ラナークエスト (Alice-Q)
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プロトタイプ ひと狩り行ってきますわ

 リ・エスティーゼ王国の王都『リ・エスティーゼ』にあるヴァランシア宮殿に暮らす第三王女にして『黄金』の二つ名を持つ『ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ』は暇を持て余していた。
 『ぱわーれべりんぐ』とやらでレベル75となっている彼女は退屈な城の生活から抜け出すことを決意する。
 ただ、王女なのであまり遠出は出来ない。
 一人で外出する事は許されないので何人かお供を連れて行く事にした。
 昔から側仕えをしている少年兵『クライム』と友人『ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ』と共にチームを結成。
 アダマンタイト級冒険者『漆黒』に対抗し『黄金』で登録。
 ラキュースには一時的に『蒼の薔薇』を離脱してもらった。所詮は王女の気まぐれということで。

 受付嬢は顔を引きつらせていたようだけど。
「あくまで冒険者の仕事を体験したいだけですわ」
 屈託の無い金髪碧眼で十代後半の王女は言った。
「我々が見張っているので……」
 王女の側で補足を入れるのはアダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』のリーダーだった。
 貴族でもあるラキュースは普段から金髪を縦ロールにしているが装備品は一級品。
 まず彼女が身にまとう白銀の鎧は『無垢なる白雪(ヴァージン・スノー)』と呼ばれ、処女しか装備できないと言われている。もう一つは室内なので起動はさせていないが六本のブロードソードのような剣『浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)』と呼ばれるものがある。
 起動させると宙に浮いた武器が拝める。
 まだ二十歳前の歳であるラキュースの名を有名にする武器『魔剣キリネイラム』は鞘に納められているがバスタードソード並みの大きさがあり、夜色の刀身には星々の煌きが映っていて、まさに夜空を表しているに相応しいものだ。
 少年兵のクライムは短く刈り込まれた金髪で凛々しい面構えでミスリル合金製の白銀の全身鎧(フルプレート)を装備している。基本はブロードソードだが臨機応変の戦い方も出来る。
「わ、分かりました……。では……説明は省きましょう。依頼書をご確認下さい」
 と言った瞬間にラナーは事前に選んでいた依頼書をバンと受け付けカウンターに叩き付けてみた。
 冒険者らしい荒々しさで。
 一度やってみたかったと言っていたので夢が一つ叶った。
 現在、ラナーが装備しているのは簡素な軽装鎧。ただし、ミスリル製。
 重い全身鎧(フルプレート)は無理なので身体を最低限守れるだけのものを選んだ。
「も、モンスター退治ですね。……了解しました」
 数匹のモンスター退治は最低ランクの銅プレート冒険者にとっては入門編となる依頼だ。
 報酬は少ないが冒険者の為に依頼を出すのは地元の貴族の厚意だ。
 育たなければ警護の依頼を引き受けてくれる者が居なくなってしまうので。
「ラナー様。飛び道具には気をつけてください」
「はい」
 王女といえど戦場に立つことは珍しくない。
 さっそく現場に移動する。
 王都から東に向かった先にはアゼルリシア山脈があり、そのの麓にあるトブの大森林に程近い平原。
 見晴らしもよく、モンスターが現れてもおかしくない位置だ。
 近隣の村を襲撃するようだが、実際には()()()()()の村で集落の中にはモンスター用の餌が用意されている。
 冒険者の訓練所のようなものだ。これらは地元の領主たちが用意している。
 手に負えなくなるほどの大群が相手だと軍を差し向けて鎮圧する、事になっている。
特殊技術(スキル)は意識しなくていいから、剣を落とさないようにね」
「はい。私、とても楽しみですわ」
「ケガしても治癒するから。無闇に集団に行かないように」
 武器の握りなどを指導しながら初戦闘を開始する。
 モンスターは全てラナー一人で倒す計画だ。
 今は小鬼(ゴブリン)程度で充分だと判断し、人食い大鬼(オーガ)などはラキュース達が相手をする事にしていた。
 いくらレベルが高くても戦闘経験が無いので。

 早速、ラナーは小鬼(ゴブリン)の元に向かう。
 討伐する予定の小鬼(ゴブリン)というモンスターは身長は人間の子供と大差がないが肌は茶色く雑巾のようなボロ布をまとっていて木の棍棒や短刀を持っていた。
 潰れたような鼻に下あごから牙の生えた知性の足り無そうな醜悪な面構えの亜人種だ。
 そんなモンスターに恐れを抱かず、ラナーは進む。その歩き方は冒険者らしくなく、王女の風格がある優雅なものだった。
 普段は延ばしっ放しの金色の髪は邪魔にならないように一つにまとめられている。
「では、お相手をよろしくお願いします」
 小鬼(ゴブリン)に挨拶するラナー。
 確かに挨拶は大事だ。ラキュースは苦笑し、クライムは両手の拳に力を込めていた。
 何かあればすぐにかけつけられるように。
 剣を持つラナー。対する小鬼(ゴブリン)は相手がひ弱な女に見えたのか、笑い始めた。
 彼我(ひが)の実力差が分からないのは果たして()()()だろうか。
 ラナーは少なくとも赤帽子の小鬼(レッドキャップ)より強い。
 小鬼(ゴブリン)の上位種で素早く動き、相手を殺すことを楽しみにしている強敵だ。名前の通り赤い帽子をかぶっている。知性も高く、アダマンタイト級でも苦戦する。
「では、行きますよ」
 スタスタと迷いなく歩く王女。
 素早さはそれ程高くはないがしっかりとした歩調に小鬼(ゴブリン)は少し怯む。
 異様に早い歩調に見えたからだ。
 気が付けば既に目の前。
「えい」
 と、可愛い声で言うが風を切るような音と共に奮われるショートソード。
 迷いの無い一撃はモンスターにとっては意外と脅威である。
 にこやかな王女の一撃に防御の仕方を忘れたのか、いとも簡単に切られる小鬼(ゴブリン)
「ギャッ!」
 汚い鮮血が舞う。
「あら、一撃では仕留められませんでしたか」
 と、意外に思いつつもラナーは次の一撃を見舞う。
 王女としての風格を持ちながら舞踊を嗜んでいる彼女の動きは戦闘には見えない気品があった。
 死刑執行人(エグゼキューショナー)踊り子(ダンサー)による殺戮の舞踏。
 道化師・悪(ハーレクイン)に相応しき様相。
 もちろん、相手を精神的に追い詰めることも戦術の一つ。それは悪い事ではない。
 軽快な動作で小鬼(ゴブリン)は滅多切り。ただし、元々力は強い方ではないので深くは切り込めない。
 物理攻撃が高くとも戦闘経験はまだまだ銅プレート以下だ。
 現に二匹の小鬼(ゴブリン)を倒しただけで息が上がっている。準備運動をせずに戦闘を(おこな)ったせいかもしれない。
 身体は正直だ。

 部位の回収まで済ませて初期の依頼は終了した。
「お疲れ様です」
「意外と重労働ですのね、冒険者とは」
「慣れてくれば楽そうに見えますが、モンスターは強いものほど身体が頑強になり、筋力を必要とします。今は人食い大鬼(オーガ)と戦うまでではありませんね」
 棍棒で滅多打ちにあう気がした。
 一撃では死なないかもしれないけれど、ケガを負うことは確実だ。
 人食い大鬼(オーガ)はよく小鬼(ゴブリン)と共に行動する。知性は低いが力は強いので利用されている。
 大人の人間よりも大きく、猫背気味で大きな棍棒を振り回す。筋肉がかなり発達している亜人種なので冒険者になり立ての者には強敵となる。
 動きは遅い。だが、分厚い筋肉と小鬼(ゴブリン)達の連携で苦戦は必至。最初は無難に退散するのが安全だ。
 冒険者として無傷で戦闘を終えるのは熟練者くらいだ。
「もう少し頑張ります」
小鬼(ゴブリン)は弱いモンスターだけど、身体が小さく機敏に動く。こんなに運動する機会は無いから筋肉痛は覚悟した方がいいわね」
「そうですね。日頃から運動するのは大事ですね。紅茶のカップが持てるかしら?」
「訓練所で特訓しますか? 軽い訓練を積み重ねていけば身体も安定してくると思います」
「王女が訓練するのはなかなか見ごたえがありそうね。本当に屈強な戦士になるつもりがないなら、無理をしない程度にね。外交で急に筋骨隆々の王女が現れたら、いろんな意味で有名になると思うから」
「それは面白そうですわね」
 各国首脳の慌てふためく姿は容易に想像できる。だが、クライムを心配させるのは本意ではない。
 妥協点を見つけなければ自分にとっても良くない気がした。
 少なくとも自分(ラナー)は美しい王女でなければならない。
 商品価値の無い王女は居るだけで邪魔なのだから。

 仕事を終えて冒険者組合で報告を終える。それで仕事は完了だ。
「お疲れ様でした」
「ありがとうございました」
 初任務。初給金。それは決して軽いものではなかった。
「……このまま続けられるのですか?」
 小声で尋ねる受付嬢。
「そうですわね。なにせ、暇ですから」
 にこやかに答える王女ラナー。
「暇つぶしに冒険者をするのでは、他の皆様にとってはご迷惑でしょう。多少の危険を冒す事もやぶさかではありません。何はともあれ、体験して学ぶことは大事でしょうから」
「そ、そうですか」
人食い大鬼(オーガ)赤帽子の小鬼(レッドキャップ)まで討伐できるように頑張ってみますわ」
「……命を落さないように。冒険者組合は無闇に危険な仕事は依頼しません」
「命は大事ですものね」
 両手に力を込めるラナーの笑顔は未知の冒険に対する憧れを持った子供のようだった。
 久しく輝く笑顔を見た事が無かった受付嬢は女の身でありながら心がときめくような気持ちになった。

 組合を出たラナーは軽く息を吐く。
 大して演技は必要ないけれど、次回も仕事を請け負えるようで安心した。
 戦争が終わって暇な時間が続いたので、すっかり身体が(なま)ってしまった。
 今の自分は妖巨人(トロール)が相手でも負けない自信があるけれど。戦闘経験が圧倒的に不足している。
 妖巨人(トロール)は鼻と耳が長く、身長は三メートルほど。顔が醜い亜人種だ。
 筋肉は人食い大鬼(オーガ)よりも発達し、知性も高い。そして、身体の再生力の高さが有名なモンスターだ。棲んでいる場所により様々な亜種が存在していると言われている。
「自分の身は自分で守れ、と先人達も言っておられますものね。クライム」
「はっ」
「しばらく私のわがままに付き合ってもらいますよ。ラキュースは無理しなくていいので」
「いやいや、君にはまだ冒険者としての心構えとか教えなければ大怪我するから、ちゃんと付き合うわよ」
「……クライムと二人っきりがいいですわ」
「それはいつでもできるでしょう。治癒担当が居ないと城で大騒ぎになるわよ」
「クライムが信仰系の魔法をちょっとでも覚えてくれれば問題ないのに……」
「……すみません。俺は魔法はさっぱりで……」
 軽くクライムの頭に手を乗せるラナー。
 可愛い忠犬に無理はさせられないのも事実。
 戦士職が魔法職を後で取ると物理攻撃が減退すると聞いた覚えがあった。それでは決定打が弱体化してしまうので、強いクライムを見る事が出来なくなってしまう。
 ラキュースの代わりに手ごろな信仰系を見つける事も考慮しておこうと思った。
 別にチームを組む必要は無い。
 冒険を終えた後でこっそり治癒できればいいのだから。
「ところでラキュースが苦戦するほどのモンスターはどの程度のものでしょうか?」
「んっ? 私が苦戦する程というのは……、赤帽子の小鬼(レッドキャップ)クラスかもしれない……。難度だと150から200辺りは大変だと思うわ。(ドラゴン)とか。後は数の暴力ね。特定の条件が無ければ倒せないような吸血鬼(ヴァンパイア)とか巨大なアンデッドも数が多ければ苦戦……、というか敗走するわ」
「意外と敵は居るものなのですね」
「そうね。絶対に勝てる、と言っていると油断しそうね。後は疲労も大敵よ。永遠に戦い続けられるわけではないから」
「そうでした。今は楽かもしれませんが、大群相手となると危険ですわね」
「仲間は大事。時には敗走もありえるわ」
「……が、頑張ります」
「大怪我しない程度にね。一般の冒険者は皆、日々の生活の為に仕事をしている。無茶なことをするのはあまり居ないわ」
 冒険者達も命が大切である事は分かっている。だから、アダマンタイト級まで上り詰めるような命知らずになれる者が少ないとも言える。
 せいぜい白金級止まり。ミスリル級以降は無茶な依頼を受けさせられるかもしれない、などと思われている。
 意外と堅実なのが実情だ。

 堅実に安全に。
 ラナーはモンスターを倒し続ける。
 元々のレベルが高いので経験値は微々たるものだが、学ぶことは多かった。
 そして、ついに強敵とあいまみえる。
 レベルはラナーが上だが、王国周辺では伝説のモンスターと化している死の騎士(デス・ナイト)だ。
 自然界ではまず発見例が殆んどないアンデッドモンスターで難度で現せば105となる。攻撃力よりは低く、盾役として優秀な能力を持っている。
 敵性モンスターを引きつける能力を持ち、二メートルを超える大きさで大きなタワーシールドと波打つ形状のフランベルジュという剣を装備している。
 黒いオーラを発散させていて赤黒い模様のおぞましい全身鎧(フルプレート)は棘が所々から突き出していた。
 大きな角付きの兜をかぶる中身は肉が腐り落ちた死者が漆黒でボロボロのマントをたなびかせていた。
 城砦都市エ・ランテルの巨大墓地にて遭遇。
「銀級の昇進試験の相手としては相応しいのかしら?」
「まさか。これほどのモンスターはアダマンタイト級でも苦戦するほどですよ。そもそも出現報告がほとんど無い相手……。撤退も考慮してください」
「いえいえ、相手にとって不足はございませんわ」
 今日はアンデッド討伐の為に()()()()な武器を持ってきた。

 ミスリル製のハルバード。

 罪人の首を撥ねる死刑執行人(エグゼキューショナー)職業(クラス)を持っているから装備できたようだ。
 それを軽快に振り回す王女ラナー。
「では、ひと狩り行ってきますわ」
「……防りは任せてください」
 王女の気軽な言葉に苦笑するクライム。
「ふふふ。モンスター退治も悪くは無いですわね」
 昇進試験までラナーは本当に頑張った。それは嘘ではない。だから、クライムは彼女の為に盾として立派に務めようと思った。
 伝説のモンスターで帝国兵を単騎で撃破したという噂は聞き及んでいる。だが、自分達はそこらの雑兵とは違う。
 相手の動きはしっかりと見えている。そして、ラナーも。
「オオアアァァァ!」
 軽快な動きで波打つ刀身のフランベルジュによる斬撃をかわす。
 巨大なタワーシールドによる突進も受け流した。
 死の騎士(デス・ナイト)は動きの鈍いアンデッドモンスターではない。ラナー達が上回っていただけだ。
 決して無理に押し返さない。
 戦闘に慣れてきたラナーに今の死の騎士(デス・ナイト)は強敵になりえないモンスターのようにクライムには見えていた。だが、油断は禁物である。
「は、早いですわね、やはり……」
 持久力の点ではアンデッドモンスターの方が上だ。
 時間が経過するたびに不利になっていく。
 レベル差があろうと有利不利は発生してしまう。特に人間種であるラナーは肉体的に強化されるわけではない。
 アンデッドは物理防御や刺突攻撃にかなり高い耐性を持っている。
 肉体的な部分では相手の方が優性。
 武器を取り落とさないように気をつけつつ相手から目を離さない。動きには今も着いて行けている。
 時折、クライムが鋼鉄の盾で死の騎士(デス・ナイト)の攻撃を捌く。もちろん、まともに受けていれば簡単に壊されてしまうので角度を付ける等の工夫はしている。
「意外と身軽なんですね」
 重戦士というわけではないけれど戦士職にしては軽快な動きのクライムに驚いた。
 相手の攻撃に負けていないところも男性だから、とつい思ってしまう。
 強い男の子は大好きなラナーにとっては微笑ましい事この上ない。
 防りに徹してばかりでは勝てはしないので攻撃に転じることも忘れない。
 目下の問題は巨大なタワーシールド。これが意外と曲者だった。
 金属にハルバードを当てると手に、身体にと振動が伝わり、脳天にまで痺れを感じさせる。
 金属同士の打ち合いは危険だと判断する。だが、そうなると攻めきれなくなってしまう。
 一般の戦士ならば盾同士をぶつけ合い、回りこんで攻撃を仕掛ける。だが、死の騎士(デス・ナイト)は身体が大きいし素早く対応してくるので、そう簡単に回りこませてはくれない。
「クライム。防御は任せましたよ」
(かしこ)まりました」
 一人では難攻不落でも二人ならば可能となる事がある。それがチームというものだ。
 今日は二人っきりだが、仲間の大切さをラナーは知った。そして、学んだ。
 冒険者は意外と勉強することがある、と。

 ある程度の攻撃をクライムに任せて、ラナーは的確に攻撃を当てていく。
 死の騎士(デス・ナイト)は自己再生しないのでダメージを蓄積していけば勝てない相手ではない。
 事前に得た情報では一撃では絶対に勝てない。必ず耐え切るモンスターだと。
 生憎とラナーは一撃で死の騎士(デス・ナイト)を倒せないので、あまり役に立たない知識ではあったが頭の片隅には置いた。
 最後まで気を抜くな、ということだ。
バハルス帝国の騎士達を屠ったそうですが……。それほど脅威のモンスターなのでしょうか?」
「脅威ですよ。一般兵であればまず勝ち目はありません。この攻撃に耐えられる兵はアダマンタイト級ほどでなければ……」
「……つまり王国戦士長くらい強くならないとあっさり死ぬと……」
「そうですね。今の我々はもっと強いですから相手を軽く見られるんですよ。今のガゼフ様ならお一人でも死の騎士(デス・ナイト)を倒されると思います」
 ()()()()()ならばいざ知らず。
 ラナー王女が当時のガゼフより強いのも滑稽な話しではある。
 ガス。ゴッ。とラナーは確実に攻撃を当てていく。
 アンデッドモンスターは滅びるか身体がバラバラになるかで戦闘が終わる。
 召喚モンスターも大抵は消滅していく。
 エ・ランテルの墓地に出てくる骸骨(スケルトン)は基本的にバラバラになる。
 生者の対極に位置するアンデッドで雑魚モンスターの代名詞だが、武器などを装備すると厄介な相手となる。多種多様な骸骨(スケルトン)が存在するので熟練の冒険者は決して侮らない。
「……なかなかしぶといモンスターですわね」
「伝説のアンデッドですから」
 流れる動きで翻弄するラナー。そんな彼女を必至に守るクライム。
 戦闘の素人の王女とはいえ、死の騎士(デス・ナイト)相手に怯まず、よく戦っている。普通ならば不可能だ。というより、王女が死の騎士(デス・ナイト)と何故戦っているのか。
 普通に考えて異常だ。
 クライムは苦笑を浮かべる。それでも現実に起きていることなのだから仕方がない。
「オオアアァァァ!」
 死の騎士(デス・ナイト)が咆哮する。
「うるさい骸骨ですわね」
 ガツンと横っ腹に一撃を見舞う王女。
 ここまで相手の攻撃を捌き、ケガを負わないのは普通ではありえないことだ。もちろん、クライムが守っているとはいえ。
 長い得物であるフランベルジュを(たくみ)に受け流している。
 無理に受け止めないことも疲労を最小限に留めている証拠。
 それでも料理用のナイフとフォークしか持った事がないようなか細い手にも限界がある。
 いくらラナーとはいえ長期戦になれば握力が無くなる。そこを狙われればお仕舞いだ。
 つまりラナーの戦闘が終了する。
 終了した後はクライムが死の騎士(デス・ナイト)を打倒する。
「ラナー様。まだ大丈夫ですか?」
「もちろんです。打撃による振動を軽減する手袋のお陰で。素手の時より楽で助かってますよ」
「それは良かった」
 手甲の内部に緩衝材を詰め込んでいる。これで金属の打ち合いに関して衝撃を拡散し、長時間戦闘を可能としている。それはラナーの為に城の従者たちが開発したものだ。
 もちろん、一般に出回っている物より優れてはいるけれど、王女の手が(いわお)のような無骨な姿ではみっともない。
 色白で清楚な手を守ることも従者としての責務だ。
「あはは。攻撃が良く当たりますわ。……クライムが必至に守ってくれるお陰ですわね」
「無駄口を叩いている暇はありませんよ」
「ふふふ。ごめんなさい」
 本来は強敵相手に暢気に会話などできないのだが、二人は平然と話しながら動いている。それは割りと無駄に体力を消耗する行為で危険だ。だが、気持ち的な余裕が口から言葉を紡がせているのかもしれない。
 ハルバードを繰り出し、的確に当てるラナー。これが一般兵には出来そうで出来ないことだ。
 死の騎士(デス・ナイト)はそれだけ強敵である証拠なのだが、それをラナーは現在のところ上回っている。
 王女より弱い王国兵。
 そんな噂が隣国のバハルス帝国スレイン法国に知られれば良い笑いものだ。
 だが、単純に笑っていられない事態になる事は各国共に認識する筈だ。
 死の騎士(デス・ナイト)は両国にとっても伝説のアンデッドモンスター。それを討伐する場合は国家の存亡をかける事態だ。現にバハルス帝国は最強の魔法詠唱者(マジック・キャスター)と名高い『フールーダ・パラダイン』を過去に投入している。
 スレイン法国ならば非公式ながら漆黒聖典を投入する。
 大部隊を率いて互角。
 更に死の騎士(デス・ナイト)の特徴として殺した者を従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)に変える能力がある。
 安易に殺されずに倒さなければ被害が拡散してしまう。
 それほどのモンスターを現在、二人だけで相手をしているのだから滑稽だ。
「……クライム。私は帝国の軍隊を一人で倒せるほど強い、という事に気がつきました」
「おお。では、二人ならば帝国を支配できそうですね」
「もちろん、魔法無しでの話しですけど……。暢気に話していますが……、なかなか倒せませんね、この骸骨さんを」
「もうじき、反応があると思いますよ。随分と身体を削っていますので」
「クライムが的確に避けてくれるので気兼ねなく攻撃できるのは楽ですわね」
「ありがとうございます」
 大怪我をしないように武技を絡めつつラナーの攻撃の手助けする。かつ、死の騎士(デス・ナイト)の攻撃をラナーから逸らすことも忘れない。
 本来ならば更に援護魔法も欲しいところだが、戦士と王女しか今は居ない。

 随分と攻撃を当てたはずなのに相手はピンピンしている。それは単にアンデッドモンスターだからダメージを受けているように見えないだけだ。
 何しろ相手は死者だ。生者のように痛みなど感じていないのだから仕方がない。
「……そろそろ武技で止めを刺しますか」
「ラナー様? 武技が使えるんですか?」
「ん~、それっぽいことはできると思いますよ」
 死刑執行人(エグゼキューショナー)の武技。それはクライムの知識に無いものだ。
 実際のところはラナーにも分からないが、いくつか必殺技は見せてもらっているので、それを参考にするだけだ。
 そもそも武技はどうやって覚えるのか。
 戦闘訓練もまだ初心者のラナーに分かるはずがない。
 クライムは一通り武技は人から教わって身につけたものが多い。だから、ラナーも誰かに師事すれば色々と覚えるかもしれない。
 あるいは見よう見まねで習得することもありえる。
 時には自ら作り出すことも出来ると聞いた事があった。
 死の騎士(デス・ナイト)の攻撃を捌いたばかりのクライムの頭に手を置いた次の瞬間には跳躍し、軽々と『騎乗』するラナー。背中への騎乗というよりは肩車した状態だった。
 さすがに四つんばいになって移動するわけにはいかない。
「ふふふ。今からクライムは騎乗動物ですよ」
「えっ? あ、はい……」
 後頭部から頬を締め付けるラナーの太もも。これが普段の服装なら肌の感触があったかもしれない。だが今は軽装とはいえしっかりとした防具を身につけている。なので感じるのは冷たい金属だ。それでもクライムにとっては意外であり、頬が紅潮するほど恥ずかしくなった。
 騎乗という王女(プリンセス)の本来のクラススキルを使い、更なる攻撃準備に入る。
「さあ、骸骨さん。お覚悟を。スキル発動っ!
 と、威勢良くラナーは叫ぶ。武技なのに『スキル発動』と勢いで言ってしまったことは後で顔が赤くなるほど恥ずかしくなってしまったけれど。
 そして、発動されるのは騎乗戦闘駆け抜け攻撃が加わった攻撃スキル、だと思う技。

 〈猛突撃〉

 走るのはクライムである。
 ちなみに正確には武技ではなく『特技』と呼ばれ、どの職業(クラス)でも身につけられる一般的なものだ。ただし、発展型には様々な条件があるけれど。
 一足飛びに敵に駆け出し、軽く振り回されるハルバードを死の騎士(デス・ナイト)に目掛けて奮われる。
「オオアアァァァ!」
 叫ぶ死の騎士(デス・ナイト)に怯まず、普通の馬より身軽なクライム。
「……〈回避〉〈不落要塞〉……〈流水加速〉
 ラナーは落ちないように脚をしっかりと絡める。それは決して首を絞めないように配慮されたものだ。それと空いた手を適度にクライムの頭に乗せて体勢を維持することも忘れない。
 クライムもラナーに攻撃が及ばないように、また、落さないように気をつけて移動する。
「その首、貰いました!」
 最後の抵抗とばかり奮われるフランベルジュの攻撃をクライムと共に捌き切り、死の騎士(デス・ナイト)に一撃を見舞った。普通ならば、それで終わる。だが、死の騎士(デス・ナイト)は最後の1ポイントを残して耐え切る特徴がある。だから、最後にラナーはハルバードを投げつけた。つい勢いで。
 槍は投擲武器にも出来る。尚且つ、刺突攻撃に耐性を持っていようとラナーの方がレベルは上。更に騎乗スキルで槍装備の場合は攻撃力が三倍になる。問題は近接攻撃をやめて投擲した場合は折角の攻撃力の恩恵が無くなってしまうのではないか、ということだ。細かい部分を確認する事は戦闘中では出来ないけれど。投げてしまったものは今さら覆せないし、ラナーも詳しい事は知らない。
 勢いに乗った投擲攻撃は僅かなダメージかもしれないが当たりさえすればいい。0だとしても殴りつければいいだけだ。少なくともラナーは次の手を考えていた。飛び蹴りとか。
 随分前に考えた『黄金隕石粉砕蹴り(ゴールデン・メテオ・クラッシャー)』という技名があった。
 この技名を紙に(しる)して兵士達に見せたところ、()()()()()()()()()()()()()()()()()。それをクライムに尋ねた事があるのだが、理由を教えてくれない。ラキュースも技名は変えた方がいいと言っていた。ただ、理由を教えてくれるまで変えないとは言っておいた。
 武器を放ってすぐにモンスターが最後の抵抗としてタワーシールドで防ぎきる可能性があった事に気付いた。結構、無謀な攻撃だったことを後で反省する。しかし、既に身体がボロボロの死の騎士(デス・ナイト)に最後の攻撃に抵抗する意思は無かったようだ。
 ハルバードを顔面に受けた後、黒い(もや)と共に滅び()く伝説のアンデッドモンスター。
「お見事です、ラナー様」
 地面に器用に着地するラナーは重労働を終えた、という(てい)で思いっきり息を吐き出した。
 一体だけなのに随分と疲れてしまった。
「冒険者の皆さんはいつもご苦労しているのですね」
「さすがに伝説のモンスターとは頻繁に戦いませんよ。ですが、お疲れ様でした」
 良き盾役が居たからこそ勝てた。ラナーはそれを身を持って知った。
 冒険者としてはまだ未熟者だが、色々と経験できて有意義だった。
 これならば王女という地位をいつでも捨てられるような気がした。
 安心するのもつかの間、冒険者の仕事はまだ残っていた。
「規定の時間までもう一頑張りですね」
「そうですね。一日は長いですから」
 少しだけ休憩し、武器を握り締めるラナー。
 彼女の仕事は後数時間は残っている。

『終幕』



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ラナークエスト 01 仲間を集めますわ

 時は世界征服を企む悪の魔導王が活躍する時代。
 世界の危機に真っ向から反逆するかのように冒険者達は平和を謳歌していた。
 無理して強大な敵を倒すのは割りに合わない。それが彼らの言い分だった。
 国同士の戦争も魔法一発で収束するくらい滑稽なのだから仕方がない。
 そんな人々が諦めた世界に一組の勇気ある冒険者達が立ち上がろうとしていた。

 リ・エスティーゼ王国の王都リ・エスティーゼにある冒険者組合の待合室にて顔合わせを(おこな)う。
 全部戦士職では何かと不都合だ。
 それぞれの職業(クラス)を知る事はパーティを組むのに必要となる。
「初めまして。私はラナー。王女(プリンセス)のレベルは2です」
 本来は『難度』で強さを測るものだが、モンスター相手だと大雑把になり、正確な値が出て来ない。なのでレベルという形で表現している。
 強さは変動するので数値に根拠が無い場合がある。
「はっ? 王女のクラスは武器とか使えるの?」
「たぶん」
 金髪碧眼の王女はにこやかに答えた。
 大勢の冒険者が(ひしめ)く空間に一際輝く異質なオーラを発散させていた。装備品は普段のドレスではなく白銀の軽装鎧。顔合わせや噂話しの収集のために武器は携帯していない。
「私は漆黒聖典の元第九席次『疾風走破』のクレマンティーヌ。クラスは軽戦士(フェンサー)辺りを10レベルってところかな」
 ふっくらした短めに切りそろえられた金髪で横に大きく裂けたような邪悪な笑み。
 軽装の装備品だが引き締まった肉体を持ち、背後には短刀と思われる武器を複数納めていた。
 全てのクラスを教えないのも隠し玉を持つ者の特権であり、それは別段悪い事ではない。
「私はナーベラル・ガンマ二重の影(ドッペルゲンガー)でレベル63。基本は魔力系魔法詠唱者(マジック・キャスター)
 前面部は白銀だが多くは黒を基調とする防具はメイド服を想像させるものだった。
 膨れたスカートも鋼鉄以上の硬度を持つと言われている。
 黒髪をポニーテールにまとめた東洋風の顔立ちの女性だ。
「『重爆レイナース・ロックブルズ呪われた騎士(カースドナイト)でレベルは……、20くらい」
 引き締まった肉体を覆う黒を基調とする全身鎧(フルプレート)
 顔の右半分を金髪で隠しているが、それは魔物との戦いで受けた呪いによる後遺症で膿んでいるためだ。そんな彼女はバハルス帝国の最強の四騎士の紅一点でもある。
(わらわ)シャルティア・ブラッドフォールン。レベルは100でありんすえ」
 黒いボールガウンに室内だというのに日傘をさしている色白の不健康そうな肌に白銀の髪の毛。赤い瞳の吸血鬼(ヴァンパイア)
 背丈は子供並みだが様々な能力を保有している女性だ。
「帰れ」
「カンストに用は無い。失せろ」
「あっ!? せっかく仲間になってやろうとしたのに!」
「私は影の国の女王(スカアハ)。レベル90だけど永遠の17歳よ」
 褐色肌で黒髪。豊満な胸に鍛え上げた筋肉を覆う黒い軽装鎧。
 彼女の最大の特徴であるニメートルを超える赤き槍『魔槍ゲイ・ボルグ』がそばにあった。この槍で受けたダメージはしばらく治り難いものとなる。
「消えろ、クソババァ」
 異常にステータスが高い者への罵倒は日常茶飯事である。
 それは羨望か、嫉妬か。
 とにかく、女性陣は怒りの炎を吹き上げるので話しかける時は注意が必要だ。
 冒険者は多くて十人まで登録できる。ただし、多ければいいというものではない。
 平均は四人。
 ソロで活動する者も居るけれど戦士二人に信仰系、魔力系を一人ずつ配置するのが理想的だ。
 ラナーこと王国の第三王女『ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ』はモンスター退治に興味を持ち、冒険者組合にたびたび顔を出していた。
 王宮に居ても行事以外は基本的に暇だったからだ。
 武具とアイテムは豊富なので足りないのは仲間くらいだ。
 パーティを組む上で大事なのは同性であること。これは仲間内で恋愛に発展したり、仲違いを防ぐ意味合いがある。
 禁止事項には無いが、パーティ間の争いはご法度である。
 命のやり取りをするので金で買収することは意外と出来ない。
「では、レイナースさん。ナーベラルさん。クルシュさん。アルシェさんの五人でパーティを組みたいと思います」
「攻撃力が意外と少ないパーティになってしまったな」
 ナーベラルは異形種。クルシュは亜人種。
 アルシェ・イーブ・リイル・フルトは魔力系魔法詠唱者(マジック・キャスター)
 バハルス帝国出身の人間種の女性で金髪碧眼の年若い女性だが苦労人でもある。二人の妹を養う為に冒険者となった。
 クルシュ・ルールー蜥蜴人(リザードマン)だが、白子(アルビノ)として生まれたので全身が真っ白で瞳が赤い。信仰系魔法詠唱者(マジック・キャスター)でもある。

 act 1 

 五人パーティとなったが予備として数人を控えさせようかと思ったが保留にする。
 今から色々と決めても戦闘までが長くかかりそうだったからだ。
 レベルに関係なく、最初は底辺の銅プレートから始める。
「チーム名は『黄金』ですか?」
「『排泄物』」
「却下」
 間、髪を入れずナーベラルが言ったのをレイナースが見事に拒否した。
「女のチームで排泄物とは何なんだ、貴様」
「黙れ、下等生物(ミツバチ)
「五人にちなんだ名前というのは難しいですね」
「『膣』」
「女性だけど~! お前、真面目に考えているのか!」
 レイナースはまたも激怒する。
 素っ気ないナーベラルはどこか不機嫌だった。
 それぞれ異なる職業(クラス)を持ち、武装も違うし種族も違う。なので考え方はもちろん、反応も色々と違う事にラナーは微笑みながら観察していた。
 アルシェは軽装だが貧乏なだけ。
 クルシュはほぼ全裸。隠す部分は隠している程度。
「『黄金の膣』でいいだろう」
「……ほう。お前、後悔するなよ」
「面白そうですが……、何かを失う気がしますわ」
 (とみ)というか名声などを。
 ラナーはとても心配になってきた。
 実力に関しては申し分ないのかもしれないけれど、まとめるのは難しそうだった。たぶん、モンスター退治よりも、と。
「『王女とゆかいな仲間たち』か『殺すことが何より大好き』チームか」
「ボクと契約して世界を……」
「『金色(こんじき)聖典』」
 パーティの次にチーム名を考えるのも大変だとラナーは知った。
 話しの都合上、全員のレベルを5に統一。5以下は特に変更なし。
「ええっ!?」
「……多少のハンデは仕方ないな」
「ああっ! 魔法が使えなくなってる!?」
 新規の魔法は改めて覚えなおすこと。
お前(モノローグ)GM(ゲームマスター)か? まあ、全員が仲良く低レベル帯なら色々と工夫が必要だろう」
「……63から5に落とされるとは……。身体が重くなったような気がする」
「異形種は鋼鉄から紙にランクダウンするようなものだな」
 倒すモンスターはいきなり死の騎士(デス・ナイト)では可哀想なので骸骨(スケルトン)などの弱いモンスターから。
黒い仔山羊(ダーク・ヤング)からスタートかと思ったぞ。アイテム類はどうする?」
「回復アイテムは無限ということで」
「戦闘が終わったら宿屋で回復。大抵はこれで解決するものだ」
「装備品は普通ですね。全員が布の服でなくて良かった」
 初期の資金は宿代くらいでモンスターを狩り、報酬などで資金を得ていく。
 ドロップ品は無いが、ダンジョンで手に入れる物は大抵がゴミ。すぐに売ってしまうのが良い。
 理由としては発見されているダンジョンには既に調査隊が派遣されていたり、野盗が住み着いていたりするものだから。
「ではまず、皆さんは元々のレベルまでを第一目標と致しますか」
「異議なし」
「私はレベル75までクラスもそれに準じたものにする予定ということで……」
「入れ替えはあるんですか?」
「四人パーティが平均なら二人ほど死んでいただく必要が……」
 ラナーとしては愛するクライムと二人で冒険がしたかった。だが、今の自分は非力で冒険者としての経験が無い。
 急な苦境に立たされた時、起死回生する自信が無い。

 act 2 

 一時間ほどの議論でチーム名は『マルガリータ』と『ナーベラルがんばる』にしようとしたが何故か、()()()()()によって阻まれた。
 国家権力は横暴だとラナーは他人事(ひとごと)のように呟いた。
「チーム名が決まるまでラナーはレベル5になっておいで。クライムと一緒に」
「では、そうさせていただきますわ。素敵なチーム名を期待しています」
「世にもおぞましい名前になっていたりしてな」
 ラナーはそそくさと退出する。
 知らない仲間よりクライムが全てに優先されるラナーはあっさりと帰宅する。
 レイナース達が頭を悩ませている間に装備品を新調するラナー。
 レベルは低いもののモンスターと戦えないわけではない。
「クライム。レベルを上げに行きますので付き合ってくださいな」
(かしこ)まりました。……それでいかほど上げるおつもりなのでしょうか?」
 ミスリル合金製の白銀の全身鎧(フルプレート)で佇む少年兵クライム。
 荒々しい顔つきに短く刈り込まれた金髪。毎日鍛えている筋肉は防具で見えないが、相当引き締まっている。
 実直な性格で小技はまだ苦手としていた。
「70と言いたいところですが、まずは5です。どれほどのモンスターを倒せばいいでしょうか?」
「今は2ですから、単独で倒す場合ならば小鬼(ゴブリン)だと60匹ほどでしょうか。レベル帯で言えば倍もありえますね。骸骨(スケルトン)は最低の経験値しかもらえないので……。結構な数は倒さなければなりません」
「あらら。低いレベルでも大変なのですね」
「はい。そう簡単に強くならない世界なので」
 従者であるクライムは冒険者ではないが金級の実力がある。
 見た目は貧相だが、意外と強い。
 レベルアップするには自分のレベルと同等か、それ以上の敵を倒さないと経験値は激減してしまう。
 最低値は1だ。
 ラナーならば骸骨(スケルトン)を一体倒すと半分の60ポイント程の経験点が貰える。だが、レベルアップしにくいので結構な数は倒さなければならない。
 経験値経験点は名称こそ違うが意味はほぼ同じ。モンスターが元々持っている経験値を経験点と呼んでいる。どちらを使っても個人の自由だ。
 経験点はレベル差が開くごとに減っていく。
 基本は討伐したモンスターの経験点の合計を平均レベルで割る。開きが五十レベル以降は平均レベルを10倍にした値で割る。
 レベルの差が開けば開くほど得られる経験値は少なくなる。
 逆に倍化はしない。経験点を倍にするようなアイテムを装備しない限りは。
 モンスターのエンカウント(発生)率が低い事も冒険者が育たない原因になっている。だが、経験値はモンスター以外からも獲られる。
 魔法を使ったり、その魔法を当てる。武器での攻撃も同じ。回避運動。武技を当てる事でも経験値になる。微々たるものだが。
 召喚物は倒しても経験値が獲られないのは通説となっていた。
 様々な条件で獲られたり、獲られなかったりする。
 職業(クラス)によって交渉ごとでも経験になる事がある。
 特殊技術(スキル)の使用も同様だ。
 鍛錬でも経験値は得られるが高レベルほど得られにくくなる。レベルアップするごとに必要経験値が消費されるので持ち越しは可能だ。迂闊にすぐレベルアップするより低レベルのままの方が稼ぎは多いので、そこは色々な工夫や戦略が必要になってくる。
 最終的には数千万ポイントを稼がなくてはならない。実際にそこまで至る事はないかもしれないけれど。
 ソロ活動以外で獲得した経験値はチームに割り振られる事になっているので更に少なくなる。
 多くもらえるのは倒した者だが、強敵であればあるほど経験値は多いものだ。
 雑魚モンスターばかりでは数年がかりとなるかもしれない。
「ラナー様が次のレベルになるには2200ポイントほど必要です」
 獲得した経験値は溜める事が出来る。
 特殊なスキルや魔法に経験値を消費する場合がある。場合によってはレベルダウンする事もありえる。
「そのポイントはどうやって調べるのですか?」
「冒険者組合に便利なアイテムがあったはずです。相手を見るだけでステータスが分かるという……」
「クライムは色々と勉強しているのですね」
「調べるのが好きなんです。歴史とか伝承とか」
「今回は女パーティで頑張りますが、いずれクライムと二人でモンスター退治に赴きたいですわ」
 退屈しのぎには丁度良い。
 それを(おこな)うには充分な装備と基礎ステータスが必要となる。
 無闇に危険な場所に飛び込むほど愚かではない。

 act 3 

 基礎的な部分をクライムから学び、装備品の確認を(おこな)う。
 王女とはいえ武器を装備できないわけではない。
 一般的にはショートソードとメイス。
 HPは5から10。
「……私の生命力も数値化されているのですか?」
「目安ですよ。ガゼフ様くらいになると100ポイントは超えているのではないでしょうか?」
 減ったままにはならず、休息やアイテムで回復する。
 特別なスキルというものはまだ分からないけれど、武器が扱えるのならば戦闘は可能だ。今はそれだけ分かればいい、と判断する。

 ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフのステータス。
 職業(クラス)
 『王女(プリンセス)』レベル2
 HP8
 MP0
 物理攻撃9 物理防御7 素早さ15
 魔法攻撃0 魔法防御13 総合耐性12 特殊15

 ステータスはほぼ全裸の状態が基準となっている。ここに装備や魔法による加護で数値は色々と変動する。
 レベルを上げたり、前提条件を満たせば新たなスキルを追加する事は可能だ。
 武技は(ひらめ)きのようなもので急に使えるようになったとクライムは言った。
 いつの間にか使える能力というのはラナーといえど首を傾げるものなのだが、説明出来ないことは色々とある。
 魔法を使うこともそうだ。
 勉強しただけでは使えない。それなのにある日、突然に魔法の矢が飛び出すのだから。

 一介の冒険者とはいえリ・エスティーゼの第三王女。安物を装備させて危ない場所に放り込む事は出来ない。
 防具は特別に作らせたミスリル製で統一。アダマンタイト製は王国には数えるほどしかない貴重品で尚且つ男性用ばかり。
 強力な武器も無く、また装備の関係からミスリル製を一揃い用意した。
「ミスリル鉱山を独り占めする貴族が居たような……」
 ラナーは首を傾げた。
 六大貴族の中に利益を独占する者が居た筈だ。だが、それを自分が指摘する立場に無いし、今は冒険者としての目的が最優先事項だった。
 折角、クライムが用意してくれたのだから野暮な詮索はしないでおこうと思った。
「ラナー様の筋力ならショートソードが手ごろだと思います。ブロードソードとかはまだ重いでしょう」
「防具も身につけなければなりませんし。わがままは言いません」
 王国の秘宝とか。
「レベル2でクレイモアを装備するのは無茶ですものね」
「軽い素材なら可能かもしれませんが、扱いが難しいと思います。身体が振り回されると思いますよ」
「盾も必要でしょうね」
「無いよりましですから。小鬼(ゴブリン)と言えど弓兵(アーチャー)が居る可能性があります」
「……痛いのは嫌ですわね」
 最初から重装備は出来ないので必要最低限で尚且つしっかりと身を守れる装備を選定していく。
 ミスリルとはいえ、材料不足なのか、とても薄く感じる。軽量化だと思えば納得出来そうだ。だが、命を守るには心許ない。打撃には強いと聞いたけれど。
 小鬼(ゴブリン)程度なら今の装備でも大丈夫なのかもしれない。
 それはおいおい考える事にしよう。一人で戦うわけではないのだから。

 act 4 

 一通り装備品が決まった後、王宮内にある一般兵の訓練施設で基本的な武器の扱いを学ぶ。
 戦士職を持たないラナーに出来る事は今のところ攻撃を回避することだ。
 後は的確に武器を振るう事が出来れば大丈夫のはず、とクライムは思っていた。
 低いレベルは何かと不安要素がいっぱいだ。
 軽装ではあるが武具を装備したラナーの見栄えは良かった。
「モンスター相手なので動きをしっかり見て対処してください」
「はい」
 訓練と実戦は違う。
 実際の戦闘を(おこな)う時になって初めて恐怖心を覚える事もある。

 カン。キン。

 と、小気味良い金属音が響く。
 武器に慣れてもらうので、軽く使ってもらい、それから少し体力づくりの鍛錬を始める。
 楽してモンスターは討伐できない。それが弱い小鬼(ゴブリン)であっても。
「伝説の武器を装備したからと言って(ドラゴン)は倒せません」
 特にレベル2で。
 理想と現実は違う。
 (ドラゴン)の鱗を断ち切る筋力が無ければ伝説の武器だろうと弾かれる。仮にスパスパ切れるとしても黙ってやられる(ドラゴン)は居ない。
「一日では何の効果も無いと思いますが……。適度に頑張りましょう」
 頑張って戦士のレベルをクライムは上げてきた。
 あまり技術を磨かなかった彼は実直なクラスを得ている。
 小技を絡めるクラスを得ていれば駆け引きも色々と出来たかもしれない。
「ラナー様はどんなクラスを身につけたいのですか?」
「面白いクラスでしょうか」
 王女に相応しいクラスを取る気は無いけれど、色々と身につけたら面白そうと思った。
 そもそも職業(クラス)はどれほどの数が存在するのか。
 自分の知りうる限りではかなりあるはずだと推測する。
「専門書があればいいのですが……。事細かに記された書物は……」
 あればあったで国家機密級のような気がした。
 魔法の知識も一般に出回っているのは少ないと聞いた覚えがある。
「暇だからといってお遊び気分で命を落としては一大事ですものね。ちゃんと頑張ります」
「その意気です」
 鍛錬しても新しい技は簡単には覚えられないし、ステータスも大して上昇しない。
 それでも身体を慣れさせる上では必要だ。

 激しい運動を(おこな)った身体は翌日、筋肉痛となって襲ってくる。
 適度に運動していけば苦しみも和らぐが、今は苦労の連続だ。
 剣の鍛錬の他に王女としての振る舞い、勉強も(おこな)う。
 本来はもう少しレベルが高かったが冒険者になる上で様々な特技が消えてしまった。なので改めて覚えなおしている。
 さすがに頭が急に悪くなる事は無かったようだ。
「知識は問題ないようですわ」
「戦闘以外でも経験値を積めるところはありがたいですね」
「数字が見えないのがもどかしいですわ。123ポイントほど増えたとか」
「専門のアイテムがあればすぐに分かる筈ですが……」
 舞踊を学び、歴史の勉強にテーブルマナー。これで経験値が入らないのは勿体ない。
 そもそもレベルを上げる必要があるのか、という問題がある。
 様々な恩恵は得られるが上がれば上がるほど必要経験値の量は増えていく。
 より強いモンスターというものは意外と少ないものだ。
 強くなれば弱いモンスターから獲得できる経験値は減少する。それが中々強くなれない原因の一つとなっている。
 生息しているモンスターの種類や強さは無限ではない。
 王国の周りにありとあらゆるモンスターが居るのであれば、それはそれで脅威だ。
 自然淘汰されていけば危険なものばかり残るのは必然。
「モンスターを倒す前に倒れそうですわ」
「最初は何でも大変ですよ」
「大怪我をしないように頑張ります」
 冒険者組合に行く途中で気がついた。
 獲得した経験値をどうやってレベルアップに使うのか、実は知らないということに。

 受付嬢に尋ねても首を傾げられた。
 自然と強くなるものだと言われた。
 既に集まっていたレイナース達にも聞いてみるが一様に首を傾げていた。
「自然と強くなる事がレベルアップなのではないか?」
「必要経験値と言うくらいですから、何らかの方法があるのでしょう」
 そもそもどうして王女(プリンセス)のレベルが2となっているのか。

 ナーベラル・ガンマのステータス。
 種族
 『二重の影(ドッペルゲンガー)』レベル1
 職業(クラス)
 『戦士(ファイター)』レベル1
 『戦闘魔術師(ウォー・ウィザード)』レベル2
 『装甲魔法使い(アーマード・メイジ)』レベル1
 HP19
 MP18
 物理攻撃21 物理防御25 素早さ20
 魔法攻撃23 魔法防御23 総合耐性22 特殊25

 クルシュ・ルールーのステータス。
 種族
 『蜥蜴人(リザードマン・)覚醒古種(アウェイクン・エルダーブラッド)』レベル1
 職業(クラス)
 『森祭司(ドルイド)』レベル1
 『精霊祈祷師(スピリット・シャーマン)』レベル2
 『召喚士(サモナー)』レベル1
 HP17
 MP15
 物理攻撃15 物理防御14 素早さ13
 魔法攻撃17 魔法防御14 総合耐性17 特殊19

 レイナース・ロックブルズのステータス。
 職業(クラス)
 『貴族戦士(ノーブルファイター)』レベル4
 『呪われた騎士(カースドナイト)』レベル1
 HP16
 MP12
 物理攻撃24 物理防御21 素早さ23
 魔法攻撃15 魔法防御23 総合耐性22 特殊18

 アルシェ・イーブ・リイル・フルトのステータス。
 職業(クラス)
 『魔術師(ウィザード)』レベル3
 『学問魔術師(アカデミック・ウィザード)』レベル1
 『上級魔術師(ハイ・ウィザード)』レベル1
 HP12
 MP16
 物理攻撃8 物理防御12 素早さ10
 魔法攻撃7 魔法防御18 総合耐性14 特殊16

 全員がそれぞれ基本的なステータスを把握し、数値の謎に首を傾げる頃、もう一つの問題を思い出す。
 チーム名だ。
 ラナーは特訓の為に全く考えていなかったが残りのメンバーが代わりに議論してくれたのか。そうでなければ改めて考えるしかない。
「チーム名か……。最終判断は王女がするといい」
 結局のところ決まらなかったらしい。
「というか、リーダーが私でいいのですか?」
カリスマを持つ……、今は無いか……。持っていた事にしようか。王女の風格は色々と役に立つ」
 レイナースの判断にナーベラル意外が頷いた。
 ナーベラルは社交的ではないようだが、参加しているところは仲間だと思うことにしたのか。その辺りは見た目ではうかがい知れない。
「『金の玉』はいかがでしょうか?」
 天真爛漫の笑顔でラナーは言った。
「……それはやめた方がいいな。……うん、それは王女として何かを失う気がする」
「そうですか? 金の……」
 レイナースはラナーの両肩に手を叩きつけるように置いた。
「絶対に却下っ!」
 血走った目でレイナースは拒否してきたのでやむなくラナーは諦める事にした。
 何が駄目なのか後でクライムに聞いておきましょう、と思った。
「で、では『黄金の仔山羊』はいかがですか? 何となく強そうですし、モンスターを蹂躙しそうな気が致します」
「仔山羊か……。確かに()()()()()な気配を感じる」
 ナーベラルが反対意見を出さなかったので了承と受け取る事にした。
 仔山羊(こやぎ)の中に蜥蜴(とかげ)が居るけれど。
 反対意見が出ない内に登録を済ませた方がいいと判断した。
 重複しなければチーム名は割りと自由だった。
 レベルに関しては冒険者組合も詳細を把握していないとのこと。
 とにもかくにも冒険者パーティ『黄金の仔山羊』は無事に結成した。
 まず目標は下がった分のレベルを元に戻すこと。
「雑魚モンスター相手では何年もかかりそうだが……。何事も最初が肝心だ」
王女(プリンセス)ラナーと愉快な仲間達」
「愉快そうな顔ぶれではない気がしますよ」
 結成した冒険者はいきなり仕事はせずにお祝いなどをして結束を固めると聞く。
 それぞれの装備はバラバラ。職業(クラス)も違う。
 こんな状態で戦闘に入るのはまだ少し危険だ。
 慎重な冒険者ならば綿密な計画を立てる。力に自信がある者は気にしないところだが、女性パーティで銅プレートならば無理に命を危険に晒すような真似は無謀以外の何者でもない。
「……社会勉強に関して異論は無い」
 と、ナーベラル。
「失ったレベルが気になりますが……、自分の可能性が広がるのであればリーダーに従います」
「改めて聞きますが……。リーダーは私でいいのですか?」
「代表者としてなら文句は無い。的確に指示も出してくれそうだしな」
「副リーダーならば私が努めさせて頂きますわ」
 クルシュの言葉にレイナースとアルシェは頷いた。
「本格的な活動は明日から……、ということでよろしいでしょうか?」
 ラナーの言葉に四人は同時に頷いた。
 早速、拠点とする宿屋の選定から。
 女性五人の冒険者が泊まれる大部屋のある安い宿は比較的、あった。
 贅沢を言わなければ寝床とシャワー、多少の食事も付いてくる。
 ラナーは自分の資金が豊富なので数人分は肩代わりできる。レイナースはバハルス帝国から支給された給金のたくわえがあった。クルシュは見聞を広めに来ているので最低限の資金しか持っていない。
 トブの大森林で集めた薬草などを売って得たものだ。
 アルシェは元々持っていた資金があるが、心許ない額だった。だが、仲間から借りるのは気が引ける。
「私は冒険者となってモンスター退治がやりたいだけなので、報酬は皆さんで分けてくださいな」
「諸君、命は金よりも重い。変に我慢せず相談してほしい」
 レイナースは周りに向かって言った。実際はアルシェのための言葉なのだが、あえて全員を対象にした。装備を見れば大体の事を把握する事が出来る。まして、アルシェとは同郷の仲だ。
 ナーベラルは主より活動資金を頂いているので、生活する事には問題は無い。
 弱体化しようが窮地を仲間と共に切り抜ける報告書を提出するように(めい)を受けた。あと、装備に関しても『戦闘メイド(プレアデス。またはプレイアデス)』のままで構わない許可を得ている。
 当たり前だが、チームを組んだ以上は仲間を殺してはいけない。後で色々と問題が発生するから。
 それぞれ明日からの活動に少しばかりの不安を覚えつつ宿屋で本格的な戦略会議を始める事になった。
 亜人と異形も特に問題なく宿が取れたことは後々になって気づいたが、気にしても仕方がない事もあるのかもしれない。


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02 特異点のごときカルネ村へ

 最初の依頼は定番のモンスター退治。
 冒険者になったばかりのチームに相応しい小鬼(ゴブリン)討伐。
 討伐用の小鬼(ゴブリン)は近隣の『トブの大森林』にはたくさん生息している事が分かっている。
 亜人種で身体の色は緑色だったり茶色だったりするが背丈は一様に一メートル足らず。
 粗末な棍棒や小刀などを装備し、下顎から牙が生えていて知性の低いモンスターが多い。一口に小鬼(ゴブリン)と言われるが種類は多岐に渡る。弱い者から強いものまで。もちろん、上位種族も色々と居るし、知性に溢れた狡猾な小鬼(ゴブリン)も居る。
 一般的に知られているのは弱い部類だ。確認されている個体数は圧倒的に多い。
 中には魔法を使う小鬼(ゴブリン)も居るし、凶悪と名高い赤帽子の小鬼(レッドキャップ)も数は少ないが居るらしい。
 アダマンタイト級の冒険者でもないと対処できない強敵で名前の通り、赤い帽子をかぶっている。
 性格は残忍で狡猾。素早い上に力もある。小さな身体を生かした攻撃を得意としている。
 小鬼(ゴブリン)達は人食い大鬼(オーガ)を用心棒として使役しているようで、よく一緒に居るところを目撃されている。
 それも複数体。
 人食い大鬼(オーガ)も亜人種で大柄でニメートルを超える事もある。
 猫背気味で知能は低いが筋肉が発達しているので序盤のモンスターとしては強敵に位置する。一応、大きな棍棒を持っている事があるので油断は出来ない。
 力任せの戦闘をしてくるので動きはそれほど早くは無いが小鬼(ゴブリン)達と連携してくるので戦いにくい相手だ。
 銅プレートにとっては強敵と言われている。
 墓地に出現する骸骨(スケルトン)というモンスターは単体だと弱いのだが数が多かったり、武装していたりすると対処が難しくなる。
 アンデッドモンスターの特性で疲労しないし、多少の攻撃にも恐れを抱かない。
 訓練としては最適だが、甘く見ることは出来ない。
 生物の対極に居ると言われているので多種多様の骸骨(スケルトン)が確認されている。その中でもっとも強力なものに骨の竜(スケリトル・ドラゴン)が居る。
 骨の集合体が(ドラゴン)を形作ったようなモンスターで魔法に絶対の耐性を持つと言われている。
 王国ではまず目撃されないがバハルス帝国の領内にある『カッツェ平野』で目撃例が出た事がある。
 金級以上、アダマンタイト級の冒険者でなければ対処できない強大なアンデッドモンスターだ。
 第六位階までの魔法を無効化するので魔法詠唱者(マジック・キャスター)にとっては天敵に近い。
「そこまで強いモンスターの知識は今は要らないと思いますが……」
 レイナースから色々と話しを聞いていたラナーは言った。
「無謀にも戦いを挑むかもしれない。知っていて損はないと思うぞ。まず、我々の目標は小鬼(ゴブリン)だ。無理に強敵と戦う必要は無い」
「分かりました」
「了解しました」
「……弱体化しているのだったな。了解した」
 それぞれ返事をしていく。
小鬼(ゴブリン)とて数で押されれば厄介だ。特に飛び道具には気をつけろ。ラナー様も目に攻撃を受けたら混乱すると思いますよ」
「……確かに。痛いのは嫌ですわ。それと、敬称は不要です。気軽にラナーと呼んでくださいませ」
「分かりました」
小鬼(ゴブリン)はどれほど倒せばいいのだ?」
「依頼では各二匹ずつの十匹だ。他の冒険者の為に全滅させてはいけないのだろう」
「……そういうものか」
「仕事が無くなっては困るからな」
 戦闘の知識ではレイナースが上なので説明は今のところ彼女に任せておいた。

 装備品などを確認し終えた五人は目的地に向かう。
 モンスターがよく現れる森の近くに村を模した施設がある。
「ここだな。人食い大鬼(オーガ)が居るのは仕方が無いが、それぞれ固まって行動してくれ」
「レイナースさんがリーダーを務めた方がまとまり易い気がします」
「そうなんだろうけれど……。クルシュは戦闘は得意ではないのか?」
「平和的に暮らしておりましたので……。こういう事は男連中が得意ですから」
 自分でラナーを推薦しておいてリーダー面はしにくい。けれども、ふざけた気持ちで戦闘を始めるわけにはいかない。
 油断すれば自分の右側の顔に受けた呪いの二の舞もありえなくはないのだから。
 現場に集まっている小鬼(ゴブリン)はざっと見た感じでは十匹以上は居た。それに加えて三体の人食い大鬼(オーガ)が居た。
 レベル5となっている今、油断が出来ない。
 アルシェ達、魔法を扱う者達は物理攻撃がとても低くなっている。
「まずは戦士職の私が適度に痛めつける。君たちはトドメを刺すがいい」
「分かりました」
「……うむ。存分に働け」
 ナーベラルは尊大な態度だが仕方が無い。彼女は異形種で人間嫌いだそうだから。
 それでよく人間の都市の冒険者組合に来たものだ。
 蜥蜴人(リザードマン)のクルシュは肉体的に人間より強固なはずなので今は放置してもいい、と判断する。
 手加減できる自信は無いが、身体を慣らす意味でもやらないよりはましだと思った。
 レイナースの突撃で小鬼(ゴブリン)達は慌て始める。
 少し前より身体が重く感じるが懸命に剣を奮う。
 思っていたよりも遅く、苛立ちを覚える。
「……ちっ」
 ガスガス、と切れ味の悪い音が聞こえる。思っていたより刃の通りが悪い。
 それはそれで構わない。当てっているし、相手の攻撃も見える。
 手際は少し悪いが仕留めた小鬼(ゴブリン)のトドメは後方の女性達に順番に(おこな)ってもらうことにする。
 魔法詠唱者(マジック・キャスター)だからといって物理攻撃が出来ないわけではない。
 杖などを叩き付ければいいだけだ。
「……銅プレートはこんなに弱いのか……」
 歴戦の騎士たるレイナースはがっかりした。だが、弱体化すれば油断が生まれる。これはこれで良い訓練となる。
 強さに胡坐をかかない。
 剣を握る手に力を込めて人食い大鬼(オーガ)にダメージを与えていく。

 ガツンガツンと女性陣が小鬼(ゴブリン)達を撲殺している頃、あらかたの敵は片付いたようだ。
「それぞれ規定の数のモンスターは倒しましたか?」
「はい」
「なんとか」
 ラナーは死んだモンスターから部位を切り取っていた。
 切り取る部位は冒険者組合から貰う書類に記載されていて小鬼(ゴブリン)などは耳を切り取る。
 これが収入になるらしいが、どうして必要なのかが分からない。というか、何に使うのか。
小鬼(ゴブリン)を十七体。人食い大鬼(オーガ)三体。レベルアップはまだまだ先が長そうだ」
 殆どレイナース一人で討伐したようなものだが合計二十体をよく倒しきったものだ、と自分で驚いていた。
「死体はどうするんですか?」
「ひとまとめにしておく。後で回収する者が居るのだろう」
 ナーベラルは死んだ小鬼(ゴブリン)に食らい付き、すぐに吐き出した。
「……駄目だな、不味くて……」
「無茶をするな。病気になったらどうする」
「毒無効のアイテムは持っているから」
「無茶はしないでくれ。中には毒を持ったモンスターも居るんだからな」
 ナーベラルは顔をしかめたが、言い分は理解したので反論はしなかった。
 異形の身体とはいえ病気にならないとは言い切れないし、石化の呪いを受ける可能性も言われていた。
 軽はずみな行動は自分の主に叱られる原因となる。
「宿屋の食事の方が安全だと思うがな」
「何事も調査は必要かと思って……」
「……万全の体制を整えてからやってくれ」
「……了解した」
 素直になったナーベラルを見て、レイナースは組合に戻る事を提案する。
 それぞれモンスターの死体を集めて冒険者組合へと戻る。
 今日の獲得経験点は2206ポイント。
 それぞれ441ポイントずつ割り振られる。ただし、戦闘の仕方などで獲得した様々な経験値は各人に随時加算されていくので割り振られることはない。
 値が低いのは小鬼(ゴブリン)の経験点が半減しているためだ。人食い大鬼(オーガ)は五人のレベルを上回っているので規定値がもらえる。
 チームでの討伐の場合、モンスターを全滅させるか、倒した後で逃げ切るか、した場合に経験点が合計されて、それぞれに割り振られるようだ。あと、小数点以下は切り捨てになる。ただし、獲得した、という実感が無いのでラナーやクルシュは小首を傾げた。
 そもそも()()割り振りをしているのか、と。
「……GM(ゲームマスター)とかDM(ダンジョンマスター)という存在なのか?」
 モンスター以外の戦闘などで得たポイントも微々たるものだが獲得していたようだ。
 棒で一回殴るとどれほどの経験値になるのか、それはよく分からない。
「不毛……ですわね」
「何となくは……、そう思っていた。昇進する頃にはレベルアップしているだろう」
「……そういえば、私、レベル5になるの忘れてましたわね。……往復するのも大変でしょうから、このまま続けますわ」
 初日は殆どレイナースが活躍した。それぞれ独自に動けるようになるまで随分とかかりそうな予感を感じた。
 楽してレベルアップは出来ない。

 act 5 

 次の日も同じモンスターを討伐していく。
 モンスターの発生頻度や生息数は無限ではないが日によってバラバラだと非効率的だ。
 冒険者が育たない。または育ちにくい環境のように思える。
 だからといってモンスター溢れる世界では人々は安全に暮らす事が出来なくなる。特に農村部は大打撃を受ける。
「今の段階でもっと強いモンスターと戦えますでしょうか?」
「無理だな」
 ラナーの無謀な一言にレイナースは冷静に答えた。
「強者を楽に倒せたら苦労はしない。今は地道な活動に専念してください」
「……はい」
「アルシェも遠慮せず倒していいんだからな」
「だ、大丈夫です。三匹は倒しましたから」
「今は撲殺程度だが……。いずれは魔法も使えるようになるだろう」
 ラナー以外は人食い大鬼(オーガ)討伐をやらせてもいいのかもしれない、などとレイナースは思った。
 経験値は多くもらえるのだがチームである限り人数分配分されてしまう。
 最初なので仲間割れが起きにくいけれど、それぞれ焦りが見え始める。
 元のレベルに戻すのは並大抵ではないし、毎日大量のモンスターと戦える保証も無い。いや、あるとすればアンデッドが多発する城砦都市エ・ランテルの墓地を利用する手があった、とレイナースは目まぐるしく思考する。
 急に戦闘の仕組みを変えるのは得策ではないし、まだ二回目だ。
「今のまま戦闘を続けてもいいなら、私はこのまま続行を選択する」
「異論は無い」
「急に新しいモンスターと戦うのも身体が慣れないでしょうから。それと使える魔法は無いのですか?」
「あるにはありますが……。攻撃魔法ではありません」
「無駄打ちも経験値になればいいのではないでしょうか? 戦闘が終わってから色々と試すのも良いかと」
 ラナーの意見に魔法を使うナーベラル、アルシェ、クルシュは頷いた。
 レイナースも異論は無かった。

 更に次の日も依頼を受けるのだが、積極的に仕事をする冒険者が()()()居なかったのが不思議だった。
 小鬼(ゴブリン)以外の弱いモンスターには(ウルフ)などの動物系が居る。
 家畜も実はモンスターとして倒せる。
 人間すらも敵性エネミーとなりえる。だが、人間の国では殺人は禁止されている。戦争や犯罪者以外では、という条件が付くけれど。
 特例がアンデッドモンスターかもしれない。
「連続戦闘だが、みんな身体は大丈夫か?」
 戦闘になれているナーベラルとクルシュは平気そうだがラナーはやはり筋肉痛で動きが鈍かった。アルシェは少し疲労を感じている程度だった。
 適度に収入になっているせいか、やる気は感じられる。
 武器はラナーが貸与する事になっているが、今のところ自分達の武器を使用している。クルシュは肉体が武器のようなものだが無理をしないようには言いつけていた。
「敵は小鬼(ゴブリン)十三体のみ。飛び道具を持っている。それぞれ気をつけるように」
「はいっ!」
 ナーベラル以外は良い返事だった。
 返事はしなかったが頷いたので良しとする。
 まずレイナースが先行する。戦士のレベルが一番高いので突貫役がよく似合う。
 身軽で的確に攻撃を入れるのは熟練の騎士である証拠かもしれない。弱体化したとしても染み付いた行動は今も健在のようだ。
「魔法一回でどれほどの経験値になるのでしょうか?」
「信仰系は育ちにくいと言われていますから、10ポイントとかではありませんか? 魔力が少ないので大した数は使えませんが……」
 MPが6なら十倍した値が『ユグドラシル』風となる。だが、そのことを知っているのは五人の中でナーベラルただ一人。あと、下等生物(ラナー達)にそのことを教えるつもりは微塵も無かったし、実のところ本人もよく分かっていない。
 消費量は位階に依存する。MP6なら第一位階を60回使える。第三位階なら20回相当だ。あと、休憩すれば少しずつMPを回復させられる。
 能力を看破する魔法やアイテム対策の為に10分の1にした値にする事で相手に正確な情報を与えない、という仕様があるのかもしれない。だが、ここはユグドラシルではないので()()()()()()()(おこな)われている。
 ナーベラル達のようなユグドラシルからの来訪者のHPとMPは通常の10分の1で表記されているが、それ以外は数値通りだったりする。能力値は双方共に同じ。
 アイテムによってMPを回復させるものは()()()()には存在しない。
 レベルが上がれば当然、得られる経験値は少なくなる。

 的確な攻撃により仲間が傷つく事無く敵は全滅する。
 地味な攻撃だが戦闘は命のやり取りをする。
小鬼(ゴブリン)達もそれぞれレベルの違う個体が居ると聞きましたが、飛び道具を持っているのは少し高いのでしょうか?」
「魔法を使う者は高いだろうな。それでもこの辺りに出現するのは10以下だ。人食い大鬼(オーガ)も色違いなどが居るけれど」
 細かい強さまではレイナースにも判別できない。
「明日は休日にしようか。冒険者はモンスター退治だけが仕事ではないぞ」
「そうですね」
 魔法を使い終わって休憩していたクルシュは言った。
 後始末を終えて宿屋に帰還にする。
 依頼の報酬は少ないけれど、しばらくは今の生活を続ける事になる。
 王女が色々と我がままを言わないので浪費は今のところ無い。
 銅貨と銀貨を並べて家計簿のようなものを(しる)していくレイナース。
「食に関しては近所の店を利用しても大丈夫だろう。ラナーは城に帰ればいいか」
「下着の替えが必要ならば持ってきましょうか?」
「今の調子では数週間も同じ服を着る事になると思うが……。それぞれ何か意見はあるか?」
 クルシュは特に問題は無さそうだ。
「異論は無い」
「アルシェはどうだ? あまり我慢するのも良くないと思うのだが……」
「リーダーの意見に従います」
「では、明日にでも持ってきますわ」
「活動を始めたのはいいが、なかなか強くなれないものだ。普通の冒険者が一週間で劇的に変わることは無いようだが……」
「もっと早くアダマンタイトになったりはしないんですね。外の世界はモンスターがたくさん徘徊しているものとばかり思っておりましたのに」
 王都ではモンスターより犯罪者の活動が多かった。
 村を襲うモンスターの情報というのは意外と手に入らない。
 冒険者組合でも森の中や洞窟の中にでも行かない限りは平原でモンスターに出くわす機会は滅多に無いらしい。
 生態系に影響するようなモンスター討伐は原則として禁止されている。
 色々と束縛が多いのも冒険者が育たない理由ではないかと思う。
 請負人(ワーカー)はそんな中で冒険者組合に囚われない仕事を(おこな)う。当然、事前調査も自分達が(おこな)うので危険度は高い。

 討伐を終えた次の日は魔法詠唱者(マジック・キャスター)の三人は独自に経験値を稼ぐため、手ごろな魔法を唱えていく。
 レイナースは資金管理と装備の管理。
 ラナーは城に戻り、優雅な時を過ごす。ただし、午前のみ。
 午後からクライムと鍛錬を始める。
「楽して強くなれれば戦争に負けたりしないんでしょうね」
「そうですね。モンスター退治は順調ですか?」
「優秀な騎士さんがいらっしゃるので。ここはやはり例の施設(チート)からモンスターを融通してもらうのが良いのでしょうか?」
「駄目ですよ、楽ばかりしては。……堕落(だらく)しそうです」
「……そうですよね。……ところで小鬼(ゴブリン)というのは繁殖力が高いモンスターなのでしょうか?」
「聞いた話しでは高いようです」
 話しながら武器を奮う王女。
 筋力をつけなければモンスターとは戦えない。もちろん、つけ過ぎないように城での業務もこなしていく。
 不自然に体型が変わらなければ問題は無いが、少し心配だった。
 武器と防具にも慣れた頃に宿屋に持っていく品物を選定していく。
 使い古しとはいえ清潔な下着類だ。
「お仲間の分のポーションを各5本ずつ用意しました。今のところ厄介なモンスターの出現例はありませんが気をつけてください」
「ええ。危険と判断したら逃げますわ」
 おほほほ、と笑いながら王女は言った。
 地道な作業を乗り越えて楽な戦闘が出来るようになるまで、自分の見積もりでは一ヶ月ほどだと試算する。もちろん、今の調子での計算だ。
 予定外の事もありえるし、退屈しなくて済むかもしれない。
「他の武器も試しましょうか」
「そうですわね。グレートソードくらいは装備してみたいですわ」
「結構重いと思いますが……。大きければいいというものではありません」
「……不恰好になってしまいますものね」
 持ちきれずに地面に落すイメージが浮かんだ。
 無理な装備で命を危険に晒す事もない。
 クライムの言う事も一理ある。堅実な方が安全度が高いのは理解した。
 王女(プリンセス)だからといって躍るたびに『スキル発動』と言ったりはしない。だが、少しは憧れがある。特に武技を叫ぶところなど。
 人を避けるたびに『回避』と言ってもうるさいだけだが。

 act 6 

 慣れない運動が続いたせいか、筋肉痛に悩まされるラナー。
 初日に比べれば軽い方だが、日頃から運動していないと命に関わりそうなのは理解した。
 モンスターも黙って経験値になりたい者は居ない筈だ。
「今日は薬草採取と依頼人の警護だが、異論はあるかな?」
「モンスター退治はお休みですか?」
「毎日討伐できるほど数が居ないのだろう。森の中に入れば出てくるかもしれないな」
「分かりました」
「森の中には植物系のモンスターが居る。充分、気をつけるように」
 森祭司(ドルイド)はクルシュだけなので他は採取の役に立ちそうにない。
 頻繁に薬草を取ると草木が生えなくなるのでは、とラナーは疑問に思った。
 一定期間だけ生えるとしても森が広大であれば問題は無いかもしれないが、将来的な不安は残っている。
「必要以上の採取はしません。なので大地が枯れないように肥料を撒いたり、時には森祭司(ドルイド)系の魔法を使うこともあります」
 白い蜥蜴人(リザードマン)のクルシュが分かり易く答えた。

 薬草採取はバハルス帝国側でも(おこな)っていてモンスターの都合で深く内部に入ることは無い。
 中心部にはクルシュ達蜥蜴人(リザードマン)蛙人(トードマン)の集落があり、とある洞窟には小鬼(ゴブリン)の住処があるらしい。
 植物系モンスターも発見例は少ないが色々と居る。
 (つた)状の絞め殺す蔦(ギャロップ・アイビー)というモンスター。
 森の番人(トレント)森精霊(ドライアード)など。
「期間は三日ほど。帰りは()()()()で休息する事になっている」
「……カルネ村……。数々の逸話を残すという……、あの……」
「ラナー。カルネ村は普通の農村だ」
 ラナーの中では全ての事象の中心地というイメージがあった。
 ありとあらゆる騒乱の爆心地。ここから全てが始まった、という感じだ。
「……なんか分かります。カルネ村が無ければ私達は存在し得なかった、というくらいの気配を感じます」
「……なんでしょう。この不穏な空気は……。人生で始めて感じるおぞましさ、というか……」
 ナーベラルとレイナース以外は戦々恐々となり、顔を青ざめさせていた。
「そうだな。何故だか、私は()()()()()()()ような気がする」
 カルネ村は絶対に滅ぼしてはいけない、という気持ちがナーベラルの中に生まれる。いや、元々そうすべき、という命令を下されているようなものだった。
 まだ()()()()()()()()なのに、と。
 レイナースは皆から湧き出る不穏な空気に気圧(けお)されていただけだが。
 カルネ村は他の農村と違うところは聞いた事がない。バハルス帝国の人間だから、ということもある。ただし、クルシュは色々とお世話になっていたので実は村のことは知っていた。つい雰囲気に飲まれてしまっだけだ。
 半数ほどが不安をにじませているが依頼は大事なので現場に向かう。
 場所はモンスター討伐と同じくトブの大森林。今回は入る場所が違う。
 薬草採取用の入り口があり、両枠は他のモンスター討伐の冒険者が活動している。
 この森は地図では分からないが、かなり広大な敷地面積を誇る。
「待ち合わせしている依頼主と合流してから仕事を始める」
 現場を仕切っているのはレイナース。
 リーダー役をラナーに譲ったのだが、ラナーは『カリスマ』のクラスを持っていないせいか、役に立たない。あと、戦闘経験などが豊富なレイナースが相応しいという意見になった。
 王女だから、と安易に決めた手前、責任を取る意味でリーダーになった。

 薬草採取の依頼人は()()()どこかで見た覚えのある人物だった。いや、そう思い込んでいるだけかもしれない。
 金髪で目元を隠す男性で薬師(くすし)として有名な人物。
 それぞれの脳裏に何故か、そんな説明が浮かぶ。
「……これは何かの呪いでしょうか?」
「……書き尽くされた物語の影響では?」
「……今後の展開が手に取るように分かりますね」
 それぞれ小声で話し始める。
 女性達の様子に依頼人である『ンフィーレア・バレアレ』は苦笑していた。
「言いたい事は分かりますが、今回はモンスター退治がメインだと思いますので。……()()()大丈夫ですよ」
「そうですか? 村に帰ったら殺戮劇が始まっている気がしますよ」
「帝国民の私がここに居るから勝手は許さない。それは保証しよう。帝国騎士の威信にかけてこの辺りの平和はお約束する」
 レイナースが胸に手を当ててンフィーレアに言った。
「だいたい戦争は終わった筈だが。魔導王が居る時点で今さら王国が荒れるとは考えにくい」
「そ、そうですよね」
「それだと私が既に死んでいる気がしますけど?」
 と、アルシェの言葉にレイナースは唸る。
 一つを修正すれば別の問題が顔を出す。
「今回は楽しい冒険者でいいではないか。国の様子とかは関係ないのだろう?」
 五人がそれぞれ議論を始めたがンフィーレアは黙って待った。
 自分もなんだか嫌な予感がしてきたので結論を女性達に委ねる事にした。そうすることが正しい気がしたから。
 ここは直感に任せてみようと。
 最終的に国のことは置いて仕事を優先させる事で一応の決着が付いた。
「お待たせした。冒険者チーム『黄金の仔山羊』だ。よろしく」
 レイナースとンフィーレアは握手し、それぞれ名乗っていく。
「よろしくお願いします。薬草については僕が指示を出していきますので。あと、それほど奥には行きませんから」
「了解した」
 一段落が付き、ンフィーレアとアルシェ達はそれぞれ安堵する。

 トブの大森林は『森の賢王』や『東の巨人』などと呼ばれる三体の魔獣によって縄張りが分けられているという。
 そういう噂があるのだが、眷属が暴れまわったという話しは聞いた事が無い。そもそも魔獣の噂は誰が広めたのか、実は誰も知らない。
 誰かの創作なのか、遥か昔から伝わる伝説なのか。真偽はラナー達にはうかがい知れない。
「薬草は採取後に大地に栄養を撒いておきます。そうすることで毎年、採取できるようにしています」
 それは自分の祖母から教えられた事だった。
 今のところ後継者は居ないが知人などに薬草学を伝える事もあるので色んな事を学んでいる。
 栄養の他にも育って間もない小さいものは除外したり、根を傷つけないようにしたり気をつけている。
 植物は基本的に根が大事。それは植物系モンスターにも言える。
 籠をそれぞれ渡されて指定した薬草を指導しながら集めてさせた。
 ただの雑草も混じる事は考慮している。それらは後で餞別するので目立つ毒草が無いかだけ注意する。
「薬草は年中、採取できるのですか?」
「ものによって様々ですが三ヵ月ごとですね。冬場はさすがに取れませんが……」
 採取した薬草の大部分は乾燥させて保存する。
 ポーション造りで使われるのは前年に乾燥されたものだ。だから、今は来年の商品の為に集めている。
 薬草は大量生産できない。だが、研究はされている。
 麻薬の横行で専門施設が作りにくいのと王国が未だに許可を出さない。
 専用の施設に金を出したいと思う貴族が居ない。居たとすると疑われる可能性がある。
 様々な点で検討されているらしい。
「……あ~、腰に来るわ~」
「身体を鍛えている殿方に相応しい仕事のようですわね」
 王女が草むしり。
 薬草ではあるけれど、はた目には滑稽に見えるかもしれない。
「これでも経験値になるのかしら?」
「正式な依頼だし、なるんじゃないか。いやでも、腰に来る仕事は別の意味で大変だ」
 腰の曲がったお年寄りの姿を思い浮かべ、深く感謝した。
 蜥蜴人(リザードマン)のクルシュは四つんばいで作業しているが慣れた手つきで薬草を集めている。
 普段からやっている者は動きが機敏だ。
「籠が一杯になったら終了です」
 全てを毟り取らないように規定量が定められている。
 ンフィーレア以外にも薬師が居て、平等に採取を(おこな)っている。
 全ての薬草がトブの大森林にあるわけではなく、それぞれ縄張りのようなものを持っている。
「奥に行けばもっと貴重な薬草があるんでしょうね、きっと」
「そうかもしれません。ただ、モンスターと戦う事になると思います。危険を犯す気は無いので……」
「私達としてはモンスター退治も出来たらいいなと……」
「折角集めた薬草を運んでもらわなければならないので、今回は諦めて下さい」
 真面目なンフィーレアの言葉にラナーはがっかりしつつ頷いた。
 急に妖巨人(トロール)が現れても今の女性パーティでは苦戦する。
 いずれは討伐してやりますわ、と胸の内で誓うラナー。
 いつも危険な戦いばかりではない。地味な作業も冒険者の立派な仕事だ。


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03 馬糞は食べ物ではありません

 夕方になる頃にそれぞれの籠が一杯になるほど薬草が集まった。
 無理に限界まで詰め込む気が無かったンフィーレアは終了を告げる。
 ここからカルネ村に向かい、一泊した次の日に魔導国の領地にある城塞都市エ・ランテルに向かう予定だ。
 薄暗くなる頃に現れるのはモンスターばかりではない。
 金品を狙う野盗や人を殺すだけの犯罪者など。
「そういえば、朝から何も食べずに活動していた気がしますわ」
 薬草集めで時間の感覚が狂ってしまったのか、今更な事を思い出す。
 それぞれ弁当などは持ってきていた。
「着いたら寝床の用意をさせますから。食事は自由に摂っててください」
「は~い」
 アルシェ達は返事をし、(ほろ)馬車に乗り込む。
 集めた薬草の匂いが少し気になるがレイナースは自分の顔に臭いを当てるように手を動かした。
 昔、モンスターを倒した時に死の間際に呪いをかけられて顔の右半分が膿に覆われる事態となった。
 低位の解呪魔法やアイテムでは完治しないものだった。
 色々とあったが今は呪いとうまく付き合い、日常生活は特に問題が無い。せいぜい膿が垂れた時に拭く布巾を大量に持っていないといけなくなった程度だ。

 ンフィーレアが御者(ぎょしゃ)役だが見張りとして隣りにクルシュが座る事になった。馬車に乗るのは珍しかったので。
 トブの大森林の中で生活していたクルシュにとって人間の国は未知で一杯だった。
 見聞を広める為に冒険者登録したのだが、ついこの間までは集落から出る事を禁じられた封建的な世界で育った。
 今はそれぞれの蜥蜴人(リザードマン)が様々な事を人間から学んでいる。特に生け()作りや畑の作り方などを。
 食料が尽きる事は森の中で暮らす生物にとっては一大事だった。
 他の部族と殺し合いになる事もあった。
 自給自足があまり出来ない環境だった為、色んな問題にぶつかっていた。
「農業の知識などを得て蜥蜴人(リザードマン)の社会はだいぶ変わりました」
「そうですか。協力は惜しみませんよ」
 窮地に陥っていた蜥蜴人(リザードマン)の世界に助け舟を出したのがンフィーレアとカルネ村の村長『エンリ・エモット』だった。
 水田の開発はまだ道半ばだが、他にも色々な作物の育成に挑戦している。
 水源は清らかなアゼルリシア山脈の天然水。これを利用しないのは勿体ない。
「今回は冒険者ということで集落とは関係ありませんが、また色々とご指導を賜りたいと存じます」
「はい。食べ物ではありませんが、今度『ゴムの木』の育成に挑戦しようかと思っております。そちらで出来れば外貨収入も夢ではありません。薬草だけでは限界があるかもしれませんので」
「そうですね。人間との交流に少なからず資金が必要な事は理解しました。新たな作物の種も手に入れなければなりませんし、薬も必要となってくるでしょう」
 一部の病気は森の中にある薬草だけでは足りない。
 人間の知識も必要だ。
 そんな事を話しつつ周りを警戒する。
 交代しながら進んでいくと日が完全に落ちて真っ暗闇になる。
 急いで(ほろ)の中に入ると既に明かりが灯っていた。
「明かりの準備は整えておきましたわ」
「ありがとうございます」
 『永続光(コンティニュアル・ライト)』のアイテムを室内と外にかけておく。
 夜間でも行動するものには必須のアイテムだ。
 もちろん、物凄く目立つので警戒を一層強くする必要がある。
 馬に牧草を食べさせた後で出発する。
 今は休憩できそうな場所が無いので多少の無理をさせる事にしていた。
「仮眠は取っておけ。それとも睡眠不要のナーベラルが朝方まで見張るか?」
「それは命令か? 適任者が居ないのであれば構わない」
「……では、ンフィーレアを守りつつ外敵から守ってくれ」
「了解した」
 顔は不機嫌そうだが仕事はするようだ。
 薬草採取も一言も無駄口を叩かなかったし、サボったりしなかった。
 人付き合いは不得手なようだ。しかし、レイナースは未だにナーベラルの扱い方が分からなかった。

 act 7 

 ナーベラルが見張り役のお陰か、外敵は現れなかった。
 眠気と戦いつつカルネ村に到着したのは朝日が昇り始める頃だった。
 既に熟睡している者は後回しにして馬車を村の中に入れる。
 まずナーベラルが先行して村の様子を確かめる。
 煙が上がっていないし、道端に死体が散乱していない事を確認した。
「よし。中に入れろ」
 ンフィーレアは幌馬車を馬小屋まで移動させる。
 冒険者の寝床は専用の施設があるので、そこを使う。
 ンフィーレアは中をざっと説明して去って行った。不眠不休で働いていたので自分の寝床に向かっただけだ。
 完全に寝ている仲間をナーベラルに運ばせる。
 レベルが低くなっている筈だが力は強いようだ。苦も無くアルシェ達をベッドに寝かせていく。
 さすがは異形種、と言いそうになったが仲間を種族で差別するのはレイナースとて気が引けた。
 今は素直に感謝しておく。
 朝になりつつあるが眠気が酷いので暖かい寝床に入ろうかと思った時、ナーベラルがまた馬小屋に向かった。
 仲間なので一応、全員が眠るのを確認した方がいいと思ったレイナースは後を追う。
 勝手な行動はチームプレイに色々と影響するからだ。ナザリック地下大墳墓への定期連絡だとしても、だ。
「……ナーベラル・ガンマ。君は……」
 と、声をかけようとした時、レイナースは小首を傾げた。
 小屋に繋がられている馬の身体の臭いをかいでいたからだ。
「……何をしている?」
「臭覚の確認だ。という家畜はナザリックでは召喚物やモンスターでしか知らないからな」
「そ、そうか。一つ忠告しておこう」
「んっ?」
「馬という生き物は後ろに立たれるのが嫌いなんだ。蹴られるから注意しろよ」
 もちろん、嘘ではない。
 家畜といえども生物には苦手とする行動などがある。
「……そうなのか」
「試しに向かったりするなよ。責任は持てないぞ」
「了解した」
 異形種という事を思い出し、少し気になったので見物する事にした。
 始めて見るものに興味を持つのは人間の子供と同じだ。異形種とて恐ろしいものばかりではない。
「そういえば、ナーベラル・ガンマは寝ないのか?」
「睡眠不要だ。人間は眠る生き物なのだろう? いくら待っても寝ないぞ」
「……そうだったな。だが、実際のところは眠れないのか?」
「眠る、という事が分からない」
「お前の主に聞いておくといい。身体に悪影響かどうか知る事は大事だ」
 種族違いというものは色々と勉強になるはずだが、今はとても眠くて頭に入らない。
 レイナースは欠伸が止まらなくなってきた。
「……馬糞は触ったり、食べたりするなよ」
「ばふん?」
「そこら辺に転がっている黒いものだ。……女性として残念な事になる。いや、まず(あるじ)に聞いておけ。行動する前にな」
 ナーベラル一人を残しておくととても駄目な気がしてきた。
 疑問を感じるナーベラルはレイナースの言葉に従い魔法を唱える。しかし、何も起こらなかった。
 不審に思って何回か唱えたが何も起きない。
 習得魔法から必要な魔法が消失しているようだ。
「……仕方がないか……」
 ナーベラルは虚空に手を突っ込む。一部のNPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)アイテムボックスという異空間からアイテムを収納したり、取り出したりすることが出来る。
 そこから取り出すアイテムは巻物のスクロールという魔法を行使する為に使われるものだった。
 本来は自分が習得する予定のリストに載っている魔法をスクロールで代用するので、リストに無い魔法のスクロールは使えない。または何も起きない。だが、二重の影(ドッペルゲンガー)の種族スキルならば使用制限をある程度は緩和できる。
 レベル帯によって使用難易度が変わるので低レベルで第十位階の魔法が使えたりはしない。というか物凄く低確率という状態になるはずだ。
 適正レベルに見合っていれば成功率が上がる。

 兎の耳(ラビッツ・イヤー)

 貴重なアイテムを無駄にしたくないがやむをえない事情により、使用する事を決めた。
 魔法を唱えるとスクロールは燃え上がり、消滅していく。使いきりのアイテムだから複数回は使用できない。
 魔法が成功したのでナーベラルの頭に兎の耳が生えた。
 これは周りの状況を探る魔法。音や気配が分かるらしい。
 続いて『伝言(メッセージ)』を発動する。こちらは普通に使えた。
 指定した人物に魔法的に繋がりができる。音声が必要なので会話しながら喋る必要がある。更に『静寂(サイレンス)』をかければ完璧だが、それは唱えなかったようだ。というか使えなかった、が正しいかもしれない。
アインズ様。ナーベラル・ガンマにございます」
『おお、ナーベラル・ガンマ。冒険は順調か?』
下等生物(シャクトリムシ)達は睡眠の為に寝床に入っております」
『……時間的には朝になる前だな。ということは夜通しの稼動だったのか?』
「はい」
 ナーベラルが会話している間、レイナースは待機していた。
 助言が必要な気がしたから。あと、追い払われなかったので、という理由だ。
「……それで質問があるのですが……」
『おお、疑問があれば質問するのは当たり前だ。何が聞きたい?』
 主であるアインズはとても嬉しそうな雰囲気だった。
「今、馬小屋におります」
『うん』
「……ばふん、とはなんでしょうか?」
『ばふん? ……ばふんって言ったら……、馬糞だよな……。それが聞きたいことか?』
「はい」
『一言で言えば馬の排泄物だ』
 そう言われてナーベラルは馬の尻を見る。そして、今、出て来たものを確認した。
「これがばふん……。了解しました」
 変な質問にアインズは少し嫌な予感を感じた。
『……馬小屋に居るんだから馬糞くらいあるよな……』
「ぶしつけかもしれませんが、これは食べられるものでしょうか?」
『食べるんじゃないぞ、ナーベラル』
 そんなことだろうとは思っていた、とアインズは予想通りの展開にすかさず答えた。
『興味を持つことは悪い事ではないが……。色々と面倒な事になる。あと、素手で触るなよ』
「危険なものなんですか?」
『肥料にはなるのだが、興味だけで触るな、という意味だ』
 離れたところに居るレイナースにもアインズの声が聞こえていたので何度も頷いていた。
 何の対処も施していない為に『骨伝導』によって多少の音がナーベラルの頭部から漏れ出ているから聞こえた。余程の大きな声でも出さない限り、はっきりとは聞こえない。
「では、この草はどうでしょうか? 馬が食べるくらいですから」
『馬の食事を取るんじゃない。いいな?』
「……は、はぁ。了解しました」
『冒険者の仕事にそんなものは無いはずだ。興味が出たのか?』
「改めて考えますと私は色々と調査をしていない事があるなと思いまして。馬小屋のことも知識としては持っておりますが、目で見て直接触る機会がありませんでした」
 戦闘メイドとしての仕事は一から十まで理解していても冒険者の仕事や農村のことはほとんど知らない。尚且つ、下等生物と(さげす)む人間の食事もあまり知らないし、眠る事の大切さも分からない。
 知らないことばかりなので自分は本当はとても頭が悪いのではないのかと錯覚しそうになる。

 魔法の規定時間が来て頭の兎の耳が消えてしまった。
 もう一度、ナーベラルはスクロールを使って魔法を唱える。
 再度、頭に兎耳が生える。一緒に唱えるものだと思っているのかもしれない。
「申し訳ありません。魔法の効果時間で解除されてしまいました」
『そうか。まだ何か知りたいことがあるのか?』
「また分からない事があれば質問してもよろしいでしょうか?」
『気になることを後回しにするよりはいいだろう。こちらも忙しいことがある。その時は何かに書き留めておけ』
「畏まりました。それと……、こんな質問の為にお時間を割いてくださり、感謝いたします」
『それはいいのだが……。もう質問は終わりか?』
 まだ質問したそうな気配を感じるアインズ。
 質問一つだけで終わったことが少ないから、という経験からだ。
「……では、もう一つ質問したいのですが……」
 という言葉と同時にアインズは小さく『やっぱり』と呟いた。
『エロい事でなければいいな』
「えろい? 申し訳ありません。私はそのことが今ひとつ理解できないのです」
『……う。まあ、気にするな。それで次の質問は何だ?』
「はい。気になったものを食してもよろしいでしょうか? 毒無効のアイテムは持っておりますので」
『なんでも変なものを口に入れようとするな。……馬糞の味を確かめるとか言うつもりなら、すぐに帰って来い』
「………」
『なんだ、その沈黙は』
 少し声を大きくした為か、レイナースにも僅かばかり聞こえた。そして、苦笑する。
「正式な食事以外は我々に聞け。それと主にもそう言っておけ」
「……む。そういうものか?」
 横から余計な言葉をかけられたので少しだけ不機嫌になるナーベラル。
 双方から叱られているような気分になってきたので、ここは素直に言う事を聞く以外にないかもしれないと思った。
 なにやら自分の発言は色々と不味い、というのは薄々とだが感じてきた。
「ならば、この馬が食す草の味を……」
『おいこら、ナーベラル』
「は、はいっ!」
 少し強い語気を出したアインズに驚く。
『それは冒険者の仕事と関係ないだろう? お前は家畜ではない。それとも、そこに居る者が食えと言っているのか?』
「い、いいえ。そのようなことはございません」
『何でも気になるのは悪い事ではないのだが……。なんと言えばいいのやら』
 ナーベラルに限らず、ナザリックには様々な種族が居る。
 人間的な食事が出来る者から人間を食べるもの。虫類も居るし、飲食不要の者も居る。中には鉱石を食べるものも居る。
 それら全てに共通する食事にしろ、とは命令できない。
 第六階層の森では草食動物も居る筈だ。それを見せて解説するしかないのか、と色々と悩みだすアインズ。
 冒険者となって色々と学べと言った事の弊害か。
 気になる事を調査することは間違っていない。農家だって土の質を味で確かめると聞く。
『動物の生態より冒険者らしい仕事に集中してくれ。馬の生態くらいこちらで用意してやるぞ。……確か『双角獣(バイコーン)』とか』
 現地の家畜の方がいいのかもしれないけれど、放っておくと危険かもしれない。
『人間が食べる草(野菜など)では不満か?』
「生物によって何が好みなのか気になって……。家畜は人間とは違う種類の草を延々と食べている印象があり……、その……」
『食べずに資料だけ持って来い。家畜の本格的な調査はお前の本来の仕事ではないだろう』
 レベル5に落とされているんだぞ、と。
「申し訳ありません、アインズ様。では、冒険者としての仕事を続行いたします」
『無理に毒草を食べて確認しろとは言わないから。じっくりと強くなってこい』
「はっ。ご期待に沿うよう精進いたします」
 ナーベラルは別れの言葉を告げて魔法を解除した。
「なにやら色々と面倒なのは分かった」
 少しだけ口を尖らせるナーベラルは無理矢理に納得しようとした。
 知りたいことはあるが今は妥協しなければ更に起こられてしまいそうだった。
「なら風呂の用意でもして待機しててくれ。我々は……眠い。すまないが村の警護だけ、不審者は確保して構わないが……。殺さずに事を収めてくれ」
「了解した」
 少しだけ気になったのでレイナースはナーベラルを先に宿舎から出した。また舞い戻って馬糞の研究をするかもしれないが、今日はもう眠りたくて仕方が無い。
 次に目覚めた時に変な臭いが着いてたら頭を引っぱたこう。
 そう結論付けてアルシェ達の元に向かい、眠りにつく。

 act 8 

 日が傾く頃にアルシェ達は目が覚めた。
 怪しい気配があればすぐに目覚める訓練はしてきたが、何も起こらなかったせいで結構眠ってしまった。
 夕方になりかけではないか、と。
 それぞれお腹が鳴っている。
「……昼食の時間は過ぎているようですね」
 クルシュ以外の髪型は酷い有様になっていた。
 レイナースも顔の下に敷いた布が黄色く変色していて肌に張り付くほどだった。
 ラナーは筋肉痛が襲っていたが歩けないほどではなかった。
「まずは風呂の準備を始めましょう。食事は着替えの後という事で……」
 冒険者は数日の道程でいちいち着替えたりはしない。
 下着の替えはいざという時は捨ててしまう。それでも股間部分は守るようにしている。
「ラナーは何か要望はありますか?」
「皆様方と一緒で構いませんよ。それと下着の替えは用意しておりますので」
 遠出をする為に用意した専用の荷物を馬車に載せていた。
 それぞれの寸法は事前に聞いていたが、クルシュはどうすればいいのか。
 蜥蜴人(リザードマン)の社会では腰さえ隠せれば森の中にあるもので代用するらしい。
「辺りを花びらで臭い消しとかしませんよ。今は冒険者ラナーですから」
「分かりました。風呂と食事の用意をしてきます」
「では、私は食事の様子を見に行きます」
 白い蜥蜴人(リザードマン)が寝床から這い出してそのまま外に向かった。
 ほぼ全裸なので色々と面倒な着替えとか要らなくて楽楽そうだ。彼女(クルシュ)が身軽に移動していく様子を見て、少し羨ましいと思った。だからといって真似して全裸になる度胸はクライムの前でも無い限り湧かない。
 女中達の前では平気だが知らない土地は何かと心配だ。
 アルシェは大人しいが既に身支度を整え始めていた。顔は眠そうだったけれど。
「アルシェさん。私の髪の毛はどうなってますか?」
「メチャクチャになってますよ。……みんなで雑魚寝してましたからね」
 そういうアルシェの髪も乱れていた。
 レイナースが戻る頃にはラナーとアルシェは顔を洗い始めていた。
 警護していたナーベラルは風呂の用意まで引き続き仕事に従事する事にした。他にすることも無いし、農民を手伝う予定も無かったから。

 カルネ村の村民は百人足らず。
 他には『アデス村』があり、二時間ほどの距離にある。
 広大な平原はほぼ麦の生産に使われる。なので近隣の町や村が肉眼では見えないくらい離れていたりする。
「おねえちゃんはぼうけんしゃさんなの?」
 小さな子供が数人、ナーベラルの側にやってきて尋ねた。
「冒険者だ」
「むらをまもるおしごと?」
「薬草採取だ。村の警護の依頼は受けていない」
 受けていないが暇なので警護がてら散策していただけだ。
 子供達の羨望にナーベラルは邪魔だなと思いつつも現地の人間と仲良くするように言われていたので無下には扱えない。
 魔法に関しては第一位階を少し使える程度でメインとなる攻撃がほぼ出来なくなっている。
 せいぜい『魔法の矢(マジック・アロー)』を打つくらいだ。
 NPCでもあるナーベラル・ガンマは一般の人間や亜人達とは違う。
 最初から強化された状態で生み出された存在だ。
 死してレベルダウンすることもないし、新たな成長を見せる事は無い。ただし、色々と学習しているので今後、変化が生じるかもしれないけれど。
 自分の意思で魔法の習熟は(おこな)った事が無いし、やり方は当然の如く知らない。
 創造主より与えられた力として行使しているだけだったからだ。
 今まではそれが当たり前で疑問にも思わなかったのだが、今回のレベルダウンにて色々と不可解な問題に頭を抱えている。
 経験値の積み方。魔法の覚え方。それらを満足に知る者が周りに居ない。
 このままの活動が有意義なのかも妖しい。
「ナーベラルさん、お風呂の順番はいかがしますか?」
 遠くから白い蜥蜴人(リザードマン)のクルシュが声をかけてきた。
 子供たちはそれぞれナーベラルの邪魔をしないように走り去っていった。
下等生物(ウスバカゲロウ)達の残り湯を使うのは……。一番先にしてもらいたいな」
 金属のこすれあう音を響かせて仲間の元に向かう。

 朝はとうに過ぎ、昼もだいぶ過ぎた時刻となってしまったが初期の目的を果たした面々は遅い昼食を取る。
「身奇麗になったところで王都へ帰還するわけだが……。このまま小鬼(ゴブリン)を倒すか、エ・ランテルの墓地で経験値を積むか。どちらがいい? 後者はあまり収入にならないし、意外と危険だと聞いている」
「まだ数日ですし、小鬼(ゴブリン)討伐でいいのではないでしょうか」
「私も異存はありません。それなりに収入になりますし」
 と、アルシェも同意した。
 ナーベラルは収入よりレベル上げが目下の目的なので墓地でも構わなかった。
 チームなので多数決を取れば否決されてしまう。そういう予感は感じていた。
「私は皆さんの意見に従いますわ。何もしなくても経験値が割り振られるようですし」
「黙ってても規定値しか貰えないぞ。少しは戦わないと効率的とはいえない」
 レイナースの言葉にラナーは軽く唸る。
 壁を叩き続けて経験値が増えるわけではない。少しでも実戦を積まないと足手まといにしかならない。
 魔法が使えるわけではないけれど、五人の中では目立った能力が無いのも事実だ。
 そもそも『王女(プリンセス)』は社交界くらいしか役に立たないのではないか。
 後はせいぜい人身掌握とか小ずるい方向のような気がする。
「クルシュは治癒魔法の習熟だな」
 ナーベラルは五人の中で一番極端にレベルダウンしたはずだから実力を発揮するまでの道のりは長い。
 物理攻撃は戦士(ファイター)並みにあるようだから、魔法での援護は後回しにしてもらおうと思った。
 単騎で小鬼(ゴブリン)を十数体も撃破出来る実力がある事は分かった。
 だが、今は単調な攻撃しかしないモンスターばかりだ。いずれは苦戦する事になる。
 二倍程度には強くなりたい。
「では、王都に戻り単調な戦闘で色々と学ぶ方向でよろしいか?」
 レイナースの言葉に四人は手を挙げた。もちろん、ナーベラルも含まれる。
 結論が出たところで帰り支度を始める。

 帰りは途中まで幌馬車で移動し、アデス村で一泊する。
 カルネ村と王都の中間に位置する村のひとつで人口が少し多い程度。大規模な田畑で様々な農産物を作っている。
 他の村も同様だ。ただ、中には犯罪組織によって麻薬の原料を栽培しているところもあったらしい。それらは既に焼き払われている。
 深夜帯になったところで休憩地のアデス村に到着し、与えられた宿舎に入る。
 村は基本的に暗くなれば外に出歩かない。
 明かりは『永続光(コンティニュアル・ライト)』を起動できるアイテムを使う。ある程度の収入を得れば手に入る。合言葉で消したり点けたりが出来る。
 カルネ村と違い、()()()()()()()()()()()()五人は会話も無く眠りに着く。
 翌朝、身支度を整えて出立する。
「……アデス村は……調査とかしなくて良かったのか?」
 ナーベラルの疑問にレイナースは特に疑問は感じなかったので頷いた。
「どこの村も似たようなものだろう。カルネ村だけ特別だったのかもしれないな」
「あの村は何の殺戮劇も起きない面白くない村だったのでしょう」
 と、物騒な感想を言う王女。
 自分の国の農村の扱いが雑すぎる気がした。
 末端の事は中々城にまで情報が集まらないのかもしれない。
 資料でも見せてもらわない限り全ての農村の実態など把握しにくいのは否定しない。
「ここからは歩きだが……。のんびりと帰ろうか」
 幌馬車はラナー達のものではないため、置いていくしかない。
 冒険者は徒歩と料金を払って御者を雇うのが一般的だ。なので多くの冒険者は滅多に遠出をしない。近場ばかりの仕事を選ぶからなかなか成長しないのかもしれない。
 一日かけて王都リ・エスティーゼに戻り、依頼完了の書類を提出する。
 ここまでの道程で獲得した経験値がそれぞれに割り振られる。
 戦闘行為が少ないので数十ポイント程度しか貰えないが収入は大きかった。これは契約金のようなものでンフィーレアが事前に冒険者ギルドに渡したものだ。
 不正を働けば冒険者ギルドの信頼を無くす。だから、料金に関しては厳しく管理されている。
 依頼に失敗すれば当然、料金は返還される。
「……割り振りがやはり理解できませんわね」
「誰も分からないから仕方が無い。我々は宿屋に向かうがラナーはこのまま城に帰るのか?」
「そうですわね。下着の補充をしてまいりますわ。装備の変更は今のところ必要ありませんわね?」
 ナーベラル以外は頷いた。
「じっくりと仕事をするとレベルというのは中々上がらないものなのですわね」
 もっと楽な方法で強くなってアダマンタイト級になった人が居たような気がしてきた。
 雑魚モンスターを数匹倒したくらいでは意味が無い、実際は。
「一週間で帝国最強四騎士にはなれない。そういうことだろう」
「私も何年も努力して高い位階魔法を扱えるようになりました」
 アルシェも努力はしているのだが中々発展が見込めなくて自信をなくしかけていた。
 人間の限界とされている第三位階まで以前は習熟していた。今はレベルダウンなる現象で第一位階しか使えなくなっているが、改めて元の力を取り戻せるのか不安ではあった。
 レイナースが強いので今は楽をさせてもらっているが、いずれは自分ひとりでお金を稼がなければならなくなる。
 かつての仲間の下にはまだ戻れそうにないけれど、今は無心に努力するしかない。

 act 9 

 休日を設けてラナーはクライムと共に近場の訓練場に向かう。もちろん、護衛の騎士を十人ほど引き連れて。
 ラナーは王女であり、モンスター以外にも狙われるおそれがあるので必要な措置だ。
「そろそろレベル3になれるほどの経験値が溜まってきた頃でしょうか?」
「目標は5ですから先はまだまだ長いですよ」
 一人で小鬼(ゴブリン)を倒すほどにはまだ強くない。
 机上の空論をいつまでも喋っていても強くはならない。
 ラナーは剣を構えて敵に向かう。
 物理攻撃は低いがミスリル製の武器ならば多少はダメージ量が多くなるはずだとクライムは思っている。もちろん、技量も必要なのは分かっている。
 最初はモンスター退治ではなく経験値になる様々な鍛錬や行動でレベルを上げていく。その中で強くなったと実感したものが冒険者に狙いを付ける。
 魔法詠唱者(マジック・キャスター)がいい例だ。
 多少の攻撃魔法でもモンスターが倒せれば収入になるのだから。

 用意されたモンスターとはいえ倒すべき敵だ。ラナーは剣を構える。
 普通の女性ならモンスターと戦うというだけで恐れおののく。だが、ラナーは違う。
 城での醜い争いをたくさん経験している彼女にとって弱い生物を殺す事に悲しみなど感じない。
 退屈を紛らわせる意味しか最初は無かったがクライムから色々と学んで考え方は少しずつ変わってきた。
 自分でも生き物を殺してみたいという風に。
 とはいえ、今はまだ非力で世間知らずなお姫様だ。
 以前まであった『女優(アクトレス)』を失ったとしても記憶としては残っている。
 問題があるとすれば、やはり。

 レベルアップとは何なのか。
 経験値の割り振りとは何なのか。

 この二つを解明しない限り闇雲な戦闘は徒労でしかない。
 楽して強くならない事は理解している。だが、推測は実証してこそ価値があるものだ。
「では、ひと狩り行ってきますわ」
 軽快な動作で小鬼(ゴブリン)に向かい、武器を奮う。
 ガス、という鈍い音。
 さすがに一撃では殺せない。当然、小鬼(ゴブリン)も殺されまいと反撃する。
「ギャア!」
 耳障りな雄たけびを上げる小鬼(ゴブリン)が反撃してくるがクライムは腕を組んだまま見守った。手助けすることは王女の為にならないと判断しているからだ。
 多少のケガは控えている信仰系の従者や回復アイテムで癒せる。
「!?」
 棍棒による反撃は驚きつつも痛いと感じた。
 相手は命を取られると思っているのだから殺されまいと手加減などしない。
 動きの鈍いラナーに更なる追撃を仕掛けてくる。
「クタバレ」
「……そうは行きませんわ」
 と、棍棒を剣で受けるラナー。その時、ボキリとはっきりと音が聞こえた。
「……うぁ!」
「ラナー様!?」
 自分の意思に逆らう右手は武器を持ったまま垂れ下がる。それも本来は曲げられるはずの無い角度で。
 痛みが時間差で襲ってくる。武器を取り落としたところを小鬼(ゴブリン)は殴りかかってきた。


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04 小鬼を殺すのも一苦労ですわ

 数値的に言えば4ポイントのダメージか。更なる殴打で2ポイントのダメージ。
 数字だけの戦闘であれば怯む事はない。だが、実際の戦闘は数値では表せない様々な事態が起きるものだ。
 身体は強固な鎧に守られているので小鬼(ゴブリン)の攻撃はあまり通じない。
 露出している頭部や間接部は意外とダメージを受ける。
 ラナーは頭部に受けた一撃で視界が暗転した。すぐに復帰するも手負いの小鬼(ゴブリン)は生きる為に襲い掛かってくる。それしか道が残されていないからかもしれない。
「……はぶぇ……?」
 意識がはっきりしてきたところで左手で武器を取ろうとするのだが手が震えて掴めない。
 動けないラナーに小鬼(ゴブリン)の追撃が迫るが、それは止められた。
「このまま死ぬのが実際の冒険者ですよ、ラナー様」
「……あはぁぶ……? う、びゃへぅ?」
 言葉にならないラナー。
 手を振ろうとしているのか、何を訴えたいのかクライムにはすぐには分からなかった。
 殴られた場所が悪かったようだ。目の動きが激しい。左右で違う動きをしている。
 クライムは治癒魔法をかけるように命令する。

 意識が定まってくる頃にはラナーはつい今しがたまで眠っていたような気分を感じた。だが、戦闘の記憶は残っているので右手を確認する。
 鈍痛は残っていたが指などはちゃんと動かせる。
「……王女は小鬼(ゴブリン)より弱いようですわね」
「普通、王女は武器を持って戦いませんよ。しかもレベル2でなんて、無茶もいいところです」
「……言葉もありませんわね」
 それはそれで情けないなと思った。自分が想定していたより戦えない事に。
 まだまだ相当な鍛錬が必要だ。
「鍛錬なので引き返せますよ」
「……いえ、続けます」
「分かりました」
「身体を押さえつけてモンスターを倒すのは()()()()()でしょうね」
 既に処分された小鬼(ゴブリン)の死体に顔を向ける。
「倒せればいいので。ご要望であればそのような討伐方法もありえますよ」
 王女としての特権を行使することもやぶさかではない。
 卑怯なのは百も承知。そうであっても戦いは面白くなくては続けられない。
「楽をしたところで皆さんに経験値が割り振られるのでしょう?」
 人数が多いのでかなり少なくなる。
「多くて……2ポイントでしょうか」
「確実に1ポイントは貰える……。そうであるのならば、それはそれでありがたいと思うことに致しましょう」
 命のやり取りにたった1ポイントしか手に入らない。それでは命を賭ける意味が無い、と考えても不思議は無い。
 それでも手に入る経験値はありがたく思わなければならない。
 ナーベラルの(アインズ)ならば『骨折り損のくたびれ儲け』と言うかもしれない。

 act 10 

 念のために適切な治療を受けてから再度、戦闘を開始する。
 クライムは止めようとは思ったけれど頑張ろうとする意思を尊重したかったので口には出さなかった。
 またモンスターと戦うのもいいのだが、せっかくの野外なので戦士と模擬戦をしてもらうことにした。
 相手は王国屈指の実力者。

 ガゼフ・ストロノーフ

 戦士長であり、父であるランポッサ三世の信頼が厚い男性だ。
 平民から実力のみでのし上がってきた精鋭の一人。数々の武技の使い手だ。
 出世欲は無いけれど部下の処遇改善には一家言(いっかげん)があるらしく、他の貴族から(うと)まれている事もしばしば見受けられた。
 厳つい形相にはち切れんばかりの鍛え上げた筋肉で覆われた身体は鋼のごとく。
 主武装は剣のみだが他にも武器は扱える。
「姫と戦う事になろうとは……」
「鍛錬ですので。お手柔らかにお願いいたしますわ」
 軽い武技を使っただけでラナーの身体が木っ端微塵になるのではないかとガゼフは思った。それほどラナーはまだひ弱だからだ。
 そんなか弱い女性がなぜ、危険な冒険者になろうとしたのか理解は出来ない。だが、王家の者が決めた事に容易く口出しなど出来るはずが無い。
「剣の技は伝授できませんが……。軽い打ち合わせから始めましょうか」
「よろしくお願いします」
 まずは剣を構えさせる。
 一日で飛躍的に上達するわけが無いので最初は頼りなくて当たり前だ。
 今のラナーの実力ではガゼフに1ポイント以上のダメージは与えられそうにない。ただ、二百回くらい当てれば倒せるかもしれないけれど。

 ガゼフ・ストロノーフのステータス。
 職業(クラス)
 『戦士(ファイター)』レベル15
 『傭兵(マーセナリー)』レベル10
 『王者(チャンピオン)』レベル3
 『料理人(コック)』レベル1
 HP242
 MP0
 物理攻撃41 物理防御26 素早さ31
 魔法攻撃0 魔法防御14 総合耐性25 特殊31

 クライムのステータス。
 職業(クラス)
 『戦士(ファイター)』レベル15
 『守護者(ガーディアン)』レベル8
 HP129
 MP0
 物理攻撃28 物理防御30 素早さ26
 魔法攻撃0 魔法防御25 総合耐性27 特殊25

 黙ってやられたりはしない筈だ、とラナーは苦笑する。
「まず基本の斬撃から。……盾はお使いになられないのですか?」
「盾ですか……。やはり盾は必要でしょうか? 攻守両方より攻撃をまず学ぼうかと思いまして」
「防御も大事です。俺……私は戦場では両手武器の大剣を用います。武技の関係上、盾が邪魔になるおそれがあるので」
 最大の攻撃を発揮するには両手で強く握り締めた攻撃の方が高い。もちろん、防御を捨てるわけだから攻撃を食らえば大ダメージは必至だ。
 ラナーに剣の握り方。身体の向き。足腰の調整に立ち位置を指導していく。
 武器による打ち合いよりまず基本動作の確認から始める。
 それらを終えて打ち合い。
 金属と金属がぶつかると手から身体全体に振動が伝わってくる。
 最初はそれに慣れる必要がある。
「鍛えていないラナー様の御手ならば弱い小鬼(ゴブリン)の攻撃でも危険でしょうな」
 モンスターは戦いなれているところがある。
「……そういえば、お一人で戦われるのですか?」
「最終的には一人である程度はモンスター退治がしたいですわ」
「一人で活動なさるには相当な熟練者でなければ無理です。一朝一夕には行きますまい」
「そのようですわね。そこまで行けるかは未知ですが……」
 基本的な攻め方を教わりつつラナーは息が上がってきた。額から玉のような汗をかく。
 言葉では聞いた事があるのだが本当に大粒の汗にビックリした。
 それらが鎧の中に入り込めば(にお)いがこもる。
 いつも清潔にしている自分はなんて恵まれていたのか、と実感する。
「……汗臭い王女……。あまり誉められたものではありませんわね」
 それでも武器を握る手は緩めない。
 実際の戦闘で諦めは死に繋がるからだ。

 基礎の次は実戦なのだが本気で戦うわけにはいかない。
 こういう訓練を長く続けてこそ意味がある。
 腕力の無い王女の為に篭手の改良を打診。
 一般の冒険者ではないので装備を充実させないと筋骨隆々の王女が出来上がってしまうかもしれない。
 アダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』のリーダー『ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ』のように強く美しい女性ならば何も問題は無い。
 彼女(ラキュース)の場合は人並み以上の努力とたゆまぬ戦闘経験を構築してきた。そんな彼女のように鍛えることはガゼフには出来ない。
「ラキュース殿でなくて良かったのですか?」
「あまり為になりそうな気がしなかったので。ついつい世間話しをしそうですし」
 女性の会話は少ないが得意という訳ではないガゼフはただ唸った。
 歳のころは自分の娘と言われても違和感が無いかもしれない。
「私は……手加減とか苦手な方ですが……。ラナー王女とて容赦は出来ませんよ」
「お遊びで冒険者になるわけには行きませんものね」
 剣を強く握るラナー。それでもガゼフの一撃を受ければ簡単に取りこぼしてしまう。
 弱いからとて軟弱と斬り捨てたりはしない。
 戦いの道は長くて険しいのだから。
 ある程度の打ち合わせの後に素振り百回。屈伸運動もさせた。
 あまり手にマメを作るような事は避けた方がいいけれど、ラナーが拒否すればいつでも中断する予定ではあった。
「……はぁ、はぁ……。剣が……」
 握っているだけで辛くなってきた。何も無いところを斬っているだけでも辛い。
 汗まみれになっていくラナー。
 それでも特訓をやめない理由は何なのか、とガゼフはクライムに尋ねた。だが、彼もラナーの目的は知らない。
 ただ単に暇つぶしなのだとしても、ここまで熱心に出来るものなのか。
 本心を見せないラナーの心中。それは王女としての処世術なのかもしれないけれど。

 act 11 

 特訓を終えて城で身支度を整えた後、死んだように眠るラナー。
 数時間後に目覚めれば酷い筋肉痛で悲鳴を上げる。
 握力がまだ戻ってきていない為に物が持てない。
 数人のメイド達によって食事は何とか食べられたが、あまり食欲が湧かなかった。
 クライムの時とは明らかに違う。
 本当の特訓はもっと辛いという事だ。
「ラナー様。このまま続けられるおつもりですか?」
「もちろんです。……私は意外と負けず嫌いなんですよ」
 序盤はこんなものだと予想していたが身体の脆弱さにラナー自身、呆れている。元々、武闘派ではないので仕方が無いが、もう少し戦えると思ったのが間違いだった。
 良い武具を使えば楽。ラキュースを見ていて、そう思っただけだが彼女も相当な努力をしてきたに違いない。それでいて優雅に振る舞える。だからこそのアダマンタイト級冒険者『蒼の薔薇』のリーダーなのかもしれない。
 単なる有名な武器(魔剣キリネイラム)を持った女というわけではない。
「そういえば、クライム」
「はい」
「経験値が溜まった後はどうすれば良いのでしょうか?」
「それは私には分かりかねます。気が付いたらレベルアップしているものらしいです。世間一般の意見では……」
「……例の施設(チート)ナザリック地下大墳墓(アインズ・ウール・ゴウン)に赴く必要があるのかもしれませんね」
 卑怯な方法はあまり使いたくないけれど、必要な情報くらいは欲しかった。
 今の段階では一つくらいしか上がらない。
 ずっとレベル2のままでは小鬼(ゴブリン)くらいしか倒せない。
 ある程度の強さは必要だ。

 冒険者になってすぐ卑怯な手(チート)を使うのも我慢が足りないと言われるかもしれない。とりあえずとして小鬼(ゴブリン)を百匹ほど倒す目標を立てる。
 チーム戦はカウントしない。
 そういうことで再度、挑戦する。
 鍛錬で少しは動けるはずと思ったが筋肉痛が抜け切らない。
 異様に身体が重く感じられる。
「……このままでは筋肉が付きそうですわね」
 首から下が筋骨隆々の姫が出来上がるのは決して冗談ではないような気がしてきた。
 想像すると面白い化け物が現れるが笑い事ではない。
 あれこれ抑制していると身体を壊しそうなので多少の筋肉には目を(つむ)らなければならない。すぐに王国戦士長や『ガガーラン』になるわけではないと思うけれど。
「では、頑張りましょう」
 (あらかじ)め捕らえていた小鬼(ゴブリン)と対決する。
 動きが少し鈍いが懸命に耐えた。
 しっかりと相手の動きを見て剣を奮う。
 手の感触では握りはしっかりしているのが分かった。
「ギャッ」
 小鬼(ゴブリン)の棍棒をしっかり受け流す。今度は骨折しないで済みそうだ。
 油断無く一撃、一撃を入れていく。ダメージ量はおそらく少ない。
 真剣な眼差しで剣を振るうラナーに笑顔は無い。
 油断すれば敗北して地に倒れ伏す。それもいとも容易く。
 見守っているクライムも手に力が入る。
 深く切り込めないので長期戦になるのだが、今のラナーには負ける気配はなかった。
「トドメです」
 動きが鈍くなった小鬼(ゴブリン)の喉に剣を突き刺す。
 数値的にはHPが0になったところか。
「ラナー様。まだですよ」
「はい」
 HPが0になったからといって戦闘が終わるわけではない。
 確実に殺して初めて戦闘は終わる。
 動かない小鬼(ゴブリン)の首を何度も切りつける。その間にもダメージは入っていく。
「あは、あははは。死にました。小鬼(ゴブリン)さんが死にましたよ」
 笑いながら尚もモンスターを切りつけるラナー。
「あ~、ははは」
 口角を上げつつラナーは振りかぶり、思いっきり小鬼(ゴブリン)の首に剣を当てる。それを切断しきるまで繰り返す。
 最終的に首が離れてからラナーは動くのを止めた。
 最初から最後まで攻撃をやり通す。確実な討伐こそが正しい方法だ。
 ただの撲殺では一人前までの道のりは遠い。
「次です、クライム」
 呼吸もままならない内にラナーは剣を持ち直す。
 モンスターを討伐したラナーの顔は底冷えのする冷徹さがあった。だが、それを恐れる者は誰もいない。
 クライムが用意した従者は全てラナーの為に命を捧げられる数少ない者達だ。
 もし、怯える者が居れば、それは間者(かんじゃ)以外の何者でもない。
「分かりました」
 新たな得物を現場に引き入れる。
 ラナーが根を上げるまで訓練は続く。

 act 12 

 低レベルのモンスターを討伐するのは非効率的なのだが今のラナーには上位モンスターとの戦いは無謀だ。
 時間がかかっても数をこなさなければならない。
 勢いに乗れるほど世の中は甘くなかった。三体目を撃破したところで嘔吐するラナー。
 死体の臭いに身体が拒否反応でも起こしたかもしれない。
 生き物を殺す冒険者にとっては登竜門的な事だ。
「……苦しいですか、ラナー様」
「……はぁ、はぁ、はぁ……。……うぇお」
 内臓が奇妙な動きをするのが良く分かる。
 一通り吐き終えたところで、水と手拭が渡される。
「王女がモンスターの血で汚れるのはいささか問題ではありますが……。まだ、続けますか?」
 クライムとしては続けてほしいと思っている。折角、やる気になってくれたのだから途中で挫折されるのは勿体ないと思った。それに仲間が居る。
 彼女たちもラナーが欠員になれば少なからず動揺する筈だ。
「身体が慣れれば……。それまでは続けますよ」
 ラナーとて折角、冒険者登録が出来たのだから急にやめるのは勿体ないと思っている。
 今は努力の期間だから仕方がない。
 身体の変調は想定内ではあるが正直に言えば辛かった。
 慣れない運動は事前に下準備しなければ駄目だと思い知った。
 クライム達が普段から身体を鍛えているのは強くなる為ではあるのだが、こういった不調を防ぐ意味合いもあった事を身を持って知った。
「まだまだ続けます。……ですが、今日は終わりにしましょう」
「分かりました。それと訓練ですが小鬼(ゴブリン)達の部位を切り取っておくと良いですよ」
「……クライムも意外と鬼ですわね」
「何のことでしょうか」
 クライムは苦笑しながらとぼける。
 とにかく、大きな怪我が無くて良かったと安心したのは嘘ではない。

 一日の休暇の後、レイナース達と合流する。多少は筋肉痛が残っていたが仕事が出来ないほどではない。
「……雰囲気が変わりましたね」
「そうですか?」
 レイナースの目から見たラナーは戦士っぽく見えていた。
 まだ幼さは抜け切れていないけれど、仕事に対する意気込みは感じた。だが、今回の依頼は都市の清掃だ。
 銅プレートは雑用が多い。あまり危険な仕事は請け負えない。
「……清掃も仕事の内ですか?」
「清掃しながら治安維持も兼ねている筈だ。武器を持った冒険者が目を光らせていれば多少は大人しくなる」
 弱いからと言って手を出せば上級の冒険者が駆けつける。
 冒険者ギルドは監視の仕事も(おこな)っているので。
 戦士系の冒険者ギルドの他に魔術系の魔術師ギルドも存在する。
 こちらは魔法用の巻物(スクロール)などを販売している。
 スクロールはとても高価で取得している職業(クラス)が『習得できるけれど選べなかった他の魔法』などを使う場合に使用する。
 ただの一般人には使うことが出来ないマジックアイテムだ。
 スクロール一枚が金貨一枚から。これは平均的な市民の一ヶ月の生活費と同等の額だ。
 王国貨幣は帝国と価値は同じだ。全国共通で使われる『交易共通貨幣』なるものがある。
 これは両替時に貰う貨幣で、国内で使用する時に自国通貨と混ざらないようにするためのものだ。
 王国では銅貨二十枚で銀貨一枚。銀貨二十枚で金貨一枚。金貨十枚で白金貨一枚となっている。
 金貨一枚は銅貨四百枚相当だ。白金貨は貴族でもない限り使われないほど貴重な貨幣である。
 ナーベラルは二重の影(ドッペルゲンガー)の種族スキルで色々なスクロールを使うことが出来る。同じように錬金術師(アルケミスト)も魔法のクラスに依存せず扱うことができたりする。なので意外と購入者が多い。
「王都の清掃となると大規模そうですわね」
「さすがに全部ではない。決められた区画を複数の冒険者が担当するようだ。もちろん、サボればそこだけ汚くなる」
 自分の国、というか都市が汚れるのは気分的にも嫌なものだ。
 下水道は専門の職の人間が担当するようで冒険者は地上部分が多い。
「自分の国を自分で掃除するのも悪くはありませんわね」
「王女がこんな仕事を請け負うのもどうかと思うが……。良い宣伝になるのではないか?」
「目立ってしまうと六大貴族の方々に睨まれてしまいますわ」
 既に王女が冒険者をしていることは伝わっている筈だ。だから、今さら顔を隠しても意味が無い。
 嫌味を言われるか、何らかの嫌がらせ、圧力などを加えてくるのか。
 色々と嫌なことは浮かぶ。何も無ければ仕事に集中できる。

 それぞれ汚れてもいい前掛けなどを身につけて顔に布を巻き、頭巾をかぶる。そして、道に落ちているゴミを拾ったりする。
 指定された区域を重点的に掃除していくのだが、ラナーは仕方がないとしてナーベラルは道具の扱いに苦労しているようだった。
 戦闘メイドのはずなのに。
「とても非効率的な道具だな」
ナザリックはもう少し扱いやすいのか」
「魔法と粘体(スライム)を駆使すれば早いものだが……。野外清掃は経験が浅くてな」
 地下大墳墓なので室内清掃が主だった。
 一般メイド達は天井を隅から隅までは無理なので、大々的な掃除は滅多にやらない。
 やらない、というか天井までが高くて出来ない。
 第七階層は溶岩地帯なので掃除がしにくい。熱く煮え(たぎ)る溶岩は掃除できない、が正しいかもしれない。
「見よう見まねで覚えてくれればいい」
「了解した」
 ナーベラルは仕事に対してはとても聞き分けがいい。
 それ以外の気楽な時間の過ごし方が苦手なのかもしれない。あと、人間蔑視が酷いのだが、それは異形種なので仕方がないと諦められる。
 ラナーもあまり掃除しない人種だがレイナースが色々と指導する。
 アルシェは手馴れたものだった。クルシュは森の中での生活が長かった為か、掃除をする意味が見出せていないようだ。多少の片付けは出来るが、徹底的には出来ない感じだった。
「……教え甲斐があるようだな」
「それぞれ出身がバラバラですものね」
 失望は無い。
 賑やかで結構だと思うくらいだ。
 アンバランスさは退屈しなくて済むし、むしろ良いチームかもしれないと思うほどだ。

 act 13 

 広い王都の一区画とはいえ清掃作業はそれなりに重労働だ。
 下ばかり見ていると腰が痛くなる。
 建物の雑巾掛けをするわけではないが、汚い建物は長い歴史を感じさせる。
 人間の都市は二百年前に形作られたという。それ以前にも都市はあったが『魔神』と呼ばれる者達との争いで滅びたり、自滅したりを繰り返してきた。
 五百年前、『八欲王』と呼ばれる凶悪無比な者達と『竜王(ドラゴンロード)』達の大きな争いも歴史には残されている。
 バハルス帝国の南には獣人(ビーストマン)達と人間の国を含む六大国が互いに睨みを利かせて今も争い続けている。
 世界は広く、ラナーも自由に旅が出来ればもっとはっきりした情報が得られるかもしれないと思った。
「……王女は旅などしませんか……」
 城で一生を送るというのも面白くない。
 国を治める者は外交という手段で飛び回れるけれど、自分はどこまで行けるのか。
 敵の多い国に魅力も未練もおそらく自分には無いかもしれない。
 クライムさえ居れば、と言うのは簡単だ。だが、生活する上で様々事を学ばなければならない事に変わりは無い。
 どこかの都市で隠居するとしても一生を家の中で過ごすのでは意味がない。
「ラナー。改めて聞くが……。どうして冒険者になろうと思ったんだ?」
 掃除をしながらレイナースは尋ねる。
 何の不自由も無い贅沢三昧の王宮暮らしの方が安全なのに、と。
「城の中が退屈だからですわ」
 モンスター退治は二の次だったけれど、避けては通れない。だから、剣を持つ。
 そんな単純な理由だ。あと、モンスターとの戦闘は不得手ではあるけれど色々と興味深いことがあり、それほど嫌いではなかった。
「命をかけたお仕事というのは分かりましたが……。私、これでも真面目に考えているんですよ」
「……確かに取り組みは真面目なのでしょう」
 非力な王女がそもそもモンスター退治をするのは前代未聞ではないのか。
 日頃から武芸を嗜む人間であれば多少は理解出来る。
 国を治める側の人間はいつ何時、誰に狙われるか分からないものだ。ラナーとて例外ではない。
 存在を疎ましく思われている筈だ。それも身近な肉親とかに。
 それでも危険を承知で外に出るのは何も考えていないバカか、それとも(さか)しい女ということか。
「我々は金で雇われた傭兵ではないから……。チームとしてお付き合いさせていただきますよ」
 下がったレベルを戻さないといけないし。
 銅プレートはそれほど危険な仕事は出来ないようだから。
 昇進するとまた話しが変わってくる。
 冒険者は首から()げている金属のプレートの質が変わるごとに仕事もより危険になっていく。
 (カッパー)(アイアン)(シルバー)(ゴールド)白金(プラチナ)ミスリルオリハルコンアダマンタイト
 一定の依頼をこなすごとに昇進試験用の依頼を受ける。それを見事にこなせれば昇進する。
 特例も有り、飛び級する事が出来る。それはとんでもない事件でもない限り、普通は不可能だ。

 ゴミ拾いを終えたのは三時間後くらいになった。
 それほど収入は無いけれど、えり好みしては昇進試験は受けられない。
 いくつかの条件を満たして初めて昇進試験を受ける事が出来る、らしい。だが、その条件は冒険者には秘匿されている。
 モンスター退治だけで上には登れない。
 特にミスリルからは国を守る、という責任が付随してくる。
 国家の危機に馳せ参じる命令が下される事がある。
 アダマンタイト級のラキュースも特別な理由が無い限りは拒否できないと言っていた。
 命を懸けるのだから収入は多い。同時に危険度も高い。
「……仕事を終えて経験値の割り振り。これを何度繰り返せば元のレベルになるのでしょう?」
 クルシュの質問にレイナースは答えられない。
 ナーベラルも休む事無く次の依頼を受けたい気持ちだった。
「単純に考えれば……。十年くらいかかりそうだ」
 そもそも元の強さまで自分達は一日で強くなったわけではない。ナーベラルは特別だとしても。
 ラナーも元々はもう少しレベルがあった。()()()()()により下げられている。
 本来のレベルはおそよ7。残念ながらレイナースが言っていた『カリスマ』は()()持っていない。
「単純に数日で強くなる場合はどうすればいいでしょうか?」
「荒唐無稽でいいのなら。(ドラゴン)クラスを五十体ほど倒せばいいんじゃないか。今の段階ではダメージを与える事すら不可能に近いけれど」
 それくらいならアルシェも劇的に強くなりそうだ。
 大雑把な数だが確実に大量の経験値は手に入る。それも割り振りで分割されたとしても。
 後は(ドラゴン)に匹敵するような強さでダメージを与え易いモンスターが居ればいい。だが、そんなモンスターは思いつかない。
 厄介な能力を持つ巨大石化の魔眼の毒蜥蜴(ギガント・バジリスク)も強敵ではあるが(ドラゴン)と比べると格段に下に落ちる。
「後はまあ……」
 ナーベラルの拠点であるナザリック地下大墳墓に居るレベル100のモンスターを何回か倒せばいいんじゃないか、という考えが浮かんだ。
 つい、ナーベラルの方に顔を向ける。
 経験値稼ぎの為に何度も死んでくれそうなレベル100は居ない。確か蘇生費用が莫大だと聞いた覚えがある。
 金には余裕が無い。これはいくらラナーの財産でも簡単には賄えない。
「バカな事を聞くが……。お前のところの吸血鬼(ヴァンパイア)……。レベル100のやつ。あいつを数回倒せばすぐレベルが上がりそうなのだが……」
 本当にバカみたいな言葉にナーベラルは眉根を寄せた。そして、なんて不敬な事を言うんだ、この下等生物(ユスリカ)は、と思った。
「……なんと恐れ多い事を……」
「あくまで例えだ。バカな事は百も承知している」
 ナーベラルにとっては上司に当たる階層守護者を侮辱されたような気持ちで怒りがわいて来ることだった。
 虚空から金の棒を銀で覆ったような金属製の杖を出す。
 今のナーベラルはレイナース達と同じくらいの強さしかない。魔法も第一位階止まり。
 それでも譲れない事はある。


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05 ヴィクティムも冒険者になりたい

 一触即発の雰囲気だがレイナースは慌てない。
 レベル差のある敵ならまだしも今は同等の強さになっているのは理解している。
 ナーベラルが不敬な事と受け止めるのを分かって言ったのだから自分が悪い。
 だから、素直に頭を下げて謝罪する。
「あくまで例えなのだが……。すまなかった」
 あっさりと頭を下げてきたレイナースに対し、敵対行動しか考えていなかったナーベラルは意表を突かれた気持ちになった。
 仲間として共に戦うのだから安易に敵対しては色々と不都合な事がある。それを思い出した。だから、武器を収めた。
 普段なら殺しているところだ。
「……謝罪は受け入れよう。だが、……いやいい。人間に言っても無駄だろう」
 もとより敵だ。
 率先して倒すべき相手、というわけではないが主の命令に逆らう事は出来ない。
 それに強大な敵を倒さないと効率的なレベルアップが望めない事は事実だ。それは否定しない。
 今の自分たちで倒せるのは残念ながら(ドラゴン)ではなく弱い小鬼(ゴブリン)人食い大鬼(オーガ)くらいだ。
 それでは時間がかかっても仕方が無い。
「今は地道な戦闘しか出来ない。変に効率に走って全滅しては本末転倒だ」
 ()()()()()()強くなる事が主から与えられた命令だ。だから、全滅させるわけにはいかない。
 平均値で割られるならば数人が低いままの方が得られる経験値も多少は増える。
「お前たちはレベルアップを控えて、まず私が強くなるのはどうだ?」
 そうしてさっさと解散する。それがナーベラルの出した結論だ。
「結局はお前一人で戦うのと変わらないと思うのだが……」
「……む」
 ()()()()()()強くなる命令に矛盾が生じるのか、と少し驚く。
「平均値の事を言いたいのだろうが……。元々がバラバラの強さだ。全員がナーベラル・ガンマと同じ強さになれるわけじゃない。むしろ、ナーベラル・ガンマは弱いままの方が我々に割り振られる経験値が高くなると思う。ある程度の強さになったら脱退して一人でモンスター退治をすればいい。その方が効率的であるし、仲間との齟齬も生まれにくい。そもそも、お前『漆黒』のメンバーだろう?」
 矢継ぎ早やに言われて反論できなくなるナーベラル。
 眉根を寄せたまま唸り続けた。
漆黒は『美姫ナーベ』だ。今の私は戦闘メイド『プレ……デス』のナーベラル・ガンマとしてここに居る」
 『六連星(プレアデス)』か『七姉妹(プレイアデス)』か迷ってしまって口ごもってしまった。
 時々、変更される名称なので忘れてしまった。

 経験値の話しは長くなりそうなので一旦、宿屋に帰還して頭を冷やす事で双方が納得した。いつまでも争っていては経験値は獲得できない。
 冒険者となってまだ日は浅いが収入は増えている。下着は頂き物なので出費も抑えられていた。
 アルシェは空いた時間にいくつか魔法を唱える。少しでも経験値とやらを獲る為に。
 クルシュも同様だがナーベラルは瞑想状態だった。
「アルシェの分の給金だが……、今は自分の為に使え」
 レイナースの言葉にアルシェは何も答えない。
 余計なお世話だし、他人に心配されたくない気持ちはある。
 とはいえ、他人の生活より自分の事しか考えられないのはチームとしては良くないは分かっている。
 家が貧しい為にお金しか頼れるものが無い。
「……もっと楽にお金を稼ぐ方法ってあるんですか?」
「あっても危険な事に変わりは無い。天秤にかける()()を間違えるな」
 レイナースは優しく言った。
 強くなれば良いというものでもない。命を落せば全てが台無しになる。
 戦力になるまでは徒労の連続だ。
「明日はどうする? 予定が無ければ冒険者ギルドで依頼探しだ」
 レイナースの意見に反対者は居ない。
 クルシュも長期間の滞在について問題は無い。それは何故か、自分の預かりがトブの大森林ではなくナザリック地下大墳墓だからだ。
 特別な場合が無い限り、自分の意思で行動できる。
「クルシュは正直、いつまで滞在できる?」
「永遠とは行きませんが一ヶ月は……。資金が尽きれば帰らなければならないでしょう」
 多少の野宿は出来るし、歩いてトブの大森林に帰還することも可能だ。だから、取り立てて急ぎの用事は無い。
「では、引き続きモンスター討伐だな。出来るだけ大物を倒すとしようか」
 現時点での大物は人食い大鬼(オーガ)くらいだ。
 出来るだけ多く倒したいところだ。だが、帝国騎士たるレイナースとて一度に二体が限度だ。
 午後は休憩時間にあて、翌日冒険者ギルドに向かう。
 相変わらず賑やかな雰囲気だが依頼を受ける者は少ない。
 世間話しばかりで大丈夫なのか心配になってくる。
「私はイミーナ。ってアルシェ、あんたこんなところに居たの?」
 と、声をかけられたアルシェは驚く。
 元請負人(ワーカー)チーム『フォーサイト』の仲間で半森妖精(ハーフエルフ)のイミーナという女性だった。
 森妖精(エルフ)特有の長い耳に紫色の髪の毛。華奢な体型で胸が小さいのは種族の影響だと本人は思っている。

 イミーナのステータス。
 職業(クラス)
 『野伏(レンジャー)』レベル13
 『盗賊(ローグ)』レベル7
 『遊撃者(ブッシュワーカー)』レベル3
 HP128
 MP35
 物理攻撃25 物理防御21 素早さ27
 魔法攻撃13 魔法防御18 総合耐性26 特殊29

 武器は軽量であれば弓も扱える。
「なにこの『ステータス』って? 強さの目安ってやつかしら。根拠があるのかどうかは分からないけれど……」
 アルシェはイミーナのステータスを()()()()()()眺めて小首を傾げる。
 強いのか弱いのかよく分からなかった。というよりは他人のステータスが見えるとは思わなかった。
「そんなことよりイミーナはどうしてリ・エスティーゼに?」
「出稼ぎ」
 至極当たり前のように言った。
 ()()()()()()()()()辿()()()()()()()()()()()()()()()()というのに。
「悲惨な末路?」
「気にしたら駄目よ。色々と()()()()()が出るかもしれないけれど」
「そ、そうお? うん、分かった」
 レイナースはアルシェの友達を見て、少し安心した。
 彼女にも友達が居たのだな、と。
 一人で思いつめていたので心配だった。気軽に話せる存在が居るなら相手に任せよう。
 安心したのもつかの間、天井近くを飛ぶ気持ち悪い存在に気づいた。というか誰も気づいていないのか騒ぎにはなっていない。
 それは一メートルほどの大きさで桃色の身体だが何も身につけていない。胎児に酷似していて、頭と思われる部分には光り輝く天使の輪が浮いており、背中には羽のような枯れた木の枝っぽいものが生えていた。
 尻尾も有り、元々がどういう生き物なのか想像できない生物だ。
「なんだ、あれは」
「あのお方は我等の仲間『ヴィクティム』様だ」
 と、言ったのはナーベラルだった。
「最初に見た時はびっくりしたけど、大人しくしているから放ったらかしにしているだけだ」
 と、近くに居た冒険者が言った。
 ラナーも軽く見上げてヴィクティムを見る。
 世の中にはまだ未知の生物が居るようで少し嬉しくなった。

 ヴィクティムのステータス。
 種族
 『天使(エンジェル)』レベル10
 『大天使(アークエンジェル)』レベル10
 『権天使(プリンシパリティ)』レベル1
 『能天使(パワー)』レベル1
 『力天使(ヴァーチェ)』レベル1
 『主天使(ドミニオン)』レベル1
 『座天使(ソロネ)』レベル1
 『智天使(ケルビム)』レベル1
 『熾天使(セラフ)』レベル1
 『黙示録の獣(マスター・テリオン)』レベル2
 職業(クラス)
 『愛国者(パトリオット)』レベル1
 『聖人(セイント)』レベル4
 『殉教者(マーター)』レベル1
 HP671
 MP71
 物理攻撃15 物理防御11 素早さ25
 魔法攻撃14 魔法防御15 総合耐性18 特殊57

 ナーベラルは空を飛ぶヴィクティムの側に行き、片膝を付く。
 ナザリック地下大墳墓でのナーベラルの立場では階層守護者であるヴィクティムは畏敬すべき対象だった。
 見た目はひ弱そうだが立場はかなり上に位置している。
「階層守護者であらせられるヴィクティム様。戦闘メイドのナーベラル・ガンマでございます」
くろ()ぼたん()くろ()ぼたん()ひと()はい()もえぎ()きはだ()あおみどり()
 奇妙な言葉を話すヴィクティムは空いているテーブルの上に降りてきた。というより枯れ枝のような羽でよく飛べるものだと周りに居た冒険者は呟いた。
 『飛行(フライ)』などの魔法を習得していれば特段、不思議な事ではないし、種族的なスキルでも飛行自体は可能だ。見た目が奇怪な為に飛べるようには見えなかっただけだ。
 レイナース達の耳にも奇怪な言葉として聞こえていた。
「……こいつは何を言っているんだ?」
 レイナースの言葉にナーベラルは眉根を寄せる。
「普通に挨拶してきただろう」
「今のが挨拶か? というか分かるのか?」
 ナーベラルの耳には普通の『日本語』として聞こえていた。
 通称『エノク語』と言われているのだが、どう考えても色の名前にしか聞こえない。
そしょくやまぶきだいだい()あおみどり()シンシャ()()ハダ()タマゴ()()ムラサキ()ニュウハク()アイ()ハクジ()あおみどり()にはいだいだいぬればしんしゃ()ひと()くわぞめ()しんしゃ()こげちゃ()こくたん()しろねり()だいだい()はだ()
「……全く分からない」
 ひたすら色の名前を言っているのだが雰囲気は伝わってこない。
 耳で聞く分には全く分からないので、ナーベラルに通訳を頼んだ。
 奇怪な言葉を即座に理解出来るのは彼女だけかもしれない。
 それぞれレベルが低いし、便利な翻訳魔法は誰も取得していない。
 多少は棒読み気味だがヴィクティムの言葉を一つたりとも間違えないように伝えていく。
「……言葉が通じないのではチームは組めそうにない」
 レイナースの言葉を受けて、ヴィクティムは身体を震わせる。
「……あかね()おうど()!? ちゃ()おうど()ぞうげ()はだ()ねり()やまぶき()ときわ()もえぎ()……」
 ナーベラルが通訳して初めてヴィクティムががっかりしたことが分かる。
 異形種も冒険者として登録は出来るのだが、冒険者向きではない気がした。
 聞けば死ぬことで足止めスキルを発動する能力があるという。それはモンスター退治を生業(なりわい)とする仕事向きではない。
 毎回蘇生費用がかかる、という意味になるからだ。
 レイナースの指摘に更にヴィクティムはがっかりした。
「やる気は買うが……。もう少し犠牲以外で能力を使わないと……」
 ナーベラルのお陰で奇妙なモンスターとも普通に話せる自分に気づいて驚くレイナース。
 特に違和感無く眺めているクルシュ。
 見た目が気持ち悪いと思っているアルシェ。
 ラナーはただ現場の雰囲気を眺めて微笑んでいた。
「攻撃魔法などは使えないのか?」
たまご()ねり()きみどり()はだ()あおみどり()きみどり()()くわぞめ()くりうすいろ()()あおむらさき()たいしゃ()ぞうげ()……」
「ステータスでは攻撃より支援が得意そうですね」
 ()()()()()()()()()()ステータスを見てアルシェは発言する。
 ただ、そのステータスは他の冒険者には見えないようだ。
「レベルの割りにHPが凄い事になってますね」
「……どうやってそのステータスとやらを見ているんだ?」
「……たぶん、私の『生まれながらの異能(タレント)』かも。種族。職業。それぞれの数字みたいなものが見えます」
 簡易的な部分しか分からないけれど。
 ずっと見えるわけではなく、見たい人物を見つめると出て来て、数分後には消えていく。全員ではないようで受付嬢を見てもステータスは出てこなかった。
 便利なのか不便なのかは今は分からない。
「相手の能力を見る魔法というのは聞いた事がありますが……。便利ですね」
「そうかな」
 クルシュは素直に誉めてきたのでアルシェは少し恥ずかしさを感じた。

 ヴィクティムの言葉が通じるのはナーベラルだけのようなので他の冒険者と組むのは無理そうだった。
 ラナーに判断を任せると面白そうと言って仲間に加えるかもしれない。
 問題は他にもある。
 アルシェの言葉が正しければヴィクティムのレベルはとても高い。なのでかなり経験値が減ってしまう。
「レベル5に落ちてもらえばいい」
「いや、それでは色々と弱体化して能力が喪失してしまう」
 レベル5のヴィクティムは弱い小鬼(ゴブリン)でも勝てそうにない気がした。
 動きは鈍そうだし、手足が短いので殴打は無理。武器は重いものは持てそうにない。
 特殊技術(スキル)を使う以外に戦闘には不向きとしか言いようがない。
 あと、死んでも何も起きないなら無駄死にだ。
「……ニュウハク()アイ()ハクジ()ヤマブキ()シンシャ()ハイ()あおみどり()ひとあおむらさき()うのはな()あおむらさき()たいしゃ()ろくしょう()……」
「ヴィクティム様。あなた様は守るべき役目がございましょう」
「……しんしゃ()しんしゃ()むらさき()……。ちゃ()えどむらさき()たまご()きなりはいぞうげはだ(見学)やまぶき()きなり()たまご()うすいろ()()ちゃ()たまご()うすいろ()しろ()あかね()きみどり()()?」
 諦めの悪いヴィクティムに対し、ナーベラルは返答に困った。
 階層守護者の気まぐれは今に始まったことではない。それに異見できるほどナーベラルは偉くはないし、良い解決策が見つからなければ強引な手に出られてしまう。
 レベルダウンが起きなければ見学は構わないかもしれない。けれども、不測の事態が起きては一大事だ。
 ヴィクティムはただの階層守護者ではない。
 ナザリック地下大墳墓の最大戦力を守護する最重要人物だ。人というか生物だが。
「……まことに申し上げにくいのですが……」
しんしゃ()はい()?」
「……やはり安全を考慮しますに、冒険者として参加なさるのは危険かと……。そもそも、アインズ様からご許可はいただいているのですか?」
 もし、主から許可が出ているならば何も言う事は無い。
 というより、先ほどから組合の中で臣下の礼を取っている二人に他の冒険者達が色々と話し始めている。
 一体何事だと。ある者は興味津々に眺め、またある者は他の冒険者と話したり、人差し指を突きつけたりしている。
 そんな状態でもナーベラル達は意に介していない。
 所詮は下等生物の集まり。有象無象の小言など耳に入らない、とでも言うような態度だった。

 そもそもヴィクティムが勝手に外に出る事はありえるのか、という疑問に思い至るナーベラル。
 最重要の(かなめ)はいくらアインズとて見逃すはずがない。
「……ねり()ぞうげ()ぞうげ()うのはな()あおみどり()うのはなぞうげひ(理解)だいだい()たまご()()はくじ()こくたん()うすいろ()きはだ()しろねり()はい()ぞうげおうどたまご(勝手)もえぎ()ぞうげひだいだいぬればおうど(外出)だいだい()やまぶき()そしょく()きなり()だいだい()くろ()きみどり()()
 レイナース達の耳には未だに難解な言葉として聞こえているがラナーは違った。
 メモ用紙に色々と文字を書き込み、法則性を模索している。
 レベルダウンで(かしこ)さが減ったような気がするがナーベラルの通訳を交えて、ある程度の単語は読み解けた。
 それでも同じ単語が複数出てくると難易度が上がる。
「興味本位で御身を危険にさらすのはいかがなものかと」
「……しんしゃ()はい()キミドリ()ボタン()アイ()シロ()ハクジ()ぞうげ()だいだいはいあおみどりひ(心配)たいしゃ()はくじ()ねり()うすいろ()きはだ()あおみどり()うのはなぞうげひ(理解)たまご()ねり()はくじ()やまぶき()ぞうげ()そしょくやまぶきだいだい()もえぎ()うすいろ()だいだい()うのはな()やまぶき()()こくたんおうどねりぬればしんしゃ(欲求)ぞうげ()ぼたん()はくじ()はい()やまぶき()
「あー、おほん。こちらの言葉は普通に通じるんですよね?」
 と、ラナーはナーベラルに確認の為に尋ねた。
 彼女は少しだけ眉を寄せて頷いた。
「同じ言語でなければ通じないと思っていましたわ」
「ヴィクティム様独自の言葉だが我々の耳には翻訳されて聞こえている」
 こちらの言語が通じるならば相手の言葉だけ理解できれば問題は無い。それはつまり相手側が有利という意味でもある。
 交渉ごとでは意外と苦戦するかもしれない。
「初めまして。私は冒険者チーム金の玉……ではなく黄金の仔山羊のラナーと申します。以後、お見知りおきを」
 ドレスではなく軽装鎧なのでスカートをつまむ動作は出来なかったが丁寧に挨拶した。
 レイナースはラナーにとって『金の玉』は割りと気に入っている名前なのだな、と呆れてしまった。
 正体を早めに教えないといつまでも連呼されて、最終的に改名させられる気がした。
ひと()にゅうはく()あおみどり()ひと()にゅうはく()あおみどり()ひと()たまごひろくしょうひ(丁寧)もえぎ()あおみどりだいだい()えどむらさき()あおむらさき()だいだい()たまご()シンシャ()()ハダ()タマゴ()()ムラサキ()くわぞめ()()()あおむらさき()たいしゃ()ひと()きはだ()しろ()ひと()こげちゃ()こくたん()しろねり()だいだい()はだ()
「見学だけならば飛行して……。ああ、他のモンスターと思われて……」
 ヴィクティムはどう見てもモンスターだ。異形種だから当たり前なのだが。
 野良のモンスターと一緒に退治される可能性が高い。
 それでも冒険者ギルドまで問題なく辿(たど)り着けたのは疑問だ。
「……おそらくシャルティア様の計らいかと。あの方は転移魔法『転移門(ゲート)』を使用できる」
 使用できるというよりは転移門(ゲート)を使うくらいしか仕事が無い。
 普段はナザリック地下大墳墓の地下一階から三階を守護している階層守護者だ。
 敵が攻めて来ない時は各階層の様子をチェックしたり、自分の住処で優雅なひと時を過ごす事が多い。
 攻撃に特化した強さを与えられているので戦わない日々が続くと退屈に感じるのかもしれない。
しんしゃ()はい()
「私も非力ではありますが……。きちんとした装備なり身につけていないと危険ですわよ」
 ヴィクティムはどう見ても全裸だ。裸過ぎるほどに。
 魔法に自信があるとしてもレベルダウンなど起きては一大事だ。
 アルシェはもう一度、ヴィクティムのステータスを確認する。
 物理攻撃と物理防御はかなり低い。HPが異様に高いだけで集中砲火を浴びたらひとたまりもない。
 さすがに習得している魔法までは確認できなかった。
 頭に浮いている天使の輪が武器だというのならば、強引な戦闘は思いつく。
「種族は何なのだ? 正直、こんな生き物は見たことが無い」
「頭に天使の輪があることから天使(エンジェル)系モンスターなのでしょう」
 自然界で天使(エンジェル)というモンスターが生活している噂はラナーの記憶では聞いた事が無い。ただ、召喚魔法で呼び出すモンスターとしてならば知っている。
 王国から南下した場所にあるスレイン法国は天使を使役する、と言われている。
 物理攻撃に対して耐性を持ち、治癒能力を持つ。
 浮遊する能力を持っている為に地上戦闘を得意とする戦士達には戦いにくい相手だ。
 天使の対極となる悪魔も存在する。
におうど()だいだい()ときわ()くわぞめくり()うのはな()そしょくやまぶきだいだい()あおみどり()アカネハイダイダイアカネハクジ(天使)きなりひ()ときわ()ひねりこくたんしんしゃだいだいぬれば(異形種)たまご()たいしゃ()
「ヴィクティム様!? 下等生物(ハナアブ)共にご自分の事を説明など……」
()()はい()やまぶき()だいだいかめのぞきはい(自分)ときわ()ひとくわぞめ()なまり()おうどやまぶき()あかね()きみどり()きなり()にゅうはく()あおみどり()きみどりぞうげあおむらさき(仲間)くわぞめ()だいだい()たまご()おうど()ねり()ぼたん()あかね()きみどり()()やまぶき()しろねり()しんしゃ()
 ナーベラルが心配する気持ちは理解出来る。確かに重要施設の守護を任されている自分が興味本位で冒険者として世間を知るのは無謀だったかもしれないと思った。
 外出はちゃんと許可を取ったのだが、それを伝えるべきか悩む。
 ナーベラルが気付いているのかヴィクティムには分からないが不可視化したシモベを十体以上は護衛として借り受けている。尚且つ、即座に転移で撤退できるように配慮された上で行動している。
 レイナース達の基礎レベルが低いお陰で感知はされていないようだが、元々のレベルであったら色々と察してくることもありえたかもしれない。
 少なくとも()()()ナーベラルであれば影の悪魔(シャドウ・デーモン)を感知することなど造作もない。それが出来ないという事はあながち弱体化は甘く見ることのできない問題だ。
「……たまご()うすいろ()くろ()おうど()あおみどり()うのはな()つゆくさしんしゃきなりはいだいだいくろ(冒険者)もえぎ()きみどり()おうど()たまご()しおん()やまぶき()()きみどり()
「……ヴィクティム様……。そこまでおっしゃるのであればお止めすることはこのナーベラルにもできません。ですが……」
うすいろ()きはだ()しろねり()はい()あおみどりはいちゃはい(万全)ときわ()やまぶきひちゃひ(態勢)たまご()ときわこげちゃ()むらさき()こくたん()
 奇妙な生物とずっと片膝を付いたナーベラルの会話が続いているので待っているレイナースやアルシェは恥ずかしくなってきた。
 クルシュは既に椅子に座って大人しく待機していた。
「冒険者になると言っても()()()()()GM(ゲームマスター)が居るからな。容赦なくレベルダウンされることも覚悟してくれ」
むらさき()おうど()!?」
 唸る時も特殊な言語とは恐れ入る、とレイナースは感心した。それと今のは態度や雰囲気からも理解出来た。

 冒険者になる上でもう一つの気掛かりをレイナースは思い出す。そして、それはラナーも気付いた。
 受付嬢に言葉が通じないという事に。
 ナーベラルの通訳が無ければ無理そうだ。依頼を選ぶのも無理ではないのか。
 興味本位は構わないのだが、ヴィクティムは色々と不便を被りそうだと思った。
「……やっぱりやめた方が無難ではないか?」
「本人のやる気だけでは……」
 ふよふよと空を飛んで受付に向かうも言葉が通じない。
 案の定、受付嬢は引きつった顔のまま冷や汗を流している。
 この化け物は何なんだ、と。さっきから見えてはいた。冒険者になるらしいことも聞こえていた。だが、面と向かって喋る言葉はさっぱり分からない。
 救いがあるとすれば人間の言葉はちゃんと通じている。と、自分ではそう思い込んでいるだけかもしれないけれど。
 長い説明を理解してくれないと規約に厳しい冒険者ギルドとしては困る。
「ヴィクティム様は冒険者として登録したいとおっしゃっている」
「そう言われましても……。そちらの言葉が分からないのでは依頼人との交渉に差し障ります」
 そもそも冒険者は依頼を受けた後、ある程度は自分たち自身で依頼人と打ち合わせや交渉をしなければならない。
 ただ、依頼を受けて依頼人に会っても『なんだ、この化け物は!?』と驚かれて逃げられてしまう。そうでなくても受付嬢は今すぐにでも逃げ出したかった。
 胎児が浮いている。とても気持ち悪い。せめて服くらいは着てほしい。などなど。
 異形種が冒険者の登録をしてはならない規則は無いが、意思疎通が出来る相手じゃないと対応に苦慮する。
「どう考えても冒険者になるには色々と難しいかと存じますが……」
「荷物運びとか出来そうにないし。怖がられて逃げられる結果しか見えないな」
「魔法が使えるなら良いのですが……」
 単独ではほぼ無理だ。チームを作らないと活動に支障が出るのは目に見えて明らか。
 さすがに単独で行動しようとは思っていない筈だ。
「単独で無理ならばチームの一員として……」
むらさきうのはな(無理)もえぎ()みずあさぎくわぞめうのはな(一人)たまご()ぞうげおうどくわぞめしんしゃ(活動)だいだい()こくたん()しんしゃ()くわぞめ()あおみどり()くりうすいろ()おうど()たまご()くり()うのはな()あおむらさき()ちゃ()はい()
 ヴィクティムの言葉をナーベラルは伝えた。
 それに対し受付嬢は安心して頷く。
 聞き訳がいい異形種で良かった、と。
 少なからず人間に対して横柄な異形種が多いので色々とトラブルになりやすい。
 言葉の調子からヴィクティムは大人しい生物だと思われる。というか、そう聞こえるだけかもしれないけれど。
 異形種の中には変身するものが居る。安易に安心は出来ない。
「登録しても……、今は単独の仕事はこちらから紹介は出来ません。申し訳ありませんが……、これはご了承いただきたい」
むらさきうのはな(無理)なまり()くわぞめくり()たいしゃ()ねり()あおみどり()ひと()()()あおむらさき()ちゃ()はい()
 素直に従うヴィクティムにナーベラルは少し感動を覚えた。
 もちろん、下等生物相手になんて慈悲深いのだ、という意味で。
 長い受付嬢の説明が始まるのだがヴィクティムは表情の変化が読めない。もとより胎児になりかけのような存在だ。
 それでも(くじ)けずに説明を続ける。


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06 チームワークは大事ですわ

 登録は受付嬢から冒険者として守らなければならない様々な約束事や収入などの説明が続く。もちろん気になった点があれば質問しても良い。
 この長い説明を聞き終わったからとてすぐに仕事を始められるわけではない。
 まず『メンバーカード』を受け取る。
 手続きの関係上、即日は無理。
 各都市にある冒険者組合に色々と書類を届ける為だ。
 次の日にプレートを渡されて初めて冒険者として認められる。
 チーム名は同じものが無い限り、比較的自由に付けられる。もちろん常識の範囲内でだが。
 付けなくても自分の名前だけで仕事は請け負える。
 活動に関して一人でも仕事は出来るが基本的に複数人でチームを組むのが一般的だ。
 戦士。魔法。補助。それぞれ役割分担を決めてモンスター退治に赴く。
 単独で仕事を請け負うものは余程の実力を持っていないと勤まらない。
 平均人数は四人から六人。
「では、ヴィクティム……さんとお呼びすれば良いのでしょうか?」
 名前はナーベラルが書いた。現地の文字はまだ不慣れなので汚くなってしまったけれど。
あおみどり()()
「こちらがメンバーカードになります。後日、プレートをお渡ししますので……。明日の昼ごろにもう一度、いらしてください」
 正直に言えば『二度と来るな』と立場上は言えなかった受付嬢。
 まだ異形種に対応できるほど心臓は強くなかった。
 ただ、冒険者プレートは首にかけるものなのだが、ヴィクティムには首が無さそうで、どうしたらいいのかと困惑する。
 背中の羽にかけたり、頭の輪に結べばいいのか、など。
「……すみません。ヴィクティムさんにプレートを掛ける場合はどうすればいいのでしょうか?」
 と、ナーベラルに小声で尋ねた。
「……ん。かけにくそうだな。装備品について検討するので用意だけしてくれ」
くり()ちゃそしょく(世話)なまり()くり()ぞうげ()きなり()だいだい()あおむらさき()たいしゃ()
 (へりくだ)る態度にナーベラルは驚きつつも受付嬢に一言も間違えずに伝えた。
「こちらこそ」
 話す内容はとても丁寧なので無下に扱うのは心が痛む。
 見た目で判断してはいけない、と言われているけれど、正にそうだなと思った。

 一連のやり取りを終えて息苦しい空気から解放されたのか、そこかしこで大きく息を吐き出す冒険者が続出した。
 最初の出会いから大人しくしていたイミーナもついつい見守って言葉を失っていたほどだ。
「あんたの連れは色々と面白そうね」
「……そうかな?」
「私は新たなチームと組む予定だから。アルシェはここで頑張りなさいよ」
「……うん」
 イミーナは自分が滞在している宿屋の場所を伝えて他のテーブルに向かった。
 名残惜しいが今の自分は『黄金の仔山羊』だ。無駄に増やせば経験値が減る。
「つい見物してしまったが……。今日の仕事はどうする?」
「モンスター討伐か荷物運びでしょうか?」
 銅プレートの仕事は細々(こまごま)とした雑用が多い。鉄プレートになると少し遠出が出来る。銀プレートから比較的、モンスターと触れ合う機会が多くなってくる。
 最初は何でも地味なものだ。
「そういえば、すっかり忘れていましたが『魔導国』という国がありましたわ」
 地味すぎて存在を忘れかけていた。
 世界征服を企む悪の魔導王。確かに()()()()()()()()()()()()()
 王国の依頼を受けていると危機的状況なのが嘘のようだ。
「武力で他国を攻めているわけではないからな。城砦都市エ・ランテルも普段どおりだ」
 魔導国の都市であるエ・ランテルは今のところ入国制限は無く、元々の住人をそのまま住まわせている。ただし、最初の印象が悪かったのか、多くの冒険者が逃げ出した。
 魔導王アインズ・ウール・ゴウン』はアンデッドモンスター『死の支配者(オーバーロード)』だから、という問題もあったからだ。
 アンデッドは生者を憎む。それが世間一般の常識だった。
 国王と今はなっているアインズは自分の国民に対して重税は課していないし、悩み事はちゃんと聞くようにしている。
 目下の目的は統治の仕方だとか。
 原住民の中から優秀な人材を見つける為に色々と画策しているらしい。
 仕事に対しては驚くほど真面目であるため、王国から派遣した使者が驚いていた。
「それで魔導国がどうかしたのか?」
エ・ランテル冒険者組合に行って墓地での仕事を受け負ってみようかと。アンデッドモンスターが今でも湧き出るんですよね?」
「今は色々な冒険者の訓練施設になっている。依頼では入れなかった筈だ」
「あら、それは残念ですわ」
 経験値稼ぎとしては良い案だ。
 ギルドが干渉できないのでいくら倒しても収入にはならないとレイナースは聞いた覚えがある。
 だから、一般の冒険者はエ・ランテルの東に位置する『カッツェ平野』のアンデッドモンスターを討伐する依頼を受ける。
 そこは王国と帝国が協力して今もアンデッドを掃討している場所だ。
 適度に倒さないと骨の竜(スケリトル・ドラゴン)や強力な魔法を使う死の大魔法使い(エルダーリッチ)が出現するおそれがあるからだ。
 土地面積はかなり広く、アンデッド反応を示す霧で視界不良になり易い。
 奥まで進むのは大変だが腕に覚えのある冒険者は今も挑戦し続けている。
「いきなり行くよりレベルアップについて答えが出てからでも良いだろう。無策で突入するのは愚か者だけだ」
「そうですわね」
 歴戦の戦士の言葉はとても重く感じられた。
 経験値も大事だが昇進も大事だ。
 基本的に依頼はプレートによって決まってくる。自分の実力以上の依頼は受けられない。逆に実力以下の依頼は特別な場合でもない限り受けられる。
 一時期『漆黒』が手当たり次第に依頼を受けすぎて注意を受けた経緯があり、無秩序に選ぶことは今は出来なくなっている。
 誰も引き受けなければ特例として認められるようだが。
 昇進すれば上の依頼が受けられ、報酬も多くなる。当然、危機度も高くなる。
「まずは定番のモンスター退治だ。基本は大事だ」
 レイナースの言葉にそれぞれ頷いていく。

 act 14 

 二日連続で討伐したモンスターは小鬼(ゴブリン)二十一匹。人食い大鬼(オーガ)十一体。ゆえに各1379ポイントの経験値を獲得した。
 ほぼレイナース一人で半殺しにしたので個人で得た獲得経験値は多くなったはずだ。
 アルシェとクルシュはひたすら魔法を使い続けるという討伐とは無縁の方法を取っていた。
 レベルアップに必要な経験値が元々多いので今回の分を足しても物足りなさを感じる。特にラナー以外。
「これでも収入としては多い方だと思うのだが……」
「宿代は充分に確保していますし、食事代も足りなくなる事はありませんね」
 一回で金貨は得られないが溜まっていく貨幣には満足している。
 ラナーは既にレベル3になる条件を満たしている。問題は()()()()()()()()()()()()()()、だ。
 伝え聞いた話しでは経験値を職業(クラス)レベルに使うらしい。
 亜人と異形は種族レベルに投入することが出来る場合があるという。ただ、闇雲に経験値を使う事は出来ないらしい。おかしな化け物になってしまうのではないかと言われているためだ。
 (ドラゴン)は特殊で年齢を重ねればレベルアップするとか。
 一度獲得したレベルは特殊な条件でもない限りやり直しは出来ない。
 世間一般の通説では死亡して復活することだと言われている。あと、経験値を消費するスキルとかの使用。
「今のままだと本当に何年もかかりそうですわね」
「序盤はこんなものだ。昇進していけばもっと強いモンスターを討伐できるようになる。それまでの下積みは確かに長くなるものだ」
 普通はそうなのだが楽をすると後々痛めに()うのが相場だ。
 堅実な上昇の方が身体には優しい。
 無謀な挑戦は命を縮める。
「もし時間が足りないとか、切羽詰った理由があるのなら今の内に言ってくれ。出来る限り協力する」
「私は特に急ぎの用件はございません」
「私もありません。部族からの知らせが来るまでは、と言っておきます」
「……私は……急ぎたい、な」
 自宅に借金取りが来るから、という言葉はレイナースにだけ聞こえるように言った。
「ナーベラル・ガンマ。君はどうなんだ?」
「別の用事が無い内はリーダーの意見に従う」
「では、そのまま続行だ。意見は遠慮無く言ってくれ。相談にも乗るぞ」
 アルシェとナーベラル以外は元気よく返事をした。
 ナーベラルはいつもの事だがアルシェは家庭の事情が複雑なので仕方が無かった。

 act 15 

 バハルス帝国にアルシェの実家がある。
 元は貴族の家系だったが没落してしまった。
 浪費家の両親によって家計は毎日が火の車。かつての暮らしを今も忘れられない為だ。
 アルシェのような家は他にもあり、色々とトラブルを撒き散らしている。
 冒険者として働くのは両親の為ではない。二人の妹の為だ。
 今のままでは身売りされるおそれがある。だからアルシェには金が必要だ。
 一時期は請負人(ワーカー)となって活動していたが強大なモンスターによって大怪我を負い、気が付いたら王国で治療を受けていた。
 他の仲間も散り散りになってしまったが無事は確認している。まだ魔導国が建国される前の話しではあるけれど。
 仲間とはぐれてしまったし、戻るに戻れない。それは治療費を払う金を持っていなかったからだ。金に関して言えば、あるにはある。借金返済用の資金は。だが、それは帝国のとある場所に隠してあるので取りに帰らなければならない。
 一人では何も出来ないので当面の資金を稼ぐ意味で王国の冒険者となった。
 先日、治療費は完済できたが今度は帝国に戻る為の旅費と借金返済用の資金稼ぎをしようと思った。
 今のチームは収入は少ないが安全に稼げる。しかも帝国が誇る最強四騎士の一人レイナースがついている。とても心強い仲間だ。
 同郷の友としていくつか説明はしたが家庭問題は恥ずかしかった。
 運が良い事に着替えは王女であるラナーが無償で提供してくれるし、汚れたら替えも借りられた。
 さすがに売る為に貰うのは気が引けたのでちゃんと返している。
 返した汚れた服は城に居るメイド達が洗っているという。てっきり一度着た服は捨てるものと思っていたが節約志向があるのか、ボロボロになるまで使い続けるそうだ。
 王国の財政は色々と逼迫(ひっぱく)しているから、とラナーは言っていた。
 弱体化したせいで今すぐ戻っても何も出来ない気がする。それに今のままチームを組んでいると今まで出来なかった未知の可能性に触れられる気がした。

 強さとは何なのか。

 第三位階が人間の限界と言われているのが定説だった。だが今は様々な情報で覆されている。
 条件を満たせば人間は第十位階まで行けるのではないか、というものだ。
 少なくとも第五位階、第六位階は届く可能があるらしい。
 問題は強くなればモンスターから得られる経験値が少なくなる事だ。
 ただ闇雲にモンスターと戦っているだけでは中々強くならない秘密というか謎があった。
 彼女達の話しを聞いていて色々と納得でき、感心させられることが多かった。
 上を目指すなら危険なモンスターに挑まなければならない。
 安全策を取るならば途方も無い時間をかけて膨大な数の弱いモンスターを倒し続けなければならない。
 理屈ではそうなのだが、現実問題として単独でモンスターを数万匹も倒せるのか、ということと数万匹も生息している場所がどこにあるか、だ。
 小鬼(ゴブリン)骸骨(スケトルン)なら探せば見つけられそうなのだが、他のモンスターとなると思い浮かばない。
 王国や帝国が保有する冒険者の数はとても多い。ゆえに一人で討伐できるモンスターの数もたかが知れる。
 その中で数万匹の討伐は荒唐無稽であるとさえ言える。
 手っ取り早く強くなりたい、という気持ちがあってもモンスターとて殺されたくはない筈だ。それ相応の抵抗は想像に難くない。

 地道に依頼をこなしつつ小金を稼いでいる内にアルシェ達はレベルアップの条件を満たすまでに経験値を稼いだ。
 一度得たスキルや魔法はレベルダウンすると新しいものから忘れていく。ただし、知識までは消失しない。ただ、使えなくなるだけだ。
「スキルや魔法は誰かに師事することで習得する、という話しは聞いた事があります」
「それでも才能という壁があり、誰でもすぐに覚えられるものではない」
 それが一般的な定説だ。
 クライムも才能が無いと言われ続け、スキルらしいものは殆ど持っていなかった。
 武技も最近になって習得した。
 戦士(ファイター)だから誰でも同じスキルを得られる、というわけではなく、何らかの条件を満たす必要があるのではないか。
 それがたまたまクライムには足りなかったばかりに習得が遅れてしまった、と考えるのが自然だ。
「戦えるようになるには魔法をある程度は習得したい」
 魔法詠唱者(マジック・キャスター)が何も出来ず、杖で撲殺ばかりでは格好が付かない。
 低級モンスターを倒し続けて強くなるには何年もかかるし、実際はそういうものだ。
 楽して上を目指せる世界ではない。
 その常識を破る施設が王国にはある。ラナーとしては手段を選びたくない時がある、と思いはすれど利用するのは少し躊躇する。
「何のためのレベルダウンだ、と言われるかもしれませんわね」
「地道な冒険者としての経験を体験するには有意義だがな。……とりあえず、昇進試験は受けようか」
 ずっと雑魚モンスターを狩り続けると飽きる。それ以前に強くなった、と実感できない。
 収入も少ないし、都合よくモンスターが集まってくれるわけでもない。これは()()()()()()()()()()()()()()()、というのならばどうしようもない事だが。
 レイナースはラナーだけはまだモンスターを倒し続けてもいいと思うので昇進までの間、彼女はクライムに任せる事にした。
 また忘れて戻ってきてしまうかもしれないけれど。

 act 16 

 一人だけ特訓の続きをするように言われたラナーは孤軍奮闘の為に小鬼(ゴブリン)の集団に立ち向かう。
 レベルは2。
 3になる権利があるだけでレベルアップしたわけではない。
「ラナー様。お一人で戦われるのもお疲れでしょう」
 と、従者クライムが冷たい飲み物を王女に渡す。
「一人でモンスターと戦うというのは頭で思っている事と違うので大変ですわ」
「そうですね。もともと非力ですし。武器を持ってすぐ戦闘できるわけがありません」
 慣れない事を無理矢理やっているせいでラナーは大変な事になっている。
 モンスター一匹倒すだけで息が上がる。
 一般の男性よりも筋力が低い。防御が厚くても敵を倒せなければ意味が無い。
「そういえば、剣をお使いですが……。このままだと戦士系の(クラス)を取る事になりますよ」
「まず……私は何を取ればいいのでしょうか?」
レベル75を参考にするのでしたら……、使用する武器は(サイズ)なのですが……。(ランス)はいかがですか? 刺すだけでも」
 槍という武器は騎乗戦闘に特化している。軽いものから重いものまで。
 現段階のラナーにも装備出来るものはある。
 重いハルバードは除外するとして軽い素材で作られた一般兵士用の槍を用意する。
「色んな武器があるのですね」
「はい」
 ラナーの言葉に従者はニコリと笑う。
 スピアランスジャベリンハルバードパイクパルチザン薙刀
 重かったり使いにくい武器を除外すると新兵用としては一メートルほどの長さのスピアが手ごろだ。
 刺突攻撃が主なので避けられると隙が大きい。最初の内は慣れる事から。
 いきなり実戦では辛いので数時間かけての練習からはじめる。
「レベル5までの道のりはなかなか遠いものですわね」
「……普通は数値が分からないものですよ」
 そもそもどうして数値が分かるのか、クライムも不思議だった。
 そういうものだと理解するしかないのだが、世の中には不思議な事がたくさんあるものだと驚いた。
 刺突攻撃なので確実に急所を狙わないと反撃を受ける。
 最低限の攻撃箇所をクライムから学ぶラナー王女。

 夕方に実戦として小鬼(ゴブリン)一体に挑戦する。
 練習とはいえ小鬼(ゴブリン)にとっては命がかかっているので手加減はしてこない。
 森を住処(すみか)にしていて、生息数がとても多いモンスターだが、冒険者の餌食になっているのに次から次へと出てくるのが不思議で滑稽だった。
 学習能力の低いモンスターとも言える。
 それをレベル上げの為に殺す自分も色々と学習能力の無い野蛮な存在のように思えてしまう。
「刺してすぐ抜いてください。一撃に甘えてはいけませんよ」
「はい」
 的確に攻撃が出来てもモンスターを確実に仕留めたわけではない。中には生命力に溢れたモンスターも居て心臓を突かれたくらいでは倒れない場合もある。
 確実に動かなくなるまで油断してはいけない。
 大事なことは心臓と頭を潰す事。その後で部位の搾取。
「死んだ振りする場合もありますからね。アンデッドの場合はまた違う方法が必要ですが……」
 アンデッドモンスターは刺突攻撃に対して高い耐性を持っている。現段階で槍装備のラナーには骸骨(スケルトン)でも倒しにくい敵となる。
「はい」
 素直に返事をするラナー。
 真面目な指導に対して敬意を払っているだけだが、普段の兵士はもっと大変な仕事をしているのだなと感心する。
 今はまだ小鬼(ゴブリン)程度しか倒せないけれど、もっと凶悪なモンスターとも戦うことになるかもしれない。今までは兵士達が大変な苦労をしてきた。その一端を感じたラナーは今日ほど感謝の念を抱いた事は無い。そして、()()()()()()()()()()()()、と胸の内で言った。
 そうしてモンスターを三匹まで倒したところで一日が終わる。
 熟練の戦士ならば二十匹くらいは倒している気がするけれど、効率が上がらないのは如何(いかん)ともしがたい。
 城の自室に戻り、風呂に入ったり着替えを済ませたり、マッサージを受けると異常な睡魔が襲ってきた。
 魔法によるものではなく、単純に疲労によるものだ。そして、身体が悲鳴を上げ始める。
 ひ弱な王女が重労働するのだから筋肉痛は確実だ。
 翌朝には動けなくなるほど。
「……毎日、モンスターを倒せば楽になりますか?」
「適度な訓練を一ヶ月くらい続ければ楽になってきますよ」
「……身体全体を動かす訓練というものは大変なのですね」
「そうですよ」
 姫の弱音に対し、クライムは素直な感想で返す。
 まだまだ駆け出しとはいえ逃げ出さずに続けている。それには驚いていた。
 骨折を経験したとはいえ恐れずに立ち向かうのはひ弱な女性では出来そうで出来ない事だ。
 明け方まで眠り込んだラナー。
 昨日の労働による筋肉痛は最初の頃に比べればだいぶ軽減されていた。とはいえ、手足は重く感じた。
 城で権謀術数するのも退屈だと感じて冒険者になったのだが、結構な重労働は甘く見ていた自分にとっては良い刺激になったと思う。
 今はまだ低級のモンスターしか倒せないけれど、いずれは大物を仕留めてみたい。

 日が昇り、国全体が陽の光を受けて明るくなる早朝の時間、クライムと数人の従者と共に馬車に乗り込む。行く先は蒼の薔薇のメンバーの一人『イビルアイ』が住むところ。
 移動時間は数時間程度の距離にあるのだが一般人はあまり寄り付かない。というか素通りが大半だ。それに外に出る市民は少ない。
 王国の周辺には多くの村が存在しているけれど一般市民の多くは外壁に囲まれた都市の中で安全に暮らすのが大半である。
 危険度で言えば村は充分に危ないのだが冒険者達の防衛のお陰で今まで目立った被害は出ていない。
「ついに諦められるのですね」
 ため息混じりにクライムは言った。その言葉にラナーは苦笑する。
 確かに彼の言う通りの部分はある。とにもかくにもさっさとレベルアップしないと仲間達に置いていかれる。割りと足手まといな気がしていたし、効率の悪い方法にも思えたからだ。
「極端に突出したいわけではありませんわ」
「そうでしょうね。そうしないとお仲間に白い眼で見られてしまいますからね」
()()()()()()が大事なのは分かっていますわ」
 とはいえ、そのチームワークが出来ないから困っている。
 ほぼレイナース頼り。それでは意味が無い気がした。
 それぞれ自分の能力を発揮してこその冒険者だ、と。
 仲間内でお喋りするだけの為に冒険者となったわけではない。
 モンスターを倒すだけなら一人でも出来る。
 チームワークで苦難を乗り越える事に異議は無い。
「ラナー様がやる気になっていることに私はただ応援する立場です。あまり極端に強くなると不信感が生まれますよ」
「分かっています。なので小鬼(ゴブリン)クラスのみとさせていただきましょう」
「では、私は合間に武器を選定しましょう。剣と槍がございますが……」
「手ごろな槍にしましょう。接近戦はまだ早いと思います」
「了解しました。……とはいえ、柄の長いものはオススメいたしません。あれは相当な筋力を必要としますので」
「筋骨隆々になってしまいますか?」
「なってしまいそうですね。特に腕が」
「あらあら」
 と、口元に手を当てて微笑むラナー。そして、太い腕になった自分を想像し、声に出して笑う。
 見た目には面白いかもしれないけれど、対外的にはよろしくないと思った。
「体型が崩れると着る物に困ってしまうと思います」
「平均を取ると更に変な王女となってしまいますわね。とはいえです。強くなれば筋肉というものはどうなりますか?」
「多少は付くと思います。ラキュース様も見た目は細いようで引き締まった身体になっていると聞いた事があります」
「……クライムに裸を見せたかと思いましたよ」
「いえいえ。そこまでは……」
 ラキュースはアダマンタイト級の冒険者で女性だ。
 それでも普段の立ち居振る舞いは冒険者だと思わせない気品がある。そして、大剣を扱う彼女の手足はとても細い。だが、華奢という訳ではない。
 必要な筋肉はちゃんと付いている。
 ドレスで見えないだけだ、とクライムは思っている。

 act 17 

 他愛も無い会話の内に現場に到着した。
 通称『例の施設(チート)』と呼ばれている平原に造られた物騒な施設。

 正式な名前は『マグヌム・オプス』という。

 規模はそれ程大きくはないのだが王国随一の()()()施設と()()では有名だ。
 外から見る分にはいくつかの建物がまばらに点在しているだけで閑散とした寂しい施設にしか見えない。
 錬金術の店(薬師バレアレ)と宿泊施設の他に小さな農場があり、牛や山羊が放牧されている。
 牧畜は近隣の農村が交代制で(おこな)っていた。それと様々な植物を育成する実験農園もある。
 この施設の真価は地下にある。
 上からでは分からないが広い空間が作られていて錬金術師(アルケミスト)達にとっては理想の施設と呼ばれている。
 多くの薬師(くすし)達も立ち寄る謎の施設にイビルアイが住んでいた。
 冒険者の仕事もする彼女は非番の時はマグヌム・オプスにこもり日々、何かを研究している。
 研究内容は新たな魔法の開発と利用方法の模索。表立って出来ない実験など。
 ラナー達は一般人も入ることができる地下への入り口から降りていった。
 少し長めの階段を降りていく間に白いタイルが張り巡らされた明るい空間が飛び込んできた。
 数百メートルという高さを持つ地下空間は二階層になっていて同程度の高さの空間が更に下にある。
 単純に高さだけなら一キロメートルほどの深さになる。
 その内の地下一階部分に降りていくのだが、圧倒的な広さは言葉を失わせるほど。
 個人で掘りぬいて外壁タイルを張って作り上げた施設は中々に壮観だった。
「……本当にここは地下なのか疑いたくなりますわね」
「明るい光りを多く入れているからでしょう。他の部屋に行くと地下だなって実感しますよ」
()()()という場所ですね」
 と、()()()調()でラナーは言う。
 今日が初めて、というわけではないが自然と口に出てしまって少し恥ずかしさを感じた。
「そこもそうですが……。屠殺場(とさつじょう)はもっと地下らしい雰囲気ですよね。多少の明かりはありますけれど……」
 そんなラナーに合わせて平静を装うできる男クライム。しかし、未だに童貞(どうてい)であった。
 今回はその屠殺場を利用することが目的だ。
 物騒な名前に恥じない()()()()()()屠殺場で、他の言葉が似合わないと利用者が語るほどだ。
 すなわち言葉通り『モンスターを殺す場所』だということ。
 ラナー達が階段を降りて最初にたどり着いた場所は研究室となっている。
 ここ自体は特に物騒なことは無く、多くの研究者も訪れ、何がしかの会議も(おこな)われる。
 とにかく広いので多目的に使用されていた。
 いくつか区切りの為の仕切り壁がある。もちろん、大事な資料も保管されているので、その部分は完全に閉じられている。
 数分の移動で目的地に到着し、目的の人物を見つける。
「おう、小娘。よく来たな」
 赤黒いローブを頭から被り、全体的に黒い服装で統一した格好の小柄な人物がイビルアイだ。
 顔は白い仮面で隠されているが女性だ。発せられる声はノイズがかっていて性別による判断が付くにくくなっているが何故なのかはラナーでも分からない。
 装備している仮面の力なのかもしれない。そして、その仮面の脇から金髪が覗いていた。
 あまり肌の露出はしないが不健康そうな色白である。
 そもそも蒼の薔薇という冒険者パーティは女性のみで構成されている。
「物騒なお部屋をお借りしようと思いまして」
「そうか。今は無人だ。……ああ。そういえば、しばらくラキュースに会っていないのだが、あいつは元気なのか?」
 イビルアイは研究熱心な女性で時間を忘れて没頭する事が多い。
 壁に掛けられた無数の黒板には(おびただ)しい文字が書き連ねられていた。そもそも何を研究しているのか、素人(しろうと)には全く分からない。
 近くに魔法で使うのか、様々な物質や道具が置かれていた。
 主に錬金術に連なる道具類らしい。
 一部の魔法は動物の羽根や鉱石などの物質を触媒にする。その関係で様々な小物が必要だという。


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07 守ろう著作権、ですわ

 マグヌム・オプスの住人となっているイビルアイは非番の日は地下にこもり、仲間達と冒険の旅に出る以外は研究している事が多い。
 広大な地下空間には今はイビルアイ一人しか居ないように見えるのだが、違う分野の研究者にも解放されている。
 現在居る階層のもう一段下では広い空間に膨大な数の牛と山羊が並べられていた。それらは全て食料の為ではなく『羊皮紙(スクロール)』の生産に使われる。
 皮を剥ぐという作業工程が残酷な事から一般公開が出来ない。
 だからこそ、このような施設は有用だったりする。
 剥ぎ取った皮は地上で天日干しにする。それだけ見れば特に気にならないのだが、全体の作業工程の内容を知ってしまうと恐れられる。
 二階層構造の正方形。または立方体とも言われる『マグヌム・オプス』の部屋数は吹き抜けもあるので十一ほど。
 (くつろ)げる風呂施設があるが死体洗い兼用でもあるので真実を知ると大抵は顔を(しか)められる。
 この施設はそもそもモンスターを研究する事に特化している。
 数多くの標本も当然、存在する。
 今回ラナーが利用しようとしている『屠殺場(とさつじょう)』はその名が示す通り、モンスターを解体したり殺す場所だ。
 自然界に居るモンスターを誘き寄せるよりも効率がいいと言われているが詳細は非公開とされている。あまりにも非人道的であると判断されたからだ。
 そのような施設なので利用するには良心との戦いが必要不可欠となっている。
 大義名分があれば人間は戦争ができる。しかし、ここは自分の都合で好き放題にモンスターを殺せてしまう。
 もちろん、やりようによっては人間ですら対象だ。
 子供を殺し続けることも理論上では可能だ。
 それゆえに利用者は覚悟を決めなければならない。
 正義を振りかざす者にとってマグヌム・オプスは嫌悪を覚える施設だ。

 イビルアイは研究の手を止めてラナー達に椅子を勧めた。
施設(マグヌム・オプス)(あるじ)を出すと『タグ』に『オリ主』と付け加えねばならなくなるらしいので、まさかと思うが会いに来たわけではないだろうな?」
「単純にモンスター目当てですわ」
 というか『タグ』とは何だろうとラナーとクライムは()()()()みせる。
「了解した。なにやら『エター』とか言われているらしいが私にも分からない言葉が飛び交ってて混乱しているぞ」
 イビルアイは姿の見えないマグヌム・オプス()()()()が居る方向に顔を向ける。
 施設は自然に発生したわけではない。
 何者かが目的を持って多くの建設作業員を動員して作り上げたものだ。
 それは都合のいい魔法ではなく、人的資源の有効利用。そして、イビルアイは自分の目で建設風景を確認した事がある。
()()()()では成長している私もやはりここでは子供っぽい身長に戻されているのが勿体ない気がする」
「それはいわゆる『メタ発言』というものでしょうか? 『タグ』というものが増えてしまいますわよ」
共通設定の流用はちゃんと説明しなければならない。急にマグヌム・オプスが出てくるんだから。ここがどういう施設なのか説明しなければ()()()混乱する」
「本格的に説明するだけで一時間以上はかかりそうですわ」
「そうだな」
 側に控えているクライムは辺りを見回す。
 自分達以外は居ないようだがとても静かな雰囲気で何故かとても不安になってきた。
 普通の人間は静寂に対し、不安を覚えるという。そんな中、平然としているイビルアイは静寂に慣れた存在だ。
 この施設を利用する場合は静寂に慣れていない者は一時間毎に外に出るように配慮されている。少なくとも周りに誰も居ない場合に限るのでイビルアイが居る以上は制限に引っかからない。
「利用者は小娘一人か?」
「そうですわね。私一人ですわ」
小鬼(ゴブリン)で構いませんので、千匹ほどご用意していただけたらと……」
「一気には無理だが……。他にも色々とモンスターが居るぞ。全部同じというのは視覚的に不健康だ」
「弱いモンスターでいいので、よろしくお願いいたします」
 と、クライムは頭を下げて頼み込んだ。それに対してラナーは王女という身分のせいか、他人に頭を下げるという行為に慣れていない。特に貴族でもない相手に対しては。
 敬意は感じている。ただ、一般市民のような礼の仕方が不慣れなだけだ。
 クライムを真似て遅れてラナーも深く頭を下げる。
 実際問題としてマグヌム・オプスの運用はイビルアイの権限でどうこうできるものではない。この施設の()()()()の裁量が必要だ。
 許可無く屠殺場を動かすのは危険だとイビルアイは()()()()()知っているし、ラナーとクライムも()()()くらいは理解している。
「用意するのに二時間はかかる。それまで地上の施設で休むといい。それとも、見学するか?」
「どんなモンスターを追加してくださるのか興味がありますが……。それは後のお楽しみと致しましょう」
「あまり可愛いものは居ないと思うがな」
「それと……。レベルアップやスキル獲得について、どうすればいいのでしょうか?」
「普通なら自然と身に付くものだ。基本的なものくらいなら……、選ばせてやろう。あと、必要とあればチームごとな」
「はい。その時は一覧表(リスト)を作成しておきますわ」
 この施設は確かに便利だが努力を無にする。
 過去にラナーは屠殺場を利用した事がある。だから無駄な説明はしない。
 努力の積み重ねはとても大事だが賢い王女はそれを分かって利用すると言っているのだから軽く息を吐くだけにしておいた。
「改めて言っておくぞ」
 無駄な説明はしない。だが、必要な事は何度だって説明する。特に命がかかっていることは。
「はい」
 と、ラナーは姿勢を正し、クライムも(なら)う。
「この施設は()()()()()()を目的として作られている。安易に、というか無意味に強くなるだけのものではない」
「心得ております」
「他の部屋も使用予定か? 風呂場は掃除しないといけないのだが……」
 一部の部屋には規模は小さいが風呂場がついている。死体洗いを大規模にする場所は一階層が風呂場となっている。
 普通ならば気にならないのだが死体洗いに使うと聞けば一般の人間ならば躊躇する。
 もちろん入る前に清掃するのだが、使用方法を知ってて使う度胸も時々、試される。
 ラナーは施設の大半の使用内容を把握している。それが分かった上でイビルアイに頼んでいた。

 モンスターを多く倒せる施設ではあるけれど製作するとなると様々な壁に行き当たる。そして、バハルス帝国の皇帝ジルクニフは兵士育成の為に製作すべきか思案した事がある。
 理想と現実はかなり乖離していると後で知る事になった。
 使用する上で必要な人材が揃っていないのが最初の壁だった。
 施設自体は多額の資金はかかるが作れない事は無いと分かっているし、試算もされた。
 運営する人材が圧倒的に不足している事と将来への不安が甚大になってしまうことも手が止まる原因だ。
 安易な増強は大きな災いの前触れとなる。
「私の権限で出来る事は限られているが……。一定程度は面倒を見よう」
「よろしくお願いします」
「急ぎでなければ一気に千体とは言わず、十体ずつからでもいいか?」
「お任せしますわ」
小僧(クライム)も一緒か?」
「私だけですわ。別の日には冒険者チームを連れてくるかもしれません」
「急激な増強は後々問題だが……。いきなりアダマンタイト級とは言わないだろうな? 一応、警告は受けているのでな」
 施設の存在は他国に(おおやけ)にされている。それゆえに急な増強によるアダマンタイト級の増産は規則で禁じられている。
 どうやって見分けるかというのは非公開になっているし、イビルアイも基本的に冒険者ギルドの意向に(そむ)く気が無かった。
「レベルアップが目的でアダマンタイト級はついでですわ。様々なモンスターと戦うのが主な目的というところですので」
「……時々、お前の発言にビックリするぞ。小僧も大変だな」
「失礼ですわね。少し傷つきました」
 と、口を尖らせるラナー。
「今なら単身で帝国を襲いに行くと言っても信じられそうだ」
「それは少し……、思わなくも無いですわ」
 物凄いレベルアップをすれば本当にやるかもしれない、という雰囲気をラナーは出せる。
 それゆえにイビルアイは心配だった。特にお供のクライムの身が。
 ラナーが単身で自滅する分には構わないのだが、巻き添えは可哀相だと思う。
 忠誠心溢れる若者は嫌いではないので。
「代理人たる私の権限で動かせるのはたかが知れている。無理の無い計画は大事だぞ」
「はい。……ですが、時間がかかりすぎると冗長な内容の繰り返しになってしまいますので」
「……お前は何を心配しているんだ。そのセリフはモノローグがすることではないのか?」
「そうなんでしょうけれど……。この調子ではレベル75に到達するまでウザイ説明二百万字近く読まされるハメ()になるらしいのです」
二百万字で足りるのか?」
「延々と小鬼(ゴブリン)を殺す話しですと……。とある『運営(ハー●●●)』とやらに存在を抹消されそうですわね」
 イビルアイとラナーにしか通用しない専門用語が飛び交い、クライムは冷や汗をかきつつ見守っていた。
 発言の内容によっては突然の消滅もありうる、ような予感がしたからだ。
 二人はとても危険な話をしている、と。
「75レベルは別に到達しなくてもいいだろう。平行世界とやらでは達成しているわけだし……。いや、()にある『ぷろとなんとか』で充分だ」
「そうですか? それはそれで面白みがありませんわ。王女の遍歴をお伝えできないのは勿体ない事だと思います。場合によればジルクニフ皇帝オーリウクルス女王の強化版に興味を持ってもらえるかもしれませんわよ」
「それは個人の趣味の範疇(はんちゅう)だ。……確かに多少は興味あるが……。その面白い発想はここでする事か?」
「発想は大事ですわ。何者かが()()()●●●●()()して()()()()とやらに●●なさるかもしれませんもの」
 なにやら力強い発言をラナーはしている、とクライムは感じたが黙っていた。
 イビルアイも個々の単語について指摘はしなかったが苦笑はした。

 本当にウザイ説明を延々とすることになりそうな気配を感じたイビルアイ達は咳払いをひとつして話題を戻す。
 事情を知る者は色々と難儀する、など呟いた。
「……ラナー様のレベルをまず5にするところからお願いいたします」
 会話が途切れたところを見計らい、クライムは発言した。その勇気に対してイビルアイは親指を上に向ける仕草で答えた。
「一ケタ台で討伐出来そうなのは……。あまり居ないが用意はしておこう。……ついでに大事な事だから言っておくが……。偶然の一致は不可抗力だが完全な●●●●は立派な●●●●だからな! ……よし」
「……誰に対して叫びました?」
「これから頑張る未来の若者(二次創作の作家)に向けてだ」
 イビルアイは立派なことを口走った。
 他人の真似事ばかりでは成長は見込めない。もちろんオリジナリティは大事だし、(はぐく)んでいかなければ衰退しかない。
チートの施設で力説しても説得力がありませんわね。それはそれとして……。この先、どうすればいいのでしょうか?」
「王女が納得する道が見つかるまで、だろうな。それとも死の騎士(デス・ナイト)()()討伐するのか? クライムと二人で」
「それはもう済んだ気がしますので……。もっと大物がいいですわね」
「一人で討伐するよりチームワークを(はぐく)めよ」
「もちろんですわ。仲間との共闘も興味があります」
「……ところで、こんな調子で二百万字三百万字も書き続けるつもりなのか?」
「……さすがにそこまでは行かないと思いますわ。……女ばかりになってますし……」
 ひそひそと小声で会話するイビルアイとラナー。
漆黒聖典の奴らを出すべきだな。少なくとも六腕よりは歯ごたえがある筈だ」
「そういえば、序盤に出ていたクレマンティーヌさん。どこに行ったんでしょうか」
「一人で活動できる実力者だから他の街でも頑張れる。それとも、ああ(クレマンティーヌみたいに)なりたいのか?」
 イビルアイはクレマンティーヌの戦い方を知っている。それゆえにラナーに当てはめて想像してみた。
 上半身を地面に倒す姿勢で複数の武技を使うラナーを。
 微笑む顔はクレマンティーヌに勝るとも劣らない。という光景に悪寒を感じた。
「あいつのようにスティレットで敵を倒すとか言わないでくれ。王女としての品格を失いそうだ」
「むー。それは何だか失礼な気がしますわ」
 小さな武器でモンスターを華麗に倒す。そんな見事な戦い方が出来れば文句は無いのだが、そこまでの熟練戦士になりたいわけではない。なれたら、それはそれで凄いし、自分でも驚く。
 とはいえ、楽してモンスターを倒すようになったら、きっとモンスター討伐は飽きてやめてしまう可能性が高い。
 地道な苦労は正直に言って、嫌いではない。
 今回は仲間達に追いつく為に今の内に出来る事をするだけだ。いきなりレベル75になろうとは思っていないし、それはとても荒唐無稽だと分かっている。
 今までの苦労を台無しにしては軽蔑される。いや、軽蔑で済めばいいが、最悪の場合は冒険者ギルドから追放される気がする。
 仲間外れにされるのはラナーとて傷つく。
「一桁で倒せそうなのを見繕(みつくろ)ってくる。この辺りではお目にかかれないモンスター共にしてやろう」
「よろしくお願いします」
「……赤帽子の小鬼(レッドキャップ)はさすがに入れないぞ」
「はい」
「小僧はどうする? 私の手伝いをしてくれるのか?」
「クライム。お手伝いをしてきて下さい」
「了解しました。着替えは後でご用意いたしますね」
 イビルアイとクライムは『七の宝物庫』と呼ばれる部屋に向かい、ラナーは部屋の角に向かう。
 大きく分けて四つの正方形が合わさった形をしているマグヌム・オプスはそれぞれの部屋の行き来が容易である。
 普段はいくつかの部屋の通路は封印されているのだが使用目的によって解放される。
 前々から入れない『五の宝物庫』の存在で大浴場と呼ばれる部屋に行き難くなったため、斜め移動も出来るように改装されていた。
 中心地は通路のみで部屋を置く空間は構造的に確保できないので通行する分を削り取った。
 必要に応じて改装できるところも人の手で作られた施設である証拠だ。

 act 18 

 大浴場は下の階層に存在し、植物モンスター『花弁人(アルラウネ)』が居た筈だ。
 随分と会っていないので枯れて死んでしまったかもしれない、と思いつつ部屋を覗く。
 普段なら高い位置に植木鉢が設置されてて花弁人(アルラウネ)達が天井から落ちてくる水滴で育てられている、はずだ。
 常に水気に覆われているので、無理に水を注ぎ入れる必要が無い場所となっている。
 定期的に光りを入れると活発に動き出す。
「……誰か居ますか?」
 返事は帰ってこない。
 モンスターである花弁人(アルラウネ)達は返事をしない。喋れる個体は滅多に居ないらしいが、ラナーの知る限りにおいて喋る花弁人(アルラウネ)は見た事が無い。
 大浴場の中は薄暗いが湯気が扉の方に近づいてきた。
 稼動しているのが確認出来る。問題は天井付近だ。
 普段なら『永続光(コンティニュアル・ライト)』をふんだんに使い、部屋を明るく照らしていたのだが、今は停止しているようだった。
 これから向かう『屠殺場』も多少明るい程度だ。
 中に入ったラナーは上空に顔を向ける。
 普段なら植木鉢が浮かぶように置いてあるのだが、今は形跡のみで花弁人(アルラウネ)の姿は一体たりとも無かった。
 移動させたのか、処分したのか。
 王国ではまずお目にかかれないモンスターなので城の一角で育成させることも検討されていた。
 植物モンスターだが肉食でもあり、消化液で人間すら食すらしい。ただし、推測だが。
 実際にのこのこ花弁人(アルラウネ)に食べられた人間の被害報告は聞いた事が無い。
 まして、このモンスターは自走しない。しっかりと根を張ってしまうと基本的に移動できなくなるからだ。
 蜜の甘い臭いで獲物をおびき寄せて、身体に生えている(つた)で絡め取る、らしい。
 森の奥で育った為か、難度は高く。意外と強い。後、当たり前だが魔法詠唱者(マジック・キャスター)相手だと楽に倒されてしまう。

 誰も居ないようなので次の部屋に向かう。その部屋が目的の『屠殺場』だ。
 吹き抜けになっていて天井がとても高い。部屋の広さはイビルアイ達が居た研究室の四分の一。高さは二倍。そして、とても薄暗い。
 造った人間も無駄に高くなった事を後悔したほどだ。
 初めから血生臭い使い方を想定しているのでタイルは張られておらず、素っ気ない外壁となっている。
 遥か上の天井には天窓が設置され、日の光りが入るようになっている。そうしないと時間の経過が分からず、精神的におかしくなるからだ。
 当初は時計が設置されていなかったので地下にこもると気分が荒み、気が付けば一ヵ月後ということがよくあったらしい。それくらい体感時間を狂わせる。
 時計を持ち込んだラナーでさえ一日たりとも()もりたくない施設だと断じたほどだ。
 事前の準備無しにマグヌム・オプスを使用する事はとても危険である。
 屠殺場と呼ばれる部屋は使用後には徹底的に掃除されるので衛生的には問題が無い。
 仕上げに使われる掃除用の粘体(スライム)によって傷以外は何も残さない。
 破損箇所は手作業で修復する。
 ついでに小さいながらも風呂と(かわや)があり、身奇麗にすることが出来る。
 まず最初にラナーは小型の風呂場の部屋を確認する。
 ここは大浴場と違い、小部屋程度の広さしかなく、自分達で掃除するのが一般的だ。
 当然、厠も。下水道の完備は全ての部屋に適用されている。汚れる事を最初から想定しているからだ。あと汚水対策も施されている念の入れようだ。
 以前は施設の(あるじ)が数ヶ月に一回、全ての清掃点検をしていると聞いていたが、綺麗な雰囲気なので今でも清掃作業が続いているようで安心した。
 イビルアイが居るのだから点検していないことはない筈だ。
 他の部屋もどうなっているのか、気になるところだが今回は特訓が主な目的なので諦める。
 今しなければならない目的を忘れてはいけない。
 部屋を使う時、モンスターの体液を浴びてしまうので基本は()()でモンスター討伐をする。
 だからこその風呂施設だ。
 防具や服を着たままだと洗うのが大変なのと仮に肌を焼くような事態になっても治癒する算段が取られているので裸の方が効率的だと説明を受けた。
 意味も無くを観賞する為に作られたわけではない。
「……さて、いよいよ始めますか……」
 部屋の外には服を入れる(かご)が設置されている。
 何から何まで用意のいい施設は今も健在のようで安心した。

 武器はスピア一本のみ。破損した時の事を考えて予備は必要だと思い、取りに帰る。
 イビルアイは隣の部屋に居るのですぐに用事が済むのだけれど、クライムが慌てるから服は着た。
 改めて服を脱げば実に開放的になる。
 クライムを除けば脱糞したとしても気にならない。
 はしたないと言われるかもしれない。けれども、この施設の恐ろしさを知れば誰もが黙る。
 一言で言えば『数の暴力』だ。
 その現実を前にすればたとえバハルス帝国皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス』だろうと竜王国女王ドラウディロン・オーリウクルス』だろうと脱糞失禁は確実だ。
 正気を保っていることが憎くなること間違いなし。
 『蒼の薔薇』の全員。つまりイビルアイを含めてみっともない姿をさらした事でも凄まじさは伝わる筈だ。
 ついでにクライムもガゼフ・ストロノーフブレイン・アングラウスという人間も。
 人間である者は(すべか)らく。
 リグリット・ベルスー・カウラウでさえも。
平行世界の()はレベル75になる為にどれだけの痴態を晒したのでしょうか」
 少なくとも一回や二回ではきかない。
 『ぱわーれべりんぐ』なる儀式は並大抵のことではない。
 もちろん、楽してできる方法はあるのかもしれない。ただ、それは飽きやすく、死に易くなる。
 人生を犠牲にするようなもの。だからこそ中途半端が一番良い結果だと聞いた事がある。
 今回の自分は75まで行く気は無い。適度に戦える程度で充分だ。別に敵対貴族を殺したいわけではないので。
 冒険者として当たり前の事を自分もやりたいだけだ。それには足りないものがたくさんある。
 良い武器を持っていても死の騎士(デス・ナイト)に勝てないように。
 スピアを手に持ち、見えない敵に向かって一突きする。
篭手は装備していた方が負担も軽減されそうですわね」
 多少の汚れは諦めて身体が壊れないように最低限の装備は必要かもしれない、と判断する。
 数分後に改めて装備品の確認をし、モンスターの出現まで精神統一する。
 急な運動は身体に悪いとクライムから言われているので、深呼吸も欠かさない。

 act 19 

 屠殺場の扉の一つが開き、モンスターがゾロゾロと歩いて来た。
 アンデッドモンスターは居るには居るが今回の討伐には含まれていない。
 低級の小鬼(ゴブリン)から見なれないモンスターが続いて出てきた。身長はどれも人間の子供ほどに小さいものだった。
 亜種や近親種なのかも知れない。
 屠殺場内の温度は年中温暖だと聞いた事があるが、少し肌寒かった。
 しばらく稼動していなかった事もあるのかもしれない。
 肌寒いのは最初だけだ。戦闘が始まれば身体の火照りで蒸し風呂のようになってくる。
「せめてタオルだけでも身体に巻いておけ」
 モンスターを引き連れたイビルアイが言った。
「いえ、結構ですわ。汗とか色んな体液で肌にまとわりついて気持ち悪くなると思いますから」
「整列だけさせる。無理に恐怖を味わうこともあるまい。モンスターの説明は必要か?」
「興味はありますが……。どの道、肉塊となってしまうんですもの。結構ですわ、後で……」
「左側の列から順番に倒していくといい。毒性のある者は居ない。では、扉は自由に開けられるから疲れたら休んでいいぞ。具合が悪くなっても休んでもいい」
 それだけ言ってイビルアイは立ち去った。
 規則正しく種類ごとに整列していく小型のモンスター達。
 中には人食い大鬼(オーガ)も居た。
「大盤振る舞いでも良かったのですが……」
 さすがに飛翔体や大型モンスターは出て来ない筈だ。出入り口で詰まってしまうし。
 鷲獅子(グリフォン)鷲馬(ヒポグリフ)八足馬(スレイプニール)などの騎乗動物も居ることは聞いた事がある。
 今のラナーの強さでは騎乗動物は倒せないかもしれない。それだけ上記のモンスターは強い。
「裸のお姫様がモンスター退治をする現場はさすがに人には見せられませんわね」
 武器の握りを確認し、突撃する。
 醜悪な面構えの小鬼(ゴブリン)は見慣れているのだが動かないと分かってても反撃が来るような錯覚に陥る。
 命令によって動くモンスターだから、ということもある。
 慣れない者は動かないモンスターに恐怖する。言葉だけでは平気そうだが、実際に目の前にすれば嫌でも理解する。
 習慣というものの恐ろしさを。
 人はそれを『ゲシュタルト崩壊』と呼ぶ。
 普段は当たり前だと思っていたものが気が付けば窮地に陥る状態になっている現象だ。
 特に単純作業をしている時に陥り易い。
 絶対に安全だと思っていたのに大きな失敗を何故かしてしまう。
 気持ちの油断が生む恐怖。
「………」
 作業は単純。
 ただモンスターの身体に武器を突き刺すだけ。
 クライムの助言を思い出しつつ突き刺す。深すぎると引っかかり抜き難くなる。それだけで余計な体力が失われる。そして、それが戦場では手間取ることは命取りなってしまう。
 もくもくとラナーは突き刺していく。
 確実に死んだかどうかは動きで判断する。本来なら剣で確実に首を落として完了だが、今回は槍なので少し大変だった。特に頭が固くて。
 さすがに小鬼(ゴブリン)とて頭蓋骨は硬いらしい。
 叩きつけるにしても打撲程度。眼球から突き刺すと良い、という言葉を思い出しても中々、実際には難しい。
 骨を砕くような腕力がそもそも無い。
「………」
 無理に一つの武器にこだわるのも時間と体力の無駄だと判断し、剣を持ってくる。
 心臓を突き、首を落とす。
 いちいち持ち替えなければならないが、今回のモンスター討伐において気にしないようにとクライムが優しく言ってくれた。
 戦技指導において意外と厳しい。彼の優しさは自分の弱さを如実(にょじつ)に表しているようで少しだけ悔しいと思う。
 それでも戦いの厳しさをしっかりと教えてくれた良き師範(せんせい)の言葉を素直に聞いておくべきだ。あと、余計な筋肉が付かないようにしなければ。
 妙な体型のお姫様が現れる事態になってしまうのは笑い事ではない、かもしれない。
 両腕の太さが以前の三倍とか。
 想像するだけで暖かくなった身体が底冷えしてくる。
 武器は身体全体で扱うように。一撃一撃をしっかりと奮うべし。


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08 素っ裸でモンスターを殺していきますわ

 篭手(こて)以外は見事な裸のラナーは一匹ずつモンスターを倒していく。
 胸を何度も突いて動かなくなったら首を切断。
 その作業を三匹目まで終わった辺りで一息つく。
 普段使わない筋肉を使うのだから異常に早く疲労する。
 レイナース達と冒険者の仕事をしていた時以上の苦痛は何なのか。
「……準備運動するのを忘れていましたわ……」
 それはクライムから何度も言われていた基本中の基本だった。
 瞑想だけでは駄目だと証明された。
 一旦、作業を止めて風呂場に向かう。そこで少しの間、屈伸運動などを(おこな)い、身体をほぐしていく。
 血行の関係から急な運動は危険だと教わっていたので、風呂上りにまたも瞑想。
 数分後にまた運動を繰り返して身体の状態を確認する。
 クライムの場合は素振り百回とかするらしい。それも一時間以上も。
 城の周りを走ることもあるという。
 身体の全てを使う鍛錬を今までクライムや兵士達は(おこな)ってきて、実力を得てきた。
 王女はそれを短期間で得ようとして苦しんでいる。当然の結果ではあるけれど、自分でやってみて分かることもある。
 三分後に作業の再開だがモンスターは今も整列し続けている。
 見たことも無い小型のモンスターばかりだ。
 今の調子では一週間くらいかかるのではないか。それとは別に多種多様なモンスターの姿は壮観だった。
 この世界にはまだまだ自分の知らない事があるのだと。
 そして、そんな不思議なモンスターをこれから殺していく。

 イビルアイが用意した小型のモンスターの強さは適当で、ラナーにも倒せないものが混じっている可能性もあるが、そこは手の感触などで理解していくと楽観視していた。
 定番モンスターの小鬼(ゴブリン)と大型ではあるけれど用意された人食い大鬼(オーガ)豚鬼(オーク)犬小鬼(コボルト)
 再生力の高い妖巨人(トロール)は除外されている。
 その他には今のラナーには強い部類の武器を持った小鬼(ゴブリン)達。
 飛行妖精(グレムリン)上位飛行妖精(スパンデュール)。こちらは悪戯好きの妖精が凶暴化したもので他にも様々な近親種が居る。小鬼(ゴブリン)より小型で集団で様々な人工物を壊すことが好きなモンスターだ。
 相手の真似が得意な自分自身(エインセル)
 更には叩く者(ノッカー)鉱山小鬼(コブラン)霜妖精(ジャックフロスト)提灯の悪霊(ジャック・オー・ランタン)毛妖精(バグベア)家精霊(ボガート)
 姿から名前を想像することも出来ないような珍しいモンスター達など。
 他にも凶暴な大型種が居て、そちらは今のラナーには倒せそうもないとイビルアイが判断している。
 悪霊犬(バーゲスト)などの動物系に害の無さそうなものまで。
 倒す以上に増えて整列しているけれど、ラナーにとって見れば一体ずつ倒すのが重要なので気にしていられない状態になっていた。
 屠殺場には戦闘風景を監視する小窓があるのだが、裸の姫を見せるべきかイビルアイは少し迷っていた。
 距離があるから肌色の姿くらいしか見えないと思うけれど。
「具合が悪くなったら助けに行くが……。差し入れの準備をしてきてくれ」
「宿舎は使えるんですか? 誰も居ないような気がしましたが……」
「使っているぞ。表の畑は定期的に使っているからな。水も風呂も使える。あと、備蓄を使ってもいい」
「了解しました」
「無理の無い討伐とはいえ小娘にはまだ苦戦する段階なのだろうな」
 クライムに命令しつつラナーの様子から目を離さないイビルアイ。
 必要数は既に用意したが追加は状況によって変える予定になっている。そして、それらを制御する者がイビルアイの側で待機していた。
 メイド服を着せられた女性なのだが、モンスターの用意や施設の運営は実質的にメイドである彼女が本来の(あるじ)の代行として任されている。
 イビルアイはその彼女に命令する権利を持たされているだけで実働の全ての権限を持っているわけではない。
 別に全ての権限を使う気は無く、今回のような限定的な使用でも充分満足していた。

 act 20 

 小さい個体を確実に倒し続けて数時間が経過しただろうか、生き物を殺す単純作業の弊害はこれから始まる。
 倒しても倒しても減らないモンスター。
 増えているのはモンスターの死体。
 数えるのが億劫(おっくう)になってくると吐き気が襲ってくる。
 小型とはいえ死体の臭いが少しずつ強くなり、気になってくる。
 作業を続けて行くと慣れによって感覚が鋭敏になってくる。それゆえに自然と身体が震え始めてきたことも分かってくる。
 肌に触れる空気の流れすら感じ取れているような気さえする。
 ラナーは作業を止めてその場に座り込む。冷たい床が直に尻に触れる。
「……危ない危ない……。これ以上は危険ですわね」
 そう言いながらもその場で気持ち悪さで嘔吐する。そして、すぐに失禁したことも理解した。
 身体はとても正直に反応する。
 緊張感が一気に変化したのだから。あまりの急激の変化に慣れる事は今のラナーには出来ない。
「……あ、ああ……。これは慣れるものなのでしょうか……」
 場所移動しようとした途端に脱糞する。しかも自分の意思では止められない。
 モンスターを多く倒していると死臭によって身体の感覚が狂ってくる、とは聞いた事がある。
 どんな痴態に陥ろうとも掃除役が綺麗にしていく。
 マグヌム・オプスには無数のメイド隠し部屋に潜んでいると言われていた。
 今は限定的に三人ほどが屠殺場に控えている、とは聞いていたが無言で作業するメイド達は音も無く現れるのでビックリさせられる。
 こちらの呼びかけには応じず、淡々と仕事をこなした後は姿を消す。
「死体とか汚物がもうありませんわ」
メイドマグヌム・オプスの名物でもあるからな」
 空を飛ぶようにイビルアイが現れた。
「休憩しろ。少し無茶が過ぎたな」
「そのようです。……事前に所用は済ませたはずなのですが……」
宿便(しゅくべん)というやつだ。汚い話しはおいて、随分と倒したな。とりあえず、残りは後で倒せ」
「はい」
「意識がしっかりしていれば大丈夫だ」
「……そうですわね。これ以上は獣の交尾に発展しそうですわ」
 ラナーとて十代後半の年頃の娘。
 物を知らない小娘ではない。
 下腹部の違和感は今のところ起きていないが乳首(ちくび)に関しては鋭敏になっているのが分かる。
「男女問わず興奮状態に陥るものだと聞いている。生き物を殺す行為が原因ではないかと……」
「そうかもしれませんわね。王女が安易に殺生などしません。……殺す事に興奮を覚えるのであれば……、色々と納得しそうですわ」
「一番興奮するのは()()()()、かもな」
「かもしれませんわね」
 ある意味において究極的なモンスターとも言える。
 自分と同じ姿をしたモンスターを殺す。それはどちらが本物かなど色々な葛藤を生み、普通のモンスターを討伐する以上に精神的にも肉体的にも負荷をかけることかもしれない。
 イビルアイが器用に指を鳴らすとどこからともなくメイドが現れた。
 そのメイドにいくつかの命令を与えると背景に溶け込むように消えて行った。
「一時間は休憩しろ。無理せずじっくりとな」
「はい」
 数分後にメイドが毛布などを持ってきた。それをラナーの身体に巻いていく。
「後で食事を持ってくる。空腹時は一気に体力を奪う。ちゃんと食べるんだぞ」
 軽く仮眠させてからモンスターの位置をずらしておく。
 冒険者となってから日はまだ浅いが長くモンスターを倒し続けられた事に感心した。
 一日で二十体が限界だと思っていたが四十体は倒したはずだ。
「もう少し力があれば五十体に届くだろうな。先生が良いお陰だな」
 的確に攻撃する方法を教えた当人(クライム)が弁当を持参してやってきた。
 それを眠っているラナーの近くに置く。
「厄介な能力を持つモンスターもいずれは挑戦させなければならないんだろうな」
「そうかもしれません。それはラナー様がお決めになることですので」
「毒性の無いやつにしろ、と言っておけよ」
「はい」
「……ところで、小僧は一緒に討伐はしないのか?」
 そう言った後で裸の姫と一緒では都合が悪いか、と思った。
 相手がクライムならば別に気にしない、ということもあるかもしれない。
「今回はラナー様が自分で頑張る、とおっしゃったので……」
「縁の下の力持ちとして頑張ってくれ。私も応援するぞ」
「ありがとうごさいます。色々とご指導を賜りたいと存じます」
「私は知識。技はガゼフ。それぞれ適材適所で望ませてもらう」
 疲労により仮眠どころか熟睡状態に入ったラナーの寝顔をイビルアイの許可の下に眺める。
 『黄金』の二つ名を持つ王女は今はただの冒険者の一人と化していた。
「……襲うなよ?」
えっ!? い、いえ、そんな滅相も無いです」
「王女を手に入れるためには様々な障害を乗り越えなければならない。それには時間と人材が必要だ。私から言えることはあまり無いが……」
 と、言いつつクライムをラナーから引き離していくイビルアイ。
 今のラナーは毛布の下はスッポンポンなので。

 一時間後に目が覚めたラナーにイビルアイは風呂場に案内したり、準備運動の手伝いをした。
 監視以外にやることの無いクライムに外での見回りや鍛錬、宿舎の点検などを頼んでおいた。
 多少、裸の身体を触ることに対してラナーは気にしないのだが、真面目な従者が混乱するのは可哀相かも知れないと思って諦めた。
「意気地なしですわね」
「そう言うな。モンスターが並ぶ手前で卑猥な事をされても困るし、タグが増える」
 何をしでかすか分からない娘にイビルアイはため息をつく。
 平行世界では好き放題にくんずほぐれつの状態になったらしいが同じ状態になっては色々と困る。そもそもの目的はモンスターを倒すこと。正確には『モンスターを殺す』話しだが、タイトル(題名)ラナー●ッ●●と変える事になってしまう。
「口に出てますわ、イビルアイさん」
「わざと聞こえるように言ってやっただけだ。小娘はそれでいいのか?」
「いい気もしますが……。何の為にこの話しが作られたのか本末転倒になってしまいますわね。……確かにそれはそれで困りますわ」
 題名を変更すると今まで出て来たレイナース達は何の為に努力したのか分からなくなる。最初から空気だと言い張ればいいのかもしれないけれど。
「……一人で研究していると独り言が多くなるようだな。ついつい喋ってしまう」
「孤独な人間の特有の病気らしいですわ。魔導国の国王様も同じ病に罹患(りかん)されていると聞いた覚えが……」
「不健康なのは認めよう。……種族の事ではないぞ」
「何のことかしら?」
 イビルアイの言葉にラナーはとぼけてみせる。確かにたまたま笑いを取る言葉になってしまっただけだ。
 人付き合いが苦手というか、嫌いというイメージを持たれているが性格は一般的な乙女の少女と遜色(そんしょく)はない。ただ、人生経験がとても長いだけだ。
モノローグの言う通りだ。私は乙女だ。恋だってしたい。年頃の時期は常に停止中だから問題はない」
 と、力説しつつ話しが脱線してきた事に気づき、咳払いをする。
 こんなラナー王女と付き合える男子はイビルアイの知る限りにおいてクライム以外に居ない。とはいえ、卑猥なことは今すべき事ではない。
 理解者が居るのは良い事だが。クライムの将来に一抹の不安は覚えた。
 同じく友人である()のラキュースとはどうなのか。
 城の自室ではよく話しているはずだが、話題や内容が耳に入ってこない。
 毎度のことのように物騒な依頼を持ちかける癖に扱いが荒くはないか。
「王女としては安易に誰かに頼れないので……。その点、クライムは丁度いい位置に居るのです」
「貴族社会は色々あるのは理解しているのだが……」
「私とラキュースでは実力も段違いですし……。危険な依頼は申し訳ないと思っておりますわ。……ですが、王女としての私には難度の認識が今ひとつで……」
「それは理解出来る。毎度、歯ごたえのある依頼ばかりで充実している」
 普通に凶悪なモンスターを倒すより、複雑な事情の依頼が多い。
 割りと頭脳労働も課せられるので勉強が欠かせない。
 今のイビルアイはラキュース並みに社会の知識が豊富で、代わりに他の仲間は戦闘に専念してしまっている。
「いずれラキュースと共に……、というところまで行けるかは分かりませんが、彼女を失望させない程度にはなってみせますわ」
 二人仲良く『無垢なる白雪(ヴァージン・スノー)』を装備して冒険の旅へ。
「見栄えはいいだろう。現実の冒険は厳しいぞ」
 (ドラゴン)とか暗くてジメジメした場所とか。毒ガスが充満するような危険地帯とか。
 変な病気になったり、傷だらけになったり。
 理想と現実は違うものだ。
 助けも来ないような場所に置き去りにされたりしないように様々な道具や魔法を用意するのは基本だが、それでも通用しないところはある。
 呪いを受けたりとか。
「笑っていられるのも今のうちだ」
「はい」
 気分が落ち着いてきたところで、討伐開始。と、その前に臭いを防ぐ仮面と最低限の防具として身体にタオルを巻いていく。
 あと、食事だ。
 嘔吐するかもしれないが栄養摂取は長期の戦闘には欠かせない。
「戦闘にかまけて空腹に陥る事は珍しくない。食べられる時はちゃんと食べろ。それも大事なことだ」
 本来なら、ここまで親切にされることは無い。
 王女だからという訳ではないが、鍛錬で命を落す間抜けになってほしくないからだ。
 手を貸しすぎるのは否めないが。

 少しの休息の後、モンスター討伐を再開する。
 無理に倒し過ぎないように適度に休息と身体の洗浄を繰り返す。
 今の段階で一気に全てを討伐すると精神に異常を来たすのではないか。
 変化の無い単純作業の戦闘は一般的にありえない。これが鍛錬ならば平気だと思われるかもしれない。けれども、実際は命を奪う行為の繰り返しだ。
 身体と精神の感じ方に差異が生まれ、開けば開くほどラナーの表情は崩れていく。
 普段、自制が効いている精神の安定を崩すような行為なのだから何が起きても不思議ではない。
 三体目から視界がぼやけ始める。つまり三体目を殺しました、という精神から身体へ報告が入る。
 一般の冒険者は何故、平気なのか。分析しつつラナーは作業を続ける。
 いや、この行為を『作業』と思っているから色々と齟齬が生まれているのではないか。
 レイナース達との冒険者の仕事では具合が悪くなる事など無かったのに。
 何なのか。
 気が付けば内股が失禁によって濡れている。温かいと感じて気が付くほど精神が磨耗しているような気分だ。
 さすがに脱糞はしなかった。というか出し尽くしたから出て来ないとも言える。
 さっき弁当を食べたばかりだし、消化して出てくるにはまだ五時間以上はかかるはず。
「………」
 武器を取り落とし、その場に座り込む。
 戦意喪失による脱力感。
 本来、王女はこんな事はしない。だからこそ様々な肉体的、精神的に異常を来たしている、のかもしれない。
 細かく自己分析するには色々と資料を読み(あさ)らないといけないけれど、自分の知らない世界は体験してこそ理解で出来る事もあるのだと知った。
 そもそも論で言えば本来の自然法則を捻じ曲げる行為だ。
 人の忠告というものはちゃんと聞かなければ後悔する。
「あははは! うははっ!」
 自分の意思に反して勝手に笑い出す肉体。それに対してラナーは(ひたい)を床に打ち付けて黙らせる。
 何度も叩きつけるうちに血が見えてきた。
 自然の摂理を捻じ曲げた結果ならば修正もまた起きるはず。
 平行世界の自分が()()居るなら同じ事をしようと思うのか。
 ありえべからざるマグヌム・オプスの深淵。それは決してこの世界に存在し得なかった新技術の宝庫。
 いや、正しくは世界に最適化()()()新しい概念。
 持ちうる技術は全てこの世界のもの。
 十全の使用による未開拓の境地。
 ゆえにここは誰でも作れるけれど誰にも管理できないほどの強大な存在感を匂わせている。
 帝国ですら匙を投げる。
 やろうと思えば誰でも作れると設計した本人(施設の主)が言っていったにも関わらず。
 どうして造れなかったのか。
 いや、施設そのもの()()ならばどの国でも作れる。
 造れないのではない。運用できないのだ。
 目の前に整列するモンスターをそもそもどうやって調達したのか。そして、殺されると分かってて従順に整列させる方法はどうやったのか。
 知りたいことはたくさんあるけれど、悪用したいわけではない。
 本来のモンスターは反撃してくる。それを忘れてはいけない。
「……ちょっと強く打ちすぎましたわね」
 ダラダラと血が顔を伝って胸に落ちていく。
 痛みがあり、血が流れ、死ぬかもしれない、と思う自我がある。
 生きているのだなと思った。
 当たり前なのだが、それゆえに目の前のモンスター達は疑問に思うことが無い。
 命令通りに歩いて立ち止まり、殺されることに。
 仲間が死んでいくのに何も思わない。
 次は自分の番となると分かっていないかのように。

 禁忌のモンスター相手であれば自分はどんな風になるのか。

 醜悪な亜人種モンスターと異形のモンスターなどを殺す事に抵抗が無いのであれば人間種はどうなのか。
 クライムを並べて同じ事が出来るのか。
 自分でないので出来るかもしれない。
 では、自分自身ならばどなのか。
 裸の王女数百人を一人ずつ殺す作業は平気でいられるか。
 可能であれば試したい気持ちはある。
「心臓を突いて首を切断……」
 普通のモンスター数匹で精神的におかしくなるのだから、相手が自分ならばもっと早く、もっと酷い状態になる気がする。
 死ぬのは自分なのだから。
 この想定は()()()()()荒唐無稽だ。
 だが、このマグヌム・オプス不可能を可能にしうる。
「あははは!」
 自然と笑い声が出てしまう。
 自分の意思で制御できない。
 全然面白くないのに。
 ラナーは闇雲に武器を奮いモンスターを蹴散らしていく。
 致命傷にならず、ただぶつかっていくだけ。転んだモンスターは自主的に立ち上がる。それを更に殴打していく。
 ただただ半狂乱で暴れるラナー。
 普段はモンスター退治など経験せずに一生を終えるような清楚な王女でいられた筈だ。
 その通念を捻じ曲げてしまったばかりに身体が最適化されないまま無理を押してしまった。
 討伐というよりは虐殺や暴力といった結果になった。
 金色の長い髪の毛を振り乱し、碧眼に映るもの全てが殺すべき敵。
 奇声を上げるラナー。
 人間から美しき獣に変貌した。
「ひゃー!」
 形あるモンスターに襲い掛かり、何度も武器を叩きつける。
 知性の欠片も無い人の形をした生物。

 act 21 

 気がついた時は床にうつ伏せで眠っていた。
 脳内で何かが回転するような気持ち悪さが襲ってくる。
「気がついたか?」
 聞き覚えのある声。
 孤独な戦いは終わったのか、と思った。
「気が狂う王女が現れたようですわね」
「言葉が通じるなら問題は無いな。だが、まあ……、結構倒したようだし、今日は終了だ」
「……お世話をお掛けしました」
「本来、自分が身につけていない(クラス)で『ぱわーれべりんぐ』を(おこな)うのは危険だと言われている。だから、最低限、無理の無い戦闘が必要になるわけだ」
 もちろん、危険だと分かった上での行動だ。だからこそイビルアイはラナーを止めたのだから。
 いくら狂気に囚われたといっても低レベルのラナーを止められないわけが無い。
「一日の限界数に達した。残りは次だ」
 レベル帯によって連続で討伐できるモンスターの数が決まっており、その上限を無理に突破すると身体に異常が出始める。
 ただし、自分より低レベル帯のモンスターは差が開けば開くほど無尽蔵に近い数を討伐できる。
 イビルアイなら弱い小鬼(ゴブリン)をおよそ五兆体ほど。ただし、理論上の数値だ。
意識出来る数意識できない数があって、今回は意識出来る数が小娘を襲った。そんな認識でいい」
「はい」
「一般的に冒険者が相手にする数は少ないものだ。その上限を意図的に突破できるのはマグヌム・オプスくらいかもしれない」
 チームで討伐する場合は複数人で一体を仕留める。または多数対多数だ。
 一人に割り当てられる数を自然界で調節する事はとても難しい。
 それを無理矢理捻じ曲げているのだから。
「戦闘に必要な(クラス)を得れば同じ数のモンスターをおそらく無理も無く倒せるようになる。身につけていない技術のままだと精神に齟齬が生まれるのは割り合い、事実らしいからな」
 料理人(コック)(クラス)を持たないものは決して料理を作ることはできない。
 人間は生まれた時に既に何らかの(クラス)を得ているので、その関係でいろんなことができる。もちろん、できない場合もある。
「倒せと言った私にも責任はある。なにせ、ここの利用者は久しぶりだからな」
「でも、随分と落ち着いてきましたわ」
「そうか? だがまあ、しばらく動くな。今、信仰系のメイドが来るのを待っている」
 その言葉の後でラナーは思い知る。
 目の前に転がる肉塊は自分の手足だという事に。
 痛みすら忘れるほど精神が狂ってしまったのか、と。

 ここは正しく地獄。
 実体験して初めて知る事実がいくつも出てくる。
 造れそうで造れない施設。
 誰にも成し遂げられない常識外れの施設を作り上げ、見事に運営する存在は超越者(オーバーロード)支配者(クエスター)くらいだ。
「経験値としては充分に溜まった筈だ。すぐに5になれると思うが……。(クラス)構成は後で持って来い」
「そうですわね。紙に書くにしてもお手々がなければ書けませんもの」
「……明日はもう少し手加減しよう。正直、あまり加減が分からない。今更だが……、申し訳なかったな」
「失敗から学ぶ事はたくさんありましょう。……でも、結構ひどいですわね」
 痛みが少しずつ強くなってきた。
 残っている手足に止血用の布が強く巻かれているようだけれど、早く治癒魔法か強力な治癒アイテムがほしい、と願った。
 メイドに命令するにも簡単なものと複雑なものとがあり、急な対応についてイビルアイはまだまだ不得手な部分があった。
 五分ほど経ってからメイド達がラナーに治癒魔法を施していく。
 斬り飛ばされた手足はたちどころに消滅していく。
 何故、消えるのか。目の前で起こった現象ではあるけれど不可解だった。
「そういえば希望の(クラス)はリストで選ぶように。私の采配では不都合もあるかもしれないが……」
「……そんなことはありませんが……。ちなみに(クラス)を意図的に消す事は可能なのですか?」
「聞いた話しでは……、無理だ。死亡時のレベルダウンとやらでもないかぎりは」
 必要な部分だけの修正は出来ない、ということだとラナーは思った。
 そして、手足が戻った後で風呂に入り、服を着る。
 今日の分の討伐は一応は終了した。明日は少しだけモンスターと戦ったら仲間達の下に戻る。そもそもこの施設に三日以上()もるのは危険だという事を思い出す。
 イビルアイのようにただの研究所として使うのであれば問題は無いのだが、モンスター討伐となると話しが変わってくる。
「……服を着ると安心するな」
「いえいえ、お手数をお掛けしました」
 ラナーは丁寧にお辞儀した。
 ついさっきまで死闘を演じていた冒険者ラナーと誰が思うのか。
 地上に戻り、クライムに無事な姿を見せると大層、喜ばれた。
 使用した人間でなければ分からないマグヌム・オプスの恐ろしさ。
 作った当人が言うには人間的感情が抜け落ちそうになるという。
 それゆえに帝国では兵士の育成どころか殺し合いや共食いに発展する危険性が示唆(しさ)された。だからこそ造るに造れない。
 ただの一兵士が共食いするのはありえないことのように思われるが、狂気に囚われた人間は獣に変わって、人とモンスターの区別がつかなくなる。
 ラナーでさえも小鬼(ゴブリン)を食べそうになるのだから信じられない事だ。
 誰かの監視がないと恐ろしくて使えない。
 閉鎖空間に閉じ込められた人間の精神状態は想像を絶する。
 タイルが白かったり、外の光を取り入れているのにも理由がある。だが、最初は誰もが無駄だと言っていた。そして、今は誰も無駄だと口にはしない。それが必要だと理解したからだ。

 act 22 

 モンスター討伐を終えて必要なレベルに上げたラナーは王都に帰還する。実際に経験値の割り振りは未だに非公開なのだが、イビルアイは仕組みを承知している。そして、それは迂闊に公開できない事だと理解している。
 長々と説明するのはまたの機会だとイビルアイは話しを切り上げてしまった。
 肉体的には以前のまま大して強化されていないが経験値は割り合い増えている、という話しだった。
 仲間たちが待機している宿に向かい、報告を済ませた。
「これで五人とも仲良くレベル5か」
「『カリスマ』ではなく『女優(アクトレス)』を取りましたので、振る舞いは少し戻ったはずですわ」
「……どこが変わったか分からない……」
「それより私のレベルはどうなるんだ? この辺りのモンスターでは絶望的ではないか」
 と、ナーベラルは憤慨する。
 一番、レベルが下がったのは彼女なのだから仕方が無い。それに元のレベルが63なので上げ難いことこの上ない。
 異形種はマグヌム・オプスを支障なく使えると聞いた覚えがある。なので案外、何とかなると思う、という軽い気持ちをラナーは抱いた。
「改めて私が金の……『黄金の仔山羊』のリーダーを努めさせて頂きますわ。早速、拠点を移動しましょう。目的地はエ・アセナルで……」
「却下」
 ラナーの発言を即座にレイナースが否定する。
 いきなりの異議申し立てにラナーは眉間に(しわ)を寄せ、口を尖らせる。
「レベル5だぞ? 普通ならエ・ランテルだ」
 というか、エ・アセナルに出てくるのは妖巨人(トロール)などの大型モンスターが多く、低級モンスターはあまり出て来ないと聞いていた。それに最近は物騒な高レベルモンスターの目撃例もある。
「……仕方ないですわね。城塞都市(エ・ランテル)にしておきますわ」
「お金が稼げるなら……。安全もつくか……」
「私はあまり遠出できないのですが」
魔導国に近いなら……、文句は無いな」
 白い蜥蜴人(リザードマン)のクルシュに行動範囲を聞いておく。
 それから拠点移動は今すぐか、あと少し依頼をこなすか話し合う。そして、一つの重大な事実に行き当たる。
「国を変えたら冒険者ランクってやり直しになる規定じゃなかったっけ?」
 現在の城塞都市エ・ランテル魔導国の領地となっている。
「行動範囲が狭まるので王国と帝国で協定が結ばれたはずだ。どちらの冒険者もエ・ランテルの領地内ではランクを維持したままで良い、という」
 元々は王国領だった。
 都市の中にあった冒険者組合の人員の流出を止める為の策であり、将来的には変更されるかもしれない。
魔導国の依頼だと未知の領域に行く場合があるけれど、受ける?」
「それだと私は無理そうですね」
 と、クルシュが自分の立場から発言した。
 蜥蜴人(リザードマン)は全員、魔導国の監視下にある地域でしか活動できない事になっているからだ。
「未知の冒険には興味ないな」
 メンバーの共通認識はとにかく元の強さに戻りたい事と金が欲しい。あと、実家からあまり遠くないところ。
 五人がそれぞれ議論を交わし、結論が出たのは数時間後だった。
 とにかく今は現状を維持しつつ金と経験値を稼ぐこと。ある意味では夢も希望もなく、冒険心すら必要の無い結果となった。
 相当、レベルダウンが響いているようだ。
「では、結論が出たところで……」
「ひと狩り行きましょうか」
「異議なし」
「モンスター退治の仕事は確定ですか?」
「仕事は仕事だ。ついでに昇進も」
 方向性が定まったので五人は冒険者組合へと向かう。
 目下の目標は次のランクへの昇進。
 リーダーの本来の目的はただ一つ。
 モンスターを殺すこと。
 憎いからではなく、純粋に殺してみたいだけなのだ。
 このクソッたれな世界で楽しい娯楽といえば、世界を相手取って引っ掻き回すか。武器を手に取り、仲良くモンスターを殺すことくらいだ。
 ラナーは後者を選択した。
 未経験の分野には興味がある。だからこそ確かめたかった。
 あまりにも暇だったので。
 『黄金』の二つ名を持つラナー王女は格好付けて依頼書を叩きつける。そして、考えていた決め台詞を国民の前で見せるような微笑と共に王女に恥じない気品に満ち溢れた風格を覗かせながら言った。
「これを受けたいですわ」
 歴戦の冒険者の依頼を受けてきた受付嬢はいつもと変わらぬ営業スマイルで返答した。
「念の為に聞きますが、下水道の清掃作業ですよ。本当によろしいんですね?」
 表情は崩れなかったが、ラナーの顔色はみるみる青くなっていった。
 そして、受付嬢はそんなラナーに止めを刺してくる。
「よろしいんですね?」
 倒すべき最強のモンスターが目の前に居るとラナーは本能的に感じた。

 しばらくは退屈しなくて済みそうですわ。

ラナークエスト』をクリアしました。

 クロスオーバーによるパラダイムシフトにより、新しいストーリーイベント種族職業(クラス)が解放されました。
 世界のシステムの一部が上書きされ、未知の実装(おこな)われ、予期せぬ誤作動を起こす危険性がございます。それでも先に進みたい方は以下の新しいクエストをお受け下さい。ただし、一切の保証は出来かねますので、ご了承の程をよろしくお願いいたします。

勇気(ゆうき)(あおい)クエスト』を開始する。



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勇気の碧クエスト 09 肉壁程度の役にしか立たない奴ら

 謎の『存在X』に翻弄される形で理不尽な転生で戦場に叩き込まれて数年が経過した。
 保身と安定が金髪碧眼の生きる糧。
 無能は要らない。
 神など信じないし、奴らは邪神の(たぐい)だ。
 一方的に信仰心を押し付ける相手を信用しろと言うのがそもそもの間違いなのだ、と小さな身体の少女は思う。
「……度重なる欠陥品による爆発で次なる世界にシフトするとは……」
 いよいよをもって『存在X』に復讐せねばなるまい。だが、それでも、しかし、と思う。
 次の世界への転生ならばまたも赤子からのリスタートだと覚悟はしていたが、装備品の喪失以外は五体満足なのが少し怖い。
 齢十歳の『ターニャ・デグレチャフ』という少女は身体こそ華奢だが、幼さの雰囲気を欠片も持ち合わせていない生粋の軍人だった。
 転生とはいえ母なる祖国への愛国心は誰にも負けないと自負している。もちろん、完全自由主義者(リバタリアン)のターニャにとって用無しと判断すればいつでも斬り捨てる。利用できると思っている間だけの愛国心は、となるが。
 組織という枠組みこそが自分の居るべき場所だ。もちろん、理不尽な事もある。
 敷かれたレールに乗っている限りは組織は個人に対し様々な恩恵を与えてくれる。そして、個人は組織の為に粉骨砕身するのだ。
「……とはいえだ。やはりここは帝国ではないのか。……服装はクリア。備品は呪われた九五式が一つか……。裸で放り出されるよりはマシだ」
 神の祝詞(のりと)という呪詛を吐くかぎりにおいて絶大なる力を与えてくれる演算宝珠エレニウム工廠(こうしょう)製九五式』だが、ちゃんと機能するのかは試したくはないな、とターニャは思う。

 気が付けば異世界というのは()()()ともなれば慣れた、と言いたい所だが実際は驚きに包まれている。
 安全で楽な仕事でのんびりと生活が出来ると思ったら知らない世界に放り込まれているのだから呆れてしまう。
「あいたた……。ったく、ここはどこなのよ~」
 と、不満を口にするのは水色の長い髪の毛で桃色の羽衣をまとう女性。
 青を基調とした見慣れない服装で統一されていた。
「異世界じゃねーの」
 と、素っ気ない態度なのは平均的な日本人の男子。
 特徴らしいところが無い。
「特徴が無くて悪かったな」
 他には魔法使い風の格好をした黒髪で赤い瞳の少女。
 丸い宝石がはまった杖と大き目の三角帽子をかぶっている。服装は黒いブーツと黒い衣服にマントを羽織っていた。
 もう一人は金髪碧眼で白銀の鎧を身にまとう騎士風の女性が倒れていた。
「いきなり別世界に叩き込まれたようだが……。ここはどこなんだアクア?」
「え~と……。全く身に覚えのない風景ってことは確かね」
 水色の髪の毛をかき上げる女性は女神の『アクア』という。
 男子は十代後半の学生風で『佐藤(さとう)和真(かずま)』という名前だ。
 魔法使い風の少女は『めぐみん』で騎士風の女性は『ダスティネス・フォード・ララティーナ』という。
(ふう)ってなんですか!? 私は紅魔(こうま)のれっきとしたアークウィザードですよ」
「いいじゃないか。一目で職業を特定するのは難しいと思うぞ」
「自己紹介が()()()されたようですが……。何なんですか?」
モノローグじゃねーの? 自分で言うより楽だろ」
「……私のことはダクネスと呼んでくれ」
 騎士風のダクネスは見晴らしのいい平原に向かって言った。

 爆発はいつもの事だが今回ばかりは死んだかも、と思うのは短めの茶髪に元気一杯の笑顔を絶やさない少女。名前は『立花(たちばな)(ひびき)』といい、世界を救う仕事に従事していた。
「あれ~。ここ、何所?」
 何も無い平原に放り出されたことは理解した。
 その次に自分の身体を確認する。
 服装は普段着で首から提げているアクセサリーはちゃんとかかっていた。
「連絡手段は……、無し……。次は……」
 見知らぬ世界に一人きり。仲間の姿は無いが居ない可能性はある。
 とはいえ、少しは慣れた場所に何人か人が居るのは見えているので寂しくは無い。
 自分と同じ境遇という線もあるが、それぞれ見知らぬ人間のようだった。
 立花は自分の頬を叩いて気合を入れる。
「へーきへっちゃら。……って言うには……、まだ早いかな」
 苦笑を浮かべつつ遠くに居る人物達の下に向かってみる事にした。

 彼女達が居るのは『バハルス帝国』と『カッツェ平野』の中間地点。
 帝国兵が定期的に巡回しているので治安は悪くないし、道路もしっかりと整備されていた。
 広大な土地は殆どが麦畑。他には野菜などに牧畜も盛んだ。ただし、ターニャ達の場所は畑ではなく、ただの平原で整備された道路も無い。
 大雑把な視点で言えば平和な風景だ。だが、あちこちからモンスターが現れて村人を襲う。
 いくつもの国と接しているので戦争も起きるし、亜人種による人間狩りの被害も受けることがある。
 表向きには軍事国家だが、ある時期に起こした戦争以来、帝国はなりを潜めている。というより再度の戦争を起こす気概を失っていた。
 『魔導国』の王が用いた超絶な魔法に兵士達が恐れおののいた為でもある。
 なので今は静かな時間が流れていた。

 平穏は突如として破られる。

 様々な世界から何者かが転移してきた。それが立花たちではあるけれど、転移の原因は不明。
クリエイト・ウォーター
 と、おもむろにアクアは魔法を使った。
 手から吹き出た水が地面にぶちまけられる。
「魔法は使えるみたいね」
「すごいすごい!」
 と、手を叩いて喜ぶのは立花だった。
 宴会芸を見せても立花は喜ぶがカズマ達は呆れていた。
 女神アクアはお調子者で誉められる事に弱い。
「……ふん。ならば、次は私の爆裂魔法を……」
見知らぬ土地で爆裂魔法を使うんじゃねー! 後で大問題になるだろうが」
「そうだぞ、めぐみん。破壊活動は控えた方がいい」
 そんな彼女たちを冷徹な視線で見つめるのはターニャだった。
 軍服を着ていないので民間人のように見える。だが、魔法を使う者達には驚いた。
 銃弾飛び交う戦場という訳ではないようなので、興味本位で眺めている。
 ずっと見ているわけにはいかないが、彼女たちも自分(ターニャ)と同じ境遇のようだった。
「俺達だけが転移したのかな」
「位置から見て、別の場所にも居るかもしれないな」
 空を飛ぼうにも装備を失っているターニャは徒歩で近隣の村などを見つけるしかないと思っていた。
 水に関しては魔法で出したものが飲めるのか気になるけれど。食料の確保は考えておかなければならない。
 武器は無し。適当な刃物でも戦えない事はないけれど、敵国の兵士まで来ている可能性は捨て切れない。
 戦いになれば彼らを守れる保証は無いので切り捨てる事も考慮する。
 命令があれば従うのが軍人の務めだが。

 act 1 

 軽く見渡してみたが敵の姿は無い。
 ターニャは少しだけ安心した。
 謎の存在Xによって()()()()()されたわけではないことに。
 いつもなら時間を止めるような演出が入る。それが今回は唐突な転移だった。それはそれで気になるところだが、考えても仕方が無い。
 同じ境遇の人間が近くに居る事から全く別の要素かもしれない。
 つまりは新たな存在Xという可能性だ。
「……こほん。自己紹介はせねばまるまい。当面、共に旅する仲間として」
 カズマはターニャを一目見てすぐに『軍オタ少女』と思った。そして、面倒臭そう、という嫌そうな顔つきになる。
 立花は仲間と言われて少し嬉しくなった。
 知らない世界に放り出されたのだから仲違いする事はマズイ。それはそれぞれ脳裏に浮かんでいた。
 ダクネスもめぐみんも大人しくするほどに。
「私はターニャ・デグレチャフ。見た通りの軍人だが……。諸君に階級を告げるのは……、無用だろうな」
「……軍人って……。ただの軍オタなだけじゃねーか」
 カズマの態度は()()()()のターニャにとって当たり前の反応なので指摘はしない。それはそうだろうと自覚もしているし、腹は別段、立たなかった。
「さっきモノローグで紹介が済んだのにまた名乗る意味あんのかよ」
「それが事実だと証明できるのか?」
 この手のバカは正論を言えば大抵は黙る。その証拠にカズマは唸って反論できなくなったようだ。
「我が名はめぐみん。紅魔族随一のアークウィザード
「私はダクネスだ。よろしく頼む」
「私は女神アクアよ。神様なので(うやま)ってください」
 神と聞いてターニャは鋭い視線をアクアに向ける。
「ひっ!」
 人間の眼光で怯むような神ならば恐れるほどの価値は無いかとターニャは思い、軽く呆れ気味にため息を吐く。
「私の前で神を口にする時は気をつけたまえ。私は神を信じないし、奴らは殺すべき敵だ」
「……ごめんなさ~い」
 一部の隙も無い整った立ち姿のままターニャは告げる。
 仮に目の前の水色が本当に神であったら殺すのか、という問題については自分でも答えは出せない。
 神にも色々な立場の者が居るかもしれない。
 精々、人質だ。
「立花響です。よろしくお願いしまっす」
 元気一杯に名乗った立花に対して他の者は思った。

 ターニャと立花の声が似ている。いや、ほぼ同じではないかと。

 もちろん、それはターニャ本人も思った。だが、そんなことは今は関係ない。
 世の中には自分と似た者が三人は居る、と言われている。だから別段、珍しくも無い。
 というより名前の響きから日本人である可能性に少し驚く。
 最後に残ったカズマは名乗るのが恥ずかしいのか、黙っていた。
 ターニャは軽く一瞥しただけで指摘しなかった。
 名乗りたくないのであれば、それはそれで別に構わない。
 バカの名を呼ぶ手間が省けるだけだし、黙ってても聞こえてくると判断した。そもそも『貴様』としか言わない自信がある。
「では、自己紹介が終わったことだ。目標を決めようではないか」
「……はいはい。さっさと決めてください」
 無気力に呟くのはカズマだった。
 無能はいつの時代も変わらないようだ。だが、ターニャは自分の部下でもない民間人相手に怒りはしない。
 肉壁程度の存在に腹を立てるほど、短気ではない。
「現地調査をしたいところだが……。方々に散るのは得策ではない」
 というより民間人に軍人の真似事をさせるのは酷だ。ターニャは少しがっかりしつつも指針を決める。
 慌てふためく無能とはいえ、目的を与えれば動かない足は意外と動くものだ。
「魔法の存在を肯定する君たちは空は飛べるのか?」
 少なくとも手から水を出す場面で魔法は絵空事ではないと確認した。
「空は飛べないわね」
「爆裂魔法一本です」
 全く役に立たない事は理解した。
 確かに全ての魔法に精通する事は困難を極める。自分たちも経験が無いわけではない。
 演算宝珠も兵士全てに等しい力を与えられるほどに優秀な代物ではない。
「高くジャンプすることは出来ると思います」
 と、答えたのは立花だった。
 見た目にはただの一般市民にしか見えない立花の姿にターニャは首を傾げた。
「たちばな、と言ったな」
「はい」
 と、肘を曲げて手を平たくし、こめかみに当てて敬礼する立花。
 軍隊式の正式な敬礼をいちいち指摘するつもりはないので無視する。
 軍属ならば多少は言わなければならないかもしれないが、相手はどう見ても一般市民だ。しかし、万が一それが隠れ蓑である場合も考慮せざるを得ないのが普通だ。余計な手間ではあるけれど。
「ジャンプしてどうなるというのだ」
「思いっきり高く飛べば周りを把握できると思います」
「……いちいち軍隊式を強要する気は無いから、普通に喋っていいぞ」
 長く軍属に居たものだからターニャは自然と今の喋り方なだけだ。それを見知らぬ人間に強要する気は毛頭ない。
「えっ……あっ、はい。ターニャちゃんの……」
 ちゃん付けされるほど馴れ馴れしくされたくないな、というのを鋭い眼光で返答するターニャ。
 とはいえ、何も知らない相手から見ればただの幼女に過ぎないのも否定できない事実だ。
「……出来れば呼び捨て……」
「ターニャちゃん。ターニャちゃんって可愛いな」
 カズマが笑いものにし始めた。
 手元に銃があれば発砲する自信があるが、民間人の射殺は許可されていない。もちろん、()()()()()は殺す。
「いいから、続けたまえ」
「あ、うん。いえ、はい! ター……、デグ……」
 言い難い名前のようだがターニャは無視する。
「とにかく、周りの地形を把握しろってことだよね?」
 大幅に省略されたがターニャはそれで妥協する事にした。

 現在位置を把握すること。それが今しなければならない大事な事だ。
 食料が無いので無駄にさまよう事は危険だ。
 敵国の領土内であれば戦闘が起きる可能性がある。だが、これは杞憂かもしれないとターニャは思っていた。
 戦場の(あと)が見当たらないからだが。
 平和な国であるのならば村くらいはある筈だ。無くても人の住む場所などは見つけたい。
 もちろん、ここが()()()()()()()とは限らないかもしれないけれど。
 呼吸が出来る時点で人間が住むには適切な場所なのは確かだ。
 さすがに信仰心を押し付ける存在Xが神を信じない世界に送り込むのは考えられない。
「出来ればかなり高い位置まで上がってほしいのだが……」
「なら私に任せてください」
「……たちばな。君は魔法が使えるのか?」
ギアを使います。……あと、これは重要機密なので黙っていてくれると助かるんだけど……」
 機密保持はどこの国も(おこな)っている。
 それは理解出来るのだが、知らない人間にあっさり秘密だ、と言う辺り、立花という少女はバカなのか。
 軍属ではないけれど多少は秘密事項を気にしている程度、とも言える。
 取り上げたところで彼女(立花響)専用であれば意味が無い。
 現にエレニウム九五式はターニャ専用だ。解析されこそすれ、使用できる人間が居るとも思えない。仮に居た場合はそれはそれで脅威だ。
「我々の敵になる可能性があった場合は没収させてもらう」
「そ、それは困るな……」
「君が何処かの国の軍属であれば……、覚悟はするように」
「は、はい」
 今の段階で揉め事を起こすのはターニャの本意ではない。早く現状を把握したい気持ちがあった。
 余計な上司の横槍もないようだし、比較的自由に動けるのだから少しは態度を柔らかくしようかな、とも思わないでもない。
 周りに居るのは大人ではなく学生。一人は怪しいが。
 戦場を経験した事が無い人間を即席の兵士にするのは時間がかかるものだ。
 ふと、カズマ達に顔を向けると彼らは大人しく地面に座っていた。
「手持ちの物品の確認はしておけ」
 彼女たちは少なくとも、何らかの武器を持っているようだ。
 自分は中世ヨーロッパ風の異世界だったが彼らはどこから来たのか。
 西洋ファンタジーとも言えなくは無いが。
 久方ぶりの日本人が混じっているのだからある程度の知識はあるかもしれない。
「さて、たちばな」
 と、声をかけてすぐに思い至る。
 彼らの名前はどんな文字を書くのかを。

 地面にそれぞれ名前を書かせてみたが日本人以外は見慣れない文字になった。
 ターニャの転生後の国の文字とも違う。
 だが、言葉はそれぞれ通じているのは不可解だった。
 自動翻訳はいつの時代も不可解極まる。
「それぞれ世界が違うようだな」
 似た世界かもしれないが異世界は異世界だ。
 平和に暮らしたいターニャにとって他の世界などどうでもいい。
「話しが脱線したな。立花。行動を開始したまえ」
「は、はい」
 立花は首にかけているアクセサリーを取り出す。
 大きさは五センチメートルほどの長さの円柱型の赤い宝石。
 聖遺物ガングニール』の欠片から造られており『聖詠』を唱える事で鎧型の武装が肉体に装着される。その武装を『アームドギア』と呼ぶ。
 使用者の意思により武装は様々に変化し、肉体能力向上などの恩恵により水の中や宇宙空間でも活動できると言われている。
 誰でも扱えるわけではなく、体力低下に陥れば暴走状態にもなる。
 ガングニールの主武装は槍だが立花の場合は拳のみの攻撃しか出来ない。
「……モノローグさんが秘密を暴露していますが……、だいたいそんな感じです」
 立花はアームドギアに詳しいわけではないので、説明を求められれば大半は答えられない。
「……はい。どうして武器が色々と変わるのか実は不思議だったんですよね。クリスちゃんの弾とかどこから沸いて出てくるのか、今から思えば色々と謎ですよね」
「……いいから続けたまえ」
「は、はい。すみません」
 立花は大きく深呼吸し、聖詠を唱える。
「バ~ルウィ~シャル、ネスケル、ガングニール、トロ~ン」
 声に反応し、アームドギアは小さな集音装置に変化した。それから身体の各所から金属の塊が発生し、様々な形に変形しながら肉体に装着されていく。原理はもちろん分からない。
 立花のパーソナルカラーは黄色。全体的な雰囲気だと猫のような形に近い。
 変身時には服が消えて無くなるが武装解除後は再生成されるらしく、全裸のまま放り出される事は無いという。
 両手は拳攻撃に特化した太いガントレット。足腰は爆発的な瞬発力を発生させる仕様になっている。
 飛び道具は無く、自分が敵に突っ込んでいく。
 変身後の姿にカズマ達は驚きで言葉を失っていた。
「カズマ、カズマっ! なんなのあれ!」
「知るか!」
 外野が叫びだしてもターニャは微動だにしない。だが、それでも内心では驚いている。
 変身美少女が実在した事に。
 魔法自体は自分も使えるけれど、変身魔法は習得していない。そもそも戦場に目立つかっこうするわけにいかないからだが。
「では、行きます」
 衝撃に巻き込まないように立花はターニャ達から離れた位置に行き、屈伸運動した後で地面に向かって深く屈みこむ。
 両足からカタパルトのようなものが地面に打ち込まれる。
 武装は全て使用者の意思によって様々に変化するらしく、どういう変化が起きるのか周りには窺い知れない。
 アームドギアの力を引き出すには力を込めるだけではなく、使用者の声が必要だからだ。
 ゆえに立花は歌いながら行動している。
「なんで歌う必要があるんだ?」
「そういう仕組みだから、かな。歌わないでいるとパワーが出ないんですよ~」
 と、苦笑気味に立花はカズマの疑問に答えた。
 皆が歌っているし、自分も自然とそうしていたが詳しい仕組みは理解できそうに無いので放置していた。
 とはいえ、歌は聞く事も歌う事も好きだから問題は無い。
「では、行っきますね~!」
 地面を抉る力を推進力として立花は垂直に飛び上がる。それは常人の域を遥かに超えるものだった。

 軽く二十メートル以上飛んだところで周りを一望する。
 平原と木々がいくつか見える以外、近代的な建物は見当たらない。
 道路らしいものがあったが、それは舗装されていない獣道のようなものだった。
 川が遠くにあり、人間の姿はまだ見えてこない。
東京じゃない事は確かなようですね~」
 飛行機も無く、自動車も無い。
 始めて見る自然豊かな景色には驚いたが、誰も居ない風景というのは寂しさを感じさせる。
 人ごみ溢れる世界で暮らしていたから、というのもあるかもしれないけれど。
「誰も居ない世界は寂しいよね」
 空気を蹴るように更に上昇する。
 遠くに広大な森と赤茶けた平野が見えた。更に湖に山岳地帯。
 近隣に街は無いが、整地された田畑の様子は見えた。つまり少なくとも村はある筈だ。
 少し遠いが行くしかない。
 他に近くに人の姿もない事だし、と判断して着地する。
「向こうに畑が見えました。人の姿は……、見えなかったけれど……」
「了解した。では移動を開始しようか」
 手短な報告でターニャはすぐに行動に移る。
「お前は我々を抱えて移動できるか?」
「両手で抱えるのは難しそうですね」
 苦笑しながら立花は答えた。
「だそうだ。無駄に待機して妙な連中に襲われるか。村と思われるところまで移動するか、それぞれ判断しろ」
 川が近くにあるとはいえ、それが飲めるものとは限らない。
 もちろん、調査は必要だ。
 いや、水はアクアが出せたのだったとターニャは思い出す。
「ここでじっとしてても誰も来ないかもしれませんよ。一緒に行きましょう」
 優しい立花と厳しいターニャの声が不思議な響きに聞こえる。
「どんだけ歩くんですか」
「……見た感じだと五キロメートル以上は……」
「照明が無いのだから夜間はかなり暗くなる。移動は早い方がいい」
「確かに」
「アクアの杖って光らなかったっけ?」
 光ろうが光らなかろうが場所を移動して夜に備えなければならない。
 気温は少し肌寒い。夜間になればもっと冷えるかもしれない。
 もたもたしている暇は無い。

 立花は変身を解き、ターニャと共に歩き始めた。
 身体に負荷をかけるので永続的に変身していることは出来ないと言った。
 体力の消耗を少しでも抑えるのは当たり前だ。それを分かっている分、立花という女性は頭は悪くないようだとターニャは思った。だが、後続からついてくる輩は完全にバカの領域だ。
 ぶちぶちと文句ばかり言って無駄に体力を減らしている。
 はっきり言えば足手まといだ。
 精々、肉壁程度の役にしか立たない気がする。
 たかが五キロメートル。重装備で五十キロメートルを走破する事に比べれば軽い運動だ。
 戦場ではないのだから贅沢は言わないでほしいが雑音が酷ければ教育を施す事も考えておかなければならないかもしれない。
「お前達、無駄なおしゃべりは体力消耗に繋がる。黙って歩け」
「うるさいわね」
「……一理あるが……、そういうターニャはどうなんだ?」
 漠然とした問いかけは脳に酸素が行き渡っていないのではないかと思うほど陳腐なものだった。
「私は軍人だ。この程度で根は上げない。だが、民間人を放って置くわけにはいかない。だから声をかけている」
 だいたい重い鎧を着て移動しているのだから黙って歩いた方が懸命だろうに、とターニャはダクネスの格好を見て思う。
 捨てろ、とは言わないが遠征向きではないのは理解した。
 野伏(レンジャー)のような軽装や猫車(ねこぐるま)でもあれば少しは楽が出来たのだが。
 季節が夏であれば捨てざるを得なくなる。
 色々な条件に恵まれていることを理解してほしいものだと思いはしたが口には出さなかった。
 無駄話しは好まないが聞いている分には彼らの情報が()()()手に入るので助かっている。

 最初の三十分は賑やかだったが少しずつ静かになっていく。
 何も無い平野を歩くのだから話しのネタは尽き易い。だからこそ、無駄口を叩かずに歩いていればいいのに、とターニャは呆れていた。
 おそらく三キロメートルは歩いた筈だ。もう少し早く歩いてもいいのだが、置いて行くのも忍びない。特に立花の存在は大きい。
「……かといって食料になりそうな草とか小動物が居るわけもない」
 水はどうにでも出来る。
 問題は食料だ。
 補給無しの遠征は自殺行為以外の何者でもない。
 後続の彼らに軍隊教育を施すのも面倒くさいし、一日で改善するとも思えない。
 見捨てるのは簡単だ。
 武器が無い今、外敵対策も考えなければならない。
 ターニャは手持ちにあるものを再確認する。
 『エレニウム九五式』は魔力を増幅するが水などを出せるわけではない。念じたところでご馳走も出せない。
 演算宝珠はそもそも戦場専用の代物だ。
 地面に落ちている小石をいくつか拾っていく。無いよりマシ程度だが。
「私は強制はしない。無理についてこなくてもいい。むしろ、邪魔だ。休みたければ勝手に休め」
 歩きながら告げると後ろから一様に不満の声が聞こえてきた。
「村にたどり着けなければ名も知らぬ土地で飢え死にするのは貴様らだ。それを忘れるな」
 これくらい言っておけば嫌でも歩くのではないか、と。少なくとも理由は出来たはずだ。
 ターニャは振り返らずに歩き続ける。
 しばらくすると会話が無くなり、とても静かになっていた。
 足音は聞こえるので全員後ろに居るのは分かっている。
 それから一時間が経過した。立花の()()()()()()()()、もうすぐ風景が変わるはずだ。


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10 帝都『アーウィンタール』へ

 更に進む事、十五分。時間はターニャの体内時計だが、正確な時間を計る時計は持っていなかった。
 持っていないというよりは無くなっていた、が正確だ。
 本来ならば持っていなければならないものがポケットの中に入っていない。
 それは立花やカズマ達も同様のようだった。
 転移により中途半端に持ち物が消えてしまった、と考えるのが自然かもしれない。
 服と下着はあるが替えは無い。
「………」
 予定より少し遅れたが畑が見えてきた。
 広大な様子から大規模農業なのは確かだ。
 不休の移動で後ろの連中は疲れているようだが、暗くなる前にたどり着けて少し安心した。
「諸君。畑が見えたきた。ここで休むもよし。後はそれぞれ自己判断で動けばいい」
「……そうですね」
「私は先を行くが……、諸君らはどうする?」
 疲れを一切見せないターニャにダクネスと立花は驚いていたがめぐみんとアクアは死にそうな顔になっていた。
 つまりは疲労による顔面蒼白だ。
 早く休みたいと身体が訴えているようだった。特にアクアは水分補給代わりに魔法を使っていた為か、かなり疲労の色を見せていた。
「倉庫があれば借りようかと……」
 ターニャは周りを一望する。倉庫のような建物は遠くにあるようで、まだまだ徒歩が必要だった。
 寝床に使えるかは中を確認しなければならないけれど。

 act 2 

 畑が見えても肝心の作物は既に収穫された後なのか、食べられそうなものは見当たらなかった。
 邸宅を求めて一同は歩き続けた。
 これだけの田畑で生産される作物ならば大きな都市があるはずだとターニャは思った。
 少なくとも知的生物は居る筈だ。
「お腹へった~」
「そろそろ休みたいのですが」
「休みたければ休めばよい。それくらいの自己判断くらい出来よう」
 都合の良い時だけ頼って文句を言う輩は嫌いだ、と胸の内で言うターニャ。
 自分の部下ならば制裁を課すところだが、残念ながらアクア達は赤の他人であって仲間ではない。
 ただ単に自分が進む道についてくる野次馬でしかない。
 それでも目的地に来たのだから彼らがどう判断しようと口出しする気は無い。
「道なりに行けば民家が見つかるかもしれません。諦めずに頑張りましょう」
 水分補給を恩義着せがましく言ってきたのは最初だけ。
 ターニャは少なくとも歩調は多少は緩めていた。それだけでも相手側に譲歩していたのだから文句を言われる筋合いは無い。
「さて、立花」
「はい」
 敬礼は(くせ)になったのか、元気がいいのは嫌いではない。
「体力に余裕があるのであれば彼らの面倒は君が見たまえ。正直、文句を言う連中とは一緒に旅などしたくはない。……後は自己判断で行動しても良い」
「……けっ。散々アクアの水を飲ませてもらったクセに……」
 これ見よがしにカズマは言った。
 当然、そんな事を言うだろうとターニャは想定していた。それは元々、ターニャ・デグレチャフという肉体より前は()()()だったから、ある程度のカルチャーはたしなみ程度に知っている。
 カズマのような自堕落そうな連中の思考は()()()()()()()()()()()()()だった頃にそれなりに熟知しているといってもいい。
 無能の思考パターンの把握は相対評価を決定する上で必須だからだ。
 この手の相手はひと睨みで充分だ。相手をするだけ無駄。だが、雑音が続くのは勘弁願いたい、というのが本音だ。
「私は歩けと命令したか? 君らの要望に答えねばならない理由が水の供給だと言うのならば筋違いだ」
「はあ?」
 カズマとアクアはあからさまに嫌な顔をする。ターニャとしては至極当然の反応で驚くに値しない。
「人命救助に見返りを求める卑しい者とは交渉しない。それだけだ。何か不服があるのならば反論したまえ」
 こちらは強制していない。ゆえに文句を言われる筋合いは無い。
 付かず離れず一緒に歩いてやっただけでもターニャとしては譲歩したとも言えるかもしれない。
「旅する仲間としてもう少し……」
「それはそちらの勝手な判断だ、ダスティネス・フォード・ララティーナ
「うっ」
 フルネームで呼ばれる事がほとんど無かった為に驚いてしまった。
「とはいえ……。違う道を行け、とは言わんが……。君達の体力の無さを私に押し付けることを筋違いだと何故、理解しない? そして、それを何故、私が考えねばならない? めぐみん、その理由を述べたまえ。私は寛大だ。言い分があるなら……、言いたまえ」
 無駄に会話しているが、その間に少しは休めて頭の回転も少しくらいは良くなる筈だ、とターニャは思うからこそ話しに付き合っている。
 見捨てるよりは叩き潰しておいた方が後ろから来る雑念も軽減されるかもしれない、という程度のことだった。
「ふ、ふん。正論ばかり言っても無駄です」
 杖を支えにめぐみんは答える。ただ、足腰が少し震えていたのは疲れからか。
「お前はアクアに貸しがある。だから、それを返すのが筋だ」
 とは、カズマの言い分だった。
 ターニャはそう答えてくる事は分かっていたので表情はピクリとも変化しなかった。
「……なるほど。君らは慈善活動に見返りを求めるタイプか」
「うるせー。頼られっぱなしで潰れるのはこっちなんだよ」
 軍人らしく『国の為に死ぬ兵士の気持ちを理解しているのか?』と言ったら定型文が返ってくる気がした。
 打算あり気で会話する相手は結局、ろくでもないという事か。その中にはきっと自分も含まれている。
 本国であれば『チップ』で済む話しも確かにある。だが、今は手持ちが無い。
 無いものを寄越せと言われても困る。
 少なくとも民間人に対価を払うことはターニャだって出来る。だが、今は出来ない。
 適当な獲物を仕留めて肉を提供するくらいはしてやってもいいが、残念ながら今はボランティアを受け入れてもらわねばならない。
 いわゆるタダ働きだ。
 それに今は『休息』という見返りを払っている最中だ。それに気付かない彼らは相当なバカかもしれない。
 喋る元気があるなら足を動かせ。自分の兵士であったなら声に出すところだ。
 無能と会話する労力に対して見返りが無いのはターニャとて理不尽だと思う。
「さて、言い分は聞いた。そろそろ行動を開始しようではないか。まだ喋る体力があるようだからな」
 ターニャは歩き始めた。
 言い分が全く通じない相手にアクアやダクネスは呆然となったが反論できないのは事実だ。
 普段ならばカズマなり、アクアが解決する展開になるのだが揃って何も出来なかった。

 act 3 

 畑を歩き続けるが建物が見つからない。
 三十分ごとに立花に確認作業をさせるターニャ。
 それを三回ほど(おこな)ってようやく人家を発見できた。
 報告にあった五キロメートルをゆうに超える。素人の目算はあまり宛にならない、ということかもしれない。
 駆け足ならば一時間もかからない距離だ。
「たかが十数キロメートル……。文句を言わずに歩けないものか」
 多少の装備品があるとはいえダクネス以外は軽装だ。
 ターニャとしては手を差し伸べられるとすればダクネスくらいだ。
「……いや、マジでこんなに歩いて何故、お前が平気なのか信じられないんですけど……」
 ターニャだけではなく、立花もまだまだ体力を持て余していた。それはターニャも驚く事だった。
「いや~、あはは。体力があるのが取り柄みたいなものですから」
「短距離で潰れるよりかはマシだ」
 立花は変身はできても魔法は使えないようだ。少なくとも索敵能力は肉眼のみ。
 銃を持つ敵国兵士が居ないだけマシだけれど、平和だなと思った。
 争いの絶えない世界に放り込むのが存在Xの趣味かと思っていた。今は平穏すぎて逆に怖いくらいだ。
 薄暗くなってきたのでもうじき夕方になり、夜になる。
 野宿する前に建物に行かなければ後ろの外野が騒ぎ出して(うるさ)くなる。

 愚痴を聞きつつ人家というか小さな集落にたどり着く。
 まだ完全に日が落ちる前だった。
 新たな異世界だと仮定して言葉が通じるのか疑問だが、問いかけは必要だ。
 軍服に反応して逃げ出せば敵国である可能性は高い。
 ターニャは後ろの役立たずに任せるより自分で行動した方が話しが早く済む気がしたので、率先して中に入る。
 検問は無く、一般的な農村のようだ。既に晩御飯の準備の為に村人と思われる人間達が動いていた。
 変なモンスターではなく、人型。カズマ達とも祖国の人間とも何ら変わらぬ姿。
 服装は貧相だがターニャの記憶には無いものだった。
「村よ、カズマ。これで安心して眠れるわ」
「よ、ようやくたどり着きましたか……。お腹が空きました」
 という声を聞き流し、近くに居た村人に声をかける。
「そこの君、一つ尋ねたいが、いいかな?」
「えっ? ああ、旅人さんですか?」
 ごく普通に返答したが言葉が通じたのは驚きであり、ここが自国領内ではないかと思ってしまった。
「ま、まあそうだ。この村は……、いや我々は旅人だが……。この国の名前が分からない。色々と迷い込んでしまってね」
 軍服に反応を示さないのだから少なくとも敵国意識は持っていないようだ。いや、幼女にしか見えない風体で油断しているのかもしれない。
 相手の表情は焦っているような感じだった。仕事の途中に引きとめたのだから焦っていてもおかしくはないか。
「ここはバハルス帝国の領内です」
「……ばはるす帝国……」
 違う帝国名に内心で驚きつつも冷静さを保つターニャ。
 聞いた事の無い単語はすぐには受け入れられないものだ。
 存在Xによって似て非なる世界に()()送り込まれた、と考えるのが自然かもしれない。
 ただ、今回は何も警告を受けていない。
 いつもなら時間を止めてご大層な説教が始まっても良い頃なのだが、それが起きないという事は存在Xの干渉を受けない世界なのか。
 それが事実だとしても部隊を()()()の世界に置き去りにしたままだ。急な失踪は死亡扱いとなって二階級特進になってしまうし、今までの努力が水泡(すいほう)に帰してしまう。
「長旅で休める場所を提供してほしいのだが……。馬小屋でも構わない。それから事情通の(かた)は他にも居るのか?」
「は、はい」
 村の青年と思われる人物は見知らぬ集団を村に入れてくれた。
 まず立花とカズマ達には勝手に休むように言いつけた。
 ターニャは少しでも情報が欲しいので村長の下に向かう事にした。

 act 4 

 案内された建物は粗末と言う言葉が似合うのだが、それは他の建物も同様で村長だけが特別豪華ということはないようだ。
 エピゴー村という名前にターニャは覚えが無い。
 近隣の簡易的な地図や簡単な歴史、文化様式を聞いていたがメモを取る用紙が無い。
 紙類は高価で村にはあまり無いという。それならば布に墨で書くだけだ。
 服があるのだから布くらいはある筈だ。
 文字や貨幣も確認した。もちろん、それらは見たことも無いものだった。それなのにだ。

 言葉が通じている。

 それはいかなる奇跡なのか。
 存在Xの悪ふざけか。
 情報の見返りに対価を払うのが普通だ。だが、今は持ち合わせが無い。
 仕事についても尋ねてみた。
 とはいえ、ターニャ自身は自分が幼児であることを自覚している。つい先日に十歳になったばかりだ。
 出来る仕事は敵を殺すこと。
 兵士としての技術はあるが他の仕事は頭になかった。
「その歳で仕事というのは……」
 村長達が困惑する事はもちろん想定内だ。
 小さな子供は農家のお手伝い程度しか出来ない。
 バハルス帝国は予想通り、軍事国家ではあるが年中戦争しているわけではないらしい。
「若い子でも冒険者になれるらしいけれど……。兵士になれるかは……」
 その『冒険者』とは冒険者ギルドという組織で受付で説明を聞いた方が早いという。
 村人が知っているのは作物を納入した後に冒険者組合に行った者が居るからだ。
 出入りに制限は無いらしい。
「定住するつもりなら冒険者組合で冒険者として登録するといいよ」
 国民になるのはターニャにとってびっくりするくらい簡単な事らしい。
 国境は存在するのだが敵対行為をしなれば排除されないものだとか。
「……それで帝国は王国と戦争状態というのは……」
 民間交流を許しているのに国は争っている。それは常識を疑うことだった。だが、村では国同士の込み入った情報は得られない。
 この世界にはモンスターと呼ばれる敵が居る。村では他国の人間よりも恐ろしい存在という認識らしい。
 ますます理解に苦しむ世界だとターニャは頭が痛くなってきた。
「今日は泊まっていきなさい。もう日が暮れて外は危険な状態になっている筈だから」
「そ、そうですね。では、お世話になります」
 村の明かりは蝋燭(ろうそく)と魔法のアイテムによって照らされている。
 そのアイテムの名前は『永続光(コンティニュアル・ライト)』というのだが、自分の世界には無かったもので気になって少しの間、眺めた。
 電気という概念は無く、魔法文化が発達している。
 中世ファンタジーという概念のようだ。

 話しを聞き終えた後、立花達の様子を確認する。
 与えられたのは馬小屋ではなく、空き家だった。
 無一文には過ぎたる待遇だが文句は言えない。
 下水道は完備されているが飲料水は(おも)に井戸水中心。(まき)が豊富にあり、暖を取る事には不自由しない。
 健康的な村民の様子からそれなりに収入が安定している村に見えた。
「諸君、私は明日、帝国首都『アーウィンタール』に向かう。君達は好きに行動したまえ」
「しゅと?」
「馬車移動でも数日かかる距離らしいが……。ここから先は君たちの自由意志だ。それとも私と共に移動するかね?」
 集団行動する方が安全ではあるけれど、愚痴を聞き続けなければならない拷問が待っている。それさえなければターニャも頭を痛めたりはしない。だが、野放しにしてもうるさい輩には一言告げておけば覚悟を決める時間が出来て、少しの間は静かになるものだ。
 帝国への入国料というものがあるが後払いが出来るらしい。
 手元にあるのは軍服と九五式。これはさすがに売るわけには行かない。
 細かいところは村人に委ねるしかないけれど。
 最悪、不法入国で投獄も覚悟しなければならない。だが、話しぶりでは入国は比較的、厳しくは無いという事だったが。果たして真実かは実際に確認しなければならない。
「この農村で仕事を得るもよし。ただし、畑仕事は一段落ついてて旅人の分の仕事は無さそうだぞ」
「我々の為に色々と情報を集めてもらって感謝する」
 真っ先に頭を倒したのはダクネスだった。
 騎士だから礼儀正しいのかもしれないが、ターニャの印象では特に問題があるようには見えなかった。
 メンバーの中では比較的、常識を弁えた人間に見えていた。もちろん、側にいる立花も無駄口は叩かず、現状を理解しようと努力していたのは知っている。
 残りの三人はバカだ、ということは理解した。
「……旅は道連れという言葉がある。私とて民間人を放り出す真似はしたくないのでな」
 軍人として最低限度の役目をしなければ上に立つ事など出来はしない。
 それがどうしようもないバカが相手だとしても。
「食事に関しては村人が今、作ってくれているという。彼らに深く感謝するんだな」
 それぞれ知らない世界に放り出されて混乱するかと思ったが、意外と冷静な所は評価に値するかもしれない。
 問題があるとすれば自分の寝床はどこになるかだ。
 寝台に限りがある。そして、今はすべてが埋まっている。
 ターニャは軽くため息をつく。
 毛布を貰って地べたで眠る役は自分だ、と思いながら移動した。

 建物の外に出ると真っ暗闇になっていた。
 知らない土地は戦場とは違う静寂さでターニャ達を出迎えている。
 敵国の人間は村を襲うことはほぼ無いというのが信じられなかったが。
 戦争する場合は戦場になる場所が決まっていて集落が巻き添えになるような事は今まで起きた事が無いという。
 その代わり、厄介なモンスターに襲われることがある。
 それは敵国とは別の敵。
 言葉通りの存在で、亜人種異形種とも呼ばれている。
 村の近くに現れるのは大抵が小鬼(ゴブリン)人食い大鬼(オーガ)。南方から獣人(ビーストマン)飛竜(ワイバーン)が現れるらしい。
 それらは冒険者が倒してくれるので村や国は平和でいられるという。
 聞いた事が全て事実だとするととても平和的な世界に思える。
 銃弾飛び交う戦場とは違うようで未だに信じられない。
 確かにここまでの道程で人間の死体や硝煙の臭いは感じなかった。戦場の痕跡も無い。
「……急な転移に意識はまだ慣れていないだけだ」
 かといって平和に甘んじて元の戦場に戻された場合は役立たずになる可能性が高くなる。
 危機意識は常に持ちづけなければならない。
 存在Xを自分はまだ(ほうむ)っていないのだから。
「安全な後方勤務……。休暇だと思えばいいか」
 これから向かう帝国とやらに大学などの教育機関があれば利用させてもらいたいものだ。
 軍事国家ならば少なくとも働き口くらいは見つかるかもしれない。
 それにはまず入国に成功しなければならない。
 夜食を手早く済ませてターニャは毛布に(くる)まり、早々に眠りに付いた。

 act 5 

 村人の朝は早い。
 早寝早起きの精神が根付いているためだ。
 『永続光(コンティニュアル・ライト)』は魔法の名前でありアイテム名になっているが高価なもので、各家に置くほどの数は無い。
 村の収入から考えれば銀貨数枚というのは高価な部類だ。
 銅貨銀貨金貨。という貨幣の価値基準は理解した。
 村人の活動で目が覚めたターニャは井戸水を求めて移動する。
「おはようございます」
 気さくな村人の挨拶にターニャは社交辞令的で対応する。
 見ず知らずの旅人に色々と情報提供してくれる相手だ。無下には出来ない。
 助け合いの精神があるらしく、風呂や食事の提供を受けた。服は残念ながら他人任せには出来ないけれど、洗濯の仕方は教わった。
 トイレという文化について疑問だったが、共同(かわや)というものがあり、そこで用を足す。
 肥料造りには必須なので文句は言えない。
 文明レベルは()()()()より低いようだが順応出来ないほどではない。
 アーウィンタールには二時間後に向かう予定になっている。それまでは自由時間だ。
 久しぶりに気が休まる時間を大切しなければもったいない。
「モンスターは……、カッツェ平野からたまに骸骨(スケルトン)が来る程度かな。大体はトブの大森林からやって来る」
 『トブの大森林』とは王国と帝国に挟まれた広大な森の事だ。
 アゼルリシア山脈(ふもと)に位置する大森林の内部にはたくさんのモンスターが生息していて亜人種の集落もあるらしい。
 知性が乏しい分、暴力的で餌を求めて襲い掛かってくることがある。
 骸骨(スケルトン)アンデッドモンスターと呼ばれ、こちらは生者に憎しみを抱いている為に襲ってくるといわれている。
 そんなモンスターが多種多様に存在するのがターニャ達が現在居る世界だ。
「モンスターを倒すのは基本的に冒険者だ。彼等の収入源になっている」
 帝国には兵士が居るが国家防衛のみに努めている。
 率先してモンスターに攻勢をかけようとはしていない。
 その辺りは色々と面倒臭い問題があるようだ。
 モンスターの居ない自分たちの世界では敵は全て人間だ。
「南東に行くと亜人の国がいくつかあるそうで。そこでは人間は奴隷か食料になっているって昔から言われている」
「……なるほど。人間以外にも国を形成しているのか」
 実際に確認しなければ分からないかもしれない。
 国の力関係というものを。

 身支度を整えて移動用の馬車の様子を確認していると立花がやってきた。
「共に行動できるのは帝都につくまでだ。それとも引き続き一緒に来るか?」
「出来れば……、色々と情報が集まるまでは皆と一緒がいいです」
 そういう結論になるのは想定内だ。
 いきなり放り出されるのはターニャとて嫌だ。
 身の振り方が決まるまでは共に行動した方が賢い。
「情報も大事だが……。お前たちはまず帝国語を覚えなければならない」
「帝国語?」
「言葉は自動的に翻訳されているようだが……。文字は勉強せねばなるまい。言葉のニュアンスでは英語に近いのだが……」
 村長に教わった帝国語は全く見たことの無い文字だった。
 自分の祖国の言葉は自然と覚えられたが、転移後の世界はまた少し勝手が違うようだ。
「文字さえ覚えれば生活には困らんだろう」
「が、頑張ります」
 立花の声は確かに自分(ターニャ)の声に似ている。
 まるで自分自身と話しているような錯覚を覚える。
 顔や体型は違うがスパイ要員には使えそうだ。とはいえ、祖国ならいざ知らず、平和そうな国で諜報活動はまだ早計だ。
 明らかに聞いた事の無い国だ。どんな文化形態か勉強する必要がある。
 自分の知っている国であればある程度の予想は付くのだが、平和を謳歌する西洋ファンタジーの知識は残念ながら持ち合わせていない。
「それにしても……」
 ターニャは不思議に思う。
 少なくとも今のターニャは()()()()()で話している。いわゆるドイツ風の言葉使いともいえるものだ。それが立花に普通に通じているという事は自動翻訳とやらのお陰なのか。
 というよりは相手は日本語で喋っている筈だ。それがそのまま通じているというのも不思議な気分だった。
 まだ寝ているアクア達もそれぞれ言語は違うはずだ。
 それはまるで何も問題なく『バベルの塔』が建設されたようなものではないか。いや、文字が違う時点で、それはあり得ない。
 神の怒りに触れなかった為に統一言語が仕様として再現された世界。というのは考えすぎか。全くご都合主義にも程がある。
 気にしたら存在Xの横槍が入るかもしれない。そう思って思考を切り替える事にした。
 折角、お互いが通じ合っているのだからしばらくは邪魔されたくない。

 カズマ達が朝の支度を終えるころに馬車の用意は整った。
 定期的に帝国に納入する品物があるらしい。念のために確認させてもらったら中身は薬草だという。
 冒険者が使用するアイテムやポーションの材料に使われるもので高く売れるものらしい。
 当然、モンスターに襲われるリスクが高く、冒険者を雇ってもおつりが出るくらいの利益が出る品物でもある。そうでなければ危険な仕事などやろうとは思わない筈だ。もちろん、安全に採取できれば御の字に決まっている。
 持ちつ持たれつの関係が冒険者という()()()()のようだ。
「大きな町には薬師(くすし)が居て、そこに(おろ)すんです」
「村の貴重な財源というわけですね」
「戦争が終わってから暮らしはだいぶ楽になりました。まあ、敗戦国の王国はもっと大変でしょうけれど」
 帝国は充分な武力を確保しており、王国は農民を徴兵しているせいで連敗続き。
 負けるたびに多くの農民は命を落としていく。そして、自然と国力は低下する。それを帝国は狙って毎年のように戦争を仕掛けていたらしい。
 それが最新の戦争ではとんでもない魔法詠唱者(マジック・キャスター)の出現によって王国は再起不能に近い被害を被ってしまった、とか。
「それはそれは凄い魔法だったらしいです。噂ですからどんな魔法かは知りませんが」
 遠く離れている村は戦争時は普通の暮らしをしていた。
 気が付いたら元気の無い兵士が帰還する姿が見えたので負けたのかな、と思ったが違うらしい。
「爆発音は無かったと?」
「そうですね。村はいつもどおりでした。何が起きたのやら」
 普通なら決戦兵器として大規模な爆弾を使うところだ。
 祖国であっても戦術核兵器くらいは想定している。それではないとすれば想像できないものだ。
 何をもって戦争を終結させたのか。
 少なくとも何がしかの魔法を行使した、という情報しか無い。
「そろそろ移動しますので乗ってください。毛布と食料は一応、揃えておきましたので」
 人数の都合で二台の馬車で移動する事になった。
 それぞれダクネスが感謝の意を表す。
 ここまで親切な村人に不信感を覚えるのだが、警戒は解かない。

 ターニャと立花は一台目。残りは二台目に乗り込む。
 少なくともバカと一緒は嫌だったし、カズマも文句は言わなかった。ただし、物凄く不満そうな顔にはなっていた。
 移動は片道で三日ほど。
 それほどの距離が離れている。
 野盗の(たぐい)は存在するのだが大抵は貴族の馬車を狙うので農民の馬車は意外と襲われないらしい。もちろん、いざという時は荷物を捨てる。
 彼ら(野盗)は少なくとも無闇な殺生はしないそうだ。
 殺しにかかってくるのは大抵がモンスター。
 なので馬車にはモンスター避けの臭い袋を積み込んでいる。
「人間でも臭いと評判です。臭いに敏感な小鬼(ゴブリン)人食い大鬼(オーガ)くらいなら撃退できます」
 嗅覚の無いアンデッドモンスターには効果が薄い。だが、骸骨(スケルトン)は弱いモンスターなので棒などで応戦できる。
「帝都までの道は整備されているし、帝国兵が定期的に巡回しているので安全度は高いですよ」
「それは頼もしいですね」
 というよりよく喋る農民に少し驚いている。
 真実味は分からないが、旅人に対して無警戒過ぎやしないか。
 というより、この世界では普通の事なのか、と。


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11 まず金だ

 最初の一日は特に問題は無いが二日目はカズマ達がガタガタ揺れる馬車に酔って何度か嘔吐したらしい。その度に馬車が止められるのだが、それは仕方がない事としてターニャは口を挟まなかった。
 馬車が通る道は整備されているのだがアスファルトではなく石。それでも凸凹(でこぼこ)道よりはマシなレベルなので、ある程度は揺れる。現代社会に慣れた若者にとっては苦痛なのかもしれない。というより道が悪いのか、馬車が元々揺れる構造なのかは判断できなかった。
 夜になれば完全な闇が支配する。
 一般的な世界よりも深い夜は明かりに慣れたカズマや立花にとっては言い知れない不安を覚えさせるものになったようだ。不安により寝付けない事態になっていた。それでも朝方になれば疲れで眠ってしまうのだから現金なものだ。
 ターニャは夜間訓練を積み重ねているので、比較的、平気だった。
 農民の人間達は昔から慣れ親しんだ事なので顔色は変わらない。
 予定では三日目の昼ごろにたどり着く事になっている。多少急がせれば数時間は短縮できるが馬がもたない、という理由でのんびりと移動している。
 大事な移動手段を潰すわけにはいかない。だからターニャは黙っていた。
 そして、モンスターや野盗が現れぬまま帝都『アーウィンタール』が見えてきた。

 帝都以外の大都市にも検問所があり、簡単な検査を受ける事になっている。
 怪しいマジックアイテムの持ち込みがないか、どうか。
 ターニャは『エレニウム九五式』が引っかかった場合を危惧した。
 破壊活動をしない限り、多少のお小言を受けるか。帝城に連行されて身の潔白を証明する必要になる、と農民は答えた。
 普通の農民はそもそも厄介なマジックアイテムは持っていない。なので詳しいことは分からないらしい。
「……立花のアームドギア。奴等の装備類も引っかかるか……」
 自分だけではない事に気づき、ターニャは苦笑する。
 どの道、手間が省けるのだから大人しくしていた方が得策だ。
 聞けば戦争が終わったのはつい最近の事だとか。
 戦争しているとはいえ無闇に相手国の人間を捕虜にして奴隷にしたりはしない。というか農民はそんなことは今まで聴いた覚えが無いという。
「帝都には奴隷市場があります。それは直接、確認した方がいいですね」
「分かりました。色々と情報提供ありがとうございました」
「お客さんを運ぶことが無いので。安全に旅が出来るなら安いものですよ」
 会話が運賃という事なのか。
 確かに話し相手になるのも立派な対価だ。ただ、こちら側はあまり提供できていない気がする。
 それについては後々、礼ができるようになった時に考えればいいか。
 例えば冒険者となって農民たちを助けたり。
 おそらく、そういう事だ。
 そうして帝都の検問所にたどり着く。
 他の村から来たと思われる馬車が列を作っていた。
「皆さんは旅人ということで乗っていてください」
「身分はどうすればいいんだ?」
「それは冒険者組合で聞いた方が早いです。だいたいそこに行けば解決します」
 その冒険者組合に行くには検問所を突破しなければならない。
 長い時間を待たされる間、尿意が襲ってきた。
「そこの桶に入れてください。蓋をちゃんと閉めないと臭くなりますから」
 日常的な事らしく、男女の尊厳については考慮されていない。それは逆に言えば女だろうと気にしない風土とも言える。
 肥料は農民にとって大事なものだ。だが、急には慣れない。
 もう一台の馬車には男が乗っている。向こうよりはマシだ。
「立花」
「ひゃい!」
「あまり我慢すると膀胱炎になるぞ。ここは大人しく桶を使おうではないか」
「で、出来れば物陰がいいな……」
「この世界は気にしない風土のようだ。検問だってまだ時間がかかる。その間に漏らしてしまうぞ」
 さすがに音を消すアイテムは持っていない。
 村娘たちも馬車の中で用を足す筈だ。それが一般的ならば相手方は気にしない。

 act 6 

 一応、毛布に包まって用を足すターニャ。
 今ほど幼女の身体で良かったと思った事は()()()ない。
 中途半端に成長している立花は顔がかなり赤くなっていた。
 向こう(二台目)のアクアとダクネスなどは相当、我慢する事になる筈だ。
 嫌らしい目で見つめるカズマの姿が用意に浮かんだ。
 馬車の中は狭い。臭いや音はかなりはっきりと聞こえてしまう。
 なので、離れていてもアクア達の悲鳴はよく聞こえた。
 桶は一台に一つしかない。
 使用済みともなれば迂闊に外に出せないはずだ。
「音が気になるなら歌いながらすればいい」
「……ターニャちゃんは凄いな~」
 共に旅する仲間なのだから呼び方については指摘しない事にした。
 これから()()()幼女として潜入するのだから、多少は目を瞑る必要がある。

 立花の所用が済んで尚、検問は続いていた。
 一応、ターニャは立花にアクア達の補佐を命じておいた。
 同じ女性なのだから扱いは()()に任せた方がいいと判断する。
 検問の様子を確認する為に荷台から降りて、御者(ぎょしゃ)台に相席する。
「検問方法はどんなものですか?」
「荷物検査の後で気になる事があった場合のみ、魔法詠唱者(マジック・キャスター)の魔法での検査を受けます。いちいち裸にしませんので大人しくしていただければ、特に問題は無いかと。……あ、向こうのアクアという女性とか目立つ髪の色の方は狙われるかもしれませんね」
 現地民の多くは黒髪と金髪。目立つものほど検査を厳しくされるかもしれないという。
 持ち物も怪しければ検査対象になる。
 ターニャは演算宝珠。立花はアームドギア
 アクア達はそれぞれの武具類だ。
「皆さんが冒険者ならば武器を持っていても問題は無いのですが……」
 マジックアイテムを感知する魔法が存在し、検知されると事態がややこしくなる。
 敵意がない事を主張するしかない。少なくとも軍事国家とは相性がいいはずだ。
 変に隠匿するよりは堂々としている方が騒ぎの度合いも変わる。
 魔法に対抗できるのは魔法だけだろうし、それはそれで検知されやすくなり事態は悪化するばかりになるのは自明だ。
「我々のせいで迷惑を被るかもしれない。先に謝罪させていただきたい」
「いえいえ。色んな旅人さんにはそれぞれの事情がありましょう。帝国にあだなすような事件はせいぜいがモンスター関連です。この国の皇帝陛下は寛大な方ですので、滅多な事は起きないと思います」
 にこやかに答える青年。
 これが自分の祖国なら即刻捕縛し、数時間の尋問の後、拷問か射殺対象ではないかと思う。
 さすがに射殺は言い過ぎか、と思わないでもない。
 とにもかくにも検査とやらを実際に確認せねば対処の仕様が無い。
 ここから見える限りにおいて馬車を憲兵などで取り囲んでどこかに連れ去るような事は確認できなかった。
 この世界は科学技術は低く、魔法技術が高い世界なのかもしれない。
 兵士の武装は腰に下げている剣のみ。
 銃剣類の開発が未発達とも言える。
 なるほど、とターニャは呟く。
 同じ()()()でも色々と差異があるようだ。

 立花が戻ってきた十分後にようやく検問の順番が回ってきた。
 早朝はもっと込むらしい。
 いわゆる商店街に商品を(おろ)す関係で。
 いくつかある検問所はどこも似たようなもので、ここだけ特別込むという訳ではないらしい。
 もっと簡単に通る場合は冒険者登録をする事と城詰めの兵士になること。帝都に住居を構えたり、貴族になったりすればいいという。
「王国で麻薬の取り引き事件がありまして、農家の積荷は厳重に調べられるんですよ」
「いやしかし……。一般人に売人が居た場合はどうするのかね?」
「もちろん、怪しければ調べます。外から中に入るより、中から出る方が楽だと聞いた事があります」
 それは普通に考えれば当たり前のように聞こえる。
 外から品物を受け取って中に持ち込むのが困難という事だ。
 つまり意外と検問というのは簡単な手続きなのかもしれない。
 それでいいのか、とターニャは疑問に思う。
 とはいえ、オープンな(開かれた)国と言えなくも無い。
 仮想敵国が今のところ王国ならば王国民に対する偏見などは無いものなのか。
「国民というよりは……、そろそろ我々の番ですね」
 青年はターニャ達に中で大人しく待機するように言いつける。
 別に隠れなくてもいいので大人しくしている様に、と。
 検問所入り口まで馬車を進めると兵士達が二人ほどやってきた。
「旅人を案内してきました」
 青年はバカ正直に兵士に告げる。それはターニャの耳には密告に聞こえた。
 もちろん、それは自分の祖国での話しだ。ここでは当たり前の会話かもしれない。
「旅人か……。カッツェ平野を越えてきたのか?」
「それは……、分かりませんが……」
 兵士の一人が荷台を覗き込む。
「二名か?」
「はい」
 荷台を覗き込む兵士に青年は正直に答えた。
 そして、すぐに連れの存在も告げる。
「武器は……、携帯していないようだが……。見慣れない格好だな」
 一人は軍服。
 一人は普段着。ただし、立花の世界ではの話しだ。
「……念のためにお前たちは降りろ」
「お手柔らかに頼みますよ。我が村のお客人なので」
「怪しいマジックアイテムがないか調べる程度だ。さすがに麻薬類は持ち込んでいないだろうな?」
「お疑いならお調べ下さい」
 毅然とした態度で青年は言い放つ。

 検問所から一人の人物が姿を現す。
 検査の数が多く、交代制で魔法を行使している魔法詠唱者(マジック・キャスター)の一人で杖を持っていた。
 バハルス帝国は魔法技術に関して先進的な国で、多くの人材を保有している。
 朝の大行列には多くの人員が動員されて慢性的な人材不足に陥っていた。それでも経験値を積ませる意味では有効的なので改善策はずっと議論され続けている。
魔法探知(ディテクト・マジック)……おおっ!
 早速魔法を行使した。
 ターニャの目には確かに何がしかの魔方陣が見えた。
 呪文を唱えるのが仕様のようで少し興味が出た。
「……その胸の宝石はマジックアイテムだね。しかも、凄い代物だ」
 魔法詠唱者(マジック・キャスター)は見た目には十代後半の若者に見える。
 ローブをまとっているが女性も居るようだ。
「没収されるのでしょうか?」
「う~ん……。道具鑑定(アプレイザル・マジックアイテム)。……魔力増幅の(たぐい)のようだが……。凄まじい能力を秘めているようだね。実に興味深い」
「次が控えているんだから早くしたまえ」
 と、兵士が魔法詠唱者(マジック・キャスター)を促す。
「すみません。えっと、そちら……おおっ!
 魔法の効果が残っている内に立花の方に顔を向けた魔法詠唱者(マジック・キャスター)は更に驚いた。
「……君は身体全体が凄い事になっているね……」
「えっ!?」
 慌てた立花は自分の身体を見下ろす。そして、数分後に理解する。
 かつて胸全体というか身体を聖遺物に侵食された出来事を思い出す。おそらく、その事だと思い至り納得する。
「ちょっとした事故で……。でも今は大丈夫ですよ」
「両人共に胸のアイテムがマジックアイテムのようだけど……、召喚物や爆発は……。もっと高位の鑑定なら分かるかもしれないな……」
 唸り続ける魔法詠唱者(マジック・キャスター)の青年。
 それは不味い事なのかターニャは判断できなかった。
 だが、確実に道具を鑑定する能力があるのは確かだ。ポケットに隠しておくことは無理かもしれない。
冒険者ならこれくらいは当たり前か……。悪用しない限りにおいては……、大丈夫だと判断いたします。あと、馬車の中は特に問題はありません」
 と、端的に告げると兵士は安心したのか、胸を撫で下ろす仕草をした。
 一応、街中で暴れれば拘束する旨が書かれた『制約書』を渡された。
「もし書かなかった場合は?」
「アイテムを置いていってもらうことになるよ」
 ターニャはともかく立花の場合はどうしようかと、魔法詠唱者(マジック・キャスター)は苦笑を浮かべながら対処を模索していた。
 身体そのものがマジックアイテムというのは動像(ゴーレム)のような人造物なのか、と疑問に思った。見た目には人間の女性なのだが。
 面倒ごとを避けるため、ターニャは名前を書こうとした。ここで帝国語で書くべきか村の青年に尋ねた。
「帝国の人が分かる文字なら帝国語だね」
「了解した」
 ターニャは青年に代筆を依頼する。どの道、帝国の文字はまだ分からないので。
 二人分の名前を書き終えて制約書を提出する。
 怪しいマジックアイテムを持っている人間ではあるけれど素直な態度に兵士と魔法詠唱者(マジック・キャスター)は安堵した。
「ようこそ、アーウィンタールへ。では、次の検問があるので失礼致します」
 軽く頭を倒した魔法詠唱者(マジック・キャスター)は次の馬車に向かった。
 ターニャ達は無事に通過できる事になったが、カズマ達の方は色々と騒ぎになっているようだ。
 賑やかな連中だ、とターニャは呆れつつ思った。出来る事なら他人を装いたいほどに。
 帝国の目下の問題はモンスターと麻薬で増幅系のマジックアイテム程度は問題が無いという。
 怪しいものは捕縛して尋問が普通ではないのかと。という事を興味本位で尋ねてみた。
「王国ならばありえたでしょうが、ここは比較的魔法関連には寛大な国なので」
 王国こと『リ・エスティーゼ』という国は確かにターニャの懸念を表現したような国で怪しい者はどんどん捕縛するらしい。
 ただ、それは噂であって実際に確認したわけではない、と付け加えられた。
 戦争と言っても戦うのは騎士達で色々と規則があるらしい。
 無闇に他国の人間だからと排斥しているわけではない、とか。
 ターニャにとっては信じられない言葉が続いている。
 血と硝煙にまみれた我が国と比べてなんと平和な事か、と。
 自分の耳を何度も疑う事になろうとは思っても見なかった。
 村の青年が入国料を支払った後はすんなりと帝都の中に通された。
 こんな警備は自国ではあり得ない。他国ですらありえない筈だ、と声を大にして叫びそうになった。

 act 7 

 帝都の中心に皇帝『ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス』の住まう皇城があり、その周りを帝国魔法学院などの重要施設が取り囲んだ形となっている。
 魔法文化が発達しており、多くの魔法詠唱者(マジック・キャスター)を育成している。
 軍事国家でもあるので兵士の育成も(おこな)われている。
 海軍を除く地と空の部隊は豊富だ。
 道路の整備。下水道の完備。治安維持も徹底されていた。
 もちろん、影の部分もあり、高級住宅街の殆どは没落貴族が今も存在し、色々と騒動を巻き起こしている。
 皇帝が今の地位を得るまで多くの貴族を粛清してきた為、没落貴族には恨まれているが国民の人気はとても高い。
 先の戦争に勝利し、帝国の発展に貢献したとも言われている。ただ、新興国家『魔導国』の後ろ盾になった事でかの国の建国の為に多くの国家予算が投じられ、実は財政がかなり悪化している。
 なので次の戦費が捻出できず、兵士達の訓練にとどまっている。ただ、そのお陰で国民視点では平和な時を過ごしているように見えている。

 ターニャ達は村の青年たちによって帝都の案内を受けていた。
 まずは場所の把握や店の様子などの確認作業だ。
 食文化などを伝えていく。
 無一文に近いターニャ達に僅かばかりの金銭を貸し付けておく。これは日頃、冒険者にお世話になっているお礼を兼ねている。
 今年も無事に農産物を収穫できた事で村には多大な利益が入ってきた為だ。
「冒険者になって余裕が出来たら返してくださいよ」
「善処させていただく」
「ありがとうございます」
 それぞれ頭を下げて感謝の意を表す。
 さすがにカズマも頭を下げた。
「仕事するにも帝国民になる必要があります。一番簡単なのが冒険者になることです。ただ、一度帝国民になると帝国内でしか仕事は出来ません」
「王国や法国に赴くと捕縛されるのか?」
「それは無いと思いますが、許可が必要になるはずです。農民の我々は勝手に他国と商売はできませんからね」
 噂話などは冒険者ギルド魔術師ギルドに行けば比較的、手に入る事を教えられた。
 物価の事も()()()()は教えてもらったが、御礼が出来ないのは申し訳ないと思った。
 あまりにも親切な場合は裏があるものだが、完全な善意という事もある。
 年中戦争をしている国家ではないようだが、平和に慣れていないのかもしれない。というよりは彼らの本来の敵は王国よりはモンスターだという。だからいくつか常識に乖離がある。
 南方に人を食う亜人が居るのだから人間同士で争っている場合ではない、という理屈でもあるのかもしれない。
「カズマ、カズマ。さっさと冒険者ギルドに行きましょうよ」
「この世界の冒険者が向こう(アクセル)と同じとは限らないだろう」
「ここまでお世話になりました」
「有名になってください」
 そう言って村の青年達は立ち去っていった。
 随分とあっさり引き下がったが、それが帝国の国民性なのか、とターニャは首を傾げる。
 悪辣な存在Xならばどんな嫌がらせをしてきても不思議ではない。不思議ではないのだが呆気に取られていた。
 これが親切というものならば正しく奇跡だ。

 act 8 

 まず拠点となる宿を探すところだがターニャは一人で探索するか、立花達を連れて行くか考えた。
 放り出すのは簡単だが未成年を置き去りにする程、人道は外れていないと自負している。特に元日本人としての気持ちは未だに持っている。
 それに身体は幼女だ。背の高い人間は何かと便利かもしれない。
「貰ったお金は山分けにするの?」
「普通はそうだろうな。それに色々と金がかかるらしいから無駄遣いは出来ねーぞ」
 貨幣が詰まった皮袋を地面に置いて悩むカズマ達。しかもここは往来のど真ん中だ。すぐさま、ターニャは皮袋をひったくる。
「こんなところで座り込むな、バカ共が。椅子に座る文化が無いのか?」
「……ぐっ、正論を……」
 正論というか一般常識だと思うぞ、と胸の内で冷静に答えるターニャ。
 賑やかなのはいいが、賑やか過ぎるのは嫌いだ。
 それに貰った金をすぐ散財するような気がしたので一応、山分けする為に近くの飲食店に向かう事にする。
 言葉は通じるので人に尋ねた方が早い。
 帝国民と思われる人間の服装は古めかしい民族服のようなものだった。帝国軍人のような軍服姿は見当たらない。
 検問所の兵士や魔法詠唱者(マジック・キャスター)のローブ姿もあまり見かけなかった。
 時代的には戦時中のドイツよりも古い時代かもしれない。
 椅子とテーブルのある露天があったので、そこに移動する。
 さっそくアクアが飲み物を注文するが、それはカズマによって阻止された。
「いきなり金を使うようなマネをするな」
「な、なによ~。ケチ~」
「この国の物価がまだ分からないのにいきなり注文するのは危険だ」
 ダクネスの意見に口を尖らせる青い女神。
 メンバーの中で一番、頭が悪いのかもしれないとターニャは思った。
 立花は始終、大人しくしているのだが、別に会話は禁止していない。
 物価というか所持金の確認をしていないので確かにダクネスの言う通りだ。

 テーブルに貰った貨幣を山にした後、種類別に分ける。
 銅貨と銀貨は見れば分かるが、一枚あたり何が買えるのか分からなければ今後の活動に響く。
 それと同時に既に数日が経過している。捜索隊が編成されているか、あっさりと死亡扱いされて二階級特進の手続きに入っているのか、気になるところだがどうにもできない時は仕方がないと諦めるしかない。
 村の青年から貰った貨幣は銀貨が二十枚。銅貨が五十枚。金貨は無し。
 事前に売買方法は見せてもらったが、これを元手に商売するのか、冒険者となって小金を稼ぐのか考えなければならない。
 山分けしようにも予想では数日分しか無さそうな気がする。
 聞いた話しでは冒険者登録料というものと代読料というものがあるらしい。
代読料は意外と高いらしい。この場合はどうしたものか」
 しばらく固まって行動した方が耳で得る情報は均等に行き渡る。
 分かれれば余計な出費。
 選択肢は多く無さそうだ。
「まず元手を増やさないと……」
「アクア。そこの広場で宴会芸して金を稼げるかやってみろ」
 と、カズマが無表情で女神に命令した。
「はあ? 人にものを頼む時は土下座でしょ? ど・げ・ざ」
「六人で分けたら一日で文無しになるかもしれないんだぞ。酒どころじゃなくなるぞ。宿や食事はどうすんだよ」
 というカズマの声を聞きながら貨幣を皮袋に入れるターニャ。
 アクアはカズマに任せて今後の活動を考える点は同意できる。
 特にターニャは六人の中で一番、身体が小さい。祖国では軍人だとしてもバハルス帝国の軍事には合わない職業という事もありえる。
 先行きが暗いのは彼らと変わらない、と思うけれど。
「いざとなったら野宿だかんな」
「女神である私が野宿!?」
「じゃあさっさと資金調達の為に一肌脱いでください、アクア様」
 と、カズマは棒読みで言った。
 ダクネスとめぐみんもアクアのフォローはしなかった。

 女神と称する青いアクアは泣きながら広場に向かい、大道芸の準備を始める。
 ターニャは皮袋を立花に預けた。
「……野宿も……やむなしか……。私は冒険者組合に行って色々と情報を集めてこよう。宿が決まったら教えてほしい」
冒険者組合なら私も一緒についてってあげますよ」
 と、杖を握り締めながらめぐみんが言った。
 正直、足を引っ張りそうな予感がしたが命令する立場に無いので好きにしろ、とは言っておいた。
 一つ懸念があるとすれば代読料だ。それは全ての店舗に適用されている仕組みなのか。
 試しに近くの店らしき建物に入り、色々と尋ねてみた。
 驚く事に言葉が通じるのに文字が理解出来ないことは帝国民でも普通の事らしい。それはつまり『識字率』が低いという事だ。
 どれだけ低いのか分からないが、それゆえに代読料が意外と収入源になっているという。
 文字が理解出来るのはもちろん知識人が多く、魔術師ギルドであればほぼ全員が文字を理解している、という意見が多かった。
 当たり前のようだが、教育制度が未発達であれば不思議な事は無い。
 バハルス帝国には教育機関と呼ばれるものがあるにはある。ただし、入学には条件があり、気軽に入れるところでは無いという。
 つまりは『義務教育』が無い。では、どうやって知識を積むのか、という問題が出てくる。
 おそらくは独力か他人に師事するかの選択肢があるのかもしれない。それ以上の詳細は今のターニャ達には関係ないので思考を戻す。
 続いて飲食店に向かい、食事の代金を聞いておく。冷やかしだと言われるかも知れないが物価を知る事は大切だ。ついでに安い宿の場所を聞いておく。
 報酬の無い『わらしべ長者』のような気分だが、仕方が無い。
 手持ちには無駄に使う金が無いのだから。
 後ろに居るであろうめぐみんはただオロオロするばかり。
 服装は違うが『私のお姉ちゃん』という子役でも演じようかと思ったが頼り無さそうなので却下することにした。
 店を出て、拾っておいた石で地面に値段を書き込む。現地の文字はまだ書けないので自分の国の文字で考察する。
 整備された石畳はなかなか書きにくく、ガリガリとうるさい。あと、はた目には地面にイタズラ書きする子供と遜色なく見えているに違いない。
 一番安い食事の値段を思考の基準になる。
 宿の値段はかなり安い事は理解した。
 六人で銀貨二十枚と言うのは結構ギリギリなのも分かってきた。それでも見ず知らずの自分達の為に渡してくれたものだから無駄遣いはできないし、感謝しなければならない。
 村の収入で銀貨二十枚は大金に値する。銅貨なら四百枚分だ。
 一泊銅貨八枚で六人なら一週間ほど滞在できる計算になる。
 めぐみんはターニャが書いた文字を覗き見るがまったく分からなかった。
「……当面の生活資金を得るのが急務のようだな」
「というよりお前(ターニャ)が書いた文字がサッパリ分かりません」
 分からないけれど()()()()()()()、と思った。
「あまり無駄遣いできないって書いたんだ。食事代もギリギリかもしれない」
「そ、それは知りたくない情報ですね」
 何人か野宿して代金を節約しても仕事を見つけなければならない。というか、野宿で身体が不潔であればどこも雇ってくれない気がする。
 最低限、風呂付の宿でなければ。一応、女の子だし、とターニャは思う。


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12 冒険者ギルドの名物と言えば

 思えば()()()()()()()を考えねばならない道理は無い。だが、そうもいかない事情がある。
 安易に見捨てた瞬間に存在Xが何がしかの妨害工作を働くかもしれない。
 仮に何も起きないとしても意味も無く異世界に飛ばすものなのか。無関係というのはありえる事なのか。
 そういう疑念があるから彼らを払拭できないわけだが。
 とにかく、行動するには色々と情報が不足している。
 小さな身体で出来る事は限られているし、冒険者とやらがソロプレイ(単独行動)出来るとも思えない。まして『保護者同伴』などと言われては叶わない。
 年齢制限のある職種ではターニャにとって不利な事がたくさんある。
 自国ならば例え幼女でも兵士に仕立て上げるだけの(ふところ)の広さがある。

 現実問題として滞在費の絶望性は理解した。
 次にすべき事は職探しか、拠点の把握か。
 悪い事ばかりではない。
 この世界の食卓事情は祖国よりマシ。いや、かなり優遇されているといっても良い。
 祖国では硬くて栄養はあるが味が絶望的な食事がこの世界では真っ当なものに感じる。
 基本の食事は穀物のオートミール。日本で言うところの(かゆ)だが。空きっ腹には丁度いい。
 農村では上等なものは期待できないのだが、村人の健康度合いからして決して飢餓に苦しむような状態ではないのは聞かなくても分かった。
 穀物の他に様々な野菜類と干し肉。
 牧畜も盛んだが海からは遠いらしいので魚類はほぼ手に入らない。
 香辛料なども作られているのかと思ったが、魔法で出すらしい。
 一部の調味料は魔法によって生み出される。それを聞いた時はつい聞き返したほど驚いたものだ。
 アクア達の世界では野菜が空を飛び、人々を襲うという。それもまた驚いた事だった。
 この世界の野菜は少なくとも人は襲わないが植物モンスターが居る可能性があるという。
「基本的に野菜はほぼ襲ってきますよ」
 と、自身満々にめぐみんは言った。
 生態系の差異だと思うけれど、所変われば品変わるという言葉を思い出す。
 ターニャの世界には存在X以外のモンスターはほぼ居ないはずだ。魔法科学があるのに。
「……そういえば先ほど酒とか言っていたが……。未成年が酒を飲むのか?」
 というかめぐみん達の実年齢は聞いていないので知らない。見た目では十代前半といったところなのだが。
「シャワシャワしてお酒みたいな飲み物はありますよ。未成年でも飲める奴です」
「……ふ~ん」
 身体は幼女だがターニャも酒くらいは飲めそうな気がする。
 いや、今は身体は本当に幼女だから飲んだら急性アルコール中毒になるかもしれない。無理に試すことも無い。
 別に酒に未練は無いし、と酒の話題を思考から追い出す。
「一旦宿に戻るが……。大部屋の方が安上がりなら……」
「ターニャはなんだかんだ言って我々の事、気にしてくれているんですね」
 気にしているというか、居ても居なくてもうるさいから困っているだけだ。
 特にカズマは色々とブチブチと文句を言い続けるし。
 きっと離れた途端に金を貸してくれと泣き付いてくるんじゃなかろうか、と危惧している。
 それに六等分にしても色々と騒ぎ出す予感がする。
 現にめぐみんはターニャの後を付いてくる。つまり一人だけ残されたくない、という事だ。
 軽く呆れつつ冒険者組合に向かう事にした。
 事前に場所を聞いていたので迷う事は無かった。

 act 9 

 冒険者組合は四階建てほどの大きさがあり、両開きの木製の扉が入り口にはまっていた。
 時代を感じさせる風情は転生する前にやっていた()()()のようだった。
 入る分には制限が無く、依頼をする者と依頼を受け者が利用する。
 ターニャはめぐみんを伴ないつつ扉を開ける。
 待合室と思われる一階の空間は広く、無数の人々がたむろしていた。
 殆どが男性だが女性も居た。性別による制限は無いようだ。国によっては男女不平等が当たり前ということもありえる。時には黒人の奴隷を引き連れている事だって歴史の中にはあった。
 この国の人間の多くは白人系。東洋系は見当たらない。
 奥に受付があり、近くの壁には依頼書が無数に貼り付けられた掲示板があった。
 中に居る人間達を見て気づいたことがある。

 誰一人として軍服を着ていない。

 場違い感はあるが冒険者の集まりならば仕方が無い。それが一般的な日常風景だと思われるから。
 軽く息を吐いてターニャは歩み始める。
 そこで気付いた。お金は全て立花に預けている事を。
 それでも話しだけでも聞いておく必要がある。
 受付と思われる場所に向かって、そして気付く。
 自分の背丈では受付嬢の顔がほぼ見えない事を。
 周りに居る人間達は屈強な筋肉質に背が高い者ばかり。
 小さな子供の姿など殆ど無かった。
 ターニャは近くにあった椅子を受付まで運んで、それに乗ってようやく受付嬢の顔を見据えられた。
「よ、ようこそ。冒険者ギルドへ」
 受付嬢は顔を引きつらせていたがターニャとしても彼女の気持ちは手に取るように理解出来る。

 何しに来たんだ、この子供は、と。

 好きで来たわけではない。必要に迫られて来たのだ。
「冒険者になりに」
「へ、へー……」
「まずは冒険者とは何かを教えてもらおうと思って」
 周りの冒険者に尋ねても子供だと思って嘘を吹き込まれてはたまらない。
 ここは素直に専門の人間に直接尋ねるのが正しい。
「めぐみんはそこの掲示板でも眺めているといい」
「……全く読めません……」
「……だろうな」
 めぐみんは読めそうなものが無いか探していたが全て帝国語なので全く理解できなかった。
「冒険者になるのに年齢制限はあるのか?」
 文字は読めないが言葉が通じる不思議世界。
 そういえば理不尽な世界というのは一体どれだけあるのか。

 冒険者には(カッパー)級からアダマンタイト級まで八つの階級が存在する。
 駆け出しは()()()()()の依頼しか受けられない。無理して背伸びする事は規定で許可が降りない事になっている。
 脅威の規模によっては飛び級が認められることが特例であるらしいが、基本的に規定の依頼を達成した後で昇級試験を受ける資格を得て、その試験を達成する事で昇進が認められる。
 報酬は依頼達成時に支払われる。
 入社して一ヶ月怠惰な生活をして給料がもらえたりはしない実力主義の内容だった。
 依頼失敗時や不正に対しては厳しく、戦争に参加する事も禁止されている。
 普通なら屈強な冒険者を兵士として使いそうだが、そうなると冒険者同士の殺し合いになり、本来の冒険者としての仕事が出来なくなる、とかなんとか。
 とにかく、色んな制約がある仕事だった。
 登録は最初だけ有料で国の領内を移動する為だけに登録する人が多い。
「帝国民と認められれば家を持ったり、仕事に就くのは自由です。その後で引退されても構いません。その時は冒険者プレートメンバーカードを返却していただきます」
 メンバーカードを返す前に住民票のような書類を手に入れておけば冒険者として働く必要は無くなる。
 ただし、ミスリル以上は国の異変に対する召集に応じなければならない義務が発生する。
「仕事内容は?」
「それは冒険者の人達にしか教えてはいけない決まりになっています」
 事前に情報が得られるのはここまでか、とターニャは納得して椅子から降りる。
 一応、靴跡が付いてないか確かめて元の場所に戻し、受付嬢に感謝の意を伝える。ただ、受付嬢側からターニャの様子は死角になっていて見えなかった。
 一旦、帰ろうと思ったターニャが出口に顔を向けるとカズマ達が入ってくるのが見えた。
「おうおう、たくさん冒険者が居るわね」
「我々の居た街と似ているな」
 立花を含めた四人がめぐみんと合流する。
「立花。預けた金を渡してくれ」
「うん」
「えっへん。あれからだいぶ資金は増えたわよ」
 アクアが自信満々に言いながらもう一つの皮袋をターニャに見せる。
「そうか。無駄遣いするなよ」
 それだけ言って自分達の皮袋の中身を確認するターニャ。
 登録料は銀貨一枚。代読料は銅貨十枚だと聞いている。あまり多用できないが仕事内容次第ではしばらく利用する事になる。
 他の収入源は思いつかないし、店で働くにも給料制なら結局はたくわえが必要になる。
 借金するにもバハルス帝国の法律はまだ知らない。
 あまり頭を使わなくて済みそうなのが冒険者の仕事だ。聞いた感じでは日雇い労働者と同義のようだ。
「立花も登録しておくといい。そうしないと色々と就職も大変らしいから」
 アクアを無視して受付嬢のところに向かうターニャ。
「なによ~、あの生意気な子供は~」
「現実主義者なのかもな、ターニャって」
 カズマ達の視線を気にせず銀貨を台に乗せるターニャ。
冒険者登録をしたい」
 立花も台に銀貨を乗せる。
「お二人でパーティを組むんですか?」
「ソロでは駄目なのか?」
「いえ、別々でも問題はありませんが……」
 椅子を持ってきてターニャは改めて乗った。
 毎回、椅子に乗らなければならないかもしれないと思い、専用の台を探しておこうと思った。
 料金を支払ったのだから受付嬢は仕事をしなければならない。だから、気合を入れる。
「では、まず冒険者の規則から説明を始めます」
 冒険者ギルド名物の長文説明が始まる。
 役目や報酬、罰則規定が長々と説明されるがターニャは眉一つ動かさず聞き入っていた。
 途中で質問を受け付けるが立花は最初の説明を忘れるくらい頭から抜けてしまっていた。
「戦争に関われない、というのは?」
「冒険者は基本的に国に関わる仕事は出来ません。よほどの緊急事態でもない限り」
 と、定型文的な言葉が続く。
 ターニャは気になった質問はどんどん投げかけていき、受付嬢はしっかりと答えていった。
「生態系を壊すことも禁止……」
 モンスターを絶滅するまで討伐してはいけない、というものだ。
 他の冒険者の仕事が無くなる、ということと人間以外の人種の保護という観点があるらしい。危害を加えてくるようなモンスターは倒していいが、無闇に生物を虐殺してはならない、ということらしい。
「冒険者になったからといって税金を納める義務はありませんがいくらかの手数料は発生します。それらは冒険者に報酬を支払う時に天引きいたしますから」
「なるほど」
「事前に天引きって……、半額くらい?」
 と、カズマが受付嬢に尋ねて来た。
「それはお教えできません」
「例えば月一千万の収入があったら半額は税金として徴収されるとか」
「金貨一千万枚ともなれば広い領地が買えますよ、きっと。そこまで高額な報酬は聞いた事がございません」
 それが銅貨だとしても基本的に冒険者組合は両替はしていないので適切な金額を支払うシステムになっている。
 他国の貨幣を両替する場合は検問所で手続きをする必要があると受付嬢は教えてくれた。
 ちなみに王国と帝国の貨幣価値は同等。
「それから信仰系の方はお仲間にいらっしゃいますか?」
「んっ? 信仰?」
「回復役のことじゃないか」
「冒険者の規定では仲間同士の癒し以外の回復処置は禁止されております」
「はっ!?」
 カズマだけではなく、アクアやターニャもつられて驚いた。
「治癒は神殿関係の収入源なので、ケガ人を見つけた場合はお近くの神殿まで案内してください。……つまり勝手な無料奉仕は営業妨害に当たりますので」
「……なんと世知辛い国なんだ」
「ここにも宗教の魔の手が……」
「冒険者は色々と制約があるようだな」
 入国管理が甘い分、どこかで厳しい制約が生まれている。
 楽ばかりではない事はターニャの他にダクネスも理解した。
「この国の兵士に志願する場合は?」
「それは役人にお聞き下さい」
 質問が無くなったので残りの規約などを端的に受付嬢は言い続けていく。
 質問無しでも五分は続いた説明が終わると受付嬢は軽く息を吐く。
「そちらの方も冒険者になるなら登録料をお支払い下さい。今なら説明が省略出来ますよ」
 カズマ達は唖然としたままそれぞれ料金を払った。
 それは洗脳に近い。
「以上で説明を終わります。ではまず、メンバーカードを用意しますので氏名を書いてください。もし、字が書けない場合は代筆いたします。その場合は手数料として銅貨二枚を頂きます」
 識字率が低いからこそ出来る収入。
 なかなか油断の出来ない世界だとターニャは思った。

 メンバーカードを受け取り、明日冒険者としての本登録であるプレートを受け取る事になった。
 駆け出しは全て銅プレートから。
 紛失すると銀貨数枚相当の罰金が科せられるという。
 プレートを受け取らない限り、冒険者としての仕事は受けられない。
「……アクア……」
「なに?」
「あんま無駄遣いできないぞ。明日まで飲み食い禁止な」
「ええ~!?」
 冒険者組合を出てすぐ女神は叫んだ。
 長い説明を聞いて疲れたのか、内容に驚いたのか分からない。
 カズマ達の様子をよそにターニャは宿の事が気になった。
 せめて風呂付の宿がいいのだが、残りの貨幣を確認する。
 一番の出費は終わった筈だからせいぜい三日ほどは活動できればいい。
「カズマ、カズマ」
 めぐみんの言葉に死んだ魚のような濁った目を向けるカズマ。
アクセル冒険者カードと仕様が違うみたいですよ。スキルポイントとか表示されてません」
「そりゃあ、世界が違うんだから仕様も変わっているんだろう」
「我々のスキルポイントはどうなっているのか確認出来ないのか?」
 メンバーカードを色々と指でなぞっているめぐみんは泣きそうな顔になってきた。
 ダクネスも気になる項目を指で擦り付けるが変化は起きなかった。
「あっ、でも我々の冒険者カードは確かありましたよね?」
「これのこと?」
 と、アクアがポケットから普通に取り出した。
 アクア達の所持している物品はターニャは把握していないが何か持っていたのであれば『良かったね』くらいしか感想は出て来ない。
 それはメンバーカードと形は似ているがターニャにとってはどちらも同じようにしか見えなかった。
「スキルに変化は起きていないようね。というか魔法や宴会スキルは普通に使えたわよ、私」
「そういえば」
花鳥風月(かちょうふうげつ)
 と、手から水を器用に噴出させるアクア。
 ターニャは立花に顔を向ける。変身する能力があるのは確かだし、それぞれの能力は保持されているようだ。
 自分のエレニウム九五式もおそらく使えるはずだ。だが、これは使えば使用中の記憶が飛んでしまうので使いどころが難しい。
 アクア達を放っておいて今日の宿を確認する。
 立花にしてみれば小さな少年、少女の付き添いとしか思っていないかもしれない。
 そういえば、とターニャは思い至る。
「名前のイメージ通り私は女だ」
 それだけ告げて歩き始めた。
 さすがに服を抜げと言ってきたら蹴り飛ばす自信がある。

 安い宿と言ってもアーウィンタールにはたくさんの宿がある。
 駆け出し冒険者が利用する上で格安の宿を通りを歩く市民に尋ねていった。
 大部屋で安く済むところ。風呂付で個室と色々とあるのだが、小さな身体だから広く感じるのか。とにかく帝都は広大だった。
 三十分ほどかけて集めた情報で候補の宿を選び、空室か確認する。
「一泊銅貨九枚だ。飯付きなら更に銅貨二枚追加だぜ」
 筋骨隆々の元冒険者という風体の店主が野太い声で教えてくれた。
 風呂は共同風呂。それだけで少し嫌な予感がしたが小さな幼女に欲情する変態はおそらく一名しか居ない。
 女性専用はあるにはあったが料金的に厳しいところばかり。大衆浴場もあるらしいが利用料が別途かかる気がした。今の段階では使用は控えたいところだ。
 早く一定の収入を得ないと夜も安心して眠れないのではないか。
 元は()であったというのに今は複雑な気分だとターニャは深くため息をつく。
 前世の記憶が生き残る処世術の役に立っているし、()()朽ちかけた修道院で一生を過ごす事など耐えられない事態だ。
 安定志向のターニャが何の因果か再度の転移。
 ターニャ・デグレチャフという幼女の姿から死亡による転生ではないようだが、少なくとも元の世界には戻りたい。
 争いの絶えない世界だとしても祖国に残してきた部隊やキャリアは無くしたくない。
 というよりはどうやったら元の世界に戻れるのか。
 爆死するしかないのであれば、それは最後の手段にしたい。
「この宿にするか」
 空室を確認し、ダクネスを呼びつけておく。
「風呂は共同だが大部屋で格安。飯付き。ギルドからも近いし」
「了解した」
「……すまないが……先に休ませてもらおう」
 体力的にはまだ余裕があるが頭脳労働したせいか、疲れを感じている。
 軽い仮眠を取らないと判断力が鈍りそうだ、とターニャは宿代を払って部屋に向かう。
 後から立花がやってきた。
 六人でも充分に泊まれる大部屋の宿代は払ったが食事代は後払いで良いらしい。
 大部屋と言っても二段ベッドがいくつかある程度だ。下のベッドの更に下に荷物入れの宝箱があり、そこに自分達の持ち物を入れる。
 プライベート空間はほぼ無い。
 軽く仮眠しているとカズマ達が部屋に入ってきたようだ。一時間ほどは眠れたと思う。
「まずお金の確認だ。既に宿代は払っているから、残りはいくらだ?」
 銀貨十枚は残っていた筈だが銅貨は数枚程度まで減っていた。
 宿代で銀貨も一ケタになったかもしれない。
「冒険者の依頼は日雇いが多い。確実に増やすのが得策だろう」
「一攫千金のような依頼は無いのですか?」
(カッパー)級の依頼は地味なものばかりだそうだ。本格的なモンスター退治もあまり出来ないと聞いた」
 ターニャが寝ている間、ダクネスが質問に答えていた。
冒険者プレートを貰ってから依頼を選べるらしいのだが、書いてある内容は全く読めない」
 他の冒険者に尋ねる事についての罰則は無いが基本的には禁止らしい。ただし、冒険者登録を済ませた後、独力で読むのは迷惑がかからない範囲では許されている。
「掲示板を見る限り、依頼は多そうだし、危険も少ないと聞いた」
「また土木工事とかだったら嫌だな」
「今後の事を考えて収入を蓄えるのは良い事だと思うぞ」
「それよりカズマ。そろそろ部屋から出て行ってもらえませんか?」
「はっ? なに言ってんの」
「大部屋とはいえ、男性はカズマ一人なんですよ。我々はまだお風呂に入ってません。しかも、共同風呂。少しは遠慮してほしいものです」
「きょ、共同風呂っ!?」
 冒険者は男女平等。ゆえに混浴が一般的。
 共同浴場も混浴になっているらしい。
 それくらいの気概が無いと冒険者として働けない。

 カズマを部屋から追い出したとしても共同風呂は一階の奥の部屋。
 安い宿なので最低限のものしか置いていない。せいぜい汗を流す程度。
 改めてダクネス達が風呂の中を確認すると顔を青ざめさせた。
 一言で言えば汚い。
「浴槽の中の水は綺麗なようだが……。ここまで酷いとは」
「風呂代がかからない理由が分かった気がする」
 勝手に掃除するのは構わないが、他の冒険者も利用するので手早く頼む、と屈強な店主が言った。
 掃除しても手間賃はもらえない。
「これが現実か……」
 文句があるなら少しでも稼いで良い宿に行けばいいだけだ。
 独特の臭いが漂っているが悪臭というほどは匂わない。
 多少の掃除をしてから入るしかない。
「アクア……。なんとか浄化出来ないか?」
「水を浄化するくらいしか出来ないわよ」
 女性が使うには汚れすぎている。
 それでも一般の冒険者が利用している共同風呂だ。自分たちが文句を言っても仕方がない。
 掃除用具を借りて掃除すること三十分。案の定、他の冒険者がやってきて早くどけ、と言われてしまった。
「おいおい、お嬢ちゃん達。俺達の裸を見る為に待っててくれたのか?」
「それより貴方達はこんな汚い風呂で満足しているのか」
「汗さえ流せればいいんだよ」
「見た目は汚く見えるけれど、掃除は適度にされているんだよ」
 筋骨隆々の冒険者は大雑把だったが魔法詠唱者(マジック・キャスター)の青年は笑顔で答えてくれた。
 湯船に抜け毛がたくさん浮いていないのが証拠と言われた。
「戦士系ばかりだとすぐ汚れるかもしれないけれど信仰系が居るとすぐ綺麗になるよ」
「どういうことですか?」
第一位階の『清潔(クリーン)』という魔法を使えば大抵の汚れは消えるから」
「へー」
「……それで僕たちが先に入ってもいいかな?」
 そう言われてアクア達は引き下がる事にした。
 自分達の知らないことが多いのは理解出来た。
 冒険者達が引き上げた後はまた少し汚れていたが、混浴にしては色気が無いのが残念な点だった。
 それと早く入らないと後からまた別の冒険者が入ってくる可能性がある。それと夜間は使用禁止になる。それは電気が無いからだ。
 宿にも『永続光(コンティニュアル・ライト)』の明かりがあるにはあるが宿泊している部屋には基本的に設置していない。
 風呂は早い者勝ちということだ。

 冒険者パーティは基本的に性別による制限は無い。だが、偏りがあると仲間内で争いが起きる原因になるので男性のみか、半々の人数をそろえるのが一般的だ。
 と、宿に泊まる他の冒険者から風呂上りのアクア達は夜食を食べつつ話しを聞いていた。
 自分たちが居た駆け出し冒険者が集まる『アクセル』という街の冒険者ギルドと似ている部分と全く違う部分に驚いていた。
 意見交換はどこでも出来るが、基本的にギルド内で話し合うのは同じだった。
 スキルに関しては誰も知らない。知っていても人に教えたくらいですぐに使える保証は無く、魔法も簡単には覚えられないという。
 殆ど才能の問題で自分で覚える。それは一見すると当たり前のように聞こえるがカズマ達は冒険者カードを操作することで様々な能力を得られる。だが、この世界では証明書の役目しか持っていない。
 レベルも『難度』という単位になっている。もちろん、レベルという概念もあるにはあるらしい。
 先の見えない戦いがこの世界の現実という。
「……おいおいおい。……かなり過去なんじゃねーのか、この世界は」
「自然と魔法は身に付くものって……。とても信じられません」
メンバーカードを持っている俺達は意外と有利って事じゃないか」
 少なくとも自分の能力を意図的に操作できる点では間違っていない。
 アクアは自分の知らない世界に気付き始めて顔を青くしていた。
「ここ、駆け出し冒険者の町って言われなかったし……。レベルの高い場所だったらアウトじゃねーか」
「そういえば、この世界の野菜は襲ってこないらしい」
 それはカズマにとって当たり前ではないかと思った。
 確かにアクセルでは野菜類は空を飛び、襲い掛かってくる。かなり常識外れなところはあったが、この世界は逆に常識的な異世界ファンタジーではないのか。
 おふざけが無い分、より危険度が高いとも言える。
 それに女神の知らない世界だ。
「あれ、ターニャと立花って人は?」
「部屋で寝ている」
「そうか。ずっと情報収集して疲れたのかな」
 生意気な意見がない分、放って置こうと思った。
「それより今後のことを考えないと……」
 まず資金が心許ない。飲み食いしようにも冒険者の仕事を請け負ってから考えなければならない。
 冒険者の規定が多く、厳しいものばかり。
 ランク分けされているが昇進試験が存在するのはカズマにとって少し厄介かもしれない。それは楽して強くなれない可能性が高いということだ。
 なにより行動を監視されながら仕事をするのは生理的に受け付けない。
 あと、この世界のモンスターがどの程度の存在なのかもまだ知らない。
小鬼(ゴブリン)骸骨(スケルトン)が最弱モンスターらしいぞ」
「ならアクアのターンアンデッドなら楽勝か」
「私の出番のようね!」
「……あの……、そろそろ爆裂魔法を使いたいのですが……」
 と、もじもじしながらめぐみんは言った。
 一日一回、爆裂魔法を使わないと身体が火照る体質らしい。
 既に四日近く魔法を放っていない。
「……明日まで我慢しろ。この街中には魔法を放てるような場所は確か無かった筈だ」
 というより大規模魔法を使えば逮捕されるのではないか、とダクネスとカズマは思った。
 いくら魔法文化が発達しているとはいえ、帝国の首都。大きな騒ぎを起こせば間違いなく監獄送りにされるのではないか。
 はたまた凄い魔法使いとして歓迎されるのか。
「……ところでアクア様……」
 と、棒読み気味にカズマは言った。
「な~に?」
「ここで死んだらどうなりますか?」
「その時は私のリザレクションで生き返らせるわよ」
「いえ、ここは異世界だからエリス様とかに会えないんじゃないかと……」
 その言葉に一堂の血の気が引いていく。
 アクアもより顔を青くする。
 ここは自分達の知っている世界ではないし、女神の管理下に置かれていない可能性が高い。
 通常の蘇生が通用するとも思えない。もちろん、実際に死なないと分からない事だが。


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13 一匹残らず殲滅だ

 不安をにじませつつ晩御飯時になると安い宿に泊まる予定の冒険者達が一階の待合室兼食堂に集まっていた。
 数十人程度だが、意外と多く見えた。
 ウエイトレスのようなアルバイト店員は居らず、食事は屈強な店主自ら作っているらしい。
 もちろん、出来た料理は冒険者が自分で取りに行く仕組みになっている。
 オートミールというと干し肉と野菜。飲み物はアルコール度数の低いものと牛のミルクと水。
 栄養価と消化の良さはターニャも認めるところだが味はあまり期待できないものだった。
 料金に見合った内容なのは確かだ。
 立花を除けば一様に暗い顔になっていた。
 もちろん、食事の質の低さに驚いているわけだが。
「これで銅貨二枚……」
 一式揃っているのだから文句は言えない。
 それぞれの単価を考えれば決して悪い結果ではない。
 珈琲(コーヒー)というものは高級宿にはあるらしいが安宿には水と牛乳などが精一杯だ。
 細かい計算をすると店主が睨んでくるのではないかと考え、ターニャは黙って食事に口を付ける。
 軍から配給されるレーション(戦闘食)といい勝負が出来そうな味だった。
 ナポレオンも『軍隊は胃袋で動く』と言っている通り、食はとても大事だ。
 パンは更に銅貨一枚追加でもらえる事になっていた。
 他の冒険者も追加料金で色々と注文しているので不平不満の声は上がらない。これが彼らの日常なのだから。
 安いからといって質の悪い食事という事は無く、見た目からは想像できないが店主はまじめに調理していた。

 食事を終えて部屋に戻る頃には消灯の時間に入っていた。
 一部では明かりが灯っているのが確認出来たが夜間営業の店が遠くにあるせいか、人の声は僅かばかりだが聞こえてくる。
 そして、翌朝。
 身支度を整えたり、朝食を取ったり、装備や持ち物の確認を(おこな)う。
 冒険者プレートは昼過ぎに渡される事になっているので、それまでは街の探索をそれぞれすることになった。
 仕事が無ければ安宿に逆戻りだ。
 安い宿の利点としては節約だ。ただ眠るだけならばとても有効的だ。それを目当てにする冒険者も居る。
 別に強制したわけではないが、自然と六人で行動する事になってしまった。
 追い返す理由も無いのでターニャは黙っていた。
 朝方、向かったのは商店街。
 様々な物品の取り引きをしている場所だ。更に進めばマジックアイテムの売買をしている店もあるらしい。
「野菜たちが大人しくしている」
 と、ダクネスが驚きの声を上げつつ野菜売り場を視察する。
「いや、それが普通だから」
「銅貨一枚で買える範囲だと……、この辺りか……」
 配給券というものは無く、貨幣での取引をするのは理解した。
 他国の通貨は『交易共通金貨』に両替すれば問題なく使用できると聞いた。
 王国の他に南方にある三つ目の大国『スレイン法国』からも人が来る。三つの大国に存在する神殿関係者のことでもある。
 信仰系の魔法を資金源とする宗教国家でもあり、帝国とは友好関係にある。
 その法国には冒険者ギルドは存在しないと言われている。

 act 10 

 街を散策し、昼ごろになった所で冒険者ギルドに向かう。
 多くの冒険者達が依頼書を眺めたり、情報交換をしていた。
 彼らは一様に首から金属プレートを提げており、それが冒険者の証しとなっている。大きさは五センチメートル程度の金属板に紐を通しただけの首飾りという感じだ。
 軍隊で支給される認識票のようなものだ。遠目では分からないが持ち主の名前が刻まれているはずだ。
 最上位のアダマンタイト級は帝国には二組しか存在しない。
 ギルド内に居るのは(アイアン)から(ゴールド)級までが多く、白金(プラチナ)級以降は数が極端に少なくなる。
「お待ちしておりました。皆様のプレートのご用意が整いました。それから先日お渡ししたメンバーカードは依頼達成などの情報を記入していくので無くさないで下さいね」
 それぞれ駆け出しの銅プレートを渡される。
 証明書でもあるので出来るだけ首から提げて置くように言われた。
冒険者ギルドは皆様方のご活躍をお祈り申し上げます」
 手続きが終了し、受付嬢は一息ついた。
「依頼書を独占することは他の冒険者のご迷惑になるので。罰則はありませんが、出来るだけ一度に一回を目安にして下さい」
「依頼書の独占って?」
「掲示板に張られている依頼をまとめて持って来る事です」
「……なるほど」
 他人に仕事を回さない迷惑行為という事だ。
 つまりは過去に誰かがそんな事をしたので規則の注意事項に追加された、と。回数制限が無い事を利用した悪質な行為とも言える。
 六人居るからソロ(単独)を装って依頼を受けようとする事も該当するかも知れない。
「パーティを組みたい場合は個別に交渉してください。平均人数は最大で十人まで。多ければいいというものでもありませんが……。それとチーム名は任意ですので、名乗らなくても問題はござません」
 複数人で行動する時は絶対にチーム名をつけなければならない規則は存在しない。
 多くの場合は周りの冒険者が名付けてくれるらしい。
 通り名で時には不本意なものもあると思われる。

 最後の説明が終わり、依頼書を眺める。そして、挫折する。
 文字が全く読めない。
 ターニャを含めて文字が分からないという事実。
 報酬額は何となく分かった。後は文脈なのだが、見たことも無い文字は解読に時間がかかりそうだ。
「アクア様の女神パワーでも解読は無理なのか?」
「そうねー。全く未知の文字みたいね」
 どんな言語にしろ、パターンというものはあるはずだ。という予想でターニャは解読作業に入る。
 基本的にすることはアルファベットの分解だ。それから共通する文字の抽出。
 言葉が通じるのだから逆手に取ればいいだけだ。
 時間はかかるけれど。
 冒険者での質問は色々とうるさく言われるが、一般商店の文字は特に言及されていない。それを利用すればある程度は解読できるはずだ。
「こういうのはね、勢いなの」
 と、無造作に一枚の依頼書を剥がすアクア。そして、それを受付嬢の目の前にあるカウンターに叩きつける。
「これを受けたいんだけど」
「申し訳ありません。それは金級プレート冒険者から請け負える仕事なので銅プレートの冒険者ではお受けできません」
「ええ~!」
 ろくに話しを聞かなかった女神が崩れ落ちる。
「どけ、アクア。こういう場合はとっておきがあるものだ」
 と、自信満々に言うカズマ。
 めぐみんや立花は興味本位で眺めている。文字が読めないのだから慌てても仕方が無いし、かけるべき言葉も無いから黙っているしかない。
「お姉さん。俺たちでも出来る仕事を見繕って下さい」
 と、キザったらしくカズマは受付嬢に言った。
 説明では受付嬢に任せてはいけない、とは言われていない。そして、それに対する手数料も言及されていない。
「では、街の清掃作業はいかがですか? 治安が少し悪いところですが……。お試しとして一日だけの仕事ですが……」
 カズマの言葉に対して全く表情を崩すことなく営業スマイルで対応する受付嬢。
「……冒険者なのに清掃作業?」
「仕事は下積みが大切というのは王国でも同じですよ。危険な仕事につくにはまず仕事に慣れるところからです」
 至極真っ当な正論に対し、夢が崩れたような気分にカズマは感じた。
 強いモンスター退治ではなかった分、安全な仕事と言えるけれど。
「報酬はパーティの人数で割れますから少ないのですが……。数をこなせば昇進まで早いかもしれません」
 確かに銅プレートは安全度が高く報酬は少ない。けれども昇進というシステムがあり、ランクアップすれば依頼料の多い仕事にありつける。
 鉄と銀プレートになれば野外で活動することも多くなり、野盗の調査やモンスター退治の依頼も多くなる。
「そういえば、大きな建物を破壊する仕事はありませんか?」
 めぐみんの言葉に受付嬢は依頼内容が書かれた書類を確認する。
 掲示板に張られている内容は全て手元の書類にも記載されている。
「ございませんね」
「一つも?」
「はい」
 と、笑顔で受付嬢は答えた。

 カズマ達四人は物は試しと受付嬢の依頼を受ける事にした。
 駆け出し冒険者の町である『アクセル』では土木工事を経験しているカズマ達にとって初めての仕事ではない。
 もちろんモンスター退治もやった事がある。
 いきなり危険な仕事よりマシだ、という事でカズマは指定された依頼書を受付嬢に渡す。
 初回だから代読料はサービスとなったのか、特に言及はされなかった。
 清掃作業場所は没落貴族が多く住む高級住宅街の一角。
 空き家を犯罪者が根城にしている場合があると言われた。
「監視要員の兵士が何人か付くと思いますので、時間まで仕事をして下さい。終わったら冒険者ギルドに戻って来て下さいね」
 不正を働く輩が居るので色々と厳しい約束事がある。
 仕事を完了した証明書をもらう場合があったり、依頼人の報告などがある。
 カズマ達四人は早々に現場に向かう事にしてターニャと立花は依頼書と格闘していた。
 立花はただターニャのお手伝いがしたいだけで今は自分から行動を起こそうとは思っていなかった。仲間が居る方が寂しくない、ということもある。
 自力で解読作業する姿に受付嬢は少し驚いたが、罰則規定は無い。もちろん、他の冒険者の迷惑行為でなければ問題は無い。
 依頼書にはプレートにちなんだ文字が書かれている。
 冒険者は基本的に自分のランクより上位の依頼は受けられないが下位に制限は無い。だからこそ独占行為ができてしまう。あまりにも悪質であれば注意を受ける。
 過去に注意を受けた冒険者が居た為に規定に組み込まれた。
「おチビちゃん。訓練用の依頼を受けてみる気はあるか?」
 と、見知らぬ冒険者に声をかけられた。
「訓練用?」
「もちろん報酬は少ないが、ちょっとした経験が出来る。二人でやるなら、これがいい。小鬼(ゴブリン)退治だが……。倒したモンスターの指定された部位を持ち帰ると少し報酬が増える」
 危なくなれば撤退しても罰則の無い初心者用の依頼だと言った。
 デメリットとして訓練用の施設に居るモンスターは日によって異なる。一匹も居ない場合は不運としか言えない。逆に多すぎる場合もある。
「子供には無理でも後ろの連れは戦えるんだろう?」
 勝てるか負けるかは問題ではなく、経験することが大事だと言われたターニャ達。
 武器が無いのが気になるところだが、どうするかはターニャ達が決める事だ。
「武器はあるのかい、おチビちゃん。清掃の仕事で武器代を稼ぐのも手だぜ」
「……確かに……。情報提供はありがたいが……」
「見返りは求めてねーが、有名になったら何か(おご)ってくれ」
「了解した」
 随分と親切なのは何故なのか。ターニャからすれば不信感でいっぱいなのだが。
 この世界の風土なのか。
 それとも平和な世界だからなのか。

 act 11 

 武器に関してはターニャは小石しか無い。立花の武装に期待するのも悪い気がする。
 普段は敵国の人間を殺す仕事が殆どだったのでモンスター退治はゲームでしか経験が無い。
 剣と魔法の世界に銃があるのか。いや、存在するのか、と。
 一応、武具の店を確認する必要がある。
 立花に一緒に来るかと尋ねたら『うん』と即答された。
 カズマ達と別れて武具店を探す。
 冒険者にとって武器は必需品だ。
 そもそもどうやって手に入れるのか、やはりそれは当たり前だが店で買うのが基本だ。
 見知らぬダンジョンに潜って手に入れるやり方では枯渇していても不思議は無い。
 行き交う人に尋ねてたどり着いた武具店には何人か冒険者が商品を物色していた。
 ナイフ。ショートソードに弓に杖と並んでいるのだが、あまり質が良いように見えない。
 値段も安そうだ。
 問題の銃器類は一つも無かった。
 それ専用の店でもあるのか尋ねてみたが、銃など聞いた事が無いという。
 小さいスリングと呼ばれる小石を敵に投げつけるものはあった。とても原始的で思わずターニャは脱力した。
 文明レベルが想定よりも低くて。
 確かにここは西洋ファンタジーの世界だ。
「子供が刃物なんか眺めて。誰か殺すのかい、おチビちゃん」
 一目で女の子と看破できる者は居ないようだ。
 身体が華奢(きゃしゃ)だし、軍服を着ているのだから性別を見た目で判断するのは難しい。それに声変わりしているわけではないので、耳で判断するのも難しい筈だ。
 ターニャは声をかけてきた男性に向き直り、姿勢を正す。
 両手は後ろで組み、口角を吊り上げる。
「生きる為にモンスターを討伐する。それには武器が必要だ」
 はっきりとした物言いに男性どころか店内に居た他の冒険者風の人間達が驚いた。
 威圧する目的ではなく、ただ単に驚かせようと思った()()()()()()()からだ。
 ここが祖国ならば敬礼でもするところだが、異世界の住人にはわけも分からず驚かれるだけだ。
 それよりも武器を購入する資金が心許ないのでおそらくは買えない。
 もし買えたとしても宿代が吹き飛ぶ気がする。
 今回は様子見で充分だと判断し、店を出る。

 適度に小石を集めておく必要がある。そう判断して宿に戻る。
 部屋に戻って一息つく。
「武器が無いなら私が頑張るけれど?」
 と、ターニャそっくりの声を持つ立花が口を開いた。
 一緒に喋ると混乱するから黙っていたのかもしれない。喋るな、と命令したわけでも頼んだわけではないけれど、変わった娘だと思った。
「生物を殺せるのか?」
「生物っぽいものは倒した事があるよ。……生き物を殺すっていうのは……ちょっと……」
「人も殺せない小娘は後方支援がお似合いだ。おそらく君は民間人だろう? それでもモンスターという生き物を殺せるなら好きにするといい」
 今後の生活を考えるとのんびり(くつろ)いでいるわけにはいかない。
 ある程度の活動資金は急務の問題だ。
「亜人共は人間を食うらしいな。そういう世界に来て何も殺せません、という言い訳は通用しない。覚悟はしておく事だ」
「………」
「そういえば、この国には奴隷市場があるそうだぞ」
 正義感を振りかざしたところで文化という強敵に一市民程度が(かな)うわけが無い。
 現実を知り、成長する。臭い話しだが、目を逸らさない勇気は今の自分達には大事なことだ。
 聞いた限りにおいて人間を殺す依頼というものは無いらしい。一応、殺人罪が存在する。
「私はモンスター退治をやってみようと思う。見学でも付いてくるなら好きにするといい」
 旅は道連れというが元の世界に戻るヒントがどこにも見当たらない。それはそれで厄介なのだが、一生この世界で暮らす事になるのか。
 急な場面展開に慣れるには時間がまだ足りない。
 全く存在Xという邪神は至極厄介極まりないものだ、とターニャはため息を吐きつつ思った。
 手荷物が殆ど無いターニャは大人しい立花と共に冒険者ギルドに向かい、初心者用の依頼を受ける事にした。
 内容は単純で規定の数のモンスターを倒して報告するだけ。
 報酬は銅貨五十枚。それに獲得部位が追加される。
 バハルス帝国に現れるモンスターのリストを見せてもらったが帝国語で書かれていて写真のようなイラスト類は有料となっていた。
「見慣れないモンスターは戦わず、逃げてください」
 モンスターを倒すとメンバーカードに情報が記載される。討伐数が不明でもギルドが把握できるので心配は無いという。
 最初なのでギルドに常駐している役員の一人が監視や助言の為に同行する事になった。
「場所を案内しなければならないと思ってな」
 討伐場所は帝都に程近い森の近く。そこに初心者用の施設が作られている。
 モンスターを誘き寄せる為に作られた施設だが大抵は小鬼(ゴブリン)人食い大鬼(オーガ)が現れる。
 カッツェ平野に現れるモンスターの殆どがアンデッドモンスターで銀級以上の冒険者でなければ自由に行き来出来ない危険な場所と化している。
 一年の大半を視界不良の霧によって覆われていて不気味な様相を呈しているという。

 役員に案内されたターニャと立花。
 はた目には冒険者とは思えない姿をしている。
 軍服幼女と普通の女子高生。これでモンスター退治に来たと誰が信じるのか。
 冒険者登録を済ませているので依頼書を提出することで正式に仕事を受領する事になる。ゆえに正式な冒険者として扱わなければならないのだから仕方が無いが、役員は苦笑していた。
 危ないと思えば撤退しても問題は無い。ただ、これがちゃんとした依頼主であれば多額の賠償金を支払う事態に陥る。
 そうそう甘い世界ではないのが冒険者というものだ。
「指定の部位は耳だ。さすがに妖巨人(トロール)は出て来ないと思うが、充分に気をつけるように」
 アンデッドモンスターの場合は持ち帰られる部位は無いと言われる。あと、銅プレートに倒せる範囲では、と言われた。
 討伐対象の小鬼(コブリン)は背丈で言えばターニャほどの大きさで醜悪な顔をしている。
 肌は緑がかって下顎から牙が飛び出るように生えている。頭髪はほぼ無く、知能は低いが割りと狡猾なモンスターと言われている。
 狡猾ならば賢いと言わないのは中堅以上の冒険者にとっては雑魚モンスター扱いだから。それと種類が多く、見た目では強さが判断できない。
 街の近くに現れる小鬼(コブリン)はそれほど強くはないが赤い帽子を被った赤帽子の小鬼(レッドキャップ)というモンスターは絶対に逃げろ、と言われた。
 このモンスターは姿こそ小鬼(コブリン)に似ているがアダマンタイト級でも苦戦するほどの強敵で半ば、伝説のモンスターという扱いだった。
 さすがにバハルス帝国では目撃例は無いが王国で発見例が伝わってきたので冒険者組合は戦々恐々となった。
 他にも暗殺に特化した黒い小鬼(コブリン)も居るらしい。
 小鬼(コブリン)と一緒に現れやすい人食い大鬼(オーガ)は二メートルを超える巨体だが猫背で知能は低く、力だけ強いので落ち着いて対処すれば逃げられない事は無い。
 序盤では無理して戦う必要が無い亜人種のモンスターだ。
 銀級から対処できるようになると言われている。
 武器は主に棍棒でターニャなら間違いなく防御はできないと思われても仕方が無い。
豚鬼(オーク)犬小鬼(コボルト)といった亜人も出てくるかもしれない。動物系では悪霊犬(バーゲスト)という身体に鎖を巻きつけた黒い犬が居る。とても獰猛だ」
 豚鬼(オーク)は人間の大人ほどの大きさの亜人種で頭部が豚。犬小鬼(コボルト)小鬼(ゴブリン)の頭を犬にしたような小柄なモンスターだ。南方では発見例が多い。
 他にも色々とモンスターが居るが、今は小鬼(ゴブリン)だけに集中するといいと役員は言った。

 act 12 

 現場に到着するとたくさんの醜悪なモンスターが餌場を荒らしていた。
 もちろん、誘き寄せる為に置いた家畜類なのだが数が多い。
 目算では十五匹。大きな個体は確認出来ない。
「ここでやめるも良し。続けるも良し、だ」
「もちろん……。殲滅だ」
 ターニャは口角を吊り上げて狂気の笑顔を作る。
 持ってきた小石は充分な数があるが、どう戦えばいいのか。簡単なシミュレーションを脳裏に浮かべる。
 初めて見るモンスターとはいえ、実はゲームで散々倒した事があるメジャーな奴らだ。それが現実に存在している状況だとしてもやることは変わらない。
 対する立花は自分が戦ってきた敵とは違う存在に驚いていた。
 人間を殺すためだけの生物兵器ともいえる『ノイズ』とは明らかに違う。
 ちゃんとした生物だ。それを殺すとなると足が動かない。
 理由があれば殺せるのか、と言われれば出来ないし、やりたくないと答える。
 文化が違うというだけで自分は呆気なく無力化することに悔しさを感じていた。
「誰かが死んでから戦うのか、お前は。その方が理由ができて戦いやすくなるだろうな」
 大義名分というものは実に都合のいい言葉だ。
 理由があれば誰でも人殺しが出来るのだから。
 人間以外も殺すのが人の(ごう)だともいえる。
 割り切りの出来ない人間はただの足手まといの(まと)だ。
 魔導部隊の現役軍人がモンスターごときに負けては部下に示しが付かない。
 魔力を小石に流し込む。今回は爆裂式の魔法術式を封入する。世界は違えど能力は感覚的に通用している事が確認出来た。通常運転程度では祝詞は必要ない。砲兵並みの攻撃をする場合に限り行使する。いわば示威(じい)行為だ。
 術式を封入し終わった後は、遠投するだけ。それが転移後の世界ではどの程度の威力になっているのか、確認しなければならない。
 ただの小石は物騒な破壊兵器と化す。
「……しまった、爆裂式では派手すぎるか……」
 投げてから気付いても後の祭り。
 小鬼(ゴブリン)の集団の中心地で大きな爆発が起こった。
 ターニャは襲い来る煙に巻かれて酷く後悔した。普段から遠距離攻撃していた為に被害状況を考慮するのを怠ったことに。
 ここが戦場ならば敵一団を(ほうむ)る上では問題ないのだが、練習用施設を爆散させるのはさすがに不味い。
 それでも九五式祝詞(のりと)、いや、呪詛(じゅそ)は用いていないとはいえ、効果が絶大なのとやり過ぎた結果なってしまったのは反省せねばなるまい。

 煙が晴れると大きなクレーターが現れ、周りには爆散した肉片が散らばっていた。おそらく生きている小鬼(ゴブリン)は一匹も居ない。少なくとも爆風に煽られたのだから。あと、強固な外皮でも持っていない限りは。
「……ごめんなさい」
 子供っぽくターニャは役員に頭を下げた。
「あ、ああ……。あははは。これは凄い」
「ケホッ、ケホッ」
 立花達は(すす)を浴びて服が汚れてしまった。もちろん、それはターニャも同様だ。
 部位を探すのは無理そうだと役員は判断した。
「……魔法詠唱者(マジック・キャスター)ならもう少し周りに配慮した方がいい。これはさすがにやりすぎだ。でもまあ、モンスター討伐においては合格点だ」
 見慣れているのか、それとも魔法詠唱者(マジック・キャスター)の魔法の威力としてはごく普通の事なのか、役員は大して驚いた顔はしていなかった。
「ありがとうございます」
 部位の回収は出来ない。下手をすれば修繕費の方が高くつくかもしれない。
 仕事を終えた後、ギルドから報酬を貰うのが申し訳ない気持ちにならないでもない。
 練習場の修復には三日ほどかかるらしい。だが、この手の練習場は他にもあるので続ける分には問題ない。
 さすがに大規模破壊は自重するように、と釘を刺された。
 役員に連続でもう一度、続けるかと問われたターニャは二つ返事で了承した。今は資金稼ぎが急務だと判断した。少しでも良い生活環境を整える為にも。
 二回目の練習場には小鬼(ゴブリン)人食い大鬼(オーガ)が居た。
 初めて見る大型モンスターに感動した。
 醜悪な面構えはいかにも強そうだが、知能が低いという部分がとても残念だ。
 もちろん、モンスターの中にはとても賢いものも居る。悪魔とか。悪の魔法使いとか。
 いきなり強敵と戦うよりは身体を慣らす事はとても大事だ。
 今度は加減して投擲しなければ。
 それにしても爆裂式は派手で目立つし、うるさい。刃物を手に入れて近接戦闘に移行しないと今後の戦闘に支障が出る。
 立花は役に立ちそうに無いし、今は我慢しかないけれど。
 小石の投擲で爆散する人食い大鬼(オーガ)。その様子に役員は驚いていた。
 小さな子供がいとも簡単にモンスターを倒している様子に。
 高位の魔法詠唱者(マジック・キャスター)なのか、と疑問に思った。
 次々と的確にモンスターを倒していく姿は熟練の冒険者のようだった。
 ものの三分で全滅。
 今度は部位を採取できそうだった。
「な、ナイフを貸そう。これで耳を切り取るんだ」
「了解しました」
 なんでもないことのようにナイフを受け取り、当たり前のようにモンスターの耳を切り落としていく。
 立花はその様子がとても気持ち悪く感じ、目を逸らす。
 生き物を殺すのは慣れない。特にさっきまで生きていた生物となればなおのこと。
 仲良くなれないかもしれないけれど、可哀相だ、という気持ちが湧いて来る。
「立花は牛の肉を食べたことはないのか?」
「あ、あります」
「人間に食べられる為に育てられる牛だと思えば楽だ。全ての生物を平等に扱うことなど、たとえ神でもしない」
 正論をいくら並べようと人間は生きる為に何者でも殺せる生物だ。
 可哀相という言葉が虚しいのは歴史が証明している。
 そこに敵が居れば殺すものだ。殺されれば相手に憎しみを抱き、銃を撃つ。
 平和な世界の裏側は決して綺麗なものではない。
「……急には無理だよ……」
 人類の敵と言われるノイズが生物であれば自分は大量に虐殺したといえる。
 立花は守りたいものの為にアームドギアを使う。その結果が人殺しだと言われたら、悲しいけれど。
「亜人種は人間を食料にするという。それでも戦えないか?」
「……答えはすぐには出せない……」
「そうか。後悔しないようにたくさん考えろ」
「……うん」
 ターニャは立花を困らせたいわけではない。
 放っておけないわけでもない。
 足手まといになるなら斬り捨てるだけだ。
 それでも少女の決断を待ってから判断しても遅くはない。
 使える駒か、使えない役立たずか、が分かればいい。
 折角の力を使わずに腐らせるほどもったいない事は無い。そして、大抵は何かの目的の為に使うものだ。
 それがモンスター討伐だろうと、監視だろうと。
 いざという時に動作不良を起こす欠陥品では困る。今の内に慣れなければならないのは立花も同じだ。
 前世が大人だから少女に甘いのか。
 聞き訳が良い分、つい気にかけてしまうのかもしれない。それに自分の部下でも軍属でもない。命令に従う義務も無い。その点で言えば立花は運がいい方だ。
 自分の祖国なら強制送還。悪くて軍法会議の後に銃殺刑か前線のど真ん中に放置だ。


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14 『ユリ・アルファ』にターンアンデッド

 依頼を終えて得た収入は銀貨二枚と銅貨数十枚。初日の稼ぎとしては充分かもしれない。問題はカズマ達だが同じ宿に戻ってくるのか。戻ってきても自分の荷物の回収だけ、ということもありえる。
 何もしていない立花に小言を言う気は無いけれど何か声でもかけようかな、と思わなくもない。
 とりあえず、服を洗うなり、風呂に入るなりしてくるように言いつけると元気が無いまま無言で部屋から立ち去った。
 現実のモンスターを倒すのは現代社会の女の子には荷が重いのか。それは単に覚悟の足りない甘えん坊ではないのか。
 国家防衛はいつだって死と隣り合わせだ。

 次の日は立花をカズマ達に預ける事にしてターニャは一人でモンスター退治にいそしむ事にした。
 銅プレートで出来る事は少ないが自分の能力を確認する上では丁度良かった。
 午前はモンスター退治で午後はカズマ達のように街の見回りの仕事についてみた。
 同じ仕事ばかりでは他の冒険者の迷惑になると思われる。楽ばかりしてはギルドとして看過できない事態に発展するかもしれない。
 即応能力が試されていると思えば楽な方だ。
 いくら冒険者とはいえ安易に殺人を犯せば罰則が科せられる。そういうはぐれ者達になると国に追われる事になる。
 いくらターニャが人格破綻者だとしても国家に反逆する意思は毛頭ない。与えられた命令を十全に勤めることは至上の喜びだ。当然、仕事に対する評価は気にする。
 それに今は何だか休暇している気分で悪くは無い。
 元の世界に戻れないのが気がかりだが、それはカズマ達も同様のようだ。そして、同じ境遇に居る人間が他にも居るかもしれない。
 居たとしても元の世界に戻る手段はおそらくは持っていない。せいぜい共にこの世界で生き抜くすべを模索し続ける事になる、気がする。
 物思いに耽りつつ指定された道順に歩いていると人だかりが見えてきた。
「おいおい、あの青い娘っ子。よりもよって魔導王の部下にケンカ売ったらしいぞ」
「帝国内で騒動は起こさないでほしいわ」
 と、市民たちの悲壮な声が漏れ聞こえてくる。
 ターニャは背が低いので人ごみを通って進むしか確認が出来ない。
 軍から支給された装備なしで空を飛べるのか試していないが、色々と目立つ気がした。なので今は保留にしている。でもまあ、空を飛ぶ魔法がある予感がする。
 青い娘ですぐにアクアだと分かるのだが、どうして人ごみが出来るほどの騒ぎになったのかは今ひとつ理解できない。
 行き交う市民の多くは黒髪か金髪。冒険者でもない限り、派手な色の髪の毛は殆ど見かけない。
「街中にアンデッドが居るのにどうして私が悪者になってるの?」
 というアクアの声が聞こえてきた。
 街中にアンデッドモンスターが居る、というのは聞いていない。それが事実なら倒すべきだ。
「バカ! その人は魔導国の人だぞ。あんたら殺されるぞっ!」
魔導王様は温厚な人だけど……、さすがに不味いよ。ただで済むとは思えない」
「その『まどうおう』とは何者なんですか?」
あんたら魔導国のことを知らないのか!? 新興国家『魔導国』はバハルス帝国が後ろ盾になって建国した国で、魔導王はその国の王様だよ」
「屈強なアンデッドモンスターを使役するけれど我々の国とは友好関係を結んでいるんだ! どうしてくれるんだ!」
「な、なんでアンデッドなのに味方をするの……。モンスターだと思って倒しちゃいけないの?」
 泣きそうなアクアの声が聞こえてくるけれど、ターニャには現場が見えない。
「す、すみませんすみません。ほら、誠心誠意謝れば……」
「アクアの攻撃でアンデッドが滅びかけているんですが……」
「滅びる前になんとか癒せれば……」
「でも、確か負のエネルギーが回復だって聞いたわ。誰か信仰系でその手の魔法を扱える方はいらっしゃいませんか!」
 現場が騒然となっているのは理解した。しかし、アンデッドモンスターは敵ではないのか。
 疑問点がたくさん浮かぶが、とにかく現場を確認しなければ始まらない。

 小さな身体を懸命に動かして人の間を通っていき、ようやく現場に抜け出ることに成功する。帽子をかぶっていたら無くす自信があるほど人間が集まっていた。
 現場は丸く開けられていた。
 広場というよりは通りの一部だ。
 地面に顔を向けると煙を立ち昇らせている人影が一体、倒れていた。
 全身大火傷。ただ、話しを聞くにアンデッドだという事だから浄化魔法を受けたのかもしれない。
 長いスカートに両腕に太いガントレットを装備した何者か。
「……これがアンデッド……」
 人間の死体のモンスター。それは正しく動死体(ゾンビ)だ。
 それを倒すことに帝国市民は何故、うろたえているのか。
「申し訳ないが、この倒れているのがアンデッドモンスターなのですか?」
「ま、まあそうなんだが。魔導国の者で我々帝国とは友好関係にある。彼らは友好的な存在なんだ。そこらのアンデッドとは違う」
「それに、この方は確かアルファ様よ。とても聡明でいらっしゃる方で決して人を襲うような方ではないわ」
 市民は完全にアンデッドの味方のようだ。それはまるで洗脳されているかのようだ。ただ、偽っているわけではなく、アンデッドだと分かった上で言っているのが不思議だった。
「端的に言えばアンデッド反応を感じたアクアがターンアンデッドを使ったら、こんな騒動になったわけだ」
 と、本当に端的にカズマが言った。
 自称女神の力は相当な力を持っている、という事が証明されたわけだ。
 それにしても酷い有様だ。
 顔は判別できないくらい焼け(ただ)れている。
「バレないようにトドメを刺しますか?」
「何の騒ぎだ」
 と、重厚な声が辺りに響いた。
 それだけで市民たちは左右に分かれて後から来た人物を迎え入れる。
 ガシャ、ガシャと金属音を響かせるのは黒い全身鎧(フルプレート)に包まれた人物で赤い外套をなびかせ、背中に大きな剣を二本背負っていた。
「酷い有様だな」
 黒い全身鎧(フルプレート)の人物は倒れているアンデッドの側に駆け寄る。
「『漆黒』のモモン。我々は魔導王様のお怒りに触れるだろうか」
「私から説明しておこう。……それより、彼女をこんなに目に遭わせたのはお前たちだな?」
 と、モモンと呼ばれた黒い全身鎧(フルプレート)はアクア達に顔を向ける。カズマはすぐさま土下座する。
 ダクネスは剣を地面に突き立てたまま立ち尽くし、めぐみんはカズマのそばに待機し、立花はどうしたらいいか混乱しているようだ。
「滅びていないようだから治療を受ければ助かると思う。……全く、厄介な事をしてくれる」
「申し訳ありません。『漆黒』のモモン様!」
「なによ~。アンデッドが居たら退治するのは当たり前じゃない」
「その意見には同意するのだが……。それはあくまで危険なアンデッドの場合だ。魔導国のアンデッドモンスターは基本的に友好関係を結んでいる国の人間に危害は加えない条約を結んでいる」
「アンデッドなのよ。脳味噌が腐っている相手が約束なんか守れるわけないじゃない」
 と、腕を組んで口を尖らせるアクア。ある意味、とても豪胆な性格でターニャは苦笑した。
 その場において自分の意見を曲げないところは嫌いではない。
 ただのバカかもしれないけれど。

 アクアの言葉を聞きつつモモンは外套の奥から白い袋を取り出す。
 それは死体を入れる為に使う『安眠の屍衣(シュラウド・オブ・スリープ)』というアイテムだ。
 効果は死体の保存。魔術師ギルドで金貨数枚で買える。アンデッドを入れるのに最適。
 その袋にアルファと呼ばれる人物を丁寧に入れていく。
アダマンタイト級の冒険者たるモモン様。どうか穏便に済むよう取り計らってもらえないでしょうか」
 市民たちも自然と平伏していく。
「やめてください、皆さん。魔導王とはこれから会いますので、事情はちゃんと伝えて穏便に済むようにします。……しかし、彼女の状態から無罪放免とはいきませんが皆様に原因があるわけではないのは私が証明します」
「あ、ありがとうございます」
 平伏しなかった中にはターニャが居たのでモモンは彼女に顔を向ける。
「死刑に処されるのか?」
「それはまだ分からないな」
「そのアンデッドとやらは相当大事な人なのか?」
「……魔導王の側近の一人だ。戦闘メイドプレイアデス』の副リーダーを勤めている『ユリ・アルファ』という女性だ」
「……戦闘メイド。初耳だ」
 身体は小さいが力強い言葉使いにモモンは改めてターニャを見据える。
「……君の声に聞き覚えがあるのだが……、が居たりするのか?」
「私は一人っ子だ。隠し子でも居ない限りは」
 モモンの質問にターニャは素直に答える。
 やはり聞き覚えのある声が他にも居るのかもしれない。
 捨て子という事だが兄妹については全く知らない。居ないともいえないが居たところで転移先に居る、というのもおかしなものだ。それに居たところで別に感動は覚えない。そもそも捨て子。更にサラリーマンの転生体だ。
 存在Xに復讐する為に生き延びている幼女の身体を持っている人間に過ぎない。
「では、皆さん。失礼します。いきなり街を破壊しには来ないと思いますが、絶望しないでいただきたい」
「どうか、お願いいたします」
 モモンとやらは教祖のような扱いになっている。
 見た目には冒険者。その正体はターニャにはうかがい知れない。
 どれほどの実力を持っているかなど大して興味が湧かなかった。

 アルファを入れた袋を両手で抱えたモモンが立ち去ると市民たちの怒りの矛先はアクアに向けられる。
 今後の対応次第では帝都が火の海に包まれる、とでもいうかのように。
 国の要人の側近をいきなり倒せば怒るのも無理はない。
 ことは外交問題に発展するかもしれない。
 ただ、ターニャにとって気になるのは魔導国はアンデッドモンスターを使役していることを市民たちが知ってて問題視しない事だ。
 倒すべきモンスターにアンデッドモンスターも入っていた筈だからだ。
魔導国のアンデッドと一般的なアンデッドは何が違うんですか?」
魔導国のアンデッドはちゃんと命令を受けているので無闇に暴れたりしない。今でも鉱山とかで働いているのを聞く。カッツェ平野に現れる骸骨(スケルトン)共とは違うんだ。とても賢いんだよ」
「知らない人からすれば区別しにくいけれどね。それはまあ、慣れだよ、慣れ」
 無闇にアンデッドだから討伐せよ、という風潮ではないのは疑問だが、街の人達は()()()いるようだ。
 全く、不思議な世界だ。と、ターニャは呆れ気味に思った。
 騒動が止んでアクアが開放されると滂沱(ぼうだ)の涙となっていた。
「全部、私のせい? たかがアンデッドをどうして皆は守ってるの? おかしいじゃない」
「そこらのアンデッドとは違うかもしれないぞ」
「確かにアクアはアンデッドだと分かれば見境無く浄化しようとするからな」
「だって敵よ、アンデッドは人間の敵で神の天敵」
「この国では大事にされている存在も居るんだろう」
「それより、この国の人間もアンデッドということはないのか?」
「そ、それは無いわよ。みんなはちゃんと生きている人間だわ」
 涙を(ぬぐ)いつつアクアは説明した。
 敵感知能力に()けているのかもしれない。特にアンデッドに対しては敏感なのかもしれない。
 アンデッドだから敵というのは短絡的かもしれない。とはいえ、モンスターは倒していいはずなのに守るというのは色々と矛盾している。
 バハルス帝国だけの問題なのか。
 ここが自分の良く知る世界ならば対処し易いのだが、ゲームの世界のような異世界では勝手が違うのか思考が十全に発揮されない。
 勉強すべき事柄はとても多そうだ。

 仕事を終えて冒険者ギルドへ報告の為に向かうとたむろしている冒険者達の表情が険しくなっていた。それはまるでアウェー(敵の本拠地)に来たスポーツ選手のようだ。
 受付嬢に報告し、報酬を受け取る。
「……なにやら険悪な雰囲気ですね」
「あまり公に言えませんが魔導国の人間に手を出すのはとても恐ろしいことなんです。確かに魔導国は異形種が治める国でバハルス帝国とは友好関係にあります。多くのモンスターが居る国ではありますが、人間も亜人も住まわせている平和を体現した国を目指しておられるんですっ! 特に魔導王様は部下を大変愛していらっしゃいます。人を襲うモンスターは魔導王様とて排除なさりますが、それはあくまで勝手に行動するモンスターです。今まで魔導王様の部下が帝国のみならず王国にすら迷惑をかけたことはありませんっ!
 怒りを込めて受付嬢は言い放つ。
 それほど魔導国というのは信頼厚い国になっている。だが、逆に国民全てが洗脳されている予感がして疑わしいのだが。それに王国に迷惑をかけていない、という言葉に違和感を覚える。
 帝国と王国は戦争していたのではなかったのか。
ユリ・アルファ様は子供たちにも人気が高く教育にも熱心でお優しい方なんです。確かに彼女はアンデッドと聞いておりますが礼節を重んじるアルファ様が何の理由も無く暴れられるのは考えられません。それに低脳な野良モンスターとは違うんです、彼らは!」
 力強い意見にターニャは少したじろいだ。
 昨日今日の問題ではないのは理解した。
 その信頼厚い魔導国のモンスターをアクアが退治した事により、どんな恐ろしい報復があるか、それぞれ戦々恐々としているのは恐怖からなのか。もし、そうであれば信頼厚いのではない気がする。
 恐怖政治でもしていなければおかしいと思うほどだ。
 ただ問題は魔導国という国として存在している以上、攻め滅ぼすのは簡単ではない。
 どの程度の規模にせよ、多くの人員が必要だ。もちろん、敵として戦う場合だが。
 アクアの実力は分からないが、彼女に倒される程度なら恐れるに足りないのではないか。
 とはいえ、情報が全く無い相手だ。油断は出来ない。
「街の中での戦闘は禁止だと言ったのにっ!」
 憤慨する受付嬢の怒りがターニャに向けられないうちに退散する事にした。
 とにかく、帝国市民を敵に回すのは不味い、というのは理解した。
 宿に戻ると部屋でアクアは針の(むしろ)に座らされた状態になっていた。
「どどど、どしようカズマ~! みんなが私の事、睨んでくる」
 住民全てを敵に回した女神は外に出るのが恐ろしくなったようだ。だが、それよりも更に恐ろしい事態が宿の外で起きた。

「ボクのユリを半殺しにした愚か者はどこだ~!」

 それは城の奥に潜んでいても届くほどの声量による怒号。
 どこから声を出しているのか把握できないほどだ。
「……ひ~……」
 声の感じでは女性だ。それも聞き覚えの無いもの。
 人間に出せるものなのかと首を傾げたくなるほどの大声だった。
 ターニャは無関係なので確認の為に様子を見る為に外に出てみた。すると帝国市民全てが顔を青くする事態になっていた。
「どこだ~! 出て来い~!」
 あまりにも大きな声なので鼓膜が破れるのではないかというほどだ。
 一体何者が声を出しているのか。
 耳を塞ぎつつ声の主を探し始める。そして、その声の主はすぐに見つかった。
「出て来いっ!」
 それは人間と呼べない異形の存在。
 人間の大人の胴体程の太さがありそうな腕。いや、ガントレットを装備していた。それも両手に。
 図体も大きく人食い大鬼(オーガ)並みではなかろうか。
 地面を砕きかねないほどの強い足音を響かせていた。
 黄色い服装で顔は帽子などで隠れていて確認できないが、人型であることは分かった。
 迂闊に近づくと殺されるのではないかと思うほど、言い知れない力の波動を感じた。もし、それがモンスターのものなら攻撃するのは命取りかもしれない。
 並みの存在ではない。
「や、やまいこ様……。どうかお怒りを静めてください」
「市民が怯えております」
 怒れる化け物に勇猛果敢に立ち向かうのはウエイトレスのような格好の女性達だった。
 いや、正確にはメイドという存在だ。
「邪魔するな」
「し、しかし、アインズ様のご命令でもあります。穏便に済ませよ、と……」
「穏便に!? 温厚なボクだって怒る事があるんだよっ! ユリは帝国で教師をしているんだぞ。子供たちにも人気の高い、あの子が襲われる理由がわかんねーよ!
「何らかの行き違いがあったのではないかと愚考いたします」
 ターニャが見ている間にメイドの人数が増えて十人がかりで化け物の足止めに入っていた。
 明らかに化け物相手には非力なメイド達に止められるような存在には見えない。だが、それでも懸命な説得が届いたのか、着実に歩みは遅くなっていった。
「どうか、お怒りを鎮めてくださいませ」
「鎮められるようなことか。自分の子供を丸焼きにされたんだぞ。デミ坊じゃあるまいし」
「で、でみぼう……」
「何をどうしたら学校帰りに丸焼きになるんだ?」
「とにかく、アインズ様が原因究明の為に動いておられます」
 顔は女の命、とか呟きつつ化け物は歩みを止めた。
 数分ほど唸りつつ怒りは鎮静化に向かったようだ。

 謎の化け物も驚いたが怯まないメイド達も凄いなと思った。
 (きびす)を返そうとしたターニャに対し、ふいに声がかかる。
「覗き見しているネズミさん。今なら怒らないから出ておいで」
 声は全方位に向けられているのか、ターニャからは背中しか見えないのに面と向かって言われているような気配を感じさせた。
 鈍重そうな化け物だが、どんな特殊能力を持っているともしれないし、街を人質にして何をしでかすかわからないので素直に出て行く事にした。
 メイド達はターニャの存在に気付いて驚いていた。
「声が凄くて……」
「それにしては冷静に状況を分析していたようだけど? 丁度、怒りが治まった所だ。運がいいね、君は。見たところ……、随分と可愛い子だけど女の子? 男の子?」
「生物学的には女性となっている」
 ターニャに向き直る化け物。その顔はやはり目深(まぶか)に着込んだ服装で確認出来ない。
 だが、全体的な体型から人間とは言いがたい。
 知恵をつけた人食い大鬼(オーガ)ではないかと思うくらいだ。
「見慣れない格好ね。……軍服という事は……転移者かしら」
「……さあ、どうだか……」
 相手に返答はしてみたが表情がうかがい知れない。ただ、取り巻きのメイド達が敵意を向けているのに気が付いた。
「あれは人間でございますね。至高の御方に対して無礼な輩かと」
「いいよいいよ。だいぶ頭が冷えてきた。……それで君は何か事情を知っていそうだね。犯人に心当たりでもあるのかな」
「あるというか……。それより教えてほしい事がある。情報には対価が必要だ。それが分からない化け物ならば相対するしかないのだが……」
 勝てるかと聞かれればターニャとて無謀な手段に訴える事は控えて撤退を選ぶ。もちろん、それは自己判断での選択だが。
 命令ならば最善を尽くすまでだ。
「あ、ちょっと待って」
 と、巨大な(てのひら)をターニャに向ける化け物。
「……ちょっと事情を説明してくんない? えっ? ああ、ユリは無事なのね。うん、破壊活動はしてないわ。ついキレちゃったけれど、誰も殺してないって。うんうん」
 と、独り言を呟きだす。ただ、ターニャはそれが何者かと連絡を取っている姿だと理解した。自分も無線を使う事があるので、それに似たものがあるのかも、と。
「帝国民が関係ないのは理解したわ。ジル君の城に押しかけなくて良かった……。すぐ帰るって」
 連絡を終えたらしい化け物は大きく息を吐いた。
 それにしても大きな身体だ。
 自分が小さいからそう思うのか。少なくとも近くに居るメイド達より一メートルは高いのではないかと思う。
「対価……だっけ。魔導国の事とか?」
「街にアンデッドが居るのに市民たちが平然としているのが気になって」
「アンデッドと言っても数人程度よ。それ以外は排除されてもいいシモベ達。言葉が通じるか通じないかの違いだけ。これでいいかしら?」
 随分と簡単に説明されてしまったが、それを信じるかは直接確かめるしかない。
 機密事項ではないのか、少し拍子抜けした。

 化け物の名は『やまいこ』という。いかにも日本人っぽい名前だ。
 ある程度の伝説の生物名は知っているが、その手の名前に化け物の名は当てはまらない。
「小さな身体のようだけど……。あなたは『ユグドラシル』の『プレイヤー』?」
北欧神話の大樹のことか? プレイヤー……という呼称で呼ばれたのは初めてだな」
 そう言うとやまいこは『ふ~ん』と言う程度だった。
 答えに満足していないという印象を受けた。
転移者にも色々とあるのかもね」
「逆に聞きたい。『存在X』を知っているか?」
「はっ? 聞いた事は無いわね」
 そう答えられた後でターニャは気付いた。その呼称は自分で名付けたことに。だから、やまいこが知らなくて当たり前だ。
 理不尽な性格の『』と称するものに幼女へと転生させられた旨を伝える。
「あらら、そんな珍しい現象があるのね。……残念、我々はきっとそんな神様は知らないと思うわ。へ~、それはそれとして興味深いわね。う~ん。もっと話しを聞きたいところだけど……。今日は止めておくわ。もし貴女さえ良ければ魔導国に招待してあげるわ。そこで転移とかじっくり話しましょう。……かく言う我々も転移者なんだけどね」
「んっ……」
「そうそう。冒険者ギルドが討伐するモンスターは倒しても問題は無いから。ちゃんと我々と交渉して仕事を決めてあるから。骸骨(スケルトン)とか倒しても心配は無いわ。では、また会いましょう。小さな勇者さん」
 と、ドスドスと豪快な音を立ててメイド達と共に立ち去るやまいこと名乗る化け物。
 世の中にはまだまだ不思議なことがあるものだと思い知った。そして、彼女だと思うがやまいこも予想では元の世界に戻るすべは持ち合わせていない、そんな気がした。
 それよりもかなり知能の高い化け物のようだ。安易に敵対するのは無謀だ。
 それにしても女神アクアは確実に敵を作ってしまったようだ。せいぜい巻き込んでこない事を神以外に祈ろうと思った。

 act 13 

 宿屋に戻り、自室に向かうと完全にアクアは布団を被ってブルブル震えていた。
 神すらも怯えさせる存在ならば自分の味方につければ存在Xを攻略できるかもしれない。
「脅威は去ったぞ、女神様」
「そ、そうお?」
「帝国内では迂闊な行動はしない方がいいな。完全に悪者になっている」
 それはそれとして神を怯えさせるのは何故だか気分がいい。
 この調子で次回も頼む、と言いたいところだった。
 あの手の化け物がまだいくつか存在するようだが、人類に対して敵対しているのか、今度招待されるようなことがあれば聞きたいところだ。
 とはいえ、やまいこが言っていた言葉は気になる。
 嘘ではないとすると元の世界に戻る手段は持ち合わせていない、ということは残念極まりない。
 やはり、というか。他にも転移者が居たのは驚きだ。
 他の地域にも自分達と同じような境遇の存在が居るような気がする。
 ターニャとしては敵国の人間でもない限り、敵対する理由が無い。
 意見交換が出来るなら願ってもない事だ。
「あのモモンという黒騎士……。只者ではないな」
 と、場が落ち着いたのを見計らってダクネスは言った。
 黒一色の全身鎧(フルプレート)で身を固めた謎の戦士モモン。確かに見た目には只者ではないけれど。
「それよりどうすんだよ。アクアのせいでみんなに白い目で見られて、明日から仕事が出来るか心配になってきたぞ」
「ご、ごめんなさ~い」
魔導国の幹部の一人を半殺しにしたようですし。しかも、帝国と同盟を結んでいる、というのが信じられません」
 短絡的な奴らだな、とターニャは呆れていた。
 無謀な行動による責任問題というのを全く考慮していない。
 何事にも情報収集は大事だ。それを怠った彼らの責任はとても大きい。

 日銭稼ぎは当分続けるしかないのだが、元の世界に戻る算段を見つけるのは無理そうだ。そもそも情報が得られにくい。
 肝心の存在Xもなりを潜めている。別に無理して会いたいわけではないけれど。
 祖国に愛着でも感じているという事か。折角、キャリアを積んで出世コースをひた走っていた矢先に頓挫させられているのだから腹が立たないわけではない。
 情報集めの為に帝国の関連施設に行ってみるしかないか。
 まるで違う世界の人間をすんなりと通すとは思えないけれど。
 人生設計をやり直すのは簡単ではない。困ったものだと呆れてしまう。
 そもそも西洋ファンタジーの出世コースはどんなものなのか。兵士に志願して成果を上げる事か。それとも(ドラゴン)でも倒して知名度を上げる事か。
 先の見えない世界というのは存在X好みの世界と合致するかもしれない。
 正しく自分(ターニャ)は苦境に立たされている。
「それよりカズマ。そろそろ爆裂魔法を使いたいのですが、良い仕事はありませんかね」
 思考に割って入るカズマ達を切り捨てるのも時間の問題かもしれない。
 しばらくはそれぞれ散って情報収集に努めればいい。
 こいつらは勝手に騒動を巻き起こし、意外な情報を手に入れてくるかもしれない。
 特に魔導国とやらの情報などを。
 立花もカズマ達に任せればいいか。無理に連れて歩く必要は無いわけだし。
 元の世界も気になるが現状の生活も無視できない。
 銅プレートの冒険者はとにかく報酬が安い。荷物運びに警備にゴミ拾い。
 何でも屋のような気がしてきた。
 翌日も文字の解読をしつつ依頼内容や冒険者達の噂話に耳を傾けるが良い報酬の話しは入ってこない。
 カズマ達は安全な仕事が多いと思って安心しているようだが。
 立花も自分の生活費を稼ぐ為に色々と探そうとはしていた。だが、やはり言語の壁が立ちふさがる。
 依頼は基本的に冒険者組合の営業時間内であれば何度でも請け負える。もちろん、それだけ多くの依頼があればいい。
 つい先日までは少なかった依頼も今は全盛期に匹敵するくらい戻って来ていると言っていた。
 魔導国が台頭してから治安が良くなり、モンスター討伐が激減してしまったのが原因だ。だが、今は以前のようにまた村などの近くにモンスターが現れるようになって、仕事の活気が戻りつつあった。


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15 我が力の奔流に望むは崩壊なり

 地味な仕事とはいえ早速問題が発生した。
 ターニャは重い荷物運びが出来ない。高いところにある物を取れない。
 所詮は背丈の低い幼女だ。出来ない事が色々とある。
 転生してから随分と日が経つのだが成長期がとても遅い気がする。
 不味い物を食べ過ぎて栄養が足りていないのかもしれない。
 経済発展と引き換えに食文化を犠牲にしたような国だ。子供の成長に悪影響が出ても不思議ではない。
 兵士は所詮、消耗品だ。
 上層部は机上の空論で戦争をする無能共。現場を知らない奴らにとって命の価値はとても低い。
 命令一つで死地に送られるのだから。
 それでも出世して部下を自由に使えさえすれば理想の戦略を立てることが出来る。
 それもまあ、今は頓挫しているわけだが。
「小さいのに頑張るね~」
 警備の仕事をしていて市民に声をかけられる事が多い。
 首から提げた冒険者のプレートに気付いて可哀想な子供を見るような顔とも見えるが、ただの被害妄想かもしれない。
 今回は立花も同伴させてみた。解読に手間取っていたので連れて来ただけだが。
 警備なら立花でも出来る筈だ。
 折角の力を腐らせるバカ女にはお似合いの仕事だ。
 それでもいざという時は彼女とて戦う気がする。時折見せる力強い視線は本物だとターニャは確信している。意味無く武装するわけがない。
 肉体的、武装ポテンシャルはかなり高いはずだ。おそらく人食い大鬼(オーガ)を一撃で倒せるほどに。
 問題は『優しい』という点だ。
 それは人間としては正しいかもしれない。けれども弱肉強食の世界では通用しない概念だ。
 生きる為に他者を殺すのが生物界の常識だ。その法則を捻じ曲げているのが人間社会。
 自分達が死なないために都合のいい約束事を決めて防りに入っている。
 そして、それが正しいと教育を受けたのが立花達だ。
 だが、同じ教育を受けたターニャは違う。
 生きる為に他者を殺す事を()としている。
 悪い言葉で言えば『愛国無罪』だ。
 残念ながらターニャは殺されたくないし、理不尽には抗う主義だ。だから、敵に銃が撃てる。撃てる環境だから出来る、とも言える。
 ご大層な理想主義を振り撒くのは自由だ。それで殺されてはたまったものではないと思っているだけだ。

 現実は常に不平等である。

 それは強い者が弱い者を殺して食らう。
 殺されたくなければ生き延びる事だ。だから、ターニャは戦える。敵を殺せる。
 それを是とする国の命令があれば、という条件が付くが。
 もちろん、殺人罪のある国で殺人は犯さない。法律くらいは守れる。少なくとも軍規違反を犯すヘマはない。
「倒していいモンスターと倒してはいけないモンスターが居るとは思っていなかったが……。なかなか興味深い世界だ」
 あれからすぐに帝国が兵士を動員してアクアを捕縛するのかと思っていたが、特に何も起きていない。せいぜいアクアを見る市民の目が冷たくなったくらいだ。
「清掃作業くらいなら立花でも出来るだろう。だが、これからどうするんだ? 屈強なモンスターと相対した時、お前はまた生き物だから殺せないと(うそぶ)くのか?」
「……みんなが困っていたら……、私は戦う。でも……、お金の為に生き物を殺すのは……」
「ああ、あの小鬼(ゴブリン)達を野放しにすると村を襲うそうだ。だから適度に間引く必要がある。なにせ繁殖力が高いモンスターで絶滅させるのは帝国兵士を総動員でもしなければ無理らしい」
 もちろん、小鬼(ゴブリン)が帝国の領内にしか居ない場合での事だ。
 亜人は世界中に居て、人間の人口を本当は凌駕しているのではないかと噂されている。
 つまりはこの世界に居る人間の人口は実はとても少ない、という仮説が立てられるわけだ。
 それが事実ならば事態はとても深刻になる。
 南方のスレイン法国はそれを危惧していて、適度に亜人狩りをしていると聞いた。
 一概に生き物だから大切にしましょう、などと言えるものではない、かもしれない。
 人間しか居ない国であれば多少は理解できなくもない。だが、この世界はまだ知らないことが多すぎるほどに多い。
「お前が守りたいものは元の世界とは違うかもしれない。向こうとこっちの常識は等しいわけではない。それは忘れてはいけない」
「……うん」
「兵士に志願にして人間同士で殺し合いをするよりかはマシだ」
 一人で歩くのは退屈なので話に付き合っているのだが、浮き沈みの激しい立花との接し方は少し難儀している。
 知り合いも転移していればいいのに。そうすれば押し付けられる。
 というより幼女が女子高生に説教を垂れる状況は何なのだ。
 前世の記憶をある程度は保持しているとはいえ、だ。
 普通は逆だ。論破して来いよ、負けずにさ。と、ターニャはこめかみに青筋を立てつつ思った。
 『ニート』だの『ゆとり』だの言われて悔しくないのか、この年代の少年少女は。
 確実にカズマは悔しいと思うが反論するほどの度胸は無い筈だ。
 煮え切らない現代の若者というのは口だけ立派な役立たずばかりだ。

 午前の仕事を終えて小休止がてら依頼書を眺める。
 階級は少しずつ理解してきた。
 (アイアン)(シルバー)の仕事がとても多い。
 主に野外勤務とモンスター討伐。(ゴールド)辺りは商人の護衛が増えてくる。
 白金(プラチナ)は更に高位の要人警護。
 それほどモンスター討伐は多い方ではないようだ。戦争する国家が頻繁にモンスターに苦しめられるというのは理解に苦しむ。
 村を襲うのであれば銀級冒険者でも対処できるはずだ。それとも対処できないような凶悪なモンスターでも出るのか。
「今まで凶悪なモンスターとして依頼に出された中では『巨大石化の魔眼の毒蜥蜴(ギガント・バジリスク)』かな。石化の魔眼を持ってて体液は猛毒。図体も大きい」
 難度は83もある強敵だ、と冒険者達の話しで聞いた。
 ただ、ターニャには難度の数値についてよく分からなかった。そもそも誰が決めたのか。
 小鬼(ゴブリン)骸骨(スケルトン)が難度1から3だと言われている。
 人食い大鬼(オーガ)は難度27。カッツェ平野にたまに現れるという凶悪なアンデッド『骨の竜(スケリトル・ドラゴン)』の難度は48。
 戦ったことのないモンスターの難度を聞いても首を傾げるばかりだ。
 アダマンタイト級の冒険者の難度は平均で90と言われている。
 冒険者にとって最高位に近い存在と肩を並べるようなモンスターが巨大石化の魔眼の毒蜥蜴(ギガント・バジリスク)だ。
 長く冒険者を務めていればいずれは理解出来ると教えられた。
 それ以前に幼女が凶悪なモンスターと戦う事に対して一家言は無いものか。あったとしても収入の為に戦うけれど。
カッツェ平野に行けばアンデッドモンスターに会える確率は高いけれど……。この辺りに生息しているモンスターはそれ程多くはない」
 帝国お抱えの騎士が治安維持に赴いているので国自体が危機にさらされる機会は無いに等しい。
 それでも低位モンスターは出てくる。
 冒険者の育成も大事な仕事なのでジレンマと化していた。
 モンスターは世界に人間以上の数が生息している。普通に考えれば当たり前なのだが。
 野生動物という概念は無く、危険だと判断すれば討伐対象になる。それは文明がまだ発達していない証拠だ。
 ワシントン条約のようなものが作られたと仮定する。小鬼(ゴブリン)レッドリストに入れられた場合は保護対象として守る気がする。そんな異世界ファンタジーになれば世の冒険者は大量に失業しそうだ。
 東方の山や森の奥にはまだまだ未知のモンスターが居て、小鬼(ゴブリン)人食い大鬼(オーガ)を遥かに凌駕するという噂がある。
 遥か南方には人馬(セントール)の部族があったり、更に南東の奥深くの森林地帯は毒の沼と化していて視界不良の闇の中に忍者(ニンジャ)系が現れたという報告があるとか。
 安全なようで自分たちはまだ世界のすべてを知らない、という事かも知れない。

 act 14 

 ターニャが仕事に勤しんでいる間、アクア達は今後の予定を話し合っていた。
 帝国で問題を起こした為に世間の冷たい目が気になってしまったからだ。
 国を出ることも考えなければならない。
 今のところ嫌がらせは無く、仕事も請けられるようだが居づらさは感じている。
「……それより爆裂魔法を!
「そういえばそうだったな。……派手に魔法が使える場所を探さないと……」
 おしっこが漏れる仕草と同様の震えでめぐみんは必死に訴える。
 身体は高熱に浮かされたように熱く火照っている。
 紅魔族は魔法に長けた種族で定期的に魔力を放出しないといけない。
 一般の人間よりも魔力が膨大で排出する必要がある。そして、めぐみんは爆裂魔法しか習得していないので発散する方法に難がある。
 いつもならば人気(ひとけ)の無い草原や廃城に魔法を放っていた。それが今は発散場所を見つけるのも一苦労となっていた。
 大規模魔法はとても目立つし、周りに迷惑を被る規模の災厄を振りまく。
 魔法の運用に帝国はとても厳しい。
 いくら魔法文化が発達しているとはいえ街中での爆発を容認するほどバカな国ではない。
「外に出る仕事を探してこようか。そういえば、入国料がかかるんじゃなかったか?」
 出入り口は検問所になっている。
 アクセルも外壁で守られた都市だが人の出入りに制限は無かったはずだ。その点は世知辛いのだが、財源確保は異世界だとしても必要不可欠な問題で国家運営の観点からも仕方が無いと思わなくもない。
 冒険者だからといってすんなりと素通りは出来ない仕組みに辟易するカズマ達。
 プレートメンバーカードを提示すれば個人情報の照会が早く済むだけで手数料はどうしても発生してしまう。
 例外的に税の免除などがあるらしいが、下っ端冒険者で免除される規定というものが何なのかは分からないが、かなり上位に登れば色々と分かってくる筈だ。
「冒険者の出入りにかかる料金は安いと聞いたぞ」
「……銅貨数枚程度でも毎日となるとバカには出来ないな」
 仕事の依頼でもないのに外に出るのは散財と変わらない。
「アクアは残る方が良いだろう」
 いくら自分は悪くない、と言い張っても友好国の要人を半殺しにしたのだから無罪放免とは行かない。
 この世界ではアンデッドモンスターとはいえ友好的にする法律があるのかもしれない。
 神や女神だからといって好き勝手していい理由にはならない。
「人を襲うモンスターなら倒していいんだからさ。元気出せよ」
「……後で役人に連れて行かれるかもしれないけれど……」
「め、女神の私がアンデッドに頭を下げるなんて出来るわけないでしょう」
「それで済むと良いけどな。留守番するなら構わないが……。一人で待っていられるか?」
 金を置いておくと一気に全部使いそうだし、一人にするのは色々と不安な気がする。
 アクアはとにかくトラブルメーカーだ。
 今までの経験から一人にするのはとっても危険だとカズマやダクネスは感じていた。

 カズマ達と行動する事になった立花は自分に出来る仕事を模索しつつ話しに聞き入っていた。
 ここにはノイズは居ない。荷物運びくらいなら出来るかもしれなかった。
 モンスター退治は今はまだ出来ない気がする。
 確かに自分は甘いかもしれない。いざという時に力が使えないでは後悔する。
 頭では分かっていても気持ちが決意を揺るがせる。
「清掃とか荷物運びならお手伝いします」
「あ、ああ。その時は頼む。……そんなに真面目に構えなくて良いぜ。あのターニャは軍人さんだから仕方が無いだけ。俺たちはただの冒険者。出来る事をすればいい」
「……はい」
「君の力は絶大だろう。だが、優しい心を持っている。それは別に悪い事じゃない」
 悪い事ではないけれど戦場では役に立たない。
 敵を倒せなければ多くの力なき者達が悲しみにくれてしまう。そして、自分は()()を良く知っている。
 困った時に唱える呪文『へーきへっちゃら』を胸の内で何度も繰り返す。
 モンスターを倒す以外にも自分の力は使えるはずだ。もちろん、強大な敵が現れれば自分はきっと戦う筈だ。
「そんなことより、早く外に行きましょう」
 と、めぐみんが催促してきた。
 外に出る依頼は銅プレートで請け負えるものの中には無い。今日はたまたま無かっただけかもしれないけれど。
 外出に関して制限は無い。ただ、手数料を取られるだけだ。
 念のために検問の兵士に尋ねてみた。
「一日で済むなら銅貨二枚だ。もちろん、人数分だ」
 日本で例えれば地下鉄切符代のようなもの。
 定期券などがあればもう少し楽なのだが。
 一日で済む、というのは往復料金のこと。普段は片道で銅貨二枚が相場となっている。これは他の検問所と共通である。
 ちなみに珍しいアイテムの鑑定を依頼することも出来る。その時は一回銀貨三枚と高額だが、帝国とトラブルを起こしたくない請負人(ワーカー)などがよく利用する。
「帝国内に家を持つ者が他の都市や村を頻繁に往復したりはしないからな」
 帝国の近くにある村まで早くて一日がかり。尚且つ外にはモンスターや野盗が現れやすい。一般の人間は用も無いのに出たりしない。
 帝国の首都『アーウィンタール』はかなり広大な敷地面積を持っている。
 数百万人が暮らす大都市だ。
 他の都市に行く場合は人を雇うのが一般的だ。もちろん、馬車も入る。
 日本とは何もかもが違う。
 村人は領主から通行手形を貰う事があるがタダではない。
「……今日はとりあえず、払っておこうか。毎日となると仕事のついでとなるな、めぐみん」
「おおう……。守銭奴(しゅせんど)の街などいつでも焦土(しょうど)に変えてあげますよ」
「こらこら」
 国にケンカを売れば確実に牢獄行きだ。そしてなにより貴族の知り合いが、この世界には居ない。
 後ろ盾の無い自分たちを守ってくれる者が居ないのだから迂闊な事は命取りだ。
「もし一日で戻るなら通行手形を貸す。いいか、有効期限は一日だけだ。ここに外出する者の氏名を記入しろ。文字は書けるか? 自分だと分かれば王国語でも構わないぞ」
 帰りに手形を提示すれば料金は発生しない。手形を無くせば入国料を払う事になるだけで弁償のような賠償金は発生しない。使い捨てのアイテムのようなものと兵士は説明してくれた。
 今回の出国者はカズマとめぐみんの二人。
 残りは街に戻り仕事探しに勤しむ事にした。

 タグネス達と分かれたカズマは兵士の説明にあった街から比較的、離れた森に向かう。
 見晴らしがよく駆け出し冒険者の為の施設がいくつか用意された場所だが、今は誰も居ない様だ。
 魔法詠唱者(マジック・キャスター)の為の施設もあり、地面に打ち付けた杭がたくさんある場所に向かう。
 (まと)があると標的に向けて放ち易くなる。特に飛び道具系は。
 今回使う魔法は大規模に辺りを吹き飛ばすもの。なので、それ用の場所で魔法を使う必要がある。
 森の近くには大きな石がいくつか転がっている場所があり、普段は動像(ゴーレム)を召喚する練習に使われるらしい。あと、第二位階以上の魔法の使用など。
 位階が上がれば効果も大きくなる。
 特に帝国最強と言われる魔法詠唱者(マジック・キャスター)は第六位階の使い手だ。
 めぐみんは位階魔法についての知識は無く、調べてもいなかったので理解していないが、噂話しでは聞こえていた。
「丁度いい岩がありますね。ここにしましょう」
 森の他には小さな丘もあり、様々な地形を覗かせていた。極端に高い山は遠くに行かないと見えない。
 南方に眼を向ければ岩山の群れが姿を現す。飛竜(ワイバーン)を使役する部族が住んでいるらしい。
 更に南下すると竜王国と亜人の国を含む六大国の領域が見えてくる。
 獣人(ビーストマン)牛頭人(ミノタウロス)妖巨人(トロール)
 スレイン法国と争う森妖精(エルフ)の国もあり、多種多様な国があるようだ。
 砂漠地帯には蠍人間が居る、とか。
 伝説の生物に過ぎない存在が現実に文化を持って生活している世界。
 カズマ達にとっては新たな異世界だが、直接確認しないと実感出来ない事がたくさんあった。
「それはそれとして……。では、溜まりに溜まった我が爆裂魔法を……」
「その前にモンスターの確認だ」
「安全確認は大事ですよね」
「そそ。屈強なモンスターが居たら逃げられるのか。俺たちはまだ知らないからな」
 前の世界は駆け出しの町だから大したモンスターは居なかった。だが、ここはアクア達の管理が及んでいないような世界だ。何が起きるか分からない。いや、こここそが本来の厳しい異世界だとも言える。
 口先三寸で切り抜けられる保証はどこにもない。
「よし。確認終わり」
「では、改めて……」
 めぐみんは杖を目標の大岩に向ける。
 紅魔族にとっての最大火力を誇る爆裂魔法
 多くの魔力を消費し、放つまでに長い呪文を必要とする。そして、一気に枯渇した時は身動きが取れなくなるという弱点がある。
 爆裂魔法は一日に一回が限界だ。
 放った後は無防備になるので毎回、カズマに背負われて帰宅する。
「……黒より黒く、闇より暗き漆黒に、我が深紅(しんく)混淆(こんこう)を望みたもう」
 静かに呪文を唱え始めるめぐみん。
 彼女が持っている杖の先端部分にはまっている宝石に魔力が不思議な光りを放ちながら集まっていく。
「覚醒の時来たれり、無謬(むびゅう)の境界に堕ちし(ことわり)無形(むぎょう)の歪みと成りて現出せよ。……踊れ。踊れ。踊れ。我が力の奔流に望むは崩壊なり。並ぶ者なき崩壊なり! 万象等しく灰塵に帰し、深淵より来たれっ!
 呪文を唱え終わり、杖を目標に向ける。
「エクスプロージョン!」
 その掛け声の後、目標である大岩に無数の魔方陣が垂直方向に積み重なっていく。
 それから数瞬もたたずに魔力は弾ける。

 大岩を基点として立ち昇るように爆発する。その光景はとても煌びやかだった。
 爆裂魔法は局所的に対象を粉砕する。ゆえに街全てを範囲に収めるほどには広げられない。
 それでも大きな建物くらいは消し飛ばせるほどの威力だ。
 モクモクと立ち昇る煙り。中心地点の大岩は粉々に砕け散っていた。
 火属性なのか赤く焼けた(あと)が円を描くように広がっていた。
「ふっ、ふふ。どうでしたか、私の爆裂魔法は」
 魔力を消耗しためぐみんは地面に倒れ伏したまま笑顔をカズマに向ける。
「……う~ん。七十五点」
「あらら」
「威力だけは百二十点だが……。美しくないな」
 その日の体調により爆裂魔法の威力や立ち昇る煙りの形が違うらしい。そして、それを毎回、カズマは採点していた。
 何かしらの目標がある方が飽きないと思ったからだが。
 モンスター退治に使う場合は長い呪文が障害となるし、一回で力尽きるので使いどころが難しい。
「はっはっは。凄いすごい」
 と、少し離れた場所で手を叩く音と声が聞こえてきた。
 すぐにカズマは顔を向ける。
 そこに居たのは白銀の全身鎧(フルプレート)に身を包み、頭部も白銀の面頬付き兜(クローズド・ヘルム)で素顔が隠されていた。そして、赤い外套をたなびかせ、小さな盾を持つ騎士風の人物だった。
 先日現れた『モモン』に雰囲気が似ている、気がした。
 背丈は平均的な大人ほど。
「中々凄い魔法じゃないか。……一回こっきりのようだね」
「何者だ、あんた」
「正義の使者」
 と、言いながら腰につけていた鞘から剣を抜き放つ、と同時に背中に『正義降臨』という大きな漢字が現れた。
 それはカズマにも見覚えがある日本語
「別に戦いに来たわけじゃないよ、青年」
 武器を収めて白銀の騎士は両手を広げる仕草をした。
 相手が完全武装しているのでカズマが抵抗してもどうにもならない気がした。この場合は逃げるところだが、どう対処すればいいのか、必死に頭を働かせる。
 金を持っていそうな姿ではないから物取り、という線は考え難い。
 転移して間も無い内に殺される理由があるのか、考えてみるとすぐにアクアの姿が浮かんだ。
 そうでないことを祈るしかない。
 全身鎧(フルプレート)だからモモンの関係者というのは深読みしすぎだ。
 この世界の冒険者で全身鎧(フルプレート)くらいは珍しくもない。ただちょっと驚いたのは事実だが。
 それに冴えない主人公というのは少し自覚している為、そんな自分に気軽に話しかけるような奴は大抵がろくでもない奴なのはお約束だ。
 カズマは大抵の残念フラグを熟知している。これでもニート生活が長く、ネットゲームではと呼ばれたこともある。
 その経験から白銀の騎士痛い奴に違いが無いと感じた。
 他の女神に良い武器をもらって調子に乗る誰かさん(ミツルなんとかさん)の顔が浮かぶ。ただ、名前は忘れてしまった。
 こういう手合いはニート否定派が多い。正義を振りかざしてモンスター討伐しよう、だとか。一緒に魔王を倒しに行こうとか。生活態度についてクドクドと説教をたれるタイプだ。
 正義については背中の文字で確認したけれど。
 本物の残念さんかもしれない。
 相手にしたくないが、向こうから寄ってくるから仕方が無い。無視しても追ってくるし、ウザイことこの上ない。
 適当にあしらうのが正しい方法かもしれない。
「街に戻るまで護衛してやろう。それとも彼女を私が背負おうか?」
「いいえ。親切はありがたいんですけど……」
 変態そうだから関わりたくない、と胸の内で言うカズマ。
 いかにも騎士という姿に不信感があるのはダクネスの影響だからか。それとも名前を忘れたご立派な騎士(イトウなんとか)か。
 ダクネスは見た目には立派な聖戦士(クルセイダー)なのに攻撃が全く当たらないし、防御に特化したスキルしか持っていない。敵の攻撃を一身に受けることを喜びとする真性マゾ()がある。
 もう一人は『魔剣(まけん)グラム』という自分専用のチート武器を持つ自称勇者。特に語ることも無いか、とカズマは思考からかき消した。
「では、街に戻るまで私は君たちの後ろを勝手に守るとしよう。……どうせ帰るのだろう?」
「ええ、まあ……」
 白銀の騎士は剣を振り回したりせず辺りを軽く見渡していた。
 見た目にはかっこいいのだが中身まで立派かどうかは分からないものだ。だが、ここは駆け出し冒険者の町(アクセル)ではない。
 あの街の冒険者ギルドでは見かけない人物なのは分かった。
 めぐみんを背負い、帝都に引き返すカズマ。その後ろを同じくらいの歩幅で着いてくる白銀の騎士
「どの道、私も帝都に行く予定なのだからいきなり走ったりはしないよ」
「どうも」
 声の感じでは男性だ。首が取れているデュラハンベルディアとは別人なのは理解した。
 先に行かせるべきなのか。自分たちを守る気でいるなら先行はしないと思うけれど。
 後ろから見られている、というのは気持ち悪い。

 会話も無く帝都の検問所に到着する。
 物取りではないようだが緊張はした。あとめぐみんは疲労で眠ってしまったらしい。
 手形を提示して街に入る。その後で白銀の騎士も一緒に通ってきた。
「では、またどこかで会おう」
 それだけ言って騎士は去っていった。
 本当にただ後ろを歩いていただけのようだ。
 一気に疲労がカズマを襲う。
 変人とは関わりあいたくないと思っていたが、変に緊張して損した気分になってしまった。それとお約束の展開が無かった分、期待はずれ感があるが何も無かったのであれば、それはそれで問題は無い。ただ、今までが異常だっただけだ。
 毎日が賑やかなイベントの連続だった。それが今は自分の予想を超えて不測の事態となっている。
 自分の常識が通用しない。異世界だから別段、それは当たり前かもしれないけれど。
 そんな気分のまま宿屋に戻ると人ごみが出来ていた。
 確認するまでもないがアクア関連だと思われる。
 野次馬よりも鎧を来た兵士の数が多い事から国が直々に捕縛に来たのかもしれない。ここは他人を装う方がいいと判断する。
 一番悪いのはアクアだけで立花やダクネスは関係ない。
「暴れるな。魔導王様が直接事情を聞きたいと仰せなのだ」
「わ、私は無実ですぅ! カズマ~!」
 名前を呼ぶな、バカ。と建物の陰に潜むカズマ。
 巻き添えで牢屋に入れられたくはない。
 ここでアクアを助けたところでメリットはおそらく無い。事は国が関わることなのだから。
 アンデッドモンスターの討伐。普通ならば責められるべくもない。だが、この国では友好的なアンデッドモンスターが存在するという。そして、そのアンデッドを一方的に滅ぼそうとした。当然、悪いのはアクアとなってしまう。
 それに市民たちも承知している相手だ。実はアンデッドであることを隠したモンスターなんですよ、という場合でもない限り自分達に出来ることは何も無い。
 分があまりにも悪すぎる。
 教師をしていて子供たちにも大人気。尚且つアンデッドであることを公表している相手だ。どうやって弁解すればいいというのか。
 そのアンデッドがアクアに危害を加えたという証拠でもあれば助けられるのか。
 雰囲気的には圧倒的に不利過ぎる。
 兵士達に引きずられるように連れて行かれるアクアの後をそれとなく追ってみる。いくら駄女神とはいえ冒険者の仲間だ。見捨てることは出来ない。

 act 15 

 ここで都合よく助け舟が出ればいいのだがアクアはトラブルしか撒かない。
 先ほどの白銀の騎士に頼るべきか。
 正義の使者なら助けてほしいところだ。変人扱いしている自分が頼るのもおこがましいかもしれないけれど。
 か弱い女性を引っ立てる帝国から助けてください、と一応は祈ってみた。
 だが、そんなカズマの淡い願いも虚しく、連れて行かれるアクア。
 カズマを呼ぶ声だけが木霊(こだま)する。
 背負っためぐみんの事を思い出し、彼女を宿に置き、アクアの元に向かう。最終的にどうなるか確認する為に。
 冒険者のスキルは問題なく使えるようなので物陰に潜みながら移動するカズマ。
 ある意味ではストーカースキルのような気がしないでもない。
 城に連れて行かれると思っていたが方向が違っていた。
 目的の建物は地元の領主が使いそうな立派な邸宅に見えた。おそらく大使館か何かだ。
 門番が配置されていて多くの兵士達が周りに待機していた。
 潜入する場合は夜間にならないと無理そうなほど警備が厳重に見えた。
「お兄さん、覗き見は良くないな~」
 その声はスキルで潜んでいる、はずのカズマの真後ろから聞こえた。明らかに感じる凶悪な気配は振り向いたら死ぬレベル。
 身体が硬直したまま額から汗が滝のように流れるのを感じる。それくらい嫌な気配だった。
「連れて行かれた仲間が心配なのかな? サトウカズマ、お兄さん」
 正体がバレている、と声には出せないが心臓が激しく鼓動する。
 声の感じでは女の子っぽい印象だ。ここで奇襲をかければ逃げられる確率は高まるか。
 いや、気配は小さな身体とは思えない。
 その後で上から何かが落ちてきた。
 それはボチャ。ビチャ。のような聞きたくない不快な音。
 顔を向けると液体のようで流動的な物質。
 見覚えのある言葉で表すと『粘体(スライム)』だ。それも毒々しい赤い色。
 その粘体(スライム)がゆっくりと鎌首をもたげるようにせりあがる。
 小さいと思っていた粘体(スライム)は体積を増して膨れ上がり、人間と同等の大きさに変化、したように見えた。
「あらあら、怯えちゃって。別に食べたりしませんよ」
 と、目の前の粘体(スライム)が喋ったようだ。明らかに前方から声が聞こえたので。
 確かにカズマが前に居た異世界には人語を解する粘体(スライム)が居た。だから、というわけではないが、つい『魔王軍の幹部』という単語が浮かぶ。
 もし、それが事実なら魔導王はまさに自分達の世界に居た魔王かもしれない。会った事は無いけれど。
「こそ泥ってわけじゃないようね。連れてこい、とは言われていないけれど……。どうしようか?」
ぶくぶく茶釜(ちゃがま)様の仰せのままに。ご命令ならば口封じ致しますが?」
 粘体(スライム)の言葉に背後に居るであろう女の子が物騒な単語を口走る。
「いやいや、待ってくださいよ。俺は何もしてませんよ」
「だろうね」
 と、粘体(スライム)はあっさりとした口調で言った。
「いや、ほら。こんな狭いところで大声出したら騒ぎが大きくなって大変になると思うよ、君たちが」
「はっ? 逆じゃないのか?」
「ううん。君たちが大変になる。アウェーは君たちの方だ。それとも和製英語が通じない人だったかな? 日本人のサトウカズマ君
 嫌に詳しい粘体(スライム)にカズマはただただ驚いた。
 なにやら全てを見透かされているような気持ち悪い気分になってくる。
 何なんだ、このやりとりは、と。


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16 このゴミを殺す許可を

 得体の知れない粘体(スライム)は常に形を変えてカズマを捕食しようと狙うモンスターにしか見えない。けれども話される言葉は意外と優しく聞こえる。しかも良く通って聞こえる女性の声。
 背後の子供の声自体は怖いとは思えない。
 けれども吹き上がる殺意のような威圧感はなんなのか。
「さーて、どうしてくれようかな。捕捉するか解放するか」
「……う~ん、人間の皮は別にほしくないかな……」
 前門の粘体(スライム)。後門の子供。
「……姉貴、そろそろ苛めるのはやめてあげたら?」
 上から新たな声が聞こえてきた。それは男性の声なのだがカズマは視線を逸らすと命取りになりそうな予感がして身動きが取れなかった。
「別に苛めてないよ。逃がさないように見張ってるだけ」
「弱い者苛めしているようにしか見えないけどな」
「触ってないからセーフ」
「どういう理屈だよ。……それにしても今日は物々しいね。我々が動員されるほどの一大事っていうのがいまいち分からない」
 背後に居るであろう子供が飛び上がる気配を感じた。それからすぐに後ろがガラ空きになったような気がした。明らかに罠だと思うけれど。

 助け舟なら早く救ってほしい。自分は何も悪い事はしていない、と叫びだしたかった。
 賭けに出ると悪い事が起こりそうな気がする。
 粘体(スライム)で喋る者にまともな奴は居ない。それは今までの経験から学んだ事だ。
「悪乗りもほどほどにしなよ」
「折角の転移者だもん。気になるじゃない」
「印象悪くすると協力してくれなくなるよ」
「カズマ君以外にも居るから平気」
 妙なやり取りが続くが問題なのは自分の利用価値が既に無くなりつつあるということだ。
 相手にとって貴重な存在と思ってもらわなければ簡単に切り捨てられてしまう。つまりはあっさりと殺される可能性が高いということ。
 ヤバイ、という言葉が無数に浮かぶ。
 魔法で切り抜けて逃げ切れるか、というとおそらく無理だ。潜んでいた自分を簡単に見つける相手だ。
 仲間も多いかもしれない。
 利用価値があれば襲われない。などと様々な考察を脳内で繰り広げるカズマ。
 生き残る為ならあらゆる手を尽くす。平和主義こそが自分の信条。
 楽して金を稼ぎ、自慢したい気持ちは誰にも負けない。それが理不尽な理由で頓挫しようとしている。
 安全で楽に生きる事が何故、こんなにも苦行を(てい)しているのか。納得できない、と。
「カズマ君は自分には価値があるからきっとなんとかなる、と物凄く想像しているでしょう?」
「うおっ!?」
 どストレートに粘体(スライム)が言ってきた。
「その手の主人公は割合、熟知というか知ってはいるんだけどね。冴えない主人公さん」
 サブカルチャーをご存知だとは、と驚くカズマ。
 異世界人なら相手の無知に付け込む隙があるのだが、逆の場合は想定していない。
 とにかく、相手はヤバイ。
「……とは言っても掴まえたり、見逃したりするメリットが浮かばないんだよねー」
「で、では、見逃してくれる方向で……」
「みすみす逃す理由があれば、そうするんだけどねー。さあ、どっちがいいかな? 少なくとも君達はうちの仲間を怒らせた。信賞必罰って言葉は知ってるかな? 知ってるよね? 無罪放免で助かる主人公補正なんて、この世界には無いよ」
 最初は明るかった粘体(スライム)の声が段々と冷徹さを帯びてきた。
「あと、どんな方法で切り抜けるのか。まず君の浅はかな手段を潰して行こうか。まず転移(テレポーテーション)は封じてある。口先で切り抜けるとしても言葉の通じないシモベが周りに待機している。地面に壁に地下に空に……。ついでに言うと粘体(スライム)ごときは敵ではない、と油断して何がしかの反撃に出ようとする」
 一つ一つの手段が潰されていく。
「街の人に助けを求めてみる。君の仲間が偶然に助けに来てくれる。……まだどんな想定しているのか……」
「……姉貴、マジでイジメだよ、それは。可哀相になってきた」
 空から聞こえる声の人に助けてほしいと願った。
「いやいや、こういう自分が主人公だと信じて疑わない冴えない男は徹底的に潰すに限る。……いや、確かに弟の言う通りだわ。弱い者イジメは良くないわよね」
「一応、カズマって人に危害は加えないように言われているんだけど」
「あの御人好しが?」
「たぶん、みんなだよ。それに帝国内で騒ぎを起こすのはマズイって対外的に。半殺し程度は覚悟するかもしれないけれど」
「……ということは……、あれか? ……いや、確かに……」
「あれ、とかじゃなくて立派な八つ当たり。みっともない大人にしか見えないぞ」
「たまには怒るのもいいかなと思って……」
 身動きの取れないカズマはただ黙って聞き入るしか出来ない。
 何か行動を起こせばすぐさま殺される気がする。
 起死回生の一撃を見舞って実は粘体(スライム)はとても弱かったら、という想定が無いわけではない。
 仲間が居ない状態で反撃に出るにはそれなりの勇気が居る。
 たかが粘体(スライム)と侮れないのは前の世界の教訓でもある。
「そこの青年。もしかして泣いてる?」
 上からの問いかけにカズマは答えられない。
 圧倒的な気配により金縛り状態に陥っていたからだ。
 既に両足は震えて動かない。
「姉貴……。苛めすぎたね」
「私は悪くないもん」
 それに泣いて済む問題じゃないし、と小さく呟く粘体(スライム)
 上から何者かが降りてきて、カズマの頭を撫でる。その手はとても硬そうな感触だった。
「……主人公とて追い詰めると失禁するのか……。じゃあ俺の権限で連れて行くけど文句は無いよな?」
「甘いな、弟よ」
「陰湿なイジメが嫌いなだけだよ。……シャルティア。『転移門(ゲート)』を開いてくれ」
 その言葉の後でカズマの目の前に異空間が出現する。
 身動きの取れないカズマを後ろに居る何者かが持ち上げて、異空間に引きずり込んでいった。

 act 16 

 場面が変わって三十分ほどで現実に意識が戻ったカズマは身動きが取れないまま縮こまっていた。
 それは周りにたくさんのゴミを見るような目で睨んでくるメイド達が取り囲んでいたからだ。しかも今は上半身は前の世界で購入した上着だが下半身は白いパンツのみ。隠したくても隠せない状態だ。
「……人間は分かりますが……」
「下着姿で何故、ここに……」
 と、ひそひそと会話を交わしているのだが、カズマの耳にいくつか届いている。出来る事なら弁明したい。
 今はただ恥ずかしい。
 そんなカズマの近くに子供が近寄ってきた。
 浅黒い肌に長い耳。利発そうな顔つきだが怒りに顔が歪んでいる。
 前の世界では見かけなかったが異世界ファンタジーの知識では知っている存在だった。

 闇妖精(ダークエルフ)

 瞳は青と緑の虹彩異色症(ヘテロクロミア)
「みっともない姿になったものね」
 子供の声に聞き覚えがある。
 背後に居たので姿は見えなかったが思った通り、子供だった。
「は、はやくズボンを返してくれれば……」
「洗濯中。乾くのはまだ後」
 と、不機嫌に答える闇妖精(ダークエルフ)
「……いくらペロロンチーノ様のご命令とはいえ、人間をここに連れて来て良いのでしょうか?」
 というメイドの言葉に子供の闇妖精(ダークエルフ)は口を尖らせる。
「良いわけないじゃん。……でも、ご命令だから仕方ないの」
「……ですぎた真似を致しました」
「まだ小便臭いかな?」
小便って言うな」
アウラ。人間を苛めてはいけませんよ」
 優しい声色は女性のものだ。救いの神かと思ってカズマが声が聞こえた方向に顔を向けると尻尾がたくさん生えた(きつね)が直立不動で立っていた。
 服は着ていたが顔から身体から全てが狐。突き出た鼻に大きく裂けたように広がる口は野生動物のもの。メスで長いヒゲがあった。
 真っ直ぐに伸びた鋭角的な耳が僅かに動いている。
 周りに居たメイド達はすぐさま平伏していく。しかし、アウラと呼ばれた子供は立ち尽くしていた。
「イジメに当たりますか?」
「私の眼にはそう見えたけれど?」
「……申し訳……ありません」
 不満そうな顔のまま片膝を付き、臣下の礼を取るアウラ。
「パンツ一丁の青年よ」
「……カズマっていいます」
「おパンツ君。風呂には入ったのかな?」
「一応……」
 黒ずくめの全身タイツ達に風呂に沈められた事を狐人間に伝えた。
「……改めて見ると冴えない主人公イメージそのままね、君。厨二病(ちゅうにびょう)とかニートの仲間?」
「……ま、まあそんな感じです」
 と、不機嫌気味にカズマは言った。
 否定しようにも真実なので言い訳が思いつかない。
「あらあら、本物? 百年前のサブカルチャーが実在していたとは……」
 コロコロと笑う狐人間。
 全体的には艶かしいメスの動物に見えなくもない。そして、綺麗だと思った。
 服から覗く手足は毛深いが動物なので仕方が無いと思えるし、毛並みとしては美しく見える。
 ただ、狐ということで『エキノコックス症』という言葉が浮かんだ。
「君となら面白い話しが聞けるかも……」
(あん)ころもっちもち様、この人間と直接会話はやめた方がいいのでは?」
 そういえば、とカズマは思う。
 粘体(スライム)の名前だと思うが変な名前だなと思った。
「あんころっていうのか」
 この言葉にアウラとメイド達が一斉に鋭い怒気を含んだ顔になってカズマを睨みつける。
「な、なんて失礼な人間なんでしょう!」
「いやいや、みんな。常識がある人間としては真っ当な反応だと思うよ」
 と、言ったのは当人の餡ころもっちもち、という名前の狐人間。
「それぞれ固有の名前があるけれど、確かに変な名前かもね。君ならどんなかっこいい名前を付けるのかな?」
 そう言われてすぐに思いつくはずがない。
 狐なのでフォックスとか、そんな程度だ。
「それよりお客さんに何か飲み物をお出しして。カズマ君といったわね。ここには人間が飲み食いできる料理があるから好きなの頼んでいいわ」
「勝手にそんなことしていいんですか?」
 と、アウラが言った。
「私が許します。それに……パンツのまま外に放り出すわけにもいかないでしょう?」
至高の御方のご命令なれば……」
 アウラが不満をにじませた顔のまま引き下がる。代わりに餡ころもっちもちがカズマの対面に座った。
 改めて相手の姿をまじまじと見据えるカズマは驚く。
 直立不動する狐は前の世界ではお目にかかったことがない。確かに獣耳の亜人は居たけれど。
 雰囲気が段違いなのは分かった。
 複数の尻尾。しかし、と素直に思う。
 全体的に美人であると。
「化け物ばかりで驚いたでしょう?」
「多少は慣れてます」
 と、パンツ一丁のカズマは答えた。だが、周りに居たメイド達の険しい視線がとても気になって姿勢が自然と縮こまる。
 パンツの方は見ないで。何かタオルとか貸して下さい、と言いたかった。
 恥ずかしさの為に声が思うように出て来ない。

 アウラによって色々な食事がカズマの目の前に並べられた。それらは地球というか日本で食べた事のある料理に似ている。
「そういえば、アウラは何故、待機しているの?」
ぶくぶく茶釜(ちゃがま)様より、こいつを監視せよとご命令を受けておりまして」
「……ぶくぶくちゃんを怒らせるような事でもしたのかな?」
「それは私には分かりません」
 何度か頷く餡ころもっちもち。
 カズマは緊張していたが相手方の名前に疑問を感じていた。
 アウラが一番マシな名前だという事に。
 自分の仲間にも『めぐみん』や知り合いに『ゆんゆん』なる独特の名前が居るけれど、変すぎやしないか、と。
 それを質問しようとすればメイド達の表情は更に険しくなる。
 それに餡ころもっちもちの表情は人間というより動物そのものに(かたよ)っているからか、いまいち読み取りづらい。というか、読めない。
「ここは異形種が多く住まう世界。周りのメイド達も人間のように見えるけれど全員人造人間(ホムンクルス)。だから、人間である君が珍しいし、異形種の敵対者だから睨んでいるってわけ。理解するのは少し時間がかかるかもしれないけれど」
「ほ、ほむんくるす?」
 名称自体は聞いた事があるのだが、正確な事は分からない。
 人工的に造られた人間の事ではなかったかと必死に頭を働かせる。
「うちは仲間を攻撃する者は基本的に許さない。だから、みんな怒っている。これがシモベ程度ならば問題は無いんだけど……。まあ、そういうわけで現場がピリピリしているわけ。もちろん、君たちにも言い分はあるんだろうけれどね。異形種だから少し人間的な感情抑制がうまく働かない奴が居るものでね。怖い思いをさせる事もあるだろうさ」
 身振り手振りを交えて狐人間は話し始めた。
 声の感じからはとても優しそうな雰囲気を感じる。今すぐにかぶりつくような危険な気配も無い。
 癒し系の声優のような優しさを感じさせる声は黙って聞いていたくなる。
「ほらほら、お食べよ。人間料理ではないから安心しなさい」
「……人間料理?」
 聞き捨てならない言葉につい聞き返してしまった。
 そういえば異形種は何を食べるんだったか、と頭に色々と思い浮かべる。
「ははは。君は保身の為なら頭を回転させる典型的な冴えない主人公だね~。実物を前にすると色々と納得するよ」
 (ほが)らかに笑う狐。
 それは得物をじわじわと狙う狩猟動物の甘い罠ではないのか。
 相手から情報を引き出せるだけ引き出すタイプ。その為なら友好的に振舞う事も辞さない策略家。
 拒否の姿勢を見せると正体を現すような危険性が内包されたような、舌戦ともいえる。
「そういえば、君の仲間のアクアという女性……。どうなってるか見たい?」
「……ん」
「事情を聞くだけだし、暴力沙汰は起きないと思うけれど……。一応、形式的に必要なことなので我慢してもらいたい。誰か、ナーベラルを呼んできて」
「それには及びません、餡ころもっちもち様」
 と、メイド達の間から武装した人物が現れた。
 スカート部分がふっくらと卵型に膨らんでいるが金属製のもので。全体的に黒と銀色で出来た鎧のようなメイド服に見えた。
 胸の部分もはっきりと強調したように膨らんでいる衣装になっている。
 顔は東洋系。黒髪をポニーテールにしていて冷徹な顔でカズマを睨み付ける。
「このゴミを焼却する許可を頂ければたちどころに……」
「物騒なことは無し。それより、映像を見せてほしいんだけど、アイテムと魔法……。どちらが早い?」
「『遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)』は他の至高の御方々が執務室にて使用中でございますので、魔法かと」
アインズさんの部屋を魔法で見せてもらおうか。まだ会議中だと思うけれど」
 狐は服の胸元に手を入れていくつかの丸まった紙のようなものを取り出し、ナーベラルに向かって放り投げた。
「カズマ君は食べていなよ。ズボンが来るまでまだかかるらしいし」
「はい」
 ここは素直に言う事を聞くしか選択肢がない。
 抵抗するにしても人が多すぎる。
 それに現在位置が分からない。
「挙動不審だね、カズマ君。じっとしていられないのも典型的か……。古典通りで感動すら覚える」
 特別な笑い声はしてこないが、仕草や声は嫌いではない。
「そうそう、ナーベラル。スクロールを使いなさい、命令です」
(かしこ)まりました」
「場所はアインズさんが今居る場所よ」
 言い忘れていたので付け加えた。
千里眼(クレアボヤンス)水晶の画面(クリスタル・モニター)
 二枚の巻物を同時に使用する。
 別個に使う魔法と同時に使う魔法。その他にもコストを支払う魔法と色々と存在する。
 全てが同じように使用できるわけではなく、競合すれば無駄打ちとなったり相殺されて消滅したりする。
 魔法を使用する時は使い方次第で様々な戦略が立てられる。

 ナーベラルの魔法により、虚空に切り取られた風景が映し出される。それはカズマの元々居た世界で例えるならば『テレビ』の画面に似ていた。
「おおっ! すげー」
「君の世界にはこんな魔法は無いのかい?」
「似たようなものはあった気がしますが……。魔法は詳しくないんで」
 と、画面に釘付けになりつつカズマは答えた。
 至高の存在の質問に対して無礼な振る舞いのカズマにナーベラルは鋭い目を向けた。
 命令があればすぐに殺してやる、という殺し屋のような殺気を振り撒く。
「音声は?」
「見るだけ」
 カズマの質問に餡ころもっちもちは端的に答える。
 画面の中では体格の良い身体にローブをまとっていて、仮面を着けている人物と兵士達に身体を押さえられている青い髪のアクアの姿が映っていた。
 無罪だと叫んで暴れているのを取り押さえている、という風に見える。
「本来なら何らかの罰は必要なんだろうけれど……。一般常識に当てはめれば君たちの言い分も理解できなくはない。だから、彼には穏便に済ますようにと言ってある」
 街中にアンデッドが居ればビックリするし、よそ者なら討伐しようするのは自然な事だ。そして、それは餡ころもっちもちにとって理解出来ることだった。
 だが、帝国側でのアンデッドこと『ユリ・アルファ』は勤勉で真面目な性格を買われ、子供たちの先生としての仕事に従事していた。
 もちろん、それを許可したのはユリの創造者たる『やまいこ』の夢であり、願いだ。
 それをいきなり妨害されれば怒るのも無理はない。
「……と、モノローグがおっしゃる通りです」
「は、はぁ……」
「いきなり殺しはしないと思うけれど、対価として君達の情報を提供してもらおう。ということであのアクアという人はちゃんと会話できる?」
「アンデッドは見境なく浄化しようとします」
「……筋金入りってわけか……」
 ならば、結果は火を見るより明らか。その言葉が示す通り、アクアが何がしかの能力というかスキルを仮面を着けた人物に放った。
 その様子を見たメイド達とナーベラルが驚愕していく。その中にあって餡ころもっちもちはクスクスと薄く笑っていた。
「……あの子はもしかして、単細胞?」
「おっしゃる通りでございます。知性が残念なんです」
 白い煙を身体から発生させている人物は魔導国の国王だとアクアという娘は知らないのか、それとも教えられて尚の行動なのか。
 正体を感じ取ったとしたら索敵能力は高いはず。
 様々な事が考えられるけれど、直感的ならば納得出来る。
アインズさん、無事?」
 と、こめかみを押さえながら餡ころもっちもちは『伝言(メッセージ)』を使用する。
『びっくりしましたが、ダメージは軽微です』
「それは凄い」
『はい。実力は本物のようです。……ただ、これが本気ならば程度が知れますが……』
「了解。あまり怒らないようにね。帝国内で物騒な装備をさせるわけにはいかなかったんだし」
『……ま、まあ、俺も大人だし』
 外面は確かに大人だ。中身はカズマ並みの冴えない主人公だけどな、と餡ころもっちもちは呆れつつ苦笑する。
 魔法を解除し、改めてカズマを見据える。
 頭から足元まで立派な冴えない主人公だ。これで何らかの機転で状況を覆すようであれば本物だ。
 例えば仲間が怒鳴り込んできたり。
「こちらは話し合う用意があるけれど……。なかなか元気な娘さんで面白いわね」
 自分達と同じ『ユグドラシル』の『プレイヤー』という雰囲気は感じない。
 もし、本物のプレイヤーならば勝てる算段も無く能力を使おうとするのか。
 中にはバカも居ると思うけれど。
 少なくともカズマのような人間はゲームプレイヤーとしては落第点だ。あの世界で生き抜くには覇気が足りない。足り無さすぎるほどに。
 それが自分の役だとして演じているのならばともかく。
 それとも百年前一般プレイヤーとしては上位者だ、という事もありえない事はない、かもしれない。
 時代背景に差があるのであれば相互理解の乖離(かいり)はすぐには埋められないものだ。
 大抵の冴えない主人公は基本的に『凄腕プレイヤー』だったりするらしいし。それでも自分達(ユグドラシルのプレイヤー)からすれば実戦経験の足りないアマチュアのように感じてしまう。

 act 17 

 カズマが餡ころもっちもちの居る『ナザリック地下大墳墓』に連れてこられてすぐに無数の身体検査が(おこな)われた。
 様々な感知魔法を駆使して徹底的とも言えるほどに。
 それで得た答えは敵性プレイヤーとしては未熟というものだった。
 装備品からしてゴミ。
 敵対プレイヤーの疑いは簡単には晴れないけれど、せっかく会えた異邦人だ。色々な話が聞きたい。
 それは素直な気持ちだった。
 行き違いは想定内だが、それは時間が解決してくれる。
「君を拘束して様々な人体実験にする案があるけれど、受けてみる?」
「いえ。勘弁してください。というか、俺は一度死んでいるんで。あまり死にたくありません」
 と、平坦な言葉でカズマは言った。
 それは何もかも諦めた絶望感から出た言葉なのか。
 その喋り方が少しイラつかせるものだったのか、笑顔が絶えなかった餡ころもっちもちの獣の顔が怒りの気配を滲ませる。
「君は……、自分さえ良ければいいタイプの人間かい?」
「俺は平凡な暮らしがしたいだけです。美女に囲まれてお金持ちにもなりたいですけど」
 どうしようもないクズだな、と言いそうになった。
 餡ころもっちもちの知識にあるニートは思っていた以上に駄目な存在のようだ。
 確かに夢のある単語ではないけれど、カズマは酷すぎるのではないか、と。
 特に仲間がどうでもいい、というのは少し許せない。
 主人公特性とか補正を持つなら仲間の事を第一にしてほしい。
 なんだこいつ。なりたくてなったんじゃない、と言い訳する(やから)か、と。
「……へ、ヘロヘロさ~ん。重症患者が現れました~」
「だいたい何の役にも立たない駄女神の為になんで俺が苦労しなきゃならないんですかね。こっちがいい迷惑ですよ」
 と、ブツブツと文句を言い出すカズマに対し、餡ころもっちもちは太古のサブカルチャーはかなり荒んだ代物であると認識した。
 相手を苛々させるのが主流だったのかと思うと頭痛を覚える。
 もう少し機転の利く相手だと期待した自分がバカだったのかもしれない。そう思わせるほどの駄目っぷり。
 見た目には可愛い男の子なのに残念度が凄い高い。
 こうして黙っているだけで勝手に垂れ流される文句は段々と強さを増していく。
「君はアレか? 僕は自分の力でずっと努力してきたのに誰にも誉められた事が無いから妬んでます。世界なんか滅びちゃえって(たぐい)引きこもりっていう種族か?」
ニートは働かなくても生きていける上級職って知らないのか、この狐野郎!」
 カズマの言葉にメイド達とナーベラルから物凄い殺気が吹き荒れた。
 至高の御方に向かって何たる口の聞き方、とか色々と喋りだした。
「あんたこそ至高とか言われて調子に乗るタイプだろ。そういうのに限って何の能力も無くて威張るしか能が無いっていうのはお約束なんだよ」
「……お約束。君から見ると私は雑魚モンスターというわけか」
 ただでさえ鋭い狐の瞳が更に細くなる。
「次なる君の手はあれだな。女だと思って私の下着を奪い取り、油断させようと算段するに違いない」
「……はっ?」
「そういえば、君はゲームで遊んだ事はあるのかな?」
「伊達にニート生活が長いわけじゃありませんよ」
 と、言いながらカズマは相手が自分の思い通りに動いているような気がした。しかし、相手もこちらの動きを察知する鋭さがあるので中々侮れない。
 下着と聞いて興奮した感情が一気に冷めてきて冷静さが戻ってきてしまうくらいに驚いた。そして、冷や汗が流れ出る。
 自分は今、何と戦っているのか、と。
ニートの君にはこんな言い方が好まれるんだろう? 私と勝負して勝ったら見逃してやろう。負けたら全てをよこせ」
「……むっ」
「君は自分の能力に絶対の自身があるはずだ。例えば……、基本ステータスは平均以下だが、幸運の値が飛びぬけて高い。ゆえに相手は油断する……、とか」
 こちらの手段を見透かしたような言動に対し、カズマは言葉を失う。
 正しく、餡ころもっちもちの言う通り、幸運が高いからこそ様々な困難を今まで切り抜けてこられた事がたくさんあったからだ。そして、勝手に勝負を挑んでくる相手に負けたことはない。言葉の通じない冬将軍には負けた気がするけれど。
「こっちが不利だから勝負方法を選ばせろ。……と、こんなところだろう。相手は何せ、カズマ君如きに負けるとは思っていない。そして、カズマ君は負けないだけの理由を持っている」
「……そ、そうだとして、どうするんだよ」
 こちらの手の内がバレてしまうとどうしようもなくなる。
 何か妙案は浮かばないものかと必死に頭を働かせる。
「打つ手が無いから知ったかぶりか? それとも負けるのが怖いのかよ」
「……典型的な定型文(テンプレート)に逆にビックリだね~。……本当に言ってくるとは……、古き良き文化は大切にしないと未来では何も残らなくなる」
 餡ころもっちもちは腕を組んで何度も頷く。
 カズマは知らないけれど、餡ころもっちもちの世界ではニートなどの冴えない主人公の文化は古典文学として伝わっている。
 神話体系をモチーフにしたオンラインゲームが未だに(すた)れないのはサブカルチャーに敬意を表しているからか、運営会社の趣味なのか。歴史から抹消されずに残っているのは世界の七不思議レベルではないか、と。


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17 間抜けな死に方だったらしいです

 身勝手な部分は苛々するのだが、それでも今では貴重な文化遺産となっている過去のサブカルチャーは簡単には消し去れない。
 相手をするのは徒労だと何度も言われたはずなのに、とため息を漏らす餡ころもっちもち。
 興味本位で話しかけた自分が悪いのは自覚している。
 それでも興味はある。
 主人公補正とか主人公特性とかに。
 この絶体絶命の状況を()()()打破する能力があるなら見てみたい。
 単なる想像の産物ではなく、現実の現象として。
 その為にはまだまだ追い詰めないといけないのだが、これは意外と嫌な役回りかもしれない。
 見た目は違えど中身は共に日本人のはずだから。
 それも時代背景の異なる過去と未来の邂逅(かいこう)とでもいうのか。
 そういう平行世界タイムトラベル的な作品の知識が無いわけではない。
 実物にはいつだって期待してしまう。そして、大抵は夢が破れるものだ。
 現実はこんなものだ、と。
「あまり抵抗しないところを見ると……、意気地なし君か」
 抵抗しないというよりは相手の自爆を誘う戦略だと言いたかった。
 大抵の強者は自分の力を自慢したがるものだ。そして、その間にカズマは弱点を探す。
 今まで様々な強者と出会い、苦難を乗り越えたのだから、今回も必死になって頭を働かせている。
 今度の相手は日本のサブカルチャーに精通している。ゆえに色々と対策を練られている可能性が高そうだと思った。
 現に挑発はしてきたが手の内を見せてこない。
 つまり怖がっている、という事か。それとも演技か。
 人間の顔ではないので表情が読めない。
 相手の下着を奪う方法は見抜かれているのか、それともブラフ(はったり)か。
 狐の化け物は妖術使いというのが相場だ。接近戦に弱いかも、と色んな事を考える。
「そういえば、君は一回死んだんだっけ?」
 ふと、思い出したのでカズマに尋ねた。それは本当に気まぐれだった。
「ま、まあ、そうですけど」
「死んで異世界に転生?」
「えっと……、話せば長く……。教えてほしければそれなりの対価っていうものを払ってくださいよ」
 と、途中から尊大な態度でカズマは言った。
 自分ができることは物理的ではなく精神的な攻撃くらいだ。
 カードはこっちにある、と。
「勝手にこんなところに連れて来て脅されて、脅迫罪で訴えますよ」
 そう言った後で餡ころもっちもちの狐の顔が笑ったように歪んだ。
 自分は間違った選択を選んでしまったのではないのか、と背筋に冷たいものが落ちる。
 もしかして、相手の術中にはまったかもしれない。
「脅迫罪か……。それは困るわね。拉致監禁……。まあでも……」
 と、口角を上げる狐人間。
「我々の敵なら殺してしまえばいいだけだ」
「……えっ……。ちょっとタンマ……。えっ、なに?」
 優勢に立てたはずなのにまた劣勢に追い落とされている、と驚愕するカズマ。
 それ以前に自分は何者と戦っているのかを忘れてしまったのか。
 人間ではなく化け物だ。
 前の世界なら魔族と呼ばれる者達と変わらない。
「君の武器はその口先三寸はったりか。伝統に(のっと)ったニートらしい台詞(セリフ)で感動するよ。日本のサブカルチャーは久方ぶりだ。正直、殺すのはもったいないと思うほどに」
 餡ころもっちもちが手を挙げるとメイド達は一礼して少しだけ引き下がった。
「あっ、この画面は消していいよ」
「畏まりました」
 ナーベラルが手を振る仕草を見せるとアクア達を映していた画面が掻き消えた。
「あの仲間は事情説明がちゃんと出来れば解放される。……また暴れそうだけど、その時は拘束されるかもしれないけれど……。さて、カズマ君。相手は実は雑魚モンスターかもしれない。ちょっと奮闘すれば勝てるかもしれないよ。君が持つ奇跡とやらを使えば……」
 座った状態の餡ころもっちもちはかかってこいと挑発する。
 武器が無いし、魔法も低位のものしか使えない状態で勝てるか、と聞かれれば無理と即答する自信がある。
 しかもズボンが無いパンツ姿。これで現状を打破すれば奇跡としか言いようが無い。

 プレイヤーとしての餡ころもっちもちは高位の魔法詠唱者(マジックキャスター)だ。
 もちろんそれなりの物理攻撃も出来るけれど。
 冴えないニートに負けることは無いが、多少は奮闘するふりでもしないと引っ込みがつかない。
 それに殺す事が目的ではないとしても相手の実力の程はどうしても知りたかった。
 それが例え何の力も無い駄目人間でも、と。
 舌戦をそもそもする必要が無いのに(から)んでくる辺り、主人公特性というやつなのか。
 話しかけているこっちにも原因があるけれど。
「……無抵抗だと裸にされてもいい覚悟があると見なされると思うけれど……。何か抵抗の意志を見せてくれたりしないのかな?」
 狐の身体はアバター(仮想分身)なのだが、種族の特性に魂というか精神が引っ張られると言われている。
 餡ころもっちもちは年齢的には大人であり、元々は社会人でカズマと同じく人間であり、性別は()()()女性だ。
 同種の居ない生活はすぐに慣れると思っていたのだが、身体はそうもいかないようだ。
 動物的欲求ゲーム時代では起きないはずだった。それが世界の最適化とやらの影響か、食事睡眠排泄まで出来る。
 普通ならば不可能だ。
 アバター(仮想分身)として生活できたオンラインゲームユグドラシル』は既にサービスを終了している、筈なのだから。
 空腹を覚え、味覚も嗅覚もある。
 仮の姿に過ぎないアバター(仮想分身)は今では自分の本当の身体として機能している。
 ペロロンチーノ達が更に色々な実験をしているらしいけれど、きっとそれは()()()()()()だ。
 生物としての本能が刺激されているせいか、目の前の得物を食べてしまいたくなる。
 もちろん、性的な意味で。
 さすがに人肉食には抵抗があるのだが、ナザリック大墳墓第九階層にある食堂はとても万能だ。
 適切な食事にありつける。それゆえに自制が利く。ただ、それはあくまで食欲の方だが。
 餡ころもっちもちはカズマを眺めつつ口を開けたり閉じたりを繰り返す。
「……獣としての本能に支配されそうね。早くズボンが来ないととんでもないことになるかもしれないわよ」
「とんでもないことって?」
 素で聞き返したカズマに対し、餡ころもっちもちはただ微笑む。
「おっと、うっかり龍雷(ドラゴン・ライトニング)
 という言葉と共にうねる電撃が餡ころもっちもちに放たれた。
 全身の毛が逆立ち、物凄い閃光と火花が飛び散る。
「アバババ!」
「あ、餡ころもっちもち様!? ご無事ですか?」
 身体のあちこちから黒い煙りをあげる狐。
 口からも煙りが出て来た。
「……あ、し、舌がしびび、痺れるわね。今のは誰かしら? ケホっ」
 天井付近から床に静かに降り立つのは光り輝く鎧をまとう背中に羽根が生えた生物だった。
卑猥(ひわい)な展開が始まりそうだったんで」
 人型ではあるのだが顔や手足は動物に近い。
 (くちばし)があるので鳥人間か、とカズマは驚きつつ新たな相手に驚いた。そして、声に聞き覚えがある事を思い出す。
 姿は見えなかったが自分の味方をしてくれた声の持ち主だ。
「ペロロンチーノ様。なぜ至高の御方同士で……」
 メイド達とナーベラルが平伏しながら尋ねた。
 ただ、カズマはまた変な名前だなと思っていた。
「イジメ反対。ただそれだけ。ここはいつから弱い者イジメをするギルドになったんだい? 普通の世間話しをするって約束したじゃないか」
「いや~、古典芸能はついつい興味が湧いて……。突っ込んだところまで知りたくなるじゃない」
「人間はすぐ死ぬから扱いは慎重にしないと駄目なんだよ。それより、たっちさんが剣を抜くところまで怒ってたよ」
「別に暴力は使ってませんよ」
 助け舟が来てくれたのはありがたいが、共に化け物では何の解決にもならない気がした。
 ズボンが来るまで言葉攻めを受け続けるのか、と心配になってくる。
 相手を精神に追い詰めるのは好きだが、逆は嫌だった。
 早く宿に戻りたい、と願った。

 act 18 

 新たな化け物はペロロンチーノというスパゲティみたいな名前だった。
 餡ころもっちもちもそうだが、なぜそんな名前になっているのか。
「特徴的な名前だからさ。別にかっこいいとは思ってないよ」
「私はお菓子が大好きだから」
 素直に教えてくれた。
 聞けば納得出来るものがあるのだが、ネーミングセンスは良いとは言えない。
 これでは紅魔族の人間達といい勝負だ。
 そういえば、あの変な粘体(スライム)ぶくぶくなんとかといったな、と形を思い出そうとしたが不定形の相手は上手く頭に思い浮かべられなかった。
「改めてカズマ君。ようこそ、ナザリック地下大墳墓へ。あと少しでズボンが届くからもう少しだけ待っているといい」
「……はい」
「随分と肩を持つのね。同族愛?」
「折角の異邦人を安易に殺しては勿体ないと思っただけだよ。どうも俺たちとは違う世界の概念があるみたいだし」
「ふ~ん。でも、日本人なのよね?」
転移にも色々とあるんでしょ」
「……そういえば、どうして日本のことを知ってるんですか?」
 と、思い切ってカズマは尋ねてみた。
 いやに自分達の事を知っているようで気持ち悪かった。
「言っても仕方がないと思うけれど、仮説で言えば君たちは過去の日本人で我々は未来人という感じ。こちらの世界はサイバーパンクだけど、君たちの日本は空気が綺麗なのかな?」
「……まあ、ど田舎でしたから空は綺麗でしたね」
 この言葉に餡ころもっちもちは口を大きく開いた。
「うらやましい!」
「はっ? 娯楽の無い日常で退屈でしたけど」
これだからニートは。我々からすれば君たちの生活は夢のようなものなの。恵まれた環境で育っておいて贅沢にもほどがあるでしょ。ニートよ、ニートこっちじゃあ死活問題だってーの!
 テーブルを叩きつつ力説する少し黒焦げの狐人間。
 自分の身体の汚れなど全く気にしていないようだった。
「はっ? ニートが夢のある職業だって言いたいんですか?」
「働かなくても生きていけるんでしょ!? さっき自分でそう言ったよね!?」
 と、言ったところでペロロンチーノが餡ころもっちもちの(わき)をつつく。
「いや、働かなくても大丈夫なのは彼が学生だからだよ」
「はいはい、そうですよ~。それでトラックにビビッて心臓麻痺で死にました~。それから変な駄女神(アクア)に異世界に飛ばされて今に至りま~す」
 やけっぱち気味にカズマは言った。
 女神に責任があるわけではないけれど、死に方が間抜けすぎる。
 そもそもなんで道路に飛び出そうとしたのか、今になって思えば理解不能だ。しかも、心臓麻痺が死因なので家族に合わせる顔もない、恥ずかしくて。
 本当は医療ミスで、もっと間抜けな死に方だったらしいけれど、女神の言う事は当てにならない。どっちにしたって間抜けな死に方だったから、あの駄女神は笑い転げていたのだから。
 限定版の為に外に出たのがそもそもの間違いだった、ともいえる。
 引き(引きこもりの)ニートらしく家に()もる方が安全な毎日を送れたはずなんだ。
 店頭販売のみ限定版なんて出しやがって、クソメーカーが。
 思い出すだけで怒りが湧いてくるカズマ。そして、それを黙って聞いてて言葉を失う至高の御方々
「……つまりあれか? 君たちは転移じゃなくて転生ってこと?」
 と、ペロロンチーノが確認の為に言った。
「まあ、俺の場合ですけど……。(おおむ)ねそうです。他の仲間は転移で合ってると思います」
 面白くない事に関して平坦な喋り方をするカズマ。
「へー」
「死因についてはお気の毒に……。安楽死だったら苦しんだわけじゃないんでしょうね」
「そうらしいですね。リアルタイムでどうなったかなんて分かりませんし」
 ほぼ棒読み気味での説明だが、ちゃんと話してくれるのは意外だと思ったし、色々と不思議なことがあるものだと感心もする。
 とても興味深いのは確かだった。
「もう少し聞きたいところだが……。君をひとり残したままでは尋問とさして変わらない。うちらは敵が多いからね。特に人間種とは何年も戦い続けてきたから」
 ペロロンチーノは手を挙げて周りのメイド達に仕事に戻るように合図を送る。
「……それで俺はここから帰れるんでしょうか?」
「ちゃんと送るよ。死体で、とかは言わないさ」
 死体で、という部分でカズマの身体が軽くはねた。
 絶望に打ちひしがれても生きたい、という気持ちはあるようだ。
 意地悪する気は無かったのだが仲間たちは悪乗りするので申し訳ない気持ちにはなった。
「ナーベラル」
「はっ」
「君も仕事に戻っていいよ。あっちはあっちで面白くなっているかもしれないけれど」
「……僭越(せんえつ)ながら、この下等生物(ダンゴムシ)を無罪放免で解放なさるのですか?」
「なさるのですよ。至高の御方の命令だ」
「……はい。確かに命令を受諾いたしました」
 片膝を突いたままナーベラルはしぶしぶ了承してくれたようだ。それだけで一つの厄介ごとは解決したと言える。
 部下への命令はだいぶ慣れたとはいえ、自分達と違い()()だから困る。
「……あー、男の子の身体~、食いつきたくなるわね~」
「メスの本性が現れ始めた?」
食欲は性欲に通ず。……誰の言葉だったかしら」
 他の男共より目の前のカズマの方が美味しい素材に見えるのは日本人だからか。
 現地の人間であっても同じ反応をしないとおかしいのだが、同郷(どうきょう)の話しを持っていると思うと感じ方が変わるとか。
 そもそもパンツ姿でメスを誘っているのだ。それにカズマは童貞(どうてい)に違いない。
「下は我慢するから上半身だけ()めさせてくれないかな?」
「ひゃあ!」
「……餡ころさん。獣の舌は凶器だよ」
 それは確か猫の舌だったか羊の舌のことだったか。
 拷問の刑罰にそれっぽいのがあったはずだ。
「少なくとも獣系は頑張ればエロい事が出来そうだけどね。あと、性的興奮の果ては捕食が相場だよ」
「……おう、それは困るわね」
 と、身震いしながら狐はカズマから一歩離れた。
 あまり近くに寄ると危険かもしれない。特にカズマの命とか貞操(ていそう)が、と餡ころもっちもちは思って自分から引き下がる事にした。
 確かに獣的な本性が表に出てこようとしているのが分かる。
 そもそもエロい事を目的とした個人設定はしていない筈なのに、と首を傾げる狐。
 世界の最適化がおかしな事態を生んでいるという話しは真実かもしれない。
 食事不要の仲間にはあまり関係ないかもしれないけれど。
「私は少し野山を(第六階層に行って)かけてくるわ、動物らしく」
「行ってらっしゃい」
 複数の尻尾を持つ狐人間は移動する前に身体を洗おうかと思った。黒焦げなので。でも、結局は汚れるからこのままでもいいか、と思う事にして立ち去っていった。
「……そういえば……、ナーベラルは()()()()()()()()()? 確かお前()()()()じゃなかったか?」
 まだ移動の為に残っていたナーベラルに聞いてみた。
 自室にある荷物の整理でもする予定だったのかもしれない。
()()()()()なので問題はありません」
「そうか? 今のところは足手まといになりそうだからあまり前面に出るなよ」
「お心遣い感謝いたします。では、失礼致します」
「じっくり頑張ってくれ」
 ペロロンチーノは去り行くナーベラルに手を振って見送った。
 そういえば、今のナーベラルは弱体化していたんだと思い出す。そして、遠くから観察していたが何故、スクロール(巻物)を使えたのか、と疑問に思う。
 大半の職業(クラス)が消えているはずなので、他に方法があるとすると1レベルしか無い二重の影(ドッペルゲンガー)種族特殊技術(スキル)とかのお陰だったのか。
 それでも成功率はかなり落ちるはず。と、色々と悩みだした。
「……魔法というよりはアイテムの使用だから……、特に問題は無いのか」
 それにしてもNPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)なのにレベルダウンするとは驚きだ。
 それはそれとして邪魔者が居なくなり、カズマと改めて対峙する事になったが別段、苛める為ではない。
 少しの間、会話をやめていると乾燥を終えたカズマのズボンを持ってきたメイドが現れる。そして、それを無言で当人に引き渡す。
 ペロロンチーノはその場で履けと手を出す仕草で促す。

 日本人の男の子。年齢は十代後半。
 典型的というか定型文(テンプレート)的な冴えない主人公っぽい見た目。言動についてはまだ不鮮明だが立派なニート
 服装はジャージに冒険者っぽい外套くらい。武器は携帯していないので宿に置いているのかもしれない。
 ペロロンチーノ達が知る古典文学であるライトノベルの古き良き日本の文化そのままというイメージだった。
 現在(未来世界)ライトノベルは時間つぶし程度だが数少ない娯楽の一つだ。
 百年も経てば名称も変わる。
 現在では『オートテキスト(自動小説)』や『ランダム(オールジャンル)』を冠した面白みの無い代物となっている。
「……化け物ばかりで驚いただろう。これでも中身はまだ人間だと思っているんだがな」
「人間?」
着ぐるみって訳じゃないぞ。そこら辺は君の知らない分野となるだろうね。時代が違い過ぎている様だから。それはそれとして転移の経緯を教えてほしいところだが……。詳しい事は知らなさそうだね」
 ペロロンチーノ達の知識にある異世界転移の情報は『百年周期』だが、カズマ達はその条件に合致しない。
 それはつまり不測の事態で転移してきた新たな来訪者ということになる。
 普通なら敵性プレイヤーでなければおかしいと思うところだが、どうにも自分達とはまた違う概念が働いているように思える。
 そもそも異世界に転移するのに『絶対』という事は無いのだから当たり前だ。
「多くの()()()が影響を受けているのであれば()()()()()()()()()ってことなんだろうな」
 脅かしたり、威圧したりしたお詫びを兼ねてペロロンチーノは独り言を呟いておく。
 本格的に事情を聞くにはまだ時間が必要だ。いきなり拉致して尋問はやりすぎだ。
 普通に話しかけてたら逃げられそうなのだが、スムーズな出会いは意外と難しい。
 大規模なプレイヤー転移であれば脅威だが、今のところナザリック地下大墳墓の情報を持つ異邦人ではない気がする。
 これで偽装だというのであれば凄いのだが。
 それとそろそろ帝国側の尋問の方は終わる頃の筈だ。
 大抵は転移してきてする事は冒険者ギルドに向かう事だ。そして、それは異世界転移お約束ともいえる。
 (あみ)を張る事自体は簡単なのだが、あっさりしている分、微笑ましいと思った。
 未知を恐れる自分達の過去の姿を見ているようで。
「帝国で君達にできそうなのは地味な仕事くらいだが……。戦争とか魔王討伐とかご期待のイベントは無いと思うけれど、のんびりと暮らすといい」
「……イベントが無い、んですか?」
「自分で見つけるしかないね。我々もまだ世界全土に進出したわけじゃないから。ほら、聞いたかな? 南東に亜人の国家があって結構カオスな状況なんだ。そこに行けば戦乱溢れる毎日が送れるかもよ」
 戦乱よりは平穏に楽して金を稼いで静かに暮らしたいと思った。だが、ここにはゲームが無いし、ハーレムっぽいことも無さそうな予感がする。
 前の世界とは違い、いかにも異世界という人種が見当たらない。目の前の化け物達以外で、という意味で。
「ちなみにここは魔導国という我々が作り上げた国だ。興味本位で潜れるナザリック地下大墳墓ではないけれど……」
 と、言ったところでカズマがナザリックという単語に反応しないところから知らない人らしいと思った。
 それはそれで寂しい。
 色々と聞きたいところだがここまでが限界だ。あまり情報提供しても虚しいだけだ。
 次の機会までに友好度を上げられたらいいな、とペロロンチーノは思い、話しを終える事にした。

 act 19 

 今日のところは相手の姿や印象だけで満足する事にしてカズマを地上に返すことにする。
 帝国での立場については穏便に済ませるように国や市民に言っておかないと暮らし難くなる。
 いきなり放り出すのも可哀相だし、と。
 少なくともペロロンチーノは融和を望む。
 それから鳥人間(ペロロンチーノ)の命令で現れた『転移門(ゲート)』によってカズマは帝国に送り返された。
 別にナザリックで見聞きした事を口外するな、という脅しは無く、黙って解放されたのはカズマにとって少しばかり気がかりだった。
 地下空間だと思われる場所から介抱されたカズマは自分が生きていることに深く感謝した。
「あんなのと戦えるのか。絶対無理じゃないか」
 特にこちら側の手の内を知るような相手は苦手だ。
 異世界の生物だから日本カルチャーを知らない。普通ならばそれが強みでもある。だが、今回は相手方も日本カルチャーだかサブカルチャーを熟知している、気がした。下手な小細工が出来ない。
 見た目は化け物なのに。
 それにニート冴えない主人公を良く知っているな、と驚いた。
「……俺一人でどうにかできるとも思えない……」
 味方が欲しい。少なくとも相手の戦力は未知数だ。
 国を作る相手なのだから。

 意気消沈するカズマが宿に戻るとアクアが部屋に居た。
「ねえねえ聞いてよ、カズマ! 魔導国の王様ってアンデッドなのよ。それも飛び切り邪悪なやつ。私のターンアンデッドに耐えうるほどなんて聞いてないんですけど~!」
 と、大きな声でまくし立てる駄女神アクア。
 魔導国の王様がアンデッドでも今なら別に不思議は無いかな、と思わないでもない。それよりもよく無事に解放されたなと驚いている。
「あんなアンデッドは見たこと無いわね。たぶん、リッチーなんか目じゃないほどに。何なのかしら、この世界……。恐ろしくレベルが高そうなんですけど」
 アクア達が居た世界での『リッチー』は最上位の強さを持つアンデッドモンスター。別名には『ノーライフキング』とも呼ばれている。
 どれくらい強いのか、実際に戦ったことの無いカズマには想像も出来ないのだが、とても強いらしいことはよく聞いていた。それより強いアンデッドモンスターと言われてもピンと来るはずも無い。
「それより呼び出されて慰謝料を請求されたんじゃないだろうな? この世界でも借金生活は御免だからな」
「私は女神なのよ。アンデッドの要求を受け入れるわけ無いじゃない」
 と、真顔で言う残念女神。
 それだけで嫌な予感がするカズマ。
「そもそもなんだ、魔導国って。あんなのと戦わないと元の世界に帰れないとか嫌だぞ」
 ペロロンなんとかから帰る時に『我々の邪魔はするなよ』とお約束のような事は言われなかったな、と思い出す。
 あまり警告は受けなかったが感想としては自分達の話しを聞きたがっていた気がした。それをネタにすれば切り抜けられることがあるかもしれない。だが、相手はかなり上手(うわて)だ。簡単にはいかない筈だ。
 それらの苦労を台無しにするのが目の前の駄女神(アクア)なのだが。
「他のみんなが帰ってきたら今後の事を相談しようか」
 周りを見ればめぐみんやダクネスの姿が無い。
 立花という人は自分に出来る依頼でも探しているのかもしれない。
「とにかく今は情報集めだ。魔王軍の襲来とか聞かないけれど……、この世界で俺たちは何をすればいいんだ、そもそも……」
「知らないわよ。ここは私の管轄外だし」
「だぁー、もう! 役に立たない女神だな!」
 こんな調子で冒険が出来るのか。
 前の街よりもレベルが上がってて攻略できそうに無い予感がする。

 午後になり、空が暮れ始めるころに仲間たちが全員集まった。
 その中にはターニャの姿もある。
 共同で宿泊する事で宿代を浮かせている以外に協調性は見られない。
「俺たちはこのままでいいのか」
「いいもなにもアクセルに戻れないのですし」
「そもそもどうして転移したのか。分からない事だらけだ」
 共通している事は何らかの爆発事故に巻き込まれた、というくらいしか分かっていない。
 新しい女神によって別の世界に転移するのであれば分かり易いのだが。
「ここも無数にある異世界の一つかもしれないけれど、アクシズ教団エリス教団が一人もいないのはおかしいわ」
「まあ、それはそうなんだろうけれど……。スレイン法国っていう宗教国家とはどんな国なんだろう……」
信仰系魔法詠唱者(マジック・キャスター)が多く居る。世界に人間の為だけの国を創ろうと頑張っている。そんな国らしい」
 ターニャの知識では自分達以外の人種は皆殺しでいいと思っている狂信的なものに聞こえる。
 実際、スレイン法国は『亜人狩り』の為に特殊部隊を持っているとか。
 ナチス・ドイツのような軍隊を要する国家というわけでは無さそうだが、怪しい国である事は確かだ。
 剣と魔法の世界世界大戦というのは見ものではあるけれど。


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18 本家本元のガングニール

 ターニャ達が一息ついている頃、世界にまたも異変が起きる。そしてそれは静かな変化であるために誰にも気付かれないほどだった。だが、確実に異常事態が起きていることだけは確かだ。
 平原に放り出された形で転がるのは無数の人影。
 一人は銀髪の長い髪を持ち、頭頂部付近には猫科を思わせる耳があった。
 腰の部分には尻尾もある。ただ、それ以外は人間の女性と遜色の無い身体。
 他にも桃色の髪に犬科の耳と尻尾。栗色の髪に栗鼠(リス)の耳と大きな尻尾をそれぞれ持つ人間の姿をした存在が居た。
 更に腰から白い羽根を覗かせているが、それは服装の装飾品で、それ以外は金髪碧眼の女性が一人。
 とにかく、大半が女性。というか生物学的には女という存在だけ召喚されたような状態だった。
 他にも青黒い髪の女性が居た。
 どれも見慣れない服装であり、武装を持っている。
「くっ、なんだいきなり……」
「レオ様……。お側に居るのですか?」
「うちも居るぞ」
「……なんか同じ声の人が居る……」
瑠珈(るか)? あなたも居るの?」
「はい、クローシェ様」
 それぞれ立ち上がり、身体の汚れなどをほろい辺りを見渡す。
 見覚えがありそうで無さそうな雰囲気だった。
「……こんなに広大な土地は見た事がありませんね」
 金髪のクローシェと呼ばれた女性は大きな胸を張り出しつつ一息ついた。
 少なくとも自分の知る土地はとても小さいものだった。それが果てが無いほど平原というのは夢でも見ているのではないか、という事態だった。
「おお、ミルヒにクーベルも無事か」
「な、なんとか……」
「あの猫耳さん、私の声にソックリです」
 と、言ったのは瑠珈(るか)という人間の女性だった。
「なんじゃ、お主らは?」
 白銀の長い髪を軽く撫で付けるのは猫耳の女性。
 目つきがきつく、獰猛な肉食獣を思わせるが顔は人間と大差ない。
 服装は軽装ではあるけれど各所に厚い防具を身につけていた。
 ただ、全員がどこかしらボロボロの状態で何かの爆発事故に巻き込まれたような有様(ありさま)は共通のようだった。
「あら、ほんと。瑠珈(るか)にそっくりね」
「他にも居るかもしれないが……。いや~、しかし。ここはどこなんだ?」
「さあ? 全然、見覚えの無い土地のようです」
 五人の女性達が当たりを見回していると遠くに人影を見つけた。自分達と同じように倒れていたようだ。
「おお、あれはご先祖様ではないか?」
 と、栗鼠の女の子が言った。
「アデライド様か?」
 獣娘たちは早速駆け出す。
 その様子を眺めるクローシェ達。
「どこもゲカしてない、瑠珈(るか)?」
 妹に声をかける優しさでクローシェは瑠珈(るか)の身体を頭から足元まで眺める。
「大丈夫ですよ、クローシェ様」
「……誰も居ない時は呼び捨てでも構いませんのに」
「いやはは……。クセはなかなか抜けないものですよ」
「それにしてもここはどこなのかしら? メタ・ファルスでもソル・マルタでもないのは確かね」
「……延命剤(ダイキリティ)が無い。アイテムとか無くなってます」
「なんですって!? ど、どうしましょう……。まだ猶予はあるはずですわよね?」
「そうなんですけどね~。売ってるかな……」
 クローシェは自分の服を再確認する。
 アイテムらしいものが一つも見つからない。
 あるのは服のみ。
「……あ~、きっとあの料理のせいですわ。変なところに飛ばすほど爆発したのは……」
爆発料理()()()()()()じゃないかな。それより、移動しましょう。とにかく、人の居るところに」
「……お姉ちゃん……。私、泣いていい?」
 クローシェは気弱な声で瑠珈(るか)に言った。
「今だけだよ、聆珈(レイカ)……」
 身長的にはクローシェの方が高いが瑠珈(るか)はそんな彼女を優しく抱きしめる。
 見知らぬ土地に飛ばされて不安になったというよりは自分の想像を超えた現象にただ悲しさを覚えただけだ。
 無くてはならない大事なアイテムが無い今、言い知れない不安が襲ってきている。もちろん、それは瑠珈(るか)にも言える事だ。

 act 20 

 異変はとどまる事を知らず。
 畑に頭から突っ込んだ状態になってしまった()()()が居た。しかも仲良く揃って。
「ぷっはっ! いきなりなんだ、ここは!」
「おう、無事か、雪音(ゆきね)
「泥だらけだけどな」
 口に入った泥を吐き出しつつ悪態をつく白金の髪の女性と青く長い髪の女性は上半身が泥だらけになっていた。
 年齢は十台中盤以降。
「……女性の歳を推定するな」
「大雑把ならいいじゃん。老婆とか言われるよりマシだぜ、先輩」
「ま、まあ、そうなんだがな」
「それにしてもあのバカ(立花)を探していたら、こんなところに飛ばされるハメになるとは……」
「案外、運がいいかもな。立花がここに居る可能性だってある」
「それっていいのか? うちらまで迷子になったかもしれねーのに」
「毒を食らわば皿までという。なるようになるしかあるまい」
 と、古風な言い方をする青い髪の女性。
「……で、隣りに居る人は誰なんだ?」
 同じく田んぼに頭から突っ込んでいた女性が苦笑していた。
「信じたくは無いが……。(かなで)か?」
「そうらしいね。てっきり死んだものとばかり……」
 オレンジ色の長い髪の毛に野生児のような元気だけがとりえの。
「野生児で悪かったな」
「……絶唱(ぜっしょう)を使った後、粉々になって消えたはずなのだが……」
「あれじゃない? 死後の世界ってやつ」
「……笑えない冗談だ」
 だが、しかし、と風鳴は思った。
 確かに死んだ筈の人間が居るのだから死後の世界というのも否定しきれない。という事は自分たちも死んだのかという疑問が湧く。
「泥だらけのままより、出ない? 底なし沼だったらヤバイし」
 奏という女性の言葉に二人共頷き、ぬかるむ畑の中を移動する。
 水田(すいでん)なので歩きにくかった。
「泥って放っておくと固まるから、その時にほろうのが正しいやり方らしいよ」
「へー。……先輩、その人誰なんです?」
「私の前のパートナーだった『天羽(あもう)(かなで)』だ。ガングニールの前の装者だ」
「ってことはあのバカの先輩?」
「まあ、そうなるな」
 天羽は畑から出た後、軽く首を左右に倒しつつ周りを見渡す。
 ここは何処かの畑なのは理解した。そして、とても静かなところだった。
 農村は遠くにあるようだが現在位置が分からない。
「酷い目に遭ったデス~」
「キリちゃん、泥だらけね」
「あら、貴女達も水田(すいでん)ダイブ?」
 と、声をかけてきたのは三人の女性達だった。
「……どうやら確定のようだ」
「あのバカはここに居る。そうじゃない方がおかしいくらいに」
「あ、初めまして、天羽と言います」
「マリアです」
 天羽はにこやかに泥だらけの顔のまま挨拶を交わしていく。
 彼女達に共通するのは首にかけられた『聖遺物』の欠片を結晶体に封入した『アームドギア』を形成するペンダント。
 つまり全員がシンフォギア装者ということになる。
「奏が居るならマリアの妹も居たりするかもな」
「はっ? どうしてそう思うデスか?」
「そこに居る奏は一度死んでいるからだ。こちらの世界で転生しているかもしれない、ということだ」
 死者の国よりは転移とか転生という話しにしたい。そうでなければ自分たちも死人ということになってしまうし、認めたくない。
 仮に死者の国だと仮定するならば未練がたくさんある。
 雪音達も一緒というのが疑問ではあるけれど。
「死人……デスか?」
「人をゾンビのように言わないでくれ。これでも混乱してるんだから」
「でも、セレナの姿は無いようだわ。……死者というのは事実なの?」
絶唱(ぜっしょう)を使って木っ端微塵。私の腕の中で砂と化したところを見ていたのだから確定事項だ」
「あははは。そんなことになったんだ」
「笑い事ではないがな。まずはちゃんと紹介しておこうか」
「あたしは天羽(あもう)(かなで)ガングニール装者だ。よろしく」
 そして、それぞれ自己紹介を交わしていく。
 一応、辺りを捜索してみたがマリアの妹の姿は発見できなかった。

 風鳴(かざなり)(つばさ)。高校三年生。
 聖遺物天羽々斬(アメノハバキリ)』のシンフォギア装者で歌手。
「……こんな簡略化した紹介でいいかな?」
「いいんじゃない。細かい設定を言われても覚えられる自信ないよ」
 天羽(あもう)(かなで)。以下略。
「略……。改めて言うほどでもないか……。翼と組んでた相棒さ」
 雪音(ゆきね)クリス
 聖遺物イチイバル』のシンフォギア装者
 マリア・カデンツァヴナ・イヴ。六人の中で唯一二十歳超え。
「年齢は非公開に出来ないの?」
「マリアさん以外は十台後半ということで……」
「下は十五歳から」
 聖遺物ガングニール』と『アガートラーム』のシンフォギア装者
ガングニールは今は響さんに譲渡したからアガートラームがメインね」
 (あかつき)切歌(きりか)。十五歳。
 聖遺物イガリマ』のシンフォギア装者
 月読(つくよみ)調(しらべ)。十五歳。
 聖遺物シュルシャガナ』のシンフォギア装者
「……切歌デス」
「……緑がキリちゃんで大人しい桃色が私、月読(つくよみ)調(しらべ)です。武器はソーサー」
調(しらべ)ロボも出せたりしま~す」
「あたしは重火器系だ」
 と、雪音は言った。
「私は刀剣で奏は槍。ここには居ない立花は(こぶし)だ」
 風鳴は刀を振る動作で答える。
「で、その()()()()って誰?」
 天羽は新たなシンフォギア装者となった少女の名前は知らないので首を傾げた。
 大事な事だと判断した泥だらけの風鳴はその場に座り込む。そして、全員にも座るように合図した。
「どうせ、汚れている。とにかく、落ち着く意味でもな」
「オーケーデス」
「……この子、日本人なのに片言なの?」
「個性デス。あと……、普通に喋れますよ」
「……ごめん」
 マリアを含めて全員が水田近くの地面に座り込んだ。
 風鳴は正座で天羽は胡坐(あぐら)をかく。座り方については特に言及されなかったので自由に(くつろ)ぐ形となっていた。
「奏のガングニールの破片が少女に当たったことは覚えているか?」
「もちろんさ。ああ、あの子がたちばなって言うのか」
「そうだ。胸に食い込んだ聖遺物が立花と適合して装者となったんだ。それからの快進撃は一日では語れないかもしれない」
「へー。それはすごい。あたしは命削って手に入れた力なのに……。あの子はお(こぼ)れで……」
「嫉妬はみっともないわよ。前任者」
 と、マリアが鋭い目つきで天羽を睨む。
 自分が望んでも手に入らない力を妬むやましさは理解しているつもりだ、と言いそうになるほどの目力(めぢから)を込めて。
「立花さんは確かにガングニール装者になったけれど……」
「まあ、待て、マリア。事情を知らない者からすれば妬んでも仕方が無い。私だって他人に使われれば妬みもしよう」
「……みんな誰か彼かを妬んだ経験者って感じね」
 月読の言葉にそれぞれ身体をはねさせる。
 身に覚えがある光景が脳裏を過ぎったのかもしれない。
 とにかく、色んなことがあったと思い出話しをするような雰囲気になってしまった。

 自己紹介を終えたのだから次に自分達がすべきことは現地調査という事で落ち着いた。
 田畑があるという事は人間が住んでいる筈だ。
 広い水田地帯は全く実に覚えは無いけれど、進むしかない。
「で、ノイズとかどうなったの?」
「ああ、そうだったな。元凶は駆除した。アルカ・ノイズとか出て来たが……。日本での騒動は落ち着いている」
「そうか。思ったより装者が居て安心した」
「……うちら絶唱使っても木っ端微塵にならなかったこと教えた方がいいんじゃないか?」
 雪音の耳打ちに風鳴は苦笑を浮かべる。
 過ぎ去った過去は取り戻せない。それはきっと天羽も理解してくれるはずだと思った。
 装者の命を削る最終手段たる絶唱は立花の機転により使用しても死ぬ危険性はかなり低くなった。それでも莫大な力を生み出す力は今も安易に使えはしない。
「あたしが死んでいた間に何が起きたか、別に無理して言わなくていいぜ。万事解決したんなら、それでいいじゃねーか」
 と、男っぽい喋り方をする天羽。
「貴女がそれでいいなら……。では、人家を見つけましょう。服を何とかしないと」
「でも……。後継者が出来たってのはこそばゆいな」
「奏に負けず劣らずの元気が取り柄という娘だ」
「いいねいいね~」
 さっそく立ち上がる天羽は胸のペンダントを掴んで、そして、気付いた。
「服は再生成した方が楽なんじゃないか?」
「そうなんだが……。風呂には入りたいな」
「この人、意外と頭いいデスぅ」
 豪快に笑う天羽。
 適合係数の少ないものはアームドギアを使おうとするとバックファイア効果を受けると言われている。短時間でも苦痛を感じるかもしれないので使いどころを誤るのは命取りになる。
「安易に使用して取り返しがつかなくなっては困るな。ここは素直に汚れたまま移動しようか。水田に落ちた、という言い訳が出来るから」
「そうかい? じゃあ、行こうか」
「……(おとこ)らしいデス」
「どことなく立花さんに似てるかも」
 泥だらけの女性六人は家を求めて歩き出した。

 広い平野なので人家を見つけるのは簡単だと思っていたが果てが見えなくて挫折しそうになった。
 都市部に住んでいた女性陣はど田舎に驚嘆する。
 敵性体の姿は見えないけれど、人の気配が無い広大な地域というのは新鮮なものだった。
「……あ~もう! どこまで続くんだよ」
「……あーもう。そういう由来で?」
「違うと思うわ、キリちゃん」
「……うん。どう見ても東京じゃないな。こんなに空気は綺麗じゃなかった気がする」
「空気自体は存在するから……。どこかの地域なのでしょうけれど……」
「あたしが空を飛んで確認してきてやるよ。それなら文句は無いだろう?」
 と、雪音が言った。
 飛行に特化したアームドギアを得意とする彼女の意見を認める事にした。
 今は少しでも現在位置を知る必要があった。
「後輩たちは地上を任せるぜ」
「……とは言っても三百六十度に敵影なし。後は地面の下か空くらいだと思うけど」
 暁達の言葉を聞きつつ聖詠(せいえい)を唱える雪音。
「キリター、イチイ~バール、トローン」
 重火器に特化したアームドギアは両手にガトリングガン。背中からミサイルを生成したりする。
 基本武装は銃器が中心の遠距離型。赤を基調とし、身体のあらゆるところが武器庫となった姿をしている。
 装者の意思により形態を変えるため、決まった形は最初だけとなる。
「おー、初めてみるシンフォギアだ。イチイバルっていうんだ」
「奏は私以外は初めて見るものになると思うぞ」
「……あー、そりゃそうだったわ」
 笑いながらも空を飛ぶ雪音から視線を逸らさない。
 自分の居ない間にも活躍する仲間が居たことに安心した。
 絶唱によって死んだ事はほぼ間違いないけれど、せっかく風鳴に会えたのだから消えるまでは付き合ってもいいと思った。
 その前に死んだのが事実だとしても首にかかっているペンダントは何故、()()のかと疑問に思う。
 おそらく使用できる気がするのだが、と。
「畑が広がっているだけで家が全然ね~な。というか、本当にここはどこなんだ?」
 十メートルずつ普通するのだが平野の果てが見えない。
 部屋の他に森が見えているのだが、それも広い。
 道は獣道のような舗装されていないものなら見えている。ずっと長く続いているけれど。
 五十メートル附近でようやく人家が見えてきた。それと人家に向かって歩く人影も発見できた。
「けっこう遠いな、こりゃ」
 スカート部分から火を噴きながら観察を続ける。
 上空に居るけれど攻撃の気配は無い。
 それどころか電線やら戦闘機の姿も無い。

 一旦着地し、人家の方向を伝える。
 およそ目算で十キロメートル以上はあるかもしれない。それほど広い地域だった。
「……ヒール()で長距離は辛いわね」
「なら裸足(はだし)で行こうぜ。平野だし、かえって安全じゃねーか?」
「小石を踏むと痛いデス」
「靴擦れよりはマシかもしれないな。それとも先輩であるあたし達が後輩共を担いで移動した方が速かったりしてな」
「それでいいならガングニールを使ってもいいぜ」
「現場まで遠いのならば仕方が無い。しかし、奏……。大丈夫か?」
「そんなのやってみなきゃ分からねーだろ。ほら、後輩共。うまくいったらあたしに感謝しろよ」
「もちろんデス」
「よろしくお願いします」
「そっちはゾンビ先輩に任せた。こっちは二人でマリアさんを担げばいいのか?」
「そうね。おんぶの方がいいかしら」
 現場まで歩き続ければきっと靴擦れで血だらけになるか、歩けなくなってしまう。
 乙女の素足はそれほど丈夫ではない。
「ガトゥランディス……」
「それ絶唱デース!」
「ああ、間違えた。わりぃ、わりぃ」
 絶対にわざとだ、と声には出さなかったが風鳴は呆れてしまった。
 賑やかな仲間というのは悪い気はしないが、意外とまとまりがないものだなと思った。
「では、改めて。本家本元のガングニールの雄姿を見せてやる。……クロ~イツァル、ロ~ンツェル、ガングニール、ヅィ~ル
 天羽のアームドギアは立花のオリジナルともいうべきもので上半身はオレンジ色。下半身は黒い肌に張り付くような衣装だ。
 両腕に装着されるガントレットは立花と同一だが、彼女の場合はその二つのガントレットを合わせて槍状に変化させられる。それこそがガングニールの真の武装ともいうべきものだった。そして、それはマリアがまとっていた黒いガングニールと呼ばれるものにも酷似している。
 マリアは基本武装は立花と天羽と同じだが変幻自在の黒いマントが付属している。
「おお、ちゃんと装着できたぜ」
「無理はしないで」
 かつての仲間に風鳴はしおらしく声をかけた。
 今でこそ気丈に振舞っているが元々は姉御肌(あねごはだ)の天羽に助けられていた娘だった。
ノイズ戦じゃないんだ。心配は要らない。さて、ガキ共。しっかりお姉さんに捕まってろよ」
「了解デ~ス」
「じゃあ、こっちも行きますか。ほら、先輩。余所見してないで」
「あ、ああ。分かった」
 普段とは違う一面が見れて雪音は驚いていた。
 冷やかそうものなら後で手痛い仕返しを受ける気がしたので黙っていた。
 今のしおらしい姿を是非とも立花にみせてやりたい、と心に思うにとどめた。
「イミュ~テ~ウス、アメノ~ハバキリ、トローン」
 風鳴は青を基調とするシンフォギア。基本武装は刀剣類。そして、両足には翼状の刃物が付属していて開脚し、回転させることにより敵を切り裂いていく。
「まあ、女の子が大股開きで戦うのはちょっとどうかと思うけどね」
「そういう戦い方なんだからっ!」
「確かにあの体勢を恥ずかしくもなく出来るのは翼しか居ない」
 と、真面目な顔で言うマリア。
 苦笑しながら天羽は暁と月読を脇に抱え、風鳴はマリアを背負った。
 残った雪音は道案内となる。
「結局、変身したからだいぶ汚れは無くなったな」
「結果オーライでいいじゃない」
 仲間を抱えて目的地まで跳躍(ちょうやく)する。
 普通に歩くよりも速いが街中では目立つ行動は禁止されている。もちろん不測の事態は隠蔽作業をする組織に任せていたのだが、その組織とも今は連絡が出来ない。
 組織といってもノイズという人類の敵と戦い、災害現場での救助活動が主な任務だ。
「それにしても戦い以外でギアを使うとは思ってもみなかった。こんなに飛べるもんなんだな」
 一階の跳躍で百メートルは簡単に進められる。
 高さも数十メートルと簡単に到達できる。
 敵を倒す以外に力が使えることは悪い気はしない。特に人助けに関することは。
 それでも身体にかかる負荷はひしひしと感じるのであまり長くは使えない、と天羽は思う。

 無理矢理適合係数を引き上げて手に入れた力なので定期的に投薬を受けなければならない、ということを思い出した。
 その手段を手に入れることは無理かもしれない、と思いつつ惜しみなく力を使うのは後先考えていないバカな人間くらいだ。
 一度は死んだ身だ。行けるところまで行くのも悪くは無い。後継者が居るようだし、と楽観的な思考が出来る事を今は素直に感謝した。
 十回近い跳躍の果てに家が集まった集落が見えてきた。
 そのすぐ手前では何人か歩いている人影が見える。
「合流するか、通り過ぎるか」
「休めるところを確保した方がいいでしょう」
「了解」
 風鳴の言葉に天羽は素直に従う。
 手を振る仕草が見えたが今は笑顔だけ向けて集落を優先する事にした。特に周りに異常な気配もなかったので。
 天羽たちがたどりついた先は小さな農村そのままの姿だった。
 小さな柵で囲われて土がむき出しの地面と簡易的な建物がまばらに建っていた。
「……古風な農村のようだが……。このような場所が存在するのだな」
「近代社会から取り残されたような風景ね。とにかく、進みましょう」
 村人と思われる人間は見慣れない汚れた服装だった。
 おしゃれなどと無縁の生活をしているようなホームレスという印象を受ける。だが、家はあるようだからただの貧乏人か。
 とにかく、そういう貧相な感想しか出て来ない雰囲気がある。
 それぞれ変身を解いていくと天羽だけ両足が震え始めた。
「……あ~クソっ、運動を怠ってたせいか……」
 その場に膝をつく天羽。準備運動もろくにしていないし、死んでから随分と日が経ちすぎていた事も原因なのかと疑問に思う。
「奏……。無理しなくていいから」
「もう歳なのかな」
「まだ二十歳前だったでしょう。今は私の方が年上だったはずよ」
 天羽に自分の肩を貸す風鳴。
 吐血はしないようだが、無理を押しているのは目に見えて明らかだった。
 天羽を担ぎ上げようとした時、嫌な音共に身体にかかる負担が軽くなった。
「えっ?」
「あれ?」
 風鳴と天羽とは互いに視線を交わして小首を傾げる。
 そして、叫びだしそうな声を必死に塞ぐ風鳴。
 異変に気付いたマリアは暁と月読の口を塞ぐ。
「大丈夫。無理して見ては駄目よ」
 暁たちの顔を逸らすマリア。
 的確に行動し、事態の鎮静化を図ろうとするのだが気持ちの中では誰もが叫びだしそうな気持ちになっていた。
 冷静でいられる者は居ない筈だ。それでも雪音も自分で口を塞ぎつつも状況を理解しようと務めた。
「いや~、もげちゃったね~。こりゃビックリだ」
 暢気(のんき)に笑う天羽。
 風鳴に掴まれた腕は肩口から千切れてしまった。
 血は垂れてはいるのだが吹き出すことは無かった。
 無理に引き千切ったわけではない。それがどうしてこうなったのかと風鳴は自己分析しようと務めたのだが混乱してくる頭では考えがまとまらない。
「落ち着きなよ」
「………」
 口を押さえたまま頭を激しく左右に振る風鳴。涙目になっていて今にも泣きそうになっていた。
「死人というのは存外、正しかったのかもね。そりゃあ、脆いはずだわ」
「……先輩のバカ力という線はねーのかよ」
「無いね。翼はパンチ力の無い子だ。刃物を得意とするんだぜ。少ない力で敵を切り裂く事には特化してても打撃力は心許ないはずさ」
「そうでもねーけど。あんたがそれでいいなら、そういう事にしといてやるよ」
 似たような喋り方の雪音が答えていたが死人という線は自分でも荒唐無稽だと思っている。
 それに暁達二人を担いで農村まで平気だった。
 変身が解けて身体が一気に脆くなった、というのならば納得出来そうな答えだ。
「指は動くし、足も麻痺しているわけじゃないようだ。まあ、そういう事もあるさ。もげた腕は繋がるかな?」
「病院が近くにあるとは思えないし……。あのバカみたいに暴走状態になって再生するとか起きないと……」
「それは立花だけの特性だろう。そもそも再生などありえない」
 ありえないが自分(風鳴)もこの目で確認した。
 立花の能力は不可解な点が多く、未だに解明に至っていない。
 人間と聖遺物融合体の症例は風鳴の知る限りは立花ただ一人。


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19 邪魔な尻尾は斬った方が早い

 天羽(あもう)を救える方法があるとすれば『LiNKER(リンカー)』と呼ばれる薬品のみ。だが、それは激しい戦いの内で製作者を失い、手に入れることはほぼ絶望的。
 残っている在庫が確認出来たとしても多少の延命に過ぎない。
 だからこそ、手の施しようがないと認めざるを得ない。
 風鳴(かざなり)たちは敵を討つ(つるぎ)であっても人命を救う研究者ではない。
「もげたのは左腕か……。存外、意外と痛くないもんだね」
「ショックで痛みを感じにくくなっているだけかもしれないぞ」
「そうかな? 痛みは共通のようだけど……。確かにショックで脳が痛覚を遮断してるのかもな」
 血は今も流れている。残った手足は震えていたりするけれど麻痺状態ではない事は確認出来た。ただ、足の方は動くだけで力を込め難くなっている。
 肩口をつつくと多少は痛いのだが、激痛というほどでは無い。
 マリアは自らの服を破り、止血を試みる。だが、それで止められるとは思えないが多少は希望にすがりたかった。
「ありがと」
「……いいえ」
「もげた方は捨てていくわけにはいかないよね」
 しかも村の入り口だし。
 もう一度、変身して再生成を試みるのも悪くは無いかもしれない。けれども、更に身体が脆くなるかもしれない危険性もある。
 分の悪い賭けは嫌いではないが、友人の悲しい顔は見たくないと思った。
 それよりも今のままだと髪の毛や歯が抜けたり目玉が落ちるような気がして怖くなってきた。
 特に鏡で自分の顔を見て絶望するのは怖いなと。
 自分が死人であれば今更な話しだが、ちゃんと恐怖する気持ちがあるのは生きている人間という証しなのか、それとも生前の残滓なのか。
「おっと、屁が出た」
 それも可愛く『ぷう』という小気味良い音だった。
「ぷっぷふ……。こんな時にか」
「存外、死人というのは眉唾かもしれないぜ」
「……ぞんがいが口癖デスか?」
「……キリちゃん。個性は大事よ」
「さっき絶唱(ぜっしょう)を歌ったせいでは?」
絶唱って全部歌わないと駄目なんだろう? ならセーフじゃねーか」
「それは(かなで)の都合じゃない。本当に関係してたら笑い事じゃないんだけど」
「それはそれとして……。あたしはここから動けない気がするんだよね。足が震えたままだし。立とうとするとポッキリ行きそうで」
「試しに身体が(もろ)いか確認しようぜ」
 と、雪音(ゆきね)が言い、千切れた腕を指でつまんで引っ張ってみたり、髪の毛を引っ張ってみたりした。
 本当に脆い身体なら肉体そのものが千切れやすくなっている筈だ。それなのに身体の大部分は健在で天羽は吐血せずに喋り続けている。
「いてて……。髪は無事そうだね」
「腕の筋肉などもしっかりしてる。……やっぱり先輩のバカ力だったとか?」
 腕を地面に叩きつけても指が千切れることは無かった。
 間接部分はどうなのか、と確認する作業がとても残酷だった。
「ああ、あたしの腕を好き放題に……」
「いいじゃねーか。もうもげたし。たぶん接合は絶望的だ」
 保存する手段も無く、長時間放置した肉体は接合し難くなる。仮に出来たとしても体内に毒素が入りやすくなるので長期入院や投薬が必要になる。
 人間の肉体は切り離された時点で別物と判断されるようで、現代の医療技術を持ってしても接合手術の成功例はそれほど高くない。
 もちろん、迅速な対応であれば成功率は高くなるけれど。
「せっかく生き返ったのに……」
「たまたま腕だけだったのかもしれないわね。見た目の血色も特に変化は無いようだし」
 とはいえ、(あかつき)月読(つくよみ)には見せられないけれど。
 彼女たちは村に向かってもらい事情説明などを依頼しておく。いつまでも現場待機では居心地が悪い筈だ。

 二人が村に入る頃、追い抜いた人影が追いついてきた。
 それぞれ見たことも無い服装というか武装だったのでマリアは自然と身構える。
 相手は人間の他に猫耳や尻尾のある者が居た。
「……随分と変わった格好ね……」
「おいおいコスプレ会場かよ」
「そこのあなた」
 と、威厳のある言葉で言ってきたのは金髪碧眼で腰から白い翼を生やしたような胸の大きな女性だった。
 彼女の声に聞き覚えがあったのか、風鳴と雪音は更に警戒する。
「ふぃ、フィーネ!?
「……いや、声は似ているが……」
「貴女達は村人かしら? ここが何所なのか教えてほしいのだけど」
 腰に手を当てて臣民に問いかけるような態度に雪音は顔をしかめる。
「そんなのあたしらも知らねーよ。さっきついたばかりだからさ」
「じゃあ、村人では無いというのね」
「そうだけど。まあ、質問なら入っていけば? 奥に進まないと村人に会えないと思うぞ」
「分かりました。すみません。では、失礼します」
 と、後ろに居た青黒い髪の女性が何度も頭を下げてきた。
「その方……、物凄いケガをしているようですね」
「ケガというか腕がもげてるな」
「……セレナの声にソックリ……。まさか犬耳に転生したの!?」
 聞き違いでなければ桃色の髪の女の子の声は間違いなくセレナの声に似ている。
 やはりここは死者の世界なのか、とマリアは不安になってきた。
「犬耳って……。どうせコスプレだろ、こいつら」
 髪の色も派手だし、尻尾も付いているけれど顔はどう見ても人間だ。
 勝手に動いているようだけれど今時のコスプレでは不可能ではない、気がした。
「こすぷれ、とはなんじゃ?」
 背は低いが尻尾のボリュームが凄い栗鼠(リス)のような姿の人物に雪音は驚く。特に尻尾に。
 立ち話しをしていても仕方が無いので中には居る者はさっさと行け、と促す。
 けが人が気になる人だけ残るように言っておいた。

 act 21 

 天羽の付き添いに風鳴がつくことになり、残りは村に入り情報収集する事にした。
 極端な出血量ではないのですぐに貧血になる恐れは無さそうだが、早い応急措置は必要だ。だが、この村に医療設備は無く、都市部までは数日かかると言われた。
 村の名前は『カルネ村』といい、大農園の製作の為に多くの村人が出払っていた。
 現在、残っているのは小さな子供と年寄り連中くらいだった。
「聞いた事ないな」
「ここしばらく様々なお客さんが来ますが……。皆さん、一様にそうおっしゃいます」
「ということは頻繁に異邦人が来るって事か?」
「……この村だけなのかは分かりませんが……。都市に移動しようにも馬車は全て出払っておりますので。……あ、そうじゃありませんね。えっと……」
 似たような質問が多かったのか、惰性で喋ってしまった事に村人が混乱し始めた。
 異邦人といっても数百人規模の団体ではなく、大抵が都市部に向かったり、冒険者ギルドに用があるものが多かったためだ。
 村の人口は二百人近くなのだが、今日は朝から若者が出払い五十人にも満たない状況になっていた。
「いや、村のことはどうでもいいんだけど……」
 現在位置の把握とこれからどうすればいいのかの確認だ。
 食事も大切ではあるけれど。
「そうですね……。まずは風呂の準備でしょうか。宿泊なさるならば……。どうしましょうか」
「我々はどこでも構いません。急な来訪をお許し下さい」
 と、犬耳の女性が丁寧に対応した。
 腕を組んで仁王立ちするような者が二人ほど居たが。

 残っている村人により、天羽の簡単な処置が行われた。
 傷口が見えないように覆ったり、千切れた腕を布に包んだりする程度だが。
 そして、問題の彼女(天羽奏)の移動だがゆっくりと大勢で持ち上げれば特に問題は起きないことが分かり、時間をかけて移動させた。
 足の震えで思うように動かせられなかったようだが、触れられる感覚はいつもと変わらなかった。
「そんなケガで平気というのも凄いね」
「痛いことは痛いんだけど……。つねられている程度の痛みなんだ。麻痺しているのか、不思議だよ」
「高位の信仰系魔法詠唱者(マジック・キャスター)が居れば治せるかもしれないんだが……。村には居ないからね」
「村長に頼みたくてもバハルス帝国に行っちまったからな……」
 聞いた事の無い国名に風鳴は首を傾げる。
 少なくとも自分たちが住んでいた世界において帝国というものは聞いた覚えがない。
 あるとしても歴史の教科書などにあるオスマン帝国とかだ。
 カルネ村という名前から外国であるのは分かってきたが聞き覚えのない地域に風鳴のほかにも首を傾げていた。
「異世界ということか!?」
 と、マリアが驚愕する。
「なんと荒唐無稽な!?」
「あ、いや、先輩。うちらも随分と荒唐無稽だと思うぜ。こんなことの一つや二つは平気だと思ってたけど……」
マンガで読んだ事ある」
アニメでも」
マンガアニメとは違うと思うのだけれど……。もし、それが事実だとすれば……。どうなるのかしら?」
「元の世界に戻るには大ボスを倒す必要があったと思うデス」
「大抵は何者かが私達を召喚するから、その人を探すといいはず」
 その肝心の召喚主に心当たりがある者が誰も居ない。
「くっ、打つ手なしか!」
 早速諦める風鳴。
「それより眠くなってきたから、みんなは別の部屋で相談してくれないか?」
 しかも、ただでさえ狭い部屋に押し込まれているのだから、と。
 風鳴を付き添いに残してマリア達は部屋から出る。
 荒唐無稽な出来事に対して自分達にできることは原因の究明だ。

 村人が用意してくれた風呂場に身体を洗う為に順番待ちする事になったが後から来た異邦人と合流する事になった。
 カルネ村には冒険者の宿泊施設が設置され、大勢の客人対応が出来るように色々と用意されていた。
 本来なら使用料を徴収するのだが、異邦人に対しては助け合いの精神が適応される。だが、それでも大勢の来客には驚いた。
 たとえ百人の異邦人でも受け入れ可能ではあるけれど慣れない対応に村人は苦慮していた。
「都市部に比べれば狭いかもしれませんが、どうぞごゆっくり」
「ありがとうございます」
 立派な温泉施設ではないけれど二十人規模が入れるほどには広い。
 基本的に集団行動する冒険者が多いので。
「あんまりはしゃぐなよ」
「もちろんデス」
「タオルとか無いのかしら?」
「村だぞ。冷水じゃなかっただけマシだろう。石鹸くらいは……あってほしいところだ」
 シャンプーリンスは無かったが備え付けの石鹸はあった。
 蛇口らしいものは無く、湯船から持ってくるタイプのようで、それぞれ顔を青くしていた。
「なんと原始的な!?」
異世界の風習は基本的に中世ヨーロッパと相場が決まってマス。これくらいは当たり前」
 実際に中世ヨーロッパの風呂事情は誰も知らないけれど。
 必要な湯を桶に入れて身体を洗い始める。
 不便なことが多いけれど、髪の毛に詰まった泥は真っ先に取りたかった。
 背中を流し始める頃に、新たな入浴者が入ってきた。
「全員すっぱだかじゃな。あっはっは」
 豪快な笑い声を響かせるのは白銀の猫耳女。娘というには歳が上のような気がした。
「尻尾がくっついているデス」
「わしの自慢の尻尾が珍しいか?」
 身体は人間。尻尾と耳だけ獣というのはおかしなものだと雪音は思う。そして、最近のコスプレはレベルが高いなと。
 栗鼠の子供も入ってきたのだが、ボリュームのある尻尾をつけたまま湯船に入ろうとした。
「おいおい、さすがにコスプレしたまま入るのはマナー違反じゃねーか。それ取れよ」
「なにを言っとる。これはうちの尻尾なのじゃから取れるわけがない」
立花(たちばな)さんに声がそっくりね」
「何やら似た声の連中と出会うのが多いようじゃな」
「ささ、クローシェ様。足元に気をつけて」
「さすがに一人でちゃんとお風呂に入れますよ。しかし、タオルが無いのは不安ね」
 桃色の空間が増えていき、賑やかになってきた。
「尻尾が取れないってどういう事だ」
「じゃから、これはうちの尻尾なのじゃ。お主は何を訳の分からんことを言っているのじゃ」
 聞けば聞くほど似ている声。
 ついつい頭を叩きたくなる。
 ついでにマリアは桃色の髪の女性の声に物凄く親近感を抱いていた。
「ご先祖様、こやつを退治して下され」
 瞳に星を宿す胸の大きな大人の女性は満面の笑みを浮かべていた。
 見知らぬ人間達と裸の園の風景を見て。
「それよりも『こすぷれ』とは何なのです? 私が居た時代には無かった概念なのですが……」
「コスプレっていうのは……。変装の(たぐい)だ」
「人間が動物の真似をして楽しむものです」
「……コスチュームプレイってやつデス」
「ああ、衣装替えの事ね」
「……つまりうちは動物の衣装を来た人間だから脱げと?」
「それ以外に何があんだよ」
「……我々は動物なので脱げないんですよ。耳も尻尾も自前です」
 苦笑しながら犬耳の女性は言った。
 銀髪の猫耳が耳や尻尾を引っ張るように命令してきた。
「接着剤という線もあるので、斬った方が早いデス」
「……なんと恐ろしい事を……。わしの自慢の尻尾は切らせはせんぞ」
 全身に悪寒を走らせて尻尾を守る猫耳の女性。
異世界ファンタジーに獣耳は普通か?」
「耳の長いエルフが居るし、獣人という線も……。でも、獣っていうよりコスプレと言われても仕方がない」
 冷静な月読に対して獣人達は苦笑した。
 どんな言い訳でも通用しなさそうな気配を感じたので。
 もっと詳しい人間が居ればいいのだけれど、お互いに疑心暗鬼になって身動きが取れなくなっていた。
「それはいいから、早く温まりましょう」
「……ま、まあ今回は諦めるが……」
「世界が違うというのは難儀するものじゃな」
「……そういえば、皆さんも他の世界から飛ばされた、みたいな人達なのですか?」
 自分達とは違う人種なのは確かだが、そういう偶然が頻繁に起こるものなのか、と。
「飛ばされた、という点では正しくその通りじゃ。……お主らもか」
異世界召喚の儀でもない召喚というのは……。この世界そのものに呼ばれたという線ではいかがでしょう?」
「会議は後にしようぜ。湯冷めするからさ。まあ、とにかく、温まろうぜ」
「動物の皆さんは身体を洗ってからデス」
「はい」
「……今、物凄い偏見に聞こえたんじゃが……」
「そういう事もありますよ」
 女性陣の話しが一段落したところで身体を洗ったり、湯船に深く浸かったり、双方ケンカする事無く過ごした。
 猫耳は本来人間の耳があるべきところには何もない事が判明し、一同が驚愕した。
 産毛に覆われているが触っても何も出てこなかった。
 ただ、猫なのに肉球が無いのが不満だったようだ。もちろん、足の裏にも無し。

 act 22 

 風呂上りにタオルで水気を取り、村人が用意した簡易的な衣服をまとう。
 自分達の服は洗濯中であるのと破損中であるのがあり、次の日までは着ることができなくなった。
 壊れた鎧などは処分するしかないけれど、替えの着物が無いのでどうしようかと悩みだす。
「……服が無いまま旅をするのは困るな」
「お金もありませんし」
「ここは現地調達ですわ。多少は労働をして資金稼ぎもありかもしれません」
 獣人達が話し合っているところに雪音達が訪れる。
「同じ境遇かどうかの確認がしたいんだけど、いいかな?」
「構わん」
 椅子にどっしりと構える猫耳の女性。
「自己紹介は不要だな」
「……こちらはお主達の事は何も知らないぞ」
「あれー、てっきりモノローグが紹介済みかと思ったんだけどな」
 暁達は村人が用意してくれた椅子を持参してきた。
「では、人間代表として……。私は『アデライド・グランマニエ』と言います。あと、勇者なのです」
 金髪碧眼で瞳の中に星の模様があり、背が高く胸の大きい大人の女性だった。
 女性陣の中では一番の年上かもしれない。
「へー」
 興味無さそうに雪音は聞き流した。
 それを見て暁達は最低な人間を見るような目で雪音を睨むように見つめた。
「我々はメタ・ファルスというところから来ました。『瑠珈(るか)・トゥルーリーワース』です」
 青黒い髪の女性は丁寧にお辞儀する。見た目には十代後半。
「『クローシェ・レーテル・パスタリエ』よ」
 胸の大きい金髪碧眼ではあるけれど態度が尊大だった。常に臣民に命令する立場の高貴な存在だったのではないかと思わせる。あと、腰の翼がなくなっていた。
「あれは服の装飾品です」
「……本当にフィーネの声に似てる……」
 暁と月読も頷いた。
 彼女たちもフィーネという女性の声に聞き覚えがあったがマリアは首傾げていた。
「改めて初めまして。我々はフロニャルドという大陸から来ました。私はビスコッティ共和国の領主『ミルヒオーレ・フィリアンノ・ビスコッティ』と言います。十四歳です」
「年齢も公開しなければならないの!?」
 と、クローシェが驚きの声を上げる。
「見た目で勝手に判断するから好きにすればいい。一歳違いなんて分からねーし」
「わしはミルヒと同じフロニャルドの者でガレット獅子団領国の代表領主『レオンミシェリ・ガレット・デ・ロワ』じゃ。あと十六歳」
「言い方がババ臭いデス」
「二十歳過ぎかと思った。貫禄あるな、お前」
「伊達に領主をしている訳ではないからな。この喋り方は自然と身に付いておった」
 確かに耳で聞く分には瑠珈とレオンミシェリは似ている。同じ声と言ってもいいくらいだ。
 とはいえ、共通点が声だけというのは安易過ぎる気がする。
「うちは『クーベル・エッシェンバッハ・パスティヤージュ』なのじゃ。領主見習いで十二歳なのじゃ」
「……聞けば聞くほどあのバカに声がソックリだ」
 雪音達も自己紹介をしていく。そして、終わったところで風呂から上がったばかりなのか、身体から湯気が立ち上る風鳴が現れた。
「お待たせ~」
「こちらも声が似ているな」
リコッタナナミにそっくりです」
 と、ミルヒオーレが手を合わせて喜びの為に尻尾を激しく動かした。
「似た声が色んな世界に居ると親近感が湧くな」
「そこの御仁だと……ダルキアン(きょう)か」
 レオンミシェリはマリアに向かって言った。しかし、マリアの方は全く知らない名前なので首を傾げた。
「そこの二人は全く聞き覚えが無い」
 マリアは風鳴にミルヒオーレ達の事を伝えた。
「もう一人の(かた)は無事なのかや?」
「ええ。ケガ以外は普通で熱も無く、食事もちゃんと食べていたわ」
 片腕なので風鳴が食べさせていた。
 元々が死人だから、という安易な結論は出したくない。
 天羽の事はおいおい考える事にして今は目の前の問題に集中する事にした。
「違う世界の来訪者か……。それでは共通点どころではないな」
「でも、日本の方とは接点はありますよ」
「はっ?」
「こちらのご先祖(アデライド)様は元々、地球からいらしたのじゃ」
 と、クーベルに紹介されたアデライドは苦笑する。
「ふふふ。中世の田舎フランス人ってところかしら。彼女達の世界(フロニャルド)に召喚されたのがきっかけなのです」
「今度は我々が逆に召喚されたってことかもしれませんね」
 ミルヒオーレの声が妹に似ているせいか、マリアは邪魔せず聞き入りたい気持ちになっていた。たとえ似ているだけだとしても。
「今頃、三国の領主が消えて大慌てでしょうね」
「……彼らに任せるしかあるまい」
「ついでにあたしらも元の世界に戻してもらいたいもんだ」
「うむ。それも検討はしておこう。地球の人間には恩があるからな」
「ミルヒ姉の召喚魔法とかでは無理なのかや?」
「何所でも出来るわけではありませんからね。タツマキ達も居ませんし」
「こちらも手段を失っている」
「それも大事だが……。立花の捜索もしなければ」
「あ~、そうだったそうだった。忘れるところだった。あのバカを見つける仕事もあったっけ」
 クーベルの声を聞いているとどうでもよくなってしまったのは事実だ。
 ついついこいつ(クーベル)でもいいか、と思ってしまった。
「折角の異世界なのに冒険しないんデスか?」
「遊びに来たわけじゃないんだぞ」
「元の世界に戻れるまでは結局、冒険することになると思うぜ、先輩」
「大ボスを倒さなければならない時に武器なしで挑むのは自殺行為です」
 どのような方法だろうと様々な事態に対処するのは自分にとって大事なことは理解している。だが、現実問題として想定の範囲を超えてて風鳴は頭の中での整理がつかなかった。
 天羽のことも心配だし、立花の捜索も重要だ。そして、それらを成し遂げて元の世界に戻れなければ意味が無い。
「家に着くまでが遠足と言うじゃないか」
「いいこと言うデス。けっこうお約束を無視してたクセに」
「はっ!? お約束なんざクソ食らえだ」
「……貴女は口の利き方を直さないと損をすると思う」
 あまりにも口汚いので。
 確か有名な音楽家の娘ではなかったか、と風鳴も呆れてきた。
 雪音クリスという名前の動物園で飼育されていた猿と間違えているのでは、と錯覚しそうだ。
 いや、猿を養子に迎えたのが事実なら。
「……あたしは人間だ」
「……と思い込んでいるお猿さん」
「ああっ!?」
 凶暴性は正しく野生のチンパンジー。
「……くっくく……。とにかく、うっくく……」
「なに笑ってんだよ。……なんか、恥ずかしいじゃねーか」
「すまん。雪音はもう少しお淑やかにしない……。それで、今後はどこへ向かえばいい? 近隣の町か?」
 ニヤケ面のまま話しを進める風鳴。
 思っていた以上に面白い想像になってしまったらしい。

 村に立花という女性が居ないのは確認した。
 自分達と同じように尋ねに来た冒険者の中にも特徴的な女性は居ないという。
 カルネ村以外にも農村は点在しているので全部聞きに回ると数ヶ月がかりになるかもしれない。
 現在、自分たちが居るのは『リ・エスティーゼ』という王国の領内で他には新興国家『アインズ・ウール・ゴウン魔導国』とバハルス帝国。南方にあるスレイン法国の国名が伝えられた。
 それらの領地はとても広く、一人の人間を探すのはとても困難であることが分かった。
「探知機みたいなのがあればいいのデスが……」
「現代科学の英知がない世界は地道な捜索しかない」
「そうして五十年が過ぎましたとさ、という結果は嫌デス」
「殆ど永住じゃねーか」
 五十年と聞いてクローシェは床に座り込んでしまった。腰が抜けたような状態になってしまったのでアデライドと風鳴が駆け寄る。
「どうしました?」
「……五十年もこの世界に居ることになると思ったら……、腰が抜けて……」
「そうならないように原因究明は出来る限りするつもりなのだが……」
「……私達は皆さんとは違うと思います」
「見た目とかのことか?」
 瑠珈(るか)はクローシェを担いで椅子に座らせる。
「私とクローシェ様は二十歳くらいの寿命しかありません。延命剤(ダイキリティ)というアイテムが無いと長く生きられない生命体なのです」
「まあ!」
「短命なのは生まれた時からの宿命でいいのですが……。元の世界には生きているうちに帰りたいなと……」
 現在の自分達の年齢から数年程度しか時間が残されていない。
 延命剤(ダイキリティ)を使えば十数年は生きられる。
「そのダイキリなんとかが無いと困るというわけか……。作り方とかは……」
 製造方法を秘匿される事は珍しくないので、無意味な質問に思えた。
「不測事態を想定しているとはいえ、こんなに心配することはありません。長く辛い戦いでも起きない限りは」
「……事態が一気に深刻になったデス」
「キリちゃん、ここは静かにした方がいいわ」
「え~と、案外活気的な薬があって凄い事になるかもしれませんし。ねっ、クローシェ様」
「……そこまでの元気が羨ましいわ」
 前向きな瑠珈に対してクローシェは現実主義の人間かも知れないと風鳴たちは思った。
 後ろ向きな思考は判断を鈍らせる。今出来る事を探すのが先決だ。
 深刻な話しになっては進行に影響を来たすので、明るい話題に変えたいと誰もが思うが事は命がかかっている。
 帰還が絶望的ならば精神的な疲弊は常人を軽く超えてしまいかねない。
「……焦りたくはありませんが……。すぐには対応できないのも事実……」
 瑠珈(るか)はクローシェの手を握り元気付けようと言葉を探す。
 もちろん、寿命の件は自分にも関係がある。それでも()()聆珈(レイカ)を不安にさせないように笑顔を取り繕う。
「歌でも歌いましょうか。ねっ、クローシェ様」
「……お姉ちゃんと一緒なら……」
 涙ぐむクローシェは実年齢よりも幼く見える態度で返答する。
 本来は二人っきりの時は人目もはばからず甘える所だが、不安が大きすぎて気丈に振舞う余裕がなくなってしまった。
「よしよし」
 二人のやり取りに余計な茶々は入れずに残りの者はこれからの事を真剣に考える事にした。


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20 彼らの前では等しく雑魚モンスター

 亜人の国が(ひしめ)く大国の一つ『牛頭人(ミノタウロス)』の国に黒い軽装鎧のようなものを身にまとう白銀の髪を持つ()()が降り立った。
 手には三十センチメートルほどの黒い棒を持つ。
「……死者の国で言うところの牛頭(ゴズ)の方か……」
 死人が蔓延る世界にしては空が綺麗だと思った。
 引き締まった身体に大人ほどの背丈。歳の頃は三十代ほど。
 少し幼さが見え隠れする男性は苦笑する。そして、その彼の側には周りの異質な存在に怯える女性が一人。
 歳の頃は二十歳に差し掛かっている彼女の頭髪は複数の色が縦縞となった金髪。
「……こ、ここは、何でしょうか?」
 怯える彼女を優しく抱き寄せる男性。
「んー、死者の国というよりは……。異世界でしょうか。化け物がたくさん居るようだし」
「……ということは、あの牛さんは私達を食べようと狙って?」
「平和的な雰囲気は感じませんね。ここは暴力に訴えますか?」
 と、微笑で尋ねる男性。
「お、お任せします。も、もう何処までも着いて行きます」
「仰せのままに、姫」
 手に持つをへし折り、男性は臨戦態勢を整える。
 そして、姫を残して駆け出し、無骨な武器を持つ牛頭人(ミノタウロス)の一体を蹴り飛ばす。
 尋常ならざる攻撃に対し、耐えられると踏んでいた牛頭人(ミノタウロス)は慣性の法則に逆らうことなく後方に吹き飛んでいった。
「……まあ、なんとかなりそうですね」
 軽い調子で答える男性。
「し、しかし、数が……、多いと思います」
「空気が吸える事が分かった……だけで一先(ひとま)ずは安心しなければ」
 軽く飛び跳ね、次の得物に飛び掛る男性。
 その遠心力を利用した一撃は牛頭人(ミノタウロス)を圧倒していた。
「こ、こいつ!? 『漆黒聖典』のものか!?」
「であれば『神人(しんじん)』か!?」
 牛頭人(ミノタウロス)達が怯えるのは彼の体術。そして、圧倒的な戦闘力。
 たった一人で既に二十体もなすすべなく倒されているという事実。
 人間であればとうに粉砕しきっていてもおかしくない一撃を軽く捌いてくる不可思議な妙技。
 分厚い腹筋はそうそうへし折れないと自負している強靭な肉体を老木か枯れ枝のように簡単に砕いてくる。
 とても人間とは思えない。
 噂に聞く『漆黒聖典』ではなくともアダマンタイト級の冒険者とも思えない。
 それでも人間に屈したことの無い亜人種の中でも最強と信じて疑わない牛頭人(ミノタウロス)は新たな応援を呼ぶ。
 数で押す近隣の獣人(ビーストマン)と同様に個から集団へと戦法を替える。
「あまり殺生は好まないのだが……。このままでは死人が出るぞ。それでも続けるか?」
「……ぐ」
 確かに人間一人に対して大勢でかかって全滅ではいい笑いものだ。だが、それでも牛頭人(ミノタウロス)としての矜持から人間ごときに敗走しては故郷に帰れない。
 損だと分かっていても逃げる事は出来ない。
「君達が選んだ()()に後悔を覚えるなよ」
「かかれー!」
 恥も外聞も無く多数で襲い掛かる方法を選択した牛頭人(ミノタウロス)に対し、迎撃の態勢を整える白銀の髪の男性。
 その手に持つへし折れた棒を振る前に両者の間に複数人の人物が転移してきた。
 突然の事に驚いた牛頭人(ミノタウロス)達は急に止まれず転倒し始める。
「……目標、牛。皆殺し」
「……駄目です、アクラシエル」
「殺害許可は下りてません」
 と、無感動に喋るのは色とりどりの髪の毛を持つメイド服を着た女性。全員が違う色で九人居た。
「了解、ご主人様」
「牛の皆さん。黙って去らないと国ごと焼きますよ」
 無表情で警告し、別のメイドが倒れて動けない牛頭人(ミノタウロス)を片手で拾い上げて投げ飛ばす。それだけで複数人が受け止めきれずに吹き飛ばされた。
「特殊召喚の許可を」
「却下です、アクラシエル」
「……転移の影響で暴力的になったのかしら」
「ご主人様の降臨に際し……。何ですか、牛。邪魔です」
 武器を奮ってきた牛頭人(ミノタウロス)を瞬間移動のごとき速度で、直立不動の状態で体当たりして吹き飛ばすメイド。
「品の無い生物は絶滅か養殖に回しますわよ」
「メイドの皆さん、あ、あまり暴力的なことは……」
 と、男性の側に居た女性が言うと九人が一斉に振り返った。
「まあまあ、火雅李(かがり)。ご無事ですか?」
「え、ええ、まあ、……無事、です」
 九人は無表情のまま軽く一礼する。
「牛に囲まれるとは、難儀ですね。神崎様」
「不法入国ですから」
「……なるほど。でも、話しが通じない相手なら仕方がありません」
「面倒ごとを回避する為に飛んでいきましょうか」
 言うが早いか、金髪と青髪のメイドが神崎という男性と火雅李という女性を抱えて飛び上がった。
 茶髪のメイドは赤い髪のメイドを抱える。
 その後は一足飛びに牛頭人(ミノタウロス)達の視界から消えて行った。

 東へ逃走する白い髪の男性とその男性に抱えられる女性。そして、九人のメイド達がたどり着いたのは別の亜人の国だった。
 この辺りは様々な亜人が国を形成しているようで人間はほぼ家畜扱い。
 立場が違えば文化はいつも簡単に覆る。それを男性は冷静に見つめた。
 人間を食べるからといって彼らを悪と断定は出来ない。
 それは食べる者と食べられる者が逆転しているだけだ。そして、それを否定する事は地球育ちとはいえ出来はしない。
 彼ら(亜人種)とて食料は必要だ。
 牛頭人(ミノタウロス)に肉牛を飼育する文化はおそらく無い。ならば人間を飼育するのが自然だ。
「……異世界とは夢のある世界と思っているのは人間だけかな」
 男性が抱えている姫と呼ばれる『火雅李』は目下の光景にただただ恐怖していた。
 それでも側に居る男性が黙っているので自分も目を逸らさず立ち向かう意志を持とうとした。
 戦えるほどの力は無いけれど。
「この辺りは野蛮な獣しか居ないのでしょうか?」
「ほぼ獣の集落しか無いようです」
 無表情で淡々と情報のやり取りをするメイド達。
 迂闊な命令を下せば近隣の獣の国は簡単に灰にする筈だ。それをしないのは主の命令があるからだ。

 act 23 

 彼女たちは『深淵九姉妹(クトゥルー・シスターズ)』と呼ばれるメイド集団だ。
 赤い髪のメイドのみ包帯姿だが。
 人知を超える能力を持ち、平行世界を蹂躙する。
 一人だけの力では世界を破壊する事はできないと聞いているけれど、それを確かめる事は世界が崩壊する事なので冗談でも頼んではいけないと言われている。
「目標地点である東方の島が見えてきました」
 亜人の国がある大陸を抜けて海に出た後すぐに見つかる小さな島。
 追撃者は居ないとしても知らない世界である神崎にとっては何処も一緒のような気がした。
 この島が何であるのかは当然、分からない。
 目的地に到着した後、周りを見ると見晴らしのいい風景が広がっている。
 今のところ新たなモンスターの姿は無い。
「敵性モンスターを索敵」
「忍者が多数」
「系統は日本神話と断定」
「一定数の撃滅許可申請……。受理。これより撃滅戦を開始いたします。神崎様、姫を御守下さいませ」
「了解しました」
 姿の見えない敵が居る。それは気配で分かった。
 九人のメイド達はそれぞれ散っていき、何者かと戦う。
 神崎は不可視化した相手だと予測し、気配のみで索敵を行うが()()である彼にとって敵を探るのはかなりの重労働となっていた。
 最初こそは一撃で地に叩き落せたが数分後には少し丈夫な相手が出て来たらしい。
「……レベルアップしたのかな」
 そうであってもやる事は変わらない。
 棒武器を的確に当てて、叩きのめすだけだ。
妖狐(ヨウコ)の存在を確認」
(ヌエ)の存在を確認」
 敵は忍者だけだと思ったら色々と居るようだ、と神崎は苦笑する。
 日本神話が相手なら不思議は無いか、と。
 名称から妖怪系も居るのが分かった。
「高レベルエネミー『白面金毛九尾(ナイン・テイルズ)』がそちらに向かいました」
「了解しました」
 大型の狐型モンスターの姿を確認する神崎。
 フサフサの尻尾が九本生えた四足動物で五メートル近い図体はあるのではないかと思われる。
 非常識なモンスターとの戦いが続いたとはいえ妖怪と戦うとは思ってもみなかった。
 メイド達は素手で的確にモンスターを叩き落しているし、話し合いという概念は持てないのか、と少しだけ疑問に思った。
 襲ってくる相手は迎撃する。それは別に間違ってはいないのだが、段々と動物虐待のように思えてきて、本気で戦えない。
 人間を食べるモンスターが居るのだから優しく、など言えはしないけれど。

 ドン。

 棒が深く白面金毛九尾(ナイン・テイルズ)の喉にめり込む。
 声無き呻きを上げるモンスター。
 追撃に横っ面をはたき、吹き飛ばす。
 大型モンスターのせいか、今の攻撃では気絶しなかった。
「……キュウゥゥ……」
 姫を背にしながらの戦いはやりにくいが、見捨てる事は出来ない。
 彼女に戦うすべは無いのだから。
「来ました。『玉藻の前(タマモノマエ)』です」
 メイドの言葉につい視線を逸らすがすぐに白面金毛九尾(ナイン・テイルズ)に意識を向ける。
 新たに現れたのは白面金毛九尾(ナイン・テイルズ)のように尻尾が九本ある人型のモンスターだった。
 和装美人とでも言うのか、切れ長の瞳が妖艶さを表していた。
 手には羽根で出来た扇子を持っている。
 その扇子を軽く振ると魔法が発生し、メイド達に襲い掛かる。
「巨大アンデッドモンスター『ガシャドクロ』を確認」
 推定二十メートルほどの人間の骨が近付いてくるのが確認出来た。
 次から次へと現れるモンスターと思われる存在に神崎は苦笑をにじませる。
 ここが異世界だという事は理解したが賑やかで結構だ、と。
 拳を玉藻の前(タマモノマエ)に打ち込む。
 一見すれば女性に暴力を奮う不届き者だ。だが、神崎に容赦は無かった。というよりは敵性モンスターと自分の意識が判断しているようで躊躇(ちゅうちょ)は無かった。
 手に感じる肉の感触は電子的なものではなく、しっかりとした生物だ。
 棒を無理に引き伸ばしたものを巨大骸骨に叩き付ければひび割れていく。
「……絶滅危惧種であれば後で怒られるかな」
「いいえ、神崎様。存分に撃滅してくださいませ」
 と、すかさずメイドが答える。
「彼らはモンスターです。見た目に反して行動原理は異種族への攻撃のみ。飼いならす場合は特殊な方法を用いらなければなりません」
「その方法を提示しない限りにおいて彼らはタダの野蛮なモンスターです」
 と、言いながら白面金毛九尾(ナイン・テイルズ)の尻尾を一本ずつ毟り取るメイド達。
 中にはモンスターの首を素手で引き千切っている。
「この地にて2500体のモンスターを撃滅するのが当初の予定でございます。決して気を許してはいけません」
 手刀で白面金毛九尾(ナイン・テイルズ)の首を断ち切る金髪のメイド。
 九人のメイド全てが神崎にとって難敵であり、見た目に関わらず強者揃いだ。
 武器を用いずに次々と現われるモンスターを確実に殺害。または破壊していく。
 先ほど吹き飛ばした玉藻の前(タマモノマエ)など足を掴まれ、何度も地面に叩きつけられて頭が粉々になってしまった。
 自分がやらなくてもメイド達は仕事を淡々とこなしてしまうだけだ。
「アクラシエル。死体処理は任せました」
「畏まりました、ご主人様」
「私はご主人様ではありませんよ」
 短いやり取りを繰り返しながらモンスターの(しかばね)を積み重ね、アクラシエルと呼ばれているが神崎の記憶では『閼伽井ノエル』という名前だった筈の赤い髪のメイドが魔法か何かで処分していく。
 言うなれば爆破だ。
 破片は近くの海に沈んでいく。
「新たなモンスターを確認」
 淡々と告げるメイド。
清姫(キヨヒメ)鈴鹿御前(スズカゴゼン)を認識」
藤原千方(フジワラノチカタ)宇迦之御魂(ウカノミタマ)
 モンスター名を告げた後はそれぞれ殲滅していく。
 多種多様なモンスターなのは理解したが肉片と化すとどうでも良くなるのは不味いかも知れない、と思った。
 自分の感覚が鈍りそうなので。

 その後に現れたモンスターを覚えている限り列挙する気にはなれず淡々と粉砕する事になる神崎。
 時折、巨大なモンスターが現れると安心するが地元の人間が混ざっていないのが救いか。
 現地の生物はあまり意味もなく殺戮したくはないけれど、少しどころではないほど殺しすぎだ。
 だが、メイド達にそれを止める事は出来ない。
 与えられた命令は可能な限りの撃滅だからだ。
 この地にほぼモンスターしか居ないのであれば彼女たちと共に作業に没頭するのみだ。
 怯える姫を見るとついつい手加減したくなってしまう。
「お加減はいかがですか?」
「だ、大丈夫です。目は閉じてますから」
 火雅李は気丈に振舞おうとしているけれど殺戮の音はいやでも聞こえている。だからこそ先ほどから身体を震わせている。
 暴力的な現場などが苦手な彼女にとっては辛い筈だ。
 かといって安全な場所は知らない。その中で放置する事も出来ない。
 可能な限り外敵を排除するしか今の自分に出来そうに無い。
「合流場所はここでいいんですか?」
 今更な事を尋ねてみた。
「東方の島国にて待機するのが我々の使命です」
「規定数のモンスターを討伐する事も命令にあるので」
 それにしては殺しすぎだ。

 2500体のモンスターを殲滅。

 手の感覚では全員でまだ十分の一ほどしか倒していない気がする。
 せめて建物のあるところに行きたい。
 索敵した結果では相当先に進まないといけないらしい。
「火雅李様の為に小屋をご用意いたしましょう。しばらくお待ちくださいませ」
 青い髪と緑色の髪のメイドがモンスターを蹴散らしながら先行していった。
 残りは小型モンスターの撃滅の続きだ。
 海からも半魚人っぽいモンスターが出てきて四方を取り囲まれた状況になっていた。
 もう何体の宇迦之御魂(ウカノミタマ)を倒したのか分からない。
 どう見ても小さな子供なのだが、獣に変身して襲い掛かってくる。それを拳で迎撃する自分は何処となく動物が嫌いなのかな、と不安を覚える。
 少なくとも大型ではあったけれど猛獣に類する動物を飼育したことはある。大半は妹達にやってもらったけれど。
 それが今では動物虐待だ。
 家族が見たら泣くだろうな、と思いため息が何度も出る。
 それと人間の姿のモンスターだが、こちらは何なのか。
 事前に色々と資料は読んできたけれど、どうして向かって来られるのか。
 というか、自分も淡々とモンスターとして処理しているのが滑稽なのだが。
 清姫(キヨヒメ)というモンスターは下半身が蛇で上半身は怒れる鬼の形相の女モンスターだ。
 遠くに居る時は十二単(じゅうにひとえ)などを着た和服の似合う女性だったのに近くに来ると変身して襲ってくる。
 相手に巻きついて焼き殺す特性がある、というので仕方なく殴り殺しているわけだが。

 川馬(ケルピー)
 塩水馬(アハ・イシュケ)
 滝夜叉姫(タキヤシャヒメ)
 酒呑童子(シュテンドウジ)
 茨木童子(イバラキドウジ)
 源頼光(ミナモトノヨリミツ)
 渡辺綱(ワタナベノツナ)
 坂田公時(サカタノキントキ)
 卜部季武(ウラベスエタケ)
 碓井貞光(ウスイ・サダミツ)
 以津真天(イツマデ)
 温羅(ウラ)
 鴉天狗(カラステング)
 迦楼羅(カルラ)
 崇徳上皇(スウトクジョウコウ)
 金鬼(キンキ)
 風鬼(フウキ)
 水鬼(スイキ)
 隠形鬼(オンギョウキ)
 天狐(テンコ)
 空狐(クウコ)
 妲己(ダッキ)
 胡喜媚(コキビ)
 王貴人(オウキジン)

 淡々と告げられるモンスターと倒されて屍と化すモンスター。
 人間と思われる者も同じ顔が何人も出てくるとやはりモンスターなんだな、と呆れてくる。
 種族は良く分からなかったが、とにかく人間と鬼が多かった。
 メイド達は人型のモンスター達が持っている武具などを回収したり、海に投げ捨てたりを繰り返す。
 一向に逃げ出さないモンスター達はある意味すごいなと感心する。
 戦闘中にも関わらず背後では二人のメイドが小屋を建てている。さすがにモンスターの身体で建てたりはしなかった。
 それから一時間ほど戦闘した後で小屋が完成。
 火雅李を入れれば気分的に安心する。
「では、護衛をお願いします」
 メイドに言えば二人ほどが護衛に回る事になった。

 act 24 

 それからは流れ作業が続いた。
 痛めつける役に神崎。とどめはメイド達。
 死体処理までこなす。
 辺りは普通ならば血の海と化すのだが時間経過と共に蒸発しているようで、今のところは綺麗な大地に点々とした流血の跡があるだけだ。
「新たな敵影を確認」
「対象は天照(アマテラス)月読(ツクヨミ)
八岐大蛇(ヤマタノオロチ)の出現を確認」
饕餮(トウテツ)
 敵は日本だけではなく中国神話も混じっている。
 更に合間に北欧神話や他の神話系も出てくるようになった。
 とはいえ、神崎は実物を見た事が無いので名前を告げられても『そうなんだ』という感想しか出て来ない。
 巨大なモンスターには驚くがそれがどういったものなのか全く分からない。
 ほぼ伝説や神話の中の存在なので。
 円卓の騎士だろうと伝説の騎士達だろうとモンスターであるならば倒すだけだ。

 妖精の恋人(リャナン・シー)
 雌蟷螂(エンプーサ)
 群集長(ガネーシャ)
 象魔獣(ギリメカラ)
 象の悪魔(ガジャースラ)
 咆哮を上げる者(ルドラ)
 鶏の足の上の小屋(バーバ・ヤガー)
 寒波妖精(ジェド・マロース)
 雪姫(スネグーラチカ)
 高笑い(スコル)
 憎悪(ハティ)
 月の犬(マーナガルム)
 石化の吐息の雄牛(ゴルゴン)

 全く聞いた事の無いモンスターも出てくる。とにかく倒してしまえば皆同じだ。
 物理攻撃が通用しないものはメイド達が特殊な力で殲滅していく。
 そうして2500体に達するまで倒し続ける。
 メイド達の協力を受けているとはいえ少しずつ丈夫なモンスターが出てくるので時間がかかる。
 思っているほど数は稼げていない筈だ。
 歯ごたえがあるのは良い事だ。
 棒を大剣に変化させ、一薙ぎしても受け止めてくるようになってきた。
 八岐大蛇(ヤマタノオロチ)は五体ほど倒している筈だが、止め処も無い数に疲労を覚える。
 硬い鉱石系のモンスターが少ないのは運がいいといえる。
 狼に象。後はたまに空から襲ってくる飛竜(ワイバーン)に鳥系モンスター。
 英雄が出てくるのは構わないのだが、海から上がってくるのは滑稽だ。つい苦笑して攻撃を受けそうになる。
「殲滅数が2000体に到達」
 後500体。
 数が少なくなるに連れて倒すのに時間がかかったり、巨大化したものが現れたりする。
 五メートル。十メートルは既に驚きに入らないほどだ。
 それでも小さな人間である神崎に倒されるのだから強さ的には大した事がないのか、と思わないでもない。
 形状変化する武器を使っているとはいえ無効化は今のところされていない。
 無効化されてもメイド達の攻撃には太刀打ちできていないようだが。
(ドラゴン)多数」
 ついに出て来たか、と神崎は思った。
 空飛ぶ巨大モンスターの代表格ともいうべき相手。
 だが、その数は想像を超えていた。
 様々な色合いの(ドラゴン)が見えているだけで二十体は居るようだ。
 ブレス攻撃をされれば神崎と言えど耐えられる自信は無い。
 一体くらいならどうとでも出来ると思うけれど。
 今まで素手攻撃だったメイド達も新たな脅威に対し、武器を携帯し始めた。
 それぞれが得意とする得物のようだ。
「危険度を一段階引き上げ、各自散開」
「了解しました」
 七人のカラフルなメイド達が一足飛びにモンスターの群れに飛び込み、蹂躙していく。
 的確に首を落とすのでダメージを与える、というよりは確実に死を与える戦法だ。
 大して神崎は無闇に武器を奮うのみ。それでもモンスターからすれば脅威ではあるけれど。
 単純な破壊によって戦闘不能に至らしめる。これが人間であれば一撃でも受ければ戦闘の継続はほぼ困難だ。
 それに耐えるモンスターの肉体の強固さは素直に凄いと思った。
 なにしろ()()()しなくていいのだから。
多腕蛇女の悪魔(マリリス)生命の母(ティアマトー)が多数接近」
 小屋に待機しているメイドが淡々と告げてくる。
 そのモンスターは海から来るのだが、身体が大きい。
 今までの二倍以上はあるかもしれない。
 さすがに神崎でも逃げ出したくなる規模だ。
 少なくとも()()のままでは太刀打ち出来ないのではないか、と思わせる。
 海から上がる巨大モンスターの影響で津波が押し寄せてくるが、それらはメイドによって防がれる。だが、それでも限界がある。
 黙っていると小屋が流されるので移動しなければならない。
 辺りに安全なところは無さそうだ。無いなら作るしかない。あるいはメイドの一人に支えてもらうか、だ。
「……しかし、これだけのモンスターが居るんですね」
「この島の近辺に深い海溝があるからでしょう」
「とにかく、小屋は波の影響の無いところに移動させてください」
「畏まりました、ご主人様」
 赤い髪のメイド、閼伽井は語尾がほぼ『ご主人様』となっている。それは誰に対しても同じだ。
 どうしてそうなのか、他のメイドにはうかがい知れない事らしく不明と言っていた。
 言うが早いか、二人のメイドは小屋を意図も簡単に持ち上げてモンスターが少ない場所に向かって突進し、そのまま姿が見えなくなった。
 巨大モンスターの事は気になるが火雅李の身の安全も大事なので、他のメイド達に任せて後を追う。
 途中、たくさんの女性型モンスターと出くわしたが一部はメイド達に潰されたようだ。

 東方の島だと言われているが全体像は把握出来ていないので現在位置が分からない。
 一応、平原と森があるようだ。あと、川も見つけた。
 無いのは人の営みか。
 ほぼモンスターといってもいいくらいだ。
「残り300体。邪神系の存在を確認」
 邪神と言われても詳しくないので分からなかったが人型。粘体(スライム)。巨大海洋生物と多岐に渡った。
 そろそろ()()を出さないと危ないと神崎は判断し、武器をまとめる。
「この世界は普段からこうなんですか?」
「分かりかねます」
 もし怒涛の攻防ならば現地の住民は暮らしにくいのではないか。
 それとも妥当しえる力を持っているのか。
 持っていないのであればモンスターしか住んでいない弱肉強食の世界だ。
 それでも彼らは互いと殺し合いはしていない。少なくとも秩序はある気がした。
 神崎達という共通の敵を倒す、という。
 先ほどの獣人の国のように文化がある事を思い出した。
 あまりの展開につい忘れていたが、文明があるだけ安心する材料にはなった。
「とにかく規定数は倒さなければ……」
 光る剣を持った英雄とかを蹴散らしながら神崎は取っておきを呼び出す。
 手持ちの棒をひとまとめにし、粘土をこねるように混ぜ込んで一つの大きな塊を作り上げる。
 それを宙に放ればその場で停止する。
 それから先は自動的な現象が起きる。
「大型モンスターには巨大ロボット……。さすがにこれ以上の巨大モンスターは出て来ない事を祈ります」
黒い仔山羊(ダーク・ヤング)が二体現れました」
 モンスター名を言われても困るけれど、やってくるモンスターはとにかく倒すのみだ。
 黒い玉のようなモンスターが近付く前に姿を現すのは確かに巨大ロボットと言われても仕方の無いものだった。
「メエエエェェェ!」
 全体的に黒い人型で無機質な外観はロボットそのままだが、その形状の由来は日本のアニメが多大に影響している。
 身長は黒い仔山羊(ダーク・ヤング)の二倍以上はあるだろうか。
 変形するので更に大きくなれるし、神崎を潰さない程度に小さくなる事も出来る。
 意思ある武器は『これは使える』と単純な理由から姿を想像し、今に至る。これは神崎が設計したものではない。
 本質的には機械的なロボットではなく意思ある無機物の集合体というだけだ。それが何で出来ているのか調査したところで結果は古木に類する植物としか出ない。
 それが何故、多種多様な形態変化を起こすのか。今もって謎である。使っている神崎はそういう細かい部分は知りえていない。
 ただ、出来るから出来る、という認識だ。
 その神崎が持つ意思ある黒い棒の名前は『幻龍斬戟(げんりゅうざんげき)』という。ちなみに命名者は神崎の(ベアトリーチェ)である。
 そのロボットモドキに神崎は乗り込む。
 形態変化の武器の発展型とも言うべきものなので動きはとても流動的だ。
 自分の動きを完全に真似てくれる優れもの。
 そして、神崎の力によって自壊しない強さを秘めている。
 手を長大な剣に変えて横薙ぎすれば黒い玉のモンスターが弾き飛ばされる。
 今の一撃で両断できなかった事と手に伝わる感触で相当な硬度があると神崎は認識する。
 受けるダメージはある程度、緩和されるが一通りの感触は操縦者である神崎に伝わる仕組みになっていた。
 生体リンクとか色々と言われたが、原理は不明。
 分かるから分かる、という程度だ。
 自分の動きたいイメージそのままに黒い巨大ロボットの武神臥龍(がりゅう)』は駆け出す。
「神崎様は黒い仔山羊(ダーク・ヤング)をお願いいたします。我々はこのまま規定数のモンスターを撃滅しますので」
「分かりました」
 と、普通に答える神崎。
 担当したとはいえ硬い敵に少し苦労しそうだと思い、苦笑する。
 複数の触手の動きは辛うじて捉えられるが、球形の身体は傷つけられるのか疑問だ。
 斬撃に特化しているわけではないので叩き潰すしか無いけれど、潰せるのかな、と不安はあった。
「メエエエェェェ!」
 五本の太くて短い足を器用に動かす黒い仔山羊(ダーク・ヤング)
 こういう奇妙な生物が存在する世界にほとほと感心させられる。
 多数の(ドラゴン)も接近してきているし、あまり手間取るわけには行かない。
「なかなか丈夫で感心した」
 苦笑する神崎は敵性モンスターに向かって駆け出す。
 普通であれば視認が困難な触手の動きは感覚的に読み、適度に武器で弾いたりする。
 二体同時に相手にしても引けを取らない姿を現地の住民の誰にも目撃されていない事が悔やまれる。


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21 ここが全ての終着地点

 それから数時間後には辺りに(おびただ)しいモンスターの肉片が転がる光景が広がる。
 それらの一部をメイド達は回収し、また別の場所では海に投げ捨てていた。
 神崎は未だに戦闘中。
 想像以上の硬度を持つモンスターなので時間がかかっていた。
「……新たな敵影は無し」
「では、我々は神崎様を援護しましょう」
「了解」
 三人のメイドが手に武器を持ち、黒い仔山羊(ダーク・ヤング)の一体に肉薄する。それを横目で確認した神崎は黙っていた。
 自分の役目はあくまで火雅李の安全を守ること。モンスター退治は二の次だ。だからこそ別にメイド達がモンスターを倒そうとしても止める気は無かった。
「推定レベル90を突破」
「問題ありません」
 冷淡な言葉の後には切り裂かれる触手と太い足が転がる。
「メエエェェ! メエエエェェェ!」
 メイド達にかかれば黒い仔山羊(ダーク・ヤング)もただの雑魚モンスターと変わらない。
 一体を撃滅するのに三分もかかっていないのではないか、と。
 神崎の方は大まかな傷を付けるので手一杯だった。それだけ硬くて手が痺れる結果になっていたので。
 もっと数が多ければ後退しながら時間をもっとかけて倒すしかなくなる。
 時間がかかれば火雅李の安全度は低くなり、新たなモンスターに対処し難くなる。
 とはいえ、倒せないわけではないことは確認した。

 ただ時間がとてもかかるだけだ。

 確実に触手を切り飛ばした後は丸い身体を徹底的に攻撃するだけだ。
 いくら早かろうが単純な攻撃しかしてこないので動きが予想できれば何も問題は無い。
 毒液とか出すような相手でなくて良かった、と。
「こちらは後三十分はかかります」
「了解しました。神崎様でもそのモンスターは難儀するのですね」
「いい練習相手になりそうです」
 もちろんそれは本音だ。
 自分の攻撃をここまで受け切るモンスターは他に類を見ない。
 再生しないところが残念だと思うところだ。
 単純な物理攻撃を当てると手に伝わる重い衝撃は自分が()()()()()であると錯覚しそうになるほどの安心感があった。
 だからこそ、残念に思う。
 この黒くて丸い巨大なモンスターを倒さなければならない事が。
 本当に残念だ、と神崎はがっかりしつつ最後の攻撃の為に武神の武器を変化させる。
 無骨で長い斬撃特化というよりは叩き潰す為の刃の無い大剣のようなもの。刀身の長さだけで五十メートルは超えているかもしれない。
 それ(大剣)に決まった(めい)は無いけれど、正しく全てを破壊する武器だ。
 ただ単に目の前のモンスターを叩き潰す為だけに奮われる。
「まだ立ち向かってくるモンスターならばお相手願おうか。次はもう少しマシな戦闘をしてあげよう」
 横薙ぎに奮われた武器は硬い身体を持つ黒い仔山羊(ダーク・ヤング)の形を本当に歪めた。
 ボールを指で強く押したように。
 質量の大きい武器ほど与える影響力は人知を超える結果を見せる。
 これが人間台の武器であったならば見た目には変わらない。
「……メ、メエェっ!」
 横方向に吹き飛ぶ前に逆方向から再度、武器が叩きつけられる。
 ぶつかった瞬間に高熱が発生し、黒い仔山羊(ダーク・ヤング)を焼く。
 それだけの熱量が瞬間的に発生する攻撃だ。自然と神崎の持つ武器が赤熱してくる。それでも発火しないのはまだ耐熱限界に達していないからだ。
 何度も同じ攻撃をするたびに白熱し、煙りが立ち上っていく。

 ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン。
 ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン。
 ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン。

 長大な武器特有の遠心力に振り回されること無く、奮われる大剣が怒涛の如く叩きつけられる。それを可能とするのは人智を超えた腕力を持つ神崎だからこそ出来る芸当といえる。
 なすすべも無く武器を叩きつけられる黒い仔山羊(ダーク・ヤング)の身体は歪曲から次第に破断へと至り、体液が飛び散り始める。
 通常の冒険者では決して出せない打撃音。
 というよりは人間に出せない領域だ。
 どういう力を加えれば黒い仔山羊(ダーク・ヤング)の身体をデコボコに出来るのか。
 既に金平糖(こんぺいとう)のような突起が無数にある姿になってきた。
 ひび割れに武器を刺し込み、強引に跳ね上げる。それもまた尋常ならざる御技だ。
 超重量を誇るモンスターを人間がロボットのような臥龍を使っているとはいえ、跳ね飛ばせるものなのか。
 だが、現実としてモンスターの身体は地面から浮きつつある。
 そして、そのような事でも折れない武器の強度は七色鉱で作られた武器に匹敵するのではないか、と。
 細かい部分に神崎は当然、頓着していないので質問されても答えられないけれど。
 とにかく、宙に浮かぶ黒い仔山羊(ダーク・ヤング)の真下に素早く移動し、少し巨大化させた拳で更に打ち上げる。
 それを十度ほど繰り返す。
 超重量のモンスターを拳のみで打ち上げる胆力はもはや常識では測れない。
 いかにロボットモドキだとしてもそれを可能とする存在は何者なのか。
 もはや息も絶え絶えの黒い仔山羊(ダーク・ヤング)
 自然界に存在し得ないモンスターの筈だが、それでも得体の知れないモンスターとしてバハルス帝国リ・エスティーゼ王国では悪夢の象徴と言われている。
 そんなモンスターが更に得体の知れない()()()()()になすすべなくやられている。
 いや、数分で撃滅したメイド達の方が非常識極まりないのだが。
「……()()()()になった。ありがとう」
 神崎の言葉は本心である。
 久しぶりに()()()()()()()()()()()()のだから。それは正しく彼の感謝の気持ちだ。
 落下してくる黒い仔山羊(ダーク・ヤング)を神崎はただ拳で迎撃する。

 それはいかなる打撃音でも例えられないもの。
 めり込む拳は一気に白熱化する。
 辺りに地響きと衝撃波が広がるが火雅李の小屋はメイド達がしっかりと防衛していたので無事だった。
 震度3以上は起きたかもしれない。
 この世界は本来存在すべき()()()()()()()が無効化されている。例えば熱力学第二法則など。
 それゆえに衝撃波や圧縮により発生する熱エネルギー位置エネルギーなども魔法武技(ぶぎ)に代替されているせいで起き難くなっている。
 神崎達が起こしているのは単に世界の法則から逸脱しているから起きている、と見るのが自然かもしれない。
 そもそも自然法則に統一規格など存在しない。時間の法則すら一致していないし、一般常識が通じない事など()()()()()()()ほど多いのが異世界というものだ。
 地上で戦闘してはいけないレベルの攻撃に対し、モンスターはその身が砕けて地面に付く前に消滅する。
 邪神系モンスターは大抵、死ぬと消滅する傾向にある。
 何らかのエネルギーを得て物質界に顕現するというのが通説になっている。
 それは悪魔系や女神系でも同様に。
 天然の生物ではない、とも言える。
「お見事ですが……。時間をかけ過ぎです」
「すみません。なかなか丈夫な相手だったので」
 冷静に批評するメイドにロボット形態から小さな棒状に戻る形態変化する幻龍斬戟
「まだ規定数に達しておりません」
「残り125」
「……頑張ります」
 黒い仔山羊(ダーク・ヤング)の消滅から十分後に新たなモンスターが現れる。
 どんどん強くなるのかと思われたが、そういうわけではないようだ。
 見慣れない女性が出てきたが、感心する前にメイド達がさっさと倒してしまった。どうやらモンスターだったようだ。
 その後で赤い竜が十体ほど現れて、一斉に火炎を吐いてきたがメイド達が全て弾き飛ばしてしまった。
 解説なしで倒す姿は一流の職人のようだ。
 そうして規定数が20に差し掛かったころ、メイド達は神崎のそばに集まる。
「残りのモンスターはランクアップする予定でございます。お一人で倒せるレベルは居ないと思われますが、遠距離攻撃をお願いします」
「接近戦は困難かと思われます」
「了解しました」
 メイド達が警戒するのだから尋常ではない相手だ。
 それはつまり、どの程度のモンスターなのか。
「この島に人は誰も住んでいないのですか?」
 ふと思い出した事を尋ねてみた。
「この島そのものがモンスターなので原住民は誰も()りませんよ」
「……それは正確ではありません。アムリマンユー
「私の現在の名称は『蒼蟻吏(あおぎり)アンラマユ』ですよ、アウルゲルミル
「それは失礼しました」
「……それは……元々の原住民は避難したか、死んでいると? あと、この島そのものが最後の相手になる、という意味ですか?」
 平坦な喋り方をするメイド達をよそに改めて尋ねる神崎。
「元々の原住民の存在は前から無かった模様でございます。島がモンスターというのは言葉の(あや)ですので、混乱を招いてしまい申し訳ありません。正確にはこの世界にモンスターが蔓延っている()()でございます」
「特定の地域で規定数を倒すと現れるモンスターがおりまして……。そのモンスターを倒せば次の再生成まで数十年間は大人しくなります。なので、その最後に現れるモンスターを討伐するまでが今回の仕事となっております」
「この地域に現れるモンスター達から『ドロップアイテム』なるものの入手の為には最後のモンスターまで倒す必要がございます。途中で仕事を放棄すると他の地域に迷惑がかかるので……」
「我らの(マスター)からも最後のモンスターまで討伐するように厳命されております」
 メイド達の言葉を聞いて、神崎にはうかがい知れない世界や事情があるのだなと感心はしたのだが殆どの話しはよく理解出来なかった。
 半分以上は脳から抜け出たかもしれない。いや、異世界だという事は理解した。それ以外は全く何のことやら、と。
 向かってくるモンスターを討伐しているだけだが、この世界は日常的に慌しいのか疑問だった。
 疑問はあるけれど弓を引き絞る女神系のモンスターの腹を殴る。
 耳の長い森妖精(エルフ)に似たモンスターを蹴り飛ばす。
 遠距離攻撃をお願いされたが近接攻撃が出来ないわけではなかった。一足飛びに近づけたので攻撃したまでだ。特に問題は無いようなので気をつけつつ戦闘を続ける。
 こんな場面を自分の弟達に見せられるとは思えないが、お兄ちゃんはよく分からない世界でモンスターを倒しているよ、と苦笑気味に家族へ伝える。
 何も分からなければただの虐待なのだが。
「ギリシア神話。スラヴ神話。インド神話」
 淡々と告げつつ人型モンスターを撃滅するメイド達。
 腕がたくさんある女神とか、個々の名前はもはや分からない。
 人間である神崎はともかくとしてメイド達は平然としたままモンスターを引き裂いていく。
 本当はとても手強いのではないか、と思われるのだが強さの基準はメイド達には意味を成していないように見える。
 馬に乗った騎士王(たぶんアーサー王)らしき存在も騎乗したまま真っ二つにされていたし、名乗りを上げる余裕すら与えない。
 空から巨大な六枚羽の天使(たぶんミカエルとかの熾天使)が現れたが、出てきて一分後にはズタズタに引き裂かれて地に倒れ伏している。
 そして、最後の一体になるのに数分もかかっていない。

 倒されたモンスターの後片付けが終わり、静かな時が場を支配する。
 残り一体の姿は見えない。というよりは東方の島そのものがモンスターだったか。
 それはどのような神話体系のモンスターなのか、ファンタジーにそれ程詳しくない神崎には全く見当がつかなかった。
 大地が神だというのならばギリシア神話か、と漠然と思った。
 それとも世界を支える象型のモンスターか。
 はたまた神そのものか。
 確かに唯一神というモンスターは現れていない。
「まだモンスターが居るんですよね?」
「出現まで一時間ほどかかるようです。それまで少し移動しましょう」
 淡々と無表情に告げる金髪のメイド。
 怒涛の戦いの後にぱったりと襲撃が止むのは不安を覚える。
 尋常ではないほどの巨大なモンスターが現れそうな気配だ。
 さすがに星そのものであれば倒すと現地に住む全ての生物が困る。
「対象はあらゆるモンスターを生み出す事の出来る特殊技術(スキル)を持つ『創造主の化身(エロヒム)』でございます」
 名前を聞かされても神崎にはどう対処していいのか分からない。
 とにかく巨大なモンスターっぽい印象を受けた。ただ、実際には三十センチメートルほどの小型モンスターだったら声に出して笑うかもしれない。
 姿は小さくともとても強力な相手かもしれないけれど。

 act 25 

 現れるまで少し時間があるらしいので一休みに入る。
 地面全てがモンスターというには土もあり砂場もあり林などもある。
 実際には横たわった状態だとでもいうのか。
 世の中には不思議な事がたくさんあるものだと感心する。
「この島を倒すとどうなりますか?」
「島は対象ではありません。島に偽装しているだけでございます。なので倒しようがありません。対象のモンスターを討伐しても()()()()()()()が一緒に消失したりはいたしませんので」
「それを聞いて安心しました」
 島が消えたら一大事だ。
 一気に水没してしまうので。
 ここまで戦闘続きだったが自分たちが倒してきたモンスターというのは何だったのか。
 好き放題倒してしまったけれど、少しは気になっている。
「倒したモンスターは創造主の化身(エロヒム)などが百年ほどの周期で生み出し、次の機会に備えます。完全に絶滅させる意図を持たない限り、この世界にモンスターが枯渇する事はありません」
「その創造主の化身(エロヒム)も予備体が何処かの地下に生成され、新たな目覚めの時まで眠り続けると聞いております」
 この世界からモンスターを完全に排除する場合は星を破壊するしか無い、かもしれない。
 それ以外では恒久的にモンスターが現れ続け、現地の生物と戦い続ける。
 現地の生物を絶滅させる意図はモンスターには無いので歴史が急に潰える事は無い、と続いた。
「今回の主目的はモンスターの討伐でございます」
「この島の調査は我々の仕事には入っておりません」
創造主の化身(エロヒム)を討伐した後は転移者達と合流いたします」
 無表情で淡々と説明するメイド達。
 九人が並ぶととてもカラフルなのだが、個性が無いのが残念だ。
 だからといって閼伽井のように制御不能のように陥って何をしでかすか分からない状態も困りものだが。
 そうして休み時間が終わりを向かえ、地響きが発生する。
 五人のメイドと神崎は外に出るが残りは火雅李の護衛の為に小屋の周りを警護する任に就いた。
「かのモンスターの強さはたいしたものではありません。ですが、野放しにすれば延々とモンスターが現れて厄介です」
「先ほどまで倒してきた同数を排出してきますので無限というわけではありません」
 折角倒した2500体のモンスターを改めて倒す事になる、という意味に捉えた。
 それはとても大変だな、と苦笑しながら思った。
 とにかく、さっさと倒すべし。そういう事だと理解する。

 地響きが一団と大きくなった後で地面から巨大な物体が競り上がって来た。
 それは球形で直径はおよそ百メートルはある水色のような青い空に近い色合いをしていた。
 神崎達とは数百メートルほど離れているので正確な大きさは分からないけれど、大きい物体であることは理解した。
 油の油膜のように様々な色合いに変化する大きな眼が1つだけった。
 頭と思われる頭上附近に光り輝く天使の輪のようなものが浮いている。
 背後には光り輝く鳥の羽のようなものが六枚あり、一対は左右に広がり、一対は丸い身体を守るように閉じ、一対は足のようにダラリと下がっていた。
 天使のような神々しさを持つ水球の化身のようなモンスターの身体から水滴が一粒落ちる。
 それはたちどころに姿を変え、モンスターの一匹になった。
 創造主の化身(エロヒム)の身体から滴り落ちる水滴はほぼモンスターだと思って間違いない。
「地上は我々が担当しますので神崎様は敵創造主の化身(エロヒム)を存分に屠ってくださいませ」
「了解しました」
 幻龍斬戟(げんりゅうざんげき)を二本まとめて捻り潰し、長大な大剣を作り上げる。
創造主の化身(エロヒム)は物理攻撃に強いので遠慮は無用でございます」
「……はい」
「基本は魔法とブレス攻撃……」
 戦闘しながらアドバイスをくれるメイド達に苦笑を覚えながら神崎は突撃した。
 空を飛ぶ相手なのでまず攻撃を届かせなければならない。
 手始めに一本、剣を投げつけてみた。
 軽く刺さった後は弾き飛ばされた。
 物理攻撃に強い、というのは身体が柔軟な素材でできている、という事なのか。
 一撃では倒せないしぶとさがあるという事か。
 後者であれば少しは期待してしまう。
 手加減しなくていい相手というのは中々見つけられないので。
 戻した剣の柄を引っ張り無数の鎖に繋がれた一本のロープ状に変化させた。それを力いっぱい回して再度、モンスターに向けて投げつける。
 鎖は意思を持った蛇のように軌道を調節し、真っ直ぐ敵に向かって飛んでいく。そうして飛ばした大剣はモンスターの身体を貫通して行った。
「……それほど防御力があるというわけではないようだな……」
 剣を引き戻そうとすると抵抗を感じた。
 水っぽい印象を受けたが、それは見た目だけで中身はかなり粘度の高い体液が詰まっているようだ。
 だが、それでも神崎には何の障害にもならない。
 無造作に引っ張れば剣はモンスターの中身を引き裂きながら戻ってくる。
 力比べでは神崎が上だった。
 こぼれ出る体液から様々なモンスターが生まれ続けているが、それらはほんの一瞬で肉塊と変わっていく。
 後は時間をかけての作業だ。

 創造主の化身(エロヒム)が空中で切り刻まれて地面に激突するまでに二十分はかかった。
 その後はメイド達が消えずに残っている創造主の化身(エロヒム)の部位などを回収して、トドメとして魔法などを放って処分する。
 創造主の化身(エロヒム)が消失した後、新たなモンスターの発生は確認されなかった。
 神崎はふと、もし創造主の化身(エロヒム)がもっとたくさん居れば世界はもっとモンスターで溢れ返り、抵抗する暇も無かったのではないのか、と。
 本当に一体だけなのか疑問だが。とにかく仕事は終わった。今はそれだけでいいのかもしれない。
「規定数に達しました」
「この島での討伐クエストを終了いたします」
「お疲れ様でした」
 互いに一礼した後はメイド達に身体を抱えられ、現場を離れる。
 遠くで小さくなる東方の島に目を向けると人の形のように見えた。
 それから一休みしようと思う間もなく次の現場に到着する。
 あまりに早いので熟睡する暇が無かった。
「次の目的地ですか?」
バハルス帝国の首都」
アーウィンタールでございます」
 結局のところ移動速度が早くて、まだ一日も経って居ないのでゆっくりと休みたかった。
 首都らしき場所にたどり着いたところに見覚えのある人物が手を振っていた。
 炎のように揺らめく腰まで長い荒々しさを表す赤い髪。歳のころは三十歳過ぎの大人に見える。
 遠くからでも分かる赤を基調とする騎士風の全身鎧(フルプレート)の胸の部分は大きく張り出しているのは女性用だからだ。
 九人のメイド達の主である彼女の名は『兎伽桜(とがおう)娑羽羅(しゃうら)』という。
「お帰りなさい」
「ただいま帰りました」
 凛々しい顔立ちの兎伽桜に出迎えられて少し恥ずかしさを覚える神崎。
 元気一杯の彼女にはいつも振り回されるので少し苦手だった。
 2500体のモンスターを倒して、とメイド達に言われてホイホイ従う自分はとてもお人よしだと自覚しているけれど。
「ちょっとカ●●ムを冷やかしてきたよ」
「?」
「これは言っても分からないか。いやいや、ありがとうね、龍ちゃん。いっぱい戦利品を集めてもらって」
 メイド達が何処から取り出したのか、大きな箱をいくつも兎伽桜の側に並べていく。
 先ほどまで()()()()()()()()()()はずなのだが、()()()()()()()()()()()という能力はいつ見ても不思議だった。
「……これはこっそり『マグヌム・オプス』に放り込んでおけ」
「畏まりました」
 指令を受けた三人のメイド達が巨大な箱を一瞬で消し去り、飛び去っていった。
「どうせ暇だろうから、少しの間、この世界でのんびりと休暇と洒落込もうじゃないか」
「兎伽桜さん。それよりもモンスターをかなり倒して問題は無いんですか?」
「無い。何も心配は無い。この世界はそういう世界だ。……ただ、本気で絶滅を考えるなら星の形が変わるほどのレベルになる」
 あははは、と笑いながら兎伽桜は言った。
 実に楽しそうに。
 あまり面識が無いとはいえ、毎回突飛な話しばかりで退屈しない人だと感心する。
 彼女の人生はきっと波乱万丈ばかりだったに違いない、と。
 いつも突然現れ、頼みごとをして去って行く。相手にも事情があるものだと思い詮索はしなかった。というか他人の人生にそうそう興味を覚えない性質かもしれない、と神崎は苦笑しながら思った。
 神崎(かんざき)龍緋(りゅうひ)は既に()()の身だ。それが何の因果か、異世界でモンスター退治をする事になった。
 死後の世界と一言で片付けられないのは()()()()()()を感じる。
 だが、そうであっても()()()()()()()強大な敵との戦いは嫌いではない。
 自分が住んでいた()()()()()では味わえない仕事に不満は無い。

 家に残した(ベアトリーチェ)(恋龍)の事は気になるけれど。

 新たな討伐依頼は無く、兎伽桜と共に異世界の首都に向かう事になったのだが、まずその前に聞かなければならない事がある。
 本当にここが異世界なのか、どうかだ。
 いや、モンスターが居る時点で日本ではない事は理解している。それでも、だ。
「あらゆる解釈において異世界だと思えば、そうであると言える世界だ。……あまり言うとカ●●ムの解答をこちらでやるハメになるのでヒントはここまでにするよ」
 神崎にとってカ●●ムとは何なのか、()()知らない。だが、嫌がおうにも知る時が来そうな気配は感じた。
「それより……、後ろの火雅李(かがり)姫。何だか災難だったね」
 ずっと大人しくしていた火雅李がビクっと身体を震わせる。
 臆病な性格なので誰に声をかけられても大抵は同じような反応をする。
「い、いえ……。しっかり自分の身は守りましたよ」
「姫がここに居ても邪魔なだけなんだが……。見物人として過ごすかい?」
神崎様の雄姿を拝見できるならっ! この身を引き裂かれても、お側に、居たい……です……」
 神崎をチラチラと見ながら拳に力を込める火雅李。
 見た目は未成年のようだが二十歳には達している。
 姫というのはあながち間違いではなく、彼女の故郷では姫という待遇である。
 ただし、四人姉妹の末っ子なので存在感が希薄なのが難点だ。
 『時之都(ときのみやこ)火雅李(かがり)』という女性は異世界(セフィランディア)人と地球人のハーフであり、その影響からか頭髪が縞模様になっている。
 母親譲りの金髪と謎の色とりどりの髪の毛が生えた状態であり、上の三人の姉達もそれぞれ違う色合いになっている。
 それ以外の特色は無く、地球でも普通に生活できるのだが火雅李だけは故郷に残っていた。
 彼女の父親は地球人で髪の毛は黒い。それがどういうわけか様々な色が娘達に発現している。
「……今更火雅李のプロフィールを出されても大して活躍しないけどな……」
 と、兎伽桜はため息混じりに呟いた。
 確かに彼女の言う通りだ。
 火雅李が異世界で活躍できそうなシチュエーションはほぼ無い。
「あわわ。役立たずで、ごご、ごめんなさい」
「どこぞの闇妖精(ダークエルフ)とキャラ被りしそうだな。正真正銘、火雅李は女の子だからな。あと黒い杖で攻撃したりするキャラではない」
「……モブキャラでごめんなさい……」
 素直で優しい火雅李にも自分だけの特殊技術(スキル)があるのだが、それを披露する場面もきっと無い。いや、オリジナルストーリーではお披露目できる可能性はある。
 書かれなければ無意味なのだが。
「……全くだ。さっさと書けよ、バカ作者(Alice-Q)
「兎伽桜さん。話しが脱線して進みません。とにかく、街に行きましょうか」
 延々と説明していたら小説本一冊分(12万字相当)はかかるかもしれない。それに気付いた兎伽桜はため息をつきつつ歩み出す。
 そこに爆裂魔法を放つしか能が無い『めぐみん』を見かけたので兎伽桜は思いっきり無視してみた。
 というか、元々接点が無いのでめぐみんの方は一切何も気付かない。
「……はっ、今とてつもなく失礼な事を言われた気がします」
 めぐみんは辺りを見回す。すると派手な赤い髪の女性を見つけた。きっと敵だ、と。
「赤い髪だからといって敵って……。私はちゃんと分別ある人間ですよ、全く。……さてと、今日は何処をフッ飛ばしましょうかね」
 首都近辺での魔法の行使は色々と迷惑行為に当たるので割りと離れなければいけないのが難点だった。
 今日は一人なので迂闊に魔法は使えない。だから、適当な場所を事前に調査する為に来ていた。
 地道な調査は大事だとめぐみんも考えている。
「……これでも冒険者ですからね。考えないと簡単に死んじゃいますから」
 まして、ここは自分達の知らない世界。
 あと、モンスターが地味に凶悪。規則が多くて大変。首都にもモンスターが居て、そちらは倒せそうに無いくらい強そう、と。
 それでも魔法を放てる場所が外にはある。後は迷惑にならない場所を見つけるだけだ。
「往復を考えると……、毎日は大変ですね。もう少しお金に余裕があればいいんですが……」
 自由な外出をする為にはどうしても冒険者ランクを上げる必要がある。
 前に居た世界より危険な仕事は無いけれど、収入面はどうしても気がかりだ。
 かといって一攫千金の仕事があるわけではない。
 意外と世知辛い世の中だが、命と比べると納得出来るものがあるので文句は言えない。

勇気(ゆうき)(あおい)クエスト』をクリアしました。

 ここより先は身の安全は保証されません。
 最後のクエストにお進みください。

お兄ちゃんクエスト』を開始する。

 クリア条件はただ一つ。
神崎龍緋(かんざきりゅうひ)を倒せ。

 補足情報として、即死魔法。超位魔法は共に無効。
 世界級(ワールド)アイテムでの攻撃も無効。
 もちろん精神系なども通じない。全て幻龍斬戟(げんりゅうざんげき)が防いでしまう。ゆえに魔法詠唱者(マジック・キャスター)の天敵みたいな存在ですが魔法をぶつけるように放つかぎりにおいてはちゃんと当たります。効果が無いように見えるほど防がれてしまうだけです。
 相手は三番目の超越者(オーバーロード)
 四番目の超越者(オーバーロード)である兎伽桜娑羽羅(とがおうしゃうら)の先輩に当たります。
 一番目二番目の助っ人は無効。というか来ない。
 無敵なお兄ちゃんで絶望的ですが攻略方法が無いわけではありません。

物理攻撃で頑張れ。



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お兄ちゃんクエスト 22 タイトル詐欺じゃねーか

 リ・エスティーゼ王国風鳴翼(かざなりつばさ)達。
 バハルス帝国ターニャ・デグレチャフ達が召喚されて一週間ほど経過した。
 それぞれ街での生活を始めて情報収集したり、生活資金を稼ぐ日々を送っていた。
 互いの距離は数百キロメートルと離れており、尚且つ互いに存在を認識していない状態だった。
 左腕が欠損してしまった天羽奏(あもうかなで)は滞在しているカルネ村で歩行の訓練に勤しみ、付き添いとして風鳴が居た。
「介護老人みたいで悪いな」
 燃えるような橙色の発色の良い長い髪の毛を風鳴に手入れしてもらいつつ天羽は言った。
 身体の調子は一向に良くなる気配が無い。
 もとより死人だ。いずれは朽ちるか、ボロボロの灰となるか。
 いずれは覚悟しなければならないと思っていた。
 風鳴としては生きてまた天羽に会えただけで今ある奇跡を大事にしたいという気持ちだった。
 おそらく天羽は元の世界には戻れない。そんな気はする。だが、それを口に出せば自分はきっと泣いてしまう。
「そういえば、もげた腕ってどうなった?」
「街から魔法使いを呼んで『ぷりざーべーしょん』というもので保存してもらった」
「へー」
「魔法を唱えると手が光るんだ。だから、きっと本物だ」
「そういう世界が本当にあるとは驚きだ。あたしも何か魔法とか使えたらな」
 首にかけたペンダントに触れてみる。
 聖詠を唱えればシンフォギア(まと)える気がする。しかし、使えば使うほど身体の崩壊が進んでしまうかもしれない。
 そうすると風鳴が悲しい顔をする。それは嫌だな、と思うので使うに使えない。

 act 1 

 クローシェ・レーテル・パスタリエは与えられた部屋に引きこもり、体調管理について色々と考えているようだった。
 短期間では元の世界に戻れない、という想定をしなければならないので。
 そんな彼女の側に瑠珈(るか)・トゥルーリーワースは黙って寄り添った。
 家の外では準備運動に勤しむ獣人達が村人の手伝いをしたり、近隣の情報収集にあたっていた。
「ボロボロの鎧のままでは都合が悪いな」
 と、白い髪に猫耳を生やしたレオンミシェリ・ガレット・デ・ロワは自分達の姿を眺める。
 指輪の力で出せるのは武器のみ。鎧は壊れるたびに新品と取り替えるのが(つね)だった。
 一定のダメージを受ければ服ごとボロボロになる仕様が生きていれば、この先の戦いは少し都合が悪くなる。特に女性陣は。
 というか、女性しか居ない。
「服だけは()()無事じゃが……。困ったのう」
「新しい服を手に入れるか、買うかするしかないかもしれませんね」
 と、桃色の髪の毛で犬耳のミルヒオーレ・(フィリアンノ)・ビスコッティが言った。
 彼女の声を聞くためだけにマリア・カデンツァヴナ・イヴも側に居た。
「替えの服とか持ち込めたら良かったのにな」
 出来ないものは仕方が無いけれど。
 今後の活動方針も考えなければならない。それはマリア達にも言える。
 それぞれ目的地は無いし、一緒に旅をするのか、それとも別々に行動すべきなのかの議論も必要だ。
 少なくとも風鳴達は仲間である『立花響(たちばなひびき)』の捜索があった。
 他は元の世界に戻る方法。
「全くの未知の世界に放り出されて……。勇者達は我々が召喚したからこそ不安は無かった。いやまあ……、自分達が同じ目に遭わされて不安を感じない方が無茶ではあるな」
 腕を組んで唸るレオンミシェリ。
 武勇では誰にも負けない自信はあるが不安を感じないわけではない。
 特に妹のように可愛がっているミルヒオーレに何かかがあれば気が気ではいられない。
「ミルヒは村に残って、わしが近隣の街で情報収集してこようかの」
「レオ閣下。仲間は多い方が心強いものですよ」
「……しかしのう……」
 猫耳が力なく垂れるレオンミシェリに対し、元気に犬耳と尻尾を動かすミルヒ。
 好奇心旺盛の娘は何とも頼もしい限りだ、と不安はあるが実に頼もしく思えた。
「村人を見る限り、人間が多いと思うのだけど……。貴女達が街に向かえば騒ぎになるのではなくて?」
 特にモンスターに類する特徴を持っているので。
 偽装してもバレれば大騒ぎになる。
「幸いこの村は貴女達を受け入れてくれた。それがそのまま全ての地域に適用されているとは限らない。ここは待機して待つのがいいと思うわ」
「……う、うむ」
 マリアの意見に反論の余地無し。
 現時点で人間である者達に頼る以外に最善の策は思いつかない。
 自分でも分かってはいる。ただ一歩前に進む勇気が足りないだけだ、と。

 アデライド・グランマニエは簡素な服装に着替えて近隣の情報を集めていたが、大きな都市に入る為には検問を通らなければならない事を聞いた。
 異世界なので現地通貨に持ち合わせは無く、売れるものは無い。
 武器などはさすがに国宝ばかりなので無理。他には仕事で稼ぐしか無いのだが、村人達はよそ者に頼るほど困っては居ないし、資金も豊富ではない。
「借金で貸せるほど余裕があればいいんだけどね」
 それでもせいぜい三人くらいまでだ。
 村人総出で出し合う金額には限界がある。
 返せる当てが無ければ困るのは村人なので。
「今の時期に薬草採取といっても……。難しいな」
「なら、あの施設に連れて行けば? 少なくとも寝泊りは不自由しないし、運が良ければお連れさんのケガも治してもらえるかもしれない」
 と、もう一人の村人が言った。
「それがいいか。馬車はどうする?」
「急ぎじゃないなら三日ほど滞在してもらうけれど……。待てるなら連れて行けると思うよ」
「は、はい」
 食べ物は比較的豊富だし、共同風呂なら利用できる、という事なのでアデライドは異邦人全員の意見を集める事にした。
 何年も滞在する予定は無い。もちろん期間の方法は見つけなければならないけれど。
 移動に関してクローシェと瑠珈は同意した。黙っていても解決しない事が分かっていたので。
 目的地がはっきりした方がいいと判断したので、残りの者もそれぞれ同意していく。
「目的地の施設の近くに大都市があるので、そこを拠点として色々と決めてもいいのではないかと……」
エ・ペスペルエ・レエブル王都リ・エスティーゼ
魔導国側は検問の関係で今は行けなさそうだし……」
 大都市にいきなり行くより、近くに滞在拠点を設けておく方が機能的だと判断する。
 村の宿発施設も本来は使用料を払わなければならない、と聞いていた。
 大抵は冒険者なりになって利用した分はきちんと払ってくるものだと言われている。
「外から来る者は大抵が資金を得る為に冒険者になるそうなのです。探し人も何処かの都市で冒険者になっているかもしれないのです」
「……下手をすれば別の国に居る可能性もあるわけだ」
「異世界で一人の人間を探すのは簡単な事じゃねーよな」
 都合よく転移した場所の近くに居る保障は無い。
 バハルス帝国スレイン法国。北方のアーグランド評議国に南方の竜王国聖王国も対象なので。
 それらの国々ある大都市一つ一つを調べるのは途方も無い時間がかかる。
 大きな栗鼠の尻尾を持つクーベル・(エッシェンバッハ)・パスティヤージュも新しい場所に行くと分かり、不謹慎ながら嬉しくなった。
 一人ではなく、たくさんの仲間達と一緒なので。
「変身出来る方には先行してもらい、我々は馬車移動で向かおうかと」
「まあ、効率的だよな」
「地図だけ借りて往復するっていうのは……、疲れるか……」
 一人が脱落しているので現時点で移動可能なのは二人。
 レオンミシェリは少し元気を無くしているし、クーベルもたくさんは運べないと思っている。
「目的地まで草原を真っ直ぐ突っ切るだけだし、多少無理すれば馬車移動しなくて済むんじゃねーか。特に先輩にでっかい剣を出してもらえば」
「飛行タイプでは無いから少し心配なのだが」
「やってみなきゃ分かんねーだろ。シンフォギアなんて使う者の裁量でどうとでも出来そうだと思うんだがな」
 雪音(ゆきね)クリスの言葉に風鳴は苦笑する。
 確かにやってみない事には何もわからない。
 いつだってそういう事態の繰り返しで自分達は強くなってきた。
 時には山の標高すら変え、月からの隕石を迎撃までした。
 大抵の奇跡は何度も起こしてきたのだから、移動程度は朝飯前だと思わなければならない。
 たかが百キロメートル程度先の現場に行くだけだ。ここで真剣に悩んでも仕方が無い。
 村人から地図の写しを貰い、天羽を連れて風鳴が先行する。
 往復から考えて一日で全員を運ぶのは無茶かもしれないので、クローシェ達はのんびりと馬車移動する事にした。
 クーベルの指輪の力で出した空飛ぶ絨毯にミルヒオーレを乗せ、レオンミシェリは地上を走る事にした。
 不安な姿は似合わない、と自分に活を入れる為に。
 次の目的地である『マグヌム・オプス』にて全員が揃ったのは三日後となった。

 act 2 

 バハルス帝国側で冒険者としての仕事を続けていたターニャ達は毎日を地味な仕事で過ごしていた。
 ランクの低い冒険者プレートなので仕方が無いのだが、一攫千金を獲得できるような仕事が無いので非効率だった。
 一通りの情報は手に入れたし、魔導国側からの嫌がらせも無く。
 女神アクアに対する世間の冷たい目はまだ少し残っていたが、出入り禁止のような措置は受けなかった。
「地味で稼ぎが少ないけど……。このままでいいのか?」
 愚痴を言うのは地球から異世界に、更にまた異世界に転移した冒険者パーティの『佐藤和真(さとうかずま)』だ。
 非常識なモンスターが現れない分、気は楽だが、日銭の増え方が心許ない。
 物価が安いのはありがたいのだが、このまま地味な仕事ばかりでは飽きてくる。かといって危険な仕事を請けたくない。
「文句を言っても仕方がありません。我々は銅プレートなんですから」
「昇進すれば仕事の幅が広がるぞ、カズマ」
 と、聖戦士(クルセイダー)ダスティネス・フォード・ララティーナことダクネスが言った。
 今のところモンスター退治の仕事が無いので重そうな鎧や武器は宿屋に置いている。
 辺境の馬小屋に寝泊りしないだけありがたいと思わなければならないのかもしれない。
 トラブルメーカーのアクアは街頭や夜間に酒場などで大道芸を披露して日銭を稼いでいた。
 彼らと共に生活していた立花響は力仕事に勤しんでいた。
 小柄な見た目とは裏腹に変身しては百キログラムをゆうに超える荷物を軽々と運んでいた。
 ただ、歌いながらでなければ力が維持できないデメリットがある。
「帝都の周りは兵士達が守りを固めていますから、モンスターの襲撃件数自体が少ないんですよ。南下して『カッツェ平野』とか森の近くに行きますか? 少なくとも危険度は上がりますけど」
 安全な場所で平和に暮らしたいカズマとしては動きたくないところだ。だが、金の稼ぎも当然、少なくなる。
 元より帝国は冒険者に対する待遇は王国より低いと評判だった。
 それと落ちぶれた貴族が多く、依頼主の態度の悪さに辟易する事態に陥っていた。
 この国では魔法の才能がある方が暮らしやすいとも聞いている。
魔法学院は帝国民である事が入学の条件などで得体の知れない旅人に門戸は開いていないそうです」
 ゆえに爆裂魔法を使える『めぐみん』は門前払いだった。
 入学条件の一つに帝国に忠誠を誓うものがあったり、永住する事と守秘義務があること。将来的に兵士に志願してもらう事などがある。
「帝都で爆裂魔法を使う機会はそうそう無いと思うけどな」
 苦笑するダクネス。
 初心者たちが集まる『アクセル』の街に比べてとても世知辛いところなのは理解した。
 常識の範囲内ではあるけれど、あまりにも堅過ぎる、と。
 当たり前の事なのはカズマとて理解はしている。それが本来は正しいのだと。
 自分の能力を十全に生かせないのは勿体ないのだが、文句も言えない。
「……俺たち、モンスターが居ないと本当に役立たずだな」
「そういうな、カズマ。ところ変われば品変わると言うではないか」
 ダクネスは防御型の戦士であり、他に自分に出来そうな仕事が殆ど無い。
 一応、貴族の娘ではあるけれど異世界なので自分の立場は生かせない。
「拠点を変えた方がいいと思います」
「……それしかないか」
 とはいえ、自ら危険な場所に向かうのは気が引ける。けれども金は欲しい。
 異世界なので何か発明でも資金を稼げないか、日々悩んでいた。
 その中で得た『口だけの賢者』なる存在の噂を耳にする。
 二百年前に居た有名人で数々の発明品を世に広めた人物らしく、これがまた自分がやろうとしている事にソックリで驚いたものだ。
 説明は出来ても作る技術が無い為に付いた二つ名だとか。
「その賢者は牛頭人(ミノタウロス)だそうだ。亜人の国にも賢いものが居るようだな」
「実際に作って売り込めれば多少の収入源にはなるかもしれないが……」
 問題は何を作るか、だ。
 素材を手に入れるにしても何を集めればいいのか分からない。
 一番の問題はマジックアイテム類の値段の高さがネックとなっている。
 どこかにダンジョンでもあれば潜って探索するところだ。だが、その手の話しは中々得られない。
 あるとしても銅プレートでは請け負えないものだったりする。
 なにより冒険者はギルドが事前に調査したところにしか行けない安全な職場だ。
 白金級以上でも無いと危険な場所に行けない、と聞いた。
 銅から白金級になるのにどれだけの時間がかかるのやら。

 仕事から帰った立花達と合流した時は夕方になっていて、飲食する為にカズマ達は街中を散策する。
 安宿のお陰で多少の余裕が生まれている。これは物価の安さに素直に感謝するしかない。
「ギルドでも飲み食いできるけど、いつもの食堂でいいか?」
「はい」
「すっかり常連のようだな」
 ターニャの言葉にカズマは軽く呻く。
 料金が手ごろなのでよく利用しているだけだ。ただ、アクアが悪乗りして大食いさえしなければ何も問題は無い。
 女神のクセによく食べる女だ。
「酒場で芸を披露していると飽きられたりしないのか?」
「酒場を盛り上げる仕事として重宝されているわよ」
「そうか」
 ギルドの仕事ではないので昇進には一切関わらないのが残念なところだ。
 スラム街のような場所ではない為か治安は悪くなかった。
 たどり着いた食堂には多くの客で賑わっていた。
 大衆食堂の一つで仕事終わりの兵士達も利用している。
「……この国は肉類は豊富だが魚類は少ないんだよな」
 日本人として和風な食事が恋しくなる。
 お粥に似たオートミールが一般的とはいえ、肉の他に魚が欲しくなる。
 は割りと貴重なようだが塩分補給はとても大事だ、と思う。
 そもそもこの世界の海は真水だとか。
 では、どうやって塩を手に入れているのかといえば第零位階魔法で出すのが一般的、という解答があった。
 同時に胡椒(こしょう)も魔法で出すらしく、魔法学院の学生が日々、魔力を使って生成しているらしい。
 別名『生活魔法』とも呼ばれる第零位階はカズマ達にとっては未知の力だった。
 魚は鮮度を保つ方法が確立されていないだけで居ないわけではなく、多くが保存食として輸入されている。
 直接食べたければ北の海まで行った方が早いのだとか。
「肉類が多いお陰で筋肉質な人間が多いわけだ」
 特にランクの高い冒険者の筋肉は凄まじい事になっている。
 それと料理にかけられる得体の知れない色のソースが食欲をなくさせる。
 不味くは無い。ただ、吐き気を催すだけだ。
 慣れれば平気になってくると思うけれど、それまでは苦行になる。
 一通りの注文を済ませ、静かに食事を取る。
 ソースは酷いが野菜と肉は豊富。パン食もあるので極端な不自由さは感じない。
「このままダラダラと暮らしていいものか」
「元の世界に戻る方法が無い以上は仕方が無い」
 そもそも転移に詳しい人間が見つからない。
 死者を転生させてきた女神アクアとて知らない世界で戸惑っている。
 本来なら担当の女神が何処の世界にも居て、連絡を取れる筈なのだが、それが現在は出来ない状態になっている。
 下手をすれば一生この世界で暮らす事になる。
「……普通に考えれば転移させる事が出来る()()とやらを見つけるのが早道なんだろうな」
 肉を食べつつターニャは独り言のように呟く。
 自分ひとりならまだしも集団となると何者かの意思が介在しているように思われる。
 その何者かが分かればいいのだが、転移先の世界の住人がその情報を持っているわけも無いので困っている。
 むしろ持っていればそれはそれで凄いけれど。
「何者かの召喚という線は考えにくいのだが……。何も情報が得られないところが一番の問題だな」
「それはそうなのだが……。本当にどうする事も出来ないのか」
 ダクネスが言う。
 解決策が都合よく出てくれば誰も苦労はしない。それはアクア達とて分かっている。
「……じゃあ、向こうの世界で言うところの死んで神様の元に行くっていう手はどうだ?」
 と、カズマが言った。
 実際問題として()()()()()()()()()()()()()()ので、荒唐無稽という訳ではない。
「えー……。死ぬのは嫌よ」
「駄目もとで言ってみただけなんですけど」
「カズマは確かに何度も死んで女神に会っていたんでしたね」
「さすがにエリス様が現れるかは分からないが……」
 他に方法も無い。
 とはいえ、安易に死ねるわけも無い。
 ギャグ要素の多い作品だからこそ出来る方法であり、別の作品である『リ●●』など毎回、主人公がとてつもない覚悟を強いられる。
 いざその時になれば普通の人間は足がすくむものだ。
「……ギャグ要素って」
「なんですか、そのリ●●というのは?」
「何度も()()()()を体験する作品だったような……。●●系列の別作品の事だよ」
「●●系列?」
 めぐみん達にはうかがい知れない単語が続き、首を傾げられた。
 『この素晴らしい世界に祝福を!』がかつて投稿されていた小説投稿サイト(なろ●)に今も投稿されている作品でもあり、アニメ化もされた事がある。
 冴えない主人公が酷い目に遭い、尚且つ決まった地点へ何度も死に戻るので精神的に鬱になっていく過程が()()()人気となっている。
「……このすば伏字にしなくていいんですか?」
「俺達の事はクロスオーバーとして書かれているから問題ないんじゃないか? そうでなければ俺たちの名前全て伏字しないと駄目なんだぜ、著作権的に」
「……ふ~ん」
「もしリ●●の作品もクロスオーバーするようだったら伏字は解放される筈だ」
 開放されないのはクロスしていないからだ。
 後、リ●●が参加する予定は無い。
「あ、あの……」
 と、今まで大人しく食事を続けていた立花が声を出す。
「んっ?」
「死ぬしか元の世界に戻れない……、ものなんですか?」
「そういう方法というか可能性がある、というだけだよ」
 もし、それしかないなら立花としては選びたくない選択だ。
 人を守る為に頑張ってきた自分が人殺しのような事に手を染めるのは抵抗がある。
 そして、誰かが犠牲になる方法など絶対に選びたくない。
「こういう展開の時は大抵、首謀者っていう奴は案外近くに居たりするものなんだが……」
 転移先で最初に話しかけてきた人間とか。
 明らかに他の人間と違うオーラを放っていたり、とか。
 カズマの場合は側に居る女神アクアが一番疑わしい存在となっている。
「仮に一生を過ごすとして、それを受け入れるのは簡単ではないだろうな」
 将来を見据えるのも悪くは無いが、今はまだ戻りたい気持ちが強い。それが日に日に薄れていけば流石に覚悟を決める。
 というよりは幼女に転生した時点で自分は元の世界に戻れない気がするけれど、とターニャは思う。
 転移ではなく理不尽な存在Xによる転生だ。

 act 3 

 そうして二十年の月日が流れましたとさ、めでたしめでたし。
 という事になったら立花たちはどういう暮らしをしているのか。
「……まだ数日しか経ってないですよ。……それはちょっと考えたくないですね」
 仮に二十年経ったと仮定して、自分達はそれでもまだ三十代。
 立花は社会人として何らかの活動はしている、というのは漠然と浮かんだ。
 カズマも同様なのだが、こちらはずっと引きこもりで精神的に病んでいる気がする。
 ターニャはスタイルの良い女性か、栄養失調となって死んでいるか。
「……栄養が充分であればスタイルの良い女性になっている、かもしれないけれど……」
 元々が男性体だったので、女性としての生活はまだ受け入れがたいものだった。
引きこもりか、ニート以外の選択肢はないものか」
「カズマの場合は本気を出さないから仕方が無いわ」
「しかし、二十年後も今と同じ仕事についている保証は無いな。私の場合は貴族として生活している気がする」
「爆裂魔法を撃ち続けても倒れない状態になっているかも」
「女神は全く変化しないだろうな」
 実年齢自体非公開だし、と。
 女神アクアは二十年後も女神のままだと思う、ずっと。
「……わー、急に先の将来設計なんて出来ないよ~」
 異世界の文化はまだ分からない。
 戻る方法は出来る限り探っている筈だ。
 転生したターニャは現地で十年の月日を過ごしている。新たな土地で二十年過ごすのは理不尽かもしれないが受け入れるしか無い場合は自分を殺すかもしれない。
 元の地球に戻せ、という気持ちは転生した時に失っているも同然だが。
 どうせなら殉職にしてくれればまだ諦めも付いた。
 首に提げられている『エレニウム九五式』がある、という事は存在Xによる救済の可能性も否定できない。
 もし、これが存在Xによる干渉であればどうにも出来ない気もするけれど。
「住み易ければここでの生活を余儀なくされるわけだが……。女神が役立たずなら早いところ覚悟を決めなければならない、かもしれない」
 今のところ魔王討伐という物騒な事件の臭いは無く、比較的平和な世界のようだし、カズマとしては大人しくしている分には問題が無さそうに思える。
 もちろん、アクセルの街に残した知り合いの顔は浮かぶけれど。
「よく考えても見ろよ。ここと向こう。どちらが住み易い? 実家のある向こうかもしれないけれど……」
 ダクネスとめぐみんには少なくとも待っている家族が居る。
 女神は良く分からないけれど、カズマとしては地球以外はどこも異世界だ。
「わざわざ混乱渦巻く世界に戻りたいだ、などというのは……。臭い三文芝居のようだ」
「……私は戻りたいです」
「待っている家族とか友達とか居る人はそうだろうな」
 立花の言葉にカズマは無理して否定使用とは思わない。それは正しい、と。
 戻る方法が何も分からない。時には諦めも必要かと思って議論しているだけだ。
「転移した序盤の街で大して情報が得られないのはお約束みたいなものだ。もっと先に進まないと何も見えてこないかもしれない」
 一応、帝国の首都に滞在はしているけれど、戦争の準備をしているような慌しさは無く、のんびりとさせてもらっていた。
 他の国に行くべきかもしれないが旅費が心許ない。あと、もうすぐ昇進試験を受けられそうなので少しでも賃金アップを狙った方が事態が進み易くなるのではないかと思った。
 無理して他の地域にいけるほど金が豊富では無い。
 前のアクセルの町にいた時も滅多に他の町には行けなかった。それと似たようなものだと思えば我慢できる。

 進展しない話しをしつつ食事を終えれば安宿に帰るだけだ。
 転移して一年経ったわけではないけれど、新たなイベントはなかなか簡単には現れてくれない。
 特に魔導国との接触以降は変わった事が起きなかったし。
 それから更に三日が過ぎた。
 慣れとは恐ろしいものだとカズマは思う。
 それぞれ仕事に出かけて決まった時刻に集まるようになる。それはターニャとて同じであった。
 ランクの低い冒険者は外の仕事が殆ど無い、というのも原因かもしれない。
 無理に昇進すると危険度が一気に増すようだし、少しずつのランクアップが無難なのだが時間がかかり過ぎる。
 焦る気持ちを抑えれば意外と平気になるけれど。
「大きな事件でもあれば我々も何か活躍できるのではないか?」
 普通ならそうなのだが、キャベツの襲撃とかデストロイヤーの襲撃とか無いので冒険者として地味な仕事を続けている。
 全冒険者が強制参加するような仕事は無いらしい。
 そういう非常識なイベントがある前の世界はそれなりに賑やかだったと言える。
 立花としてはノイズの事件が無い分、平和的に過ごさせてもらっているけれど仲間や家族の事がどうしても気になる。
 ターニャも既に死亡扱いされているのでは、と諦めかけていた。
 カズマとしては見せ場が無い以外は地味で面白みのない毎日だが、平和的には暮らせているので、これはこれで良いのかな、と思わないでもない。
 元の世界に戻ってもヒキニート生活に戻るだけで面白くないけれど。
 有名になる選択は魔導国によって防がれているも同然だ。
 悪の魔王として倒すには敵が強すぎる予感がする。しかも、帝国の国民に危害を加えているわけではない。
 前の世界なら魔王の幹部が怪しい策略を巡らせて嫌がらせをするものだが、こちらの世界では国民生活に密着している。
 警備しているアンデッド兵なるものが暴れればいいのに、今までそういう事件が起きていない。
「冒険者より何か店でも開いた方がいいんじゃないか?」
 別段、凶悪なモンスターが帝国に攻め込んでいるわけではないようだし。
 ただ、闘技場なる施設では血生臭い試合が(おこな)われているのを知って吐き気を催したものだ。
 本物の殺し合いエンターテインメントにされているのだから。あと、奴隷市場
 こちらは想像していたものと違い、金の為に自分の人生を売る人が多く、何処からか(さら)ってきた人間の売り買いは滅多に(おこな)われていないという話しだった。
 高額だが森妖精(エルフ)が主に流れてくる、らしい。
 あくまで噂に過ぎなく、直接確認していないので。
人身売買が合法というのは信じられんな」
奴隷制度があっても不思議じゃないけれど、街中を見る限り、強制労働している雰囲気は無いんだよな」
 道端で森妖精(エルフ)に暴力を奮う場面は今まで見た事が無い。
「……なによりもこの世界の冒険者ギルドには上のランクの仕事が請け負えない規則がある事だ」
 前の世界では危険な依頼も特に制限無く請け負えた。それがこの世界では安全を考慮された親切設計。
 ある意味ではありがたいのだが、規則に束縛された仕事というのは自由を愛するものの敵としか思えない。
 文句があるなら昇進するしかない。
「村人から借りた金も返さなければな」
 金貨数枚程度とはいえ物価から考えて結構な大金になると今更ながら知った。
 今の冒険者ランクでは返すまでにまだまだかかりそうだ。
 それほどの額を見ず知らずの異邦人に貸したのだから、恩は必ず返さなければ相手に悪い。それくらいはカズマも思っている。
 借金を踏み倒した事は無い。それだけは自信を持って言える。


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23 カッツェ平野での昇進試験

 あくる日、冒険者ギルドに行った立花響(たちばなひびき)昇進試験の権利を得た。
 佐藤和真(さとうかずま)達は少しサボり気味だったので後日となるようだ。
「昇進試験は鉄級冒険者と共に仕事を請け負ってもらい、依頼を完遂することです」
「はい」
 カズマ達の意見では今のところ出来る限り収入面の向上に務める事にしていた。
 大きな事件性のあるものに無闇に首を突っ込まない。そういうスタンスを取ろうと決めていた。
 立花も命と引き換えにするようなことには否定的だったのでカズマの意見に同意した。
カッツェ平野の中にある兵士の訓練場に出てくるアンデッドモンスターの討伐です。他の冒険者と共に(おこな)ってください。兵士達は訓練に集中するので冒険者の手伝いは基本的にしません」
「分かりました」
 討伐予定のアンデッドモンスターは昔からバハルス帝国に現れる骸骨(スケルトン)など。弓や剣を持っている者も居るけれど強敵という程ではないと言われている。
 他の冒険者と一緒に行動するとはいえ無理に一人で戦え、という内容ではないことは何度か言われた。
 準備期間を設け、仕事開始は次の日から五日間ほどの予定で始められる。
 カズマ以外ではターニャ・デグレチャフの二人で(おこな)う事になった。
「現場は少し遠いが……。やれるのか?」
「無闇に生き物を殺す仕事ってわけじゃないみたいだから……。たぶん大丈夫だと思う」
 同じような声で会話する二人に対し、共に仕事をする鉄級冒険者チームは全員が大人だ。
 普通に考えれば子供達と一緒に仕事をする事になるので不満があって当たり前と言える。だが、彼らは黙って立花達を受け入れる事にした。
 首から提げているプレートは偽物ではないので。
「亜人も出るかもしれない。君らはアンデッドだけに集中していい。いくら多く倒そうと仕事内容にはあまり関係ない」
 あくまで五日間無事にやり遂げるのが目的。アンデッドモンスターを多く倒すことではない。
「多少のケガは信仰系が治癒するがマジックアイテムの使用は無いと思ってくれ」
 回復アイテムはとても貴重で高額だから低ランクの冒険者に使うメリットが無い、という意味だ。
 飲食に関しては出来るだけ自前で用意するように、と言われた。
「了解した」
「よろしくお願いします」
「倒せそうにないモンスターなら遠慮なく逃げるから、君らは自分の身を守る事に集中しているといい。合同の仕事はいつだって誰かが足を引っ張るもんだ」
 と、にこやかに語るのは経験者だからだ。
 彼らとて昇進試験を受ける冒険者だ。自分たちが通ってきた道を若い者に教えることも生き延びる為に必要だから言っている。
 請負人(ワーカー)と違い、ある程度の責任意識を持つのが冒険者というものだと思っている。

 act 4 

 五日間の日程の最初の一日は現場まで馬車で移動する。徒歩で向かうには遠すぎるし、体力が持たない。
 帝都からカッツェ平野までは相当な距離がある。
 実質の戦闘期間は二日か三日程度となっている。
 最初の一日は荷物確認の後は軽い世間話し程度で消費され、現場は翌日の朝方にたどり着く。
 山岳地方に広がる荒野のような荒地。
 地面は異様な色合いで戦場後といった色合いで生物が住めるのか疑問に思わせるほど。
 そして、視界を遮るように霧が立ち込めている。
「毎年戦争が起きる頃には晴れるそうだが、普段は霧で覆われてあまり視界が利かない。
それゆえにアンデッドモンスターが倒し難くなっている」
 そんな物騒なところだが奥に行けば兵士達が駐留している訓練場があり、演習を続けている。
 鉄級冒険者は低位のアンデッドを倒し、強くなったり、珍しいアイテムを見つけるのが仕事だ。
 死体漁りも仕事の内。
 ここで死んだ冒険者の遺体から貴重品を得る事もある。
「ここを突っ切ると王国領に出る。こんな危険な所を使わなくても行けるんだけどな」
「あくまでここは戦場に使用する場所で行商人は使わないよ」
 利便性はほぼ無い。
 せいぜい獣人(ビーストマン)の国竜王国側に行くくらいではないかと言われている。
 無理に踏破するほどの価値は無い、と冒険者達は思っている。
「まずは寝泊りする拠点を探さなくてはな。他の冒険も居ると思うが骸骨はほぼ敵だと思っていい。中には魔法を使ってくるものも居るので注意してくれ」
「はい」
 中心地まで行く予定は無いので、数キロメートルほど奥まった場所にテントを張る事にする。
 立花達も手伝って地面に杭などを打ち込んでいく。
 薄暗いけれど暗黒空間というわけではなく、陽の光りが届きにくい状態だった。
「………」
 あまりにも淡々とした作業が続いているので会話が少なくなってきた。
 それは別に悪い事では無いけれど立花としては何か言わなくては、と思う。
 声を出してモンスターを誘き寄せる結果になってはいけない、という鉄級冒険者の言葉もある。
「……楽しいハイキング、というわけにはいかないよね」
「仕事だぞ?」
 と、普通に返してくるターニャ。
 彼女はここまで本当に一言も喋らなかった。なので少し驚く立花。
「モンスターと殺し合いをする場所だ。浮かれている者はあっけなく殺されてしまう。それでもいいなら、別に止めはしないぞ」
「……ターニャちゃんの意地悪~……」
 同じ声で言われるとターニャとしては眉根を寄せる事態だ。
 なんだろう、自分がバカみたいになった気分だ、と。

 テントを張り終えた後は装備品の確認だ。
 立花は変身出来るとしてターニャは軽装だった。武器は落ちている小石を使う予定なのだが、いずれは剣でも手に入れようかと考えている。
 銅プレートの収入では立派な武器はまだ手に入りそうに無かったし、鉄級冒険者達もターニャ達を戦わせる気は無く、あくまで廃品回収程度に使う気でいるようだ。
 誰が一番モンスターを倒せるかを競うのが昇進の目的ではない。
 与えられた仕事をこなし、生きて帰って組合(ギルド)に報告するまでが仕事だ。
「あまり現場から離れないように。逃げる時は全部捨てるつもりで」
 と、ターニャ達に声をかけてきた鉄級冒険者。
 その後で仕事が本格的に始まる。
 捨ててもいいものだけテントに残し、無理の無い範囲で食料や回復アイテムを身体にくくりつけるのが一般的らしい。
 ターニャ達はそこまで重装備では無いけれど、各冒険者の身なりを参考にするように言われたのでしっかりと観察する。
「基本的な戦士(ファイター)野伏(レンジャー)はこんな格好だ。他の職業(クラス)も特徴的な装備があるけれど、それらは冒険者組合でも観察できる」
「はい」
 その手の質問は恐れずに声をかけるように、とアドバイスを受ける。
 自分たちが下級冒険者の面倒を見る時に同じように教える時があるかもしれないので。
「……そろそろアンデッドモンスターが来る頃です。……準備はいいですか?」
 ターニャは身構える程度だが、立花は深呼吸を何度もした。
 アルカ・ノイズなどの得体の知れないモンスターとは何度も戦ってきたので戦闘自体は慣れていると自負している。けれども未知の敵はいつだって驚かされてきた。
 自分はちゃんと戦えるのか、改めて自問する。
 伝え聞いた中ではモンスター以外に人間と戦うようなことは滅多に無い、と言われている。
 いわゆる盗賊に類する敵だ。
骸骨(スケルトン)だけに集中しているといい。ローブを着ていて魔法を撃つ奴もだ。それ以外は……警戒だけしていた方がいい」
「はい」
 人間と遜色ないモンスターと言えば動死体(ゾンビ)くらいだという。
「組合で調べられた範囲で人間そっくりというのは……、聞かないな。未発見のものは出てくるかもしれないけれど」
 あえて探せば吸血鬼(ヴァンパイア)だろうか、と呟いた。
 気をつけろと言った手前、立花たちの装備はとても貧相なものだ。
 ほぼ戦闘には適さない普段着と言ってもいい。
 無理に戦わせる気は無いけれど、収入を得て色々と買い揃えてほしいものだと冒険者は思った。
 それから霧が少し濃くなってきた頃に様々な音が周りから聞こえるようになってきた。
 それは金属同士がぶつかる音や何かを砕く音。
 決して大きく無いけれど戦闘の音だと推測する。
「アンデッド達はどこからともなく現れます。空から降ってくるとは思えませんが……、大抵は地上に居ます」
「了解した」
 装備を整えた冒険者達がテントから離れ始める。その後をターニャ達が追う。
 視界が悪い中を冒険者が移動できるのは視界阻害対策をしているからだ。
 彼らの目には鮮明に周りが映っている。
「このあたりで待機します。テントからあまり離れていないから、すぐ逃げられると思うけれど……」
「こちらも視界阻害対策は出来ている」
 立花は知らないがターニャは『エレニウム九五式』という演算宝珠のお陰で視界阻害対策が取れる。
 不可能を可能にする干渉式の一つを使う。
 首から提げている小さな丸い宝石に魔力を注げば大抵の事が出来るのだから、これを発明したものは確かに凄いと言える。性格的な問題は抱えているかもしれないけれど。
「槍を持った骸骨(スケルトン)が三体接近!」
 声を張り上げて仲間に通達する冒険者。いっせいに武器を持ち、警戒態勢に移行する。

 視界の悪い中で襲ってくるモンスターは骸骨(スケルトン)という。
 このモンスターは低ランクでも討伐できるものだが種類が豊富だ。中には手に負えない強敵も居る。
 特に魔法の武具を装備したものは鉄級冒険者では歯が立たなかったりする。
 難度は1から3と弱い部類だが、弓を装備したものに狙われることもあるので油断は出来ない。
「うわっ、本物のガイコツ!?」
「そういうモンスターなんだろう」
 と言いながら石をぶつけていくターニャ。
「逃げても敵は追いかけてくるぞ」
「う、うん」
 頭では分かっている。けれども実際に見るモンスターの気持ち悪さに身体が震えそうになる。
 前の世界ではたくさんのノイズアルカ・ノイズ達と戦ってきたのでモンスターに免疫があると思っていた。だか、やはり怖いものは怖かった。
「身体に鎖を巻いた狼っぽい奴も襲ってくるからな。気をつけろよ」
 と、言いながら手際よく骸骨(スケルトン)を打ち壊していく鉄級冒険者。
 ある程度破壊した骸骨(スケルトン)は身体が元に戻って襲って来る事は無く、残骸と化したままになる。
 とにかく、動かなくなるまで壊す事が大事だと教えられた。
「見えない位置から弓を飛ばしてくる奴が居る。気を抜くなよ」
「了解した」
 弓矢くらいなら身体を張って立花を守ってやればいいか、とターニャは思った。
 変身しないままおどおどしているけれど、現場に慣れようと必死に耐えている。無理に背中を押すより自主性にかけてもいいかな、と。
 モンスターが襲ってきたわりに数は少なく、十分も立てば静かになる。
 (おびただ)しい大群が攻めてきた場合はさすがに敗走する。
 逃げ切れなければ大規模術式を使うしかないけれど。
「目ぼしい装備は無さそうだ」
「アンデッドは放置すればまた復活するのでは?」
 至極当然の疑問をターニャは口にした。
 もちろん現場を清める信仰系の魔法があるけれど、このカッツェ平野においては無駄に等しい。
 そういう考えが本当に正しいなら何年も前から研究し尽くされている。
 現に帝国魔法省が様々なアンデッドを捕らえては研究しているのだから。
「清めても清めてもアンデッドが湧き出る。ここはほぼ無尽蔵にモンスターが出る地域だ。昔から……」
 破壊したモンスターは一箇所に集められて地面に埋められていく。
 撃破した数が少ない時は埋葬するようだが、多くは放置される。
「適度に倒しているから弱いアンデッドで済むが……。あまり放置したままだと強力なアンデッドが生まれると昔から言われている。だから、冒険者がこうして定期的に倒して行くわけだ」
 アンデッドが協力になる理由は良く分かっていない。けれども、放置するのはよくない、というのが通説となっていた。
 割りと迷信を信じるのは命を大切にしているからだと思われる。
「無闇に突っ込んではいけないが……。身を守る事に集中してくれ」
「はい」
「馬に乗ったアンデッドが居たら、近付くな。そいつは多分、俺たちでも歯が立たない奴の可能性が高い」
「襲う奴は大抵、言葉は喋らない。叫ぶのが精々だ」
 そんな事を話しながら定期的に襲ってくる骸骨(スケルトン)を倒していく。
 バラバラにならずに人型を保ったまま走るモンスターはターニャからすれば不可思議の塊だ。どういう原理になっているのか、興味がある。
 頭を破壊したり、胸の辺りを破壊すると活動が停止する。それ以外は気にした素振りを見せずに動き続ける。
 これがゲームの世界ならば普通のことかもしれない。けれども、ここは現実だ。
 いくら死体でも繋ぎ留める()()が無ければ走った瞬間に自壊するものだ。
「おっと」
 と、ターニャを突き飛ばし気味に冒険者が身体を割り込ませてくる。その後でカンと乾いた音がした。
 何かの投擲物が飛んできたらしい。
「……ヤバイな骸骨弓兵(スケルトン・アーチャー)が居るようだ」
 本来なら防殻術式などの常駐型で矢や小石などは自動的に防ぐものだが、冒険者達はターニャの能力を知らない。またそれを教える義務は無いので黙っている事にした。
 見られたからとて口封じする気は無いけれど。
 おそらく魔法による防御というものがあるはずなので、指摘されたら魔法で誤魔化すことにする。
 ちなみに、と前置きし骸骨弓兵(スケルトン・アーチャー)について冒険者は語る。
 難度は6程度。骸骨(スケルトン)よりちょっとだけ強い程度。
 アンデッドモンスターは視界が悪い地域でも平然と活動するので、不意打ちされ易い。
 武器は大した事が無いけれど余計なケガを負うと血の臭いで更なる厄介なモンスターを引き寄せてしまうかもしれない。特に獣系などを。
「数匹程度なら問題は無いけれど、怒涛の攻撃が来たら退散する」
「了解した」
「密集隊形を維持していれば、骸骨(スケルトン)程度はどうとでもなる。君達は生物系の動死体(ゾンビ)などは平気な方か?」
 ターニャは平気と答えそうだが、女の子らしく怖がってみるのもありかもしれない、と思わないでもない。
 銅プレートとはいえ、命を粗末にするような無謀さは求められていない。
「……ぞ、ゾンビとか出るんですか?」
 声を震わせながら立花が言った。だが、声が似ているのでターニャが怖がっているようにも聞こえてしまう。
 そこはどう違いを付ければいいのか、考えなければならないかもしれない、と。
「アンデッドは骸骨(スケルトン)だけじゃないからね。当然、動死体(ゾンビ)食屍鬼(グール)とか出るよ。あと、非実体の幽霊(ゴースト)とか」
 日本では存在が疑われていた化け物も異世界では普通に出てくる。その事を今の今までターニャ達は失念していた。
 よく考えれば歩く骸骨(スケルトン)などが実在すれば現代社会ではけっこう驚かれる筈だ。
「……持ち帰ったら有名になれるだろうな……」
「いや~、それはちょっと……」
「モンスターをそのまま街に持ち帰ったら騒ぎになるから駄目だぞ。そういうのは専門機関が(おこな)う事になっている。それ以外の例えば……。召喚で出せるものとかは自由だが……」
 冒険者組合として他人に危害を加えるような危険なモンスターの持ち込みには役所に申請しなければならない。
 細かい規則については冒険者ギルドで改めて説明を受ける事にして仕事に専念する。

 act 5 

 仕事が始まって数時間が経過した。
 散発的に襲撃がある程度で今のところ凶悪なモンスターの出現は認められなかった。
 懸念していた巨大モンスターも姿は確認できなかった。
「そろそろお昼時だ」
 昼になったからといってモンスターが活動をやめるわけではない。
 警戒は怠らず、テントに戻る。
「今日は割りと出現数は多い方だ。運がいい日は数体しか出なかったりする」
 他の冒険者も利用するのだからすでに討伐された後、という事も珍しくはない。
 目ぼしい収穫が無いのは寂しいけれど、誰も脱落していない事を幸運と思わなければ次の戦闘は出来ない。
 無謀な勇者は帝国には数えるほどしか無い。
 低ランクの冒険者は基本的に地味な仕事の積み重ねだ。偉業は夢として捉え、今日を生き延びた事に感謝する。
「という……。命は大切って事さ」
 ()()ならば()()()()()()()()の如く()()()()たくさんのモンスターが現れるものだ。
 それが地味な戦闘しかないのはターニャにとって意外だった。
 立花はよく理解出来ていないようだが、他の作家モドキならどういう進行を書いているのか。
 メタフィクション的に思考するならば都合の良い展開の連続か、基準となる作品のコピー、またはトレースが順当か。
 例えば、もう少しで嵐のごとく怒涛の展開に持ち込むのが凡百の二次創作では起きる可能性が高い。というか起きないと地味で平凡で何も面白くない平坦な流れとなる。
 ここで突然、意味も無くクレマンティーヌが登場したら面白いだろうか。同じ声(悠●碧)が三人揃う事になるし。などとモノローグが下らない事を考えている内に()()()()()に昼食の時間が終わってしまった。
「……普通なら何かイベントが起きてもいい頃合なのに……」
 あれー、と首を傾げるターニャ。
 それとごく普通に戦闘準備を整える冒険者達。
 彼らとて名前が出ていないが充分、襲撃クエストの容疑者になりうるのに。
 おいおい、ここに幼女が居るんだぞ、なぜ襲わない、と。
「どうしたのターニャちゃん?」
「……いや、平和で結構な事だと思って……」
 騒動を自分で望むのは不謹慎なのだが、いつもなら小説作品として何がしかのイベントが起きるのが一般的だ。
 それが無いのは怪しいと言わざるを得ない。
 そもそも異世界転移は大体都合よく行く先々で騒動が起きる。事実、アクア達はけっこう色んな重大イベントに巻き込まれてきた、筈だ。
 確か()()に入ったのではないのか、と。
「君らはまだ休んでていいぞ。新たなモンスターの気配は無いから」
「はい」
「昇進試験だからって都合よく大群が現れたりしないもんさ。とにかく、俺達の仕事ぶりを観察するんだな」
 気さくな冒険者が手を振りつつ辺りの警戒任務につく。
 それだけならば何の変哲も無いものだが、何も起きない状況は慌しい日常を送ってきた者からすれば異常事態に匹敵する。

 それから数十分おきに骸骨(スケルトン)が現れる以外は苦境に立たされるような状況にはならず、段々と周りが薄暗くなる。
 霧が濃くなったわけではなく、日が落ちてきたからだ。
 闇が濃くなるとアンデッドモンスターの発生頻度が高くなるらしい。
 夜行性のモンスターが多いともいえる。
「テント周りはまだ無事だな」
「はい。小動物も居ないようです」
 骸骨(スケルトン)の整理を終えた立花が元気よく答えた。
 頻繁に出て来たモンスターのお陰か、怖がらずに残骸をまとめられるようになったようだ。
 生物である動死体(ソンビ)などは今のところ姿を見せていない。
 大抵は土に養分を吸い取られて骨だけになるのかもな、と冒険者の男性は笑いながら言っていた。
 不思議と骸骨(スケルトン)が多い理由に納得がいった。
「骨の集合体のモンスターも居るけれど、集めた程度ですぐにモンスター化するわけじゃないから。埋めたやつは数日はおとなしくしている筈さ」
 処分できないのだから埋めるか、放置するしかない。
 一時間後には真っ暗闇となる。
 『闇視(ダークヴィジョン)』のアイテムやスキルを持つ者にとっては夜間の活動も支障なく出来る。
 低位階の魔法である闇視(ダークヴィジョン)の効果は視覚的に真昼のように映すものである。
 なので周りが明るくなるわけではない。
 周りを明るくする場合は『永続光(コンティニュアル・ライト)』を使う。
 魔法で点ける電灯のようなものだ。
 少し立てばあちこちから明るい光りが見えてくる。
「君達は早めに休んでいいぞ。夜間戦闘が出来るなら周りの警戒をするように」
 そう言い残し、冒険者達は自分達のテントに戻って行った。
 モンスターが何処から現れるか分からない場所で寝泊りすることも立派な仕事かもしれないが、立花は平気なのかターニャは疑問に思った。
 軍隊教育でなら珍しくは無いのだが、変身出来る女子の日常生活に(うと)いターニャとしては少し心配だった。
 索敵が出来るんだった、と思い出したターニャは術式を展開する。
 空中にテレビ画面が映し出されるような仕組みは現代社会でも不可能な科学術だが、自分が居た世界では可能となっている。
 首から提げた演算宝珠というアイテムは本当に多機能で驚かされる。
 アンデッドモンスターに類する敵影の姿は自分たち以外には無さそうだ。遠くにはいくつか光点として移動しているけれど。
 『祝詞(のりと)』を使わない限りにおいての使用は特に問題は無いようで安心する。
 意外と自分も急な転移で正常に頭が回らなかったようだと苦笑する。
 その後、少し冷えてきたせいで所用(おしっこ)がしたくなってきた。霧があるとはいえ冒険者達は視界阻害対策をしていて周りを鮮明に映している。
 我慢し続けるのは身体に悪い。
 こういう時のための道具は持ってきていたが、いざ使う場面になると抵抗を感じるのは身体が少女だからか。
 テントから出れば漆黒の闇。だが、テント周りは魔法の明かりで数メートル先までは見通せる。
 光りがギリギリ外れる位置に穴を掘り、立て板を設置して簡易トイレを作る。
 消音はどうしようかと思ったが、それほど響くような地形ではない筈なので気にしても仕方が無いと諦める。
 数日掛かりの仕事に排泄は必須。これも慣れていくしかない。

 act 6 

 仮眠を繰り返し翌朝になると戦闘の音が聞こえてきた。
 あまり身体が休めたとは思えないが横で寝ている筈の立花を見るとしっかり熟睡していた。
「………」
 外にモンスターが居てもしっかりと眠れる精神には感心する。
 銃声溢れる世界ではないから上のランクの冒険者が頑張っている限りは安全かもしれない。もちろん、彼らに任せていられるほど安全かは分からないけれど。
 とりあえず、まずは水で濡らしたタオルで顔を洗う。
 飲料水にも使うので無駄には出来ないが、汚いままというのは何かと不衛生だ。
 宝珠で索敵しつつ立花の顔も拭いてやる。
「……霧にもアンデッド反応があると聞いていたが……、画面は正常だな」
 画面の確認を終えてテントから出て冒険者達のテントを確認する。
 既に彼らは外で支度を整えていた。
 何度も同じ仕事をしている為か、動きに無駄があまり無い。
 鉄級とはいえ昇進するまでに請け負った仕事には差がある。
 一年で昇進する者も居れば数ヶ月で達成するものも。もちろんターニャ達のように短い期間でなる、かもしれない者も居る、筈だ。
 そもそも昇進は任意で拒否権があるという。
 それはそれぞれの冒険者の力量に任せられていた。
「おはようさん」
 気さくな挨拶をターニャは軽い微笑で返す。
 戦闘は激化するほど激しくはなく、モンスターの出現頻度はとても低かった。
 それから立花が起きて周りを警戒すること三時間は経過しただろうか。その間、遠くで戦闘する音はしたが近くに来るモンスターの姿は無かった。
 このカッツェ平野には全体で数百人規模の冒険者が常に来ているらしいし、兵士達の駐留する施設も存在する。
 それゆえにモンスターの絶対数は思っているほど多くならない。
 それと霧で把握しにくいがカッツェ平野はターニャ達が思っているほど広大である。
「今回は外れかな……。昼ごろになったら帰ろうか」
「……せめて首無し騎士(デュラハン)くらい出ると思ってたんですが……」
 難度でいえば75ほどのアンデッド。目撃例が報告されているが滅多に現れないのでレアモンスターとして知られている。
 難度が高いけれど強さは未知数。そのモンスターが騎乗するアンデッドの馬は首無し馬(コシュタ・バワー)といい、難度は60ほど。
 発見例が少ないだけで難度が高く設定されていて、実際はあまり強くないという噂があった。
 バハルス帝国の帝都アーウィンタールの街中に居る死の騎士(デス・ナイト)は難度105。
 こちらは一般の冒険者にとって(もっと)も警戒すべき存在して昔から知られている。
 その強敵から見れば一般に知られている大体のアンデッドモンスターは雑魚に見えてしまう。
「痛って!」
 急に一人の冒険者が叫んだ。
「どうした!?」
「背中を撃たれた。たぶん魔法の矢(マジック・アロー)だ」
 第一位階の攻撃魔法である。
 当たった感じでは致命傷ではなく、防具に守られたお陰で軽傷で済んだ。
「……死の大魔法使い(エルダーリッチ)ではなく骸骨魔法師(スケルトン・メイジ)だな、きっと」
 魔法を使うアンデッドモンスターは武器を持つ者より難度が高く、強敵が多い。
「杖持った骸骨(スケルトン)が居たら、真っ先に倒せ!」
 と、怒号のように命令を下し、冒険者達は身を守りながら索敵し始める。
「君達も警戒しておくといい。一度、狙われると()()()()()()魔法だ」
「は、はい!」
 立花が返事をし、ターニャは索敵に入る。
 攻撃はそれ程激しくないので一体だけかもしれない。
 位置の特定くらいしか出来ないが魔力反応を探る。


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24 撃槍ガングニールVS魔槍ゲイ・ボルグ

 霧で見えないがたくさんの岩場があるので冒険者を狙う事自体は何処でも可能となっている。
 既に充分に日が昇っている筈だが周りは相変わらず薄い霧に覆われて視界は不明瞭だった。その中でモンスターは苦も無く攻撃を仕掛けてくる。
 ポケットに忍ばせた小石に追尾と狙撃用の術式を仕込むターニャ・デグレチャフ
 後は敵を見つけるだけだが索敵範囲が少し広すぎる為に対象を絞れない。
 魔力の痕跡は低位階のせいか、とても薄く探すのが難しい。
魔法の矢(マジック・アロー)は狙われれば標的に()()当たる」
 と、言いながら駆け出す冒険者。
 ターニャ達に自分の身は自分で守れ、という意味で助言をしてくれたと判断する。
 散開する各冒険者は盾などを掲げて敵の攻撃に警戒する。
 少なくとも地面からは放たれていない、という見当をつけて。
「地上にモンスターの気配なし」
 互いに声を掛け合い警戒する。
 一見、敵に居場所を伝える危険な行為にとられるが相手が動物などでは威嚇の意味がある。
 もちろん、アンデッドに聴覚があれば驚かせることもあるかもしれない。
 あとは自分達に活を入れる意味もある。
「標的にされたのなら近くに居るはず」
 ターニャは航空術式を使用し、宙に浮く。それを見た立花響(たちばなひびき)は驚いた。
 何かしらの能力はあるんじゃないかなー、とは思っていたけれど目の当たりにすると声に出る程の驚きがあった。
 そんな立花の驚愕を無視して敵影を捜索するターニャ。
 魔法を使う骸骨(スケルトン)なら杖などを持っているという話しだった。
「……あれか」
 数十メートル先の物陰にそれらしい骸骨(スケルトン)を発見する。
 すぐに狙いをつけて小石を投擲。すると手から離れた小石は意思を持ったように標的に向けて一気に加速していった。
 それから数秒後に小さな爆発が起きる。
 大規模な爆炎術式ではないので、周りの霧は大して吹き飛ばせなかった。
 念のために他の魔法を使いそうな骸骨(スケルトン)を探してみたが見当たらなかった。
「標的は粉砕した」
「君も魔法詠唱者(マジック・キャスター)だったか」
「似たようなものです」
「ああいう手合いも居る、という事だ。君達もモンスターと戦う場合は防具をなんとかした方がいい」
 軍服と普段着で居る時点で冒険者として失格だ。
 それについてはターニャは文句は無かった。

 act 7 

 散発的な戦闘はあったが大きなケガも無く、昼食の時間まで生き延びた。
 ほぼ骸骨(スケルトン)しか出てこなかった。
 多くの冒険者がモンスター退治に勤しんでいるのでターニャ達のところだけ特別なモンスターが出る事は無い。
 かなりの強敵が出た場合は周りから危険を知らせる声が上がるという。
 手柄より命が大切だ、という事だ。
「今回は目ぼしいアイテムを持ったモンスターは見当たらないようだ」
「このまま戦闘する事にどんな意味があるんですか?」
 至極当然の疑問を立花は口にする。
 それに対して冒険者達は苦笑する。それは別に立花を嘲笑するものではない。
「……経験する事かな。世の中にはもっとおぞましいモンスターがたくさん居ると言われている。腐りかけの死体とか。巨大な竜とか」
「戦闘経験を積んで次に備えるのさ」
「中には猛毒を持ったモンスターも居る。時には酷いケガで日常生活に支障が出るかもしれない。それでもなお心が折れずに居られればアダマンタイト級になれるかもよ」
 とはいえ自分達はまだ鉄級だ、と小声で呟く冒険者達。
 別に伝説に名を残したいわけではない。
 無謀に命を散らしたいわけでもない。
 稼ぎがいいし、安全度が高い。ただ、それだけだ。
 他に仕事が出来れば、それがいいに決まっている。
 経験を積めば様々な発見があるかもしれない。
 冒険者とはつまり可能性の拡大だ、と。
「普通に暮らしていても才能は中々伸びないと言われている。冒険者はその中で様々な経験を積めば色んな事が出来る一番近道でもある。そういう風に言われているのを聞いただけだけどね」
 ただ学ぶだけでは何十年もかかる。
 実践に優る教科書は無い。
「……経験を積むことは大事だ」
 ターニャも今の意見に同意する。
 机上の空論だけでは分からない事は確かにたくさんあるからだ。
「周りを警戒した後は大きな怪我をしない内に帰ろうか」
「そうですね」
 一時間ほどの猶予を持って警戒任務に付き、合間に食事などを済ませておく。
 カッツェ平野には多くの冒険者が入れ違いに戦闘をする。
 それはいつもの日常の如く、多くの冒険者にとっては珍しく無い光景だった。
 その間隙を破るのは一本の赤い槍
 カッと静かに大地に突き立てられる細い武器。
 上空から投げ込まれたその槍は一度の投擲にもかかわらず、周りの霧を吹き飛ばす。
「なに!?」
「霧が……」
 最初の異変に気付いたのは誰だったのか。
 周りからどよめきが漏れる。そして、すぐ後には周りに居る冒険者達にも届く笑い声。
「あっははは! ははは!」
 豪快な響きを持つ、その笑い声は戦場全てを黙らせるほど高かった。
「……ヤバイ。赤い槍を見たら逃げろって言われてたっけ」
 素早く仲間に合図を送る鉄級冒険者達。
 戸惑う立花をよそに異常事態に対して行動を取っていく。
「槍使いのモンスターが現れたぞっ! 逃げろ~!」
「マジかよっ!」
「ヤベェ!」
 と、声が届いたところから同じく大きな声が返ってきた。
 それは他の面々にも聞こえるように危機を知らせているという事だ。
 パニックを起こしているように見えるだけで、実際は冷静な動きを取っている冒険者達にターニャは驚き、そして感心する。
「槍使いのモンスター?」
「間違いない。赤い槍といえば影の国の女王(スカアハ)だ。あの()声には聞き覚えがある」
 ターニャは脳裏で敵の名前を検索する。
 確かに聞き覚えのある名前だ。それも何かの伝説に出てくるような。
「……ふむ。この我から逃げるだと? 腰抜け共め。雑魚を追い立てるような無粋なことはせん。逃げるなら勝手にしろ」
 声だけ聞かせる謎の影の国の女王(スカアハ)と思われる存在。
 ターニャは索敵を始める。
「我に挑戦する強者は居ないのか? 折角、来てやったのに……。つまらんな~」
うるせぇ! お前は強すぎるんだよ。帰れ、邪魔だから」
 と、勇気ある冒険者の一人が叫んだ。
「……バカ。火に油を注ぐな」
「……相当我は嫌われたようだな。誰ぞ挑戦者は居ないのか? ここしばらく相手が居なくて寂しい限りだ」
 いじける姿無き影の国の女王(スカアハ)
 声だけ聞いているけれど悪い人ではないような気が立花にはした。綺麗な声だし、とてもモンスターとは思えない。
「……わ、私が挑戦してもいいですか?」
 と、念のために冒険者に許可を求めてみた。
 立花の格好からはとても許可できそうにないのだが、まさか挑戦したいと言うとは思わず、大層驚いた。
 どう見ても一瞬で蹴散らされる結果しか見えない。というより、何で戦う気なのか、と。
「この立花は変身して戦うそうです」
 と、ターニャが補足する。だが、それでも全く想像できないので、一応やめた方がいい、となんとか言った鉄級冒険者達。
 自分達の仲間が勇気を出して言うならまだ理解出来る。鉄級だけど。まさか初めて組まされた()()得体の知れない銅級冒険者で、しかもどう見ても()()()()()()が言うとは思ってもみなかった。
 だが、現場に居た多くの冒険者が我先にと逃げ出している状況はとてもではないが正常とは言いがたい。
 明らかに影の国の女王(スカアハ)を警戒している。それだけの存在だという事だ。
「君の(しかばね)は拾えない。俺達は君を見捨てるが悪く思わないでくれ」
「だ、大丈夫です。私だってみすみすやられたくないので」
「我々は退避の準備を整える。立花は無理な戦闘はしないこと。いいな?」
 ターニャの言葉に立花は頷いた。
 どういう戦闘になるのか、それはそれで興味があったけれど、まずは安全確保が出来てからだ。
 今のところ他の冒険者が襲われる事態には陥っていない。それは影の国の女王(スカアハ)は無闇に人を襲う存在ではない、という事かも知れない。

 しばしの静寂の後、大地に何者かが静かに降り立った。
 黒い軽装の衣服に浅黒い健康そうな肌を持ち、腰にかかるほどの長さの黒いストーレートヘア。
 豊満な胸を強調し、凛々しい顔立ちの美貌は世の男性陣を虜にするほど。
「……人間?」
「……いや」
 立花の疑問の呟きに対し、冒険者は即座に否定する。
 モンスターの中には人間の姿を持つ者が居る。分類上は人間種ではなく異形種だ。
 初めて出会う者には分からないが、影の国の女王(スカアハ)は唯一の存在ではない。同じ顔が次から次に現れる事もある。
 過去に何体か討伐された事は冒険者ギルドも承知している。
 出会っても戦ってはいけない危険なモンスターに位置している。それゆえに討伐リストに載る事が殆ど無い。
 あと、影の国の女王(スカアハ)は無闇に人を襲わないと言われている大人しい部類のモンスターとしても有名だ。
 ただ、変身する場合があるので、その時は見境が無くなる。だからこそ皆逃げていく。
「変身するモンスターの一体だ。今のうちは大人しいが……。無理ならすぐ逃げろ。あいつは諦めた者は襲わないと言われているからな」
「分かりました」
 蜘蛛(くも)の子を散らすように冒険者達が退避する中、立花は勇気を持って敵に近付く。
 逃げる事は簡単だ。だが、黙って逃げては何も解決しない。
 もちろん、話しが通じれば仲良くなれるかもしれない。少なくとも可能性に駆ける事は無駄ではない筈だ、と信じる。
「……ほう? 勇敢なる挑戦者か。小さき戦士もまた一興……」
 赤い槍を器用に振り回す影の国の女王(スカアハ)
「貴女は本当にモンスターなんですか?」
「ん? まあ、世間一般ではそうなっている。ははは、我は影の国を治める女王……。という役割を担っている、ことになっている。実際には……、そう思い込んでいる()()、だ」
 不敵な笑みを見せつつ綺麗な声で答える影の国の女王(スカアハ)
 とてもモンスターとは思えない。
 背は高く、手足の筋肉がしっかりと引き締まっているのは何となく分かった。
 様々な格闘技の映像を見せてもらったので、大体の事しか分からないけれど。
 肌に張り付くような異国の服が妖艶な肢体を包んでいる。
「言葉だけでは信用できまい」
 そう言いながら何度か手を叩く。するとあちこちから姿を見せる影の国の女王(スカアハ)達。
 今まで何処に隠れていたのか、と思うほどに同じ顔が十人から百人以上へと増えていく。
あっははは! 我ら全てが影の国の女王(スカアハ)姉さんだ」
 同時に(しゃべ)(おびただ)しい数の影の国の女王(スカアハ)達。
 立花は戦慄する。
 なんだこれは、と。
「この数を相手にするのは骨が折れよう。目の前の一体だけで構わん。他は邪魔だな」
 同じく手を叩き合図を送ると一斉に姿を消す影の国の女王(スカアハ)達。
「安心したか、小さき挑戦者」
「……大変、驚きました」
「そうかそうか。別に驚かせる気は無かったがな」
 話している分にはモンスターとは思えない優しい印象を受ける。けれども、やはり彼女はモンスターなのかもしれない。
「……それで小さき戦士は……何で戦う気だ? 武器は無さそうだが? 勇気だけでこの影の国の女王(スカアハ)を屈服させようとか思っているのか?」
 勇気だけが取り得の様な立花とて無謀な戦いはしない。
 ただ、自分はこの敵と戦いたい。そう思っている自分が居ることを感じていた。
 単なる興味ではない。いや、そうかもしれないけれど。
 誰もが恐れるモンスターの()()()を知りたい。ただそれだけかもしれない。
 なにせ()()()()()()()()モンスターだ。かなり興味が湧いている。
 ターニャは冒険者達と共に避難の用意は整えた。後は共に逃げるか、助太刀をするか、だ。
「……出来れば殺し合いではなく、お互いを理解したい。……それでは駄目ですか?」
「んっ? モンスターと殺し合うのがこの世界の摂理だ。それを変えようというのか貴様は」
「……そこまでは考えていません」
 そもそもモンスターに近付いて何を言っているんだろう、と疑問に思うくらい自分でもびっくりしている立花。
 もし、仲間が居れば叱られる事は絶対で確実だ。
 呆れる仲間の声も幻聴として聞こえるほど。
「……お前は世界を(けが)す者では無さそうだな。不思議と殺意は湧いてこない……。なかなかそういう者と対峙する機会が無かったが……。せっかく来て何もせずに帰るのは勿体ない。少しばかり相手をしろ」
「は、はい。よろしくお願いします」
 と、言いながら拳に力を込め、中国拳法の映像で勉強した構えを取る。
 様々な映画が基本になっているので正式な型とは言いがたいが、それでも見よう見まねで鍛錬は続けていた。

 影の国の女王(スカアハ)は目の前の小さな挑戦者を前にして何を思ったのか。
 モンスターとして現界しているので自分の自我は持ち合わせておらず、自動的な思考に支配されているのかもしれない。それでも生物的にこの戦いをとても嬉しそうに感じている、と周りから見た限りでは彼女の表情は笑顔に変化した。
 槍を器用に振り回し、立花を睥睨(へいげい)する影の国の女王(スカアハ)
 獲物をどうやって仕留めようかと思案しているようだ。
槍兵(ランサー)は一撃離脱が基本だ。それゆえに乱打戦は悪手となっている」
 立花の目の前で尋常ではない足捌きで一気に地面を滑るように後退していく。
 その動きを見た立花は『速い』と驚いた。
 ただ足が速いのとは違う。
 明らかに人間離れした速度だ。その証拠に地面を軽く(えぐ)ったような有様になっている。それは普通に走った程度では決して起きる筈が無いものだ。
 相当の脚力か、特殊な技なのか。
「軽くお前の強さを見てやろう」
 立花を中心に半径十メートルの円を描くように駆け始める影の国の女王(スカアハ)
 土埃(つちぼこり)を巻き上げつつ地面を抉る走法。そして、一周するのに三秒もかかっていない速度はどんどん速さを増しているように感じる。
 このまま行けば分身するのではないかと立花は思った程だ。
「!?」
 綺麗な円だけではなくジグザグにも動き始める。
影の国の女王(スカアハ)姉さんの動きに追いつけないのか? 戦場では常に走り続けなければすぐに仕留められるぞ。それとも動きを読んで先読みでもしようというのか?」
「……いやー、素直に動きが速くてビックリしました」
 本当に素早く動くさまは変身していない状態で見ると非常識だな、と。
 飛んでくる弾丸を拳で撃ち落したりした自分も大概だとは思うけれど。
 ()()から見ると()()()()()に見えるんだ、と呆れたり驚いたりした。
 遠くから見ているターニャも影の国の女王(スカアハ)の動きに驚いていた。
 明らかに人間が出せる速度ではない、ように見える。
 特殊な歩法というのは聞いた覚えがあるが、実際に目にすると驚愕ものだ。
 もし自分なら絶対に接近戦は挑まない。元より遠距離戦を得意としているから当たり前だが、と思わないでもない。
「目を瞑って動きを読む、とか思っているわけではあるまい? この影の国の女王(スカアハ)姉さんは相手の動きも読めない間抜けでは無いぞ。まして、自分の速度に振り回されたりはしないのだからな」
「……あらら」
 大抵は影の国の女王(スカアハ)の言う通りの戦法で攻撃を当てるものだ。
 それには確かに自分の動きを制御できない、という条件が必要だ。
 そうでなければ相手の拳にわざわざ当たってくれるわけが無い。
「おっと……、忘れておったわ。一応、戦闘開始だ」
「はい」
 立花の周りを回る事をやめた影の国の女王(スカアハ)は後方に宙返りして距離を取る。
「我はモンスターゆえ疲労とは……、()()無縁だ」
 強者の(おご)りか、親切に解説する影の国の女王(スカアハ)
 長い槍で攻撃しようと思えば、いつでも出来る筈なのに武器は未だに使ってこない。
 モンスター的には既に攻撃していてもおかしくない。なのでターニャは不思議だなと思った。
「広い戦闘空間が手に入った。では、本格的に始めようか」
 霧が晴れたカッツェ平野
 冒険者達も驚く見晴らしのいい空間に息を呑む。
 霧が晴れるのは一年でほんの数回。その時期にめぐり合うのは地元の人間でもなかなか無い。常駐している兵士でもない限りは。
「一般的な殺し合いでも構わんが……。そちらは手合わせ程度に捉えるが良い。影の国の女王(スカアハ)姉さんは無闇な殺生はしない。聞き分けの無い者にはそれ相応……、といったところだ」
 振り回した槍は一瞬で消え、無手の状態になる影の国の女王(スカアハ)
 それでも無謀に突っ込めば手痛い反撃が予想される。
 相手は戦いなれたモンスターの筈だ。

 立花は今の状態のまま戦おうとは思っていない。
 さすがに怒涛の行動に驚いたけれど。
 首から提げたペンダントを取り出して、目を瞑る。
「バ~ルウィ~シャル、ネスケル、ガングニール、トロ~ン……」
 聖詠を唱え、アームドギアガングニール』をまとう。
 相手が無手になってこちらがシンフォギアをまとう形になってしまい、少し申し訳ない気持ちになったけれど、軽い戦闘だと思って雑念を振り払う。
 おそらく只者ではない。走法を見てもかなりの実力者である事を認める。
「よろしく、お願いしますっ!」
 ドン、と地面を砕くように一歩踏み出し、二歩目で一気に相手に肉薄する立花。
「存分にかかって来い」
 立花の最初の一撃を影の国の女王(スカアハ)は本当に軽い動作で受け流した。
 柔軟な身体から繰り出される体術は歴戦の戦士である証し。
 映像を見た程度の(にわ)か仕込みとは何かが違う。
 急な変身に冒険者達は驚きで言葉を失ったが、ターニャも改めて立花の変化に感心する意味で驚く。
「はっ! てやっ!」
 二撃目。三撃目と拳を繰り出すが当たらない。
 撃ち出される拳から衝撃波のようなものが発生しているが影の国の女王(スカアハ)には何の驚きも与えていない。
「……ぐっ」
 攻撃が読まれている、というよりは見えているのかもしれない。
 少なくとも常人には視認が困難な速度になっている攻撃だ。それを苦も無く(かわ)すモンスター。
「そんな大振りな攻撃ばかりではすぐにバテるぞ」
 苦笑気味に言う影の国の女王(スカアハ)はまだまだ余裕だった。
 確かに彼女の言う通りだ。だが、攻撃が当たりさえすれば、と思ってしまう自分が居る。
 可能性の話しでは中々前に進まないものだ。
 腕のギアを変化させつつ突進力を上げる。
 装着しているシンフォギアはある程度は自分の意思によって変化を付ける事が出来る。
 意志の強さで巨大な拳にすることも可能だ。
 あくまで感覚的に(おこな)っているので立花は細かい原理は殆ど分かっていない。
「ファイっ!」
 気合を入れつつ歌う立花。
 小技を絡めつつ接敵戦闘を繰り出す。それでもなかなか当たらない。
 対格差があるとはいえ、簡単に躱されると不安になる。
 いや、これが強者の実力かもしれない。
槍兵(ランサー)修行僧(モンク)のような戦い方はしないのだが……。お前の戦い方が拳ならば、それに見合った戦い方にしなければな」
 不敵な笑みを浮かべつつ柔軟な身体から高速の蹴りが飛んでくる。それを咄嗟に防御する立花。

 ビシィっ。

 軽い一撃に思えたはずなのにギアを通じて伝わる衝撃に身体全体が痺れる。
 巨石をぶつけられたものに似ていた。
 地面を削るように吹き飛ばされるも態勢はなんとか維持した。
「うわっは……。強烈……」
あっははは! その程度で驚いている場合では無いぞ」
 ターニャから見ても今の一撃は腕が折れていてもおかしくない、ように見えた。
 自分であれば防御術式に意識を集中しなければ複雑骨折は確実だ。
 速さで言えばまだ全力では無い気がする。
 一対一で戦うような相手ではないかもしれない。
 ガン。ゴン。など肉体が奏でるような音というよりは鈍器で殴りあうような感じだ。
 圧倒的に立花が押されている。
 気弱な姿ばかり見ていたので本来の彼女の強さが分からないが、攻撃を(しの)いでいるところから本当は強いはずだ。そう見えないほどに影の国の女王(スカアハ)というモンスターが強いという事だ。
 確実に一撃一撃を当ててくる体術を駆使している。
 変身しても防御が精一杯なら影の国の女王(スカアハ)の本気とはどの程度なのか。
「……あれ……。うっ、ぐっ……。武装しているように見えないのに……」
 戦車の砲弾すら拳で弾く立花の拳が引き締まった程度の女性の脚に押されている。
 生身の身体にしか見えないのに。
「肉体強化はモンスターの基本ステータスだ。別に不思議なことは無い」
「……えー……」
「あまり手加減しては影の国の女王(スカアハ)姉さんの実力が疑われる。お前もしっかり反撃せんか」
 反撃したいけれど攻撃が重くて中々攻勢に転じられない。
 こちらの拳を膝で普通に防御したりするし、どういう肉体をしているのか。
 口だけではなく、本当に強い。
 この調子では『絶唱』でも使わないと反撃の糸口が見えないのでは無いかと思うほどだ。
 短期決戦で勝てる気はしないけれど、更なる強さは必要だと感じた。
 それゆえに()()()を使おうか迷う。
 弱音を吐くには早いけれど、こちらの攻撃が殆ど通じない。
 これで手加減ならどうしようもない。
「……ふむ。やはり槍が無いと調子が出んな」
 影の国の女王(スカアハ)は虚空から赤い槍を出現させる。
 ニメートルほどの長さの細身の槍。
「それ」
 と軽い調子の言葉の後で鋭い突きが襲ってきた。
 素早く手甲部分で弾こうとしたが素手で鉄を殴ったような硬さを感じた。
「!?」
 ただの突きなのに重い。
 砲弾以上の強さがあるという事か、と。
 いや、それよりもシンフォギアをまとっているのに防御があまり通用していない、気がする。
「……立花。そいつに勝てそうか?」
 ターニャはあえて尋ねてみた。
 どう見ても立花では勝てない気がする。いや、一人では、無理かもしれない。
 連携して油断を誘うべきか。それともたくさんの影の国の女王(スカアハ)達が一対一の戦闘の邪魔をさせないようにしてくるか。
 様々な事が脳裏を過ぎり、戦闘に参加できない。
 少なくとも手助けできるような状況ではない。
「……いやあ、正直に言いますと……。無理かな~と」
 今のままでは勝てる気がしない。それが分かった。
 本物の武術の達人を相手にしているような気分だ。
 素人(しろうと)玄人(くろうと)の違いをまざまざと見せつけられている。
 立花が諦めの声を上げると影の国の女王(スカアハ)は薄く苦笑する。
「諦めるのか、挑戦者」
「諦めたくはありませんが……。貴女は強い。それがよく分かりました」
「当たり前だ。私は強い。だが、そんな私を倒せなくては情けないことこの上ない」
 武人らしい言葉に立花は呻く。
 確かにそうなんですけど、と現代っ子のように呟く。
 自分の師匠である『風鳴弦十郎』といい勝負が出来るのではないか、と思う。少なくともノイズ以外の敵に対しては無敵ではないかという実力者だ。

 最初こそ受けきれた影の国の女王(スカアハ)の攻撃が少しずつ更なる重みを持って襲ってくる。
 短い打撃音から振動を加え、そのまま押し切ってくるようになる。
 シンフォギアをまとってさえ感じる痛み。
 肉体強化は立花も同じ。
 モンスターというだけでこうも差が現れるのか、と驚きの連続だ。
「……こんな所で立ち止まるわけには行かないよね……」
 いつも苦境に立たされて来た。
 だからこそ負けられない戦いがある。奇跡は何度でも起こしてみせる。
 今は仲間が居ないけれど、と言葉無き思いを胸に秘める。
「まだお手合わせ……、お願いしますっ!
「奇跡の一手か……。そればかりに頼っていては戦乱は生き残れない。お前に強くなれ、と言うのは酷かもしれないが……。嫌いじゃないぞっ!
 赤い槍を突き出す影の国の女王(スカアハ)に対し、拳で打ち返す立花。そして、そのまま奇跡への一手を使用する。
 胸に提げられた集音マイクへと変化したペンダントをスイッチのように押す。
「イグナイトモジュール、抜剣(ばっけん)っ!」
『ダインスレイフ』
 機械的な音声がペンダントから流れ、空中に浮いたそれ(ペンダント)は形状を変化させる。
 それはまるで蜂のように。
 鋭く長い針が出現し、立花の胸の中心に突き刺さる。
 そこから黒いエネルギーが湧き出して身体を覆っていく。
 シンフォギアの『暴走』を意図的に引き起こし、理性で制御する為のシステム。
 それが新たな力『イグナイトモジュール』だ。
 ただし、タイムリミットが存在し、長くは戦えない。


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25 ダウルダブラ・ファウストローブ

 破壊衝動という心の闇を具現化し、シンフォギア全体を黒く染めていく。
 全ての能力が底上げされる。
 一度暴走状態になると手がつけられなかったが今はタイムリミットが過ぎると能力が消えるだけとなっている。
 爆発的な能力向上に伴い連続使用はシンフォギア奏者の身体に多大な負荷をかける。よって変身が維持できなくなるデメリットが存在する。
「ははっ。これは期待できそうだ」
 変身した立花響(たちばなひびき)に対し、影の国の女王(スカアハ)は臆する事無く槍を繰り出す。
 拳で打ち返す立花。先ほどよりも重くは感じない。
 力で負けていない、という事かもしれない。
「たあぁ~!」
 一気に詰め寄り拳を繰り出す。しかし、次の槍が襲ってくる。それを弾く。またすぐに槍が目の前に来る。

 カン。コン。ガン。

 金属同士の衝突音。それが少しずつ間断なく聞こえ始めていく。
 カンカンカン。またはガンガンガン、と。
 立花の速度が上がっても影の国の女王(スカアハ)の攻撃は更に上回る。それはつまり(スカアハ)はまだまだ実力が上がるという事だ。
 未知数の敵の攻撃に何とか追いつこうとする立花。
「あははは! やるじゃないか。もう少し遊ぼうか。全て打ち返してみろ」
 一気に速度が上がるが、見えないほどではない。
 迫り来る無数の槍を弾き飛ばす。
 普通ならそれだけだ。
 だが、影の国の女王(スカアハ)は只者ではない。
 (はた)から見ていたターニャ・デグレチャフは何とか見えていた。
 槍一本だったものが二本になっている事に。
 残像かと思ったが、そうではない。
 その内に三本になる。
 影の国の女王(スカアハ)は虚空から新たな槍を次々と取り出している。
 弾かれた槍は空中に投げ出されるが片方の腕には新たな槍が握られる。
 飛ばされる速度と出現させる速度がどんどん速くなり、いつしか数え切れない本数となって立花を襲っていく。そして、それらに気付いているのか、全て弾き返す立花。
 目で追う事が難しいくらいの攻防だった。

 ドガガガ。

 もはや助太刀も出来ないほどに滅茶苦茶な状況となっている。
 普通なら一本の槍で無数の突きを繰り出すものだ。それなのに影の国の女王(スカアハ)は数で圧倒しようとしている。それはある意味では卑怯だ。
 だが、それでも口出しできない凄さを感じる。
 百本以上の赤い槍が空中に乱舞しているにもかかわらず、感覚だけで新たに出現させたり、近くにある槍を掴んで繰り出したりしているのだから。
 そして更に驚愕なのはそれだけの本数にもかからず、未だに一本たりとも地面に落ちていない。
 つまり全て使用している。と、思ったがそんな筈は無い、という思いもある。
 出せる槍ならば消せもする筈だ。
 どれくらいの数があり、どれくらいの槍が消えたのか、全く分からないけれど。
 とにかく、凄いの一言に尽きる。
 そして、思う。
 こんな敵がまだ他にも居て、どう倒せばいいというのか。
「絆~に変えて~!」
 迫り来る無数の赤い棘それらを歌いながら迎撃する立花。
 一撃一撃が重いのは分からない。だが、問題なのはまだ自分の攻撃が相手に届いて居ない事だ。
 前進出来ないほどの物量。
 イグナイトモジュールを使ってもまだたどり着けない境地は驚嘆ものだ。
 月の欠片の落下を防いだ自分に不可能は無い、と言い聞かせる。
「これ以上の奇跡は……お前に負担を強いるか……。それはそれで残念だ」
「ま、まだ行けます!」
「ここまでの攻防でも見事だと思うぞ。だがまあ、そろそろやめにしようか。若い挑戦者を無闇に死なせては実に……、勿体ない」
 無数にあった槍が一斉に消失し、壁が無くなった事で立花の態勢が前のめりに傾く。
「だが、最後の一撃勝負と行こうか。これは単にお前の挑戦に敬意を表するものだ。受けるも良し。避けるも良し、だ」
 シンフォギアをまとってさえ息が上がるほどの攻防を繰り返した立花は相手の言葉にただ頷く。
 イグナイトモジュールのタイムリミットもそろそろ切れる頃合。
 短時間とはいえ、一時間ほどの攻防に思えた。それほど体感的に長く感じた、という事だ。
「我が槍は呪いの魔槍ゲイ・ボルグ。その一撃を受けてみよ」
 後方に宙返りし、立花から距離を取る影の国の女王(スカアハ)は言った。
「よ、よろしく、お願いします。私の拳はガングニール。貴女の槍を見事に撃破して見せますよ」
「……ケルト神話赤き槍……。相手に不治の傷を与えるという……」
 ターニャは赤い槍(ゲイ・ボルグ)の名前で相手の正体にようやく合点が言った。
 伝説の存在にして()()()英雄の師匠でもある影の国の女王(スカアハ)は正しく強敵だ。
「本来は投擲(とうてき)するのだが……。さて困ったぞ。お前に合う技が思いつかん」
 腕を組んで首を傾げる影の国の女王(スカアハ)
 うんうん唸りながらその場をグルグルと回ること五回。
「……よし、()()()投擲(とうてき)にしよう。挑戦者よ。見事この槍を弾き飛ばしてみよっ!
 新たに出現させた槍が複数混ざり合い、太くて長い得物に変化する。
「はい!」
「傷のことは気にするな。そんな無粋な真似はしない。……では、行くぞ?」
 更に数歩後退する影の国の女王(スカアハ)
 最終的に変形したゲイ・ボルグは全長十メートルほど。直径五十センチメートルは超えただろうか。
 極太の赤き魔槍ゲイ・ボルグを平然と片手で掴む影の国の女王(スカアハ)は不敵に微笑んだ。
 それを迎え撃つのは小さな身体のガングニール奏者立花響という少女。
 右腕のガントレット状のギアから渾身の一撃を叩き出す為に弓を引き絞るような形状に変化。後方に棒状のものが伸び、腕内では歯車を形成し、それが激しく回転する。

 頭上で軽く数回転させるだけで周りの者に畏怖を与える魔の槍。
「穿ち……、突き抜けろ……。我が魔槍……」
 影の国の女王(スカアハ)から表情が消える。そして、放たれる一射。
「ゲイ・ボルグっ!」
「ぶっ飛べ~っ! ガングニールっ!」
 双方の一撃必殺がぶつかり合い、一瞬だけ閃光が走る。
 軋む音が両者から響き渡る。
 立花は力を込め、懸命に押し戻そうとした。だが、太い槍はびくともしない。
 拳を巨大化させ、後方にエネルギーを噴射する。
「アー!」
 両足からも推進力を発揮する為の変形が(おこな)われていく。だが、それでも押し戻せない。
 離れた位置で見守っていたターニャは自然と手に力を込めていた。
 久しく忘れていた感動というものかもしれない。
 熱い戦いは見ている限りにおいて心躍るものだ。そして、それは避難作業していた冒険者たちも一緒で、更には現場に居る他の冒険者達にも伝播していたようだ。
 誰もが激闘を見守っていた。
 この真っ向勝負の行方を。
 かたやモンスター影の国の女王(スカアハ)を。
 かたや名前も知らない冒険者の少女を。
「負けるんじゃねー!」
影の国の女王(スカアハ)っ! 槍投げただけで終わりか!」
 応援する者。罵倒する者。
 たくさんの声が木霊(こだま)する。
「……押し戻せない……」
 推進力は上がっているはずなのにびくともしない影の国の女王(スカアハ)の槍。
 むしろ後ろに押されている。
 勢いが全く殺せない。
「世界が違うから? フォニックゲインが足りないから? そんな理由で……、負けたら……笑われちゃうよね」
 歌がある限り自分はまだ戦える。
 だが、この世界には歌が足りない。
 周りの応援は聞こえているし、ありがたいのだが。
 圧倒的に数が足りていない。
「それでも無理を通さなければならない戦いがっ! あるっ!」
 言葉では強がってもイグナイトモジュールの限界時間が迫っていた。
 槍一本で苦戦しては次の戦いに備えられない。
「弱い事を悪だと思うな、挑戦者。強くなる可能性があるならば、それはお前の祝福だ。我らは強さに限界がある。……モンスターだからな。下積みの無い強さは実に……、滑稽ではないか」
 回転する槍を撫でる影の国の女王(スカアハ)
「この戦いに勝ち負けは不要だ。どちらであれ、影の国の女王(スカアハ)姉さんはお前の健闘を讃えよう」
「……あ、ありがとうございます」
 褐色肌の槍兵(ランサー)は心底嬉しそうに微笑んだように立花には見えた。
 では、期待に応えなければ申し訳ない。

 イグナイトモジュール、抜剣。

 三段階のセーフティの二番目までを解放。
 更に勢いを増すが槍は押し戻せない。というより最初に止めた時点で奇跡、という事かも知れない。
 そう思わせるほど相手の攻撃は強烈だと知った。
「……希望の歌っ!」
 それでも後には引けない。
 その時、繰り出した右腕の無手のアームドギアがひび割れていく。
「なっ!?」
「立花っ! もうやめろ! 今回は敗北で構わん! これは殺し合いではない!」
 ターニャは危険を察知して叫ぶ。
 彼女の声を聞き、手を引き戻す選択が浮かんだ。だが、それでいいのか、という疑問もある。
 逃げるのは簡単だ。
「……最後まで抗って見ますよ。……大丈夫。まだまだ私は強くなりたいですからね」
 ギリギリまで好きにさせてもらう。
 立花が決意を胸に秘めた時と同じ頃、新たな音が響き渡る。
「愛、など見えないっ! 愛、などわからぬ! 愛、など終わらせる~!」
 戦場に響き渡る歌声。
!? この歌は……」
 上空から光り輝く螺旋の衝撃が数条、猛回転するゲイ・ボルグに巻きつく。
まさか! キャロルちゃん!?
「ふんっ。誰だか知らんが……。それがオレの名か?」
 空から降りてきたのは紫の意匠の戦闘服。
 背中から翼のように生えているのは数本の紫色の板同士の間に複数の弦が張られた楽器のようなもの。
 ツバの広い帽子は魔女が被りそうなもの。その帽子の前面部には赤、水色、黄色、緑の四色の菱形宝石が乗っている。
「なんだか分からんが……。すこぶる腹が立つ」
 背の弦をそれぞれ爪弾き、極細ワイヤーとして手から放つ。
 それらは回転する槍に巻きつき、火花を生じさせる。
七十億の絶唱でも止められんか」
「だ、駄目だよキャロルちゃん! 想い出を焼却するようなことはっ!」
 叫ぶ立花。新たな登場人物に驚くその他の面々。
 ターニャも『誰だ?』と首を傾げる。
 新たな助っ人であればありがたいが、よく分からない戦いになってきたなと苦笑する。
「心配するな、シンフォギア奏者。今のところ能力の行使に支障は無い。……だが、無尽蔵というわけではないかもな……。折角の力だ。適度に使いこなして見せようぞ!
 自分の知らない()()()の意思の介在か、と()()()()という女性が呟く。
「……しかし、絶唱に匹敵する筈のエネルギーですら通じないとは……。()()は何なんだ?」
 ワイヤーも途中で切れてしまう。
 新しい世界に身体や力が慣れていないのか、それとも通じない概念でもあるのか、と。
「焼き消して~!」
 キャロルが新たにエネルギーの本流を打ち出した。そしてそれを待っていた、とばかりに立花が吼える。
「S2CAツインブレイクっ!」
 あらん限りに叫び、キャロルの力を上乗せしたエネルギーで対抗する。
 腕は壊れるかもしれない。けれどももはや止められない。
 ならば、押し通るまでだ、と。

 瞬間、世界は真っ白く輝いた。

 それから少し経って音が無い事に気づいたのはターニャだった。
 膨大なエネルギーが爆発したように輝いた後、衝撃波のようなもので吹き飛ばされたのは覚えている。
 炎のような熱さは無かったので他の冒険者達も無事だとは思うのだが、盲目状態なのか周りがよく見えない。
 それから数分後に視界が戻ると腕を押さえている立花の姿があり、勝負が決したようだと思った。
「……槍は……攻略できたのか……」
「……たぶん。でも私達の完敗かも……。……痛て……」
 打ち出した右腕が()()()()()()()()()()()()()()
 それだけではなく右耳の喪失と口が裂けていた。辛うじて右目は無事だが、酷い顔になっていた。
 対面に居る筈の影の国の女王(スカアハ)は健在。よって立花の敗北が決定した。
 もとより勝てるわけが無かった、のかもしれない。
 それでも誰も嘲笑の声は上がらない。
 戦士の健闘を侮辱出来るのはきっと敵だけだ。
「見事なり、小さな挑戦者。だが、残念だ。あの程度の攻撃に苦戦とは……。もっと私には奥の手があるというのに……。だが、いい勝負だったぞ」
「ううっ」
 話し半分で立花としては顔や腕が痛くてたまらない。
 前にも腕がもげるようなケガをした事があるから意識はある程度、平静だがどうしよう、という危機感はある。
 前は確か暴走して何故か再生していた気がする、など色々と頭を働かせてみた。
 止血の為か、キャロルがワイヤーの何本かを立花の腕に巻きつかせていた。
「またいずれあい(まみ)えよう。……運が良ければな」
 影の国の女王(スカアハ)は自分の胸に手を突き入れ、心臓のようなものを取り出す。そして、血が滴り落ちる塊を平然と潰した。
「これは戦士への褒美だ。()()()()()はくれてやろう。あっははは
 笑いながら黒い塵となって霧散する影の国の女王(スカアハ)
 後には何も残らない。

 act 8 

 戦闘が終わったのを確認し、立花の下に向かう頃には変身が解けていた。
 顔や腕は流石に治っていなかったが、ターニャは冒険者から包帯を受け取った。
「あっあーっ! 痛いっ!」
 戦闘による興奮が冷めたせいか、尋常ではない痛みが襲ってきた。
「よく頑張ったな、お前さん」
「……腕が無くなるほどとは……。次の戦闘は無理じゃないのか」
「高い位階魔法には腕を再生するものがある。神殿に頼むには高い料金を払う事になるが……」
 位階魔法は詳しくないが女神アクアの力でどうにかできないか、という事が浮かんだ。
 蘇生する方法があるとか言っていた気がするので。
「……しかし、銅プレートであんな化け物と渡り合うとは……。将来が楽しみだな」
「やはり、あいつは相当強いのか?」
アダマンタイト級でも歯が立たないんじゃないか。難度は確か……250超えだった筈だ」
 それがどれくらいのことなのかはターニャは分からない。
 単純に雑魚モンスターを倍化させたとしても見当がつかないほどだから。
 それと先ほどまで()()()()()()()()()()()()であった筈のキャロルが今は十代ほどの幼い少女に変わっていた。
 豊満な胸は無く、金髪のようなクリーム色の髪の毛は後ろで一本に編みこまれているのが見えた。
 服装は簡素なものになっていた。
「オレの事を知っているお前に尋ねるが……。キャロルというのが……、オレの名か?」
 少女なのに口調は男性的。それも個性だとターニャは思い、指摘しなかった。
「そうだよ。想い出を焼却して自分の事も思い出せなくなったの?」
 会えて嬉しいところだが血が止まらないのと痛みで涙が止まらず、顔色も悪くなってきた。
 早く病院に行きたい気持ちを懸命に押しとどめる立花。
「……そのようだな。だが、胸の内にあった激しい感情は覚えている。……今はそれすら無い、という事は……。きっと解答を得たのだろう」
 霧が晴れた空を見上げるキャロル。だが、それも数分後には新たな霧で覆われていく。
「どうしてオレがここに居るのかは分からん。……だが、お前の側に居れば何か分かるかもしれない。……なんだかお前、というかお前()にたくさん迷惑をかけたような……、そんな気がする」
 キャロルの苦笑に立花も苦笑で迎える。
 ただそれよりも無くした腕をどうにかしたい。とても痛くて涙が止まらない。
 この涙は感動ではない。痛みによるものだ。
 ターニャは痛覚遮断術式が使えるが他人に使えるのか試した事が無かった。
 専門の医療スタッフが存在していたので出来なくはないと思い、挑戦してみることにする。
 さすがに再生まで出来るのかは分からないけれど。
 演算宝珠魔力を注ぎ、立花の回復に術式を使う。
「痛みくらいは軽減できるだろう」
「あ、ありがとう」
 損失部位が多いせいか、再生は起きなかったが大きな傷口は閉じていった。
 大量出血による意識障害は食い止められたと思う。

 行く当ての無いキャロルを引き連れて立花達は帝都に戻る事になった。
 仕事は最後の方でイレギュラーがあったが完遂は出来た。
 それから一日かけて帝都に戻り、無事に昇進を果たした。
 相手が影の国の女王(スカアハ)という事もあり、余計な戦闘についてはお咎め無しとなったが一応の注意は受けてしまった。
「あのモンスター相手では何が起きるかわかりませんので、ご退場願えただけで良しとします。その腕に関しては自己責任という形になりますよ」
「……ごめんなさい」
 右腕と顔の片方を包帯で包んだ立花は始終、頭を下げてばかりだった。
 他の冒険者達の嘆願もあり、無事に鉄プレートが貰えた。腕が再生できれば仕事の再開もできるように取り計らってもらえた。
 罰金は無いとしても仲間達を救ったことは立派だ、ということで。
 無謀な点で飛び級は認められなかった。
 色々と言われたが昇進は出来た。次のランクに行くか、少し休暇を取るか選ぶ事になる。
 腕が無くてもギルドは平然と対処してくる当たり、この世界では別段普通の事かもしれない。
 普通というか想定内という言葉が適切か。
 冒険者ギルドを出た後、待っていたキャロルの処遇も考えなければならない。
「クビにはならなかったけれど……。腕の再生って出来るのかな? 義手はちょっと考えちゃうな」
 こんな状態で仲間達に会えば怒られたり、泣かれたりと散々な状況に確実になる気がする。後、元の世界に戻った場合は家族に怒られたりと、やはり色々とありそうだ。
 もちろん学校の友達からも絞らる筈だ、絶対に。
「……死者を出さなかっただけ運がいいと思わなければ……。そこまで元気を無くすとはな……」
 と、他人事のようにキャロルは言った。
「だって、腕が無くなったんだよ。痛いのは治まったけれど……。このまま帰るのが怖い、と思って……。すぐに戻れるとは思ってないけど……」
「オレの錬金術でできる事は義手をくれてやることくらいだ」
「……そうだよね。オートスコアラー達はみんな機械だったし」
 口が裂け、右耳が無い為に喋るたびに顔が引きつり、とても痛々しい姿となった。痛み事態は術式の影響か、幾分かは楽になっている。
 キャロルは立花の残っている右腕を優しく(さす)った。
 最初は敵として出会ってまともに話した事は無かったけれど、人の心配をする優しい心を持っているんだ、と感心した。
 何かがあって復讐心に囚われていたようだけれど、今は嫌な気持ちを感じない。
「アクアさん、治癒魔法とか使えるといいな」
魔法か……。魔術とは違うのか?」
「この世界ではありふれた能力のようだが……、よく分かっていない」
「それは興味深いな。奇跡を成す魔法……。無から有を生み出す」
「そんなことは私には分からない。とにかく、お前は私達と共に来るのか? そうであれば冒険者登録をした方がいい」
 移動するにも戸籍を確保した方が何かと便利だから、とターニャは思った。
 一人くらいの登録料くらいは出してもいいと思った。
 三人並ぶと女の子友達のようにしか見えないんだろうな、と少し残念な気持ちにはなるけれど仕方が無い。
 そういう歳格好なのだから。

 一旦、アクア達が滞在している宿に向かい、改めて自己紹介を始める。
 キャロルは名前以外は完全に忘れているし、立花も名前しか聞いていなかったのでフルネームが分からなかった。
「キャロルちゃんかー」
「一人増えて大丈夫なのか? 金銭的に」
「一人くらいは大丈夫だろう。皆で助け合えば」
 助け合い精神が欠如したカズマ達にとってみれば余計な人間が増えるのはもってのほか。
「……そうなると私達が人間のクズみたいじゃないですか」
 と、めぐみんが不満を漏らす。
 金銭的に少し逼迫(ひっぱく)するかもしれないがキャロルも冒険者としての仕事をすればいいだけだ、とターニャが言うと不満はあるものの話しはすぐに落ち着いた。
 それと先ほどから気になっていたカズマはターニャに尋ねる。
「どうして立花の服を掴んでいるんだ?」
 腕が無くなったのは驚いたけれど、と。
「念のためだ。こうしていないと痛覚遮断が途切れるかもしれないからな」
 本当に腕が無いのか直接見て気持ち悪くなってはいけない。そう思い、カズマは確認作業は願い出なかった。
 女性の裸は男の子なので嫌いでは無いけれど、と。
「……しかし、腕の欠損か……。とんでもないモンスターという事だが……。我々も無謀にモンスターと戦わなくて良かったな、カズマ」
 大怪我をするかもしれないが強大な敵と戦ってみたい気持ちはあるとタグネスは思った。
 あとあまり活躍の場が無くて寂しさも感じている。
「……う~む。だが、モンスターが倒せないと地味で低賃金の仕事しかないわけだろ? この先が不安で仕方が無い」
 とはいえ、モンスターに負けたわけではなく、撤退させたのだから外に脅威が居座ったままではないのは安心できる材料の一つだ。
 あと、無謀な事をしなければ立花のような大怪我はしない確率が高い。
「しばらく立花は仕事休みに入らせる。というか、アクアは治癒できないのか?」
「一回死んでくれれば出来るかもしれないけれど……。いくら私でもグロいのは勘弁願いたいわね」
 役に立たない女神なのは良く分かった。
 好き嫌いがはっきりしている分、好感は持てるのだが、なんか残念だなと思った。
 とにかく、痛みや失血による身体の不調は止められたようなので安定してから治癒方法を探す事にする。
 激しい戦闘を乗り越えた戦士にわずかばかりの恩給とて。

 act 9 

 風鳴翼(かざなりつばさ)達がたどり着いたリ・エスティーゼ王国領内に存在する『マグヌム・オプス』という施設に滞在して数日が経過した。
 天羽奏(あもうかなで)は療養の為に施設にある建物に残り、風鳴が看病を続けていた。
 他のメンバーの雪音(ゆきね)クリス達は食事と寝泊りに関して不自由することなく過ごし、今日は施設の責任者の代理人と思われる女性『リイジー・バレアレ』に地下に案内される事になっていた。そしてすぐに視界に飛び込んできた景色に一同が驚く。
 白い外壁で囲まれた広大な地下空間に。
 壁面はほぼタイルなのだが高さが約百メートル。
 足場が殆ど見当たらない中で天井附近までしっかりとタイルが張られていた。
「地下二階層とはいえ、すごいじゃろ」
 と、見た目は三十代の程なのに年寄り臭い喋り方をするリイジー。
「……秘密施設か何かなのか?」
「まあ、そんなもんじゃ。一部は(わし)でも行けない部屋があったりする」
「お約束の口封じデスか?」
「ここの(あるじ)は勝手な進入は許さないが、入れる場所は民間にも()()()()解放されとるよ」
 この施設を作り上げたのは王国の職人たちだ、とリイジーは説明する。
 全ての部屋の構造は作った職人に聞けばいいけれど、問題は中身だった。
 部屋の中に何があるのかは秘匿されている。
「以前は解放されていた部屋も封印されたりしておるし、使用の度に色々と変化している面白いところじゃ」
 と、本当に楽しそうに言うリイジーは邪悪な魔女のよう