ラナークエスト (Alice-Q)
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プロトタイプ ひと狩り行ってきますわ

 リ・エスティーゼ王国の王都『リ・エスティーゼ』にあるヴァランシア宮殿に暮らす第三王女にして『黄金』の二つ名を持つ『ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ』は暇を持て余していた。
 『ぱわーれべりんぐ』とやらでレベル75となっている彼女は退屈な城の生活から抜け出すことを決意する。
 ただ、王女なのであまり遠出は出来ない。
 一人で外出する事は許されないので何人かお供を連れて行く事にした。
 昔から側仕えをしている少年兵『クライム』と友人『ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ』と共にチームを結成。
 アダマンタイト級冒険者『漆黒』に対抗し『黄金』で登録。
 ラキュースには一時的に『蒼の薔薇』を離脱してもらった。所詮は王女の気まぐれということで。

          

 受付嬢は顔を引きつらせていたようだけど。

「あくまで冒険者の仕事を体験したいだけですわ」

 屈託の無い金髪碧眼で十代後半の王女は言った。

「我々が見張っているので……」

 王女の側で補足を入れるのはアダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』のリーダーだった。
 貴族でもあるラキュースは普段から金髪を縦ロールにしているが装備品は一級品。
 まず彼女が身にまとう白銀の鎧は『無垢なる白雪(ヴァージン・スノー)』と呼ばれ、処女しか装備できないと言われている。もう一つは室内なので起動はさせていないが六本のブロードソードのような剣『浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)』と呼ばれるものがある。
 起動させると宙に浮いた武器が拝める。
 まだ二十歳前の歳であるラキュースの名を有名にする武器『魔剣キリネイラム』は鞘に納められているがバスタードソード並みの大きさがあり、夜色の刀身には星々の煌きが映っていて、まさに夜空を表しているに相応しいものだ。
 少年兵のクライムは短く刈り込まれた金髪で凛々しい面構えでミスリル合金製の白銀の全身鎧(フルプレート)を装備している。基本はブロードソードだが臨機応変の戦い方も出来る。

「わ、分かりました……。では……説明は省きましょう。依頼書をご確認下さい」

 と言った瞬間にラナーは事前に選んでいた依頼書をバンと受け付けカウンターに叩き付けてみた。
 冒険者らしい荒々しさで。
 一度やってみたかったと言っていたので夢が一つ叶った。
 現在、ラナーが装備しているのは簡素な軽装鎧。ただし、ミスリル製。
 重い全身鎧(フルプレート)は無理なので身体を最低限守れるだけのものを選んだ。

「も、モンスター退治ですね。……了解しました」

 数匹のモンスター退治は最低ランクの銅プレート冒険者にとっては入門編となる依頼だ。
 報酬は少ないが冒険者の為に依頼を出すのは地元の貴族の厚意だ。
 育たなければ警護の依頼を引き受けてくれる者が居なくなってしまうので。

「ラナー様。飛び道具には気をつけてください」
「はい」

 王女といえど戦場に立つことは珍しくない。
 さっそく現場に移動する。
 王都から東に向かった先にはアゼルリシア山脈があり、そのの麓にあるトブの大森林に程近い平原。
 見晴らしもよく、モンスターが現れてもおかしくない位置だ。
 近隣の村を襲撃するようだが、実際には()()()()()の村で集落の中にはモンスター用の餌が用意されている。
 冒険者の訓練所のようなものだ。これらは地元の領主たちが用意している。
 手に負えなくなるほどの大群が相手だと軍を差し向けて鎮圧する、事になっている。

特殊技術(スキル)は意識しなくていいから、剣を落とさないようにね」
「はい。私、とても楽しみですわ」
「ケガしても治癒するから。無闇に集団に行かないように」

 武器の握りなどを指導しながら初戦闘を開始する。
 モンスターは全てラナー一人で倒す計画だ。
 今は小鬼(ゴブリン)程度で充分だと判断し、人食い大鬼(オーガ)などはラキュース達が相手をする事にしていた。
 いくらレベルが高くても戦闘経験が無いので。

          

 早速、ラナーは小鬼(ゴブリン)の元に向かう。
 討伐する予定の小鬼(ゴブリン)というモンスターは身長は人間の子供と大差がないが肌は茶色く雑巾のようなボロ布をまとっていて木の棍棒や短刀を持っていた。
 潰れたような鼻に下あごから牙の生えた知性の足り無そうな醜悪な面構えの亜人種だ。
 そんなモンスターに恐れを抱かず、ラナーは進む。その歩き方は冒険者らしくなく、王女の風格がある優雅なものだった。
 普段は延ばしっ放しの金色の髪は邪魔にならないように一つにまとめられている。

「では、お相手をよろしくお願いします」

 小鬼(ゴブリン)に挨拶するラナー。
 確かに挨拶は大事だ。ラキュースは苦笑し、クライムは両手の拳に力を込めていた。
 何かあればすぐにかけつけられるように。
 剣を持つラナー。対する小鬼(ゴブリン)は相手がひ弱な女に見えたのか、笑い始めた。
 彼我(ひが)の実力差が分からないのは果たして()()()だろうか。
 ラナーは少なくとも赤帽子の小鬼(レッドキャップ)より強い。
 小鬼(ゴブリン)の上位種で素早く動き、相手を殺すことを楽しみにしている強敵だ。名前の通り赤い帽子をかぶっている。知性も高く、アダマンタイト級でも苦戦する。

「では、行きますよ」

 スタスタと迷いなく歩く王女。
 素早さはそれ程高くはないがしっかりとした歩調に小鬼(ゴブリン)は少し怯む。
 異様に早い歩調に見えたからだ。
 気が付けば既に目の前。

「えい」

 と、可愛い声で言うが風を切るような音と共に奮われるショートソード。
 迷いの無い一撃はモンスターにとっては意外と脅威である。
 にこやかな王女の一撃に防御の仕方を忘れたのか、いとも簡単に切られる小鬼(ゴブリン)

「ギャッ!」

 汚い鮮血が舞う。

「あら、一撃では仕留められませんでしたか」

 と、意外に思いつつもラナーは次の一撃を見舞う。
 王女としての風格を持ちながら舞踊を嗜んでいる彼女の動きは戦闘には見えない気品があった。
 死刑執行人(エグゼキューショナー)踊り子(ダンサー)による殺戮の舞踏。
 道化師・悪(ハーレクイン)に相応しき様相。
 もちろん、相手を精神的に追い詰めることも戦術の一つ。それは悪い事ではない。
 軽快な動作で小鬼(ゴブリン)は滅多切り。ただし、元々力は強い方ではないので深くは切り込めない。
 物理攻撃が高くとも戦闘経験はまだまだ銅プレート以下だ。
 現に二匹の小鬼(ゴブリン)を倒しただけで息が上がっている。準備運動をせずに戦闘を(おこな)ったせいかもしれない。
 身体は正直だ。

          

 部位の回収まで済ませて初期の依頼は終了した。

「お疲れ様です」
「意外と重労働ですのね、冒険者とは」
「慣れてくれば楽そうに見えますが、モンスターは強いものほど身体が頑強になり、筋力を必要とします。今は人食い大鬼(オーガ)と戦うまでではありませんね」

 棍棒で滅多打ちにあう気がした。
 一撃では死なないかもしれないけれど、ケガを負うことは確実だ。
 人食い大鬼(オーガ)はよく小鬼(ゴブリン)と共に行動する。知性は低いが力は強いので利用されている。
 大人の人間よりも大きく、猫背気味で大きな棍棒を振り回す。筋肉がかなり発達している亜人種なので冒険者になり立ての者には強敵となる。
 動きは遅い。だが、分厚い筋肉と小鬼(ゴブリン)達の連携で苦戦は必至。最初は無難に退散するのが安全だ。
 冒険者として無傷で戦闘を終えるのは熟練者くらいだ。

「もう少し頑張ります」
小鬼(ゴブリン)は弱いモンスターだけど、身体が小さく機敏に動く。こんなに運動する機会は無いから筋肉痛は覚悟した方がいいわね」
「そうですね。日頃から運動するのは大事ですね。紅茶のカップが持てるかしら?」
「訓練所で特訓しますか? 軽い訓練を積み重ねていけば身体も安定してくると思います」
「王女が訓練するのはなかなか見ごたえがありそうね。本当に屈強な戦士になるつもりがないなら、無理をしない程度にね。外交で急に筋骨隆々の王女が現れたら、いろんな意味で有名になると思うから」
「それは面白そうですわね」

 各国首脳の慌てふためく姿は容易に想像できる。だが、クライムを心配させるのは本意ではない。
 妥協点を見つけなければ自分にとっても良くない気がした。
 少なくとも自分(ラナー)は美しい王女でなければならない。
 商品価値の無い王女は居るだけで邪魔なのだから。

          

 仕事を終えて冒険者組合で報告を終える。それで仕事は完了だ。

「お疲れ様でした」
「ありがとうございました」

 初任務。初給金。それは決して軽いものではなかった。

「……このまま続けられるのですか?」

 小声で尋ねる受付嬢。

「そうですわね。なにせ、暇ですから」

 にこやかに答える王女ラナー。

「暇つぶしに冒険者をするのでは、他の皆様にとってはご迷惑でしょう。多少の危険を冒す事もやぶさかではありません。何はともあれ、体験して学ぶことは大事でしょうから」
「そ、そうですか」
人食い大鬼(オーガ)赤帽子の小鬼(レッドキャップ)まで討伐できるように頑張ってみますわ」
「……命を落さないように。冒険者組合は無闇に危険な仕事は依頼しません」
「命は大事ですものね」

 両手に力を込めるラナーの笑顔は未知の冒険に対する憧れを持った子供のようだった。
 久しく輝く笑顔を見た事が無かった受付嬢は女の身でありながら心がときめくような気持ちになった。

          

 組合を出たラナーは軽く息を吐く。
 大して演技は必要ないけれど、次回も仕事を請け負えるようで安心した。
 戦争が終わって暇な時間が続いたので、すっかり身体が(なま)ってしまった。
 今の自分は妖巨人(トロール)が相手でも負けない自信があるけれど。戦闘経験が圧倒的に不足している。
 妖巨人(トロール)は鼻と耳が長く、身長は三メートルほど。顔が醜い亜人種だ。
 筋肉は人食い大鬼(オーガ)よりも発達し、知性も高い。そして、身体の再生力の高さが有名なモンスターだ。棲んでいる場所により様々な亜種が存在していると言われている。

「自分の身は自分で守れ、と先人達も言っておられますものね。クライム」
「はっ」
「しばらく私のわがままに付き合ってもらいますよ。ラキュースは無理しなくていいので」
「いやいや、君にはまだ冒険者としての心構えとか教えなければ大怪我するから、ちゃんと付き合うわよ」
「……クライムと二人っきりがいいですわ」
「それはいつでもできるでしょう。治癒担当が居ないと城で大騒ぎになるわよ」
「クライムが信仰系の魔法をちょっとでも覚えてくれれば問題ないのに……」
「……すみません。俺は魔法はさっぱりで……」

 軽くクライムの頭に手を乗せるラナー。
 可愛い忠犬に無理はさせられないのも事実。
 戦士職が魔法職を後で取ると物理攻撃が減退すると聞いた覚えがあった。それでは決定打が弱体化してしまうので、強いクライムを見る事が出来なくなってしまう。
 ラキュースの代わりに手ごろな信仰系を見つける事も考慮しておこうと思った。
 別にチームを組む必要は無い。
 冒険を終えた後でこっそり治癒できればいいのだから。

「ところでラキュースが苦戦するほどのモンスターはどの程度のものでしょうか?」
「んっ? 私が苦戦する程というのは……、赤帽子の小鬼(レッドキャップ)クラスかもしれない……。難度だと150から200辺りは大変だと思うわ。(ドラゴン)とか。後は数の暴力ね。特定の条件が無ければ倒せないような吸血鬼(ヴァンパイア)とか巨大なアンデッドも数が多ければ苦戦……、というか敗走するわ」
「意外と敵は居るものなのですね」
「そうね。絶対に勝てる、と言っていると油断しそうね。後は疲労も大敵よ。永遠に戦い続けられるわけではないから」
「そうでした。今は楽かもしれませんが、大群相手となると危険ですわね」
「仲間は大事。時には敗走もありえるわ」
「……が、頑張ります」
「大怪我しない程度にね。一般の冒険者は皆、日々の生活の為に仕事をしている。無茶なことをするのはあまり居ないわ」

 冒険者達も命が大切である事は分かっている。だから、アダマンタイト級まで上り詰めるような命知らずになれる者が少ないとも言える。
 せいぜい白金級止まり。ミスリル級以降は無茶な依頼を受けさせられるかもしれない、などと思われている。
 意外と堅実なのが実情だ。

          

 堅実に安全に。
 ラナーはモンスターを倒し続ける。
 元々のレベルが高いので経験値は微々たるものだが、学ぶことは多かった。
 そして、ついに強敵とあいまみえる。
 レベルはラナーが上だが、王国周辺では伝説のモンスターと化している死の騎士(デス・ナイト)だ。
 自然界ではまず発見例が殆んどないアンデッドモンスターで難度で現せば105となる。攻撃力よりは低く、盾役として優秀な能力を持っている。
 敵性モンスターを引きつける能力を持ち、二メートルを超える大きさで大きなタワーシールドと波打つ形状のフランベルジュという剣を装備している。
 黒いオーラを発散させていて赤黒い模様のおぞましい全身鎧(フルプレート)は棘が所々から突き出していた。
 大きな角付きの兜をかぶる中身は肉が腐り落ちた死者が漆黒でボロボロのマントをたなびかせていた。
 城砦都市エ・ランテルの巨大墓地にて遭遇。

「銀級の昇進試験の相手としては相応しいのかしら?」
「まさか。これほどのモンスターはアダマンタイト級でも苦戦するほどですよ。そもそも出現報告がほとんど無い相手……。撤退も考慮してください」
「いえいえ、相手にとって不足はございませんわ」

 今日はアンデッド討伐の為に()()()()な武器を持ってきた。

 ミスリル製のハルバード。

 罪人の首を撥ねる死刑執行人(エグゼキューショナー)職業(クラス)を持っているから装備できたようだ。
 それを軽快に振り回す王女ラナー。

「では、ひと狩り行ってきますわ」
「……防りは任せてください」

 王女の気軽な言葉に苦笑するクライム。

「ふふふ。モンスター退治も悪くは無いですわね」

 昇進試験までラナーは本当に頑張った。それは嘘ではない。だから、クライムは彼女の為に盾として立派に務めようと思った。
 伝説のモンスターで帝国兵を単騎で撃破したという噂は聞き及んでいる。だが、自分達はそこらの雑兵とは違う。
 相手の動きはしっかりと見えている。そして、ラナーも。

「オオアアァァァ!」

 軽快な動きで波打つ刀身のフランベルジュによる斬撃をかわす。
 巨大なタワーシールドによる突進も受け流した。
 死の騎士(デス・ナイト)は動きの鈍いアンデッドモンスターではない。ラナー達が上回っていただけだ。
 決して無理に押し返さない。
 戦闘に慣れてきたラナーに今の死の騎士(デス・ナイト)は強敵になりえないモンスターのようにクライムには見えていた。だが、油断は禁物である。

「は、早いですわね、やはり……」

 持久力の点ではアンデッドモンスターの方が上だ。
 時間が経過するたびに不利になっていく。
 レベル差があろうと有利不利は発生してしまう。特に人間種であるラナーは肉体的に強化されるわけではない。
 アンデッドは物理防御や刺突攻撃にかなり高い耐性を持っている。
 肉体的な部分では相手の方が優性。
 武器を取り落とさないように気をつけつつ相手から目を離さない。動きには今も着いて行けている。
 時折、クライムが鋼鉄の盾で死の騎士(デス・ナイト)の攻撃を捌く。もちろん、まともに受けていれば簡単に壊されてしまうので角度を付ける等の工夫はしている。

「意外と身軽なんですね」

 重戦士というわけではないけれど戦士職にしては軽快な動きのクライムに驚いた。
 相手の攻撃に負けていないところも男性だから、とつい思ってしまう。
 強い男の子は大好きなラナーにとっては微笑ましい事この上ない。
 防りに徹してばかりでは勝てはしないので攻撃に転じることも忘れない。
 目下の問題は巨大なタワーシールド。これが意外と曲者だった。
 金属にハルバードを当てると手に、身体にと振動が伝わり、脳天にまで痺れを感じさせる。
 金属同士の打ち合いは危険だと判断する。だが、そうなると攻めきれなくなってしまう。
 一般の戦士ならば盾同士をぶつけ合い、回りこんで攻撃を仕掛ける。だが、死の騎士(デス・ナイト)は身体が大きいし素早く対応してくるので、そう簡単に回りこませてはくれない。

「クライム。防御は任せましたよ」
(かしこ)まりました」

 一人では難攻不落でも二人ならば可能となる事がある。それがチームというものだ。
 今日は二人っきりだが、仲間の大切さをラナーは知った。そして、学んだ。
 冒険者は意外と勉強することがある、と。

          

 ある程度の攻撃をクライムに任せて、ラナーは的確に攻撃を当てていく。
 死の騎士(デス・ナイト)は自己再生しないのでダメージを蓄積していけば勝てない相手ではない。
 事前に得た情報では一撃では絶対に勝てない。必ず耐え切るモンスターだと。
 生憎とラナーは一撃で死の騎士(デス・ナイト)を倒せないので、あまり役に立たない知識ではあったが頭の片隅には置いた。
 最後まで気を抜くな、ということだ。

バハルス帝国の騎士達を屠ったそうですが……。それほど脅威のモンスターなのでしょうか?」
「脅威ですよ。一般兵であればまず勝ち目はありません。この攻撃に耐えられる兵はアダマンタイト級ほどでなければ……」
「……つまり王国戦士長くらい強くならないとあっさり死ぬと……」
「そうですね。今の我々はもっと強いですから相手を軽く見られるんですよ。今のガゼフ様ならお一人でも死の騎士(デス・ナイト)を倒されると思います」

 ()()()()()ならばいざ知らず。
 ラナー王女が当時のガゼフより強いのも滑稽な話しではある。
 ガス。ゴッ。とラナーは確実に攻撃を当てていく。
 アンデッドモンスターは滅びるか身体がバラバラになるかで戦闘が終わる。
 召喚モンスターも大抵は消滅していく。
 エ・ランテルの墓地に出てくる骸骨(スケルトン)は基本的にバラバラになる。
 生者の対極に位置するアンデッドで雑魚モンスターの代名詞だが、武器などを装備すると厄介な相手となる。多種多様な骸骨(スケルトン)が存在するので熟練の冒険者は決して侮らない。

「……なかなかしぶといモンスターですわね」
「伝説のアンデッドですから」

 流れる動きで翻弄するラナー。そんな彼女を必至に守るクライム。
 戦闘の素人の王女とはいえ、死の騎士(デス・ナイト)相手に怯まず、よく戦っている。普通ならば不可能だ。というより、王女が死の騎士(デス・ナイト)と何故戦っているのか。
 普通に考えて異常だ。
 クライムは苦笑を浮かべる。それでも現実に起きていることなのだから仕方がない。

「オオアアァァァ!」

 死の騎士(デス・ナイト)が咆哮する。

「うるさい骸骨ですわね」

 ガツンと横っ腹に一撃を見舞う王女。
 ここまで相手の攻撃を捌き、ケガを負わないのは普通ではありえないことだ。もちろん、クライムが守っているとはいえ。
 長い得物であるフランベルジュを(たくみ)に受け流している。
 無理に受け止めないことも疲労を最小限に留めている証拠。
 それでも料理用のナイフとフォークしか持った事がないようなか細い手にも限界がある。
 いくらラナーとはいえ長期戦になれば握力が無くなる。そこを狙われればお仕舞いだ。
 つまりラナーの戦闘が終了する。
 終了した後はクライムが死の騎士(デス・ナイト)を打倒する。

「ラナー様。まだ大丈夫ですか?」
「もちろんです。打撃による振動を軽減する手袋のお陰で。素手の時より楽で助かってますよ」
「それは良かった」

 手甲の内部に緩衝材を詰め込んでいる。これで金属の打ち合いに関して衝撃を拡散し、長時間戦闘を可能としている。それはラナーの為に城の従者たちが開発したものだ。
 もちろん、一般に出回っている物より優れてはいるけれど、王女の手が(いわお)のような無骨な姿ではみっともない。
 色白で清楚な手を守ることも従者としての責務だ。

「あはは。攻撃が良く当たりますわ。……クライムが必至に守ってくれるお陰ですわね」
「無駄口を叩いている暇はありませんよ」
「ふふふ。ごめんなさい」

 本来は強敵相手に暢気に会話などできないのだが、二人は平然と話しながら動いている。それは割りと無駄に体力を消耗する行為で危険だ。だが、気持ち的な余裕が口から言葉を紡がせているのかもしれない。
 ハルバードを繰り出し、的確に当てるラナー。これが一般兵には出来そうで出来ないことだ。
 死の騎士(デス・ナイト)はそれだけ強敵である証拠なのだが、それをラナーは現在のところ上回っている。
 王女より弱い王国兵。
 そんな噂が隣国のバハルス帝国スレイン法国に知られれば良い笑いものだ。
 だが、単純に笑っていられない事態になる事は各国共に認識する筈だ。
 死の騎士(デス・ナイト)は両国にとっても伝説のアンデッドモンスター。それを討伐する場合は国家の存亡をかける事態だ。現にバハルス帝国は最強の魔法詠唱者(マジック・キャスター)と名高い『フールーダ・パラダイン』を過去に投入している。
 スレイン法国ならば非公式ながら漆黒聖典を投入する。
 大部隊を率いて互角。
 更に死の騎士(デス・ナイト)の特徴として殺した者を従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)に変える能力がある。
 安易に殺されずに倒さなければ被害が拡散してしまう。
 それほどのモンスターを現在、二人だけで相手をしているのだから滑稽だ。

「……クライム。私は帝国の軍隊を一人で倒せるほど強い、という事に気がつきました」
「おお。では、二人ならば帝国を支配できそうですね」
「もちろん、魔法無しでの話しですけど……。暢気に話していますが……、なかなか倒せませんね、この骸骨さんを」
「もうじき、反応があると思いますよ。随分と身体を削っていますので」
「クライムが的確に避けてくれるので気兼ねなく攻撃できるのは楽ですわね」
「ありがとうございます」

 大怪我をしないように武技を絡めつつラナーの攻撃の手助けする。かつ、死の騎士(デス・ナイト)の攻撃をラナーから逸らすことも忘れない。
 本来ならば更に援護魔法も欲しいところだが、戦士と王女しか今は居ない。

          

 随分と攻撃を当てたはずなのに相手はピンピンしている。それは単にアンデッドモンスターだからダメージを受けているように見えないだけだ。
 何しろ相手は死者だ。生者のように痛みなど感じていないのだから仕方がない。

「……そろそろ武技で止めを刺しますか」
「ラナー様? 武技が使えるんですか?」
「ん~、それっぽいことはできると思いますよ」

 死刑執行人(エグゼキューショナー)の武技。それはクライムの知識に無いものだ。
 実際のところはラナーにも分からないが、いくつか必殺技は見せてもらっているので、それを参考にするだけだ。
 そもそも武技はどうやって覚えるのか。
 戦闘訓練もまだ初心者のラナーに分かるはずがない。
 クライムは一通り武技は人から教わって身につけたものが多い。だから、ラナーも誰かに師事すれば色々と覚えるかもしれない。
 あるいは見よう見まねで習得することもありえる。
 時には自ら作り出すことも出来ると聞いた事があった。
 死の騎士(デス・ナイト)の攻撃を捌いたばかりのクライムの頭に手を置いた次の瞬間には跳躍し、軽々と『騎乗』するラナー。背中への騎乗というよりは肩車した状態だった。
 さすがに四つんばいになって移動するわけにはいかない。

「ふふふ。今からクライムは騎乗動物ですよ」
「えっ? あ、はい……」

 後頭部から頬を締め付けるラナーの太もも。これが普段の服装なら肌の感触があったかもしれない。だが今は軽装とはいえしっかりとした防具を身につけている。なので感じるのは冷たい金属だ。それでもクライムにとっては意外であり、頬が紅潮するほど恥ずかしくなった。
 騎乗という王女(プリンセス)の本来のクラススキルを使い、更なる攻撃準備に入る。

「さあ、骸骨さん。お覚悟を。スキル発動っ!

 と、威勢良くラナーは叫ぶ。武技なのに『スキル発動』と勢いで言ってしまったことは後で顔が赤くなるほど恥ずかしくなってしまったけれど。
 そして、発動されるのは騎乗戦闘駆け抜け攻撃が加わった攻撃スキル、だと思う技。

 〈猛突撃〉

 走るのはクライムである。
 ちなみに正確には武技ではなく『特技』と呼ばれ、どの職業(クラス)でも身につけられる一般的なものだ。ただし、発展型には様々な条件があるけれど。
 一足飛びに敵に駆け出し、軽く振り回されるハルバードを死の騎士(デス・ナイト)に目掛けて奮われる。

「オオアアァァァ!」

 叫ぶ死の騎士(デス・ナイト)に怯まず、普通の馬より身軽なクライム。

「……〈回避〉〈不落要塞〉……〈流水加速〉

 ラナーは落ちないように脚をしっかりと絡める。それは決して首を絞めないように配慮されたものだ。それと空いた手を適度にクライムの頭に乗せて体勢を維持することも忘れない。
 クライムもラナーに攻撃が及ばないように、また、落さないように気をつけて移動する。

「その首、貰いました!」

 最後の抵抗とばかり奮われるフランベルジュの攻撃をクライムと共に捌き切り、死の騎士(デス・ナイト)に一撃を見舞った。普通ならば、それで終わる。だが、死の騎士(デス・ナイト)は最後の1ポイントを残して耐え切る特徴がある。だから、最後にラナーはハルバードを投げつけた。つい勢いで。
 槍は投擲武器にも出来る。尚且つ、刺突攻撃に耐性を持っていようとラナーの方がレベルは上。更に騎乗スキルで槍装備の場合は攻撃力が三倍になる。問題は近接攻撃をやめて投擲した場合は折角の攻撃力の恩恵が無くなってしまうのではないか、ということだ。細かい部分を確認する事は戦闘中では出来ないけれど。投げてしまったものは今さら覆せないし、ラナーも詳しい事は知らない。
 勢いに乗った投擲攻撃は僅かなダメージかもしれないが当たりさえすればいい。0だとしても殴りつければいいだけだ。少なくともラナーは次の手を考えていた。飛び蹴りとか。
 随分前に考えた『黄金隕石粉砕蹴り(ゴールデン・メテオ・クラッシャー)』という技名があった。
 この技名を紙に(しる)して兵士達に見せたところ、()()()()()()()()()()()()()()()()()。それをクライムに尋ねた事があるのだが、理由を教えてくれない。ラキュースも技名は変えた方がいいと言っていた。ただ、理由を教えてくれるまで変えないとは言っておいた。
 武器を放ってすぐにモンスターが最後の抵抗としてタワーシールドで防ぎきる可能性があった事に気付いた。結構、無謀な攻撃だったことを後で反省する。しかし、既に身体がボロボロの死の騎士(デス・ナイト)に最後の攻撃に抵抗する意思は無かったようだ。
 ハルバードを顔面に受けた後、黒い(もや)と共に滅び()く伝説のアンデッドモンスター。

「お見事です、ラナー様」

 地面に器用に着地するラナーは重労働を終えた、という(てい)で思いっきり息を吐き出した。
 一体だけなのに随分と疲れてしまった。

「冒険者の皆さんはいつもご苦労しているのですね」
「さすがに伝説のモンスターとは頻繁に戦いませんよ。ですが、お疲れ様でした」

 良き盾役が居たからこそ勝てた。ラナーはそれを身を持って知った。
 冒険者としてはまだ未熟者だが、色々と経験できて有意義だった。
 これならば王女という地位をいつでも捨てられるような気がした。
 安心するのもつかの間、冒険者の仕事はまだ残っていた。

「規定の時間までもう一頑張りですね」
「そうですね。一日は長いですから」

 少しだけ休憩し、武器を握り締めるラナー。
 彼女の仕事は後数時間は残っている。

『終幕』




付録:経験点


レベル         必要経験点


2           2000
3           2200
4           2600
5           3200
6           4000
7           5000
8           6200
9           7600
10          9200
11         11000
12         13000
13         15200
14         17600
15         20200
16         23000
17         26000
18         29200
19         32600
20         36200
21         40000
22         44000
23         48200
24         52600
25         57200
26         62000
27         67000
28         72200
29         77600
30         83200
31         89000
32         95000
33        101200
34        107600
35        114200
36        121000
37        128000
38        135200
39        142600
40        150200
41        158000
42        166000
43        174200
44        182600
45        191200
46        200000
47        209000
48        218200
49        227600
50        237200
51        247000
52        257000
53        352090
54        394341
55        441662
56        494661
57        554020
58        620503
59        694963
60        778359
61        871762
62        976373
63       1093538
64       1224763
65       1371734
66       1536342
67       1720703
68       1927188
69       2158450
70       2417464
71       2707560
72       3032467
73       3396363
74       3803927
75       4260398
76       4771646
77       5344243
78       5985553
79       6703819
80       7508277
81       8409271
82       9418383
83      10548589
84      11814420
85      13232150
86      14820008
87      16598409
88      18590218
89      20821044
90      23319570
91      31947811
92      43768501
93      59962846
94      82149099
95     112544266
96     154185645
97     211234333
98     289391036
99     396465720
100    543158036
101    744126510
不明             ?

※数値はあくまで目安です。
※経験点が規定の数値に達してもレベルアップはしません。
※溜めておける経験点の最高値は『744126509』となります。これ以上は増えません。
※もし、何らかの条件によりレベル100を突破出来た場合は更なる可能性が広がると同時に不安要素も増大するでしょう。
※レベルの限界数値は『999』ですが、無限やマイナスという概念が現れるかもしれません。しかし、数値には限界が必ずあり、無敵という概念は()()()()()()であっても存在しません。たとえ、それが()()()()()()であっても。

エネミーレベル      経験点

1            127
2            191
3            195
4            254
5            318
6            381
7            446
8            508
9            572
10           635
11           699
12           762
13           826
14           889
15           953
16          1016
17          1080
18          1143
19          1207
20          1250
21          1300
22          1400
23          1500
24          1600
25          1700
26          1800
27          1900
28          2000
29          2100
30          2200
31          2400
32          2600
33          2800
34          3000
35          3200
36          3400
37          3600
38          3700
39          3800
40          4000
41          4400
42          4800
43          5200
44          5600
45          6000
46          6400
47          6800
48          7200
49          7600
50          8000
51          9000
52         10000
53         11000
54         12000
55         13000
56         14000
57         15000
58         16000
59         17000
60         18000
61         20000
62         22000
63         24000
64         26000
65         28000
66         30000
67         32000
68         34000
69         36000
70         38000
71         40000
72         42000
73         44000
74         46000
75         48000
76         50000
77         52000
78         54000
79         56000
80         58000
81         64000
82         70000
83         76000
84         82000
85         88000
86         94000
87        100000
88        106000
89        112000
90        118000
91        130000
92        142000
93        154000
94        166000
95        178000
96        208000
97        240000
98        284000
99        320000
100       450000

※イベントボス。レイドボス。ワールドエネミーの経験値は不明です。
※複製体は元々の身体のレベルに依存します。ゆえに複製体を倒して経験値を得ることは可能です。ただし、完成していない複製体からは経験値を得ることは出来ません。
※媒介を用いない召喚モンスターは経験値を持ちません。
※召喚モンスターが倒したエネミーの経験値は特別な場合が無い限り保留にされます。
※レベル差が開くごとに経験点は減少する。基本的には経験点÷レベル(チームならば平均レベル)で計算されるが50レベル以降は経験点÷(レベル×10)となっていく。


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ラナークエスト #001

 act 1 


 時は世界征服を企む悪の魔導王が活躍する時代。
 世界の危機に真っ向から反逆するかのように冒険者達は平和を謳歌していた。
 無理して強大な敵を倒すのは割りに合わない。それが彼らの言い分だった。
 国同士の戦争も魔法一発で収束するくらい滑稽なのだから仕方がない。
 そんな人々が諦めた世界に一組の勇気ある冒険者達が立ち上がろうとしていた。

          

 リ・エスティーゼ王国の王都リ・エスティーゼにある冒険者組合の待合室にて顔合わせを(おこな)う。
 全部戦士職では何かと不都合だ。
 それぞれの職業(クラス)を知る事はパーティを組むのに必要となる。

「初めまして。私はラナー。王女(プリンセス)のレベルは2です」

 本来は『難度』で強さを測るものだが、モンスター相手だと大雑把になり、正確な値が出て来ない。なのでレベルという形で表現している。
 強さは変動するので数値に根拠が無い場合がある。

「はっ? 王女のクラスは武器とか使えるの?」
「たぶん」

 金髪碧眼の王女はにこやかに答えた。
 大勢の冒険者が(ひしめ)く空間に一際輝く異質なオーラを発散させていた。装備品は普段のドレスではなく白銀の軽装鎧。顔合わせや噂話しの収集のために武器は携帯していない。

「私は漆黒聖典の元第九席次『疾風走破』のクレマンティーヌ。クラスは軽戦士(フェンサー)辺りを10レベルってところかな」

 ふっくらした短めに切りそろえられた金髪で横に大きく裂けたような邪悪な笑み。
 軽装の装備品だが引き締まった肉体を持ち、背後には短刀と思われる武器を複数納めていた。
 全てのクラスを教えないのも隠し玉を持つ者の特権であり、それは別段悪い事ではない。

「私はナーベラル・ガンマ二重の影(ドッペルゲンガー)でレベル63。基本は魔力系魔法詠唱者(マジック・キャスター)

 前面部は白銀だが多くは黒を基調とする防具はメイド服を想像させるものだった。
 膨れたスカートも鋼鉄以上の硬度を持つと言われている。
 黒髪をポニーテールにまとめた東洋風の顔立ちの女性だ。

「『重爆レイナース・ロックブルズ呪われた騎士(カースドナイト)でレベルは……、20くらい」

 引き締まった肉体を覆う黒を基調とする全身鎧(フルプレート)
 顔の右半分を金髪で隠しているが、それは魔物との戦いで受けた呪いによる後遺症で膿んでいるためだ。そんな彼女はバハルス帝国の最強の四騎士の紅一点でもある。

(わらわ)シャルティア・ブラッドフォールン。レベルは100でありんすえ」

 黒いボールガウンに室内だというのに日傘をさしている色白の不健康そうな肌に白銀の髪の毛。赤い瞳の吸血鬼(ヴァンパイア)
 背丈は子供並みだが様々な能力を保有している女性だ。

「帰れ」
「カンストに用は無い。失せろ」
「あっ!? せっかく仲間になってやろうとしたのに!」
「私は影の国の女王(スカアハ)。レベル90だけど永遠の17歳よ」

 褐色肌で黒髪。豊満な胸に鍛え上げた筋肉を覆う黒い軽装鎧。
 彼女の最大の特徴であるニメートルを超える赤き槍『魔槍ゲイ・ボルグ』がそばにあった。この槍で受けたダメージはしばらく治り難いものとなる。

「消えろ、クソババァ」

 異常にステータスが高い者への罵倒は日常茶飯事である。
 それは羨望か、嫉妬か。
 とにかく、女性陣は怒りの炎を吹き上げるので話しかける時は注意が必要だ。
 冒険者は多くて十人まで登録できる。ただし、多ければいいというものではない。
 平均は四人。
 ソロで活動する者も居るけれど戦士二人に信仰系、魔力系を一人ずつ配置するのが理想的だ。
 ラナーこと王国の第三王女『ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ』はモンスター退治に興味を持ち、冒険者組合にたびたび顔を出していた。
 王宮に居ても行事以外は基本的に暇だったからだ。
 武具とアイテムは豊富なので足りないのは仲間くらいだ。
 パーティを組む上で大事なのは同性であること。これは仲間内で恋愛に発展したり、仲違いを防ぐ意味合いがある。
 禁止事項には無いが、パーティ間の争いはご法度である。
 命のやり取りをするので金で買収することは意外と出来ない。

「では、レイナースさん。ナーベラルさん。クルシュさん。アルシェさんの五人でパーティを組みたいと思います」
「攻撃力が意外と少ないパーティになってしまったな」

 ナーベラルは異形種。クルシュは亜人種。
 アルシェ・イーブ・リイル・フルトは魔力系魔法詠唱者(マジック・キャスター)
 バハルス帝国出身の人間種の女性で金髪碧眼の年若い女性だが苦労人でもある。二人の妹を養う為に冒険者となった。
 クルシュ・ルールー蜥蜴人(リザードマン)だが、白子(アルビノ)として生まれたので全身が真っ白で瞳が赤い。信仰系魔法詠唱者(マジック・キャスター)でもある。


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#002

 act 2 


 五人パーティとなったが予備として数人を控えさせようかと思ったが保留にする。
 今から色々と決めても戦闘までが長くかかりそうだったからだ。
 レベルに関係なく、最初は底辺の銅プレートから始める。

「チーム名は『黄金』ですか?」
「『排泄物』」
「却下」

 間、髪を入れずナーベラルが言ったのをレイナースが見事に拒否した。

「女のチームで排泄物とは何なんだ、貴様」
「黙れ、下等生物(ミツバチ)
「五人にちなんだ名前というのは難しいですね」
「『膣』」
「女性だけど~! お前、真面目に考えているのか!」

 レイナースはまたも激怒する。
 素っ気ないナーベラルはどこか不機嫌だった。
 それぞれ異なる職業(クラス)を持ち、武装も違うし種族も違う。なので考え方はもちろん、反応も色々と違う事にラナーは微笑みながら観察していた。
 アルシェは軽装だが貧乏なだけ。
 クルシュはほぼ全裸。隠す部分は隠している程度。

「『黄金の膣』でいいだろう」
「……ほう。お前、後悔するなよ」
「面白そうですが……、何かを失う気がしますわ」

 (とみ)というか名声などを。
 ラナーはとても心配になってきた。
 実力に関しては申し分ないのかもしれないけれど、まとめるのは難しそうだった。たぶん、モンスター退治よりも、と。

「『王女とゆかいな仲間たち』か『殺すことが何より大好き』チームか」
「ボクと契約して世界を……」
「『金色(こんじき)聖典』」

 パーティの次にチーム名を考えるのも大変だとラナーは知った。
 話しの都合上、全員のレベルを5に統一。5以下は特に変更なし。

「ええっ!?」
「……多少のハンデは仕方ないな」
「ああっ! 魔法が使えなくなってる!?」

 新規の魔法は改めて覚えなおすこと。

お前(モノローグ)GM(ゲームマスター)か? まあ、全員が仲良く低レベル帯なら色々と工夫が必要だろう」
「……63から5に落とされるとは……。身体が重くなったような気がする」
「異形種は鋼鉄から紙にランクダウンするようなものだな」

 倒すモンスターはいきなり死の騎士(デス・ナイト)では可哀想なので骸骨(スケルトン)などの弱いモンスターから。

黒い仔山羊(ダーク・ヤング)からスタートかと思ったぞ。アイテム類はどうする?」
「回復アイテムは無限ということで」
「戦闘が終わったら宿屋で回復。大抵はこれで解決するものだ」
「装備品は普通ですね。全員が布の服でなくて良かった」

 初期の資金は宿代くらいでモンスターを狩り、報酬などで資金を得ていく。
 ドロップ品は無いが、ダンジョンで手に入れる物は大抵がゴミ。すぐに売ってしまうのが良い。
 理由としては発見されているダンジョンには既に調査隊が派遣されていたり、野盗が住み着いていたりするものだから。

「ではまず、皆さんは元々のレベルまでを第一目標と致しますか」
「異議なし」
「私はレベル75までクラスもそれに準じたものにする予定ということで……」
「入れ替えはあるんですか?」
「四人パーティが平均なら二人ほど死んでいただく必要が……」

 ラナーとしては愛するクライムと二人で冒険がしたかった。だが、今の自分は非力で冒険者としての経験が無い。
 急な苦境に立たされた時、起死回生する自信が無い。


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#003

 act 3 


 一時間ほどの議論でチーム名は『マルガリータ』と『ナーベラルがんばる』にしようとしたが何故か、()()()()()によって阻まれた。
 国家権力は横暴だとラナーは他人事(ひとごと)のように呟いた。

「チーム名が決まるまでラナーはレベル5になっておいで。クライムと一緒に」
「では、そうさせていただきますわ。素敵なチーム名を期待しています」
「世にもおぞましい名前になっていたりしてな」

 ラナーはそそくさと退出する。
 知らない仲間よりクライムが全てに優先されるラナーはあっさりと帰宅する。
 レイナース達が頭を悩ませている間に装備品を新調するラナー。
 レベルは低いもののモンスターと戦えないわけではない。

「クライム。レベルを上げに行きますので付き合ってくださいな」
(かしこ)まりました。……それでいかほど上げるおつもりなのでしょうか?」

 ミスリル合金製の白銀の全身鎧(フルプレート)で佇む少年兵クライム。
 荒々しい顔つきに短く刈り込まれた金髪。毎日鍛えている筋肉は防具で見えないが、相当引き締まっている。
 実直な性格で小技はまだ苦手としていた。

「70と言いたいところですが、まずは5です。どれほどのモンスターを倒せばいいでしょうか?」
「今は2ですから、単独で倒す場合ならば小鬼(ゴブリン)だと60匹ほどでしょうか。レベル帯で言えば倍もありえますね。骸骨(スケルトン)は最低の経験値しかもらえないので……。結構な数は倒さなければなりません」
「あらら。低いレベルでも大変なのですね」
「はい。そう簡単に強くならない世界なので」

 従者であるクライムは冒険者ではないが金級の実力がある。
 見た目は貧相だが、意外と強い。
 レベルアップするには自分のレベルと同等か、それ以上の敵を倒さないと経験値は激減してしまう。
 最低値は1だ。
 ラナーならば骸骨(スケルトン)を一体倒すと半分の60ポイント程の経験点が貰える。だが、レベルアップしにくいので結構な数は倒さなければならない。
 経験値経験点は名称こそ違うが意味はほぼ同じ。モンスターが元々持っている経験値を経験点と呼んでいる。どちらを使っても個人の自由だ。
 経験点はレベル差が開くごとに減っていく。
 基本は討伐したモンスターの経験点の合計を平均レベルで割る。開きが五十レベル以降は平均レベルを10倍にした値で割る。
 レベルの差が開けば開くほど得られる経験値は少なくなる。
 逆に倍化はしない。経験点を倍にするようなアイテムを装備しない限りは。
 モンスターのエンカウント(発生)率が低い事も冒険者が育たない原因になっている。だが、経験値はモンスター以外からも獲られる。
 魔法を使ったり、その魔法を当てる。武器での攻撃も同じ。回避運動。武技を当てる事でも経験値になる。微々たるものだが。
 召喚物は倒しても経験値が獲られないのは通説となっていた。
 様々な条件で獲られたり、獲られなかったりする。
 職業(クラス)によって交渉ごとでも経験になる事がある。
 特殊技術(スキル)の使用も同様だ。
 鍛錬でも経験値は得られるが高レベルほど得られにくくなる。レベルアップするごとに必要経験値が消費されるので持ち越しは可能だ。迂闊にすぐレベルアップするより低レベルのままの方が稼ぎは多いので、そこは色々な工夫や戦略が必要になってくる。
 最終的には数千万ポイントを稼がなくてはならない。実際にそこまで至る事はないかもしれないけれど。
 ソロ活動以外で獲得した経験値はチームに割り振られる事になっているので更に少なくなる。
 多くもらえるのは倒した者だが、強敵であればあるほど経験値は多いものだ。
 雑魚モンスターばかりでは数年がかりとなるかもしれない。

「ラナー様が次のレベルになるには2200ポイントほど必要です」

 獲得した経験値は溜める事が出来る。
 特殊なスキルや魔法に経験値を消費する場合がある。場合によってはレベルダウンする事もありえる。

「そのポイントはどうやって調べるのですか?」
「冒険者組合に便利なアイテムがあったはずです。相手を見るだけでステータスが分かるという……」
「クライムは色々と勉強しているのですね」
「調べるのが好きなんです。歴史とか伝承とか」
「今回は女パーティで頑張りますが、いずれクライムと二人でモンスター退治に赴きたいですわ」

 退屈しのぎには丁度良い。
 それを(おこな)うには充分な装備と基礎ステータスが必要となる。
 無闇に危険な場所に飛び込むほど愚かではない。


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#004

 act 4 


 基礎的な部分をクライムから学び、装備品の確認を(おこな)う。
 王女とはいえ武器を装備できないわけではない。
 一般的にはショートソードとメイス。
 HPは5から10。

「……私の生命力も数値化されているのですか?」
「目安ですよ。ガゼフ様くらいになると100ポイントは超えているのではないでしょうか?」

 減ったままにはならず、休息やアイテムで回復する。
 特別なスキルというものはまだ分からないけれど、武器が扱えるのならば戦闘は可能だ。今はそれだけ分かればいい、と判断する。


 ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフのステータス。
 職業(クラス)
 『王女(プリンセス)』レベル2
 HP8
 MP0
 物理攻撃9 物理防御7 素早さ15
 魔法攻撃0 魔法防御13 総合耐性12 特殊15


 ステータスはほぼ全裸の状態が基準となっている。ここに装備や魔法による加護で数値は色々と変動する。
 レベルを上げたり、前提条件を満たせば新たなスキルを追加する事は可能だ。
 武技は(ひらめ)きのようなもので急に使えるようになったとクライムは言った。
 いつの間にか使える能力というのはラナーといえど首を傾げるものなのだが、説明出来ないことは色々とある。
 魔法を使うこともそうだ。
 勉強しただけでは使えない。それなのにある日、突然に魔法の矢が飛び出すのだから。

          

 一介の冒険者とはいえリ・エスティーゼの第三王女。安物を装備させて危ない場所に放り込む事は出来ない。
 防具は特別に作らせたミスリル製で統一。アダマンタイト製は王国には数えるほどしかない貴重品で尚且つ男性用ばかり。
 強力な武器も無く、また装備の関係からミスリル製を一揃い用意した。

「ミスリル鉱山を独り占めする貴族が居たような……」

 ラナーは首を傾げた。
 六大貴族の中に利益を独占する者が居た筈だ。だが、それを自分が指摘する立場に無いし、今は冒険者としての目的が最優先事項だった。
 折角、クライムが用意してくれたのだから野暮な詮索はしないでおこうと思った。

「ラナー様の筋力ならショートソードが手ごろだと思います。ブロードソードとかはまだ重いでしょう」
「防具も身につけなければなりませんし。わがままは言いません」

 王国の秘宝とか。

「レベル2でクレイモアを装備するのは無茶ですものね」
「軽い素材なら可能かもしれませんが、扱いが難しいと思います。身体が振り回されると思いますよ」
「盾も必要でしょうね」
「無いよりましですから。小鬼(ゴブリン)と言えど弓兵(アーチャー)が居る可能性があります」
「……痛いのは嫌ですわね」

 最初から重装備は出来ないので必要最低限で尚且つしっかりと身を守れる装備を選定していく。
 ミスリルとはいえ、材料不足なのか、とても薄く感じる。軽量化だと思えば納得出来そうだ。だが、命を守るには心許ない。打撃には強いと聞いたけれど。
 小鬼(ゴブリン)程度なら今の装備でも大丈夫なのかもしれない。
 それはおいおい考える事にしよう。一人で戦うわけではないのだから。


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#005

 act 5 


 一通り装備品が決まった後、王宮内にある一般兵の訓練施設で基本的な武器の扱いを学ぶ。
 戦士職を持たないラナーに出来る事は今のところ攻撃を回避することだ。
 後は的確に武器を振るう事が出来れば大丈夫のはず、とクライムは思っていた。
 低いレベルは何かと不安要素がいっぱいだ。
 軽装ではあるが武具を装備したラナーの見栄えは良かった。

「モンスター相手なので動きをしっかり見て対処してください」
「はい」

 訓練と実戦は違う。
 実際の戦闘を(おこな)う時になって初めて恐怖心を覚える事もある。

 カン。キン。

 と、小気味良い金属音が響く。
 武器に慣れてもらうので、軽く使ってもらい、それから少し体力づくりの鍛錬を始める。
 楽してモンスターは討伐できない。それが弱い小鬼(ゴブリン)であっても。

「伝説の武器を装備したからと言って(ドラゴン)は倒せません」

 特にレベル2で。
 理想と現実は違う。
 (ドラゴン)の鱗を断ち切る筋力が無ければ伝説の武器だろうと弾かれる。仮にスパスパ切れるとしても黙ってやられる(ドラゴン)は居ない。

「一日では何の効果も無いと思いますが……。適度に頑張りましょう」

 頑張って戦士のレベルをクライムは上げてきた。
 あまり技術を磨かなかった彼は実直なクラスを得ている。
 小技を絡めるクラスを得ていれば駆け引きも色々と出来たかもしれない。

「ラナー様はどんなクラスを身につけたいのですか?」
「面白いクラスでしょうか」

 王女に相応しいクラスを取る気は無いけれど、色々と身につけたら面白そうと思った。
 そもそも職業(クラス)はどれほどの数が存在するのか。
 自分の知りうる限りではかなりあるはずだと推測する。

「専門書があればいいのですが……。事細かに記された書物は……」

 あればあったで国家機密級のような気がした。
 魔法の知識も一般に出回っているのは少ないと聞いた覚えがある。

「暇だからといってお遊び気分で命を落としては一大事ですものね。ちゃんと頑張ります」
「その意気です」

 鍛錬しても新しい技は簡単には覚えられないし、ステータスも大して上昇しない。
 それでも身体を慣れさせる上では必要だ。

          

 激しい運動を(おこな)った身体は翌日、筋肉痛となって襲ってくる。
 適度に運動していけば苦しみも和らぐが、今は苦労の連続だ。
 剣の鍛錬の他に王女としての振る舞い、勉強も(おこな)う。
 本来はもう少しレベルが高かったが冒険者になる上で様々な特技が消えてしまった。なので改めて覚えなおしている。
 さすがに頭が急に悪くなる事は無かったようだ。

「知識は問題ないようですわ」
「戦闘以外でも経験値を積めるところはありがたいですね」
「数字が見えないのがもどかしいですわ。123ポイントほど増えたとか」
「専門のアイテムがあればすぐに分かる筈ですが……」

 舞踊を学び、歴史の勉強にテーブルマナー。これで経験値が入らないのは勿体ない。
 そもそもレベルを上げる必要があるのか、という問題がある。
 様々な恩恵は得られるが上がれば上がるほど必要経験値の量は増えていく。
 より強いモンスターというものは意外と少ないものだ。
 強くなれば弱いモンスターから獲得できる経験値は減少する。それが中々強くなれない原因の一つとなっている。
 生息しているモンスターの種類や強さは無限ではない。
 王国の周りにありとあらゆるモンスターが居るのであれば、それはそれで脅威だ。
 自然淘汰されていけば危険なものばかり残るのは必然。

「モンスターを倒す前に倒れそうですわ」
「最初は何でも大変ですよ」
「大怪我をしないように頑張ります」

 冒険者組合に行く途中で気がついた。
 獲得した経験値をどうやってレベルアップに使うのか、実は知らないということに。

          

 受付嬢に尋ねても首を傾げられた。
 自然と強くなるものだと言われた。
 既に集まっていたレイナース達にも聞いてみるが一様に首を傾げていた。

「自然と強くなる事がレベルアップなのではないか?」
「必要経験値と言うくらいですから、何らかの方法があるのでしょう」

 そもそもどうして王女(プリンセス)のレベルが2となっているのか。


 ナーベラル・ガンマのステータス。
 種族
 『二重の影(ドッペルゲンガー)』レベル1
 職業(クラス)
 『戦士(ファイター)』レベル1
 『戦闘魔術師(ウォー・ウィザード)』レベル2
 『装甲魔法使い(アーマード・メイジ)』レベル1
 HP19
 MP18
 物理攻撃21 物理防御25 素早さ20
 魔法攻撃23 魔法防御23 総合耐性22 特殊25

 クルシュ・ルールーのステータス。
 種族
 『蜥蜴人(リザードマン・)覚醒古種(アウェイクン・エルダーブラッド)』レベル1
 職業(クラス)
 『森祭司(ドルイド)』レベル1
 『精霊祈祷師(スピリット・シャーマン)』レベル2
 『召喚士(サモナー)』レベル1
 HP17
 MP15
 物理攻撃15 物理防御14 素早さ13
 魔法攻撃17 魔法防御14 総合耐性17 特殊19

 レイナース・ロックブルズのステータス。
 職業(クラス)
 『貴族戦士(ノーブルファイター)』レベル4
 『呪われた騎士(カースドナイト)』レベル1
 HP16
 MP12
 物理攻撃24 物理防御21 素早さ23
 魔法攻撃15 魔法防御23 総合耐性22 特殊18

 アルシェ・イーブ・リイル・フルトのステータス。
 職業(クラス)
 『魔術師(ウィザード)』レベル3
 『学問魔術師(アカデミック・ウィザード)』レベル1
 『上級魔術師(ハイ・ウィザード)』レベル1
 HP12
 MP16
 物理攻撃8 物理防御12 素早さ10
 魔法攻撃7 魔法防御18 総合耐性14 特殊16


 全員がそれぞれ基本的なステータスを把握し、数値の謎に首を傾げる頃、もう一つの問題を思い出す。
 チーム名だ。
 ラナーは特訓の為に全く考えていなかったが残りのメンバーが代わりに議論してくれたのか。そうでなければ改めて考えるしかない。

「チーム名か……。最終判断は王女がするといい」

 結局のところ決まらなかったらしい。

「というか、リーダーが私でいいのですか?」
カリスマを持つ……、今は無いか……。持っていた事にしようか。王女の風格は色々と役に立つ」

 レイナースの判断にナーベラル意外が頷いた。
 ナーベラルは社交的ではないようだが、参加しているところは仲間だと思うことにしたのか。その辺りは見た目ではうかがい知れない。

「『金の玉』はいかがでしょうか?」

 天真爛漫の笑顔でラナーは言った。

「……それはやめた方がいいな。……うん、それは王女として何かを失う気がする」
「そうですか? 金の……」

 レイナースはラナーの両肩に手を叩きつけるように置いた。

「絶対に却下っ!」

 血走った目でレイナースは拒否してきたのでやむなくラナーは諦める事にした。
 何が駄目なのか後でクライムに聞いておきましょう、と思った。

「で、では『黄金の仔山羊』はいかがですか? 何となく強そうですし、モンスターを蹂躙しそうな気が致します」
「仔山羊か……。確かに()()()()()な気配を感じる」

 ナーベラルが反対意見を出さなかったので了承と受け取る事にした。
 仔山羊(こやぎ)の中に蜥蜴(とかげ)が居るけれど。
 反対意見が出ない内に登録を済ませた方がいいと判断した。
 重複しなければチーム名は割りと自由だった。
 レベルに関しては冒険者組合も詳細を把握していないとのこと。
 とにもかくにも冒険者パーティ『黄金の仔山羊』は無事に結成した。
 まず目標は下がった分のレベルを元に戻すこと。

「雑魚モンスター相手では何年もかかりそうだが……。何事も最初が肝心だ」
王女(プリンセス)ラナーと愉快な仲間達」
「愉快そうな顔ぶれではない気がしますよ」

 結成した冒険者はいきなり仕事はせずにお祝いなどをして結束を固めると聞く。
 それぞれの装備はバラバラ。職業(クラス)も違う。
 こんな状態で戦闘に入るのはまだ少し危険だ。
 慎重な冒険者ならば綿密な計画を立てる。力に自信がある者は気にしないところだが、女性パーティで銅プレートならば無理に命を危険に晒すような真似は無謀以外の何者でもない。

「……社会勉強に関して異論は無い」

 と、ナーベラル。

「失ったレベルが気になりますが……、自分の可能性が広がるのであればリーダーに従います」
「改めて聞きますが……。リーダーは私でいいのですか?」
「代表者としてなら文句は無い。的確に指示も出してくれそうだしな」
「副リーダーならば私が努めさせて頂きますわ」

 クルシュの言葉にレイナースとアルシェは頷いた。

「本格的な活動は明日から……、ということでよろしいでしょうか?」

 ラナーの言葉に四人は同時に頷いた。
 早速、拠点とする宿屋の選定から。
 女性五人の冒険者が泊まれる大部屋のある安い宿は比較的、あった。
 贅沢を言わなければ寝床とシャワー、多少の食事も付いてくる。
 ラナーは自分の資金が豊富なので数人分は肩代わりできる。レイナースはバハルス帝国から支給された給金のたくわえがあった。クルシュは見聞を広めに来ているので最低限の資金しか持っていない。
 トブの大森林で集めた薬草などを売って得たものだ。
 アルシェは元々持っていた資金があるが、心許ない額だった。だが、仲間から借りるのは気が引ける。

「私は冒険者となってモンスター退治がやりたいだけなので、報酬は皆さんで分けてくださいな」
「諸君、命は金よりも重い。変に我慢せず相談してほしい」

 レイナースは周りに向かって言った。実際はアルシェのための言葉なのだが、あえて全員を対象にした。装備を見れば大体の事を把握する事が出来る。まして、アルシェとは同郷の仲だ。
 ナーベラルは主より活動資金を頂いているので、生活する事には問題は無い。
 弱体化しようが窮地を仲間と共に切り抜ける報告書を提出するように(めい)を受けた。あと、装備に関しても『戦闘メイド(プレアデス。またはプレイアデス)』のままで構わない許可を得ている。
 当たり前だが、チームを組んだ以上は仲間を殺してはいけない。後で色々と問題が発生するから。
 それぞれ明日からの活動に少しばかりの不安を覚えつつ宿屋で本格的な戦略会議を始める事になった。
 亜人と異形も特に問題なく宿が取れたことは後々になって気づいたが、気にしても仕方がない事もあるのかもしれない。


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#006

 act 6 


 最初の依頼は定番のモンスター退治。
 冒険者になったばかりのチームに相応しい小鬼(ゴブリン)討伐。
 討伐用の小鬼(ゴブリン)は近隣の『トブの大森林』にはたくさん生息している事が分かっている。
 亜人種で身体の色は緑色だったり茶色だったりするが背丈は一様に一メートル足らず。
 粗末な棍棒や小刀などを装備し、下顎から牙が生えていて知性の低いモンスターが多い。一口に小鬼(ゴブリン)と言われるが種類は多岐に渡る。弱い者から強いものまで。もちろん、上位種族も色々と居るし、知性に溢れた狡猾な小鬼(ゴブリン)も居る。
 一般的に知られているのは弱い部類だ。確認されている個体数は圧倒的に多い。
 中には魔法を使う小鬼(ゴブリン)も居るし、凶悪と名高い赤帽子の小鬼(レッドキャップ)も数は少ないが居るらしい。
 アダマンタイト級の冒険者でもないと対処できない強敵で名前の通り、赤い帽子をかぶっている。
 性格は残忍で狡猾。素早い上に力もある。小さな身体を生かした攻撃を得意としている。
 小鬼(ゴブリン)達は人食い大鬼(オーガ)を用心棒として使役しているようで、よく一緒に居るところを目撃されている。
 それも複数体。
 人食い大鬼(オーガ)も亜人種で大柄でニメートルを超える事もある。
 猫背気味で知能は低いが筋肉が発達しているので序盤のモンスターとしては強敵に位置する。一応、大きな棍棒を持っている事があるので油断は出来ない。
 力任せの戦闘をしてくるので動きはそれほど早くは無いが小鬼(ゴブリン)達と連携してくるので戦いにくい相手だ。
 銅プレートにとっては強敵と言われている。
 墓地に出現する骸骨(スケルトン)というモンスターは単体だと弱いのだが数が多かったり、武装していたりすると対処が難しくなる。
 アンデッドモンスターの特性で疲労しないし、多少の攻撃にも恐れを抱かない。
 訓練としては最適だが、甘く見ることは出来ない。
 生物の対極に居ると言われているので多種多様の骸骨(スケルトン)が確認されている。その中でもっとも強力なものに骨の竜(スケリトル・ドラゴン)が居る。
 骨の集合体が(ドラゴン)を形作ったようなモンスターで魔法に絶対の耐性を持つと言われている。
 王国ではまず目撃されないがバハルス帝国の領内にある『カッツェ平野』で目撃例が出た事がある。
 金級以上、アダマンタイト級の冒険者でなければ対処できない強大なアンデッドモンスターだ。
 第六位階までの魔法を無効化するので魔法詠唱者(マジック・キャスター)にとっては天敵に近い。

「そこまで強いモンスターの知識は今は要らないと思いますが……」

 レイナースから色々と話しを聞いていたラナーは言った。

「無謀にも戦いを挑むかもしれない。知っていて損はないと思うぞ。まず、我々の目標は小鬼(ゴブリン)だ。無理に強敵と戦う必要は無い」
「分かりました」
「了解しました」
「……弱体化しているのだったな。了解した」

 それぞれ返事をしていく。

小鬼(ゴブリン)とて数で押されれば厄介だ。特に飛び道具には気をつけろ。ラナー様も目に攻撃を受けたら混乱すると思いますよ」
「……確かに。痛いのは嫌ですわ。それと、敬称は不要です。気軽にラナーと呼んでくださいませ」
「分かりました」
小鬼(ゴブリン)はどれほど倒せばいいのだ?」
「依頼では各二匹ずつの十匹だ。他の冒険者の為に全滅させてはいけないのだろう」
「……そういうものか」
「仕事が無くなっては困るからな」

 戦闘の知識ではレイナースが上なので説明は今のところ彼女に任せておいた。

          

 装備品などを確認し終えた五人は目的地に向かう。
 モンスターがよく現れる森の近くに村を模した施設がある。

「ここだな。人食い大鬼(オーガ)が居るのは仕方が無いが、それぞれ固まって行動してくれ」
「レイナースさんがリーダーを務めた方がまとまり易い気がします」
「そうなんだろうけれど……。クルシュは戦闘は得意ではないのか?」
「平和的に暮らしておりましたので……。こういう事は男連中が得意ですから」

 自分でラナーを推薦しておいてリーダー面はしにくい。けれども、ふざけた気持ちで戦闘を始めるわけにはいかない。
 油断すれば自分の右側の顔に受けた呪いの二の舞もありえなくはないのだから。
 現場に集まっている小鬼(ゴブリン)はざっと見た感じでは十匹以上は居た。それに加えて三体の人食い大鬼(オーガ)が居た。
 レベル5となっている今、油断が出来ない。
 アルシェ達、魔法を扱う者達は物理攻撃がとても低くなっている。

「まずは戦士職の私が適度に痛めつける。君たちはトドメを刺すがいい」
「分かりました」
「……うむ。存分に働け」

 ナーベラルは尊大な態度だが仕方が無い。彼女は異形種で人間嫌いだそうだから。
 それでよく人間の都市の冒険者組合に来たものだ。
 蜥蜴人(リザードマン)のクルシュは肉体的に人間より強固なはずなので今は放置してもいい、と判断する。
 手加減できる自信は無いが、身体を慣らす意味でもやらないよりはましだと思った。
 レイナースの突撃で小鬼(ゴブリン)達は慌て始める。
 少し前より身体が重く感じるが懸命に剣を奮う。
 思っていたよりも遅く、苛立ちを覚える。

「……ちっ」

 ガスガス、と切れ味の悪い音が聞こえる。思っていたより刃の通りが悪い。
 それはそれで構わない。当てっているし、相手の攻撃も見える。
 手際は少し悪いが仕留めた小鬼(ゴブリン)のトドメは後方の女性達に順番に(おこな)ってもらうことにする。
 魔法詠唱者(マジック・キャスター)だからといって物理攻撃が出来ないわけではない。
 杖などを叩き付ければいいだけだ。

「……銅プレートはこんなに弱いのか……」

 歴戦の騎士たるレイナースはがっかりした。だが、弱体化すれば油断が生まれる。これはこれで良い訓練となる。
 強さに胡坐をかかない。
 剣を握る手に力を込めて人食い大鬼(オーガ)にダメージを与えていく。

          

 ガツンガツンと女性陣が小鬼(ゴブリン)達を撲殺している頃、あらかたの敵は片付いたようだ。

「それぞれ規定の数のモンスターは倒しましたか?」
「はい」
「なんとか」

 ラナーは死んだモンスターから部位を切り取っていた。
 切り取る部位は冒険者組合から貰う書類に記載されていて小鬼(ゴブリン)などは耳を切り取る。
 これが収入になるらしいが、どうして必要なのかが分からない。というか、何に使うのか。

小鬼(ゴブリン)を十七体。人食い大鬼(オーガ)三体。レベルアップはまだまだ先が長そうだ」

 殆どレイナース一人で討伐したようなものだが合計二十体をよく倒しきったものだ、と自分で驚いていた。

「死体はどうするんですか?」
「ひとまとめにしておく。後で回収する者が居るのだろう」

 ナーベラルは死んだ小鬼(ゴブリン)に食らい付き、すぐに吐き出した。

「……駄目だな、不味くて……」
「無茶をするな。病気になったらどうする」
「毒無効のアイテムは持っているから」
「無茶はしないでくれ。中には毒を持ったモンスターも居るんだからな」

 ナーベラルは顔をしかめたが、言い分は理解したので反論はしなかった。
 異形の身体とはいえ病気にならないとは言い切れないし、石化の呪いを受ける可能性も言われていた。
 軽はずみな行動は自分の主に叱られる原因となる。

「宿屋の食事の方が安全だと思うがな」
「何事も調査は必要かと思って……」
「……万全の体制を整えてからやってくれ」
「……了解した」

 素直になったナーベラルを見て、レイナースは組合に戻る事を提案する。
 それぞれモンスターの死体を集めて冒険者組合へと戻る。
 今日の獲得経験点は2206ポイント。
 それぞれ441ポイントずつ割り振られる。ただし、戦闘の仕方などで獲得した様々な経験値は各人に随時加算されていくので割り振られることはない。
 値が低いのは小鬼(ゴブリン)の経験点が半減しているためだ。人食い大鬼(オーガ)は五人のレベルを上回っているので規定値がもらえる。
 チームでの討伐の場合、モンスターを全滅させるか、倒した後で逃げ切るか、した場合に経験点が合計されて、それぞれに割り振られるようだ。あと、小数点以下は切り捨てになる。ただし、獲得した、という実感が無いのでラナーやクルシュは小首を傾げた。
 そもそも()()割り振りをしているのか、と。

「……GM(ゲームマスター)とかDM(ダンジョンマスター)という存在なのか?」

 モンスター以外の戦闘などで得たポイントも微々たるものだが獲得していたようだ。
 棒で一回殴るとどれほどの経験値になるのか、それはよく分からない。

「不毛……ですわね」
「何となくは……、そう思っていた。昇進する頃にはレベルアップしているだろう」
「……そういえば、私、レベル5になるの忘れてましたわね。……往復するのも大変でしょうから、このまま続けますわ」

 初日は殆どレイナースが活躍した。それぞれ独自に動けるようになるまで随分とかかりそうな予感を感じた。
 楽してレベルアップは出来ない。


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#007

 act 7 


 次の日も同じモンスターを討伐していく。
 モンスターの発生頻度や生息数は無限ではないが日によってバラバラだと非効率的だ。
 冒険者が育たない。または育ちにくい環境のように思える。
 だからといってモンスター溢れる世界では人々は安全に暮らす事が出来なくなる。特に農村部は大打撃を受ける。

「今の段階でもっと強いモンスターと戦えますでしょうか?」
「無理だな」

 ラナーの無謀な一言にレイナースは冷静に答えた。

「強者を楽に倒せたら苦労はしない。今は地道な活動に専念してください」
「……はい」
「アルシェも遠慮せず倒していいんだからな」
「だ、大丈夫です。三匹は倒しましたから」
「今は撲殺程度だが……。いずれは魔法も使えるようになるだろう」

 ラナー以外は人食い大鬼(オーガ)討伐をやらせてもいいのかもしれない、などとレイナースは思った。
 経験値は多くもらえるのだがチームである限り人数分配分されてしまう。
 最初なので仲間割れが起きにくいけれど、それぞれ焦りが見え始める。
 元のレベルに戻すのは並大抵ではないし、毎日大量のモンスターと戦える保証も無い。いや、あるとすればアンデッドが多発する城砦都市エ・ランテルの墓地を利用する手があった、とレイナースは目まぐるしく思考する。
 急に戦闘の仕組みを変えるのは得策ではないし、まだ二回目だ。

「今のまま戦闘を続けてもいいなら、私はこのまま続行を選択する」
「異論は無い」
「急に新しいモンスターと戦うのも身体が慣れないでしょうから。それと使える魔法は無いのですか?」
「あるにはありますが……。攻撃魔法ではありません」
「無駄打ちも経験値になればいいのではないでしょうか? 戦闘が終わってから色々と試すのも良いかと」

 ラナーの意見に魔法を使うナーベラル、アルシェ、クルシュは頷いた。
 レイナースも異論は無かった。

          

 更に次の日も依頼を受けるのだが、積極的に仕事をする冒険者が()()()居なかったのが不思議だった。
 小鬼(ゴブリン)以外の弱いモンスターには(ウルフ)などの動物系が居る。
 家畜も実はモンスターとして倒せる。
 人間すらも敵性エネミーとなりえる。だが、人間の国では殺人は禁止されている。戦争や犯罪者以外では、という条件が付くけれど。
 特例がアンデッドモンスターかもしれない。

「連続戦闘だが、みんな身体は大丈夫か?」

 戦闘になれているナーベラルとクルシュは平気そうだがラナーはやはり筋肉痛で動きが鈍かった。アルシェは少し疲労を感じている程度だった。
 適度に収入になっているせいか、やる気は感じられる。
 武器はラナーが貸与する事になっているが、今のところ自分達の武器を使用している。クルシュは肉体が武器のようなものだが無理をしないようには言いつけていた。

「敵は小鬼(ゴブリン)十三体のみ。飛び道具を持っている。それぞれ気をつけるように」
「はいっ!」

 ナーベラル以外は良い返事だった。
 返事はしなかったが頷いたので良しとする。
 まずレイナースが先行する。戦士のレベルが一番高いので突貫役がよく似合う。
 身軽で的確に攻撃を入れるのは熟練の騎士である証拠かもしれない。弱体化したとしても染み付いた行動は今も健在のようだ。

「魔法一回でどれほどの経験値になるのでしょうか?」
「信仰系は育ちにくいと言われていますから、10ポイントとかではありませんか? 魔力が少ないので大した数は使えませんが……」

 MPが6なら十倍した値が『ユグドラシル』風となる。だが、そのことを知っているのは五人の中でナーベラルただ一人。あと、下等生物(ラナー達)にそのことを教えるつもりは微塵も無かったし、実のところ本人もよく分かっていない。
 消費量は位階に依存する。MP6なら第一位階を60回使える。第三位階なら20回相当だ。あと、休憩すれば少しずつMPを回復させられる。
 能力を看破する魔法やアイテム対策の為に10分の1にした値にする事で相手に正確な情報を与えない、という仕様があるのかもしれない。だが、ここはユグドラシルではないので()()()()()()()(おこな)われている。
 ナーベラル達のようなユグドラシルからの来訪者のHPとMPは通常の10分の1で表記されているが、それ以外は数値通りだったりする。能力値は双方共に同じ。
 アイテムによってMPを回復させるものは()()()()には存在しない。
 レベルが上がれば当然、得られる経験値は少なくなる。

          

 的確な攻撃により仲間が傷つく事無く敵は全滅する。
 地味な攻撃だが戦闘は命のやり取りをする。

小鬼(ゴブリン)達もそれぞれレベルの違う個体が居ると聞きましたが、飛び道具を持っているのは少し高いのでしょうか?」
「魔法を使う者は高いだろうな。それでもこの辺りに出現するのは10以下だ。人食い大鬼(オーガ)も色違いなどが居るけれど」

 細かい強さまではレイナースにも判別できない。

「明日は休日にしようか。冒険者はモンスター退治だけが仕事ではないぞ」
「そうですね」

 魔法を使い終わって休憩していたクルシュは言った。
 後始末を終えて宿屋に帰還にする。
 依頼の報酬は少ないけれど、しばらくは今の生活を続ける事になる。
 王女が色々と我がままを言わないので浪費は今のところ無い。
 銅貨と銀貨を並べて家計簿のようなものを(しる)していくレイナース。

「食に関しては近所の店を利用しても大丈夫だろう。ラナーは城に帰ればいいか」
「下着の替えが必要ならば持ってきましょうか?」
「今の調子では数週間も同じ服を着る事になると思うが……。それぞれ何か意見はあるか?」

 クルシュは特に問題は無さそうだ。

「異論は無い」
「アルシェはどうだ? あまり我慢するのも良くないと思うのだが……」
「リーダーの意見に従います」
「では、明日にでも持ってきますわ」
「活動を始めたのはいいが、なかなか強くなれないものだ。普通の冒険者が一週間で劇的に変わることは無いようだが……」
「もっと早くアダマンタイトになったりはしないんですね。外の世界はモンスターがたくさん徘徊しているものとばかり思っておりましたのに」

 王都ではモンスターより犯罪者の活動が多かった。
 村を襲うモンスターの情報というのは意外と手に入らない。
 冒険者組合でも森の中や洞窟の中にでも行かない限りは平原でモンスターに出くわす機会は滅多に無いらしい。
 生態系に影響するようなモンスター討伐は原則として禁止されている。
 色々と束縛が多いのも冒険者が育たない理由ではないかと思う。
 請負人(ワーカー)はそんな中で冒険者組合に囚われない仕事を(おこな)う。当然、事前調査も自分達が(おこな)うので危険度は高い。

          

 討伐を終えた次の日は魔法詠唱者(マジック・キャスター)の三人は独自に経験値を稼ぐため、手ごろな魔法を唱えていく。
 レイナースは資金管理と装備の管理。
 ラナーは城に戻り、優雅な時を過ごす。ただし、午前のみ。
 午後からクライムと鍛錬を始める。

「楽して強くなれれば戦争に負けたりしないんでしょうね」
「そうですね。モンスター退治は順調ですか?」
「優秀な騎士さんがいらっしゃるので。ここはやはり例の施設(チート)からモンスターを融通してもらうのが良いのでしょうか?」
「駄目ですよ、楽ばかりしては。……堕落(だらく)しそうです」
「……そうですよね。……ところで小鬼(ゴブリン)というのは繁殖力が高いモンスターなのでしょうか?」
「聞いた話しでは高いようです」

 話しながら武器を奮う王女。
 筋力をつけなければモンスターとは戦えない。もちろん、つけ過ぎないように城での業務もこなしていく。
 不自然に体型が変わらなければ問題は無いが、少し心配だった。
 武器と防具にも慣れた頃に宿屋に持っていく品物を選定していく。
 使い古しとはいえ清潔な下着類だ。

「お仲間の分のポーションを各5本ずつ用意しました。今のところ厄介なモンスターの出現例はありませんが気をつけてください」
「ええ。危険と判断したら逃げますわ」

 おほほほ、と笑いながら王女は言った。
 地道な作業を乗り越えて楽な戦闘が出来るようになるまで、自分の見積もりでは一ヶ月ほどだと試算する。もちろん、今の調子での計算だ。
 予定外の事もありえるし、退屈しなくて済むかもしれない。

「他の武器も試しましょうか」
「そうですわね。グレートソードくらいは装備してみたいですわ」
「結構重いと思いますが……。大きければいいというものではありません」
「……不恰好になってしまいますものね」

 持ちきれずに地面に落すイメージが浮かんだ。
 無理な装備で命を危険に晒す事もない。
 クライムの言う事も一理ある。堅実な方が安全度が高いのは理解した。
 王女(プリンセス)だからといって躍るたびに『スキル発動』と言ったりはしない。だが、少しは憧れがある。特に武技を叫ぶところなど。
 人を避けるたびに『回避』と言ってもうるさいだけだが。


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#008

 act 8 


 慣れない運動が続いたせいか、筋肉痛に悩まされるラナー。
 初日に比べれば軽い方だが、日頃から運動していないと命に関わりそうなのは理解した。
 モンスターも黙って経験値になりたい者は居ない筈だ。

「今日は薬草採取と依頼人の警護だが、異論はあるかな?」
「モンスター退治はお休みですか?」
「毎日討伐できるほど数が居ないのだろう。森の中に入れば出てくるかもしれないな」
「分かりました」
「森の中には植物系のモンスターが居る。充分、気をつけるように」

 森祭司(ドルイド)はクルシュだけなので他は採取の役に立ちそうにない。
 頻繁に薬草を取ると草木が生えなくなるのでは、とラナーは疑問に思った。
 一定期間だけ生えるとしても森が広大であれば問題は無いかもしれないが、将来的な不安は残っている。

「必要以上の採取はしません。なので大地が枯れないように肥料を撒いたり、時には森祭司(ドルイド)系の魔法を使うこともあります」

 白い蜥蜴人(リザードマン)のクルシュが分かり易く答えた。

          

 薬草採取はバハルス帝国側でも(おこな)っていてモンスターの都合で深く内部に入ることは無い。
 中心部にはクルシュ達蜥蜴人(リザードマン)蛙人(トードマン)の集落があり、とある洞窟には小鬼(ゴブリン)の住処があるらしい。
 植物系モンスターも発見例は少ないが色々と居る。
 (つた)状の絞め殺す蔦(ギャロップ・アイビー)というモンスター。
 森の番人(トレント)森精霊(ドライアード)など。

「期間は三日ほど。帰りは()()()()で休息する事になっている」
「……カルネ村……。数々の逸話を残すという……、あの……」
「ラナー。カルネ村は普通の農村だ」

 ラナーの中では全ての事象の中心地というイメージがあった。
 ありとあらゆる騒乱の爆心地。ここから全てが始まった、という感じだ。

「……なんか分かります。カルネ村が無ければ私達は存在し得なかった、というくらいの気配を感じます」
「……なんでしょう。この不穏な空気は……。人生で始めて感じるおぞましさ、というか……」

 ナーベラルとレイナース以外は戦々恐々となり、顔を青ざめさせていた。

「そうだな。何故だか、私は()()()()()()()ような気がする」

 カルネ村は絶対に滅ぼしてはいけない、という気持ちがナーベラルの中に生まれる。いや、元々そうすべき、という命令を下されているようなものだった。
 まだ()()()()()()()()なのに、と。
 レイナースは皆から湧き出る不穏な空気に気圧(けお)されていただけだが。
 カルネ村は他の農村と違うところは聞いた事がない。バハルス帝国の人間だから、ということもある。ただし、クルシュは色々とお世話になっていたので実は村のことは知っていた。つい雰囲気に飲まれてしまっだけだ。
 半数ほどが不安をにじませているが依頼は大事なので現場に向かう。
 場所はモンスター討伐と同じくトブの大森林。今回は入る場所が違う。
 薬草採取用の入り口があり、両枠は他のモンスター討伐の冒険者が活動している。
 この森は地図では分からないが、かなり広大な敷地面積を誇る。

「待ち合わせしている依頼主と合流してから仕事を始める」

 現場を仕切っているのはレイナース。
 リーダー役をラナーに譲ったのだが、ラナーは『カリスマ』のクラスを持っていないせいか、役に立たない。あと、戦闘経験などが豊富なレイナースが相応しいという意見になった。
 王女だから、と安易に決めた手前、責任を取る意味でリーダーになった。

          

 薬草採取の依頼人は()()()どこかで見た覚えのある人物だった。いや、そう思い込んでいるだけかもしれない。
 金髪で目元を隠す男性で薬師(くすし)として有名な人物。
 それぞれの脳裏に何故か、そんな説明が浮かぶ。

「……これは何かの呪いでしょうか?」
「……書き尽くされた物語の影響では?」
「……今後の展開が手に取るように分かりますね」

 それぞれ小声で話し始める。
 女性達の様子に依頼人である『ンフィーレア・バレアレ』は苦笑していた。

「言いたい事は分かりますが、今回はモンスター退治がメインだと思いますので。……()()()大丈夫ですよ」
「そうですか? 村に帰ったら殺戮劇が始まっている気がしますよ」
「帝国民の私がここに居るから勝手は許さない。それは保証しよう。帝国騎士の威信にかけてこの辺りの平和はお約束する」

 レイナースが胸に手を当ててンフィーレアに言った。

「だいたい戦争は終わった筈だが。魔導王が居る時点で今さら王国が荒れるとは考えにくい」
「そ、そうですよね」
「それだと私が既に死んでいる気がしますけど?」

 と、アルシェの言葉にレイナースは唸る。
 一つを修正すれば別の問題が顔を出す。

「今回は楽しい冒険者でいいではないか。国の様子とかは関係ないのだろう?」

 五人がそれぞれ議論を始めたがンフィーレアは黙って待った。
 自分もなんだか嫌な予感がしてきたので結論を女性達に委ねる事にした。そうすることが正しい気がしたから。
 ここは直感に任せてみようと。
 最終的に国のことは置いて仕事を優先させる事で一応の決着が付いた。

「お待たせした。冒険者チーム『黄金の仔山羊』だ。よろしく」

 レイナースとンフィーレアは握手し、それぞれ名乗っていく。

「よろしくお願いします。薬草については僕が指示を出していきますので。あと、それほど奥には行きませんから」
「了解した」

 一段落が付き、ンフィーレアとアルシェ達はそれぞれ安堵する。

          

 トブの大森林は『森の賢王』や『東の巨人』などと呼ばれる三体の魔獣によって縄張りが分けられているという。
 そういう噂があるのだが、眷属が暴れまわったという話しは聞いた事が無い。そもそも魔獣の噂は誰が広めたのか、実は誰も知らない。
 誰かの創作なのか、遥か昔から伝わる伝説なのか。真偽はラナー達にはうかがい知れない。

「薬草は採取後に大地に栄養を撒いておきます。そうすることで毎年、採取できるようにしています」

 それは自分の祖母から教えられた事だった。
 今のところ後継者は居ないが知人などに薬草学を伝える事もあるので色んな事を学んでいる。
 栄養の他にも育って間もない小さいものは除外したり、根を傷つけないようにしたり気をつけている。
 植物は基本的に根が大事。それは植物系モンスターにも言える。
 籠をそれぞれ渡されて指定した薬草を指導しながら集めてさせた。
 ただの雑草も混じる事は考慮している。それらは後で餞別するので目立つ毒草が無いかだけ注意する。

「薬草は年中、採取できるのですか?」
「ものによって様々ですが三ヵ月ごとですね。冬場はさすがに取れませんが……」

 採取した薬草の大部分は乾燥させて保存する。
 ポーション造りで使われるのは前年に乾燥されたものだ。だから、今は来年の商品の為に集めている。
 薬草は大量生産できない。だが、研究はされている。
 麻薬の横行で専門施設が作りにくいのと王国が未だに許可を出さない。
 専用の施設に金を出したいと思う貴族が居ない。居たとすると疑われる可能性がある。
 様々な点で検討されているらしい。

「……あ~、腰に来るわ~」
「身体を鍛えている殿方に相応しい仕事のようですわね」

 王女が草むしり。
 薬草ではあるけれど、はた目には滑稽に見えるかもしれない。

「これでも経験値になるのかしら?」
「正式な依頼だし、なるんじゃないか。いやでも、腰に来る仕事は別の意味で大変だ」

 腰の曲がったお年寄りの姿を思い浮かべ、深く感謝した。
 蜥蜴人(リザードマン)のクルシュは四つんばいで作業しているが慣れた手つきで薬草を集めている。
 普段からやっている者は動きが機敏だ。

「籠が一杯になったら終了です」

 全てを毟り取らないように規定量が定められている。
 ンフィーレア以外にも薬師が居て、平等に採取を(おこな)っている。
 全ての薬草がトブの大森林にあるわけではなく、それぞれ縄張りのようなものを持っている。

「奥に行けばもっと貴重な薬草があるんでしょうね、きっと」
「そうかもしれません。ただ、モンスターと戦う事になると思います。危険を犯す気は無いので……」
「私達としてはモンスター退治も出来たらいいなと……」
「折角集めた薬草を運んでもらわなければならないので、今回は諦めて下さい」

 真面目なンフィーレアの言葉にラナーはがっかりしつつ頷いた。
 急に妖巨人(トロール)が現れても今の女性パーティでは苦戦する。
 いずれは討伐してやりますわ、と胸の内で誓うラナー。
 いつも危険な戦いばかりではない。地味な作業も冒険者の立派な仕事だ。

          

 夕方になる頃にそれぞれの籠が一杯になるほど薬草が集まった。
 無理に限界まで詰め込む気が無かったンフィーレアは終了を告げる。
 ここからカルネ村に向かい、一泊した次の日に魔導国の領地にある城塞都市エ・ランテルに向かう予定だ。
 薄暗くなる頃に現れるのはモンスターばかりではない。
 金品を狙う野盗や人を殺すだけの犯罪者など。

「そういえば、朝から何も食べずに活動していた気がしますわ」

 薬草集めで時間の感覚が狂ってしまったのか、今更な事を思い出す。
 それぞれ弁当などは持ってきていた。

「着いたら寝床の用意をさせますから。食事は自由に摂っててください」
「は~い」

 アルシェ達は返事をし、(ほろ)馬車に乗り込む。
 集めた薬草の匂いが少し気になるがレイナースは自分の顔に臭いを当てるように手を動かした。
 昔、モンスターを倒した時に死の間際に呪いをかけられて顔の右半分が膿に覆われる事態となった。
 低位の解呪魔法やアイテムでは完治しないものだった。
 色々とあったが今は呪いとうまく付き合い、日常生活は特に問題が無い。せいぜい膿が垂れた時に拭く布巾を大量に持っていないといけなくなった程度だ。

          

 ンフィーレアが御者(ぎょしゃ)役だが見張りとして隣りにクルシュが座る事になった。馬車に乗るのは珍しかったので。
 トブの大森林の中で生活していたクルシュにとって人間の国は未知で一杯だった。
 見聞を広める為に冒険者登録したのだが、ついこの間までは集落から出る事を禁じられた封建的な世界で育った。
 今はそれぞれの蜥蜴人(リザードマン)が様々な事を人間から学んでいる。特に生け()作りや畑の作り方などを。
 食料が尽きる事は森の中で暮らす生物にとっては一大事だった。
 他の部族と殺し合いになる事もあった。
 自給自足があまり出来ない環境だった為、色んな問題にぶつかっていた。

「農業の知識などを得て蜥蜴人(リザードマン)の社会はだいぶ変わりました」
「そうですか。協力は惜しみませんよ」

 窮地に陥っていた蜥蜴人(リザードマン)の世界に助け舟を出したのがンフィーレアとカルネ村の村長『エンリ・エモット』だった。
 水田の開発はまだ道半ばだが、他にも色々な作物の育成に挑戦している。
 水源は清らかなアゼルリシア山脈の天然水。これを利用しないのは勿体ない。

「今回は冒険者ということで集落とは関係ありませんが、また色々とご指導を賜りたいと存じます」
「はい。食べ物ではありませんが、今度『ゴムの木』の育成に挑戦しようかと思っております。そちらで出来れば外貨収入も夢ではありません。薬草だけでは限界があるかもしれませんので」
「そうですね。人間との交流に少なからず資金が必要な事は理解しました。新たな作物の種も手に入れなければなりませんし、薬も必要となってくるでしょう」

 一部の病気は森の中にある薬草だけでは足りない。
 人間の知識も必要だ。
 そんな事を話しつつ周りを警戒する。
 交代しながら進んでいくと日が完全に落ちて真っ暗闇になる。
 急いで(ほろ)の中に入ると既に明かりが灯っていた。

「明かりの準備は整えておきましたわ」
「ありがとうございます」

 『永続光(コンティニュアル・ライト)』のアイテムを室内と外にかけておく。
 夜間でも行動するものには必須のアイテムだ。
 もちろん、物凄く目立つので警戒を一層強くする必要がある。
 馬に牧草を食べさせた後で出発する。
 今は休憩できそうな場所が無いので多少の無理をさせる事にしていた。

「仮眠は取っておけ。それとも睡眠不要のナーベラルが朝方まで見張るか?」
「それは命令か? 適任者が居ないのであれば構わない」
「……では、ンフィーレアを守りつつ外敵から守ってくれ」
「了解した」

 顔は不機嫌そうだが仕事はするようだ。
 薬草採取も一言も無駄口を叩かなかったし、サボったりしなかった。
 人付き合いは不得手なようだ。しかし、レイナースは未だにナーベラルの扱い方が分からなかった。


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#009

 act 9 


 ナーベラルが見張り役のお陰か、外敵は現れなかった。
 眠気と戦いつつカルネ村に到着したのは朝日が昇り始める頃だった。
 既に熟睡している者は後回しにして馬車を村の中に入れる。
 まずナーベラルが先行して村の様子を確かめる。
 煙が上がっていないし、道端に死体が散乱していない事を確認した。

「よし。中に入れろ」

 ンフィーレアは幌馬車を馬小屋まで移動させる。
 冒険者の寝床は専用の施設があるので、そこを使う。
 ンフィーレアは中をざっと説明して去って行った。不眠不休で働いていたので自分の寝床に向かっただけだ。
 完全に寝ている仲間をナーベラルに運ばせる。
 レベルが低くなっている筈だが力は強いようだ。苦も無くアルシェ達をベッドに寝かせていく。
 さすがは異形種、と言いそうになったが仲間を種族で差別するのはレイナースとて気が引けた。
 今は素直に感謝しておく。
 朝になりつつあるが眠気が酷いので暖かい寝床に入ろうかと思った時、ナーベラルがまた馬小屋に向かった。
 仲間なので一応、全員が眠るのを確認した方がいいと思ったレイナースは後を追う。
 勝手な行動はチームプレイに色々と影響するからだ。ナザリック地下大墳墓への定期連絡だとしても、だ。

「……ナーベラル・ガンマ。君は……」

 と、声をかけようとした時、レイナースは小首を傾げた。
 小屋に繋がられている馬の身体の臭いをかいでいたからだ。

「……何をしている?」
「臭覚の確認だ。という家畜はナザリックでは召喚物やモンスターでしか知らないからな」
「そ、そうか。一つ忠告しておこう」
「んっ?」
「馬という生き物は後ろに立たれるのが嫌いなんだ。蹴られるから注意しろよ」

 もちろん、嘘ではない。
 家畜といえども生物には苦手とする行動などがある。

「……そうなのか」
「試しに向かったりするなよ。責任は持てないぞ」
「了解した」

 異形種という事を思い出し、少し気になったので見物する事にした。
 始めて見るものに興味を持つのは人間の子供と同じだ。異形種とて恐ろしいものばかりではない。

「そういえば、ナーベラル・ガンマは寝ないのか?」
「睡眠不要だ。人間は眠る生き物なのだろう? いくら待っても寝ないぞ」
「……そうだったな。だが、実際のところは眠れないのか?」
「眠る、という事が分からない」
「お前の主に聞いておくといい。身体に悪影響かどうか知る事は大事だ」

 種族違いというものは色々と勉強になるはずだが、今はとても眠くて頭に入らない。
 レイナースは欠伸が止まらなくなってきた。

「……馬糞は触ったり、食べたりするなよ」
「ばふん?」
「そこら辺に転がっている黒いものだ。……女性として残念な事になる。いや、まず(あるじ)に聞いておけ。行動する前にな」

 ナーベラル一人を残しておくととても駄目な気がしてきた。
 疑問を感じるナーベラルはレイナースの言葉に従い魔法を唱える。しかし、何も起こらなかった。
 不審に思って何回か唱えたが何も起きない。
 習得魔法から必要な魔法が消失しているようだ。

「……仕方がないか……」

 ナーベラルは虚空に手を突っ込む。一部のNPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)アイテムボックスという異空間からアイテムを収納したり、取り出したりすることが出来る。
 そこから取り出すアイテムは巻物のスクロールという魔法を行使する為に使われるものだった。
 本来は自分が習得する予定のリストに載っている魔法をスクロールで代用するので、リストに無い魔法のスクロールは使えない。または何も起きない。だが、二重の影(ドッペルゲンガー)の種族スキルならば使用制限をある程度は緩和できる。
 レベル帯によって使用難易度が変わるので低レベルで第十位階の魔法が使えたりはしない。というか物凄く低確率という状態になるはずだ。
 適正レベルに見合っていれば成功率が上がる。

 兎の耳(ラビッツ・イヤー)

 貴重なアイテムを無駄にしたくないがやむをえない事情により、使用する事を決めた。
 魔法を唱えるとスクロールは燃え上がり、消滅していく。使いきりのアイテムだから複数回は使用できない。
 魔法が成功したのでナーベラルの頭に兎の耳が生えた。
 これは周りの状況を探る魔法。音や気配が分かるらしい。
 続いて『伝言(メッセージ)』を発動する。こちらは普通に使えた。
 指定した人物に魔法的に繋がりができる。音声が必要なので会話しながら喋る必要がある。更に『沈黙地帯(ゾーン・オブ・サイレンス)』をかければ完璧だが、それは唱えなかったようだ。というか使えなかった、が正しいかもしれない。

アインズ様。ナーベラル・ガンマにございます」
『おお、ナーベラル・ガンマ。冒険は順調か?』
下等生物(シャクトリムシ)達は睡眠の為に寝床に入っております」
『……時間的には朝になる前だな。ということは夜通しの稼動だったのか?』
「はい」

 ナーベラルが会話している間、レイナースは待機していた。
 助言が必要な気がしたから。あと、追い払われなかったので、という理由だ。

「……それで質問があるのですが……」
『おお、疑問があれば質問するのは当たり前だ。何が聞きたい?』

 主であるアインズはとても嬉しそうな雰囲気だった。

「今、馬小屋におります」
『うん』
「……ばふん、とはなんでしょうか?」
『ばふん? ……ばふんって言ったら……、馬糞だよな……。それが聞きたいことか?』
「はい」
『一言で言えば馬の排泄物だ』

 そう言われてナーベラルは馬の尻を見る。そして、今、出て来たものを確認した。

「これがばふん……。了解しました」

 変な質問にアインズは少し嫌な予感を感じた。

『……馬小屋に居るんだから馬糞くらいあるよな……』
「ぶしつけかもしれませんが、これは食べられるものでしょうか?」
『食べるんじゃないぞ、ナーベラル』

 そんなことだろうとは思っていた、とアインズは予想通りの展開にすかさず答えた。

『興味を持つことは悪い事ではないが……。色々と面倒な事になる。あと、素手で触るなよ』
「危険なものなんですか?」
『肥料にはなるのだが、興味だけで触るな、という意味だ』

 離れたところに居るレイナースにもアインズの声が聞こえていたので何度も頷いていた。
 何の対処も施していない為に『骨伝導』によって多少の音がナーベラルの頭部から漏れ出ているから聞こえた。余程の大きな声でも出さない限り、はっきりとは聞こえない。

「では、この草はどうでしょうか? 馬が食べるくらいですから」
『馬の食事を取るんじゃない。いいな?』
「……は、はぁ。了解しました」
『冒険者の仕事にそんなものは無いはずだ。興味が出たのか?』
「改めて考えますと私は色々と調査をしていない事があるなと思いまして。馬小屋のことも知識としては持っておりますが、目で見て直接触る機会がありませんでした」

 戦闘メイドとしての仕事は一から十まで理解していても冒険者の仕事や農村のことはほとんど知らない。尚且つ、下等生物と(さげす)む人間の食事もあまり知らないし、眠る事の大切さも分からない。
 知らないことばかりなので自分は本当はとても頭が悪いのではないのかと錯覚しそうになる。

          

 魔法の規定時間が来て頭の兎の耳が消えてしまった。
 もう一度、ナーベラルはスクロールを使って魔法を唱える。
 再度、頭に兎耳が生える。一緒に唱えるものだと思っているのかもしれない。

「申し訳ありません。魔法の効果時間で解除されてしまいました」
『そうか。まだ何か知りたいことがあるのか?』
「また分からない事があれば質問してもよろしいでしょうか?」
『気になることを後回しにするよりはいいだろう。こちらも忙しいことがある。その時は何かに書き留めておけ』
「畏まりました。それと……、こんな質問の為にお時間を割いてくださり、感謝いたします」
『それはいいのだが……。もう質問は終わりか?』

 まだ質問したそうな気配を感じるアインズ。
 質問一つだけで終わったことが少ないから、という経験からだ。

「……では、もう一つ質問したいのですが……」

 という言葉と同時にアインズは小さく『やっぱり』と呟いた。

『エロい事でなければいいな』
「えろい? 申し訳ありません。私はそのことが今ひとつ理解できないのです」
『……う。まあ、気にするな。それで次の質問は何だ?』
「はい。気になったものを食してもよろしいでしょうか? 毒無効のアイテムは持っておりますので」
『なんでも変なものを口に入れようとするな。……馬糞の味を確かめるとか言うつもりなら、すぐに帰って来い』
「………」
『なんだ、その沈黙は』

 少し声を大きくした為か、レイナースにも僅かばかり聞こえた。そして、苦笑する。

「正式な食事以外は我々に聞け。それと主にもそう言っておけ」
「……む。そういうものか?」

 横から余計な言葉をかけられたので少しだけ不機嫌になるナーベラル。
 双方から叱られているような気分になってきたので、ここは素直に言う事を聞く以外にないかもしれないと思った。
 なにやら自分の発言は色々と不味い、というのは薄々とだが感じてきた。

「ならば、この馬が食す草の味を……」
『おいこら、ナーベラル』
「は、はいっ!」

 少し強い語気を出したアインズに驚く。

『それは冒険者の仕事と関係ないだろう? お前は家畜ではない。それとも、そこに居る者が食えと言っているのか?』
「い、いいえ。そのようなことはございません」
『何でも気になるのは悪い事ではないのだが……。なんと言えばいいのやら』

 ナーベラルに限らず、ナザリックには様々な種族が居る。
 人間的な食事が出来る者から人間を食べるもの。虫類も居るし、飲食不要の者も居る。中には鉱石を食べるものも居る。
 それら全てに共通する食事にしろ、とは命令できない。
 第六階層の森では草食動物も居る筈だ。それを見せて解説するしかないのか、と色々と悩みだすアインズ。
 冒険者となって色々と学べと言った事の弊害か。
 気になる事を調査することは間違っていない。農家だって土の質を味で確かめると聞く。

『動物の生態より冒険者らしい仕事に集中してくれ。馬の生態くらいこちらで用意してやるぞ。……確か『双角獣(バイコーン)』とか』

 現地の家畜の方がいいのかもしれないけれど、放っておくと危険かもしれない。

『人間が食べる草(野菜など)では不満か?』
「生物によって何が好みなのか気になって……。家畜は人間とは違う種類の草を延々と食べている印象があり……、その……」
『食べずに資料だけ持って来い。家畜の本格的な調査はお前の本来の仕事ではないだろう』

 レベル5に落とされているんだぞ、と。

「申し訳ありません、アインズ様。では、冒険者としての仕事を続行いたします」
『無理に毒草を食べて確認しろとは言わないから。じっくりと強くなってこい』
「はっ。ご期待に沿うよう精進いたします」

 ナーベラルは別れの言葉を告げて魔法を解除した。

「なにやら色々と面倒なのは分かった」

 少しだけ口を尖らせるナーベラルは無理矢理に納得しようとした。
 知りたいことはあるが今は妥協しなければ更に起こられてしまいそうだった。

「なら風呂の用意でもして待機しててくれ。我々は……眠い。すまないが村の警護だけ、不審者は確保して構わないが……。殺さずに事を収めてくれ」
「了解した」

 少しだけ気になったのでレイナースはナーベラルを先に宿舎から出した。また舞い戻って馬糞の研究をするかもしれないが、今日はもう眠りたくて仕方が無い。
 次に目覚めた時に変な臭いが着いてたら頭を引っぱたこう。
 そう結論付けてアルシェ達の元に向かい、眠りにつく。


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#010

 act 10 


 日が傾く頃にアルシェ達は目が覚めた。
 怪しい気配があればすぐに目覚める訓練はしてきたが、何も起こらなかったせいで結構眠ってしまった。
 夕方になりかけではないか、と。
 それぞれお腹が鳴っている。

「……昼食の時間は過ぎているようですね」

 クルシュ以外の髪型は酷い有様になっていた。
 レイナースも顔の下に敷いた布が黄色く変色していて肌に張り付くほどだった。
 ラナーは筋肉痛が襲っていたが歩けないほどではなかった。

「まずは風呂の準備を始めましょう。食事は着替えの後という事で……」

 冒険者は数日の道程でいちいち着替えたりはしない。
 下着の替えはいざという時は捨ててしまう。それでも股間部分は守るようにしている。

「ラナーは何か要望はありますか?」
「皆様方と一緒で構いませんよ。それと下着の替えは用意しておりますので」

 遠出をする為に用意した専用の荷物を馬車に載せていた。
 それぞれの寸法は事前に聞いていたが、クルシュはどうすればいいのか。
 蜥蜴人(リザードマン)の社会では腰さえ隠せれば森の中にあるもので代用するらしい。

「辺りを花びらで臭い消しとかしませんよ。今は冒険者ラナーですから」
「分かりました。風呂と食事の用意をしてきます」
「では、私は食事の様子を見に行きます」

 白い蜥蜴人(リザードマン)が寝床から這い出してそのまま外に向かった。
 ほぼ全裸なので色々と面倒な着替えとか要らなくて楽楽そうだ。彼女(クルシュ)が身軽に移動していく様子を見て、少し羨ましいと思った。だからといって真似して全裸になる度胸はクライムの前でも無い限り湧かない。
 女中達の前では平気だが知らない土地は何かと心配だ。
 アルシェは大人しいが既に身支度を整え始めていた。顔は眠そうだったけれど。

「アルシェさん。私の髪の毛はどうなってますか?」
「メチャクチャになってますよ。……みんなで雑魚寝してましたからね」
 そういうアルシェの髪も乱れていた。
 レイナースが戻る頃にはラナーとアルシェは顔を洗い始めていた。
 警護していたナーベラルは風呂の用意まで引き続き仕事に従事する事にした。他にすることも無いし、農民を手伝う予定も無かったから。

          

 カルネ村の村民は百人足らず。
 他には『アデス村』があり、二時間ほどの距離にある。
 広大な平原はほぼ麦の生産に使われる。なので近隣の町や村が肉眼では見えないくらい離れていたりする。

「おねえちゃんはぼうけんしゃさんなの?」

 小さな子供が数人、ナーベラルの側にやってきて尋ねた。

「冒険者だ」
「むらをまもるおしごと?」
「薬草採取だ。村の警護の依頼は受けていない」

 受けていないが暇なので警護がてら散策していただけだ。
 子供達の羨望にナーベラルは邪魔だなと思いつつも現地の人間と仲良くするように言われていたので無下には扱えない。
 魔法に関しては第一位階を少し使える程度でメインとなる攻撃がほぼ出来なくなっている。
 せいぜい『魔法の矢(マジック・アロー)』を打つくらいだ。
 NPCでもあるナーベラル・ガンマは一般の人間や亜人達とは違う。
 最初から強化された状態で生み出された存在だ。
 死してレベルダウンすることもないし、新たな成長を見せる事は無い。ただし、色々と学習しているので今後、変化が生じるかもしれないけれど。
 自分の意思で魔法の習熟は(おこな)った事が無いし、やり方は当然の如く知らない。
 創造主より与えられた力として行使しているだけだったからだ。
 今まではそれが当たり前で疑問にも思わなかったのだが、今回のレベルダウンにて色々と不可解な問題に頭を抱えている。
 経験値の積み方。魔法の覚え方。それらを満足に知る者が周りに居ない。
 このままの活動が有意義なのかも妖しい。

「ナーベラルさん、お風呂の順番はいかがしますか?」

 遠くから白い蜥蜴人(リザードマン)のクルシュが声をかけてきた。
 子供たちはそれぞれナーベラルの邪魔をしないように走り去っていった。

下等生物(ウスバカゲロウ)達の残り湯を使うのは……。一番先にしてもらいたいな」

 金属のこすれあう音を響かせて仲間の元に向かう。

          

 朝はとうに過ぎ、昼もだいぶ過ぎた時刻となってしまったが初期の目的を果たした面々は遅い昼食を取る。

「身奇麗になったところで王都へ帰還するわけだが……。このまま小鬼(ゴブリン)を倒すか、エ・ランテルの墓地で経験値を積むか。どちらがいい? 後者はあまり収入にならないし、意外と危険だと聞いている」
「まだ数日ですし、小鬼(ゴブリン)討伐でいいのではないでしょうか」
「私も異存はありません。それなりに収入になりますし」

 と、アルシェも同意した。
 ナーベラルは収入よりレベル上げが目下の目的なので墓地でも構わなかった。
 チームなので多数決を取れば否決されてしまう。そういう予感は感じていた。

「私は皆さんの意見に従いますわ。何もしなくても経験値が割り振られるようですし」
「黙ってても規定値しか貰えないぞ。少しは戦わないと効率的とはいえない」

 レイナースの言葉にラナーは軽く唸る。
 壁を叩き続けて経験値が増えるわけではない。少しでも実戦を積まないと足手まといにしかならない。
 魔法が使えるわけではないけれど、五人の中では目立った能力が無いのも事実だ。
 そもそも『王女(プリンセス)』は社交界くらいしか役に立たないのではないか。
 後はせいぜい人身掌握とか小ずるい方向のような気がする。

「クルシュは治癒魔法の習熟だな」

 ナーベラルは五人の中で一番極端にレベルダウンしたはずだから実力を発揮するまでの道のりは長い。
 物理攻撃は戦士(ファイター)並みにあるようだから、魔法での援護は後回しにしてもらおうと思った。
 単騎で小鬼(ゴブリン)を十数体も撃破出来る実力がある事は分かった。
 だが、今は単調な攻撃しかしないモンスターばかりだ。いずれは苦戦する事になる。
 二倍程度には強くなりたい。

「では、王都に戻り単調な戦闘で色々と学ぶ方向でよろしいか?」

 レイナースの言葉に四人は手を挙げた。もちろん、ナーベラルも含まれる。
 結論が出たところで帰り支度を始める。

          

 帰りは途中まで幌馬車で移動し、アデス村で一泊する。
 カルネ村と王都の中間に位置する村のひとつで人口が少し多い程度。大規模な田畑で様々な農産物を作っている。
 他の村も同様だ。ただ、中には犯罪組織によって麻薬の原料を栽培しているところもあったらしい。それらは既に焼き払われている。
 深夜帯になったところで休憩地のアデス村に到着し、与えられた宿舎に入る。
 村は基本的に暗くなれば外に出歩かない。
 明かりは『永続光(コンティニュアル・ライト)』を起動できるアイテムを使う。ある程度の収入を得れば手に入る。合言葉で消したり点けたりが出来る。
 カルネ村と違い、()()()()()()()()()()()()五人は会話も無く眠りに着く。
 翌朝、身支度を整えて出立する。

「……アデス村は……調査とかしなくて良かったのか?」

 ナーベラルの疑問にレイナースは特に疑問は感じなかったので頷いた。

「どこの村も似たようなものだろう。カルネ村だけ特別だったのかもしれないな」
「あの村は何の殺戮劇も起きない面白くない村だったのでしょう」

 と、物騒な感想を言う王女。
 自分の国の農村の扱いが雑すぎる気がした。
 末端の事は中々城にまで情報が集まらないのかもしれない。
 資料でも見せてもらわない限り全ての農村の実態など把握しにくいのは否定しない。

「ここからは歩きだが……。のんびりと帰ろうか」

 幌馬車はラナー達のものではないため、置いていくしかない。
 冒険者は徒歩と料金を払って御者を雇うのが一般的だ。なので多くの冒険者は滅多に遠出をしない。近場ばかりの仕事を選ぶからなかなか成長しないのかもしれない。
 一日かけて王都リ・エスティーゼに戻り、依頼完了の書類を提出する。
 ここまでの道程で獲得した経験値がそれぞれに割り振られる。
 戦闘行為が少ないので数十ポイント程度しか貰えないが収入は大きかった。これは契約金のようなものでンフィーレアが事前に冒険者ギルドに渡したものだ。
 不正を働けば冒険者ギルドの信頼を無くす。だから、料金に関しては厳しく管理されている。
 依頼に失敗すれば当然、料金は返還される。

「……割り振りがやはり理解できませんわね」
「誰も分からないから仕方が無い。我々は宿屋に向かうがラナーはこのまま城に帰るのか?」
「そうですわね。下着の補充をしてまいりますわ。装備の変更は今のところ必要ありませんわね?」

 ナーベラル以外は頷いた。

「じっくりと仕事をするとレベルというのは中々上がらないものなのですわね」

 もっと楽な方法で強くなってアダマンタイト級になった人が居たような気がしてきた。
 雑魚モンスターを数匹倒したくらいでは意味が無い、実際は。

「一週間で帝国最強四騎士にはなれない。そういうことだろう」
「私も何年も努力して高い位階魔法を扱えるようになりました」

 アルシェも努力はしているのだが中々発展が見込めなくて自信をなくしかけていた。
 人間の限界とされている第三位階まで以前は習熟していた。今はレベルダウンなる現象で第一位階しか使えなくなっているが、改めて元の力を取り戻せるのか不安ではあった。
 レイナースが強いので今は楽をさせてもらっているが、いずれは自分ひとりでお金を稼がなければならなくなる。
 かつての仲間の下にはまだ戻れそうにないけれど、今は無心に努力するしかない。


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#011

 act 11 


 休日を設けてラナーはクライムと共に近場の訓練場に向かう。もちろん、護衛の騎士を十人ほど引き連れて。
 ラナーは王女であり、モンスター以外にも狙われるおそれがあるので必要な措置だ。

「そろそろレベル3になれるほどの経験値が溜まってきた頃でしょうか?」
「目標は5ですから先はまだまだ長いですよ」

 一人で小鬼(ゴブリン)を倒すほどにはまだ強くない。
 机上の空論をいつまでも喋っていても強くはならない。
 ラナーは剣を構えて敵に向かう。
 物理攻撃は低いがミスリル製の武器ならば多少はダメージ量が多くなるはずだとクライムは思っている。もちろん、技量も必要なのは分かっている。
 最初はモンスター退治ではなく経験値になる様々な鍛錬や行動でレベルを上げていく。その中で強くなったと実感したものが冒険者に狙いを付ける。
 魔法詠唱者(マジック・キャスター)がいい例だ。
 多少の攻撃魔法でもモンスターが倒せれば収入になるのだから。

          

 用意されたモンスターとはいえ倒すべき敵だ。ラナーは剣を構える。
 普通の女性ならモンスターと戦うというだけで恐れおののく。だが、ラナーは違う。
 城での醜い争いをたくさん経験している彼女にとって弱い生物を殺す事に悲しみなど感じない。
 退屈を紛らわせる意味しか最初は無かったがクライムから色々と学んで考え方は少しずつ変わってきた。
 自分でも生き物を殺してみたいという風に。
 とはいえ、今はまだ非力で世間知らずなお姫様だ。
 以前まであった『女優(アクトレス)』を失ったとしても記憶としては残っている。
 問題があるとすれば、やはり。

 レベルアップとは何なのか。
 経験値の割り振りとは何なのか。

 この二つを解明しない限り闇雲な戦闘は徒労でしかない。
 楽して強くならない事は理解している。だが、推測は実証してこそ価値があるものだ。

「では、ひと狩り行ってきますわ」

 軽快な動作で小鬼(ゴブリン)に向かい、武器を奮う。
 ガス、という鈍い音。
 さすがに一撃では殺せない。当然、小鬼(ゴブリン)も殺されまいと反撃する。

「ギャア!」

 耳障りな雄たけびを上げる小鬼(ゴブリン)が反撃してくるがクライムは腕を組んだまま見守った。手助けすることは王女の為にならないと判断しているからだ。
 多少のケガは控えている信仰系の従者や回復アイテムで癒せる。

「!?」

 棍棒による反撃は驚きつつも痛いと感じた。
 相手は命を取られると思っているのだから殺されまいと手加減などしない。
 動きの鈍いラナーに更なる追撃を仕掛けてくる。

「クタバレ」
「……そうは行きませんわ」

 と、棍棒を剣で受けるラナー。その時、ボキリとはっきりと音が聞こえた。

「……うぁ!」
「ラナー様!?」

 自分の意思に逆らう右手は武器を持ったまま垂れ下がる。それも本来は曲げられるはずの無い角度で。
 痛みが時間差で襲ってくる。武器を取り落としたところを小鬼(ゴブリン)は殴りかかってきた。
 数値的に言えば4ポイントのダメージか。更なる殴打で2ポイントのダメージ。
 数字だけの戦闘であれば怯む事はない。だが、実際の戦闘は数値では表せない様々な事態が起きるものだ。
 身体は強固な鎧に守られているので小鬼(ゴブリン)の攻撃はあまり通じない。
 露出している頭部や間接部は意外とダメージを受ける。
 ラナーは頭部に受けた一撃で視界が暗転した。すぐに復帰するも手負いの小鬼(ゴブリン)は生きる為に襲い掛かってくる。それしか道が残されていないからかもしれない。

「……はぶぇ……?」

 意識がはっきりしてきたところで左手で武器を取ろうとするのだが手が震えて掴めない。
 動けないラナーに小鬼(ゴブリン)の追撃が迫るが、それは止められた。

「このまま死ぬのが実際の冒険者ですよ、ラナー様」
「……あはぁぶ……? う、びゃへぅ?」

 言葉にならないラナー。
 手を振ろうとしているのか、何を訴えたいのかクライムにはすぐには分からなかった。
 殴られた場所が悪かったようだ。目の動きが激しい。左右で違う動きをしている。
 クライムは治癒魔法をかけるように命令する。

          

 意識が定まってくる頃にはラナーはつい今しがたまで眠っていたような気分を感じた。だが、戦闘の記憶は残っているので右手を確認する。
 鈍痛は残っていたが指などはちゃんと動かせる。

「……王女は小鬼(ゴブリン)より弱いようですわね」
「普通、王女は武器を持って戦いませんよ。しかもレベル2でなんて、無茶もいいところです」
「……言葉もありませんわね」

 それはそれで情けないなと思った。自分が想定していたより戦えない事に。
 まだまだ相当な鍛錬が必要だ。

「鍛錬なので引き返せますよ」
「……いえ、続けます」
「分かりました」
「身体を押さえつけてモンスターを倒すのは()()()()()でしょうね」

 既に処分された小鬼(ゴブリン)の死体に顔を向ける。

「倒せればいいので。ご要望であればそのような討伐方法もありえますよ」

 王女としての特権を行使することもやぶさかではない。
 卑怯なのは百も承知。そうであっても戦いは面白くなくては続けられない。

「楽をしたところで皆さんに経験値が割り振られるのでしょう?」

 人数が多いのでかなり少なくなる。

「多くて……2ポイントでしょうか」
「確実に1ポイントは貰える……。そうであるのならば、それはそれでありがたいと思うことに致しましょう」

 命のやり取りにたった1ポイントしか手に入らない。それでは命を賭ける意味が無い、と考えても不思議は無い。
 それでも手に入る経験値はありがたく思わなければならない。
 ナーベラルの(アインズ)ならば『骨折り損のくたびれ儲け』と言うかもしれない。


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#012

 act 12 


 念のために適切な治療を受けてから再度、戦闘を開始する。
 クライムは止めようとは思ったけれど頑張ろうとする意思を尊重したかったので口には出さなかった。
 またモンスターと戦うのもいいのだが、せっかくの野外なので戦士と模擬戦をしてもらうことにした。
 相手は王国屈指の実力者。

 ガゼフ・ストロノーフ

 戦士長であり、父であるランポッサ三世の信頼が厚い男性だ。
 平民から実力のみでのし上がってきた精鋭の一人。数々の武技の使い手だ。
 出世欲は無いけれど部下の処遇改善には一家言(いっかげん)があるらしく、他の貴族から(うと)まれている事もしばしば見受けられた。
 厳つい形相にはち切れんばかりの鍛え上げた筋肉で覆われた身体は鋼のごとく。
 主武装は剣のみだが他にも武器は扱える。

「姫と戦う事になろうとは……」
「鍛錬ですので。お手柔らかにお願いいたしますわ」

 軽い武技を使っただけでラナーの身体が木っ端微塵になるのではないかとガゼフは思った。それほどラナーはまだひ弱だからだ。
 そんなか弱い女性がなぜ、危険な冒険者になろうとしたのか理解は出来ない。だが、王家の者が決めた事に容易く口出しなど出来るはずが無い。

「剣の技は伝授できませんが……。軽い打ち合わせから始めましょうか」
「よろしくお願いします」

 まずは剣を構えさせる。
 一日で飛躍的に上達するわけが無いので最初は頼りなくて当たり前だ。
 今のラナーの実力ではガゼフに1ポイント以上のダメージは与えられそうにない。ただ、二百回くらい当てれば倒せるかもしれないけれど。


 ガゼフ・ストロノーフのステータス。
 職業(クラス)
 『戦士(ファイター)』レベル15
 『傭兵(マーセナリー)』レベル10
 『王者(チャンピオン)』レベル3
 『料理人(コック)』レベル1
 HP242
 MP0
 物理攻撃41 物理防御26 素早さ31
 魔法攻撃0 魔法防御14 総合耐性25 特殊31

 クライムのステータス。
 職業(クラス)
 『戦士(ファイター)』レベル15
 『守護者(ガーディアン)』レベル8
 HP129
 MP0
 物理攻撃28 物理防御30 素早さ26
 魔法攻撃0 魔法防御25 総合耐性27 特殊25


 黙ってやられたりはしない筈だ、とラナーは苦笑する。

「まず基本の斬撃から。……盾はお使いになられないのですか?」
「盾ですか……。やはり盾は必要でしょうか? 攻守両方より攻撃をまず学ぼうかと思いまして」
「防御も大事です。俺……私は戦場では両手武器の大剣を用います。武技の関係上、盾が邪魔になるおそれがあるので」

 最大の攻撃を発揮するには両手で強く握り締めた攻撃の方が高い。もちろん、防御を捨てるわけだから攻撃を食らえば大ダメージは必至だ。
 ラナーに剣の握り方。身体の向き。足腰の調整に立ち位置を指導していく。
 武器による打ち合いよりまず基本動作の確認から始める。
 それらを終えて打ち合い。
 金属と金属がぶつかると手から身体全体に振動が伝わってくる。
 最初はそれに慣れる必要がある。

「鍛えていないラナー様の御手ならば弱い小鬼(ゴブリン)の攻撃でも危険でしょうな」

 モンスターは戦いなれているところがある。

「……そういえば、お一人で戦われるのですか?」
「最終的には一人である程度はモンスター退治がしたいですわ」
「一人で活動なさるには相当な熟練者でなければ無理です。一朝一夕には行きますまい」
「そのようですわね。そこまで行けるかは未知ですが……」

 基本的な攻め方を教わりつつラナーは息が上がってきた。額から玉のような汗をかく。
 言葉では聞いた事があるのだが本当に大粒の汗にビックリした。
 それらが鎧の中に入り込めば(にお)いがこもる。
 いつも清潔にしている自分はなんて恵まれていたのか、と実感する。

「……汗臭い王女……。あまり誉められたものではありませんわね」

 それでも武器を握る手は緩めない。
 実際の戦闘で諦めは死に繋がるからだ。

          

 基礎の次は実戦なのだが本気で戦うわけにはいかない。
 こういう訓練を長く続けてこそ意味がある。
 腕力の無い王女の為に篭手の改良を打診。
 一般の冒険者ではないので装備を充実させないと筋骨隆々の王女が出来上がってしまうかもしれない。
 アダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』のリーダー『ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ』のように強く美しい女性ならば何も問題は無い。
 彼女(ラキュース)の場合は人並み以上の努力とたゆまぬ戦闘経験を構築してきた。そんな彼女のように鍛えることはガゼフには出来ない。

「ラキュース殿でなくて良かったのですか?」
「あまり為になりそうな気がしなかったので。ついつい世間話しをしそうですし」

 女性の会話は少ないが得意という訳ではないガゼフはただ唸った。
 歳のころは自分の娘と言われても違和感が無いかもしれない。

「私は……手加減とか苦手な方ですが……。ラナー王女とて容赦は出来ませんよ」
「お遊びで冒険者になるわけには行きませんものね」

 剣を強く握るラナー。それでもガゼフの一撃を受ければ簡単に取りこぼしてしまう。
 弱いからとて軟弱と斬り捨てたりはしない。
 戦いの道は長くて険しいのだから。
 ある程度の打ち合わせの後に素振り百回。屈伸運動もさせた。
 あまり手にマメを作るような事は避けた方がいいけれど、ラナーが拒否すればいつでも中断する予定ではあった。

「……はぁ、はぁ……。剣が……」

 握っているだけで辛くなってきた。何も無いところを斬っているだけでも辛い。
 汗まみれになっていくラナー。
 それでも特訓をやめない理由は何なのか、とガゼフはクライムに尋ねた。だが、彼もラナーの目的は知らない。
 ただ単に暇つぶしなのだとしても、ここまで熱心に出来るものなのか。
 本心を見せないラナーの心中。それは王女としての処世術なのかもしれないけれど。


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#013

 act 13 


 特訓を終えて城で身支度を整えた後、死んだように眠るラナー。
 数時間後に目覚めれば酷い筋肉痛で悲鳴を上げる。
 握力がまだ戻ってきていない為に物が持てない。
 数人のメイド達によって食事は何とか食べられたが、あまり食欲が湧かなかった。
 クライムの時とは明らかに違う。
 本当の特訓はもっと辛いという事だ。

「ラナー様。このまま続けられるおつもりですか?」
「もちろんです。……私は意外と負けず嫌いなんですよ」

 序盤はこんなものだと予想していたが身体の脆弱さにラナー自身、呆れている。元々、武闘派ではないので仕方が無いが、もう少し戦えると思ったのが間違いだった。
 良い武具を使えば楽。ラキュースを見ていて、そう思っただけだが彼女も相当な努力をしてきたに違いない。それでいて優雅に振る舞える。だからこそのアダマンタイト級冒険者『蒼の薔薇』のリーダーなのかもしれない。
 単なる有名な武器(魔剣キリネイラム)を持った女というわけではない。

「そういえば、クライム」
「はい」
「経験値が溜まった後はどうすれば良いのでしょうか?」
「それは私には分かりかねます。気が付いたらレベルアップしているものらしいです。世間一般の意見では……」
「……例の施設(チート)ナザリック地下大墳墓(アインズ・ウール・ゴウン)に赴く必要があるのかもしれませんね」

 卑怯な方法はあまり使いたくないけれど、必要な情報くらいは欲しかった。
 今の段階では一つくらいしか上がらない。
 ずっとレベル2のままでは小鬼(ゴブリン)くらいしか倒せない。
 ある程度の強さは必要だ。

          

 冒険者になってすぐ卑怯な手(チート)を使うのも我慢が足りないと言われるかもしれない。とりあえずとして小鬼(ゴブリン)を百匹ほど倒す目標を立てる。
 チーム戦はカウントしない。
 そういうことで再度、挑戦する。
 鍛錬で少しは動けるはずと思ったが筋肉痛が抜け切らない。
 異様に身体が重く感じられる。

「……このままでは筋肉が付きそうですわね」

 首から下が筋骨隆々の姫が出来上がるのは決して冗談ではないような気がしてきた。
 想像すると面白い化け物が現れるが笑い事ではない。
 あれこれ抑制していると身体を壊しそうなので多少の筋肉には目を(つむ)らなければならない。すぐに王国戦士長や『ガガーラン』になるわけではないと思うけれど。

「では、頑張りましょう」

 (あらかじ)め捕らえていた小鬼(ゴブリン)と対決する。
 動きが少し鈍いが懸命に耐えた。
 しっかりと相手の動きを見て剣を奮う。
 手の感触では握りはしっかりしているのが分かった。

「ギャッ」

 小鬼(ゴブリン)の棍棒をしっかり受け流す。今度は骨折しないで済みそうだ。
 油断無く一撃、一撃を入れていく。ダメージ量はおそらく少ない。
 真剣な眼差しで剣を振るうラナーに笑顔は無い。
 油断すれば敗北して地に倒れ伏す。それもいとも容易く。
 見守っているクライムも手に力が入る。
 深く切り込めないので長期戦になるのだが、今のラナーには負ける気配はなかった。

「トドメです」

 動きが鈍くなった小鬼(ゴブリン)の喉に剣を突き刺す。
 数値的にはHPが0になったところか。

「ラナー様。まだですよ」
「はい」

 HPが0になったからといって戦闘が終わるわけではない。
 確実に殺して初めて戦闘は終わる。
 動かない小鬼(ゴブリン)の首を何度も切りつける。その間にもダメージは入っていく。

「あは、あははは。死にました。小鬼(ゴブリン)さんが死にましたよ」

 笑いながら尚もモンスターを切りつけるラナー。

「あ~、ははは」

 口角を上げつつラナーは振りかぶり、思いっきり小鬼(ゴブリン)の首に剣を当てる。それを切断しきるまで繰り返す。
 最終的に首が離れてからラナーは動くのを止めた。
 最初から最後まで攻撃をやり通す。確実な討伐こそが正しい方法だ。
 ただの撲殺では一人前までの道のりは遠い。

「次です、クライム」

 呼吸もままならない内にラナーは剣を持ち直す。
 モンスターを討伐したラナーの顔は底冷えのする冷徹さがあった。だが、それを恐れる者は誰もいない。
 クライムが用意した従者は全てラナーの為に命を捧げられる数少ない者達だ。
 もし、怯える者が居れば、それは間者(かんじゃ)以外の何者でもない。

「分かりました」

 新たな得物を現場に引き入れる。
 ラナーが根を上げるまで訓練は続く。


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#014

 act 14 


 低レベルのモンスターを討伐するのは非効率的なのだが今のラナーには上位モンスターとの戦いは無謀だ。
 時間がかかっても数をこなさなければならない。
 勢いに乗れるほど世の中は甘くなかった。三体目を撃破したところで嘔吐するラナー。
 死体の臭いに身体が拒否反応でも起こしたかもしれない。
 生き物を殺す冒険者にとっては登竜門的な事だ。

「……苦しいですか、ラナー様」
「……はぁ、はぁ、はぁ……。……うぇお」

 内臓が奇妙な動きをするのが良く分かる。
 一通り吐き終えたところで、水と手拭が渡される。

「王女がモンスターの血で汚れるのはいささか問題ではありますが……。まだ、続けますか?」

 クライムとしては続けてほしいと思っている。折角、やる気になってくれたのだから途中で挫折されるのは勿体ないと思った。それに仲間が居る。
 彼女たちもラナーが欠員になれば少なからず動揺する筈だ。

「身体が慣れれば……。それまでは続けますよ」

 ラナーとて折角、冒険者登録が出来たのだから急にやめるのは勿体ないと思っている。
 今は努力の期間だから仕方がない。
 身体の変調は想定内ではあるが正直に言えば辛かった。
 慣れない運動は事前に下準備しなければ駄目だと思い知った。
 クライム達が普段から身体を鍛えているのは強くなる為ではあるのだが、こういった不調を防ぐ意味合いもあった事を身を持って知った。

「まだまだ続けます。……ですが、今日は終わりにしましょう」
「分かりました。それと訓練ですが小鬼(ゴブリン)達の部位を切り取っておくと良いですよ」
「……クライムも意外と鬼ですわね」
「何のことでしょうか」

 クライムは苦笑しながらとぼける。
 とにかく、大きな怪我が無くて良かったと安心したのは嘘ではない。

          

 一日の休暇の後、レイナース達と合流する。多少は筋肉痛が残っていたが仕事が出来ないほどではない。

「……雰囲気が変わりましたね」
「そうですか?」

 レイナースの目から見たラナーは戦士っぽく見えていた。
 まだ幼さは抜け切れていないけれど、仕事に対する意気込みは感じた。だが、今回の依頼は都市の清掃だ。
 銅プレートは雑用が多い。あまり危険な仕事は請け負えない。

「……清掃も仕事の内ですか?」
「清掃しながら治安維持も兼ねている筈だ。武器を持った冒険者が目を光らせていれば多少は大人しくなる」

 弱いからと言って手を出せば上級の冒険者が駆けつける。
 冒険者ギルドは監視の仕事も(おこな)っているので。
 戦士系の冒険者ギルドの他に魔術系の魔術師ギルドも存在する。
 こちらは魔法用の巻物(スクロール)などを販売している。
 スクロールはとても高価で取得している職業(クラス)が『習得できるけれど選べなかった他の魔法』などを使う場合に使用する。
 ただの一般人には使うことが出来ないマジックアイテムだ。
 スクロール一枚が金貨一枚から。これは平均的な市民の一ヶ月の生活費と同等の額だ。
 王国貨幣は帝国と価値は同じだ。全国共通で使われる『交易共通貨幣』なるものがある。
 これは両替時に貰う貨幣で、国内で使用する時に自国通貨と混ざらないようにするためのものだ。
 王国では銅貨二十枚で銀貨一枚。銀貨二十枚で金貨一枚。金貨十枚で白金貨一枚となっている。
 金貨一枚は銅貨四百枚相当だ。白金貨は貴族でもない限り使われないほど貴重な貨幣である。
 ナーベラルは二重の影(ドッペルゲンガー)の種族スキルで色々なスクロールを使うことが出来る。同じように錬金術師(アルケミスト)も魔法のクラスに依存せず扱うことができたりする。なので意外と購入者が多い。

「王都の清掃となると大規模そうですわね」
「さすがに全部ではない。決められた区画を複数の冒険者が担当するようだ。もちろん、サボればそこだけ汚くなる」

 自分の国、というか都市が汚れるのは気分的にも嫌なものだ。
 下水道は専門の職の人間が担当するようで冒険者は地上部分が多い。

「自分の国を自分で掃除するのも悪くはありませんわね」
「王女がこんな仕事を請け負うのもどうかと思うが……。良い宣伝になるのではないか?」
「目立ってしまうと六大貴族の方々に睨まれてしまいますわ」

 既に王女が冒険者をしていることは伝わっている筈だ。だから、今さら顔を隠しても意味が無い。
 嫌味を言われるか、何らかの嫌がらせ、圧力などを加えてくるのか。
 色々と嫌なことは浮かぶ。何も無ければ仕事に集中できる。

          

 それぞれ汚れてもいい前掛けなどを身につけて顔に布を巻き、頭巾をかぶる。そして、道に落ちているゴミを拾ったりする。
 指定された区域を重点的に掃除していくのだが、ラナーは仕方がないとしてナーベラルは道具の扱いに苦労しているようだった。
 戦闘メイドのはずなのに。

「とても非効率的な道具だな」
ナザリックはもう少し扱いやすいのか」
「魔法と粘体(スライム)を駆使すれば早いものだが……。野外清掃は経験が浅くてな」

 地下大墳墓なので室内清掃が主だった。
 一般メイド達は天井を隅から隅までは無理なので、大々的な掃除は滅多にやらない。
 やらない、というか天井までが高くて出来ない。
 第七階層は溶岩地帯なので掃除がしにくい。熱く煮え(たぎ)る溶岩は掃除できない、が正しいかもしれない。

「見よう見まねで覚えてくれればいい」
「了解した」

 ナーベラルは仕事に対してはとても聞き分けがいい。
 それ以外の気楽な時間の過ごし方が苦手なのかもしれない。あと、人間蔑視が酷いのだが、それは異形種なので仕方がないと諦められる。
 ラナーもあまり掃除しない人種だがレイナースが色々と指導する。
 アルシェは手馴れたものだった。クルシュは森の中での生活が長かった為か、掃除をする意味が見出せていないようだ。多少の片付けは出来るが、徹底的には出来ない感じだった。

「……教え甲斐があるようだな」
「それぞれ出身がバラバラですものね」

 失望は無い。
 賑やかで結構だと思うくらいだ。
 アンバランスさは退屈しなくて済むし、むしろ良いチームかもしれないと思うほどだ。


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#015

 act 15 


 広い王都の一区画とはいえ清掃作業はそれなりに重労働だ。
 下ばかり見ていると腰が痛くなる。
 建物の雑巾掛けをするわけではないが、汚い建物は長い歴史を感じさせる。
 人間の都市は二百年前に形作られたという。それ以前にも都市はあったが『魔神』と呼ばれる者達との争いで滅びたり、自滅したりを繰り返してきた。
 五百年前、『八欲王』と呼ばれる凶悪無比な者達と『竜王(ドラゴンロード)』達の大きな争いも歴史には残されている。
 バハルス帝国の南には獣人(ビーストマン)達と人間の国を含む六大国が互いに睨みを利かせて今も争い続けている。
 世界は広く、ラナーも自由に旅が出来ればもっとはっきりした情報が得られるかもしれないと思った。

「……王女は旅などしませんか……」

 城で一生を送るというのも面白くない。
 国を治める者は外交という手段で飛び回れるけれど、自分はどこまで行けるのか。
 敵の多い国に魅力も未練もおそらく自分には無いかもしれない。
 クライムさえ居れば、と言うのは簡単だ。だが、生活する上で様々事を学ばなければならない事に変わりは無い。
 どこかの都市で隠居するとしても一生を家の中で過ごすのでは意味がない。

「ラナー。改めて聞くが……。どうして冒険者になろうと思ったんだ?」

 掃除をしながらレイナースは尋ねる。
 何の不自由も無い贅沢三昧の王宮暮らしの方が安全なのに、と。

「城の中が退屈だからですわ」

 モンスター退治は二の次だったけれど、避けては通れない。だから、剣を持つ。
 そんな単純な理由だ。あと、モンスターとの戦闘は不得手ではあるけれど色々と興味深いことがあり、それほど嫌いではなかった。

「命をかけたお仕事というのは分かりましたが……。私、これでも真面目に考えているんですよ」
「……確かに取り組みは真面目なのでしょう」

 非力な王女がそもそもモンスター退治をするのは前代未聞ではないのか。
 日頃から武芸を嗜む人間であれば多少は理解出来る。
 国を治める側の人間はいつ何時、誰に狙われるか分からないものだ。ラナーとて例外ではない。
 存在を疎ましく思われている筈だ。それも身近な肉親とかに。
 それでも危険を承知で外に出るのは何も考えていないバカか、それとも(さか)しい女ということか。

「我々は金で雇われた傭兵ではないから……。チームとしてお付き合いさせていただきますよ」

 下がったレベルを戻さないといけないし。
 銅プレートはそれほど危険な仕事は出来ないようだから。
 昇進するとまた話しが変わってくる。
 冒険者は首から()げている金属のプレートの質が変わるごとに仕事もより危険になっていく。
 (カッパー)(アイアン)(シルバー)(ゴールド)白金(プラチナ)ミスリルオリハルコンアダマンタイト
 一定の依頼をこなすごとに昇進試験用の依頼を受ける。それを見事にこなせれば昇進する。
 特例も有り、飛び級する事が出来る。それはとんでもない事件でもない限り、普通は不可能だ。

          

 ゴミ拾いを終えたのは三時間後くらいになった。
 それほど収入は無いけれど、えり好みしては昇進試験は受けられない。
 いくつかの条件を満たして初めて昇進試験を受ける事が出来る、らしい。だが、その条件は冒険者には秘匿されている。
 モンスター退治だけで上には登れない。
 特にミスリルからは国を守る、という責任が付随してくる。
 国家の危機に馳せ参じる命令が下される事がある。
 アダマンタイト級のラキュースも特別な理由が無い限りは拒否できないと言っていた。
 命を懸けるのだから収入は多い。同時に危険度も高い。

「……仕事を終えて経験値の割り振り。これを何度繰り返せば元のレベルになるのでしょう?」

 クルシュの質問にレイナースは答えられない。
 ナーベラルも休む事無く次の依頼を受けたい気持ちだった。

「単純に考えれば……。十年くらいかかりそうだ」

 そもそも元の強さまで自分達は一日で強くなったわけではない。ナーベラルは特別だとしても。
 ラナーも元々はもう少しレベルがあった。()()()()()により下げられている。
 本来のレベルはおそよ7。残念ながらレイナースが言っていた『カリスマ』は()()持っていない。

「単純に数日で強くなる場合はどうすればいいでしょうか?」
「荒唐無稽でいいのなら。(ドラゴン)クラスを五十体ほど倒せばいいんじゃないか。今の段階ではダメージを与える事すら不可能に近いけれど」

 それくらいならアルシェも劇的に強くなりそうだ。
 大雑把な数だが確実に大量の経験値は手に入る。それも割り振りで分割されたとしても。
 後は(ドラゴン)に匹敵するような強さでダメージを与え易いモンスターが居ればいい。だが、そんなモンスターは思いつかない。
 厄介な能力を持つ巨大石化の魔眼の毒蜥蜴(ギガント・バジリスク)も強敵ではあるが(ドラゴン)と比べると格段に下に落ちる。

「後はまあ……」

 ナーベラルの拠点であるナザリック地下大墳墓に居るレベル100のモンスターを何回か倒せばいいんじゃないか、という考えが浮かんだ。
 つい、ナーベラルの方に顔を向ける。
 経験値稼ぎの為に何度も死んでくれそうなレベル100は居ない。確か蘇生費用が莫大だと聞いた覚えがある。
 金には余裕が無い。これはいくらラナーの財産でも簡単には賄えない。

「バカな事を聞くが……。お前のところの吸血鬼(ヴァンパイア)……。レベル100のやつ。あいつを数回倒せばすぐレベルが上がりそうなのだが……」

 本当にバカみたいな言葉にナーベラルは眉根を寄せた。そして、なんて不敬な事を言うんだ、この下等生物(ユスリカ)は、と思った。

「……なんと恐れ多い事を……」
「あくまで例えだ。バカな事は百も承知している」

 ナーベラルにとっては上司に当たる階層守護者を侮辱されたような気持ちで怒りがわいて来ることだった。
 虚空から金の棒を銀で覆ったような金属製の杖を出す。
 今のナーベラルはレイナース達と同じくらいの強さしかない。魔法も第一位階止まり。
 それでも譲れない事はある。
 一触即発の雰囲気だがレイナースは慌てない。
 レベル差のある敵ならまだしも今は同等の強さになっているのは理解している。
 ナーベラルが不敬な事と受け止めるのを分かって言ったのだから自分が悪い。
 だから、素直に頭を下げて謝罪する。

「あくまで例えなのだが……。すまなかった」

 あっさりと頭を下げてきたレイナースに対し、敵対行動しか考えていなかったナーベラルは意表を突かれた気持ちになった。
 仲間として共に戦うのだから安易に敵対しては色々と不都合な事がある。それを思い出した。だから、武器を収めた。
 普段なら殺しているところだ。

「……謝罪は受け入れよう。だが、……いやいい。人間に言っても無駄だろう」

 もとより敵だ。
 率先して倒すべき相手、というわけではないが主の命令に逆らう事は出来ない。
 それに強大な敵を倒さないと効率的なレベルアップが望めない事は事実だ。それは否定しない。
 今の自分たちで倒せるのは残念ながら(ドラゴン)ではなく弱い小鬼(ゴブリン)人食い大鬼(オーガ)くらいだ。
 それでは時間がかかっても仕方が無い。

「今は地道な戦闘しか出来ない。変に効率に走って全滅しては本末転倒だ」

 ()()()()()()強くなる事が主から与えられた命令だ。だから、全滅させるわけにはいかない。
 平均値で割られるならば数人が低いままの方が得られる経験値も多少は増える。

「お前たちはレベルアップを控えて、まず私が強くなるのはどうだ?」

 そうしてさっさと解散する。それがナーベラルの出した結論だ。

「結局はお前一人で戦うのと変わらないと思うのだが……」
「……む」

 ()()()()()()強くなる命令に矛盾が生じるのか、と少し驚く。

「平均値の事を言いたいのだろうが……。元々がバラバラの強さだ。全員がナーベラル・ガンマと同じ強さになれるわけじゃない。むしろ、ナーベラル・ガンマは弱いままの方が我々に割り振られる経験値が高くなると思う。ある程度の強さになったら脱退して一人でモンスター退治をすればいい。その方が効率的であるし、仲間との齟齬も生まれにくい。そもそも、お前『漆黒』のメンバーだろう?」

 矢継ぎ早やに言われて反論できなくなるナーベラル。
 眉根を寄せたまま唸り続けた。

漆黒は『美姫ナーベ』だ。今の私は戦闘メイド『プレ……デス』のナーベラル・ガンマとしてここに居る」

 『六連星(プレアデス)』か『七姉妹(プレイアデス)』か迷ってしまって口ごもってしまった。
 時々、変更される名称なので忘れてしまった。


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#016

 act 16 


 経験値の話しは長くなりそうなので一旦、宿屋に帰還して頭を冷やす事で双方が納得した。いつまでも争っていては経験値は獲得できない。
 冒険者となってまだ日は浅いが収入は増えている。下着は頂き物なので出費も抑えられていた。
 アルシェは空いた時間にいくつか魔法を唱える。少しでも経験値とやらを獲る為に。
 クルシュも同様だがナーベラルは瞑想状態だった。

「アルシェの分の給金だが……、今は自分の為に使え」

 レイナースの言葉にアルシェは何も答えない。
 余計なお世話だし、他人に心配されたくない気持ちはある。
 とはいえ、他人の生活より自分の事しか考えられないのはチームとしては良くないは分かっている。
 家が貧しい為にお金しか頼れるものが無い。

「……もっと楽にお金を稼ぐ方法ってあるんですか?」
「あっても危険な事に変わりは無い。天秤にかける()()を間違えるな」

 レイナースは優しく言った。
 強くなれば良いというものでもない。命を落せば全てが台無しになる。
 戦力になるまでは徒労の連続だ。

「明日はどうする? 予定が無ければ冒険者ギルドで依頼探しだ」

 レイナースの意見に反対者は居ない。
 クルシュも長期間の滞在について問題は無い。それは何故か、自分の預かりがトブの大森林ではなくナザリック地下大墳墓だからだ。
 特別な場合が無い限り、自分の意思で行動できる。

「クルシュは正直、いつまで滞在できる?」
「永遠とは行きませんが一ヶ月は……。資金が尽きれば帰らなければならないでしょう」

 多少の野宿は出来るし、歩いてトブの大森林に帰還することも可能だ。だから、取り立てて急ぎの用事は無い。

「では、引き続きモンスター討伐だな。出来るだけ大物を倒すとしようか」

 現時点での大物は人食い大鬼(オーガ)くらいだ。
 出来るだけ多く倒したいところだ。だが、帝国騎士たるレイナースとて一度に二体が限度だ。
 午後は休憩時間にあて、翌日冒険者ギルドに向かう。
 相変わらず賑やかな雰囲気だが依頼を受ける者は少ない。
 世間話しばかりで大丈夫なのか心配になってくる。

「私はイミーナ。ってアルシェ、あんたこんなところに居たの?」

 と、声をかけられたアルシェは驚く。
 元請負人(ワーカー)チーム『フォーサイト』の仲間で半森妖精(ハーフエルフ)のイミーナという女性だった。
 森妖精(エルフ)特有の長い耳に紫色の髪の毛。華奢な体型で胸が小さいのは種族の影響だと本人は思っている。


 イミーナのステータス。
 職業(クラス)
 『野伏(レンジャー)』レベル13
 『盗賊(ローグ)』レベル7
 『遊撃者(ブッシュワーカー)』レベル3
 HP128
 MP35
 物理攻撃25 物理防御21 素早さ27
 魔法攻撃13 魔法防御18 総合耐性26 特殊29


 武器は軽量であれば弓も扱える。

「なにこの『ステータス』って? 強さの目安ってやつかしら。根拠があるのかどうかは分からないけれど……」

 アルシェはイミーナのステータスを()()()()()()眺めて小首を傾げる。
 強いのか弱いのかよく分からなかった。というよりは他人のステータスが見えるとは思わなかった。

「そんなことよりイミーナはどうしてリ・エスティーゼに?」
「出稼ぎ」

 至極当たり前のように言った。
 ()()()()()()()()()辿()()()()()()()()()()()()()()()()というのに。

「悲惨な末路?」
「気にしたら駄目よ。色々と()()()()()が出るかもしれないけれど」
「そ、そうお? うん、分かった」

 レイナースはアルシェの友達を見て、少し安心した。
 彼女にも友達が居たのだな、と。
 一人で思いつめていたので心配だった。気軽に話せる存在が居るなら相手に任せよう。
 安心したのもつかの間、天井近くを飛ぶ気持ち悪い存在に気づいた。というか誰も気づいていないのか騒ぎにはなっていない。
 それは一メートルほどの大きさで桃色の身体だが何も身につけていない。胎児に酷似していて、頭と思われる部分には光り輝く天使の輪が浮いており、背中には羽のような枯れた木の枝っぽいものが生えていた。
 尻尾も有り、元々がどういう生き物なのか想像できない生物だ。

「なんだ、あれは」
「あのお方は我等の仲間『ヴィクティム』様だ」

 と、言ったのはナーベラルだった。

「最初に見た時はびっくりしたけど、大人しくしているから放ったらかしにしているだけだ」

 と、近くに居た冒険者が言った。
 ラナーも軽く見上げてヴィクティムを見る。
 世の中にはまだ未知の生物が居るようで少し嬉しくなった。


 ヴィクティムのステータス。
 種族
 『天使(エンジェル)』レベル10
 『大天使(アークエンジェル)』レベル10
 『権天使(プリンシパリティ)』レベル1
 『能天使(パワー)』レベル1
 『力天使(ヴァーチェ)』レベル1
 『主天使(ドミニオン)』レベル1
 『座天使(ソロネ)』レベル1
 『智天使(ケルビム)』レベル1
 『熾天使(セラフ)』レベル1
 『黙示録の獣(マスター・テリオン)』レベル2
 職業(クラス)
 『愛国者(パトリオット)』レベル1
 『聖人(セイント)』レベル4
 『殉教者(マーター)』レベル1
 HP671
 MP71
 物理攻撃15 物理防御11 素早さ25
 魔法攻撃14 魔法防御15 総合耐性18 特殊57


 ナーベラルは空を飛ぶヴィクティムの側に行き、片膝を付く。
 ナザリック地下大墳墓でのナーベラルの立場では階層守護者であるヴィクティムは畏敬すべき対象だった。
 見た目はひ弱そうだが立場はかなり上に位置している。

「階層守護者であらせられるヴィクティム様。戦闘メイドのナーベラル・ガンマでございます」
くろ()ぼたん()くろ()ぼたん()ひと()はい()もえぎ()きはだ()あおみどり()

 奇妙な言葉を話すヴィクティムは空いているテーブルの上に降りてきた。というより枯れ枝のような羽でよく飛べるものだと周りに居た冒険者は呟いた。
 『飛行(フライ)』などの魔法を習得していれば特段、不思議な事ではないし、種族的なスキルでも飛行自体は可能だ。見た目が奇怪な為に飛べるようには見えなかっただけだ。
 レイナース達の耳にも奇怪な言葉として聞こえていた。

「……こいつは何を言っているんだ?」

 レイナースの言葉にナーベラルは眉根を寄せる。

「普通に挨拶してきただろう」
「今のが挨拶か? というか分かるのか?」

 ナーベラルの耳には普通の『日本語』として聞こえていた。
 通称『エノク語』と言われているのだが、どう考えても色の名前にしか聞こえない。

そしょくやまぶきだいだい()あおみどり()シンシャ()()ハダ()タマゴ()()ムラサキ()ニュウハク()アイ()ハクジ()あおみどり()にはいだいだいぬればしんしゃ()ひと()くわぞめ()しんしゃ()こげちゃ()こくたん()しろねり()だいだい()はだ()
「……全く分からない」

 ひたすら色の名前を言っているのだが雰囲気は伝わってこない。
 耳で聞く分には全く分からないので、ナーベラルに通訳を頼んだ。
 奇怪な言葉を即座に理解出来るのは彼女だけかもしれない。
 それぞれレベルが低いし、便利な翻訳魔法は誰も取得していない。
 多少は棒読み気味だがヴィクティムの言葉を一つたりとも間違えないように伝えていく。

「……言葉が通じないのではチームは組めそうにない」

 レイナースの言葉を受けて、ヴィクティムは身体を震わせる。

「……あかね()おうど()!? ちゃ()おうど()ぞうげ()はだ()ねり()やまぶき()ときわ()もえぎ()……」

 ナーベラルが通訳して初めてヴィクティムががっかりしたことが分かる。
 異形種も冒険者として登録は出来るのだが、冒険者向きではない気がした。
 聞けば死ぬことで足止めスキルを発動する能力があるという。それはモンスター退治を生業(なりわい)とする仕事向きではない。
 毎回蘇生費用がかかる、という意味になるからだ。
 レイナースの指摘に更にヴィクティムはがっかりした。

「やる気は買うが……。もう少し犠牲以外で能力を使わないと……」

 ナーベラルのお陰で奇妙なモンスターとも普通に話せる自分に気づいて驚くレイナース。
 特に違和感無く眺めているクルシュ。
 見た目が気持ち悪いと思っているアルシェ。
 ラナーはただ現場の雰囲気を眺めて微笑んでいた。

「攻撃魔法などは使えないのか?」
たまご()ねり()きみどり()はだ()あおみどり()きみどり()()くわぞめ()くりうすいろ()()あおむらさき()たいしゃ()ぞうげ()……」
「ステータスでは攻撃より支援が得意そうですね」

 ()()()()()()()()()()ステータスを見てアルシェは発言する。
 ただ、そのステータスは他の冒険者には見えないようだ。

「レベルの割りにHPが凄い事になってますね」
「……どうやってそのステータスとやらを見ているんだ?」
「……たぶん、私の『生まれながらの異能(タレント)』かも。種族。職業。それぞれの数字みたいなものが見えます」

 簡易的な部分しか分からないけれど。
 ずっと見えるわけではなく、見たい人物を見つめると出て来て、数分後には消えていく。全員ではないようで受付嬢を見てもステータスは出てこなかった。
 便利なのか不便なのかは今は分からない。

「相手の能力を見る魔法というのは聞いた事がありますが……。便利ですね」
「そうかな」

 クルシュは素直に誉めてきたのでアルシェは少し恥ずかしさを感じた。


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#017

 act 17 


 ヴィクティムの言葉が通じるのはナーベラルだけのようなので他の冒険者と組むのは無理そうだった。
 ラナーに判断を任せると面白そうと言って仲間に加えるかもしれない。
 問題は他にもある。
 アルシェの言葉が正しければヴィクティムのレベルはとても高い。なのでかなり経験値が減ってしまう。

「レベル5に落ちてもらえばいい」
「いや、それでは色々と弱体化して能力が喪失してしまう」

 レベル5のヴィクティムは弱い小鬼(ゴブリン)でも勝てそうにない気がした。
 動きは鈍そうだし、手足が短いので殴打は無理。武器は重いものは持てそうにない。
 特殊技術(スキル)を使う以外に戦闘には不向きとしか言いようがない。
 あと、死んでも何も起きないなら無駄死にだ。

「……ニュウハク()アイ()ハクジ()ヤマブキ()シンシャ()ハイ()あおみどり()ひとあおむらさき()うのはな()あおむらさき()たいしゃ()ろくしょう()……」
「ヴィクティム様。あなた様は守るべき役目がございましょう」
「……しんしゃ()しんしゃ()むらさき()……。ちゃ()えどむらさき()たまご()きなりはいぞうげはだ(見学)やまぶき()きなり()たまご()うすいろ()()ちゃ()たまご()うすいろ()しろ()あかね()きみどり()()?」

 諦めの悪いヴィクティムに対し、ナーベラルは返答に困った。
 階層守護者の気まぐれは今に始まったことではない。それに異見できるほどナーベラルは偉くはないし、良い解決策が見つからなければ強引な手に出られてしまう。
 レベルダウンが起きなければ見学は構わないかもしれない。けれども、不測の事態が起きては一大事だ。
 ヴィクティムはただの階層守護者ではない。
 ナザリック地下大墳墓の最大戦力を守護する最重要人物だ。人というか生物だが。

「……まことに申し上げにくいのですが……」
しんしゃ()はい()?」
「……やはり安全を考慮しますに、冒険者として参加なさるのは危険かと……。そもそも、アインズ様からご許可はいただいているのですか?」

 もし、主から許可が出ているならば何も言う事は無い。
 というより、先ほどから組合の中で臣下の礼を取っている二人に他の冒険者達が色々と話し始めている。
 一体何事だと。ある者は興味津々に眺め、またある者は他の冒険者と話したり、人差し指を突きつけたりしている。
 そんな状態でもナーベラル達は意に介していない。
 所詮は下等生物の集まり。有象無象の小言など耳に入らない、とでも言うような態度だった。

          

 そもそもヴィクティムが勝手に外に出る事はありえるのか、という疑問に思い至るナーベラル。
 最重要の(かなめ)はいくらアインズとて見逃すはずがない。

「……ねり()ぞうげ()ぞうげ()うのはな()あおみどり()うのはなぞうげひ(理解)だいだい()たまご()()はくじ()こくたん()うすいろ()きはだ()しろねり()はい()ぞうげおうどたまご(勝手)もえぎ()ぞうげひだいだいぬればおうど(外出)だいだい()やまぶき()そしょく()きなり()だいだい()くろ()きみどり()()

 レイナース達の耳には未だに難解な言葉として聞こえているがラナーは違った。
 メモ用紙に色々と文字を書き込み、法則性を模索している。
 レベルダウンで(かしこ)さが減ったような気がするがナーベラルの通訳を交えて、ある程度の単語は読み解けた。
 それでも同じ単語が複数出てくると難易度が上がる。

「興味本位で御身を危険にさらすのはいかがなものかと」
「……しんしゃ()はい()キミドリ()ボタン()アイ()シロ()ハクジ()ぞうげ()だいだいはいあおみどりひ(心配)たいしゃ()はくじ()ねり()うすいろ()きはだ()あおみどり()うのはなぞうげひ(理解)たまご()ねり()はくじ()やまぶき()ぞうげ()そしょくやまぶきだいだい()もえぎ()うすいろ()だいだい()うのはな()やまぶき()()こくたんおうどねりぬればしんしゃ(欲求)ぞうげ()ぼたん()はくじ()はい()やまぶき()
「あー、おほん。こちらの言葉は普通に通じるんですよね?」

 と、ラナーはナーベラルに確認の為に尋ねた。
 彼女は少しだけ眉を寄せて頷いた。

「同じ言語でなければ通じないと思っていましたわ」
「ヴィクティム様独自の言葉だが我々の耳には翻訳されて聞こえている」

 こちらの言語が通じるならば相手の言葉だけ理解できれば問題は無い。それはつまり相手側が有利という意味でもある。
 交渉ごとでは意外と苦戦するかもしれない。

「初めまして。私は冒険者チーム金の玉……ではなく黄金の仔山羊のラナーと申します。以後、お見知りおきを」

 ドレスではなく軽装鎧なのでスカートをつまむ動作は出来なかったが丁寧に挨拶した。
 レイナースはラナーにとって『金の玉』は割りと気に入っている名前なのだな、と呆れてしまった。
 正体を早めに教えないといつまでも連呼されて、最終的に改名させられる気がした。

ひと()にゅうはく()あおみどり()ひと()にゅうはく()あおみどり()ひと()たまごひろくしょうひ(丁寧)もえぎ()あおみどりだいだい()えどむらさき()あおむらさき()だいだい()たまご()シンシャ()()ハダ()タマゴ()()ムラサキ()くわぞめ()()()あおむらさき()たいしゃ()ひと()きはだ()しろ()ひと()こげちゃ()こくたん()しろねり()だいだい()はだ()
「見学だけならば飛行して……。ああ、他のモンスターと思われて……」

 ヴィクティムはどう見てもモンスターだ。異形種だから当たり前なのだが。
 野良のモンスターと一緒に退治される可能性が高い。
 それでも冒険者ギルドまで問題なく辿(たど)り着けたのは疑問だ。

「……おそらくシャルティア様の計らいかと。あの方は転移魔法『転移門(ゲート)』を使用できる」

 使用できるというよりは転移門(ゲート)を使うくらいしか仕事が無い。
 普段はナザリック地下大墳墓の地下一階から三階を守護している階層守護者だ。
 敵が攻めて来ない時は各階層の様子をチェックしたり、自分の住処で優雅なひと時を過ごす事が多い。
 攻撃に特化した強さを与えられているので戦わない日々が続くと退屈に感じるのかもしれない。

しんしゃ()はい()
「私も非力ではありますが……。きちんとした装備なり身につけていないと危険ですわよ」

 ヴィクティムはどう見ても全裸だ。裸過ぎるほどに。
 魔法に自信があるとしてもレベルダウンなど起きては一大事だ。
 アルシェはもう一度、ヴィクティムのステータスを確認する。
 物理攻撃と物理防御はかなり低い。HPが異様に高いだけで集中砲火を浴びたらひとたまりもない。
 さすがに習得している魔法までは確認できなかった。
 頭に浮いている天使の輪が武器だというのならば、強引な戦闘は思いつく。

「種族は何なのだ? 正直、こんな生き物は見たことが無い」
「頭に天使の輪があることから天使(エンジェル)系モンスターなのでしょう」

 自然界で天使(エンジェル)というモンスターが生活している噂はラナーの記憶では聞いた事が無い。ただ、召喚魔法で呼び出すモンスターとしてならば知っている。
 王国から南下した場所にあるスレイン法国は天使を使役する、と言われている。
 物理攻撃に対して耐性を持ち、治癒能力を持つ。
 浮遊する能力を持っている為に地上戦闘を得意とする戦士達には戦いにくい相手だ。
 天使の対極となる悪魔も存在する。

におうど()だいだい()ときわ()くわぞめくり()うのはな()そしょくやまぶきだいだい()あおみどり()アカネハイダイダイアカネハクジ(天使)きなりひ()ときわ()ひねりこくたんしんしゃだいだいぬれば(異形種)たまご()たいしゃ()
「ヴィクティム様!? 下等生物(ハナアブ)共にご自分の事を説明など……」
()()はい()やまぶき()だいだいあおはい(自分)ときわ()ひとくわぞめ()なまり()おうどやまぶき()あかね()きみどり()きなり()にゅうはく()あおみどり()きみどりぞうげあおむらさき(仲間)くわぞめ()だいだい()たまご()おうど()ねり()ぼたん()あかね()きみどり()()やまぶき()しろねり()しんしゃ()

 ナーベラルが心配する気持ちは理解出来る。確かに重要施設の守護を任されている自分が興味本位で冒険者として世間を知るのは無謀だったかもしれないと思った。
 外出はちゃんと許可を取ったのだが、それを伝えるべきか悩む。
 ナーベラルが気付いているのかヴィクティムには分からないが不可視化したシモベを十体以上は護衛として借り受けている。尚且つ、即座に転移で撤退できるように配慮された上で行動している。
 レイナース達の基礎レベルが低いお陰で感知はされていないようだが、元々のレベルであったら色々と察してくることもありえたかもしれない。
 少なくとも()()()ナーベラルであれば影の悪魔(シャドウ・デーモン)を感知することなど造作もない。それが出来ないという事はあながち弱体化は甘く見ることのできない問題だ。

「……たまご()うすいろ()くろ()おうど()あおみどり()うのはな()つゆくさしんしゃきなりはいだいだいくろ(冒険者)もえぎ()きみどり()おうど()たまご()しおん()やまぶき()()きみどり()
「……ヴィクティム様……。そこまでおっしゃるのであればお止めすることはこのナーベラルにもできません。ですが……」
うすいろ()きはだ()しろねり()はい()あおみどりはいちゃはい(万全)ときわ()やまぶきひちゃひ(態勢)たまご()ときわこげちゃ()むらさき()こくたん()

 奇妙な生物とずっと片膝を付いたナーベラルの会話が続いているので待っているレイナースやアルシェは恥ずかしくなってきた。
 クルシュは既に椅子に座って大人しく待機していた。

「冒険者になると言っても()()()()()GM(ゲームマスター)が居るからな。容赦なくレベルダウンされることも覚悟してくれ」
むらさき()おうど()!?」

 唸る時も特殊な言語とは恐れ入る、とレイナースは感心した。それと今のは態度や雰囲気からも理解出来た。


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#018

 act 18 


 冒険者になる上でもう一つの気掛かりをレイナースは思い出す。そして、それはラナーも気付いた。
 受付嬢に言葉が通じないという事に。
 ナーベラルの通訳が無ければ無理そうだ。依頼を選ぶのも無理ではないのか。
 興味本位は構わないのだが、ヴィクティムは色々と不便を被りそうだと思った。

「……やっぱりやめた方が無難ではないか?」
「本人のやる気だけでは……」

 ふよふよと空を飛んで受付に向かうも言葉が通じない。
 案の定、受付嬢は引きつった顔のまま冷や汗を流している。
 この化け物は何なんだ、と。さっきから見えてはいた。冒険者になるらしいことも聞こえていた。だが、面と向かって喋る言葉はさっぱり分からない。
 救いがあるとすれば人間の言葉はちゃんと通じている。と、自分ではそう思い込んでいるだけかもしれないけれど。
 長い説明を理解してくれないと規約に厳しい冒険者ギルドとしては困る。

「ヴィクティム様は冒険者として登録したいとおっしゃっている」
「そう言われましても……。そちらの言葉が分からないのでは依頼人との交渉に差し障ります」

 そもそも冒険者は依頼を受けた後、ある程度は自分たち自身で依頼人と打ち合わせや交渉をしなければならない。
 ただ、依頼を受けて依頼人に会っても『なんだ、この化け物は!?』と驚かれて逃げられてしまう。そうでなくても受付嬢は今すぐにでも逃げ出したかった。
 胎児が浮いている。とても気持ち悪い。せめて服くらいは着てほしい。などなど。
 異形種が冒険者の登録をしてはならない規則は無いが、意思疎通が出来る相手じゃないと対応に苦慮する。

「どう考えても冒険者になるには色々と難しいかと存じますが……」
「荷物運びとか出来そうにないし。怖がられて逃げられる結果しか見えないな」
「魔法が使えるなら良いのですが……」

 単独ではほぼ無理だ。チームを作らないと活動に支障が出るのは目に見えて明らか。
 さすがに単独で行動しようとは思っていない筈だ。

「単独で無理ならばチームの一員として……」
むらさきうのはな(無理)もえぎ()みずあさぎくわぞめうのはな(一人)たまご()ぞうげおうどくわぞめしんしゃ(活動)だいだい()こくたん()しんしゃ()くわぞめ()あおみどり()くりうすいろ()おうど()たまご()くり()うのはな()あおむらさき()ちゃ()はい()

 ヴィクティムの言葉をナーベラルは伝えた。
 それに対し受付嬢は安心して頷く。
 聞き訳がいい異形種で良かった、と。
 少なからず人間に対して横柄な異形種が多いので色々とトラブルになりやすい。
 言葉の調子からヴィクティムは大人しい生物だと思われる。というか、そう聞こえるだけかもしれないけれど。
 異形種の中には変身するものが居る。安易に安心は出来ない。

「登録しても……、今は単独の仕事はこちらから紹介は出来ません。申し訳ありませんが……、これはご了承いただきたい」
むらさきうのはな(無理)なまり()くわぞめくり()たいしゃ()ねり()あおみどり()ひと()()()あおむらさき()ちゃ()はい()

 素直に従うヴィクティムにナーベラルは少し感動を覚えた。
 もちろん、下等生物相手になんて慈悲深いのだ、という意味で。
 長い受付嬢の説明が始まるのだがヴィクティムは表情の変化が読めない。もとより胎児になりかけのような存在だ。
 それでも(くじ)けずに説明を続ける。

          

 登録は受付嬢から冒険者として守らなければならない様々な約束事や収入などの説明が続く。もちろん気になった点があれば質問しても良い。
 この長い説明を聞き終わったからとてすぐに仕事を始められるわけではない。
 まず『メンバーカード』を受け取る。
 手続きの関係上、即日は無理。
 各都市にある冒険者組合に色々と書類を届ける為だ。
 次の日にプレートを渡されて初めて冒険者として認められる。
 チーム名は同じものが無い限り、比較的自由に付けられる。もちろん常識の範囲内でだが。
 付けなくても自分の名前だけで仕事は請け負える。
 活動に関して一人でも仕事は出来るが基本的に複数人でチームを組むのが一般的だ。
 戦士。魔法。補助。それぞれ役割分担を決めてモンスター退治に赴く。
 単独で仕事を請け負うものは余程の実力を持っていないと勤まらない。
 平均人数は四人から六人。

「では、ヴィクティム……さんとお呼びすれば良いのでしょうか?」

 名前はナーベラルが書いた。現地の文字はまだ不慣れなので汚くなってしまったけれど。

あおみどり()()
「こちらがメンバーカードになります。後日、プレートをお渡ししますので……。明日の昼ごろにもう一度、いらしてください」

 正直に言えば『二度と来るな』と立場上は言えなかった受付嬢。
 まだ異形種に対応できるほど心臓は強くなかった。
 ただ、冒険者プレートは首にかけるものなのだが、ヴィクティムには首が無さそうで、どうしたらいいのかと困惑する。
 背中の羽にかけたり、頭の輪に結べばいいのか、など。

「……すみません。ヴィクティムさんにプレートを掛ける場合はどうすればいいのでしょうか?」

 と、ナーベラルに小声で尋ねた。

「……ん。かけにくそうだな。装備品について検討するので用意だけしてくれ」
くり()ちゃそしょく(世話)なまり()くり()ぞうげ()きなり()だいだい()あおむらさき()たいしゃ()
 (へりくだ)る態度にナーベラルは驚きつつも受付嬢に一言も間違えずに伝えた。
「こちらこそ」

 話す内容はとても丁寧なので無下に扱うのは心が痛む。
 見た目で判断してはいけない、と言われているけれど、正にそうだなと思った。

          

 一連のやり取りを終えて息苦しい空気から解放されたのか、そこかしこで大きく息を吐き出す冒険者が続出した。
 最初の出会いから大人しくしていたイミーナもついつい見守って言葉を失っていたほどだ。

「あんたの連れは色々と面白そうね」
「……そうかな?」
「私は新たなチームと組む予定だから。アルシェはここで頑張りなさいよ」
「……うん」

 イミーナは自分が滞在している宿屋の場所を伝えて他のテーブルに向かった。
 名残惜しいが今の自分は『黄金の仔山羊』だ。無駄に増やせば経験値が減る。

「つい見物してしまったが……。今日の仕事はどうする?」
「モンスター討伐か荷物運びでしょうか?」

 銅プレートの仕事は細々(こまごま)とした雑用が多い。鉄プレートになると少し遠出が出来る。銀プレートから比較的、モンスターと触れ合う機会が多くなってくる。
 最初は何でも地味なものだ。

「そういえば、すっかり忘れていましたが『魔導国』という国がありましたわ」

 地味すぎて存在を忘れかけていた。
 世界征服を企む悪の魔導王。確かに()()()()()()()()()()()()()
 王国の依頼を受けていると危機的状況なのが嘘のようだ。

「武力で他国を攻めているわけではないからな。城砦都市エ・ランテルも普段どおりだ」

 魔導国の都市であるエ・ランテルは今のところ入国制限は無く、元々の住人をそのまま住まわせている。ただし、最初の印象が悪かったのか、多くの冒険者が逃げ出した。
 魔導王アインズ・ウール・ゴウン』はアンデッドモンスター『死の支配者(オーバーロード)』だから、という問題もあったからだ。
 アンデッドは生者を憎む。それが世間一般の常識だった。
 国王と今はなっているアインズは自分の国民に対して重税は課していないし、悩み事はちゃんと聞くようにしている。
 目下の目的は統治の仕方だとか。
 原住民の中から優秀な人材を見つける為に色々と画策しているらしい。
 仕事に対しては驚くほど真面目であるため、王国から派遣した使者が驚いていた。

「それで魔導国がどうかしたのか?」
エ・ランテル冒険者組合に行って墓地での仕事を受け負ってみようかと。アンデッドモンスターが今でも湧き出るんですよね?」
「今は色々な冒険者の訓練施設になっている。依頼では入れなかった筈だ」
「あら、それは残念ですわ」

 経験値稼ぎとしては良い案だ。
 ギルドが干渉できないのでいくら倒しても収入にはならないとレイナースは聞いた覚えがある。
 だから、一般の冒険者はエ・ランテルの東に位置する『カッツェ平野』のアンデッドモンスターを討伐する依頼を受ける。
 そこは王国と帝国が協力して今もアンデッドを掃討している場所だ。
 適度に倒さないと骨の竜(スケリトル・ドラゴン)や強力な魔法を使う死の大魔法使い(エルダーリッチ)が出現するおそれがあるからだ。
 土地面積はかなり広く、アンデッド反応を示す霧で視界不良になり易い。
 奥まで進むのは大変だが腕に覚えのある冒険者は今も挑戦し続けている。

「いきなり行くよりレベルアップについて答えが出てからでも良いだろう。無策で突入するのは愚か者だけだ」
「そうですわね」

 歴戦の戦士の言葉はとても重く感じられた。
 経験値も大事だが昇進も大事だ。
 基本的に依頼はプレートによって決まってくる。自分の実力以上の依頼は受けられない。逆に実力以下の依頼は特別な場合でもない限り受けられる。
 一時期『漆黒』が手当たり次第に依頼を受けすぎて注意を受けた経緯があり、無秩序に選ぶことは今は出来なくなっている。
 誰も引き受けなければ特例として認められるようだが。
 昇進すれば上の依頼が受けられ、報酬も多くなる。当然、危機度も高くなる。

「まずは定番のモンスター退治だ。基本は大事だ」

 レイナースの言葉にそれぞれ頷いていく。


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#019

 act 19 


 二日連続で討伐したモンスターは小鬼(ゴブリン)二十一匹。人食い大鬼(オーガ)十一体。ゆえに各1379ポイントの経験値を獲得した。
 ほぼレイナース一人で半殺しにしたので個人で得た獲得経験値は多くなったはずだ。
 アルシェとクルシュはひたすら魔法を使い続けるという討伐とは無縁の方法を取っていた。
 レベルアップに必要な経験値が元々多いので今回の分を足しても物足りなさを感じる。特にラナー以外。

「これでも収入としては多い方だと思うのだが……」
「宿代は充分に確保していますし、食事代も足りなくなる事はありませんね」

 一回で金貨は得られないが溜まっていく貨幣には満足している。
 ラナーは既にレベル3になる条件を満たしている。問題は()()()()()()()()()()()()()()、だ。
 伝え聞いた話しでは経験値を職業(クラス)レベルに使うらしい。
 亜人と異形は種族レベルに投入することが出来る場合があるという。ただ、闇雲に経験値を使う事は出来ないらしい。おかしな化け物になってしまうのではないかと言われているためだ。
 (ドラゴン)は特殊で年齢を重ねればレベルアップするとか。
 一度獲得したレベルは特殊な条件でもない限りやり直しは出来ない。
 世間一般の通説では死亡して復活することだと言われている。あと、経験値を消費するスキルとかの使用。

「今のままだと本当に何年もかかりそうですわね」
「序盤はこんなものだ。昇進していけばもっと強いモンスターを討伐できるようになる。それまでの下積みは確かに長くなるものだ」

 普通はそうなのだが楽をすると後々痛めに()うのが相場だ。
 堅実な上昇の方が身体には優しい。
 無謀な挑戦は命を縮める。

「もし時間が足りないとか、切羽詰った理由があるのなら今の内に言ってくれ。出来る限り協力する」
「私は特に急ぎの用件はございません」
「私もありません。部族からの知らせが来るまでは、と言っておきます」
「……私は……急ぎたい、な」
 自宅に借金取りが来るから、という言葉はレイナースにだけ聞こえるように言った。
「ナーベラル・ガンマ。君はどうなんだ?」
「別の用事が無い内はリーダーの意見に従う」
「では、そのまま続行だ。意見は遠慮無く言ってくれ。相談にも乗るぞ」

 アルシェとナーベラル以外は元気よく返事をした。
 ナーベラルはいつもの事だがアルシェは家庭の事情が複雑なので仕方が無かった。

          

 バハルス帝国にアルシェの実家がある。
 元は貴族の家系だったが没落してしまった。
 浪費家の両親によって家計は毎日が火の車。かつての暮らしを今も忘れられない為だ。
 アルシェのような家は他にもあり、色々とトラブルを撒き散らしている。
 冒険者として働くのは両親の為ではない。二人の妹の為だ。
 今のままでは身売りされるおそれがある。だからアルシェには金が必要だ。
 一時期は請負人(ワーカー)となって活動していたが強大なモンスターによって大怪我を負い、気が付いたら王国で治療を受けていた。
 他の仲間も散り散りになってしまったが無事は確認している。まだ魔導国が建国される前の話しではあるけれど。
 仲間とはぐれてしまったし、戻るに戻れない。それは治療費を払う金を持っていなかったからだ。金に関して言えば、あるにはある。借金返済用の資金は。だが、それは帝国のとある場所に隠してあるので取りに帰らなければならない。
 一人では何も出来ないので当面の資金を稼ぐ意味で王国の冒険者となった。
 先日、治療費は完済できたが今度は帝国に戻る為の旅費と借金返済用の資金稼ぎをしようと思った。
 今のチームは収入は少ないが安全に稼げる。しかも帝国が誇る最強四騎士の一人レイナースがついている。とても心強い仲間だ。
 同郷の友としていくつか説明はしたが家庭問題は恥ずかしかった。
 運が良い事に着替えは王女であるラナーが無償で提供してくれるし、汚れたら替えも借りられた。
 さすがに売る為に貰うのは気が引けたのでちゃんと返している。
 返した汚れた服は城に居るメイド達が洗っているという。てっきり一度着た服は捨てるものと思っていたが節約志向があるのか、ボロボロになるまで使い続けるそうだ。
 王国の財政は色々と逼迫(ひっぱく)しているから、とラナーは言っていた。
 弱体化したせいで今すぐ戻っても何も出来ない気がする。それに今のままチームを組んでいると今まで出来なかった未知の可能性に触れられる気がした。

 強さとは何なのか。

 第三位階が人間の限界と言われているのが定説だった。だが今は様々な情報で覆されている。
 条件を満たせば人間は第十位階まで行けるのではないか、というものだ。
 少なくとも第五位階、第六位階は届く可能があるらしい。
 問題は強くなればモンスターから得られる経験値が少なくなる事だ。
 ただ闇雲にモンスターと戦っているだけでは中々強くならない秘密というか謎があった。
 彼女達の話しを聞いていて色々と納得でき、感心させられることが多かった。
 上を目指すなら危険なモンスターに挑まなければならない。
 安全策を取るならば途方も無い時間をかけて膨大な数の弱いモンスターを倒し続けなければならない。
 理屈ではそうなのだが、現実問題として単独でモンスターを数万匹も倒せるのか、ということと数万匹も生息している場所がどこにあるか、だ。
 小鬼(ゴブリン)骸骨(スケトルン)なら探せば見つけられそうなのだが、他のモンスターとなると思い浮かばない。
 王国や帝国が保有する冒険者の数はとても多い。ゆえに一人で討伐できるモンスターの数もたかが知れる。
 その中で数万匹の討伐は荒唐無稽であるとさえ言える。
 手っ取り早く強くなりたい、という気持ちがあってもモンスターとて殺されたくはない筈だ。それ相応の抵抗は想像に難くない。

          

 地道に依頼をこなしつつ小金を稼いでいる内にアルシェ達はレベルアップの条件を満たすまでに経験値を稼いだ。
 一度得たスキルや魔法はレベルダウンすると新しいものから忘れていく。ただし、知識までは消失しない。ただ、使えなくなるだけだ。

「スキルや魔法は誰かに師事することで習得する、という話しは聞いた事があります」
「それでも才能という壁があり、誰でもすぐに覚えられるものではない」

 それが一般的な定説だ。
 クライムも才能が無いと言われ続け、スキルらしいものは殆ど持っていなかった。
 武技も最近になって習得した。
 戦士(ファイター)だから誰でも同じスキルを得られる、というわけではなく、何らかの条件を満たす必要があるのではないか。
 それがたまたまクライムには足りなかったばかりに習得が遅れてしまった、と考えるのが自然だ。

「戦えるようになるには魔法をある程度は習得したい」

 魔法詠唱者(マジック・キャスター)が何も出来ず、杖で撲殺ばかりでは格好が付かない。
 低級モンスターを倒し続けて強くなるには何年もかかるし、実際はそういうものだ。
 楽して上を目指せる世界ではない。
 その常識を破る施設が王国にはある。ラナーとしては手段を選びたくない時がある、と思いはすれど利用するのは少し躊躇する。

「何のためのレベルダウンだ、と言われるかもしれませんわね」
「地道な冒険者としての経験を体験するには有意義だがな。……とりあえず、昇進試験は受けようか」

 ずっと雑魚モンスターを狩り続けると飽きる。それ以前に強くなった、と実感できない。
 収入も少ないし、都合よくモンスターが集まってくれるわけでもない。これは()()()()()()()()()()()()()()()、というのならばどうしようもない事だが。
 レイナースはラナーだけはまだモンスターを倒し続けてもいいと思うので昇進までの間、彼女はクライムに任せる事にした。
 また忘れて戻ってきてしまうかもしれないけれど。


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#020

 act 20 


 一人だけ特訓の続きをするように言われたラナーは孤軍奮闘の為に小鬼(ゴブリン)の集団に立ち向かう。
 レベルは2。
 3になる権利があるだけでレベルアップしたわけではない。

「ラナー様。お一人で戦われるのもお疲れでしょう」

 と、従者クライムが冷たい飲み物を王女に渡す。

「一人でモンスターと戦うというのは頭で思っている事と違うので大変ですわ」
「そうですね。もともと非力ですし。武器を持ってすぐ戦闘できるわけがありません」

 慣れない事を無理矢理やっているせいでラナーは大変な事になっている。
 モンスター一匹倒すだけで息が上がる。
 一般の男性よりも筋力が低い。防御が厚くても敵を倒せなければ意味が無い。

「そういえば、剣をお使いですが……。このままだと戦士系の(クラス)を取る事になりますよ」
「まず……私は何を取ればいいのでしょうか?」
レベル75を参考にするのでしたら……、使用する武器は(サイズ)なのですが……。(ランス)はいかがですか? 刺すだけでも」

 槍という武器は騎乗戦闘に特化している。軽いものから重いものまで。
 現段階のラナーにも装備出来るものはある。
 重いハルバードは除外するとして軽い素材で作られた一般兵士用の槍を用意する。

「色んな武器があるのですね」
「はい」

 ラナーの言葉に従者はニコリと笑う。
 スピアランスジャベリンハルバードパイクパルチザン薙刀
 重かったり使いにくい武器を除外すると新兵用としては一メートルほどの長さのスピアが手ごろだ。
 刺突攻撃が主なので避けられると隙が大きい。最初の内は慣れる事から。
 いきなり実戦では辛いので数時間かけての練習からはじめる。

「レベル5までの道のりはなかなか遠いものですわね」
「……普通は数値が分からないものですよ」

 そもそもどうして数値が分かるのか、クライムも不思議だった。
 そういうものだと理解するしかないのだが、世の中には不思議な事がたくさんあるものだと驚いた。
 刺突攻撃なので確実に急所を狙わないと反撃を受ける。
 最低限の攻撃箇所をクライムから学ぶラナー王女。

          

 夕方に実戦として小鬼(ゴブリン)一体に挑戦する。
 練習とはいえ小鬼(ゴブリン)にとっては命がかかっているので手加減はしてこない。
 森を住処(すみか)にしていて、生息数がとても多いモンスターだが、冒険者の餌食になっているのに次から次へと出てくるのが不思議で滑稽だった。
 学習能力の低いモンスターとも言える。
 それをレベル上げの為に殺す自分も色々と学習能力の無い野蛮な存在のように思えてしまう。

「刺してすぐ抜いてください。一撃に甘えてはいけませんよ」
「はい」

 的確に攻撃が出来てもモンスターを確実に仕留めたわけではない。中には生命力に溢れたモンスターも居て心臓を突かれたくらいでは倒れない場合もある。
 確実に動かなくなるまで油断してはいけない。
 大事なことは心臓と頭を潰す事。その後で部位の搾取。

「死んだ振りする場合もありますからね。アンデッドの場合はまた違う方法が必要ですが……」

 アンデッドモンスターは刺突攻撃に対して高い耐性を持っている。現段階で槍装備のラナーには骸骨(スケルトン)でも倒しにくい敵となる。

「はい」

 素直に返事をするラナー。
 真面目な指導に対して敬意を払っているだけだが、普段の兵士はもっと大変な仕事をしているのだなと感心する。
 今はまだ小鬼(ゴブリン)程度しか倒せないけれど、もっと凶悪なモンスターとも戦うことになるかもしれない。今までは兵士達が大変な苦労をしてきた。その一端を感じたラナーは今日ほど感謝の念を抱いた事は無い。そして、()()()()()()()()()()()()、と胸の内で言った。
 そうしてモンスターを三匹まで倒したところで一日が終わる。
 熟練の戦士ならば二十匹くらいは倒している気がするけれど、効率が上がらないのは如何(いかん)ともしがたい。
 城の自室に戻り、風呂に入ったり着替えを済ませたり、マッサージを受けると異常な睡魔が襲ってきた。
 魔法によるものではなく、単純に疲労によるものだ。そして、身体が悲鳴を上げ始める。
 ひ弱な王女が重労働するのだから筋肉痛は確実だ。
 翌朝には動けなくなるほど。

「……毎日、モンスターを倒せば楽になりますか?」
「適度な訓練を一ヶ月くらい続ければ楽になってきますよ」
「……身体全体を動かす訓練というものは大変なのですね」
「そうですよ」

 姫の弱音に対し、クライムは素直な感想で返す。
 まだまだ駆け出しとはいえ逃げ出さずに続けている。それには驚いていた。
 骨折を経験したとはいえ恐れずに立ち向かうのはひ弱な女性では出来そうで出来ない事だ。
 明け方まで眠り込んだラナー。
 昨日の労働による筋肉痛は最初の頃に比べればだいぶ軽減されていた。とはいえ、手足は重く感じた。
 城で権謀術数するのも退屈だと感じて冒険者になったのだが、結構な重労働は甘く見ていた自分にとっては良い刺激になったと思う。
 今はまだ低級のモンスターしか倒せないけれど、いずれは大物を仕留めてみたい。

          

 日が昇り、国全体が陽の光を受けて明るくなる早朝の時間、クライムと数人の従者と共に馬車に乗り込む。行く先は蒼の薔薇のメンバーの一人『イビルアイ』が住むところ。
 移動時間は数時間程度の距離にあるのだが一般人はあまり寄り付かない。というか素通りが大半だ。それに外に出る市民は少ない。
 王国の周辺には多くの村が存在しているけれど一般市民の多くは外壁に囲まれた都市の中で安全に暮らすのが大半である。
 危険度で言えば村は充分に危ないのだが冒険者達の防衛のお陰で今まで目立った被害は出ていない。

「ついに諦められるのですね」

 ため息混じりにクライムは言った。その言葉にラナーは苦笑する。
 確かに彼の言う通りの部分はある。とにもかくにもさっさとレベルアップしないと仲間達に置いていかれる。割りと足手まといな気がしていたし、効率の悪い方法にも思えたからだ。

「極端に突出したいわけではありませんわ」
「そうでしょうね。そうしないとお仲間に白い眼で見られてしまいますからね」
()()()()()()が大事なのは分かっていますわ」

 とはいえ、そのチームワークが出来ないから困っている。
 ほぼレイナース頼り。それでは意味が無い気がした。
 それぞれ自分の能力を発揮してこその冒険者だ、と。
 仲間内でお喋りするだけの為に冒険者となったわけではない。
 モンスターを倒すだけなら一人でも出来る。
 チームワークで苦難を乗り越える事に異議は無い。

「ラナー様がやる気になっていることに私はただ応援する立場です。あまり極端に強くなると不信感が生まれますよ」
「分かっています。なので小鬼(ゴブリン)クラスのみとさせていただきましょう」
「では、私は合間に武器を選定しましょう。剣と槍がございますが……」
「手ごろな槍にしましょう。接近戦はまだ早いと思います」
「了解しました。……とはいえ、柄の長いものはオススメいたしません。あれは相当な筋力を必要としますので」
「筋骨隆々になってしまいますか?」
「なってしまいそうですね。特に腕が」
「あらあら」

 と、口元に手を当てて微笑むラナー。そして、太い腕になった自分を想像し、声に出して笑う。
 見た目には面白いかもしれないけれど、対外的にはよろしくないと思った。

「体型が崩れると着る物に困ってしまうと思います」
「平均を取ると更に変な王女となってしまいますわね。とはいえです。強くなれば筋肉というものはどうなりますか?」
「多少は付くと思います。ラキュース様も見た目は細いようで引き締まった身体になっていると聞いた事があります」
「……クライムに裸を見せたかと思いましたよ」
「いえいえ。そこまでは……」

 ラキュースはアダマンタイト級の冒険者で女性だ。
 それでも普段の立ち居振る舞いは冒険者だと思わせない気品がある。そして、大剣を扱う彼女の手足はとても細い。だが、華奢という訳ではない。
 必要な筋肉はちゃんと付いている。
 ドレスで見えないだけだ、とクライムは思っている。


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#021

 act 21 


 他愛も無い会話の内に現場に到着した。
 通称『例の施設(チート)』と呼ばれている平原に造られた物騒な施設。

 正式な名前は『マグヌム・オプス』という。

 規模はそれ程大きくはないのだが王国随一の()()()施設と()()では有名だ。
 外から見る分にはいくつかの建物がまばらに点在しているだけで閑散とした寂しい施設にしか見えない。
 錬金術の店(薬師バレアレ)と宿泊施設の他に小さな農場があり、牛や山羊が放牧されている。
 牧畜は近隣の農村が交代制で(おこな)っていた。それと様々な植物を育成する実験農園もある。
 この施設の真価は地下にある。
 上からでは分からないが広い空間が作られていて錬金術師(アルケミスト)達にとっては理想の施設と呼ばれている。
 多くの薬師(くすし)達も立ち寄る謎の施設にイビルアイが住んでいた。
 冒険者の仕事もする彼女は非番の時はマグヌム・オプスにこもり日々、何かを研究している。
 研究内容は新たな魔法の開発と利用方法の模索。表立って出来ない実験など。
 ラナー達は一般人も入ることができる地下への入り口から降りていった。
 少し長めの階段を降りていく間に白いタイルが張り巡らされた明るい空間が飛び込んできた。
 数百メートルという高さを持つ地下空間は二階層になっていて同程度の高さの空間が更に下にある。
 単純に高さだけなら一キロメートルほどの深さになる。
 その内の地下一階部分に降りていくのだが、圧倒的な広さは言葉を失わせるほど。
 個人で掘りぬいて外壁タイルを張って作り上げた施設は中々に壮観だった。

「……本当にここは地下なのか疑いたくなりますわね」
「明るい光りを多く入れているからでしょう。他の部屋に行くと地下だなって実感しますよ」
()()()という場所ですね」

 と、()()()調()でラナーは言う。
 今日が初めて、というわけではないが自然と口に出てしまって少し恥ずかしさを感じた。

「そこもそうですが……。屠殺場(とさつじょう)はもっと地下らしい雰囲気ですよね。多少の明かりはありますけれど……」

 そんなラナーに合わせて平静を装うできる男クライム。しかし、未だに童貞(どうてい)であった。
 今回はその屠殺場を利用することが目的だ。
 物騒な名前に恥じない()()()()()()屠殺場で、他の言葉が似合わないと利用者が語るほどだ。
 すなわち言葉通り『モンスターを殺す場所』だということ。
 ラナー達が階段を降りて最初にたどり着いた場所は研究室となっている。
 ここ自体は特に物騒なことは無く、多くの研究者も訪れ、何がしかの会議も(おこな)われる。
 とにかく広いので多目的に使用されていた。
 いくつか区切りの為の仕切り壁がある。もちろん、大事な資料も保管されているので、その部分は完全に閉じられている。
 数分の移動で目的地に到着し、目的の人物を見つける。

「おう、小娘。よく来たな」

 赤黒いローブを頭から被り、全体的に黒い服装で統一した格好の小柄な人物がイビルアイだ。
 顔は白い仮面で隠されているが女性だ。発せられる声はノイズがかっていて性別による判断が付くにくくなっているが何故なのかはラナーでも分からない。
 装備している仮面の力なのかもしれない。そして、その仮面の脇から金髪が覗いていた。
 あまり肌の露出はしないが不健康そうな色白である。
 そもそも蒼の薔薇という冒険者パーティは女性のみで構成されている。

「物騒なお部屋をお借りしようと思いまして」
「そうか。今は無人だ。……ああ。そういえば、しばらくラキュースに会っていないのだが、あいつは元気なのか?」

 イビルアイは研究熱心な女性で時間を忘れて没頭する事が多い。
 壁に掛けられた無数の黒板には(おびただ)しい文字が書き連ねられていた。そもそも何を研究しているのか、素人(しろうと)には全く分からない。
 近くに魔法で使うのか、様々な物質や道具が置かれていた。
 主に錬金術に連なる道具類らしい。
 一部の魔法は動物の羽根や鉱石などの物質を触媒にする。その関係で様々な小物が必要だという。
 マグヌム・オプスの住人となっているイビルアイは非番の日は地下にこもり、仲間達と冒険の旅に出る以外は研究している事が多い。
 広大な地下空間には今はイビルアイ一人しか居ないように見えるのだが、違う分野の研究者にも解放されている。
 現在居る階層のもう一段下では広い空間に膨大な数の牛と山羊が並べられていた。それらは全て食料の為ではなく『羊皮紙(スクロール)』の生産に使われる。
 皮を剥ぐという作業工程が残酷な事から一般公開が出来ない。
 だからこそ、このような施設は有用だったりする。
 剥ぎ取った皮は地上で天日干しにする。それだけ見れば特に気にならないのだが、全体の作業工程の内容を知ってしまうと恐れられる。
 二階層構造の正方形。または立方体とも言われるマグヌム・オプスの部屋数は吹き抜けもあるので十一ほど。
 (くつろ)げる風呂施設があるが死体洗い兼用でもあるので真実を知ると大抵は顔を(しか)められる。
 この施設はそもそもモンスターを研究する事に特化している。
 数多くの標本も当然、存在する。
 今回ラナーが利用しようとしている『屠殺場(とさつじょう)』はその名が示す通り、モンスターを解体したり殺す場所だ。
 自然界に居るモンスターを誘き寄せるよりも効率がいいと言われているが詳細は非公開とされている。あまりにも非人道的であると判断されたからだ。
 そのような施設なので利用するには良心との戦いが必要不可欠となっている。
 大義名分があれば人間は戦争ができる。しかし、ここは自分の都合で好き放題にモンスターを殺せてしまう。
 もちろん、やりようによっては人間ですら対象だ。
 子供を殺し続けることも理論上では可能だ。
 それゆえに利用者は覚悟を決めなければならない。
 正義を振りかざす者にとってマグヌム・オプスは嫌悪を覚える施設だ。

 イビルアイは研究の手を止めてラナー達に椅子を勧めた。

施設(マグヌム・オプス)(あるじ)を出すと『タグ』に『オリ主』と付け加えねばならなくなるらしいので、まさかと思うが会いに来たわけではないだろうな?」
「単純にモンスター目当てですわ」

 というか『タグ』とは何だろうとラナーとクライムは()()()()みせる。

「了解した。なにやら『エター』とか言われているらしいが私にも分からない言葉が飛び交ってて混乱しているぞ」

 イビルアイは姿の見えないマグヌム・オプス()()()()が居る方向に顔を向ける。
 施設は自然に発生したわけではない。
 何者かが目的を持って多くの建設作業員を動員して作り上げたものだ。
 それは都合のいい魔法ではなく、人的資源の有効利用。そして、イビルアイは自分の目で建設風景を確認した事がある。

()()()()では成長している私もやはりここでは子供っぽい身長に戻されているのが勿体ない気がする」
「それはいわゆる『メタ発言』というものでしょうか? 『タグ』というものが増えてしまいますわよ」
共通設定の流用はちゃんと説明しなければならない。急にマグヌム・オプスが出てくるんだから。ここがどういう施設なのか説明しなければ()()()混乱する」
「本格的に説明するだけで一時間以上はかかりそうですわ」
「そうだな」

 側に控えているクライムは辺りを見回す。
 自分達以外は居ないようだがとても静かな雰囲気で何故かとても不安になってきた。
 普通の人間は静寂に対し、不安を覚えるという。そんな中、平然としているイビルアイは静寂に慣れた存在だ。
 この施設を利用する場合は静寂に慣れていない者は一時間毎に外に出るように配慮されている。少なくとも周りに誰も居ない場合に限るのでイビルアイが居る以上は制限に引っかからない。

「利用者は小娘一人か?」
「そうですわね。私一人ですわ。小鬼(ゴブリン)で構いませんので、千匹ほどご用意していただけたらと……」
「一気には無理だが……。他にも色々とモンスターが居るぞ。全部同じというのは視覚的に不健康だ」
「弱いモンスターでいいので、よろしくお願いいたします」

 と、クライムは頭を下げて頼み込んだ。それに対してラナーは王女という身分のせいか、他人に頭を下げるという行為に慣れていない。特に貴族でもない相手に対しては。
 敬意は感じている。ただ、一般市民のような礼の仕方が不慣れなだけだ。
 クライムを真似て遅れてラナーも深く頭を下げる。
 実際問題としてマグヌム・オプスの運用はイビルアイの権限でどうこうできるものではない。この施設の()()()()の裁量が必要だ。
 許可無く屠殺場を動かすのは危険だとイビルアイは()()()()()知っているし、ラナーとクライムも()()()くらいは理解している。

「用意するのに二時間はかかる。それまで地上の施設で休むといい。それとも、見学するか?」
「どんなモンスターを追加してくださるのか興味がありますが……。それは後のお楽しみと致しましょう」
「あまり可愛いものは居ないと思うがな」
「それと……。レベルアップやスキル獲得について、どうすればいいのでしょうか?」
「普通なら自然と身に付くものだ。基本的なものくらいなら……、選ばせてやろう。あと、必要とあればチームごとな」
「はい。その時は一覧表(リスト)を作成しておきますわ」

 この施設は確かに便利だが努力を無にする。
 過去にラナーは屠殺場を利用した事がある。だから無駄な説明はしない。
 努力の積み重ねはとても大事だが賢い王女はそれを分かって利用すると言っているのだから軽く息を吐くだけにしておいた。

「改めて言っておくぞ」

 無駄な説明はしない。だが、必要な事は何度だって説明する。特に命がかかっていることは。

「はい」

 と、ラナーは姿勢を正し、クライムも(なら)う。

「この施設は()()()()()()を目的として作られている。安易に、というか無意味に強くなるだけのものではない」
「心得ております」
「他の部屋も使用予定か? 風呂場は掃除しないといけないのだが……」

 一部の部屋には規模は小さいが風呂場がついている。死体洗いを大規模にする場所は一階層が風呂場となっている。
 普通ならば気にならないのだが死体洗いに使うと聞けば一般の人間ならば躊躇する。
 もちろん入る前に清掃するのだが、使用方法を知ってて使う度胸も時々、試される。
 ラナーは施設の大半の使用内容を把握している。それが分かった上でイビルアイに頼んでいた。

          

 モンスターを多く倒せる施設ではあるけれど製作するとなると様々な壁に行き当たる。そして、バハルス帝国の皇帝ジルクニフは兵士育成の為に製作すべきか思案した事がある。
 理想と現実はかなり乖離していると後で知る事になった。
 使用する上で必要な人材が揃っていないのが最初の壁だった。
 施設自体は多額の資金はかかるが作れない事は無いと分かっているし、試算もされた。
 運営する人材が圧倒的に不足している事と将来への不安が甚大になってしまうことも手が止まる原因だ。
 安易な増強は大きな災いの前触れとなる。

「私の権限で出来る事は限られているが……。一定程度は面倒を見よう」
「よろしくお願いします」
「急ぎでなければ一気に千体とは言わず、十体ずつからでもいいか?」
「お任せしますわ」
小僧(クライム)も一緒か?」
「私だけですわ。別の日には冒険者チームを連れてくるかもしれません」
「急激な増強は後々問題だが……。いきなりアダマンタイト級とは言わないだろうな? 一応、警告は受けているのでな」

 施設の存在は他国に(おおやけ)にされている。それゆえに急な増強によるアダマンタイト級の増産は規則で禁じられている。
 どうやって見分けるかというのは非公開になっているし、イビルアイも基本的に冒険者ギルドの意向に(そむ)く気が無かった。

「レベルアップが目的でアダマンタイト級はついでですわ。様々なモンスターと戦うのが主な目的というところですので」
「……時々、お前の発言にビックリするぞ。小僧も大変だな」
「失礼ですわね。少し傷つきました」

 と、口を尖らせるラナー。

「今なら単身で帝国を襲いに行くと言っても信じられそうだ」
「それは少し……、思わなくも無いですわ」

 物凄いレベルアップをすれば本当にやるかもしれない、という雰囲気をラナーは出せる。
 それゆえにイビルアイは心配だった。特にお供のクライムの身が。
 ラナーが単身で自滅する分には構わないのだが、巻き添えは可哀相だと思う。
 忠誠心溢れる若者は嫌いではないので。

「代理人たる私の権限で動かせるのはたかが知れている。無理の無い計画は大事だぞ」
「はい。……ですが、時間がかかりすぎると冗長な内容の繰り返しになってしまいますので」
「……お前は何を心配しているんだ。そのセリフはモノローグがすることではないのか?」
「そうなんでしょうけれど……。この調子ではレベル75に到達するまでウザイ説明二百万字近く読まされるハメ()になるらしいのです」
二百万字で足りるのか?」
「延々と小鬼(ゴブリン)を殺す話しですと……。とある『運営(ハー●●●)』とやらに存在を抹消されそうですわね」

 イビルアイとラナーにしか通用しない専門用語が飛び交い、クライムは冷や汗をかきつつ見守っていた。
 発言の内容によっては突然の消滅もありうる、ような予感がしたからだ。
 二人はとても危険な話をしている、と。

「75レベルは別に到達しなくてもいいだろう。平行世界とやらでは達成しているわけだし……。いや、()にある『ぷろとなんとか』で充分だ」
「そうですか? それはそれで面白みがありませんわ。王女の遍歴をお伝えできないのは勿体ない事だと思います。場合によればジルクニフ皇帝オーリウクルス女王の強化版に興味を持ってもらえるかもしれませんわよ」
「それは個人の趣味の範疇(はんちゅう)だ。……確かに多少は興味あるが……。その面白い発想はここでする事か?」
「発想は大事ですわ。何者かが()()()●●●●()()して()()()()とやらに●●なさるかもしれませんもの」

 なにやら力強い発言をラナーはしている、とクライムは感じたが黙っていた。
 イビルアイも個々の単語について指摘はしなかったが苦笑はした。

          

 本当にウザイ説明を延々とすることになりそうな気配を感じたイビルアイ達は咳払いをひとつして話題を戻す。
 事情を知る者は色々と難儀する、など呟いた。

「……ラナー様のレベルをまず5にするところからお願いいたします」

 会話が途切れたところを見計らい、クライムは発言した。その勇気に対してイビルアイは親指を上に向ける仕草で答えた。

「一ケタ台で討伐出来そうなのは……。あまり居ないが用意はしておこう。……ついでに大事な事だから言っておくが……。偶然の一致は不可抗力だが完全な●●●●は立派な●●●●だからな! ……よし」
「……誰に対して叫びました?」
「これから頑張る未来の若者(二次創作の作家)に向けてだ」

 イビルアイは立派なことを口走った。
 他人の真似事ばかりでは成長は見込めない。もちろんオリジナリティは大事だし、(はぐく)んでいかなければ衰退しかない。

チートの施設で力説しても説得力がありませんわね。それはそれとして……。この先、どうすればいいのでしょうか?」
「王女が納得する道が見つかるまで、だろうな。それとも死の騎士(デス・ナイト)()()討伐するのか? クライムと二人で」
「それはもう済んだ気がしますので……。もっと大物がいいですわね」
「一人で討伐するよりチームワークを(はぐく)めよ」
「もちろんですわ。仲間との共闘も興味があります」
「……ところで、こんな調子で二百万字三百万字も書き続けるつもりなのか?」
「……さすがにそこまでは行かないと思いますわ。……女ばかりになってますし……」

 ひそひそと小声で会話するイビルアイとラナー。

漆黒聖典の奴らを出すべきだな。少なくとも六腕よりは歯ごたえがある筈だ」
「そういえば、序盤に出ていたクレマンティーヌさん。どこに行ったんでしょうか」
「一人で活動できる実力者だから他の街でも頑張れる。それとも、ああ(クレマンティーヌみたいに)なりたいのか?」

 イビルアイはクレマンティーヌの戦い方を知っている。それゆえにラナーに当てはめて想像してみた。
 上半身を地面に倒す姿勢で複数の武技を使うラナーを。
 微笑む顔はクレマンティーヌに勝るとも劣らない。という光景に悪寒を感じた。

「あいつのようにスティレットで敵を倒すとか言わないでくれ。王女としての品格を失いそうだ」
「むー。それは何だか失礼な気がしますわ」

 小さな武器でモンスターを華麗に倒す。そんな見事な戦い方が出来れば文句は無いのだが、そこまでの熟練戦士になりたいわけではない。なれたら、それはそれで凄いし、自分でも驚く。
 とはいえ、楽してモンスターを倒すようになったら、きっとモンスター討伐は飽きてやめてしまう可能性が高い。
 地道な苦労は正直に言って、嫌いではない。
 今回は仲間達に追いつく為に今の内に出来る事をするだけだ。いきなりレベル75になろうとは思っていないし、それはとても荒唐無稽だと分かっている。
 今までの苦労を台無しにしては軽蔑される。いや、軽蔑で済めばいいが、最悪の場合は冒険者ギルドから追放される気がする。
 仲間外れにされるのはラナーとて傷つく。

「一桁で倒せそうなのを見繕(みつくろ)ってくる。この辺りではお目にかかれないモンスター共にしてやろう」
「よろしくお願いします」
「……赤帽子の小鬼(レッドキャップ)はさすがに入れないぞ」
「はい」
「小僧はどうする? 私の手伝いをしてくれるのか?」
「クライム。お手伝いをしてきて下さい」
「了解しました。着替えは後でご用意いたしますね」

 イビルアイとクライムは『七の宝物庫』と呼ばれる部屋に向かい、ラナーは部屋の角に向かう。
 大きく分けて四つの正方形が合わさった形をしているマグヌム・オプスはそれぞれの部屋の行き来が容易である。
 普段はいくつかの部屋の通路は封印されているのだが使用目的によって解放される。
 前々から入れない『五の宝物庫』の存在で大浴場と呼ばれる部屋に行き難くなったため、斜め移動も出来るように改装されていた。
 中心地は通路のみで部屋を置く空間は構造的に確保できないので通行する分を削り取った。
 必要に応じて改装できるところも人の手で作られた施設である証拠だ。


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#022

 act 22 


 大浴場は下の階層に存在し、植物モンスター『花弁人(アルラウネ)』が居た筈だ。
 随分と会っていないので枯れて死んでしまったかもしれない、と思いつつ部屋を覗く。
 普段なら高い位置に植木鉢が設置されてて花弁人(アルラウネ)達が天井から落ちてくる水滴で育てられている、はずだ。
 常に水気に覆われているので、無理に水を注ぎ入れる必要が無い場所となっている。
 定期的に光りを入れると活発に動き出す。

「……誰か居ますか?」

 返事は帰ってこない。
 モンスターである花弁人(アルラウネ)達は返事をしない。喋れる個体は滅多に居ないらしいが、ラナーの知る限りにおいて喋る花弁人(アルラウネ)は見た事が無い。
 大浴場の中は薄暗いが湯気が扉の方に近づいてきた。
 稼動しているのが確認出来る。問題は天井付近だ。
 普段なら『永続光(コンティニュアル・ライト)』をふんだんに使い、部屋を明るく照らしていたのだが、今は停止しているようだった。
 これから向かう『屠殺場』も多少明るい程度だ。
 中に入ったラナーは上空に顔を向ける。
 普段なら植木鉢が浮かぶように置いてあるのだが、今は形跡のみで花弁人(アルラウネ)の姿は一体たりとも無かった。
 移動させたのか、処分したのか。
 王国ではまずお目にかかれないモンスターなので城の一角で育成させることも検討されていた。
 植物モンスターだが肉食でもあり、消化液で人間すら食すらしい。ただし、推測だが。
 実際にのこのこ花弁人(アルラウネ)に食べられた人間の被害報告は聞いた事が無い。
 まして、このモンスターは自走しない。しっかりと根を張ってしまうと基本的に移動できなくなるからだ。
 蜜の甘い臭いで獲物をおびき寄せて、身体に生えている(つた)で絡め取る、らしい。
 森の奥で育った為か、難度は高く。意外と強い。後、当たり前だが魔法詠唱者(マジック・キャスター)相手だと楽に倒されてしまう。

          

 誰も居ないようなので次の部屋に向かう。その部屋が目的の『屠殺場』だ。
 吹き抜けになっていて天井がとても高い。部屋の広さはイビルアイ達が居た研究室の四分の一。高さは二倍。そして、とても薄暗い。
 造った人間も無駄に高くなった事を後悔したほどだ。
 初めから血生臭い使い方を想定しているのでタイルは張られておらず、素っ気ない外壁となっている。
 遥か上の天井には天窓が設置され、日の光りが入るようになっている。そうしないと時間の経過が分からず、精神的におかしくなるからだ。
 当初は時計が設置されていなかったので地下にこもると気分が荒み、気が付けば一ヵ月後ということがよくあったらしい。それくらい体感時間を狂わせる。
 時計を持ち込んだラナーでさえ一日たりとも()もりたくない施設だと断じたほどだ。
 事前の準備無しにマグヌム・オプスを使用する事はとても危険である。
 屠殺場と呼ばれる部屋は使用後には徹底的に掃除されるので衛生的には問題が無い。
 仕上げに使われる掃除用の粘体(スライム)によって傷以外は何も残さない。
 破損箇所は手作業で修復する。
 ついでに小さいながらも風呂と(かわや)があり、身奇麗にすることが出来る。
 まず最初にラナーは小型の風呂場の部屋を確認する。
 ここは大浴場と違い、小部屋程度の広さしかなく、自分達で掃除するのが一般的だ。
 当然、厠も。下水道の完備は全ての部屋に適用されている。汚れる事を最初から想定しているからだ。あと汚水対策も施されている念の入れようだ。
 以前は施設の(あるじ)が数ヶ月に一回、全ての清掃点検をしていると聞いていたが、綺麗な雰囲気なので今でも清掃作業が続いているようで安心した。
 イビルアイが居るのだから点検していないことはない筈だ。
 他の部屋もどうなっているのか、気になるところだが今回は特訓が主な目的なので諦める。
 今しなければならない目的を忘れてはいけない。
 部屋を使う時、モンスターの体液を浴びてしまうので基本は()()でモンスター討伐をする。
 だからこその風呂施設だ。
 防具や服を着たままだと洗うのが大変なのと仮に肌を焼くような事態になっても治癒する算段が取られているので裸の方が効率的だと説明を受けた。
 意味も無くを観賞する為に作られたわけではない。

「……さて、いよいよ始めますか……」

 部屋の外には服を入れる(かご)が設置されている。
 何から何まで用意のいい施設は今も健在のようで安心した。

          

 武器はスピア一本のみ。破損した時の事を考えて予備は必要だと思い、取りに帰る。
 イビルアイは隣の部屋に居るのですぐに用事が済むのだけれど、クライムが慌てるから服は着た。
 改めて服を脱げば実に開放的になる。
 クライムを除けば脱糞したとしても気にならない。
 はしたないと言われるかもしれない。けれども、この施設の恐ろしさを知れば誰もが黙る。
 一言で言えば『数の暴力』だ。
 その現実を前にすればたとえバハルス帝国皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス』だろうと竜王国女王ドラウディロン・オーリウクルス』だろうと脱糞失禁は確実だ。
 正気を保っていることが憎くなること間違いなし。
 『蒼の薔薇』の全員。つまりイビルアイを含めてみっともない姿をさらした事でも凄まじさは伝わる筈だ。
 ついでにクライムもガゼフ・ストロノーフブレイン・アングラウスという人間も。
 人間である者は(すべか)らく。
 リグリット・ベルスー・カウラウでさえも。

平行世界の()はレベル75になる為にどれだけの痴態を晒したのでしょうか」

 少なくとも一回や二回ではきかない。
 『ぱわーれべりんぐ』なる儀式は並大抵のことではない。
 もちろん、楽してできる方法はあるのかもしれない。ただ、それは飽きやすく、死に易くなる。
 人生を犠牲にするようなもの。だからこそ中途半端が一番良い結果だと聞いた事がある。
 今回の自分は75まで行く気は無い。適度に戦える程度で充分だ。別に敵対貴族を殺したいわけではないので。
 冒険者として当たり前の事を自分もやりたいだけだ。それには足りないものがたくさんある。
 良い武器を持っていても死の騎士(デス・ナイト)に勝てないように。
 スピアを手に持ち、見えない敵に向かって一突きする。

篭手は装備していた方が負担も軽減されそうですわね」

 多少の汚れは諦めて身体が壊れないように最低限の装備は必要かもしれない、と判断する。
 数分後に改めて装備品の確認をし、モンスターの出現まで精神統一する。
 急な運動は身体に悪いとクライムから言われているので、深呼吸も欠かさない。


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#023

 act 23 


 屠殺場の扉の一つが開き、モンスターがゾロゾロと歩いて来た。
 アンデッドモンスターは居るには居るが今回の討伐には含まれていない。
 低級の小鬼(ゴブリン)から見なれないモンスターが続いて出てきた。身長はどれも人間の子供ほどに小さいものだった。
 亜種や近親種なのかも知れない。
 屠殺場内の温度は年中温暖だと聞いた事があるが、少し肌寒かった。
 しばらく稼動していなかった事もあるのかもしれない。
 肌寒いのは最初だけだ。戦闘が始まれば身体の火照りで蒸し風呂のようになってくる。

「せめてタオルだけでも身体に巻いておけ」

 モンスターを引き連れたイビルアイが言った。

「いえ、結構ですわ。汗とか色んな体液で肌にまとわりついて気持ち悪くなると思いますから」
「整列だけさせる。無理に恐怖を味わうこともあるまい。モンスターの説明は必要か?」
「興味はありますが……。どの道、肉塊となってしまうんですもの。結構ですわ、後で……」
「左側の列から順番に倒していくといい。毒性のある者は居ない。では、扉は自由に開けられるから疲れたら休んでいいぞ。具合が悪くなっても休んでもいい」

 それだけ言ってイビルアイは立ち去った。
 規則正しく種類ごとに整列していく小型のモンスター達。
 中には人食い大鬼(オーガ)も居た。

「大盤振る舞いでも良かったのですが……」

 さすがに飛翔体や大型モンスターは出て来ない筈だ。出入り口で詰まってしまうし。
 鷲獅子(グリフォン)鷲馬(ヒポグリフ)八足馬(スレイプニール)などの騎乗動物も居ることは聞いた事がある。
 今のラナーの強さでは騎乗動物は倒せないかもしれない。それだけ上記のモンスターは強い。

「裸のお姫様がモンスター退治をする現場はさすがに人には見せられませんわね」

 武器の握りを確認し、突撃する。
 醜悪な面構えの小鬼(ゴブリン)は見慣れているのだが動かないと分かってても反撃が来るような錯覚に陥る。
 命令によって動くモンスターだから、ということもある。
 慣れない者は動かないモンスターに恐怖する。言葉だけでは平気そうだが、実際に目の前にすれば嫌でも理解する。
 習慣というものの恐ろしさを。
 人はそれを『ゲシュタルト崩壊』と呼ぶ。
 普段は当たり前だと思っていたものが気が付けば窮地に陥る状態になっている現象だ。
 特に単純作業をしている時に陥り易い。
 絶対に安全だと思っていたのに大きな失敗を何故かしてしまう。
 気持ちの油断が生む恐怖。

「………」

 作業は単純。
 ただモンスターの身体に武器を突き刺すだけ。
 クライムの助言を思い出しつつ突き刺す。深すぎると引っかかり抜き難くなる。それだけで余計な体力が失われる。そして、それが戦場では手間取ることは命取りなってしまう。
 もくもくとラナーは突き刺していく。
 確実に死んだかどうかは動きで判断する。本来なら剣で確実に首を落として完了だが、今回は槍なので少し大変だった。特に頭が固くて。
 さすがに小鬼(ゴブリン)とて頭蓋骨は硬いらしい。
 叩きつけるにしても打撲程度。眼球から突き刺すと良い、という言葉を思い出しても中々、実際には難しい。
 骨を砕くような腕力がそもそも無い。

「………」

 無理に一つの武器にこだわるのも時間と体力の無駄だと判断し、剣を持ってくる。
 心臓を突き、首を落とす。
 いちいち持ち替えなければならないが、今回のモンスター討伐において気にしないようにとクライムが優しく言ってくれた。
 戦技指導において意外と厳しい。彼の優しさは自分の弱さを如実(にょじつ)に表しているようで少しだけ悔しいと思う。
 それでも戦いの厳しさをしっかりと教えてくれた良き師範(せんせい)の言葉を素直に聞いておくべきだ。あと、余計な筋肉が付かないようにしなければ。
 妙な体型のお姫様が現れる事態になってしまうのは笑い事ではない、かもしれない。
 両腕の太さが以前の三倍とか。
 想像するだけで暖かくなった身体が底冷えしてくる。
 武器は身体全体で扱うように。一撃一撃をしっかりと奮うべし。
 篭手(こて)以外は見事な裸のラナーは一匹ずつモンスターを倒していく。
 胸を何度も突いて動かなくなったら首を切断。
 その作業を三匹目まで終わった辺りで一息つく。
 普段使わない筋肉を使うのだから異常に早く疲労する。
 レイナース達と冒険者の仕事をしていた時以上の苦痛は何なのか。

「……準備運動するのを忘れていましたわ……」

 それはクライムから何度も言われていた基本中の基本だった。
 瞑想だけでは駄目だと証明された。
 一旦、作業を止めて風呂場に向かう。そこで少しの間、屈伸運動などを(おこな)い、身体をほぐしていく。
 血行の関係から急な運動は危険だと教わっていたので、風呂上りにまたも瞑想。
 数分後にまた運動を繰り返して身体の状態を確認する。
 クライムの場合は素振り百回とかするらしい。それも一時間以上も。
 城の周りを走ることもあるという。
 身体の全てを使う鍛錬を今までクライムや兵士達は(おこな)ってきて、実力を得てきた。
 王女はそれを短期間で得ようとして苦しんでいる。当然の結果ではあるけれど、自分でやってみて分かることもある。
 三分後に作業の再開だがモンスターは今も整列し続けている。
 見たことも無い小型のモンスターばかりだ。
 今の調子では一週間くらいかかるのではないか。それとは別に多種多様なモンスターの姿は壮観だった。
 この世界にはまだまだ自分の知らない事があるのだと。
 そして、そんな不思議なモンスターをこれから殺していく。

          

 イビルアイが用意した小型のモンスターの強さは適当で、ラナーにも倒せないものが混じっている可能性もあるが、そこは手の感触などで理解していくと楽観視していた。
 定番モンスターの小鬼(ゴブリン)と大型ではあるけれど用意された人食い大鬼(オーガ)豚鬼(オーク)犬小鬼(コボルト)
 再生力の高い妖巨人(トロール)は除外されている。
 その他には今のラナーには強い部類の武器を持った小鬼(ゴブリン)達。
 飛行妖精(グレムリン)上位飛行妖精(スパンデュール)。こちらは悪戯好きの妖精が凶暴化したもので他にも様々な近親種が居る。小鬼(ゴブリン)より小型で集団で様々な人工物を壊すことが好きなモンスターだ。
 相手の真似が得意な自分自身(エインセル)
 更には叩く者(ノッカー)鉱山小鬼(コブラン)霜妖精(ジャックフロスト)提灯の悪霊(ジャック・オー・ランタン)毛妖精(バグベア)家精霊(ボガート)
 姿から名前を想像することも出来ないような珍しいモンスター達など。
 他にも凶暴な大型種が居て、そちらは今のラナーには倒せそうもないとイビルアイが判断している。
 悪霊犬(バーゲスト)などの動物系に害の無さそうなものまで。
 倒す以上に増えて整列しているけれど、ラナーにとって見れば一体ずつ倒すのが重要なので気にしていられない状態になっていた。
 屠殺場には戦闘風景を監視する小窓があるのだが、裸の姫を見せるべきかイビルアイは少し迷っていた。
 距離があるから肌色の姿くらいしか見えないと思うけれど。

「具合が悪くなったら助けに行くが……。差し入れの準備をしてきてくれ」
「宿舎は使えるんですか? 誰も居ないような気がしましたが……」
「使っているぞ。表の畑は定期的に使っているからな。水も風呂も使える。あと、備蓄を使ってもいい」
「了解しました」
「無理の無い討伐とはいえ小娘にはまだ苦戦する段階なのだろうな」

 クライムに命令しつつラナーの様子から目を離さないイビルアイ。
 必要数は既に用意したが追加は状況によって変える予定になっている。そして、それらを制御する者がイビルアイの側で待機していた。
 メイド服を着せられた女性なのだが、モンスターの用意や施設の運営は実質的にメイドである彼女が本来の(あるじ)の代行として任されている。
 イビルアイはその彼女に命令する権利を持たされているだけで実働の全ての権限を持っているわけではない。
 別に全ての権限を使う気は無く、今回のような限定的な使用でも充分満足していた。


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#024

 act 24 


 小さい個体を確実に倒し続けて数時間が経過しただろうか、生き物を殺す単純作業の弊害はこれから始まる。
 倒しても倒しても減らないモンスター。
 増えているのはモンスターの死体。
 数えるのが億劫(おっくう)になってくると吐き気が襲ってくる。
 小型とはいえ死体の臭いが少しずつ強くなり、気になってくる。
 作業を続けて行くと慣れによって感覚が鋭敏になってくる。それゆえに自然と身体が震え始めてきたことも分かってくる。
 肌に触れる空気の流れすら感じ取れているような気さえする。
 ラナーは作業を止めてその場に座り込む。冷たい床が直に尻に触れる。

「……危ない危ない……。これ以上は危険ですわね」

 そう言いながらもその場で気持ち悪さで嘔吐する。そして、すぐに失禁したことも理解した。
 身体はとても正直に反応する。
 緊張感が一気に変化したのだから。あまりの急激の変化に慣れる事は今のラナーには出来ない。

「……あ、ああ……。これは慣れるものなのでしょうか……」

 場所移動しようとした途端に脱糞する。しかも自分の意思では止められない。
 モンスターを多く倒していると死臭によって身体の感覚が狂ってくる、とは聞いた事がある。
 どんな痴態に陥ろうとも掃除役が綺麗にしていく。
 マグヌム・オプスには無数のメイド隠し部屋に潜んでいると言われていた。
 今は限定的に三人ほどが屠殺場に控えている、とは聞いていたが無言で作業するメイド達は音も無く現れるのでビックリさせられる。
 こちらの呼びかけには応じず、淡々と仕事をこなした後は姿を消す。

「死体とか汚物がもうありませんわ」
メイドマグヌム・オプスの名物でもあるからな」

 空を飛ぶようにイビルアイが現れた。

「休憩しろ。少し無茶が過ぎたな」
「そのようです。……事前に所用は済ませたはずなのですが……」
宿便(しゅくべん)というやつだ。汚い話しはおいて、随分と倒したな。とりあえず、残りは後で倒せ」
「はい」
「意識がしっかりしていれば大丈夫だ」
「……そうですわね。これ以上は獣の交尾に発展しそうですわ」

 ラナーとて十代後半の年頃の娘。
 物を知らない小娘ではない。
 下腹部の違和感は今のところ起きていないが乳首(ちくび)に関しては鋭敏になっているのが分かる。

「男女問わず興奮状態に陥るものだと聞いている。生き物を殺す行為が原因ではないかと……」
「そうかもしれませんわね。王女が安易に殺生などしません。……殺す事に興奮を覚えるのであれば……、色々と納得しそうですわ」
「一番興奮するのは()()()()、かもな」
「かもしれませんわね」

 ある意味において究極的なモンスターとも言える。
 自分と同じ姿をしたモンスターを殺す。それはどちらが本物かなど色々な葛藤を生み、普通のモンスターを討伐する以上に精神的にも肉体的にも負荷をかけることかもしれない。
 イビルアイが器用に指を鳴らすとどこからともなくメイドが現れた。
 そのメイドにいくつかの命令を与えると背景に溶け込むように消えて行った。

「一時間は休憩しろ。無理せずじっくりとな」
「はい」

 数分後にメイドが毛布などを持ってきた。それをラナーの身体に巻いていく。

「後で食事を持ってくる。空腹時は一気に体力を奪う。ちゃんと食べるんだぞ」

 軽く仮眠させてからモンスターの位置をずらしておく。
 冒険者となってから日はまだ浅いが長くモンスターを倒し続けられた事に感心した。
 一日で二十体が限界だと思っていたが四十体は倒したはずだ。

「もう少し力があれば五十体に届くだろうな。先生が良いお陰だな」

 的確に攻撃する方法を教えた当人(クライム)が弁当を持参してやってきた。
 それを眠っているラナーの近くに置く。

「厄介な能力を持つモンスターもいずれは挑戦させなければならないんだろうな」
「そうかもしれません。それはラナー様がお決めになることですので」
「毒性の無いやつにしろ、と言っておけよ」
「はい」
「……ところで、小僧は一緒に討伐はしないのか?」

 そう言った後で裸の姫と一緒では都合が悪いか、と思った。
 相手がクライムならば別に気にしない、ということもあるかもしれない。

「今回はラナー様が自分で頑張る、とおっしゃったので……」
「縁の下の力持ちとして頑張ってくれ。私も応援するぞ」
「ありがとうごさいます。色々とご指導を賜りたいと存じます」
「私は知識。技はガゼフ。それぞれ適材適所で望ませてもらう」

 疲労により仮眠どころか熟睡状態に入ったラナーの寝顔をイビルアイの許可の下に眺める。
 『黄金』の二つ名を持つ王女は今はただの冒険者の一人と化していた。

「……襲うなよ?」
えっ!? い、いえ、そんな滅相も無いです」
「王女を手に入れるためには様々な障害を乗り越えなければならない。それには時間と人材が必要だ。私から言えることはあまり無いが……」

 と、言いつつクライムをラナーから引き離していくイビルアイ。
 今のラナーは毛布の下はスッポンポンなので。

          

 一時間後に目が覚めたラナーにイビルアイは風呂場に案内したり、準備運動の手伝いをした。
 監視以外にやることの無いクライムに外での見回りや鍛錬、宿舎の点検などを頼んでおいた。
 多少、裸の身体を触ることに対してラナーは気にしないのだが、真面目な従者が混乱するのは可哀相かも知れないと思って諦めた。

「意気地なしですわね」
「そう言うな。モンスターが並ぶ手前で卑猥な事をされても困るし、タグが増える」

 何をしでかすか分からない娘にイビルアイはため息をつく。
 平行世界では好き放題にくんずほぐれつの状態になったらしいが同じ状態になっては色々と困る。そもそもの目的はモンスターを倒すこと。正確には『モンスターを殺す』話しだが、タイトル(題名)ラナー●ッ●●と変える事になってしまう。

「口に出てますわ、イビルアイさん」
「わざと聞こえるように言ってやっただけだ。小娘はそれでいいのか?」
「いい気もしますが……。何の為にこの話しが作られたのか本末転倒になってしまいますわね。……確かにそれはそれで困りますわ」

 題名を変更すると今まで出て来たレイナース達は何の為に努力したのか分からなくなる。最初から空気だと言い張ればいいのかもしれないけれど。

「……一人で研究していると独り言が多くなるようだな。ついつい喋ってしまう」
「孤独な人間の特有の病気らしいですわ。魔導国の国王様も同じ病に罹患(りかん)されていると聞いた覚えが……」
「不健康なのは認めよう。……種族の事ではないぞ」
「何のことかしら?」

 イビルアイの言葉にラナーはとぼけてみせる。確かにたまたま笑いを取る言葉になってしまっただけだ。
 人付き合いが苦手というか、嫌いというイメージを持たれているが性格は一般的な乙女の少女と遜色(そんしょく)はない。ただ、人生経験がとても長いだけだ。

モノローグの言う通りだ。私は乙女だ。恋だってしたい。年頃の時期は常に停止中だから問題はない」

 と、力説しつつ話しが脱線してきた事に気づき、咳払いをする。
 こんなラナー王女と付き合える男子はイビルアイの知る限りにおいてクライム以外に居ない。とはいえ、卑猥なことは今すべき事ではない。
 理解者が居るのは良い事だが。クライムの将来に一抹の不安は覚えた。
 同じく友人である()のラキュースとはどうなのか。
 城の自室ではよく話しているはずだが、話題や内容が耳に入ってこない。
 毎度のことのように物騒な依頼を持ちかける癖に扱いが荒くはないか。

「王女としては安易に誰かに頼れないので……。その点、クライムは丁度いい位置に居るのです」
「貴族社会は色々あるのは理解しているのだが……」
「私とラキュースでは実力も段違いですし……。危険な依頼は申し訳ないと思っておりますわ。……ですが、王女としての私には難度の認識が今ひとつで……」
「それは理解出来る。毎度、歯ごたえのある依頼ばかりで充実している」

 普通に凶悪なモンスターを倒すより、複雑な事情の依頼が多い。
 割りと頭脳労働も課せられるので勉強が欠かせない。
 今のイビルアイはラキュース並みに社会の知識が豊富で、代わりに他の仲間は戦闘に専念してしまっている。

「いずれラキュースと共に……、というところまで行けるかは分かりませんが、彼女を失望させない程度にはなってみせますわ」

 二人仲良く『無垢なる白雪(ヴァージン・スノー)』を装備して冒険の旅へ。

「見栄えはいいだろう。現実の冒険は厳しいぞ」

 (ドラゴン)とか暗くてジメジメした場所とか。毒ガスが充満するような危険地帯とか。
 変な病気になったり、傷だらけになったり。
 理想と現実は違うものだ。
 助けも来ないような場所に置き去りにされたりしないように様々な道具や魔法を用意するのは基本だが、それでも通用しないところはある。
 呪いを受けたりとか。

「笑っていられるのも今のうちだ」
「はい」

 気分が落ち着いてきたところで、討伐開始。と、その前に臭いを防ぐ仮面と最低限の防具として身体にタオルを巻いていく。
 あと、食事だ。
 嘔吐するかもしれないが栄養摂取は長期の戦闘には欠かせない。

「戦闘にかまけて空腹に陥る事は珍しくない。食べられる時はちゃんと食べろ。それも大事なことだ」

 本来なら、ここまで親切にされることは無い。
 王女だからという訳ではないが、鍛錬で命を落す間抜けになってほしくないからだ。
 手を貸しすぎるのは否めないが。

          

 少しの休息の後、モンスター討伐を再開する。
 無理に倒し過ぎないように適度に休息と身体の洗浄を繰り返す。
 今の段階で一気に全てを討伐すると精神に異常を来たすのではないか。
 変化の無い単純作業の戦闘は一般的にありえない。これが鍛錬ならば平気だと思われるかもしれない。けれども、実際は命を奪う行為の繰り返しだ。
 身体と精神の感じ方に差異が生まれ、開けば開くほどラナーの表情は崩れていく。
 普段、自制が効いている精神の安定を崩すような行為なのだから何が起きても不思議ではない。
 三体目から視界がぼやけ始める。つまり三体目を殺しました、という精神から身体へ報告が入る。
 一般の冒険者は何故、平気なのか。分析しつつラナーは作業を続ける。
 いや、この行為を『作業』と思っているから色々と齟齬が生まれているのではないか。
 レイナース達との冒険者の仕事では具合が悪くなる事など無かったのに。
 何なのか。
 気が付けば内股が失禁によって濡れている。温かいと感じて気が付くほど精神が磨耗しているような気分だ。
 さすがに脱糞はしなかった。というか出し尽くしたから出て来ないとも言える。
 さっき弁当を食べたばかりだし、消化して出てくるにはまだ五時間以上はかかるはず。

「………」

 武器を取り落とし、その場に座り込む。
 戦意喪失による脱力感。
 本来、王女はこんな事はしない。だからこそ様々な肉体的、精神的に異常を来たしている、のかもしれない。
 細かく自己分析するには色々と資料を読み(あさ)らないといけないけれど、自分の知らない世界は体験してこそ理解で出来る事もあるのだと知った。
 そもそも論で言えば本来の自然法則を捻じ曲げる行為だ。
 人の忠告というものはちゃんと聞かなければ後悔する。

「あははは! うははっ!」

 自分の意思に反して勝手に笑い出す肉体。それに対してラナーは(ひたい)を床に打ち付けて黙らせる。
 何度も叩きつけるうちに血が見えてきた。
 自然の摂理を捻じ曲げた結果ならば修正もまた起きるはず。
 平行世界の自分が()()居るなら同じ事をしようと思うのか。
 ありえべからざるマグヌム・オプスの深淵。それは決してこの世界に存在し得なかった新技術の宝庫。
 いや、正しくは世界に最適化()()()新しい概念。
 持ちうる技術は全てこの世界のもの。
 十全の使用による未開拓の境地。
 ゆえにここは誰でも作れるけれど誰にも管理できないほどの強大な存在感を匂わせている。
 帝国ですら匙を投げる。
 やろうと思えば誰でも作れると設計した本人(施設の主)が言っていったにも関わらず。
 どうして造れなかったのか。
 いや、施設そのもの()()ならばどの国でも作れる。
 造れないのではない。運用できないのだ。
 目の前に整列するモンスターをそもそもどうやって調達したのか。そして、殺されると分かってて従順に整列させる方法はどうやったのか。
 知りたいことはたくさんあるけれど、悪用したいわけではない。
 本来のモンスターは反撃してくる。それを忘れてはいけない。

「……ちょっと強く打ちすぎましたわね」

 ダラダラと血が顔を伝って胸に落ちていく。
 痛みがあり、血が流れ、死ぬかもしれない、と思う自我がある。
 生きているのだなと思った。
 当たり前なのだが、それゆえに目の前のモンスター達は疑問に思うことが無い。
 命令通りに歩いて立ち止まり、殺されることに。
 仲間が死んでいくのに何も思わない。
 次は自分の番となると分かっていないかのように。

 禁忌のモンスター相手であれば自分はどんな風になるのか。

 醜悪な亜人種モンスターと異形のモンスターなどを殺す事に抵抗が無いのであれば人間種はどうなのか。
 クライムを並べて同じ事が出来るのか。
 自分でないので出来るかもしれない。
 では、自分自身ならばどうなのか。
 裸の王女数百人を一人ずつ殺す作業は平気でいられるか。
 可能であれば試したい気持ちはある。

「心臓を突いて首を切断……」

 普通のモンスター数匹で精神的におかしくなるのだから、相手が自分ならばもっと早く、もっと酷い状態になる気がする。
 死ぬのは自分なのだから。
 この想定は()()()()()荒唐無稽だ。
 だが、このマグヌム・オプス不可能を可能にしうる。

「あははは!」

 自然と笑い声が出てしまう。
 自分の意思で制御できない。
 全然面白くないのに。
 ラナーは闇雲に武器を奮いモンスターを蹴散らしていく。
 致命傷にならず、ただぶつかっていくだけ。転んだモンスターは自主的に立ち上がる。それを更に殴打していく。
 ただただ半狂乱で暴れるラナー。
 普段はモンスター退治など経験せずに一生を終えるような清楚な王女でいられた筈だ。
 その通念を捻じ曲げてしまったばかりに身体が最適化されないまま無理を押してしまった。
 討伐というよりは虐殺や暴力といった結果になった。
 金色の長い髪の毛を振り乱し、碧眼に映るもの全てが殺すべき敵。
 奇声を上げるラナー。
 人間から美しき獣に変貌した。

「ひゃー!」

 形あるモンスターに襲い掛かり、何度も武器を叩きつける。
 知性の欠片も無い人の形をした生物。


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#025

 act 25 


 気がついた時は床にうつ伏せで眠っていた。
 脳内で何かが回転するような気持ち悪さが襲ってくる。

「気がついたか?」

 聞き覚えのある声。
 孤独な戦いは終わったのか、と思った。

「気が狂う王女が現れたようですわね」
「言葉が通じるなら問題は無いな。だが、まあ……、結構倒したようだし、今日は終了だ」
「……お世話をお掛けしました」
「本来、自分が身につけていない(クラス)で『ぱわーれべりんぐ』を(おこな)うのは危険だと言われている。だから、最低限、無理の無い戦闘が必要になるわけだ」

 もちろん、危険だと分かった上での行動だ。だからこそイビルアイはラナーを止めたのだから。
 いくら狂気に囚われたといっても低レベルのラナーを止められないわけが無い。

「一日の限界数に達した。残りは次だ」

 レベル帯によって連続で討伐できるモンスターの数が決まっており、その上限を無理に突破すると身体に異常が出始める。
 ただし、自分より低レベル帯のモンスターは差が開けば開くほど無尽蔵に近い数を討伐できる。
 イビルアイなら弱い小鬼(ゴブリン)をおよそ五兆体ほど。ただし、理論上の数値だ。

意識出来る数意識できない数があって、今回は意識出来る数が小娘を襲った。そんな認識でいい」
「はい」
「一般的に冒険者が相手にする数は少ないものだ。その上限を意図的に突破できるのはマグヌム・オプスくらいかもしれない」

 チームで討伐する場合は複数人で一体を仕留める。または多数対多数だ。
 一人に割り当てられる数を自然界で調節する事はとても難しい。
 それを無理矢理捻じ曲げているのだから。

「戦闘に必要な(クラス)を得れば同じ数のモンスターをおそらく無理も無く倒せるようになる。身につけていない技術のままだと精神に齟齬が生まれるのは割り合い、事実らしいからな」

 料理人(コック)(クラス)を持たないものは決して料理を作ることはできない。
 人間は生まれた時に既に何らかの(クラス)を得ているので、その関係でいろんなことができる。もちろん、できない場合もある。

「倒せと言った私にも責任はある。なにせ、ここの利用者は久しぶりだからな」
「でも、随分と落ち着いてきましたわ」
「そうか? だがまあ、しばらく動くな。今、信仰系のメイドが来るのを待っている」

 その言葉の後でラナーは思い知る。
 目の前に転がる肉塊は自分の手足だという事に。
 痛みすら忘れるほど精神が狂ってしまったのか、と。

          

 ここは正しく地獄。
 実体験して初めて知る事実がいくつも出てくる。
 造れそうで造れない施設。
 誰にも成し遂げられない常識外れの施設を作り上げ、見事に運営する存在は超越者(オーバーロード)支配者(クエスター)くらいだ。

「経験値としては充分に溜まった筈だ。すぐに5になれると思うが……。(クラス)構成は後で持って来い」
「そうですわね。紙に書くにしてもお手々がなければ書けませんもの」
「……明日はもう少し手加減しよう。正直、あまり加減が分からない。今更だが……、申し訳なかったな」
「失敗から学ぶ事はたくさんありましょう。……でも、結構ひどいですわね」

 痛みが少しずつ強くなってきた。
 残っている手足に止血用の布が強く巻かれているようだけれど、早く治癒魔法か強力な治癒アイテムがほしい、と願った。
 メイドに命令するにも簡単なものと複雑なものとがあり、急な対応についてイビルアイはまだまだ不得手な部分があった。
 五分ほど経ってからメイド達がラナーに治癒魔法を施していく。
 斬り飛ばされた手足はたちどころに消滅していく。
 何故、消えるのか。目の前で起こった現象ではあるけれど不可解だった。

「そういえば希望の(クラス)はリストで選ぶように。私の采配では不都合もあるかもしれないが……」
「……そんなことはありませんが……。ちなみに(クラス)を意図的に消す事は可能なのですか?」
「聞いた話しでは……、無理だ。死亡時のレベルダウンとやらでもないかぎりは」

 必要な部分だけの修正は出来ない、ということだとラナーは思った。
 そして、手足が戻った後で風呂に入り、服を着る。
 今日の分の討伐は一応は終了した。明日は少しだけモンスターと戦ったら仲間達の下に戻る。そもそもこの施設に三日以上()もるのは危険だという事を思い出す。
 イビルアイのようにただの研究所として使うのであれば問題は無いのだが、モンスター討伐となると話しが変わってくる。

「……服を着ると安心するな」
「いえいえ、お手数をお掛けしました」

 ラナーは丁寧にお辞儀した。
 ついさっきまで死闘を演じていた冒険者ラナーと誰が思うのか。
 地上に戻り、クライムに無事な姿を見せると大層、喜ばれた。
 使用した人間でなければ分からないマグヌム・オプスの恐ろしさ。
 作った当人が言うには人間的感情が抜け落ちそうになるという。
 それゆえに帝国では兵士の育成どころか殺し合いや共食いに発展する危険性が示唆(しさ)された。だからこそ造るに造れない。
 ただの一兵士が共食いするのはありえないことのように思われるが、狂気に囚われた人間は獣に変わって、人とモンスターの区別がつかなくなる。
 ラナーでさえも小鬼(ゴブリン)を食べそうになるのだから信じられない事だ。
 誰かの監視がないと恐ろしくて使えない。
 閉鎖空間に閉じ込められた人間の精神状態は想像を絶する。
 タイルが白かったり、外の光を取り入れているのにも理由がある。だが、最初は誰もが無駄だと言っていた。そして、今は誰も無駄だと口にはしない。それが必要だと理解したからだ。


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勇気の碧クエスト #026

 act 26 


 モンスター討伐を終えて必要なレベルに上げたラナーは王都に帰還する。実際に経験値の割り振りは未だに非公開なのだが、イビルアイは仕組みを承知している。そして、それは迂闊に公開できない事だと理解している。
 長々と説明するのはまたの機会だとイビルアイは話しを切り上げてしまった。
 肉体的には以前のまま大して強化されていないが経験値は割り合い増えている、という話しだった。
 仲間たちが待機している宿に向かい、報告を済ませた。

「これで五人とも仲良くレベル5か」
「『カリスマ』ではなく『女優(アクトレス)』を取りましたので、振る舞いは少し戻ったはずですわ」
「……どこが変わったか分からない……」
「それより私のレベルはどうなるんだ? この辺りのモンスターでは絶望的ではないか」

 と、ナーベラルは憤慨する。
 一番、レベルが下がったのは彼女なのだから仕方が無い。それに元のレベルが63なので上げ難いことこの上ない。
 異形種はマグヌム・オプスを支障なく使えると聞いた覚えがある。なので案外、何とかなると思う、という軽い気持ちをラナーは抱いた。

「改めて私が金の……『黄金の仔山羊』のリーダーを努めさせて頂きますわ。早速、拠点を移動しましょう。目的地はエ・アセナルで……」
「却下」

 ラナーの発言を即座にレイナースが否定する。
 いきなりの異議申し立てにラナーは眉間に(しわ)を寄せ、口を尖らせる。

「レベル5だぞ? 普通ならエ・ランテルだ」

 というか、エ・アセナルに出てくるのは妖巨人(トロール)などの大型モンスターが多く、低級モンスターはあまり出て来ないと聞いていた。それに最近は物騒な高レベルモンスターの目撃例もある。

「……仕方ないですわね。城塞都市(エ・ランテル)にしておきますわ」
「お金が稼げるなら……。安全もつくか……」
「私はあまり遠出できないのですが」
魔導国に近いなら……、文句は無いな」

 白い蜥蜴人(リザードマン)のクルシュに行動範囲を聞いておく。
 それから拠点移動は今すぐか、あと少し依頼をこなすか話し合う。そして、一つの重大な事実に行き当たる。

「国を変えたら冒険者ランクってやり直しになる規定じゃなかったっけ?」

 現在の城塞都市エ・ランテル魔導国の領地となっている。

「行動範囲が狭まるので王国と帝国で協定が結ばれたはずだ。どちらの冒険者もエ・ランテルの領地内ではランクを維持したままで良い、という」

 元々は王国領だった。
 都市の中にあった冒険者組合の人員の流出を止める為の策であり、将来的には変更されるかもしれない。

魔導国の依頼だと未知の領域に行く場合があるけれど、受ける?」
「それだと私は無理そうですね」

 と、クルシュが自分の立場から発言した。
 蜥蜴人(リザードマン)は全員、魔導国の監視下にある地域でしか活動できない事になっているからだ。

「未知の冒険には興味ないな」

 メンバーの共通認識はとにかく元の強さに戻りたい事と金が欲しい。あと、実家からあまり遠くないところ。
 五人がそれぞれ議論を交わし、結論が出たのは数時間後だった。
 とにかく今は現状を維持しつつ金と経験値を稼ぐこと。ある意味では夢も希望もなく、冒険心すら必要の無い結果となった。
 相当、レベルダウンが響いているようだ。

「では、結論が出たところで……」
「ひと狩り行きましょうか」
「異議なし」
「モンスター退治の仕事は確定ですか?」
「仕事は仕事だ。ついでに昇進も」

 方向性が定まったので五人は冒険者組合へと向かう。
 目下の目標は次のランクへの昇進。
 リーダーの本来の目的はただ一つ。
 モンスターを殺すこと。
 憎いからではなく、純粋に殺してみたいだけなのだ。
 このクソッたれな世界で楽しい娯楽といえば、世界を相手取って引っ掻き回すか。武器を手に取り、仲良くモンスターを殺すことくらいだ。
 ラナーは後者を選択した。
 未経験の分野には興味がある。だからこそ確かめたかった。
 あまりにも暇だったので。
 『黄金』の二つ名を持つラナー王女は格好付けて依頼書を叩きつける。そして、考えていた決め台詞を国民の前で見せるような微笑と共に王女に恥じない気品に満ち溢れた風格を覗かせながら言った。

「これを受けたいですわ」

 歴戦の冒険者の依頼を受けてきた受付嬢はいつもと変わらぬ営業スマイルで返答した。

「念の為に聞きますが、下水道の清掃作業ですよ。本当によろしいんですね?」

 表情は崩れなかったが、ラナーの顔色はみるみる青くなっていった。
 そして、受付嬢はそんなラナーに止めを刺してくる。

「よろしいんですね?」

 倒すべき最強のモンスターが目の前に居るとラナーは本能的に感じた。

 しばらくは退屈しなくて済みそうですわ。

ラナークエスト』をクリアしました。


 クロスオーバーによるパラダイムシフトにより、新しいストーリーイベント種族職業(クラス)が解放されました。
 世界のシステムの一部が上書きされ、未知の実装(おこな)われ、予期せぬ誤作動を起こす危険性がございます。それでも先に進みたい方は以下の新しいクエストをお受け下さい。ただし、一切の保証は出来かねますので、ご了承の程をよろしくお願いいたします。

勇気(ゆうき)(あおい)クエスト』を開始する。



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#027

 act 1 


 謎の『存在X』に翻弄される形で理不尽な転生で戦場に叩き込まれて数年が経過した。
 保身と安定が金髪碧眼の生きる糧。
 無能は要らない。
 神など信じないし、奴らは邪神の(たぐい)だ。
 一方的に信仰心を押し付ける相手を信用しろと言うのがそもそもの間違いなのだ、と小さな身体の少女は思う。

「……度重なる欠陥品による爆発で次なる世界にシフトするとは……」

 いよいよをもって『存在X』に復讐せねばなるまい。だが、それでも、しかし、と思う。
 次の世界への転生ならばまたも赤子からのリスタートだと覚悟はしていたが、装備品の喪失以外は五体満足なのが少し怖い。
 齢十歳の『ターニャ・デグレチャフ』という少女は身体こそ華奢だが、幼さの雰囲気を欠片も持ち合わせていない生粋の軍人だった。
 転生とはいえ母なる祖国への愛国心は誰にも負けないと自負している。もちろん、完全自由主義者(リバタリアン)のターニャにとって用無しと判断すればいつでも斬り捨てる。利用できると思っている間だけの愛国心は、となるが。
 組織という枠組みこそが自分の居るべき場所だ。もちろん、理不尽な事もある。
 敷かれたレールに乗っている限りは組織は個人に対し様々な恩恵を与えてくれる。そして、個人は組織の為に粉骨砕身するのだ。

「……とはいえだ。やはりここは帝国ではないのか。……服装はクリア。備品は呪われた九五式が一つか……。裸で放り出されるよりはマシだ」

 神の祝詞(のりと)という呪詛を吐くかぎりにおいて絶大なる力を与えてくれる演算宝珠エレニウム工廠(こうしょう)製九五式』だが、ちゃんと機能するのかは試したくはないな、とターニャは思う。

          

 気が付けば異世界というのは()()()ともなれば慣れた、と言いたい所だが実際は驚きに包まれている。
 安全で楽な仕事でのんびりと生活が出来ると思ったら知らない世界に放り込まれているのだから呆れてしまう。

「あいたた……。ったく、ここはどこなのよ~」

 と、不満を口にするのは水色の長い髪の毛で桃色の羽衣をまとう女性。
 青を基調とした見慣れない服装で統一されていた。

「異世界じゃねーの」

 と、素っ気ない態度なのは平均的な日本人の男子。
 特徴らしいところが無い。

「特徴が無くて悪かったな」

 他には魔法使い風の格好をした黒髪で赤い瞳の少女。
 丸い宝石がはまった杖と大き目の三角帽子をかぶっている。服装は黒いブーツと黒い衣服にマントを羽織っていた。
 もう一人は金髪碧眼で白銀の鎧を身にまとう騎士風の女性が倒れていた。

「いきなり別世界に叩き込まれたようだが……。ここはどこなんだアクア?」
「え~と……。全く身に覚えのない風景ってことは確かね」

 水色の髪の毛をかき上げる女性は女神の『アクア』という。
 男子は十代後半の学生風で『佐藤(さとう)和真(かずま)』という名前だ。
 魔法使い風の少女は『めぐみん』で騎士風の女性は『ダスティネス・フォード・ララティーナ』という。

(ふう)ってなんですか!? 私は紅魔(こうま)のれっきとしたアークウィザードですよ」
「いいじゃないか。一目で職業を特定するのは難しいと思うぞ」
「自己紹介が()()()されたようですが……。何なんですか?」
モノローグじゃねーの? 自分で言うより楽だろ」
「……私のことはダクネスと呼んでくれ」

 騎士風のダクネスは見晴らしのいい平原に向かって言った。

          

 爆発はいつもの事だが今回ばかりは死んだかも、と思うのは短めの茶髪に元気一杯の笑顔を絶やさない少女。名前は『立花(たちばな)(ひびき)』といい、世界を救う仕事に従事していた。

「あれ~。ここ、何所?」

 何も無い平原に放り出されたことは理解した。
 その次に自分の身体を確認する。
 服装は普段着で首から提げているアクセサリーはちゃんとかかっていた。

「連絡手段は……、無し……。次は……」

 見知らぬ世界に一人きり。仲間の姿は無いが居ない可能性はある。
 とはいえ、少しは慣れた場所に何人か人が居るのは見えているので寂しくは無い。
 自分と同じ境遇という線もあるが、それぞれ見知らぬ人間のようだった。
 立花は自分の頬を叩いて気合を入れる。

「へーきへっちゃら。……って言うには……、まだ早いかな」

 苦笑を浮かべつつ遠くに居る人物達の下に向かってみる事にした。

          

 彼女達が居るのは『バハルス帝国』と『カッツェ平野』の中間地点。
 帝国兵が定期的に巡回しているので治安は悪くないし、道路もしっかりと整備されていた。
 広大な土地は殆どが麦畑。他には野菜などに牧畜も盛んだ。ただし、ターニャ達の場所は畑ではなく、ただの平原で整備された道路も無い。
 大雑把な視点で言えば平和な風景だ。だが、あちこちからモンスターが現れて村人を襲う。
 いくつもの国と接しているので戦争も起きるし、亜人種による人間狩りの被害も受けることがある。
 表向きには軍事国家だが、ある時期に起こした戦争以来、帝国はなりを潜めている。というより再度の戦争を起こす気概を失っていた。
 『魔導国』の王が用いた超絶な魔法に兵士達が恐れおののいた為でもある。
 なので今は静かな時間が流れていた。

 平穏は突如として破られる。

 様々な世界から何者かが転移してきた。それが立花たちではあるけれど、転移の原因は不明。

クリエイト・ウォーター

 と、おもむろにアクアは魔法を使った。
 手から吹き出た水が地面にぶちまけられる。

「魔法は使えるみたいね」
「すごいすごい!」

 と、手を叩いて喜ぶのは立花だった。
 宴会芸を見せても立花は喜ぶがカズマ達は呆れていた。
 女神アクアはお調子者で誉められる事に弱い。

「……ふん。ならば、次は私の爆裂魔法を……」
見知らぬ土地で爆裂魔法を使うんじゃねー! 後で大問題になるだろうが」
「そうだぞ、めぐみん。破壊活動は控えた方がいい」

 そんな彼女たちを冷徹な視線で見つめるのはターニャだった。
 軍服を着ていないので民間人のように見える。だが、魔法を使う者達には驚いた。
 銃弾飛び交う戦場という訳ではないようなので、興味本位で眺めている。
 ずっと見ているわけにはいかないが、彼女たちも自分(ターニャ)と同じ境遇のようだった。

「俺達だけが転移したのかな」
「位置から見て、別の場所にも居るかもしれないな」

 空を飛ぼうにも装備を失っているターニャは徒歩で近隣の村などを見つけるしかないと思っていた。
 水に関しては魔法で出したものが飲めるのか気になるけれど。食料の確保は考えておかなければならない。
 武器は無し。適当な刃物でも戦えない事はないけれど、敵国の兵士まで来ている可能性は捨て切れない。
 戦いになれば彼らを守れる保証は無いので切り捨てる事も考慮する。
 命令があれば従うのが軍人の務めだが。


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#028

 act 2 


 軽く見渡してみたが敵の姿は無い。
 ターニャは少しだけ安心した。
 謎の存在Xによって()()()()()されたわけではないことに。
 いつもなら時間を止めるような演出が入る。それが今回は唐突な転移だった。それはそれで気になるところだが、考えても仕方が無い。
 同じ境遇の人間が近くに居る事から全く別の要素かもしれない。
 つまりは新たな存在Xという可能性だ。

「……こほん。自己紹介はせねばまるまい。当面、共に旅する仲間として」

 カズマはターニャを一目見てすぐに『軍オタ少女』と思った。そして、面倒臭そう、という嫌そうな顔つきになる。
 立花は仲間と言われて少し嬉しくなった。
 知らない世界に放り出されたのだから仲違いする事はマズイ。それはそれぞれ脳裏に浮かんでいた。
 ダクネスもめぐみんも大人しくするほどに。

「私はターニャ・デグレチャフ。見た通りの軍人だが……。諸君に階級を告げるのは……、無用だろうな」
「……軍人って……。ただの軍オタなだけじゃねーか」

 カズマの態度は()()()()のターニャにとって当たり前の反応なので指摘はしない。それはそうだろうと自覚もしているし、腹は別段、立たなかった。

「さっきモノローグで紹介が済んだのにまた名乗る意味あんのかよ」
「それが事実だと証明できるのか?」

 この手のバカは正論を言えば大抵は黙る。その証拠にカズマは唸って反論できなくなったようだ。

「我が名はめぐみん。紅魔族随一のアークウィザード
「私はダクネスだ。よろしく頼む」
「私は女神アクアよ。神様なので(うやま)ってください」

 神と聞いてターニャは鋭い視線をアクアに向ける。

「ひっ!」

 人間の眼光で怯むような神ならば恐れるほどの価値は無いかとターニャは思い、軽く呆れ気味にため息を吐く。

「私の前で神を口にする時は気をつけたまえ。私は神を信じないし、奴らは殺すべき敵だ」
「……ごめんなさ~い」

 一部の隙も無い整った立ち姿のままターニャは告げる。
 仮に目の前の水色が本当に神であったら殺すのか、という問題については自分でも答えは出せない。
 神にも色々な立場の者が居るかもしれない。
 精々、人質だ。

「立花響です。よろしくお願いしまっす」

 元気一杯に名乗った立花に対して他の者は思った。

 ターニャと立花の声が似ている。いや、ほぼ同じではないかと。

 もちろん、それはターニャ本人も思った。だが、そんなことは今は関係ない。
 世の中には自分と似た者が三人は居る、と言われている。だから別段、珍しくも無い。
 というより名前の響きから日本人である可能性に少し驚く。
 最後に残ったカズマは名乗るのが恥ずかしいのか、黙っていた。
 ターニャは軽く一瞥しただけで指摘しなかった。
 名乗りたくないのであれば、それはそれで別に構わない。
 バカの名を呼ぶ手間が省けるだけだし、黙ってても聞こえてくると判断した。そもそも『貴様』としか言わない自信がある。

「では、自己紹介が終わったことだ。目標を決めようではないか」
「……はいはい。さっさと決めてください」

 無気力に呟くのはカズマだった。
 無能はいつの時代も変わらないようだ。だが、ターニャは自分の部下でもない民間人相手に怒りはしない。
 肉壁程度の存在に腹を立てるほど、短気ではない。

「現地調査をしたいところだが……。方々に散るのは得策ではない」

 というより民間人に軍人の真似事をさせるのは酷だ。ターニャは少しがっかりしつつも指針を決める。
 慌てふためく無能とはいえ、目的を与えれば動かない足は意外と動くものだ。

「魔法の存在を肯定する君たちは空は飛べるのか?」

 少なくとも手から水を出す場面で魔法は絵空事ではないと確認した。

「空は飛べないわね」
「爆裂魔法一本です」

 全く役に立たない事は理解した。
 確かに全ての魔法に精通する事は困難を極める。自分たちも経験が無いわけではない。
 演算宝珠も兵士全てに等しい力を与えられるほどに優秀な代物ではない。

「高くジャンプすることは出来ると思います」

 と、答えたのは立花だった。
 見た目にはただの一般市民にしか見えない立花の姿にターニャは首を傾げた。

「たちばな、と言ったな」
「はい」

 と、肘を曲げて手を平たくし、こめかみに当てて敬礼する立花。
 軍隊式の正式な敬礼をいちいち指摘するつもりはないので無視する。
 軍属ならば多少は言わなければならないかもしれないが、相手はどう見ても一般市民だ。しかし、万が一それが隠れ蓑である場合も考慮せざるを得ないのが普通だ。余計な手間ではあるけれど。

「ジャンプしてどうなるというのだ」
「思いっきり高く飛べば周りを把握できると思います」
「……いちいち軍隊式を強要する気は無いから、普通に喋っていいぞ」

 長く軍属に居たものだからターニャは自然と今の喋り方なだけだ。それを見知らぬ人間に強要する気は毛頭ない。

「えっ……あっ、はい。ターニャちゃんの……」

 ちゃん付けされるほど馴れ馴れしくされたくないな、というのを鋭い眼光で返答するターニャ。
 とはいえ、何も知らない相手から見ればただの幼女に過ぎないのも否定できない事実だ。

「……出来れば呼び捨て……」
「ターニャちゃん。ターニャちゃんって可愛いな」

 カズマが笑いものにし始めた。
 手元に銃があれば発砲する自信があるが、民間人の射殺は許可されていない。もちろん、()()()()()は殺す。

「いいから、続けたまえ」
「あ、うん。いえ、はい! ター……、デグ……」

 言い難い名前のようだがターニャは無視する。

「とにかく、周りの地形を把握しろってことだよね?」

 大幅に省略されたがターニャはそれで妥協する事にした。

          

 現在位置を把握すること。それが今しなければならない大事な事だ。
 食料が無いので無駄にさまよう事は危険だ。
 敵国の領土内であれば戦闘が起きる可能性がある。だが、これは杞憂かもしれないとターニャは思っていた。
 戦場の(あと)が見当たらないからだが。
 平和な国であるのならば村くらいはある筈だ。無くても人の住む場所などは見つけたい。
 もちろん、ここが()()()()()()()とは限らないかもしれないけれど。
 呼吸が出来る時点で人間が住むには適切な場所なのは確かだ。
 さすがに信仰心を押し付ける存在Xが神を信じない世界に送り込むのは考えられない。

「出来ればかなり高い位置まで上がってほしいのだが……」
「なら私に任せてください」
「……たちばな。君は魔法が使えるのか?」
ギアを使います。……あと、これは重要機密なので黙っていてくれると助かるんだけど……」

 機密保持はどこの国も(おこな)っている。
 それは理解出来るのだが、知らない人間にあっさり秘密だ、と言う辺り、立花という少女はバカなのか。
 軍属ではないけれど多少は秘密事項を気にしている程度、とも言える。
 取り上げたところで彼女(立花響)専用であれば意味が無い。
 現にエレニウム九五式はターニャ専用だ。解析されこそすれ、使用できる人間が居るとも思えない。仮に居た場合はそれはそれで脅威だ。

「我々の敵になる可能性があった場合は没収させてもらう」
「そ、それは困るな……」
「君が何処かの国の軍属であれば……、覚悟はするように」
「は、はい」

 今の段階で揉め事を起こすのはターニャの本意ではない。早く現状を把握したい気持ちがあった。
 余計な上司の横槍もないようだし、比較的自由に動けるのだから少しは態度を柔らかくしようかな、とも思わないでもない。
 周りに居るのは大人ではなく学生。一人は怪しいが。
 戦場を経験した事が無い人間を即席の兵士にするのは時間がかかるものだ。
 ふと、カズマ達に顔を向けると彼らは大人しく地面に座っていた。

「手持ちの物品の確認はしておけ」

 彼女たちは少なくとも、何らかの武器を持っているようだ。
 自分は中世ヨーロッパ風の異世界だったが彼らはどこから来たのか。
 西洋ファンタジーとも言えなくは無いが。
 久方ぶりの日本人が混じっているのだからある程度の知識はあるかもしれない。

「さて、たちばな」

 と、声をかけてすぐに思い至る。
 彼らの名前はどんな文字を書くのかを。


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#029

 act 3 


 地面にそれぞれ名前を書かせてみたが日本人以外は見慣れない文字になった。
 ターニャの転生後の国の文字とも違う。
 だが、言葉はそれぞれ通じているのは不可解だった。
 自動翻訳はいつの時代も不可解極まる。

「それぞれ世界が違うようだな」

 似た世界かもしれないが異世界は異世界だ。
 平和に暮らしたいターニャにとって他の世界などどうでもいい。

「話しが脱線したな。立花。行動を開始したまえ」
「は、はい」

 立花は首にかけているアクセサリーを取り出す。
 大きさは五センチメートルほどの長さの円柱型の赤い宝石。
 聖遺物ガングニール』の欠片から造られており『聖詠』を唱える事で鎧型の武装が肉体に装着される。その武装を『アームドギア』と呼ぶ。
 使用者の意思により武装は様々に変化し、肉体能力向上などの恩恵により水の中や宇宙空間でも活動できると言われている。
 誰でも扱えるわけではなく、体力低下に陥れば暴走状態にもなる。
 ガングニールの主武装は槍だが立花の場合は拳のみの攻撃しか出来ない。

「……モノローグさんが秘密を暴露していますが……、だいたいそんな感じです」

 立花はアームドギアに詳しいわけではないので、説明を求められれば大半は答えられない。

「……はい。どうして武器が色々と変わるのか実は不思議だったんですよね。クリスちゃんの弾とかどこから沸いて出てくるのか、今から思えば色々と謎ですよね」
「……いいから続けたまえ」
「は、はい。すみません」

 立花は大きく深呼吸し、聖詠を唱える。

「バ~ルウィ~シャル、ネスケル、ガングニール、トロ~ン」

 声に反応し、アームドギアは小さな集音装置に変化した。それから身体の各所から金属の塊が発生し、様々な形に変形しながら肉体に装着されていく。原理はもちろん分からない。
 立花のパーソナルカラーは黄色。全体的な雰囲気だと猫のような形に近い。
 変身時には服が消えて無くなるが武装解除後は再生成されるらしく、全裸のまま放り出される事は無いという。
 両手は拳攻撃に特化した太いガントレット。足腰は爆発的な瞬発力を発生させる仕様になっている。
 飛び道具は無く、自分が敵に突っ込んでいく。
 変身後の姿にカズマ達は驚きで言葉を失っていた。

「カズマ、カズマっ! なんなのあれ!」
「知るか!」

 外野が叫びだしてもターニャは微動だにしない。だが、それでも内心では驚いている。
 変身美少女が実在した事に。
 魔法自体は自分も使えるけれど、変身魔法は習得していない。そもそも戦場に目立つかっこうするわけにいかないからだが。

「では、行きます」

 衝撃に巻き込まないように立花はターニャ達から離れた位置に行き、屈伸運動した後で地面に向かって深く屈みこむ。
 両足からカタパルトのようなものが地面に打ち込まれる。
 武装は全て使用者の意思によって様々に変化するらしく、どういう変化が起きるのか周りには窺い知れない。
 アームドギアの力を引き出すには力を込めるだけではなく、使用者の声が必要だからだ。
 ゆえに立花は歌いながら行動している。

「なんで歌う必要があるんだ?」
「そういう仕組みだから、かな。歌わないでいるとパワーが出ないんですよ~」

 と、苦笑気味に立花はカズマの疑問に答えた。
 皆が歌っているし、自分も自然とそうしていたが詳しい仕組みは理解できそうに無いので放置していた。
 とはいえ、歌は聞く事も歌う事も好きだから問題は無い。

「では、行っきますね~!」

 地面を抉る力を推進力として立花は垂直に飛び上がる。それは常人の域を遥かに超えるものだった。

          

 軽く二十メートル以上飛んだところで周りを一望する。
 平原と木々がいくつか見える以外、近代的な建物は見当たらない。
 道路らしいものがあったが、それは舗装されていない獣道のようなものだった。
 川が遠くにあり、人間の姿はまだ見えてこない。

東京じゃない事は確かなようですね~」

 飛行機も無く、自動車も無い。
 始めて見る自然豊かな景色には驚いたが、誰も居ない風景というのは寂しさを感じさせる。
 人ごみ溢れる世界で暮らしていたから、というのもあるかもしれないけれど。

「誰も居ない世界は寂しいよね」

 空気を蹴るように更に上昇する。
 遠くに広大な森と赤茶けた平野が見えた。更に湖に山岳地帯。
 近隣に街は無いが、整地された田畑の様子は見えた。つまり少なくとも村はある筈だ。
 少し遠いが行くしかない。
 他に近くに人の姿もない事だし、と判断して着地する。

「向こうに畑が見えました。人の姿は……、見えなかったけれど……」
「了解した。では移動を開始しようか」

 手短な報告でターニャはすぐに行動に移る。

「お前は我々を抱えて移動できるか?」
「両手で抱えるのは難しそうですね」

 苦笑しながら立花は答えた。

「だそうだ。無駄に待機して妙な連中に襲われるか。村と思われるところまで移動するか、それぞれ判断しろ」

 川が近くにあるとはいえ、それが飲めるものとは限らない。
 もちろん、調査は必要だ。
 いや、水はアクアが出せたのだったとターニャは思い出す。

「ここでじっとしてても誰も来ないかもしれませんよ。一緒に行きましょう」

 優しい立花と厳しいターニャの声が不思議な響きに聞こえる。

「どんだけ歩くんですか」
「……見た感じだと五キロメートル以上は……」
「照明が無いのだから夜間はかなり暗くなる。移動は早い方がいい」
「確かに」
「アクアの杖って光らなかったっけ?」

 光ろうが光らなかろうが場所を移動して夜に備えなければならない。
 気温は少し肌寒い。夜間になればもっと冷えるかもしれない。
 もたもたしている暇は無い。

          

 立花は変身を解き、ターニャと共に歩き始めた。
 身体に負荷をかけるので永続的に変身していることは出来ないと言った。
 体力の消耗を少しでも抑えるのは当たり前だ。それを分かっている分、立花という女性は頭は悪くないようだとターニャは思った。だが、後続からついてくる輩は完全にバカの領域だ。
 ぶちぶちと文句ばかり言って無駄に体力を減らしている。
 はっきり言えば足手まといだ。
 精々、肉壁程度の役にしか立たない気がする。
 たかが五キロメートル。重装備で五十キロメートルを走破する事に比べれば軽い運動だ。
 戦場ではないのだから贅沢は言わないでほしいが雑音が酷ければ教育を施す事も考えておかなければならないかもしれない。

「お前達、無駄なおしゃべりは体力消耗に繋がる。黙って歩け」
「うるさいわね」
「……一理あるが……、そういうターニャはどうなんだ?」

 漠然とした問いかけは脳に酸素が行き渡っていないのではないかと思うほど陳腐なものだった。

「私は軍人だ。この程度で根は上げない。だが、民間人を放って置くわけにはいかない。だから声をかけている」

 だいたい重い鎧を着て移動しているのだから黙って歩いた方が懸命だろうに、とターニャはダクネスの格好を見て思う。
 捨てろ、とは言わないが遠征向きではないのは理解した。
 野伏(レンジャー)のような軽装や猫車(ねこぐるま)でもあれば少しは楽が出来たのだが。
 季節が夏であれば捨てざるを得なくなる。
 色々な条件に恵まれていることを理解してほしいものだと思いはしたが口には出さなかった。
 無駄話しは好まないが聞いている分には彼らの情報が()()()手に入るので助かっている。

          

 最初の三十分は賑やかだったが少しずつ静かになっていく。
 何も無い平野を歩くのだから話しのネタは尽き易い。だからこそ、無駄口を叩かずに歩いていればいいのに、とターニャは呆れていた。
 おそらく三キロメートルは歩いた筈だ。もう少し早く歩いてもいいのだが、置いて行くのも忍びない。特に立花の存在は大きい。

「……かといって食料になりそうな草とか小動物が居るわけもない」

 水はどうにでも出来る。
 問題は食料だ。
 補給無しの遠征は自殺行為以外の何者でもない。
 後続の彼らに軍隊教育を施すのも面倒くさいし、一日で改善するとも思えない。
 見捨てるのは簡単だ。
 武器が無い今、外敵対策も考えなければならない。
 ターニャは手持ちにあるものを再確認する。
 『エレニウム九五式』は魔力を増幅するが水などを出せるわけではない。念じたところでご馳走も出せない。
 演算宝珠はそもそも戦場専用の代物だ。
 地面に落ちている小石をいくつか拾っていく。無いよりマシ程度だが。

「私は強制はしない。無理についてこなくてもいい。むしろ、邪魔だ。休みたければ勝手に休め」

 歩きながら告げると後ろから一様に不満の声が聞こえてきた。

「村にたどり着けなければ名も知らぬ土地で飢え死にするのは貴様らだ。それを忘れるな」

 これくらい言っておけば嫌でも歩くのではないか、と。少なくとも理由は出来たはずだ。
 ターニャは振り返らずに歩き続ける。
 しばらくすると会話が無くなり、とても静かになっていた。
 足音は聞こえるので全員後ろに居るのは分かっている。
 それから一時間が経過した。立花の()()()()()()()()、もうすぐ風景が変わるはずだ。
 更に進む事、十五分。時間はターニャの体内時計だが、正確な時間を計る時計は持っていなかった。
 持っていないというよりは無くなっていた、が正確だ。
 本来ならば持っていなければならないものがポケットの中に入っていない。
 それは立花やカズマ達も同様のようだった。
 転移により中途半端に持ち物が消えてしまった、と考えるのが自然かもしれない。
 服と下着はあるが替えは無い。

「………」

 予定より少し遅れたが畑が見えてきた。
 広大な様子から大規模農業なのは確かだ。
 不休の移動で後ろの連中は疲れているようだが、暗くなる前にたどり着けて少し安心した。

「諸君。畑が見えたきた。ここで休むもよし。後はそれぞれ自己判断で動けばいい」
「……そうですね」
「私は先を行くが……、諸君らはどうする?」

 疲れを一切見せないターニャにダクネスと立花は驚いていたがめぐみんとアクアは死にそうな顔になっていた。
 つまりは疲労による顔面蒼白だ。
 早く休みたいと身体が訴えているようだった。特にアクアは水分補給代わりに魔法を使っていた為か、かなり疲労の色を見せていた。

「倉庫があれば借りようかと……」

 ターニャは周りを一望する。倉庫のような建物は遠くにあるようで、まだまだ徒歩が必要だった。
 寝床に使えるかは中を確認しなければならないけれど。


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#030

 act 4 


 畑が見えても肝心の作物は既に収穫された後なのか、食べられそうなものは見当たらなかった。
 邸宅を求めて一同は歩き続けた。
 これだけの田畑で生産される作物ならば大きな都市があるはずだとターニャは思った。
 少なくとも知的生物は居る筈だ。

「お腹へった~」
「そろそろ休みたいのですが」
「休みたければ休めばよい。それくらいの自己判断くらい出来よう」

 都合の良い時だけ頼って文句を言う輩は嫌いだ、と胸の内で言うターニャ。
 自分の部下ならば制裁を課すところだが、残念ながらアクア達は赤の他人であって仲間ではない。
 ただ単に自分が進む道についてくる野次馬でしかない。
 それでも目的地に来たのだから彼らがどう判断しようと口出しする気は無い。

「道なりに行けば民家が見つかるかもしれません。諦めずに頑張りましょう」

 水分補給を恩義着せがましく言ってきたのは最初だけ。
 ターニャは少なくとも歩調は多少は緩めていた。それだけでも相手側に譲歩していたのだから文句を言われる筋合いは無い。

「さて、立花」
「はい」

 敬礼は(くせ)になったのか、元気がいいのは嫌いではない。

「体力に余裕があるのであれば彼らの面倒は君が見たまえ。正直、文句を言う連中とは一緒に旅などしたくはない。……後は自己判断で行動しても良い」
「……けっ。散々アクアの水を飲ませてもらったクセに……」

 これ見よがしにカズマは言った。
 当然、そんな事を言うだろうとターニャは想定していた。それは元々、ターニャ・デグレチャフという肉体より前は()()()だったから、ある程度のカルチャーはたしなみ程度に知っている。
 カズマのような自堕落そうな連中の思考は()()()()()()()()()()()()()だった頃にそれなりに熟知しているといってもいい。
 無能の思考パターンの把握は相対評価を決定する上で必須だからだ。
 この手の相手はひと睨みで充分だ。相手をするだけ無駄。だが、雑音が続くのは勘弁願いたい、というのが本音だ。

「私は歩けと命令したか? 君らの要望に答えねばならない理由が水の供給だと言うのならば筋違いだ」
「はあ?」

 カズマとアクアはあからさまに嫌な顔をする。ターニャとしては至極当然の反応で驚くに値しない。

「人命救助に見返りを求める卑しい者とは交渉しない。それだけだ。何か不服があるのならば反論したまえ」

 こちらは強制していない。ゆえに文句を言われる筋合いは無い。
 付かず離れず一緒に歩いてやっただけでもターニャとしては譲歩したとも言えるかもしれない。

「旅する仲間としてもう少し……」
「それはそちらの勝手な判断だ、ダスティネス・フォード・ララティーナ
「うっ」

 フルネームで呼ばれる事がほとんど無かった為に驚いてしまった。

「とはいえ……。違う道を行け、とは言わんが……。君達の体力の無さを私に押し付けることを筋違いだと何故、理解しない? そして、それを何故、私が考えねばならない? めぐみん、その理由を述べたまえ。私は寛大だ。言い分があるなら……、言いたまえ」

 無駄に会話しているが、その間に少しは休めて頭の回転も少しくらいは良くなる筈だ、とターニャは思うからこそ話しに付き合っている。
 見捨てるよりは叩き潰しておいた方が後ろから来る雑念も軽減されるかもしれない、という程度のことだった。

「ふ、ふん。正論ばかり言っても無駄です」

 杖を支えにめぐみんは答える。ただ、足腰が少し震えていたのは疲れからか。

「お前はアクアに貸しがある。だから、それを返すのが筋だ」

 とは、カズマの言い分だった。
 ターニャはそう答えてくる事は分かっていたので表情はピクリとも変化しなかった。

「……なるほど。君らは慈善活動に見返りを求めるタイプか」
「うるせー。頼られっぱなしで潰れるのはこっちなんだよ」

 軍人らしく『国の為に死ぬ兵士の気持ちを理解しているのか?』と言ったら定型文が返ってくる気がした。
 打算あり気で会話する相手は結局、ろくでもないという事か。その中にはきっと自分も含まれている。
 本国であれば『チップ』で済む話しも確かにある。だが、今は手持ちが無い。
 無いものを寄越せと言われても困る。
 少なくとも民間人に対価を払うことはターニャだって出来る。だが、今は出来ない。
 適当な獲物を仕留めて肉を提供するくらいはしてやってもいいが、残念ながら今はボランティアを受け入れてもらわねばならない。
 いわゆるタダ働きだ。
 それに今は『休息』という見返りを払っている最中だ。それに気付かない彼らは相当なバカかもしれない。
 喋る元気があるなら足を動かせ。自分の兵士であったなら声に出すところだ。
 無能と会話する労力に対して見返りが無いのはターニャとて理不尽だと思う。

「さて、言い分は聞いた。そろそろ行動を開始しようではないか。まだ喋る体力があるようだからな」

 ターニャは歩き始めた。
 言い分が全く通じない相手にアクアやダクネスは呆然となったが反論できないのは事実だ。
 普段ならばカズマなり、アクアが解決する展開になるのだが揃って何も出来なかった。


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#031

 act 5 


 畑を歩き続けるが建物が見つからない。
 三十分ごとに立花に確認作業をさせるターニャ。
 それを三回ほど(おこな)ってようやく人家を発見できた。
 報告にあった五キロメートルをゆうに超える。素人の目算はあまり宛にならない、ということかもしれない。
 駆け足ならば一時間もかからない距離だ。

「たかが十数キロメートル……。文句を言わずに歩けないものか」

 多少の装備品があるとはいえダクネス以外は軽装だ。
 ターニャとしては手を差し伸べられるとすればダクネスくらいだ。

「……いや、マジでこんなに歩いて何故、お前が平気なのか信じられないんですけど……」

 ターニャだけではなく、立花もまだまだ体力を持て余していた。それはターニャも驚く事だった。

「いや~、あはは。体力があるのが取り柄みたいなものですから」
「短距離で潰れるよりかはマシだ」

 立花は変身はできても魔法は使えないようだ。少なくとも索敵能力は肉眼のみ。
 銃を持つ敵国兵士が居ないだけマシだけれど、平和だなと思った。
 争いの絶えない世界に放り込むのが存在Xの趣味かと思っていた。今は平穏すぎて逆に怖いくらいだ。
 薄暗くなってきたのでもうじき夕方になり、夜になる。
 野宿する前に建物に行かなければ後ろの外野が騒ぎ出して(うるさ)くなる。

          

 愚痴を聞きつつ人家というか小さな集落にたどり着く。
 まだ完全に日が落ちる前だった。
 新たな異世界だと仮定して言葉が通じるのか疑問だが、問いかけは必要だ。
 軍服に反応して逃げ出せば敵国である可能性は高い。
 ターニャは後ろの役立たずに任せるより自分で行動した方が話しが早く済む気がしたので、率先して中に入る。
 検問は無く、一般的な農村のようだ。既に晩御飯の準備の為に村人と思われる人間達が動いていた。
 変なモンスターではなく、人型。カズマ達とも祖国の人間とも何ら変わらぬ姿。
 服装は貧相だがターニャの記憶には無いものだった。

「村よ、カズマ。これで安心して眠れるわ」
「よ、ようやくたどり着きましたか……。お腹が空きました」

 という声を聞き流し、近くに居た村人に声をかける。

「そこの君、一つ尋ねたいが、いいかな?」
「えっ? ああ、旅人さんですか?」

 ごく普通に返答したが言葉が通じたのは驚きであり、ここが自国領内ではないかと思ってしまった。

「ま、まあそうだ。この村は……、いや我々は旅人だが……。この国の名前が分からない。色々と迷い込んでしまってね」

 軍服に反応を示さないのだから少なくとも敵国意識は持っていないようだ。いや、幼女にしか見えない風体で油断しているのかもしれない。
 相手の表情は焦っているような感じだった。仕事の途中に引きとめたのだから焦っていてもおかしくはないか。

「ここはバハルス帝国の領内です」
「……ばはるす帝国……」

 違う帝国名に内心で驚きつつも冷静さを保つターニャ。
 聞いた事の無い単語はすぐには受け入れられないものだ。
 存在Xによって似て非なる世界に()()送り込まれた、と考えるのが自然かもしれない。
 ただ、今回は何も警告を受けていない。
 いつもなら時間を止めてご大層な説教が始まっても良い頃なのだが、それが起きないという事は存在Xの干渉を受けない世界なのか。
 それが事実だとしても部隊を()()()の世界に置き去りにしたままだ。急な失踪は死亡扱いとなって二階級特進になってしまうし、今までの努力が水泡(すいほう)に帰してしまう。

「長旅で休める場所を提供してほしいのだが……。馬小屋でも構わない。それから事情通の(かた)は他にも居るのか?」
「は、はい」

 村の青年と思われる人物は見知らぬ集団を村に入れてくれた。
 まず立花とカズマ達には勝手に休むように言いつけた。
 ターニャは少しでも情報が欲しいので村長の下に向かう事にした。


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#032

 act 6 


 案内された建物は粗末と言う言葉が似合うのだが、それは他の建物も同様で村長だけが特別豪華ということはないようだ。
 エピゴー村という名前にターニャは覚えが無い。
 近隣の簡易的な地図や簡単な歴史、文化様式を聞いていたがメモを取る用紙が無い。
 紙類は高価で村にはあまり無いという。それならば布に墨で書くだけだ。
 服があるのだから布くらいはある筈だ。
 文字や貨幣も確認した。もちろん、それらは見たことも無いものだった。それなのにだ。

 言葉が通じている。

 それはいかなる奇跡なのか。
 存在Xの悪ふざけか。
 情報の見返りに対価を払うのが普通だ。だが、今は持ち合わせが無い。
 仕事についても尋ねてみた。
 とはいえ、ターニャ自身は自分が幼児であることを自覚している。つい先日に十歳になったばかりだ。
 出来る仕事は敵を殺すこと。
 兵士としての技術はあるが他の仕事は頭になかった。

「その歳で仕事というのは……」

 村長達が困惑する事はもちろん想定内だ。
 小さな子供は農家のお手伝い程度しか出来ない。
 バハルス帝国は予想通り、軍事国家ではあるが年中戦争しているわけではないらしい。

「若い子でも冒険者になれるらしいけれど……。兵士になれるかは……」

 その『冒険者』とは冒険者ギルドという組織で受付で説明を聞いた方が早いという。
 村人が知っているのは作物を納入した後に冒険者組合に行った者が居るからだ。
 出入りに制限は無いらしい。

「定住するつもりなら冒険者組合で冒険者として登録するといいよ」

 国民になるのはターニャにとってびっくりするくらい簡単な事らしい。
 国境は存在するのだが敵対行為をしなれば排除されないものだとか。

「……それで帝国は王国と戦争状態というのは……」

 民間交流を許しているのに国は争っている。それは常識を疑うことだった。だが、村では国同士の込み入った情報は得られない。
 この世界にはモンスターと呼ばれる敵が居る。村では他国の人間よりも恐ろしい存在という認識らしい。
 ますます理解に苦しむ世界だとターニャは頭が痛くなってきた。

「今日は泊まっていきなさい。もう日が暮れて外は危険な状態になっている筈だから」
「そ、そうですね。では、お世話になります」

 村の明かりは蝋燭(ろうそく)と魔法のアイテムによって照らされている。
 そのアイテムの名前は『永続光(コンティニュアル・ライト)』というのだが、自分の世界には無かったもので気になって少しの間、眺めた。
 電気という概念は無く、魔法文化が発達している。
 中世ファンタジーという概念のようだ。

          

 話しを聞き終えた後、立花達の様子を確認する。
 与えられたのは馬小屋ではなく、空き家だった。
 無一文には過ぎたる待遇だが文句は言えない。
 下水道は完備されているが飲料水は(おも)に井戸水中心。(まき)が豊富にあり、暖を取る事には不自由しない。
 健康的な村民の様子からそれなりに収入が安定している村に見えた。

「諸君、私は明日、帝国首都『アーウィンタール』に向かう。君達は好きに行動したまえ」
「しゅと?」
「馬車移動でも数日かかる距離らしいが……。ここから先は君たちの自由意志だ。それとも私と共に移動するかね?」

 集団行動する方が安全ではあるけれど、愚痴を聞き続けなければならない拷問が待っている。それさえなければターニャも頭を痛めたりはしない。だが、野放しにしてもうるさい輩には一言告げておけば覚悟を決める時間が出来て、少しの間は静かになるものだ。
 帝国への入国料というものがあるが後払いが出来るらしい。
 手元にあるのは軍服と九五式。これはさすがに売るわけには行かない。
 細かいところは村人に委ねるしかないけれど。
 最悪、不法入国で投獄も覚悟しなければならない。だが、話しぶりでは入国は比較的、厳しくは無いという事だったが。果たして真実かは実際に確認しなければならない。

「この農村で仕事を得るもよし。ただし、畑仕事は一段落ついてて旅人の分の仕事は無さそうだぞ」
「我々の為に色々と情報を集めてもらって感謝する」

 真っ先に頭を倒したのはダクネスだった。
 騎士だから礼儀正しいのかもしれないが、ターニャの印象では特に問題があるようには見えなかった。
 メンバーの中では比較的、常識を弁えた人間に見えていた。もちろん、側にいる立花も無駄口は叩かず、現状を理解しようと努力していたのは知っている。
 残りの三人はバカだ、ということは理解した。

「……旅は道連れという言葉がある。私とて民間人を放り出す真似はしたくないのでな」

 軍人として最低限度の役目をしなければ上に立つ事など出来はしない。
 それがどうしようもないバカが相手だとしても。

「食事に関しては村人が今、作ってくれているという。彼らに深く感謝するんだな」

 それぞれ知らない世界に放り出されて混乱するかと思ったが、意外と冷静な所は評価に値するかもしれない。
 問題があるとすれば自分の寝床はどこになるかだ。
 寝台に限りがある。そして、今はすべてが埋まっている。
 ターニャは軽くため息をつく。
 毛布を貰って地べたで眠る役は自分だ、と思いながら移動した。

          

 建物の外に出ると真っ暗闇になっていた。
 知らない土地は戦場とは違う静寂さでターニャ達を出迎えている。
 敵国の人間は村を襲うことはほぼ無いというのが信じられなかったが。
 戦争する場合は戦場になる場所が決まっていて集落が巻き添えになるような事は今まで起きた事が無いという。
 その代わり、厄介なモンスターに襲われることがある。
 それは敵国とは別の敵。
 言葉通りの存在で、亜人種異形種とも呼ばれている。
 村の近くに現れるのは大抵が小鬼(ゴブリン)人食い大鬼(オーガ)。南方から獣人(ビーストマン)飛竜(ワイバーン)が現れるらしい。
 それらは冒険者が倒してくれるので村や国は平和でいられるという。
 聞いた事が全て事実だとするととても平和的な世界に思える。
 銃弾飛び交う戦場とは違うようで未だに信じられない。
 確かにここまでの道程で人間の死体や硝煙の臭いは感じなかった。戦場の痕跡も無い。

「……急な転移に意識はまだ慣れていないだけだ」

 かといって平和に甘んじて元の戦場に戻された場合は役立たずになる可能性が高くなる。
 危機意識は常に持ちづけなければならない。
 存在Xを自分はまだ(ほうむ)っていないのだから。

「安全な後方勤務……。休暇だと思えばいいか」

 これから向かう帝国とやらに大学などの教育機関があれば利用させてもらいたいものだ。
 軍事国家ならば少なくとも働き口くらいは見つかるかもしれない。
 それにはまず入国に成功しなければならない。
 夜食を手早く済ませてターニャは毛布に(くる)まり、早々に眠りに付いた。


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#033

 act 7 


 村人の朝は早い。
 早寝早起きの精神が根付いているためだ。
 『永続光(コンティニュアル・ライト)』は魔法の名前でありアイテム名になっているが高価なもので、各家に置くほどの数は無い。
 村の収入から考えれば銀貨数枚というのは高価な部類だ。
 銅貨銀貨金貨。という貨幣の価値基準は理解した。
 村人の活動で目が覚めたターニャは井戸水を求めて移動する。

「おはようございます」

 気さくな村人の挨拶にターニャは社交辞令的で対応する。
 見ず知らずの旅人に色々と情報提供してくれる相手だ。無下には出来ない。
 助け合いの精神があるらしく、風呂や食事の提供を受けた。服は残念ながら他人任せには出来ないけれど、洗濯の仕方は教わった。
 トイレという文化について疑問だったが、共同(かわや)というものがあり、そこで用を足す。
 肥料造りには必須なので文句は言えない。
 文明レベルは()()()()より低いようだが順応出来ないほどではない。
 アーウィンタールには二時間後に向かう予定になっている。それまでは自由時間だ。
 久しぶりに気が休まる時間を大切しなければもったいない。

「モンスターは……、カッツェ平野からたまに骸骨(スケルトン)が来る程度かな。大体はトブの大森林からやって来る」

 『トブの大森林』とは王国と帝国に挟まれた広大な森の事だ。
 アゼルリシア山脈(ふもと)に位置する大森林の内部にはたくさんのモンスターが生息していて亜人種の集落もあるらしい。
 知性が乏しい分、暴力的で餌を求めて襲い掛かってくることがある。
 骸骨(スケルトン)アンデッドモンスターと呼ばれ、こちらは生者に憎しみを抱いている為に襲ってくるといわれている。
 そんなモンスターが多種多様に存在するのがターニャ達が現在居る世界だ。

「モンスターを倒すのは基本的に冒険者だ。彼等の収入源になっている」

 帝国には兵士が居るが国家防衛のみに努めている。
 率先してモンスターに攻勢をかけようとはしていない。
 その辺りは色々と面倒臭い問題があるようだ。
 モンスターの居ない自分たちの世界では敵は全て人間だ。

「南東に行くと亜人の国がいくつかあるそうで。そこでは人間は奴隷か食料になっているって昔から言われている」
「……なるほど。人間以外にも国を形成しているのか」

 実際に確認しなければ分からないかもしれない。
 国の力関係というものを。

          

 身支度を整えて移動用の馬車の様子を確認していると立花がやってきた。

「共に行動できるのは帝都につくまでだ。それとも引き続き一緒に来るか?」
「出来れば……、色々と情報が集まるまでは皆と一緒がいいです」

 そういう結論になるのは想定内だ。
 いきなり放り出されるのはターニャとて嫌だ。
 身の振り方が決まるまでは共に行動した方が賢い。

「情報も大事だが……。お前たちはまず帝国語を覚えなければならない」
「帝国語?」
「言葉は自動的に翻訳されているようだが……。文字は勉強せねばなるまい。言葉のニュアンスでは英語に近いのだが……」

 村長に教わった帝国語は全く見たことの無い文字だった。
 自分の祖国の言葉は自然と覚えられたが、転移後の世界はまた少し勝手が違うようだ。

「文字さえ覚えれば生活には困らんだろう」
「が、頑張ります」

 立花の声は確かに自分(ターニャ)の声に似ている。
 まるで自分自身と話しているような錯覚を覚える。
 顔や体型は違うがスパイ要員には使えそうだ。とはいえ、祖国ならいざ知らず、平和そうな国で諜報活動はまだ早計だ。
 明らかに聞いた事の無い国だ。どんな文化形態か勉強する必要がある。
 自分の知っている国であればある程度の予想は付くのだが、平和を謳歌する西洋ファンタジーの知識は残念ながら持ち合わせていない。

「それにしても……」

 ターニャは不思議に思う。
 少なくとも今のターニャは()()()()()で話している。いわゆるドイツ風の言葉使いともいえるものだ。それが立花に普通に通じているという事は自動翻訳とやらのお陰なのか。
 というよりは相手は日本語で喋っている筈だ。それがそのまま通じているというのも不思議な気分だった。
 まだ寝ているアクア達もそれぞれ言語は違うはずだ。
 それはまるで何も問題なく『バベルの塔』が建設されたようなものではないか。いや、文字が違う時点で、それはあり得ない。
 神の怒りに触れなかった為に統一言語が仕様として再現された世界。というのは考えすぎか。全くご都合主義にも程がある。
 気にしたら存在Xの横槍が入るかもしれない。そう思って思考を切り替える事にした。
 折角、お互いが通じ合っているのだからしばらくは邪魔されたくない。

          

 カズマ達が朝の支度を終えるころに馬車の用意は整った。
 定期的に帝国に納入する品物があるらしい。念のために確認させてもらったら中身は薬草だという。
 冒険者が使用するアイテムやポーションの材料に使われるもので高く売れるものらしい。
 当然、モンスターに襲われるリスクが高く、冒険者を雇ってもおつりが出るくらいの利益が出る品物でもある。そうでなければ危険な仕事などやろうとは思わない筈だ。もちろん、安全に採取できれば御の字に決まっている。
 持ちつ持たれつの関係が冒険者という()()()()のようだ。

「大きな町には薬師(くすし)が居て、そこに(おろ)すんです」
「村の貴重な財源というわけですね」
「戦争が終わってから暮らしはだいぶ楽になりました。まあ、敗戦国の王国はもっと大変でしょうけれど」

 帝国は充分な武力を確保しており、王国は農民を徴兵しているせいで連敗続き。
 負けるたびに多くの農民は命を落としていく。そして、自然と国力は低下する。それを帝国は狙って毎年のように戦争を仕掛けていたらしい。
 それが最新の戦争ではとんでもない魔法詠唱者(マジック・キャスター)の出現によって王国は再起不能に近い被害を被ってしまった、とか。

「それはそれは凄い魔法だったらしいです。噂ですからどんな魔法かは知りませんが」

 遠く離れている村は戦争時は普通の暮らしをしていた。
 気が付いたら元気の無い兵士が帰還する姿が見えたので負けたのかな、と思ったが違うらしい。

「爆発音は無かったと?」
「そうですね。村はいつもどおりでした。何が起きたのやら」

 普通なら決戦兵器として大規模な爆弾を使うところだ。
 祖国であっても戦術核兵器くらいは想定している。それではないとすれば想像できないものだ。
 何をもって戦争を終結させたのか。
 少なくとも何がしかの魔法を行使した、という情報しか無い。

「そろそろ移動しますので乗ってください。毛布と食料は一応、揃えておきましたので」

 人数の都合で二台の馬車で移動する事になった。
 それぞれダクネスが感謝の意を表す。
 ここまで親切な村人に不信感を覚えるのだが、警戒は解かない。

          

 ターニャと立花は一台目。残りは二台目に乗り込む。
 少なくともバカと一緒は嫌だったし、カズマも文句は言わなかった。ただし、物凄く不満そうな顔にはなっていた。
 移動は片道で三日ほど。
 それほどの距離が離れている。
 野盗の(たぐい)は存在するのだが大抵は貴族の馬車を狙うので農民の馬車は意外と襲われないらしい。もちろん、いざという時は荷物を捨てる。
 彼ら(野盗)は少なくとも無闇な殺生はしないそうだ。
 殺しにかかってくるのは大抵がモンスター。
 なので馬車にはモンスター避けの臭い袋を積み込んでいる。

「人間でも臭いと評判です。臭いに敏感な小鬼(ゴブリン)人食い大鬼(オーガ)くらいなら撃退できます」

 嗅覚の無いアンデッドモンスターには効果が薄い。だが、骸骨(スケルトン)は弱いモンスターなので棒などで応戦できる。

「帝都までの道は整備されているし、帝国兵が定期的に巡回しているので安全度は高いですよ」
「それは頼もしいですね」

 というよりよく喋る農民に少し驚いている。
 真実味は分からないが、旅人に対して無警戒過ぎやしないか。
 というより、この世界では普通の事なのか、と。
 最初の一日は特に問題は無いが二日目はカズマ達がガタガタ揺れる馬車に酔って何度か嘔吐したらしい。その度に馬車が止められるのだが、それは仕方がない事としてターニャは口を挟まなかった。
 馬車が通る道は整備されているのだがアスファルトではなく石。それでも凸凹(でこぼこ)道よりはマシなレベルなので、ある程度は揺れる。現代社会に慣れた若者にとっては苦痛なのかもしれない。というより道が悪いのか、馬車が元々揺れる構造なのかは判断できなかった。
 夜になれば完全な闇が支配する。
 一般的な世界よりも深い夜は明かりに慣れたカズマや立花にとっては言い知れない不安を覚えさせるものになったようだ。不安により寝付けない事態になっていた。それでも朝方になれば疲れで眠ってしまうのだから現金なものだ。
 ターニャは夜間訓練を積み重ねているので、比較的、平気だった。
 農民の人間達は昔から慣れ親しんだ事なので顔色は変わらない。
 予定では三日目の昼ごろにたどり着く事になっている。多少急がせれば数時間は短縮できるが馬がもたない、という理由でのんびりと移動している。
 大事な移動手段を潰すわけにはいかない。だからターニャは黙っていた。
 そして、モンスターや野盗が現れぬまま帝都『アーウィンタール』が見えてきた。

          

 帝都以外の大都市にも検問所があり、簡単な検査を受ける事になっている。
 怪しいマジックアイテムの持ち込みがないか、どうか。
 ターニャは『エレニウム九五式』が引っかかった場合を危惧した。
 破壊活動をしない限り、多少のお小言を受けるか。帝城に連行されて身の潔白を証明する必要になる、と農民は答えた。
 普通の農民はそもそも厄介なマジックアイテムは持っていない。なので詳しいことは分からないらしい。

「……立花のアームドギア。奴等の装備類も引っかかるか……」

 自分だけではない事に気づき、ターニャは苦笑する。
 どの道、手間が省けるのだから大人しくしていた方が得策だ。
 聞けば戦争が終わったのはつい最近の事だとか。
 戦争しているとはいえ無闇に相手国の人間を捕虜にして奴隷にしたりはしない。というか農民はそんなことは今まで聴いた覚えが無いという。

「帝都には奴隷市場があります。それは直接、確認した方がいいですね」
「分かりました。色々と情報提供ありがとうございました」
「お客さんを運ぶことが無いので。安全に旅が出来るなら安いものですよ」

 会話が運賃という事なのか。
 確かに話し相手になるのも立派な対価だ。ただ、こちら側はあまり提供できていない気がする。
 それについては後々、礼ができるようになった時に考えればいいか。
 例えば冒険者となって農民たちを助けたり。
 おそらく、そういう事だ。
 そうして帝都の検問所にたどり着く。
 他の村から来たと思われる馬車が列を作っていた。

「皆さんは旅人ということで乗っていてください」
「身分はどうすればいいんだ?」
「それは冒険者組合で聞いた方が早いです。だいたいそこに行けば解決します」

 その冒険者組合に行くには検問所を突破しなければならない。
 長い時間を待たされる間、尿意が襲ってきた。

「そこの桶に入れてください。蓋をちゃんと閉めないと臭くなりますから」

 日常的な事らしく、男女の尊厳については考慮されていない。それは逆に言えば女だろうと気にしない風土とも言える。
 肥料は農民にとって大事なものだ。だが、急には慣れない。
 もう一台の馬車には男が乗っている。向こうよりはマシだ。

「立花」
「ひゃい!」
「あまり我慢すると膀胱炎になるぞ。ここは大人しく桶を使おうではないか」
「で、出来れば物陰がいいな……」
「この世界は気にしない風土のようだ。検問だってまだ時間がかかる。その間に漏らしてしまうぞ」

 さすがに音を消すアイテムは持っていない。
 村娘たちも馬車の中で用を足す筈だ。それが一般的ならば相手方は気にしない。
 一応、毛布に包まって用を足すターニャ。
 今ほど幼女の身体で良かったと思った事は()()()ない。
 中途半端に成長している立花は顔がかなり赤くなっていた。
 向こう(二台目)のアクアとダクネスなどは相当、我慢する事になる筈だ。
 嫌らしい目で見つめるカズマの姿が用意に浮かんだ。
 馬車の中は狭い。臭いや音はかなりはっきりと聞こえてしまう。
 なので、離れていてもアクア達の悲鳴はよく聞こえた。
 桶は一台に一つしかない。
 使用済みともなれば迂闊に外に出せないはずだ。

「音が気になるなら歌いながらすればいい」
「……ターニャちゃんは凄いな~」

 共に旅する仲間なのだから呼び方については指摘しない事にした。
 これから()()()幼女として潜入するのだから、多少は目を瞑る必要がある。


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#034

 act 8 


 立花の所用が済んで尚、検問は続いていた。
 一応、ターニャは立花にアクア達の補佐を命じておいた。
 同じ女性なのだから扱いは()()に任せた方がいいと判断する。
 検問の様子を確認する為に荷台から降りて、御者(ぎょしゃ)台に相席する。

「検問方法はどんなものですか?」
「荷物検査の後で気になる事があった場合のみ、魔法詠唱者(マジック・キャスター)の魔法での検査を受けます。いちいち裸にしませんので大人しくしていただければ、特に問題は無いかと。……あ、向こうのアクアという女性とか目立つ髪の色の方は狙われるかもしれませんね」

 現地民の多くは黒髪と金髪。目立つものほど検査を厳しくされるかもしれないという。
 持ち物も怪しければ検査対象になる。
 ターニャは演算宝珠。立花はアームドギア
 アクア達はそれぞれの武具類だ。

「皆さんが冒険者ならば武器を持っていても問題は無いのですが……」

 マジックアイテムを探知する魔法が存在し、検知されると事態がややこしくなる。
 敵意がない事を主張するしかない。少なくとも軍事国家とは相性がいいはずだ。
 変に隠匿するよりは堂々としている方が騒ぎの度合いも変わる。
 魔法に対抗できるのは魔法だけだろうし、それはそれで検知されやすくなり事態は悪化するばかりになるのは自明だ。

「我々のせいで迷惑を被るかもしれない。先に謝罪させていただきたい」
「いえいえ。色んな旅人さんにはそれぞれの事情がありましょう。帝国にあだなすような事件はせいぜいがモンスター関連です。この国の皇帝陛下は寛大な方ですので、滅多な事は起きないと思います」

 にこやかに答える青年。
 これが自分の祖国なら即刻捕縛し、数時間の尋問の後、拷問か射殺対象ではないかと思う。
 さすがに射殺は言い過ぎか、と思わないでもない。
 とにもかくにも検査とやらを実際に確認せねば対処の仕様が無い。
 ここから見える限りにおいて馬車を憲兵などで取り囲んでどこかに連れ去るような事は確認できなかった。
 この世界は科学技術は低く、魔法技術が高い世界なのかもしれない。
 兵士の武装は腰に下げている剣のみ。
 銃剣類の開発が未発達とも言える。
 なるほど、とターニャは呟く。
 同じ()()()でも色々と差異があるようだ。

          

 立花が戻ってきた十分後にようやく検問の順番が回ってきた。
 早朝はもっと込むらしい。
 いわゆる商店街に商品を(おろ)す関係で。
 いくつかある検問所はどこも似たようなもので、ここだけ特別込むという訳ではないらしい。
 もっと簡単に通る場合は冒険者登録をする事と城詰めの兵士になること。帝都に住居を構えたり、貴族になったりすればいいという。

「王国で麻薬の取り引き事件がありまして、農家の積荷は厳重に調べられるんですよ」
「いやしかし……。一般人に売人が居た場合はどうするのかね?」
「もちろん、怪しければ調べます。外から中に入るより、中から出る方が楽だと聞いた事があります」

 それは普通に考えれば当たり前のように聞こえる。
 外から品物を受け取って中に持ち込むのが困難という事だ。
 つまり意外と検問というのは簡単な手続きなのかもしれない。
 それでいいのか、とターニャは疑問に思う。
 とはいえ、オープンな(開かれた)国と言えなくも無い。
 仮想敵国が今のところ王国ならば王国民に対する偏見などは無いものなのか。

「国民というよりは……、そろそろ我々の番ですね」

 青年はターニャ達に中で大人しく待機するように言いつける。
 別に隠れなくてもいいので大人しくしている様に、と。
 検問所入り口まで馬車を進めると兵士達が二人ほどやってきた。

「旅人を案内してきました」

 青年はバカ正直に兵士に告げる。それはターニャの耳には密告に聞こえた。
 もちろん、それは自分の祖国での話しだ。ここでは当たり前の会話かもしれない。

「旅人か……。カッツェ平野を越えてきたのか?」
「それは……、分かりませんが……」

 兵士の一人が荷台を覗き込む。

「二名か?」
「はい」

 荷台を覗き込む兵士に青年は正直に答えた。
 そして、すぐに連れの存在も告げる。

「武器は……、携帯していないようだが……。見慣れない格好だな」

 一人は軍服。
 一人は普段着。ただし、立花の世界ではの話しだ。

「……念のためにお前たちは降りろ」
「お手柔らかに頼みますよ。我が村のお客人なので」
「怪しいマジックアイテムがないか調べる程度だ。さすがに麻薬類は持ち込んでいないだろうな?」
「お疑いならお調べ下さい」

 毅然とした態度で青年は言い放つ。

          

 検問所から一人の人物が姿を現す。
 検査の数が多く、交代制で魔法を行使している魔法詠唱者(マジック・キャスター)の一人で杖を持っていた。
 バハルス帝国は魔法技術に関して先進的な国で、多くの人材を保有している。
 朝の大行列には多くの人員が動員されて慢性的な人材不足に陥っていた。それでも経験値を積ませる意味では有効的なので改善策はずっと議論され続けている。

魔法探知(ディテクト・マジック)……おおっ!

 早速魔法を行使した。
 ターニャの目には確かに何がしかの魔方陣が見えた。
 呪文を唱えるのが仕様のようで少し興味が出た。

「……その胸の宝石はマジックアイテムだね。しかも、凄い代物だ」

 魔法詠唱者(マジック・キャスター)は見た目には十代後半の若者に見える。
 ローブをまとっているが女性も居るようだ。

「没収されるのでしょうか?」
「う~ん……。道具鑑定(アプレイザル・マジックアイテム)。……魔力増幅の(たぐい)のようだが……。凄まじい能力を秘めているようだね。実に興味深い」
「次が控えているんだから早くしたまえ」

 と、兵士が魔法詠唱者(マジック・キャスター)を促す。

「すみません。えっと、そちら……おおっ!

 魔法の効果が残っている内に立花の方に顔を向けた魔法詠唱者(マジック・キャスター)は更に驚いた。

「……君は身体全体が凄い事になっているね……」
「えっ!?」

 慌てた立花は自分の身体を見下ろす。そして、数分後に理解する。
 かつて胸全体というか身体を聖遺物に侵食された出来事を思い出す。おそらく、その事だと思い至り納得する。

「ちょっとした事故で……。でも今は大丈夫ですよ」
「両人共に胸のアイテムがマジックアイテムのようだけど……、召喚物や爆発は……。もっと高位の鑑定なら分かるかもしれないな……」

 唸り続ける魔法詠唱者(マジック・キャスター)の青年。
 それは不味い事なのかターニャは判断できなかった。
 だが、確実に道具を鑑定する能力があるのは確かだ。ポケットに隠しておくことは無理かもしれない。

「……ミスリル級冒険者以上ならこれくらいは妥当か……。悪用しない限りにおいては……、大丈夫だと判断いたします。あと、馬車の中は特に問題はありません」

 と、端的に告げると兵士は安心したのか、胸を撫で下ろす仕草をした。
 一応、街中で暴れれば拘束する旨が書かれた『制約書』を渡された。

「もし書かなかった場合は?」
「アイテムを置いていってもらうことになるよ」

 ターニャはともかく立花の場合はどうしようかと、魔法詠唱者(マジック・キャスター)は苦笑を浮かべながら対処を模索していた。
 身体そのものがマジックアイテムというのは動像(ゴーレム)のような人造物なのか、と疑問に思った。見た目には人間の女性なのだが。
 面倒ごとを避けるため、ターニャは名前を書こうとした。ここで帝国語で書くべきか村の青年に尋ねた。

「帝国の人が分かる文字なら帝国語だね」
「了解した」

 ターニャは青年に代筆を依頼する。どの道、帝国の文字はまだ分からないので。
 二人分の名前を書き終えて制約書を提出する。
 怪しいマジックアイテムを持っている人間ではあるけれど素直な態度に兵士と魔法詠唱者(マジック・キャスター)は安堵した。

「ようこそ、アーウィンタールへ。では、次の検問があるので失礼致します」

 軽く頭を倒した魔法詠唱者(マジック・キャスター)は次の馬車に向かった。
 ターニャ達は無事に通過できる事になったが、カズマ達の方は色々と騒ぎになっているようだ。
 賑やかな連中だ、とターニャは呆れつつ思った。出来る事なら他人を装いたいほどに。
 帝国の目下の問題はモンスターと麻薬で増幅系のマジックアイテム程度は問題が無いという。
 怪しいものは捕縛して尋問が普通ではないのかと。という事を興味本位で尋ねてみた。

「王国ならばありえたでしょうが、ここは比較的魔法関連には寛大な国なので」

 王国こと『リ・エスティーゼ』という国は確かにターニャの懸念を表現したような国で怪しい者はどんどん捕縛するらしい。
 ただ、それは噂であって実際に確認したわけではない、と付け加えられた。
 戦争と言っても戦うのは騎士達で色々と規則があるらしい。
 無闇に他国の人間だからと排斥しているわけではない、とか。
 ターニャにとっては信じられない言葉が続いている。
 血と硝煙にまみれた我が国と比べてなんと平和な事か、と。
 自分の耳を何度も疑う事になろうとは思っても見なかった。
 村の青年が入国料を支払った後はすんなりと帝都の中に通された。
 こんな警備は自国ではあり得ない。他国ですらありえない筈だ、と声を大にして叫びそうになった。


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#035

 act 9 


 帝都の中心に皇帝『ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス』の住まう皇城があり、その周りを帝国魔法学院などの重要施設が取り囲んだ形となっている。
 魔法文化が発達しており、多くの魔法詠唱者(マジック・キャスター)を育成している。
 軍事国家でもあるので兵士の育成も(おこな)われている。
 海軍を除く地と空の部隊は豊富だ。
 道路の整備。下水道の完備。治安維持も徹底されていた。
 もちろん、影の部分もあり、高級住宅街の殆どは没落貴族が今も存在し、色々と騒動を巻き起こしている。
 皇帝が今の地位を得るまで多くの貴族を粛清してきた為、没落貴族には恨まれているが国民の人気はとても高い。
 先の戦争に勝利し、帝国の発展に貢献したとも言われている。ただ、新興国家『魔導国』の後ろ盾になった事でかの国の建国の為に多くの国家予算が投じられ、実は財政がかなり悪化している。
 なので次の戦費が捻出できず、兵士達の訓練にとどまっている。ただ、そのお陰で国民視点では平和な時を過ごしているように見えている。

          

 ターニャ達は村の青年たちによって帝都の案内を受けていた。
 まずは場所の把握や店の様子などの確認作業だ。
 食文化などを伝えていく。
 無一文に近いターニャ達に僅かばかりの金銭を貸し付けておく。これは日頃、冒険者にお世話になっているお礼を兼ねている。
 今年も無事に農産物を収穫できた事で村には多大な利益が入ってきた為だ。

「冒険者になって余裕が出来たら返してくださいよ」
「善処させていただく」
「ありがとうございます」

 それぞれ頭を下げて感謝の意を表す。
 さすがにカズマも頭を下げた。

「仕事をするにも帝国民になる必要があります。一番簡単なのが冒険者になることです。ただ、一度帝国民になると帝国内でしか仕事は出来ません」
「王国や法国に赴くと捕縛されるのか?」
「それは無いと思いますが、許可が必要になるはずです。農民の我々は勝手に他国と商売はできませんからね」

 噂話などは冒険者ギルド魔術師ギルドに行けば比較的、手に入る事を教えられた。
 物価の事も()()()()は教えてもらったが、御礼が出来ないのは申し訳ないと思った。
 あまりにも親切な場合は裏があるものだが、完全な善意という事もある。
 年中戦争をしている国家ではないようだが、平和に慣れていないのかもしれない。というよりは彼らの本来の敵は王国よりはモンスターだという。だからいくつか常識に乖離がある。
 南方に人を食う亜人が居るのだから人間同士で争っている場合ではない、という理屈でもあるのかもしれない。

「カズマ、カズマ。さっさと冒険者ギルドに行きましょうよ」
「この世界の冒険者が向こう(アクセル)と同じとは限らないだろう」
「ここまでお世話になりました」
「有名になってください」

 そう言って村の青年達は立ち去っていった。
 随分とあっさり引き下がったが、それが帝国の国民性なのか、とターニャは首を傾げる。
 悪辣な存在Xならばどんな嫌がらせをしてきても不思議ではない。不思議ではないのだが呆気に取られていた。
 これが親切というものならば正しく奇跡だ。


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#036

 act 10 


 まず拠点となる宿を探すところだがターニャは一人で探索するか、立花達を連れて行くか考えた。
 放り出すのは簡単だが未成年を置き去りにする程、人道は外れていないと自負している。特に元日本人としての気持ちは未だに持っている。
 それに身体は幼女だ。背の高い人間は何かと便利かもしれない。

「貰ったお金は山分けにするの?」
「普通はそうだろうな。それに色々と金がかかるらしいから無駄遣いは出来ねーぞ」

 貨幣が詰まった皮袋を地面に置いて悩むカズマ達。しかもここは往来のど真ん中だ。すぐさま、ターニャは皮袋をひったくる。

「こんなところで座り込むな、バカ共が。椅子に座る文化が無いのか?」
「……ぐっ、正論を……」

 正論というか一般常識だと思うぞ、と胸の内で冷静に答えるターニャ。
 賑やかなのはいいが、賑やか過ぎるのは嫌いだ。
 それに貰った金をすぐ散財するような気がしたので一応、山分けする為に近くの飲食店に向かう事にする。
 言葉は通じるので人に尋ねた方が早い。
 帝国民と思われる人間の服装は古めかしい民族服のようなものだった。帝国軍人のような軍服姿は見当たらない。
 検問所の兵士や魔法詠唱者(マジック・キャスター)のローブ姿もあまり見かけなかった。
 時代的には戦時中のドイツよりも古い時代かもしれない。
 椅子とテーブルのある露天があったので、そこに移動する。
 さっそくアクアが飲み物を注文するが、それはカズマによって阻止された。

「いきなり金を使うようなマネをするな」
「な、なによ~。ケチ~」
「この国の物価がまだ分からないのにいきなり注文するのは危険だ」

 ダクネスの意見に口を尖らせる青い女神。
 メンバーの中で一番、頭が悪いのかもしれないとターニャは思った。
 立花は始終、大人しくしているのだが、別に会話は禁止していない。
 物価というか所持金の確認をしていないので確かにダクネスの言う通りだ。

          

 テーブルに貰った貨幣を山にした後、種類別に分ける。
 銅貨と銀貨は見れば分かるが、一枚あたり何が買えるのか分からなければ今後の活動に響く。
 それと同時に既に数日が経過している。捜索隊が編成されているか、あっさりと死亡扱いされて二階級特進の手続きに入っているのか、気になるところだがどうにもできない時は仕方がないと諦めるしかない。
 村の青年から貰った貨幣は銀貨が二十枚。銅貨が五十枚。金貨は無し。
 事前に売買方法は見せてもらったが、これを元手に商売するのか、冒険者となって小金を稼ぐのか考えなければならない。
 山分けしようにも予想では数日分しか無さそうな気がする。
 聞いた話しでは冒険者登録料というものと代読料というものがあるらしい。

代読料は意外と高いらしい。この場合はどうしたものか」

 しばらく固まって行動した方が耳で得る情報は均等に行き渡る。
 分かれれば余計な出費。
 選択肢は多く無さそうだ。

「まず元手を増やさないと……」
「アクア。そこの広場で宴会芸して金を稼げるかやってみろ」

 と、カズマが無表情で女神に命令した。

「はあ? 人にものを頼む時は土下座でしょ? ど・げ・ざ」
「六人で分けたら一日で文無しになるかもしれないんだぞ。酒どころじゃなくなるぞ。宿や食事はどうすんだよ」

 というカズマの声を聞きながら貨幣を皮袋に入れるターニャ。
 アクアはカズマに任せて今後の活動を考える点は同意できる。
 特にターニャは六人の中で一番、身体が小さい。祖国では軍人だとしてもバハルス帝国の軍事には合わない職業という事もありえる。
 先行きが暗いのは彼らと変わらない、と思うけれど。

「いざとなったら野宿だかんな」
「女神である私が野宿!?」
「じゃあさっさと資金調達の為に一肌脱いでください、アクア様」

 と、カズマは棒読みで言った。
 ダクネスとめぐみんもアクアのフォローはしなかった。

          

 女神と称する青いアクアは泣きながら広場に向かい、大道芸の準備を始める。
 ターニャは皮袋を立花に預けた。

「……野宿も……やむなしか……。私は冒険者組合に行って色々と情報を集めてこよう。宿が決まったら教えてほしい」
冒険者組合なら私も一緒についてってあげますよ」

 と、杖を握り締めながらめぐみんが言った。
 正直、足を引っ張りそうな予感がしたが命令する立場に無いので好きにしろ、とは言っておいた。
 一つ懸念があるとすれば代読料だ。それは全ての店舗に適用されている仕組みなのか。
 試しに近くの店らしき建物に入り、色々と尋ねてみた。
 驚く事に言葉が通じるのに文字が理解出来ないことは帝国民でも普通の事らしい。それはつまり『識字率』が低いという事だ。
 どれだけ低いのか分からないが、それゆえに代読料が意外と収入源になっているという。
 文字が理解出来るのはもちろん知識人が多く、魔術師ギルドであればほぼ全員が文字を理解している、という意見が多かった。
 当たり前のようだが、教育制度が未発達であれば不思議な事は無い。
 バハルス帝国には教育機関と呼ばれるものがあるにはある。ただし、入学には条件があり、気軽に入れるところでは無いという。
 つまりは『義務教育』が無い。では、どうやって知識を積むのか、という問題が出てくる。
 おそらくは独力か他人に師事するかの選択肢があるのかもしれない。それ以上の詳細は今のターニャ達には関係ないので思考を戻す。
 続いて飲食店に向かい、食事の代金を聞いておく。冷やかしだと言われるかも知れないが物価を知る事は大切だ。ついでに安い宿の場所を聞いておく。
 報酬の無い『わらしべ長者』のような気分だが、仕方が無い。
 手持ちには無駄に使う金が無いのだから。
 後ろに居るであろうめぐみんはただオロオロするばかり。
 服装は違うが『私のお姉ちゃん』という子役でも演じようかと思ったが頼り無さそうなので却下することにした。
 店を出て、拾っておいた石で地面に値段を書き込む。現地の文字はまだ書けないので自分の国の文字で考察する。
 整備された石畳はなかなか書きにくく、ガリガリとうるさい。あと、はた目には地面にイタズラ書きする子供と遜色なく見えているに違いない。
 一番安い食事の値段を思考の基準になる。
 宿の値段はかなり安い事は理解した。
 六人で銀貨二十枚と言うのは結構ギリギリなのも分かってきた。それでも見ず知らずの自分達の為に渡してくれたものだから無駄遣いはできないし、感謝しなければならない。
 村の収入で銀貨二十枚は大金に値する。銅貨なら四百枚分だ。
 一泊銅貨八枚で六人なら一週間ほど滞在できる計算になる。
 めぐみんはターニャが書いた文字を覗き見るがまったく分からなかった。

「……当面の生活資金を得るのが急務のようだな」
「というよりお前(ターニャ)が書いた文字がサッパリ分かりません」

 分からないけれど()()()()()()()、と思った。

「あまり無駄遣いできないって書いたんだ。食事代もギリギリかもしれない」
「そ、それは知りたくない情報ですね」

 何人か野宿して代金を節約しても仕事を見つけなければならない。というか、野宿で身体が不潔であればどこも雇ってくれない気がする。
 最低限、風呂付の宿でなければ。一応、女の子だし、とターニャは思う。
 思えば()()()()()()()を考えねばならない道理は無い。だが、そうもいかない事情がある。
 安易に見捨てた瞬間に存在Xが何がしかの妨害工作を働くかもしれない。
 仮に何も起きないとしても意味も無く異世界に飛ばすものなのか。無関係というのはありえる事なのか。
 そういう疑念があるから彼らを払拭できないわけだが。
 とにかく、行動するには色々と情報が不足している。
 小さな身体で出来る事は限られているし、冒険者とやらがソロプレイ(単独行動)出来るとも思えない。まして『保護者同伴』などと言われては叶わない。
 年齢制限のある職種ではターニャにとって不利な事がたくさんある。
 自国ならば例え幼女でも兵士に仕立て上げるだけの(ふところ)の広さがある。

          

 現実問題として滞在費の絶望性は理解した。
 次にすべき事は職探しか、拠点の把握か。
 悪い事ばかりではない。
 この世界の食卓事情は祖国よりマシ。いや、かなり優遇されているといっても良い。
 祖国では硬くて栄養はあるが味が絶望的な食事がこの世界では真っ当なものに感じる。
 基本の食事は穀物のオートミール。日本で言うところの(かゆ)だが。空きっ腹には丁度いい。
 農村では上等なものは期待できないのだが、村人の健康度合いからして決して飢餓に苦しむような状態ではないのは聞かなくても分かった。
 穀物の他に様々な野菜類と干し肉。
 牧畜も盛んだが海からは遠いらしいので魚類はほぼ手に入らない。
 香辛料なども作られているのかと思ったが、魔法で出すらしい。
 一部の調味料は魔法によって生み出される。それを聞いた時はつい聞き返したほど驚いたものだ。
 アクア達の世界では野菜が空を飛び、人々を襲うという。それもまた驚いた事だった。
 この世界の野菜は少なくとも人は襲わないが植物モンスターが居る可能性があるという。

「基本的に野菜はほぼ襲ってきますよ」

 と、自身満々にめぐみんは言った。
 生態系の差異だと思うけれど、所変われば品変わるという言葉を思い出す。
 ターニャの世界には存在X以外のモンスターはほぼ居ないはずだ。魔法科学があるのに。

「……そういえば先ほど酒とか言っていたが……。未成年が酒を飲むのか?」

 というかめぐみん達の実年齢は聞いていないので知らない。見た目では十代前半といったところなのだが。

「シャワシャワしてお酒みたいな飲み物はありますよ。未成年でも飲める奴です」
「……ふ~ん」

 身体は幼女だがターニャも酒くらいは飲めそうな気がする。
 いや、今は身体は本当に幼女だから飲んだら急性アルコール中毒になるかもしれない。無理に試すことも無い。
 別に酒に未練は無いし、と酒の話題を思考から追い出す。

「一旦宿に戻るが……。大部屋の方が安上がりなら……」
「ターニャはなんだかんだ言って我々の事、気にしてくれているんですね」

 気にしているというか、居ても居なくてもうるさいから困っているだけだ。
 特にカズマは色々とブチブチと文句を言い続けるし。
 きっと離れた途端に金を貸してくれと泣き付いてくるんじゃなかろうか、と危惧している。
 それに六等分にしても色々と騒ぎ出す予感がする。
 現にめぐみんはターニャの後を付いてくる。つまり一人だけ残されたくない、という事だ。
 軽く呆れつつ冒険者組合に向かう事にした。
 事前に場所を聞いていたので迷う事は無かった。


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