短編小説 (重複)
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ウルベルト デミウルゴス

特典小説を読んで、ウルベルトがもしかしたらこんな風に考えたのかな、と想像。

1巻幕間のデミウルゴスの台詞から想像。


ああ、最低だ。

なんて最低な奴だ。

 

ユグドラシルというゲームの中で「ウルベルト・アイレン・オードル」と名乗っている男はひたすらに悪態を吐き続けた。

 

恥じろ!悔いろ!思い上がりも甚だしい!

 

 

ああ

 

 

俺って最低だ…

 

今日の出来事を振り返る。

新しくギルドマスターになったモモンガと話していて打ちのめされた。

どこかで自分は侮っていたのだろう。

 

自分よりも不幸なはずがない。

自分より大変なはずがない。 ーーーと。

 

自分の身の上を話せば、自分に同情する程度の育ちだろう、と。

小卒だと言えば、自分もだと答えた。

 

ーーーまあ、そのくらい、いくらでもいるだろう。

 

負け組だと言った。

 

ーーーもっと酷い人よりましだと言った。

 

父も母も帰ってこなかったと言った。

 

ーーー朝起きたら、母親が冷たくなって倒れていた、と返事がきた。

 

自分は父の顔も母の顔も覚えている。

しかしモモンガは母親の事しか言わなかった。

両親は亡くなっていると言っていたのに。

 

ーーーつまり父親は物心つく前に亡くしていたということ。

 

父も母も帰ってこなかったって。

父と母、両親の思い出があると言いたいのか。

 

会社のせいで。

自分の好物作ろうとして倒れてた。休んでくれたらまだ生きていたのかも。

 

自分のせいと自分を責めているかもしれない相手に、母親の死に様話させるって、どんな人非人だよ。

 

何がしたかったんだ。

不幸自慢かよ、くそだな、俺って。

 

小卒ってだけでも大変で、更に片親で父親の事を覚えていないらしくて、自分のせいで母親が過労死したかもって話させて…

 

話さないのは、話すほど大した事じゃないって決めつけて、話すのすら辛いかもって考えもしないで自分の不幸話すとか…

 

 

 

うわー、 最低。

 

 

 

決めた。

 

モモンガさんに迷惑をかけないように、負担になるような事は極力避けよう。

モモンガさんが「そうですね」って俺の考えを受け入れられるように理論的にいこう。

 

 

俺のNPCは――

 

 

 

 

悪魔だから

 

冷酷で

残酷で

計算高くて

狡猾で

理論的で

 

・・・・・・

 

忠義に厚くて

仲間想いで

気が利いて

 

裏切るなんて絶対しない

 

 

 

味方にはすごくいい奴で・・・・・・

 

 

 

 

 

あれ、もう設定書き込めないぞ。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「偉大なる支配者の後継はあるべきだろう?」

 

本心であり、本心ではない言葉だ。

デミウルゴスは考える。

 

もしアインズがこの地を、ナザリック地下大墳墓を不要と判断した時、あの慈悲深い支配者が自らの子等を置いて行くことはないだろう、と。

 

「りある」という場所がどのような所なのか、デミウルゴスは知らない。

ただ、他の至高の方々が、この素晴らしいナザリックを捨ててまで優先する場所なことは確かなのだろう。

 

それほどまでに素晴らしい場所なのか。

それほどまでに価値のある場所なのか。

それほどまでに意義のある場所なのか。

 

このナザリック地下大墳墓の全てよりも。

 

存在を見たこともない物との比較はできない。

 

だからデミウルゴスには、「りある」は想像の範疇の存在でしかない。

 

それでも、アインズが残ったのだから。

慈悲深い最後の方が残ったくらいには、価値があるはずなのだ。

 

だったら、

もしかしたら、

 

アインズに複数の子供たちが産まれたなら、その中からもしかしたら、一人くらいはこのナザリックを選んでくれる存在が出てくるかもしれないではないか。

 

このナザリックに残ると仰ってくださる方がいるかもしれない。

 

もちろん最善は、アインズ自身がこのまま支配者として君臨してくれた方がいい。

その為の努力を惜しむ事など、あり得ない。

 

しかし、最悪をも想定しておくべきだ。

 

四一人中、たった一人しか残らなかったのだ。

その事実を、現実を、きちんと受け入れなければならない。

一人でも残られて良かった。

しかしそれは、永遠に続くと保証された事ではないのだから。




分けたかったけど、一つが800字くらいずつだったので、一緒にしました。


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冒険者ネム

ネムは悩んでいた。

ネムなりに、たくさんたくさん考えていた。

そして一つの結論に行き着いた。

「冒険者になろう」

 

勢いや唐突な考えではない。

ネムなりの将来へのビジョンだ。

 

このカルネ村は最近いろいろな存在から狙われ襲われ続けている。

帝国の騎士に始まり、森のモンスター、果ては王国の王子という存在。

すべてこの村の救世主たるアインズ・ウール・ゴウンのおかげでなんとかなったが、それぞれの襲撃の際の被害は馬鹿にならない。

多くの人の命が、蓄えが失われたのだ。

姉(エンリ)はそんな中、一生懸命頑張っている。

姉の恋人のンフィーレアもそんな姉を支えてくれ、時には命まで危うくなる事さえあった。

そんな中、自分は?と思い悩んでしまったのだ。

確かに自分は子供だ。

しかし、親を亡くした子供がいつまでも、自分は子供だからなどという言い訳を使っていられるはずもない。

そもそも親を亡くしたなら、もっと大変な苦労を味わって当たり前なのだ。

両親を亡くした苦労を、今までは姉がほとんど引き受けてくれていた。

自分も姉の負担を減らすべく言う事をよく聞き、手を煩わせないように頑張ったつもりだ。

しかし姉は更にこの村の村長となり、さらなる苦労と重圧を背負っている。

そんな中、自分に何ができるというのだろう。

どんなに頑張っても頼られるにはほど遠く、まだまだ姉の庇護下にある。

しかも多数のゴブリンたちのおかげで、かなり楽をさせてもらっているのだ。

そんな状態で子供だからと甘えてはいられない。

もう、自分も13になる。

あと1、2年もすれば、一応成人と呼ばれる区分に入るのだ。

14歳ともなれば、一般的には成人した者として扱われる。

15歳であれば、働いていて親元から独立する者も多い。

そして16歳であれば、結婚していてもおかしくないどころか、子供がいても珍しくはない年齢である。

 

そろそろ将来の事を真剣に考えるべきなのだ。

 

と、ネムなりに考えたのだ。

 

そして一番役に立つ方法を考えると、何度も襲撃されるこの村では、戦力が必要なのではないかと考えたのだ。

もちろん手練れとされるゴブリンたちがいて、自分がどこまで役に立つかはわからない。

しかし、ゴブリンたちだけに戦闘を押しつけるのは不義理であるようにネムは感じていたし、ゴブリンたちではできない事もあるのでは、と考えれば自分にも何かできるかもしれないと考えはじめていたのだ。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

ネムはゴブリンと一緒にトブの大森林へと分けいっていた。

こういった所に来るのは薬草採取の為であり、本来ならネムではなく、エンリやンフィーレアなどが来るのが普通だ。

しかしこの日はネムが来た。

エンリやンフィーレアは忙しそうであり、手伝いを申し出たのだ。

新しく増えたゴブリン軍団の住居の建築などもあり、人(?)が増えても人手が足りていないのが実状だ。

更に食料の確保という問題もある。

これらはゴブリン達でも可能だが、こと薬草採集となると、彼らでは対応出来ない。

だが、そもそもバレアレ家がカルネ村に移住して来たのは、カルネ村の大恩人である、アインズ・ウール・ゴウンからの要請なのだ。

その依頼、ポーション作成を疎かにすることは出来ない。

だが、度重なる襲撃とエンリの村長としての仕事を補佐しているンフィーレアも多忙な身だった。

そこでトブの大森林での薬草採取を、ネムが請け負ったのだ。

ネムも薬草をよくすりつぶしたり、乾燥させたりするために、見慣れている。

一人でも薬草採取くらいならできると考えたのだ。

当然、エンリもンフィーレアも反対した。

しかしネムは二人の、そして村の役に立ちたかった。

話し合いの結果、ゴブリンを二人連れていく事、深い場所まで入り込まない事を守るという事で合意となったのだ。

 

ネムとしては、これを機に森の歩き方や探索方法、いずれは剣などをゴブリンたちから習いたいと考えていた。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

その出会いは偶然でもなく必然でもなく、不可解な巡り合わせだった。

人間の死体。

それも自分より幼い子供の死体が複数、いや、大量にあったのだ。

「なに……これ……」

呆然とその光景を見回すネムに、付き添ったゴブリン達が提案する。

「とにかく尋常じゃありませんよ。村に報告しましょう。犯人がいるかもしれませんし、このまま放置もできないなら、村に運んで埋葬も考えないといけません」

「う……うん、そうだね」

大量の死体。

それらにネムが怯えることは無かったが、辛い思い出を刺激されていた。

両親や村人、襲ってきた帝国騎士の死体。

引っ越してきた新しい村の仲間の死体。

自分たちを守るため、戦って死んだゴブリンたちの死体。

 

そして目の前にある、幼い子供たちの死体。

 

まだまだこの世界には悲しい事、辛い事、理不尽な事がたくさんあるのだ。

 

今、ネムはこの死体の山を見ても、何も出来ない。

運ぶことも、埋葬する事も。何一つ。

 

自分は無力だ。

 

かさり

 

草が不自然に動いた。

すぐにゴブリンたちがネムを庇うように前へ出て、音のした方へ向き武器を構える。

たくさんの死体。

その中の手の一つが微かに動き、草を揺らしていた。

 

「生きてる!ゴブリンさん手伝って!」

「へい!」

 

死体をかき分け、掘り返した下にあったのは、白い綺麗なワンピースドレスを血に染めた、整った顔立ちの幼い少女だった。

 

「これは……」

「ねえ、早く手当をしないと!」

「……」

 

相手の顔を覗き込んだネムは、ゴブリンの顔に諦めとやるせなさを感じた。

「もうこれは手当の段階じゃないです。生きてはいますが、生きているだけ。村まで保ったとしても、もうンフィーレアさんのポーションでも、コナーの治癒魔法でも……」

「助からないっすか?」

「ええ……って、おわ!」

 

「いや~、良い驚きっぷりで。で、なんすかこの死体の山は」

「いや、俺たちにも……」

「ルプスレギナ様!アインズ様ならこの子助けられますか?!」

「うえ?!」

 

実はルプスレギナはこの死体の山を知っていた。

しかし自分に命じられていたのは、あくまでも「カルネ村」に関わる事で、トブの大森林についてはアウラや新しく配下に加わったリュラリュースの担当だと思い、放置したのだ。

ここに現れたのは、ネムという保護対象優先順位上位者の確保の為である。

死体だけなら、ネムもゴブリンと一緒に村に帰るだろう。

しかし生き残りがいては、村にゴブリンと帰らないかもしれない。

帰るのが遅くなるかもしれない。

そうなっては危険度が増してしまう。

 

しかしさらにアインズの手を煩わせる事態にまで発展してしまうのはどうだろうか。

ここでこの死に損ないの少女が死ねば、ネムは絶対に悲しむ。

ネムが悲しむ事態を見過ごしたという事で、またアインズの怒りを買うかもしれない。

カルネ村であれどこであれ、人間がどれほどの数、どれほどの苦痛の末に死のうとルプスレギナの気にするものではないが、アインズの失望を買うのだけはお断りである。

 

叱られても良い。

罰を受けるのも問題ない。

しかし「お前はいらない」と失望される事だけは受け入れられない。

それは自身の存在の否定なのだから。

 

この子供を助ける事は、アインズの意に添うか否か。

 

死んでしまっては利用できない。

生かしておけば、後々活用できるかもしれない。

 

アインズは生かしておく方向性が高い。

 

それにこの子供が生き残れば、そのままカルネ村の住人となるかもしれない。

そうなれば一応保護対象となる。

 

ルプスレギナは考える。

とにかく「どうすればアインズ様に怒られないか」という方向で。

 

この子供はどう見てもレベル1あるかないかだ。

普通の蘇生魔法では灰になるのがオチだ。

そうなればアインズの手を煩わせてしまう。

生かしておいても、この弱さなら事故か病気に見せかけてでもいつでも殺せるだろう。

 

「いやいや、アインズ様のお手を煩わせるまでもないっすよ。このルプスレギナにお任せあれってもんっす」

 

「大治癒(ヒール)」

 

ゴブリンが少女の具合を確かめる。

 

「ルプスレギナ様、すごーい!!」

「いやいや、それほどでもあるんで、もっと褒めてくれてもいいっすよ」

最近叱られる事の多かったルプスレギナとしても、純粋に褒められるのは気分が良かった。

どうも妹たちからの扱いも、ぞんざいになっている気がしているのだ。

 

「よかったね。よかったね」

 

少女を抱きしめて無邪気に喜ぶネムに、新たな妹が出来た気分だ。

もしかしたらネムも、姉(エンリ)しかいない自分(ネム)に妹が出来た気分になっているのかもしれない、とルプスレギナは想像した。

 

「一応体の傷も病気も治ってるはずっすよ。ただ、疲れてたりお腹が空いてたりするかもしれないっすから、早く村に連れていってやった方がいいっすね」

「はい!」

「じゃあ、俺が背負います。」

「ほい、よろしくっす。ここの遺体はあたしが見張っておくっすよ」

「ルプスレギナ様、ありがとうございました!」

「いいっす、いいっす」

 

手を振って子供とネムを連れて去って行くゴブリンを見送ると、ルプスレギナは大きく溜め息を吐いた。

「あ~。これやっぱ報告しないとだめっすかね」

 

報告後、遺体の身元の確認を行うなどが取り決められ、生き残った子供の身元を調べる事になる。

 

◆◆◆◆◆◆

 

目を覚ました子供は、一時混乱した様子だったが、その後、柔らかく煮込んだくず野菜と雑穀のスープを飲むと、また眠ってしまった。

そして家の中では、エンリ、ンフィーレア、ネム、ジュゲム、運んだゴブリンたちが顔を合わせていた。

 

「あの子、どこの子だろう。ここに置いておいていいのかな?」

自分の妹よりも幼い少女への対応を、エンリがンフィーレアに相談する。

「見たところ、貴族の子みたいだね。着ている物も上等な物だし、手も柔らかくて荒れていないから」

「貴族の子がなんでトブの大森林で殺されているの?」

「あっと、手当をしようとした時、薬の臭いがしましたんで、眠らされている時に短剣で刺されたんじゃないかと思いますね」

「ああ、抵抗した跡が無かったね。薬が強くて、仮死状態になっていたのかもしれない。服にあった刺し跡の割に出血が少ないなって思ったんだ」

子供を運んできたゴブリンの言葉に、ンフィーレアが賛同する。

「他にも殺された子がたくさんいたんでしょ?その子たちはどうだったの?」

「死臭が酷かったんで、絶望的でしょう。腐臭もまじってました。その子がたぶん一番最後に刺されていたんじゃないでしょうか」

「こんな小さな子に、酷い……」

どう見ても5、6歳程度にしか見えない。

妹のネムの半分の年齢もないだろう少女の痛々しい姿に、エンリの心は痛んだ。

「他の遺体はルプスレギナさんが見ていてくれています。獣やらに荒らされる事はないと思います」

「ありがとう。せめてちゃんと埋葬してあげないとね」

「それなんだけど、もしかしたら犯人は死体が見つかるのが嫌で、トブの大森林に遺体を捨てたのかもしれない」

「どういう事?」

「犯人がなにかしらの権力を持っていて、都合の悪い事を隠そうとしている可能性だよ」

「そりゃあ、殺人なんて人に知られたくないだろうけど・・・」

「そうじゃなくて・・・そういえば、この子の名前は?」

「全部は覚えていないみたいだけれど、フルトの家のクーデリカだって」

「名前が2つ以上あるなら、やっぱり貴族なのかなぁ」

ンフィーレアからすれば、どう考えてもやっかいごとな気しかしなかった。

 

 

 

内情としては、バハルス帝国がアインズ・ウール・ゴウン魔導国の属国となった為に、帝国皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスが治安の維持を徹底して優先したことが、原因といえば原因となる。

魔導国から「統治の才無し」と判断されれば、属国に伴い自分の立場が危うくなると考えた為だ。

故に帝国にあった邪教集団は、安易に集まる事ができなくなり、死体の始末も監視の目が厳しい事も含めて、犯人を捜しに来ないだろう帝国から遠い王国側のトブの大森林へ捨てさせたのだ。

 

帝国の貴族たちは、ナザリックの場所など知らなかったので、かなり運の悪い選択となったのだ。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

名前はクーデリカ。

フルトの家の子。

双子の姉妹にウレイリカ。

姉の名はアルシェ。

父と母がいる。

父は貴族。

使用人の名前はジャイムス。

お姉さまが帰って来たら、引っ越しする。

たくさんの男の人が来て、家の物を持っていった。

その時、自分とウレイリカも連れて行かれた。

 

クーデリカの覚えていて話した事を、箇条書きにして書き込んでいく。

聞いただけでは、細かい事を忘れてしまうかもしれない。

それにもしかしたら、どこかでクーデリカの家族を探す手がかりになるかもしれないからだ。

クーデリカはまだ幼い。今覚えている事も、いつまで覚えていられるかも不明だ。

 

しかし幼い子供の言葉を箇条書きにしただけでも、見えてくるものがある。

 

おそらくクーデリカの親は没落貴族なのだろう。

家財や娘が借金の形として、没収されたものだと考えられる。

もしかしたら姉のアルシェも、借金の形として連れて行かれたのかもしれない。

 

「過酷な世の中だなあ」

よく外部勢力に襲われるカルネ村も過酷だが、本来なら安全なはずの町中にある家の娘が借金の形に売り飛ばされた挙げ句に殺されるというのも、なかなか辛い話だ。

子供に罪は無いのに。

ンフィーレアは、そう思う。

ましてやあんなに幼い子供では、家の実状など知り得なかっただろう。

もう少し大きくて働ける年なら、家にいればその家賃や維持費、出てくる食事や家で働く使用人の給料の払いが自分にも責任があると考えられるのかもしれないが、あの年頃の子にそれを理解しろという方が酷だろう。

 

しかしーーー

 

これからどうするか。

 

はっきり言って、このカルネ村は裕福とは言えない。

再三に渡った襲撃で、人も蓄えも厳しいのが現実だ。

村の中まで攻め込まれなかったのが幸いだが、亡くなった人の数は働き手が多い事もある。

その辺は、増えたゴブリンたちが補充してくれているし、有り難いことにアインズからの支援も確定している。

しかし、人手不足、物資不足のこの村に、働ける訳でも戦える訳でもない、ただの子供を受け入れる事は可能だろうか。

先の戦闘で、親を亡くした子も多い。

自分たち(裏門から逃げる集団)を守る為に、囮を買って出たのだから。

そんな中で「元貴族らしい娘」を、村のみんなはどう思うだろう。

 

それに、あの大量の子供たちを殺した犯人が、この村に目を付けないとも限らない。

最悪の事態を考えるなら、クーデリカはこの村にいるべきではないのだろう。

ンフィーレアの優先順位は、この村というより、エンリやネム、祖母のリイジーだ。

そういった面では、ゴブリンたちと同じと言えるのかもしれない。

 

子供たちの遺体を調べたが、剣で刺し殺されたか、薬でショック死をしていた。

服装はまちまちで、ほとんどは平民か農民のようだ。

クーデリカほど、柔らかで手入れをされたきれいな手の子供は僅かだった。

いずれにしても、これだけの子供を殺して捕まっていないなら、よほど巧妙か、権力を持っているか、あるいはーーー

 

エ・ランテルで自分が巻き込まれた時のように、何かしらの組織や集団という可能性も出てくる。

村での生活しか知らないエンリとは違って、ンフィーレアはエ・ランテルの店で冒険者たちからいろいろ話を聞いたり、町で情報を耳にする事もあった。

冒険者組合で張り出される依頼に、行方不明者の捜索が出る事も無いわけではなかったのだから。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

「冒険者になるって言っても、冒険者になるだけなら誰でも出来るよ。問題は生き残れるか。ただそれだけだよ」

ネムが冒険者の事を、長くエ・ランテルに暮らしていたンフィーレアに聞くと、そのように答えられた。

 

曰く、

冒険者組合で登録すればプレートを発行され、依頼を受けられるようになる。

しかし、プレートのランクによって、受けられる依頼が異なる。

プレートは銅から始まり、依頼をこなし昇級試験を受ける事で上のランクに上がる事が出来る。

下位のプレートでは、受けられる依頼が限られる。

冒険者組合は、登録した者を冒険者として受け付けるが、稽古を付けたり教育を施してくれる訳ではない。

死亡しようと怪我をしようと、全て自己責任。

依頼未達成の場合は、違約金の発生がある。

 

「じゃあ、冒険者になっても強くなれるとは限らないの?」

ネムの本来の目的、強くなって姉や村の力になるという事にならないのだろうか。

「そうだね。堅実に強くなろうとするなら、誰かに弟子入りした方がいいかもしれないな」

 

と言っても、魔導国の冒険者組合が今も変わらず機能していれば、という大前提だ。

最悪、国に縛られない冒険者たちが、全員魔導国から国外へ逃げてしまっている可能性だってあるだろう、とンフィーレアは考えていた。

 

◆◆◆◆◆◆

 

クーデリカの手は硬く荒れている。

何年も野良仕事をし、剣を握ってきた手だ。

クーデリカは13になった。

姉と慕うネムが、冒険者になると心に決めた年だ。

もう何年も会っていない実姉のアルシェが冒険者になったのも、たぶんこの年頃だったはずだ。

今なら解る。

姉のアルシェが冒険者だったのだろうという事が。

その過酷さが。

 

カルネに来る冒険者の格好は、朧気な記憶にある姉の姿とよく似ていた。

安全そうなこのカルネでさえ、危険はつきものだ。

わざわざその危険に飛び込んでいく冒険者が、安穏とした仕事であるはずがない。

今の自分の手は、あの時「硬い」と言った姉の手に似ているのだろうか。

 

今年中に装備を固めて、自分もエ・ランテルで冒険者として登録しようと考えている。

国の機関である冒険者組合に登録すれば、身分は保証される。

他国へ渡るにも融通が利くのだ。

特にアインズ・ウール・ゴウン魔導国は、幾多の属国を従える強大な国だ。

普通は属国が反旗を翻さないように、国力を下げる政策が押しつけられるのに、魔導国は属国に対してそんな事はしない。

魔導国一国で周辺の国々など、まとめて滅ぼしてしまえるから、という事実もあるが、基本的に魔導国の治世は平穏なものだ。

普通に善良に生きていれば、特に問題に巻き込まれるような理不尽な行いは無い。

魔導国の属国になった国は栄え、モンスターの危険も遠のき平和になるという。

 

そんな魔導国の冒険者は、そうそう他国で不当な扱いは受けない。

周辺国家を回れば、もしかしたら自分の家が見つかるかもしれない。

行方不明の姉(アルシェ)や、生き別れた双子の片割れ(ウレイリカ)とも、再会できるかもしれない。

叶う確率が本当に僅かしかない可能性でも、もしかしてと思う気持ちは止められない。

 

このカルネを守るゴブリンたちに師事した自分は、強くはないが弱くもないくらいだろうと、クーデリカは思っている。

エンリの供回りのゴブリンと何とか打ち合える程度だ。

勝てた例(ためし)は一度もない。

ゴブリンリーダーのジュゲムによる見立てだと、自分は「れべる」という基準に換算すると6か7くらいになるらしい。

ちなみにジュゲムは12だそうだ。

 

そこまで考えたクーデリカは、自分を総評した相手を思い出す。

 

クーデリカは少しだけ魔法の才能があると言ってもらえたのだ。

ンフィーレアと、その祖母リイジーから教わって、今は第二位階の魔法が少し使える。

これはすごい事だそうで、頑張れば第三位階の魔法が使えるようになるかもしれないと褒めてもらえた。

リイジーの「ライトニング」や冒険者がよく覚える「ファイヤーボール」は攻撃魔法として、活躍するそうだ。

第三位階の魔法が使えれば、冒険者としてチームに引く手あまたらしい。

 

 

……

……そう。

問題は自分一人では冒険者として活動できない事だ。

カルネは、もはや村と言うより町として発展している。

この村はかのアインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下の庇護に入った最初の地なのだという。

このカルネで魔導王陛下への感謝は、信仰といってもいいほど高い。

そもそも最初にカルネが王国からの離脱の発端が、魔導王陛下の御恩に報いる為、王国の要請に組みしないという選択をした事によるものだったのだから。

かくいう自分も大恩ある身だ。

トブの大森林で死にかけていた所を見つけてくれたのはネム姉様だが、第六位階という高位魔法で救ってくれたのは、魔導王陛下直属の方だ。

ネム姉様が見つけても、魔導王陛下の部下の方がいらっしゃらなければ、自分は絶対に助からなかっただろう。

故に冒険者となって、周辺の未知を既知として、魔導国のお役に立ちたい。

ついでに自分の過去も探したい。

これが現在の自分の目標だ。

 

でもこれは自分だけの目標だ。

カルネは今も発展し続けている。

住んでいるみんなに、それぞれの仕事がある。

ある意味、余所者の自分の願いに付き合う義理も道理もない。

何度も外からの脅威にさらされたカルネは砦としても、発展している。

だから冒険者になっても、一緒にチームを組んでくれる相手に心当たりが無い。

一人では冒険はできない。

冒険は危険な旅なのだからこそ、魔導王陛下は冒険者組合を傘下に収め、その支援を約束されたのだから。

 

「どうしよう」

 

冒険者になりたい。

でも、下手な相手を仲間にしたくない。

特に自分は子供でしかも女だ。

舐められてしまうかもしれない。

 

「そうだ」

 

解らないなら聞けばいいのだ。

自分には人生の先輩にして、冒険者としても先輩のネムがいるのだ。

 

「あたし?ゴブリンさんたちと行って来たよ」

あっさりと解決方法が提示された。

「丁度、アインズ様が異種族交流の先駆けとして、ゴブリンさんたちをエ・ランテルに招いてくださったから、一緒に行ってそのまま冒険者になっちゃった」

 

「いいの?それ」と突っ込みたい気分になったが、そこはとりあえず置いておく。

「エンリ様はなんて?」

「アインズ様のお役に立てるように、しっかり頑張りなさいって」

「本当に?」

「……行くって決まるまでは、すごく反対されたけど」

なんとなくジト目になってしまった。

 

◆◆◆◆◆◆

 

クーデリカは「クーデ」と名乗っている。

いかにも貴族の名のような「クーデリカ」という名は、貴族に対して、いい印象の無い元王国領だった魔導国では対外的な印象がよくないと判断した為だ。

そしてンフィーレアに忠告されてもいた。

自分を殺そうとした相手が複数だった時、殺し損ねたクーデリカに気付いた場合、また命を狙われるかもしれない可能性があるという事を。

「家族に会いたい気持ちは分かるけれど、十二分に気を付けて」

ンフィーレアの見送りの言葉だ。

気を引き締めて、冒険者組合の受付へ向かう。

 

「カルネから来ました。パーティーはゴブリンさんたちとの混成です」

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

冒険者になったクーデリカ。

いつか生き別れたウレイリカと会えるのか。

もしくは会うのは死体かもしれない。

エントマの声が姉の声と知る日が来るのか。

イビルアイの声が奪われていなければ、だが。

 

 

 

 




ネムとクーデリカの冒険者物語を書こうと思ったのに、ネム12才(1巻10才、11巻で2年後らしいので)、クーデリカ5才で7つも年が離れているのはかなり厳しいと気付いた。
せめて10年経たないと、クーデリカが15才にならない。
13としても、8年。
いや、墳墓にワーカーが来てから半年は経っているから、6才になっているとして、7年。
そんな先の状況なんて、わからない。

いっそアインズが「真モモンガ」になっていると仮定すれば、平和な人間種の国に憂い無く、出発できるかもしれない。


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ジルクニフが悟った笑みを浮かべる状況を考える。

「陛下、こちらの案件のお目通しをお願い致します」

きちんと清書された書類が渡される。

渡してきた相手の顔は、人間であって人間でない。

生きた人間のものではなく、死んだ人間の顔。つまり骨、骸骨だ。

相手はエルダーリッチと呼ばれる存在で、この帝城に何体か働いている内の一人だ。

アインズ・ウール・ゴウン魔導国の属国となったバハルス帝国へ本国である魔導国より出向している形だ。

基本的な国の運営方針は魔導国から出されているが、細かな部分の自治は任されている。

人間種、亜人種、異形種の区別なく、魔導国の一臣民としての国の在り方をきめるのだ。

よって、奴隷となっていた者、特に権利を保障されていなかった、他国からの流民奴隷や人間以外のエルフなどの奴隷を解放しなければならなかったのだ。

 

こんな事になるなら、さっさとエルフも含めて奴隷を解放しておくのだった。

そうすれば、うまくすればあのダークエルフの双子への恩が売れたかもしれないし、これから一臣民となる元奴隷たちのジルクニフへの心証も良くなっていたことだろう。

 

その他細々とした取り決めや政策の案が出されているのだが…

その案を読む度にジルクニフは悟った笑みを浮かべる事となる。

魔導王の英知については、人の身として遠く及ばずかなわないと知った。

しかし、その配下の出す案件についても、自分の考えつかない政策を多数出されてしまえば、優秀と誇ってきた今までの自分に対する自信と自尊心が、がりがりと削られていく気分だった。

優秀な自分がトップにいる、故に頭も体も獅子の国と誇っていた。

しかし、魔導国には優秀な者が魔導王一人ではなく、配下に複数どころか、多数存在するのだ。

それらが、お互いに相談し切磋琢磨して、よりよい案をとジルクニフに提出してくるのだ。

 

「俺、いらなくないか?」

 

 

優秀な者たちを集めてから改革をすればよかった。

などと、粛正後には思ったものだ。

文官一人当たりの仕事が増えた時も、無能にも無能なりの使い道があったと考える事もあった。

ある程度の能力があれば事足りる、運営能力を持った人材が育ってほしいとも思っていた。

しかし、自分より格上に自分のする事をなくされるという事態は想定していなかったのだ。

自分は優秀であるが故に、次世代以降の皇帝が自分ほど優秀でなくともやっていける国造りを目指していた。

しかし優秀だと思っていた自分は、魔導国からやってきたエルダーリッチとあまり変わらないのではないか。

自分が優秀だと思っていたのは間違いで、人間種が愚かで、他種族には自分は掃いて捨てるほどいる程度なのではないか。

魔導国が冒険者に「未知を既知とせよ」と檄を飛ばし、その方針を知る為に魔導国から情報をもらえば、ジルクニフは竜王国がビーストマンに襲われていた事も、その先に人を食料とするビーストマンの国がある事も知らなかった。

更に大陸中央六大国は全て亜人か異形の国だという。

魔導王アインズ・ウール・ゴウンは王国にありながら、人間種の国の先まで見据えていたのかと、その視野の広さに恐れ入り、己の視野の狭さを恥いるばかりだ。

ビーストマンの身体能力は、人間の成人男性を三とした場合、ビーストマンは三十だという。

単純計算が許されるなら、国民一人一人が難度三十であり、騎士程度の力を持つ事になる。

しかも、帝国で扱っている扇風機や冷蔵庫等は、ミノタウロスの国から知識としてきたものだ。

つまり、頭も悪くないという事だ。

今更ながらに、よく人間種が滅んでいないものだと感心する状況だ。

ここまでの世界情勢を知れば、もはや

「魔導国の属国になって良かったんじゃないか?」

と考えてしまうのもやむなしであろう。

過去、魔導国に対して何らかの対応をとろうとした自分を思い起こせば

「馬鹿な事をしていたなぁ」と思わずにはいられないジルクニフだった。



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ソリュシャンのシャルティアの慰め方

階層を移動する。

普段自分がいるナザリック地下大墳墓第九階層から上へと移動する。

第三階層。

守護者シャルティア・ブラッドフォールンの治める階層だ。

 

「シャルティア様。ソリュシャンです。」

 

戦闘メイドが一人、ソリュシャン・イプシロンは、階層守護者シャルティア・ブラッドフォールンが嫌いではない。

というより、気に入っていると言ってよいだろう。

確かに幼い言動と、洗脳されたとはいえ「アインズ・ウール・ゴウン」に反旗を翻したという事態は許容できるものではない。

しかし、それがあったからこそ今の警戒態勢が構築されたとも言える。

それに、シャルティアの発言がソリュシャンの琴線に触れたこともある。

シャルティアは自分たちを同じ存在と言ったのだ。

「役職による上下関係はあれど、同じ至高の存在に仕える自分たちに差はない」と。

 

この発言は同じ至高の存在に仕える者として、非常に嬉しい発言だったのだ。

その後のセバスの、至高の存在の私財を私用で使う事を強要した挙げ句、厄介ごとを招いた事に比べれば、シャルティアの失態は、ソリュシャンにはまだ許容範囲だったのだ。

 

しかも、シャルティアはその洗脳の間の記憶が欠落しているという。

覚えていれば、同じ失敗をしないように努めることも可能だろう。

しかしシャルティアには、それもできない。

そんな状態に陥った経緯も、その状態を作り出した敵対者のことも何も覚えていないのだ。

 

ただ、洗脳された事だけが事実としてシャルティアを責める。

罪の意識しか与えられていないのだ。

 

しかしこれは敵の強大さを示すものだろう。

事実、それ以降警戒は強化され、宝物殿から世界アイテムを持ち出すほどの事態となったのだから。

 

しかしシャルティアは、ただただ罪の重さに堪えるしかない。

それはあんまりではないだろうか。

 

ささやかな気分転換になればいいと思った。

 

洗脳前後の記憶を失ったシャルティアは、自分と交わした約束も覚えてはいない。

たいした約束でもない。

守らなければならないほど、重要なものでもない。

 

ただ自分は覚えていて、その約束を楽しみにしていたのも事実なのだ。

 

「シャルティア様。遊びませんか?」

 

シャルティアに転移門を開いてもらい、戴き物を置いてある部屋から連れてくる。

 

外の世界の普通の人間は、第七階層や第五階層を、無事に通り抜けられないので、苦肉の策だ。

 

アインズから下賜された人間は五人。

 

屈強な壮年の男。

これならすぐに死なないから、長く遊べるだろう。

胸の大きな若く美しい女。

きっとシャルティアの好みに近いはずだ。

どことなくユリに似ている女を選んだのは内緒だ。

無垢な者は無理だったが、幼い者は選べた。

十歳ほどの少年少女を一人ずつ。

さらに五歳ほどの少女だ。

シャルティアが幼い少女もよいと言っていたからだ。

 

「シャルティア様。遊びましょう」

 

これからの遊びが、シャルティアの気分を少しでも紛らせてくれればいい。

その方が、自分も楽しいはずだ。

自分たちは至高の存在に仕える仲間なのだから。

 

老若男女の上げる悲鳴はきっと喜ばしいものだろう。

ナザリックの役に立って死ねるのだから。




ナザリックの遊びは怖い


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スルシャーナ

ほんとにただの妄想


スルシャーナ

 

光る杖を携えて彼は歩く。

後ろには自分に従うNPCーー法国で呼ぶところの従属神ーーが数体従ってついてきている。

そして目的地に着く。

そこには既に相手が自分を待っていた。

 

「すまない。待たせてしまっただろうか」

「いや、さほど待ってはいない。問題はない」

 

八人の中から代表して一人が答える。

アンデッドである自分と同じ異形種である彼らのレベルはだいぶ下がってしまっている。

当然だ。彼らはこの異世界で最強の存在である竜王と戦い続けていたのだから。

だが、おかげで竜王たちをかなりの数を減らす事が出来た。

さすがにこれ以上のレベルが下がれば、竜王一体も倒せなくなる。

だからこその自分。

竜王たちを殺すことを依頼した自分の最後の務め。

 

「さあ、私を殺せ」

 

 

人類は滅亡しそうだった。

それが辛い。悲しい。許せない。

それが自分と一緒に、この異世界へ来ていた五人の仲間の総意だった。

異形種だった自分と異なり人間種だった仲間は、この世界の在り方を許容できなかったのだ。

 

人を守り、国を造り、後に法国と呼ばれるこの国で、自分たちは神と崇められ、六大神と呼ばれた。

 

ささやかに、でも確実に人間の生活圏を増やしていく。

一進一退を繰り返し、持っていたアイテムをすり減らし、尽くしてくれるNPCと協力しながら、人間を守ってきた。

しかし仲間の五人は死んでしまった。

一人残された自分は、NPCたちと共に国の維持に務めたが、たかが百年程度で減ってしまった人類の立場はそうそう変わらなかった。

もっと大きな変革が必要だ。

人間種以外を大きく減らすような…

そう考えていた自分の前に、彼らは現れた。

巨大な空に浮かぶ城というギルド拠点と共に、自分たちがこの世界に来た時から百年後に。

彼らは強かった。

この世界に来た時の自分たちよりも。

彼は彼らと接触し、情報と共に彼らへ依頼をした。

この世界の強者である種族を狩ってほしい、と。

彼らはーー最終的には承諾してくれた。

たとえ現在、異形種の姿をしていようと元は人間。

美醜も元の人間のものに連なっている。

あえて言うなら、彼らは人間種の女を好んだのだ。

異形種と人間種の間なら、子はよほどの事が無い限り生まれない。

さほど生態系を崩す事も無いだろう。

彼らは強く強欲で高い戦闘能力と、それを操る術に長けていた。

竜王たちはその数を減らし、その余波で強い種族もかなり減った。

 

そして彼らは私の目の前にいる。

 

レベル百の自分を殺せば、レベルの下がった彼らのレベルもそこそこに戻るだろう。

一回死ぬごとに五レベルのダウンとしても、十回以上殺されれば彼らのレベルは上がるはずだ。

 

「しかし…いいのか?」

少し気まずそうに彼らの一人が聞いてくる。

私は気負うことなく答えた。

「もちろんだ。なぶり殺しにされるのなら断るが、そんな事はしないだろう?」

だったら何の問題も無い。

「私が出来ない事を君たちに頼んだんだ。これくらいは必要な事だと理解しているさ」

六大神の一柱として、そしてかつての仲間との約束を守る手段として、これ以上の方法が思いつかなかったのだ。

後ろで自分につき従うNPCたちに振り返る。

「私はここで死ぬ。お前たちは以前に話した通りに行動しろ」

「ーーはい」

涙ぐみ嗚咽混じりの返事が、沈黙の後に小さく聞こえた。

「そいつらは俺たちのギルド拠点を守らせよう。俺たちのNPCもいるからな。一番安全な役だと思うぞ」

「よろしく頼む」

深く頭を下げる。

これで憂いは無い。

彼らのレベルアップに必要な回数までは復活して殺される。

彼らが必要無くなったら、もう蘇生魔法はかけない。応えない。

そして自分は死ぬ。

 

やっと死ねる。

 

仲間と同じ処へ行ける。

 

「ああ、これで解放だ」

 

万感の思いで呟いた。

 

ここに法国の祖、六大神の一柱、死の神はその存在を断った。



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それぞれのおもい(アルベド・デミウルゴス・ラナー)

アルベド・想う

 

ああ、モモンガ様

 

アルベドは己の体を抱きしめ、体をくねらせて愛しい相手の名前を呼んだ。

この名前を呼んだ時に周りにいたメイドたちから、その後に何のリアクションも無いという事は、モモンガが不問にしたという事だ。

つまり、自分がこの名を呼ぶ事を容認したという事なのだ。

「アインズ・ウール・ゴウン」と名を変えてしまった愛しい相手は、以前の名を完全に捨てた訳ではないのだ。

 

呪わしい名から、きっと解放してさしあげます。「アインズ・ウール・ゴウン」など、なんの価値も無い名なのですから。

 

きっと他の創造主たちを見つけ出す。

そして、モモンガを手酷く裏切らせるのだ。

所詮、ナザリックを見捨てた裏切り者だ。

モモンガを裏切るのも、さほど違和感は無いだろう。

裏切られたモモンガはきっと酷く傷つくだろう。

NPCの中からも、離反する者が出るかもしれない。

 

大丈夫です。私がおります。

 

他の仲間に裏切られ捨てられ傷ついた愛しい相手の下に残るのは自分だけ。

このナザリックに愛しい男と二人きり。

 

パンドラは愛しい男の息子だ。

例外にしてやってもいい。

 

だが、他はだめだ。

モモンガを、ナザリックを捨てた罪人が生み出した存在が、更にモモンガを主人と選ばなかったなら、もはやそれは不要と断じてよい存在だ。

モモンガを主人と崇めない存在など、このナザリックにはいらない存在なのだ。

 

大丈夫です。私がずっとお傍におります。

 

二人きりの愛の巣を、楽園を作る為、その努力を怠らない。

自分だけでもナザリックを管理できる。

パンドラがいれば、十分すぎる。

デミウルゴスは少し惜しいが、あれがいるとモモンガが自分に仕事を振り分ける事が減ってしまう。

モモンガの役に立つのは、自分だけでいいのだ。

 

私を頼って

私を望んで

私だけで世界は完結して

二人だけでずっと

 

このナザリックのものは、すべてあなただけのものです。

モモンガ様。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

デミウルゴス・焦燥

 

もっと頑張らなければ、とデミウルゴスは決意を新たにする。

主人の世界征服の計画を遂行する。

自分がいなくても、あの聡明にして計略に長けた主人なら、行えてしまうのだろう。

いや、もしかしたら一人でも自分の計画以上に簡単に被害少なく、人心も完全に掌握した上で、成し遂げてしまうのかもしれない。

 

いや、絶対にそうなのだろう。

 

フールーダに確認したところ、帝国を綺麗な状態で併呑したい、と仰っていたと言う。

つまり自分の計画を先読みし、被害を鑑みて、計画を修正してみせたのだろう。

しかも自分やアルベドが不在の僅かな間に、全てを終わらせるという深謀で。

自分にはまだまだ到達できない領域だ。

 

あの主人を見ていれば、自分が優れているなど口が裂けても言えるはずがない。

優秀な頭脳を与えられたとしても、所詮自分は被造物なのだ。

主人の高みに到達するには遠く及ばず、遥か頂を望むに過ぎない。

主人を前に、伸びる鼻など存在しない。

足元にも及ばぬ自分を自覚するのみだ。

 

もっと頑張らなければ。

 

アインズが自分を褒める時に感じるもの。

 

それはまるで幼い子供を、頑張ったのだろうな、と労をねぎらうような微笑ましい感覚。

よくできました、と頭を撫でられるようなこそばゆさ。

 

きっと自分達の働きは、主人からすれば、子供のお使いのようなものなのだろう。

 

もっと頑張らなければ。

 

遥かな高みに存在する主人に相応しい僕となる為に。

主人に呆れられないように。

主人に見捨てられないように。

主人に不要と思われないように。

 

最後の主人が、姿を消してしまわないように。

 

もっともっと頑張らなければいけないのだ

 

 

主人の智謀に触れる度、不甲斐ない僕だと思われないか、何度も恐怖する事が少しでも減るように。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

ラナー・考察

 

恐ろしい

 

ラナーがアルベドとの会話から感じたのは、恐怖だった。

 

どう考えても、アインズ・ウール・ゴウンという存在は、支配者という器ではない。

どちらかといえば、一人でなんでもこなす冒険者タイプだ。

 

話の端ばしからそう感じるのに、支配者として破綻なく、偉大な指導者として君臨している事が、違和感を大きくする。

 

恐ろしい

 

昔、役者が言っていた事を思い出す。

 

「女役を男が演じると、本物の女性以上に女らしく演じます。もちろん演技力という事もありますが、そこには男が理想とする女性像が反映されているからです。同様に男役を女が演じると、女性の理想を演じます。演技とは相手にその反映した像を共用させる事なのです」

 

自分もそうだ。

愛しいクライムが理想とする「完璧な王女」を演じている。

自分がそう(完璧な王女)でないことは、自分が一番よく知っている。

 

ならば、アインズ・ウール・ゴウンは?

 

彼も「そう」なのだとしたら?

 

それは恐ろしい事だ。

 

彼が「理想の支配者」を演じる才能と自覚を併せ持った存在だとしたなら、それは

 

それは

客観的に自分の行動を見る事ができる。

自身の行動を律する事ができる。

自分の言動の先を考える事ができる。

 

行動原理が「自分のしたい事をする。それが正しい」ではなく、「相手の期待に応え続けることを自らに課している」ということになるのだ。

 

それはまさに「万人の理想とする支配者」となりうる存在だろう。

 

クライムに好かれる為に「完璧な王女」を演じていた自分にはわかる。

彼はある意味、自分の上位版だ。

 

「なんて恐ろしい存在なのでしょう」




みんなで勘違い

特にデミウルゴスはお互いにお互いのハードルを上げまくっている気がするのです。


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スレイン法国より、はじめました

その顔を見た瞬間に浮かんだ思いは「自分は選ばれた」というものだった。

 

大勢の仲間が死んだ。

生き残ったのは、自分を入れてわずか四人だけ。

それさえも奇跡のような数だ。

あのアンデッドの騎士なら、自分達を全滅させられただろう。

今、自分が生きているのはまさに「奇跡」だ。

そして自分達を壊滅させた存在を操る存在。

ローブをまとい、仮面で顔を隠した男の素顔。

 

神に救いを求めても、無駄だった訳を悟る。

 

神の怒りを買った自分達に、神の救いがある訳がない。

 

それでも自分達は生き残った。

それは何故か。

答えは「神」自身によって与えられる。

 

「この村より北東に2キロ進んだところに草原に囲まれた、ナザリック大地下墳墓という場所がある。私はその主人だ。ゆえにこの辺り一体は私の支配下だ。騒がしくしたら今度は虐殺を行いに貴様らの国まで行くと伝えろ。・・・理解したか?」

「行け。そして確実に主人に伝えろよ?」

 

自分はこれを伝える為に生かされたのだ。

神の怒りをこれ以上買わない為に、「神の言葉」を正確に本国へ伝えなければならない。

いわば自分は神の言葉を伝える、伝導師だ。

神の怒りを買ってしまった本国の過ちを正さなければならない。

 

王国に帝国の騎士を装って、近隣の村村の住民を適度に殺して、幾人か逃がす。

 

そんな「任務」が神の怒りを買ってしまった。

しかも本国に「虐殺を行う」という明確な罰を提示された。

 

王国に出向いたのが悪かったのか。

帝国の騎士を装ったのが悪かったのか。

王国と帝国の仲の悪化を画策したのが悪かったのか。

村人を殺したのが悪かったのか。

同種族たる人間を欺こうとしたのが悪かったのか。

支配下で騒がしくしたのが悪かったのか。

 

神の怒りを解かなければならない。

 

六大神最強の神の怒りを買って、無事で済む訳がない。

 

この近くの草原には何も無かったはずだ。

調査はきちんとされていた。

今まで発見されなかったなんて事があるわけがない。

なら突然沸いて出たのか。

 

ありえない。

 

ーーと言えるのだろうか。

 

神の御業なら可能だろう。

 

先ほどのアンデッド。

あんな物を操るのだ。

 

命あるものに永遠の安らぎ、そして久遠の絶望を与える神。

死の神ーースルシャーナ。

 

それ以外のどんな存在に、国に虐殺を行えるというのか。

 

生き残った四人。

その中で神の素顔を見たのは自分一人。

神の声を賜ったのも自分一人。

 

口元がわずかに上がる。

 

生き残った喜び。

選ばれた優越感。

 

 

そう、自分は「選ばれた」のだ。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

ゆっくりと自分達の元へ近付いてくる存在。

 

顔を奇妙な仮面で隠しているが、その姿は先程見た闇よりなお黒いローブを纏い、神々しくも恐ろしい美しく輝く杖を持っている。

 

そんな相手は仮面で顔を隠していても、一人しか知らない。

 

「ゴウン様」

 

呼ばれた名にアインズは少し違和感を覚えた。

 

ギルド名である「アインズ・ウール・ゴウン」は組織名でもあり、省略して呼ぶ事はなかった。

なので「ゴウン」だけで呼ばれると、何とも奇妙な感じがするのだ。

それくらいなら・・・

 

「アインズで構わない」

 

呼ばれるなら「ゴウン」よりも「アインズ」の方が、最初の違和感が薄く思えた。

 

「・・・あの、アインズ様。村は・・・」

 

守りのドームの中から覚悟と希望のない交ぜになった表情で確認される。

 

「ああ。村を襲った騎士達は片付いた。かなりの数の村人が殺されたようだが、それなりの数が生き残っている。もう村に戻っても大丈夫だ」

 

アインズの言葉にエンリの顔のこわばりがほどけた。

 

「ありがとうございます」

 

深々と頭を下げる。

そして促されるまま、ドームの中から出てきた。

 

「アインズ様。その仮面は・・・」

 

アインズは仮面に軽く触れると、頷いた。

 

「ああ、これか。私の顔は怖いだろう?」

「いいえ!」

 

とっさにエンリは否定していたが、これはあまりにも信憑性の無い発言だと気付く。

 

「いえ、お顔は怖いです。人間じゃありませんから・・・

でも、私達を助けて下さったアインズ様が怖い訳ではないです!」

 

「私もアインズ様、怖くないです」

 

姉に倣い必死に言葉を連ねるネムの姿に、アインズの中に少し意地悪な感情が湧く。

 

「私が怖くないのか?」

 

ひょいと顔を近付け、仮面を少しずらして骸骨の素顔を曝す。

 

「ひ!」

 

ネムの怯えた顔に、大人げなかったかとアインズは反省する。

村人がかなり助かったとはいえ、この姉妹の家族が無事という保証は無いのだ。

ここで意地の悪い言質の押しつけは、大人として情けない。

それにこの姉妹には、お願いがあるのだから。

 

「私の顔は怖いだろう。だから覚えていてもうなされるだけだ。忘れてくれないか」

 

ふと、自分の言葉に自らの魔力とも呼べるような力の行使を感じる。

 

適切な魔法を使えば、思った通りの効果が発揮されるという確信が生まれる。

 

「記憶操作」

 

ゆっくりとネムの頭に手を乗せる。

 

「お前は私の顔を見ていない。私と初めて会った時、私は最初からこの仮面とガントレットを付けていた」

 

自分の言葉と共に魔力が流れて行くのを感じる。

それはすさまじい魔力の喪失だった。

ごっそりと失われた何か。

その対価として、ネムは首を傾げ、アインズを見上げている。

そこにそれまであった、人間以外に対するおびえは無い。

 

「私の素顔は怖いだろう?」

「見てないから、わかりません」

 

ネムの答えに、エンリがぎょっとした顔をすると、慌ててアインズに向き合う。

 

「何をしたんですか?いえ、何をしたかわかります。でも私にはしないで下さい」

 

きっぱりとした拒絶。

それを「忘れた」ネムが不思議そうに見上げる。

 

「何故だ。私の顔を覚えていることは、お前にも私にも不利益な事だと思うが?」

 

人間では無い事を吹聴される事は、アインズにとって好ましい事態では無いと、エンリにも理解できる。

しかし、自分の中に芽生えた覚悟は話しておかなければならないのだ。

 

「私達の村を襲った騎士は「人間」です。そしてアインズ様は私達の「恩人」です。恩人の顔を忘れたくないんです。お願いします!」

 

エンリはアインズに向かって深々と頭を下げる。

相手の動きはこれで見えない。

相手に差し出した頭に、先程のネムの時のように手が乗せられて、記憶が消されるかもしれないともエンリは思った。

しかし、忘れたくないのだ。

 

 

騎士に襲われ、家族を殺され、逃げる最中に誰に助けを求める事も出来なかった。

父も母も、村中の誰も、騎士に勝てる存在などいないとわかっていたからだ。

そしてそれ以外に助けてくれる存在を何も思い付かなかった。

 

それこそ神様に願う事すら、考えもしなかった。

 

それなのに、助けてくれる存在が現れた。

 

その存在は人間では無かった。

助けてもらいながら、礼の一つも言えず、怖がるばかりの自分達の怪我まで治し、村のみんなも助けてくれた。

 

ここまでしてもらっておいて、相手が「私の顔は怖いだろう」という言葉に甘えてはいけないのだ。

自分達を助けてくれたのは「人間では無い」。

それを忘れる事は、人間以外に助けられる事を否定しているような気がしたのだ。

 

今、恩人が仮面を付けているのは間違いなく自分達が怖がったせいだ。

恩人に気を使わせているのだ。

 

なんて不甲斐ないのだろう。

 

エンリは自分に腹が立った。

先程騎士に追いかけられた時以上の怒りだ。

 

アインズの作ったドームの中で、妹と抱き合いながら思っていた事がある。

 

それは申し訳なさだ。

 

人間では無い相手が、自分たちに何をしてくれたか。

 

殺されそうな所を救ってくれた。

怪我を治す薬をくれた。

助けてくれた相手を疑うような言動を取った自分を見捨てる事無く、辛抱強く薬を渡してくれた。

まだ殺されている村のみんなを、助けに行ってくれた。

他の騎士に殺されないように、安全な場所を作って匿ってくれた。

 

それに対して、自分のした事といったら。

 

会って怖がり、

薬を渡されても、疑って受け取らず、

薬を飲んで傷が治っても、にわかには信じられず、

村のみんなを助けに行こうとした相手を引き留め、

名を聞きながら自分は名乗らず、

更にお礼の一言さえも口にしていない。

 

恥ずかしさと情けなさ、己の身勝手さに、目が眩むような思いがした。

 

それら全てを「相手が人間ではなかったから」を言い訳にする訳にはいかないのだ。

 

 

「助けなんてない、だから自分は死んでも妹だけでも助かればって思ってました」

 

「でも本当は二人とも殺されるだろうって判ってました」

 

「アインズ様が助けてくださったから、私達は生きています。それを間違えたくないんです」

 

「誰に助けられたか。忘れたくないんです」

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「神はこう仰られたそうだ。「この村より北東に十キロ進んだところに草原に囲まれた、ナザリック大地下墳墓という場所がある。私はそこの主人だ。ゆえにこの辺り一帯は私の支配下だ。騒がしくしたら今度は虐殺を行いに貴様等の国まで行くと伝えろ」と」

 

「それはつまり、あの辺り一帯は神の支配する土地。聖地ということか」

 

「王国のカルネ村は百年ほど前に開拓された村だそうだ。行動範囲が神の御座所に近づきすぎたのか?」

 

「あるいは神のお膝元で死を生産する行為が、神の怒りに触れたか」

 

「カルネ村は助けられて、我らの配下が殺された。これが神の領域で騒がしくした行いによる罰とするなら、神の仰る「騒がしく」は、やはり殺戮を禁じると言うことなのでは?」

 

「だが今まで、近隣に発生したモンスターの討伐に神がお怒りになったことはないはすだ」

 

「では「同族殺し」が問題なのでは?」

 

室内が静まり返る。

 

 

六大神は劣等種族たる人間を哀れに思い、他の種族によって滅ぼされかけた人間を救ったとされる、人類の守護神だ。

 

だが、せっかく守ってやった種族が身内殺しーー神の目からみれば、人間は国が違えど同じ種族だろうーーを行っていれば不愉快にもなるだろう。

ましてや弱者救済ではなく弱者殺害では、神の前で堂々と言えるような褒められた行為では無い。

 

「しかし、王国の中に神のお住まいがあったとは」

 

「なぜ我らスレイン法国ではないのか」

 

「神のおわす聖なる地が他国にあってよいものか」

 

「聖地奪還こそ我らの成すべき事ではないのか?」

 

「そして神の支配下で騒がしくしたと神の怒りを買い、我ら法国は滅ぼされるのか?」

 

静まり返った室内で恐る恐る発言が再開される。

 

「エ・ランテルではなく、あの草原地帯だけでも取り戻せないものだろうか」

 

「神のお住まいが、他国の地にあるなど、屈辱だ」

 

「しかも四大信仰の地ではないか」

 

「むしろ、だからこそではないのか?敢えて自らを信仰しない国に降臨し、自らの威を示そうとなされておいでなのではないか?」

 

「かもしれん」

 

「しかし、死の神が他国に現れた。となると、他の神々も他の国に居住を構えている可能性があるということではないか?」

 

「迂闊に他国に攻め入り、そこが神の支配下だった場合を考えなければならないという訳か」

 

「謀略よりも地域調査が最優先事項となりそうだな」

 

「神もそうだが、神に従う小神はどうなのだ?経典には邪悪な権能を持つとされているが」

 

「まだ小神の情報はない」

 

「つまりこれから強者の情報があった場合、神の小神である可能性も考慮しなければならない訳か」

 

「やはり更なる情報の収集に努めるべきだろう」

 

「それしかないか」

 

「他の神の小神と違い、地上に下落し、邪悪を振りまく魔神となる存在はいないとある。それは死の神の支配下から離れないということだろう。つまり、死の神の小神は、死の神の命令で動いているということになる」

 

「他の神の下落した魔神のように、討伐対象とはならないという事だな」

 

「そういうことだ。敵対すれば、最悪の場合、死の神からの罰を覚悟せねばなるまい」

 

「ますます情報が欲しい」

 

「だが急いて神の行動の阻害となっては、本末転倒だろう。ここは慎重にも慎重を重ねるべきだ」

 

「意義は無い」

 

「その意見に同意しよう」

 

「では情報収集を主に行う。他国への諜報は継続するが、人間主体の国への武力行使、特に弱者と呼べるような平民への殺害行動は極力禁止とする」

 

「了解した」

 

 

これよりスレイン法国による、死の神奪還が始まる。




WEBの頃に書いていたものです。
WEBが帝国編
書籍が王国編
となるときいたので、法国編はないものかと思って書き始めて止まりました。
WEBの設定なので。


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八本指から離れても

WEBの話です。
(アルカディアの感想から想像)
クライムが八本指から助けた女性の話。
(別名、セバスのハーレムに入らなかった女性の話)


自分は恵まれている。

 

そう思っていた。

 

・・・ついさっきまでは・・・

 

 

 

自分は不幸だった。

 

さらわれ、女として、人間として最低限の扱いさえされず、使い物にならなくなったとして「廃棄」される寸前だった。

 

自分をそんな風に扱った「ディーヴァーナークの8本指」。

 

彼らは王国で自分のような女を多数「商品」として、消費していた。

 

そんな奴らは、王国のラナー王女によって組織を潰され、自分を含めた何人かの女が救出された。

 

そこで働かされていた女はもっといたはずだ。しかし助けれられた者は自分が知っている数よりずっと少なかった。

 

それを知った時、助けられていない女達はみんな殺されてしまったのだと思った。

 

自分は死ぬ前に助け出された、幸運な一人なのだと。

 

 

 

そう思っていた。

 

 

「助けられた」

ただ「それだけ」だった。

 

回復魔法をかける費用。

かけても回復させることの出来ない人間。

助けた後、どうするのかという問題。

 

助けた後には、これらの問題があったのだ。

 

自分達は助けられた後、回復魔法はかけてもらえた。

それにより、性病等の病気、打ち身や裂傷等の外傷は癒えた。

 

しかし、逃げられないように、抵抗出来ないように、あるいはただ単に苦痛を与える為に。

そういった目的でなされた、腱の切断や強引に抜かれた歯などの古傷は治らなかった。

 

それも仕方が無いのだと、その時は考えた。

 

そこまで治せるような治癒魔法を使える存在は、王国にも近隣諸国にもいないらしいからだ。

唯一の例外はスレイン法国らしいが、それとてそこらの一般市民にまで恩恵があるはずがない。

 

自分達は王国で受けられる治療を受けられた。

それに感謝している。

 

体に傷が残っても、あそこで「廃棄処分」という名の殺害にならなかっただけでも幸運だ。

 

 

でも、治療は「体の傷」は癒しても、「心の傷」までは癒してくれなかった。

毎夜悪夢にうなされて悲鳴を上げる等、まだ可愛い方だ。

起きていても人に怯え、拒絶する。

錯乱状態から戻れない。

 

そんな女も複数いた。

 

「助けられた」事も理解出来ないほどに、精神を病んでいた者もいたのだ。

 

そしてそんな女達の身の処し方など、どうすれば良いというのか。

 

片手片足が動かず、食事も満足に出来ない。

然したる教養も無い。

 

そんな存在に、これから生きていく為の仕事等あるだろうか。

 

 

そんな都合の良い仕事があるはずがない。

 

そして「助け」は永遠では無い。

 

働けない。

片手片足が不自由。

読み書きが出来る訳でもない。

 

そんな存在に誰がずっと面倒をみてくれるというのか。

 

いるはずがない。

 

助けられた後、しばらく保護された家。

 

厄介者。

お荷物。

穀潰し。

役立たず。

邪魔者。

etcetc・・・

 

そんな陰口と冷たい視線。

蔑みと侮蔑。

いやがらせの数々。

 

そんな境遇の中に、いつまでもいられるものではない。

 

姿を消す者。

精神を病む者。

自ら命を絶つ者。

 

私は王国を出た。

 

王都といえども、治安は良くない。

保護という名の厄介者扱いは辛かった。

でも、王国では何処に行っても、人が私を見る目は変わらないだろう。

 

それくらいなら、いっそ誰も自分を知らない国に行く事にしたのだ。

 

「女」を商品にしてでも、旅の商隊に混ぜてもらい、旅をした。

結局自分にはこれしかないのか、と笑うしか無かった。

 

とても惨めな思いを、今更何をと考える事で押し込めた。

 

扱いが「人間の女」であるだけ、ましじゃないか。

ついこの間まで、人間扱い等されなかったじゃないか。

 

今の状況が、どれだけ「最悪よりまし」か自分に言い聞かせた。

 

そして着いた帝国。

 

何も変わらない。

 

みすぼらしい体の不自由な女に職などあるはずが無かった。

いくらでももっといい働き手がいるのに、何をわざわざ「役立たず」の「王国から来た人間」を雇う必要があるというのか。

 

そして物乞いとして、道に座り込んでいた自分の視界に「彼女」が映った。

 

 

「嘘だ」

 

 

それが最初の思いだった。

 

「彼女」とはあの娼館で一緒だった。

自分と同じかそれ以上にひどい目にあっていた。

 

だから「彼女」はとっくに「廃棄処分」にされてしまったのだと、だから助け出された女達の中にいなかったのだと、そう思っていた。

 

それなのに・・・

 

髪は艶やかに風に流れている。

皮膚に荒れも、傷も無い。

肉付きも良く、健康的な肌の色だ。

小綺麗な服に身を包み、健脚な足取りで視界を横切って行く。

体に不自由そうな箇所も、動作も見あたらない。

その動きと同じく、表情も軽やかで穏やかなものだ。

 

「嘘だ」

 

この差は何?

 

「彼女」は死んだはずだ。

だって助けられた女達の中に「彼女」はいなかったのだから。

だから「助けられた」のは自分のはずだ。

 

それなのに、どうして「助けられた」自分より、その中にいなかった「彼女」の方が幸せそうなのか。

 

「嘘だ」

 

だってこの体を完全に癒す方法なんて「無い」って言っていたのに。

だってこれ以上「助けられない」状態だったはずなのに。

 

この差は何?

 

どうして「彼女」は、あんなに健康そうで幸せそうなの?

 

王国は私を助けてくれたんじゃないの?

 

どうして?

 

私はこんなに「不幸」なのに・・・

 

 

涙が溢れた。

 

考えないようにしていた事。

 

助けられたのだから。

あんな地獄から抜け出せたのだから。

こんな不自由な体でも、生きているのだから。

 

たくさん考えていた。

 

自分は不幸ではない。

恵まれている。

助けてもらえず、死んでいった女達だって大勢いた。

こんな状態、状況でも、あそこよりはずっとましだ。

 

自分を慰める言葉を、たくさん考えていた。

 

自分は「助けられた」と。

自分は「恵まれている」と。

 

 

でも、やっぱり自分は「不幸」だった。

 

 

同じ場所にいて「助けられた」事は同じはずなのに。

 

何が違うんだろう。

 

何がいけなかったんだろう。

 

どうして「自分」と「彼女」は、こんなに違うんだろう。

 

今の「彼女」と「自分」は、こんなにも違う。

 

「彼女」は「幸せ」で、「自分」は「不幸」なのだ。

 

 

どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして・・・・・・・・・・・

 

 

溢れる涙でぼやける視界の中の「彼女」が、どんどん遠ざかっていく。

 

それを「私」は、ただ見送るしか出来なかった。

 

あまりにも違う「差」を感じながら。




どう考えても不幸しか思いつかない。
だれかハッピーエンドにしてあげてください。


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デスナイト 帰る・1

WEBの話。
パレードの最中に…




華やかなパレードが続く。

そんな中にあって、異様な静けさに包まれた中を、上の開いた馬車に続く百名ほどの黒い鎧を纏った集団。

 

暴力的な棘の突き出た、磨き抜かれた黒い鎧。

顔を隠す仮面。

質の良さそうなマント。

見事な鞘に収まった状態でありながらも、力を感じさせる魔法の剣。

 

一対一で向き合えば恐ろしさに体が竦んでしまうだろう存在だが、多くの人の中、華やかなパレードという状態、浮かれた雰囲気という多少浮ついた気分がそうさせたのか、あるいは単なる事故か。

 

つんと、マントが何かに引かれる。

 

デスナイト。

その正体はアンデッドであり、本来なら生者を憎む存在である。

 

しかし、このパレードに参加しているデスナイトはオーバーロードたるアインズが、上位アンデッド作成によって生み出した存在である。

その知能はけして低いものではなく、更にアインズの従者として自らに課されたものを理解してもいる。

 

現在の状態として、正しい行動は何か。

マントが何かに引っかかったとしても、このパレードの為に用意されたマントの強度はそこらの豪華なだけの布地のような脆弱さはない。

このまま引いても問題はないだろう。

しかしそれはデスナイトの都合だ。

マントに引っかかった存在。

それが帝都に住むものの所有物、つまり何らかの財産であった場合、それらを破損させる事は現在パレードの主役たる主人の評判を貶めるきっかけになりはしないだろうか。

主人より与えられた今回の使命は、主人の武威をこの帝都に住む者達に示すことだ。

それは悪名ではない。

 

故にデスナイトは立ち止まり、自らのマントに引っかかった「もの」を確認する為に振り返る。

 

マントに引っかかった「もの」。

それは「物」ではなく「者」だった。

まだ幼い、という言葉も追いつかないような赤子とも幼児とも言えそうな人間の子供だった。

 

立ち止まったデスナイトに気付いた、パレードの進行の警備をしていた軽装の鎧を着た者が慌てて近づいてくる。

幼子を抱き上げ、しっかりとマントを掴んだ手を放させようとしている。

しかしデスナイトに怯えた為か、知らない大人に抱き上げられた為か、その手はなかなか離れようとしない。

そして通りの奥から女の悲鳴が上がる。

抱き上げられた為に、子供の姿が見えたのか、母親らしき女性が人混みをかき分け近づこうとしている。

だが、密集した人垣を前に中中進めないでいる。

おそらく、子供は人々の足元をぬってパレードの傍まで這いだしてきたのだろう。

 

なかなか近づけない女とマントを放そうとしない子供に、警備の者の苛立った気配が強くなる。

子供をきちんと管理出来ない母親と、警備の目をかいくぐってデスナイトを足止めした子供に気が立っているのだろう。

更にデスナイトに怯え、デスナイトの、ひいては辺境候の不興を買う事をおそれているという事もあるのだが。

 

デスナイトは警備の者から子供をすくいあげると、その長身を生かして人々の上から女に向けて差し出す。

自分の知る女が間近になった事でか、子供がマントを手放し女へと両手を伸ばす。

子供をほぼ頭上で受け取った母親とおぼしき女は、しっかりと抱きかかえると頭を下げて人混みに消えて行く。

「ちゃんと面倒をみていろ!」

警備の者の声がその後を追う。

そして、警備の者はデスナイトに向かい合うと深々と頭を下げた。

「警備が行き届かず、ご迷惑をお掛けしてしまい、申し訳ありません」

ここで辺境候の配下の不興を買い、何かしらの処分を怖れるが故の態度だ。

 

言葉を話す事の出来ないデスナイトに「告げ口」という行為は出来ないのだが。

 

デスナイトは軽く手を振り問題ない事を伝えると、パレードの進む方向を眺める。

辺境候の一団は随分と先へ進んでしまっている。

かといって走って追いかけるという手段は選べない。

他の進行者の迷惑であろうし、更に辺境候の配下として見目の良い行動ではないだろう。

 

自らを生み出した、アインズ・ウール・ゴウンの名を僅かなりと傷つける行動は避けなければならない。

現状として出来るのは、他のパレードの参加者の邪魔にならないように目的地まで大人しく進行することだろう。

慌ただしく駆け回るような無様な姿、他の参加者を蔑ろにするような行為は好ましいものではないと判断する。

 

そして、デスナイトは歩き出す。

 

この後の、面倒事など予想出来るはずもないまま。

 

 

 

 

 

デスナイトが主人に追いつく事は出来なかった。

 

パレードに参加した者全てを帝城に収容することは、人数の問題以上に警備の問題で出来ない。

よって、それぞれの貴族の管理する地区に振り分けられる。

しかし、まだ帝都に拠点の無いアインズは自らも含めたパレードに参加したものたちと、ナザリックへとさっさと帰還してしまったのだ。

他の貴族とさして面識が無い事や、ぼろが出るのを怖れたなど理由は様々だが、最大の理由がパレードで衆目に晒されたのが恥ずかしかったというのは間違いがないのだが。

 

結果、デスナイトは帝城に一人佇んでいる状態となっている。

 

「迷子」では無い。

断じて無い。

 

なぜなら、デスナイトは自らの召喚者と確かな繋がりがあり、主人が何処にいるのか把握している。

更に主人からの命令は距離に関わらず、受け取る事が可能だ。

故にデスナイトは「迷子」では無い。

 

 

 

ただの「おいてきぼり」だ。




あんなにたくさんいたら、一体くらいはぐれても分からないよね。
と考えていました。

書籍でも多すぎて把握しきれないと十一巻にあったので、ならいいかな、と。


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デスナイト 帰る・2

デスナイトは、アインズ・ウール・ゴウンの所有物である。

単独行動は避けるべきであり、速やかなナザリックへの帰還が望ましい。

 

だが、デスナイトに転移等の特殊技能は存在しない。

そして、ナザリックへの連絡手段も、現在は持っていない。

 

仮に持っていたとしても、自分一人の為に主人の手を煩わせる事を選択したかは別だが。

 

 

故にデスナイトは歩きだした。

 

ナザリックへ向けて。

 

 

 

 

デスナイトはアンデッドである。

 

休養を不要とし、不眠不休での活動が可能である。

 

先の「カッツェ平野の大虐殺」後のカッツェ平野から帝都までの帰還は、一切の補給をせずに行軍しても三日という日数が必要だった。

しかしこれは補給をしなかっただけであり、夜間に休まなかった訳ではない。

三日間の不眠不休の行軍など、甲冑を着込んだ人間、更にその人間を乗せる、あるいは馬車を引くなどの重労働を行う馬にも不可能だ。

 

だがその不可能を可能にするのが、アンデッドだ。

アンデッドたるデスナイトなら、休み無くの移動が可能であり、補給はともかく食事の時には止まっていた時間も短縮出来る。

カッツェ平野まで三日とかけずに到着するだろう。

そこから先の移動に対して、地理的な知識をデスナイトは持ってはいない。

ナザリックからカッツェ平野までは、転移魔法によって移動したからだ。

カッツェ平野からはエ・ランテルまで行くか、トブの大森林を抜けるかすれば、ナザリックへ到達出来るだろう。

ただの人間であれば不可能な道も、デスナイトには問題無いはずだ。

 

ただ、人目のあるところでの目立つ行動は避けるべきだろう。

更に人間に危害を加える行動は厳禁だ。

デスナイトは辺境候の配下としてパレードに参加している。

デスナイトの行動には、辺境候への評価が付いて回ることになる。

 

パレードの時もそうだが、ナザリックに着くまで主人の名を貶める、或いは悪評となるような行動は避けるべきだろう。

 

もしやるなら、その事態を完全に隠蔽出来るようにしておくべきだ。

当事者も目撃者も存在させないという意味になるだろうが。

 

 

 

行動方針が決まったデスナイトは黙々と歩いていく。

 

走れば疾風のごとく移動でき、簡単に距離を稼げるだろう。

しかし他にも人間が歩いているような状態では危険が伴う。

勿論「デスナイトが」ではなく、「巻き込まれた人間等が」である。

不用意な接触により怪我をさせたり、跳ね飛ばして殺してしまっては問題だ。

故にデスナイトはその存在感はともかく、行動では目立たぬように移動している。

 

人も通らず、視界もきかない夜間には走り抜く予定だが。

 

 

 

休み無く続けられる大きな歩幅は、通常の人間などは足元にも及ばぬ距離の移動を可能にし、デスナイトはカッツェ平野近郊へと近づいていた。

 

それを可能にしたのが、きちんと整備された街道が続いているという事も含まれる。

 

 

すでに辺りは夜の帳がその裾野を広げ始めている。

ちらほらと人の扱う灯りが視界に入り始める。

 

完全な闇となるのも、もうすぐだろう。

そうなれば、移動速度を上げても問題はないはずだ。

頃合いを辺りの暗さを計りながら移動していく。

すでに辺りに人影も無い。

だがデスナイトの知覚能力は生きた人間の存在を明確に捉えていた。

 

それはまさに進行方向であり、同時にざわめきと悲鳴を辺りに振りまいていた。

そして間違えようの無い血の臭いがデスナイトに届く。

更に暗闇を切り裂いて、石が飛来する。

勢いよく自分めがけて飛んできた石を、その明確な敵意とともに叩き落とす。

 

実をいえばデスナイトは見て見ぬ振りをしても支障無いと判断していた。

夕暮れ時であり人間の視界範囲にいない自分は、気付かなかったという態度をとっても対外的には言い訳、あるいは相手に付け入られる事は無いと考えたからだ。

 

しかし石には明確な敵意、ひいては殺意があった。

おそらく相手側には盗賊等の探索に長けた存在がいるのだろう。

こちらの存在を確かめもせず、攻撃対象としたということは、何かしら後ろ暗いところがあるということだ。

 

 

先にデスナイトが「事態の隠蔽」の方法について考えたように。

 

 

であるのならば、この先にいるのは確たる敵ということになる。

自身を敵と見なし、攻撃を仕掛けてきた対象だ。

こちらを逃がす気もないだろう。

更に言えばデスナイトにも、自分に攻撃をくわえてきた存在を見逃す気はなかった。

 

生者に対する憎悪。

自身に敵対する存在への敵意。

ひいては自らの所属する対象への侮蔑に対する怒り。

 

自身への攻撃を見逃す事は、そのまま自分の主人への冒涜となる。

ナザリックに所属する存在として、それは決して許されない行為であり、許してはならない事態だ。

 

 

一気に距離を縮めた先にあったのは、おそらく野盗と呼ばれる集団による略奪行為だった。

 

引き倒された女。

もう息をしていないだろう数人の男達。

涙に濡れた顔を腫れた頬ごと覆っている二人の子供。

幌馬車と馬を固定している固定紐の片方が切られ、逃げる事も馬車を引くことも出来ないでいる一頭の馬。

 

それが被害者だろう集団の状態だった。

 

対して加害者たる野盗の数は十数人。

すでにデスナイトに対して臨戦態勢に入っているのは、石を投擲した索敵能力のある者の指示だろう。

 

デスナイトはゆっくりと見渡す。

自分の獲物、殺しても支障のない対象。

それはデスナイトを喜ばせ、楽しませてくれる生贄だ。

デスナイトのアンデッドとしての、死者の生者に対する憎悪を晴らしてくれる「もの」だ。

 

仮面に隠された腐り落ちた表情の乏しい顔が喜びに歪む。

レベルは低い。

だが「生者を殺せる喜び」に対象のレベルは関係ない。

先日の戦いでは、多くの生者を敵として前にしながら、主人の行使した魔法によって行われる虐殺をただ見ているしかなかったが、今自分の前には殺してしまっても問題のない生者がいるのだ。

これを喜ばずにいられるだろうか。

 

ゆっくりと自分を包囲していく野盗達。

デスナイトは腰に下げた剣を抜き放つ。

魔法の剣の内部から生み出される光が、暗闇を切り裂くような輝きを放つ。

本来の装備品であるフランベルシェもタワーシールドも、パレードにーーというより、アインズ・ウール・ゴウンの武威を示すのにーーふさわしくないという理由で、持ち合わせていない。

与えられた魔法の剣は、周りの人間をなぶるには威力が高すぎる。

楽しむ時間は短いものになるだろう。

だが自分の楽しみの為にナザリックへの帰還が遅れるのは本意ではない。

故にデスナイトは「殺す」という行為を最優先に行動する。

 

振るわれる剣は、一閃の光だった。

それは魔法の剣の輝きであり、その速度から生み出される剣撃の鋭さだった。

抵抗という行為が一切の無駄に終わる。

それは攻撃、防御、どちらの意味においてもだ。

受け止めようとした剣や斧などの武器ごと、身に纏った鎧やチェインシャツ等、質や種類など何の意味も無く、その煌めきを止める術は無い。

離れた場所からスリングや弓などで攻撃しても、その暗闇の中に溶け込んでしまいそうな黒色の全身鎧に掠りもしない。

そして逃げ出しても、いや、逃げ出そうとしても、逃走には至らない。

即座に距離を縮められ、真っ先に死が与えられる。

まさに抵抗は無意味だった。

 

対象の体を縦に、横に、切断してゆきながら、その剣の輝きには一切の曇りが無い。

血も油も刀身に残らず、その輝きは損なわれないまま変わる事が無かった。

 

一方的な殺戮は、デスナイトがスクワイア・ゾンビを片付けた事で終了する。

タワーシールドで殺した者は、スクワイア・ゾンビにならなかったらしいが「デスナイトの『剣』による死」は基本装備のフランベルシェに限るものではないようだ。

それらの始末の時間を含めても、殺戮の時間は十分を越える事は無かった。

 

そして、生き残った者へと視線を向ける。

殺すべきか。それとも生かしておくべきか。

 

簡単なのは殺してしまう事だ。

 

しかし自らの召喚者は、敵対しない者の殺害を好まない。

それが慈悲というより、打算から来るものだということはデスナイトも理解している。

 

この生き残りは敵対者では無い。

ならば生かしておくべきか。

しかし何の得にもならないなら、殺してしまっても問題ないのではないだろうか。

 

その考えは対象からの声に、一時中断される。

 

 

「あの・・・帝国の騎士の方ですか?」

 

 

デスナイトは「帝国」の騎士ではない。

だが「帝国の貴族になった召喚者」の騎士である。

 

故に間接的には「帝国の騎士」といえなくもない。

 

女が問いかけたのは、周りでもう動かない男達から聞いた話を思い出していたからだ。

 

カッツェ平野でモンスターを討伐する為に、帝国からは騎士が巡回していると。

 

 

デスナイトは拭うでもなく払うでもなく、綺麗なままの刀身を鞘に納める。

 

デスナイトに帝国の知識は無い。

「召喚者が知らない」知識は無いというべきか。

 

この女が自分を「帝国の騎士」と判断するだけの知識があるなら、帝国国民なのかもしれない。

ここでこの女達を殺してしまえば、帝国に知り合いがいた場合に面倒な事となる可能性がある。

 

自分がカッツェ平野へ向かっていた事は道中の人間に目撃されている。

その進行方向に多数の死体が転がっている。

加害者、被害者の区別なく、だ。

 

大いに怪しい状態だろう。

 

よってデスナイトは、この女達の殺害を保留とすることにした。




1~4話で終わらせるつもりで、1、2、4話しか書けなかった話。
3話でカッテェ平野周辺を話に入れたかったけど、WEBも書籍もいまいち分からない。


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デミウルゴスの経済観

WEBの話。
学園編の頃に考えた話です。



「ふむ」

 

デミウルゴスは自分が調べたこの世界の生産技術の特異性を考察する。

 

この世界では、香辛料や塩などは魔法によって生み出されている。

確かに農作業や田園などの手間暇を掛けずに、既に完成した調味料が手に入るとなれば、栽培、精製という手段をわざわざ選ぶ理由がない。

 

こういった魔法は生活の端々に使われている。

まさしく生活に密着した、生活する上で欠かす事の出来ない魔法だ。

 

ナザリックに属する者は、この世界に存在するこういった第0位階魔法、あるいは生活魔法と呼ばれるものを使うことが出来ない。

それはこの位階がユグドラシルでは存在しないものだからだ。

 

しかしそれでは問題がある。

ナザリックに所属する者は、基本的に飲食不要の種族か、マジックアイテムを装備している。

だがそれはあくまでも「基本的には」であり、ナザリックの自給自足で賄っている者も存在する。

更にフールーダを始めとした、新規参入の者の存在には当然当てはまらない。

 

吸血鬼となったブレインは例外だが、リザードマンやエルフの元奴隷達、ドライアドにトリエント。更に人間の娘がメイドとして九人、シャルティアの「おもちゃ」からアインズの預かりになったーーあれは家畜なのかペットなのか明確な立場は不明だがーー元貴族の三姉妹がいる。

これからも新たにナザリックに住む者が増えていくのは必定だろう。

 

加えて、ナザリックに住まなくとも、これからアインズの領地となる土地に住む人間の管理。

これはローブルの家畜達のように、共食いをさせる訳にはいかない。

飢えて数が減り、アインズの統治能力を疑われるような事態は避けるべきだろう。

 

家畜はアインズの偉大さをなにかしらと比較しなければ、理解する事など出来ない下等な生き物だ。

 

アインズの統治こそ自らの幸福であり、自らアインズの支配を望むように管理ーー飼育ーーしていくのが望ましい。

 

それに昔アインズの言っていた「優秀そうな者がいたら、いずれ手中に収めたい」という内容にも添う。

 

アインズが「優れた支配者」と知れば、自らの才覚に自信のある者は、我先にとアインズの足元に平伏するだろう。

 

現在は人間のみがその対象だが、アインズにはコレクターとして収集癖があると、デミウルゴスは理解している。

リザードマンの村を襲撃した際にも、白いリザードマンを「レア」と呼び、生かしておくように指示を受けた事は記憶に新しい。

 

この先も種族を問わず、アインズが収集しようとする「コレクション」があるだろう。

当然それらの生活環境も含めて考えなければならない。

 

白いリザードマンを「生かして」おく決定がなされた事を思えば、それらには「衣食住」が必要となる。

 

特に「食」は欠かす事の出来ない、最優先事項だ。

 

支配に「飴と鞭」と言われるように、飢えは最大の敵だ。

 

 

 

 

逃げる気すら失うほど飢えさせるのも統治の一つの方法だが、それでは優秀な者は集まらないだろうし、アインズの言うように敵を作りかねない。

敵になったとしてもナザリックに何の痛痒も与えないだろうが、アインズの希望する「英雄としての名声」にはならない。

 

ここが匙加減の難しさだろう。

 

 

 

 

ローブルの家畜達の中に魔法を使える者がいたら、優先的に生活魔法、特に生産系を覚えさせるのも一つの方法かもしれない。

 

「魔法使い」と呼ばれるのは、第一位階魔法を拾得した者からで、第0位階魔法の使い手は「魔法使い」の括りに入らない。

だとすれば、平民、あるいは奴隷の中に第0位階魔法なら使えるという存在がいるかもしれない。

 

だとすれば程度の低い第一位階魔法などより、生活魔法による「調味料生産機」として飼ってしまっても良いだろう。

 

帝国国民の奴隷は、扱いが厳しく定められているのなら、他国から「輸入」してしまえばよいのだ。

 

この世界特有の、産業技術の獲得は必要だ。

効果的なのは、技術の独占だ。

農耕などによらない技術ならば、最悪その魔法を使える者を浚ってしまうなり殺してしまうなりしてしまえば、可能となる。

 

もっともそこまでする必要はないだろう。

 

望ましいのは、さらなる技術改革だ。

 

ありとあらゆる物が魔法で生産可能となれば、労力の必要性は減る一方となる。

 

そうなれば、重労働が必要な事や、繊細な技術は不要となる。

 

 

魔法を覚えさせるなら、幼いうちからの方が良いと、フールーダの知識からも判断できる。

 

魔法学院の卒業生の習得出来る魔法が、第一位階か第二位階という低レベルでしかない事はこの際、置いておく。

吟味すべきは、魔法学園に入学するまでにどれだけの費用を魔法訓練に充てることができたかによる、という事だ。

この「費用」とは、単純に金銭の額では無く、師事できる相手を持つ為の経費と考えるべきだろう。

 

ならば幼いうちから魔法の訓練を行い、使える者と使えない者の振り分けが必要となるだろう。

 

魔法が使えるようになった者なら、生産の代替えとして、皮の剥ぎ取り回数を減らしても良い。

 

皮の替わりに食料の生産を担ってもらうのだ。

 

 

それに

 

 

どうやら、幼い方がより良い羊皮紙が取れる。

これに魔力を上乗せすれば、更に良い羊皮紙が取れるようになるかもしれない。

羊皮紙の質を上げる実験としても、よいだろう。

 

「試してみたい事が山積みだ。楽しくて仕方がないね」

 

 




この辺の設定って、書籍でも変わらないのでしょうか。


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一発ネタ

文字数が足りないので、詰め合わせです。

1、NPC VS 番外席次
2、無銘なる呪文書(ネームレス・スペルブック)
3、フールーダと、ヘジンマール
4、レエブン侯



1、NPC VS 番外席次

 

一発ネタ。前後不問でお願いします。

 

NPCがこんなに強いわけがない

 

「うそだ!お前たちがNPCだなんて…!」

番外席次の知識として、NPCとはぷれいやーより弱く、僕のような存在として記憶している。

なのに、目の前にいる存在は、ぷれいやーと同等と言われる自分を圧倒しているのだ。

「フン、愚かでありんすねぇ。井の中の蛙とはよくいったものでありんす」

「そうそう。だいたい至高の御方々が、ただのぷれいやーと同じな訳ないじゃない」

「至高の御方々は、千五百人のぷれいやーを相手に四十一人で圧勝した方々です。ぷれいやーにも格というものが存在するのですよ」

「格ノ違イヲ理解セズ、戦略・戦術ノ妙ヲ知ラヌトハ、愚カナコトダ」

一対一でかなわない、更に同等と思われる存在が複数いる。

更にその上には、ぷれいやー(神)の中でも上位とされる存在が君臨しているという。

 

「うそだ」

 

 

 

「え~」

いやいや、まさかの高評価。というより、そこまで出来る訳ないでしょ。

ていうかデミウルゴスまで、こんな風に考えてたの?

ナザリック地下大墳墓やらワールドアイテム四十一人揃ってたからとか、いろいろあるからの結果だし…

 

え~、ひょっとして、こいつらの上から目線って俺たち(千五百人返り討ち)のせいですか?

俺(至高の御方)がいれば、なんとかなると思ってないか、これ。

精神安定より、精神の安寧が欲しいです。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

2、無銘なる呪文書(ネームレス・スペルブック)

 

不可解さに首を傾げる。

無銘なる呪文書(ネームレス・スペルブック)に記載されている超位魔法に、不自然さを感じたからだ。

今現在、この呪文書によって確認出来る超位魔法は、己が使用した物を除けば、一つしか載っていないのだ。

これはどういう事なのか。

考えられる可能性は、自分より以前のプレイヤーが使用した超位魔法が一つしか無いという事なのか、あるいは自分と重複した魔法を使用していたのか、だ。

しかし、100レベルカンストプレイヤーが、超位魔法を一つしか修めていないなどということがありえるだろうか。

どう考えても、ありえないとしか結論は出なかった。

であるなら、超位魔法を使うような事態に遭遇した事が一度しかなかったか、それとも他の超位魔法に使いどころが無かったか。

 

出来る事なら、他のプレイヤーがどのような活動を行ったのか、詳細に調べたいものだ。

経験値消費型の超位魔法は、レベルアップの方法が確立されるまで使用する予定は無い。

他のプレイヤーがどのような結果を迎えたか、知ることが出来れば、自分の調べる手段ももう少し楽が出来るのだろう。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

3、フールーダと、ヘジンマール

 

その日、フロスト・ドラゴンのヘジンマールはこの世の天国を見た。

 

本だ。

見渡す限り、いや、見果てぬほどの広さの部屋に、本がこれでもかと言わんばかりに、その存在を主張している。

右を見ても左を見ても、さらに上を見上げても本しか視界に入ってこない。

本だけの、いや、本の為の部屋なのだ。

部屋と言うには少々、いや、かなりの広さだが。

 

「私がかつて仲間と集めた本だ。この世界の一般的な文字で書かれていない為、お前が読むことは出来ないが、問題の無い物を選んで、おいおい翻訳した物を出す予定だ。」

 

自らの主人の言葉に心と体が震えてくる。

知識は力だ。

武器だ。

こんなにも本を大切にする主人の偉大さが、よく分かる。

 

「この世界には、翻訳の魔法があるという。あいにく私はそれを修めていない。司書たちに翻訳させてはいるが、少々手が足りない。お前がその魔法を修めて、この世界の言葉に書きおこせ」

 

書物に出会い、知識を得る快感に目覚めたヘジンマールにとって、それは最高の職場だった。

 

ただ、それにはまず翻訳の魔法を学ばなければならない。

そして魔法を学ぶには教師役が必要だ。

よって・・・

 

「お待ちしておりました。先生」

「うむ、今日もお互いに頑張ろう」

 

知識欲に取り付かれた一人と一匹。

人間・フールーダとドラゴン・ヘジンマールは、種族の垣根を越えて、互いに勉学に励む仲間となった。

 

「わしもアインズ様に弟子入りした身。いうなれば、そなたはわしの弟弟子じゃ。年もわしの方が上だろうしな」

「人間にはいろんな人がいるんですねえ」

 

おそらくレベルも近く、同じ主人を仰ぐ者同士。

そして知識への渇望。

 

ヘジンマールの仕事が休みの日に合わせて、転移魔法でやって来るフールーダと二人、今日も知識欲を満たすために勉強をすることに余念がなかった。

 

 

「まずい。魔法キチが増えた」

 

 

解散状態の魔術師組合長「入れてくれ~!!」

 

 

======

 

 

Webでは死者の本を渡されたフールーダは、その場で読解の魔法で読み始めたのですが、書籍では「非常に効率の悪い読解の魔法で少しずつ読み解く」と言っているので、書籍では翻訳も大変そうです。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

4、レエブン侯

 

エリアス・ブラント・デイル・レエブン。

リ・エスティーゼ王国の侯爵であり、六大貴族の一人にして、エ・レエブン領主。

そして妻と五歳になる息子を溺愛する、愛妻家にして「超」が付く親馬鹿な人物である。

 

そのレエブン侯は、現在頭を抱えていた。

あの恐ろしい「カッツェ平野の大虐殺」から幸運にも逃げ帰ることが出来た。

そこまではいい。

しかし、あの魔導王の治める魔導国は、自分の領地から近いとは言えないが、遠くもない立地だ。

そして今、自分がどのように行動すべきか、大変な悩みとなって、レエブン侯を押しつぶしそうになっていた。

現在の王国は、混乱の最中にある。

特に当主や後継者、さらには一族全てが死んだ貴族も多く、その混乱は筆舌に尽くし難い。

 

 

王国軍左翼は、魔導王の魔法で全滅。

それにより左翼を形成していたボウロロープ侯は死亡した。

 

あらゆる貴族。派閥や規模に関わりなく、混乱しているのだ。

そんな中、あの魔導国から使者が来た。

今回は表面上は何事も無く帰国したらしいが、今後国交を開くとなれば、礼儀を知らぬ貴族がどのような問題を起こすか知れたものではない。

むしろ、その無礼をもって、魔導国の侵攻の引き金になるのではないか、あるいは魔導国がそれを誘発させ、侵略の糸口にしようと画策しているのではないかと、心配の種は尽きない。

なまじ、視野が広く可能性を考えられ、さらにあの「カッツェ平野の大虐殺」を直に体験している為に、あらゆる悪夢とも言える悪い想像が翼を広げて膨らんでいく。

王国貴族の愚かさ馬鹿さ加減を知り尽くしているレエブン侯には、これからの王国の未来に夢も希望もありはしない。

あの戦場で考えたように、この国を捨てて逃げる事も考えた。

しかし、どう考えても逃げきれる可能性が低く、実行に移す気にはなれなかった。

そもそも逃げてどこへ行くというのか。

王国に未来はなく、帝国は属国となるという。

法国は人間種以外を認めない国だ。

魔導国に睨まれないという方がありえないだろう。

 

ではどこへ行く?

 

評議国。

都市国家連合。

竜王国。

聖王国。

 

どこも安全とは言い難い。

 

ぶるりと体が震える。

 

すでにあのカッツェ平野の戦場から遠く離れた自領にいるにもかかわらず、ふとした瞬間にあの時の恐怖が甦るのだ。

周りを見回し、外に何の異変も無い事を確認してしまう。

 

自分も本当の意味で、戦場というものを認識できていなかったのだろう。

ここ数年にわたる帝国との戦争。

あれは出来レースだった。

貴族には死者も負傷者も出ず、死ぬのは前線に配置した平民達。

最初の一撃さえ凌げば、それでおしまい。

あとはかかった戦費に四苦八苦するだけ。

命の危険など、今まで本当の意味で感じた事は無かったのだ。

 

初めて本当の意味での死の恐怖を知った。

あらがいがたい死が身近にある事を知った。

初めて平民達と同じ境遇になった。

死ぬのは平民ではない。

弱い者が死ぬのだ。

今までは、貴族と平民という強者と弱者だった。

ここにきて、人外と人間という強者と弱者になったのだ。

そしてそれは、本当はずっと前からあった脅威なのだ。

人間の弱さは、冒険者がモンスターを狩ってやっと維持できる程度だ。

強大なモンスターが人間の領域に出現すれば、それだけで人間は危機に陥る。

 

エ・ランテルの吸血鬼ホニョペニョコしかり。

王都での悪魔ヤルダバオトしかり。

 

そして今回の魔導王アインズ・ウール・ゴウン。

 

あらゆる悪夢を想像して、なお足りない死の体現者。

 

刃向かう事こそ、愚かの極みだ。

死にあらがう術などあるはずがない。

 

「本当にどうしたらいいんだ」

 

自分の考えを全て晒して相談できる相手などいない。

ザナックは国を第一に考えるだろう。

ラナーは得体が知れない。

ガゼフは死に、復活もないという。

妻に相談するには、内容が重すぎる。

 

八方塞がりだ。

 

いっそ自分に何らかの価値があれば、話に聞くガゼフのように、魔導国から勧誘があったのだろうか。

 

今の自分なら、喜んで飛びついてしまいそうだ。

 

この神経を削り落とされ、擦り潰されるような日々から解放されるのなら、多少の境遇の変化は許容範囲だ。

妻と子と命の不安無く暮らせるなら、膝を屈する相手がかの魔導国であっても問題無いのではないだろうか。

 

レエブン侯が、ブレイン・アングラウスのように極度の恐怖から逃げる為に死を選択しないのは、なによりも妻と子を残す事にこそ、恐怖を覚えるからだ。

 

それでも…

 

「本当にどうすればいいんだ」

 

答えの出ない問答を今日も繰り返す。




レエブン侯のストレスは胃に来るのか、頭に来るのか。
私気になります。(なんか新刊出たそうで)


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マーレのダンジョン作成

マーレのダンジョン作成

 

第六階層守護者マーレ・ベロ・フィオーレは張り切っていた。

偉大なる至高の御方。

ナザリックに残られた最後の一人。

自分たちをずっと守り導いてくださる、優しく慈悲深き最高の支配者。

かの方から仕事を命じられたのだ。

仕える事こそ存在意義のNPCにとって、仕事を任される事は最高の喜びだ。

故にマーレは仕事に熱中した。

至高の御方は、自分の姉(アウラ)やその喧嘩友達(シャルティア)を供に出かけている。

どのくらいで帰ってくるかは不明だが、出来かけをお見せするのは心苦しい。

だから、マーレは頑張った。

 

ーーー全方向に無駄に力を入れるほどに。

 

 

アインズが帰って来た時、マーレに頼んでおいたダンジョンは大分出来上がっているらしかった。

「ふーむ。無理をさせたか?マーレ」

「いいえ!すごく楽しかったです!」

「?そうか、頑張ってくれて私も嬉しいぞ」

「はい!ありがとうございます!」

なにがそんなに楽しかったのかと疑問に思ったが、

「やっぱり男の子だから、物作りに熱中したのかな。デミウルゴスも日曜大工みたいな事を楽しんでいるようだし…」

ダンジョンの中に入ってみる。

しっかりした造りだ。

広い通路は戦闘もこなせるだろう。

「ふむ」

確認の為、下位アンデッド作成で一体のアンデッド、スケルトンを作り<不死の奴隷・視力>で操る。

自分が入ってもいいが、自分相手ではモンスター役のPOPがどのくらいの攻撃力かわからないのが面倒だ。

スケルトンなら冒険者のかわりになるだろう。

 

少し歩くと道が分かれた。一方の道へ入り更に進む。

ふと曲がり角を曲がったその先はーーー

 

地面が無かった。というか消えた。目に映っていた地面はまやかしだったのだ。

アインズ自身ならめくらましは効かないのだが、下位アンデッドの視点ではそうはいかなかったようだ。

急降下する視界。

衝撃で揺れる視界に鋭く磨かれた金属の穂先が映る。

落とし穴の下に槍襖が作られていたのだ。

アンデッドなので刺突耐性でさほどのダメージは無い。

一番のダメージは床に叩き付けられたものだ。

殴打判定が入ったのだろう。

飛行能力の無いアンデッドなので、落とし穴からよじ登る。

縁に手を掛け、体を半分乗り上げたところでーーー

 

ぐしゃ

 

天井が落ちてきた。

アンデッドの視界は消えた。

あの体勢では上半身が潰されたことだろう。

原型もとどめずに、完膚なきまでに完璧に…

 

「……」

 

「あ、あの、如何ですか?アインズ様」

おずおずとマーレが問いかけてくる。

「あ~、うん。侵入者対策がすごいな…」

「はい!ナザリックをモデルにして、一人も生かして帰さないように頑張りました!ブラックカプセルに似せた部屋も作って、恐怖公の眷族を配置しています」

「え…」

流石にそれはまずい。

ゴキブリはこの世界にもいるらしいが、流石に人を食べない。

しかし、このダンジョンでゴキブリへのトラウマを植え付けられたら街での生活すら困難になりそうだ。

この世界の衛生面は、自然が汚染されてはいないが、人の生活圏が清潔であるという訳ではないのだ。

 

ーーーというより

 

「説明不足だったなぁ…」

 

マーレにとってダンジョンとは侵入者を殺す為のもの、という認識があったようだ。

確かにナザリックは墳墓であり、ダンジョンだった。

そもそもここを攻略したからこそ、自分たちの拠点としたのだ。

千五百人侵攻までは、よく挑戦者がいたものだ。

しかし、運営のように攻略させるつもりはまったく無かった。

つまりゲームによくある、レベル上げ用ダンジョンではないのだ。

アインズにとって、ダンジョンとは攻略するものだった。

しかし守護者たちナザリックに住まう者にとっては、ダンジョンとは我が家であり侵入者を殺す為のものなのだ。

 

そもそも、この世界の通常ーーと言って良いか不明だがーーのダンジョンがどのような物なのか、アインズは知らないのだ。

ここで訓練した事が、そのまま外の世界で通用するかは、まったく不明なのだ。

アインズは鈴木悟としての現実でユグドラシルくらいしかゲームをしたことがない。

しかし、いろいろなゲームをしていた仲間によれば、各ゲームごとに仕様というものが異なるらしい。

スライムというモンスター一つとっても、簡単に倒せる雑魚モンスターとするゲームもあれば、なかなか倒せない難敵とするゲームもあるという。

 

この世界のダンジョンが、ユグドラシルのダンジョンと同じであるはずが無い。

ナザリックも運営の様なダンジョンにはしなかった。

最初の階から必殺で掛かってくるかもしれない。

ナザリックがそうだった。

 

ーーーつまりナザリックを見本にすれば、というよりナザリックしか知らない守護者に任せれば、こうなるのは必然だったということなのだろう。

 

 

ゲームなら復活(再挑戦)すれば済む話だが、この異世界で現実に生きている者にはそうはいかない。

そもそも死なないように技能とレベルを上げる為の訓練なのだ。

モンスターや罠も、瀕死レベルで留めるようにしないと、ダンジョンで死んで、レベルの低い者は復活できずに灰になる、という冒険者が減る事態になりかねない。

そうなっては本末転倒だ。

だいたい訓練でいちいち死んでいたら、魔導国での冒険者のなり手がいなくなってしまうだろう。

ナザリックでハムスケと訓練していたリザードマンたちも、生きるか死ぬかの訓練の方が強くなると思う、とは言っていた。

しかし、死んでしまってはせっかく上げたレベルが無駄になるどころか、マイナスになりかねない。

いや、なるだろう。

絶対に…

 

この世界の住人のレベルは上がりにくいらしいと、アインズも気づいていた。

この世界で初期に会った「漆黒の剣」の魔力系魔法詠唱者ニニャ。

彼女は「生まれ持った異能」によって「人の二倍の早さで魔法を修得する」という能力を持ちながら、第二位階の魔法までしか使えなかった。

それでも、常人より確実に早いのだ。

「ユグドラシル」のように「今日中にちょっとレベル上げておこう」という訳にはいかないのだ。

レベル上げは容易にいかず、下がったレベルを取り戻すには相当な時間と手間が掛かることは必須だ。

更にゲームのように「死んじゃった」では済まされない。

死に際しての痛み、恐怖は確実に精神を痛める。

 

アインズだって嫌なのだ。

即復活の魔法の指輪をしている。

ナザリックの者たちも自分を復活させようとするだろう。

だからといって、ちょっと死んでみようなどという気には絶対にならない。

最低限、プレイヤーの蘇生実験をして安全を確かめてからでなければ、自分が死ぬ事態を受け入れる気にはなれない。

そもそも、蘇生できるとしても、死ぬなどごめんだ。

 

絶対に復活できるNPCたちであろうと同様だ。

「復活できる」ということと「死んでも構わない」ということは、同義では無いのだ。

 

生き返る事ができるのだから、死ぬことは大したことでは無い。

などとアインズは思わない。

 

たとえるなら「「けがは時間で治るのだから、殴られても気にするな」と言われても納得できない」ようなものだろうか。

 

レベルが低くて復活できるかどうかも定かでは無い低レベルの冒険者では更に慎重にならざるを得ない。

 

ここで気付けた事を良かったと思うべきだろう。

冒険者の死体の山など見ずに済んで。

 

「あの…だめでしたか?」

黙ったままのアインズに、マーレが不安そうに尋ねてくる。

「よく出来ているが、このダンジョンは上級者向けだな」

首を傾げるマーレに、アインズは自身にも説明するように話す。

「レベル1がレベル10になるくらいの優しさが必要なのだよ、マーレ。この世界の生き物は、ほとんどが弱い。このダンジョンは、その弱い者を少しでも強く、そうだな、ナザリックにいるリザードマンたちくらいにしてやる為の物なのだ」

 

レベル1で普通の村人レベルだったはずだ。

最初に冒険者になろうとする農民の三男、四男はこのあたりだろう。

レベル10でそれなりの腕のはずだ。

ゴブリン将軍の小笛で出てくるゴブリンが八~十二レベルだったはずだ。

ナザリックで訓練しているリザードマンのレベルを、アウラに確認させたところ15前後だった。

 

リザードマンのザリュース・シャシャやゼンベル・ググーは「旅人」だと言っていた。

つまり、最低限あれくらい強ければ、一応旅は出来るのだろう。

といっても着の身着のまま、最低武器さえあれば主食の魚は生で大丈夫。野宿もさほど苦にならない。身体能力が人間種より上の亜人種を基準にするのは間違っているかもしれない。

しかし、チームを組めば何とかなるだろう。

ガゼフ・ストロノーフが相手であっても、冒険者のチームとしての強さは個人を上回る事ができるはずなのだから。

もっとも、これは一人でも欠けた場合の事態の最悪さを示すものでもあるのだが。

 

人間の旅に荷物はつきものだ。遠出となれば荷は大きく重くなる。

この世界の生物はアイテムボックスなど持っていないのだから。

ダンジョンの探索にしてもそうだ。

もしかしたら、日帰りという発想が無いかもしれない。

 

だが、荷物はなくすかもしれない。奪われるかもしれない。旅先で補給する事が出来ないかもしれない。

戦う強さも大事だが、サバイバル訓練も必要かもしれない。

 

そこでふと、以前に捕まえた陽光聖典の事を思い出す。

確か彼らの持ち物の中に「魔法の背負い袋」なる物があった、と。

収納量はアイテムボックスにも、収納量が五百キログラムという名前負けの「無限の背負い袋」にも遠く及ばず、その他の装備品全てが「ゴミ」判定だったが、この世界の冒険者で「魔法の背負い袋」を使用している者を見たことが無いのだ。

もしかしたら、あれはこの世界では破格のマジックアイテムなのではないだろうか。

重量としてせいぜい二~三十キログラム程度しか入れられないが、普段冒険者がチームで持ち歩く荷物が四十キログラムほどだったはず。

四人チーム一人に一つとすれば八十~百二十キログラム総量を増やせる。

そうなれば旅の距離は上がるかもしれない。

何しろ魔導国の冒険者に望むのは、未知への探索。

当然、行った先に人家や店などがあるのか不明、飲める水や食べる物があるのかも不明な未開の地だ。

治癒魔法が使える者がチームに必ずいるとも限らない上、使用可能回数は少なく、ポーションを持って行こうにも、ポーションは高額な上に、水薬(ポーション)というだけあって液体なので意外と重い。

更に割れないようにと気も使う。

冒険者組合組合長アインザックから冒険者の気を引くアイテムと聞いて、武器防具を考えたが、何日、何ヶ月もの旅をしてもらう事を考えると、こういったアイテムもなかなか価値があるように思えてくる。

 

いや、冒険者だけでなく、商人などにも需要があるかもしれない…と考えて、ふと悩む。

「密輸とか危ないか?」

この辺りは非常に神経質に考えなければならない問題だ。

中身をあらためるという事も必要になるかもしれない。

 

ダンジョン一つでここまでいろいろ考える事が増えるとは思わなかった。

とりあえず、このダンジョンに冒険者を入れる事は出来ない。

ここに入れてしまえば、魔導国は冒険者を駆逐する為に、難攻不落なダンジョンを造ったとふれ回られてしまいそうだ。

アインザックにも見てもらった方がいいだろう。

何事も現場の人間の意見は尊重するものだ。

「実はー」と後から言われても困るし面倒だ。

細かい事なら対応出来ても、大がかりな変更はやっかいな物に決まっている。

どのレベル帯なら入っても問題無いかを考えるべきだろう。

 

 

そもそもNPCは成長しない。

これは強さ、あるいはレベルという意味になる。

NPCは訓練などしない。

レベルによる強さ、種族による弱点などは既に決まっているからだ。

相手の力を測る、自分の技術や精度を上げる。あるいは計画を立てる、能力を把握するという事はあっても、力を伸ばすという事はやらないし、出来ない。

この辺りがNPCの意識の違いの顕著な現れだろう。

いっそハムスケや武王の意見を取り入れてみる方が建設的かもしれない。

 

 

旅立った先で全滅も困る。

帰ってこない者が多くなれば、冒険者を危険な地へ送り出す為の方便だったと言い出す者が出るかもしれない。

最悪の事態には、緊急避難が出来るように、転移のスクロールを持たせるべきだろうか。

更に訪れた先で、この周辺国家で流通している通貨が通用するかも不明だ。

貴金属として金貨や銀貨なら、どこでも通用しそうではあるが、絶対とは言い切れないだろう。

もっと単純に物々交換が基本の国もあるかもしれない。

そうなれば、相手が必要とする物を用意出来なければ商談、あるいは物資の補給が成り立たない。

 

はっきり言ってしまえば、ナザリックに所属する者以外がどうなろうと構わない。

たとえ死んでも心は毛の先ほども動かないだろう。

しかしその過程によって「アインズ・ウール・ゴウン」の名が貶められる事だけは許容できるものではない。

アインズ・ウール・ゴウンの名は、地に落ちて泥にまみれるものではなく天に燦然と輝くものであるべきであり、賞賛と憧憬をもって相手から迎え入れられるべきものなのだ。

アインズ・ウール・ゴウンの名を背負うとは、そういう事なのだ。

それだけの覚悟を持って、名乗っているのだ。

 

もうちょっと楽だといいな…と思う事があっても、投げ出すという事はありえない。

この名には、それだけの重さと責任があるのだ。

 

 

 

「とりあえず、現地と現場の意見を聞いてからにしよう」

 

そう、失敗は問題ではない。

失敗を失敗のままにする事が問題なのだ。

自分が分からないなら、専門家の意見を聞くべきだ。

丸投げは良くない。

今回、自分はそれを知ったのだ。




ユグドラシルゲーム的ダンジョンと、この異世界産のダンジョンの違いが知りたいです。


補足。
下位アンデッド作成・スケルトン(特典小説下巻を参考にしています) 


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十三英雄は・・・

特典小説と十一巻から妄想。


「やっと、やっとだ」

わくわくと踊ってしまう気持ちを抑える事は不可能だ。

ようやく第十位階の魔法を覚えたのだ。

この魔法から考えると、自分は七十レベル台に突入したと考えられるだろう。

このまま行けば、もっと強力な魔法が覚えられると期待が高まる。

 

「いいなあ。俺も早く高位の魔法を覚えたいよ」

同じプレイヤーだが、戦闘の参加が遅かった彼がぼやく。

「すぐに覚えられるよ。基本君は前衛だから、経験値が入るの早そうじゃないか」

「だといいけどね」

 

お互いに、その内覚える事は確定しているのだ。

 

「今度、でかい範囲魔法を使いたいんだよね」

「ああ、それで今回の魔法か」

「そう! 自然の避難所(ネイチャーズ・シェルター)! 超位魔法でも一撃は堪える、優れ物ですよ! これで味方の被害を考えずに一掃が可能です!」

「天上の剣(ソード・オブ・ダモクレス)は無理じゃなかったっけ?」

「大丈夫ですよ。俺の範囲魔法、まだそこまで強力じゃないですから」

「次の戦闘で使うのか?」

「はい、前衛よろしくお願いします。そばに自然の避難所作っておくんで、伝言(メッセージ)いれたら範囲魔法の発動前に隠れてくださいね」

「……一度実験してみないか? 何かあっても困るだろう? 俺たちの中には、まだ第八位階以上の復活魔法が使える奴がいないんだし」

「ああ、そうですね。どっかの砂漠地帯で試しておきましょうか」

 

自然の避難所を発動させ、大地に出来た防空壕に生卵を置く。

見た目の分厚さと異なり、軽い扉を閉める。

 

「さて、実験です」

 

二人で離れたところから、自然の避難所に向けて、範囲魔法を打ち込む。

広範囲にわたり焦土と化した中を歩き、自然の避難所の扉を開く。

卵は置いた場所から動くこともなく、元の場所に鎮座していた。

その生卵を持ち上げる。

熱くもなっていない。

こん、と叩いて割ると生の状態で黄身が出てきた。

卵の中身の状態にも、変化は無いようだ。

 

「じゃあ、今度は中にいてください。もう一度打ち込みますから」

「お手柔らかに」

 

二度目の範囲魔法を打ち込む。

外から見る限り、異常は見あたらない。

急いで駆け寄り、扉を開いて中を覗き込む。

 

「大丈夫ですか?」

「ああ、終わってたのか。特に問題は無いみたいだな」

「じゃあ、本番もこれでいきますね」

「了解だ」

 

次に戦う相手はドラゴンだ。

どのくらいの強敵になるか、楽しみだ。

 

そしてーー

 

「範囲魔法、行きます! 発動まで二十秒です! 急いで!」

 

今回使う範囲魔法は、超位魔法ではないので、発動までの時間は短い。

前衛でドラゴンの相手を一人でしていた彼が、一度ノックバックの要領で距離をとる。

 

五秒

 

そのまま一目散に後退する。

 

十秒

 

岩陰に隠して作っておいた自然の避難所に到着する。

ドラゴンも追ってきているので、範囲魔法の目標は自然の避難所の手前だ。

 

十五秒

 

扉を開けて中に入る。

 

 

入る。

 

入らない。

 

「何やってんの?!」

「開かない!!」

 

二十秒

 

範囲魔法が、扉の前に立つ彼と追ってきたドラゴンの上に降り注ぐ。

 

言葉も出ない。

 

彼とドラゴンを消し炭にした跡に、無傷な自然の避難所がぽつんと建っている。

 

「そんな」

 

慟哭。

その言葉の意味を正しく理解した。

 

たった一人の同郷。

たった一人の仲間。

たった一人の理解者。

たった一人の共犯者。

 

一緒に帰ろうと約束した相手。

 

殺した

 

息ができない。

当たり前だ。

呼吸が止まっている。

心臓が止まっている。

自分の剣が、自分の血で染まっていく。

 

ああ、衝動的ってこういうこと……

 



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神殿対策を考える

帝国内部の勢力。

騎士団

貴族たち

平民たち

神殿勢力

 

属国化に伴い、一番の問題となるであろう神殿勢力。

ここへどのように協議をしたものか、と考えていたジルクニフの元へ訪問者があった。

「現在、帝国には死者を復活させることのできる信仰系魔法詠唱者はおりません」

「そうだな」

それについてはバジウッドも死者蘇生が欲しいと言っていた。

「第五位階にも死者蘇生の魔法がありますが、生命力を大量に奪う為、弱者は灰となり復活が叶わないと聞き及んでおります」

「私もそう聞いている」

フールーダの蘊蓄を思い出す。

「魔導王はそれらを無視し、武王をその場で復活させたと聞き及んでおります」

「ああ、私もこの目で確かに見た」

最初に死んだとの宣言が嘘でなければ、と考えもする。だが、あれだけの攻撃を受けて生きているはずもない。確かに死んで、そして蘇ったとしか言いようがない。

「かの魔導王であれば、更に上位の治癒魔法をお使いになるのではないでしょうか」

「十分あり得るな」

相手は勢いよく頭を下げた。

「伏してお願い申し上げます。どうか魔導王陛下にお目通りを。我が子に温情を賜りたいのです。下位の治癒魔法では治らず、神殿に寄付をし中位の治癒魔法も施しましたが、全く効きません。この上は、上位の治癒魔法に頼るしかありませんが、帝国にも王国にも第六位階の信仰系魔法を修めている者はおりません。法国は自国の情報は出さず、また他国にその手を差し伸べる事は無いと聞きます。この上は絶対者たる魔導王陛下の御手を賜りたく、どうかお力添えください!」

帝国に死者復活の担い手はいない。つまり第五位階の信仰系魔法を使える者がいないという事になる。

第五位階魔法レイズ・デッドより上の第六位階に「大治癒(ヒール)」という、ほぼあらゆる状態異常、欠損、病気等を治せる魔法があるという。

しかしこれが使える者をバハルス帝国皇帝たるジルクニフですら見た事がない。

当たり前だ。

人の最高峰、人類の逸脱者たるフールーダの使える魔法が第六位階。

表立って第六位階が使える者など存在しないのだ。

もしかしたら法国には隠れた使い手が存在するかもしれないが、帝国に縁のない事に変わりはない。

しかし、魔導国なら。

一つの魔法で万を殺し、

一つの魔法で対価を必要とせず死者を蘇らせる、あの魔導王なら?

あの魔導王なら「第六位階程度」と言いかねないのではないか?

 

「ふむ」

これは使えるかもしれない

 

 

一つの大きな建物がある。

広大な敷地面積、荘厳で広く大きな本館に、貴族の本館として使っても遜色のない別館を左右に備え、表には庭園、裏手には木々が植えられ、小さな林といっても支障のない広さを有している。

更に周りの邸宅は取り壊され広さを拡張し、高い塀と広い道路で辺りと区切られている。

ここは魔導国の外交官の使用する邸宅となる。

つまり日本風に言うなら大使館だ。

 

そして広くなった道路、というより広場のように整備された敷地の前面にて竣工式が行われていた。

「我がバハルス帝国は、アインズ・ウール・ゴウン魔導国の属国となった。これに際し魔導国との親睦に力を尽くした者たちへ、魔導王陛下より褒美が与えられる」

そして脇に控える者たちへ声が掛けられる。

「三名、こちらへ」

一人は騎士団から。

もう一人は貴族から。

最後の一人は神殿からだった。

 

騎士団副団長の男は、幼い息子を連れている。その子の両腕は手首から先が無かった。

 

貴族の男は娘を連れている。深く被ったベールの下の皮膚は変色しひきつれている。

 

神官の男は老いた母を連れていた。背を丸め支えらなければ一歩踏み出すのも辛そうだ。支えられた腕も踏み出す足も枯れ木のように細かった。

 

「この三名は魔導国より派遣される使節団の為、館や使用人の準備にことのほか尽力した者たちであり、その働きをもって魔導王より恩寵が与えられるものである」

そして後ろに控えていた存在へ声をかける。

「使者殿、こちらへ」

頭からつま先まで、ローブやフード、更にベールで全身を覆い隠した人物が現れる。

「大治癒(ヒール)」

声からすると若い女だろうか。

三人にそれぞれ掛けられる魔法。

次の瞬間

「手がある!手があるよ!」

「うそ!どこも痛くない!」

「動く…手も足も思い通りに…」

健康な五体満足な健常体となった三人の喜びの声に、付き添っていたそれぞれの家族が嬉し涙を流して抱き合っていた。

「魔導王陛下にこれからもよく仕えるように」

 

 

「陛下、あの治癒魔法を受けるには、どの程度の支払いが必要なのでしょうか」

「あれは魔導王陛下が特にその働きを認められた者への恩寵であるそうだ」

 

大勢の衆目の前で与えられた恩寵。

今までの帝国では決して望むべくもなかった、奇跡といっても差し支えのない「第六位階魔法・大治癒」。

それが目の前にぶら下げられたのだ。

自身が病に苦しむ者。

家族や恋人に治らぬ傷のある者。

これから起こりうる病や怪我に対応出来るかもしれない希望。

アインズ・ウール・ゴウン魔導王の目にとまれば、病や怪我に怯える事の無い未来が手に入るのだ。

 

「我が家の総力をもって魔導王陛下のお役に立つ事をお約束致します。ええ、私の忠誠は魔導王陛下と、属国となる英断を下された皇帝陛下へ捧げます。これからの改革に協力は惜しみませんとも」

現金とも現実的ともとれる変わり身の早さは、身分や勢力圏の違いなどの区別は無かった。

 

そもそものきっかけはアインズが遠隔視の鏡でジルクニフが頻繁にポーションを服用しているのを見た事による。

あまりの頻度に「ジルクニフは何か病気なのか?」と心配し、帝国の神官の能力を調べた所、せいぜい第三位階までしか使える者がいないと知ったのだ。

そこでアインズは魔封じの水晶に「大治癒」を込めて「持病があるなら役立ててほしい」と送ったのだ。

もしかしたら、人には言えない病気かもしれないと思い、こっそりと。

使用法も効能も添えた気遣いである。

 

そしてこれを受け取ったジルクニフはーーー

 

「これは使える」

 

神殿勢力が属国化に異を唱え、国民の治療を放棄するような事態を恐れていたが、魔導国にそれを上回る治癒能力者がいるのなら、それだけで牽制となる。

なにより、帝国内の神官で治せないという事は、帝国内で働く神官自身にも治らない病を抱える者がいるという事なのだ。

ジルクニフからしても第六位階の大治癒を使える者がナザリックという組織に多数存在するとは思っていないが、いるといないとでは、天地ほどの開きがあるのだ。

 

実は、NPC復活は基本的に金貨で行われる為、蘇生魔法はネタキャラのペストーニャやパンドラズ・アクターくらいしか使えないが、戦闘中の仲間の回復の為、治癒魔法を覚えている者はナザリックにはかなりいるのだ。

そして当然だが、レベルとして下位の治癒では回復の割合が低いので上位魔法を修めているのだ。

更に拷問の悪魔(トーチャー)などは、種族として治癒魔法を修得している。

 

つまりこの国には、いや、この世界には、魔導国の恩恵を賜りたい者が溢れている、という事だ。

 

 

それぞれの勢力から、自身や身内に神殿の治癒では治らない難病を患っている者をリストアップする。

その中でも、藁にも縋る思いであろう者を、各勢力から一人ずつ選ぶ。

そして毒を吹き込んだ。

 

信仰系魔法の第六位階に大治癒という魔法があり、あらゆる怪我、病気、欠損を治す事が出来る。そして魔導王はその魔法を行使することができる。と。

 

彼らはジルクニフとの繋がりを求め、その先の魔導王の力を望み、その先駆けとして魔導国への便宜を図った。

 

そして今日、彼らの努力は報われた。

朽ちるしかなかった未来は取り払われ、失っていた夢や希望が与えられたのだ。

 

少年はなくした両手を取り戻した。

娘は大火傷で爛れた皮膚を過去のものとした。

母親は病で消えそうな命を、健康な体と共に再び燃え上がらせた。

 

それを目の前で見た者たちは、どう思うか…

 

我も我もと、目の前にぶら下げられた餌に群がったのだ。

 

 

「第六位階の大治癒を使える者なら、私のメイドにいるので派遣しよう」

アインズからの返事に、ジルクニフは首を傾げた。

メイドが第六位階の魔法を使える、という事がもはや非常識なのだが。

「魔導国だからな」

と、無理矢理納得した。

そしてやってきたのは、かつてナザリック地下大墳墓前のログハウスで出会った五人のメイドの一人だった。

試しに重病人を治してもらい、本物と確認した上で考えを練る。

ローブにフードなどで全身を隠したのは若い女、しかも絶世といってもよい美女が、第六位階魔法の使い手だなどと知れたら事だからだ。

どう考えても厄介事しか思い浮かばない。

バジウッドから、デスナイトより強そうなどと言われており、それを無条件に信じる訳ではないが、並の強さではないだろう。

しかし、それを理解する者ばかりではない。

第六位階の治癒魔法の使い手であれば、媚びを売りすり寄る者が出てくる事は必然であり、更に絶世の美女ともなれば、浚ってでもおのが物としようとする者が出てくるかもしれない。

大人しく浚われるような存在ならまだいいが、どう考えても大惨事の予想しかできない。

 

 

神殿勢力はもはや牙を抜かれたに等しい。

第六位階の大治癒を使う者が、それより下位の治癒魔法を使えないなどという事はないだろう。

つまり神殿が国民の治癒を行わなくなった場合、その跡には魔導国が入るだけ、という事になりかねないのだ。

そうなれば神殿は存在意義を失いかねない。

神殿が治癒を行わないのなら冒険者に、という流れもありうるのだから。

治癒魔法は神殿の専売特許ではないのだ。

そして冒険者は魔導国へ流れつつある。

つまりこのままいけば、治癒の手段は魔導国が一手に掌握する事になりかねないのだ。

神殿は自らの存在意義の確立の為にも、資金獲得の為にも治療を放棄する事は出来ない。

 

そして現在、ジルクニフの元には大量の謁見願いが届いていた。

ジルクニフに、というより魔導国との繋ぎを期待しての事だ。

ジルクニフの目に止まらなければ、魔導王への謁見も叶わない。

最悪、ジルクニフが「この者は魔導国を良く思っていない」などと魔導王に告げれば、その日は永遠にこないだろう。

故にジルクニフの元には、魔導王との繋ぎを得る為、ジルクニフに媚びを売り、なんとか魔導王への紹介を得ようと、贈り物や協力の申し出が引きも切らずにある。

あれほど魔導王を恐れていた騎士団ですら

「魔導王陛下の御手を煩わせるような事態があれば、率先して動きましょう」

と現金なものだ。

 

恩恵に与った三人は見せ餌なので簡単に与えたが、これからの者にまで軽々しく与えるものではない。

「あの者たちより、遙かに私どもの方がお役に立ちます。どうぞ魔導王陛下へよろしくお伝えください」

 

日々ジルクニフの元には、魔導国への属国化への英断を誉め讃え、自らのアピールに余念のない台詞が続く。

 

武力で勝り、財力で勝り、

更に生者の最も恐れる死すら超越する。

 

うまみがある相手と仲良くしない手があるはずが無い。

 

 

 

 

 

 

たとえ本心がどうであろうとも、なのだ。




ナザリックの力は上手く使えば、すごく有り難いんですよね。

まさしく力そのものは正義でも悪でもない。
使う者次第。

ひょっとして一番だめかな。



ペストーニャの性格が知りたいです。


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八欲王のその後って

八欲王の妄想話。
便宜上名前をつけていますが、あくまで偽名みたいなものということで。


カルマと名乗っている。

まあ、業が深いという事だ。

この世界ではいつの間にか昔話などで「八欲王」とか呼ばれている。

本名やアバター名は、何処でばれるかわからないので使わない事にしている。

ギルド維持資金を稼ぐ為、今日も国から国へ旅をする。

なんでNPCに、そういう機能付けなかったかなあ。

いっそ、すっげー美人作って客取らせれば、すぐに金になった気がする。

 

だが、ひたすらに自分に忠誠を尽くそうと頑張っているNPCを見ていると、さすがに情が湧く。

500年も見ていて飽きてもくるが。

設定も悪かったんだろう。

自分にそっくりな性格になるとか、打ち込んだ設定が思った方向に行かないとか、うっかり裏切り属性とか、嘘つきとか、病んでるのやら、厨二やら、融通利かないとか……

逆に、嘘が付けないとか、おせっかいとか、正義感強すぎてやっかいごと全背負い込みとか、八方美人とか……

設定ってのは、後から直せないからやっかいだ。

 

おかげで連れて歩けるNPCが限られてしょうがない。

楽は出来ないものである。

それに特に外装をいじってない……いじれるほどの技術が自分たちに無かった為、外見が類似している者もちょくちょくいたりする。

ぶっちゃけ、色違いなだけとか。

紛らわしいんだよな。

 

名前も変なのとか、懲りすぎとか、長すぎとか……

 

まあ、全部自業自得な訳だが。

 

とりあえず、ゲームだろうが、異世界リアルだろうが、ただ一つ変わらない事。

 

金がいる。

 

ある意味不変の真理だ。

生きていくのにも、購入にも。

そしてギルドの維持にも……

 

これが一番やっかいだ。

 

ちょっと待ってや、つけといて、という訳にはいかない。

資金が尽きたり足りなくなれば、即終了だ。

しかも再購入不可。

 

てな訳で、全員に月に稼ぐ金額のノルマがある。

最悪他の誰かが足りない可能性も考慮して、多めに稼ぐ。

残れば極力貯金。

次も稼げるとは限らないのだから。

堅実?夢がない?けち?

いや、500年もやりくりしていれば、いい加減学ぶでしょう。

夢じゃ食ってけないって。

 

しかもギルド拠点維持費は、本当に待った無し。

何度か資金が足りずに、手持ちのアイテムやらそこらの鉱石やら手あたり次第にエクスチェンジボックスに放り込んだのもいい思い出だ。

数回やった馬鹿(自分)としては、もうこりごりなのだ。

エクスチェンジボックスは放り込んだ物に応じて金貨に換金できるけれど、入れた物を取り戻す事は出来ない。

まさしくシュレッダー。

泣く泣く入れたアイテムたちは、もう二度と返ってこない。

これがオリジナル一点物だったときの苦痛ときたら……

あの断腸の思いを繰り返さない為にも、ノルマをこなすのは絶対だ。

あとは換金率の高そうな物の購入とか収集とか。

 

ついでにいうなら、悪事はだめだ。

後々さらに厳しくなって、次には事態が悪くなっていたりする。

自分の悪事なら自業自得だが、誰かの悪事の尻拭いは最悪だ。

とある狩り場など、今まで出入り自由だったのに、密猟者が増えたとかで、立ち入り料と身分証明が必須になった。

おかげで出費が増えた。

犯罪者許すまじ。

という訳で、目にあまる悪事はどっかで叩いておかないと、我が身にやってくる。

なんて迷惑な奴らだ。

大抵の奴は自分が生きている間に問題なければそれでいい、とか考えているのかもしれない。

そいつ(元凶)はいいかもしれないが、こっちはそいつが死んだ後まで苦労するのだ。

換金率のいい動植物(毛皮・爪・効能)が絶滅した日には、犯人を蘇らせて殴りつけたくなるほどの損害だ。

金がもったいなくて、やれないが。

 

とにかく誠実(疑われない)、勤勉(ノルマをこなす)、謙虚(目立たない)が大切だ。

 

プレイヤーやらNPCやら、知っているやつは知っている。

特に竜王は生きてるのが、まだいるからなあ。

ああ、めんどくさい。

 

 

溜め息をついた主人(カルマ)に付き従う二人は、心配そうに訪ねた。

「大丈夫ですか?」

「お疲れですか?」

外見のよく似た二人だった。

瓜二つとはこの事だろう。

というのも当然である。

この二人はNPCであり、同じ外装の色違いなのだ。

カルマのギルドのNPCのうち、強いNPCはギルド拠点を守らせる為に残してあるので連れ歩けない。

さらに良い装備は優先的に、そのNPCたちへ振り分けている。

そしてギルド武器や、ワールドアイテムを持ち歩くなど、論外だ。

そして余りにこの世界の常識と懸け離れたアイテムを所持していると、何処にあるかわからない耳目に引っかかる可能性が高くなる。

故にカルマは、目に付く装備品はこの世界の一般的な物で固めている。

もちろんアイテムボックスの中身はその限りではない。

だからといって貴重品は少量だ。

この世界にいないはずのモンスターが、まれに存在する事がある。

おそらくユグドラシルから流れて来たモンスターなのだろう、とカルマたちは考えている。

 

NPC。

ギルド拠点にPOPするモンスター。

ゲームではギルド拠点から出られないはずのこれらは、この異世界ではギルド拠点の外での活動が可能となっている。

さらに傭兵NPC。

召喚モンスター。

こちらで顕現しそうな可能性は、いくらでも考えつく。

ライトフィンガード・デーモン(手癖の悪い悪魔)などに遭遇したら、目もあてられない。

 

「あまり強いモンスターには会いたくないなあ」

カルマのレベルは、現状あまり高くない。

せいぜい85から90レベル程度だ。

レイドボスなどが相手だとかなりきつい。

1ステージの戦闘に複数で出てくるタイプなら、一体一体の力は弱いのだが、一体で出てくるタイプは複数のプレイヤーで挑む事を前提としているので、耐久・攻撃力・技の数・レベルといろいろ規格外になるのだ。

一体で最低六人を倒す事が前提なのだから、当たり前といえば当たり前なのだが。

カルマからすれば70くらいのモンスターと一体ずつ遭遇するのが有り難い。

90からのレベル上げは結構な苦行なのだ。

うっかり死んでレベルダウンなど、目も当てられない事態だ。

付き従っている自分よりレベルの低いNPCの死亡も痛い出費になる。

最悪、当分復活させることが出来なくなってしまうだろう。

だから安全に確実にレベルの上がる方法が望ましいのだ。

 

「確かにそうですね」

「危険であれば、我々が盾になる程度で済めばよいのですが」

基本的にこの二人のNPCは、カルマ(主人)の生存を最優先としている。

金貨があればレベルダウンも無く復活するNPCと、レベルダウンとアイテムドロップのペナルティがある主人(プレイヤー)。

どちらの生存優先度が高いかなど、言うまでも無い。

そしてNPCに、主人を死亡させる選択肢は無い。

とりあえずこの二人のNPCには、と言うべきか。

 

「自分が一番かわいい」

という設定をしたNPCは、主人(プレイヤー)を見捨てて逃げ出したのだ。

そのNPCは、今はギルド拠点を守っている。

「ここ(ギルド)が落とされたら、お前は死ぬ」

と言ってあるので、きっと死に物狂いで戦ってくれるだろう。

希望だが。

 

レベルが低ければ、あのNPCを処分して、ギルド維持費を軽減出来たかもしれないと思うと、カルマは自分の選択を悔やんでしまう。

今、自分に付いて来ている二人は、忠実という面では何の問題も無いのだ。

レベルの高いNPCに凝った設定を付けたせいで、墓穴を掘ってしまった。

コンソールが出ない以上、設定の変更は不可能なのだ。

これも悔やんでも悔やみきれない事態の一つだ。

 

 

カルマ自身は異形種のアバターである。

外見はシルエットなら人間に見えなくもない。

そこでカルマは、カメレオンマスクを着用して、人間の振りをしている。

異形種の国で活動する事もあるが、基本的には人間の国へも必ず行く。

なぜなら、やはり元人間な為か、人間種以外の種族の表情や習慣、飲食物などにどうしても馴染まないのだ。

永い年月によって、動物や爬虫類の種族の表情が多少はわかるようになったが、やはり馴染んだ人間種の顔の方が落ち着く。

 

どこまで行っても、自分の中の人間臭さは抜けないのだろう、とカルマは考えている。

だいぶ慣れたとはいえ、やはり根底にはリアルの頃に培った常識がある。

とりあえず人間種を食料にするのは、自分には無理があった。

200年前の「口だけの賢者」のミノタウロスは大変だっただろうな、とカルマは思う。

これで牛肉好きだったりしたら、お気の毒だ。おそらく一生食べる事はかなわなかっただろう。

人間に擬態出来る分、自分のアバター選択は良かったと思っている。

種族変更は、培ったプレイヤースキルを白紙に戻しかねないので「やってみれば」という仲間はいるが、実際に実行した者はいない。

0か100かを賭けられるほど、この世界は安穏とした情勢ではないのだから。

 

もっと簡単にレベル上げが出来ればよかったのだが、そうそう甘い話は無かった。

自陣営のNPCやPOPは、経験値に入らないのだ。

まあ、自分に反撃しないNPCを倒して経験値が入るのもどうかと思う。

ついでに言えば、NPCでレベル上げが出来るなら、金貨を積めば復活させられるレベルダウンの心配のない相手という、金さえあればレベルが買えるシステムになってしまう。

さすがにそんな裏技は、運営も用意しなかったようだ。

というか反逆したNPCからも経験値が入らないとか、残念仕様だ。

おのれ、糞運営。

異世界でまで、ゲーム仕様を適用しなくてもいいじゃないか、とも思う。

いや、NPC連れ歩けるだけでも、結構な改変だけど。

 

しかし、とカルマは考える。

自分たちが、ゲームの制限を受けるのはまだ分かる。

この体がアバターの状態である以上、ゲームの産物の縛りは必須だろう。

だが、この世界の住人はレベルというゲーム仕様と、この世界の生き物としての、一般としての生活が可能となっている。

料理をするのに、スキルが必要などという縛りは無い。

この異世界がゲームの仕様に縛られ始めたのは、500年前からだが、この世界の住人がゲームとリアルの混在になったのなら、自分たちだってもう少し縛りが緩くなってもいいのではないだろうか。

とりあえず、料理くらいスキル無しでも作れるようになってほしかった。

そうでなければ、新たにスキルが付与出来るとか。

野宿の際、一番の問題は、自分一人では食事を作れないことだ。

作り置きや携帯食料が尽きると、自分で獲物を狩ってその場で調理という事が出来ない。

これ一つで、カルマの旅の難易度は人より上がっていると言ってもよいだろう。

飲食不要の指輪が無かったら危ないところだった。

この指輪(リング・オブ・サステナンス)も、元はNPCに装備させていたものだ。

故に、そのNPCが食べる分稼がなければならない。

 

「あ~、金が欲しい」

「申し訳ありません。努力致します」

「誠心誠意勤めます」

 

しまった。

声に出していた。

こいつらは悪くないのだ。

ここまで切羽詰まったのは、いろいろ有効利用出来たはずのアイテムをシュレッダーに放り込むような事態を作った自分のせいなのだから。

 

因果応報

自業自得

 

金に困った時に、一食抜くのは、指輪をしている俺であるべきなのに、こいつ等が食べないのは間違っている。

 

すまん。本当はわかっている。

俺の、俺たちの女癖の悪さが原因なのだ。

だって抱くなら人間、せめて人間種の女がいいじゃないか。

亜人種や異形種じゃ、その気にもならない。

せっかく人間の敵になりそうな種族を減らしまくって、ここまで増えたのに。

 

「あ~、世の中って上手くいかないなあ」




エクスチェンジボックスが「シュレッダー」って元に戻らないのかな、と思って発展させたらこうなった。
アインズなら、こんな事は絶対にないと思う。

と、5巻幕間で妄想したのでした。


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リアルを知る者

アインズは悩んでいた。

 

それはこの世界の職業構成についてだ。

 

知り合ったドワーフのゴンドが、ルーン工匠としてレベルが足りず、見習い程度の技能しか持っていないことは理解できた。

 

しかし、それがゴンド自身には分かっていないように感じたのだ。

単純に「自分の技術が伸びない、才能が無い」としか、考えていなかったように思われた。

 

これは、どういう事か。

 

想像するに、この世界の人間、あるいは存在は、自分の成長限界レベルを知らず、更に自身の職業構成も理解していないのではないかという可能性が浮かんできたのだ。

 

最たる存在は、カルネ村のエンリだ。

 

彼女は、使役するゴブリン軍団の能力を底上げする、ユグドラシルでいう所の、指揮官系の能力を持っているらしい。

 

しかし、彼女は自称「ただの村娘」であり、長じても「村長」か「族長」といった呼称を使うのみである。

 

つまり、彼女は自身の職業クラスを把握していないのではないか、という予想が成り立つのではないだろうか。

 

ユグドラシルでは「この職業を取れば、この技術が使える」といった、先に取得する魔法やスキルを目標に、職業を選択していた。

 

しかし、この世界では、その職業を生業にしているのでもなければ、行動の末に得た能力を使う事はあっても、その能力の職業を名乗る事はしない。

 

更に、ユグドラシル基準のレベルに達していなくとも、レベルより上位の職業を選択する事を可能とする者もいるのだ。

 

これは、この世界特有の職業を開発しているという事なのだろうか。

 

 

例えば、ポーション。

 

ユグドラシルに、青いポーションは存在しない。

全てのポーションの色は、赤と相場が決まっていた。

 

にも関わらず、この世界には青いポーションが存在する。

これはユグドラシルの技術ではない。

この世界特有の、ユグドラシルのポーションと同じ効能を持つ、ユグドラシルのポーションに似せて作った物だ。

これを「偽物」と考えるか、「この世界のオリジナル商品」と考えるかは、意見の分かれる所ではあるかもしれない。

 

 

同様に、かの蒼の薔薇の忍者姉妹は、ユグドラシルの基準のレベルに足りずとも、忍者としての技術と能力を有していた。

 

ユグドラシルでは、レベルが足りない=その職業に付けない=その技術が使えない、という結果しかなかった事を考えれば、この世界は能力やレベルに、かなりの融通が利くという事になる。

 

うらやましい話であり、同時に警戒すべき事案だ。

 

レベルが低くとも、百レベルの自分と同じ能力を、劣化版とはいえ会得している可能性が有り得るのだから。

 

 

ユグドラシルでも、自分のステータスは自分でしか確認できなかった。

当たり前だ。

自分の保有する能力を、敵対する可能性がある対象に晒す訳がない。

 

ギルド「アインズ・ウール・ゴウン」にはいなかったが、同じギルド内に裏切り者がいても不思議のなかったユグドラシルにおいて、同じギルドメンバーでもそうそう自分の情報を開示するような真似はできなかった。

 

なにしろ、話した相手が悪意無く他者にその情報を話してしまう可能性も考慮しなければならなかったからだ。

 

ユグドラシルは、基本的にプレイは無料だ。

課金をしなくても遊べる以上、接続できる機械さえあれば誰でも参加する事ができた。

そして大気汚染から、外で遊ぶという選択肢がないリアルにおいて、ゲーム機を持っていないという世帯は、仕事に就けない最下層である。

 

よって、ユグドラシルのプレイヤーは、上から下まで幅広い年齢層が参加していたのだ。

 

しかし、ゲームの中で会うのはアバターである。作られたアバターを見て、その相手の年齢など分かるはずがない。

 

年齢に関わらず、信用がおけるかも、それなりの付き合いを経なければ、分かろうはずもない。

 

自分が知った情報を他者に簡単に話してしまう、年齢の幼い者や道徳心や警戒心の低い者も一定数は存在したのだ。

 

ユグドラシルという、ゲームの法則に支配された中ですら、不確定要素は事欠かなかった。

 

 

 

 

「警戒しろ。情報は力だ。不明な点がある以上、油断は禁物だぞ」

 

改めて自分を戒める言葉を呟いていた。




映画観てきました。
あの最初の注意(アルベド出演)も、DVDに入らないかな。


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デミウルゴス ナザリック至上

後継

 

 

「偉大なる支配者の後継はあるべきだろう?」

 

本心であり、本心ではない言葉だ。

デミウルゴスは考える。

 

もしアインズがこの地を、ナザリック地下大墳墓を不要と判断した時、あの慈悲深い支配者が自らの子等を置いて行くことはないだろう、と。

 

「りある」という場所がどのような所なのか、デミウルゴスは知らない。

ただ、他の至高の御方々が、この素晴らしいナザリックを捨ててまで優先する場所であることは確かなのだろう。

 

それほどまでに素晴らしい場所なのか。

それほどまでに価値のある場所なのか。

それほどまでに意義のある場所なのか。

 

このナザリック地下大墳墓の全てよりも。

 

存在を見たこともない物との比較はできない。

 

だからデミウルゴスには、「りある」は想像の範疇の存在でしかない。

 

それでも、アインズが残ったのだから。

慈悲深い最後の方が残ったくらいには、価値があるはずなのだ。

 

だったら、

もしかしたら、

 

アインズに複数の子供たちが産まれたなら、その中から一人くらいはこのナザリックを選んでくれる存在が出てくるかもしれないではないか。

 

このナザリックに残ると仰ってくださる方(後継者)が、いるかもしれない。

 

もちろん最善は、アインズ自身がこのまま支配者として君臨してくれた方がいい。

その為の努力を惜しむ事など、あり得ない。

 

しかし、最悪をも想定しておくべきだ。

 

四一人中、たった一人しか残らなかったのだ。

その事実を、現実を、きちんと受け入れなければならない。

一人でも残られて良かった。

しかしそれは、永遠に続くと保証された事ではないのだから。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

繁殖

 

 

「ふむ」

 

デミウルゴスは思考する。

この地に最初に来た時に考えた、戦力の増強方法。

 

自分たちの子供がどの程度役に立つか。

 

この近郊の国々は、人間がほとんどだ。

まれに森妖精(エルフ)や、そのハーフがいる程度で、他の人間種は最近国交を結んだ山小人(ドワーフ)くらいだ。

話によれば闇妖精(ダークエルフ)も存在するらしいが、近隣諸国には存在しないようだ。

 

ザイトルクワエの討伐の際にナザリックへ所属し、第六階層でリンゴ農家をしているドライアードのピニスン・ポール・ぺルリアによれば、ザイトルクワエが出現し森を荒らす前までは、闇妖精がトブの大森林に居をかまえていたそうだが、現在では確認できていない。

この世界にいるなら、探し出して問題のなさそうな闇妖精の女を捕まえて、マーレにあてがって試してみたいものだが、これはマーレの意志を尊重すべきだろう。

なにより、最近はマーレもアインズ様からのご寵愛もありうる。

やはり、まっさらな子供に余計な手垢は付けない方が良いだろう。

 

現状として、可能性が高いのはセバスだろう。

異形種と人間では子を成す事はできないと、この世界では常識とされている。

だが、竜王国の女王のように、ドラゴンと人間という本来は異形種のはずの間に子をもうけている例もあるのだ。

竜人という存在が、どのあたりまで可能な範囲を有しているかという確認の意味でも、是非ツアレとの間に肉体関係が発生してほしいところだ。

 

子供が自分たちの能力を多少でも引き継ぐなら、ナザリックの役に立つだろう。

最低でも、五十レベル以上が望ましい。

 

ただ、自分たち守護者は生まれた瞬間から百レベルという完成された状態で存在しているのに対し、子供は育成という手順を取らなければならないだろうと予想される。

 

その上で、どこまでレベルを伸ばす事ができるのかを確かめなければならない。

試行錯誤を繰り返すだろう事を考えれば、試す対象は多ければ多いほど良い。

 

いっそ自分たちではなく配下の者に、どの種族となら子ができるのかの実験だけでもさせるべきだろうか。

 

「繁殖実験として、八本指に所属していた人間の女に、いろいろな種族と交配させてみますか。人間と交配可能な種族の割り出し。次に森妖精は・・・ あの森妖精のメイドはさすがに使えませんから、たしか餓食狐蟲王の所に半森妖精(ハーフエルフ)の女がいましたね」

 

簡単には殺さず、生かして苦痛を与える事を優先された、至高の御方の逆鱗に触れた愚か者たちの一人だ。

 

「あれを少し借りて使えれば、もう少し範囲が絞れますか」

 

半分でも森妖精との交配の、試作段階程度の結果は出せるだろう。

 

「数百人に実験をして、生まれる可能性は一割あるかないかでしょうか。その中から使い物になる子供が一人でも出れば、御の字でしょうかね」

 

所詮は実験だ。

本番となる自分たちの子供の段階までの、確率の確認である。

 

まず、どの種族同士なら子がなせるのかの確認。

さらにこの世界の種族と、ナザリックに所属する者との、交配可能範囲の差があるかどうかの確認。

次に、子供のレベル上限の確認。

これは、親となる者のレベルに添うのかどうかも、確認しなければならない。

 

レベルの違う親の子は、どちらの親の影響を受けるのか。

レベルに左右されるのか。

または、父親母親の差で変わるのか。

親のレベルを引き継ぐのか、あるいはレベルが上がるのか下がるのか。

はたまた、突然変異のような存在もありうるのか。

百レベル同士の子は、百レベルになりうるのか。

 

とにかく確認しない事には、わからない事が多すぎる。

かといって、自分たち守護者レベルが、いちいち確認のために行為などしてはいられない。

 

シモベたちに役割を振り分ける方が、効率的だろう。

なかには、人間などとの行為に、嫌な思いをさせてしまう者もいるかもしれないが。

 

「ナザリックの為だと、我慢してもらうしかないですね」

 

自分としても、人間ごときを相手にするなどごめん被りたい事態だが、ナザリックの強化という目的に最短距離の方法であることは否めない。

 

確率の高い種族を振り分けておく事は、大事な選別だ。

 

「やれやれ、手が足りないことだ」

 

 




パンフレットで、ドラゴンが人間と子を作るのは変態だそうで。
ナザリックも人間は下等生物扱いだから、嫌がりそうだな。




セバスが変態になってしまうのか?


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冒険者ネムとクーデ

「冒険者ネム」の「不可解な巡り合わせ」と書いて
「そんな都合の良い展開があるか」=これが「ご都合主義」というものだ、と続く。

と書こうかと思っていましたが、流石に場にそぐわないかと思ってやめました。

つまり、ここからは「ご都合主義」展開ありきです。

まあ、甘くも優しくも無い展開ですが。



「アシッド・アロー!」

第二位階の魔法を唱え、襲ってきたモンスターを撃退する。

止めをさせるほどの威力は無いので、最後は前衛を担当するゴブリンの剣が相手の息の根を止めた。

 

クーデのチームは六人編成だ。

 

物理火力 ゴブリン聖騎士隊より出向

魔法火力 クーデ

防御担当 ゴブリン重装甲歩兵団より出向

治療担当 ゴブリン医療団より出向

探索担当 ネム・エモット

全支援役 ゴブリン暗殺隊より出向

 

魔導国以外では四人一組が多いが、魔導国では基本は六人一組だ。

一人一人に役割が振り分けられている以上、一人でも欠ければ大惨事となりかねない。

全体をカバーする役も必要なのだ。

あるいは、戦力に余裕を持たせて、一人の負担を減らすなどの工夫が求められていた。

 

そして、そんなチームの中でクーデリカことクーデは落ち込んでいた。

 

侮っていた。

 

自分は魔法を使える。

しかも第二位階魔法が使え、もうすぐ第三位階の魔法にも手が届くかもしれないとみんなが言う。

それはすごい事で、このチームの誰よりも役に立つに違いない、と。

どこかでそんな風に自惚れていた。

 

そんな都合のいい話は、なかった。

 

魔法を使えないネムの、レンジャーとしての能力がなければ、今頃自分は死んでいただろう。

近づく敵に気付かないという事は、そういう未来をたやすく呼び寄せるものなのだ。

 

ネムにはレンジャーとして、ゴブリンたちに鍛えられた技術があり、それを生業として活動してきた実績がある。

 

かえして自分は魔法が使えるというだけで、敵を発見する事も、動き回る敵に攻撃を当てる事も、味方の援護さえも満足に行えなかった。

 

 

才能のある者の到達地点とされる第三位階魔法ですら、実戦では対応策が存在する。

 

敵が避けられる火球(ファイヤーボール)。

敵に当たらない雷撃(ライトニング)。

 

敵も馬鹿ではない。

火球であれば着弾点を推測し、当たらないように散解する。

一直線に進む雷撃ならば、横に飛んだり伏せたり、あるいは壁となる障害物を利用する。

 

魔法詠唱者が活躍するには、敵を素早く発見する野伏。

敵の攻撃を防いでくれ、足止めしてくれる盾役となる戦士。

そういった連携が、必要不可欠なのだ。

 

チームを組むという事は、そういった役割分担をきちんと行える事が必要だった。

 

敵の投げた石で、目を潰される事もありえるし、頭上から石や矢が降ってきて当たれば、簡単に死ぬだろう。

 

前方や目に見える範囲だけに敵がいるなどという事は、あり得ない事だ。

 

戦闘とは命のやり取りであり、自分の命が掛かっている以上、いくらでも真剣にそして狡猾に対応してしかるべきなのだ。

そしてそれは相手も同様だ。

こちらの裏をかこうと画策し、あらゆる手段を模索してくる。

 

相手が死んだと思って近づけば、死んだふりだったという事も珍しくは無い。

 

クーデは杖をきつく握り締める。

 

今日一日で、何回死にかけただろう。

役に立つどころか、足手まといはまさしく自分一人だ。

 

こんなはずじゃ無かった。

 

どこかでそんな思いが沸き上がる。

 

自分はもっと役に立つ。

自分はもっといろいろな事ができる。

自分はもっと・・・

 

甘かったのだろう。

どう考えても。

 

自分は魔法が使える。

護身用に剣も習った。

 

だから?

 

実戦経験が無いという事は、初心者と同義だ。

相手(敵)が自分に合わせてくれるはずも無い。

隙を狙い、隙を作るように誘導し、だめなら不得手な方向から突いてくる。

 

実戦経験の無さは、とっさの反応にも出る。

敵を前にした時、竦むことなく相手を観察し効果的な魔法の選択ができるか。あるいは逃げるか戦うか、さらには交渉するか等、臨機応変な対応が求められるのだ。

 

ここが魔導国の訓練用ダンジョンでなければ、自分は遺体さえ残るまい。

 

「何事も経験だよ。本で読んだり、人に聞いたりするのも大切だけど、体験しなければ、ただの『知識』なの。それが解った分、経験を積んだっていえるんだって」

 

自分に語りかけてくるネムの言葉が、嬉しくも情けない。

つまり、自分はやっと一歩目の足を出したばかりだという事なのだから。

 

それでもこの体験を、経験として蓄積しなければならない。

 

まさしく「言うは易し、行うは難し」だ。

 

冒険者組合での注意が思い起こされる。

 

「魔導国の冒険者は、国の機関に所属しているという自覚を持ってください。くれぐれも他国で、魔導国の評判を落とすような言動は慎んでください」

 

国から資金を提供されているのだから、国の看板となる行動をするように求められたのだ。

 

しかし、知らない人に話しかけるだけでも、気が重くなる。

カルネでは、どこの馬の骨ともわからない、拾われ者の自分は、嫌われないように気を使う日々だった。

自分の行動が、恩人であり育ての親代わりをしてくれた、エモット家やバレアレ家の迷惑になるかもしれないのだから。

 

だからこそ、冒険者になりたかったのかもしれない。

自分を知らない人々の中でなら、自分を変えられるかもしれない、という思いもあったのだ。

 

 

無論、そんな都合良く簡単に行く訳がない。

 

自分の先の見通しの甘さに、自己嫌悪に陥らないように気を張るのがせいぜいだ。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

懐かしい夢だ。

 

部屋に姉(アルシェ)と手をつないだ双子の片割れ(ウレイリカ)が入ってくる。

 

久しぶりに会えた姉の姿が嬉しくて。

自分より先に会っている、もう一人が羨ましくて。

つないだ手が悔しくて、自分もと駆け寄って、もう片方の手を握りしめる。

 

硬い手。

 

でも、優しい手。

 

二人で姉を部屋の中に引っ張り、一緒に腰掛ける。

 

自分たちの頭を撫でてくれる。

 

姉は自分たちを並べて座らせると、正面に屈み込む。

 

そして

 

「大事な話があるの」

 

 

 

 

 

ふと、目が覚める。

 

引っ越しの話をした後、姉に会った記憶は無い。

 

あれが最後に会った姉の姿だ。

 

「お姉さま」

 

久しく口にしていなかった呼び名を、声に出して呟いていた。

 




ゴブリン軍団は、例え勝手に名前を付けてもオリジナルのキャラクターではない。
(どこかで出したらすみません)と思っている。


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アインザックは考える

冒険者組合長アインザックがこう考えていたら、という「小話」2つ。
「短編」ほど長くならなかったので。


1、異種族交流

 

リ・エスティーゼ王国、城塞都市エ・ランテルの冒険者組合組合長。

改め。

アインズ・ウール・ゴウン魔導国冒険者組合、プルトン・アインザック組合長。

 

アインザックは驚いていた。

 

それは魔導王によって、エ・ランテルへやってきたゴブリンたちとの会見によって起こされた、自身の常識の崩壊によるものだ。

 

魔導王に引き合わされたゴブリンたちは、自分が今まで知り得たゴブリンとは、まったく異なる存在だった。

 

礼儀正しく衛生的。

言葉も流暢で、意志疎通に問題など何も無い。

さらには高い戦闘能力を持ち、故ガゼフ戦士長の育てた戦士たち並には強いだろうと感じられた。

 

いや、ゴブリン特有の子供と変わらない背丈を考えれば、あのゴブリンたちの戦闘能力は上回るかもしれない。

子供程度の背丈からくる、リーチの差や降り下ろしの速度や高さが、成人男性より不利にも関わらず、一廉(ひとかど)の戦士と同等の戦闘能力を持つなど、その鍛えられた筋肉に覆われた身体だとしても、非常に優秀だと判断できる。

 

そもそも、あれだけ外見が自分の知るゴブリンと異なると、いっそ違う種族だと言われた方が納得できるという気がしてくる。

 

確かに彼らのような存在であれば、言葉の通じない倒す以外に選択肢の無いモンスターとして扱うのは、何か違うような気がしてくる。

 

しかも、人喰いの代名詞ともいえるオーガが、食料を提供すればゴブリンの言うことを聞いて一緒に戦うなど、まさに常識とは何かと問いたくなるほどの衝撃だ。

 

それどころか、開墾の手伝いさえもしているという。

 

確かに頭は良くなさそうだが、上下関係をしっかりと把握し、愚直に働く様は好感が持てる。

 

むしろ、上下関係も信頼関係も、隙あらば覆そうと暗躍する人間の方が、問題があるようにさえ感じてくるほどだ。

 

なるほど。

確かに彼らには彼らなりの常識や規則(ルール)があり、それに準じた文明を持っているのかもしれない。

 

そんな風に考えるくらいには、彼らゴブリンの存在はアインザックのゴブリン像を壊した。

 

まさしく、魔導王の言葉通りだったのだ。

 

アインザックはしみじみと呟いた。

 

「本当に世の中とは、未知に満ち溢れているのだな」

 

◆◆◆

 

2、二百年

 

リ・エスティーゼ王国 城塞都市エ・ランテル、改め、アインズ・ウール・ゴウン魔導国の冒険者組合組合長プルトン・アインザックは、己の手の中にある物を、うっとりと眺める。

 

美しい造りだ。

 

滑らかな曲線。

けぶるような姿。

透き通るようでありながら、一級品の硬度を保有した強さを秘めている。

神秘的な青さは、まさに至高と呼ぶべきだろう。

 

「はあ」

 

これはまさしく英雄の装備。

 

アダマンタイトの冒険者が、探求の果てにやっと手に入れる事ができるような、まさに秘宝と呼ぶべき究極の一品。

 

それが、今、自分の手の中にある。

そして、それは自分の物なのだ。

 

沸き上がる歓喜を押さえる術など、アインザックは持ち合わせてはいなかった。

 

「素晴らしい」

 

この青く揺らめく靄を纏う刀身を持つ短剣を下賜してくれた、魔導王への感謝は、いくらしても足りるものではない。

 

過去、冒険者として望んでも到達できなかった願いの一つが、ここに具現したのだから。

 

そして、魔導王の行動に自分なりの解釈が生まれていた。

 

魔導王はこの短剣を「大したものではない」と言ったのだ。

つまり、魔導王にとって、この短剣はありふれた物なのだろう。

 

そこから考えれば、おのずと想像できる事がある。

 

世界中に残される遺跡。

そこから発掘されるアーティファクト。

そして長く生きているという魔導王。

 

つまり、魔導王は「そういった遺跡が栄えていた頃から存在していた」のかもしれないという可能性だ。

 

それならば、魔導王が優れた武器や道具を複数所持している事にも納得できる。

 

魔導王にしてみれば、今の世界は随分と退化してしまって見えるのだろう。

 

そしてエ・ランテルを領土とした事。

 

もしかしたら、もともとこの一帯は、魔導王の支配地だったのかも知れないと言うことだ。

 

王国の歴史は、せいぜい二百年だ。

 

魔導王が、それよりも以前から存在していた可能性は、十分にありえる。

 

つまり魔導王からすれば、「家を留守にしていたら庭にいつの間にかテントを張って生活している者がいた」状態だったのかもしれないのだ。

それなら魔導王が、豊かな帝国ではなく、わざわざエ・ランテルを自領にした理由も理解できる。

 

魔導王の視点からすれば、奪ったのではなく、自分の物を取り戻したという感覚なのかもしれない。

 

二百年も前の事、というのは人間の理屈なのだろう。

 

魔導王からすれば、「たった二百年」という尺度なのかも知れないのだ。

 

だから、魔導王は「私はお前たちとは違う存在。だからこそ人間の反応に間違ったことをするかもしれない」と仰ったのではないだろうか。

 

永い時を存在するアンデッドたる魔導王からすれば、二百年前の所有権は当然の権利で、人間がそれを理解できないとは思わなかったのかもしれない。

 

ゆえに、リ・エスティーゼ王国が領土を明け渡さない事に腹を立てたのではないだろうか。

 

あの「カッツェ平野の大虐殺」は、そうして起こったのかも知れない。

 

そんな風に、アインザックは魔導王の言動を自分の理解の範疇で想像していた。

 

むろん、これは妄想の類であり、事実とは異なる可能性は十分に理解している。

しかし、完全に間違っていると否定できる材料も存在しないのも、また事実なのだ。

 

アインザックの想像が、ここまで飛躍したのには一応の訳があった。

開戦前にバハルス帝国が、わざわざ宣言文に記した事が、完全な虚偽と思えなくしていたのだった。




1、10巻で考えて、12巻でゴブリンたちがエ・ランテルに滞在している記述があったので。

2、アインズがアインザックに簡単に(現地勢にとっては)レベルの高い武器を渡したことで、アインザックが想像できて、アインズに都合がよい理由。というこじつけです。

現地勢は、アインズが永く存在しているとみんな思っているようなので、こういう考えも有かな、と。


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頑張れるか レメディオス

レメディオスに出番を作るとしたら、というネタです。

多分いろいろ無理がある。



誤字報告をくださった方々、ありがとうございました。


レメディオスは憔悴していた。

仕えつくすべき主君であり、掛け替えの無い親友である聖王女(カルカ)を、守る事もできずに失い。

公私共に頼りになり、同じ主を仰ぐ者として歩を進めていた大事な妹(ケラルト)も失ったのだ。

これで精神を打ちのめされるなという方が、非人道的だろう。

例え国一番の聖騎士と称えられた存在だとしても。

 

といっても、それは既に過去の栄光だ。

 

家族や主君を亡くした者など、この国には数え切れないほどの数で存在する。

それを一人だけ特別に悼むことなど、有り得ないだろう。

 

更には、「国一番」といっても、他国にいくらでも「それ以上」がいる事だと、国中に知れ渡ったのだから。

 

 

自分がヤルダバオトより弱者である事を認めるのは辛かった。

王国のアダマンタイト級冒険者が撃退できたのだから、悪の存在との戦いに対してなら聖騎士たる自分の方が上だという自信があった。

それがヤルダバオトに対しては、何の役にも立たなかった。

挙句、魔導王からは「足手まとい」と断じられた。

 

これからの国の行く末を考えれば、頭の良くない自分でさえ、あまりの困難に苦しく吐き気がした。

 

聖剣は悪に対して、強さを発揮する。

しかし、戦った亜人は悪の位相ではなかった。

どれほどに納得のいかない事だとしても、聖剣はあの亜人を「悪」と判断しなかったのだ。

 

悪魔であるヤルダバオトにさえ、たいしたダメージが入ったように見えなかった。

いや、あれは何ら痛痒を感じてはいなかっただろう。

そのヤルダバオトを倒した魔導王。

アンデッドなのだから聖剣が効くと思っていたが、もしかしたらヤルダバオトと同じく効果がないかもしれない。

 

考えられる理由は二つ。

悪魔やアンデッドでも、悪の位相ではない可能性。

もう一つは、人間が蟻に噛み付かれてもチクリとしか感じないように、ヤルダバオトと自分の力量が桁はずれに離れている可能性。

どちらの理由に対しても、「そんな事が認められるか」という感情と、「十分に有り得る」という冷静な部分がある。

 

ふと、戦った三匹の亜人の言葉が思い出される。

 

『絶対的な支配者の子を宿すことにどれほど値打ちがあるのか理解できぬとは』

『自分の子供を産んだ種族には目をかけるじゃろうなぁ』

『優秀な父親の血を引けば、それなりの子供が――いや、父親を超える優秀な子供が生まれるだろうから』

 

そう、強者の子は強者だ。

それはどの種族でも変わらない真理だ。

自分は人間としては強くとも、他種族のあの亜人や悪魔たちと比べれば・・・・・・認めたくはないが、特別ではない。

 

だが、自分が強い男の子供を宿せば、その子供は自分くらいには強くなるだろう。

父親が自分より更に強ければ、自分より強くなるはずだ。

そして、そんな自分の子供が何人もいれば――

 

「聖王国は強国になる」

 

そうだ。自分にはまだやれる事がある。

 

聖王女(カルカ)の掲げる理想、「弱き民に幸せを、誰も泣かない国を」

 

それを実現する方法。

 

その為に必要な、自分より強い男――

 

ヤルダバオトは死んだ。生きていたとしても悪魔だ。悪の存在との子供など論外。

魔導王。骨だ。

ヤルダバオトが恐れ、魔導王が強者と認めた存在。

 

それは――

 

「そうだ、モモンだ」

 

魔導国で会う事は叶わなかったが、モモンは人間だ。

なら、自分と子供を作る事が出来る。

 

なんて素晴らしい考えだろう。あの三匹の亜人の言葉とも合致する。

それに子供が出来れば、モモンもこの国(聖王国)に移り住むだろう。

魔導国の力を削ぎ、自国(聖王国)の強兵となる。

完璧な策だ。

本当に自分は戦いに関する事には、考えが回る。

 

レメディオスは、自分の考えを自賛した。

 

相手(モモン)にも、選ぶ権利があるとか、

魔導国との関係が悪くなるとか、

子供が必ず国に仕えるとは限らないとか、

諸々の問題は、レメディオスの頭の中には存在しない。

考え付いた未来への最短距離の道筋しか、考えつかないのだ。

道が塞がっていて回り道をするかもしれない、という考えは無い。

 

更には、道そのものが断ち切られている可能性など想像すらしないだろう。

 

 

そして、――ぞっとした。

あのメイド悪魔は、美しいという言葉では足りないほどの美を備えていた。

そして、あの三匹の亜人も、悪魔の子種をもらうと言っていた。

 

つまり悪魔は子を生(な)す事ができるという事だ。

 

まさか、あのメイド悪魔を魔導王が欲したのは、モモンにあてがって、その子供を己が物とする為ではないだろうか。

そう考えれば「あの」魔導王が、この国にわざわざやってきた辻褄が合う。

合ってしまう。

 

自分(レメディオス)が考えた強兵の手段を更に早くから考え、これ幸いとこの国の災難を利用したのではないのか。

 

そんなことにはさせない。

 

すぐに行動に移らなくてはならない。

 

もしかしたら、王国でもモモンの子供を狙っていた輩がいたのかもしれない。

 

頭の良くない自分が考えつくのだから、王国でもあったと思うべきだ。

 

であるならば、どのように行動すべきだろうか。

 

ただ魔導国へ行っても、モモンに会うことは出来ないだろう。

 

なら、やはり王国へ行って、親しい者の紹介状をもらうべきだ。

 

前回は蒼の薔薇だったが、モモンが冒険者組合に登録していたのなら、他にも親しい者がいたはずだ。

 

そういった者から紹介状をもらえば、魔導国で魔導王を通さなくてもモモンに会えるだろう。

 

「よし、さっそく」

 

 

 

 

 

まずはリ・エスティーゼ王国へ行くのだ。




ネタです。




原作の「頑張れ アインズ様」
外伝の「頑張れ エンリさん」
13巻後に始まる「頑張れ ドッペルさん」

みんな頑張っているけれど、レメディオスは頑張れば頑張るほど、方向を間違えている気がします。(やはり手綱持ちがいないからか)

どこかの未亡人さんの言葉を覚えていてほしかったものです。



補足
1、レメディオスが、三匹の亜人の会話をきちんと覚えていられるのか。

レメディオスは戦闘に関しては、記憶力がありそうかな、と思います。
そうでないと、戦闘経験が貯まらない。(職業や種族の、弱点や特技など)

2、モモンに女。

書籍4巻のドラマCDでもWEB版でも、冒険者組合長のアインザックが頑張っていたので、よくある事なのでは、と。

しかし、このレメディオスは「モモン」に会ったら、「私と子供を作ってくれ!多ければ多いほど良いぞ!」とか言い出しそうな気がします。


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笑い話(デミウルゴス・ラナー)

デミウルゴスは笑った。

 

 

なんと自分の主人は偉大なのだろうかと、感嘆の笑みがこぼれて押さえきれない。

 

 

ネイア・バラハ。

 

 

あのような駒を用意してくださるとは、どれだけ先を見据えておいでなのかと、どれほどの言葉も主人を評するには足りないだろう。

 

 

このローブル聖王国で、魔導王の配下になった亜人ならぎりぎり許せる、とまで言える人間が増えている。

 

 

いままで数百年に及んで敵対していた相手に対してだ。

 

 

なにしろ、この国(聖王国)は宗教国なのだ。

 

亜人はもちろんのこと、異形種は敵として認識している。

 

特にアンデッドとなれば、生まれた時からの神殿の教えもあって、憎み嫌悪して当たり前の存在なのだ。

 

 

事実、魔導国はアンデッドの治める不倶戴天の敵として、亜人殲滅後に攻め込むべき敵国という認識だったのだ。

 

 

それは今も変わっていない。

 

 

 

南部では、だ。

 

 

 

北部では凄まじい勢いで、魔導王アインズ・ウール・ゴウンを称える人間が増えている。

 

 

デミウルゴスの計画では、北部と南部の対立は、南の支持しない聖王の即位の不満や、北部と南部の被害の有無による経済的対立などを煽る予定だった。

 

 

それが加速度的に対立が早まっているのだ。

 

 

これは当然ネイア・バラハの存在が関係している。

 

 

魔導王を支持しているという事が、そしてその支持者の数が増え続けていることが、宗教的対立として現れているのだ。

 

 

信仰系魔法を使う聖王を頂点とする宗教色濃いお国柄。

 

アンデッドを憎み嫌悪し、滅ぼすべき敵と認識している国民が大多数を占めるのだ。

 

 

そんな国で、アンデッドが頂点に立つ国への併呑を望むなど、国を裏切る行為と取られてもしかたがない。

 

 

ところが、そんな考えを人々に教え広め、その考えに同意する者を増やし続ける存在を、聖王自らが支援していたとしたら、それはどのように見られるか。

 

 

いうまでもない。

 

 

聖王女(カルカ)以上に、聖王にふさわしくない、と判断する。

 

 

信仰系魔法を第四位階まで使いこなす存在(カルカ)すら、女であるという一点のみで「不適格(ふさわしくない)」と断じた南部からすれば、現聖王(カスポンド)の行いは、排斥するに値する蛮行として映った。

 

 

といっても、南部の一部の貴族は新聖王と北部を支持した。

 

 

これは魔皇ヤルダバオト対魔導王アインズ・ウール・ゴウンの戦闘を目にした貴族たちである。

 

 

彼らは怖れたのだ。

 

 

彼の魔導王の力を。

 

 

そしてその機嫌を損ねることを。

 

 

 

 

当然である。

 

 

自分たちがまったく手も足も出ず、蹂躙されるだけでしかなかった相手(ヤルダバオト)を圧倒的な力量差でもって完殺したのだ。

 

 

その力が自分たちへと向けられるなど、誰も望まないあってはならない事態だ。

 

 

 

 

この世界では、他国がどのような被害を受けようと、それを助けに行くような国は基本的には存在しない。

 

 

どれほどの被害が出ていようと、その被害者が自分でなくて良かったと思うのが普通だ。

 

 

正しく弱肉強食の世界なのだから。

 

 

王国のフィリップの父親が危惧したように、他国への援助や救援など何かしらの支援は、当然のように見返りが期待できるか、他国を併呑するための方便でしかない。

 

 

帝国のジルクニフが恐怖したように、他国へ軍を動かすには方便が必要なのだ。

 

 

たとえ国民の総意が善意であろうと、国を預かる首脳部は国を疲弊させる政策を無制限に許容するものではない。

 

 

 

 

だからこその、何かしらの被害が出た時、助けに来てくれる存在。

 

あるいはその庇護下にあることで、他の脅威から守られるような絶対者の存在。

 

 

単騎で国を落とせるヤルダバオトと、単身で都市を落とせるメイド悪魔。

 

そういった強者を、同じく力でねじ伏せる事のできる超越者。

 

 

その存在の下につく事は、どれほどのメリットをもたらすか計り知れないだろう。

 

 

 

この世界でも、表立ってではないが、竜王国は法国へ寄進という形で金品を渡し、防衛力の不足を補っている。

 

魔導国を後ろ盾に持てば、その威を借る事で、他国への抑止力となる。

 

 

頭を下げて通り過ぎる事を待つ事が許されるのは、天災だけだ。

 

 

弱者たる人間は、襲われれば逃げるしかなく、逃げたとしても、追われ探され狩り尽くされるのが常なのだ。

 

しかし、それが理解できる者(北部)とできない者(南部)との溝は深い。

 

 

 

「ああ、本当に素晴らしい。同じ国で同じ宗派の者同士が、お互いの正義をぶつけ合い、争いあう。なんと愚かな人間らしい結末でしょうか」

 

デミウルゴスには嗤うしかないお話だ。 

 

 

◆◆◆

 

 

ラナーは嗤う。

 

クライム。貴方は強くならなくていいのよ。

 

いいえ、強くなってはいけないの。

 

 

もし、クライムが人より抜きん出て強かったなら――

 

あるいは、何かしらの才能を持っていたなら――

 

きっとラナーから取り上げられてしまっただろう。

 

 

お飾りの第三王女に、そんな人材は不要、あるいは宝の持ち腐れで勿体無いとして――

 

強ければ、死んでも誰も文句を言わない、使い捨ての戦力として。

 

才能があれば、拾われた恩を「王家」に返す為にと、使い潰されていただろう。

 

 

 

力も才能も無い、ある意味「どうでもよい存在」だからこそ、ラナーに「与えられて」いるのだ。

 

 

 

それをラナーは良く知っている。

 

だからこそ、クライムは無力のままだ。

 

人に教えも受けられず、助言も無い。

 

居ないかのように扱われる。

 

 

 

だからこそ――クライムの世界は狭く、ラナーによって見える世界しかない。

 

 

「わたしのかわいい犬(クライム)は、賢く(人間に)なんてならなくていいのよ」 

 

 

 

ただ、私を見ていればいいの。

 

 



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アニメ二期EDにいる(クルシュ・ツアレ)

クルシュ

 

クルシュ・ルールーは想う。

 

ザリュース・シャシャを愛していると。

 

「おぞましい」と言われ続けた自分を初めて「美しい」と讃え、一生自分には縁のない話と思ってきた求婚をしてきた雄。

 

自分の人生で初めての相手であり、絶対に最後の相手。

 

アルビノである自分を疎まない者など、一族の中にはいなかった。

 

「族長」ではなく、「一族を束ねる者」と称されるのがよい例だ。

 

祭司としての力があったから生かされていたようなものだ。

何の力も無かったらきっと、一族から追い出されて森でモンスターの餌になったか、最悪殺されていただろう。

 

ナザリックとの「戦争(実験)」によって、他の部族と関わるようになった。

 

他の部族では、ゼンベルが他と変わらぬ態度で接してくれたが、あれは「分け隔て無い」のであって、「特別」ではない。

 

自分を「たった一人の雌」として見てくれているのは、ザリュースだけだ。

 

 

だからこそ――

 

 

ザリュースを失う事はできない。

 

結婚し、可愛い我が子にも恵まれた。

 

残念であり可哀想な事に自分に似てしまったが、ザリュースとの子だ。

可愛くないはずが無い。

 

至高なる御方、アインズ・ウール・ゴウン様が我が子を見ると、取り上げられるのではないかと不安になる。

 

もし、我が子を望まれたとしたらどうしようと、心配で落ち着かなくなる。

 

渡したくなど無い。

絶対にだ。

 

 

それでも――

 

 

もし、ザリュースと我が子のどちらかを差し出せ、と言われたなら、自分は何の迷いもなく、我が子を差し出すだろう。

 

それが、今生の別れとなり、生別死別のどちらの結果になろうともだ。

 

どれほど我が子が可愛くても、ザリュースとは比べものにならない。

ザリュースの代わりなど、存在しない。

ザリュースだけでいい。

 

 

だから、自分はこのリザードマンの中で、誰よりも忠実な存在であれる。

 

もう二度と手放す事など、考えられない。

 

だから、もしもの時、自分はザリュースも全てのリザードマンも裏切れる。

 

ザリュースが自分に残されるなら、それを後悔など決してしない。

 

自分が任務に忠実であれば、ザリュースはずっと自分のもの(報酬)だ。

 

 

ああ、アインズ・ウール・ゴウン万歳!

 

自分にザリュースと出会う機会を与え、生涯の相手を与えてくれた、ナザリックに栄えあれ!

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

ツアレ

 

「違う違う。もっと丁寧に優しく。掃除はただ綺麗にすれば良いというものではありません。新品に戻すほどの気合いを持ってください。例え便器でも舐める事を厭わないほど綺麗にしてこそ、『掃除をこなした』と言えるのです」

 

少々反論したい例えもあるが、基本的には間違っていない言葉に、ツアレは必死になって手を動かす。

 

どんな事も聞いただけでは身に付かない。まずは体を動かして覚えるのだ。

 

そもそも、自分に掃除を教えてくれているこの変わった格好のモンスター。

 

ペンギンという種類の鳥人間(バードマン)の異形種であり、ナザリック大地下墳墓の執事助手という肩書きを持つエクレア・エクレール・エイクレアーの掃除は『綺麗』という形容詞以外は使いようが無いほどに徹底的なのだ。

 

こういった講師の面々に教えられる度に、自分のふがいなさが浮き彫りになる気分だ。

 

なにが「セバス様と一緒に働かせてください」だ。

 

セバスと一緒にいて何が出来るというのか。

 

邪魔になる以外の未来が、何一つ想像できない。

 

まったくメイド(働き手)として役に立っていないではないか。

 

王都でソリュシャンを「お嬢様」と呼んでメイド服を身につけていた時の自分を叱りつけたくなる。

 

あれは「メイド」ではなく、更には「メイドの真似事」ですらない、「メイドごっこ」という子供の遊びだったのだ。

 

メイドとしての技術や技量、その在り方を学べば学ぶほど、メイドという職業は「学の無い平民ごときがなれる訳がない」専門職だった。

 

言葉に出さない主人の意を汲み、主人の望む対応を行い、来客に対しても不満を感じさせないような対応を行う。

歩き方一つでも、無様を晒してはならない。

体調が悪かろうと、それを相手に悟らせず、笑顔でそつのない対応をする。

言葉遣いも、ただ丁寧に話すのではなく、相手によって変えていく。

 

主人より目下の相手に、主人より上の言葉を使えば、主人を蔑ろにしている事になる。

 

さらに、主人が気を使っている相手に雑に対応すれば、主人の厚意を踏みにじる事になる。

 

主人を立てつつ、それぞれの相手への対応を、臨機応変に変えていく。

 

 

ナザリックのメイド達は、全てが「完璧なメイド」だった。

彼女達と同じメイドとして働くなど、おこがましいにもほどがある発言だったと今ならわかる。

 

それでも、きちんと一つ一つ教えられた事を自分の物として、「メイド」としての技術を身に付けていく。

 

それは喜びだった。

 

教えられた事を覚えれば、次の段階へ進む事ができる。

できた事をできていないと言いがかりを付けられる事もない。

覚えた事できた事は、きちんと評価される。

その上で、更に上を目指す事を教えられる。

 

 

 

幸せだ。

泣けばうるさいと殴られ、黙れば何か言えと足蹴にされる。

そんな理不尽は、ここ(ナザリック)には無い。

頑張れば頑張っただけ、ちゃんと評価される。

歩き方をマスターすれば、次を学ぶ。

 

 

ツアレニーニャ・ベイロンことツアレにとって、「アインズ・ウール・ゴウン」は絶対の主人である。

自分をあの地獄から救ってくれたセバスが絶対の忠誠を誓っているのだから、素晴らしい方に決まっている。

 

ナザリックでメイドの一人として働いていた時、他のメイドの働きに目を見張った。

一日も休まず、年を通して至高の御方の為に働く事こそ自分達の存在意義だと言っていた。

 

それをアインズ・ウール・ゴウンは「休め」と言ってくるという。

 

良い方だ、と思った。

 

そしてナザリックは、ナザリックの財を狙う者達にすぐ上の階層まで攻め込まれた事があるとも知った。

 

この階層(第九)まで来なくて、本当に良かった。と思ったものだ。

たとえ復活させてもらえると知っていても、セバスが殺されるなど、過去の話でも恐ろしく、想像するだけでも耐え難く許し難い事だ。

 

そして、その話を聞けば、外の存在に対して排他的になるのも仕方のない事だと思った。

 

金持ちが泥棒を警戒するように、ナザリックは外の存在を警戒する必要があったのだろう。

 

そんな存在(攻め込んだ者)がいた以上、外の存在を嫌うのは当然だと思った。

 

自分だって、貴族全てが悪い人間だとまでは思わないが、どうしても悪い印象が先に来るのだ。

同じ種族(人間同士)でも、このような感情を持ってしまうのだから、他種族に対して冷淡なのは寧ろ当たり前だろう。

 

ましてやここ(ナザリック)は異形種の地。

人間から見れば、モンスターの巣窟だ。

警戒するなと言う方が、意識を疑う話だろう。

 

そんな中にあって、アインズ・ウール・ゴウンの存在は慈悲に満ち溢れている。

敵対者であっても、無礼を働いた者でなければ苦痛無き死が与えられる。

殺した者も、きちんと有効活用される。

村にいた頃も、猟師が捕らえた獲物は解体され、毛皮も肉も、血も骨も、全て使いきっていた。

ここでは人間もそういった扱いなのだろう。

その中にあって、人間という種族の自分が、セバスが助けたという一点のみで「アインズ・ウール・ゴウンの名において」保護されているのだから、本当に慈悲深いと思わざるを得ない。

八本指にさらわれた時、「助けに来てほしい」と思う気持ちと「助けに来るはずがない」という考えがあった。

そしてセバスが助けに来てくれた時、それが「アインズ・ウール・ゴウン」の名によって為された事を知った時、ツアレは深い感謝を抱いたのだ。

 

人間(他種族)の自分を「保護する」という口約束を守る為に、救出を命じて下さったのだから。

これを慈悲深いと言わず、何と言うというのか。

さすがにセバスが「最高の主人」と称する存在だ、とツアレは確信した。

だから自分が殺されそうになった事も、仕方がない事なのだと納得できたのだ。

セバスの無実を証明する為に自分(ツアレ)を殺せと言われた時、「仕方がない」とも思った。

だがそれは覚悟を計る為であり、自分は死なずともセバスは自らの潔白の証として許された。

自分も、放り出されるかと思ったが、ナザリックの財を与えられて人間の世界で暮らす事と、ナザリックに仕える事の選択権を与えられた。

 

こんなにも選ぶ権利まで与えられるなど、想像もできなかった。

こんなにも素晴らしい主人に仕えるセバスが、自分を殺そうとした事が間違いであるはずが無い。

セバスを許し、自分(ツアレ)も懐に入れてくれた主人に対して不信感など、あるはずがない。

「至高」という言葉がこれほど合う方(支配者)はいないだろう。

だから自分がその方のお役に立つように働くのは当然の事だ。

 

 

 

それが人間にとって、どれほど都合のよくない事であろうとも。

 

 

セバスの仕える主人なのだから「悪」であるはずがない。

 

こんなにも素晴らしい主人が命じた事なのだから、悪い事に見えても、きっと深いお考えと、そうしなければならない理由があるに決まっている。

 

主人を疑う事こそ「悪」だ。

 

 

 

 

もっとナザリックの、ひいては「アインズ・ウール・ゴウン」の役に立つのだ。

 

それがセバスと共に生きられる唯一の方法なのだから。

 

その為なら、自分は何でもするだろう。

 

 

 

 

 

 

ナザリックに逆らった人間の死体を始末する。

思う事は何も無い。

 

これは、私の楽園(ナザリック)を壊しにきた悪(人間)なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

もし妹がナザリックに対して敵対したら…

 

「せめて苦痛無き死を賜われるように、お祈りするくらいはいいわよね」

 




なんとなくですが、ナザリックを選ぶという事は、本来の種族との同族意識を捨てるという事になるのかな、と。


◆◆◆

以下妄想

今後が気になるのはツアレです。

「ツアレニーニャ・ベイロン」という名前を、あれほど依存しているセバスにも言わなかった理由が気になります。

アインズが「フルネームは?」と尋ねたのに「ツアレニーニャ」と名前しか答えない。
「ベイロン」には何かあるのか。

ある意味「ツアレ」は。、偽名、あるいは愛称だと思うので。

さらに「ニニャ」が姉を忘れない為に、姉の名前の一部を使うのは、まあ、いいとして。
結局「ニニャ」も本名では無いわけで。
なぜ「偽名」を使う必要があるのか。
結局「ニニャの本名」はわからず仕舞いなんですよね。

何故?

そもそも「ニニャ・ベイロン」ではだめなんでしょうか。

と、思ってしまう。

結構名前二つな冒険者は多かったと思うので、特に隠す必要が「普通なら無い」ような気がするんですよね。

そも、設定とはいえ「ニニャ」が成長すれば、フールーダに迫るって、ある意味「漆黒聖典に並ぶだけの実力をつける事ができる」という事だと思うので。

「神人」とまではいかなくても、やっぱりユグドラシルのプレイヤーかNPCの血筋なのかと、勘ぐってしまうのです。

そして隠すとなると「大罪者」の方かな、と。

法国の「六大神」の血筋を「神人」と呼び、それ以外は別の呼び方があるそうなので、そちらの呼び方も知りたいところです。

ツアレに関しては、そのうちデミウルゴスから「さすがはアインズ様」されてほしい。


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分岐の可能性

ありえないかもしれない、けど、あるかもしれない。

そんな話(勢い)



モモンガことアインズ・ウール・ゴウンは地上の有様に驚いた。

驚愕したと言ってもよいだろう。

 

最初に見た景色とあまりにも変わり果てていたためだ。

 

実に三ヶ月振りの地上は、その様相を一変させていた。

 

 

ユグドラシルという「ゲーム」が「現実」として機能し、ナザリックの外は、何の情報も無い未知の世界へと変わっていた。

 

これにアインズは驚くと共に――

 

 

恐怖した。

 

 

未知とは放置して良いものではない。

 

大抵の「想定外」は無知から来るものだ。

 

既存の情報が当てにならないのなら、きちんと確認することは急務である。

 

そしてアインズにとっての最初の「未知」とは――

 

 

 

「ナザリック」であった。

 

 

 

NPCが自らの考えを持ち、行動する。

 

アインズに忠誠を誓い離反する気配は無いが、本当にそう(大丈夫)だろうか。

 

忠誠が本当だとしても、それは「アインズ」のみに向けられているものなのだろうか。

 

そしてそれは永続的、不変的なものなのか。

 

NPCの行動原理に影響を与えている「設定」や種族特性は、どのようなものなのか。

 

各NPCの「設定」を見ることは、現在コンソールを開けない以上不可能だろう。

 

では、どうするか。

 

 

 

アインズは地道にナザリック内の調査を開始したのだった。

 

 

守護者統括にして防御に優れ、「モモンガを愛している」と変更した設定の通りに、自分(アインズ)に忠誠以上の(行き過ぎた)愛情を向けるアルベドなら、何かあってもそうそう裏切らないだろうという打算を含めて供とし、ナザリック内の全てのギミックが正常に機能するかの確認の為として、戦闘メイドのシズも同行させた。

 

 

そして――

 

あまりにも事細かに確認していた為に、三ヶ月もの月日が経っていたのだった。

 

ささやかな言い訳が許されるならば、ある意味必然ではあったのだ。

 

アインズとて、ナザリックの全ての情報を網羅し把握している訳では無い。

 

なにしろユグドラシルの最終日にはコンソールを開いて設定を確認しなければ、たっち・みーの作成したNPCの名前を思い出すことすらできないほど、ナザリックの細かい情報など覚えていなかったのだから。

 

そして、先のカルネ村での一件。

 

自身の作成したデスナイトさえ、未知の存在として映ったのだ。

 

自分(召喚者)のそばを離れての単独行動。

特定条件(死体利用)での召喚制限時間の無効。

何故か意志疎通のできる、精神的な繋がり。

 

今までの「既知」が全て「未知」へと変わっているのだ。

 

慎重にも慎重を重ね、ついでに自分が知らなかったギルドメンバーの裏話(黒歴史)やいたずらを発見しながら、自らの拠点の確認をしていたのだ。

 

思いがけず、興が乗ってしまったという事もある。

 

アインズはユグドラシルというゲームが、そして仲間と共に作り上げたナザリック大地下墳墓が何よりも好きだったのだから。

 

NPCが喋る事ができるようになったということも大きい。

さらにはナザリックに存在する者のほとんどが、飲食や睡眠を必要としないという事も、そこに拍車をかけた。

 

正しく「時間を忘れて」行動していたのだ。

 

自分の知らないギルドメンバーの話にのめり込んでしまった事は、三ヶ月という時間の示す通りである。

 

 

ついでにパンドラズ・アクターに会ってのダメージが大きかったこともある。

 

そしてナザリック内を精査し終え、問題無しの太鼓判という安心を得て、やっと久し振りの地上へ目を向けたのだ。

 

 

最初の日に、デミウルゴスに「全てを一任する」と言ったまま。

 

 

 

 

デミウルゴスは頑張った。

 

最後に残られた慈悲深き至高の御方に「全権委任」をされたのだ。

 

これは自分の能力を認めてくださったのだと奮起した。

 

そしてこれが最後のチャンスだと、肝に銘じた。

これを逃せば次は無い、と。

 

 

最後に残られた至高の御方。

最も慈悲深き御方。

 

そんな御方の命令なのだ。

 

至高の御方々のどんな困難な命令でも、自分(僕)たちは喜びをもって遂行する。

 

遂行できない僕に価値はあるのか。

 

命令は完遂してこそ、意義があるのだ。

 

「頑張りました」では意味が無い。

 

それは即ち、自分たちの存在の不要を意味する。

 

 

ナザリック大地下墳墓が転移した場所は、人間の支配する国のそばだった。

 

 

しかし――

 

 

何故わざわざ劣等種である人間を、対等に扱わなければならないのか。

 

ナザリックに人間は不要である。

 

家畜か食料、あるいはおもちゃ以上の価値は存在しない。

 

至高の御方がわざわざ自ら出向き救った、カルネ村のような例外を除けば、全ての人間は「ごみ」である。

 

せいぜい「有効活用」してやるくらいしか使い道が存在しない。

 

故にそこに遠慮は存在しなかった。

 

 

 

あらゆる情報は「手段を選ばずに」収集された。

 

 

そこに浅慮や油断、慢心などは存在しない。

 

至高の御方への忠義を示すのに、全身全霊をかけて挑む以外の道など存在しない。

 

 

主人(アインズ)の「世界征服」という覇を顕現させる為にも。

 

そこに失敗や敗退などという無様は晒せない。

 

 

ナザリックという、完璧な計算に基づき運営される楽園。

 

それを地上に――、いや、全世界に展開するのだ。

 

至高の御方が統べる世界が不完全な物であってはならない。

 

 

そして、至高の御方の御手を煩わせてはならない。

 

「全権委任」は「ナザリックの外」を示すのだ。

 

至高の御方の財に手を付けるなど、不敬以外の何物でもない。

 

そも自分には、そうあれと与えられた「卓越した頭脳」と、階層守護者たる「強大な力」が既にある。

 

これらを駆使して職務に当たることこそ、忠義である。

 

 

当然、ナザリックに配置された者(僕)を使うなど論外だ。

 

ナザリックに存在するものは、小石一つ木の葉の一枚に至るまで、至高の御方のもの(所有物)だ。

 

至高の御方(アインズ)の許可無く使用したりナザリックの外へ持ち出すなど、許されることではない。

 

そもそもそんな事をする自分を許せない。

 

 

 

故にデミウルゴスは自身や配下の魔将の能力によって召喚された悪魔たちと、現地で使える者を巧みに使用し、あらゆる情報を微に入り細をうがち、集めに集めた。

 

他にも召喚能力のある仲間から協力をとりつけるなど、ナザリックの損害を徹底的に排除したのだ。

 

当然、恐怖公の召喚した眷族も多用した。

なんといっても、目立たないのが良い。

小さい者は、人間の耳の穴にも入るのだ。

これほど隠密に長け、使い捨てにできる存在はナザリックにも少ない。

 

エントマが、「おやつ」と称して食べてしまうほど数が多く価値が低いのだ。

 

しかも丈夫だ。

その口は簡単に人間の皮膚を食い破り、体の中でも活動して胃壁も食い破る。

当然餌(人間)にも不自由しない。

なにしろ共食いすら辞さないのだから。

 

恐怖公も眷族の犠牲には心を痛めたが、なによりもナザリックの役に立つ事を誇り、喜んでいた。

彼らの誉れ高き犠牲は、ナザリックへの貢献として高い評価を得るだろう。

 

デミウルゴスに協力を惜しむ者など、ナザリックには存在しなかった。

 

 

 

 

そして彼らは違和感を覚える。

何故人間が生き残っているのか。

あまつさえ、複数の国という単位で繁栄していることが出来るのか。

 

弱く愚かな劣等種が、大陸の片隅とはいえ国を構え、同族殺し(戦争)を特に忌避するでもなく行える。

 

それほどの国力(人数)を保持し続けられるその理由。

 

その疑問を宙に浮かせておくような者は、ナザリックには存在しなかった。

 

 

斯くして世界は統一される。

 

人間の国はもとより、近辺に存在する国は一つに統合された。

 

人間種という家畜。

それらの管理をする、労働階級の亜人種。

その上に君臨する異形種。

 

正しくナザリックの支配体系を、世界に復元したのである。

 

いや、世界を「正しい形(ナザリック仕様)」へ改善したというべきか。

 

頭が良いだけの存在など、反乱を企てかねないので不要である。

家畜に知能を求めて何になるというのか。

強いと謳われる存在も、ナザリックの前では等しく「虫けら」だ。

踏みつぶすことに何の問題があろうか。

最強種と呼ばれるドラゴンの中で、現在最強とされるアークランド評議国の永久評議員のドラゴンの一体、ツァインドルクス=ヴァイシオン。

人間(リグリット)に接近を許すような存在を暗殺、或いは無力化する事に、どれほどの労力を必要とするだろうか。

 

ドラゴンは良い材料だ。

人間などとは比べ物にならない。

 

畜産化できるなら、すぐ死ぬ劣等種(人間種)などを残す必要も無い。

 

一定数(最小限)を残せば、後は不要(ごみ)となる。

 

それらは亜人用の家畜として、払い下げられる。

 

七彩の竜王などは、人間(劣等種)とも子供が作れるという汎用性から重宝(酷使)できるだろう。

 

こういった「保護(飼育)」はあらゆる種族に及んでいる。

良い子供(材料)を産む者(家畜)が、優遇(有効利用)されるのは当然だ。

 

勿論、ナザリックに貢献する者には、ふさわしい立場を与えることに問題は無い。

 

亜人種や人間種であっても、ナザリックの役に立つなら、取り立ててやるのも必要なことだ。

 

 

かくして世界はアインズ・ウール・ゴウンへ献上される。

 

本人(アインズ)の預かり知らぬ間に。

 

 

「このままいけば、五年後には大陸を制覇できると試算いたします」

 

(フラグかな)

 




アインズが人間を支配(臣民扱い)する方向に舵を切っているから、アルベドやデミウルゴスもその方針で人間を支配する(家畜・奴隷扱いしない)作戦を立てていると思うのです。

単純に全てを支配するなら、六巻でもデミウルゴスがナザリックの損害を忌避していたので、召喚した者を前面に出して、都合の良い種族だけ残すかと思います。

人間を「虫けら」扱いするならカルネ村は残ると思いますが、ガゼフは1巻でアルベドが言っていたように「露払い」の役目としか思われていないので、あっさり処分されると思いました。


13巻を読むと、ギルド内での行動はそこにNPCがいれば、全て覚えられていそうですね。
至高の御方(ギルドメンバー)の御言葉を忘れるなどあり得ません、という感じで。

理解しているかは、別ですが。


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ネタしかない(書籍1、7、10、12、13巻)

1000字に届かないネタ


書籍1巻

 

嫉妬の魔将は嬉しかった。

アルベドが嬉しそうに報告してきたからだ。

 

「アインズ様に『清廉な美女』って称して戴けたの。しかも『お前の輝きはその程度の汚れでくすむものではない』ですって。」

 

きゃあきゃあと、思い出しながら身悶える守護者総括。

残念な姿と言うべきかもしれないが、嫉妬の魔将はそれでよいと思っている。

 

アルベドは恋しく愛しい相手を想って、こんなにも狂っているのだ。

それは正しい在り方だ、と嫉妬の魔将は肯定していた。

 

「アルベド様。気を抜いてはいけません。至高の御方の御言葉に『美人は三日で飽きる』という格言が御座います」

 

嫉妬の魔将のその言葉に、アルベドはびくりと体を震わせた。

 

「アルベド様の美しさは、三日で飽きる程度のそこらの美人とは格が違いますが、いつもと同じという状態は相手に退屈を覚えさせるものです。普段、玉座の間においでの際の、一点の汚れも無いアルベド様も当然魅力的ですが、今回のように『アインズ様のために走り回っている』お姿が、汚れという分かりやすい視点で強調されたと思われます」

 

アルベドは、確かにそうかもしれない、と考える。

汚れていたからこそ、走り回っていたとアインズが考えた可能性もある。

これが普段となにも変わっていなければ、最悪、そこまで真面目に熱心に取り組んでいたのか、疑われたのかもしれない。

もちろん、あの聡明な主人が部下の働きに気付かないとは思わないが、汚れがある状態とない状態では評価に多少なりと差が出たのは間違いないだろう。

 

「そうね、そうよね。マンネリはだめね。刺激って必要よね」

 

一度相手の提案をのみ、アインズからの評価が相手の予想通りだった事が、アルベドの信頼に繋がっている。

あの瞬間の自分の考えよりも、この嫉妬の魔将の考えの方が、状況に則したものだったのだと考えざるを得ない。

 

「くふー。あの方の隣には、私が座るのよ」

 

 

 

 

 

そして―――

 

 

 

 

 

「隣に座るのは大変結構です。でも上に座ってはいけないと思います」

 

アルベドの謹慎の理由を知った嫉妬の魔将は、そっと小さく呟いたのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

書籍7巻

 

「すごい」

「すごい!すごい!すごーい!」

「・・・・・・すごい」

 

三人の元奴隷のエルフの娘たちは感嘆の声を挙げ続けた。

自分たちを買った主人であった、ワーカーのエルヤー・ウズルスが死んで、侵入したナザリックで働く事となった彼女たちは、ひたすらに驚きの声を挙げるだけの存在と成り果てていた。

切り落とされた耳が、メイド長だという犬の頭をした亜人の治癒魔法によって治された。

これだけでも三人にとっては驚きだ。

大治癒(ヒール)は第六位階に位置する魔法なのだから。

更に着替えとして渡されたメイド服は、どう見ても一級品。いや、特級というべきではないだろうか。

布なのにミスリル級の強度とか、どこの世界の話だというのか。

食べる物飲む物全てが、今までに食べた物が家畜の餌だったと思うほどの最高の味。

新しい職場となった第六階層は地下だというのに木々が生い茂り、森林として広大な面積を有している。

そこにいるモンスターたちは、あの死んだ男(エルヤー)をたやすく殺した白銀の魔獣が足下にも及ばす、瞬殺されそうなほどの強さを感じさせる強者ばかり。

更にその地を統べるのは、ダークエルフの双子の姉弟。

それも目の色が左右で異なるオッドアイ。

ここはまさしく神々の住まう、失われたものが今も残された聖地だ。

三人はそう信じた。信じるというより、彼女たちの常識では疑う余地がどこにも無かったのだ。

故に一生懸命、あるいは必死で役に立とうと心がけた。

神々の住まう地に土足で踏み込んだ罪は重い。

それを「自分の意思では無かったから」と慈悲を与えられた。

その状況に甘え、恩を返す努力を怠ってはならないのだ。

そう三人は誓った。

 

 

しかし、アウラとマーレには大変不評であると気づいていない。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

書籍10巻

 

「困ったなあ」

 

この一言がエ・ランテルでは、よく使われている。

 

 

「やめてください、困ります」

しつこく言い寄る男に言った途端に男が逃げ出した。

振り返れば、自分の後ろにデスナイトが立って、相手を威嚇していた。

 

 

「困った。手が届かない」

剪定をしていた男が嘆くと、デスナイトがその場に四つん這いになって、足場になった。

 

 

「いやー!拾ってー!困るー!」

坂を転がり落ちていく、荷台からこぼれた果物は、数名のデスナイトによって、一つも取りこぼすことなく回収された。

 

 

「困っている者がいたら、手助けしてやれ」

 

 

主人の言葉に忠実に、デスナイトは「困っている者」の手助けをしている。

 

無論、デスナイトへの恐怖に逃げ出す者も、少なくは無い。

 

しかし、助けられた者がその事を話題にし次第に人々の間に浸透すれば、ちょっと頼ってみるかと試す者も出てきたのだ。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

書籍12巻

 

「あれー、リュラリュースじゃん。どうしたの?」

 

アウラは久しぶりに見た相手に問いかけた。

 

どうしたもこうしたもなく、もとトブの大森林の「三大」の一角である、ナーガのリュラリュース・スペニア・アイ・インダルンが魔導国の入国管理官の一人として、城門の砦で働いている事は知っている。

 

しかし、その「なり」に先の発言が口をついて出ていたのだ。

 

「アウラ様。まあ、見ての通りですな。」

 

幾分肩を落とし草臥れた雰囲気で、リュラリュースが応じる。

 

アウラとの初対面の時には、ただのモンスターらしく何も身に付けていなかったのだが、今のリュラリュースは上半身だけとはいえ、それなりの服を着用し髪も整えられていたのだ。

 

「いや、砦で働く女どもに『裸で歩き回るとは何事か』と取り囲まれましてな・・・・・・」

「あ~・・・・・・」

 

アウラは、相手(リュラリュース)のその気持ちが多少ながらわかる気がした。

 

自分に付けられた森妖精(エルフ)の三人も、何かと世話を焼き自分たちに他の服を着せようとしてくるのだ。

 

うっとうしいことこの上ないのだが、さすがに殺す訳にもいかない。

リュラリュースも、同じ国同じ職場で働く相手に、強気な態度に出られないのだろう。

 

 

ままならない環境に、二人は同様の溜息をもらしたのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

書籍13巻

 

「さあ、今日も頑張らなくては」

カスポンド・ドッペルゲンガーの一日は、決意と共に始まる。

 

この国(聖王国)を主人に渡すにふさわしい国にするのだ。

 

デミウルゴスは自分の上司ではあるが、召喚者にして絶対の主人は、アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下である。

 

ナザリックに所属する者として、そして召喚され使役される者として、絶対の忠誠を捧げる相手は彼の方なのだ。

 

彼の方の慈悲深さをつくづく思う。

 

 

ナザリックの知恵袋たる上司(デミウルゴス)すら及ばない主人(アインズ)の智謀を思えば、これらも自分達に仕事を与えるための狂言なのではないかと思えてくる。

 

不要となった女(レメディオス・カストディオ)など、自分には殺す以外の方法など思い付きもしないが、主人や上司ならもっと完璧な有効活用を考えていることだろう。

 

あんな人間にも、最後まで使い道(供養)を考えるとは、本当に情け深い方だと思わずにはいられない。

 

 

至高の御方の為に働くのは、無常の喜びである。

 

そのためなら、この国の言葉(文字)を覚える事も、よく理解していない貴族社会の仕組みを覚える事にも意欲が沸くというものだ。

 

自分の働きが、主人の糧となるのだ。

 

頑張らない理由が存在しないだろう。

 

この国の人間たちも、いずれ魔導国の属国となる。

その方が、幸せなのだ。

ヤルダバオトの一件はナザリックの自作自演だったが、あのような事態が起きないという保証など無い。

むしろ、あの事態(狂言)のお陰で人間の脆弱さを理解し、魔導王の庇護の必要性を理解したのなら、それは必要な犠牲だったと思うべきだ。

 

これから自分の仕事の末に、この国が魔導国の庇護下に入る事によって得られる数々の恩恵を思えば、この国は恵まれているとさえ言えるだろう。

 

アベリオン丘陵では、支配に邪魔となる種族は殲滅とされている。

人間(聖王国)はその殲滅の種族の中に、自分たちが入っていない事を感謝すべきだろう。

 

ナザリックがわざわざ手間を掛けてまで支配下に置こうとする事を、喜ぶべきなのだ。

 

 

 

「どうぞ御照覧ください。この国をアインズ様にお渡しするにふさわしい国へとさせて戴きます。どうぞその時をお待ちください」

 




以下言い訳

1巻
階層守護者以外のNPCとして、魔将が随分自分の考えで行動(アドバイス)しているな、と思ったので。

7巻
WEBの設定もまざってます。

10巻
12巻であまり怖がられていないようだったので、意外と役に立っているのでは、と思った話。
特典でも、アインズに「静かにしろ」と言われて、口を押さえて走るくらいには気配りが出来る子(アインズ作製デスナイト)です。

12巻
初登場時、ぼろきれを巻いていて完全な裸ではなかったようですね。
もしかしたら、制服くらい支給されているのかも。

13巻
ドッペルゲンガーは40レベルまでコピー可能なので、POPモンスターではないと予想。
最初からナザリックに(至高の御方によって)配置されていたモンスターだと、死ぬ可能性もあるとしたら出さないと思うので、新たに召喚されたモンスターと予想。
13巻以降は、ギルドメンバーの話が聞けそうなモンスターは、使い潰すのを避けそう。


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休日には・マーレ

マーレは最古図書館(アッシュールバニパル)に来ていた。

 

「ありがとうございました。とても面白かったです」

 

礼を言って、借りていた本を返却する。

 

「それで・・・・・・」

 

マーレは口ごもる。

デミウルゴスの言っていた言葉を思い出していた。

 

「あの・・・・・・子供の作り方が載っている本ってありますか?」

 

ナザリックの役に立つ事は、とても大事なことだ。

普段仕事が無ければ、わざわざ寒くした部屋でずっと羽毛布団に包まっていたいマーレでも、その思いは変わらない。

 

ナザリックが元の世界(ユグドラシル)から移動した日に、デミウルゴスの提案した「ナザリックの戦力増強」。

それをわざわざ自分(マーレ)に言ったという事は、おそらく自分が一番適任だということなのだろう。

 

アインズの許可なく行動に移すような真似はしないが、言われてから勉強するより、先に知っておいた方が効率がいいことは確かだ。

 

デミウルゴスは「その時が来たら教えてあげよう」と言ってくれたが、彼は今ナザリックの中で忙しい者たちの上位にいる。

そんな者の手を煩わせるような真似は、マーレでも躊躇してしまう事だ。

 

それにナザリックの内部は、至高の御方の厳密な計算の上に成り立ち、完璧なバランスを保っている。

 

だからこそ、第六階層で住む者の数を増やす時は、バランスを崩さない自給自足のできる者に限っている。

あるいはダグザの大釜で誤魔化せる範疇で行う。

 

だが、今はナザリックの外に活動範囲を広げている。

それに、コキュートスから聞いた話によると、アインズはいろいろな種族の子供を集めて一緒に育てる構想を持っているらしい。

 

ナザリック内に新たに子供を作ることはできないが、外に作るなら問題ないだろう。

子供がどのくらいの期間で作れるのかは知らないが、種族によって違いがあることくらいは知っている。

それこそ同じ人間種でも、人間と森妖精(エルフ)では、成長速度がかなり異なることも知っているので、やはり知らない事は先に調べておくべきだろう。

 

基本的に、マーレは与えられた仕事はきちんとこなすタイプだ。

自分からあれこれと発案する性格ではないが、与えられた仕事を完遂する為の努力は厭わない性質だ。

 

デミウルゴスの王国での計画「ゲヘナ」の時も、わからない事は率先して質問し、自分のミスで計画に支障が出ないかの確認と、デミウルゴスを信用していない訳では無く、自分の考えが及ばない事があると思った時は、随時確認を取る慎重さがある。

 

デミウルゴスに任せれば大丈夫、ではなく、自分の心配の解消の為にも、わからない事をそのままにしない積極性があった。

 

そして今回も、自分の疑問を解消しておくことにしたのだ。

 

 

子供という定義が、自分くらいの年齢も含むなら、自分の子供が自分と同じ位に成長するには、七十年以上の年月が必要となる。

 

もちろん、それが計算済みなのであれば、マーレはそれに従うだけだ。

 

だが、すぐに子供が入り用となる場合は、寿命が短い種族の方がすぐに自分位の外見に成長するだろう。

 

「どんな種族が必要になるんだろう」

 

最初にデミウルゴスの言っていた種族を思い出す。

 

『人間や闇妖精(ダークエルフ)、森妖精(エルフ)などの近親種がいたら捕まえてくるから、どうだね?』

 

デミウルゴスの言っていた種族が、基本的に自分(闇妖精)と子供が作れる種族なのだろう。

 

そういった種族を捕まえておいた方がいいのだろうか。

先ほども考えた通り、デミウルゴスは忙しい。

 

デミウルゴスがいろいろ考えても、手が足りない事もあるのかもしれない。

 

なにより、あの時の話の流れでは、アインズの許可がなければ特に優先するべき案件とはならないようだった。

 

「どうしようかな」

 

少しくらい自分も協力(行動)した方がいいのだろうか。

 

デミウルゴスの言った種族を、何人か捕まえておくのもいいかもしれない。

 

現在ナザリックで使用しておらず、この先も使用の予定の無い、いなくなっても問題のない存在。

例えば、最初にシャルティアが捕まえようとしていた、盗賊などの犯罪者やそれらに襲われていなくなった者などであれば、かまわないのではないだろうか。

 

捕まえておいて、不要となったら餓食狐蟲王の巣としてしまえばいいだろう。

 

このナザリックで働くことになった森妖精(エルフ)の三人は使えない。

アインズから下賜されたものなのだから。

 

同じく餓食狐蟲王の巣となっている、ナザリックに侵入したワーカーとかいう半森妖精(ハーフエルフ)の女も使えない。

あれの処遇はアインズが決めた事だ。

それを覆す事など、許される事ではない。

 

当然、アインズの支配地となった、エ・ランテルの住人も不可だ。

 

アインズの持ち物に手をつけるなど、不敬以外の何物でもない行為だ。

 

故に捕まえるなら――

 

 

「……う」

 

かすかな呻き声をあげて、女は目を覚ました。

 

「ここは」

 

起き上がり見回してみると、まるで見たことの無い風景が広がっていた。

 

小さな村ていどの広さの中に、小さな家がいくつか並んでいる。

 

畑が点在し、煙が上っている事から、誰かが住んでいるのだろう。

 

村の周りは首が痛くなるほど見上げる高さの塀に囲まれ、その塀にはびっしりと蔦などの植物が根を張り、青々とした葉を茂らせ揺れている。

 

塀のそこここに実が生り、収穫を待っているようだ。

 

その葉を掴み、引いてみる。

 

しっかりと根を張っているらしく、剥がれ落ちる気配は無い。

 

これなら登れるかもしれない。

 

しかし――

 

「ひい!!」

 

悲鳴を上げて仰け反る。

 

掴んだ蔦を中心に、無数の虫が顔を覗かせたのだ。

 

それは見たことのある虫だ。

そして、見たくなかった虫だった。

 

ゴキブリである。

 

蔦の隙間。

葉の間から、大量のゴキブリが顔を覗かせ、触覚を揺らしながら自分を見つめている。

 

その光景に、後退る。

 

硬直して未だに蔦を掴んでいた手を離し塀から離れると、ゴキブリ達は号令でもかけられたかのように一斉に葉陰の中に引っ込んだ。

 

「なに、これ」

 

呆然と呟いた。

 

「あら、新しい人ね」

 

ふいに背後から声がかけられた。

 

振り返ると人間の女だった。

まだ若く、十代後半だろうか。

服装も村や町で見かけるような物で、これといった特徴は無い。

自分のような半森妖精(ハーフエルフ)ではない。

 

そして違和感を覚えた。

 

耳に触れる。

 

そして一気に記憶が押し寄せてきた。

 

ここに来る前、自分は盗賊に襲われ、耳を切り落とせば奴隷として扱える、といういい加減な発言によって、長かった耳を半ばで切り落とされ、傷口を焼かれたのだ。

 

その耳が治っている。

 

「どうして」

 

あれは夢だったとでもいうのか。

 

それとも、今の自分の状態が夢なのか。

 

「大丈夫?」

 

気遣わしげに女が尋ねてくる。

 

「わからない」

 

本当にわからない。

 

どうして自分はここにいるのか。

他の仲間はどうなったのか。

どうして自分の耳や他の怪我なども治っているのか。

 

 

現在マーレは、エ・ランテルの近くにアインズの命令で地下墳墓を作っている。

 

それと同時に少し離れた場所に穴を掘り、さらにその周りを塀で囲って、その中で生き物を飼うことにしたのだ。

 

これはなにより、アインズの言葉が大きい。

 

「きちんと食事をとること」

「きちんと休みをとること」

 

 

そして――

 

 

「休日の楽しみを見つけること」

 

この言葉により、第九階層のレジャー施設などを利用する者もいる。

 

デミウルゴスなどは、出先でアインズに使ってもらえそうな椅子などの家具を、現地で調達した材料で作っているらしい。

 

マーレも最古図書館を利用して本を借りて読んでいる。

 

外に出ている今も、休み時間にちょっとやってみたいことをやってみることにしたのだ。

 

 

村というほどの規模もないこの集落には、女だけが住んでいた。

数は六人。

新しく増えた女(ハーフエルフ)を入れれば、七人となる。

 

年の頃は、下は十代半ばから上は三十ほどと幅広い。

 

森で行き倒れた、薬草摘みの女。

盗賊に捕らえられていたという女。

村が飢え、口減らしとして枯れ井戸に放り込まれたという女。

 

彼女達に共通するのは、「王国民である」事と「いつの間にかここに居た」という事である。

 

 

 

女達は半森妖精(ハーフエルフ)に自己紹介を終えると、いそいそと集落の中心の空き地に積み上げられた物を吟味し始める。

 

「ねえ見て。これ仕立て直せば、まだ着られるんじゃない?」

「新しいのがきたことだし、前の家具はばらして薪にしましょう」

 

 

「よいしょ」

 

討伐された盗賊の塒。

あるいは廃村。

森の中での行き倒れ。

 

そういった場所に廃棄されていた装備や家財、衣類や日用品をマーレは無造作にインベントリーへ放り込んでいった。

 

近隣の巡回の者に頼んで運んでおいてもらった物だ。

 

一応、壊れている物を集めてもらっている。

修復(リペア)で直してしまえばいいからだ。

 

虫籠に必要と思われる物から、どうでもよさそうな物まで、片っ端から集めていく。

マーレには要不要の区別が付かないからだ。

 

マーレに必要な物はいつも用意され、いつでも使えるようにされていたし、ナザリックに無い物など無いに等しかったからだ。

 

だから人間の持ち物を集めて「虫籠」に入れておくのだ。

 

休みの日の早朝に植物を操って、虫籠として使っている穴の真ん中へ降ろしておく。

 

そうすれば、中の人間が勝手に使い始めるのだ。

 

植物の成長を促す魔法もかけて、中の生き物(人間)が飢えないほどの実りを保つ。

そして治癒魔法を穴全体にかけておく。

ちょっとした事で、生き物は簡単に死んでしまうからだ。

定期的な世話が必要だということは、ドライアードやトレントで学んだことだ。

 

 

「おい、誰かいるのか?!」

 

野太い男の声が塀の向こう側から聞こえた。

 

「ええ、いるわ」

「中にいるわ。出られないの」

 

次々に女達が、外にいるであろう男に声をかける。

 

「貴方は一人なの?」

 

「そうだ。道に迷ってここに来た。おまえ達は?」

「……出られないの」

「……入ってこれるかしら」

「わかった。ちょっと待て」

 

男の声が遠ざかる。

 

中に入る為に、ロープでも用意しているのかもしれない。

 

「これで私たち、ここから出ることが出来るのね」

 

安堵の声をもらす。

 

「いいえ、無理よ」

「え?」

 

ばさりとロープが投げ込まれた。

 

男は内心ほくそ笑んでいた。

 

森で迷ってしまい厄介な事になったと思ったが、なかなかめぐり合わせが良いようだ。

下にいるのは女ばかり。

助け出せばなにかしらの「お返し」を期待できるはずだ。

 

男は自分にとって都合のいい考えをめぐらせていた。

 

女達は塀からというより、垂れ下がったロープから離れていく。

 

そして男が塀の上から降り始め、塀の中ほどに来た。

 

ぶつり

 

あっさりした音が響き、男が悲鳴と共に落下してくる。

 

ぐしゃり

 

いびつな音がする。

 

生きてはいるだろう。

呻き声がするのだから。

しかし、あの高さから落ちたのでは、かなりの大怪我を負っているはずだ。

 

さらに――

 

「ぎゃあああああああああああ!!!!」

 

蔦の間から、無数のゴキブリが這いだし、男に群がっていく。

 

のたうち回る男はしばらくすると、動かなくなった。

 

思ったほどの出血は無い。

 

ほとんどの体液は、ゴキブリの腹に収まったのだろう。

 

そのまま、男の体の体積が減っていく。

 

それを半森妖精(ハーフエルフ)の女は、目を背けることも出来ずに見ていた。

 

見てしまった。

 

胃から凄まじい勢いで逆流してくる物がある。

 

彼女はそれを押さえきれずに、その場に這いつくばって吐き出した。

 

「げええ、げえ、げほ、げ……」

 

えづく声が止まらない。

吐き出す物が無くなっても、痙攣する胃に力が入らず、立ち上がることも出来ない。

 

他の女達は、男が落ちてくる前から後ろを向き、耳を押さえて一切振り向こうとはしなかった。

 

それを見て、彼女は確信した。

 

「知っていたの」

 

「ええ」

 

躊躇うことなく肯定の返事が返る。

 

「ここから出る事は出来ないわ」

「男が入る事も出来ない。入ってきたら、今みたいに虫に喰い殺される」

「女だったら、殺されないんだけど」

「どうして……」

「わからないわ。私も気付いたらここにいたの」

「私もよ」

「私も」

「私はここに逃げ込んだの」

 

「ここは……なんなの?」

 

「わからないわ」

「ただ、女が集められているって事だけ」

「男は入れば、今みたいに殺されてしまうの」

 

「それがわかっていて、中に入るように言ったの?!」

 

「そうよ」

「だって」

「あの虫たちも、お腹が一杯なら私たちを食べたりしないでしょ?」

「あの虫たちが、男を襲って食べてしまう事はわかっているわ。でも女を『絶対に食べない』という保証はないでしょ?」

 

「そんな……」

 

「こんな所だけれど、住めば都よ。必要な物はいつの間にか置かれているし」

「病気や怪我も、いつの間にか治っているのよね」

 

「そんなの、家畜なんじゃ……」

 

「村での暮らしとそんなに変わらないわ。むしろ、人にもモンスターにも襲われる危険が無いだけ安心よ」

「男の人に暴力を振るわれる事も無いしね」

 

「そんなのいつまで続くかもわからないのに……」

 

「ここにいればいいだけよ」

「私はここに来て、続きが出来たわ。私ね、病気だったの。神官にも治せなくて、それ以上の治癒魔法も受けられなくて。他の人に移るからって、村を追い出されたの。だからここに来られなかったら、私は今生きていないわ」

 

 

もうだめだ。

 

女はそう思った。

 

なんとかしなければ、今年の冬は越えられない。

あらゆるものが不足しているのだ。

 

食料しかり、人手しかり。

なによりも希望がない。

将来への展望がまるでない状況に、明日を迎えられるのかさえ不安だ。

 

だから活路を求めて、森にわけいった。

どんなに危険でも、食料になりそうな植物や、売れそうな薬草が手に入ればと。

 

結果は無惨なものだ。

 

しかし、このまま帰れば、こんどこそ自分は口減らしと即金の為に、売られてしまうだろう。

 

そんなのは嫌だ。

 

そんな生を甘受したくはなかった。

だからといって、このまま森で野垂れ死ぬのもいやだ。

でもこんな所で死ぬなら、売られた方が両親はともかく、まだ成人していない弟は助かるのかもしれない、とも考える。

 

どちらにしても、もう動けない状態だ。

 

朝に食べた半分の堅いパンと、水と大して変わらない具も味も乏しいスープを食べたきりなのだから。

 

ああ、死ぬんだな。

死にたくないな。

でも、あんな生き方もしたくない。

 

自分で選べる未来は、どれもこれも(生も死も)嫌なことしかない。

 

そして意識を失った。

 

もう目覚めないと思っていた。

 

 

誰にも言えない。

 

そう思った。

 

盗賊に襲われ、旅の連れはみんな殺された。

女の自分が生かされたのは、ただの性欲処理のためでしかない。

 

ずっと閉じこめられて、毎日が地獄で、生きるのが辛くて、でも死ぬのは怖くて。

 

ここにいつのまにか居て、誰も自分の事を知らない。

 

ここなら生きていけると思った。

 

どんな生活も、あそこに比べればましだと思えたから。

 

 

夜中に人が入って来た。

 

入れたのは母だ。

 

ろくな労働力にならない自分(女)を捨てる為に。

 

枯れて使わなくなった井戸。

 

いつもは蓋がされていたそこに放り込まれた。

 

運良く足から着地したおかげで、両足の骨が折れたが、命は助かった。

 

助からない方がよかった。

 

頭から落ちていれば、頭が潰れるなり首の骨を折るなりして、死ねただろう。

 

そうすれば――

 

そうすれば、井戸の中にある大量の知り合いの死体を見る事もなかった。

 

村はずれに住んでいたおじいさん。

病気になって、町に治療に行くといっていた向かいの男の子。

夫を亡くして寝込んでいた、別の村から引っ越してきた奥さん。

小さな、どう見ても生まれたばかりの赤ん坊。

戦争から帰ってきたけれど、ずっとぶつぶつ呟いてばかりで家から出てこなくなった村長の息子。

 

働けない者、役に立たない者、それらの死体。

 

そこ(枯れ井戸)は廃棄場(姥捨て山)だった。

 

 

人間がやはり多く集まるようだ。

人間主体の国が近いせいもあるのだろうが、廃棄されやすい種族でもあるのだろう。

 

集団から追い出されたり、追い回されているのは、たいてい人間の女だ。

 

森妖精(エルフ)そのものはいなかったし、闇妖精(ダークエルフ)にいたっては、一人も見つけられなかった。

 

問題にならないように廃棄物扱いの人間を選んで集めているせいか、やはり見栄えも質も良くないようだ。

 

 

「いずれマーレにも、良い相手を選んでやらなくてはな」

 

機嫌良くそう語るアインズに、マーレは問いかける。

 

「あの、ぼ、ぼくの(繁殖)相手は、アインズ様が選んでくださるのですか?」

「うん? そうだな。マーレが自分で(結婚)相手を見つけたいのなら、その相手で構わないぞ。これはマーレが自分で見つけられなかった時の話だからな。焦る事はないのだぞ」

「は、はい!」

 

最終的な判断(相手選び)は、アインズが決めてくれる。

これに勝る安心はない。

 

つまり――

 

「そっか。あれ、もういらないんだ」

 

 

パターン①

 

「すみません、恐怖公。これの処分をお願いしてもいいですか。」

 

 

パターン②

 

「使わない事になったので、餓食狐蟲王の巣に使ってください」

 

 

パターン③

 

「勝手に飼っていたって知られたら、怒られちゃうかな」

 

 

「ここは」

 

女達は唖然とした。

 

自分達は高い塀に囲まれた村の中にいたはずだ。

それが着の身着のままの格好で地面に倒れ付していたのだ。

 

「どういうこと?」

 

「ひいい!!」

 

突然響いた悲鳴の先を見ると、そこには――

 

「きゃあああああああ!!」

 

 

森は人間の領域ではない。

 

 

パターン④

 

ずんっ

 

凄まじい地響きが、その地に響いた。

 

「え?」

 

その小さな集落を取り巻く高い塀は、きれいに内側へ畳み込まれるように倒壊した。

 

土埃がおさまった跡には、きれいに均された地面だけが残った。

 

「責任をもって、きちんと処分することが大事。うん、これでよし」

 

パターン⑤

 

「ど、どうかな、お姉ちゃん。あの人間が子供を産める魔獣って、いないかな」

「あんたねえ、あんな弱っちいのの相手なんて、あたしの魔獣が可哀想でしょ」

「・・・・・・やっぱり」

 

人間に近い、例えば猿のような魔獣に使ってもらえないかと思ったのだが、やはり駄目だったようだ。

 

「せめて男なら、ハムスケの相手の試しに使えたのに」

「そ、そうだよね。やっぱり・・・・・・いらないよね」

 

自分から見ても、拾った物(ごみ)だ。

姉の魔獣達にそんな苦行を強いるのは、至高の御方に仕える仲間として考えが足りなかったかもしれないと反省する。

 

「……しょーがないなあ、ユリに聞いてみてあげるから、しばらくそのまま飼ってなさい」

「う、うん、わかった」

「でも、どうしても駄目だったら、きちんと処分するのよ?」

「う、うん」

「特にちゃんと全部無駄なく使いきること。それが捕まえた者の最低限の責任なんだからね」

「う、うん。デミウルゴスさんにも使い方を相談するつもりだから、大丈夫だよ」

「デミウルゴスに。なら大丈夫だね」

 

 




インベントリー
特典小説「王の使者」
プレイヤーには及ばないが、NPCも武具一式どころでない容量のイベントリーを持っている。
(更に課金プレイヤーは、課金していないプレイヤーより容量が大きい)

10巻にて
エ・ランテルにはアウラもマーレも来るらしい。

アウラ「あたしたちがサクサクって殺してこようか?」10巻
マーレ「マーレ辺りは危険」丸山くがねちゃん


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あるプレイヤーのルート

最初に思った事は「何故」だった。

 

その感情は「裏切られた」だった。

 

 

そのプレイヤーはギルド「アインズ・ウール・ゴウン」を知っていた。

 

まだ彼の集団の名前が「ナインズ・オウン・ゴール」だった頃、初心者で異形種のアバターを使用していた為にPKにあっていたところを助けられた。

 

その後、PKKギルド「アインズ・ウール・ゴウン」のギルド拠点ナザリック地下大墳墓へ1500人で攻め込んだ時に、その中の一人にもなった。

 

別に本気で拠点を落としたかった訳でも、助けられた後に他のギルドから嫌がらせを受けた事に逆恨みをして、という訳でもない。

 

ただ単純に、彼らのギルドを見てみたかったのだ。

 

本当は彼らのギルドに入りたかった。

しかし、自分は度重なる異形種狩りに嫌気がさして、アバターの種族を人間種に変えていた為に、加入することはできなかった。

 

誰だって、嫌なことがあれば、それを回避しようとするだろう。

 

たかがゲームだ。

アバターの種族を変更すれば、そんな理不尽(異形種狩り)にあわなくて済むのなら、そちらの方が楽だろう。

 

そんな風(自分のよう)に、安易に自分の在り方を変えない彼らを「すごい」と思っていた。

 

感心して尊敬して、憧れた。

 

人に言えば面倒な事になるため、言葉にした事はなかったが。

 

だから、難攻不落と名高いギルド拠点(ナザリック地下大墳墓)の内部を見ようと思えば、敵として攻め込む以外にない。

 

そして、1500人もいれば、それなりに奥まで見ることができるかもしれないと考えたのだ。

 

碌に戦闘には参加せず、後から着いていくような参加だったが、作りこみの凄まじさに圧倒された。

 

よくここまで作ったものだと、改めて感心した。

 

自分は六階層で植物に捕まり、魔獣に止めをさされる形で終了となった。

 

そこより先の階層は、別に攻め込んだ者のあげたムービーを見て知った。

 

作りこみもすごかったが、1500人を撃退できるギルド拠点の防衛力にも驚き感心した。

 

やはり彼らはすごい集団なのだと、思いを新たにしたものだ。

 

 

その後、「ユグドラシル」といういうゲームが衰退し、ギルド「アインズ・ウール・ゴウン」の活躍(悪役ロール)も下火になった。

ギルドメンバーもその数を減らしていると知った。

 

それでも、ギルド拠点が存在しているということは、誰かが維持しているはずだ。

 

何人残っているのか調べたことは無いが、あの規模のギルド拠点を維持できる程度には残っているのだろう。

 

そこまでこの「ユグドラシル」というゲームが好きなのだと思うと、また「すごいなあ」と思えた。

 

自分はすでに退会して、流行り物のゲームに移っていたから。

 

楽な方へと流され、「好き」を維持していく気力に乏しい自分とは違うと思ったものだ。

 

 

だから、「ユグドラシル」が終了すると知った時、新たにアカウントを取り、新しいアバターを作ってゲームに入る事にした。

 

選んだのは異形種のアバターだ。

 

ギルド「アインズ・ウール・ゴウン」が気になって戻るのに、それ以外の種族のアバターを選ぶ気にはなれなかった。

 

そして最終日。

 

レベルは50近くまでしか上がっていない。

 

単純にグレンデラ沼地を踏破するのに必要な最低レベルというだけだ。

 

それも戦闘の為では無く、沼地の状態異常を避ける為のアイテム装備の為だ。

 

最終日という事で、いろいろなアイテムが格安で手に入ったのがありがたかった。

おかげでイベントリーが充実した。

 

本当にいろいろな物が売っていて、「本当に最終日なんだなぁ」とより一層実感してしまい、寂しさも強く感じたが。

 

 

それにしても「ユグドラシル」というゲームの、お金もレベルもばんばん入る仕様は、こういう時に助かる。

 

なにしろここ(グレンデラ沼地)は「紫毒の沼地」にあるのだから。

フィールド自体が危険な罠地帯であるのだ。

 

最終日には全てのアクティブモンスターが、ノンアクティブ化している。

だから、レベルが80前後のグレンデラ沼地のモンスターと戦闘の必要も心配も無い。

 

あえて心配するなら、最終日にまでPKをしているプレイヤーの存在だろう。

 

なにしろ、運営自体がPKを推奨しているようなものだ。

 

PKをしなければ取れない職業。

PKをしなければ取れない魔法。

PKをしなければ取れないスキル。

PKをしなければなれない種族。

 

特別な、あるいは強力な「何か」を得るにはPKを前提としている事が多い。

 

この「ユグドラシル」というゲームで、PKをした事がないプレイヤーがどれほどいるのだろうか。

 

「あった」

 

記憶の通りに、目的地のギルド拠点「ナザリック地下大墳墓」のある島が遠目に見えた。

種族特性やアイテムのおかげで視界は良好の為、迷うことはない。

 

 

そして――

 

「何だ、あれ」

 

沼地に浮かぶ島の一つに、何かが置いてある。

 

近づいてみると、そこには円筒形の筒のような物が大量に島を埋め尽くすように並べてあったのだ。

 

「――花火、だよな」

 

店売りされていたのを見たことがあるので、その正体はすぐにわかった。

 

わからないのは、何故こんなところに大量の花火が並べられているのか、である。

 

「トラップ、て訳でもない」

 

しばし考え、正解と思う考えを言葉にしてみる。

 

「『アインズ・ウール・ゴウン』が用意したのか?」

 

最終日に花火を打ち上げているのは、他のワールドなどでもよく見た光景だ。

この暗く霧の立ちこめたヘルヘイムでは、あまり見栄えがよくないかもしれないが、雰囲気としては悪くない。

 

「じゃあ、『アインズ・ウール・ゴウン』の誰かがここ(島)に来るのか?」

 

多分、この考えに間違いはないだろう。

ここで待っていれば、『アインズ・ウール・ゴウン』の誰かに会えるはずだ。

できれば「ナインズ・オウン・ゴール」の頃から居るメンバーが来てくれると嬉しい。

 

PKから助けられた時に言えなかったお礼を言いたいのだ。

なにしろ初めて会った時は、別のPK集団だと思い込んでしまい、自分はそのまま逃げてしまったのだから。

 

我ながら、もっと早くに言う機会がなかったのかと、自分の行動の優柔不断さに呆れるが、最期の機会と思って行動してよかった。

 

流石にあの「ナザリック地下大墳墓」に一人で乗り込むほど、無謀ではない。

 

最初は地下墳墓に入らず、侵入者としてではなく対応してもらえないかと思っていたのだが、ここに居た方が確実に会えるような気がした。

 

 

のだが――

 

 

「……来ない」

 

あと30分で「ユグドラシル」が終了するというのに、誰も来ない。

 

「まさか、急用が入った、とか?」

 

そういった事態は想定していなかった。

あるいは、この花火たちは、設置した事を忘れられているのかもしれない。

 

「――点ければ出てくるか?」

 

花火を点ければ、気が付いて出てくるかもしれない。

勝手に使えば怒られるかもしれないが、その時は花火の代金で勘弁してもらおう。

そもそも、今点けないと、花火を鑑賞するどころか、空中で花が開く時間すら無くなってしまうだろう。

このまま使われない花火も、もったいない。

 

この辺が貧乏性なのだろう。

 

まあ、裕福なわけでは無いので否定もしないが。

 

「よし」

 

一度にではなく、順番にゆっくりと花火に点火していく。

途中でナザリック地下大墳墓にいる「誰か」が気付いてくれる事を願って。

 

そして最後の花火と共に、自分も飛行(フライ)で飛び上がる。

ナザリック地下大墳墓から、誰か出てこないかを確認する為に。

 

「だめかぁ……」

 

残念ながら、誰も出てくる様子はない。

地表近くに居れば気付いてくれるかと思ったのだが。

 

不在なのか気付かないだけなのか。

 

どちらにせよ、自分の目的はこれでほぼ永久に達成不可能となったのだ。

 

「他のゲームで会ったって、名前変えてたらもうわかんないよな」

 

今の世の中、リアルの名前(本名)を教え合うなど、余程親しくなければ、同じギルドのメンバー相手であっても起こらないことだ。

 

「燃え上がる三眼」の例のように、悪意ある存在ではないと証明するのは、とても難しい事なのだから。

 

とてもとても――

 

「残念だなぁ」

 

これで「ユグドラシル」は終了だ。

 

 

あれから200年。

 

「アインズ・ウール・ゴウン」の名が世に広まった。

 

その時、自分は――

 

許せなかった。

 

自分が憧れたギルドは「悪役」を演じて(ロールして)はいたが、基本は「弱者救済」だった。

 

敵を向かえ討ち、敵対ギルドの拠点へ乗り込み、攻め落としたり全滅させられたりしていた。

 

あくまで「やるか、やられるか」という対等な戦闘だった。

 

 

それが、ギルド「アインズ・ウール・ゴウン」だった。

 

それが何故、この世界で「弱者」を殺すのか。

 

 

そんなのは「アインズ・ウール・ゴウン」らしくない。

 

そんなものを「アインズ・ウール・ゴウン」とは認めない。

 

そんな存在は「アインズ・ウール・ゴウン」では無い。

 

 

故に――

 

「自分は『アインズ・ウール・ゴウン』を僭称する者と敵対する」

 

 

 

今のままでは勝てない。

 

だから時間をかけて、準備する。

 

大丈夫だ。

 

200年待ったのだ。

 

もう数百年くらい、どうということはない。

 

 

 




以下、説明・言い訳・妄想と続く


僭称:身分不相応な名前を勝手に名乗ること

「アインズ・ウール・ゴウン」は身分ではありませんが、このプレイヤーにとって「特別」という意味で使用しています。


十三英雄のリーダーではない。
二百年後も生きている。
名前は無いのでモブ。
男か女か決めていない。
国などの中枢に近い立場にいない為、情報が少なく伝達も遅く精度も悪い。
ユグドラシルからのNPCはいない。
召喚やスキルによる作成は可能。

オリキャラにしない為名前は無い。続きも存在しない。
下は結末の箇条書き。

パターン①
あらゆる種族が共存できる国ができる。
→「やっぱり『アインズ・ウール・ゴウン』はすごいんだ」

パターン②
自作自演の狂言と知る。
→「お前なんか『アインズ・ウール・ゴウン』じゃない」



アニメ「オーバーロード」三期の特典が、「二百年前に転移するモモンガ」だとすると、その話に十三英雄のリーダーは存在するのか、しないのか。

100レベルのアインズがいたら、十三英雄の出番がなくなりそうな気もするが、いるならアインズが理想的なレベルアップの指導とサポートとか。

13巻で、さらっと憤怒の魔将のデータを諳んじるアインズなら、四十一人のレベルアップの手順とか覚えていそうな気がします。


とりあえず、特典が楽しみです。


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異形種動物園

27万字が遠い


【異形種動物園】

 

アインズはあんぐりと口を開けた。

 

何故、昔の自分のネーミングセンス皆無を自覚していなかった頃のギルド名候補が、こうして燦然と文字に起こされて目の前に晒されているのか。

 

◆◆◆

 

『異形種動物園』

 

「いいんじゃないかな」

 

こっそりと呟いた。

 

彼は、悪くない名前だと思ったのだ。

確かにこのクラン「ナインズ・オウン・ゴール」の名から変わる名前とすると、微妙かもしれない。

このメンバーでのギルド名には「アインズ・ウール・ゴウン」の方が、ふさわしいだろう。

 

しかし、自分が何かに使ってみたい、と思うような響きがあった。

 

そこで――

 

「モモンガさん。その名前、何か機会があったら使ってもいいかな」

 

◆◆◆

 

ささやかな希望だった。

 

拘りがあって、不利益を承知でアバターに選んだ「異形種」。

既に絶滅してしまった動物も多く、リアルでは碌に機能していない所が殆どの「動物園」。

 

どちらも、自分には思い入れのある言葉なのだ。

 

 

ひっそりと、小さなギルドを立ち上げた。

 

構成員は三人だけ。

 

自分(ブルー・プラネット)と、ヘロヘロ。

そして面白がった、るし★ふぁー。

 

このギルドは有る意味、趣味だけを詰め込んだギルドだ。

 

小さな地下都市がギルド拠点。

ランクは最下位。

 

というか、売りに出されていた拠点だ。

しかも買い手が誰も付かずに、ほぼ最安値という不人気物件。

POPするモンスターは、維持費の少ないモンスターである事が唯一の利点と言ってもよいほどだ。

 

見つけることも困難なほど不便な立地の上、落としてもろくなうま味も無いような弱小ギルド拠点。

NPC作成ポイントは最低値の七百。

 

それを課金の傭兵NPCで補う。

POPは極力抑える。

作成するNPCは召喚を主体にした構成で作る。

異形種で、外見が現実に存在した昆虫や動植物に極力類似しているものを優先した。

 

 

さらに――

 

「いや、このギルド武器おかしいでしょ」

「普通、やりませんよね」

「いいじゃないですか、奇をてらってて受けるでしょ」

 

ゴーレムなのはいいだろう。

 

しかし――

 

「ゴキブリ型のゴーレムで、希少金属でコーティングした上に、AI組み込んで自立自走で逃げ回るって……」

「壊されなければいいんですよ」

「いや、武器としてそれってどうよ」

「どうせギルド武器なんて、誰も使わないじゃないですか」

 

動くものを感知すると、ひたすら逃げるのだ。

ギルド拠点における「アリアドネ」の制限も手伝って、この地下都市は穴だらけになっていた。

 

もはや何処にいるかも、マーカーで確認しなければ把握出来ないギルド武器とはなんなのか。

 

「趣味ですよ、趣味。思いっきり凝らなくちゃ損ですよ」

 

◆◆◆

 

まあ、召喚したNPCは一定時間の経過で自然消滅するか、戦闘終了で消えるのだから、維持費はさほど掛からない。

 

維持費としてそれなりの量の金貨を宝物庫(経費入れ)に入れておけば、そうそう破産(拠点喪失)にはならないだろう。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「いやー!!! 無理!無理!無理!無理!無理ったら無理ーー!!」

 

シャルティアの悲鳴が響きわたる。

 

「このおばかーー!!状況考えなさいよーー!!」

 

 

ゴキブリの群に範囲魔法を叩き込んだところ、爆風に乗ってシャルティアの顔めがけて大量に飛んできたらしい。

そしてそれを回避する為に、シャルティアが取った手段が「転移門(ゲート)」だったのだが、逃げたその先で、すぐに「転移門(ゲート)」が閉まるはずもなく、大量のゴキブリが津波のごとく溢れだしてきたのだ。

 

これにより、守護者の半数が脱落した。

シャルティア、アルベド、アウラである。

 

消滅時間までゴキブリを吐き出し続けるかと思われた転移門(ゲート)は、マーレのアースサージによって逆流させ包み込まれ閉ざされている。

 

転移門(ゲート)から溢れたゴキブリは、デミウルゴスの召喚した大量の低位の悪魔によって、地道に潰されている。

 

なにしろ、恐怖公の眷族無限召喚を例とするなら、この召喚されたゴキブリは「共食いができる(死んでも消えない)」可能性があるのだ。

きちんと一掃しておかなければならない。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

最終決戦・恐怖公、出陣。

 

物量対物量対決。

 

パターン①

 

「他人とは思えん」

「心の友」

「兄弟の契りを」

 

仲良くなる。

 

「ナザリックへ招待しよう」

 

「来るな、来るなあああ!!」×3

 

パターン②

 

周りの被害が大きすぎるので、一時停戦。(見渡す限りのゴキブリの死屍累々)

 

「やるな」

「そちらこそ」

「さあ、決着を」

 

「もう、争いはやめてー!!」×3

 

 

 

 




「燃え上がる三眼」の件で、ギルドメンバーを増やせなくなった。
とあるので、ギルドの掛け持ちは可能なのかと思いました。



コキュートスが「心の友」と呼んでいたかと思うので、恐怖公も正面対決が好きかもしれない。物量ですが。
7巻でも、一応「眷族の腹に収まってください」と「おことわり」してからワーカーを食べているし。


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聖騎士の旅を

なんという事だ。

 

彼は事態を把握して、呆然と呟いた。

 

 

彼は気付くと見知らぬ場所に一人で立っていた。

 

一瞬混乱し、すぐに警戒態勢に移る。

 

彼の戦う者としての本能が、混乱は悪手と判断したからだ。

 

そして一応の安堵を得る。

 

そこは山の中とも森の中とも取れる、鬱蒼とした木々の中にぽっかりと空いた広場のような場所だ。

 

そこに自分一人、いや相棒と呼ぶべき白銀の狼も一緒にいる。

自分と対となる存在を数に入れないなど有り得ない。

 

彼は共に召喚された、同じ主を戴く自身の半身とも言うべき心強い存在だ。

 

「どうやら我々だけが、ここに来てしまったようだな」

 

こんな見知らぬ場所に自分たちがいる理由。

 

思いつく事といえば、見回り中のトブの大森林で見つけた不審者。

その転移魔法に巻き込まれたとみるべきか。

 

一人しか飛べない「次元の移動(ディメンション・ムーブ)」と異なり、「多数を飛ばす移動魔法」であったらしい。

 

そこまでの魔法の使い手とは思わなかったのが敗因だ。

あるいは、何かしらのアイテムの力かもしれない。

 

捕まえてしまえば、どうとでもなると考えたのが甘かったのだろう。

 

一人用なら捕まえてしまえば飛べないと考えたのだが、巻き込まれた所をみると、複数用だったようだ。

 

エンリ将軍が配下、ゴブリン聖騎士隊隊長は、木々の隙間から空を見上げることも儘ならない覆いかぶさるような森の中で思いを馳せた。

 

 

 

 

そこで意識を切り替える。

 

自分は速やかに敬愛する将軍の元へ帰らなければならない。

 

あの優しい将軍は、自分がいなくなった事で心を痛めているに違いない。

 

あのように優しい将軍を主として仰げる自分は本当に運が良い。

 

あの将軍を召喚主とできたのは、自分にとっても誉れである。

 

だからこそ速やかに、かつ安全に帰投する必要がある。

 

自分がいない事で心配をかける事は不本意であり、早急に帰らなければならない事は重要事項だ。

 

だが、それは自分が五体満足で無事に帰る事を最優先にすべきだと、彼は考えていた。

 

もし自分が心身共に傷ついて帰ったなら、あの心優しい将軍は自分を責めるだろう。

 

救助に関われなかった事を悔いるかもしれない。

 

そんなことになってはならない。

 

あの主を悲しませるような事をしてはならない。

 

今なら心配だけで済む。

 

自分が帰らない事、あるいは無事で無い帰還は絶対に避けなければならない事態なのだ。

 

もちろん、仲間のことも信用している。

上手く自分の不在を誤魔化してくれている可能性もある。

それでもいつかは知られてしまうかもしれない。

それなら最後まで気付かないでくれたらと思う。

 

故に安全の確保は絶対だ。

 

よって、まずは状況確認と情報収集である。

 

といっても、ここには人一人、あるいは会話の成立しそうな亜人や異形種といった、人間のいうところのモンスターも見あたらない。

 

アーグたちのようなゴブリン、あるいはハムスケと呼ばれている森の賢王のような存在がいれば、もう少し状況把握ができるのだが。

 

簡単な情報でもよいから、指針が欲しいところだ。

どちらの方角に集落がある、でもよい。

または、水場はどちらの方角かというようなものだ。

 

 

「とりあえず水場を探そう」

 

現状、彼の持ち物は装備している品以外には無い。

 

水袋や携帯食糧の類を持ってはいるが、長時間の探索の予定ではなかった為、心もとないこと甚だしい。

 

 

つまり、彼は無一文なのだ。

 

食料は森の中なので、何かしらの動物を狩ればよい。

残念ながら、彼に料理スキルは無いので調理はできないが、種族特性として生でも問題はない。

 

ただ、水はあった方が良い。

 

それに、水のあるところには何かしらの生物がいるはずだ。

 

できれば意志疎通のできる生き物がいてくれる事を期待するのみだ。

 

◆◆◆

 

水というものは、人間には必要不可欠な必需品として、筆頭にあげられるものだろう。

 

飲むにせよ、調理に使用するにせよ、あるいは清潔に保つ手段としても活用される。

 

だからこそ、水場にいるのが人間だけとは限らない。

 

人間を捕食するものも、そこにいる可能性があるのだ。

 

◆◆◆

 

開拓村というできたての集落には、足りない物が多い。

 

土地の調査も終了していない状態では、安易に土地に手を入れることで、それまで均衡を保っていた状態を崩すこともあり得るからだ。

 

地面を掘ったら、土砂崩れが起きた。

植物を植えたら、植生が変わった。

家畜を放したら、土着の動物が全滅した。

 

故に住み始めてしばらくは、その土地にある状態を維持したままを心がける。

 

水にしても、すぐには井戸を掘らずに近くの水場、この開拓村では小川から水を汲むことになっている。

余裕があれば、マジックアイテムの使用もあるかもしれないが。

 

基本的に水汲みは女の仕事だ。

今日も一人の女が甕を持って、水汲みにやって来た。

普段通りに水を汲み、村へ帰ろうとし――

 

そして、ふと気付く。

 

「木が枯れている?」

 

視界に入った木々の中に、明らかに立ち枯れといった様子の木が続いていた。

 

不思議に思い近づいていく。

 

そして――

 

「ぎっ!!」

 

首に絡みついた何かによって、声と息を止められる。

 

素早い動きで、その首に巻き付いたものに一気引き上げられ、甕を残して女の体は木々の葉の中に消えた。

 

持ち主を失った甕は転がり、川に落ちてそのまま流れていった。

 

◆◆◆

 

ゴボン、ゴボン、と奇妙に響く音が聞こえてくる。

 

ゴブリン聖騎士は音の源を探し、そこに川の窪みに引っかかって音を立てる甕を発見した。

甕の空洞に水音が響いていたのだ。

 

川があることは水の匂いから気付いていたが、甕が流れて来たであろう上流に道具を使用する種族が生活しているらしいことが新たに分かった。

 

甕を拾うと、頑丈なのか多少の窪みはあれど、使用には支障が無いようだ。

 

ゴブリン聖騎士は甕を抱えると、持ち主を探して川上に向かって歩き出した。

 

川はところどころに段差もあり、流れを辿るのはゴブリン聖騎士でも相方の白銀の狼がいなければ、難儀しただろう道のりだった。

もしかしたら、甕の持ち主は流されてしまった甕のことはもう諦めて、川のそばにはいないかもしれない。

 

それでも、川の岸辺には水汲みの跡があるはずだ。

それを辿れば、何者かの集落へ辿り着くことができるだろう。

 

せめて、この場所のおおよその目安を教えてもらえれば、ゴブリン聖騎士は目的を果たしたといえるのだ。

 

友好的とまでは言わないが、こちらの質問に答えてくれる程度の対応を期待したいところだった。

 

甕を持ってきたのも、落とし主なら多少は恩に感じて、穏当な対応で質問に答えてくれるのではないかという打算でもある。

 

魔法詠唱者(マジックキャスター)などのように、外見から強さをはかれない場合は多い。

さらに自分は全身鎧という武装に、白銀の狼を連れている。

 

相手に警戒するなという方が、無理というものだろう。

 

もしもカルネ村に急に見知らぬ者が訪ねて来たとしたら、自分(ゴブリン聖騎士)だって当然警戒をする。

 

普段から訪ねてくる、アインズ・ウール・ゴウン魔導王のメイド、ルプスレギナに対してもそうなのだ。

警戒を怠ったことはない。

 

相手が友好的であるということと、その相手が絶対に味方であり続けるということは、同義ではないのだから。

 

 

それなりの時間を川縁を上った。

 

川から離れずに白銀の狼の脚力でそのまま登ったので、時間はかなり短縮できただろう。

 

さすがに、落とし主が川のそばにまだ居るとは思わない。

人間に限らず、生活にはその日の内に済ませなければならないことが多い。

甕を落としたから、その日は水汲みをしないなどということはあり得ない。

代わりの入れ物を用意して、水汲みを行っているはずだ。

 

それでも、余程大きな村でもなければ、水汲みは終了しているだろう。

今は対話の可能な存在を求めて、甕の持ち主を探すのみだった。

 

 

複数の人間の気配、いや声の数からもはっきりとわかる。

 

それなりの人数の人間が、向かう先にいる。

 

だが、それ以上に気付いてしまう臭いがある。

 

血だ。

 

 

急ぎ人間たちの元へ近づく。

 

そこには、複数の男女が水辺に立っていた。

急に現れたゴブリン聖騎士に驚いているが、そこは気にしている場合ではない。

 

「逃げろ!」

 

叫んだゴブリン聖騎士の言葉の意味を理解した者はいなかった。

ゴブリン聖騎士は、近づく間に剣を抜く。

人間たちが警戒し構えるのを素通りし、剣を振るう。

 

切られたのは蔦。

 

人間たちの首に何本か巻き付いたが、それも次々に切り捨てていく。

しかし、数が多かった。

数人がそのまま木の上へと引きずり上げられていく。

 

「〈ギャロップ・アイビー〉か!」

 

人間の中で、武装していた集団の一人が叫ぶ。

 

 

絞め殺す蔦〈ギャロップ・アイビー〉。

 

木に巻き付き蔓を垂らして、木の近くを通る生き物を絞め殺して栄養を奪う植物モンスターだ。

獲物が採れない時は、巻き付いた木の栄養を奪うため、木は枯れてしまう。

 

そんな植物モンスターが大量に発生していたのだ。

 

周りにある枯れた木は、絞め殺す蔦〈ギャロップ・アイビー〉に栄養を奪われたのだ。

 

だとしても、数が多かった。

 

増えたのか、たまたまここに集まってしまったのか、小川の向こう岸は、枯れた木がかなりある。

 

蔓が勢いよく人間に襲い掛かる。

絞め殺す蔦〈ギャロップ・アイビー〉の数が多いのか、人間(栄養)の取り合いになっているようだ。

 

ゴブリン聖騎士は村人の首にかかる蔦を優先的に切り飛ばすが、複数の箇所に絡みついてくる。

それが、複数の人間にとなると、どうしても取りこぼしが出てしまう。

 

一人の少年の首に絡みついた蔦を切り離すが、その少年の両腕にも蔦が絡まり、双方から引かれる。

「絞め殺す」というだけあって、蔦の力は強い。

 

少年の腕が肩から引きちぎられた。

 

絶叫が上がる。

 

それは少年一人のものではない。

複数の人間があちらこちらから絡みついてくる蔦に体を引きずられ、引き裂かれる。

 

それはまだましな方だ。

声を出せぬ状況に陥る者もいる。

 

首を絞められ、そのまま吊り上げられていく者。

暴れているのは良い方だ。

首があらぬ方向へ向いている者もいる。

 

それだけでは済まない。

絞め殺す蔦〈ギャロップ・アイビー〉の蔦は鞭にもなるのだ。

 

鞭とは古くから使われるだけあり、威力が強い。

使いようによっては、肉をも切り裂く強力な武器だ。

 

そんな危険な物が、多数の絞め殺す蔦〈ギャロップ・アイビー〉によって振り回されている。

絞め殺す蔦〈ギャロップ・アイビー〉にとって「捕食」という生命維持に必要な手段だけあって、その威力と精度はかなりのものだ。

ここにいたのが村の人間だけなら、例え武装し戦闘経験がある護衛の集団がいたとしても、全滅かそれに等しい状況になっただろう。

 

彼らの幸運は、彼らの頭上でこの村で、最初の絞め殺す蔦〈ギャロップ・アイビー〉の被害者となった女性が甕を落としたこと。

そして、それを拾った者がゴブリン聖騎士だったということだ。

 

 

勢い良く振り切られた剣によって、絞め殺す蔦〈ギャロップ・アイビー〉の蔦は切り裂かれ、素早い動きに傷を負う事も絡めとられる事も無い。

 

「さて、この状況で手助けは必要かと聞くのは意味が無いだろうな」

 

村人たちは、その戦闘力に唖然とする。

 

随分と小柄な身長。一言で表すなら子供のような背丈の持ち主だった。

矮躯の異種族だろうかと悩む。

 

しかし、その身に纏う白銀の鎧や振るわれる剣は見事な物だ。

その動きも幾たびもの戦歴を漂わせる風格がある。

(重ねた戦歴を感じさせる風格がある)

 

戦士、というよりは騎士だろうか。

フルフェイスの兜で顔は見えないが、落ち着いた年数を重ねた者を思わせる声により、子供という線は消えたようだ。

 

そして騎乗するのは白銀の狼。

小柄とはいえ全身鎧の騎士をその背に乗せながら、まるで苦にした様子も無く、重さを感じさせない身軽な動きを見せる。

そんな白銀の狼がただの狼であるはずがない。

 

身のこなし。体力。脚力。そして騎士と一心同体と言ってもよい動きをこなす知能の高さ。

おそらく魔獣と呼ばれる存在だろう。

 

もしかしたら、上位種という存在かもしれない。

 

 

かくして、ゴブリン聖騎士の働きによって川辺に集まっていた村人のほとんどが命を落とさずに済んだ。

命に係わるほどの大怪我をした者も多かったが、ゴブリン聖騎士の治癒魔法はそこらの村に在住する神官など足元にも及ばない強力な癒しの力が込められていた。

出血も欠損も、「生きてさえいれば」大事なく健常な状態へと戻ることができた。

 

残念ながら、死亡した者も皆無ではないが、ゴブリン聖騎士によってその数を減らせたことは間違いのない事実だった。

 

蔦を失った絞め殺す蔦〈ギャロップ・アイビー〉は動きが遅い。

火などで仕留めれば、なんとかなった。

絞め殺す蔦〈ギャロップ・アイビー〉の蔦は、例え武器を所持していても容易く対処できるものではない。

そのため、取りこぼしは厳重に注意しなければならない。

それと今後の注意だろう。

ここまで増えた原因も不安材料だ。

 

それでも、一応の解決を得た。

 

そしてゴブリン聖騎士も、ようやく望んでいた答えを村人から得ることができた。

ただし、ゴブリン聖騎士には全く嬉しくない現状を理解した、というものだったが。

 

 

ゴブリン聖騎士がやっと得た情報で判明した事は、自分のいる場所がスレイン法国と竜王国の国境の湖のほとりであるという事だった。

 

問題なのは、このほとりがスレイン法国側だという事だろう。

 

南北に大きく横たわるこの湖は、小国なら入るほどの大きさだ。

これによって西にスレイン法国。東に竜王国が存在する。

 

そして彼のいる場所はスレイン法国の南端寄りの開拓村、という事になるらしい。

 

自分は主たるエンリ将軍のいるカルネ村へ帰らなければならない。

火急的かつ速やかな帰還が望ましいが、「生きて帰る」事を最優先とするなら、危険の渦中に飛び込むのは愚策だ。

 

スレイン法国が人間至上主義を掲げている事は知っている。

 

カルネ村を襲った勢力も、人間、モンスター、人間と、人間の割合が多いことからも、亜人種たるゴブリンの自分では、種族を知られれば騒ぎになる事は、まず間違いが無いだろう。

 

つくづく自分の主、エンリ将軍は懐が広いという思いは、こういった世界の情勢を知れば知るほど、強く感じる事である。

 

故に最短のルートである、スレイン法国を経由しての道は、安全の為に選ぶ事はできない。

 

湖を迂回し、竜王国経由でカッツェ平野を目指す。

 

カッツェ平野まで行けば、魔導国の領内と言っても良いのだから、なにかしらの連絡手段を得る事もできるかもしれない。

 

 

「恩義に感じてくれるのなら、宿と食料の譲渡をもって返礼とさせてもらえないだろうか。旅の途中の身ながら、見ての通り路銀と糧食が乏しいのだ」

 

納屋の藁に布をひき、簡単な寝床とする。

小さな村の住人の住まいに客室などあるはずもなく、余っている部屋もない。

あるとすれば、今日の戦闘で亡くなった者の部屋だろうが、そんな辛い思いを抱えた家族に、「死んだ家人の部屋に泊めてくれ」などと言えるはずもない。

それに銀狼もいるのだ。

馬と異なり、一匹にするには恐ろしく、かといって騎士と同様に家の中に招くのも戸惑われた。

 

一晩を過ごし出立する彼に、村の者たちは日持ちのする食料を渡した。

 

一食につき、四分の一を我慢する量だ。

それぞれの家族に余裕がある訳でもなく、その一食が満腹になるほどの量でもない。

 

それでも、家族を亡くすよりずっと良い。

 

彼の治癒魔法によって、かなりの人数が助かったのだ。

村中から少しずつ集めた食糧と路銀。

食糧としては五日分、路銀としては銅貨百枚ほどだった。

これは相場からすれば、安すぎるものだ。

例えば帝国の神殿で治癒の魔法を受けるには、銀貨二枚ほどは必要となる。

それとて、低位の治癒魔法の値段だ。

昨日、聖騎士が使用した魔法はおそらく、いや確実により上位の魔法だろう。

 

であるなら、対価とする支払いには金貨相当が必要となるはずなのだ。

 

それを、彼の聖騎士が辞退したのだ。

「私にも覚えがある。襲われた村の復興には、人も金銭も通常以上に必要なものだ。無理をさせては助けた意味が失われる。無償はさすがに困るが無理の無い範囲でかまわない」

 

そして全身鎧で顔は見えないながら、大らかな声が続けた。

 

「あとは、旅の無事を祈ってくれ」

 

 

ゴブリン聖騎士もカルネ村の復興の際の苦難は、身に沁みている。

アインズ・ウール・ゴウン魔導王が支援を約束してくれなければ、召喚後の自分達は一定数まで自害するか、村を離れてトブの大森林で他種族の集落を襲うかなどの道しかなかっただろう。

 

 

ゴブリン聖騎士にも考え、あるいは打算があった。

カルネ村のエンリ将軍の評価の向上だ。

自分という武力を示すことによって、カルネ村に敵対しない方が賢いという考えを持たせることだ。

 

とりあえず、人間を助ける立場を貫く。

 

アインズ・ウール・ゴウン魔導国は、アンデッドを王と戴く国ではあるが、基本は人間の国だ。

 

カルネ村も、数だけならゴブリンが多数を占めるが、やはり将軍にして族長であるエンリ・エモットを筆頭とした人間が主体の集落だ。

 

人間にとって「ゴブリン」とは「弱いモンスター」の代名詞だ。

カルネ村を襲った、リ・エスティーゼ王国の第一王子も、「ゴブリンに負ける」という事態を受け入れられず、戦闘を続けていた可能性がある。

 

「ゴブリンの軍勢」では、諸国を牽制するには弱く、むしろ「ゴブリンごときなら」という侮りによって襲撃を受ける虞すらある。

 

そこで自分がゴブリンであることを隠して、カルネ村の戦力として武威を示せば、安易に攻め込もうという考えの抑止になるかもしれない。

 

旅につけ、自分がカルネ村の者であること、自分より強い存在が村には複数いることをアピールするのだ。

 

そして人間(他国)と敵対する意思の無いことも合わせて知らしめるのだ。

 

争いなど百害あって一利なし。

戦闘になれば、誰かしらが傷つき死ぬことすらある。

武器防具共に磨耗するし、その間は他の事が疎かになる。

敵味方双方に被害損害が出るのだ。

回避できるのなら、そちらの方がお互いにずっと良い結果になるだろう。

 

一方的に勝ちを得たとしても、相手からの憎悪は確実に受ける。

 

そうなれば、火種はいつまでもくすぶり続けるだろう。

 

それに割く手間暇も考えれば、無駄としか言いようがない。

 

友好的とまでは言わない。

 

敵対する事が損だ。或いは割に合わない。メリットが少ないと考えるように、状況を持っていければよいのだ。

 

◆◆◆

 

 

 

「さあ、行こう」

 

カルネ村へと帰るのだ。

もはやあそこを、「村」と言って良いのかは気にしない。

 

これより先の旅は、自らの主人、偉大な「エンリ将軍」の名を馳せる旅でもあるのだ。

 

無様も非道もあってはならない。

 

ここから、「エンリ将軍の聖騎士」の物語が始まる。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

当然、始まらないし続かない。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

続きではなく、1シーン。

 

◆◆◆

 

「ねえ、『ゴブリン王の伝説』って物語って知ってる?」

「『ゴブリン王の伝説』?ああ、あれか。確かトネリコの枝を振り回す、すごく強いゴブリンの話」

「もう、大雑把すぎる」

「結局はおとぎ話じゃないか。現実にあんな強いゴブリンなんかいないって」

「……『ゴブリン王の伝説』のお話では、人間のお姫様との間に子供を作ってるんだよ」

「はあ?尚、あり得ないだろ。ゴブリンとの間に子供なんかできる訳が無い。やっぱ、ただのおとぎ話だな。荒唐無稽すぎるぜ」

「どうしてそう言い切れるのよ」

「あのなあ。犬といくらやったって、子供なんかできないだろ?それと一緒だよ。種族が違うんだから」

「でも、竜王国の女王は、ドラゴンと人間の間に産まれた子供の子孫なんでしょ?」

「ドラゴンとゴブリンを一緒にするなよ。女王さまに失礼だろ」

「……もういいよ」

 

かたんと椅子を引いて、席を立つ。

 

「おい、何がいいんだよ」

「『ゴブリン王の伝説』の話に詳しくないなら、もういいってこと」

「あっそ」

 

彼も暇では無いのだ。

明日は早い。

彼女の話が長くなるものだったなら困りものだったが、生憎というか有り難いことにというか、彼女の質問の相手に自分は不適格だったようだ。

 

 

「ゴブリン王の伝説」の物話。

 

それなりに有名な話だ。

 

詳しい者が多いとまでは言わないが。

 

あの白銀の聖騎士。

 

黙っていることを条件に同行してもらっているが、あの強さは尋常ではない。

 

それこそ、英雄。

それこそ、おとぎ話。

 

だから彼女は想像した。

 

彼はもしかしたら、ゴブリン王の血筋なのではないか。

あるいは、ゴブリン王と人間の姫との間にできた子供の子孫なのではないか。

だから人間に対して、友好的なのかもしれない、と。

 

想像を飛び越え、妄想の類と一笑にふされても文句は言えない、まさしくおとぎ話のような「荒唐無稽」な話だ。

 

それでも彼の存在は、どう取り繕っても「普通」では無い。

 

それこそ「物話の中から抜け出してきたような」という表現が、一番しっくりするのだ。

 

「もし、彼がゴブリン王と同じ存在なら……」

 

物語の中で「人間の姫との間に子供を作った」ように、「自分との間にも子供ができる」かもしれない。

 

弱い男など願い下げだ。

この世界で「弱い」など、「死」と同義だ。

 

亜人種の侵攻に晒されたこの国で、同じ人間すら隙を見せれば襲いかかってくる情勢で、強さを求めないなどあり得ない。

 

彼は本物の「英雄」だ。

 

彼の子供が産まれたら、きっと強い子になる。

 

それはなんて――

 

「なんて素晴らしいことなのかしら」

 

自分の産む子供が強者である保証を得られる。

これ以上ない、優良物件ではないだろうか。

 

◆◆◆

 

「もし私を娶ってくださるなら、貴方様に身も心も捧げます」

 

目の前にいるのはゴブリンだ。

まごうことのない、正真正銘のゴブリンだ。

 

それでも、その身に纏う清廉な雰囲気は、正しく聖騎士のもの。

 

そして、自分を見る瞳。

 

そこには何の感情も無い。

 

ただの「自分」だ。

 

領主の娘という地位。

美貌を謳われた整った顔。

それなりに父を支えたと、自負のある能力。

 

女として、価値のある付属品として、自分を見る男は見慣れている。

 

それを利用したことすらあるのだから。

 

それでもここまで、「自分」という存在をあからさまに「無価値」としている目は初めてだ。

 

いっそ、心地よいほどに。

 

 

この世界では「強さ」は男も女も引きつける強力な魅力だ。

 

そこに種族の垣根など小さな問題だ。

 

帝国の闘技場で名を馳せる「武王」にひかれる女性は少なくなく、男性でもファンは当然多い。

 

圧倒的な武力。

魔獣としか思えない白銀の狼を乗りこなす技量。

見事な武装のしつらえ。

単純な個人の力のみならず、集団を統率する戦略的能力。

第三位階などでは説明のつかない、強力な魔法。

 

どれか一つでも、名のある存在として名を馳せることが可能だろう。

 

これだけの力を個人が一人の能力として所持しているのだ。

 

そんな存在をなんというか。

 

「英雄」だ。

 

それを逃すなど、「女」としても「領主の娘」としても、あり得ない。

 

◆◆◆

 

「おいおい、正気か?」

 

目の前で発言した男に問う。

どう考えても常識的では無い。

さすがに狂っているとまでは(言いたくとも)言わないが。

 

「あれはゴブリンだぞ?」

 

確かに強いだろうが、人間では無いのだ。

そんな存在に自分たちのチームに入ってほしいなど、正気の沙汰ではない。

 

「なんでだよ。十三英雄にだって悪魔との混血児がいたんだぜ?聖騎士なんて、是非とも欲しい人材だ。あの治癒魔法の威力を見ただろう?昔の傷まで治るなんて、第三位階どころの魔法じゃないって、絶対」

「……そんな存在だからこそ、胡散臭いんじゃないか」

「何がだよ」

「そんな存在が、今まで噂にもならずにいた、なんて絶対におかしいだろう?隠れていたか、そういった集団から離れたのか。とにかく怪しいって」

「主人のところに帰るって言ってたじゃないか」

「……カルネ村のエンリ将軍だろ。お前そんな奴知ってるか?」

「いいや」

「怪しいじゃないか。周辺国家最強と言われた、あのガゼフ・ストロノーフなみに強いかもしれない奴が、何でこんなところに居るんだって話」

 

それでも――

 

「それでも、この先俺たちだけじゃ、やっていけないじゃないか」

 

明確に自分の前に立ちふさがる壁。

それは、これ以上自分が強くなれないという現実なのだ。

 

あそこまでの強さがあったならと、思わずにはいられない。

あの強さがあったなら、諦めることも挫けることも、納得のいかないことに膝を屈することも無いはずだ。

 

 

だからこそ、男は反対する。

 

人間同士でも、妬みやっかみは付き物だ。

種族が異なれば、さらに深刻な溝ができかねない。

 

「俺たちとは、住む世界が違うんだ。諦めろ」

 

自分(人間)とは違うと、遠くに見ているのが一番いいのだ。

近くにいれば、どうしたって自分と比べ、比べられる。

惨めになるだけだとわかっているのだ。

 

それは経験に裏打ちされた思いなのだから。

 

 

◆◆◆

 

魅了の魔法は永続的なものではない。

解けてしまえば、気持ちは戻るし記憶も残るので後々の禍根を残しやすい。

 

そんな魔法に頼るなど、最終的に相手を殺すことを前提にでもしなければ危険で使いようがない。

 

ましてや相手は第六位階魔法の使い手でもあるのだ。

 

「抵抗(レジスト)」されてしまう可能性は高い。

 

「お友達からで」

「お前、男だろ」

「だから、お友達からで」

「次は?」

「実は俺には、まだ嫁に行っていない姉がいるんだけど」

「帰れ」

 

◆◆◆

 

ドラゴン。

 

冒険者の討伐希望の一位であり、もっとも会いたくない危険な相手一位でもある。

 

そんな存在に、うっかり対面してしまった。

 

しかし――

 

「やめないか。敵対の意志も持たない者に見境無く喧嘩を売るなど、ドラゴンなら鷹揚に構えたまえ」

 

そのレッド・ドラゴンの後ろから、白銀の狼を従えた騎士が現れる。

全身鎧(フルプレート)のため、顔を見ることはかなわないが、鎧も脇に差している剣も見事なものだ。

 

ただ、随分と背が低い。

子供とさほど変わらない身長だ。

 

 

落ち着いた声にレッド・ドラゴンが応える。

 

「一応ここは私の縄張りなのだがな」

「人間にそれをわかれと言っても無理だろう。匂いもろくに判別できないのだから」

「まあ、そうだな」

 

レッド・ドラゴンが視線を戻す。

 

「さて、人間。ここが私の縄張りと知って入ってきたのなら許さない。己の愚かさを心に刻んで死ね」

「ひい!」

「だが、そうと知らずに迷い込んだのなら、私の恩人の言葉に免じて見逃してやろう」

「迷いました!というか、ここは何処でしょうか!」

 

レッド・ドラゴンは、やれやれといった様子で首を振る。

 

「なら、私と共に行こう。道を彼(ドラゴン)に教えてもらったからな」

 

レッド・ドラゴンは名残惜しそうに騎士に別れを告げる。

 

「世話になった。もし近くに来ることがあったら、是非また寄ってくれ。歓迎すると誓おう」

「ありがとう。そちらも怪我には十分気をつけるようにな」

「心がけよう」

 

 

 

変わったゴブリンだったな。

 

レッド・ドラゴンは「恩人」を思い出して、そう評した。

 

ゴブリンなのに、自分に迫る強さだった。

 

それ以上に魔法の威力に驚いた。

そうした強さを持ちながらも、怪我をし前肢を失って、他のドラゴンに縄張りを狙われていた自分を気遣った。

 

傷を癒され前肢は復活した。

感謝をし、お礼を考える自分に、あのゴブリンは迷うことなく、願い事を口にした。

 

「なにかあっても、自分の仕えるエンリ将軍に牙を向けるようなことをしないでほしい」

 

あのような騎士を召し抱えているのなら、「エンリ将軍」とやらも見所のある存在なのだろう。

 

 

場をとりなしてくれた彼は聖騎士であり、あのレッド・ドラゴンの傷を治してやったそうだ。

 

「私はこの北の先にある、城塞都市エ・ランテルからさらに北のトブの大森林近くにある、カルネに住むエンリ将軍の配下の一人だ」

「へえ、貴方みたいに強い人を部下にもてるなんて、すごい人ですね」

 

途端に相手の機嫌が良くなったことを感じた。

目に見えて――顔は見えないが――上機嫌とわかる態度だ。

 

「そうとも。エンリ将軍閣下は優れたお人で、しかもお優しいのだ」

「そうですか」

「そんな方にお仕えできる私は幸せ者という言葉では……」

「……」

 

人里にたどり着くまで聞かされた「エンリ将軍の素晴らしさ」は、あまりにも長時間聞かされたために、ほとんど覚えることができなかった。

 

それでも最終的に「すごい人ですね」と締めくくって解放された。

 

エンリ将軍という人はきっと「すごい」人だ。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

小柄を活かした戦闘を考えて挫折

 

 

体に添う様に剣を振るう。

 

狭さをものともせずに、打ち付けられる相手の得物を片手の盾でいなし、避けきれないものはその身に纏う白銀の鎧の上を巧く滑らせていく。

 

後ろからの敵に対して、振り返るのではなく逆手に持った剣で突く。

あるいは肩から背後に滑らせ、そのまま回転するように周りの敵を屠っていく。

 

長い剣を体から離して振り回すのではなく、体に添わせている。

突くときも、体重を掛けてのめり込ませないようにし、剣が抜けなくなる危険を回避する。突き刺しは急所を確実に狙い、盾での牽制も忘れない。

 

演舞、あるいは剣舞というべきか。

 

流れるような淀みない動きで、敵の数を減らしていく。

 

確実に殺すか、視力を奪ったり武器を持てないように腕を傷つけたりと、戦力を減らしている。

 




上のようなシーンは浮かぶのですが。

本当は、遺跡の探索をして、プレイヤーのアイテムを手に入れるとか
ここに残ってください、と懇願されるとか
ゴブリン王の逸話にならって、人間の女性と何かあるとか続けたかった。
(でも、ゴブリンさんは召喚された存在だから、子供は望めないんだ)

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

説明・補足



ゴブリン

一人旅をさせるなら、白銀に輝く全身鎧に身を包んだ騎兵。
馬の代わりに白銀の狼に騎乗する、ゴブリン聖騎士隊隊長。

聖騎士なので、悪に対する攻撃が強い。
魔法も使える。
信仰系で治癒魔法も使える。

英雄の領域のレメディオスより強いそうで、更に無駄の無いビルド構成だろうから、第五位階の死者蘇生(レイズ・デッド)も使えるかも?

レッド・キャップス(43LV)より低く、ガゼフより強いから、たぶん30以上。
もしかしたら、デスナイトくらいで35LVくらいかな。

できれば外見はせっかくの「ユグドラシル」の隠しキャラクターみたいなものだと思うので、それなりに凝った装備(現地目線で凄い装備)であってほしい。

人々を助けていく聖騎士。

法国も人助けするゴブリンに
「もしや貴方はぷれいやーですか?」
「違います」
「では、従属神(NPC)ですか?」
「違います」

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

書いていて、つい思いついたタイトルもどき

周辺諸国第二位のゴブリン聖騎士が、一番人間に優しい気がするのは、私の気のせい(勘違い)だろうか。(私が間違っているのだろうか)

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

一応の補足(長いです)

一応「強者」の分類に入れられ、善性であり人助けを「一応」でも厭わない事。
しがらみが少なくて、拘りが少ない。
一騎当千、自分で自立して旅ができる。
回復手段持ち。


ゴブリン軍団で最強は13レッドキャップス、Lv43。
デミウルゴスの支配の呪言は、Lv40以上で抵抗可。
フールーダに支配の呪言が効いたので、フールーダはLv40以下。(アニメの話は明言されていないので含まない)
フールーダがデスナイトを(理論上は)支配できるとあるので、Lv35以上。
39~36がフールーダのレベル?

大陸に四人しかいない人間種の逸脱者とあるので、英雄は少なくとも38より下。

レメディオスが英雄級(ガゼフよりLvが上)。
ガゼフが英雄に片足を入れている。
ラキュースが英雄級。

レメディオスは周辺国家第三位の聖騎士。
一位が漆黒聖典なので英雄級(逸脱者ではないので、おそらく38以下)
二位がゴブリン聖騎士隊隊長。
三位がレメディオスで英雄級。

一位と三位が英雄級なので、二位も英雄級。

レッドキャップスのLv43が飛び抜けているとある。
10Lv離れると勝ち目無し。5Lvでなんとか、とあるので、間を取って43-7=36くらいを希望。

十巻で、漆黒聖典はデスナイトが同数以上になったら絶望的、とあったのでレベルはほぼ同格のはずなので35くらいだと予想。
聖騎士隊隊長もたぶんそれくらいはあるはず。
隊長というくらいなので、デスナイトより上の36希望。

というか、デスナイトよりは強いと予想。
12巻の表現を見ると、隊長格でない通常のゴブリン軍団員はデスナイトより下に思える。

できれば、リユロのLv38より上がいいけれど、逸脱者のレベルに入ってしまうので不可。

憤怒の魔将がLv84の純戦士系でも、第十位階の魔法が使える。
フールーダが無駄の多いビルド構成の上、三系統の混成でLv40以下でも、第六位階を使える。
40以下のゴブリン聖騎士も第六位階を使えるかも?

という予想の元、ゴブリン聖騎士隊隊長は第六位階の信仰系魔法「大治癒」が使える設定。

ただのユグドラシルモンスターは、八つくらいの魔法を使えるとある。
活躍させたいのと、単独なので、使える魔法はこの話では十個にしています。



絞め殺す蔦〈ギャロップ・アイビー〉
WEBに出てくるモンスター





◆◆◆◆◆◆◆◆◆


どうでもいい話

人外と人間の恋物語、というと「美女と野獣」が例えに出されるのですが、野獣はもともと人間なので、ちょっと違うんじゃないかと思っています。
最終的に元の人間に戻りますし。

どちらかというと、「人魚姫」の方が例えに良いかと。
上半身は人間ですが、下半身は魚。
ひょっとしたら「ユグドラシル」なら異形種の分類になるのかも、と思います。

他にも、昔話ではこの手の話は多い。

人間の男に好意を寄せ、人間の女へのプレゼントの花を咲かせるために、自らの命を捧げてしまう鳥の話とか。

さらには「幸福な王子」の銅像と燕とか。

異種族間の恋愛は、結構昔からたくさんあるような気がします。

吸血鬼の「ドラキュラ」なんて、死んでから生きた人間に子供を産ませているんだから、本当に死んでいるのかと。

これが吸血鬼全般に取り入れられているのなら、シャルティアが人間相手に妊娠してしまう可能性がありそう。

ところで木の股から生まれるのは悪魔という話が多いですが、木の精霊との間の子はどこから生まれるのか。

ついた蕾が花開くと、そこから子供がこぼれ落ちた、という話があったような。

古今東西、異種族間の恋愛は多いとプルチネッタが知ったら、「こんなにも世の中にわ悲恋が!何とかしなくてわ!」とか奮起しそうだ。



◆◆◆◆◆◆

12巻の作者雑感を読んで、ゴブリン聖騎士隊隊長が「周辺国家第二位の聖騎士」と知り、「さすがナザリック絡み」と思って書いた話です。
だってレメディオスが「聖騎士」なのに、あんまりだったので。
第一位も、所属を考えると、まだ出てきていないのに不安です。

一位(スレイン法国)と三位(ローブル聖王国)は似てる?とか妄想。


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詰め合わせ(書籍2巻、7巻、13巻、WEB)

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

【寒村出身者の話】

 

ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう!

 

 

口に料理を運ぶ速度も大分ゆっくりになった。

最初は、口の中に詰め込むように、咀嚼も間に合わない勢いでひたすらに食べていたものだ。

今は取りあえず、この自分の前に配膳された皿は全て自分が一人で食べてよいと頭も体も理解し、最初の頃と比べれば多少はゆっくりと食べることが出来るようになった。

 

美味い食事だ。

 

材料から調味料、料理人の腕に至るまで全て一流の料理だろう。

 

それを――

 

 

「おいしくないわ!」

 

 

また「お嬢様」の癇癪が聞こえる。

何が不満だというのか。

きっとあの女(ソリュシャン)は、この料理にどれだけの人間の苦労が詰め込まれているのか、ちっともわかっていないに違いない。

 

村にいた頃から悔しかった。

 

毎日毎日。

 

日の出と共に起きなければ、寒村で活動できる時間などすぐになくなってしまう。

 

日のあるうちに仕事を済まさなければならない。

 

時間との勝負だ。

 

幼い頃から、ずっと日が暮れるまで畑仕事をしてくたくたになって、食事は自分達が作った物なのに満足に口にする事も出来ずに、死なないだけでしかない量を腹に納める。

 

毎日毎日その繰り返し。

 

晴れて日が照り、汗が目に沁みふらつこうとも。

雨の中、寒さと服が体に張り付く動きにくさに体温と体力が奪われ、意識が遠のこうとも。

寒さにかじかみ、農作業で硬くなった皮膚が裂け、農具や畑に血が滴っていても。

 

ただひたすらに働いた。

 

それしかなく、それ以外は何もなかった。

 

そしてどんなに働いても、報われる(豊作)とは限らない。

 

干ばつ、冷害、虫害。

 

そして減っていくばかりの働き手。

 

せっかく実った作物を収穫も出来ず、食べることも出来ず、ただ腐らせてしまった時のあの虚しさ。

 

 

分かるものか。

 

貴族にも、金のある奴にも、飢えた事の無いやつらには、自分のこの思いは絶対にわからない。

 

 

あの「お嬢様」にも。

その我が儘を許す「執事」にも。

それに金を出す「父親」とやらにも。

金を受け取って笑っている、「この店の従業員」や「客」どもにも。

 

 

こいつら全員、どんな目に遭ったって自業自得なんだ。

 

 

 

 

「最後の晩餐は、美味しかったかしら? 最後の食事は、多少は良いものを与えるそうですからね」

 

ソリュシャンは、自分の中にいる男(ザック)に話しかける。

 

「この世は弱肉強食ですもの。『あなたなら』わかって(自業自得と)納得してくれるわよね」

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

【金貸しの男の話】

 

 

「かわいそうにな」

 

金貸しの男は、禿げた頭を撫でながら思う。

 

あの少女の境遇が気の毒だった。

だからと言って、何をするという訳でもないのだが。

 

自分は「仕事」として金を貸し出し、その利子と共に金を回収しているだけだ。

 

人を苦しめて喜ぶような性格をしている訳ではないし、金を返せない状況に陥れようと画策している訳でもない。

 

そんな悪魔的な残虐性は持ち合わせてはいない。

 

あの「フォーサイト」というワーカーチームとて、モンスターが憎くて殺している訳ではないだろう。

討伐対象のモンスターが知性を持っていて命乞いをしてきたとしても、「仕事」であれば割り切って殺しているはずだ。

肉屋だって余程の例外でもない限り、家畜が憎くて殺している訳でもないだろう。

 

「仕事」だからだ。

 

自分が回収係なのは、この面構えの為だ。

 

そもそも、自分(強面)が行ったという時点で気付くべきだ。

 

期限が過ぎている、不良債権者なのだと。

 

誰もが期日までに、きちんと利子込みで返済してくれるのなら、自分などすぐに仕事を失うだろう。

 

自分に仕事があるという事は、「借りた金を返さない相手がいる」というだけの事だ。

 

実際、すぐに金が必要で、すぐに返せる人間からは感謝されているのだ。

 

そういった、良質の客に自分(強面)が宛がわれる事が無い、というだけの話だ。

 

財布を失くしたとか、大きな買い物に少し足りない等の、急な出費の際に、対した審査も担保も無く借りられる、自分達のような所は重宝されている。

 

結局は身の丈を知れ、という事なのだ。

 

無理矢理に貸し付けて利息をもぎ取ろうとか、身代を崩させようという訳では無い。

 

ただ「金を借りに来た相手に金を貸す」のが仕事なだけだ。

 

「きちんと金利を含めた分まで返してくれること。それを何度も自分の所から借りてくれること」

 

それ以上も、それ以外も、自分の仕事では無い。

 

だからこそ、きちんとした返済をしてもらわなくてはならない。自分達は慈善事業をしている訳ではないのだから。

 

「金を借りたら返す」

 

ごく当たり前のことだ。

 

それに金利がつく。

 

ちゃんと最初から毎回説明し、書面にしたためられている。

 

当然「理解したとして署名(サイン)をもらっている」

 

 

 

彼女(アルシェ)も、あれだけ身を張ってくれる仲間がいるのなら、相談すればいいものを、と思う。

 

いくら金を稼いできたとしても、彼女は社会的には子供とまでは言わないが、人生経験という観点から見れば、まだまだ未熟といっていいだろう。

 

ただ倒せばいいモンスターと違い、人間関係は様々な要素から変わってくる。

 

男が見るに、彼女の父親は彼女がどうやって、どんな思いで、どんな苦労をして金を稼いでいるのかさえ、理解していないように見えた。

 

よくいるパターンだ。

自分が頑張っていれば。

自分が何とかしなければ。

いつかきっとわかってくれる。

 

そう見えてしまうところが「人生経験の未熟」を感じるのだ。

 

結局、彼女(アルシェ)は、よくいる「貢ぐ女」で、親にとって「都合のいい女(娘)」なのだろう。

 

 

自分にだって養う家族がいる。

自分の生活のためにも、金がいる。

 

この仕事より割の良い仕事があれば、そちらに移るだろう。

 

そんなことは滅多に無いが。

 

それはあのフルトの娘、アルシェも同じだろう。

 

もっと割の良い仕事があれば、あんな犯罪すれすれのワーカーの仕事をすることも無いだろう。

 

自分だってそうだ。

 

そもそも、「仕事」であれば、多少の演技くらいはする。

金を返さない相手に威圧的に接したり脅したりするのは、踏み倒しをされないための予防対策だ。

 

借りてもきちんと利子まで返済してくれる「お客様」には、自分だって礼儀正しく愛想良く接する。

 

そんな客は、ほとんどいないが。

 

そもそも、実力行使に出るのは、金を完全に返せなくなった「踏み倒し」相手だけだ。

 

金を返さない、自称「客」が増えれば、当然自分たちの「商売」は成り立たない。

 

「仕事」を失い、路頭に迷い、それこそ自分たちが「金貸しに金を借りる」事態になるだろう。

 

だいたい「金を借りる」とは、とどのつまり「借金」なのだ。

自分たちが「金が無いから貸してもらう側」だと意識していない、自称「客」は質が悪い。

 

結局破綻して、こちらに迷惑をかけるのだから。

 

だから「かわいそうに」と思うだけだ。

 

あのワーカーの「フォーサイト」だって仲間だからと言って、借金を肩代わりなどしないだろう。

 

大抵の人間がそうだ。

 

誰だって自分の生活があるのだから。

 

安易に「かわいそう」と言って、「助けてほしい」と言われても助けられない。

 

だから、考えるだけだ。

 

 

 

誰だってそうだろ?

 

誰もが人の人生なんて、背負えない。

そんな事ができるのは、ほんの一握りだけだ。

だからこそ、脚光を浴びる。

 

自分たち凡夫に、そんなことができるわけがない。

 

だから、考えるだけだ。

 

考えるだけ。

 

それだけだ。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

【ゴブリン情勢の話】

 

ゴブリンという種族がいる。

 

彼らは人間の子供に例えられるほど、弱く小さな体で頭も良くない。

 

最弱のモンスターとして認識され、小さな体と夜目によるゲリラのような戦法以外には特色の無い、

繁殖の早さ以外は、これといった特徴はあげられない。

 

しかし彼らこそが、人間の住む以外の場所で必要不可欠な存在だ。

 

彼らは底辺であるが故に、他のモンスターの食料ともなっている。

繁殖の早さが、それを支えている。

 

もしゴブリンが全て駆逐されれば、モンスターの食糧事情は悪化し飢えるモンスターが増えることになるだろう。

 

そもそも、モンスターとの接触というのは、人間側に問題がある事が多い。

 

基本人間以外の種族は、平野でも森の中でも、己の身体能力のみで踏破が可能だ。

 

しかし劣等種たる人間には、そんな事は不可能だ。

 

足を守る為に靴を履き、歩き易さの為に道を造る。

荷物の運搬や大勢が通れるように、道幅を広げ舗装する。

 

結果、ただ通り過ぎるだけでは済まずに、その地に住むモンスターの縄張りを侵すこととなる。

 

そうなった場合のモンスターの対処は一つだろう。

 

人間とて、「近道をしたいので、貴方の家の中を通過させてくれ」と言われて納得などしないだろう。

しかもそれが土足で、ついでに家の物を持って(盗んで)いくような行いがあれば、それはもはや「敵」以外の何者でもない。

 

人間が襲われるのも、致し方なしというものかもしれない。

 

だが、そうしなければ生きていけない劣等種族なのが人間という存在だ。

 

だからこそ、危険度を下げる努力も怠らないし、怠れ無い。

 

例えば、冒険者は安易に森などのモンスターの領域に入り込んでモンスターを殺すことを禁止されている。

 

あくまでも、冒険者は「人間の領域」に入り込んだモンスターという脅威を排除するための存在なのだ。

 

だから、「モンスターを殺しまくりたい」などと言う者は冒険者にはなれず、「請負人(ワーカー)」になるしかない。

 

不必要に森に入り、弱いモンスターをひたすらに殺していけば、そのモンスターの領域を人間の物にできると考えるものもいる。

 

だが、自然の摂理とはそう簡単なものではない。

 

弱いモンスターがいなくなれば、別のモンスターがそこに入り込むのが常だ。

 

人の領域のように、開拓され舗装され、家が並び建つということがなくても、どれだけ自然のまま誰もいないように見えても、そこは何者かの「縄張り」なのだ。

 

そして「縄張り」は変動する。

 

モンスターが他のモンスターに敗れたり、寿命で死んだり病気、あるいは怪我によって弱体化すれば、縄張りを奪われることは珍しいことではない。

 

そして、最初の弱いゴブリンが駆逐され、食料事情が悪くなった場合、その代用品となりうるのは、当然代わりの「弱い生き物」だ。

 

そこに人間がいれば、喰われるのは必然となり、さらに不足となれば、人里にまでモンスターを呼び寄せることとなりかねない。

 

ゆえに人間は安易に「人間の領域に出現したモンスター」以外のモンスターを殺すことは避けている。

 

難度二〇のモンスターと互角で実力者。

難度六〇と戦えれば猛者。

 

そんな人間が数えられる程度しか存在しない。

それより上の人間は一国にいるかいないかという程度。

 

そんな力で劣り戦える者の数で負ける人間が、わざわざ危険を引き寄せても何の良いことも無い。

 

しかし「ワーカー」となる者が絶えないように、それらを守らない者がいるのが実状だ。

 

割の良いモンスターを優先的に殺す者。

高価な薬草や鉱石のために、縄張りを荒らす者。

モンスターを「試し切り」にしたいだけの者。

 

人間の社会よりも、自分の都合を優先させる者は必ずいるのだ。

 

 

 

「つまり、デミウルゴスは何が言いたいわけ?」

 

話を聞いていたアウラは、要約を聞く。

 

「注意をしてほしいのだよ」

「注意?」

「そう。カルネ村はあのゴブリンの軍勢と、ルプスレギナがいるので安全だろう」

 

少し引っかかってしまった。

 

アウラの中で、ルプスレギナの評価は低い。

というより、下がった。

 

ルプスレギナが「三大のことが、カルネ村で問題になっている」と報告していれば、自分が「三大」を放置することもなかったはずなのだから。

自分がいるのだから、あの当時でも「三大」がカルネ村に襲いかかることは無かっただろう。

 

むしろ、あのトロールやナーガは、彼らの言うところの「滅びの建物」、つまり自分のいた場所を狙っていたのだ。

 

アウラの所に来ていたのなら、あれらは「服従」か「殲滅」かのどちらかの未来しか無かっただろう。

 

だから、カルネ村が来もしないモンスターに右往左往する必要は無かったのだ。

 

それでも、あの報告ミスを「自分の説明不足」と不問にしたアインズの優しさに感動したし、あの事態を運用してナザリックの利益へと繋げた手腕に感心したものだ。

 

さすがはアインズ様。

僕のミスを活用し、さらなる結果を導き出す手腕は、至高の御方々のまとめ役であられるに当然の存在である。

 

最近のシャルティアの頑張りに付き合った者としては、ルプスレギナに対して「大丈夫か?」と疑心暗鬼がついてまわるのだ。

 

「あのアーグの一族のように、近隣のゴブリンはカルネ村の「エンリ将軍」を族長として配下になり、保護を得ようとするだろう。なにしろ、自分たちが従順であれば待遇もよく、食料扱いされる心配も無いのだから。だが、そうなった場合、ゴブリンたちを食料とみなしていた者たちが、新たな食料を求めてさまよい出てくる可能性がある」

 

デミウルゴスは言葉を区切った。

 

「どこへ向かうと思うかね」

「人間の村、だね」

「そう。畏れ多くもアインズ様の支配下にある人間に、その手を伸ばすかもしれないのだよ。そんな不敬は断じて許すことはできない。リュラリュースの配下には徹底してあるだろうが、モンスターの縄張りは変動するものだ。もしかしたら、アインズ様の威光を知らない者が流れてくるかもしれない。人間でも冒険者組合の決まりを守らない者が増える可能性がある。そういった不埒者に気を付けてほしいのだよ。トブの大森林は君の管轄だからね」

 

デミウルゴスは、さらに説明を続ける。

 

「以前、「三大」を大した存在ではないと思って放置しただろう?あれはルプスレギナが問題だったが」

 

デミウルゴスも、あの問題の経緯は把握しているのだと知れる発言だった。

 

「このナザリックでPOP(自動わき)するレベルの三大を、君が脅威と思わなかったことは理解できる。だが、どれほどレベルが低くとも問題を起こす者は必ずいるものだ。我々から見て「弱い」存在でも、自分を「強い」と思って驕る者は多い」

「……だよねえ」

 

アウラの脳裏に何人かの顔が浮かんだ。

 

「そういった存在は、人間にとってはこの上ない脅威となることもあるだろう。集団なら気づきやすいだろうが、単体は見逃し易いし探すのも面倒だ。アインズ様の支配地で被害が出るなど以ての外だ。だから、より一層の注意をお願いしたいのだよ」

「わかった。忠告ありがと、デミウルゴス」

 

こうやって先を見据えて助言をしてくれるデミウルゴスは、本当にありがたい存在だとアウラは思っている。

普段から、何かあったらデミウルゴスに相談する者が多いのも当然だ。

 

頭が良くて、視野が広くて、適切なアドバイスをくれる。

 

アインズがデミウルゴスにいろいろと任せるのも納得だ。

 

だからこそ――

 

いつか自分もアインズに頼られたいと思うのだ。

 

自分もいつまでも子供ではない。

 

アインズも言っていたではないか。

「将来」を考えると。

 

あの言葉がどれだけ嬉しかったか、きっとアインズは気付いていないだろう。

 

「これからも」アインズが自分と居てくれると、約束をもらったような気持ちになれたのだ。

だから、「アインズがいる未来」に向けて、自分は頑張らなければならないのだ。

 

 

「きっとお役に立ちます、アインズ様」

 

 

「だから、あたしたちとずっといてください」

 

◆◆◆

 

もうちょっと、アウラが何をしているかわかってからと思っていた頃の話。

 

アウラは普通に優秀で失敗しないらしいので、話を作るのに困る。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

【帝国騎士の就職事情】

 

「失敗したーー!!」

 

男は心から後悔の叫びを吐き出した。

 

 

ここはバハルス帝国。

先頃、魔導国の属国となった国だ。

そして男は、騎士として働いていた。

 

つまり、過去形だ。

 

彼はカッツェ平野の戦闘に参加していた。

 

そこで見た。

 

多くの死を。

なす術無く、蹂躙される死を。

人間の理解の及ばない、神代の魔法の威力を。

 

彼は思った。

 

無理だ。

自分に騎士を続ける事は出来ない。

あんな戦いに、自分の出番など存在しない。

あそこでは、自分(人間)はただ踏みつぶされる虫けらでしかないのだと。

 

体調を崩す者が多数出た。

精神を病む者もいた。

 

彼も日々の中で、あの悪夢を思い出さない日はなかった。

 

だから――

 

騎士を辞めた。

 

安堵した。

もうあんな戦場という名の処刑場へ行く事は無いのだと。

 

ところが、バハルス帝国はアインズ・ウール・ゴウン魔導国の属国となった。

 

つまり――

 

「……魔導国と戦う事は無い?」

 

そう。

魔導国との戦いを避けてほしいと、騎士団上層部が連名で嘆願書を出していたのは、知っている。

 

だが、その願いを通り越して、魔導国の属国になるという現状は理解の範疇外だった。

 

魔導国と戦わなくていい。

 

これはいい。

 

しかも、魔導国は帝国のそ宗主国となったのだ。

 

つまり、帝国に何かあれば助けに来る存在となったのだ。

 

たった一体ですら、帝国全軍をもってしても滅ぼせないような、アンデッドの騎士。

それを「軍」という単位で運用できる魔導国が、帝国の主人となったのだ。

 

今まで「帝国騎士」とは、街の治安維持となにより「戦闘」に従事する、命の危険の伴う仕事だった。

 

それが、魔導国によって一気に安全な仕事となったのだ。

 

治安維持なら、そこらのごろつきに負けるような騎士ではない。

帝国がどこかの勢力に襲われても、今までのように命懸けで戦う必要は無い。

魔導国が救援に来るまで、持ちこたえれば良いのだから。

 

むしろ「あの」魔導国の属国となった帝国に、ちょっかいを出す国の方がいないだろう。

 

 

つまり帝国騎士は、有事の際には命を懸けて戦う存在から、手に負えない事態の際には魔導国に助けを求めることが可能な国となったのだ。

 

これほど心強い職業があるだろうか。

 

 

故に――

 

 

「失敗したーー!!」

 

 

冒頭の叫びへと戻るのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

【辺境侯のメイド】WEBの話(設定)です

 

帝国で辺境侯となった、アインズ・ウール・ゴウン。

帝国領内用にと与えられた屋敷にやってきた十四人のメイドの内、十一人がスパイ行為を命じられていた。

 

戦闘メイド・プレアデスの中の幾人かが敵意をその瞳に宿した。

 

 

残りの者の表情は極端な程、二通りに分かれている。

当たり前の結果だと考えているナザリック側と、苛烈な対応に動けないでいる帝国側という内訳だ。

 

 

「敵意」とまでは行かなくとも、ナザリックから連れてこられた九人の人間の中の一人である「彼女」の思いは「当然」に属する。

今、彼女がここで人間として生きていられるのは、辺境侯、つまりナザリック大地下墳墓が支配者、アインズ・ウール・ゴウンの後ろ盾があるからだ。

 

王都で「物」として扱われ、廃棄処分という名の殺害をされるところまで貶められた自分たち。

その地獄から救い出し、新たな居場所を与えてくれたのは、人では無い存在だった。

 

自分たちを王都から実質的に救い出してくれたのは、確かにセバスという存在だ。

しかし、それは主人たるアインズの許可無くしては成り立たない。

どのような経緯で自分たち八人を助ける事になったのかは、知りようが無い。

だがツアレを含めた自分たち九人は幸運なのだ。

助け出された時に意識があり、ナザリックへ所属する意志を表明することができた。

意識が無く、意志の確認が取れなかった者たちは、もといた店に置いていかれたと聞く。

助けに来た者に託したそうだが、今の自分たちほど回復したとは到底思えない。

 

回復魔法をかける費用。

助けられた後の、身の処し方。

 

王国では「助けた」とは、その場限りの事が多い。

しかし、ナザリックでは違う。

アインズ・ウール・ゴウンの名の下になされた保護は、おそらく一生を視野にいれてのものだろう。

 

何しろナザリックの治療は、自分たちが「あのような行為が行われる前までの、肉体の状態を戻す」と「精神の傷を癒す」という方針で行われたのだ。

王都に残された者たちに、そこまでの治療が行われるとは思えない。

おそらく不自由な体を持ったまま、生きていく事になるのだろう。

 

ナザリックで働く為、メイドとして恥ずかしくない程度の技能を得た。

最悪、ナザリックを出てもやっていけるかもしれない。

もちろん許可がなければ、ナザリックから生きて外へ出ることなど出来ないだろう。

しかし、今まで自分がいた地獄といっても過言では無い状態は、同族たる人間が作り出し自分たち弱者に押しつけたものだ。

ナザリックに人間はいない。

異形の住む場所だ。

しかし共通の主人を仰ぐ為か、酷い扱いはない。

どの配下に入るかで待遇は異なるらしいが、セバスもペストーニャも厳しく甘くはないが、優しいといえる対応をしてくれる。

 

同じ人間が自分たちを、苦しめいたぶり命を奪う。

異形の存在が自分たちを助け、命と生活を保障してくれる。

 

ここで自分たちが放り出されるような事態になったら、どうなるのか。

王国に帰る場所など無い。

帰った所で、後ろ盾の無い身で何ができるだろう。

最悪、助けられる前と同じ状況になりかねない。

 

それは帝国でも同じ事だろう。

帝国臣民であれば、例え奴隷の身分に落ちようと帝国の法で守られている。

だが、自分たちはその対象外だろう。

であるならば、自分たちの身の安全と保障は、アインズによってのみ確約されているのだ。

 

それを脅かす存在、そしてその手先として送り込まれてきたメイドたちは、自分たちにとっても「敵」なのだ。

 

ナザリックに属さない。

しかし、その庇護下にある。

 

自分たちの存在は、そんなあやふやなものだ。

 

だから役に立たなければならない。

この環境を守らなければならない。

ナザリックを守らなければならない。

 

それはアインズを守るということ。

 

ひいてはそれが、己の身を守る事につながるのだ。

 

 

当然、ナザリックに正しく所属するための努力も欠かさない。

 

セバスの子を産めば安泰だと、あの悪魔が教えてくれた。

 

だから、元娼館の仲間で協定を結んでいる。

 

抜け駆けしないこと。

そして、外の人間をセバスに近づけないこと。

 

これ以上、確率が減っては死活問題だ。

 

外部の人間は、基本的に主人(アインズ)狙いだ。

その波がセバスに来ないように、注意を払っている。

 

誰だって、自分の幸せを壊されたくなどないのだから。

 



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魔導国のフロスト・ドラゴン

見上げた空、その上空に白く輝く鱗を日の光に煌めかせながら飛行する存在があった。

 

「魔導国から御使者が来たらしいぞ」

 

空を飛行する存在の正体は、ここ最近では月に数度の頻度でやってくる魔導国の使者を乗せたフロスト・ドラゴンだ。

この存在は、もはやドラゴンという脅威ではなく、魔導国からの国際便として認識されている。

 

世界最強種と謳われるドラゴンを、退治ではなく使役しているという段階で、魔導国の規格外さがわかるというものだ。

 

最強種の誉れももはや形無しの状況だが、フロスト・ドラゴンたちに他の選択肢は存在しない。

一族の長として最強を誇っていた父が瞬殺された事実と、その遺骸の末路を知って、服従以外の道などあるはずがない。

 

アインズ・ウール・ゴウン魔導国の属国、バハルス帝国の帝都アーウィンタールの帝城には、ヘリポートのごとくドラゴンの着陸地点が設営されている。

 

魔導国、というよりナザリックの面々からは空飛ぶ配達人扱いのドラゴンだが、その脅威は人間には変わらない。

ドラゴンを相手にして、牛馬のように世話をすれば良いと考えられるような者は人間の国には存在しない。

本来なら伝説に謳われ、力も知能も人間の上をいくと言われる存在なのだ。

最も怒らせてはならない存在は、そんな存在(ドラゴン)を複数使役する魔導国だが、その下に位置するとはいえ、そこに所属するドラゴンもまた上位者として、丁重にもてなす対象である。

 

ドラゴンが魔導国に使役される立場である以上、帝国で暴れる心配は皆無だが、機嫌を損ねて良い訳もなく、さらにお互いの得にもならない。

 

そして、魔導国からやって来るドラゴンがフロスト・ドラゴンである事は、帝国としてもありがたかったのだ。

最初に帝城に乗り込んで来た、ダークエルフの連れたドラゴンに比べれば、まだフロスト・ドラゴンの方が気安かったのだ。

というより、可愛げがあった。

 

ドラゴンに可愛げを語るのも、おかしな話ではあるが、帝城において、アインズ・ウール・ゴウン魔導王の側近直属のドラゴンと比較すれば、フロスト・ドラゴンの方が心と精神に優しい存在だった。

 

比べるなら、戦闘で都市を破壊するドラゴンと、遊びで国を滅ぼせるドラゴンでは、どちらが「まし」かという話だ。

これはミサイルと核兵器を比べたようなものかもしれない。

この世界に当てはめるならば、ファイヤーボールと魔導王のカッツェ平野の魔法だろうか。

大雑把ではあるが、対応する人間から見た威力の差の認識としては、そのような認識だった。

 

 

さらには魔導王直轄の、あらゆる存在は踏みつぶされて当然といった対応よりは、同じ従属する者同士、といった共感の持てる相手として認識されたのだ。

そしてそれは双方共にという、人間とドラゴンという種族の垣根を越えた共感だった。

 

故に―――

 

「おや、今日は前回と異なる方が御使者のお付きですか。前に来られた方(ドラゴン)は寝床に御希望があったのですが、貴方様は御滞在中に何か御要望がありますか?」

 

ドラゴンと会話によって、円滑な関係を結ぼうとする世話係も存在した。

 

 

故に、他国への使者として赴くのは、フロスト・ドラゴンたちにとって人気の仕事だった。

 

他国に行くなら、ドラゴンとして本来あるべき扱い、つまり相手が自分を上位者として接してくるのだ。

 

気分が良いことこの上なかったといえる。

 

ナザリック地下大墳墓では味わえぬ、下に置かれない扱いだ。

ナザリックでは「弱い」「雑魚」「アインズ様に逆らっておきながら温情で生きながらえた愚者」という扱いが散見するのだ。

 

永く最強種のドラゴンとして、クアゴアに傅かれてきたフロスト・ドラゴンたちからすれば、居心地が悪かった。

 

これと無縁なのは、真っ先に頭を下げ慈悲を乞うたヘジンマールくらいだろう。

 

ヘジンマールの立場が「アウラの配下」であり、その他のフロスト・ドラゴンたちが「シャルティアの配下」であることもその一因かもしれない。

 

誰の配下になるかで、待遇は天と地ほどの差が存在する。

 

第六階層でリザードマンと話をする機会があったヘジンマールなどは、少々不敬ながら「コキュートス様が良かったなぁ」などと思ってしまったものだ。

 

もちろん、声に出して言うなど、恐ろしくてしたことなど一度もない。

 

こういった自己防衛が通常運転なところが、余計な諍いに巻き込まれずにいられる所以だろう。

 

引きこもりの際の、父親に対して機嫌を伺う能力が最大限に発揮されている可能性もなきにしもあらずだが。

 

 

 

 

「魔導王陛下に敵対するのは究極の愚者であり、即座に足元にその身を投げ出し慈悲を乞う者こそが賢者よね」

 

キーリストラン=デンシュシュアの言葉に肯かないフロスト・ドラゴンは、魔導国においては存在しない。

 

自分たち家族が、「最も弱い」と侮っていたヘジンマールの的確な対応があればこそ、彼ら彼女らは全滅せずにすんでいるのだ。

 

ドラゴン(自分たち)が最強などという幻想に囚われていた愚かさのつけが、どのような事態を招くのか十分に理解していた。

 

ドラゴンは強い。例外無く「強者」に分類されるだろう。

 

一族で「弱い」とされるヘジンマールでも、他種族から見れば十分に「強い」のだ。

 

しかし「最強」ではない。

 

その事に思い至らず驕った結果が、父と兄弟の死なのだ。

 

自分たちが誇る強い肉体によるパワーもスピードも、更なる上位者の前では、避ける必要すらない子供の児戯でしかなかった事実。

 

もしも魔導王に最初に対応したドラゴンがヘジンマールでなかったら、生き残ったフロスト・ドラゴンは一匹もいないか、家畜のごとき扱いになっていただろう事は疑いようが無い。

まがりなりにも「仕える」という立場を獲得したのは、ヘジンマールの最初の対応があればこそである。

彼の至高の存在が、最初はフロスト・ドラゴンに「素材」以上の価値を見い出していなかったことは、ここにいる全てのフロスト・ドラゴンが共有する認識だ。

 

◆◆◆

 

フロスト・ドラゴンにとって至福の時間の一つは、仕事に向かう前に、その日の装備品を選ぶ為にマジックアイテムが納められている部屋に入る時だ。

 

そこには、ありとあらゆる種類のマジックアイテムが並べられ、その日の配達地区にあわせて装備を選ぶのだ。

 

行動阻害対策は基本装備だ。

熱い地帯への移動の際は、炎耐性のマジックアイテムが貸し出される。

状態異常対策用のアイテムも豊富だ。

そのように、その日の仕事内容に合わせて、マジックアイテムが貸し出されている。

 

特にフロスト・ドラゴンに仕事用として貸し出されているアイテム。

飲食不要の指輪(リング・オブ・サステナンス)。

フロスト・ドラゴンの食料まで運ぶなど無駄。

炎完全耐性、行動阻害防止、各種耐性。

荷物を安全に運ぶため。

 

フロスト・ドラゴン、オラサーダルク=ヘイリリアルが貯め込んだ財宝はかなりの物だった。

それらは全て、アインズ・ウール・ゴウン魔導王の物として没収されている。

しかし、それらの大半は所詮は力と時間があれば集められるありふれた物だ。

 

今、「仕事道具」として貸し出されるマジックアイテムは、あの財宝の全てを差し出しても購えないだけの価値があった。

それを仕事用の備品として貸し出される。

 

格が、質が、存在の有りようが、桁外れに異なるのだ。

 

 

さらに、彼らが驚き戸惑いながらも、有り難いと思っていること。

 

それは、それなりの権利を与えられていることだ。

 

奴隷として、昼も夜も無く、馬車馬の様に扱き使われると覚悟していたのだ。

 

それが――

 

まず、住む場所が与えられた。

食事も出る。

 

そして、驚いたことに、仕事をしなくても良い休日という日がある。

 

キーリストラン=デンシュシュアなどは、仕事仲間とお茶をすることもあるらしい。

 

 

その「休日」に何処かに出かけても、休日内に帰ってくれば問題無い。

申請すれば、遠方へも出かけられる。

その上、休日に得た物も基本的に所有が認められるのだ。

 

盗んだり強奪したりといった行為は禁止されているが、所有者のいない土地や人の手の入っていない場所の自然金。

あるいは宝石の原石。

または行き倒れやモンスターとの戦闘で敗北した者の所持品。

 

ドラゴンに問題無くても他の種族に悪影響があるかもしれない可能性や、危険を秘めている可能性などがあるため、どんな物を持ち帰ったかを申告し、確認を受ける必要がある。

そして「取得物」に関しては、「盗品」や「遺族の申し出」など、引き渡しの請求があった場合は「対応」することが求められている。

 

もっとも、これは有名無実化されている。

 

冒険者でも、依頼の際に入手した所有者不明のアイテム類の取得は認められているのだ。

種族の垣根を取り払った魔導国で、ドラゴンだから認められないということはない。

 

という訳で、休日には「宝探し」に行くドラゴンもいるのだ。

 

他国に不用意に侵入しないことが求められるが、そもそも人間がいる地域の方が少なく、縄張りはあっても国境は無いに等しいのがこの世界だ。

 

デミウルゴスなどは、ドラゴンの見つけた鉱脈をナザリックの物としているようだ。

 

そして――

 

「宝探し」という、実質「冒険」へ出かけるドラゴンに、密かにハンカチをくわえて唸るオーバーロードが居るとか居ないとか――

 

 




ドラゴンが金貨に埋もれているシーンを見ると、「パタリロ」の「小銭風呂」を思い出す。

「札束風呂」や「札束のシャワー」もある。
アイドルの写真を部屋中に張ったり、鉄道模型で部屋が半分以上埋もれていたり。
人間でもドラゴンでも好きな物に囲まれていたいのは一緒なのかもしれません。



ドラゴンの待遇

リザードマンとほぼ一緒ではないかと考えています。
アゼルリシア山脈にそのまま住んでいるなら「自活しろ」となると思うのですが、ナザリックで配送の仕事をしているのなら、「住み込みの従業員」的な扱いではないかと思いました。
WEBのメイドたちのような立ち位置で、ナザリックでの待遇に驚いてほしいです。

そして、給料が出るのか知りたいところです。

買い物に行くドラゴン。
ヘジンマールは、本を買いに行くのかな。
でも、街の中に入れないので、ゴブリンとかに「買ってきて」とお願いするとか。

ナザリックの中に住めるのかは不明ですが、どちらかというとアウラの造った「偽ナザリック」に住んでいそう。
下手に第六階層に住むと、アウラの魔獣たちと会うことになるので、心が砕けそうで心配です。

アインズが優しいかは人によると思いますが、自分に仕える者への待遇は「ホワイト企業」を目指しているだけあって、理不尽や酷使はないように気を使っていると思います。
その対応が相手には優しく映るのかも、と考えています。


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IF フロスト・ドラゴン 未来の可能性 

アゼルリシア山脈。

そこで放棄された山小人(ドワーフ)の王城跡に、フロスト・ドラゴンたちは塒を構えていた。

 

そんなある日、支配下に置いていたクアゴアたちからの要請があった。

 

曰く、クアゴア(奴隷)の住み処を狙う輩がいるので、それらの排除の申し入れだ。

 

クアゴア(奴隷)ごときの願いに自分(オラサーダルク)が動くなどあり得ない。

 

しかし、誰かがこれに対処しなければならないのも事実。

 

 

そこで――

 

「ムンウィニアの子、トランジェリットを呼んで来い」

 

最初に意見を聞いたキーリストランが提案したヘジンマールよりはましな人(ドラゴン)選に思えた。

 

オラサーダルクから見ても、ヘジンマールは弱く頼りない。

 

頭はいいのかもしれないが、何の役にも立っていないとしか言いようがない。

 

強くなるなら、まず物事に当たるべきだ。

何もせず、部屋に引きこもっているヘジンマールは、成長以外に強くなることを何もしていないのだ。

 

何の為に生きているのか、さっぱり不明だ。

 

強くなければ、生き残れない。

強くなれば、不安は減る。

強さこそ、全てだ。

 

そんな事も理解できないのなら、その頭は飾りでしかない。

そんなものは、賢いとは言えないだろう。

 

それくらいなら、強さに不安の無いトランジェリットの方がよいだろう。

 

それに、あの体型。

デブゴンと言った方がふさわしい姿を、自分の代わりとして晒すのも恥に思えた。

 

そうした判断から、トランジェリットを送り出す。

 

なにより、わざわざ部屋に行ってまで呼びつける手間が省ける。

 

オラサーダルクに命じられたトランジェリットは、意気揚々と出かけていった。

 

自分が負けるとも、苦戦するともまるで考えていない、最強種であるドラゴンとして正しいあり方だ。

 

きっとすぐに戻ってくるだろう。

やりすぎないようにとだけ注意しておく。

 

建物を壊しては本末転倒なのだから。

 

そんな風に暢気に構えていた。

 

 

そして――

 

軽々と投げ込まれる息子(トランジェリット)の巨体。

 

その姿は、一瞬息子(トランジェリット)と判断が付かないほどに、酷く損傷していた。

 

驚く自分たちに加えられる暴力の限り。

 

集められる子供たち。

 

「てめえ、アインズ様に舐めた口きいてんじゃねえぞ」

 

男か女か臭いでは区別が付かない赤い固まりのような人間らしき存在が、ドスの利いた声で自分たちを蹂躙する。

 

全てのドラゴンが瀕死となった頃にやっと暴虐は止み、虚空に黒い穴が出現した。

 

その中へと、乱雑に放り込まれる。

 

 

その先で治癒魔法がかけられた。

 

助かったと思い、自分たちを治すなど思い上がった行動をとった相手に思い知らせてやろうと ――

 

そこから新たな蹂躙が始まる。

 

自慢の固い鱗はまるで自分の体を守らない。

生きたまま腹を割かれ、皮を剥がされていく。

牙も爪も、相手をまるで傷つけられない。

 

ドラゴン特有の無駄に強い生命力と、相手の適切な解体処置で、死ぬことも意識を失うこともできない。

頭を残して体がバラバラに解体され、最後に弱々しく脈打っていた心臓が握られ――

 

そこでオラサーダルクの意識は途切れた。

 

 

目の前で繰り広げられる、自分たちにとって夫、あるいは父であるオラサーダルクの切開処刑に、残った全てのフロスト・ドラゴンが恐怖に戦慄する。

 

解体され、首から下がほとんど無い「死にかけ」の長(オラサ―ダルク)が吊るされたままになっている。

 

そこにさらなる恐怖が、言葉でやってくる。

 

「次は、生きたまま脳を取り出してください。心臓のみでどれくらい生きていられるか試してみたいので」

「畏まりました」

「遠慮は無用です。アインズ様に無礼を働いた愚か者ですし、何よりアインズ様から無駄無く使うようにとお言葉を戴いていますからね。きちんと有効活用しなくては」

「仰るとおりです」

「長(オラサ―ダルク)と無礼者(トランジェリット)は死(慈悲)は不要です。他のドラゴンは死ぬまでは実験に。死んでからは素材に。ナザリックの役に立ってもらいましょう。霜の巨人(フロスト・ジャイアント)に捕まっているフロスト・ドラゴンがいるそうですから、ここにいる身の程知らずのドラゴンたちは全て殺して構いませんよ」

 

 

「貴女のせいよ!貴女がトランジェリットなんかを向かわせるから、こんなことになったのよ!」

 

自分の番が来たミアナタロンの泣き叫ぶ声が虚しく響く。

 

残ったのは、ミアナタロンの罵声を浴びたムンウィニアとキーリストランだけだ。

 

他は全て殺されてしまった。

 

次は自分たちのどちらかの番だ。

 

「どうしてこんなことになったの」

 

 

「この文字の意味は『固い』です」

 

「ふむ」

 

ナザリック地下大墳墓。

最古図書館で翻訳を担当する死の大魔法使い(エルダーリッチ)は、目の前に広げられた本の単語を書き移していた。

 

この度、大量に運び込まれた本の翻訳に忙しい日々が続いている。

今までは、リ・エスティーゼ王国やバハルス帝国、市井に出回る程度のスレイン法国の文字の翻訳が主なものだったが、これに山小人(ドワーフ)の文字が加わったのだ。

 

国交を結ぶ以上、相手国の文字の解析は急務だ。

 

しかし、ドワーフの国から引き抜いたルーン工匠たちは鍛冶で忙しい。

せっかくのやる気に水を差してはまずいだろう。

そしてナザリックに余所者を入れる事を厭う者も多い。

 

そこにこのドラゴン(予備素材)だ。

 

解体作業(処刑)の際に、「まだ全部の本を読んでないのに」と泣き言を言ったのだ。

 

何の本かと問えば、運び込まれた本の殆どがこの「デブゴン」の持ち物だったらしい。

 

これ幸いと、翻訳に重宝している。

 

「本が好きです。教えてもらえれば他の国や他種族の文字も覚えます」

 

積極的に翻訳の合間に他国の本や、図書館の本を理解しようとする。

 

なにより態度が通常運転で腰が低い。

よって「なんとなく」生き残らせてしまったドラゴンだ。

 

 

自分以外の家族は殺されてしまったのだろうか。

 

何となく思い出しながらも、デブゴンことヘジンマールは考える。

 

ドラゴンの特性として、肉親への情は強くない。

死ねばいいとまでは思わない。

必死に助けようとも思わないが。

 

そもそも、殺される順番で「こいつ(ヘジンマール)からどうです」と押し出されれば、その相手への情など木っ端微塵だ。

 

ただ自分のように助かっていれば、「よかったね」とくらいは思うだろう。

 

特に、食事を運んでくれていた弟妹たちが助かっていれば、自分だって素直に喜ぶ。

 

それくらいだ。

 

むしろ、余計なことを言って機嫌を損ねる方が怖い。

 

現状、自分が生き残っているのは「温情」ではなく「猶予」なのだと、ヘジンマールは理解していた。

 

役に立たないと判断されれば、すぐに自分の命はかき消されてしまうだろう。

 

故に――

 

ドラゴンの皮が欲しいと言われた時には、すぐに「命の危険が無く、痛くなければ」と同意したのだ。

 

最初の時などは、次に目を覚ますことが無いのではと心配と不安で心臓がうるさいほどだったが、今では眠っている間に済んでいるので、そういうものと考え受け入れている。

 

なにより、あのアンデッドが「アインズ・ウール・ゴウンの名にかけて」と言った以上は余程のことが無い限り、殺されることは無いだろう。

 

だからといって、ヘジンマールは油断する気も調子に乗る気もない。

 

強者とは気紛れなものだ。

 

気に入らなければ、簡単に殺されてしまう。

 

だからヘジンマールは、今日も必死に生きている。

 

もっとも、ヘジンマールが「素材の提供」を申し出たので、他のドラゴンを特に生かしておく必要がなくなったという因果があった。

 

ナザリック地下大墳墓には、三匹のフロスト・ドラゴンが生きている。

 

 

 

 




原作と逆転。(BAD END)
生きている(死んだ方がましな)のは、オラサ―ダルクとトランジェリット。
他はヘジンマール以外は解体かアインズの考えた畜産(多分牧場行き)です。


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IF NPCが一人 デミウルゴス 1

「IF」であり、
独自設定があります。
モブ(名無し)がいます。



「お困りですか?お嬢さん。私でよければ、お力になりますよ?」

 

妹を強く抱きしめ、己の死を覚悟した一人の村娘は、かけられた声に俯いていた顔をあげ、声の主を見上げた。

 

そこには――

 

◆◆◆

 

「ユグドラシル」というゲームに存在する、ギルド「アインズ・ウール・ゴウン」。

七つの世界によって形成される「ユグドラシル」の世界の中の一つ「ヘルヘイム」に、ギルド拠点、「ナザリック地下大墳墓」が存在する。

 

その一〇に及ぶ階層には、それぞれ「階層守護者」と呼ばれるNPCが配置されている。

 

その一つ。

第七階層。

紅蓮の世界。

その階層守護者、”炎獄の造物主”デミウルゴス。

 

彼の能力は、戦闘力だけを見れば一〇〇レベルとしては低い。

彼(デミウルゴス)に与えられた配下の中には、戦闘での力量が彼を上回る者も少なくはない。

 

彼の真価は、特殊技術とその頭脳にこそあり、ナザリック地下大墳墓防衛時においては「指揮官」の役割(設定)を与えられる采配の能力である。

 

 

◆◆◆

 

デミウルゴスが「この世界(異世界)」で初めて意識が覚醒した時、目の前には一人の人間の男が立っていた。

 

狂ったように笑い、話しかけてくる相手に疎ましさしか感じなかった。

 

何も感じられない人間(ごみ)だった。

 

力も。

知性も。

カリスマも。

 

何一つ良いところが見つけられない、無価値な男だった。

 

興奮しているのか、その男は矢継ぎ早に話しかけてきた。

 

 

曰く――

 

自分がお前(悪魔)を呼びだした。

(自分(デミウルゴス)を彼の栄えある地(ナザリック)から引き離した)

 

だから、自分がお前の主人だ。

(至高の御方々に仕える自分が、主人を変えるなどありえない)

 

呼び出した自分の願いを叶えるために、お前は存在している。

(自分(デミウルゴス)の存在理由は、至高の御方々に仕え、お役に立つこと)

 

だから、早く願いを叶えろ。

(それ以外の存在のために使う力など、何一つ存在しない)

 

 

それでも一応、念のため。

 

「貴方の願いを叶えたら、私を帰還させてもらえるのですか?」

 

「は?勝手に帰ればいいだろう。俺はお前を呼び出しただけだ。呼び出す時に使ったアイテムは壊れちまったし、お前の元いた場所なんか、俺は知らないんだからな」

 

「そうですか」

 

さて、この人間(ゴミ)を生かしておく価値(理由)が、何処にあるというのか。

 

 

「同意の無い召喚など、一般的な人間の定義であれば『誘拐』という犯罪行為だと思うのですがね。まあ、私を呼びだした罪人に、そんな知性を期待する方が無駄というものですね」

 

呼び出した(召喚した)拷問の悪魔(トーチャー)に、存在する時間の限り、帰還する規定時間の全てを、諸悪の根源(ごみ)に費やすことに使用した。

 

本当なら、殺さずに永遠に己の所業を苦痛と共に味わわせておきたかったのだが、こんな存在(ごみ)に関わる時間が惜しいと判断したためその選択肢を切り捨てた。

 

自分を召喚したのは、この男(ごみ)の能力ではなく、アイテムの力によるものらしい。

といっても、肝心のアイテムは壊れてしまっている。

 

たいそうな代物には見えない。

掌で転がせる程度の大きさだ。

 

アイテム名は「竜の宝珠」というらしい。

 

拷問の中で確認したが、入手方法は人伝手であり、冒険者が冒険で手に入れたものとしか理解していなかった。

このアイテムがどのような物かも、どうすれば新たに手に入るのかも、本人(ごみ)は知らなかったのだ。

 

よくそんな物で自分(悪魔)を呼び出そうなどと、考えたものだと、いっそ感心するほどだ。

 

故に、最終的に殺すことに迷いはなかった。

 

生かしておく方が、後々厄介なことになりかねない。

 

極度の愚者とは、そういうものなのだから。

 

 

よって、情報源となりえない男(ごみ)からは、本当に最低限のことしか聞けなかったのだ。

 

なにしろ、「ここは何処か」という質問に対して、「森に決まっている」と答える有様だったのだから。

 

故に使える情報源が必要となる。

 

◆◆◆

 

リ・エスティーゼ王国。

 

広大なトブの大森林の西側に位置する人間の国だ。

 

その王都に報告された、「王国国境で目撃された帝国騎士たち」の存在。

 

その発見と討伐のために、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフは、自分の戦士団の中から選んだ約五〇人強と共に城塞都市エ・ランテルへと向かうこととなった。

 

その決定が下されるまで、どれほど無駄な時間が費やされたのだろうか。

 

そして、その「発見と討伐」に送り出される戦力が自分たち戦士団だけ。しかもその人数に制限がかけられるという、自国の民を助ける気も騎士たちを討伐する気もまるで感じられない対応に、戦士長ガゼフ・ストロノーフは憤懣遣るかたない思いを抱いていた。

 

本当に国を思う意志があるのかと。

本当に民を救う気持ちがあるのかと。

 

自分たちがエ・ランテルに向かう時間があれば、先にエ・ランテルから兵士を警護に出すことも可能のはずなのだ。

 

それでも命じられれば、それに従わなくてはならない。

ガゼフは旅の支度を急ぐことしかできなかった。

 

◆◆◆

 

男(ごみ)の言った通り、ここは森の中であり、周囲に人などの気配は無い。

さらにデミウルゴスの怒りに恐れをなしたのか、辺り一帯の動ける存在は、一斉に逃げ出していた。

 

デミウルゴスは自分を呼びだした(強制転移させた)男が、この周辺のことすら知らなかったことに落胆していた。

 

どうやらアイテムに「願いを叶えることを望んだ」途端に、この場所へと転移してきたらしい。

 

この何もない、ただ広いだけの草原に何かあるのかと注意深く観察したが、何も発見できなかった。

 

同様に草原の周りの森にも、特筆すべき物は見あたらなかった。

 

これが本当に何も無いのか、「デミウルゴスには」見つけられないのかはわからない。

 

アイテムがわざわざこの場所を選んだのなら、何かあるのだろうか。

 

現状ではまったく把握できないことが、デミウルゴスにはもどかしかった。

 

 

◆◆◆

 

リ・エスティーゼ王国の王都から城塞都市エ・ランテルまでは、直線で昼夜を問わず相当の速度で進めば三日ほどだ。

もっともそんな行程をガゼフがとれるはずもない。

荷物を持ち、道なりに馬で駆けるという手段しかない。

その馬とて生き物なのだ。

休憩も食事も排泄も睡眠も必要とする。

どれほど気が急いていようとも、馬にそれを強要すれば、早々に馬が潰れてしまうだけだろう。

あらゆる状況が、ガゼフの気持ちに水をかけた。

 

 

◆◆◆

 

デミウルゴスは考える。

 

ここは「何処」なのか。

自分は「何をすべき」なのか。

 

この「世界」が、自分が所属していたナザリック地下大墳墓が存在していた「ヘルヘイム」でないことは確かだ。

 

といっても、自分(デミウルゴス)が知る世界の範囲はナザリック地下大墳墓のみであり、外の世界(ヘルへイム)の全てを見たことがあるわけではない。

 

さらに言えば、至高の御方々は度々、ヘルへイム以外の別の世界へと旅立っていた。

 

「ユグドラシル」という括りだけでも、ヘルへイムを含めて七つの世界が存在し、さらには「りある」という場所にもその身を移動させていた。

 

自分が知るのはその程度の数だが、彼の方々であれば、さらに多くの世界を行き来していた可能性がある。

 

弐式炎雷などは「あーべらーじ」という世界でも、最速を誇っていたらしい。

 

では最初の問題だ。

 

ここは「何処」か。

自分(デミウルゴス)は「何をすべき」か。

 

自分に与えられた使命(設定)は栄えあるナザリック地下大墳墓の第七階層守護者である。

 

故に早急に帰還すべきところであるが、まず自分が「何処」にいるのかが不明なように、ナザリック地下大墳墓が「何処」に在るのかも不明な状況だ。

 

つまり、どうすれば帰れるのか、帰り方がわからないのだ。

 

 

もう一つ、この世界がナザリック地下大墳墓の所属ではないということにより、留意しなければならないことがある。

 

それは、敵と味方の区別がつかないことだ。

 

ナザリック内であれば、侵入者はことごとく敵と判断して問題はなかった。

 

なにより、至高の御方々の判断に従って行動すれば良く、当然その判断に間違いなどあるはずがない。

全ての判断を任せ、命令に従っていれば済むことだった。

 

しかし、ここに至高の御方々は居られず、自身の判断によって行動しなければならない。

 

この世界は「ナザリック地下大墳墓」に属していない。

だからといって、味方ではないから何をしても良いかというと、そう簡単に判断できない要素がある。

 

至高の御方々は全員が異形種だった。

そして、ぶくぶく茶釜(スライム)とペロロンチーノ(バードマン)のように種族が異なっていても、姉弟という存在もいた。

 

さらにやまいこ(半魔巨人)には「エルフの妹」が存在しているという。

つまり至高の御方々の系譜は、異形種だけにとどまらないということだ。

 

さらに自分の創造主であるウルベルト・アレイン・オードルと仲の良かったペロロンチーノなどは、「俺の新しい嫁が」と言っていた。

その発言から考えると、ナザリックの外にはペロロンチーノの妻となった存在が複数いるということだ。

さらにはその妻たちとの間に子供がいる可能性も考慮しなければならない。

 

当然、妻なり夫なりが、他の至高の御方々にいないと考えるなど、不敬というものだ。

ペロロンチーノが複数の妻を娶っていたのなら、他の至高の御方々とて、複数の伴侶を持っている可能性がある。

 

これは異形種、亜人種、人間種の全てに、至高の御方々に連なる存在がいる可能性があると考えるべきだ。

 

この世界の存在と安易に敵対することや、殺害あるいは損傷させる行為は慎むべきだろう。

 

もしもそれらの手段を用いるならば、こちらに「大義名分」が在る場合だ。

あるいは、大義名分を「用意してある」か「用意できる」場合だろう。

 

ではどうするべきか。

 

「ナザリック」の名を広く知らしめるのだ。

 

創造主である至高の御方々の名や、ギルド名「アインズ・ウール・ゴウン」を使用する行為は、被造物である自分にはおこがましい所業だ。

だが、自身が所属する「場所」の名ならば、自分の中の感情にも折り合いがつく。

 

自分という存在が、この世界の全ての存在に無視できない立場となり、「ナザリック」を探していると広めれば、自分に取り入ろうとする者や、自分に対しての情報(弱味)を知ろうとする者も、探すことに手間暇を惜しまないだろう。

 

そして当然だが、栄えある「ナザリック」の名を汚してはならない。

 

敵対者に対してなら、「絶対悪」として名を知らしめても良いだろうが、無駄に味方を巻き込む悪など、無能の代名詞だ。

 

状況によっては「ユグドラシル」、あるいは「ヘルヘイム」を探すことからはじめることになるかもしれないが。

 

◆◆◆

 

数日の旅程を経て、ガゼフたち王国戦士団は城塞都市エ・ランテルへ到着した。

 

都市長のパナソレイ・グルーゼ・デイ・レッテンマイアは、ガゼフたちがすぐに出立できるように、手続きも旅に必要な荷物も用意して待ってくれていた。

 

普段は締まりのない顔と、豚のような間の抜けた鼻息のせいで侮られる人物だ。

しかし、その姿は相手を油断させるための演技であり、本来の彼は、そういった戦略眼を持ち実行する能力を持つ有能で頼もしい協力者である。

 

ガゼフ・ストロノーフは、妨害をしてくるたくさんの潜在する敵と、僅かな味方との狭間で、自分にできることをこなそうと足掻いていた。

 

自分たち以外の戦力が当てにできない状況も、自分の装備が最低限しか整えられない妨害も、自分が忠誠を尽くす王への貢献をしないという選択肢は存在しない。

 

せめてこれから向かう国境付近の村々で一人でも多く帝国の犠牲にならずに済むように、旅路を急ぐくらいしか、今の自分にできることはない。

 

戦士団は平民から成り立っている。

思いは共有され、全員が国境へと思いを馳せていた。

 

◆◆◆

 

 

デミウルゴスは考えた。

 

この世界に至高の御方々、あるいは御方々に連なる存在がいた場合を想定し、あまり問題のある行動は起こさないと決めている。

自分が種族的(悪魔的)な行動に出るのは、あくまでもナザリックに属さない存在に対してである。

至高の御方々やその系譜、同じ主人に仕える仲間たちに対して、そのような行為に及ぶことはあり得ない。

 

この世界での情報が無い、つまりそういった存在の確認がとれない以上、余計な厄介事を招くような真似をするべきではないと判断したのだ。

 

ナザリックの名を広める。

 

もし、この世界が至高の御方々に全く関わりのない世界であったなら、ナザリックへ帰還する際に放棄してしまえばよい。

 

もし、この世界が至高の御方々が不要と判断、あるいはこの世界を悪意で染めたいという考えや滅ぼしたいという意向を示されたなら、それまでの方針をひっくり返してしまえばいい。

それこそ、事態の収拾に悪魔を望むほどに、この世界に悪魔という存在を蔓延らせよう。

 

まずは情報収集だ。

自分はこの世界に対して、何も知らなさすぎる。

 

先の男(ごみ)から、この世界に人間がいることは判明した。

明るい空から、ここが「ヘルヘイム」ではないことも確実だ。

 

それ以外の情報が現在では、何もないのだ。

今度は役に立つ情報源(知的生命)が必要だ。

 

 

◆◆◆

 

デミウルゴスは自らの特殊技術によって悪魔を召喚する。

 

デミウルゴスに「自分が魔法や特殊技術を使える」ことに対する疑問は無い。

 

これが「ユグドラシルプレイヤー」であれば、魔法を使えることに驚いたり、疑問を持ったりしたのかもしれない。

 

しかしデミウルゴスからすれば、使えて当然の能力だった。

 

人間が異世界に行ったからといって、二本足で歩けなくなるとは思わないだろう。

視界や触覚、生まれついての身体能力が「いつも通り」使えることに疑問を感じるだろうか。

 

デミウルゴスは自分が「そうあれ」と、作られたことを知っている。

 

であるなら、これらの能力は「使えて当然」のものだった。

 

疑問とするなら、ユグドラシルではない異世界と思われるこの世界の存在が、どのような能力を持っているか、そして使える魔法の効果や範囲が同じかどうかという点だった。

 

「ユグドラシル」でも「フィールドとの相性」というものがあったのだから注意が必要だ。

この世界が「ヘルヘイム」と同じでなければ、それらは変化している可能性がある。

 

 

そして、今必要なのは強力な個体ではなく、情報収集に必要な多数の人手である。

 

故に呼び出したのは、デミウルゴスから見ればかなり弱い悪魔たちである。

もっともこれら(弱い悪魔たち)は、使い捨てることが前提な上に、もし倒されても惜しくはなく、倒した相手の力量を測るための試金石という扱いでもあるためだ。

 

「三体一組で行動をとりなさい。この地にいる生き物と接触する際は一体のみで、一体は必ず戻って情報を持ち帰りなさい」

 

大量の悪魔が、デミウルゴスの命令に従い、方々へ散っていく。

近隣を探索する者たちと、地形を調べる者たちだ。

 

弱い悪魔だ。

レベルは十五程度しかない。

しかし、悪魔という種族の大部分の特性として空を飛ぶことが魔法によらずに可能であり、通常のユグドラシルモンスターなら平均で八つほどしか使えない魔法を、少しだが上回る数で使用することができる。

特にこの悪魔は「伝言(メッセージ)」の魔法が使えることと、使い魔として「視界の共有」ができることが、現状ではメリットとして大きい。

デミウルゴスは、「伝言(メッセージ)」の魔法を習得していないのだ。

スクロールはあるが、消費アイテムをこんなことで減らす愚は犯せない。

とはいえ、この悪魔たちが使える魔法は第一位階から第三位階までと低位ばかりなのだから、正しく「使い捨て」だ。

 

さらに弱い、レベルにして一桁の存在なら、もっと大量に召喚できるが、それはさすがに油断が過ぎるだろう。

 

ナザリックでも、POPする(自動的にわき出る)モンスターは三〇レベル以下だったことを考えれば、さすがに一桁は弱すぎる。

 

「ヘルへイム」でも、場所によって出現するモンスターのレベルが上下するのは常識だった。

 

この世界で、どの程度のレベルが平均値なのか、そして上限も調べなくてはならない。

 

自分は「ユグドラシル」で上限である一〇〇レベルだが、同じ一〇〇レベルでも他の階層守護者に「戦闘では」まるでかなわないことを知っている。

 

同じレベルでもこのように差が生じるのだ。

 

さらにナザリックの外には、一〇〇レベルを越えるレイドボスやワールドエネミーと呼ばれる存在がいたことも忘れてはならない。

 

そういった存在が、この世界にいないと考える根拠などない。

たとえ、もとはいなかったとしても、今現在の自分(転移者)という例があるのだ。

いると考えて行動するべきだろう。

今存在しないことが「これからも存在しない」という証明にはならないのだから。

 

至高の御方々がいれば、もっと詳しい情報を得ることができたのだろうが、デミウルゴスの知る知識は、ナザリック内の知識と「ユグドラシル」の常識、そして至高の御方々の発言から推測したものだけだ。

 

この世界での自分は「暗闇に明かりも持たないで放り出された状態」でいるのだ。

この世界での自分の無知を自覚しなければならない。

 

「さて、私も行動するとしましょうか」

 

それでも「座して待つ」という選択肢は、デミウルゴスには存在しない。

何のために与えられた「優秀な頭脳」だ。

これを使用しないなど、与えてくださった至高の御方々を侮る行為だ。

迷子になって立ちつくす幼子ではないのだ。

至高の御方々の手を煩わせる僕など、何の意味(価値)があるというのか。

 

 

 

 

デミウルゴスは召喚した悪魔で手元に残した中から何体かを、森の木々を飛び越え、さらに上空へと舞い上がらせる。

 

特に問題は無いようだ。

 

空中に出たとしても、何者からかの狙撃等の攻撃は無いと判断してもよいだろう。

 

空中に舞い上がった悪魔たちからの「伝言(メッセージ)」の魔法での報告によると、目視できる範囲に目立った建造物等も無く、大自然のただ中という表現以外できないような光景が広がっているらしい。

 

もちろん、目視のみによる情報なので、木々の下や起伏によって視線が通らなければ見つけられないだろう。

さらに目眩ましや偽装などで隠蔽されている可能性とてある。

 

あったとしても、それが技術によるものか魔法によるものかは、調べてみないことにはわからない。

 

デミウルゴスは、命じられなければ、勝てない勝負に出るような無謀な真似をするつもりはない。

 

この世界で戦闘をする必要があるのかは不明だが、ナザリックに帰還するという目的のある身で、意味のない危険を冒す愚は犯せない。

 

上空の悪魔たちからの情報で、簡潔に頭の中に地図を描いていく。

 

今居る場所は巨大な森林の中であり、北の方角には山頂が白く染まった山脈が連なっているらしい。

 

正しく、ここは「外」であるらしく、ナザリックの第六階層のように、作られた空ではないようだ。

 

考えてみれば、自分(デミウルゴス)はナザリック地下大墳墓から出たことは一度も無く、これがあらゆる意味で初めての「外」だった。

 

もっとも、そこに喜びも興奮も無い。

 

自分の確認できる範囲にナザリックが存在しないと、失望しただけである。

 

 

今度は自分自身が、高く舞い上がる。

もちろん、不可知化の魔法をかけてだ。

 

下級の悪魔たちが見つけられなかった「何か」を発見できないかと、僅かに期待しながら。

 

 

 

◆◆◆

 

馬を駆けるガゼフ・ストロノーフは副官の言葉に気を引き締める。

そろそろ最初の巡回の村へ着く。

 

エ・ランテルの近隣の村へは、馬で駆けても一日以上はかかる距離だ。

 

逸る心とは裏腹に、馬を使い潰す訳にはいかないため、強行軍とはいえ疾走とはいかない。

 

無事でいてほしい、と願わずにはいられない。

 

平民の、ただの村人には戦う力も術もない。

逃げることさえ困難だろう。

 

弱き民を救いたいと願い、王に仕える道を選んだというのに、ままならない現状が自らの行いを否定されているようでやるせない思いが募るばかりだ。

 

最初の村はまだ遠く、視界には入らない。

 

 

◆◆◆

 

デミウルゴスによって召喚された悪魔の一組が、鎧を身に纏った集団に襲われた村を発見した。

 

単純に上空から見渡し、遠方に煙が上るのを発見したのだ。

空から一直線に向かったため、見落としがあるかもしれないとのことだが、そこに行き着くまでにも、いくつかの村を発見したという。

そちらには別の組の悪魔が、偵察として向かっている。

 

煙の上がった村では、生き残っている人間は十人にも満たない数だ。

 

しかし貴重な情報源でもある。

 

悪魔たちはデミウルゴスに連絡を行い、その人間たちをデミウルゴスの元へと運搬した。

運搬である。

なにしろ、悪魔たちが話しかけようとしても、悲鳴をあげて逃げまどうのだ。

彼ら(人間)からすれば、何をされるのかと戦々恐々の思いだった。

故に、悪魔たちは人間たちを傷つけはしないものの、同意の上で同行させるということを諦めて、麻痺で動けなくしてから問答無用に運ぶという手段を取ったのだ。

連れて来られた森の中で、彼らは更に恐ろしい存在と対面することになった。

 

邪悪な気配、恐ろしい巨大な蛙のような顔。

 

自分たちはどんな目に会うのかと絶望する。

こんなことなら、村を襲ったあの騎士たちに殺されていた方がましだったのではないか、と。

 

しかし――

 

「人間では無い私が、怖がらないでください、と言っても無理でしょう。ですが、こちらに貴方々に危害を加える気はありません」

 

心地よい声色が、彼らの警戒心を和らげた。

ただでさえ同じ人間から襲撃を受け、親しい者を失った喪失感に苛まされ、ささくれていた心に、優しげな声と誠実な対応は心に滲み入った。

 

 

デミウルゴスは内心で喜んでいた。

 

なんとも自分(デミウルゴス)に都合の良い展開だ。

同族(人間)に襲われたためか、助けた自分(悪魔)に対しての拒否感が少ないのだ。

 

今の自分は第二形態の姿のため、人間の目には余計に恐ろしく見えるだろう。

 

どう見ても、レベルは一桁しかない、ただの村人だ。

 

それでも貴重な情報源であることに変わりはない。

 

相手の発言が間違っていると判断するには、まずこちらが正しい情報を持つ以外に手段が無いのだから。

 

まずは、この世界の一般的な常識から収集するとしよう。

 

とりあえず、ここは何処かという質問からだろうか。

 

空中を一直線に飛んだため、襲った集団より先回りという状態である。

それに悪魔は基本飲食を不要としている。

睡眠も特に必要としない上に、種族として暗視(ダークヴィジョン)もあるため夜の活動にも支障は無い。

 

それに対し、鎧の集団は馬を休ませねばならず、騎乗も長時間は行えない。

食事や睡眠に時間をとられ、夜間はおろか夕暮れも馬での走行に支障がでるとなれば、デミウルゴスの召喚悪魔たちの動きは、鎧の集団を上回る。

 

デミウルゴスが最初にいた草原から一番近い村は、一〇キロほど離れていた。

 

しかし、現状はのどかな様子であり、悪魔が近づけば鎧の集団に襲われた最初の村での騒ぎどころではなくなるだろう。

 

この世界でも、異形種(悪魔)は人間にとって良い感情を向ける対象では無いようだ。

 

途中に発見したという村々も、現在は平穏を保っているため、接触するには都合が悪い。

 

いっそ、最初の村のように襲われれば、「救助」の名目で集めることも問題ではないだろう。

 

鎧の集団を監視しているが、また別の村を襲い再度生き残りがいたなら、その人間を集めるのは人間の道義的にも問題は無いはずだ。

 

それなりに情報が集まったら、襲われた村を途中で助けて恩を売ることも、効率が良いかもしれない。

 

 

ちなみに生き残った村人からは情報を集め、村からいくつかの死体を失敬してある。

これらで、いろいろな実験もしている。

復活に必要に最低レベルや、どこで復活するかである。

 

もしも、最悪の場合に至高の御方々に連なる存在を殺してしまった時に、きちんと復活させることが可能かを確認しておくべきだと考えたからだ。

 

焼かれた村の様子は継続して監視しているが、残った死体は獣やモンスターの餌となるか、アンデッド化してしまったようだ。

 

後からやってきた、村人のいう「王国」所属の集団も、死体を埋葬するより襲撃者を追うことを優先したからだ。

 

こちらでもう少し多く有効利用した方が良かったかもしれないとも思ったが、そこは油断が過ぎると反省した。

 

 

◆◆◆

 

最初の村に到着したガゼフが見たのは、焼かれて原型を留めた家屋など一つもない、そして生き残った者も一人も見つけられないという、村の残骸としか表現のしようのない惨状だった。

 

建造物は居住用のみならず、家畜の厩舎小屋や小さな納屋にいたるまで全て焼かれ、一〇〇人以上の村人が老若男女の区別なく、全て斬り殺され物言わぬ骸となって転がっていた。

 

その血の臭いは、煙の臭いにも負けることなく充満している。

 

「なんてことを」

 

助けられる民が一人もいないことに、ガゼフは己の無力を噛みしめた。

 

「次の村へ急ぐぞ!」

 

◆◆◆

 

「生存者が一人もいない、だと?」

 

隠れていた場所から、獲物(ガゼフ)の不在を知って行動しようとした、スレイン法国特殊部隊、陽光聖典隊長のニグン・グリッド・ルーインは、不可解な現状に首を傾げた。

 

本来なら、生き残った村人が数名いるはずだ。

ガゼフの性格からその村人を見捨てられず、戦士団の中から人手を割くはずという、人数が減るように誘導する作戦だったはずだ。

 

それが、生存者0とはどういうことなのか。

 

そのせいで、ガゼフ達戦士団の戦力を削れていない。

 

「囮がやりすぎたのでしょうか?」

 

部下が原因を推測するが、やはりおかしい。

 

あの部隊(囮)の隊長は俗物だが、完全な無能とまではいかなかったはずだ。

 

与えられた命令を最低限でもこなす程度の能力がなければ、たとえ家(金)の力があろうとも隊長クラスにはなれないはず。

 

それに、補佐する者とているのだ。

そこまで考えなしばかりとは、思えない。

 

といっても、タガが外れたとも考えられる。

 

「命令」という免罪符から殺戮に酔う者は珍しくない。

 

「俗物め」

 

神に仕える身としては、己の欲望に負けて任務を全うできないなど不信心にもほどがあると、罵倒したくなる行いだ。

 

だが、今はそんなことに構っていられないのも事実だ。

 

村人(足手まとい)がいないということは、ガゼフ達の足を鈍らせる要素もないということなのだ。

 

ここでガゼフ(目標)を取り逃がしては、自分(ニグン)こそが、己に課された任務を全うできない無能に成り下がってしまう。

 

「追うぞ」

 

今は、与えられた任務に全力を尽くすのみだ。

 

 

◆◆◆

 

デミウルゴスのイベントリーは、それなりに充実している。

 

プレイヤーでは当たり前だが、イベントリーの中に「無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァサック)」をショートカットキーに登録するように、アイテムの一つとして大量のアイテムを一括りにするのに適している。

 

モモンガと同じく、不要なアイテムを処分できない性分のウルベルトが、これ幸いとデミウルゴスのイベントリーに溜めこんだ結果である。

 

故にデミウルゴスのイベントリーには、複数の「無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァサック)」と、大量の消費アイテムが入っていた。

 

これは一五〇〇人による大侵攻戦以降、ナザリック地下大墳墓を攻略しようとするプレイヤーがほとんど存在しなくなったためと、それ以外の侵入者は第六階層から先に進むことができなかったことによるものだ。

 

デミウルゴスの持ち物の中で「デミウルゴスにとって」一番価値がある物は、ウルベルト自身が手がけた、六本の腕を持つ悪魔像だ。

 

それ以外は、基本的に低位の消耗品が多い。

中にはガチャのはずれ景品もあった。

 

もっともデミウルゴスからすれば、どれも創造主(ウルベルト)から授けられた大切な物ばかりだ。

 

だから無駄使いをする気は、微塵もない。

 

ただ、ナザリックへの帰還に必要であるならば、惜しむ愚を犯すつもりもなかった。

 

至高の御方々であれば、こういった事態に備えて持たせていた可能性とてあると、デミウルゴスは考えていた。

 

 

デミウルゴスの現在の悩みは、自分が使える手駒が少ないことだ。

 

この世界において、今の自分に情報は不可欠なものだ。

 

動き回る鎧の集団や、それを追う集団。

さらにそれを追う軽装の集団。

 

この三つの集団の行動の監視。

 

近隣の状況の散策。

 

広範囲の地形確認。

 

この付近の勢力分布。

 

人間以外の意志疎通の可能な知的生命の確保。

 

やりたいこと、やらねばならないこと、とにかく手が足りない。

 

その場その場を召喚で凌いでいるが、召喚の度に説明をしなければならない。

その手間も惜しい。

 

特に集めた村人たちの守りは、召喚悪魔では効率が悪すぎる。

今は六人だが、増える可能性や見守る(監視)には、四六時中ついていなければならない。

 

そこでデミウルゴスは、一つのアイテムを使用した。

 

「小鬼(ゴブリン)将軍の角笛」

 

このアイテムで呼び出されるゴブリンは一九匹。

レベルは上が十二、下が八とたいした強さはない。

だが、このゴブリンは死ぬまで消えないという、時間制限を気にせずに使役できるという現状では最適のメリットがある。

 

それに護衛対象の村人のレベルを考えれば、十分な強さだと判断されるだろう。

 

少なくとも、襲ってきた全身鎧の集団よりは強いのだから。

 

そして――

 

いつの間にやら、集めた村人と親睦を深めていた。

 

生き残った村人を集めてあるのは、デミウルゴスが最初に「召喚」された草原と近隣の村との間、村の方に近い森の中にある少し開けた場所だ。

 

護衛以外にも、水場を探して水を確保したり、森で獲物を捕り食料の調達。

採取スキルが無いせいか植物の見分けはできないが、採取に連れた村人に言われた「物」、木に生っている果実などを取るだけなら支障はない。

料理スキルも無いので調理はできないが、獲物を解体しかまどを作り、火を熾し水を沸かせと、前準備には問題ない。

木を裂いて簡易な皿を作ったりもしていた。

 

ゴブリン神官は治癒の魔法も使えるので、慣れない森の中での避難生活に欠かせない存在になっているらしい。

 

ゴブリンリーダーは面倒見が良く、ゴブリンライダーは狼に子供を乗せたり、ゴブリン全員で残った村人と雨露をしのげるように簡単な小屋を作り、子供にいろいろ教えたりしているらしい。

 

密集した木々の枝に蔓や枝を張り巡らせて葉を乗せ屋根代わりにして、蔓を編んで簡単な垂れ幕にしている。

季節も寒さより暑さが来る時期のため、半野宿でも支障はない。

 

さらに、いつの間にやら、人間以外の数が増えていた。

 

森に生息し、人間に襲いかかるモンスターがいる。

これを討ち倒し、あるいは追い払い、そんな中にいた小鬼(ゴブリン)や人食い大鬼(オーガ)を手下にして、森の情報まで集め始めた。

 

四つの村から集めた人間は二十人を超えた。

この数日で、ゴブリンは保護対象の人間と交流し、探索対象である森で生活するモンスターを配下にしていた。

 

 

結果、奇妙な共同生活が成り立っていた。

 

 

もちろんデミウルゴスに報告し、許可を取っての行動であるために、デミウルゴスも問題にしているわけではない。

 

むしろ、他に使い道がないか模索している状態だ。

 

もし、この集めた人間たちをこのまま生かしておく状態が続くならゴブリンとの共生を計り、独立した集落を構成させてしまえば、「ヤルダバオト」の活動拠点として使えるかもしれない。

 

 

これは自分(ヤルダバオト)や拷問の悪魔(トーチャー)、村人を連れて来た低位の悪魔たちに比べれば、人間たちにとって「まし」ということもあるのだろう。

 

悪魔とゴブリン、どちらがまだ親しみ易いか、というものである。

 

そして、ゴブリンたちは召喚主であるデミウルゴスの記憶を一部共有しているが、そもそもの性分はユグドラシルで共有のものであるらしい。

 

彼らは村人から何かにつけいろいろと聞き、この世界の情報を手に入れようとしていた。

 

子供に話を聞き、「詳しく」と頼むと周りの大人が補完するといった具合に、デミウルゴスが直接聞くより、委細かまわず多様なことを聞き出していた。

 

人間に襲われた人間不信と、助けてもらったがやはり恐ろしい悪魔(異形種)よりは「まだ」親近感のわくゴブリン(亜人)という構図だ。

 

ゴブリンという存在が、それほど強力なモンスターでは無いという認識もあるのだろう。

 

実際、筋肉のついた身体で貧相とはとても言えない、それこそゴブリンとは思えないような立派な体格だが、身長は子供の背丈とさほど変わらない。

 

悪魔からの威圧感という面でも、ゴブリンたちは村人に接しやすかったのだ。

 

デミウルゴスの配下として、なかなかに役に立っているといえるだろう。

 

まだあの騎士たちがこの辺にいるらしい。

危ないから、森から出ないように。

安全が確認できたら、どこかの村に送って行く。

さすがにゴブリンや悪魔が村の中にまで入って行ったら騒ぎになるだろうから、近くまで送るだけ。

 

これからの予定をそれなりに話してあるためか、村人に混乱はあまりない。

 

なにより、まだ襲ってきた鎧の集団が近くにいるとなれば、危険は明白だ。

無理に森を出ようとする者はいない。

 

むしろ四つの村が壊滅する頃には、ゴブリンに武器を習おうとする者が出てきていた。

 

 

デミウルゴスに新たに召喚された悪魔たちは、それぞれの監視対象の動向を探っていた。

召喚された存在は、一定時間が経過すると消えてしまうからだ。

 

すでにデミウルゴスは、近隣の状態を地図におこし、これからの状況を推測して召喚した悪魔たちに改めて説明していた。

 

デミウルゴスが最初に召喚された場所から一番近い村は、平穏な状態で朝を迎えようとしている。

この村が、鎧の集団の次の目標であるらしい。

 

今日までの数日の間に、途中にあった村々は鎧の集団に襲われた。

おかげでデミウルゴスは、かなりの人数の情報源と多数の死体を手に入れることができた。

 

生きている者は一カ所に集めてある。

煙が上がったのを見て、村が襲われているのを発見したと言ってある。

その過程で、近隣の村々の位置などを確認している。

 

 

死体は別の場所で纏めて実験に使用している。

その中で低位の復活魔法で蘇った者は、元冒険者だという一人だけだった。

これも、死体はその場で復活し、死体が消え村(ホーム)で復活するというものでは無かった。

 

殺してもう一度復活をさせようとしたが、その元冒険者は灰になってしまった。

ユグドラシルと同じと「想定」して考えると、死亡した段階で五レベルのダウンとなる。

これを緩和するための魔法にレベルが足りなかったために復活に至らず灰になったと考えられる。

今回は復活にレベルが足りなかったことになるので、この元冒険者は一〇レベルに満たないことになる。

 

つまり「ただの村人」は五レベルにすら届かない「かもしれない」のだ。

 

 

 

 

近隣の村々の位置。

その焼き討ちの順番。

村を滅ぼす手段と対応。

それに続く二組の集団の存在。

 

片方は村々を回り、生存者を探しながら、襲撃者の探索。

もう片方は、村々を回る先の集団を追っている。

 

つまり、村々を三つの集団が順番に巡っている状況だ。

 

最初の全身鎧の騎士らしき集団が村々を襲う。

次に武装の整っていない集団が、村の安否確認をする。

最後の集団は、前の集団との距離を縮めようとしているようだ。

 

最初の全身鎧の騎士らしき集団は、何人かを残して他の全ての村人を殺す。

その後、村中の家屋を焼き払う。

地下に隠れていた者の存在まで徹底的に殺し尽くしているのだ。

 

これは、生き残りとなった数人の村人は、後からやってくる装備のばらばらな武装集団へのなんらかのメッセージか、足手まといを作る目的なのだろう。

 

そして最後に魔法によって隠れながら後を追う集団。

デミウルゴスから見れば、お粗末な魔法だ。装備も見窄らしいとしか表現のしようがない。

それでも三つの集団の中では最も性能が良く、統一された装備だ。

 

そしてその隠密性から、その集団がもっとも機密を持っていると考えられる。

ただの考えなしの集団ではない。

 

最初の集団と関係があると見て間違いないだろう。

 

そして、それぞれの集団の都合など、デミウルゴスには関係ない。

 

結果、デミウルゴスが村の生き残りを集めたため、統一の無い集団は人数を減らすことも時間を無駄にすることもなく、徐々に鎧の集団に迫っている。

 

逆に、装備の統一された集団が、なかなか前の集団に追いつけないでいた。

 

◆◆◆

 

ガゼフたちは、最初の村から何件目かの村にたどり着いた。

そこも今までの村と同じように、残骸となった状態の家屋と大量の遺骸。

生存者もこれまでと同じように一人もいなかった。

 

ガゼフからすれば、不可解な状況だった。

 

こういった「罠」に、生存者がいないのは珍しい。

いや、おかしい。

 

見せしめと後からくる者への足止めとして、数人を生かしておくのが常套手段と、過去の武者修行時代でも学んでいる。

 

それにごくまれにだが、一人か二人は何かしらの理由で難を逃れることがある。

 

それが今までの村々で、一人の生存者も確認できないのは少々不自然さを感じる。

 

 

 

ガゼフや副官、他にも戦慣れしている者は、この状況をいぶかしんでいた。

王都からエ・ランテルへ、そこからさらに最初の村に到着するまでに数日という時間を要している。

その間に、王都へ「帝国の騎士の発見」の報から考えれば、それに倍する以上の時間が経っているはずなのだ。

それなのに、最初の村への襲撃と自分たち戦士団の到着にそれほどの時間差が無いという事実。

 

数日前なら煙なども収まっていただろう。

「帝国の騎士の発見」から何日も経ってからの、この襲撃。

あきらかにこちら(戦士団)の動きに合わせている。

 

ついてこい、と。

 

◆◆◆

 

早朝のカルネ村に、バハルス帝国の騎士の鎧を纏った集団が襲いかかった。

水汲みの途中だった、村に住む十六歳の少女のエンリ・エモットは家へと急ぎ、家族と合流すると、一緒に逃げようとする。

 

しかし――

 

現れた騎士によって、家の出入り口がふさがれる。

 

父親が騎士に飛びかかり動きを止めると同時に、騎士によって塞がれていた出入り口から外へと引き倒し道を作る。

 

「はやくいけ!!」

 

◆◆◆

 

対峙した相手に引き倒され、無様に地面に転がる騎士を見て、ため息を吐く。

 

「あれが『隊長』ですか。なんとも嘆かわしい人選ですね」

 

呆れとともに、潜ませていた悪魔たちに指示を出す。

 

眼下では、家族を逃がした男が二人の騎士によって、もみ合っていた騎士(隊長)から引き離され、剣を突き立てられたところだった。

 

「あの騎士たちを無力化しなさい。捕らえるだけで、殺してはいけませんよ」

 

◆◆◆

 

隊長を助けるために集まった二人の騎士と、助けられた隊長であるベリュースは、物陰から飛び出してきた悪魔たちに地面に引き倒された。

 

『声を出さないように』

 

聞こえた声に逆らえず、悲鳴も助けを呼ぶ声もあげることができない。

 

そんな風に同じ目線になった騎士たちに気付くと、暗くなる視界をこらして男は必死に相手を見上げようとした。

 

「助かりたいですか?」

 

耳に心地よい声が、質問を投げかけてくる。

 

もはや声を出す余力はなく、かすかに頷くだけしかできない。

 

「私の手足となって働くことを約束しますか?」

 

同じように頷く。

助けに対価が必要なのは、当然だ。

この傷が治るようなポーションや治癒魔法なら、費用は相当に高額なものとなるはずだ。

きっと奴隷のように、こき使われることになるのだろう。

それでも、生きて妻や子供たちと再び会いたかった。

 

「いいでしょう」

 

魔法がかけられたのだろう。

あっという間に完治したその効果に驚く。

きっと高位の魔法に違いない。

 

「ありがとうございます」

 

そう言って起き上がり、見上げた先にいたのは、人間ではなかった。

最初に目に入ったのは、覆面をして全く顔の見えない巨体の男。

その後ろに蛙のような頭をした男がいる。

口を開いたのは、蛙頭の男の方だった。

 

「礼は受け取りましょう。貴方にはこの先しっかりと私の役に立ってもらいます」

「はい、このご恩は必ずお返しします」

 

しかし、人間でないから何だというのか。

 

同じ人間に襲われた今の状況で、助けてくれた相手を人間以外だから信用できないとでも言うつもりか。

 

今更人間の方をこそ、信用できる訳がない。

人間でなくとも、その対応が自分にとって都合が良いなら警戒するよりも媚びを売ったほうがましというものだ。

 

「ところで」

 

救い主にして、自分の主人となった異形の存在が話しかけてくる。

 

「あそこで倒れている女性は、貴方のお知り合いですか?」

 

◆◆◆

 

デミウルゴスは呼び出した拷問の悪魔(トーチャー)に治癒魔法をかけさせ、倒れていた男の傷を癒させる。

 

彼は少々変わっていると感じたためだ。

 

かなり離れたところから遠見で監視していたにも関わらず、彼はその視線に僅かばかりとはいえ、気づくような素振りを見せたのだ。

 

そして、彼の家族構成は有効に使えるものだ。

 

自らを犠牲にしてまで家族を逃がそうとする行動力と決断力。

それに即応できる家族との信頼関係。

妻を助けても良かったが、命を賭けてまでも守ろうとした大切な家族が、一人でも欠けたことによって、さらに失う恐ろしさと、その加害者への憎悪、そして助けてくれた者への恩義は、格段に跳ね上がると踏んだのだ。

 

娘二人は、絶体絶命の危機に陥ったところで、効率よく助けたので問題はない。

 

事実、異形の自分に対して、家族を助けて欲しいと懇願する程度には、こちらを頼りにしている。

良い傾向といえるだろう。

 

 

 

この村が鎧の集団に襲われ、村人が殺されていくのを、デミウルゴスは最初から冷静に見つめていた。

 

今までの村のように村人を大量に殺されては困るが、助けてくれるのなら人間以外の異形(悪魔)の手を取ることも厭わないくらいには、村人を追い詰められてもらわなくては助ける意味が無い。

それに、今までの村で集めた生き残りが三〇人ほどいる。

この数を超えるくらいは殺されてもらった方が、他の村の生き残りを受け入れ易くなるはずだ。

鎧の集団の脅威を知り、後から増える人間と共通の感情を持った者同士の方が、これからの共同生活に都合が良いだろう。

 

最後に追ってくる集団は、魔法および索敵能力がどの程度か不明瞭の為に監視はさせているが、あまり近くに寄って気取られることは避けているため、さほどの情報は集まっていない。

 

装備の揃っていない集団は、とにかく不平不満を辺りに憚らずに会話しているために、一番情報が入っている。

あまりにも周りを気にせず会話をしているので、偽の情報を垂れ流しているのかと疑ったほどだ。

 

 

 

デミウルゴスは「傭兵」という存在を知っている。

そして、至高の御方々がナザリックの外へ出かける際に外部の者を雇うことがあったということも。

 

つまり、ナザリックに属してはいなくても、至高の御方々の役に立つ存在というものがいるのだ。

至高の御方々の目にとまりそうな強者。

弱者でも、もしかしたらスパイとして潜入しているのかもしれない。

 

ただ、そういった存在も有事の際に身を守る程度はできるだろう。あるいは何かしらの手段で痕跡を残そうとするかもしれない。

 

だからこそ、こちらの監視に気付いたかもしれない男や、騎士に殴り掛かるなど、相手の意表をつく行動をとった娘を助けたのだ。

 

ナザリックに属する者でなくとも、何か背後にいるかもしれない可能性。

例え、そういった背後が無くとも、通常と異なる行動をとれるこの二人なら、恩を売って自分の手駒として使えれば損は無いはずだ。

 

現在のデミウルゴスは、完全な合理主義と損得勘定で動いていた。

悪魔的嗜好を誰彼構わず発揮するような行為は慎むべき、と自重している。

 

ただし、そこに一切の情が存在しないことも事実だった。

 

デミウルゴスが助ける、あるいは行動する基準。

それは、効率、状況の操作、大義名分の取得、自分の役に立つか、立ちそうかどうか、である。

 

その基準に入らない者は、殺す理由もないが、助ける理由もない。

 

ゆえに、あの家族の妻は、特に生き残らせる必要性を感じなかった。

 

◆◆◆

 

号泣する。

 

妻の遺骸から手を離すことができない。

 

自分を助けてくれた男に、妻の治療を願ったが、かなわなかった。

 

もう死んでいるから、と。

 

「生きてさえいれば治癒魔法で助けられましたが、死んだ者を蘇らせることは「私には」不可能です」

 

 

もの言わぬ骸と化した妻に泣き叫ぶ。

 

すまない、と。

助けてやれなかった、と。

逃がしてやれなかった、と。

 

ひたすらに詫びるなか、声がした。

 

「お父さん」

 

振り返ると、妻と共に逃がした二人の娘が、玄関口に立っていた。

 

「お前たち」

 

上の娘は上半身が血に汚れているが、しっかりした足取りで、下の娘と共に自分の元に駆け寄ってきた。

 

「無事だったか」

「うん。でも、お母さんが……」

 

「ご立派な奥方ですね」

 

娘に答えようとして、別の声が重なった。

 

「そのお嬢さん方が今生きているのは、彼女が身を挺して二人が逃げる時間を稼いだからです。そうでなければ、私にも助けられなかったでしょう」

 

「そう、ですか」

 

深く頭を下げる。

 

本当は、どうして妻を助けてくれなかったのかと叫びたい気持ちがあった。

しかし、二人の娘を無事にこの家に連れてきたということは、彼が妻を殺した騎士の後を追って助けてくれたのだろう。

 

その行為に感謝こそすれ、助けられなかった妻のことで文句を言うのは筋違いというものだ。

 

そう考えられる程度には、二人の父親である男、エモットは娘たちの無事を喜んでいた。

 

上の娘の衣服に付着した血が、娘の物か相手の騎士の物かは不明だが、もはやそんなことはどうでもいい。

 

自分と娘二人の命の分、自分はこの悪魔(恩人)の役に立たなければならないのだ。

 

「娘たちを助けていただき、ありがとうございます」

 

事切れた妻からようやく離れ、男に向かって再び頭を下げる。

 

二人の娘も、慌てて父親に倣って頭を下げた。

 

 

 

 

◆◆◆

 

村の中央に集められていた村人は、突然大量に湧いて出てきた悪魔に驚いていた。

しかも、その悪魔たちは自分たちを殺して回っていた騎士の格好をした集団に襲いかかったのだ。

 

悪魔たちは騎士の足を掴み、そのまま空中に飛び上がると、そこから騎士たちを落とし始めた。

 

例え鎧に軽量化の魔法がかかっていたとしても、騎士本人の体重と合わせれば一〇〇kg以上はある重量が高所から落とされればどうなるか。

 

あっという間に、騎士たちは無力化された。

 

手加減された高さだったのか、騎士のほとんどは生きてうめき声を上げるか、動かない者も気絶しているだけのようだ。

 

騎士たちを無力化した悪魔たちは、その騎士をそれぞれにかつぎ上げて森へと運んでいく。

 

残されたのは、それでもまだ数の多い悪魔たちと、それをただ見ているしかない生き残った村人たちだった。

 

どうしてよいかわからず、立ちすくんで状況を見守る村人の前に、新たな悪魔が現れた。

 

悍ましい姿だ。

 

顔、というより頭全体がぴったりと張り付いた革の覆面で見ることはかなわない。

二メートルはある長身で、不釣り合いに長い腕は膝より下に垂れている。

乳白色の体に紫の血管が浮かび、その体を黒の革の前掛けとベルト、そこに並ぶ作業具を纏っている。

 

一目でその邪悪さを感じ取ることができた。

 

何が起こっているのか、そしてこれから何が起こるかわからない村人たちは、より一つに固まって身を寄せ合う。

 

逃げることはかなわない。

 

騎士たちを倒した悪魔たちが、自分たちを取り巻くように囲っているのだから。

 

しかし――

 

その異形の後ろから、数人の村人がついてくる。

 

何人かが驚きの声をあげる。

 

後から広場にやってきた村人たちが、先程の騎士たちによって斬りつけられるところを見た者たちだ。

 

しかし現れた彼らは一様に問題なく歩いてくる。

 

死んだと思っていた後から現れた村人たちの中から一人の男、エモットが出てきて話しかける。

 

「みんな無事か?怪我人は?」

 

村人は顔を見合わせ、

 

「怪我をしている者が何人かいる」

 

と返答する。

 

「だそうです。お願いします」

 

エモットは自分の後ろに立つ、禍々しい存在へ話しかける。

 

「大丈夫だ。俺たちもこの方に傷を治してもらったんだ」

「すごいぞ。この方は治癒魔法が使えるんだ」

「早く看てもらえ」

 

後ろにいた村人たちが、口々にその邪悪としか言いようのない存在を讃えて治療を勧めてくる。

 

ざわめき、なかなか動かない集団の中から、子供を抱えた女がまろぶように出てきた。

 

「お願いします!この子を助けてください!」

 

傷口を押さえていたらしい手をどけると、子供の脇腹から真新しい鮮血があふれ出す。

 

目も鼻も口さえも黒い革で覆われ、どうやって見えているのかは不明だが、その邪悪な存在が子供に手をかざす。

 

「中傷治癒(ミドルキュアウーンズ)」

 

詠唱と共に、子供から流れていた出血は止まり、浅く早かった呼吸も落ち着いたものとなった。

 

それを見て、村人たちは一斉に治療を求めた。

中には、騎士によって受けた傷ではない者や、患っていた病気まで治癒してもらう者もいた。

 

だが、そんなことは拷問の悪魔(トーチャー)には関係ない。

 

彼(トーチャー)が召喚主(デミウルゴス)から受けた命令は、村人に恩を売ることなのだから。

 

口々に――内心はどうあれ――拷問の悪魔(トーチャー)に礼を言う村人たち。

 

その光景を、エモットは見ていた。

 

彼は主人となった男から、一つの命令を受けていた。

 

それは、村人に「悪魔」の存在を受け入れさせること。

 

村人が拷問の悪魔(トーチャー)の治療を受けている間に、騎士たちと戦った悪魔たちの一部が戻ってきた。

さらに一部の悪魔が、殺された村人たちを運んでくる。

 

 

◆◆◆

 

見張りに立ち、カルネ村に入らなかった者も含めて、ほぼ全ての「帝国の騎士の格好をした集団」を捕縛した。

捕縛できなかった者たちは全て死亡しているので、問題はない。

 

生き残ったカルネ村の住民に、デミウルゴスは話しかけた。

 

「私はヤルダバオトと申します。責任者、あるいは代表者の方とお話がしたいのですが、よろしいですか?」

 

 

 

◆◆◆

 

捕らえた五〇人以上の騎士の内、四人ほどの騎士が死んでしまった。

これは、見張りに立っていた騎士だ。

悪魔の最初の攻撃の予行練習に付き合わせて、残念ながら死んでしまったのだ。

 

下位の悪魔の攻撃で死んでしまったことは残念ではあるが、勝てると必勝の確信が持てなければ戦う意味が無い。

ゆえにこれは必要な犠牲と割り切るべきだ。

 

その分、今捕らえた者たちは有効活用する。

後から来るであろう集団に対しても同じだ。

 

すぐ後から来る集団は、生き残った村人という枷が無い分、鎧の集団の予想より早くにこのカルネ村に到着するだろう。

 

早ければ昼にも。

 

この村で足止めし、最後の集団もろともに、情報源として回収したいところだ。

 

 

デミウルゴスは、自分が村の人間から情報収集を行っている間、捕らえた鎧の集団の尋問を拷問の悪魔(トーチャー)たちに任せた。

 

村に向かわせたのは一体だけだったが、それほどレベルの高い悪魔ではない拷問の悪魔(トーチャー)は複数の召喚が可能だ。

そして、こういった対象に対しての「技能」は確かだと、デミウルゴスは信用していた。

 

しかしその考えは即座に撤回されることとなる。

 

 

捕らえた五〇人強の騎士たち。

 

拷問の悪魔(トーチャー)には、これを一人一人個別に尋問するように通達した。

 

同じ場所で行うと、話しを合わせようと画策する可能性があるからだ。

 

むしろ、一人一人に「裏切り者」の可能性を吹き込んで、疑心暗鬼を煽る方が、情報を得やすくなるかもしれない。

 

どうでもよい存在から尋問(消費)すべきだろう。

地位の低い者の方が、口が軽いか隠すほど情報を持っていない可能性がある。

 

地位の高い者が虚偽を言っても看過できる程度には、一般的な情報(常識)が欲しいところだ。

 

未だにレベルとしては、見積もって一~一五程度の者としか接触していない。

 

しかし、これは警戒を緩める理由にはならない。

 

自分のように、レベルの低い者を隠れ蓑に使っている可能性とてあるのだから。

 

それに自分の「支配の呪言」にあらがえる存在がいるなら、レベルが高いかアイテムを所持しているかとなれば、やはり地位が高い者にこそ多く存在すると考えるべきだろう。

 

 

◆◆◆

 

 

「私の名は『ヤルダバオト』と申します。『ナザリック』という名をご存じありませんか?」

 

「デミウルゴス」という名は使わない。

最終的にこの地を捨てることになるならば、「ナザリック」に関わりの無い名前の方が都合が良いだろう。

 

「ヤルダバオト」が「デミウルゴス」に戻るも良し。

「ヤルダバオト」を「ナザリック」とは無関係の存在として、切り捨てるも良し。

 

「ナザリック」を探しているのも、目的はぼかしてしまえばいい。

 

「ヤルダバオト」という存在が「ナザリック」に帰属する存在だと明確にする必要はないのだ。

 

 

◆◆◆

 

こういった交渉に、召喚したシモベを使うことはできない。

 

交渉事に自分が一番適しているという自負もある。

会話の流れをこちらに誘導したいし、主導権も確保したいという考えと、召喚したシモベでは現状それほど長く存在を保てないからだ。

 

何度も同じ悪魔を召喚するのも面倒であり、効率が悪い。

早く安定した手駒がほしいところだ。

 

この村がその一つになれば、との思いもある。

 

すでにエモットという一家は、「支配の呪言」で確認しても、十分なほど「ヤルダバオト」に対して感謝と忠勤を誓っている。

 

忠誠ではなく、「助けてもらった分は働きで返す」という心構えだ。

 

当面はそれで良しとすべきだろう。

デミウルゴスにしても、やはり人間を完全に信用する気にはならない。

 

ナザリックに仕える者なら、絶対の信頼を持てるのだが。

 

◆◆◆

 

何とも人間くさい悪魔だと、カルネ村の村長は「ヤルダバオト」と名乗った悪魔に対して思った。

話をするために家に招き、白湯を用意しようとしていた妻に「お疲れでしょう」と固辞した。

それでも話となれば喉も乾くだろうと水を出すと、軽く一口飲んだ。

 

悪い物ではないと信用を示すために口に入れたのかと思うと、その心遣いが奇妙に微笑ましかった。

 

いや、人を殺してまわるような人間より、よほど人間らしいかもしれない。

人殺しよりも人助けをする人外の方が「人」らしい。

 

外道を「人でなし」とは、よく言ったものである。

 

 

「助けていただきありがとうございました」

 

お互いに席に着き、村長は改めて礼を述べる。

 

「いえ、実は私も貴方方を助けるのは悩んだのです」

「と申されますと?」

「実は私は浚われて来たのです」

「え?」

 

村長も妻も驚愕の声をあげる。

無理も無いだろう。

村を襲った騎士たちを、あっという間に制圧してしまうだけの力をもった存在が浚われるなど、相手はどんな力を持った存在だというのか。

 

しかし、そんな思いはさらなる驚愕に塗りつぶされる。

 

「私は悪魔の住む世界にいたのです。それを、この世界の人間がこの世界へ連れてきたのですよ」

 

驚くべきことだ。

このような力の持ち主を、どこかの世界から連れ去ることができるような人間が存在するというのだろうか。

 

「『召喚』という魔法をご存じですか?」

 

村長は魔法に詳しくない。

それでも『召喚』といえば、漠然としたイメージがある。

 

「本来、召喚とは呼び出す術者と、呼び出される対象が契約を結ぶことでなされます」

 

きっと本来はもっと複雑なのだろうが、そこは聞いても理解できないと納得する。

 

「ですが、私を呼び出した者は、私の同意無く私の住む世界から私を強制的に呼び寄せたのです」

 

強制的に可能とはどんな魔法なのだろうかと驚く。

そんなことが可能なら、どんな危険な存在もこの世界にやってきてしまうのではないだろうか。

 

「しかも、その相手は私を元の世界に戻す気も方法も無かったのです。これを誘拐と言わずに何と呼ぶのでしょうか」

 

悲しそうに言葉を紡ぐ悪魔に、僅かながら同情する。

 

 

「人間の世界では、誰かを勝手に連れ去ることが許されているのですか?」

「とんでもない!」

 

さすがにこれは否定すべきだ。

確かに相手が悪魔となれば、都合も事情も考えるなどしないだろう。

 

しかし、『本来の召喚』が双方の同意で行われていることなら、同意も無く呼び出されれば、それは不愉快なことだろう。

 

しかも、帰る手段も無いとは、あまりに酷い所行である。

「悪魔に対して」ではない、「人として」どうなのか、という話である。

 

ここまで理性的かつ知性的で、襲われていた自分たち村人を助けるという、人道的にも人と遜色無い相手を強制的に呼びつけるとは、離反されて当然ではないだろうか。

 

そうなると、悪魔を呼び出すのに『生け贄』が必要だとされる物語にも肯ける。

 

あれはきっと、来てもらう(同意の)ための対価なのだ。

 

生け贄を捧げる。

生け贄が気に入れば、やってくる。

生け贄の分の働きをする。

 

そういうことなのかもしれない。

 

魔法に詳しく無いがために、村長は自分の理解と同意できる理由によって、『召喚』の理由付けをしていく。

 

「そんな外法を世に出す訳にはいきませんので、その相手は処分させていただきました」

「え……」

 

さすがに、明確に「処分(殺した)」という発言に、顔がひきつることを隠せない。

 

「仕方ないのです。本来『召喚』で呼ばれた者は、同意していますから相手の言うことをききます。ですが、この外法の『召喚』は、私のように相手からの束縛がありません」

 

相手は蛙のような顔の大きな目を細める。

 

「『召喚』されて、帰れないと知らされた者が、大人しくしている者ばかりだと思いますか?」

 

確かにそうだ。

 

誘拐なんてされたら、なんとしても帰ろうとするだろう。例え相手を殺してでも。

目の前にいる存在のように、強大な力の持ち主が、何の枷も無く帰れないことを嘆いて、あるいは怒って暴れでもしたら、とんでもない事態になるのは間違いない。

 

そんな危険な『外法』の魔法を作った人間なら、いやそもそも誘拐の時点で殺されても文句は言えない。

 

「ご理解があってなによりです」

 

蛙の表情はわからないが、きっと笑ったのだろうと村長は思った。

 

◆◆◆

 

デミウルゴスは「嘘」は言っていない。

悪魔が住む世界とは言ったが、悪魔しか住んでいないとは言っていない。

「召喚」についても、おおまかな説明をしただけだ。

あとは、聞いた本人が自分に理解しやすくかみ砕く(曲解する)だろう。

 

別段、人間と敵対していないとも、人間の味方だとも言ってはいない。

 

こちらはこちらの都合で動いているだけだ。

 

そして、今回助けた村人は、デミウルゴスにとって都合の良い存在だった。

 

ただ、それだけの話だ。

 

 

ここからは自分の質問だ。

この世界を理解しなければならない。

 

◆◆◆

 

拷問の悪魔(トーチャー)は一通りの質問を終えると、改めて隊長であるというベリュースという男に質問をした。

 

「隊長」という立場だが、召喚主(デミウルゴス)から見た評価は低い。

戦力として平民に虚をつかれ、知力として行き当たりばったり。

欲に弱く、任務を娯楽の延長、ただの箔付けと捉えている節がある。

 

こういった低俗な人間は、己の保身の為なら平気で仲間を見捨てるし、裏切りもするものだ。

 

事実、自分だけでいいから助けてくれと、無様な命乞いをしてきた。

 

いくつかの質問をし、さらにそれが嘘でないかを確認するために、「支配(ドミネート)」の魔法で重ねて質問をした。

 

すると、三度目の質問で事切れてしまったのだ。

 

拷問の悪魔(トーチャー)は、大切な情報源を死なせてしまったと驚き慌てた。

だが、すぐに自分の手に余ると判断して、デミウルゴスに連絡をした。

 

この事態に、さすがのデミウルゴスも驚きを禁じ得なかった。

 

情報源として、たいして期待してはいなかったが、質問で死ぬとは流石に想定していなかったデミウルゴスは、この世界への警戒を強めた。

 

ナザリックの知恵者である自分も知らないこと、そして「想定」しきれなかったことがある。

 

魔法なのか、呪いなのか、はたまた何かしらの技術なのかは不明だが、死ぬ気の無い者に強制的に死を与える手段を、この世界の存在は確立させているのだ。

 

知らなければ、対応のしようがない。

 

まず自分は知識を得るところから始めなくてはならない。

 

この世界の「常識」だけでは心許ない。

 

あらゆる知識を得なければ、この知らない世界では、暗闇の中で手足を縛って歩くような行為となるだろう。

 

 

◆◆◆

 

死んだベリュースと、それに驚くデミウルゴスを見て、騎士たちは悟った。

 

本国(スレイン法国)はここまでやるのだと。

 

 

◆◆◆

 

怪我人は拷問の悪魔(トーチャー)が癒し、墓穴掘りなどの葬儀の準備に低位の悪魔の一部を手伝いにまわしたので、葬儀は滞りなく済んだ。

 

村の葬儀を一通り見学すると、その後はデミウルゴスは捕らえた騎士たちを使って、さらに実験を繰り返した。

 

「魅了(チャーム)」「支配(ドミネート)」であれ「支配の呪言」であれ、魔法やスキルによって返事をさせると、三度で死んでしまう。

これは本人(対象)が自主的に答える分には、問題がないようだ。

 

ベリュースという隊長だった男は死んでしまったが、イベントリーの中にある「蘇生の短杖(ワンド・オブ・リザレクション)」を使用してまで復活させるメリットを感じない。

 

「蘇生の短杖」は複数の種類がそれぞれに複数本ある。

各一本は実験として使いきる予定だ。

「いざ」という時に効果が思い通りではなく、使えないようでは意味がないからだ。

 

むしろ、どうすれば死なせずに自分の手駒とすることが可能となるのかを確認することを優先する。

 

ここにいる騎士たちが全て死んでも、後からの集団を手に入れることができれば問題はない。

 

特に最後につけている集団は、隠密行動を常としていることから、消息を絶っても表沙汰にはなりにくいだろう。

 

 

◆◆◆

 

「ほう」

 

デミウルゴスは素直に驚きを示した。

 

自分の特殊技術による召喚ではなく、召喚した悪魔やアンデッドによる作成や創造でこの世界の人間の死体を媒介に生み出された者は消えずに残っているのだ。

 

「これはこれは、面白い」

 

時間が経てば、召喚された存在は送還されてしまう。

それは創造や作成でも同様だ。

だが、この世界の死体を材料として使用した場合には、死体の存在によってか、その制限を離れてこの世界に存在を確立した一個の存在として留まることができるのだ。

 

では、死体ではなく、生きた人間ではどうだろう。

 

村人は「材料」にはなったが、「依代」にはならなかった。

どんぐりの背比べ、ミリの単位の差であれ、村人より「強い」人間を「依代」にして使用が可能かどうかだ。

 

 

騎士たちの数名が、召喚した悪魔の憑依に耐えた。

 

二〇~三〇レベル台程度の弱い悪魔だが、この悪魔たちの共通の特徴は低位の従者を創造や作成をすることができることだ。

 

質問や悪魔憑依によって死亡した騎士たちは、これらの材料となってもらった。

 

これにより、やっとデミウルゴスは時間制限を気にしなくて良い手勢を手に入れたのだった。

 

この実験で、五〇人以上いた騎士たちは三〇人ほどにまで減ったが、全てを使い潰すことも予定の内と考えていたデミウルゴスからすれば、随分と残った方だった。

 

実情として、手心を加えたことと、慎重になったということもあるだろう。

手元に手勢として残る「依代」として使う(生き残らせる)ことを優先した結果だった。

 

 

この世界の全ての生き物を生贄として捧げれば、ナザリックへ帰れるなら、デミウルゴスは迷うことなく実行する気でいる。

 

それでも、効率を考えれば、自分を信じている相手の方が殺しやすいだろう。

 

それを考えれば、人間に多少の譲歩をして、有用な手段を伝授してもよいと考えていた。

 

だから提案する。

 

この村の人間全てに。

 

 

◆◆◆

 

カルネ村が襲撃を受けた日の昼を過ぎた頃。

 

ガゼフたちがカルネ村に到着したとき、そこは無人だった。

 

今までの村とは異なり、遠目にも見える立ち上る煙も無く、近づいても村の景観に異常は見当たらない。

 

今回は間に合ったのか、あるいは襲撃前の村に着いたのかと、期待と希望を持った。

 

しかし、先に述べた通り村は無人だった。

家屋も無事だ。

昼間なら畑にいるだろう家畜も、繋がれているが生きている。

 

どの畑にも人はいない。

 

村が無事で村人がいるなら、畑に人が一人もいないという状況は異常だ。

 

この時期に畑仕事をしない日など存在しない。

それは、平民出身であり元農村の出の者も多い戦士団では、共通の認識だ。

 

もしかしたら、村人たちはどこかに連れ去られてしまったのかもしれない。

 

村人を捜そうという者。

罠かもしれないという者。

 

どちらもあり得ることだ。

 

それでも何かしらの痕跡が無いかと、村を探索することになった。

辺境の小さな村と言っても、住人は一〇〇人を超える。

その全てがいなくなったなら、その痕が残っているのではないか。

 

それでも、慎重に行動しなければならない。

 

敵が隠れている可能性。

罠が張られている可能性。

 

これまでの村への襲撃からすれば、異様に過ぎる事態だ。

 

一軒一軒の家を、そして人が隠れられそうな場所を慎重に、けれど虱潰しに調査する。

 

そして村のあちこちに、大量の血痕を発見したのだ。

 

戦士団は、愕然とする。

もしや自分たちは、また間に合わなかったのか、と。

 

それでも、今までの襲撃とは様子が異なる。

生きている者はおろか、死体の一つも見当たらないのだ。

戦士団は村人を探して回った。

 

 

そして、戦士団は村はずれの墓地で真新しい墓が大量に作られているのを発見する。

 

数にして三〇以上。

 

これだけの村人が近日に死に、土の具合からおそらく今日埋葬されたのだ。

 

では自分たちは間に合わなかったのだろうか。

だから村人はいなくなってしまったのだろうか。

 

それとも、これは自分たちが追っていた「帝国の騎士の集団」によるものではないのだろうか。

 

自分たち(戦士団)に追わせるためにだろう、馬の蹄の跡なども隠してもいなかったことから、ここ(カルネ村)が追っていた「帝国の騎士」の集団の次の襲撃地であるはずなのだ。

 

それなのに、誰もいない。

 

この村から出て、他へ向かった形跡もない。

 

とにかく状況がわからない。

 

説明をしてくれる存在も、被害を受けた者も襲った者もいないのだ。

 

多くの死者を弔ったことしかわからない。

 

これが、どの様に引き起こされた事態なのか、ガゼフたち戦士団には知る術が無いのだ。

 

村の中を再度調査し、範囲を村の外、森の近辺にまで広げた。

もしかしたら、森に避難しているのではないかと考え(期待し)て。

いずれにしても、次の村を目指すには、途中で野営をしなければならない。

今日いっぱいぎりぎりまで、探すことになった。

 

どうしてもとなれば、明日次の村へ向かう者と残る者に分かれることも考える。

戦力の分散は悪手だが、既知の敵と未知の敵、双方を警戒する必要がある。

 

 

そして――

 

「だめです、戦士長。村人も襲撃者も、その痕跡も発見できません」

 

どれだけ探しても、「生きた村人」を見つけることができない。

 

今までの村で一人の生存者も見つけられなかったことが、ガゼフや戦士団が次の村へ行くことを躊躇わせていた。

 

もしかしたら、ここには救いを求めている村人が残っているのではないか、と。

 

それが都合の良い願望であることも理解しているのだ。

 

それでも、村人の墓が作られているということは、確かに生き残って、その墓を作った村人がいるはずなのだ。

 

たとえ墓を作ったのが村人以外だとしても、埋葬された数からすれば残りの村人がどこかにいるはずだ。

 

彼らがどうなったのかを確認せずに、次の村に向かうことは、この村を見捨てることになる。

 

この村を「帝国の騎士達」が襲ったなら、生き残りの保護を。

「帝国の騎士達」以外の存在がこの村を襲ったなら、その存在の確認を。

 

この村が「どうして無人なのか」を把握しなければならない。

そうでなければ、次に被害が出た時に、どのように対処して良いのかわからない。

そしてその時、どうして助けなかったのかと後悔するだろう。

 

 

 

そうして時間だけが過ぎ――

 

「戦士長!周囲に複数の人影。村を囲むような形で接近しつつあります!」

 

既に日は頂点より地平に近くなっていた。

 

 

守るべき村人はいない。

村々を襲った犯人として探していた「帝国の騎士達」もいない。

それ以外の存在、人もそれ以外も、発見できなかった。

 

今のガゼフに選択肢は二つある。

 

「逃げる」か「戦う」かである。

 

◆◆◆

 

ニグン・グリッド・ルーインは安堵した。

 

ようやく獲物に追い付くことができたからだ。

 

これまで四度取り逃がし、まったく追い付けず、引き離される一方なのではないかと危惧したが、何とか任務を果たせそうである。

 

ここまで苦労するとは、本当に風花聖典の協力が欲しかったと改めて思う。

それがかなわなかった原因である、逃亡中の元漆黒聖典の女を思い出す。

 

余計なことをしてくれたものだと憤るが、まずは目の前の任務だ。

 

この村を包囲し、ガゼフを殺す。

 

予定外なことに、戦士団の数がまるで減っておらず、数としてはこちら(陽光聖典)が不利だが、そもそも陽光聖典の本分は「殲滅」である。

 

王国戦士団といっても、ガゼフ以外の者で難度が三〇に行くかどうかの者が戦士団全体でもほんの数人。

殆どの団員の難度は、二〇かそこらだろう。

難度にして六〇ほどになるだろう自分達に遠く及ばない戦士団など、歯牙にもかける必要は無い。

 

有象無象がいくらいても、問題にはならない。

 

問題になるのは、獲物である王国戦士長ガゼフ・ストロノーフただ一人だ。

 

今回、ガゼフを殺すためだけに、ここまで手間暇をかけた。

 

それこそが、ガゼフ・ストロノーフという男に対しての評価なのだ。

 

「各員傾聴」

 

ここからが、任務の本番である。

 

 

◆◆◆

 

天使を従えた者たちによる包囲網。

 

それが段々と狭められていく。

 

見える範囲だけでも、天使を従えた者が複数人確認できる。

この数の天使を召喚できるとなれば、スレイン法国の六色聖典としか考えられない。

 

 

ガゼフは決断する。

 

ここまで用意周到に自分を追ってきた相手だ。

 

逃げるにしても、自分だけは逃がさないように策を巡らせているだろう。

そして戦うとなれば、必勝の策があればこそのこの包囲網のはずだ。

 

それでも、部下たちは逃がすことができるかもしれない。

 

村の中で戦うのは意味が無い。

数の有利も活かせない。

木造の建物など盾にもならず、火でも付けられれば遠距離の攻撃手段を持たないこちらが不利だ。

 

それに戻ってくるかもしれない村人の生活の場をなくしては、ここまで来た意味そのものが無い。

 

 

ゆえに村から離れる。

 

相手が徒歩なら、包囲網さえ突破できれば、馬で駆ける自分たちに追いつくことはできないだろう。

 

守るべき村人も不在なら、とにかくこの村から離れることが肝要だ。

 

ここは、相手が自分たちに都合が良いと判断した戦場なのだから。

 

噂のスレイン法国の六色聖典を相手にして、どこまで自分たちが生き残れるかは不明だ。

 

自分(ガゼフ)だけは絶対に確実に殺すつもりだろう。

 

それでも、足掻く。

 

「帝国の騎士たち」の消息も掴めていないのだ。

 

バハルス帝国がスレイン法国と手を組んだのか。

バハルス帝国の行動をスレイン法国が利用しているのか。

あるいはスレイン法国だけの動きなのか。

はたまた、まったく違う勢力が介入しているのかは不明だ。

 

最低最悪な想像をすれば、リ・エスティーゼ王国内の敵対派閥がスレイン法国と組んだ自演の可能性さえあるのだから。

 

だが、自分が殺されても先行している「帝国の騎士たち」が、別の村を襲わないという確証があるわけではない。

そうである以上、こんなところで殺されるわけにはいかない。

 

せめて部下たちを先に送り出さなければならない。

 

自分が足止めに残り、死ぬことになろうとも。

 

◆◆◆

 

村から離れた平原。

 

おそらく包囲しやすいと判断したのだろう。

 

ガゼフだけは逃がさないとばかりに馬という足を狙われ、取り残される。

 

それでも、戻ってくる部下に、感謝するべきか、本来救うべき村人を優先しろというべきか。

 

それでも、その覚悟に応えるべく、剣を握り――

 

 

 

 

 

「こんにちは、みなさん」

 

心と体に染み込むような声が響く。

 

その場(戦場)にいた全て。

敵も味方も関わりなく、その声の主に視線が向いた。

それはまるで、抗うことのできない絶対者からの命令として意識を持っていかれたのだ。

 

そこに居たのは、正しく「異形」。

 

人間の頭を蛙に挿げ替えたような姿。

ぎょろりとした目元には丸い眼鏡をかけている。

背には濡れたような皮膜の黒い翼が畳まれている。

畳まれてあの大きさなら、相当な大きさだ。

その腰からは布に隠れて見えないが、尻尾らしきものが生えている。

飾りでないことは、その意志を持った動きからも明らかだ。

たいそう仕立ての良さそうな、おそらく南方風の衣装をその身に纏っている。

 

「はじめまして。私はヤルダバオトと申します」

 

その声に物理的に縛られたかのように、その場にいる全員が動きを止めていた。

 

 

「みなさんには、私のお願いを聞いていただきたいのです」

 

絡めとられてしまったのは、肉体の自由だけではなく、思考もなのかもしれない。

もし「自害したまえ」と命じられたなら、躊躇うことなく己の命を刈り取るだろう。

 

◆◆◆

 

デミウルゴスはこの展開を喜んだ。

 

一人だけ残して馬で逃げてしまうかと思われた武装の纏まっていない集団が、わざわざ引き返してきてくれたからだ。

 

もちろん逃がすつもりはなく、周囲を悪魔で囲い全員を捕らえる手筈だった。

 

その手間が省けたことを喜んだのだ。

 

 

それにしても、どうみても不利な状況でわざわざたった一人を救うために戻ってくるとは、あの取り残された男はよほど貴重な存在なのか、あるいは相当の人望があるのか。

はたまた彼がいなくては、あの集団には後が無いのか。

 

いずれにしても、彼を含めて逃がすことも、死なせることもよしとしない。

 

彼らに死を与えるなら自分であるべきだろう。

 

 

 

 

 

カルネ村の人間は、全て森の奥、他の襲われた村の人間たちと合流させてある。

 

無闇に出てくる心配は無い。

 

なんといっても、あれらは貴重な現地勢力なのだ。

 

失うわけにはいかなかった。

 

自分の隠れ蓑として、そして現地の拠点として活用する予定なのだから。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

デミウルゴスは怖かった。

恐ろしかった。

 

 

抱えた頭をそのまま握り潰してしまいたくなるほどの、耐えがたい恐怖だ。

 

もちろん、そんなことはできない。

自分という存在は、命も魂も全てが至高の御方々のためにあるのだ。

自分が死ぬのは、至高の御方々を守って死ぬという栄誉か、至高の御方々の手によってその存在を終わらせる時であるべきだ。

自分という存在が至高の御方々の所有物である以上、勝手に死ぬなど許されない。

 

だからこそ――

 

自分は絶対にナザリック地下大墳墓へ帰る。

そう決めている。

 

しかし、至高の御方々はいなくなった自分をどう思うだろうか。

いや、待っていてくれるだろうか。

ナザリックの防衛を担うべき僕が、その役目を放棄しているのだ。

 

デミウルゴスは自分が至高の御方々に「創造」されたことを知っている。

 

だから、もし自分がいなくなったと知った時、至高の御方々がどうするか考えるのが怖かった。

 

自分だってこうして召喚した悪魔を使い捨てにしている。

 

ならば、至高の御方々は?

 

自分が(デミウルゴス)がいなくなったら、新しい僕を造ればいいと考えないといえるだろうか。

 

もっと良い僕を造って、自分の後釜に据えたとしたら?

 

自分が帰っても、そこに自分の居場所が無くなっていたら?

 

恐ろしいことだ。

 

考えたくもない事態だ。

 

それでも、与えられた「優秀な頭脳」は、その可能性を否定できない。

 

だからせめて、元の階層守護者の地位に戻れなくても、たとえ末席でも自分の居場所を作るために、この世界での努力は怠れない。

 

至高の御方々は「希少(レア)」と呼ばれる物を好んで集めていた。

 

「ヘルヘイム」ではなく、さらに「ユグドラシル」でさえ無いこの世界なら、至高の御方々も未だ知らない「希少(レア)」な物があるかもしれない。

 

あるいは「この世界そのもの」を献上できれば、なお良いかもしれない。

 

自分の価値を高めるのだ。

 

「さすがナザリックの僕だ」と迎え入れてもらえるように。

 

「お前などいらない」と言われないように。

 

下等な人間ですら、子供を亡くした者に「新しい子供を作ればいい」などのことを言う者がいるのだ。

 

「創造」という手段を持つ彼の方々なら、自分の替わりの新しい僕を作ることなどたやすいだろう。

 

決して自分を「不要な(いらない)存在」にしないために、早期の帰還。

そして、自分がこの世界にいたことが「至高の御方々にとって」無駄では無かったという証明をするのだ。

 

自分(NPC)には「ナザリック」しか無いのだから。

 

 

 

 

 

 




◆「竜の宝珠」

「覇剣の皇姫アルティーナ」とのクロス小説で出てきたアイテム。
「願いを叶えるチャンスを与えてくれる」アイテムで、異世界への行き来すらも可能とする。


◆デミウルゴスの知識

デミウルゴスがナザリックの別の階層について詳しすぎるかもしれませんが、特典小説「王の使者」の中でも、アインズに召喚されたデス・ナイトは、ナザリックの内部を把握していて、迷子にもならずに移動していました。
アインズが知らない場所は知りようがないようですが。

さらに、セバスも第一〇階層の待機場所から移動したことは無いでしょうが、第九、一〇階層を把握している描写がありました。
一巻でも、外に出ているということは、全ての階層の転移門(ゲート)を把握していることになると思います。

同様にアルベドも一巻で、玉座の間から出たことが無くても、各階層守護者の元へ迷い無く行っています。

なので、ナザリックに所属するものは生まれつきその所属場所を把握している、と考えています。

特にデミウルゴスは、ナザリックの「防衛時指令官」という設定があるので、余計に詳しく知っているとこの話ではしています。

ただし、三巻の描写から「宝物殿は除く」かと思います。


◆デミウルゴスの悪魔召喚

召喚ではなく、作成や創造の怠惰の魔将は、悪魔やアンデッドをわらわら召喚できるそうなので、一〇〇レベルで特殊技術が真価とあるデミウルゴスなら、大抵の悪魔召喚ができるのではと。
これは、独自設定にあたるかもしれません。


◆レベル十五の大量悪魔

デミウルゴスは、ナザリックでPOPする三〇レベル以下は雑魚だという思いがあったので、一〇以上レベルが離れた相手の発見のため、そして相手の油断を誘うために、十五レベル程度の弱い悪魔を召喚しました。
でも、レベルが一〇あったら、この世界では「精強」なので、過剰戦力です。


◆「小鬼将軍の角笛」のゴブリン

十三巻で憤怒の魔将の性格は、とあるので、性格が変わる訳ではないようなので、ゴブリン達の性格も画一化されていて、召喚後に変化していくのではないかと思います。
(育成?)


◆エンリの父

WEBの頃、エンリの父親が死に際に、遠見の鏡で見ていたアインズに対して話しかけるシーンで、感想返しで「特別な生まれながらの異能(タレント)は持っていない」という返信に対して、「普通のタレント持ちですね」という感想があったので。

一〇巻でも、ジルクニフが見られている気がする、と言っているので、案外「よくあるタレント」なのかもしれない。


◆エンリの母の復活

嘘は言っていないのです。
低位の復活魔法では、灰になってしまう。
高位の復活魔法は、デミウルゴスが使えない。
配下にやらせればいいけれど、「デミウルゴスには」生き返らせることはできません。
「杖」ならできますが、「村人一人」にそこまではしません。


◆デミウルゴスの召喚説明

本当なのかなんてどうでもいい、デミウルゴスの自分に都合のいいこじつけ話。


◆村長との会話

原作では「葬儀に中断されながら」とあるので、葬儀が何回かに分けて行われたのかと。
ここでは、デミウルゴスが悪魔を手伝いに貸し出したことで一回で済んでいるので、中断されずに効率よく聞き出して原作より早く終了しています。


◆三回の質問で死ぬ

陽光聖典同士での質問や、ガゼフやアインズとの会話でも質問らしきものがあったので、「精神支配中の質問で死ぬ」としています。


◆憑依

原作に憑依という能力を持つ存在は出ていませんが、フレーバーテキストに書かれている項目が現実化しているそうなので、そういう能力がある者もいるのでは、という独自設定です。


◆召喚された存在が作成

十三巻で「召喚された者は、さらに召喚できない」とありますが、「作成ができない」とはないので。
四巻で作成されたイグヴァが、骸骨戦士(スケルトン・ウオリアー)を「召喚」しているので逆もありかと。
これも独自設定にあたるかもしれません。


◆憤怒の魔将

ペストーニャなどが死者蘇生を行うには、宝石や金貨を消費するとあります。(十三巻)
しかし、「魂と引き換えの奇跡」が戦闘中に使われ、それが治癒系が基本とあるので、「魂」という対価を払っているので、宝石や金貨が不要と考えました。
WEBの感想返しでも、「使用済みの短杖に新たに魔法を込めることが可能か」という質問に「無理です。新しい物を購入してください」という返答があったので、「短杖」や「杖」は、購入代金が宝石や金貨の代わりになっているのではと考えています。


◆デミウルゴスの心境

原作のように「お前たちを愛している」という言葉も「仲間の大切な忘れ形見」という言葉ももらっていないので、「ナザリックの付属品の一部」としてしか、自分の存在の位置づけがありません。
むしろモモンガ以外がいなくなったことしか理解していないので、「捨てられる」心配の方が強い状態です。

勝手にいなくなる様な僕(NPC)に愛想を尽かせて、モモンガ(最後の御方)までいなくなったらどうしよう、と四巻で率いた兵が負けたコキュートス状態です。


◆追加◆

◆伝言(メッセージ)

一巻でアインズからの伝言(メッセージ)を魔法職をとっていないらしいセバスが受け取っているので、使う側に使用の制限はあっても、受け取る側に制限は特にないと考えています。


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IF NPCが一人 デミウルゴス 2

「IF」であり、
独自設定があります。
モブ(名無し)がいます。


王国戦士団と陽光聖典を捕らえるのは簡単だった。

 

全員が「支配の呪言」の効果範囲内(レベル四〇以下)だったのだから。

 

リ・エスティーゼ王国戦士団、そしてスレイン法国の囮部隊と陽光聖典。

 

全員を一カ所に集め、陽光聖典の中から一人を選び出し、「支配の呪言」で質問する。

結果は囮の部隊と同じものだった。

 

捕らえられた全員の前で行われた、精神支配中の質問に三度答えると死ぬ「呪い」。

 

囮の騎士たちと同じく、自分たち陽光聖典にも施されていたその「何らかの術式」は、自分たちの「任務」を考えれば当然であり、同時に自分たちが最悪の事態には「使い捨てにされる存在」であることを強く認識させられたのだった。

 

そして、その場にいた全員が、さらに驚愕する事態に直面する。

 

一体の悪魔によって、その死んだ隊員が蘇らされたのだ。

高位の悪魔は蘇生さえも可能とすることに、その場にいた全ての者が認識を新たにした。

 

◆◆◆

 

デミウルゴスは心を砕いて行動する。

 

相手に抵抗の余地など無くした上で、スレイン法国の囮部隊の生き残り三〇名、陽光聖典四五名、リ・エスティーゼ王国戦士団五〇名強を一堂に集め、質疑応答を開始した。

 

質問者は基本的にはデミウルゴスだが、立場の違う相手の行動に確認をする者、憤る者もおり、お互いの罵り合いに発展することもあった。

 

しかしそれもデミウルゴスの第三者視点と正論、そして圧倒的な力量差を垣間見ることにより鎮静化する。

 

長い時間の話し合いの果てに、その場にいる全ての者(人間)が、「自分たちが上の人間からすれば替えの効く使い捨て」という奇妙な共通意識を持ったのだった。

 

そして全員にデミウルゴスは語りかける。

 

「貴方たちの立場は理解しました。みなさんは随分と不遇な待遇を受けているようですね」

 

悪魔に気遣われるという奇妙な状況に、全員が微妙な気分になる。

 

「ですが、一番不遇なのは貴方たちではないでしょう」

 

「貴方たちに殺された村の人々は、殺されて当たり前の人間だったのですか?」

 

「そうだ!貴様等のしたことは許されることではない!」

 

「同様に伺いますが、自国の民を守れない者に上に立つ資格はあるのですか?」

 

「それは……」

 

「王の立場を考えれば、仕方の無いことだ!」

 

「それで無辜の民を救えないことが正当化されるのですか?」

 

「仕方あるまい!そもそもそこのスレイン法国が攻めてこなければよかった話だ!」

 

「仕方ないと言ってしまえる王国の腐敗があるからこそ、スレイン法国は王国を滅ぼす決断を下したのだ!」

 

一度は沈静化した言い合いが再燃する。

どちらも譲れない立場と主張があるのだ。

 

 

◆◆◆

 

「堂々巡りですね。どうでしょう。ここはお互いの立場を理解する機会としてみては」

 

デミウルゴスの提案に、その場にいる全員に疑問が浮かぶ。

そしてそれは嫌な予感の呼び水でしかない。

 

「簡単ですよ。百聞は一見に如かず。経験してみれば良いのです」

 

デミウルゴスは、この場の全員に言い聞かせるように、あるいは講師が生徒に説明をするように言葉を続ける。

 

「お互いの理解不足が原因なのでしょう。私も力を貸しましょう。相互理解を深めることはとても重要なことです。諍いは悲しいことですからね」

 

悪魔の言葉に、全員が警戒感を強めた。

特に囮の部隊はそれが顕著だ。

すでに逃げ出しそうな気配を漂わせている。

 

無理も無いだろう。

 

これまでのこの悪魔の行動で、一番の被害を被っているのだから。

 

もっとも、村人を殺して回っていたのが、この囮の部隊なのだから、自業自得とも言えるのだが。

 

それでも「逃げる」という選択をしないのは、それが無駄に終わると知っているからだ。

 

そしてその選択をした場合、その先に起こるであろう、さらなる被害を思えば、行動を起こすことなどできるはずもない。

 

デミウルゴスはさっさと準備を進める。

 

ここにいる人間の数は、総数にして約一二〇人ほどだ。

この人数で一つの村程度になる。

 

一度に運ぶには、自分(デミウルゴス)の「上位転移(グレーター・テレポーテーション)」だけでは少し無理があるかもしれない。

 

第一〇位階の「転移門(ゲート)」ほどの利便性も人数の多さも届かないが、それでも一度に数十人は運べる。

しかし、一〇〇の単位はまだ試していないが、デミウルゴスはおそらく無理だと考えている。

 

それでも先に召喚した憤怒の魔将(イビルロード・ラース)も、「上位転移(グレーター・テレポーテーション)」の使用が可能だ。

 

あと一体いれば問題無いだろう。

「上位転移(グレーター・テレポーテーション)」は第七位階の魔法なので、それほど高位の者の召喚でなくても構わない。

 

最初にこの世界へ来た日から、簡単でも地図を作るために、途中の詳細は省いてでも遠くへ行くことを優先させた一団がある。

「視界の共有」のできる使い魔で、途中途中に転移先を確保して探索範囲を広げたのだ。

 

砂漠地帯の先の国の巨大な湖あたりまでは、転移が可能だったはずだ。

 

国の名前や国境までは確認していない、ただの地形としてしか把握していない状態だが、ただ移動するだけなら支障は無い。

 

陽光聖典の知識と照らし合わせて、大まかな上書きは済ませている。

 

希望にもっとも近い転移場所から移動しても、問題は無いだろう。

 

憤怒の魔将(イビルロード・ラース)ともう一体は現地に置いてきてしまっても問題無い。

 

あと数時間で消えて(送還されて)しまうのだ。

ここ(カルネ村)に帰ってくる必要など、召喚魔将には無いのだから。

 

◆◆◆

 

「ここは竜王国の国境付近です。貴方たちの装備と荷物は置いていきます。これで生き残ってください。明後日の夕方に迎えにきます」

 

約一二〇人という大所帯。

内訳は、囮の部隊、約三〇人。

王国戦士団、約五〇人。

陽光聖典、四五人。

 

この数が多いのか少ないのかはわからない。

 

戦闘集団としては多いだろう。

しかし、相対する存在が「軍」だったら?

 

「頑張ってください。全員が生き残っていることを、心からお祈りしています。では私は忙しいので、これで失礼しますよ」

 

無慈悲な激励の言葉を残して、自分たちを連れてきた悪魔ヤルダバオトは消えた。

 

恐ろしい炎を纏った悪魔と、新たに現れた悪魔も何処へかと消えた。

 

取り残された一二〇名あまりは、不安げに周りを見回す。

 

ぱん!と手を鳴らす音が響いた。

 

「状況を確認する。まずは敵襲に備え、装備の点検と周囲の警戒だ」

 

こういった状況に、さすがに陽光聖典は強い。

そしてニグンは戦歴が長く、伊達に隊長を務めてはいない。

 

そして――

 

「囮の部隊も装備を装着しろ。急げ!荷物の中身の確認も忘れるな」

 

それを見て、ガゼフも自分の部隊に振り向く。

副官も頷き、戦士団を戦闘準備の状態へと急がせる。

 

「あの悪魔が嘘を言っていたのでなければ、ここは竜王国の国境付近ということになる。」

「そして、明後日の夕方まで迎えは来ない、か。これもあの悪魔が嘘をついていなければ、だが」

 

ニグンの状況確認の言葉に、ガゼフも自分の見解を続けた。

 

「お前たちの装備は何だ。ポーション等の回復手段は持っているのか」

「いや、残念ながら、そういった物は持っていない。せいぜい止血用の薬くらいだ」

 

「な、戦士長!」

 

「文句があるのなら代案を出せ。それができないのであれば、ひっこんでいろ。文句を言うだけの輩など、無能の証明以外の何者でもない」

 

ガゼフの返答に、副官が慌てる。

こちらの手を安易に晒して良いものかと。

ニグンの怒りに震えた声に、すぐに黙ることになったが。

 

「こちらは見ての通り、各員が数本ずつ所持している。一本ずつ渡す。有効に使え」

「! いいのか?」

 

ニグンからの申し出に、ガゼフは驚く。

陽光聖典の装備となれば、国からの支給品ということになる。

それを個人の裁量で、勝手に他国の自分たちに渡して良いのか。

 

「お前たちは亜人の脅威を理解していない。ここが竜王国の国境で、あの悪魔がわざわざ「相互理解の為に連れてきた」のなら、遭遇する可能性の高い亜人はビーストマンだろう。奴らは頭が獅子や虎なだけあって人間を食べる。だが、人間と同等程度に知恵がある。そして、一体一体が基本的に難度三〇はある」

 

「な?!」

 

「我々陽光聖典でも、数にまかせて囲まれなどすれば、全滅は免れないだろう」

 

難度二〇と互角に戦えれば、実力者と呼ばれる。

あくまで「互角」であり、快勝できるわけでも、必ず勝てるわけでもない。

 

それ(二〇)を上回る難度が「一般的」な種族など、精強な軍隊と同じ戦力ということになる。

 

陽光聖典の難度は平均で六〇ほどだ。

ニグンであれば、もう少し高いだろう。

それでも、この状況を甘く見ることはできない。

 

なにしろ、難度三〇とはビーストマンの「一般的」な強さだ。

他国に攻め入る「兵」なら、さらに強い可能性が高い。

 

これから戦うかもしれない相手の情報に、陽光聖典以外の全てが戦慄する。

囮の部隊の中には、恐怖から悲鳴を上げる者もいる。

 

「とにかく一人も脱落させるな。数が減ればこちらが不利だ。剣を突き出すだけでも牽制にはなる。勝とうと思うな。止めは我々が召喚した天使でさす」

 

「お前たちが後衛で、我々が天使との間に立つということか」

「我々は魔法詠唱者(マジックキャスター)だ。前衛になど立てん」

 

「わ、我々を矢面にするつもり……」

 

「文句があるなら、お前たちだけ別行動をしろ」

 

囮の部隊からの非難は切り捨てる。

生き残るための最善策だ。

あの悪魔の腹の内次第では、全滅も視野に入れて覚悟しなければならないのだ。

 

「基本戦術をはっきりさせよう」

「先程も言った通り、我々は後衛だ。天使が最前線に立つ。その間に王国の戦士団と法国の部隊を配置する」

「天使の取りこぼしを我々が受け持つということでいいんだな」

「そうだ。だが、相手の戦力がわからない。ここが戦術的に優位に立てる立地かは不明だ。だが、あまり離れては、あの悪魔が我々を見失う危険もある」

 

「つまり」

 

「おい!」

 

 

それは人間だった。

血走った目で、睨みつけてくる。

手には欠けた剣を持っている。

 

「お前たち、何者だ!どこから来た!」

「基本だな」

 

ニグンが肯く。

 

「我々は法国から来た者だ」

「え、今年は早いんだな」

 

法国が竜王国を支援していることを知っているのなら、この男はおそらく国の防衛に関わったことがあるのだろう。

 

「早い?」

 

ガゼフの不審の言葉に、ニグンが答える。

 

「言っただろう。我々は人間の生存圏を守っていると」

 

 

「あそこだ」

 

一晩を遭遇した男の隠れていた場所で過ごし、案内された場所。

 

男が指さした先には村があった。

 

おそらく「人間の村だったもの」だ。

 

 

村の様子を探るのは、陽光聖典だ。

隠密行動も野外行動も得意ではないが、亜人がいるとなれば、他に当たれる者はいない。

 

村人を救うのか。

村を占拠した亜人の殲滅を優先するのか。

そもそも、こちらの戦力で対応が可能なのか。

 

すぐにでも村に助けに飛び込みそうな戦士団を諫め、陽光聖典は「いつも通り」の行動を開始する。

 

 

偽装の魔法によって、村の近くまで近寄る。

 

相手は獣と同等の能力を持っているのだ。

故に風下から近付く。

 

風上から流れてくる臭いは、それなりに亜人との戦闘を経験した集団だからこそ耐えられるものだった。

 

血の臭い。

肉の焼ける臭い。

油の焦げる臭い。

 

その「元」を考えれば、吐き気が上ってくるのは必然だ。

 

 

笑い声が聞こえてくる。

なんとも楽しそうだ。

 

それが「人間のもの」であったなら。

 

笑い声は、別段嘲笑のものではない。

ただ、食事を楽しむ者の笑いだ。

 

だからこそ、陽光聖典には残酷なものに聞こえる。

何が「食材」かを知っているのだから。

 

 

「人間」の声は悲鳴だ。

 

悲嘆の声。

苦痛の声。

断末魔の声。

 

そして――

 

「返して!その子を返してぇ!!」

 

母親らしき女の悲鳴は、笑い声の中からもはっきりと聞こえた。

 

もっともその声に返答する者は誰もいない。

 

当然だ。

 

豚が鳴いて、いちいち返事をする人間などいないだろう。

 

「―――――!!!!!!!」

 

言葉では無い。

全身全霊での絶叫。

それが二つ。

 

一つはすぐに止み、もう一つは嗚咽に変わる。

 

おそらく「赤ん坊」が母親の前で、油で「揚げ物」にされたのだろう。

確実に「生きたまま」で。

 

この小さな村で、人間が入るほどの油が潤沢にあるとは思えない。

 

周りを見回すと、打ち壊された馬車が複数見える。

 

幌やしっかりした屋根がついている物もあるところを見ると、おそらく隊商だ。

 

「付けられたのか」

「おそらく」

 

いちいち点在する村を虱潰しに探すより、行き来する人間をつけた(道案内させた)方が効率が良い。

 

周囲を囲む塀も、隊商が入るとなれば出入口は開かれていただろう。

 

こういった知恵があるのが、亜人のやっかいなところだ。

 

人間相手以上に、対応に苦慮するのだから。

 

人間相手なら、暗闇からの奇襲、背後からの強襲が可能だろう。

 

しかし、亜人は基本的に暗視(ダーク・ヴィジョン)を持ち、嗅覚も聴覚も人間以上だ。

 

人間より体の小さな単なる野生の猿でも、人間の指くらいは一度に数本もぎ取れるほどの握力と腕力を備えているのだ。

もし顔を摑まれたなら、顔の皮膚を突き破り骨を砕かれることもある。

 

当然、体力も持久力も脚力も、力関係は全て上だ。

 

亜人に魔法を使える者は少ないが、皆無というわけでは無い。人間の側とて、魔法を使える者が多いとは言えない。

 

それでも――

 

「亜人の数は目視で三〇。村全体でおおよそ一〇〇」

「勝てるか」

「……五分」

 

難しい状況だ。

 

もともと、陽光聖典は四五人でも、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフと王国戦士団五〇人を相手にする事態を想定していた。

それも、最悪の場合は「ガゼフ・ストロノーフだけの殺害」でも任務の達成にはなった。

 

亜人にガゼフ・ストロノーフほどの存在がいないなら、五〇あるいは八〇ほどまでなら、勝てると言い切れるだろう。

 

だが、相手の数は多い。

単純に見積もって、予定していた王国戦士団を相手にする場合の倍の数だ。

 

囮の部隊を数に入れなくても、陽光聖典と王国戦士団をあわせれば、こちらも一〇〇近い。

 

それでも個個人の難度差が大きい。

 

しかも、増援を呼ばれる可能性を考えれば、一人(匹)も逃がす訳にはいかない。

 

一番の懸念は、王国戦士団には実戦経験が乏しく、その実戦経験すら人間相手でしかないことだ。

 

人間なら一撃で死ぬような攻撃でも、ビーストマン相手にはその身体能力と強靱さで軽傷ですんでしまうこともある。

 

一番良い方法は村を包囲して、中に残っている村人ごと包囲殲滅してしまう方法だろう。

 

村人を人質に取られても厄介だ。

助け出せたとしても、安全な場所まで連れていく手段が無い。

 

王国からここ竜王国まで移動できるあの悪魔なら可能かもしれないが、現状の自分たちでは不可能だ。

 

そもそも、助けてもその治療や心のケアは自分たちにはできない。

 

自分たちはその段階はとうに乗り越えたからこその「陽光聖典」だ。

 

助けた後、あの悪魔が迎えに来るまで守りながら、後から来るかもしれない亜人に対応しろと?

 

無理だ。

 

正しく自殺行為だろう。

 

そもそも、あの悪魔が助けた村人をどうするかもわからない。

 

助けた方が、さらなる悲劇に突き落とす行為になったとしたら、助ける意味そのものが無い。

 

法国の人間なら、誰だって悪魔に嫌悪感を持つ。

それは、その性が邪悪なためだけでは無い。

 

人間に対して、信用がおけないからだ。

 

人間をただ苦しめ殺すだけでなく、堕落させて喜ぶのが悪魔という存在だ。

 

人間と相入れるはずが無い。

 

だから、あの悪魔が迎えに来ない可能性も考える。

 

あの悪魔が来なければ、自分たちは今ある荷物だけでやりくりをしなければならない。

 

水も食料も無尽蔵ではない。

助けた村人が多ければ、早々にこちらが潰れる。

 

非戦闘員を抱えていては、睡眠も食事も厳しくなる。

 

体力と判断力が落ちた戦闘集団など、素人と対して変わりはしない。

 

それでも――

 

「外で騒ぎを起こす。出てきた者から順次処分」

 

あの悪魔の思惑に乗ってやるわけにはいかない。

 

さぞ悪魔的な考えで自分たちをここに置き去りにしたのだろう。

 

ここで自分たちが村人を見捨てることは、理にかなっている。

 

ただし、それを選べばさぞやあの悪魔は手を叩いて喜ぶだろう。

 

ガゼフたち戦士団は、自分たちを蔑むだろう。

囮の部隊は、亜人相手に逃げる陽光聖典に、その「強さ」を疑うかもしれない。

 

自分たちが何もできなくても。

 

 

ここで無様は晒せない。

道義的にも、戦略的にも。

 

内輪に火を出すような真似はできないのだ。

 

困難であれど、亜人を殺し村人を救う。

 

最終的に助けられないとしてもだ。

 

◆◆◆

 

結果からすれば、ニグンの計画通りに事は済んだ。

 

一番の難敵が、突出しそうになるガゼフだったことは言うまでもない。

 

「弱き民を助ける」ことに固執するあまりに、全体を見る視点に欠けている。

何よりも、「自分が強い」ことに慣れすぎている。

 

結果、無理を押し通そうとしやすい。

 

実際、ガゼフであれば一撃でビーストマンを殺せた。

しかし、ガゼフだけを殺したいわけではないビーストマンは、ガゼフを避けて他へ向かってしまう。

それを助けるために、ガゼフが向かう。

それでは陣型の意味がない。

 

個人の武勇など、意味が無いのだ。

 

王国と帝国の戦争で、ガゼフ一人で戦況をひっくり返せないように、亜人との戦闘で助けた者を庇いながら戦うことなどできるはずがない。

 

ビーストマンにとって、ガゼフという存在の脅威など知らないのだから、いっそ弱い振りをして数を引き寄せてほしかった。

もっともそんな賢しい演技ができるくらいなら、貴族派閥からあそこまで嫌われてなどいないだろうが。

 

とにかく陣形を崩さないことに腐心した。

この苦労はなかなかに大きい。

 

救えた村人は僅かだ。

 

「救えた」というより、「戦闘が終わった後に、たまたま生き残っていた」と言うべきかもしれないが。

 

こちらの被害も甚大だ。

 

陽光聖典は信仰系魔法を修めており、治癒魔法を使える者もいる。

それでも戦闘後では、魔力が枯渇する。

 

結果、ポーションが底をついた。

 

愚かにも、自分に使わずに村人に与えようとした者がいたが、殴り跳ばしてポーションを振りかけた。

 

戦闘員の補充も無いこの状況で、既存の戦闘員が戦えない状況のままでいるなど、何の冗談だ。

自分(戦闘員)が戦えなければ、次の戦闘で誰が戦うというのだ。

そして、戦えない者が増えれば被害は拡大し、結果せっかく助けた村人も死ぬのだ。

 

例えば、薬師が患者を治すために無理をし、自分が病に倒れたら、誰がその後の患者を看るのだ。

 

優先順位を理解していないなど、本当に戦いに従事してきたのかと疑う行為だ。

 

それでも、こちらに死者が出なかったことが唯一の救いだ。

 

ポーションのおかげで、何とか一命は取り留めている。

 

戦闘能力は著しく落ちている者もいるが、いないよりは「まし」というものだ。

 

ニグンにしてみれば、囮の部隊から一人の脱落者(戦死者)も出なかったことが驚きだ。

 

とにかくもうすぐ夜になる。

 

野営の準備をしなければならない。

夜は亜人の方が完全に優位になる。

火も絶やせないし、警戒も怠れ無い。

増えた村人の分の食事も用意しなければならない。

交代で食事と睡眠をとりながら、半数は警戒にあたるべきだろう。

 

夜が明けても、夕方まで持たせなくてはならない。

 

食料は増えた人数から考えると、ぎりぎりだろう。

 

亜人の食料はいろいろ問題があって、あまり手を付けられない。

 

村の食料も亜人が手をつけ、残っていない。

 

自分たちの持参した携帯食料より、現地の食材を消費することを優先したのだろう。

 

全くもって正しい判断だ。

 

日持ちする食料と、現地の新鮮な食料。

先に消費するなら後者に決まっている。

 

その「新鮮な食料」に人間が含まれていることは今更だろう。

 

「現地調達」が戦闘と同義なところも、亜人との戦いが不利なところだ。

 

亜人は人間を食べるが、人間は亜人を食べないのだから。

 

余程に切羽詰まりでもしなければ。

 

そして、食べたとしても、味覚も気分も最悪になるのだ。

食べない方がましと思うくらいには。

 

村の食料は手に入らず、いつまでも村に留まっては亜人の援軍とはち合わせる可能性が出てくる。

 

収穫前の畑に、都合の良い実りは無い。

 

医療品を多少回収できたので、それを村人の治療にあてたが、どうなるか。

 

重傷者の二人は助かるまい。

 

自立できない以上、運ぶのは人手になるのだから、大変な荷物だ。

村にいた牛馬も、亜人の運搬用の馬も、手に入らなかった。

 

 

亜人は体力があり、現地での食料の調達が人間より簡単なためか、荷物が基本的に少ない。

荷物を運んできた馬や牛が食材に変わることもある。

 

だが、使っていた牛馬がいないのは、別の理由らしい。

 

侵攻のための伝令が、後方へ大勢の村人を連れていくのに使用したらしい。

 

つまり、この村にいたのは、あくまで先行部隊なのだ。

本隊は別にいることになる。

 

しかも、村の大部分の人間を「消費」するような数だ。

 

長居は無用だ。

 

 

と、陽光聖典なら説明は不要の「常識」だが、その他の者には説明をしなければならない。

 

当然、助け出した村人にも。

 

これが厄介だ。

 

家族を弔いたい。

――そんな時間は無い。

 

連れていかれた家族を救ってほしい。

――村にいた亜人の数相手でも戦力不足だ。

 

自分たちはどうなるのか。

――こちらが知りたい。

 

馬鹿正直に言うわけにもいかないために、説明にかなりの時間を奪われた。

とりあえず、竜王国の都市に向かうことにしているため、最初に悪魔と来た場所からかなり離れてしまっている。

 

悪魔が迎えに来ても、すぐには見つけてもらえない可能性も出てきた。

 

ニグンの心は重い。

 

◆◆◆

 

ガゼフの心は重い。

 

ここまで人間が人間扱いされない状況は初めてだ。

 

村に生存者を探しに入った時の衝撃は、今も尾を引いている。

 

食材として調理され、原型を留めていない人間の肉。

首を落として吊され、牛や豚のように解体された人体の数々。

調理に使われたらしき台の上に残された、髪がついたままの剥ぎ取られた頭皮。

剥がされた爪や皮膚、そして食べない部位の臓物などの残骸。

車座に座っていたであろう亜人たちの席の、中央の皿に残された大量の大小の骨。

綺麗に洗われ整然と並べられた、何かを塗られた小さな頭蓋骨たち。

 

正しく人は「食肉」として扱われていた。

 

こんな状況が「当たり前」に世界にはある。

 

ここは「王国」ではない。

王国民ではない者に、自分がしてやれることは無い。

しかし「法国」は、他国の「竜王国」を支援している。

それも毎年。

 

自国の民を消費する「王国」。

他国の民を救出する「法国」。

 

その法国に見限られる王国とは、どれだけ救いが無いと思われているのか。

 

自分が仕える王、ランポッサ三世は「良い方」だ。

 

それは絶対に揺らがない。

 

しかし――

 

「良い王」ではないのかもしれない。

 

それは酷く心を軋ませる現実だった。

 

◆◆◆

 

翌朝、何とか無事に夜を明かした「人間」の集団は、改めてまだ人間の領域である都市部を目指すことになった。

 

その前に、村にあったありったけの油を撒いて火を放つ。

 

後方から亜人が来ることがわかっている以上、残しておいても亜人の拠点に使われるだけだ。

 

人間の遺体も亜人の遺体も纏めて燃やす。

放置すればアンデッド化の可能性もあり、かといって、わざわざ埋葬している時間は無い。

 

それに火勢によって臭いが散れば、追っ手を少しは攪乱できるかもしれない。

 

そう、渋る村人を説き伏せた。

 

 

陽光聖典から一人が天使を召喚し重傷者を両脇に抱えて進む。

 

その扱いに異議を唱える者もいたが、自分が担いで行くのか言われれば黙った。

 

陽光聖典のニグンからすれば、召喚さえできれば十全に戦える天使を、一人とはいえ交代で魔力を減らす行為自体が納得できない。

 

それでも、最初に「見捨てない」選択をした以上、置き去りにすることはできなかった。

 

どれだけ不利益な状況に陥っているのか、見当もつかないが、今はあの悪魔が夕方に来ることを想定(期待)しつつ、行動を続けるしかない。

 

せめて、今日は亜人やモンスターの襲撃が無いことを神に祈るのみだった。

 

そして、大抵の祈りは届かない。

 

◆◆◆

 

襲ってきたのがモンスターであったのは、亜人よりましと思うべきか。

はたまた、こんなモンスターがいる方向に進んだ自分たちの運の無さを嘆くべきか。

 

単体であることだけが、唯一の慰めだろうか。

 

これで数が多かったら、全滅を覚悟するか、村人を放り出して逃げるかと、救いの無い選択しかなかっただろう。

 

それでも強敵に間違いは無い。

 

今の自分たちに、ポーションの控えは無い。

 

最悪を考えるべきだろう。

 

この布陣なら、最後まで残るのは陽光聖典だけだ。

 

そうなれば――

 

ニグンはそっと懐のクリスタルを押さえた。

 

対峙するモンスターは、強大な一体。

 

このモンスターを早急に倒さなくてはならない。

血の臭いを嗅ぎつけて、他のモンスターがやってこないともかぎらない。

モンスターどころか、亜人が追って来たなら、こちらが消耗してから漁夫の利をせしめようと画策するかもしれない。

 

戦闘中に、何者かの横槍が入らない保証など無いのだから、警戒は常に必要だ。

 

◆◆◆

 

ガゼフは目の前のモンスターのみに集中する。

 

周囲の警戒は陽光聖典に任せる。

自分たちが警戒しても、役に立たないからだ。

むしろ、周りに気を散らしては、目の前のモンスターのいい餌だろう。

 

道中にニグンの示した、これから起こるかもしれない事態の想定に、モンスターとの遭遇もあった。

 

そういった意味では、陽光聖典は人間以外との戦闘経験が豊富だ。

 

第三者の存在など、御前試合は当然だが、帝国との戦争でも考えたことはなかった。

 

そして、多数の場合、少数の場合の対応もお互いに協議した。

 

その想定の中では、かなり「まし」な遭遇だろう。

 

「逃げる」以外の選択肢が無い想定も多数あったのだから。

 

ガゼフが突出して、モンスターに切りかかる。

モンスターの反撃は、天使が受ける。

受け止めきれずに消滅する天使も多いが、ガゼフ(最高戦力)が無傷なら予定の内だ。

 

一番の攻撃力を攻撃のみに集中させる。

相手の反撃も周りへの配慮も思考の外でいい。

とにかく相手に出血を強いること。

早期に倒す事が最優先。

それが不可能なら、モンスターが逃げ出すように誘導する。

 

これだけ強力な個体のモンスターなら、後から追ってくるかもしれない亜人の足止めになってくれるかもしれないからだ。

 

「六光連斬!」

 

天使たちがモンスターの動きを止めたところを、ガゼフの武技が切りつける。

 

上がった威力と振るわれる回数により、モンスターの首は半ばまで断ち切られた。

 

「止めはいらん!時間が惜しい、即刻退避!」

 

モンスターとはいえ、倒した相手を苦しめる気になれず、止めを刺そうとしたガゼフに、ニグンの声がかかる。

 

見れば、村人はすでに先へ進みはじめている。

重傷者ほどではなくても、怪我人がいるのだから歩みは遅い。先を急ぐのは当然かもしれない。

 

「急げ。予定より時間がかかった」

 

ガゼフは己の倒したモンスターから離れる。

 

きっとこの感情も、この場では感傷にすぎないと思いながらも。

 

◆◆◆

 

怪我人を抱えての強行軍は、歩みが遅い。

 

それでも食事や休憩は必要だ。

そういった時間がじりじりと消費されていく。

 

日が暮れはじめたのを見て、ガゼフは唸った。

 

「無理か」

 

ニグンは後ろを振り向き、陣形を整えるように伝える。

 

暗闇という亜人に都合の良い戦場になる。

 

むしろ暗くなるのを待っていたのかもしれない。

 

そして――

 

「来てやったぞ、人間ども」

 

◆◆◆

 

自分たちの同胞を殺害した憎い人間たちを追っていたビーストマンたちは、己の全身が総毛立つのを感じた。

 

生存本能が、体に心に魂に、あらゆる手段で警戒を、いや警告を発している。

 

ただひたすらに「逃げろ」と。

 

 

その存在は、力の塊のようだった。

 

そこに存在するだけで、力の波動に物理的に押しつぶされそうな気持ちになる。

 

その存在が、ゆっくりと振り向いた。

 

「何だ、お前たちは」

 

憤怒の魔将(イビルロード・ラース)からすれば、ビーストマンなど、何万匹いようと物の数ではない。

 

ただ「炎のオーラ」を出したまま歩いただけで、ここにいるビーストマン全てを殺し尽くせる。

飛べばさらに早く多く殺せるだろう。

 

いや、すでに近くにいただけのビーストマンが数体、尻尾の炎に触れただけで業火に炙られたように爛れて絶命している。

 

その存在そのものが脅威だ。

 

「退避ぃ!!」

 

亜人は強者に敬意を示す。

いずれ自分が討ち取って名を上げる意味でも。

いつか自分が討ち取られる対象にまで強くなるためにも。

 

しかしそんな敬意とは無縁の存在に、逃げる以外の選択肢が存在する訳が無い。

 

蟻が敬意を示して、人間が受けとるか。

 

圧倒的強者が、足下に踏んでいる草に対してと変わらない目を向ける対象に、敬意を向けられて受け取るか。

 

受け取る意味が無いだろう。

等しく価値が無いのだから。

 

ここまで追いつめた人間たちを殺せないのは無念だが、あの炎を纏った強者が、自分たち(ビーストマン)より弱い人間を殺さないはずがない。

 

あの強者の獲物を狙う方が愚かだ。

あの人間たちに構っている間に逃げるのが、最善手というものだ。

 

 

それよりも問題なのは、あの存在が何故「ここ」にいたのかだ。

たまたまなのか。

あるいは、この近辺を縄張りとした存在なのか。

見たことの無い種族だ。

上に報告しなければならない。

 

最悪、この辺り一帯を避けて進軍するべきかもしれない。

 

畜産の動物が死ぬ病が蔓延しているのだ。

進軍は止められないが、そこであの存在を敵に回しては、ビーストマンの存続に関わる大問題だ。

 

後ろを振り向くこともできず、また、振り返らずとも目に焼き付いた強者の姿に恐れを抱きながら、ビーストマンたちは一目散に仲間の元を目指した。

 

◆◆◆

 

ビーストマンたちが逃げていく。

一斉に、秩序も無く、ただひたすらに。

 

この悪魔から遠ざかることだけを優先して。

 

正しい判断だ。

 

できることなら、自分も逃げたいものだ。

 

そうニグンは思った。

 

「逃げられれば」であり、逃げてもこの悪魔に殺されるか、戻ってきたビーストマンに殺されるかという、既に詰んでいる自分たちに逃げる先など無いのだが。

 

とりあえず、当面の危機は去った。

新たな危機が目の前にいるが。

 

◆◆◆

 

「あの蛙の悪魔が迎えにくるはずでは……」

 

「ヤルダバオト様だ」

 

ガゼフの問いに、迎えに来た悪魔、憤怒の魔将(イビルロード・ラース)が言葉を被せて言う。

 

「恐れ多くも、あの方の温情をもって生かされているお前たちが、敬称もなく呼んで良い方では無い。身の程を弁えよ」

 

この対応は憤怒の魔将(イビルロード・ラース)からすれば、随分と穏当なものだ。

 

これがさらに上の御方への無礼だったなら、問答無用でこの世の地獄を味わわせて、骨の髄まで身の程を教えてやったところだ。

召喚された魔将である憤怒の魔将(イビルロード・ラース)自身は会ったことは無い。

だが、召喚された者は召喚した者の記憶を一部共有するのだ。

召喚主であるデミウルゴスが忠義を尽くす御方々への忠誠は、召喚された憤怒の魔将(イビルロード・ラース)にもあるのだから。

 

「そ、それでヤルダバオト様は?迎えに来てくださるはずだったのでは?」

 

さすがに宮仕えの長いニグンは対応が早かった。

世の中には、逆らってはいけない相手というものが存在するのだ。

 

確かに悪魔は嫌いだ。

好きな人間など、法国には存在しない。

陽光聖典に所属する者なら尚更だ。

だからといって、機嫌を損ねて殺されても良いかといえば、冗談ではない。

 

ニグンはこんなことで死にたくなどないのだから。

それは他の者たちも同様だった。

 

「ヤルダバオト様はお忙しい。故に私が迎えに来たのだ」

 

鷹揚に答える悪魔が、全体を見回す。

いつの間にか、別の悪魔が二体、炎を纏う悪魔の後ろに控えている。

どちらも悍ましい姿で、強大な力を感じさせる存在だ。

 

「それで?減ってはいないようだが、代わりに増えた人間がいるようだが?」

 

「先ほどのビーストマンたちから保護した者たちだ」

「保護、だと?」

「彼らを安全なところまで連れて行きたいのだが……」

「だめだ。ヤルダバオト様をお待たせするような無礼は許さん。そやつらはこの場に置いていけ」

「しかし、それでは彼らは死んでしまう!見ての通り重傷の者が……」

「おい」

 

憤怒の魔将(イビルロード・ラース)の呼び掛けに、後ろに控えていた悪魔が応じ重傷者に近づく。

 

「た、助け……」

 

何をされるのか。

悪魔と呼ばれていた相手に、用無しと殺されてしまうのかと、重傷の二人は怪我以外の理由で蒼白になった。

 

「て?!」

 

一瞬で傷が癒える。

 

「これで良かろう。さっさとこの国の人間の元へ行くがいい」

 

「お待ちください!」

 

必死な声がした。

声の主は、赤ん坊を食材にされた母親だった。

 

「私どもは見ての通り、着の身着のままの状態です。武器も食料もありません。この場に置き捨てられては、どこかの集落に着く前に命がありません」

 

「それがどうした」

「その方々が、私どもを救ってくださいました。その働きに免じて、私どもに慈悲をいただけませんか」

 

「お前たちが何を勘違いしているかは知らん。私はこの人間たちを連れてくるように我が主に命じられたのみ」

 

「この方たちと同じ人間の誼で、どうか」

「そこが勘違いだと言っているのだ」

 

二体の悪魔を従えた、怒りを湛えた顔の悪魔が呆れた様に吐き捨てる。

 

「こやつらはわが主に逆らった罪人だ。これらの処遇は、これから主人がお決めになる」

 

「でしたら、貴方様のご主人様にお目通りを!直訴をお許しください!」

 

「お前たちは竜王国の人間だろう。竜王国の人間を連れて行くことはできない。人間の社会では「誘拐」というのだろう?」

 

「民を救ってくれない国に未練はありません。私どもは国を捨てる覚悟です」

 

女の言葉は、聞いていたガゼフの心を抉った。

 

民を守れない国を、民が見捨てる。

 

王国もそうなってしまうのだろうか。

 

徴兵されるくらいなら。

理不尽な扱いを受けるくらいなら。

降り懸かる災いから守ってくれないなら。

 

民は国を捨てて、別の国へと逃げていくのだろうか。

 

数人なら対処できるかもしれない。

 

それが万の単位で移動したら。

 

押さえられるだろうか。

留められるだろうか。

 

魅力の無い国に。

 

そもそも「王国の兵」とは「徴兵した平民」だ。

それらが反旗を翻したら、国はどうなるというのか。

 

今、目の前にある光景は、未来の王国の民が口にする言葉かもしれないのだ。

 

もちろん、国が機能しなくなれば、弱き者を虐げる者を取り締まる者さえいなくなる無法地帯となる。

 

そうなれば、人間社会に「人間による人間に対しての弱肉強食」が無秩序に再現されるだろう。

 

だが、そういう事態にならない限り、それが理解できない者もいることは事実だ。

 

例えば、目の前の女は、ただこの状況から逃げる手段として、悪魔と交渉している。

 

この悪魔が決定権を持っているわけでは無いことは、先の会話からも確かだ。

それでどうして逃げた先が今よりましになると思えるのか。

 

いや、「今」を最低だと思えば、どんな希望でも縋りたくなるのかもしれない。

 

悪魔に魂を売るとは、よく言ったものだ。

 

◆◆◆

 

女との交渉は、連れて行くことに落ち着いた。

 

生き残った村人一二名。

全員が同行に同意した。

 

曰く、ヤルダバオトの配下となる。

 

ヤルダバオトの意志に従い、ヤルダバオトの命令に逆らわない。

代わりに、ヤルダバオトは村人の命を保証する。

 

王国にも竜王国にもできないことを、悪魔が行う。

 

「人間が生きる」ことは、かくも難しい。

 

◆◆◆

 

「おや、よく戻りましたね。全員無事なようで何よりです」

 

まるで心から安堵したかのように、蛙頭の悪魔ヤルダバオトが出迎えた。

 

戻った場所は王国のカルネ村だった。

誰もいなかった村には、一〇〇人以上の村人が戻って生活を営んでいた。

 

「お前たちは先の説明の通りに」

 

竜王国に迎えに来た悪魔三体が恭しく頭を下げて、それぞれに散っていく。

 

さらに竜王国から連れてきた村人たちの元へは、カルネ村の村長が近づいて来た。

 

「私どもの村へようこそ。話は聞いています。大変でしたな。我々も余裕の無い状態ですが、命の危険だけは無いと言えますよ」

 

それこそが一番の望みだろう。

 

怪我人は全て悪魔に癒されて健常だ。

 

「村を代表して迎えます。しっかり働いて村の一員になってください」

 

村長に連れられて、新しい住人となった竜王国の人々が離れていく。

 

 

「さて」

 

ヤルダバオトと自分たち以外はいなくなると、ヤルダバオトの雰囲気が変わった。

 

「罪人のお前たちに、罪の清算をする機会を与えましょう」

 

楽しげに歌うように語りかけてくる。

その声に、言葉の内容に、恐怖が降り積もるような感覚を覚える。

 

「村を襲い、村人を殺した罪」

「国の重鎮として、民を救えなかった罪」

「人類の守り手と称しながら、私に下った罪」

 

指折り数えられる罪状。

 

「何より私の手を煩わせた罪」

 

 

ここにいる人間全てが理解することもできない、最大の理由。

デミウルゴスをナザリックから引き離した男が存在した時点で、この世界そのものが許し難い。

 

 

「これが一番良い方法だと確信しました」

 

ヤルダバオトの周りに現れる、複数の悪魔やアンデッドたち。

 

「お前たちのそれぞれの強さは、おおよそ把握しました」

 

「実験も済ませましたから、きっと大丈夫でしょう」

 

「取り憑きなさい」

 

悲鳴があがる。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

デミウルゴスにとって、この世界の全て憎悪の対象だ。

こんな世界が無ければ、自分はナザリックから離れずにすんだのだ。

 

早く帰らなければ、戻らなければならない。

そう気は急く。

 

だが――

 

帰った自分を迎え入れてくれるのかどうか。

 

戻った自分の居場所は残されているのか。

 

もう、自分の後任が作られていて、至高の御方々からこう言われるかもしれない。

 

「どうして帰ってきた」

「帰ってこなければよかったのに」

「どこへなりと行って帰ってくるな」

 

そう

 

「もう、お前はいらないんだよ」

 

と。

 

恐ろしい想像だ。

 

それは自分の全存在の否定。

 

いや――

 

存在理由の消失だ。

 

至高の御方々に必要とされない自分に、何の意味が価値があるというのか。

 

一つの世界を手中に収め、未来永劫自分の欲望の限りをつくし、悪魔的嗜好を満足させることができること。

 

ナザリックで至高の御方々のために死ぬこと。

 

どちらを選ぶかと言われたなら、一瞬の迷いも無く後者だ。

 

どれほどの宝の山があろうとも、それを捧げる相手がいなければ、それは全てゴミの山だ。

ナザリックに、ひいては至高の御方々に貢献できないなら、何の為に存在するというのだろう。

 

 




◆戦士団の難度

クライムが一〇レベル前半らしく、戦士団が少し劣る程度と五巻でガゼフが考えているので、
3×10=難度30は少数
陽光聖典はくがねちゃんのツイートで、レベルが二〇くらいらしいので、
3×20=難度60としています。

クライムがゴブリンリーダーより強いとは思えないので。


◆ガゼフとニグン

こちらでは、カルネ村で戦士団と陽光聖典の戦闘が無くなったために、そこまでいがみ合っていません。
もちろん、村人を殺して回った集団の仲間なので、いい感情は全くありません。


◆上位転移(グレーターテレポーテーション)

九巻でフールーダがジルクニフを連れて転移で逃げる話をしているので、転移は個人用では無いと判断。
上位転移は第七位階で、フールーダが使用する転移より人も距離も上だと考えます。
そして、ダンジョンには複数チームで同時攻略が必要なものもあるそうなので、それなりの人数を運べるのではないかと考えています。
同時攻略系ダンジョンは珍しくないらしく、低レベル向けにもあると思われ、低レベル帯では魔力も乏しい可能性を考えると、一人が複数の移動を受け持つ可能性もあるのではと考えます。
原作での明記が無いので、独自設定となります。


◆ポーション

陽光聖典がポーションを複数所持しているのは一巻で記載があるのですが、アインズが陽光聖典を倒した後に、カルネ村で会ったガゼフは傷だらけのままだったので、ポーションは所持していないと考えます。

五巻でクライムがポーションを持っているのが破格の扱いだと納得です。


◆ガゼフ

この話の前半の段階のガゼフは、原作と異なり陽光聖典と戦っていないので、自分が突破できない包囲網を経験していません。
五巻で言っていた「自身の未熟を思い知る」状況を経験していないので、包囲されても帝国との戦争で「四騎士の内、二人を倒して敵陣から撤退する」ことが可能だったことから、まだ油断や慢心が多少あります。
敵を低く見ているのではなく、想像できる強い敵の上限がまだ低い状態です。

前:自分が敵わない
後:単体で国を滅ぼす


◆ビーストマンの侵攻

原作ではまだ竜王国へ侵攻した理由が描かれていないのですが、リザードマンが七部族から五部族へ減った争いと同じ「食料難」から侵攻していることにしました。
独自設定です。


◆ビーストマン

同じ旅人でも、WEBではザリュースは知っていて、ゼンベルは知らないくらいには、悪魔という存在は一般的ではないのかもしれないと考えました。
もしかしたら、知っている者は知っている、知らない者は全く知らないの二極化かもしれません。


◆カルネ村+α

自分たちを殺そうとした囮の部隊も、その仲間である陽光聖典も憎悪の対象です。
助けに間に合わなかった王国戦士団も、好意を向けるほどではありません。
結論 どうなろうと、知らぬ存ぜぬ、無関心 です。


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IF NPCが一人 デミウルゴス 3

IFであり、独自設定があります。
説明が多いです。


 

リ・エスティーゼ王国の戦士団とスレイン法国の囮の部隊と陽光聖典たちを竜王国へ送り出した後、デミウルゴスは避難させていた住民全員をカルネ村へ戻した。

 

他の村の住人も同様だ。

希望者は近くにある城塞都市、エ・ランテルへ向かうことも検討していたが、カルネ村で親を亡くした子も含めて、全員がカルネ村に留まることになった。

 

曰く――

 

助けに来てくれないような王国の行政に頼るのは不安が大きい、ということだ。

 

他の村の生き残りも、街で貧民や難民として扱われるだろうことを思えば、生まれ育った村ではなくとも、同じ苦難を受けた者同士で協力した方がいいという。

 

カルネ村も、減った人数(労働力)を補う意味でも、移住を歓迎した。

 

ヤルダバオト(恩人)が助け出した存在なら、同じ境遇の存在だ。

それに、同じような辺境の村の出身者なのだから、村での生活にも慣れているはずだ。

 

なまじ、街からの移住者だと、慣れるまでに時間がかかる上に、生活習慣の違いから元の住民と軋轢を起こすこともある。

 

そういった心配のない相手なら、住民の3割ほどを失ったカルネ村としては、諸手をあげて歓迎する相手だ。

彼らは着の身着のままの状態ではあるが、カルネ村も人手が減っては農作物の世話や収穫に支障が出る。

 

カルネ村の中でも生き残った者が子供だけ片親だけ、という家庭もあるため、簡単に家や畑を分配するわけにはいかない。

 

それでも、畑からの実りを収穫するには人手が必要だ。

 

これを疎かにしては、冬を越すことさえ困難となってしまう。

 

細かい取り決めは後にできるが、畑の世話を後回しにはできないのだ。

 

もちろん、大まかな取り決めは必要だ。

移住者の住居や畑の割り振り、親を亡くした子への支援の分担。

とにかく、手が足りないのが現状だ。

 

増えた人数が減った人数より少ないとはいえ、住む場所の問題もある。

 

家族が減った(死んだ)から同人数を住まわせる、などのことが心情的にもできる訳がない。

 

 

そんな村の窮状に対し、デミウルゴスは提案した。

自分(ヤルダバオト)のことを秘密にすること。

そして自分の活動に協力するなら、復興の手助けをすることを約束した。

 

最初の手助けとして、悪魔やアンデッドを労働力として貸し出した。

 

それらは、他の襲われた村やスレイン法国の囮の部隊の死体から作られているが、「材料」をわざわざ説明する必要もない。

 

墓穴掘りに下位の悪魔の手を借りたカルネ村の住民も、ここ数日生活を共にしていた他の村の生き残りも、さほどの異論は無かった。

 

 

むろん、デミウルゴスはただの口約束が守られるとは、欠片も思っていない。

 

時間や状況の変化によって考えは変わるものだ。

口にするつもりが無くとも、うっかり口を滑らせるなどということもあり得る。

さらに、自分の様に魔法や脅迫という手段とてあるだろう。

ゆえに、見張りの悪魔もつけておく。

それも村人に言うつもりも無いが。

 

 

デミウルゴスは手の中のアイテムをくるくると回した。

 

それは「叡者の額冠」と呼ばれるアイテムだ。

 

ガゼフたち王国戦士団と、ニグンたち陽光聖典との諍い(罵りあい)の際、覗き見してきた存在から奪ったものだ。

 

正しくは、情報収集魔法に対する防御魔法「深遠の下位軍勢の召喚(サモン・アビサル・レッサーアーミー)」によって召喚された「手癖の悪い悪魔(ライトフィンガード・デーモン)」によってもたらされたものである。

 

他の者(人間)は気付かなかったようだが、こちらを監視する者がいたのだ。

 

「覗き見」を警戒し、自分も含め召喚した悪魔やアンデッドに対情報系魔法を展開させて警戒を怠るような真似はしていなかった。

さすがに相手が敵対者か、たまたまの観測者かの区別がつかない状況で攻撃系魔法を使用するのは憚られたために、相手の持ち物から情報を得る目的もあっての、この魔法の選択だった。

 

持ち物を奪うだけなら、相手が敵対者で無かった場合には「覗き見」に苦言を呈した上で返却すれば良い、との判断だったのだ。

 

しかし――

 

「まさか着用者から外すと発狂するアイテムとは」

 

その声には憐憫がこもっていた。

相手に申し訳ないというより、そんなアイテムに頼らなければ高位の魔法を使用することができない者たちに憐れみが沸く。

 

それでも、これはユグドラシルでは見たことのないアイテムだ。

 

使える者が限られることを考えると微妙アイテムだが、「希少(レア)」であることに違いはないだろう。

 

「使用者の方も手に入れることができれば良かったのですがね」

 

残念ながら「手癖の悪い悪魔(ライトフィンガード・デーモン)」が奪えるのは「アイテム」のみだ。

使用者ごと連れ去ってくることはできない。

 

「覗き見」の相手が、敵対者なのか第三者なのかは、現状では不明だ。

 

使用者が発狂してどうなっているのか。

生きていれば回収して実験に使いたいところだ。

死体でも支障はない。

 

蘇生実験で、村人でも第九位階魔法の「真なる蘇生(トウルー・リザレクション)」でなら復活させることが可能なことは確認済みだ。

 

それに、もしかしたら発狂した者を元に戻す手段があるからこその、このアイテムかもしれない。

 

このあたりは調べておくべき案件と心のメモ帳に記入する。

 

このようなアイテムを使用していた集団なら、他にも希少(レア)アイテムが期待できるかもしれない。

 

デミウルゴスは周辺国家や隠れた集団をくまなく探索しようと決めた。

 

もしかしたら、個人で知らずに所有している者もいるかもしれない。

 

竜王国へ送った集団の持ち物も、一度精査した方が良いだろう。

 

「手癖の悪い悪魔(ライトフィンガード・デーモン)」が持ち帰った他の品々には、鎧や指輪、使い古された硬貨などがある。

これら、特に硬貨や統一された鎧の紋章などを調べればどこの国の物かくらいはわかるだろう。

 

やるべきことは多い。

 

デミウルゴスは新たな配下を求めていた。

 

 

 

捕らえた一二〇人余りを竜王国へ送り出してからも、デミウルゴスは実験を繰り返していた。

 

彼らには、監視用の悪魔を数体つけてある。

囮の部隊の死体から作り出されているので、よほどの事態でも起きない限りは消える心配はない。

あの集団が移動したとしても、見失うこともない。

 

 

 

カルネ村からもっとも近い街、エ・ランテルの近郊で野盗の塒を発見したので、そちらも有効活用した。

 

犯行の最中に確保したので、問題は無いだろう。

モンスターでなくとも、犯罪者は討伐対象になるという。

 

襲われた集団は、女二人を残して全て殺されてしまった。

生き残っていても使い道が無いので、助ける予定も無かったが。

女二人と、野盗の塒にいた女たちは石化して保管してある。

 

いずれ何かに使えるだろう。

実験に使っても良いし、人手の足りないところに補充しても良い。

 

野盗の塒は、中の物を根こそぎ持ち出した上で、落盤を起こさせて埋めておいた。

 

これで、野盗の探索は難航するだろう。

被害者共々、行方不明から生死不明だ。

 

野盗の死体も被害者の死体も、きちんと有効活用して、残す(発見される)ような真似をするつもりはない。

 

それなりの金銭とアイテム、そして日用品が手に入った。

 

残念ながらマジックアイテムなどに、特筆すべき物は見あたらなかった。

しかし、奇妙なことがいくつもあった。

 

彼らが使用するポーションは、全てが青かったのだ。

 

ユグドラシルにおいて、ポーションとは赤いものだ。

 

陽光聖典がポーションを所持していることは把握していたが、装備を一つ一つ点検するまではしていなかったのは、考えが甘かったのかもしれない。

語る言葉が口の動きと連動せず、音ではなく意思の疎通が行われることも含めて、差異はこんなところにまで存在したのだ。

 

道具鑑定(アプレイザル・マジックアイテム)や付与魔法探知(ディテクト・エンチャント)をさせてみれば、効能としては低位のマイナーポーションと変わらない。

しかし、ユグドラシルで一般的に使用されているポーションと異なり、保存(プリザベイション)の魔法がかけられているのだ。

劣化する消耗品(ポーション)など、デミウルゴスは聞いたことがない。

 

つまり、この世界の技術では、製造工程に保存という一手間をかけなければならないということになる。

 

これを、劣っていると考えるか、低レベルで同じ性能を引き出したと見るかは、対象にもよるだろう。

 

例えば、ユグドラシルではポーションであれ、巻物(スクロール)であれ、作成するにはユグドラシル金貨をそれなりに消費する。

 

だが、このポーションの販売代金は、この世界のお粗末で質の悪い貨幣で金貨一枚と銀貨一〇枚だという。

 

さらに、たかが第一位階の巻物(スクロール)も、同様に金貨一枚と銀貨一〇枚だという。

 

販売価格が作成費用より安いということはないはずだ。

つまり、この青いポーションや第一位階の巻物(スクロール)はおそらく金貨一枚かそれ以下の費用で作成されていることになる。

 

ユグドラシルの基準からすれば、ずいぶんと安い金額だ。

そもそもユグドラシルに、金貨以外の通貨は存在しないのだから。

 

それでも、この世界の価値観としては、そうとうに高額であるらしい。

 

野盗から聞き出した情報だが、奪った物を売りさばくこともある彼らの相場感覚は、少なくとも王国内では確かなものだろう。

 

そもそも、金貨一枚の価値が違いすぎるようだ。

ユグドラシルでは、最低価格は金貨一枚だが、この世界では金貨の下に、銀貨や銅貨というさらに価値の低い貨幣が存在するという。

 

ユグドラシルでは、金貨一枚でできることなどほとんど無い。

だが、この世界では、人間の街で数日を金貨一枚で暮らすことができるらしい。

 

しかも、ユグドラシル金貨はこの国の金貨の二倍の重さ(価値)なのだ。

 

とんだ価格破壊である。

 

現状、デミウルゴスに新たにユグドラシル金貨を含めたユグドラシルのアイテムを手に入れる手段は存在しない。

 

つまり、手持ちのアイテムの補充が不可能ということになる。

 

手に入るのが、この世界で作成された低レベルなアイテムしかないとなれば、そのアイテムを自分というユグドラシルの存在が問題無く使用できるのかも、検証しなければならない。

 

そして、この世界のアイテムを自分が使用できないなら、代わりに使用する者の確保を。

使えるなら、それを取得する手段を確立しなければならない。

 

「小鬼将軍の角笛」で呼び出したゴブリンたちが下した、この世界のゴブリンやオーガは、そういったアイテムを作成・使用する技術を持っていない。

 

この「トブの大森林」と呼ばれる場所に縄張りを持つ者たちを調べているが、近隣の亜人種たちはそういった文明を持っていないようだ。

 

となると、最初に所有していた人間の国に、この技術が存在することになる。

ユグドラシルであれば、それぞれの世界ごとに、人間種の街、亜人種の街、異形種の街が存在するが、この世界ではどうなのか。

 

ユグドラシルとの違いは、こんな所にも存在する。

 

この世界に来た当初から、自身の魔法やスキルが問題なく使えていたために疎かになっていたが、正しくここは「異世界(ユグドラシルではない)」なのだ。

 

そういった技術を持つ者も、確保したいところだ。

 

王都では第三位階までの巻物(スクロール)を売っているらしいが、それ以上となると王国には存在しないらしい。

 

ユグドラシルでは、よく使われる魔法は第八位階からだ。

 

低位を使わないこともないが、売っていない物であるなら、作り出せる存在がいた方が問題がない。

 

なにしろ、第一位階の巻物(スクロール)さえ、高額な買い物とされるという。

 

費用もさることながら、身元を確認されるようなことがあれば厄介だ。

 

それくらいなら、職人を囲い込んでしまった方がいいだろう。

 

問題は、そういった職人をどのように囲い込むかだ。

 

これは対象によるだろう。

 

金銭でなびく者もいるだろう。

知識で釣られる者もいるかもしれない。

あるいは、単純に力で脅すか。

もしくは、カルネ村のように恩を売るか。

 

国に仕えているだろう、竜王国に送り出した集団が戻ったら、そういった情報を聞き出すことも考えるべきだろうか。

 

懐柔できる相手ならよい。

いなくなって問題の無い相手なら尚よいのだが、それは都合がよすぎる考えだろう。

 

そもそも、ユグドラシルと同じ技術を用いているのかさえ、現状では不明なのだ。

 

全く違う技術。

全く違う材料。

全く違う製法。

 

ここは「異世界」なのだ。

 

デミウルゴスは、まだまだ情報が足りないと実感する。

 

 

ここまでの情報に野盗は役に立った。

 

陽光聖典の装備を「お粗末」と考えていたが、この世界では破格の装備だったようだ。

 

裕福な者を襲い、その所持品を奪い、自身の装備を購入する野盗の持ち物にも、陽光聖典ほどの装備を持つ者はいなかった。

 

レベルの低さも犯罪者の集団であることも考えれば、この野盗は使い潰しても惜しくない集団だ。

 

あのスレイン法国の囮の部隊にできなかった実験が、十分にできるのだ。

 

 

 

野盗に関しては、七〇人以上いたというのに、実験を生き残った者がたった一人しかいなかったことは残念であると同時に、デミウルゴスの認識を新たにした。

 

カルネ村で捕らえた三つの集団は、最低限使える集団でもあるということだ。

 

それでも、七〇人以上の人間を「三回の質問で死ぬ」危険を考慮せずに使えたのだ。

 

復活や治癒、そして「材料」としてにせよ、きちんと有効利用できたことは喜ばしい。

 

結果的に、刀を使う男一人だけしか残らなかったが、実験としては十分な成果を得られたと言えるだろう。

 

その男には、別の仕事を任せてある。

 

こちらも成果を期待したいところだ。

 

 

◆◆◆

 

 

ここまで実験を進めて、デミウルゴスは手駒の選定に悩んでいた。

 

デミウルゴスの特殊能力は、「召喚」がほとんどを占めている。

 

「召喚」できる存在は、悪魔やアンデッドなどが主体だが数も種類も多い。

 

だが、この「召喚」された者は、新たに「召喚」することができない。

 

つまり「手駒」を増やすことができないのだ。

 

 

「召喚」された者でも「創造」や「作成」ができる者なら手駒を増やすことも可能となる。

 

すると今度は「召喚する者は創造や作成ができる者」に限られてしまう。

 

だが、そもそも「召喚」によって呼び出した者は、憑依能力がある者でなければ、この世界に存在し続けることができない。

 

結果、「召喚する者は憑依能力があり、創造・作成ができる者」とさらに範囲が狭まってしまうのだ。

 

最初は「憑依」能力のある存在を多数召喚して増やせばよいと考えていたのだが、思った以上にこの世界の存在は脆弱で、憑依に耐えられる依代として使える存在が少ない。

 

実際、すでに憑依させることに成功したスレイン法国の囮の部隊は、かなり低位の存在しか憑依させることができなかったのだ。

 

その低位すら憑依できずに、二〇人近くが死んでしまったのだが。

 

今考えると、惜しいことをしたと思わなくもない。

 

やはり、簡単に殺しては後々利用ができないことを考えると、安易に殺すことは避けるべきだろう。

 

野盗を囮の部隊より先に確保できなかった状況が、デミウルゴスには残念でならない。

 

それでも、使い潰しを気にせずに「使用」できる存在はありがたかった。

野盗の集団、もとい傭兵団「死を撒く剣団」は傭兵とは名ばかりの「犯罪集団」であり、スレイン法国は「人間至上主義」を掲げる、ナザリックにとって「潜在的な敵」なのだから。

 

 

これで、スレイン法国の囮の部隊や捕らえた野盗などで、一〇〇人ほど生きた人間を実験で消耗してしまった。

 

弱い存在では憑依した悪魔に耐えきれず、死亡したり自我が崩壊してしまうのだ。

 

それでも、レベルにして一〇以上あれば、何とか依代としての使用に耐えた。

 

 

 

無論、召喚以外の方法も考えている。

 

例えば、至高の御方々のまとめ役であるモモンガなどは、種族的特殊能力で、上位・中位・下位のアンデッド創造があり、職業(クラス)レベルから、アンデッドの作成・支配・強化がある。

 

魔法に依らずとも、亜人種・異形種はこういった能力を得ている。

 

種族的特殊能力や職業(クラス)レベルとしてデミウルゴスも、「作成」や「創造」が可能だ。

 

しかし「デミウルゴスが作成・創造できる者」の中に、「創造・作成ができる者」が少ないのだ。

 

現在、デミウルゴスが安心して仕事を任せられる存在は、限られている。

 

現地の者を媒介とし、存在を継続することが可能な者ということだ。

 

なぜなら、召喚したばかりの者は、召喚者の大まかな知識は共有していても、詳しい情報は知らない。

 

これは、これからの行動には、致命的な欠点となる。

 

だからといって、存在できることを優先するあまり、使用目的に適さない者を生み出しても無駄というものだ。

 

現状では情報収集を主な活動としているというのに、戦闘特化な者や知性の低い者を増やしても意味がない。

 

例えば、隠密行動をさせたいのに、精神操作系や幻術など隠蔽に適した能力を持たない手下を作ってどうするのか。

 

要所要所に適切な配置を心掛けなければならないのだ。

 

つまり、ただ存在を確立させるだけでは意味がない。

「使用目的」に沿った存在でなければ、わざわざ憑依や作成に拘る意味がなくなる。

 

状況に適した僕を作ることに、デミウルゴスは悩んでいた。

 

いっそ、そういう能力を持つこの世界の存在を浚ってきて、憑依させた方が早いし楽かもしれない。

 

その考えも、いなくなって問題の無い後ろ暗い存在を探さなければならない、という手間が生じる。

 

都合よくそんな存在がいたとしても、レベルが低ければ「憑依」に耐えられず、レベルが高ければ、今度は見つけ出し捕らえることの方が困難だ。

 

これらの問題をどう解決するのかが、現在のデミウルゴスの課題となっていた。

 

 

◆◆◆

 

 

悪魔を呼び出す。

 

この悪魔は非実体の存在だ。

 

レベルは四〇台後半。

 

その悪魔を目の前にいる存在に憑依させる。

 

弱い存在では肉体や自我が崩壊してしまうが、この存在なら何とか保ちそうだ。

 

 

◆◆◆

 

 

竜王国から戻ってきた集団の持ち物で、デミウルゴスの気を引いた物は二つ。

 

ガゼフ・ストロノーフのはめた指輪。

ニグン・グリッド・ルーインの持つクリスタル。

 

ニグンの持つクリスタルはデミウルゴスにも見覚えがあった。

ユグドラシルにもあった「魔法封じの水晶」だ。

 

込められている魔法は第七位階が使える天使の召喚とお粗末な代物だが、この世界に「ユグドラシルの物」があることで、デミウルゴスはユグドラシルの存在がこの世界に来ることが「ありえること」だと確信した。

 

つまり、自分と同じような存在が他にもいる可能性が高まったということだ。

 

 

そして、ガゼフの持つ指輪。

 

これはユグドラシルではありえない物だった。

さらにこの世界でも珍しい物らしい。

 

製法がわかれば尚良いと思ったが、残念ながら持ち主のガゼフも知り合いから譲り受けた物で、経緯も詳細も知らないという。

 

残念なことだが、これ(指輪)を作る能力を持つ者がこの世界に存在することがわかったのだ。

 

他にもこういったアイテムがあるかもしれないことを考えれば、今知ることができたのは行幸だ。

 

作り手の存在にも留意しなければならないだろう。

 

できれば手に入れたい技術だ。

 

きっとナザリックの役に立つ。

 

 

 

ニグンの持っていた「魔封じの水晶」は、デミウルゴスが回収した。

 

法国が監視をするとしたら、この水晶を「発見(ロケート)」していた可能性が高い。

 

それでも、陽光聖典の言葉を信じるなら、第八位階の「次元の目(プレイナーアイ)」を発動させるには、「叡者の額冠」というアイテムと、その使用者となる巫女姫と呼ばれる存在が必要不可欠だという。

 

デミウルゴスに「叡者の額冠」を奪われたことにより、スレイン法国がもはや第八位階の魔法を使えないかというと、そうでもないらしい。

 

「らしい」というのも、「叡者の額冠」は複数あるということ。

そして、その正確な数を陽光聖典の隊長であるニグンでも、把握していないからだ。

 

それでも、巫女姫となる資質は百万人に一人という割合から、次の巫女姫がすぐに用意できるかは不明だという。

 

もしかしたら、すでに次の「巫女姫」は選定されているかもしれない。

予備の「叡者の額冠」があるかもしれない。

 

すべてが「予想」でしかないが、「絶対」ではない以上、その対策も用意しておくべきだろう。

 

「魔封じの水晶」に込められていた魔法で召喚できるのは、「威光の天使(ドミニオン・オーソリティ)」だ。

 

この「第七位階が使える魔法の最高位階」という天使が、なぜ「最高位天使」と呼ばれるのか、デミウルゴスには不可解だった。

 

デミウルゴスが召喚で呼び出す八十レベル台の魔将でも、第十位階の魔法が複数使えるのだ。

第七位階が最上級の魔法など、ナザリックの戦闘メイド・プレアデスの一人、ナーベラル・ガンマが使用できる魔法より低い。

 

そんな存在を「最高位天使」と言われても、デミウルゴスには理解ができないが、もはやこれも「そういうもの」と納得するしかないのだろう。

 

 

◆◆◆

 

ガゼフ・ストロノーフ。

 

リ・エスティーゼ王国が誇る、近隣諸国最強の王国戦士長。

 

そのレベルは、おそらく三〇に近いだろう。

 

「支配の呪言」にあらがえない時点で、四〇レベル以下であることは確定していたが。

 

同様に、ニグン・グリッド・ルーイン。

 

スレイン法国の特殊部隊、六色聖典の内の一つ、陽光聖典隊長。

 

この世界では希有な第四位階まで使いこなせる強者。

 

それでも、ガゼフと同様に四〇レベル以下だ。

 

しかし両者共に、四〇レベル台後半の召喚悪魔の憑依に耐えたことは、この世界のレベルの低さに辟易し、手の足りないことを嘆いていたデミウルゴスからすれば、賞賛に値した。

 

ようやく、この世界のことを本格的に調べることができそうだ。

 

なにしろ、悪魔やアンデッドを人間の街に侵入させ、情報を得るのは困難だと、救った村人の最初の反応からも明らかなのだ。

 

このような事態になって、改めてナザリックの偉大さを痛感する。

 

あの場所には全てがあった。

あらゆる技能を持つ者が、効率よく様々な手段と手札を持ち、それぞれがそれぞれを補う形で万全の状態を維持していたのだ。

 

例えば、恐怖公がいれば、隠密性に長けた数多の手勢を使うことができただろう。

 

例えば、友人でもあるコキュートスがいれば、前衛に不安なく自分は後衛として手腕を発揮できただろう。

 

例えば――

 

しかし、ここには自分しかいない。

 

自分の能力は後方支援型であり、直接の戦闘能力は他の守護者に及ばぬどころか、直属の配下にすら自分より戦闘能力が高い者がいた。

 

故に、現状はかなり行動に制限がある。

 

行動にも手段にも、あらゆる面で慎重さが求められるだろう。

 

だからこそ、ガゼフ・ストロノーフとニグン・グリッド・ルーインは貴重な駒だ。

 

二人には憑依した悪魔がこの世界で魔神と呼ばれる存在程度には強いと教えた。

魔法封じの水晶の魔法から召喚される、魔神を単体で倒したという天使でも、最大で第七位階の魔法までしか使用できないからだ。

 

そして、憑依していなければ帰還してしまうことは教えていない。

 

ただ、こちらの要望通りに行動しなければ、その悪魔を解放すると伝えた。

 

「そうなればどうなるかは、想像に任せましょう」

 

完全に二人は、悪魔が解放されれば、この世に二〇〇年前の地獄が再現されると思い込んだ。

 

その一方で、自分(ヤルダバオト)が元の世界へ帰る方法を探していることを伝えた。

 

内容は、カルネ村の村長に話したものと同じだ。

 

◆◆◆

 

ガゼフは、自分の力がこの悪魔(ヤルダバオト)を止めるには遠く及ばないと自覚した。

貴族を相手にするよりも、厄介で難解な強大な相手だと。

 

 

ニグンは、どうあがいてもこの悪魔には勝てないと理解してしまった。

そして、ニグンは死にたくなかった。

見栄も矜持も、最悪は信仰さえもかなぐり捨て、生にしがみつきたかった。

 

 

「私を裏切らず、その悪魔の言う通りに行動するなら、命は取らないと約束しましょう」

 

 

◆◆◆

 

 

捕らえた全ての人間に悪魔やアンデッドを憑依させた。

 

実験の賜物だろう。

 

竜王国から戻った一二〇人弱。

囮の部隊の三十人弱には既に憑依させていたが、残りの一〇〇名近くにも、問題なく悪魔やアンデッドを憑依させることができた。

 

 

これにより、手駒として使える人間が総数として一二〇人強となった。

 

憑依させた悪魔やアンデッドのレベルは一五から四十後半程度。

 

囮の部隊で十五~三〇レベル。

戦士団で十五~三〇レベル。

陽光聖典で三〇~四〇レベル。

 

囮の部隊は最初に弱い人間の振るい落としが済んでいたために、そこからおおよそのレベルを把握したのだ。

 

当然ながら、レベルが上がるほどその比率は下がってしまう。

 

四〇レベル台後半を憑依させることができたのは、僅か三人だった。

憑依に耐えられたのは、次の三人だ。

ニグン・グリッド・ルーイン。

ブレイン・アングラウス。

ガゼフ・ストロノーフ。

 

ニグンには戦闘系の悪魔を。

ブレインには探査系のアンデッドを。

ガゼフには精神系の悪魔を。

 

それぞれに憑けることができた。

 

 

◆◆◆

 

数日、全員の状態の確認をした上で、問題なしと判断したデミウルゴスはそれぞれに指示を出す。

 

まず、ガゼフたち王国戦士団には、王都へ戻り国には次のように報告を出すように命じた。

 

死んだ囮の騎士の鎧をいくつか持ち帰り、それを以て国境を荒らしていた集団の排除は完了したものとする。

しかし、騎士たちがバハルス帝国の存在と決定付ける確証は無く、正確な正体は不明。

襲われた四つの村は壊滅した。

生存者は無し。

カルネ村で騎士たちを討ち取ったが、カルネ村でも多数の死傷者を出し、村としての機能は著しく低下。

 

通常業務をこなしながら、ヤルダバオトの指示に従うこと。

 

ガゼフや戦士団に、取り憑いた悪魔やアンデッドのことは隠してはいない。

むしろ騒ぎ立てれば、体を乗っ取り暴れ回るだけだと通達してある。

さらに個個人に、「作成」された隠密系のモンスターをつけた。

王国の情報を収集するためであり、戦闘系の者は少ない。

 

 

基本的に、ガゼフは王都に戻り、「ヤルダバオト」の隠蔽と「事後処理」。そして王国内の足掛かり。

通常通りに過ごしながら、ヤルダバオトの指示に従う方針だ。

 

指輪の前の持ち主が何処にいるのかも、併せて探すように命じてある。

 

 

 

 

スレイン法国の囮の部隊や、陽光聖典はここで行方不明となってもらう。

 

囮の部隊は装備を剥奪し、簡単な装備でエ・ランテルに向かわせ、そこで冒険者登録をさせる予定だ。

四、五人ごとに六つの班に分け、そこに陽光聖典から各一名を魔法使いとして組み込む。

弱い者、使えない者を優先的に実験で消費したため、残った者はレベルが一〇前後であり、この世界では精強と言ってもよい部類だ。

もともとバハルス帝国の騎士に扮装するために、そこそこの者が集められていたのだ。

これらには、法国が知らない情報集めを行わせる。

 

陽光聖典も囮の部隊も、身元を隠す手段として、簡単な変装手段を有している。

エ・ランテルでの活動や、風花聖典の探索に、そうそう身元が割られることはないだろう。

 

陽光聖典の四五人中六人が冒険者として囮の部隊と行動を共にする。

 

残り三九人は、トブの大森林で探索を行うことになる。

 

 

ニグンは残った陽光聖典と共に、トブの大森林の探索。

 

 

 

ブレインは、裏社会で浚っても問題のなさそうな存在の調査。

 

 

 

 

逆らっても良いのだ。

 

その時は、生きた状態から死んだ状態で利用するだけのことなのだから。

 

それとも精神を破壊して、生きているだけの肉体となっても、何の問題も無い。

 

生かしてあるのは、この世界で怪しまれない程度の行動を心掛けているから。

それだけである。

 

「裏切る覚悟があるなら、いつでもどうぞ」

 

ヤルダバオトはそれぞれ別途三人に、まさしく悪魔らしくそう言った。

 

何を企もうと、憑依した悪魔たちに筒抜けなのだ。

 

そしてヤルダバオトの命令を優先して行動するように、強制するだけの力を持っている。

 

ブレインは早々に諦めた。

ニグンは死の恐怖に屈した。

ガゼフは王国の不利益になる時は自害しようと、心に決めた。

 

それぞれがそれぞれの思惑や覚悟と共に動き出した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

デミウルゴスは必死に心を押さえつける。

 

大丈夫だ。

 

まだ、弁明の余地はあるはずだ。

 

自分がここにいるのは、自分の意志では無い。

 

無理矢理の召喚によるものだ。

 

自分が自分の意志で召喚に応じたわけではない。

 

ナザリックから離れたのは、決して自らの行動ではないのだ。

 

 

だからこそ、僅かだが慰められてもいるのだ。

 

もし、この世界に来た時、目の前にあの男(ごみ)がいなかったら、そして、自分が召喚されたと知らなければ、最悪の事態を疑ってしまったかもしれないのだから。

 

考えたくも無いではないか。

 

自分が至高の御方々に、捨てられた(廃棄された)かもしれない、など。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 




◆「深遠の下位軍勢の召喚(サモン・アビサル・レッサーアーミー)」

WEBに出てきたナザリック地下大墳墓の防衛攻壁の一つで、「手癖の悪い悪魔(ライトフィンガード・デーモン)」を送り込む。
一体の悪魔につき一つのアイテムを盗むことができる。

デミウルゴスが呼べるかは、原作では不明の為、独自設定です。

◆悪魔やアンデッド

襲われた村の生き残りの住人は、ゴブリンや悪魔が召喚で呼び出された時は、空中から出てきたところしか見ていないので、普通の召喚と材料有の召喚の区別がついていません。


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IF NPCが一人 デミウルゴス 4

IFであり、独自設定があります。
モブ(名無し)がいます。

残酷な描写があります。




今、ニグンの目の前には蛙頭の悪魔、ヤルダバオトと名乗った存在がその大きな目を細めて、二者の間に広げられた地図を見ていた。

 

この地図は、ヤルダバオトに求められて(脅されて)、任務の殆どが他国である陽光聖典であるニグンが描き起こしたものだ。法国の知識の産物であり、他の二国(王国・帝国)に現存する物よりも精度が高いと自負するものだ。

 

その知識の結晶を、悪魔に利用されるとは、甚だ遺憾としか言いようがない事態だ。

 

「なるほど。大凡の勢力分布は理解しました」

 

ヤルダバオトは地図に印を付けていく。

 

ニグンは冷や汗の出る思いでそれを見ていた。

 

この悪魔は頭が良い。

人間の敵なら、絶対に滅ぼさなければならない存在だ。

 

同時に、ニグンは自分たち陽光聖典ではまるでかなわないことも理解していた。

 

とにかく、桁が違う。

 

恐ろしくて仕方のない存在だ。

 

「それでは質問します」

 

そして、聞かされる内容はひたすらに邪悪だった。

 

◆◆◆

 

デミウルゴスは考えていた。

 

召喚した者が憑依できる「依代」となる存在は少ない。

つまりレベルの高い者が少ないならば、量産すればよいのではないだろうか、と。

 

強者の子は強者だという。

 

だから人間は強い存在に惹かれるのだと。

 

つまり、人間という種は劣等種なのだ。

 

ならば、強い者の子を大量に作ればいい。

 

むろん、使用する存在は、ナザリックの敵か潜在的な敵。

あるいは、どのように扱っても問題の無い、犯罪者だ。

 

せいぜい有効利用してやるのが、そんな者たちの罪の精算だろう。

 

 

エルフやドワーフは寿命が長い分、成長が遅いため促成ができない。

なので、候補は寿命は短いが成長が早い人間となる。

 

すぐに手に入る種族が、人間しかいないという問題もある。

 

なにしろ、近隣三国は人間主体の国家で、ただの人間以外の人間種はほとんどおらず、さらに脅威になりそうな異種族の強者は、スレイン法国の六色聖典が狩っていたというのだから、なんとも勿体のない話だ。

 

 

その近隣三国の一つ、東にあるバハルス帝国には、魔法学院なるものが存在するという。

 

魔法を習う場所ではなく、魔法の有用性を理解する場という方向性らしい。

だが、その過程は面白い。

 

魔法を使う者の為の学びの場もある。

そして、幼いころから「どれだけ費用を使えるか」によって、使える魔法の位階に差が出るという。

 

これは魔法訓練を受ける費用だ。

 

この世界では、魔法とは誰かに教えを乞うことで修得することができるようになるらしい。

教師役が必要なのだ。

そして、魔法を習うということは無償ではありえない。

高額な授業料が必要となる。

そしてそれは、名のある存在に対してなら、支払うべき費用はさらに高くなる。

 

つまり、魔法という下地を構築するには、早い段階から学ぶことこそ重要なのだろう。

 

それでも、魔法の才能が無ければ魔法は使えず、さらにそこまでしても、せいぜい第二位階。第三位階が使えれば天才と称される程度(レベル)の低さは、もはや下等生物(人間)なのだからと思うしかない。

 

しかも、二〇〇年以上生きてやっと第六位階が使える者が最高位とは、デミウルゴスからすればため息しか出ないお粗末さだ。

 

それでも、その方針によって、王国では第三位階の使い手が上位の冒険者くらいにしか存在しないことを考えれば、十分に実績に裏打ちされた育成方法なのだろうことは間違いがない。

 

少なくとも、その魔法学院を擁しているバハルス帝国の魔法省には、第四位階が使用できる者が複数在籍しているというのだから。

 

それに、幼いうちから魔法が使えれば、レベルはともかく習熟度は上がるはずだ。

 

そういったメリットから、この方法は精度が高いと言えるだろう。

 

デメリットは、かかる時間の長さと費用の高さだろうか。

 

これには、教師を雇えない、学費を払えない、などの層は対象から外れるという問題がある。

 

 

最初から優秀な手駒を用意できない存在だが、今の自分の苦労を思えば、その手順は参考になる。

 

最初から万全に望み通りの僕を生み出せる、至高の御方々が特別なのだ。

 

それを人間(下等生物)に望むのは酷というものだ。

 

自分(NPC)たちは、そうあれと最初から姿も力も与えられ、足りない能力は仲間を頼るなり、杖(スタッフ)や短杖(ワンド)、巻物(スクロール)などで代用できた。

 

 

自らの守護階層であるナザリック地下大墳墓第七階層を思い出す。

あそこには、至高の存在から与えられた、自らの階層に必要な物全てがあった。

 

第七階層には自らの創造主であるウルベルトの愛が満ち溢れていた。

そこにいれば、自分は創造主に愛されていると、感じ取ることができた。

自分のことを考え用意された品々は、確かな愛の証だった。

 

自らの存在の在り方・考え方の全てが、創造主が考えに考えた結晶(設定)なのだ。

 

これを「愛」と呼ばずして、何と呼ぶというのか。

 

 

しかし今、自らにあるのは、この身一つとインベントリーに入っているアイテムのみである。

 

ナザリックへの帰還がかなうまで、これらで活動しなければならない。

 

しかしそれが何だというのか。

 

かつて創造主であるウルベルト・アレイン・オードルは、至高の御方々のまとめ役たるモモンガや仲の良いペロロンチーノと共に「無課金同盟」という「弱さを腕でカバーしていこう」という試練を自らに課していた時期があるという。

ギルドの利益を優先する為に、その同盟は解散したそうだが、確かに安易に金銭やアイテムに依らず、己の力量のみを頼りとするのは、自身の技量を向上させるには良い手段だ。

 

主人と同じ試練を自らに課して、この局面を乗り越えるべきだろう。

現状では、ナザリックの利益を損なうような緊急性はないのだから。

 

しかし、ナザリックの防衛を担う自分が不在という事態は、その役割を与えてくださった至高の御方々への忠義にもとる。

 

慎重に、かつ迅速にナザリックへの帰還を図るべきだと、気持ちも新たに決意する。

 

 

だが、前述の通り、今の自分に至高の御方々の庇護は無く、使えるアイテムも有限である以上、この世界に早急に適応しなければならない。

 

召喚された者は、子を作ることも不可能だ。

 

これは、「小鬼(ゴブリン)将軍の角笛」で召喚された「死ぬまで消えない」ゴブリンたちであろうとも同様だ。

 

である以上、代替品が必要なのだ。

 

現状、使える現地の強者は、人間至上主義(ナザリックの敵)のニグンと、犯罪者(人権なし)のブレインあたりだろうか。

 

できれば、人間の女の強者も手に入れたいところだ。

両親が同レベル帯であれば、産まれる子供が親より極端にレベルが低いということはないだろう。

 

どうせ生ませる(量産する)なら効率よく行いたいものだ。

 

むろん、掛け合わせができるのなら、他種族同士でもかまわない。

 

なにしろ、この世界には件の竜王国に、ドラウディロン・オーリウクルスという、竜王の子孫(異種族交配)が実在するのだから。

 

そして、「竜王」の判断基準。

 

「始原の魔法」

 

位階魔法とは根元から異なるという、竜王独自の魔法。

 

これも警戒が必要だ。

 

ゆえに――

 

「竜王の子は無理でも、その女王はどうでしょうね」

 

 

 

 

 

 

そして、スレイン法国。

 

目の前にいる存在(ニグン)も第四位階が使える存在だ。

スレイン法国の方法も役に立つだろう。

 

さらに、神人という例。

 

ただ神(プレイヤー)の血筋というだけで、それ以外とのスタートラインが違う。

その成長過程もレベルの上りが速く、伸び代も多い(上限が高い)。

その上で、さらにその血を「覚醒」させた者。

 

つまり、最初から劣等種を廃したやり方だ。

 

可能性よりも効率を重視している。

 

スレイン法国の六大神の血筋なら、至高の御方々との関わりはないだろう。

何れ捕らえて活用したいものだと、デミウルゴスは考えていた。

 

 

次いで、この世界で二〇〇年前に暴れ回った「魔神」という存在。

 

その多くが「十三英雄」という者たちによって滅ぼされたという。

 

だが、中には封印された。

あるいは、眠りについた。

 

と語られる魔神もいる。

 

もし、魔神が滅んでおらずに、今も現存しているのなら、復活させてみたいものだ。

 

少なくとも、この世界の者によって封印されたり、力を失って眠りについているのなら、もし自分(デミウルゴス)が対応しなくても(かなわなくとも)、この世界の存在に任せる(始末させる)ことができる。

 

それに、使える存在なら配下に加えるなり、憑依の依代に使用するなりしたいところだ。

 

使えない存在でも、討伐にやってくる存在(強者)を確認するのに使うのも一つの手だろう。

 

「是非、そういった者たちを捕らえたいものですね」

 

 

そして、ニグンの語る強者の最後は、五〇〇年前に現れた八欲王と呼ばれた存在。

 

殺し合ったというが、最後の一人は残るものではないのか。

同士討ちにしても、そこまでするものだろうか。

勝ちに拘るなら、手を組むなりして勝率を上げるのではないのだろうか。

本当に「死んだ」としても、復活していないと言い切れるのか。

 

そして、そこまで互いに譲らず欲したものとは何なのか。

これも不明な点が多い。

 

なにより「エリュエンティウ」。

「世界の中心にある大樹」など、思わせぶりにもほどがある。

 

◆◆◆

 

デミウルゴスはトブの大森林の奥地に、自身の拠点を新たに設けた。

 

この異世界で、最初にデミウルゴスが意識を取り戻した場所。

 

草原が広がる場所だ。

 

カルネ村から直線距離にして、一〇km程になる。

 

一〇kmと一口で言っても、かなりの距離である。

 

人間の歩く速さが、平均時速四kmと言われる。

 

例えば単純に二kmといえば、舗装された道なら、徒歩で三〇分ほどだろうか。

 

これが単純計算で五倍。

 

舗装された道でも二時間半はかかる距離を、舗装もされておらず、道らしい道などない。

当然だが、標識なども無く、森の中など方向感覚を狂わせるものだらけだ。

ただの草原ですら草や枝で皮膚を切ることがある。

虫によって病気や怪我、炎症やかぶれの心配もある。

その上、この世界には人を襲う獣や魔物の脅威も存在するのだ。

これらを廃しながらの一〇kmなど、通常であれば「死ね」と言われたに等しい。

しかもこの距離は「直線」であって、高低差や障害、迂回などは考慮に入っていないのだ。

 

それほど奥地にある開けた草原。

 

そこにデミウルゴスは、創造や作成によって生み出された悪魔やアンデッドを使って一つの館を建てていた。

 

その館を離れて囲むように、配下となった者たちの家屋も建てられた。

 

そこに、「小鬼(ゴブリン)将軍の角笛」によって召喚した十九匹のゴブリンや、ゴブリンに負けて配下となった現地のゴブリンや人食い鬼(オーガ)も住んでいる。

 

その家屋の一角に、陽光聖典と囮の部隊の生き残りが住む場所もあった。

 

 

陽光聖典のニグンたちにも、ヤルダバオトが自分の世界へ帰る手段を探していると伝えてある。

これはカルネ村の村長にした話と同じ内容だ。

 

この話を聞いて、ニグンが最初に思ったことは、「何て迷惑な輩が居たものだ」であった。

そんなことをする人間がいたために、今自分たちがこんな目に遭っているのかと思うと、同族ながら殺意の湧く話である。

ニグンとしてもその話(召喚)が本当なら、とっとと帰ってほしいところだった。

 

◆◆◆

 

「隊長」

 

声をかけられ、ニグンがその方向へ顔を向けると、そこには陽光聖典の隊員が六人、装備を簡易な物に変えた旅装で立っていた。

 

陽光聖典の装備の中には魔法の背負い袋があり、旅人として必要な荷物が全て入るほどの容量を持つため、軽装ですんだ。

 

だが、そういった魔法道具(マジックアイテム)はヤルダバオトによって剥奪されている。

 

今の彼らの格好は、ただの旅人か冒険者に近いものだ。

 

「これより我々は班を分けて、エ・ランテルへ向かいます」

「ああ。冒険者として登録するのだったな」

「はい」

 

囮の部隊の生き残り三〇名弱が四、五人ごとに六つの班を組み、そこに陽光聖典の中から一名が魔法詠唱者として入り情報を集めながら王国で、そして何れは帝国でさらにはその先の他国で冒険者として活動することになっている。

 

六組に分けられた囮の部隊に、陽光聖典からチームリーダーとして一人が加わる構成だ。

 

まずは、エ・ランテルで冒険者登録を行う予定だ。

 

彼らに取り憑いた悪魔は伝言(メッセージ)の魔法が使えるため、有事の際は合同で行動することも視野に入れているらしい。

 

なにしろ、陽光聖典の隊員に取り憑いた悪魔やアンデッドには、転移(テレポーテーション)が使える者は珍しくない。

国を跨いでの移動も然程問題ないらしいのだ。

 

まったく、ふざけた連中である。

 

現状、陽光聖典も囮の部隊も、全員がヤルダバオトに従うことに納得している訳では無いのだが、自分たちがかなわないことも理解しているという共通の認識があった。

 

「王国にさほどの脅威があるとは思えんが、ヤルダバオト……さまの例もある。十分に注意して行動しろ」

「はい。肝に銘じます」

 

何が気に障るか不明な相手であり、耳目が自分の中にある以上、決して気は抜けない。

 

「うむ、朗報を待つ」

 

言えない言葉は飲み込む以外にない。

 

できるなら本国から救援があることを期待したい。

本来の陽光聖典としての職務、人類の守護者として任務に従事することは誇りでもあったのだから。

 

だが、文字通り命を捨ててまで敢行したいかと言われたならば、二の足を踏むのも事実だ。

 

陽光聖典の任務で、死ぬ覚悟はあっても、死にたくて行動したことはないのだ。

 

死ぬとわかって策もなく行動するのは、ただの自殺行為にすぎない。

 

ヤルダバオトに逆らうということは、そういうことだ。

 

 

現在、ニグン以下陽光聖典四十五名中、先の六名を抜いた三十九名は、ヤルダバオトと共にあった。

 

ガゼフ暗殺という任務に失敗し、さらに悪魔に取り憑かれた状態でスレイン法国へ帰還するなど、できるはずがない。

 

悪魔憑きとして、話にだけ聞く悪魔祓いの儀式を受けたとしても、それによって自分の中にいる悪魔には何の障害にも痛痒にもならないだろう。

むしろ、この悪魔より弱い自分(ニグン)の方が悪魔祓いの儀式に耐えられずに、死亡する可能性の方が高い。

 

そもそも、スレイン法国へ帰るまで、取り憑いている悪魔が大人しくしているはずもない。

 

結果、現状ではおとなしく従うしかないのである。

 

 

今のところ、ニグンがヤルダバオトより与えられた指令は、トブの大森林の探索だ。

 

基本は、何処に何の種族がどのくらいの縄張りを保ってどの程度の規模・数で生活しているのかという調査だ。

 

ヤルダバオトは、人間の領域どころか、近隣諸国全てを調べるつもりらしい。

 

 

冒険者になる六名を抜いて残った陽光聖典三十九名は、トブの大森林からさらにアゼルリシア山脈、アベリオン丘陵、カッツェ平野へと範囲を移動することになっている。

 

「人間に害を与える仕事でないだけ、ましと思うしかないな」

 

 

◆◆◆

 

草原の中央に建てられた館には、一部の者以外の立ち入りは許されていない。

 

配下の者たちは、その館を遠巻きに建てられた家屋に暮らしているが、ここに住む者は他にもいた。

 

基本的に悪魔やアンデッドは飲食不要だ。

 

しかし、憑依された者は元はただの人間であるために、食事等の基本的な生命活動を必要とする。

さらに、「小鬼(ゴブリン)将軍の角笛」によって召喚された存在だが、十九匹のゴブリンたちも食事を必要としたのだ。

当然、現地の存在である他のゴブリンやオーガもその例にもれない。

 

現地の人間を依代にした者は料理ができたが、そもそも手が足りないからこその憑依だ。

家事などに時間を取られたのでは、本末転倒だろう。

そして、召喚されたゴブリンたちに料理のスキルは無いために、掃除や大工仕事などはともかく食事を作ることはできない。

現地のゴブリンやオーガに至っては、食事は生が基本だ。

料理という発想自体が無い。

 

故に、住居の維持管理の人手が新たに必要となったのだ。

 

よって、デミウルゴスは野盗の塒で確保した十人ほどの女たちと、襲われた馬車の生き残りの二人の娘を、下働きとして使用した。

ただの村娘も裕福な商人の娘も、等しく下女となった。

 

 

女たちにかけていた石化を解く。

 

野盗に囚われていた女たちは、わざわざ生かされていただけあって、皆一様に顔の造りは整っており、平均より秀でていた。

 

村から浚われた、ただの村娘でも水準以上の顔立ちだった。

だからこそ浚われ、今まで生かされて(慰み者にされて)いたとも言えるのだが。

 

そんな彼女たちの前に居るのは、そんな美醜などまるで役に立たない異形の存在だった。

 

「野盗は全て排除しました」

 

女たちは、その言葉に単純には喜べない。

もし、告げた相手が人間だったなら、家に帰してほしいなどの要望も口にできたのかもしれない。

しかし、周りにいるのは、恐ろしくおぞましい異形の存在だらけだ。

次はお前たちの番だと言われる可能性とてあるのだ。

迂闊に口を開くことも、はばかられた。

 

何かを喋ることで、恐ろしい事態になるのではないかと、警戒心が高まっていく。

 

そんな女たちの考えなど、まるで気にしないかのように、蛙頭の悪魔は話を続けた。

 

「貴女たちも排除してよかったのですが、人手不足なので、ここで働くなら生かしておきましょう」

 

ここで働かないならどうなるというのか。

それすら、恐ろしくて女たちは一様に黙ったままだ。

 

「どうしますか?」

 

 

 

女たちからすれば、突然人間以外の存在に使われる立場となったのだ。

 

それでも、その扱いは悪くはなかった。

 

基本的な仕事は食事の支度であり、掃除や洗濯などには悪魔やアンデッドが手伝いとして手を貸していたために、苦労は少ない。

 

しかも、野盗の塒では体を拭くくらいしかできなかったが、ここには風呂さえあった。

これはヤルダバオトが、不衛生なことを嫌ったためだ。

 

 

村では男女問わず、自分で服を仕立てるのが普通であるために、大多数の村娘たちは仕事着を繕うことも苦ではなかった。

それも、破れた服を継ぎ接ぎで補強するのではなく、新しい布から真新しい服を新調できるのだ。

 

服は買う物だった街に住んでいた裕福な娘たち以外は、喜んだ。

 

擦り切れたり穴の開いた服に、なけなしの服から生地を切り取り、継ぎをあてて遣り繰りしていた頃に比べれば、どれほど恵まれているだろう。

 

周りにいるのは、人間の姿をした(憑依した)悪魔やアンデッド、あるいはゴブリンやオーガなどの亜人ばかりだが、こちらに危害を加える様子は微塵もない。

 

一部のゴブリンなどは、こちらを労ってさえくれる。

 

あの野盗の塒での扱いに比べれば、雲泥の差だ。

 

いや、一部の村娘からすれば、村に暮らしていた時よりも余程良い暮らしとなっていた。

 

辛く苦しい畑仕事はしなくてよい。

食材や薪などは、ゴブリンやオーガたちが採って運んでくる。

衣服にも不自由しない。

しっかりした建物の中に、大部屋とはいえ清潔に暮らせて、寒さに凍えることも飢えることもない。

 

富裕層の商人の娘たちには然程でもないことだが、野盗の塒で狭い穴蔵に押し込められ、出られる時は男たちの慰み者だった扱いを思い出せば、よほどましと言える環境だった。

 

それでも、ここから生きて家へ帰ることはできないだろうことは、彼女たちの心に影を落としていた。

 

中には、帰らずに済むことを喜ぶ者もいたのだが。

 

「住めば都よね。村にいた頃より快適だわ」

「どうしてそんなことが言えるの?」

「わたしたち、ここから出ることは許されないのよ?」

「そっちこそ、何を言っているのよ。あの野盗どものところにいたら、いつまで生きていられたかも分からなかったじゃない。そっちの方が良かったって言うの?!」

「そんなこと、ないけれど…」

 

多少の不満は、以前を思えば沈静化した。

 

そう思わなければ、やっていけない者もいた。

 

 

そんな中で、他の女たちと同調できない者が二人いた。

 

「こんなこと、使用人の仕事でしょ」

「家に帰りたいわ。こんな所に閉じこめられるなんて最悪よ」

 

デミウルゴスが「死を撒く剣団」を発見するきっかけとなった、野盗が襲った馬車で生き残った二人の娘だ。

 

彼女たちは野盗に襲われて二人だけが生き残ったところを、デミウルゴスが石化したために、野盗に捕らわれた女たちがどんな目にあっていたのか知らなかった。

 

そして、ただ野盗に襲われたところをこの悪魔たちに別に浚われた、と考えていたのだ。

 

だから――

 

「逃げましょう」

「ええ、そうね」

 

 

二人はいとこ同士だ。

 

年も近く、仲もよかった。

 

良く見えていた。

 

 

「どこに行くの?」

 

外に出る門に辿りついたところで、二人は他の女たちに声をかけられた。

 

「ここから出ていくのよ。貴女たちも一緒に逃げましょう」

 

二人は当然、他の女たちも同意してくると考えていた。

 

こんな所に好き好んで居たがるはずがないのだから。

 

「駄目よ。逃がさないわ」

 

女たちの手が二人を捕らえようと伸ばされ――

 

「きゃあ!!」

 

勢いよく突き飛ばされた娘の一人が女たちへ倒れ、絡まりあうように複数の女たちが一緒に倒れる。

 

「仲の良いいとこ」を突き飛ばした娘は、そのまま身を翻し、門の隙間から外へと走り出た。

 

「待って!!なんでよ!!置いてかないで!!」

 

突き飛ばされた娘が起きあがろうとし、下敷きにした女たちともみ合いになる。

 

そんな集団を置き去りにして、娘は草原を駆けていく。

 

「やった!やった!逃げられた!!」

 

娘はいとこが嫌いだった。

仲が良い方が都合が良かったから、仲が良い態度をとっていただけだ。

家の格が上のいとこは、持ち物も縁談も全て自分より上等な物が与えられていた。

 

いとこはあそこから逃げられなかった。

 

きっと殺されてしまうだろう。

 

このまま自分だけが家に帰れば、いとこの物は自分の物になるに違いない。

 

いとこに他の兄弟はいない。

 

お互いの家は家族同然だった。

 

だから、自分だけが帰れば、どちらの親も自分を一番にするだろう。

 

自分ももうすぐ十六だ。

結婚する年齢だ。

 

いとこにあった縁談も自分に来るに違いない。

 

素敵な人だった。

 

自分があの人と結婚するのだ。

 

いとこの物は全て自分の物だ。

 

いつも比べられて下に置かれて、それでも無理矢理笑っていた過去と決別するのだ。

 

目の前に森が近づいてくる。

 

この森を抜けたら、街に着くはずだ。

 

森を抜ければ――

 

 

「千里眼(クレアボヤンス)」と「水晶の画面(クリスタル・モニター)」を併用することで、複数の者が同じ物を同時に見ることができるようになる。

 

門のところでデミウルゴスは、逃げだそうとして追っ手(女たち)への障害物にされた娘と、それを取り押さえている女たちに、映し出させた映像を見せていた。

 

映し出されている対象は、まんまと逃げ果せた娘だ。

 

嬉しそうに草原を走り続け、もう間もなく森に辿り着くだろう。

 

それを、取り押さえられた娘は恨めしそうに、女たちは逃がしてしまったと顔を青ざめさせて見つめていた。

 

そして――

 

突然、娘の姿が消える。

 

いや、視界から消えた。

 

移動したその先は、木の上。

 

そこには――

 

「ああ、絞首刑蜘蛛(ハンギング・スパイダー)ですね」

 

ぷらん。と、手足が垂れ下がっている。

 

その上。

 

頭は隠れて見えない。

 

いや、もはや存在しないのかもしれない。

 

巨大な蜘蛛が、木の上で食事をしているのだから。

 

少しずつ、娘の体が上に登っていく。

 

蜘蛛の方へと。

 

服は食事の対象ではないのだろう。

 

流れ出る血で重くなった衣類が、ぼとりと音がしそうな勢いで地面に落ちた。

 

 

「やれやれ」

 

蛙頭の悪魔。

ヤルダバオトと名乗った存在が、悲しそうな声音で言う。

 

「せっかく、ここで働くなら命の危険から守ると言ったのに、理解してもらえないとは悲しいことですね」

 

外は人間の領域ではない。

 

それを、「水晶の画面(クリスタル・モニター)」を見ていた女たちはやっと理解した。

 

安全なのは、この建物の中だけなのだ。

 

「さて、逃げたいのでしたら、どうぞご自由に」

 

女たちを見張っていた部下と、門の中に入った女たち、そして数人に地面に押さえつけられていたために、すぐに立ち上がれずに外に残された、いとこに見捨てられた娘。

 

静かに門が閉まる。

 

外に娘を残したまま。

 

「――い」

 

がんがんと激しく門が殴打され始める。

 

「いやー!開けて!入れてぇ!」

 

門の外から娘の悲痛な叫び声が響く。

 

「おやおや」

 

蛙頭の悪魔が、門に近づく。

 

「夜に大声をあげるのは、あまりお勧めしませんよ」

 

ばつん。

 

何かが断ち切れる音。

 

そして門を小さく叩く音が一度だけ響いた。

 

「さて、貴女たちはどうしますか?」

 

女たちは顔を見合わせる。

 

「ここで働かせてください」

 

 

野盗の塒でもあったことだ。

 

「誰かが逃げたら、全員の連帯責任だ」

 

それでも一人が逃げた。

 

すぐに捕まって、酷い暴行を受けていた。

 

そして、洞窟の外の木の下に立たされると、木の枝に結わえつけられたロープを首にかけられた。

 

食事も与えられず、立ったまま休むこともできず、口を縫いあわされて助けも悲鳴も命乞いもできずに衰弱していく彼女に、野盗たちは自分(女)たちに順番に石を投げさせた。

嫌がれば、自分が木の下に立たされて的にされた。

 

嫌でも彼女に石を投げるしかなかった。

 

彼女は、そのまま足が萎えて立っていられずに倒れ、一本も指の残っていない手を振り回しながら、ロープで首が締まって死んだ。

 

その体は、野盗の暴力と女たちの投げた石で、見るも無残な状態だった。

彼女が死ぬまでの間、自分たちはひたすら彼女の死を望んでいた。

 

逃げた彼女が死ぬまで「連帯責任」として、自分たちの食事も抜かれた。

 

さらに「お互いを見張っていなかった」「逃げるのをとめなかった」として、殴られた。

 

逃げた彼女が死ねば暴力を振るわれないと聞かされた時から、ずっと彼女が早く死ぬことを期待して石を投げていた。

 

それだって、新しい女が捕らえられてくれば、年のかさんだ者、容姿の劣った者、気に入られなかった者、と順次殺されていった。

 

解放されるのは、金がとれると確実な女だけ。

 

野盗に身代金がとれない自分たちを生かしておくつもりなど、無かっただろう。

 

性欲処理か

暴力の捌け口か

塒が見つかった時の人質か

あるいは、モンスターへの餌か

 

 

 

だから、帰れないのは今更なのだ。

 

 

門の外側の取っ手に、娘の手首がぶら下がっていたという。

 

おそらく森林長虫(フォレスト・ワーム)に食べられたのだろう、と教えてくれたのは食材を運んできたゴブリンだった。

 

女たちは理解した。

 

自分たち人間は、おそらくここにいる存在の中では虫のようなものなのだと。

 

飼っている虫が役に立つなら生かしておくし、いらないなら逃がすか殺す。

 

勝手にすればいいと。

 

自分から逃げた虫を、わざわざ助けることもない。

 

相手に人間社会と同じ扱いを求める方が、間違っているのだ。

 

例えば、人食い鬼(オーガ)が人間を彼らの基準で扱うなら、その名の通り食料でしかないのだから。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

デミウルゴスがこの世界に、不本意ながら来た日から数日が過ぎた。

 

この日、デミウルゴスは拍子抜けした気分だった。

 

この近隣でも巨大な城塞都市と聞いていた、エ・ランテルにガゼフたち王国戦士団、さらに囮の部隊や陽光聖典の隊員たちが入っても、何も起こらなかったからだ。

 

ユグドラシルでは、「人間種以外が入れない街」という場所もあった。

 

何かしらの制限が各所にあったのだ。

 

例えば、ギルド「アインズ・ウール・ゴウン」の拠点が存在したヘルヘイムのグレンベラ沼地は毒耐性が必要だった。

 

人間だけの街ともなれば、門に何かしらの術式や、監視の目となるような特別職の人間が詰めているのではと警戒していたのだ。

 

だからこそ、自らや配下の悪魔たちを発見した街の中に侵入させるのは控えていた。

 

ガゼフたち戦士団を先行させたのは、ガゼフたちの中にいる悪魔に対して、何かしらの反応があるかどうかの確認もあった。

 

そして、もし発見されても街のあちこちから同時に侵入を試み、攪乱することも考えていたのだ。

 

それが、何の審査も魔術的な調べもなく、ほとんど素通りといってもよい対応だった。

 

国に所属する集団の帰還とはいえ、あまりの警戒感と索敵能力の低さに、デミウルゴスとしては肩すかしを食らった気分は否め無い。

 

事前にスレイン法国の陽光聖典に確認していたが、リ・エスティ―ゼ王国は近隣の人間主体の三国中最も魔法などを含めた国力が低い国であることは間違いがないようだ。

 

三度の質問で死ぬ術式。

人間を魔導具としてしまう呪物。

レベルの概念を覆す指輪。

 

ユグドラシルには無かった、それらの事象に警戒を強めていただけに、驚きすらある。

 

それに、ユグドラシルから流れてきているらしいアイテム類。

レアアイテムとて出回っている可能性もあるのだ。

 

ユグドラシルの知識に無い、警戒すべきことがありながら、警戒の意味すらない水準の社会もある。

 

この世界では、能力の格差が激しすぎるのだ。

 

人間種だけでもそうなのだ。

 

他の種族においても、対応は手探りとならざるを得ないだろう。

 

特にスレイン法国も警戒する、アーグランド評議国。

ユグドラシルでも、ドラゴンは別格の存在だ。

それが、五匹か七匹かが評議員として存在するという。

 

やはり、この世界の内情に詳しい存在を手に入れたいところだと、デミウルゴスは情報の少なさと先の長さに溜め息の出る思いだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

リ・エスティーゼ王国の戦士団にスレイン法国の囮の部隊と陽光聖典を竜王国へ送り出した後。

 

カルネ村の住人は、村の再建に乗り出した。

 

囮の部隊に殺された者たちの葬儀が済んでいるとはいえ、その後すぐに、ヤルダバオトの提案に従って森に避難していたのだ。

 

踏み荒らされたり馬に食われた畑もあれば、扉を壊された家屋もある。

 

それらの後始末に加えて、森に避難していた際に引き合わされた、他の村の生き残りの受け入れもある。

 

他の襲われた村の様に、火を放たれるところまで被害が及んでいないことは僥倖だ。

 

村を救ってくれたヤルダバオトには、いくら感謝してもし足りない。

 

葬儀の時にも、多数の悪魔が埋葬を手伝ってくれたように、今回も手を貸してもらっている。

 

さらにそこに、十九匹のゴブリンたちが加わった。

避難していた森で、同じように引き合わされた者たちだ。

 

彼らは手下にした食人鬼(オーガ)に運ばせた丸太を組み合わせて、簡単にではあるが箱状の大きな屋根付きの建物を作った。

 

そして、ここ数日生き残りの村人が隠れていた場所からいろいろと持ち出してきたのだ。

使用していた手作りの食器。

木枠に枯れ葉を詰めて布を被せただけだが、人数分の寝床。

 

個別な境は無いが、板を立てかけたり、柵をした上から蔓で編んだ垂れ幕を吊るしたりと、それぞれの用途に建物内の空間を区切っていく。

 

屋内に火を使える空間が無いため、屋根を張り出してひさしと壁を作り、その下に竈を作った。

 

そうやって、増えた村人の最低限の生活空間を作っていく。

 

さらには森へ狩りに行き獲物を捕り、カルネ村の襲撃された日の夕餉は肉の多い食卓となった。

 

何とかやっていけると、カルネ村が一団となったのだった。

 

◆◆◆

 

それから二日後。

 

カルネ村で生き残った住人と、焼かれた四つの村の生き残りの住人三十名弱、それに竜王国から連れ帰った村人十二名は、デミウルゴスの拠点(隠れ蓑)としてカルネ村を再興させ共同生活を始めていた。

 

そこには、デミウルゴスが最初に利用した物とは別の「小鬼(ゴブリン)将軍の角笛」から召喚された十九匹のゴブリンたちも住んでいる。

これらは、デミウルゴスがエモットに渡した物から呼び出された存在だ。

デミウルゴスのインベントリーには「小鬼(ゴブリン)将軍の角笛」が複数収納されていた。

デミウルゴスからすれば、雑魚でしかないゴブリンを十九体召喚するアイテムだ。

 

これの「利点」は、召喚時間の制限がなく「死ぬまで消えない」という、死体や憑依の為の依代が必要無いところだけだと考えていた。

だが、人間との交流としても重宝できる存在でもあったのだ。

 

デミウルゴスは自分で使用したことで、その有用性を確認すると、一つをカルネ村のエモットに使用を促した。

 

 

エモットの妻で、エンリとネムの母が死に、三人での生活が始まった。

 

その三人だけの最初の夜。

 

母ではなく、エンリが四苦八苦しながら用意した食事を三人でとり、片づけが済んだ時に、その悪魔は現れた。

 

そして一つのアイテムを提示した。

 

「これは『小鬼(ゴブリン)将軍の角笛』というアイテムです。吹けば十九体のゴブリンが、吹いた相手を召喚主、つまり主人として現れます。たいした力はありませんし、できることに制限がありますが、人手としては先日見た通り使えるでしょう」

 

カルネ村は大きな被害を受けたことになっている。

 

少なくとも、ガゼフはそう国に報告することになっている。

 

実際は竜王国の村人が追加された分、住民は増えているのだが、その分住む場所や食料の確保をする手間も増えたのだ。

 

増えた村人も、これといった職を手につけた者たちではなく、ただの村人だ。

 

カルネ村では、ラッチモンなどの狩人がトブの大森林から肉となる獲物を調達していた。

 

しかし、人が増えたからといって、急に穫れる獲物が増える訳ではない。

 

パンや野菜にしても同様だ。

貯えが増えるわけでも、収穫が増すわけでもない。

 

そういった生活の糧を得るのに、召喚されたゴブリンたちが有用なことは、この世界に来て最初の数日で証明済みである。

 

最初の十九匹は手下にした人食い鬼(オーガ)共々、デミウルゴスの新しい拠点に移動したが、彼らと同等の存在なら受け入れ易いだろう。

 

しかしエモットは、「自分ではなく、娘に使わせたい」と願い出たのだ。

 

デミウルゴスからすれば、どちらが使用しても大した差はなかった。

ただ、娘が十九匹のゴブリン全てに名前をつけるとは思ってもいなかったが。

 

 

増えた人数のために新たに畑を開墾し家屋を建てながら、人間への対策として村を囲うように塀の建設を行っていた。

 

ヤルダバオトがトブの大森林に縄張りを持つ「森の賢王」を支配下に置いたために、今まで以上に、モンスターを気にしなくてよくなったのだ。

 

これにより、村への襲撃に対して備えるのは「人間」を視野に入れたものとなった。

 

ヤルダバオトから下賜された、スレイン法国の部隊の使用していた軍馬も、働き手として重宝されていた。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

城塞都市エ・ランテルにおいて、毎年行われる帝国との戦争は、もはや年間行事と言って差し支えないほどに恒例化していた。

 

故に、この都市では食料の備蓄や医療用品、さらに命の明暗を分けるポーションが蓄えられている。

 

そのポーションは次の三つの製法から作成される。

 

薬草のみで作られるもの。

薬草と魔法で作られるもの。

魔法のみで作られるもの。

 

ポーションは薬師によって作られる。

そして、薬師は先の三つの方法で薬草と錬金術を用いてポーションを作るのだ。

 

薬草に関しては、栽培されたものや、トブの大森林からの採取が基本となる。

 

そして、ポーションは薬草の品質や薬師の腕によって、効能に差が生じる。

 

つまり、質の良い薬草と腕の良い薬師は、重宝される存在なのだ。

 

そして質の良い薬草というのは、天然の物を指す。

 

つまり、トブの大森林から薬草を採ってくることは、作り手の薬師にとっても、使用者の冒険者にとっても大事な依頼だ。

 

だからこそ、流れ始めた噂に敏感な者は反応する。

 

 

◆◆◆

 

薬師が多く集まるエ・ランテルの中でも高名なリイジー・バレアレ。

その孫であるンフィーレア・バレアレも薬師である。

 

ここしばらく、ンフィーレアは落ち着かなかった。

 

それはここ最近に流れる噂話に、無視できない情報がまじっているからだ。

 

曰く――

 

辺境の村々が襲われた。

死者も多く出た。

廃村となった村もある。

 

どこの村とまでは、はっきりした確認が取れなかった。

 

この噂は、最近エ・ランテルで冒険者登録をした複数の冒険者たちから流れているらしい。

 

本来なら、ろくに流されない情報がなぜ流れているのか。

 

それは王国戦士団が動いたと、確認した者が多くいるからだ。

 

だから、ンフィーレアは落ち着かない。

 

想い人が住む場所も、辺境の村なのだから。

 

不安で心配で、そこから生まれてくる恐怖が心をざわめかせる。

 

無事でいるだろうか。

 

確かめなければ、とてもではないが日常生活にまで支障をきたすほどに、心ここにあらずといった様子だった。

 

「そんなに心配なら、見に行ったらどうだい」

 

さすがに、見かねた祖母が背中を押した。

売り物のポーション作成にまで影響が出るようでは、放ってはおけない。

 

祖母に促されたンフィーレアは、すぐに冒険者組合に走った。

 

さすがに、護衛も雇わずに行ける場所ではないことくらいは理解している。

 

いつもなら、もう少し後の採取したい薬草の時期を選ぶし、その頃に頼む冒険者チームもいるのだが、今は時期はずれだ。

 

もしかしたら、いつもの冒険者チームは不在かもしれない。

それでも冒険者組合へ行けば、もう少し詳しい情報が手に入るかもしれない。

 

価値ある情報は有料なことが多い。

同じ有料なら、より精度の高い情報を持っている相手を選ぶべきだろう。

 

 

ンフィーレアはカルネ村への護衛に、一組の冒険者チームを雇った。

 

それは、最近冒険者登録を済ませたばかりの銅(カッパー)級のチームだった。

 

本来なら、銅(カッパー)級の冒険者に護衛の依頼は受けられない。

 

そんな彼らをわざわざ指名して護衛に選んだのは、彼らが件の噂の情報源であること。

そして、その雰囲気がなりたての冒険者とは思えないほど堂に入ったものだったからだ。

 

ンフィーレアも第二位階の魔法を使うために、個人戦闘能力は高いと言える。

 

それでも、その冒険者チームに依頼をしても問題無いと思える程度には、彼らは頼もしく見えた。

 

冒険者として登録したばかりだと言う、銅(カッパー)である冒険者チームの顔ぶれは次の通りだった。

 

ロンデス

エリオン

デズン

モーレット

 

「そして、私が魔法詠唱者(マジックキャスター)であるイアンです。どうぞよろしく」

 

堅実な雰囲気を纏った男がこの冒険者チームのリーダーであるらしい。

 

実際、チームの中で一番の実力者だろうと思われた。

 

 

翌日にエ・ランテルの外門で合流し、カルネ村を目指すこととなった。

 

 

 

 

特に問題もなく、カルネ村へと向かう。

早くカルネ村へ着くために、そしてまだ銅(カッパー)級のプレートのチームであることも考慮して、安全な東から北へのルートを選んでいる。

 

もっとも、問題があったとしても、この面子であれば大丈夫だろうと思われた。

 

「皆さんは、冒険者になったばかりなのに、随分旅に慣れているんですね」

 

魔法詠唱者のイアンと、残りの四人は少々立場が異なるように感じられていた。

 

四人に比べて「リーダー」であるという以上に、立場が上という雰囲気だ。

実際、四人はイアンに対して基本敬語である。

 

そして、驚くべきことにイアンは第三位階の魔法が使えるらしい。

それが本当なら、白金(プラチナ)級相当の実力者といえるだろう。

 

とても冒険者になりたてとは思えない実力だ。

 

「私はこの国の出身ではないのです。これでも前の仕事ではそれなりの地位についていたのですよ」

「それなのに、どうして冒険者になったんですか?」

「ちょっと事件に巻き込まれまして、前の仕事を続けられなくなったのです」

「はあ」

「そんな事情があって、この国へ移動の際に辺境の村の様子を知ったのですよ」

「皆さん、同じようにですか?」

「ええ、我々は同郷なので」

 

旅の合間に交わされた会話では、ンフィーレアの欲しい情報ははっきりしなかったが、辺境の村が襲われたことは事実と知れた。

あとはカルネ村が無事であることを祈るしかなかった。

 

◆◆◆

 

イアンたち全員が本名を名乗っているのは、咄嗟にぼろが出ないようにするためだ。

それでも、洗礼名の入った三つの名を名乗りはしないが。

 

一つの名前など、貧民と思われることが多いが、イアンたちの立ち振る舞いでは、むしろ偽名と思われているようだ。

 

イアンたちは、辺境の村で異変があったことを吹聴するように、ヤルダバオトから指示を受けていた。

 

その噂で動く者を確認するためだ。

 

もっとも、イアンからすれば、一番に動くべき国がまったく行動しないことに呆れ、さらに失望していた。

 

これが、自分たちが守ってきた国の成れの果てかと思うと、虚無感が襲う。

 

そんな中で、行動したこの少年は、好感が持てる存在だ。

希少な生まれながらの異能(タレント)で有名であっても、謙虚な彼の性格も印象が良い。

 

そんな彼の想い人がカルネ村(襲った村)の住人だということは、イアンたちの罪悪感を多少とはいえ、刺激していた。

 

陽光聖典として国からの命令として、人類のために必要なことだとして非道なことに手を染めてきても、彼らに感情が無いわけではないのだ。

 

ただの「王国民」という「数」の一人ではなく、向き合った「知り合い」とでは、やはり感情の動きも異なるだろう。

 

いずれにせよ、明日にはカルネ村へ着く。

彼の想い人が生き残りの中にいることを、偽善と思いながらもイアンたちは期待していた。

 

 

◆◆◆

 

 

「……そんな」

 

カルネ村を丘から臨いたンフィーレアは、呆然とつぶやいた。

 

村は堅牢な塀に囲まれていたのだ。

 

通常の村には建設不可能な塀だ。

造るには、人手も予算も、何より技術が必要となるのだから。

 

以前のカルネ村に塀など無かったことを、ンフィーレアは覚えている。

トブの大森林に住む「森の賢王」の存在によって、必要が無かったのだから。

 

そこから、一番考えられる可能性は、何者かによってカルネ村が占拠されていることだろうか。

 

 

「……エンリ」

 

ンフィーレアは、想い人の名を呟くと、一目散に駆け出した。

 

その後を、置いて行かれたかたちになった、銅(カッパー)の冒険者チームが馬車と共に追う。

彼ら(スレイン法国)は、全身鎧(フルプレート)で村を襲っていたので、村人に顔を見られている者はいないのだ。

 

そういった意味では、カルネ村に顔を晒して入ることに問題は無い。

 

◆◆◆

 

そして村を警邏していたゴブリンたちと一悶着あったのは、ゴブリンたちからすれば余所者は警戒すべきという状況上、仕方のないことだった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

「僕もこの村に住むよ!」

「ええ!!」

 

ンフィーレアの発言に、その場にいた全員が驚愕の声を上げた。

 

この村で起きたことを包み隠さず聞かされたンフィーレアは、想い人(エンリ)に降りかかった事態を重く受け止めていた。

自分の知らないところで想い人(エンリ)が、死んでしまうかもしれない可能性が、これほど現実にありうるのだと、危機感を持ったのだ。

 

それは、自分の想いが伝わらないとか、断られるとかの想像を些末事に変えてしまう恐怖だった。

この想いは、相手(エンリ)が生きていてこそなのだから。

 

しかし、父親も妹もいるエンリに、安全だから村を離れて街で暮らそうなどとは言えない。

 

それに、「人間に」襲われたせいだろうか。

村の住民の見る目は、亜人のゴブリンたちよりも、余所者である自分たちへの不信感の方が強かったのだ。

これは再三にわたって助けてくれた存在が人間では無いことも大きいのだろう、とンフィーレアは予想した。

 

同じ人間なのに、国は守ってくれないという思いがあるのだろう。

襲われた事情まで知ってしまえば、当然だが。

 

だからこそ、村の役に立つことをアピールするべきだと考えた。

 

「この村には薬師がいないだろう?僕がいればその問題は解決するよ!何なら今すぐにでも住んでみんなの役に立てるよ!」

 

「いや、ヤルダバオト様の部下の方やコナーも治癒魔法が使えるから」

 

「で、でも、魔法以外にも必要なことってあるだろう?」

 

必死に言い募るンフィーレアに、エンリは考える。

 

村の復興にヤルダバオトの力を当てにしすぎるのは良くないことだ。

 

ヤルダバオトには、やらなければならないことがあるらしく、このカルネ村にもあまり立ち寄らない。

 

というより、ヤルダバオトにとってカルネ村はたいした価値はないのだろう。

 

助けてくれたし、その後の支援も行ってくれているが、そもそもカルネ村にヤルダバオトに報いるほどの財力も人手もない。

 

現状はおんぶに抱っこの状態だ。

 

 

現在はヤルダバオトが何かと援助をしてくれているが、いつまでも続くと考えるのは、考えが甘過ぎるというものだろう。

 

ヤルダバオトが元の世界へ帰る手段を探しているのは、村のみんなが知っていることだ。

いつかはわからないが、いなくなることは必然と心掛けるべきだ。

 

今からヤルダバオトの手を煩わせないように、独立独歩を心がけることこそ正しいのではないだろうか。

 

であるなら、治療行為に精通した人間がいるのは、将来的にも悪い選択ではないだろう。

 

ただ――

 

「でも、ンフィーレアが帰らなかったら、リイジーさんが心配するよね。たった一人の家族なんだから、捜索の依頼とか出るかもしれないよ?」

 

「それは……」

 

「だから、その問題が片付いてからカルネ村に移住して来てほしいの。今はとにかく問題が起きるのを避けたいから」

 

「……わかった」

 

確かに、エ・ランテルで一応名の通っている有名人の一人に入る自分(ンフィーレア)が帰らなければ、騒ぎになるだろうことは間違いない。

 

特に祖母のリイジー・バレアレは、エ・ランテルでも影響力のある人間だ。

 

自分が帰らなければ、自分を捜す為にあらゆる手段を使うだろう。

 

少なくとも、金銭的に出し惜しみをするような性格ではない。

 

伊達に現在も現役の職人ではない。

 

職人とは探求者でもある。

 

今でも祖母は、新たなポーションの開発を模索している。

 

「真なる神の血」と呼ばれる、劣化しない完成されたポーション。

全ての錬金術師の悲願。

そこに至る為に、あらゆる試行錯誤を繰り返し続けているのだ。

 

その探求が自分に向かえば、人手も金銭も惜しまないだろう。

 

祖母は己の技術や知識そして夢を、自分(ンフィーレア)に託したいと考えているのだから。

 

当然、高名なポーション職人である祖母に協力する者も多いだろう。

 

いずれにせよ、黙っていなくなるという手段は悪手だ。

 

ここは一度エ・ランテルに戻り、祖母の承諾を得るべきだろう。

 

最悪、縁を切られることも覚悟するべきかもしれない。

 

それでも、好きな相手の危機に何もできず、後悔するような事態になるよりはましなはずだ。

 

エンリたちを助けてくれたのが、悪魔だというのが少々気になるところだが、助けてくれない神より、救ってくれる悪魔の方が有り難いというものだ。

 

たとえそれが打算含みだとしても、だ。

 

ただで助けてくれる者など、人間でもそうそう居るものではない。

 

「助けたい」ということと、「助けられる」ということは、同じではないのだから。

 

例えば――

 

転んでいる相手を助け起こす。

貧しい人に施しをする。

襲われている人を、その相手から救い出す。

 

転んだ相手に手を差し伸べても、打算や持ち逃げを疑われるかもしれない。

急いでいたら、わざわざ助け起こそうなど考えもしない。

むしろ、転んで交通の邪魔だの転んだ間抜けだのと考えるかもしれない。

 

施しをするような人間で、感謝よりも鴨と思われるかもしれない。

一度で済まず、何度も強請りたかられるかもしれない。

別の人間も同様に施しを期待して、寄ってくるかもしれない。

裕福だと思われ、家を調べられ、泥棒に入られるかもしれない。

 

襲われているのが、絶対に「弱者で正しい人」だと断言できるだろうか。

盗みを働いた者かもしれない。

大罪を犯して、指名手配をされているのかもしれない。

双方共に悪人で、仲間割れかもしれない。

助けたら、その時だけでなく、以降も助けることになるかもしれない。

個人ではなく、組織的な対立だったらどうするのか。

そもそも助けられるのか。

自分が暴力を受けたり、脅されたり、殺されたりしないと、誰に断言できるというのか。

助けた方が悪だった場合、その責任をとれるのか。

 

可能性は多岐にわたる。

今のカルネ村に必要なのは、落ち着いて考え行動のできる人間だ。

 

自分の行動が、村全体の不利益にならないように気を付けなければならない。

 

少なくとも「悪魔に助けられた」など、一番に隠さなければならないことだろう。

 

どう考えても、好意的には受け取ってもらえないだろうことは間違いが無い。

 

 

脅されていると勘ぐられるくらいなら、まだいい方だ。

もしかしたら、洗脳されているとか、悪魔が人間に化けているなどと決めつけられ、皆殺しにされるかもしれない。

 

王国の対応を知ってしまえば、考え過ぎとは思えなかった。

 

 

◆◆◆

 

カルネ村から帰る道すがら、イアンたちは確認する。

 

わざわざ村の安否を確認する存在に村の現状を隠さないのは、その後の対応を見るためだ。

 

他の村への確認は今のところ無いらしいが、他の村の生き残りがカルネ村に移住していることが知られれば、そういった存在が他にも現れるかもしれない。

ンフィーレアが祖母と一緒にカルネ村へ移住するのなら手を出す理由にならないが、ンフィーレアだけで祖母が事情を知りつつエ・ランテルに残るのなら、対応を考えなければならないだろう。

 

秘密を守るなら、喋る口は少ない方がいいのだから。

 

むろん、ヤルダバオトからの指示を受けることになるはずだ。

 

できるなら、穏便な対応になることを祈るのみだ。

 

 

◆◆◆

 

エ・ランテルに着くと、ンフィーレアはそのまま冒険者組合へ赴き依頼の完了手続きを済ませる。

そして冒険者の一行と別れ家路を急いだ。

 

予定より遅い日程の旅になってしまったのだ。

なにしろ、件の悪魔ヤルダバオトが、トブの大森林に住む「森の賢王」と呼ばれる強大な魔獣を支配下に置いたということで、薬草を安全に採取することができたのだ。

戻って祖母に話す内容も考えると、ついつい採集に力が入ってしまった。

 

あの「森の賢王」を下すなど、さすがはヤルダバオトという悪魔は強大な力を持っているのだと、納得したものだ。

あの悪魔がいれば、カルネ村は安全だろうと思われた。

 

そして、今回護衛を引き受けてもらった冒険者たちには、後日改めて依頼を出す予定だ。

 

これから祖母と話し合わねばならないことがたくさんあるのだ。

 

祖母が寝ていれば、話し合いは明日に持ち越されるだろう。

起きていたとしても、すぐに決着のつく話ではない。

夜通しになる可能性もあるのだ。

護衛でしかない部外者の冒険者に居てもらう理由がない。

 

できれば、祖母も巻き込んでカルネ村へ移住したいところだ。

 

薬師は製法の必要から、魔法も使える。

魔法が使えるということは、一般人よりも強者であるということだ。

 

自分(ンフィーレア)も第二位階の「酸の矢(アシッド・アロー)」が使えるし、祖母にいたっては第三位階の「雷撃(ライトニング)」が使用できるのだ。

 

これだけでも、戦力として強力なことはいうまでもない。

 

そんな祖母が一緒に来てくれれば、カルネ村にとっても心強いことこの上ないはずだ。

 

 

「おっかえり~。待ってたんだよ~」

 

明るい声だ。

ひどくその場に馴染まない異様さを感じさせる。

 

「どちらさまですか?」

 

どうしてこの部屋はこんなに暗いのか。

嗅ぎなれた薬草の匂いに混じっている、この匂いは――

 

「おばあちゃん!!」

 

自分を迎え入れた相手の後ろの床に、見慣れた祖母がうつ伏せに倒れている。

その床には血溜まりができていた。

 

「あ?もう死んでるよ、そのババア。あんたがなかなか帰ってこないから鉢合わせしちゃってさー。ちょっとお話ししてたら死んじゃったんだよねー。やっぱ年寄りは堪え性が無くていけないよ。でも、どうせこの都市のみんな死んじゃうんだから、今のうちに死ねてチョーハッピーだよねー」

「何言ってるんだ、人殺し!」

「うっさいよ!散々人を待たせといて文句言うな!!」

「な……」

「あんたは殺さないでやるよ。あんたの生まれながらの異能(タレント)は、ちゃ~んとあたしらが役に立ててあげるからね~」

 

第三位階の魔法を使いこなす祖母は、このエ・ランテルでも有数の戦闘能力上位者だ。

 

その祖母がかなわなかった相手に、ンフィーレアがかなう道理が無かった。

 

◆◆◆

 

突然墓地から溢れだしたアンデッドの大群に、エ・ランテルは大混乱に陥った。

 

墓地に詰めていた衛兵の連絡で衛兵駐屯所や冒険者組合から救援が駆け付けた時には、すでに墓地の門は破壊されていたのだ。

 

とにかく数が尋常では無い。

 

門を破壊するほどの大量のアンデッドや、集合する死体の巨人(ネクロスオーム・ジャイアント)相手には、近隣の家屋も扉を閉めた程度では侵入を防ぎきれない。

 

そして倒しても倒してもわき出るかのように増え続けている。

 

疲労も死の恐怖もないアンデッド相手では、アンデッドのほとんどが低位でも、人間の方が不利だった。

 

「報告ご苦労でした。全く、自分の住む場所さえ守れないとは、嘆かわしい事態ですね」

 

陽光聖典の連絡を受け、エ・ランテルへとやって来たデミウルゴスは、悲しげに言った。

 

ナザリック地下大墳墓において、一五〇〇人の侵攻以外は第六階層より先に抜かれたことは無く、その一五〇〇人の侵攻も主人たる至高の御方々によって阻んでいる過去を持つ身として、自分の居住地を守れないとはゆゆしき問題だ。

 

もっとも、この都市に住む人間にとって、この事態がナザリックにおける「一五〇〇人の侵攻」に匹敵する大攻勢だというのなら、少しは気の毒と言う気にもなる。

 

こんなことで混乱に陥る、お粗末な防衛能力に。

 

一大事であるのなら、なおのこと一丸となって事態の収拾にあたるべきではないのだろうか。

 

 

それにしても、これが自然発生とは思えないとは陽光聖典の見立てだったが、それは確かなようだ。

 

アンデッドの「流れ」に人為的な物を感じるのだ。

 

「まあ、良いでしょう。貴方たちはこの都市の冒険者として他の冒険者と協力して事態に当たりなさい。元陽光聖典の六名は、私に着いてきなさい。元凶を排除します。それを以て、貴方たちの昇格の一助としましょう」

 

未だ完全に人間社会を掌握していないのだ。

その足場の一つをこんなことで、しかも人間ごときの都合で潰されるのは少々面白くない。

 

「首謀者が使える人間だと嬉しいのですが」

 

手駒と情報源は多いほど良い。

それが「犯罪者」なら、尚良い。

いなくなっても、どのように使い潰そうと、一定の理解が得られるのだから。

 

◆◆◆

 

元陽光聖典の隊員たちは、使い慣れた装備を一時的だが返却され、身も心も引き締める。

 

さすがに、エ・ランテルで冒険者登録したばかりの者が、この装備を纏うのは憚られた。

 

元の身分を示さないためにも、これらは剥奪されていたのだが、この事態には今の冒険者としての装備では心許ないと、戻されたのだ。

 

それはつまり、これから対峙する相手がただ者ではないということに他なら無い。

 

装備の充実が安心に繋がらないことを、心に刻む。

 

陽光聖典の任務でも、油断や慢心は己の身を危うくする一番の要因なのだ。

 

六人はヤルダバオトとは別に、墓地の破壊された正面口から中に入る。

 

ついでに、ここで一番の難敵と思われた集合する死体の巨人(ネクロスオーム・ジャイアント)を派手に倒しておく。

ヤルダバオトはこの都市の人間に見られないためだが、昇格の証明のためにも、陽光聖典の六人は中に入る所を誰かに見てもらう必要があるのだ。

 

むろん、顔は売るが装備は見られないように、普段のローブを装備の上に羽織っている。

 

墓地の中に入り、しばらくアンデッドを倒しながら進む。

そして中に都市の人間が死体以外には存在しないと確認すると、彼らは慣れた手順で天使を召喚した。

 

低位のアンデッドなどは、これで問題は無い。

術者が身体的な怪我とは無縁と言うのも大きい。

 

ヤルダバオトと合流し、そのまま墓地の中を進んでいく。

進軍は楽なものだ。

 

天使はアンデッドに相性でも強く、第三位階の魔法で呼び出された天使が、この世界でも低位のアンデッド相手に苦戦する理由もない。

 

さらに先頭にはヤルダバオトがいるのだ。

 

指先の一振りで数十のアンデッドが消滅する。

陽光聖典はその周りからくるアンデッドに対処すればよいのだ。

 

自分たちの全力が、悪魔の指先一つと同等かそれ以下と知り、正しく桁の違う存在だと再認識せざるを得ない。

 

それでも、現状は敵ではないという事実は大層心強いものだ。

 

そして――

 

「この先に魔力反応があります。まずは貴方たちで対応しなさい」

 

陽光聖典の六人が最奥の霊廟へと進んでいく。

 

「注意!魔法詠唱者七、隠れてる者が一」

 

「や~だ。バレバレじゃん。つーか、懐かしい奴らがいるもんだね~」

 

陽光聖典の装備に、神殿の陰から出てきたクレマンティーヌの顔が憎々しげに歪む。

 

「貴方は漆黒聖典の?」

「え?本国の仕業なのか?」

 

「ちょっとちょっと。こっちはもう漆黒聖典も抜けて法国にも帰れない身なんだよ?そっちと一緒にしないでよ」

 

そして女は猫のような仕草で首を傾げる。

 

「つーか、あたしが法国から逃亡したって、あんたたち知らされてないわけ?」

 

お互いの情報不足が露呈した場面である。

お互いにお互いを「法国」絡みだと、この瞬間誤解したのだ。

 

「元」陽光聖典は、このアンデッド騒動をエ・ランテルに引き起こしたのが、法国だと思った。

「元」漆黒聖典第九席次は、エ・ランテルに陽光聖典がいるのは、法国からの追手だと思った。

 

陽光聖典隊長であるニグンは、クレマンティーヌ(元漆黒聖典第九席次)が逃亡していることを知ってはいた。

そもそもそれが原因で、ガゼフの暗殺という任務が陽光聖典へ回ってきたのだから。

 

それでも、逃げ隠れしているだろうクレマンティーヌと、エ・ランテルで鉢合わせるなど思ってもみなかったために、その情報は部下と共有されていなかったのだ。

 

 

「おやおや、これは奇遇、あるいは奇縁というべきでしょうか」

 

上空から声と共に、ゆっくりと降りてくる存在がある。

 

仕立ての良い南方風の「スーツ」と呼ばれる衣装。

人間の体に蛙の頭という、冒涜的な姿。

大きく広げられた濡れた皮膜のような翼。

 

どう見ても人間ではない。

 

そんな存在が、クレマンティーヌたち「ズーラーノーン」と「元」陽光聖典との間に降り立つ。

 

「初めまして、お嬢さん」

 

耳に心地よい声。

それ以上に肌が泡立つような危機感。

 

「異形種?!」

 

それまで黙っていた、この事件の首謀者であるカジットの弟子の一人が思わず、といった様子で声を出す。

 

「馬鹿者!術を乱すな!」

 

カジットからすれば、誰が来ようが術が完成すればいいのだ。

 

「ああ、そちらは大したことがないようですね。貴方たちはそちらの対応をしなさい」

 

そしてクレマンティーヌに向きなおる。

 

「こちらのお嬢さんは、『元』とはいえ漆黒聖典にいらしたとか。貴方たちには荷が重いでしょうから、私がお相手しましょう」

 

そして、クレマンティーヌを全く気にすることのない様子で、陽光聖典に注意する。

 

「わかっているとは思いますが、その者たちを殺してはいけませんよ。貴重な「材料」なのですから」

 

そして再度クレマンティーヌに顔を向ける。

 

「お待たせしました。そういえば『貴女のお名前は?』」

「クレマンティーヌ」

 

「え?」

 

自分で言って驚く。

この名前を何の迷いもなく口にできるほど、自分は世の中にもまれ慣れていない存在ではない。

 

それが、こうもあっさりと口にするなんて、おかしいとしか言いようが無い。

 

「ふむ。残念です。どうやら貴女は大して強くは無いようですね」

「な…ん…」

 

ある意味、唯一自分が誇れる「強さ」を、会ったばかりの相手に否定され、クレマンティーヌの頭は一瞬で沸騰しかけ――

 

やばいやばいやばいやばい。

 

クレマンティーヌは恐怖した。

 

「国堕し」と呼ばれ、この王国でアダマンタイト級冒険者「蒼の薔薇」の一員となっているイビルアイでも、デミウルゴスと会えば生存本能を刺激され、逃げるという選択肢しか選べないほどの隔絶した差を感じるだろう。

 

「元」漆黒聖典といえども、実力上位に入れないクレマンティーヌは、蛇に睨まれた蛙の如き状態に陥っていた。

 

「まあ、いいでしょう。丁度女の手駒が欲しいと思っていたところです。使えないことは無いでしょう」

 

「物」を見る視線に、恐怖する。

 

加虐趣味の「拷問」でも「殺人」でもない。

食用家畜を屠殺するがごとき、無慈悲な視線。

 

「悪魔かよ」

「ええ、そうです。よくおわかりですね。私の種族は悪魔です。どうぞよろしく」

 

優雅とも言える一礼を返す「悪魔」に、警戒感が一気に膨れ上がる。

この余裕は「本物」だ。

 

「とはいえ――」

 

悪魔は――蛙の顔の表情など全くわからないが――その声音から楽しそうなことを思いついたらしい。

 

「貴女と私では差がありすぎますから、私の召喚したものがお相手しましょう」

 

そして――

 

現れる自称「悪魔」などより、よほど悪魔らしいといえる存在。

 

巨大な体。

燃え盛る炎の翼。

怒りを湛えた憤怒の表情。

眼光と牙の鋭さは全てのものを切り裂くようだ。

 

 

それは圧倒的な強者だった。

 

自分を強いと思っていた頃の自分を罵倒し、殴り倒したくなるほど天地ほどの差を感じる強さ。

 

体が心が生存本能が、全力で叫んでいる。

 

「死にたくない」

「逃げろ」

「助からない」

 

力の波動が物理的に自分を打ちのめすかのように感じられる。

この強者と戦って勝つことなど不可能。

振るった腕の動きさえ見切れない早さ。

 

基本的に召喚される者は、召喚者より弱い者というのが常識だ。

 

では、目の前に現れた存在よりも、自称「悪魔」は一体どれだけ強いというのか。

 

 

それでも、僅かな生存に賭けて突貫する。

 

そして――

 

優しく摘まれたスティレットごと、放り投げられた。

 

それは狙い通りだ。

 

投げられた方向へ、そのまま転がり逃走を計る。

 

ふと振り向き、相手がいないことに気付き――

 

走り出した方向にぶつかって、無様に尻餅を着く。

 

見上げた先には――

 

「何処へ行くのだ?」

 

先ほど自分を放り投げた相手。

 

あの一瞬で、自分の逃走方向へ移動し、先回りしたというのか。

 

あるいは転移。

 

どちらにしても、速度でも移動手段でも、自分を遙かに上回ると知れた。

 

 

 

「た…たすけて」

 

なんて滑稽な台詞だろう。

 

この台詞を言う相手をどれだけ馬鹿にしてきただろうか。

 

「助けて」と言われて助けるくらいなら、そもそも襲いかかってなどこないだろうに、と。

 

だからこそ、自分はそんな台詞を言う相手を助けたことなど無い。

 

だから理解してしまう。

 

自分は助からないと。

 

 

◆◆◆

 

強者たる者で罪を犯している者というのは、とても都合が良い存在だ。

 

なぜなら、なにをしてもさせても非難の対象とならないからだ。

 

どれほど酷使しようと、周囲は納得してくれる。

 

「犯罪奴隷」という表現があてはまるだろうか。

 

そもそも強者が犯罪者であれば、捕らえておくことも拘留しておくことも困難だ。

 

捕らえる際に死んでいた方が、あとあとの面倒がないくらいだろう。

 

そういった面倒な存在を「捕らえた」、つまりその対象よりも強者が監視してくれるのなら、願ったり叶ったりという訳である。

 

当然、何か問題が生じた場合には、管理責任を問える。

 

厄介払いとして、最適ともいえるのだ。

 

「戦利品が「女」とは、今回はよい収穫でしたね。『ついてきなさい』」

 

圧倒的な存在のただの腕力による殴打によって、火傷の変色と打撲や骨折の内出血で体中がまだらに染まったクレマンティーヌ(レベル四〇以下)に逆らう術など無かった。

 

 

◆◆◆

 

カジットと高弟たちも、陽光聖典に捕らえられた。

 

自慢の骨の竜(スケリトル・ドラゴン)も第三位階で召喚された天使の集団のメイスによって、粉々になっている。

その上、陽光聖典に憑依している悪魔たちの加勢もあるのだ。

負けるはずも、苦戦する理由もない。

 

 

デミウルゴスは憤怒の魔将(イビルロード・ラース)に命じる。

 

基本的に悪魔という種族は、治癒魔法などの信仰系魔法を使えない者が多い。

 

もちろん、拷問の悪魔(トーチャー)のように、種族特性として使える者もいるが、一般的には少ない。

 

しかし、代価を払うことで魔法の行使を可能とする者もいる。

 

憤怒の魔将(イビルロード・ラース)も〈魂と引き換えの奇跡〉を使用すれば、第八位階までの魔法を自由に使うことが可能となる。

 

第八位階の魔法など、ユグドラシルプレイヤーなら一般的に使う対処可能な魔法でしかない。

 

ただ、本来なら使えないはずの魔法を行使してくるというイレギュラーが予測を困難にするということになる。

 

しかし、それはあくまでも「ユグドラシル」というゲーム内での話だ。

 

この世界では、第八位階の魔法など神の領域とされている。

 

そして第六位階にある「大治癒(ヒール)」は、過去の傷さえも修復するのだ。

 

つい先ほど失明しただけのンフィーレアの治療など、たいした手間ではない。

 

難点とすれば、魔将の召喚が五〇時間に一度という制限を考慮しなければならないことだろう。

 

「叡者の額冠」もすでに一つ、手に入れている。

破壊することに問題はない。

 

むろん、手に入る機会があれば、手に入れることは吝かではない。

 

今は重要度の差があるだけだ。

 

 

◆◆◆

 

「複数の冒険者チームによって助け出された」と教えられたンフィーレアは、店中のポーションを処分した。

都市長パナソレイ・グルーゼ・デイ・レッテンマイアに、店の売却を依頼したのだ。

 

工房も含めた店にある物全ての売却だ。

 

ポーションも店も全て売り払い、当座の資金とする。

祖母の貯めていた金貨や宝石も、全て持ち出した。

 

その金を持って、王都に向かうことにしたのだ。

 

祖母リイジー・バレアレの蘇生を頼むために。

 

このリ・エスティーゼ王国で蘇生魔法の使い手は、アダマンタイト級冒険者「蒼の薔薇」のリーダー、ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラのみだ。

 

彼女の活動拠点は王都なので、祖母の遺体を持って「死者蘇生」を依頼しに行くことにしたのだ。

 

カルネ村へ移住するために必要な最低限を残して、ポーションや薬の生成器具、店まで含めた売却費用はそれなりになった。

 

これで費用は問題ない。

 

あとは祖母が「復活」に耐えられるか、である。

それでも祖母は第三位階魔法の使い手だ。

単純な戦闘力なら、白金(プラチナ)級冒険者と同等の戦闘力と言われている。

蘇生に耐えられないということは無いだろう。

 

王都までの旅には、以前カルネ村への護衛を頼んだ冒険者たちに依頼した。

 

彼らは、先のアンデッド騒動を治めた功労者として、ミスリル級に昇格していた。

 

他にも幾つかのチームがミスリルに昇格したそうだが、今のンフィーレアには関係の無いことだった。

 

彼らは相場より安値で依頼を引き受けた。

 

それは――

 

「蘇生費用に相場なんて当てになりませんからね。節約しておくべきですよ」

「リイジーさんが復活したら、カルネ村に行くんでしょう?そこまでの護衛も我々が行くことになるでしょうから、そちらは正規料金でよろしくお願いします」

 

事情を知っている上で、ふっかけるのではなく協力を申し出てくれたのだ。

 

「ありがとうございます」

 

祖母が復活すれば、また元に戻れる。

エンリとのことも相談して、できれば二人でカルネ村へ引っ越そう。

あそこなら、不自由だけれど人間に襲われる心配はきっとない。

 

祖母さえ復活す(生き返)れば――

 

 

 

「ごめんなさい」

 

 

「蒼の薔薇」のリーダー、王国で唯一の復活魔法の使い手。

彼女、ラキュースが言うには、祖母の死体は損傷が激しく、復活は不可能だと言い渡されたのだ。

 

あのアンデッド事件の首謀者の一人、クレマンティーヌという女が、祖母を拷問の末に殺したらしく、死体の損壊は「見る者が目を背けるような有様」だった。

 

「安眠の屍衣(シュラウド・オブ・スリープ)」に包まれた祖母の死体を前に、ンフィーレアは憔悴していた。

 

これで祖母の復活はあり得なくなった。

この国に、ラキュース以外の蘇生魔法の使い手は存在しないのだから。

法国には存在するかもしれないことは噂として、そして祖母の話から知ってはいるが、カルネ村を襲うような国が、祖母を金銭を払うだけで復活させてくれるとは思えない。

 

非道なことを、それこそ王国を害するようなことを強要されるかもしれない。

 

「首謀者」の一人であるクレマンティーヌは、エ・ランテルでアンデッド騒動を解決したチームの一つに預けられている。

 

「犯罪奴隷」という扱いだ。

 

奴隷制度は、第三王女ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフによって、撤廃された。

 

しかし、法国から流れてくるエルフや亜人種などの奴隷に、犯罪者への刑罰としての奴隷制度は残っている。

 

どんな扱いでも文句の言えない犯罪奴隷。

 

口さがない者は、女だから助けたのだと噂している。

その噂が同じミスリルの冒険者からだという噂もあったが、そちらはどうでもよかった。

 

あの女がどうなろうと関係無い。

 

ただ、祖母が復活しないと知って、ようやく彼女への憎悪が明確になったのだ。

 

祖母は復活すると信じていた。

疑っていなかった。

 

だから、クレマンティーヌへの憎しみもどこか不明瞭な物だったのだ。

 

それが、確かな形としてンフィーレアの中に生み出された。

 

憎い

殺してやりたい

祖母と同じ目に会えばいい

 

様々な負の感情が溢れてくる。

 

それでも――

 

「カルネ村へ行きます」

 

祖母の遺体と共にカルネ村を目指すことに決めた。

 

エ・ランテルには埋葬しない。

 

あの女(クレマンティーヌ)がいる場所では、祖母も安まらないだろう。

 

カルネ村に行くのだ。

あそこには、正しく自分の気持ちをわかってくれる人たちがいるのだから。

 

 

 

エ・ランテルで引き留められることを厭うて、寄ることなくトブの大森林を目指す。

その手前にある、カルネ村が目的地だ。

 

人目につきたくないために、浅い場所とはいえ森の中を通るなど自殺行為に等しいが、ンフィーレアは気にしなかった。

 

彼が雇った冒険者のチームが、大丈夫だと太鼓判を押したからだ。

 

彼らは、エ・ランテルで冒険者になる前にはトブの大森林で活動することも多かったという。

 

「よろしくお願いします」

 

彼らには護衛でも救出でも、世話になりっぱなしである。

雇ったというより、相談に乗ってもらっているような感覚だった。

 

そして――

 

「待っていましたよ」

 

 

カルネ村へ向かう道中でンフィーレアはその存在と会合した。

 

「君とは初めましてでしたね。私はヤルダバオト。君が向かっているカルネ村を救った者です」

 

話には聞いていたが、初めて会うその存在は、蛙の頭という見た目からは想像できないほど紳士的な態度だった。

 

「このまま、君の祖母の遺体を持ってカルネ村に行かれては困るのです」

「どうしてですか?!僕はカルネ村に不利益なことはしないと誓います!貴方のことだって誰にも――」

「違います」

「え?」

「あの村で、私は村の人間を復活させていないのです。君の祖母を村で復活させては、どうしても不愉快に思う者が出てくるでしょう」

「復活?」

「ええ、そうです」

「! だっておばあちゃんの復活は無理だって、蒼の薔薇の人が……」

「それは第五位階の魔法しか使えないから、でしょう?」

「第五位階『しか』?」

「はい」

 

祖母の遺体を「安眠の屍衣(シュラウド・オブ・スリープ)」から取り出す。

酷い状態だ。

 

眼球が片方は潰され、片方は抉られている。

歯は折られるか抜かれるかで、残っていない。

首に付けられた切り傷は両手でも足りない。

耳の片方は削ぎ落され、もう片方は無数の切込みで花弁のように開いている。

見える範囲でこれだ。

服の下はどうなっているのか。

 

それでも――

 

「本当に生き返るのですか?」

 

悍ましい、けれど絶対的な強者の雰囲気を持った、人間では無い存在。

 

「私では無理ですね」

「そんな!!」

「ですので、悪魔に願いを叶えて貰いましょう」

 

異形がそう語った瞬間、叩きつけられる恐ろしいまでの力の波動。

圧倒的な力が形を作ったようだ。

 

そんな存在の圧力に屈しそうになる。

 

「悪魔は対価を払うことによって、願いをかなえてくれます。」

 

御伽噺などで、よく聞く話だ。

それらの話は、真実を含んでいたというのだろうか。

 

「と言っても君に払えるほど、この悪魔の対価は安いものでも楽に手に入るものでもありません。そこで提案です。この悪魔への対価は私が払いましょう。君はそれを「負債」として、私のこれからの頼みごとを受ける。いかがです?君のお婆様も一緒に返済に努めれば、より早く済むかもしれませんよ。むろん、一生かかるかもしれませんが」

 

ンフィーレアは即答する。

答えは決まっているのだから。

 

その願いをヤルダバオトと名乗った悪魔は、改めて口にする。

 

「この女性を蘇生させなさい」

 

蛙頭の異形の命令に、強大な力を発している悪魔が応じる。

 

「蘇生(リザレクション)」

 

 

◆◆◆

 

何度も頭を下げて、馬車に乗り旅に戻ってカルネ村を目指す二人の薬師と、その護衛の冒険者を見送る。

 

これであの二人は、カルネ村で生活しても問題ない。

 

リイジーが「ヤルダバオトによって復活した」ことを、村の住人やエ・ランテルなど他の者に伝えないように、よく言い含めた。

 

恩人(ヤルダバオト)の言いつけを守れないほど、頭のタガが外れているような人間ではないと把握している。

 

わざわざ、憤怒の悪魔(イビルロード・ラース)を召喚した甲斐があったと思いたいものだ。

 

 

 

デミウルゴスはンフィーレアを手中に収めたかったのだ。

 

彼の持つ「生まれながらの異能(タレント)」、あらゆるアイテムを一切の制限を無視して使える力。

 

例えば、この世界には医療行為として「手術」が存在する。

この「治癒魔法」が存在する世界でだ。

 

「ユグドラシル」でも、そんな技術は存在しない。

似たようなことはできるだろうが。

 

しかし、明確に「医療行為」として確立されているのだ。

 

手法が野蛮だとか、成功率が低いだとかは、問題ではない。

そういう「手段」が存在することが問題なのだ。

 

どうして存在しているのか。

 

考えられる単純な理由は、治癒魔法を受けることができない貧しい者たちのため、かもしれない。

 

だが、ンフィーレアの「生まれながらの異能(タレント)」のように、「魔法が一切効かない異能」が無いと言えるだろうか。

 

魔法が効かない者への救済措置であり、そういった能力持ちが一定数いるために普及したのだという可能性が「絶対に無い」と言い切れるだろうか。

 

ゆえに「希少(レア)」であり、有効性の高いンフィーレアの「生まれながらの異能(タレント)」は確保しておきたい能力だ。

 

もし「魔法が効かない能力」が存在したなら、魔法攻撃はもちろんのこと、魅了や麻痺、デバフも効かない。

もしかしたら、自分の「支配の呪言」が効かない者もいるかもしれない。

それどころか、至高の御方々が使われる「超位魔法」や規格外の「ワールドアイテム」さえも無効化するかもしれないのだ。

 

不安材料、懸念事項は、早急に取り除かなければならないが、それがかなわないのならば、対策を立てるのは当然のことだ。

 

そのためにも、ンフィーレア・バレアレの「生まれながらの異能(タレント)」は役に立つ。

それにこれで使用制限があり、自らが使えないアイテム類も使用可能となる。

 

そのために、二日に一体しか召喚できない憤怒の魔将(イビルロード・ラース)の力を使ってまでこちらの支配下におくのは、損耗というよりは投資と考えるべきだ。

 

◆◆◆

 

「これで良かったと思いますか?」

 

イアンの言葉にンフィーレアは少し黙る。

 

この冒険者たちは、カルネ村へ行ったとき、村にいるゴブリンたちから「村を救った悪魔(ヤルダバオト)」のことを、あれこれと訊ねていた。

その上で、黙っていると誓ってくれたのだ。

きっと、自分の考えを話しても大丈夫だろう。

 

そして答えた。

 

「いい人かはわかりません。でも……有り難いですよね」

 

次に発せられた言葉は、イアンには少し辛かった。

 

「困った時に助けてくれるって」

 

◆◆◆

 

デミウルゴスはこの事件を喜んだ。

 

今回は収支がプラスになったといえる。

 

ユグドラシルには存在しなかった「知性あるアイテム(インテリジェンス・アイテム)」である「死の宝珠」の確保。

さらに、創造や作成の材料となる死体も大量に手に入った。

その上、他よりは強いレベルを憑依させることができる「依代」として、カジットという存在とその弟子が「五人」手に入ったのだ。

 

クレマンティーヌが魔法を使えないために、もう一人の「魔法詠唱者の首謀者」が必要だった。

 

そこで、首謀者として残る死体が「一人」必要となる。

その「一人」を「六人の弟子」の中から選んだ。

選ばせたのは六人だ。

 

「貴方たち六人の中から、死ぬ者を一人選びなさい」

 

その後の見苦しい罵りあいは、なかなかに見物だったと言えるだろう。

殺す自分(ヤルダバオト)より、自分を「生贄」に選んだ仲間を罵倒し続けていた。

 

念の為、自分のような存在が居る可能性を心配して、充分に体を損壊させた。

その役目は、残りの五人にやらせた。

殺してくれと何度懇願されたことだろう。

 

その上で、わざわざ高位の魔法による死を与えたのだ。

 

これで、低位の魔法では復活できず、本人(生贄)もおいそれと復活を望むこともないだろう。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 




◆地図

デミウルゴス作成と、スレイン法国作成があります。
デミウルゴス作成は精度が高いのですが、地形のみとなっています。


◆量産

デミウルゴスはやっぱりデミウルゴスなのです。


◆召喚された者は子供が作れない

感想返しより


◆エリュエンティウ

帝国の魔法省の者が調べればわかることなら、法国の陽光聖典隊長のニグンが知っていてもおかしくないのでは思っています。


◆イアン

ゲームをやっていませんので、キャラクターが違うと言われても対応ができません。
ご了承ください。


◆悪魔祓い

原作にはありませんので、独自設定です。

ですが、十二巻でイビルアイが「悪魔を召喚してヤルダバオトの情報を」とも言っているので、悪魔もそれなりにいるのではないかと考えています。


◆女たち

後で出てくるかもしれないので、何故いるのか、何故逃げないのか、という説明です。


◆二人の娘

襲われて石化されていたので、エ・ランテル近郊の森の中と勘違いしています。
だから、逃げることに躊躇いが無かったという理由です。


◆「千里眼」と「水晶の画面」の併用

二巻より


◆カルネ村の認識

スレイン法国の行動も、それに対する王国の対応も、全て真実を知らされています。
なので、何かあったら王国を離脱する覚悟はできています。

ばれれば儚い嘘などより、真実の方が残酷に人を動かせるので、デミウルゴスに隠す気はありません。


◆情報

一〇巻でも、貴族であろうと正確な情報はあまり出回らないようです。
二巻でも、ンフィーレアはカルネ村に着くまで、辺境周辺の村が襲われたことを知らなかったので、意図的に噂を拡散しています。


◆リイジー殺害

原作でンフィーレアが帰ってきた時に家の中に居たのは、精神支配したワーカーに見張らせていたからですが、原作と異なり、ここではンフィーレアは冒険者組合で手続きを済ませてから帰宅したので、原作より遅い帰宅となり、リイジーは殺されてしまいました。


◆ポーション

ポーションの作り方は三種類。
魔法のみの場合は「錬金術溶液に魔法を注ぎ込む」ことでできるとあります。
この「注ぎ込む魔法」が「治癒魔法」なら信仰系魔法が使えるので、ポーションをわざわざ作る必要はないのではないかと思いました。
八巻でのアーグの怪我も、ポーションを使うより治癒魔法を使った方が早いでしょう。
そうなると「注ぎ込む魔法」は治癒魔法では無い可能性があるのではないかと思います。
WEBでは「錬金術によって生み出される特殊な溶液を必要とする。この溶液は薬草や鉱物等の混合体に、複数の工程を経過させることで作り出される」とあります。
錬金術溶液にすでに薬効があり、その効果の向上、効能の継続保存の為に魔法が必要なら、ンフィーレアが薬師で錬金術師であることも一応納得できる、かも?


◆リイジーの復活

拷問の末の死ですが、高位の復活魔法であること、ンフィーレアが呼んでいることもあり、問題なく復活します。

一巻で、ユグドラシルでは死んだ時に五レベルのダウンとありますが、同じく一巻で、レベルダウンも〈蘇生(リザレクション)〉や〈死者復活(レイズ・デッド)〉で緩和される、とあるので、拠点復活(無料)と魔法復活(有料)では、レベルダウンに差が出るのではないかと考えています。

◆◆◆

誤字報告をくださった方々、ありがとうございました。


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IF NPCが一人 デミウルゴス 5

IFであり、独自設定があります。
モブ(名無し)がいます。

残酷な描写があります。


リ・エスティーゼ王国の城塞都市エ・ランテル。

そこで発生した、アンデッド騒動はその日のうちに収束した。

 

この事件でデミウルゴスは、大量の「材料」を手に入れることができた。

 

墓地から溢れ出したアンデッドによって死んだ衛兵、冒険者、市民。

 

わざわざ助ける意義を見いだせなかったので、エ・ランテルにおける被害者の数は甚大だ。

 

それでも、「ヤルダバオト」主導のもと早期に解決をみたために、関わらなかった場合の被害よりはよほどに軽微と言えるだろう。

 

なにしろ、カジットたちの本来の狙いでは、このエ・ランテルに住む者全てを殺し尽くす予定だったのだから。

 

墓地を守っていた衛兵、数十。

墓地の近くに住んでいた住民、数百。

緊急の依頼に駆けつけた冒険者、数十。

 

さすがに低位のアンデッドが殆どだったために、高位の冒険者に負傷はあれど死者はいなかった。

しかし、それは高位、つまり白金(プラチナ)以上の冒険者には、ということだ。

 

金(ゴールド)以下、銀(シルバー)、鉄(アイアン)、銅(カッパー)には少なくない数の死傷者が出たのだ。

 

事件後、全ての死者は速やかに埋葬された。

また新たにアンデッドにならないとも限らない。

なにしろ、殺された「無惨な死者」なのだから。

 

数も多い。

 

故に、身元確認もそこそこに、その身に着けた装備もそのままに、とにかく弔われた。

 

必要があれば、きちんと神の御元に行ったと、その死が確認されてから掘り返せばいいのだから。

 

そして――

 

その中には、生きたまま埋葬された者も多数いた。

 

重傷を負い仮死状態になった者。

重態のまま麻痺にかかり、どう見ても死体にしか見えなかった者。

そういった、死体としか見えない者。

 

けが人も多く、治療は優先的にそちらに回され、冒険者、しかも低位の者の生存確認はおざなりだった。

 

それらは、市民でもある衛兵に対して優先されたのだ。

 

「いやだ、いやだ!俺は生きている!死んでない!」

「やめて!埋めないで!土をかけないで!」

 

意識のある者ない者全て、動くことのできない冒険者が次々に埋葬されていった。

 

棺桶など無く、ただ掘っただけの穴に埋められていく。

その後に神官が唱える鎮魂の言葉も意味が無い。

生きているのだから。

 

「助けて!誰か助けて!」

「いやだあ!死にたくない!」

 

もし、心の声を聞ける者がいたのなら、墓地は夥しい声で埋め尽くされたように感じただろう。

 

そこに――

 

「助かりたい?」

 

生き埋めにされた者全てに声が届いた。

 

「助けて!」

「助けてくれたら何でもする!」

 

全ての声が、聞こえた声にすがりつく。

 

「約束だよ。これは契約だからね」

 

次の瞬間、彼ら彼女らは埋められた地中から腕を突き出していた。

無論、埋められた深さから、地表に出たのは指先程度だ。

それでも我武者羅に自分の上の土をかき分け、自らの体を掘り起こしていく。

 

本来なら、腕一本も地中から出てくるはずもない状態からの生還だった。

 

それがあちこちから同じように起きあがる様は、異様にして悍ましい光景だった。

 

これが夜であれ昼であれ、見る者があったなら、あっと言う間に大騒ぎになったことだろう。

 

 

彼らが「誤って」埋葬されたのには、訳がある。

 

それはデミウルゴスの命令によって、「擬死(フォックス・スリープ)」を使える配下が、倒れていた冒険者たちにかけて回ったからだ。

 

重傷の上に、「擬死(フォックス・スリープ)」をかけられた冒険者たちは、それらを看破できる能力を持たなければ死んだとしか見えない。

麻痺を重ねられれば尚更だ。

 

結果、多くの冒険者が生きながら埋葬されるという憂き目に会ったのだ。

 

これは被害者の数を増やして被害が甚大であり、これを収束させた冒険者(陽光聖典)の評価を上げるため。

 

そして――

 

「早く組合に行こう。他にも間違って埋められた奴らがいるかもしれない」

 

墓穴から自身を掘り起こした冒険者の一人が、同じように起きあがった彼らにそう提案する。

 

しかし――

 

「だめだよ」

 

それを止める声が響いた。

 

「どうやって墓から出たのか疑われる。我々はそんな危険を冒せない」

 

声は同じ冒険者の口から発せられていた。

体の中から別の存在が語りかけてくる。

それは、「悪魔」と呼ばれる種族の集団だった。

 

 

本来、土の中から何の道具も魔法もなく、身一つで這い出すなど、常軌を逸した行為だ。

 

砂浜でさらさらとした砂に埋められても、一人ではその砂山から起きあがることも困難だ。

 

それを砂より重い土で、顔も含めた全身を深く埋められた上に、さらに固められた状態から自力で出てくるなど、モンスター並の生命力と筋力が必要となる。

 

これが高位の冒険者、つまり進化の先に得た通常を超えた筋力を持つと皆が理解できる相手ならまだしも、低位の冒険者が自力で墓から蘇ったなど、人間の振りをしたアンデッドと疑われても仕方がない。

 

そして、アンデッドではないと証明できても、今度は「どうやって」墓から出たのかを問われるだろう。

 

そしてその力を与えた悪魔たちは、自分たちの存在を知られたがらない。

 

「最初に『契約』と言ったよね。それは我々(悪魔)の存在を隠してほしいってこと」

 

 

悪魔たちは「相手に憑りつくことで長く存在することができる」種族らしい。

その憑りつく相手を探していたのだという。

 

冒険者全てにその悪魔たちが憑りついていたが、数体の悪魔があぶれてしまっていた。

 

彼らは新しい契約相手を探しに行くと言う。

 

「見つかるといいですね」

「ありがとう」

 

◆◆◆

 

悪魔が余ったのは予定通りだった。

しかし、その数が予定より多くなったのもまた事実だ。

 

悪魔たちが持ちかけた『契約』に、土壇場で応えなかった冒険者たちは、土の中でそのまま死んでしまったからだ。

 

慎重、あるいは臆病な彼らは、その手にあった救いの手を掴み返すタイミングを逃したのだ。

 

もっとも――

 

「疑り深い対象は排除できました。『契約』したのは、何としても生き残りたいという欲求と、考えるより先に行動する短慮。使うにはよい駒が集まりました」

 

今の手の足りない状況で、都合良く使える存在を見逃すつもりは、デミウルゴスには無かった。

 

「もう一押しですね」

 

◆◆◆

 

「俺はいやだからな!やっと金(ゴールド)級になれたんだ!!初めからやりなおすなんてのはごめんだ!!」

 

一人の冒険者が、死んだと偽装することで、今までの人生を無かったことにされることを不服に思い、悪魔との『契約』を破棄したいと言い出した。

 

彼からすれば、自分以外の仲間は生きているのだ。

自分一人だけが貧乏籤を引かされたような気になったのだろう。

 

「かまわないよ」

 

悪魔は了承し、あっさりとその体から出ていった。

その途端にその冒険者は「崩壊」した。

 

契約を破棄した冒険者が原形を留めぬ肉の塊と化した事に驚愕する他の冒険者たちに、契約相手を失った悪魔が答えた。

 

「当然でしょ」

 

悪魔曰く、墓から出るのに使った筋力や持続力、呼吸困難などの負荷に対しては、すでに『契約』によって護られていたのだという。

 

地中に直に埋められた状態で動くことを可能とするだけの筋力、皮膚が抉られることもなく、筋肉が潰れることもなく、圧力に骨が折れることもなく、地中から出るまでの間、窒息することもなく出られたこと。

 

その全てが『契約』の解除によって、正しく肉体への負荷が戻ったのだという。

つまり、この墓地に立っている冒険者たちが今この瞬間に生きて立っていられるのは『契約』のおかげであり、その契約による加護が無くなれば死ぬ以外の道が存在しないということなのだ。

 

残りの全員も、自らを死んだとすることに抵抗を感じていたが、そもそもそれが悪魔との『契約』なのだから仕方がないと受け入れた。

 

せめて、今は生きていることを喜ぶべきだと考えたのだ。

納得したわけではなかったが。

 

チームの全員が死んだ者たちの装備はほぼそのままだが、冒険者のプレートは外されていた。

生き残った仲間がいた冒険者は、すでに装備もプレートも外され死亡の確認がされている。

 

「これからどうしよう」

 

生き返ったことを公にできないのなら、彼らは冒険者を続けることができない。

 

そもそも王国では、それなりに知り合いもいる上に、家族が健在な者も多い。

 

それ以上に装備も懐具合も心許ない。

 

全員が不安そうに、土に汚れた顔を見合わせる。

 

自分たちの中には、墓穴から出るのに協力してくれた悪魔がいる。

 

このまま墓地を出ていけば、騒ぎになるのは確実だ。

そうなれば、中にいる悪魔たちは自分たちから出ていくだろう。

その瞬間、自分たちは本当に死を迎えるのだ。

せっかく助かった命を、そんなことで失うのはごめんだった。

それは、この場にいる全員の思いだ。

 

故に考える。

 

そもそも、冒険者としてチームを組んではいたが、誰もが最初は一人で冒険者組合で登録をしてからどこかのチームに入れてもらったり、気の合った者同士が集まってチームとなるのだ。

 

それは、全員が振り出しに戻った状態とも言える。

 

そして、自分たちを誰も知らない土地。

 

「帝国に行かないか」

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

ふと、胸元に触れ、いままであった輝きが失われていることに、僅かばかりの寂しさを覚えた。

これは感傷でしかない。

死んでしまえば、こんな寂しさを感じることもできなくなるのだから。

 

それでも、自分の目標への一歩として進んできた冒険者の道が、こんな形で断ち切られるとは思ってもいなかったのだ。

 

貴族に浚われた姉。

そのために、たてた目標。

 

姉を救う。

貴族に復讐する。

 

どちらもかなわず、自分は今、異国の地へと足を踏み出している。

 

冒険者のプレートは、埋葬された者全てから回収されていた。

後から掘り返して盗む者、悪用する者が出ないともかぎらないのだから、当然の処置だろう。

 

銀(シルバー)級まで昇格したことが一瞬で潰えてしまったことは残念なことに違いはない。

 

それでも、命まで失わずにすんだことを感謝すべきだ。

 

たとえそれが悪魔の手であったとしても。

 

 

埋葬された墓地から抜け出し、エ・ランテルから離れなければならなくなったあの日。

 

自分たちに取り憑いた悪魔たちの能力がなければ、すぐに騒ぎになっていただろう。

 

自分たちの体を住処とした悪魔は、好奇心旺盛で残酷なほどに無邪気で、自分たちよりも強かった。

 

平然とそこらのモンスターを片手間に殺してしまうのだ。

 

暗視(ダークビジョン)に始まり、第三位階の魔法さえも使う悪魔たちは、白金(プラチナ)級以下の冒険者だった彼らからすれば、驚くべき存在だった。

 

こんな高位の魔法を使う存在が、種族として集団で行動しているなど、聞いたこともない。

 

だが、彼らの「取り憑く相手が必要」という特性を考えれば当然かもしれないと、宿主になった彼らは考えた。

 

取り憑くために相手の合意が必要なら、知的生命であることが必須条件だ。

 

そして、取り憑く悪魔たちが優位な立場を持とうとするならば、自分(悪魔)たちよりも弱い存在の方が都合が良いだろう。

 

つまり、自分たちのような「人間」というわけだ。

 

会話をしてみると、悪魔の中には「光に憧れた悪魔」という存在がいるという。

 

善の存在に好意的で、いろいろな便宜を図ってくれるらしい。

 

「そんな悪魔がいるのか」

 

驚く自分たちに悪魔たちは笑う。

さらには「闇に墜ちた天使」という存在もいるというのだ。

 

どちらも強大な力を持っているらしい。

 

何とも両極端な存在だが、そんなものかもしれない。

 

同じ人間という種族でも、何人死のうがどれほど不幸になろうが、自分さえ良ければそれでいいという者もいれば、見知らぬ誰かを助けるために、自分が死んでしまう者もいる。

 

存在の善悪は種族で決まるものではない、ということなのかもしれない。

 

装備も路銀も乏しかった集団だが、悪魔たちの能力で食料となる獲物を捕ることに苦労はなかった。

 

旅において本来なら脅威となるような存在も、ほとんどが鎧袖一触だった。

第三位階魔法を使える集団なのだから、当然ともいえる。

 

おかげで、街道や街に入らないように旅をしているというのに、ほとんど問題が発生しない。

モンスターの部位証明は切り取って持っていくことにしているので、帝国で改めて冒険者となれば換金することも可能だろう。

 

似ているとはいえ、帝国の風土も文字も不慣れだが、代筆も読み上げも金銭で解決できることだ。

契約相手(悪魔)を失う方が、大きな問題なのだから。

 

王国から離れることは、自分の目的としても、これからの活動においても辛いものがある。

 

だが、まだ道は潰えてはいないのだ。

 

なにより――

 

「これからよろしくお願いします」

『うん。問題なければ、力を貸すよ』

 

心強い味方ができたのだ。

 

自分の「生まれながらの異能(タレント)」を知った悪魔が、面白がったのか「どこまで伸びるのか試してみよう」と、成長に協力すると申し出てきたのだ。

 

すでに第三位階の魔法が使える存在が中にいるせいか、魔法の流れをなんとなくだが、感じるような気がするのだ。

新しい魔法を覚える時の、強大な「何か」に接続するような感覚が、今までより強くはっきりと体感できるような。

 

もちろん、気のせいかもしれない。

 

だが、優秀な教師に教えを乞うことが、成長の近道と知っている「ニニャ」は、これからの可能性に心が滾った。

 

むろん、無茶はしないしできない。

 

悪魔は、宿主である自分が死にかければこの体から出ていくと言ってきたのだ。

 

しかし、これは当然だろう。

 

助けた側の悪魔に、宿主と生命を一蓮托生にする義理も義務も無いのだから。

 

それでも、助力が得られるのは強みとなる。

 

そもそも、自分の目的のためには、死ぬわけにはいかないのだ。

それが今回のアンデッド騒動で骨身にしみた。

 

「強くなる」

 

帝国で力を蓄えるのだ。

そして、王国に必ず帰る。

 

プレートも無い。

装備もろくに残っていない。

仲間も失った。

彼らは生きているが、『契約』がある以上もう会うことはできない。

 

『名前、決まった?』

「はい、これからは」

 

そろそろ、年齢的に男装も無理が来ていたところだ。

帝国の治安が良いのなら、無理に性別を偽らない方が厄介事は少ないかもしれない。

 

「ツアレと名乗ります」

 

もしかしたら、「同名の人が居た」と教えてくれる人が出てくるかもしれない。

 

「待っていろ」

 

遠ざかる王国に、新たに決意を固める。

自分は絶対に諦めない。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

びくびく

 

そういった形容詞が似合いそうなほど、その女は怯えていた。

 

身に着けているのは、簡素な服一枚。

足も素足で立っている。

 

「これは?」

「今回の事件の犯人の一人です。魔法道具(マジックアイテム)を所持していたために、一度全ての装備を剥奪しました」

 

咎めるように女を連れてきた冒険者に聞くと、答えは納得せざるを得ないものだった。

 

魔法道具(マジックアイテム)は高価な代物だ。

おいそれと手に入るものではない。

それを持っていたのなら、それなりの実力者だろう。

 

◆◆◆

 

女、つまりエ・ランテルで起きたアンデッド騒動の犯人の一人として、クレマンティーヌを冒険者組合へ連行してきたイアンたちは、平常な顔を崩さない。

 

ここに来る前に、一応の解決が行われていたからだ。

 

 

「はん!あたしが逃げないとでも思っているのかい?」

 

ヤルダバオトから引き渡されたクレマンティーヌは、そこにいるのが自分より強さで劣る者と見ると、威勢よく吠えスティレットを引き抜いた。

 

ヤルダバオトには全く手も足も出ずに終わったが、目の前の連中からなら逃げられるかもしれない。

有り難いことに、ここはエ・ランテルから少し離れた森の中だ。

人目も城壁も存在しない。

 

こいつらさえ、どうにかできればーー

 

「へ?」

 

構えたスティレットは、クレマンティーヌの目に突き刺さっている。

 

ぶちぶちぶちぶちぶち

 

「あぎゃ、ぎいいい!!!」

 

眼球がスティレットの先端についたまま引き抜かれ、視神経が引き千切れていく。

 

「があ、ぁ…!!!」

 

悲鳴をあげる開いた口にスティレットが突き刺さる。

眼球をつけたまま、舌、頬の肉と貫いて、スティレットの先端が耳の下から突き出てきた。

 

「ひ! ぎぃい!! あが!!」

 

銜えたスティレットにくぐもった声しか出ない。

 

クレマンティーヌの意志とは無関係に、手がもう一本のスティレットを逆手に構えた。

 

ぶつっぶつっぶつっぶつ……

 

指を一本一本貫いていく。

そのまま腕に移り、体中を刺していく。

開いた穴から、血が流れ続ける。

流れだした血が足元に血だまりとなった地面に仰向けに倒れた。

それでも腕はスティレットを振るい、体に穴を開けていく。

 

「ぎあ、あ!!」

 

舌がスティレットに食い込み、引きちぎれかける。

 

「があ!!!」

 

体を刺していたスティレットが顔に迫り、額をコツコツと叩き始める。

卵に穴を開けるように、小さく何度も執拗に。

正確に同じ所を穿ち続ける。

 

「ひい!ひい!!」

 

額の傷は少しずつ深くなる。

皮膚を貫き、肉を裂き、骨を欠けさせて。

 

あと一突きで脳にスティレットが達する、というところでやっとスティレットを握った手が止まり、スティレットを手放した。

 

クレマンティーヌは、自分の体がまったく自由にならないことに恐慌状態に陥っていた。

 

そして、スティレットをくわえたまま、四つん這いで這い回る。

そして川に近づくと、そのまま頭を水面に突っ込んだ。

 

「がぼっ!ごぼっ!!」

 

水面が勢いよく泡立つ。

溺れて暴れているのに、頭を水面から引き上げない異常な光景がしばらく続く。

 

「がはっ!!!」

 

水面から勢いよく頭を引き上げると、そのまま仰向けに倒れ込む。

 

「かひゅっ!!ぜっ!!げほっ」

 

クレマンティーヌの体が水を吐き出しながら、痙攣する。

 

イアンはクレマンティーヌのくわえていたスティレットを引き抜くと、治癒魔法をかけた。

 

第三位階の魔法の使い手の治癒魔法に、クレマンティーヌの口の中に残った眼球は消え、穴の開いていた眼孔に新たな眼球が再生する。

 

引きちぎれかけていた舌も繋がり、体中に開いていた穴も塞がった。

 

ずたぼろになった服は戻らなかったが。

 

「なん…で…」

「貴女の中には、ヤルダバオト…様の配下の悪魔が住んでいるのですよ」

「んな・・・」

「逆らえば、今の状態が優しく思える環境が待っていますよ」

「な、な、」

 

クレマンティーヌは自分を見おろすイアンたちの表情が「笑顔」であることに戦慄する。

それは好意的なものでも、相手の不幸を楽しむものでもない。

 

「ようこそ、こちら側へ」

 

それは、哀れな「仲間」が増えたことへの、暗い笑みだった。

 

◆◆◆

 

せっかく手に入った手駒を、わざわざ罪を重くして処刑されては困る。

ゆえに、クレマンティーヌの冒険者のプレートを張り付けた鎧は剥奪している。

 

冒険者のプレートなど、デミウルゴスからすればただの金属の小片でしかない。

 

それでも、金属としての価値程度はあるだろう。

事実、プレートが盗まれたり紛失したりといった話は多いと聞く。

 

チーム名や個人名が記されていても、特に魔法的な技術が施されている訳ではない。

「物体発見(ロケート・オブジェクト)」で発見される可能性も、潰してしまえば問題ない。

 

そもそも、そんなことができるのなら、クレマンティーヌはもっと早く法国に発見されていただろう。

 

つまり、「物体発見(ロケート・オブジェクト)」を使える者は法国に存在しないか、対象をつかみきれていない可能性がある。

 

さらに、クレマンティーヌを罪人として扱えるようにするにしても、エ・ランテルのアンデッド事件の犯人より、冒険者の大量殺戮の方が罪が重いだろう。

大量殺人の犯人よりも、事件の首謀者の用心棒のような立場の方が、まだ「まし」だろうという判断だ。

 

事件の犯人としてなら、魔法詠唱者(マジックキャスター)であるもう一人の方が、事件関与の比率が重いのだから、多少の融通を得られるだろう。

 

よって、この事件のクレマンティーヌの立ち位置は、犯人の一人であっても主犯格ではない、というものだ。

 

クレマンティーヌに魔法の才能は無いので、アンデッドを操っていたもう一人が騒動の直接の原因となる。

クレマンティーヌを使える駒にするためには、事件の「共犯」としておく必要があった。

クレマンティーヌが必要以上に警戒されないように、強さを「英雄級」ではなく、せいぜい「腕が立つ」程度に誤認させておかなくてはならない。

 

だが、「元漆黒聖典のクレマンティーヌ」という存在を知る者には隠す意味がない。

「風花聖典」という情報収集の集団が法国にはいるという。

まがりなりにも「聖典」に所属する人間なのだ。

おそらくだが、そこらの冒険者よりは使えると期待していいだろう。

わざわざ探し回るより、クレマンティーヌという「餌」に食いつくのを待った方が効率的というものだ。

 

「網は大きく細かく張るのが一番ですからね」

 

当然、エ・ランテルの墓地から帝国へ向かった冒険者たちにも、隠密性に長けた者を周囲につけている。

 

これで、帝国でも使える駒の探索とこの世界の情報を収集する予定だ。

 

次はどんな獲物が網にかかるのか。

デミウルゴスは楽しみにしていた。

 

 

◆◆◆

 

 

 




◆擬死

WEBより


◆憑依による強化

イビルアイが単純な肉体能力ならガガーランより強い、とあります。
つまり体格の差は、レベルの差で覆ると考えます。
「亡国の吸血姫」では、装備品は地面に置いてある状態(未装備)と、身に着けている状態(装備)では耐久に差が生じるとあります。
なので、憑依ではレベルの高い方に状態が維持されるとしています。
独自設定です。


◆冒険者帝国へ行く

十二巻で「もとは同じ国なので、いろいろと似ている」とあるので、冒険者は王国に近い環境の帝国を選びました。
デミウルゴスとしては、他国に行っても怪しまれない憑依先の確保です。
八巻でも、村娘(エンリ)が一人でエ・ランテルに行くだけで怪しまれるようなので。


◆大いなる力に接触

「亡国の吸血姫」で「自分と世界がかみ合うような感覚」「魔法が使えるようになった瞬間と似て非なる何か」として「何か大きなものに接触した感じ」とあるので、魔法を使うための大きな力が存在するらしいと考えました。


◆森の中

陽光聖典に憑依した悪魔は「転移」が使えるので、エ・ランテルとの行き来が可能です。
クレマンティーヌに憑依した悪魔がいることを説明(手段は悪魔任せ)するために、人のいない場所を選びました。


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IF NPCが一人 デミウルゴス 6

IFであり、独自設定があります。
モブ(名無し)がいます。


バハルス帝国、帝都アーウィンタール。

 

その日、アルシェ・イーブ・リイル・フルトはその集団を見た瞬間、あり得ない「光景」に戦慄した。

 

その集団を「見る」。

 

自らの「生まれながらの異能(タレント)」は、今まで一度も自分を裏切ったことがない。

 

つまり、その光景は疑いようもなく「真実」なのだと自分に告げていた。

 

第四位階の魔法が使える人間は、このバハルス帝国の一部ではそれなりに存在する。

帝国魔法省において、バハルス帝国の誇る大魔法詠唱者フールーダ・パラダインの高弟には第四位階を使いこなす者が複数在籍しているからだ。

 

しかし、それは限られた存在だ。

 

間違っても、そこらの市井にいてよい存在ではない。

 

だが、アルシェの「目(タレント)」はその「集団」が第四位階を行使する存在だと教えているのだ。

 

「――うそ」

 

思わず呟いた言葉が消えるより前に、その集団が一斉にアルシェの方へ視線を向けた。

 

その異様さに、アルシェは原始的な恐怖を覚え、そのまま身をひるがえしてその場から離れた。

 

今にして思えば、随分と挙動不審な行動をとってしまったのだと考えることができる。

 

それが「今」の状況を作り出しているのなら、自業自得なのかもしれない。

 

◆◆◆

 

リ・エスティーゼ王国から移動してきた集団。

 

それはエ・ランテルで「死んだ」ことにされた冒険者たちだった。

 

バハルス帝国に到着し、そこですぐに活動するのは王国との国境近くという立地からも気が引けた彼らは、帝都アーウィンタールまでやってきた。

 

モンスターの部位証明を換金し、それを全員で頭割りする。

モンスターを倒したのは、ほとんどが取り憑いている悪魔たちなので、分配は公平に行われた。

 

その資金を元に、これからの生活を考える。

帝国で改めて冒険者として登録する者、取り憑いた悪魔の力を当てにしてワーカーを希望する者、しばらく帝国で様子を見るという者、普通の仕事を探すという者まで、それぞれの道は多岐にわたった。

 

もともと彼らはそれぞれ他人であり、この先も行動を共にする必要も義務も無い。

だが、自分たちの中にいる悪魔たちは異なる。

もしかしたら、仲間(悪魔)のためにまた集められるかもしれないのだ。

そう考えれば、一応の連絡手段を考えなければならない。

 

もっとも、悪魔たちは「伝言(メッセージ)」の魔法が使えるので、その点に関しては心配はなかった。

 

そんな風にそれぞれのこれからを話していた時。

 

『誰かがこっちを見ている』

 

悪魔たちが注意を促した。

 

ばっと、全員が教えられた視線の主を見る。

 

そこに居たのは一〇代後半と思われる少女だった。

 

整った顔立ちは「品がある」と称してよいだろう。

長い鉄の棒の杖を持ち、軽装ではあっても防御効果のある服装とローブは明らかに魔法詠唱者(マジックキャスター)だと知れた。

 

そんな少女が驚愕に顔を染め、こちらを凝視していた。

 

◆◆◆

 

エ・ランテルで冒険者たちに取り憑いた悪魔たちは、基本的に宿主の行動や方針に口出しはしない。

「ヤルダバオト」の命令は各地での情報収集であるためだ。

情報は多方面から集めた方が精度も上がるものだ。

街の噂話からでも得られる情報はある。

そのため、悪魔たちは宿主(冒険者)が何かの職種に拘るような指示は受けていないのだ。

 

そして同じように情報収集と、自分たちのサポートの命令を受けた仲間が、周囲を警戒して潜伏している。

 

それらが、エ・ランテルから来た冒険者を見て、驚く存在を発見した。

 

「何で」驚愕したのかは不明だが、同じように冒険者たちを見る者を見張っていた、デミウルゴスに監視を命じられていた隠密系の悪魔たちは、その存在(少女)を見逃しはしなかった。

 

すぐに「伝言(メッセージ)」で憑依した悪魔に告げ、憑依した悪魔たちは宿主の人間に注意を促す。

 

冒険者たちの視線に晒された少女は、すぐに逃げ出したが、何をもって冒険者たちを凝視としかいいようがないほどに見つめていたのかを確認しなければならない。

 

もし、「悪魔が取り憑いている」と看破されたのなら、その存在は脅威である。

 

当然、その方法を知ることは急務だ。

 

そして、同様に看破することができる存在がいるかもしれないことを留意しなければならない。

 

さらに、少女がなにかしらの組織に所属しているのなら、その対応も考えなければならないだろう。

 

むろん、それ以外の理由で王国からの冒険者たちを見ていたのなら、その確認も必要だ。

 

帝国に顔を知られていた者がいたのかもしれない。

全員の格好が、帝国では非常識なものだったのかもしれない。

 

とにかく、理由を知らなければならない。

 

格好から察するに、冒険者のようだった。

 

最悪、森でモンスターに襲われたように偽装して殺さなければならないかもしれない。

 

ここまでの旅の中で、その覚悟は全員ができていた。

 

◆◆◆

 

「――何なの。あの人たち」

 

「それはこちらの台詞ですよ」

 

かなり離れた場所で立ち止まって呟いた相手に問いかける。

自分たちだけなら見失っていただろう。

だが、自分たちの中にいる悪魔には、探索能力の高い者がいる。

どれほど離れても、その悪魔が痕跡を追ってくれたので追いつけず見失うという事態にはならなかった。

 

「貴女は僕たちの何を知ったんです?」

 

返答如何では生かしておく訳にはいかない。

何のために、遙々帝国までやってきたのか。

 

死にたくないし、死ぬわけにはいかないからだ。

 

だから、その障害になるのなら、相手が人間でも覚悟を決めなければならないだろう。

 

なにより――

 

自分の経験から、彼女は「貴族」だ。

 

「貴族が冒険者の真似事ですか」

 

◆◆◆

 

「静寂(サイレント)」の魔法で、声は封じられた。

無詠唱ができないアルシェは、「飛行(フライ)」の魔法を使っての逃走も不可能となった。

 

帝都アーウィンタールでも、人気の無い場所は存在する。

 

逃げる方向に失敗したのだと痛感する。

民家も人気も無い。

こんな場所では助けも呼べない。

 

人混みに紛れるべきだったかとも考えるが、自分は顔を見られている上に、誰が追っ手になるか不明だったために、人のいる場所を避けてしまった。

自分に近づく者に気を付ければ良いと、安易な考えが敗因だった。

 

今、自分の周りにいるのは、一〇人ほど。

最初に見た時には、もっと人数がいたはずだ。

残りは周りで人を近づけないようにしているのかもしれない。

格好は冒険者のようだが、プレートが見あたらないので、自分と同じ請負人(ワーカー)かもしれない。

 

だとしたら厄介だ。

 

ワーカーは臑に傷を持つ者が多い。

 

相手の不利益を知ってしまったのなら、暴力沙汰すらありえる。

第四位階の魔法が使える集団が相手では、第三位階止まりの自分などひとたまりもない。

 

冒険者なら話し合いが可能だが、ワーカー相手は殺し合いも日常茶飯事だ。

 

最悪、どんな条件でも飲み込んで命だけは見逃してもらえるように話を持っていくしかないと覚悟を決める。

 

自分はこんなところで死ねないのだから。

 

 

◆◆◆

 

「ツアレ」は憎々しげに彼女(アルシェ)を見た。

 

逃げられないと観念したのか、相手は聞いたことにきちんと答えている。

しかし、その答えはひどく「ツアレ」の癇に障るものだった。

 

これが貴族だ。

貴族位を無くしても、貴族としての考えが根底にある思い上がった存在だ。

 

帝国では、無能は貴族位を剥奪されると知り、胸のすく思いだった。

 

だが、それにも関わらず、貴族で無くなったことを認めようとせず、貴族のような生活を改めない人間がいること。

 

そんなだから貴族位を剥奪されたのだと、理解できない愚かさ。

 

そして、そんな親のために、罪を犯してもよいと考える娘。

 

こんな奴らがいるから、平民は救われないのだ。

 

貴族位を剥奪されてから二年以上経つという。

 

それでも改めない、改めさせられない。

 

それこそが無能の証明ではないのだろうか。

 

村では、一年の実りで餓死者が出るか決まる。

 

一日だって遊んでいる暇も、迷っている暇も無い。

 

それを二年以上も親の浪費に付き合うなど、愚かの極みだ。

 

家族が大事だというのなら、何故もっと別の手段をとらないのか。

 

取り返しがつかなくなってからでは遅いのだ。

 

「ツアレ」には、アルシェという少女が、家族を大事にしているというより、甘やかして堕落させたようにしか見えなかった。

 

もちろん、アルシェにはアルシェの事情があるだろう。

何も知らないで、と言うかもしれない。

 

だが、同様にアルシェだって「ツアレ(自分)」の事情など知りもしないだろう。

 

親を亡くし、姉妹二人で必死に生きてきた。

それがあっさりと、ある日突然貴族に姉を連れ去られた。

村の人は誰も助けてくれなかった。

誰もがとばっちりを恐れて、「諦めろ」の一点張りだった。

自分には魔法の才能があり、師匠に拾われたことは幸運だったが、魔法を覚えるまでだって、教わるには師匠の下働きとして身の回りの世話をしながらだ。

暢気に学校で教えを乞い、家に帰れば休めるなんて環境は無かった。

そもそも帰る家が無いのだ。

師匠の弟子とは、師匠の召使いという意味でもある。

教えに対価として労働力を払う。

その合間合間に習うのだ。

毎日毎日、頭と体を酷使して、やっと一人立ちすることが可能となるのだ。

 

それでも、自分の師匠は、そこでも良い人だった。

話に聞けば、奴隷のような扱いさえあるという。

だが、それも当然だろう。

無一文の人間を住み込みの弟子にするということは、衣食住を提供することでもある。

無駄飯食らいなど、たとえ才能があっても不要な存在だ。

住み込みの召使いでも、給金からその分は引かれるだろう。

さらに魔法の教えを乞うのだ。

師に支払う金が無いなら家畜のごとく働いて、やっと弟子になれるのが普通だ。

どんな教えでもただで受けられるなど、あり得ないことなのだから。

魔法の教師ともなれば、一般的にも高額だ。

弟子で男なら昼は外で働き、その給金を全て渡して当たり前くらいには。

弟子で女ならそこに「夜の勤め」もありうるくらいには。

 

 

「ツアレ」から見れば、アルシェは恵まれた環境に胡座をかいているように見えてしかたがない。

 

家族は健在。

家族が浪費をやめないほどの稼ぎを家に入れている。

その結果、家族は危機感を持つこともない。

元貴族の両親だけでなく、妹二人もそうだ。

村に住む子供で五歳ともなれば、家事の手伝いや畑の雑草抜きくらいは始めるものだ。

それが、家で召使いが複数人いて、日がな何もせず遊んで暮らしている。

それが贅沢でなくて何なのか。

魔法を覚えるにも、学院に通っていたということは、その費用は「貴族の歳費(税金)」からだったはずだ。

そして、すでに第三位階の魔法が使えるという。

 

「ツアレ」からすれば、未だ自分が到達しない領域に達していながら、何もしていないとしか思えない。

 

その力が自分にあったなら、姉を救えたかもしれないのだ。

 

師匠は良い人だった。

自分の才能を見つけて拾い、育ててくれた。

その「生まれながらの異能(タレント)」で才能のある「子供」を集めて教育してくれた。

子供(弟子)の人生を良いものに変えるように、選択肢を与えてくれた。

 

同じ「生まれながらの異能(タレント)」を持ちながら、アルシェはそれを自分のためだけに使っている。

 

比べてしまえば、「ツアレ」のアルシェへの評価はきついものになっていた。

 

だが「ツアレ」には、それが不当なものだとは思えないのも事実だった。

 

◆◆◆

 

アルシェは警戒に体が強張るのを感じた。

周りにいる者たちの視線は冷ややかだ。

第四位階の魔法が使えるということを知られたというだけではない雰囲気がある。

何がそんなにも彼らを警戒させているのかアルシェにはわからないが、自分が彼らの不利益にならないと納得させなければ、最悪自分に明日は無いと感じられた。

 

「――見逃してほしい。あなたたちの事は誰にも言わない。約束する」

 

「信用できませんね」

 

「――助けてくれるなら、何でもする。」

 

「何でも?」

 

自分と年が近いと思われた、自分を最初に見つけた相手が亀裂のような笑い顔を作った。

中性的であり、自分を「僕」と言っていたために男性かと思ったが、女性のような雰囲気がある。

 

「聞きましたか?彼女は『何でもする』そうですよ」

 

『じゃあ、我々にちょうだい』

 

『あぶれた仲間の体になってよ』

 

『他にもいない?』

 

自分の周囲にいた人間の体から「顔を出す」存在。

現れたその顔は、赤ん坊ほどの大きさだ。

発する甲高い声は幼い子供のよう。

しかし、その顔は凶相。

悍ましさに体が震える悪相。

 

そして、アルシェは「答え」に到達する。

 

自分の「目(タレント)」が教えた、第四位階の領域に達していた存在が「誰」なのかを。

 

―――ああ、そうか

 

理解した。

納得した。

腑に落ちた。

 

悪魔と取引をして得た「力」だと知られるわけにはいかないというのなら、この警戒は当然だ。

 

 

 

「――私は」

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

バハルス帝国に送った僕からの連絡に、デミウルゴスは成果が出たことを喜びつつ、警戒を強めた。

 

やはり、自分の知らない情報は多い。

それが知れただけでも収穫だ。

位階魔法に対する警戒は順調だが、ユグドラシルに存在しなかった様々な能力がやっかいだ。

 

例えば今回の、「相手の使用可能な魔法の位階を看破する」という「生まれながらの異能(タレント)」を持つ少女。

バハルス帝国の主席魔術師であるフールーダが持つ「生まれながらの異能(タレント)」と同じものだというその能力。

 

バハルス帝国にそのフールーダと、この少女(アルシェ)で二人。

さらに、リ・エスティーゼ王国にも「ニニャの師匠」という存在がいるという。

 

もしかしたら、この「看破の魔眼」と呼ぶべき「生まれながらの異能(タレント)」はさほどに珍しいものではないのかもしれない。

 

そもそも、そんな「生まれながらの異能(タレント)」持ちであることを吹聴して得になることなど無いのだから。

 

そんな能力を持っていると知られたなら、敵対者は身を隠すだろう。

味方でも、自分の切り札を知られたくはないだろう。

 

つまり、「生まれながらの異能(タレント)」を隠す者は多い可能性があるということだ。

むろん、デミウルゴスとてその可能性を考えていなかった訳ではない。

だが、王国で有名と安易に自らの「生まれながらの異能(タレント)」を吹聴していることから、そこまで有用な「生まれながらの異能(タレント)」はないのではないかとも考えていたのだ。

 

二〇〇人に一人という多さから、珍しくはないという頻度で存在する「生まれながらの異能(タレント)」。

だが、この世界では「生まれながらの異能(タレント)」を活かせる環境にいる者が極端に少ないことも、また事実だったのだ。

 

この「看破の魔眼」という「生まれながらの異能(タレント)」をもって生まれたとしても、寒村に生まれ育ち、魔力系魔法詠唱者と接することが無ければ、自分が「看破の魔眼」という「生まれながらの異能(タレント)」を持っていることにすら気付かず一生を終える可能性とてあるだろう。

 

「いっそ、どんな「生まれながらの異能(タレント)」を持っているか分かる「生まれながらの異能(タレント)」持ちでもいればよいのですがね」

 

そんな都合の良い能力を期待するのは意味がないだろうが、ここまで多種多様な「生まれながらの異能(タレント)」があると、そんな能力があればと思わずにはいられなかった。

 

もしそんな「生まれながらの異能(タレント)」持ちが存在するなら是非とも確保したいと、デミウルゴスは考えていた。

 

そして――

 

「ああ、至高の御方々であれば、このような事態ももっと効率的かつ有効に解決なさるのでしょう」

 

自分の力量を嘆くなどあってはならない。

 

かくあれと与えられた力を十全に使って、この事態を乗り越えてこそ、僕として正しい在り方なのだ。

 

考えろ。

考えて考えて頭を休ませるな。

使えない頭脳(デミウルゴス)に存在価値は無い。

 

事態を解決できない僕(デミウルゴス)などあってはならない。

 

それは、創造された自分の否定であり、そうあれと自分を作られた至高の御方の能力を貶める行為なのだから。

 




◆モンスターの部位証明の換金

冒険者組合は国を越えて存在するそうなので、換金自体は可能だと思っています。


◆帝国で冒険者登録

二巻でアインズがモモンとして冒険者に登録した際にも、特に審査も検査も無かったようです。
さらにプレートには魔法的な要素もないとあります。
アインズが偽造の心配をするくらいですから。
そしてニニャは偽名で冒険者になっています。
WEBでは「冒険者になるのに、もとの名前を隠す者は珍しくない。犯罪歴や手配書は調べるが、なければしっかり働けば問題ない」とあります。
書籍でもWEBでも、申込書と口頭による説明のみで、誰でも冒険者になることが可能であると考えました。
有名な人は無理でしょうが。


◆ニニャの年齢

二巻で「漆黒の剣」が全員二〇歳前とあり、ニニャが最年少とあるので、最高でも十九歳よりさらに下の十八歳。
ツアレの年齢が、五巻で一〇代後半とあるので十六から十九歳。
感想返しで、ツアレが十三歳で浚われて貴族の妾を六年とあるので十九歳。
妹のニニャが、いくつ年下なのかは不明。
年子なら十二歳から下で天涯孤独になった。

目安にするなら、ネム(十歳)が一人ぼっちになったようなものでしょうか。

ついでにアルシェ。
現在一〇代後半の年齢で、ワーカーになって二年以上三年未満。
WEBで年下のジエットが十六歳なので、十七歳以上。
フリアーネがアルシェと同学年らしいので十八歳かも。
WEBでは感想返しで、ナザリックにジルクニフが来たのが転移してから三ヶ月ほどとあるので、年齢はそんなに変わっていないと思われる。
最低年齢の十七歳から多めに三年引いて、ワーカーになったのが十四歳くらい?
ぎりぎり成人年齢かも。


◆住み込み

WEBでですが、帝国貴族の住み込みのメイドの待遇がありました。
食事は残り物。風呂は残り湯。石造りで日差しも入らない寒く空気の悪い部屋に、複数人押し込まれて生活する。
労働の対価に給料をもらうメイドがその待遇なので、魔法を教えてもらう弟子が、何の対価も要求されないほど待遇がよいとは思えません。
「亡国の吸血姫」でも、お勧めの高級宿で「白く清潔なシーツだけでも合格ライン」とあります。
「亡国」は二〇〇年前ですが、魔神によって多くの国が滅ぼされ、その爪痕が残っているとある書籍の年代よりランクが下がっているとも思えないので、二〇〇年前より生活水準は悪いのではないかと考えています。
なので、住み込みの弟子(拾った無一文の子供)に、魔法を習うだけで衣食住を師匠が自己負担は、よほど蓄えがあり生活に余裕がある師匠でないかぎり、ありえないと思いました。


◆ニニャの師匠

ニニャの師匠がどんな人なのか気になります。
男か女かもわからない。
フールーダのタレントは有名でも、ニニャの師匠やアルシェのタレントはあまり知られていないようです。
相手の魔法の位階が見えますよと教えても益が無いわけですが。
ワーカーなら、敵も多そうですし。


◆「ツアレ(ニニャ)」のアルシェに対する態度

「ツアレ(ニニャ)」は貴族が嫌いです。
帝国で没落した貴族は無能だと聞いているので、没落貴族にはさらに嫌悪感があります。
貴族でなかったら、もう少し穏当な対応をしたかもしれませんが、自分の不利益になるなら今の「ツアレ(ニニャ)」は容赦しません。


◆「生まれながらの異能(タレント)」の種類

一〇巻で、第三位階に「生まれながらの異能(タレント)」を持っているかを調べられる魔法が、それより上の位階にどんな「生まれながらの異能(タレント)」かを調べられる魔法があると蒼の薔薇がラナーと話していました。
おそらく、この世界のオリジナル魔法だと思われます。
デミウルゴスはまだ知りません。


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デミウルゴスの一人反省会が難しい。


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IF NPCが一人 デミウルゴス 7

IFであり、独自設定があります。
モブ(名無し)がいます。

残酷な描写があります。



◆◆◆

 

トブの大森林を縄張りとするその白銀の魔獣を見た時、デミウルゴスが最初に考えたのは「アウラが好みそうな魔獣だ」といったものだった。

 

それに二〇〇年もの間、同族と会ったことがないということは、この魔獣は「希少(レア)」なのかもしれない。

 

至高の御方々は、「レア」と呼ばれる物を好んで集めていた。

 

これが至高の御方々の御眼鏡にかなうかは不明だが、生かしておいても特に支障もない弱い個体(POPレベル程度)だ。

問題はないだろう。

 

 

なにより――

 

自分との実力差を理解すると同時に、即座に恭順の意思を示すあたりは、見所があるといえるだろう。

 

どうしようもない愚か者は、その見極めができない上に、その実力差を知ったとしても「認める」ということができない。

 

状況に即して動けない。

思考が固定化して、自分の常識から脱却することを受け入れられない。

 

挙げ句、自分の常識内に収まらない相手を「非常識」と罵り、悪いのは弱い自分ではなく、非常識な相手だと、何の解決にもならない強弁(言い訳)をはじめたりもする。

 

自分は強い。

自分より強いお前がおかしい。

非常識だ。

非常識なお前が存在することが悪い。

自分の常識に合わせろ。

 

本当に愚かな存在は救いようがない。

 

有効利用するにも限度がある。

 

トブの大森林の「三大」はどれも残念な存在だったが、この「森の賢王」はましな方だといえるだろう。

 

それにこの魔獣は二〇〇年以上生きていても、まだ若い分類であるらしい。

 

長命であることは、なかなかに得難い利点だ。

 

ただし、「森の賢王」と呼ぶには、少々名が大層に過ぎると思われた。

 

よって新たに命名した「ハムスケ」と呼んでいる。

 

「ハム」のような丸々とした体型に、雌だというので「女」という意味で「スケ」を繋げただけである。

 

デミウルゴスにしても、奇妙なほどにしっくりくる呼び名だった。

 

「さて、トブの大森林を掌握しなければいけませんね」

 

「小鬼(ゴブリン)将軍の角笛」で召喚されたゴブリンたちに下され新たな配下となったこの森(現地)のゴブリンやオーガたちから知り得た、トブの大森林にいる三大を下した。

後は細かい集落や種族の調査が必要となる。

 

西の魔蛇と呼ばれる、ナーガのリュラリュース・スペニア・アイ・インダルンはそれなりに部下の把握をしていた。

しかし、東の巨人こと、トロールのグは知能的に使えず、南の大魔獣、森の賢王こと「ハムスケ」にいたっては、自分の縄張り以外のことはまったく興味が無く、西の魔蛇や東の巨人のことを、その存在すら知らずにいたのだ。

そんな有様なので、自分の縄張り(南)の中の事も自分より強い存在がおらず襲われる心配も無いために、自分の縄張りの中にどんな存在がいるのかも特に把握していないという。

 

ゆえに、新たに調査をする必要があった。

トブの大森林は、広さだけでも相当なものだ。

当然、起伏も木々もあり視界も狭い。

そして地表の広さもさることながら、地下にあるという洞窟もかなりの面積があるらしい。

ましてや、地下ともなれば層を重ねている可能性とてある。

ナザリックのように一〇階層もあれば、地表の面積など比べものにならないほどの広さとなる可能性さえあるだろう。

 

さらには、その地下が王国や帝国にまで及んでいる可能性がないとも言い切れない。

 

つまり、すでに整地され多少のことは住んでいる人間によって把握されている王国や帝国などよりも、調査が難航するかもしれないのだ。

 

だからこそ――

 

「使える存在がいると嬉しいのですがね」

 

ただ単純に支配下におさめるだけなら、森を全て焼き払って更地にし、地下などは探索するまでもなく埋めてしまってもかまわない。

その上で、自分に恭順する者だけを住まわせれば良いのだ。

だが、それでは「情報」まで失われてしまう。

 

そうそうナザリックに繋がる存在がいるとは思ってはいないが、せめて役に立つ存在の確保を期待したいところだった。

 

◆◆◆◆◆◆

 

ぱんぱん

 

手を叩く音が朝の始まりとなる。

 

ヤルダバオトの側近か家令らしき存在が、陽光聖典の日々の活動を取り仕切っているのだ。

 

「さあ、朝です。お勤めの時間ですよ」

 

広間にずらりと並べられた布。

 

正確には、布をかけられた死体の列だ。

死体は布の形状から人間らしきものから、まったく形状や大きさが異なる亜人種か異形種らしきものまである。

 

陽光聖典三九名はそれぞれ死体の前に立つと、全員の中にいる悪魔が特殊技術を発動させる。

 

死体は形を変えて動き出し、布を被ったまま広間から出ていく。

 

「では、食事の時間です」

 

 

悪魔を憑けられた状態の陽光聖典の隊員たちは、自身の中の悪魔の作成能力によってほぼ毎日悪魔やアンデッドを「死体を媒介にして」作り出していた。

 

それらは、陽光聖典に取り憑いている悪魔たちの召喚主であるヤルダバオトの命令を受けた家令の指示で、どこかへと歩き去っていく。

 

何をしているのかは不明だ。

 

きっとろくでもないことだろうと、陽光聖典の誰もが思っていた。

 

それを口に出して言える者はいないのだが。

 

◆◆◆

 

デミウルゴスは陽光聖典の中の悪魔やアンデッドが作り出した僕の支配権を、一部の配下に委譲している。

 

単純作業まで自分が采配するのは、効率が悪いと判断したためだ。

 

陽光聖典に取り憑いている悪魔が作り出す僕はレベルが低い。

一桁からせいぜい二〇レベル程度の存在がほとんどだ。

 

だからこそ、使用に耐えられる死体を大量に用意できるともいえる。

 

この世界で確認(実験)できた、人間を始めとする低位の生き物の死体では、高位の存在の作成が不可能なのだ。

 

デミウルゴスが召喚した僕で憑依の能力が無い者では、死体を使って作成や創造をしても、召喚時間が過ぎれば送還されてしまうために、それらの作った僕を残す(現界させ続ける)ことはできない。

作成主が送還されると、作成された者は消えるか案山子になってしまうのだ。

それでも、調査の一環として召喚や作成・創造を繰り返したことによって、この世界の人間や亜人の死体を使用した場合、作り出せる僕は四〇レベルまででしかないと結論付けた。

 

四〇レベル以上の僕は時間の経過と共に、媒介に使用した死体と共に消えてしまうのだ。

正しく「消滅」である。

 

むろん、レベルの高い存在を「材料」に使用すれば、より高位の僕を作り出せるかもしれないが、用意できない以上、現状では不可能だ。

 

そして、陽光聖典に取り憑いている悪魔やアンデッドのレベルは低い。

当然、作り出せる僕のレベルは、それよりさらに低くなる。

 

現在、デミウルゴスは作り出す僕の大半をアンデッドに指定していた。

 

これは、作り出した僕をトブの大森林に配置し、見張りにあたらせているからだ。

 

食事も睡眠も不要であり暗視(ダークビジョン)を種族特性として基本的に持つアンデッドは、常設する見張り役として適任だった。

 

これは悪魔でも同様なのだが、アンデッドは呼吸すら不要である。

 

つまり、どんな場所でも支障がほとんど無いのだ。

 

悪魔の中には、水の中が不得手な者もいる。

 

代わりにアンデッドは火に対する耐性が低い。

 

配置する場所によって使い分けているが、やはり「生命反応が無い」アンデッドの方が、問題が少なかった。

 

トブの大森林の指示された所定の場所にじっと潜み、定期的な見回りと変わったことが起きない限り動かない。

 

悪魔はその連絡手段に活用されることが多かった。

 

悪魔は種族として、飛行能力を有する者が多いからだ。

 

こうしてトブの大森林には、デミウルゴスの監視網が構築されていった。

 

もっとも、これはデミウルゴスからすればお粗末で稚拙な人海戦術によるものであり、満足のいくものではない。

これがナザリックであれば、ニグレドを筆頭とした探知能力に長けた者たちの協力や、「遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)」などのアイテムを使用した監視網をしくことができただろう。

 

それを思うと、デミウルゴスにとって現状は不満と不安しかない。

 

不満とは監視網の出来の悪さであり、不安はそれによってナザリックへの情報を見逃してしまう可能性である。

 

それでも、現状ではこれ以上のものは望めないのも事実だ。

 

◆◆◆

 

ニグン・グリッド・ルーイン。

 

彼はスレイン法国の特殊部隊、六色聖典の一つ「陽光聖典」の隊長として遺憾なくその能力を発揮し、台頭してくる様々な亜人種を滅ぼしてきた。

 

それらは強敵であり、人間の生存圏を脅かす存在だった。

そういった亜人を殲滅し、人間の活動領域を守護してきたと自負している。

 

その彼が、今は祖国を離れ、与えられた任務も放棄し、人間ではない新たな主人の下で働くことになった現状は、かなりの皮肉であろう。

 

現在の主人は悪魔であり、人間を苦しめる存在だということは疑いようがない。

 

そして、悪魔という存在は総じて悪巧みに長けているという風説に背くことなく、策謀に長けた存在だった。

 

ただしその行動が、今のところ直接人類の不利益となっているかというと、そうではなかった。

 

新たな主人、ヤルダバオトと名乗った悪魔は、知性的であり無駄のない行動理念によって事を進めている。

 

ヤルダバオトという悪魔は「ナザリック」というものを探しており、そのためにあらゆる情報を欲していた。

 

そのために必要な手勢として、人間を活用しているという。

 

なにしろ、この悪魔(ヤルダバオト)がここにいる原因が「人間による召喚」なのだから、情報が手に入る可能性が高いのも、人間の世界(社会)と考えているらしい。

 

「隊長」

 

ニグンは呼ばれた声に振り向いた。

 

「トブの大森林への調査ですが」

 

「ああ。問題なければ昨日の探索地点から開始するとしよう」

 

「転移の魔法がこんなに便利なものとは思いませんでした」

 

ヤルダバオトの手勢の一人として、自分の中に「憑依」という形で存在する悪魔は、強大な力を持っている。

ニグンは自分に憑依したその悪魔の能力に、驚愕した。

 

ヤルダバオトに命じられた、トブの大森林の調査・探索は、この悪魔のおかげで順調といってよいだろう。

 

自分に取り憑いた悪魔が強大なことは理解していた。

もちろん、あのヤルダバオトや、ヤルダバオトが特別に呼び出している炎を纏った悪魔などには遠く及ばないことは理解している。

 

それでも、自分が第四位階で召喚する「監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)」より高位の悪魔を呼び出し、さらには第三位階の「炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)」を複数体召喚することが可能なのだ。

 

悪魔が天使を召喚するなど、理解の範疇外だ。

 

さらには、陽光聖典に憑依した悪魔たちは「転移(テレポーテーション)」が使えるのだ。

 

これにより、どれほど遠くまで遠征しようとも、帰ってくるのは一瞬で済んでしまう。

ヤルダバオトの召喚したゴブリンたちが下したゴブリンやオーガたちがトブの大森林の東に住む者たちで、その集落までの案内に使えたのも大きい。

さらに、踏破した場所まで行く際にも使用できることで、トブの大森林の探索は、ニグンたちの常識を覆す勢いで進んでいた。

 

 

なにしろ、難度としてはおそらく森の賢王と謳われる白銀の魔獣と同程度の強さを持つと思われた、トブの大森林において「三大」の一角であるという異形のトロール「グ」をあっさりと打ちのめしたのだから。

 

そして捕らえられた「グ」は、現在ヤルダバオトの拠点の修練場で、「試し斬り」の案山子となっている。

 

悪魔の使用した魔法によって、グは体の半分を跡形もなく焼き尽くされたのだ。

トロールの再生能力など、歯牙にもかけない圧倒的火力だった。

 

その魔法は、第三位階や第四位階ではあり得ない威力だった。

 

しかしそんな人の領域をこえた高位と思われる魔法さえも、ヤルダバオトからすれば「弱い魔法」という分類であるらしい。

 

正しく、桁の違う存在なのだ。

 

今なら、竜王国へ飛ばされた際に、囮の部隊の誰も犠牲になることなく生還できたことに納得がいく。

 

自分や陽光聖典に取り憑いた悪魔には劣るが、あの時点ですでに彼らにもヤルダバオトの配下が取り憑いていたのだ。

 

そんな超常の存在であるヤルダバオトも初めて見たと言う、自分たちにかけられた「三度質問に答えると死ぬ」魔法。

これは、どうやら一度死ぬことによって解除されるらしい。

 

もっとも、解除されたのは囮の部隊から数名と、自分たち陽光聖典の中の一〇名ほどだ。

 

残りは未だその呪いともいうべき魔法にかかったままだ。

 

ヤルダバオトと名乗った悪魔が所持している「復活の短杖(ワンド・オブ・リザレクション)」。

 

それには複数回分の、復活の呪文が込められているという。

 

それに炎を纏った悪魔も復活魔法を使えるのだ。

 

もちろん、単純に復活できるわけではなく、生命力を大量に消費するために復活できる者はそれなりの強者であることが求められる。

 

囮の部隊が殺した村人は、復活に耐えられずに灰となったという。

 

囮の部隊でも同様に、復活に耐えられず灰となった者もいたと聞く。

 

復活に必要な明確な線引きがはっきりしていないのだ。

 

ヤルダバオトは、復活に関しても実験を進めており、状況によって復活するかの可否を確認しているらしい。

 

 

◆◆◆

 

「コロシテクレ、コロシテクレ」

 

グ、と呼ばれていたトロールは、日々訓練という名の拷問を受けていた。

 

殴っても蹴っても切りつけても矢の的にしても、直ぐに再生するトロールは、受けたダメージの測定に丁度よかったのだ。

 

手足を切り落とされ傷口を焼かれ、再生できないようにした上で、剣の試し切りや初心者の剣で何処を突けばダメージが入るかという試金石にされた。

 

自らの切り落とした腕を調理され、それを食事とされたこともある。

 

その上で治癒魔法をかけられるのだ。

グに安息は無かった。

 

 

◆◆◆

 

デミウルゴスは、自身が表舞台に出るつもりはなかった。

だが、いずれ表に出すべき「ヤルダバオト」は用意すべきだとも考えていた。

 

四〇レベル後半の僕が憑依できる対象は、現状ではニグンを含めた三人だけだ。

 

 

ニグンに取り憑いた悪魔は、純戦士系というより支援も含めた戦闘系といえる。

 

それなりに汎用性のある悪魔で、カルマは中立となっている。

これはカルマの善悪に対応するためであり、特筆する技能は無いが状況に応じて戦える器用さが特徴だ。

 

召喚できる存在も、悪魔だけでなく天使も召喚可能としている。

 

その分、強力な個体を呼び出せないというデメリットがあるが、手札の多さは悪魔という種族特性も含めて多い。

 

 

単純な戦闘能力だけなら、ガゼフやブレインに憑依させた僕より高い。

それでもデミウルゴスからすれば、弱すぎる僕だ。

 

「ヤルダバオト」を名乗らせるなら、やはり魔将クラスが望ましい。

 

見栄えという点でいけば、強欲の魔将(イビルロード・グリード)だろうか。

蝙蝠の黒い翼と頭の二本の角がなければ、人間の美男子で通る容姿だ。

 

威を放つなら憤怒の魔将(イビルロード・ラース)だろう。

悪魔というイメージを表現したとしか言いようのない顔つきと体格は、見る者に畏怖を感じさせるだろう。

 

どちらを影武者として使用するかとなれば、やはり前者(イビルロード・グリード)が妥当だろう。

 

憤怒の魔将(イビルロード・ラース)は体格が大きく、さらに体の何カ所かに常時炎が燃え上がっている。

 

狭い箇所では少々不便と言わざるを得ない。

 

ユグドラシルのように大きさ変更のアイテムを、今のデミウルゴスは持ち合わせていないからだ。

 

いっそ「ヤルダバオト」は複数の姿を使い分けるという設定をつけてみても面白いかもしれない。

 

どうせ時間によって消えてしまう召喚魔将だ。

 

一度に一体しか呼び出せず、複数を同時に運用することは、現段階では不可能なのだから。

 

それに、複数の姿を「ヤルダバオト」の仮の姿としておけば、それ以外の姿もありえると、相手を疑心暗鬼に陥れることも可能となるだろう。

 

いずれこの世界に「固定」できる「材料」が見つかるまで「ヤルダバオト」は表舞台に出る事はないとデミウルゴスは考えていた。

 

◆◆◆

 

「さて、始めなさい」

 

召喚した魔将に命じ、目の前の存在に取り憑かせる。

 

そして――

 

「やはり失敗ですか」

 

同じ結果にため息を吐く。

 

魔将に取り憑かれた対象が「崩壊」したのだ。

 

デミウルゴスは魔将が取り憑ける存在を欲していた。

今回も失敗する公算が大きかったので失望は小さいが、残念な結果であることに変わりはない。

 

スレイン法国の囮の部隊を使った実験で、あまりにもレベルに差があると「対象(依代)」が持たないことは判明していたからだ。

 

作成などであれば、たとえレベルが一の村人でも、四〇レベルまでの僕の作成が可能だった。

しかし、これが「憑依」となると、途端に制限が厳しくなった。

あまりにレベルが離れすぎると、取り憑かれた対象(生き物)が持たずに「破損」するのだ。

 

「対象」のレベルから一〇から二〇レベルほど上の存在までしか憑依を成功させることができなかった。

それも個人差があり明確な線引きができないため、安全性を考慮すると二〇レベル差程度での憑依を優先してしまう状況となっている。

 

とりあえず、四〇レベル前後では魔将のレベルに耐えられないことが今回の実験で判明した。

 

「偶然」手に入ったドラゴンだが、縄張り争いに負けた弱者である上に人間社会にも上下関係にも疎い、デミウルゴスからすればまるで使い物にならない存在だった。

死んだ後は「素材」として使用予定だ。

もっとも、デミウルゴスの僕には完全な生産職の者がいないため、人間や山小人(ドワーフ)レベルの使い道しかない。

 

これも何とも残念な状況だ。

 

「有効利用」が見込めるなら生かしておいて何度も「再利用」するつもりだったのだ。

 

 

「せめて六〇レベル以上、安全を考慮するなら七〇以上のレベルの存在がほしいところですね」

 

陽光聖典のニグンの知る強者たちが、そのレベルに達していることを期待していた。

 

むろん、他にも隠れた強者という者は存在するはずだ。

 

デミウルゴスはそういった存在を探していた。

 

 

デミウルゴスが召喚する魔将で、相手に取り憑く能力を有している者は残念ながら存在しない。

しかし、強欲の魔将(イビルロード・グリード)はその能力を他者から奪うことができた。

 

強欲と言われるだけあって、相手の能力を一つ奪う能力だ。

 

これはフレーバーテキストに書かれているだけで、ユグドラシル(ゲーム)の時は相手の能力を封じ、同じ魔法を使用できるようになるだけのものでしかなかった。

 

当然、強欲の魔将(イビルロード・グリード)が倒されればその「奪った」制限は解除される。

 

破格の能力のように思えるが、実際としては能力を奪えば、真っ先に討伐対象にされてしまうために、プレイヤーの身代わりのような扱いだ。

 

レベルが八〇台の魔将など、一〇〇レベルのプレイヤーからすれば、少々面倒な敵程度の扱いでしかない。

 

むしろ、三〇レベル台でありながら、レイドボスすらヘイトで引きつけ、プレイヤーへの攻撃を引き受けられるデスナイトなど、破格を通り越して反則に近いかもしれない。

 

一〇〇レベルの全力攻撃ですら一度は完全に凌ぐのだから、味方なら頼もしいが、敵の立場なら「ずるい」の一言くらいはあるだろう。

 

かように、特殊技術とは戦闘能力で劣っても、戦局において切り札となるものもある。

 

残念ながら、強欲の魔将(イビルロード・グリード)の能力は、ユグドラシル時代には相手の敵愾心を煽るだけのものでしかなかった。

 

しかも、相手から奪う能力は運(AI)まかせで、選ぶことができないという残念仕様だった。

 

しかし、この世界では「正しく」相手からその能力を奪うことができるのだ。

それでも、その使用は一回のみと限られた。

 

ユグドラシル(ゲーム)なら、一回の戦闘につき一回なのだが、この世界では能力を返さない限り、あるいは奪った対象が死ぬまでの一回だけとなった。

 

そして、残念ながらというべきか予想通りというべきか、この世界特有の「生まれながらの異能(タレント)」を奪うことは、強欲の魔将(イビルロード・グリード)の能力でも不可能だった。

 

異形種であれば大抵の者が種族特性として持つ「暗視(ダークヴィジョン)」すら、それが「生まれながらの異能(タレント)」である場合は奪うことができなかったのだ。

 

奪えない理由は不明だ。

 

魔法やスキルではないためかもしれない。

その人間の「存在」あるいは「魂」に付随する能力なのかもしれない。

ユグドラシルの能力ではなく、この世界の能力でなら奪えるのかもしれない。

あるいは、単純に力が足りないだけなのかもしれない。

 

いずれにせよ、現状では奪えないと判明した以上、役に立ちそうな異能を持つ者は、殺さずに確保しておく必要があった。

 

そして、この奪う能力は非常に不便で、この能力を使って憑依の能力を付与させるのにデミウルゴスは非常に難儀をしたのだった。

 

この世界で憑依できる能力を持つ現地の者は、発見できなかった。

そこでデミウルゴスは、まず憑依できる存在を召喚し、それをこの世界の存在に取り憑かせた。

その取り憑いた存在にこの世界の生き物を材料に、改めて憑依できる存在を作り出した。

 

最初に憑依させた存在(召喚)と、作り出し憑依の能力を奪われた存在(作成)は、この世界の存在を使用しているので消えることはない。

 

しかし、この二者が消えれば、強欲の魔将(イビルロード・グリード)が奪った能力も消えてしまうのだ。

 

 

それでも、現界し続けるための「憑依」の能力を強欲の魔将(イビルロード・グリード)が会得できるという実験結果を得られたことは、成果としては悪くはないとデミウルゴスは判断していた。

 

 

だが、それ以前の問題として、強欲の魔将(イビルロード・グリード)の「憑依」に耐えられる存在がいないという最大の問題が残っていた。

 

それが向こうから来てくれたのだ。

 

「魔樹の竜王」

 

人間の世界では、過去の文献にそう記された存在。

トブの大森林に住まうドライアード、ピニスン・ポール・ペルリアが言うところの「世界を滅ぼせる魔樹」。

過去に分体を討伐した者が付けた名を「ザイトル・クワエ」。

 

トブの大森林に張り巡らせていた監視網によって、その存在の復活をすぐに確認することができた。

 

デミウルゴスには、相手の強さを正確にはかる能力はない。

そのため、「おおよそ」という程度でしかわからないが、その存在の強さは八〇レベルを超えると思われた。

 

おそらく魔将と同程度だ。

 

暴れている状態を見るに、デミウルゴス一人でも問題なく倒せる対象だ。

 

だが――

 

ピニスンの言葉を信じるなら、この魔樹の分体を倒した存在がいるはずだ。

こんなろくな知性も無いウドの大木よりも、そちらの出現を待った方が良いと判断した。

 

倒したのは随分と昔のようだが、人間種でもバハルス帝国のフールーダ・パラダインという例が存在するのだ。

人間種以外の存在もいたのなら、まだ生存している可能性もあるだろう。

 

利用するにせよ敵対するにせよ、相手の情報はあった方がいい。

 

「人間の集団」と見て、陽光聖典に話しかけてきて、今は喚きたてるしか能がないドライアードのピニスンは、本体の木ごと拠点の草原近くまで退避させた。

 

このドライアードは、生きてきた時間の長さから情報源として多少は役に立つかもしれないが、戦闘に関してはうるさいだけだ。

 

頭も口も軽そうな存在に、こちらの手札を見せる必要も無いのだから。

 

そうして、拠点やカルネ村などに近づかないように誘導させながら観察していると、数にして十二人の人間の集団がやってきた。

 

◆◆◆

 

漆黒聖典隊長は唖然と、その巨大な木を見上げた。

周りにいる仲間も同様だった。

 

とにかく巨大だ。

 

遠目に見えているはずなのに、距離感が狂うような大きさだ。

 

だからこそ、その脅威ははかりしれない。

 

「……使え」

 

ここで使わなくては、この動き回る巨大な木のモンスターによってどれだけの被害が出るかわからない。

 

森に住むモンスターが犠牲になるのは構わないが、すみかを荒らされ追い立てられたモンスターや獣が、人間の領域に行かないとは限らない。

 

肉食であれば人や家畜が、草食であれば畑が荒らされることになる。

 

人類の守り手として、なんとしてもここで食い止めなければならない。

 

対象に「神々が残せし秘宝」が使える距離まで近づく。

 

これがなかなか容易ではない。

相手は全長よりも長く、鞭のように振り回せる巨大な枝を六本も備えているのだから。

 

それでも護衛対象を何とか守る。

 

そして、力が発動される。

 

その巨大な木のモンスターはその動きを停止した。

 

「お見事です、カイレ様」

「うむ」

 

カイレと呼ばれた「変わった服(チャイナ服)」を着た老婆が、疲労に耐えながら答える。

 

「この巨木のモンスターが「破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)」なのでしょうか」

「わからん。わからんが、ここまでの存在がそうそう居るとも思えん」

 

こんな存在が複数いれば、世界はあっという間に滅んでしまうだろう。

 

「しかし、このモンスターに我々のアイテムを奪うような知性があるようには見えません。もしかしたら、あの監視に対して送り込まれた悪魔たちと、このモンスターは関係が無いのでは?」

 

陽光聖典に定期的な監視を行おうとしたところ、突如として空中から悪魔の集団が現れ、その場にいた人間の所持品やアイテムを盗まれるという事態が発生した。

その直後から、行方がわからなくなった陽光聖典四十五名。

 

王国戦士長ガゼフ・ストロノーフの暗殺のために編成した囮の部隊が、ガゼフ率いる王国戦士団に討伐されたとしても、陽光聖典が全滅する事態になるとは考えられない。

 

故に、この事態をなんらかの予兆と判断して、漆黒聖典は陽光聖典の足跡を追っていたのだ。

 

そして遭遇した、この強大な力を持つ巨大な木のモンスター。

 

この木のモンスターは、もしかしたら古文書に載っていた「魔樹の竜王」と呼ばれる存在かもしれない。

 

世界の強者の情報を、法国は口伝であれ古文書であれ、それこそ小さな村の言い伝えであれ、委細かまわず集めている。

 

これは風花聖典の仕事でもある。

 

どのような話にも、元になった出来事や逸話、対象という物が存在するものだ。

どれほど荒唐無稽・無知蒙昧と笑われるような話であっても、彼の神々の御業を知る者なら、「もしかしたら」その存在が実在したかもしれないと疑うのは当然だ。

 

そして、そういった存在は倒された者も多いが、封印された、姿を隠したと伝えられる者も多い。

 

この巨木のモンスターが、トブの大森林に封印されたという「魔樹の竜王」である可能性は高い。

 

「それでも、なぜ今になって封印が解けたのか」

 

これもできれば解明したい問題だ。

 

何がきっかけでこの魔樹の封印が解けたのか。

 

時間か。

状況か。

あるいは、何者かの手によるものなのか。

 

時間経過なら今まで通りの警戒を。

状況変化なら最近の調査を。

そして、何者かによってもたらされたのであれば、その者の確認を。

 

偶然なのか、はたまた確信して行ったのか。

 

偶然なら厳重な注意、あるいは処罰。

確信なら――

 

確かめなければならない。

それがどのように行われたのかを。

 

知識か、あるいは純然な力技なのか。

 

そしてその理由を。

 

たまたまの好奇心なのか、はたまた悪意ある行動なのか。

 

悪意であれば、それは人類の敵と見なすべき行為だ。

 

放置などできるはずがない。

 

討伐も視野に入れて検討すべき案件となるだろう。

 

 

ともあれ、現状は一応の解決をみた。

 

この「魔樹」は、法国の新たな戦力として役に立つだろう。

 

あとは――

 

「ひ!」

 

突然現れた悪魔が、疲労で動けないカイレを掴み、そのまま消えた。

 

「な!」

「カイレ様!」

「なんだ、今のは!」

 

瞬時に現れ、瞬時に消えた。

 

どう考えても、転移の魔法だろう。

 

しかし、それでも疑問が残る。

 

自分たち漆黒聖典の警戒範囲に収まらないほどの長距離を転移する魔法となれば、一体何位階の魔法だというのか。

 

そして、周囲を探し回っていた彼らは、その鋭利な感覚で事態の急変に気付く。

 

「え?」

「嘘だろ?」

「おいおいおいおい!」

 

常人よりも感度が高い彼らは、頭上から降ってくる物に気付く。

 

それは一気に落下し――

 

ただ突っ立つだけの的と化していた魔樹の真上に落ちた。

 

その衝撃に彼らは吹き飛ばされる。

大地はさざ波のように揺れ、魔樹に踏み倒されなかった木々も大地を離れて吹き飛ぶ。

めり込んだ巨大な岩石は、魔樹の身長を半分ほどに減らしていた。

木々を貪り、種を吐き出す凶悪な武器でもあった巨大な口も抉れて無くなっている。

 

巨大な岩石によって潰れた部分からは、くすぶったように煙が上がっていた。

 

これが自然現象で、偶然に魔樹に当たったと考える者は、この場にはいない。

 

「注意しろ!!」

 

「おお、無事だったか」

 

「え?」

 

かけられた、あまりにもこの場にそぐわない声は、先ほど悪魔に連れ去られたはずのカイレその人だった。

 

「カイレ様!ご無事でしたか!」

「ああ、お前も無事でなにより、 と!」

「カイレ様!」

 

言葉の途中で抉れた地面に足を取られたのか、よろけるカイレを隊長が駆け寄り支える。

 

「ああ、よかった」

「え?」

 

しっかりと自分の腕を掴んで離さないカイレに首を傾げる。

 

そして――

 

「ご苦労でした。意外に幼いのですね」

「お役に立てて、この老骨も嬉しく思います。ヤルダバオト様」

 

自分たち(漆黒聖典)を検分する、新しい主人(ヤルダバオト)と顔を合わせていた。

 

◆◆◆

 

トブの大森林はデミウルゴスにとって実験場でもある。

そのため、情報の漏洩を防ぐために、あらゆる阻害を行っている。

自らの拠点も、視線を遮るように木々を植え替えたり、幻術などを使用して隠蔽を行っている。

 

 

よってトブの大森林に出入りする者は、ほぼ全て感知している。

地中を進んだり、転移するなどの移動手段でなければという注釈がつくが。

故に最初から、十二人の行動はデミウルゴスに筒抜けだった。

 

スレイン法国の「漆黒聖典」と知れたから、魔樹をそちらに向かわせたくらいだ。

 

老婆がどのようにして魔樹を押さえたのか不明のため、「上位転移(グレーター・テレポーテーション)」のできる憤怒の魔将(イビルロード・ラース)に連れてこさせ、支配の呪言と全種族魅了(チャームスピシーズ)で精神を拘束し、情報を聞き出したのだ。

 

念の為に、質問(命令)も二回で止めている。

魔樹を支配した方法と、十二人の中で一番強い者を支配下におく方法である。

 

支配下においてしまえば、カイレなどワールドアイテムを所持して(着て)いるだけの老婆にすぎない。

次に支配する当てができるまでは、不要となる。

生きていることが必要なら、石化してしまっても問題はないだろう。

 

 

デミウルゴスは知らないが、「ワールドアイテム」は「ワールドアイテム」の効果を打ち消すが、通常の魔法の効果を無効化するものではない。

そんな効果があれば、常時装着しているモモンガは、一切の魔法を気にする必要がなくなっただろう。

 

 

道具鑑定(アプレイザル・マジック)によって、老婆の着用している「旗袍(チャイナ服)」が、至高の御方々も探しておられた「ワールドアイテム」であったことには驚いたが、これによりこの世界にもユグドラシルとの繋がりが確かに存在すると、デミウルゴスは確信した。

 

だからこそ、新たな手足が早急に必要だと考えた。

 

 

ギルド「アインズ・ウール・ゴウン」はユグドラシルでも屈指のワールドアイテム保持数を誇っていた。

 

その数は十一。

 

まったく所持していないことが当たり前。

所持していても、その数はギルド「アインズ・ウール・ゴウン」を大きく下回る、最大でも三という数字。

 

そんな超級のアイテムが、階層守護者といえど僕ごときに下賜されるはずもない。

当然、デミウルゴスも与えられた所持品の中にワールドアイテムは存在しない。

 

所持品の中で、最もランクが高いのは神器級(ゴッズ)アイテムだ。

それとて一つ。

 

しかし、それもギルド「アインズ・ウール・ゴウン」の破格さを表している。

 

ナザリック地下大墳墓に攻め込んできた侵入者たち。

すなわち「プレイヤー」と呼ばれる存在ですら、神器(ゴッズ)アイテムを所持している存在は少なかったのだ。

 

それらを、僕にまで与えることのできる御方々は、まさしく「至高」の存在であると言えよう。

 

 

だからこそ、デミウルゴスは考える。

 

「ワールドアイテム」は強大な力を秘めている。

これはかの一五〇〇人侵攻の際に手に入れたワールドアイテムからも確かだ。

そんな超級とされるアイテムが他にもある可能性が現れた。

 

「ワールドアイテム」は、至高の御方々が探していた究極のアイテムだ。

献上するには最上のものだろう。

 

そして、「ワールドアイテム」ほどの破格のアイテムであれば、もしかしたらナザリックへ帰還する手段にもなりえるかもしれないのだ。

 

ゆえに、ここに来た者たちの国には残念な結末となったと思ってもらう。

 

「ワールドアイテム」も「その使用者」も返すつもりはない。

その護衛も同様だ。

 

それに、この集団はスレイン法国の人間だ。

デミウルゴスにとっては、「使用」することに何の問題も感じない対象だ。

 

魔樹を「隕石落下(メテオフォール)」で処分し、洗脳する「ワールドアイテム」の空きを作る。

 

「大治癒(ヒール)」によって、疲労状態を治しておいたカイレを漆黒聖典の元へ戻し、「隊長」を洗脳する。

 

この「隊長」以外は、憤怒の魔将(イビルロード・ラース)によって、全員が意識を奪われた。

この十人は、今までの人間よりも強い。

今、使用している悪魔より、もう少し強い悪魔を憑依させることができるだろう。

 

そして「隊長」のレベルは、この世界では破格と言えるほどに高い。

 

これなら使えると、デミウルゴスは喜んだ。

 

魔樹と同様に正確なレベルはわからないが、おおよそでも七〇レベルはあるだろう。

 

ニグンが持っていた「魔封じの水晶」の魔法で「魔神」という存在が倒せたなら、この世界で魔神の強さは五〇~六〇レベル程度と予想する。

 

最低でも、それ以上は強いはずだ。

 

これなら――

 

「二日後に使用しましょう」

 

 

漆黒聖典の隊長には、三度の質問をして「死ぬ呪いにかかっていないこと」を確認している。

さすがに希少な「神人」を、たかが三度の質問で失うことは避けたかったようだ。

 

デミウルゴスとしては、例え「隊長」が三回の質問で死んだとしても、生き返らせた上で再度洗脳するつもりだった。

その時には捕らえた残りの一〇人を殺させてのレベルアップも考えていた。

それで足りなければ、ニグンたち陽光聖典を。

それでも足りなければ、トブの大森林の「三大」を。

 

故に、現状は手間が省けたと言える。

 

殺さずに済んだ一〇人も、別のことに有効活用できることは喜ばしい。

 

漆黒聖典隊長が三回の質問で死なず洗脳も完全ならば、法国の情報は隊長によって明らかになるだろう。

 

もちろん、全てが正しいとは限らない以上、確認は必要だ。

 

だが、何も分からずに調べることと、すでにある情報を精査することはまるで意味が異なる。

 

調べることがさらに明確に、そして細かくなったのだ。

 

 

 

漆黒聖典の隊長の体は、強欲の魔将(イビルロード・グリード)の器として使うことが可能だった。

 

今までは失敗続きだったが、ようやく実験の成果が出たのだ。

 

新たに召喚し、「憑依」という能力を他の悪魔から奪って自分の能力とした強欲の魔将(イビルロード・グリード)は、「隊長」に憑依した。

 

ここで今までの「憑依」とは、変わった現象が起きた。

強欲のためか、その姿形が強欲の魔将(イビルロード・グリード)のものへと変じたのだ。

 

しかも、強欲の魔将(イビルロード・グリード)が望めば、元の「隊長」の姿に戻ることも可能だった。

 

「ふむ」

 

「隊長」の素顔は一〇代、しかも前半の年齢だった。

 

人間の姿で活動することもあるだろう。

素顔でいれば、せっかく死んだことにして使用するつもりが、法国の知己などに会っては計画が頓挫してしまう。

 

かといって強欲の魔将(イビルロード・グリード)に変身能力は無く、安易な幻術は危険が伴う。

漆黒聖典としてもともと使っていた仮面も、相手(法国)に知られているので使えない。

 

ふと、デミウルゴスの脳裏に一人の階層守護者の姿が浮かんだ。

 

「女装させれば、問題はないでしょう」

 

ナザリック地下大墳墓の第六階層守護者である闇妖精(ダークエルフ)の双子は、姉のアウラが男の子の格好、弟のマーレが女の子の格好をしていた。

どうしてマーレが女装をしていたのかまではデミウルゴスは知らないし、今は知る術もない。

だが、女装していて然程の違和感は無かったと記憶している。

 

この世界ではそういった風習は無いようだ。

もちろん、変装として男装も女装もあるだろう。

 

とにかく、どのような「生まれながらの異能(タレント)」持ちがいるか不明な以上、極力「この世界でも可能な方法」をとるべきだろう。

 

であるなら、無理に魔法などによって偽装するよりも疑いを持たれずに済むはずだ。

 

中性的な顔立ちに低い身長も相まって、十分にごまかしが利く容姿と年齢だ。

 

わざわざ危険を冒す必要も無い。

 

◆◆◆

 

「隊長」は洗脳のため、自分が女装することに迷いも躊躇いも無かった。

 

必要だからするのだ。

 

これは大切な「仕事」なのだから。

 

自分の素顔を知っている者に見つからないための処置(変装)なのだ。

 

普段でも、自分の顔を隠すために仮面を着用していたのだから、その延長のようなものだ。

 

射干玉色の髪を鬘に収め、女物の衣服を身につけると、女性にしか見えなくなった。

アンデッドのほとんどが赤い目をしている上に、人間種に紅い眼は珍しい。

人間の姿で赤い目となると、真っ先に疑われるのが吸血鬼だ。

だが、牙があるわけではないので、対応に気を付けさえすれば問題はない。

吸血鬼などの牙は、肉体上の武器にあたるので再生するため、牙のない隊長が吸血鬼と疑われることもないだろう。

 

もちろん、疑われてもアンデッドではないのだから不死者探知(ディテクト・アンデッド)も不死者退散(ターン・アンデッド)も問題はない。

問題なのは、そこまでの事態に発展するほど衆目を集めるような状況に陥ることだ。

 

だからこそ、人目を引く要素は極力排しておきたいところだ。

 

赤い目だけでなく、黒髪も王国や帝国では珍しい色なのだから。

 

もともとの丁寧な言葉使いと、少し高めの声は、十分に女性で通る。

 

「名前が必要ですね」

 

元の名前を名乗らせるなど無意味だ。

 

しかし、この世界の名前となると、あまり詳しくない。

 

「フェイ・バレアレと名乗りなさい」

「はい、ヤルダバオト様」

 

どこかで耳にした、男の子なら女の子ならという話で出てきた名だ。

同名が存在するかもしれないが、完全に一人しかいない名などありはしないだろう。

 

◆◆◆

 

強欲の魔将(イビルロード・グリード)は、自分が女装するわけではないので特に気にしなかった。

もちろん、任務であれば厭わない。

本来の自分の姿に戻れば、その服は破けてしまうし、自分の本来の姿は武装状態だ。

ただ、その破けた服の代わりを、自分のインベントリーに用意しておく必要があるのが面倒だった。

 

必要に応じて着替えることを望まれたために、平民の服からメイド服に富裕層向け、さらには貴族風の服も用意した。

人間の街で購入させた物もあれば、野盗の塒にあった物を拠点の女たちに仕立て直させた物もある。

 

ついでとばかりに化粧道具に複数の鬘まで用意する念の入れようだった。

 

「これを付けなさい」

 

デミウルゴスは、自らのインベントリーの中から「認識阻害」の効果のある指輪を渡す。

 

自らも付けている物と同じ物だ。

 

この世界の職人を囲い、いくつかのマジックアイテムの開発も始めている。

 

だが、やはりと言うべきか、ユグドラシルの物とは質も精度も比べ物にならないお粗末さだ。

 

しかし、この世界にはさまざまな「生まれながらの異能(タレント)」がある。

 

デミウルゴスも、必要な時は外しているが、基本的には身につけているのだ。

 

せっかく手に入れた貴重な駒を、力がわかる者に発見されて奪われては意味が無い。

 

化粧や女性に必要な作法も、簡単にではあるが身につけさせた。

 

本来なら、時間攻撃対策や移動阻害対策、それに精神系対策を行うところだ。

 

しかし、この世界でそこまでのアイテムを複数身に付けるのは、別の意味で目立つ。

そして、精神系はすでに「洗脳状態」であり、これを解除しなければさらなる精神系攻撃は受け付けないはずだ。

 

これを解こうとするなら、同じだけのアイテム、つまり「ワールドアイテム」を使用するか、対象を殺す以外に方法は無いだろう。

 

それでも、デミウルゴスには懸念材料がある。

 

この世界の人間が持つ「生まれながらの異能(タレント)」だ。

 

ンフィーレアのように、「あらゆるアイテムを制限無しで使用可能とする」能力があるなら、長ずれば「あらゆる状態異常を解除する」能力があるかもしれないからだ。

 

それらの対策として、護衛であり監視役でもある隠密系の配下を複数つけた。

 

◆◆◆

 

「彼女を僕の妹に、ですか?」

 

話を持ちかけられたンフィーレア・バレアレは首を傾げた。

隣で話を聞いていた、祖母のリイジー・バレアレも同様だ。

 

ただ、疑問に思っただけで、拒否するつもりはない。

 

当然だ。

話を持ってきたヤルダバオトは、二人にとって「大恩人」なのだから。

 

ンフィーレアにとっては、命を救ってもらい、死んでいた祖母を復活させ、さらには大切な少女(エンリ)も助けてくれた相手である。

同様に、リイジーにとっても、孫の恩人であり、自分を蘇らせてくれた上に、その後の生活の面倒までみてくれた存在だ。

 

よほどに、大罪と思われ自分の倫理感から大きく外れるようなことでない限りは、多少の泥は被る覚悟がある。

 

理がヤルダバオトの方にある場合なら、協力するのは当然だ。

その時は、命がけになるくらいの恩は感じている。

 

現在、リイジーはカルネ村でも「死んだもの」として対外的には扱うように、村全体で周知徹底されている。

 

そもそも、カルネ村に移住してきた理由を「エ・ランテルで命を狙われた。死んだことにしてカルネ村に逃げてきた」と伝えてあるので、カルネ村に住む者も治療を引き受けるバレアレ家の不利益になるようなことはしない。

 

何しろ、彼らの認識では「国は信用できない」のだから。

 

「彼女は、フェイといいます。リイジーの兄弟の孫娘という対外的な身分証明になってほしいのです」

 

「身分証明ですか?」

 

「フェイに身寄りはいません。人間社会に働きに出す予定ですが、身元がはっきりしない人間は、あまり歓迎されないでしょう」

 

「ああ、なるほど」

 

この悪魔(ヤルダバオト)は、またどこかで厄介事を引き受けたのだろう。

ンフィーレアとリイジーは、そう解釈した。

きっと、この「フェイ」という少女は、ヤルダバオトに保護されたのだ。

 

「それにフェイは対外的には「死んだ」ことになっていますから、根ほり葉ほり聞かれない立場がほしいのです」

 

「わかりました。僕の遠縁で、妹のような存在ということですね」

 

「ええ、そのような立ち位置で接してください。彼女にも尋ねてくる者にも」

 

「はい」

 

顔付きも整っているし、身なりも良い。

なにより動きに品がある。

 

きっとどこかの裕福な娘なのだろう。

それでも、ここ(カルネ村)に身を寄せるなら「訳あり」と考えるべきなのだろう。

 

「よろしく、フェイ。今日から君の『兄』になる、ンフィーレア・バレアレだよ」

 

「お前さんの『祖母』になる、リイジー・バレアレじゃ。よろしくたのむよ、フェイ」

 

「はい、今日から『フェイ・バレアレ』としてお世話になります。よろしくお願いします」

 

◆◆◆

 

『フェイ』には、しばらくの間村娘として、カルネ村で過ごさせる。

ここで問題が生じなければ、先の話の通りに人間社会で働かせる予定だ。

 

問題とは、フェイが女として疑われないかということに加えて、洗脳が解ける可能性である。

 

◆◆◆

 

フェイは村の中でも、「女の振り」を続けることが義務付けられていた。

 

とっさの行動で正体を知られることを避けるため、女装を「常態化」させることを徹底したのだ。

 

王国戦士長ガゼフ・ストロノーフの暗殺が、本来なら漆黒聖典の仕事であったように、狩るべき強者は人間種であっても存在するため、他国に入り込んでも違和感の無い行動をとれる訓練は受けている。

 

「フェイ(漆黒聖典隊長)」にとって、これ(女装)はその延長だった。

 

もともとの顔立ちも愛らしいものだ。

 

これは、先祖にプレイヤーがいるためかもしれない。

 

人間種のプレイヤーは基本的にそれなりの外見だった。

 

異形種も亜人種も、外見をそれほどいじれないように、人間種もツールに沿った外装データしか使用できなかったためだ。

故に極端な美醜は存在しなかったのだ。

 

外見で個人が特定できるようなアバターの使用は、自分自身の姿であれ他人の姿であれ、個人情報として禁止されていたからだ。

 

個人を特定できる映像情報は、いつまでも残る以上優先して排除されていた。

 

格差の激しい「リアル」では、住むところが違うだけで犯罪に巻き込まれる可能性すらあった。

 

その対策の一環だった。

 

自分であれ他人であれ、プレイヤーの視覚映像は運営だけでなく誰でも記録できるのだから。

 

もっとも、「だからこそ」異形種狩りが流行ったとも言えるだろう。

外見が「絶対に人間では無い」ことで異形種狩りが起きるのは、同じ人間の外見でも肌の色が異なるなどの理由だけで迫害が横行する世界では必然かもしれない。

ゲームであるユグドラシルでも「不人気職である」ことや「ロマンビルドである」ことを理由に、ギルドから追い出そうという行為すらありふれていたのだから。

 

もしかしたら、それ(迫害)すらも運営は「自由」と称するかもしれないが。

 

◆◆◆◆◆◆

 

「お世話になります」

 

 

『フェイ』は挨拶のために頭を下げた。

 

ここが新しい職場となるのだ。

しっかり対応しなければ、と『フェイ』は思った。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

デミウルゴスは、捕らえた漆黒聖典の一人が自分に言った言葉を思い返していた。

 

「罪悪感はないのか」

 

デミウルゴスには、理解のできない発言だ。

 

自分は好きでこんなことをしている訳ではない。

 

帰る手段を探すために必要だから行っているだけだ。

 

本来なら、こんなことをしているなど、不本意極まりないことだ。

 

自分の役割は「ナザリック地下大墳墓第七階層の守護者」であり、「防衛時のNPC指揮官」なのだから。

 

それ以外のことなど、至高の御方々の命令でなければ関わりたくもないことだ。

 

それなのに、こんな世界に連れてこられてしまった。

 

いわば自分は被害者だ。

 

好き好んでこの世界に来たわけではないのだから。

 

罪なら、自分をこの世界へ呼び出したあの男(ごみ)にある。

 

そして、それを放置し止められなかったこの世界の住人全てだ。

 

この世界の者が犯した罪は、この世界が償うべきだ。

 

だからデミウルゴスが「この世界の存在に」罪悪感を持つことはない。

 

デミウルゴスの罪悪感は、今この瞬間にも「至高の御方々のお役に立てないこと」にのみ覚えているのだから。

 

 

 

そもそも――

 

 

「人間は虫を踏み潰して罪悪感に苛まれることがあるのでしょうかね」

 

本人(人間)がしもしないことを、自分(悪魔)に置き換えられても迷惑というものだ。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 




◆大きさ変更アイテム

特典小説「王の使者」より
デスナイトがアウラくらいに小さくなることが可能。


◆ハムスケ

ご都合主義です。
でも「森の賢王」と、いちいちデミウルゴスが呼ぶかと考えると。


◆アンデッドの監視網

三巻で宝物庫の猛毒の空気に対して、アンデッドであるユリとオートマトンであるシズは種族として毒が効かない。
悪魔であるアルベドは、毒が効くが種族特性以外で無効化しているとあり、アンデッドは呼吸が不要、悪魔は呼吸が必要と判断しています。


◆ニグンに取り憑いた悪魔

悪魔ですがカルマが中立で、天使も呼び出せるという、勝手はいいが弱いという存在です。
「亡国の吸血姫」で、黒い仔山羊のカルマはゼロとあります。
カルマ値五〇のコキュートスと同じ中立と判断しました。
十三巻で「神炎」はカルマ値により威力が上下するが、どの系統の魔法詠唱者でも使えるとあります。
なので、そういった中立カルマの悪魔もいるかもしれないという、独自設定です。


◆強欲の魔将

「能力を奪える能力」は独自設定です。
「強欲」なので、それに因んだ能力があればと思ったことと、一人くらいは高位の僕が常時ほしいと思ってのことです。

「魂と引き換えの奇跡」が魔将全般の能力か、憤怒の魔将特有の能力か不明ですが、憤怒の魔将が純戦士系で魔法の数が少ないとあるので、その数の少なさを補うためのものかとも考えました。
なので、他の魔将にはそれぞれに特有の何かがあると考えています。

作成・創造に比べて、召喚の僕に制限が大きいようなので、大目にみてください。


◆生まれながらの異能

人間種だけでなく、亜人種や異形種にも存在するらしいので、デミウルゴスは確認をしながらトブの大森林を支配下に置いています。


◆魔樹

トブの大森林にアンデッドや悪魔を大量配置したために、ヘイトが溜まった模様。


◆魔樹の強さ

ドラマCDでコキュートスが「ここにいる者なら誰でも一人で倒せる」と言っているので、デミウルゴス一人でも倒せると考えました。


◆魔将

十三巻で、アインズが「自分一人でも問題なく倒せる」と判断している。


◆魔樹に隕石落下

十二巻で、意識があれば表皮の弱い人間でも強者は気や魔力をまとって強化できるとあります。
魔樹は洗脳中の棒立ち状態で、レベル以上の防御力が無い状態のため、第一〇位階の隕石の直撃に耐えられませんでした。


◆ワールドアイテム

WEBの「守護者アウラちゃん」で至高の御方々が集める究極のアイテムとして話しています。
一五〇〇人侵攻の時にいくつか手に入れた、とあること。
四巻で「ワールドアイテムであれば覗き見されない」とデミウルゴスが発言していること。
なので、破格のアイテムという認識はあると予想。
ワールドアイテムの効果がワールドアイテム所持者には効かないことは、その後でアインズから説明されているので、今は知らないと考えています。

なので、ワールドアイテム対策にデミウルゴスが「傾城傾国(チャイナ服)」を使用(着用)することはないと思われます。


◆漆黒聖典隊長の強さ

三巻でシャルティアが「ソリュシャン(五七レベル)より遙かに強い」と判断しています。
比較対象が守護者ではないことと、一〇レベル離れれば確実に勝てるらしいので、七〇くらいを目安にしています。


◆不死者退散(ターンアンデッド)

原作では名称(ルビ)が見あたらなかったので、アニメでロバーデイクが言った台詞を使用しました。


◆フェイ

WEBのリイジーの孫娘の名前。


◆アバターの外見

独自設定です。
しかし、アバターの表情が変えられないなど、表現にも制限があることは一巻で明記されています。
さらに「亡国の吸血姫」で、リアルでは鈴木悟が住む場所では、道に子供の死体が転がっていても珍しくないとあり、「勝ち組」と「負け組」の格差は正しく天地ほどもあるようなので、個人情報は隠されていると考えました。
ここまで格差があると、リアルではギルドメンバーに会ったこともなさそうに思えます。


◆ツアー

シャルティアと遭遇することはあっても、隠蔽してあるナザリックを見つけられていません。
魔樹の復活の際や、リザードマンとの戦争の時にも、ナザリックが隠蔽していたせいか登場しませんでした。
魔樹の時は、現れて(復活して)から隠蔽しているはずなので、ツアーの操る鎧は探索系の技能は持っていないか、人間の領域付近を基本的に活動しているのかと考えています。
一応、ハムスケの足でカルネ村から一日以上かかるほどトブの大森林の奥地に封印されていたこと、漆黒聖典はデミウルゴスが誘導したことで、ツアーとは遭遇していません。


◆『フェイ』の状況

三巻でも、洗脳されたシャルティアは多少の疑問は押し込めてアインズと戦っていました。
不完全な洗脳状態のシャルティアでも『至高の御方と戦うことが可能』となるので、完全な洗脳状態の『フェイ』は今の状態に疑問はありません。


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IF NPCが一人 デミウルゴス 8

IFであり、独自設定があります。
モブ(名無し)がいます。


◆◆◆

 

王国戦士長ガゼフ・ストロノーフが対応を命じられた、王国と帝国の国境付近に現れた帝国騎士の格好をした集団が村々を襲っているという事件。

 

これを王国戦士長とその配下の戦士団によって排除することができたという報告が王宮にあがった。

 

これに、リ・エスティーゼ王国国王ランポッサ三世は、その業績と無事の帰還を喜んだ。

 

しかし、襲われた村々の被害は著しく、四つの村では生存者の確認もできなかった。

しかも村には火が放たれ全ての建物が失われたために、村はその機能を失っているとの報告に心を痛めた。

 

そんな王の待つ王都へと帰還したガゼフを待っていたのは、貴族派閥からの問責という名の糾弾だった。

 

 

宮廷会議が行われる、王城ロ・レンテにあるヴァランシア宮殿の一室。

 

その中央に跪き、久しぶりに顔を合わせた玉座に座る主人、ランポッサ三世の様子にガゼフは思った。

 

さほども時間は経過していないにも関わらず、その外見は記憶にある姿よりも年を重ねたように見える。

 

 

離れていたのは半月ほどだ。

たったそれだけの期間で、一気に年をとったように見えるほど様変わりして見える主君の姿。

老け込んだ、という表現が正しいだろう。

外見だけでなく、動作の全てにも年齢以上の老いを重く感じさせる。

 

そう思わせるほどに、王という立場は主人の心身を疲弊させているのだろう。

 

その頭に乗せている王冠すらも重そうだ、と思わずにはいられない。

 

 

だが、その半月という時間は、自分(ガゼフ)にとっても長く年月を重ねたかのような重厚な時間だったと言えた。

今の自分の心も気分も気持ちも、体が地面にめり込むのではないかと錯覚しそうなほどに重く感じていた。

 

全ての事柄に対して、今までのように感じ、考えることができなくなっていたのだ。

 

「よくぞ、無事に戻ってきてくれた、戦士長よ」

「はっ!ありがとうございます、陛下!」

 

深い思いやり溢れる言葉も、今のガゼフには響かない。

 

以前なら、その慈悲深さに一層の忠誠を心に刻んだだろう。

しかし、今のガゼフにあるのは苦い思いだけだった。

 

王という立場にあるならば、自分(ガゼフ)一人の命よりも優先すべきものがあり、そのためには貴族の思惑があろうとも、自分を完全武装で送り出すべきだったのだと知ってしまったためだ。

 

スレイン法国が殺すべき対象としていた自分(ガゼフ)が万全の状態で送り出されていれば、今回の襲撃は見送られていた可能性が高いという。

 

つまり、多くの民が殺された今回の事態は自分(ガゼフ)を殺せると判断できる状態で送り出した王の対応によって始まったのだ。

 

それは王の「優しさとはき違えた甘さ」によって引き起こされた事態だと知った。

 

いや、「教えられた」というべきか。

 

竜王国へ送られた二日間を含めたカルネ村での出来事は、ガゼフの考えに強く影響を与えていた。

 

 

そもそも辺境の異常に、わざわざ王都から派遣するなど効率が悪いのは明白なのだ。

それなのに、王の側近であるはずの王国戦士団が動く事態になった。

 

そんな不条理がまかり通ってしまうのが、王国の現状なのだ。

 

国を割りたくない。

だから、貴族派閥の発言を無下にすることができない。

 

それくらいなら、最初から自分(ガゼフ)を取り立てることなどしなければよかったのだ。

 

そうでなければ、いっそ国を割るような存在を排除することも視野に入れるべきだ。

 

罪を捏造しろという訳ではない。

 

根回しをすること。

それを具申する臣下を揃えること。

実行する手段や対策を用意できる存在を確保すること。

 

自分のような「ただ剣の腕が立つだけの平民」を取り立てても、平民に出世の道があると示しただけで、何の対策にもならない。

 

それに自分の環境を思えば、とても他人に同じ道にと勧められるものではない。

 

自分は王に忠誠を尽くすためにこの道に入ったが、生活の糧として考えるなら、他の仕事を勧めるだろう。

 

特に今回のような事態に遭遇すると知ってしまえば、よりその思いは強くなる。

 

自分(ガゼフ)一人を殺すために、多くの罪無き民が殺され、自分につき従った戦士団の五〇名あまりも同様に命を奪われるところだったのだ。

 

そういった、自分が知らず、わからず、隠されていた事情を、あのヤルダバオトと名乗った悪魔は簡単に暴いた。

 

スレイン法国の特殊部隊との僅かな会話だけで。

 

その過程で、隠し事は不可能だと判断したらしい陽光聖典たちは、彼らの知る限りのことを話していた。

 

それにより、あの悪魔は彼らすら気付いていなかった事情を丸裸にしたのだ。

 

あの悪魔は、風説に違わず策謀と知略に長けた存在だった。

 

そして、今も主君に促されるままに、悪魔(ヤルダバオト)の用意した台本(シナリオ)を語る。

 

スレイン法国の関与を臭わせながら、特殊部隊の話は隠す。

ガゼフたち王国戦士団は、報告にあった「辺境の村々を襲っていた帝国騎士の格好をした集団」を討ち取った。

襲われた村の四つでは村人の生存確認がとれず、おそらくは全員死亡。

追いつめた最後のカルネ村でも、大きな被害が出た。

それらの討伐終盤に現れた天使の集団によって状況はかき回され、戦士団にも負傷する被害が出たこと。

 

 

おおまかな内容はそんなところだ。

それでも、行動した日程や状況、証拠となる「帝国騎士の鎧」なども揃えてある。

 

その内容は、非の打ち所のないものだ。

 

問題も齟齬もなく、聞くだけなら納得してしまえる完璧な報告。

 

ガゼフが言葉に詰まろうと、話したくない内容にすすもうと、自分の中にいる悪魔が自分の体を操りヤルダバオトの報告が流れていく。

 

「そうか。よくぞ任務を果たし、無事に帰還してくれた」

 

王の感嘆の言葉には、自分が生きて帰れないだろう可能性を払拭したことも含まれるのだろう。

実際、あの悪魔の介入が無ければ、今自分はこの場に立ってはいないはずだ。

 

だが、たとえどれほどに完璧な報告であっても、難癖をつけることこそが目的の者には関係の無い話だった。

 

報告が終われば、早々に野次る言葉が飛び交い始める。

 

「辺境を騒がしていた集団を全て倒したという報告ですが、帝国の騎士を一人も生け捕りにできなかったとはおかしいのでは?」

「本当に討伐したのか、怪しいものですな」

「左様。持ち帰ったのが、帝国騎士の鎧一組だけとは信憑性に欠けます」

「そもそもスレイン法国の関与と言うが、その発想はあまりにも妄想甚だしいでしょう」

「然り。辺境の村を襲うことでスレイン法国にどのような益があるというのでしょう」

 

スレイン法国を庇うかのような発言。

辺境の村の住民の安否を気にもしない意識。

ガゼフの首尾を貶めるためだけの思惑。

 

うんざりするだけの状況であっても、ガゼフは言葉を選ばなければならない。

 

「申し訳ありません。敵の数は多くまた手練れでもあり、確実に殺さなければ被害は拡大したものと判断しました」

 

実際はほとんど生き残っている。

なにしろ、自分たちとの戦闘は無かったのだから。

 

それでも、竜王国で亜人やモンスターを相手に共に戦った状況を思い出せば、覚悟という点では劣るが力量としては自分が指揮する戦士団にさほど劣るものではなかったと記憶している。

それだけの規模で部隊を運用することができたこと。

これは自分の行動が全てスレイン法国に筒抜けだったという証左だろう。

 

「鎧に関しましては申し上げた通り、カルネ村の復興のためにいくつか渡しました」

 

先の報告を繰り返す。

いっそ、聞いていなかったのかと問い質したい気分だ。

 

「それ以外の装備品類は、戦闘においての破損が激しいこと、召喚されたと思しき複数の天使の介入により回収は不可能でした」

 

天使を呼び出せる。

しかも複数体。

 

これだけでも、スレイン法国の関与を疑っていい事態のはずだ。

 

その関与にガゼフが最も疑う人物が、王の場を治める言葉によって会議を進行していく。

 

 

◆◆◆

 

 

ガゼフに憑依した悪魔は、ガゼフの報告を聞く部屋の中の人間たちを注意深く観察し吟味する。

 

スレイン法国の存在をほのめかしたのは、ヤルダバオトの指示だ。

 

天使の召喚は信仰系魔法である。

信仰系魔法を使う者が複数となれば、スレイン法国を疑うだろうとは、ガゼフもニグンも同意した。

 

つまりスレイン法国と繋がっている者がいれば、状況を確認するために連絡を取ろうとするだろう。

 

その経路を知ることが目的だ。

 

そのために、自分には多数の隠密系の僕が与えられているのだ。

 

しかし、自分も含めてだが僕のレベルは高くはない。

与えられた僕は、三〇レベル台からそれ以下の者ばかりだ。

 

スレイン法国には陽光聖典以上の強さを誇る存在がいるという。

そして、その存在の強さを正確に知るには情報が足りていない。

 

なにしろこの世界の人間には、八〇レベルも一〇〇レベルも区別が付かないようなのだ。

なんとも大雑把なことだ。

 

だが、人間の使う情報網を把握することができれば、その問題にも解決策が浮かぶかもしれない。

 

さらには、スレイン法国の持つ強者やこの世界特有の摂理をさらに詳しく知ることも可能となるかもしれない。

 

ヤルダバオトの指示は、この世界の情報を収集することであり、その手段は極力表に出ないことが求められているのだ。

 

それに、帝国の騎士(囮の部隊)の話だけで特殊部隊の話が出なければ、スレイン法国はその行方を探す「何か」を用意するだろう。

 

それらの動向や手段は、この世界でも有数の物であるはずだ。

 

 

それにしても――

 

悪魔はガゼフの中から周囲を窺いながら、ため息を吐きたくなるような気分を押さえられなかった。

 

主人(ヤルダバオト)のお眼鏡にかなうような、使えそうな人間が本当に少なすぎる。

 

取り憑いたこの人間(ガゼフ)も、剣の腕は立つが、それ以外はろくな物ではない。

 

はき違えた考察。

考え違いも甚だしい推論。

自分の狭い世界観に囚われた独善的な考え。

他者を外見で判断する幼稚な思考。

相手の言葉や行動の裏を読めず、理解しようともしない怠惰。

貴族社会に対しての無理解を「自分には向いていない」と諦める不勉強。

 

ただ仕える王の剣であることを自分に課しているという考えに固執することで、主人の王であるランポッサ三世の役に立つことを放棄している浅慮。

 

戦場に立つなら剣の腕は必須だろうが、王の後ろに控えるなら知識は必要だというのに、案山子であることに終始してしまっている向上心の無さ。

 

それを無欲と勘違いする意識の低さ。

 

そもそも会議を聞いていても、理解はまるでしていないのだ。

しかも、内容を理解しようとする努力どころか、ろくに聞いてもおらず別のことを考えている始末。

 

さらには、唯一と言っても過言ではない王の理解者を裏切り者扱いだ。

 

これでは、このガゼフに取り憑いている自分は有用な存在を探すのにも苦労することになる。

 

ガゼフの実直という無神経さでは、宮廷という魑魅魍魎の住処で味方を得るなど不可能だろう。

 

嫌いな相手に対して嫌な顔を隠すことすら満足にできないのだから。

 

知り合い全員が家族のような辺境の村の子供ではないのだから、その程度の社交性は培っていてほしいと思うのは間違ってはいないはずだ。

 

今までの言動から、この男が急に賢しげなことを言えば、いらぬ疑惑をもたれかねない。

 

自分(四〇レベル台)が取り憑ける相手が少ないとしても、これでは早急に自分の手足として使える存在を別に見つける必要があるだろう。

 

 

ガゼフに取り憑いている悪魔は、夢魔の分類に入る。

 

正面についた美しい顔は能面のように全く動かない擬態のものだ。

頭の後ろ側に醜悪な本当の顔を隠している。

精神に入り込み、取り憑いた者の親しい者の夢を渡り歩く性質がある。

 

というフレーバーテキストが現実になった存在だ。

 

といっても、実際に宿主(ガゼフ)から離れるわけではない。

対象として「親しい」とマーキングした者の位置や思考がおおまかにわかる程度だ。

 

ドッペルゲンガーの特殊能力の「相手の表層意識を読み取る能力」に近いだろう。

それとも「不死の奴隷・視力(アンデススレイプ・サイト)」に近い能力かもしれない。

あるいは、作成した僕がどこにいるか、作成者にはわかる共感能力だろうか。

 

もっとも、ドッペルゲンガーが周囲の複数の人間から読み取るのに対し、この悪魔は固定した対象のみという制約がつく。

 

これは対象と伝言(メッセージ)のように見えない糸で繋がったような状態になるためだ。

 

そのためか対象の数は限られ、この悪魔では三体までが限度となっている。

 

 

「親しい」というのも、「会ったことがある」「距離がそんなに離れていない」という制限がつく。

 

「会ったことがある」という項目も、相手の顔や名前を知る必要があり、見かけただけの相手は対象にならない。

 

「距離」もユグドラシル(ゲーム)的な縛りがあるのか、一つのフィールド内、たとえば街の中だけなどの制限がある。

国をまたいでなどは不可能だ。

 

レベルは五〇に近いが、使える魔法やスキルは補助や精神系が多い。

 

それでも、取り憑いた相手の肉体を自分の物として使用する際には、憑依した自分本来の筋力に近くまで強化することが可能となる。

 

魔法やスキルによる探知にも長けているので、斥候活動や隠密行動に向いている。

 

攻撃系も、少ないというだけで、全く使えないというわけではない。

 

そもそも、天使や悪魔は他の種族に比べて、使える魔法の数が多いのだ。

 

ただし同じレベルの相手との戦闘になれば勝率は低く、装備も相まってプレアデスの誰にも勝てないだろう。

一方的に負けるとも言えないが。

 

全種族魅了や睡眠、麻痺や幻術等も使えるので、逃走に全力を尽くせば五〇レベルを振り切れるだろう程度だ。

 

 

ガゼフからすれば、ただ強いだけではないという存在は苦手だ。

それ以上に、この悪魔は厄介な存在だった。

 

ガゼフ・ストロノーフという存在そのものを損なう「悪夢」そのものだった。

 

ガゼフという人間を、人生を否定し土足で踏み躙るがごとき言葉の数々に、心がささくれ荒む思いだ。

 

その言葉が自分に否定できないことなら尚更だった。

 

◆◆◆

 

ガゼフは思い出す。

 

自分の非力さを。

 

かつてのバハルス帝国との戦争時に、自分は周囲を敵に囲まれながらも、当時の四騎士の内の二人を討ち取り帰還した。

 

 

だから――

 

 

どこかで油断があったのかもしれない。

慢心があったのかもしれない。

 

自分は多勢に囲まれても、なんとかすることができる、と。

 

王国最強。

周辺国家最強。

英雄にとどくだろう剣豪。

 

そう称えられて、驕りや自惚れが無かったとは言えないのかもしれない。

 

竜王国で、亜人を相手に戦った時。

 

スレイン法国の陽光聖典が召喚した天使たちが減らしたビーストマンを相手にするだけでも、自分たち戦士団は壊滅しかけた。

自分が万全の状態であれば、問題なかったとは言えない。

 

ビーストマンの目的は「自分(ガゼフ)を殺すこと」ではなかったのだから。

 

自分がどれほどビーストマンを殺したとしても、村人たちを守れなかったのなら敗北だ。

 

数が減ったビーストマン相手でも、あれだけ苦戦したのだ。

 

もし、陽光聖典が数を減らしていなければ、そしてポーションを融通してくれていなければ、戦士団はその数を相当に減らしていただろうことは間違いない。

 

今まで気にしなくても良かった「数の脅威」。

それが現実としてあり得ると知ったのだ。

 

自分の強さなど、「世界」の中では小さい。

「人間として」の強さを誇っても、この世界では通用しないのだ。

 

そもそも陽光聖典に襲われたとして、自分は勝てるのだろうか。

 

 

そして、カルネ村で自分に取り憑いたという悪魔。

 

ガゼフは自分に憑依したその悪魔の強さに愕然とした。

 

自分など足下にも及ばぬ強さ。

 

そんな悪魔を多数配下とする存在、ヤルダバオト。

 

それでも、その悪魔は村人を助けるという、自分にはできなかったことを行っていた。

 

何が正義で、何が悪なのか、判断がつかなくなる思いだ。

 

さらに法国の人間たちとの会話で知った、王国の立場。

 

それは人間という種族全体に対する悪だという。

 

人間という劣等種。

 

これを存続させるために、どれほどの犠牲が現在進行形で払われているか。

 

竜王国が滅び、法国がその武力を衰えさせれば、いずれは王国とて存続の危機に陥るという。

 

そうなった時、王国に自らを守る手段があるだろうか。

 

民兵など、亜人の攻撃の前には紙きれだという。

むしろ案山子の方がましだとも。

案山子は逃げないのだから。

だが、民兵は我先にと逃げ出すだろう。

 

ローブル聖王国では、徴兵制により成人した全ての国民が兵士としての訓練を一通り受けているという。

さらに国土が巨大にして長大な城壁に守られてもいる。

そこまでしても、被害を減らすことはできても、無くすことはできておらず、国民の被害は出続けているという。

 

何の守りも武力も持たない王国が、亜人の侵攻に対して有効な手段などあるはずもない。

 

あっという間に、王国は地上から消えることになるだろう。

 

そんな現実を、知らなかったでは済まされないのだと、思い知らされた。

 

竜王国へ送られる前の、陽光聖典との問答を思い出す。

 

◆◆◆

 

「知らなかった、知らなかった、知らなかった!全く何も何一つ、知らなかった!」

 

ガゼフの何気ない言葉に、ついにニグンは黙っていられずに叫んでいた。

 

「いい言葉だな!『知らなかった』と言えば、全て許されるのか!無かったことにできるのか!」

 

「そんなことは言っていない。そもそも『知らない』と言っただけだろう。それがそんなに悪いと言うのか?」

 

「そうだ!悪だ!知ろうともしなかった。その知る努力を怠ったこと、それこそが悪だ!」

 

憎々しげに睨みつけるその形相は、抑えきれない激情を溢れさせていた。

 

「王の側近くに控えていながら、その程度の認識しかなかったのか!国を憂いているというなら、なぜ何もしないでいられるのだ!」

 

ガゼフからすれば、王の不利益になるような行動はとれなかった。

だが、ニグンからすれば、王の側近が政に疎いために行動できないなどという方がどうかしている。

 

「そうとも!私腹を肥やす。堕落する。腐敗する。そんなくだらない愚かなことに、時間を、資源を、人命を無駄に費やす!これを罪と言わず何と呼ぶ!そしてそれを見逃すことも当然悪だ!」

 

関を切ったように、ニグンは叫ぶ。

それまでの上から目線では無い。

今までの苦労が、苦難が、辛酸を舐め生死の境を掻い潜り、ひたすらに人類のためにと戦い守ってきた「人間」に、今までの人生の全てを否定されて黙っていられるほど、ニグンは自分のしてきたことに意味を見いだしてこなかった訳ではない。

 

殺しきれなかった亜人が、人間の集落を襲うこともあった。

自分たちが亜人の村を襲わなければ、そんなことにならなかった、などという非効率的な考えは、すでに捨てた。

そもそも、亜人が人間を食料としている段階で、和解などあり得ないのだ。

 

亜人が増えれば、当然食料が不足する。

その不足した食料を、どこから調達するというのか。

 

調達される食料となった状態こそが、今の竜王国だ。

 

あの国の惨状を見て、同じことが言えるのか。

 

あの悲惨な状況を人間の国全てに広げないために、自分たちがいるのだ。

 

断じて、私利私欲や加虐的嗜好で亜人を殺しているわけでは無い。

 

例えば、人間が食べている牛や豚が、自分たちを食べるな。自分たちの権利を尊重しろ。と言ったとして、それを人間が受け入れるか。

 

受け入れるわけがない。

畜産という手段を得たからこそ、人は安定した食料を得ることができるのだ。

 

同様に亜人たちも、自分たちが飢えれば人間を襲うことに躊躇などするはずがない。

 

腹を空かせている時に目の前に食料があって、食べない方が「生き物」としてどうかしている。

 

そして飢えなくとも、「美食」という観念から人間を食べる。

どこまで行っても、人間を「食材」と見ている相手なのだ。

 

ビーストマンやトロールの国の「食材」の実状を知って、彼らと仲良くできるというならやってみるがいい。

 

この世界は弱肉強食なのだ。

 

比喩でもなんでもない。

正しく人間は「弱肉」なのだ。

 

それを覆そうとするなら、彼のミノタウロスの賢者のように、圧倒的な力が必要だ。

 

そして、そんなことなどできない劣等種が人間なのだ。

 

それでも大人しく食べられてやる道理などない。

鼠が猫を咬むなら、人間とて同じことをする。

 

それが早い(攻める)か遅い(守る)かだけの違いだ。

 

大人しく攻め込まれるまで待つなど、馬鹿のすることだ。

 

強盗が家に入るまで何もしないか。

まず入られないように、自衛をするものだろう。

 

襲われる(喰われる)ことがわかっていて、何もせずにいることなどできない。

 

攻め込むなどできない弱者たる人間は、自分の領域を守ることで精一杯だ。

だからこそ、守るための「攻める力」が必要なのだ。

 

自分たちの生息圏に他の種族が入り込まないように、繁栄しないように、早期にそれを排除しなければならない。

 

なぜなら、共存などできないからだ。

駆逐される側が「人間」だとわかっているのに、その存在(他種族)を見過ごすことなどできるはずがない。

 

それが、六大神によって滅亡を免れた人間の義務だ。

 

誰が大人しく滅びを受け入れてなどやるものか。

 

抗うのだ。

 

生きることを諦められないなら、戦うしかないではないか。

 

今、自分が生活している安全な土地が、何の対価も無く無条件に存在するなどと考えることこそが「罪」だ。

 

リ・エスティーゼ王国もバハルス帝国も相当の範囲で隣接しているトブの大森林。

そこに住む亜人を狩り続けている、無限地獄のような現状。

それでも、トブの大森林から亜人やモンスターが溢れ出せば、王国も帝国も「もたない」。

 

人間を食べない種族でも、数が増えればその土地を巡って争うこととなる。

 

そこに住み数を増やして広がり、果ては周辺の人間を追い出し、自分たちの土地だと声高に宣言するだろう。

 

そして、人間との争いになれば、人間の側が負けるのだ。

 

そんな人間の、人類の現状を知ろうともせず権力争いだと。

 

ふざけるな。

 

 

荒い息をつくニグンに、陽光聖典は思いを同じくする。

確かに「強いから」陽光聖典に配属された。

しかし、最初の「人類のために戦う」という道を選んだのは、間違いなく自分自身なのだ。

 

囮の部隊は気まずい思いを抱えていた。

命令とはいえ、村人を殺すことに高揚感があったことは確かだ。

逃げまどい、命乞いをする村人を殺す。

そこに、自分が「強者」である驕りがあったことを否定できないだろう。

 

戦士団は戸惑いながらも、同意できない。

切り捨てられる側に置かれて、それを納得しろと言われても、それこそニグンの言葉の通り、「大人しく」切り捨てられてやる道理はないのだ。

ただ、自分たちの知らないことに理解が及ばないことも事実だ。

人間が食料と言われても、想像ができないのだ。

彼らは「人間」しか知らないのだから。

 

 

彼らは全員が、正しく「住む世界が違う」集団だった。

 

例えば、犬を食べる民族、羊を食べる民族、魚を食べる民族、虫を食べる民族。

 

お互いにその習慣がなければ、お互いを「野蛮」と蔑むことは珍しいことではない。

 

食料に対する認識は、国どころか地域ですら異なる。

 

そして今、同じ人間同士であっても、ここまで認識が異なるのだ。

 

自分(人間)が食料と見られる認識などないのだから。

 

それが種族さえも異なれば、もはや理解など及ばないほどに異なるだろう。

 

それを、あの竜王国での二日間でガゼフは思い知ったのだ。

 

◆◆◆◆◆◆

 

悪魔に罵られ続け、何の意味も見いだせない会議が終了する。

 

前を歩く王につき従って王宮の廊下を進む。

 

王の危なげな歩行に手を貸すこともできない。

 

だが、それも矜持でしかない。

 

そうしなければ、王に譲位を促す声が大きくなる。

 

二人の王子が、どちらも即位した後には貴族の傀儡となるだろうとしか思えない存在だからだ。

 

だから王は杖をつかなければ歩けないような体でも、手助けを得られない。

 

王がそうして虚勢を張れば張るほど、それを見る貴族派閥、いや王派閥の者すら嘲笑しているのだと知ってしまった今、ガゼフにはあらゆることが道化に見えた。

 

そして、その最たる者は、自分(ガゼフ)自身だった。

 

 

◆◆◆

 

 

何かがおかしい。

 

ラナーは訝しんだ。

 

王国の動きがいつもと違う。

 

全体がなにか奇妙な動きを見せているようだ。

 

「王国戦士長様は、お加減が悪いのかしら。あんなことがあったばかりですものね」

 

父、ランポッサ三世の供として歩いていたガゼフに語りかける。

 

「いえ。お気を使わせてしまい、不徳の致すところです」

 

深く頭を下げるガゼフに変化は感じられない。

 

違和感は、もっと別の所からだ。

 

「私でよかったら、お話ください。クライムを通してでもかまいませんので」

 

「お心遣い、感謝申し上げます」

 

こんな人だっただろうか。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 




◆ガゼフが王都に帰った時間

エ・ランテルの事件や、魔樹の件より前になります。


◆ガゼフの王に対する考え

良くも悪くも陽光聖典や「ヤルダバオト」の影響を受けています。
「良い方なのだ」という意識は変わりません。
ですが「良い国を造れる王か」くらいは考えるようになりました。


◆悪魔のガゼフ評価

デミウルゴスの配下ですから、ナザリック寄りの思考をしています。
なので、人間を褒めることの方が無いだろうと思いました。


◆ガゼフに憑依した悪魔

独自設定の悪魔です。

レベルは四〇レベル後半。
表の綺麗な顔は能面のように動きません。
夢魔の系統で、三体まで対象の行動や表層意識を読むことができる。
表層意識を読めるのはフレーバーテキストなので、この世界に来てからの能力になります。

アインズが、プロローグ後編や亡国の吸血姫でスケルトンやゾンビと視界共有してあっち行けこっち行けしていますが、それの精神的小判鮫状態です。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


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IF NPCが一人 デミウルゴス 9

IFであり、独自設定があります。


リ・エスティーゼ王国、第三王女ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ。

現国王、ランポッサ三世が最も可愛がる末娘だ。

たぐいまれなる美貌と、その英知。

何よりも民を想う心により「黄金」と称される女性として知られている。

 

御歳十六。

 

通常であれば結婚の話がすでにあっても、いやすでに結婚していてもおかしくはない年齢だ。

 

この歳であれば「婚約者」、あるいは嫁ぎ先の「家」くらいは決まっているのが普通だ。

 

それが、まるで無いというのも、父親であるランポッサ三世が彼女の幸せな結婚をささやかに望んでおり、話を進めないことが理由の一つでもあるが、一番の理由は彼女の「商品価値」が異常に高いせいだ。

 

「嫁がせる」という口約束なら何度でもあった。

それだけで交渉材料となったのだ。

 

王家の血を入れるという価値。

そして、年を追うごとに増す、輝くような美貌。

さらに、実質的な権限は無いものの、王に進言し取り入れられ、国に利益をもたらす政策を考えつく頭脳。

 

安易に「嫁がせる(売りに出す)」には惜しい娘(財産)だった。

 

政略結婚は第三王女(ラナー)に限った話ではない。

 

第一王女も第二王女も政略結婚だ。

だからこそ、最後(末娘)にして最大の商品を安売りできないという事情もあった。

 

 

◆◆◆

 

デミウルゴスは思案する。

 

ラナーの存在の異常さは、ガゼフに憑依させた悪魔からこちらの動きを感づいているような報告によって知っている。

 

問題は彼女の扱いだ。

 

デミウルゴスの行動の支障になるようならば、消してしまえばいい。

 

ガゼフに憑けた悪魔は戦闘系では無いが、攻撃魔法を習得していないわけではない。

 

それこそ、たかが第三位階の「火球(ファイヤーボール)」の一発どころか、第一位階の「魔法の矢(マジック・アロー)」ですらこの女(ラナー)は簡単に死ぬだろう。

 

夢魔の力には、身体や精神を汚染する能力もある。

病死でも自殺でも、手段はいくらでもあった。

 

それこそ、宮廷内に不和と不信をばらまくために、事故や事件を演出してもよいだろう。

 

しかしそれは浅慮であると、ラナーと対峙したデミウルゴスは自重したのだ。

 

◆◆◆

 

「ヤルダバオト」と名乗った悪魔の言葉に、ラナーは心が震えるほどの歓喜を覚えた。

 

なんとも納得のいく話だ。

 

自分が人間では無いのかもしれないという予想は。

 

この過ぎた美貌も、常軌を逸脱した頭脳も、人間以外の存在の手による物だと考えれば、自分が「あの」家族と同じ人間だと思うよりも、納得ができる話だった。

 

ラナーにとって新鮮であり有意義な話だった。

 

幼い頃の自分に教えたい気分だ。

 

その杞憂は無意味なのだと。

 

例えそれが事実ではなくとも、そういった事例があるというだけで、自分は自分の異質さを肯定できる。

 

 

 

「私は『そう在れ』と生み出されました。あなたが『そう』であっても驚きませんし、気にもしません。私が気にしているのは、貴女が私と同じ主人を仰ぐのか。そうでない存在なら、敵対者なのか同盟者なのかの区別だけです」

 

ラナーが「ナザリックの所属」では無いことは、デミウルゴスにはわかっている。

同じナザリックの仲間であれば感じる気配を感じられないのだから。

それも同じ階層守護者とただのシモベでは雲泥の差があり、至高の御方々であれば、絶対的支配者の輝きを目視したと錯覚するほどに感じ取ることができるのだ。

 

しかし、ラナーが「ナザリックの所属で無いこと」と「ナザリックの敵対者であること」は一致しない。

 

初期から気にしている「傭兵」や「協力ギルド」といった存在もあるからだ。

 

ゆえに、明確に敵対しているとの確証が得られない現在、ラナーに対する態度は現状では手探りといったものにならざるを得ない。

 

 

◆◆◆

 

 

「私は私のささやかな願いが叶うなら、誰を主人と仰いでも問題ありません。今の私は『忠義を尽くす相手を捜している』状態ですので」

 

嘘では無い。

 

ラナーの世界は自分と愛しい犬(クライム)とで完結している。

二人の世界を完成させるためなら、ラナーはあらゆる手段を使いあらゆる存在を利用するつもりなのだから。

 

ラナーの最大の「嫁ぎ(売り込み)先候補」は、バハルス帝国の皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスの側室だ。

 

だからこそ、王派閥にも貴族派閥にも嫁がず済むように、双方の対立を煽っているのだ。

どちらの派閥に降嫁しても角が立つように、双方の力関係を調節して。

 

そして、互いの派閥争いから国力を低下させた上で帝国に併呑されれば、バハルス帝国皇帝ジルクニフは「まだ若く」「国民に支持された」「利用価値のある」第三王女をそうそう殺害できない。

 

ラナーに個人として使える戦闘力が、クライムしかいないというのも、ジルクニフが自分を殺しにくくする要素だ。

 

そして、ラナーが自分の領地からあがる収益を貯金しているのも、いずれ嫁ぐ時の持参金にするつもりがあるからだ。

 

ジルクニフが自分を側室として召し上げても、元敵国の姫に、そして何を企むかわからない自分相手に、潤沢な歳費を用意するとは思えない。

むしろ、質素倹約を心がけなければならないかもしれない。

 

それでも、側室に迎えた女の「個人資産」に手を出すようでは、皇帝の威信に傷がつく。

つかなくても、自分ならそういう風に世論を持っていける。

 

それがわかるだろうジルクニフは、自分の持ち物全般にあまり手を付けないだろう。

 

自分の有用性をアピールすると共に、自分を不気味に感じていることも了解済みだ。

 

そうなるように、仕組んでいたのだから。

 

自分を嫌っているジルクニフは、自分を側室に迎えても手は出さないだろう。

 

 

 

 

そう考えて、ずっと頑張ってきたのに、それを灰塵に帰す存在が目の前に現れたのだ。

 

計画を変更しなくてはならない。

 

とりあえず、目の前の存在の邪魔になることだけは避けなくてはならない。

 

「障害」と判断された瞬間に、自分は殺されるか操られるか。

 

自分に「頭脳」はあれど、「武力」も「魔法」も無い。

 

その手の一振りで、自分の細い首は胴体と永遠の別れを告げるだろう。

攻撃魔法の一つで、瞬時に消し炭になるだろう。

防御できるような魔法もアイテムも自分には無いのだから。

 

死ぬならまだいいのかもしれない。

 

精神操作の魔法を跳ね返すことも、ラナーには不可能だ。

 

操り人形にされ、あちこちの男への交渉材料にされる可能性だってある。

 

事実、兄の第一王子バルブロは、そういった話をあちこちに持ちかけているのだ。

 

そして、「美貌」も「頭脳」も不要と判断された時、クライムはどうなるのか。

 

ラナーが変わったことに不信感を抱かれないために、殺されてしまうのか。

それとも、ラナーが変わったことを隠すために、操り人形にされてしまうのか。

さらには、新しい手駒として悪魔に乗っ取られてしまうのか。

 

そうなったら、クライムが自分を見る、あの得難い視線はどうなってしまうのか。

 

失う。

 

それだけは耐えられない。

受け入れられない事態だ。

 

だからこそ――

 

「私のささやかな願いを叶えてくださるなら、私は喜んで貴方様の忠実な僕となることを誓います」

 

 

目の前にいる存在は、自分と同等の存在。

 

自分の考えも打算も、折り込みで理解してくれる。

ある意味、最も信用できる相手といえるだろう。

 

 

それにこの悪魔は自分と同等もそれ以上も知っている。

それだけでも、自分(ラナー)は経験で劣っているのだ。

 

ラナーは自分と同格も、それ以上の存在とも対峙したことがない。

 

これは未知の領域だ。

 

だからこそ、ここから始めなければならないのだ。

 

失敗はできない。

 

クライム(可愛い犬)との幸せな(鎖で繋ぐ)未来のために。

 

◆◆◆

 

「私は「ナザリック」を探しています」

「はい。私はその存在を探す一助となります」

「期待していますよ」

 

ナザリック地下大墳墓が存在すれば、不可視化を行える八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジアサシン)などのモンスターを使えたのだろうが、今のデミウルゴスには手が足りなかった。

 

用意できたのは、下位の悪魔「影の悪魔(シャドウ・デーモン)」だ。

他にも影や闇に潜むことが可能な僕もいるが、用意しやすさではこの「影の悪魔(シャドウ・デーモン)」が筆頭だ。

つまりは、レベルが低いのだ。

三〇レベル程度の僕がどうしても多くなる。

この世界の人間や亜人を材料にした作成では、四〇レベルを越えることができず、憑依にしてもあまりにレベルが離れていては依代が「もたない」ためだ。

結果的に、多用できる僕はほとんどが低位の者となっている。

 

連絡用に別の悪魔を控えさせているが、これは特にラナーに言う必要は無い。

 

考えればわかることであり、自分と同等の頭脳の者に説明の必要を感じなかったためである。

 

 

 

それはラナーも理解している。

 

「ナザリック」が「何か」を説明しないのも、ラナーならその意味を理解できると知っているからだ。

 

「ナザリック」に繋がるなら、それが「人」でも「物」でも「場所」でも関係ないのだ。

 

予備知識が無ければ「ナザリック」を探すのに、情報に惑わされない。

 

そもそも「ナザリック」が何であれ、その名が使われているかもわからない。

 

であるなら、あの悪魔「ヤルダバオト」の気を引きそうなもの全てが対象と考えて、あらゆる事象を精査すべきだ。

 

なにが「ナザリック」へ通じているかわからないのだから。

 

わかるくらいなら、あの悪魔はとっくに見つけているだろう。

 

結局は「わからないものを探す」のだ。

 

つまらない先入観など、あっても邪魔なだけだ。

 

ヤルダバオトでも探すことが困難なもの。

つまり自分が受け持つのは、ヤルダバオトが手を出しにくい場所なのだ。

 

いや、自分(ラナー)が手を出せない場所は、ヤルダバオトが探すだろう。

 

あるいは自分以外を使って。

 

自分は自分の範囲を探せばよい。

 

そして新しい手駒がいる。

 

今までのように、隠れた「依頼」では効率が悪い。

 

最優先で動かせるように、ヤルダバオトに「献上」してしまった方が都合が良いかもしれない。

 

「ラキュースに会わなくちゃね」

 

少し計画を前倒しするべきだろう。

 

 

先ほどまでの会話を思い出して、ラナーは自然と口角が上がるのを自覚した。

これほど自然に笑えるとは、自分は随分と高揚しているようだ。

 

あの「ヤルダバオト」という悪魔との会話はとても有意義なものだった。

 

これほど充実した会話は、生まれて初めてと言っても過言ではないだろう。

 

別に自分が本当に人間ではないと信じたわけでも、その事実がある必要などもない。

 

自分と同等の存在がいるということ。

それが知れたことが重要なのだ。

 

自分以外との会話が苦痛だった。

 

自分の異質さが理解されないこと。

周りの愚鈍さが理解できないこと。

 

自分と比肩できる存在の確認は、自分を位置づけるためには必要なものだ。

 

それがようやく現れたのだ。

自分の範囲に。

 

そしてこれはチャンスでもある。

 

自分のような、頭脳と美貌ではなく、頭脳と「力」を持っているのだ。

 

 

あの「ヤルダバオト」という存在。

 

圧倒的な強者であることを疑う余地はない。

 

だが、注意しなければならないことが多いのも確かだ。

 

おそらく、あの姿は偽りのものだろう。

 

幻術か変装か、あるいは影武者か。

 

とにかく、自分という絶対に裏切らないという確証の無い相手に本来の姿を晒しはしないだろう。

 

名前とて本当の名か怪しいものだ。

 

そして「帰ることを前提とした協力」とこちらに先に告げている。

 

つまり、あの「ヤルダバオト」という存在は、いずれいなくなる可能性が高いのだ。

 

この世界に残るだろう自分が、泥船(リ・エスティーゼ王国)に置き去りにされるのでは協力の意味がない。

 

なんとしても、その時までにあの強大な力を自分の地盤を固めるために利用しなくてはならない。

 

「ナザリック」を見つけるには、自分(傀儡)に一定の権勢が必要と判断させることができれば、問題なく相手の力を利用することができるだろう。

 

「お父様には病気になっていただいた方がいいかしら」

 

父がいなくなっては王位継承問題が激化するだろう。

父がバルブロを廃嫡できない優しい親(無能な王)であることはわかりきっている。

それでも、生かしておく方が面倒が少ない。

 

「バルブロお兄様も病気がいいかしら。いえ、何か問題を起こして蟄居の方が都合がいいかしら」

 

貴族からも民衆からも距離を置かれるような醜聞の方がいい。

バルブロが生きていた方が、ザナックもそうそう大きな顔はできない。

 

なにしろあのガゼフ・ストロノーフでさえも、漠然とはいえ次の王になるのは長男であるバルブロだと考えていたのだから。

 

たいした才能がないと知っているガゼフでさえ、そう考えているのだ。

王家のことをよく知りもしない「その他大勢」が、「第一王子」という肩書きだけでバルブロを「王位継承権一位(次の王)」と考えてしまうのは無理のない話だろう。

 

ザナックはそれなりに頭が回る存在だが、バルブロやその義父ボウロロープ侯に睨まれないために猫(ばか)を被っている。

第二王子(スペア)という立場も、後ろ盾になる貴族に恵まれない状況だ。

 

最近ではレエブン侯が協力者となったようだが、劣勢を覆すほどではない。

 

 

つまりよほどのことがない限り、バルブロが王になるという通説を覆すことは、ザナックには難しいと言える。

 

「ザナックお兄様が私に協力を求めるなら、バルブロお兄様に傾いた天秤をひっくり返すための一手を知るためになるでしょうね」

 

事態を表面化するのがいいか、事態を作り上げる方がいいか。

 

「その方が恩を売れるかしら。レエブン侯に解決できるような事態では意味が無いわね」

 

今まではできなかった手段も使えるだろう。

 

選択肢が増えることは嬉しいが、悩ましくもある。

 

「待っていてね、クライム。貴方との最上の未来を作り出してみせるわ」

 

それでも、これはとても楽しいことだ。

今なら、あの大嫌いなメイドにも、心からの笑顔で接することができそうな気がしてくる。

 

「彼女にはどんな未来を用意しましょう」

 

殺すより、もっと悲惨で過酷で凄惨な未来を与えることもできるだろう。

 

「考えることがたくさんありすぎて、楽しくて楽しくて困ってしまうわ」

 

 

◆◆◆

 

 

クライムと呼ばれる少年のレベルは高くない。

 

どう贔屓目にみても、一〇レベルの前半だろう。

 

もっともこれは、この国において「弱者」という話ではない。

 

デミウルゴスが「小鬼(ゴブリン)将軍の角笛」で呼び出したゴブリンのレベルは十二から九。

 

十二レベルあれば、王国で精強と呼ばれる騎士を三人相手に戦えるのだ。

圧勝や完勝できるとは言わないが。

 

リザードマンの村で見つけた「勇者」と讃えられる、ザリュース・シャシャのレベルも二十ほど。

それ以外のリザードマンは、悉くそれ以下のレベルしか有してはいなかったのだ。

 

それを考えれば、劣等種である人間がレベルを一〇以上に上げたというのは、なかなかのものであろう。

 

あくまで努力の上限であり、才能ある天才に遠く及ばないことは間違いが無い。

 

デミウルゴスからすれば、まったく価値が無い存在だ。

 

それでも、ラナーに対して有効な存在であることも、また間違いのない話だ。

 

なにより――

 

「なにがあろうと主人を第一に考え、絶対に裏切らないという、その忠誠心だけは買いましょう」

 

デミウルゴスも忠義を尽くすことを第一と考えている。

 

たとえ、ナザリック地下大墳墓に永く訪れることがなくとも。

侵入者も絶えて久しく、ただ己の守護階層で無為に過ごす時間が続こうと。

まるで居ない者のごとく、その存在を無視されようとも。

 

デミウルゴスが至高の御方々へ捧げる忠誠心に変わりはない。

 

だからこそ、忠誠の先をころころと変え、それを恥じもしない存在を軽蔑する。

 

それでも、己の主人(至高の御方々)に対して忠誠を誓うのなら話は別だ。

 

何故なら、それこそが「正しい」からだ。

 

至高の御方々こそ、万人万物が頭を垂れ傅くべき絶対の支配者なのだ。

 

他の存在に忠誠を誓うという過ちに気付き、それを正したのなら、その行為を褒めてやるべきだ。

 

全ての者の頭上に君臨すべき「絶対の主人」は、至高の御方々以外に存在しないのだから。

 

だが、この場に彼の方々が存在しない以上、誤った主人に忠誠を誓ってしまうのは仕方の無いことだろう。

 

下等な存在に、見たこともない至高の御方々の偉大さを理解しろと言う方が酷なのだから。

 

それ故に、デミウルゴスは下等な生き物たちに合わせて、この世界を至高の御方々に捧げるべく行動しなければならない。

 

真実の支配者を知らぬ愚か者に合わせるのは苦痛だが、生まれながらにその威光に触れていた自分とは可哀想なほどに境遇が異なるのだ。

 

その惨めな境遇を責めるのは、あまりにも哀れだ。

 

真の支配者を知らぬ者には、なにを言っても無駄なのだ。

 

だから、その誤った忠誠を利用することに対して、デミウルゴスには何の呵責もない。

 

彼の方々がこの地に降臨されその威光を示せば、全ての生き物は頭を垂れるだろう。

 

それは彼の方々だからこそ、当然にして当たり前のことだ。

 

ただの被造物(NPC)である自分(デミウルゴス)に、それだけの威光が無い以上、自分におもねることが無いのは仕方の無いことだ。

 

だからこそ、真の支配者を迎え入れた際、全ての者の忠誠を「正しい主人」に捧げさせるために、自分は世界をあるべき姿へと変えるべきなのだ。

 

そして自分(デミウルゴス)も、正しい場所(ナザリック地下大墳墓)へ帰るのだ。

 

そのための努力を厭うなど、ありえないことだ。

 

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◆ラナーの考察

デミウルゴスの「生み出された」という表現を、品種改良のように「優れた能力を持った種族を作っている」と考えています。
この世界で例えるなら、「神人を効率よく生み出す環境がある」というような。
さすがに、テレビもゲームも知らないラナーが、絵に描いたら本物になったとまでは思いつかないのではと思いました。
召喚も、「異世界からその住人を呼び出して使役する」と考えられているようなので。


◆デミウルゴスの至高の御方々賛歌

デミウルゴスに至高の御方を語らせたら長くなりました。
一〇巻のメイドのフィースも、エ・ランテルの住民に対して憤っています。
なので、御方々を讃えつつ他を貶しています。


◆僕

影の悪魔がよく使われています。
他にも闇に潜める僕はいる設定です。

独自設定ですが、九巻に出てきた三〇レベル台であろうゴブリン暗殺隊も影から姿を現しています。
なので、三〇レベル台の僕でも、そういった能力を持っている存在はそれなりにいるのではないかと考えました。



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書籍14巻 小話集

14巻で考えた話の詰め合わせです。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

prologue

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

【ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ】

 

ラナーは思う。

 

八本指の動向だ。

 

そもそも、八本指が魔導国の益にならないことをするはずがない。

八本指の問題というより、これは王国の問題なのだろう。

 

麻薬の禁断症状で暴れる者が出てきているという情報。

 

なんとも厄介だ。

 

麻薬を買うお金を持たない者が増えている。

麻薬を売る者が減っている。

麻薬の生産量が減っている。

 

ぱっと理由を考えただけでも、ろくでもない状況だとわかる。

 

つまり市場の破綻だ。

 

王国内の経済がふるわないのだろう。

 

といっても、兄に話した通り問題はない。

 

戦力の低下。

国民の不満。

王家への不信。

 

これから魔導国に併呑されるのだ。

それらは自分にとって都合の良い状況なだけだ。

わざわざ改善する意味がない。

 

もちろん、クライムが理想とする第三王女としての対応はたとえ振りだけだとしても行うが、できもしないことをする意味はない。

 

もっとも魔導国なら、今自分の手元にある問題など全て解決してしまいそうだ。

 

アルベドが王都に来訪した時の天気を考えれば、どれだけ高位の魔法を使用しているのか。

 

魔導王の魔法は、あの大虐殺の時に使用した魔法の印象が強すぎる。

そのせいで、攻撃魔法ばかりに目が行きがちだ。

だが、その他の魔法も多様性があるのだろう。

 

なので、「厄介」と考えたのは、魔導国がどこまでの国力低下を是とするかである。

 

帝国ほど問題なく併呑されるとは思ってはいないが、あまりにも魅力の無い国にまで成り下がっても問題なのだ。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

1章

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

【エ・ランテルの農民】

 

「一雨ほしいところだな」

「そうだな」

 

農業に従事して、この手の会話はことかかない。

天候は農作物の育成には必要不可欠であり、一喜一憂するものだからだ。

 

だが、今この会話をする者たちには一欠片の悲壮感もない。

 

なぜなら、彼らの畑は魔導国の支配下にあるのだから。

 

「上に連絡しておこう」

「そうだな」

 

それだけで済むのだ。

きっと近日中に雨が降るだろう。

 

雨不足も日照不足も、連絡すれば解決する問題でしかない。

 

「魔法ってのは凄いもんだなあ」

「まったくだ」

 

作物に適した天候をもたらしてくれるのだ。

こんなにありがたいことはない。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

2章

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

【ネイア・バラハ】

 

ネイア・バラハは苦悩する。

 

心が、いや心臓が物理的に握られたかのような痛みさえ感じるほどの苦しさだ。

 

アインズ・ウール・ゴウン魔導国がリ・エスティーゼ王国に宣戦布告をするという。

 

なんということだろう。

 

あの優しい魔導王がそんな判断を下さなければならないほど、あの王国が救いのない国だったとは思わなかったのだ。

 

きっと、苦渋の決断だったのだろうと察するにあまりある。

 

自国の民を「子供たち」と呼ぶほどに大切に慈しむ御方だ。

聖王国でも、ただの民兵の死をあれほど悼んでおいでだった。

 

それほどに慈悲深い御方なのだから。

 

それでも、彼の方に救われた大恩ある聖王国として、そして正義を目指す者として、その判断を肯定しなければならない。

 

そもそものことの始まりは、我が聖王国への支援物資を運んでいた馬車が王国内で襲われたことによるものなのだ。

 

しかも、襲ったのは金目当ての野盗でも、飢えた民衆でもなく、治安を守るべき王国貴族だというではないか。

 

王国貴族が率先して隣国の馬車を、しかも他国への支援を行っている馬車を襲い物資を奪う。

 

なんというおぞましい行為だろう。

 

苟も、人の上に立つべく教育を受けた者が、他国への暴虐を率先して行うとは、恥ずべき行為だと断言できる。

 

ましてや、その貴族を王国は拘束もしていないという。

 

もしや、この行為は国の黙認のもとに行われたことだったのかもしれないとさえ思えてくる。

 

いや、そうなのかもしれない。

 

魔導国の馬車を襲うなど、そこらの少々腕が立つという程度の者では不可能だろう。

 

荷を奪ったということは、護衛についていた者たちを排除したということだ。

 

そんな集団を、たかだか一貴族が用意できるだろうか。

 

不可能だ。

 

それを可能にしたという時点で、国の関与が疑える。

 

あの慈悲深く聡明な魔導王が、その貴族個人ではなく国を相手に宣戦布告も辞さないという態度を表明したのだ。

 

おそらく王国は、魔導王から見てもはや手遅れともいうべき状態なのかもしれない。

 

だからこそ、自分たち聖王国があの大悪魔ヤルダバオトに襲われた時も、王国は何一つ支援する気もなかったのかもしれない。

 

そう考えれば思い至ることはいくつもあった。

 

ヤルダバオトに襲われたことのある王国だ。

聖王国の事情を鑑みれば、藁にも縋る思いで来たとわかるはずだ。

なのに、まったく会おうとしなかった王家の対応。

国を侵略されているのだ。

あの時、自分(聖騎士)たちは一刻を争いながら、故郷を偲んでいた。

 

王国で支援を頼んでまわっている間にも、多くの民が苦しみ死んでいくのだと焦燥にかられていた。

 

まったく相手にされない対応。

何の救いの手も、一欠片の援助も示さなかった王国の態度。

 

あの当時は、王国もヤルダバオトに暴れられ、さらに魔導国との戦争に負けてと大変なのだろうと考えていた。

 

しかし、もしかしたら、あの時の隊長(レメディオス)のように、他国が酷い目にあっていても自国に影響がないなら見捨てればいい。

 

さらには国力が落ちれば、仮想敵国として安心できると。

 

いっそヤルダバオトが聖王国だけで満足すれば王国は安泰だと。

 

そんな風に考えていたから、聖王国への援助を渋っていたのではないだろうか。

 

援助をしてしまえば、そのままずるずると関係は深まり、聖王国を支援するだけでなく、そのままヤルダバオトと戦うことになるかもしれない。

そうならないようにするために、関わりを持たないように貴族たちに周知していたのではないだろうか。

 

そして、それはリ・エスティーゼ王国全ての総意だったのかもしれない。

 

自分たちに火の粉を振りかけるなと、最初から見捨てることを徹底していたのかもしれない。

 

そう考えれば、あの蒼の薔薇があそこまで協力を拒んだのも納得できる。

 

なにしろ、蒼の薔薇のリーダーであるラキュース・アインベルン・デイル・アインドラは、魔導国の馬車を襲った者と同じ「王国貴族」なのだから。

 

なんてことだろう。

 

魔導国は、そんな非人道的な国と接しながらも、聖王国への援助を惜しむことはなかったのだ。

 

どちらに非があり、どちらに正義があるかは明白だ。

 

聖王国の現状では、魔導国への支援など夢のまた夢だ。

 

それでも――

 

いやだからこそ、魔導国の行いを間違っていないと表明するのだ。

 

 

 

それにしても――

 

魔導王が、聖王国から離れた別れの日の言葉が蘇る。

 

「君ならきっとこの国を立て直せる」

 

そう、あの「期待している」という思いのこめられた言葉。

 

きっと王国にはそんな人間はいなかったのだろう。

 

もしくは、魔導王に初めて会った頃の自分のように、小さく弱く、正義とは何かを理解していないのかもしれない。

 

もしかしたら、魔導王ならそういった国に抵抗できない正しい人を助けているかもしれない。

 

彼の王は、本当に慈悲深い方なのだから。

 

だからこそ、いつまでもその慈悲に縋っていてはいけないのだ。

 

強くなり、正義を示さねばならない。

 

たとえ相手が聖王国の二倍の国土を有する大国であっても、魔導国が正しいと声を上げるのだ。

 

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【アインズ・ウール・ゴウン】

 

考えてみよう。

 

例えば「空気を遮断し対象を窒息させる魔法」があったなら、肺機能を持つ生物を基本的に殺せるだろう。

しかしこれが「酸素を遮断する魔法」だった場合は、どうなるのか。

この世界の空気が「酸素」を含むものなのか、確認がとれている訳ではないのだ。

もしかしたら、「限りなく酸素と同じ性質を持つ別の物質」である可能性もある。

そうなれば、「酸素を遮断する魔法」は、発動しても何の効果も発揮しないという可能性も有り得るのだ。

 

この世界には青いポーションが存在する。

効能はユグドラシルの赤いポーションと「ほぼ同じ」だろう。

しかし、生成方法も材料も異なるポーションを「ユグドラシルと同じポーション」と言えるだろうか。

 

アインズは「否」だと考えている。

 

この世界のあらゆる法則や物質の構成を把握した訳ではないのだ。

 

重力も、体感として地球(リアル)と変わらないが、どこかで明確な差として現れるかもしれない。

 

例えば、「リアル」なら、鉄とコンクリートの膨張率は同一に近く、故に「鉄筋コンクリート造」の建物が存在しえた。

こちらではどうか。

もし膨張率が異なれば、温度が変わる季節ごとに立て直さなければならないほど、破損してしまうだろう。

 

そもそも「鉄」と変換されて聞こえるが、地球(リアル)と寸分変わらない物質だとは限らない。

なにしろ、この世界には地球(リアル)には存在しない、ミスリルやアダマンタイトといった金属が存在するのだから。

 

ましてや、自分が基準としているのは「ユグドラシルのゲームの知識」だ。

 

現実でもバグの一つでも起きれば、どうなるか分からない。

それがこの「異世界」でどう効果が変わるかなど、想像も付かないことだ。

 

 

デスナイトの例だけでも、差異は発生している。

 

・自分の傍を離れた、単独行動が可能

・現地の死体を利用すれば、存在が固定され、召喚時間の無効化

・存在との主従関係の意識共有

・デスナイトの装備変更可能

 

気付いただけでも、これだけの差異があるのだ。

検証すれば、さらに多くの差が見えてくるだろう。

「ゲームと同じ」と盲信するのは、危険と考えざるを得ない。

 

ポーションも、ユグドラシルでは誰が作っても効果も性能も同じだった。

この世界では、材料の鮮度や採取地、更には作り手の才能によって、効能が上下する。

 

そして、この世界の法則を把握した訳でもない。

海の水は塩辛くはなく、音速を突破してもソニックブームは出ない。

香辛料は栽培ではなく、魔法で生み出す。

 

帝国の魔法学院は「魔法を学ぶ場」ではなく、「魔法によって何ができて何ができないかを学ぶ場」だ。

 

例えば、剣を振る。

敵に当たるかどうかは、使い手の技量だろう。

だが、魔法で命中率(クリティカル)を上げればどうなるか。

 

工事もそうだ。

人足が不足し手が足りない時、金額よりも工期の方が優先されるなら、人足に筋力増大の魔法をかけたり荷物に軽量化の魔法を使うことも可能だ。

 

地球世界の科学知識など、何の役にも立たない。

そもそも、この世界の今自分が立っている大地。

地球と同様の球体の惑星なのか、地球の神話のごとく平らな大地なのか、はたまた形は不確定だったり、歪だったりするのか。

 

地球と同じ現象だからといって、原理まで同じとは限らないのだ。

 

 

更に忘れてはならないのは、シャルティアを洗脳した者を含めた、見えざる敵の存在。

 

過去のプレイヤーが存命している可能性や、その子孫や遺産(アイテム)の存在。

あるいは、これからやって来るかもしれないプレイヤー達。

そして、この世界に在る既存の強者。

更に不確定で多種多様な「生まれながらの異能(タレント)」を持つ者たち。

 

もしかしたら、「相手の能力を奪う異能」や「相手の能力を複写(コピー)する異能」、更には記憶操作(コントロールアムネジア)のように「対象の記憶を読む異能」や「記憶を改竄する異能」も存在するかもしれない。

そんな力があったなら、ナザリックの情報は丸裸にされてしまうだろう。

 

そこまで破格ではなくとも、「相手の嘘を見抜く異能」や「相手が自分に好意的か悪意があるか分かる異能」というだけでも、厄介だろう。

 

そして、この魔法のある世界で「手術」という治療法が存在する。

何故か。

単純に考えるなら、治癒魔法を受ける事のできない、金の無い者達への対策なのかもしれない。

だが、もしかしたら「魔法をまったく受け付けない異能」を持つ者がいて、それらへの対処療法として広まったのだとしたら?

つまり「魔法が一切効かない異能」が存在したら?

 

当然、相手がその能力を隠している可能性もある。

 

 

魔法自体も注意が必要だ。

 

自分が「知っている」魔法は、ユグドラシルの魔法だ。

これは増える事が無い。

 

しかし、この世界では、日々新しい魔法が開発されているのだ。

しかも、個人のオリジナル魔法も存在している。

 

「蒼の薔薇」のイビルアイの使った、殺虫魔法や水晶魔法。

 

当然、オリジナル(流通していない)の魔法を使う者は他にもいるだろう。

 

原理さえ分からない、この世界の「ゲームでは存在しない」魔法。

竜が使うという始原の魔法。

効果がユグドラシルの基準に当てはまらない武器。

 

 

どれほど臆病と言われるほどに慎重に行動しても、したりないはずだ。

 

そもそも、何処まで対策をとれば「絶対に大丈夫」などという不確実な言葉が使えるというのか。

 

 

現実(リアル)でも「危機管理」だ「安全装置」だと対策をとっても、それが完全に機能し、問題を消しさることができたためしなど無いのだ。

ある意味、この世界の存在ですら、全てが未だに手探りの世界の法則なのだ。

 

そして、五百か六百年前かに改竄されたという魔法の法則。

それと同じ事が、また起きないとは言いきれない。

 

 

最初の慎重さを失ってはいけない。

それでも足りないと思うべきだ。

 

自分達が強者だという驕りが何を引き起こしたのか、忘れてはならない。

 

 

シャルティアを単独行動させなければ。

複数の監視体制を敷いていれば。

もっと世界情勢を調べてから、行動していれば。

各守護者に、アルベドに言ったように、様々な諸注意を行っていれば。

最初の活動は、もっと低位の見つかりにくいシモベを使っていれば。

 

 

後悔は字のごとく、後から後から、いくらでも湧いてくる。

 

だから、もう失敗は許されない。

失敗は成功の糧となるような、取り返しがつくようなもののみしか許容できないのだ。

 

あらゆる事態を想定しても、絶対はない。

 

ならば、避難訓練と同じだ。

 

備えるのだ。

あらゆることに。

 

それが他人からどれほど極悪非道と言われようとも。

 

 

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【スカマ・エルベロ】

 

スカマ・エルベロは思い出す。

 

ピンク色に髪を染めている冒険者を。

 

あれは衝撃だった。

 

厳ついむくつけき男が長い髪をきらびやかなピンク色に染め、頭の両脇で結んでいるのだ。

 

しかも着ている物も、なかなか派手な装いだった。

 

あれほど、一目見ただけで忘れられない存在もないだろう。

 

 

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【エ・ランテルのメイド】

 

彼女は呆然と立ちすくんだ。

そこは彼女の職場。

彼女がメイドとして勤める、とある貴族の屋敷である。

珍しい休み明けにいつものように出勤してみると、門扉は固く閉ざされ屋敷には誰もおらず、もぬけの空だった。

このエ・ランテルにおいて、最近では珍しくない光景だ。

それなりに裕福な者が、エ・ランテルを捨てて夜逃げ同然にリ・エスティーゼ王国へと逃げ去るのは。

このエ・ランテルが魔導王を名乗るアンデッドの支配下におかれてから、逃げ出す者は後を絶たない。

もちろん逃げない、あるいは逃げられない、逃げる先の無い者も多い。

それでも逃げる者は皆無ではない。

 

結果、置き去りとされる者がでてくるのは、必然というものだろう。

 

彼女はその事実に呆然としていた。

 

 

それでも、その時間は長くはなかった。

 

自分が働かなければ、誰が働いて家族を養うというのか。

 

ここでの働きの給金はまだ先で、この状況では「踏み倒された」と考えるべきだろう。

 

ならば家の中の物を、給金の代わりに持ち出したいところだが、門扉にはしっかりと鍵がかけられている。

 

破壊して入って良いのか?

 

いや、まずいだろう。

 

それをしても問題の無い存在は、このエ・ランテルにおいて、一人しかいない。

 

故に――

 

「お願いします!!」

 

エ・ランテルをリ・エスティーゼ王国から割譲され、アインズ・ウール・ゴウン魔導国となったこの都市の行政機関。

そこで働くエルダーリッチに、直談判した。

 

「雇い主が給金を払わずに、エ・ランテルから逃げてしまいました。逃げたことは仕方がないと思いますが、給金の未払いだけは、なんとかなりませんか!」

 

ほとんどやけのような行動だ。

しかし、給金の未払いは何とかしてもらわなくては、死活問題となるのだ。

 

屋敷に住み込みで働いていたときは、寝床も食事も最低限は保証されていた。

今はそれが無いのだ。

今日から毎日三食の食事代は自腹となる。

 

急いで次の仕事先を見つけなければならないが、メイドを雇えるほどの富裕層は、ほとんどがこのエ・ランテルから逃げ出してしまっている。

今、残っている家には、前からのメイドがいるだろう。

そうそう空きが出るとは思えない。

 

とんだ就職難である。

 

 

「職業の斡旋場所も、滞っています。どこかに働き口はありませんか?」

 

必死の形相で頼み込む娘に、エルダーリッチは考えた。

 

「一つある」

「是非!」

 

即答であった。

 

 

メイド服を支給された彼女は、呆然と立ち尽くしていた。

 

メイド服。

それ自体は珍しい物ではない。

 

しかし、着用してすぐに体に合うように自動的に調整されるとなれば、それは「魔法が込められた物(マジックアイテム)」ということだ。

 

支給品にそんな価値を付けて何になるというのか。

もちろん、サイズを考えず複数用意する手間が省けるというメリットがあることは理解できる。

 

しかしそれが価値に見合うものかといえば、彼女の常識からすれば「否」だ。

 

それくらいなら、同じような体型の者を雇えばよいだけのことなのだから。

 

 

「はじめまして、メイド長を勤めるツアレといいます。どうぞよろしく」

 

同じメイド服を身につける眼前の女性は、どう見ても自分より年下に見えた。

 

 

「貴女が新しいメイドですか」

 

執事だというセバス・チャンという男性に挨拶をした。

 

男性として、とても魅力溢れる方だと思わず顔が赤くなるのを止めることはできなかった。

 

これは、新しく入ったメイドの反応として「当たり前」だそうなので、不問にされた。

 

しかし、この挨拶からの流れがほぼ全員の反応として疑問に思われないほどに、セバス・チャンの魅力は絶大ということになる。

 

多少でも野心的なメイドなら主人の寵愛を狙うところだろうが、ここの主人は「アインズ・ウール・ゴウン魔導王」。

つまり、アンデッドだ。

 

とても対象にはならない。

 

いや、する者もいるのかもしれないが、自分には無理だ。

 

 

 

そこに上司として存在するのが、執事のセバス・チャンである。

 

少々年長ではあるが、珍しい歳の差ではない。

 

むしろ魅力ある存在に、年齢は関係ないだろう。

 

 

 

「だめよ」

 

自分を諭すように言った相手を、不審を込めて見つめる。

 

お世辞にも美人とは言えない相手だ。

確かにメイドとしては、完璧な技能を持っているのだろう。

そこまでの技術を備えているからこそ、魔導国となったこのエ・ランテルの要所で、メイド長という立場にいるのだろうと理解はしている。

 

しかし――

 

美醜というのなら、大したことのない顔立ちだ。

愛嬌のある顔ではある。

しかしそれだけだ。

 

自分には遠く及ばないと胸を張って言える。

 

もちろん、宰相位に在る存在(アルベド)と自分を比べようなどと思い上がってはいない。

 

あれは人外の美だ。

 

種族が悪魔なのも頷ける。

あれは相手を堕とすための美だ。

 

比べる方が、正気を疑う。

 

故に――

 

「何故でしょう。失礼ですが、そのような事を仰る権限はないのではありませんか?」

 

疑問の形をとってはいるが、これは拒絶だ。

 

何の権利でもって、自分の行動を差し止めようというのか。

自分だって同じような事をしているのだろうに。

 

見ていればわかる。

 

彼女(メイド長)は恋をしている。

 

自分が狙っている相手に。

 

「セバス様が誰を相手にしようと、ツアレ様には関係ありませんよね?」

 

そうだ。

今まで観察していて、メイド長(ツアレ)がセバスに想いを寄せているのは十分にわかった。

しかし、それが受け入れられているかというと、それは否だ。

 

セバスはツアレを慈しんではいるが、恋愛対象としては見ていない。

 

ついでにいうなら、肉体関係があるようにも見えなかった。

 

であるなら、メイド長(ツアレ)の立場とメイド(自分)の立場は、仕事の立ち位置以外は同等のはずだ。

 

気になる相手に対してモーションをかけることを、とやかく言われる筋合いはないはずだ。

 

 

 

このメイド長は少し変わっている。

名前が「ツアレ」としか知られていない。

貴族なら名前は四つ。平民でも二つの名を持つのが普通だ。

それが「ツアレ」という一つの名しか名乗らない。

まるで冒険者か貧民のように思えるが、この国の宰相位たる存在も「アルベド」としか名乗っていないので、もしかしたら、そういった国の出なのか、あるいは国の流儀なのかもしれない。

たかが平民風情とは思えぬメイドとしての作法・技量は完璧で本物の業だ。

卑しい身分の出身とは思えない以上、「訳あり」と考えるべきなのだろう。

実際、ほとんど交易の無い、遠く離れたローブル聖王国では、王族であっても名は二つだという。

これは実家が貿易もしていた商家だったからこそ知っていることだ。

リ・エスティーゼ王国から出たことも、他国へ目を向けたこともない人間は、知りもしないだろう。

 

ゆえに、目の前の存在は油断がならない。

 

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3章

 

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【ザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフ】

 

ザナックは笑ってしまった。

 

この人生最期の時に、自分が最も強そうだと思い浮かべるのが、馬鹿にしていた兄の姿だったからだ。

 

兄より強い存在など、いくらでもいた。

 

そう自分は知っていた。

 

だが、自分は戦場に立つこともなく、せいぜい兵の訓練を遠目に見たことがある程度だ。

 

王国最強。

周辺国家最強。

 

そう謳われるガゼフ・ストロノーフの武勇も、人伝に聞くばかりで実際に目にしたことなどなかった。

 

だからだろうか。

 

自分が、この襲撃者たち。

最期に対応する相手に対して、兄を模倣しようとする。

 

それくらい、自分には他に人がいなかったのだ。

 

兄(バルブロ)には威風があった。

妹(ラナー)には美貌があった。

 

自分(ザナック)には、外見で誇れるところなど何もない。

 

人は外見ではない。

中身だという者がいる。

 

それは間違ってはいないだろう。

 

だが「一目惚れ」や「第一印象」などは、どこに比重を置くかと問われたなら、やはり外見だろう。

 

第二王子という立場も、期待を持たせるようなものが何も無かった。

 

 

それでも、王国をなんとかしたかった。

 

そんな自分が、最期に模倣する相手が「あの兄」だとは。

 

自分は王になりたかったわけではない。

 

国を良くしたかった。

 

幸せになりたかった。

 

そうだ――

 

「幸せ」だ。

 

ここで自分を殺そうとしている者たちも、幸せになりたいのだ。

生きたいのだ。

 

そのためには、仕える王家の人間を殺すことも辞さないほどに。

 

なるほど。

 

魔導王は正しい。

 

民を、国を幸せにするのは、上に立つ者の義務だ。

 

それができなければ、こうして討たれてしまう。

 

民が幸せを掴むための犠牲として。

 

幸せになり(生き)たければ、誰かの幸せを奪って(殺して)も良い。

 

そうだ。

 

帝国との戦争も。

貴族同士の派閥抗争も。

犯罪組織の台頭も。

 

誰もが、幸せになりたいのだ。

 

自分は兄を嫌って王にしたくなかったわけではない。

 

あの兄が王になったら、国が皆が不幸になると思ったから、兄を王にしたくなかったのだ。

 

 

もし、王国が魔導国にとって益になる国だったなら、降伏を受け入れられたのだろうか。

属国になる道が残されていたのだろうか。

 

魔導国に組する方が「魔導国にとって」幸せな状況をもたらすことができたなら。

 

帝国の様に。

聖王国の様に。

 

 

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4章

 

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【アズス・アインドラ】

 

アズスは考える。

 

魔導王を殺す。

 

それは、最強の竜王と呼ばれるツアーにも難しいことだという。

 

魔導王に仕掛ける前に、宿で多くの女と情を交わした。

 

もしかしたら生きては帰れないかもしれない、と思えば多少の羽目を外すくらいは許されるだろう。

 

ああいった女たちは、子供を産まなくする薬が使われているのが一般的だ。

 

それでも、どこかで自分の子を産んでくれる女がいるかもしれないと思うくらいは自由だろう。

 

ツアーが自分に頼んできたのは、魔導王を一人にするための囮。

 

はっきり言えば、死ねと言われたに等しいと思っている。

 

 

それでも、今回は生き延びた。

だが、ツアーは魔導王を殺せなかった。

 

特に今回は強敵なのだろう。

 

魔導王一人に対して、自分と二人で挑みたいと言ったのだ。

 

それはつまり、ツアー一人では絶対の勝利が無いということだ。

 

最強の竜王をもってしても、倒すのが難しい相手。

 

そんな存在が王国を攻める。

 

理不尽は理解している。

 

世界とはそういうものだ。

 

ツアーとて、無条件に自分(人間)たちに力を貸しはしない。

 

そもそもドラゴンは人間を対等の存在とはみなしていないのだ。

 

程度の差はあれど、ツアーとてそうだろう。

 

たかが人間。

地を這う生き物。

永い時を生きることもできない脆弱な種族。

 

放っておいても、いずれ死んでしまう。

それが人間だ。

 

それでもドラゴンが、特にこの目の前の鎧を操るツアーは最強の竜王だ。

 

お互いに打算含みであろうとも、双方が友好関係を維持する方が都合が良いのだ。

 

だから、魔導王を討てなかった無念も飲み込む。

王国が滅びることを止められないことも我慢する。

ツアーの言う「次」という言葉の意味にも理解を示す。

 

それが、弱い種族である「人間の処世術」というものだ。

 

「倒せなかったのか」

「何が最強の竜王だ」

「魔導王一人倒せないのに」

 

そんな言葉は飲み込むだけだ。

協力を得られなくなるだけで、何の益もないのだから。

 

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【ツァインドルクス=ヴァイシオン】

 

ツアーは考える。

 

アズスの提案は、自分にとって渡りに船だった。

 

魔導王の力量をはかるために、一対一の状況に持ち込みたかったが、その手段が見つからなかったからだ。

 

アズスには囮の役目を頼んだ。

 

もともと、魔導王を倒す話を持ってきたのはアズスなのだから、危険なことは百も承知であっても了承してくれた。

 

それでも、アズスが一人で魔導王に挑むよりも勝算は高い。

 

それで、アズスが死んでしまったとしても、魔導王を殺せたなら本望だろう。

 

アズス一人、あるいは他に何人集まったとしても、魔導王の側近一人にもかなわないのだから。

 

他の竜王などが犠牲になるより、アズス一人の犠牲の方が傷が少なくて済む。

 

パワードスーツさえ無事なら、戦力の低下にはならないのだから。

 

 

頭を下げる行為も、どんな返答を返せばいいのかも、相手の好感度を上げるためならば本心でなくとも行える。

 

今回は他者の目が無い状態で戦えた。

「リク・アガネイアと名乗る白銀の鎧を纏う者」が魔導王と事を構えたと知る者は、魔導王とあの配下の女悪魔、そしてアズスだけだ。

 

事情を知らない者に、これから何かある度に頼られても迷惑だ。

そもそも、自分は人間を助けるために魔導王を殺したいのではない。

 

「ぷれいやー」を殺す。

これから何度も現れる彼らを殺す。

 

「良い」も「悪い」もない。

 

「ぷれいやーだから殺す」

 

ただそれだけなのだ。

 

 

 

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【クライム】

 

クライムは苦悩する。

 

今の状態は自分のせいなのではないかと考えてしまったからだ。

 

ラナーが悪魔に変えられ、自分が復活させられた。

 

あの最後の瞬間、魔導王が「物語ではない」と語った言葉。

 

都合のよい話は存在しない。

 

ラナーが悪魔に変えられてしまったこと。

 

これは自分にそうしらしめるための行いなのではないだろうか。

 

そう考えてしまう。

 

自分の罪深さを感じる。

 

ラナーの人間としての尊厳は奪われた。

 

王族としての気高い死も、もはや望めない。

 

王宮からろくに外に出られなかった以前(人間)だったころよりも不自由な暮らしだ。

 

この造りだけは豪華な部屋から一歩も出ることができないのだから。

 

もちろん、平民の一部屋などという広さではない。

 

一区画と言っても過言ではない広さがあり、快適に暮らせる状態が保たれている。

 

まるで、人間の王族の暮らしなどとるに足らない物とでも言わんばかりだ。

 

そこで暮らす。

 

たった二人だけで。

 

それを――

 

喜んでしまっている自分がいる。

 

自分の了見の狭さ。

自分の性根の卑しさ。

自分の心根の浅ましさ。

 

それらが浮き彫りにされるかのようだ。

 

今まで自分(クライム)にはラナーしかいなかった。

だが、ラナーにはたくさんの人がいた。

 

家族

友人

臣下

国民

 

今のラナーには自分しかいない。

 

これが魔導王に楯突いた自分に与えられた罰なのではないかと勘ぐってしまいそうなほどに、この状況はクライムの心から平穏を奪っていく。

 

ラナーが自分だけの存在であることを、喜んでしまっている自分が情けなく、いとわしく、救いがない。

それが隠しようもない正直な想いだった。

 

そんな生活の中でも、ラナーは魔導王から与えられた仕事をこなしている。

 

「少しでも私の考えが国の運営に反映されれば、生き残った王国の民に報いることができるかもしれませんから」

 

ラナーの政策が実行され、それが国を潤しても、その栄誉や賞賛は魔導王へ向かうだろう。

 

ラナーには何の見返りもない。

 

ただ、自分の救えなかった民への献身。

 

そんなラナーの行動に、自分という存在は不釣り合いなのではないだろうか。

 

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【ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ】

 

「領域守護者」

 

これが自分の新しい役割だ。

 

なんと恵まれた状況だろう。

 

この「部屋(領域)」は自分の空間。

 

自分だけの世界。

 

自分はこの部屋を「守護」するためだけに存在するのだ。

 

 

だからこそ、アインズ・ウール・ゴウンには健在で永劫に繁栄してもらわなければならない。

 

ここが失われる(ナザリック陥落)という事態は、アインズ・ウール・ゴウンが倒れたときとなるからだ。

 

自分のこの楽園を維持するためにも、アインズ・ウール・ゴウンに永久の栄華をもたらすのだ。

 

外の世界がどうなろうと構わない。

 

自分はこの「領域(二人きりの世界)」を守るために存在するのだから。

 

ラキュースたち蒼の薔薇の行き先も判明している。

 

ブレインの育てていた子供たちの行方も、自分が手配したのだから把握している。

 

孤児院の子供たちも、あの建物の中にいれば自分の「所有物」として扱われるだろう。

 

それに、クライムを馬鹿にしたり罵倒していた者たち。

 

すべて把握している。

 

「みんな死ねばいいのよ」

 

王国が滅んだから何だというのか。

 

自分の計画通りに動かない愚か者(馬鹿)のせいでこうなった。

 

そんな存在を貴族(特権階級)にしていた王国のつけだ。

 

これが帝国なら「無能はいらない」と、さっさと未来の不安の芽を摘んでいただろう。

 

そもそも、家を継がせないか、家を取り潰していただろう。

 

そんな決断も予防もできない国となっていた王国だから滅んだのだ。

 

結局は自業自得だ。

 

ここまで来るのに不安だった。

 

悪魔は人間の希望を打ち砕く。

アンデッドは生者を憎む。

 

そんな集団が、自分(人間)を本当に迎え入れてくれるのか、完全な信頼関係があったわけではないのだから。

 

だからこそ、王国を滅ぼす案は自分が率先して提案した。

 

自分には生まれた国も、血の繋がった家族も不要だと証明するために。

その案をもって、自分の優秀さを証明するために。

自分にはクライムだけだと証明するために。

 

ようやく手にしたこの地位。

 

 

「囚われの身」の自分はここに「閉じ込められている」のだ。

 

外のことなど気にしなくてもよい。

 

それにクライムが部屋の外に出るには問題がある。

 

ナザリックの存在にどう接するか不安なのだ。

 

そもそも、自分は外様で元人間だ。

 

そんな存在がこのナザリックで要職につくなど、快く思わない者がいてもおかしくはない。

 

いや、いて当然だろう。

 

アルベドが何度も釘を刺したように、役に立つからこそ自分は生かされているのだ。

 

それでも、自分を不愉快に思う者は必ずいる。

そういった者に対して、不用意にクライムが接触すればどうなるか。

 

ナザリックには人間の姿をした者もそれなりにいるようだ。

 

特にメイドたちは、普通の人間の姿に見えた。

 

そんな相手にクライムが善意から

 

「攫われてきたのか」

「無理やり働かされているのか」

「ずっと働き詰めなど、酷い待遇だ」

 

などと会話をする可能性は否定できない。

 

クライムはとても優しいのだから。

 

そこがクライムの良いところだが、このナザリック地下大墳墓(人外の地)で人間の価値観や倫理観など侮辱に等しい。

 

人間の(価値の無い)正義感で、自分(人間)が正しいと思う言葉を口にしかねないのは問題になる。

 

クライムの身の安全も自分の守護の一つだ。

 

ペットの躾は飼い主の義務なのだから。

 

だから――

 

「可哀想な囚われの身の私の為に、貴方には私だけでいいのよ」

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

おまけ

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

【マーレ・ベロ・フィオーレ】

 

「マーレ。モモンガさんを殺しなさい」

 

マーレはその言葉に驚いた。

 

どうしてそんなことを言われたのかわからない。

 

だから、一生懸命考えた。

 

そして――

 

「大丈夫です。ぶくぶく茶釜様!」

 

逃げられないように何重にも植物で拘束し、作った地割れの中に落とし込んで逃げられないようにして圧殺する。

 

周りから何重にも加重すれば、ぶくぶく茶釜が原型を留めるどころか数十に引きちぎられ擦り潰されている状態が確認できた。

 

「大丈夫です。ぶくぶく茶釜様!」

 

マーレは一生懸命考えたのだ。

 

自分を創造した存在。

 

ナザリック地下大墳墓を支配する、偉大なる至高の四一人の一人であるぶくぶく茶釜がそんなことを言うなんておかしい、と。

 

もしかしたら、以前のシャルティアのように洗脳されているのかもしれない。

 

いや、きっとそうに違いない。

 

至高の四一人のまとめ役であるアインズを殺せというなんて、絶対におかしいのだから。

 

シャルティアは一度死んだら元に戻った。

 

ぶくぶく茶釜も一度死ねば、きっと元に戻るに違いない。

 

そして、シャルティアをアインズが殺したとき、これは「けじめ」なのだと言っていた。

 

だとしたら、ぶくぶく茶釜を殺すのは、ぶくぶく茶釜に創造された自分の役目だろう。

 

それに――

 

アインズならきっと何とかしてくれる。

 

アインズなら間違いなど起こさない。

 

だからきっとぶくぶく茶釜も、広範囲の敵を殲滅できるようになった自分を褒めてくれるぶくぶく茶釜に戻してくれるに違いない。

 

自分は、ぶくぶく茶釜の求めた存在(大量殺戮者)になるべく努力し頑張ってきたのだから。

 

自分を創った時のぶくぶく茶釜に戻ってもらうのだ。

 

「洗脳されていたから、ナザリックにお戻りにならなかったんですよね。元のぶくぶく茶釜様に戻られたら、ずっとナザリックにいてくださいますよね」

 

◆◆◆

 




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prologue

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【ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ】

この頃のラナーは、まだ王国が属国、あるいは併呑されるだけだと考えていたらしいこと。
八本指が魔導国の傘下であることは、知っていないと対立しかねないので教えられていると思いました。


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1章

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【エ・ランテルの農民】

マーレが支配下の土地の天候管理をしている。とあったので、プロローグの王国の悩みを蹴とばす話でした。

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2章

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【ネイア・バラハ】

「襲われて荷を奪われた」と聞いたら、武力が使われたと考えると思います。
王国でも、「輸送隊を蹴散らせることが可能な戦力」を想定していたので、他国もそう考えると思いました。

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【アインズ・ウール・ゴウン】

シャルティアの洗脳の事件さえ無かったら、書籍もWEBのようにどこかの国に入る方策を変更しなくて済んだのだろうかとも思います。

書籍のアインズの目的の一つ。

シャルティアを洗脳した相手に報いを受けさせること。

どこかの国に帰属して、その国が犯人だった。あるいは犯人と懇意だった場合、復讐を断念させられる可能性が出てしまうでしょうし。

もともとWEBでも、ナザリックの者は仲間が利用されたら犯人を必ず見つけだす。
そのためなら国単位で滅ぼすことも厭わない、とありました。

書籍の今のナザリックは、その方向に進んでいるのかなあと考えました。

犯人がわからないからこそ、この慎重かつ過激な対応なんだろうなと思っています。

引っ越してきたばかりの、知り合いが誰もいない土地鑑もない知らない土地。
そこで殺人事件が近所で発生して犯人が不明の場合、自分以外の全てが怪しく思えるような。

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【スカマ・エルベロ】

なぜか、ピンク色に髪を染めた冒険者という言葉に、

「北斗の拳風の厳めしい男性が、魔法少女風の衣装を着ている」
と想像しました。

6巻ではそんな風には思わなかったのに、二度も出てくると変な想像をしてしまいました。


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【エ・ランテルのメイド】

書籍の十二巻で、エ・ランテルのアインズの居城には、ホムンクルスのメイドたちがいなかったように感じられたので、だったら人間のメイドがいるのでは、と思った話。

セバスは普段はエ・ランテルに詰めているそうなので、こんなこともあるのではないかと。

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3章

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【ザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフ】

ザナックが王になっていれば、ここまで拗れることはなかったかもしれない。

そう考えると、9巻でレエブン侯が「王がザナック王子を推していれば」と言っていた台詞が辛い。

やっぱりランポッサ三世の決断力の無さが原因な気がしてくる。

ヴィアネとイーグも、幸せになりたいからフィリップを殺す計画を立てていましたし。
自分の幸せのためなら他人を犠牲にすることを厭わないのは、人間も異種族も同じかもしれません。

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4章

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【アズス・アインドラ】

ある意味、アズスは11巻でフロスト・ドラゴンに頭を下げるクアゴアのような立場なのかなと思いました。
自分たちでは解決できないことがある。
頼む相手は自分たちを下等と見下す相手だ。
本当は悔しくて嫌でも、そんな相手に頭を下げて頼むしかない。

あるいは、12巻のレメディオス。
おだてて気分よくしてやって、都合よく使ってやる。

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【ツアーツァインドルクス=ヴァイシオン】

殺すことにためらいはあっても、利用することに問題を感じてはいないように思えたので。

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【クライム】

クライムの立場は「ラナー(領域守護者)の人質(おまけ)」だと考えています。
四巻で、シャルティアが「いやね、薄汚い(ナザリック生まれではない)者たちが闊歩する様は」と嫌悪し、副料理長も同意しています。
「我慢しましょう」とは言っていますが。

さらに、メイドたちも、アインズが「共にナザリックで働く者だ」と言っても、外から入ってきたツアレをあまり良く思っていないようです。

WEBで、外様のブレインは吸血鬼になっていても立場が弱く、肩身が狭い思いをしています。
WEBのアルシェはシャルティアのペットで、ブレインに教えられるまで、シャルティア以外の階層守護者のことも知らされていませんでした。
ペットなどのおまけは、基本的に外に出さないのではないかと考えました。
他の者の守護領域に入ったら、殺されても仕方が無いのかも。
(会社にペットを連れて行って、もし誰かに踏まれて死んでしまっても、連れてくる方が悪い)

エントマなどは、恐怖公の眷族を食べてしまっていますが。

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【ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ】

第五階層の領域守護者のニグレドも建物から出ないらしいこと。
くがねちゃんの雑感「たった一部屋の領域守護者」とあったこと。

から考えた話です。

クライムは五巻でも、ザナック(王族)にラナーのことで反論してしまうくらいには黙っていられない性格だと思ったので。

それに、デミウルゴスの配下の魔将より一般メイドの方が立場が上とか、ナザリックの上下関係はわかりづらいと思うので。

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【マーレ・ベロ・フィオーレ】

くがねちゃんのTwitterから妄想。

マーレは躊躇いなくモモンガを殺すのか。
それともぶくぶく茶釜を殺すのか。

14巻で「モモンガに強い感謝と敬意を抱いている」とあること。
「ぶくぶく茶釜に叱られる」と考えていること。

よって、この話ではぶくぶく茶釜が犠牲になりました。

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14巻・小話 ラナー・ジルクニフ

ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ

 

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「やっと死んでくれた」

 

心から嬉しそうに、いや本心からの喜びのままに、ラナーは呟いた。

 

ブレイン・アングラウス。

 

邪魔で邪魔で仕方がない存在だった。

 

クライムが二番目に親しいと感じる存在。

 

クライムには自分(特別)だけでいいのだ。

親しい者など不要な存在だ。

 

出会いからして最悪だった。

 

ガゼフ・ストロノーフのように、お互いの立場や周囲の状況に配慮して距離を保つこともない。

 

クライムに親身になった。

 

なりすぎた。

 

ブレインがいなければ、ゲヘナの時にクライムは死に、自分が看病できただろう。

魔導国との戦争で死んでいれば、戦後に王宮でクライムの側にいることもなく、周囲の悪意をクライムは直に受けてさらに孤立し、自分にもっと依存させることができただろう。

王宮に勤める騎士たちとの確執も、ブレインがいなければもっと煽れてクライムは王国の騎士たちに悪い感情しかもてなくなっていただろう。

 

あらゆる面で邪魔でしかなかった存在を排除できたことは、本当に喜ばしいことだ。

 

父の無能ぶりも

兄の無駄なあがきも

国を憂う者の行動も

 

すべてはこの時を迎えるためのものにすぎない。

 

王国は消え、自分は表舞台から消える。

 

あとは、クライムと二人っきり。

 

ずっとずっと願い続け、行動し続けたのだ。

 

「ああ、努力が報われて夢が叶うって素晴らしいことよね」

 

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ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス

 

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王国が魔導国に滅ぼされたと聞いたジルクニフが最初に考えたことは、「そこまでするか」だった。

 

王国がここまで完膚無きまでに叩き潰されるとは、ジルクニフの想定外だったのだ。

 

もう少し穏当にことを済ませるかと考えていた自分を「甘い」と罵りたい気分だ。

 

あの魔導王が王国に対して良い感情を持っているはずなどないのだから。

 

親友であるペ・リユロの受けた被害を鑑みれば、ある意味当然の帰結だろう。

 

亜人とはいえ、クアゴアの一族は八万という数を一万にまで減らされたのだ。

 

王国の民は都市単位で僅かながらに残っているらしいが、おそらくクアゴアの一族並に減らされたことだろう。

 

正しく魔導王は「人間、亜人の区別無く」対応したのだ。

 

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ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ

「クライムと親しい」「クライムが気に掛ける対象」など、ラナーによって死刑確定な気がするのです。

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ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス

10巻風に言うなら「なぜクアゴアの時にその台詞が出てこないのだ」でしょうか。

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14巻のその後みたいな話です。


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15巻展開妄想

アインズは対峙した相手の顔を見て驚愕する。

 

「その顔、その目…あけみさん?」

 

その相手の顔は男女という性別の差があれど、ギルド「アインズ・ウール・ゴウン」で数少ない女性メンバーの一人である「やまいこ」の妹である「あけみ」のアバターにそっくりだったのだ。

 

アインズ、つまりユグドラシル時代のモモンガも鈴木悟としてあけみのリアルに会ったことはない。

 

だからアインズの知る「あけみ」とはユグドラシルのアバターの姿である。

エルフであり左右の瞳が異なる金銀妖眼(ヘテロクロミア)。

それは「やまいこ」や「あけみ」と仲の良かった「ぶくぶく茶釜」が、自らのNPCに引き継がせた特徴と同じものだ。

 

「我が始祖を知っているとは、貴様何者だ?」

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「あ、やっぱり」

 

アウラは思わず呟いた。

 

どことなくあった既視感はこれだったのだ。

 

森にいたあの熊も、自分の部屋に置かれているヌイグルミたち「やまいこズ・フォレスト・フレンズ」の」熊に似ているから生かして捕らえたのだ。

 

そして目の前で無様に転がるエルフもどことなく「あけみちゃん」に似ている。

 

だからこそ、手加減したのだ。

 

NPCか子孫かは不明だが、至高の御方の妹君に連なる者にしてはあまりにもお粗末な存在だ。

 

NPCならエクレアのような雑務関係なのかもしれないし、子孫ならよほど相手に恵まれなかったのかもしれない。

 

もちろん、至高の御方の妹君が選んだ相手なら自分たち(NPC)が口を挟むなど不敬だ。

 

だが、王国を見ればわかるように、親を同じくしても子に出来の良い者、悪い者の差は出てくる。

 

妹君の御子なら、きっと素晴らしい才能を持って産まれてくるのだろうが、それ以降はこの世界の生き物の割合が増えるなら、この悲しい結末(出来損ない)もあり得るのかもしれない。

 

「そうあれ」という正しい在り方(存在意義)も知らないなら、この愚かさも致し方ないのかもしれない。

 

やはり世界には神となる正しい導き手(至高の御方々)が必要なのだ。

 

己の力量も器量もはかれぬ身の程知らずは、哀れですらある。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「わたしは!ただ!奪われた我が子に会おうとしただけだ!」

 

エルフの王を自称する男の言葉に、アインズは少なからず心を動かされた。

 

家族を大切に思う気持ちを否定するような悪意は、アインズにはない。

 

自分の家族(NPC)が大事だから他者より優先順位が上なだけで、他の家族をわざわざ不幸にしたい訳ではないのだ。

 

自分や家族(NPC)の不利益にならない範囲でなら、いくらでも幸せになってくれてかまわない。

自分たち以外が幸せになってはいけない、などという考えを持っているわけではないのだから。

 

ましてや大切なギルドメンバーと関わりのある存在ならば、無関係な他人よりも優先順位は高い。

 

奪われた子供を取り返したい、ということだけなら、多少の手助けは考えてもいいだろう。

 

法国は人間至上主義を掲げ、他種族を迫害する国だ。

 

エルフを奴隷にするような国だから、子を攫ったのだろうか。

 

異形種にとって不利益な国であることは確定している国だ。

 

予定を早めてもいいかもしれない。

 

家族と一緒に暮らしたい、という願いの手助けくらいしてやってもいいだろう。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

こうして「生まれる前にさらわれた可哀想な子」としてナザリックに保護された「この世界のオーバーロード」である娘は、父を棄ててナザリックに走ったのであった。

 




15巻の予告から、もしアインズがエルフ王に味方する状況はないかを考えて、ギルドメンバー絡みなら倫理も道理も放って味方するのではないか、というこじつけです。

あとは15巻の表紙の熊を見て、web版(アウラの部屋にある、金属の輝きを持つ爪をした熊のヌイグルミ)と絡めたくなったので。

web版のエルフ3人の話とか好きだったので、少し話に入れてみました。

15、16巻のあらすじを見て、こんな展開はないんだろうなと思ったのでネタ供養として出しました。

「あけみ」のアバターが左右の瞳の色が違うのも妄想です。


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とあるプレイヤーたちの後悔

いろいろ妄想が入っています。


◆◆◆6人の最後の一人◆◆◆

 

「失敗したな」

 

この世界に転移してきてから、後悔することしきりだ。

 

こんな世界に転移するなど想像もできなかったのだから、当たり前と言えば当たり前なのだが、どうしても「こうしていれば良かった」と思ってしまうことは多い。

 

 

たとえば、ゲームの「キャラクター」だ。

 

ユグドラシルというゲームでは、プレイヤーは三つの基本種族から選んでキャラクターを作る。

 

「人間種・亜人種・異形種」の三種族だ。

 

どうしてもユグドラシルでは「人間種」を選ぶプレイヤーが多数を占める。

 

人間種は種族レベルが無い代わりに、職業レベルが多数積めることで強キャラを作りやすい。

 

何よりも見た目が良い。

 

異形種を選ぶと、外見を人間種に似せることは不可能に近いうえに、異形種の外見は総じて悍ましいので、どうしてもキワモノ好きやら物好きやらくらいしか異形種を選ばない。

 

しかしこの世界に生きるのなら、せめて長命の種族を選ぶべきだったのかもしれないと考えてしまうのだ。

 

自分以外の仲間は総じて一般的な人間をキャラクターとしていたために、百年を越えて生きている者はいない。

 

戦いで命を落とす者もいれば、寿命としてもすでに生きたとされるキャラクターの外見分の年齢は差し引かれるのだから、この世界で生きた年数はさらに短い。

 

 

そしてNPC。

 

ユグドラシルというゲームにおいて、城以上の本拠地を所有するギルドの特典の一つに、NPCを自作する権利というものが存在する。

 

最低で700。

最高で3000のポイントをNPCのレベルに振り分けることが可能となるのだ。

 

といっても、よほど変わったギルドでもない限り、大抵のギルド拠点NPCはお飾りのようなものとなる。

 

なぜならギルドの構成員の数は、大抵が百人ほどにもなるのが普通だ。

 

少数ではギルドとして弱く、維持管理することも難しい。

 

人数二桁前半という少人数ギルドで上位とかいう、ふざけたギルドも存在するが、基本ギルドの規模や順位は構成員の数に左右されるものだ。

 

なにしろユグドラシルというゲームは、未知を探索するという制作の意図にしろ、戦闘という分野にしろ、数が多い方が圧倒的に有利だからだ。

 

そして、ユグドラシルという自由度を誇るゲームに浸っているプレイヤーに一からNPCを自作する権利を与えられて、自分が作れないなどという状況を容認できるプレイヤーは少数派だったからだ。

 

とくに「ユグドラシル」というゲームでは、プレイヤーは二キャラ目を作成することはできない仕様だ。

 

であるならば、NPCを自分の趣味で一から作りたいという者も一定数存在する。

 

 

誰だって自分の考えたNPCを作成してみたいだろう。

 

それを効率重視として、700ポイントなら100レベルNPCを七人。

 

などと割り切れるものではない。

 

ユグドラシルは「ゲーム」なのだ。

 

楽しめないなどもったいない。

 

NPCを作成したいギルド構成員それぞれにレベルを振り分ければ、個々のポイントは微々たるものだ。

 

交渉やゲーム内の金品によって他の構成員からポイントを譲ってもらう者や、複数人で作ることでレベルを増やす者もいる。

 

中には、兄弟、チームなどの設定で複数のNPCを作りたがる者もいた。

 

 

さらに異形種キャラクターは外装をどれほどいじっても、悍ましさを消すことができない。

 

ならば外見重視のNPCを、と奮起する者もいる。

 

自分とは異なる性別・種族・職業と、ガチビルドもロマンビルドもNPCの作成に凝るのだ。

 

完成度はまちまちであれど、「自分のNPC」を作ることに拘る者は多い。

 

そもそもNPCはギルド内から出られないし、AIで動くために細かな戦闘は不可能だ。

 

表情も張り付けたパターンから動くことはない。

 

基本、こだわるのは外見であり、性能や装備は二の次となる。

 

それにギルド拠点の防衛に使うなら、NPCの数は多い方が都合が良いということもある。

 

多くのNPCを投入することで、侵入してきたプレイヤーのMPやアイテムを消費させることを優先させる戦法は多い。

 

それにレベルが低いNPCであれば、復活費用も安く済むのだ。

 

 

 

そういった感情面と効率面から、100レベルのNPCだけを複数作成して配置するギルドは多くはならない。

 

そもそもNPCは相当に凝った作りをしたとしても、結局は倒され踏破される障害物の一つにすぎない。

 

レイドボスのような異常なHPを持たせることは不可能であり、プレイヤーが持つことのできないような武器を装着することも特殊な職業に就くこともできない。

 

NPCとは、プレイヤーの劣化版であるというのが基本だ。

 

たとえ100レベルのNPCを作っても、その戦力は通常のプレイヤーより劣るのが常なのだ。

 

NPCはAIで動くので臨機応変な対応に欠ける。

そのため、壁役か罠程度の役割しかない。

それに装備もプレイヤー重視で装備するために、NPCの装備は二級品や三級品、あるいは低レベル帯であることが多い。

 

プレイヤーですら持つことが難しい神器級(ゴッズ)アイテムをNPCに装備させるなど狂気の沙汰だ。

 

 

ここにNPCを作成する技術もNPCの能力を左右する要素となる。

当然、装備させる武器防具によってもだ。

 

結果、ギルドの自作NPCは「ギルドの雰囲気作り」となっていることが多くなるのだ。

 

 

さらに、ギルド拠点を落とすことによってしかなれない特別な職業などもある。

 

つまりギルド拠点を所持するということは、拠点を誰かに攻撃されることと同義となる。

 

この場合公式のダンジョンと異なり、人数制限というものが存在しない。

 

公式のダンジョンが基本最大人数が三六人(レギオン)での攻略となるのに対し、ギルド拠点の攻略に上限はないのだ。

 

ゆえに、プレイヤー・NPCを含めた1500人によるギルド拠点侵攻ということも起こる。

 

これを撃退するなど、違法行為を疑われて当然だ。

 

「違法ではない」と公式が発表したが、ならばどれだけの金額を課金しているのかという話だ。

 

それだけの金額をたかがゲームにつぎ込めるだけの金がある奴らは違うと、話題になったものだ。

 

 

それでも、こんな事態になると知っていれば、もう少しレベルの高いNPCを作っていた。

あるいは、もう少し役に立つ技能を持たせていただろう。

 

種族特性やスキルの豊富なNPCや、鍛冶などの特性があるNPCなどだ。

 

ユグドラシルというゲームでは、そんな特殊技能など「お遊び」「無駄」以外の何者でもなかったのだ。

 

鍛冶をするなら、生産系のプレイヤーに頼んだ方がいい。

 

繰り返すが、NPCはプレイヤーの劣化版でしかないのだから。

 

ギルド拠点のNPCに重きを置くなど、本来なら馬鹿げた行為だった。

 

それをこんな形で後悔するとは、夢にも思わないのが普通だろう。

 

ギルドは異なれど、チームを組んでいた六人と共にゲームのアバターの姿で異世界へ転移するなんて、普通は思わない。

 

 

 

 

そして、「異世界転移」という事態を甘く見ていた自分が情けない。

 

100年間上手くいっていたから、油断や慢心があったのかもしれない。

 

こんなざまでは、後を託していった仲間たちに申し訳が立たない。

 

本当は九人でギルドを作りたかった。

 

きっと凄いギルドになる。

色々なことができるギルドになる。

 

そう思われた。

 

でも三人の反対で、ギルドは作れなかった。

 

だから、ギルドは違えど六人でチームを組んだ。

 

ドリームチームと呼ばれ、勝利確実と言われたワールドディザスターを多数揃える傭兵ギルドにさえ勝った。

 

それが悪かったのだろうか。

ゲームとはいえ、力に驕っていたのかもしれない。

 

勝利を確約すると名高かった彼らのプライドを傷つけてしまったのかもしれない。

 

もしかしたら、彼らはまだここがゲームの中だと思っているのかもしれない。

 

一撃で一体出現用レイドボスのHPさえ大幅に減らす彼らの圧倒的な高火力「大災厄」は、たった一人になった自分には荷が勝ちすぎたということだ。

 

「ワールドディザスター」の職業は、その職業を修めている者を殺すことで会得する。

 

だから最悪、どんな手段であれ相手を殺すことさえできれば、どんな種族でも職業でも会得することが可能ということだ。

 

だが、それでも大量のMPを消費する関係上、魔法職に重きをおいたビルド構成になる。

 

しかし「それだけ」とも言える。

 

「ワールドディザスター」の職業取得に対象プレイヤーの殺し方の指定は無いのだから。

 

 

 

「ワールドディザスター」の職業を限界まで極めれば、ユグドラシル最大火力とも言える「大災厄」を得ることができるのだ。

 

100レベルであろうと、即死か瀕死は免れない高火力。

 

それが八人もいれば、この世界で最強を誇れるだろう。

 

「大災厄」は超位魔法を越える火力を持ちながら、超位魔法ほどの長い発動時間も無い。

最大MPの60%という消費から一度の戦闘で一人一回が限度だが、広範囲でもあるために、複数を巻き込んでの殲滅が可能だ。

しかも二人いれば、大抵の敵は殴殺できるだろう。

 

だからこそ、叶うなら人間の味方をしてほしかった。

 

どれほどに「同族」と思えなくなろうとも、やはり感情移入してしまうのは人間なのだ。

 

異形種や亜人種になろうと、自分たちの「人間だった記憶」は、どうしても自分たちの行動のもととなるのだから。

 

 

 

 

◆◆◆8人で争った中の一人◆◆◆

 

失敗した。

 

そう思わずにはいられない。

 

どれほど力があろうとも、やはり自分たちは「人間の感性」を失えなかったのだ。

 

異形の種族を同族とは思えない。

美醜の理解どころか、表情さえ碌に読みとれない。

 

やはり「美しい」とか「可愛い」と感じるのは、「人間種」に対してなのだ。

 

だから種族変更をしようとしたが、残念ながら人数分の種族変更アイテムは無く、さらには望んだ種族へのアイテムとなるとさらに限られてしまう。

 

となれば話し合いで解決しないならば、力ずくの奪い合いとなるのは必然だ。

 

世界を席巻した「ワールドディザスター」の職業を失うとしても、種族変更を望んでしまったのだ。

 

種族を変えるという行為は、「ユグドラシル」というゲームの中であっても安易に選べない難関だ。

 

自分に合った職業を選んだり適合した武器を作るには何度も実験を繰り返す必要があり、それは死亡を繰り返すことと同義となるからだ。

 

種族変更はそれらの努力を全て消して、一からやり直すこととなる。

 

職業に有利な種族や、カルマ値に影響を受ける魔法やスキルもある。

 

それら全てをリセットするのだ。

 

人生のやり直しと言っても過言ではないはずだ。

 

それでもギルド拠点のNPCたちは、姿や種族が変わっても自分たちを主人と仰ぎ尽くしてくれる。

 

これがなかったら、魔神と呼ばれたNPCたちの討伐の際、ギルド拠点からアイテムや装備を持ち出すこともかなわなかっただろう。

 

NPCたちはよくあるギルドの例にもれずあまり強くないが、装備だけは良い物を与えてある。

 

なにしろ種族変更に伴い職業構成も変わってしまったために、以前の主装備を使えなくなったからだ。

 

転移してから300年、ギルド拠点の維持には金がかかる。

使えない武器を持ち歩いてアイテムボックスを圧迫するより、金目の物を採集するためにスペースを空けておいた方が効率が良い。

 

ギルド拠点といえば、どうして今頃になってNPCらしき存在が魔神なんて総称で暴れ回り始めたのだろうか。

 

プレイヤーのいないギルド拠点でも転移してきて、NPCたちが暴走しているのか。

あるいは、ギルド拠点を攻略すると、拠点は攻略者の物になるが、配置されたNPCは攻略者に敵対するから、誰かがギルド拠点を攻略したのか。

または、ギルド武器を破壊して拠点が消失したことで、NPCが残ったのか。

それとも、ギルド武器を盗まれでもして、NPCが犯人捜しついでの破壊工作をしているのか。

 

この異世界ではNPCは独立した思考を持つから、ある意味「ユグドラシル」の常識は当てにできないのが面倒だ。

 

そもそもNPCがギルド拠点から出られるなんて、最初は考えもしなかったことが懐かしいほどだ。

 

だから、こんな風に魔神(NPC)が暴れ回ったりしなければ、自分だって「魔神討伐の集団」の中に身を置くなんてことをしなくて済んだ。

 

 

返す返すも失敗した。

 

まさか魔神討伐のパーティーの中に、竜王が紛れ込んでいたなんて気付かなかった。

 

自分(八欲王)を殺そうとするのは理解できるが、なぜリーダー(プレイヤー)まで殺そうとするのか。

 

まさか「疑わしきは罰せよ」というタイプなのだろうか。

 

もしかしたら、自分たち(プレイヤー同士)が殺し合ったことになるのだろうか。

 

歴史は強者(生き残り)によって語られる。

 

これからこの異世界へ来るプレイヤーに正しい情報が伝わるかはわからないが、上手くやってほしいものだ。

 

異世界とは世界が異なるだけで、そこに住む存在の思惑が入り乱れるということは変わらないのだから。

 

誰だって自分が正しいと思うことがあれば、それに沿った行動をする。

 

鼠を可愛がっていれば、猫を駆逐しようとするかもしれない。

病気が蔓延すれば、それが数減らしの自然淘汰だとしても、克服しようとするだろう。

 

誰だって自分に都合が良い世界が欲しい。

 

ぶつかるのは善悪ではなく利害なのだから。

 

この世界で「人間を存続させる」ことは、自然に逆らう行為だ。

 

プレイヤーやユグドラシルの力を使っても、大陸の中央に人間の国が存在しないことがその証左だ。

 

きっと色々な問題に直面するだろう。

 

プレイヤーであっても、殺されることはあるのだから。

 




一応、八欲王はギルド拠点が明確に残っているようなので、他にも生き残りがいそうだと思っています。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

一応の理由

6人のワールドチャンピオン

◆WEB「設定」で、「ワールドチャンピオンだけでギルドを作らないかという話が出たとき3人の反対があって頓挫した」とある。
◆6人のワールドチャンピオンの「ドリームチーム」が、傭兵ギルドを壊滅させたとある。

6人ではギルドの定員に足りなかったのかも、と想像。
6人でチームを作るくらいに仲が良かったのなら、最終日にも集まるかもと予想。


十三英雄の中に八欲王

◆フールーダが「十三英雄のみが幾つか持ち出すことを許された」と回想している。

デケムの父親が八欲王なら、十三英雄として浮遊都市から自分のアイテムだから持ち出せたという理由になるかもしれないと想像。



ギルド拠点NPCのレベル

◆イビルアイが守護者最弱のデミウルゴスを「魔神より強い」「魔神王とでもいうつもりか」などと表現している。

魔神(NPC)に100レベルはいないのかも。

◆フールーダが「桁の違う魔法の武具を装着した」と回想している。

桁の違う強さは持っていないのではないか。

◆ネイアが「難度100が人間が倒せる限界」と習っている。
◆デスナイト推定難度100、ソウルイーター推定難度100から150。

NPCは30レベル以上で、そんなに強くないのでは。

◆イビルアイが「種族の垣根を越えた戦い」と言っている。

多数の国が被害を受けるほど、魔神(NPC)の数が多かったのでは。
メイドNPCではないけれど、1レベルのNPCで侵入者のアイテムを一つ削れるなら効率が良いと考えたり、一人で何体もNPCを作りたいギルドメンバーもいたかも。



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