈る。

 

 

 

 

 

 

タニヤLP:4000

 

「ニャハハ……ハァ!?」

 

「無傷……ですって!?」

 

「《アマゾネスの格闘戦士》がバトルで受ける私へのダメージは0になる」

 

 ボロボロになりながらも破砕痕をタニヤの僅か手前で止めて見せた《アマゾネスの格闘戦士》の姿にピート・コパーマインとティラ・ムークが驚愕に目を見開く中、周囲の木々がざわめいた。

 

「更にフィールドの格闘戦士が破壊されたことで、永続魔法《補給部隊》とフィールド魔法《アマゾネスの里》の効果を発動させて貰うぞ!」

 

 さすれば、同胞の仇討とばかりに木々の隙間より1つの影がフィールドへと飛び出す。

 

「カードを1枚ドローし、デッキより新たな同胞、《アマゾネスの剣士》を特殊召喚!!」

 

 それは逆立った赤髪を持つ最低限の防御以外を捨て去った軽装の剣士。だが、抜き放たれた長剣さばきを見れば、半端な防御など必要としない理由が見て取れた。

 

《アマゾネスの剣士》攻撃表示

星4 地属性 戦士族

攻1500 守1600

攻1700 守1800

 

「そしてお前は魔法カード《アイアンドロー》の効果により、これ以上の特殊召喚はできない――が、どう動く?」

 

「…………カードを2枚セットしてターンエンドです」

 

「ふん、終いのようだな。ターンの終わりに《パワー・ボンド》のデメリットダメージを受けて貰おう」

 

「くっ……!」

 

鮫島LP:4000 → 1400

 

 かくして、タニヤの挑発へターンを終えることしか出来ない鮫島が《サイバー・オーガ・2(ツー)》から溢れるスパークによって傷を負う中、勝負の行く末を見守る迷宮兄弟たちは思案気に口を開いた。

 

「これは不用意な攻めだったのではないか、兄者?」

 

「いや、出方の分からぬ相手とはいえ、かのような好機を見過ごしては勝てるものも勝てぬだろう」

 

「ひ、必要な損失だったということでしょうか?」

 

「さて、少年。キミはどう見る?」

 

「先の攻防にチャンスも何も介在していないかと。恐らく、彼女のデッキに明確なエースは存在していないでしょうから」

 

「ふむ」

 

――流石はオカルト課の隠し玉。その程度のことは見切ってくるか。

 

 やがて北森の予想を余所にジークがアモンを推し量るように問いかけるが、空をたゆたう雲のように手ごたえのない返答にジークは評価を一先ず保留せざるを得ない。

 

 

タニヤLP:4000 手札3

《アマゾネスの剣士》攻1700

《アマゾネス王女(プリンセス)》守1100

伏せ×1

《補給部隊》

フィールド魔法《アマゾネスの里》

VS

鮫島LP:1400 手札0

《サイバー・オーガ・2(ツー)》攻6050 → 5200

《マシンナーズ・ギアフレーム》守0

伏せ×2

機甲部隊(マシンナーズ・)の防衛圏(ディフェンスリジョン)

《補給部隊》

 

 

 

――フッ、前のターン《アマゾネスの格闘戦士》以外を召喚していれば今の攻防で終わっていたな……面白い。だが!

 

「その程度で私は止まらんぞ! 私のターン! ドロー! 魔法カード《トレード・イン》! 手札のレベル8《ヴァレルロード・R・(ライオット)ドラゴン》を墓地に送り2枚ドロー!」

 

「くっ……! またR・(ライオット)ドラゴンが墓地へ……!」

 

「これでヤツは再びデッキの全てのアマゾネスへアクセスが可能になった……」

 

「当然、墓地のR・(ライオット)ドラゴンの効果! 手札の『アマゾネス』を破壊し手札に戻る! そしてフィールド魔法《アマゾネスの里》の効果で新たな『アマゾネス』を呼び出す!」

 

 エクゾ使いとジークの懸念通りに、墓地の《ヴァレルロード・R・(ライオット)ドラゴン》がその身を弾丸とするかのようにタニヤの手札を撃ち抜き戻れば、再び散った同胞の仇討とばかりにジャングルがざわめき――

 

「2体目の王女(プリンセス)を特殊召喚! その効果によりデッキから『アマゾネス』カードを手札に!」

 

 今度は守りではなく、攻めの姿勢を見せるように槍を構える2体目の《アマゾネス王女(プリンセス)》が双子よろしく1体目の《アマゾネス王女(プリンセス)》の隣に着地する。

 

《アマゾネス王女(プリンセス)》攻撃表示

星3 地属性 戦士族

攻1200 守 900

攻1400 守1100

 

「バトルだ!!」

 

「お待ちを! メインフェイズ終了時に墓地の罠カード《ハイレート・ドロー》の効果! 私のフィールドの《マシンナーズ・ギアフレーム》を破壊し、フィールドにセット!」

 

 だが、敵陣へと攻め込まんとするアマゾネスたちへ鮫島は待ったをかければ、《マシンナーズ・ギアフレーム》が唐突に爆散。

 

「そして永続魔法《補給部隊》で1枚ドローです!」

 

「勘を働かせたようだが無駄だ! 《アマゾネスの剣士》で《サイバー・オーガ・2(ツー)》を攻撃!!」

 

 唐突に爆発四散した《マシンナーズ・ギアフレーム》の残骸を前に2体の《アマゾネス王女(プリンセス)》が目を白黒させて顔を見合わせる中、歴戦の《アマゾネスの剣士》が《サイバー・オーガ・2(ツー)》へと剣を突き立てんとばかりに跳躍。

 

「 「 攻撃力の劣るモンスターで攻撃だと!? 」 」

 

「《アマゾネスの剣士》が受ける戦闘ダメージはお前が受ける!」

 

「ッ!? ダブルリバースカード、オープン!! 罠カード《機甲部隊(マシンナーズ・)の超臨界(オーバードライブ)》! そして罠カード《メタバース》!」

 

 しかし、その無謀な攻撃の真意を知った鮫島はリバースカードへ手をかざした。

 

「まずは罠カード《メタバース》により、私はデッキからフィールド魔法《遠心分離フィールド》を発動!!」

 

「チッ、新たなフィールド魔法の発動により《アマゾネスの里》は破壊され、アマゾネスたちの攻守は200ダウンだ……」

 

 さすれば周囲のジャングルを呑み込むように黒を始めとした複数の彩色の渦の如き力の流れが満ち始めた。

 

「そして罠カード《機甲部隊(マシンナーズ・)の超臨界(オーバードライブ)》によって《サイバー・オーガ・2(ツー)》を破壊し、デッキから『マシンナーズ』1体を特殊召喚!! 起動せよ!!」

 

 続いて内部から大爆発を起こし木っ端微塵となった燃え盛る《サイバー・オーガ・2(ツー)》の残骸からキャタピラ音が響き――

 

「――《マシンナーズ・カーネル》!!」

 

 再びの爆発にビクリと肩を跳ねさせた《アマゾネス王女(プリンセス)》の前に、4つのキャタピラで滑るように現れたのは水色の装甲に身を包んだ異形の機械兵。

 

 左腕のプラズマキャノン砲に電磁波をチャージさせながら、右腕の巨大なチェーンソーを唸らせる姿は、何処か馬の足を持つ人馬一体のケンタウロスを思わせる。

 

《マシンナーズ・カーネル》攻撃表示

星10 地属性 機械族

攻3000 守2500

 

「サイバー流の象徴を捨ててでもダメージを減らしにかかったか!」

 

「早合点は止して貰いましょう! 此処でフィールド魔法《遠心分離フィールド》の効果! 融合モンスターが破壊された時、そこに記された素材となるモンスターを復活させる!」

 

 だが、此処で周囲の流れる力の波が《マシンナーズ・カーネル》の背後の残骸に流れれば、そこより1つの影が跳躍。

 

「再び立ち上がれ! 《サイバー・オーガ》!!」

 

 そうして地面に亀裂を生みながら着地するのは鮫島の象徴たる《サイバー・オーガ》の姿。

 

《サイバー・オーガ》攻撃表示

星5 地属性 機械族

攻1900 守1200

 

「更に永続魔法《機甲部隊(マシンナーズ・)の防衛圏(ディフェンスリジョン)》により墓地から機械族1体を――2枚目の《サイバー・オーガ》を手札に回収します!」

 

「見え透いた誘いか……だが、乗ってやろう! 《アマゾネスの剣士》で《マシンナーズ・カーネル》に攻撃!!」

 

 反射ダメージを与える《アマゾネスの剣士》を前に、2500の守備力ではなく、3000の攻撃力を晒した鮫島へ、タニヤは攻撃を続行させる。

 

 さすれば、空中で身をひるがえした《アマゾネスの剣士》がその呪いの剣を新たな獲物に向ける中、《マシンナーズ・カーネル》は腕に唸るチェーンソーを駆動させ――

 

「《マシンナーズ・カーネル》の効果! 私の機械族1体を破壊し、その攻撃力以下の相手モンスター全てを破壊する!」

 

 その武装で己を貫いて見せる《マシンナーズ・カーネル》。

 

「その身を賭して戦線を開け、《マシンナーズ・カーネル》を破壊!!」

 

「ニャハ、お姉さんのアマゾネスの攻撃力はぜ~んぶ3000以下!」

 

「これで面倒な奴は一層できるわ!」

 

 結果、ティラ・ムークたちの宣言通り、再び爆散した《マシンナーズ・カーネル》が生んだ爆風は向かっていた《アマゾネスの剣士》を呑み込み、互いに手を取り合ってアワアワする《アマゾネス王女(プリンセス)》たちをも含めて消し飛ばした。

 

「くぅっ……!? 我が戦士たちが……!! だが、同胞の破壊により永続魔法《補給部隊》によって1枚ドローだ!」

 

「 「 よし、躱したぞ! 」 」

 

 かくして、からくも《アマゾネスの剣士》の凶悪な効果をいなして見せた事実に勝負の流れを引き込んだことを感じる迷宮兄弟だが、タニヤは更にその先を行く。

 

「だが、浅い!! 永続罠《アマゾネスの急襲》! バトルフェイズに手札のアマゾネス1体の攻撃力をこのターン500アップさせ特殊召喚!!」

 

 ジャングルの中より現れるのは2体目の《アマゾネスの剣士》。呪いの剣ではなく、己の剣技で倒さんと気合の入った声を張り、剣を構え――

 

《アマゾネスの剣士》攻撃表示

星4 地属性 戦士族

攻1500 → 攻2000

 

「そしてバトルフェイズに特殊召喚された2体目の《アマゾネスの剣士》には攻撃権が残っている! 行け! 《アマゾネスの剣士》!!」

 

 鮫島の元に最後に残った《サイバー・オーガ》を斬り伏せるべく、《アマゾネスの剣士》は剣を振りかぶり疾走。

 

「 「 しかし、ダメージはたった100! 」 」

 

「だが、『アマゾネス』とバトルしたモンスターは永続罠《アマゾネスの急襲》により除外が可能だ!」

 

「融合素材を削りに来たか――が、浅いな」

 

 さすれば迎え撃たんと拳を振り上げる《サイバー・オーガ》へジャングルの中からアマゾネスの仲間たちが弓や縄を構えて奈落ことジャングルの奥深くへの片道切符を用意し始めるが――

 

「その攻撃宣言時、手札の《サイバー・オーガ》を捨て効果を発動! そのバトルを終了させ、次のターンの終わりまで攻撃力を2000ポイントパワーアップ!!」

 

「チィッ!」

 

 ジークの呟きに呼応するように鮫島の手札から機械音のいななきが不協和音のように響けば、思わず頭を押さえうずくまったアマゾネスたちの戦意が削がれ動きが止まる。

 

 だが、その不協和音は《サイバー・オーガ》たちにとって同胞からのエール。ゆえに、その身にマシンながらに活力を漲らせた。

 

《サイバー・オーガ》

攻1900 → 攻3900

 

「これも防いでくるか……魔法カード《戦士の生還》を発動し、墓地の戦士族1体を手札に――カードを2枚セットしてターンエンドだ!」

 

 

 

タニヤLP:4000 手札3

《アマゾネスの剣士》攻2000 → 攻1500

伏せ×1

《アマゾネスの急襲》

《補給部隊》

VS

鮫島LP:1400 手札1

《サイバー・オーガ》攻3900

伏せ×1

機甲部隊(マシンナーズ・)の防衛圏(ディフェンスリジョン)

《補給部隊》

フィールド魔法《遠心分離フィールド》

 

 

 

 かくして綱渡りながらもタニヤの猛攻を躱し切った鮫島の姿へジークは呆れたように息を吐く。

 

「全く、少しはマシになったかと思えばヒヤヒヤさせてくれる」

 

「うーん、《アマゾネスの急襲》の除外が厄介ですね……」

 

「然り、除外されれば分離合体のループが途絶えてしまうな、兄者」

 

「うむ、だが鮫島殿のデッキの瞬間火力を思えば、相手とて《アマゾネスの剣士》か《アマゾネスの格闘戦士》以外の【アマゾネス】では攻勢には出れまい」

 

 なにせ北森の言葉を引き継いだ迷宮弟の言う通り、鮫島のデッキにとって除外はかなりの痛手だ。

 

 多少はカバーする術があるとはいえ、バトルの度に片っ端から除外されては厳しいものがある。

 

「…………除外を狙う攻撃自体が既にリスクなのか」

 

 とはいえ、迷宮兄の発言の意図を遅ればせながらにエクゾ使いが察したように、除外を狙うには戦闘破壊される以上【アマゾネス】たちも頭数がいる。

 

 だが、ダメージを反射(アマゾネスの剣士)or無力化できる(アマゾネスの格闘戦士)アマゾネス以外が攻撃表示を晒せば最初の鮫島のターンよろしく即死級の攻撃が飛んで来よう。

 

「まぁ、私たちのデッキなら関係ないわ。彼が負けても特に問題はなさそうね」

 

「じゃあ、次は誰がデュエルする~?」

 

 ただ、ティラ・ムークが肩をすくめるように「数と質」を誇る7人衆(8人)がいれば問題ない。

 

 なにせ相手のデュエルスタイルもデッキの中身も凡そ割れた。その点において鮫島は理想的な一番手だったと言えよう。

 

 ゆえに、ピート・コパーマインは志願者を募るように手を上げていた。

 

 

 だが、かつては果たせなかった「生徒を守る」との使命に燃える鮫島は言外に「負けても良いぞ」と告げられようとも勝負を投げる筈もない。

 

「私のターン! ドロー!」

 

――相手はコンボの要となるフィールド魔法を失っている……攻めるなら今が好機!

 

 ゆえに、相手が態度程に余裕がある訳ではないことを察した鮫島は勝負に出るべく手札の1枚のカードに手をかけた。

 

「速攻魔法《エターナル・サイバー》! 墓地より機械族の『サイバー』融合モンスター1体――《サイバー・オーガ・2(ツー)》が復活!!」

 

 サイバーチックな異空間より飛翔するように跳躍して現れた《サイバー・オーガ・2(ツー)》が地響きと共に大地を踏みしめ、眼前の獲物へ敵意を向けるように両の手を広げ機械音の咆哮を響かせる。

 

《サイバー・オーガ・2(ツー)》攻撃表示

星7 地属性 機械族

攻2600 守1900

 

「《マシンナーズ・ギアフレーム》を通常召喚! 効果により『マシンナーズ』モンスターを手札に!」

 

 だが、その隣に《ギアフレーム》が膝をついた途端――

 

《マシンナーズ・ギアフレーム》攻撃表示

星4 地属性 機械族

攻1800 守 0

 

「此処で罠カード《ハイレート・ドロー》! 私のフィールドのモンスターを破壊し、2体につき1枚ドローします! 《サイバー・オーガ・2(ツー)》と《マシンナーズ・ギアフレーム》を破壊!」

 

 墓地こと冥府より伸びた腕が2体の機械たちを捕らえ、奈落の底へと引きずり込んだ。

 

「たった1枚のドローの為に復活させたエースを捨てるのか!?」

 

――いや、これは……

 

 エクゾ使いの困惑する叫びを余所に瞳を鋭く細めたタニヤの視線の先ではカードをドローせんとする鮫島の姿。

 

「更に永続魔法《補給部隊》により1枚ドローし、フィールド魔法《遠心分離フィールド》の効果により、《サイバー・オーガ》が復活!!」

 

 その鮫島の元に奈落に引きずり込まれる寸前で追加装甲をパージした《サイバー・オーガ・2(ツー)》――否、2体目の《サイバー・オーガ》が大地より這い出る形で現れた。

 

2体目の《サイバー・オーガ》攻撃表示

星5 地属性 機械族

攻1900 守1200

 

 だけに留まらず、大地を砕くかのような起動音が響けば――

 

「更に地属性・機械族が破壊されたことで墓地の《マシンナーズ・カーネル》が再起動!!」

 

 左腕のプラズマキャノン砲を地中から放ち、地下深くの冥府より土砂を消し飛ばしながら開いた地上への道を四脚のキャタピラで駆け抜けた《マシンナーズ・カーネル》の姿が再臨。

 

《マシンナーズ・カーネル》攻撃表示

星10 地属性 機械族

攻3000 守2500

 

「此処で魔法カード《融合派兵》! 《サイバー・オーガ・2(ツー)》の融合素材である《サイバー・オーガ》をデッキより特殊召喚!!」

 

 そしてフィールドに揃った3体目の《サイバー・オーガ》が同胞たちと獲物へ威嚇するように機械の牙をガチガチと鳴らし合う中――

 

3体目の《サイバー・オーガ》攻撃表示

星5 地属性 機械族

攻1900 守1200

 

「バトル!! 行けッ! 《サイバー・オーガ》! 《アマゾネスの剣士》を攻撃! エボリューション・ハンマー!!」

 

 鮫島の声に解き放たれたかのように1体目の《サイバー・オーガ》が《アマゾネスの剣士》に飛び掛かり、相手の剣もろとも鋼の腕を叩きつけ粉砕。

 

「だが《アマゾネスの剣士》が受けるダメージはお前が受ける!」

 

「くっ、承知の上です!」

 

 しかし、砕けた《アマゾネスの剣》の剣先は怨霊よろしく鮫島の元へ飛来するだけに留まらず――

 

鮫島LP:1400 → 1000

 

「それだけではない! 永続魔法《補給部隊》で1枚ドローし、更に永続罠《アマゾネスの急襲》により《サイバー・オーガ》を除外!!」

 

 アマゾネスの報復の弓が《サイバー・オーガ》を貫き、投げ込まれる縄がその機械の身をジャングルの奥底へと引きずり込んでゆく。

 

「だとしても、これで貴方を守る戦士はいない! 2体目の《サイバー・オーガ》でダイレクトアタック!!」

 

「忘れたのか! 永続罠《アマゾネスの急襲》の効果! 手札から《アマゾネスの剣士》の攻撃力をこのターン500アップさせ特殊召喚だ!」

 

 やがて無防備になったタニヤへ新たな《サイバー・オーガ》が牙を剥くが、その進路を塞ぐように周囲のジャングルから《アマゾネスの剣士》が飛び出し、剣を突き立てんとした。

 

《アマゾネスの剣士》攻撃表示

星4 地属性 戦士族

攻1500 守1600

 

「させません! 《マシンナーズ・カーネル》の効果! 自身を破壊し、その攻撃力以下の《アマゾネスの剣士》を破壊!!」

 

「チィッ!」

 

 だが、その剣は《サイバー・オーガ》を貫くことはなく、身体で受け止めた《マシンナーズ・カーネル》が全身で《アマゾネスの剣士》を拘束し、数秒の点滅と共に自爆。

 

「《サイバー・オーガ》のダイレクトアタックを受けて貰います!!」

 

「――ぐぅおぉおぉッ!!」

 

 そうして、自爆の爆風に乗って天高く跳躍した《サイバー・オーガ》の拳がこのデュエル中に初めてタニヤを捉え、その身に叩き込まれた。

 

タニヤLP:4000 → 2100

 

「止めです! 攻撃力の上がった《サイバー・オーガ》でダイレクトアタック! エボリューション・メガ・ハンマー!!」

 

 更に畳みかけるように機能を限界解放し、真っ赤なオーラを纏った最後の《サイバー・オーガ》が放熱を利用し、灼熱と化した拳を振りかぶり大地へ放ち粉砕。

 

 その破壊の奔流は熱線の如き指向性を持ってタニヤへ迫り、その身を衝撃と炎熱が襲った。

 

 

 

 

 

 

タニヤLP:2100 → 1200

 

 だが、届かない。

 

「なっ!?」

 

「残念だが罠カード《奇策》を発動させて貰った。これにより手札から墓地に送ったR・(ライオット)ドラゴンの攻撃力分、《サイバー・オーガ》はパワーダウンしている」

 

 驚く鮫島へリバースカードに手をかざしていたタニヤがフィールドへ視線を向ければ、最後の一撃を放った《サイバー・オーガ》の腕は巨大な弾丸によって抉れたように削がれた痕が見える。

 

《サイバー・オーガ》

攻3900 → 攻900

 

「くっ、あの男また仕留めきれなかったぞ……」

 

「見事な攻防だった。流石はかのカイザーの師だと賞賛を贈らせて貰おう……しかし、私とて倒れられぬ理由がある」

 

 我が事のように歯嚙みするエクゾ使いを余所に、タニヤは鮫島へと賞賛の言葉と共に己の心の内を僅かに吐露すれば、鮫島もデュエルを通じて薄々察していたのか深く言及することなく告げた。

 

「ならば申し訳ありませんが、押し通させて貰いましょう」

 

「……なんだと?」

 

「――速攻魔法《瞬間融合》!! フィールドの《サイバー・オーガ》2体で融合召喚!!」

 

「このタイミングで融合召喚だと!?」

 

 さすれば、鮫島の背後で光の渦が逆巻き、2体の《サイバー・オーガ》たちを呑み込んで行き――

 

「三度、再臨せよ!! 我が象徴!! 《サイバー・オーガ・2(ツー)》!!」

 

 この土壇場で現れるのは鮫島のフェイバリットエースたる《サイバー・オーガ・2(ツー)》。

 

 再臨の雄たけびを上げる姿は何処か歓喜の色が見えた。

 

《サイバー・オーガ・2(ツー)》攻撃表示

星7 地属性 機械族

攻2600 守1900

 

 

「今度こそ終わりです! 《サイバー・オーガ・2(ツー)》でダイレクトアタック!! エボリューション・ダブル・ハンマー!!」

 

 

「……見事だ」

 

 

 やがて己の拳同士をぶつけ合わせて轟音を響かせながら《サイバー・オーガ・2(ツー)》は両拳を重ねて振り上げて見せる。

 

 

 その断頭台かのような拳を前に、タニヤが静かに瞳を閉じて呟いた姿を合図に《サイバー・オーガ・2(ツー)》の剛腕が大地を砕かんとする勢いで――

 

 

 振り下ろされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「だが、言った筈だ――私にも負けられん理由がある!!」

 

 と、同時にタニヤは強く瞳を見開く。

 

「永続罠《アマゾネスの意地》!! 墓地の『アマゾネス』1体を特殊召喚! 甦れ! 《アマゾネスの剣士》!!」

 

 さすれば、タニヤの闘志に呼応するかのように《アマゾネスの剣士》が現れ、《サイバー・オーガ・2(ツー)》の剛腕を受け流して見せた。

 

《アマゾネスの剣士》攻撃表示

星4 地属性 戦士族

攻1500 守1600

 

「――ッ!?」

 

「……ふっ、その様子では品切れのようだな」

 

 大地が《サイバー・オーガ・2(ツー)》の剛腕により砕かれる音が響くが、鮫島は動けない。その姿が言葉よりも雄弁に鮫島の状況を物語っていた。

 

「くっ、カードを1枚セットしてターンエンドです……」

 

「このエンド時に速攻魔法《瞬間融合》により融合されたお前の《サイバー・オーガ・2(ツー)》は破壊される」

 

「ですがフィールド魔法《遠心分離フィールド》と永続魔法《機甲部隊(マシンナーズ・)の防衛圏(ディフェンスリジョン)》により《サイバー・オーガ》を手札に戻し、更に復活させる!」

 

 やがてタニヤの宣言通り、無茶な融合をしたツケが《サイバー・オーガ・2(ツー)》の全身にヒビが入る形で現れ、その身を砕け散らせる《サイバー・オーガ・2(ツー)》。

 

 だが、その残骸から外装パーツを身代わりに生き残った《サイバー・オーガ》が鮫島を守るように立ちはだかった。

 

《サイバー・オーガ》攻撃表示

星5 地属性 機械族

攻1900 守1200

 

 

 

タニヤLP:1200 手札2

《アマゾネスの剣士》攻1500

伏せ×1

《アマゾネスの意地》

《アマゾネスの急襲》

《補給部隊》

VS

鮫島LP:1000 手札2

《サイバー・オーガ》攻1900

伏せ×1

機甲部隊(マシンナーズ・)の防衛圏(ディフェンスリジョン)

《補給部隊》

フィールド魔法《遠心分離フィールド》

 

 

 

「これでも崩れんか」

 

――凡そ全ての力を出し切った上で、《サイバー・オーガ》の攻撃無効の構えを残せるとは……この男とは、もっと違う形で雌雄を決し――いや……

 

 そうして、己のライフをエサに無理やりリソースを吐かせたタニヤだが、己の視界に映る鮫島と彼のフェイバリットたる《サイバー・オーガ》が並ぶ姿を前に胸中でひとりごちる。

 

 今は戦士としての誇りは捨てた身だ、と。

 

「私のターン、ドロー! 速攻魔法《アマゾネスの叫声(・コール)》! デッキより『アマゾネス』カード1枚――《アマゾネスの里》を手札に加え、そのまま発動!!」

 

 さすればアマゾネスの同胞の声が周囲に木霊すれば、辺りを覆っていた渦のような力の波はうっそうと生い茂るジャングルに浸食されていき――

 

「新たなフィールド魔法の発動により、お前のフィールド魔法《遠心分離フィールド》は破壊される!!」

 

「……フィールドの張り合いはサーチの多い相手が上手か」

 

「そして《アマゾネス王女(プリンセス)》を召喚! そしてその瞬間、罠カード《連鎖(チェーン・)破壊(デストラクション)》発動!」

 

 ジークの呟きを余所に、三度現れる《アマゾネス王女(プリンセス)》が槍を天へと掲げれば、先代の長たる女王の放つプレッシャーが辺りを包み始めた。

 

《アマゾネス王女(プリンセス)》攻撃表示

星3 地属性 戦士族

攻1200 守 900

攻1400 守1100

 

「攻撃力2000以下のモンスターが呼び出された際、その同名カード全てを手札・デッキから破壊する!」

 

「 「 っ!? 《アマゾネスの里》はデッキからの破壊も対応しているのか!? 」 」

 

「ですが王女(プリンセス)のレベルは3! レベル4の《アマゾネスの剣士》は呼べません!」

 

「残念だが《アマゾネス王女(プリンセス)》はフィールドに存在する時、《アマゾネス女王(クィーン)》として扱う!」

 

 やがて、王女という名の仮の姿を脱ぎ去り、正式な長の証たる大剣を手に新たな女王への即位を宣言。

 

《アマゾネス王女(プリンセス)》→《アマゾネス女王(クィーン)

 

 

「 「 な、なんだと!? 」 」

 

「よってデッキのレベル6! 《アマゾネス女王(クィーン)》を破壊! 《アマゾネスの里》の効果により、現れろ! 《アマゾネスの剣士》!!」

 

 さすれば驚く迷宮兄弟たちを余所に、ジャングルの中より《アマゾネスの剣士》が新たな女王に忠誠を誓うように膝をついて現れた。

 

《アマゾネスの剣士》攻撃表示

星4 地属性 戦士族

攻1500 守1500

攻1700 守1800

 

 

 と、同時に遠方にて轟音が響くと共に「実際に」大地が揺れ動く。

 

「ッ!?」

 

 そんな唐突な地震と思しき揺れに対し、一同は音の発生源を見れば――

 

「 「 なにごとか!? 」 」

 

「い、隕石……でしょうか?」

 

「アレ、ヤバいんじゃな~い?」

 

「……ちょっと私たち、このまま待機したままで良いの?」

 

 アカデミアの本校舎の屋上が煙を上げる光景が広がる中、各々が状況判断に苦心する。

 

 

 そうして、「なんらかの飛来物が本校舎に直撃した」事実を把握し始めた一同の意見を代弁するようにティラ・ムークがチラと校舎の一部分とジークへと視線を彷徨わせた。

 

 

「―― B 3 ・ 5 N ! !」

 

 

 途端に、タニヤは島中に響く程の声量でなんらかの暗号めいた言葉を飛ばせば――

 

 

「っ! コブラ! 私だ! ターゲットの場所が――」

 

 

「お答えください……これは一体なんの真似ですか!!」

 

 

 その意図をすぐさま察したジークが通信機へ叫ぶ中、鮫島はタニヤのひととなり(誇り高き戦士であること)をデュエルで感じ取り始めていただけに信じられない様子で視線を強めてみせる。

 

 

「そちらを気にしている余裕があるのか? バトル!!」

 

 

 だが、タニヤの返答はデュエルの続行だった。

 

 

 戦士の誇りを捨て去った(同胞への情を取った)アマゾネスたちの猛攻は続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところ変わって、隕石もかくやな飛来物を受けたアカデミアの本校舎内では小さな混乱状態にあった。

 

「うぉっ!? 地震か!?」

 

「―― B 3 ・ 5 N ! !」

 

『なんてデカい声だ……外に随分と騒がしい奴がいるみたいじゃないか』

 

 そして十代たちもまた、中々に揺れる教室の中でマニュアル通りに机の下に隠れ始めるが、その耳に「パリン」と窓ガラスの割れる音が届く。

 

 その音に窓側へと視線を向けた一同の視界に移るのは窓一面に張り付く大量の黒い影。

 

「きゃっ!?」

 

「なんだ、これは!?」

 

「コウモリの群れ!?」

 

 そして黒い影こと、コウモリの大軍が割れた窓を広げながら教室内に殺到し、彼らの視界と平常心を奪い始めた。

 

 

 やがて、コウモリの大軍たちから歓喜に満ちた声が零れる。

 

 

「いタ」

 

 

「ゆウ城」

 

 

「十ダい」

 

 

「サぁ」

 

 

 さすれば、コウモリたちが一纏めになり始め、その姿を女性へと形作り始めれば――

 

 

「――闇のゲームを始めましょうか!!」

 

 

「起動」

 

 

 腕を突き出した佐藤の声を合図に、カミューラとの闇のデュエルが幕を開けた。

 

 

 その手の平に歪な鍵が怪しい輝きを放つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな波乱の気配の数十秒後ほどの時刻、校内放送で「生徒たちは教室に避難・待機。教職員の指示に従うように」と音声がアカデミア全域に流れる中、霧のように漂う闇色の壁に拳を叩きつけた牛尾は苛立ちの声を上げる。

 

「クソッ! やられた!!」

 

 タニヤが囮なのは分かり切っていた。

 

 だからこそ、8名ぽっちにデュエルを任せ、残りの大多数の人員すべては襲来するであろうカミューラへの警戒に当たっていた上での現在(失態)である。

 

 自分たちの無力さに苛立ちもしよう。

 

 とはいえ、遥か上空からの謎の球体状の飛来物の着弾と、その飛来物より飛び出したコウモリの群れの移動、そして眼前の闇のデュエルの開始――この間、僅か数秒の出来事である。

 

 一般論で語れば、常識的な対応で防げるとは思えない。

 

 だが、倫理委員会として生徒たちとかなりの交流があった牛尾からすれば、とても割り切れはしなかったゆえ、苛立ちが収まらぬまま己の背後へ声を張る。

 

「おい、『これ』どうにかなんねぇのか!!」

 

『無茶を言うな。闇のゲームに干渉することは不可能――だからこそ、遥か古来より神聖視されているのが分からないか?』

 

 しかし、牛尾預かりとなっているサイコ・ショッカーは呆れた様子でため息を吐いて見せた。

 

 そんな生徒を生贄に顕現しようとした精霊なだけあって、あまり人命に頓着しない姿が更に牛尾の苛立ちを募らせる。

 

「チッ、幻魔の復活を止めに来た割には頼りにならねぇな……」

 

『我が完全なる顕現を保留しておいてよく言う……大体、情報はくれてやったではないか』

 

 ゆえに飛び出た牛尾の喧嘩腰の物言いに流石にカチンと頭に来たのかサイコ・ショッカーも強い口調で自業自得だと反論してみせる。

 

『初めから幻魔の制御のキーである少年を誰も寄り付かぬ場所へ隔離しておけば良かった話だろうに』

 

「お前こそ無茶言うんじゃねぇよ! ガキ閉じ込めとくなんざ許される訳ねぇだろうが!」

 

 なにせ、相手の狙いは分かり切っており、更には「十代がアカデミアにいなければカミューラの計画は詰む」ことも明白だったのだ。

 

 とはいえ、牛尾の言う通りそんな非人道的行為を人間社会は許容しない。

 

 仮に許容させようにも「ある程度の情報を開示」しなければならず、「幻魔の力」なんてものが世に知れれば馬鹿なことを考える人間が増える事実も、また明白だった。

 

「それに自暴自棄になった敵さんが『十代をおびき出す為だ』って、アカデミアで暴れられても困んだよ!」

 

『その程度は必要な犠牲だろう? あの男も「そう」言ってお前を担保にしたではないか』

 

「口の減らねぇ野郎だな……!!」

 

 そして何より牛尾視点では、神崎ですら足取りを追い切れなかったカミューラが何をしでかすか分からない現実が、「カミューラの行動を誘導する為」に悪く言えば「十代を囮にする」ような作戦を許容せざるを得ない状況に陥っている。

 

 そうして今まで無自覚に溜まりに溜まっていたやり切れぬ感情が牛尾から平静さを欠けさせる中、KCから(偽)事務員として出向していたギースの冷静な声が響いた。

 

「其処までにしておけ。今、内部へ我々が出来ることはない以上、コブラへ連絡してオブライエン氏を筆頭に人員を纏めさせろ、周囲を固めるぞ」

 

『随分と消極的だな……あのヴァンパイアが遊城 十代を倒し、幻魔の力を手にすれば貴様ら程度が幾らいようとも物の数ではないぞ』

 

 やがて、ギースが闇色の霧状の壁から手を放しながら告げた指示に、サイコ・ショッカーは最悪の状況を想定するべきと言外に述べるが、ギースは否を突きつける。

 

 

「それはありえん。中には佐藤がいる」

 

 

 それはある種の信頼の証――ではなく、ギースの中では不変の事実であるような物言い。

 

 

『……あの教員、それ程の実力者なのか?』

 

 

「『腕は立つ』ってのは聞いてますけど……あのヴァンパイア女、最低でも神崎さんを出し抜いたヤツっすよ? 大丈夫なんすか」

 

 

 しかし、流石の牛尾もかつての上司へ苦言を呈する。

 

 

 なにせ、「カミューラが此処にいる」現実は「神崎を倒した」もしくは「神崎から逃げ切った」ことを意味している。牛尾視点では「それ」は軽く扱えない事実だ。

 

 

 佐藤の実力は牛尾も知ってはいたが、ギースが此処まで断言できる程の判断材料とは思えない。

 

 

「勝つよ、あいつは」

 

 

 だが、それでもギースは言葉短くそう零した。

 

 

 

 かつての恩人が求めた姿を幻視して。

 

 

 

 

 







なりふり構わなくなったセブンスターズの残党(なお原因)



iloveu.exe様より支援絵を頂きました! 超嬉しい!(語彙消失)

https://img.syosetu.org/img/user/405051/118680.png

謎のデュエリストこと、アクターのイラストでございます。
これはディアバウンドを殴り飛ばせますわ……



~今作のタニヤのデッキ~
《アマゾネスの里》のリクルート効果の条件である「アマゾネスの破壊」が手札・デッキも対応している点を活用したデッキ。

【アマゾネス】は大体レベル4なので《ヴァレルロード・R・(ライオット)ドラゴン》が墓地にいればデッキの全ての【アマゾネス】にアクセスできる為、状況に応じて使い分けよう。

とはいえ、それ以外に特筆した点はなく、魔法・罠で下級をサポートしてぶん殴っていくオーソドックスなデッキ。

ただ、《アマゾネス王女(プリンセス)》の効果にチェーンして《連鎖(チェーン・)破壊(デストラクション)》を使うと《アマゾネスの里》は発動タイミングを逃すぞ!(n敗)



~今作の鮫島のデッキ~
彼の象徴たる《サイバー・オーガ》、《サイバー・オーガ・2(ツー)》を主軸にしたデッキ。

《遠心分離フィールド》、《機甲部隊(マシンナーズ・)の防衛圏(ディフェンスリジョン)》、《マシンナーズ・カーネル》が揃えば――

自分のターンは《サイバー・オーガ・2(ツー)》の攻撃力強化でフィニッシュを狙い
相手ターンは《サイバー・オーガ》の攻撃無効+強化で回避 → 次のターンのフィニッシャーへ

――と、原作っぽい攻防ができるのが売り。

上記のコンボパーツは全てサーチが可能なので、意外と戦える。
ただ、時折「これ《マシンナーズ・カーネル》に特化した方が強いんじゃ……」などと脳裏に過るのは内緒。



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第289話 孤独な貴方




前回のあらすじ
カイザー「師範の【サイバー】デッキ……《サイバー・オーガ》の3枚以外は【マシンナーズ】ばかりで――もはや【マシンナーズ】デッキなのでは?」

鮫島「……贅沢者め」



 

 

 平和な学園生活から一転して、闇色の霧のようなモヤに囲まれた明日香たちは困惑の只中にいた。

 

「い、一体なにが起こっているの……」

 

――ユベル! これって!

 

『ああ、闇のデュエルだ。アイツ、今までのセブンスターズとは別物みたいだね』

 

「佐藤教諭、あの女は一体……」

 

「詳細な説明は省きます。彼女は『カミューラ』、テロをもくろむ犯罪者とでも考えてください」

 

「……? そんな危険人物が何故アカデミアに?」

 

「あら? 何も教えて貰ってなかったのね。酷い先生たち」

 

 十代とユベルが目配せする中、万丈目たちがパニックにならぬよう簡潔に情報を開示した佐藤だが、カミューラは恐怖感を煽るように薄く笑みを浮かべて説明を追加してみせる。

 

「可哀想だから教えてあげるわ。この学園には世界を支配できる程の強大な力――幻魔の力が眠っているのよ。私はそれを頂きに来たって訳」

 

「……それって確かコブラ校長が言っていた学園の伝承の話よね?」

 

「所詮は尾ひれのついた昔話だと思っていたが……」

 

――この謎の空間……まるっきりデタラメという訳ではないらしい。

 

 しかし、彼らも仮にもフォース生――多少のことでは崩れぬメンタルを以て明日香と万丈目は自分たちの置かれる状況を把握していくが、十代が待ったをかけた。

 

「でもよ、万丈目! だったら警察でもなんでも通報すりゃあ良かっただけじゃん! なのに何で……」

 

「落ち着け馬鹿者。それなら、あの女は襲撃を取りやめれば良いだけの話だ」

 

「……コブラ校長は司法機関を動かせる程の確証を用意できなかったのね」

 

『まぁ、こんな荒唐無稽な話をされても普通の人間は困るだろうさ』

 

 とはいえ、十代のある種の当然の疑問が万丈目たちによって説き伏せられれば、その光景にカミューラはパチパチと軽い調子で拍手し嘲わらうように賞賛してみせる。

 

「おりこうさんね――でも安心なさい。私の狙いは遊城 十代なの。アンタたちに用はないわ」

 

『気を付けろ、十代。こいつ、真っ当なデュエリストじゃない』

 

「遊城くん、下がっていなさい」

 

「アはハは! 意外と勇ましい先生ね! でも残ァ念、一度始まった闇のゲームは何人たりとも介入できないのよ!」

 

 そうして、己の目的を明かしたカミューラは十代を庇うように前へ出た佐藤を大きく裂けた口で嘲笑って見せる。

 

「だから其処で大人しく生徒が傷つく姿を指でもくわえて見ていなさいな!!」

 

 やがて、裂けた口を元に戻したカミューラは十代を指さしながらデュエルディスクを構えて見せた。

 

 

 もう、逃げ場などないのだと示すように。

 

 

 そして嗤い声が響いた。

 

 

『うひひ!』

 

「――ッ!?」

 

 大きく身体を揺らしながら彼らの周囲をクルクルと回るのは白と紺のタキシードにも見える衣装を纏った球体状の白い頭を持つ人型の大道芸人こと《ジョングルグールの幻術師》。

 

『うひひひっ!!』

 

「今度は何だ!?」

 

「な、なにこれ!?」

 

「精霊……じゃない?」

 

『ああ、違うよ、十代。「これ」はもっと悍ましいなにかだ』

 

 そんな何処か異様な姿の《ジョングルグールの幻術師》が赤い2重丸の目玉をギョロギョロ動かし嗤いながら万丈目たちの周りをウロチョロして踊り続ける姿に、その本質を十代とユベルが掴み始めれば――

 

『ぴんち だね。ぴんち だね! ぴんち だね!!』

 

「そっちも闇のアイテムは持ってたって訳ね……」

 

「まあ、そんなところです」

 

――精霊の鍵【下級】、使用者に闇のデュエルへの多少の耐性と優先権を与える代物。あの人の置き土産ですが……

 

 カミューラと佐藤の周囲をオーバーなポーズを一々取り、裂けたような広い口に歯を剥き出しにしながらクルクル周回し始める《ジョングルグールの幻術師》へ佐藤はカミューラへ心中を悟られぬようにしながら思案する。

 

 なにせ、オカルト課の生み出した「それ(闇のアイテム)」はカミューラの持つ物に比べて、酷く限定的な代物なのだから。

 

 そうした無意識化で「得体のしれない」との佐藤の認識が精霊の鍵【下級】のアバターを《ジョングルグールの幻術師》なんて得体のしれない代物として定着させている。

 

『だいじょうぶ。だいじょうぶ? だいじょうぶ!?』

 

「この鍵を持つ者がいる限り、貴方は遊城くんはおろか他の面々へ闇のゲームを仕掛けることは叶いません」

 

――もたらされるリターン(リアルダメージの軽減)に対し、生じるリスク(闇のゲーム強制割り込み参加)が大き過ぎる。所詮は大本(最上級の鍵)のデッドコピー品。

 

 そう、闇のゲームを自在に行使できる闇のアイテムを持つカミューラに反し、佐藤のそれが持つメリットはハッキリ言って見劣りする。

 

 ゆえに背後から佐藤の肩に手を置いて《ジョングルグールの幻術師》が己の頭を佐藤の右肩、左肩へと交互に乗せるウザったらしい行為に晒される中、佐藤はデメリットをまるでメリットのように語ってみせた。

 

『がんばれ。がんばれ! がんばれ!!』

 

「ふん、ようするにアンタを倒せば問題ないって話でしょう!!」

 

「ええ、お相手願いましょうか」

 

 やがて、佐藤の背中を全身を使ってバシバシ叩いていた《ジョングルグールの幻術師》はカミューラたちがデュエルディスクを構えた瞬間に――

 

『せいぜい がんばれ』

 

 捨て台詞と共に闇へ溶けていくように消えていった。

 

 

「 「 デュエル!! 」 」

 

 

 かくして始まった闇のデュエルの先攻を得た佐藤はデッキに手をかけカードをドロー。

 

「私の先攻、ドロー。魔法カード《強欲で金満な壺》を発動。エクストラデッキを6枚除外し、2枚ドロー。『スカブ・スカーナイト』を召喚」

 

砕け散った壺の残骸から濃水色の装甲に身を包んだ人型の兵器が心臓と手足の関節部の赤い宝玉を鈍く光らせながらゆっくりと歩み出る。

 

(ほぼ同じ効果の《惑星からの物体A》)

『スカブ・スカーナイト』 攻撃表示

星1 光属性 爬虫類族

攻  0 守 500

 

「更に永続魔法《Battle(バトル) Royal(ロイヤル) Mode(モード)Joining(ジョイニング)》を『スカブ・スカーナイト』を対象に発動。これで1ターンに2度まで戦闘では破壊されません。カードを4枚セットしてターンエンドです」

 

 

佐藤LP:4000 手札1

『スカブ・スカーナイト』攻0

伏せ×4

Battle(バトル) Royal(ロイヤル) Mode(モード)Joining(ジョイニング)

VS

カミューラLP:4000 手札5

 

 

 そんなかつてない程にアッサリ終わった佐藤のターンを余所に、十代たちの意識は散々ふざけまくっていた精霊の鍵【下級】のアバターたる《ジョングルグールの幻術師》の消失へと注がれていた。

 

「アイツ、なんだったんだ?」

 

『あくまで佐藤を闇のゲームとやらに参加させる為の代物だったみたいだね』

 

「俺に分かる訳がないだろう」

 

「……今の私たちはデュエルの結果を見守るしかないようね」

 

 とはいえ、行動含めて意味☆不明すぎて考える余地すらなかった為、明日香の言う通りデュエルへと意識を向けた方が遥かに建設的だろう。

 

「あら、随分と貧相なモンスターね。私のターン! ドロー! 魔法カード《トレード・イン》でレベル8《冥帝エレボス》を墓地に送り、2枚ドロー! 更に――」

 

 そんな最中、カミューラは連続手札交換に勤しんでいた。今しがた発動した《トレードイン》を筆頭に――

 

 魔法カード《(はん)神の帝王》で『帝王』カードを捨て2枚ドローし、

 

 墓地に送られた《(はん)神の帝王》を除外し、新たな『帝王』カードをサーチし、

 

 最後に2枚目の魔法カード《(はん)神の帝王》でもう1度手札交換した後――

 

――攻撃力0に大量のセットカード……どう見ても罠。不用意に攻め込みたくないけれど、コイツは遊城 十代の傍に置かれるだけのデュエリスト(最後の砦に選ばれている)――時間は与えたくないわ。

 

「《ヴァンパイアの幽鬼》を召喚! 効果発動! 手札の【ヴァンパイア】を墓地に送り、デッキから【ヴァンパイア】のレベル5以上を手札に、レベル4以下を墓地へ!!」

 

 カミューラの確かな警戒心の只中で黒いローブの黒髪の青年ヴァンパイアが闇より現れ、その真っ白な腕の肌に己の爪を突き立てれば、人を狂わせるような血の香りが広がり――

 

《ヴァンパイアの幽鬼》攻撃表示

星3 闇属性 アンデット族

攻1500 守 0

 

「更に墓地に送られた《ヴァンパイアの眷属》の効果! 手札の【ヴァンパイア】を墓地に送り、復活!」

 

 滴り落ちた血から逆再生のように新たな姿が形成され、その身の半分が影に覆われた白猫となってカミューラの肩に飛び乗った。

 

《ヴァンパイアの眷属》攻撃表示

星2 闇属性 アンデット族

攻1200 守 0

 

「まだよ! 復活した《ヴァンパイアの眷属》の効果! ライフを500払いデッキから【ヴァンパイア】魔法・罠1枚を手札に加えるわ!」

 

カミューラLP:4000 → 3500

 

 そんなカミューラの肩の《ヴァンパイアの眷属》がカミューラの首筋を甘噛みすれば《ヴァンパイアの眷属》の瞳が真っ赤に輝いた後、「ニャー」と一鳴きすればデッキよりコウモリの群れが1枚のカードに変質しながら手札に集っていく。

 

「そして今、手札に加えた永続魔法《ヴァンパイアの領域》を発動! ライフを500支払い【ヴァンパイア】1体を召喚する! 来なさい! 《ヴァンパイア・ソーサラー》!!」

 

カミューラLP:3500 → 3000

 

 やがてフィールドにコウモリを模した杖が突き立てば、その周囲をヴァンパイアたちの世界――夜と影の世界に変えていく中、地面の影がせり上がるように姿を現し、

 

 紫色の手の平に掴まれた装飾のある黒い法衣に身を包んだ長い緑髪の男がコウモリを模した杖を地面から引き抜きながら、つばの広い魔法使いのような帽子を手に会釈してみせた。

 

《ヴァンパイア・ソーサラー》攻撃表示

星4 闇属性 アンデット族

攻1500 守1500

 

「バトル!! 《ヴァンパイア・ソーサラー》で『スカブ・スカーナイト』を攻撃!」

 

 そして《ヴァンパイア・ソーサラー》はつばの広い帽子をかぶった後、己の杖を敵へ向ければ地面より影の槍が現れ『スカブ・スカーナイト』を貫き、その装甲に傷を刻んでいく。

 

「ですが永続魔法Battle(バトル) Royal(ロイヤル) Mode(モード)の対象になったモンスターは1ターンに2度までは破壊されません」

 

「でもダメージは受けて貰うわ! 更に永続魔法《ヴァンパイアの領域》の効果! 【ヴァンパイア】が与えたダメージ分、回復よ!」

 

「ぐっ……!!」

 

 だが、倒れぬ『スカブ・スカーナイト』の装甲の破片が返り血のように《ヴァンパイア・ソーサラー》へかかる中、その余波が佐藤の身に実際のダメージとなって襲い、己の身を打つ衝撃を前に、僅かに佐藤は己の顔を苦痛に歪ませる。

 

佐藤LP:4000 → 2500

 

カミューラLP:3000 → 4500

 

 そうして、佐藤を切り裂き血の代わりに生命エネルギーが霧散すれば、それらは血の如き赤い液体となったヴァンパイアたちを潤していった。

 

――伏せカードを発動しない? ブラフ? それとも条件を満たしていないだけ? いえ、関係ないわ!!

 

「更に《ヴァンパイアの幽鬼》で『スカブ・スカーナイト』を攻撃よ!!」

 

 無防備でダメージを受けた佐藤をカミューラは怪訝に思うも攻勢の意思を見せれば、《ヴァンパイアの幽鬼》が白い腕を突き出し、亡者(ゴースト)の群れを『スカブ・スカーナイト』へ消しかける。

 

 しかし、今度も何事もなく『スカブ・スカーナイト』の装甲を傷つけ佐藤はその余波を受けてたたらを踏んだ。

 

 そして此方も同様に返り血代わりに飛び散った『スカブ・スカーナイト』の装甲の破片が思わず顔を隠した《ヴァンパイアの幽鬼》の腕に付着していく。

 

佐藤LP:2500 → 1000

 

カミューラLP:4500 → 6000

 

「……あら、呆気ない最後ね。なら止めよ! 『スカブ・スカーナイト』を始末なさい、《ヴァンパイアの眷属》!」

 

「永続罠《ディメンション・ガーディアン》と、罠カード《ダメージ・ダイエット》。破壊を回避し、このターン受ける全てのダメージを半減します」

 

「このタイミングで!?」

 

 かくして止めとばかりに《ヴァンパイアの眷属》が「ミ゛ャ゛ー!」と可愛くない声を上げて跳び掛かり『スカブ・スカーナイト』へ爪を振るうが、その爪は『スカブ・スカーナイト』の装甲を覆った白いオーラに僅かに阻まれパキンと圧し折れる。

 

 そうして折れた爪が飛んで行き佐藤を僅かに傷つける中、『スカブ・スカーナイト』の装甲の破片に汚れた爪が折れた痛みに「ミ゛ャ゛ォ゛オ゛ン゛ッ゛!」と可愛くない声と共にゴロゴロと可愛い感じでのたうち回る《ヴァンパイアの眷属》。

 

佐藤LP:1000 → 400

 

カミューラLP:6000 → 6600

 

 

 だが、そんな《ヴァンパイアの眷属》の七転八倒を余所に万丈目たちは不可解さを覚えていた。

 

「佐藤教諭は何をされているんだ……?」

 

「えっと……最初の攻撃で発動していれば、もっとダメージは減らせていた筈よね?」

 

「……先生って、ひょっとしてそんなに強くないのか?」

 

『どうだかね。オカルト課にいた奴らは変なのばっかりだからボクには分からないよ』

 

 なにせ、罠カード《ダメージ・ダイエット》は「発動ターンの間の全てのダメージを半減する」カード。

 

 先程の状況では明日香の言う通り最初の攻撃の時点で発動しておくのがセオリーだろう。

 

 

「……酷い言われようね。でも恥じることはないわ。闇のゲームの恐怖でまともにデュエルできないなんて、よくある話よ」

 

 しかし、十代たちの懸念を他ならぬカミューラは否定してみせる。なにせ闇のデュエルは命すら弄ぶ残酷な代物。

 

 そんな危機的な状況にて平時と変わらぬようにデュエルできる方が少数派だ。

 

「バトルを終了して――」

 

「バトルフェイズ終了時、『スカブ・スカーナイト』の効果発動。このカードとバトルしたモンスターのコントロールを得ます」

 

「ッ!?」

 

 ただ、佐藤はその少数派側だった。

 

 『スカブ・スカーナイト』を傷つけたヴァンパイアたちの武器や腕に、カサブタのように貼りつく呪いが彼らから正気を奪いフラフラと『スカブ・スカーナイト』を守るように歩を進めていく。

 

「私の相棒たる『スカブ・スカーナイト』はバトルしなければ、その真価を発揮できませんから」

 

「チッ、人間風情が私の同胞たちを、よくも……!!」

 

 そんな奪われて行くヴァンパイアたちの姿に、過去に目の前で同胞の命を奪われた光景がフラッシュバックするカミューラは小さく歯嚙みする他ない。

 

「……攻撃を誘導する為のプレイングか」

 

「破壊を防ぐ《ディメンション・ガーディアン》があるのに《Battle(バトル) Royal(ロイヤル) Mode(モード)Joining(ジョイニング)》を態々発動したのも、その為ね」

 

「だからって、ライフがたった400になっちまうのは危なくねぇか?」

 

『幾ら3体のモンスターを奪う為だからって、ハイリスクなプレイングではあるね』

 

 やがて万丈目たちも不可解な佐藤のデュエルへ僅かに理解を示すも、何処か納得しきれない中、人の悪意を良く知るカミューラは挑発して見せるが――

 

「ああ、そういう性質(たち)なのね…………嫌いなタイプだわ」

 

「おや、意外と馬が合うかと思ったのですが」

 

「あら、意外と軟派だったなんて驚きよ」

 

 堪えた様子のない佐藤の姿を前に、軽口を以て会話を打ち切ったカミューラは思案する。

 

――手痛い反撃だけど大局に問題ないわ。精々得意気になってなさい。

 

「今度こそバトルを終了し、カードを2枚セットしてターンエンドよ」

 

「では、そのメインフェイズ2の終了時に永続罠《連撃の帝王》を発動。その効果によりアドバンス召喚します」

 

 そして、次のターンへの盤石な備えを持ってターンを終えたカミューラへ佐藤はフィールドに手をかざしながら宣言すれば、奪われた3体のヴァンパイアたちが苦悶の声を漏らし始める。

 

「3体のモンスターをリリースし、《神獣王バルバロス》をアドバンス召喚」

 

 さすればヴァンパイアたちの命を握り潰しながら獣の四脚を持つ獅子の獣人が咆哮と共に現れた。

 

 やがて、贄を握り潰し血に染まった手の平より、ヴァンパイアの血を以て深紅の突撃槍を形成し――

 

《神獣王バルバロス》攻撃表示

星8 地属性 獣戦士族

攻3000 守1200

 

――……成程ね。奪ったモンスターを素材に強力なモンスターを呼び出していくタイプのデッキ。

 

 同胞の無残な最期を前に、少しでも得られた情報を整理するカミューラは己の伏せた2枚のカードへ視線を向ける。

 

――でも、伏せたカードは新たな【ヴァンパイア】を呼び出す《ヴァンパイア・アウェイク》に、カウンター罠《ヴァンパイアの支配》……挽回は十二分に可能よ。

 

「3体のモンスターをリリースしたバルバロスの効果、相手フィールドの全てのカードを破壊します」

 

「――ッ!?」

 

「トルネード・ジャベリン」

 

 そんな中、《神獣王バルバロス》より深紅の突撃槍がカミューラのフィールドに放たれた。

 

 当然、その一撃が大地に着弾すれば、その破壊の奔流は最後に残ったカミューラのフィールドの2枚の伏せカードを粉砕。

 

 結果、更地へと変えたフィールドに残るのは大地に突き刺さった一本の突撃槍のみ。

 

「【ヴァンパイア】たちはお返しします。どうやら大事になされている様子だったので」

 

「……気が利くのね」

 

「よく言われます」

 

「――チッ、ならメインフェイズ2を続行よ! 魔法カード《一時休戦》! 互いに1枚ドローし、次のターンの終わりまでお互いはダメージを受けない!!」

 

 やがて嫌味すら意に介さない佐藤へ、意識を切り替えたカミューラはなけなしの己の2枚の手札の1枚に手をかけた後、墓地こと散って行った同胞たちへと手をかざす。

 

「まだよ! 墓地の《ヴァンパイア・ソーサラー》の効果! 自身を除外し、1度だけ【ヴァンパイア】召喚のリリースを0にする!」

 

 さすれば墓地に眠る《ヴァンパイア・ソーサラー》のコウモリを模した杖だけが、カミューラのフィールドに顔を出し――

 

「そして墓地の《ヴァンパイアの幽鬼》を除外し、ライフを500支払って【ヴァンパイア】を召喚!!」

 

カミューラLP:6600 → 6100

 

 その杖が贄となって消えていく中、血風が吹き荒れた。

 

「現れなさい! 《ヴァンパイア・ロード》!!」

 

 やがて逆巻く血風の只中より黒いタキシードを纏った青みがかった白髪の青年が空中よりマントを翼のように揺らしながら現れ、同胞たちの命をもてあそんだ下手人を冷たく見下しながら地に降り立つ。

 

《ヴァンパイア・ロード》攻撃表示

星5 闇属性 アンデット族

攻2000 守1500

 

「カードを1枚セットして今度こそターンエンドよ!!」

 

 

佐藤LP:400 手札1

『スカブ・スカーナイト』攻0

《神獣王バルバロス》攻3000

伏せ×1

Battle(バトル) Royal(ロイヤル) Mode(モード)Joining(ジョイニング)

《連撃の帝王》

《ディメンション・ガーディアン》

VS

カミューラLP:6100 手札0

《ヴァンパイア・ロード》攻2000

伏せ×1

 

 

 かくして、デュエルの流れを大きく引き寄せた佐藤はカミューラという存在を一先ず推し量ってみせる。

 

――最低限は立て直して来ましたか。腕は悪くはない――が、疑問が残る。この程度であの人を出し抜けるとは思えない……「何かある」と考えるのが自然でしょうか。

 

 良く言えば「弱みがない」、悪く言えば「凡庸」――カミューラから突出して秀でた部分、つまり「警戒に値するもの」が佐藤には感じ取れなかった。

 

「私のターン、ドロー。早速バトルと行きましょう。バルバロスで《ヴァンパイア・ロード》を攻撃」

 

 雄たけびを上げながら大地を駆け抜ける《神獣王バルバロス》を前に《ヴァンパイア・ロード》が己の血をコウモリのような形に変えて弾丸の如く放ってみせる。

 

 だが、突撃する《神獣王バルバロス》が左腕の大盾で一薙ぎすれば全て弾かれ血へと戻り地面を汚し――

 

「でも《一時休戦》の効果でダメージはないわ!」

 

 《神獣王バルバロス》の突撃槍に貫かれた《ヴァンパイア・ロード》の身体はピシリ、ピシリとひび割れていくと同時に色を失い最後は灰となって崩れて消えた。

 

「そしてモンスターが破壊されたことで罠カード《セットアッパー》を発動! デッキから《メタモルポット》を裏側守備表示で特殊召喚する!!」

 

 しかし、その灰の中からうごめく何者かがカードの裏面に隠れて現れる。

 

「では『スカブ・スカーナイト』で裏側守備表示の《メタモルポット》を攻撃」

 

「リバースした《メタモルポット》の効果! お互いは手札を全て捨て5枚になるようにドローする!! 私の手札は0! そのまま5枚ドローよ!!」

 

「2枚の手札を捨て、新たに5枚ドローさせて貰います」

 

 とはいえ、灰の中から現れた壺は『スカブ・スカーナイト』の両手で挟むように掴まれ、地面に叩きつけられ砕け散る。

 

 と思いきや、地面にめり込んだまま未だ己が無事な事実に壺こと《メタモルポット》は壺の中から目玉をギョロギョロと動かして辺りを見回した後、去りゆく『スカブ・スカーナイト』の背にホッと気を緩めた途端に壺から大量のカードがお互いの手札へと飛び散った。

 

《メタモルポット》裏側守備表示 → 守備表示

星2 地属性 岩石族

攻 700 守 600

 

「バトルを終了し、魔法カード《アドバンスドロー》を発動。レベル8の《神獣王バルバロス》をリリースし、2枚ドロー。カードを1枚セットしてターンエンドです」

 

 やがて臣下の礼を取るように跪いた《神獣王バルバロス》が光となって消えていき、姿形をカードに変えて己の手札へ戻らせる佐藤。

 

 だが、5枚のドローを得たというのに、このターンもあまり動きを見せずにターンを終えた。

 

 

佐藤LP:400 手札5

『スカブ・スカーナイト』攻0

伏せ×2

Battle(バトル) Royal(ロイヤル) Mode(モード)Joining(ジョイニング)

《連撃の帝王》

《ディメンション・ガーディアン》

VS

カミューラLP:6100 手札5

《メタモルポット》守600

 

 

 そんな動きらしい動きが少ない佐藤のデュエルを前に、万丈目たちは旗色の悪さを感じ始めていた。

 

「この5枚のドローは佐藤教諭にとって厳しいものだな……」

 

「ええ、折角《神獣王バルバロス》で不意を突いて相手のリソースを大きく削ったのに即座に補充されてしまったわ……」

 

「それに『スカブ・スカーナイト』の効果が分かってりゃ攻撃しなきゃ良いだけだもんな」

 

『まぁ、どちらにせよ、キミが危ない目に合わなそうでボクは一安心だよ』

 

 なにせ、明日香の言う通り《メタモルポット》の5枚のドローは佐藤にとってプラスよりマイナスが多く、『スカブ・スカーナイト』の戦術の穴も十代が直ぐ察せられる程度に対策は容易なのだから。

 

 

 

 そういった具合で十代たち視点では勝負の流れを取り戻せつつあるカミューラだったが――

 

「私のターン、ドロー!!」

 

――っ! このカードは……! でも……

 

 ドローしたカードを視界に収めた途端に、その手は止まる。

 

 それは凡そ確実に勝利を約束する1枚――だが、同時に非道な行いを前提にした1枚。

 

 そして、タニヤとアビドス三世に「(カミューラ)と相手の安全が確約できる状況以外では使わない」と約束した筈の1枚。

 

 

 その1枚の闇のカードが手招きするような誘惑にカミューラの心は揺れる。

 

 

 十代たちは「カミューラが勝負の流れを取り戻しつつある」と考えているようだが、実際に闇のカードの1枚を除いた5枚の手札の内実を知るカミューラの考えは違う。

 

――攻撃力0が相手じゃ、《ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア》の効果で装備カードにすることも出来ない……

 

 今、用意できる範囲では『スカブ・スカーナイト』を突破する材料がなく、

 

――《冥帝エレボス》の効果でデッキに戻す? ダメよ。2体のリリースに召喚権を用意できない。それに、最初のターン発動しなかった伏せカード……恐らく、『スカブ・スカーナイト』を守るカードの筈。

 

 よしんば多くのリソースを払って『スカブ・スカーナイト』を無理やり突破しようにも、それが防がれれば5枚の手札を有する佐藤とのリソース差は広がるばかり、

 

――魔法・罠カードを破壊できるカードを引くまで待つべき? いいえ、時間を与えれば相手の盤面はより強固になっていく……

 

 消極的な時間稼ぎが脳裏を過るも、《神獣王バルバロス》にフィールドを一掃された件が突き付けられる。

 

――相手のライフはたったの400……後一撃、一撃で良いのに……

 

 たった400ぽっちのライフを前に足踏みしなければならない状況が、勝利を目前にしているカミューラには只々歯痒い。

 

――アイツの風前の灯火のライフを守るのは、たった2枚の伏せカード。2枚の伏せカードが守り……

 

 だが、此処でカミューラの視線は佐藤の最初のターンに伏せられたカードを捉えた。

 

 それと同時に己が大きな思い違いをしていた事実に気づく。

 

――いや、違うわ。

 

「私は《メタモルポット》をリリースし、2枚目の《ヴァンパイア・ロード》をアドバンス召喚!!」

 

 突如として《メタモルポット》の潜む壺を砕く程のおびただしい血が溢れ出せば、その血液が竜巻のように逆巻き始め、その血の渦より《ヴァンパイア・ロード》がマントを翻しながら再臨。

 

《ヴァンパイア・ロード》攻撃表示

星5 闇属性 アンデット族

攻2000 守1500

 

「私はカードを1枚セットしてターンエ――」

 

「そのメインフェイズ1の終了時、永続罠《竜星の極み》を発動。これにより、攻撃可能な場合は必ずバトルしなければなりません」

 

――かかった!!

 

 そして即座にターンを終えようとしたカミューラを前に、動きを見せた佐藤の姿にカミューラは己の直感を信じ、己の手札の1枚に手をかけた。

 

「ならメインフェイズ1を続行! 墓地の《ヴァンパイアの使い魔》の効果! 手札の【ヴァンパイア】を墓地に送り復活! その効果によりライフを500支払いデッキから新たな【ヴァンパイア】を手札に!」

 

カミューラLP:6100 → 5600

 

 やがて己の首筋を差し出し、その血を吸った影のコウモリたちを手札から繰り出してみせる。

 

 さすれば数多の影のコウモリこと《ヴァンパイアの使い魔》たちはカミューラのデッキに飛びつき、1枚のカードを運び出せば――

 

《ヴァンパイアの使い魔》守備表示

星1 闇属性 アンデット族

攻 500 守 0

 

「そして《ヴァンパイア・ロード》を除外し、真なる始祖よ、今ここに顕現したまえ!」

 

《ヴァンパイア・ロード》の身体がボコボコと脈動を始め肥大化し始めた。

 

「――《ヴァンパイアジェネシス》!!」

 

 そうして《ヴァンパイア・ロード》の肉体を内側から弾き飛ばしながら、紫色の肌を持つ筋骨隆々な化け物のような姿を現したヴァンパイアの始祖は円状の翼を広げ、生誕の雄たけびを上げた。

 

《ヴァンパイアジェネシス》攻撃表示

星8 闇属性 アンデット族

攻3000 守2100

 

「墓地の《(はん)神の帝王》を除外し、3枚の『帝王』カードの内、相手の選んだ1枚を手札に加える!!」

 

「では《再臨の帝王》を選びましょう」

 

「どれを選んでも同じよ! 墓地の《冥帝エレボス》の効果! 手札の『帝王』カードを墓地に送り、攻撃力2800守備力1000のカード――《冥帝エレボス》自身を手札に戻す!」

 

 かくして《ヴァンパイアジェネシス》が手の平を大地にかざせば、墓地より《冥帝エレボス》の闇色の魂が手中に収まり――

 

「そして《冥帝エレボス》を墓地に送り、《ヴァンパイアジェネシス》の効果! 《冥帝エレボス》のレベル以下のアンデット族1体を復活させる!! 舞い戻れ、《ヴァンパイア・ロード》!!」

 

 《ヴァンパイアジェネシス》の血と共に握りつぶされ滴り落ちた血だまりより、先程弾け消えた《ヴァンパイア・ロード》が真祖の血を浴びた姿で舞い戻る。

 

《ヴァンパイア・ロード》攻撃表示

星5 闇属性 アンデット族

攻2000 守1500

 

「さぁ、今度こそ遠慮なく行かせて貰うわ! バトル!!」

 

――前提条件が間違っていたのよ!

 

 そう、カミューラは思い違いをしていた。如何にして厄介な『スカブ・スカーナイト』を退けるか、そればかり考えてしまっていた。

 

――あの男が『スカブ・スカーナイト』を守り切る必要なんて何処にもない! 危なくなったら《連撃の帝王》でアドバンス召喚のリリースにすれば良いだけ!!

 

 カミューラの考えはシンプルだった。佐藤に「『スカブ・スカーナイト』の維持をしている場合ではない」と判断させること。

 

「《ヴァンパイアの使い魔》で攻撃!!」

 

 なにせ、今の佐藤のライフはたった400――小さな《ヴァンパイアの使い魔》たちを『スカブ・スカーナイト』に殺到させるだけで吹き飛ぶ程度しかない。

 

――仮にあの伏せカードがダメージを防ぐ類のカードであっても、1度が限度! なら2度目以降の攻撃を用意すればアイツは『スカブ・スカーナイト』を捨てざるを得なくなるわ!!

 

 佐藤の残り1枚の伏せカードでライフを守りたいなら好きにすれば良い。

 

 ライフを守り切れなくなった時が佐藤の最後。

 

 

「永続罠を発動」

 

 

――ほら、『スカブ・スカーナイト』を手放した!!

 

 

 そうすればカミューラにとって邪魔な『スカブ・スカーナイト』は他ならぬ佐藤の手によって盤面から消える。

 

 

 後は真祖の力(ヴァンパイアジェネシス)で蘇り続ける己のヴァンパイアたちの猛攻があれば、たった400ポイントのライフを削る機会など幾らでも生み出せよう。

 

 

 そして、カミューラの読み通り、佐藤は残り僅かなライフを守るべく札を切った。

 

 

「永続罠《スピリットバリア》を発動」

 

 

 カミューラが予想していなかった1枚を以て。

 

 

「…………え?」

 

 

 佐藤を守るように半透明の壁が『スカブ・スカーナイト』ごと包んでいく光景に、カミューラは呆気にとられた声を漏らす。

 

 

「す、すぴりっと……ばりあ……?」

 

「ええ、これで私のフィールドにモンスターがいる限り、私のバトルダメージは常に0です」

 

 そう、《スピリットバリア》により佐藤の元にモンスターが――『スカブ・スカーナイト』がいる限り、そのライフを傷つけることは叶わない。

 

 そのカードの存在はカミューラも知っていた。いや、知っていただけに選択肢から無意識に除外していた。

 

「そ、そんなカードがあるなら……最初から発動してれば――」

 

 なにせ、最初のターンから伏せられていたのだ。本来であれば最初の攻防の時点で発動しておくべきカードである。

 

「“ライフが残り僅かになることもなかったのに?”」

 

 ゆえに動揺に揺れるカミューラの言葉の先を佐藤は引き継いで見せた。

 

 当然である。最初のカミューラの攻撃の際に《スピリットバリア》を発動していれば、4000の初期ライフを維持できた。ライフを残り僅かにする綱渡りをする必要など何処にもない。

 

「『残り僅か』だからこそ意味があるんですよ。『後少しで倒せる』と攻め気が抑えきれない」

 

 しかし、佐藤は生徒へ教え説くかのような口調で告げた。

 

 誰もが「普通なら発動する」と考えるからこそ、「発動しなかった」のだと。

 

 そうして間違った前提で推理させ、あの伏せカードは「《スピリットバリア》以外のカードだ」と幻影を追わせ、

 

 己のライフを残り僅かにしてみせることで、誤った戦況を植え付け――

 

「――今の貴方のように」

 

 罠にかかるのを待っていたのだと。

 

 そう温和な口調で語る佐藤を前にカミューラはギリッと歯を食いしばり、呆けた己の意識に喝を入れる。

 

「バトルはキャンセルよ!」

 

「永続罠《竜星の極み》の効果をお忘れですか?」

 

「――ま、待ちなさいお前たち!」

 

 だが、そんなカミューラの怒りに呼応するように『スカブ・スカーナイト』へ《ヴァンパイア・ロード》は血の弾丸を浴びせ、《ヴァンパイアジェネシス》は瘴気の旋風をぶつけてしまう。

 

 さすれば、その衝撃ではがれた『スカブ・スカーナイト』の甲殻がヴァンパイアたちに呪いのようにへばりつき、その意識を奪っていった。

 

 

 そうして残るのはカミューラのフィールドから離れ、佐藤のフィールドで――いや、『スカブ・スカーナイト』の元で虚ろな瞳で佇む3体の【ヴァンパイア】たち。

 

 

 奪われていった同胞たち。

 

 

 そう、再び同胞たちが奪われていく。

 

 

 また全てが奪われていく。

 

 

 カミューラの手の平から全てが零れ落ちていく。

 

 

「…………タ、ターンエンドよ」

 

 

「そのメインフェイズ2終了時、永続罠《連撃の帝王》の効果――《ヴァンパイアの使い魔》、《Battle(バトル) Royal(ロイヤル) Mode(モード)Joining(ジョイニング)》、《スピリットバリア》をリリースし、《真竜機兵ダースメタトロン》をアドバンス召喚」

 

 更に闇夜の住人たるカミューラ(ヴァンパイア)の存在を許さぬように太陽の如き輝きが降り下りれば、血族の中で力の弱い《ヴァンパイアの使い魔》が光に耐え切れぬように砂と化していく。

 

 やがて、太陽と見紛う輝きの天より現れたのは金色(こんじき)の鎧を纏う竜騎士。その手に矛と剣を携え、黄金の翼を以て闇夜を咎めるように宙に浮かぶ。

 

《真竜機兵ダースメタトロン》攻撃表示

星9 光属性 幻竜族

攻3000 守3000

 

「魔法・罠カードをリリースですって!?」

 

――いいえ、それよりも今、此処で《スピリットバリア》を捨てるなんて……!?

 

「ええ、このカードは召喚に3体のリリースを必要としますが、永続魔法・永続罠もリリース素材とすることが可能です」

 

 かくして、宙にて尾を揺らす《真竜機兵ダースメタトロン》の特徴的な召喚方法に動揺を加速させるカミューラ。

 

 なにせ、あえてダメージを負ってまで温存した永続罠《スピリットバリア》を佐藤はアッサリ放棄したのだ。たった400のライフしか持たない身で。

 

 カミューラの理解が追い付かない。

 

――なんなの、こいつ……闇のデュエルのダメージへの恐怖が一切感じられない。

 

 もはや「闇のデュエルに負けた者の末路」を理解していないようにすら見える始末。

 

 そう単純な話であればカミューラも迷わずに済むのだが、今までの佐藤の立ち振る舞いやデュエルを鑑みれば只々異質さだけがカミューラの目に映る。

 

 

佐藤LP:400 手札4

『スカブ・スカーナイト』攻0

《真竜機兵ダースメタトロン》攻3000

《ヴァンパイアジェネシス》攻3000

《ヴァンパイア・ロード》攻2000

《連撃の帝王》

《ディメンション・ガーディアン》

《竜星の極み》

VS

カミューラLP:5600 手札3

伏せ×1

 

 

「私のターン、ドロー。魔法カード《強欲で金満な壺》を発動。エクストラデッキを6枚除外し、2枚ドロー」

 

 そうして終始デュエルをコントロールし続ける佐藤の前にて壺が砕け散り、カードが散らばる中――

 

「《神獣王バルバロス》を自身の効果によりリリースなしで妥協召喚。ただし、その攻撃力は1900となります」

 

 その散らばったカードの1枚から《神獣王バルバロス》が飛び出し、フィールドに音もなく着地するも、その手には突撃槍も大盾も握られてはいない。

 

《神獣王バルバロス》攻撃表示

星8 地属性 獣戦士族

攻3000 守1200

攻1900

 

「バトル。ダースメタトロンでダイレクトアタック」

 

 空中に浮かぶ《真竜機兵ダースメタトロン》が天へと三又の矛を構えれば、その刃を起点に黄金に輝き巨大な光の矛と化す。

 

 そして《真竜機兵ダースメタトロン》は己の体ごと尾を捻じり、遠心力を加えた矛の投擲がカミューラへと一筋の閃光となって放たれた。

 

「~~ッ! まだよ! リバースカードオープン! 罠カード《ヴァンパイア・アウェイク》を発動! デッキから【ヴァンパイア】1体! 《ヴァンパイア・グリムゾン》を特殊召喚!!」

 

 だが、カミューラを守るように闇より深紅のローブのヴァンパイアが現れ、その手の巨大な大鎌を振るい迫る光の矛を打ち払わんとする。

 

《ヴァンパイア・グリムゾン》守備表示

星5 闇属性 アンデット族

攻2000 守1400

 

「ですが攻撃力は此方が上、攻撃続行と行きましょう」

 

「《ヴァンパイア・グリムゾン》の効果! 私のライフ1000を糧に相手から破壊をまぬがれる!」

 

 しかし、《真竜機兵ダースメタトロン》が放った矛に内包する圧倒的エネルギーを前に《ヴァンパイア・グリムゾン》の大鎌はベキベキと音を立ててヒビ割れて行き――

 

 

カミューラLP:5600 → 4600

 

 

 パキンと大鎌が砕けた音と共に、巨大な衝撃波がカミューラたちを襲った。

 

 

 だが、大鎌が砕け散ろうとも両手を盾のように前に突き出し膝をつく《ヴァンパイア・グリムゾン》は熱で煤けた灰色の髪を揺らし、肩で大きく息をしながらも健在。

 

「でしたら《ヴァンパイアジェネシス》、《ヴァンパイア・ロード》、そして《神獣王バルバロス》で追撃です」

 

「《ヴァンパイア・グリムゾン》の効果よ!! くぅうぅううッ!!」

 

 やがて虚ろな瞳となった同胞からの瘴気の旋風が放たれようとも、《神獣王バルバロス》の咆哮の音撃を受けようとも、カミューラを守るべくその身を盾とする《ヴァンパイア・グリムゾン》。

 

カミューラLP:4600 →  → 1600

 

 そのボロ切れになった深紅のローブ、流血により血に染まった灰色の髪、内出血により所々黒ずんだ真っ白な腕――今の《ヴァンパイア・グリムゾン》はまさに満身創痍と言う他ない。

 

「では、カードを1枚セットしてターンエンドです」

 

「くぅっ……ターンの終わりに《ヴァンパイア・アウェイク》で呼び出された《ヴァンパイア・グリムゾン》は破壊されるわ……」

 

 そうして、限界が来たように倒れた《ヴァンパイア・グリムゾン》はカミューラを守り切れた事実に満足そうな表情で血霧となって消えていった。

 

 

佐藤LP:400 手札3

『スカブ・スカーナイト』攻0

《真竜機兵ダースメタトロン》攻3000

《神獣王バルバロス》攻1900

《ヴァンパイアジェネシス》攻3000

《ヴァンパイア・ロード》攻2000

伏せ×1

《進撃の帝王》

《連撃の帝王》

《ディメンション・ガーディアン》

《竜星の極み》

VS

カミューラLP:1600 手札3

 

 

 相も変わらず手短にターンを終えた佐藤だが、その光景を前に思わず十代は呟いた。

 

「つ、強ぇ……」

 

――ちょっと前まで、ライフもギリギリで負けそうに見えてたのに……

 

『口うるさくするだけの実力はあったってことか』

 

 それが佐藤のデュエリストの腕――正直、十代はどこか甘く見ていた。

 

 元とはいえ実技最高責任者だったクロノスや、プロデュエリストを弟に持つ響みどりたちと同程度だと考えていたが、そんな単純な比較では測れぬ物が眼前には広がっている。

 

 強さの毛色がまるで違う(別種の未知の強さ)

 

「あのカミューラとかいう女も弱くはない……が、自分のデュエルをさせて貰えていないんだろう」

 

「佐藤先生自身のライフをエサとして撒いて、選択を強いながら『スカブ・スカーナイト』の効果を誘発させて一斉に反撃に出る――そんな感じかしら」

 

『焦れた相手が少しでも安易な選択を取った瞬間が最後……か』

 

「クロノス先生たちとは、また違った強さだぜ……」

 

『真正面からぶつかり合うクロノスや響に反して、徹底して待ちの姿勢の佐藤って訳だ』

 

 万丈目たちもカミューラが弱いとは考えていない。最初のターンに自分フィールドを更地にされても瞬時に盤面を整えるだけでなく、手札を揃えて見せた。

 

 今のターンもそうだ。絶望的な盤面差から来る連撃をギリギリのリソースで凌いで見せている。

 

 

 そう、カミューラは弱くはない。

 

 

 ただ、

 

 

 ただ――

 

 

「わ、わ私のターン……ド、ドロー……」

 

 震える手でカードを引いたカミューラは全てを察し始めていた。

 

――ダメよ、勝てるビジョンが見えない。

 

 違う。勝てるビジョンは見えていた。

 

 ただ、正真正銘のビジョン(構想)――絵に描いた餅。実現できるかは別問題だっただけだ。

 

 佐藤の誘導に気づかず、その流れに乗ってしまったことが致命的だった。

 

――相手のライフはたった400なのに……

 

 さっきもそう考えて下手を打ったと言うのに、また同じことを考えてしまう。

 

 その「後1度の小さなダメージで倒せる」事実ゆえに、カミューラは諦めきれない。

 

 いや、唯一生き残った己だけが一族の復興を成せる現実が、その現実だけが今のカミューラを支えている。

 

――負ける……? 負けるの? 一族の復興も果たせずに?

 

 

 いいや、もう1つばかり支えがあった。

 

 

 カミューラの視線が己の手札の1枚を捉える。

 

 

 必勝を約束する文字通り魔法のようなカードが。

 

 

――人間風情に……!! 誇り高きヴァンパイアである私が……!!

 

 

 やがて己の矜持を言い訳に、そのカードに手をかけるカミューラだが――

 

 

「……私は…………為に……」

 

 

――…………悪いわね、2人とも。

 

 

 その脳裏にこんな己に手を貸してくれた仲間の存在がチラつき、カードにかけた手の力が緩む。

 

 

「…………一族の復興の為に…………」

 

 

 しかし、その葛藤を振り切り己の手札のカードを引き抜いた。

 

 

「――負けられないのよ!!」

 

 

 そして、1枚のカードがデュエルディスクに差し込まれた瞬間、空間が軋みを上げる。

 

 

「――発動せよ、『幻魔の扉』!!」

 

 

 さすればカミューラの背後より悪魔の石像が鎮座する石造りの落雷の彫られた巨大な扉が現れる。

 

「その効果により、相手フィールドの全てのカードを破壊! 更に、このデュエル中に呼び出されたモンスター1体を私のフィールドに呼び出す!!」

 

 やがて中央より左右に僅かに開いた巨大な扉の隙間から闇色の風が周囲の空間に吹き荒れ始めた。

 

 

 そんな異常事態が加速する最中、万丈目たちは思わず叫ぶ。

 

「!? なんだ、そのふざけた効果は!?」

 

「発動条件に対して、効果が無茶苦茶じゃない!」

 

「なんだ、あのカード……すげぇヤバイ感じがする……!!」

 

『明らかに普通のカードじゃないね……十代、ボクの後ろに下がるんだ』

 

 なにせ、デッキに1枚しか採用できない制限カードに指定されている――

 

 相手フィールドの全てのモンスターを破壊する《サンダー・ボルト》、

 

 相手フィールドの全ての魔法・罠カードを破壊する《ハーピィの羽根箒》、

 

 相手の墓地のモンスターであっても己のしもべとする《死者蘇生》、

 

 これら3枚のカードを1枚にまとめたような効果を有しているのだ。

 

 どう考えても『幻魔の扉』は公式のデュエルで使用できない「禁止カード」に分類される代物だろう。

 

 それに加えて歪んだ歴史によりカードプールが広がったせいか本来(原作)の代物より凶悪さも増している。

 

 

 しかし、カミューラは『幻魔の扉』の重すぎる発動コストを明かす。

 

「いいえ、十二分に見合っているわ。なにせ、このカードの発動には私の魂が必要!!」

 

 それが己の魂。

 

「このデュエルに敗北した時、私の魂は幻魔に捧げられる!!」

 

 『幻魔の扉』を使用し、敗北すれば捧げられた先での魂の末路は考えるまでもないだろう。

 

「命がけのイカサマカードって訳か……!」

 

「でも、発動タイミングさえ見極めれば必勝たりえるカードじゃ、あってないようなデメリットよ!」

 

 だが明日香の言う通り、その圧倒的なカードパワーを鑑みれば殆ど「発動 ≒ 勝利」である。敗北の可能性は低いだろう。

 

 しかし、カミューラは首元のウジャトの瞳のある黄金のチョーカーを指さし微笑んで見せる。

 

「あら、勘違いしないで――そんなデメリットはないわ。この闇のアイテムによって、必要な魂は私が選択できるんだから」

 

「俺たちを人質にする気か!!」

 

「う、嘘よ……そんなのありえる訳が――」

 

「ふざけんな!!」

 

『安心するんだ、十代。キミだけはボクが絶対に守ってみせる』

 

『クリー!』

 

 そして飛び出した「もはや負ける方が難しい」レベルの蛮行を前に、万丈目たちは非難の声を飛ばすか、言葉を失う他ない。

 

 そんな闇のデュエルの観客では終われそうにない状況にユベルはハネクリボーが見守る十代を守ろうと前に出るが――

 

「――だったら俺の魂を選べ!!」

 

『十代!? 何を言って――』

 

 逆に十代は一歩前に出て叫んだ。

 

――俺の中にあるって言う「覇」の力なら、なんとかなるかもしれない! そうだろう、ユベル!!

 

『絶対にダメだ! 幻魔の力は未知数なんだよ!』

 

「ダメよ。忘れたのかしら? 私の目的はボウヤなんだから」

 

 そんな一縷の勝算にかけた十代の賭けだったが、反対するユベルを余所にカミューラ側から拒否される。当然だろう。

 

 カミューラが佐藤と闇のデュエルをしているのは、十代を目的としているのだから、その魂を幻魔に捧げれば本末転倒だ。

 

――使ったからには確実に勝たなきゃならない……闇のゲームに対して確実に耐性がないのは――

 

 やがて、精霊の存在を加味し、念には念を入れて不確定要素を排しようと思案するカミューラへ――

 

「なら俺の魂を選べ!!」

 

「ま、万丈目くん!?」

 

 今度は万丈目の声が届いた。

 

「奪うなら俺の魂にしろ!! 佐藤教諭! 構いません、俺ごとやってください! こいつは此処で止めなきゃならない! そうでしょう!!」

 

「そんなのダメよ!」

 

「安心してくれ、天上院くん! アカデミア側も無策ではない筈だ! それに兄さんたちの伝手があれば、魂とやらを取り戻す方法もきっと見つけてくれる!!」

 

 その万丈目の決意は「此処で佐藤が負けても、同じ状況が他の教員でも起こる」ことを理解してのものだったが、己の命を軽んじた訳ではない。

 

 それは兄たちへの信頼――どちらも社会的に大きな力を持っており、「カミューラが闇のアイテムを見つけられる」のなら「兄さんたちが見つけられない訳がない」との認識が彼の決断を後押しする。

 

 そして何より――

 

「良い覚悟ね――なら特別に選択肢からは除外してあげるわ。感謝しなさい」

 

――こいつを選ぶと、本当に構わず攻撃されかねない……

 

「待――」

 

「あら? 大変だわ。そうなると消去法でお嬢ちゃんになるわね」

 

「そ、そんな……!?」

 

 カミューラが選ぶであろう「もっとも不確定要素の少ないこの場の人間」が明日香だったからだ。

 

「やめろ!! 天上院くんのお兄さんはプロデュエリストだ!! そんな相手の怒りを買えば、貴様のようなイカサマデュエリストなど――」

 

「大丈夫よ、安心なさい。闇のゲームにサレンダーはないけど、そっちの先生がワザと負ければ、みーんな助かるんだから」

 

 やがて一歩後ずさった明日香の顔に恐怖が色付き始める中、万丈目の物言いもほくそ笑むカミューラには届かない。

 

「だから、怖がる必要はないわ」

 

 そう、何も怖がる必要はない。

 

 このデュエルの勝利をカミューラに譲るだけで、この場は全て丸く収まろう。

 

「ハァ」

 

 そんな状況ゆえか佐藤からため息が零れた。

 

 そこには分かり切った事実を前に、右往左往する周囲への呆れも見える。

 

「……?」

 

「早く選んで頂けませんか?」

 

「……随分と薄情なのね」

 

「結局、やることは変わりませんので」

 

 やがて普段と変わらぬ様相で先を促す佐藤に、カミューラは教師の道理を説くが――

 

「それもそうね。生徒の為にワザと負ける未来は決まって――…………まさか、お前ッ!!」

 

 カミューラの思考は最悪の可能性に辿り着いた。

 

「ちょ、ちょっと待てよ、佐藤先生!! まさか――」

 

「ええ、私はこの中の誰が選ばれようとも彼女を倒す――それは確定事項でしょう?」

 

 そして十代の言葉を先回りするように、佐藤は断言する。

 

 なにせ、次も同じことをされれば永遠に勝てず、状況は悪化し続けるのだから。

 

 必ず何処かで誰かを犠牲にしなければカミューラは止められない。

 

 しかし、そんな唯一の犠牲者に選ばれた明日香はすがるような様子で声を震わせる。

 

「さ、佐藤先生……嘘ですよね……?」

 

 曲がりなりにも教師として尊敬していた相手に「死ね」と言われて冷静でいられる程、明日香の精神は強くはない。

 

 だが、佐藤は眼鏡の位置を直しながら安心させるような声色で語る。

 

「安心してください。貴方のお兄さんを助けた時のように、この手の分野を熟知した方がいますので」

 

 誰がどう見ても気休めだった。

 

「佐藤教諭!! 天上院くんを犠牲にだなんて――考え直してください!!」

 

「佐藤先生!!」

 

『こいつ……』

 

「アンタみたいな屑がよく教師やってるわね」

 

 万丈目たちの必死の懇願にも口を閉ざす佐藤に、原因であるカミューラも思わず冷たい視線を送るが――

 

「貴方も他人のことをとやかく言えた義理ではないと思いますが?」

 

「…………それもそうね」

 

 そう返されてはカミューラも返す言葉がない。

 

 カミューラとて想定はしていた。十代を守る者たちの中に「非情な決断を取れる人間」がいることは。

 

 ゆえに、カミューラは己の首元の黄金のチョーカーを強引に外し、天へと掲げればチョーカーに記されたウジャトの瞳が怪しく輝き始めた。

 

 さすれば幻魔の扉から吹き荒れる風が明らかに指向性を持ち始め――

 

「さぁ、幻魔の扉よ! 対価とする魂はアイツよ!!」

 

「天上院くん! 俺の後ろに!!」

 

 咄嗟に明日香を庇うように前に出た万丈目。

 

 その行為が何の意味もないことは当人も理解していた。それでも動かずにはいられなかった。

 

 やがて、幻魔の扉により吹き荒れる風が明日香たち目がけて殺到し、素通りし、佐藤の元で渦巻いて見せれば――

 

「佐藤……先生……?」

 

 十代の呟きが証明するように、佐藤の身体より半透明な分身のような存在が浮かび上がり、幻魔の扉へと吸い込まれていったと同時に幻魔の扉から吹きすさぶ風が止んだ。

 

「これで私の敗北と共に、アンタの魂は幻魔に捧げられる! 死にたくなかったら無抵抗でいることね!!」

 

――この闇のアイテムが一時休眠してしまう奥の手……だけど、遊城 十代が目前なら惜しくはないわ!

 

 そうして、カミューラの手の中で闇のアイテムたる黄金のチョーカーに浮かぶウジャトの瞳がゆっくりと閉じていく。

 

 そう、原作でも「カミューラ自身の魂を『幻魔の扉』の発動コスト」にしても「闇のデュエルは続行可能」だった。

 

 それはつまり「対戦相手の魂も『幻魔の扉』の発動コストにすることが可能」なことが伺える。

 

 なにせ原作でもカミューラが絶対の自信を持っていたカードが「相手が同行者を連れていない」だけで瓦解する代物の筈がない。

 

 とはいえ、この歪んだ歴史においてはノーリスクという訳ではないようだが。

 

「わ、私、生きてる……?」

 

「た、対戦相手の命にすら介入できるのか……!?」

 

「そんなの初めから勝ち目なんてないじゃんか!!」

 

 やがて、『幻魔の扉』の力によって薙ぎ払われ土煙を上げる佐藤のフィールドを余所に万丈目たちが常軌を逸した現実を前に言葉を失うが――

 

「ですが、ダースメタトロンはリリースした素材――モンスター・魔法・罠の効果を受けない状態です」

 

先の破壊の奔流を前に、土煙の中から悠然と宙に浮かぶ《真竜機兵ダースメタトロン》には、その黄金の鎧には傷一つない。

 

「アハハハ! 私の心配は無用よ! 攻撃力0の『スカブ・スカーナイト』を攻撃すれば良いだけの話!!」

 

 しかし、佐藤の元で《ディメンション・ガーディアン》を犠牲に『スカブ・スカーナイト』が静かに佇む姿を指さしカミューラは嘲笑う。

 

「さぁ、従属神らしく私の元に跪きなさい! バルバロス!!」

 

 やがてカミューラの元で忠誠を誓うように四足で膝をついた《神獣王バルバロス》の身体が、そのまま膝から崩れ落ち、苦し気に横たわる。

 

《神獣王バルバロス》

星8 地属性 獣戦士族

攻3000 守1200

攻 0

 

「なっ!?」

 

「1ターン、遅かったようですね。『幻魔の扉』の発動に対し、永続罠《連撃の帝王》の効果でアドバンス召喚させて頂きました」

 

 やがて佐藤の声と共に土煙が晴れ、白きマントを風に揺らす何処か近未来的な青き鎧の姿が露になる。

 

 だが、両の肩より宙に浮かぶ円錐状が回転するばかりで微動だにせず、石仮面に覆われ表情すら見えぬゆえ、何処か無機質さを感じさせていた。

 

The (ザ・)tripping (トリッピング・)MERCURY(マーキュリー)》攻撃表示

星8 水属性 水族

攻2000 守2000

 

「プラネット……シリーズ……」

 

「3体のモンスターをリリースして召喚された《The (ザ・)tripping (トリッピング・)MERCURY(マーキュリー)》が存在する限り、貴方のモンスターの攻撃力は元々の攻撃力分ダウンします」

 

「そうか……モンスターと魔法・罠の『破壊が同時』なら永続魔法《進撃の帝王》の破壊耐性が残る……」

 

『成程ね。これで『スカブ・スカーナイト』の弱点を完全にカバーするって寸法か』

 

 かくして、《The (ザ・)tripping (トリッピング・)MERCURY(マーキュリー)》の両肩に浮かぶデバイスと思しき円錐から発せられるオーラを前に《神獣王バルバロス》が立ち上がれない中、《The (ザ・)tripping (トリッピング・)MERCURY(マーキュリー)》に目を奪われ呆然と呟く明日香を余所に佐藤の言葉の先を万丈目とユベルが察してみせる。

 

 

 だが、カミューラは理解できなかった――いや、「そこ」に関しては万丈目たちも理解はしていない。

 

「な、なにしてるの?」

 

「……?」

 

「どうして……デュエルを続けて……」

 

「言ったでしょう? 『誰が選ばれようとも貴方は倒す』と」

 

「――馬鹿なんじゃないの!!」

 

 当然のように先と同じ言葉を繰り返した佐藤へカミューラは怒声を上げる。

 

 

 理解できない。

 

 

「アンタ、死ぬのよ!! 私が負ければ!! 魂を幻魔に食われて!!」

 

 今、佐藤がしようとしていることは手の込んだ自殺だ。

 

 『幻魔の扉』が発動した以上、カミューラが負ければ佐藤は死ぬ。

 

 まさか「幻魔に捧げられた魂」が丁重に扱われると思っているのか?

 

 そんな慈悲深い存在なら、そもそも「贄に魂を求めない」ことが分からないのか?

 

「無抵抗で負けるのが普通でしょう!!」

 

 それに加えて、カミューラの勝利が世界の滅亡に繋がっている訳でもない。

 

 佐藤が負けても、アカデミアに無駄に集められたデュエリストが今この瞬間もカミューラを捕縛するべく動いていることは明白だ。

 

 今、佐藤が命をかけるような状況ではない。なにせ、現在カミューラの闇のアイテムは一時的に休眠しているのだから。戦果としては十分だろう。

 

 ただ、その情報を佐藤は――いや、神崎も有していなかった。

 

「死ぬのが怖くないの!!」

 

「怖いですね」

 

 ゆえに、佐藤は万が一の可能性を鑑みて命をかける。

 

 死が恐ろしくとも。

 

「だったら――」

 

「ただ、まぁ、そうですね」

 

 ただ、怒声を上げ続けるカミューラへ此処で少し言葉を探した佐藤は――

 

「恩人がいるんですよ」

 

「ハァ!?」

 

 少しばかり自分語りを始めた。

 

「私の守りたいもの全てに手を差し伸べてくれた恩人が。まぁ、当人には別の思惑があったのでしょうけど」

 

 佐藤の家は酷く貧しかった。

 

 常に爪に火を点すような生活で、ないものばかりで伝手すらない。あるのは佐藤のデュエルの腕だけ。

 

 ゆえにデュエルの腕一本で稼げるプロデュエルの世界くらいが佐藤が持ちえる唯一身内を支える選択肢だったくらいだ。

 

 原作では、その身内への仕送りの為に己を切り売りするような過酷なスケジュールで前座であろうとも数多くの試合を熟し――やがて、身体を壊す。後はアカデミア教師となって原作通りの末路を辿る。

 

 

 そんな佐藤の過酷な現実へ、重苦しい現実へ、手を差し伸べてくれた人がいた。

 

 正直、佐藤は――いや、その恩人に関わりのある多くの面々は、彼のことがよく分かっていない。

 

「そんな恩人が『貴方を危険視』し、地位も立場も捨ててこんな孤島くんだりまで足を運んで、不向きな仕事で四苦八苦している」

 

 なにせ、恩を着せた割に佐藤たちへ見返りとして求めるのは、なんでもないことばかり。もはや逆に仕事の斡旋をして貰っているようにすら思えることもある。

 

 それに加えて、金も地位も名誉も興味を示さず、いつも自分のことは後回し。

 

 はっきり言って恩人がアカデミアに来た時、「危険人物がいるから警戒するように」とは言われても佐藤は彼が何をしたいのか分からなかった。

 

「きっと今の状況を生み出さない為に、奔走していたんでしょうね――ふふっ、全て無駄になってしまったようですが。くくく……」

 

「なに笑ってるのよ……気でも触れた?」

 

 やがて「危険人物(カミューラ)」と対峙し、「ようやく行動の意味が少し分かった」と小さく笑う佐藤を、カミューラは怪訝な表情を見せる。

 

 だが、佐藤は「至って素面(シラフ)」だと笑った。

 

 

「いえね、幾らつついたところで何も話してくれないあの人が……」

 

 

 どうして、何も教えてくれないのだろう。

 

 

 いいや、何も教えてくれなくても良い。

 

 

「いつも一番の危険地帯に我先にと突っ込んでいく人が……」

 

 

 ただ一言、「一緒に戦ってくれ」と言って欲しかった。

 

 

 それだけあれば、佐藤は世界だって敵に回せた。

 

 

 そんな心持ちだった佐藤に届いたのは一通の途中で打ち損じたメッセージ。コブラでもなく、海馬でもなく、乃亜でもない己に届いたメッセージ。

 

 

 その意味する所を即座に理解した佐藤は今――

 

 

「その一番槍を初めて奪うのが、まさか私になるなんて――かつての同期が聞いたら、どんな顔をするのかと思いまして」

 

 

 恩人が戦うべきだった相手と戦っている。

 

 

 それは彼が助けた誰にも願わなかったこと。

 

 

 やがて恩人から一番最初に手を差し伸べられた同僚(ギース)を思い出し、佐藤は「きっと複雑な表情をするに違いない」と朗らかに笑う。

 

 

 そうして、死が目前に迫った中で穏やかな様相の佐藤の姿に、カミューラはようやく悟った。

 

 

「…………どうかしてる」

 

 

 こいつ、死ぬ気だ。

 

 

 あらかじめ死ぬ準備をして来た上で、このデュエルに挑んでいる。

 

 

 そして件の恩人とやらは「死兵とする為」に「恩を売った」。

 

 

 これがクロノスたちや、コブラでは死を選べない。家族や仲間などの残した存在が後ろ髪を引く。

 

 

 恩人に「死ね」と言われて「是」と返せる佐藤に、カミューラは思わず一歩後ずさる。

 

 

 しかし、そんなカミューラへ佐藤は同胞のように語りかけた。

 

 

「おや、命がけで一族を復興しようとされている貴方になら共感して貰えると思ったのですが」

 

「……馬鹿じゃないの。私が死んだら誰が一族を復興するのよ」

 

「それもそうでしたね。こんな当然に思い至らないとは――意外と動揺していたようだ」

 

 やがて、己を落ち着かせるように眼鏡の位置を直しながら死ぬ前の自分語りを終えた佐藤へ、カミューラは啖呵(たんか)を切ってみせる。

 

「ふん、安心することね。どのみち此処まで場を荒らせれば、アンタに勝ち目なんてないのよ!!」

 

――こっちの攻撃力が下がるのなら逆に《ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア》の効果が狙いやすくなるわ!!

 

 なにせ、『幻魔の扉』により佐藤の魔法・罠カードは消えた。

 

 《真竜機兵ダースメタトロン》と《The (ザ・)tripping (トリッピング・)MERCURY(マーキュリー)》がいようとも、所詮は置物。此方の行動は妨害してこない。

 

 そして何より「佐藤のライフはたった400ポイント」だ。吹けば飛ぶ。

 

「ですが破壊される前に発動しておいた罠カード《レインボーライフ》により、このターン私が受けるダメージは全て回復に変換されます」

 

「なら次のターンに仕留めれば良いだけの話! 魔法カード《貪欲な壺》! 墓地の5枚のモンスターをデッキに戻し、2枚ドロー!」

 

 しかし、佐藤の前に半透明の虹色の壁が浮かぶ光景に、方針をかえたカミューラは墓地に眠る同胞たちを収納した欲深き顔の浮かぶ壺を破壊し、デッキへ転生させた後――

 

「魔法カード《死者蘇生》!! 蘇りなさい! 《ヴァンパイア・ロード》!!」

 

 カミューラの決意に応えるように影から《ヴァンパイア・ロード》が飛び出し、マントを翻して膝をつく。

 

《ヴァンパイア・ロード》守備表示

星5 闇属性 アンデット族

攻2000 守1500

 

「そして《ヴァンパイア・ロード》を除外し、再び降臨せよ! 《ヴァンパイアジェネシス》!!」

 

 やがて、今までの焼き増しのように《ヴァンパイア・ロード》の身体は肥大化し、弾けた先から《ヴァンパイアジェネシス》が怒りの雄たけびを上げてカミューラを守るように立ち塞がり、その拳を大地にめり込ませれば――

 

《ヴァンパイアジェネシス》守備表示

星8 闇属性 アンデット族

攻3000 守2100

 

「手札の『帝王』カードを捨てて墓地の《冥帝エレボス》を回収し、そのまま捨て《ヴァンパイアジェネシス》の効果!! 復活の時よ、《ヴァンパイア・グリムゾン》!!」

 

 大地に染み込んだ《ヴァンパイアジェネシス》の血を以て、《ヴァンパイア・グリムゾン》が傷ついた身体を再生させ、干からびたミイラのようだった身体に活力を漲らせて行った。

 

《ヴァンパイア・グリムゾン》守備表示

星5 闇属性 アンデット族

攻2000 守1400

 

「私はこれでターンエンド!!」

 

 

佐藤LP:400 手札2

『スカブ・スカーナイト』攻0

The (ザ・)tripping (トリッピング・)MERCURY(マーキュリー)》攻2000

《真竜機兵ダースメタトロン》攻3000

VS

カミューラLP:1600 手札3

《ヴァンパイアジェネシス》守2100

《ヴァンパイア・グリムゾン》守1400

《神獣王バルバロス》守1200

 

 

 やがて、守備を固めて次の己のラストアタックに備えたカミューラは言外に「命を惜しめ」と恐怖を煽るように軽口を飛ばすが――

 

「これでアンタのモンスターだけじゃ突破は厳しいんじゃないかしら?」

 

「ご安心を。《The (ザ・)tripping (トリッピング・)MERCURY(マーキュリー)》は2回攻撃が可能です。私のターン、ドロー」

 

「でも私のライフは削り切れないわ。諦めなさい。アンタの前にも後にも活路なんてないの」

 

「墓地の魔法カード《妨げられた壊獣の眠り》を除外し、デッキから【壊獣】カードを手札に」

 

 堪えた様子のない佐藤はドローしたカードを余所に大地へ手をかざせば、周囲に異音めいた鳴き声が響き渡った。

 

「そして貴方の《ヴァンパイア・グリムゾン》をリリースし、貴方のフィールドに《粘糸壊獣クモグス》を特殊召喚」

 

 と同時に、大地より飛び出した刃のついた昆虫の八足が《ヴァンパイア・グリムゾン》を貫き、地中へ引きずり込まれていく。

 

 やがて僅かに捕食音が鳴った後、地中から巨大な蜘蛛がカミューラの元に現れるが、そのフィールドに覆われた《The (ザ・)tripping (トリッピング・)MERCURY(マーキュリー)》のオーラにより力が抜け、大地に倒れ伏す《粘糸壊獣クモグス》

 

《粘糸壊獣クモグス》攻撃表示

星7 地属性 昆虫族

攻2400 守2500

攻 0

 

 

 そう、カミューラの元に攻撃力0のモンスターが現れた。

 

 

 それはカミューラのライフを削り切る的が出来たに等しい。

 

 

 その事実を前に、カミューラは思わず問いかける。

 

 

「…………最後にもう1度だけ聞いてあげる」

 

 

 答えは分かっているとしても、問いかけてしまう。

 

 

「――考え直す気はないの?」

 

 

 これが正真正銘、最後のチャンスだと。

 

 

「貴方だって『幻魔に食われた魂を必ず取り戻せる』なんて確証はないんでしょう?」

 

 

 佐藤の唯一の希望になりえる万丈目が語った「幻魔に捧げた魂の回収法」の不確定さを指摘してみせるカミューラ。

 

 

ただ、カミューラには確信があった。

 

 

「貴方は一族の復興を諦められるのですか?」

 

 

「…………馬鹿な人ね」

 

 

「ええ、厄介な人に恩を着せられてしまったものだ」

 

 

 眼前の人間は希望がなくても死を選べるのだと。

 

 

 もうカミューラに投げかけられる言葉はない。

 

 

 だが、声が響いた。

 

 

「佐藤先生!!」

 

「なんでしょう、遊城くん」

 

「サ、サレンダーしようぜ!!」

 

『十代、闇のゲームにサレンダーはないからワザと負けるように言わないと』

 

 それは懇願に近しい十代の提案。

 

「か、神崎さんとかならアイツのカードへの対抗手段持ってるかもしれないし! コブラ校長なら、あのカードを使われる前に勝てるかもしれないし!」

 

 そうして十代は必死に頭を回した様子で希望に満ちた可能性を並べて見せる。

 

 十代はカミューラ以上に詳しくオカルト方面の知識を持つ人間を知っていた。

 

 十代は佐藤より強そうなデュエリストを知っていた。だが――

 

「べ、別に此処で負けたってさ……きっと大丈夫だって!!」

 

「遊城くん」

 

「だ、だって此処で負けても、学園側はまだ6人も残ってるんだぜ? ほ、殆ど無傷じゃん!」

 

 今、十代が語っているのは「楽観」だった。

 

 問題を先送りにした場合に生じる危険については何一つ考慮されていない。「誰かがきっと何とかしてくれる」なんて浅はかな愚考。

 

 しかし、この場の誰も十代を責めることは出来ない。なにせ、それは「ただ佐藤に死んで欲しくない」――たった、それだけの話なのだから。

 

 ゆえに、佐藤はそんな生徒へ教師として言葉を贈る。

 

「キミの直感は蓄積された実体験に基づいたものだ。そこに知識の蓄積が加わればカイザーの共感性(リスペクト)にも負けない武器になりえる――だからテストの点の取り方ばかり覚えては駄目ですよ」

 

「な、なんだよ、それ……」

 

 だが、十代が聞きたかった言葉は「そんなもの」ではなかった。

 

「万丈目くん、キミは意外と繊細だからあまり人と比べるのは止めなさい。人は自分以外の何者にもなれないのだから。自分を捨てた者の末路は悲惨なんてものじゃないですよ」

 

「はい……!」

 

 そして、万丈目は最後の教えを噛み締める他ない。

 

「天上院さん、貴方にはいつも苦労をかけましたね。クラスメイトは話題にこと欠かない人ばかり――ですが我の強さと実力を混同しないように」

 

「佐藤先生……」

 

 明日香も涙をこらえる以外、何も出来なかった。

 

「自信をもってください。貴方たちは良いデュエリストになる」

 

 そうして、十代たちを初めて明瞭に褒めて見せた佐藤。

 

 まるで、それは――

 

「――やめてくれよ!! そんなこと聞きたくねぇ!!」

 

 遺言のような言葉を前に、十代は叫ぶ。

 

「頼むよ、先生!! 負けてくれ!!」

 

 ワガママな子供のように叫ぶ。

 

「テストの勉強以外も、もっと頑張るし! 校則もちゃんと守るし! 学園の規範ってのもなんとかするからさぁ!!

 

『十代……』

 

 しかし、それでも――

 

「バトル。《粘糸壊獣クモグス》を《The (ザ・)tripping (トリッピング・)MERCURY(マーキュリー)》で――」

 

 《The (ザ・)tripping (トリッピング・)MERCURY(マーキュリー)》は機械的にナックルガードのついた棒を交差するように構えれば、その棒の先より白いエネルギー状の刃が形成されていく。

 

 

「佐藤先生ッ!!」

 

 

「攻撃」

 

 

 そして振り切られた交差の一撃によって十字に両断された《粘糸壊獣クモグス》を突き抜け、十字の衝撃がカミューラに迫り――

 

 

カミューラLP:1600 → 0

 

 

 

 やがて一つの命が幻魔に食われた。

 

 

 

















神崎「(戦力大勢用意させたし)……ま、なんとかなるか(なお)」




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