東方恋人探 (一ノ瀬 崇)
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第一幕
どこだここ。そして第一幼女発見。


 

 

 ──夢。

 

 

 夢を見ていた。

 真っ黒な視界が広がっている。

 何も無い……いや、何も見えない暗闇の中にふわふわと漂っていた。

 上下左右の感覚もあやふやで、自分が今どっちを見ているのかも解らない。

 水底にたゆたう水草のように、ただ、揺れている。

 

 

 ──あれ、なんで俺ここに居るんだっけ? 

 

 

 その疑問が胸を掠めた瞬間、身体がガクンと沈み込むような感覚に襲われた。

 何も見えない暗闇の中で、ひたすら墜ちていく。

 よく解らない感覚に心が悲鳴を上げようかとした瞬間、

 

 

「げふっ!?」

 

 

 地面に叩き付けられた。

 チカチカと瞼の裏を回る火花を散らして目を開くと、まず黒い空が視界に映った。

 多分夜なんだろう、都会ではなかなか見る事の出来ない天の川や昴なんかがハッキリと輝いている。

 視界の中央には上弦の月が浮かんでおり、一枚絵のような優美さが感じられた。

 

 

「……いってぇ」

 

 

 だが俺にそれを楽しむ余裕は無かった。

 強く背中を打ち付けたせいで肺の空気が抜けて呼吸が若干苦しい。

 地面が土だったお陰で骨折はしてないみたいだが、背中と尻がジンジンと痛い。

 それでもムリヤリ身体を起こし、首を巡らせる。

 

 

「……は?」

 

 

 目の前に広がる光景を処理出来ず、俺は呆然とするばかりだった。

 鬱蒼とした森。

 明らかに未開拓の山の中、といった雰囲気を纏った木々や茂みが周囲を覆っている。

 いやいやいや、どこだよここ。ってかなんなんだよこれ。

 そんな風にパニックを起こし掛ける感情をムリヤリ封じ込めて、俺はひとまず左ポケットに手を突っ込んだ。

 カサ、と包み紙が音を立てる。

 一つ取り出して中身を開け、口に放り込んだ。

 中身は特別な存在の孫に与える飴玉だ。

 舌に広がる甘い味が、逸りがちだった精神を落ち着かせてくれる。

 

 

「やっぱ甘いもんは精神にいいな」

 

 

 言いながら状況をパニックにならない程度に整理していく。

 まず、自分の事。

 俺の名前は望月契、読み方は『もちづき、けい』だ。

 なかなかナウイ名前だろ。

 中肉中背、顔は二枚目半、眼鏡着用でフレームは楕円形で黒だ。

 髪は普通より短めの黒、運動能力も普通より僅かに上、学力も平均より少し上。

 どこからどう見ても普通の高校生だ。

 学ランのポケットに大量のお菓子が入ってる以外に変わった所は無いな。

 今日はコンビニで飴玉を買い足して学校へ向かっていたんだが、途中でふらふらと走るタクシーが突っ込んで来て……ってオイ。

 

 

「あれ、ひょっとして俺死んでね?」

 

 

 よくよく思い返せばタクシーに跳ねられてすぐ、あの訳解らん空間にいた気がする。

 でも俺が跳ねられたのは街中の交差点。

 コンビニの窓ガラスを突き破って倒れてたならまだしも、いきなり森の中とかどんな吹っ飛び方したんだよ。

 ってか、時間もおかしい。

 跳ねられたのはまだ午前中、気絶してたにしても起きたら夜って事はそうそう無いだろう。

 それに昨日コンビニ行きがてら見た月は満月だったハズ。

 それが今見上げれば上弦とはどんなイリュージョンだよ。

 と、思考世界に意識を向けていた俺の背後でガサガサと葉が擦れる音がした。

 咄嗟に身構えて振り返る。

 

 

 ──なんだ、蛇か鹿か……最悪熊か? 

 

 

 音の間隔や響き方、音量からそれなりの質量を持った物が動いている。

 流石に熊ならポケットの飴玉をバラまきつつゆっくり逃げるしか無いか。

 身構える俺の眼前、葉を鳴らして出て来たのはその何れでも無く、金髪の幼女だった。

 

 

「──は?」

 

 

 口から間抜けな声が漏れる。

 どんな獣が出て来るかとヒヤヒヤしていたが、現れたのは可愛らしい幼女だ。

 肩口の辺りまで伸びた金髪に赤いリボンを巻いて、白い長袖シャツの上に黒いブラウスを着て同じく黒いスカートを履いている。

 瞳は珍しい事に赤かった。

 やべぇ、外人じゃん! 

 英語の平均点が四十前後な俺が、外人とまともに会話出来ようハズも無い。

 どうしたもんかと頭を悩ませていると、幼女は俺に笑いかけて楽しげに言い放った。

 

 

「あなたは、食べてもいい人類?」

「は?」

 

 

 意味が解らない。

 いや、口から出た言葉が日本語だった事にまずは安堵するべきか。

 という事はこの子はハーフ或いはクオーター、それか先祖返りだ。

 まぁ扱いは日本人でいいだろう。

 なら食べてもいい人類って何だ。

 食べてはいけない人類と食べてもいい人類の二種類が存在するのか? 

 いや待て、そんな哲学的思考はこの際置いておこう。

 あの発言の真意を探るべきだ。

 

 

 ──ひょっとしてアレはギャグのつもりだったのか? 

 

 

 一番あり得そうだ。

 いつもの森の中、いつものルートに見知らぬ男。

 この子は俺を危険人物とは見なさず、コミュニケーションを取ろうとして何か言おうとしたに違いない。

 そこで場の雰囲気を和ませようと、慣れないギャグを放った……うん、あり得そうじゃないか。

 そう考えてみれば、途端にこの子が愛らしく見えてくる。

 いい子じゃないか。

 ギャグにノってあげられなかった罪滅ぼしとして、飴玉をプレゼントしよう。

 

 

「俺は食べてはいけない人類だが、気さくに話し掛けてくれたお礼に飴玉をあげよう」

 

 

 そう言ってポケットからキャラメル味の飴玉を取り出し、幼女の手に握らせる。

 

 

「わ、ありがと」

「なに、気にしなくていいさ」

 

 

 ちゃんとお礼も言えるとは感心感心。

 頭をぐりぐり撫でてやると、くすぐったそうに首を竦めた。

 包み紙の開け方が解らないらしく、可愛らしく首を傾げる幼女。

 代わりに包み紙を破って飴玉を摘み、幼女の口に入れてやった。

 少し指をちぅちぅと吸われた。

 可愛いなこの幼女。

 

 

「おいひぃ♪」

「あ、ゴミは俺が後で捨てておこう」

「ありあとー♪」

 

 

 舌っ足らずに喋ると更に幼く感じるな。

 無邪気で可愛らしい。

 しかし、どうするかな。

 この子の服装を見る限り、集落はそう遠くは無いだろうが多少の疑問が残る。

 

 

 ──こんな鬱蒼とした森の中で寝られそうな場所はあるのか? 

 

 

 都会育ちの俺は人間というものを良くも悪くも知っている。

 こんな夜中に突然現れた男を易々と泊めてくれるようなお人好しは、そう居ない。

 最悪野宿、ブービーはこの子の家に厄介になる事だ。

 だがこんな夜中にこんな幼女を出歩かせるような両親だ、余り期待は出来ないだろう。

 どうしたもんか。

 堂々巡りに陥り掛けた所で、幼女が此方を見上げているのに気付いた。

 

 

「ん、どうした?」

「ごちそうさまでした」

 

 

 ぺこっと頭を下げる幼女。

 素晴らしい躾だ。

 ひょっとしたら親御さんはなかなかに人格者なのかもしれない。

 もしかしたら屋根のある場所で寝られるかも、そんな希望が湧いてくる。

 ものは試し、とばかりに俺は幼女に話し掛けた。

 

 

「俺は契。君の名前は?」

「わたしはルーミアだよ」

「そうか、可愛い名前だな。ルーミア、近くに家があるのか?」

「家? うーん……そういえば向こうに誰も住んでない小屋があったよ」

 

 

 名前を褒められたのが照れくさいのか、頬を赤くしながら左の林を指す。

 誰も住んでない小屋、か。

 山奥によくある登山者や猟師が休む小屋の類か? 

 まぁ贅沢は言わないが。

 

 

「有り難う、ルーミア。そうだ、せっかくだし案内してくれないか?」

「ん、いいよ。ケイは飴玉くれるいい人類だから、特別」

「なるほど。じゃ、もう一つサービスだ」

「わ、ありがと♪」

 

 

 ポケットからサイダー味のを取り出し、ルーミアに渡す。

 素直でいい子だが、飴玉くれるからいい人認定とは少し心配になるな。

 ロリコンに狙われるぞ? 

 

 

「ルーミアの家は近いのか?」

「ううん、わたしは家に住んでないよ」

「何?」

 

 

 住んでない? 

 まさかこの年でホームレスか。

 言われてみれば服も裾の辺りが解れていたり、シワが寄っていたりしている。

 きっと満足に飯も食べられないのだろう、だからあんなにユニークなギャグを思い付いたんだな。

 不憫に思いながら笹薮を掻き分けて行くと、草臥れた丸太小屋が現れた。

 年季の入ったログハウスと思えない事も無い。

 

 

「じゃあ、わたしはここまで」

 

 

 ふわりとスカートの裾を浮かせて、両手を横に広げたポーズのままくるりと向き直る。

 なんとなく、このまま別れるのが寂しくなって俺は口を開いた。

 

 

「なぁ、ルーミア」

「んぅ?」

「家が無いならどこで寝てるんだ?」

「木の上とかかな」

「……良かったら一緒に小屋で寝るか? 外で寝るより暖かいと思うぞ」

「んー……えっちな事しない?」

「ぶっ!? しねぇよ!」

「じゃあ、お邪魔します♪」

 

 

 そう言ってテチテチと入口の階段を登っていくルーミア。

 からかわれたな、小さくてもやっぱ女の子か。

 頬をポリポリ掻きながら後に続く。

 中は案外綺麗だった。

 多少埃が被っている以外はキチンと整頓されていて、暖を取る為の薪や寝床の毛布や敷布も揃っていた。

 早速囲炉裏に火を付けると、室内が一気に暖かくなる。

 箒を片手にサッと埃を外に棄てれば一気に快適な空間の出来上がりだ。

 他にも何かないかと部屋を漁ってみれば、肉や魚の乾物が幾つか保存してあった。

 有り難く頂戴して早速火で炙る。

 いい匂いが辺りに漂い始め、ルーミアのお腹が盛大に鳴り響いた。

 

 

「ははは、随分と腹の虫が暴れてるな」

「むぅ、聞き流してよっ」

「悪い悪い、ほら、焼けたぞ。火傷しないようにな」

 

 

 鯵の干物をルーミアに渡す。

 かぶりついてはふはふ言いながら、満面の笑みを浮かべた。

 

 

「おいひぃよ、へい」

「食いながら喋るんじゃない、せっかくの可愛い顔が台無しだぞ?」

「はむぅ」

 

 

 顔を真っ赤にして照れるルーミア。

 余り容姿を褒められ慣れていないようだ。

 まぁほっぺを膨らませてもぐもぐしてる所も可愛いんだがな。

 俺も干物にかぶりつくと、磯の香りが口腔内にぷぅんと広がり塩っ辛いくらいの濃厚な味が染み出てくる。

 うめぇ。

 ちょーうめぇ。

 白米が欲しくなるな、と贅沢な悩みを抱えながら二人で楽しく食事を終えた。

 取り敢えず腹も膨れた事だし、さっさと布団を引いて寝る事にする。

 寝るなら囲炉裏に近い方がいいだろうと俺は少し離れた所に敷いたのだが、何故かルーミアは俺のすぐ右に布団を寄せてきた。

 

 

「いやいや、せっかく囲炉裏の側を空けたんだからそっちに布団を敷いたらいいんじゃないか?」

「ケイの方があったかいよ。ほらほら、密着ー♪」

 

 

 布団からはみ出して俺の毛布の中へ潜り込んでくるルーミア。

 それだとお前の布団を敷いた意味が無いだろ、オイ。

 まぁ本人は満足そうだからいいか。

 俺は「何故ここにいるのか」とか「ここはどこなのか」といった疑問から目を逸らし、早々に寝る事にした。

 考えてもどうにかなるものじゃないしな。

 

 

「じゃ、お休み」

「おやすみ、ケイ」

 

 

 こうして俺の新しい……かどうかは解らないが、幼女との同棲生活一日目が終了した。

 



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誰だアンタ。そして童貞卒業。※

 身体が重い。

 正確に言うなら下腹部に重さを感じる。

 そして何やら気持ちが良い。

 主に股間が生暖かくて、すーすーしているような……。

 謎の感覚に目を開くと、金髪の美女が俺の股間に顔を埋めていた。

 途端に股間を強烈な快感が襲う。

 思わず腰を突き上げてしまい、同時に射精してしまった。

 

 

「うぁっ、あぁっ!」

「んぷっ、んっ、んんっ、んむっ、こくっ、んくんく、ちゅっ、ちゅぷっ」

 

 

 金髪の美女は俺の精液を残らず吸い上げて喉を鳴らした。

 切れ長の赤い瞳に背筋がぞくりとする。

 性器から口を離し、妖しく微笑みながら俺の股間を撫でる美女。

 

 

「ふふっ、ごちそうさま。やっと起きたのね」

「だ、誰だアンタ!?」

「あら、つれない返事。さっきまで私の事をあんなにも抱き締めてくれていたのに」

「な、何? ……そうだ、ルーミアは!?」

 

 

 慌てて辺りを見回すが、部屋の中にルーミアの姿は無い。

 代わりに俺の右手にルーミアのリボンが握られていた。

 

 

「呼んだかしら、ケイ?」

「な、何で俺の名前を?」

「もう、察しが悪いのね。私よ、わ・た・し。私がルーミアなのよ」

「へっ?」

 

 

 目の前の金髪美女がルーミア? 

 確かに髪の毛や目の色は同じだが、体格が圧倒的に違う。

 俺の腰元までしかなかった身長は俺と同等にまで伸び、筒型の体型はしっかり女性らしさを感じさせている。

 自己主張する胸にキュッとくびれた腰、そして艶めかしく左右に振れる尻。

 十人中八人が振り返る程の美女だ。

 この美女がルーミアなのか? 

 

 

「詳しい話は後でしてあげるから、それより楽しみましょ?」

 

 

 そう言ってルーミア? は服をはだけさせ、豊満な胸に俺の性器を埋めた。

 ぷるん、と震える胸の真ん中では勃起した乳首がツンと上を向いている。

 胸で性器を抑え込んだまま、ルーミアは左右から胸を持ち上げ上下に振り始めた。

 

 

「ちょっ、うぁ」

「ふふっ、私のおっぱい気持ち良い?」

 

 

 柔らかな乳房にしごかれ、イったばかりだというのに早くも射精感が込み上げてくる。

 追い討ちを掛けるようにルーミアはかぽっと亀頭をくわえて吸いながら、先端を舌でチロチロと舐め始めた。

 あっと言う間に限界が近付き性器が大きく膨れ上がる。

 が、絶頂手前でルーミアは身体を離す。

 不満を込めた視線を向けると、艶めかしく微笑んで腰を乗せた。

 無毛の恥丘は愛液で濡れそぼり淫猥な匂いを放っている。

 亀頭の先端が、くちゅりと秘裂に当たって快感ともどかしさを訴えてくる。

 

 

「中に入れさせて欲しい?」

「あ、あぁ」

「ならケイ、私のモノになってくれる?」

「な、なるっ、なるから」

 

 

 我慢が出来ずに腰を突き上げてルーミアの中に入れようとするが、巧みに腰を揺らされもどかしさだけが募る。

 早く目の前の美女を犯したい。

 空になるまで中に注ぎ込みたい。

 そんな俺の苦悩を感じ取ってか、ルーミアはゆっくりと腰を落とした。

 じわじわと膣壁を押し広げていく感覚が広がり、先端が何かに阻まれる。

 

 

 ──あれ、これって。

 

 

 瞬時に頭が冷える。

 ルーミアの顔を見れば、微笑みの端に僅かな恐怖と緊張が浮かんでいた。

 

 

「ルーミア、お前初めて……!?」

「う、うるさいわよっ。ケイは黙って私で気持ち良くなってればいいのっ」

 

 

 喋った事で気が弛んだのか、深く腰を落としてしまうルーミア。

 ぷちんっ、と破れる感覚があり男根が根元付近まで膣内に埋没した。

 相当痛いのか身体を仰け反らせて耐える。

 それでも健気に腰を振ろうとするルーミアを見ていると、不思議と胸がいっぱいになる。

 動けないように優しく抱き寄せてやると、驚いたようにびくんと身体を跳ねさせた。

 

 

「なっ、何を」

「いいんだ、ルーミア。どうしてこうなったかは後で聞く。だから、今は一緒に気持ち良くなろうぜ?」

 

 

 ハッキリ言って、さっきから締め付けがヤバいくらいに気持ち良い。

 入り口はキュッキュと締め付けてくるし、中は男根をなぞり上げて精液を吸い出そうとするし。

 だがここは男の沽券に懸けて、すぐにイってしまう訳にはいかない。

 

 

「んっ……くすっ、ケイ生意気。お子様の癖に」

「ルーミアだってさっきまで幼女だったじゃ、うぁっ!?」

 

 

 突然膣内がキュゥッと締まる。

 予想外の快感に思わず声を漏らす俺を満足げに見つめるルーミア。

 涙で濡れた赤い瞳に、胸が高鳴る。

 なんとなく悔しさを覚えて、やや乱暴に腰を突き上げる。

 

 

「ひゃぅっ!? あっ、やっ、ケイっ」

「くそっ、なんなんだよお前はっ! こんなに綺麗で美人なのに可愛いとか、反則だろっ」

「んやぁっ、そんな突いたら、あぁっ、んはぁっ、あっ、あぁん!」

 

 

 騎乗位のまま俺に倒れ込むルーミア。

 細くしなやかな腰を掴んで上下に動かす度、秘裂からぷしゅっぷしゅっと淫らな液が流れ出る。

 奥を突くと子宮口のこりこりとした感触が亀頭を刺激して気持ち良い。

 気付けば先程より愛液の量も増え、抽送もスムーズになっていた。

 ルーミアの上げる嬌声にも少しずつ甘い響きが混じり出す。

 

 

「んぁっ、あぁん、ケイぃ、ケイぃっ、へんっ、へんになるぅっ」

「ルーミアっ、お前の中、熱くて狭くて、気持ち良いぞっ」

「ふぁっ、んんっ、いいよぉっ、もっと私で、あぁっ、気持ち良くなって、んぁぁっ」

 

 

 破瓜の血と愛液が混ざり合い卑猥な音を立てて流れ落ちる。

 より深く、より奥へ。

 そんな意識に突き動かされ、更に激しく腰を突き上げる。

 

 

「あぁっ、やぁ、それ激し、ひゃぁぁっ、あぁん、やぁっ、おかひくなるぅぅっ!」

「くっ、もう出そうだ……!」

「いいよぉ、出してぇっ、私の中に、精液いっぱい出してぇっ、んぁっ、あぁぁっ!」

 

 

 うねうねと膣壁が精液を求めて蠢く。

 一度浅い所まで男根を抜き、勢いを付けて根元までぶち込む。

 

 

「ひぎっ、んひぃぃぃぃっ!?」

「うぁっ、そんなに締め付けたら、で、出るっ!」

「んくぁぁぁっ! あ、熱いの出てるぅ、びゅくっびゅくってぇ、お腹熱いのぉぉっ!」

 

 

 痛いくらいに締め付けられ、熱くたぎった精液を子宮内にぶちまけた。

 子宮口に亀頭を押し付けて注ぎ込む。

 数度、ルーミアは身体を痙攣させるとぐったりと倒れ込んだ。

 

 

「はぁーっ、はぁーっ……ケイぃ……♪」

 

 

 荒い息を吐きながらとろけた笑みを浮かせて俺を見上げる。

 その顔が余りにエロくて、俺は中に少量の精液を追加で吐き出した。

 

 

「んぁぁっ、まだ出てるぅ……♪」

 

 

 嬉しそうにぞくりと身体を震わせる。

 俺はと言えば、脱童貞に歓喜するだけの体力も無くなりそのまま瞼を閉じた。

 一気に睡魔が襲い掛かってくる。

 意識が暗闇の底に沈む直前、そういや避妊しなかったけど大丈夫なのか? って疑問が浮かんで、すぐに消えていった。

 

 

 

 

「は、妖怪?」

「そう、妖怪」

 

 

 あの後起きて更に二回搾り取られた俺は対面座位で繋がったまま、ルーミアから話を聞く事にした。

 そこで語られた内容はかなり信じ難いものだった。

 まず、ルーミアは妖怪だった。

 一時期は名を馳せた妖怪だったが強大過ぎる力を嫌った僧に力を封じられ、あの幼女のような外見になり逃げ延びたらしい。

 リボンに見えた御札が封印の役目を果たしていて、たまたま寝返りを打った俺がそれを解いた為に封印が解けてしまった。

 普段なら力を回復させる為に人間の血肉を食べるらしいが、俺を気に入ったルーミアは別の方法で力を回復する事に。

 すなわち、性交だ。

 何で俺なんかを気に入ったのか尋ねてみたら「一目惚れだったのよ。……な、なによ、悪い!?」と逆ギレし出した。

 くそっ、そんなルーミアも可愛いと感じる俺は間違っているのか? 

 一度身体を交わしたせいか、ルーミアが人間を食べると聴いても恐怖は湧かなかった。

 その事も好感触だったらしく、さっきから抱き付いて離れようとしない。

 

 

「そういや幼女形態になったら自意識や思考能力とかはどうなるんだ?」

「思考力は落ちるけど、人格は変わらないわよ。記憶を持ったまま幼くなるって考えたらいいんじゃないの?」

「……そうか」

「どうしたのよ?」

「いやぁ……また幼女に戻った時にどんな反応していいか解らん」

「は? 私はまた封印されるつもりは無いわよ。あんな面倒くさいの」

 

 

 ややムッとした顔で答えるルーミア。

 金髪を優しく梳きながら、俺は宥めるように言葉を紡いでいく。

 

 

「まぁ、ルーミアにしてみれば嫌かもしれんが俺は普段は封印状態の方がいいと思うぞ?」

「なんでよ。まさかケイ、幼女に興奮する人類なの?」

「違うわいっ! ルーミアは力が強過ぎて封印された訳だろ? その封印した僧みたいな奴にちょっかい出されないように、普段は幼女形態の方がいいんじゃないかって思ったんだよ」

「……まぁ、それもそうね。解ったわ、じゃあ後で巻いてもらうとして」

 

 

 キュッと膣壁が締まり、男根を刺激する。

 ルーミアは淫らに微笑んで、腰を前後にゆっくりと振り始めた。

 男根は硬さを一瞬で取り戻す。

 

 

「あんっ♪ ふふっ、太くて大きくて、とっても素敵よ?」

「いやらしい妖怪も居たもんだなっ、と」

「ひゃぁん、そんなに乱暴に突き上げちゃダメぇ♪」

 

 

 いやらしく身体をくねらせながらキスを強請るルーミア。

 その小さく赤い舌に俺の舌を絡めながら、本気で干からびるかもしれん、と思った。

 



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腰がイテェ。そして始まる新婚生活。※

 結局お互いがどろどろになるまで愛し合い、気が付けば夜が明けていた。

 イキ過ぎて気絶したルーミアに御札のリボンを巻いてやると、すやすや眠る幼女形態に戻った。

 半信半疑だったがこれで間違い無いな。

 

 

 ──しっかし、こんな可愛い女の子が人喰い妖怪だとは、まだ信じられないな。

 

 

 時折口を悦びに歪めて痙攣するルーミア。

 幼女形態だからか背徳感や征服感が凄まじく、空っぽの銃身が鎌首をもたげ始めた。

 いや、俺はロリコンじゃない。多分ロリコンじゃない。ロリコンじゃないんじゃないかな。まぁちょっとは幼女好きだが。

 そんな関白宣言みたいな事を考えていると腰骨が鈍く痛んだ。

 原因はルーミアとの性行為。

 明らかにやり過ぎだった。

 それでもまだやれる! と戦意に満ち溢れた愚息が天を突く。

 男は下半身で物事を考えるというが、アレは本当の事だな。

 今俺の頭の中は、この幼女をどう犯すかしか考えていなかったんだから。

 うつ伏せで眠っているルーミア。

 起こさないように注意して、覆い被さるように布団へ潜り込む。

 小さな秘裂は愛液と精液でどろどろに溶けており、挿入しても問題は無さそうだ。

 眠っているルーミアの足を開き、ゆっくりと亀頭を中へ沈めていく。

 所謂寝バックの体勢だ。

 ぐちゅっ、ぐちゅっと卑猥な音を立てて狭くキツい膣内を蹂躙していく。

 

 

「ん……っ、あっ、やぁ……っ、はぁん、あっ、んぁ……っ♪」

 

 

 寝ながらでも感じているのか、幼く甘い喘ぎ声が細い喉から漏れ出る。

 その声で更に興奮した俺は、少しずつ体重を掛けて男根をより深く沈めていく。

 くぽくぽと子宮口がいやらしい口を開いて亀頭を迎え入れようと蠢いている。

 たった一日ですっかり淫乱な身体に開発されたルーミア。

 幼女になってもいやらしいメスの匂いをぷんぷんさせていた。

 

 

「んぁっ、あぁっ……? あっ、あぁん、んぁっ、あひゃぁん♪」

 

 

 喘ぎ声の質が変わった。

 どうやら快楽に目を覚ましたらしい。

 明らかに大き過ぎるサイズの男根を受け入れ、ぽっこりと膨れ上がるお腹に圧迫感を覚えながら、ルーミアは甘い喘ぎを漏らした。

 

 

「んやぁっ、ケイっ、これらめぇ、わらひのおまんこ、あぁっ、こわれひゃうよぉぉっ♪」

「壊れるくらい突いてやるさ」

「あぁっ、らめぇっ、イクぅ、イクぅぅぅっ♪」

 

 

 ぷしゅっぷしゅっ、と潮を噴いて身体を跳ね上げる。

 が、俺はそれに構わず抽送のスピードを上げていく。

 

 

「ひゃぁぁっ、やめっ、やめへぇっ、えっちなおしっこ、とまらないよぉぉぉっ♪」

「潮を噴いてイキまくるなんて、全くいやらしい幼女だな?」

「んやぁ、ケイぃ、いじわるいわないでぇ、あぁん、ケイのおちんちん、きもちよすぎるのぉぉっ♪」

「ならもっと気持ち良くしてやるよ」

 

 

 一気に体重を掛け、根元近くまでズブズブと挿入してやる。

 子宮口がひしゃげぷちっと潰れたような感覚が亀頭に走る。

 

 

「んひぃぃぃぃぃっ♪ ひぃっ、ひぎぃっ♪ いひぃん、ひぃん、ひゃぁ、あぁっ、らめぇ、おまんここわれりゅ、わらひのおまんここわれひゃっらよぉぉ……♪」

 

 

 ぴゅるぴゅるとまるで漏らしたかのように潮を噴き続けながら、だらしないアヘ顔を見せるルーミア。

 体勢を入れ替え対面座位になると、ルーミアは両脚を俺の腰に絡めた。

 

 

「なんだ、これじゃ抜けないぞ?」

「いいのぉ、ぬかにゃいれ、わらひのおまんこにケイのせーし、いっぱいらひてぇっ、なからしして、はらませてぇ♪」

「条件を飲むなら孕ませてやるぞ?」

 

 

 一旦腰の動きを止めてやる。

 同時にルーミアの腰を掴んで動けなくしてやる。

 急に快感が得られなくなり、ルーミアはもどかしさで半狂乱になった。

 

 

「いやぁっ、うごいてぇっ、おまんこしてよぉっ、おまんこっ、おまんこぉっ」

「ルーミア、俺の嫁になるか?」

「なるぅ、なるからぁっ、おちんちんちょうだいよぉっ!」

「よし、確かに『約束』したぞ?」

 

 

 拘束を解いて激しく乱暴に幼い膣を犯してやると、よだれを垂らして喘ぎまくる。

 

 

「んぁぁっ、これぇ、これいいのぉっ、おくまでズンズンきてるぅぅぅっ♪」

「さぁ、孕ませてやるぞ。子宮口を開け」

「あぁん、くるのっ? おちんちんからせーしでちゃうの? いいよぉっ、きてぇっ、わらひのおまんこになからししてぇっ、あっ、あぁっ、あひっ、んぁぁぁぁぁっ♪」

 

 

 一際大きく鳴いたルーミアの膣がキュゥっと締まり、たまらず一番奥へ突き入れる。

 子宮口に亀頭を密着させ、子宮内に直接煮えたぎった精液をぶちまけた。

 数度の性交で薄くなっているハズの精液は、何故か最初の濃さを保ったままルーミアの卵子を探して流れ込んでいく。

 

 

「ふぁぁっ、あぁっ、あちゅいよぉっ、おなかがやけどしちゃうぅぅぅっ♪ ケイのせーし、あちゅくてきもちよすぎるよぉぉっ♪」

 

 

 中出しされて何度も絶頂するルーミア。

 びくんびくんと大きく痙攣したかと思えば、意識を飛ばして凭れ掛かってきた。

 

 

 ──ちょっとやり過ぎたか? 

 

 

 幸せそうなとろ顔で失神した幼女を抱きかかえたまま、俺は布団に倒れ込んだ。

 肉棒が秘裂から抜け落ち、ごぽりと音を立てて精液が溢れ出る。

 生暖かさに辟易しつつ瞼を閉じる。

 昼過ぎくらいまで寝るか。

 二度寝の決意を固めて、俺は再び夢の世界へと飛び立っていった。

 

 

 

 

「イテェ」

「自業自得だよっ♪」

「新妻が俺に厳しい」

 

 

 予定通り昼過ぎに起きた俺は予想以上に痛む腰に頭を悩ませていた。

 流石に最後の一回戦は無謀だったか。

 対して新妻と呼ばれたルーミアは頬に手を当てて照れていた。

 やべぇ、ちょう可愛い。

 

 

「私、ケイのお嫁さんになるって約束したんだよね……」

「あぁ、これからよろしく頼むぞ。俺の可愛いお嫁さん」

「うぁ……♪」

 

 

 顔を真っ赤にしてやんやんと首を振る。

 余りに可愛いと襲うぞ? 

 俺もルーミアが愛おしくなって思わず嫁宣言したけど、他の誰かに取られるくらいなら嫁にしておいて良かったかもしれん。

 まぁ一般人で高校生な俺が『この世界』で生きていく上で、ルーミアのような良妻幼女に巡り会えた事は誇っていいな。

 

 

 ──それにしても、随分と厄介な事になってるな。

 

 

 昨日ヤリながら聞いた話を纏めてみた結果、俺はどうも別の世界、或いは別の次元に居る可能性が有る。

 聞いた限りでは周囲の集落ではまだシャーマニズム全盛期な文明レベルっぽい。

 日本史だと……弥生時代くらいか? 

 古代の巫女はどうせババアだろうし興味は全く無い。

 ルーミアが巫女服を着るなら話は別だが。

 しかしルーミアの話を丸々信じると、今度はこの丸太小屋の存在がイレギュラーになる。

 囲炉裏や干物はまだいいにしても、あの文明レベルで毛布を作る技術がある訳がない。

 ルーミアの見た集落が特殊なのか、この丸太小屋自体がイレギュラーな存在なのか。

 まぁ俺自体イレギュラーなんだが。

 と、ルーミアが俺を見ている事に気付く。

 深々と三つ指を付いて頭を下げる。

 

 

「ふつつかものですが、いっぱい可愛がってください♪」

 

 

 笑顔で告げるルーミアに、ちょっとだけ胸が高鳴った。

 ……ちょっとだけだからな? 

 



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偵察に出発。そしてチート仕様。※

 ルーミアと出会ってから三日。

 俺は各地に散らばったレジスタンスを纏め上げ、帝国へのクーデターを起こす機会を今か今かと待ち……あぁ、うん、嘘だ。

 朝っぱらから混乱していて申し訳無い。

 だが俺自身、訳が解らないんだ。

 あれから飯とトイレと睡眠以外はずっとルーミアを抱き続けていた。

 今猿っつった奴、後で校舎裏な。

 まぁ、それはいいとして、だ。

 普通の男子高校生ならどんなに頑張っても一日に五回も発射すれば弾切れになるだろう。

 だが俺の弾倉こと『玉袋』は何回発射しようとも、初撃の勢いを保ったままだ。

 三日三晩ルーミアに注ぎ続けて確認したから間違い無い。

 ん、ルーミア? 

 あぁ、今背面座位で腰振ってる。

 ちなみに大人体型だ。

 さっき気付いたんだが、ルーミアは体型で若干性格が変わる。

 幼女体型の時は素直で甘えん坊、照れ屋でデレデレだ。

 大人体型の時は思慮深く悪戯好き、意地っ張りでツンデレだ。

 一粒で二度美味しいとはまさにこの事。

 そして今、ツンデレ状態のルーミアは腰を振りながらも生意気に喋り続けていた。

 

 

「あんっ、もうっ、いつまで私を犯してるのよぉ、あぁん♪」

「何言ってんだ、自分で腰振ってる癖に」

「こ、これは、あっ、はぁん♪ こうでもしないと、ケイのおちんちんで、んぁっ、気持ち良くなれないから、ひゃぁう♪」

「言ったな? ならお望み通り激しくしてやるぜ!」

 

 

 右手で腰の上を掴み上下に激しく振りたくり、左手はルーミアの可愛らしく勃起したクリトリスを摘む。

 勿論、腰も激しく打ち付けてやるのを忘れない。

 クリトリスを摘む度に愛液が迸り、床を汚していく。

 

 

「ひぎぃあぁっ♪ それっ、それダメぇっ、イクっ、イクイクイクぅぅぅっ♪」

「どうした、俺のじゃ気持ち良くなれないんだろ? もっと激しくしてやるからな」

「やぁぁっ、またイクっ、イクの止まらないよぉぉっ♪」

 

 

 膣内を痙攣させながら舌を垂らして喘ぎまくるルーミア。

 美しく整った顔は涙やよだれや精液でぬらぬらと淫靡に輝いている。

 つるつるの割れ目からは愛液が絶え間無く溢れ出ており、いやらしいメスの匂いを小屋いっぱいに充満させていた。

 駄目押しにクリトリスをギュッと摘み上げると、ルーミアは一際強く身体を跳ねさせた。

 

 

「んみゃぁぁっ、ごめ、ん、なぁぁっ♪ ごめんなさ、いひぃぃぃっ♪ ケイのおちんちんっ、きもちいいですぅ、んひぃぃぃっ♪」

 

 

 堕ちた。

 大人ルーミアはここからが楽しい。

 腰を持ち上げてぐるんと体躯を回して対面座位へ移行する。

 とろけ切った顔が俺を見上げる。

 優しく唇を重ねながら、俺は囁いた。

 

 

「意地悪してごめんな、ルーミア」

「ううん、いいのぉ……わたしもナマイキいってごめんなさいぃ……あんっ♪」

「お詫びにたっぷり注ぎ込んでやる」

「ふぁぁっ♪ ダメぇ、想像しただけで、イっちゃうぅ……♪」

「愛してるよ、ルーミア」

「ひゃぁぁぁぅ♪ わ、わたしもぉ、わたしもケイすき、だいすきぃ♪」

 

 

 最早初遭遇の時の威厳は欠片も無い。

 ここに居るのはハートマークを乱舞させて腰を振る淫らなメスが一匹。

 従順な今、ルーミアの心に俺という鎖を絡み付ける。

 

 

「ルーミア、お前は俺の何だ?」

「んぁぁっ、わたしはケイのお嫁さんですぅぅっ、あっ、あぁん、ひぁっ♪」

「それだけか?」

「あんっ、んぁっ、わたしはケイの、あぁん、ケイだけの、えっちな奴隷ですぅぅっ♪」

「他には?」

「ふゃぁぁっ、はぁん、わたしぃ、もうケイにあげられるもの、ないよぉっ、あぁん、ひぁぁん♪」

「そうだ、それでいい。ルーミアの全ては俺のモノだ。それを忘れない限り、俺にとってお前は最高の伴侶だ」

「わすれないっ、わすれないからぁっ、あぁっ、ケイのいちばんでいさせてぇぇっ♪」

「あぁ、忘れない限り、ルーミアを世界で一番愛してる」

「あぁん、うれしいよぉっ、ケイっ、ケイっ、すきぃ、だいすきぃっ♪」

「中で出してやる。おねだりしてみろ」

「ふぁぁっ、ケイのせーし、わたしのなかで、はぁぁん、いっぱい、いっぱいとぷとぷだして、だしてくださいぃぃっ♪」

「ルーミア、イクぞっ」

「んぁっ、あっ、あぁっ、あぁぁっ、ふみゃぁぁぁぁん♪ でてるぅっ、ケイのせーしがびゅるびゅるでてるぅっ、しきゅうがせーしでおぼれちゃうよぉっ、んひゃぁぁぁぁぁっ♪」

 

 

 熱くたぎった精液が子宮の奥に叩き付けられ、ルーミアの中を満たしていく。

 だらしなくアヘ顔を晒しながら快楽の波に沈むルーミアを抱き締め、後ろに倒れ込んだ。

 体液で湿った毛布の感覚が気色悪い。

 というか洗濯しないとダメだなこれは。

 ルーミアが復活するまで、俺はしばらくびしょ濡れの毛布に背中を預ける羽目になった。

 

 

 

 

 

 

「偵察?」

 

 

 ルーミアが不思議そうに首を傾げる。

 俺達はあの後洗濯と水浴びの為に、近くの河原へ来ていた。

 服を手洗いして河原の岩の上に置き天日干しにする。

 今日も日差しが強いから、すぐに乾くだろう。

 どうやら季節は夏。

 気温も高いから全裸でいても風邪は引かないと思う。

 水浴びするルーミアが可愛くてついつい立ちバックで犯したりとハプニングは有ったが、毛布を洗って一先ず落ち着いた。

 下流が物凄い勢いで汚染されていったのは見なかった事にしよう。

 そうして毛布が乾くまで日向ぼっこをしながら、何気なく放った一言にルーミアが反応し、冒頭のセリフと相成った。

 

 

「そ、偵察。その集落がどんなもんだか様子を見て来る。もし友好的に接触出来れば食い物を分けてくれるかもしれないしな」

「敵対的だったらどうするのよ?」

「走って逃げる」

「……はぁ」

 

 

 溜め息を吐かれた。

 これでも足はクラスで四番目に速かったんだぞ? 

 それに何時までも乾物食ってたら体壊す。

 ビタミンの補給は大事だぞ。

 するとルーミアは眉尻を下げて俺に凭れ掛かりながら、上目遣いに見つめてきた。

 その技はポイント高いぞ。

 

 

「心配なのよ。ケイは只の人間だし、呆気なく死んでしまうわ。……もし、ケイが怪我をしたらって考えただけで、怖くて堪らないの」

「ルーミア」

「解って、ケイ。私にはケイが必要なの、ケイじゃなきゃ駄目なの。私をこんなにしたんだから、責任を取ってよ。絶対、無茶はしたら駄目」

 

 

 寒さとは違う震え方をしながら、キュッと抱き付いてくる。

 ……ちょっとやり過ぎたか? 

 ヤってる最中に鬼畜仕様になるのは俺の悪い癖だな。

 原因は悪友に借りた凌辱催眠調教エロゲの所為に間違い無い。

 それは置いといて、やはり偵察に出て置かないと拙い。

 周囲の地形や状況を把握するのも大切だが何より他の人間が何を考え、どんな装備を持っているか知っておく必要が有る。

 安寧と暮らしている所に襲撃されたら堪ったもんじゃない。

 ルーミア一人ならなんとかなるかもしれんが、俺という荷物を抱えては不利だろう。

 最悪俺を人質に取りルーミアをレイプされる可能性だって有る。

 そこまで考えて、俺は腸が沸々と煮えくり返るのに気付いた。

 

 

 ──ルーミアをレイプ? ふざけやがって、ルーミアは俺の嫁だ! 

 

 

 人一倍執着心の強い俺は自分のモノを他人に扱われるのが大嫌いだ。

 寝取りは好きだか寝取られは好かん。

 帰れ、ゴーホーム、おめぇの席ねぇから! 

 ……まぁ、起きてもいない事に腹を立てても仕方が無い。

 落ち着け俺、ステーイ。

 見れば俺の怒気に中てられたルーミアが少し顔を青くしている。

 

 

「あぁ、悪い。お前に怒ったんじゃないんだ。よしよし」

 

 

 優しく頭を撫でてやると嬉しそうに目を細めて擦り寄ってくる。

 が、パッと離れてムッとした顔を向ける。

 

 

「わ、私の方がお姉さんなんだから子供扱いしないでよねっ」

「じゃあ撫でなきゃいいのか?」

「そ、それは……たまになら良いって言うか……か、勘違いしないでよね、ケイに撫でられたら気持ち良いだけなんだからっ」

 

 

 見事にツンデレになれずにミスってるぞ。

 依存度上げすぎてツン二割デレ八割って所だな。

 と、左手の藪がガサゴソと動く。

 目を向ければ一匹の……いや、一羽か? 

 白い兎が草を食べていた。

 

 

「晩飯だ」

「どうやって捕まえるのよ?」

「石でも当てりゃ気絶するだろ」

「……無理ね」

 

 

 失敬な奴め、後でお仕置き……こら、お仕置きというワードに目を輝かせるのは止めなさい。

 調教し過ぎたか? 

 取り敢えず手頃な大きさの石を手に乗せ、水切りの様にサイドスローで放り投げる。

 びゅぉぉぉっ、と空気を揺らして凄まじい速度の石が兎の頭部に向かう。

 結果は、命中。

 お、ナイスコントロール、等と普段なら自画自賛している所だ。

 だが物凄い風切り音を鳴らして飛び、命中した兎の頭を吹き飛ばすというイリュージョンを前に、俺は馬鹿みたいにポカンと口を開けていた。

 

 

「なんじゃ今のは────ー!?」

 

 

 頭蓋骨を撒き散らしピクピクと痙攣する兎に若干引く。

 なにあれグロい。

 ルーミアが何かしたのかと振り向けば、首を左右にぶんぶんぶんぶん。

 じゃあ一体なんなんだ。

 俺は水切りは得意でも、あんな豪腕を唸らせた経験は無いぞ。

 てか頭蓋骨吹き飛ぶとかどれだけの速度出せばいいんだよ。

 

 その時激しく混乱する頭の片隅で、あるワードが検索に引っ掛かった。

 所謂転生モノ、異世界トリップモノと呼ばれるジャンルの小説だ。

 そのジャンルの主人公には二つのパターンがある。

 一つは、知識を持ったまま異世界に降り立ち、訳も解らぬままに巻き込まれて行くパターン。

 もう一つが、転生したら超人的な力を持って好き放題生活出来るパターン。

 これに俺が当てはまるなら、どうやら俺は後者のチート仕様になったと考えられる。

 信じられない様な話だが、そう考えれば今のピッチングも夜の絶倫王子も、一応の説明は付く。

 ここ異世界っぽいし。

 だが思考に走る前に取り敢えず。

 

 

「兎の血抜きでもするか」

「そうね」

 

 

 腹が減っては戦も出来ぬ。

 存外逞しい二人だった。

 

 

 

 

 あの後洗濯と乾燥を終えて、身体能力の確認序でに兎や鳥を数羽捕まえてホクホク顔で帰参。

 途中野生のアザミやバライチゴ、大葉やきゅうり、カボチャなんかも見つけた。

 食べられる野草大全集とか無駄に図書室で読み漁った経験が生きたな。

 ルーミアから向けられる尊敬の眼差しが実に心地良い。

 今夜は鍋だと言った時のルーミアのハシャぎっぷりは可愛かった。

 大人ルーミアをあれだけ童心に返すとは。

 鍋、恐ろしい子! 

 しかしルーミアはご機嫌で気付いていない事が有り、俺はその事に冷や汗を掻いていた。

 

 

 ──鍋、有ったか? 

 

 

 まずはそこから。

 食器が無ければお話にならない。

 次に調味料だ。

 鶏肉や兎からダシが出るとはいえ、やはり味噌が欲しくなる。

 贅沢を言えば米も欲しい。

 俺一人なら我慢して食うが、この愛らしい嫁さんには良い物を食わせてやりたい。

 となると、集落への偵察と訪問を行い物資交換で調味料を得なければならないだろう。

 幸い、俺が並大抵の事では傷付かないというのが解った事で説得はしやすい。

 俺は大丈夫だ、嫁に良い物を食わせてやりたい、ルーミア愛してる、と説得なのか口説き文句なのか解らない言葉を並べて、なんとかルーミアを納得させた。

 そして食材の下処理を終えて玄関前。

 

 

「しゅっぱぁ~つ♪」

「どうしてこうなった」

 

 

 幼女モードのルーミアと仲良く恋人繋ぎで練り歩く。

 納得した後で封印すると、幼女ルーミアが目に涙を溜めてうるうるしながら俺を見上げ「わたしもつれてって」と来たもんだ。

 いや、ズルいぞルーミア。

 断れる訳無いじゃないか。

 一枚上手だった嫁さんを連れ立って、俺は集落へと旅立つのであった。



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住民と宴会。そして神様が幼女。

 

 

「ふふ~ん、ふんふ~ん♪」

 

 

 鼻歌も飛び出す午後の陽気の中、俺は小さな手を握り道無き道を歩いていた。

 隣で鼻歌を奏でるルーミアは随分とご機嫌な様子で、時折俺の手をにぎにぎしてくる。

 お返しと俺もにぎにぎしてやると、ほんわかにへらぁ、と此方まで照れくさくなるような笑顔を見せる。

 にぎにぎ、にへらぁ。

 にぎにぎにぎにぎ、にへららぁ。

 

 

 ──落ち着け俺、これは俺を駄目人間に陥れる罠だ。

 

 

 しかしそうとは解っていても、この誘惑を断ち切るのは難しい。

 と、ルーミアが手を離した。

 どうかしたか、と視線を向けると照れたようにはにかみながら、俺の小指をきゅっと握った。

 やだなにこの可愛い子。

 あ、妖怪で俺の嫁か。

 なら遠慮は要らないか、とルーミアを抱き寄せ頬にキスをする。

 唇にはしないぞ、俺が我慢出来なくなるからな。

 ルーミアはクスッと笑い、また俺の手に指を絡めて歩き出した。

 娘が出来たらこんな感じか? 

 今度ヤってる時ルーミアにパパって呼んでもら……いや、止めておこう。

 それでハマったら二度と帰って来れない気がする。

 しばらく進むと視界が開け、長閑な田園風景が見えた。

 稲作の技術は有るようで安心。

 これで旨い米が食えるな。

 更に足を進めようと一歩前に踏み出し、

 

 

『カランカラン!』

 

 

 鳴子に思いっ切り引っ掛かった。

 ルーミアが半目を向けてくる。

 

 

「そんな顔も可愛いぞルーミア」

「ケイって案外ドジだよね。手前で止まったから気付いたのかなって思ったら、そのまま踏み抜くし。小さな頃『もっとかんがえて、こうどうしましょう』って言われなかった?」

「結構セメントだなルーミア。いいじゃないか、解り切った事ばかりじゃ人生面白く無いぞ」

 

 

 幼稚園と小学校を通して、大人達から受けた評価がそれだ。

 中学では思慮が足りないって言われたな。

 そんな事を思い返していると、村の方から弓矢と銅剣で武装した村人らしき連中がこっちに向かって駆けて来るのが見えた。

 弓矢はともかく、あの銅剣は間違い無く鈍器だな。

 明らかに叩き潰す用だ。

 俺達の元に辿り着いたはいいが、全力疾走した為が皆息が荒い。

 おいおい、それでいいのか警備隊。

 彼等の服装は如何にも古代日本人といった風の布服。

 機織物の技術はそこそこ発展しているらしく、よくよく見れば樹木の繊維質で編まれている事が解る。

 息を整えた隊長らしき青年が銅剣の先を俺に向ける。

 が、重たいのか剣先はぷるぷると震えており定まらない。

 

 

「何者だ! ここを諏訪子様の治める土地と知ってか!」

「スワコサマ? 知ってるか、ルーミア」

「ううん、知らない」

「結論、知らん。というかそれ重いだろ、地面に下ろしたらどうだ?」

「そ、それもそうだな。よっこらせっと」

 

 

 俺の言葉を受けて銅剣を下ろす青年。

 ……いや、それでいいのか警備隊? 

 俺が敵だったら攻撃し放題だぞ。

 

 

「まぁ、見ての通りただの夫婦だ」

「え……兄妹じゃなかったのか?」

「少し他人より早く結婚したんだ、気にするな」

「いや、待て……その娘、どこかで聞いた事があるぞ。赤い髪飾りを付けた金の髪をした人喰い妖怪が向こうの山に住んでいると」

 

 

 余計な事を言い出したのは如何にも頭の悪そうな単細胞系の男。

 ってか意外と有名人じゃないかルーミア。

 一気に空気がピリッと張り詰め剣呑なものへと変わる。

 面倒くせぇなぁ。

 

 

「何お前等、俺の嫁に剣向ける気?」

「騙されるな、そいつは凶悪な人喰い妖怪だぞ! 目を覚ますんだ!」

「油断するな、そんな見てくれでも人喰い妖怪だ!」

「おい、早くそいつから離れろ! 見た目はガキでも残忍な化け物なんだ!」

 

 

 おーおー、言うねぇ。

 俺はルーミアを後ろに隠す様に庇いながら一歩前へ踏み出す。

 突然動いた俺に怪訝な顔を見せる青年の構える剣の先を左手で軽く摘み、手首を返した。

 ぐにゃり、と銅剣が歪む。

 おぉ、予想以上に力付いてんな。

 

 

「ひぃっ!?」

 

 

 俺の怪力に驚く警備隊の面々に、出来るだけ友好的に微笑んでやる。

 

 

「次にルーミアを侮辱した奴は玉を握り潰すぞ」

 

 

 皆一斉に股間を抑える。

 間違い無くタマヒュンしてるな。

 満足げに頷いていると、吹き抜ける風の質が変わった。

 警備隊の後方に降り立つ影がある。

 影の主は、甘く舌足らずな声で喋った。

 

 

「こら、いきなり客人に失礼な事を言うんじゃない!」

「諏訪子様!」

 

 

 警備隊の面々は影の主に平伏した。

 如何にも威厳たっぷりに言い放ったのは──見た目だけで考えるならルーミアと同い年くらいの幼女だった。

 頂部にデフォルメされた目の様な飾りが付いた特徴的な帽子を被った、ルーミアよりもやや薄い金髪の幼女。

 サテン・ブロンドと言うのか、さらさらと風に揺れる金髪がなかなか可愛い。

 幼女は俺達に向き直ると、ぺこっと頭を下げた。

 

 

「うちの若い衆が迷惑をお掛けしました」

「……まぁ、今回は君の顔を立てて置くさ。いいか、ルーミア?」

「うん、ケイに任せるよ」

「だそうだ」

「有り難う、後でキツく言っておくよ。お詫びといっちゃアレだけどついて来て、お茶くらい出すよ」

「なら、お邪魔させて貰うか」

 

 

 短いスカートを翻し、先導する幼女。

 お、縞パン。

 水色と白のストライプとはセンスが良い。

 

 

「ケイの浮気者」

 

 

 じとっとした目で俺を見上げるルーミア。

 いやな、アレは男としては仕方無い反応なんだよ。

 取り敢えず幼女の後を追って誤魔化してみるが、ルーミアは頬を膨らませている。

 それでも握った手は離さないのが、とても微笑ましい。

 幼女に連れられやってきたのは立派な神社だった。

 イマイチこの世界の技術力が解らんな。

 鳥居を潜り石畳を越え母家の方へ。

 からからから、と引き戸を開ける幼女に続いて家の中へお邪魔する。

 おおぅ、日本建築の匂いだ。

 居間に通されると、すぐに幼女が湯呑みを持ってきた。

 

 

「粗茶ですが」

「お構いなく」

 

 

 ルーミアは多少緊張しているのか、背筋を伸ばして正座している。

 俺は胡座だ。

 足が痺れでデストロイするからな。

 ぐいっとお茶を飲み干す。

 二番茶だな。

 嘘だ、適当に言ってみただけだ。

 まぁ美味けりゃ何でも良いってのが俺のスタンスだからな。

 幼女がお代わりを持って来ようとするのを手で制する。

 さて、と俺はわざとらしく口火を切った。

 

 

「それで、何から聞きたい?」

 

 

 俺の言葉が意外だったのか、少し目を丸くする幼女。

 

 

「へぇ……どうやら普通の人間とは肝の据わり方が違うみたいだね」

「隣に嫁さんが居るからな。好きな女の前で格好付けたがるのは男の性だ」

「あはは、違いない。じゃあ自己紹介から始めようか? 私は諏訪子、この辺一帯を治めてる祟り神だよ」

「俺は今の所は人間をやってる望月契だ。こっちは俺の嫁で元人喰い妖怪のルーミア」

「初めまして、ルーミアだよ」

「名の聞こえた人喰い妖怪に人間の組み合わせとは珍しい……元?」

「あぁ、布団の中で乳繰り合いながら『約束』させた。もう人は喰わないってな」

「約束ねぇ、果たして効力があるかどうか怪しいとこだけど」

「なに、破ったらもう抱かないつもりだからな」

「初耳なんだけど!?」

「この通り効果は抜群だ」

「……そうみたいね」

「ちょっとケイ、どういう事なの!?」

 

 

 がっくんがっくん、と俺の襟首を掴んで振りたくるルーミア。

 いい感じに脳がシェイクされて気持ち悪い。

 黙らせる為に膝に乗せ頭を撫でてやる。

 

 

「そこは後で説明してやる。今は諏訪子の話を聞こうぜ」

「むぅ……」

 

 

 撫でられて大人しくなる。

 扱いやすくて実に良い。

 へその上に手を置いてやると、気持ちよさそうに微笑む。

 これでしばらくは安泰だな。

 で、何の話だっけか。

 

「それで、契は何故私の村に?」

「あぁ、俺の誇りと矜持が懸かっているとても重要な事が有ってな」

「穏やかじゃないねぇ、一体何さ?」

 

 

 居住まいを正す諏訪子。

 いや、理由は穏やか極まりないんだが。

 

 

「──時に諏訪子。米と味噌、それに白菜や大根、人参といった野菜は有るか? 出来れば鍋も有ると尚良い」

「は? 一応全部有るっちゃ有るけど」

「頼むっ、俺に幾つか譲ってくれ! 兎や鳥の肉や旬の山菜と交換でも良い!」

 

 

 物凄い勢いで諏訪子に頼み込む。

 身体を前に出したもんだから、膝に座るルーミアが「わぷっ」っと可愛らしい悲鳴を上げた。

 怒るかと思ったが俺の胸板に頬を擦り付けてアヘアヘしてる様なので放って置こう。

 対する諏訪子は俺の勢いに圧されて若干腰が引けている。

 

 

「べ、別に構わないけど」

「本当か!? 有り難う諏訪子!」

 

 

 ヒャッホゥ! 

 これで鍋が出来るぜ! 

 上がり切ったテンションのまま、つい諏訪子の手を握って上下にぶんぶん振ってしまった。

 若干体温が高いのか、諏訪子の手は熱を帯びていた。

 

 

「諏訪子の手、あったかいな」

「ふえっ!? あ、ありがと……」

「それに柔らかいし触ってて気持ち良い」

「あ、あーうー……」

 

 

 口をぱくぱくさせながら頬を赤く染める諏訪子。

 おっと、男に触られるのに慣れてないのかもしれない。

 余りぺたぺたしないで置こう。

 握った手を離すと諏訪子は自分の手と俺の手を交互に見つめ、ほぅ、と熱い吐息を吐き出した。

 

 

「──ケイは私のだからね」

 

 

 ぞくり、と背筋を冷たく撫で上げる様な声が部屋に響いた。

 気付けば胸元のルーミアがえらく濁った瞳で諏訪子を睨み付けている。

 諏訪子は諏訪子で、真っ直ぐにルーミアの視線を受け止めている。

 ばちばちばち。

 火花が散る様な音が聞こえてきそうなくらい、激しく水面下の戦いを繰り広げる二人。

 幼女バーサス幼女。

 うぉっ、どっちを応援したらいいんだ!? 

 と、アホな思考を巡らせてみる。

 とは言え幼女同士が争うのは宜しくない。

 俺は釘を刺して置く事にした。

 

 

「喧嘩したら二人とも鍋食わせてやらないぞ」

「ケイっ!?」

「あーうー!?」

 

 

 悲痛な叫びを上げ、二人は大人しくなる。

 いや、それでいいのかお前等。

 まぁいいか、話も纏まった事だし。

 早速諏訪子主催で宴会をやる事にした。

 諏訪子は村人に喧伝と使えそうな人材の確保、俺はメインの鍋の仕込み、ルーミアは俺の手伝い兼精神安定剤。

 村の女性達に時折鍋の極意を伝授しつつ、材料を刻んでいく。

 ん、極意? 

 今回みたいに肉が主役なら鰹節は使ってもいいが魚が主役の時は魚の味を際立たせる為になるべく鰹節を使わない様にするとか、その際は昆布も沈めておくんじゃなく湯にサッと潜らせるだけで充分とか。

 一番重要なのは大勢で食う、って事だけどな。

 一人で鍋とか正月の大学生みたいで寂しいじゃないか。

 彼女作れよ。

 

 

「ケイ、こっち仕込み終わったよ」

 

 

 っと、各方面に喧嘩売ってる場合じゃなかった、俺も仕事せねば。

 軽く塩で下味を付けた鳥の胸肉を串に刺していく。

 そう、皆大好き焼き鳥だ。

 ネギが無いのが残念だが贅沢は言えない。

 手際良く鳥串を並べて行く俺を、村の女性達やルーミアは驚いた様に見ている。

 

 

「ケイ、何で男なのに料理出来るの?」

「べ、別に調理実習で手際良い所見せてモテようと画策して普段から家で練習してた訳じゃ無いぞ!?」

「調理実習?」

「いや、なんでもない。将来結婚したら嫁さんに愛情の篭もった手料理の一つくらい、作ってやりたいじゃないか。いつも有り難う、愛してるよ、って言葉でも添えてな」

 

 

 俺の答えに黄色い声を上げる女性達。

 ふっ、危うく本音が漏れたがカモフラージュは完璧だな。

 嫁さんであるルーミアは女性達に冷やかされて真っ赤になっている。

 頬に手を当ててはぅはぅ言ってる姿がクリティカルだ。

 

 

 ──にしても、案外受け入れられてるな。

 

 

 先程の男達の様に身構えられるかと思っていたが、そこら辺は女性達の方がさっぱりしてるらしい。

 ……色恋沙汰に関して、ルーミアがからかうのにちょうど良いだけかもしれんが。

 その中から何人か、俺に熱い眼差しを向けてくる少女達が居る。

 恋に恋するお年頃、という奴だろう。

 あの年代にルーミアの惚気話は少し刺激が強いのかもな。

 後は……俺の身長か。

 俺の身長は170cmと、現代日本ではそこまで高くもなければ低くもない。

 だがこの古代日本っぽい場所では、チラッと見た限り男の平均身長は152cmとかなり低い。

 やはりというか、身長も低いよりは高い方が良いらしい。

 顔も、まぁ、そこまで悪くは無い。

 そこへ来て気障な台詞を吐いて料理も出来る……あれ、フラグ立てまくってないか俺? 

 ともあれ賑やかな下拵えも終わり、いよいよ楽しい宴会の始まりだ。

 

 

 

 

 

 

「今日は二人の客人を迎えての宴だ、まずは音に聞こえた『元』人喰い妖怪ことルーミア」

 

 

 演台の上で長い袖を振り回す諏訪子が、舌足らずな声で俺達を紹介する。

 名前を呼ばれたルーミアは慌てて立ち上がり、ぺこりと頭を下げる。

 人喰い妖怪と言う肩書きにざわめく人も居れば、元と言う言葉に興味深げな視線を向ける人も居る。

 大丈夫だ、と隣に座るルーミアの頭にぽんと手を乗せる。

 小声で有り難う、と呟いたのが聞こえた。

 

 

「そしてもう一人、ルーミアにもう人を襲わせないと約束させた唯一の男、望月契」

 

 

 ひらひらと手を振って応える。

 諏訪子と、俺に好意的な目を向けている少女達に軽く微笑んでやった。

 と、右脇腹を抓られた。

 

 

「いででっ!?」

 

 

 視線を下げるとむくれ顔のルーミアと目が合った。

 ヤキモチさんめ。

 

 

「今回の鍋はなんと契のお手製だ、皆有り難く頂戴する様に」

「さ、堅っ苦しいのはそれまでにして皆で食おうぜ!」

 

 

 俺の声に歓声が続く。

 皆の手元には丼程の大きさの椀が行き渡っており、中央にはお代わり用の鍋が鎮座している。

 ちなみに焼き鳥は一人三本までだ。

 俺は立ち上がり酒──の代わりに水が並々注がれた湯呑みを片手に乾杯の音頭を取る。

 

 

「今日の良き出逢いと、諏訪子の縞パンニーソに乾杯!」

「「「「「乾杯!」」」」」

「あーうー!?」

 

 

 男連中の野太い声が響き、釣られる様に女性達の乾杯が続き、諏訪子はスカートを押さえる。

 うむ、実に良い反応だ諏訪子。

 男連中だけ先に縞パンニーソの素晴らしさを説いておいたのは正解だったな。

 女性達に知られたら袋叩きにされそうな気もするが、まぁそれはそれで。

 満足げに水を飲み干すと、横からルーミアがじと目で見上げているのに気付く。

 

 

「ん、どうしたルーミア」

「ケイの変態」

「そう言うな、アレは良いモノなんだぞ」

「もうっ、ケイはすぐ他の女の子に目が行くんだから。……私が居るのに」

 

 

 ぼそっと呟いたのを聞き逃さなかった俺はルーミアの腰を持って抱き寄せた。

 きゃん、と可愛い悲鳴を上げるその唇に、俺の唇を重ねる。

 びくっ、と震える顎を右手で掴み固定し舌で唇を割ってやる。

 

 

「ふむぅっ、んっ、んんっ!?」

 

 

 柔らかく熱を帯びた小さな舌を探り当て優しく絡めてやると、少しずつルーミアの力が抜けて行く。

 じゅわっ、と奥からよだれが滲む。

 それを舐め取り、飲み込んだ。

 甘く蠱惑的な香りが鼻へ抜けていく。

 そっと唇を離せば銀の糸がつぅ、と空に垂れ下がった。

 

 

「愛してるよ、ルーミア」

「……きゅぅ」

 

 

 耳元で囁くとルーミアは目を回した。

 二人切りだとえろえろでも衆人環視の中では精神が保たなかったらしい。

 優しく抱き上げ膝に寝かせ、髪の毛を梳いてやる。

 これからもルーミアがヤキモチ妬いたら愛情と云う名の毒でも注ぎ込んでやるか。

 っと、また思考が鬼畜に走ってたな。

 クイッと眼鏡を中指で押し上げる。

 余り鬼畜思考が過ぎると『鬼畜眼鏡』の称号を授かってしまうからな。

 ふと辺りを見渡せば、前屈みになる男連中と顔を真っ赤にしている女性達、それと羨ましそうに指をくわえてルーミアを見る諏訪子。

 男連中は逝って良し。

 俺のルーミアに発情してるんじゃねぇ。

 若干妖しげな空気を纏いつつも、恙無く宴は進む。

 途中で起きたルーミアに焼き鳥を箸で食べさせてやったり、酔った男が円陣組んで大合唱したり、それを嫁さんが殴りつけて大人しくさせたり、少女達が代わる代わる俺にお酌──中身は緑茶だが──をしたり、お返しに採ってきたバライチゴを食べさせてやったら顔を真っ赤にしてたり、諏訪子がいつの間にか俺の左腕に抱き付いていたり、負けじとルーミアが右腕に抱き付いたり。

 東の空が白み始めるまで、宴会は続いた。

 俺を含む数人を残して酔い潰れた結果お開きとなったのは言うまでもない。

 



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宴の後始末。そして諏訪子と模擬戦。

 面倒くせぇ。

 今の胸中を一言で表すならこれ以外無い。

 騒ぐだけ騒いで殆ど寝ちまいやがった。

 一先ず女性達と子供を起こし家に帰らせ、男連中は焚き火の側に纏めて投げ捨てて置く。

 夏だし布でも掛けときゃ凍死しないだろ。

 諏訪子に案内して貰い客間に布団を敷きルーミアを寝かせる。

 なんだかんだで相当呑んでいた様で、若干身体が酒臭い。

 

 

 ──酒臭い幼女って色んな意味でダメな分類に入るな。

 

 

 少なくとも見た目は倫理的にアウトだろ。

 布団を掛けて頭をぽんぽんと優しく叩くとくすぐったそうに身を竦める。

 宴会場に戻り残飯を片付け椀を川で洗う。

 洗剤や下水が無いから垂れ流しで水洗いだが、その分環境には良いのかもしれない。

 天然由来の物しか使ってないしな。

 月明かりに照らされながらごしごしと椀を洗っていると、背中にトンと何かが凭れ掛かってきた。

 

 

「契は不思議だよねぇ、普通祟り神って聞いたら驚いたり怖がったりするのが当たり前なのに」

「どこからどう見ても可愛い幼女にしか見えんからな」

「最初の時だって、私の正体をちゃんと解ってたからあんな言い回ししたんでしょ?」

「ぼんやりな。あの青年が諏訪子様がどうとか喋ってたし、たかが幼女に様付けて、それも本人が居ない所で敬称なんて付けないだろ」

「頭良いねぇ、契は。益々気に入ったよ」

「そりゃどうも。ってか諏訪子、この面倒くせぇ腹の探り合いは止めだ。お前の考えを素直に言ってみろよ、無茶な話じゃなけりゃ付き合ってやるぜ」

 

 

 背中の重みが消えたのを確認して、椀を纏めて持ち上げる。

 台所に先導して貰い椀を片付け、境内裏の広場に出る。

 ここなら多少暴れても平気だろ。

 振り向いた諏訪子は顔から笑みを消し、無表情に言葉を紡ぐ。

 

 

「先日、大和の神から打診が有った。我等の庇護の下、子孫繁栄を夢見ては如何かってね」

「ハッ、そりゃまた随分と尊大な。宣戦布告の前に降伏勧告とは恐れ入る」

「契、私はお前を戦列に加えたい」

 

 

 凛と言い放った諏訪子。

 その目は真っ直ぐに俺だけを映していた。

 本気か、と呆れた様な視線を返す。

 静寂が地に染み入る程の時間を置き、俺は口を開いた。

 

 

「ただの人間、それも部外者を呼び入れた程度でどうにかなる相手か? 更に言うなら、まだ諏訪子は俺の実力も知らない。味方に引き入れるつもりなら最低限そいつが戦力として使えるかどうかも把握しとけよ」

「だからこそ、此処を選んだじゃないか。存分に暴れられるこの場所を」

「なら勝負の取り決めをしようぜ。制限時間は日の出まで、致命傷となる攻撃は避ける事。諏訪子、お前の敗北条件を決めろ」

 

 

 俺の言葉に眉をひそめる諏訪子。

 そりゃそうだ、人間が神に挑みしかも勝利条件ではなく敗北条件を設定する様に求めたのだから。

 

 

「勝つ積もりかい?」

「さてな? まぁ、形式上は勝負なんだ。決めて置いて悪いものでもないだろ」

「……惚れ惚れする程不貞不貞しいね、契は。私の敗北条件は帽子を奪われる事でどうだい?」

「あぁ、それでいい。俺の敗北条件は……そうだな、眼鏡を取ればいい」

「そんな事でいいのかい?」

「気絶すりゃ奪い放題だろ、気にすんな。それと諏訪子、俺は自分の力がどうなってるかまだ正確に把握してない。勝負の前に少し手伝ってくれ」

「それは、まぁ構わないよ」

 

 

 了承を得た俺は数歩下がり、諏訪子を眺めながら準備運動を始める。

 

 

 ──ちゃんと神様やってるじゃないか。

 

 

 村人というか信者というか、皆との距離が近い事に多少疑問を抱いていた。

 俺の勝手なイメージでは神は黙して語らず、信者とも距離を保ち気紛れに加護を与えるものだと思っていた。

 だが、諏訪子は違った。

 村人達と同じ目線に立ち、同じ様に笑い、同じ様に過ごしている。

 崇められてはいるが、それを笠に着るでも無く自然体で人に接する。

 

 

 ──もしかしたら、諏訪子は寂しかったのかもしれんな。

 

 

 あの立ち振る舞いや言動から察するに、諏訪子は村人達を家族の様な存在と捉えているのだろう。

 だが、彼等にしてみれば如何に親しくても神という存在。

 心のどこかで、線を引いていた。

 近いのに届かない、そんな距離だ。

 そこへ現れた俺という神を神と見ず、ただの幼女と扱う人間。

 興味と親しみと好奇心。

 それらが混ざって、俺を側に置いておきたいと考えたんじゃないか、とそんな風に俺は感じた。

 

 

「諏訪子、適当に攻撃してきてくれ」

「ん、了解」

 

 

 短い遣り取りを交わし、諏訪子が右手を前に突き出した。

 何を、と思うより早く指先から光が迸る。

 咄嗟に身を屈めた。

 直後、高速で放たれた拳程の大きさを持った光弾が頭を掠めて飛び、背後の木を打ち倒した。

 ズンと重い響きが大地を揺らすのを足裏に感じ、俺は内心舌を巻いた。

 

 

 ──待て、何だ今のは!? 

 

 

 屈めた体躯を伸ばし、その反動を使い右に大きく飛び退く。

 一拍遅れて、今立っていた場所に光弾が当たり地面を抉った。

 とんでもねぇ威力だ。

 呆れ半分焦り半分、冷静さを失いつつ更に左へ転がる様にして身体を倒す。

 服の裾が光弾に軽く触れ、右後方に強く引っ張られる。

 バランスを崩した所に光弾が飛ぶ。

 やけにゆっくりと迫って来る光弾を眺めながら、俺の脳はフル回転していた。

 

 

 ──今の体勢じゃ避けるのは無理だな。ならどうすればいい? 光弾を打ち払うか……いや、あの威力だ、打ち払うのは腕一本と引き換えになるな。ならいっそ。

 

 

 打ち消す、その言葉に至った瞬間、俺は自身の能力の使い方を理解した。

 想像した事を創造すればいい。

 回りくどいのは無しだ。

 知らぬ間に口の端を吊り上げていた俺は、小さく、しかしハッキリと言葉を紡いだ。

 

 

「無符『この世界にあらず』」

 

 

 音が生まれ、旋律が生まれ、言葉が生まれる。

 俺に干渉しようとした光弾は存在そのものを打ち消され、初めから無かったものとされた。

 上手くいった。

 ニヤリと口を愉悦に歪ませる。

 視線の先、諏訪子は始め後悔と恐怖に似た色を、次に驚愕と疑問に似た色をそれぞれ顔に滲ませた。

 

 

「え、契、今の何!?」

「ようやっと掴んだ能力の片鱗だな。というか諏訪子、最後のに当たってたら俺死んでたんじゃないか?」

「あ、あーうー……ごめんなさい。で、でも契は無事だったんだし、終わり良ければなんとやらだよ!」

 

 

 いや、確かにそうだけどな。

 しかし死にかけてパワーアップや封印開放とか、王道過ぎて涙が出てくる。

 眼鏡を中指で押し上げながら、俺は改めて自身の能力を確認した。

 想像を創造する力。

 イメージがそのまま具現化される様だ。

 試しにもう一つくらい使ってみるか。

 

 

「白符『不死の標』」

 

 

 呟きが空気に溶けると同時、俺の身体に溢れんばかりの活力が湧いて出た。

 消耗した体力を回復するのも面倒だと思ってライフ──生命力の総量を二倍にしてみたんだが、これは少々やり過ぎたかもしれん。

 なんというか、下半身がたぎる。

 生命力増加し過ぎだ。

 ともあれ準備は出来た訳だ。

 俺は諏訪子に向き直り、笑みを張り付けたまま口を開いた。

 

 

「こっちの準備は完了だ、諏訪子も準備は良いか?」

「うん、いつでも」

「なら始めようか、手加減は無しだ」

「契、私が勝ったら契は私の戦列に加わって貰うからね!」

「あぁ、それでいい」

 

 

 言葉が終わると同時、諏訪子の纏っている空気の質が変わる。

 それまでの人懐っこいものから、気圧す様な気概を孕んだものへと。

 突如、多数の光弾が生まれ俺を囲む様に展開する。

 

 

 ──なかなか良いセンスしてるな。

 

 

 冷静に光弾を観察すると画一の動きではない事が解る。

 直接俺を狙うもの、回避方向へ飛び退路を塞ぐもの、それらを意識から逸らす為の目眩ましのもの。

 確かに人間ならこれで充分だ。

 如何に身体能力が高くとも避け切る事は難しい。

 だが俺は不貞不貞しく笑い、諏訪子の間違いを指摘してやる事にした。

 

 

「白符『鎧をまとった上昇』」

 

 

 そう、俺の頭上に光弾は無かったのだ。

 ふわりと空へ舞い上がった俺の足元に、一斉に光弾が着弾する。

 まさか飛び上がるとは思ってもみなかったのか、諏訪子はぽかんと俺を眺めていた。

 その隙を逃さず接敵し、諏訪子の身体をやや強めに抱き締めてやる。

 

 

「んぷっ」

「油断大敵だ、諏訪子。如何なる相手でも自分の枠に収めようとするんじゃない、今みたいに足元を掬われるぞ」

 

 

 特徴的な帽子を取り上げ、頭をくしゃくしゃと撫でてやる。

 

 

「あっ……」

「俺の勝ちだ、諏訪子」

「あーうー、負けたぁ。でも契、一体何をしたの? 光弾を掻き消したり、突然空に飛び上がったり、本当に人間なの?」

「まだ人間だ、……多分な。あれは俺の想像した出来事を現実に創造し直しただけだ」

 

 

 それを聞いて諏訪子は目を丸くする。

 

 

「私が言うのもアレだけどさ、神かなんかみたいな力だねそれって」

「かもな。だが神にはなれない、俺の精神が人間で在る以上人間の枠を超える事は出来ないからな」

「……契、年齢偽ってない? 絶対十八歳じゃないよね、言動といい発想といい」

「失敬な、花も恥じらう十八の男だぞ」

「恥じらうの食虫植物だったりして」

「言うじゃないか諏訪子。お仕置きだな」

「あーうー!?」

 

 

 逃げようと慌てふためく諏訪子の顎を持ち上げ、俺の方を向いた唇を奪ってやった。

 

 

「んんっ!?」

 

 

 軽く触れただけのキス。

 柔らかい感触に満足して諏訪子の身体を離すと、ぽやぁっと惚けた目で俺を見上げる。

 いかん、生命力増加し過ぎだ。

 諏訪子が物凄く魅力的な女性に映る。

 もう一度、今度は優しく抱き締めて、その桜色の唇にキスをする。

 諏訪子も俺に身体を預け、唇の感触を楽しんでいる様だ。

 そっと唇を離せば、切なげな瞳で俺を見上げる。

 

 

「そう言えば俺が勝った時の取り決めを設定してなかったな」

「ふぇ……?」

「諏訪子が勝てば俺を戦列に加える予定だったろ?」

「う、うん」

 

 

 さて、どうするかな。

 勝っても負けても諏訪子の味方をしてやるつもりだったんだが、こうまでアッサリ勝つとは思わなかったからなぁ。

 考え込む俺の思考に下半身が意見を陳情してきた。

 

 

 ──まぁ、軽くフェラくらいして貰おう。

 

 

 自分には素直に。

 俺の認める美点の一つだ。

 ひょいと小さな身体を抱え上げ「あーうー!?」俺は縁側から居間に上がり込み「け、契?」離れの客間へ向かい諏訪子を下ろし「え、あ、あれ?」押し入れから布団を出して敷き「わ、わぁ……っ」諏訪子を布団に寝かせた。

 顔を羞恥に染めて固まる諏訪子。

 その頬に軽く口付けて緊張を解してやり、服を脱がしていく。

 まだ膨らんでもいない平らな胸の上、ぷくっと可愛らしく桜色の乳首があった。

 そっと舌でつついてやると、高い声で鳴いた。

 突然の快楽に戸惑う諏訪子に微笑む。

 

 

「帽子の序でに諏訪子を奪う」

 

 

 あれ、俺最初フェラって言わなかったか。

 思考を下半身に任せるとすぐに暴走するから困る。

 どう誤魔化したもんかと頭を悩ませるより早く、諏訪子が真っ赤な顔で頷いた。

 

 

「うん、私の全部、契になら……ううん、契に奪って欲しいの」

 

 

 あれ、いつフラグ立てた? 

 



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二人の幼女。そして始まる痴話喧嘩。※

 

 

 

「んぁぁっ、いいよっ、契の太くて、大きいっ、はぁん♪」

 

 

 俺の上で腰を振る諏訪子。

 無毛の秘裂で俺の一物をくわえ込み、惚けた様に喘ぐ。

 隙間から溢れ出た愛液は余りの激しさに泡立ち白くなっているが、微かに赤が混じっている。

 散々前戯で焦らした結果、快楽と欲望に耐え切れなくなった諏訪子は俺を押し倒して自ら膣内へと迎え入れた。

 多少の痛みは快感に消し飛ばされたらしく、たった今処女を失ったばかりの幼女はまるで娼婦の様に腰を振っている。

 だが余りに身体のサイズが違う所為か、俺の肉棒はまだ半分ちょっとしか入っていない。

 それでも相当気持ち良いのか、諏訪子はだらしなく悦びの声を上げていた。

 

 

「あぁっ、おちんちん、契のおちんちん凄いよぉっ♪ 気持ち良いとこに擦れて、あはぁん、私おかしくなるぅぅっ、ふぁぁっ、あぁん、やぁっ、初めてなのに気持ち良いよぉ、契のおちんちん気持ち良いよぉぉっ♪」

「諏訪子は淫乱だな」

「いやぁっ、あぁん、言わないでぇ、ふぁぁん、やぁっ、やだぁ、私淫乱じゃないよぅ、んぁっ、んはぁぁっ♪」

「なら腰を止めてみろよ、淫乱じゃないなら我慢出来るだろ?」

「うんっ、んっ、んぁっ、あぁぁぁん、止まらないっ、止まらないよぉっ、おちんちん気持ち良過ぎてぇっ、腰止まらないよぉぉぉっ♪ あぁっ、やだぁっ、腰が勝手に動いちゃうぅ、腰がおちんちん欲しくてへこへこ動いちゃうよぉぉぉっ♪ へこへこ気持ち良いのぉっ、もっとおちんちん欲しいよぉっ♪」

「ならお望み通りくれてやるっ!」

 

 

 前後に腰をカクカクと揺らす諏訪子に合わせて、肉棒を奥深くに抉り込む。

 ぷちゅっぷちゅっ、と愛液が卑猥な音を立てて溢れ出す。

 

 

「はひゃぁぁ♪ それっ、それぇっ、気持ち良いよぉっ、私のつるつるおまんこ、契の大人おちんちんが犯してるぅぅっ♪ ダメぇ、ダメなのぉ、おまんこが気持ち良くて泣いてるよぉっ、契のおちんちんで嬉し泣きしてるのぉぉっ♪」

「本当に淫乱だな、この幼女神は」

「あぁっ、やだぁ、言わないでぇ、淫乱じゃないよぅ、ふぁぁん♪」

「なんで淫乱は嫌なんだ?」

「だってぇ、んぁっ、はぁん、淫乱だったら、あぁん、契に嫌われちゃうよぉっ」

「──どういう事だ?」

「私は、あっ、あぁっ、契が好きなのぉ、契が好きなのにぃ、んぁっ、はぁん、淫乱だったらぁ、ひゃぁん、あぁん、契のおちんちんが好きだって、契のおちんちんだけが好きだって思われちゃうよぉ、んひゃぁぁっ、やぁっ、やなのぉっ、私は本当に契が好きなのにぃ、淫乱だったら、契が私を嫌いになっちゃうよぉっ」

 

 

 目に涙を溜めながら、それでも意思とは関係無く肉体が快楽を貪るのを必死に堪えて告白した諏訪子。

 俺が本当に好きなのに身体目当てだと思われるのが悲しくて辛い、そんな内容だった。

 

 

 ──俺と諏訪子、どっちが馬鹿だ? いや、どっちも馬鹿なんだろうな。

 

 

 身体を起こして諏訪子を強く抱き締める。

 突然の動きに膣内をヒクヒクさせながら惚けた瞳で俺を見上げる。

 その唇に優しくキスをしてやった。

 

 

「諏訪子、俺はお前が好きだ」

「ふぁ、け、契?」

「お前を嫌いになる事なんて無い、絶対に無い。お前を一生愛し続けると『約束』する。だから怖がらなくていいんだ」

「契……っ、契っ!」

「何度でも言おう、俺はお前が好きだ」

「私も……っ、私も契が好きっ、契が大好きだよっ!」

 

 

 諏訪子が強く抱き付いてくる。

 それを受け止め前に倒れ込み、諏訪子を組み伏せる。

 指を絡ませ合い、恋人繋ぎにして離れない様しっかりと握り合う。

 瞳は涙に濡れていたが、満たされた笑みを浮かべた諏訪子。

 俺は少し意地悪な笑みを返して囁いた。

 

 

「ちなみに俺は淫乱な娘は大好きだ」

「…………!」

「だから諏訪子、もっともっと淫乱になっていいんだ。淫乱なお前も俺は受け入れてやる」

「あぁっ、契ぃっ♪」

 

 

 言い終わると同時に腰を突き入れた。

 その顔が悦びに塗れた笑みで固定されたのを満足げに眺め、更に腰の動きを速める。

 ぐちゅっ、ぐちゅっ、と互いの性器が激しく擦れ合い淫猥な音を響かせる。

 

 

「んひゃぁ、契ぃ、私、淫乱になるぅ、もっとえっちになるからぁ、おまんこ、おまんこしてぇっ♪ 契のおちんちんでおまんこしてぇ、私の身体、好きにしていいからぁ、私をもっと好きになってぇっ♪」

「あぁっ、諏訪子っ、好きだ、好きだ好きだ、大好きだっ」

「契ぃ、契ぃっ、好きっ、好きなのぉ、あぁん、あっあっ、あぁっ、はぁん、あっ、んはぁぁっ、ダメぇ、凄いのきちゃう、気持ち良いのきちゃうよぉぉぉっ♪」

 

 

 諏訪子の喘ぎを受け、俺は更に深く腰を落とした。

 ずにゅっ、と亀頭が肉壁を押し退けて諏訪子の一番深い所へと入り込んだ。

 普通なら有り得ない事だ。

 諏訪子の俺に対する想いが成せる技か、それとも神という種族が成した反応か。

 子宮に亀頭を迎え入れた諏訪子は、内臓を圧迫される苦しさと女としての全てを満たされた悦びに絶頂していた。

 

 

「かひゅっ、か、あ、くぁぁっ、あっ、あがぁっ、っああぁぁぁぁあぁぁっ!」

「解るか、諏訪子。今お前の全てを俺が奪ったんだ」

「あくぁっ、あぁっ、契ぃっ、好きぃっ、私の全部、契にあげるぅっ、んぁぁっ、やぁっ、気持ち良くて馬鹿になっちゃうよぉっ、んやぁぁぁっ♪」

 

 

 今の一撃が最後の理性を打ち砕いた様だ。

 諏訪子の瞳には、もう俺以外映らない。

 その事実が俺の加虐心、独占欲、優越感を満たし絶頂へと導く。

 

 

「諏訪子っ、そろそろイクぞ!」

「んやぁ、やだぁ、行っちゃやだぁ、契ぃっ、行かないで、私を置いて行っちゃやだよぅっ」

「……っ、ははっ、違うぞ諏訪子、一番気持ち良くなる事を、イクって言うんだ」

「ふぁっ、あぁっ、なら、私もイクぅ、イクよぉっ、契ぃっ、私イっちゃうよぉぉぉっ♪」

「ぅあぁっ、イクぞ諏訪子っ!」

 

 

 精巣から精液が登り詰め、瀑布の様に諏訪子の子宮に叩き付けられる。

 熱い精液が子宮の壁を叩き染み込んで行く感覚に、諏訪子は全身を震わせた。

 

 

「あぁっ、イクイクイクイクぅぅっ、イクぅぅぅぅっ、あ、あぁぁぁぁぁああぁぁぁっ♪ 熱いよぉっ、お腹溶けるっ、溶けちゃうよぉっ、お腹溶けてイクのぉっ、契に溶かされてイクぅぅぅぅっ♪」

 

 

 出口をカリ首に塞がれ行き場を失った精液が子宮を押し上げ、諏訪子のお腹をぽっこりと膨らませる。

 一発で金玉が空になるんじゃないかと思う程に長く量も多い射精が続く。

 先程まで喘いでいた諏訪子は余りの快楽に脳が耐え切れず、白眼を剥いて舌を出したまま失神していた。

 その小さく赤い舌を吸いながら肉棒を抜くと、ぷしゃぁぁっ、と精液が逆流した。

 

 

 ──おいおい、どれだけ出したんだ俺。

 

 

 自分で呆れかえる程の量が諏訪子の筋から溢れ出す。

 愛液と混ざり合った精液は布団の上だけでは納まらず、畳の上まで流れ落ちた。

 白いスライムに諏訪子が犯された様にも見えるな。

 逆流に因って生まれた快楽に腰を跳ね上げながら、諏訪子は幸せそうに夢を見ていた。

 諏訪子から身体を離し、ふぅと息を吐く。

 

 

「凄まじいな生命力二倍の効果。まだまだやれそうな気がする」

「だったらやってみる?」

 

 

 やや被せ気味に飛んできた声に心臓が飛び出るかと思った。

 錆び付いたロボットよろしく振り返れば、幼い秘裂から愛液を滴らせたルーミアが発情仕切った様子で微笑んでいた。

 首根っこを物凄い力で掴まれ、客間に連行される。

 外はすっかり明るくなっていたが、ルーミアは気にせず搾り取るつもりだ。

 

 

 ──なら、足腰が立たなくなるまでイカせて犯し尽くしてやるか。

 

 

 毒を食らわば皿まで、幼女を食らわば次の日の朝まで。

 妙な格言を胸に、俺は駄目押しのつもりで再度『不死の標』を使った。

 先程よりも更に凶悪な顔付きになる息子。

 乱暴に服を剥ぎ取りつつ、俺はルーミアに覆い被さった。

 

 

 

 

 

 

「うへぇ……こりゃ酷いな」

 

 

 正気に返った俺は着ていたシャツとパンツを洗濯していた。

 汗や愛液や精液で酷い事になっていて、もう七回も水を替えているがまだまだ汚れは染み出てくる。

 すっかり濁って見通せなくなった汚水を裏の下水代わりの川に流し、上流の綺麗な水を別の桶で汲んでくる。

 それを後四回繰り返して、やっと汚れが抜けた頃には両手がふやけ切っていた。

 まぁ、仕方無い。

 庭に服を干して家に戻ると、濃厚な性の臭いが鼻に付く。

 借りた浴衣にまで臭いが移りそうだ。

 ふと玄関先に足を向けると、数人の少女が倒れているのに気付いた。

 慌てて駆け寄ると、彼女達は皆淫らな笑みを浮かべて失神していただけだと解った。

 恐らくこの臭いに中てられたのだろう。

 性に対して何の耐性も無い生娘には相当堪えただろうな。

 淫夢を見せられているのか、時折身体を震わせる少女達。

 流石に床に寝せて置くのは気が引ける。

 一人一人抱きかかえ近くの部屋に寝かせて置いた。

 煎餅布団で悪いな。

 少女達を寝かせて部屋に戻ると、何やら話し声が聞こえてきた。

 

 

 ──もう復活したのか。

 

 

 回復力の高さに舌を巻く。

 流石は妖怪と神様と言った所か。

 呆れ半分感心半分で襖を開けると、白濁液に塗れた幼女二人が歓談していた。

 

 

「あ、ケイ。おはよう」

「おぅ、お前等元気だな。丸一日犯されっ放しだったって云うのに」

「契も大概だよ?」

「違いない」

 

 

 まだ汚れていない端の方に腰を降ろす。

 と、二人からブーイングが飛ぶ。

 

 

「ケイ、こっち来てよぉ」

「契の顔が見たいよぉ」

「そっち行ったら汚れるだろ、せっかく水浴びしたのに」

「また入ればいいよ、ほらぁ、ケイぃ」

「早くはやくぅ」

「わぁーったわぁーった、嫁さん達に従いますよっと」

 

 

 浴衣を畳んで端に寄せ、意を決して二人の居る布団に足を乗せた。

 ねちゃぁっ。

 

 

「……ぅわ」

 

 

 自分で出したものとはいえ、この足裏に伝わる感覚はぞっとしない。

 おまけに特濃でゼリーみたいにぷにぷにしてる分、質が悪い。

 折れそうになる心を叱咤して二人の間に寝転んだ。

 すぐ両腕に二人がしがみつく。

 右にルーミア、左に諏訪子だ。

 どうやら上半身は動くようだが下半身は腰が抜けて動かないらしい。

 ぽっこりと膨らんだお腹を掌で押そうとすると、左右から哀しげな声が上がる。

 

 

「押しちゃやだよぅ、ケイのせーし溢れてきちゃうよぉ」

「精液出しちゃいやぁ、契の赤ちゃん欲しいのぉ」

「お前等、俺をこの年でパパにする気か」

「「パパ?」」

「父親って意味だ」

 

 

 大丈夫だよ、と答えたのはルーミア。

 その表情はどこか寂しげに映った。

 

 

「私はせーしを吸収しちゃうから、孕みたくても……出来ないもん」

「ルーミア……」

「だから、好きなだけ中に出して大丈夫だよっ。ケイの赤ちゃんは産めないけど、その分えっちな事いっぱいしてあげるから」

 

 

 空元気で笑うルーミア。

 俺は右手でその小さな身体を持ち上げ、俺の上に乗せた。

 

 

「わぁっ!?」

「おい、良く聞けルーミア。俺は一度交わした『約束』は必ず守る男だ。だから必ずお前を孕ませて子供にお母さんって呼ばせてやる。ほら、小指出せ」

 

 

 右手を肘から曲げ目の前に持ってきて、ルーミアの小さな小指と俺の小指を強引に絡ませる。

 

 

「指切りって知ってるか? これで『約束』したら何が何でも守らなきゃいけなくなるんだ。ただの『約束』よりも更に凄い『契約』になるんだ、それに俺の名前入りだぜ?」

「『契約』……?」

「あぁ、そうだ。俺はルーミアを嫁に迎え、母にするとここに『契約』する」

 

 

 ルーミアの瞳が徐々に潤む。

 ぽたりと熱い水滴が俺の胸に落ち、小指がしっかりと握られる。

 

 

「……うんっ、私も『契約』するよ。必ずケイの赤ちゃんを孕んで立派に育て上げる!」

「よし、これで『契約』は成立だ」

 

 

 解いた小指で涙を拭ってやると、ルーミアは最高の笑顔を見せてくれた。

 と、左脇腹をつんつんとつつかれる。

 

 

「契、私の事も忘れないでね?」

「忘れないって、諏訪子も俺の大切な嫁さんだからな」

「……えへへ、契、好き好きっ♪」

 

 

 肩に頬擦りする諏訪子。

 両手に幼女とは正にこの事。

 するとルーミアが頬を膨らませた。

 

 

「私の方がケイを好きだもん」

「私の方が契を好きだよっ」

「私はケイを愛してるもん、ケイの一番は私なのっ」

「契は私の一番だよ、つまり一番愛してるのも私」

「うぅ~っ」

「あーうー」

 

 

 よく解らない喧嘩を始める二人。

 仲が良いのか悪いのか。

 ともあれ、俺は二人のおでこにチョップをくれてやった。

 ビシッと良い音が鳴る。

 

 

「うぁっ!?」

「あーうー!?」

「二人共止めろ。次喧嘩したらえっちお預けにするぞ」

「「そ、そんな殺生な!?」」

 

 

 息がぴったりなルーミアと諏訪子。

 やっぱり仲良いな。

 大人しくなった二人を抱き締め、ゆっくり瞼を閉じる。

 流石に疲れた。

 次起きたらまた襲われてそうだな、とぼんやり思いながら俺は夢の世界へと旅立って行った。

 



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能力の理解。そして始まるMTG講座。

 諏訪子様が嫁入りされたらしい。

 そんな噂というか事実が村中に広まった頃、漸く俺は解放された。

 ん、何からかって? 

 可愛い嫁さん二人の膣内からさ。

 俺にのしかかって腰を振り愛を囁いて中出ししたら満足して交代する、それを延々と一週間やられた。

 幾ら気絶させても回復力と愛欲に物を言わせてすぐに復活してくるのはゾンビ映画を彷彿とさせたな。

 風呂を沸かして三人で入り湯船を精液と愛液で汚して、なんとか身体を綺麗にした。

 そして久方振りの夕食を楽しんでいる時、諏訪子が何の気なしに言い出した。

 

 

「ねぇ、契。お願いがあるんだけど」

「ん、何だ?」

 

 

 鮎の塩焼きを堪能していた俺は箸を止めて諏訪子に顔を向ける。

 いつもの服とは違って今日は浴衣姿だ。

 白地に紫陽花の刺繍が美しい。

 ちなみに俺もルーミアも同じ浴衣を着ている。

 二人の金髪にこの浴衣は良く似合う。

 そのままガラスケースに入れて保存しておきたいくらいだ。

 

 

「大和との戦いの時に私の側に契が居てくれたら、多分いつもより力が出せると思うんだ。だから、一緒に居て欲しいなぁ、って……ダメかな?」

 

 

 くりくりとした目で伺う様に見上げる。

 その仕草にキュンときたのは秘密だ。

 ともあれ、俺は諏訪子の言葉を受けて記憶をひっくり返していた。

 

 

 ──あ、言ってなかったか。

 

 

 幼い身体を淫乱に調教するのにかまけて、その辺りの話を一切口にしていなかった事に気付く。

 

 

「悪い、諏訪子。すっかり言い忘れてたんだが、諏訪子の戦列に加わるつもりだったんだわ」

 

 

 最初の一言で絶望を、全てを聞いて疑問を、意味を理解して驚愕を顔に浮かべる。

 面白いな諏訪子。

 

 

「え、な、え!?」

「落ち着け諏訪子。無駄に口開いてるとチンポぶち込むぞ」

「ふぇ!? あ……んぁ」

 

 

 何を思ったのか軽く頬を染めて目を瞑り、口を開けて俺に向き直る。

 調教し過ぎて良い感じに愛奴隷になってきたな。

 とはいえ今は飯時だ。

 流石に食ザーの趣味は無い俺は鯛の刺身に少量の山葵を乗せ諏訪子の口に入れてやる。

 刺身をもぐもぐ、山葵でつーん。

 そんな感じの反応を見せる諏訪子に満足し微笑んでいると、隣のルーミアも目を瞑り口を開く。

 同じ様に刺身を箸で掴み食べさせてやる。

 

 

「あーん」

「あーん……ぱく」

 

 

 もぐもぐ、つーん。

 なんだこいつら、俺を萌え死にさせるつもりか。

 ん、何故山葵を塊で食べさせないかって? 

 俺はそこまで鬼畜じゃない。

 ましてや鯛の刺身だぜ? 

 一介の高校生じゃ食う機会なんて殆ど無い鯛の刺身を、諏訪子が俺の為に──取ってきたのは村人だが──用意してくれたんだ。

 そんな諏訪子を虐める事は出来ない。

 食い物に関しては誠実だぜ、俺は。

 

 

「まぁ、勝っても負けても協力するつもりだったからな」

「そうだったの?」

「可愛い幼女の頼みじゃないか、出来るだけ叶えるのが俺の信念だ。それが嫁さんなら尚更だ」

 

 

 豆腐とさやえんどうの味噌汁をすする。

 美味い。

 日本人に生まれて良かった。

 牛や豚が無いくらいで、殆ど食生活に変わりが無いのは僥倖だった。

 毎日パンとか泣ける。

 日本人なら米だろ、遺伝子的に考えて。

 

 

「既に幾つか作戦やその後の対策も考えて置いた」

「もう!?」

「どうだ諏訪子、お前の旦那は頼もしいだろ。惚れ直したか?」

「うん、契格好良いよぉ……♪」

 

 

 キラキラと恋する乙女モードな目を向ける諏訪子。

 隣ではルーミアが当然、と胸を張っているが膨らみは無い。

 だが、それが良い。

 おっと、余り妄想が過ぎるとまた息子が反抗期を迎えるからな。

 

 

「諏訪子、彼我の戦力差は?」

「私達が一なら向こうは二百かそれ以上って所かな」

「俺達の兵の練度は?」

「皆普段は鍬や鋤を持ってるからねぇ」

「なら取るべき策は決まりだな」

 

 

 俺は沢庵を一つ掴みご飯に乗せ掻き込む様に口へ運ぶ。

 咀嚼するとポリポリとした歯応えとちょうど良い塩梅が舌を楽しませる。

 味噌汁をすすり、纏めて飲み込む。

 うめぇ、ちょーうめぇ。

 緑茶を飲んで一息吐いた俺は、じっと期待する様に見つめる諏訪子に解答を教えてやった。

 

 

 

 

「──この戦いには素直に負けろ」

 

 

 

 

 ……まぁ、そういう反応になるわな。

 箸を取り落としそうになったのを左手でキャッチ、諏訪子用の蛙の箸置きに乗せる。

 時間を取り戻した諏訪子は慌てた様子で俺に食って掛かる。

 

 

「いやっ、契っ、なんで!?」

「落ち着きなよケロ子、ケイは放り投げたり諦めたりして言ってる訳じゃ無いんだから」

 

 

 意外にも諏訪子を押し留めたのはルーミアだった。

 竿姉妹となった二人はいつの間にかお互いをケロ子、ルー子と呼び合っていた。

 ルー子は良いにしてもケロ子とは、また珍妙な呼び名を。

 ともあれ、ルーミアの言葉に腰を降ろした諏訪子は改めて俺に問うた。

 

 

「な、なんで負けなきゃいけないの? 負けたら皆殺されちゃうんだよ?」

「焦るな諏訪子、お前が納得出来る様に簡単な所から説明してやる。先に結論から言えば、民は殺されない」

「え、な、なんで? 普通戦になったら沢山の人が死ぬよ?」

「普通の戦ならな。よく思い出すんだ諏訪子、今回戦を仕掛けてくるのは大和という国か、大和に住む人か、それとも大和を治める神か」

「それは……大和の神?」

「正解だ、諏訪子」

 

 

 ご褒美と緊張を解す意味を兼ねて頭をくしゃくしゃと撫でてやる。

 落ち着いたのか安心した様に惚けた笑みを浮かべる諏訪子。

 ちなみに喋る度に名前を呼ぶのは、ちょっとした印象操作だ。

 何度も名前を呼ぶ事で、呼ばれた相手は自分に話し掛けていると深く自覚し、同時に話し相手が自分の事を考えてくれている、と無意識下に刷り込ませる事が出来る。

 そうなれば相手の話を理解しようと努力するし、相手に対して好感も持つ。

 話を自分のペースで進めたい時には重宝するテクニックだ。

 ……悪用するなよ? 

 

 

「国が戦を仕掛けるのは自らの力を誇示したい時、人が戦を仕掛けるのは相手の物を奪う時。さて、諏訪子に問題だ。神が戦を仕掛けるのはどんな時だと思う?」

 

 

 えっとえっと、と可愛らしく首を傾げて考え込む諏訪子。

 思わず抱き寄せてキスしたくなったが、そこは我慢だ。

 後で存分に犯す、だから我慢だ息子よ。

 

 

「ヒントは要るか?」

「ヒント?」

「思考の手掛かり、って意味だ」

「うーん……欲しいかも」

「諏訪子、お前の力の源は何だ? お前だけじゃない、神がその力を維持するのに必要になるものは、何だ?」

 

 

 ぱっと弾かれた様に顔を上げる。

 どうやら答えに辿り着いたみたいだ。

 

 

「それは……信仰、だと思う」

「正解だ、諏訪子」

 

 

 また頭をくしゃくしゃ撫でる。

 隣から羨ましそうな視線を感じ、序でにルーミアの頭も撫でてやった。

 幸せそうに、むふー、と息を吐く二人。

 なでなで、むふー。

 なでなでなでなで、むふふーん。

 ……ハッ!? 

 落ち着け俺、これは巧妙なトラップだ! 

 手を離すと少し寂しげな顔をする二人。

 こいつら解っててやってないだろうな? 

 

 

「まぁ、そういう事だ。恐らく大和の神は更なる信仰を求めて他神の土地を掌握し、その土地に住む民の信心を集め力を付けようと画策したんだろう。なら、民に与える危害は最小限にしようとするハズだ」

「でも、どうやって損害を小さくしつつ負けるの?」

「簡単な事だ、一騎打ちで決めればいい」

 

 

 民を率いて戦えば、民に被害が及ぶ。

 なら最初から一騎打ちにすれば被害は最小限に抑える事も容易い。

 勝ちも狙えない事は無いが、相手がその後あっさり退くとは限らない。

 そもそも、相手が乗って来ない事には成立しない。

 そこが気になったのだろう、諏訪子も問いを重ねてきた。

 

 

「でも相手が受けるか解らないよ?」

「そこは簡単だ、相手を挑発すればいい。相手は俺達を格下と考えているだろうから、一騎打ちを申し込まれれば受けざるを得ない状況に持ち込めば良い。最悪、俺が一騎打ちを申し込めば否応無しに受けるしか無い。一介の人間を怖れて神が尻尾を巻いて逃げだそうと云うのか、とでも言えばいいだろう」

「も、もしそれで契が死んじゃったらどうするのさ!?」

「大丈夫だろ、死ぬ要素が一つも無い」

 

 

 自信満々に言い放った俺に、あくまで諏訪子は心配顔だ。

 なら、と俺は諏訪子の小指に自分の小指を絡める。

 

 

「『契約』するか?」

「……ううん、私は契を信じるよ。それにあんまり『契約』してたら、雁字搦めになっちゃうよ?」

「違いない」

 

 

 指を絡めたまま諏訪子を抱き寄せ、左膝に乗せる。

 勿論、右膝にはルーミアも乗せる。

 

 

「こんなに可愛い嫁さん二人を残して死ぬハズが無いだろ。というか俺の能力だと多分死んでも生き返るし、そもそも死なない身体にする事も出来ると思うぞ」

「ケイ凄いよね、私達より人外だよ」

「失礼な事を言うのはこの口か?」

「んっ、はむっ、れろれろ……ちゅっ♪」

 

 

 ルーミアの口を手で抑えたら指を美味しそうにしゃぶり始めた。

 いやらしい幼女め。

 

 

「いいなぁ、ルー子」

「変態幼女二人は流石の俺でも持て余すかもしれん。だから諏訪子、お前は普通でいろ」

「あーうー」

「後でご褒美やるから。今は飴玉でも舐めておけ、ほら」

「了解です隊長!」

 

 

 可愛くぴしっと敬礼する諏訪子。

 しかしその視線は俺が取り出したパイン飴に釘付けだ。

 解りやすくていいな。

 小さな手に渡すと早速包み紙を破いて飴玉を口に放り込む。

 飴玉でご機嫌になる神様って何だろうな。

 嬉しそうに目を細めながら、諏訪子は口を開いた。

 

 

「じゃあ全部契に任せるね」

「待て、何故そうなる」

「だって頭いいし策も持ってるし私より強いし、何より私の夫でご主人様でしょ? 面倒見るのは当然だよ」

 

 

 楽しそうに笑う諏訪子。

 いや、お前もちょっとは考えろ。

 てかご主人様って何だ。

 色々と突っ込みたくなったが諏訪子の笑顔を見ていると、まぁそれも良いかと思えてきた。

 諏訪子は少し頬を赤く染めて、上目遣いで呟いた。

 

 

「だからいっぱい面倒見て、ちゃんと私の事を飼ってね、ご主人様」

「……よし諏訪子、尻を向けろ。淫乱な雌蛙を調教してやる」

「はぅぅっ♪」

 

 

 俺にだって我慢の限界は有るんだ。

 この淫乱雌蛙にそれを叩き込んでやる。

 黄色い悲鳴を上げて諏訪子が抱き付き、横からルーミアがキスをねだってきた。

 幼女二人の浴衣を乱暴に剥ぎ取り、俺は欲望をぶちまけた。

 

 

 

 

 

 

「しっかしどうすっかなぁ……攻撃系のカード、何が有ったか殆ど覚えて無いな」

 

 

 時間は過ぎて深夜、俺は一人縁側に腰掛け頭を悩ませていた。

 諏訪子とルーミアは仲良く気絶中だ。

 また洗濯物が増えたがあれは二人にやらせよう、俺は主夫じゃねぇんだ。

 まぁ、夕食の片付けも終え卓上もピカピカに磨いた後に言う台詞でもないか。

 というか今、俺が悩んでいるのはその事じゃない。

 俺の使える能力についてだ。

 あの時咄嗟に思い浮かんだのが、この世界に来る前にハマっていたカードゲーム「マジック・ザ・ギャザリング」こと通称ギャザ若しくはMTGのカード名だった。

 俺の能力が想像を創造するものなら、それに限らずホイミやメテオ、グランツやスナップドラゴンだって使えるハズだ。

 

 

「出ねぇもんなぁ、メラとかギラとか」

 

 

 試したのだが、結果は失敗。

 多分最初に使った時に、自分の中で能力の使い方がイメージで固定されてしまったのが原因だろう。

 現にMTGのカード名を冠した技は使用可能だ。

 

 

「白符『疲弊の休息』」

 

 

 呟きが空に溶けると同時、射精後の気だるさが消え清々しい気分になる。

 すっきりとした頭に、また別の悩みが浮かんでくる。

 この能力にも、幾つか制約がある。

 まずクリーチャースペルは使えなかった。

 ゴブリンや騎士、果てはドラゴンや構築物まで召還出来るクリーチャースペルだが全く反応が無い。

 基本的にクリーチャーで殴りつけ相手のライフをゼロにするゲームなだけに、少々落胆も大きかった。

 ドラゴンとか天使とか召還したかったな。

 更に試行錯誤を重ねて行く内、能力で扱える種類も解った。

 一度切りしか使えない、ソーサリーとインスタント。

 そして場に出て永続的に効果を発揮するエンチャント。

 これら三つの種類のスペルが能力で使用出来る。

 

 

「それは良いとしても、名前で弾かれるってのは謎だな」

 

 

 MTGの世界特有の固有名詞を持ったカードは使えなかった。

 まぁこの世界の法則やらなんかとの兼ね合いでも有るんだろう、よく解らんがそこは放置。

 一番謎だったのは単語がカード名になっているスペル、或いは同等に短い名前のスペルを使えなかった事だ。

 その事が俺に先程の台詞を吐かせていた。

 身体能力が強化されたとして、ただの高校生に戦いの動きが出来る訳がない。

 精々、腰の引けたパンチと威力の乗らないキック、見るも無様なタックルくらいだ。

 そこで俺は直接相手にダメージを与える、所謂『火力呪文』というスペルに目を付けた。

 付けたんだが。

 

 

「なんで火力は名前が短いんだよ!」

 

 

 ショック、稲妻、火の玉、火葬等々。

 メジャー所の火力は端的に表した名前が非常に多かった。

 どういう理屈かは解らないが、体感で平仮名と片仮名が六文字以下、漢字交じりは三文字以下の表記がされているカードは弾かれている気がする。

 ん、英語で言えばいいって? 

 馬鹿言うな、英語に限っては常に平均点を越えた事が無い俺に英語が解るハズ無いだろ! 

 ……いや、馬鹿は俺か。

 更に都合の悪い事に、火力と言われるスペルは主に赤、それと僅かに黒が有するだけだ。

 MTGは白、青、黒、赤、緑の五色、それに色を持たない無色の六つで構成されている。

 それぞれに役割が分け与えられていて、火力を司る色が赤という訳だ。

 黒はダメージじゃなくライフを失わせる効果が主だから、変則的に火力として扱う事も出来る。

 ここで遂に本題。

 俺が使っていた色は……白だ。

 白はライフ回復やダメージ軽減に特化している、火力とは真逆の方向性を持った色だ。

 小型のクリーチャーで序盤を制し、中盤をライフ回復やダメージ軽減で耐え凌ぎ、後半は強大な天使や鳥といった飛行クリーチャーで制圧する。

 有る意味王道RPGの様なプレイスタイルが可能な色だ。

 そして俺が使っていたのは白のみで構成されたデッキ、白単と呼ばれるものだ。

 勿論火力なんかありゃしない。

 

 

「──くそっ! 壁デッキなんか作って無いでバーン作れば良かった!」

 

 

 後悔の叫びが虚しく月に吸い込まれる。

 何を考えていたのか、俺がハマったのは壁というクリーチャーだった。

 デッキ全てを火力にしたバーンや小型クリーチャーで短期決戦に持ち込むウィニー等のタイプのデッキには目もくれず、俺はただ堅いだけで自分から攻撃も出来ない一時凌ぎクリーチャーである壁にロマンを感じていた。

 改良に改良を重ね、時々改悪や魔改造を施し、遂に完成した壁デッキ。

 回復で跳ね上げたライフが、ある値を越えれば勝利する。

 そんな謎のロマンを作り上げたのだ。

 まぁ、そのお蔭で諏訪子の光弾を防ぎ、疲れを癒やす事は出来たのだが。

 ちなみに光弾を打ち消した『この世界にあらず』は無色のスペルだ。

 一時期パワーとタフネスを三十越えの壁を作ろうとした時の遺物だ。

 まぁ、それは置いといて。

 

 

「どうすりゃいいんだよ……」

 

 

 すっかり冷めてしまった緑茶で乾いた喉を潤し、頭を抱える。

 ルーミアや諏訪子の手前啖呵を切ってみたが、戦そのものの勝算が全く見えてこない。

 能力のお蔭で、一騎打ちにしろ大多数による包囲戦にしろ負ける事はまず無い。

 が、相手の意識に勝つ手段が無いのだ。

 当初の予定通りに事が進んでも、ある条件を満たさない限り理想には近付かない。

 

 

「相手よりも圧倒的な強さを見せ付け、その後態と降参して交渉を有利に進める。そんな所かしら?」

 

 

 背後から届いた声に持っていた湯呑みを危うく落としそうになる。

 振り返れば、浴衣を着崩した大人ルーミアが立っていた。

 浴衣の合間から右の乳を露出させ、ぴったりと閉じた恥丘からはどろりと精子を滴らせている。

 酷く淫猥な姿に普段の俺なら襲い掛かっている所だが、掛けられた言葉に俺は動きを止めていた。

 蠱惑的な笑みを浮かべ、俺の背中にそっと抱き付く。

 

 

「封印はどうした?」

「ケロ子が寝ぼけて取っちゃったわよ」

「後でお仕置きだな……こら、いいなぁって顔するんじゃない」

「だってケイ、なんだかんだでいっぱい愛してくれるもの。体も心も、ね」

 

 

 嬉しそうに俺の頬にキスをする。

 やれやれ、と溜め息を吐いた俺はルーミアの指を握る。

 真面目な話をする、という合図だ。

 

 

「何故、気付いた? 俺が悩んでいると」

「ケイからいっぱい精子を貰ったから、その分頭も冴えるわよ。大体の話を聞いて充分な情報は揃ってたし、ケイの性格や嗜好を辿ればすぐに解るわ。それに、夫の考えを理解出来るのは良妻の証じゃない?」

「……解り過ぎは離婚の原因だぞ」

「大丈夫よ。何が有ってもケイを信じてるから」

「狡い答えだ」

 

 

 とん、とルーミアの顎が俺の右肩に乗る。

 甘く淫靡な匂いを孕んだ息が頬に当たってくすぐったい。

 ルーミアの鼓動を肌で感じながら、俺は諦めとも付かぬ泣き言を口にした。

 

 

「知っての通り防御面は完璧だ。だが攻撃手段が見当たらない。如何に相手の攻撃を防いだとして、防ぐだけじゃ意識的に相手より優位には立てない。精神的に相手より優位に立つ事が、一騎打ちを申し込む理由だからな」

「あの打ち消しで動揺を誘い、そこへ強烈な一撃を加える。相手は慎重に戦いを進めようとするから、その間はひたすら防御に徹する。焦れた相手が防御を捨てて攻撃した所へ痛烈な一撃を叩き込む。散々攻撃を重ねて相手が負けを意識した所でやる気無さそうに降参、すかさず戦後処理についての取り決めを行う。……ケイが目指したのはこんな感じ?」

「流石は俺の本妻だな、考えてる事全部言いやがった」

「ふふっ、褒めてもいいわよ?」

「馬鹿、イヤミだよ。……強烈な一撃か、どうするかな」

 

 

 再び思考がそこへ戻ってきた。

 無限ループって怖くね? 

 

 

「そもそも何で攻撃手段が無いの?」

「ん、あぁ、俺の能力には色々制約が有ってな。元の世界に有ったスペルしか使えないんだ」

「スペルって?」

「呪文って意味だ。俺の知ってるスペルは殆どが防御系でなぁ、普段は手下を呼び出してタコ殴りにしてたんだが、手下を呼び出すスペルは使えないんだ」

「……色々と面倒な能力ね」

「言うな、何も無いよりはマシだ」

「まぁまぁ、飴玉でも舐めて一緒に考えましょう? 甘い物は頭に良いわよ」

 

 

 そう言ってルーミアはみかん味の飴玉をどこからか取り出した。

 こいつ俺のズボンからくすねて来たな。

 ルーミアは包み紙を破って口に放り込むとそのまま俺の唇に吸い付いてきた。

 飴玉と一緒に、甘くとろけた唾液が流れ込んでくる。

 自分から飴玉を渡してきた癖に、舌を伸ばして飴玉を舐め上げる。

 俺は意地悪してやろうと思い、舌の裏に飴玉を隠した。

 飴玉を探して、ルーミアの舌が動き回る。

 初めは舌の上。

 優しくつんつんと舌先が触れる。

 次は左右の歯茎。

 ねっとりと歯の裏まで舐め上げられる。

 最後に舌の裏で飴玉を探し当て、ルーミアは嬉しそうに俺の舌を吸った。

 互いの唾液と溶けた飴玉が混ざり合い、甘く脳髄が痺れる媚薬が完成する。

 俺はルーミアの身体を持ち上げ、膝の上に乗せる。

 ルーミアは対面座位がお気に入りらしく、雛鳥の様に何度も何度も、俺の唇を啄む。

 愛液と精液を垂れ流す秘裂を肉棒に擦り付け、いやらしく腰を振っておねだりを始めた。

 

 

「こらこら、攻撃手段を考えてくれるんじゃないのか?」

「ちゅっ、んっ、だってぇ、旦那様のこんなに素敵なおちんちんを前に、我慢なんて出来ないわよ、んっ、ちゅるっ」

「いやらしい嫁さんだな」

「ケイの所為よぉ、んちゅっ、私の身体を淫らに調教した責任、取ってね?」

 

 

 キスだけで洪水の様に愛液を漏らす。

 縁側の下、既に水溜まりが出来ていた。

 秘裂に亀頭を押し当て、ルーミアの子宮に狙いを定める。

 

 

「じゃあ『約束』だ、一回抱いたらちゃんと一緒に考えてる事」

「十七回」

「いや、ヤり過ぎたろ」

「十五回」

「ダメだ、そんなにやってたら諏訪子まで参戦してくるだろ」

「仕方無いわね……十回」

「何故に上から目線!?」

「うぅ、解ったわよぉ、一回で我慢する」

「よしよし、良い子だルーミア。……ご褒美に五回は中出ししてやる」

 

 

 なんだかんだで俺も甘かった。

 きゃぁん、と悦びの悲鳴を上げるルーミアの膣内に、俺は荒々しく肉棒を挿入した。

 



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閑話――人、それを出歯亀と言う。※

 

 

 

 ──退屈。

 

 

 それが私の心境を表すのに最も適していた言葉だった。

 研究室と自宅を往復し、週に一度教え子の家で家庭教師を勤める、そんな毎日。

 新しい刺激も無く変わり映えしない毎日。

 研究室からの帰り道、私は偶々立ち寄った質屋で望遠鏡を買った。

 初めはただの思い付きだった。

 これまでもそうだった様に、すぐに飽きる暇潰しの一環。

 それでもぼんやりと日々を過ごすよりは良いかと、私は地上を観察し始めた。

 何気なく覗き込んだ望遠鏡の先、一組のカップルが映っている。

 金の髪の幼女を組み伏せる、若い男。

 ロリコンか、と呆れと侮蔑を含んだ視線を向けていると、二人は体位を変えた。

 幼女が男に跨がり腰を振る、騎乗位。

 月明かりに男の顔が照らし出された瞬間、私は脳の神経が焼き切れる程の衝撃を受けた。

 眼鏡を掛けた、二十歳手前の男。

 取り立てて美形という訳でも無いのに、彼の容姿は私の心を掴んで離さない。

 特に私が惹き付けられたのは、仄暗い黒を宿した瞳。

 彼が腰を振る度に、幼女は潮を噴きながらはしたなく絶頂する。

 倒錯的な光景に私の身体はすっかり中てられ、雌の匂いを放ち始めていた。

 

 

 ──なんで、こんなっ。

 

 

 排泄の為以外に使われる事の無かった女性器がヒクヒクといやらしく動き、猥雑な涎を垂らし始めていた。

 むず痒い様な、もどかしい様な。

 今まで感じた事の無い疼きが身体を苛んでいた。

 望遠鏡を覗き込んでいた私の右手が知らず知らずの内に股間へ伸びる。

 くちゅり。

 スカートの上からでも確かに聞こえた水音に、私は驚きを隠せなかった。

 

 

 ──濡れてる……? 

 

 

 気付けば下着をぐっしょりと濡らして、彼と幼女の痴態を眺めていた。

 幼女の身体が一際大きく跳ね、臍の下辺りがぽっこりと淫らに膨らみ始める。

 彼が男根を抜くと、ぶびゅる、といった風に幼女の膣から大量の精液が溢れ出た。

 精液が流れ出るに従い、幼女のお腹も萎んでいく。

 私はその精液の量と濃さ、それと彼の凶悪な肉棒に意識を奪われていた。

 

 

 ──嘘、あんなに大きなのが幼女の中に入っていたの!? 

 

 

 医学書に載っていたイラストとはまるで違う男根。

 充血し太く膨れ上がり、月光に照らされぬらぬらと妖しい光を放っている。

 目測でも二十cmを数える長さがあり、幼子の手首の様に太い。

 それを愛おしげに舐める幼女。

 舌が先端に触れる度、びくんと跳ね上がる男根。

 思わず生唾を飲み込んだ。

 再び股間に伸びた指が、今度はスカートの中へ進む。

 

 

 ──駄目よ、こんな、いやらしい……っ。

 

 

 自分の思いとは裏腹に指は下着の上から割れ目を探り当てる。

 指先がなぞり上げた瞬間、私の身体に電撃が走る。

 

 

「ひぐぅっ!?」

 

 

 余りに強い快楽。

 生まれて初めての自慰に私は感動した。

 気持ち良い。

 こんなに気持ち良い事があったのか。

 彼を眺めながら秘所を弄る。

 ただそれだけの事が、何物にも代え難い素晴らしい事に思えた。

 貪欲な指先は下着を下ろして、直に秘所を弄る。

 

 

「っぁ、んっ、んくっ」

 

 

 声が漏れそうになるのを必死に堪え、迫り来る快感の波に身を委ねる。

 くちゅりくちゅり、と淫らな水音が部屋中に響く。

 不意に指先がクリトリスに触れる。

 

 

「──っぎぃ、あ、っあ!」

 

 

 想像を遥かに超えた快感が身体を貫き、私の身体が大きく跳ねる。

 初めて迎えた絶頂に全身の力が抜け、その場に座り込んだ。

 秘所からはチョロチョロと尿が漏れる。

 それさえも快感になり、私は暫くの間絶頂の余韻に酔いしれていた。

 

 

 

 

 それから毎日、私は望遠鏡で彼の姿を眺めながら自慰をする事に耽っていた。

 研究室から真っ直ぐ帰り、朝が来るまで絶頂を繰り返す。

 だが、私の身体は段々指では物足りなく感じる様になった。

 目に映るのは彼の逞しい男根。

 あれで私を貫いて、嘔吐するまで激しく打ち付け、子宮が破裂するまで中出しして欲しい。

 

 

「んぁっ、あっ、ふぁぁっ、あはぁ」

 

 

 もう声も抑えられない。

 いつの間にか私の秘所は指を三本もくわえ込む卑猥な口となっていた。

 地上では幼女がもう一人増え、未熟な彼女達の中へ彼は何度も精液を流し込む。

 まるでゼリーの様に濃厚な精液が滴り落ち床一面を白く染めていた。

 

 

 ──欲しい。私も彼に抱いて欲しい。

 

 

 彼女達は彼に激しく貫かれ、女としての悦びをその幼い顔に浮かべている。

 余程彼に愛されているのだろう、見ているだけで嫉妬や羨望といった感情が心の底から上がってくる。

 名前も知らない彼に、いつしか私は恋をしていた。

 それも、肉欲から始まる恋を。

 私は彼の子を孕む為に産まれてきたに違いない、そう勘違いする程に恋い焦がれていた。

 早く彼に抱いて欲しい。

 早く彼と心まで溶け合いたい。

 早く彼の子を孕みたい。

 恋は盲目と言うが、恋は麻薬と言った方が正しいかもしれない。

 最初にその言葉を考えた人は本当の恋を味わった事が無いのだろう。

 彼を想うだけで脳が痺れ、彼を見ていない時は心が安定を失い、彼を手に入れようと狂乱に陥る。

 これが麻薬で無いなら何だと言うのか。

 

 

「ふぁっ、あっあっ、あぁっ、はぁん」

 

 

 片手では追い付かず右手で秘所を弄り左手で乳首をこねる。

 これが彼の手だったら。

 そう考えただけで脊髄を駆け上がる快楽が倍増され、止め処なく愛液が噴き出る。

 何度目かの絶頂に身体を震わせ、虚ろな瞳で彼を見つめる。

 月明かりに照らされた彼の横顔が愛しい。

 行為に没頭する私は、もう彼以外の事は何も考えられなくなっていた。

 

 

 

 

 そして──それは起こった。

 この日も素早く帰り支度を終えそそくさと研究室を後にした私と入れ違いに、偶々近くまで来た教え子が私の研究室を訪れた。

 せっかく遊びに来たのに私は居らず、暇を持て余した教え子は机の上に置かれた小瓶を見つけた。

 喉が渇いていた教え子は何の警戒もせずにそれを飲み下す。

 元々人体に悪影響を与える物は厳重に保管し、遊び心で作った栄養剤やビタミン剤は机に置いておく私の癖を知っていた教え子。

 この時も新しいジュースか何かだと思ったに違いない。

 だがそれは、余りに惚けていた私がしまい忘れた禁忌の秘薬。

 何の躊躇いも無くそれを飲み干した教え子は穢れた存在として放逐される事になる。

 教え子が放逐された場所は、地上。

 私が焦がれながらも辿り着けなかった、彼の住む地上。

 私も禁忌の秘薬の管理責任を問われ、研究室に軟禁状態となった。

 教え子と、彼との擬似的な情事を取り上げられた私は暫くの間抜け殻の様な有り様だったと、人は言う。

 



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大和の神々。そして戦闘準備。

 三日後。

 俺は大和の指定した地である平原に来ていた。

 勿論ルーミアと諏訪子も一緒だ。

 今回は戦ではなく、顔を合わせての降伏勧告の様なものだ。

 この機会を逃せば後は戦が控えるのみ、実質今日が平和的解決を望める最後のチャンスだ。

 村人達には遠足と言ってあるが、近しい巫女には仔細を伝えてある。

 信仰の形が変わるんだ、知らせる義務が俺には有る。

 あの後案の定起き出してきた諏訪子を加えて朝まで犯し犯されつつ、どうにか現状打破の糸口が見付かった。

 功労賞のルーミアには精子三回分を追加しておいた。

 これで暫くは大人しくなるだろう。

 っと、話が逸れたな。

 攻撃手段の乏しさを補う方法、それはエンチャントを使いまくる事だった。

 エンチャントは自身が場に出ている限り、永続的な効果を齎すスペルだ。

 それで俺を強化しまくり圧倒的かつ破滅的な暴力でねじ伏せる。

 随分と短絡的な解答だったが、案外そういったものの方が良いかもしれない。

 ただエンチャントも完全じゃない。

 破壊する手段には事欠かない為、イマイチ安定性に欠けるのも確かだった。

 そう、確か「だった」だ。

 試しに諏訪子に掛けた所、弾かれずにちゃんと効果も発揮した上、エンチャント破壊スペルを使わない限りエンチャントを破る事も出来なかった。

 まぁ、エンチャント破壊スペルの代表である『解呪』が名前の短さで弾かれ、慌てふためいたのもいい思い出だ。

 まぁそんな訳で、今の俺はエンチャントという後ろ盾を得て非常にノリノリだ。

 どんな攻撃もクリティカル扱いだぜヒャアッハハァー! 

 

 

「ケイ、ちょっとおかしくなってるよ」

「何を仰る第一夫人。この俺に不完全な所等有りはしないさ」

「はぅぅ……」

 

 

 珍妙な呼ばれ方が恥ずかしいのか、両手で顔を隠すルーミア。

 その仕草も可愛いぞ? 

 まぁ若干の寝不足によるハイっぷりは否定しない。

 この嫁幼女二人の所為だが。

 前日までは特訓だ、つって全力全開でトレーニングしたのに前日の休み返上でセックスとか馬鹿だろ。

 休ませろよ。

 

 

「でもなんだかんだで契も楽しんでたし」

「黙らないと後ろからぶち込むぞこの淫乱雌蛙が」

「あーうー!?」

 

 

 言葉責めに身体を跳ね上げて悦ぶ諏訪子。

 口で幾ら否定しても身体は正直だぞ? 

 というか良い感じに調教の成果が出てるな、二人とも今ので愛液垂れてるぞ。

 

 

「っと、馬鹿やってる間に着いたみたいだぞ、奴さん」

 

 

 眼前に降り立った人影は四つ。

 内訳は男が一人、女が二人、仮面を被った謎の人物が一人。

 見た感じだと仮面の人物が、向こうが指定した見届け人だろう。

 女の内、背の高い青髪の美人が一歩前に出る。

 

 

「私は大和の国の神、八坂神奈子。貴殿の国の新たなる支配者となる者だ」

 

 

 おーおー、言うねぇお姉さん。

 威厳たっぷり威圧感もたっぷりに言い放った神奈子に対し、仰々しく腰を折ってやる。

 

 

「此度は遠路遥々ご苦労な事で。宴の用意は無いが、代わりに余興の準備が有る。今日は其方で楽しんで頂きたい」

「人間風情が随分と無礼な口を訊くじゃない、頭が高いわよ下郎!」

 

 

 背の低い女が口喧しく騒ぎ立てる。

 俺はその女を一瞥してニヤリと歯を剥いてやった。

 

 

「ピーチクパーチク騒ぐんじゃねぇよ、このちんちくりん」

「なっ、何ですって!? 私を誰だと思って」

「名前も知らなければ興味も無ぇよ。いいから黙ってろよ、へちゃむくれ。俺はこっちの綺麗な姉さんと話が有るんだ、金魚の糞は大人しくしてろ。……白符『信仰の足枷』」

 

 

 何やら不穏な動きを見せようとする女を先に封じておく。

 その場から動く事も喋る事も出来なくなり動揺を滲ませる女を捨て置き、俺は神奈子に向き直った。

 俺の使った能力に多少驚いたものの、その美貌を崩してはいなかった。

 

 

「失礼したな。俺は浅学なもんで、神に対する言葉の使い方が解らん。そこは、まぁ、目を瞑って貰えれば有り難い」

「……お前は面白い人間だな。どうも普通の人間とは違うらしい」

「あんたも神に違わぬ美しさじゃないか。正直、目を合わせているだけで胸が高鳴りそうだ」

「世辞はいい。豊岡姫に掛けた呪いは後で解いてやってくれ」

「気が向いたらな」

 

 

 ぷい、とそっぽを向きつつも若干頬に赤みが差している。

 この姉さん純情だな。

 大和の神も可愛いじゃないか、とほくそ笑みながら俺は口を開いた。

 

 

「自己紹介が遅れたな、俺は望月契、ただの人間だ。こっちがこの国を取り纏めている神、諏訪子。こっちは妖怪のルーミア。二人共俺の嫁だ」

「は……?」

 

 

 大和の神一同が──仮面の奴は解らなかったが雰囲気で──ぽかんとした。

 そりゃそうだろう、一国の主が人間と妖怪を引き連れ、更には人間が夫だと言うのだから。

 後ろに立っていた男が最初に我を取り戻し、その顔を怒りに染めていく。

 

 

「我等を愚弄するか!」

「うっせーよおっさん、俺はこの可愛い姉さんと話してるんだ。その暑苦しい筋肉達磨みたいな身体を揺らすんじゃない、汗臭いのが服に移るだろ。どうしても俺と話がしたいなら、まず身体を洗ってこい」

「ぐ、青二才風情が調子に乗りおって!」

「白符『静寂の捕縛』」

 

 

 唱えたと同時、男の動きが止まる。

 そっちの口喧しい女とは違って言葉は喋れるが、手足を動かす事は出来ない。

 やれやれ、と呆れた様に肩を竦める。

 どうも大和の神は堪え性が無い。

 

 

 ──それだけの誇りが有るのか、それだけに驕りが有るのか、なんつってな。

 

 

 尊大で自信に溢れ、誇りと矜持を抱くのは別に構わない。

 それが神というものだろうし、神足る存在に押し上げている理由でも有るからだ。

 だがそれを俺に押し付けるのは気に入らない。

 やるなら内輪でやれ。

 正直、生意気な奴は男女問わず嫌いだ。

 それもただの反抗心からじゃない、意地だの誇りだの下らないものに自分の在り方を歪められて満足してる奴等は死ねばいい。

 

 

「話が逸れたな、失礼した。ただまぁ、俺達もはいそうですか、と国を渡す訳には行かない。大切な民を無能な愚鈍に預ける程、お目出度い訳でも無いしな。そこで一つ提案が有る」

「提案とは?」

 

 

 神奈子が威厳を滲ませたまま問う。

 たが目には興味と好奇の色がありありと浮かんでいた。

 意外と子供っぽいのか? 

 失礼な事を考えつつ、俺は口を開いた。

 

 

「何、簡単な事だ。一騎打ちをして勝った方がこの国を治めればいい」

「馬鹿を言うな! 貴様達の様な矮小な存在に付き合う道理が何処にある!」

「だからうっせーよおっさん、俺はこの麗しい姉さんと話してるんだ。次喋ったら痛い目に遭わせるぞ、この穀潰し」

「貴様ぁ! 覚悟は「白符『太陽の槍』」ぐふっ」

 

 

 太陽から降り注ぐ日光が一本の槍となって男の腹部を貫く。

 槍はすぐに霧散し、命中した腹部には傷一つ付いていないのが解る。

 だが男は苦悶の表情を浮かべて後ろに倒れ込んだ。

 それに神奈子が驚きの顔を向ける。

 

 

 ──お、可愛い。神奈子可愛いよ神奈子。

 

 

 妙なテンションの俺はその顔にニンマリしつつ、次の言葉を発した。

 ここは俺が主導権を握る場だ。

 選択権は与えるが、それを決めるのも俺でなければならない。

 じゃないと負けるからな。

 

 

「少なくともこの地を治めるなら相応の実力を備えているのが望ましい。諏訪子はミシャグジ様と呼ばれている祟り神を纏め上げている祟り神の頂点だ、それを上回る力を持たねば民の求心には程遠い。だからこその一騎打ちだ。ここで俺達を上回る力を見せ付ければ、民も納得して大和の神を信仰するだろうな。そして俺達が勝てば、大和はこの国を治めるに値しないと判断する事も出来る」

「随分と解りやすく野蛮な方法だな」「この国が支配者に求めるのは力だ。それは群体としてではなく、災厄すら従える個としての力。なればこその一騎打ちの提案だ。……受けて頂けるかな、可憐なる神よ」

 

 

 芝居掛かった口調で喋る俺を見て、ルーミアが肩を揺らして笑いを堪える。

 諏訪子はこういった事に慣れているのか、特に反応は無い。

 よし、諏訪子は後でらぶらぶえっち、ルーミアは縛って見学だな。

 飴と鞭の使い分けが肝要だ。

 巧くやれば更に従順な嫁幼女になる。

 嫁で従順で幼女とか最高だな。

 アホな事を考えていると、神奈子は神妙な面持ちで視線を送ってきた。

 イヤン、お兄さんゾクゾクきちゃう! 

 

 

「……確かに一理有る。それに二人を拘束する呪術さえ使いこなす人間を夫とするくらいだ、久し振りに楽しく暴れられそうじゃないか」

「あぁ、勘違いしてるかも知れんから言っておくが一騎打ちの相手は俺だぞ」

「は?」

 

 

 神奈子はぽかんと口を開いて呆けた。

 その顔もそそるなぁ、大和の神もなかなか良いじゃないか。

 だがそこの生意気なへちゃむくれ、テメーはダメだ。

 失礼な考えを読み取ったのか、口喧しい女が口パクで悪態を吐いているが無視だ無視。

 呆然としている神奈子に、今まで黙っていた諏訪子が口を開いた。

 

 

「信じられないかも知れないけど、契は私よりずっと強いんだよ。私じゃ一撃も与えられなかった」

「……本当に人間か?」

「私も最初は受け入れられなかったけど、契は人間だよ。……人間なんだよ」

 

 

 大事な事だから二回言った様だ。

 というか諏訪子、何で二回目は少し憂いを秘めて言ったんだ? 

 普段と違うミステリアスな諏訪子も可愛いぞ、思わず抱き締めたくなる。

 安心しろ、と言葉の代わりに諏訪子の頭を撫でてやる。

 ちなみにいつものケロ帽子は洗濯中だ。

 予想以上に臭いが付いてたので盥の中に放り込んで置いた。

 今頃は巫女少女達が俺の下着や諏訪子、ルーミアの精液塗れの浴衣にキャッキャしながら洗っている所だろう。

 まぁ、神奈子が呆けている間に話を進めて置こう。

 交渉は勢いとハッタリが大事だ。

 

 

「一騎打ちについてだが、色々と制約を決めて置きたい。まず、一騎打ちを行う者以外は戦いに干渉してはならない。これは勝負を汚す行為だ、破った側は即座に一騎打ちでの敗北を得るものとする。無論、干渉してきた者は誰であろうと俺が叩き潰すからルーミアと諏訪子もそのつもりでな?」

 

 

 視線を向けると二人共、首を縦にこくこくと振っている。

 うん、その反応は可愛いぞ。

 後でなでなでしてやろう。

 視線を戻せば立ち直った様子で腕を組み、発言の内容を吟味している神奈子が目に映る。

 異議は無かった様で、うむ、と一つ頷いて見せた。

 

 

 ──Eカップだな。

 

 

 腕を組んだ事で強調された胸がぷるんぷるんと震えている。

 良い乳だ。

 ナイスプリン。

 気取られぬ様に目は神奈子の顔から外さずに、俺はその乳を堪能しつつ次の言葉を発した。

 

 

「第二に、相手を殺してはならない。これはまぁ、後腐れ無い戦いにする為だな。そこのへちゃむくれや暑苦しいおっさんならまだしも、あんたの様な美しく綺麗で可愛い人を殺めると罰が当たる。それに殺しが有りなら毒や罠、人質だって用意するからな俺は」

 

 

 前半に疑念、中盤に羞恥、後半に驚愕を滲ませる神奈子。

 既に二人も無力化している為に、人質という言葉に真実味を感じたらしい。

 それに次に定める勝敗条件を効果的に運用させる為の布石の様な意味も有る。

 本音は俺の実戦経験の乏しさをカモフラージュする為でもある。

 殺し合いではなく、お遊び形式というイメージを前面に押し出す事で俺の動きを或る程度誤魔化せるしな。

 これについては異議を唱える前に次へ移った方がいい。

 すかさず俺は口を開いた。

 

 

「第三に勝利条件を相手の気絶、敗北条件を自らの意思による降参と定める。これは危なくなった俺が死ぬ前に勝敗が決まる様にする為の制定だな、余りあんたには関係無いかもしれん」

 

 

 これは言った通りの意味だ。

 どれだけ力の差が有ろうとも、自ら降参を宣言しない限り戦闘は続く。

 俺が負ける為にも必要な事だ。

 神奈子は怪訝な顔をしつつも承諾した。

 そりゃそうだろう、今まで疑問に思う所は有っても何一つ向こうに不利な条件は無いのだから。

 それに相手が人間である、という意識も多分に作用している。

 存在としては格下の人間に対し、公平且つ平等な条件の提示等神に対する侮辱でしか無い。

 

 

 ──まぁ、存分に利用させて貰うさ。俺が人間だという事をな。

 

 

 時々本当に人間か、と自分でも不思議になるのはナイショだ。

 ともあれ、俺は最大の難問だった三つ目を承服させる事に成功した。

 後は俺次第だな、と他人事の様に思いながら最後の条件を提示する。

 

 

「最後に、どちらが勝っても遺恨は無しだ。この後は諏訪子の社で宴会だからな、楽しい酒の席でつまらない確執とか持ち込んだら酒も刺身も抜きだ。……俺は未成年だから呑めないけどな」

 

 

 意味が解らず混乱を滲ませる神奈子。

 しかし宴会という言葉には反応して耳をぴくっとさせた。

 神奈子は酒好き、と心のメモ帳に書き込んでおく。

 

 

「俺からの条件提示は以上だ。あんたから何か追加したい条件は有るか?」

「……私が勝ったならば、お前は私の麾下に入って貰おうか」

「別に構わんよ」

「ちょっ、契!?」

 

 

 いきなり承諾した俺の袖を慌てて引っ張る諏訪子。

 何故かルーミアも身体を寄せて来たので、神奈子に片手を上げて待って貰う様頼む。

 そして始まる内緒話。

 諏訪子が器用に俺の耳へ囁く様に怒鳴る。

 

 

「何を勝手に決めちゃってるのさ! 人身御供にされちゃうかも知れないよ!?」

「いやいや、大丈夫だろ。麾下に入るのは元々決まってたしな」

「へ、なんで?」

「諏訪子、戦いに負けたらお前は大和の下に付くだろ。つまりあの姉さんの下に諏訪子が付くに当たり、諏訪子の夫である俺もそこに組み込まれるのは当然の事だろ」

「そうなのかー」

「ちょっとケロ子、私の決め台詞取らないでよっ」

「まぁ改めて言うくらいだ、この一騎打ちで実力を測り近衛程度までは召し抱えるつもりかも知れんな」

「そんな、私の契は渡さないよ!」

「ケロ子、違うでしょ。ケイが私達のものなんじゃなくて、私達がケイのものなんだよ」

「よく解ってるじゃないかルーミア。その理解力に免じてお仕置きは無しにしてやろう」

「何考えてたの?」

「諏訪子を抱いている間縄で縛って放置してやろうかと」

「何考えてたの!?」

 

 

 やるじゃないかルーミア、同じ言葉で意味だけ変えてくるとは。

 諏訪子は納得した様なので一先ず解散。

 俺は神奈子に片手を上げて話し合いが終わった事を伝える。

 

 

「悪い、待った?」

「いや、全く」

 

 

 待ち合わせのカップルみたいな遣り取りだなコレ。

 

 

「それじゃあ、始めるとするか。準備は出来たか?」

「あぁ、問題無い。開始の合図は?」

「要らねえよ、いつでも掛かってこい」

 

 

 直後、風が爆ぜた。

 



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対神奈子戦。そして宴会へ。

 開幕、風音が裂け巨大な丹色の棒が飛来する。

 

 

「うおぉっ!?」

 

 

 身体を仰け反らせて避けると眼前を物凄いスピードで棒が延びていく。

 通り過ぎる全容は棒と言うより柱に近い。

 すぐさま飛翔し諏訪子やルーミアと距離を取り、神奈子を正面に見据える。

 寸前、嫌な気配を感じて半身を右に捻る。

 ごおぅ、と突風の様に背後から柱が迫って来ていた。

 服の裾を柱に擦過させながら、俺は内心舌を巻いていた。

 

 

 ──マジかよ、どういう能力だ? 

 

 

 考えている暇は無い。

 すかさず俺は自らを強化させた。

 

 

「白符『勇士の決意』『聖なる力』『間に合わせの鎧』『神聖なる好意』『不退転の意志』『雨雲の翼』『神聖変異』」

 

 

 一気に力が漲り、世界の速度が相対的に遅延を始めた。

 やっべ、やり過ぎた。

 膂力、速度、思考力、耐久性の全てが人間の限界を超えて神域に至る。

 明らかにやり過ぎだ。

 視界の端、再び中空に生み出された柱が俺を狙い飛ぶ。

 それと真逆の位置で、神奈子が腰を落とし拳を握り締める。

 

 

「こいっ、オンバシラァァァァッ!」

「熱血系かよ!?」

 

 

 意外な一面を目の当たりにして意識が柱から──御柱から逸れる。

 が、問題は無い。

 肌で空気の揺れを感じ取れる今となっては御柱の軌道も手に取る様に解る。

 左手から迫る御柱を避けようと空中でステップを踏んだ所で、新たな声が届く。

 

 

「割れろ、オンバシラァァァァッ!」

「っ、なんじゃそりゃあ!?」

 

 

 呼応する様に御柱が割断され、七つに分解しながら飛ぶ。

 六亡星とその中央に分かれた御柱を紙一重で避ける。

 まず右足を振り上げ、次に上体を屈ませ、最後に左膝を落とす。

 

 

 ──スタンド使いでもこんな体勢取らねえだろうに! 

 

 

 予想以上にアクロバティックな回避を披露した所で、はたと気付く。

 打ち消しゃ良いんじゃね? 

 都合良く飛んできた御柱に右手を翳す。

 

 

「無符『この世界にあらず』」

 

 

 予想通り御柱が消え去る。

 神奈子はそれに動揺を隠せない様だ。

 まぁ命中寸前で掻き消えたら誰でもそうなるわな。

 地面に降り、ゆっくりと近付いてやる。

 すぐさま御柱が飛んでくるが、打ち消すばかりじゃ芸が無いよな。

 そう言えば今パワーもそこそこ強化されてるハズだし、試しにやってみるか。

 眼前まで迫っていた御柱の底を、力任せに殴ってみた。

 

 

「どっせい!」

 

 

 パカーンと真っ二つになるかと思いきや、御柱は底を俺の拳大にくり貫かれて粉々に割れた。

 くり貫かれた分はそのまま殴りつけた方向、神奈子へと向かって飛来する。

 狙いが少しズレていた所為か、神奈子には命中せず背後の丘を吹き飛ばすだけで済んだ。

 拳の威力にビビりながらも、その事に胸を撫で下ろした。

 

 

 ──危ねぇ、神奈子を傷付ける所だった。

 

 

 俺が神奈子を傷付けて良いのは処女を貰う時だけだからな。

 すっかり自分の女扱いしている事は放って置こう。

 万が一処女じゃなかったら精液便女だな。

 人一倍執着心の強い俺にしてみれば、他人のお下がりなんぞ願い下げだ。

 意識を戦場に戻せば、神奈子は青ざめた顔で俺を見ていた。

 奇しくも今の思い付きで恐怖と混乱を植え付ける事が出来たらしい。

 

 

 ──殴った感触だと基本的に割れない部類の物だったからな、アレは。

 

 

 一歩前に踏み出せば、神奈子が一歩下がる。

 恐怖に歪む顔も可愛いな、抱き締めて撫でてやろうか。

 邪念に駆られ黒い笑みを浮かべると神奈子は「ひぐぅ」と悲鳴の様な声を上げた。

 ……そんな邪悪な笑い方してたか? 

 更に一歩踏み出すと、弾幕と言って差し支えない数の御柱が飛んできた。

 今度は左手を右に渡し、裏拳を入れる様にして腕を振り抜く。

 ガィンだかガギィだか鈍い音を立てて、御柱が左へ弾き飛ばされていく。

 細い御柱は右足を振り回し、全て地面に叩き落とす。

 思考力が増幅されている所為か、一つ一つを個別に処理しても充分に次の御柱へ反応出来る。

 弾丸の様に舞い飛ぶ御柱を叩き伏せながらゆっくり、ゆっくりと前進。

 足を前に出す毎に御柱が激しさと密度を増して飛んでくる。

 いや、御柱幾つ有るんだよ。

 面倒くさくなった俺は怠そうに呟いた。

 

 

「白符『信仰の試練』」

 

 

 幾つかの御柱が力を失い地面に落ちる。

 その落ちた分だけ、俺の身体に新たな力が湧いてきた。

 軽く身体を捻るだけで御柱を避け、更に足を前に送る。

 気付けば神奈子まで後七歩という距離に迫っていた。

 その瞳は恐怖に濡れていた。

 確かに一撃も与えられない相手が黒い笑み浮かべてゆっくり近付いて来たら怖いかもしれない。

 ゾンビとはまた違ったホラーだな。

 後四歩まで近付いた時、弾幕が止んだ。

 もう神奈子は竦み上がり後退する余裕すら無い様だ。

 ってか半泣きだ。

 これ以上虐めても可哀想なので、俺はやる気なさげに両手を上げた。

 

 

「降参だ」

「……え?」

「流石に泣いてる女の子相手に手を上げたりはしねぇよ」

 

 

 ぽかんとする神奈子を胸元に抱き寄せ、優しく頭を撫でてやる。

 

 

「悪い、怖かったろ? ……もう大丈夫だ」

「……ぅ、ぁ」

「よしよし、良い子良い子」

「っ、ぁ、あ────、ぅあぁ────」

 

 

 涙が一つ落ちたのを皮切りに、堰を切った様に大声を上げて泣きじゃくる神奈子。

 まるで童女みたいに泣いている。

 頭をぽんぽんと落ち着かせる様に優しく叩くと、強く抱き付いてきた。

 抱き締め返すと、泣き声は更に強くなる。

 戦いを見守っていたルーミアと諏訪子は何か言いたげに俺を見つめ、寝転がっているおっさんと口喧しい女は愕然とした表情で俺達を見ていた。

 仮面を被った奴が、慌てた様に声を張り上げる。

 

 

「しょ、勝者、八坂神奈子!」

 

 

 お、若い女の声だ。

 てか存在忘れてたな。

 

 

 

 

 泣きじゃくる神奈子を宥めて一先ず社へ戻り、村人総出で宴会の準備。

 途中でおっさんと女のエンチャントは破壊して置いた。

 二人共暴れ回るかと思ったが、案外素直に従ってくれた。

 俺の人徳って事だな。

 準備が終わるまで大和の神達には客間で寛いでいて貰い、俺は早速調理場へ。

 ふはは、俺の右腕が唸るぜ。

 今宵の包丁はアミノ酸に飢えておるわ、ふはははは! 

 と、妙なテンションで食事の準備をしているのには訳が有る。

 俺の背後、熱っぽい瞳を向けてくる一柱が原因だ。

 

 

「なぁ、別に着いて来なくてもいいんだぜ? 客間で寛いでろよ」

「……邪魔なのか?」

「いや、邪魔じゃあないが。あんたも戦ったり何だりで疲れてるだろ」

「私は大丈夫だ。それと……」

「ん?」

「神奈子だ」

「あ?」

「神奈子って呼んでくれ」

 

 

 どうですか奥さん、この切れ味! 

 かぼちゃだって簡単に、ほらこの通り! 

 

 

「……呼んでくれないのか、契……?」

 

 

 あぁもう! 

 そんな捨てられた子犬みたいな声出すんじゃない! 

 半ば必死で意識を逸らしていたが、流石に厳しいものがある。

 というかいつフラグたった? 

 俺としてはこれからじっくりと攻略するつもりだったんだが。

 まぁ、そんな事を考えても始まらないし神奈子がそろそろ泣きそうなので、俺はかぼちゃを切る手を止めて振り返った。

 緋色というか丹色というか、若干赤の混じった暗い色の瞳を見つめて、言った。

 

 

「──神奈子」

 

 

 パッと花を満開にさせた様な笑みを浮かべる神奈子。

 その反応を見て手伝いに来ていた少女達がキャーキャー騒ぎ始める。

 ルーミアの時もやってたが、お前等そんなに恋バナやロマンスが好きか? 

 

 

「契、私に手伝える事があれば何でも言ってくれ」

「特に無い。というかお前一応客人扱いなんだからじっとしてろ。歓迎する相手に手伝った貰うとか落ち着かないだろ」

「そうか……解った、大人しくしてる」

「でもケイ、ここに来た時調理場仕切って色々やってたよね。客人だったのに」

 

 

 笑いながら突っ込みを入れるルーミア。

 足台に登ってネギを乱切りにする姿は若奥様に見えなくも……いや、どう見ても料理の手伝いをしてる娘にしか見えんな。

 だが手付きはこの調理場で俺の次に良い。

 立ちバックで犯しながらレクチャーしたのが功を奏したな。

 手順を間違えれば肉棒を少し抜き、上手く出来れば奥まで突いてやる。

 三回連続の失敗で肉棒を完全に抜き、逆にミス無く料理を完成させればたっぷり中に注ぎ込む。

 料理が美味ければ更に二発追加だ。

 そんな中出しクッキングを経たルーミアの腕前は、小さな食堂を経営していけるくらいに上達していた。

 ちなみに諏訪子は肉棒を挿し入れただけで絶頂するから料理出来なかった。

 何、普通に教えろ? 

 ご褒美があった方が悦んでやるだろ。

 まぁそんな訳で、テキパキと料理を作り上げていく。

 蒸かしかぼちゃのサラダは完成っと、蒸し鶏のスープもオッケー……ん、何だこれは? 

 この刺身を造ったのは誰だぁっ! 

 ルーミアか、なかなかやるじゃないか。

 刺身包丁も無いのに見事な切り口だ。

 大振りの浅蜊は酒蒸しにしよう。

 

 

「ケイ、こっち揚がったよ」

「よし、こっちも完成だ」

 

 

 豪華な和風御膳が完成し、美味そうな匂いが漂う。

 皆で手分けして、社の宴会場へ運ぶ。

 上座に大和の神達を据え、中央には神奈子と諏訪子が並んで座る。

 まだ大和の麾下に入る前だし、神奈子と諏訪子の仲を取り持つ意味でも並べて座らせた方が良い。

 配膳している内に続々と村人が集まってきた。

 中には酒瓶を持ち込んでいる奴もいる。

 皆が揃い、酒と料理が行き渡った所で杯を片手に立ち上がる。

 

 

「皆、此方に居られるのは大和からお越し頂いた偉大なる神々の四柱だ。今宵は使者の方々をもてなす為の宴だ、とはいえ我等が神を畏れ敬うのに変わりは無い。さぁ杯を持て、大和の神々に、我等が諏訪子様に乾杯!」

「「「「「乾杯!」」」」」

 

 

 皆が杯を傾ける。

 俺も縁いっぱいに注がれた緑茶を呑む。

 挨拶が終わると皆思い思いに食事を楽しんだり、会話に花を咲かせたりしている。

 と、諏訪子が目を丸くして俺を見ていた。

 

 

「どうした諏訪子」

「契があんな立派な口上を述べられるなんて夢にも思わなかったよ」

「失礼な奴だな。立派かどうかはともかく俺にもそういった知識は人並みに有るさ」

「ケイ、格好良かったよ」

「ありがとよ、ルーミア。流石は俺の嫁第一号だな、本妻の本領発揮か」

「はぅっ、褒められた」

 

 

 手を頬に当て恥ずかしそうに微笑む。

 ちなみに諏訪子は普段着だがルーミアは浴衣姿だ。

 合わせの裾から覗く生足がエロい。

 可愛くて綺麗で気遣いも出来てエロくて幼女にもお姉さんにもなれるとかハイスペックな嫁だな。

 何より素の状態で基本従順なのが良い。

 諏訪子は宴会の場では神扱いだからイチャイチャ出来んが、ルーミアが俺の嫁なのは周知の事実だから気兼ね無くイチャイチャ出来る。

 箸で浅蜊の酒蒸しを摘み、ルーミアの口元へ持って行く。

 

 

「ほれ、あーん」

「あーん……うん、おいひぃ♪」

 

 

 にへらぁ、と惚ける様に笑む。

 俺の嫁が愛し過ぎて困る。

 ルーミアはお返しに揚げ豆腐のあんかけ風を摘み、俺に食べさせる。

 

 

「ケイ、あーん」

「ん、美味い。また腕を上げたな」

「えへへ、褒めて褒めて」

「なでこなでこ」

 

 

 左手で優しく髪の毛を梳いてやる。

 くすぐったそうに肩を竦めて、そのまま俺に枝垂れ掛かる。

 それを羨ましそうに眺める諏訪子。

 今度私にもしてね、と目で訴え掛ける。

 甘えん坊な嫁さん達だな。

 ともあれ賑やかな宴は中盤に差し掛かり、少しずつ酔い潰れる者も出始めた。

 先程まで料理を口に運ぶ度「は、何よこれ美味しいじゃない」だの「人間の癖にやるわね、お代わり無いの」だの本当に口喧しかった女も、今は高鼾を上げて夢の中だ。

 おっさんは村の男達と旨い酒を片手にモテない男談義に花を咲かせている。

 そんな話題してるからモテないんだよ、と指摘する親切な奴は居ない。

 指摘した所で「爆発しろ」しか返って来ないからな。

 仮面の女は器用に仮面を被ったままチビチビと酒をやっている。

 干した鰈を肴で追加してやったら、大層喜んでいた。

 そして神奈子はというと。

 

 

「契は呑まないのか?」

「あぁ、一応未成年だからな」

「未成年?」

「願掛けみたいなもんだ。二十歳になるまで酒を呑まないから、その分健康で居させろってな。ほれ、追加だ」

 

 

 次々と酒瓶や酒樽を空にしつつ、いつの間にかルーミアや諏訪子と一緒に俺を取り囲んでいた。

 あれだけ呑んでまだ素面とは恐れ入る。

 蟒蛇かなんかの化身か? 

 追加で酒瓶と肴を渡す。

 肴は細かく切った鯵を包丁の背で叩いて生姜とネギを混ぜ、醤油と味醂と昆布だしで味付けしたものだ。

 そのままで良し、ご飯に乗せて良しとなかなか渋い働きをする一品だ。

 ルーミアはこれを気に入った様で、椀を突き出しご飯のお代わりを要求してくる。

 腹ぺこ妖怪め。

 ほっぺに米がくっ付いてるぞ。

 指で摘んでヒョイと口に入れると、ルーミアは顔を赤くした。

 照れ屋さんめ、そんな反応も可愛いぞ。

 諏訪子、慌てて米をほっぺに付けるんじゃない。

 そういう事は不意にやられるから威力が有るんじゃないのか? 

 まぁ、取ってやるけど。

 そして神奈子、椀にチラチラ視線を向けるんじゃない。

 お前までそんな反応すると突っ込みが追い付かないだろう。

 そこまで考えて、はたと気付いた。

 

 

「ブレーキ役が居ねぇ……!」

「ぶれぇき?」

「お前等の暴走を押し止める奴だ」

 

 

 後ルーミア、そうやってへにゃりと首を傾げるのは止めろ。

 お兄さん我慢出来なくなるだろ? 

 そんな風に遊んで、気付けば宴も終盤。

 流石に起きている人数の方が少なくなり、未だ素面なのは俺と神奈子と巫女少女達のみ。

 口喧しい女は巫女達に運ばせ、おっさんはそのまま放置だ。

 仮面の女もふらふらしながら客間へ引っ込みすぐに寝たらしい。

 取り敢えず片付けられる物だけ片付けて、のんびり緑茶をすすっていると神奈子が肩を寄せてきた。

 酔ってる風ではないから人肌でも恋しくなったんだろう。

 ルーミアと諏訪子は仲良く手を繋いで寝ている。

 姉妹みたいだな、こいつら。

 

 

「契、あのさ……」

「ん?」

「さ、さっきみたく……頭、撫でてくれないかい?」

 

 

 上目遣いに俺を見つめる神奈子。

 その雰囲気は大人の女性というより、一人の少女のものだった。

 さっきチラッと聴いたが、神は生まれた時から成体らしい。

 諏訪子の様にロリな場合も有るが、基本的には大人の姿で誕生する。

 つまり神には子供の期間が無い。

 知識量の差違は有れど、最初から大人として扱われるのだ。

 だから神は、親が子に与える愛情の殆どを知らない。

 その為俺がやった様に抱き締められたり頭を撫でられたりすると、その相手の事を深く意識する様になるらしい。

 

 

 ──刷り込みみたいなもんか? 

 

 

 英語で何つったっけ、い、いん、インデペンデンスデイ? 

 お、合ってる気がする。

 

 

「契ぃ……」

「……ほら、来いよ」

「あっ……」

 

 

 そっと抱き寄せ頭を撫でてやる。

 しなやかで艶の有る色っぽい髪だ。

 優しく撫でる度に幸せが零れそうなくらいの笑顔を浮かべる神奈子。

 随分可愛いじゃないか。

 オンバシラァァァとか叫んでいた時と同じ人格かこいつ? 

 このまま和やかに夜が明けるのを待つのも良いかも知れん。

 ついついそんな考えに流されてしまいそうになるが、刺せる釘は刺しておくべきだろうな。

 

 

「神奈子」

「なんだい、契」

「この国の民達を見てどう思った?」

「……温かい民達だね。私達が大和の神だからって必要以上には恐れず、敬いながらも親しみを持って接してくれる」

「あぁ、頭の悪い奴も中には居るが本当は気の良い奴等ばっかりだ。俺やルーミアを受け入れてくれただけでなく、友と呼んでくれる者もいる」

 

 

 一息吐き、言葉を区切る。

 開け放たれた縁側からは月明かりが降り注いでいたが、月を見上げながら喋るというのも流石に気障過ぎるか、と思い視線を下げた。

 静寂の帳が降りた村の姿と、虫達さえ眠りに就いた山林が広がっている。

 俺は身体を離して立ち上がり、縁側に腰掛け背を向けたまま続けた。

 

 

「神奈子」

「うん?」

「──この国を治め、民達の笑顔を守り抜くだけの気概と覚悟は有るか?」

「それは」

「すぐに答えるな。即答は真理を突きやすいが、その分言葉が軽くなるぞ。考えて悩め、俺もそうした」

「契も、そうした?」

「この国を治めているのは諏訪子だが、俺は夫として諏訪子を守り抜く責務が有る。つっても、まだまだ十八のひよっこだけどよ。大切なものを守る為なら、人殺しでも鬼殺しでも──神殺しでもやってやるさ。俺の身体が保つ限り敵を殺し、俺の精神が保つ限り嫁を愛する。それがお前達大和の神が来る前に決めた、俺の気概と覚悟だ。……もう一度問うぞ神奈子、お前にこの国を、民達を守るだけの気概と覚悟は有るか?」

 

 

 一瞬口を開き掛け、そのまま閉じたのが気配で伝わる。

 良い子だ、ちゃんと実践してるな。

 と、首を優しく風が駆け抜けて行く。

 未だ冷めやらぬ宴の熱気を、大地を撫でる風が落ち着かせてくれた。

 背中にとん、と触れるものがある。

 神奈子が背中合わせに座り、身体を預けてきた。

 

 

「決めたよ、契」

 

 

 何を、とは問わない。

 声色が内容を如実に語っていたからだ。

 応える代わりに、俺はニヤリと意地の悪い顔を浮かべて言った。

 

 

「神奈子、お前が俺に要求する見返りは何だ?」

「……流石と言うか、言葉の先を読むのが得意だね」

「俺は弱いからな、その裏返しだ。神奈子が喋りやすい様に建前から言ってみろよ」

 

 

 クスリ、と背後で笑いが生まれる。

 俺が弱いってのはギャグじゃないぞ? 

 笑いに続く様にして、若干言葉の端に威厳を滲ませた声が届く。

 

 

「今までの宗教から形態は大きく変わる。私も精一杯やってみるが、それでも多少の相違や軋轢は生まれてくるだろう。そうした時、民達との渡りを付けてくれる存在が居れば有り難い。そしてそれは契、お前の役目だ」

「役目、と名打ったか。なら拒否権は」

「勿論無い。お前は私の麾下に入ると一騎打ちの場で明言したのだからな? キリキリ働いて貰うぞ」

「へぃへぃ。で……本音は?」

「契、結婚しよう」

「マテ、どうしてそうなった!?」

 

 

 突然の告白にコケてバランスを崩し、危うく縁側から落ち掛けた。

 それを支えてくれる神奈子。

 そのまま腕を前に回して背中に身体を密着させてくる。

 ぷにぷにふんわり、幸せな感触が広がる。

 

 

「何で抱き付いてるんだよ?」

「契が好きだから?」

「何で疑問形なんだよ!? てか落ち着け神奈子、お前の今のドキドキは初めて異性を意識した事による戸惑いのドキドキだ、恋のドキドキじゃねぇ!」

「契にドキドキしてるのには変わり無いじゃないか、ほら」

 

 

 むにゅっと更に胸を押し付けてくる。

 それはそれで嬉しいが、俺は謎の戸惑いを覚えていた。

 自分で狙って落としていないのに、相手が俺を好きだと言う事が動揺を与えていた。

 攻めに長けた男は攻められると弱い。

 それを見事に体現していた。

 慌てふためく俺に寂しそうな声が掛かる。

 

 

「……やっぱり、幼子じゃないと異性として見れない?」

「ぶふっ!? んな訳有るか!」

「でも諏訪子もルーミアも、容姿は平均より幼いじゃないか」

「偶然、偶然だから! ってかルーミアは大人体型にもなれるからセーフだ、俺は断じてロリコンじゃない! 神奈子も充分魅力的だと思うし抱けるもんなら抱きたいって思うから、ロリ専門じゃないぞ!」

「えっ……」

「あ?」

 

 

 ちょっと待て俺。

 今なんか勢いに任せて変な事口走らなかったか? 

 神奈子はもじもじしながら、きゅっと抱き付いてきた。

 首筋に熱い吐息が掛かり、徐々に心臓が鼓動を速めていく。

 これは拙い。

 何が拙いかは解らないがとにかく拙い。

 自分でも意味不明なパニックを起こしていると、不意に拘束が解かれ身体の向きをぐいっと変えられる。

 目に飛び込んで来たのは顔を赤らめながら腕を組み、胸を強調する様に見せ付けてくる神奈子の姿。

 服の下からピンと尖った乳首がその存在を主張している。

 

 

「あ、あのさ、契!」

 

 

 言葉は真っ直ぐ届くが、神奈子は恥ずかしいのか顔を俯かせてしまった。

 そして、俺を殺す一言を口にする。

 

 

「こんな私で良かったら……その、抱いてくれないか?」

 

 

 理性の糸が細切れにされる音が聞こえた。

 



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夜通し夜伽。そして翌昼には満身創痍。※

 神奈子をお姫様抱っこで運びながら、ぱたぱたと後片付けに奔走する巫女少女を呼び止める。

 ルーミアと諏訪子の世話を頼むと愉しげにぱたぱたと廊下を駆けて行った。

 元気だな、あの子。

 まぁこれで後顧の憂いは断った。

 後は神奈子としっぽりむふふ、だ。

 神奈子はといえば、恥ずかしさや緊張で身体を縮こませている。

 見た目は大人の女性で中身が幼気な生娘というのもアリだな。

 元々神奈子が泊まる予定だった部屋の襖を行儀悪く足で開け、器用に踵で襖を閉める。

 敷かれていたふかふか布団に神奈子を横たえ、額に軽くキスをしてやる。

 

 

「怖いか?」

「……少しだけ」

「なるべく優しくする」

 

 

 緊張と恐怖を払拭出来る様に、何度も何度も口付けを交わす。

 神奈子の唇は柔らかいのにぷるんとした弾力が有り、ツンと甘く刺激的な匂いがする。

 日本酒の香りかと気付いた時には既にアルコールが微量ながら身体に回っていて、靄が掛かった様に視界がぼんやりとしていた。

 どういう理屈かは知らないが、大量の酒を摂取した神奈子の体液はアルコール度数の強い甘露となっていた。

 夢中で神奈子の口内を貪りながら、服を脱がしていく。

 乱暴に蹂躙を繰り返す俺の舌を、恐る恐るではあるが舐め上げ、吸ってくる。

 唇を離すと銀糸が互いを繋ぐ。

 が、それには目もくれず俺は舌先を首筋から胸元へ滑らせた。

 汗ばんだ肌から立ち上る酒気に惑わされながら、丘の頂点を目指す。

 舌先が淡いピンク色の乳首を捉えた瞬間、神奈子はびくっと身体を硬直させた。

 

 

「──ぃぁ、や、んぁぁっ」

 

 

 艶めかしい声が上げる。

 どうやら乳首が弱点らしい。

 俺は神奈子に女の悦びを教える為──という名目で、少しばかり意地悪をしてやる事にした。

 散々舌先で乳首を弄くり回した後、今度は乳輪周辺を中心に向かって舐め上げた。

 勿論その際、乳首には触れない。

 焦らされて切ないのか、神奈子は仕切りに内股をくねらせ始めた。

 ここから見ても解るくらいに濡れている。

 

 

「ぁ、んっ、あっ、っぁ、契……んぁ」

「どうした、神奈子?」

「んんっ、ぁっ、なんでも、ないっ、ぁ」

 

 

 物欲しげな視線を送りながらも恥ずかしいのか言葉にはしない。

 もう充分だ、と判断した俺は乳首をくわえて強く吸った。

 

 

「っあ、あ、あひぃぃぃぃっ!?」

 

 

 突然の強い刺激に脳を揺さぶられ、たまらず嬌声を上げる神奈子。

 何が起きたのか解らず惚ける様子から、今のが生まれて初めての絶頂だったらしい事が伺える。

 虚ろな瞳を俺に向け、息も絶え絶えに尋ねてきた。

 

 

「はぁっ……はぁっ……、今の、なに、はぁ、ぁ、はぁっ……」

「今のがイクって感覚だ。凄く気持ち良かったろ?」

「う、うん、っ、気持ち良かったよ……」

「これからイク時はちゃんとイクって言うんだぞ」

「わ、わかっ、た……」

 

 

 よしよし、神奈子は良い子だな。

 性に対して何の知識も持たない生娘をこうやって調教していくのが、最近の楽しみになってきた。

 今の所ルーミア、諏訪子、神奈子の三人だけだが、その内十人くらいのハーレムでも作ってみるか。

 しかし胸だけでイクとはなかなか将来が有望そうじゃないか。

 もう一度唇を重ねながら両手で左右の乳首を、きゅっきゅっと摘む。

 面白い様に身体が跳ね、思わず何度も絶頂へ導いてしまう。

 淫猥な河を布団にとろとろ流しながら脱力する神奈子。

 これだけ濡れていれば大丈夫だな。

 身体を起こし、肉棒に神奈子の愛液をまぶしていく。

 ぬらぬらと淫靡に光を反射するそれに、神奈子は身体をびくっと竦ませた。

 どうやら男根を見るのも初めてらしい。

 

 

「ぁ、あぁっ……」

「入れるぞ、神奈子」

「ま、待って契っ、そ、そんな大きいの入らないってばぁ」

「怖かったら俺だけを見てろ」

「うぁ……っ、あ、ああぁぁぁぁっ!」

 

 

 ゆっくりと膣内へ押し入る。

 神奈子の膣内は肉棒を締め付けるだけでなく、奥へ奥へと誘うかの様に膣壁が震えている。

 間違い無く、名器に分類される膣だ。

 分け入って行くと亀頭を阻む様な感覚があった。

 処女膜だ。

 

 

「神奈子、力を抜け。力むと余計痛みが増すぞ?」

「ん、ぁ、あ、わかっ、た、ぁっ」

「行くぞ」

 

 

 一気に腰を突き入れる。

 ぶちっ、とした感覚と共に肉棒がにゅるんと奥へ沈み込む。

 

 

「かはっ、は、ひゅ、ひゅぃ、ぃぁっ、あぁぁっ、あがぁ……っ!」

 

 

 文字通り身体を貫かれる痛みに獣の様な叫び声を上げる。

 奥に突き入れたまま出来るだけ身体を動かさず、俺は神奈子の細い身体を優しく抱き締めた。

 髪の毛を梳き、頭を撫でる。

 一撫でする毎に震えが治まっていくが、完全に身体の震えが止まっても俺は撫でる手を止めない。

 自然と、労りの言葉が口から出た。

 

 

「良く頑張ったな、偉いぞ神奈子」

「……今まで生きてきて一番痛かったよ。でも、一番嬉しい痛みだ」

「そうか」

 

 

 健気に抱き付いてくる神奈子。

 流れ出た涙を指で拭ってやると嬉しそうに目を弓にする。

 かと思えば目を閉じて唇を突き出す。

 望むままキスをしてやると、何度もねだる様に舌を口の中に入れてきた。

 白磁の様な喉をこくっこくっと鳴らして俺の唾液を飲み込む。

 暫くそうやって抱き合っていると、神奈子が物欲しげな視線を向けてきた。

 

 

「あの……そろそろ動いても大丈夫だぞ」

「痛みは無いか?」

「あぁ、平気だ。だから契、一緒に気持ち良くなろう……?」

 

 

 正直神奈子を侮っていた。

 まさかここまでいじらしい可愛い女だったとは思わなかった。

 知らずに俺の腰は前後に振れていた。

 

 

「ふぁっ、ああぁっ、契、契っ」

「っ、痛く無いか?」

「お腹のなかっ、じんじんして、あぁっ、あぁん、気持ち良いよ、あっ、はぁん」

 

 

 繋がったままで居たのが良かったのか、俺の肉棒と神奈子の膣はまるで最初からセットだったかの様に相性抜群だった。

 突き入れれば神奈子が悦楽の悲鳴を上げ、引き抜けば肉棒を締め上げる膣の動きに危うく精液を漏らしそうになる。

 

 

「んぁぁっ、いいっ、気持ち良いよぉっ、契っ、契ぃっ、あ、あぁぁあぁっ、私イク、イクぅぅっ!」

 

 

 淫らに腰を振りながら絶頂する神奈子。

 潮をぴゅっぴゅっと噴きながらも、腰を振るのを止めようとしない。

 神奈子がイクのに合わせて子宮口を突いてやると、膣がキュゥゥッと精液を搾り取ろうとする。

 何とか耐えながら更に腰を突き入れると

 、神奈子は両足を俺の腰に絡めてきた。

 

 

「ちょっ、神奈子」

「ふぁぁぁん、あぁっ、あぁぁぁん、イクぅ、またイク、イクイクイクイクぅぅぅぅっ! イってるのに、イクの止まらないよぉっ、はぁっ、はぁん、んぁぁぁああぁぁぁっ!」

「そんなに締め付けたら、中に出るぞ?」

「ふわぁっ、でるぅ? んぁっ、契、なにを、ひぐぅっ! あぁっ、そこ抉っちゃやだぁ、あっあっ、イクっ、イクぅぅっ!」

「神奈子を孕ませる赤ちゃんの素だ!」

「ひぃぁっ、あくぁぁ、イクぅ、いいよぉっ、出して、契の赤ちゃん産むから、元気な赤ちゃん産むから、もっと突いてぇっ! あぁぁああぁっ、イクイクイクイクっ、イクぅっ、イっ……くぅううぅぅぅぅっ!」

 

 

 一際強い締め付けが肉棒を襲い、たまらず子宮の中へ精液をぶちまける。

 我慢を重ねていた結果か精液の量が凄まじく、見る見るうちに神奈子の腹がぽっこりと膨らみ始め、結合部からは中に入り切らなかった精液が溢れ出ていた。

 尚も蹂躙を続ける精液の放出に、神奈子は快楽の頂点から降りて来れない。

 

 

「~~ぁぁぁぁっ、イってるぅっ、イってるのにぃっ、イキっぱなしで止まらないよぉぉぉっ! あぁっ、イクイクっ、うくぁぁぁああぁぁぁ~~っ! ……ぁ」

 

 

 がくん、と神奈子から全身の力が抜けた。

 強過ぎる絶頂に脳が耐え切れなかったらしく、幸せそうなレイプ目で気絶していた。

 腰に回されていた両足が力無く布団へ落ちる。

 だが膣壁は更に精液を搾り取ろうと蠢きながら肉棒を扱いていた。

 

 

 ──起きたら精液塗れだった、なんて状況だったら神奈子はどんな顔をするんだろうな? 

 

 

 ニヤリと笑って、俺は能力を使う。

 

 

「白符『新たな信仰』『不死の標』」

 

 

 多少落ち着きを取り戻しつつあった息子が血流で膨れ上がる。

 精嚢も活発に精子を作り出し、まるで一週間オナ禁したかの様にパンパンに張っていた。

 

 

「……ぅ、ぁ、あぁ……っ」

 

 

 意識の無い神奈子は反射的に喘ぎ声を上げて膣を締めた。

 自我は無くとも本能が雄の精子を求めて身体を動かしているんだろう。

 本当にエロい奴だな、と苦笑を漏らして俺は腰を振り始めた。

 

 

 

 

 

 

「あぁ、あぁぁ、っ、あ~~~~っ、あぁん、あ~~、あっあっ、んあぁぁっ♪」

 

 

 あれからずっと犯され続けた神奈子は快楽の果てに、よだれを垂らし壊れた様に喘ぎ声を上げていた。

 既にリットルを超える量の精液を注がれた子宮は大きく膨れ上がり、妊娠四カ月と言われても疑わない程まで腹をぽっこりとさせていた。

 そんな神奈子の膣内に俺は飽きもせず、数十回目となる射精を繰り返していた。

 余りに具合が良過ぎて早漏になったかと錯覚したのはナイショだ。

 雨戸の隙間から白い光が差し込んでいる。

 知らぬ間に夜が明けていた。

 

 

「あひっ、ひっ、いひぃっ、あ、んぁっ、はぁっ、はぁっ……んぁ、あぁっ」

 

 

 悦びを滲ませ荒く息を吐き出す神奈子。

 ゆっくりと肉棒を抜き去るが、精液は殆ど溢れてこなかった。

 不死の標を使った影響で俺の精液は粘度や精子の密度が尋常では無く、液体で在るかすら疑わしいものになっていた。

 触った感じは柔らかいグミだ。

 喉奥に射精したら間違い無く窒息死だな。

 神奈子の膨らんだ腹を撫でると、少しだけ精子が膣から零れた。

 ドボッと、なかなか精子を表現するのに使われないだろう音と勢いを纏って噴出する。

 まぁ、いつまでも精子を中に溜めて置くと悪影響が有るかもしれんしな。

 一度出して置くか、と手を強く押し込んだら神奈子が悲痛な声を上げた。

 

 

「あ、っぁ、あぁ──!?」

 

 

 快感で頭が馬鹿になったままなのか、言葉を喋ってはいない。

 だが不思議な事に、何を言いたいのかは理解出来た。

 精子を外に出されるのが悲しいのだ。

 ただ残念ながら俺がそれに気付いた時には、もう腹の膨れは治まり大量の精液が漏れ出していた。

 悲しげな瞳を向けてイヤイヤと首を振る。

 殆ど力の入らない腕を俺に伸ばして、懇願してくる神奈子。

 

 

 ──ちょっとヤり過ぎたか? 

 

 

 明らかにヤり過ぎだった。

 初夜からあれだけ激しい快楽を覚えさせ、耳元で愛を囁きながら何度も絶頂させれば、こうなるのは当たり前だった。

 少し悪い事をしたな、と反省して神奈子にキスをしてやる。

 もう舌を動かすのも一苦労なのだろう、最初の時よりも拙い動きで舌を絡めてくる。

 それでも精一杯舌で奉仕し、弱々しく唾液を飲み込む。

 その姿に庇護欲をそそられた俺は、もう一度だけ腰を突き入れてやった。

 

 

「あかっ、かっ、あ? あっ、あ、んぁっ、あぁぁ~~っ♪」

 

 

 一瞬突き入れられた事に因る膣内への圧迫感に不思議そうな顔をしたが、次に伝わる快感に悦びの声を上げた。

 殆ど動いていないが、それでも俺を喜ばそうと腰を振る神奈子。

 余りに愛おしいその行動に、俺は更に激しく腰を動かして応える。

 

 

「あぁぁああぁっ、あっあっ、あぁっ、あ~~っ、あぁ~~~~ぁぁああぁっ♪」

「神奈子、好きだ。愛してる」

「ああぁぁぁああぁっ♪ あっ、あぁっ、んはぁぁぁっ♪」

 

 

 愛を囁かれるだけで絶頂する神奈子。

 散々注ぎ込んだ精子の所為でぽっかりと開いた子宮口を何度も突き上げる。

 その度に神奈子は嬌声を上げ、淫らな悦びの笑みを見せた。

 そんな神奈子が、堪らなく愛おしい。

 自然と腰の動きが、雌を孕ませる為のそれに変わる。

 どうせなら自我を取り戻した状態で絶頂させてやろうか。

 そんな事を思い付き、口の端を歪めた。

 

 

「白符『疲弊の休息』」

「あぁっ、はぁっ、あっ、んぁ……っ? あんっ、け、契……?」

「俺が解るか、神奈子」

「ふぁぁっ、あぁん、気持ち良くてぇ、ぼんやりするよ、ぉっ、あっ、はぁん」

「もう一度濃いのを注ぎ込んでやるからな、しっかり孕めよ?」

「う、うんっ、孕むぅ、契の赤ちゃん孕むぅぅっ、んぁっ、あぁぁっ、んぁぁぁああぁぁぁっ!」

 

 

 子宮口に亀頭を押し当て、限界まで中にぶちまけてやる。

 自分から生気や熱が奪われ、代わりに愛おしい女の中に全てが流れ込んでいく感覚。

 間違い無く精子全てを出し切って、俺は神奈子の横に倒れ込んだ。

 そのまま神奈子を抱き寄せて、俺の腕を枕にさせてやる。

 

 

「流石に疲れたな……」

「はぁ……っ、契ので、お腹が満たされてるよ……ふふ♪」

「悪い、加減出来なくて。キツくはなかったか?」

「んっ、大丈……いや、今もツラいな」

 

 

 俺を見ていたずらっ子の様に笑う神奈子。

 なんとなく想像は付くが、一応聞くだけ聞いてやる事にした。

 

 

「どうして欲しい?」

「どうせ会議は午後だろう? だから昼までこのまま、抱き締めていてくれ」

「抱き締めるだけで良いのか?」

「う……うん、流石にこれ以上されたら、また馬鹿になってしまう」

「馬鹿になっても、俺は神奈子を愛してるから心配するな」

「うぁ、ぁ、ぅぅ……」

 

 

 真っ赤になってしまう神奈子。

 俯くが顎を掴んで無理矢理顔を上に向け、唇を重ねた。

 触れるだけの、甘いキス。

 それだけで幸せになれるんだから、俺も随分溺れているな。

 優しいキスをしながら、俺は瞼を閉じた。

 

 

 

 

 この後昼になるまでぐっすりと寝ていた俺はルーミアと諏訪子に叩き起こされる事となる。

 神奈子の体液から摂取したアルコールが頭を蝕み、ぐわんぐわんと鈍痛を引き起こし、加えて昨夜の激し過ぎる交尾の後遺症か、腰が割れる様に痛む。

 しかし治癒さえ許されず、様子を見に来た巫女少女が昼飯の準備が整ったと言うまで俺は正座を余儀無くされた。

 今後どの様な形であれ、絶対にアルコールは摂取するまい。

 痺れた足と痛む腰と歪む視界を手に入れた俺は、そっと誓うのであった。

 



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戦の後始末。そしてカオスな食卓。

 今日の昼飯は鯛茶だ。

 鯛の刺身を醤油、白胡麻、少量の山葵、刻み海苔と共に和えて味を整え、ほかほかご飯の上に載せて更に上から熱々のお茶を掛ける。

 この時掛けるお茶は基本的に好みのもので構わないが、俺は鯛の味と白胡麻の香りを楽しむ為に、余り匂いの強い茶葉は使用しない。

 お茶だと味が物足りないという方はお茶の代わりに昆布だしのつゆを注いでも良い。

 その場合、絡める醤油の量を抑える事で程良い濃さの味と塩分控え目の健康食を両立する事が出来る。

 普段口にする事の少ない食材だが、どの様に食べても美味い魚だ。

 自分なりに改良して新たな料理を開発しても良いだろう。

 

 

「成程、勉強になるわね」

 

 

 俺の講釈を聞きながら大人ルーミアが鯛を盛り付けていく。

 その手際は地方のホテルのシェフ並みだ。

 やはり脳の処理能力が変わるのか、大人形態の方が動きは良い。

 

 

「特筆すべきは昆布との相性の良さだな。塩を振って油で昆布と一緒に炒めただけでも抜群に美味い」

「ふむふむ、今度試してみようかしら」

「すっかり料理にハマったな」

「あら、旦那様に美味しい料理を食べて貰いたい一心よ?」

「またルーミアは可愛い事を言う。その内胃袋を掌握される日が来るかもな」

「ふふっ、そうなったらケイは私から逃げられないわね」

「馬鹿だな、逃げる訳無いだろ?」

「でも浮気するじゃない」

「確かにな。……それでも、俺の一番はいつだってルーミア唯一人だよ」

「うぁ、は、恥ずかしいからそういう台詞言わないでよっ」

「照れるなって」

「照れてなんかないわよっ」

 

 

 ぷいっ、とそっぽを向くルーミア。

 頬は真っ赤だし口の端がにやけているので誤魔化せていないが、本人が大丈夫なら良いだろ。

 盆に椀と急須を載せ居間に向かうと、諏訪子と神奈子とその他二柱が卓に着き、今か今かと昼飯を待ち構えていた。

 神奈子は俺と目が合うと、さっと視線を逸らした。

 反応が実に初々しい。

 そして諏訪子、よだれを拭け。

 卓袱台に垂れそうだろ。

 皆に椀を配膳していると、一柱居ない事に気付く。

 

 

「ん、あの仮面女はどこ行った?」

「みんな、おふぁおー……」

 

 

 襖が開き髪をボサボサにしたセミロングの女が入ってきた。

 よくよく見れば相当な美人なのだが、気怠そうな雰囲気が全てをぶち壊している。

 所謂、残念な美人だ。

 目をしょぼしょぼさせながら神奈子の隣に座り、眠たげに箸を取る。

 いや、誰だお前。

 頬に汗を浮かべた神奈子が女の脇腹をつついて起こす。

 

 

「あ、アマテラス様、仮面っ、仮面忘れてますって」

「んぅ~、神奈ちゃんつつかないでぇ」

「いや、起きて下さいっ。アマテラス様、契が訝しんでますってば」

 

 

 けいってだぁれ、と眠たげな目を巡らし俺を捉えて十数秒。

 少しずつ顔付きが端正になっていき、同時に焦りの様なものが浮かんでいた。

 神奈子は如何にか取り繕おうとして女と俺を交互に見て、おっさんは困った様な笑みを浮かべて、口喧しい女は呆れて嘆息していた。

 俺はと言えば、聞き覚えの有る名前に錆び付いた知識をひっくり返していた。

 

 

「アマテラス……アマテラス……あ、もしかして天照大神か?」

「あ、私の事知ってた?」

「まぁ、有名っちゃ有名だったからな」

「契ぃ、そんな事は後にして食べようよ。ご飯冷めちゃうよ?」

 

 

 おっと、そうだった。

 積もる話は後にして、今は鯛茶に集中しなければ。

 諏訪子に急かされ鉄瓶から急須に湯を注ぎ、八十度を目安にお茶を淹れる。

 一気に香り立つ芳醇な匂いが立ち込め、食欲をこれでもかとそそる。

 

 

「じゃあ食うか」

「「いただきます」」

「いただきます、と。ほら、あんた達も食えよ、ちょー美味いぜ」

 

 

 鯛の山を崩して米と一緒に掻き込む。

 鯛の味と白胡麻の風味が舌を楽しませ、次に海苔と山葵の匂いが絶妙なアクセントとなり、飲み込むとお茶の香りがふっと鼻に抜ける。

 

 

 ──日本人で良かった。

 

 

 美味いだの不味いだのを超越し、俺は自らの出生に感謝していた。

 勿論食材を育んだ自然や、それを採ってきた民達、こうして食卓を囲んでくれた皆にも感謝の気持ちを忘れない。

 ルーミアは味の奥深さに感動しながら新しい料理を模索中。

 諏訪子は美味しい美味しいとすぐに平らげお代わりし、早くも二杯目が胃袋へ消えていく。

 おっさんは二日酔いには堪らんなぁ、と笑顔で食べ進めている。

 口喧しい女は一口食べて箸を置き、真剣な表情で俺に一言「嫁に来ないか」「謹んで辞退させて貰おうってか何で俺が嫁だよ普通婿じゃねぇのか!?」「じゃあ婿でも良いから」「行かねぇよ!?」という遣り取りをしたり。

 まぁそれ程気に入ったんだろう。

 こいつは美味い飯を食わせて置けば、案外素直で口が悪いだけの女になるから扱いやすい。

 そしてアマテラスは鯛茶を口にした途端強いショックを受けていた。

 

 

「何でこんなに簡単なものがこんなに美味しいの!?」

「そりゃ逆だ。簡単なものだからこそ、美味い味を引き出すのは難しいんだ。同じ様に作れば誰だって、そこそこの味は出せる。だが全ての食材の旨味を引き出し且つ調和させるには、食材に対する理解と料理の技術、そして食べる人に喜んで貰おうという謙虚な気持ちが必要なんだ。ご馳走とは豪華で在れば良いってものじゃない。文字通り美味いものを探して走り回り、食べる人を喜ばせる為に作った料理がご馳走となるんだ」

「あぁ、またケイの悪い癖が……」

「でも真剣に話す契って格好良くない?」

「それは同意するわ」

 

 

 熱を込めて語る俺の横で何やらひそひそと話す嫁二人。

 まぁ、二人には前に話した事だから今回は見逃してやるか。

 神奈子は食に対する俺の熱意に驚いた様で目を丸くしている。

 おっさんは我関せず、アマテラスは納得して頷きを返し、女はひどく感銘を受けたのか目をキラキラさせて俺を見ていた。

 何だ、今頃好感度上げようとしても……いや、アリだな。

 等と阿呆な考えを巡らせたりしている内に、五合炊いた米がすっかり無くなった。

 MVPはルーミアだ。

 次点で諏訪子。

 というかお前等その細い身体のどこに入るんだよ、四次元胃袋か? 

 ともあれ昼飯を終えて、いよいよ会議に移る。

 議題はこれからの国の治め方と信仰が変わる事への対処だ。

 その前に改めて自己紹介をする。

 まずは俺からだ。

 

 

「改めて、望月契だ。今は諏訪子の所で世話になっている。自分でも疑問に思う事は有るが、一応まだ人間だ」

「私はルーミア、元人喰い妖怪で今はケイの妻をしているわ。夢はケイの子供を産む事かしら?」

「んぐふっ」

 

 

 危うくお茶を噴きだしそうになった。

 恥ずかしがり屋の癖に露骨な事を仰る。

 まぁそれは叶う事間違い無いから別の事を夢にしなさい、それも叶えてやるから。

 続いて諏訪子が口を開いた。

 

 

「私は諏訪子、ここの土地神で周辺のミシャグジを纏める祟り神だよ。今は契の第二夫人で性奴隷かな」

「ぶはっ、げほっげほっ」

 

 

 今度は唾が気管に入って咽せた。

 諏訪子、それ今言う必要有ったのか!? 

 羨ましそうな、それでいて人を殺せそうな視線を俺に向けながらおっさんが野太い声を出す。

 

 

「俺はスサノオだ。好きなものは美味い食事と酒と美女、嫌いなものはモテる男だ」

「解りやすいな。美味い食事と酒を提供しながらもルーミアと諏訪子を侍らす俺はどういう立ち位置なんだ?」

「肩を組んで酒を飲み交わすが、隙あらば爆発しないかと願っている」

「神がそんなもん願うな!」

 

 

 全俺が叫んだ。

 次に口喧しい女が声を上げる。

 

 

「私は豊岡姫よ。最初は人間なんて、と思ったけど望月契、アンタは特別よ」

「そりゃどうも」

「だから嫁に来なさい」

「まだ引っ張るか!?」

「婿でも良」

「言わせねぇよ!」

 

 

 漫才としての呼吸はぴったりだ。

 存外、相性は良いのかもしれない。

 若干嫉妬の様な感情を滲ませ、神奈子が口を開いた。

 

 

「私は八坂神奈子。軍神で契の新妻だ。宜しく頼む」

「ちょっと詳しくお話を聞きたいわね。ケイ、土下座」

「朝の顛末は聞いたけど、新妻云々は初耳だなぁ。契、土下座」

「扱い酷くね!?」

「「いいから土下座っ!」」

 

 

 嫁二人に押し切られ土下座させられる。

 なんとなく悔しいから政治家でもこんな綺麗なフォームしてねぇだろ、ってくらい見事な土下座を披露した。

 

 

「あっ」

 

 

 偶然、新しいお茶っ葉を持ってきた巫女少女に土下座の現場を見られた。

 なにこれ恥ずかしい。

 巫女少女はお茶っ葉を取り替えると、そそくさと廊下を駆けて行く。

 遠くで響く「契様が諏訪子様とルーミア様に土下座強要されてた!」という声が俺の心を抉っていく。

 やべぇ、俺何か悪い事したか? 

 思い付くのは昨夜、神奈子の体液を介して行われたアルコールの摂取。

 なまじ願掛けとか見得を切ったもんだから罰が当たったのかもしれない。

 諏訪子は祟り神だしな。

 取り敢えず二人に怒りを収めて貰い、アマテラスの自己紹介。

 すまん、こんな空気になるとは正直思わんかった。

 

 

「えっと……私はアマテラス。一応大和の国では一番偉いっぽいよ?」

「何で疑問符付いてんだよ」

「皆が働いてくれるから私に仕事なんて回ってこないし……働こうとしたら皆に遊んでて良いって言われるし」

 

 

 ひょっとしてそれは戦力外通告なんじゃないのか? 

 さっと目を逸らす豊岡姫とスサノオ。

 自らニートになるんじゃなくて、周りからニートである事を強要されるとか新しいな。

 ともあれ自己紹介も終わったので早速会議に移ろう。

 最初の議題はこの国の治め方だ。

 一応進行役も兼ねて俺が口を開く。

 

 

「まずこの国を新たに治める事になった神奈子は、後で神事や奉納の際の準備や当日の動き方について諏訪子に聴く様に。信仰の集め方は後で説明するとして、大和の総本山に二割、残り八割を神奈子と諏訪子に充てようと思う。はい、ここまでで質問のある奴」

「はいはいはい!」

「はい、は一回だ豊岡姫。で、何だ?」

「二割って少なくない?」

「その疑問に答える為にこれを見て貰おうか」

 

 

 襖を開け部屋の外に控えていた巫女少女から薄い木の板が幾重にも連なったものを受け取る。

 その際巫女少女の顔が若干の憐れみと励ましを滲ませていたのは見なかった事にする。

 さっきの土下座は忘れろ。

 受け取った木の板を卓の上に広げ、一枚目をアマテラスと豊岡姫に向けてやる。

 そこには墨で民達に関するデータが書かれていた。

 製作、俺。

 

 

「何よこの記号とヘタクソな字は」

「よし豊岡姫、表へ出ろ。テメーは俺を怒らせた」

「あ、これケイの字よね?」

「言われてみれば味の有る繊細な文字ね」

「遅ぇよ! しかし記号って何だよ……あぁ、アラビア数字か。漢数字にするの忘れてたな」

「アラビア数字?」

「異国の数字だな。俺は慣れ親しんでいたんだが、まだここでは存在すらしていないかもしれん数字だ。まぁそれはいい、代わりに俺が読むからなんとなく眺めていてくれ」

 

 

 皆が居住まいを正したのを見て、ううんと咳払いを一つ。

 

 

「まずこの国の人口は現時点で三百四人。この内まだ年端も行かぬ子供達を抜いて二百八十人だ。実質この二百八十人が諏訪子を信仰で支えている」

「案外少ないわね?」

「山と湖、丘を越えれば海だからな。人が集団で暮らせる様な土地は思いの外少ない。その分一人当たりの信仰の深さは凄まじいぞ。俺が居た所では十万人に一人居るか居ないか、という信心深い人間が集まっているのがこの国だ」

 

 

 俺の言葉に目を丸くする大和勢。

 現代日本にあれだけ純粋に神を信じてる奴は滅多に居ないからな、嘘は言ってない。

 怪しい宗教家なら存外多いかもしれんが。

 

 

「それだけに一人が支える信仰の質が高い為、二割が諏訪子の神格を保つ為に出せる限界ギリギリのラインだ」

「ライン?」

「あぁ、すまん。線って意味だ。二割を超えれば諏訪子が力を失ってしまうんだ。そうするとミシャグジ連中が勝手に暴れ回って余計面倒くさい事になる」

「私も質問いいかい、契。二割を出雲に渡すなら、残りの八割は私と諏訪子で折半かい?」

「いや、神奈子には色々と無理を強いてしまうかもしれんが二人で八割の信仰を使って貰う。一人で四割じゃなく、あくまで二人で八割だ」

「契、どういう事?」

「まぁ待て諏訪子、その辺りは後で説明する。先にこっちの資料を見て貰おう」

 

 

 二枚目の木の板を差し出す。

 書かれているのは二つの円グラフだ。

 

 

「この円は民達にアンケートを取ったものだ。所謂聞き取り調査だな。題目は、信仰する神が諏訪子から代わったらどうするか」

 

 

 神奈子が身を固くする。

 そりゃそうだろう、新しく下に付く民達が自分をどう捉えているかの指針にもなるからな。

 

 

「左の円を見てくれ。結果、九割が新しい神を信仰しない。一割が無回答、その他の意見だ」

「ケイ、その他の意見って?」

「一割近くは年端も行かぬ子供達と言ったろう? 新しい神を信仰するかと聴いたら『だー、だー。あぅー』とか言われてな。貴重な意見だったから敢えてアンケートに反映させた」

「赤子じゃない!?」

「ルーミア、赤子でもこの国の民だ。将来この国を担う者に対して相応の敬意は払っても良いだろう?」

「いや、まぁ……そうだけどさ」

「安心しろ、半ば冗談でやった」

「「「「「「冗談かいっ!」」」」」」

 

 

 おぉ、突っ込みで皆の心が一つになった。

 いい事だな、うん。

 諏訪子からの半目とルーミアからのジト目は捨て置き、説明を続ける。

 

 

「次に発表するのは信仰しない理由だ。隣の円を見てくれ。内訳は七割がミシャグジの祟り、仕返しを恐れてのものだった」

「あー、ミシャグジは信仰代えられたら裏切りだーって考える奴等も多いからねぇ」

「ちなみに残り三割は『諏訪子様の縞パンニーソより素晴らしいもの等有り得ない!』という若い男連中からの評だ」

「あーうー!?」

「それって前にケイが洗脳してた人達じゃないの?」

「そうだな。──さて、次に移るが」

「流さないでよっ!」

「まぁ流させろ。代わりに民達の心配を払拭しつつ神奈子に信仰を移す方法を考えて置いたから」

 

 

 俺の言葉に思わず身を乗り出す諏訪子と神奈子。

 案外息ぴったりだな。

 他の三人も興味津々で目を向けてくる。

 ルーミアはそれを見て楽しむ俺に、呆れた様に息を吐きながら微笑んでいた。

 

 

「その方法だが、諏訪子。名字を付けろ」

「へ?」

「大和の国になるに従い、諏訪子は大和の神として生まれ変わった事にすれば良い。そうすれば民達は今まで通り諏訪子を信仰しつつ、その信仰も大和に向けられたものになる。何の問題も無い」

「ちょ、ちょっと待った!」

「お、珍しいなアマテラス。どうした?」

「大和の神に生まれ変わるって言ってもそう簡単には行かないんだけど……」

「何も文字通り生まれ変わる訳じゃない。心機一転、これからは大和の神になった気分で頑張るぞ、ってくらいの心構えで良いんだ。必要なのは変わりながらも代わらない、という事実だけだからな。今までの諏訪子じゃない、大和の諏訪子という肩書きさえ有れば、信仰を大和に属するものとして今まで通り集められる」

「えぇー……すごい屁理屈じゃない、それって……」

「屁理屈だの詭弁だの言うのは嫉妬や傲慢で気に入らない奴を一方的に悪人扱いする言葉だ。アマテラス、せっかく美人なんだからそういった発言は控える様にな?」

「はぁ~い……えへへ、美人だって」

「望月契、私にも美人って言いなさいよ」

「はいはい、美人美人」

「うふふふ、やぁねぇ、そんな本当の事言われたら照れちゃうじゃない」

「今ので良いのかよ!?」

 

 

 

 

 その後もやいのやいのと白熱した議論を交わし、気付けば日暮れまで話し合っていた。

 予想通り俺の案が取り入れられ、この国は諏訪子と神奈子の二枚看板で運営される事となった。

 信仰が割れるんじゃないかとの声も上がったが、勿論その辺りも抜かりは無い。

 美女と美幼女で構成された大和の神様ユニット『かな☆すわ』として売り出すからどちらを信仰しても元は一つだ。

 明日には早速デビュー曲として作曲ルーミア作詞俺の『信仰してよねっ』と『カミサマのヒミツ』を歌い上げ、その後サイン会と握手会も予定している。

 二月に一度のディナーショー(宴会)も予定してあり、全く隙は無い。

 おまけに俺が二人とイチャイチャする為の時間も取ってありハードなスケジュールは一切組んでない。

 クックック、こんな事もあろうかとルーミアを調教して置いて正解だったな。

 後で慰労としてたっぷり抱いてやるか。

 

 

「ケイ、また悪い顔してるわよ」

 

 

 おっと、取り敢えず今は料理に集中しないとな。

 会議の終了が遅くなったので大和勢は今日も泊まりだ。

 諏訪子のリクエストである昆布の煮しめと神奈子のリクエストであるとろろ蕎麦を手早く仕上げる。

 ん、蕎麦? 

 あぁ、なんか手で潰したら臼で挽くみたいに出来た。

 適当に水やら加えて作ってみたが、やはり夏の蕎麦は香りが数段落ちる。

 蕎麦は冬に食うのが一番美味いから仕方が無い。

 代わりにつゆに一工夫加えて本日の主役とし、蕎麦は気分を味わう立場に徹して貰う。

 邪道だがこれは勘弁して欲しい所だ。

 

 

「っと、ルーミア、そっちはどうだ?」

「ん、良い感じ」

「ふっふっふ、これを食ったら皆腰を抜かすな。或いはほっぺを落とすかもしれん」

「ケイがそこまで自信を持つなんて珍しいわね? 一体どんな味なのかしら」

「俺との性交を一日我慢したら食える、って設定したら大いに悩むんじゃないか?」

「そっ、そこまで!? くっ……早く食べてみたいわ」

「まぁ、ルーミアが食べたいって言ったら作るけどな。可愛い嫁さんの頼みだし」

「うっ……ケイ、不意打ちはズルいわよ」

「好きな娘を虐めたくなる男の心理だ。それがルーミアみたいに美人で可愛くて綺麗で素敵な女性なら尚更だな」

「くぅ……」

 

 

 真っ赤になって俯いてしまうルーミア。

 可愛過ぎるのも罪だな。

 普段幼女形態なだけに大人形態のルーミアは新鮮で良い。

 そんな風にからかいながら、次々に料理を完成させていく。

 いつも多めに作った分は、民達の所へ順繰りに巫女少女達がお裾分けに行く。

 俺が来てから始めたシステムだが、案外好評で信仰の質が更に良くなったらしい。

 そうそう、最初は全部ルーミアが作ったと思っていた男が居たんだが、ある時作っているのが俺だと解って愕然としていたな。

 大丈夫です、アリです、付き合って下さい! とかほざきやがったから取り敢えずグーパンで沈めて置いた。

 俺はノンケだ馬鹿野郎。

 ともあれ完成した料理を居間に運ぶ。

 諏訪子と豊岡姫は歓声を上げ、スサノオと神奈子は酒瓶を握り締め、アマテラスは早くも酔っ払っている。

 またカオスな夕食になりそうだ。

 案の定、賑やかと言うには喧し過ぎる食事風景が広がった。

 

 

「おぉ~、昆布の煮しめ美味しいよケイ」

「蕎麦も美味いな、この季節のものとは思えない味わいだ」

「二人に喜んで貰えたなら何よりだ」

「うひぃ~酔っ払ってないよ~だ」

「にしても男でこれだけ料理が上手いなんてねぇ。望月契、アンタ大和の神になってみない? 料理で信仰得放題よ」

「やだよ面倒くせぇ」

「なら仕方無い、私の嫁に」

「ならねぇって。大体豊岡姫も口の悪さをどうにかすりゃ充分可愛いんだから、男なんて掃いて捨てる程寄ってくるだろ」

「そんな傾国の美女だなんて」

「言ってねぇよ!」

「ふふふ~ん、ふひ~ひひふ~♪」

「望月、お前酒は造っておらんのか?」

「俺がまだ酒呑めないし、多分呑んでも旨いと感じないからな。やっぱり自分で旨いと思えるものを造りたい。ま、最初に造った酒はスサノオに献上してやるよ」

「契、私も呑んでみたい」

「悪いなスサノオ、最初の酒は神奈子に渡す事になった」

「爆発しろ」

「ぱっぱっ、ぱりらりらぱっぱ~、ぱ~りらりらりららぱらっぱ~♪」

「おい、アマテラスから酒取り上げろ。ってかラリるまで酒やってんじゃねぇ!」

「ケイ、そろそろ良い頃じゃない?」

「ん、そうだな」

「なに、契とえっちな事するの?」

「それは聞き捨てならないわね、望月契。抱くなら私を抱きなさい」

「ちげぇよ! 新しい甘味作ったから持ってくるだけだ!」

 

 

 突っ込み役が足りない。

 パソコンなら深刻なエラーがどうのこうのと表示されるレベルだ。

 ともあれ調理場に戻り、様子を確かめる。

 ……よし、大丈夫だ。

 牛乳やらグラニュー糖やら足りないのをそれっぽいもので代用したからそれなりに不安だったが、どうにか形になった様で一安心だ。

 特別な存在にあげる甘くてクリーミーな飴玉の汎用性に驚きだな。

 器に移し替え、お手製のスプーンを添えて運び込む。

 

 

「わ、何これ?」

「見た事無い色ね? 柿よりも蜜柑よりも黄色いわよ」

「これは西洋のお菓子でプリンだ。多分今まで食べた事の無い甘さだな。横に置いてあるスプーンで掬って食べてくれ」

 

 

 言うが早いか、諏訪子が早速一口。

 一瞬固まり、目一杯に星を浮かべて舌鼓を打ち鳴らした。

 

 

「美味し~い! 何これ、凄く甘くて美味しいよぉ!」

「こんなに美味しい甘味が有ったなんて……! 望月契、お代わりは勿論有るわよね!?」

「無かったら祟る!」

「お前等落ち着け、お代わりは一人三回までだ」

「どれどれ……おぉっ、これは美味しいなっ、契っ、凄く美味しい!」

「確かにこれはほっぺが落ちそうね。ケイ、私にもお代わり頂戴」

「ちょっと流しで水がぶ飲みしてくる」

「待てアマテラス、そんな足取りで大丈夫なのか?」

「こんな美味しそうなの、酔ってるまま食べるなんて勿体無い!」

「神力か何かで浄化出来ないのか?」

「それだ! ……っ、かぁぁぁぁつ! よし、いただきます!」

「これは焼酎の肴にいいかもしれん」

「そう言えば死んだ爺さんも焼酎呑んでる時に甘いもの食ってたな。お、我ながら上出来だ。まぁカラメルソースがまんまヴェル○ースなのは仕方無いか」

 

 

 賑やかな食事は深夜近くまで続き、最終的に昨日と同じ流れで解散になった。

 ルーミアと諏訪子、神奈子を布団まで運び俺も横になる。

 明日から忙しくなるな。

 そんな事を考えて、すぐに眠りに落ちた。

 



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悲しき別れ。そして新たな生命。

 

 

 

「これで今月分の集計は終わりか。やっぱりしんみりした曲よりもノリの良い曲の方が人気は高いな」

「でも『明日またハレるかな』は年配の方に人気ですね。歌詞の純粋さが若い頃を想い出させてくれる、って」

「アレか。一番最初に諏訪子が自分で作詞した曲だな」

「子供達には神奈子様作詞の『轟、オンバシラ』が人気ですね。勇ましくて格好良い歌詞が英雄譚みたいでノリノリだそうです」

「流石にそこは世代差が出るな。二人に対する意見は可愛くて微笑ましいが二割、諏訪子様のニーソハァハァが三割、同じく三割が神奈子様ペロペロ、一割が諏訪子様可愛くて神奈子様美人、残り一割がうぁー、あー、おーだな」

「だから赤子の意見はその他で纏めて置きましょうよ」

「だが今月の赤ちゃんのコーナーは女性達に大人気だぞ。ってか俺に頭を撫でられたら将来天才になる、とか根も葉もない噂が飛び交ってるんだが」

「諏訪子様と神奈子様とルーミア様が酔っ払って発言した内容ですよそれ」

「犯人思いっ切り身内じゃねぇか! ってか俺は別に神でも仏でもないぞ?」

「神様の夫なら自然と神格化するんじゃないんですか?」

「有り得そうで困る」

 

 

 卓上に広がるアンケート用紙とは名ばかりの木の板を整理しつつ、ぐっと背筋を伸ばす。

 凝り固まった関節がベキベキ音を立てた。

 その音に作業を手伝ってくれている巫女少女はくすりと笑い声を漏らす。

 

 

「どうしたよ?」

「いえ、契様は契様だなぁと改めて思っただけですよ。初めて会った時から変わらず、一生懸命で直向きな方のままです」

「そりゃ有り難い事だな。周りの環境が目紛るしく変わっていく中で、俺が俺で在り続ける事は難しい事だからな」

「照れるとそうやって格好良い台詞で誤魔化すのも相変わらずです」

「……ひょっとしたら嫁さん達より俺の事解ってるんじゃね?」

「勿論ですよ。私は契様のファンクラブ会員第一号ですからね。諏訪子様や神奈子様、ルーミア様よりも上です」

 

 

 からからと朗らかに笑う巫女少女。

 ここ数ヶ月で随分と色々な表情を見せてくれる様になった。

 芋を焼けば自分のが小さいとむくれ、自分の手より大きな椛を拾っては俺に見せて笑い、雪が降れば外に駆け出してはしゃぎ、雪合戦を始めたかと思えば俺に雪だるまを作って見せ自慢げに胸を張り。

 毎日が楽しい、そんな言葉を体現している様で見ているこちらも思わず楽しくなってしまう。

 なんだかんだで俺の使う外来語、外国語を会得するのもこの巫女少女が一番早かった。

 その延長上で様々な知識を砂地に撒いた水の様に吸収したこいつを、今では専属の部下の様に扱っている。

 部下で、友人で、放って置けない子供。

 そんな妙ちくりんな関係だった。

 

 

「……こほっ、こほっ」

 

 

 突然、巫女少女が咳き込んだ。

 身体をくの字に折り込み渇いた咳を苦しそうに吐き出す。

 背中をさすりながら能力を使う。

 

 

「白符『天使の慈悲』」

「こほっ、こほっ……はぁ、っ、あ、こほっ……すみ、ません……もう、大丈夫です」

「今日は休め、お前に倒れられたら諏訪子達が悲しむぞ」

「ふふ、そうします。……契様は、私が倒れたら悲しんで下さいますか?」

「それだけ軽口が叩けりゃ充分だな、布団まで抱えて行ってやる」

「抱いて頂けるんですか?」

「病人を襲う程鬼畜じゃ無ければ、そこまで女に飢えてもねぇよ。それに病が悪化したら困るだろ」

「この辛さも契様に与えられたのなら喜んで耐えられますよ?」

「語るに落ちたな。やっぱり辛いんじゃねぇか」

「ふふ、契様の前では嘘は吐けませんね」

 

 

 お姫様抱っこで部屋まで連れて行き、布団に優しく寝かせてやった。

 額に手を当てれば、少し熱い。

 大人しく待ってろと言い含めて桶に冷たい水を張り、手拭いを浸して巫女少女の額に乗せた。

 ひんやりとした感覚が気持ち良いのか、目を弓にする。

 隅に置いてあった火鉢を持ってきて火を入れると、少し部屋の空気が暖かくなった。

 水差しと湯呑みを用意し、隣に手製の鐘も置いてやる。

 

 

「お前には特別にこの鐘をやろう」

「これは何ですか?」

「俺の持ち得る全ての力と技を注ぎ込んだ鐘だ。なんとこの鐘、鳴らすとすぐさま美形のお兄さんがやってきてお前のして欲しい事や身の回りの世話を出来る範囲でやってくれる秘密道具だ」

「……ふふっ、それは凄いですね。なら気兼ねなく美形のお兄さんをこき使ってみますね?」

「俺が悪かった。頼むから美形の形容は忘れてくれ」

「大丈夫ですよ、私の知る限り契様より格好良い男性は存じ上げませんから」

 

 

 一頻り笑った後、巫女少女は笑みを寂しげなものに変えた。

 

 

「でも契様はいつになっても私を名前では読んでくれないのですね」

「当たり前だ、これ以上情を移されても困るからな」

「鐘を鳴らしたら承服して頂けますか?」

「──なら、早く病を治せ。快気祝いにお前を名前で呼びながら、朝まで抱いてやる」

「良いんですか? もう取り消せませんよ」

「取り消さねぇよ。なんなら俺の名に懸けて『契約』したって構わない」

「なら指切りです」

 

 

 細く小さい指を、布団の中から伸ばしてくる。

 それをしっかりと捕まえ、小指を絡めた。

 

 

「ゆ~びき~りげんまん、うそついたらはりせんぼん、の~ます♪」

「これで完璧だな」

 

 

 指を切ると、再度手が伸びる。

 ん? と視線を向けたら、顔を熱以外の理由で赤く染めながら上目遣いに見てきた。

 そのまま俺の手を握ると恥ずかしそうに声を絞り出した。

 

 

「もう少し、契様の温もりが欲しいです。だから、このままで」

「……やれやれ」

「鐘、鳴らさないとダメですか?」

「いいや、お前が安心して眠るまでこうしていてやるさ」

 

 

 頭を優しく撫でてやると、くすぐったそうに微笑んで布団に潜った。

 艶のあった髪は、少し痛んでいた。

 再び能力を使おうとして、躊躇う。

 

 

 ──生命力を回復させる事が、果たしてプラスに働くのか? 

 

 

 単純に考えればプラスだろう。

 生命力を高める事は免疫力を高める事に繋がる。

 だが、仮に細菌やウイルスにまで活性化の作用が有ると症状は悪化してしまう。

 極端な話ガン細胞なんかが生命力を得てしまえば、取り返しが付かない事になる。

 自分の能力を正しく理解していないが故、二の足を踏んでしまう。

 しない後悔より、する後悔。

 それがモットーだったハズの俺は、親しい人間の命というものを前に怖じ気付き、何も出来なくなっていた。

 そんな鬱々とした心を抱え、気付けば巫女少女は寝息を立てていた。

 

 

「──早く、治せよ」

 

 

 神奈子にも頼んで腕の良い医師を探して貰うとするか。

 俺はそっと手を離し、音を立てぬ様部屋を後にした。

 

 

 

 

 そして睦月も終わり近付いた頃、巫女少女が瀉血した。

 

 

 

 

 やっとの思いで見つけた神奈子の友人である神の医者が下した診断は、結核。

 現代では投薬による治療が可能だが、それまでは不治の病として恐れられていた病気だ。

 見立てでは保って二週間の命。

 突然突き付けられた非情な現実に、俺も皆もまともな思考は出来なかった。

 既に感染の疑いの有る俺、神で有る為に病気に罹らない諏訪子と神奈子で看病を続ける。

 ルーミアには消化に良い栄養の有る食事を用意して貰う事にした。

 持ち回りで看病する最中、ちょうど俺が担当していた深夜に、巫女少女は目を覚ました。

 

 

「おはようございます。……と言っても、もう夜中ですね」

「随分と寝坊助だな。そんなに寝てると牛になるぞ」

「胸だけなら大歓迎ですよ? ……こほっ、こほっ」

「悪い、喋らなくても良い。ほら、水で口を濯げ」

 

 

 背中を叩いて咳に混じった血を吐き出させ、口元を拭い寝かせてやる。

 手拭いを替えるのも、もう何百回を数えている。

 額に乗せてやると、弱々しく微笑んだ。

 病気の所為で身体は細く白くなり、頬は熱を帯びて紅く染まっている。

 窓から差し込む月明かりに照らされ、その姿はとても美しく儚いものに見えた。

 今にも消えてしまいそうな姿に思わず口を開き掛けるが、巫女少女は首を横に振った。

 

 

「ダメです、契様。私と『契約』したのでしょう?」

「──っ」

「大丈夫、きっと大丈夫です。だから私の名を呼ぶのは、まだ待っていて下さい」

「何でだ」

「え?」

「何でお前は、強く居られる。俺は、俺が自分に科した戒めさえ振り解きそうな程、弱ってしまった。なのに、何でお前は」

「信じているからですよ」

「……何をだ」

「奇跡を。きっとこの世界には悲しい事も幸せに変えてくれる、そんな奇跡が溢れている筈なんです。私達は、それに気付いて居ないだけ。だから一緒に信じてみませんか? そんな、奇跡を」

 

 

 そう言って朗らかに笑う。

 そこに絶望や諦めの色は無く、ただただ純粋な笑顔だけが有った。

 喋り疲れたのか眠りに就いた巫女少女はその後起きる事は無く、十日後安らかに逝った。

 

 

 

 

 喪が明けた頃、今度は諏訪子の体調に異変が生じた。

 先の事も有り気が気でなかった俺達だったが、医者は懐妊を知らせてくれた。

 諏訪子は、俺の子を授かったのだ。

 神奈子は自分の事の様に喜んで飛び跳ね、ルーミアは少し悔しそうな口調で──しかし満面の笑みを浮かべて祝福してくれた。

 途端に賑やかになる三人を眺めながら、俺は何故か縁の様なものを感じていた。

 胸を過ぎるのは、巫女少女が俺に遺した最期の言葉。

 

 

「悲しい事も幸せに変えてくれる奇跡、か。……俺も信じてみるかな」

「ん、どしたのケイ?」

「気が早いかもしれんが、子供の名前を考えていたんだ」

「契、流石に気が早いよ」

「でもどんな名前にするつもりだい? まだ男か女かも解らないだろうに」

「女の子に決まってるさ」

「自信満々だね、ケイ。なんて名前?」

「──カナエにしようと思う」

 

 

 その名前に、三人は疑問符を頭に浮かべた。

 

 

「あの子の名前かい?」

「あぁ、漢字は違うけどな。未来に向かって成長する意味の香苗も良いが、俺は鼎の文字を使いたい」

「契、理由を教えて?」

「初めての子供だからお前達、多分甘やかしまくるだろ。まぁそれは良いとして、だ。お前達三人の愛を存分に受けて育った子供が成長して大きくなったら、今度は受けた愛情以上にお前達を支える事の出来る大人になって欲しい。そんな想いを込めて、鼎だ」

「わ、素敵な名前」

「素晴らしい名前じゃないか、気に入ったよ」

「でも、契が人数に入ってないよ?」

「俺は後ろから鼎を見守り、颯爽と現れて助ける役回りだからな」

「ケイずるい!?」

「美味しいとこだけ持って行った!」

「強かだねぇ。そういう所も嫌いじゃ無いけどさ」

 

 

 再び賑やかさを取り戻した室内。

 いつもの様に馬鹿騒ぎをしながら、心の中でそっと呟く。

 

 

 ──俺も奇跡とやらを信じてやる。だから今度は鼎として逢おうぜ、香苗。

 

 

 境内の木に積もった雪が何かの弾みで地面に落ち、細かい雪が空を舞う。

 きらきらと輝く雪の向こう、春の足音は少しずつ近付いていた。

 



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閑話――人、それを凶兆と言う。

 

 

 

「ぅあっ」

 

 

 しとしと降り注ぐ雨音を聴きながら長閑に過ごしていた、弥生も中頃の昼下がり。

 台所へお茶を取りに行った神奈子が、驚いた様に声を上げた。

 

 

「どうかしたの?」

「いやぁ、びっくりしたよ。急須が突然真っ二つに割れてね」

「あ、それケイのお気に入りの急須だ」

 

 

 不思議なもんだ、と頭を悩ませる神奈子が持ってきたのは割れた急須。

 朱色の落ち着いた雰囲気の急須は縦にすっぱりと割けていた。

 余程の達人が鋭利な刃物で斬り付けない限り出来ない様な割れ方をしている。

 頭を悩ませていると食器棚からパリンと音が鳴り、ケロ子が驚いて声を上げた。

 

 

「わっ、何これ!?」

「どうしたのケロ子」

「湯呑み取ろうとしたら触ってもいないのに湯呑みが割れちゃって」

「こっちもかい。おや、それ契の湯呑みじゃないか」

 

 

 浅葱色の湯呑みが、同じ様に割れていた。

 ケロ子が知らない間に洩らした祟りの所為かとも思ったけど、それがこうも立て続けに起きるとは考えにくい。

 それにケイのものに祟りが向かうハズ無いよね、と私は結論付けた。

 結局何も解って無いけど。

 

 

「そう言えばケイは?」

「あぁ、言ってなかったかい。契は川の水が少なくて湖の水位が減ってるのを調べに行ったよ」

「例年なら雪解け水で、逆に水位は上昇してるハズなんだけどね」

「川の上流に向かって歩くって言ってたから、今頃は山の中じゃないか?」

 

 

 二人共そんなに心配はしていないみたい。

 ケイならそこらの妖怪にも負けないし、山はすぐ近くにある。

 でも、私は何故か言い様の無い不安に駆られた。

 もしかしたらケイの身に、何か良くない事が起きているんじゃないかって。

 堪らず、私は口を開いた。

 

 

「神奈子、いつ頃戻るかは聞いた?」

「一刻も有れば充分、道が悪くても三刻までは掛からないって言ってたよ」

「出発したのは?」

「ついさっきだよ。どうしたんだいルーミア、珍しく落ち着かないみたいだけど」

「ルー子、落ち着きなって。契なら大丈夫だよ、私らが殴り掛かったって傷一つ付かないんだから」

「……うん、ごめんね。なんだか不安になっちゃって」

「確かに不吉っちゃ不吉だね、契の物が壊れるなんて。諏訪子、アンタ祟り撒き散らしてないだろうね?」

「あーうー、神奈子私を何だと思ってるのさ? 契の物を壊したりする訳無いじゃない」

「ほら、お仕置き目当てとか」

「お腹に子供居なかったらそれもアリだけど、流石に今はやらないよ」

「ははは、それもそうだな。悪い悪い」

 

 

 普段通りの二人。

 掛け合いを見てると私の不安も杞憂なのかな、って思えてきた。

 まだぢくぢくと疼く心を抑え付けて、私は別の急須でお茶を入れる事にした。

 日が暮れる頃には戻るハズ。

 そう自分に言い聞かせて、私はのんびり待つ事にした。

 

 

「そう言えばルーミア、契とはどんな風に知り合ったんだい?」

「あ、私も気になる。出逢った時にはルー子の事を嫁だ、って言ってたし」

「初めて逢った時の事かぁ……えへへ」

「おっ、いきなり幸せそうな笑いが」

「ルー子、教えなさいよ」

 

 

 二人に急かされて、私はケイに逢った時の事を思い出しながら口を開いた。

 

 

 

 

 あの時の私は封印された影響でまだ力も弱ったままで、偶に山に紛れ込んで来た人間や野生動物を狩って生活していた。

 力が落ちてる所為か思考能力や精神年齢も、まぁ見た目と変わらない。

 その日もふらふらと山中を歩いていたら、急にドサッと重いものが落ちた様な音がした。

 何かなーって音のした方に近付いてみたら、そこには一人の男の子が立っていた。

 男の子は警戒した様子で私を見ていた。

 黒髪で目に何か──眼鏡という名前は後で知った──を掛けていて、その下には綺麗な黒の瞳。

 その瞳に見つめられた私は、今まで感じた事の無いドキドキに襲われた。

 一目惚れだった。

 もっと近くで彼を見たい、彼に見つめて貰いたい、彼の手を握ってみたい、彼に触れて貰いたい。

 色んな事が頭の中を駆け巡って、私は何を言えばいいのか解らなくなった。

 なんとか出た言葉は、私がいつも人間を食べる前に言う言葉。

 

 

「──あなたは食べてもいい人類?」

「は?」

 

 

 拙い、彼がぽかんとしてる。

 変な子だと思われただろうかと焦っていたら、彼は服から綺麗な包みを私に差し出した。

 

 

「俺は食べてはいけない人類だが、気さくに話し掛けてくれたお礼に飴玉をあげよう」

「わ、ありがと」

「なに、気にしなくていいさ」

 

 

 お礼を言ったら優しく頭を撫でてくれた。

 手から伝わる温かさがこそばゆい。

 中には飴というものが入ってるらしい。

 どうやって開けるのかまごまごしていたら、彼が包みを破って口に入れてくれた。

 思わず彼の指をちぅちぅ吸ってしまった。

 甘い。

 凄く甘くて美味しい。

 

 

「おいひぃ♪」

「あ、ゴミは俺が後で捨てておこう」

「ありあとー♪」

 

 

 見事に餌付けされてた。

 お礼を言うと、見惚れるくらい素敵な微笑みを返してくれた。

 格好良いなぁ。

 その後お互いに自己紹介をした。

 彼の名前は望月契。

 ケイ、って呼ばせて貰った。

 名前を呼んだだけで、ちょっぴり距離が近付いた様な気がする。

 彼はどうやら旅人みたいで泊まれる場所を探してたから、随分前から在る古い小屋まで連れて行ってあげた。

 

 

「じゃあ、わたしはここまで」

 

 

 くるりと踵を返す。

 ちょっと寂しいけど、一緒に居られるのはここまで。

 これ以上一緒に居たら私の人喰い妖怪としての性が彼を傷付けちゃうかもしれない。

 だから、帰ろう。

 そう思う直前、彼の声が掛かった。

 

 

「なぁ、ルーミア」

「んぅ?」

「家が無いならどこで寝てるんだ?」

「木の上とかかな」

「……良かったら一緒に小屋で寝るか? 外で寝るより暖かいと思うぞ」

 

 

 胸が跳ねた。

 彼の申し出は有り難いものだったし、何より私がまだ彼と一緒に居たい、って思ってたから。

 どうしよう、すっごくドキドキする。

 なんとなくドキドキを知られるのが恥ずかしくなって、私はちょっとおどけてみせた。

 

 

「んー……えっちな事しない?」

「ぶっ!? しねぇよ!」

「じゃあ、お邪魔します♪」

 

 

 彼は慌てて両手を振った。

 焦った顔も格好良かったけど、そんなに否定されたら寂しいなぁ。

 今は封印されてるけど、本当の私は大人の女性なんだから! 

 そんな遣り取りをして緊張はちょっぴり解れた。

 彼と一緒に居るだけで、なんの変哲も無い干し肉が最高の食事に思える。

 寝る時には彼が囲炉裏の側に私の布団を敷いてくれた。

 ちょっとした気遣いが嬉しい。

 堪らなく彼の事を気に入ってた私は、そのまま彼の布団に潜り込んだ。

 彼の温もりに包まれた私はすぐに寝息を立て、久し振りに幸せな気持ちで眠る事が出来た。

 

 

 

 

 

 

「……って感じかな」

「おぉー、一目惚れとはルー子らしい」

「しかし話を聴く限り、とても契とは思えないねぇ」

「なんで?」

「私の時は事情が事情だったからかもしれないけどさ、相当ルーミアに優しいじゃないか」

「確かにねぇ。私も契の飴玉欲しいなぁ」

「ちょっと優越感」

「いいもん、帰って来たら契に飴玉貰うから羨ましく無いもん」

「ははは、拗ねてたら子供に笑われるよ諏訪子」

 

 

 和やかな雰囲気で話は弾む。

 話してる間に日も暮れ、そろそろケイが帰って来る時間だ。

 多分疲れてるだろうから今日のご飯は私が一人で作ろう。

 お風呂で背中を流してあげようかな? 

 ケイも意外と照れ屋だから、封印解いた状態で背中に密着したら慌てるかも。

 あわよくばそのまま……いやん♪ 

 そんな妄想をしてたら、ケロ子にほっぺをつつかれた。

 

 

「にゃによぅ?」

「んー、なんかムカついたから。私は安定期入らないと契に抱いて貰えないしさ」

「そこは仕方無いだろう、私やルーミアからしたら契の子を孕めた諏訪子の方が羨ましいんだから」

「そうそう、ケイに抱いて貰えるのは嬉しいし気持ち良いけど、ケロ子みたいに子供を授かるのが本来の目的だし」

「あーうー、解ってるけど私も契に犯されたいのー」

「やれやれ、諏訪子の子供には淫乱さが遺伝してないと良いけど」

「ケロ子みたいにならない様に私達がしっかり教育しないとね、神奈子」

「二人共酷い!?」

 

 

 ケロ子を弄って遊んでいると、何やら玄関先が途端に騒がしくなる。

 何だろうね、と三人で顔を見合わせていた所にやって来たのは全身ずぶ濡れの青年。

 確か最近、外回りの際にケイの補佐をする様になった青年だ。

 

 

「どうしたんだい彦六、そんなに慌てて」

「やっ、八坂様、洩矢様っ、一大事です! 契様が、契様がっ!」

「ケイ? ケイがどうしたの!」

 

 

 思わず立ち上がり青年の胸倉を掴み前後にぶんぶんと振りたくる。

 と、横から神奈子に手を抑えられた。

 

 

「落ち着きなルーミア、そんなにやったら彦六も話せないだろう」

「っ、ごめん」

「げほっげほっ、いえ、自分は大丈夫ですから、お気になさらず。ルーミア様も落ち着いて聞いて下さい」

 

 

 手を離し床に腰を降ろす。

 彦六と呼ばれた青年は居住まいを正すと、自らを宥める様な口調で話した。

 

 

「契様が鉄砲水に飲まれ、行方が判らなくなっております」

 

 

 最初は意味が解らなかった。

 次に私は自分の耳がおかしくなったのかと思い、耳を揉んだ。

 外は相変わらず雨が降り続いている。

 その雨音がやけに煩く感じた。

 

 

「契様と自分は水量の調査の為、山から流れる川を上流に向かい登っておりました。足場も悪く思う様には捗らなかったのですが、中程まで進んだ時急に契様が自分を突き飛ばしました。突然の事で呆気に取られていた自分の目の前で大量の水が押し寄せ、契様を飲み込んで行きました。恐らく気温の低い山頂付近で水を堰止めていた氷が何らかの拍子で割れ、鉄砲水となって流れ出たのでしょう。自分はすぐに下流域へ向かいましたが契様の姿は見つからず、捜索の人手を借りようと一度戻ってきた次第です」

 

 

 話は半分も耳に入らなかった。

 ケイが行方知れず? 

 鉄砲水に飲まれた? 

 頭の中をぐるぐると嫌な想像だけが巡り続ける。

 

 

「彦六は一旦村長の所に行って地図を借りてくるんだ。それに契が飲み込まれた場所と打ち上がっていそうな場所に印を付けて置いてくれ。私は健脚な奴等を集めて捜索隊を結成する」

「解りました、行って参ります!」

 

 

 神奈子が青年に何か喋っていた。

 虚ろな目でそれを眺めていると、左頬にじんわりと熱が滲む。

 張られた、と気付いたらケロ子が私に詰め寄っていた。

 

 

「ルー子、気を張るんだ。何も契が死んだって決まった訳じゃ無い、そんな目をするのはまだ早いよ」

「諏訪子の言う通りさ、首根っこ捕まえて戻って来るから契に一発キツいのをかましてやりな」

「あ……うん、ごめん。二人共、ありがとう」

「大丈夫さルー子、契はすぐ見付かるって」

「ルーミア、捜索隊の食糧を作って置いてくれ。こういう時は体力勝負だからね、それにルーミアも動いていた方が気が楽だろう?」

「うん、解った。おむすび作って置く」

「私も手伝うよ、ルー子」

 

 

 すぐ様分かれて行動に移る。

 米を三升炊いて、その間に味噌汁も用意する。

 雨で身体が冷えるだろうから、おむすびの中には生姜とネギの辛子味噌和えを、味噌汁の具には人参と大根を短冊切りにしたものを。

 ケロ子には味を見て貰い、その間に器を用意して置く。

 程なく米も炊き上がり、百五十人分の炊き出しが出来上がった。

 付け合わせに沢庵を添えれば完璧だ。

 早速広場へ運ぼうとした所で神奈子が帰ってきた。

 

 

「あぁ、炊き出しはここに置いといて大丈夫だ。社を作戦本部として情報を出し各隊に報告させるから」

「でもそれだと捜すのに時間掛からない?」

「時間は掛かるかも知れないが、その分見落としや捜索範囲の重複も起きないから精度はこっちの方が高い。それに情報は集めて置きたいだろう、諏訪子」

「それもそうだね。皆一気に出すの?」

「いや、この雨だ。五十人ずつ交代で捜索に当たらせて、順次休ませた方が良い。焦って被害を大きくする訳にも行かないからな」

 

 

 間もなくケイの捜索隊、総勢百五十人が社に集結した。

 神奈子は拡大した地図を指差しながら調べる範囲や隊の内訳を指示していく。

 皆真剣に聞き入れてくれている。

 思わず胸が熱くなって、私は声を上げていた。

 

 

「それでは先発隊五十人、宜しく頼んだ。くれぐれも無茶だけはしない様に」

「あっ、あのっ!」

「どうした、ルーミア」

 

 

 皆の視線が私に向く。

 それを受け止めて、私は深く腰を折った。

 

 

「ケイの事、宜しくお願いします」

「……ははっ、心配は要らねえさ」

「契様の事だからきっとピンピンしてるだろうぜ」

「奥方様の分も頑張って来ますよ!」

「必ず見付けて来るから大丈夫だよっ」

 

 

 老若男女問わず、皆暖かい言葉をくれた。

 視界が涙で滲む。

 これだけの人望を集めたケイは、私だけじゃなく皆にも特別な存在になっていた。

 

 

 ──帰ってきたら、一発びんたしてやるんだから。

 

 

 ごめんって言ったらもう一発、ただいまって言ったらもう二発。

 両頬が真っ赤になったら許してあげる。

 そしたら心配させた分、ずっとずっと抱き付いてやる。

 寝る時も起きる時も、ご飯の時もお風呂の時も、ずっとずっと。

 だから、ケイ。

 無事に帰ってきてね。

 先発隊の皆を見送って、私はそっと祈ってみた。

 

 

 

 

 それから数刻。

 雨はまだ降り続いていた。

 深夜となり今日の捜索は打ち切られまた明日、日の出と共に再開する予定。

 まだ、ケイは帰ってこない。

 ケロ子はお腹の子供の事があるから、早めに寝かせた。

 神奈子も明日に備えて最後の報告を受けてからすぐ床に就いた。

 私は布団に入ったけど眠れず、気が付けば調理場の椅子に座っていた。

 なんでかは解らない。

 きっと、お腹を空かせたケイが帰ってきた時にすぐご飯を作ってあげられる様にだろう。

 やる事も無いまま呆けている内に夜が明け、私は皆の朝ご飯の用意を始めた。

 しばらくすると匂いに誘われたのか、神奈子が起き出してきた。

 

 

「おはよう、神奈子。炊き出しはもう少しで出来るよ」

「おはよう、ルーミア。……アンタ寝たのかい?」

「ううん、流石に気が高ぶっちゃって。皆を送り出したら寝かせて貰うから、心配しないで」

「無理はするんじゃないよ? 契が帰ってきた時にルーミアが倒れたんじゃ、何にもならないからね」

「ん、了解」

 

 

 神奈子に昨日の残りで作った雑炊を振る舞って、のんびりお茶をすする。

 湯飲みに映った顔は、少しやつれて隈が出来ていた。

 いけないいけない、こんな顔だったらケイに笑われちゃうよね。

 その後皆に炊き出しを振る舞いケロ子に栄養の付くものを食べさせた私は、再び調理場の椅子に座っていた。

 この椅子は、ケイが私の為に作ってくれた特製の椅子。

 木を切り倒して角を取り何度も擦って表面を滑らかにして小さな座布団と枕を取り付けて完成した、私専用の椅子。

 座っているだけで、ケイに抱き締められている様な、そんな気分になる。

 枕も座布団も、ケイが使って古くなったものを修繕して作ったもの。

 だから、ケイの匂いがする。

 幸せな匂いに包まれながら、私はお昼ご飯の支度を始めるまで眠る事にした。

 

 

 

 

 次の日も、その次の日も、ケイは帰ってこなかった。

 神奈子は捜索の範囲を広げ、湖周辺から更に下流域まで広げる事にしたみたい。

 ケロ子は自分も参っているだろうに、私の事を心配して気に懸けてくれている。

 私はと言えば、すっかりこの椅子でしか眠れなくなっていた。

 朝昼晩の支度と皆で 食卓を囲む以外は、ずっと椅子で眠り続ける様になった。

 しばらくそんな日が続き、神奈子にもう炊き出しの用意は要らないと言われた。

 気付けば一月経っていたらしい。

 これからはゆっくり出来るなぁと思った所為か、私の睡眠時間は少し延びた。

 起きている時間より眠っている時間の方が長くなってからしばらく経った。

 まだ、ケイは帰ってこない。

 

 

 ──会いたいよ、ケイ。

 

 

 私の身体を抱き締めて、また優しく頭を撫でて欲しい。

 びんたもしない、付き纏ったりもしないから、帰ってきて。

 美味しいご飯も用意するから、ケイの好きな鯖の味噌煮も作ってあげるから。

 ね、一緒に食べよ? 

 

 

 

 

 ある日、私はご飯時でも無いのに目が覚めた。

 何となく理由が判り、すぐに大量のお湯を沸かした。

 少しして神奈子が血相を変えて調理場に走り込んできた。

 ケロ子が産気づいたみたい。

 用意してあったお湯を盥に張り、どんどん部屋へ持って行く。

 粗方運び終わったら、ケロ子の手を握って安心させてやる。

 親がケイだからか、お産の方法は人間と同じだった。

 ケロ子が金切り声を上げて、産婆さんが玉の様な子を取り上げた。

 女の子だ。

 元気に泣く子はケロ子に抱きかかえられると、安心した様に指をしゃぶり始めた。

 おめでとうって言ったら、ありがとうって返された。

 神奈子は感極まって、ぽろぽろ涙を流して喜んでいた。

 

 

 ──ケイ、あなたの子が、産まれたよ。

 

 

 可愛くて、利発そうで、優しそうな女の子だよ。

 きっとこの子も、ケイに会いたいって思ってるよ。

 だからケイ、早く帰ってきなよ。

 暖かい家族が、待ってるよ? 

 

 

 

 

 夏が過ぎて、秋が終わり、冬を越えて、また春がやってくる。

 あの子も──鼎もすっかり大きくなって、今じゃ男の子よりわんぱくに育った。

 神奈子はすっかり鼎にデレデレしてて、すぐに甘やかそうとしてはケロ子に怒られている。

 私は食事の時しか話してないけど、とても真っ直ぐな子に育ってるのが解る。

 偶に、起きたら私の膝の上で寝てる事もあって、凄く微笑ましい。

 けれど私はそれとは別に、少し恐怖の様なものを感じていた。

 椅子から漂うケイの匂いが、薄れてきた。

 ケイの声が聴きたい、ケイの温もりに触れたい。

 少しずつ、私の中のケイが消えていく。

 

 

 ──やだよ、いなくなっちゃ、やだ。

 

 

 夢の中ではいつも側にいて、優しく抱き締めてくれるケイ。

 でも、最近その夢も見る回数が減ってきた。

 ケイの夢を見た後は、決まって頬に涙の後が残ってる。

 ケロ子や神奈子が心配してくれるけど、私はまだ大丈夫。

 だって、約束したから。

 ケイと『契約』したから。

 私を母にしてくれる、って。

 きっと鼎みたいに素敵な子供になる。

 だって、私とケイの子供だもの。

 だからケイ、早く帰ってきて私を抱き締めて。

 壊れちゃうくらい乱暴にしてもいいから、代わりにケイの温もりを感じさせて。

 ケイさえいれば、どんな困難だって頑張れるから。

 ケイ、待ってるからね。

 

 

 



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第二幕
春の目覚め。そしてリハビリ生活。


 真っ暗な闇。

 上も下も右も左も解らない闇の中で、誰かの声が聞こえる。

 視界全てを黒一色に塗り潰されている所為で、自分の体勢を整える事さえままならない。

 それでも声のした方へと足を向けると、見渡す限りの黒の中に、ぽつんと金の色が浮かんでいた。

 金の色が、揺らぐ。

 

 

「────」

 

 

 声が聞こえる。

 誘われる様に足を向け、金の色を追う。

 近付いたと思う度に、金の色はふわりと舞いながら離れてしまう。

 足が重い。

 誘われる方向へ進むに連れ、重圧が増す。

 

 

「────」

 

 

 また、声が聞こえる。

 幾度と無く追い縋るが、その度に距離を離されてしまう。

 鉛でも巻き付いているかの様に重い足を上げ、それでも追う事を止めない。

 

 

「────」

 

 

 まだ、声が聞こえる。

 少しずつ周囲に明かりが生まれ始める。

 重く沈み込む足を無理矢理振り上げ、前へ前へと進む。

 やがて光が勢いを増し、視界が光に埋め尽くされていく。

 不意に、金の色が揺れる。

 何故だか解らない。

 けれどその色をこの手に抱きたくて、右手を前に伸ばす。

 瞬間、世界から全ての色が消えた。

 

 

 

 

 眩い光が目を刺激する。

 力が入らない瞼を無理矢理こじ開け、弱々しくも目を開く。

 視界いっぱいに光が飛び込み、思わず眉をしかめた。

 徐々に目が慣れうっすらと色が生まれる。

 最初に飛び込んで来たのは、緑。

 鮮やかな緑が揺れその下の柔らかな紅が、じっとこちらを見ていた。

 

 

「あら、漸くお目覚め?」

 

 

 優しく慈愛に満ち溢れた声。

 その声を聴いて目の前にあるのが人の顔で、それが女性だと解った。

 ぼんやりとした頭で何かを喋ろうとし、

 

 

「────」

 

 

 声が出ない事に気付いた。

 喉だけでなく、肺まで渇き切っている。

 口をぱくぱくさせていると、女性は水差しからコップに水を注ぎ渡してくる。

 受け取ろうとするが、手はピクリとも動かない。

 次第に瞼も下がり意識も朦朧としてくる。

 不意に、唇に何かが触れた。

 ゆっくりと唇を割り少しずつ水が流れ込んできた。

 力を振り絞り、なんとか水を飲み込む。

 水分を得た喉は冷たさに震え、体内に滑り落ちた水はすぐに吸収されていく。

 唇から何かが離れ、熱が空気に冷やされた。

 

 

「まだ寝てなさい」

 

 

 聴いているだけで安心出来る優しい声が、耳を擽る。

 程なくして意識が吸い込まれていき、再び夢の世界が姿を現していった。

 

 

 

 

 目が覚めて、何故か飛び上がりそうになった。

 でも全身が動かず、僅かに首が動くだけに留まる。

 一先ず状況を把握しようとして頭を落ち着ければ、白い天井が目に映った。

 

 

「……っ、ぁ、っぅ」

 

 

 知らない天井だ、と言おうとしたら掠れた様な音が聞こえた。

 自分の声がその音だと気付くのにしばらく掛かり、途端に喉、いや全身の渇きが襲ってきた。

 水が欲しい。

 その思いに応えたのは、聖母の様な微笑みを湛えた緑髪の女性だった。

 

 

「水よ、飲みなさい」

 

 

 彼女が差し出してきたコップを受け取ろうとするが、身体は全く動かない。

 なんとか上体を起こすと、女性はコップを口元に持ってきてくれた。

 ゆっくりとコップを傾け、咽せない様に気遣ってくれる。

 あっという間に水を飲み干し四杯目を胃に収めた所で、ようやく人心地が付いた。

 

 

「さっきよりは回復したみたいね」

「あ、あの、あぃ、あ」

「ゆっくり、落ち着いて喋りなさい。急がなくてもいいから」

「あの、ありがとう、ございます」

「どういたしまして」

 

 

 柔らかく微笑み、身体を元の状態に寝かせてくれる。

 身体を起こすだけで相当な負担だったらしく、全身にどっと疲れが押し寄せた。

 

 

「長い間寝てたんだから、まだ身体を動かすのは無理ね。今は体力を回復させる事に専念なさい」

 

 

 女性は額にキスをして離れた。

 すぐに眠気が意識を刈り取っていく。

 眠りに落ちる直前、ふっと花の香りが広がっていった。

 

 

 

 

 それから一週間、緑髪の女性に看病される日々が続いた。

 まだ動き回るまでには至らないものの、身体を起こして会話するのに支障が出ない程度には回復した。

 緑髪の女性は、名を風見幽香と言う。

 白いシャツの上に赤いチェックのベストを羽織り、同じ赤いチェックのスカートを履いている。

 スタイルも良く、最初はモデルかと思ったものだ。

 そして自分の自己紹介の段となり、名前を言おうと口を開いた所で──固まった。

 

 

「僕は──誰だ?」

 

 

 冗談かと思った。

 必死に自分が何者なのか探ろうとするが、頭の中は靄が掛かった様にハッキリしない。

 何も判らず、何も思い出せなかった。

 経歴不明、身元不明、判ったのはどうやら僕は記憶を失っているらしいという事だけ。

 混乱し続ける僕に、風見さんは紅茶の入ったカップを差し出した。

 

 

「飲みなさい、落ち着くから」

 

 

 言われるまま口を付けると、紅茶の香りが身体に染み込み空回りしていた脳を幾分宥めてくれた。

 

 

「……美味しい」

「そう、口に合って良かったわ」

 

 

 風見さんは優しく微笑んで、僕の頭に右手を伸ばした。

 ぽふりと置かれた所から、風見さんの体温が伝わってくる。

 

 

「今は身体を休ませる事だけを考えなさい。別に貴方が何者でも、私は追い出したりしないから」

「……良いんですか? もしかしたら僕は凄く悪い奴で、風見さんに危害を加えるかもしれませんよ」

「ふふっ、馬鹿ね貴方は。そんな事を他人に言ってる時点で悪人失格よ」

 

 

 くすりと笑って風見さんは手を離す。

 急に温かさが失われて、思わず目で追ってしまった。

 

 

「随分と甘えん坊ね?」

「あ、いえ、その」

 

 

 恥ずかしさや照れくささに戸惑っていると、風見さんが再度手を伸ばした。

 細い指先が、髪の毛を優しく梳いていく。

 気付けば目の前に風見さんの顔がある。

 鮮やかな緑色の髪、紅く綺麗な瞳、黒く長い睫毛、筋の通った鼻、白くすべすべな肌、桜色の蠱惑的な唇。

 美の女神だって裸足で逃げ出しそうな美しく魅力的な顔がそこにあった。

 見惚れていると、風見さんの頬が少しだけ赤みを帯びた。

 眉尻を下げて、咎める様に言う。

 

 

「余り見つめられると恥ずかしいわ」

「あっ、すいません。風見さん、凄く綺麗だから……」

「っ、そ、そう」

 

 

 熱に浮かされた様な意識に突き動かされ、何か変な事を口走った気がする。

 目を逸らしてもじもじしながら、偶に目が合うと二人揃ってすぐに逸らす。

 いつの間にか手は撫でる動きを止め、指先で僕の髪の毛をくりくりと弄っていた。

 風見さんからは良い匂いもするし、段々と頭がくらくらしてくる。

 

 

「は、花の手入れしてくるわね」

「あ、風見さん……」

 

 

 言うが早いか、風見さんは脱兎の如く走って行ってしまった。

 呆気に取られた僕はしばらくぽかんとしていた。

 起きてるのも疲れるので横になる。

 なんとなく、風見さんが弄っていた髪を触ってみる。

 ふわっと花の香りが弾けた。

 風見さんの匂いだ。

 何故だろう、本来は気分を落ち着ける為の香りが、風見さんのものだと意識した途端に物凄いドキドキを呼び覚ます。

 

 

 ──記憶が無いってのにドキドキしてるだなんて、存外僕は逞しい人間だったのかもしれないなぁ。

 

 

 それを差し引いても風見さん美人だし、ちょっと見惚れるくらいは仕方無い。

 そう自分を納得させた。

 取り敢えずは現状把握が肝要だ。

 一体僕は何者で、どこから来たのか。

 何かヒントが有るかも、と身体に特徴的な箇所が無いか届く範囲を眺めてみるが特に異常は無かった。

 次に自分の嗜好や性癖なんかも思い返してみる。

 自分がどんな人間だったのか推察する為の良い材料になるかもしれない。

 うんうん頭を悩ませている内にすっかり寝入ってしまい、気付けば日が昇る所だった。

 

 

 

 

 更に数ヶ月が経った。

 体力も何とか回復して走り回れる様になり、今は風見さんの畑で農作業をしている。

 風見さんは花の妖怪らしい。

 妖怪というより女神じゃないかな、って言ったら顔を真っ赤にして照れてた。

 綺麗で美人なのに可愛いとか反則だよね。

 でも妖怪とは信じられなかった。

 優しくて親切で長閑な妖怪なんて聴いた事が無い。

 まぁ僕自身も人間とは思えないスペックを披露してたけどさ。

 朝から晩まで鍬を持ってるのに、筋肉痛にならない所か疲れて腕が重くなる事すら無い。

 精神的には疲れても肉体的にはまだまだ元気いっぱいだ。

 ちょっとした妖怪並みの体力だって風見さんが言ってくれたから、少し嬉しかった。

 風見さんと同じ妖怪、って響きだけで顔がニヤケてくる。

 

 

「っと、いけない。早く片付けないと」

 

 

 肥料を入れた袋の口を縛り、台車にポイポイ投げ入れ積み上げていく。

 物置に戻したらお昼ご飯の時間だ。

 風見さんの料理は素朴ながら味付けが濃いめで、働いた身体には堪らない美味しさ。

 僕の好みにぴったり合っていて、密かに風見さんの手料理を独り占めしている事に優越感を感じている。

 今は居候だけど、その内友人にランクアップしたい。

 恋人にもなりたいけど、風見さんに釣り合うだけの男になるまでそれは我慢だ。

 肥料を仕舞い込むと風見さんが窓から身体を乗り出して僕を探していた。

 目が合うとにっこり笑う。

 

 

「ご飯が出来たわよ」

「……あ、はい」

「どうしたの?」

「風見さんが綺麗だったので見惚れてました」

「っ、も、もうっ、早く手を洗って戻って来なさい」

 

 

 顔を赤らめて中に引っ込んでしまう。

 そんな反応も可愛いと思う辺り、だいぶハマってるなぁとは感じる。

 作業手袋を懐に仕舞いながら、僕は素敵な妖怪の住む家へと戻っていった。

 



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咲き誇る花。そして乱れる花妖怪。※

 風見さん……いや、幽香さんの家に居候してから五年経った。

 僕も名無しじゃなくなり、今は望月契と名乗っている。

 幽香さんが僕を発見した時に着ていたという学生服の袖裏に、その名前が刺繍されていたのを見つけた。

 僕が着てたものに書いてあったなら僕のものだろう。

 ただまぁ、一切の記憶は戻っていない。

 死ななかったのが不思議なくらいの様相だったらしいから、命が有るだけ儲けものなのかもしれない。

 きっと幽香さんに会う為に溺れて幽香さんと話す為に生き返ったんだ、って言ったら顔を真っ赤に染めてそっぽ向いてた。

 幽香さん萌えー。

 僕の名前が判ってからは幽香さんを名前で呼ぶ事にした。

 その方がもっと幽香さんと仲良くなれそうな気がしたからだ。

 そんなこんなで、植えたトウモロコシが実を結ぶくらいには時間が過ぎた。

 農作業にも慣れ、良い感じに筋肉も……付いてない。

 不思議な事に僕の身体はこの五年間、殆ど変わらなかった。

 着ていたのが学生服って事は思春期真っ只中の高校生若しくは中学生だと思う。

 割れた眼鏡も多分僕のものだろうから、前の僕は眼鏡を掛けた学生だろうって事は推測出来る。

 そんなひょろ眼鏡の僕が、果たして五年も経って成長しないなんて事が有り得るんだろうか。

 色々考えてみると謎が次々に出てくる。

 そもそも学生服の知識が有る以上僕は現代日本の生まれだ。

 幽香さんの妖怪発言を冗談や揶揄だと仮定しても、周囲の状況がイマイチ判断に困るものだ。

 幽香さんとピクニックに行った時に山の頂上から辺りを見渡してみると、豊かで荘厳な大自然──と言えば聞こえは良いが、詰まる所辺鄙な山間部の風景が広がっていた。

 日本の山奥にこんな場所が有ったのか、と訝しんでしまう。

 困った事に山の雰囲気は日本のものだ。

 外国の山々とはまた違ったわびさびを感じさせる辺り、やはりここは日本なのだろう。

 

 

「……心ここに在らず、って顔ねケイ」

 

 

 目の前で揺れるウェーブの掛かった緑髪と、玉を弾いた様な透き通った声。

 気付けば幽香さんが僕の顔を覗き込んで首を傾げていた。

 

 

「いやぁ、実は」

「嘘ね」

「……ボケるより先にツッコミを入れないで下さいよ」

「なら最初から真実だけ話しなさい。そうしたらツッコミは入らないから」

「ボケられないじゃないですか」

「あら、不思議ね?」

 

 

 喉を鳴らして楽しそうに笑う幽香さん。

 最近僕に対してちょっぴり意地悪な事を言ってくる様になった。

 その分距離が近付いた様に感じる僕は程良く調教……躾られてきたに違い無い。

 

 

「ちなみにどんなボケを言おうとしていたのかしら?」

「幽香さんとの間に産まれてくる子供の名前を考えていました」

 

 

 ぽんっ、と音が鳴った様に錯覚するくらいの勢いで幽香さんの顔が赤く染まる。

 相変わらずこういう話には耐性が無く、なかなか初々しい反応が返ってくるのが楽しい。

 いつも優雅で落ち着いた雰囲気の幽香さんとは思えないくらい、口をあわあわさせて手をぶんぶん振りたくる。

 その動きが小動物を思わせて可愛い。

 と、僕のニヤニヤに気付いた幽香さんがむっとした顔で僕の頬を抓った。

 

 

「いだだだっ!」

「そう言う破廉恥な事を言うのはこの口かしら?」

 

 

 危うくうにょーんと頬が伸びる所だった。

 照れ屋な幽香さん萌えー。

 と、僕の邪念を感じたのか再度手を伸ばしてくる幽香さん。

 その手をさっと掴んで引き寄せる。

 

 

「きゃっ」

 

 

 ふかふかのベッドに背中から倒れ込み、如何にも僕が押し倒された様な格好に。

 胸板に幽香さんの豊満なおっぱいが当たり、その柔らかな胸がむにゅりと押し潰されている。

 

 

「幽香さんったら、そんな事言ってノリノリじゃないですか」

「こっ、これは違うわよ! ケイが倒れ込んだからこうなっただけでっ」

「どっちでもいいですよ、それより楽しみましょう?」

「ちょっと、あっ、ケイってば、あんっ」

 

 

 抱き竦めて服の上からお尻を撫でる。

 形の良い小尻は程良い弾力が有り、むにむにと掌を押し返してくる。

 何か言おうと口を開いた所へ唇を重ねる。

 その紅い双眸が驚きに見開かれ、徐々に潤みを帯びてくる。

 こうやって身体を重ね合うのも初めてじゃない。

 今日みたいに雨が降る日はやる事が無いから、二人で子作りに励んでいるのだ。

 最初は催淫効果の有る花を部屋に飾ったり精の付く料理を作ったりと搦め手を使ってきた幽香さんだったけど、余りに僕が何もしない──ムラムラして襲い掛かってこないもんだから勢い余って逆夜這いに来たんだ。

 僕を虜にするつもりだったみたいだけど、先に音を上げたのは幽香さんだった。

 溜まってた所為か絶倫と化した僕に良い様に弄ばれ、すっかり骨抜きアヘ顔性奴隷状態にまで追い込まれた幽香さん。

 以来、性的な目を向けられただけで力が抜けちゃう淫乱幽香さんが出来上がった。

 色んな意味でやり過ぎた。

 そして今も、全身から力が抜けて僕の舌を可愛らしく吸っている。

 

 

「んっんっ、ちゅ、ちゅるっ」

「んく……っ、ふふ、すっかり淫乱になっちゃったねぇ、幽香さん?」

「そ、そんな事無いわよ! いやらしいのはケイの方、っ、んひぃぃっ!?」

「あれ、幽香さん僕に口答えしちゃうの? 淫乱な雌奴隷の癖に生意気だね?」

 

 

 ブラウスの隙間から右手を滑り込ませて、可愛い乳首を捻り上げる。

 びくぅっ、と身体を揺らして逃がそうとするのを左手で抑えながらスカートのチャックを下げて脱がしに掛かる。

 

 

「ひぎ、ぃっ、イヤぁっ、痛いぃっ!」

「ほら幽香さん、ごめんなさいは?」

「ごっ、ごめんなさ、いひぃっ!」

「ちゃんと謝ったから許してあげるね。幽香さん良い子良い子」

 

 

 衣服を全て脱がしながら頭を優しく撫でてあげる。

 眉尻を下げて僕を見上げる瞳には、若干の怯えが浮かんでいた。

 それを解す様に捻り上げた乳首を口に含み優しく舐める。

 舌先がツンと上を向いた乳首に触れ、幽香さんは嬌声を上げた。

 

 

「ひぁっ、あっ、あぁん」

「ちゅっ、ちゅぷっ、ごめんね幽香さん、痛かったでしょ?」

「あんっ、はぁん、とっても痛かったわよぉ……だから、んっ、もっと舐めて、痛いの忘れさせて、あぁんっ」

 

 

 ちょっぴり素直になった幽香さんと身体を入れ替え、上に跨がり組み伏せる。

 右の乳首を舐め回しながら左手で左の乳首をくにくに弄り、右手でクリトリスをきゅっきゅっと扱き上げる。

 

 

「んぁぁっ、それダメっ、あぁっ、や、イヤぁっ、おかしくなるぅぅっ!」

 

 

 淫らな花弁から何度も蜜を噴き出し、快楽の頂に至る。

 普段の清楚な雰囲気とは正反対の淫靡な表情で喘ぐ幽香さんが堪らなく可愛い。

 ズボンを下げて肉棒を取り出し、花弁に押し当てる。

 にじゅっにじゅっ、といやらしい水音が上がる様に擦り付けると、幽香さんはイヤイヤと左右に首を振った。

 

 

「イヤっ、恥ずかしい音させないで」

「じゃあこれで止めます?」

 

 

 腰の動きを止めると、幽香さんの紅い瞳からぽろりと雫が流れ落ちた。

 切なげな眼差しが僕を射抜く。

 

 

「意地悪しないで……ケイの事を、もっと感じたいのよぉ……」

「あぁもぅ、幽香さんは可愛いなぁ。イジメたお詫びに、たっぷり種付けしてあげますからね」

「えっ、あ、ふわぁぁっ!」

 

 

 狙いを定めて亀頭を膣内にゆっくり差し込んでいく。

 止め処なく溢れかえる蜜で抽送はかなりスムーズだ。

 とろとろに溶けた膣内はやわやわと肉棒を扱き上げ、早くも射精を促す動きを見せ始める。

 欲しがり屋さんめ。

 一息に子宮口まで突き上げると、膣が収縮して高い鳴き声が上がる。

 

 

「あれ、イっちゃったんですか?」

「……っ、ひぅっ、だって、ケイのおちんちんが大き過ぎるからぁ……」

「淫乱ですねぇ」

「そ、それは、っぁ、ひぐっ、うぅっ、うぁ、あ、あぁぁっ!」

 

 

 また口答えしそうになった幽香さんを突き上げる事で中断させた。

 イジメるのも楽しいけど、余りやると後が怖いからね。

 序でに腰の振りを速くして子宮口をつんつん刺激してやる。

 いきなりトップスピードで与えられる快感に、幽香さんは目を白黒させていた。

 

 

「うぁ、あぁん、んぁぁあっ! やぁっ、やだっ、そんなに速くしないで、あぁっ、ダメっ、気持ちイイっ、はぁぁぁん!」

「幽香さん、もっといやらしい声聴かせて下さい」

「イヤっ、やぁっ、恥ずかしいから、んぁっ、あっ、んひぃぃっ、ひっ、ひぁぁっ、それダメぇっ、赤ちゃんの部屋に入っちゃダメぇっ!」

 

 

 無論、入る訳が無い。

 だけど幽香さんは余りに子宮口を叩かれるものだから、僕が押し入ろうとしてると勘違いしたらしい。

 その間も噴水の様に潮を噴き散らしながらイキ続ける。

 僕もそろそろ射精が近付いてきた。

 腰の動きを更に速めて、何度も何度もGスポットと子宮口を刺激する。

 と、その動きに合わせて幽香さんは両脚を腰に絡み付けて中以外に射精出来ない様にしてきた。

 

 

「んぁぁっ、出して、中に出してぇ、ふぁぁっ、イク、イクの止まらないぃ、ケイのおちんちんに種付けされてまたイクぅぅぅっ!」

 

 

 鈴口が弾け、濃厚な精液が膣内を満たし子宮を汚していく。

 どろりと胎内に流れ込む感覚に、幽香さんは絶頂を抑えきれない。

 

 

「ひぁっ、あぁっ、赤ちゃんの素出てるぅ、またイクのぉ、あっあっ、あぁん、イクぅ、イってるのに、またイクぅぅぅ……っ」

 

 

 ぴゅくぴゅくと潮を噴き上げ、全身をぶるっと震わせる。

 ようやく潮が途切れたかと思えば、今度は黄金色の水がちょろちょろと溢れ出した。

 シーツを染め上げた小水が跳ね、肉棒や玉袋に掛かる。

 

 

「ふふ、またおもらしですか?」

「いやぁ、見ないで……気持ち良くて止まらないの、あぁん、ケイにおしっこ見られて、またイクぅ……」

「すっかり変態ですね。おもらししている所を見られてイクなんて」

 

 

 とろ顔で喘ぎ続ける幽香さんに、優しくキスをする。

 最初に身体を重ねた時にやり過ぎたのか、幽香さんは中出しされるとおもらしする癖が付いてしまった。

 嬉ションとか犬レベルの行為だ。

 今度幽香さんに犬耳でも着けてあげよう。

 勿論首輪としっぽもセットだ。

 疲れ果てて気絶する様に眠った幽香さんの頭を優しく撫でながら、僕はしばらく雨音に耳を傾けていた。

 

 

 

 

 後始末を終えて絶賛正座中の僕。

 目の前では真っ赤な顔でそっぽを向く幽香さん。

 毎回えっちの後はこうやって……反省会? が行われる。

 勿論僕のやり過ぎに対して幽香さんが照れ隠しに抗議する、といった内容だ。

 そして毎回、僕は幽香さんの機嫌を取る為に愛を囁く羽目になる。

 日頃茶化しながら愛を伝えている僕だけど、面と向かって言うのは案外恥ずかしい。

 

 

「あのー、幽香さん?」

「何よ、鬼畜眼鏡さん」

「いや、僕今眼鏡掛けてないん「何?」なんでも無いです」

 

 

 おっかないよ幽香さん! 

 冷や汗を額に浮かべながら、僕は身体を折り畳み手をカーペットに着け頭を擦り付けた。

 ジャパニーズDOGEZAスタイルだ。

 惚れ惚れする程の美しいラインを描き伸びる背筋、黄金律を表した指先の角度、潔いまでの頭の下げ具合。

 多分僕は記憶を失う前は土下座の達人だったに違い無い。

 

 

「ごめんなさいでした」

「ん、宜しい」

 

 

 正座して向き直った幽香さんの瞳には、ありありと期待の色が滲んでいる。

 最初の頃は僕をイジメるのが楽しくてニヤニヤしてたのに、いつの間にか囁かれる愛の言葉の方が楽しみになってるみたいだ。

 僕は幽香さんへの美辞麗句を並べ立てようとして口を開き──止めた。

 途中で動きを止めた僕を怪訝そうに見る。

 その綺麗で可愛い顔がどんな風に崩れるのかなぁ、と内心ニヤニヤしながら再度口を開いた。

 

 

「風見幽香さん」

「な、何よ?」

「僕と結婚を前提に付き合って下さい」

 

 

 僕の言葉にぽかんと口を開ける。

 今までなんだかんだでちゃんと告白して無かったし、そろそろ身を固めてもいいかも知れない。

 幽香さんは徐々に頬が赤く染め、はっきり色が変わったと気付ける程になった瞬間、かふっ、と息を吐いて後ろに倒れた。

 

 

「え、ちょ、幽香さんっ!?」

 

 

 慌てて抱きかかえると幽香さんは目を回していた。

 感情が心の器から溢れ出てしまったんだろうか、揺すってもつついても反応が無い。

 返事を貰えると思ったら失神された、とかどこの漫画だよ! 

 思わず途方に暮れて天を仰ぐ。

 あ、天井に染み発見。

 今度壁紙も張り替えなきゃなぁ、とぼんやりしていたら腕の中で幽香さんが目を覚ました。

 僕と目が合って、また固まる。

 

 

「おはよう、幽香さん」

「……お、おはよう、ケイ」

「早速ですけど返事聞かせて下さい」

「う、あ、その」

 

 

 もじもじつんつん、と人差し指を突き合わせながら上目遣いに見上げる幽香さん。

 余りの破壊力に鼻血が出そうだ。

 

 

「その……私なんかで、良いの?」

「幽香さんじゃなきゃ嫌です」

「うぁ、あ、えっと」

 

 

 なにこれ可愛い。

 えっちの時やパニックになった時は口調が変わって大人しくなる幽香さん萌えー。

 紅い瞳を覗き込むと幽香さんは顔を真っ赤にしたまま俯き、小さくコクリと頷いた。

 という事はつまり。

 

 

 ──人生で初めてかもしれない彼女ゲットぉぉぉぉぉっ! 

 

 

 ぱーぱらっぱぱぱらー。

 頭の中でファンファーレが鳴り響く。

 テンションが振り切れた僕はそのまま幽香さんに躍り掛かり、ベッドで二発風呂場で三発の大金星を挙げた。

 その後幽香さんに再び説教を食らったのは言うまでもない。

 



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物見遊山へ。そして鬼に攫われる。

 幽香さんと付き合って一月過ぎた。

 最初の内はお互いに照れ臭くて中途半端な距離感だったけど、次第に慣れてきて今では立派にいちゃらぶ出来る恋人になった。

 恥じ入る幽香さんも可愛かったけど、今の落ち着いた幽香さんも大和撫子っぽくて良い。

 いつも柔らかな微笑みを浮かべてそっと手を繋いで来たり、朝早く起きたと思ったらお弁当を作ってピクニックに行こうと誘ってくれたり、農作業から帰って湯船に浸かっていたら背中を流しに来てくれたり。

 勿論夜伽の時も凄く可愛い。

 前みたいに獣の様な交わり方はしないけど、お互いの温もりを交換するみたいにまったりらぶらぶなセックスに。

 相変わらずおもらし癖は治ってないけど、最近は僕に愛された証だ、なんて言って気にせず鼻歌混じりで洗濯をする様になった。

 ……若干僕の方が照れ臭い。

 そんな幸せ夢気分な毎日を送っている。

 今日は割れた眼鏡の修復の為、河童の所へ散歩がてら行くつもりだ。

 幽香さんは少し心配していたみたいだったけど、鬼にでも遭わない限り大丈夫。

 愛妻弁当片手に意気揚々と家を出発、向日葵畑を越えて西の山中へ。

 岩越え藪越え丸太越え。

 まったりのほほんと目的地に着いて河童ときゅうりでもポリポリしながら世間話でもしようかと思っていたのに。

 

 

「どこで間違えたかなぁ」

「人生かい?」

「いやいや、まだ判断出来るだけ生きて無いから」

 

 

 ずんずん前へと進むちびっ娘の後を追い駆けながら一人ごちていると、ちびっ娘が振り向いて首を傾げた。

 ぷうん、と酒の臭いが鼻に付く。

 このちびっ娘は昼間だと言うのに、瓢箪に入った酒を煽っている。

 肩から先が破れ落ちノースリーブみたくなってるブラウスに白と群青色のスカート。

 蜜柑色の髪の毛に赤い大きなリボンが結んであって、手錠から三角やら四角やら丸やら謎の物体が鎖で繋がっている。

 なかなかハイセンスなアクセサリーだ。

 頭の上には二本の角が生えていて、左の角には群青色のリボンが巻かれている。

 くりくりっとした赤褐色の瞳は胡乱に揺れていて、足取りもふらふらと覚束無い。

 

 

「まさか鬼に出会うとは。どこでフラグ立ったのかな?」

 

 

 数分前、山中を練り歩いていた僕は前方の藪がガサゴソいってるのに気付き足を止めて観察を始めた。

 野生動物かとも思ったけど、それにしては音が不規則過ぎる。

 藪を掻き分けひょっこり現れたのは、なんとも愛らしい姿の鬼っ娘だった。

 だが舐めてはいけない。

 鬼は怪力の持ち主だ。

 幽香さんをして真正面から闘いを挑むのは下策と言わ締めた種族である。

 そして鬼っ娘は有無を言わさず僕を鬼の集落まで連れて行く。

 着いて行かないと後が怖い上に、着いて行っても怖いという謎仕様。

 

 

「ほら、見えてきたよ! あれが私ら鬼の集落さ」

 

 

 鬼っ娘が指差す先には藁葺き屋根の家が建ち並ぶ小さな集落があった。

 行き交うのは人じゃなく鬼だ。

 戻って来た鬼っ娘に気付いて背の高い美人な姐さん鬼が声を掛ける。

 

 

「お、何だ萃香。随分と若いツバメ捕まえてきたじゃないか?」

「山の中をふらふらしてたから捕まえてみたんだよ。ぱっと見青瓢箪だけど案外身軽に動いてたからね、チョイと試してみたくってさぁ」

 

 

 鬼っ娘は萃香って名前らしい。

 スイカって名前の割に胸は小さ……物凄い睨まれた。

 邪念でも感じられるんだろうか。

 姐さんの方はもうぷるんぷるん揺れてて思わず顔が赤くなる。

 幽香さんより大きいな。

 掌に少し余るサイズも膨らみの無いぺたんこサイズも大好きだけど、あの質量は惹かれるものがある。

 おまけにスタイルも良くて艶が有り、傾国の美女っていうのは姐さんみたいな人を指す言葉なんだろう。

 と、僕の視線を受けた姐さんが少し身体を捩る様に浅く抱きながらニヤリと口の端を吊り上げた。

 

 

「悪いね萃香、どうやらこの若いツバメはあたしの方がお好みの様だ」

「……これだから男って奴は」

「いやいや、萃香ちゃんも可愛らしくて魅力溢れる素敵な女の子だと思うよ?」

「なっ!?」

「おやおや」

 

 

 慌ててフォローを入れると何故か衝撃を受けた様に立ち尽くす萃香ちゃん。

 姐さんは僕の言葉に別のニヤニヤを浮かべている。

 あれ、対応間違えた? 

 取り敢えず話を変える為に腰を折った。

 

 

「えっと、申し遅れました。僕は東の向日葵畑に住む望月契といいます」

「東のって、あの花妖怪のかい?」

「はい、そこです。今日は偶々河童の所へ用事が有って山中を練り歩いていたんですが」

「萃香に拉致られたのかい、難儀だねぇ。あたしは星熊勇義ってんだ、宜しくな」

「こちらこそ宜しくお願いします、勇義さんの様に綺麗なお姉さんと出会えて嬉しいです」

「はっはっは、お世辞と解ってても照れ臭いねぇ」

「美人には嘘を吐きませんよ。貴女方鬼が嘘を吐かないのと同じ様に、僕も出来る範囲で正直に在りたいですから」

「言うねぇ若いの、一杯やってくかい?」

「下戸ですから余りお付き合いは出来ませんよ? 鬼の方は唯でさえお酒に強いと有名なのに、勇義さんみたいな綺麗な人にお酌をされたら妙な見栄を張って早々に潰れますから」

「あははは! アンタ気に入ったよ、今日は契、アンタの為の宴会を開こうじゃないか」

 

 

 なんでか解らないけど気に入られた様だ。

 勇義さんは唖然としたままの萃香ちゃんを脇に抱えて、僕の手を引いて集落の中をずんずん進んで行く。

 あ、手を繋いじゃったけど浮気じゃないですよ幽香さん。

 本妻は幽香さんですからっ。

 と誰に言い訳しているのか不明な事を思いながら連れられて行くと、一番大きな家が見えてきた。

 勇義さんの話では鬼を纏める一番偉くて強い人の家らしい。

 広いから宴会場代わりにも使うとか。

 と、視界の端に映る庭に大量の白っぽい小さな石が並んでいるのを見つけた。

 

 

「あれ、この石は……?」

「ん? あぁ、そりゃ瑪瑙だよ。大将が趣味で集めてた奴だな、今は飽きて放置してあるみたいだけどね」

 

 

 からからと笑いながら引き戸を傷一つ無い綺麗な足で開け、威勢良く乗り込む勇義さん。

 

 

「大将、ちょっくらお邪魔するよ」

「はいはい、って勇義じゃないのさ。一体何を……ははぁ、また若いツバメ取っ捕まえたもんさね。布団なら押し入れの中に有るけど、伽が終わったら自分で洗濯しな」

「それも良いけど今回は別件だよ大将」

 

 

 ぱたぱたと部屋から出て来た和服美人。

 この人が一番偉くて強い大将さんだ。

 というか勇義さん、チラッと僕を見て照れた様にはにかむのは止めて下さい。

 ドキドキするじゃないですか。

 

 

「初めまして、望月契と申します。今日は萃香ちゃんに連れられてお邪魔させて頂きました。若輩者故に至らぬ所も多々有るとは思いますが、どうぞお見知り置きの程を」

「おやおや、これはご丁寧な事さね。私はここいらの鬼を纏めてる、まぁ一番の年寄りさ。皆からは大将と呼ばれてるから、アンタも気兼ね無く大将と呼べばいいさね。……で、勇義。別件ってのは?」

「萃香を口説ける気概が有る契の為に、宴会でも開いてやろうと思ってね」

「は……?」

 

 

 大将さんの目が点になる。

 ちなみに勇義さん、僕はフォローしただけで口説いてないですよ? 

 確かに可愛いしむぎゅむぎゅしたくなるけどね。

 見れば固まったままの萃香ちゃん。

 頬をぷにぷにつついてみる。

 やわっこい頬に指が沈み込み、なんとも気持ち良い感触が指先に伝わってくる。

 

 

「成程……契とやら、年は幾つさね?」

「多分二十二だと思います」

「多分?」

「実は五年程前からの記憶が無いんです。東の向日葵畑に住む花妖怪、風見幽香さんに助けられる以前はどこで何をしていたのかさっぱり」

「ふむぅ……契、アンタ思った事はすぐ口から出る質かい?」

「自分では素直な方だと」

「そういう事かい、萃香……はまだ意識が戻って来てないね、勇義」

「ん?」

「伽は勘弁してやんな」

「何でまた急に?」

「察しの悪い子さね、契は既婚者だよ」

「は?」

 

 

 今度は勇義さんの目が点になる。

 力が抜けたのか支えが緩くなり、萃香ちゃんが床にべちゃっと落ちる。

 あ、痛みで覚醒したみたい。

 

 

「大将さん、よく僕が既婚者だって判りましたね?」

「簡単さね、花妖怪の名前を出す時に少し喜色が滲んでいたし、それだけ身体から花の匂いをぷんぷんさせているんだ。生娘以外なら誰だってすぐに判るもんさ」

「おぉ、名推理ですね」

 

 

 褒めると少し気恥ずかしそうにはにかむ大将さん。

 鬼って美人しか居ないんだろうか。

 ちょっとまったりした雰囲気になり掛けたその瞬間、僕のボディに質量の有る何かが飛び込んで来た。

 

 

「ぐふっ」

「ちょっと契っ、嫁が居るって本当なのかい!? 嘘なんだろ、嘘って言え、今だけなら許すから!」

 

 

 物凄い力で僕の首を前後に激しく揺さぶる萃香ちゃん。

 答えたいけど勢い付き過ぎて若干気持ち悪いから力を緩めて欲しいなぁ。

 

 

「こら萃香、契が死んじまうだろう」

「あ、う、ごめん。で、契、嘘なんだろう、ほら、言ってみな」

「げほっ、萃香ちゃん、落ち着いて」

「あぁ落ち着いてるよ、さぁさぁ、早く嘘だって認めるんだ」

「いや、本当だよ。今は恋人だけど、子供が産まれたら式を挙げるつもり」

 

 

 動きが止まりこの世の終わりみたいな顔をする萃香ちゃん。

 いや、いつの間にフラグ立ったの? 

 隣に立つ勇義さんはばつの悪そうな顔で頭をポリポリと掻いている。

 

 

「嫁さんが居たのかい、まぁこんな良い男が独り身で残ってるって方が珍しいのかも知れないねぇ」

「僕はただの木っ端妖怪ですよ?」

「ただの木っ端妖怪にその落ち着きは出せないよ。普通ならもっと萎縮しちまうか、それとも虚勢を張るかだ。契みたいに正面から大将を見れるのは頭の螺子が緩い奴か、相当肝の据わった奴だよ」

「確かに大将さん物凄い美人ですし、恥ずかしくて目を合わせられないって気持ちも解りますけどね」

「……やっぱり螺子緩いんかね」

「失礼な!?」

 

 

 と、今まで黙っていた萃香ちゃんが顔を僕に向けてキッと睨みを効かす。

 そんな顔も大変愛らしい。

 右手を振り上げ勢いを付けてビシッと僕を指差し、高らかに声を上げた。

 

 

「契、私と勝負しろ!」

「勝負?」

「私が勝ったらその花妖怪とすっぱり別れて私の婿になれ!」

 

 

 

 

 その後話を聞きつけた鬼達が酒瓶片手にどんどん集まり、集落の西側に有る広場はお祭り騒ぎとなった。

 景気付けと瓢箪から酒を浴びる様にかっ喰らう萃香ちゃんを前に、僕はどうしてこうなったのか疑問の渦に巻き込まれていた。

 ただまぁ、考えた所でこの状況は大して変化しないだろう。

 広場の中央で対峙する僕と萃香ちゃん。

 一応対決の方法は僕が決めて良いらしい。

 自分から仕掛けた勝負で、勝負の方法まで自分が決めるというのは鬼の主義に反するとかなんとか。

 いつの間にか進行役兼審判に落ち着いている大将さんがさっき説明してくれた。

 というか勝負の方法を考えるって言っても萃香ちゃんと正面から力勝負を挑んだ所で負けは見えている。

 となると、種目は勿論知恵比べ。

 ただ普通に知恵比べしたらギャラリーの皆さんが暇を持て余すだろうから、そこら辺も考慮しなければいけない。

 僕は存外、サービス精神旺盛なのだ。

 

 

「じゃあ最初に勝負に関する取り決めの確認を、大将さんお願いします」

「あいよ。まず一つ、勝負の結果にケチは付けない。次に、インチキは行わない。三つ目、他の者は手出し無用。萃香が勝てば契は恋人と関係を解消し、萃香の婿となる。契が勝てば萃香は何でも一つ言う事を聞く。まぁ、こんなもんさね」

「ありがとうございます。肝心の勝負の方法ですが、知恵比べを提案したいと思います」

「ま、妥当なとこさね。流石に萃香と力比べで勝てる風には見えんさ。で、内容は」

「玉取りにしたいと思います」

「玉取り?」

「ええ、確か大将さんの家には瑪瑙の玉がいっぱい有ったと記憶しています」

「あーあー、あれか。幾つ有れば……いや、誰かアレを袋に詰めて持ってきておくれ」

「序でに細い紐も有れば一緒にお願いします」

「あたしがちょっくら行ってくるよ」

 

 

 ひらひらと手を振りながら勇義さんが駆けていく。

 萃香ちゃんは左右にふらふら揺れながら、若干据わった目で僕を射抜く。

 酔っ払いのロリっ娘……あれ、前にどこかで見た様な気がする。

 まぁ取り敢えず今の内にルールの説明でもしておこう。

 

 

「内容は簡単、二十一個の瑪瑙を交互に取り合って最後の二十一個目を取った方の負けだよ。一度に取れる瑪瑙の数は四つまで、最低一つは取らないといけない。先攻後攻は……軽い運動で決めようか」

「運動?」

「勇義さんが紐を持ってくるから、その紐に葉っぱを括り付けて首から下げるんだ。それを取った方が先攻って形にしようかと。元々萃香ちゃん、僕の身体能力を見たくて連れてきたんでしょ? だからこの際纏めてやっちゃおうと思って」

「そりゃあ良いかもね」

「でしょ~」

 

 

 へらへら笑っていると萃香ちゃんは、ぷいっとそっぽを向いてしまう。

 そんな所も可愛いと思えてしまう辺り、僕はきっと幼女嗜好の病気持ちなんだろう。

 勇義さんが袋を担いで戻ってきたので紐を受け取り、適当な葉っぱを括り付ける。

 首に掛ければ準備完了だ。

 軽くストレッチして身体を解しておく。

 

 

「じゃあ始めようじゃないか」

「お手柔らかにね、萃香ちゃん」

 

 

 赤褐色の瞳がきゅっと細められ、雰囲気が酔っ払い幼女から鬼の戦士へと変わる。

 身に纏う闘気が膨れ上がり威圧感が増していく。

 

 

「──先手必勝!」

 

 

 萃香ちゃんの足元が踏み抜いた衝撃で爆ぜた。

 



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武力と知力。そして宴会に雪崩れ込む。

 右足の踵にに力を込めバネの様に下半身をしならせ、片足で跳躍する。

 歪なバランスのまま飛び上がった身体は右後方へと流れ、不格好な宙返りをしながら七歩の距離を開ける。

 あ、くじらみたいな形の雲みっけ。

 まったりした気分のまま、折り畳んだ左足を前方に投げ出す様に放つ。

 土踏まずの辺りで地面を踏み抜き、遅れて接地した右足で左へ跳ぶ。

 一拍遅れて、蜜柑色の髪の毛が今居た場所で舞い踊る。

 

 

 ──流石は鬼っ娘、瞬発力と制動力はピカイチだなぁ。

 

 

 感心しながら迫り来る拳を掌で弾き、距離を取る様に飛び退く。

 着地の際、左肩に力を込めて体軸を態とずらす事も忘れない。

 重心が背後に向き、次の動きまでに若干のタイムラグを生む。

 それを狙って伸びる拳の奥で、口の端を吊り上げる萃香ちゃんと目が合った。

 どうやら楽しんで貰えてるみたいだ。

 如何にも辛うじて、といった風体で連撃をかわしながら僕は口を開いた。

 

 

「よっ、ほっ、萃香ちゃん、速いなぁ、っと、引き剥がせないや」

「ははっ、契だって木っ端妖怪だなんて嘘ばっかり! 私の攻撃を避けられるなんて並の妖怪じゃ出来ないよ!」

「逃げるのだけは、っ、上手いんだよ?」

 

 

 話しながらも互いに動きを止めない。

 交互に放たれる左右の拳を後ろに下がる事で回避しつつ、僕はタイミングを見計らっていた。

 

 

 ──ここだっ。

 

 

 左膝の軸を前に倒して準備完了。

 萃香ちゃんが次の拳を放とうと右腕を引く動きに合わせて、腕の引きと同じ速度で前方に飛び上がった。

 突然視界から消えた僕を探して振り返ろうと、前に踏み出した右足を止める。

 でも、遅い。

 それより速く地面を踏み抜いた僕が、両手を萃香ちゃんの腕の下から小さな身体を掴まえようと伸びる。

 合法的にロリっ娘をむぎゅむぎゅ出来る、とニヤニヤし掛けた僕を嘲笑うかの様に萃香ちゃんの身体は霧となって散った。

 

 

「え、あれ?」

 

 

 突然の事に目を見開く。

 どこだ、この手に抱けるハズだったロリっ娘萃香ちゃんはどこだぁ! 

 と、ちょっぴり錯乱していると背後に気配が集まっていく。

 気の抜けたまま振り返ると、萃香ちゃんが僕の胸元に手を伸ばしていた。

 

 

「私の勝ちだね、契」

 

 

 ニヤリと笑う萃香ちゃん。

 い、いやいや、今のは一体何をしたの!? 

 とっても素敵にパニクっていたら、萃香ちゃんが少しばつの悪そうな顔で言った。

 

 

「あれは私の能力さ」

「萃香ちゃんの能力?」

「そ、私の持つ密と疎を操る程度の能力だよ。私の体を疎めて攻撃を避けて、契の背後に萃まったって訳さ」

 

 

 何そのチートっぽい能力。

 物理攻撃無効化スキル持ちを相手取るとか無理ゲーにも程が有る。

 いつまで経っても萃香ちゃんのちっぱいをむにむに出来ないって事じゃないか! 

 

 

 

 

 以上、大して見所も無いままあっさりと萃香ちゃんに敗北し先攻を奪われた。

 まぁ元々負けるつもりで手加減もしてたんだけど、それでも負けると悔しいな。

 ともあれ先攻が決まり広場の中央に向かい合って座る。

 間には二十一個の瑪瑙が無造作に散らばっている。

 実はここにも仕掛けが施されている。

 この勝負、実態はインチキだ。

 先のルールの下で始めた場合、後攻が必ず勝てる仕組みになっている。

 方法は簡単、相手が取った数字と自分が取った数字の合計が五の倍数になる様に取ればいい。

 例えば相手が三個取ったなら自分は二個、相手が一個取ったなら自分は四個、といった具合だ。

 自分が五、十、十五、二十と取っていけば相手はその後ろの数字である六、十一、十六、二十一を取らなくてはいけない。

 一度に取れる数が四個までとなっているのは、この法則を作り上げる為だ。

 そして僕が勝てる様に先攻後攻の取り決めも一見公平に決めてみた。

 互いの武力で決めた事だから後腐れも無ければ、一度は精神的優位に立ち尚且つ先攻まで取れるのだから萃香ちゃんが了承しない訳が無い。

 更に言えば、鬼は自分の力量を誇りに生きる種族だ。

 腕っ節の強い方が先手を取れるというルールは鬼の性に合っている為、僕の意図を隠すには持って来いのルールでもあるんだ。

 以上、説明終わりっ。

 

 

「それじゃあ早速私から行かせて貰うよ」

「どうぞどうぞ」

 

 

 萃香ちゃんが瓢箪を弄びながら、細く小さな左手で瑪瑙を三個取った。

 取った瑪瑙は大将さんの前に置いた皿に載せて、イカサマをしていない事を確認して貰う。

 ま、その以前の段階でイカサマだって気付かないとダメなんだけどね。

 口の端を小さく歪めて、僕は二個攫う。

 

 

「一気に四個だ!」

「僕は手堅く一個にしとくよ」

 

 

 計十個の瑪瑙が皿に置かれ、十一個の瑪瑙が地面に残っている。

 視界の端で皆の表情を確認してみる。

 萃香ちゃんはまだ勝てると思ってる様で幾つ取ろうか考えている。

 今気付かないとアホの子認定だよ萃香ちゃん。

 勇義さんは腕を組んで、じっと僕の顔をを見ていた。

 アレは多分萃香ちゃんの負けに気付いたな。

 というかその格好はダメですよ、おっぱいが零れ落ちそうですって。

 大将さんは一応瑪瑙を改めていたけど、僕の意識を感じ取ったのかニヤリと笑って見せた。

 やば、完璧にバレてる気がする。

 まぁ後で追求されても「謎掛けを見破れるかどうかが真の命題だった」とでも開き直れば良いか。

 どっちみち勝負終わったらバラすし。

 

 

「……よし、一個だ」

「なら僕は四個」

「あれ……あれ?」

 

 

 考えるでも無くサッと瑪瑙を掴んで皿に移すと、萃香ちゃんの顔色が変わった。

 ちょっぴり目を泳がせつつ、何度も自分の指を折って数を確認している。

 うん、萃香ちゃん可愛いよ萃香ちゃん。

 一頻りうーうー悩んで、恐る恐る僕を上目で窺いながら口を開いた。

 

 

「えっと……一個」

「四個」

「うぐぅ」

 

 

 タイヤキ少女みたいな悲鳴を上げて萃香ちゃんが頭を抱える。

 残りの瑪瑙は一個、萃香ちゃんの負けだ。

 うん、大勝利。

 明らかに勝てる戦だったから特に勝ったって印象も無いけど。

 取り敢えず萃香ちゃんが可愛いからお持ち帰り……したら幽香さんに殴られそうだ、止めとこう。

 

 

「勝者、望月契!」

 

 

 僕の勝利に、周りの鬼達からどよめきの声が上がる。

 負けて凹んでいる鬼っ娘の頭を撫でつつ、種明かしをしようと口を開く。

 

 

「ちょい待ち、契」

「んぇ?」

 

 

 何か変な声が出た。

 絶妙なタイミングで止めないでよ、と振り返れば勇義さんが腕を腰に当てて僕を見下ろしていた。

 セクシーダイナマイトなボディですね。

 

 

「次はあたしと勝負してみないかい?」

「勇義さんとですか?」

「そうそう、萃香の弔い合戦にね」

「いや、萃香ちゃん死んでませんけど」

 

 

 当の萃香ちゃんは悔しそうにうーうー唸ってた。

 余りに可愛かったから膝の上に乗せて、柔らかい頬をむにむにしてみる。

 ふにふにのすべすべで気持ち良い。

 一瞬びっくりしたみたいだけど、すぐに目を細めて擦り寄ってきた。

 萃香ちゃんネコっぽいな。

 思わずデレデレしていたら、頭にぽこっと拳骨が落ちた。

 

 

「あたっ」

「こら契、あたしを差し置いて萃香と乳繰り合うんじゃないよ。あたしが勝ったら旦那になって貰うからね」

「えぇー……いつフラグ立ったんだ……」

「男ならグチグチ言うんじゃないよ、今度はアンタの先攻でいいから」

 

 

 そう言ってニヤリと笑う勇義さん。

 成程、仕組みを理解したみたいだね。

 なら少し弄ってみるかな。

 

 

「せっかくだから瑪瑙の数も百個に増やしてみますか、同じ二十一個じゃつまらないでしょうし」

 

 

 それを聞いて勇義さんの顔色が変わる。

 若干泳ぐ目が度々左上に向けられている事から察するに、幾つを取れば勝てるか計算してるっぽい。

 ま、そんな暇を与える義理も無い。

 

 

「大将さん、瑪瑙は幾つ有りますか?」

「流石に百は無いねぇ」

「なら口頭で数えて行きましょうか、片付けも要らないですし。勇義さんもそれで良いですよね?」

「い、いや、別に二十一で良いんじゃないか?」

「別に百でも良いんじゃないですか? 変に二十一に拘らなくても。それに僕が勝負の方法決めていいんですよね?」

 

 

 首を回すと大将さんがニヤニヤしながら頷きを返してくれた。

 大将さん、間違い無く僕の意図解っててやってるなぁ。

 

 

「さ、勇義さんも座って下さい。早速始めますよ」

「むぅ……よし、勝負だ契!」

 

 

 納得が行かなそうだけど渋々正面に腰を下ろす勇義さん。

 まぁ何とかなるだろうと楽天的な思考に至ったらしく、気合いを入れて僕を見据えてくる。

 その切り替えの速さは褒めてあげたいけれど、もう少し考えてから勝負を挑むべきじゃないかなぁ。

 ともあれ、僕は勇義さんに敗北の二文字を叩き付けてあげた。

 

 

「四」

 

 

 

 

 

 

「八十九」

「……九十」

「九十四」

「九十五」

「九十九」

「うがぁー!」

 

 

 頭を掻き毟って悔しがる勇義さん。

 結果は僕の勝ち。

 当然、この勝利は最初から決まっていた。

 相手に取らせたいのが百なら、自分は九十九を取ればいい。

 遡って計算すれば、最初に四を取った方が勝つ。

 口で説明すると面倒だけど、ビー玉やおはじき片手に自分でやってみたらすぐに理解出来るだろう。

 そんな訳で、勇義さんは見事に敗北。

 二人に種明かしをすると口々にずるいと文句を言ってたけど、大将さんの「馬鹿だね、それを見破れるかどうかが本題さね」という有り難い言葉に揃って沈黙してしまった。

 こうして二人に勝利した僕は漸く本来の目的である眼鏡の修理の為、河童の集落へと出発……出来なかった。

 理由は簡単、大将さんに首根っこを掴まれて宴会に連行されてしまったからだ。

 飲めや歌えやの乱痴気騒ぎで始まり、僕の杯に酒が注がれていく。

 正直臭いだけでグロッキーになりそう。

 てか宴会始まった途端に乱痴気騒ぎってどんなテンションだよ! 

 と突っ込む間も無く、僕は左右から突き出された料理をもぐもぐと咀嚼していた。

 

 

「ほら契、あーん」

「こっちの卵焼きもどうだ? あたしが作ったんだ」

 

 

 左に萃香ちゃん、右に勇義さん。

 お互いに牽制しながら次々に料理を差し出してくる。

 塩雲丹やら酒盗やら全国各地の肴に加えて卵焼きやきんぴらごぼう、厚揚げ豆腐といった燻し銀惣菜も列を成している。

 しかもこういったおかずを作ったのは勇義さん。

 独身だったら間違い無く求婚してた。

 それくらい美味しい。

 派手さは無いけど、心がほっとする味だ。

 

 

「勇義さんは良いお嫁さんになれますね」

「はは、照れるじゃないか。もっと褒めてくれても良いぞ」

 

 

 口ではそんな事を言いつつ、ほんのり頬に朱が差している。

 勇義さん可愛いなぁ。

 デレデレしていたら隣の萃香ちゃんが頬を膨らませて僕を見上げていた。

 

 

「萃香ちゃん、ほっぺにご飯粒付いてるよ」

「えっ、どこ?」

「あぁ違う違う、こっちだよ」

 

 

 右の頬にくっ付いていた米粒を取り、ひょいと口に入れる。

 日本人足る者、米粒を無駄にしてはいけないと思う。

 米は日本の心です! 

 なんて考えている間に萃香ちゃんの顔がどんどん赤みを増していく。

 ぷいっと顔を背けて照れ隠しに瓢箪をくいくい傾けていく。

 そう言えば萃香ちゃんの素面って見た事無いな。

 会った時からほろ酔いでフラフラしてたし、水の代わりにがぶがぶ酒を浴びてるから酔いも全然醒めてない。

 

 

「勇義さん、萃香ちゃんの素面ってどんな感じなんですか?」

「んぐぶっ!? げほっげほっ」

 

 

 尋ねた瞬間、萃香ちゃんが思いっ切り咽せた。

 勇義さんはニヤリといやらしい笑みを浮かべている。

 

 

「アレはなかなかに傑作だからね、滅多に見られるもんじゃないよ」

「げほっ、勇義ぃ、言ったら殴るよ!」

「良いじゃないか、減るもんでもなし」

「私の寿命が減るんだよ!」

 

 

 やいのやいのと僕を挟んで盛り上がる二人。

 どうやら萃香ちゃんは素面でいる事が余程恥ずかしいらしい。

 ご飯を食べてる所を見られるのが堪らなく恥ずかしい、って人も居るくらいだから無理に聞き出すのも悪いかな。

 

 

「勇義だってこないだサラシを間違えて全部洗濯したからって、代わりに昆布胸に巻こうとしてたじゃないか!」

「萃香だって右手でしっかり瓢箪握ってるのに瓢箪が見付からないって村中を探し回ってたじゃないか」

 

 

 いつの間にか互いの恥ずかしい過去の暴露大会になっている。

 サラシの代わりに昆布を巻くとか、勇義さんは羅臼町のイメージキャラクターでもやるつもりなんだろうか。

 萃香ちゃんのは有りがちだけど、流石に村中を探し回る所までいったらボケ老人と変わらない様な気がする。

 やっぱりアホの娘認定だね。

 ま、アホの娘でも可愛いから問題無いよ萃香ちゃん、やったね! 

 とかどうでもいい事を考えながら塩雲丹をほかほかご飯に乗せて掻き込む。

 強いくらいの塩っ気の中に雲丹の甘味とご飯の甘味が入り混じり、鼻に抜ける磯の香りが更なる食欲を湧き起こす。

 味噌汁の代わりに振る舞われているのは大将さんが捕まえてきた猪の鍋だ。

 鍋とは言っても桜鍋ではなく豚汁に近い。

 獣臭さは生姜とネギで消えていて、濃いめの味付けが疲れた身体に効く。

 まぁ酒に合う様に味が濃いっていうのも有るんだろう。

 マイペースに食べていると左右から酒の臭いが漂ってきた。

 今度は飲み比べで勝負しているらしい。

 そんなこんなで夜も更け、気付いたら殆どの人が酔い潰れていた。

 片付けを手伝おうとしたら大将さんに「客人に手伝わしたとあっちゃあ、鬼の面目に関わる」と言われて仕方無く客間の布団を借りる事にした。

 寝転がるとすぐに睡魔が襲って来る。

 今日は疲れたなぁ、と息を吐きながら空の弁当箱を弄る。

 幽香さんお手製の愛妻弁当は、宴会が始まる前に手早く食べて置いた。

 残すなんて以ての外、お腹一杯の状態で更に食べるのも幽香さんに申し訳無い。

 それで愛妻弁当を食べてから宴会に挑んだ結果、お腹が苦しい。

 

 

「うあー」

 

 

 仰向けになると妙な声が出た。

 食べ過ぎると勝手にこんな声が出てくるよね。

 なんて言うか、子供っぽいなぁと苦笑を漏らす。

 二十歳越えてこの言動はどうだろう、と思うけど性分だから仕方無いかとも思う。

 まぁ、今日は色々有ったけど明日には河童の所に行けるだろう。

 布団を被って目を閉じる。

 明日に備えて早く寝よう。

 



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萃香の襲撃。そして悔恨と重罪。※

 身体が重い。

 微睡みの中で覚えたのは腰回りにのし掛かる重圧だった。

 といっても、そこまで重い訳では無い。

 何だろう、例えるなら親戚の家に泊まった次の日の朝に、従姉妹が無邪気に乗っかって起こそうとしている様な。

 波間に揺蕩うクラゲみたいにふよふよと自身が定まらない感覚の中に、また別の感覚が生まれた。

 一言で表すなら、快感。

 矢張り腰回りを中心に生暖かさが伝わり、なんとも言えない気持ち良さが身体の中心を貫いて駆け上がって行く。

 

 

「……っ、……、ぁ……」

 

 

 意識の遠くからか細い声が聞こえた。

 耳に残る、可愛い声だ。

 無意識に声の方へ手を伸ばそうとして、右手が動かない事に気付いた。

 いや、右手のみならず全身が気だるさを訴えてきており、まるで鉛でも接合されているかの様に重たくなっていた。

 どういう事かと思考を巡らせた瞬間、

 

 

「っ、が」

 

 

 強烈な頭痛が巻き起こり思わず口から情けない悲鳴が漏れた。

 だが今の僕にはそれを情けないと思う余裕すら無く、蛇が脳内をのた打ち回る様な感覚に歯を食いしばって耐える事しか出来なかった。

 

 

「っぁ、あんっ、契、起きた?」

 

 

 鈍痛の合間から艶を含んだ声が聞こえる。

 一段と激しくなる腰からの悦楽に誘われて目をこじ開ければ、行灯にゆらゆらと照らされた全裸の幼女が見えた。

 幼女は自ら腰を落として、その幼い秘裂に肉棒を招き入れている。

 それを見て、自分が犯されていると解る。

 愉悦に口の端を歪め淫らに腰を振りたくる姿はひどく官能的で、見た目の幼さがもたらす背徳感と併せこの上無い淫靡な雰囲気が思考を縛り上げる。

 思わず、腰を突き上げた。

 

 

「あひ、んにゃぁぁぅ!?」

 

 

 突如生まれた攻めの動きに、幼女はだらしない喘ぎ声を上げた。

 まだ自慰さえ知らないであろう柔らかな膣肉が突然の刺激に驚き、一瞬肉棒を拒む様に身を固くする。

 が、直ぐにそれは和らぎ、代わりに奥へ奥へと導く様に煽動を始めた。

 それが生む心地良さに味を占め、何度も腰を突き入れて楽しむ。

 

 

「うぁっ、あっ、んぅっ、んっ、んんぅぅっ! んひゃぁっ、け、契っ、それっ、激し過ぎぃ、ぃっ、いひぃぃん!」

 

 

 腰に跨がった幼女は強過ぎる快楽から逃げようと、僕の腹に手を当てて支えにしようと身体を前に倒す。

 そこを、引いた。

 前に伸ばした手首を掴み、幼女の腰よりもやや後ろで下に引っ張る。

 

 

「ひゃぅっ!? あくっ、かっ、ひゃひぃ! いっ、いひぃっ、ひっ、ひぐぅっ、うっ、うぐぁぁっ!」

 

 

 余りに強い快感を逃しきれず、全身を大きく震わせる。

 口から漏れ出るのは正しく悲鳴。

 蜜柑色の髪を振り乱し、口では拒絶の言葉を吐きながらしかし腰をくねらせ更なる快楽を得ようとする。

 

 

「あっ、あがぁっ、やぁっ、やらぁ、もうむりっ、あくぁぁぁぁぁっ、ひっ、ひくっ、まらひくぅぅぅっ、あ──、あぁ────ー、ゆるひっ、ゆるひてぇっ、こわっ、こわりぇ、こわりぇりゅぅぅぅぅっ、あっ、あらまっ、あらまおかひくなりゅぅぅぅ、あぁっ、まらっ、まらイクぅぅぅぅぅっ!」

 

 

 何度も絶頂を繰り返し秘裂からぴゅるぴゅると潮を噴く幼女。

 顔は涙と鼻水とよだれでぐちょぐちょだ。

 幼女の淫猥な泣き顔に高揚感を覚えた僕はもっと鳴かせてやろうと思い、更に激しく腰を突き上げた。

 小さな身体が跳ね、肉棒を奥深くまでくわえ込む。

 子宮口が亀頭でぷちゅっと潰れる度、幼女は口からあられもない淫語を吐き出す。

 

 

「あひぃ、ひぃ、んひぃぃぃん、イクぅ、イクにょぉ、けいのおひんひんきもひよしゅぎりゅにょぉぉぉっ、あ──ー、あ────ー、イってりゅぅ、イってりゅにょぉ、わらひのおまんこイってりゅにょぉぉぉっ、っぁぁぁぁあ、でりゅ、でりゅぅ、おしっこ、えっちなおしっこでりゅにょぉぉ、あぁっ、おしっこでりゅぅ、おしっこきもひいいよぉ、あぁん、おしっこでまらイクぅぅぅっ!」

 

 

 ぴゅくっ、ぴゅくぅっ、と僕の腹に何度も潮を撒き散らしてイキ続ける幼女。

 そして幼女がイク度、膣壁がきゅっきゅと肉棒を締め上げる。

 我慢する必要も無いか、と考えた所為かあっさりと堤防は決壊し煮えたぎる精子が子宮内へとぶち撒けられた。

 どびゅぅぅっ、とデコレーション用の生クリームを思いっ切り握り潰した様な勢いで精子が迸る。

 

 

「あ、あっ、あぁぁぁぁああぁぁぁっ!? きたぁ、きたきたきたぁぁぁっ!? けいのせーしなかだしきてるのぉぉぉぉっ!」

 

 

 叫ぶ様に喉を鳴らした幼女は、急にガクッと力を失う。

 そのままふらりと此方に倒れ込む。

 顔を覗けば、口の端を至上の愉悦に歪めて失神していた。

 時折びくっと身体を震わせる。

 気を失って尚続く絶頂が無理矢理身体を動かしているらしい。

 精子を幼女の子宮に吐き出し終わると、途端に頭痛が舞い戻ってきた。

 鈍痛に苛まれる内、意識が段々と薄くなっていく。

 最後の力を振り絞って両手を幼女の背中に回し、優しく小さな身体を抱き締めた。

 

 

 

 

 

 

 ──んぁ……? 

 

 

 鳥達の囀りに耳をくすぐられ、ゆっくりと意識が浮上してくる。

 部屋に差し込む光の量から察するに、早朝を少し過ぎた頃か。

 起きる為に身体を動かそうとした所でのし掛かる重圧と胸板をくすぐる吐息に気が付いた。

 視線を天井から胸元に下げれば、蜜柑色の髪の毛が揺れていた。

 はて、何故鬼ロリっ娘が僕の上で寝ているんだろう。

 更に言えばお互いに全裸だし萃香ちゃんはとろ顔だし僕の息子は幼女おまんこに入ったままだし。

 てか半勃ちのまま根元までくわえ込まれてる時点でもう色々とアウト? 

 ふと、脳裏に幽香さんの笑顔が浮かんだ。

 

 

 ──ひぃぃっ!? ま、待って、僕は何も知りませんよ!? 

 

 

 とても表現出来ないレベルの恐怖に駆られて息子も縮み上がる。

 その所為かにゅぽん、と萃香ちゃんのロリまんこから息子が抜け出た。

 ぱっくり開いた膣内から非常に粘性の高い精子が僅かに流れ出る。

 多分子宮に入り切らなかった分だろう。

 どろり濃厚ヨーグルト、なんちって。

 馬鹿な事を考えて現実逃避を謀ってみたけど脳裏に焼き付いた幽香さんの笑顔が消えてくれません。

 これは拙い。

 知らず知らずの内とはいえ、幽香さんを裏切ってしまった事に変わりはない。

 浮気した事に怒り狂い殴られるならまだしも、目を伏せて静かに泣かれたりされたらどう償えば良いのか皆目見当も付かない。

 どうしたら良い、何て謝れば良い? 

 許して貰えるかどうか、なんてのはどうでもいい。

 幽香さんを裏切ってしまった僕は一体何をすべきなんだろうか。

 というか幽香さんを裏切ってしまった僕に、一体何が許されているのだろうか。

 宴会の時に萃香ちゃんとイチャイチャしていたのは、あくまで小さな娘に対する父性愛的な感情でやっていた事で、決して性的な意味を持ってした事じゃない。

 冗談混じりにぷにぷにとかむぎゅむぎゅはしたけど、萃香ちゃんを性的な目で見た事は一度も無かった。

 なのに、僕は萃香ちゃんを抱いてしまっていた。

 結局僕は大切な人を一途に愛する事も出来ない最低の屑に過ぎなかったんだろう。

 中途半端な気持ちで、幽香さんだけでなく萃香ちゃんまで傷付けてしまった。

 こんな僕でもけじめが着けられるのだろうか。

 

 

 ──うん、素直に謝って潔く全てを幽香さんに委ねよう。

 

 

 命を取られても愛想を尽かされ絶縁されても、はたまた二度と裏切れぬよう監禁されても文句は言わない。

 暗鬱たる決意を固めた所で、萃香ちゃんがもぞもぞと動き始めた。

 半分寝たまま僕の身体を降りて部屋の隅に置かれた瓢箪を手に取り、勢い良くごきゅごきゅと中の酒を飲み下す。

 ぷふー、と朝っぱらからアルコールを摂取して漸く目を覚ましたみたいだ。

 

 

「あ、契おはよー」

「……おはよう」

「んん? 元気無いねぇ、眠いのかい?」

「……いや、まぁ……あ、萃香ちゃん。ちょっと聞きたい事が有るんだけど」

「ん、何?」

「昨日の「朝だよ、って何だ二人共起きてたのかい」……おはようございます、大将さん」

 

 

 襖をガラッと開けて大将さんが姿を見せた。

 大将さんは僕と萃香ちゃんを見て、僅かに眉を顰めた。

 あぁ、そう言えば全裸だったっけ。

 枕元に置いてあった浴衣を羽織り力無くうなだれる息子を手早く隠す。

 

 

「すいません、粗末な物をお見せしてしまいまして」

「いや、立派なもんさね。……萃香、ちょっと聞きたいんだがねぇ」

「何、大しょ……」

 

 

 いそいそと服を着込んで向き直った萃香ちゃんの言葉が突然止まる。

 大将さんは顔から、いや全身から一切の機微を無くして萃香ちゃんを見据えていた。

 冷たいとか凍るようなとか、そんな生易しいものじゃない、向けられただけで存在が消えてしまいそうな目だ。

 それを向けられた訳でも無いのに、僕の身体は心臓以外の全ての動きが止まってしまった。

 萃香ちゃんはまるで彫像みたいにピシリと動きを止め、だらだらと傍目にも解るくらい汗を掻き始めた。

 

 

「契、ちょっと萃香を借りてくよ」

 

 

 僕が返事を返す前に大将さんは萃香ちゃんの首根っこを掴んですたすたとどこかへ消えていった。

 というか大将さんの足音が聞こえなくなるまで呼吸すら出来なかったんだけどね。

 取り敢えず固まった身体を解す為に深呼吸を一つ。

 すぅ……はぁ……。

 よし、ちょっと落ち着いた。

 

 

「……はぁ。こんな事で後悔するくらいなら、幾らでも回避する手段は有ったハズだよなぁ……つくづく自分の愚かさに反吐が出る」

 

 

 罪悪感や悔恨の念で胸が痛む。

 けれど、幽香さんはこれ以上の痛みを受けるんだ。

 他でもない、僕の所為で。

 再び思考が陰鬱なものへ沈み込もうとした所へ、耳をつんざく怒号が響き渡った。

 

 

「──巫山戯るんじゃないよ!」

 

 

 余りの声量に空気がビリビリと揺れ、空を飛んでいた鳥達が気絶しばたばたと落下した。

 僕はと言えば、本能的な恐怖に突き動かされて身を竦めていた。

 暫く恐怖に震えていたけど、一時間程経過しても大将さんの怒号は聞こえて来なかった。

 でもそれが逆に恐ろしい。

 一体何が起きているのか。

 その後、朝ご飯が出来たと勇義さんが呼びに来てくれるまで強張った身体から緊張は取れなかった。

 

 

 

 

 立ち上がる事もままならない僕の為に、勇義さんは膳を客間に運んでくれた。

 食器は後で取りに来るから、と言い残して勇義さんは部屋を後にする。

 重苦しい雰囲気で朝ご飯を食べ終えた僕の元に、苦々しい表情を浮かべた大将さんがやってきた。

 すぐ後ろには涙で目を赤く腫らした萃香ちゃんの姿がある。

 萃香ちゃんは僕を見ると、ガタガタと身体を震わせた。

 思わず身構えてしまった僕に、大将さんは膝を折り土下座をした。

 萃香ちゃんも同じく土下座をして、額を畳に擦り付ける。

 

 

「え、な、えっ!?」

 

 

 訳も解らずパニックを起こす僕に、額を畳に付けたまま大将さんが口を開いた。

 

 

「望月契殿。この度は我等が鬼族が多大な迷惑を掛け且つ許されざる罪を犯した事、鬼族を代表してお詫び申し上げる。許されたい等と思い上がった事は申さぬ、契殿が望むままに如何なる咎をもお受け致す。ただ、他の鬼族にはどうか慈悲を賜りたい。咎は族長足る私と下手人である伊吹萃香が一身に引き受ける故、何卒、他の者への咎はご容赦を、どうか、この通り」

 

 

 



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閑話――人、それを横恋慕と言う。

 あたたかい。

 はて、この温もりは一体何だろう? 

 霞掛かった頭を巡らせていると、不意に下腹部──女性器の辺りに動きが生まれた。

 何かが抜け落ちる。

 その動きに引き摺られる様にして、どろっとした何かが零れ落ちた。

 訳も無く悲しくなった。

 その理由を考えて、やっと目が覚めた。

 

 

 ──そっか、零れたのは契の精子だ。

 

 

 昨夜、寝静まった部屋の中に忍び込んで契に夜這いを掛けたんだ。

 勿論瓢箪から酒を──呑ませようとしたけど、思い直して口移しで──大量に呑ませて、契から判断力を奪った。

 途中で目が覚めても最後までシてくれる為の保険だ。

 結果は……成功を通り越して失敗する所だった。

 あんなに激しく求められるとは思ってもみなかったし、壊されるかと本気でビクビクしていたくらいだ。

 おっと、早い所酒を補給しなきゃ。

 もう一刻も経てば完全に酔いが抜け落ちてしまうからね。

 素面だなんて只でさえ恥ずかしいったらありゃしないのに、契に見られるって想像しただけで顔から火が出そうだよ。

 尺取虫みたいに這い摺りながら部屋の隅に放って置いた瓢箪を手に取り、勢い良くかっ喰らう。

 強い刺激が喉を焼き、乾いた胃の中へ広がっていく。

 五臓六腑に染み渡るたぁ正に的を得た言葉だねぇ。

 酒が全身に広がっていくのを実感しつつ、少し顔色の悪い契に振り返った。

 二日酔い、とも少し違う青さ。

 ……多分不貞を嘆き、自責の念に駆られているんだろう。

 でも、私はここでは謝らない。

 そんな事したって楽になるのは私だけ、契は救われる所か更に落ち込むだろう。

 だから私は、能天気な馬鹿を演じる。

 

 

「あ、契おはよー」

「……おはよう」

「んん? 元気無いねぇ、眠いのかい?」

「……いや、まぁ……あ、萃香ちゃん。ちょっと聞きたい事が有るんだけど」

「ん、何?」

「昨日の「朝だよ、って何だ二人共起きてたのかい」……おはようございます、大将さん」

 

 

 突然大将が部屋に乱入してきた。

 その表情は契の姿を捉えて険に変わる。

 手早く服を着ると、凛とした声が届いた。

 

 

「……萃香、ちょっと聞きたいんだがねぇ」

「何、大しょ……」

 

 

 それ以上言葉を発する言葉出来なかった。

 私の見る眼が、いや大将そのものが幽かなモノへと変質している。

 大将は、キレていた。

 全身が総毛立ち、冷や汗が止まらない。

 この事も想定していた筈なのに、いざ目の前にすると身体が竦み上がる。

 蛇に睨まれた蛙の様に身動き一つ出来ない私をの首根っこを掴み、大将は離れへと向かって行く。

 ガラッと開いた襖の向こう、八畳程の部屋に放り投げられた私の前で大将が腰を下ろした。

 差し向かいで詰問を始めるつもりらしい。

 

 

「で、萃香。事の子細を聞きたいもんさねぇ……アンタの口から、ハッキリと」

 

 

 剣呑な瞳に射抜かれ息が詰まる。

 自然と身体が硬直していたのを見て、大将は嘆息しつつ空気を和らげた。

 

 

「ほら、圧は和らげてやったんだからサッサと吐きな」

「……さっき見た通りさ、私が契に夜這いを掛けた」

「夜這い、ねぇ。あの様子から察するに無理矢理酒でも呑ませて前後不覚に陥った所を襲ったんだろうさね。まぁそんな事は捨て置いて、アンタがそうした理由ってのを聞きたいねぇ?」

「大将だって解ってるだろうに……私は、契が好きだ。だから契と身体を重ねた、ただそれだけの事だよ」

 

 

 直後、メキメキと硬い物が潰れる音が聞こえた。

 大将の左、申し訳程度の小さな床の間の柱が手の形に圧壊している。

 その上に当てられた大将の手の甲にはうっすらと血管が浮き立ち、握り拳の合間からは圧力で熱を帯びた木片が湯気を上げていた。

 響いたのは、怒号。

 

 

「──巫山戯るんじゃないよ!」

 

 

 声に乗せられた妖力が空気を裂きながら空へ溶けていく。

 視界の端、窓から覗く木に留まっていた椋鳥が、気絶して真っ逆様に落ちていくのが見えた。

 ビリビリと身を切る振動に、慌てて自分の意識を萃める。

 

 

「……萃香、アンタよもや鬼の矜持を忘れた訳じゃ無いだろうね」

「嘘を吐かず正々堂々、驕る事も謀る事もせず、自分に正直に生きる」

 

 

 幾分、声の調子を落としての会話。

 大将は眉に力を入れたまま口を噤んだ。

 

 

 ──これは私に喋れって事かね。

 

 

 なら喋ろうじゃないか、と私は小さく息を吸い込んだ。

 

 

「私は鬼の矜持を忘れた訳でも踏みにじった訳でも無いよ。私は、あくまで鬼の矜持に忠実だった」

「結果として夜這いを仕掛けるに至った、と言いたそうさね。そいつぁ不義理な話ってもんさ」

「大将」

 

 

 私の呼び掛けに片眉を吊り上げる。

 一つ、息を吐く。

 新鮮な空気が体内を駆け巡るのを感じながら、私は言葉を作った。

 

 

「──自分に嘘を吐いてまで、矜持ってのは守らなきゃいけないのかい?」

「萃香、それは……!」

「私は自分の心を偽れなかったよ、大将。将来を誓った相手が居るって聞かされても、一切退く気にはなれなかった。不思議なもんだね、たった一日だ。たった一日で、私の心はこんなにも飢えて渇いてる。どんな形であれ契と愛し合った事実を持たないと、精神が保たないくらいには不安定になった。解るかい、大将? 契が欲しくて堪らなくて、それ以上に怖かったんだよ。契は私を子供としか見ていなかった。このまま別れてしまえば、私の事は記憶の片隅に追いやられ、いつかは忘れ去られてしまう。それが、堪らなく怖いんだよ」

 

 

 大将は口を噤んだまま、苦い顔付きで私を見ている。

 私はと言えば、自分で言った言葉に自分で怯えている始末だ。

 契が私を忘れる。

 たった七文字の言葉が、私の心を締め付け握り潰してくる。

 自然と口が開いていた。

 

 

「耐えられる訳無いじゃないか。契の声を聴いただけで胸が弾み、契の身体に触れただけで頭が焼き切れそうな程に熱を持つ。こんなにも焦がれた相手が、私を忘れて消えてしまう。そんなの、耐えられる訳無いじゃないか」

「……だから、契に夜這いを掛け自分の存在を心に刻み付けようとした。そういう事かい?」

 

 

 こくりと小さく頷く私に溜息が飛ぶ。

 知らずと下がっていた視線を戻せば、呆れた様に眉尻を下げた大将の顔がある。

 そして放たれた言葉に、私は凍り付いた。

 

 

「契に一生憎まれてもかい」

「え……?」

「やっぱり気付いて無かったのかい。それとも意図して思考から切り離していたか。まぁ、どっちでもいいさ」

 

 

 ──憎まれる? 私が、契に? 

 

 

「自分の意志とは関係無く嫁を裏切り、しかも不貞の原因足る相手がのほほんと酒を煽っているとくれば想像するのは容易い。十中八九、憎み恨み嫌うだろうさね」

 

 

 ──契に、嫌われる? 

 

 

 想像さえしなかったその言葉が胸に落ちた瞬間、全身に形容しがたい悪寒が走った。

 胸が軋み、頭が悲鳴を上げる。

 嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ! 

 契に嫌われるなんて、耐えられない。

 違う、私はそんな事望んじゃいない。

 ただ契の心を繋ぎ止めて置きたくてやっただけなのに。

 私を見て欲しいって、女として求めて欲しいって考えてただけなのに。

 

 

「──ッ!? ……ぁ」

 

 

 乾いた音が響き、視界が揺らいだ。

 じんわりと熱を帯びる頬が、痺れの様な痛みを訴えてくる。

 

 

「……少しは落ち着いたかい?」

 

 

 大将が呆れた顔で私を見ている。

 振り抜かれた手に、頬を張られたんだと気付いた。

 

 

「全く……色恋沙汰で取り乱すたぁアンタもまだまだひよっこさね。だがちょいとばかり病が過ぎる、アンタはアンタの勝手で契も自分も殺すつもりかい?」

「わ、私、私は……」

「そこから先は契に言うんさね。私も公的な立場として詫びも入れにゃならんし、善は急げだ早い所契に詫びに行くよ。……その前に萃香、顔洗ってきな」

 

 

 大将が裏の井戸の方を指差す。

 私は恐怖や後悔、罪悪感なんかに押し潰されてしまいそうだった。

 ふらふらと覚束無い足取りで井戸の側に立ち、水を汲み上げる。

 知らぬ間に溢れていた涙を桶に張った水で洗い流すと、桶に自分の顔が映った。

 ひどい顔だ。

 目の下は涙で赤く腫れ、いつもの覇気も無ければ酔いに因る上気も無い。

 映っているのは鬼の伊吹萃香じゃなく、恋に恐れを抱いた弱い女の子だった。

 

 

「……はは」

 

 

 乾いた笑いが漏れる。

 私はこんなに弱ってたのか。

 自分一人で勝手に焦り、無理を押し通して契を傷付け、今度は自分の罪さえ満足に背負えない。

 

 

「ちったぁマシになったみたいさね」

「大将」

「ほら、顔を拭いたら行くよ」

 

 

 戸口に寄り掛かっていた大将が手拭いを放って寄越す。

 受け取り顔を拭くと、幾分さっぱりした。

 まだ恐怖は消えないけれど、契に謝ろうとする勇気はちょっぴり湧いてきた。

 

 

 ──怖いけど、逃げない。契の怒りも悲しみも、全部私の所為だから。

 

 

 先導する大将の後に続いて、契の待つ部屋へと歩き出した。

 



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河童の集落。そして爆発オチ。

 大将さんと萃香ちゃんの謝罪を受け入れ、罰の内容は保留にしておくという事で今回の騒動は一旦の決着を見せた。

 まだ幽香さんとの「御話」が残ってるから完全決着では無いけどね。

 というか一番キツいのが御話なんだけど、そこはまぁ、自業自得って奴だ。

 萃香ちゃんはずっと半泣きだったし、勇義さんは頬をポリポリ掻いて気まずそうにしてたし。

 大将さんは最後まで申し訳無さそうにしていた。

 割腹すら厭わない雰囲気が有って、逆に僕の方が全面的に悪いんじゃないかって思えた程だ。

 何とか大将さんと萃香ちゃんを宥め賺し、当初の目的である眼鏡修理を果たす為に出発した。

 そんなこんなで鬼の集落を抜けて四時間。

 清流の畔に河童の集落はあった。

 そして出会った第一村人は……なんというか普通の人にしか見えなかった。

 いやね、普通河童って聞いたら頭に皿が載ってて甲羅背負ってて全身の皮膚が緑色で嘴が有ってガリガリに痩せ細ってて……まぁ、そんな感じの外見な筈だ。

 所が、出会った河童は青いツナギみたいな服を着て背中にリュックサックを背負ったどこからどう見ても普通の少女だった。

 河城あとりと名乗った少女はスパナ片手に工房へ案内してくれた。

 

 

「うひゃー、凄いなこれ。あのデカいのは発電機で、横の小さいのは電圧計かな?」

「おぉっ、これを一目見て解る人間は初めてだよ」

 

 

 青い髪をポニーテールに纏めたあとりが嬉しそうに目を細める。

 見た目は少女なのにちょっとした仕草が大人びていて可愛い。

 今も浅く胸を抱きながら左手で横髪を弄っている。

 

 

 ──無駄に色っぽいなぁ。

 

 

 汗でぴっちりと肌に張り付いた服が身体のラインを浮き立たせ、更に抱いた腕に押されて胸がむにゅっと変形している。

 全体的にスレンダーなのに胸はDカップ程のボリューム。

 目はくりくりっと大きく、右の目尻には小さな泣き黒子。

 もう少し身長が高ければ演歌の世界でアイドルになれそうだ。

 

 

「それじゃ、修理宜しくね」

「任されたっ」

 

 

 スパナを腰のベルトにすちゃっと装着し割れた眼鏡を受け取り、早速作業室へと向かうあとり。

 ふりふりと揺れる小尻を見送って、僕は「開発のーと」と書かれたノートを片手にごちゃごちゃした机に向かった。

 修理の対価として何かやれる事は無いかと聞いたら、新しい発明のアイデアでも出しといて、と言われたのだ。

 まぁボツになるのを前提に色々考えてみようか。

 

 

「家電品は有ったら楽でいいよなぁ。なら冷蔵庫と電子レンジ、洗濯機に掃除機と電気ストーブや電気コンロ、それと扇風機……あれ、これガチ過ぎる気が」

 

 

 解る範囲をしっかり図解入りで描き込んでいた事に気付き、中途半端な記憶喪失も有ったもんだと苦笑い。

 とはいえ余り真面目過ぎてもつまらない。

 後ろの方にこっそりロマン的なものを書いて置いた。

 光学迷彩スーツとか。

 

 

「ほほぅ、なかなか楽しそうなの書いてるじゃない」

「うひゃぁい!?」

 

 

 突然耳元で囁かれ、序でに熱い吐息を首筋に貰った。

 驚きで飛び上がりつつ振り返ると、あとりがニヤニヤしながら立っていた。

 

 

「脅かさないでよ」

「あははぁ、ゴメンゴメン。ほら、眼鏡直ったよ」

「え、もう出来たの?」

「四半刻も有れば簡単だよ。序でに持ち運びに便利な箱も作っといたよ」

 

 

 ほら、と放って寄越した藍色の眼鏡ケースを受け取る。

 仕事が早いなと感心していたら、工房の扉を開けて渋い顔の男が現れた。

 

「河城の、お前さんの所に客人来てたろ……あぁ、客人。あんたを尋ねて若い姉ちゃんが来たぞ」

「僕に?」

「若い姉ちゃん? あぁ、幽香だね。契がよっぽど心配と見えるよ」

「茶屋で待ってるそうだから早い所行ってやれよ。おい、河城の。爆発騒ぎで山の天狗から苦情が着てるぞ」

 

 

 それだけ言って、男は工房を後にした。

 あとりはげっ、と苦々しく顔を歪めるけどすぐに気を取り直して開発のーと片手に図面ずめん~、と散らかった机を漁り始めた。

 その横で、僕は諦めともつかない溜息を吐き出した。

 

 

 ──来ちゃったかぁ。

 

 

 むしろ遅いくらいだ。

 幽香さんの……いや、僕達の家から河童の集落までは歩いてだいたい三時間程。

 眼鏡修理に時間が掛かったとして、夕方には家に帰り着ける距離だ。

 帰りが夜になるくらいなら一旦預け翌日受け取ればいい、そんな話を出掛けに幽香さんと交わした程だ。

 それが昨日の家に帰らず、朝一で戻る訳でも無い。

 不審に思った幽香さんがここまで出向くのも別段おかしい話じゃない。

 気付けば握っていた掌に、じんわりと汗を掻いていた。

 ズボンの裾で汗を拭き軽く目を瞑る。

 言い訳はすまいと決めていた。

 

 

「ちょっと行ってくるよ」

「ん、いってらし~」

 

 

 お気楽な声に苦笑を漏らし、少し足を強ばらせながらも前に進んだ。

 あとりの工房は村の東端。

 入口である南端にはこじんまりとした茶屋と鉄器屋がある。

 河童の作る鉄器は丈夫で質が良いと、他の妖怪達にも人気だ。

 人里よりも均され舗装された道路をてくてく歩いて行けば、茶屋の長椅子で揺れる緑の髪が目に映った。

 幽香さんだ。

 のんびりと緑茶を啜り団子を口に運ぶ。

 どことなく品の有る佇まいに見惚れている自分に気付き、たった一日会わなかっただけでこんなにも惹かれるのかと、改めてその美しさに驚いた。

 同時に、胸の奥が軋む。

 あんなに素敵な女性を裏切ってしまったのか、と。

 近付く気配に視線を湯飲みから上げ、綺麗な紅の双眸が僕を見つめた。

 途端に、花が咲いた様な笑みを零す。

 

 

「遅いわよ、ケイ。心配したんだから」

「……お待たせしました、幽香さん」

「店員さん、お茶と団子を二つ追加ね」

 

 

 ツインテールの少女が髪の毛をぴょこんと揺らして奥に引っ込んだ。

 すぐに緑茶と団子が運ばれて来る。

 幽香さんは空になった湯飲みを店員さんに渡して、新しく来た湯飲みに手を伸ばす。

 上品且つ優雅に、緑茶を嚥下する。

 北宋の様に白い喉がこくりと動き、ほぅと艶のある吐息が鼓膜を揺らした。

 

 

「どうかした、ケイ?」

 

 

 紅い瞳が僕を覗き込んでいた。

 どうやらじっと見ていたらしい。

 何でもない、と曖昧に笑って誤魔化し団子を口に放り込んだ。

 蓬の香りとほんのり広がる甘味が爽やかな気分を演出してくれるが、それでも僕の心は曇ったままだった。

 暫く、互いに無言のまま団子を食べる。

 とっくに覚悟は決めた筈なのに、まだ僕は怖じ気付いていた。

 口の中はカラカラに渇いているのに、掌は拭っても拭っても汗が滲み出してくる。

 こんなにも恐怖しているのは、きっと幽香さんに嫌われたくないからだろう。

 裏切って置いて随分と勝手な事を、と自嘲が生まれる。

 それでも求めてしまう辺り、僕という存在はよっぽど欲深い生き物なのだろう。

 

 

「ケイ、行くわよ」

「えっ?」

「あとりの所へ顔を見せに行かないと後で面倒になりそうだもの」

 

 

 いつの間にか食べ終えていた団子の串を皿に置き、すっと立ち上がる幽香さん。

 代金を払い日傘片手に歩く後ろを、少し混乱したまま追い掛ける。

 のんびりと工房へ足を進めるも、やはり会話は無い。

 罪悪感からか妙な気後れをする僕と、考えの読み取れない笑みを浮かべる幽香さん。

 工房の扉を開けると図面と格闘中のあとりが目に映る。

 片手を上げて「ちょっと倉庫借りるわよ」と声を掛けると、気の入らない返事で応えるあとり。

 そのまま倉庫へ向かう幽香さんの後ろを着いて行く。

 倉庫自体はかなり大きいのだが、発明品や素材、配線の類が所狭しと溢れ返っている為若干の息苦しさを感じる。

 部屋の中央まで行き、幽香さんはくるりと振り返った。

 

 

「それじゃあ、聞かせて貰おうかしら。ケイがそこまで影を背負っている理由を」

 

 

 そう言って微笑む幽香さん。

 だが口の端は笑みを形作っていても、目は冷静に僕を捉えていた。

 そこに浮かぶのは疑問と心配の色。

 また、胸の奥がチクリと痛んだ。

 

 

 ──下らない自己愛と感傷だな。

 

 

 痛みに甘える訳にはいかない。

 すぅ、と息を吸い込むと油の臭いが鼻に付いた。

 

 

「……まずは、幽香さんに謝らないとダメですね。心配させちゃってゴメンなさい」

「待ってる間、とても不安だったわ。ケイに何か悪い事が起きたんじゃないかって。ここにケイが来てると聞いてほっとしたけれどね」

「幽香さん」

 

 

 知らず、声が上擦る。

 迷いや恐れをかなぐり捨てつつ、僕は言葉を吐き出した。

 

 

「昨日、僕はここに来る途中鬼の集落に立ち寄りました。そこで宴会に参加し、その夜、僕は不貞を働きました」

 

 

 ピシリ、と笑みが凍り付く。

 最初に浮かぶのは困惑。

 言葉の意味を飲み込んだのか徐々にそれも消え、変わりに浮かび上がるのは憤怒。

 わなわなと震える手を握り締め、幽香さんは冷たい声を響かせた。

 

 

「ケイ。真実を話しなさい」

「言った事に嘘は有りませんよ」

「何年貴方の側に居たと思ってるの? ケイの口から出た言葉が真実で有るか否かくらい判るわ。事実と真実が常に同じとは限らない。なら、私は真実を望むわ。誰にも歪められる事の無い真実を」

「幽香さん、僕は」

「黙らっしゃい。ケイが敢えて自分を貶める為に内容を歪めているのは解ってるわ」

 

 

 日傘の先端を喉元を貫く様に突き付け、紅い瞳で心の奥底を射抜く。

 何故、と疑問が浮かぶ。

 確かに僕は事実しか話していない。

 そこに至るまでの経緯はともかく、喋った事に嘘偽りは無い。

 なら何故、それが真実で無いと判るのか。

 ぐるぐると疑問が頭の中を駆け巡る。

 それを断ち切ったのは、絞り出すようにして形となった声だった。

 

 

「悔しいのよ」

「え……?」

「悔しいのよ。ケイにそんな顔をさせている事が。憎いのよ。ケイをここまで追い詰めた張本人が。情け無いのよ。ケイに真実を話して貰えない私が」

 

 

 構えた日傘が力無く揺れる。

 嗚咽も落涙も無いまま、幽香さんは泣いていた。

 ぎり、と音が鳴る。

 食いしばった歯の間から鉄の味が広がる。

 幽香さんを悲しませてしまった。

 その事が、僕の心を抉る。

 

 

「話して」

 

 

 先と変わらぬ冷たい声。

 しかしそこには、僅かに慟哭が混じっているような気がした。

 

 

「真実を、話して」

 

 

 

 

 僕はここに来るまでに有った事を全て包み隠さず話した。

 持ち掛けられた勝負、賑やかな宴会、そして犯した罪の事。

 幸か不幸か、萃香ちゃんを抱いたという記憶は酒を呑まされた事で全く残って無い。

 だからその箇所については曖昧にならざるを得なかったのだが、それが余計に幽香さんの怒りを煽ったらしい。

 全て聞き終えた幽香さんはふわりと微笑んで「ケイがお世話になったお礼をしてくるわね」と背筋も凍り付く声を残して走り去った。

 幽香さんマジ怖い。

 背中に修羅背負ってたよ。

 遠ざかる背中に声を掛ける事も出来なかった僕は、取り敢えず緊張で凝り固まった身体から力を抜いた。

 それしか出来なかったとも言う。

 へなへなと崩れ落ちる様に近くの物に寄り掛かる。

 

 

『カチッ』

「カチッ?」

 

 

 一拍遅れて警報機がファーンファーンと鳴り響いた。

 体重を乗せていた右手の方に視線を向けると、黒と黄色の縞模様が映える台座と、その中央に赤いボタンが鎮座していた。

 そして掌はボタンの上に置かれている。

 台座の下には銅のプレートが掛けられており、可愛らしい字で何か書かれていた。

 

 

「自爆装置……!?」

 

 

 なんでここにこんな物が、いやそもそも何故これを設置する理由が!? 

 気を抜いた所に飛び込んできたキツい冗談に焦りまくっていると、天井の電子板がカウントダウンを始めた。

 

 

『十、ヒャァ我慢出来ない零だぁ!』

「な、ちょっ……!?」

 

 

 あとりの声でされたアナウンスに突っ込みを煎れる間も無く、閃光が生まれる。

 続いて熱が弾け喉や肺、皮膚を焼く。

 痛みを感じるより早く空気が爆ぜ、倉庫諸共僕を吹き飛ばした。

 激痛に苛まれながら焼けた左目が半壊した村と遠くに映える向日葵畑を捉え、そこで僕の意識は途切れた。

 



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第三幕
目覚めは秋。そして知らない天井。


 

 

「……っ、いづっ!」

 

 

 全身に広がるピリピリとした痛みに叩き起こされた。

 痛みを堪えて目を開くが映る視界は左目のみ、それもだいぶぼやけたものだ。

 数度パチパチと瞼を開閉するが、視界は狭まったままだ。

 何とか動く左手を持ち上げ、右目をなぞると指の腹にザラザラとした感触が伝わる。

 当て布だと解るまでに多少時間が掛かる。

 同時に、何で俺の目に当て布がされているんだ、という疑問が浮かんだ。

 

 

「あ」

「んぁ?」

 

 

 小さく響いた甘い声。

 左目を巡らせると足元の方にぴこぴこ揺れる黒い何かが映った。

 

 

「とうさまー、めをさましたみたいー!」

 

 

 トタトタと廊下を走っていく音が聞こえ、あぁ黒いのは髪の毛だったのかと幾分鈍った頭で考える。

 それにしても黒い髪の毛か、諏訪子でもルーミアでも神奈子でも無い……村の娘が見に来ていたのか? 

 三人の名前を思い浮かべた途端、記憶が舞い戻ってきた。

 

 

「──そうだ、彦六は、村の皆は無事なのかっ、あぐっ、つぅ……!?」

 

 

 身体を起こそうとして全身に激痛が走る。

 猫の様に身体を丸めて全身の痛みを耐え凌ぎながら、改めて状況を確認する。

 まず身体の怪我だ。

 激流に揉まれて木や岩に衝突した事による骨折や擦過傷だろうか、狭い視界で覗き見るに全身に包帯が巻かれていた。

 エジプトのミイラもかくや、という出で立ちだな。

 ってか、何で左目の視界がぼやけるんだ? 

 疑問と共に左目の周辺を触れば、やけにツルツルとした感触が有る。

 はて、俺は白魚の様な肌だったろうか? 

 と現実逃避をしていても仕方が無い。

 改めて皮膚をなぞると、すぐに答えは出た。

 

 

 ──火傷の痕、か。

 

 

 焼け焦げた後に癒えた皮膚特有の滑りが有る上、柔らかく薄い。

 何らかの原因で火傷を負ったのは間違い無いが、激流に揉まれて出来た傷とは考えにくい。

 それも一部分だけなら擦過による摩擦熱の賜物と言えるかもしれないが、ピリピリと痛む身体から察するに火傷は全身、特に右半身に集中して広がっている。

 何故だ? 

 流水に寄るものとは全く逆の怪我を負った理由が、皆目見当が付かない。

 なら、取り敢えず置いておこう。

 次に把握すべきは俺が居る場所だ。

 ぼやけた視界で見渡してみるが、どうも村の家では無いように思える。

 ここまで広く立派な部屋は村の家には無く、社にも無かった筈だ。

 加えて調度品も見覚えの無い物ばかり。

 恐らく下流に住む誰かが助けてくれたのだろう、と見当を付けたのと同時、また廊下から足音が聞こえてきた。

 数は大人のものが二つ、子供のが一つ。

 ガラッと襖が開き、恰幅の良い男が姿を見せた。

 

 

「おはよう、気分はどうだい?」

「……別段、気持ち悪さは無い」

「そうかそうか、それは重畳。ともあれ君は怪我人だ、まずは医者の治療を受けて貰おうか」

 

 

 小綺麗な奴が俺に近付き、包帯を解き始める。

 こいつが医者だろう。

 ぼやけた視界の中で白が少しずつ剥がされ、代わりに赤黒いものが映る。

 

 

「こりゃまた……随分と酷いな」

「私にしてみれば、何故生きているのか不思議なくらいだ」

「お、あんた女だったのか」

「見れば判るだろう」

「いや、すまん。左目も焼かれたのか、ぼやけてしか見えないんだ」

「なに? どれ……ふむ、確かに瞳の右半分が白く焼けているな。しかし気の毒な事に眼球に付ける治療薬は無いぞ」

「有っても怖くて付けられねぇよ」

「確かにな。ほれ、じっとしてろ」

 

 

 軽口を叩き合いながら、女医が軟膏を塗っていく。

 細い指が爛れた皮膚の上を滑る度、言い様の無い痛みが走り抜ける。

 

 

「こら、じっとしてろ」

「そうは言っても、つっ、くぅ」

「童女が見てるんだから少しは男を見せたらどうだ?」

「はっ、そもそも童女に、こんな醜い傷痕を見せるんじゃねぇよ、ぐぅっ」

 

 

 男の後ろ、黒髪の娘が心配そうに俺をじっと見ていた。

 気付いた男と何やら揉めて始めたらしいが今の俺に意識を割く余裕は無い。

 何とか全身に軟膏を塗り終え新しい包帯を巻かれ、ぐったりとする俺を尻目に女医は去っていった。

 

 

「はは、随分と窶れたねぇ」

「あぁ……起き上がる気力も無い」

「だいじょうぶ?」

 

 

 いつの間にか黒髪の娘が側に来て座っていた。

 左手を持ち上げ優しく頭を撫でてやる。

 

 

「あっ……」

「心配してくれてありがとな」

「……えへへ」

 

 

 嬉しそうに笑い声を上げる童女。

 笑顔を見れないのは少し残念だな。

 

 

「彼も疲れているだろうから、明日またお話して貰いなさい」

「はい、とうさま」

「それじゃあ、ゆっくり休んでくれ」

「またあしたね」

「あぁ、また明日。……そういや、あんたの名前を聞いて無かったな。俺の名前は望月契、しがない人間だ」

 

 

 寝転んだまま発した言葉に苦笑が届く。

 男は軽く腰を折って口を開いた。

 

 

「僕は藤原不比等、しがない貴族さ」

「わたしはもこうだよー」

 

 

 

 

 

 

「……以上だ。宜しく頼んだぞ」

「了解でさぁ、それじゃあひとっ走り行って来やす」

 

 

 封書を背負った袋に放り込み、下男はすちゃっと手を上げて走って行った。

 慣れない左手での作業を何とか一週間でものにし、ルーミア達に文を認めた。

 特に諏訪子は身重だからな、早く無事を知らせてストレスを和らげてやらんと母子に影響が出るかもしれん。

 そこで諏訪大社を知っている奴に飛脚の真似事をさせたって訳だ。

 さっさと怪我を能力で治して帰っても良いんだが、不比等には助けて貰った借りが有るし少しくらいは何かの役に立とうと思う。

 それに……まぁ、すぐに離れる訳にもいかない理由も有る。

 

 

「にぃに、あーん♪」

「んぁ」

 

 

 差し出された大根の煮付けを咀嚼する。

 薄味だな、まぁ病人には良いか。

 等と考えつつ、こっそり能力で治した目を左に向ける。

 満面の笑みを浮かべた美幼女が居た。

 藤原妹紅、不比等の娘だ。

 何故か俺に懐き、身の回りの世話を甲斐甲斐しく焼いてくれる実に献身的な幼女だ。

 将来は良い嫁さんになるだろう。

 実はこの妹紅が、俺を引き留めている理由だったりもする。

 俺への懐き具合を見た不比等が「せっかくだし僕が政争に巻き込まれてる間、妹紅の面倒を見てやってよ」と言い放った事が原因の一つだ。

 断ろうとも思ったが、はにかみながら微笑む妹紅を見たらNOとは言えなくなった。

 どうも幼女に弱いな、俺。

 有る意味正しいロリコンとも言えなく無いが、間違い無く紳士では無い。

 YESロリータ、YEAH孕ませが俺の主義だからな。

 ……文字にすると鬼畜極まりないが。

 

 

「あーん♪」

「んぁ」

 

 

 ままごとの延長なのか、妹紅は凄く楽しそうだ。

 感謝の意味を込めて頭を撫でると、目を閉じて気持ち良さそうに擦り寄ってくる。

 諏訪子もこれくらい純粋なら可愛いんだが、それを期待するのも野暮だな。

 張り合えるのはルーミアくらいか。

 思考を飛ばしていると、いつの間にか腰元に妹紅が抱き付いていた。

 痛くならないよう加減してくれる所が実に素晴らしい。

 とはいえ表面の皮膚以外は能力で完治済みだが。

『新たな信仰』と『疲弊の休息』の連打がだいぶ効いたな。

 因みに『不死の標』は使ってない。

 そりゃそうだろう、使えば息子のボルテッカを妹紅に向けかねないからな。

 こんな純粋な笑顔を見せてくれる妹紅に歪んだ性知識教えて中出し調教とか……やべぇ、最高じゃね? 

 

 

「にぃに、どうしたの?」

「妹紅の可愛さに見惚れてただけだ」

「……えへへ」

 

 

 赤くなった顔を隠す様に俺の胸元に擦り付ける妹紅。

 これはこれで癒やされるが、少し意地悪してみるかな。

 俺は妹紅の顎に左手を添え、くいっと上に向けた。

 

 

「あっ……」

「隠すなよ。俺は妹紅の可愛い顔を見ていたいんだ」

「に、にぃに……もこう、はずかしいよぉ……」

「綺麗だ、妹紅」

「うぅ~……」

 

 

 握った拳でぽこぽこと触れるように叩いてくる。

 ちゃんと俺の身体を労っている攻撃に、ちょっぴりキュンときたのは内緒だ。

 しかし、八歳の子供がこれだけ相手の事を考えて行動出来るものだろうか。

 上級貴族らしい不比等が四方八方に手を尽くして人格者に教育させたとして、ここまでの理解力や思考力を身に付けるには並大抵の子供には不可能だろう。

 妹紅は所謂、麒麟児と言う奴なのかもな。

 まぁ、多少舌っ足らずな所も有るが、これはこれで可愛いから問題無い。

 むしろ美点だ。

 

 

「おやおや、仲睦まじいようで何より。望月君、良ければ家の妹紅を嫁にどうだい」

「帰って来て第一声がそれか?」

「とうさま、おかえりなさい」

「妹紅は良い子だな、帰って来た父にちゃんと挨拶が出来る」

「えへへ」

「僕の負けだね、ただいま妹紅」

 

 

 藤色の衣を纏った不比等が胸に飛び込んできた妹紅を受け止める。

 若々しい見た目の所為で親子と言うより年の離れた兄妹にしか見えないのはご愛嬌と言って置こう。

 すぐに妹紅が俺の元に帰って抱き付くのを見て、若干寂しそうな顔をする不比等。

 悪いな、俺は幼女ホイホイだ。

 

 

「それで、答えは如何?」

「答えも何も、まだ妹紅は子供だろうに」

「いやいや確かに少しばかり早いかもしれないが、たかだか二年やそこらだよ。妹紅も乗り気な様だし」

「だとしても早過ぎるだろう、まだ出会って一週間だぞ?」

「燃え上がる恋に時間なんて関係無いよ」

「しかしなぁ……」

 

 

 渋る俺の袖をくいくいと引っ張る感覚。

 視線を下げれば、目に涙を湛えた妹紅がじっと俺を見上げていた。

 

 

「にぃに、もこうのこと、きらい?」

「ぐふっ!?」

 

 

 もこうのこうげき! 

 けいはそれはそれはひどいダメージをうけた! 

 もこうのれんぞくこうげきだ! 

 

 

「もこうね、にぃにのことだいすきだよ。にぃにはあったかくてやさしくて、いっしょにいると、おむねがほかほかするの。もこう、にぃにのおよめさんになりたい」

 

 

 けいはたちなおれないほどのダメージをうけた! 

 けいはしんでしまった! 

 おお、契よ、死んでしまうとは情け無い。

 

「あぁもう、こんな純真な言葉ぶつけられて耐えられるか! 不比等、お前が嫌だって言っても妹紅は俺の嫁にするからな!」

「それは重畳。やったね妹紅」

「うん、とうさまのさくせんどおり♪」

「は、作戦?」

 

 

 わぁい、とハイタッチする親子に嵌められたと気付くが時既に遅い。

 大社に戻ったら、またルーミアと諏訪子に……いや、神奈子も加えて三人に土下座せんといかんな。

 やれやれと溜息を吐きながら、はしゃぐ妹紅を眺める。

 惚れられた理由は定かじゃないが、優良物件には間違い無い。

 なら取り敢えず俺好みに調教するか。

 俺は暗い笑みを浮かべて、これからどんな風に妹紅を堕としていくかプランを練り始める事にした。

 



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渦巻く陰謀。そして居候生活。

 さて、居候生活も1ヶ月が経とうとしている。

 下男に渡した文も、そろそろルーミア達の元へ届いた頃だろう。

 身の回りに起きた変化と言えば、俺の扱いが怪我人から客人になった事くらいか。

 こっそり治した目の事があっさりと女医にバレて妖怪じゃないのかと勘ぐられ退治され掛けたんだが、咄嗟に出た言い訳が「諏訪大社に神として奉られた事が有るから、中途半端に神格化した」だったもんだから屋敷の中は蜂の巣をつついた様な大騒ぎ。

 事の真偽を確かめようとした女中達も居たが、先に俺が『諏訪子宛』で文を出した事から不比等があっさりとこれを認可。

 尚も食い下がる連中に「奉られている神を名指しで文を出せるのは近しい立場の者に違い無く、今回の騒動が起きるより早くに、加えて意識が戻ってすぐ文を認めた事から彼の言に嘘は無い」と見事な論理を展開した不比等に異を唱えられる奴は居なかった。

 俺もそこまで考えてやった訳じゃないから、不比等の話をポカンと聞いてたけどな。

 いやまぁ、香苗に「神様の旦那なら自然と神格化されるんじゃない」的な事も言われていたし、実際俺に頭を撫でられたら頭が良くなるみたいな迷信──信仰っぽいものも一応有るには有ったから、丸っ切りの嘘では無い。

 ともあれ、平和に決着したので特に文句は無い。

 食事が少し豪華になったから俺としては万々歳だ。

 そして半神となった俺がやる事と言えば。

 

 

「……ふむ」

「どきどき」

「よし、全問正解だ。ご褒美にプリンをやろう」

「わぁ、にぃにのぷりん~♪」

 

 

 言わずもがな、妹紅の教育である。

 小学生レベルの簡単な算数や俺の真骨頂とも言える家庭科を教え込んでいた。

 なに、調教はまだかって? 

 それは夜中だ。

 親の不比等公認だからな、少しずつゆっくりと開発している。

 本音を言えば昼夜問わず肉棒をぶち込みたい所だが、来客や使用人達の往来も有る為自重せざるを得ないのだ。

 大社に居た時は巫女少女達も解ってて急用が有る時以外はなるべく行き来しないよう気を回してくれたし、何より純な女の子達しか居なかったからな。

 妹紅の痴態を下男や下女、小汚い貴族の爺共に見せたくは無い。

 というか見たら半殺しにする。

 私刑を加える事に関しては不比等の許可も取って有るしな。

 おっと、思考が逸れたな。

 台所から冷やして置いたプリンを取り出し盆に載せて運ぶ。

 カラメルソースは作り置きが面倒な為、濃厚ミルクプリンにしてみた。

 プルプル感は無いが、こってりとした甘みが舌に至極の快感を与えてくれる逸品だ。

 行儀悪く足で襖を開け、妹紅にプリンを差し出してやる。

 

 

「ほれ、プリンだぞぉ」

「こ、こんなにいっぱい、いいの?」

 

 

 目をキラキラ輝かせながら驚く妹紅。

 さもありなん、プリンが入っている器は本来巨大な茶碗蒸しを作る際に使うデカい容器だ。

 グラムで言うと凡そ三百五十。

 缶ジュース一本分の重量だ。

 因みにこの濃厚ミルクプリン、完成までに多少手間取った。

 目指す硬さになるまで試行錯誤しつつ、失敗作と称して大量に出来た余りを使用人連中に振る舞ってやったのだ。

 砂糖が手に入らないこの時代、プリンの様な甘さは正に革命的な甘さだ。

 神の甘味と多少駄洒落染みたキャッチコピーで振る舞ったそれは大好評で、俺に対して懐疑的な目を向けていた連中も掌を返した様に好意的になった。

 

 

 ──外堀を埋めるにはまず胃袋を攻めよ。

 

 

 なかなか良い格言だな。

 勿論、俺の自作だ。

 

 

「んぅ~♪」

「味はどうだ、妹紅」

「にぃにのぷりん、おいしぃ♪」

「そうか、妹紅に喜んで貰えて俺も嬉しいよ」

 

 

 頭をわしわしと撫でてやると、妹紅はくすぐったそうに首を竦めた。

 なんか良いな、こういうの。

 平和にまったりと過ごしながら、可愛い幼女を愛でる生活……ダメだ、この暮らしは人間がダメになる。

 只でさえ半ニートな生活してんのに、幼女というオアシスが有ったら自制なんぞ出来なくなるに決まってるじゃないか。

 と、深みに嵌りそうな思考は妹紅の甘い声に依って引き揚げられた。

 

 

「にぃに」

「ん、どうした?」

「おいしぃぷりん、つくってくれて、ありがとう」

 

 

 にぱっと太陽の様に笑う妹紅。

 余りの可愛さに思わず抱き締めていた。

 わぷっ、と木のスプーンを持ったまま可愛らしい悲鳴を上げる妹紅。

 構わず頭を撫で回すと、少し恥ずかしそうに頬を赤く染めた。

 何だ、妹紅は対俺用人型最終決戦兵器かなんかか? 

 癒やしっぷりが半端じゃない。

 存分にMPを回復していると、玄関の方から聞き慣れたリズムが届く。

 どうやら家主のご帰還らしい。

 開いたままの襖からひょっこり顔を出したのは、少し疲れが滲む笑みを浮かべた不比等だった。

 

 

「妹紅、望月君、帰ったよ」

「あ、とうさま!」

「お早いお帰りで」

「なに、今日はたまたま仕事が少なかっただけさ。それよりも」

 

 

 不比等がちらりと視線をずらす。

 向けられた先に有るのは……プリン? 

 

 

「狡いじゃないか、妹紅ばっかり。僕も甘い物が食べたいっ」

「妙な科を作るんじゃない、男がやってもキモイだけだぞ」

「あはは、とうさまきもいー♪」

「ガビーン!」

「いやガビーンって古いな不比等! それと妹紅、その台詞は無邪気に言ってはいけない台詞だ。心が抉れる」

「はぁい、にぃにのいうことききます」

「よしよし、偉いぞ妹紅」

「えらい? もこうえらい?」

「あぁ、良い子だ。流石俺の嫁さんだな」

「……えへへ。だってもこう、にぃにのおよめさんだもん。いいこだよ♪」

 

 

 むきゅっと無邪気に抱き付いてくる。

 ヤバイ、本格的に嵌りそうだ。

 思わずニヤニヤする俺とニコニコする妹紅を交互に見て、不比等はお腹一杯とでも言いたげに軽く息を吐いた。

 

 

「せっかくだし、僕にもその甘味を作ってくれないかい?」

「とうさま、もこうのあげるよ?」

「くっ、なんて良い子なんだ! 父さん目から般若湯が流れてきそうだよ」

「お前それ酒じゃねぇか! ……まぁそれは良いとして、仕方無いから作ってやるよ。今日は妹紅も頑張ったからな、特別にお代わりも作ってやるぞ」

「わぁっ♪ にぃに、いいの?」

「可愛い嫁さんの為だからな」

「はぅはぅ……♪」

 

 

 はっはっは、可愛いな妹紅は。

 両手で真っ赤になった顔を隠してはるが、指の間からバッチリ目が合ってるぞ。

 そんな風にまったりしつつ、不比等を連れ立って厨房へ向かう。

 門を二つ曲がった所で、俺は口を開いた。

 

 

「それで?」

「相変わらず直球だねぇ。……さて、どこから話したものか」

 

 

 そう言って首を傾げながら困った様に笑う不比等。

 厄介事だな、と思う。

 同時に自分に何が出来るのだろう、とも。

 声に迷いを滲ませながらも、不比等はゆっくりと語り始めた。

 

 

「……うん、先ずは今回の『くらいあんと』について話そうか」

「他の者の目が有る訳でも無し、無理に外来語を使わなくても良いだろうに。しかしクライアント、か。その口振りから察するに……まさか、帝か?」

「正解、流石は望月君。内容は、今都で話題の美女『かぐや姫』を口説いて来いと」

「は、かぐや姫?」

 

 

 ぽかんと口を開けてしまう。

 あの昔話に出てくるかぐや姫か? 

 アレは創作じゃねえの? 

 等と盛大に疑問符を浮かべる俺の表情を誤解したのか、不比等はぽんと手を打った。

 

 

「あぁ、そう言えば望月君はまだ屋敷から外に出ていないからね。噂に疎くて当然か。実は最近、都では一人の女性が注目を集めていてね。名を、なよ竹のかぐや。十人居れば十人が振り返ると言われる程の美貌を持つ、絶世の美女らしい。それ程の美しさを讃えて、かぐや姫と呼ばれているのさ」

「いや、それは良いんだが……その、かぐや姫と帝、そして今回の厄介事がどう繋がるんだ?」

 

 

 俺の疑問を聞いて、不比等は困った顔のまま更に眉尻を下げた。

 

 

「かぐや姫はその美しさから、様々な人に求婚されているんだ。ま、全部断ってはいるみたいだけどね。帝は大層かぐや姫にご執心なんだけど、このまま無策では同じ様に断られるだろう。そこで帝に借りの有る者、或いは与し易そうな者をけしかけかぐや姫に求婚させる。勿論、僕と同等の地位を持つ者達をね。流石にかぐや姫とて立場の高い者相手を無碍には出来ない、考える時間が欲しいと一度追い返すだろう。そんな困り果てたかぐや姫に手を差し伸べ、少しでも心証を良くした状態で口説こうと帝はお考えらしい」

「……帝という大輪の花を映えさせる為の徒花か」

「万に一つ、かぐや姫が誰かを見初めてもあれこれと理由を付けて側に召し上げる腹積もりらしい。自分からは動かず狙った獲物から近付いて来るのを待つ、蟻地獄の様な御方だよ」

「直接会って面と向かって好きだと言えば良いだろうに」

「とんだ『ちきん野郎』だよね」

「はは、言うじゃないか。……しかし、厄介な話だな」

「あぁ、厄介だ。だからこそ僕に回ってきたのかもしれないね」

 

 

 苦笑いを浮かべながら俺を見る。

 今の言、誰かの助けを求めているとも、暗に関わるなと告げているとも取れる。

 多分後者だろうなぁ、と知らず口の端が上がっていく。

 不比等は貴族の癖に──と言って良いかは解らないが──思い上がった所が無く、その気性は平民のそれに近い。

 人格者という評が一番近いが、本人にそれを言ったら苦笑しながら否定していた。

 そう言った所からも、余り腹芸が得意では無い事が窺える。

 

 

 ──かと言って、俺も策士タイプじゃねぇからなぁ。

 

 

 そこそこ悪知恵は働くが、流石に海千山千の狸爺達には太刀打ち出来ない。

 前回の諏訪大戦の時も、俺一人じゃ碌な結果にはならなかっただろう。

 側でルーミアが支えてくれたからこそ、どうにか案が浮かんだ。

 その後の処理や折衝も陽となり陰となり走り回ってくれたのはルーミアだ。

 帰ったらお礼と感謝を込めてケーキでもプレゼントするか、とそこまで考えてはたと気付いた。

 

 

 ──あれ、ひょっとして俺ルーミア居ないと只の凡愚じゃね? 

 

 

 となると、今回の事で効果的な策を思い付ける訳も無い。

 後手後手に回ってしまうが、その場で対処するしか無いだろう。

 力業で解決出来る様な事ならなぁと頭を掻いていると、ふと視界の端に黒髪が映った。

 不比等も気付いたらしく苦笑いを浮かべている。

 どうやら長い間話し込んでいたらしい。

 

 

「妹紅、おいで」

 

 

 名を呼ばれて一瞬びくっとしたが、すぐに姿を見せて抱き付いてきた。

 

 

「おっと」

「にぃにもとうさまも、おそいよ?」

「悪い、少し話し込んでた。お詫びに妹紅のプリンを増量しよう」

「わぁ、やったぁ♪」

 

 

 無邪気に笑う妹紅を撫で回しながら台所へ向かう。

 

 

 ──かぐや姫、か。

 

 

 創作上の人物との騒動が巻き起こる事に俺は期待でも高揚でも無く、言い知れぬ怖れの様なものを感じていた。

 



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調教の成果。そして帝の思惑。※

 夜も更け切らぬ午後八時半。

 本来なら晩飯を食い終わって風呂に浸かりながらご機嫌で『超次元大魔従士マハモデット・クカーン』のOPテーマでも口ずさんでいる時間だ。

 あのアニメ放映したは良いがPTAから凄まじい抗議を受けて一カ月で打ち切りになったんだよなぁ。

 卑猥過ぎる敵の兵器や過激な演出も有ったが、俺は突っ込み所満載な台詞が原因なんじゃないかと思っている。

 敵の将軍が「弱い者イジメは最高だぜ、イジメられてる奴はなんとか見逃して貰おうとしてその内金を持ってくるからな! ボロい小遣い稼ぎだぜ!」という台詞を放った所為で全国の学校小中高問わずカツアゲが横行したらしい。

 まぁそんな事は置いとこう。

 そんな八時半に俺は風呂に入るでも無く、早くも布団に入っていた。

 理由は二つ有る。

 一つは、起きていてもやる事が無い。

 如何に不比等が貴族とは言えテレビやゲームが有る筈も無く、そもそも明かりすら行灯に頼る始末。

 書を読むという選択肢も有るには有るが、ミミズがエアロビクスしている様な訳の判らん文字を解読するには骨が折れる。

 だから寝るしか無い。

 もう一つの理由は、妹紅だ。

 やはり麒麟児と言えどお子様、早寝早起きが基本だ。

 頑張って夜更かしした所で夜十一時が限界だった。

 船を漕ぎながら口をむみゅむみゅする姿はかなり可愛かったが。

 そんな妹紅が何をしているかと言うと。

 

 

「んっ、ちゅ、ぺろぺろ……ちゅぷ」

 

 

 小さな口で俺の息子を舐め回していた。

 硝子細工の様に繊細な手で竿を優しく扱きながら、鈴口からカリ首を中心に赤く短い舌で丁寧に奉仕している。

 調子に乗って『不死の標』を連発した所為か、息子のサイズは更に一回り大きくなっていた。

 まさか自分の肉棒でボコォ出来る日が来るとは夢にも思わなかったが。

 

 

「んちゅ、にぃに、きもちぃ?」

「あぁ、妹紅も上手になったな。すぐにイキそうなくらい気持ち良いぞ」

「えへへ、もこうにいっぱいかけてね♪ ちゅっ、ちゅ、れろれろ」

 

 

 上目遣いで俺に笑い掛け、拙い奉仕を続ける妹紅。

 肉棒に与えられる刺激よりも、こんなに幼い妹紅が淫らに精子をねだっている、という光景に興奮が湧き上がってくる。

 

 

「にぃに、ちゅぷっ、せーし、もこうにちょうらい?」

「そろそろ出るぞ、妹紅」

「んぷっ、れろれろ、ちゅ、ちゅぅぅっ」

 

 

 鈴口を吸われた事で精子が爆ぜる様に上り詰め、妹紅の口の中へ勢い良く流れ込む。

 余りに多過ぎるそれを飲み込み切れず、口からゼリー状の精子が溢れ出る。

 

 

「んぱっ、んっ、んくっ、んくんく……ぷはぁ、にぃにのせーし、こすぎてのみきれないよぉ」

「無理して飲み込まなくても良いんだぞ」

「うん……ねぇ、にぃに」

 

 

 妹紅は着物の前をはだけ、まだ膨らんでもいない胸とぴったり閉じた秘裂を見せる。

 興奮で乳首はぷくっと勃起し、秘裂からは雫が糸を引いていた。

 

 

「にぃに、もこうのおまた、ぱんぱんしてぇ。なかに、いっぱい、いっぱいせーしだしてぇ」

 

 

 淫らにおねだりをする妹紅。

 その顔は期待と興奮で赤く染まり、とろけた笑みを湛えていた。

 随分と淫乱になったもんだ、と歪な笑みを口の端に映して妹紅を抱き寄せる。

 肩に手が触れただけでびくりと身体を震わせる。

 小豆よりも小さな乳首に吸い付きながら、帯を解いていく。

 未成熟な身体が行灯に照らされ、ひどく艶めかしく映った。

 甘い声を上げる妹紅を裸にして身体を入れ替え、俺が上になる。

 肉棒を宛がうと幼い秘裂はひくひくと口を開け、卑しい涎を垂れ流した。

 

 

「入れるぞ、妹紅」

「きてぇ、にぃにのおちんちんで、おまたぱんぱんしてぇ」

 

 

 自ら手を添え、ぴったり閉じた秘裂を開いて見せる。

 桜色の秘裂に、肉棒を押し込んだ。

 くぷっ、くぷぷっ、と狭い膣壁を押し広げながら肉棒は奥へ潜り込んで行く。

 痛いくらいに膣壁が締め上げ、深く誘う様に動き始める。

 

 

「んっ、あっ、あぁっ」

「痛くないか?」

「あぁん、にぃに、にぃにのおちんちん、ひゃぅっ、おおきすぎるよぉ」

 

 

 がくがくと腰を揺らして答える妹紅。

 淫らに歪んだ笑みを浮かべている事から、余り遠慮はしなくて良さそうだ。

 徐々にスピードを上げつつ、その狭い膣内に肉棒を前後させる。

 

 

「あぁっ、あぅ、あぅっ、ぱんぱん、ぱんぱんきもちぃよぉ」

「こんなに幼いのに、妹紅はいやらしい女の子だな」

「あぅっ、うぅっ、やぁ、にぃに、いじわるいわないで、あっ、あぁっ、おまたきもちぃ、おまたきもちぃのぉ」

 

 

 ずんっ、と一際強く腰を打ち付ける。

 子宮口がぷちゅりと潰れるが、それでもまだ肉棒は入り切らない。

 臍と秘裂の間、歪に膨れ上がった箇所が有る。

 亀頭の形に膨らんだそれは、妹紅の膣が肉棒で隙間無く埋め尽くされた証拠だ。

 

 

「くひぃっ、ひっ、ひぃん!?」

「ほら、一番奥まで届いたぞ。どうして欲しいか言ってみろ」

「あ、あぁっ、はぁっ、ひっ、ひぎっ、んひぃぃっ」

 

 

 腰を両手で抑え付け子宮口を亀頭でぐにぐにと擦り上げてやる。

 妹紅はなんとか喋ろうとするが、快楽に邪魔され喘ぐ事しか出来ずにいる。

 

 

「やぁっ、んぎっ、きひぃっ、にぃ、に、んっ、んぁっ、あがぁっ、や、やら、くるひ、ひぎぃっ」

「ん~、なんだって?」

「あひぃ、あひぃん、ゆ、ゆるひ、ひぐぅっ、ゆるひて、ぇっ、あっ、んぁっ、あぁっ、にぃに、もこう、おかひ、おかひくなるぅぅ、あぅ、あぅっ、うぁぁぁ」

 

 

 涙や涎を零してイキ続ける妹紅。

 強過ぎる快楽が苦しいのか眉をハの字にして許しを請う姿に、背筋をぞくりと撫で上げられる。

 濡れそぼった瞳に導かれる様に射精感が湧き上がり、子宮口に鈴口を押し付けたまま精子をぶちまけた。

 

 

「んんっ、んぐっ、んん~~~~~~っ! んっ、んぁっ、あぁ……っ、あっ、はぁ……っ、あ、はぁ……」

 

 

 きゅっきゅっと肉棒を締め上げる膣壁。

 背中に回した小さな手が掻き傷を付け、ぱたっと力無くずり落ちる。

 目も虚ろに、妹紅は全身で快感を受け止めていた。

 びくんと身体が跳ねる度に、淫猥な吐息が僅かに漏れる。

 

 

「あ……っ、あはっ……んぁっ……、にぃに、すき……」

 

 

 肉棒を抜くと、ぽこっと音が鳴る。

 少し遅れて夥しい量の精子が溢れ出て布団に零れ落ちた。

 未成熟な子宮口は容量を遥かに超える精子を受け止め切れず、押し上げられ肥大化している様だ。

 不自然に膨らんだ下腹部が幼い肢体と相俟って、アンバランスな色気を醸し出している。

 汗ばんだ額にそっと唇を寄せると、妹紅は嬉しそうに身体を震わせた。

 隣に倒れ込む様に寝転がると、夜の涼しい空気が襖の隙間から流れ込んでくる。

 暫く身体の熱を逃がしていると、きゅっ、と左手の小指を握られた。

 見れば妹紅が笑みを浮かべて俺を見上げていた。

 どうやら落ち着いたらしく、呼吸も元に戻っていた。

 

 

「悪い、妹紅。また意地悪しちまったな」

「ううん、もこうね、にぃにがしてくれることなら、なんでもうれしいの。きもちぃのも、くるしいのも、にぃにがくれたものだから、もこう、うれしいの」

「……俺には勿体無いくらい良い女だよ、妹紅は」

「えへへ、にぃに、だいじにしてね?」

「あぁ、大切にするよ」

 

 

 暗い部屋の中で笑い合う。

 いつの間にか行灯の光も弱まっていた。

 風邪を引かない様に布団を掛け直し、小さな身体を抱き寄せる。

 妹紅は嬉しそうにすり寄り、俺の左腕を枕にした。

 

 

「えへへ……にぃに」

「うん?」

「だいすき♪」

 

 

 キャッ、と顔を俺の胸に埋め恥ずかしそうに悶える妹紅。

 右手で優しく頭を撫でてやる。

 くすぐったそうな笑い声が漏れていたが、気付けば安らかな寝息に変わっていた。

 時々呟かれる可愛らしい寝言をBGMにしながら俺は瞼を下ろし、ゆっくりと意識を沈めていった。

 

 

 

 

 翌朝、俺は左腕の心地良い痺れと共に目を覚まし……昨日すっかり忘れていた妹紅のケアをしていた。

 

 

「白符『疲弊の休息』『天使の慈悲』」

「……わ、だるいのなおったよ」

「すまん、妹紅。痛かったろ」

「ううん、にぃに、きにしないで? それから、なおしてくれて、ありがと♪」

 

 

 天使の様な笑みを浮かべる妹紅に、再度頭を下げる。

 普通に考えれば解る事だが、流石にあのサイズを受けいれて普段通りとは行かない。

 八歳の身には激し過ぎる性行為の所為で妹紅の身体はボロボロになっていた。

 筋断裂や内出血に関節痛と疲労に因る筋肉痛等、本来なら涙を流して暴れる程の怪我をしていた。

 にも関わらず、優しく微笑んでいた妹紅。

 無用の痛みを与えた事に申し訳無く思うと同時、俺を想い痛がっている所を見せない様に努めた精神力に、ただただ頭が下がるばかりだ。

 

 

「白符『不死の標』『不死の標』『不死の標』『不死の標』」

「わわっ、にぃに、やりすぎだよっ」

「不死の……あ、あぁ、すまん、ちょっと気が動転してた」

 

 

 少しばかり回復させ過ぎたらしい。

 最低でもライフ百九十二も有る幼女ってどんな存在だろうな。

 因みに健康な一般人男性で二十だ。

 ……ふむ、見なかった、いや知らなかった事にしよう。

 

 

「それだけ妹紅が心配だったって事で」

「もう、にぃにったら」

 

 

 額を指でツンと押し、めっと可愛らしく叱ってくる妹紅。

 やべぇ、色々とクリティカルだ。

 その後もイチャイチャとピロートークをかましたり、風呂に入ってイチャイチャと洗いっこしたり。

 汗を流して綺麗さっぱり、日はだいぶ高くなったが気にせず着替えに袖を通す。

 学ランは焼けてしまった為、俺の服は不比等が用立ててくれた。

 まぁ余りごちゃごちゃしても動きにくいから、丈夫な生地を使ってYシャツっぽい上着とスラックスっぽい袴を呉服屋の主人に作って貰った。

 予想完成図を渡したら主人に色々突っ込まれたが、神が着る服では一般的な物だと適当に言いくるめて置いた。

 ベルトの代わりに荒縄を巻くのがオシャレポイントだ。

 ……しかし、シャツが藤色って事はやっぱそういう事だよな。

 

 

「にぃに、きょうもかっこいい♪」

「妹紅だって可愛いぞ? ほれ、ぷにぷに」

「やんやん♪ にぃにのほっぺに、おかえしぷにぷにぃ~」

「ははは、こやつめ」

 

 

 脳みそ乾いてんじゃねぇの、ってテンションの会話をしつつゆったりまったりと過ごす。

 やる事と言えば妹紅と遊ぶか妹紅と勉強するか妹紅と昼寝するくらいしか無い。

 偶に庭師の爺さんと将棋を指したり、薪割りと称して日頃の運動不足を解消したりする事も有るが、基本は暇人だ。

 だから今日は思う存分、妹紅と戯れる事にたった今決めた。

 と言ってもやる事は変わらない。

 妹紅を膝に乗せてお茶を飲んだり、丸めた手で繰り出されるもこパンチを避けながら脇腹をつついたり。

 

 

「もこもこもこもこもこもこもこもこもこもこもこもこもこもこもこもこ♪」

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ!」

「すきありっ」

「あべし!」

 

 

 第三回ラッシュの速さ比べは妹紅の圧勝に終わった。

 

 

 

 

 

 

「は? 俺も行くのか?」

「うん、しかも僕の従者とかじゃ無く個人的な来訪という形でだそうだよ」

 

 

 昼飯に舌鼓を打っている最中、不比等が唐突に切り出した内容。

 それは俺もかぐや姫に言い寄るモブになれと、帝からご指名が掛かったというものだった。

 舌鼓ではなく舌打ちを返し、まだ見ぬ帝へ悪態を吐く。

 

 

「従えば神さえ手中に収めたと帝の権威は更に上がり、断れば不比等に要らぬ火の粉が掛かるか。人の嫌な所を突くのが大層上手いらしい」

「説得出来れば手柄は帝のもの、失敗したなら責任は僕のもの。いやはや、望月君の事が帝に知れるのはもう少し後だと思っていたよ」

「人の口に戸は立てられぬ、か。いっそ俺がかぐや姫を娶ってみるか? 幾ら帝とて半神とは言え神に楯突く様な真似はしないと思うが」

「はは、良いかもしれないね。但し先に家内の了承は取って置いた方が良いよ?」

「そう言や今回の事、妹紅に聞かせて良かったのか?」

 

 

 首を巡らせればきょとんとした顔の妹紅と目が合う。

 途端に笑顔を浮かべ、箸で鮭を摘むとあーんと伸ばしてきた。

 うむ、ほんのり塩味。

 

 

「不本意な事に望月君が当事者になるかもしれないからね、妹紅にも知らせて置いた方が良い。それに妹紅は聡い娘だ、望月君の気持ちを汲み取ってくれるさ」

「この期に及んで『なるかもしれない』ってか。不比等、そこは『巻き込んで悪いが当事者だから』って言えよ。俺は不比等にまだ恩を返して無いんだ、走狗の如く働くのも吝かじゃないぜ?」

「……本当、すまないね。望月君が友人で良かったよ」

「義父とでも呼ぼうか」

「過ぎた息子を持ってしまったかな」

 

 

 お互いにニヤリと笑い、食事を再開する。

 その後の話し合いで食べ終わったら出発する事になった。

 随分と性急な気がしないでも無いが、帝に対して俺がかぐや姫との会合に乗り気で在るとアピールする狙いも有るらしい。

 まぁ美人と有名なかぐや姫に会えるんだ、多少は期待させて貰おうか。

 横でちょっぴり膨れていた妹紅には、後で濃厚ミルクを注いで精子タンクにでもして置こう。

 



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閑話――人、それを青天の霹靂と言う。

 

 

「……はぁ~」

 

 

 口から漏れ出るのは惚けた声。

 そこに神としての威厳や怜悧さは微塵も含まれていない。

 喉を落ちていった緑茶は、去年摘んだ葉で淹れたものだ。

 例年は甘めの茶葉が収穫されているけど、去年のは渋みが強く甘いお茶菓子が手離せない。

 こしあんの大福を口に運べば、さっぱりとしながらも重量感の有る甘みが舌を喜ばせてくれる。

 もみゅもみゅと咀嚼し緑茶で流し込めば、何とも言えないまったりとした心地良さが胸に生まれた。

 再度惚けた声を吐き出して、コタツに身体を投げ出した。

 

 

「あーうー……平和だぁ……」

 

 

 半分溶けた様に脱力しつつ、外の紅葉に目を向ける。

 鮮やかに色付いた木々。

 幾度も移り変わる季節に、あれから何年が経ったのか数えるのも億劫になってしまった。

 村の人間も代替わりし、当時の事を知るのは私と神奈子、ルー子だけ。

 神奈子は主神として色々雑務をこなしたり地域住民と触れ合ったりで、意外と忙しい毎日を贈っている。

 流石にもう二人でアイドルごっこはやらないけど、酒を呑みながら一緒に歌う事は多々有る。

 ルー子は相変わらず、眠り続けている。

 誰かの誕生日や結婚式、葬式の時なんかは目を覚ますけどそれ以外はあの椅子に座って、ずっと契の帰りを待っていた。

 起き抜けはいつも涙の後が頬に残っているのが、見ていて悲しい。

 

 

「全く、ダメ夫を持つと苦労するよ」

 

 

 やれやれ、と溜息を吐く。

 契が居なかった分、神奈子が父親代わりに鼎を可愛がってくれた。

 ただまぁ、あの溺愛っぷりは契が居ても変わらなかったかもしれない。

 何か有るとすぐに甘やかして手を出すもんだから、何度も拳骨を落としてやった。

 

 

 ──鼎が婿を連れてきた時は荒れたなぁ。

 

 

 鼎に相応しい男か確かめてやるだの鼎が欲しくば私を倒してからにしろだの、挙げ句の果てに「鼎を取っちゃヤダ」と子供の様に泣いて皆を困らせたりとやりたい放題だった。

 私の拳骨とルー子の説得、鼎の膝枕で何とか大人しくなったけどさ。

 なんだかんだで結婚式に一番喜んでいたのは神奈子だったしね。

 そして暫くして鼎に子供が産まれ、また一悶着有った。

 これで母様もお祖母ちゃんですねとかニヤニヤしながら言う鼎にはデコピンを喰らわしといた。

 一度も会ってない筈なのに鼎のニヤニヤは契そっくりだった。

 やっぱり親子だなぁと思ったけど許さん。

 そして神奈子がまたデレデレして暫く使い物にならなくなった。

 やがて鼎も年を取り、逝く時が来た。

 親を残して行くとは罰当たりな奴めと散々に罵ってやったのに、鼎は飄々とした態度で「父様が向こうで遊んでいたら蹴っ飛ばしてでもこっちに向かわせますから」と笑っていた。

 ルー子は優しく抱き締めてやり、神奈子は煩いくらいに泣きじゃくっていた。

 鼎を見送った後は、退屈な日々が続いた。

 孫や曾孫も立派に成長し、子を成して老いていく。

 何度も見送り、迎え、また見送った。

 代を重ねる内に付き合い方も変わり、今は何故か私と神奈子に仕える巫女一族みたいになっている。

 元々私の直系だから仕えるも何も無い気がするんだけどなぁ。

 まぁ、そんな事も有りつつ。

 

 

「平和だぁ……」

 

 

 やや温くなった緑茶を啜る。

 まったりのんびり、そんな毎日。

 やる事も無く自堕落な生活をしていた私はすっかり勘も鈍ったのか、背後に迫る気配に気付かない。

 

 

「ケロ子」

「うわっひゃぁい!?」

 

 

 突然掛けられた声に驚いて飛び上がる。

 だがコタツに入ったまま飛び上がったのが運の尽き、右足の脛を台の角にぶつけ左足の小指をコタツの足にぶつけるという二重苦が私を襲う。

 声も上げられずに悶絶する私に、若干申し訳無さそうな声が掛かった。

 

 

「あー……大丈夫、ケロ子?」

「ぐぬぬ」

 

 

 歯を食いしばりどうにか痛みを堪える。

 数分掛けて立ち直り、ふぅと息を吐いた。

 

 

「痛かったぁ……おはよ、ルー子」

「うん、おはようケロ子。なんかゴメン」

「いいよ、私もすっかり気を抜いてたし。てか珍しいねルー子、今日は何か有ったっけ?」

 

 

 背後のルー子に向き直り疑問を口にする。

 振り返った先、ルー子はいつもの幼女形態じゃなく大人形態で私を見下ろしていた。

 以前力と記憶の維持に都合が良いからと頼まれて、封印のリボンを私が外して置いたんだ。

 それはさて置き、ルー子が起きているとは珍しい。

 今日は誰かの誕生日でも無ければ特別予定が有る日でも無い。

 そんな私に、ルー子は少し弾んだ声で答えた。

 

 

「ケイの匂いがしたの」

「へ? 匂い?」

 

 

 まさか遂に嗅覚まで壊れ始めたのか。

 心の傷がここまで深かったなんて。

 ゴメンよルー子、私は親友に何もしてやれないダメな神様だよ。

 

 

「何か失礼な事考えてない?」

「滅相も無いでケロ」

「信じてないでしょ。本当にケイの匂いがするの、ちょっとずつ近付いて来て「諏訪子様、文が届いてますよ~!」……来た」

 

 

 今代の巫女はドジっ娘だ。

 早速玄関で「あうっ!?」躓き、廊下を走って「ひぁぁっ!?」滑って転び、その勢いのまま「みゅぅっ!?」部屋の襖に激突した。

 いたた、と額を押さえて少しボロボロになった巫女が姿を見せる。

 珍しく起きているルー子を見て、ちょっと驚いた様に目を見開いた。

 

 

「あ、ルーミア様。おはようございます」

「うん、おはよう奈苗。スゴい音してたけど怪我してない?」

「はい、大丈夫です! ううっ、ルーミア様だけですよ私の事を気遣って頂けるのは」

「そりゃあ、奈苗のドジっぷりはいつもの事だからねぇ。ルー子にしたら珍しいから心配なのさ」

「あぅっ、酷いです諏訪子様」

「賑やかだね、何してるんだい?」

 

 

 奈苗を弄って遊んでいたら、神奈子まで姿を現した。

 突然背後から聞こえた声に驚いた奈苗は足がもつれてコタツに顎を強かぶつける。

 響いたのは『ガッ』でも『ゴッ』でも無く『ガチン』と歯が打ち鳴らされる音だった。

 思わず口を両手で押さえる。

 見てるだけで痛くなってきそうだ。

 それはそうと、あの驚き方から察するに奈苗は有る意味私の血を濃く受け継いだのかもしれない。

 取り敢えず涙目の奈苗をルー子が宥め、神奈子も揃って四人でコタツを囲む。

 

 

「で、文がどうしたって?」

「あ、これ何ですけど」

 

 

 顎をさすりながら奈苗が取り出したのは簡素な手紙。

 一応赤蝋で封はしてあるけど、他には特に装飾も見当たらない。

 それを見て動いたのはルー子。

 

 

「奈苗、ちょっと頂戴」

「はい、どうぞ」

 

 

 いつになく真剣な眼差しのルー子にやや戸惑いながら手紙を渡す奈苗。

 受け取ったルー子は、そっと手紙を抱き締めた。

 真剣な表情のその頬を、一筋の涙が滑り降りて行く。

 ほろり、ほろり。

 突然涙を流したルー子に私も神奈子も慌てるけど、呟かれた言葉で理由を悟った。

 

 

「ケイ……、ケイの、匂いだぁ……」

 

 

 目を弓にして静かに涙を零すルー子。

 暫くそのままにして、落ち着いた頃に口を開いた。

 

 

「皆、ゴメンね」

「いいさ、ルーミアは契の事を、誰より一番心配していたじゃないか」

「それにそんな笑顔見せられたら何も言えないって」

「ルーミア様にそこまで想われるなんて、ちょっぴり契様に嫉妬しちゃいますね」

 

 

 思い思いに反応を返す。

 若干奈苗の言葉に百合っぽい響きを感じるのは気の所為だろうか。

 ともかくルー子に封を開けて貰い、皆で手紙を覗き込む。

 そこには懐かしい契の文字が躍っていた。

 

 

『まずは手紙での生存連絡になる事を許してくれ。

 

 

 あの鉄砲水に飲まれた時は流石に身の危険を感じたが、何とか生きてる。

 不思議な事に全身──特に右半身に酷い火傷を負っていたが。

 右腕は肘から先は骨近くまで炭化、右足は神経毎焼き切れ右目は焼かれ視力を失っていた。

 能力で治したから今は何ともない。

 心配させる様な文面でスマン。

 ともあれ死に掛けはしたが無事だ。

 そっちは被害を受けて無いか? 

 咄嗟に彦六を突き飛ばしたんだが、ギリギリだったから間に合ったか自信が無い。

 もし無事だったら伝えてやってくれ、俺は平気だってな。

 

 

 そうそう、俺は今平城京に居る。

 全身に火傷を負っていた俺を助けてくれた奴の所に世話になっているんだ。

 名を藤原不比等、そこそこ有名な貴族らしい。

 悪い奴じゃないし、暫く怪我が落ち着くまで厄介になろうと思っている。

 流石に俺の事を知らない奴等の前で能力を使ったら妖怪だなんだって面倒臭い事になるかもしれないからな。

 それに、不比等には助けて貰った借りも有る。

 少しばかり戻るのは遅くなるが、借りを返すまで待っててくれ。

 遅くとも諏訪子の出産には間に合わせるつもりだ。

 だから余り心配するなよ? 

 心を病むと産まれてくる子供にも悪影響だからな、美味いもの食って暖かい布団にくるまって、まったりしてろよ。

 

 

 まぁ、そんな訳で戻るのは遅くなるが心配は無用だ。

 今すぐとは行かないが、必ずそっちに戻るからな、もうちょっと待っててくれ。

 諏訪子、お腹の子供に負担を掛けない様に回りの人を頼るんだぞ。

 神奈子、色々手を煩わせてしまうが諏訪子の世話、宜しく頼む。

 ルーミア、子供の為に栄養の有る食事を作ってやってくれ。

 それと、俺が帰ったら最高に美味い味噌汁を頼むな。

 

 

 望月契』

 

 

 読み終わった私達が最初に抱いたのは安堵、次に浮かんだのは疑問だった。

 口を開いたのは神奈子、その顔には困惑が浮かんでいる。

 

 

「どういう事だい、これは。これじゃあまるで」

「起きてすぐこの手紙を書いた様な文章に見えるわね」

 

 

 後句を継いだルー子は少し顔が赤い。

 疑問は有っても、それ以上に契の生存が嬉しくて堪らないらしい。

 一途だねぇ、と微笑ましく思う。

 奈苗じゃないけど、ここまでルー子に慕われるなんて契も罪な男だよ。

 ともあれ文面に再度目を落とす。

 書かれているのは間違い無く契の文字。

 少しばかり特徴的な筆跡だから、見間違える事はまず無い。

 

 

「幾ら都から届くのが遅れたって、最長でも四年以内に書かれたもので有る事は疑いようが無いね」

「そうね、少なくともケイが行方不明になった時は『平城京』なんて場所は存在しなかったんだから」

 

 

 神奈子の言葉に頷かずにぽかんとしているのは、当時を知らない奈苗唯一人。

 俗世で遷都されたのは四年前、その時に街の呼び名も平城京と改められた。

 人々は先から平城京と呼んでいたけれど、私ら神に言わせれば遷都の際に御卸の神事をして漸く神々にその名が認知されたに過ぎない。

 一応は契も神の端くれだから、教えてなくても無意識に知ってる筈だ。

 まぁ、契が神になった話は一旦置いとくとして。

 

 

「考えられるのは……つい最近まで寝てたとか?」

「いつもなら冗談と切り捨てるんだがねぇ、流石に今回はそれが正しく思えるよ」

「当時あれだけ皆が頑張って探してくれたのに見付からなかったからね。ケイだからこそ、長い間気を失ってたけど復活出来たのかもしれないわね」

「ルー子も神奈子もそれくらいにしなよ、どうでもいいじゃないかそんな事」

 

 

 呆れて放った言葉に、二人が喰らい付く様な目を向けてきた。

 怖い怖い、と肩を竦めて口を開く。

 

 

「今は、契が無事だったって事だけでも充分じゃないか。そりゃあちょっとばかし遅い便りに腹は立つけどさ、この手紙を読む限り一年と経たずに帰って来るみたいだろう? もう何百年と待ってたんだ、後一年、首を長くして待ってやろうよ」

 

 

 私の言葉に感じるものが有ったのか、神奈子は頬をポリポリと描いて照れ臭そうな顔を、ルー子はぷいっとそっぽを向いて耳を赤くしてた。

 神奈子はともかく、ルー子はやっぱり浮き足立って落ち着かないみたいだ。

 なんだかんだで一番側に居たルー子。

 今すぐ飛び出して迎えに行きたいのが本音だろう。

 それをしないのは契を信じてるからなんだろうなぁ、と思う。

 

 

 ──帰って来たら、鼎の分まで殴って顔面ボコボコにしてやろうかな。

 

 

 或いは黄泉の国で鼎が見つけて蹴り飛ばしたのかもしれない。

 それで現世に帰って来たとか。

 どっちにしてもボコボコにしよう、うん、それが良い。

 隣を見ると神奈子も同じ思考に至ったのか不敵な笑みを浮かべて拳を握っていた。

 対照的にルー子は手紙をきゅっと抱き締めて契の残り香を嗅いで恍惚としている。

 顔はかなりだらしない。

 それを見て奈苗は頬を膨らませている。

 構って貰えないのが不服な様だ。

 あれは奈苗にも殴られるだろうなぁ、と統一感の無い面々を見渡しながら乾いた笑いを零す。

 それでも、根底の想いは皆一緒だった。

 

 

 ──契、待ってるよ。

 

 

 そよ風に揺れる紅葉が、湯呑みに映る。

 次の満月は十五夜だったかな、と秋晴れの空を見上げてぽつりと呟いた。

 



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見合いの場。そして荒ぶるかぐや姫。

 牛車に揺られてのんびりまったり。

 明らかに走った方が速いんじゃね、と言いたくなるスピードでかぐや姫の屋敷へと向かう俺と不比等。

 妹紅は留守番だ。

 流石に女を誑しに行くというのに嫁を連れては行けない。

 思惑はどうあれ一応求婚しに行く訳だから服装は気合い入れた。

 黒のYシャツと白地に赤のラインが映えるジャケット、黒のスラックスと奇跡的に無傷だった自前のスニーカー。

 例の呉服屋の主人に無理を言って作らせた厨二病トップギアな出で立ち。

 見覚えの無いケースに入っていた黒縁眼鏡を装着すれば、超絶堕天使(笑)望月契の完成だ。

 いや、正直すまんかった。

 ちょっと悪ノリが過ぎた感が半端じゃないが、多分笑える黒歴史として俺の人生を彩ってくれるんじゃないかと思う。

 まぁ、最初は冗談のつもりだったんだ。

 だったんだが、妹紅に見せた所「にぃに、すごくかっこいい! もこう、きゅんきゅんしちゃった」と夢見るロリボイスで評価された為、つい意外と行けんじゃね的なテンションになってしまいこの服装で出発した訳だ。

 よくよく考えたら妹紅は俺にデレデレ状態だから何着てても高評価しか出さなかったんじゃないか、という気がしてきた。

 ともあれ未だ厨二病の抜けきらない年齢な俺にしてみればこの服装も悪いとは思えない。

 まぁそのセンスが厨二病足る所以なんだろうけどな。

 そうそう、学ランの時みたいに焼失しても困るから能力を使って強化しといた。

 使ったのは『無傷の発現』というインスタント。

 これは好きなタイミングで選んだ色のプロテクションを持たせる事が出来る──早い話が俺の裁量で攻撃に対して耐性を得る事が出来るって訳だ。

 反復っていう、忘れた頃にオマケでもう一回使えるという効果も付いてて割と使い勝手は良い。

 というか、この反復狙いで使った。

 先に使っとけば一々能力を使わなくても、意識を向けただけで効果が発揮されるからな。

 

 

 ──しかし、この行動が後に奇跡を起こす事を俺は知らないのであった。

 

 

 よし、生存フラグも立てたしこれで抜かりは無いな。

 無いとは思うが勘違いした帝から暗殺部隊とか送り込まれても厄介だ。

 まぁ来たら片っ端からぶち殺すが。

 

 

「……望月君、聞いていたかい?」

「んぁ?」

 

 

 掛かる声に気の抜けた返事をしながら顔を向けると、やや呆れた様に微笑む不比等と目が合った。

 不比等は藤色の着物を大外に誂え、中には幾重にも色鮮やかな羽織を纏っている。

 まるで孔雀みたいに煌びやかだ。

 ここまで来ると派手さ云々よりも、それ重いし動きにくくね? といった感想が先に浮かぶ。

 端から見ると何かの訓練かと訊きたくなる様な格好だが、この時代ではこれがフォーマルらしい。

 

 

「悪い、全部聞いてなかった」

「正直は美徳だけど言ってる内容は酷いよね。それとも酔ったかい?」

「いんや、走った方が速いんじゃねって言葉が脳裏を掠めただけだ」

「そこはまぁ……様式美っていうか」

「無駄を尊んで進化してきたのが人間とはいえ、これは無駄にも程が有るだろう。足腰悪くないんなら貴族でも歩けよ。むしろ貴族が率先して走れ」

「いやいや、こうして楽をする為に皆頑張ったんじゃないかな。じゃないと貴族なんて面倒臭いもの誰もやりたがらないでしょ」

「……成程、今の怠惰は過去の勤勉有ってこそ、か」

「怠惰を求めて勤勉に。なかなか逆説的だね?」

「俺は最初から最後まで怠惰が良い」

「何という『にーと』根性」

「働きたくないでござる!」

 

 

 そんな風に不比等と遊んでいたら、いつの間にかかぐや姫の屋敷に着いたらしい。

 牛車を降りて軽く身体を伸ばすと、背中や肩がべきべき鳴る。

 そういや最近運動不足だったな。

 早く色々終わらせてルーミアと山へ狩りに行きたい所だ。

 この季節なら葡萄にコクワ、ボリボリなんかも採れるだろう。

 ボリボリは大根おろしと合わせて味噌汁にすると上手いんだよなぁ。

 

 

「藤原様、望月様、会合の支度が整うまで今暫くお待ち下さい。これより控えの間に御案内致しますので、それまではどうぞそちらで御寛ぎ下さい」

 

 

 良い感じに思考を飛ばしていると、嗄れた声に呼ばれた。

 振り向くと人の良さそうな笑みを浮かべた老人が腰を曲げて立っていた。

 

 

 ──この爺さんがかぐや姫を育てた『さぬきのみやつこ』って爺さんか。

 

 

 下男とは違った気品というか気迫が有り、口元には笑みを浮かべながらも目は獲物を見定める猛禽類の様な鋭さが見え隠れしている。

 小さな頃に絵本で読んだくらいしか知らないが、どうやら只の爺さんでは無いらしい。

 かぐや姫への求婚を取り纏め、断った相手に逆恨みを貰わぬ様根回しをしたりと、一介の爺さんが奔走するには少し荷が勝ち過ぎるのも当然だが。

 一分の隙も無い足取りを追いながら控えの間とやらを目指す。

 通された部屋は十二畳程の広さ。

 不比等とは別の部屋が宛てがわれた様だ。

 まぁ、他の面々とは恋敵になるんだから要らぬ火種とならない為の配慮なんだろう。

 下女が淹れてくれた緑茶を飲みながら庭の鹿威しの音に耳を傾ける。

 

 

 ──良いなぁ、鹿威し。やっぱ日本の心に染み渡る音色と言えば、このカコーンって音だよなぁ。

 

 

 帰ったら諏訪子に許可貰って大社の庭に作ってみるか。

 縁側に腰掛け紅葉を楽しみつつお茶菓子を食べ、右肩にはルーミア左肩には諏訪子が寄り掛かって景色を眺め、膝の上に乗った妹紅はすやすやと昼寝を、そして背中合わせに身体を預けた神奈子は静かに読書。

 そんなゆったりスローライフ。

 ……はっ。

 いかんいかん、思わずまったりしてしまった。

 と、気を抜いていた俺の耳に廊下の足音が聞こえてきた。

 ガラッと開いた襖の向こう、下男が畏まってお辞儀をする。

 

 

「望月様、用意が整いまして御座います。これより御案内致します」

 

 

 何も言わずに立ち上がり、下男の後ろを着いて行く。

 下女にお茶の礼でも言いたかったんだが、一応神様って事になってるから鷹揚な態度を取らなくちゃならない。

 心の中でごちそうさま、と告げて廊下をひたひた歩く。

 目的の部屋は意外と近く、中には不比等以外に四人の男が鎮座していた。

 不比等以外皆一様に、期待に胸を膨らませている。

 その様子がどうにも滑稽で思わず吹き出しそうになったのは内緒だ。

 だってなぁ、俺と同年代の青春真っ盛りな奴なら解るが良い年したオッサン連中が逞しい妄想にぐふぐふ笑いを漏らしてるとかキモイ以外の形容が見付からないぜ? 

 こっそり不比等に耳打ちしたら、不比等も若干口の端をピクピクさせながら俺の脇腹を小突いてきた。

 庭でも眺めて笑いを噛み殺していると、背後の襖から人の気配がした。

 姿勢を正し、庭に背を向け振り返る。

 俺の行動の意味を正しく捉えたのは不比等だけ。

 残りの連中はいきなり雰囲気の変わった俺を怪訝な目で見ている。

 最も、余り目立つつもりの無い不比等は他の者と同じ様に庭を向いたままだったが。

 直後、背後の襖──俺に取っては正面のだが──が音を立てて開く。

 

 

「ほぅ、望月様以外は見合いに乗り気では無い様ですな」

 

 

 続いて聞こえた声は爺さんのもの。

 開いた襖の奥、やや手狭な部屋の中央に一見してそれと解る美少女が愛想笑いを浮かべて座っている。

 その横にはニヤリと笑う爺さん。

 突然の事に慌てふためく貴族連中に助け舟を出すかの様に、不比等が口を開く。

 

 

「これはご無礼仕った。なかなかに趣の有る庭を見て、かぐや姫は美的感覚も優れた方なのだろうと思いを馳せていた所」

「お、応、正にその通りである!」

 

 

 厳つい身体のオッサンが乗ったのを切っ掛けに皆が追従する。

 口々にやれ良い庭師をお抱えで羨ましいだの、やれこの庭に見惚れぬ人は居ないだの、遠回しに俺を詰りつつ自分の株を上げようとする根性に少し感心した。

 つか不比等、その口調は何だ。

 予想外過ぎてポカーンとしそうになっただろうが。

 まぁ、それはともかく。

 俺は考えの読めない愛想笑いを浮かべたままのかぐや姫に意識を向ける。

 艶の有る黒髪、潤みを帯びた瞳、柔らかそうな赤い唇、白磁の如きキメ細やかな肌。

 どれも一級品と言って良いパーツが互いに調和して出来上がった美しい造形。

 十人居れば十人が振り返る美少女だ。

 

 

 ──けどまぁ、それだけだな。

 

 

 無邪気さや初々しさは妹紅に劣り、取っ付き易さや健康的な活気は諏訪子に劣り、艶めかしさや庇護欲は神奈子に劣り、包容力や安心感や美しさや可愛らしさはルーミアに劣る。

 確かに魅力的では有るが、尖って訴えるものが無い。

 

 

 ──やっぱ噂は当てにならないか。

 

 

 ほぅ、と小さく息を吐く。

 紛れもない落胆の息だが正面に座る爺さんや周りのオッサンは、それをかぐや姫の美しさに中てられて吐いたものだと勘違いしたらしい。

 不比等はそれには気付かず、かぐや姫に見惚れている様だ。

 俺もルーミア達に出逢わなかったら、あんな反応をしていたんだろうな。

 そう考えると、不思議と笑みが浮かんで来た。

 

 

「──っ」

 

 

 一瞬、殺意が飛んで来た。

 意識を戻すと、相変わらず愛想笑いを浮かべたままのかぐや姫と目が合う。

 袖から取り出した扇子で口元を隠すが、目は凍り付く様な鋭さを秘めている。

 ……ひょっとして、溜息に気付かれたか? 

 オッサン達が美辞麗句を並べ立てている間も、かぐや姫はニコニコと愛想笑いを浮かべながら偶に鋭い視線を俺に飛ばしてくる。

 とは言っても威圧感は皆無だ。

 普通コレ程の美少女に睨まれれば多少なりともプレッシャーは有るんだが、如何せん凄みが足りない。

 俺をビビらせたいなら、諏訪子の妊娠が発覚した直後のルーミアと神奈子くらいの笑顔を浮かべて迫って来ないとな。

 アレは怖かった。

 鬼気迫る、とはあの二人の威圧感を指すのだろう。

 対してかぐや姫の威圧は、なんと言うか、ひどく幼い。

 子供が我が儘を言ってむくれている様な、そんな微笑ましいものに近い気がする。

 

 

「……では皆様への課題はその様に」

 

 

 おっと、気を抜いていたら知らぬ間に話が進んでいたらしい。

 てか課題って何の話だ。

 

 

「望月様」

「何か」

 

 

 幼くも愛らしい声がかぐや姫の口から零れる。

 成程、声だけなら惚れそうだ。

 というか咄嗟に尊大な返しをしたが良かったんだろうか。

 かぐや姫は俺の言葉に少し面食らいながらも気を取り直し、教科書に載せたいくらいのどや顔をして言い放った。

 

 

「望月様ともなれば他の方々とは違う繋がりをお持ちなのでしょう。なれば望月様への課題は『洩矢の禍帽子』を持ち帰る、というものにしましょう。同じ神で有れば祟り神をも出し抜ける筈、望月様のお帰りを心待ちに致しましょう」

 

 

 ……は、祟り神? 

 洩矢って事は諏訪子だよな、つまり諏訪子の帽子を持ってこいっていう事か。

 

 

「あのケロ帽子、何処に……あぁ、思い出した。確か箪笥に入り切らないから神奈子が物置にぶち込んでたな」

「──!?」

 

 

 あのケロ帽子、前はいつも被っていたが俺が悪戯してたらいつの間にか被らなくなってたからなぁ。

 今思えば諏訪子の奴、悪戯されたくて帽子被らなくなったんじゃなかろうか。

 トレードマークだった筈なのにな。

 なんて不憫なケロ帽子。

 扱いもぞんざいになってるからな、その内怨みを抱いて九十九神に成るやもしれん。

 来たら返り討ちにするが。

 と、周りが騒がしいな。

 

 

「しかし一度出した課題を引っ込める訳にも」

「だがこのままでは彼だけ難度の低い課題になり不公平」

「然らば課題をもう一つ増やす方向で」

「あの口振りでは他の神々にも顔が利く様に思える」

「ならば妖怪退治と言うのは」

「確か東に風見幽香と言う大妖怪が住んでいるとの噂が」

 

 

 風見幽香。

 何故だろう、その名前を聴いた途端全身に蕁麻疹が出て来た。

 序でに寒気もする。

 何故かは解らない、解らないがその風見幽香とか言う妖怪は嫌だ。

 会ってはいけない気がする。

 気付けば、俺は叫ぶ様に口を開いていた。

 

 

「止めてくれ。他の課題なら良いが、その風見幽香とか言う妖怪の所には絶対に行きたくないんだ」

「あら、望月様程の方なら簡単にあしらえるのでは無いのですか?」

「並大抵の妖怪なら幾らでも屠ってやる、だがその風見幽香とか言う妖怪にだけは会いたくない、いや会ってはいけないんだ」

「そこまで仰るなら課題としては相応しいのでは有りませんか。見事苦難を乗り越えた殿方こそ、私の夫に」

「黙れへちゃむくれ。お前がそれを課題にすると言うなら俺は帰らせて貰う」

「へ、へちゃ……!? ふ、ふんっ、この程度で怖じ気付くとは半神も大した事は無いのですね」

「何とでも言え、お前程度の女にそこまで尽くしてやる価値も無い」

「なっ、なんですって!? わっ、私を一体誰だと」

「多少顔が整っているだけの勘違い女だよ馬鹿やろう」

「~~~~っ!?」

 

 

 真っ青な顔をした俺と真っ赤な顔をしたかぐや姫が互いに言い争う光景。

 爺さんはあんぐりと口を開け、オッサン達は呆然と事の成り行きを見つめ、不比等は俺の慌て振りに驚いている。

 だが俺自身、この妙な感覚に戸惑っているんだ。

 風見幽香。

 名前を思い浮かべるだけで寒気が身体を襲い、名前を口にするだけで胸が潰れそうに痛み、名前を耳にするだけで心が凍える様に冷える。

 

 

 ──くそっ、一体何だってんだ! 

 

 

 会った事は一度も無い。

 名前を聞くのも今日が初めてだ。

 なのに、まるで長い間共に居たかの如く心に馴染んでいる。

 気安さと心苦しさ。

 異常な二つの感覚に振り回されながら、俺はそれを誤魔化す様に喋り続ける。

 

 

「頼まれたってお前なんか娶らねぇよ!」

「くっ、言ったわね! いいわ、絶対に貴方を私のものにしてみせるから!」

「誰がなるか!」

「ふんっ、すぐに私の虜にしてやるんだから。結婚を泣いて請う姿が目に浮かぶわ」

「はっ、そりゃこっちの台詞だ! 一生俺の事しか考えられない様にしてやる!」

「だったら課題こなして来なさいよ! 風見幽香の日傘を持って、貴方が私を奪いに来るまで待っててあげるから!」

「上等だ! 俺がお前を奪ってやるから首を洗って待ってろ!」

 

 

 吐き捨てる様に言い放ち、どたどたと荒々しく足音を立てて部屋を後にする。

 慌てて追ってきた爺さんから地図を受け取り屋敷を出た。

 急に外へ出た所為か、日差しが眩しい。

 向かう先は東、太陽の花畑と呼ばれている場所だ。

 チラッと屋敷を振り返り、若干の苛立ちを混ぜて口を開く。

 

 

「待ってろ、へちゃむくれ。すぐにお前を奪いに来てやる」

 

 

 言い争いで血の上ったまま、俺は東へ向けて歩き出した。

 



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向日葵の海。そして微笑む大妖怪。

 どうしてこうなった。

 熱に任せて屋敷を飛び出した俺は、地図とにらめっこしながら山道を歩いていた。

 日差しはまだ低い。

 何故なら朝だからだ。

 適当な木の上に紐を掛けハンモックを作り一夜を過ごすと、幾分頭も冷えた。

 同時に昨日の自分が如何にアホだったかも理解出来た。

 

 

「……何で行かないって言ってた癖に自分から行くと決めたんだ俺」

 

 

 かぐや姫との言い争いが不必要にヒートアップした結果、何故か最後にはかぐや姫を娶る事になっていた。

 しかも忌避していた筈の風見幽香とか言う妖怪に会うとか馬鹿だろ俺。

 まぁアイツもバッチコイ的な事を言ってたし、当初の目的である『かぐや姫への求婚』は成功……で良いんだよな? 

 ともあれ、来たからには仕方が無い。

 序でに風見幽香に関する俺の動揺の原因を確かめる事にしよう。

 

 

 ──そう、動揺だ。

 

 

 一晩考えて、最初に抱いた感覚が動揺だと気付いた。

 同様に恐怖、親しみを抱いている事も解った。

 しかしそれを抱く理由と、胸の痛みが何に因るものかは皆目見当が付かない。

 俺は心理学のエキスパートじゃない。

 だから少々短絡的だが、会って解決する事にした。

 多分、荒療治の類になる。

 そうじゃなきゃ、この胸の痛みが理解出来ないからな。

 そんな感じに腹を括った俺は朝霧が晴れてすぐに出発した。

 途中、鮮やかな紅葉や見事な滝に目を奪われながら軽快に道無き道を行く。

 意外と単純、そんな評価をルーミアから受け取った俺は正しく単純だった。

 雄大な自然を前にテンションも上がり、鼻歌なんかも歌ってみたり。

 

 

「~~♪ ~~っ、と」

 

 

 急に視界が開けた。

 一瞬目が眩み、続いて辺り一面の黄金が視界を埋め尽くした。

 

 

「────」

 

 

 余りの凄さに自然と声が出そうになるが、この景色を前に何と言えば良いのか解らず口を噤む。

 例えるなら、海。

 朝日を浴びて黄金に輝く海が遠く山の果てまで広がっていた。

 堪え切れず斜面を駆け下り、一人海へ近付いて行く。

 近くに寄れば寄る程、大輪の花は輝いて見えた。

 

 

「凄いな……こんな、こんな向日葵初めて見た」

 

 

 一輪一輪が大きく立派で、今までに見たどの向日葵よりも美しかった。

 もっと近くで見たくて、更に一歩前へ。

 

 

「っ、と」

 

 

 踏み出そうとした足を止める。

 足元には小さな白い花が、健気に咲き誇っていた。

 しゃがみ込み、壊れ物を扱う様にそっと花弁を指で撫でる。

 

 

「悪い、お前も頑張って咲いてるもんな。向日葵に負けないくらい綺麗だぞ」

 

 

 なんてな、と一人笑いを漏らす。

 どうもテンションが振り切れているらしい。

 普段なら絶対に言わないであろうロマンチックな台詞に苦笑しつつ、最後に花弁をもう一撫でして立ち上がる。

 さっき下りてくる途中で、向日葵畑の向こうに白壁の家を見つけた。

 多分、あそこに風見幽香が居るのだろう。

 胸に有るのは期待か不安か。

 解答を求めて一歩踏み出そうとして、

 

 

「──誰か、探しているの?」

 

 

 

 

 背後から声が掛かった。

 

 

 

 

 届いたのは、優しく慈愛を感じさせる声。

 振り返ると、ウェーブの掛かった緑髪を肩上まで伸ばした女性が立っていた。

 柔らかく微笑みを浮かべているが、その紅い双眸には微かな揺れが見て取れる。

 様々な感情が入り乱れているらしく、俺には何を抱えているのか解らない。

 着ているのは赤いチェックのベストに白いブラウス、ベストと同じ柄のスカート。

 白いレースがあしらわれた日傘を持ち、佇む姿は良家のお嬢様といった所か。

 

 

「──あぁ、風見幽香と言う名の大妖怪がこの辺りに住んでいると聞いてやって来たんだ。だが……見事な向日葵畑に心を奪われ、当初の目的を忘れていたな」

 

 

 声に動揺は乗らない。

 代わりに抑揚も乗らなかったが。

 内心で荒れ狂う感情を無理矢理抑え付け、どうにか平静を保つ。

 彼女の方も表面上は何事も無いかの様に振る舞ってはいるが、足先に無駄な力が入って居るのか爪先が小刻みに揺れている。

 

 

 ──ここまで来て置いて、何を後悔する事が有る。

 

 

 震える心を怒鳴り付け、出来るだけ内心の動揺を悟られない様に微笑んでみた。

 すると彼女は一瞬、ほんの一瞬苦痛に顔を歪めた。

 いや、待て俺。

 何故に初対面の女性に微笑んだだけで悲しみを噛み潰した様な顔されてんだ。

 

 

「……そう、ならあの丘を越えた所に立つ白い家へ向かうと良いわ」

「情報提供に感謝するよ、お嬢さん。俺は望月契、ただのしがない人間さ」

 

 

 ここで半神と偽る理由も無い、そう考えて以前の形容を口にする。

 まぁ色々と規格外だが、一応人間の筈だ。

 対して彼女は一度目を伏せてから、俺を見据えて微笑む。

 どこか空虚というか晴れ晴れとした透明な笑みにやや違和感が有るが。

 

 

「──初めまして。私は風見幽香、ただのしがない花妖怪よ」

 

 

 

 

 

 

「ちっ、まだやんのかよ!?」

 

 

 迫り来る色鮮やかな光弾を避け、弾き、打ち消しながら悪態を吐く。

 ここへ来た詳しい理由を話すと、幽香嬢は或る条件と引き換えに日傘を譲ってくれると言った。

 その条件を満たす為、向日葵畑から離れた空き地へ向かうと突然光弾が頬を掠めた。

 幽香嬢が提示した条件は、どちらかが倒れるまで戦う事。

 半ば強制的にやり合う羽目になった俺は適当に距離を取りつつ、幽香嬢の攻撃をいなし続けていた。

 

 

「煩いわね、避けてばかりいないで打ち込んで来なさい!」

「んな事出来るかっての!」

 

 

 前面を覆う様に飛び交う弾幕。

 腰を落とし前へ駆け出し、数歩進んだ所で右足を踏み抜く。

 一拍遅れて背後から飛んできた光弾を爪先でなぞる様に避け、同時に前面の弾幕を飛び越える。

 着地の際、地面を踏み抜く様に蹴った。

 やや傾斜している地形では足を地面に載せるよりも、強く叩いて跳ね上がる方が上半身を安定させられる。

 勢いを殺さず、更に前へ。

 視線の先、幽香嬢が日傘を俺に突き付ける様に構えている。

 一見すると無表情に見えるその顔からは、作られた仮面の如き印象を受けた。

 

 

「このっ、ちょこまかと、逃げるんじゃ無いわよ!」

 

 

 薙ぎ払う動作に追従して、日傘の軌跡から半弧を描く様に新たな光弾が生まれる。

 眼前に迫ったそれを、空に飛び上がる事で回避としよう。

 

 

「白符『力強い跳躍』」

 

 

 パワーとタフネスに三ずつ修正を与え飛行を与えるインスタント。

 使った瞬間、全身に力が漲ってくる。

 その勢いに逆らわず、両足を地面から離した。

 ふわりと浮き上がる身体。

 その下を光弾が過ぎ去り、着弾し地面を抉っていく。

 一度距離を空けた所で漲っていた力が霧散した。

 

 

 ──インスタントは便利だが効果時間が短いのが欠点だな。

 

 

 インスタントは十秒、ソーサリーは二十から一分、エンチャントは割るまで永続。

 咄嗟に使う分には良いが、やはりエンチャントの方が楽だ。

 

 

「っ、いい加減に──」

 

 

 鈴が鳴る様な声が上から聞こえる。

 気を飛ばした一瞬を好機と見たのか、幽香嬢が遠く前方上空で日傘を俺に向けて構える。

 拙い。

 本能的に危機を察知した俺はどう動けば良いか思考を巡らす。

 右か左か、前か後ろか、はたまた上か。

 答えが出る前に、幽香嬢の周囲に妖力と思しき力の収束が生まれた。

 

 

「──倒れなさい!」

 

 

 視界を埋め尽くすのは光線。

 一目で解る、アレは喰らえば消滅する程の威力が有ると。

 圧倒的な質量で迫り来るそれを回避する術は無いかと、僅かな猶予の間に探す。

 身体強化で耐えられそうも無く『この世界にあらず』は既に四回使った。

 MTGの制約なのか、同じ能力は一時間に四回までしか使えない。

 ライフ回復では一体どれだけの数値で計算すれば良いのか解らない為に却下、戦闘ダメージを軽減して0にするタイプの呪文──『聖なる日』『天空のもや』『畏敬の一撃』──も粗方使い切った。

 残るはプロテクションを持たせる呪文だが焦りの所為か全く思い浮かばない。

 

 

 ──何か、何か無いのか!? 

 

 

 歯噛みする俺の視界の端、ジャケットの袖が淡く光るのを見た。

 そうか、反復! 

 まさか本当に生存フラグになるとは思わなかったが、何にせよこれで一安心、

 

 

 ──待て、どの色を防げば良い!? 

 

 

 プロテクションは呪文や効果、戦闘ダメージ等を防ぐ事が出来るがそれには制約が有る。

 プロテクション(赤)やプロテクション(ドラゴン)の様に括弧の中に書かれている発生源からのものしかシャットアウト出来ないのだ。

 そして先程使った『無傷の発現』に因って得られるプロテクションは任意の色一つ。

 機械で無い限り、大抵の生物は神だろうが妖怪だろうが基本色五つのどれかに分類されている。

 今なら幽香嬢の持つ色を選択すればプロテクションに因って防護を得られるが、もし選んだ色が幽香嬢の持つ色と一致しなければ、俺はここで死んでしまうかもしれない。

 確率は五分の一、分の悪い賭けだ。

 

 

 ──向日葵畑の主という事は緑か? いや、向日葵は太陽を表しているかもしれん。そうなると色は赤か、もしくは白……一体どれなんだ!? 

 

 

 迷っている暇は無い。

 強化エンチャントのお陰でこれまでの思考を一瞬で行えたが、発動に宣言が必要な事を考えるとこれ以上の猶予は無い。

 一か八かだ、と口を開こうとした瞬間、光線を透かして幽香嬢の姿が見えた。

 光線が生む風圧でスカートが翻り、黒いレースの下着がチラッと覗く。

 気付けば、自然と言葉が溢れていた。

 

 

「プロテクション、黒!」

 

 

 宣言を終えると同時、光線が着弾した。

 咄嗟に目を瞑るが、それでも圧倒的な光量に目が眩む。

 足を踏ん張り歯を食い縛り、荒れ狂う暴風に耐える。

 今にも吹き飛ばされそうな感覚に冷や冷やしながら耐える、ひたすら耐える。

 漸く風が収まり、まだチカチカとする目を開くと周囲にはクレーターが出来ていた。

 プロテクションは正解だったらしく、四肢も千切れたりはしていない様だ。

 ほっと一息付くと、遠くで幽香嬢が驚愕に目を見開いている。

 

 

 ──まぁ、端から見たら直撃だったからな。流石に今回は死ぬかと思った。

 

 

 安易なフラグ立ては心臓に悪いから止めようかとも思ったが、生存フラグを立てていなかったら死んでいたかもしれない。

 取り敢えず生存フラグだけ立てて置く事にしよう。

 

 

「あ、掛けたの昨日だから普通に『無傷の発現』使えたんじゃ……ま、いっか。念の為もう一度使っとくか、白符『無傷の発現』『無傷の発現』『無傷の発現』『無傷の発現』」

 

 

 シャツ、ズボン、ジャケット、スニーカーの四つに掛け直した所で再度幽香嬢に意識を向ける。

 こちらに駆けて来るが肩が上下に振れている。

 どうやら先程の光線、体力も妖力も大量に消費するらしい。

 

 

「このっ……!」

「おっと」

 

 

 勢いをそのままに殴り掛かって来るのを軽くいなし、後ろから抱きかかえてやる。

 急に持ち上げられた幽香嬢は一瞬ぽかんと呆け、すぐに両手両足を振り回して暴れ出す。

 

 

「こら、暴れるなはしたない」

「降ろして、降ろしなさいよっ!」

「仕方無いな、よっと」

 

 

 左手で背後の地面に手拭いを敷き、抱きかかえた幽香嬢をそのままに身体を反らす。

 逆エビに反った俺の身体と同調して幽香嬢も背後に倒れ、

 

 

「かふっ」

 

 

 ゴッ、と鈍い音を立てて頭から地面に激突した。

 ジャーマンスープレックス……だったか? 

 余りプロレスには詳しく無いから見様見真似でやってみた。

 幽香嬢は女性なので髪の毛に土が付かない様、手拭いを敷いて置くという心配りも忘れない。

 身体を起こし幽香嬢の様子を窺うと、目を回して失神していた。

 綺麗系の美女だと思ったが、こういったコミカルな表情も可愛らしくて実に良いな。

 

 

「……あ、気絶したら話が聞けねぇ」

 

 

 元々話を聞き出すつもりで攻撃を控えていたのに、ついついやってしまった。

 これでは何の為に能力を使いまくって耐えていたのか解らない。

 

 

「つい殺っちゃうんDA☆」

 

 

 某道化師の物真似をしてみるが、返ってくるのは風が木々を揺らす音ばかり。

 ちょこっと寂しくなった。

 取り敢えず幽香嬢を背負って、白い家に向けて歩き出した。

 介抱してやれば、少しは話を聞くだろう。

 いつの間にか消えていた心の動揺に気付く事無く、俺は背中に当たる胸の感触を楽しみつつ足を進めた。

 



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失った記憶。そして全力ダッシュ。

 

 

「……っ、あ」

「お、目が覚めたか。どうよ調子は?」

 

 

 ベッドの上、幽香嬢が跳ねる様に飛び起きる。

 が、すぐに頭を抑えて苦悶の声を漏らす。

 そりゃそうだ、あんな鈍い音立てて失神したんだからな。

 激しい動きをすれば頭痛や目眩も起きるというもの。

 

 

「何の、つもり?」

「いやなに、ちょいと話でもしてみたいと思ってな」

「……話す事なんて、無いわ」

「風見幽香」

 

 

 名を呼ばれ、身体をびくっと震わせる。

 だが俺はすぐに二の句を告ぐ事はせず、リビングから持ってきた椅子に腰掛ける。

 先程から気になっている事が有る。

 この幽香嬢の家、妙に馴染む。

 迷わず無意識の内に寝室まで送り届ける事も出来たし、目覚めるのを待つ間にお茶でも飲もうと考え迷う事無く茶葉の在処を見つけた。

 はっきり言って異常だ。

 違和感が無さ過ぎる。

 他人の家、それも初見で室内を把握する技能を俺は持ち合わせていない。

 ならば何故、ここまで俺は勝手を知っているのか。

 その疑問を晴らす為に再度口を開いた。

 

 

「事後承諾になるが、寝ている間に少々勝手をさせてもらった。茶葉を拝借したくらいだが」

「随分と傍若無人ね、貴方。紅茶を淹れるのは構わないけど」

「解ってる。猫舌なんだろ、水出しにしといたから安心しろ」

 

 

 遮って放たれた言葉に幽香嬢は再度身を震わせた。

 驚愕に目を見開き喰って掛かる様な視線を以て突き刺してくる。

 対して、俺は出来る限り感情の色を消した声で問い掛けた。

 

 

「風見幽香。俺は疑問なんだ。何故初めて会った筈のお前に関する情報を、風の噂等では知り得ない情報を俺が持っている? 寝室の場所も、茶葉の在処も、お前の嗜好も、全て知り得ない筈の情報だ。それも最初から知っていたのでは無く、お前と会った事でふと浮かび上がってきたものだ。更にお前は俺に対して何か思う所が有るらしい。初対面の人間に向けるものでは無い感情の揺らぎが、お前の目に見て取れた。……改めて問おう、風見幽香」

 

 

 息を吐き出し、吸う。

 意識して行った呼吸が頭を僅かにスッキリさせた。

 不安定に揺れる紅い双眸を見据え、俺は言葉を紡いだ。

 

 

「──風見幽香。お前は俺に取って、どういう存在なんだ? そして俺はお前に取って、どういう存在なんだ? 俺は何も知らない、何も解らない。だがお前は、俺の知らない何かを、俺の知らない俺を知っている様だ。なら教えてくれ風見幽香、俺の何故はお前にしか解き明かせない」

 

 

 

 

 

 

 頬を撫でる風に気付き目を開ける。

 高かった陽も既に落ち、辺りには夜の気配が漂っていた。

 視界の先、満天の星空が遠く広がる。

 機会が少ない所為かこの世界に来て一年以上経過しているにも関わらず、夜空を彩る鮮やかな星々に心を奪われた。

 一つも解る星座が無いが、輝く銀河を楽しむのも風流だ。

 ここは最初に訪れた向日葵畑。

 話を聞き終えた俺は情報を整理する為に外へ出て来た。

 

 

「……しかし、記憶を失っていた時の記憶を更に失うとはな。確か記憶を取り戻した際に起こる自我の食い違いや摩耗を避ける為の防衛行動、だっけか」

 

 

 現実逃避もそこそこに俺は先程幽香嬢……いや、幽香から聞いた話を思い返す。

 鉄砲水に飲まれた所を救助された俺は、記憶を失っていた。

 五、六年程の期間を共に過ごし、とある事故に因って俺は行方不明に。

 事故の起きた日から丁度四百年後の今日、俺の墓参りに行った帰りで、俺の姿を見つけたらしい。

 かなり端折ったが大筋はこんな所か。

 これを聞いて疑問が一つと悩み事が一つ生まれた。

 疑問は、時間だ。

 聞けばその事故、大爆発に巻き込まれたという。

 その際に火傷を負ったと考えれば、俺が不比等の所で目を覚ました時の状況に説明は付く。

 だがそれに待ったを掛けるのが時間の問題だ。

 事故が起きたのは今から四百年前。

 不比等の所で目を覚ましたのが一月程前。

 明らかに時間軸がおかしい。

 

 

 ──その間にも何かイベントが有ったと考えるのが自然か? 

 

 

 だが不比等から聞いた俺を発見した時の状況を聞くに、大爆発で吹き飛ばされたまま倒れていたというのが正解な気もする。

 問題は四百年間瀕死の重傷を負ったまま生き続けられるかどうか。

 

 

「……ライフの面から行けば余裕な気がしてきた」

 

 

 疲労回復を目的に乱用してきた能力を覚えている分だけ換算してみると、恐ろしい事にライフが約二千八百万に膨れ上がっていた。

 調子に乗って『不死の標』連発した結果がこれだよ! 

 因みに負った傷をそのまま放置していても、ライフが有る以上死なないのは確認済みだ。

 偶に居る、どう考えても普通死んでる筈の人間が奇跡的に生きてる、って事象。

 アレは本人のライフが何らかの理由で高くなった事で、他人より長く命を繋げたって事だ。

 勿論、傷を治さないとライフはぐんぐん減っていく。

 ライフが0になる前に治療出来るかどうかが生死を分けるんだ。

 つまり俺は膨大な馬鹿みたいなライフのお陰で死なずに済んでいた訳だ。

 しかも鉄砲水と大爆発の二回に渡る命の危機を迎えて尚もしぶとく生き残っている辺り、どうやら俺は最凶最悪のあの生物『G』よりもタフな生命力を得ていた様だ。

 ……うん、深く考えると凹むから止めて置こう。

 ともあれ疑問は或る程度の解釈さえ出来れば捨て置けるからどうでも良い。

 俺は新たに生まれた悩み事に思考を回し、溜息を吐いた。

 

 

 ──あの様子じゃ、記憶無い時の俺と深い仲だったんだろうなぁ。

 

 

 知らず、再度溜息が漏れる。

 過去を語る際、俺の事を口にする度言葉の端々に嬉の色を混ぜては、落胆の様な悔恨の様な表情を見せた。

 余程の馬鹿でも無い限りすぐに気付く。

 アレは愛する者を持った女の顔だ。

 ただ、後者の表情の理由は解らない。

 事故の前後を語る際にそれが強くなったのと俺自身胸の奥に痛みを覚えた事から、恐らく語られていない所にその答えが有るのだろう。

 だがそれを聞く事は出来なかった。

 アレは本人が納得して初めて言葉に出来るタイプの人間──妖怪だ。

 今の俺が何を言った所で言葉は届かず、逆に拗れる可能性が高い。

 ならばどうするのか。

 

 

「……ダメだ、何も浮かばねえ」

 

 

 当事者で有る以上慰める事も出来ず、かと言って謝る事が出来るかというと記憶が無い為それも出来ない。

 ままならない事態に俺の頭はカラカラと空回りを続けるばかり。

 

 

「なぁ、どうしたら良いと思う?」

 

 

 無意識に呟いていた。

 求めていたのはいつも側に居て俺を導いてくれた金の幼女。

 答えが無い事に、どれ程自分が甘えていたのか気付く。

 

 

 ──これじゃ帰ったら説教されるな。

 

 

 情け無い自分に嘲笑が浮かぶ。

 ふっと息を吐き出したのと同時、背後から鈴を鳴らした様な声が響いた。

 

 

「そうね、忘れた時と同じ衝撃を受けたら忘れた事を思い出したって話を聞いた事が有るわ。試してみる?」

 

 

 弾かれた様に振り向く。

 いつからそこに居たのか、全く気配を感じ取れ無かった。

 驚きの余り冷や汗が額に滲む。

 何を、どこまで聞かれた? 

 焦る心を押し止めて向けた視線の先、幽香は目を丸くして立っていた。

 

 

「じょ、冗談よ。そこまで拒否反応起こされるとは思わなかったわ」

 

 

 どうやら幽香は俺の反応を、まだ大爆発に巻き込まれる事への忌避と受け取ったらしい。

 都合も良いのでそのまま訂正はしないで置こう。

 ……いや、確かにアレ程の怪我を負う様な大爆発なんざ金輪際御免被るが。

 

 

「まぁ、それは置いといて。どうした、こんな夜中に。うら若き乙女が出歩くにしちゃ随分遅い時刻だぞ?」

「妖怪は夜の方が調子良いのよ。それよりも、忘れ物よ」

 

 

 細い腕が投げて寄越した物を受け取る。

 パシッと乾いた音を手の中で立てたのは白い日傘だった。

 

 

「それが欲しくて来たんでしょう? ならあげるわ、家に幾つか替えも有るし」

「悪いな、幽香。なら有り難く頂戴する」

「所で、もう暗いけれど行く当ては有るのかしら? 寝床くらいなら貸すわよ」

「いや……遠慮させて貰おう」

「どうして? 別に寝首を掻いたりはしないわよ」

「そんな心配はしていないさ」

「なら」

「まだ俺に言ってない事が幾つも有るだろう、幽香。胸に抱えるものを全て吐き出したら、お前と正面から付き合ってやるよ。俺も未だ内に晴れない何かを抱えているんだ、その答えはお前が持っているままだろう? 俺が持つ後悔と懺悔、その意味を教えてくれるまで──幽香、お前が望月契と出逢う日は来ない」

 

 

 遮って放たれた言葉に、幽香は顔色を無に変えた。

 深く考え込むと表情の消えるその癖、一体誰に似たんだかな。

 だがまぁ、聡い幽香の事だ。

 言葉の意味を違える事無く正しく理解してくれるだろう。

 背を向けてひらひらと手を振りながら、茶化す様な口調で言葉を紡ぐ。

 

 

「次に会った時、また勝負しようぜ。少なくとも俺は四百年生きたんだ、そう簡単にゃくたばらねぇよ。序でに一発殴ったら、衝撃で幽香の事を全て思い出すかもしれん」

「……そうね。また闘いましょう、ただの人間さん」

 

 

 声を残して、ただでさえ希薄だった気配が完全に消え去る。

 最後に乗せた感情は何だったのか。

 なんてな、と俺は自分への呆れを含んだ息を漏らす。

 最初から最後まで思い通りに行かず、互いに小さな擦れ違いを重ねていた気がする。

 だが前には進めたかもしれない。

 疑念は晴れずとも、今回の逢瀬は何らかの意味を持った筈だ。

 なら後は成る様に成る。

 頭を振り意識を新たにして向日葵畑を後にする。

 予定より遅くなったがこのまま歩き通せば昼前には京に着く、とそこまで考えて何かが頭に引っ掛かった。

 

 

「……っ!?」

 

 

 漸く気付いた。

 幽香の話では俺が鉄砲水に飲まれてから、少なくとも四百年は過ぎ去っている。

 あんな文面の手紙を出したら嫁達の怒りを買うに決まっている。

 加えて、これは余り考えたく無いが四百年が過ぎている事から諏訪子はもう出産を終えている可能性が非常に高い。

 生まれた子供──鼎が諏訪子に似て神の性質を強く受け継いでくれていれば良いが、もし俺の人間としての性質を色濃く受け継いでしまっていたら、間違い無く老衰で死んでいる。

 愛した嫁の出産にも立ち会えず、娘に顔を見せてやる事も出来ず、嫁に送り出してやる事も出来ない。

 夫として父として最低な部類の人間じゃないか俺は。

 

 

「ぅぁ、あ、あぁ……っ!?」

 

 

 恐怖、後悔、罪悪感、不安等々、思い付く限りの負が心を満たしていく。

 両膝はガクガクと震え呼吸が苦しくなり頭はガンガンと痛み全身に嫌な汗がじんわりと滲む。

 

 

「ぅ、うわぁぁぁぁ────!?」

 

 

 情け無い奇声を発しながら、俺は東へと走り出す。

 目指すは諏訪大社。

 強張り言う事を聞かない筋肉を精神力でねじ伏せ、険しい山中を駆け抜ける。

 小枝やギザギザの葉が頬や手の甲に裂傷を刻むのを気にも留めず、ひたすら足を動かし続けた。

 

 

「かっ、帰ったら何、どうすれば良い!? まずは焼き土下座か!?」

 

 

 パニクりながら全力疾走を続ける俺に驚いて、野鳥が慌ただしく逃げ出した。

 夜明けはまだまだ遠い。

 



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最愛と再会。そして忘却のケロ帽子。

 夜通し走り続け、漸く見覚えの有る景色が姿を現す。

 記憶に残る姿からは幾分歴史を重ね、近代化した集落が広がってる。

 全速力で駆け抜ける俺を見て村人達は訝しげだったり興味を惹かれたり、様々な視線を送って来た。

 だがそれに応える暇は無い。

 走り回るちびっこや鍬を片手に歩くオッサンを追い越し、なだらかな坂を登る。

 遠く林に囲まれる様にして聳え立つ鳥居の丹と整理された石段の白が、朝日に照らされて光を返している。

 目指すは石段を上がった先。

 ここに辿り着くまでに色々な事を考えた所為か精神が削れ、疲労が体力を奪い息切れを起こしてしてしまう。

 だが、まだ先は長い。

 見上げるのが嫌になる程長い石段は誰の趣味だろうか。

 今一度両脚に力を込め一段飛ばしで進む。

 

 

「────…………♪」

 

 

 五十段程上がった頃だろうか、微かに旋律が聞こえた。

 すぐに、理解出来た。

 愛する人を心に描いて、帰りを待っている女性を題材にした歌だ。

 憎い演出を、と思うのと同時、自然と口が喜に歪んでいく。

 向こうも俺に気付いている。

 徐々に歌声は明瞭なものへと変わった。

 

 

「──あの日くれた微笑みを、ずっと覚えているよ──」

 

 

 やっと、石段の中程まで来た。

 心が身体を急かす。

 早く、早く、と。

 疲労で上がらなくなって来た膝を無理矢理振り上げ、声の下へと急ぐ。

 

 

「──だけど夢だけじゃ物足りない、もっと君を感じていたいの──」

 

 

 漸く石段も終わりが見えてきた。

 全身に噴き出す汗で重くなった服が肌に張り付いて鬱陶しい。

 もっと早く、もっと速く。

 突き動かされる様に足を前に出し、全身の力を込めて駆け上がる。

 

 

「──だから君の笑顔を見せて、早く私を抱き締めて欲しいな──」

 

 

 石段が終わった。

 同時に背の高い林も終わり、朝の日差しが眩しいくらいに照り付けてくる。

 体力も限界が近付き、思わず両膝に手を付いた。

 荒い息と共に体内に篭もった熱を吐き出し、大きく息を吸い込んだ。

 新鮮な空気が喉を冷やし、幾分冷静な思考を呼び戻してくれる。

 そのまま大の字に倒れ込みたくなる衝動をなけなしの気力で堪え、汗に滲む目を前に向けた。

 見慣れた境内の奥、金色の髪が風に揺れている。

 女性は俺を見つけるとまず僅かな驚きを見せ、次に喜びを滲ませた。

 その華奢な身体が動き出す。

 始めはゆっくりと、次第に足を早めてこちらへ駆け寄って来た。

 俺も最後の体力を振り絞り、女性に向けて走り出す。

 お互いの顔がはっきり見える所まで近付いても足を止めず、

 

 

「──ケイっ!」

「──ルーミアっ!」

 

 

 最愛の人を、思いっ切り抱き締めた。

 

 

「ケイっ、ケイ……っ! 会いたかった、会いたかったよぉ……っ!」

「悪い、ルーミア。心配掛けたな」

「急に居なくなって、凄い、凄い心配したんだからぁ……っ」

「本当にすまない」

「もう、私を置いて、どこかに行っちゃヤダよぉ……」

「約束する。二度と、ルーミアを置いて居なくなったりしない」

「ケイ、ケイ……っ!」

 

 

 子供の様に泣きじゃくるルーミアを抱き留め、優しく頭を撫でてやる。

 涙が頬を伝う度、心が軋んだ。

 同時に、ルーミアに対してこれ以上無い愛しさが込み上げてきた。

 抱き締めた腕に、温もりが伝わってくる。

 腕の中の恋人が泣き止むまで、俺はただ頭を撫で続けていた。

 

 

 

 

 騒ぎを聞いて駆け付けた諏訪子と神奈子とも熱い包容を交わした俺は、母屋の居間で額を畳に擦り付けていた。

 

 

「要らぬ心配を掛けた事、帰りが遅くなった事、本当にすまなかった。特に諏訪子、出産という一大事に側に居てやれずあまつさえ子育てを放任し娘の最期すら看取ってやれなかった。かくなる上はどんな罰も受けよう、本当にすまなかった」

 

 

 一切茶化しの無い本心からの土下座。

 正直三行半も覚悟の上だ。

 まず動いたのは神奈子。

 大きく風が揺れたかと思った直後、こつんと旋毛の辺りに拳骨が落とされる。

 

 

「もう心配掛けるんじゃない、大馬鹿者」

 

 

 落ち着いた声色が、怒りでは無く安堵を伝えてくる。

 まるで姉が弟を叱る様なその口調に、くすぐったい様な嬉しい様なむず痒い感覚を抱く。

 続いて諏訪子が俺の前に立ち、顔を持ち上げると思いっ切りデコピンを放った。

 細く小さな中指が寸分違わず眉間の中心を穿ち、思わず苦痛に悶える。

 

 

「~~~~~~っ!?」

「私からはこれで許してあげる。後で鼎にも墓前で謝るんだよ?」

 

 

 両手で額を覆いたくなるのを堪えていると、そんな声が掛かった。

 勿論、と声を返し再び額を畳に付ける。

 最後はルーミア。

 浴びせられるのは罵詈雑言か、それとも苛烈な殴打か。

 甘んじて受けようと思うが待てども待てどもルーミアが動く気配は無い。

 

 

「……保留で良い?」

「あぁ、ルーミアが相応しいと思うものを思い付いたならそれを、その罰を与えてくれ」

「うん、ならこの場はこれでおしまい」

 

 

 ぱん、と両手を叩き合わせた音が鳴る。

 その音に導かれる様に額と手を畳から離し前を見ると、まず諏訪子が右腕に抱き付いてきた。

 続いてやや遠慮がちに神奈子が左腕に組み付く。

 最後にルーミアが背後に回り、むぎゅっとしがみ付いてきた。

 なにこの嫁トーテムポール。

 

 

「んぅ~っ、久し振りの契分が摂取出来るよぉ~」

「おい待て諏訪子、何だその珍妙な栄養素は」

「私が説明しよう。契分とは近年新たに発見された成分で不足すると過睡眠、記憶の欠落、思考力の低下、現実感の乖離、意識の混濁を引き起こし最悪死に至る事も有る毎日の生活に欠かせないものだ」

「やけに具体的な症状だな」

「そりゃあ契の後ろの第一夫人が陥った症状だからねぇ」

「ちょっと、ケロ子!」

 

 

 驚いて首だけ振り向くと罰の悪そうな顔のルーミアと目が合う。

 右肩に視線を戻すと、諏訪子がルーミアの反応に呆れた様子で口を開いた。

 

 

「ダメだよ、ちゃんと言わなきゃ。契は鈍い癖に甘いんだから、しっかり口にしないと省みて貰えないよ?」

「だ、だけど……」

「荷物が増えたからって悪態吐く様な人間じゃないでしょ。契は嫁の荷くらい喜んで持つさ」

 

 

 さり気なく酷評された気もするが、それは一先ず置いておく。

 ルーミアの反応を見るに、先程の症状は全てルーミアの身に降り掛かったものに間違い無いだろう。

 と、俺の考えを読んだのか諏訪子と神奈子が腕を離した。

 二人に一つ借りだな、と僅かに苦笑を浮かべて向き直る。

 視界いっぱいに広がるさらさらの金髪に惹かれながら、俺はその細い身体をそっと包む様に抱いた。

 

 

「きゃっ!?」

「ルーミア、存分に補給してくれ」

「あ……うん、ケイ、もっと強く抱き締めて」

「こうか?」

「もっともっと、ケイの腕の形に痣が付いちゃうくらい」

 

 

 いや、そこまではしないが。

 暫くそうして抱き合っていたが、我慢出来なかったのか背中に軽い衝撃が二つ生まれる。

 まぁ長い間寂しい思いをさせた分、思いっ切り甘えさせてやろう。

 

 

 

 

 

 

「そう言えばケイ、もう向こうでの恩返しは終わったの?」

 

 

 すっかり日も高くなり、久し振りの手料理を振る舞ってやるかと筍御膳を作り皆で食卓を囲んでいた最中、ふと思い出した様にルーミアが呟く。

 取り敢えずの補給は出来たらしく、今は幼女形態だ。

 わざとらしく付いた頬の米粒に唇を寄せて吸い取り、飲み込んで口を開く。

 

 

「いや、ルーミア達の事を考えていてすっかり忘れてたが、本来は恩返しの一環でここに帰って来たんだ」

「さっき回収した日傘もその恩返しに使う物なんですか?」

 

 

 俺の斜向かいで筍の煮物に舌鼓を打ちながら問い掛けるのは今代の巫女少女。

 聞けば鼎の子孫だと言う。

 つまり俺の孫の孫の孫のそのまた孫の……よく解らんが直系だ。

 艶の有る黒髪の合間に鮮やかな緑髪が混じり、なんとも異国情緒溢れる色香を醸し出している。

 

 

「あの日傘とケロ帽子を持ってこいと、京の姫様からのご要望でな」

 

 

 一瞬、空気が冷えた。

 神奈子と諏訪子は射抜く様な視線を俺に向け、ルーミアは頬を膨らませて少し不機嫌そうだ。

 唯一そのままなのは今代の巫女少女……そう言えば名前聞いてなかったな。

 取り敢えず三人は放って置き、巫女少女に向き直る。

 

 

「そう言えば自己紹介をしてなかったな。俺は望月契、こいつらのダメ亭主だ」

「あ、私は東風谷奈苗と申します。諏訪子様と神奈子様に仕える巫女ですので、契様も存分に顎で使ってやって下さいね」

「色々と迷惑を掛けるかもしれんが、まぁ一つ宜しく頼む」

「はい、お任せ下さい! あ、そう言えば契様は初代の父君なんですよね?」

「初代って言うと鼎か。一つも父親らしい事はしてやれなかったんだよなぁ」

「あ、すみません。思慮が足りなくて」

「いやいい、気にするな。で、それがどうかしたのか?」

「私から見たら契様ってご先祖様になるのかなぁ、って思いまして」

「確かにご先祖様だな。とはいえ長く気を失っていた様なもんだから、俺自身にそんな感慨は無いが」

「契様凄くお若いですもんね、余りお爺ちゃんみたいな感じがしませんし」

「そこまで老け込みたくは無いな」

「じゃあ……」

 

 

 そこで言葉を区切り、奈苗は何やら考え始めた。

 俺を見ながら右に首をかくんと傾げ、やや上目遣いに甘える様な声で、

 

 

「おとーさん?」

「ぐふっ」

 

 

 よく判らない何かが鳩尾にクリーンヒットした。

 この一瞬で世の親が子供狂いになる理由が解った気がした。

 アレは兵器だな。

 先程までただの巫女少女にしか思えなかった奈苗がひどく愛おしい。

 ひょっとしたらこれが父性愛なのかもしれん。

 

 

「奈苗」

「なんですか?」

「もう一度呼んでくれ」

 

 

 少し呆けていたが、すぐに思い至ったのかぽんと手を打つ。

 奈苗は満面の笑みを浮かべて口を開いた。

 

 

「おとーさん♪」

「うぐっ」

「おとーさん?」

「がはっ」

「おとーさんっ」

「ぐぬっ」

 

 

 呼ばれる度にこそばゆい何かが背筋を駆け上り、思わず悶えてしまう。

 俺の反応が面白いのか、奈苗もノリノリでおとーさんと呼び続ける。

 

 

「いい加減にしろ!」

「がふっ!?」

「あいたぁ!?」

 

 

 神奈子が声を上げるのと同時、諏訪子が俺と奈苗に拳骨を落とした。

 放置して遊び過ぎたか。

 居住まいを正すと膨れ顔のままルーミアが口を開いた。

 

 

「まぁ奈苗と遊んでるのは良いとして、その『京の姫様』ってどういう事? また私の知らない所で色々な女の子誑かしてたり拐かしてたりしてない?」

「待てルーミア、誑かしはまだしも拐かしはただの犯罪だろ。てか『また』って何だ『また』って」

「だってケロ子や神奈子や香苗をいつの間にか篭絡してたし」

「香苗は約束を交わしただけでいかがわしい行為に及んだ事は無いぞ!?」

「神奈子様、鼎って初代の事ですか?」

「いや、違う。初代の前に諏訪子に仕えていた巫女が香苗って娘でね、初代の名前は彼女から貰ったのさ」

「へぇ~、流石おとーさん。モテモテですね!」

 

 

 やいのやいのと盛り上がる中、どうにかルーミアを落ち着けた俺は不比等に厄介になってからの事を話す事にした。

 厄介になった理由や妹紅の事、かぐや姫の噂や今回の課題について等々。

 途中妹紅と幽香について触れた辺りでまた一悶着有ったのは蛇足か。

 どうにか納得して貰え、掻いた冷や汗を袖で拭おうとすると横から奈苗が手拭いを差し出してくれた。

 

 

「はい、おとーさん」

「有り難う奈苗、お礼に撫でてやろう」

「あっ……でへへ」

 

 

 特徴的な色の髪の毛を梳きながら頭を撫でてやると、奈苗は余り女の子らしくない笑い声を上げた。

 と、首の辺りに真新しい擦り傷が有るのを見つけた。

 

 

「奈苗、首のここ擦り傷が出来てるぞ」

「あっ、本当だ。さっき転んだ時に出来たやつですかね?」

「女の子なんだから気を付けないとダメだぞ? ほれ、治療してやるからじっとしてろ。白符『治癒の軟膏』」

 

 

 能力を使うと指先に白っぽい軟膏が現れ、それを優しく傷口に塗ってやる。

 このインスタントは対象のプレイヤーかクリーチャーに与えられるダメージを三点軽減、若しくはプレイヤーのライフを三点回復させる効果が有る。

 インスタントで有る為に十秒程で塗り込んだ軟膏はすっと空気に溶けて消え、その下の傷も痕一つ無く綺麗になっていた。

 

 

「これで良し、元の綺麗な肌に治ったぞ。どうだ、痛みや異物感は無いか?」

「はい、大丈夫ですよ。有り難う御座います、おとーさん♪」

「気にするな。それより転んだり怪我したりしたら、すぐに俺に言うんだぞ?」

「でへへ、はぁい♪」

 

 

 また頭を撫でてやると嬉しそうに目を弓にする奈苗。

 少しバカ犬っぽい所が可愛いな。

 

 

 

 

 その後諏訪子に連れられ社とは反対側の丘へ向かう。

 見晴らしの良い丘の上、ぽつんと一つの墓が有る。

 鼎の墓だ。

 竹箒と盥を持ち、墓の周りを綺麗にしてから線香に火を点した。

 両手を合わせると、微かに風が揺らぐ。

 

 

 ──来るのが遅くなってすまない。本当なら鼎が嫌って言う程構ってやったり、諏訪子が怒り狂う程甘やかしてやりたかったんだが、俺の不注意で寂しい思いをさせてしまったな。まだ残ってる仕事を終えたら帰って来るから、その時にまたゆっくりと話でもしよう。

 

 

 心の中で語り掛けているとまるで相槌を打つかの様に、線香の煙が風も無いのに激しく揺らいだり、湯呑みの酒が波を立てたりといった現象が起こった。

 始めは偶然かとも思ったが段々鼎と対話している気がして、少し救われた気持ちになった。

 一頻り報告や懺悔が終わり、折ったまま固まっていた両足を伸ばす。

 軽くぱきぱき鳴るのは日頃の運動不足が招いたものか。

 最後にもう一本線香を立て、丘を後にする。

 また来る、と心の中で告げたら線香の煙が大きく左右に振れた気がした。

 

 

 

 

 

 

「さて、すっかり忘れていたがケロ帽子を回収しようと思う」

「おとーさんたいちょー、準備は完璧でありますっ♪」

「流石だ奈苗隊員、後でナデナデしてやろう」

「でへへ~」

 

 

 ぴしっと敬礼したままだらしない笑みを浮かべる奈苗、その横には脚立を肩に担いだ神奈子、はたきを手にしたルーミア、雑巾を振り回す諏訪子の姿が有る。

 かく言う俺も水を張った桶二つを手にしている。

 物置にケロ帽子を取りに行くがてら、序でに暫くしてなかった物置の清掃と整理もやってしまおうというのが今回の目的だ。

 早速物置へ入ると埃っぽい空気が出迎えてくれる。

 見るからにごちゃごちゃと乱雑に物が積まれており、地震でも起きたらあっと言う間に崩れて来そうで怖い。

 取り敢えず雨戸を開け放つ。

 光量が増し物置内部の全体像が見えた。

 

 

「……おい、誰だ物置をこんな風にした大馬鹿野郎は」

 

 

 無言で皆に指を向けられた神奈子はひゅ~ひゅ~と鳴らない口笛を吹いてそっぽを向いている。

 乱雑を通り越して最早奇跡的と言って良いバランスで斜めに立つ箪笥や卓袱台、どこか芸術的でさえ有る転がり方の酒瓶……ってアレ俺秘蔵の酒『禍討ち』じゃねぇか!? 

 慌てて駆け寄り瓶が割れていないか確かめると、外観には傷一つ付いていなかった。

 だが中身は空。

 近くに御柱を削り出して作った栓抜きが無造作に置かれている事から犯人は一目瞭然だ。

 

 

「よし神奈子、逆立ちして腕立て用意」

「そんな無茶な!?」

「あ、ちゃんと親指だけでやれよ?」

 

 

 ひぃっ、と情け無い悲鳴を上げる神奈子は放置して取り敢えず上の物から片付けていく事に。

 軽い物から順に諏訪子、ルーミア、奈苗とリレーして外へ運び出す。

 

 

「重いから気を付けろよ」

「ほいほい。ルー子、パス」

「奈苗、気を付けてね」

「はい、大丈夫ですよ! あ、神奈子様邪魔なのでそっち行って下さい」

 

 

 何気に一番毒舌な奈苗の言葉に膝から崩れ落ちる神奈子。

 それでもちゃんと雑巾で運び出された物を拭いて綺麗にしてる辺りは流石と言うべきか。

 単に仲間外れが嫌なだけかもしれんが。

 一通り物を運び出すと、今度は物置内部を掃除する組とケロ帽子発掘の組に別れる。

 掃除組は俺、ルーミア、奈苗。

 発掘組は諏訪子と神奈子だ。

 外は二人に任せて置いて大丈夫だろう。

 問題は、

 

 

「すげぇ埃……」

 

 

 この埃の量だ。

 厚さ五センチは有ろうかという程に積もった埃は、本来なら重み有る歴史を伝えてくれるものだが今の俺達にはただの障害でしか無い。

 竹箒で軽く床をなぞるだけでもうもうと舞い上がってくる。

 二人を一旦外に出して、手拭いで口元を覆い手早く埃を外に叩き出す。

 面白いくらいに埃が塊となっていくが、同時に頬やら手の甲やらが強烈に痒い。

 目も埃で刺激され涙が滲み、眼鏡にも埃が積もる。

 時折ボリボリと掻き毟りながらも何とか埃を粗方取り除く事に成功する。

 二人を呼んで、今度は雑巾で床や壁を拭いていく。

 床板の隙間や壁に残った埃が次々に雑巾を黒く染め上げ、幾度と無く水を換える事二時間。

 いつの間にか日も暮れ始め、西の空を赤く染める時分になって漸く掃除が終わった。

 ケロ帽子はとっくに発見され、暇を持て余していた諏訪子と神奈子を投入したにも関わらずこの時間。

 長い戦いだった。

 取り敢えず四人を集めて風呂に入ってこいと言い付け、ちゃっちゃと荷物を中に戻していく。

 三十分程で片付け終わり、掃除用具を元の場所に戻し終了。

 

 

「……何でケロ帽子探すだけでこんなに疲れるんだ」

 

 

 くたくたの身体を引きずり、母屋へ帰る。

 一人浴槽で溶けていた奈苗と鉢合わせ、可愛らしい悲鳴を上げられたのはまた別の話だ。

 



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京への帰還。そして妹紅に精を注ぐ。※

 ケロ帽子を手にした俺は嫁達とのイチャイチャもそこそこに、一路京へと急いでいた。

 一晩くらいゆっくりして行けば良いとすがり付き絡み付き纏わり付き、どうにか俺を押し留めようとするのを振り切って出て来た。

 単純に話がしたい奈苗とは違い、嫁三人は間違い無く精を搾り取るつもりだった。

 目が血に飢えた獣みたいだったしな。

 あそこで押し切られていたら、明日の朝日を拝む間も無く腰を振る羽目になっていた事は想像に難くない。

 確かに息子は存在感を示していたが、アレは所謂疲れマラってやつだ。

 肉体的にはまだ余力が有るが精神的には疲弊の極み。

 間違っても次の日の夜まで盛ってはいられない。

 這々の体で逃げ出した俺を誰が責められようか。

 まぁ三人は責めるだろうが。

 

 

「お、見えて来たな」

 

 

 遠く微かに白む空の下、京の姿が見える。

 僅か二日間での往復という強行軍を働いた所為か若干視点が合わない。

 多分目の下に隈も出ている筈だ。

 散々エンチャントで強化しているとは言えやはり元はただの人間。

 知らず蓄積していた疲労が感覚を鈍らせていた。

 

 

 ──帰ったら一先ず妹紅を抱き枕にして寝るか。報告は夕方で良いだろ。

 

 

 腰に太刀の様に挿した日傘と頭に被ったケロ帽子を軽く撫で、街道へと足を下ろす。

 漸く獣道から脱却だ。

 スニーカーも所々土が付いて汚れている。

 プロテクション(緑)を持たせたら自動的に綺麗になるだろうか、等と適当な事を考えつつ不比等の屋敷を目指し歩く。

 流石にこの時間帯では警邏の人間も殆ど居らず、広い道に一人ぽつんと取り残された様な気分になる。

 暇つぶしに途中マイムマイムステップを披露しながら不比等の屋敷に到着。

 猛スピードで迫り来るマイムマイムステップに門番が腰を抜かしていたが特に問題は無い。

 荷物を預けて勉強部屋へ置いておく様に指示して、やや乱雑にスニーカーを脱ぎ散らかした。

 眠い目を擦りながら廊下をひたひた歩いて行く。

 と、曲がり角で腰元に軽い衝撃が来た。

 視線を下げると艶の有る長い黒髪が揺れている。

 

 

「にぃに、おかえりなさい」

「妹紅、ただいま。どうしたんだこんなに朝早く?」

「なんとなく、にぃにがかえってくるきがしたの」

 

 

 そう言って嬉しそうにむふー、と息を吐いて抱き付いてきた。

 小さな身体をお姫様抱っこで持ち上げ、寝室へと向かう。

 万年床と化している俺の布団に背中からぼすんと倒れ込み、妹紅をむぎゅっと抱き締める。

 

 

「妹紅には悪いが、昼過ぎまで俺の抱き枕になって貰うぞ?」

「うん、いいよ。にぃに、きょうはあまえんぼさん♪」

 

 

 くすくすと忍び笑いを漏らす妹紅。

 柔らかい頬をぷにぷにと弄び、いつしか意識は空へと溶けていった。

 

 

 

 

 揺れている。

 意識か、身体か。

 それとも揺れているのは自分なのかさえ定かでは無い。

 波間に漂う海月の様に、心地良い揺り返しに自身を委ねていると、遠く微かに届く音が有る。

 いや、音というより声。

 幼く高い、甘い声。

 どこか艶を含んだ悩ましささえ感じる甘い声が鼓膜を震わせる。

 不思議な事に声を意識するのと同時、腰の辺りに軽い衝撃が生まれた。

 それもか弱いものが一定のリズムを刻んでいる。

 

 

「──―っ、や──、んぁ──、ぁ、──―ん、──」

 

 

 途切れ途切れの声が上がるのに合わせて、何度も何度も衝撃が生まれる。

 夢の波間に沈み込みそうな意識をなんとか手繰り寄せ、か細く届くその声に耳を澄ませる。

 

 

「──あっ、んぁっ、しゅごぃ……っ」

 

 

 聞き覚えの有る声だ。

 微睡む思考を無理矢理叩き起こし相手を導き出すと、急に意識がハッキリとした。

 薄く目を開けば光が差し込む。

 それでも光量は少ない。

 部屋の戸が閉まったままなのが原因だと気付くのに、多少の時間を必要とした。

 やや薄暗い室内、白い肌に汗を纏って艶めかしく肢体をくねらせるのは、黒髪の美幼女だった。

 

 

「んっ、あんっ、にぃに、おはよ、んひゃぁん♪」

 

 

 その小さな身体には大き過ぎる肉棒を幼く未熟な秘裂でくわえ込み、悦びに顔を染めて淫らに腰を振る妹紅。

 既に下腹部はぽっこりと膨れ上がり、秘裂の隙間からどろりと子種が淫靡に太腿を伝い落ちている。

 寝ている間に何度か搾り取られたらしい。

 

 

「おはよう。それで妹紅は何をしてる?」

「あっ、んぁっ、もこうね、にぃいのおちんちんで、おまたぱんぱんしてるのぉ♪ にぃいがねてるあいだに、あんっ、いっぱいとぷとぷ、なかだししてもらったの♪」

「俺が寝てるのも構わずにしてたのか。妹紅は淫乱な幼女だな」

「ひゃぅん♪ だってぇ、おまたぱんぱんきもちいいのぉ、にぃにのおちんちん、きもちいいのぉ♪」

 

 

 いやいやと俺にしがみ付いて羞恥に染まる顔を隠しながら、それでも腰をへこへこ振るのを止めない。

 すっかり淫らになったもんだ。

 両手を伸ばし妹紅の胸に滑り込ませ、指先で小さなさくらんぼを弄ってやる。

 

 

「んみゅぅっ、うぅっ、きゃぅん♪」

 

 

 舌を伸ばしだらしないとろ顔を見せながら快楽に喘ぐ妹紅。

 堅くなった乳首をコリコリと摘みながら、腰を乱暴に跳ね上げた。

 一突き毎にびくんっと身体を大きくしならせ、嬌声を上げる。

 膣内が痛いくらいに肉棒をきゅっきゅと締め上げる事から、突く度にイっているのが解る。

 

 

「んぁぁ、にぃに、しゅごっ、しゅごぃよぉ、おまた、もこうのおまた、きもちよくておばかになっちゃうぅっ♪」

「ほら、妹紅の中に出してやる。しっかり孕めよ?」

「うんっ、はらみゅ、はらみゅのぉ♪ にぃにのおちんちんであかちゃんつくりゅのぉっ、もこうこどもだけど、にぃにのあかちゃんはらみゅのぉぉっ♪」

 

 

 心の芯までとろけた様に淫らな笑みを向けてくる妹紅。

 その顔に背徳感や征服感が満たされ、一気に精子が解き放たれた。

 

 

「んんっ、んくぁぁぁああぁぁぁっ!? きてりゅ、にぃにのせいしきてりゅぅぅぅっ♪ もこうのおなかいっぱい、いっぱいらよぉぉぉっ♪」

 

 

 激し過ぎる快楽に背筋や手足、舌までもぴんと伸ばして耐えている。

 入りきらなかった精子が逆流して、ぶしゅっぶしゅっと淫猥な音を響かせながら布団を汚していく。

 が、それすら追い付かないのか、妹紅の下腹部はまるで子を授かったかの様にぼてっと膨らんでしまった。

 

 

 ──流石にヤリ過ぎたか? 

 

 

 起きてから出したのはこの一発だけだが、身体を包む気怠さはこれで一旦打ち止めだと伝えている。

 どれだけ搾り取られたんだ俺。

 幼いが故のキツい締め付けと妹紅のアンバランスな淫乱さが程良く息子を刺激したのだろう。

 等と賢者タイムならではの無駄な思考を飛ばしつつ、力尽きて荒く息を吐く妹紅を撫でる。

 

 

「ひゅー……かひゅー……あひゃ、んひゃぁ……ん♪」

 

 

 訂正しよう、ヤリ過ぎた。

 焦点の定まらない目と脱力した身体。

 意識も混濁し半分失神しているにも関わらず、未だ腰は肉棒をくわえ込んだまま前後にへこへこ振られている。

 

 

「あ──、あ──……、あへ、あへぇ♪」

「中出しされてここまで壊れるとは……もう調教は九割方完了だな」

「かひゅー……、んぇ、あへぇ、あ、んぁぁ……っ♪」

 

 

 ハイライトの消えた所謂レイプ目で腰を振る妹紅の姿に、思わず黒い笑みが零れた。

 外の様子を窺うにまだ陽は登っていないらしい。

 なら二度寝するか。

 そう考えた俺は妹紅の額に軽く口付けて、布団を妹紅の肩付近まで引き上げた。

 さて、次に目が覚める頃にはどんな孕み人形が出来上がってるかな。

 

 

 

 

 すっと意識が浮上し目が覚める。

 軽く伸びをすると固まっていた身体がパキパキ音を立てた。

 

「んひゃぁん♪」

 

 

 同時にとろけた声も聞こえた。

 目を開けると合体したままの妹紅がとろ顔でアヘアヘしていた。

 

 

「あれだけ出したのにまだ繋がっているとは、妹紅はえっちだな」

「ふゃぁん、ちがうのぉ、にぃに、おちんちんぬけないよぉ」

「あん?」

 

 

 聞けば先程から抜こうと頑張っているらしいが、少し動くだけでイってしまい力が入らず、かれこれ一時間ふにゃふにゃしていたとの事。

 多分長い間繋がっていた事で膣壁が肉棒の形を覚えて固まったんだろう。

 能力に因る肥大化の所為か、息子は根元に近付く程細くカリに近付く程太くなっている謎形態だ。

 膣の入口が根元に合わせて締まったとすると、快楽は別にしても抜きにくい形状で有る事は間違い無い。

 

 

「なら俺が抜くか。キツいかもしれんがじっとしてろよ?」

「う、うん……あ、ひゃぁぁっ♪」

 

 

 抜きやすい様に身体を起こし対面座位に移行しただけで膣をきゅっきゅと締め上げる妹紅。

 無意識なのか両足を腰に絡めて抜けない様に身体を密着させ、尚も腰を前後にへこへこ振っている。

 

 

 ──いっそ抜かずに今日一日このまま妹紅を犯してみるか? 

 

 

 そんな悪巧みが脳裏を過ぎるが、先程の壊れた妹紅の姿を思い出して止める。

 アレ以上続けたら間違い無く妹紅は廃人になるだろう。

 まだ壊して肉パンツにするには早い。

 ん、肉パンツ? 

 常に対面座位か駅弁で挿入しつつ存在を無視しながらもイキたくなったら勝手に射精するっていう、非人道的な快楽拷問の一つだ。

 多分ルーミアしか耐えられないな。

 それは置いといて取り敢えず両手を脇の下に入れ、妹紅をゆっくり持ち上げてやる。

 

 

「ひぅっ、うぅっ、んぁぁぁあぁっ♪ あぁっ、あっ、やらぁぁっ、おしお、おしおぴゅっぴゅとまりゃないのぉぉぉ♪」

 

 

 一センチ抜ける度に漏らしたかの様に潮を噴いて絶頂する妹紅。

 ふと悪戯心が芽生え、持ち上げていた両手から力を抜いた。

 一瞬の浮遊感の後、中程まで抜けていた肉棒が再度根元まで挿入される。

 

 

「くひっ、ひぎぃぃぃぃぃぁぁぁっ!?」

「あー、悪い妹紅。手が滑った」

「あひっ、ひっ、ひゃひぃ……ひっ、ひぎぃ、んひ、んひぃ……♪」

 

 

 ぱくぱくと口を開き快楽に塗れた瞳から涙がぽろりと落ちる。

 それを舌で拭ってやると、妹紅は嬉しそうに喘いだ。

 流石にこれ以上ヤると拙いか。

 今度は勢いを付けて一気に肉棒を引き抜いた。

 

 

「ひゃ、んぐぅぅぅぅぁぁぁぁあああ!?」

 

 

 幼女では無く雌の声を上げて仰け反る。

 ぽこっと抜けた肉棒から一拍遅れて大量の精子が開き切った秘裂から溢れ出す。

 どろりと流れ落ちるそれに、ソフトクリームの機械みたいだなと適当な事を考えた。

 妹紅が、というより流れ落ちる精子が落ち着くのを待って、俺は妹紅を抱えて風呂場へと向かった。

 イキ過ぎて疲労困憊な妹紅が溺れない様にしっかり抱きかかえて浴槽に浸かったり、精子が多く付着していた髪の毛や太腿を丁寧に洗ってやったり。

 綺麗になった所で『疲弊の休息』を使ってやると、漸く正気を取り戻した。

 真っ赤になった妹紅にぽこぽこ叩かれたが、むぎゅっと抱き締めるとすぐに大人しくなった。

 ダメ押しに耳元で愛を囁いてやったら目を回してしまった。

 身体は少し冷えていたのにのぼせるとは不思議な事も有るものだ。

 気付けに一発中出ししたらとろ妹紅に戻ったが。

 まぁ、取り敢えず身体も綺麗になった。

 後は午後にかぐや姫の所へ出向いて日傘とケロ帽子を叩き付けてやれば良い。

 フハハ、首を洗って待っていろかぐや姫! 

 

 

「にぃにのきちくぅ……♪」

 

 

 あ、サーセン。

 



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輝夜の告白。そしてフラグ染みた伏線。

 調子に乗って中出しを決めてしまったので再度朝風呂……というよりは昼風呂になってしまったが妹紅を綺麗に洗い上げ、さっぱりした所で新しい服に着替える。

 シャツとズボンは昨日と同じだが、今日は赤いリボンが腕章の様に括り付けられているジャケットを着てみた。

 またもや妹紅の絶賛を受けかなりご機嫌になった俺は、ケロ帽子と日傘片手に意気揚々と屋敷へ向かう。

 三日と経たずに課題をこなしたと知れば一体かぐや姫はどれ程間抜けな顔を晒すだろうか。

 

 

「クフッ……フハハハ、ハァーッハッハッハァー!」

 

 

 若干の寝不足と妹紅を抱いた高ぶりが未だ落ち着かない事による妙なハイテンションに引き摺られ、最高に悪役な三段笑いを披露してしまう。

 住民達は突然邪悪極まりない笑い声を上げる俺にギョッとして、すぐさま道の端に避ける。

 その様子はさながら海が割れるかの如く。

 だが気分の良い俺に取っては、その怯えと驚きの入り混じった視線さえ心地良い。

 

 

「フハーン?」

「ひぃっ!?」

 

 

 顔を左に向けると、いい年した青年が身をびくっと竦ませる。

 あ、何だコラやんのか? 

 今度は視線を右に向ける。

 

 

「フハハーン?」

「きゃぁっ!?」

 

 

 お手玉片手にぷるぷる震える幼女が居た。

 煤けた茶色の癖っ毛と大きな瞳がなかなか可愛い。

 幼女は目に涙を湛えて怯え一色に染まった視線を寄越してくる。

 なんかゾクゾクくるなあの表情。

 もっと苛めたくなる。

 が、今の俺は気分が良い。

 諏訪子の所から補給してきた飴玉をポケットから取り出し、幼女に優しく微笑みながら渡してやった。

 

 

「嬢ちゃん、コレをやろう。あぁ、噛まずに舌の上でころころと転がすんだ」

「ひぅっ……!? んっ、んぅ……んっ、わ、甘い!?」

 

 

 恐らく初めて体験するだろう砂糖の甘さに目をぱちくりとさせる幼女。

 頭をがしがし撫でてやると、爪で汚れが弾けたのか根元に薄い金の色が見えた。

 

 

 ──珍しいな、ブロンドの髪か。

 

 

 よくよく見れば顔立ちもやや西洋的だ。

 もしかしたら漂流した外国人の血でも混ざっているのかもしれない。

 というか珍しいには珍しいがルーミアと諏訪子の二人も金髪だしな、身内で言えば二分の一か……存外打率高いな? 

 いや待て、確かに打率は高いがルーミアは妖怪で諏訪子は神だ。

 珍しいのはあくまで俗世……下界? 

 まぁ、人間の中に於いてだな。

 実はこの幼女、人間じゃ無かったりしてな。

 そんな事を思いながら幼女の髪の毛に視線を向ける。

 

 

「綺麗な髪だな」

「っ!?」

 

 

 何となく呟いた言葉に、幼女はハッとして頭を両手で抑えた。

 頻りに怯えた目で周囲の様子を窺っている辺り、珍しさよりも異端という反応が多いのだろう。

 特にこの文明レベルだと遺伝の概念すら無いからな、同じ人間とは思えないと考えるのが或る種正しい。

 だがまぁ、と俺はもう一つ幼女の口に飴玉を放り込んでやる。

 唐突な行為に目を白黒させている所へ囁いてやった。

 

 

「言ったろ? 嬢ちゃんの髪は綺麗だ。隠したり誤魔化したりするな、寧ろ誇ってやるんだ。わたしの髪の毛は黄金の様に輝いているぞ、ってな」

「あ……」

 

 

 もう一度髪の毛をわしゃっと撫でて曲げた背筋を起こす。

 その時、ふと思い至りジャケットのリボンに手を伸ばした。

 軽く力を込め、ぶちっと取り外す。

 きょとんとしたままの幼女の手を取り、細い手首にくるっと巻いてやった。

 外側に向く様に蝶々結びを作り、ふんわりと軽く締める。

 更に長い間巻いていても肌が痛痒くなったりしない様に内側には『治癒の軟膏』を塗り込んで置いた。

 

 

「うむ、更に可愛くなった」

「え、あ、あの」

「さて、俺は行かなければならない。またな嬢ちゃん」

 

 

 フハーン、と妙に高いままのテンションで息を吐きつつ幼女に背を向け歩き出す。

 目指すはかぐや姫の屋敷。

 待っているが良いわ! 

 

 

 

 

 

 

「……ってな事をやっていたな」

「ぷはっ、あははは、アンタ馬鹿過ぎるでしょ!」

「流石に今となってはあのテンションの高さが信じられん。何だフハーンって」

「あははははは、だ、だめ、お腹痛いぅははははは!」

 

 

 文字通り腹を抱えて呼吸困難に陥っているのはかぐや姫改め輝夜。

 屋敷に辿り着いて早々に課題のアイテムを叩き付けたら急に大人しくなった輝夜に「ま、最初はお友達から始めましょう」とか言われたので、取り敢えず互いに名を名乗る所からスタートした。

 というか互いの名前を知らないまま求婚するとかギャグでしかない。

 まぁ自己紹介も終わった辺りで俺のテンションも漸く冷め、機を見た輝夜がアイテムを手に入れてからここに来るまでの経緯を尋ね、細かい所は端折りながら先程の奇行までを語って聞かせ、現在に至る。

 最初に有った妙な気構えの様なものはあっさりと霧散し、求婚相手と言うより高校の悪友みたいな雰囲気だ。

 色気よりも悪巧み食い気よりも馬鹿騒ぎ、といった風。

 

 

「はー、おっかし。危うく笑い死にする所だったわ。にしてもその飴玉ってどんなやつなの?」

「こんなやつだ、ほれ」

 

 

 取り出した飴玉を輝夜の口に放り込んでやる。

 多少驚いたらしく、目が大きく開いた。

 

 

「ちょっともっちー、この飴玉もそうだけどその包装紙どうやって作ったのよ? 明らかにこの時代の技術で作れない物じゃない」

「は?」

 

 

 輝夜の疑問に今度は俺が疑問を返す。

 因みにもっちーとは俺の渾名だ。

 いやそれはともかく、俺は輝夜のリアクションに驚かされた。

 飴玉の甘さに驚いたり、どこでこれを売っているか尋ねるのが普通の反応だ。

 だが輝夜は「この時代の技術で作れない」と言った。

 この言葉を発するという事は『この時代』以上の技術力を知っている事と同義。

 俺は両手で輝夜の肩を掴んだ。

 

 

「ぐーや、お前一体何者だ?」

「え、ちょ、もっちー」

「答えろぐーや。お前今この時代と言ったな? それはつまり他の時代若しくは文明を知っているって事だ。お前本当はこの時代の人間じゃないな?」

 

 

 尋問が目的なので痛いだの何だの言われない様に力は抜いてあるし、答えないという選択肢に気付かせない為に冷静な声色で淡々と問い掛ける。

 口にした言葉も一見それっぽい事を並べているが、一文ずつよく見てみればどの文も繋がっていないのが解る。

 論理として連結させる為に、抜けている言葉は相手が無意識に補ってくれる。

 しかも誤魔化そうにも自分が補完した論理だから上手く逃げ道を探す事は出来ない。

 補完した場所こそが突破口だが、それを否定するには自分の論理・思考を無意識下で否定しなければならない。

 どんな状況でも自己の否定は避けるのが人間だ。

 とまぁ長々と言っているが、要は単に勢いとノリと雰囲気で口を割らせようとしているだけだ。

 序でに飴玉関連を誤魔化す意味も有る。

 輝夜がうやむやにしたら俺もうやむやにするだけだからな。

 ん、ぐーや? 

 それは私のおいなりさん……違った、輝夜の渾名だ。

 

 

「それは、その、えっとぉ」

 

 

 輝夜は華麗なフォームで目を泳がせる。

 余りの動揺っぷりに何も言えねぇ。

 等と懐かしいネタを思い出した所で輝夜は恐る恐る、といった風に口を開いた。

 

 

「もっちー、聞いても信じて貰えないかもしれないけど」

「言ってみろ、盛大に笑い飛ばすから」

「笑うの前提!?」

 

 

 せっかくの決意やら何やらをいきなり挫かれ、思わず突っ込む輝夜。

 真剣な空気を木っ端微塵にしつつ、ニヤリと笑い掛けてやる。

 

 

「お、良い突っ込みだ。……ほれ、肩の力も抜けただろ?」

「あ……」

「本気で言うなら驚きはすれど笑ったりしねぇよ」

 

 

 気負った状態で何かを口にしても、上手く伝えられないのはお約束だからな。

 それならこうして世間話の一環みたいなペースで話した方が、聞いてるこっちも理解し易い。

 程良く力の抜けた輝夜は軽く口の端を上げて見せた。

 案外可愛く笑うじゃないか。

 

 

「ありがと、もっちー。実はね、私」

 

 

 そうして輝夜は口を開いた。

 但し、その言葉に暫く呆然としてしまったが。

 

 

「私ね、月人なの。一応地球外生命体になるかしらね」

「……はっ?」

 

 

 

 

 

 

 輝夜の話を聞き終えた俺は、余りに自分の知る知識とかけ離れた内容に口を閉じる以外出来なかった。

 月の住民である輝夜達──蓬莱人は、大昔地球上に住んでいた人間らしい。

 輝夜は詳しく知らない様だが、地上は穢れがどうのこうので蓬莱人の身体に適応仕切れない状態になったらしく、ロケットで穢れの無い月へ移住したとの事。

 その後氷河期やらなんやで蓬莱人の居た痕跡は消え去り、代わりに今の人間が台頭してきた。

 輝夜は月で生まれまったりニート生活を送っていたが、ある日家庭教師の家で小瓶に入った薬を見つける。

 その家庭教師、薬師が本業で度々栄養ドリンク等を作っては机の上に放置していたらしい。

 いつものドリンクと思い飲んでみた所、実はそれが不老不死の秘薬。

 延命はまだしも不老不死は大罪らしく、死罪にしようにも死なないので取り敢えず地上に放逐するかとお上の達しで、輝夜は地上に降ろされた。

 いきなり我が家を追い出されたニート輝夜、どうしようかと途方に暮れながらも逞しく放浪していたら竹取に来ていた爺さんに保護され、気付いたら養子になっていた。

 爺さん婆さんと過ごす内に情も湧いて「このまま地上でまったり過ごすのも悪くは無いか」と思った矢先、月から「もうそろそろ反省したろ、迎えをやるから帰って来い」と一方的な通告が。

 帰りたく無いけど爺さん婆さんに迷惑は掛けたくない。

 どうしようかと悩んでいたら男共から求婚の嵐、ウザったくなった輝夜は無理難題を出してストレス発散。

 誰もクリア出来なかった中、唯一クリアした奴に愚痴を含めて状況説明をした。

 

 

 ──以上、無職姫君ぐーや『その時ニートが動いた』をダイジェストでお送りしました。

 

 

 だいぶ端折ったがこんな所か。

 概略は竹取物語から大きく外れちゃいないが、背景が色々と酷い。

 というか月の連中も大概だな。

 家庭教師も不老不死の秘薬を放置してんじゃねぇよ。

 

 

「てか待てぐーや。それを俺に話したって事は、何らかの形で巻き込もうとしてるだろお前」

「勿論。毒を食らわば来世まで、よ」

「転生しても同じ要因で死ぬのか俺は」

「だってねぇ。肉弾戦最強の風見幽香と最凶の祟り神洩矢諏訪子から認められるって人材、世界中探したってもっちーだけでしょ。何か良いアイディア出しなさいよ」

「アイディアってかあ……おい待て、何で輝夜が英語を知ってる?」

「英語が何かは知らないけど、これは月の言語学者が作り上げた言語の中の単語よ。ってかアンタも何でアイディアって言葉が解るのよ? しかも意味ちゃんと通じてるっぽいし」

「俺の居た世界で使われてた外国語にその単語が有るんだよ。意味は……………………発想、だっけか」

「随分時間掛かったわね」

「うっせうっせー、英語は苦手なんだよ」

「ちょっと待って、もっちー今『俺の居た世界』って言ったわよね?」

「ん、あぁ、そういやまだ俺の事は話して無かったな。俺、実は異世界人なんだ」

「はぁぁぁ────ー!?」

 

 

 と、いう訳で俺の事も話す。

 そう言えば俺の秘密を話すのは輝夜が初めてだ。

 なんだかんだでルーミア達には言って無かった気がする。

 諏訪子や神奈子は疑問が有るみたいだったが何も言わず、ルーミアはそこら辺全く気にしていない気配が有ったな。

 正直会ってすぐの頃はまだ混乱してたし、ルーミアに聞かれても答えられなかっただろう。

 最悪現実を認められず錯乱していたかもしれない。

 何も聞かずただ好意だけを向けて側で支えてくれたルーミアには頭が上がらないな。

 そんな風に改めてルーミアの偉大さや素晴らしさを認識しながら、俺は輝夜にこの世界へ落ちるまでを語って聞かせた。

 

 

「……ほへぇ~、もっちーも随分珍しい人生送ってるのね」

「まぁな。取り敢えず昔語りはこんな所で充分だろ。それよりも」

「月から迎えがいつ来るのか、かしら?」

 

 

 言葉の先を取った輝夜は得意気にふふんと胸を張った。

 年の割に余り成長していない不憫な胸だ。

 

 

「しっ、失礼な事言わないでよっ! それに蓬莱人は地上人と成長のスピードが違うんだから!」

「おっと、口に出てたか。因みに今のぐーやの年齢を地上人に直すと幾つだ?」

「女性に年を尋ねるのはマナー違反よ!」

「良いじゃねぇか減るもんでも無し」

「むしろ経るわよ!」

「お、上手い。座布団一枚」

 

 

 差し出した座布団を乱暴に受け取り、二枚重ねの座布団に腰を下ろす輝夜。

 受け取んのかよ! と突っ込んではいけない。

 それは話を逸らそうとする輝夜の罠だ。

 

 

「まぁどっちにしても不老不死なら成長の見込みは無いが」

「ウワァー!?」

 

 

 あ、突っ伏した。

 心に酷いダメージを負った様だ。

 一体誰がこんな酷い事を。

 取り敢えず輝夜の頭を撫でながら、慰めの言葉を口にする。

 

 

「安心しろぐーや、俺は小さい胸が大好きだからな」

「ぐすっ、本当?」

「あぁ、四人居る嫁の内三人は幼女だ。ぐーや、お前の胸も勿論許容範囲内だ。だから元気出せ」

「うわーん、もっちー! と泣き付くと思ったか馬鹿め!」

「うぐふっ」

 

 

 胸元に身を寄せた輝夜が0距離コークスクリューを放ってきた。

 ふっ、良いパンチ持ってるじゃねぇか。

 そんな風に戯れていたらいつの間にか日が暮れていた。

 時間が経つのは早い。

 特に無駄な事をしていると尚更。

 

 

「結局ぐーやがどうしたいか、とか月からの使者にどう対応するか、とか全然考えてねぇや」

「だったら、また明日来なさいよ。その……待ってるから」

「ぐーやの貴重な産デレシーン」

「何よその海亀みたいなフレーズ!?」

 

 

 ともあれまた明日輝夜の屋敷を訪れる事に決まった。

 まぁ、なんとなく月からの使者が来る日は想像付くけどな。

 

 

 ──時が動くのは、恐らく次の満月。

 



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迎撃準備中。そしてストーカー疑惑。

 輝夜との語らいから数日。

 計画を詰めてどうにかそれっぽい作戦を練り上げ、その下準備として次の満月の時に迎えが来るという話を流布させた。

 一応仮にも時の人であるかぐや姫が「実は月の住民で、次の満月に月へ帰る」という話は庶民始め京に住む者に取って最高のゴシップだった様だ。

 瞬く間に噂は広がり、程無くして帝の耳にも入った。

 すかさず屋敷へ出向き説得という名目のナンパを作戦会議中に行う帝に失笑を漏らしたのは仕方無いと思う。

 取り敢えずウザかったので「帝には月の使者の説得と、いざという時にかぐや姫を守る為の迎撃隊の指揮をお願いします」的な事を思い付く限りの丁寧な言葉で告げたら、あっさり承服して部隊の編成に行った。

 アレだな、豚を煽てりゃ木に登るが、帝を煽てりゃ部隊が出来るらしい。

 まぁ、月の連中に弓矢とか槍で勝つとか無理ゲー以外の何物でも無いと思うが。

 因みに帝は勘違い系ナルシストだった。

 俺と対して変わらない程度の知略しか無い癖に策謀(笑)を巡らせて自滅するタイプの人間だな、アレは。

 まぁ、それはさて置き。

 今回の騒動で輝夜が出した願いは「爺さん婆さんと離れる事は我慢出来ても、月に戻るのだけは嫌」というものだった。

 なら逃げるか、と冗談半分に告げた所それだ! と言わんばかりに鼻息荒く──実際言ったが──輝夜が乗ってきた為、次の様なプランと相成った。

 

 

『ステップ1、月の使者を殲滅する』

『ステップ2、誰にも見つからない場所に隠れる』

『ステップ3、爺さん婆さんに手紙を出して無事を知らせる』

 

 

 最後のは明らかに蛇足だと思うが輝夜が満足そうなので放って置こう。

 差し当たってこのプランの問題点は二つ。

 月の使者を殲滅するだけの戦力と、輝夜が隠れる場所だ。

 戦力は輝夜に当てが有るらしい。

 なんでも『月の頭脳』と呼ばれている人物が居り、そいつは輝夜の家庭教師を務めていたとか。

 個人的な親交も深かったし、使者と共に迎えに来る可能性も高いとの事。

 なら説得は任せるか、と思考を次に移して……そこで詰まった。

 隠れ家にちょうど良い場所に全く心当たりが無いのだ。

 幾ら考えても答えは出ない。

 今日も輝夜の屋敷で作戦会議をしたが依然として打開策を見つけられず、眉間に皺を寄せたまま帰ってきた俺はちょうど帰って来ていた不比等と玄関で再会した。

 

 

「おや、望月君。今帰りかい?」

「ん? あぁ、不比等か。何だってこんな時間に……って、ぐーやの課題こなしてたんだっけか」

 

 

 どっぷり日も暮れた玄関先で久々に見た不比等は、何故か若干肥えていた。

 まぁ、玄関先で立ち話していても門番が困るだろうから取り敢えず部屋へ戻る。

 出迎えてくれた妹紅を抱き上げると、幼女特有の甘い香りが鼻をくすぐった。

 

 

「にぃに、おかえりなさい♪」

「ただいま、妹紅。良い子にして……おい妹紅、何で眉間をぺちぺち叩く」

「あはは、にぃに、せんはいってる」

 

 

 触ってみると確かに眉間の中央に線が入っていた。

 難しい顔をし過ぎた弊害だな。

 とは言え解決策が無いからどうしようも無い。

 精々気が付いた時に息抜きしたり眉間を揉む程度の対応になるだろう。

 皆で不比等の部屋に集まり、腰を下ろすと同時に半目を向けた。

 

 

「で、不比等。何で課題こなしてた筈のお前が若干肥えてんだよ」

「いやぁ、あの時の望月君を見るに僕がやる必要無いなって思ってさ。せっかくの機会だし西の竹林の方へ視察に行ってたんだよ。あ、妹紅にコレお土産だよ」

「ありがとー、とうさま♪」

 

 

 不比等が取り出したのは竹トンボ。

 随分としっかりした作りだ、手掛けたのはさぞ名の有る職人なのだろう。

 早速くるくる回してみたり「おー♪」俺に向けて突いてみたり「はー!」簪みたいに髪に挿したり「きらーん☆」ってテンション高いな妹紅。

 余程嬉しかったらしい。

 いや、それもそうか。

 俺は輝夜に懸かり切りで不比等は数日出掛けていた。

 普段しっかりしているからと言っても、妹紅は八歳の子供だ。

 まだまだ甘えたい盛りだろうに、逆に俺が甘えてどうする。

 輝夜の方が一段落着いたら諏訪大社へ連れて行くのも良いかもな。

 少ししんみりとしてしまったのを察してか、不比等が口を開く。

 

 

「いやぁ、それにしても見事な竹林だったよ。ただ巷では『迷いの竹林』なんて言われててね。地面が軽く傾斜しているんだけど竹は垂直に伸びてるから、真っ直ぐ歩いているつもりでもいつの間にか迷ってしまうんだ。前に望月君が作った方位磁石も、近くに天然の磁石が埋まってるのかさっぱり役に立たなくてね」

 

 

 へぇ、迷いの竹林か。

 磁石が役に立たないとなると探索するのは難しいだろうな……何だって? 

 迷いの竹林? 

 それはひょっとして隠れ家にちょうど良いんじゃないのか。

 

 

「それに最近噂を聞く様になった妖怪が帰り際に現れてね。何でも『境界をずらす程度の能力』を持つ妖怪だとかで、悪戯のつもりなのか竹林の奥へ行くのにこの布を持っている人間しか通れない様な結界を張られてねぇ」

 

 

 ほら、と不比等が取り出したのは真っ赤な布の切れ端。

 つい先日、それを見た記憶が有る。

 

 

「おい不比等、その布は一体どこで!」

 

 

 喰って掛かる勢いで身を乗り出し不比等に詰め寄る。

 突然の事に妹紅もびくっと身体を竦ませて俺を見ている。

 だが今の俺にそれを気に掛ける余裕は無かった。

 

 

 ──アレは、俺が幼女に渡したリボンの切れ端だ! 

 

 

 何故不比等がそれを持っているのか。

 幼女はリボンを手放したのか。

 それとも、手放さざるを得ない何かが起きたのか。

 様々な疑問が浮かんでは消える。

 混乱した思考は止まる事を知らず、悪い方悪い方へと傾いて思考を続ける。

 考え得る最悪は、幼女が妖怪に殺されリボンを奪われたという結果。

 それに至った瞬間、一気に身体が冷えた。

 怒りか、焦りか、はたまた恐れか。

 よく解らない感情に突き動かされていた俺を宥める様に、不比等は軽くデコピンを放った。

 

 

「落ち着きなさい望月君、確かに煽る様な言い方をした僕も悪かったが。だけど少なくとも、君が想像し得る悪い事は起きていないから」

「……悪い、不比等。妹紅も、驚かせてごめんな」

「にぃに、だいじょぶ?」

 

 

 心配そうな視線を向けていた妹紅は不意に立ち上がると俺の前までやってきて、その小さな腕で俺の頭をむぎゅっと抱いた。

 ふわりと、妹紅の匂いがする。

 妹紅は何度も何度も、優しく指で俺の髪の毛を梳く。

 一撫でされる度に、心が落ち着いていくのを感じた。

 

 

「だいじょぶ、だいじょぶだよ」

「……ありがとな、妹紅。もう大丈夫だ」

「とうさまも、にぃにいじめちゃ、めっ」

「はっはっは、妹紅に怒られてしまったなぁ。ま、望月君。その布の裏を見てごらんよ」

 

 

 悪びれる様子も無く布を差し出す不比等。

 妹紅から解放された俺はそれを受け取りくるっと反転させる。

 そこにはお世辞にも上手いとは言えない文字で、こう書かれていた。

 

 

「おにいさん、ありがとう。……か」

「また知らない間に『ふらぐ』でも立てたみたいだね? あの妖怪の娘、生まれて初めて他人に綺麗って言われた、って喜んでたよ」

 

 

 つまり俺がリボンを渡した幼女が実は妖怪で、よく解らないがその娘の能力で迷いの竹林は隠れ家としてお誂え向きになったと。

 

 

 ──成程、解らん。

 

 

 結果と事実だけ抜き出せば、あの娘が恩返しのつもりで迷いの竹林を隠れ家に仕立て上げたと言える。

 だが俺はあの時以来彼女に会っておらず、また隠れ家を探している事も教えてはいない。

 偶然悪戯したのが迷いの竹林だったとも考えられるが、それだと不比等にこの布を預けた理由が解らない。

 或いは不比等との会話から俺との接点に気付き、これを渡したのかもしれない。

 

 

 ──実はあの娘にストーカーされてたとか……流石にそれは無いか。

 

 

「それとあの娘から伝言を預かっているんだ。『おにいさん、これで隠れ家は心配無いですね』だってさ」

「盗聴器はどこだ!」

 

 

 ストーカーされてた。

 

 

 

 

 

 

「……とまぁ、そんな訳で隠れ家の心配は無くなった」

 

 

 所変わって輝夜の屋敷。

 隠れ家ゲットの説明を終えて一息吐きつつ湯呑みに手を伸ばす。

 うむ、相変わらず緑茶単体だと味が解らんな。

 お茶漬けにしたなら甘さや渋さの違いが簡単に解るんだが、どうも緑茶だけで飲むとダメっぽいな。

 局地的味音痴とでも名付けるか。

 まぁ大抵の緑茶をただただ美味いと感じるだけだから特に問題も無いだろう。

 そんな風にまったり湯飲みを傾けていると呆れた様に輝夜が溜息を吐いた。

 

 

「もっちー、幾ら何でも幼女の撃墜率高過ぎじゃない? というか幼女趣味でしょ」

「失礼な事を。小さい女の子に受けが良いだけだ」

「そして夜な夜な幼気な女の子を手込めにするもっちー……何という鬼畜眼鏡」

「次その渾名で呼んだら耳の中に灼けた青銅流し込むぞ」

「何その所業!?」

「不死身だから平気だろ」

 

 

 せんべいをかじると醤油の香ばしさと塩っ気が口の中へ広がる。

 美味い。

 日本人に生まれて良かった。

 

 

「あぁ、今の内に渡しておくな。これがその布だ」

「ん、預かって置くわ」

「……それにしても『境界をずらす程度の能力』か。何か情報上がってきて無いか?」

 

 

 勿論有るわよ、と輝夜はニヤリと笑う。

 悪人面が板に付いてるな。

 よっこいしょ、と爺むさい掛け声で立ち上がった輝夜は部屋の隅にある小さな箪笥を開けた。

 細い手に握られているのは紙の束。

 

 

「んー、有った有った、これね。最近発生したばかりの若い妖怪、名前は八雲紫。人に危害を加える事は滅多に無く『境界をずらす程度の能力』を使って悪戯する、近所の悪ガキの様なものである。ただ金色の髪を持つ事から『洩矢の祟り神』や『金髪の人喰い妖怪』並みに成長する恐れ有り。要観察。……とまぁ、こんな感じね」

「色々突っ込みたいがなんで輝夜がそこまで詳細なレポート持ってんだよ」

「求婚してきた輩の中に妖怪退治屋も居たのよ。気を引きたいのか知らないけれど、度々こんな感じの報告書をくれるのよね」

 

 

 呆れた様子で手にした紙をひらひらと振る輝夜。

 しかし、金髪で名の上がる奴が思いっ切り身内なのはどうした事か。

 明らかに諏訪子とルーミアだったんだが。

 というか未だにルーミアは人喰い妖怪で通ってるのか。

 ……ひょっとして人喰い妖怪は通り名じゃなくて種族名なんじゃなかろうか。

 数百年は人喰って無い訳だし。

 まぁ、俺は最初の頃性的に喰われたが。

 長い間お預けしてたし、帰ったらルーミアで肉パンツ試してみるか。

 諏訪子はすぐに壊れるからダメだな。

 神奈子はアレで『うぶ』だから嫌がりそうだし。

 妹紅は……やったら間違い無く廃人になるからダメだ。

 うむ、流石ルーミア。

 俺の欲望を一心に受け止めるその器、誠に天晴れである。

 

 

「もっちー、また悪い顔してるわよ」

「気の所為だ」

「ともかく後は満月の夜を待つばかりね。……上手く行くと良いけど」

「案ずるなぐーや。月の頭脳が味方に付くなら負けは無い。だからこそ、説得は任せるぞ?」

「ん、任された」

 

 

 おどけて朗らかに笑う輝夜。

 その笑顔に一瞬見惚れたが口には出さないで置く。

 絶対調子に乗るしな。

 ともあれやれるだけの事はやった。

 後はのんびり待つとしよう。

 すっかり冷めた緑茶を喉に流し込み、輝夜の屋敷を後にした。

 



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月下の抗争。そして一時の別れ。

 

 

「そわそわ」

 

 

 落ち着かないのは見れば解るのに、わざわざ口に出して伝えてくる。

 というか、かれこれ三十分も部屋を左右にうろうろしている。

 いい加減ウザくなってきた。

 

 

「そわそわそわそわ」

 

 

 時折チラッと向けてくる視線は突っ込みを期待するものだ。

 不思議な事に期待されると突っ込みも控えたくなる。

 だが幾らスルーしてもへこたれない。

 その無駄な精神力を何かに活かしたらどうだ? 

 

 

「そわそアイタァー!?」

「いい加減黙れぐーや」

 

 

 そわそわ言いながら枝垂れ掛かってきたので思いっ切りデコピンしてやった。

 べちんでもべしっでも無く『ドゴッ』と鳴ったが、輝夜には良い薬になっただろう。

 これで大人しくしてくれると嬉しいんだがなぁ。

 

 

「ハァハァ……もっちーがくれた痛み……ウッ! ……ふぅ」

 

 

 いかん、薬は薬でもヤクの方だったか。

 ここ数日で散々詰ったり弄ったりした所為か、輝夜はドMに目覚めてしまった。

 何をどう間違えてしまったのか。

 今程ネコ型ロボットのタイムマシンを切実に欲した事は無かった。

 

 

「俺、今回の騒動が終わったらぐーやの性癖をノーマルに戻すんだ」

「私は至ってノーマルよ、もっちー」

「嘘吐け、ノーマルな奴がいたぶられて喜ぶものか」

「良いじゃない、将来の旦那様が苛めてくれるんだもの」

「待て、いつ誰がそうなった」

「俺がお前を奪ってやるっ! って熱い告白をしてくれたのは誰だったかしら?」

「馬鹿野郎、そいつがルパンだ!」

「ルパンって誰よ!?」

 

 

 やいのやいのと馬鹿騒ぎをしたら、次第に輝夜も落ち着いた様だ。

 やれやれ、全く世話の焼ける。

 とはいえ浮き足立っているのは輝夜ばかりでは無い。

 かく言う俺も若干心が逸り、慣れない酒をちびちび傾けて空を眺めていた。

 ん、呑んで良いのかって? 

 少なくとも四百年寝てたんだ、成人なんざ通り越してお迎えが来ないか心配なくらいだ。

 ……迎えに来た死神を口説いて篭絡したらどうなるんだろうか。

 案外見逃して貰えるかもしれん。

 なんてアホな事を考えつつ見上げた視線の先、満月は見えなかった。

 本来なら明るく夜空を照らしている筈の満月は厚い雲に遮られ、新月とそう変わらない暗さを大地に落としている。

 お陰でのんびりしていた所を篝火の設置に駆り出されてしまった。

 風は強くないが、じんわりと湿っている。

 どうにも嫌な空気だ。

 

 

「フハハハハ! 流石望月は肝の据わり方が一味違う、それこそ姫を守る兵に見習わせたいわ!」

 

 

 デカい声で馬鹿みたいな内容の言葉を垂れ流す馬鹿が一人。

 如何にも高そうな着物を羽織り高笑いしているこの阿呆こそ、帝その人だ。

 一応輝夜の手前、下手には出ているが顔面に蹴りを入れたい程煩い男だ。

 顔はそこそこ整っているが声は聞いていてイラッとするし口は回るが浅慮に過ぎる。

 よくこんな奴が帝で政が出来るな。

 おまけに女にだらしない様だ。

 どうもこいつは愛しているから女を侍らせるのでは無く、女を侍らせる俺様格好良いと思いたいが為に、女にちょっかいを掛けているらしい。

 男の風上にも置けんな。

 俺だって褒められた男じゃないが、少なくとも嫁達には本音でぶつかり心の底から信頼を預け愛を注いでいるつもりだ。

 見習う程立派な人間じゃないが、多くの女に手を出すなら、せめて俺くらいには女を大事にして欲しい。

 っと、思考が逸れたか。

 くいっと杯を煽りアルコールで喉を焼く様に酒を流し込む。

 ほぅ、と熱い息と共に雑念を吐き出した。

 庭や廊下に控える兵士を眺めて満足そうな帝とは対照的に、俺は諦観を滲ませた視線を向ける。

 

 

 ──この程度の陣容で満足するとは、本当に帝は馬鹿だな。

 

 

 急な案件、しかも正規の手続きで動かしたものでは無い私兵という事を鑑みても、戦力としてはやはり少ない。

 それなりに腕利きの兵士を集めた様だが、それでもたった百人程度で月の使者と戦えると思っているのだろうか。

 流刑で地上に落とした罪人、というのが月から見た輝夜の立場だ。

 ならば多少の警戒を持って事に臨むのは当然。

 加えて相手は不老不死なのだから、手加減しなくて良い分過激な鎮圧を仕掛けてくる可能性も有る。

 更に相手は地上よりも遥かに進んだ文明を持っている。

 広範囲殲滅兵器を持ち出されたら一巻の終わりだ。

 銃等で武装していた場合一対多でもこちらが圧倒されてしまう。

 ならば兵の幾人かを長弓兵にして屋敷を囲む様に配置し、全方位からの一斉射撃で機先を制するくらいの策は持っていて欲しい。

 まぁ、物語の背景を知らぬモブ連中にそこまで期待するのは酷な話か。

 それに熱源探知されては幾ら巧妙に擬装しても伏兵がバレるからな。

 とはいえそんな戦闘が起こらない事が一番良いんだが。

 

 

 ──無理だろうな。輝夜を連れ戻す為にわざわざ穢れた地上へ降りるというんだ、穢れを受けて尚余り有るリターンがそこには有る筈。

 

 

 話の合間に輝夜が注いでくれた酒を一気に煽る。

 先程よりも深く熱い息を吐き出した。

 と、視線を感じる。

 帝かと思ったが彼は庭に出て兵と下世話な話に夢中だ。

 視線を庭から戻せば、少し頬を上気させた輝夜が惚けた様に俺を見ていた。

 

 

「ぐーや、どうかしたか」

「え、あ、うん。お酒呑んでるもっちーって、色っぽいなぁって」

「は?」

「あ、やっ、今の無しでっ」

 

 

 わたわたと手を振って誤魔化す輝夜。

 しかし俺が色っぽいってか。

 

 

 ──アレか、いつもだらしない格好しかしない幼馴染みが夏祭りに行くって浴衣着た時、チラリと覗く鎖骨にドキドキする様なもんか? 

 

 

 俺の例えも反応もズレている気がするが、そこは酒に酔った所為にでもしておこう。

 というか今気付いた。

 六合とか飲み過ぎだろう俺。

 味わった二日酔いの分だけ酒に強くなるって俗説は有るが、呑んだ記憶は四、五回しか無い。

 ん、神奈子とヤった時に呑まないって決めたんじゃないかって? 

 もう時効だろ。

 

 

「にしても随分厚い雲だな、月明かりの欠片も見え──っ!?」

 

 

 唐突に、空が晴れた。

 今まで月の光を遮っていた雲は一瞬の内に消え去り、行灯も要らない程の光が辺りを照らす。

 何事かと庭へ降りると同時、周囲の異変に気付いた。

 

 

「これは……輝夜?」

「月の連中の仕業ね」

 

 

 遅れて俺の横に立つ輝夜以外、兵士も女中も帝も、等しく動きを止めていた。

 まるで石像の様に微動だにせず、ぼんやりとした表情で中空を見上げている。

 視線の先に有るのは、満月。

 その満月の中心、小さく陰が見える。

 徐々に大きくなるそれは、まるで牛車の様な形をした船だった。

 

 

「遂に来たわ、月の獄車が」

「成程、アレが?」

「ええ、私達の敵ね」

 

 

 好戦的に舌なめずりをする輝夜。

 その頭を軽く握った拳で叩いてやる。

 

 

「あたっ」

「馬鹿、全員敵にしてやるな。お前の先生も居るかもしれないんだろ?」

「そうだったわね」

「余り逸るな。焦りは要らず、ただ想いだけを秘め、願う事だけを描き続けろ。未来の嫁候補の手伝いくらいはしてやる」

「ツンデレさんめ」

「誰がツンデレか!」

 

 

 相変わらずの漫才をしながら、俺はこっそり溜息を吐いた。

 満足に動けているのは俺と輝夜のみ。

 輝夜は蓬莱人だから月の連中の使った兵器らしきものの効果を受けないと考えて良いだろう。

 となれば、動けている俺が明らかに異常な訳だ。

 少なくともただの人間にこの状態は打ち破れないだろう。

 

 

 ──手伝いたいと言ってきた不比等や妹紅を押し止めて置いて良かった。

 

 

 この状態では、流石に不比等や妹紅に気を回す余裕は無い。

 動けない者の中に俺の枷と成り得る人間が居ない事は、この上無く幸いだった。

 最悪人質に取られたら何も出来なくなるからな。

 

 

「さて、お出ましだ」

 

 

 地面に降り立った船の中から八人の衛士が現れ、船の周囲に展開する。

 一拍遅れて姿を現したのは銀髪の女性。

 赤と青の生地が中央ではっきり分かれ、腰元のベルトを境に色が入れ替わるというなかなか奇抜な色合いの服だ。

 背も高くスタイルも良く、面倒見の良い綺麗なお姉さんみたいな雰囲気の女性だ。

 彼女は輝夜を見て顔を綻ばせ、次に俺を見て驚きを滲ませた。

 まぁ、蓬莱人でもない奴がこの中で動いているんだ。

 多少は驚くだろう。

 他の奴等はたかだか地上人が一人動けた所で何も出来ないと高を括っているのか、特に反応も興味も示さない。

 その驕りを突ければ、或いは。

 

 

「永琳っ」

「姫様」

 

 

 輝夜が駆け出し女性に抱き付いた。

 待て、今姫様とか言ってなかったか? 

 まさか輝夜って本物の姫様なのか? 

 本物の姫様にしては落ち着きが無いし、お転婆が過ぎる気もするが。

 いや待て、姫様をドMにしちまったが大丈夫なのか!? 

 そんな事を考えていると輝夜の手がピースサインを出す。

 説得が終わった合図だ。

 俺が色々と衝撃を受けている間に密談は終わったらしい。

 余りの早さに失敗したのか、とも思ったが輝夜は振り返りニヤリと笑って見せた。

 口元が艶めかしく動く。

 

 

『ちょろいわ』

 

 

 どうしよう、後で突っ込むべきだろうか。

 仮にも恩師が月での立場やそれまでの栄華を溝に捨てて、共に歩んでくれると言うのに。

 ともあれ彼女は俺達の味方になってくれた様だ。

 これで作戦を決行出来る。

 まぁ、作戦と言うのも烏滸がましいくらいの三文芝居だが。

 主演は大根役者の俺、ヒロインは学芸会レベルの演技力を誇る輝夜。

 小っ恥ずかしい事この上無いがそれぐらいでないと他人の意識は奪えん、と自分を誤魔化しつつ俺は口を開いた。

 

 

「かぐや姫、本当に行ってしまわれるのですか!」

「あぁ、望月殿! 私とて、貴方様と離れとう御座いません!」

「ならば私も姫と共に、月へ参ります!」

「それは、それは叶わぬ事。月の空気は地上人には毒なのです、貴方様が苦しむ姿等見とう御座いません!」

「姫と離れ離れになるよりも辛く苦しい事等有りませぬ!」

「望月殿……っ」

「かぐや姫……っ」

 

 

 ひしっと抱き合う俺と輝夜。

 互いに恥ずかしくて顔が真っ赤になっているが、別れの涙を堪えている風にも見えなくは無い。

 横目でチラリと様子を窺えば、衛士連中はぽかんと呆気に取られていた。

 そりゃそうだ、いきなりこんなC級以下のラブロマンスを見せ付けられれば誰だってぽかんとするだろう。

 

 

 ──だが、その隙が欲しかった。

 

 

 輝夜の軽い身体を持ち上げくるりと位置を入れ換えるのと同時、彼女が弓を構えた。

 いや、構えたと言うのは正しくない。

 彼女が弓を取り出して構えた時、既に四本の矢は放たれていたからだ。

 何が起きたのか把握する時間も与えられないまま、胸に風穴を空けた衛士が背後に倒れ込む。

 

 

「なっ、何を!?」

「次はお前だ!」

 

 

 注目を集める為に声を上げて体軸を右にずらした。

 右肘は腰元に近付け左手を一番近くの衛士に伸ばす。

 何か仕掛けてくると思ったのか衛士は腰に提げた筒の様な物を引き抜き、防御姿勢を取る。

 が、勿論何も起こらない。

 当たり前だ、俺は声を上げて構えただけなのだから。

 

 

「今だ、輝夜!」

 

 

 その声に釣られて今度は衛士連中が意識を輝夜に向ける。

 だが輝夜は頭を抱えて「くっ、もっちーも酷かったけど、まさか私まであんなレベル低い演技を晒してしまうなんて」と最新の黒歴史を抹消するのに必死だ。

 というか言うんじゃない、俺だって自分でこれは酷いと言いたくなったんだから。

 ともあれ再度隙が生まれた。

 攻撃に合わせ俺がハッタリをかまし、続けて輝夜へ意識を誘導した事で、最も注意しなければならない彼女は思案の外へと追いやられた。

 言わば二重のフェイント。

 その生まれた隙を逃さず、彼女が放った矢は衛士連中の心臓を等しく貫いた。

 ごぽっと吐き出された血が地面を赤く染めていく。

 

 

「おぉ、グロいグロい」

 

 

 ん、目の前で人が死んでるのに平気なのかって? 

 兎や猪や鯖の解体で慣れた。

 人間だろうが何だろうが、自分の知り合いじゃ無いなら解体出来るぞ。

 若干昔のルーミアみたいな価値観になってきたかもしれん。

 まぁ、可愛い嫁と考えが一緒とかご褒美でしか無いな。

 依って問題無し。

 

 

「ほれ、いい加減帰ってこい」

「録画は、録画だけは……いたっ!?」

「取り敢えず先遣隊は片付けたぞ。あちらのお嬢さんが」

 

 

 何かに悶える輝夜を叩いて正気に戻す。

 叩かれて嬉しそうにしているのは放って置こう。

 示した先、弓をどこかにしまいながら優雅に歩いてきた彼女は、これまた優雅に腰を折った。

 

 

「有り難う、お陰で彼等の隙を突く事が出来たわ」

「何、大した事じゃ無い。奴等の装備も人数も把握していなかったからな。それなら必要以上に動かず気を引き付ける方が動きやすいだろ」

「普通はそれすら出来ないものよ。とは言え余り悠長にしている時間も無い、早く此処を離れた方が良いわ」

「ならついて来てくれ、隠れ家的な場所を用意した。まぁ、家は建ってないが」

「ふふ、贅沢は言わないわ」

 

 

 屋敷を通り抜け外へ向かう途中、輝夜が足を止めた。

 目に映るのは固まったままの爺さんと婆さん。

 

 

「……今までありがとう、お爺さんお婆さん。落ち着いたら手紙出すからね」

 

 

 心からの笑顔を浮かべる輝夜。

 その横顔に一瞬見惚れつつ、ちょっとした疑問が湧いた。

 隣に立つ女性に小声で話し掛ける。

 

 

「固まったままだが爺さん婆さんにあの声や笑顔は届いてるのか?」

「ええ、もう暫くはあのままでしょうけど心の中にしっかりと記録される筈よ」

 

 

 なら良いか、と再び歩き出す。

 屋敷の前まで出ると牛車が待っていた。

 先頭で手綱を握っているのは、

 

 

「不比等!?」

「や、無事みたいだね」

「もこうもいるよー♪」

「妹紅まで!?」

 

 

 牛車の影から飛び出したきた妹紅を抱き留める。

 何で家で待ってろって言った筈の二人がこの場所に? 

 混乱する俺に不比等は爽やかな笑みを浮かべて言う。

 

 

「これだけの秘密を抱えるのに信の置ける人間はなかなか居なくてね。それに相手はかぐや姫だ、全て解らずとも程々に今回の事を知る者の方が口を滑らせる事は無いだろう?」

 

 

 確かに、かぐや姫を乗せて牛車を走らせたなんて言ったら箔が付くだろう。

 有る事無い事喋られるよりは不比等に任せた方が安心だ。

 しかし何で妹紅まで。

 疑問を発するより早く、女性が不比等に頭を下げた。

 

 

「不比等さん、姫様共々宜しくお願いします」

「ええ、必ず安全な場所までお送りしますよ。……それじゃ妹紅、望月君と仲良くするんだよ?」

「だいじょぶ、もこう、にぃにとそうしそうあいだから♪」

「はっはっは、なら孫の顔を見るのも早そうだね」

 

 

 若干置いてけぼりを喰らった俺と輝夜。

 何だかなぁ、と輝夜を見ると小さな瓶を押し付けられた。

 

 

「……これは?」

「蓬莱の薬。飲めば私と同じ不老不死になれるわ」

「な、おまっ」

「これからは永琳も居てくれるけど、私は我が儘だから。だから、契」

 

 

 俺を初めて名前で呼んだ輝夜は、両手で俺の顔を押さえ込み踵を地面から離した。

 目一杯背伸びして、唇を重ねる。

 カチッ、と互いの歯がぶつかる不器用なキス。

 すぐに顔を離した輝夜は白い頬を真っ赤に染めて、俺だけに聞こえる声で言った。

 

 

「一番最後で良い。でも、最後には私の旦那様になってね」

 

 

 それだけ言い残してそそくさと牛車に乗り込んでしまう。

 後を追う様に小さく笑いながら、女性も牛車に乗り込んだ。

 不比等はもう一度笑顔を見せ振り返らずに手綱を握った。

 残された俺は小瓶を懐にしまい、呆けた様に牛車を見送っていた。

 

 

「……やってくれる」

「にぃに、うわき?」

「ひぃっ!?」

 

 

 背後から聞こえてきた声に思わず悲鳴を上げる。

 弾かれた様に振り返ると、妹紅が頬を膨らませて睨んでいた。

 拙い、これは予期せぬ修羅場か!? 

 

 

「も、妹紅?」

「……つーん」

「もこたん?」

「うわきもののにぃになんて、しりませんっ!」

 

 

 ぷいっとそっぽを向いてすたすたと歩き出す妹紅。

 その姿に心が痛んだ。

 一歩妹紅が遠ざかる度に一つ刃がグサリと刺さる。

 慌てて小さな背中を追い掛ける。

 

 

「ま、待ってくれ妹紅、誤解だ!」

「もこうに、うわきもののしりあいはいません!」

「も、妹紅、待って、捨てないでくれぇぇぇぇっ!」

 

 

 とある満月の夜、悲痛な男の叫びが平城京に響いたとか。

 



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一先ず帰郷。そして妹紅の育成計画。

 あの後どうにか妹紅の怒りを鎮め許して貰ったのが深夜四時。

 腰を振りながら「にぃにはもこうのだんなさまなんだからね!」と搾り取ってきた妹紅に若干ヤンデレの気配がした。

 ヤンデレはノーサンキューだったので昼前まで再度調教を施し、取り敢えずの教育を終えた。

 帰ったらもう一度じっくり調教して置かなければ。

 

 

 ──ヤンデレ、ダメ、ゼッタイ。

 

 

 決意を新たにした俺は妹紅を膝に乗せ、牛車で諏訪大社へ向けて移動していた。

 月からの追っ手を振り切る意味も有り平城京を後にする事は前々から決めていたが、出掛けに不比等と話せなかったのは少し心残りか。

 とは言え不比等と妹紅は示し合わせていたらしく、今回の出立に際し目立った問題は無かった。

 そう、出立には。

 

 

「にぃに、むぎゅぅ」

 

 

 楽しそうに抱き付いてくる白髪の幼女。

 名前を藤原妹紅と言う。

 

 

 

 

 事が起きたのは京を出立して二日目の早朝。

 早く目が覚めた妹紅は喉の渇きを覚えて水筒を探していた所俺の胸ポケットにしまってある小瓶に気付き、みかんか何かの果汁だと思って飲んでしまったらしい。

 突然聞こえた「ぅ……ぅぅ、ぅぅぅぅうみみゃあ!」という謎の声に驚いて跳ね起きるとあら不思議。

 妹紅が白髪になっていましたとさ。

 

 

 

 

 ……めでたしめでたし、とは行かないのが悲しい所だ。

 妹紅に言い含めて置けば良かったと後悔が止まらない。

 普通の女の子だった藤原妹紅は死に、不老不死の怪物と化してしまった妹紅が誕生したのだ。

 一人の女の子の人生を崩壊所か終了させてしまった。

 そこはかとない罪悪感が押し寄せる。

 妹紅が「これでにぃにと、ずっといっしょだね」と言ってくれた事で多少救われた気持ちになったか。

 四百年以上同じ姿だと告白した俺を怖がらず、化物になった事を責めるでも無く一緒に居られて嬉しいと言ってくれる。

 だがそれは妹紅の人生経験の浅さから来る言動だ。

 十年もしない内に「クサいんですけど」とか「服一緒に洗濯しないでって言ってるでしょ」とか言われるに違い無い。

 あぁ、今から鬱になってきた。

 

 

「にぃに、どしたの?」

「あぁ、何でもない。非情な運命に嘆いていた所サ……」

 

 

 怪しくなった発音をしながら乾いた笑いで答える。

 そんな遣り取りをしながらのんびり牛車に揺られ、各地で団子や魚を堪能しつつも一週間で飽きてしまい妹紅を背負って山中突破。

 最初からこうすりゃ良かったと自分の馬鹿さ加減に辟易しながら、諏訪の国へと辿り着いた。

 先日来た時には気付かなかったが、存外暮らしは豊かな様だ。

 道を行く人々の血色は良く、物乞いや世捨て人の姿は見られない。

 だが俺達は不思議と注目を集めていた。

 恐らく妹紅の髪色の所為だろう。

 見た目は幼女なのに髪の毛は老婆の様に白い。

 近くで見れば艶の有る綺麗な髪なのだが、端から見るとただの白髪だからな。

 

 

「おぉ、あの御方が諏訪大社の……」

「ありがたやありがたや」

「ははうえ、本当に石像そっくりなんですね!」

「流石おにいさん、有名人だね」

 

 

 だから皆が俺の方を見て何事か喋っているのも気にしない。

 爺さんが拝んでたり子供が石像どうのこうの言ってるのも何かの間違いだ。

 そして姿は見えないのにどこからか聞こえてくる、あのリボンをあげた幼女の声がするのも気の所為だ。

 初めて訪れた村にはしゃぐ妹紅の手を引いて足を進める。

 目指すは見上げると首がこきっ、と鳴る長さの階段を越えた先。

 

 

「わぁ、にぃに、くびがこきってなった」

「俺も鳴った。或る意味これをやらないと上れないんだ」

「あはは、こきこき~」

「よし、上るか妹紅」

「はぁい」

 

 

 小さな左手を優しく握り、一緒に石段を上って行く。

 あの時は走って駆け上がったが、地道に一段一段進んで行くのは骨が折れる。

 五分程上って、妹紅は早くも膝が上がらなくなった様だ。

 妹紅のペースに合わせているが、流石にこの石段を八歳の子供が行くのは厳しい。

 額に玉の様な汗が浮かんでいる。

 

 

「大丈夫か、妹紅」

「うんっ、はふぅ、だいじょぶ、だよっ」

「無理するな、少し休もう」

 

 

 石段の端に腰を下ろし、茶屋で水筒に入れて貰った玄米茶を妹紅に飲ませる。

 細く白い喉がこくこくと動き、なんとも色っぽい。

 半分程一気に飲み干して、漸く妹紅は「はふぅ……♪」と息を吐いた。

 頭をくりくり撫でてやると俺の膝に頭を預けて倒れ込んだ。

 

 

「ふにゅぅ~、ひとやすみひとやすみ」

「すっかり甘えん坊になったな」

「にぃににあまえるのは、およめさんのとっけんなのです」

 

 

 そのまま抱き付いてくる妹紅。

 幼少期特有の強い独占欲だろうか、最近甘える回数が増えてきた。

 見た目同じ幼女だし、諏訪子にでも教育して貰うか。

 悲しい事に子育ては諏訪子に任せっ切りだったからな。

 いかんいかん、と沈みがちになる思考を無理矢理引き上げ、石段を見上げる。

 まだ半分程しか来ていない。

 

 

「さ、休憩は終わりだ」

「もうちょっと、にぃにとまったりしたいなぁ」

「ダメだ、余り休んでいると妹紅に根っこが生えて動けなくなるぞ」

「ほわぁっ!? それはやだぁ! もこう、がんばってのぼる!」

 

 

 ぴんと跳ね起き水筒を腰に提げ、ぱたぱた上って行く。

 休憩が長いと時間に反比例してやる気が無くなっていくと言う事を伝えたかったんだが、妹紅はどうやら本当に根っこが生えると思ったらしい。

 純真な所も可愛いな。

 

 

「にぃに、はやくしないと、ねっこはえちゃうよ!?」

「今行くから、そんなに急ぐんじゃない。またすぐに疲れて休憩する事になるぞ」

 

 

 案外元気な妹紅に連れられ、長い長い石段を上って行く。

 白の段差に飽きてきた頃、やっと終わりが見えてきた。

 残すは後二百段程。

 

 

「よし妹紅、勝負しようか」

「しょうぶ?」

「妹紅が先に石段を登り切ったら、晩御飯の後で何かデザートを……って、居ねぇ!? スタートダッシュか、ずるいぞ妹紅!」

「たたかいはひじょうなのです!」

「チィッ、やらせはせんよ!」

 

 

 デザートと聞いて一瞬で七歩先へ走り抜けた妹紅を慌てて追い掛ける。

 子供のパワーには圧倒されるばかりだな。

 しかしただで負ける訳には行かん。

 三段飛ばしで跳ねる様に石段を越え、妹紅を追随する。

 作戦は良かったがそれでは勝てない。

 妹紅の敗因はたった一つ、たった一つのシンプルな答えだ。

 

 

 ──妹紅には石段が長過ぎた。

 

 

 若干ジョジョった思考にニヤリと意地悪な笑みが漏れる。

 確かにスタートダッシュの速さ、タイミングは完璧だった。

 だが残っていた石段は二百余り。

 妹紅の短いリーチではスタートの優位性を存分に発揮出来ない。

 普通にやったら手加減して妹紅を称えて抱き締めてやった所だが、この様な策を弄するならば全力で相手する他無い。

 数秒で妹紅を追い抜きあっさりと石段の頂点へ。

 最後の一歩を大きく踏み切り空高く舞い上がりアクロバティックな技を披露する。

 その名も空中前方七回転捻り。

 しゅたっ、と着地を決めて両手を天高く伸ばす。

 

 

「得点は!?」

「10,0であります、おとーさんたいちょー!」

 

 

 ノリで放った言葉にノリノリで返してきたのは、偶々境内を掃除していた奈苗。

 休憩中にチラッと姿が見えたのでやってみたんだが、流石は俺の子孫と言った所か。

 わぁい、と満面の笑みを浮かべる奈苗にハイタッチを返すと同時、肩で息を吐きながら妹紅が到着した。

 

 

「はぁ……はぁ……はふぅ……、にぃに、はやいよぉ」

「はっはっは、まだまだ甘いな妹紅。俺を出し抜こう等とはマジ片腹ペイン」

「まじ? ぺいん?」

「本当に片腹痛いと言う意味だ、奈苗」

「おとーさん博識ですっ、格好良い♪」

 

 

 再びわぁい、とハイタッチ。

 なんか奈苗とは空気が良いのか、存分に遊べて非常に楽しい。

 よーし、後でパパ奈苗の為にプリン作っちゃうぞー。

 と、アホな事をやっていたら騒ぎを聞き付けて諏訪子がやって来た。

 

 

「契、お帰り。なんか賑やかだと思ったら奈苗と遊んでたの?」

「ただいま諏訪子、いやぁ流石は奈苗。俺のネタに完璧な反応してくれたぞ」

「そりゃあねぇ……なんだかんだで一番契の遺伝子を色濃く受け継いでるからねぇ」

 

 

 呆れか疲れか、微妙な表情で溜息を吐く諏訪子。

 楽しそうで何よりだな。

 

 

「で、そっちの娘は? まさか契の隠し子じゃないだろうね」

「おっと、忘れてた。妹紅、おいで」

 

 

 まだ息の荒い妹紅を後ろから抱き締めて諏訪子の前に立たせる。

 

 

「ほら妹紅、自己紹介だ」

「はふぅ……、はじめまして、ふじわらのもこうといいます。にぃにのおよめさんです、よろしくおねがいします」

「……なにイィィィィィっ!?」

 

 

 諏訪子の驚愕の声で境内の木に止まっていた小鳥達が一斉に飛び立つ。

 しかし諏訪子、その驚き方はどうだ? 

 女の子らしくないぞ? 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ~、しっかし契も飽きずによくもまぁ、幼子を引っ掛けてくるもんだ」

 

 

 ルーミアと神奈子も集め、改めて妹紅を紹介した。

 序でにこの前は話せなかった京で起きた騒動の詳しい顛末を余す所無く伝えると、神奈子は諦めた様に深い溜息を吐いたのだった。

 

 

「待て神奈子、それじゃ俺が幼女趣味の変態みたいじゃないか」

「違うのかい?」

「幼女趣味だったら神奈子に手は出さないだろ」

「……確かに」

「それは解らないわよ、神奈子。私がこうして大人体型になって契としてなかったら、ロリコン街道一直線だったかも知れないわ」

「ちょっ、ちが、ルーミアまで敵か!?」

「だって私達がケイを想って枕や下着を濡らしていたのに、ケイは新しい女の子とにゃんにゃんしてたんでしょう?」

「いや枕は良いにしても下着って、てかにゃんにゃんって古い、それ以前に俺はロリコンじゃねぇ!」

「おぉー、見事な突っ込みですっ。流石おとーさん♪」

「若干ずれてるが奈苗の朗らかさだけが俺の救いだ」

「こうして奈苗は契の肉奴隷になるのだった」

「諏訪子、妙なモノローグ入れるんじゃねぇ! そして奈苗、顔を赤らめるな!」

「そんなっ、おとーさんとだなんて……あっ、あのっ、初めては優しくして下さいね、おとーさん……♪」

「ヌァァァァァァァァァッ!?」

「あ、契が壊れた」

 

 

 岩男のボスラッシュより激しい嫁ラッシュに為す術も無く弄られる俺。

 あぁ、輝夜に謝りたい。

 お前はこんな気持ちで俺に突っ込みを入れてくれてたんだな。

 輝夜への好感度が上方修正された所で嫁ラッシュからは解放された。

 そのまま卓袱台に突っ伏したくなるのを堪え、隣に座る諏訪子に視線を向ける。

 目が合って数秒、こちらの意図を察してくれた諏訪子が立ち上がる。

 

 

「何かお茶請け探してくるよ」

「あ、諏訪子様。それなら私が」

「いや、俺が久し振りに何か作ってみようか。奈苗は後で皿出すの手伝ってくれ」

「はい、了解ですっ♪」

 

 

 うむ、奈苗は聞き分けが良くて助かる。

 後でプリンを多めにやろう。

 諏訪子と連れ立って台所へ向かい、そこで懐かしいルーミアの椅子を見つけた。

 まだ使ってくれてたのか。

 少し心が暖かくなる。

 

 

「で、どうしたのさ?」

「妹紅の事を頼みたくてな」

「もこちゃんの?」

 

 

 意外な用件だったのか、諏訪子はぽけっとした顔をする。

 軽く頬をつついて締まりの無い顔を注意してやった。

 

 

「俺の所為で不老不死になったんだが、未だ中身は八歳の子供でな。独占欲なんかも年相応に強い……取り繕わずに言えば、妹紅がヤンデレになりそうで怖い。助けてくれ」

「あー、確かにその年頃の子は独占欲強いからねぇ。普通なら成長と共に形を潜めるもんだけど、もこちゃん不老不死だし。肉体に精神が引き摺られる事も多々有るし、ひょっとしたらヤンデレになるかもねぇ」

 

 

 ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべて俺を見る諏訪子。

 言うまでも無く、目が語っていた。

 何か見返りを出せ、と。

 すっかり逞しくなってしまった嫁に溜息を吐いて、俺は口を開いた。

 

 

「今日の夜伽優先権で」

「乗った!」

 

 

 ガッツポーズを決める諏訪子。

 なんだかんだでエロエロなままの嫁に、今度は苦笑が漏れた。

 とは言えこれで一安心だ。

 妹紅の暴走は事前に抑えられ家庭円満、俺も刺される心配は無くなった。

 ……ん? 

 何かフラグっぽいな、ブレイクして置こうか。

 

 

 ──代わりに妹紅が息子で刺される事になるのを、妹紅は知らないのであった。

 

 

 よし、ブレイク後もエロくて良い感じだ。

 



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夜伽一回戦。そして諏訪子の受難。※

 晩御飯を食べ終え風呂から上がり、寝るまで特にやる事の無くなった俺は下弦の月を眺めつつまったり緑茶を啜っていた。

 縁側に身を投げ出して脱力している奈苗を撫でてやると、でへへと締まりの無い笑みを浮かべる。

 わしわし乱暴に髪の毛を弄ってやると「きゃー」とか言いながら逃げ出す。

 緑茶を飲んでぼんやりしていると、また奈苗は俺の側に寝転がる。

 目が合うと再び、でへへと締まりの無い笑みを見せた。

 

 

 ──平和だ。

 

 

 ここ最近は酷く忙しかった所為か、こうした時間が尊いものに思えてくる。

 早い話が電池切れだ。

 ぐでっと脱力して畳の上に寝転がる。

 もぞもぞ近付いてきた奈苗に腕枕をしてやり、二人でまったりのんびり。

 このまま寝るかと欠伸を噛み殺した時、不意にがらっと襖が開いた。

 現れたのは諏訪子だった。

 風呂上がりで上気し桜色に染まった肌が色っぽくて可愛らしい。

 いつもの浴衣に身を包み、チラリと覗く生足がこれまた艶めかしい。

 

 

「お、契発見って、何してるのさ!」

「諏訪子か、見ての通りだな。奈苗とのんびりしてる」

「……ぐぬぬ」

 

 

 何故か悔しそうな顔で睨み付けてくる諏訪子。

 視線の先は……奈苗か? 

 

 

「私が風呂に入ってる間に契の腕枕を奪うとは不届き千万!」

「奪うってか、いつお前専用の腕枕になったんだ」

「正直に言うならずるいぞ奈苗!」

「でへへ、お先におとーさん頂いてます」

「待て奈苗、火に油を注ぐんじゃない」

 

 

 お仕置きのつもりで軽く頬をつついてやると、奈苗はくすぐったそうに肩を竦めた。

 もちもちしてて柔らかいな。

 柔軟剤も使ったのか! 

 

 

「おとーさん、くすぐったいです」

「ははは、こやつめ」

「きゃーきゃー♪」

「こらー! 私を無視してイチャイチャするなー!」

 

 

 どすどすと乱暴な足取りで寄ってきた諏訪子は俺の頭の側に仁王立ちする。

 どうでもいいが諏訪子、その態勢だとパンツ見え……はいてないだと!? 

 子供を産んだとは思えない幼い秘裂が浴衣の合間からチラリと覗いた。

 ぴったり閉じた一本筋、無毛のつるつる恥帯。

 成長してないみたいでお兄さん嬉しい。

 

 

「流石だ、諏訪子。愛してる」

「へ? あ、うん、ありがとう?」

 

 

 諏訪子、永久に幼女足れ。

 なんつってな。

 いきなり愛を囁かれ戸惑っている諏訪子とは対照的に、奈苗はほんのり赤く頬を染めていた。

 目を合わせたら恥ずかしそうに逸らす。

 

 

「おとーさん、急に睦言を交わすなんて大胆過ぎます」

「奈苗には刺激が強過ぎたか?」

「はぅ~」

 

 

 愛い奴め、その純心さはルーミア似か? 

 というか未だに手を握っただけで照れるのはルーミアしか居ないしな。

 諏訪子は喜ぶが照れはしないし、神奈子は首を傾げるばかり、妹紅は甘えてくるがやはり照れは無い。

 少し赤くなった顔をそっぽ向いて隠しつつも、むぎゅっと握り返すルーミア可愛いです。

 おっと、どうでもいい事を考えてたのがバレたのか諏訪子がジト目で睨んでるな。

 

 

「またしょうもない事考えてるでしょ。というか契、さっきから何して……!?」

 

 

 お、いかん、気付かれたか。

 俺の視線を辿った諏訪子はバッと浴衣の裾を抑えて数歩下がる。

 二人きりならまだしも奈苗の前では恥ずかしいのか、顔を真っ赤にしている。

 恥じらう顔もなかなか可愛いじゃないか諏訪子。

 ニヤリと笑ってやると、またどたどた足音を鳴らして近付いてくる。

 そしてしゃがみ込んだ諏訪子は徐に俺の浴衣の襟首を掴む。

 

 

「お?」

「そんなに盛ってるなら今から相手して貰おうじゃないっ!」

「うおぉぉぉ!?」

 

 

 そのまま物凄い力で引き摺られる。

 部屋を出る時に見えた、少ししょんぼりした表情の奈苗が印象的だった。

 もうちょっと甘えたかったのかもしれん。

 だがそんな感想を吹き飛ばす様に、俺の手足は襖や壁や柱にガンゴン当たる。

 なかなか痛い。

 まぁ、襟首を掴まれている分後頭部に衝撃が来ないだけマシか。

 日頃の清掃が行き届いているらしく廊下には塵一つ無い。

 浴衣に汚れが付かないのは良いが、もう少し手加減して欲しいものだ。

 ずりずりと廊下を引き摺られて、一瞬止まったかと思えばポイッと投げられた。

 背中からぼふっと着地したのは諏訪子の布団の上。

 そのまま脱力していると、顔を赤く染めたままの諏訪子が乗っかってきた。

 胸板に擦り付き、頻りに匂いを嗅いでいる様だ。

 諏訪子は二人きりになると途端に淫乱デレデレになる。

 オンオフの差が激しいタイプだ。

 二人きりというだけですっかり骨抜きになった諏訪子は、惚けた様子で口を開く。

 

 

「くんくん……はぁ、契の匂いだぁ♪ これはルー子がハマっちゃうのも解るねぇ」

「ハマってたのか!?」

「なんか匂いで察知してたよ。契から手紙届いた時も匂いに反応してたし」

 

 

 微妙に聞きたくなかった情報を手に入れ何とも言えない顔をしてると、一瞬で腰帯を剥ぎ取られた。

 ……こういうのは女がされる側じゃないのか? 

 すっかり発情し切った様子の諏訪子に苦笑するが、させっ放しにはしない。

 以前と変わらぬ幼い身体を抱き寄せ、突然の行動に戸惑う諏訪子の耳に口を寄せた。

 

 

「相変わらず淫乱だな、諏訪子」

「うぁ、あ……あーうー……」

「久し振りに可愛がってやる。……腰が抜けても文句言うなよ?」

 

 

 

 

 

 

 重ねた唇を割って、赤く短い舌が伸びてくる。

 最初は怖ず怖ずとこちらの反応を伺う様に優しく、次第に溢れる唾液を求める様に激しく。

 合わせた唇の隙間から、ちゅぷっちゅぷっと水音が響く。

 その音が恥ずかしいのか、更に強く唇を押し付けてくる。

 お返しとばかりに舌裏をなぞると、諏訪子は身体を小さく震わせた。

 

 

「んっ、んはっ……契っ、契……っ」

 

 

 何度も何度も、雛が親鳥に餌をねだるかの様に舌を伸ばし求めてくる。

 諏訪子が動く度、さらさらの金髪が肩を撫でて行く。

 少しくすぐったい。

 肩を掴んで優しく引き剥がすと、諏訪子はやや不満そうに頬を膨らませた。

 そんな子供っぽい仕草も、今は凄く愛おしい。

 頭を撫でてやると、口の端を少し下げた。

 まだ物足りないけど仕方無いから誤魔化されてやる。

 そう目が訴えていた。

 苦笑を返しながら脇の下に手を入れ、諏訪子を持ち上げ身体の向きを入れ替える。

 目の前に来るのは諏訪子の秘裂。

 

 

「ひゃっ……な、なにコレ!?」

 

 

 嬉々として俺の下着を脱がせていた諏訪子が悲鳴を上げる。

 諏訪子の目に映るのは、以前よりも凶悪な面構えになった息子だ。

 勢い良く飛び出した肉棒は諏訪子の頬を叩き、ぺちんと乾いた音を立てる。

 

 

「あぁ、それか。回復序でに調子に乗って『不死の標』使いまくってたら巨大化したんだ」

「こっ……こんな大きいの、絶対ムリだよぉ……」

「気にするな、無理矢理入れるから」

「こんなのでされたら……また、契の子供孕んじゃうよぉ……」

 

 

 興味と期待は有る様だが、流石にこのサイズは怖いのか後込みしている。

 だが諏訪子が泣いて懇願しても止めるつもりは毛頭無い。

 むしろ興奮して更に息子が大きくなるな。

 想像した事に反応して、また諏訪子の頬がぺちんと鳴る。

 

 

「ひぅっ!?」

 

 

 なんとも可愛らしい悲鳴だ。

 まるで生娘だな。

 怖がる諏訪子を微笑ましく思いながら、真っ直ぐ舌を伸ばした。

 触れるのは、ぴったりと閉じた幼い秘裂。

 

 

「ふぁっ!? あっ、契っ、んっ、んぁっ」

 

 

 くにゅっ、と肉襞を割って行くと微かな塩っけが舌を刺激する。

 外からは見えなかったが秘裂の中は既に濡れそぼっており、蜜壺と称するに相応しい濡れ具合だった。

 

 

「淫乱だな諏訪子。口で嫌がっていながらこんなに愛液を垂らすなんて」

「や、やぁっ、私のえっちな所、見ないでぇ……」

 

 

 イヤイヤと腰を振って逃げようとする。

 両手で尻を掴み固定しつつやわやわと尻肉を揉むと、諏訪子はふにゃっと脱力した。

 その隙を逃さず、奥へ奥へと舌を這わす。

 初めは隙間無くぴっちり閉じていた膣壁もすっかりほぐれ、ぱくぱくと淫らな口を開き子種を欲していた。

 じわじわとせり上がる快楽に身を委ねながらも、諏訪子は肉棒を夢中でしゃぶっている。

 小さな両手で肉棒を扱きながら、鈴口を中心に舐め回す。

 流石に入り切らないと断念したのか、僅かに口に含んでちゅぅちゅぅと吸い上げている。

 

 

「んちゅっ、契のおちんちん、大き過ぎだよぉ、ちゅっ」

「今からこれで犯してやるからな」

「そんなの、ちゅ、ダメぇ、私、契のおちんちんでしかイケなくなっちゃうよぉ」

「お、それ良いな。諏訪子を俺専用にするか」

「んゃぁ、ダメぇっ、契専用の肉奴隷になっちゃうぅ」

 

 

 自分から淫らな言葉を吐きつつ、それに身体をびくりと震わせる諏訪子。

 精神的に責められるのが好きと見える。

 輝夜とは違ったドMだな。

 ……そろそろ前戯も充分だろう。

 また体位を変え、諏訪子を持ち上げて起き上がる。

 

 

「あっ……♪」

 

 

 座ったまま抱き合う姿勢──対面座位に移行すると、諏訪子は嬉しそうに声を上げた。

 諏訪子は対面座位が一番お気に入りだ。

 秘裂はとろとろ愛液を流して肉棒はまだかと口をぱくぱくさせている。

 

 

「ほら諏訪子、自分で好きな様に味わって良いぞ」

「いっ、良いの? 契のおちんちんでいっぱい気持ち良くなっても良いの?」

「あぁ、勿論だ。……待たせた分だけ孕ませてやる」

 

 

 耳元で囁いただけでぷしゅっぷしゅっと漏らしたかの様に愛液を噴き出す。

 どうやら恐怖心を快楽への期待が上回ったらしい。

 多少おっかなびっくりだったが、諏訪子はゆっくりと腰を落とした。

 七歳児と言っても通じるであろう幼い身体が、肉棒を淫らにくわえ込んで行く。

 狭過ぎる膣壁が押されて、ぽっこりと肉棒の形が下腹部に浮かび上がった。

 

 

「ひっ、ひゃぁぁぁぁぅ♪ なっ、なにこれぇ……、契のおちんちん、気持ち良過ぎるよぉ」

「入れただけでイったのか? 相変わらず淫乱だな」

「だって、だってぇ、契のおちんちん、硬くて大きくて、とにかくすごいのぉ」

 

 

 両手両足を俺に巻き付け全身を密着させながら喘ぐ。

 たった一度挿入されただけで夢現だ。

 本格的に壊そうとしたら何日保つかな。

 ニヤリと口の端が上がったのを自覚しながら、再度耳元で囁いてやる。

 

 

「諏訪子、俺が一回イったら終わりにするぞ」

「えっ、や、やだぁ」

 

 

 悲しげに俺を見上げてきゅっと抱き付く力を強める。

 安心させる様に、俺は出来るだけ優しい声色で告げる。

 

 

「だが諏訪子が一回イったら、終わるまでの回数を一回増やしてやる」

「ふぇ……?」

「諏訪子が一回イケば俺は二回、諏訪子が二回イケば俺は三回だ。諏訪子がイケばイク程、中に出す回数も増え愛し合う時間も延びるって訳だ」

 

 

 その言葉を聞き、ぱっと花が咲いた様な笑顔を見せる諏訪子。

 すぐに腰を振ってくちゅくちゅと淫猥な音を響かせる。

 

 

「ふぁっ、あっあっ、いっぱいイクから、んぁっ、契も、私の子供おまんこで、あぅん、いっぱい気持ち良くなってね♪」

 

 

 掛かったな、と俺は更に笑みを濃くした。

 やはり快楽に脳を溶かされているのか、思考力はだいぶ低下しているらしい。

 それはそれで先の楽しみが増えるか、と思い直し諏訪子の細い腰を掴む。

 ピストン運動も良いが、諏訪子は最奥でぐりぐりと押し付けられるのが好きだ。

 こちらの意図を察して全身から力を抜く。

 淫らな肉人形になった諏訪子に笑い掛け、一気に肉棒を埋没させた。

 

 

「ひぎっ、んひぃぃぃぃぃぃん♪」

 

 

 悲鳴を上げて身体をがくがくと揺らす諏訪子。

 相変わらず原理は不明だが、しっかりと子宮の中に肉棒が達した。

 子宮口がカリ首を締めて抜けない様に固定し、膣壁はゾワゾワと竿を刺激し精子をねだる。

 半開きの口は愉悦に歪み、舌と唾液をだらしなく垂らしている。

 

 

「あっ、あ──、いいよぉ、おまんこいいのぉ、契のおちんちんでおまんこずぶずぶ気持ちいいよぉ、子宮犯されて気持ちいいよぉ」

 

 

 わざと淫語を使い俺を喜ばそうとする。

 そういう台詞が大好きなのを知っているからだ。

 なら諏訪子も悦ばせてやらないとな、と俺はせり上がる快感を堪える事無く吐き出した。

 大量の精子が押し広げられた子宮にぶちまけられ、元々無いに等しい隙間を埋め尽くしていく。

 自分でもびっくりだが、射精のタイミングを自由に操れる様になっていた。

 勿論或る程度の刺激は必要だが、それでも思いのままに射精出来る。

 

 

「ふぁぁっ、あぁっ、あついぃぃっ、子宮やけどしちゃうよぉぉぉっ! んぁっ、あ──、あ──……んぁぁぁっ!? やぁ、やぁぁっ、また出てるぅっ、また熱い精子出てるぅぅぅっ! ダメぇっ、子宮膨らむっ、子宮ぱんぱんになっちゃうよぉぉぉっ!」

 

 

 こんな風に。

 びゅっ、びゅっ、と精子が子宮を叩く度に全身をびくんと震わせ絶頂する諏訪子。

 多分俺が一回出す毎に五回はイってるな。

 ぷくっと少し膨れたお腹をそっと撫でてやりながら、息も絶え絶えな諏訪子に笑い掛けてやった。

 

 

「さて、今俺は二回イったが諏訪子は十回イったな。という事は後九回俺がイクまで諏訪子はイカずに耐えないと終わらない訳だ。壊れない様に頑張れよ?」

 

 

 ひぐっ、と引きつった声が漏れる。

 諏訪子に浮かんだのは果てしない快楽への悦びか、はたまた終わりなき快楽への恐怖か。

 それを無視して更に腰を突き入れる。

 なぁ、諏訪子。

 犯すってのはそういう事だ。

 

 

 

 

 

 

「──……ぅっ、あぅっ、うっ、うぐぅ、ひあ、あ、あへぁ、んぁぁぁ」

「っ、ふぅ……これで二十七回目か。おい諏訪子、生きてっか?」

「あひゃぁ、あぁ、んぁっ、あ──、んぁぁっ、あ──、あ──♪」

 

 

 妊娠後期の様にぽてっと膨れ上がったお腹を愛おしげに撫でながら、健気に腰を振り続ける諏訪子。

 入り切らなくなった精子は溢れに溢れ、布団の上に層を作っている。

 横から覗けば掛け布団がもう一枚増えた様に見えるだろう。

 

 

「んぁ、あ──、イって、イってにゃい、イってにゃいでしゅ、ぅんっ、んぁっ、あぁん、あぁっ」

 

 

 十五回目辺りから、壊れたテープレコーダーみたいに繰り返している。

 まぁ流石にそこからイった回数を数えるのは止めてやった。

 俺は鬼畜じゃないからな。

 

 

「イってにゃい、イってにゃいでしゅぅ、んぁっ、あぁっ、あぁぁぁっ♪」

「頑張ったな諏訪子。後三十二回で終わるぞ」

「ひぁっ、あぁっ、しゃ、しゃんじゅう……んぁ、しんじゃ、しんじゃぅぅ、あっ、ぅぁぁ……」

 

 

 不意に諏訪子の頭ががくっと下がる。

 どうやら三十二回も中出しして貰える嬉しさに気を失ったらしい。

 だが俺に物言わぬ人形を抱く趣味は無い。

 形の良い小尻に右手を振り下ろす。

 ぱちん、と音を響かせて柔らかな尻肉が揺れる。

 

 

「ひぎぃっ!?」

「寝てる暇は無いぞ諏訪子、締め付けないと終わらないんだから」

「ひょ、ひょんな、あぁっ、ゆるひ、ゆるひてぇ、あっあっ、やらぁ、もうイキたくにゃいぃっ、んぁっ、らめ、らめらめらめぇっ、まらイクぅぅぅっ」

「お、イったのか。ならもう一回追加だから後三十三回だな。頑張れよ」

「うぁぁ……むりぃ、あっ、しにゅぅ、しんじゃぅよぉ……あっ、んぁぁぁああぁぁぁっ!?」

 

 

 どぷっどぷっ、と音が聞こえてきそうな程の量の精子が、また諏訪子の胎内を犯していく。

 外はもう夜が明けたのか、鳥達の歌声が微かに届く。

 せっかくだし鳥達と諏訪子の合唱と洒落込むか。

 涙と汗と鼻水と涎でぐしょぐしょになった諏訪子に軽く唇を寄せ、腰の振りを更に強めた。

 

 

 

 

 昼過ぎに様子を見に来た神奈子に殴られるまで、諏訪子の陵辱は続いた。

 いやぁ、久し振りに猿みたいにヤったわ。

 神奈子と奈苗の献身的な介護により、諏訪子は何とか廃人にならずに済んだ。

 俺はと言うと、先に保留して置いたルーミアの罰を受けている最中だ。

 内容? 

 一週間米と味噌汁だけ、お代わり無し、おやつ無し、台所への立ち入り禁止、離れの部屋に監禁、女性との接触禁止。

 ……うむ、流石は第一夫人ルーミア。

 俺に効果的な罰ばかりだ。

 離れの部屋で正座待機しつつ、俺はそっと流れる涙を拭ったのだった。

 



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夜伽二回戦。そして乙女な神奈子。※

 

 

「くぅ~っ、娑婆の空気は旨いぜ」

 

 

 お勤めを終えた止ん事無き御方の如き台詞を曰ってみる。

 一週間振りに浴びる朝日はなかなかに眩しかった。

 まさか本当に一週間監禁されてしかも正座しっぱなしとは思わなかった。

 ルーミアに、血液の流れが滞り足が腐ってしまいます! と訴えても当の相手は「能力使えば平気だよね?」と天使の様な笑みを浮かべて悪魔の様な言葉を吐くばかり。

 初めてルーミアが怖いと思ったぜフゥハハァー。

 しかし俺もよく律儀に守ったな。

 四六時中見張られてる訳でも無いからサボろうと思えばサボれたんだが。

 まぁ、惚れた弱みとでもしとこう。

 その方が体裁が良いからな。

 一歩進む度に膝がバキバキと音を立てる。

 回復量が足りなかったかもしれんな。

 

 

「白符『天使の慈悲』」

 

 

 淡い光が幾つか身体の周囲に浮き上がり、柔らかに辺りを照らす。

 すっと血流が正常になったのを感じ、うむと一つ頷く。

 

 

「やはり『天使の慈悲』は内臓系の修復に効果的か。ライフ回復量で大別されている訳じゃないから、名前が持つイメージに左右されるのか?」

 

 

 ここ一週間暇だったので、回復の効果について考察していた。

 効果は主に三種類。

『天使の慈悲』は内臓や血管等を癒やす効果が有る。

『疲弊の休息』は身体の活力を高める。

『治癒の軟膏』は筋肉や皮膚の修復に効果を発揮する。

 どれもライフ回復には違い無い為、一定の効果は有る。

 上に挙げたものはそれぞれ特に秀でている部分だ。

 例外として『不死の標』が有る。

『不死の標』はライフを二倍にする性質上ほぼ万能と言って良い回復性能が有る。

 使った時の精力増強の効果から、最初は活力系の効果だと思っていた。

 だがよくよく調べてみれば、力の方向性は生命力に特化していると解った。

 言わずもがな、人間は細胞が幾つも集まって出来ている。

 その細胞一つ一つに超生命力を与えればどうなるか。

 俺は学者じゃないから詳しい事は説明出来ないが、少なくとも幾つかの状況は把握出来た。

 まず、再生能力が強化されているから大抵の傷は直ぐに治る。

 軽く手の甲を切って見たが、赤い線が走った側から癒着していった。

 まだ試してはいないが、腕を切り落としても三日と経たず新しい腕が生えてくると思う。

 ……ますます人外だな。

 次に、細胞そのものが劣化しなくなった。

 これは推察に因るものだが、こないだまで一介の高校生だった俺が四百年も生きていられる訳が無い。

 だが、俺の肉体は一切老化していない。

 早い話が、『不死の標』を使い続ける限り擬似的な不老不死を再現出来るって訳だ。

 

 

「……一応、まだ人間だよな俺?」

 

 

 自信が無くなってきた。

 ともあれ久し振りの風呂を堪能すべく浴室へ足を進める。

 随分と昔に信仰の力を使ってお湯が沸く様に湯船を改造した為、一日中風呂に入れるという素晴らしい環境が整っている。

 風呂こそ最高の娯楽である、が持論の俺には堪らない。

 脱衣所に着くなり早速服を篭へ脱ぎ捨て、意気揚々と風呂場へ乗り込んだ。

 備え付けのケロ印の洗面器を手に取り湯を組んで手拭いを浸す。

 石鹸で手拭いを泡立て、鼻歌なんぞ歌いつつご機嫌に身体を洗って行く。

 ばしゃっと湯で流して頭を洗い湯船に身体を沈めると、自然と声が漏れ出た。

 

 

「うぇ~ぃ」

 

 

 こらそこ、爺むさいとか言うんじゃない。

 熱い湯に浸かったら自然と出るんだから仕方無いだろ。

 軽く五分程浸かって風呂から上がり、絞った手拭いで身体の水滴を拭き取る。

 篭へ手を伸ばすと、新しい服と一緒に手紙が置いてあるのが目に映った。

 

 

『おとーさんへ。新しい着替え用意して置きました。朝ご飯は居間におむすびを置いといたので、食べて下さい。貴方の奈苗より、なんちって♪』

 

 

 ……やべぇ、思わず萌えた。

 気も回るし可愛いし微笑ましいとか、流石は俺の奈苗。

 手早く着替えを済ませて居間へ向かう。

 因みに着替えは和服だった。

 藍色の下地に流れる雲と霞む満月が映えるなかなか渋いデザインだ。

 到着した居間には更に置かれたおむすびが二つと、何故か淹れ立ての緑茶が有る。

 座布団に腰を下ろして手を合わせ、左側のおむすびに手を伸ばす。

 少し歪な三角だが、構わずかぶりつく。

 程良い塩気と炙った鮭が合わさり、ついつい二度三度と口へ運ぶ。

 熱い緑茶を飲み干すと自然に言葉が出た。

 

 

「美味いな」

「やたっ♪」

 

 

 襖の向こうから小さく声が聞こえ、次いで慌てる気配が有る。

 思わず笑いが漏れた。

 

 

「奈苗、有り難うな。今まで食べたどのおむすびよりも最高に美味いよ」

 

 

 襖の向こうに声を掛けると、やや気恥ずかしそうに奈苗が姿を見せる。

 その顔は少し赤い。

 目が合うといつもの様に、でへへとだらしなく笑って見せた。

 

 

「おとーさんにそう言って貰えると嬉しいです。これでお嫁さんに行っても恥ずかしくないですか?」

「嫁に出すのが勿体無いな。いっそ奈苗も俺の嫁にするか」

「きゃぁん、私がおとーさんのお嫁さんだなんて♪」

 

 

 くねくねと身体を捩って恥ずかしがる奈苗を撫でながらおむすびを食べる。

 あっという間に平らげ、改めて奈苗に頭を下げた。

 

 

「奈苗、ごちそうさま。最高に美味かったぞ」

「でへへ、お粗末様でした」

 

 

 互いに頭を下げる。

 どこか滑稽なその雰囲気に二人で笑い合った。

 一頻りまったりした後奈苗と別れ、特に用も無いまま境内へ足を伸ばす。

 まだまだ低い朝日を存分に浴びていると、背後から声が掛かった。

 

 

「お、契じゃないか。おはよう」

 

 

 振り返ると神奈子が立っていた。

 今日は珍しくガンキャノン重装型での出撃らしい。

 左右に浮いた御柱と背中の注連縄が存在感と威圧感を放っており、神としての威厳は十二分。

 しかし、我等が愉快な望月ファミリーに於いてはイマイチ目立たない不遇な存在だ。

 子煩悩だったり可愛いもの好きだったり実は一番背が高かったり、と何気に特徴はいっぱい有るんだがな。

 ……そう、一番背が高いのだ。

 前に測った所、ギリギリ神奈子に身長が負けているのが判明した。

 神奈子には解らないだろうが、女性にギリギリ身長で負けるというのは男に取ってなかなか悔しい事なのだ。

 女性に解りやすく例えるなら胸の大きさだな。

 だが神奈子はやはり望月ファミリーの中で一番胸がデカい。

 だからこの悔しさを理解出来る日はまだまだ遠いだろう。

 因みに次点は奈苗、大人ルーミアの順だ。

 しっかり育っている様でおとーさん偶にドキドキしちゃうぜ。

 

 

「おはよう、神奈子。どうしたんだ、そんなフル装備で」

「うむ、村に視察へ行こうと思ってな。民達の暮らしを見つめ、困っている事が有れば神として出来る範囲で手を差し伸べるのが、神足る者の責務だからな」

「おい、録音機持ってないか? 諏訪子にリピートで聴かせてやりたい」

 

 

 昔はちゃんとやっていた様だが、今じゃ俺よりニートだからな。

 全く羨ましい。

 

 

「いや、アレだけ諏訪子に鞭打って置いてまだ責め立てるのか?」

「これは別腹だ。俺に取ってだが」

「……一層鬼畜っぷりに磨きが掛かってないか?」

「失敬な奴め」

 

 

 ぷんぷん、と妙なテンションで怒る。

 開放感からか、少しばかり高揚しているのは間違い無さそうだ。

 にしても視察かぁ。

 どうせ暇だったし一緒に行くか。

 

 

「なぁ、神奈子。せっかくだし付いてっても良いか?」

「元よりそのつもりで声を掛けたんだ」

「成程。じゃあ綺麗なお姉さんを連れ立ってデートと洒落込みますかっと」

 

 

 村の方へ歩き出すが、神奈子は立ち止まったままだ。

 どうしたよ、と振り返ると顔を赤くして固まる神奈子と目が合った。

 忘れていたが、一番鈍くて乙女なのも神奈子だった。

 

 

 

 

 

 

「これはこれは神奈子様、いつも有り難う御座います。今日は夫婦水入らずで遊覧ですか?」

「おぉ、神奈子様じゃ。ありがたやありがたや……今日は契様とご一緒ですな、仲睦まじゅうて良い事です」

「あ、神奈子さまだー! 今日は旦那さまとお出かけ?」

 

 

 擦れ違う人、皆が神奈子に親しみを持って接している。

 神だから一定の畏れは有る様だが、それでもこうしてにこやかに話し掛けてくれるというのは素晴らしい事だ。

 思わず胸を張りたい気分になる。

 俺の嫁はこんなにも民に慕われる素晴らしい女性だぞ、と。

 

 

「おぉ、契様じゃないですか。お団子包みましたんで、良かったら持って行って下さいな」

「あっ、契様! 今度のお祭りで私、舞子をやるんです。是非観に来て下さいね!」

「けい様だー! どこ行くのー?」

 

 

 そして何故か俺にも村人が寄って来る。

 しかも殆どが女性だ。

 たまにやって来る少年は「どうやったら契様みたいにモテますか!?」と訊きやがる。

 取り敢えず「モテようとするな。モテようと気負う姿は女性から見ると滑稽に映るものだからな。母性本能をくすぐって相手を落としたいので無ければ、ただ在るがまま、無為に過ごせば良い。その無為の中に、意中の女性を置くだけで素直に好意を伝えられる筈だ。だが下心は持ち過ぎるなよ? 女性は己を見る眼差しには敏感だ。唯一意中の女性の幸せを願う事が自分の幸せを引き寄せる手立てになる。万一、意中の女性と恋仲になれずともお前の頑張りを見た誰かが、お前に好意を持ってくれる。人生はまだ始まったばかりだ、変に気負わず人として大きくなれよ、少年」とガチ説教しといた。

 

 

 ──柄にも無い事を口走ったのはテンションが高い所為にして置こう。流石に小っ恥ずかしくなってきた。

 

 

 マジ語りした俺をどこか惚けた目で見る女性達、感激した様子で礼を言い走り去る少年、茶屋の店先で団子を食べながら手を振るストーカー幼女。

 神奈子はと言うと、熱に浮かされた様に俺を見ていた。

 

 

「どうした、神奈子?」

「え、いや、うん」

「要領を得ない奴だな。まぁ良いか、ほれ行くぞ」

 

 

 やや強引に手を繋ぐ。

 白魚の様な肌はすべすべで、触っていて実に気持ち良い。

 因みに繋ぎ方は指を交互に合わせる、所謂恋人繋ぎだ。

 女性からの黄色い悲鳴をBGMに、のんびり気の向くまま歩き出した。

 

 

「~~~~っ」

「相変わらず神奈子の手は温かいな」

「ぅっ!?」

 

 

 顔をトマトの様に赤くしたまま俯いている神奈子。

 見掛けとのアンバランスさがなんとも可愛らしく、童女の如き初々しさにこちらまで無垢だった頃を思い出してしまいそうだ。

 何となくからかうのも気が引け、互いに無言のまま村を練り歩く。

 だが気まずさは無く、むしろ心地良い。

 繋いだままの手から神奈子の体温が伝わってくる。

 時折きゅっと握ってやれば、身体をびくっと震わせる。

 それでも、繋いだ手を離そうとはしない。

 全く可愛らしい嫁さんだ、と微笑みを漏らした所で気になる立て札を見つけた。

 

 

「守矢神社、分社この先。おい神奈子、これは……」

 

 

 振り向くと俯いたまま微動だにしない神奈子の姿が目に映った。

 明らかに聞いていない。

 額に軽くチョップしてやると、神奈子は慌てて顔を上げた。

 

 

「なっ、なんだいっ?」

「守矢神社って名前の神社がここに分社立ててるが良いのか?」

 

 

 そう言って俺は立て札に指を向ける。

 普通、こんな近くに神社が並び立つ事はまず無い。

 信仰が分散し神力の低下に繋がるからだ。

 知らない神がこうした暴挙に出たなら対立は必至、なんなら俺が出張って相手を焼き土下座に処しても構わない。

 だが神奈子はきょとんとした表情を浮かべ、次いでぽんと手を叩いた。

 

 

「そうか、契にはまだ伝えてなかったな。実はここ私達の分社なんだよ。契は諏訪大社ってずっと呼んでるけど、実際はもう守矢神社に改名してあるんだ」

「それにしたって、何でこんな近くに分社を?」

「皆が皆、健脚って訳じゃ無いからね。足腰の弱ったご老体でも気軽にお参り出来る様、ここに建てたのさ」

「成程、そう言う訳か……」

「因みにこの分社、契を祀って有るんだ」

「は?」

 

 

 聞き慣れない言語に耳を疑う。

 まじまじと神奈子を見詰めると再度同じ台詞を吐かれた。

 

 

「この分社は別名望月神社って言ってね、契を祀って有るんだよ」

「色々聞きたいが、何故祀った?」

 

 

 まずはそこだ。

 こちとら一介の高校生だったがきんちょだったんだぞ? 

 さしたる功績も無いのに何で祀ったんだ。

 すると神奈子はやや照れ臭そうに頬をポリポリと掻きながら口を開く。

 

 

「いやぁ……鼎にせがまれてね」

「ただの親バカじゃねぇか!」

「なっ、し、仕方無いだろう! あんな可愛く首を傾げてお願いされたら聞かない訳には!」

「それで祀るなよ! どんだけ親バカだよ! いや親は俺と諏訪子だからお前親バカじゃない! ただのバカだ! バーカバーカ!」

 

 

 ノリで苛烈に責め立ててしまった。

 こんな風に子供っぽく馬鹿にするのは何年振りだろうか。

 小学生の様な罵声を浴びせられた神奈子は下を向いて頬を膨らませ、ぎゅっとスカートの裾を掴んで言った。

 

 

「……だって、お願い叶えてあげたかったんだもん」

「ぐふっ」

 

 

 神奈子よ、それは狡くないか? 

 童女の様なむくれ方をするとか、余りのギャップに思わず抱き締めたくなる。

 

 

 ──否、やろうと思った時には、既に行動は終わっているッ! だから『抱き締めた』なら使ってもイイッ! 

 

 

 という訳でぎゅっと抱き締める。

 突然の行動で呆気に取られている神奈子の頭を優しく撫でてやった。

 

 

「悪い、神奈子が可愛くてついつい意地悪しちまった」

「え、あ、契……?」

「むくれた神奈子も良いが、お前には笑顔が一番似合う。だからいつもみたいに笑ってくれ、神奈子。俺はお前の笑顔が一番好きだ」

「ふわ、あ、ぅぁ!?」

 

 

 顔を真っ赤にして口をパクパクさせる神奈子。

 金魚みたいだな。

 というか赤面症かと疑いたくなる程、顔に出やすい質か。

 構わず抱き締めてやると豊満な胸が俺の胸板に押されてむにゅっと形を変える。

 いかん、ムラムラしてきた。

 混乱している神奈子の手を引いて分社の境内へ足を進める。

 真新しい丹色の鳥居を潜りやや手狭な境内を抜け、社の裏手に向かう。

 諏訪大社──守矢神社とは違って針葉樹が並び立つでも無く拓けており、子供達が遊ぶには持ってこいだ。

 だが神社という事で控えているのだろう、地面は余り均された様子が無い。

 周囲は石垣で囲まれており、ちょっとした隠れ家的な雰囲気さえ有る。

 

 

 ──ここなら存分に楽しめそうだ。

 

 

 ニヤリと笑う俺を困惑した表情で窺う神奈子。

 くるりと身体を入れ替え、何の前触れも無しに服の中へ手を這わせた。

 

 

「なっ、や、契っ!?」

 

 

 上げられた悲鳴を無視して右手で胸を揉みしだく。

 柔らかくも弾力の有る乳房は力を込める度に形を変え、目と掌を存分に楽しませてくれる。

 指先が小さな突起に触れるだけで、神奈子の身体は電流が走った様に跳ねる。

 突然与えられた愉悦の刺激に戸惑いながら手を退かそうとする。

 それを制する為に俺は耳元に口を寄せた。

 

 

「ダメか、神奈子?」

「だって契っ、ここは」

「俺の社なんだろう? なら遠慮は要らないさ。それにな、一週間禁欲生活を強いられていたんだ。この溜まった濃い精子で、愛する妻を孕ませたい」

 

 

 こちらの思惑通り神奈子の動きが鈍る。

 前半の言葉は飾りだ。

 本来なら愛する妻の下りだけでも充分なのだが、生憎とここは野外。

 神奈子が慌てていたのも、それが理由だ。

 恐らく未知の経験への興味は有るのだろうが、人一倍羞恥心が強いのも神奈子だ。

 そんな神奈子には恥ずかしさを誤魔化す為の逃げ道を与えてやれば良い。

 案の定、小さな声で「け、契も溜まってるみたいだし、受け止めてあげるのも妻の役目だ……うん、そうに違い無い」と自己暗示を始めていた。

 なら遠慮は要らないな、と手の動きを再開させた。

 邪魔な注連縄は外して御柱に引っ掛けて置く。

 

 

「んんっ、契ぃ、本当にするの……?」

 

 

 身を委ねながらも眉尻を下げて振り返る神奈子に、勿論だと軽くキスをする。

 同時にスカートを捲り上げ、形の良い尻を外気に晒した。

 答える代わりにクリトリスを抓み上げると、ひぅっ、と小さく悲鳴を漏らす。

 コリコリと弄びながら薬指を伸ばしてみると、秘裂は既に淫らな蜜をとろとろ溢れさせていた。

 蜜をたっぷりと指に絡ませ、見せ付ける様に目の前で開く。

 ねちゃあ、と音が聞こえそうな動きと共に劣情の糸がキラキラと光を返す。

 

 

「ほら、もうこんなになってるぞ?」

「やっ、いやぁ……」

「いやらしいな、神奈子は」

 

 

 わざと辱める台詞を口にして、羞恥と劣情を煽る。

 目を閉じて顔を背けた神奈子に優しくキスをしながら息子を取り出し、股の間に滑り込ませた。

 きゅっと太腿が締まりすべすべの肌と肉棒が擦れて気持ちが良い。

 が、素股で終わらせる気は無い。

 両手で腰を抑え、ゆっくりゆっくりと押し広げる様に腰を進めた。

 

 

「んぁっ、あぁぁ……っ、ま、前より大きくなって……!?」

 

 

 目を見開き振り返る神奈子。

 やっぱすぐ判るもんなんだろうか。

 それともサイズの増し方が激しかったか? 

 普段まじまじと見るもんでも無いだけに、自分ではどれだけ肉棒が大きくなったのか判らない。

 流石に裂けたりはしないと思うが少し心配になり、いつもより手心を加えて抽挿を繰り返す。

 自然と愛撫にも熱が入り、少しずつだが神奈子の方もこちらを求め始めた。

 

 

「契、契ぃっ、私の中っ、契でいっぱいになってる、んぅっ、ねぇっ、もっと、もっとキスして、あぅん、んぅっ」

 

 

 なんとも可愛らしいおねだりをする神奈子が愛しくなり、立ちバックで繋がったまま唇を寄せた。

 初めはキスされるのを待っていたが、次第に二度三度と自分から唇を重ねてくる。

 漸く互いの距離が離れ、合間に銀糸が繋がれ、垂れ落ちた。

 

 

『パン、パン!』

「っ!?」

 

 

 突如響いてきた音に神奈子がびくっと身体を強ばらせた。

 鳴ったのは柏手。

 どうやら敬虔な信者がお参りに来た様だ。

 小さく届いた足音で解っていたが、どうやら神奈子は気付かなかったらしい。

 解りやすく混乱している神奈子を眺め、俺はニヤリと笑う。

 それに気付いて俺を見るのと同時、止めていた抽挿を再開させた。

 嬌声が漏れそうになり、咄嗟に口を両手で抑える神奈子。

 ぷるぷると身体を揺らして快楽に耐える姿を愛おしく思いながら、耳元で囁いた。

 

 

「もし声を聞かれたら、神奈子のいやらしい姿を見られるかもな?」

「~~~~っ!?」

 

 

 その場面を想像したのか、膣内がきゅっきゅっと締まる。

 予期せぬ快感に気を良くした俺は、音を響かせようと何度も腰を打ち付ける。

 まるで柏手の様に尻が鳴り、その度に神奈子は身体を震わせる。

 

 

「んっ、んふっ、ふっ、ふぅっ、んぅっ、んっんっ、んくっ、くぅん」

 

 

 必死に声を抑えているのを後ろから犯していると、何やら神奈子をレイプしている様な気分になってくる。

 精神的な昂揚に押されて、俺は腰を深く突き入れた。

 鬼頭が子宮口と重なり、ぷちゅっと押し潰していく。

 ぱっくりと開いた子宮口に鈴口を合わせ、思いっ切り射精した。

 

 

「んんっ、んん~~~~~~~~っ!?」

 

 

 全身で快楽を受け止め大きく二度身体を跳ね上げる神奈子。

 と、急にガクッと脱力し凭れ掛かってきた。

 顔を見れば目はやや虚ろで口は半開き、呼吸も荒く頬は上気とは違う赤みを湛えていた。

 酸欠だ。

 喘ぎ声を抑える余り、呼吸が苦しくなっても気を回せなかったのだろう。

 崩れ落ちそうな身体を抱きかかえてやりながら、俺は苦笑を漏らした。

 

 

 ──だがこれで終わる訳が無いだろう? 

 

 

 止めていた腰の動きを再開させると、虚ろなままの瞳が俺を捉える。

 浮かぶのは歓喜と困惑。

 

 

「ぅぁ、ぁ、っ、んぁっ、け、契……?」

「言ったろ、一週間分溜まってるって。出し切るまでやるぞ」

「んんっ、あっ、そんな、んぁっ、無理ぃっ、身体が保た、ないぃっ」

 

 

 抗議を無視して腰を振る。

 すっかりへろへろになった神奈子に抵抗する気力は無い。

 時折思い出した様に人が来ないかを気にして嬌声を我慢するのが可愛らしい。

 逆に我慢する事を止めた俺は、何度も何度も神奈子の子宮に精子を注ぎ込んだ。

 

 

 

 

 それから日が落ちるまで抱き続けた俺は、幸せそうに気絶した神奈子を背負ってあの石段を上る羽目になった。

 重くは無いんだがバランスを取りながら階段を上るというのは膝にキツい。

 帰るとルーミアと奈苗に叱られた。

 それぞれルーミアからは帰りが遅くて心配した、奈苗からはせっかく作ったお昼ご飯を食べて貰えなかった、と。

 取り敢えず目覚めた神奈子を風呂に入れて土下座し、ルーミアに「懲罰房だけは勘弁して下さい」と懇願する俺だった。

 



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夜伽三回戦。そしてお待たせ肉パンツ。※

 

 

「平和だな」

「平和ですねぇ」

 

 

 風呂上がりに浴衣を着て奈苗と二人で夕涼みと洒落込む。

 夕日も沈み、辺りは少しずつ暗くなり始めていた。

 縁側に腰掛け、剥いた甘栗を口に運ぶ。

 栗の香りと甘味が口いっぱいに広がり、秋の味覚を存分に感じさせる。

 膝の上に乗せた奈苗の髪から漂う良い匂いが、俺の鼻をくすぐる。

 微風が撫で行く髪の毛を指で優しく梳いてやると、奈苗は気持ち良さそうに笑い声を漏らした。

 空いている右手で甘栗を掴み、奈苗の口に放り込んでやる。

 んぐんぐ、と可愛らしく咀嚼する姿に思わず微笑みが溢れた。

 

 

「可愛いな、奈苗は」

「んみゅ?」

 

 

 首を傾げて見上げてくる。

 その頬を軽く人差し指でつつくと、ふにっと柔らかくもちもちな感触が伝わる。

 この感触を再現出来れば世界を手中に収める事も容易いだろう。

 そして一家に一台の時代が来る。

 少々ドジっ娘なのはご愛嬌、か。

 

 

「また下らない事考えてるでしょ」

 

 

 背中に掛けられた声。

 奈苗をむぎゅっと抱き締めて倒れ込めば、頭の先に見慣れた黒のスカートが見えた。

 白のソックスに包まれた小さな足は人形の様で可愛らしい。

 

 

「ルーミア、奈苗を忠実に再現した自動人形とか作ってみないか?」

「変な事言ってないで、卓袱台の上片付けてよ」

 

 

 人数分の皿と箸を手に、困った様な笑みを浮かべるルーミアが立っていた。

 今日は幼女形態だ。

 だが幼女になっていても昔とは違い、それなりに思考も大人びて来ている。

 無邪気だった頃のルーミアも可愛かったんだがなぁ。

 今でも十二分に可愛いが。

 取り敢えず奈苗を解放して卓袱台の上を片付ける。

 程無くして神奈子と諏訪子、妹紅が姿を見せた。

 最近二柱で妹紅を立派な側室とする為に色々と教育している様だ。

 因みに神奈子と諏訪子は普段着、妹紅は俺のYシャツに赤いもんぺというややアンバランスな出で立ち。

 他にも服は有ったんだが俺の匂いのする服が良いとYシャツを着込んだ為、ゆったりしたもんぺと合わせてダウナーな雰囲気にしてみた。

 まぁ実際はぶかぶかの服を着る元気な幼女にしか見えないが。

 今日も元気な妹紅はぺちぺち足音を立てながら一早く卓袱台に着いた。

 両手を叩いてリズムを取りながらご機嫌に歌い出す。

 

 

「ごっはん、ごっはん♪」

「ごはん、ごはん♪」

 

 

 妹紅の隣に座った奈苗が同じ様に両手を叩きながら声を合わせる。

 そのままイェーィ、とハイタッチ。

 くすくす笑い合う姿におとーさんニヤニヤが止まらない。

 存分に癒されていると、諏訪子が腰に手を当てて二人を叱った。

 

 

「こら、もこちゃん。行儀悪いでしょ? 奈苗も一緒になって遊ばないの」

「はぁーい、怒られちゃったね」

「でへへ、怒られちゃいましたね」

 

 

 二人揃って頭をポリポリする姿も非常に可愛らしい。

 この映像を世界に流せば犯罪抑止に一役買うんじゃなかろうか。

 馬鹿な事を考えていると、ルーミアが大きな笊を運んできた。

 中身は蕎麦。

 午前中に奈苗と二人で打った麺だ。

 更にその横、二つの大皿が置かれる。

 

 

「今日は天ぷらそばにしてみたよ」

「お、これはまた豪勢だな」

「傷んじゃう前に食べて置こうと思って」

 

 

 からっとサクサクに揚がった玉ねぎやさつまいも、大葉に海老に椎茸に獅子唐。

 正にザ・天ぷらそばと言わんばかりのラインナップだ。

 めんつゆも鰹出汁が利いていて香りが素晴らしい。

 思わずよだれが垂れそうになり慌てて口元に手をやると、奈苗も同じ様に両手を持ち上げていた。

 目が合うと何となくおかしく感じ、二人で笑いを零す。

 それを見たルーミアは穏やかな微笑みを向けてくる。

 

 

「本当にケイと奈苗はそっくりだね。少し羨ましく感じる時も有るくらいだよ」

「そんなに似てるか?」

「雰囲気って言うよりは……持ってるリズムみたいなものが近いのかな」

「ふむ?」

「ふむぅ?」

 

 

 俺は腕を組み、奈苗は人差し指を唇に当てて考え込む。

 そのまま同時に右へ頭を傾げた。

 そういう所、と言ってルーミアはくすりと笑う。

 よく解らないが、ともあれ楽しい食事の時間だ。

 両手を合わせて頂きます、と言うが早いか俺と諏訪子の箸が天ぷらを目指す。

 神奈子は妹紅に天ぷらを一種類ずつ取ってやり、妹紅と奈苗はずるずると蕎麦をすすり、ルーミアはちゃっかり自分の分の天ぷらを確保している。

 食事一つで性格が解るな。

 そんな風に賑やかな食事をしている最中、不意に神奈子が口を開いた。

 

 

「そう言えば契、ここ数十年で社の裏藪を抜けた松林の先に松茸が生える様になったんだよ」

 

 

 ガタッ、と丼片手に立ち上がる。

 突然立ち上がった俺に皆が驚くが、俺の脳内は一つの言葉で埋め尽くされていた。

 松茸。

 それは庶民の心を魅了して止まない高級食材。

 一本三万を越える物さえ珍しく無い国産の松茸が、裏山で取れると? 

 俺は素早く蕎麦と天ぷらを掻き込むと、ルーミアの手を掴んで跪いた。

 またも突然の行動を見せる俺に目を白黒させるルーミア。

 

 

「ルーミア、松茸狩りに行くぞ」

「え、今から?」

「勿論だ。さぁ早く食べるんだルーミア、何なら食べさせてやろう。あーん」

「ん、んむっ」

 

 

 めんつゆに絡ませた獅子唐を口に放り込んでやり、手早く食事を終わらせる。

 横で若干羨ましそうな顔をしていた奈苗の口にも玉ねぎの天ぷらを放り込んでやると、奈苗は満面の笑みを浮かべる。

 少し癒された俺は早速台所へ向かい瓢箪で作った水筒やら干しリンゴ等の非常食やらを背嚢に詰め込み、準備は万端いざ裏山と言わんばかりのテンションで居間に戻る。

 服もスラックスと長袖のジャケットを着込み、より登山向きに。

 因みに熊除けの鈴は持っていない。

 遭遇しても今の俺なら、熊はデカい食糧でしか無いからな。

 一応は食べ終わった様子のルーミアを捕まえお姫様抱っこで玄関へ。

 

 

「そんな訳だから皆、大量に松茸取ってくるぜ! 取り過ぎて今日中に帰って来れないかもしれんなぁフハハハハ!」

「ちょ、ちょっとケイってば!?」

「さぁ行くぞルーミア、松茸パラダイスは目前だ!」

「は、恥ずかしいってばぁぁぁぁ……!?」

 

 

 顔を真っ赤にしたルーミアの声にドップラー効果を付属させて、俺は一路裏山へと駆け出した。

 待っていろよ松茸! 

 

 

 

 

 

 

「……松茸所か帰り道すら見付からない」

 

 

 テンションに任せて動いた結果、勢い余って迷子になっていた。

 今日は新月。

 辺りは暗く足元さえ満足に見渡せない。

 ざくざくと落ち葉を踏み締めながら道無き道を行く。

 隣で呆れ半分諦め半分にジト目を向けてくるルーミアが五度目の溜息を吐き出した。

 

 

「相変わらずテンション上がると前後の見境無くなるよね、ケイって。ケロ子の所へ最初に行った時もいきなり鳴子踏み抜くし」

「相変わらず可愛い顔に似合わずセメントだなルーミア。というかまだあの時の事覚えてたのか、ルーミアは記憶力良いな」

 

 

 やれやれと首を振るルーミアだが、その小さな左手は俺の右手をきゅっと握って離さない。

 時折絡めた指に優しく力を込めてやれば、きゅっきゅと握り返してくる。

 その度に朱い瞳が弓になる。

 が、一応は怒ってるんだぞと、すぐにぷぃっと顔を背けてしまう。

 とは言え本気で怒ってはいない。

 何だかんだでお互い、この状況を楽しんでいる。

 地獄だろうが冥界だろうが、ルーミアが居れば天国には変わりない。

 ルーミアがどう思ってるかは解らないが、同じ気持ちで居られる様に男を磨く努力をしなくちゃな。

 なんて事を考えながら足を進めると、不意に視界が開けた。

 

 

「あ…………」

 

 

 声を出したのはどちらが先だったか。

 森の奥にひっそりと佇む、草臥れた丸太小屋が姿を見せた。

 俺とルーミアの、思い出の場所。

 

 

「迷いに迷ってここまで歩いて来たのか」

「懐かしいね、ケイ」

 

 

 意識的にはまだ二年も経っていない筈のこの場所が、やけに遠い昔のものに思える。

 不意にルーミアが手を離した。

 何を、と考えるまでも無い。

 俺の予想通り、ルーミアは小屋の階段の前でくるりと踵を返した。

 

 

「じゃあ、私はここまで」

 

 

 当時と同じ言い回しと動作でスカートの裾を翻す。

 始まるのは、二人だけに通じる言葉遊び。

 

 

「……なぁ、ルーミア」

「んぅ?」

「家が無いならどこで寝てるんだ?」

「木の上とかかな」

「良かったら一緒に小屋で寝るか? 外で寝るより暖かいと思うぞ」

「んー……えっちな事しない?」

 

 

 しない、と言おうとしたが止める。

 ルーミアを知った今の俺にその選択肢は存在しない。

 言葉を止めた俺は一歩を踏み出し、愛する妻の小さな身体を優しく抱き締めた。

 

 

「すまん、我慢出来そうに無い」

「……もう、本当にケイってえっち」

 

 

 

 

 

 

 記憶の中に残るものと同じ風景。

 やや埃っぽい室内は不思議な事に、当時のままだった。

 埃の積もり具合、掃いた形跡、使った薪の残骸、その全てが最後にここを離れた時のままだった。

 もしかしたら、この小屋は時間の流れが違うのかも知れないな。

 

 

「また考え事してる」

 

 

 ぷにっと頬を摘まれた。

 焚いた囲炉裏の側、敷いた布団の上で頬を膨らませているルーミアと目が合う。

 ルーミアは左手で俺に抗議しつつ、右手で肉棒を刺激している。

 既にお互い全裸だ。

 小さな嫁さんは俺の意識が自分に向いたのを確認し、満足そうに微笑んだ。

 視線を落として以前より巨大化した肉棒に両手を這わせ、亀頭にふっと熱い息を吹き掛ける。

 

 

「うくっ!?」

「ふふっ、ケイのおちんちんびくびくしてる。私の中に入るかなぁ?」

 

 

 俺に跨がりゆっくり腰を下ろし、幼い秘裂にくちゅくちゅと亀頭を擦り付ける。

 気を抜けばそれだけで絶頂してしまいそうな程、目の前の光景は淫靡に満ち溢れていた。

 年端の行かない子供が、自分の手首より太い肉棒で自慰をしている。

 しかもその子供は自分の嫁だ。

 いたく背徳的な官能が背筋を撫で上げる。

 ルーミアの秘所は淫蜜を際限無く吐き出しており、それを受けた肉棒全体が妖しくぬらぬらと光を返していた。

 鈴口の付近が未熟な花弁を軽く押し分け、淫蜜がとぶりと零れ落ちる。

 後少し腰が落ちれば、凶悪な肉棒が幼女の胎内を凌辱してしまう。

 そして、幼女はそれを受け入れた。

 

 

「……ん、んぁ……っ、あ、あぁぁん! 入ってくる、ぅぁ、これ、すご、ぃっ、大きす、ぎるぅっ」

 

 

 まだカリ首すら埋没していないのだがルーミアの膣壁は押し上げられた快楽に震え、その可愛らしい陰核はぴくぴくと勃起していた。

 ゆっくり、ずぷずぷと肉棒を飲み込みながら熱い息を吐き出す。

 ぷくっと膨れた乳首を軽く摘むと、ルーミアは声を上げて悦んだ。

 その拍子に膝から力が抜け、肉棒が半分程膣内に飲み込まれた。

 

 

「んひぃぃぃっ! あ、っぁ、あぁっ……な、なにこれぇ……♪」

 

 

 背筋をピンと伸ばして反り返るルーミア。

 予想以上の快楽が脳を焼いている様だ。

 膣壁は痛いくらいに肉棒を締め上げながらも絶え間無く痙攣を繰り返し、秘裂の隙間からは今まで以上の淫蜜を垂れ流している。

 上体を起こして対面座位の形で小さな身体を抱き締めてやると、数度びくびくと身体が跳ねた。

 

 

「んぁ、あ、あぁっ、や、やぁ、これすごぃ、すごぃよぉっ、降りて、降りてこれなぃぃっ」

 

 

 うっとりと快楽に耽る表情を見せたルーミアに微笑みを返す。

 降りて来れないのなら降ろすまで。

 華奢な腰を掴み、一気に下へと引き擦り落とした。

 ぷちゅっ、と淫蜜が弾け子宮口がひしゃげた様に潰れる。

 その甲斐有って肉棒は根元までずぷりと埋没した。

 

 

「…………っ! ────! ────っ!」

 

 

 声にならない喘ぎを上げるルーミア。

 口は圧迫感からか酸素を求める様にぱくぱくと開き、見開かれた瞳は焦点が合わず眼前の俺さえ映してはいない。

 背中を折り曲げ、桜色の乳首に唇を寄せる。

 ひぎっ、と全身を震わせるが構わず、小さな乳首に吸い付いた。

 凝りを舌先で転がすと喘ぎ声は大きくなり、凝りを吸引すると身体の震えが増す。

 背中に回した左手でルーミアを支え、右手は陰核へと伸ばす。

 そよぐ風にさえ反応する慎ましいクリトリスをきゅっと摘めば、小さな身体は一際大きく跳ねた。

 

 

「あぅっ、あぐぅっ、や、やらっ、それつよすぎるっ、う、うぁぁっ、あぁっ、んはぁぁぁぁっ!」

 

 

 腰の抽挿も加えてやると一層喘ぎ声に艶が混じる。

 始めは肉棒の形を教え込む様に。

 次第にスピードを上げ、ルーミアの膣内を蹂躙していく。

 

 

「うぁ、あっ、あぁっ、らめ、らめぇ、おまんこ、おまんここわれりゅぅ、ぅぁ、んぁっ、ケイのおちんちん、おちんちんでこわれりゅぅぅぅぅっ!」

 

 

 両手両足を絡めてしがみ付くルーミア。

 肉棒が深く沈み込む度にぷしゅっぷしゅっ、と潮が布団を染め上げていく。

 徐々に俺も限界が近付き、更に抽挿のスピードが上がる。

 

 

「ひゃぁぁぁっ、あっ、あぁぁっ、らめ、イクぅっ、イクイクイクぅぅぅっ! また、またイクぅぅぅっ、いやぁっ、イってりゅ、イってりゅからぁぁぁぁっ!」

「ほら、ルーミアの大好きな精子が出るぞっ!」

「うぁ、あ、あっあっ、んあぁぁぁぁぁぁああぁぁぁっ! 出てりゅぅっ、熱いせーしどくどく出てりゅぅぅぅっ!」

 

 

 弾け出た精子はルーミアの子宮口をこじ開け、子宮内を好き勝手に蹂躙する。

 量をコントロールした為、子宮を埋め尽くした所で射精は終わった。

 脱力して荒い息を吐き出すルーミアを支えてやりながら、布団に倒れ込む。

 背中に掻いた汗を敷き布団が吸い込み、少し肌寒い。

 風邪を引かぬ様に毛布を繋がったままのルーミアに掛けてやり、更に掛け布団も肩の辺りまで引っ張ってやる。

 焦点の合わない瞳を覗き込むと、ルーミアは気絶していた。

 口元には淫靡な笑みが浮かんでいる。

 

 

 ──朝起きるまで、何回胎内に欲しがるだろうか。

 

 

 額に軽く口付け、俺は瞼を閉じる。

 取り敢えず朝になったら昨日採り損ねた松茸でも探すか。

 

 

 

 

 ゆっくりと意識が浮上する。

 差し込む光量から察するに朝を迎えた様だ。

 軽く身体を伸ばすとパキパキ骨の鳴る音に紛れて、甘く高い声が聞こえる。

 視線を声の方に向ければ、金の髪が胸板の上で揺れていた。

 

 

「おはよう、ケイ、んぁっ♪」

「おはようルーミア。今日も可愛いな」

 

 

 萎える事無く差し込まれたままの肉棒に喘ぐルーミアの頭を撫でてやる。

 秘所からは僅かに精子が溢れている。

 寝ている間に五回程出したらしい。

 身体を起こすとルーミアは両手両足を回してしっかりと組み付いてくる。

 その行動に疑問を覚えて見下ろせば、とろけた笑みが出迎える。

 

 

「離しちゃヤダ」

「ルーミア?」

「今日は帰るまで繋がってよ♪」

 

 

 そう言って胸板に顔を擦り寄せてくる。

 どうやら今日のルーミアは甘えん坊の気質が強い様だ。

 しかし参ったな。

 今日こそは松茸を探して置きたいんだが。

 さらさらの金髪を梳きながら頭を悩ませていると、ふと天啓が降りてきた。

 

 

 ──何も分ける必要は無い。

 

 

 ルーミアの希望と俺の希望、どちらも叶えればいいだけの事だ。

 俺は例の計画を実行に移す事に決めた。

 その名も『ルーミア肉パンツ大作戦』だ。

 予てより計画していた肉パンツ、これを実行するに当たり問題が二つ有った。

 一つは肉パンツとなる相手。

 言わずもがな、肉パンツとは非常に過酷な状態を強いるものである。

 本人の意志とは関係無く与えられる快楽、それに伴う強制絶頂、絶え間無く注ぎ込まれる大量の精子。

 余程高いタフネスと強靭な精神、何より機微から健康状態や雰囲気の変化に気付ける様な相手で無ければ実行は難しい。

 もう一つは周囲の環境。

 常時繋がっている為、その様な趣味が無いなら他人の目に自身の姿を晒す事は極力避けるべきだ。

 無用の諍いを避ける意味でも出来るだけ他者との接触は避けたい。

 この様になかなかハードルの高い肉パンツだが、今回に限ってはどちらの条件も満たしている。

 

 

「なら今日は一日中繋がってるか」

「あっ、きゃぁん♪」

 

 

 立ち上がると半ばまで抜けていた肉棒が再度奥深くまで挿入される。

 可愛らしく嬌声を上げるルーミアを軽く撫でつつ、古い記憶を引っ張り出す。

 

 

 ──確かこの棚の奥に……お、有った有った。

 

 

 記憶違わず、伸ばした右手が握っているのは細い革紐。

 相変わらずこの小屋だけ技術レベルが隔世されてるな。

 革紐が有るのを確認して、一度ルーミアから肉棒を外す。

 下着は履かせずに上着とスカートを着せて準備完了。

 途中不思議そうな顔をしていたが、どうやら普通に身体を重ねるだけと思っているらしい。

 そんな訳無いじゃないか。

 再び小さな身体を抱きかかえ挿入。

 すっかり濡れそぼった膣肉は歓喜に震えながら肉棒を飲み込んでいく。

 その後手際良く膝や背中に革紐を回して準備完了。

 

 

「キツくないか?」

「うん、だいじょーぶ。えへへ、これでケイと離れられないね♪」

 

 

 頬を胸板に擦り付けてご機嫌な様子。

 何とも暢気なルーミアだ。

 だが与えられる快楽を享受していただけのとろ顔が次第に不安と焦りを見せ始める。

 それもその筈、ただ縛られて犯されるだけだと思っていたら急に俺が荷物を持って外へ出る準備を始めたのだ。

 やや慌てた様子で問い掛けてくる。

 

 

「あの、ケイ? 何してるの?」

「愚問だなルーミア。昨日言ったじゃないか、松茸を狩りに行くと」

「え、こっ、このままっ!? ま、待ってよケイっ、んぁっ、あぁんっ!」

 

 

 細い腰を掴んで乱暴に肉棒を打ち付ける。

 突然の快感にルーミアは言葉を遮られ、代わりに嬌声を無理矢理上げさせられた。

 なんか良いな、年端の行かぬ幼女を無理矢理犯してる感が有って実に良い。

 身支度を整え小屋の扉を開け放つ。

 さぁ、楽しい松茸狩りの始まりだ。

 

 

 

 

 

 

「……お、ここにも発見。存外見つかるもんだな」

「んっ、あぅっ、それぇ、それ気持ち良いよぉ、あんっ」

 

 

 無事赤松林に到着した俺は辺りに生える松茸を手当たり次第に乱獲していた。

 流石に小さいのは残して置いたが、篭代わりのリュックサックは早くも半分埋まっている。

 ホクホク顔の俺とは違い、ルーミアは可愛らしい顔を恍惚に歪ませていた。

 ここに来るまでに三回、松茸狩りの最中に二回、中出しされている。

 少しぽっこりと膨れた下腹部がブラウスを押し上げていてそこはかとなくエロい。

 

 

 ──いかん、意識したらムラムラしてきた。

 

 

 細い腰に手を当て、乱暴に腰を上下する。

 すっかりとろけた膣肉が射精をねだりやわやわと肉棒を締め上げる。

 

 

「ふわぁぁっ、あぁっ、またケイに、私のおまんこで、きゃぅん、おなにーされてるよぉ、んぁぁっ♪」

 

 

 甘い嬌声を上げるルーミア。

 俺に気持ち良くなって貰おうと自ら腰を振る姿がなんとも淫靡で健気だ。

 更に腰を振るスピードを上げる。

 打ち付けられる度に愛液を撒き散らしながら淫語を囁く。

 

 

「ケイっ、ケイぃっ、おまんこ気持ち良いよぉ、ケイのおなにーの道具にされてるのに、おまんこ喜んでるのぉ、あっ、またイク、おまんこイっちゃうよぉ」

 

 

 淫猥な言葉を口にして俺の情欲を煽る。

 愛しい妻が享楽に喘ぎ乱れる姿に、俺は興奮しっぱなしだ。

 腰を突き入れる度、淫らな花弁は淫蜜を吹き出して歓喜に震える。

 開いた子宮口は精子を求めて鈴口に吸い付き、ちゅぅちゅぅと赤子の様にねだってくる。

 我慢する必要は無い。

 俺は煮えたぎる精子をルーミアの幼い子宮に流し込んだ。

 

 

「んぅぅっ、きたぁ、ケイのせーしが私の子宮を犯してるよぉぉぉっ! 子供おまんこにびゅーっ、びゅーっ、って、熱いせーし流し込まれてるぅぅっ!」

 

 

 小さな身体をがくがくと跳ねさせて、ルーミアは絶頂する。

 きゅぅきゅぅと締まる膣壁に後押しされ、尿道に残っていた精子がどぷっと溢れる。

 それさえも刺激となり、ルーミアは小さく痙攣する様に絶頂を迎えた。

 

 

「……ふぅ。よし、次は向こうを探してみるか」

 

 

 賢者タイムを利用して松茸狩りを再開する。

 くてっ、と脱力したルーミアは快楽で虚ろになった瞳を向けてくる。

 普段なら堪らずキスしている所だが、肉パンツに愛情を注ぐのは邪道だ。

 肉パンツとは言わば下着の一種。

 下着に話し掛けたり気遣ったりする様では、まだまだ肉パンツを極めるに至らない。

 だからこそ無視してやるのが正しい作法なのだ。

 だがルーミアは無視されて好き勝手に犯される事にハマり始めていた。

 まさか肉パンツの素質が有るとは……流石はルーミアだな。

 妙な所で感心しつつ、俺は足を進めた。

 一歩、また一歩と踏み出す度にルーミアは可愛らしい喘ぎ声を上げる。

 ちょっとした振動でさえ快楽に変換される今の状態は、或る意味天国と地獄両方を同時に体験させられていると言えるだろう。

 

 

「んぁっ、あっあっ、いいよぉ、おまんこ気持ち良いのぉ、ケイのおちんちん、だいしゅきぃ♪ あっ、また硬くなったぁ♪ いつでも中出ししていいよぉ、私のおまんこ、ケイのおちんちん専用だもん♪」

 

 

 ……もう一回抜くか。

 くそっ、ルーミアの喘ぎが一々クリティカル過ぎる! 

 と、雑念塗れの思考で腰を振る俺だった。

 

 

 

 

 

 

「……よし、これくらいで良いな」

 

 

 松茸がぱんぱんに詰まったリュックサックを眺めて頷きを一つ。

 日も傾き始めた時間になり、漸く松茸狩りは終了した。

 あの後俺の反応から喜ぶ台詞の傾向を割り出したルーミアが怒涛の淫語ラッシュを始めた所為で、十分に一度の射精というかなりのハイペースを強いられた。

 結果的に松茸狩りは予想以上の時間を掛ける事となり、ルーミアの腹は妊娠したかの様にぽてっと膨らんでしまった。

 まぁ、色々と想定外な事は有ったが無事松茸狩りは終了だ。

 数時間振りにルーミアと目を合わせる。

 

 

「そろそろ帰るぞ、ルーミア」

「もうちょっと、あんっ、繋がってたいなぁ……?」

「ダメだ、これ以上ヤってると俺の方が先に廃人になる」

 

 

 正直限界が近かった。

 何度求めても優しく受け止める心と、何度犯しても吸い付いてくる身体。

 このままではルーミアに溺れてしまう。

 いや、今でも充分溺れている自覚は有るが。

 可愛くて優しくて綺麗で気が利いて柔らかくて良い匂いがしてエロくて従順で俺の事を好きでいてくれるとか、最良の伴侶にも程が有るだろう。

 ともあれ一度小屋に戻り革紐を外す。

 白い柔肌には跡が残っていた。

 幾ら緩く結んだとしても、あれだけ長時間結んでいれば跡も残るというもの。

 

 

「すまん、ルーミア。お前の綺麗な肌に無理をさせたな」

「ううん、ケイが付けてくれた跡だから嬉しいの」

 

 

 いじらしい台詞に胸が熱くなる。

 血が止まり変色した肌を労る様に、俺は跡をそっと口付けた。

 ぴくっと震えるルーミア。

 互いの視線が絡まり、どちらからともなく唇を寄せた。

 

 

「んちゅ、ちゅっ、んっ、くぷっ、ちゅっちゅっ、んぅ、ちゅっ、んぷっ」

 

 

 小さな舌が唇を割り、俺の口内をねっとりと蹂躙していく。

 溢れ出る唾液をすすりこくこくと喉を鳴らして嚥下する姿に、再び肉棒が硬さを取り戻した。

 それを察したルーミアは唇を離すと少し恥ずかしそうに顔を赤らめ、ゆっくりとスカートの裾を持ち上げ始めた。

 ぽてっと膨らんだ腹と、口を開きひくひく震える秘裂が見える。

 

 

「ねぇ、ケイ。私の身体、ケイ無しじゃダメになっちゃったの。えっちな子供おまんこに、ケイのおちんちんでお仕置きして欲しいな……♪」

 

 

 ぷちっ、と何かが切れる。

 多分理性の糸だろう。

 手早く服を脱ぎ捨て、敷きっぱなしになっていた布団にルーミアを組み伏す。

 上着を捲り小さな乳首に吸い付くと、可愛らしい鳴き声が上がった。

 

 

「んゃぁっ、おっぱいダメぇ、そんなに吸ってもおっぱい出ないよぉ」

「出る様に孕ませてやるさ。孕むまでずっと犯すからな」

「あぁん、ケイ、好き、ケイ大好きぃ」

 

 

 両足を腰に絡めて早く早く、と淫らなおねだりをする幼女。

 服を脱がすと、膨らんだ腹の異様さと幼い秘裂のアンバランスさがひどく艶めかしく映る。

 その花弁を押し退けて、肉棒をゆっくりと沈み込ませた。

 乱暴に快楽を貪るのでは無く、互いの体温を重ねて身も心も一つに溶け合う様に。

 幾度と犯した筈の膣肉は一向に弛緩する気配が無く、まるで初女の様に肉棒を締め付けてくる。

 力を抜けば押し戻されそうな膣圧を、強引突破する様な真似はしない。

 あくまでゆっくりと、愛しい妻を労りながら腰を埋めていく。

 

 

「んんっ、ダメぇ、優しくされたら、おまんこ溶けちゃうよぉ」

「一緒に溶ければ良い。ルーミアとなら何が起きても平気だ」

「やぁっ、そんな事言われたら、あんっ、嬉しくて本当に溶けちゃうよぉっ」

 

 

 ルーミアの小さな手が空を切る。

 そっと掌を重ねてやると、しっかり握り返してきた。

 少しずつ、腰の動きを早めていく。

 愛おしい。

 この幼女の全てを愛したい。

 そんな想いを抱いている自分に気付き、柄じゃないなと思う。

 本当に、俺はルーミアに溺れてしまっているらしい。

 

 

「ふぁっ、中でまた膨らんでるぅ」

「ルーミア、出すぞ」

「出るの、出ちゃうの? せーし中出ししちゃうの? あんっ、いいよぉ、私のおまんこに、ケイのせーしいっぱい出してぇっ、おまんこをせーしで真っ白にしてぇっ!」

 

 

 ぎゅっと手を握り締められる。

 絡めた両足にも力が入り、俺を更に奥へと誘う。

 応える様に、俺は精を解き放った。

 

 

「んんっ、んっ、んんああぁぁぁぁっ!」

 

 

 小さな身体を揺らし全身で射精の衝撃を受け止めるルーミア。

 喘ぎ声を上げる口から真っ赤な舌が覗く。

 ぴくんぴくんと震えるそれに、俺は身体を曲げて口付けた。

 まだ絶頂の余韻が引かないのか、舌先が触れ絡み合う度にルーミアは身体を跳ねさせる。

 

 

「んっ、んぷっ、んんぅぅっ、んくっ、んっんっ、んんっ、んぅっ」

 

 

 快楽に震えながらも、白い喉を鳴らして唾液を飲み込む。

 暫くルーミアの舌を堪能して唇を離すと、互いの舌を銀糸が繋いでいた。

 最後にもう一度口付け、俺はルーミアから身体を離した。

 流石に疲れた。

 昨日の夜から数えると……五十三回か。

 

 

 ──ヤり過ぎだろ。

 

 

 思い返して呆れてしまった。

 幾ら何でも酷過ぎる。

 そりゃあこうもなるわな、とルーミアの膨らんだ腹をそっと撫でる。

 赤子でも入ってるんじゃないかと疑ってしまう大きさだ。

 

 

 ──いや、本当に入っていてくれれば良いな。

 

 

 今回のでルーミアが孕んでくれれば、それは願っても無い幸福だ。

 ルーミアのささやかな夢を叶えてやる事が出来るんだからな。

 皆も祝福してくれるだろう。

 ……神奈子や妹紅には後で襲われるかも知れないが。

 と、穏やかに微笑むルーミアと目が合う。

 瞬間、ルーミアは両手を伸ばして俺の頭を掴むとそのまま顔を寄せ唇を重ねてきた。

 

 

「んむっ」

「んっ、ちゅっ」

 

 

 すぐに離れる触れただけのキス。

 それでも頭の芯がジンと甘く痺れる様な感覚が走る。

 突然の事に惚けていると、ルーミアは聖母の様に微笑みを浮かべて口を開いた。

 

 

「ケイ、大好きだよ」

 

 

 ……全く。

 一体この嫁さんはどこまで俺を惚れさせるつもりなんだろうか。

 照れ隠しに俺からもキスしてやる。

 そんな意図もお見通しらしく、ルーミアは小さくふふっと笑いを零した。

 叶わないな、とも思うが不思議とそれが心地良い。

 帰り支度を始めるまで、俺達は何度も唇を重ねた。

 

 



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散歩と布教。そして隙間の女の子。

 今日は見事な秋晴れ。

 雲一つ無い青空と微風が髪の毛を撫で行く気持ちの良い天気だ。

 あの『ルーミア肉パンツ大作戦』から二日が経ったが、未だに松茸の大量在庫が蔵の片隅に残っている。

 腐らせるのも勿体無いという事で、村の人々にお裾分けする事にした。

 ……松茸が余るとか贅沢通り越してコントだな。

 まぁ、腐らせるよりは良い。

 そんな訳で晴天の下、俺はリュックサックを背負って村を回る事にした。

 因みに神奈子と諏訪子は妹紅の勉強、ルーミアは晩御飯の仕込み、奈苗は巫女としての仕事が有るらしい。

 ちょうど境内の掃除をしていた奈苗に見送られ、長い石段を下って行く。

 久し振りに一人で行動するな。

 いつもなら誰かがいる筈の右隣、そこに今日はぽっかりと隙間が空いている。

 普段とは違う感覚に、少し浮き足立っている様な、そんな気分になった。

 

 

 ──それだけ、誰かが隣に居てくれるのが当たり前になってたって事だよな。

 

 

 有り難い事だ、と思う。

 まだ高校生をやっていた頃は一人でも寂しいと思う事は無かった。

 それが今では、会話の相手が居ないだけで心細さみたいなものを感じている。

 

 

「おはよー、おにいさん。お出掛け?」

 

 

 だから、この娘の存在は有り難かった。

 

 

「おはよう、紫。相変わらず神出鬼没な奴だな」

「隙間の有る所が私の居る場所だからね。ほら、今もおにいさんの心の隙間にお邪魔しちゃうし」

「ボッシュートだな」

「あぁん!?」

 

 

 抱き付く振りをして背負ったリュックサックから松茸を掠め取ろうとした紫の襟首を掴んでぶら下げる。

 着ている服は相変わらず少し煤けているが、髪の毛は綺麗なブロンドだ。

 あの時以来、髪の毛の色を煤で誤魔化すのを止めた紫は凄く魅力的な女の子になった。

 変に怯える事も無く元気いっぱいに子供達と遊ぶ姿は見ていて微笑ましい。

 この村の外れに住んでいるらしいが、村人達の反応は上々。

 やはり同じ金髪である諏訪子やルーミアの与える影響も大きかった様だ。

 今では能力を使って物が腐る境界をずらして賞味期限を延ばしたり、農具が壊れる境界をずらして耐久性を上げたりと、ちょっとばかり特徴的な仕事をしている。

 

 

「おにいさん達ばっかりずるい〜、私も松茸欲しい〜」

「安心しろ、紫の分もちゃんと有るから。というか最後にお前の家に行って吸い物や炊き込みご飯作ってやるつもりだったしな」

「流石おにいさん! 愛してるぅ〜♪」

「はいはい」

 

 

 石段を下り切った所で離してやると、紫はくるりと回ってポーズを取った。

 腰を屈めて上目遣いに覗き込み、右手の人差し指を唇に当てる。

 本人曰く悩殺の構えらしいが、俺には精一杯大人っぽく背伸びしている女の子にしか見えない。

 

 

「紫、左肘の所擦り切れてるぞ」

「え、あ、本当!? あー、こないだ駆けっこして転んだ時のかな」

「帰ったら縫ってやるよ。序でにお前に似合う服も見繕ってやる」

「へ、おにいさん裁縫出来るの?」

「舐めんな、これでも本職の人に弟子にならないかと誘われた事が有る」

 

 

 実際は服飾系の専門学校から「推薦枠設けるから是非来ないか」と打診されただけだがな。

 その専門学校から来てた人が服飾関係のオーナーだったから、一応嘘では無い。

 真実でも無いが。

 都合良く『誤解』したらしい紫は目をキラキラさせて俺を見上げる。

 ふっ、そんなに見つめるなよ。

 照れちゃうぜ。

 

 

「そう言えば前に話してたアレ、名前決まったのか?」

 

 

 不意に口から溢れ出た言葉。

 以前懲罰房に入れられていた時に遊びに来た紫と交わした世間話。

 その中で、紫が語った夢。

 

 

『いつか、楽園を作りたい』

 

 

 人も妖怪も神も、皆が笑って過ごせる様な世界を作ってみたいと、紫は言った。

 聞く人に依っては馬鹿にするかもしれない、そんな夢。

 だが俺は紫を笑わなかった。

 楽しそうに話す紫の笑顔に、少しばかり見惚れていたんだ。

 

 

「それがまだ決まってなくて……イマイチ響きがグッと来ないんだよ〜」

 

 

 そう言って溜息を吐く紫。

 疲れた様な表情を浮かべているが、頭をわしわしと撫でてやるとすぐに笑顔になる。

 存外単純な奴だな。

 

 

「おにいさん、良い名前無いかな?」

「ポチやタマでどうだ?」

「いやいや、犬や猫じゃないんだから」

「冗談だ。……しかし理想郷の名前か」

 

 

 腕を組み唸ってしまう。

 おにいさん格好良いし頭も良いがネーミングセンスだけは壊滅的な自信が有るぞ。

 何だろうな、理想郷……ユートピアを弄ってポートピアとかか? 

 事件が起きそうで嫌だな。

 横文字じゃなく和風な感じで攻めてみるか? 

 理想郷から郷だけ残して前半を変える。

 米堕郷とか死酢の暗黒郷とか……ダメだ、なんかフォースがどうのこうの言ってきそうだ。

 というか前の感覚だと神とか妖怪とかファンタジーな存在でしか無かったんだよな。

 こっちに来てから身近な存在になったけどな。

 それでも文明が発達したら同じ様に否定されてしまうんだろうか。

 

 

 ──ファンタジー、か? 

 

 

 日本語に訳すと何だったっけか。

 空想……違うな、妄想……でも無い、アレは確か、

 

 

「……幻想」

「え?」

「ああ、そうだ幻想だ。郷を付ければ幻想郷か、案外まともなのが出来たな」

 

 

 自分にとっては会心の出来。

 満足の行くものを思い付きスッキリとした気分で紫を見ると、手を口元に置き何やら考え込んでいた。

 最近解った事だが、紫は真剣に考えれば考える程無表情になっていく。

 顔をしかめるでも眉尻を下げるでも無く、無表情になるのだ。

 普段はどことなく胡散臭い微笑みを浮かべている事が多いだけに解りやすい。

 何回か胡散臭い微笑みを止めろとは言っているんだが、本人はあの笑い方が格好良いと思い込んでいるらしく聞く耳を持たない。

 普通に笑った方が可愛いんだがなぁ。

 と苦笑を漏らしていると、突然弾かれた様に顔を上げた。

 

 

「おにいさん、それ頂きます!」

「あん?」

「楽園の名前は今日から幻想郷に決定しました!」

 

 

 鼻息荒く、むふーと得意気に胸(AA)を張る紫。

 なんとなく将来が楽しみな胸だな。

 奈苗くらいには大きくなるかもしれん。

 じっくり眺めていたのに気付いた紫はそれとなく周囲を窺うと、着物の前を少しはだけさせて恥じらいながら口を開いた。

 

 

「おにいさんなら吸っても良いよ?」

「また今度な」

 

 

 その提案は嬉しいが、今は松茸配りという崇高な使命が有る。

 て言うかすっかり忘れていたが。

 にべもなく却下された事に紫は不満げだ。

 着物を直しながら頬を膨らませて俺をむぅ〜っ、と睨み付けてくる。

 

 

「美幼女に恥を掻かせるなんて、おにいさん酷いよ」

「自分で言うな。美幼女なのは認めるが」

「もしかして噂の賢者たいむ?」

「違うわい! そうじゃなくて、紫まだ男に抱かれた事無いだろ? なら初めての時くらい優しくしてやりたいんだよ。流石に初めてが石段の前とかムード……雰囲気無さ過ぎだろ」

 

 

 愛し合う様になったなら台所や風呂場や境内裏等、色んな場所でヤるのも良いだろう。

 だが初めてくらいは布団の上でしっぽりむふふといきたい。

 ……実は俺って神奈子に負けず劣らず『うぶ』なんじゃ無かろうか。

 紫はぽかんとした後、喉をくくっと鳴らして笑い出した。

 

 

「意外と紳士だよねおにいさんって」

「当たり前だ、いつだって俺は紳士だぜ」

 

 

 俺の物言いがツボに入ったのか、紫は益々笑みを濃くする。

 ふと笑みを消した紫は、俺の右手を取ってふわりと優しく笑った。

 

 

「じゃあ、私が大きくなったらおにいさんのお嫁さんにしてね」

「覚えてたらな」

「またそうやって煙に巻く〜」

 

 

 右腕にしがみ付きぶんぶんと振りたくってくる。

 不機嫌そうに纏わり付いてくるが、顔は笑みのまま。

 幼女にくっ付かれるのは嬉しいが、何となく紫は……いや、勿論嫌いとかそう言う事は無いんだが……まぁ、苦手だ。

 気立ても良いし悪戯好きな所も可愛い。

 無邪気に笑った時の顔も癒されるんだが、不思議と……アレだ。

 ルーミアの言葉を借りるなら、俺と紫の持っているリズムが大きくズレているのだろう。

 

 

「遊んで無いでちゃっちゃと配るぞ、嫁さん候補」

「はぁーぃ」

 

 

 とは言え一緒に居るのは苦痛じゃない。

 ペースを乱されはするが紫の持つ空気は好きだし、こうして話すのも楽しい。

 ……やっぱり幼女に弱いんだろうか。

 頭を軽く左右に振って気を取り直し、右腕を引かれながら村をてくてく練り歩く。

 門戸を叩いてリュックサックから松茸を取り出し配って次の家へ。

 流石は松茸、皆一気にテンションが高くなる。

 赤松が有る場所というのが近くでは守矢神社の裏山しか無い為、余り松茸が出回らないとの事。

 そう言う事なら豊穣祭でもやって皆で松茸を堪能するか。

 帰ったら神奈子に提案してみよう。

 

 

 

 

 

 

「ありがとう、契さま!」

「本当にありがとうございます、こんなに立派な松茸を頂けるなんて」

「いやいや、いつも信仰で神奈子や諏訪子を支えて貰っているからな。日頃のお礼……ってのも変か? まぁ、幸せのお裾分けみたいなもんだと思ってくれ」

 

 

 最後の家に松茸を配り終え、すっかり軽くなったリュックサックを左肩に引っ掛ける。

 行く先行く先で野菜やら何やら持たされそうになったが、今度の宴会にでも持って来てくれと説得して置いた。

 配って回るっつってんのに帰りの方が荷物多くなるとかどんなギャグだよ。

 ともあれこれで仕事は終了。

 グッと伸びると背骨がバキバキ鳴る。

 後は紫の家で昼御飯を作るだけだ。

 服は途中回った呉服屋で適当に見繕って買ってやった。

 隣で楽しそうにくるくると回っている紫が着ているのは煤けた着物では無く、白の下地に薄紫のラインと紫陽花の刺繍が施された雅な着物だ。

 詳しい着物の種類とかは解らないが、一番上等なのを選んでみた。

 京で不比等に貰った給金の半分が飛んだが喜んで貰えたならそれで充分だ。

 

 

「余りはしゃぐなよ、また転ぶぞ?」

「大丈夫だよ、もう。おにいさんってば心配性なんだか、きゃっ!?」

 

 

 回転の最中右足の踵を左足の爪先に引っ掛け、バランスを崩した身体は背後に倒れ込む。

 幸いにも俺の方向に倒れて来たので無事受け止める事が出来た。

 

 

「言わんこっちゃ無い」

「あ、ありがと……おにいさん……」

 

 

 抱き止めた紫は惚けた様に俺を見上げていたが、密着しているのが解ると途端に擦り寄ってきた。

 胸元に顔を埋めて気持ち良さそうに脱力している。

 妹紅や奈苗もこうやって抱き付いてくるがそんなに気持ち良いんだろうか。

 今度ルーミアに抱き付いてみよう。

 ともあれこのままでは動きにくいので、紫の両膝裏辺りに左手を伸ばしヒョイと持ち上げる。

 お姫様抱っこだ。

 

 

「さ、日が暮れない内に参りましょうかお姫様」

「お、おにいさん……」

 

 

 お姫様呼ばわりは流石に恥ずかしかったのか顔を赤らめる紫。

 どうやらこういった事に耐性は無い様だ。

 

 

 ──成程、良い玩具になりそうだ。

 

 

 ニヤリと口の端が吊り上がる。

 どんな風にからかってやろうかと無駄に思考を走らせながら、俺は紫を抱えて村外れの家屋へと歩いた。

 さて、紫はどんな声で鳴いてくれるかな。

 

 



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閑話——人、それを初恋と言う。※

 あれ。

 あれれ。

 どうしてこんな事になっているんだろう。

 原因を思い返そうとする私の思考は、ずんっ、と響く衝撃とゆっくりと染み渡る快楽に邪魔されて全然纏まらない。

 頭が鈍く痛み、視界にはもやが掛かった様にぼやけている。

 白く霞む視界の先に、優しい黒の瞳が私を覗き込んでいる。

 その背後に有るのは天井。

 という事はつまり、私は彼に組み伏せられている。

 それ事態は望んでいた事だし拒む所かバッチコイな事なんだけど、それに至るまでの記憶が無くて混乱してしまう。

 考えても今の状態では頭が回らない。

 それなら彼に聞けば良いか、と口を開く。

 でも、私の口から出たのは疑問の声では無く、甘い嬌声だった。

 

 

「ひゃぁ、あぁ、あんっ、あっあっ、あひゃぁん!」

 

 

 自分の声に驚くのと同時、強烈な快楽が一気に押し寄せ脳を焼き払って行く。

 鮮明になった視界の先では私の大好きな、おにいさんの姿が有る。

 勿論、おにいさんは全裸。

 その破壊力足るや普段和服の隙間から覗いていた素肌なんかとは比べ物にならない。

 程良く厚い胸板、硬く引き締まった腹筋、動く度に浮き上がる筋肉と血管。

 思わず鼻血が吹き出しそう。

 視界と共に鮮明になった意識は息吐く間さえ無い快感に揺さぶられ、何一つ満足に考えられない。

 今こうして冷静に──かどうかさえ怪しいけれど──考えているのも、どうにか思考の一部を切り離しているから出来る事。

 大半の意識はおにいさんが与えてくれるこの上無い気持ち良さに奪われている。

 おにいさんの逞しいおちんちんが私のアソコを擦る度、全身が溶けてしまいそうな快楽が走り抜ける。

 僅かに残る鈍痛と慣れない快楽から察するに、私が破瓜を迎えてからそんなに時間は経ってない。

 一体どうしてこうなっているのか。

 

 

「ふぁん、あん、あぁん、あんっ、おに、さん、おにぃ、さんっ!」

 

 

 ……っと、いけないいけない。

 危うくこっちの思考までおにいさんに染められる所だった。

 私の全部をおにいさんに奪われるというのもかなり魅力的では有る。

 でも、おにいさんとの情事をしっかり楽しむ為にも疑問は解消して置きたい。

 

 

「可愛いよ、紫」

 

 

 ……っ!? 

 い、今のは危なかった。

 おにいさんに囁かれただけで心臓が跳ね、全てを委ねてしまいたくなる。

 でも私はそんなに簡単な女の子じゃない。

 おにいさんの方から結婚を申し込んでくるまで、私の心は渡さないんだから! 

 

 

「ふわぁっ、おにいさん、しゅき、しゅきなのぉ、もっと、もっとわたしのアソコ、ほじってぇ!」

 

 

 だ、大本営は堕ちてるみたいだけど、まだ平気だもん! 

 

 

 

 

 手繰り寄せた記憶、始まりは今日の昼下がり。

 少しお昼ご飯には遅いけど、今日のご飯はおにいさんが作ってくれる事に。

 松茸なんて滅多に食べられないから私は興奮しっぱなし。

 勢いに任せておにいさんに抱き付いたり、匂いを嗅いだりもした。

 おにいさんの匂いって何て言うか、嗅いでたら頭がぽ〜っとしちゃうんだよね。

 苦笑しながらも頭を優しく撫でてくれるおにいさん。

 それでいて、まるで手品みたいに料理を作っちゃうのは素直に凄いと思う。

 松茸の土瓶蒸し、松茸の炭火焼き、松茸ご飯と豪華絢爛。

 私ってば子供みたいに目をキラキラさせちゃって……思い返すと少し恥ずかしい。

 でもご飯は美味しいし、目の前にはおにいさんの笑顔が有るし。

 楽しくて嬉しくて幸せ過ぎて、私はちょっとおかしくなってた。

 

 

 ──ちょっとだけなら、大丈夫。

 

 

 鬼の友人に貰ったお酒『契り』を土倉から取り出して、おにいさんと飲み交わそうと杯を渡した。

 このお酒、鬼が作っただけ有って異常な程強い。

 私みたいな一種族一体の妖怪でも三口で酔っ払ってしまう。

 勿論私もおにいさんも早々に酔っ払い、ぐでんぐでんになった。

 酔っ払った私は少し気が大きくなっておにいさんを誘惑。

 ……まぁ、普段なら誘惑と言うのも烏滸がましいくらい稚拙な行動だった。

 着物を脱いで「おにいさん、抱いて♪」と両手を広げるだけの幼稚な誘惑。

 ただ予想以上に酔っていたおにいさんは和服を脱ぎ捨てると「孕ましてやるよ、紫」って言って私に覆い被さった。

 そのまま前戯もそこそこに、おにいさんの立派なおちんちんが私のアソコに、その、ごにょごにょ……。

 

 

 

 

 以上、私が抱かれた経緯。

 破瓜の瞬間とかは最高潮に緊張やら酔いやらが高まっていた所為か、余り記憶に残って無い。

 さっき意識が戻ったのも、おにいさんの精液が私の中に注がれたからだろう。

 

 

 ──あ、あれ? 

 

 

 でも不思議な事にお腹の中から精液が流れ出てくる気配が無い。

 それ所か精液は奥に留まって、お腹にじんわり溶け込んでいく様な感覚さえ有る。

 

 

 ──せ、精液ってサラサラしてるんじゃ無いの!? な、なんかおにいさんの精液、どろってしてるよ!? 

 

 

 以前、偶々性交している男女を見掛けた事が有る。

 その時茂みの影から見えた精液は、透明な水飴みたいなのに白く濁った所がぽつぽつと有るものだった。

 流れる様子は唾液みたいで、こんなにどろってしたものじゃ無かった。

 因みにそれを見た日からおにいさんを想って自慰を始めたのは誰にも言えない秘密だ。

 お腹の中に有るおにいさんの精液の感覚に混乱していると、激し過ぎる快感が背筋を駆け上った。

 堪らず意識が持ってかれる。

 

 

「あひぃぃっ!? おに、おにいさ、それ、それぇっ、おまめクリクリしちゃ、んひゃぁぁぁぁぅっ!」

 

 

 視界がチカチカと明滅を繰り返し、何も考えられなくなる。

 アソコはじんじんと甘く痺れ、壊れてしまったかの様にぴゅくぴゅくと淫らな汁を噴き上げている。

 おにいさんは私の反応に気を良くして、更に激しくおちんちんを出し入れした。

 おちんちんがアソコを擦り上げる度、イヤらしい声が溢れ出る。

 

 

「んぁぁっ、もっとぉ、もっとぉ! アソコずんっ、ずんってしてぇ、おにいさんのおちんちんしゅきぃ、しゅきぃ!」

 

 

 自分の口から溢れる言葉に顔を覆いたくなる。

 

 

 ──いやっ、こんな淫乱なの、本当の私じゃない! 

 

 

 切り離した思考の片隅で感情が悲鳴を上げている。

 身体と精神の大半は与えられる快楽に溺れている。

 私を認めてくれた憧れの、最愛の人が注いでくれる快楽だ。

 抗う事なんて出来ない。

 幸せという酸が私を溶かしていくのを、ただ見ている事しか出来ない。

 

 

「おにいさ、んぁっ、あぁん、あっあっ、らめぇ、アソコ気持ちいぃ、いいのぉっ、アソコ溶けちゃうぅ、うぁっ、あぁっ、はぁぁん!」

 

 

 耳を塞ぎたくなる様なイヤらしい言葉が溢れていく。

 おちんちんで奥をコンコンと突かれる度に、身体がぴくんと跳ね上がる。

 気持ち良い。

 気持ち良過ぎる。

 いつしか私は両足をおにいさんの腰に回して、おちんちんが抜けない様にしっかりと抱き付いていた。

 すっかり堕ちた身体は、浅ましくおにいさんの精液をねだっている。

 

 

「しゅきぃ、しゅきなのぉ、おにいしゃんのせーえきで、アソコにとぷとぷされりゅのらいしゅきなのぉぉっ! らしてっ、わらしのアソコにせーえきらしてぇっ! あかひゃんうむのぉ、おにいしゃんのあかひゃんうむのぉぉっ、らから、せーえきとぷとぷらしてぇぇっ!」

 

 

 どぷっ、とお腹の奥で何かが弾けた。

 高い熱量を持ったそれは私の奥深くまで染み渡り、身体の芯を溶かす。

 射精、された。

 気付いた瞬間、最高の快楽と最高の幸福感が心を満たしていった。

 全身を痙攣させておにいさんの精液を受け止め、赤ちゃんの部屋に精液を誘い込む。

 

 

「ふぁ──っ、あ──っ、れてりゅぅ、あかひゃんのへやに、しぇーえひ、れてりゅぅぅぅ……♪ おにいひゃん、しゅひぃ、らいしゅひぃ……♪」

 

 

 もう呂律も回らない。

 快楽に染まっていく意識の片隅で、泣き叫ぶ事に疲れた感情がそっと思う。

 

 

 ──淫乱な私だけど、これからもおにいさんの側に居れたら良いな。

 

 

 これだけの痴態を晒してしまった私だ。

 もしかしたらおにいさんに退かれているかもしれない。

 退かれるだけならまだしも、気味悪がられて避けられたら、どうしよう。

 ズキン、と胸の奥が軋む。

 おにいさんから離れたく無い。

 恋人や友人で無くて良い。

 性欲処理の人形でも良いから、おにいさんの側に置いて欲しい。

 淫語を口にしながら、おにいさんの精液を貪りながら、私は快楽とは違う涙を一筋流した。

 

 

「泣かなくて良い」

 

 

 不意に聞こえた、おにいさんの声。

 届いた声に、私は動きを止めた。

 

 

「俺は紫が好きだしずっと側に居て欲しいと思ってる。まぁ、少し苦手と言うか気後れする所は有るが、それも含めて紫が好きだ」

 

 

 おにいさんの言葉が胸に落ち、快楽に引っ張られていた思考が幾分戻ってきた。

 同時に心臓が早鐘を打つ。

 おにいさんが、私を、好き? 

 呆けた様に見上げる私に微笑みを返して、おにいさんは照れた様子で口を開く。

 

 

「意地っ張りで臆病だからな、俺も。こうして酒の力を借りなきゃ、紫みたいな可愛い娘を口説けないのさ。だが今度は素面の時に告白する。だから紫、今はこれで許してくれ」

 

 

 そう言って、そっと指で私の涙を拭う。

 近付いてきた唇が私の唇と重なり、ちゅっと音を立てた。

 その瞬間、私の視界が俄かに色付いた。

 色褪せていた風景に魂が宿ったかの様な、目覚ましい変化。

 自然と私はおにいさんを抱き寄せ、何度も唇を寄せた。

 

 

「んっ、ちゅっ、んぅっ、すき、すきぃ、おにいさん、だいすきぃ……!」

 

 

 嬉しい筈なのに、涙が零れる。

 何度も何度も唇を重ねているのに、全然足りない。

 もっともっと、おにいさんを感じていたい。

 おにいさんを想うだけで胸が高鳴り、おにいさんに触れるだけで満たされていく。

 泣き疲れて眠るまで、私はおにいさんに口付けていた。

 

 

 

 

 目覚めたのは、辺りがすっかり暗くなってから。

 いつの間にか敷かれた布団の中、隣には大好きな人の寝顔。

 あどけない少年の様な寝顔を眺めていると、心の奥に溜まっていた泥がスッと溶けていくのに気付いた。

 

 

 ──そっか。私とおにいさん、似てるんだ。

 

 

 初めて会った時は、私がおにいさんを怖がっていた。

 あの時の私は人付き合いも下手で、いつもびくびく怯えながら過ごしていた。

 だからおにいさんにも、どこか恐怖みたいな何かを感じていた。

 でもおにいさんは私を見てくれた。

 妖怪とか変わった髪色だとか全然気にしないで、私自身を見てくれた。

 周囲と違うこの髪の毛を、綺麗だって言ってくれた。

 だから、私は変われたんだ。

 この村に来てからは人付き合いも上手くなったし、自分の事をちょっぴり好きになれた。

 全部、おにいさんのおかげ。

 でも変わった私に会ったおにいさんは、ちょっと戸惑ってた。

 弱々しい私しか見てなかったから、きっと驚いてしまったんだろう。

 今日みたいにじっくりお話する機会も無かったから、その驚きを消化し切れなくて混乱しちゃったんだと思う。

 さっき言ってた「苦手な所」っていうのも、きっとその所為。

 そして今度は私がおにいさんの抱えていた不安に中てられて、余計な不安を抱えてしまった。

 話せば簡単に解決したのに、二人でぐるぐる迷子になっていたんだ。

 

 

「……くくっ」

 

 

 なんだかおかしくなって、喉を鳴らした。

 本当に似た者同士だ。

 お互いに話し合いたいのに、距離感が掴めなくてふらふらしてたなんて。

 でも、これからは違う。

 もう回り道しなくて済む様に、私はおにいさんに遠慮なんてしない。

 正面からぶつかってやるんだ。

 もしおにいさんが迷子になりそうな時は、私が腕を引いて上げる。

 

 

「逃がさないからね、おにいさん♪」

 

 

 額にちゅっと口付ける。

 きゅっと抱き付くと、胸がぽかぽかしてきた。

 優しい気持ちになれる、ぽかぽか。

 多分これが誰かを好きになるって気持ち。

 そして多分、これが……、

 

 

「初恋……実っちゃった♪」

 

 

 

 



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夜伽延長戦。そしてもこもこ逆レイプ。※

 

 

「かぜがぬける〜、ちくりんのさきに〜」

「月が誘う〜、名医の隠れ宿〜」

 

 

 妹紅が歌う旋律に即興の歌詞を付けて追い掛ける。

 適当な歌を唄いながら、俺は妹紅の手を取って山道を歩いていた。

 目指す先は二人で歌った通り、竹林の先に有る輝夜と永琳の隠れ宿。

 京での騒動もひとまず落ち着きを見せたと不比等から手紙が届いたので、妹紅の里帰りと私物の持ち帰る事にした。

 その序でに輝夜を冷やかしに行くかと思い立ち、二人でのんびり山道を練り歩いているのだった。

 

 

「こっちの方向で良かったんだっけか?」

「そうだよー、もこうにまかせなさい」

 

 

 ぽこっ、と頼もしげに胸を叩く妹紅。

 なんとも微笑ましい。

 三歳の頃から竹林へ遊びに行っていたというだけ有って、妹紅の足取りはかなり頼もしいものだ。

 さして時間を掛けず周囲の景色が変わる。

 青々とした竹が遥か上まで伸び、日光を遮りひんやりとした空間を創り出している。

 次第に竹の数も増え、竹林と称するに相応しい景観が広がる。

 足場も微妙に傾き始め、何度も妹紅に手を引かれて進路を正される。

 知らない内に平衡感覚を狂わされていたらしい。

 

 

「もー、にぃにったら、すぐにどこかいっちゃうんだから」

「すまん、妹紅が居ないと迷子になってしまいそうだ」

 

 

 くすくすと鈴を鳴らした様に笑う妹紅に、頭を掻いて苦笑を返す。

 そうして暫く歩くと竹林の先に立派な屋敷が姿を現した。

 切り出した竹の門の上、掲げられた看板には『永遠亭』と書かれている。

 どうやらここが輝夜と永琳の家らしい。

 まるで旅館の様な佇まいに思わず感嘆の息を吐いてしまう。

 

 

「すっげぇな、何か雰囲気が」

 

 

 不比等の屋敷も豪華だったが、荘厳さはこちらが上か。

 ともあれ妹紅の手を引き敷地内に足を踏み入れ様とした所で、そのまま背後に飛び退いた。

 急に抱きかかえられた妹紅が「わぷっ」と可愛らしい声を上げる。

 その声に続いて、今し方踏もうとしていた地面に四本の矢が突き刺さった。

 

 

「に、にぃに!?」

「あー、心配するな妹紅。ただの勘違いだから」

 

 

 俺の言葉に呼応するかの様なタイミングで姿を見せたのは、赤と青のツートンカラーがどぎつい永琳だった。

 こないだも着てたがアレは月の流行若しくは正装なんだろうか。

 身の丈半分程の大きさが有る和弓に三本の矢をつがえたまま屋根の上に立つ永琳は俺と妹紅の姿を見ると、纏っていた殺気を霧散させ申し訳無さそうに眉を寄せて降りてきた。

 

 

「ごめんなさい、驚かせてしまって」

「用心するに越した事は無い、正しい判断だ。まぁ、今回ので俺と妹紅の気配は解っただろうし次からは撃たないでくれよ?」

 

 

 肩を竦め笑いを返すと、永琳は有り難うと頭を下げる。

 アレから一月が過ぎたが、やはりまだ枕を高くする事は出来ていないらしい。

 妹紅も心配した様で俺の腕の中から抜け出すと、永琳の頭を優しく撫でた。

 

 

「えーりんさん、だいじょぶだよ? にぃにがわるいひとたち、みんなやっつけてくれるから!」

「あら……うふふ、有り難う妹紅ちゃん」

 

 

 撫でられた永琳はそのまま腰を屈め妹紅と目線の高さを合わせて微笑んだ。

 知らない間に仲良くなっていたらしい。

 というか見ていて和むな。

 幼女と近所のお姉さんって感じで。

 

 

「もっちー発見!」

「ごはぁっ!?」

 

 

 和んでいたら背後からタックルダメージを貰った。

 余りの勢いに堪らず前へ倒れ込むと、背中に柔らかい何かがのし掛かってくる。

 声で犯人は解ったが気配を全く感じさせない辺りは流石と言うべきか。

 

 

「ちょっともっちー、倒れ込むなんて失礼じゃない?」

「テメーはまず礼の意味を辞書で引け」

「じゃあお詫びにお風呂で背中流してあげるわよ」

「何故そうなったつーか降りろ」

 

 

 重い所か軽過ぎて、ちゃんと食べてるのか心配になるくらいの輝夜。

 跳ね除けるのも気が引け俯せのままで居ると、目の前に赤い編み上げ靴が揃う。

 視線を上げれば腰に手を当てて頬を膨らませる妹紅。

 その目は輝夜に向いている。

 妹紅はズビシッと輝夜に人差し指を突き付けて勇ましく口を開いた。

 

 

「にぃにをこまらせたらいけません!」

「へ?」

「あなたもにぃにのおよめさんなら、にぃにのこと、かんがえなきゃいけません!」

 

 

 やべぇ、胸が熱くなる。

 一月前は自分を思考の中心に置いていた妹紅が、今は他人を中心に置いて思考する事が出来ている。

 諏訪子、有り難う。

 お前のお陰でヤンデレは消え去り、この地上に新たなデレデレが誕生した。

 帰ったら一日中抱き締めてやろう。

 これであの時のフラグブレイクも完了だな……ん? 

 という事はそのブレイク方法のフラグは建った事になるのか? 

 はて、どんな方法でブレイクしたっけか。

 まぁ、その内思い出すだろう。

 それはさて置き、突然幼女に諭された輝夜はぽかんと呆け、永琳は口元に手をやりあらあらと微笑んでいる。

 

 

「えっと……確か藤原不比等の娘さん?」

「いまはにぃにのおよめさんで、もちづきもこうです。かぐやさんもにぃにのおよめさんなら、にぃにのおよめさんとして、はずかしくないこうどうをしなくてはいけません!」

「あ、はい、すいません」

 

 

 ペースに飲まれたのか妹紅の言葉に大人しく従い、俺の背から降りる輝夜。

 何か知らんが予想外に面白い事になった。

 叱られている輝夜からそっと離れ、永琳の側へ移動する。

 永琳は輝夜の様子が余程ツボに入ったのか肩を震わせて笑いを堪えていた。

 

 

「あの姫様に言う事を聞かせるなんて、妹紅ちゃんは立派に良妻ね」

「あぁ、調きょ……日頃の洗の……道徳教育の賜物だな」

「隠せていないわよ」

「言い繕っても中身は一緒なんだから気にするな」

「なら最初から調教で良いじゃない」

「人聞き悪いだろ」

「ふふ、矛盾してるわよ?」

「良いんだよ、それが人間だ」

 

 

 くい、と中指でズレた眼鏡を押し上げる。

 どうも調子が狂う。

 永琳から向けられている好意、その内輝夜と懇意に有るという事から来る好意に関しては理解出来る。

 だが、どうやら永琳が俺に向ける感情というか意識には、それ以上に俺を注視する何かが含まれている様に感じる。

 自意識過剰だ、と断じる事が出来れば良いんだが。

 

 

 ──まぁ、悪い方には行かないだろうし今は捨て置くか。

 

 

 意識を切り替えると同時、二度手が鳴る。

 発生源の永琳は微笑みを崩さぬまま口を開いた。

 

 

「玄関先で立ち話も何だから上がって貰いましょう」

 

 

 

 

 

 

 かぽーん。

 そんな暢気な音が響き渡る。

 風呂桶を浴槽の脇に置いて、俺は張られた湯にゆっくりと身体を沈めた。

 取り敢えず輝夜の襲来で汚れた服を洗濯する間、序でに風呂を貸して貰った。

 

 

「しっかし、まぁ……」

 

 

 思わず感嘆の息が漏れる。

 どこぞの温泉宿かと問い掛けたくなる程に立派な檜風呂。

 標準的な一軒家の敷地面積に比肩するんじゃないかと思ってしまう程に広い。

 湯も地下深くまでぶち抜き温泉を掘り当てたのを引いて来ているらしい。

 やや白っぽい湯にまったりしつつ頭を空にしていると、急にガラッと戸が開いた。

 首だけ入口に向けてみると、物凄い美少女が立っていた。

 腰元まで伸びる艶やかな白髪、ややツリ目がちな瞳、白磁の如き美しさを孕む肌、お椀型の控え目な乳、きゅっと括れた腰、ぷりんとして柔らかそうな尻、しゅっと締まったカモシカの様な足。

 全身が美術品と言って差し支え無い程に美しい少女だ。

 余りの美しさに見惚れていると、美少女は俺を見て嬉しそうに笑い──全速力で駆け寄って来た。

 

 

「へ、な、うぉぉっ!?」

 

 

 勢いを乗せて飛び込んできた美少女を受け止め、そのまま湯の中へ倒れ込む。

 ばしゃーん、と水柱が立ち辺りに飛沫が上がる。

 視界の端に虹を見、綺麗だなと現実逃避を始める思考を叩き起こし美少女を抱えて浮上する。

 

 

「ぷはっ、な、何だ一体!?」

 

 

 目の前では美少女がとろける様な笑みを浮かべている。

 背中に回された手が俺の身体をしっかり捕まえ、控え目な胸はむにっと潰れて卑猥に変形している。

 突然の事に混乱を隠せない俺に、美少女は甘く緩い声で話し掛けてきた。

 

 

「えへへ、妹紅だよー♪」

「……は、妹紅!?」

「永琳さんの薬で大きくなったの! これで妹紅も立派なオトナの女性だよ」

 

 

 そう言って嬉しそうに擦り寄ってくる美少女──妹紅。

 幼女特有の乳臭さが消え変わりに女としてのフェロモンが良い香りとなって鼻孔をくすぐっていく。

 その匂いに脳を焼かれながら、俺は未だ嘗て無い程のパニックに襲われていた。

 

 

 ──この美少女が妹紅で、大きくなったのは永琳の薬の所為? 

 

 

 そんな馬鹿な、と一笑に付したい所だが不老不死の秘薬を作れる以上若返りや成長剤の類は作れても何ら不思議は無い。

 しかし何故このタイミングで妹紅に投与する必要が有るんだ。

 仮に目的が治験だとして、せめて俺に確認というか説明くらいしてくれても良い筈だろう。

 妹紅は一人の立派な女性では在るが、まだ八歳分の人生経験しか持ち得ていない。

 そこら辺は永琳だって理解しているから無理に投薬はしないと思うが……まさか勝手に薬を飲んだのか? 

 輝夜の話だと永琳は作った薬をそのまま机の上に放置する癖が有るらしい。

 喉が渇いたら何でも飲んでしまう妹紅が間違えて薬を飲んでしまったという事も考えられなくは無い。

 

 

「そこら辺は追々聞くとして取り敢えず妹紅、逆上せるといけないから上がるぞ」

「きゃぁ♪」

 

 

 抱き付いたまま離れない妹紅を駅弁スタイルで抱えて湯船から上がる。

 温泉の熱で浴室は暖まっているから、暫く居ても風邪は引かないだろう。

 椅子に腰を下ろすと、妹紅は嬉々として肉棒を愛撫し始めた。

 

 

「にぃにのおちんちん大きい♪」

「えろっ娘め」

「えへへ……だって大好きなにぃにの身体だから、触れてるだけでおまたキュンキュンしちゃうんだもん」

 

 

 跪いた妹紅は両手を肉棒に這わせ、ゆっくりと上下に扱き始めた。

 唾液を垂らして滑りを良くし、そのままかぽっと亀頭をくわえてしゃぶり出す。

 頭を前後に振り舌を絡ませ口を窄める。

 その姿は立派な愛奴隷だ。

 口を外し丹念に根元から鈴口まで舐め上げ、時には舌先で鈴口を割り強く吸い上げてくる。

 まだまだ拙い舌技だが、懸命に奉仕する姿が健気で愛らしい。

 不意に顔を上げる妹紅。

 悪戯っぽく笑うと両手を胸の横に寄せ、掌で包み込む様に左右から押し上げた。

 出来た谷間に挟まれるのは俺の肉棒。

 その柔らかな感触に思わず呻く。

 

 

 ──どこでパイズリなんて覚えた!? 

 

 

 そこまでのボリュームが無い為肉棒全体が埋まる訳では無いが、その分潰れて変形した胸がこの上無く淫靡だ。

 れろー、と唾液を垂らして滑りを良くし上半身をくねらせる様に愛撫してくる。

 竿を上下に扱きながら再び亀頭をくわえ、ちゅるちゅると吸い上げてくる。

 予想以上の快感に思わず我慢を忘れ、大量の精子が妹紅の喉を叩く。

 

 

「んっ、んんぅっ!」

 

 

 流石に全部は飲み込めず口の端から精子が溢れ落ちる。

 けほっけほっ、と咳き込みながらも妹紅は身体を投げ出し、床に落ちた精子の犬の様に舐め取った。

 淫猥な姿で肉棒は更に硬さを増す。

 が、妹紅はくすっと──ややサドスティックな笑みを浮かべて口を開いた。

 

 

「にぃにのせっかちさん♪」

 

 

 言葉と同時、視界が上に向かう。

 押し倒されたと理解するより早く、妹紅は俺の上に跨がっていた。

 ぺろりと赤い舌が唇から覗く。

 

 

「妹紅がにぃにを犯してあげる」

 

 

 細い腕が伸び俺の両手首を捉えた。

 呆気に取られ抵抗出来ずにいる俺を満足そうに見下ろし、妹紅は腰を落とした。

 亀頭が秘裂を割りゆっくりと奥へ進んで行く。

 中程まで進むと一度動きを止め、態と足を滑らせる様にして最奥までくわえ込んだ。

 

 

「んはぁぁぁぁ……っ♪」

 

 

 貫かれた衝撃にだらしない愉悦の表情を浮かべる妹紅。

 快楽に喘いだまま腰を前後に振り、繋がった所からぬちゅっぬちゅっと卑猥な音を響かせて楽しんでいる。

 普段のキツキツな膣内とは違う。

 まるで俺の為だけに誂えた専用品かの如き気持ち良さが肉棒を襲う。

 肉壺。

 そうとしか表現出来ないうねりと締め付けに翻弄され、俺は初めて性交渉の優位性を奪われていた。

 

 

「あはっ、にぃに、気持ち良さそう。今日は妹紅が、にぃにの精子いっぱい搾り取ってあげるから心配しなくて良いよ? にぃにのおちんちんで、いっぱいおなにーしてあげる♪」

 

 

 左手の拘束を解いた妹紅は、そのまま右手で玉袋を弄び始めた。

 ふにふにと絶妙な力加減で弄られ、堪らず声を上げてしまう。

 腰を退いて逃げようとするが、背後に有るのは檜の床板。

 かといって左右に身を捩れば妹紅がすかさず腰を合わせ、更なる快感を叩き込まれてしまう。

 出来る事と言えば、歯を食い縛り襲い来る快楽に耐えるだけ。

 そんな俺の様子を楽しそうに眺めていた妹紅は、ふと笑みを濃くした。

 何を、と問い掛けるより早く妹紅の細い指先が尻へ伸びる。

 

 

「ま、待て妹紅!? そこは」

「くすくす、にぃには妹紅の玩具なんだから、喋っちゃダメでしょ?」

 

 

 ぬぷっ、と指先が入ってきた。

 未知の感覚に声を上げそうになるが、どうにか精神力で捻り伏せる。

 

 

「あ、中で大きくなった♪ にぃには女の子にお尻弄られて気持ち良くなっちゃう変態さんなんだね」

 

 

 くすくすと淫靡に笑いながら手と腰の動きを早くする妹紅。

 すっかり主導権を握られ、射精のタイミングまで操られている様だ。

 俺に余裕が有ると見るや激しい動きで情欲を煽り、上り詰める手前で締め付けを弱めて沈静化させる。

 何度か腰を突き上げるも、合わせて腰を浮かせられる為に欲しい快楽は得られない。

 生殺し、と言う表現が一番正しい。

 それでいて妹紅は楽しそうに微笑むばかりだ。

 

 

「にぃに、イキたい? おちんちんから精子出したい? 妹紅のオトナなおまたに、孕ませ精子びゅくびゅくしたいの?」

 

 

 当たり前だ、と抗議する様に腰を跳ね上げるがやはり妹紅が動きを合わせてきた。

 もどかしさだけが募る。

 身体を起こしたり腕を伸ばそうとする度、胸元や肩を押さえられ満足に動く事すら出来ない。

 そして妹紅は俺が反抗する度に寸止めを繰り返し、快楽と言う鎖で俺を縛り付けていくのだ。

 先程から視界はチカチカと明滅を繰り返している。

 思考も混濁し定まらない。

 いつまで続くのか、と絶望に似た疑問が脳裏を掠めた瞬間、妹紅は口を開いた。

 

 

「ちゃんとおねだり出来たら、イカせてあげるよ?」

 

 

 反射的に唇を噛み締めるが、力は殆ど入っていなかった。

 猛毒を流し込まれた心が、溶ける。

 

 

「──……れ」

「なぁに、にぃに?」

「イカせて、くれ……っ」

「良く聞こえないなぁ〜?」

「頼むっ、イカせてくれっ!」

「良く出来ました♪」

 

 

 ずちゅっ、と妹紅が腰を落とした。

 鈴口が子宮口を割り壁奥まで一直線のルートを作り上げる。

 同時にやわやわと撫で上げるだけだった膣肉が、一斉に子宮へ向かって吸い上げる様に動き出した。

 限界に限界を重ねてきた肉棒に耐えられる筈も無く、一瞬で絶頂へ導かれる。

 

 

「くぅぅぅっ!?」

「んはっ、あはぁ、来てるぅ、にぃにの熱い精子、妹紅のおまたにびゅくびゅく出てるよぉっ♪」

 

 

 何度も何度も、水鉄砲の様な勢いで精子が噴き出す。

 すぐに妹紅の子宮は満たされ、内容量を遥かに越えた精子が子宮を拡張していく。

 ぽこっと膨れる腹を愛おしげに撫でながら、妹紅は妖しく微笑んだ。

 

 

「あはっ、妹紅妊娠しちゃうかも。にぃにの子供、出来ると、良い……な……」

 

 

 そのままドサッと倒れてきた。

 慌てて抱き止めるが反応が無い。

 

 

「……妹紅? おい、妹紅、しっかりしろ! 妹紅、妹紅っ!?」

 

 

 肩を掴んで揺するが閉じられた瞳は開かず、荒い息だけが返ってくる。

 快楽で骨抜きにされた身体を叱咤し、なんとか上体を起こす。

 と、妹紅の身体が突然縮み始めた。

 愕然としている間も収縮は続き、普段の幼女サイズで止まった。

 一体何が、とパニックを起こしながらも取り敢えず自分と妹紅を浴衣に着替えさせ、一路永琳の下へ向かう事にした。

 

 

 

 

 

 

「そんな事が……まさかもっちーが受けに回る日が来るとはねぇ」

「全てが予想の斜め上だったからな。それより妹紅がSだった事に驚きを隠せん」

 

 

 肉体的にも精神的にも疲れ果て、溜息を吐いて緑茶を啜る。

 永琳に妹紅の容態を見せた所、一時的な疲労に因る失神と判明した。

 目を離した隙に妹紅が永琳の薬を飲み、大人になった事でテンションが上がり「今ならにぃにの赤ちゃん孕めるかも」と風呂場へ突撃してきた、と言うのが事の真相らしい。

 

 

 ──帰ったら諏訪子に頼んで何でもかんでも拾い飲みしない様教育して貰おう。

 

 

 永琳は申し訳無さそうに何度も頭を下げていたが、悪いのは勝手に飲んだ妹紅だ。

 というか薬を勝手に飲んだ挙げ句診察までさせてしまった俺達が圧倒的に悪い。

 我慢が出来なくなった輝夜がハリセンで止めるまで互いに頭を下げ続けていたのは内緒だ。

 因みにテンションが上がり捲った理由は、薬が体内でアルコールに似た成分を発生させていた為らしい。

 早い話が薬で酔っ払っていたのだ。

 金輪際妹紅にアルコールの類は与えまい、と心に固く誓った。

 

 



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守矢の巫女。そして気分は近親相姦。※

 

 

「おとーさん」

「ん?」

「でへへ……呼んだだけです」

 

 

 こいつめ、と額を指でつつくと奈苗は嬉しそうに抱き付いてきた。

 奈苗が着ているのは普段の巫女服では無くデフォルメされた蛙と蛇が描かれた白地の浴衣だ。

 先日妹紅の再教育を諏訪子が行っていた際に暇だったので造ってみた。

 流石に本職の人が手掛けた浴衣とは比べるべくも無いが、本人には至って好評だ。

 ほぼ毎日それを着て擦り寄ってくる。

 

 

「おとーさん」

「ん?」

「でへへ……むぎゅっ」

 

 

 膝の上に乗って甘えてくる奈苗を抱き返し、優しく髪を梳いてやる。

 うにゅうにゅと幸せそうに微笑む奈苗にいつもなら妹紅か諏訪子辺りが嫉妬しそうなものだが、家の中は伽藍と静まり返っていた。

 妹紅は京で不比等と諏訪子の再教育プログラムの履修——という名の帰省と三者面談——を、神奈子は俺が神格化した事に関しての調整や報告を兼ねて出雲へ出向、ルーミアは村人の誕生日が有るのでそれの料理作りへ。

 皆色々な理由で留守にしている。

 が、本音は「さっさと奈苗を女にしてやったらどうだ」と圧力を掛ける為に口裏を合わせたらしい。

 そう紫に聞いた。

 だが話している最中紫はスキマに引き擦り込まれてしまった。

 最近紫は能力が強化され『境界を操る程度の能力』を得たらしい。

 今回もその能力を使って生み出したスキマから上半身だけ出して遊びに来ていたんだが……隙間妖怪がスキマに引き擦り込まれるとかどんな冗句だ。

 まぁ、背後にルーミアらしき金髪が揺れていたのは気の所為だな。

 誰が何と言おうと気の所為だ。

 

 

「おとーさん」

「ん?」

「……なんでもないです」

 

 

 顔を胸に埋めて恥ずかしがる奈苗。

 耳の先まで真っ赤だ。

 初々しい事極まり無いが、同様に俺もどうして良いか解らずに戸惑っている。

 バカップルの様にイチャついては居たが、はっきり言って俺の恋愛経験は少ない。

 ルーミアを始め嫁達全員と、恋愛を始める前に関係を深めてしまっている。

 身体を重ねた分心の距離も近付いてはいるが、それが裏目に出ている。

 解りやすく言えば……そう、俺は清い交際というものに全く慣れていないのだ。

 仲良くなったら即孕ませというエロゲ的展開でここまで生きてきた所為か、純粋に慕ってくれている奈苗を相手に何をしたら良いのか皆目見当が付かない。

 そんな様子が酷くもどかしかったらしく、皆一致団結して今回の作戦に踏み切った様だ。

 ……いや、それで良いのか嫁達。

 疑問は残るがこの際それは置いておこう。

 目下最優先とすべき問題は、

 

 

「おとーさん」

「ん?」

「でへへ……呼んだだけです」

 

 

 この無限ループに突入した会話をどうするかだ。

 視線を感じて目を向ければ、奈苗はサッと目を逸らしてしまう。

 なんとなく照れ臭く感じ俺もそっぽを向くのだが、少し経てばまたチラチラとこちらを窺ってくる。

 どうしたもんかと考え込めば、先程の無限ループが始まる。

 

 

 ——くっ、付き合い始めた中学生カップルか俺等は!? 

 

 

 顔を覆いたくなるが生憎正面から抱き付かれている為、両腕共に奈苗が拘束中だ。

 軽く身動ぎすれば、更にむきゅっと抱き付いてくる。

 或る種これは拷問に近い。

 目を開ければ奈苗の桜色に染まった可愛らしい顔が有り、息を吸えば奈苗の髪から何とも言えない良い匂いが流れ込み、かと言ってそれらを無視したら抱き吐いている奈苗の柔肌の感触が精神をガリガリ削ってくる。

 そして妙な所でチキンな俺は奈苗をこの場で押し倒す度胸も無い。

 難儀だ。

 

 

「奈苗」

「なんですか?」

 

 

 無邪気に見上げてくる姿に耳が熱くなる。

 思わず何でもないとヘタレそうになる自分を焚き付け、口を開く。

 ……多少上擦った声が出たのは正に不覚だったが。

 

 

「何か食べたいもの無いか? せっかく二人切りなんだ、奈苗の要望に何でも応えてやるぞ」

「わ、本当ですか? おとーさん料理上手だから楽しみです。何が良いかなぁ、せっかく二人切り何だから豪華に……ふ、二人、切り……」

 

 

 ぽん、と一気に奈苗の顔が赤く染まった。

 言ってから俺も気恥ずかしくなる。

 それとなく意識しない様にしていたが改めて言おう。

 今この家には俺と奈苗しか居ない。

 ……いかん、顔が熱くなってきた。

 気恥ずかしさを誤魔化す為奈苗にどいて貰い、取り敢えず夕飯の支度を始める事にした。

 

 

「で、奈苗。何を食べたい?」

「そうですね……あっ」

「うん?」

「おとーさんの思い出の料理が食べたいです!」

「思い出の料理?」

「おとーさんに取って懐かしい味って言うか、お袋の味みたいなものを食べてみたいです!」

 

 

 拳を握り締めてむふー、と鼻息荒く宣言する奈苗。

 鮮やかな緑がほんのり交じる髪の毛を指で梳きながら、俺は記憶の引き出しをひっくり返していた。

 

 

 ——お袋の味、ってか。

 

 

 正直記憶に無い。

 共働きだった両親は仕事が忙しいらしく、顔を合わせて食卓を囲むのは年に数回しか無かった。

 殆ど出来合いの惣菜若しくはコンビニ弁当という食生活。

 中学生の頃に飽きて自分で料理を作り始めたが、自分の味のベースは特に無かった様に思う。

 故に『お袋の味』なるものを持たないんだが……はてさて、どうしたもんか。

 顎に手を当て悩む俺の前で、キラキラと目を輝かせる奈苗。

 レディの要望には敏感でないとな。

 ふむ、と一つ頷いて俺は食材を取り出す。

 豆腐、人参、椎茸、山葵、海苔。

 山葵と海苔を薬味と考えれば材料は三つと少ない。

 奈苗もどんな料理を作り上げるのか解らずに首をへにゃりと傾げている。

 

 

「むーん、おとーさんはこれで何を作るんでしょう」

「簡単な料理だ。それ故に作り手の心が問われる料理でも有る」

 

 

 先ずは米の様子を見る。

 奈苗と居間でまったりする前に米だけは炊いて置いた。

 釜を開ければ、ぴんと立つ白米が真珠の様に輝いている。

 最高の仕上がりだな。

 これならすぐに取り掛かれる。

 早速鰹節と昆布で濃いめの出汁を取り布で漉す。

 その間に豆腐を約一センチ四方、椎茸と人参は二〜三ミリの歯触りが残る程度に刻んで置く。

 微塵切り一歩手前くらいで良い。

 次に具材を出汁に投入し煮立てて行く。

 火加減に注意し沸騰させないのが重要だ。

 火が通ってきたなら醤油、酒、味醂、少々の塩で味を整える。

 薄味が好きなら味醂と塩を抜いても良い。

 人参に充分火が通ったら少し大きめの茶碗に具と汁を注ぎ、その上に米をよそってやる。

 最後に炙った海苔を小さく千切って散らし、山葵を乗せれば出来上がりだ。

 出汁の深み、山葵と海苔の香りが絶妙なハーモニーを奏でる一品だ。

 レシピは何故か中学校の図書室に有った、某親子喧嘩漫画から拝借した。

 あの親子、最近和解したらしいな。

 

 

「わぁ、美味しそうです! これがおとーさんの思い出の味なんですか?」

「あぁ。詳しい話は後でしてやるから、先に食ってしまおう」

「はぁーい♪」

 

 

 茶碗を二つ盆に乗せ、奈苗の先導で居間に戻る。

 途中、奈苗が敷居に躓いて倒れたというハプニングも有ったが奈苗のドジはいつもの事なので気にしない。

 

 

「大丈夫か、奈苗? 着いたら軟膏塗ってやるから、もうちょっとだけ我慢してくれ」

「うぅっ、ありがとですおとーさん」

 

 

 過保護? 

 馬鹿言え、俺は放任主義だ。

 その後奈苗に傷が無いか確認して、少し早めの晩御飯と相成った。

 育ち盛りの奈苗には物足りないかと思い少し多めに用意していた具と汁が、あっと言う間に奈苗の細い身体に収まった。

 食べ終わった奈苗だが、まだまだ余力が有りそうだ。

 一人で三合の米を食べた筈なんだが……。

 チラッとふくよかな胸に視線を送る。

 やはり乳に栄養が行っているのだろうか。

 デザートに冷やしたコクワを出してやり、緑茶を飲みながら暫し休憩。

 

 

「おとーさんおとーさん」

「ん?」

「さっきの料理、何で思い出の味だったんですか?」

「あー、アレな。俺が初めて作った料理だったんだよ。十三の時だったか」

「ほへぇ〜、十三歳であの料理を」

「因みにルーミアにもまだ食べさせてやってない」

「え?」

「内緒だぞ」

 

 

 意地の悪い笑みを浮かべて奈苗を見る。

 最初はぽかんとしていたが意味を飲み込むと嬉しそうに頷いた。

 

 

「内緒ですね」

「二人だけの秘密だ」

「でへへ、何だかドキドキしますね。私とおとーさん二人だけの秘密だなんて」

「バレたらルーミアや諏訪子から説教喰らうだろうな」

「別のドキドキが襲ってきました!?」

 

 

 きゃぅんと頭を抱えて怯える振りをするが、その瞳は何かを期待する様に俺へ向けられていた。

 甘えん坊な奴だ、と苦笑を返し両手で抱き寄せてやる。

 嬉々として膝の上に乗ってきた奈苗を撫でてやると、気持ち良さそうに目を細めた。

 本当、犬っぽいな。

 そんな風に遊んでいると、不意に奈苗が顔を上げた。

 

 

「おとーさんは不思議です」

「不思議?」

「暖かくて優しくて、一緒に居ると胸の奥がぽわぽわするんです。くっ付いてるとぽわぽわがドキドキに変わって、でもそのドキドキは嫌なものじゃ無くって。苦しい様な嬉しい様な、とっても不思議な気分になるんです。今だって、ほら」

 

 

 奈苗は俺の左手を取ると何の躊躇いも無く、くいっと掌を胸に押し当てる。

 むにゅっと柔らかい乳の感触、じんわり広がる体温、そして掌を叩く胸の鼓動が伝わってきた。

 

 

「……ね? 凄く速くなってます、心臓。おとーさんと触れ合うだけで、こんなにもドキドキしちゃうんです。それに……」

 

 

 掴んだ手を少しずらす。

 俺の掌に奈苗の胸が触れた。

 そのまま指先を這わせ揉み上げる様に手をくねらせた。

 気持ち良いのか、奈苗は小さく声を出す。

 

 

「んっ……こんな風におとーさんに触られるのを考えただけで、ドキドキが止まらなくなっちゃうんです。本当はいけない事なのかもしれませんけど、もう我慢出来ないんです。おとーさん、私をおとーさんの女にしてください」

 

 

 

 

 

 

 ちゅぷっ、ちゅぷっ、と淫靡な水音が室内に響き渡る。

 重ねた唇の内、互いの舌が貪り合う様に蠢いている。

 唾液を流し込まれた奈苗は、んくんくと白い喉を鳴らした。

 俺の胸板に圧され平たく変形した乳房は奈苗がぴくんと跳ねる度、大きくぷるんと揺れ動く。

 

 

「ちゅ、んちゅっ、あっ……」

 

 

 唇を離すと悲しそうな声を上げる。

 身体は雌として反応しているのに精神はまだまだ子供の様で、そのアンバランスさが何とも可愛らしい。

 乳首はツンと上を向き、秘裂からは充分な量の愛液が漏れ出ている。

 肉棒で秘裂をゆっくり擦り上げると、未知の快感に身体をぶるっと震わせた。

 

 

「怖く無いか、奈苗」

「……少し」

「出来る限り優しくする」

 

 

 肉棒を秘裂に宛行い少しずつ腰を沈める。

 亀頭が半分程入った辺りで一度動きを止めて、奈苗の様子を窺う。

 

 

「行くぞ」

 

 

 こくりと頷いたのを確認して、俺は一気に奈苗の膣を貫いた。

 肉棒の侵入を阻んでいた感覚が途切れ、スムーズに奥へ入り込んだ。

 悲痛な叫びが上がるかと思っていたが奈苗は唇を噛み締め、異物が入り込んで来る感覚と響き渡る鈍痛を健気に耐えていた。

 腰を動かさない様に配慮しながら上体を倒し、奈苗の唇を吸う。

 

 

「良く頑張ったな、偉いぞ」

「……凄く痛かったです……でも、これで私もおとーさん専用になれましたよね」

「あぁ、奈苗は俺の大切な嫁さんだ」

「……でへへ、嬉しくて涙出て来ちゃいました」

 

 

 目尻に溜まった涙が宝石の様に輝く。

 俺はそれを指先で掬う様に払った。

 

 

「愛しい嫁さんを泣かせてしまったな」

「責任取って下さいね」

「どうしたら償える?」

「時々で良いです。私も……おとーさんに、抱いて欲しいです」

「奈苗は欲が無いな、もっと俺を困らせても良いんだぞ?」

「じゃあ……いっぱい気持ち良くして下さい♪」

 

 

 それならと俺は能力を発動させる。

『治癒の軟膏』を肉棒に薄く纏わせ破瓜の痛みを和らげてやる。

 スッと痛みが退いていく感覚に、奈苗は少し戸惑いながら見上げてきた。

 ……奈苗、その視線は止めなさい。

 加虐心をそそられるが優しくすると言った手前、乱暴に動く訳にも行かないので再度唇を重ねて誤魔化した。

 

 

「んむっ……んはっ、おとーさん、もう動いても平気みたいです」

 

 

 期待に瞳を潤ませ熱い吐息を漏らす。

 導かれる様に、俺は腰を動かしていた。

 

 

「ふぁっ!? あっ、おとーさん、おとーさんのが、私の中で動いてますぅっ、んぁ、あっ、あぁんっ、凄いですぅ、おとーさんの、大きくて、中でゴリゴリして、んひぃっ!? や、今気持ち良いとこ、擦れて、ひゃぅんっ、凄いですぅっ」

 

 

 腰を前後させる度に身体を震わせ、可愛らしい悲鳴を上げる。

 両肩に回された手が奥を突くときゅっと握られ、肉棒を抜くと追い掛ける様に腰を浮かせてくる。

 初めて抱かれたと言うのに、奈苗は本能的に男を悦ばせる動きを取っていた。

 更に俺を興奮させていたのは奈苗が「おとーさん」と呼んでくる事だ。

 呼ばれる度に、倒錯的で背徳的な感覚が背筋を撫で上げる。

 まるで実の娘を犯している様な気分だ。

 やはり諏訪子達と出逢う前、ルーミアにパパと呼んで貰うプレイを控えた事は間違いでは無かった。

 やったら間違い無くハマっていたな。

 

 

「あぁっ、中でおとーさんのが、おとーさんのが大きくなってますぅ!? こ、こんなの、私のがおとーさんの形になっちゃいますよぉっ」

 

 

 目を見開いて喘ぐ奈苗。

 なら手加減してやろうかと腰を引いたら、がしっと両足を腰に絡めてきた。

 そのまま交差した足首に力を入れて、くぃくぃと引き寄せながら腰を合わせてくる。

 

 

「いやぁっ、抜いちゃ嫌ですぅっ、おとーさんの、おとーさんので、もっと私を犯して下さいっ、おとーさんに犯されてないとおかしくなっちゃうくらい、私をおとーさんでいっぱいにして下さいっ」

 

 

 余りに淫らな奈苗の姿に興奮しつつ、俺は僅かな戸惑いを覚えていた。

 先程まで処女だったのに何故ここまで淫乱になってしまったのか。

 

 

 ——……血筋か? 

 

 

 一番有り得そうで困る。

 ほぼ絶倫状態の俺と年中発情期な淫乱雌蛙こと諏訪子の遺伝子を受け継いでいるのが奈苗だ。

 或る意味サラブレッドなのかもしれん。

 とすれば、純正だった鼎はどれ程のものだったのだろうか。

 鼎の旦那の死因が腹上死で無い事を祈る。

 思考を脇道に逸らしながらも腰を振っていると、奈苗の反応はどんどん強くなっていった。

 膣から溢れる愛液はその量を増し、上がる嬌声は更に艶めかしく。

 釣られて俺の動きも速まり、二人揃って絶頂へ駆け上がる。

 

 

「あひっ、ひぃっ、あぁっ、あっあっ、きちゃいますぅ、おとーさんっ、凄いのがきちゃいますぅっ」

「奈苗、中に出すぞ」

「はいっ、中に、中におとーさんの、いっぱいくださ、あっ、んはぁっ、あぁぁぁぁぁんっ!」

 

 

 一際高く鳴いた奈苗の手に力が籠もる。

 肩甲骨の横にガリッと爪が立てられ、肉を抉り取っていく。

 それとほぼ同時に精子が弾けた。

 

 

「あぎぃっ!? ————っ、ぁ」

 

 

 身体をピンと張り数度痙攣した奈苗は、不意にガクッと首を垂らした。

 初めて迎えた絶頂に意識が耐えられなかった様だ。

 尚も子宮にびゅくびゅくと流し込まれる精子を感触に、時折言葉にならない喘ぎ声を漏らしている。

 ……処女相手に飛ばし過ぎたか? 

 そんな考えが脳裏を過ぎる。

 人間相手は妹紅に続いて二人目だが、最初の時は妹紅も気絶していたしなぁ。

 と、意識の無い奈苗の口から何言かが漏れ出ていた。

 耳を寄せてみる。

 

 

「……おと、さん……もっとぉ……♪」

 

 

 どうやら夢の中でも犯されているらしい。

 これは流石と言って良いのだろうか。

 改めて女は強いと認識させられた俺は押し入れから掛け布団を一枚追加で取り出し、風邪を引かない様奈苗の肩に掛けてやった。

 立ち上がる際なかなか離してくれなかった事は、明日の朝奈苗を弄るネタにしよう。

 寝入る前に、再度能力を使いライフを回復させて置く。

 これで明日も元気な奈苗を拝める。

 

 

「お休み、奈苗」

 

 

 伸ばした左腕を枕代わりに貸してやり、俺は瞼を閉じた。

 

 



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第四幕
転移式隙間。そして強制放浪の旅へ。


 今日も平和な一日が始まる。

 鳥の囀りに目を覚ますと両腕が軽い痺れを訴えてくる。

 右腕には諏訪子、左腕には妹紅が抱き付いており幸せそうに寝息を立てている。

 夜中にこっそり潜り込んで来るのが最近の日課らしい。

 まぁ、概ねいつもの事だ。

 肘を曲げて指を伸ばし、二人の鼻を摘んでやった。

 十秒経過。

 眉間に皺が寄り始める。

 二十秒経過。

 細かくぷるぷると震え始める。

 ここで一旦指を離す。

 三十秒程で呼吸が元通りになり、更に追加で十秒待って再び鼻をぷにっと摘んだ。

 それを何度か繰り返す。

 面白いのは二人の反応が対照的な事だ。

 諏訪子は少しずつ頬を上気させ虐められる事に快感を得ているが、妹紅は眉間に刻まれる皺が回数を重ねる毎に深くなっていく。

 潜在的にSかMかが解るな。

 ともあれ遊んでいても仕方が無いので二人を起こす事にした。

 

 

「ほれ二人共、朝だぞ」

「うぅ〜……」

「くー……すー……」

 

 

 身体を揺すると妹紅は不機嫌そうに呻き、諏訪子はその揺れが気持ち良いのか安らかな笑みを浮かべている。

 一向に起きる気配が無い。

 呆れと諦めを多量に含んだ息を吐き出し、俺は気の進まない方法で起こす事にした。

 諏訪子の耳元に顔を寄せ、囁く。

 

 

「いつまで寝ているつもりだ、雌蛙」

「ひぅん!?」

 

 

 顔を真っ赤に染めて覚醒する諏訪子。

 怯えた振りをしながらも情欲に塗れた瞳で俺を見上げてくる。

 が、俺が夜伽の雰囲気を微塵も感じさせない事に気付くと慌てて周囲を見渡した。

 

 

「あ、あれ?」

「おはよう、諏訪子」

「お、おはよう。あれ、え、あれ?」

「どうした諏訪子、夢でも見ていたのか」

「……な、なんでもないよ」

 

 

 問い掛けると少し照れた様子で首を振る。

 まぁ、朝から淫夢を見ていたなんて言えないだろうからな。

 続いて妹紅を起こす。

 方法は簡単だ、ただガクガクと強く揺さ振ってやれば良い。

 

 

「目指せ一秒間に十六回振動」

「もこちゃん死んじゃう!?」

 

 

 大丈夫だ、不老不死だから。

 等と冗句を飛ばしながら妹紅の肩を掴み揺さ振り始める。

 二十秒程で重い瞼が開いた。

 

 

「……んぇぁ〜」

「おはよう、妹紅」

「……にぃに、おは……ふわぁ〜」

 

 

 盛大な欠伸を見せ付ける妹紅を諏訪子に預け、やや肌寒い廊下をひたひた歩く。

 もうすぐ冬か。

 まだ吐く息は白くないが、後数週間で雪が降ってくるだろう。

 村の雪掻きも手伝ってやらんとな。

 居間の襖を開けると、朝餉の用意をしていたルーミアと奈苗が出迎えてくれる。

 

 

「おはよう、ケイ」

「おとーさん、おはようございます」

「ん、おはよう」

「今日は玉子焼きと焼き秋刀魚ですよ。玉子焼きは私が作りました」

 

 

 えっへん、と胸を張る奈苗。

 諏訪子と妹紅が見たら血涙流しそうなくらい胸が揺れている。

 ルーミアは胸の大きさに頓着していない。

 そこら辺は大人の余裕と言う奴か。

 どうでもいい事を考えながら配膳を手伝っていると神奈子がやってきた。

 

 

「お、契も起きたか。おはよう」

「おはよう神奈子。朝から湯浴みとは優雅だな」

 

 

 風呂上がりでほんのり桜色に染まった肌が艶めかしくて実に良い。

 髪の毛もいつものふんわりヘアーではなく真っ直ぐ下へ伸び落ちていて、清楚な雰囲気とクールビューティな感じが加わり非常に可愛らしい。

 俺個人としてはこのストレートに下ろした髪型の方が好きなんだが、本人はいつもの髪型が気に入ってる様だ。

 

 

「おにいさん、おはちゅー」

 

 

 突然背後から声を掛けられた。

 振り向くと同時唇に柔らかいものが触れ、しっとりとしたものが口内を犯してくる。

 まぁ、スキマを割って現れた紫が朝の挨拶と共にキスを仕掛けてきただけだが。

 最近、紫も我が家の食卓に加わる様になった。

 一人で食べるご飯は寂しいらしい。

 色々と世話になった事も有るし皆歓迎したのだが……毎朝こうしてキスをねだるのは如何なものだろうか。

 最初は奈苗や妹紅が嫉妬していたのだが、嫁同士で何か取り決めを交わしたらしく最近は紫の特権となっている。

 ……勿論、そこに俺の意志は無い。

 嫌では無いからいいか、と思い始めてきたのは嫁達に調教されているからだろうか。

 少し不安だ。

 ともあれ配膳を続け皆が揃った所で楽しい朝食の時間だ。

 

 

「いただきます」

 

 

 両手を合わせて味噌汁を一口。

 具は長葱と占地。

 占地の歯応えに続いてシャキッと鳴る長葱の食感が素晴らしい。

 玉子焼きは甘い味付けで、出汁巻き玉子とはまた違った美味しさが有る。

 特に妹紅には大好評で、絶賛された奈苗は照れ臭そうに笑っていた。

 あっと言う間に平らげ、食事時間僅か十五分。

 それでも朝から三杯もお代わりしたルーミアには『はらぺ娘』の称号を贈ろう。

 後片付けも終えて暫し一服。

 と言っても煙草はやらないので庭を眺めながら緑茶を飲むだけだが。

 これまたいつもの様にまったりしていると、紫が思い出した様に言った。

 

 

「おにいさんおにいさん、この後予定は有るかな?」

「全く無い。どうした?」

「実は河童に手伝って貰って私の能力を埋め込んだ道具を開発して貰ったんだよね。それを使えば離れた場所でもすぐに到着出来るって訳。で、これから実物を受け取りに行くんだけど道中一人じゃ寂しいなぁ〜って」

 

 

 上目遣いに見てくる紫。

 すっかりあざとくなってしまった。

 懐かれた代償とでも考えて置いた方が精神衛生上良さそうだな。

 

 

「解った、行くよ」

「ありがとおにいさん、大好き〜」

「じゃあ善は急げだな、すぐ出発しよう」

「あぁん、いけずぅ!?」

 

 

 むきゅっと抱き付いてくるのをひらりと躱して立ち上がり、湯飲みを台所に置く。

 その後自室で浴衣からYシャツとスラックスに着替え厚手のジャケットを羽織れば準備万端。

 途中部屋の外から「おとーさんの生着替えハァハァ……うっ、……ふぅ」とか聞こえたが全身全霊を以て無視した。

 襖を開けると賢者タイムの奈苗が何やら良い空気を吸っていた。

 それで良いのか巫女少女。

 まぁ、そんなイベントも有りつつ玄関へ向かうと紫が日傘を差して待っていた。

 前にプレゼントした紫陽花の刺繍が施された着物を着ている。

 気に入って貰えている様で嬉しい。

 

 

「待ったか?」

「ううん、今来た所」

 

 

 デートの待ち合わせをしたカップルみたいな会話に、二人で笑い合う。

 紫は日傘を差したまま、左手を伸ばす。

 右手を重ねると、愛おしげに指を絡めてきた。

 少し気恥ずかしい。

 が、満面の笑みを浮かべる紫を見ているとこんな日も偶には良いか、と思えてきた。

 空を仰ぎ見る。

 雲一つ無い晴天が広がっていた。

 今日も一日、平和に過ごせそうだな。

 

 

 

 

 

 

「……で、何で俺はこんなに怖がられているんだ?」

 

 

 疲労を多分に含んだ溜息が漏れる。

 それに反応して緑の帽子と青い髪がビクッと震えた。

 紫は隣で乾いた笑いを上げるばかり。

 今俺が居るのは幽香の家に程近い滝の側、木々の中にひっそりと佇む小屋の中だ。

 研究や開発が好きな河童の中に於いて『マッド』の烙印を押された奇特な河童が住むと紫に連れられやって来たんだが。

 

 

「にとりが人見知りなのは知ってたけれど、まさかここまでとは思わなかった」

 

 

 そう語るのは紫。

 ここの主は『河城にとり』と言うらしい。

 そしてその当人が、組まれた何かの部品の後ろで怯える様に俺を窺っている少女と言う訳だ。

 入るなり隠れてしまって、自己紹介をする間も無く避けられている。

 話をしようにも口を開けば物陰に隠れてしまうし、一歩踏み出しただけで「ひゃぁうぅぅぅっ!?」と悲痛な叫びを上げられてしまう。

 先程は視線を向けただけで半泣きされた。

 

 

 ──これは精神的にキツい。

 

 

 元来打たれ強い訳では無い俺のメンタルは既にアラートを発している。

 一番途方に暮れているのは紫だろう。

 片や見知らぬ男に怯える少女、片や少女の反応に打ち拉がれる男。

 どうしたら良いのかさっぱり解らん。

 

 

「え、えっと、大丈夫よにとり! おにいさんは優しくて良い人だから!」

「……ほ、本当……?」

「勿論よ、噛み付いたりしないから!」

 

 

 俺は犬か? 

 色々と突っ込みたいが取り敢えず少女は紫の言葉を信じたらしく、ゆっくり、非常にゆっくり顔を出す。

 が、俺と目が合うとすぐに引っ込んでしまった。

 これはなかなか難しいぞ。

 

 

「あぁっ、ほら大丈夫だから! おにいさん怖く無いよー、ほらステイステーイ。良い子良い子」

 

 

 無理矢理屈まされ頭を撫でられる。

 よし紫、帰ったらじっくり語り合おうじゃないか。

 と言うか紫の説得の所為で、自分が大型の盲導犬か何かになった気分だ。

 そして彼女は大型犬に怯える中学生……。

 止めよう、何か悲しくなってきた。

 幼女安打率はインド人もびっくりなんだが、どうも少女安打率は奮わないらしい。

 その後も暫く説得を続け、どうにか恐怖心は拭い去れた様だ。

 まだ硬さは残るがそれでもしっかりと少女は自己紹介をしてくれた。

 

 

「えっと、は、初めまして。かっ、河城にとりと申します。河童ですっ」

「これはご丁寧にどうも。俺は望月契、しがない人間で最近神になった半端者さ。宜しくな、にとり」

「はっ、はいっ! 宜しくお願いしますっ」

 

 

 ぺこっと頭を下げるにとり。

 左右の短いツインテールがぴょこっと揺れて愛らしい。

 水色に染まった白衣……染まっている時点で白衣なのかは疑問だが、ともかくそんな感じの服を着ている。

 左右に増設されたポケットから覗く作業手袋や背負った緑色のリュックサックからはみ出たスパナが異彩を放つが、見た感じ大人しそうな娘だ。

 

 

「そんなに畏まらなくて良い、もっと砕けた話し方のが嬉しいからな」

「はっ、はいっ! あ、じゃなくてっ、う、うんっ!」

 

 

 カチコチと機械仕掛けの様に動く。

 まだまだ先は長そうだ。

 ともあれにとりの先導で小屋の奥へ。

 物が溢れ返っている所為か案外狭く感じる室内の端、金属製の床板が有る。

 突如現れた近代文明の香りに呆けていると、にとりは壁のボタンを押し込んだ。

 プシューと空気が抜ける音が鳴り、金属製の床板がスライドして開いた。

 その下には階段が続いている。

 

 

「どういう事だ……?」

「河童は凄い技術力を持ってるんだよ、おにいさん」

 

 

 凄いなんてもんじゃない、これは数世代先の技術力だ。

 電気をエネルギーとしている事が如何に優れたものかを、イマイチ紫は理解出来ていないのだろう。

 呆然としつつもにとりの後を追って階段を下りていく。

 一歩進む度に電灯が足元を照らし出す。

 下り切ると、小学校のグラウンド程の広さが有る部屋に辿り着いた。

 所狭しと機材が立ち並び、正しくラボと形容出来る部屋だ。

 にとりはくるりと身を翻して、少し自慢気に胸を張った。

 

 

「ようこそ、にとりの科学ラボへ!」

 

 

 わー、と紫は拍手していたが、俺は感動も驚愕もしていなかった。

 理由は、にとりの頭上。

 一回転した時にリュックサックからはみ出していたスパナがロッカー脇のケーブルを引っ掛け、その所為でロッカー上の鉄板がずり落ちて来ていた。

 飛び込む様にしてにとりの身体を抱きかかえ、庇う為に俺の背中から着地する。

 間一髪、鉄板は俺が通り抜けてから落下し鈍い音を響かせた。

 何が起きたのか理解出来ずに、にとりと紫は目を白黒させている。

 

 

「怪我は無いか、にとり」

「え……あ……?」

 

 

 まだ脳の処理が追い付いていないのか呆けている。

 抱き締めたまま頭の先から足の先まで見渡して見るが、特に捻ったりぶつけたりはしていない様だ。

 ほっと一息吐く。

 

 

「無事で良かった」

「────っ!?」

 

 

 急に顔を逸らし俯くにとり。

 その様子にどこか怪我をしたのかと焦ってしまう。

 

 

「どうしたにとり、どこか痛むのか?」

「いっ、いやっ、だ、大丈夫だからっ!」

「そうか? 痛みが有れば言ってくれ、良く利く薬を持っているからな」

「う、うんっ、ありがとっ」

 

 

 何やら慌てた様子で手をぶんぶんと振る。

 元気そうで何よりだ。

 にとりを床に降ろすと紫が興奮して駆け寄って来た。

 ……鉄板を踏み付けているが良いのだろうか。

 

 

「にとり、大丈夫だった!?」

「うん、平気。その……契君が助けてくれたから」

「そっか、良かったぁ……それにしても流石おにいさん、格好良かったよ!」

「一瞬肝が冷えたな。にとり、こういった鉄板は或る程度纏めて低い位置に固定した方が良いぞ」

「うん……その、本当にありがとう……」

「気にするな。それよりも、にとりが無事で良かった」

 

 

 笑い掛けると、にとりは何故かまた物陰に隠れてしまった。

 ……何か怖がらせてしまっただろうか。

 と、後ろから紫が囁いてくる。

 

 

「おにいさん、今のでフラグ建ったよ」

「何?」

「ほら、にとりの顔見てみなよ。真っ赤になっちゃって……アレ、恋する乙女の瞳になってるよ」

「……マジでか」

 

 

 確かに先程と違って目に怯えの色は無く、代わりに頬が赤く染まっている。

 てか今のでフラグ建つとか、どんだけ対人経験に乏しいんだ。

 ズレた眼鏡をくいっと直しながら小さく溜息を吐く。

 

 

 ──はて、俺は地球ではそんな嬉し恥ずかしなイベントに縁が無かった筈だが。

 

 

 まぁ、好かれているなら問題無い。

 恥ずかしくて近付けないなんて、初々しくて可愛いじゃないか。

 ……無理矢理近付いたらどんな反応するんだろうな。

 おっと、また思考が鬼畜に走っていた。

 にとりを虐めるのはもう少し仲良くなってからにしよう。

 

 

「おにいさん、また悪い顔してる」

「気の所為だ」

 

 

 

 

 

 

 ちょっとしたハプニングを終えて、漸く目的の場所へ辿り着いた。

 途中冷静さを欠いたにとりが何度もケーブルに足を引っ掛けたので、その度に『治癒の軟膏』や『純白の秘薬』で治してやった。

『純白の秘薬』は『治癒の軟膏』と同じくライフ回復かダメージ軽減を選択出来る。

 違う点は回復量ないし軽減値を自分で調節出来る所だ。

 軽い怪我から重傷まで全てに使える汎用性が魅力だ。

 

 

「で、これが件の?」

「そう、隙間転移装置試作型」

 

 

 紫が手にした筒型の置物。

 ぱっと見ただの茶筒にしか見えないが、実はにとりの技術を注ぎ込んだハイテクマシンらしい。

 詳しく話を聞いてみるが、どうやら失敗作の様だ。

 理論は完璧な筈だが動作せず、一度対象を送ったら壊れてしまうらしい。

 まぁ、試作型なんてそんなもんだろう。

 紫から筒を受け取り近くの机に置く。

 

 

「まぁ、これに懲りず改修型でも……」

 

 

 二の句は継げなかった。

 何故なら話していた筈の二人が消えてしまっていたからだ。

 いや、二人だけでは無い。

 今し方置いた筒も机もラボさえも、全て消え去っていた。

 代わりに広がっているのは、鬱蒼とした深い森。

 

 

「……マジかよ」

 

 

 ぽつりと呟いた言葉は深い木々の中に溶けて消えた。

 

 



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深い森の夜。そして出逢った吸血鬼。

 

 

「ったく、どうなってんだ一体」

 

 

 悪態を吐きながら道無き道を進む。

 転移してから凡そ四時間、俺は東の方角へ進路を取り歩き続けていた。

 辺りの植物や空気の質から察するに、ここは恐らく日本じゃない。

 ならどこなのかと問われれば、少なくとも南半球では無いだろうと答える。

 すっかり日が落ちてしまったが、代わりに星を見る事が出来た。

 夜空に於いて指針と成る北極星の位置が、かなり高い。

 南十字星らしき星影も無い為、ヨーロッパ周辺若しくはカナダ辺りだろう。

 

 

 ──もう少し真面目に地学や地理の授業を聞いてりゃ、また違ったんだろうな。

 

 

 後悔先に立たずとは言うが、誰が来るべき異世界トリップに向けて勉学に励むのだろうか。

 とは言え嘆いていても仕方が無い。

 歩きながら今までに起こった事を整理してみよう。

 まず、あの筒──隙間転移装置試作型の誤作動に因って、俺は日本では無い場所に飛ばされた。

 正確な位置は不明、食糧は無し、持ち物は着ている服のみ。

 現在は夜、気温は体感で十℃前後。

 周辺に人の気配無し、周囲一里に建造物は発見出来ず。

 

 

「無理ゲーじゃね? いつから俺の人生ハードモードに移行したんだ」

 

 

 今朝まではベリーイージーだった筈なんだが。

 取り敢えず寝る所は良いとしても、食糧と飲み水の確保が急務だ。

『不死の標』でライフを底上げしたとは言え、空腹状態で気力を保つのは厳しい。

 加えて面倒なのは、先程から迫り来る異形の存在。

 

 

「くそっ、鬱陶しいんだよ!」

 

 

 地面に走る木の幹に左足を乗せ、滑る様にして身体を前にずらす。

 反動で前に出た右足を振り子の原理で後ろへ跳ね上げる。

 体重を乗せた踵に返るのは軽い衝撃。

 戻した右足を軸に、今度は左手を握り締め裏拳を放つ。

 手の甲が肉と骨を叩き、相手を吹き飛ばした。

 次の攻撃が来ない事を確認して中途半端な構えを解き、深い溜息を吐く。

 進路を東に取って以来、良く解らない何かの襲撃を受ける様になった。

 進めば進む程接敵の回数も増える為、この先に何かが有るのは間違い無い。

 身体能力はエンチャント重ね掛けで強化しているので、不格好な構えと動きにさえ目を瞑れば問題無くあしらえる。

 襲って来るのは恐らく妖怪の類だろう。

 ワーウルフやハウンドドッグ、モスマンやスプリガンらしきものを確認した。

 敵の種類から西洋妖怪とでも名付けよう。

 

 

「っと」

 

 

 気配は頭上。

 右足で弾く様に地面を蹴る。

 僅かに一歩半右に動いた身体を捻り、腰を回して左腕を伸ばす。

 手の甲から肩口に掛けてを風が撫でる。

 落ち行くのは月光を受け鈍く鉛色に照らされた一対の爪。

 鎌と呼んで差し支え無い爪は、ほんの一秒前までそこに立っていた俺を葬り去る軌道を描いて──無為に空を裂き地面に吸い込まれていく。

 が、その動きは途中で止まった。

 胸を強打した左手の拳が襲撃者の身体を跳ね上げ、骨を砕いた感触を伝えてくる。

 衝撃で一瞬宙に浮いた襲撃者を右の回し蹴りで吹き飛ばす。

 三度地面を跳ねた襲撃者は木の幹に当たって止まる。

 微かな痙攣さえ止まり骸となった襲撃者に軽く溜息を吐いて、俺は再び歩き出した。

 

 

「グロいしキモいし最悪だな。蛾男や駄犬のどこに需要が有るんだよ、ルーミアみたいに可愛い妖怪は居ないのか?」

 

 

 狼男が居るんだから吸血鬼くらい出て来ても良い筈なんだが。

 やれやれ、と肩を竦め再度エンチャントを重ねる。

『間に合わせの鎧』や『聖なる力』や『鎧をまとった上昇』と言った強化修正を中心に掛けて置く。

 これでそこら辺の中ボスには圧勝出来るだろう。

 ラスボス相当だと厳しいが、こんな深い森の中でバッタリ出会す事は無い。

 そういう奴とエンカウントするのは城の天守閣や洞窟の最奥、神殿の霊安室か正教会のステンドグラスの前と決まっている。

 だから絶対に会わないだろう……ん、これってフラグか? 

 面倒な事になる前にブレイクして置こう。

 そう思った矢先、何かが足を払う。

 気付けば視界が回っていた。

 受け身を取る事さえ叶わず地面に押し倒され、喉に手刀が当てられた。

 視線の先、赤い長髪が風に舞う。

 覆い被さる様にして俺の動きを封じたのは女性だった。

 

 

「……早速エンカウントかよ。ともあれ美人さん、いきなり襲い掛かるのはまだしも見知らぬ男に跨がるのは少々はしたないと思うが如何か?」

 

 

 軽口には応えず、何かを考え込む女性。

 一瞬の隙も見せない辺り、相当の手練れと見受けられる。

 どうにか現状から脱却したいが、右腕の肘は膝で押さえ込まれ左腕は女性が右手で抱え込んでいる。

 両足は自由だが、膝を立てるより速く手刀が振り抜かれる事は想像に難くない。

 加えてここが日本で無いなら俺の言葉が通じるかさえ疑問だ。

 交渉スキルも無い俺が抜け出すのは、ほぼ不可能と言って良いだろう。

 

 

 ──詰んだか? タフネス強化と十桁ライフが有るとは言え、格上相手に逃げ切る自信は無いぞ。

 

 

 襲撃の際に全く気配を感じさせずに一瞬で有利な状況を作り出せる相手だ、力と速さで勝っていてもそれを扱う技量と経験の差であっさり負けるのは目に見えている。

 かと言って易々と負ける訳にも行かない。

 待っている嫁達の元へ帰る為なら死神所か閻魔だって口説き落としてやるさ。

 ……死神と閻魔が男だったら走って逃げるか。

 女だったら嫁にしよう。

 

 

「貴方は何者? 何故ここへ来たの?」

 

 

 馬鹿な事を考えていると女性が鋭い視線を向けたまま問うてきた。

 掛かる声は艶が有り、平時ならばいつまでも聴いていたくなる程に綺麗なものだ。

 惜しむらくは俺に向けた警戒と不審が色濃く乗っている所か。

 ともあれ発せられたのは日本語。

 少なくとも交渉の余地は有りそうだ。

 

 

「俺は望月契。望月が名字で契が名前だ。ここに居る理由は……少々込み入った事情が有ってな、ざっくり言うなら事故だ」

「貴方の目的は?」

「当面の目的は家に帰る事だな」

「貴方は人間? それとも妖怪?」

「半分は人間だ。残り半分は神だな」

「貴方は敵? それとも味方?」

「どちらでも無い。俺はここへ来たばかりだからな」

 

 

 幾度か言葉を交わす。

 不審者に対する尋問としては至って普通なんだが……何故焦っているんだ? 

 その疑問に応える様にカサリと葉を踏む音が響いた。

 次いで届くのは悲痛な声。

 

 

「美鈴、フランが!」

「お嬢様!? いけません、まだここには……妹様っ!?」

 

 

 ばっと跳ね起き声の元へ駆け寄る女性。

 身体が離れた事で漸く女性の全体像を理解する事が出来た。

 浅く被った緑の帽子、腰元まで伸びる赤い髪、帽子と同じ色で深いスリットが入った中華風のドレス。

 覗く生足が艶めかしいが、擦り寄ろうものなら強烈な蹴りが返ってきそうだ。

 身長は俺より僅かに低い。

 そんな彼女が血相を変えて駆け寄った先、青い髪の幼女とそれに背負われた金髪の幼女が居た。

 声を上げたのは青髪の幼女。

 背負われた金髪の幼女は呼吸が荒く、その左肩の辺りは赤黒く染まっていた。

 ぷぅん、と鉄の香りが漂う。

 

 

「白符『純白の秘薬』」

 

 

 気付けば能力を使っていた。

 回復量は五十。

 見る間に呼吸が落ち着き血色も良くなっていく金髪の幼女。

 突然呼吸が正常に戻った事に青髪の幼女は症状が悪化したと勘違いして、必死に金髪の幼女の名前を呼んでいる。

 対して女性はその原因が俺に有ると気付いたのか、鋭い視線を向けてくる。

 気持ちは解らんでも無いがと内心で苦笑を漏らし、念の為再度回復させる事にした。

 

 

「白符『不死の標』」

 

 

 傷口周辺が微かに淡く光る。

 再生力を強化したから数分で目を覚ますだろう。

 どうやら悪くはなっていないと解ったのか青髪の幼女は落ち着きを取り戻しほっと息を吐く。

 一方女性は射殺さんばかりに俺を睨み付けていた。

 

 

「貴方、一体何をしたの? 事と次第に拠っては」

「……素直に話すから殺気を抑えて貰えないか? 余りの恐怖で膝が笑いっぱなしだ」

 

 

 尋常じゃ無い量の殺気で肌が切れたと錯覚しそうなくらいだ。

 神奈子と対峙した時も月の使者を撃退した時も、地力で勝っていたからこそ普段通りに動けていた。

 だが、今目の前で殺気を放っている彼女にはどうやっても勝てない。

 それが解っているからこそ、俺は久し振りの恐怖を感じていた。

 勿論震えは精神で叩き伏せたが。

 幼女の前では常に格好良く。

 それが俺の掟だ。

 

 

「……一先ず場所を変えましょう。お嬢様、妹様をこちらに」

 

 

 彼女は青髪の幼女から金髪の幼女を受け取り、胸に浅く抱いた。

 傷が塞がっている事を確認して驚きを顔に滲ませるが、すぐに表情を消した。

 

 

「解っているとは思いますが、妙な気を起こさないで下さい。お嬢様、私の側へ」

 

 

 そう言って歩き出す女性。

 青髪の幼女は俺をチラチラと窺いながら彼女の後を着いて行った。

 その背中にはぱたぱたと揺れる羽が有る。

 例えるなら、蝙蝠の様な羽。

 今日一日でどれ程のフラグを回収したのか考えただけで頭が痛くなりそうだ。

 小さく溜息を吐いて、俺は彼女達の後を追い掛けた。

 

 

 

 

 

 

「くー……むにゅ……」

「ふにぅー……」

 

 

 安らかな寝息が聞こえる。

 パチパチと落ち木が弾け火の粉を飛ばし、空に浮かんでは消えていく。

 先程彼女達と遭遇した場所から南へ三十分歩いた川の側で、俺は焚き火で魚を炙っていた。

 岩魚っぽい魚が泳いでいたので、豆粒程の小石を投げ込み穫ってみた。

 こうして漁をするのはルーミアとのサバイバル生活以来だったが問題無く成功した。

 焼けた魚を女性──美鈴に渡し、もう一匹にかぶり付く。

 塩っ気が足りないが、そこは我慢だ。

 

 

「お代わりはまだまだ有るから遠慮しないでいっぱい食えよ。足りなかったらまた穫って来るから」

「いえいえ、大丈夫ですよ。ありがとうございます、契さん」

 

 

 にこやかな笑みを返してくれる美鈴。

 移動してからの話し合いでだいぶ打ち解ける事が出来た。

 彼女は紅美鈴と言って、森を抜けた先に有る館のメイド長をしていた。

 俺のジャケットを布団代わりに眠る──青髪の方がレミリア・スカーレット、金髪の方がフランドール・スカーレットと言う──姉妹の教育係もしていたらしい。

 元々スカーレット家はこの辺り一帯を支配する妖怪のトップだったが先日当主が人間との争いで亡くなり、権力を求める他の妖怪達が二人を利用しようと攻め込んできた。

 その妖怪達の動きを察した人間達も一網打尽を狙い進撃、多方面からの攻撃に二人を連れて命辛々逃げてきた先で俺と遭遇した──と言うのが事の顛末。

 ならこんな所でのんびりしていて良いのかとも思うが、当分心配は無い。

 各方面に影武者を放ち偽装工作を施し敵の陽動、撹乱まで行った為に追撃の手は緩いとの事。

 加えて俺が道中吹き飛ばしていたのはどうやら別働隊らしく、人間の俺が館へ向けて歩いていた事からその方向に逃げていれば大きな戦闘が起きると妖怪達は考えた様だ。

 別働隊を殲滅させるだけの力を持っているなら小娘二人は苦も無く殺せる筈、苦戦したとして戦闘の起きている場所へ向かえば漁夫の利を得られる──とは、道中捕まえた若いワーウルフの言。

 勿論尋問で吐かせて用済みになったら殺して置いた。

 男の扱いなんてそんなもんだ。

 

 

 ──躊躇わず人の形をした生物を殺せる時点で、俺も人間離れしてきたな。

 

 

 ともあれフランドールの傷を癒やし斥候を排した事で多少疑念は晴れたらしく、改めて自己紹介した後は美鈴も警戒を解いてくれた。

 ……まぁ、レミリアの一言が大きかったのは有るかもしれんが。

 フランドールの怪我を治療したと解るや否や美鈴に向かって「ケイは良い人だから虐めないで」と懇願。

 誤解の無い様言って置くが、俺は虐められた訳でも無ければ勿論良い人でも無い。

 あの状況なら身内以外の者は警戒して当然だし俺に釘を刺す意味でも殺気を放つのは間違っていないが、レミリアにはそれが不義理に見えたらしい。

 その時点ではまだ俺が敵か味方か判別出来ないのだから疑って掛かるべきだ。

 だからレミリアの考える『フランドールを助けてくれた→でも美鈴は警戒してる→それはダメな事』と言う認識は成り立たないのだが……そこら辺は幼女だから解らなくて当然かもしれん。

 

 

「しかしこれからどうしましょうか……」

「追撃を躱すとしても目的を決めて置くべきだろうな。目指す場所も無く逃げ回るのは肉体は勿論だが精神にも辛い」

「近くには逃げ込める様な領地も有りませんし、何より日中の移動はお嬢様達には厳しいものが有ります」

「なら移動は夜間に限られるか……馬車が買えれば日中でも移動は出来るが」

「お金も有りませんしねぇ。流石に野盗紛いの事はやりたく無いです」

「国境や街道の警備が強化される可能性も鑑みれば却下だな。商人達は耳敏い、人相書きが出回れば動きを制限される」

 

 

 あーでもないこーでもないと議論を重ねていると、ふと思い出した様に美鈴が声を上げた。

 

 

「いっそ契さんの故郷へ行きますか」

「は、俺の故郷? つまり日本か?」

「ええ、そうです。確かに遠いかもしれませんが、お嬢様達が安寧に暮らせるとしたら日本が一番安全だと思います。契さんの話を聞く限りでは妖怪に対して多少なりとも理解が有り、この国の息の掛かった者も居ない、うってつけの場所です」

「そうかもしれんが……」

「それに」

 

 

 そこで美鈴は言葉を切った。

 こちらに顔を向け、やや困った様な笑みを浮かべる。

 

 

「契さん、気付いてますか? 先程からお嬢様達と行動を共にする様な事しか喋ってませんよ。契さんはあくまで巻き込まれただけ、お嬢様達を捨て置き一人日本へ帰る道を模索しても誰も文句を言いません」

「……迷惑だったか?」

「いいえ、とても嬉しいです。ですが、私は契さんにお嬢様達の助けになって欲しいとお願いする事は出来ません。そこまでして頂ける理由も見返りも、私は用意する事が出来ないのですから」

 

 

 随分と寂しい事を言ってくれる。

 これが俺の協力を得る為に言った台詞なら相当な策士なんだが……美鈴の目を見る限り本心からの言葉なのだろう。

 それが余計に気に食わない。

 レミリアとフランドールを助けたいなら形振り構わず他人を利用したら良い。

 優先順位の通りに事を進めたとて、それこそ誰も文句は言わないだろう。

 なのに美鈴は利用すべき相手、俺にも気を遣っている。

 不器用なのだろう。

 その上で誠実とも言える。

 

 

 ──厄介な性格をしているな。それだけに好ましい。

 

 

 ならば、考える必要も無い。

 美鈴が他人を気遣い動けないと言うなら、俺は俺のしたい事をするだけだ。

 ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべて、俺は口を開いた。

 

 

「日本を目的地にするなら道中では家族として振る舞った方が良いかもしれんな」

「へっ?」

「だが髪の毛の色が違い過ぎるか? 隔世遺伝と言い張るのも手だが……どちらにせよ移動に馬車は必要か、手っ取り早いのは妖怪が襲ったものを掠め取るか遺品となった馬車の貨物を売り払い新たな馬車を購入する事か」

「あの……契さん?」

「ん、お代わりならまだ有るぞ」

「いえ、そうじゃなくって。あれ、私言いましたよね?」

「何をだ?」

「協力して下さるのは嬉しいですけと、私は見返りに何も差し上げる事が……」

「知らん」

「へっ?」

「俺は俺のやりたい事をするだけだ。だから俺の勝手に恩を感じる必要は無い」

 

 

 初めはぽかんと口を開け呆けていたが、徐々に嬉の色が顔に満ちていく。

 そのまま頭を深く下げてきたので旋毛の辺りに軽くチョップをくれてやった。

 ぺしっ、と小気味良い音が鳴る。

 

 

「あたっ」

「叩きやすくて良い頭だな」

「な、何で叩くんですか!?」

「言ったろ、恩を感じる必要は無いと」

「で、でも申し訳無くてあたっ」

 

 

 もう一度、今度は額にチョップする。

 べしっ、と骨を叩く音がした。

 額を抑えて小さく唸る姿に苦笑を返しながら、俺は言ってやる。

 

 

「どうしても何かしたいんだったら、中華料理でも教えてくれ。俺は基本的に和食しか作れないからな、中華は殆ど知らないんだ」

「そんな事で良いんですか?」

「それでも足りないと思うなら、日本に着いたら嫁に来てくれ」

「へ……えぇぇっ!?」

「押し倒された挙げ句上に跨がられたからな、間違い無く傷物にされてしまった。これでは婿に貰ってくれる人も居ないだろうし、誰か責任を取ってくれないだろうか」

 

 

 チラッチラッと態とらしく美鈴に視線を送ってみる。

 予想通り美鈴は真っ赤になってあわあわと両手を振り回していた。

 かと思えば、俯いて口をもごもごと動かしている。

 小さく「いや、そんな、でも」とか「だけど、だって、それは」とか全く中身の伝わらない言葉が聞こえてくる。

 せめて主語くらい付けて欲しいものだ。

 

 

 ──妙なイベントには巻き込まれたが、どうやら退屈はしないで済みそうだな。

 

 

 まだ慌てている美鈴を放って置いて、丸太を枕に寝転がる。

 お嬢様方が目覚めるまで、暫し仮眠を取る事にした。

 

 



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吸血即失神。そして姉妹に懐かれる。

 目を開ける。

 まだ空には星々が瞬いている。

 まだ夜明けには遠い。

 ぐっと身体を伸ばして凝りを取り、上体を起こした。

 下火になった焚き火の側、膝を抱えて船を漕ぐ美鈴の姿が有った。

 不寝番のつもりだったのだろう、すぐに動ける体勢にはなっているが如何せん口から垂れる涎が色々と台無しにしていた。

 昨晩はかなり疲れていた様だし、そのまま寝かせて置こう。

 焚き火の燃え方から察するに二時間程寝ていたらしい。

 不穏な気配を一切感じなかった事から周囲に妖怪や人間は居ないと見て良いだろう。

 と、横から視線を感じた。

 振り向けば金髪の幼女、フランドールがじっと俺を見上げていた。

 左耳の上にサイドポニーを垂らして、頭には白いナイトキャップを被っている。

 深紅の瞳は興味深そうに俺を映していた。

 向き直ると少しびっくりしてレミリアの後ろに隠れてしまう。

 顔さえ見えなければ隠れられていると思っているのが微笑ましい。

 

 

「こんばんは、可愛らしいお嬢さん」

 

 

 声を掛けると、恐る恐る顔を覗かせた。

 見た感じ五歳前後って所か。

 動きがちょこちょこと小動物っぽくて非常に可愛らしい。

 フランドールはゆっくりてちてちと歩み寄り、へにゃんと首を傾げた。

 

 

「だぁれ?」

 

 

 玉を弾いた様な、難しく言えば玲瓏とした音が鼓膜を揺らした。

 聴き惚れる、とはこういう事かと思ってしまう程に美しく儚い可憐な声。

 幼い仕草と相俟って衝撃的な破壊力を生み出したそれに、思わず仰け反ってしまいそうになる。

 なけなしの気力で押し止め、極めて平穏を装ってみた。

 

 

「初めまして、フランドール。俺の名前は望月契、美鈴の知り合いだ」

「美鈴のお友達?」

「お友達かどうかは美鈴が起きたら聞いてみてくれ」

「うん! 私はフランだよ、よろしくね」

 

 

 にぱっと無邪気に笑うフラン。

 それに合わせてシャラン、と背後の羽……の様なものが揺れた。

 枝と骨の中間の様な棒の下に、ふわふわと色とりどりの水晶体が浮かんでいる。

 見惚れていると、フランは嬉しそうに羽を広げて見せた。

 シャラン、シャラン、と水晶体がか細い音を鳴らす。

 

 

「綺麗だな、フランの羽か?」

「えへへ、そうだよ!」

 

 

 嬉しそうにくるくると回るフランの左肩、赤黒く染まった箇所がある。

 見た限りでは傷も塞がっている様だ。

 数度回転した所でフランが左肩の血染めに気付く。

 

 

「あれ、血?」

「……おいで、フラン」

 

 

 不思議そうに首を傾げながらも近付いてきた……待て、何故俺の胡座の上に座る。

 俺は右隣に座れと意味を込め丸太の上をぽんぽんと叩いていた筈なんだが。

 まぁ、或る意味好都合か。

 昨晩の出来事を急に全て思い出しパニックに陥るよりは、俺が少しずつ誘導してやった方が良いだろう。

 優しく髪の毛を梳いてやりながら、俺はゆっくりと話し出す。

 

 

「フラン、これから俺が話をする。途中で怖くなったら俺の指を握っても良いぞ」

「こんな感じ?」

 

 

 下から見上げてくるフランが俺の右手人差し指を握る。

 が、予想を遥かに超えた力だった。

 関節がミシミシと軋んでいく。

 堪らず、俺は声を上げる。

 

 

「いででっ、フラン、もう少し弱く」

「あっ、ごめんなさい」

「いや、大丈夫だ。素直に謝れるフランは偉いな」

 

 

 左手で頭を撫でてやる。

 勿論右手はフランの背後で振り痛みを紛らわせている。

 幼くとも吸血鬼、物凄いパワーだった。

 力加減も教えて行こう。

 撫でられているフランはと言うと、ふにゃーっと猫みたいな声を上げている。

 どうやら気持ち良いらしい。

 

 

「じゃあフラン、改めて話をしよう。昨晩何が有ったのかを」

 

 

 

 

 

 

 美鈴から聞いた話を、フランでも解りやすく噛み砕いて説明する。

 途中解らない事が有ればどんな事でも話してやり、言葉から想像して恐怖に逸りそうな時は優しく抱き締めて落ち着かせた。

 傷を負ったと聞いてすぐさま確かめたフランの肩口に艶めかしさを感じて顔を逸らすという一幕も有ったが、概ね問題無く話し終えた。

 確認の意味を込めフランに感想を聞いてみると、面白い答えが返ってきた。

 

 

「美鈴は痴女だったんだね」

「い、妹様っ!? ちょっと契さん、何吹き込んでるんですかぁぁぁぁっ!」

 

 

 血涙を流しそうな勢いで喰って掛かる。

 神に誓って……いや、俺自身が神か。

 俺に誓って嘘偽りは何一つ口にしていないし、事実しかフランには伝えていない。

 だからフランは事実から判断しただけだ。

 それより早く否定しないと美鈴の立ち位置が痴女で固定されるぞ? 

 と、言いたかったのだが美鈴に首を締め上げられぶんぶんと振りたくられている状態ではまともに発声する事も出来ない。

 

 

「何とか言って下さいよ、このままじゃ妹様に誤解されたままじゃないですかぁ!」

「……うー、美鈴煩いわよ……」

「あ、ねーねーお姉様! 美鈴、痴女なんだって!」

「うあぁぁぁぁぁ!?」

 

 

 良い感じに壊れた美鈴が更に俺の首を締め上げる。

 酸欠で唇が青くなる寸前にレミリアが救出してくれたので何とか無事だ。

 理由を聞いてレミリアは噴き出し、美鈴を軽く咎めていた。

 フランは締められて変色した首の皮膚を心配そうになぞっている。

 少しくすぐったいが心配させた罰として受け入れよう。

 頬をつつかれたり耳朶を揉まれたりフランの玩具になっていると、レミリアが近寄ってきた。

 そのままぺこりと頭を下げる。

 

 

「初めまして、スカーレット家当主のレミリア・スカーレットです。昨晩は妹を助けて頂き有り難う御座いました」

「かような御言葉を頂き、身に余る光栄と存じます。私は望月契と申します。しがない凡人に御座いますが、御嬢様の為微力を尽くさせて頂きたく申し上げます」

 

 

 レミリアに正対し片膝を着く。

 背中にフランが張り付いたままだが、そこは目を瞑って貰おう。

 最初はぽかんとしていたレミリアだったが、すぐに笑い声を漏らした。

 

 

「ふふふ、似合ってないし敬語も滅茶苦茶よ?」

「嬢ちゃんだって似た様なもんだろ。若い内からそんな喋り方してると老けるぞ」

「まぁ、失礼ね。レディに年の話を振るなんて」

「これで俺より年上だったら驚きだな」

「安心かどうかは解らないけれど、私はまだ十歳よ。フランは五歳、美鈴は」

「おい、後ろで土下座してるぞ。勘弁してやってくれ」

 

 

 レミリアの背後で土下座を披露する美鈴。

 教科書に載せたいくらい綺麗なフォームだが……何で土下座が日本以外でも広がってるんだ? 

 レミリアは少し詰まらなそうに膨れてみせるが、口の端が僅かに吊り上がっている。

 随分と悪戯好きの様だ。

 立ち上がって膝を払い、丸太に腰掛ける。

 

 

「で、レミリア。俺と美鈴とで話したんだが、日本に来る気は有るか?」

「日本へ?」

 

 

 近隣には敵対している妖怪達の領地しか無い事、館へ戻るにしても現状は戦力が足りない事等を説明する。

 レミリアとしてはスカーレット家復興の為に留まりたい様だったが、日本でもスカーレット家復興は可能で有ると説いた。

 現状を鑑みるに今は雌伏の時。

 遠く島国からスカーレット家の名が聞こえてくる頃にはこちらの準備は万端。

 小娘風情が何するものぞと高を括っている間に敵陣の奥深くまで侵入し、仇の喉笛を掻き切ってやれば良い。

 ……とか何とか、随分適当な事を喋った気がする。

 ともあれレミリアも納得し、日本へ進路を取る事に相成った。

 

 

「じゃあ夜が明ける前に出発するか」

「いえ、もう二時間で日の出です」

「なぬ?」

 

 

 美鈴が示した空の向こう、山の先が白み始めていた。

 存外、長い事話し込んでいた様だ。

 仕方が無いので美鈴に二人の警護を任せ、使えそうな木や枝葉を集める。

 レミリアとフランにも協力して貰い、木を等分割し柱を作る。

 外壁に板を張り付け天井に梁を作り屋根には枝葉を編み込む様にして這わせる。

 突貫作業だが何とか日の出前に簡易小屋が完成した。

 出来はまぁまぁだ。

 枯れ草を敷き詰めた床はそこそこ暖かく、日光は完全に遮断出来る。

 隙間風が入るのが欠点だが、そこは勘弁して欲しい。

 建築の技術も知識も道具も無い中で頑張った方だ、少なくとも壁に寄り掛かったくらいでは倒壊しない。

 これで二人も落ち着いて眠れる筈だ。

 

 

「ねーねーお兄様、ちょっと良い?」

 

 

 薄暗い小屋の中からフランが手招きする。

 近付くと袖をくいくい引かれる。

 どうやら座って欲しい様だ。

 導かれるまま小屋の真ん中に腰を下ろすと胡座の中に入ってきた。

 

 

「甘えん坊だな、フラン。しかしお兄様と言うのは」

「ダメ?」

 

 

 覗く様に見上げてくる。

 勿論許可してやった。

 ……何だろうか、普段より幼女に甘くなっている気がする。

 厳しくする為に一つからかってみるか。

 暇潰しも兼ねて。

 

 

「呼ぶのは構わんが本当の兄になるには俺とレミリアが結婚しないと無理だぞ」

「お姉様、お兄様と結婚して!」

「ま、まだダメよ! だって私子供だし小さいし胸大きく無いし」

「早くも浮気ですか契さん!? 嫁入り前に浮気されました!?」

「大きくなったらお願いね、お姉様!」

「いやあのでも私達まだ知り合ったばかりだし、ちゃ、ちゃんとしたお付き合いから始めた方が良いと思うの! こ、交換日記からとか!」

「あ、甘酸っぱいですお嬢様! まさかお嬢様が恋のライバルだなんて……って、私まだ契さんとそんな関係じゃないですよ! 何を考えてたんだ落ち着け私!?」

 

 

 予想以上に面白かった。

 フランは真に受けて無邪気に上目遣いビームを連発してるし、レミリアは顔を赤くしてあわあわ戸惑ってるし、美鈴は釣られて恥ずかしがっていたが正気に戻り自分の思考に悶えている。

 これはアレだな、全員乙女だ。

 というかレミリアと同レベルの慌て振りって教育係としてどうなんだメイド長。

 いや、これは教育を受けたが故にレミリアの反応が美鈴と同じと考えるべきか。

 ニヤニヤと美鈴を眺めていると、小さくきゅるると音が鳴った。

 出所はフランらしく、腹を押さえていた。

 

 

「そうだお兄様、お腹空いたの!」

「先程焼いた魚なら有るが」

「ううん、お兄様の血が欲しいの!」

 

 

 そう言ってキラキラした目で見上げてくるフラン。

 成程、吸血鬼なら血が欲しくなるな。

『不死の標』の再生力が増血剤代わりになれば余裕なんだが……無理なら暫く動けなくなるか。

 どちらにせよ腹を空かした幼女が居るならやる事は一つ、増血出来れば儲けものだ。

 

 

「どうやって飲む? 指を切って血を流すかそれとも首筋にがぶっと行くか」

「ん〜……首筋だと我慢出来なくなりそうだから指で」

 

 

 それならと美鈴にナイフを借りて左手人差し指の腹を切る……が、すぐに傷は消え一滴の血も出なかった。

 三人がぽかんとする中、俺は若干気拙い思いをしながら口を開く。

 

 

「すまん、忘れてた。諸事情で常人と比べて傷の治りが異常に早いんだ俺」

「吸血鬼の私より早いわ……」

「契さんって本当に人間なんでしょうか」

「じゃあお兄様、どうやって血を飲めば良いの?」

「そうだな……腕から飲んでみるか? 歯を突き立てている間は再生しないだろうし」

「そうする〜」

 

 

 早速袖を捲り左腕を前に回す。

 こちらに向けたフランの背中で、シャランと羽が音を立てる。

 どことなく嬉しそうだ。

 かぷっと可愛らしくフランが噛み付き、ピリッと刺すような痛みが走った。

 どれ程吸うものなのかと若干の好奇心に煽られワクワクする──が、フランの様子が何やらおかしい。

 一口吸ったのを最後に動きが止まり、後ろから見てハッキリ解る程に耳が赤い。

 

 

「おいフラン、大丈夫……うわっ!?」

 

 

 右手で軽く肩に触れただけで全身をびくっと震わせ、同時に鼻からブバッと血を噴いてこちらに倒れてきた。

 

 

「ちょ、フラン!?」

「どうなってるんだ一体!?」

「い、妹様っ、しっかりして下さい!?」

 

 

 吸血鬼が鼻血を噴いて倒れるという前代未聞の現象に一同パニクる。

 しかも二人は気付いていない様だがフランの表情は明らかに恍惚としており、加えて持ち上げる際に膝が下着に触れたんだが……軽く湿り気を帯びていた。

 触れた時の反応、恍惚とした表情、何かで湿った下着。

 どう考えてもイカせ捲った後のルーミアや諏訪子と同じ状態だった。

 

 

 ──まさか『不死の標』の所為で血液まで変異したのか? 

 

 

 体液が媚薬と化した……とまでは言わないが、原因は間違い無く俺の血液だろう。

 古来より血液は生命力の象徴と言われている。

 そして『不死の標』は再生力の強化、言うなれば生命力を高める事に特化している。

 ならば膨大な量のライフが血液に何らかの影響を与えたとは考えられないだろうか。

 皮膚でさえもが一瞬で傷口を塞ぐ程の力を手に入れている。

 血液に普通では考えられない程の生命力が濃縮されていたとて何ら不思議は無い。

 

 

 ──つまり悪いのは俺か!? 

 

 

 取り敢えずフランを床に寝かせてやる。

 呼吸は荒いが特に異常は無さそうだ。

 その後混乱を収める為にレミリアと美鈴に説明を始める。

 フランの状態に関して詳しく話すと自分の首を絞めそうだったので、そこは多少ぼかして説明したが。

 

 

「つまり、ケイの生命力が強過ぎてフランが受け止められる分を超えたものが、鼻血として外に出てきたって事かしら?」

「そう……なるな」

「益々人間離れしてますね契さん」

「言うな、悲しくなる」

「で、今のフランは多過ぎる生命力に適応する為に朦朧としてる。勿論命に別状は無いのよね?」

「あぁ、大丈夫だ」

 

 

 単にイって脱力してるだけだからな。

 というか五歳の幼女を絶頂させる生命力とかただの毒だろ。

 ……いや、息子は反応してないからな! 

 精神力で捻伏せたからセーフだ! 

 

 

「……そこまでの生命力が有る血って美味しいのかしら? ちょっと頂戴」

 

 

 待て、と言うより早くレミリアが腕の中にするりと潜り込んできた。

 フランと同じ様に胡座をかいた上に座ってくる。

 何故お前達姉妹はそこに座るんだ。

 取り敢えず突っ込むのは後回しにして腕を退こうとするが、何故か左腕はぴくりとも動かない。

 レミリアがしっかりと掴まえていた。

 はむっとこれまた可愛らしく噛み付かれ、ちぅちぅと血を吸われて行く。

 が、やはりと言うべきか。

 レミリアも同様に動きを止めた。

 小さくぷるぷると震えているのが腕を通して伝わってくる。

 

 

「お、お嬢様? 大丈夫でうひゃあ!?」

 

 

 ブバッと放たれた鼻血が美鈴を襲う。

 顔を真っ赤にしたままこちらに倒れ込んだレミリアを抱き止め、フランの横に寝かせてやった。

 間違い無い、俺の血は毒だ。

 知らない間にヤドクガエルみたいになってしまった事に泣き暮れたいがそれより先に、別の理由で顔を真っ赤に染めた美鈴へと向き直る。

 

 

「取り敢えず顔洗ってこい」

「……はい」

 

 

 一気にテンション下がってたな。

 お嬢様に鼻血を掛けて頂けるなんて! と悦ぶのが正しいメイド長じゃないのか? 

 まぁ悦んでいたら川に蹴り込んだが。

 

 

 ──色々と前途多難な一行。果たして無事日本まで辿り着けるのか!? 

 

 

 ……止めよう、気分が滅入ってきた。

 それよりも二人の食事をどうするかが問題だ。

 ホイホイ人間を捕まえられるとも限らない以上、俺の血液を提供しなければならない時も出てくるだろう。

 だが毎回アレをやるのは大丈夫なのか? 

 吸血鬼が血を排出するとか世界観が不明過ぎる。

 そもそも吸った血以上の量を鼻から噴き出すというのは吸血鬼として大丈夫なのか? 

 勿論二人の身体も心配なんだが、存在意義という観点から見てセーフなのか? 

 いや待て、二人にそうさせたのは俺だ。

 という事はつまり、俺が吸血鬼の存在意義に喧嘩を売った事になるのか? 

 

 

「ふぃー、さっぱりしました。……アレ、契さん? おーい、契さーん」

「ん……うおっ!? な、なんだ美鈴か」

「なんだじゃ有りませんよ、どうしたんですか一体」

「いや……ひょっとして俺は哲学的な問題を投げ掛けてしまったのかと」

「はい?」

 

 

 

 



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気ままな旅。そしてイベント大発生。※

 

 

「ケイ、そのクッキー貰えるかしら?」

「私も欲しいー!」

「ほれ、二人で仲良く半分こだ。美鈴の分はこの袋に入れてあるからな」

「あ、どうもです。すいません、お嬢様方をお任せしてしまって」

「気にするな、俺は御者が出来ないから美鈴のお陰で助かってる。……有り難うな」

「いっ、いえっ、とんでもないでしゅっ! い、いひゃい……」

「舌噛んだのか? 傷口は舐めると治りが早くなるらしいな。よし美鈴、舌出せ」

「ひゃいっ!? ひ、ひえっ、らいひょぶれふっ!」

 

 

 レミリアとフランの相手をしながら、時折美鈴をからかって遊ぶ。

 何とも気楽な馬車の旅だ。

 今はこうしてのんびり出来ているが、この状態に辿り着くまでが大変だった。

 一体幾つイベントをこなしたのだろうか。

 思い返すのも嫌になるな。

 

 

 

 

 一つ目のイベントは三日前、レミリアとフランに血を吸わせた後に起きた。

 正確に言うなら「起きていた」だが。

 昼御飯に魚を穫ってきた俺がホクホク顔で小屋に戻ると、なんと寝ぼけたレミリアが迎えに出て来た。

 時間は正午過ぎ。

 雨天でも無ければ曇天でも無い。

 晴天だ。

 日差しも強く、立っているだけで汗ばむ程の太陽光が降り注いでいる。

 間違っても吸血鬼が寝ぼけ眼で出歩ける様な天気では無い。

 異常過ぎる事態に呆然としていたが、すぐに美鈴を叩き起こしてレミリアを問い詰める事に。

 どうやら直射日光を浴びても問題無いらしく、皮膚に火傷の後も無かった。

 もしやと思いフランにも万全の体制で実験させて貰った。

 結果はレミリアと同じ。

 期せずして、レミリアとフランは『デイウォーカー』となった様だ。

 デイウォーカーとは日中行動していられる吸血鬼の事。

 早い話が日光という弱点を克服した吸血鬼だ。

 原因として考えられるのは、俺の血液。

 血を噴く程の生命力を取り込んだ二人の身体が一気に強化され、日光という弱点を消し去ったというのが俺の推論だ。

 以前ルーミアに「ケイに抱かれてから一気に妖力が増したのよね。ケイの精子に秘密でも有るのかも」と言われた事が有る。

 元は人喰い妖怪だったルーミアが俺の精子でパワーアップしたのだから、吸血鬼であるレミリアとフランが俺の血でパワーアップしても不思議は無い。

 ともあれそんな訳で、レミリアとフランは日光を克服したのだった。

 

 

 

 

 二つ目は二日前、森を抜けて街道を東に歩いていた時に起きた。

 本来なら街道を南に進んだ方が楽な行程では有るが、追っ手を撒いたとは言え早くこの近辺から離れるに越した事は無いとレミリアが主張。

 特に反対意見も無かったので進路を東に。

 やや暫く街道を進むと、何やら人間同士で小競り合いをしているのが見えた。

 どうやら商人が野盗に襲われている様だ。

 護衛も付けずに移動するのは不自然だと言う事で、俺達は商人がやられるのを見計らって野盗を撃退する。

 まぁ、実際に戦ったのは美鈴だが。

 全員ぽっくり逝ったのを確認して馬車の天幕を覗いて見れば、端の方に置かれたどう見ても違和感しか湧かない大きな二つの壺が目に映る。

 蓋を開けると、芥子の実が詰まっていた。

 芥子の実は阿片の原料。

 つまり商人は麻薬を輸送していたという事になる。

 やはり見殺しにして置いて正解だったな。

 芥子の実は少し離れた崖の下に捨て、壺は何かに使えるかも知れないので取って置く事にした。

 どうやら幾つか取引を終えていたらしく、大量の砂金が入った袋も発見した。

 何で砂金なんだと不思議に思っていると美鈴が「取引先が特定されない様に、硬貨は使わず金で支払ったんでしょう」と教えてくれた。

 流石メイド長、博識だな。

 こうして労せず馬車と資金が手に入った。

 幸運だな、と思っていたんだが……実はレミリアが一枚噛んでいた。

 

 

 

 

 三つ目のイベント、それは二日前の夜に発覚した。

 目覚めてから更にくっ付いてくる様になったフランと共に夕食を探していた俺は馬車から少し離れた場所で兎を発見した。

 早速捕まえようと小石を構え、いざ投擲しようとした瞬間兎の頭がぽんと破裂した。

 敵襲の類かと思ったが周囲に気配は無く、他には何の異常も無い。

 フランも何かされた様子は無い為首を傾げていると、くいくい袖を引かれる。

 目をキラキラさせたフランの言葉を聞いて俺は再度驚いた。

 結論から言うと、兎を破壊したのはフランだった。

 日が暮れてから色んなものに黒い点が見える様になった事に気付き、試しに兎の黒い点を掌に移動させ握り潰したら兎が破裂したとの事。

 それと同時に、頭の中に『目に見えるものを破壊する程度の能力』という言葉が浮かんだらしい。

 俺の『想像を創造する程度の能力』より強そうだ。

 実際名前負けしてるからな、俺の能力。

 クリーチャーはまだしもアーティファクトも使えないし……いや、愚痴るのは後にして置こう。

 取り敢えず兎の血抜きを済ませ馬車へ戻りフランの能力を二人に説明する。

 するとレミリアも能力が使える様になったと言い出した。

 レミリアは『運命を見通す程度の能力』を得た。

 姉妹揃ってチート染みた能力だな。

 聞いてみれば街道を東に変える様に主張したのも、その能力で少し先の運命を見たからだった。

 そのまま南に進めば人間の自警団と鉢合わせていたらしい。

 急に発現した能力のお陰で助かった訳だが……やはりその原因は俺の血を取り込んだ事だろう。

 フランは無邪気に「お兄様すごーい♪」と喜んでくれたが、レミリアと美鈴の呆れた様な三白眼が地味に痛い。

 その後無闇に能力を使わない様フランに言い付けて置いた。

 説明の際にも一度能力で木を破壊したが、その時フランの瞳の奥で言い知れぬ何かが俺を覗いていたからな。

 妙なフラグは折るに限る。

 ……代わりにその日は寝るまで腕枕を提供する事になったが。

 

 

 

 

 そんな感じで大きなイベント三つ、小さなものは数えるのも面倒な程こなして今日と言う日を迎えた訳だ。

 なかなかハードだった。

 

 

「お兄様、疲れた顔してるよ?」

「少し眠くてな」

 

 

 くぁ、と欠伸が出る。

 デイウォーカーになった途端規則正しい小学生みたいな生活リズムになったレミリアとフランに付き合わされ、微妙に睡眠時間が足りていない。

 と、急にフランが俺の頭をがしっと掴まえそのまま引き倒してきた。

 導く通りに倒れ込むと、後頭部が柔らかくふにょんとしたものに受け止められる。

 頭上、やや照れを滲ませた笑みを浮かべるフランと目が合った。

 

 

「えへへ、フランのお腹まくらだよっ」

 

 

 成程、後頭部に当たる柔らかいものはフランのお腹だったか。

 更に両肩へ足が掛けられ頭をむぎゅっと抱え込まれる。

 顔の横に伸びる素足が眩しい。

 

 

「お兄様、捕まえたっ♪」

「うわーつかまってしまったー」

「これでお兄様はフランのお婿さんだね」

「ちょっ、フランずる……は、はしたないわよ! ケイもニヤニヤしないのっ!」

「妹様までライバルにっ!? い、いやっ、だから私と契さんはまだそんな関係じゃ無いから、落ち着け私っ」

 

 

 何とも賑やかな事だ。

 日本を出ても幼女への吸引力は変わらないらしい。

 元から嫌われてはいなかったが俺の血を摂取してからと言うもの、二人の俺に対する反応が変わった。

 常にべったり抱き付いてくるフランと隙を見て甘えてくるレミリア。

 美鈴は美鈴で悩んだり悶えたりと忙しい。

 恐らく仕事に打ち込む余り、今まで異性を意識した事が無かったのだろう。

 これ程の美人を放って置くとは妖怪達も見る目が無いな。

 まぁ、そのお陰で可愛い一面を見る事が出来たのかもしれんが。

 

 

「フラン、後で代わりなさいよ」

「うん、いーよ」

 

 

 フランに見えない角度で俺の指をにぎにぎしながらそっぽを向くレミリア。

 犯罪級に可愛いなこの姉妹。

 帰ったらルーミアにお持ち帰りしても良いか訊いてみよう。

 

 

「あ、村が見えて来ましたよ」

「久し振りにベッドの上で寝られるな」

 

 

 アレだけイベントをこなした所為か、精神的な疲労が半端無い。

 宿屋に着けば後は食べて寝るだけだ。

 レミリアとフランに羽を隠して置く様に伝えて、俺はもう一度欠伸をした。

 

 

 

 

 その後は無事村に到着。

 俺達は親戚の家に旅行中、この村に立ち寄った兄妹とメイドという設定だ。

 これならフランやレミリアもボロを出す事は無いだろう、姉妹とメイドという関係はそのままだからな。

 特に怪しまれる事も無いまま宿屋に入り部屋を二つ取る。

 部屋割りは男女別だ。

 まぁ当然だな。

 のんびり雑談を交わし旅の疲れを癒やして布団に潜り込む。

 やっと平和に一日が終わる……筈だった。

 

 

「んっ、んふっ、ちゅ、ケイ、ケイっ」

 

 

 俺に跨がり大量のキスマークを付ける青髪の幼女。

 一糸纏わぬ姿は彫刻品の様に美しく、幼い肢体から恐ろしいまでの妖艶さを醸し出していた。

 その幼い肢体は、明らかにサイズの違い過ぎる肉棒の先を淫らにくわえ込んでいた。

 破瓜の血らしきものが愛液と混ざり合い、薄いピンクとなって滴り落ちている。

 が、レミリアに苦悶の色は無い。

 有るのは快楽に溺れた幼い吸血鬼の顔。

 

 

 ──いや待て、何でレミリアが夜這いに来てるんだ!? 

 

 

 間違い無く寝る時は一人だった。

 だからレミリアは俺が寝静まってから布団に潜り込み、事に及んだと考えられる。

 だが何故そうなったのか。

 ふと、脳裏を過ぎるのは俺の血液の事。

 寝る前にレミリアが血をせがんだ為、少量の血を吸わせたんだが……もしかしてアレが原因か? 

 

 

「んあ……かぷっ」

 

 

 レミリアは妖しく微笑むと、混乱する俺の左腕を取り噛み付いてきた。

 一口ちゅぅ、と血を吸って身体を大きく震わせる。

 それと同時にぷちゅっぷちゅっ、と愛液が秘裂から勢い良く溢れ出た。

 恍惚としながら腰を押し付ける様に動かし肉棒を貪り喰う。

 

 

「んぁぁっ、ケイ、良い、良いわぁ、もっと奥まで、あぁん」

 

 

 艶めかしい声を上げるレミリア。

 その真紅の瞳が俺を捉えた。

 深い紅を覗いた瞬間、一気に快楽が増す。

 誘われる様に腰を突き上げれば、ぷちゅりと淫猥な音を響かせて肉棒が埋没する。

 膣肉は柔らかく肉棒を包み込みながら、ちぅちぅと赤子が乳をねだる様に吸い付いてくる。

 今までに感じた事の無い、強烈な快感が襲い掛かってきた。

 魔窟。

 そう称するに相応しい快楽を与えてくる。

 無意識の内に俺はレミリアを組み伏し、滾る肉棒を幼い秘裂に打ち付けていた。

 腰を突き入れる度に、小さな身体が跳ね膣から愛液が迸る。

 激しく突けば突く程レミリアはその可愛らしい声に愉悦を乗せ、娼婦等足元にも及ばないだろう快楽を与えてくれる。

 

 

「んひゃぁぅ、うぅっ、んぁぁぁっ、すごっ、すごいぃっ、ケイの太くて硬くて、うぁぁっ!? ダメぇっ、私のお腹がぐちゃぐちゃになるぅぅぅっ、あっ、あぁぁっ、ケイぃっ、ケイぃぃぃっ!」

 

 

 言葉とは裏腹に組み付いて離れない。

 重ねた手がきゅっと握られ、愛おしいという気持ちが込み上がってくる。

 目が、合った。

 真紅の瞳を覗き込んだ瞬間、全身がカッと熱くなる。

 血液が沸々と煮え滾る様な錯覚と共に、思考に靄が掛かり頭が真っ白になった。

 脳内に言葉が響く。

 

 

 ──犯したい。

 

 

 他には何も考えられない。

 更に激しく、レミリアの小さな身体に何度も何度も肉棒を突き入れる。

 獣の交尾の様に、お互い腰を振り続けた。

 

 

「あうっ、あぅぅっ、んぁ、あ、あぁ、あはぁっ、んぁっ、あっあっあっ、あひゃぁぅっ、あがっ、あ──、あ──ー♪」

 

 

 意味の有る言葉は出て来ない。

 快楽の虜となったレミリアは、ただ喘ぎ声を上げるだけの愛人形になっていた。

 幼い秘裂は絶え間無く愛液を吐き出し、乳首もクリトリスも淫らに勃起している。

 

 

「うぁ、あ、あ──、あ────、んぁ、あっ、んあぁぁぁあぁぁぁっ!」

 

 

 どぷっ、と精子が噴き出す。

 一瞬で子宮を白く染めていくのを感じながら、それでも腰は止まらない。

 互いにイキ続けたまま、性器を擦り合わせる。

 見る間にレミリアの下腹部が膨れ上がっていくが、構わず射精する。

 ぶびゅっぶびゅっ、と胎内に収まり切ら無くなった精子が逆流して膣から漏れ出た。

 

 

「あぁ、あ、んぁ、あっ、あぁっ」

 

 

 充分過ぎる量の精子を注ぎ込まれたにも拘わらず、レミリアは腰の振りを再開し更に射精をねだる。

 秘裂に肉棒をくわえ込ませ、へこへこと振りたくる。

 淫魔と化したレミリアに抗える筈も無く、俺は応える様に肉棒を叩き付けた。

 幾度と無く体位を変え、幾度と無く精子を注ぎ込む。

 

 

「んぁ、あ──、あっ、あはぁ、あぁっ、あんっ、あ、あ──、あ────♪」

 

 

 壊れた嬌声が響く。

 空が白み、力尽きるまで、俺達は交わり続けた。

 

 

 

 

 

 

「……朝、か」

 

 

 微妙な気怠さに意識を刈られながら目を開ける。

 仰向けに寝ていた為視界には天井が映し出されていた。

 が、その視界の下に動くものが有る。

 

 

「おはよう、ケイ」

 

 

 愛おしげに俺の名を呼ぶのは、青い髪の吸血幼女。

 穏やかな笑顔に、一瞬胸が高鳴る。

 俺の身体をよじ登ってきたレミリアはゆっくりと顔を寄せて、唇を重ねてきた。

 小さな舌が奉仕する様に俺の口内を這う。

 

 

「んちゅ、んっんっ……ぷはっ♪」

 

 

 唾液を飲み干して満足気に微笑む。

 紅い瞳が俺を映す。

 そのままじっと見つめ合うが、昨晩の様な衝動に襲われる事は無かった。

 レミリアは俺の思考に気付いたらしく、くすくすと笑みを零した。

 

 

「大丈夫よ、魅了の魔法は真夜中しか発動しないわ」

「やはりアレは術の類か」

「夜の眷属なら誰でも持ってるわ。……だけど、今度は魅了無しでケイを篭絡してあげるから」

 

 

 再び唇が重なる。

 その後ピロートークと称して色々聞き出した結果、原因は案の定俺の血だった。

 肉欲に抗えなくなったレミリアは魅了の力を使い、俺で性欲を発散させようとした。

 ……実際にはリミッターが外れた俺を受け止め切れず、逆にレミリアが愛人形となってしまったが。

 幸せそうに抱き付いてくるレミリアを優しく撫でながら、俺は今後の対応について頭を悩ませていた。

 一度関係を持った以上、レミリアは遠慮する事無く血を吸っては身体を求めてくるだろう。

 流石に誤魔化し切れるものでは無いし、どう美鈴に説明すべきか。

 教育係として思う所も有るだろう。

 それにフランの情操教育にも悪影響だ。

 十歳の姉が毎夜爛れた淫行に勤しんでいると知ったらショックで不良になるかもしれない。

 

 

「もう、ケイったら。今は私の事だけを考えて欲しいわ」

「そうも行かんだろ、二人も起きてくる」

「お昼まで起きないわよ」

「何?」

「だって、そういう運命だもの」

 

 

 悪戯が成功した子供の様に笑う。

 突発的な行動かと思っていたが、どうやら準備は万端らしい。

 レミリアは太ももで肉棒を挟み込むと、そのまますりすりと刺激してくる。

 

 

「だからケイ、もう一回……しましょ?」

 

 

 答える代わりに、俺はレミリアの秘裂に肉棒を宛行った。

 どうせやるならとことんやってやる。

 だからレミリア、良い声で鳴けよ? 

 

 



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好意と甘え。そして束の間の休息。※

 

 

「んぁっ、あぁんっ、あはぁぁっ! ……んぅっ、また中に出てるぅ♪」

「……流石にそろそろ起きないと拙い、もう正午近くだ」

「やぁん、まだダメよ? 後二回はケイの精子注ぎ込んで貰うんだから」

 

 

 妖しく笑いながら俺の鎖骨下にキスマークを付けるレミリア。

 魅了されていないので昨晩の様に壊す事はしない。

 幼子が無邪気に玩具をねだるが如く、レミリアは俺との性交を望んだ。

 大人がする様な誘惑で有れば振り切るのは容易いんだが、どうも甘えられると断り切れない。

 流されるまま、通算十五回目となる射精を終えた俺はベッドに突っ伏した。

 下敷きになったレミリアが「わぷっ」と可愛らしい悲鳴を上げて潰れる。

 それでも腰に絡めた足は解かず、尚もカクカク腰を揺らしてくるのは流石と言っても良いのだろうか。

 息子はまだまだ元気だが、体力はかなり消耗してきた。

 午後には旅糧やその他日用品を買って馬車に積まないといけない。

 やれやれ、と溜息を吐く。

 万一に備え能力は使わずに置きたかったのだが、その万一すら迎えられない様では本末転倒か。

 

 

「白符『不死の標』」

 

 

 肉体が活性化し再生力が強化される。

 序でに息子も力強さを増していく……こらレミリア、恍惚としながら腰を振るな。

 ヤる為に使った訳じゃ無いんだからな。

 ともあれ体力を取り戻した俺はベッドから抜け出し、昨日の内に汲んで置いた盥の水にタオルを浸し身体を拭いていく。

 冷たいタオルが肌の熱を奪い、思考をハッキリさせてくれる。

 

 

「もう、ケイったら意地悪ね。こんなに素敵なものが有るのに」

「いつまでもくっ付いて無いで降りろ。身体拭いてやるから」

「もうちょっとだけ、ダメ……かしら?」

 

 

 対面座位で抱き付いたままのレミリアが首を傾げ見上げてくる。

 断固拒否だ、と口を開く前に左手が頭を優しく撫でていた。

 ……つくづく甘いな、どうも。

 撫でられたレミリアは年相応の笑顔を向けてきた。

 こんな風に笑えるのか、と驚く一方いつもこれくらい純真な笑みを浮かべてくれればな、とも思う。

 

 

 ──いや、それは押し付けがましいか。

 

 

 急にスカーレット家当主となり住む家も追われ幼い妹を連れての逃避行。

 本人も知らない所で重圧と闘っているのだろうな。

 

 

「……ケイ?」

 

 

 呼ばれる声に意識を戻せば、心配そうに俺を見上げる紅い瞳が有る。

 余計な気を遣わせたか。

 謝罪の意味も込め再度頭を軽く撫で、俺は汚してしまったレミリアの身体を丁寧に拭き始めた。

 レミリアの身体は小さい。

 妹紅と同じかそれよりも小さく、少なくとも十歳には見えない。

 吸血鬼という種族特性からも成長はやや遅めだと思う。

 ……大人になったレミリアが想像付かん。

 膨らんでもいない胸や丸くてエロい尻を綺麗にすると言う名目で愛でつつ、ふとそんな事を考えていた。

 

 

「さ、前も綺麗にしないとかぶれるぞ」

「あぁん、ケイの抜けちゃったぁ……」

 

 

 腰を支えて持ち上げるとレミリアが悲しそうに肩を落とす。

 だらしなく開いた淫唇からぽたぽたと愛液が滴り落ち──待て、何故精子が溢れて来ない? 

 ヒクヒクと震える秘裂はいやらしくその口を開けている。

 普通なら精子がボトッと落ちてくる筈なんだが、と不思議に思っているとレミリアが何の気無しに言った。

 

 

「あ、勿体無いからケイの精子吸わせて貰ったわよ」

「は?」

 

 

 聞けばレミリア、せっかく流し込んでくれた精子を無駄にするのは勿体無いと考えたらしい。

 そこで精子を血の代わりに体内に取り込む事にした、との事。

 多少血より吸収率は落ちるが、問題無く精を吸収する事に成功した。

 血と違って変な副作用も無い様だ。

 

 

「だからケイ、溜まったら私がいつでもどこでも性欲処理してあげる♪」

 

 

 てってれれってー。

 レミリアは吸血鬼から吸精鬼にランクアップした! 

 ……マジか。

 というかレミリア、幾ら俺が呆けていたからと言って腰を落とすのは止めなさい。

 

 

「ちぇっ」

「舌打ちすんな」

 

 

 

 

 

 

 なんとか身支度を整えた所で美鈴とフランが起き出してきた。

 ナイトキャップを被りむにゅむにゅと口を動かして寝ぼけるフランは可愛かった。

 美鈴は口の端に涎の跡が残っていた。

 こう言っては何だが、緩いのか? 

 既に着替えていたレミリアと部屋の外で二人を待ち、着替えた所で階段を下りる。

 食堂に入り席に着く。

 紅茶を運んで来た女将に美鈴が「若いわねぇ」と話し掛けられていた。

 はぁ、と気の抜けた返事に女将は下世話な笑みを浮かべた。

 どうやら女将は話が見えず曖昧な返事をした美鈴を、昨晩の激しさに惚けたままだと勘違いしたらしい。

 確かに、この面々で男女の仲になるとしたら年齢的に俺と美鈴だからな。

 

 

 ──って、美鈴にバレたら拙くないか? 

 

 

 からかい過ぎた所為で何となく俺を意識し始めているし、貞操観念もそれなりに高そうな雰囲気が有る。

 幾ら美脚とは言え、真空跳び膝蹴りからネックブリーカーのコンボは遠慮したい。

 あの脚線美は首を絞める為では無く、肉棒を挟み込む為に有る。

 ……っと、思考が危ういな。

 やはり朝からレミリアを抱いたのは失敗だったな、俺の精神的安定に於いて。

 

 

「取り敢えず今日の予定だが、皆で旅糧や日用品の買い出しに行く」

 

 

 食後の紅茶を飲みながら三人を見渡す。

 レミリアは澄まし顔で同じ様に紅茶を啜り、フランは買い物と聞いて楽しそうに足をぶらぶらさせ、美鈴は必要な物をリストアップしている。

 皆解りやすくて良いな。

 どんな理由であれ単体行動はしない様レミリアとフランに言い含めて、いざ出発。

 

 

「今日も暑くなりそうだな」

「良い天気ですねぇ……くぁ」

 

 

 降り注ぐ日差しに美鈴が欠伸を一つ。

 確かにこの陽気は眠気を誘うが、じっとしていたら汗ばんで仕方無いと思う。

 六月とは言え辺りはすっかり夏の様相。

 そう、六月だ。

 転移する直前まで、俺は十一月の日本に居た筈だ。

 カレンダーが無いので二日三日の誤差は有るだろうが、少なくとも冬が目前に迫っていたのは間違い無い。

 美鈴に確認したが勿論ここが南半球に有るという訳も無く、現在地が東ヨーロッパのルーマニア南東だと判明した。

 つまり十一月から六月までの約七ヶ月間の時間を跳び越えた事になる……と言うのはあくまで希望的観測、最善の結果で有った場合だ。

 正確な西暦が判明しない以上、過去に跳んだか未来に跳んだかさえ解らない。

 村や馬車を見る限りそれなりの技術力は有る様だが、日本と西洋では技術力の進捗に大きな差が有る為参考にしかならない。

 最悪、別の次元に跳んだ可能性も否定出来ないが……一先ずそれは置いておこう。

 眼前に迫る一番の問題は距離だ。

 

 

 ──ルーマニアから日本まで行くってか。天竺目指すより遠いな。

 

 

 等と暢気な感想を漏らしている場合では無い。

 日本からヨーロッパまで確か飛行機で半日近く掛かった様な気がする。

 誤差で三時間見たとして、何の障害物も無い空を車より速いスピードで移動しても、それだけの時間が掛かっている。

 幾ら馬車が有るとは言え移動は陸路、山有り谷有り砂漠有り、だ。

 一体何年掛かるやら……と呆けている場合でも無い。

 偶発的な事故とは言え、また勝手に家を空ける事になった訳だ。

 まだ幼い妹紅や紫、奈苗は当然寂しがるだろうしルーミアや諏訪子、神奈子にも要らない心配を掛けてしまう。

 おまけに美人と美幼女二人を連れての帰還だ、どんなお仕置きが待っているのか想像もしたくない。

 それ以前に会えるかどうかも不明だ。

 過去ならまだしも未来なら最短で七ヶ月、最長で……まぁ、数百年単位だ。

 間違い無く奈苗は逝ってしまっている。

 他の皆も健康でいる保証は無いし、そもそも別の次元なら日本に誰一人知り合いは居ない訳だ。

 ……止めよう、寂しくなってきた。

 

 

「お兄様、どうしたの? ぽんぽん痛い?」

 

 

 フランが心配そうに手を引いていた。

 どうやら表情に出ていた様だ。

 何でもない、と屈んで目の高さを合わせ優しく髪を梳いてやる。

 サラサラの金髪が指の隙間から波打ち、吹き抜ける微風と戯れる。

 撫でられるのは気持ち良いらしく、フランは目を細めた。

 

 

「フランの髪の毛は綺麗だな」

「お兄様の眼の方が綺麗だよ!」

 

 

 にへー、と嬉しそうに笑う。

 そのまま背後に回り肩に乗ろうとしてくるが、俺は立ち上がって阻止した。

 意地悪されたと思ったのか不満そうにぷくっと可愛らしく頬を膨らませてみせる。

 

 

「お兄様のけちー」

「フラン、お前今スカート履いてるだろ。肩車なんかしたら捲れるぞ」

「……お兄様以外に見られるのはヤダ」

「いや、俺に見せるのもダメだろう」

「お兄様だったらイイよ?」

「おい美鈴、情操教育はどうなっている。数日内に改善した様子が見られなかったらお前の食事から五品目抜くぞ」

「ごっ、五品目ですか……って全部じゃないですか!? 水さえ許されない状況とか過酷過ぎますって!」

「呼吸止められないだけマシと思え」

 

 

 ひぃ、と小さく悲鳴を上げる駄メイド長。

 フランといいレミリアといい、少し無防備が過ぎやしないか? 

 ぺたぺた甘えてくれるのは嬉しいが、その一方で心配になる時も有る。

 

 

「フラン、元気なのは良いけれど偶にはお淑やかな一面を見せてあげたらケイも喜ぶわよ? 例えば抱き付くだけじゃなく、ふとした時に小指をきゅって握ってみるとか」

 

 

 レミリアはフランに淑女の嗜みとやらを伝授している。

 つーかどこで覚えた。

 お兄様的にストライクだから構わんが。

 それをフランは真剣に聞いている。

 時々チラチラとこちらを窺ってくるのはいつか試してみようという心の現れか? 

 ともあれ沈み込みそうだった思考を引き揚げてくれたフランに心の中で感謝して、俺は青ざめている美鈴の額に軽くデコピンを喰らわす。

 

 

「あたっ」

「冗談なんだからそんなに気を揉むな。アレぐらいの年の子は誰でも『ませた』事を言いたがるものだからな、まぁ仕方無い。しっかり常識や良識を教え、歪まない様に見守ってやれよ? 何だかんだで二人の心の一番近い場所に立っているのは、誰でもない美鈴なんだからな」

「契さん……」

「ほら、呆けていないで買い物に行くぞ。レミリアとフランも、はぐれない様にちゃんと着いて来い」

「はーい!」

「解ったわ」

 

 

 とてとて可愛らしく駆け寄り、むぎゅっと抱き付いてくるフラン。

 レミリアはそんなフランへ愛おしげに微笑んで、さり気無く右手を握ってきた。

 三人の中で誰よりもオトナな雰囲気を醸し出しているのは、心に余裕が生まれたからなのだろうか。

 

 

 ──美鈴も多少、堅さが取れたか? 

 

 

 スカーレット家に仕える者として、二人を守る立場に有る美鈴。

 その心労は並大抵では無い。

 真面目な性格も相俟って余計な事まで背負い込むのは難だが、これで少しは荷を下ろせたと思う。

 袖振り合うも多生の縁と言うし、俺に出来る範囲で支えてやりたい。

 

 

 ──やはり甘くなったな。昔の俺なら無関心で貫き通した筈だ。

 

 

 良いか悪いかで言えば、悪いのだろう。

 この甘さが、必要の無い傷や痛みを呼び込む事になる。

 

 

「……それでも良いか」

「ん、ケイ、どうかした?」

「何でも無い。それよりレミリア、余り構って貰えないメイド長が寂しがって鼻水啜ってるが良いのか?」

「な、変な事言わないで下さい!」

「泣かないで美鈴」

「お嬢様まで!?」

 

 

 レミリアまで悪乗りしてきた事にショックを受けている美鈴を、いつの間にか背後に回り込んだフランが突き飛ばした。

 勢いの良さに蹈鞴を踏み、つんのめる。

 そのまま正面に居た俺の胸に顔を埋めて事無きを得るが、倒れそうになっていた為何かに掴まろうと伸ばした両腕がしっかり俺を抱き締めていた。

 一呼吸置いてそれに気付いた美鈴は顔を赤くして離れようとする。

 が、更に後ろから抱き付いてきたフランに挟まれ動けなくなった。

 

 

「い、いや、契さん、これはですね!?」

「落ち着け美鈴、というかもぞもぞ動かれるとくすぐったい」

「す、すいません! 今退きますから、って妹様、何を!?」

「美鈴も一緒にむぎゅってされたら寂しく無いでしょ?」

「ダ、ダメですって、契さんに迷惑が、って言うか寂しがっていません!」

「と言いながらしっかり抱き付いてるじゃない。美鈴も素直じゃないわね」

「こ、これは倒れそうになったから慌てて手を伸ばしただけで、だっ、抱き付こう等とは!」

「美鈴、顔真っ赤だよ?」

「流石に説得力無いわね」

「け、契さんも何か言って下さいよぉ!」

「美鈴みたいな美人に抱き付かれると少し照れ臭いな」

「────っ!?」

 

 

 ぷしゅー、と音が聞こえそうな程に顔を赤くする美鈴。

 脳がオーバーヒートしたのか、かくっと頭を落として固まってしまった。

 神奈子と張り合える初々しさだな。

 

 

「ケイ、他の人の事を考えたら美鈴が可哀想よ?」

「……解るもんなのか?」

「好きな人の事だもの、何となくね」

 

 

 楽しそうに笑うレミリア。

 早くも尻に敷かれそうな気がしてきた。

 フランは美鈴と俺に抱き付いたまま無邪気な笑みを向けてくる。

 空いた左手で頭を撫でてやりながら、どうしたもんかと空を見上げた。

 理由は、向けられる視線。

 道の真ん中でイチャイチャしていた所為か大勢の人が足を止め視線を送ってくる。

 年配の方々は微笑ましく思ったのか温かい視線を向け、うら若き女性達は少し頬を染めながら一挙一動を見守り、独身と思われる男連中からはイイ笑顔と共に爆発しろと念が送られてきた。

 流石にこの状況でギャラリーと目を合わせる度胸は無い。

 固まった美鈴の腰に手を回し、やや強引にエスコートしながらそそくさとその場を離れる俺だった。

 

 

 ──ともあれ、妙に気負っていた美鈴が暴走しない様、フラグを叩き折った事で手打ちとするか。

 

 

 その所為で美鈴ルートのフラグが建った気がするが、悪影響は無いだろうから放って置こう。

 

 



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閑話——人、それを献身と言う。

 十一月に入り、朝が段々辛くなってきた。

 昔みたいにケイと同じ布団で眠り、朝と言わず次の日の昼まで抱き合っていたい。

 けど次の日になったら同じ様にまた次の日まで、なんて考えるに違い無い。

 それは私の我が儘だけど、きっとケイは受け入れてくれる。

 少し困った様に微笑み、けれど優しく抱き締めて。

 ……おっと、いけないいけない。

 危うく味噌汁が沸騰しちゃう所だった。

 望月家の台所を預かる身として、料理は完璧に仕上げないとね。

 料理に失敗したらケイにお仕置きされちゃう……うん、お仕置きが嫌じゃない時点で私はもう手遅れだ。

 

 

「ルーミア様、玉子焼き出来ました」

「ありがと。先に箸を持ってって貰える? 私も秋刀魚が焼き上がったら行くから」

「了解でありますぅ〜♪」

 

 

 可愛らしくぺしっと敬礼を決める奈苗。

 ケイが教えて以来、この敬礼という動作をいたく気に入っている。

 ちょっとドジっ娘でノリの軽い所も有るけれど、それすら可愛く見えてしまうのは奈苗の才能なのかも。

 でへへ、と愛らしく笑う奈苗に釣られて私も何となく楽しい気分になる。

 奈苗が巫女になってから、家の中が明るくなった。

 持ち前の元気と柔らかい雰囲気に癒された事もしばしば。

 ケイの言葉を借りるなら、奈苗は家族を支えるムードメーカーだ。

 

 

「ひゃわぅ!?」

 

 

 ……ちょっとドジっ娘だけど。

 自分の足に躓いてべちゃっと倒れる奈苗を助け起こし、怪我が無いか看てあげる。

 うん、大丈夫。

 

 

「でへへ、失敗失敗。でも箸は無事守り通しましたよ!」

「うん、偉い偉い」

「でへへ〜♪」

 

 

 良い子良い子、と頭を撫でると嬉しそうに笑う。

 私の方が背は低いんだけど、撫でられている奈苗は私より小さい女の子っぽい。

 封印を解いた状態だと、本当に親子みたいな感じになる。

 娘が産まれたらこんな感じかな? 

 甘えん坊な奈苗と配膳していると、がらっと音を立てて襖が開く。

 まだ少し眠たそうな顔でぼんやりしている青年が立っていた。

 ドキッ、と胸が高鳴る。

 毎日見てるけど、やっぱり慣れない。

 格好良くて思慮深くて優しくて、ちょっぴり意地悪な最愛の人。

 何だか恥ずかしくて隠れたくなっちゃう時も有るけど、私の目はいつだって彼に釘付けのまま。

 だから、この胸の時めきも照れ臭さも愛おしさも全部、最高の笑顔に変えて届ける。

 

 

「おはよう、ケイ」

 

 

 柔らかい笑みを返すケイ。

 それを見ただけで私の胸は煩いくらいに鳴り響いてしまう。

 早鐘の音色が聞こえてしまわないか、ちょっぴり不安になったりもする。

 そして、私は改めて気付かされるんだ。

 

 

 ──あぁ、やっぱり私はケイの事が大好きなんだ、って。

 

 

 

 

 

 

 食後の一服を終え、奈苗と一緒にわたわたと走り回る。

 食器洗いに洗濯に掃除とやる事は案外多くて午前中はひっきりなしに動いている。

 特に洗濯には時間が掛かる。

 ケイの服の匂いを奈苗と一緒に嗅いでるからだけど。

 運動した後のYシャツなんかはもう最高。

 胸一杯にケイの匂いが広がって、まるで抱き締められてるみたいな気持ちになる。

 ただ気を付けないといけないのは、匂いを嗅いでたらいつの間にか午前が終わっちゃう、って事になりかねないのよね。

 勿論数回有ったけど。

 最初にやらかした時に奈苗が呼びに来てからは、二人でケイの匂いをくんかくんかしてる。

 そんな事もしつつ、手際良く家事を終わらせる。

 時間は十一時くらい。

 お昼ご飯の用意まで少し余裕が有る。

 お茶を淹れて妹紅ちゃんの部屋へ向かう。

 今の時間、ケロ子と神奈子が妹紅ちゃんの勉強を見て上げている筈だ。

 ぱたぱた廊下を歩いていると、襖を開けて神奈子が顔を覗かせた。

 

 

「お、丁度良い所に」

「どうかした?」

「いやなに、妹紅の頭が熱暴走を始めたからここらで一息入れようと思ってね」

 

 

 そう言って神奈子は襖を引き、部屋の真ん中に置いてある卓袱台へ指を向ける。

 ぷしゅー、と頭から煙を出した妹紅ちゃんが卓袱台に突っ伏していた。

 その対面ではケロ子が足を崩してまったりと寛いでいる。

 

 

「お、ルー子ご苦労である」

「何神様ぶってるのよ」

「いや、私一応神様なんだけど……」

「はい、お茶。妹紅ちゃんも甘いもので糖分補給した方が良いよ」

 

 

 コト、と湯飲みを置く。

 今日のおやつは氷室で凍らせて置いた、みかんのシャーベット。

 小さい銀の器に盛ったシャーベットが何とも風流。

 だけど妹紅ちゃんやケロ子は花より団子、量が少ない事に不満みたい。

 

 

「これっぽっち?」

「もうすぐお昼じゃない、それに食べ過ぎてお腹壊したら大変でしょ?」

「おなかひえたら、にぃにがあたためてくれるもん」

「それだ!」

「諏訪子、妹紅に釣られるんじゃない。というか妹紅、お腹壊したら契が心配するが良いのか?」

 

 

 流石は神奈子、ただダメだと抑え付けるんじゃなく、妹紅ちゃんが自分から自分を律する様に上手く誘導した。

 ケイに構って貰えるのは嬉しいけど、ケイに心配は掛けたく無いものね。

 言われた妹紅ちゃんは、ちょっとしょんぼりしながらも頷いてくれた。

 

 

「うん……にぃにのために、もこうがまんする!」

「偉いぞ、妹紅。ご褒美に私のを一口分けてやろう」

「わ、ありがとかなこさん♪」

「もこちゃん良いなー。ねぇ、ルー子」

「あげないわよ」

「けちー」

「何やら美味しそうな匂いがしま、わひゃぁっ!?」

 

 

 賑やかな気配とシャーベットの甘い香りに誘われて、奈苗がやってきた。

 早速躓いて転んだけど、丁度その先に居た私の背中に倒れ込んでくる。

 むにゅっ、と背中に胸が当たる。

 いつも思うけど、諏訪子のどこに巨乳遺伝子が有ったんだろう。

 今の諏訪子からは想像も付かないし、諏訪子は神様だから肉体的には成長しないし。

 やっぱりケイの血筋かな? 

 そんな事を考えていたら、奈苗は両腕を回して擦り寄ってきた。

 後ろから抱き付いたかと思えば、気持ち良さそうにほっぺを合わせてくる。

 

 

「う〜ん、ルーミア様のほっぺすべすべでぷにぷにです♪」

「甘えん坊なんだから。怪我は無い?」

「はい、大丈夫ですよぉ!」

「なら、くっ付いて無いで隣においで。奈苗のシャーベットも用意してあるから」

「でへへ、はぁ〜い」

 

 

 見てるこっちまでとろけそうになる様な甘々な笑顔を浮かべ、私の隣に腰を下ろす。

 シャーベットを差し出すと目を輝かせた。

 みかんは奈苗の好物。

 それを知ったケイが昨日の夜に「ただ冷やしたみかんじゃ芸が無いな。シャーベットでも作るか」と言って手早く仕上げたお手製の一品。

 何だかんだ言って、奈苗に一番甘いのはケイかもしれない。

 鼎を構ってあげられなかった分、奈苗には寂しい思いをさせない様全力で可愛がってあげているんだろう。

 こないだも奈苗と一緒に、物を盗んだ後にワッフルを置いていく怪盗ワッフルごっことか衛兵役のケイを物干し竿で正面から暗殺する暴れん坊アサシンごっことかやってたし。

 つくづく親バカだなぁ、とは思った。

 多分ケイと神奈子に育てられたらどんな子供でも真っ直ぐ育つだろう。

 物凄い甘えん坊になりそうだけど。

 

 

「美味しそうです〜♪ では早速、いただきます! ……んぅ〜っ、美味しいです!」

「みかんのさわやかさと、でしゃばらないひかえめなあまみ、それにしゃくっとしたはざわりがぜつみょうなおいしさをえんしゅつしていて、とてもおいしいです!」

「もこちゃんに全部言われちゃったね」

「しかし寒い時期に冷たいものを食べるというのも、案外良いものだな」

「ケイは真冬にアイス食べるのが好きだったみたい。凍った噴水を眺めながら食べるアイスクリームは最高だ、って前に熱く語ってたし」

「あいすくりぃむ?」

「牛乳や生クリームを使った氷菓子らしいわよ? 何でも柔らかくとろける食感と甘さがたまらないとか何とか」

「ははぁ、それで契が牧畜に力を入れていた訳か」

「アイスクリーム……食べてみたいです! 今度おとーさんに頼んでみましょう!」

「おー!」

 

 

 可愛らしく木のスプーンを握ったまま右手を振り上げる奈苗と妹紅ちゃん。

 ……偶に奈苗の年齢が解らなくなる。

 そんな風にまったりしていると、庭の方で何かが落ちる音と「きゃぁぁっ!?」と聞き覚えの有る悲鳴が聞こえてきた。

 目を向ければ庭に倒れ込んだ紫の姿が見える。

 紫は朝ご飯の後ケイと一緒に出掛けたんじゃなかったっけ? 

 なら、ケイは? 

 私が疑問を口にするより速く、立ち上がった神奈子が庭に出て紫を助け起こした。

 

 

「紫じゃないか、どうしたんだい。地面にキスなんかして」

「ぺっぺっ……スキマ開くの失敗しちゃって……って、それどころじゃ無いの! おにいさんが!」

 

 

 悲痛な響きを孕んだ声に、胸がきゅっと締め付ける様に痛んだ。

 ケロ子と神奈子も同じ感覚が有ったみたいで、一瞬動きが止まる。

 

 

「紫、まずは落ち着くんだ。じゃないと私等が話を把握出来ない」

「う、うん……」

 

 

 深呼吸させて身体の焦りを解いた紫を座布団に座らせ、皆で固唾を飲んで話を聞く事にした。

 嫌な予感がする。

 どうか違っていて欲しいと微かな望みに縋る私に、紫の言葉が突き刺さった。

 

 

 

 

「おにいさんが、居なくなったの」

 

 

 

 

 思わず紫から視線を外し空を見上げる。

 そのまま視線は天井に向かい、ゆっくりと身体が重量に引かれて背後に倒れ込む。

 でも、伝わってきたのは固い畳の感触じゃなく、柔らかく包み込む様なもの。

 同時に両腕が前に回され抱き締められる。

 

 

「紫さん、続けて下さい」

 

 

 先を促すのは凛とした、けれども優しく穏やかな声。

 視線を巡らせた先、透き通った微笑みを浮かべる奈苗が居た。

 奈苗は私を抱き締めたまま、呆けている皆に首を傾げた。

 

 

「どうしたんですか、皆さん? まだ紫さんから結果しか聞いていませんよ、そこに至る過程を聞いておとーさんを探す方法を考えましょう!」

「あ……あぁ、そうだな。紫、頼む」

「う、うん……解った」

 

 

 いつもと雰囲気の違う奈苗に混乱しながらも、居住まいを正して向き直る。

 私は奈苗に抱き締められたままだけど。

 

 

 

 

 話を聞き終えた私は途方に暮れていた。

 転移した場所もケイを探す方法も解らず、こちらからケイの位置を辿るのは限り無く不可能に近いらしい。

 にとりって娘が探査装置を作ってくれているみたいだけど、その完成まで相当な時間が掛かる。

 流石にどうしたら良いのか解らず、皆一様に口を噤んでいる。

 そんな中、ふと奈苗が妹紅ちゃんに顔を向けた。

 

 

「妹紅ちゃん、ちょっと良いですか?」

「なぁに、ななえちゃん?」

「前に話してくれた『月の頭脳』って方に連絡取れます?」

「えーりんさんに? うん、それならだいじょうぶだよ」

 

 

 会話を聞いて、はっと紫が顔を上げる。

 どういう事かと奈苗に視線を向ければ、穏やかな微笑みの中に嬉が滲んでいるのに気付いた。

 

 

「前におとーさんに聞いたんです。永琳さんは空を飛ぶ船や山を動かす車を発明した天才だそうです。薬学が専門みたいですけど、にとりさんがやっている科学にも明るいのは間違い有りません。ダメで元々、一つ助太刀を頼んでみませんか?」

「そっか、それならおにいさんを探せる可能性だって……! もこちゃん、永琳さんの所まで案内して貰える?」

「うんっ、すぐにしゅっぱつしよ!」

「では一度こちらに来て頂き、その後にとりさんの『らぼ』へ向かいましょう。紫さん、妹紅ちゃん、永琳さんの事はお任せしましたよ」

「うん、まっててななえちゃん!」

「じゃあもこちゃん、早速竹林まで移動するから道案内宜しくね? みんな、行ってきます!」

 

 

 慌ただしく紫がスキマを開き、妹紅ちゃんと一緒に飛び込んで行った。

 一瞬の静寂が訪れる。

 誰も言葉を発せずにいる中、奈苗だけが何事も無かった様にお茶を啜っている。

 またケイが厄介事に巻き込まれた事もそうだけど、普段からは想像も付かない奈苗の凛とした態度に私は驚きを隠せなかった。

 と、奈苗が私の視線に気付きへにゃりと首を傾げた。

 

 

「ルーミア様、どうかしました? それに諏訪子様も神奈子様も、鳩が豆鉄砲喰らった様な顔してますし」

「えっと……奈苗だよね?」

「はい、奈苗ですよ♪」

 

 

 笑顔を浮かべてむぎゅむぎゅ抱き付き甘えてくる姿は、いつもの奈苗だった。

 そのギャップに固まっていたけど、何とか再起動した神奈子が口を開く。

 

 

「いや、奈苗が普段と余りにも違うから少し驚いてな」

「んぅ?」

「いつもぽけぽけしていた奈苗があんなに凛とした態度で皆を纏め上げるのが……何と言うか、意外だった」

「ぽけぽけだなんて酷いですよぉ」

 

 

 口では拗ねて見せるけど顔は笑みのまま。

 眉尻を僅かに下げて困った様な笑いを漏らす。

 ケイがよくやる笑い方だ。

 

 

「だっておとーさんは居なくなっただけですよ? 話を聞く限り怪我をしている事も無いでしょうし、おとーさんだって帰ろうとする筈です。ならこちらからおとーさんに向けて何らかの接触を計れば、必ず応えてくれます。第一、おとーさんが帰って来ないなんて有り得ません。何年何十年何百年掛かっても、おとーさんは待っている人達の元へ帰って来る人です。だったら私達がする事は決まってます。おとーさんが早く帰って来れる様におとーさんを手伝う事。それと、帰って来たおとーさんに『お帰りなさい』って言う事です」

 

 

 その言葉に、私は胸を打たれた。

 ケイが帰って来ないなんて有り得ない。

 そうだ、前だって時間は掛かったけれどちゃんと帰って来てくれた。

 ただいま、って言ってくれた。

 また闇に囚われ掛けていた心が、奈苗の手に因って引き揚げられる。

 

 

 ──奈苗に追い抜かれちゃったなぁ。

 

 

 一番側でケイを見て来た筈の私が、ケイを信じる事が出来なくてどうする。

 ただ待っているだけが、私達の役目じゃないんだ。

 ケイが居ない時こそ、ケイの為に何が出来るかを考えなきゃいけない。

 それを奈苗は教えてくれたんだ。

 ……でも、ケイの事を一番理解してるのが奈苗だって思うと、ちょっと悔しい。

 私だってケイのお嫁さんだ。

 負けてはいられない。

 沈んだ気持ちが浮上した事に因る軽い躁状態と子供みたいな嫉妬心に煽られ、私は奈苗を恋のライバルとして認める事にした。

 

 

 ──でもケイったら、目を離すとすぐにどっか行っちゃうんだから。

 

 

 自分からふらっと出て行った訳じゃないけど、何となく怒りたくなっちゃう。

 帰って来たら、首輪でも着けてみよう。

 ケイがペット……うん、良いかも。

 不穏な事を考えた所為か、口の端が吊り上がっていくのが解る。

 

 

 ──ふふっ、ペットが嫌なら早く帰って来てね、ケイ♪ 

 

 

 

 



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海は嫌いだ。そして中二病な口説き方。

 村を出発してから一週間。

 取り敢えず東に進路を取った訳だが、失念していた事が一つ。

 ルーマニアの東には黒海が有る。

 当然馬車では渡れないので、北から回り込むルートとそのまま南東に進みトルコ側から抜けるルートのどちらかを選択する事になる。

 いっそ船が使えればなぁ、と漏らしたのを聞き付けたレミリアがさらっと一言。

 

 

「商船に相乗りさせて貰えば?」

 

 

 レミリアが提示したのは、商人が物資を運ぶ為に使う貨物船に乗せて貰い黒海を渡るという案。

 だが、吸血鬼は流水を渡る事が出来ない。

 正確には、吸血鬼が流水の上を渡ると酷い酔いに襲われるとの事。

 レミリアとフランにそんな無理はさせられない、と美鈴が却下するも再度口を開いたレミリアに、今度は俺と美鈴が言葉を失う事に。

 

 

「私もフランも流水平気になったわよ」

 

 

 どういう事かと詳しく聞けば、俺の血を取り込んで以来流水への忌避感が薄れ、試しに小さな川を跨いでみた所全く異常が起きなかったらしい。

 そう言えば水に濡らしたタオルで拭いた時も苦しそうな様子は無かったな。

 美鈴から「また契さんの血ですか」と呆れた眼を向けられたが甚だ不本意で有る。

 なりたくてミュータント製造血液になった訳じゃない。

 しかし話を聞く限り、吸血鬼としての弱点は殆ど無くなったんじゃないのか? 

 日光に晒されても肌荒れを心配する程度、流水も平気になり雨の日でも大丈夫。

 胸に木の杭を刺すとか銀の銃弾で心臓撃ち抜かれたら死ぬとか言われているが、そんなもん喰らったら誰でも死ぬ。

 十字架云々は教会が権威を誇ろうと捏造した話だし、ニンニクの臭いは単に好き嫌いだろう。

 

 

 ──あれ、レミリアとフランの吸血鬼っぽさって何だ? 

 

 

 血を吸う事と羽が有る事、力が強い事くらいしか無い気がする。

 ……まぁ、羽を隠せばただの美幼女にしか見えないから問題は無いだろう。

 という事で美鈴が商人と話を付け、悠々と商船に乗り込んだ俺達一行。

 優雅な船旅と洒落込もうとしていたのだがここで問題が一つ。

 

 

「……ぅ、ぁあ……」

 

 

 青い顔をして船の縁に凭れ掛かっているのは、ご存知メイド長美鈴。

 吸血鬼姉妹は流水を克服したのだが、代わりに美鈴が船酔いでダウンするとか誰が想像しただろうか。

 フランは背伸びしながら美鈴の背中をさすってやっている。

 やだあの幼女優しい。

 爪先立ちの所為でぷるぷる震える膝元とか心配そうに揺れるサイドテールとか優しさ溢れる小さな掌とか全てが可愛い。

 

 

「こらケイ、少しは美鈴の心配くらいしてあげなさいな」

 

 

 ぽこっ、と頭を叩かれる。

 振り返れば腕を組んだレミリアが苦笑しながら立っていた。

 俺の隣に立つと柔らかい笑みを浮かべて、縁に身体を預け流れ行く景色に視線を踊らせる。

 風に揺れる髪先やはためくスカート、頬に添えた手が令嬢としての淑やかさ美しさを引き出している。

 その姿は一枚絵の様に決まっていて、普段の俺なら見惚れていたに違い無い。

 が、残念ながら今の俺にそんな余裕は無かった。

 

 

「おえっぷ」

「ちょっ、ケイも船酔いなの?」

「あぁ……というか船に乗るのも初めての経験だ。こんなに厳しいとは思わ、ぅっ」

「なら先に言ってくれて構わないのに……水持って来る?」

「いや、いい。……有り難うな」

「無理しちゃダメよ? さすってあげるくらいしか出来ないけど、苦しくなったら言ってね」

 

 

 レミリアの優しさが心に染みる。

 というかここ数日レミリアの良い女度数が鰻登りだ。

 普通十歳ってもっと視野が狭いんじゃないのか? 

 他人の事を考え、気を配り、行動する。

 簡単に見えて難しい。

 それを傲る事無く当然の様に行うレミリアが時々眩しい。

 

 

「……ぅぷっ」

 

 

 だが今は優しさよりも酔い止めが欲しい。

 

 

 

 

 

 

「アレだな、陸の方が性に合ってるな」

「そうですね、私達はのんびり陸路を行きましょう」

「美鈴、俺と来てくれるか? 陸路を」

「ええ、契さんとならどこまでも共に行きます。陸路を」

「美鈴……」

「契さん……」

「はいはい、解ったから行くわよ」

「美鈴とお兄様仲良しだねー」

 

 

 互いに手を取り見つめ合っていると、レミリアに溜息を吐かれた。

 無事対岸に辿り着き大地を踏み締めた感動に浸っているだけだというのに。

 地面が有るって素晴らしい。

 もう二度と船には乗らん。

 

 

「でもお兄様、日本に渡るには海を越えなきゃダメなんじゃないの?」

「……空を飛んで行けば大丈夫だ!」

「どう考えてもダメな発想よ、それ」

「良いんだよ、日本では神様だからな俺」

「契さん、日本に行くなら私も連れていって下さい。今度は空路で」

「勿論だ美鈴、共に日本へ行こう。今度は空路で」

「契さん……」

「美鈴……」

「ダメだわ、この二人」

「あはは、やっぱり仲良しー」

 

 

 妙にハイテンションとなった美鈴と遊んでいたらレミリアからジト目を向けられた。

 ちょっとくらい良いじゃないか。

 ともあれ黒海を無事に越えた俺達は商人に別れを告げてゴットゥーザ、もといゴートゥーザイースト。

 現代で言うとカザフスタンとかそこら辺の場所を渡り中国の方へ抜ける。

 砂漠地帯とステップに備え水も大量に買い込んだし、日持ちする旅糧も沢山有る。

 夜の寒さ対策に毛布も買い足した。

 これで砂漠も恐るるに足らず。

 序でに馬車も魔改造して置いた。

 資金に物を言わせて車輪を木製のキャタピラに変えゴムを使用したサスペンションを取り付け、荷物の輸送にラクダを買った。

 天幕内も広くし居住性を高めた。

 更に以前の物より軽量化されている為スピードも出る上、耐久性も向上した。

 盗賊対策には能力を使って『罠』を仕掛けた。

 

 

「これで道中も安心だな」

「ケイって魔改造が好きよね」

 

 

 すっかり突っ込み役が板に付いてきたレミリアを抱きかかえ、フランと一緒に天幕の中へ放り込んでやる。

 中には毛布と座布団を敷いているのでクッション性は抜群だ。

 

 

「きゃっ!?」

「わー♪」

「靴は脱いでそっちの篭に入れておけよ。俺は後ろの二号車に居るから何か有ったら呼んでくれ」

「はぁーい」

「あぁ、美鈴。この先、日差しもそうだが砂を孕んだ風が強く吹く。こっちの外套を着て防護しとけ、それと水筒を十本置いとくから喉が渇く前に水分補給するんだぞ? 水が足りなくなったら呼んでくれ、持って行くから」

「解りました」

「よし、じゃあ出発だ」

 

 

 御者は美鈴に丸投げして連なった天幕の後ろ側に腰掛ける。

 ぺしっ、と鞭の鳴る音が聞こえゆっくりと馬車は動き始めた。

 馬より速さは落ちるが、それでも充分な速度は有る。

 二号車に乗った俺の役目は、周囲の警戒と皆の健康管理、それと料理だ。

 とは言ってもまだ港を出発したばかりで、やる事は無い。

 のんびり空でも眺めるとするかと思っていたら、前の天幕から何やら話し声が聞こえてきた。

 

 

「全く、ケイったらレディの扱いがなっていないわ」

「でもお姉様、お兄様にお姫様抱っこされてた時嬉しそうじゃなかった?」

「それは……まぁ」

「いいなぁ、私もお兄様とらぶらぶしたいなぁ」

「フランは後三年くらいしたらケイとイチャイチャ出来るんじゃないかしら」

「え〜、後三年しないとダメなの?」

「私も小さいけれど、それより小さいフランは完全に子供として見られているから、ケイを篭絡するのは難しいでしょうね」

「ろ〜らく?」

「メロメロにしちゃう事よ」

「そっかぁ、私もお姉様くらいに大きくならないとダメなんだね」

「フランはケイが好きなのね」

「うん! お兄様もお姉様も美鈴も、みんな大好きだよ♪」

 

 

 何だろうか、この微妙に食い違っていて小っ恥ずかしい会話は。

 美鈴の方からも気恥ずかしそうな気配が漂ってきている。

 帰ったら妹紅とフランを会わせてみよう。

 多分聞いていて悶えそうになる純真過ぎる会話が展開される筈だ。

 奈苗を加えたら誰も太刀打ち出来まい。

 

 

 ──俺もあんな感性を持っていたんだろうか。

 

 

 思い返せばフランくらいの年で、既に純真無垢な心とおさらばしていた気がする。

 サンタもコウノトリも信じない、大人から見れば詰まらない子供だったな。

 

 

「……なのよ」

「じゃあ、お兄様はロリコンなんだね!」

「ぶふっ」

 

 

 思考を飛ばしていた所にとんでもない言葉が撃ち込まれた。

 すぐさま天幕を抜けて前の天幕に居たレミリアのこめかみに拳を当てる。

 

 

「何を吹き込んでやがる」

「え、あ、ち、違うのケイ、これは、あぁっ、ぐりぐりはダメぇぇっ」

 

 

 中指の付け根の骨でレミリアのこめかみをぐりぐりと揉んでやる。

 たっぷり十秒数えて解放すると、頭からぷしゅーと煙を上げて倒れ込んだ。

 フランが頬をつんつんして生きているか確認している。

 涙目で起き上がったレミリアは頭を抑えて恨めしそうに見上げてくる。

 

 

「う〜……ひどいわよケイ」

「妙な事吹き込むからだ」

「だって事実じゃない」

「断じて違う、上にも下にも守備範囲が広いだけだ」

「節操無し……」

「まだ足りないか」

「あっ、ちょっ、振動が脳に、脳にー!」

「何でお姉様はちょっぴり嬉しそうなの? 痛そうなのに」

「レミリアはMだからな」

「えむ?」

「意地悪されたり痛い事されたりするとゾクゾクして気持ち良くなる変態の事だ」

「ちょっ、何言って、あっ、そこはダメだってば、は、鼻から何か出る──!」

「あはは、お姉様Mだー」

 

 

 みっちりお仕置きしてやった。

 これでもう妙な事は言わないだろう。

 若干フランの精神汚染が気に掛かる所だが、まぁ心配は要らないか。

 その後寂しさの余りしょんぼりしていた美鈴にマスカットのジェラートを与えて機嫌を取り、特に目立ったトラブルも無いまま一日が終わる。

 

 

 

 

 夕食後、皆が天幕に戻り寝付いたのを確認した俺は切り株に腰掛け、地図とにらめっこをしていた。

 今日はまだ草木が多く、日没後の寒気はそれ程厳しくは無い。

 焚き火の明かりで地図を読み、時折夜空に浮かぶ星を見上げる。

 別に中二病を発症した訳では無い。

 星の位置から方位を求め、今日の進捗状況から明日進める距離を割り出し、地図を読む事で幾つかのルートを弾き出していただけだ。

 出掛けに商人から聞いた話では、ここから南東の道は盗賊が出るらしい。

 南東にはそれなりに整備された道が有り、砂漠よりも岩山が多く途中にはオアシスも幾つか点在しているとか。

 その分行き交う商人も多く、それを狙う盗賊が待ち構えているらしい。

 北東の道はステップが広がり緩やかな傾斜地となっている。

 特に脅威も無く途中村も有る様だ。

 唯一の欠点は南東の道を通った時と比べ三倍の時間が掛かる事。

 山道を抜け砂漠を大きく迂回する為だ。

 東を突っ切るルートは、砂漠のど真ん中を疾走するルート。

 当然周囲は砂だらけ、目標になるものは何一つ無い。

 盗賊も流石に居ないだろう。

 水や食糧といった物資が充分に有るなら一番早く東に抜けられる。

 単純に計算した場合、東の砂漠を抜ければ三日、南東の道を行けば五日、北東の道を行けば半月の時間が掛かる。

 どのルートを選択するかは明日の朝、皆と相談して決めよう。

 

 

「だ〜れだ?」

 

 

 突然目の前が暗くなる。

 声を高くし甘える様に擦り付いてくるが、独特の艶やかさは隠し切れていない。

 

 

「寝たんじゃなかったのか、レミリア」

「ふふっ、夜の眷属が夜更かし出来ないなんて喜劇にもならないわ」

 

 

 抱き付いたまま身体を回し膝の上に座る。

 ふわり、と髪から良い匂いがした。

 俺の両腕を身体の前で交差させ抱き締めている様に固めると、満足そうに背中を預けてくる。

 端から見れば、俺が後ろからレミリアを抱き締めている様に見えるだろう。

 頬を腕に擦り付けて甘える姿は昼間の令嬢然としたものでは無く、年相応の女の子にしか見えない。

 腕に少し力を込め抱き竦めてやれば、嬉しそうに声を漏らす。

 

 

「ケイの身体、温かい」

「夜は冷えるからな。風邪を引く前に天幕に戻った方が良いんじゃないか?」

「もう、意地悪言わないで。私はケイとくっ付いていたいのよ」

「昼間とは全然違うじゃないか」

「だって昼間もべったりしていたら、フランや美鈴が甘えられないじゃない?」

「フランはともかく、美鈴もか?」

「ええ、美鈴だって時には甘えたくなる事も有るわ。今までは甘えられる人が居なかったもの」

「……やはりお前は異常だよ、レミリア。普通その年でそういった思考や想像は出来ないものだ。他者の立場を考慮する、上に立つ者として相応しい振る舞いを身に付けたかもしれない。だが、代わりにお前は自身の心を押し込んでいる様にも見える」

 

 

 その言葉に、微かに身を震わせる。

 密着した背中が伝えてくるのは恐れか。

 ぎゅっと、腕に力を込める。

 急に強く抱き締められたレミリアは身体をびくっと硬直させた。

 

 

「……やっぱり、こんな子供は気持ち悪いわよね。フランでも美鈴でも無い、私の想像の中の『誰か』が望む私を必死に演じようとしてるだなんて。ほんと、滑稽よね」

「そうだな」

 

 

 応えた声に、レミリアは顔を伏せた。

 後ろ髪が悲しそうに揺れる。

 それを見た俺は内心で溜息を吐いて、これからキリッとした顔でクサイ台詞を言わなければならない事に頭を抱えたくなった。

 

 

 ──言わなきゃ全部伝わらないが、言ったら間違い無く黒歴史逝きだな。

 

 

 漢字はアレで合ってる。

 本気で向き合い心をぶつけるって事は、自分の羞恥心さえ振り払えればとても簡単な事だ。

 顔が熱を持ったのを自覚して、俺は諦めて口を開いた。

 

 

「確かにレミリアは幼くしてスカーレット家の当主になった。当然それに相応しい振る舞いや意識を持たなくてはならないだろう。けどな、レミリア。別に今じゃなくても良いんじゃないか?」

「……どういう事?」

「だって考えてみろよ、レミリアはまだ十歳だろ。そんな小さい内から当主なんか出来っこ無いだろ普通。そんな小さい子供に全部押し付けて『さぁ、当主様ご命令を』みたいな事言うのがスカーレット家に仕える者として正しい姿か?」

「でも、それは当主の責務よ」

「だがレミリアを犠牲にする口実にはならない。こないだも言ったが、今すぐスカーレット家の再興をしなけりゃいけない訳じゃ無いだろう?」

「それでも私は当主よ、放り出す訳にはいかないわ」

「なぁ、レミリア。誰がお前にそれを望んだ? 美鈴がお前にスカーレット家当主として振る舞う様に言ったのか?」

「……いいえ、美鈴は私に言ったわ。私自身の事を考え、私が納得出来る私になった時に、改めてスカーレット家をどうして行くかを考えていこうって。その時は一緒に考えてみようって」

 

 

 声に涙が混じる。

 方法も方向も間違ってはいない、ただ少し焦っていただけだ。

 それに気付けたなら心配は無いだろう。

 

 

「……何だかスッキリしたわ。妙な意地に縛られていたみたい」

「気分は晴れたみたいだな?」

「ええ、お陰様で。……ごめんなさい、ケイ。私の所為で煩わせてしまったみたい」

「構わんよ、別に手間でも無いしな」

「優しいのね、ケイは」

 

 

 くすくすと笑みを零すレミリア。

 取り敢えずは心の荷を下ろす事に成功した様だ。

 が、俺はもう一押しする事にした。

 どうせ黒歴史逝きなのは避けられないのだから、とことん逝ってみよう。

 

 

「美鈴の言う通り、焦る必要は無い。今はレミリア・スカーレットとして、ゆっくり成長していけば良い」

「うん……そうよね。有り難う、ケイ」

「それにな、レミリア。将来お前がスカーレット家を再興する時、力を貸して欲しいって望んだのなら、俺は喜んでレミリアの力になる」

「え……」

「まぁ、それ以外でも呼べばいつだって力になるがな」

「え、えっ?」

 

 

 混乱するレミリアの耳に唇を寄せる。

 帰ったら説教ものだな、と内心で苦笑しつつも俺は言葉を紡ぎ出した。

 

 

「好きな娘の側に居たいと思うのはいけない事か?」

「な、何を……?」

「あぁ、回りくどいのは止めよう。レミリア、俺はレミリアが好きだ。嬉しい時は共に笑い、悲しい時は共に泣き、どんな時も側に在りたい。レミリアが夜空に煌めく星ならば、俺は星を側で見つめる月で在りたい。……レミリア、俺は君が好きだ」

 

 

 驚きで見開いた瞳が俺を映し出す。

 一瞬嬉の色が過ぎったが、すぐに悲しみが瞳を塗り潰していった。

 浮かぶのは諦めた様な暗い笑み。

 

 

「……有り難う、ケイ。でも私は」

「俺じゃダメか?」

 

 

 被せ気味に言った言葉に、レミリアは目を剥いた。

 

 

「そうじゃない! そうじゃないの……」

 

 

 俯いてしまったレミリアに苦笑を返す。

 何を考えているかはだいたい想像が付く。

 レミリアは『自分は与えて貰ってばかりで何も返せていない。そんな自分が誰かを好きになって良いのだろうか、誰かに好いて貰える資格が有るのか』なんて考えているのだろう。

 頭の緩い女子高生辺りが考えたなら蹴飛ばしてやりたい発想だ。

 だがレミリアは自己陶酔するでも無く、真剣に悩んでいる。

 本気で他人と向き合おうとしているからこそ、自分の劣っている部分、醜い部分を見過ごせないのだろう。

 

 

「……私は夜空を彩る数多の星の一つでしかないわ。夜空に爛々と輝く月と釣り合う様な、価値の有るものじゃない」

「星の価値は見る人が決める。自分の価値を判断する事に意味は無い」

「月が照らすのは大地。遠く霞んで見えない星に、想いを馳せる人は居ないわ」

「大地からは見えない星でも、月は見ている。儚く尊い星がそこに在るのを知っているからな」

「……意地っ張り」

「レミリアこそ」

 

 

 思い返しただけで頭を掻き毟りたくなる中二病まっしぐらな台詞を吐きつつ、それを意識の外に弾き出してレミリアを抱き締める。

 

 

「レミリアだからだ」

「えっ……」

「他の誰でもない、レミリアだから側で支えたいと思った。レミリアだから好きになったんだ。今、この瞬間も、フランや美鈴じゃダメなんだ。レミリアに好きだと伝えたい。改めて言おう、レミリア、俺は君が好きだ。君じゃなきゃダメなんだ」

 

 

 レミリアの瞳が俺を見上げた。

 ほろりと、一粒の涙が零れ落ち頬を伝う。

 指で払うと同時、次々と涙が溢れ服を濡らしていった。

 

 

「え、あ、あれ? 私、何で泣いて……?」

「さぁな。でもまぁ、思いっ切り泣いてみるのも良いんじゃないか? 頼り無いかもしれんが、こんな胸で良いなら貸すぞ」

「……ふふっ、そうね。少し、借りるわ」

 

 

 身体を入れ替えて胸に顔を埋めたレミリアは声を上げる事も無く、ただ静かに泣き続けた。

 服に滲む涙が熱を伝え、すぐに冷える。

 時折震える背中を抱き締め、優しくぽんぽんと頭を撫でてやる。

 パチッパチッ、と薪が弾ける音だけが周囲に響いていた。

 暫くその音に耳を傾けていると、不意にレミリアの身体から力が抜けた。

 

 

「……レミリア?」

 

 

 返ってきたのは小さな寝息。

 泣き疲れて眠ってしまったらしい。

 安らかな寝顔に浮かぶのは、微笑み。

 どうやら迷いは晴れ、自分を自分として受け入れる事が出来た様だ。

 これでレミリアが歪んだり押し潰される心配は無くなった。

 悩んだり迷ったりする事が悪いとは言わないが、幼女はいつも笑顔で居るべきだ。

 そして、幼女が笑顔で居られる様にするのが大人の役目だ。

 

 

「……なんてな」

 

 

 未だクサさの抜けない思考から目を背けて立ち上がる。

 焚き火はまだ消えていないが、暖かい天幕内に寝かせてやりたい。

 そう思いレミリアを運んだのだが……しっかりと服を握られており、とても離してくれそうに無い。

 無理に指を外そうとすると、悲しそうにぐずる。

 

 

 ──今日くらいは良いか。

 

 

 早々に白旗を上げた俺は天幕から毛布を取り出し、先程の切り株へ腰を下ろした。

 毛布を背中から回し、すっぽりとレミリアと俺を包む。

 これで風邪は引かないだろう。

 頭を撫でてやると、レミリアはくすぐったそうに笑みを零した。

 

 

「ん……ケイ……」

「お休み、レミリア」

 

 

 

 



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縮まる距離。そして繋がる身体。※

 あれから更に一週間。

 南東の道を行き盗賊を蹴散らしながらのんびり旅をしていた俺達は、何故か立ち寄った街で取り囲まれた。

 それも荒くれ者や兵士では無く、ただの一般市民に。

 どうやら敵意は無い様で力任せに引き剥がす事も出来ずにいると、美鈴が通訳してくれた。

 

 

「いやぁ……流石に予想出来ませんでしたね」

「彼等は何と?」

「悪名高い盗賊団を倒してくれた英雄を招待したい、って言ってます」

「……は、英雄?」

「どうやら余程悩まされていたみたいですね、あの盗賊達に。加えて護衛も付けずに女子供を連れての移動ですからね、やはり目立っていた様です」

 

 

 御者の椅子に座った美鈴が困った様にぽりぽりと頭を掻く。

 なるべく目立ちたくは無かったのだが、この状況ではどうしようも無い。

 溜息を一つ吐いて天幕の外へ出る。

 歓声やら拍手やらが沸き起こるのに辟易しつつ、俺は美鈴の側に腰を下ろした。

 因みにレミリアとフランは一号車の中。

 デイウォーカーになり羽を隠せる様になったとは言え、ここは異国の地。

 妖怪に理解の有る奴等が居るとは到底思えない。

 無用の諍いを避ける意味も込めて二人には隠れて貰っている。

 

 

「美鈴、通訳してやってくれ。それと、俺の事は東国の神官を取り纏める立場に在る者だと」

「え、あ、良いんですか?」

「一応事実だ」

 

 

 奈苗は巫女だし、俺の言う事は何でも聞くしな。

 夜伽の際に半分くらいまで抜いたままお預けしてやったら、子犬みたいに鳴きながら必死に腰を動かさない様に耐えていた。

 余りの可愛さに朝まで犯したのは内緒だ。

 

 

「じゃあ、通訳を頼む」

 

 

 美鈴を通して、盗賊を懲らしめるのは当然だとか見返りを求めてやった事では無いだとか善意は嬉しいが歓待を受けるのは神の教えに反するだとか、そんな事を適当に言ってみた。

 と言うか神の教えも何も、俺自身が半分神になっているんだが。

 それにこの辺りはイスラム教が主流だ。

 八百万の神とか言われても理解出来ないだろうし、異端認定されて追い掛けられるのも困る。

 どうにか民衆を納得させて、本物の神官や衛兵が来る前に退散する。

 途中水や食糧を買い足して街の東の宿屋へ向かう。

 通された部屋に手荷物を置いて一息吐くと、背中に勢い良く何かがぶつかって来た。

 堪らずベッドに倒れ込むと、シャラン、と高くか細い音が鳴る。

 

 

「危ないぞ、フラン」

「えへへ、ごめんなさい」

 

 

 余り反省していない声色で返事をしたフランは俺の身体を捩登り、左手を掴んで引っ張り上げた。

 くるん、と回転してうつ伏せから仰向けになった俺に抱き付いてくる。

 

 

「お兄様の匂い〜♪」

「あら、楽しそうな事してるじゃない」

「お邪魔しますね」

 

 

 開いていたドアをぱたんと閉めてレミリアと美鈴がやってきた。

 ……全員集まるなら部屋を二つ取った意味が無いんだが。

 ベッドに腰掛けた俺の膝の上にフラン、背中にレミリアが抱き付いてくる。

 吸血鬼のサンドイッチが完成だ。

 

 

「……美鈴?」

 

 

 問い掛けた先、美鈴が顔を赤らめて俺の右手を握っていた。

 普段は恥ずかしがって余りくっ付いて来ない美鈴が、自分から手を握ってきた事に多少の驚きを覚える。

 フランは嬉しそうに、レミリアはニヤニヤと笑いながら美鈴を見ていた。

 それに気付いた美鈴は途端に落ち着きを無くして口を開く。

 

 

「い、いえっ、べっ、別に私も契さんにくっ付きたいなぁとかそんなんじゃ無くて、そう、冷え性なんです私!」

「そうなのか?」

「そうなんですっ! な、なので契さんの手をお借りして暖めようかなと思っただけですから、た、他意は有りませんよっ!」

 

 

 ぶんぶんと右手を振って熱弁しているが、繋いだ左手は離そうとしない。

 だが冷え性と言う割には、余り冷たく無い様だ。

 と、レミリアが耳打ちしてきた。

 

 

「ケイ、美鈴は照れ屋なのよ」

「あぁ……成程」

 

 

 口実が無いと甘えられないとは、可愛いものだ。

 軽く手を握り返してやると、美鈴の身体が小さくびくんと跳ねる。

 にぎにぎ、びくん。

 にぎにぎにぎにぎ、びくんびくん。

 何か面白くなってきた。

 試しに指を絡め、俗に言う恋人繋ぎにしてみる。

 目に見えて耳が真っ赤になり、あわあわと口を開いたり閉じたりする。

 そのままぎゅっと手を握ってやれば、カクンと美鈴の首が落ちる。

 どうやら恥ずかしさが限界を迎えたらしく俯いた様だ。

 代わりに指を握り返してきた辺りが初々しくて可愛らしい。

 

 

「ケイ、あんまりイジメちゃダメよ?」

「失敬な。愛でているだけだ」

「皆仲良しさん♪」

「ぁぅぁぅ……」

 

 

 レミリアが笑い、フランが抱き付き、美鈴が赤面する。

 何とも奇妙なおしくらまんじゅうは、宿屋の娘さんが夕食の時間を知らせに来るまで続いた。

 

 

 

 

 夕食を終えて街が寝静まった頃、動き出す影が有る。

 一人ベッドに寝転がっていた俺の部屋へ、静かにドアを開けて潜入する。

 足音を立てない様にふわふわと宙に浮きながら、ゆっくりと近付いてきた。

 入口に背を向けていた俺のすぐ後ろまで来た侵入者は、そっと掛け布団の裾を持ち上げて布団の中へ入ってきた。

 ぴと、と背中に抱き付いて身体を密着させてくる。

 ひんやりした感触が伝わる。

 どうやら既に服は脱いでいる様だ。

 

 

「……はぁぅ」

 

 

 悩ましげに、それでいてどこか満足そうな吐息が背中に掛かる。

 きゅっと右手に腕を絡めた侵入者は普段の様子からは想像し難い、少し照れた口調で言った。

 

 

「きちゃった……♪」

 

 

 俺はその声に答えない。

 それが不服だったらしく、侵入者は俺の耳たぶを甘噛みしてきた。

 ぞわり、と震えが背筋を駆け上がる。

 

 

「────っ!?」

「んっ、はむ、狸寝入りしないでよぉ、せっかくレディが、んむんむ、恥を忍んで来たのにぃ」

「わ、解ったから甘噛みを止めろ」

 

 

 耳たぶが解放されたのを受け、ごろりと寝返りを打って侵入者に向き直る。

 透き通る様に白い肌を桜色に染めた、青髪の幼女が居た。

 普段の令嬢然とした気品に満ち溢れる凛々しさは無く、代わりに発情し切った淫らな雌の顔がそこには有る。

 本人は気付いていないかもしれないが、既に可愛らしい乳首はぷっくりと膨れ上がっていた。

 

 

「で、こんな夜中に何の用だレミリア」

 

 

 解り切った事だが、敢えて俺は事も無げに言い放つ。

 それを聞いて切なげに眉尻を下げたレミリアは、弱々しく力無い声を上げる。

 

 

「ケイ、意地悪しないで」

「意地悪? 何の事だかさっぱりだな」

「うぅ……お願い、私もう、我慢出来ないわよぉ」

 

 

 そう言ってレミリアは俺の手を取り、自らの秘所へと伸ばし自慰を始めた。

 触れた指先がくちゅりと濡れた音を響かせる。

 すっかり出来上がっている。

 ここへ来る前に自分で慰めていた様だ。

 レミリアが発情している理由。

 それは寝る前に隣の部屋で、俺の血を吸わせていたからだ。

 吸血鬼に取って血液は普段の食事とは別腹らしく、寧ろ血液の方をメインディッシュとする吸血鬼の方が多い。

 だがレミリアとフランは元が小食なのに加え、俺のライフ濃縮ブラッドを摂取した事で半年以上は吸血しなくとも何ら問題は無いらしい。

 それでも毎日吸血したくなる程に俺の血は美味かった様で、毎晩ねだられている。

 言わずもがな、俺の血液には催淫作用が有る。

 当然発情したレミリアと毎晩肌を重ねる事となるのだが、今日は少し趣向を変えた。

 運命操作で美鈴とフランが寝静まったのを見計らい血を吸いに来ていたのを、今日はレミリアが能力を使う前に血を吸わせ放置してみた。

 結果は一目瞭然。

 火照った身体を持て余したレミリアは肉欲の虜となり、性奴隷もかくやと言った風体で鳴いている。

 

 

「んぁっ、ケイの指っ、ケイの指気持ち良いのぉ、もっと、もっとほじってぇ」

 

 

 潤んだ瞳を向けて淫らに腰をくねらせる。

 そこに理性の色は無い。

 有るのは快楽を貪ろうとする卑しさ。

 最初は俺の指を動かしていたが、次第に自ら腰を降り始めた。

 ちゅぷっ、ぷちゅっ、と卑猥な水音が鼓膜を叩く。

 暫し自慰に耽っていたレミリアだったが、刺激が足りなくなったのか俺の上に跨がり肉棒を挿入しようとする。

 当然、腰を掴んで止めた。

 お預けを食らったレミリアは切なげに声を震わせて鳴く。

 

 

「やぁっ、いやぁ、もっとぉ、もっと欲しいのぉ、ケイの入れさせてよぉっ」

 

 

 へこへこと腰を振ろうとするが、しっかり掴んでいる為満足に動かせない。

 秘裂はひくひくと震えて淫らな涎を垂れ流し、微かに触れた亀頭を愛おしげに吸い上げてくる。

 だが俺は腰を抑え、決して落とさせはしなかった。

 挿入出来ずにもがくレミリアは、それでも快楽を得ようと腰を前後に振る。

 しかしその動きも到底満足出来そうも無い中途半端なものだ。

 必死に雄をくわえ込もうとする唇をなぞり上げ、クリトリスの根元を擦っては再び元の位置に戻る。

 確かに気持ち良いが絶頂には程遠い。

 そんな刺激で火照った身体が満足する訳も無く、レミリアは切なげに鳴く。

 

 

「いやぁ、あぁ、ケイぃ、意地悪しないでよぅ、んんっ、ぐすっ、んぅっ」

 

 

 とうとう泣き出してしまったレミリアに、途方も無く嗜虐心が満たされていくのを感じた。

 綺麗な紅い瞳からぽろぽろと宝石の様な涙を零し、それでも腰を前後させるのを止めようとはしない。

 正直、その姿だけで射精してしまいそうだった。

 内心では歯を食い縛って堪え、俺はレミリアにニヤリと笑い掛けてやる。

 

 

「レミリア、そんなに気持ち良くして欲しいのか?」

「欲しいっ、欲しいのぉっ、ケイので私の中、いっぱいにしてぇっ」

「そうか。なら、おねだりしてみろ」

 

 

 言うが早いか、レミリアは両手を自らの秘所に伸ばした。

 くにぃ、と指で広げられた秘裂からはだらだらと淫蜜が溢れ出し、その上の小さなクリトリスはぴくぴくと震えながら勃起している。

 

 

「ケイの、ケイのおちんちんっ、私の中に入れさせて下さいっ!」

「レミリアのどこにだ?」

「……っ、お、おまんこっ、おまんこにおちんちん入れさせてくださいっ! ケイのおちんちんずぷずぷして、私のおまんこに中出しぴゅっぴゅして欲しいのぉっ!」

 

 

 羞恥に顔を染めたが、それも一瞬の事。

 すぐに淫語を口にしながら、はしたないおねだりをした。

 良い子だ、と俺はほくそ笑んで抑えていた腰を解放する。

 その意味に気付いたレミリアは顔一面に嬉の色を浮かべて、乱暴に腰を落とした。

 ずぷん、と肉棒が幼い膣壁を割っていく。

 

 

「んあぁぁあぁぁっ、あっ、あっ、あぁぁんっ! しゅっ、しゅごぃぃっ、これぇっ、これが欲しかったのぉぉっ!」

 

 

 きゅぅっ、と膣が強く締まる。

 どうやら挿入されただけでイったらしい。

 焦らされ敏感になった身体は、自分の腕よりも太い肉棒を苦も無く迎え入れた。

 この上無い歓喜に打ち震えているレミリアの頬に手を伸ばす。

 一瞬身体を強張らせた幼い吸血鬼に微笑みを返し、指先で優しく涙を拭った。

 

 

「あっ……」

「意地悪してごめんな、レミリア。もう気持ち良く『なって』も良いぞ」

 

 

 俺の言葉にびくっと震えるレミリアの顔に浮かぶのは、紛れも無い悦び。

 ここ数日、俺はレミリアの身体と共に精神を犯してみた。

 具体的には、こうして言葉に『許可』を与えてやる事。

 どんな些細な事でも許可を与えねば行わせず、少しずつ思考を縛っていく。

 本来なら長い時間を掛けなければ成し得ない事だが、今回は少々裏技を使った。

 ……最早説明も飽きてきたが、言うまでも無く俺の血だ。

 強過ぎる快楽が引き起こした一種の催眠状態を利用した事で、短時間の調教が可能となった。

 優しく抱かれながら流し込まれた毒に抗う術も知らず、次第に心を蝕まれていくレミリアの姿はひどく愛おしく映ったものだ。

 本人も気付かぬ内に隷属を刻み付けられたと知った時、どんな顔を見せてくれるのだろうか。

 

 

 ──いや、その時は既に隷属した後。なら愉悦に歪んだ笑みを浮かべるのだろうな。

 

 

 すっかり鬼畜モードが板に付いてきた感は否めないが、愉しいのだから仕方無い。

 そんな事は露知らず、レミリアは盲目的な笑顔を見せた。

 

 

「んぁっ、あぁん、良いっ、気持ち良いっ、ケイのおちんちん気持ち良いよぉっ、太くてごりごりしてて、私のおまんこいっぱいなのぉ」

 

 

 夢中で腰を振るレミリア。

 その官能的な姿に絆され、ついつい腰を突き上げてしまう。

 ずんっ、と一際強く突いてみるとまたイったらしく、力無く倒れ込んできた。

 それを優しく抱き止めつつ身体を起こし、対面座位へと移行する。

 最早隠す為に割く理性も無いのか、レミリアは自身の身長程も有る大きさの羽を広げた。

 その羽と両手を回して俺を抱き締める。

 密着したレミリアは喘ぎながら何度も何度も愛を囁いてくる。

 

 

「しゅき、しゅきぃ、ケイぃ、しゅきなのぉっ、ケイっ、ケイぃぃっ、しゅきぃ、だいしゅきぃ」

「あぁ、俺もレミリアが好きだぞ。だからイク姿を『見せろ』」

「ふぁっ、見てっ、私がイクとこ見てぇ、あっあっ、あぁっ、んぁ、あ、んひゃぁぁぁああぁぁぅぅぅっ!」

 

 

 身体を仰け反らせ膣壁を強く締め付ける。

 びゅくっびゅくっ、と勢い良く潮を噴き出して痙攣する秘裂は既に肉棒の虜だ。

 だらしなく開いた口の端は愉悦に歪み、とろとろ涎を垂れ流している。

 伸びた赤く小さな舌にキスをする。

 快楽で濁った紅い瞳を見つめ返した俺は、微笑みながら呪詛を吐いた。

 

 

「可愛いよレミリア。……だが俺はまだイってないぞ」

「ほへぇ……?」

「だからお仕置きだレミリア。俺が許可するまで『イクな』」

 

 

 言い終わると同時、俺は右手でクリトリスを摘んだ。

 指先が触れただけで潮がぷちゅりと溢れ出す。

 

 

「はひぃぃぃぃっ!?」

 

 

 脳が焼ける程の快楽がレミリアを襲うが、絶頂の一歩手前で止まる。

 言葉に縛られた精神が肉体を支配し、俺の言葉を忠実に守っている様だ。

 なかなか素直で良い子だ。

 ニヤリと笑い、俺はクリトリスを指の腹でくにくにと擦り潰す様に弄ぶ。

 激しく腰を突き上げる事も忘れない。

 クリトリスと膣内からせり上がる快楽が脳を溶かしていくが、決してイク事の出来ないという状態が精神を蝕んでいく。

 

 

「んひぃぃぃぃっ!? んぁぁっ、あがっ、ぁぁぁああっ、ひぃぃっ、ひぎぃっ、ぎっ、んぎぃっ、ひぃぃぃんっ!?」

「まだまだ『イクなよ』レミリア? 俺がイったら『イっても良い』からな」

「おほぉっ、おっ、おごっ、おぉっ、んおぉぉっ、んぉっ、おぉん、おっおっ、んほぉぉっ! あっ、あぁぁぁっ、あぁっ、んぁ、あ、あぁ、あぁんっ、ぅぁ、ああぁぁぁっ!」

「喘ぎ声も可愛いが『喋ってみろ』」

「ぅひぁっ、あぁっ、あぅっ、あぅぅっ、おひっ、おひん、ひんっ、ぅぁっ、ひゅごっ、ぅぐぅっ、ひゅごひぃっ、あがっ、がぁっ、ぎっ、んぎぃっ、きもひ、きもひぃのぉっ、おっおっ、んおぉぉっ!」

 

 

 弄ぶ動きから扱き上げる動きへ変えると、喘ぎ声の質も変わった。

『あ』若しくは『お』を起点とした音を発する様になり、息を吸う時の声は『い』の音が混じる様に。

 目も虚ろになり、俺を見上げてはいるが焦点は合っていない。

 酸欠で失神されてもつまらないので、俺は更に腰の動きを早めた。

 幸いな事にレミリアの膣は何度蹂躙しても最初のキツさを保っており、すぐに射精感が込み上げてくる。

 

 

「さぁ、出すぞレミリア。存分に『イって良い』ぞ」

「あぅっ、あぅっ、ぅっ、んっ、あ、あ、あぁっ、んひぃゃぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぅぅぅっ!」

 

 

 今日一番の声を上げて全身を突っ張り、がくんがくんと異常なまでに身体を大きく揺らすレミリア。

 幼い未熟な子宮を精子が凌辱していくという歓喜に震え、絶頂から降りて来られない様だ。

 下腹部が子を宿したと錯覚しそうな程に膨れ上がった所で漸く痙攣は治まる。

 が、同時に秘裂からちょろちょろと流れ出るものが有った。

 黄金色の液体が俺の腹を伝い、シーツを濡らしていく。

 

 

「お漏らしするとは、だらしの無い身体だな?」

 

 

 かひゅー、かひゅー、と怪しくなった呼吸を繰り返すレミリアの胸を強めに吸う。

 一人前に硬くなった乳首を舌で転がしてやれば、小さな喘ぎ声を上げた。

 同時に小水の勢いも増している様だが。

 たっぷり一分を掛けてお漏らしをしていたレミリアは、疲労困憊といった様子で身体を預けてきた。

 未だ愉悦を浮かべた口から、微かに声が漏れている。

 耳を寄せると、甘くとろけた言葉が聞こえてきた。

 

 

「……き、ぃ……ケイ、しゅきぃ……」

「……ははっ」

 

 

 思わず笑いが零れる。

 完全に堕ちた。

 魂に隷属を刻み付けた事で、レミリアは名実共に俺の嫁となった。

 これで誰にも触れさせない。

 

 

「独占欲の強さは子供並み──いや、知恵が回る分、子供よりも質が悪いか。窮屈な思いをさせるかもしれんが、その分幸せにする。だからまぁ、勘弁してくれ」

 

 

 それまでの情欲に塗れたものとは違う、純粋な愛しさを込めたキスを額にする。

 意識の飛んだレミリアが微笑んでくれた様に見えたのは、自惚れだろうか。

 それでも良いか、と思う。

 この瞬間から、レミリアは俺の腕の中に在り続けるのだから。

 

 

「──とは言え夜はまだ長い。さ、二回戦と行こうか」

 

 

 夜明け前まで響き渡った嬌声で、宿屋とその周辺に住む人間は皆一様に寝不足となったらしい。

 ぐっすり寝ていたのはいつもの様に運命操作されたフランと美鈴だけだったとか。

 まぁ、どうでも良いか。

 

 



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突然の帰還。そして判決無罪で私刑。

 

 

「……ふふっ」

 

 

 ご機嫌な笑い声が耳をくすぐる。

 背中にくっ付いたレミリアが、幸せそうに吐息を漏らす。

 先日の一件以来、俺への依存度が高まったらしく、レミリアは暇さえ有れば甘えてくる様になった。

 フランも真似してぺたぺたくっ付き、俺の両手が空くのは料理中かトイレの時のみとなっている。

 美鈴は流石に照れ臭い様で、偶に小指をきゅっと握ってくる程度。

 ……どうやら以前レミリアがフランにしたアドバイスを横で聴いていたらしい。

 まぁ、恥ずかしくて指を握るので精一杯なのかもしれないが。

 そんな感じに昼間は四人でイチャイチャ、夜はレミリアを虐めて遊ぶという生活をしている内、この大陸に跳んでから一ヶ月が過ぎた。

 砂漠を越えた辺りからスカーレット家を襲った妖怪の事を気にしなくて済んだ為に、多少寄り道をしながら旅を進めた。

 途中、ラクダを『聖なる力』で強化するという事を思い付き試した結果、軍馬より優秀なラクダが誕生した。

 全盛期のディープインパクト並みの速度が出るラクダとか最早恐怖でしか無い。

 ともあれ移動速度が上がったので、せっかくだから各地を観光してみる事にした。

 木彫りの猿や日本では見ない宝石細工を楽しんだり、インドで本場のカレーを味わったり。

 そんな風に旅を満喫しながら、今日も馬車は日本を目指してのんびり進む。

 いつもの様に二号車の天幕にはレミリアとフランが来ていた。

 

 

「お姉様とお兄様、らぶらぶー♪」

「あぁ……素直に抱き付けるお嬢様が羨ましいです」

 

 

 膝上のフランは無邪気に喜び、前の方からは美鈴の呟きが届く。

 何だかんだで美鈴も好意を持ってくれている様で、最近は初々しい中学生みたいな反応を見せる。

 何? 

 中学生はもっと生意気で冷めている? 

 それは培養時に余計なものを混入させた所為だろう。

 大人の醜い所を見て、子供は汚れていくのだから。

 

 

「また考え事してるのかしら? もう、せっかく私とフランが一緒なのに」

「あぁ、すまん。すぐに思考が飛ぶのは俺の悪い癖でな」

「解っているなら直しなさいな」

「直す方法を考えたらまた思考が飛ぶぞ」

「……厄介ね」

「あはは♪ そういう時はこうするんだよ、お姉様」

 

 

 急に振り向いたフランはそのまま顔を近付けてくる。

 ちぅ、と頬に唇が触れた。

 

 

「……えへへ、お兄様嬉しい?」

「おませさんめ」

「あら、大胆ねフラン」

「あぁっ、妹様にも出し抜かれた気がしますっ!?」

 

 

 顔を赤らめていやんいやんと頬に手を当てるフラン。

 何とも可愛らしい。

 そして美鈴、その勘の鋭さは何なんだ。

 堪らずラクダを止め、後ろの天幕までやってきた美鈴。

 とは言え出来る事と言えば、服の裾をちょこんと握るくらいなのだが。

 

 

「相変わらず可愛いな、美鈴は」

「な、かっ、かわ……っ!?」

「あはは、美鈴真っ赤っかー♪」

「初々しいわね」

 

 

 茶化されながらも握った裾を離さないのがまた可愛らしい。

 まったりとした空気が流れ出した瞬間、世界の全てが歪んだ。

 

 

「っ!?」

「きゃっ!?」

「はわっ!?」

「うっ!?」

 

 

 咄嗟に三人を抱えて飛び退く。

 視界が歪み、空気が歪み、感覚が歪む。

 平衡感覚さえ失った俺はレミリアを背中から前に回して美鈴を腹部で庇い、墜ちていく方向に背中を向けた。

 直後、固い地面に激突する。

 息を吐き切っていた為肺の空気が詰まる事は無く、着地の衝撃を受けて即座に新鮮な空気が肺を満たしていく。

 

 

「あうっ」

「んみゅっ」

「うくっ」

 

 

 三人の小さな悲鳴が耳に届き、同時に衝撃が身体の前面を襲った。

 なかなかキツいが、三人に怪我が無い様で何より。

 とは言えすぐに起き上がる事は出来ない。

 未だ視界はぐるぐると回り続け、寝転がっている筈の地面を『地面』と認識出来ていないのだ。

 

 

「あら、随分と同行者が多いのね」

 

 

 どこか優雅さを滲ませた声が聞こえる。

 聞き覚えの有るその声に導かれ左に顔を向ければ、何度見ても派手な赤と青のツートンカラーが目に映る。

 

 

「永琳か?」

「久し振りね、望月君」

 

 

 たおやかに微笑む永琳の奥、多くの人影が見える。

 その誰もが見知った人物だ。

 ……だが安堵の表情を浮かべたと思った瞬間、永琳を含む数人を除いて怒気を滲ませたのは何故だ? 

 皆の視線を辿って見れば、状況が解らずにぽかんと呆ける三人の姿が有る。

 落下の際に怪我をしない様庇った為に、端から見れば俺の両手は三人を抱き締めていると取れる。

 フランは幼過ぎるかもしれないが、三人共可愛らしい容姿なのは間違い無い。

 特に美鈴は腰付近に顔を埋め、尚且つ先程のイチャイチャで顔に紅が差している。

 

 

 ──さて、この死亡フラグは叩き折るのが難しそうだな。

 

 

 平衡感覚は先程よりマシになったが、流石に走って逃げるのは厳しい。

 それに戻ってこれたかはまだ定かでは無いが、三人を置いて逃げる様なヘタレでは在りたく無い。

 説得しようにも頭に血が上った嫁さん達が話を聞いてくれるとは思えない。

 冷静な人物の内、にとりはあの性格だし無理強いは出来ない。

 永琳は苦笑を浮かべていて助けるつもりは無いらしい……少し熱の篭もった視線を向けてくるのは気になるが。

 と言う訳で俺は最後の望みを繋ぐ為、奈苗に視線を向けた。

 黙って嬉しそうに微笑んでいた奈苗はすぐに俺の意図を理解してくれた様で、こくんと可愛らしく頷いた。

 

 

「……一先ず彼女達を休ませたい」

「ではお茶を淹れますね。御三方、どうぞこちらへ」

「三人共、取り敢えず行ってこい。……俺も話を終えたら逝く」

 

 

 漢字は多分有っている筈だ。

 まだ処理が追い付いていない三人は言われた通り、奈苗に付いて行く。

 それを見送って、俺は立ち上がった。

 多少ふらつくが問題は無い。

 寧ろこれからが問題だった。

 周囲の景色から察するに、ここは俺の神社の裏手らしい。

 前にあの辺りで神奈子を犯したなぁ、と視線を向ければ神奈子は怒気の代わりに羞恥を滲ませる。

 が、諏訪子に脇腹を突かれてすぐに気を張り直した。

 ……余計な事を。

 

 

「一応聞くが、遺言は」

「必要無いよ」

 

 

 一ヶ月振りに見た鮮やかな金髪が風に靡いて、艶やかに揺れる。

 歓喜と嫉妬と安堵と寂寥をごちゃ混ぜにした様な表情を浮かべ、ルーミアは右手を大きく振り翳した。

 

 

「心配させた罪と女の子とイチャイチャしてた罪で、半殺しの刑にしてあげる」

「異議ありっ!」

「却下。大丈夫、ケイが悪い事をしてないのは解ってるから。でも、無罪だけど私刑に処すね? 賛成多数で可決されたよ」

「俺は今、数の暴力を目の当たりにしている……ッ!」

「数の暴力? 本当の暴力って言うのはこういうものよ」

 

 

 ルーミアが言い終えると同時、永琳とにとり以外の面々が空中に弾幕を形成した。

 隙間無く埋め尽くされた色とりどりの弾幕に気圧され、ぐうの音も出ない。

 

 

 ──やはり茶化さず即刻土下座で挑むべきだったか……! 

 

 

 後悔先に立たず。

 圧倒的な弾幕(オンバシラ含む)に晒された俺は回避する間も無く光と圧の中に飲み込まれていった。

 

 

 

 

 

 

「……と言う訳で、私達はケイの故郷に新しい住居を構えようと思って同行させて貰ってたのよ」

「成程ねぇ……私はてっきり契がまた女の子拾って来たのかと」

「だがこの辺りの土地となると……森の奥にもう一つ湖が有ったな。その湖畔に開けた土地が有るから、そこなら屋敷も建てられるんじゃないか?」

「なら今度おにいさんに頼んで土地の調査してきて貰おうかな。鬼の知り合いに声を掛けたら一週間くらいで完成するだろうし」

 

 

 いつの間にか望月神社の敷地が広がり、守矢神社と変わらぬ大きさの母屋が建っていた。

 その広間で夕食を囲みながら──と言うよりは宴会に近い形で──レミリア達の歓迎会を催していた。

 レミリア、諏訪子、神奈子、紫の四人は向こうで今後の話を進めている。

 何だかんだで皆、根は真面目で誠実。

 一番良い形で収まるだろうから、そこら辺は彼女達に任せよう。

 

 

「でね、にぃにったら、こーんなにおおきなわたあめをつくってくれたの♪」

「わぁ、もこちゃん良いなー。私も今度お兄様に作って貰おうかな?」

「では今度皆でおとーさんにお願いしてみましょうか♪」

 

 

 その隣で平和な会話を楽しんでいるのは妹紅、フラン、奈苗の純真三人衆。

 まったりほのぼのとした空間に一歩足を踏み入れたなら、同じく童心に還るか自分の汚れっぷりに吐血するかの二択を迫られるだろう。

 見ているだけで顔が綻んでしまうのは仕方が無い。

 

 

「にしても、もっちーの周りには綺麗所が集まるわねぇ。もっちーって面食い?」

「雑食じゃない? 下は八歳、上は見た目良ければ幾らでも、って感じだし。実際フランちゃんには手を出して無いみたいだけど、妹紅ちゃんは立派に調教されちゃってるし」

「うぅ、契さんがこんなに好色な方だったなんて……」

「なんて怪しから、いや羨ましい! 私まだ口付けしかした事無いのに」

「本音と建て前が逆よ、輝夜。それに夜這い掛ければケイはホイホイ抱くわよ? 色欲魔神だし。美鈴がケイの毒牙に掛かるのも、そう遠くは無いでしょうね」

「わ、私もですか!? で、でも、乱暴な契さんも良いかも……」

 

 

 色々と失敬な話題を振っているのは輝夜、ルーミア、美鈴の突っ込み属性グループ。

 比較的大人しい筈の面々が揃ったが、実は一番カオスな組だ。

 久し振りの外出で輝夜はテンションが上がり、ルーミアは寂しさと心配の反動で口数が多くなり、美鈴は日本酒を気に入ってか早いペースで飲み進めあっさり酩酊。

 予想の斜め上を行く賑やかさに唖然としたのは内緒だ。

 

 

「姫様も楽しそうで何よりね」

「流石に毎日引き篭もり生活を強いられるのはストレスが溜まるだろうしな。ん、にとり。ほっぺにマヨネーズ付いてるぞ」

「ひゃわっ!? ……あ、ありがと……」

 

 

 そして俺はにとり、永琳と共にゆったりと食事をしていた。

 余り話す機会の無かった二人と親睦を深める、というのが目的だ。

 単に先程の嫁さん達の合体攻撃を受けて、動き回れないという理由も有るが。

 

 

「それにしても、このマヨネーズって胡瓜との相性抜群だよぉ……」

「気に入って貰えて何より。お代わりも有るからな」

 

 

 うっとりとした表情を浮かべるにとりに、思わず微笑みが零れる。

 以前遊びで作ったマヨネーズが有るのを思い出し、にとりに出した所いたく気に入ったらしく、幸せそうに胡瓜をぽりぽり食べ進めている。

 ぴこぴこ揺れるツインテールを眺め、やはり河童は胡瓜が好きなのかと再認識する。

 

 

「にしても、まさか次元を超えていたとは……平行世界に干渉出来るだけの力が紫には有るのか?」

「いえ、偶然の産物ね。都合良く隣の世界へ飛べたけれど、最悪次元の狭間に飲み込まれていた可能性だって有るわ」

「次元の狭間か……時空乱流に飲み込まれる様なもんか?」

「結果は似た様なものね。望月君が飛んだ平行世界の暦は一五〇六年の六月七日、それから一ヶ月後の七夕に細君達と再開を果たしたわ」

「おぅおぅ、ロマンチックだ事。まさか対岸に渡った彦星も、織姫連中にボコボコにされるとは夢にも思うまいさ」

「ふふっ、それだけ愛されてるのよ」

「今度確認してみるか。果たしてその愛がどれ程重くて厄介なのかを」

「面白そうね、是非データを譲って欲しいものだわ」

「見返りは?」

「私の身体で」

「釣りを返せない代金は受け取らない主義でな」

「残念だわ。なら、望月君が望む薬を色々作ってあげる。傷薬でも不老不死の秘薬でも惚れ薬でも」

「それは……まぁ、必要になったら頼むとしよう。しかし、世界を渡るとは驚きだ」

「あら、その割には驚いていない様に見えるわね?」

「一応二度目だしな」

「詳しく聞きたいわね、その話」

 

 

 ずいっ、と身を乗り出す永琳。

 気の所為かもしれないが、何となく永琳の距離は普通の人よりも近い。

 例えるなら抱き付いてこないフラン、擦り寄ってこない妹紅、甘えてこない奈苗。

 さして心を交わしていない永琳がそんな距離で接してくる事に、妙な違和感を覚えるが特に害は無いので放って置く。

 くいっと杯を煽りアルコールで喉を焼き、俺はゆっくりと口を開いた。

 

 

「……そう言えばまだぐーやにしか話していなかったな。俺はこの世界の生まれじゃ無い、別の世界から来たんだ」

 

 

 しん、と室内が静まり返った。

 突然皆の声が消えた事を不思議に思い視線を巡らせる。

 

 

「うおぁぁっ!?」

 

 

 いつの間にか輝夜以外の全員が俺の周りに集まり、じっと俺を見据えていた。

 解るだろうか、この恐怖が。

 名状し難い感情を乗せた瞳が自分を取り囲んでいる。

 下手なホラー映画より余程恐ろしい。

 

 

「な、何だ一体!?」

「あらあら、興味津々の様ね。せっかくの機会なのだから皆に聞かせてあげたら?」

 

 

 くすくすとたおやかに微笑む永琳。

 他人事だと思って随分気持ちの良い事言ってくれるじゃないか。

 輝夜は輝夜で片肘着いて日本酒をちびちび傾け、ニヤニヤしながら俺を眺めていた。

 と、唇が小さく震える。

 

 

『助けて欲しかったら今晩抱いて』

『うるせぇ処女ビッチ』

『ちょ、ひどくないっ!?』

『黙ってろ色ボケ姫。そんなに抱かれたいなら裸で寝てろ。気が向いたら好き勝手に犯してやる』

『は、初体験が睡眠姦とかマニアック過ぎる……!』

 

 

 以上、唇を微かに動かしての無音会話。

 満更でも無い表情を見る限り、まだドM気質は治っていないらしい。

 だがまぁ、ここは話す他無いらしい。

 一つ苦笑を漏らし、俺は口を開いた。

 内容は以前輝夜に語ったものとほぼ同じ事に加え、学生時代の日常生活。

 初めて聞く俺の過去に驚いたり笑ったりと楽しそうに反応する嫁さん達。

 偶にフランと妹紅が聞き慣れない料理やお菓子に目を輝かせ、にとりと紫が文明に興味を示し、諏訪子と神奈子は世知辛い世の中に溜息を零す。

 ……平成の世に妖怪や神様は存在し難いからなぁ。

 ともあれ語り終わった後は、また気楽などんちゃん騒ぎ。

 と言うよりは酔いと宴会の空気でテンションが上がったフラン、妹紅、奈苗の無邪気組が手当たり次第に甘え始め、それに振り回されながら杯を傾けるという感じだ。

 

 

「ルーミア様も諏訪子様もふにふにですよぉ〜むぎゅむぎゅ♪」

「わ、ちょっ、奈苗ってば!?」

「神奈子も見てないで助けてよ! あ、こらルー子、一人だけ逃げるな!」

「でへへ〜♪」

「奈苗も甘えん坊だからな、存分に甘えさせてやれば、っ、フ、フラン?」

「うぅ〜、美鈴も神奈子も永琳も、何でこんなに胸大きいの〜ずるいずるい!」

「そうだー、ずるいぞ永琳ー」

「妹様、落ち着いて下さいぃ」

「姫様も悪乗りしないで下さい」

「れみりあちゃん、にぃにはね、とってもきちくなんだよぉ!」

「妹紅、それ私じゃなくて掛け軸なんだけれど」

「でも契さん、格好良いし優しいよ? 胡瓜もくれたし」

「にとり、騙されてるよ。おにいさんは鬼畜眼鏡の称号を欲しいが儘にする極悪非道な色欲魔神なんだから」

「ほぅ、言うじゃないか紫」

「ひぃっ!? お、おにいさんっ!?」

「ほらケイ、そんな怖い顔してるから不名誉な渾名が付くのよ」

「しかしな、ルーミア」

「夜伽の時も優しく無いし、いつになったら優しくしてくれ、きゃあっ!?」

「でへへ〜、捕まえました♪ ルーミア様、おとーさんはいっつも優しいですよ?」

「え、ちょっ、奈苗っ、あ、やんっ、や、やめなさいっ」

「でへへ、嫌よ嫌よも好きの内、です♪」

「あんっ、やっ、どこでそんな言葉、んぅっ、わ、解ったわ、そこの鬼畜眼鏡ね!」

「さて、久し振りにルーミアをお仕置きするとしよう」

「「「お仕置き?」」」

「目を輝かせるな諏訪子、垂れ掛かって来るんじゃないレミリア。あぁ、ぐーや。テメーはダメだ」

「私にだけ酷くないっ!?」

「虐めた時の顔が一番可愛いからな」

「え……か、可愛い、かな……?」

「また一人おにいさんの毒牙に……にとり、これでおにいさんの本性が解った?」

「……え、あ、うん、大根だね」

「大根って何が!? 話聞いて無かったでしょにとり!」

「私も契君に虐めて欲しいかも……」

「にとり!?」

 

 

 程良くカオスだ。

 こんな風にして夜は更けていく。

 突然の帰還、突然の弾幕、突然の宴会……激動の一日も、漸く終わる。

 

 

 ──アレだな、取り敢えず難しい事は明日考えよう。

 

 

 早々に思考を放棄して、俺は杯を勢い良く煽った。

 帰還の理由? 

 知らん、明日誰かが教えてくれるだろう。

 

 



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深夜の入浴。そして響き渡る鈴の音。※

 時計の短針が頂点をやや過ぎた辺り。

 騒がしい酒盛りは終わり、漸く夜の静けさが舞い戻ってきた。

 敷いた布団の中で泥の様に眠る女の子達を溜息混じりに眺め、一人廊下を行く。

 相も変わらず、宴会の後片付けをするのは俺一人だ。

 いつもは手伝ってくれる奈苗も酔い潰れて夢の中を散策中だ。

 起こすのも忍びなく布団に寝かせてやったんだが、その際に「おとーさん、お帰りなさい……♪」と寝言を聞き、少しほろりときた。

 その言葉を言ってくれたのは奈苗だけだ。

 今度奈苗の為にみかんゼリーを作ってやろう、と決意を新たにした俺は……一人じゃぶじゃぶと食器を洗っていた。

 以前神奈子に頼んでいた改革のお陰で、この集落の上下水道の整備はかなり進んでいる。

 発電施設が無い為電化製品は使えないが、少なくとも他の地域とは数世紀先の技術力を有しているのは間違い無い。

 竹炭を練り込んだ石鹸で食器を洗い終え、ふぅと一息吐く。

 

 

 ──そう言えば風呂も有るんだったな。寝る前に風呂でも浴びてくるか。

 

 

 序でに呑み直すか、と燗したままの徳利を五本程桶に入れ、普段の調子で廊下を渡り自室へ向かう。

 間取りは守矢神社のと変わらない為すぐに辿り着く。

 そして案の定と言うべきか、着替え一式が箪笥の中に入っていた。

 この用意の良さは何だろうな。

 色々と疑問は残るが今は捨て置こう。

 頭を切り替えた俺は着替えと徳利の入った桶を手に風呂場へと向かう。

 

 

「と、美鈴?」

「あ、契さん」

 

 

 廊下を曲がった所で美鈴と行き会った。

 まだほんのりと頬が赤く、酔いが抜け切っていない様だ。

 そして、手には来客用の簡易式風呂セット(桜の石鹸、ケロ印の桶、かな☆すわイベント手拭い、守矢神社特製バスタオル)を持っていた。

 

 

「広間で寝ていたんじゃなかったのか?」

「ええ、でも汗が気になっちゃいまして。そしたら諏訪子さんがお風呂入ってきたらどう、とこちらを」

「成程な。なら俺は後で入るか」

「あ、大丈夫みたいですよ? 何でも男湯と女湯に入口が別れているとか」

 

 

 踵を返そうとした俺の足が止まった。

 守矢神社では風呂場への入口は一つしか無く、代わりに脱衣場が広い。

 あの内装を二つに分けたとして、多少手狭には感じるが一般的な脱衣場としてはそれでも広い筈。

 浴槽も大浴場並みに広かったから、男女で分けても問題の無い広さだ。

 

 

 ──男は俺一人だから良いが、嫁さん達が入るには狭いんじゃないのか? 

 

 

 そんな疑問が頭を過ぎり思わず広間を覗き込むと、うつ伏せに力尽きた諏訪子が廊下側にサムズアップしていた。

 待て、それは何のサインだ。

 

 

「契さん、お風呂の場所なんですけど」

「ん、あぁ。今案内する」

 

 

 並んでひたひた廊下を歩く。

 俺より少し低い位置に有る肩は華奢で、少し力を入れれば砕けてしまいそうな印象を受ける。

 というか、はだけたチャイナドレスの隙間から細い鎖骨が覗いて色っぽい。

 何となく気恥ずかしくなった俺は、それを誤魔化す意味も込めて口を開いた。

 

 

「そう言えば、美鈴は日本の風呂に入った事が有るのか?」

「いえ、有りませんけど……どうしてですか?」

「いやなに、桶の構え方が随分と様になっているからな。なかなか筋が良いぞ」

「あはは、有り難う御座います。段位認定して貰えますかね?」

「それはまだ判らん。風呂の入り方、湯に浸かって呑む酒の味わい方、風呂上がりに牛乳を飲む際の角度や姿勢、そして浴衣で行う卓球の楽しみ方。その総合得点で与えられる段位が決まる」

「おぉっ、意外と本格的ですね!」

 

 

 からからと日向の様な暖かい笑いを零す。

 まだアルコールが残っている所為か、やけにテンションが高い。

 本当はアルコールを摂取した後、風呂に入るのは危険なんだが……妖怪なら大丈夫だろう。

 かく言う俺は少々思考力が落ちている。

 身体がふらついたり気分が悪くなったりという事は無いのだが、代わりに思考が鈍くなり判断力も多少落ちている様だ。

 

 

「っと」

「ひゃん♪」

 

 

 ふらついた美鈴の身体を抱き止める。

 俺の肩に頭を乗せる形になった美鈴が、少し楽しそうな声を上げた。

 

 

「大丈夫か、美鈴?」

「ごめんなさい、ちょっと躓いちゃいまして。……ふふっ」

「ん、どうした?」

「何でも有りません。別に契さんが優しくしてくれて、それで嬉しくなったとかじゃあ……無いですよ?」

 

 

 そう言って楽しそうに笑う。

 美鈴は笑い上戸だったらしい。

 普段とは違う美鈴の魅力に少し胸を高鳴らせつつ、廊下を歩く。

 二つ角を曲がれば突き当たりが風呂場だ。

 そこには赤と青の暖簾が架かっており、それぞれ女湯、男湯と書かれていた。

 本当に分割したんだな。

 

 

「じゃあ美鈴、後でな。……浴槽で溺れるなよ?」

「解ってますよぉ」

 

 

 若干間延びした答えに多少の不安は有るが考えていても仕方無い。

 美鈴と別れてばさりと暖簾を潜る。

 記憶に残る守矢神社の脱衣場より少し狭い広さが有った。

 外から見る限り室内がこちら側に大きく張り出していたという事も無い為、女湯の脱衣場も同様に広いと思われる。

 

 

 ──どうやら、風呂場だけはグレードアップしているみたいだな。

 

 

 これは嬉しい誤算と言って置こう。

 ともあれ手早く服を脱ぎ篭に放り込んで準備は万端。

 引き戸を開ければ大量の湯気が疲れた身体を出迎えてくれる。

 

 

「はぇ?」

「ん?」

 

 

 先程まで聞いていた声がすぐ隣で上がった事に疑問を覚えるが、それよりも速く反応した首が左を向いた。

 視界に飛び込んで来たのは、赤い長髪にお椀型の巨乳と引き締まった太腿。

 未だ酩酊し、どこかぽわぽわとした空気を纏った美鈴がそこに立っていた。

 

 

 

 

 

 

「ぷひゅー、良い湯ですねぇ♪ 疲れも吹き飛んじゃいますよ!」

「……疲れを取る為に入った風呂で疲れるとはどんな因果だ」

 

 

 無駄にテンションの高い美鈴を取り押さえ身体を洗ってやり、湯船に飛び込もうとしたのを止めゆっくり肩まで浸からせた。

 お陰で精神力が底を突きそうだ。

 ぬるめに設定した湯がじんわりと身体の疲労を溶かしてくれる。

 これで熱めの湯に浸かっていたら、間違い無く眠って溺れていただろう。

 と、背中に柔らかいものが当たる。

 

 

「ちょっと契さん、こっち向いて下さいよぉ? 何で背中向けてるんですかぁ」

「混浴とは言え最低限の礼儀として背中を向けているだけだ」

「契さんなら見ても良いです! ほらほら、おっぱいですよぉ?」

 

 

 腕を首に回して抱き付いてきた。

 より密着した事で、美鈴の柔らかい感触が背中一面に伝わってくる。

 ばしゃんと波打つ湯に煽られ、浮かべた桶に乗る徳利から酒が僅かに零れた。

 慌てて倒れない様支える。

 

 

「おっと。美鈴、落ち着け」

「あぁっ、何契さんだけお酒呑もうとしてるんですか! 私にも下さいよぉ」

「大丈夫か? 明日二日酔いになるぞ」

「そしたら看病して下さい」

「永琳が血管注射でもしてくれるさ」

「むぅ〜」

 

 

 窓から覗く空を肴に杯を傾ける。

 喉を流れる酒はそれ程強く無い為、日本酒本来の甘味が舌を楽しませてくれる。

 と、横から伸びてきた手が杯を奪った。

 そのまま耳の後ろでくぃっと煽り、ほぅ、と熱い吐息が漏れる。

 

 

「ふふ〜、契さんと呑むお酒は美味しいですねぇ♪」

「……ったく、酔っ払いめ」

「契さんも一緒に酔っ払っても良いんですよ? んっ、ちゅ」

 

 

 突然顔を左向きに固定され、美鈴の唇が重ねられた。

 唇を割り、甘い酒が流れ込んでくる。

 

 

「んっ、ぷはぁ……もっと呑みましょう? んくっ、んっんっ、ちゅ、はぷっ」

 

 

 唇を離したと思った矢先、美鈴は杯を置いて徳利を掴み中身を一気に煽る。

 そのまま半分程飲み干すと、今度は残り半分を口移しで流し込んできた。

 酒の甘い香りと美鈴の甘い匂いが混ざり合い、俺の理性をゆっくりと溶かしていく。

 三本程互いに呑み合った所で、美鈴は正面に回り込み抱き付く。

 

 

「んっ、ちゅぷ、んくっ、んっんっ、ぷはぁ、ちゅっ、はむっ、契ひゃん、ちゅ、んちゅっ、契、ひゃぁん」

 

 

 舌を絡め貪る様に吸い付いてくる美鈴。

 とろりと流れ込む唾液は酒の所為かほんのりと甘く、それが余計に脳髄をじわじわと灼いていく。

 

 

「んっ、あはぁ……っ」

 

 

 荒く息を吐きながら美鈴が離れる。

 その赤い舌先から、つぅと銀色の糸が俺の口元まで伸びていた。

 無意識の内に伸ばした腕が美鈴の腰元を抑え、ぐぃと引き寄せてる。

 亀頭が秘裂を撫で上げ、その度に美鈴の身体はひくんと震えた。

 

 

「ここまで来たら止まらないぞ?」

「んふふぅ……、優しくして下さいね♪」

「なら、せめて痛みの無い様にするか。白符『治癒の軟膏』」

 

 

 能力を使うと同時、肉棒を勢い良く突き入れた。

 微かな抵抗はぷつん、と途切れる。

 膣内はまだ濡れそぼっていないが『治癒の軟膏』が潤滑油の代わりに滑りを良くし、スムーズな抽挿を助けてくれる。

 こつ、と肉棒が子宮口に辿り着いた。

 美鈴はと言えば、何やら惚けた様に俺を見上げている。

 

 

「────っ、ぁ、あ?」

「美鈴?」

「な、何ですかこれぇ……? にゅるん、って契さんが入ってきたら、背中、ぞくぞくってぇ、何かキてますぅ」

 

 

 どうやら痛みは無いらしい。

 恐らく初めて味わっているだろう感覚が何なのか解らずにいる美鈴。

 だが膣内は収縮を繰り返し、奥から淫蜜を少しずつ滲ませている。

 頬へ口付けて、耳元で優しく囁いた。

 

 

「美鈴、それは『気持ち良い』って感覚なんだ」

「ほへぇ……? 気持ち良い、ですかぁ?」

「あぁ、そうだ。言ってみろ」

「気持ち、良い……契さん、気持ち良いですぅ」

 

 

 とろけた顔で喘ぐ美鈴。

 反応を見るに、どうやら幼児退行を引き起こしているらしい。

 アルコールに因る酔いと抱かれている事への高揚と動揺、それと今まで感じた事の無い悦楽に、精神が追い付いていない。

 腰を振る度に甘い鳴き声を響かせ、与えられる快感に身を委ねている。

 

 

「気持ち良いですぅ、契さんが私の中を擦るの、にゅぷにゅぷされるの気持ち良いですぅ♪ あはっ、私の中、契さんので広がってますよぉ♪」

「どこを擦られると気持ち良いんだ?」

「んはっ、真ん中の上の辺りが、あっ、あはぁん、そこぉ、そこ気持ち良いですぅ♪ ふぁぁ、ダメぇ、それ良過ぎて、頭馬鹿になっちゃいますよぉっ♪」

 

 

 美鈴の身体が大きく跳ねたのはクリトリスの裏側、所謂Gスポットと呼ばれる辺り。

 普通、ここが性感帯として芽吹くには相応の刺激を受ける必要が有る。

 それはつまり──、

 

 

「美鈴、オナニーの経験は?」

「んっ、ふぁっ、有りますぅ、あぁん」

「最近いつした?」

「四日前に、あんっ、契さんとお嬢様が夜に木陰でしてるのを見て、身体が熱くなって、ひゃあんっ、それから毎日、バレない様に、あっ、はぁぅ♪」

 

 

 やはりかと思うと同時、見られていた事に驚きを隠せない。

 毎日やる美鈴の性欲もそうだが、何より美鈴にレミリアとの性交をバッチリ見られていた事が、だ。

 

 

 ──運命操作とやらで大丈夫だったんじゃないのか!? 

 

 

 結果的に何も問題は無かったが、それでも失敗には変わりない。

 後でレミリアにお仕置きしよう。

 

 

「契さぁん、私、変ですぅ、背中ぞくぞくして、頭ふわふわして、あぁんっ、気持ち良いですぅ♪」

「美鈴、凄く気持ち良い時は『イク』って言うんだ」

「ふぁ、はぁん、イク……? 契さぁん、私イクぅ、イキますぅ、にゅぷにゅぷされてイキますぅ、ふぁっ、あっ、あぁんっ♪」

 

 

 びくんと上体が跳ね上がり、膣壁が肉棒をきゅぅと締め付ける。

 恍惚の笑みを浮かべた美鈴は、しかし腰の動きを止めない。

 先程よりも激しく腰を上下させ、文字通り肉棒を貪っていく。

 

 

「あはっ、あはぁん、もっとぉ、もっとイキたいですぅ♪ にゅぷにゅぷ、にゅぷにゅぷ気持ち良いですぅ、あぁん、私の中、契さんのでいっぱいですよぉ♪ んぁっ、契さんも気持ち良いですかぁ? 一緒に、ふぁん、一緒にイキましょう♪」

 

 

 小さく何度もイキ続けながらも、まだまだ足りないと快楽を求める美鈴。

 その淫乱過ぎる笑みと肉棒を刺激し続ける膣肉に誘われ、俺は一際強く腰を打ち付けた。

 鈴口が子宮口を割り、中に大量の精子が流れ込んでいく。

 

 

「ふぁ、あ、んぅ…………っ!」

 

 

 子宮を叩かれる感覚に耐え切れなかったのか、力無く凭れ掛かってくる。

 抱き止めるが身体に力は無く、目も虚ろ。

 どうやら気絶したらしい。

 額に手を当てると熱が篭もっているのが解った。

 

 

「アレだけ呑んで動いて湯に浸かれば、そりゃ気絶するか」

 

 

 念の為『天使の慈悲』と『疲弊の休息』を使い、肝臓の働きを助け全身の疲れを取ってやる。

 穏やかなものへと変わった寝息に頷き、お姫様抱っこで脱衣場へ。

 手早く浴衣に着替えさせ、自身も着替えて広間へ戻る。

 相変わらず死屍累々とした光景が広がっているが、呆れは一先ず横に置く。

 布団に美鈴を寝かせてやると、小さく声が届いた。

 

 

「……契さん……好き、ですぅ……」

「……世話の焼ける奴だ」

 

 

 優しく頭を撫でてやると、僅かに口元が綻んだ。

 さて、と勢いを付けて立ち上がり再び風呂場へと向かう。

 後片付けの序でに入り直すつもりだ。

 途中で徳利を補充して廊下を行く。

 

 

 ──しかし、襲われる事の方が多いというのは男として良いんだろうか? 

 

 

 求められるのは嬉しいのだが、だからと言って襲われる側に回るのは男の威厳的な意味で拙い気がする。

 とは言え肌を重ねる相手は全員嫁若しくは嫁候補な為、そこまで躍起になる必要も無い訳だ。

 要は気の持ちようか、と苦笑を漏らした所で脱衣場に到着。

 今度こそはゆっくり出来るとウキウキ気分で浴衣を脱ぎ捨てがらりと戸を開ける。

 

 

「はぇ? おとーさん?」

「んっ?」

 

 

 同じタイミングで戸を引いて現れた奈苗と鉢合わせた。

 何だこの既視感。

 

 



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小話——題、それは只の暇潰し。

 

 

「それで、出来上がったのがコレか」

 

 

 言葉と共に目の前の机に置かれた服──白いカッターシャツを持ち上げる。

 襟にはピンバッジの様な物が付いている。

 良く見れば中心の飾りがカメラのレンズで有る事に気付くが、それを知るにはカメラの存在を知っていなければ無意味だ。

 初めて見る者にこれがカメラという物で、このカメラが有る理由を突き止められる者は居ないだろう。

 

 

「バッテリーは内蔵型、連続稼動時間は半年間、耐水耐火耐電耐塵耐衝撃を備えた超高性能カメラよ。捉えた映像はこの機器に録画されて、こっちのモニターに映し出されるわ。私はここでデータを纏めて置くから、望月君は安心して皆を誑かして大丈夫よ」

「安心して誑かすってのも妙な話だが……まぁ、良いか。取り敢えず輝夜から試してみるか」

「うふふ、望月君も悪よのぉ」

「永琳様には叶いませぬ」

「「くくっ、はぁーっはっはっはぁ!」」

 

 

 闇より黒く染まった感情を口の端に乗せ、互いに笑い声を上げる。

 さて、悪戯もとい実験の開始だ。

 

 

 

 

 

 

 ──蓬莱山輝夜の場合──

 

 

 長い廊下を練り歩き、目的の部屋へと向かう。

 立ち止まり襖をガラッと開ければ、布団の上に寝転がり煎餅を齧りながら詰み将棋をする輝夜の姿が目に映った。

 

 

「あれ、もっちー。用事は済んだの?」

「まぁな。だがぐーや、流石に気を抜き過ぎだろう。女の子なんだからもう少し慎みを持て」

「良いじゃない、もっちー相手に今更格好付けたって仕方無いし」

「相変わらずだな。……そんなぐーやに惚れた俺の負けか」

「ほぇっ?」

 

 

 突然呟かれた言葉に動きを止める輝夜。

 正気に戻る前に華奢な身体を抱き寄せる。

 アレだけ自堕落な生活をしていた筈の輝夜からは、甘い花の香りがした。

 何だかんだ言って、こっそり椿油で髪を手入れしていたらしい。

 乙女な一面を見れた事に嬉しさを覚えながら、俺は輝夜の瞳を覗き込んだ。

 

 

「も、もっちー……?」

「最近生きる事に疲れてな。輝夜に甘えたくなったんだ」

「え、あ……」

 

 

 頭を撫でられた輝夜は、俺が渾名では無く名前で呼んだ事に喜びと戸惑いを感じている様だった。

 駄目押しのつもりで、くぃ、と顎を持ち上げる。

 

 

「なぁ、輝夜。輝夜さえ良ければ『俺と退廃的で淫逸な日々を過ごさないか?』」

「────っ!?」

 

 

 耳の先まで真っ赤に染まった輝夜は一瞬頷き掛け、動きを止める。

 視線が向く先は俺の首元。

 見る間に羞恥と怒気が膨らみ、目にも止まらぬ速さで輝夜の頭が近付いて来た。

 

 

「もっちーのバカぁぁぁっ!」

「あぐっ!?」

「ちょっと永琳、見てるんでしょ! さっさと来て説明しなさい!」

 

 

 顎に頭突きをクリーンヒットされた俺は脳を揺すられ崩れ落ち、輝夜は襟首を乱暴に掴んでカメラに歯を剥く。

 数秒と経たずに罰の悪そうな顔をした永琳が現れ、二人纏めて正座させられる。

 ……その後、みっちりと説教された俺と永琳は事情を説明し、何とか輝夜の理解を得られた。

 

 

「……確かに、このままだともっちー刺されて死ぬかもね。にしたって、他のやり方は無いの? 流石に悪趣味と言わざるを得ないんだけど」

「ぐーやもそうだったが、ああして説明の段に怒って貰うのも目的の一つだからな」

「どういう事?」

「自分の感情を隠さず晒け出す事で、より相手の感情を深く理解する事が出来る。それが納得出来るかは別問題だがな」

 

 

 顎をさする俺を見て、呆れた様に溜息を吐く輝夜。

 

 

「まぁ、死なない程度に頑張って。私は協力しないけど」

「……因みに姫様、もしカメラに気付かなかったら、何て返事していたのかしら?」

 

 

 ぴくっと輝夜の身体が跳ねる。

 少し頬を赤く染めてそっぽを向き、輝夜は呟く様に言った。

 

 

「……そ、そりゃ嬉しかったし、もっちーが私を求めてくれるなら、どんな事でも応えてあげたいって思ってたし……黙ってキスしてたんじゃない……?」

「ぐーやの貴重な産デレシーン」

「二度ネタ禁止っ」

「好感度A+、隷属度B、暴走度E、と」

「永琳も本人の前でデータ取らないで!」

 

 

 

 

 

 

 ──八雲紫の場合──

 

 

 竹林を抜けて京の端に有る茶屋でのんびり一休みしていると、背中に柔らかい何かが覆い被さってきた。

 

 

「おにいさん、むぎゅ〜♪」

「紫か? どうしたんだ、こんな所で」

「ちょっと野暮用。おにいさんは何してたの?」

「ちょっと野暮用だ」

「意地悪なんだから〜」

「と言いつつ人の団子を盗るんじゃない」

「あぁん、いけずぅ!?」

 

 

 伸ばした手をぺちっと払うと、紫は頬をぷくっと膨らませる。

 何とも愛らしい姿に絆され、俺は苦笑しつつ店員に団子とお茶を追加注文した。

 これで良いか、と振り向けば紫はにへらぁと甘ったるい程の笑みを浮かべる。

 

 

「流石おにいさん、優しい♪」

「余り食べ過ぎるなよ、夕飯が入らなくなるからな」

「だいじょーぶだいじょーぶ、おにいさんのご飯は別腹だからね!」

「主食が別腹とかどんな状況だ?」

 

 

 俺の突っ込みを受け流し、紫は美味しそうに団子を頬張る。

 小動物っぽい食べ方に思わず笑みが零れるが、それを見た紫は不思議そうに首をこてんと傾げた。

 

 

「にょうしひゃの、おにいひゃん?」

「食ってから喋れ」

「んぐんぐ、んぐんぐ……んぐんぐ」

「飲み込んだのに新たな団子を口に運ぶんじゃない!」

「こくん。ふふ、流石に冗談だよ〜。で、どうかした?」

「……いや、もうどうでもいい」

 

 

 どうも紫と話していると調子が狂う。

 前の様な苦手意識は無いが、紫にからかわれる様になった。

 勿論それが甘えからくる可愛いものだとは解っているが、精神的に疲労が溜まるのは確かだ。

 

 

 ──折角の機会だ、紫にも試してみるか。

 

 

 ニヤリと吊り上がる口角を見えない様に隠し、俺は口を開いた。

 

 

「紫は幻想郷を創り上げた後、どうするんだ?」

「へ、後? ん〜、余り考えて無いかも」

「そうか」

「どうしたの、急に?」

「いやなに、紫が楽園を創り上げたなら何か祝いというかご褒美というか、そういうものが有っても良いんじゃないかって思ってな」

「え、きゃっ」

 

 

 隣に座る紫を抱き上げ膝の上に乗せ、くぃっと顎を優しく持ち上げる。

 たっぷり三秒目を合わせ、告げた。

 

 

「幻想郷を創り上げたら『俺と退廃的で淫逸な日々を過ごさないか?』」

「っ、え、えぇっ!?」

 

 

 おーおー、良い感じに混乱しとる。

 悪戯が成功した様な高揚感を覚えほくそ笑むが、それは外に出さない。

 少しずつ顔を赤く染めていく紫だったが、耳まで赤が到達した途端かくんと首を折ってしまった。

 どうやら激しい妄想をしたらしい。

 真っ赤になって気絶した紫を苦笑混じりに背負い、店員に団子を数本包んで貰う。

 その後紫の家まで送り届け、事情を説明した紙とお詫びに団子を置いて家路に着く。

 流石に面と向かって事情を説明する勇気は無い。

 まぁ、今回はドッキリという事で勘弁して貰おう。

 

 

 

 

 

 

 ──東風谷奈苗の場合──

 

 

 たんたんたん、と小気味良いリズムで石段を刻み上って行く。

 この季節になると神社と村とでかなり気温差が有るな。

 身体を暖めるには持って来いかもしれん、と思考を飛ばしながら軽快に七段飛ばしで駆け上がる。

 廃スペックになってきた俺の身体だが、耐久性は依然として人間のままだ。

 人間辞めたらもう少し頑丈になるのか? 

 

 

「っと、到着」

「おとーさん、お帰りなさい♪」

 

 

 石段を上り終え中程まで進むと、境内を掃いていた奈苗が満面の笑みを浮かべて駆け寄ってくる。

 抱き締めると石鹸の香りがした。

 嬉しそうに顔を胸板へ擦り寄せる姿は、甘えん坊の子犬みたいだ。

 

 

「でへへ、おとーさんっ♪」

「今日は随分と甘えん坊だな?」

「本当ならずぅーっとくっ付いていたいですけど、いっつも我慢してるのですっ♪」

「なら、いっぱい甘えさせてやらないといけないか?」

「でへへ、覚悟して下さいね。甘えさせてくれなかったらパンチしちゃいますよ? こんな風に、しゅっ、しゅっ♪」

 

 

 丸めた手で可愛らしくパンチする動作を見せてくる奈苗。

 それならと腕ごと抱き込んでやった。

 これで奈苗は動けない。

 

 

「きゃぁん、捕まっちゃいました♪」

「これでパンチ出来まい」

「おとーさん、ずるいですよ〜」

「はっはっは、奈苗が可愛過ぎるのがいけないんだ」

「やぁん、おとーさんったら♪」

 

 

 甘ったるい空気を醸し出しつつ、ふと奈苗の反応が見たくなった。

 ちょっとした悪戯心に突き動かされ、俺はあの言葉を口にする事にした。

 

 

「奈苗、もし二人っきりで過ごせるとしたらどこが良い?」

「ふぇ?」

「北の大地で雪にはしゃいだり、南国の島で泳いだり。色々楽しいと思うが」

「……おとーさんと一緒なら、どんな所でも楽しいですよ♪」

「嬉しい事を言ってくれるな、奈苗。……どこか遠い無人島にでも行って『俺と退廃的で淫逸な日々を過ごさないか?』」

 

 

 その言葉に数度目を瞬かせた奈苗は、普段とは違う穏やかな笑みを見せた。

 柔らかい微笑みに、自然と胸が高鳴る。

 

 

「もう、おとーさんったら。本意じゃない言葉で女の子を拐かしたらいけませんよ? 悪戯っ子なおとーさんは、めっ、です」

 

 

 いつの間にか拘束を解いた奈苗が人差し指で俺の額を押す。

 仕草、表情、雰囲気の全てが母性に溢れ、気付けば俺は目の前の娘に見惚れていた。

 

 

 ──奈苗って、こんなにも綺麗だったんだな。

 

 

 聖母の如き微笑みにすっかりやられていた俺は、暫く境内で惚けていた。

 ……まさか返り討ちに遭うとは。

 叱られた子供の様にどことなく居心地の悪い感覚を抱え、俺は母屋へと退散した。

 一番お母さんなのは奈苗かもしれない。

 

 

 

 

 

 

 ──ルーミアの場合──

 

 

 まったりと緑茶を啜る。

 紅葉もほぼ終わり冬の足音が近付いて来ているのが、庭に植えられた木から解る。

 

 

「で、どうしたの? 背中が煤けて見えるわよ、ケイ」

「いや……時間に取り残された気がして」

「は?」

「知らない間に耄碌したかもな」

 

 

 何言ってるのよ、と呆れた様に笑いながらお茶請けを持ってきたのは金色の髪が見目麗しい幼女。

 コトリ、と皿を置いて対面の座布団に腰を下ろし柔らかな笑みを向けてくる。

 

 

「いやなに。最初にルーミアと出逢ってから、周りの環境が激しく移り変わっていったと思ってな」

「……ふふっ、確かにね。最初は二人で始めた暮らしも、ケロ子に神奈子に、香苗と鼎、妹紅ちゃんや紫や奈苗も加わって毎日が凄く楽しくて賑やかになった。出逢ったあの頃が遙か遠い昔の様に思えるわ……」

 

 

 そう言って目を細め静かに緑茶を啜る。

 年季の入った落ち着きがすっかり板に付いたルーミアを見て、思わず苦笑が漏れる。

 慌てて無表情を取り繕うが一足遅かったらしく、怪訝な瞳が俺を捉えていた。

 

 

「何よ、急に笑ったりして」

「いや、まぁ、その」

「きりきり白状しなさい、隠し事はダメって決めたでしょ?」

「……まぁ、アレだ。ルーミアも出逢った頃とは変わって落ち着いたと言うか何と言うか、その、なぁ?」

「後半全く伝わらないわよ?」

 

 

 くすくすと笑い声を零す。

 確かに何が言いたいのかさっぱり解らない文面では有る。

 だが、ルーミアはしっかりと汲み取ってくれた様だ。

 ふっと息を吐いて遠い目をする。

 

 

「それはケイも同じだと思うわよ? あの頃のケイはやんちゃで向こう見ずで落ち着きが無くて……」

「待った待った、余り言われたら俺の心が砕け散っちゃうじゃないか。それにルーミアだって昔は無邪気で子供っぽかったのに、今はすっかりお姉さんになったし」

「どこかの誰かさんが四百年も放って置くから、大人になるしか無かったのよ」

 

 

 意地悪そうに口の端を吊り上げるルーミアに、うぐっと口を噤む。

 それを言われては何も言えなくなる。

 視線を逸らして頭を掻くと、小さく笑う声が聞こえた。

 見ればルーミアがしてやったり、といった顔を向けている。

 

 

「ふふっ、冗談よ」

「……出逢った時から尻に敷かれっぱなしだな。女は強し、ってヤツか?」

「ケイが優し過ぎるのよ」

「そうか?」

「そうよ」

 

 

 また小さく笑う。

 気付けば俺も釣られて笑っていた。

 だがやられっぱなしというのも癪なので、俺は例のアレを口にした。

 

 

「なぁ、ルーミア」

「ん、何かしら」

「誰も居ない場所で『俺と退廃的で淫逸な日々を過ごさないか?』」

 

 

 慌てるか、恥ずかしがるか、それとも気付いて怒るか。

 多少不謹慎な心持ちで答えを待っていると、言われたルーミアは落ち着いた様子で緑茶を飲み干し、ほぅと息を吐いた。

 そのまま静かに立ち上がり、俺の隣まで来ると腰を下ろす。

 何を、と思うより早く俺の頭はルーミアの胸に抱かれていた。

 耳に届くのは、甘く沁み入ってくる声。

 

 

「ケイが心からそれを望むなら、私はいつだってそれに応えてあげる。だから、そんな試す様な言い方はしなくて良いわよ? ケイが寂しい時や心細い時に呼んでくれれば、私はすぐに駆け付けて抱き締めてあげる。ケイが望むだけ、側に居てあげる。だから忘れないで? 私はケイの事を、心の底から愛しているわ」

 

 

 ぽんぽん、と背中を小さな手が叩く。

 ふっと心から色々な感情が抜け落ちていくのが解る。

 最後に残ったのは、愛おしいという感情。

 ぎゅっと抱き返せば、ルーミアもぎゅっと抱き締めてくれる。

 その暖かさに包まれながら、あぁ──やはり俺にはルーミアが必要なんだな、と素直に思えた。

 こんなさっぱりした気分で悪戯は出来そうも無い。

 心の中で永琳にすまんと謝って、俺はそっと襟首に手を伸ばしカメラの電源をオフにした。

 

 



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第五幕
霧に煙る湖。そして妖精達と出逢う。


 翌朝、俺は集落を離れ南東に有る湖へと向かっていた。

 理由は湖畔の土地の調査。

 レミリア達の住む紅魔館を建設する為に現地を視察する必要が有るからだ。

 とは言え近辺の土地神は諏訪子が総括しているので話は通っており、実際に使用する土地を決める際に立ち会って貰い、その後杯を酌み交わして終了だ。

 本格的な調査や建設なんかは紫の友人の鬼が全て引き受けてくれるらしい。

 

 

 ──にしても、昨日の今日で行かせるか? 

 

 

 紫曰く善は急げ、との事だが本音を言えばもう少しだらだらさせて欲しい。

 確かにレミリア達をいつまでも居候扱いするのも悪いし、何より御家再興を掲げて極東くんだりまで来て貰った訳だから、こうした事案は早めに片付けるに越した事は無い。

 解ってはいるのだが……やはりこの寒空の下、モチベーションを保つのは難しい。

 だが愚痴っていても仕方無い。

 ざくざくと落ち葉を踏み締め一歩一歩道無き道を進んで行く。

 にとりが用意してくれたカイロを懐で握り締めながら歩いていると、途端に空気の質が変わった。

 駆け抜ける様に木々の隙間を縫って行くと湖が姿を現した。

 

 

「おぉ、これはまた風靡な」

 

 

 思わず爺むさい感想が漏れる。

 霧が立ち込める湖は日光を受け白く煙り、向こう岸所が数歩先さえ見通せるか危うい程に視界が悪い。

 波打ち際を歩いて行くと、広い更地が見えてきた。

 いや、見えてきたと言うのも変か。

 音の響きや風の抜け方からそうだと判断したまでで、実際は霧が視界を覆っている。

 

 

「っ!?」

 

 

 微かに風切り音が聞こえ、本能に従い飛び退いた。

 数瞬遅れて、先程まで俺が立っていた位置に氷の刃が突き刺さる。

 

 

「ふ〜ん、あたいの攻撃をよけるなんて、人間にしてはなかなかやるじゃない!」

「チルノちゃん、そんな、いきなり攻撃したらダメだよ」

 

 

 どこか勝ち気さを思わせる高い声が届き、続いてややか細い声が遠くから聞こえた。

 その声に呼応するかの様に立ち込めていた霧が晴れ、辺りを陽光が照らし出す。

 現れたのは腕を組み得意気に胸を張る青いワンピースを着た水色の髪の幼女と、お揃いのワンピースを着て緑の長髪を左で留めたサイドテールの少し気弱そうな幼女だった。

 その内の勝ち気そうな元気っ娘が、びしっと指を突き付けてくる。

 

 

「あたいの縄張りを荒らすだなんていい度胸ね! 最強のあたいが店長を下してあげるわ!」

「チルノちゃん、店長じゃなくて天誅じゃないかな……?」

「天誅を下してあげるわ!」

 

 

 自分で編集点を入れた幼女を見据え、どうしたもんかと思考を飛ばす。

 幼女の背中に有る六つの氷、アレは羽なのだろうか? 

 もし羽だとしたらなかなか特徴的でセンスが良い、等と普段ならのんびり感想を抱く所だが今回は少しばかり事情が違う。

 キラキラと光る水晶体状の羽を、出掛けに見てきたばかりだ。

 アレに良く似た、フランの七色の羽。

 ありふれた形では無い。

 ならば似た羽を持つ彼女がフランと同じ吸血鬼かと言うと、その答えには少々疑問が残る。

 

 

 ──デイウォーカーという可能性は無いと見ていいだろう。アレは俺の血が齎した突然変異の様なものだからな。というか、もしデイウォーカーなら未熟過ぎる気がするな。

 

 

 突然襲い掛かってきた割には殺意も無く、隙だらけだ。

 幼子特有の無邪気な殺意に因る行動とも考えられるが、それにしては力が弱い。

 ここまで考え、俺は彼女が吸血鬼である可能性を棄てた。

 

 

 ──何にせよ、どう対応したものかな。

 

 

 すっかり勝ち誇った顔の幼女を見据える。

 身体から溢れる快活さが健康的な魅力を存分に引き出しており、ややツリ目がちな青い瞳がまた可愛らしい。

 こんな可愛い幼女に手を上げられようものか。

 男なら問答無用で叩き伏せるが、可愛らしい幼女が相手では叱る時の拳骨が精一杯の攻撃方法だ。

 ほっぺぷにぷにで撃退出来るか真剣に悩む俺を見て、幼女はふふんと鼻を鳴らした。

 

 

「どうやらあたいの攻撃に恐れをなしたようね! あたいの子分になるなら見逃してやってもいいわ」

「またチルノちゃんったら、そんな事」

「大ちゃんはお口チャックよ! さぁ、あたいの子分になるか、それとも氷付けになるか選びなさい!」

 

 

 再びびしっと指を突き付けてくる幼女。

 はっきり言って妹紅でも余裕で勝てるんじゃないかと思うくらい、この娘の攻撃は脅威足り得ない。

 先程はフェイントの可能性も踏まえて反応したが、襲い来る氷刃は遅く狙いも甘ければ威力も物足りない。

 その為やろうと思えば簡単に無力化出来るのだが、ふと悪戯心が芽生えた。

 どうせなら少しからかってみよう、と。

 

 

「子分になれば、見逃してくれるのか?」

「もちろんよ、最強のあたいに二言は無いわ!」

「氷付けにしたり、背中に氷を入れたりしないでくれるのか?」

「もちろん! さぁ、最強のあたいに『子分にして下さい』ってお願いしなさい!」

「だが断る」

「え!?」

 

 

 やべぇ、アドレナリン出て来た。

 まさかあの名台詞を正しく突き付ける事が出来る日が来るとは。

 等と感動していたら氷刃が俺に向かって飛んできた。

 無論、軽快なステップで避ける。

 視線を戻せば、幼女はぷるぷると震えながら涙目で俺を睨んでいた。

 やべぇ、可愛い。

 

 

「よくもあたいをバカにしたわね!」

「はっはっは、すまん。ちょっとした出来心ってヤツだ」

「あんたなんか氷付けにして、けちょんけちょんにしてやるんだから!」

「……怒った顔も可愛いな」

「〜〜〜〜っ!?」

 

 

 その言葉を聞いた幼女は顔を真っ赤にして更なる猛攻を掛けてくる。

 おかしい、褒めた筈なんだが。

 涼しい顔して攻撃を避けるのも、幼女は気に食わないらしい。

 冷気の所為で涼しい所か寒いくらいだが。

 ともあれ避けてばかりでは話が進まないので、俺は幼女に賭けを申し出た。

 

 

「なぁ、お嬢ちゃん」

「あたいはチルノよ!」

「ご丁寧にどうも。俺は望月契、半分人間で半分神様だ」

「中途半端なのね!」

「これは手厳しい。それはさて置きチルノ、俺と賭けをしないか?」

「は、賭け?」

「チルノが勝てば、俺はチルノの子分になる。逆に俺が勝てば」

「あんたの子分なんてイヤ!」

「子分は要らない。だからチルノ、俺が勝ったら友達になってくれ」

「……どうせあんたは負けるんだから、そんなの気にしなくていいわよ!」

 

 

 大きく吼えたチルノは一度氷刃を放つのを止めると、俺の頭上に移動した。

 両手を上に翳すと、見る間に巨大な氷石が出来上がる。

 少し視線を下げると、風で捲れたワンピースの裾から白い下着がちらりと覗く。

 絶景かな絶景かな、と思った俺は順調に変態の階段を七段飛ばしで駆け上がっているに違い無い。

 

 

「つぶれろ──!」

 

 

 幼女の裂帛の気勢と共に、三メートルは有ろうかという巨大な氷石が俺の頭目掛けて落ちてくる。

 ただ避けるのも芸が無い。

 ふとそんな事を考えた俺は、両手の拳を氷石の面に沿って何度も繰り出した。

 

 

「オラオラオラオラオラオラオ、っぅ、痛ぇ、舌噛んだ」

 

 

 気分はスタンドだったが舌が着いて行かなかった。

 要練習だな。

 とは言え遊びながらも腕の動きは止めずにひたすら氷を穿ち続ける。

 既に勢いを殺された氷石は打たれるまま宙に浮き、少しずつ形になっていく。

 

 

「っと、こんなもんか」

 

 

 最後の一撃を放ち眼前に下ろす。

 出来上がった氷像は我ながら会心の出来だと胸を張って言える。

 

 

「わ、あたいだ!?」

「ふぇぇ……凄いね」

 

 

 幼女達から感嘆の声が漏れる。

 何を隠そう、俺が作り上げた氷像は腰に手を当て威風堂々とした青い幼女のものだ。

 多少デフォルメしてあるが、少しアニメチックな佇まいがこれまた可愛い。

 ふっ、完璧だな。

 

 

「これをチルノ、君に贈ろう」

「え、良いの!?」

「あぁ、気に入って貰えたら嬉しい」

「ありがとう! あんた良いヤツなのね」

「良かったね、チルノちゃん」

 

 

 降りてきた幼女達は氷像の周りを楽しそうにくるくると駆け回っている。

 やはり幼女は笑顔が一番だな。

 

 

「笑った顔も可愛いじゃないか、チルノ」

「え、な、なぁっ!?」

「わぷっ」

 

 

 言われたチルノは顔を真っ赤にして立ち止まる。

 が、急に止まった所為で緑髪の幼女が背中に思いっ切り突っ込んだ。

 痛そうだなアレ。

 

 

「そう言えばチルノ、勝負は途中だったがどうする?」

「あ、忘れてたわ。ん〜、引き分けで良いわよ、こんなに凄いもの貰っちゃったし」

「そうか。ならチルノ、改めて俺と友達になってくれるか?」

「別に良いわよ。でも、何でそんなにあたいと友達になりたいの?」

「チルノは最強なんだろ? なら、俺には最強の友人が居ると嫁さん達に自慢出来るからな」

 

 

 ニヤリと笑ってやると、チルノは満足そうにふふんと鼻を鳴らした。

 どこか得意気な表情がまた可愛らしい。

 不意に、チルノは右手を伸ばす。

 どういう意図かと首を傾げていると、ニコッと花が咲いた様な笑みを浮かべた。

 

 

「あたいはチルノ、妖精だよ!」

「……俺は望月契、半人半神だ」

「改めて宜しくね!」

 

 

 差し出された手をしっかり握る。

 小さな手は少しひんやりとしており、触っていて気持ち良い。

 すべすべの感触を楽しんでいると、緑髪の幼女がチルノの背後から顔を出す。

 それに気付いたチルノは、彼女を俺の前に押し出した。

 

 

「この娘は大ちゃん! あたいの一番の親友なんだよ!」

「えっと、大妖精と申します。皆からは大ちゃんって呼ばれてます」

「そうか、俺も大ちゃんと呼んでも?」

「はい、宜しくお願いしますね」

「こちらこそ、宜しくな」

 

 

 大ちゃんとも握手を交わす。

 手が触れてちょっと恥ずかしがっている所が愛らしい。

 

 

「ねぇ、ケイ。一緒に遊ぼう?」

「今からか?」

「当たり前じゃない、友達になった記念に今日は遊び倒すのよ!」

「チルノちゃん、契さんにも予定が有るかもしれないんだから強引なのはダメだよ」

「大ちゃん、女は度胸よ!」

「チルノちゃん、使い所間違ってるよ」

 

 

 何とも賑やかな事だ、と苦笑しつつ思考を巡らせる。

 建築に使えそうな場所はすぐ横に有る。

 豪邸と言うか、文字通りの屋敷が建てられそうな程に広い更地だ。

 ここならレミリア達も気に入ってくれると思う。

 後は土地神との顔合わせだが……遊んでいれば向こうが見つけてくれるだろう。

 と言うか土地神がどこに居るのか解らないしな、探しても迷子になりそうだ。

 同じ迷子なら二人と遊んでいた方が精神的にも良い。

 そんなトンデモ理論を引っ提げた俺は、二人に微笑みを向けた。

 

 

「俺なら大丈夫だ。さぁ、何して遊ぶ?」

「さっすがあたいの友達ね! じゃあ鬼ごっこでもしよう!」

 

 

 

 

 

 

 こうして童心に還って遊び呆けた俺は、土地神が申し訳無さそうに迎えに来るまで二人と一緒に過ごした。

 別れ際にぶんぶんと両手を振るチルノと控え目に手を振り微笑む大ちゃんを見て存分に癒された。

 やはり幼女は良いものだ。

 

 



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周辺の散策。そして実態は暇潰し。

 チルノ、大ちゃんと別れた俺は土地神に連れられ湖に程近い山林の麓に有る小さな小屋へと到着した。

 ルーミアと熱い夜を過ごした小屋と良く似ている。

 

 

「…………?」

「あぁ、何でもない。これに良く似た小屋を見た事が有るから、少し思い出して呆けていただけだ」

 

 

 こてん、と可愛らしく首を傾げる幼女に苦笑を返す。

 白い髪、白い肌、白い着物、白い瞳。

 全身が白一色で彩られたこの幼女こそ、今回顔合わせを行う土地神のミシャグジだ。

 ぽやぽやとした雰囲気の無口っ娘で、背は妹紅より少し低い。

 この愛らしい姿で祟り神だと言うのだから人は見掛けに依らない……いや、神は見掛けに依らないと言うべきか。

 何せ土地神を取り纏める土着神の頂点が諏訪子だからな。

 ちんまいケロケロ雌蛙が上司とか……ん、ご褒美か? 

 というか土地神と土着神の違いが解らん。

 前に諏訪子が教えてくれた気もするが特に必要の無い情報だと聞き流していたしな。

 

 

「ん?」

 

 

 思考を飛ばしていると、くぃくぃと袖を引かれる感覚が有る。

 視線を下げると、不思議そうに俺を見上げる白い瞳と目が合った。

 入らないの? と問い掛ける視線がこれまた可愛らしい。

 

 

「悪い、また呆けていた。じゃあ、お邪魔させて貰おうか」

 

 

 その言葉に、にぱーと無邪気な笑顔を返す幼女。

 持って帰ろうか真剣に悩む。

 ともあれ幼女に手を引かれて小屋の中へ。

 入ってみると意外な事に内装は洋風だ。

 小さなテーブルと椅子が有り、シックな色合いの家具が落ち着いた雰囲気をさり気なく演出している。

 キッチンの横には紫に頼んで置いた食材がケロ印の盥に入っている。

 荷物になるから、と先に転送して貰ったのは正解だったか。

 幼女は部屋の中央に立つと、くるりと回ってぺこりと頭を下げた。

「ようこそいらっしゃいました」と言ってくれている様だ。

 

 

「本日はお招き頂き有り難う御座います」

 

 

 こちらも深々とお辞儀をする。

 頭を上げると、同じタイミングで頭を上げた幼女と視線がぶつかる。

 にぱー、と眩しい笑顔を浮かべる幼女に釣られ、自然と笑みが浮かんだ。

 

 

 

 

 

 

「とまぁ、そんな感じで終始ほのぼのとした雰囲気でな。久し振りにゆったりと穏やかな時間を過ごせた」

 

 

 一息吐いて紅茶を口に含む。

 微かな酸味と甘い香りが喉を通って鼻に抜け、清々しい気分を呼び起こす。

 先程焼き上げたクッキーにはレーズンを加えてある。

 生地の甘味は極力抑えレーズンの持つ甘味と香りを引き立たせてみた。

 これがまた紅茶に合う。

 

 

「はぁ……、で、何? その後暇を持て余した貴方はわざわざ暇潰しの為だけに、山を越えて私の所まで来たの?」

「良く解ったな、流石は幽香」

 

 

 はぁ、と再度溜息を吐いて幽香は紅茶のカップを手に取った。

 充分に温い筈だが癖なのだろう、ふぅ〜ふぅ〜と童女の様に紅茶を冷ましている。

 端から見れば優雅なんだが、んくんくと紅茶が喉を通る際に小さく声が漏れている辺りが可愛らしい。

 普段は優雅なお姉さん然としている幽香だが、時折こういった微笑ましい所が垣間見える。

 このギャップは萌えに値するな。

 等と考えていたら幽香がジト目を向けてきていた。

 ニヤニヤ笑いがバレたか? 

 

 

「と言うか貴方、前別れる時に随分と気持ちの良い啖呵を切っていたじゃない」

「そんな事も有ったな」

「そんな事って」

「良いじゃないか。少なくとも俺は久し振りに幽香に会えて嬉しいぞ?」

 

 

 からかい甲斐も有るし、との言葉は紅茶と共に飲み込む。

 正直弄りたくて仕方が無いが、それはもう少し親密になってからにしよう。

 言われた方の幽香は澄まし顔で紅茶を飲んでいるが、耳はこれ以上無く真っ赤だ。

 心無しかカップを持つ手も小刻みにぷるぷると震えている。

 照れ屋の割には頑張った方だな。

 

 

「そうだ幽香、最近面白い話を聞いた事は無いか?」

「何よ、唐突に」

「暇潰しに面白い事でも有れば遊んでみようかと思ってな」

 

 

 ここで言う遊びとは『力比べ』と言い換える事が出来る。

 理由としては、俺が居ない間も勉強していた妹紅が霊力を使った弾幕を撃てる様になった。

 そのお披露目会兼模擬戦をする際に無様な姿は見せられないと考えた俺は、その肩慣らしの相手を探しているという事だ。

 ふっかけられる側にしてみればこの上無い厄介事、若しくは謂われの無い宣戦布告と言っても良い。

 勘の良い幽香は気付いた様で、好戦的な笑みを浮かべる。

 

 

「なら私が相手になっても良いわよ」

「悪いが幽香はダメだ」

「何でよ」

 

 

 断られた事にぷくっと頬を膨らませる。

 ちょっとした仕草が子供っぽい。

 そんな微笑ましい幽香に苦笑を返して、俺は口を開いた。

 

 

「先のアレで幽香の攻撃を簡単且つ完璧に防げる手段が有るからな。最初から保証された逃げ道が有る戦いで本気になれる程、俺は純粋じゃない。それに一度は幽香を気絶させたが、もう幽香には傷付いて欲しく無いんだ」

「うなっ!?」

 

 

 危なくなったらプロテクションで完璧に防げる、そんな気持ちが有れば必ず慢心や油断は生まれる。

 その一瞬しか攻撃を防げない『この世界にあらず』や『畏敬の一撃』とは違い、或る程度持続して攻撃を無効化出来るプロテクションを使えるという選択肢を持つ事自体が、この場合は足枷となる。

 それに知らぬ仲では無い幽香と殴り合う等以ての外だ。

 俺が見知った女性に手を上げるのは、叱る際の拳骨か双方望んでのSMプレイの時だけだ。

 こないだ幽香にジャーマン仕掛けたのはノーカウントな。

 

 

 ──それに、この幽香を殴るとか不可能過ぎるだろ。

 

 

 最後に言った台詞を勘違いした幽香は、真っ赤になった耳たぶを落ち着かない様子で弄っている。

 チラチラと窺う様な視線を向けてくるが、俺が目を合わせるとすぐに俯いてしまう。

 予想以上の可愛さでノックアウト寸前だ。

 綺麗なのに可愛いとか反則だろ。

 だが俺は慌てる事無く冷めてしまった紅茶を飲み干す。

 美女、美少女、美幼女の前では紳士足れ。

 これが俺の掟その五だ。

 

 

 ──とは言え、幽香から情報は聞き出せそうも無いな。

 

 

 この状態にした奴に全力で責任を取らせたいが、やったのは俺なので自業自得と言うより他無い。

 まぁ、楽しかったので良しとしよう。

 その後少し幽香をからかって、俺は太陽の畑を後にした。

 冬も目前だというのに、向日葵はまだまだ元気そうだった。

 

 

 

 

 

 

「ケ〜〜イ〜〜!」

「ん……アレはチルノと大ちゃんか」

 

 

 再び山を越え湖へとやって来た俺に遠くから声が掛かる。

 秋晴れの下、キラキラと輝く水面の上で大きく手を振る小さな姿が有った。

 猛スピードで迫り来る青いワンピースの幼女はその勢いのまま俺の胸に飛び込んだ。

 くるりと左回りに一回転し勢いを殺し、優しくきゅっと抱き締めてやる。

 ひんやりとした空気が頬を撫でた。

 

 

「こんにちは、チルノ。大ちゃんも」

「こんにちは!」

「はぁ……はぁ……はふぅ……、こんにちは、契さん。もう、置いて行かないでよチルノちゃん」

 

 

 全力疾走した所為か荒く息を吐き恨めしそうにチルノを見る大ちゃん。

 対するチルノはごめんごめん、と軽いノリで謝りそれを受けた大ちゃんは再度もう、と頬を膨らませた。

 ふくれた頬を指でつついてやると、ぷちぅという可愛らしい音と共に空気が抜ける。

 

 

「契さんも遊ばないで下さいっ」

「悪い悪い」

「もうっ、二人共意地悪なんだから」

 

 

 そうは言いつつも、柔らかい微笑みを浮かべている辺り嫌では無い様だ。

 と、腰の右側からかさりと音が立つ。

 視線を下げるとチルノのキラキラした瞳が俺を見上げていた。

 

 

「ねぇケイ、これ何? お土産?」

「チルノちゃん、そういうのは聞いちゃダメなんだよ。それが大人の礼儀作法なんだから」

「そうなの? 流石は大ちゃん、大人っぽくて格好良い!」

「……えへへ」

 

 

 照れた様に笑う大ちゃん。

 どうやら大人っぽいと言われるのが嬉しいらしい。

 背伸びしたい年頃って事か。

 何となく二人の扱いが解った所で右腰に提げた包みを持ち上げる。

 甘い香りと包みに描かれた花の模様に二人共釘付けだ。

 中身は幽香の家で作ったクッキー。

 包みは幽香がお気に入りだと言う柄のものを貸してくれた。

 幽香曰く「女の子に持って行くならそういう所にも気を遣わないとダメよ。幼くとも女の子なんだから」との事らしい。

 

 

 ──なら、今度幽香の家に行く時はちょっとした気を回してやるかな。

 

 

 そんな悪戯心を抱いたのは内緒だ。

 ともあれ二人共お気に召した様で、見るからにうずうずしている。

 余り意地悪するのも可哀想なので早速包みを開く事にした。

 途端に広がる焼き菓子特有の甘い香りが鼻をくすぐる。

 

 

「さっき焼いてきたレーズン入りクッキーだ。二人共レーズンは大丈夫か?」

「レーズンって何?」

「干した葡萄の事だよ、チルノちゃん」

「おぉ、大ちゃん物知り! でも大ちゃん、葡萄って何?」

 

 

 そこからかと俺は苦笑を滲ませ、大ちゃんはコケッと態勢を崩した。

 チルノはそんな俺達の反応に首を傾げている。

 頭の上に? が三つ程浮かんでいる様だ。

 

 

「葡萄ってのは果物だな。そのままだと少し酸味が強いが、干すと甘さが強くなるんだ。まぁ、味が特徴的な分嫌いな人も多いけどな」

「じゃあこれは?」

「滅茶苦茶甘い。本当なら紅茶やコーヒーや緑茶といった甘くない飲み物と一緒に食べると良い」

「ケイのオススメは?」

「やはり紅茶だな。紅茶に一番合う様に甘さや香りを調節したから、一緒に食べるとこれがまた美味い」

「なら紅茶と一緒に食べたい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、言う訳で再びお邪魔した訳だが家主の美女がジト目を向けてくる」

「まさかたった二時間で帰って来るとは思わなかったわよ」

「お、帰って来ると言ってくれるとは嬉しいな。ならここはただいま、と言った方が良いのか?」

「記憶が戻ったなら幾らでも言ってあげるわよ」

 

 

 そんな軽口を叩き合いながら、リビングで待つちびっ娘二人に紅茶とクッキーを持って行ってやる。

 チルノは初めて見る家具や小物にキョロキョロと楽しそうに視線を動かし、大ちゃんはどこか落ち着かないのか頻りに座る位置を変えている。

 性格が解りやすくて良いな。

 と、俺達の話を聞いていたチルノが爆弾でキャッチボールを試みた。

 

 

「ねぇねぇ、幽香ってケイの恋人?」

「……っ、いいえ、違うわよ」

 

 

 一瞬悲痛に眉尻を下げるが、すぐに笑みを浮かべて誤魔化す。

 が、大ちゃんは見逃さなかったらしくチルノを止めようと袖を引く。

 気が回るのも考えものか。

 ともあれ妙な空気になるくらいだったら自分から矢面に立った方が良い。

 少なくとも俺の所為にはなるのだから。

 

 

「昔は恋人だったんだが、振られてな」

「そうなの? 何で?」

「ちょっと、チルノちゃん」

「気にするな大ちゃん、聞いて貰った方が後腐れ無くて良い。……理由は俺の都合で勝手に居なくなったからだ。離れている間も連絡取らなくてなぁ、帰って来たらグーで殴り掛かられた」

「うわ、ケイ酷い。それは幽香も怒って当然よ!」

「だよなぁ。仲直りしたくて色々やってみてはいるんだが、今の所空回りしかしていないんだ」

「ケイは女心が解って無いのね!」

「はっはっは、良く言われる」

 

 

 チルノに説教される俺を、大ちゃんと幽香は驚いた様な目で見ている。

 大ちゃんは突然暴露された内容に、幽香はその事を話し出した俺に。

 先に表情を変えたのは幽香だった。

 しょうがないわね、と声が聞こえてきそうな少し呆れを滲ませた笑みを浮かべる。

 俺の意図を正しく理解してくれた様だ。

 うむ、聡い娘は好きだぞ? 

 

 

「仕方無いわね、あたいがケイに女心の何たるかを教えてあげるわ!」

「おぉ、そりゃ心強い」

「私からもお願いするわ、チルノ。ケイ、女心を理解出来たら許してあげる」

「これは頑張らないといけないな」

「任せなさい、あたいがケイを完璧な紳士にしてあげる!」

 

 

 むふー、と胸を張るチルノ。

 それを見る幽香は楽しそうに口の端を吊り上げている。

 案外子供好きなのかもしれない。

 すっかり置いてけぼりを食らった大ちゃんはと言うと、先程葡萄に頭を悩ませていたチルノより混乱している様子。

 頻りに首を傾げ、何がどうなっているのか理解しようとしている。

 

 

 ──大ちゃんは真面目過ぎるな。

 

 

 そこが美徳でも有る。

 必死に考えてはいる様だが、答えに辿り着けるだけの人生経験……妖精経験が無いのだろう、頭からぷすぷすとショートする音が聞こえてきそうだ。

 ともあれ雰囲気も持ち直し、和やかな空気でお茶会は進む。

 その後もチルノと幽香に弄られたが、そこはまぁ、紅茶代として払って置こう。

 沈みがちだった幽香の笑顔が見られるなら安いものだ。

 

 



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彷徨う姉妹。そして奴の名は蠍犬。

 

 

 ──すっかり遅くなってしまったな。

 

 

 幽香の家でのお茶会を終えて、霧の湖まで二人を送り届けたのが今し方。

 昼間から夕方に掛けては心地良い青空が広がっていたのだが、先程から雲が姿を見せ始めた。

 見上げた先、星を覆い隠した雲が空を暗く染め上げている。

 日が暮れるのも早くなってきた。

 本格的に冬が近付いて来ているな。

 沁み入る冷気にぞくりと背筋を撫で上げられながら、足裏を地面から離す。

 まだぎこちないが、一応空を飛ぶ事は可能だ。

 エンチャントの効果で飛行を得ている為、本来なら何の問題も無く宙を駆け回る事が出来る。

 それでもどこか危なっかしいのは、俺が空を飛ぶ事に慣れて居ない所為だ。

 

 

 ──さて、急いで帰らないと妹紅やフランや諏訪子が拗ねるな。

 

 

 まだ幼い二人が拗ねるのは解るが、下手したら俺の三倍は生きて居そうな諏訪子が同じ様に拗ねるのは如何なものか。

 それで良いのか洩矢諏訪子。

 ともかく急いで帰った方が良いのは間違い無い。

 多少視界が悪いが、湖の上を突っ切って行けば二十分足らずで帰れる筈だ。

 一直線に進むだけの簡単な飛行。

 鼻歌でも歌いながら行くとしよう。

 

 

 

 

 

 

「とか考えていた数分前の俺を殴りたい」

 

 

 霧の中を突っ切った結果、抜け出た先は見覚えの無い山の中だった。

 目指す方向九十度から百八十度ズレて到着したらしい。

 飛行していたから見える景色が違っているんだな、と考えていたがその考えこそが間違いだったと気付く。

 が、既に遅い。

 更に高く飛んでみても湖から広がりだした霧と上空に広がる厚い雲の所為で、遠方の景色は疎か周辺の地形さえ把握出来ない。

 こうなりゃ勘に頼る他無いか、と早々に諦めのんびり地面を歩く。

 焦っても無駄に体力を消耗するだけなのでいっその事、この状況を楽しむ事にした。

 

 

 ──お、まだ木に紅葉が残っているな。酒でも有ればここで一杯傾けるんだが。

 

 

 京から戻って以来、酒を良く呑む様になった。

 あの喉を焼く感覚と軽くふらつく程度の高揚感、それと酒を呑み酔っ払った皆の可愛らしい姿が癖になる。

 酔っ払って一番可愛くなるのは美鈴だな。

 普段控え目なのにぺたぺた甘えてくる所と構って貰えない時のしょんぼりとした不安げな瞳が、何というかもう虐めたくなって堪らない。

 ルーミアは普段と変わらない様に見えてこっそり手を握ってきたり、さり気なく肩に頭を乗せてきたりする。

 諏訪子はすぐに発情するし、神奈子は恥ずかしいという自覚が有りながら抱き付いてくる。

 妹紅は説教臭くなるし、奈苗は……ん? 

 奈苗は普段と変わらないか? 

 レミリアとフラン、輝夜や永琳やにとりがどうなるかは未確認だ。

 ん、紫? 

 あいつは散々騒いで誰よりも先に寝る。

 前に寝落ちした紫をお姫様抱っこで運んでやったが、本人は意識が無い事を悔しがっていたな。

 お姫様抱っこくらい、素直に甘えてくれば幾らでもやってやるんだが。

 まぁ、格好付けで意地っ張りなのが紫だしな。

 そんな事を考えながらふらふらと揺れる様に落ち葉を踏み締めて行く。

 倒木を跨ぎ軽快に斜面を登り切った所で、脳がチリ、とひりつく様な感覚が有った。

 

 

「無符『この世界にあらず』」

 

 

 反射的に能力を使い干渉してくる何かを打ち消し、発生源が有ると思われる方向へと右手を翳した。

 がさっ、と落ち葉が鳴る。

 射抜く様に向けた視線の先、二人の幼女が立っていた。

 片方はウェーブの掛かった灰色の髪の毛を肩上まで垂らし、もう片方は紫陽花色の癖っ毛でショートボブ。

 二人に共通しているのは至る所に枝で引っ掻いたのか小さな傷が有り、ボロボロで所々赤く染まった布切れを纏い、三本のコードが延びる眼球の様なアクセサリーを付けている所だ。

 そのアクセサリーも、紫陽花色の髪の娘は目を見開き、灰色の髪の娘は目を固く閉じている。

 灰色の髪の娘はどうやら気を失っているらしく、紫陽花色の髪の娘に凭れ掛かる様にして抱かれている。

 

 

「ひぅ……っ!?」

 

 

 俺に睨まれた紫陽花色の髪の娘は小さく悲鳴を漏らすが、気丈にも灰色の髪の娘を後ろに庇った。

 それを見て、内心舌打ちをする。

 

 

 ──くそっ、初対面の幼女を怖がらせてしまった! 

 

 

 紳士にあるまじき行為だ。

 焼き土下座級の失態だがそれに関する償いは後程にしよう。

 先に状況を把握する必要が有る。

 最初に、俺が感じた不可思議な干渉は彼女達がやった事か? 

 他に生命体の気配や反応が無い以上、答えはイエスだろう。

 次に、それを行った彼女達は俺に敵意や害意が有るか? 

 彼女達の反応を見る限り、答えはノーだ。

 最後に、彼女達に戦う意志が有るか? 

 勿論、ノーだ。

 

 

 ──と言うか、俺が戦いたく無い。

 

 

 灰色の髪の娘を庇ってはいるが、瞳に浮かぶのは俺への恐怖と守り抜くという意志。

 恐らく庇っている幼女は家族若しくは親友なのだろう。

 自らの命が失われようとも、彼女を守る事に何の躊躇いも無い。

 その強い瞳に、俺は暫し見惚れていた。

 

 

「……ォォォォォオン……!」

「ひっ!?」

 

 

 そう遠くない場所から響いてきた遠吠えに幼女は身を竦ませる。

 その反応から判断するに、彼女達は野犬の類に襲われここまで逃げて来たのだろう。

 全身の傷やボロボロになった服も、そう考えれば説明が付く。

 

 

 ──なら、俺のやる事は決まったな。

 

 

 くぃ、と中指で眼鏡を押し上げ彼女達の元へ歩み寄る。

 再び小さく悲鳴を上げられるが、俺は腰を屈め視線を同じ高さにして、出来るだけ柔らかく微笑んだ。

 

 

「白符『疲弊の休息』『天使の慈悲』『治癒の軟膏』『不死の標』」

 

 

 一気に四つも使った所為で、彼女達の身体が淡く光り周囲を照らし出す。

 仮に彼女達のライフが一だったとして、三十八まで回復した計算になる。

 取り敢えずはこれで一安心だ。

 後は幼女に群がる駄犬を格好良く華麗に討ち滅ぼすのみ。

 

 

「ここでじっとしているんだ。すぐに怖い奴等を倒してやる」

「え、あ、あの……」

「その娘は家族か?」

「あ、はい、妹、です」

「そうか。しっかり妹を守れる、良いお姉ちゃんだな」

 

 

 笑い掛けてやると数瞬戸惑っていたが、やや緊張した面持ちながら頷いてくれた。

 さて、と勢いを付けて腰を上げる。

 気配を探ってみれば、濃厚な殺気を放つものがこちらに近付いて来ている。

 木々をへし折りながら姿を現したのは、体長三メートル程の犬。

 だがこの犬、普通のものとは違う。

 脇腹の辺りから甲殻類を思わせる節足が生えており、背中には蛇腹型の甲羅、尻尾は上に折れ曲がり先端部分は鋭く尖り毒液の様な液体を薄く滲ませていた。

 

 

 ──鰻犬ならぬ、蠍犬って奴か? 

 

 

 成程、こんな醜悪な妖怪に追い掛け回されたら彼女達も怯えるわな。

 しかもこいつ、彼女達を態と逃がして楽しんでいた様だ。

 最初は口の端を歪めていたが、俺の姿を認めた途端不機嫌そうに唸ったからな。

 だが不機嫌なのは俺も同じだ。

 迷った腹いせと彼女達の好感度アップの為、貴様にはここで死んで貰おうッッ! 

 

 

「白符『刺し込む光』」

 

 

 言葉を紡いだ瞬間、上空の雲が晴れ月光が形を成して蠍犬に突き刺さる。

『刺し込む光』は攻撃かブロックに参加しているパワーが三以下のクリーチャーを破壊するインスタントだ。

 並大抵の妖怪ならこの一撃で沈む。

 

 

「……耐えたか。まぁ、そう簡単に沈まれても面白く無い」

 

 

 忌々しそうに光を振り払った蠍犬。

 その身体には傷が付いていない。

 光は硝子が砕け散る様な音を残して空気に溶けていった。

 この蠍犬、どうやらパワーは四以上有るらしい。

 それなりに力の有る妖怪という事だ。

 

 

「白符『畏敬の一撃』」

 

 

 今度はこちらの番だと言わんばかりに、長い尻尾を振り回してくる。

 周囲の木々をいとも簡単に薙ぎ倒すその攻撃は、俺の右手に受け止められた。

 同時に活力が湧き上がる。

『畏敬の一撃』はクリーチャー、一体を対象としてこのターンそれが次に与えるすべてのダメージを軽減し、あなたはこれにより軽減されたダメージに等しい点数のライフを得る、という効果のインスタント。

 つまり相手のキツい一撃を防ぎつつ回復まで出来るという、後ろ向きデッキには堪らない呪文だ。

 回復の感覚からして蠍犬のパワーは五。

 諏訪子が酔った勢いで障子を突き破った時の威力と同じくらいか。

 ともあれ、この程度のパワーなら特に焦る事も無い。

 こちとら度重なるエンチャントでパワーとタフネスが三桁を優に超えているんだ。

 今なら語尾に「キリッ」を付けても許される気がする。

 

 

「よっと」

「グウッ!?」

 

 

 掴んだ尻尾を支点に前方へ放り投げる。

 大木に背中を強か打ち付けた様だが、すぐに起き上がり歯を剥き出して威嚇する。

 だが威嚇というものは自らが優位に有ってこそ効力を発揮する。

 従って今の蠍犬は酷く滑稽に映る。

 これ以上遊んでいても仕方無いので、俺は蠍犬を殺しに掛かる事に決めた。

 どうせ戯れるなら背後の幼女達との方が良いに決まっている。

 

 

「白符『太陽の槍』」

 

 

 言い終えるが早いか、突如中空に生まれた陽光が細い槍と成り、蠍犬の脳天に勢い良く突き刺さった。

 声を上げる間も無く地に伏せる。

 一撃で絶命したのか、振り翳された尻尾は風穴を開けられた頭蓋の上で力無く揺れていた。

 その様子に俺は満足を以て頷いた。

『太陽の槍』は白でないクリーチャー、一体を対象としそれに三点のダメージを与えるソーサリーだ。

 俺の見立て通り、この蠍犬はタフネスよりパワーに偏った、所謂頭でっかちだった。

 タフネスが三というのは、神奈子が照れ隠しで放った御柱でギリギリ生き残れるくらいのタフさだ。

 

 

 ──つまり酔っ払った諏訪子の頭からの突進は御柱よりも威力が高い……ッッ! 

 

 

 凄いぞ諏訪子、やるじゃないか諏訪子。

 腐っても雌蛙……間違えた、腐っても祟り神と言う事か。

 いかんいかん、どうも諏訪子相手だと俺の右腕に封印された鬼畜眼鏡が首を擡げてくるな。

 ともあれ脅威は去った訳だ。

 振り返り幼女二人の無事を確認する。

 

 

「大丈夫だったか?」

「は、はいっ、あの、助けて下さってありがとうございます!」

「礼には及ばない。最初に怖がらせてしまった事のお詫びだ」

 

 

 目線を合わせて微笑んでやると、キラキラした瞳を向けられた。

 やだこの娘可愛い。

 

 

「そっ、そんな、可愛くなんて無いです」

「いやいや、充分に可愛い……ん?」

 

 

 思わず口に出ていたか? 

 まぁ、こんなに可愛い幼女の前で本心を偽る事は不可能に近いが。

 それはさて置き、見た所怪我は治った様だが精神的な疲労は抜け切っていない。

 早く休ませた方が良いだろう。

 幸い先程の『刺し込む光』のお陰か頭上の雲は晴れ、星の位置から方向を割り出す事が出来る。

 

 

「話は後でゆっくり聞くとして、一先ず俺の家に来て休むか?」

「え、そんな」

「部屋は余ってるし風呂や夕食も提供出来る。どうしても嫌なら無理にとは言わんが、どうする?」

「えっと……迷惑では無いですか?」

「このまま別れた方が心配で眠れなくなってしまうさ」

 

 

 多少冗談めかして肩を竦めると、幼女はくすりと笑い声を零した。

 うむ、やはり笑顔が可愛らしい。

 

 

「は、恥ずかしいです」

「ん? あぁ、また声に出していたか。悪いな、どうも最近口が緩い。……年かな?」

「……ふふっ、お兄さんまだ若いじゃ無いですか」

「お、良い笑顔だ」

 

 

 良し、和やかな空気に持って行けたな。

 円滑な対人関係は笑顔から、とは良く言ったものだ。

 

 

「さて、お嬢ちゃん。移動するから背中に負ぶさって貰えるか? 妹さんは俺が抱えて行こう」

「いえ、妹を運んで頂けるだけでも恐縮ですから」

「ならお嬢ちゃん、空を飛べるか?」

「……えっと」

「はっはっは、冗談だ。普通の人間なら空は飛べないからな。だが安心してくれ、俺は普通の人間じゃないから空だって飛べるんだ」

「本当ですか?」

「あぁ、だから二人共連れて行こうと思ったんだが……ひょっとしてお嬢ちゃん、抱っこの方が良いか?」

「なっ、か、からかわないで下さいっ」

 

 

 ニヤリとした笑みを向けると、幼女は頬をほんのり染めて俯いてしまった。

 反応が初々しくて実に良い。

 意地悪の仕返しに背負う際耳たぶを摘まれたが、そんな所も可愛かった。

 背中にお嬢ちゃん、胸に妹さんを抱えて準備完了。

 可愛らしい幼女二人を引き連れて、西の山の麓に有る俺の神社へ向け空を行く。

 

 

 ──あ、皆に何て報告しよう。

 

 

 最初に土下座を強要されそうな気がした。

 無論、帰りが遅くなった事と幼女二人を連れて来た事に対して。

 

 



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早朝の調教。そして駄目な二柱。※

 

 

「……さん、おとーさん、朝ですよ」

 

 

 微睡む意識の中に柔らかく心地良い音色が響いてくる。

 同時に程良い力で身体が揺すられる。

 目を開けた先、黒い中に幾房か緑が混じった長髪が揺れていた。

 

 

「ん……奈苗か……?」

「はい、おとーさんの奈苗ですよ♪」

 

 

 眩しい程の笑顔を向けてくる奈苗。

 視界の端からは白みを帯びた青い空が覗いている。

 日の出まで後一時間といった所か。

 普段ならとっくに起き出しているが、昨日は何だかんだで遅くなった。

 幼女二人の世話に加えて二人を保護した経緯、本来の目的である紅魔館建設予定地の情報と土地神幼女との顔合わせについての報告。

 それ等を終えて就寝したのが夜中の二時過ぎ。

 ハッキリ言わずとも睡眠不足だ。

 

 

「もうちょっと寝かせてくれ……」

「え、きゃっ」

 

 

 小さく奈苗が悲鳴を上げる。

 それもその筈、俺が奈苗を布団の中に引き擦り込んだからだ。

 抱き寄せた奈苗の身体は暖かくて柔らかくて最高に心地良い上、石鹸の香りと奈苗自身の甘い香りが俺の心を癒やしてくれる。

 

 

「奈苗は暖かいな……」

「あんっ、もう、おとーさんったら♪」

 

 

 口ではそんな事を言いながら、奈苗も腕を回してしっかりと抱き付いてくる。

 ふにふにとした胸の感触が気持ち良い。

 と、意識した途端朝の血流と相俟って息子が自己主張を始めた。

 それに気付いた奈苗は悩ましげに身体をくねらせ擦り付けてくる。

 

 

「おとーさんの、朝から元気です♪」

「ん……」

 

 

 未だ俺が半分寝ているのを良い事に、奈苗は袴をたくし上げて自ら肉棒に秘裂を擦り付け始めた。

 絹の様な肌を滑る感覚が快楽となって脳を刺激する。

 擦り合わせるに連れ、秘裂から淫蜜が溢れ始めた。

 

 

「はぁぅ……おとーさん、もう我慢出来ません。入れちゃいますね♪」

 

 

 細く柔らかな指が肉棒を撫で上げ、ゆっくりと秘裂の中へ導いて行く。

 ぬぷり、という感覚と共に亀頭が膣内へと滑り込んだ。

 

 

「んあっ、はぁぁ……ぁん♪ あん、おとーさんの、大きくて硬くて、はぅん、凄いですぅ♪」

 

 

 堪らず仰け反り、背筋を貫いて脳天を焦がす快楽を受け止める奈苗。

 千早から零れた豊満な胸が眼前で揺れる。

 その動きに惹かれ、果実を口に含んだ。

 

 

「ひぁっ、あぁん、おとーさん、おっぱい吸っちゃダメですよぅ♪ あんっ、やっ、あっあっ、おとーさん赤ちゃんみたいで、ひゃぅん、可愛いです♪」

 

 

 強く吸い上げたり舌先で転がしたり甘く噛んでみたりする度、奈苗はとろける様な声を上げて悦ぶ。

 徐々に覚醒し始めた意識に呼応して、腰の突き上げも激しさを増していく。

 

 

「んぁ、あぁ、はぁん、おとーさんので、お腹の中広がってますぅ♪ おとーさんが、ずんっ、ずんって突く度、私の中がきゅんきゅんしちゃいますよぉ♪」

「……全く。夢現の俺を犯しに来るとは、良い度胸じゃないか奈苗。これはお仕置きしてやらないとダメか?」

「ひゃぁん♪ おとーさんごめんなさ、あぁぁんっ、やぁっ、それダメですぅ、おっぱい吸いながらずぷずぷしちゃ、あ、んあぁぁぁっ♪」

 

 

 ぷしゅっ、ぷしゅっと勢い良く潮が噴き出し、布団を淫猥に濡らしていく。

 ガクガクと腰が砕けた様に揺れ、膣壁は搾り取る様に肉棒を扱き上げてきた。

 イキっぱなしの状態になったのが解る。

 これ程までに快楽を強く感じるのは、やはり奈苗に流れる血筋の所為なのだろうか。

 まぁ、それはどうでもいい。

 今は淫らに乱れる奈苗の痴態を眺めて楽しむとしよう。

 

 

「あぁん、凄いですぅ、おとーさん、私の中に、中に下さぁい♪ 孕ませて、ぽっこりお腹になった私をいっぱい犯して下さいっ、あっ、ひゃぁん、あんあん、あぁっ、ダメぇ、凄いのキます、あぁ、イキますぅぅぅぅぅぅっ♪」

 

 

 根元まで深く差し込んだ肉棒で子宮口を押し潰すと、奈苗は一際高く鳴いた。

 同時に柔らかな膣肉が容赦無く肉棒を締め上げてくる。

 最奥へと導く動きに委ね、熱い精子を子宮にぶちまけた。

 

 

「うぁぁ、ぁんっ、出てますぅ♪ おとーさんの赤ちゃんの素が、私を孕ませようとお腹の中を犯してますぅっ♪ んぁぁっ、熱いっ、熱いですよぉ、赤ちゃんの部屋、火傷しちゃいますぅぅ……っ♪」

 

 

 舌をだらしなく放り出した恍惚とした表情で喘ぎ、俺の上で荒い息を吐き出す。

 すっかり淫乱に堕ちてしまった愛娘を腕に抱くと、嬉しそうに喘ぎ声を上げて淫靡な肉体を預けてきた。

 

 

「はぁ……ん、おとーさん、大好きです♪ だいだい、だぁーいすきです♪」

「……俺も大好きだよ、奈苗」

「でへへ……ちゅ」

 

 

 とろけた笑みのまま、奈苗が唇を重ねてきた。

 小さな舌を軽く吸い上げてやると、小さくぴくんぴくんと身体を揺らして悦ぶ。

 甘えん坊な事だ。

 

 

「んっんっ……ぷはぁ。あ、おとーさんのがまた硬くなってます」

「奈苗にお仕置きしなければならないからな。今度は激しく行くぞ?」

「きゃぁん、おとーさんに犯されちゃいますぅ♪」

 

 

 体位を入れ替え奈苗を組み敷く。

 繋がったままの膣肉は快楽をねだる様にひくひくと蠢き、とろとろ流れ出る淫蜜が布団に卑猥な染みを作り上げる。

 

 

「こんなに布団を汚して、全く奈苗は淫乱だな?」

「やぁん、おとーさん意地悪ですよぅ。大好きなおとーさんが抱いてくれてるのに、我慢なんて出来ませんっ」

「……全く、可愛い奴だ」

 

 

 男冥利に尽きる事を言ってくれた奈苗への礼代わりに、乱暴な抽挿を始めた。

 ペース配分という言葉をかなぐり捨て最初から全力で腰を振る。

 普通ならすぐに疲れる動きだが、疲労が溜まったなら能力で回復したら良い。

 亀頭が子宮口を叩く度に、奈苗の喉から可愛らしい悲鳴が漏れる。

 

 

「ひゃぁ、あぅっ、うぅっ、んぁ、あっあっ、ぁんっ、すごっ、はげし、ですぅっ! そんなにしたら、あぁっ、すぐ、すぐイキますぅぅぅっ!」

 

 

 予想を超えた快楽が襲っているらしく、奈苗の言葉尻から嬉の色が取れた。

 代わりに有るのは、強過ぎる快楽に翻弄された少女の悲鳴。

 

 

「うぁっ、あぁん、またぁ、またイキますぅっ、や、やぁっ、イってるのにぃ、イクの止まらないですよぉっ! やぁ、やめ、おとーさんゆるし、んぁっ、許してくだ、あぁぁん!」

 

 

 甘い嬌声を聞きながら更に腰を振る速度を上げた。

 秘裂からは絶え間無く、びゅくっびゅくっと潮が噴き出している。

 潮が腹を叩く感覚と膣肉が肉棒を柔らかく包み込む感触に、精子が緩やかに上ってくるのが解った。

 

 

「ぅっ、あぅっ、これぇ、やですぅ、おかしく、なっちゃいましゅぅっ、んぅぅっ、んっ、んぁぁっ! おと、さんっ、んぁっ、も、やめ、あぁぁあっ! イクぅ! またイキましゅ、イキましゅぅぅぅっ!」

「そろそろだな。中に出すぞ、奈苗」

「ひぁ、あ、ぁ、────ぁぁぁぁぁああぁぁぁぁんっ!」

 

 

 絶叫と共に鈴口を子宮口に押し付け、大量の精子を叩き込む。

 行き場を失った精子は子宮に留まり壁を押し広げ、下腹部をぽっこりと膨らませた。

 まるで妊婦の様な身体付きになった奈苗は涙でべしょべしょになった顔を向ける。

 

 

「ふぁ、あぅぅ……おとーしゃん、ゆるひてくらしゃい……」

「そうだな、後一回中に出したら許してやるか」

「んぁぁ……しょんなのぉ、わらし、こわれひゃうぅ……♪」

 

 

 俺の言葉に、奈苗は絶望を浮かべる。

 尤も、その顔はこの上無く愉悦に歪んでいたのだが。

 奈苗の腰もまだ足りないと言わんばかりにへこへこと振れている。

 いや、もしかしたら既に壊れてしまったのかもしれない。

 

 

「安心しろ、壊れたら俺が一生大事に飼ってやる」

「あ……おとーしゃぁん……♪」

 

 

 額にキスしてやると奈苗は嬉しそうに、ぶるりと身体を震わせた。

 濡れた瞳に映るのは俺の姿のみ。

 その事に満足した俺はお仕置きと称して、淫乱な愛娘の身体に種を植え付けていくのだった。

 

 

 

 

 

 

「「「「…………」」」」

「でへへ……おとぉさん♪」

 

 

 あの後しっかり中出しを決めてから二人で仲良く風呂に入り、そこでも二回程中に注ぎ込んで調教した。

 その所為かやけに艶々とした肌となった奈苗と朝食の支度を済ませ、昨日保護した幼女達が起きてくるまで暫し休憩。

 まったりのんびりと緑茶を啜っていると、むすっとした顔の嫁さん四人が対面に腰を下ろして無言の圧力を掛けてきた。

 ルーミアはギリと歯軋りが聞こえてきそうな表情を、諏訪子は眉を寄せて如何にも怒ってるんだぞと言いたげな表情を、神奈子は少し顔を赤くしながらそれでも不満たらたらな表情を、妹紅は可愛らしく頬をぷくっと膨らませて俺を睨んでいる。

 理由はまぁ、先程の子作りだろう。

 こんな事も有ろうかと念の為幼女達の寝室とは離れていたとは言え、部屋が近い諏訪子や神奈子、風呂場に近いルーミアや妹紅の耳に奈苗の嬌声が届いたのだろう。

 今度猿轡と目隠しを用意して奈苗に監禁凌辱ごっこでもするか。

 

 

「おとぉさん、ちゅ、んちゅ、ちゅう♪」

 

 

 加えて奈苗の様子も一役買っているに違い無い。

 骨抜きになってしまった奈苗は、恥ずかしげも無く俺に抱き付いている。

 胡座をかいた俺に対面座位の形で抱き付き両腕両足を絡ませ、愛おしげに何度も何度もキスの雨を降らせてきた。

 心無しか「おとーさん」の呼び方まで甘く崩れている気がする。

 

 

「奈苗、キスしてくれるのは嬉しいがお茶が飲めない」

「じゃあ飲ませてあげますね♪ ……んく、んぅ〜♪」

 

 

 俺から湯呑みを奪い取った奈苗は緑茶を口に含み、そのまま唇を押し付けてきた。

 くぷっ、と緑茶が流れ込んでくる。

 飲み込むと奈苗が舌を伸ばしてきた。

 視界いっぱいに広がる瞳は「吸って下さい♪」と訴えてきた。

 お望み通りに吸ってやると、ぴくんぴくんと軽く絶頂しながら凭れ掛かってくる。

 

 

「…………うがぁぁぁぁっ!」

 

 

 獣の様な声を上げたのは諏訪子だった。

 ふしゅー、ふしゅー、と某ベイダー郷の如き息を吐き出している。

 

 

「奈苗っ、いい加減離れろぉ!」

「ひゃぅんっ、おとぉさん助けて下さい」

「おっと」

 

 

 立ち上がって吼えた諏訪子に驚いて奈苗が強く抱き付いてくる。

 背中を支えて頭を撫でてやると幸せそうに微笑んで、また唇を重ねてきた。

 それを見て更に諏訪子のボルテージが上がっていく。

 

 

「契も契だよっ! この際だから言わせて貰うけど、契は奈苗に甘過ぎっ!」

 

 

 ビシィッ、と効果音付きで小さな人差し指を突き付けてくる諏訪子。

 周りの三人も強く頷きを返す。

 奈苗の小さな舌でぺろぺろちぅちぅと口内を凌辱されながら、ふむ、と考え込んでみる。

 基本的に望む事は殆ど聞いてやっているが、それは奈苗のおねだりが些細で可愛らしいものだからだ。

 無茶な事は言わないし、どんな小さな事でも喜びありがとうと言ってくれるから、ついつい話を聞いてしまうかもしれないが。

 

 

「そんなに甘いか?」

「甘いわ。プリンに蜂蜜をたっぷり垂らして水飴で固めたくらい甘いわよ、ケイ」

「そうだよ! にぃにはななえちゃんを、ひいきしすぎ!」

「確かに奈苗を放って置けないという気持ちも解るが、構って欲しいのは私も同じなのだぞ?」

「一昨日だってお風呂でヤってたし、奈苗ばっかりズルい!」

 

 

 待て諏訪子、何故知っている。

 しかし四人がこれ程言うとは、やはり無意識に贔屓していたのか。

 

 

「甘やかすのは良いけど、ちゃんと私達も抱いて!」

「けろちゃんのいうとおりだよ!」

「論点はそこか!」

 

 

 諏訪子はともかく妹紅まで言い出すとはな……師に似たのか? 

 流石に神奈子はその話題を口にするのが恥ずかしいのか、目を逸らして頬を赤く染めている。

 ルーミアは、

 

 

「ぅっ!?」

 

 

 目を合わせた途端背筋がぞくりとした。

 怒りや妬みといった感情こそ無いが、肉食獣が獲物を捉えた様な爛々とした瞳で俺を見据えている。

 これはつまり、搾り取るぞという布告か。

 思わず股間がヒュンヒュンした。

 

 

 ──だが、ここまで想わせては男の恥か。

 

 

 ひょいと奈苗を抱き上げて脇に置く。

 少し寂しそうな顔をされたが、ここは我慢して貰おう。

 四人に向き直り、一人一人視線を交わしてから口を開く。

 

 

「寂しい思いをさせて悪かった。今回の騒動が一段落したら、泣いて懇願するまで抱いてやるから覚悟しろよ?」

「「「「はぅっ♪」」」」

 

 

 ん、何か違わないか? 

 不思議な事に、素直に謝って許して貰おうとした筈が口から出たのは不敵な台詞。

 ……まぁ、四人共嬉しそうにキュンキュンしている様だから良いか。

 

 

「……いや、良いのか?」

 

 

 疑問は尽きない。

 取り敢えず四人の調教が順調だという事にして置こう。

 

 

 

 

 

 

「ふむ。ならあの姉妹はこちらで預かるとして、レミリア達は諏訪子達の所で預かって貰うか」

 

 

 一先ず落ち着いた俺達は紅魔館が完成するまでの生活について話を進めていた。

 紅魔館が完成したらレミリア達はそちらに移る。

 あの姉妹は話を聞いた上での判断になるが、ここに住みたいので有れば紫の友人の鬼に頼んで近辺に新しく家を建てて貰うつもりだ。

 なので取り敢えずそれまでの間、仮住まいを提供する事にした。

 一カ所で全員暮らすのも賑やかで楽しそうだが、あの姉妹は少し訳有りな気がするからな。

 俺が考える以上に事態が複雑な場合、接触する人数は少ない方が良い。

 そう考えての発言だったのだが。

 

 

「さいばんちょ、異議あり!」

「何かね諏訪子君」

「契と離れたくありません!」

「たった数日だろうに」

「そりゃあ契に取っては数日かもしれないが、私は契と一秒でも長く一緒に居たいんだぞ……?」

 

 

 諏訪子と神奈子、両名から不満の声が上がった。

 その理由が理由だけに俺としても強く言う事が出来ない。

 ルーミアと妹紅も気持ちが解る所為か何も言わずに口を噤んでいる。

 そんな中、奈苗がくぃくぃと可愛らしく袖を引いてきた。

 

 

「おとーさん、それが終わったらどうするんですか?」

「どう、とは?」

「だってここ、おとーさんの神社ですから本当ならここに住むのが普通ですよ? 祀られてる神社に神様が居ないで他の神社に居たら、御参りに来た人に悪いです」

 

 

 奈苗の言葉に成程と頷く。

 確かに守矢神社に戻るよりは望月神社に居る方が神としては正しい。

 参拝者の声を聞いたり老人の話し相手になったり子供達と遊んでやったりするのも、ここに住んでいればすぐに出来る。

 無論守矢神社で諏訪子や神奈子とイチャイチャするのも良いが、今までの生活は言わば居候に近い。

 今でこそ二柱の旦那として過ごしているが、本来はルーミアと共に客人としてお邪魔していた訳だ。

 ならば敢えて望月神社に引っ越すという選択肢も有りだろう。

 何より、望月神社ならば俺が名実共に一国一城の主となる。

 男の沽券という面からも、それは魅力的な案だった。

 

 

「ちょっ、ちょっと奈苗!?」

「契を焚き付けてどうするのさ!? 契が出て行ったら奈苗も契に会えなくなるんだよ!? 良いの!?」

 

 

 案の定二柱が慌て出す。

 だが奈苗はにっこりと笑い諏訪子と神奈子に頭を下げた。

 突然の行動にぽかんとする二人に、奈苗は衝撃的な言葉を口にする。

 

 

「そうなったら諏訪子様と神奈子様には申し訳有りませんが、守矢の巫女を辞めさせて頂きます」

「へ?」

「は?」

「おとーさん、明るくて従順なペット、一匹飼ってみませんか? わんわん♪」

 

 

 手を軽く握って肩の高さに上げ、可愛らしくパンチしてくる。

 ペットか、良いかもしれん。

 鎖に繋いだ全裸の奈苗を気が向いた時に好きなだけ犯す生活……うむ、素晴らしい。

 仰向けに寝かせて自慰させながら「ちんちん♪ ちんちん♪」とおねだりさせるか、はたまた後ろから挿入して待てをさせ「くぅ〜ん、くぅ〜ん」と悲しげに鳴くのを眺めるか。

 どちらにせよ最高だな。

 

 

「……って奈苗、本気かい!?」

「ダメだよ奈苗っ、奈苗まで居なくなったら……!?」

 

 

 再起動した二人が懸命に奈苗を引き止めようとする。

 やはり何だかんだ言って二人共奈苗が好きだった様だ。

 少し心がほっこりしたが、二人の口から出た言葉は予想の遥か斜め上だった。

 

 

「「誰がご飯を作るんだい!?」」

 

 

 思わず天を仰ぎそうになったが堪えた。

 妹紅は憐れみを含んだ視線を向け、ルーミアは手で顔を覆っている。

 奈苗は予想外の言葉に狼狽え困った様に俺を見上げる。

 

 

「……何だかんだでお前等を一番甘やかしてきたという事が解った。ちっとは家事くらい手伝わんかこの駄神共!」

 

 

 久し振りに全力で怒った。

 この時溢れ出した神力の余波で、霧の湖が割れたとか向日葵が一斉に俺の居る方角の真逆を向いたとか竹林のニートのゲームのセーブデータが消えたとか、そんな話を風の噂で聞いた。

 

 



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覚りの姉妹。そして取り敢えず口説く。

 駄神二柱への説教を終えて程無く、ルーミアが姉妹を連れてきた。

 二人共どこか落ち着かない様子だったが、姉の方は俺を見て若干警戒心を解いた。

 

 

「おはよう、二人共。昨日は眠れたか?」

「おはようございます、お兄さん。お陰様でぐっすりと」

 

 

 ぺこりと頭を下げる姉の後ろで妹が隠れながら様子を窺ってくる。

 昨日は汚れてくすんでいたが、二人の髪の毛は鮮やかな色を取り戻していた。

 姉はやや赤みの強い深紫、妹は白み掛かった緑銀の髪色。

 

 

「いつまでも名無しだと居辛いので先に自己紹介を。私は古明地さとり、こちらは妹のこいしです」

「これはご丁寧に。俺は望月契、半分人間で半分神様をやってる暇人だ。さとりとこいしを連れてきたのがルーミア、そっちの二人は神様で大きいのが神奈子、小さいのが諏訪子だ。白髪で半分寝てるのは妹紅、配膳してくれているのが巫女の奈苗」

 

 

 各々小さく手を振ったり軽く会釈したりしてコミュニケーションを取る。

 何やら諏訪子が「小さいのって……」とかぶつぶつ言ってたが、淫乱雌蛙と紹介されなかっただけマシだろう。

 と、さとりの後ろに隠れていたこいしがひょっこり顔を覗かせた。

 ぱちっと目が合う。

 暫く睨めっこの様な状態が続くが、僅かにこいしの頬が赤みを帯びた。

 直後、さっと隠れてしまう。

 恥ずかしがり屋さんめ。

 

 

「さて、お互いの名前も解った事だし朝食にしよう」

「ささ、こちらへどうぞ」

 

 

 奈苗が二人を席に着かせて準備完了。

 楽しい朝食の時間だ。

 

 

「いただきます」

 

 

 早速味噌汁を含む。

 ワカメと豆腐とネギのシンプルな味噌汁だが、出汁と磯の香りが絶妙にマッチしていて非常に美味い。

 少し濃いめな所が、朝の胃袋を程良く刺激してくれる。

 甘い玉子焼きに醤油を垂らして口に運び間髪入れず白米を掻き込めば、何とも言えぬ幸福感が湧き上がってくる。

 ビバ、日本食。

 

 

「ケイ、お代わりは?」

「貰うか……ってルーミア、それは何杯目のお代わりだ?」

「まだ二杯目よ」

「本当は?」

「……四杯目」

「食った分育てば良いんだが」

 

 

 太るぞ、とは言わない。

 寧ろ少し肉を付けないと心配なくらいだ。

 身体を後ろに軽く反っただけで肋骨が浮き出るからな。

 大人形態なら程良い肉付きが色欲をそそって堪らんのだが。

 

 

「隙有りっ!」

「てぃっ」

「あいた!?」

 

 

 横から箸を伸ばして玉子焼きを掠め取ろうとした諏訪子の手をぺしんと叩く。

 あーうー、と恨めしそうに見てくるが玉子焼きはやらん。

 と、妹紅が自分の玉子焼きを差し出した。

 

 

「良いの、もこちゃん?」

「うん、けろちゃんにたまごやきあげる。かわりに、にものもらうね」

 

 

 そう言ってひょいと小鉢から煮物を──具体的にはこんにゃくと白滝を持って行く。

 妹紅はこの二つが好物で、おでんの時はこんにゃくと白滝だけで俺の食べる量の三倍を食べている。

 一体どこに入るのか。

 妹紅曰く「こんにゃくとしらたきは、べつばらなんだよ」との事。

 その所為か誰よりも肌が綺麗だ。

 年下の妹紅としては皆に自慢出来る数少ないポイントらしい。

 

 

「ありがとう、もこちゃん大好き!」

「ごめんね、けろちゃん。もこう、にぃにのおよめさんだから」

「振られた!?」

「はっはっは、残念だったな諏訪子」

「こうなったら失恋の腹いせにヤケ食いじゃぁー!」

 

 

 ニヤリと意地の悪い笑みを向けてやると、諏訪子は勢い良く白米を掻き込んだ。

 ふと二人の方を見ると、何とも賑やかな朝食の風景にやや呆けていた。

 確かに初見でこのノリはキツいか。

 

 

「……いえ、こんなに楽しい食事は久し振りなので、少し浸っていました」

「騒がしくて悪いな。その分、味は保証するぞ?」

「ええ、とても美味しいです。この玉子焼きというのも初めて食べますが、甘くて美味しいです」

「口に合った様で何より。玉子焼きは余り他の所では見ない料理かもしれんな。鶏の卵を溶いたものに砂糖と塩を入れて焼いたんだ」

「え、塩入ってるのに甘いの?」

 

 

 そこで初めてこいしが声を上げる。

 風鈴の様な澄んだ声。

 見れば甘いのがお気に召したのか、玉子焼きは殆ど無くなっていた。

 

 

「お、初めて声を聞かせてくれたな? 予想通り、いや想像以上に綺麗な声だ」

「えぅ、あ、ありがと……」

「さて質問は塩を入れたのに何故甘いか、という事だったか。感覚的な答えになるんだが……ただ砂糖を加えるよりは少量の塩を入れた方が、味が丸くなるんだ」

「丸く?」

「砂糖だけだと甘さだけが強くなるが、塩を入れると味が均されて美味しく感じるんだ」

「……良く解んないや」

「だな。後で実験してみるか」

 

 

 可愛らしく首を傾げるこいしに微笑みを返して箸を進める。

 程無くして全員食べ終わった。

 綺麗になった皿を見て、奈苗とルーミアが嬉しそうに目を細める。

 作った御飯を残さず食べて貰えるのは料理人に取って最高の賛辞だからな。

 ともあれ和やかな食事で緊張も解れただろう。

 ちらと視線を巡らせるが、その前に皆腰を上げていた。

 ……どうやら俺の意志を正しく読み取ってくれた様で、自然に部屋を後にする。

 残るのは俺と姉妹。

 

 

 ──さて。

 

 

 愉快とは言えない話をするとしよう。

 題目は「彼女達が襲われていた経緯と、この後の行動」について。

 それと、もう一つ。

 

 

「そうですね、私の事も説明が必要でしょう」

「あぁ、頼む」

 

 

 言葉を介さずに話が進むこの状態についても、そろそろ明らかにするとしようか。

 

 

 

 

 一時間後、俺は脳細胞が死に絶えていく感覚というものを存分に味わっていた。

 理由は普段使わない思考回路を無理矢理繋げた所為だ。

 堪らず『不死の標』で灰色の脳細胞を黄金色まで復活させた。

 元気になり過ぎて、一瞬どピンクに染まったが。

 まぁそれは良い。

 

 

「なら、後は住む所を用立てれば大丈夫だな。何か希望は有るか?」

「そうですね、やはり人里からは離れていた方が無用の諍いを起こさずに済むと思います。普通で有れば私の能力は忌まれるものでしょうし」

 

 

 そういって力無く笑うさとりに、俺は肯定も否定もしなかった。

 さとりの持つ能力は、何の力も無い人間は元より傲慢不遜な妖怪にも受け入れ難い厄介なものだ。

『心を読む程度の能力』。

 奇しくも自身と同じ名前の妖怪、サトリが彼女の正体だ。

 自分の考えが筒抜けで有り、口にしようとした事の先を取られ続ける為に会話は成り立たないと思って良い。

 意思疎通は出来ても会話が出来ない為に嫌われるとは、世も無情と言うべきか。

 

 

「なら守矢神社の奥に建てるか。あの辺りなら人も寄り付かないだろうし、何か有った時は奈苗達に知らせる事も出来る。ぐるっと回れば直接ここにも来れるしな。で、こいしは何をやってるんだ?」

「んー、気にしないで良いよ」

 

 

 会話に参加していなかったこいしは俺の右隣にぺたんと座り、楽しそうに俺の右手をにぎにぎと弄んでいる。

 さとりは俺の言を聞いて初めて、自分の隣に座っていた筈の妹が向かいに居る事に気付いた。

『無意識を操る程度の能力』がこいしの持つ力。

 文字通り無意識に溶け込んだこいしは姉の目を逃れてちょっとした悪戯をする。

 

 

「す、すみませんっ、不肖の妹が粗相をぷみゅっ」

「あはっ、ぷみゅって言った」

「こらっ、こいし!」

 

 

 正面から鼻を抓みに行ったこいしに気付かず、さとりは可愛らしい声を上げる。

 すぐさま両手を振り上げて愛らしく怒るが能力を使ったこいしは悠々と逃げ仰せ、再び俺の隣に……おい、何故胡座の中に入って来る。

 無意識を操るだけ有って殆どの者はこいしを知覚する事が出来ずにいる。

 だが、何故か俺がこいしを見失う事は無かった。

 特に能力も使わずとも自然と知覚出来ているのは不思議だったが、弊害は無いので気にしない事にした。

 アレだ、俺の幼女に対する愛がこいしの能力を上回ったんだろう。

 ……さとりは不思議そうに尋ねてきたが、流石にそう答える訳にもいかないので適当に誤魔化して置いた。

 ともあれ自分を見失わずに見ていてくれる事が嬉しかったのか、こいしは俺にべったりと懐いた。

 頭を優しくうりうり撫でてやると、嬉しそうに顔を胸板へ擦り付けてくる。

 

 

「……でも、会えたのがお兄さんで良かったです。私もこいしも、受け入れて貰えるなんて思ってもみませんでした」

「俺は変わり者だからな。類は友を呼ぶと言うし……ん、と言う事はさとりもこいしも変わり者って事か?」

「ふふ、かもしれませんね」

 

 

 お互いにまったりとした空気を醸し出しつつ、内心でほくそ笑んだ。

 

 

 ──心を読む、か。文字通り心しか読めない様だな。

 

 

 この思考の切り替えに多少手間取ったが漸く適応出来た。

 死んでいった脳細胞に敬礼。

 等と無駄に思考を散らすが予想通りさとりは俺の思考を読み取れていない。

 それもその筈、今俺は心で考えていない。

 頭で考えているからだ。

 心と頭。

 考えるというプロセスは同一のものだが、それを行う場所が違う。

 そしてそれを意識し使い分ける事で、俺はさとりの能力をこちらから遮断した。

 言葉にしたならば酷く簡単な事に聞こえるが、実際はかなり面倒だった。

 お陰でブドウ糖が不足したのか甘いものを食べたくてしょうがない。

 それは置いとくとして、何故俺がさとりの能力を遮断したのか? 

 理由は簡単だ。

 

 

【さとりの可愛さにやられたのが理由の一つでは有るが】

「────はぅっ!?」

 

 

 こうやって心を読ませて遊ぶと楽しいからな。

 今までは能力の気味悪さが祟って本人の愛らしい容姿さえも、嫌悪や忌避の対象となっていたのだろう。

 こんなに可愛らしいのに勿体無い。

 いや、避けていたからこそ艶やかな蕾に毒蛾が寄り付かなかったと考えるべきか。

 因みに言って置くが、さとりに読ませる心の言葉は全て偽りの無い本音だ。

 伊達や酔狂で幼女は口説かない。

 欲しいなら全力で堕とす、それが俺の幼女に対する心構えだ。

 

 

 ──というか本当に色欲魔神になってきた気がするな。紫を怒るに怒れん。

 

 

 にとりや輝夜と永琳、チルノと大ちゃんや幽香に加えさとりとこいしも俺の嫁リストに列挙しようかと考え中だ。

 目指せ俺の嫁三十人とか冗談混じりに語った時も有ったが、何故かその戯言が現実味を帯びてきた。

 将来刺されないかと心配になるが、肉棒を持つ俺が刺す側に回るのは決まっているので特に問題は無い。

 抱く時間と中に出す回数が増えるだけだ。

 

 

 ──俺が『不死の標』に頼らざるを得ない状況になるかもしれんが……まぁ、それは無いだろう。

 

 

 と、比較的安全で心も身体も気持ち良いフラグも建てた。

 これ以上妙なフラグが建っても困るので言及はこの辺で終わろう。

 ……はて、何の話だったか? 

 

 

【慌てた顔も良いな。見ていて幸せになれる程愛らしいとは、さとりは将来魔性の女になるかもな】

「なっ、そんな、なりませんよっ」

【少し赤らんだ頬も滑らかで綺麗だな。思い切り抱き締めたら、どんな可愛い顔を見せてくれるのか】

「ぅ、ぅぅ〜……」

【あぁ、恥ずかしがって俯いた姿も良い。天使の様な、という言い回しはさとりの為に有るに違い無い】

 

 

 ……あぁ、さとりを愛でて遊んでいたんだったか。

 まだ頭だけで思考する事に慣れていない所為か、思考があちらこちらに飛ぶ。

 ネットサーフィンを自分の思考で経験するとは夢にも思わなかったな。

 心の方はと言うと、流石本音を垂れ流していただけ有ってさとりを口説いてばかりいた。

 真っ赤になり俯いてもじもじしながら人差し指をつんつん合わせる姿に一瞬くらっと来たが、そこで獣になる程の性欲は無い。

 奈苗を抱いて無かったら危なかったが。

 

 

「お茶をお持ちしました」

 

 

 襖が開き、奈苗が緑茶を盆に乗せてやってきた。

 良いタイミングだ、奈苗。

 そんな意味を込めて視線を向ければ、でへへと普段の甘ったるい笑みを浮かべる。

 

 

「難しい話はこの辺にして、のんびりまったり寛ぐとしよう。奈苗、皆を呼んで来てくれ」

「了解です、たいちょー」

 

 

 ぺしっと可愛らしく敬礼する。

 ててて、と廊下に消えて行く後ろ姿に微笑みを預けて口を開く。

 

 

「走って転ぶなよ?」

「大丈夫ですよー、わ、きゃぁっ!?」

 

 

 ドタタッ、ドスンとけたたましい音が廊下から響いてきた。

 案の定転んだらしい。

 あのドジっ娘振りは一体誰に似たのだろうか、甚だ疑問で有る。

 そしてこいし、ずっと胸板に顔を押し付けているのは良いが臭いを嗅ぐのは止めなさい。

 

 

「やっほー、おにいさん♪ 遊びに来たよ……って、また女の子攫って来たの?」

「人聞きの悪い事を言うなぽんこつ」

「ぽんこつ呼ばわりされた!?」

 

 

 また面倒なのが増えた。

 更に玄関の方からドタバタと愉快な足音が近付いてくる。

 一体誰がと思うより早く、七色の羽が飛び込んできた。

 

 

「お兄様、遊びに来たよー! あれ、お客さん?」

「おはようフラン、一先ず離れるんだ。もう一人のお客さんが潰れそうだぞ?」

「え? あ、わぁっ!? ごめんなさい!」

「あはっ、大丈夫大丈夫。お兄さんと密着出来たから良いよ」

「存外逞しいなこいし?」

 

 

 俺とフランに挟まれたこいしは少し赤くなった鼻を押さえながら微笑む。

 庭の方からは妹紅と諏訪子が顔を覗かせており、一気に部屋の幼女率が高まった。

 さとりは突然の来訪者達に目を白黒させている。

 しっぽり口説かれていた所に賑やかな幼女が加わった事で、自分の気持ちをどう落ち着ければ良いのか戸惑っている様だ。

 

 

「すまんな、さとり。一気に賑やかになってしまった」

「いっ、いえっ、大丈夫です」

 

 

 何に対して大丈夫なのかは不明だ。

 レミリアや美鈴、神奈子やルーミアも駆け付け更に部屋が騒々しくなる。

 女三人寄れば、とは言うが十一人寄ったらどうなるのか。

 取り敢えずサッカーは出来るかもしれん。

 俺の嫁ジャパン。

 

 

「というかレミリア達はどこへ行っていたんだ?」

「鬼の所へ家の間取りとかを決めにね」

「お兄様の部屋も有るよ!」

「完成したら契さんには執事長をやって貰いたいですね」

「ダメだよ、契には私と神奈子に料理を教える予定が有るんだから!」

「けろちゃんはともかく、かなこさんはりょうりできないとたいへんだよ? しんこうへっちゃうかもしれないし」

「う、妹紅にそれを言われるとは」

「ルーミア様、執事って何ですか?」

「身の回りの世話をしてくれる使用人で、主人の信頼を勝ち得た一握りの優秀な執事には『セバスチャン』の称号が与えられるのよ」

「おいルーミア、後半間違いしか無いぞ」

 

 

 取り敢えず収集が付かないのは解った。

 部屋の収容人数に制限を掛ける事を前向きに検討しつつ、俺は湯呑みに手を伸ばす。

 今日もお茶が美味い。

 ん、投げっぱなし? 

 馬鹿言え、誰がこの状況で纏められるんだよ。

 

 



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怯える小鬼。そして失神された。

 さとりとこいしを保護してから数日が過ぎた。

 レミリア達は守矢神社へ、さとり達は望月神社で預かっている。

 奈苗や諏訪子、神奈子も守矢神社へ戻ったのだが……毎日食事の時間にはここに集まり、皆で賑やかな時間を過ごしている。

 とは言え最初から問題無く和気藹々とした空気だった訳では無い。

 皆と会うに当たり自身の能力を危惧したさとりの不安を取り払う為に、色々と気を回す事となった。

 俺の嫁をやっているだけ有って皆さとりを好意的に見てくれているが、やはりそれだけでは心許ないだろうし発生──妖怪として生を受けて──から十年程しか経っていない為、能力を調節する技術が未熟だ。

 そこで少々気が咎めるが、俺の能力でさとりに枷を付ける事にした。

 使ったのは『抑制の場』というエンチャント。

 起動型能力は、それらがマナ能力で無い限り、それを起動するためのコストが(2)多くなるという効果を持つ。

 マナやらコストやら如何にもカードゲーム的な名称が出て来たが、使うに当たってそんなややこしい挙動は要らない。

 マナは精神力、コストは消費量だ。

 このエンチャントを張った事で、さとりは能力を使う際に対象となる相手を注視する必要が有る。

 今まで無条件に発動出来た能力に、若干の制約を課したという訳だ。

 ……とまぁ、状況説明を兼ねた現実逃避をしていたがそろそろ限界だ。

 

 

「にーにー」

「あぁぁっ、本当に可愛いなお前は!」

「ごろごろ」

「ここか!? ここがええんか!? 首の下こちょこちょがええのんか!?」

「にゃおーん」

「くぅっ、可愛過ぎる……! この黒い毛並みも、ぷにぷにのにくきぅも堪らんっ」

 

 

 余りの可愛さに色々とブレイクしてしまっているが、そこは仕方無い。

 何故なら今、俺の膝の上に、現世に舞い降りた天使が居るからだ。

 猫。

 それは愛らしく可憐で美しく綺麗で優雅な地上最高の生命体。

 既に先程の台詞と今の紹介文で察しは付いているだろう。

 

 

 ──諸君、私は猫にゃんが大好きだ。

 

 

 カミーユもとい某少佐の様に演説をかましたくなるくらいに猫が好きだ。

 猫の種類や生態に詳しい訳では無いが、猫を愛する気持ちは人一倍強いと思う。

 そんな俺が可愛らしい小さな黒猫と出会えばどうなるか。

 こうなる。

 

 

「可愛いしお利口さんだし、お前は将来良い女になるぞ」

「にゃー」

「はっはっは、それは嬉しいな。にしても綺麗な尻尾だな、触ってみても良いか?」

「にゃ」

「そうか、尻尾は敏感なのか。解った、なら止めておこう」

「……ねぇ、るーみあさん。にぃにって、ねこさんとかいわできたの?」

「私も今初めて知ったわ。ケイも芸達者なのね。……でも猫にまで嫉妬しちゃうなんて、私も程良くケイに調教されたみたい」

「ふふっ、お兄さんは猫が好きだとは知りませんでした」

「お兄さんデレデレだね」

 

 

 すっかり骨抜きになった俺に呆れや嫉妬を滲ませた視線を向けてくるルーミア。

 その横では妹紅が驚きつつ、さとりとのんびり緑茶を啜っている。

 こいしは膝の上を猫に取られ憤慨していたが、俺の壊れっぷりを見て観察した方が面白そうだと思ったのかニヤニヤしながら眺めてくる。

 そんな皆の姿を視界の端に収めながら、俺はひたすら猫を愛でていた。

 この黒猫、どこから来たのかは不明だが良く人に懐いている。

 恐らく飼い猫か捨て猫なのだろう。

 朝早く、庭の軒下で丸くなっているのをさとりが発見した。

 鰹節と水をやった所、綺麗にぺろりと食べたが、がっついた様子は無かったので飢えてはいなかったと見える。

 

 

「お前さん飼い猫なのか?」

「うにゃ」

「違うのか、てっきり首輪付きかと思ったんだが。なら物は相談なんだがな」

 

 

 優しく抱き上げさとりとこいしに唇を読まれない様、猫に顔を近付け声を潜める。

 

 

「あっちに小さい二人の姉妹が居るだろ? 実はあの二人、少しばかり辛い境遇に有ってな。ここで平和に過ごして療養させようと思うんだが、お前さん心を癒やす手伝いをしてくれないか?」

「に」

「あぁ、難しい事は無い。二人と一緒に生活して、それとなく甘えさせてやってくれれば良い。頼めるか?」

「にゃおーん」

 

 

 ふんす、と頼もしげに息を吐く猫。

 降ろしてやると膝の上から去り、さとりとこいしの間に立った。

 ぺこり、と可愛らしく頭を下げる姿にさとりは驚いた様子で手を口に当てた。

 猫の心を読んだのだろう。

 恐る恐るでは有るが手を伸ばし、猫をそっと抱き上げる。

 そのまま胸に抱くと、猫は満足そうに一つ鳴いた。

 

 

「お姉ちゃん、この子何て言ってるの?」

「……一緒に居たい、って」

「にゃおーん」

「わひゃっ」

 

 

 顔を近付けたこいしの鼻を、ぺろりと舐め上げる。

 ざりざりした感触に堪らず声を上げた。

 猫はさとりの腕からするりと抜け出し、膝を肉球でぷみぷみ追撃する。

 どうやら、こいしは遊ばれている様だ。

 

 

「わっ、わっ、ひゃぁ!?」

「はっはっは、もう仲良くなったな」

「この子はこいしがお気に入りみたいですね」

「弄ると可愛いからか?」

「かもしれません」

 

 

 猫に遊ばれるこいしを眺め、さとりと二人顔を合わせて笑みを浮かべる。

 動物と触れ合う事で心を癒やすアニマル……何だったか、あぁ思い出した、アニマルテンペストって奴だ。

 癒やしにしては名前が勇ましい気もするがそれは気の所為だろう。

 ともかくそのアニマル何とやらで、さとりとこいしが少しでも早く無理をしていない笑みを浮かべられる様になれば良い。

 向き合っていても、まだ若干陰りが見え隠れしているからな。

 二人の心のケアは猫に任せるとしよう。

 

 

 

 

 午前中はそんな感じにまったり過ごした。

 恒例となりつつ有るご飯ダヨ! 俺の嫁全員集合! な昼食を終えて食後の一服。

 縁側に座り緑茶を啜る俺の膝を枕にして大の字に寝転ぶのはフラン。

 右肩には妹紅、左肩にはレミリアがそれぞれ凭れ掛かり、背中には紫が抱き付いている。

 幼女トーテムポールと化した俺と、のんびり日向ぼっこだ。

 ……幾ら平気とは言え吸血鬼二人が太陽を浴び昼寝してて良いのだろうか? 

 等と疑問が脳裏を掠めるが、緑茶を飲み干しそれを捨て置く。

 

 

「常識は投げ捨てるもの」

「んぅ? なぁに、おにいさん」

「只の人間だった筈の俺も随分と非常識な状況に置かれている、と思ってな」

「私からしたらおにいさんが只の人間ってのが一番信じられない気が」

「物理的に壊されるのと精神的に壊されるの、どっちが良い?」

「おにいさん優しいからそんな事しない」

「あの時俺が懲罰房に入っていた理由を忘れたのか」

 

 

 胴に回されていた手が一瞬びくりと跳ね上がる。

 恐らく諏訪子が陥った状況を思い返したのだろう、微かな震えが背中に伝わる。

 が、耳元に熱い吐息が掛かるのは何故だ。

 

 

「おにいさんに壊されるのも良いかも……大丈夫、私どんなおにいさんだって受け入れてあげるから!」

 

 

 何やらおかしな方向に解釈したらしい。

 はぁはぁと荒い息が鬱陶しいので首を跳ね上げ頭突きを喰らわせる。

 かふっ、と力無い息が後頭部を撫でるが抱き付く力が増したのはどういう事か。

 

 

「そう言えば紫、さっきチラッと言ってたが午後は鬼の集落に行くんだって?」

「うん、紅魔館が完成間近だから最後の仕上げに向けて鋭気を養って貰おうと思ってお酒を差し入れに」

「なら序でに俺も付いて行って良いか? 鬼にはまだ会った事が無いからな……いや、フランとレミリアは吸血鬼だから微妙に違うだろ」

 

 

 自分を指差し「私は? 私は?」とキラキラした目で見上げてくるフランに、つんつんと頬を押して突っ込む。

 くすぐったそうに首を竦めて俺の左手首をがしっと掴み、そのまま人差し指を口元に運びちぅちぅと可愛らしく吸ってくる。

 悪戯したくなるが、ここは我慢だ。

 その内淫乱吸血幼女に調教してやる。

 

 

「良いよ〜、と言うか大歓迎だよ。実はおにいさんの事自慢したら、どれくらい良い男か気になるから連れて来い、って急かされちゃって」

「妙な事吹き込んで無いだろうな?」

「全然。私の初恋の人で格好良くて料理が上手で気遣いがさり気なくて優しい世界で一番大切な人、って言って置いたよ」

「御世辞は何割だ?」

「一つも無いよ♪ だって私、おにいさんの事大好きだもん」

「……今日は紫の家に泊まるか」

 

 

 やたっ♪ とはしゃぐ紫とは対照的に、フランは羨ましそうな目を向けてくる。

 ねだるのは良いがいつまでしゃぶっているんだフラン、俺の指がふやけてシワシワになるだろうが。

 そしてレミリア、嫉妬してるのは解るが脇腹をつんつんするんじゃない。

 と、妹紅がやけに静かな事に気付く。

 いつもなら誰より早く頬を膨らませて俺を独り占めしようとするんだが。

 不思議に思いつつ視線を向けると、

 

 

「ふしゅ〜……ひにゃ〜……♪」

 

 

 良い笑顔を浮かべて寝ていた。

 口の端から垂れる涎が元貴族としての品位だとかを色々とぶち壊しているが、それも妹紅らしいと言えばらしい。

 そう言えば今日妹紅が着ているYシャツは昨日俺が着ていたものだ。

 不衛生だから余り容認したくは無いんだが二、三日に一回は押し切られて脱ぎたてのYシャツを持って行かれる。

 妹紅曰く「にぃにのかおりがいっぱい」らしい。

 その日はこんな風にだらしない笑みを浮かべて昼寝する事が多い。

 どんな夢を見ているのかは不明だが「んぁ……っ、にぃに、きちくぅ……♪」どんな淫夢を見ているのかは不明だが無理に起こす必要も無いだろう。

 

 

「おとーさん、お茶のお代わりは如何ですか?」

「頼む。……奈苗、午後からは紫と一緒に鬼の集落へ行ってくる」

「はい、晩御飯はどうしましょう?」

「多分向こうで宴会に付き合わされるだろうから要らない。氷室の右から二番目の庫に今日のお菓子が冷やしてあるからそれを食べてくれ、因みに奈苗の好きなみかん最中だ。俺の分も食って良いぞ」

「み、みかん最中……!?」

「あ、奈苗ちゃん。私の分もあげる」

「い、良いんですか紫様!?」

「私はおにいさんと出掛けちゃうし、それにいつも美味しいご飯を作ってくれる奈苗ちゃんへのお礼も兼ねて、ね」

「良かったな、奈苗」

「はいっ、喜んじゃって良いですか? ひゃっほ〜う♪ あいたっ!?」

 

 

 背後から鈍い打撃音が響く。

 恐らく喜びの舞を披露したは良いが勢い余って卓袱台に足をぶつけたのだろう。

 声の調子から脛をぶつけた訳では無さそうで何より。

 

 

「白符『新たな信仰』」

「あぅぅ、ありがとうございます、おとーさん」

「怪我して無いか? 能力を使ったから大丈夫だとは思うが、痛む様なら無理はするなよ」

「……でへへ、はぁい」

 

 

 照れた様に笑う奈苗に緑茶を淹れて貰い、すっかり葉の落ちた木々を眺める。

 今年の冬は去年より騒がしくなりそうだ。

 

 

 

 

 そんな風にのんびり日向ぼっこを堪能した後、俺は山道を軽快にひょこひょこ歩く紫の背中を追い掛けていた。

 両手に酒瓶を四本ずつ提げているので手を握れず、多少紫はむくれていた様だ。

 とは言え紫にこの重い酒を持たせるつもりは毛頭無い。

 イチャイチャ出来ない分は帰ってからたっぷり愛し合う事で清算して貰おう。

 

 

「しかし意外と近くに有ったんだな。にとりのラボから上流へのんびり歩いて三時間、走れば二十分って所か」

「おにいさんおにいさん、言って置くけれど『普通の人間』は遠いって称する距離だからね? 間違っても二十分じゃ辿り着けないから」

「言うな、紫。最近漸く自分が異常だとしみじみ感じ始めたんだ」

「今更感が凄まじいよおにいさん」

「失敬な奴め。後で虐めてやろう」

「わひゃんっ♪」

 

 

 頭を抱えて木の陰に隠れる紫。

 最近反応があざとくなってきた気がする。

 とは言えそれが妙に似合っていて、しかも可愛い為に質が悪い。

 これが惚れた弱みって奴かと一人嘆息するが当の本人はどこ吹く風、暢気に枯れ葉を踏んで楽しげなリズムを刻んでいる。

 

 

「っと、そろそろ着くよおにいさん」

「紫と居た所為かやけに長く感じたな」

「それだけ一緒に居られるから幸せだね」

「相対性理論って知ってるか? 楽しい事をしていると時間は早く、嫌な事をしていると時間は長く感じるらしいぞ」

「つまりその理論が間違ってるのね。どこの誰だか知らないけれど、そんな稚拙な理論を提唱するくらいだからどうせ死んでも日の目を見れなかった凡人だったんでしょ?」

「謝れ! 俺の世界の偉人に謝れ!」

「お、来たね紫。随分と賑や……か……」

 

 

 突如割って入った幼い声に足を止める。

 巡らせた視線の先、頭から二本の角を生やした幼女が立っている。

 肩から先が破れたブラウスから健康的な色の腕が覗き、白と群青色が入り交じったスカートを風が揺らす。

 蜜柑色の長い髪は腰程まで伸び、低い位置に赤い大きなリボンを結んで有る。

 手首に嵌めた手錠と腰に巻いたベルトから三角や四角や丸い形の分銅が鎖で繋がれている。

 左の角には群青色のリボンが巻かれており蜜柑色の髪と相俟って可愛らしさをささやかに演出している。

 くりくりっとした赤褐色の瞳も宝石の様に美しいが、その瞳は俺を映した途端驚愕と恐怖に彩られる。

 

 

 ──はて、何かこの鬼っ娘が恐れる様なものを持っていたか? 

 

 

 鰯の頭も炒った豆も童子切安綱も持っていない。

 だがこの鬼っ娘は俺に怖れらしき感情を抱いていると見える。

 と言うかこの鬼っ娘、どこかで会ったか? 

 初見でここまで激しい動揺を滲ませる理由が不明だ。

 人間自体に恐れを抱いているとも考えられなくは無いが、その可能性は低いだろう。

 先程鬼っ娘が口にしたのは紫への挨拶。

 親しげな様子から察するに、この鬼っ娘が紫の友人なのだろう。

 なら俺の話は聞いている筈だ。

 にとりの様に男が苦手という訳でも無さそうだし、皆目見当が付かない。

 が、それは俺と鬼っ娘が初見だった場合の話だ。

 

 

 ──恐らく、俺はこの鬼っ娘と以前に会っている。

 

 

 幽香の名を聞いた時と同じく、異常なまでに心臓が早鐘を打つ。

 しかも幽香の時とは違い胸が強く締め付けられる様な息苦しさを伴っている。

 どうやら俺の知らない俺は余程後ろめたい事をこの鬼っ娘に感じているらしい。

 

 

「え、萃香? どうしたの、顔色悪いよ?」

 

 

 紫が鬼っ娘の異変を感じ取り、やや慌てた様子で駆け寄る。

 だが鬼っ娘はただ一点、俺の眼を見る。

 俺も同様に鬼っ娘の瞳を見返しながら、心の奥底で荒れ狂う何かを抑え付ける。

 

 

 ──萃香、と言ったか。

 

 

 やはりその名前、聞き覚えが有る。

 湧き上がる感情は……悔恨、か? 

 また妙な情を抱いたものだ、記憶を失っていた間の俺はなかなかに愉快極まりない生活を送っていた様だな。

 と、風に乗って枯れ葉を踏む音が届く。

 姿を見せたのは柿の葉をあしらった雅な着物を着込んだ美女。

 額の上に一本生えた角が、彼女を異質な存在で有ると告げている。

 

 

「萃香、まだ紫は来ないのかい……って、あ、あんた……まさか、契かいっ!?」

「……どうやら俺は有名人らしいな」

「え、勇儀、おにいさんと知り合い? ってそんなのどうでも良いよ、萃香の様子が変なの!」

 

 

 彼女もやはり俺を見て驚きを滲ませるが、萃香とは違い恐怖の色は無い。

 となれば彼女とはそこまで深い関わりを持ってはいないのだろう。

 それを安心するでも無く勿体無いと思ってしまうのは好色が過ぎると言われるか。

 

 

「ちょ、萃香!? 大丈夫なの!?」

「あ、うぁ、あぁ……!」

「うわっ、失神したぞ!? ひ、一先ず集落に戻ろう! ほら契、あんたも付いて来な!」

 

 

 取り敢えずは事態の収集と把握が先か。

 

 



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甦った記憶。そして復活の鬼畜眼鏡。

 頭が病む。

 右の後頭部に走る鋭い痛みが俺の心に何かを訴え掛けてくる。

 ゆっくりと息を吸い込み吐き出す事で表面上の平静を取り繕ってはいるが、どうも先程から──正確に言えば、鬼の集落に足を踏み入れた時から心がざわめく。

 藁葺き屋根の簡素な家々。

 集落の西側に有る広場。

 そして今お邪魔している鬼の大将の屋敷。

 ……その全てに見覚えが有った。

 

 

 ──面妖な。知らない事を識っているという感覚がこれ程おぞましいとは思わなかったな。

 

 

 デジャヴだとか、そんな生ぬるい感覚では断じて無い。

 確かにここに居た過去だけが自身からすっぽり抜け落ちたこの感覚を、なんと表現したら良いのか。

 

 

「……大丈夫かね、顔色が悪いけれど」

「あぁ、問題は無い。多少の戸惑いが有るだけだ」

「嘘吐くんじゃないさ。鬼が嫌うのは嘘や騙しさね」

「嘘では無いな。この感覚をどう表現したものか解らず、近いと思われる言葉を無理矢理当て嵌めただけだ。……それはそうと、彼女の様子は?」

「勇儀が付き添っている、心配は要らないさね。あたしはそれよりも、アンタの事が聞きたいねぇ」

 

 

 片胡座をかき火の点いていない煙管を右手でくるくると弄びながら、鋭い眼光を向けてくる和服美女。

 彼女がこの集落の代表、大将だ。

 名前は判らない。

 着崩した和服と覗く白い肌が大人の色気を放ち、悪戯に微笑む整った顔立ちが妖艶さと麗しさを立ち上らせる。

 が、俺を射抜く眼光には一切の油断や驕りが無く、隙を見せれば喉笛を喰い破られそうな雰囲気を醸し出していた。

 彼女が鬼なら俺は何だろうな? 

 この場に於いては、どちらも人外な事には変わりない。

 俺の左隣に座る紫は重苦しい空気に気圧され、可哀想にすっかり萎縮していた。

 

 

「話をするのは良いが、余り威圧しないでやってくれ。紫が辛そうだ」

「それは聞けない相談さね。紫にもちょっとした話が有るんさ」

「ならば話で蹴りを着ければ良い。威圧し脅えさせ、自身が望む言葉のみを無理矢理引き出すのが鬼の言う正々堂々とした話し合いか?」

「言うじゃないさ。小童如きが鬼の矜持を説こうと言うのかい?」

「勘違いされては困る。問うたのは俺で説くのは貴女だ」

 

 

 警鐘の様に痛み続ける後頭部に幾分かの意識を割かれながらも、大将へ向ける視線は逸らさない。

 敵視されている感が有るが、どうやら彼女は彼女達の知っている俺が今目の前に居る俺と違う事に気付いている。

 ならばさっさとこの茶番劇に幕を引いて貰いたい所だ。

 

 

「そもそもこうして痛くも無い腹を探る必要がどこに有る?」

「おや、腹は痛まずとも頭は痛むと見えるねぇ」

「……成程。鬼姫はどう有っても俺に自分自身で記憶を取り戻させたいらしい」

 

 

 鬼姫という呼称に、彼女はその細く艶やかな眉を顰めた。

 

 

「止しとくれ、あたしは姫なんて柄じゃ無いさね」

「力を至上とする鬼一族に於いて最も強いというならば、それは一族の中で最も魅力の有る者だと同義だ。見た所貴女は独身の様だからな、それならば呼称は姫が妥当だろう」

「口説いてるつもりかい?」

「悪いが趣味じゃない」

 

 

 冷めた瞳を向けキッパリ言い放つと、彼女は声を押し殺して笑い出す。

 それと同時に張り詰めていた空気が弛緩していき、紫が荒い息を吐き出して額に流れる冷や汗を拭った。

 

 

「悪いな、紫。妙な事に巻き込んでしまって」

「う、ううん、大丈夫だよ」

「すまん。……さて、俺は少しばかり外を散歩してくる。彼女が起きてすぐに俺と会うのは余り好ましくは無いだろうからな」

 

 

 返事を待たずに腰を上げ屋敷を後にした。

 紫は何か言いたげでは有ったが、今回ばかりは見逃して貰おう。

 外に出てやや雲の多い空を見上げて深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。

 

 

 ──あの大将とやら、俺と過去の俺を比べていやがった。

 

 

 まだ頭痛は治まらない。

 それ所か次第に痛みが強くなり、響く間隔も短くなってきている。

 脳裏に浮かび上がるのは断片的な言葉。

 それが何を意味しているのかは解らないが酷く不愉快な事だけは解る。

 

 

「……にとりでも愛でるか」

 

 

 痛みを振り払う様に地面を蹴る。

 全力疾走するのは久し振りだが鈍ってはいないらしく、望む通りに身体が動く。

 とにかく頭を一度空にしたかった。

 砂塵を巻き上げ集落を駆け抜けた後には小規模の水蒸気爆発が起きていたらしいが、俺との関連性は全く無い事を付け加えて置く。

 何故なら人間が走っただけで水蒸気爆発は起こらないからだ。

 

 

 

 

 

 

「とまぁ、そんな訳で遊びに来た訳だ。悪いな、手土産の一つも持たずに」

「ううん、契君が来てくれただけで、その……う、嬉しいから」

「そうか。ありがとな、にとり」

 

 

 微笑んでやると、にとりは頬をほんのり桜色に染めて俯いた。

 ぴこぴこと揺れる水色のツインテールが垂れ耳の様にも見え、非常に愛らしい。

 

 

 ──突然押し掛けたというのにお茶を出してくれた上、可愛らしい姿で俺の心を癒やしてくれるとは……にとりマジ天使。

 

 

 俺は山道を全力で走破し僅か四分でにとりの家へと辿り着いた。

 突然の来訪にも関わらずにとりは暖かく迎えてくれ、今はお手製の胡瓜の漬け物と緑茶でもてなしてくれている。

 ついこの間まで小屋だった居住区画もいつ改装したのか、今は小綺麗な一戸建て住宅へと変貌していた。

 室内も広々としており、驚いた事に電灯が取り付けられていた。

 日頃生活リズムが不規則になりがちな為か、水回りやトイレや竈までオール電化になっている。

 ひょっとしたら現代日本でも億の値が付くかもしれない。

 先程までの五寸釘を直接頭蓋に打ち込まれた様な激しい痛みもにとりとの会話でかなり薄れ、精神的な余裕も出て来た。

 ルーミアや奈苗達には無い、この独特の空気がにとりの持ち味だ。

 

 

「そう言えばこないだ製作していた写影機はどうなった?」

「あ、うん、試作型は完成したから後は実際に使用時のデータや持ち運んだ時の使い勝手なんかを報告してくれる……えっと」

「モニター、か?」

「それそれ、モニター。そのモニターを探してたんだけど、ちょうど写影機に興味を持ってくれる友人が居てさ。その娘にあげたんだよ。そうだ、この前契君がくれた開発案件帳に載ってた他の機械も、色々作ってみたんだよ! 全自動卵割り機とか発光ダイオードとか! お陰で毎日新しい発明を閃いちゃって、今は手回しで発電出来る胡瓜用冷蔵庫を開発中なんだよ!」

 

 

 そして機械や発明の事になると物凄く饒舌になる。

 目もキラキラ輝き出し胸の前で握られた手にも力が入る。

 が、身を乗り出していた事に気付くと急に勢いを無くして黙り込んでしまった。

 

 

「ご、ごめんね契君。いきなり喋っちゃって」

「──いや、寧ろ嬉しい」

「え……?」

 

 

 恐らくにとりが他の河童達から『マッド』の烙印を押された理由は、このオタクっぽい情熱に有るのだろう。

 楽天家で社交的ならばまだしも、にとりはどちらかと言えば控え目で消極的な性格をしている。

 そんな大人しいにとりが突然熱く語り出す姿を、他の河童は気味悪がったとしても無理は無いのかもしれない。

 現代日本ならそういった人達に一定の理解が有るが、この文化レベルではまだ『オタク』というものが認知されていない。

 だからこそ、にとりは同族から変わり者という扱いを受けたのだろう。

 だが、俺はそうは思わない。

 

 

「にとりは照れ屋だから、余り自分から話を振らないだろ? そのにとりがこんなに熱く語ってくれるんだ。話の内容だって興味が有るし、何より、にとりの綺麗な声を聞けるからな」

「え、あ、あぅ……」

「だから気にしなくて良い。俺はにとりがどんな事を思っているのか、どんな事を考えているのかを知りたい」

 

 

 照れ屋でそそっかしくて、けれど一生懸命なこの娘をどうして遠ざけられようか。

 身を乗り出して右手をぽんと水色の髪に乗せ、優しく梳いてやる。

 

 

「周りがどう評価しようと関係無い。俺はにとりを『河城にとり』として見る。一生懸命で可愛い、一人の女の子としてな」

「契、君……」

「多少そそっかしい所は有るけどな」

「そっ、そんな事無いよっ!」

「そうだったか?」

「もう、契君ったら意地悪なんだから」

「悪い悪い」

「……えへへ、ありがとう契君」

「はっはっは、元気が出た様で何より。やっぱりにとりは笑顔でいるのが一番可愛いからな」

「ひゅぃ!? そ、そんな事無いよぅ!?」

「照れるな照れるな」

 

 

 ぐりぐりと少し乱暴に帽子の上から頭を撫でてやると、うぁ、うぅ〜、と小さく唸って真っ赤になる。

 持って帰りたい、それくらい可愛い。

 そうやってにとりと戯れていると、不意に地下のラボに繋がるドアが開いた。

 横開きの自動ドアの先、にとりに良く似た女性が立っていた。

 にとりよりも濃い青色の髪の毛をポニーテールにして、にとりと同じデザインのつなぎを着込み、背中にはこれまたお揃いのリュックサックを背負っている。

 口の端にはボルトを数本加えており、職人臭がぷんぷんしている。

 背は俺より頭一つ低いくらいか。

 くりくりっとした大きな垂れ目で、右の目尻に泣き黒子が一つ。

 

 

「──ッァ!?」

「え、け、契君っ?」

 

 

 彼女を見た途端、治まっていた頭痛が急にぶり返した。

 今までより更に激しさを増した痛みが脳を喰い破っていく。

 反射的に両手でこめかみの辺りを抑えるが頭痛は治まる気配を見せない。

 痛みが走る度に、亡くしていた筈の記憶が鮮明に甦ってくる。

 

 

「ぐっ……そうか、河、城……河城だ……っ! 同じ名字を持つ、河童……河城、あとりぃ……っ!」

 

 

 頭の中で、カチリとピースが嵌る。

 途端、頭痛は消え去り澄み渡った思考がこれまでの違和や疑問を解消していく。

 脳裏を過ぎ行くのは俺が『僕』だった時に体験していた事。

 頭を抱えながら自分の名を呼ぶ俺を見て、その瞳に動揺を移した少女が口を開いた。

 

 

「契……? もしかして、契かい?」

「あぁ……久し振りだな、河城あとり」

 

 

 透き通った視界の先、あの頃より成長した姿のあとりが居る。

 漸く、俺は失っていた時間を探し当てた。

 

 

 

 

 

 

「……成程、あの時の契は休眠状態に入っていた契の主人格が形成した自己防衛の為の仮人格、って事かぁ」

「その後は休眠状態から目覚めたんだが意識の統合に齟齬を来す恐れが有った為に仮人格とその記憶を抹消したって訳だ。幽香や萃香、あとりと出会った事で奥底に沈めていた記憶も戻ったがな」

 

 

 平静を取り戻した俺は一先ずにとりを落ち着かせ、あとりも加え状況を説明した。

 にとりは俺があとりと知り合いだった事と記憶喪失に陥っていた事に、あとりは俺が生きていた事と俺の変わり様に驚いていた。

 

 

「と言うか何で自分の家の倉庫に自爆装置付けるんだよ。あとりの方が余程マッドじゃねぇか」

「いやぁ、若さ故の過ちってヤツ? だってほら、爆発って風流じゃん」

「あとり姉ぇ、本職は花火師だから」

 

 

 にしし、と悪びれもせずに笑うあとりに思わず溜息が漏れる。

 あとりはにとりの従姉らしい。

 花火師として爆発を巻き起こす傍ら技師としてもなかなかの才能を発揮している河童界の実力者との事。

 ともあれ二人に対しての説明は終わったので、取り敢えず紫の所へ戻る事にする。

 

 

「そんな訳だから一旦帰るな。また遊びに来ても良いか?」

「うん、契君なら、その……大歓迎だよ」

「今度はお土産に胡瓜お願いね」

「持ってきてもあとりにはやらねぇ」

「けちー、契の少女趣味ー、人でなしー」

「にとり、後で火薬庫の場所教えてくれ。中の火薬全部湿らせる」

「ごめんなさいでした」

 

 

 瞬時に綺麗な土下座を見せるあとり。

 この動きはやり慣れているからに違い無いだろう。

 見た目の淑やかさとは正反対のあとりと小さく手を振る可愛らしいにとりに見送られて、山中を再び走破する。

 今度は少し速度を落としたから水蒸気爆発は起こらない。

 と言うか水蒸気爆発って鬼畜だよな。

 ばっちいパンツ装備のクッパが何回一撃死した事か……最終的にミンナカタクナールで耐えたな。

 そんな事を考えている間に鬼の集落へと戻ってきた。

 家屋は無事の様だが、地面がクレーター状に抉れているのは何故だろうな? 

 

 

「あ、おにいさんやっと帰ってきた」

「悪い、遅くなった」

「もう、すぐ居なくなっちゃうんだから」

 

 

 大将の家の前で腰に手を当てぷんすか怒る紫。

 ご立腹の様だが、姿が愛らし過ぎるので全く怖く無い。

 抱き締めてさらさらの金髪をゆっくり梳いてやると、途端にだらしない笑みを浮かべて抱き付いてくる。

 こんなにチョロくて良いのだろうか。

 まぁ、そんな所も紫の魅力には違い無い。

 等と考えた矢先、からからと乾いた音を立てて玄関の戸が開き、相変わらず着物を着崩した大将が顔を覗かせた。

 大将は俺を見るなりニヤリと口を嬉に歪ませる。

 

 

「ほぅ、良い顔になったじゃないさ?」

「過程はどう有れ結果として記憶は取り戻したぜ、大将さん」

 

 

 大将さんの部分に甘えを滲ませて呼んでやると、大将はぽかんと呆けた様に口を開けた。

 その隙間からくわえていた煙管が滑り落ちていくが、左手を伸ばして捕まえる。

 背中から掌の温かさが無くなった事に若干紫は不服の様だったが、そこは我慢して貰おう。

 

 

「おやおや、鬼姫とも在ろう者が随分と可愛らしい顔をするものだな?」

 

 

 落とした煙管を差し出しながらニヤリと笑い返してやれば、大将は渋い顔をしてそれを乱暴に受け取った。

 

 

「ちっ、記憶は取り戻しても元の性格はそっちかい。可愛げの無い事さね」

「その分鬼姫が可愛くなったから釣り合いは取れてるんじゃないのか?」

「からかわれるのは嫌いさね。それも年端の行かぬ小童相手じゃ尚更さ」

「小童程度に振り回される鬼の大将か、これはまた面白い題目だと思わないか?」

 

 

 大将はもう一度舌打ちをすると家へと引っ込んでしまった。

 流石にからかい過ぎたかと形だけの反省をして紫と二人追い掛ける。

 居間にはどうしたものかと困惑顔の勇儀と先程よりは落ち着いた様子の萃香が待っていた。

 とは言えまだ赤褐色の瞳には怖れが色濃く残っているが。

 萃香の対面に敷かれた座布団に腰を下ろすと、萃香はびくっと身体を震わせる。

 

 

 ──はて、幾ら正体を見失った恐怖に取り憑かれたとして、あの萃香がここまで弱々しくなるものだろうか? 

 

 

 不安や後悔が長い時間の中で言い知れぬ恐怖を生み出したのは理解出来る。

 だが、俺の知る萃香と目の前に居る萃香は何かが違う。

 何だろうな、と思考を傾け萃香を注視する。

 心労で痛んだ蜜柑色の髪、捻れた二本の立派な角、ストレスで荒れた白い肌……白い肌? 

 弾かれた様に視線を上げ頬を見る。

 上気していない。

 思い返せば初対面の時も漂ってきた酒の臭いが、今の萃香からは全く感じられない。

 

 

 ──酒断ちか? 

 

 

 何の為に、とは問わない。

 そこまで思い詰めさせてしまったのは他の誰でも無い、俺だ。

 下らない自意識と言い訳を振り翳していた過去の俺を殴り倒したくなってくる。

 好いてくれた女の子を自分の勝手で傷付けて、何が紳士か。

 一つ息を吐いて高まり掛けた感情を鎮め、改めて萃香の目を見る。

 空気が変わった事を感じ取ったのか、萃香と勇儀は居住まいを正す。

 それに苦笑を返し、俺はゆっくりと口を開いた。

 

 

「久し振りだな、萃香。そして、勇儀」

 

 

 掛けられた言葉に一瞬驚きを滲ませる。

 昔の俺はこんな乱暴な口調では無かったからな、二人には違和が有るか。

 

 

「二人共驚いている様だが、元々これが俺本来の喋り方だ。それは気にしないでくれると有り難い。さて、先ずは俺の話から聞いて貰おうか」

 

 

 二人が戸惑っている間に会話の主導権を握る。

 必要な情報は小出しにせず、前もって与えて置くのがこの場では最善だ。

 交渉では無い以上駆け引きは要らない。

 先ずは事情を把握して貰い、その後互いに抱えたものをぶつけ合った方が建設的だ。

 そうして俺が語ったのは記憶を失った経緯と事故が起きた際の状況。

 それとここに来るまでに起きた出来事だ。

 話した内容はにとりとあとりに聞かせたものと大差無い。

 初めて耳にする事情に勇儀は目を見開いたり顔をしかめたりと、なかなか大きな反応を示した。

 萃香も驚いていたがやはり俺に対する怖れの方が強いらしく、動きは小さい。

 一通り喋り終えると、暫し沈黙が続く。

 大将と紫は話を聞いたが口を挟むつもりは無いらしく静観、萃香は精神が平静で無い事も有り話を受け止めるのが精一杯。

 俺は反応待ちなので動くつもりは無い。

 となれば必然的に視線は勇儀へと向かう。

 と、勇儀は不意に立ち上がると萃香に耳打ちをして襖を開ける。

 首だけで振り返ると疲れた声を上げた。

 

 

「大将、紫。あたしらが聞きたい事はもう充分に聞いただろう? なら後は当事者が語るだけだ、邪魔なあたしらは退散するよ」

「そうだね」

「向こうの部屋に居るから、終わったら呼びに来な」

 

 

 大将と紫は勇儀の後に続いて部屋を後にして、ぱたぱたと廊下を歩いて行く。

 襖が閉じられ、残るのは俺と萃香だけ。

 数瞬の後、先に口を開いたのは萃香。

 

 

「……その、ごめん、なさい」

 

 

 弱々しい言葉が紡がれ、畳に落ちる。

 俯いた萃香の表情は髪の毛に隠れてしまっているが、どんな顔をしているのかを想像するのは難しい事では無い。

 やれやれ、と呆れを含んだ息が漏れた。

 どこまでも真っ直ぐなこの少女は、どうも思い込みが激し過ぎる。

 事の後、大将と二人で頭を下げに来た萃香の謝罪を俺は受け入れている。

 罰こそ保留にしていたが今も昔も萃香を恨んだ事等、唯の一度も有りはしない。

 

 

 ──まさか、その保留を恐れているのか? 

 

 

 与えられる罰が無い事を恐れるというのも不思議な話だが、萃香の性格を鑑みると有り得ないと断ずる事も出来ない。

 嘘を嫌い真っ直ぐ生きる鬼としての性分も幾らか関係していそうだ。

 とすれば、罰で縛ってやるのが一番か。

 

 

「萃香」

 

 

 名前を呼んだだけでびくりと身体を震わせ恐る恐る顔を上げる。

 加虐心を煽られるが悪戯は後だ。

 不安げに揺れる瞳に後ろ髪を引かれつつ、俺は努めて優しい笑みを浮かべた。

 

 

「あの日、謝罪に来た萃香を俺は『許す』と言った。その言葉に嘘偽りは無いし萃香を恨んだり憎んだりした事は一度も無い」

「……うん」

「そんなに罰を与えられなかった事が引っ掛かるのか?」

「────っ」

 

 

 顔は上げたまま視線だけを畳に落とした。

 やはり、図星か。

 自分に罪の意識が有りながらも裁かれない状況というのが、萃香には耐え難いと見える。

 ならば枷を与えてやるか。

 

 

「萃香、今ここでお前に保留していた罰を与える事にした」

 

 

 その言葉に再度俯き、下唇を噛み締める。

 今萃香の胸中には恐怖が渦巻いているのだろう。

 このまま放って置くのも楽しそうだが、余り焦らして壊すのも勿体無い。

 俺は立ち上がり萃香の目の前まで行き、膝を付いて小さな身体を抱き締めた。

 

 

「……え、あ……?」

 

 

 胸に抱き寄せた萃香が困惑の声を上げる。

 それはそうだろう、罰を与えると言った相手が自分を慈しむ様に身体を抱いてきたのだから。

 突然の事に脳の処理が追い付かず狼狽えている萃香の髪の毛に右手を伸ばし、優しく梳く。

 痛んだ毛先が絡まりそうになる度、指で丁寧に解してやる。

 背中に回した左手は泣きじゃくる子供を宥める様にゆっくりとさする。

 一分もしない内に萃香の身体から緊が抜け落ち、俺の為すが儘に身体を預けてきた。

 若干焦点の合わない瞳が俺を見上げ、惚けた様に口を半開きにしている。

 今なら俺の言葉を『正しく』聞き入れてくれるだろう。

 

 

「萃香、罰の内容を言うぞ」

「……うん」

「一つ目、お前の全てを俺のものにする。心も身体も、全部だ。だから他の男に肌を見せたりはするな、他の男に気を寄せたりもするな」

「え……?」

「二つ目、何が有っても俺の事を信じろ。俺はいつだってお前を信じる。だからお前が自分を信じられなくなった時は、お前を信じる俺を信じろ」

「け、契……?」

「三つ目、嫉妬するのは良いが他の嫁さん達とは喧嘩しない事。文句や不満が有ったら俺に直接言ってくれ、出来る限り改善していくから」

 

 

 胸元から俺を見上げる赤褐色の瞳に、僅かだが光が戻り始めていた。

 腰を下ろして目を同じ高さに持って行き、正面から揺れる瞳を見据える。

 紡ぎ出すのは魂に刻み込む呪詛。

 

 

「萃香、俺の嫁に『なれ』。それがお前に科す罰だ」

「私が、契の嫁に……?」

「そうだ。赤の他人ならいざ知らず、愛する嫁さんを憎む夫は居ないだろう?」

「うん……」

「萃香が俺の嫁になれば、俺は萃香を愛してやる」

「契に、愛して貰える……」

「勿論罰を受けない、という選択肢も有るぞ? だが罰を受けないなら鬼からは嘘吐きとして疎まれるだろうな。俺も萃香を嫌いになるかもしれない」

 

 

 嫌い、という言葉を聞いて萃香はひぐっ、と小さな呻きを漏らした。

 目にはじんわりと涙が滲み出す。

 

 

「あぁ、嫌いになるな。どうでもいい存在として捨て置き、最後は萃香の事なんか忘れてしまうだろう」

「ひっ……!? いや、いやぁ……っ……!?」

 

 

 頭を抱えてぼろぼろと涙を零し、縋る様な視線を向けてくる。

 今にも崩れ落ちてしまいそうな程に不安定な萃香の頬に掌を当て、コツンと額を合わせてやる。

 視界いっぱいに広がる赤褐色。

 その奥底に自身の深淵を映し出してやりながら、俺は呪詛を紡ぎ続ける。

 

 

「だが萃香が俺の嫁になれば、そんな心配はしなくて良い。一日中でも可愛がってやるさ」

「本当……?」

「あぁ、本当だ。俺は萃香が大好きだからな。だから萃香、俺を失望させないでくれないか」

「契の嫁になったら……契に愛して貰える……」

 

 

 そっと指で流れる涙を拭ってやる。

 さて、そろそろ飴を与えてやらないといけないか? 

 ぶつぶつと呟く小さな口をこじ開け、強引に唇を重ねた。

 舐る様に舌を愛撫してやれば、萃香はぴくんぴくんと小さく跳ねる。

 とろんとした瞳がもっともっと、と求めてくるが今はこれでお預けにする。

 離した口から銀糸が伸び、俺と萃香を繋いでいる。

 それを舌先で絡め取り、俺は口を開いた。

 

 

「俺の嫁になり良い子にしていれば、もっとしてやるぞ?」

「ふぁ……」

「もっと気持ち良い事もしてやるし、俺の子供を孕ませてやる事も出来る」

「契の、子供……」

「さぁ、萃香。自分で選ぶんだ。俺の嫁となり幸せを手にするのか、それとも罰を逃れ忘れ去られて行くのかを」

 

 

 答えは決まっている。

 

 

「……わ、私は……契の嫁に、なる……」

「良い子だ、萃香」

「あっ……♪」

 

 

 今度は優しく唇を重ねてやる。

 親鳥に餌をねだる雛の様に何度も何度も唇に吸い付いてくる萃香。

 

 

 ──堕ちたな。それにしても凄い効き目だな、流石は八意印の催眠導入香。

 

 

 宴会の折にこっそり渡された永琳特製の危ない薬。

「きっと必要になる筈よ」と半ば無理矢理渡されたのだが、こんなに早く使う時が来るとは思わなかった。

 戻った記憶と会った時の反応から説得は不可能と感じ、催眠状態にして心の奥に「俺は萃香を許している」と教えてやるつもりだったんだが……はて、どこで間違えたのやら? 

 最近紳士モードだったからな。

 きっと俺の右腕に封印された鬼畜眼鏡が自意識に何らかの影響を与えたのだろう。

 と、いう事にして置こう。

 因みに香は胸板に塗って置いた。

 抱き締めて頭と背中を撫でている時にさり気なく吸わせたのだ。

 予定では与える罰の内容は「自分を責める事の禁止」だったんだが……いや、本当にどこで間違えた? 

 

 

「んっ、好き、契、好きぃ」

 

 

 まぁ、良いか。

 何はともあれ可愛らしい鬼っ娘を一人ゲット出来た。

 誰も傷付かずハッピーエンドを迎えたのだから文句や不満が出る筈も無い。

 

 

「さて、大将達の所へ報告に行くか」

 

 

 っと、その前に萃香の催眠状態を解いて置かないとな。

 一先ず萃香を引き離し……こら、寂しそうな顔をするんじゃない。

 目の前に右手を持って行き指を弾く。

 ぺにょ。

 

 

 ──さて、大将達の所へ報告に行くか。

 

 

 自分で編集点を入れやり直す。

 今度は目の前で猫騙しの様に手をぱんと鳴らした。

 赤褐色の瞳には生気が戻り、惚けていた顔もそれなりに引き締まる。

 

 

「……あ、あれ?」

「どうした、萃香?」

「あ、ううん、何でもないよ」

 

 

 どこかすっきりした顔で答える萃香。

 その瞳に浮かぶのは恐怖では無く、歓喜と恋慕の情。

 陰りは身を潜め萃香本来の明るさが戻っていた。

 荒療治は成功、調教も上々の仕上がり。

 

 

「契、行こっ」

 

 

 心からの笑みを浮かべた鬼っ娘に手を引かれ、俺は廊下を歩いて行った。

 

 



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紫と子作り。そして鬼っ娘の乱入。※

 萃香との和解を終えた俺は序でに大将にも保留していた罰を通告した。

 内容は「幻想郷を創る際若しくは創り上げた後、紫が手助けを求めた時は可能な限り応じる」というもの。

 童女の様にぺたぺたと甘えてくる萃香の姿に多少訝しげな態度を見せたものの、内容そのものには特に異論は無かったらしく承諾して貰えた。

 そこら辺の交渉は難航していたらしく紫から感謝感激の雨を降らされたが、すんなり了承した辺り大将は俺が要求する事を読んでいたのかも知れない。

 交渉事に関しては一枚上手だった大将に苦笑を返して置いた。

 大将は余計な条件を付けなくて済み、紫は難航していた交渉が纏まり、俺は紫からの評価が更に上がる。

 誰も損しない結果を導いた手腕は流石年の功と言うべきか。

 不愉快な評価を下されたのを察知してか一瞬眉を顰める辺り、無駄に年は取っていないらしい。

 

 

「おっと」

「ちっ」

 

 

 飛来する白い何かを右手で受け止める。

 的確に眉間を狙って来るとか鬼か。

 

 

「って、瑪瑙か? まだ取ってあったのか」

「あんたみたいな奴を撃ち抜くにはちょうど良いのさ。その黒い腹に幾つか撃ち込めば、ちっとは白くなるさね」

「だから撃つなと言うに、っと」

 

 

 鳩尾を狙って飛ぶ三つの瑪瑙を左手で打ち払い、打ち上げた所を右手で受け止める。

 曲芸染みた動きに観客と化した紫、勇儀、萃香の三人が歓声を上げる。

 それが気に食わないらしく、大将は大きく開いた胸元から瑪瑙を取り出し、細い指で弄び始めた。

 流石に二十を超えるのは避け切れない。

 

 

「ま、今度改めて酒でも持って来る。その時は飲み比べしようぜ、勇儀」

「ん、楽しみにしてるよ」

「こら、逃げるんじゃないよ!」

「あばよ大将」

 

 

 濃厚に漂い始めた殺気をひらりと躱して大将の家を後にした。

 触らぬ神に祟り無し、弄らぬ鬼には……何だろうな? 

 

 

 

 

 

 

「ねぇねぇ、おにいさん。ちょっと聞きたいんだけど」

 

 

 大将の家を出て少し歩いた所で、蜂蜜の様に甘い声が上がった。

 可愛らしく微笑む紫が全く笑っていない瞳で俺を見上げる。

 両腕でがしっと俺の右腕を捕まえ、逃げられまいと力を込めてくる。

 

 

「萃香に何をしたの?」

「ん、私?」

 

 

 左手を握る萃香が首を傾げる。

 ふにふにと柔らかな手は温かく、絡み合う指がきゅっきゅっと甘えてくる。

 すっかり俺への依存度が高くなってしまった萃香だが、ぺたぺたむぎゅむぎゅと甘えてくる姿は非常に可愛らしい。

 手を解けば悲しげに眉尻を下げ、頭を撫でれば嬉しそうに微笑み、角を触ればぴくんぴくんと身体を跳ねさせ、指を差し出せばとろんとした瞳で指をしゃぶる。

 少し仕込めば立派な性奴隷になりそうだ。

 

 

「いつの間にか萃香が調教されてるんだけど」

「まだ調教はしていないぞ」

「私は契が大好きなだけだよ?」

「良い子だ、萃香。俺も萃香が好きだぞ」

 

 

 耳元で囁いてやると萃香はとろ顔のままびくんっと大きく震えた。

 腰は小さく前後にへこへこと揺れ、太腿からは伝い落ちた愛液がぬらぬらと淫靡な光を放っている。

 

 

「……おにいさん、何か言い訳は?」

「いや、俺も正直ここまでだとは思わなかった」

 

 

 紫のジト目が突き刺さる。

 まさか催眠の成果がこれ程までとは、一体誰が予想出来ようか。

 ともあれそろそろ紫の機嫌を取らないと、右腕の血流が滞ってピリピリ痛み始めた。

 紫の耳元にそっと口を寄せ囁き掛ける。

 

 

「萃香を家まで送り届けたら、後は今日一日は紫と一緒だろ。また泣きながら懇願するまで犯して、孕むくらいたっぷり中に注ぎ込んでやるよ」

「ふぁぁっ♪」

 

 

 手首を返して子宮の辺りを軽く押し込んでやると、紫は小さく嬌声を上げて垂れ掛かってきた。

 どうやらあの夜を思い出したらしく、頬が上気していく。

 

 

「それとも今日は壊れるまで抱いてやろうか? 寝ても覚めてもチンポと精子の事しか考えられない、淫乱性奴隷に堕としてやろうか?」

「や、だめ、ぇ……っ♪」

 

 

 駄目押しで指を着物の裾から滑り込ませ、一本筋の子供まんこをくぱっと左右に押し開いてやった。

 そっと中指を差し込んでやると、奥から淫蜜がとぷりと溢れ出す。

 がくがくと身体を揺らしながら凭れ掛かる辺り、紫も素質は充分だな。

 卑猥な糸を引く中指をクリトリスに擦り付け淫蜜を拭う。

 すっかりアヘアヘしている紫は痴情に塗れた瞳を向けてくる。

 と、脳裏をチリチリと焼く感覚が襲う。

 

 

「何事……っ、ぬあっ!?」

「あぁっ、紫ズルい!」

 

 

 いきなり足元に出現した隙間が俺の身体を吸い込んで行く。

 落ちていく最中萃香の慌てた声が聞こえたが、すぐに入口は閉じてしまった。

 そして次の瞬間には出口が開き、足裏に地を踏む感覚がやってくる。

 

 

「っと、ここは……」

「私の家だよ」

 

 

 少々草臥れた家の中、敷かれた布団の上で紫が着物をはだけさせていた。

 露わになった秘裂からは淫蜜がとろとろ流れ出てきている。

 小さな指が秘裂を広げ、ひくひくと蠢く桜色の膣肉が淫らに肉棒をねだる。

 頬を上気させた紫が媚びる様に甘く絡み付く声を上げた。

 

 

「おにいさん、私のココ、おにいさんのおちんちんが欲しくてヒクヒクしてるの♪ おにいさんの逞しいおちんちんで、私のココにいっぱい種付けして欲しいな♪」

「……良いだろう、望み通り溢れるまで犯してやるよ」

「あはっ、嬉しい……♪ 私のココね、おにいさん専用なんだよ? 種付けして良いのはおにいさんだけなんだから♪ だからおにいさん、私を孕ませて、私の身体におにいさんの印を刻み込んでぇ♪」

 

 

 待ち切れないのか腰をかくかく前後させながら涎を垂らす紫。

 いつの間にかすっかり淫乱になってしまったこのロリっ娘を、一体どんな風に調教してやったものか。

 

 

 ──まぁ、最初は素直に気持ち良くさせてやろう。

 

 

 衣服を乱暴に脱ぎ捨てた俺は紫にのし掛かり、そのまま肉棒を突き入れた。

 ぷちゅりと膣肉を掻き分けて、肉棒が幼い秘裂を割って行く。

 

 

「んはぁぁっ♪ おにいさんのおちんちん、大きいよぉっ、あっ、あぁんっ、凄いっ、入れただけなのに気持ち良過ぎるぅ」

「中がきゅんきゅん締め付けてくるぞ、もうイったのか?」

「あぁん、だってぇ、おちんちん気持ち良過ぎるのぉ、おにいさんのおちんちん、ずっと欲しかったからぁ♪ 私ね、毎晩おにいさんを想ってくちゅくちゅ、自分でしてたのぉ♪ 初めて抱いて貰った時の、種付けが忘れられなくてぇ、あんっ、でも、全然足りないよぉ、おにいさんのおちんちんじゃなきゃ、満足出来ない身体になっちゃったよぉっ」

 

 

 淫猥な告白をしながら喘ぐ紫。

 この反応の良さと濡れ具合はその所為か。

 普通前戯も無しに挿入すれば多少成りとも膣肉がカリに引っ掛かるのだが、紫の中は蜜壺と呼ぶに相応しい程の淫蜜が溢れており抽挿に何の問題も無い。

 寧ろぱっくり肉棒をくわえ込み、膣全体が早く早くと精子をねだっている。

 

 

「すっかり淫乱になったな?」

「んぁっ、だって無理だよぉ、おにいさんのおちんちんを味わったら、もう抜け出せないのぉっ、あっ、はぁんっ、太くて硬くて立派なおちんちんじゃなきゃ、おちんちんにびゅくびゅく種付けされなきゃダメなのぉっ♪」

 

 

 両手両足を俺に巻き付け、ぎゅぅっと身体を密着させてくる。

 にゅぷっにゅぷっ、といやらしく肉棒をくわえ込む未熟な秘裂は真っ赤に充血し、ぷっくりと淫らな唇を膨らませている。

 まだ膨らんでもいない胸の中央では、桜色の乳首がつんと上を向いていた。

 指先で弾くと、秘裂から淫蜜が噴き出す。

 

 

 

「んぁぁっ、あっ、あぁっ! 乳首、ダメぇ……っ、おっぱい小さいから、恥ずかしいよぅ……」

「可愛らしい乳首だな」

「きゃぅっ!? つ、摘んじゃダメぇっ、乳首じんじんして、えっちなおつゆが出ちゃうよぉっ、あぁっ、あぁんっ!」

 

 

 腰を振る度に噴き出す潮が臍の下を叩き、突き入れる度に膣肉と子宮口が肉棒を吸い上げる。

 熱烈なキスに、鈴口が痺れてくる。

 僅かな変化を感じ取ってか、紫はだらしなく愉悦に歪んだ顔を向けてきた。

 

 

「ふぁっ、あぁんっ、おにいさんのおちんちん、先っぽがぷくって膨らんでるよぉ♪ 出ちゃう? 私の中に、濃厚孕ませ精子びゅくびゅく種付けしちゃうの? 良いよぉ、私の未成熟な身体に、おにいさんのオトナ精子いっぱい塗り込んでぇ♪ 洗っても取れないくらい、おにいさんの精子を染み込ませてぇっ、妊娠した赤ちゃんが精子で溺れちゃうくらい、中出し精子欲しいのぉ♪」

 

 

 腰をぐいっと密着させたままへこへこと前後に振りたくり、淫靡に精子をねだる紫。

 その姿は幼い娘では無く、快楽に溺れる一匹の雌だった。

 雄の精子をねだる為に自ら堕ちていく、浅ましく淫らな雌だ。

 なら、遠慮は要らない。

 望み通り、中にぶちまけてやるだけだ。

 ストロークを速めてやると、紫の喘ぎ声の質が変わった。

 ぱちゅんぱちゅんっ、と激しく打ち鳴らされる蜜壺が精子を求めてきゅぅっと肉棒を締め上げる。

 

 

「んはぁぁっ! しゅご、しゅごいぃっ、おにいさんのおちんちん、はげししゅぎだよぉぉっ、ふぁぁっ、あぁっ、あぁ、イクぅ、またイっひゃうぅぅぅっ!」

「出すぞ、紫っ」

「あぁっ、らしてっ! ぷりぷりのせーし、わらひのなかに、いっぱい、いっぱいびゅーってしてぇっ! ふゃぁっ、あぁっ、あんっ、おにいひゃんのせーしではらむのぉっ、わらひころもらけろ、あかひゃんはらむよぉ♪ らから、いっひょ、いっひょに、ひぁ、あぁぁぁっ!?」

 

 

 捻り込む様に突き入れた鬼頭が子宮口を割り、子宮の中を鈴口が捉えた。

 体内から胎内へ、直接精子を注ぎ込む。

 

 

「ふぁ、あ、んぁぁぁぁああぁぁぁっ! しゅ、しゅごひぃぃっ! なからし、なからしきもひぃのぉっ! わらひのなか、おにいひゃんのせーしがおかしひぇるぅぅぅっ♪ んぁ、あぁ、きもひ、よしゅりれぇ、おひっこ、れひゃうよぉ……♪」

 

 

 中出しされて絶頂しながら、紫はちょろちょろと尿を漏らしていた。

 黄金水が布団を黄色く染め上げ、薄いアンモニア臭が鼻腔をくすぐる。

 

 

「何だ、お漏らしか紫?」

「ひゃわぁ……みにゃいれぇ……おひっこ、とまりゃにゃいよぉ……♪ あぁ、おひっこれ、まらいくぅ……っ♪」

 

 

 びくんと身体が跳ねるのに合わせて、尿も一瞬勢いを増す。

 十秒程で尿は止まったが、代わりに潮が腰元を濡らす。

 

 

「今度は潮か。紫はお漏らしが好きだな」

「やぁ、っ、ひがうのぉ……おにいひゃんのおひんひん、きもひぃからぁ……♪」

 

 

 自分のお漏らしを人の所為にするとは、全く悪い子だな。

 そんな紫にお仕置きをする為、俺は萎える事を知らない肉棒を再び幼い秘裂へと突き立てる。

 ぷちゅっと子宮口が潰れ、未成熟な膣内が歓喜に湧いた。

 

 

「きゃひぃっ!? あ、や、やらぁっ、お、おにいひゃん、ま、まら、らめらよぅ」

「何が駄目なんだ?」

「いま、う、うごいひゃ、わらひこわれひゃう、うぅぅっ!? うぁ、あぁぁぁっ! あっ、やらっ、おにいひゃ、らめっ、らめぇぇぇっ!」

 

 

 腰の抽挿を再開させると膣肉は狂喜に身を捩らせ、涎を垂らして肉棒を迎え入れる。

 噴き出す潮も勢いを増し、紫は舌を突き出して息も絶え絶えに喘ぐ。

 

 

「うぅっ、うあっ、あ、あぁっ、ひぐ、ひぐぅっ! ひぐひぐひぐっ! ひぐぅぅぅぅっ! まら、まらひぐぅぅぅぅぅっ! ゆるひ、ゆるひれ、ぇぇぇっ! えぅっ、うぅぅっ、ひぐぅぅぅぅっ!」

 

 

 連続で絶頂を迎える紫。

 目の焦点は合わず呼吸は危ういが、それでも絡めた手と足は俺を離そうとしない。

 紫の身体が求めるままに、俺は二度目の精子を注ぎ込んだ。

 

 

「あひっ、ひゃ、ひゃひぃぃぃぃぃっ! にゃ、にゃからひ、きもひぃよぉぉっ! うぁ、あぁ……っ、んぁぁ……っ……♪」

 

 

 一際高く鳴いたと思った瞬間、紫はかくっと意識を手放した。

 同時に四肢から力が抜け、絡めていた手足がずるりと布団の上に落ちた。

 肉棒を抜いて失神した紫を眺める。

 

 

 ──流石に激し過ぎたか? 

 

 

 かひゅ、ひゅひぃーっ、と危うい呼吸音が届いてくるが見る限り問題は無さそうだ。

 舌を投げ出し虚ろな瞳で天井を見上げ、口の端は愉悦に歪みお腹は歪に膨れ、ぷっくりと充血した秘裂からは子宮に収まり切らなかった精子がごぷっごぷっと逆流している。

 どこから見ても立派な性奴隷だった。

 

 

「良いなー、紫。契にいっぱい愛して貰えて」

 

 

 背後から届いた声に驚いて振り返れば、頬を赤く染めた萃香が立っていた。

 その顔は色欲に支配されており、視線をちらちらと肉棒に向けてくる。

 

 

「いつの間に来た?」

「着いたのは今だよ。私の能力で一度身体を疎めて、ここに萃めたのさ。……それよりさ、契」

 

 

 淫靡な笑いを浮かべながら、萃香はスカートの裾をゆっくりとたくし上げた。

 細く健康的な太腿が露わになり、続いて淫蜜を垂れ流す秘裂が目に映る。

 紫よりも幼く見える秘裂はひくひくといやらしく悶えながら、ぽっかりと空いた穴を埋めてくれる存在を待ち望んでいた。

 

 

「私のおまんこを使って、一緒に気持ち良くなろ? ずっと契のおちんちん、待ってたんだよ……♪」

 

 

 どうやら二回戦が始まる様だ。

 

 

 

 

 

 

「あっ……あの時よりおちんちん大きくなってる……?」

「嫁さん泣かせの大きさだ。萃香はすぐに壊れるかもしれないな」

「契になら、壊されても良いよ……♪ だって、私は全部契のものだから……♪」

 

 

 対面座位で抱き合い、亀頭の上に萃香の秘裂をそっと重ねる。

 押し入れからもう一組の布団を引っ張り出したが、すぐにこちらも洗濯する事になりそうだ。

 身体を重ねる事にまだ気負いが有るのか、少し肩が震えている。

 怖がらなくてもいい、と唇を重ねてやると萃香は照れ臭そうにはにかんだ。

 意を決し、ゆっくりと腰を落とす。

 

 

「んぁ、ふぁぁ……っ、すご、契のおちんちん、大きいよぉ……♪」

「ほら、まだ亀頭も入り切ってないぞ」

「んはぁぁ……っ、大き過ぎて、入らないよぉっ、おちんちん、凄ぉい……♪」

 

 

 ゆっくりぬぷぬぷと肉棒が沈み込んでいき、幼い身体が下腹部を歪ませていく。

 腹の上からでも、肉棒の形がハッキリと判る。

 

 

「あは……入っちゃった、契のおちんちんが、私の子供おまんこにずぶずぶって♪」

「久し振りだが最初から飛ばして行くぞ」

「え、ひゃ、んひゃぁん!? あぁっ、そんないきなりぃっ!」

 

 

 乱暴なストロークで膣内を掻き回してやると、すぐに淫蜜が奥から溢れ出てきた。

 滑りの良くなった膣内を何度も強く突き上げるが、流石に肉棒は入り切らずに半分程残っている。

 

 

「んぁぁっ、あっ、んっ、ちゅ、ちゅぷ、んぁ、あ──っ、んぁ──っ!」

 

 

 甘い声で喘ぐ萃香の舌を吸い上げる。

 かくかくと腰を振りながら絶頂し、紫よりも激しく潮を撒き散らす。

 腰を突き上げ萃香を持ち上げてやると、僅かに肉棒が幼い秘裂へと沈み込んだ。

 

 

「ふぁ……っ、あっ、あんっ、契のおちんちんで、私の子供おまんこ、貫かれてるよぉっ! あぁっ、凄いのぉっ、お腹の半分が契のおちんちんになってるぅっ!」

 

 

 串刺し状態になった萃香の腰を掴みその場に固定し、先程より速く肉棒を抜き差しする。

 

 

「ひぁ、あぁっ、うぁぁぁっ! こ、これダメぇっ、す、すぐイっちゃうよぉっ! もっ、もっとゆっくりぃっ、あ、ふぁ、あぁ……っ! イ、イクっ、イクぅぅぅぅぅっ!」

 

 

 ぷしゃぁぁっ、とシャワーのノズルを捻った様な勢いで潮が噴き出る。

 かなり豪快にイったらしいが、俺は腰の振りを止めない。

 

 

「イっ、クぅっ! ま、またイクぅぅっ! イクっ、イクイクイクぅぅぅぅぅっ! イクのぉっ、イったまま降りてこれないよぉぉぉぉっ!」

 

 

 萃香の膣肉が肉棒を撫で上げる度に、透明な潮が布団へ新たな染みを形成していく。

 だらしなく開いた子宮口は亀頭がぶつかるとすぐに情熱的なキスをして、中に子種を出して貰おうと淫らなおねだりをする。

 

 

「けっ、契っ、契ぃっ、おねが、中っ、中に出してぇ! 濃厚な精子で、契専用の雌鬼を孕ませてぇっ!」

「あぁ、たっぷり注ぎ込んでやるよ」

「イっ、イクぅっ、契に、ご主人様に中出しされてイっちゃうよぉぉぉぉっ! ふぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁっ!」

 

 

 がくがくと大きく身体を痙攣させながら全身で精子を受け止める萃香。

 風船の様に見る見る膨らんでいく腹に、破れるんじゃないかと少し心配になる。

 と、萃香からも黄金水がしゃわわわと流れ出てきた。

 二人揃ってお漏らしとは仲が良いな。

 

 

「あ、ぁぁ……っ、んぁ、はぁ……あっ、あはぁ……♪ ご主人、様ぁ……っ、好き、大好きぃ……♪」

 

 

 とろ顔で天国を味わっている萃香から肉棒を抜き取り、布団に寝かせる。

 最後の方は俺をご主人様と呼んでいた辺り、すっかり淫乱雌奴隷になったつもりなのだろう。

 もう一人の雌奴隷はと言えば、俺と萃香のセックスを見ながらオナニーに励んでいた様だ。

 

 

「あは……っ、おにいさんのおちんちん、すごぉい……♪ せーしの匂い嗅ぎながらおまめ弄るの、気持ちぃよぉ……♪」

「にゃぁぁ……ご主人様ぁ、もっとぉ、もっと私のおまんこ、虐めてぇ……♪ ご主人様のおちんちんが無いと、私ダメなのぉ……♪」

 

 

 二人共、まだまだ元気な様だ。

 視線を外して窓から空を見上げると、西日が山に消えていくのが見えた。

 

 

 ──久し振りに、朝まで可愛がってやる事にしよう。

 

 

 淫楽の宴は始まったばかりだ。

 何せ、夜は長いのだから。

 

 



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二人を調教。そして朝まで絡み合う。※

 萃香と紫を四つん這いにさせ、小さな尻をこちらに向けさせる。

 中に溜まった精子の所為でロリ妊婦にも見える。

 二人共秘裂がぱくぱくと淫らに口を開き、肉棒を求めて淫蜜を滴らせていた。

 

 

「早くぅ、おにいさんのおちんちん、にゅぷにゅぷしてぇ♪」

「私の子供おまんこで、いっぱい気持ち良くなってね、ご主人様ぁ♪」

 

 

 ふりふりと淫らに腰を振りながら肉棒をねだる幼女二人。

 余りに刺激的な姿を前に、俺は思わず生唾を飲み込んでいた。

 

 

 ──幻想郷はここに在った。

 

 

 淫らで美しく可愛らしい幼女が性奴隷とか、前世で俺はどんな徳を積んだんだ。

 今し方抱いた萃香は一先ず我慢して貰う事にして、紫の尻を鷲掴みにする。

 選ばれた紫は嬉しそうに喘ぎ、萃香は悲しげに目を伏せる。

 

 

「んぁ、あぁぁっ♪ おにいさんのおちんちん、入ってきたぁ♪」

「紫良いなぁ……私もご主人様のおちんちん、早く欲しいよぉ……」

「待ってろ、……ほら、交代だ」

「あひゃぁぁぁん♪」

 

 

 数度腰を前後させ一度肉棒を抜き、萃香に突き入れまた数度抽挿し、今度は紫に肉棒を埋める。

 交互に犯される感覚が気持ち良さともどかしさを誘発し、二人はイケないまま快楽の高みへと誘われていく。

 肉棒が幼い秘裂に押し入る度に愛液を漏らし、抜き出す時には膣肉が捲れ上がって肉棒との別れを惜しむ。

 

 

「もっと、もっと乱暴に突いてぇっ、おにいさんのおちんちんで、私を壊して良いからぁ!」

「あぁっ、ご主人様ぁっ、切ないよぅ、ご主人様のおちんちん、もっとおまんこで感じたいよぅ」

「さっきみたいに子宮押し潰して良いからぁ、だからおちんちん、おちんちん欲しいのぉっ! んぁっ、もっとぉ、おちんちんもっとぉ!」

「ご主人様ぁっ、紫の後でも良いから、早く私の子供おまんこに、ご主人様のとろとろ精子、中出ししてぇ!」

 

 

 浅ましく交互に淫らな欲望を口にする。

 堕ちて正直になったのは良い。

 が、二人はまだ自分達が『俺の雌奴隷』で有るという自覚に乏しい様だ。

 一度キツく躾るべきか。

 そう考えた俺は抽挿を止め、肉棒を抜き取った。

 僅かな期待と焦らされている事への歓喜、それと疑問を綯い交ぜにした瞳を切なそうに細めて俺を見る。

 

 

「雌奴隷が主人に『強請る』のか?」

「「あ……」」

 

 

 サッと二人の顔から喜びは消えた。

 代わりに浮かぶのは恐怖。

 俺の口調から冗談や言葉責めの類では無い事を感じ取った二人は、すぐさま謝罪の言葉を口にしようとする。

 が、それでは詰まらない。

 美幼女で有る二人はこうして悲しげに歪んだ顔も、また美しいのだ。

 二人が口を開くより早く、言葉を手繰る。

 

 

「俺は付き合いや同情でお前等を抱いている訳じゃない。俺が抱きたいから抱く、それだけの事だ。だから、自分の立場を解っていない雌奴隷は、要らない」

 

 

 要らない。

 その言葉を口にした瞬間紫は世界を失った様に呆け、萃香は両目からぱたぱたと涙を零した。

 

 

 ──あぁ……っ、この表情、ゾクゾクくるものが有るな。

 

 

 特に萃香の表情はポイントが高い。

 更に虐めて心を砕きレイプ目にするか、それとも優しく抱き締めて愛を囁き魂から隷属させるか、悩み所だな。

 先に意識を取り戻したのは紫だった。

 恐怖に潤んだ瞳を歪め、焦る様な表情で俺を見上げてくる。

 同時に、また脳裏をチリと焼ける感覚が襲った。

 何を、と思うより早く頭がカッと熱くなり、肉棒を紫に突き立てたくなった。

 

 

 ──俺の好意の境界を弄っているな? 

 

 

 そうした理由は理解出来る。

 紫の心は、今崩壊し掛けている筈だ。

 俺に捨てられるかもしれない、捨てたれたくない、そんな想いが紫を動かしている。

 だが、それは悪手だ。

 他人を操るのは好きだが、操られるのは嫌いだ。

 そして何より、退路を塞ぎながらも最終的には自分で用意された道を選ぶ様誘導するならまだしも、強制的に相手の心を歪めてしまうのは俺の美学に反する。

 

 

「白符『不愉快の拒絶』」

 

 

 使ったのは『この世界にあらず』と同じ様な打ち消し呪文。

 発動した事で紫が仕掛けてきた干渉は打ち消されたが、効果はそれだけに留まらないのがこの呪文の恐ろしい所だ。

 名は体を表す、と言った所か。

『不愉快の拒絶』は相手からの干渉を打ち消した際、相手に俺の不愉快を伝える効果が有る。

 以前能力を色々と試した時、諏訪子にこれを使用した。

 その時は飛んでくる光弾に「ウザっ」くらいの感想を抱いたのだが、直接心に俺の拒絶を受けた諏訪子はすっかり塞ぎ込んでしまった。

 ウザっと思ったのは光弾に対してで諏訪子にじゃない、俺が諏訪子を嫌いになる筈が無いだろう、等の説得と共に一昼夜諏訪子の中へ精子を注ぎ込んだ事で漸く復活したが。

 ともあれ、軽く「ウザっ」と思っただけでそれ程の効力が有った訳だ。

 今の俺は紫の行動にハッキリとした不愉快を感じた。

 それを無防備な心に撃ち込まれればどうなるか。

 

 

「……っ、ぅ、ぅぁ、あぁっ、うぁ、あ、うぁぁぁぁぁっ!?」

 

 

 両手で頭を抱え蹲る紫。

 感じている暗い感情は諏訪子のものの比では無いだろう。

 身体はがくがくと震え見開いた瞳からは涙が止め処なく溢れ喉からは悲しみに塗り潰された声が上がる。

 萃香はそんな紫を見て驚きながらも心配そうに目を向けた。

 心優しい女の子だな、萃香は。

 何となく嬉しく思いながら、萃香が紫に声を掛けようとしたのを制する。

 

 

「良いんだ、萃香。アレは紫へのお仕置きだからな。それよりも、こっちへ来い」

 

 

 呼ばれた萃香はまだ心配そうにチラチラと視線を送りながら、俺の前に跪いた。

 ぺたんと座り無垢な瞳を向けてくる。

 それを優しく引き寄せ、身体を回して後ろから萃香を浅く抱く。

 皆大好き、寧ろ俺が大好き背面座位だ。

 この抱っこしながら犯すってのが最高に背徳的で素晴らしい。

 幼い身体に肉棒を差し込むと、萃香の膣肉はキツく締め付けながらも嬉々としてそれを迎え入れた。

 亀頭が埋まって行くに連れ、沈み込んだ質量分の愛液が行き場を無くして勢い良く迸っていく。

 

「んぁ、あっ、ご主人様ぁっ♪」

「萃香、お前は俺の何だ?」

「わっ、私はぁ、あぁんっ、ご主人様の雌奴隷なのぉっ、ご主人様のおちんちんで、子供おまんこほじられて悦んじゃういやらしい雌奴隷なのぉっ!」

「それだけじゃない、萃香は俺の大切なお嫁さんだ」

「んぁぁっ、良いの、こんなにえっちな私が、あんっ、ご主人様のお嫁さんになっても良いのぉ?」

 

 

 勿論だ、と慈しむ様に頬へ唇を寄せる。

 今この時だけは世界で一番萃香を愛していると囁けば、萃香は全身から力を抜いてへにゃりと凭れ掛かってきた。

 

 

「そ、そんな事言われたらぁ、ふぁ、嬉し過ぎて、力抜けちゃうよぉ……」

「くてっ、てなった萃香も可愛いな」

「ぁ、んぁっ、急に動いたら、あっ、またイっちゃうぅ、ご主人様のおちんちんで、私の子供おまんこがいっぱいだよぉ」

「何度でもイって良いぞ。気が向いたら孕ませてやろう」

「やぁん、そんな、ダメぇっ、嬉し過ぎてバカになるぅ、あっあっ、ご主人様ぁ、好きぃ、好き好き好きぃ、あっ、んぁぁっ、イクぅ、イクぅぅぅぅっ! ふぁぁっ、すご、ぃぃっ、んぁっ、おまんこイってるぅ、おまんこ、イってるよぉぉぉっ!」

「萃香、どこに出して欲しい?」

「ど、どこでも良いのぉっ、あぁんっ、ご主人様の好きな所に出してぇっ、私は雌奴隷だからっ、んぁっ、はぁん、ご主人様が気持ち良くなってくれればそれで良いのぉっ!」

「良い子だ、萃香。ご褒美に中出ししてやる」

「ふぁ、あぁっ、ご主人様ぁ、好きぃっ、大好きぃっ、私の子供おまんこ、ご主人様の孕ませ精子で、いっぱい孕んじゃうぅぅぅっ! うぁぁぁぁぁっ、精子っ、せーしぃっ! ご主人様の精子が私の子供おまんこにとぷとぷ出てるぅっ、あぁっ、熱いよぉっ、孕ませ精子でおまんこ火傷しちゃうぅっ、んぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁっ!」

 

 

 射精と同時に腰を抑え付け亀頭で子宮口を抉ってやった。

 瞬く間に精子は子宮を押し広げて行き、萃香の小さな身体はまるで妊婦の様に膨らんでいく。

 数度身体を跳ね上げて潮を噴き散らすと、萃香は悦びを浮かべたまま気絶した。

 どうやら快楽と愉悦が精神の上限を突破したらしい。

 だらしない笑みのままアヘアヘと喘ぐ萃香とは対照的に、紫は絶望に打ち拉がれぼんやりと俺達を見ていた。

 萃香に向けるのは嫉妬や憎悪では無く、悪意の無い純粋な羨望と憧憬。

 すっかり濁ってしまった紫へ、俺は出来る限り穏やかな口調で話し掛けた。

 

 

「紫、俺は他人に操られる事が嫌いだ」

「────っ」

 

 

 びくりと肩を震わせる。

 嗚咽こそ漏れなかったが再び目尻に涙が溜まり、濁った瞳には悔恨と自己嫌悪が渦巻いている。

 縋る様に俺を見上げる姿はとてもいじらしく、すぐにでも溢れるくらいの優しさと愛情を注ぎ込んでやりたくなる。

 が、それはもう少し後だ。

 今すべきは紫の魂に俺という存在を強烈に刻み付ける事。

 

 

「感じただろう、俺の嫌悪を」

「……ぅ、ぅぁ……っ」

「勘違いするな紫。俺は紫が能力を使い俺の意思を操作しようとした事には嫌悪したが、紫自身を嫌った事は唯の一度も無い」

 

 

 喘ぐ肉人形となった萃香を腰から外して布団に寝かせ、紫と向き合う。

 元から小柄な紫が更に小さく見える。

 

 

「あの時お前が犯した間違いは、能力で俺の心を操ろうとした事だ。話術や仕草でそれを為す分には、俺は拒絶しない」

 

 

 手を伸ばすと、怯えに身を竦ませながらも健気にそれを受け入れる。

 掌が頭に乗り、髪を梳き、細い肩を撫で、背中に回る。

 小さな身体を優しく抱き寄せ穏やかな笑みと共にふっと息を抜き、耳元で囁いた。

 

 

「まぁ、間違える事は良く有る。大事な事は一つ、間違えたら『ごめんなさい』と言えるかどうか、だ」

「……おにぃ、さん……」

「ん?」

「……その、ごめ、なさぃ……」

 

 

 消え入る様な声で謝罪を口にする紫。

 しょんぼりと寂しげな瞳に見据えられ、俺は心の中で白旗を上げた。

 

 

 ──駄目だ、余りの可愛さにこれ以上虐める気が起きない。

 

 

 昼間に鬼畜眼鏡を解放した反動か、今の俺は紫と萃香を甘やかす以外の選択肢が浮かばなくなって来ていた。

 それこそ心を鬼にして調教しているが、どうにも心苦しい。

 とは言え調教も最終段階。

 これさえ終えれば後は幼女二人とイチャイチャタイムだと自身を奮い立たせ、俺は紫にゆっくりと毒を染み込ませていく事にした。

 ……無意識に優しく抱き締めていたのはこの際無視して置こう。

 

 

「ん、許す。ちゃんと謝る事が出来る紫は偉いぞ」

「ぁ……おに、おにぃ、さん……」

「何だ、紫」

「あの、わ……、私、を、す、捨て、ないで……また、ひ、一人に、なるのは、や、やだよぅ……」

 

 

 予想外の言葉に、俺は呆気に取られた。

 見上げる瞳からぽたぽたと涙を零す紫にいつもの飄々とした雰囲気は無く、代わりに孤独を恐れる幼子の様な危うさが有った。

 どうやら俺と会う以前の事を思い出したらしい。

 それなら、と俺は抱き締める力を増した。

 急に身体を引き寄せられた紫は、んぷっと可愛らしい声を漏らし顔を胸板に沈める。

 

 

「紫、俺が要らないと言ったのは自分の立場が解らない雌奴隷だ。俺の愛する『八雲紫』じゃない」

「ぅ……?」

「俺は愛する嫁さんを一人ぼっちにはさせない。偶に行方不明になる事も有るが、必ず戻ってくる。だから紫、そんな心配はしなくても良いんだ。紫は『要らない子』なんかじゃ無い、俺の大切な『八雲紫』なんだからな」

 

 

 俺と出会う以前、紫は迫害されていた。

 金色の髪が悪い意味で目立ち、人成らざる者として人間から疎まれ続けていた。

 妖怪としては力もまだ弱く京の退魔師連中からはさしたる脅威と見られていなかった為に討たれる事は無かったが、それでも人間の中で生きる事は大変な困難で有ったに違い無い。

 他人から否定され続け、終いには自ら金色の髪をくすませて自分自身を偽った。

 要らないと言われ続けてきた紫が俺と言う拠り所を得た今、孤独を恐れる事は或る意味当然の事だろう。

 

 

「まぁ、簡単に言えば俺は紫を捨てないし離さない。紫が嫌だと泣き叫んでも、俺は紫の側に居てやる」

 

 

 だから俺は、紫の居場所になる。

 楽しい事も悲しい事も分け合える、そんな存在に。

 

 

「それとも、俺じゃ嫌か?」

「そっ、そんな事無いっ! おにいさんが良いのっ、おにいさんじゃなきゃダメなの! だから、私、私っ!」

「おっと、よしよし。そんなに慌てなくても良い、俺は逃げないぞ?」

「ぅ、ごめんなさい……」

 

 

 またしょんぼりしてしまうが、目には光が宿り始めていた。

 これでもう勝手に俺の心を弄ったりはしないだろう。

 一度砕けた心は、拠り所を与えてやればすぐに組み上げる事が出来る。

 多少形は歪になるが、その歪さが時に狂おしい程の美しさへと変わる事が有る。

 

 

「その、おにいさん……?」

「ん」

「あのね、私、世界で一番おにいさんが好き。私まだまだ子供だからいっぱい間違っちゃうと思うけど、おにいさんが嫌がる事は絶対にしない。もし私が間違えたら、いっぱい叱って? 私、おにいさんの言う事なら何でも聞くし、どんな事でも成し遂げてみせるから。だからおにいさん、私を、八雲紫をおにいさんの側に置いて下さい」

 

 

 そう、こんな風に。

 

 

 

 

 

 

「あぁっ、おにいさん、おにいさんっ!」

「紫、愛してる。今この瞬間、俺は紫だけのものだ」

「んぁぁっ、好きぃっ、おにいさん大好きぃ、私もっ、私もおにいさんだけのものだよぉっ!」

 

 

 対面座位で根元まで肉棒をくわえ淫らに腰を振りながら、紫は俺に愛を叫んでいる。

 先日は身体を、今日は心を堕とした。

 あれから更に四回中に注ぎ込んでやった結果、紫の腹は自身の頭程に膨れ上がっている。

 俺が動かずとも自ら肉棒をくわえ抱き付きながら快感を与えようとする姿は、淫猥ながらも純粋で微笑ましく、且つ妖しい色気と美しさが有った。

 

 

「ふわぁっ、あぁっ、おにいさん好きぃ、好きなのぉっ、私のアソコもおっぱいも、全部おにいさんだけのものだよぉっ! おにいさん専用なのっ、おにいさんの為だけに在るの、私はおにいさんがいなきゃダメなのぉっ!」

「甘えん坊だな、紫は。ほら、次の精子が出るぞ」

「あんっ、あぁっ、おにいさんの精子、精子ごっくんするぅ、私のアソコでおにいさんの孕ませ精子、いっぱいごっくんするよぉっ!」

 

 

 俺の鎖骨に流れる汗を嬉しそうに舐め取りながら、紫は淫語を口にする。

 密着した子宮口に鈴口から精子を迸らせれば、紫は声にならない歓喜の叫びを上げて身体を仰け反らした。

 絶頂に身を焦がし脳を焼かれながら、それでも愛おしげに俺を見上げてくる。

 が、その顔が悲しみに染まった。

 同時に下げた視線の先、子宮を限界まで埋め尽くした精子が逆流し膣壁と肉棒の間から勢い良く流れ出てきた。

 

 

「いやぁ……っ、おにいさんが中出ししてくれた孕ませ精子、溢れてるよぅ……、ぅ、ぐすっ、ごめんなさい……っ、ごめんなさいっ、おにいさんの精子、ごっくん出来なくてごめんなさい……っ!」

 

 

 精子を受け止め切れなかった事に、紫は本気で泣いていた。

 俺が精子を中出ししてくれたのに外へ零してしまった事を悔いているらしい。

 

 

 ──少し調教し過ぎたか? 

 

 

 俺一色に染まり切った心は、やはりと言うべきか少々安定を欠いている。

 ここまで来て壊してしまうのは勿体無い。

 そう考えた俺は紫の頭を優しく撫でてやりながら、そっと抱き竦めた。

 少しウェーブの掛かった金の癖っ毛を梳いてやる。

 

 

「悲しむ事は無い。溢れるまで俺を受け止めてくれた事が、何よりも嬉しい。愛してるぞ、紫」

「ふぁ……えへへ……」

 

 

 一緒に布団へ倒れ込むと、紫は嬉しそうにとろけた笑みを浮かべた。

 そのまま顔を寄せ雛鳥の様に唇を吸う。

 絹の様な肌に手を滑らせ桜色の乳首を弾けば、紫は悦びの声を上げる。

 

 

「あっ、ぁ、あんっ、おっぱい気持ち良いよぉ、おにいさんに触られて、おっぱい幸せだよぉ……」

「前より少し膨らんだか?」

「好きな人に揉まれたら、大きくなるって……んひゅぅっ」

「ならどんどん大きくなるな」

「えへへ……大きくなったら、おにいさんにおっぱい吸われちゃうから、赤ちゃんの分が無くなっちゃうよぉ」

「その分中に注ぎ込んでやるさ、溺れるくらい、たっぷりとな」

「ふぁぁ……っ! やぁ、想像しただけでイっちゃいそうだよぉ……っ、おにいさんに搾乳されたくて、おっぱいひくひくしちゃう……」

 

 

 淫乱な嫁さんの乳首を口に含み強めに吸ってやると、ひぃと高い声を上げて潮をぴゅくぴゅく噴き出した。

 そのままくてっと倒れ込む。

 荒い息を吐きながら絶頂の余韻に浸る紫に、もう陰りは見えない。

 と、視界の端でもぞもぞ動く影が有る。

 

 

「んぅ……ご主人様ぁ……」

「帰ってきたか、おはよう萃香」

 

 

 紫と同じく精子で腹をたぷたぷにした萃香が目を覚ました。

 のそのそと布団の上を這い、俺の元へとやってくる。

 幸せそうに意識を飛ばした紫を見て、少し嬉しそうに目を細めた。

 

 

「良かった……紫もご主人様に愛して貰えたんだ」

 

 

 心からの安堵と嬉しさを滲ませる萃香を見て、この二人が本当の親友なのだと解る。

 麗しき幼女達の親愛に頬を緩ませる。

 同時に少しだけ嫉妬の様な感情を覚えた辺り、俺の器もまだまだ小さいと言わざるを得ないか。

 ともあれやる事は変わらない。

 紫を隣の布団に寝かせてやり、萃香を優しく抱き寄せる。

 

 

「紫は少し休憩だな。萃香、次はお前だ」

「ご主人様ったら、絶倫なんだから♪ これじゃあ私も紫も壊れちゃうよぉ?」

「安心しろ、壊れても死ぬまで犯し続けてやる。二人共、大切な嫁さんだからな」

「あぅ……っ、ご、ご主人様ぁ、不意打ちなんてずるいよぉ……♪」

 

 

 話しながら肉棒を突き入れてやると、萃香はとろけ切った笑みを浮かべる。

 と、対面座位で繋がった腰元が温かい。

 何事かと思えば、萃香は嬉しさと快楽の余り失禁していた。

 

 

「あっ、んぁっ、あぁ……っ、ダメぇ、おしっこ漏れちゃったぁ……」

「貫かれて嬉しションか、まるで犬だな」

「ご主人様ぁ、私は淫らな雌犬なのぉ、ご主人様におまんこぱんぱんされて悦んじゃう、変態犬なのぉ」

「なら四つん這いになれ。世にも珍しい鬼犬を、俺が孕ませてやる」

 

 

 言うが早いか、萃香は四つん這いになり腰を上げて尻をふりふりと可愛らしく揺らした。

 上半身は布団に寝そべり、膝を立て腰だけを浮かせた格好。

 淫猥にひくひくと震える秘裂の中心に肉棒を宛行い、そのままずぷりと挿入した。

 

 

「んわぁ、わぅぅぅぅんっ♪」

 

 

 すっかり犬になりきって悦びの鳴き声を上げる萃香。

 亀頭を子宮口に叩き付けながら僅かに膨らんだ乳首をくにくに弄ぶと、萃香は潮を撒き散らして喘いだ。

 

 

「わぅっ、わぅっ、わ、わぁん、んぁ、あぁぁぁっ、しゅごっ、こりぇ、しゅごいのぉっ、おまんこ、おまんこ良いよぉっ!」

「こら萃香、犬の癖に喋るんじゃない」

「んひぃぃぃぃっ!」

 

 

 ぺしん、と尻を叩けば膣内がきゅっきゅっと締まる。

 その感触を気に入った俺は何度も何度も平手を萃香の尻に打ち下ろした。

 力は入れていないので痛みは殆ど無い。

 にも関わらず叩かれる度に膣壁を締め付け潮を噴き上げる辺り、萃香にはマゾヒストの資質が有る様だ。

 

 

「わ、わぅっ、わぅぅっ、んんっ、わぅ、わぅんっ、わぅんっ、んぅぅぅっ♪」

 

 

 尻を叩くのと肉棒を打ち付けるのを同時に行うと、萃香は絶え間無く身体を小刻みに震わせた。

 小さな絶頂が常に快楽をもたらし脳を焼いている様だ。

 次第に喘ぎ声も犬の鳴き声では無く、萃香の鳴き声へと変わっていく。

 

 

「んぅぅっ、わぅぅっ、わぅんっ、んっ、んぁっ、あぁ、あっあっ、あぁんっ、や、やらっ、おちんちんしゅごいっ、いひぃぃぃんっ、イクぅ、ま、まらイクぅっ、イクっ、イクイクイクイクぅっ、おまんこイキっぱなしらよぉっ、あぁぁっ、んひぁぁっ、も、もうらめぇ、おまんこ、おまんこぉっ、しゅごいのぉっ、おまんこ良いよぉっ!」

「全く、嫌らしい雌犬だな。たっぷり種付けしてやるよ」

「あぁぁっ、嬉しいっ、嬉しいのぉっ、ご主人様のおちんちんで、雌犬萃香のおまんこにぴゅるぴゅる種付けしてぇっ! イクぅっ、イっちゃうぅっ、ご主人様に種付けされてイっちゃうよぉぉぉっ!」

 

 

 ぶびゅぅぅっ、と音が聞こえそうな程の勢いで精子をぶちまけた。

 紫の時と同じ様に子宮を埋め尽くした精子が逆流し、幼い秘裂が滴り落ちる。

 最上の快楽に包まれた萃香はどさっと力無く肢体を布団に投げ出した。

 

 

「はぁ……っ、はぁ……っ」

「かひゅ──、かひゅ──」

 

 

 荒い息を吐いて絶頂の余韻に浸る二人の幼女。

 体力的にも限界が近そうだ。

 が、まだ肉欲の宴は終わっていない。

 

 

「白符『疲弊の休息』『疲弊の休息』」

「んぁぁ……?」

「はぅぅ……?」

 

 

 二連打で二人の身体から疲労を取る。

 急に身体が楽になった事に驚き礼を言おうと俺を見るが、その動きは俺の股間を捉えるのと同時に止まった。

 一向に萎えず、尚も女体を求める肉棒。

 

 

「明け方まで後三時間か。何回中出ししてやろうか?」

「やっ、やぁっ、壊れちゃうよぉ……♪」

「ご、ご主人様ぁ、許してぇ……♪」

 

 

 言葉では嫌がっているが、二人共自ら秘裂を押し広げて腰を振っている。

 素直じゃない二人に内心苦笑しながら、俺は乱暴に覆い被さった。

 

 



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閑話——人、それを渇望と言う。

 私の人生は──妖怪が人生という言葉を用いるのが適切から解らないが──数百年前のあの日から始まったのだと思う。

 いつもの様に花達の世話をしていると、皆が一斉に何かを気にし出した。

 

 

(倒レテル)

「え?」

(助ケテアゲテ)

「助ける? 誰を?」

(男ノ子、川ノ側デ倒レテル)

 

 

 返って来た答えは今一つ要領を得なかったけれど、私は花達の声に従い普段は余り訪れない川辺へと向かった。

 余り山道を歩くのに適した靴では無いけれど、危なげ無く坂道や獣道を踏破する。

 ……運動は少し苦手。

 その所為か普通の人なら十分で行ける道程を、私はたっぷり十七分掛けてどうにか辿り着いた。

 息は乱れてないけれど、額にはうっすら汗が滲んでいた。

 日差しを遮っても空気が熱を持っているから、日傘を差しても体感温度はそれ程変わらない。

 

 

「……あら?」

 

 

 川辺に黒い何かが倒れている。

 烏かと思ったけれど隙間から覗く肌の色が、それを人間だと現していた。

 黒い上着に黒いズボン、髪の毛も黒い。

 そのまま喪に服せそうな格好だと思った私は、少し不謹慎だろうか。

 

 

(助ケテアゲテ)

「……この子を?」

(スゴク良イ人)

 

 

 花達はこの子を知っている様だ。

 何故倒れているのか、何故こんな所に居るのか、疑問は尽きない。

 けれど花達が良い子と言うのなら、きっとこの子は花を愛する事が出来る優しい子なのだろう。

 抱き起こすと彼は口から水を吐いた。

 肺を水が満たしている。

 普通なら死んでいる筈だけど、彼の心臓は確かに脈打っていた。

 

 

 ──何故? 何故、彼は生きているの? 

 

 

 恐らく、一昨日の鉄砲水に流されたのだと思う。

 でも一日以上こんな状態で倒れていた人間が、果たして生き続けていられるものなのだろうか? 

 新たな疑問に思わず顔を覗き込むと、彼の瞳がうっすらと開いた。

 

 

「────ぁ」

 

 

 一瞬、世界が止まったかと錯覚した。

 彼の瞳に、私は引き込まれていた。

 仄暗い黒を湛えた水底よりも深い淵が、言い知れぬ何かを携え私を覗き込んでいる。

 感じたのは狂おしい程の歓喜。

 これは拙いと私の理性が警鐘を鳴らす。

 けれど感情は彼を求めていた。

 彼が欲しい、この気持ちは不自然だ、彼に私を捧げたい、彼から離れなければ。

 相反する言葉が脳裏に渦巻く。

 混乱に意識が悲鳴を上げる直前、耳に音が届いた。

 

 

「ル……ミ、ア……」

 

 

 途切れ途切れの声が何を意味しているのかは解らないけれど、彼の声が私を現実へと引き戻した。

 もう、あの不思議な感じは無い。

 それを知覚した瞬間、どっと汗が吹き出してきた。

 

 

「……何なの、この子……」

 

 

 まるで深い海の底、いや更に深い暗闇の淵を垣間見た様な感覚に囚われた。

 本能的な恐怖と脊髄を駆け上る高揚感。

 ……今思えば、名状し難い何かを有するこの子に惹かれていたのかもしれない。

 ともかく私は近くに落ちていた割れた眼鏡も一緒に回収して、彼を家まで連れて行く事にした。

 

 

「……そう言えば、この子どういう子なのかしら?」

(キチクメガネ)

「え」

 

 

 

 

 

 

 こうして彼と知り合い、新しい生活が始まった。

 彼は記憶喪失だった。

 自分の名前、家族、思い出の全てを失っていた彼だけれど、その事を気にした様子は無かった。

 ……明るく誠実な彼と恋仲になるのに、そう時間は掛からなかった。

 どんどん彼に溺れて行くのが解る。

 彼と共に目覚め、彼と同じものを食べ、彼の側で花や野菜を育て、彼と同じ杯を交わし、彼に抱かれて眠る。

 生活の、と言うより私の一部となった彼の存在。

 まるで夢の様な楽しい時間が過ぎて行く。

 何の憂いも無い、私と彼、二人だけの幸せな時間が。

 

 

 ──だからこそ、夢は覚めてしまったのかもしれない。

 

 

 終わりは一瞬だった。

 彼は河童の集落へ向かう途中で、山に住む鬼に攫われた。

 彼の帰りが遅い事を心配して家を出た時には、もう遅かった。

 一目で解る。

 心に深い傷を負った彼の力無い微笑みは、いつもよりくすんで見えた。

 私の失敗は二つ。

 一つは、彼と行動を共にしなかった事。

 心配性だと彼に茶化されても、一緒に付いて行けば良かった。

 もう一つは、鬼に文句を言ってやろうと彼を残し鬼の集落へ向かった事だ。

 結果的に私は無傷で済んだけれど、代わりに彼を失った。

 河童の友人、あとりの研究室兼倉庫が赤い風に飲まれていったのを、私は集落の端からぼんやりと眺める事しか出来なかった。

 ……後で聞いた話では、私は半狂乱で彼の名を呼びながら瓦礫を掘り起こしていたらしい。

 我に返った時、両手の指が血に染まっていたのはその所為だ。

 

 

 

 

 こうして最愛の彼を失った私は、花と野菜の世話をする時以外は家に篭もる様になっていた。

 最初の数年は彼がいつ帰って来ても良い様に、二人分の食事を用意していた。

 手を着けられないまま冷めていく料理に、私は何度も涙を零した。

 彼の死を受け入れようとする度、部屋に残る彼の香りが幸せだった日々を鮮明に呼び起こす。

 

 

 ──叶う事なら、もう一度彼に逢いたい。

 

 

 そう願わない日は無かった。

 窓から見える向日葵の畑を眺めながら紅茶を啜り、ぼんやりと毎日を過ごしていた。

 そんなある日。

 いつもの様に花と野菜の世話を終えて一息吐いていると、急に花達がざわめいた。

 

 

(キタ)

(キタヨ)

「どうしたの?」

(カエッテキタヨ!)

 

 

 カエッテキタ──帰って、来た? 

 何が、と思うより早く身体が動き出していた。

 普段運動しない所為か走る速度が上がらないのをもどかしく感じながら、花達が導く方へと駆けた。

 

 

 ──居た。

 

 

 しゃがみ込んで足元に咲く小さな花を愛でている男の人。

 その姿は間違い無く、彼だった。

 けれど、纏っている空気が違う。

 恐らく今の状態が彼本来の姿なのだろう。

 以前、彼に聞いた事が有る。

 記憶喪失になった人が本来の記憶を取り戻した時、自我の齟齬を無くす為に記憶喪失だった際の記憶が失われる事が有る、と。

 もしかしたら、彼は私を忘れているかもしれない。

 そう思った瞬間、怯えが膝を揺らした。

 けれど、私は歩みを止めない。

 彼が私を忘れたなら、もう一度思い出させてあげれば良い。

 今まで放って置かれた分の寂しさを込めた、全力の平手打ちでも添えて。

 覚えていても、覚えていなくても、私は貴方を覚えている。

 だからもう、貴方を離したりしない。

 そんな想いを込めて、私は彼の背中に声を掛けた。

 

 

「──誰か、探しているの?」

 

 

 

 

 

 

 結論から言えば、彼は私の事を綺麗さっぱり忘れていた。

 予想はしていたけれど、少し落ち込む。

 半ば八つ当たりで彼に仕掛けたけれど、あっさり迎撃された。

 私の技は届かず彼に遊ばれるばかり。

 一撃で倒された私はいつの間にか部屋のベッドに寝かされていた。

 ……もしかしたらお姫様抱っこで運んでくれたのかもしれない、そう思って悔しくなったのは内緒。

 その後彼と少し話をした。

 改めて聞いてみたけれど、やはり彼は私の事を覚えていなかった。

 でも焦りはしない。

 また彼と接点を持つ事が出来たのだから。

 

 

(未練タラタラ?)

「私は負けず嫌いなの」

(或ル意味オ似合イ)

「やぁね、私とケイは相性抜群なのよ? 心も身体も」

(オ水チョウダイ、渋イヤツ)

 

 

 そんな会話を楽しみながら花の世話をする事数週間。

 突然彼が遊びにやって来た。

 近くまで来た序でに暇潰しをしようと訪れたみたい。

 本当は両手を挙げて歓迎したい所だけど、ちゃんと彼が私の事を思い出してくれるまでは少し冷たい態度を取って置く。

 ふふっ、良い女はこういった駆け引きもお手の物なのよ。

 

 

(デモ一番良イ紅茶用意シテルネ)

(ドウ見テモ、デレデレ)

「それは仕方無いわ。だって私がケイに抱く恋心は隠し切れる様なものじゃ無いんだから」

(糖分過多デ枯レソウ)

(アマーイ!)

 

 

 何やら花達が煩いけれど、この私の完璧な演技に死角は無いわ。

 前に聞いた『ツンデレ』とやらで、もう一度ケイの心を捕まえてあげるんだから。

 ……だけど、本当はちょっと寂しい。

 やっぱり彼に私の事を思い出して欲しい。

 そんな思いが顔に出ていたのか、彼は時々困った様な笑みを浮かべていた。

 楽しい時間が過ぎ、彼は帰ってしまった。

 本音を言えばもう少し一緒に居たかったけれど、それを望むのは我が儘だろうか。

 そんな事を考えてぼんやりしていると、再び玄関がノックされた。

 扉を開けると、先程帰った筈の彼が立っていた。

 

 

「どうしたの?」

「少し頼みが有ってな」

「こーんにーちわっ!」

「こ、こんにちは」

 

 

 彼の背後からひょっこり顔を覗かせるのは、近くの湖に棲む二人の妖精。

 聞けば、クッキーに合う紅茶をご馳走したくて私の家に戻って来たとの事。

 その行動力と突き抜けた優しさに少し呆れの様な感想を抱くけれど、同時に根っこの部分は何も変わっていないのだと解り、ちょっぴり嬉しかった。

 やっぱり、彼は彼だ。

 その後氷精のチルノが放った言葉に一瞬詰まる場面も有ったけれど、結果的には彼との距離が少し縮まった。

 お礼に私の分のクッキーを分けてあげたら、凄く喜んでくれた。

 私とケイの子供が産まれたらこんな感じなのかしら、と思ったら何だか心がふわふわしてきた。

 

 

 

 

 それからは三日に一度、チルノと大妖精の二人が遊びに来る様になった。

 最初は緊張や遠慮をしていた大妖精も、少しずつ私に懐いてくれる様になった。

 今では三人で仲良くお茶会を楽しんでいる。

 今日も午後から二人が遊びに来る予定。

 どんな茶葉を用意しようか考えつつ棚の戸を開けようと手を伸ばした所で、コンコンと玄関の扉が音を立てる。

 二人が来るのにはまだ早い。

 誰だろうかと不思議に思いながら扉を開けると、そこには彼が立っていた。

 

 

「あら、いらっしゃい。今日はどうしたのかしら?」

 

 

 多少驚いたけれど、私は微笑みを浮かべて彼を招き入れる。

 でも彼は微動だにせず、真剣な眼差しを向けてきた。

 一体どうしたのかと不思議に思う一方、彼に見詰められて少し胸が高鳴った。

 毎回思うけれど、あの眼はズルい。

 どこまでも深くて引き込まれそうになる、仄暗い黒の瞳。

 見ているだけで幸せになれるのは、それだけ彼に溺れているからなのかしら。

 惚けた様にきょとんとする私に、彼は言葉を紡いだ。

 

 

「幽香……いや、幽香さんと呼んだ方が解りやすいか?」

「え……?」

「全部思い出した。幽香の困った顔も、泣き顔も、怒った顔も、花が咲いた様な美しい笑顔も、全部」

 

 

 今のは、彼が使っていた私の呼び名。

 突然の事に付いて行けずただぽかんと呆気に取られている私を、彼は力強く、けれど優しく抱き寄せた。

 耳元で囁かれたのは、私がずっと待っていた言葉。

 

 

「ごめん。それと、ただいま」

 

 

 ただいま。

 それは、彼が私の元へ帰って来てくれたという証。

 たった四文字の短い言葉だけど、その中に詰まった彼の想いが私の心に強く響いた。

 彼が、帰って来てくれた。

 私の夫、望月契が。

 

 

「……ぁ、ぁぁ……っ、ぅぁあ……っ!」

 

 

 涙が滲み、視界がぼやける。

 口から零れるのは言葉にならない嗚咽。

 玄関に立ち竦んだ私はまるで童女の様に泣き続けていた。

 

 

「遅い、ひぐっ、よぉっ、ケイぃっ」

「ごめん、幽香」

「わ、私、ケイの事、っく、ずっと待って、ひ、とりでぇっ、寂しかったぁ……っ!」

「ごめん、ごめんな」

「もう、どこにも、ぅくっ、行かない、でぇ……っ、私を、一人に、ぐすっ、しないでよぉ……!」

「もう幽香を置いて、居なくなったりしないさ」

「ぅぅっ、うぁ、ぁあぁぁ……っ!」

 

 

 子供の様に泣き続ける私を、ケイは優しく抱き締めてくれた。

 落ち着くまで何度も背中をぽんぽんと叩いて、逞しい身体で私を包んでくれる。

 漸く私が泣き止んだ時には、ケイの上着が涙と鼻水で大変な事になっていた。

 ……後で洗濯して置こう。

 

 

 

 

 

 

「それにしても、幽香は泣いた顔も可愛かったな」

「……そんな事無いわよ」

「そのむくれた顔も可愛いぞ?」

 

 

 そして今、私はケイに弄られている。

 布団代わりにもなる長椅子に寝転ぶケイに抱っこされ、後ろから頬をむにむにとつつかれていた。

 ケイの上着を干している間、手持ち無沙汰になったケイが私を強引に抱き寄せ、こうして私をオモチャにしている。

 ……オモチャ扱いされて嬉しいなんて事は無い。

 無いったら無い。

 

 

「んみゅ」

「相変わらず幽香の肌は柔らかくて気持ち良いな。ずっと触っていたくなる」

「ま、またそんな事言って……」

 

 

 彼の指が頬を滑り首筋を撫でる。

 その感覚に、ぴくんと肩が跳ねた。

 同時に身体の芯が熱を帯び、私の女の部分が俄かに反応し始めた。

 

 

 ──っ、私の身体、ケイに触れられて悦んでる……。

 

 

 一日中身体を重ね合った事も有る。

 お互いの身体が半身を求めても、何ら不思議は無いのだろう。

 けれど、それを大っぴらにするのは恥ずかしい。

 変な所で意気地の無い私は、ケイが乱暴に私を奪ってくれる事を、密かに期待していた。

 でもケイが触れるのは頬か首元だけ。

 偶に耳たぶへ熱い吐息を吹き掛けてくれるけど、性的な快楽を得られる場所には手を伸ばさない。

 心は少しずつ高まって行くのに、欲望は満たされないまま焦らされていた。

 

 

 ──いやっ、もっと、もっとケイに触って欲しい……! 

 

 

 そんな淫らな欲望が脳裏を掠める。

 けれどそんな事を言える筈も無く、私は顔を赤く染めてケイの悪戯に耐えるしか出来なかった。

 

 

「幽香、どうかしたか?」

「な、何でも無いわよ」

 

 

 掛けられた声に思わず喉が震える。

 もしかしたらケイには私のドキドキや淫らな欲望が筒抜けなのかもしれない。

 そう思っただけで顔に血が集まり、耳の先まで真っ赤に染まる。

 気恥ずかしくなって俯くと、急に伸びてきた手が私の身体を引き寄せた。

 されるがままに身体を預ければ彼に抱き竦められる。

 背中から彼の体温が伝わり、彼の不思議な香りにふわりと包まれた。

 前に回された手に自然と掌が重っていた。

 ケイと触れ合っている。

 改めて認識した途端どうしようも無い愛おしさが込み上げて来て、堪らず私は彼の指に私の指を絡めた。

 頭上で苦笑が漏れる。

 

 

「随分と甘えん坊だな?」

「……良いじゃない、久し振りに愛する人と触れ合えたんだもの」

「なら、もっと触れ合うか」

「え、あ、きゃっ!」

 

 

 言うが早いか彼の手は私の胸元へと伸び、片手で器用にブラウスのボタンを外していく。

 肌が露わになり、少し汗ばんだ胸にひやりとした風が当たる。

 そのまま彼は両手で私の胸を揉んだ。

 彼の掌はじんわりと暖かく、指先が乳首を擦る度にぴりぴりとした快感が伝わってくる。

 

 

「や、ぁん……ケイの指、当たって……」

「もう声が艶っぽくなってるな。はて、俺の幽香はこんなに淫乱だったかな?」

「やっ、やぁっ! ち、違うの、これは!」

「乳首を尖らせて言っても説得力無いぞ」

 

 

 淫乱と言われて恥ずかしいのと『俺の幽香』と言ってくれたのが嬉し過ぎて、私の頭は一気に茹で上がった。

 ぴん、と彼が指で乳首を弾く。

 その衝撃に思わず腰が跳ね、奥から溢れ出る愛液がじんわりと下着を湿らせていく。

 

 

 ──あぁ……このままじゃ、私きっと、ケイに犯されちゃう……。

 

 

 私の抵抗なんて意に介さず乱暴に衣服を剥ぎ取り、久し振りだからベッドでしたいって私が懇願しても、それを無視して凶悪な肉棒でいっぱい種付けするんだ。

 そう考えただけで股からはいやらしい汁がとろとろ溢れ、脳髄が甘く痺れていく。

 すっかり調教されてしまった身体は今でも彼専用らしい。

 

 

「こんなに濡らして……全く、幽香はいやらしいな」

「いやぁ、言わないで……」

「乱暴にされるのが好きなんだろ? この淫乱め」

 

 

 彼に言葉で詰られるだけで、心が満たされていくのが解る。

 どうやら私は本当に淫乱らしい。

 抵抗らしい抵抗も出来ないままするりと衣服を脱がされ、一糸纏わぬ姿にされる。

 くるりと体勢を入れ替えられた私は、呆気無く彼に組み伏せられた。

 

 



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幼女大集合。そして宗教のお話。

 

 

「さて、そろそろ昼飯の時間か。幽香、何か食べたいものは有るか?」

「んひゃぁ……あ、ぅぁあ……♪」

「って聞こえてないか」

 

 

 長椅子の上で惚けた様に喘ぎながらとろとろに溶けている幽香。

 目は快楽に揺れて焦点が合わず口はだらしなく半開きで喘ぎ声を上げ、惜しげも無く投げ出された豊満な肉体は汗や涎や精子でどろどろになっている。

 時刻はそろそろ午後一時。

 久しく雌の身体を持て余していた幽香にはたった二時間でも濃密過ぎたのだろう。

 

 

「おい幽香、起きないなら俺が勝手に風呂入れるぞ」

「んぅぅ、ぅぁ、あ……♪」

「ダメだな、こりゃ」

 

 

 口の端に苦笑を浮かべ、右手で背中を支え左手は膝の下に潜り込ませる。

 頭身が高いからお姫様抱っこがし易くて実に良い。

 ちびっ娘達は文字通りの抱っこになるからお姫様と言うよりお嬢様な感じがしてしょうがないんだよな。

 う〜う〜☆と楽しそうに唄う吸血お嬢様がその筆頭だが。

 ともあれ幽香を抱き上げた俺は風呂場の扉を足で行儀悪く開け放つ。

 先程火を入れたとは言えまだ湯は温い。

 

 

「冷たいが少し我慢しろよ」

 

 

 抱えたまま幽香の身体を湯船にゆっくりと下ろしていく。

 形の良い尻が水面に触れた瞬間、幽香はぴくんと震えて周囲を見回した。

 どうやら冷たさで覚醒したらしい。

 

 

「冷たっ、え、ケイ?」

「おはよう幽香」

「あ、うん、おはよう。……って、え、ケイ? やっ、何で抱っこしてるのよっ、下ろして、あ、きゃぁっ!?」

「うおっ、こら幽香、暴れるな!?」

 

 

 お姫様抱っこされているのに気付いた幽香は恥ずかしいのか身を捩り、その動きでバランスを崩した俺は頭から湯船に突っ込んだ。

 どぼん、とお馴染みの音と水柱を立てて湯船に沈む。

 

 

「ごはっ、げほっ、大丈夫か幽香?」

「えほっ、えほっ、あ〜、ごめんなさい。やっと起きたわ」

 

 

 二人してずぶ濡れになり、水面から頭だけ出して気管に入った水を吐く。

 見る間に浴槽の水が白く濁って行き、見ように依ってはちょっとした温泉に見えない事も無い。

 正体を知っている俺としては少々げんなりしてしまうが。

 取り敢えずびしょ濡れになった服を脱ぎ捨て、ぴたぴたと床を鳴らし台所のやかんを取りに行く。

 先程、湯船の水を温める為に沸かして置いたものだ。

 風呂場に戻り、幽香が火傷しない様に気を配りながら湯を注いだ。

 

 

「ほら、もっと身体折り畳め」

「寒いわ……ケイが人肌で温めてくれれば良いのよ……」

「意味無いだろ。またどろどろになるぞ」

「そこはケイが理性を利かせたら?」

「無茶言うな、こんな可愛い嫁さんと密着していて我慢なんて出来る訳無いだろ」

 

 

 軽口を叩きながら湯の温度を調整する。

 そう言えば人間が湯を熱いと認識し始める温度は四十二度かららしいな。

 四十六度とかの湯でちょうど良いって言ってる奴等は神経が麻痺してるか老化してるかのどっちかだな。

 そう言えば諏訪子は三十九度でも熱いって言ってたが……猫舌ならぬ猫肌か? 

 

 

「ん、こんなもんか。こっちに手拭いとお湯用意して置くから、ちゃんと身体綺麗にしとけよ」

「ケイは入って行かないの?」

「もう少し経ったらチルノと大ちゃんが来るんだろ? 二人仲良く風呂に入ってたらチルノはともかく、大ちゃんは恥ずかしがって帰るかもしれん」

「……それもそうね」

「それに、二人で入るのにここの風呂場は少し手狭だからな。幽香を家に連れて行ければ良いんだが、二人を待たせて長く離れる事も出来ないだろ?」

 

 

 まぁ、本音はどろどろの湯船に浸かりたく無いだけだが。

 勿論そんな素振りは全く見せない。

 余り長く居て二人が遊びに来ては本末転倒なので、俺は軽く手を振って風呂場を後にした。

 向かう先は台所。

 しっかりと手を洗ってから釜の蓋を取り、米がしっかり炊けているのを確認する。

 取り敢えず米さえ炊けているなら後はどうとでもなるからな。

 少々薄情な気もするが今回の埋め合わせはまた今度する事にして、風呂場の方へ声を掛ける。

 

 

「幽香、俺は帰るからな。何か有ったら東の人里の神社に来てくれ」

「ん、解ったわ。……って、私妖怪だけど人里に入っても大丈夫なの?」

「あぁ、村人には俺に会いに来たと言えば多分神社まで案内してくれるぞ。うちの村は妖怪、人間、神様が仲良く宴会する特殊な環境だからな」

「……それ、間違い無くケイの影響よね」

「はっはっは、余り褒めるな」

「いえ……もうそれで良いわ」

 

 

 風呂場の扉越しに何やら疲れを滲ませた声が届く。

 少し激しかったか? 

 次に抱く時はもう少し優しくしよう、とちょっとした反省もしつつ俺は一先ず神社へ帰る事にした。

 

 

 

 

 

 

「成程、それでびしょ濡れだったのか」

「その内遊びに来るだろうな。多分神奈子とは気が合うんじゃないか? 幽香もお人好しで世話焼きで可愛いもの好きだからな」

「他人の評価を通して自分の姿を知るとは思わなかった……」

「神奈子、着眼はそこで良いの?」

「そうだよかなこさん、にぃにったらまたおよめさんつくっちゃったんだよ?」

 

 

 俺の言で若干照れくさそうな反応を見せる神奈子に、諏訪子と妹紅が渇を入れる。

 どうやら二人は嫁が増えた事で構って貰える時間が少なくなると危惧している様だ。

 

 

「解っているなら少しくらいは気に掛けてあげても良いのでは?」

「そう言ってやるな、さとり。これでも案外、二人は楽しんでいるんだ」

「……成程、そういうものですか」

 

 

 神奈子とさとりは二人を見ながらほのぼのと会話を楽しんでいた。

 以前「会話の時は相手の声を耳で聞いてから答えろ」とアドバイスしたお蔭か、さとりが持っていた一方的に話を進める癖を直す事に成功した。

 これで相手に与える心理的外圧は少なくて済むだろう。

 

 

「でね、お兄様がむぎゅってしてくれた時に……」

「わひゃ〜、フランちゃんってばオトナ過ぎる……」

 

 

 背後でひそひそと会話しているのはフランとこいしのコンビ。

 天真爛漫なフランと悪戯っ娘なこいしは相性が良いのか、最近は一緒に行動する事が多い様だ。

 今も楽しそうに会話している。

 が、題が「どの角度で俺に抱き付いたら匂いが身体に染み付くか」というのは如何なものか。

 未調教な二人にはまだまだ純真無垢で居て貰いたい。

 

 

「じゃあ紅魔館の建設は早ければ明後日に完了するのね」

「こう見えても萃香は建築の才能が有るから、一気に作業が進むと思うよ」

「はっはっは、任せてよ! ちゃっちゃと仕上げて宴会と洒落込みたいからね」

 

 

 向こうで元気な声を上げる萃香と、向かい合わせに座るレミリアと紫。

 建築中の紅魔館について話を進めているらしい。

 にしても萃香に建築の才能が有るとは驚きだな、見掛けに依らず芸達者だ。

 紫の話振りでは、萃香が居るだけで作業効率が七割増加するとか何とか。

 昨日は古明地家も完成したし、この辺りも賑やかになってきたな。

 

 

「はい、卵とネギの生姜スープ。身体が温まるわよ」

「ん、ありがとなルーミア」

「ケイが風邪を引いたら大変だもの。主に周りが、ね?」

「流石は最愛の嫁、良く解ってるじゃないか」

 

 

 大きめの椀にスープをよそってくれたルーミアに軽く笑みを返し、木のスプーンで黄金色のスープを掬う。

 生姜の香りが鼻に抜け食欲をそそり、柔らかな卵の合間からシャキッとしたネギの歯応えが舌を楽しませてくれる。

 塩気も強過ぎず、何杯でもお代わり出来そうな程に美味い。

 

 

「ルーミアの作る料理は世界一だな」

「おだてても何も出ないわよ。それに、私に料理を教えてくれたのはケイじゃない」

「俺はやり方を教えただけだ、ここまで上達したのはルーミアが頑張ったからだろ? いつもありがとな、美味しいご飯を作ってくれて」

「……も、もう、ケイったら」

 

 

 そっぽを向きながら頬を掻くルーミア。

 照れ隠しのつもりなんだろうが、耳が真っ赤に染まっているので実は隠せていない。

 まぁそれに気付かないでやるのも夫の甲斐性か、と俺は素知らぬ顔でスープを再度口へ運ぶ。

 

 

 ──それにしても幼女率が高いな。

 

 

 神奈子と俺以外は皆幼女だ。

 全員で九人か、野球チームが作れるな。

 因みに奈苗は守矢神社の裏手で禊ぎの最中らしい。

 こっちは神社の形をした別荘みたいなものだからな、巫女の修行には向かないだろうしそもそも設備が無い。

 というか奈苗がしっかり巫女をやってた事に驚きだ。

 神奈子と諏訪子の世話役にしか見えないのは駄柱が目立つ所為か? 

 等と思考を飛ばしていると恨めしげな視線を感じた。

 意識を戻せばルーミア、フラン、古明地姉妹以外の面々が不満そうに俺を見ている。

 

 

「ん、どうした?」

「にぃにのにぶちん」

 

 

 右腕に抱き付いてきた妹紅が額をぺちぺちと叩いてくる。

 ぷくっと膨らんだ頬を指先でつついてやると額を叩くのは止めたが、ご機嫌斜めなのは変わらない。

 

 

「……まぁ、契らしいっちゃ契らしいかなぁ。ルー子が羨ましい」

「おにいさん、何だかんだでそこは譲らないもんねぇ。或る意味一途なのかな?」

「待て、話が見えないんだが」

「あら、気付いていなかったのかしら?」

「だから何がだ?」

 

 

 レミリアがふわりと宙に浮き首に抱き付いてくる。

 そのまま顎を俺の頭に乗せ、脱力した様に凭れ掛かってきた。

 

 

「ケイは私に愛を囁いてくれる事は有っても、今まで『最愛』とか『誰より一番』って言葉は向けてくれなかったのよ」

「……そう、だったか?」

「皆の視線が答えよ」

 

 

 改めて視線を巡らせれば皆レミリアの言葉に頷いている。

 ……確かに、意識はしていなかったがルーミア以外にそういった言葉を掛けた記憶は無かった。

 

 

「まぁ、契がルー子を大好きなのは別に良いのさ。昔からおしどり夫婦だったし、今更どうこう言わないよ」

「だな。だがこの場合問題なのは」

 

 

『誰が二番目に愛されてるのか!』

 

 

 嫁達が声を揃えて言い放った。

 その勢いにフランとこいしは思わず拍手を送り、さとりはぽかんと呆けた様に口を開き、ルーミアはどう反応したものかと微妙な笑みを浮かべていた。

 恐らくどう反応しても本妻の余裕としか受け取られないから空気になっていた方が良いと思うぞルーミア。

 

 

「俺が言うのも何だが、着地点がそこで良いのかお前等」

「だっておにいさん、ルーミアにぞっこんだからどう頑張っても一位は狙えないし」

「だからもこうはかんがえたの。るーみあさんにかてないなら、るーみあさんはおいといて、もこうたちでけっちゃくをつければいい、って!」

「清々しいくらい後ろ向きに突破したな!? と言うかその理屈は間違ってるだろ!」

「ふふふ……私の御柱で契に仇為すものは全て吹き飛ばす。だから契、私の元にカモンベイベー!」

「待て神奈子、テンションが一人だけおかしい」

「ねぇケイ、産まれてくる子の名前は何が良いかしら?」

「レミリアは吸血鬼として成体にならないと孕めないんじゃないのか?」

「私、ご主人様の為に頑張るよ! だから、捨てちゃヤダよ……?」

「そんな心配しなくて良いぞ萃香。大切な嫁さんを捨てるものか」

「あっ……えへへ」

 

 

 不安そうに瞳を揺らして見上げてきた萃香の頭にぽんと左手を乗せ、優しく髪の毛を梳いてやる。

 すっかり従順になった萃香は嬉しそうに頬を緩めて抱き付いてきた。

 それを見て皆がこぞって抱き付いてくる。

 

 

「あー萃香ずるい! 私もおにいさんむぎゅってする!」

「なら私は契の腰元に!」

「発情するなよ諏訪子」

「じゃ、じゃあ私は背中で……契の背中、広くて温かいな……」

「神奈子、地味にその台詞は恥ずかしいんだが」

 

 

 首にレミリア背中に神奈子、右腕に妹紅左腕に紫、胸元に萃香腰元に諏訪子が抱き付いている。

 何だこの嫁合体ロボ。

 フランとこいしは俺に抱き付きたい様子だったが、嫁達の気配に圧されて遠巻きに見ている。

 さとりは俺を見て楽しそうにクスクス笑っているし、ルーミアはどう収集を付けたものかと苦笑いしていた。

 そんな賑やかな部屋に襖をからりと開けて入ってくる姿が有る。

 

 

「ただいまです。いやぁ〜見て下さいこの釣果、今晩のおかずは豪華に……って何ですかこの空気」

「美鈴、おかえりー。今皆でお兄様を誘惑してるの」

「えぇぇぇぇ!? そ、そんな昼間からだなんて、は、破廉恥ですよっ」

 

 

 両手をぶんぶん振りながら顔を赤くする美鈴に、若干癒された気がした。

 と言うかフラン、色々言葉が足りて無いだろうに。

 

 

 

 

 

 

「……まぁ、冗談はここまでにして」

「冗談じゃないのに」

「諏訪子の発言は前半と後半を無視して話を続けるが──」

「全部スルーだよ!?」

「神奈子、最近神々への信仰の集まりが鈍り始めたと?」

 

 

 けろーん、と嘘泣きを始めた諏訪子を取り敢えず撫でてやりながら神奈子へ顔を向ける。

 神妙な顔で一つ頷いて……チラッと諏訪子を見る。

 

 

「後で神奈子も撫でてやるから話をしろ」

「や、その、別に催促したつもりは無いんだが……ご、ごほん。実はそうなんだ。私達の地域で影響は出ていないんだが、西の方では大陸から来た仏教に八百万の神々が押され気味でな」

「成程、仏教か」

「ねぇねぇお兄様、ブッキョーって何?」

 

 

 フランが身を乗り出して聞いてくる。

 その小さな身体をひょいと抱き上げ膝の上に乗せ、頭をぐりぐり撫でてやる。

 

 

「ブッキョー……奴の名はブッキョー・ザ・ボサツと言ってな、大陸の果てからやって来た男だ。両親を夜盗に殺された奴は仇を討つ為に全国を駆け巡り、やがて夜盗を動かした真の仇で有る帝国の支配者キラーストライク・イエスマンを探す旅に出た。数々の試練を仲間と共に乗り越え、仇の足取りを追って今日本に来ているんだ」

「こらケイ、フランに嘘教えないの」

「えっ、今の全部嘘だったの!?」

 

 

 ルーミアの突っ込みにフランのみならずレミリアやこいしも驚いた顔を……おい神奈子、何でお前までびっくりしてるんだ。

 

 

「ブッキョーについては嘘を言っていないぞ?」

「それはケイの好きな漫画『宗教列伝ブッキョー』の話でしょ、フランが聞いたのは浄土宗とかそっちの仏教よ」

「むぅ……愛妻がボケを封じ込めてくる」

「老後も安心ね?」

「更にボケを重ねてくるとか鬼畜な。一体誰の影響だ?」

「ケイよ」

「契だよ」

「契だな」

「にぃにしかいないよ」

「おにいさんに決まってる」

「ケイじゃないかしら」

「今俺は酷い虐めを受けた」

「大丈夫だよ、ご主人様が鬼畜でも私は気にしないから」

「萃香が一番ひでぇ」

「フランちゃん、今の内にお兄さんむぎゅむぎゅ出来るよ!」

「こいしちゃん策士だ! お兄様むぎゅむぎゅ〜♪」

 

 

 色々と収集が付かなくなりそうなので仕方無い、取り敢えずボケは封印する事にしよう。

 両腕にフランとこいしを抱えて、一つ咳払いをする。

 

 

「仏教ってのは、まぁ簡単に言えば修行の進めだな」

「修行?」

「あぁ、フランは輪廻転生──生まれ変わりって知ってるか?」

「うん、知ってるよ」

「人間に限らず全ての生物は一度死んだら長い年月を経て、再びこの世界に生まれ変わる。その輪廻に囚われている限り平穏は無く苦しみだけが続いていく。だから修行して魂をパワーアップさせてその苦しい輪廻から抜け出そうじゃないか、ってのが色々と端折った仏教の考え方だ」

「でもさ、お兄さん」

 

 

 口を挟んだのはこいしだった。

 くりくりとした瞳で俺を見上げてくる。

 

 

「抜け出す必要、有るの?」

「ほぅ、どうしてそう思った?」

「だって死んじゃっても暫くしたら、お兄さんと会えるんでしょ? 生まれ変わって見た目は違ってても、また一緒になれるんなら無理に抜け出す必要なんて無いよ」

 

 

 そう言って抱き付きを再開するこいしに微笑みが漏れる。

 確かにこいしの言う通り、想い人と再び巡り会えるならそれも良いだろう。

 が、それは現状が恵まれている者が口に出来る驕りの様なものだ。

 

 

「じゃあこいし、仮にこいしが俺と出会っていなかったらどうだ?」

「え?」

「俺やフラン達と出会えずさとりともはぐれ、たった一人で生きて行かなければならなかったとしたら。人間には追われ妖怪からは疎まれ、誰とも分かり合えないままひっそりと一生を終える。そんな人生の繰り返しだ」

「そ、そんなのヤダぁ……」

 

 

 想像して悲しくなったのか、瞳を潤ませてぷるぷる震えるこいし。

 小動物チックで可愛らしいが、余り虐めては可哀想なのでむぎゅっと抱き締めてやる。

 すると少しは落ち着いたのか、へにゃんと脱力した。

 

 

「怖い想像させて悪かった。だが、大陸の向こうではそんな事がザラに有る。人種の違いで迫害され今日の糧にさえ不自由する生活を送る人も多い。仏教だけじゃない、宗教ってのはそうした人々が最後に縋る細い糸みたいなもんだ。だから人々は救いを求めて宗教を信じるんだが」

「お兄様、何か問題が有るの?」

 

 

 ふにゃふにゃしているこいしに代わって、今度はフランが口を開いた。

 シャラン、と羽を鳴らして首を傾げる。

 

 

「実は身近な問題なんだ。神様ってのは信じる心、信仰に依って支えられている。その信仰が途切れたら、神様はどうなると思う?」

「えっと……弱くなっちゃう?」

「正解だ、フラン。信仰を失った神様はやがて力を失い、最終的には──存在が保てなくなる」

「死んじゃうの?」

「いや、もっと悪い。存在を保てなくなった神様は、消えて無くなってしまうんだ。例に上げると神奈子と諏訪子、この二人が信仰を失ったら二度と会えなくなる」

「正確には信仰を失った神は妖怪になるんだが……信仰されない時点で忘れ去られている様なものだから妖怪として存在出来ずにすぐ消えてしまうだろう」

 

 

 神奈子の言葉にフランとこいしは息を飲んだ。

 身近な人と二度と会えなくなる恐怖は幼い二人に充分過ぎる程伝わったらしい。

 フランは神奈子に、こいしは諏訪子にそれぞれしがみつく様に抱き付いた。

 

 

「か、神奈子さん消えないよね!? 消えないよね!?」

「だ、大丈夫、大丈夫だフラン。私はずっとここに居るから」

「ケロちゃん、居なくなっちゃダメだからね?」

「あ、あーうー。私は大丈夫だよ、ってかこんなに慕われてると思わなかったからちょっぴり照れ臭い……」

 

 神奈子は慌てるフランを優しく宥め、諏訪子はこいしの真っ直ぐな好意に照れている様だ。

 レミリアとさとりが若干羨ましそうに神奈子と諏訪子を見ているのは放って置こう。

 気持ちは解らんでも無いが。

 

 

「まぁ俺は仏教徒じゃないから今の説明にも間違っている箇所は有るだろうがな。でだ、今日の議題は仏教への対応についてなんだが」

「絶対反対!」

「仏教は追い出せー!」

 

 

 鼻息荒くフランとこいしが反対する。

 何とも直情的な反応だが、それはそれで子供らしくて微笑ましい。

 他の皆はどうかと首を回せばレミリアとさとりと妹紅は仏教に良い印象は持っていないらしく、紫は何やら思案顔。

 萃香とルーミアは俺に任せると言いたげに微笑んでいる。

 美鈴は……おい、鼻提灯膨らませて寝てるんじゃない。

 妙に静かだと思ったら寝てたのか。

 

 

「そこの居眠りメイド長は放って置くとして話を進めるが」

「ちょ、美鈴!?」

「仏教を排除するのは難しいだろうな」

 

 

 その言葉にフランとこいしはぷくっと不満そうに頬を膨らませる。

 その後ろではレミリアが美鈴にチョップをくれていたが、まぁ見なかった事にする。

 

 

「仏教を信仰したからと言って迫害や弾圧を加える訳には行かない。そんな事をした所で仏教徒が八百万の神々を信仰する筈も無いし、逆に悪い噂が広まり現存の信仰が離れる事になるかもしれん」

「でもケイには何か考えが有るんでしょ」

「勿論だルーミア。ここで俺が提唱するのは──仏教と八百万の神々との両立だ」

「そんな事が出来るのかい?」

「昔私と神奈子が戦った時みたいには行かないんじゃないの?」

 

 

 二柱から疑問の声が上がる。

 やはり自身に直接関係するだけ有って、言い知れぬ不安を抱えている様だ。

 だが、それは杞憂に終わるだろう。

 曲がりなりにも日本の宗教の行き着く先を直に見ていた俺と賢者の卵の呼び声高い紫が居るんだ、少なくともこの一帯は仏教の支配を逃れられる。

 

 

「一先ず知って置いて欲しい事は、修験者でも無い限り仏教を正しく理解する事は出来ないと言う事だ」

「どういう事?」

「前の世界でも仏教は有ったし、俺の居た国では八割以上が仏教徒だった。だが心から仏教に帰依している人の割合は一割にも満たないだろう。当たり前の様に仏教が広まってはいたが、その分希釈されて生活に浸透していたからな。大方の人間は『なんとなく』仏教らしいものを知っていたに過ぎない」

 

 

 やれ日蓮宗だ浄土宗だと細かい宗派が存在する仏教だが、日常生活に於いて重大な位置を占めているかと言えば間違い無く答えはノーだ。

 俺も遠い親戚が亡くなった時の葬式で初めて仏教に触れたくらいだからな。

 それに仏教の……六波羅蜜だったか? 

 アレも現代日本で慎ましく普通に生活していれば程度の差は有れど、自然にやっている事だ。

 それ程仏教が生活に取り入れられているとも言えるが、逆に考えれば仏教を特別視する為のハードルが跳ね上がっているとも取れる。

 

 

「仏教の目指す所は先に述べた通りだが、それが必ずしも求められているとは限らない。例えば妹紅、畑を耕している人が望むのは輪廻からの解脱か、それとも秋の豊作か」

「もちろん、あきのほうさく!」

「そうだな。日々を生きる人に取っては死んだ後の事より生きている今の方が大事だろう。それを踏まえて紫、八百万の神々と仏教の両立──可能だと思うか?」

 

 

 問い掛けた先、表情を消していた紫は不意にニヤリと口の端を吊り上げた。

 俺の言いたい事を余す事無く理解してくれた様だ。

 

 

「つまりおにいさんは現世での信仰は神々に、死後の信仰を仏教に宛行おうと言いたいのね」

「正解だ、紫。簡単な事だ、生きている間に何かをしてくれるのは八百万の神々で、死後の世界で苦しみを和らげてくれるのが仏だと触れて回れば良い。事実加護や恩恵を与えてくれるのは神々で、死後導いてくれるのは仏だと仏教も認めているのだからな」

 

 

 地獄の閻魔なんかが判りやすい例だ。

 アレも元々は地蔵菩薩の化身でうんたらかんたらとか聞いた記憶が有る。

 まぁ、地蔵が身代わりになったり子供を助けたりという話も有るが、それはこの際無視するとしよう。

 仏教を広めたいと言うのなら寧ろ協力してやろうじゃないか。

 そして細部をこちらの都合の良い様に変えて流布してしまえば、信仰は減らずに仏教も広まって万々歳だ。

 紫と黒い笑みを浮かべていると、ルーミアが呆れ顔で溜息を吐いた。

 

 

「相変わらず悪知恵は働くのよね」

「失敬な。望まないものを望ましい形に変えるだけだぞ」

「ふふっ、褒めてるのよ。さぁ、難しい話はこれくらいにしてお昼ご飯にしましょ? すっかり遅くなっちゃったけどね」

 

 

 お昼ご飯、と言う言葉に誰かの腹がくぅ〜と可愛らしい音を立てる。

 皆慌てて自分じゃないとアピールする。

 別に腹が鳴ったくらいで恥ずかしがらなくても良いんだが、と思うのは俺が男だからだろうか。

 そんな事を考えつつ視線を隣に向ければ、力無い微笑みを浮かべるルーミアが居た。

 

 

「お腹が空いて力が出ないわ」

「犯人はお前か、はらぺ娘……まぁ、可愛いから良いか」

「やっと終わりましたー。ルーミア様、ご飯の支度もう済んで……あれ、何ですかこの空気」

 

 

 どこかで見た登場の仕方で、修行を終えた奈苗が姿を見せた。

 もう今日は色々とぐだぐだな一日になりそうだな。

 

 



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地蔵を彫る。そして知らずに一発入魂。

 コツコツ、カンカン。

 そんな小気味良いリズムを刻んで石が削られていく。

 望月神社の境内に急遽設置された簡易天幕の中で、俺はひたすら鑿を振るっていた。

 振り下ろされた腕の先、何処からか諏訪子が調達してきた大理石がその身を削られ、少しずつ形を成していく。

 何故俺はこんな事をしているのか? 

 それを説明するには少々時間を遡る必要が有った。

 が、回想するのも面倒なので端折ろう。

 早い話が仏教を俺達に都合の良い様に広める為、全て自分達で作ってしまおうと計画した所為だ。

 寺院は面倒なので無し、読経も無し、取り敢えず道端に地蔵の一つでも置いとけば妙な僧侶も布教には来るまいと言う所まで話は進んだのだが、肝心の地蔵をどうするかで行き詰まった。

 僧侶に貰いに行くのは布教に来ると言って厄介な事になりかねない為却下、そこら辺の地蔵を盗ってくるのも罰当たり過ぎるので却下。

 となれば自分達で彫るのが一番リスクが少ない。

 そこで暇な俺が一肌脱ぐ事になった。

 まぁ、嫁達の柔らかな手に無理をさせる訳には行かないからな。

 

 

「むぅ……四八香」

「三八王」

「うぁ〜、うぅ〜……四、七金」

「同王」

「……三五桂」

「五六王」

「うぐ、五四香」

「五五歩」

「……うぁぁっ、また負けたぁ〜」

 

 

 俺がカンカン彫る横で大の字に倒れ込むのは青いツインテールの河童娘。

 何やら開発が行き詰まったらしく気分転換を兼ねて遊びに来たのだが、生憎と俺が作業中なので暇を持て余していた。

 暇潰しにスニーキングミッションを始めたにとりは客間に置いて有った将棋盤と駒を見付けて早速やろうとしたらしいが、将棋仲間の紫は紅魔館の完成パーティーでここに居らず、奈苗や遊びに来ていた妖精二人──チルノと大ちゃんも将棋を知らない。

 そこでダメ元で俺の所へ将棋盤を携えてやってきたと言う訳だ。

 上目遣いにツインテールをぴこぴこ揺らしながら「け、契君〜……あ、あ〜そび〜ましょ〜……」なんて言われたら断れる筈も無いだろうに。

 可愛過ぎる罰として一頻り頬をぷにぷに弄んで堪能した後、大理石を彫りながら将棋を指す事にした。

 とは言え作業中なので地蔵を彫りつつ口頭で指す。

 最初は舐められていると感じたのか「本気でやっちゃうよ〜」と好戦的に笑っていたにとりだったが、十五手辺りから笑みが消え三十三手辺りから余裕が無くなり六十二手目で投了した。

 悔しさを滲ませて再戦を何度も申し込み、今ので五敗目を喫した所だ。

 

 

「ほらケイ、こっちも忘れちゃダメよ」

「解ってる。パラディンをFf」

「ジェネラルを……Ec」

「ファルコンナイトをDa」

「ちょ、ちょっと待って。……スナイパーを、Baに」

「ソードマスターをFaでチェック」

「……う〜う〜、ま、負けたわ……」

 

 

 にとりの横でがっくりと肩を落とすのは吸血幼女レミリアだ。

 普段はパタパタ動いている羽も心無しかしょんぼりしている様に見える。

 にとりと将棋をやっているのを見て遊びたくなったのか、竹を切り出して作った少し歪な駒を持ってきてチェスをしようとせがんで来た。

 断る理由も無かったのでホイホイ受け、あっさり返り討ちにしてやった。

 何、大人気ない? 

 

 

 ──ふっ、勝負の世界は非情なのさ。

 

 

 単に地蔵を彫るのに神経を使っている所為で手加減が上手く出来ないだけだが。

 さとりとの対話で出来る様になった思考分裂を利用した対局だと、問答無用で勝ちを狙いに行くらしい。

 文字通りフルぼっこしてしまった二人に苦笑を向け、カンカンカンカン彫っていく。

 

 

「と言うかレミリア、ここに居ても良いのか? 今当に紅魔館で完成パーティーやってるだろ」

「あぁ、それならサボって来たわ。ケイに逢いたくて超特急で帰って来たの。大丈夫、フランはしっかり者だし美鈴も優秀な従者だもの。きっと私の代わりに大役を勤め上げてくれる筈よ」

「最悪だなこの姉。後でフランと美鈴には何か良い物を食わせてやるか……。そしてぽんこつ姉はパーティーをサボった挙げ句、自信たっぷりに挑んで来てボコボコにされた訳か」

「う〜、チェスには自信有ったのにぃ」

「私もまさか片手間の対局に負けるなんて思わなかったよ……」

「レミリアは六手前のシューターが悪手だったな、にとりは守りと攻めの切り替えが課題って所か」

 

 

 細い鑢を使い角を取っていく。

 フリルをあしらったミニスカートが可愛らしい……って、ミニスカート? 

 

 

「ぬぉぉっ!?」

「わ、どうしたの契君?」

「あ……ありのまま今起こった事を話すぜ! 『俺は無心で地蔵を彫っていたんだが、気付けば幼女のフィギュアが出来上がっていた』……。な……何を言っているのか解らねぇと思うが、俺も何をされたのか解らなかった……。頭がどうにかなりそうだった……煩悩だとか秘めたる欲望だとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてねぇ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……」

 

 

 思わずポルポルしてしまったが、それくらい衝撃だった。

 ぶかぶかの長袖ブラウスにベスト、フリルの付いたミニスカート。

 ストレートのショートヘアは僅かに左の方が長く、やや釣りがちな瞳がきりりと引き締まった印象を与える。

 どう見てもツンデレ系の美幼女だった。

 

 

「自分の才能が恐ろしい……」

「わぁ、契君器用だねぇ」

「こういう娘が好みなのかしら?」

「いや、そんなつもりは無かったんだが」

「でも契君、小さい女の子好きだよね。大人の女性って神奈子さんと幽香さんくらいしか居ないし」

「美鈴はケイに掛かれば小娘扱いだものねぇ……」

「色々と失敬だなお前等」

 

 

 レミリアは後ろから抱き付いて枝垂れ掛かってくるが、にとりは恥ずかしいのかチラチラと俺を伺っている。

 手を握りたいらしく、ぐーぱーぐーぱーと指を動かしているのが可愛らしい。

 だが俺が手を握るくらいで満足する筈が無い。

 素早くにとりの身体を抱き寄せ膝の上にちょこんと座らせ、後ろから思いっ切りむぎゅっと抱き締めてやる。

 勢いに揺れるツインテールからはほんのり石鹸が香る。

 

 

「わひゃっ、け、契君っ?」

「にとりは可愛いな、うりうり」

 

 

 左手で柔らかな身体を抱き寄せ、右手でぷにぷにの頬を弄り回す。

 

 

「うむ、やわっこくてすべすべだ」

「う、うぁぁ〜、やめてよぅ〜、は、恥ずかしいよぅ〜」

「可愛い奴め、このこの」

「あぅあぅあ〜」

「……ケイ、私の存在忘れて無い?」

 

 

 顔を真っ赤にしてもじもじするにとりに萌えていると、背後から呆れを滲ませた声が掛かった。

 勿論忘れてはいないが背後に居られると俺が弄れないんだよな。

 とは言え放置するのも可哀想なのでひょいと首を伸ばし、瑞々しい唇を奪ってやる。

 

 

「んむっ」

「可愛い嫁さんを忘れる訳無いだろ」

「……ふふ、そうだったわね」

 

 

 抱き付く力が少し強くなる。

 どうやら機嫌は良くなった様だ。

 しかし完成したは良いが、その地蔵が美幼女フィギュアとか前衛的過ぎる。

 別の理由で仏教が広まりそうだな。

 未だに『かな☆すわ』の特製団扇を桐箱に入れて保存してある家が何件も有るしな、萌え地蔵が受け入れられるかもしれん。

 となれば余り遠方に配置はしたく無いんだが……ここの境内入口にでも置くか。

 それなら特に問題も出ないだろう。

 

 

「ケイ〜〜!」

「そ、そんなに走ったら危ないよチルノちゃん!?」

「そうですよ、わひゃん!?」

 

 

 楽しげな声に目を向ければチルノと大ちゃんが重箱を携えて駆け、その少し後ろで奈苗が重箱を落とさない様頭の上に掲げた状態でべちゃっと倒れていた。

 すぐに復活して天幕の外に敷いた茣蓙の上に重箱を下ろし、巫女服に付いた砂をぱんぱんと払う。

 大丈夫か、と目で問い掛ければ少し気恥ずかしそうに肩を竦める。

 

 

「ひゅうわこはひひゅひまひらよぉ」

 

 

 重箱は死守しましたよ、と言いたいらしい。

 転んだ弾みで舌を噛んだ様だ。

 にとりとレミリアにどいてもらい、奈苗に能力を使おうと指を翳す。

 が、奈苗は軽く首を振ると舌を出して瞼を閉じる。

 甘えん坊な奴だなと苦笑を漏らし、愛娘のお望み通りこちらも舌を伸ばした。

 

 

「んっ、ちゅ、ちゅるちゅる……、ん、はむぅ、れろれろ」

 

 

 舌同士が触れた途端背中に両手を回し身体を密着させ、情熱的に口内を貪ってくる奈苗。

 その行動に多少驚いたが、すぐに『治癒の軟膏』を舌先に纏わせる。

 ゆっくりと舌を絡め合い、奈苗の短い舌に軟膏を塗り込んでいく。

 が、奈苗は塗り込んだ側から唾液ごと軟膏を飲み込んでいってしまう。

 それ所か舌を伸ばし俺の唾液腺を刺激して、もっともっとと可愛らしくねだってくる始末だ。

 たっぷり一分、俺とのキスを堪能した奈苗は頬を上気させながら微笑んだ。

 

 

「でへへ……おとーさん、大好きです」

「甘えん坊だな、奈苗は」

「やぁん、そこはおとーさんも好きって言う所ですよぉ」

 

 

 いじけた様に眉尻を下げる。

 そんな仕草も可愛くて押し倒したくもなるが、流石に今は自重が必要だ。

 チラリと横目で伺えば大ちゃんやにとりは言うに及ばず、あの色恋沙汰には関心の無さそうなチルノまでもが顔を真っ赤にして俺達を見ていた。

 

 

「お、大人のちゅうです……」

「契君ってば、大胆過ぎだよぅ……」

「なんかあたいドキドキしてきた……」

「初々しいな、ちびっ娘達は」

「おとーさんおとーさん、また悪い顔になってますよ?」

「このニヤリ笑いがケイの持ち味よね」

 

 

 とは言え遊んでいてはせっかくのご飯が冷めてしまうので皆を茣蓙に座らせ昼食を取る事に……おいチルノ、何で胡座の中に入って来る。

 

 

「ケイ温かいわね。よし、今日からここはあたいの定位置よ!」

「ほぅ……?」

 

 

 チルノの発言に珍しくカリスマ全開なオーラを纏って威嚇を始めるレミリア。

 だが悲しいかな、右手に握られた焼き鳥串の所為で格好良さは微塵も無い。

 

 

「退きなさい、そこはケイの寵愛を受ける私の特等席よ」

「残念だったわね、早い者勝ちよ!」

「残念なのは貴女の方よ、そこはケイのお嫁さんでも無い娘が座れる様な場所じゃ無いの」

「喧嘩するな二人共、飯が冷めるだろ」

「はぁーい」

「くっ、ケイに免じて一先ず休戦よ」

 

 

 さらりと注意した事で二人は矛を収めてくれた。

 何だかんだ言っても空腹には勝てないらしく、視線は早くも重箱へと向かっている。

 今日の昼食は少し豪華だ。

 紅魔館の完成祝いにかこつけて鬼達が酒盛りを始めた為、それの肴を何故かこちらで用意する事に。

 大量に作った序でに俺達の分も用意したのが、この重箱に入っている。

 俺も昼食作りと酒盛りに参加したかったんだが、村から神様が全員居なくなると言うのも体裁が悪いらしく少なくとも一人、正確には一柱はここに残る必要が有った。

 なので不本意だが俺が残る事になり、下拵えだけ済ませて後はルーミアに任せた。

 昼食係にルーミアと妹紅、こちらの代表として神奈子と諏訪子、宴会の仕切りと監視役に紫と萃香、来賓枠で古明地姉妹が向かった訳だ。

 

 

 ──いや、どう考えてもレミリアがここに居たら拙いだろ。

 

 

 視線の先、紅魔館現当主のちびっ娘はパタパタと楽しそうに羽を揺らして玉子焼きを味わっている。

 まだ五歳の妹に当主代理を押し付けて帰って来たとか何たる鬼畜。

 美鈴もストレスで肌が荒れなければ良いんだが……。

 ともあれ考えるのは後にしよう。

 お絞りで手を拭い、奈苗特製おむすびを手に取る。

 わかめ、小ネギ、じゃこ、青菜を小さく刻んで混ぜ込んだおむすびは塩気控えめながらも口の中に広がる磯の香りが絶妙に美味い。

 

 

「塩加減が良いな、これなら幾つ食べても舌がいがらっぽくなる事は無い。後で奈苗にはみかんのクッキーを焼いてやろう」

「でへへ、おとーさんに褒められちゃいました」

 

 

 小さく拳を握って喜ぶ奈苗。

 日に日に料理の腕前が上達していくな、守矢神社の厨房を預かっているだけ有る。

 と、チルノが俺の袖をくいくい引いているのに気付いた。

 

 

「ん、どうした?」

「玉子焼き!」

 

 

 満面の笑みで答えるチルノ。

 俺は苦笑を一つ返してすぐ前の玉子焼きを箸で掴み、チルノの口元へと運んだ。

 

 

「ほれ、あーん」

「あー……んむっ、んぐんぐ♪」

 

 

 両手を頬に当て幸せそうに咀嚼する。

 チルノといい、こいしといい、ちびっ娘に甘い玉子焼きは大好評だな。

 諏訪子もまぁ、身体が小さいから括りはちびっ娘で良いだろう。

 小皿を手に取り鹿尾菜と蒟蒻と大豆の煮物へ箸を伸ばした所で、漸く再起動して声を上げる娘が二人。

 

 

「チルノちゃんっ!? 何て羨ましい事を!」

「ちょ、ケイ!? 何してるのよ!」

 

 

 ん、二人の台詞逆じゃ無いのか? 

 大ちゃんの口から出た言葉に思わず顔を向けると、視線に気付いて顔を赤くし俯いてしまった。

 存外むっつりさんだな、大ちゃん。

 レミリアはレミリアで羨ましそうな視線をチルノに向けながら焼き鳥串をがじがじと噛んでいる。

 一体この数秒で何本食ったんだ、串が束で皿の上に転がってるぞ。

 

 

「良いなぁ、契君のあーん……」

「ならにとり様もおとーさんの側へ」

「え、わ、私は遠慮するよっ」

「まぁまぁ、そう照れずに♪」

「と言うかケイ、嫁で有る私に対して愛情とイチャイチャが足りないわよ」

「フランと美鈴に押し付けてサボった報いだ、ちょっとは反省しろよ?」

「唐揚げ!」

「ん、あーん」

「あーん……ぱくっ♪」

「チルノちゃん、良いなぁ……」

「お父様、玉子やお肉だけでは栄養が偏ります。こちらの枝豆を」

「お、気が利くな。ほれチルノ、あーん」

「あーん、んむんむ」

「レミリア様、お茶が入りましたよ。熱いので気を付けて下さいね」

「ありがとう奈苗。……あちゃっ」

「お約束だなレミリア。しかし猫舌吸血鬼とか字面的にどうなんだ」

「今更だと思いますよ、お父様」

「それもそうか。……皆、注目」

 

 

 パンパン、と二度掌を打ち鳴らし会話を切り視線を集める。

 皆何事かとぽかんとした表情を浮かべているが、それは流石に注意力散漫じゃないのか? 

 

 

「面倒だから単刀直入に言おう。……この娘を連れて来た、若しくは見覚えの有る奴は居ないか?」

 

 

 そう言って俺は右隣に座る緑髪の小さな女の子を指差した。

 その動きに漸く乱入者の存在に気付き、皆が反応を示す。

 が、彼女を知る者はいなかった。

 いつから紛れ込んだのかは不明だが、身なりを見る限り浮浪児では無いらしい。

 ぶかぶかの長袖ブラウスにベスト、フリルの付いたミニスカート……ん、この格好どこかで見なかったか? 

 左の方が少し長い特徴的なショートヘアも吊り上がった凛々しい瞳も、微妙に見覚えが有る気がする。

 一体どこでと頭を悩ませていると、にとりが小さくあっと声を上げた。

 

 

「契君、この娘、さっき彫ってた地蔵じゃないかな?」

「……地蔵?」

 

 

 言われ、まじまじと美幼女を見つめる。

 長い睫がしっとり艶やかで綺麗だ。

 柔らかそうな頬は見るからにもちもち肌で思わず触りたくなる。

 

 

「んっ」

 

 

 おっと、無意識の内につついていた。

 しかしこの柔らかさは実に素晴らしい、妹紅やフランに勝るとも劣らないぷにぷに加減だな。

 と、現実逃避はこの辺にして置こう。

 まぁ、色々と疑問は有るが差し当たって一番の謎は『彼女が地蔵だとして、何故動き出すに至ったか』だ。

 九十九神に成るには時間が無さ過ぎる。

 と言うかさっき俺が削り出したばかりの地蔵に魂が宿るとは考えにくい。

 が、見た目は間違い無く俺が彫っていた美幼女フィギュア……もとい地蔵だ。

 

 

「君は俺が彫っていた地蔵なのか?」

「ええ、そうですよ。私はお父様に生み出して頂いた地蔵菩薩です」

「あっさり肯定されると反応に困るが。……いや、今はそれよりも大切な事が有る」

 

 

 幾分声を落とし真面目なトーンで話す俺に、彼女だけでなくにとりやレミリアも背筋を伸ばす。

 皆の視線が集まったのを感じ、俺は厳かに口を開いた。

 

 

「取り敢えず食おう、飯が冷める」

 

 

 ゴッ、と鈍い音を立ててレミリアが頭から背後に倒れた。

 ナイスな反応だな、次の宴会でレミリアとコントでもやってみるか。

 にとりは「えぇー……」と毒気を抜かれた様にタマネギ形の汗を浮かべ、大ちゃんと彼女はぽかんと口を開けている。

 いつも通りなのはチルノと奈苗だけか。

 チルノは解っていないだけだろうが、奈苗は間違い無く俺の思考を読んでいたな。

 

 

「よく解んないけどいいや。ケイ、次は大根の煮物!」

「ん、あーん」

「あーん、んぐんぐ。美味しー♪」

「おおっ、流石はおとーさんです。私のが霞んじゃうくらい美味しいです」

「奈苗の作った挽き肉と獅子唐の炭火焼きもなかなか美味いぞ。流石は俺の嫁」

「やぁん、照れちゃいますよぉ♪」

 

 

 マイペースに食事を進める俺達を見て真面目にやっているのが馬鹿らしくなったのか、その後は皆思い思いに箸を伸ばした。

 うむ、やはり食事の時は考えるのを止めて自然体で味わうのが一番良いな。

 彼女の事は後で考えよう。

 神奈子と諏訪子もアレで一応神様だし、神様としては俺より先輩だからな。

 そんな適当っぷりを存分に発揮しながら、俺は少し遅めの昼食を楽しんだ。

 

 



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自分の実力。そして人間辞めてみた。

 

 

「……と言う訳で、何か良く解らんが地蔵が女の子になった」

「最終的にその部分くらいしか情報入ってこないんだけど」

 

 

 困った様に笑う諏訪子とは対照的に神奈子は難しい顔をして腕を組みながら、俺の隣に座る緑髪の幼女を眺めている。

 紅魔館での宴会も終わり帰って来た嫁達と入れ違いに、頭にたんこぶを携えてレミリアは美鈴に回収されて行った。

 一日頑張ったご褒美にフランと美鈴に特製甘味詰め合わせをやったら喜んでいたな。

 因みにちゃんと三人分入れて置いたから、今頃はのんびりとティータイムと洒落込んでいるだろう。

 

 

「まぁ、この娘の扱いは良いとして、だ。俺が気になるのは何故こうなったかだな、理由が解らない事には対処出来ん」

「話を聞いた限りじゃぁ、私もさっぱりだねぇ。神奈子、何か解った?」

「あぁ、解ったぞ」

「だよねぇ、そう簡単には……って解ったんかいっ」

 

 

 ずびしっ、と突っ込みを入れる諏訪子。

 最近この二柱がどんどん俗っぽくなって来ているんだが、そんな神様で大丈夫か? 

 主に信仰の質が。

 ともあれ事態が進むのならそれを止める理由は無い。

 視線を向け促すと神奈子は一つ頷き、天高く右手を振り上げた。

 そのまま勢い良く振り下ろし指先を俺に突き付け、やたらと気合いの入った声で告げる。

 

 

「犯人はお前だ、望月契!」

「神奈子様、お茶が入りましたよ」

「お、有り難う奈苗」

「ちょ、真面目な空気どこ行った!?」

 

 

 シリアスな雰囲気を霧散させながら湯呑みを受け取る神奈子。

 それに堪らず身を乗り出して突っ込む諏訪子。

 もうお前等で漫才やれよ。

 と言うか奈苗も絶妙なタイミングで入って来たな、もしかして狙ってたのか? 

 目を向けた先、良い笑顔でサムズアップする奈苗が居る。

 ……これはネタを会得した事を褒めるべきか、はたまた悪ノリが過ぎると叱るべきか悩む。

 

 

「神奈子さん、話を続けて下さい。お三人共、悪ふざけが過ぎるとお父様に飽きられ呆れられ見捨てられますよ」

「あ、あぁ、すまん」

「でへへ、ごめんなさい」

「フヒヒ、サーセン」

「よし、諏訪子だけ境内をマイムマイムステップで五十周」

「フヒィッ!?」

「と言うかそのキャラは止めろ!」

「ちぇー。マイムマイムだけだと飽きるから残り二十はカズダンスで良い?」

「別に良いが、カズダンスで境内を走り回る神様って何なんだろうな」

「夫の家庭内調教に口答え一つしない健気な可愛い妻だよ」

 

 

 ぱちりと可愛らしくウインクを残してぱたぱたと廊下を駆けていく諏訪子。

 境内には確かにとりと妹紅と紫が弾幕の練習をしていた様な気もするが……まぁ諏訪子の事だ、三人を巻き込んで遊びながら時間を潰して来るだろう。

 それとなく諏訪子を退席させたのに深い意味は無い。

 なんとなくだが、如何にも真面目そうなこの娘と基本ぐだぐだまったりな諏訪子は相性が悪い様に感じた。

 

 

「諏訪子さんは随分と自由人の様ですね。後でお話してみたいです」

「お手柔らかにな」

「お父様がそう仰るなら、その様に」

 

 

 早くも諏訪子をロックオンした彼女は視線を廊下から外し、小皿のお茶菓子を手に取った。

 今日のお茶菓子は甘藷のタルトだ。

 温かい緑茶の渋さと甘藷のくど過ぎ無い甘味が良く合う。

 一口食べてみた彼女も目を細め、幸せそうに熱い吐息を漏らした。

 

 

「これがお父様の手作りの味ですか。知識で得ていた以上に素晴らしい味です」

「お褒めに預かり恐悦至極、ってな。しかし得ていた知識か、また一つ奇っ怪なワードが出て来たな。神奈子、そろそろ勿体ぶらずに教えてくれ」

「余り引き伸ばしても契に悪いしネタバラシと行こう。この娘は契が生み出した新しい神だよ」

 

 

 ずずず、と美味しそうに緑茶を啜りながら事も無げに言い放つ。

 お代わりを貰おうと隣を見やるが、奈苗はタルトの美味しさにトリップしている為自分で淹れる他無い。

 が、それも絵面的にアレなので苦笑しつつ俺が代わりに湯呑みへ注いでやる。

 

 

「ん、有り難う。まぁ神を神たらしめているのは現状人間な訳だから、契が新たに神を生み出しても問題は無い。ましてや自分で彫った地蔵だし、或る意味でお膳立ては完璧だったって事だね。……少し気になる事は有るけど」

「つまりは意図せず魂を吹き込んだって訳か。人形職人が作った市松に魂が宿るのと原理は一緒か? それと、気になる事とは?」

「まぁ、考え方はだいたい合ってると思うよ。気になるのは契の持つ神力とか霊力が、だね。普通なら相当の力を持っていないと他者の存在そのものへと干渉する事は出来ないんだ。この場合は契の力が具現化して地蔵菩薩を生み出したって事だから、契の神力や霊力その他諸々が急激に消耗していても不思議じゃない。今は大丈夫そうだけど後々身体に不調が現れるかもしれないから、少し確かめて置きたい」

「ふむ、積年の想い等の下地が無いまま生み出した訳だからな。確かに多少損耗していても不思議は無いか」

「しかし契、いつまでもその娘呼ばわりじゃ可哀想だ。何か良い名前を付けてやったらどうだ?」

 

 

 その言葉に彼女はぴくりと耳を動かす。

 無表情を装っているが、少しそわそわしているのが伝わってくる。

 どうやら期待しているらしい。

 ぶんぶんと左右に揺れる尻尾を幻視しつつ、俺は普段使わない方面に脳を動かした。

 

 

「……そうだな、映姫と言うのはどうだ」

「映姫──不思議な響きを持った名前ですね。何か由来は有るのですか?」

「俺の力を元にした知識は沢山有るかもしれんが、実際に体験する事で新しく発見する事も有るだろう。さっき食べたタルト味みたいにな。そんな新しい発見をその綺麗な瞳に映し出して欲しい、って所だな。姫と付けたのはお姫様の様に清楚で愛らしいからだ」

 

 

 ぽん、と音が聞こえた気がした。

 姫の下りを聞いた辺りで映姫の頬が熱を帯び始め、耳の先まで真っ赤になっている。

 

 

「そうですか、お父様に名前を付けて頂けるとは光栄です」

「大丈夫か、顔が真っ赤だが」

「そんな訳無いです、顔が真っ赤に見えるのは太陽光の所為です」

 

 

 ぷいっと顔を背ける映姫。

 褒められたのが照れ臭いのか、俺と目を合わせようとしない。

 どうやら恥ずかしがり屋なのを悟られるのが嫌な様だ。

 そんな可愛らしい仕草に思わず笑みを零すと映姫はそれが不服だったらしく、小さな掌で俺の太腿をぺちぺちと叩いて抗議してくる。

 親を叩くとは失礼な奴め、と俺のゴーストもとい鬼畜眼鏡が囁くので、映姫にちょっとした仕返しをする事に決めた。

 両手で優しく映姫の頬を持ち上げ、コツンと額を合わせる。

 突然の行動に慌てふためく映姫に、最高級の笑顔を向けてやった。

 

 

「お、お父様、何をっ」

「ふむ、熱は無い様だな。なら本当に太陽光の所為らしい」

「だ、だからそう言ったじゃないですか。そ、それより、か、顔が近いです」

「……映姫の眼、綺麗だな」

「ひにゃっ!?」

 

 

 奇声を上げて固まってしまう映姫の耳に、そっと言葉を掛けてやる。

 

 

「ずっと抱き締めていたいくらい可愛いぞ、映姫」

「な、あ、う……きゅ〜」

「おっと」

 

 

 恥ずかしさが限界突破したのか、映姫はくにゃりと倒れ込んできた。

 この耐性の無さ、本当に俺の力から生み出されたのか? 

 まぁ、可愛いから問題は無いが。

 ふと視線を戻せば一連の遣り取りを見ていた神奈子は呆れた様に溜息を吐き、奈苗は楽しそうに笑っていた。

 

 

「契、自分の娘まで口説くのは流石に節操無さ過ぎないか?」

「可愛いんだから仕方が無い」

「いや、そんなキッパリ言われても」

「将来的にはおとーさんの家族だけで京が一つ出来上がりそうですね」

「なら奈苗には沢山子供を産んで貰わないとな」

「でへへ、ならおとーさん。私をいっぱい孕ませて下さいね?」

 

 

 愛らしいおねだりをする奈苗の頭をぐりぐりと撫でてやり、空いた左手で気絶中の映姫を膝に乗せる。

 小柄な身体は随分と軽い。

 しっかり栄養を取らせてやらないとな。

 

 

「と言うか神奈子、俺の力を測るんじゃなかったか?」

「あ、そうだった。契のタルトが美味しいからすっかり忘れていたよ」

「おだてても何も出ないぞ?」

 

 

 とは言いながらも俺の小皿に乗ったタルトを一つ摘み、神奈子の口元へ運んでやる。

 

 

「ほれ、あーん」

「あ、あーん……」

 

 

 頬を朱に染めながら小さく口を開ける。

 いつまで経っても慣れないらしいが、そんな所も神奈子の可愛いポイントだな。

 緑茶を啜り、ふと考える。

 こうして嫁と愛娘二人に囲まれて過ごす時間と言うのは、きっと掛け替えの無い素晴らしいものなのだろう。

 

 

 ──敢えて贅沢を言わせて貰うなら。

 

 

 ちらりと視線を境内の方へ向ける。

 

 

「あぁっ、私のタルトが!?」

「けろちゃん、かえしてよぉ〜!」

「オーッホッホッホッホ! 契のタルトを返して欲しくばこのわたくしを捕まえて御覧なさいな!」

「にとり、左から回り込んで!」

「ふっ、甘い、甘いぞぉぉっ! 契が耳元で囁く『愛してる』より甘、ぐふっ」

「ナイスもこちゃん、そのまま諏訪子を抑えといて!」

「けろちゃん、しんみょうにおなわをちょうだい、だよ!」

 

 

 あの何とも賑やかな声がまったりした空気をぶち壊してくるのはどうにかならないものか。

 とは言え諏訪子を退席させたのは俺なので自業自得と言えない事も無い。

 それに何だかんだで皆楽しげな様子だからな、まぁ今回は口を出すのも野暮と言うものだろう。

 

 

「くっ、ここで捕まると有っちゃぁ、天下の盗人けろ衛門の名が廃るぜぃ! 秘技、契の未洗濯シャツ隠れの術!」

「わわっ、何このシャツ!?」

「ハッ、にとり近付いちゃダメ! おにいさんの匂いに囚われてしま……あぁっ、もこちゃんがやられた!」

「にぃにのにおい、いっぱいだぁ……♪」

「ふはははは、こんな事も有ろうかと契の肌着を新品とちょいちょいすり替えて置いたのさ!」

「待てやコラァァァァァァ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさいでした」

「うむ」

 

 

 頭にたんこぶを拵えて綺麗な土下座を披露する諏訪子に頷きを返す。

 俺のシャツはスタッフが美味しく頂こうとしていたので全力を以て阻止・回収して置いた。

 諏訪子の処理は映姫に任せるとして、この後は何をして時間を潰したものか。

 

 

「いやいや、契の力を調べるって言ったばかりじゃないか」

「おっとそうだった。少しボケてきたかもしれんな」

「ケイがボケたと聞いて」

「どこから湧いたルーミア」

「やぁねぇ、愛する夫の為ならすぐに駆け付けるわよ」

「でもルーミア様、おとーさんが居なくなったって聞いただけでへなへなと崩れ落ちちゃったんですよ。だからおとーさん、余り心配掛けちゃダメですよ?」

「ちょっ、奈苗っ!?」

 

 

 慌てて奈苗の口を塞ぐが、奈苗は気にせずルーミアに抱き付いて甘えている。

 端から見ると姉妹みたいだな、二人共。

 

 

「じゃあ境内で良いか?」

「うん、特に問題も無いだろうから結界も要らないんじゃないか」

「そこはかとなくフラグ臭がするね」

「諏訪子さん、聞いているんですか? そもそも貴女は一つの事に対する真剣さが足りません。確かに視野を広く持ち多角的な面から物事を見る事も大切ですが、時には一つの所に全力を向けるのも必要な事です。今までは自分で色々な事をこなす必要も有ったのでしょう、ですが最適と言うものは常に流動していきます。神奈子さんやお父様も居るのですから自分一人で何でもやろうとせず、時には助けて貰う事も大切ですよ。勿論自分でやろうという姿勢は立派なものですが……」

 

 

 背後から届くマシンガン説教をBGMにぞろぞろと境内へ向かう。

 アレだな、映姫の説教は次々に話が飛ぶから聞いてる側は最終的に何で怒られてるのかさっぱり解らなくなる。

 しかも一方的に悪いと決め付けるのでは無く、ベストな選択肢が有った事を考えさせる様な諭し方だから反論もし難い。

 ありゃぁ、閻魔の説教に比肩する厄介さかもしれん。

 そんな事をつらつら考えながら階段を下りた所で、不意に影が差した。

 頭上に迫るのは青く透き通った羽と、空の色を映したワンピース。

 

 

「ケイ、捕まえたー!」

「ウワー、ツカマッテシマッター」

 

 

 棒読みで答えたのは気にしないらしく、そのまま両足を肩に乗せ肩車の様に抱き付いてきた。

 むぎゅむぎゅと顔に回される腕がふにふにとして気持ち良い。

 

 

「タルト美味しかったわ! ケイってお菓子作りの天才なのね?」

「おや、天才はチルノの特許じゃなかったのか」

「ケイにも分けてあげる! 夫婦揃って天才で最強よ!」

「そうか、それは凄いな」

「でしょー、えへへ。あ、ケイ何するの? さっきはケロちゃんが暴れてたけど」

「ん、これから俺の封印されし力を現世に解き放ち三千世界の果てまでをも狂気に染め上げようかと思ってな」

「おぉ、よく判んないけどカッコイイ!」

「こらチルノ、興奮するのは良いが眼鏡をぺたぺた触るんじゃない。指紋が付いちゃうだろ」

 

 

 テンションの上がったチルノはぺちぺちと頭を叩いてくる。

 きっと瞳には幾つもの星が瞬いているに違い無い。

 と、普段ならこの辺りで飛んでくる相方の大ちゃんの姿が見えない事に気付いた。

 

 

「大ちゃんはどうした?」

「上だよ!」

「上……ほほぅ、白か」

 

 

 首を上げた先、チルノとお揃いのワンピースの裾と、可愛らしい白い下着が視界に飛び込んできた。

 その上には頬をぽっこり膨らませた大ちゃんが口元に両手を当てている。

 

 

「大ちゃんはどうしたんだ?」

「ケイのタルトが美味し過ぎて食べるの勿体無いから、飲み込めないんだって」

「何だその可愛い理由は、けしからんな。大ちゃんには罰として甘藷のタルトをお土産に持たせてやるか」

「おぉっ、大ちゃん良いなー! 流石はあたい専属の分子ね!」

「惜しい、それを言うなら軍師だ。それにチルノ、お前の分も用意して置くから楽しみにしていろ」

「やったー! ケイは話が解るわね!」

 

 

 ご機嫌に鼻歌を歌うチルノと漸くもごもごと口の中のタルトを食べ進める大ちゃん、それに境内の横でのんびりお茶会の続きをしていた紫、にとり、妹紅も合流した所で本題の計測を始める。

 

 

「で、神奈子。具体的に俺は何をしたら良いんだ?」

「そうだなぁ……私の御柱を撃ち抜いた時みたいに力を入れてみたら良いと思う」

「え」

「ん、どうかしたかい妹紅」

「にぃにって、かなこさんのおんばしら、うちぬいたの?」

「あぁ、そうなんだよ。特に霊力や妖力も纏わずに拳一つでぱかーんってなぁ……」

 

 

 妹紅は明かされた真実に目を丸くし、神奈子は何やら遠い目で力無く微笑んだ。

 まぁ、アレは若気の至りだな。

 それにあの後にもエンチャント重ね掛けやらライフ倍プッシュやら仕込んだから、少なく見積もっても当時の三倍は力が増している筈だ。

 どうなるかな、と多少お気楽に考えながら俺は深く息を吐き出した。

 意識を練り上げ呼吸が止まる瞬間を狙って気を全身から迸らせる。

 

 

「……渇!」

 

 

 裂帛の気合いと共に呼気を吐き出す。

 が、何も起きない。

 しんと静まり返った空気が何となく居心地の悪さを演出している。

 

 

「失敗したか?」

「……みたいだ。契、イメージが悪かったんじゃないか?」

 

 

 イメージか、確かに漠然としたものしか無かったからな。

 次は体内からエネルギーの波を外側へ均等に押し出す様な感覚で行ってみるか。

 再度呼吸を整え、両手を降ろしたまま軽く握る。

 息を吐き出し終えたその一瞬を狙い、全身に力を漲らせた。

 

 

「渇!」

「うわぁっ!」

「きゃぁ!?」

 

 

 力を入れたと同時、周囲に強い風が吹き荒れた。

 皆突然の事に体勢は崩したものの、誰一人転んだり怪我をしたりはしなかった様だ。

 

 

「大丈夫か、皆?」

「ええ、私もチルノちゃんも何とか」

「何今の! 何かケイからぶわーってきたけど!」

「もこうもななえちゃんも、だいじょぶだよー」

「支えてくれてありがとうございます、妹紅ちゃん」

「契君凄いね、あんなの初めてだよ」

 

 

 皆口々に感想を漏らしているが、神奈子と紫、そしてルーミアは顔を苦々しげに歪めていた。

 それに若干不安を覚える。

 

 

「どうした、三人共」

「いやぁ……まさか、だよねぇ」

「ケイならいつかやるんじゃないかと思ってたわ」

「おい、一体何が起きたんだよ」

「契、落ち着いて聞いて欲しいんだが」

 

 

 要領を得ない答えに首を傾げながら神奈子へ視線を向けると、神奈子は珍しく重々しい前置きをしてから口を開いた。

 

 

「契の存在が半神半人から、完全な神へと変異した」

「……はぁ?」

 

 

 

 



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解けた封印。そして互いを貪り合う。※

 昼下がりに起きた騒動のあらましは以下の通りだ。

 度重なる強化で元々人間が耐えられる力の保持制限を突破していた俺の肉体は、既にぼろぼろになっていたらしい。

 それを支えていたのが半神の部分で有り、今回力を開放したのが呼び水となり全身を神の肉体として再構築した。

 更に神としての地力が異様に高く、信仰を主たる源泉とする東洋の神と言うよりは単体で存在し得るだけの力を持った亜神に近い存在となったらしい。

 なので信仰が無くとも神として存在し続ける事が可能だ。

 因みにそれが解った途端、妹紅にせがまれて神奈子と諏訪子も強化する事になった。

 本人達は有りの侭の神で居たいらしかったが妹紅の「あえなくなるのは、やだよぉ」と言う涙目プラス上目遣い攻撃を喰らって敢え無く撃沈。

 何だかんだ言っても愛されてるじゃないかと、心が温まるワンシーンだった。

 ここで終わればイイハナシダナーで済むのだが、この時開放した神力や霊力や妖力が半端では無かったらしく、一大事かと勘違いしたレミリア達と萃香と幽香が駆け付けてきた。

 全員戦闘態勢で来てくれた事は嬉しいんだが、事情を説明したらジト目を向けてくるのは止めてくれ。

 フランと萃香は凄いと褒めてくれた。

 思わずむぎゅむぎゅした、反省はしていない。

 とまぁ、そんなこんなで騒動も一応の片が付いた。

 後はのんびり夕食を楽しみ寝るだけ。

 ……だったのだが今日はイベントが目白押しだったらしく、一日の最後を締め括るに或る意味相応しいイベントが待ち構えていた。

 

 

「んっ、ちゅっ、ケイ、ケイ……っ」

 

 

 寝床に就いて暫く経った頃、襖を開けてやって来た影。

 金色の髪を靡かせた最愛の女性が、一糸纏わぬ姿で俺の布団に潜り込んできた。

 それだけなら別に何ら問題は無いのだが、一つ気になる事が有る。

 艶やかな髪に巻かれた赤いリボン。

 普段ルーミアの力を封印している筈のこのリボンが、大人形態で在る今も髪に巻かれているのだ。

 

 

「ルーミア、封印は、んっ、どうした?」

「ちゅっ、ちゅぷっ、れろっ、んんぅ、解けちゃったわ。それよりケイ、身体が火照って、堪らないの。私が壊れちゃう前に、ケイが壊して?」

 

 

 情熱的なキスの合間から得られた答えは半ば予想出来ていたもの。

 考えられる原因は幾つか有る。

 まず、昼間。

 俺が開放した馬鹿みたいな力に中てられた事で封印に何らかの影響が出た、或いはそれがルーミア自身に干渉した。

 次に思い付くのは封印自体が長い年月の中で劣化しており、偶然今日限界を迎えた。

 最後に、ルーミア自身の妖力が封印を上回った事でそれを打ち破った。

 個人的には最後を推したい。

 まぁ、原因を探るのは後にしよう。

 当面の問題は何らかの要因で発情したルーミアへの対処だ。

 

 

 ──まぁ、今は久し振りにルーミアの身体を存分に味わうとするか。

 

 

 取り敢えず難しい事は後で考えよう。

 据え膳食わぬは男の恥。

 首筋を舐め上げると、ルーミアはぞくぞくと歓喜に打ち震えながら仰け反る。

 舌先が捉えるのは汗に依る塩っ気と僅かな甘味。

 発情した雌の香りが喉から鼻に抜け、俺の雄を目覚めさせた。

 

 

「ふぁっ、あ、ケイ……っ、あ、あ、あぁんっ、熱いの、ケイの逞しいおちんちん、私の中に入りたがってる……♪」

 

 

 艶めかしく腰を揺らして秘裂を亀頭に擦り付け、淫蜜を舐る様に肉棒へ染み込ませていく。

 既に限界まで反り返ったそれを淫唇の中央に宛行い、ゆっくりとルーミアが腰を落として行く。

 カリ全体が埋没した辺りで、一度身体を大きく震わせる。

 早くも絶頂を迎えた様だ。

 

 

「────っ、ま、ぁ、あぁっ! んぁっ、あはぁ……っ」

「何だ、もうイったのか?」

「だって、ケイと一つになれる、って考えただけで、っ、んんっ! あはっ、おかしくなりそうなくらい、嬉しいの、あっ、んはぁぁっ!」

 

 

 いじらしい言葉を口にしながら身体を巻き付けてくる。

 その間も妖艶に蠢く秘裂はゆっくりと肉棒を飲み込んでいき、程無くして互いの肌がぴたりと触れ合う。

 汗ばんだルーミアの身体がひやりとした感触を伝えてくる。

 一番深い所へ到達した肉棒を、容赦無く膣壁が締め上げてくる。

 不規則に締まる事から察するに、何度も小さくイっているらしい。

 

 

「はぁ、あ、あんっ、あっ、あぁ、んぁぁっ、はぁ……んっ! あ……っ、すご、ケイぃ、ケイぃ……っ!」

「どうした、まだ入れたばかりだろ?」

「も、もう私、ダメなの……んんっ、ケイに抱かれるのが嬉し過ぎて、あっ、頭っ、ダメになりそう……っ、あ、あぁっ、やぁっ、中で、中でビクビクしちゃやだぁ……!」

 

 

 甘い声で囁きながら快楽の波に浚われて行くルーミア。

 果たして動いたらどうなるのか。

 好奇心に負けた俺は軽く抽挿を始めた。

 

 

「ひゃ、あっ、あぁぁ──っ! あ、あっ、んぁぁぁぁ────っ! やぁっ、やらぁっ、やめ、やめぇっ、イってる、イってるからぁぁぁぁっ!」

 

 

 にゅぷっにゅぷっ、と卑猥な感触と共にカリが淫蜜を掻き出して行く。

 それに合わせる様に膣内がきゅぅぅっと締まり、ルーミアの絶頂を教えてくれる。

 理由は解らないが、抱く度に感度が上がっている様だ。

 ならば駄目押しに、とルーミアへ『不死の標』を発動させる。

 再生力の増加が齎すのは不老長寿だけでは無い、生物の「殖える」と言う本能を強力に刺激してくる。

 言わば媚薬を体内で生成している様なものだ。

 ならばそれを絶頂中に味わえばどうなってしまうのか。

 

 

「くひっ、ひぃっ、いぃぃぃぃ──っ!? ぃぁっ、あっ、あがっ、ぁ、あぁ────、あ────! あぁ、あっあっ、あ……」

 

 

 両足を爪先までピンと伸ばした後、ぷつりと糸が切れた様にルーミアは頭を左肩に預けてきた。

 数十倍に膨れ上がった快楽が脳の神経を焼き切ったらしい。

 時折びくんと強く身体を跳ね上げて失禁する愛妻の姿に愛おしさが込み上げ、自然と笑みが零れていた。

 

 

「お漏らししながらイクとは、なかなか淫乱だな?」

「うぁ、あ、あぁ……」

 

 

 イヤイヤと首を振る様に舌先で肩口を叩いてくる。

 どうやら幽かに意識は繋がっている様だ。

 そんな方法で意思を伝えてくるルーミアを優しく抱き締め、耳元で囁いてやる。

 

 

「安心しろルーミア、イキ過ぎて死ぬ事は無い。さっき『不死の標』を使ったからな。だから存分にイキ狂って良いぞ」

「あ、ぅ、ぅぁ……!?」

 

 

 背中に回した手を柔らかな尻にずらし、少々乱暴だが鷲掴みにする。

 手の中でむにむにと形を変える白い肌と肉が何とも言えない淫猥さを醸し出す。

 最後の抵抗とばかりにルーミアが舌先で鎖骨を舐め上げてくるのを無視し、俺は腰の抽挿を再開させた。

 

 

「うぁ、あぁぁああぁぁっ、あぁっ、あ、あ──っ、あぁ──、ぅぁっ、ぁあ────っ♪」

 

 

 目を裏返し口の端を嬉に歪め、いやらしくも美しいアヘ顔を披露するルーミア。

 恐らく瞼の裏ではどの祭りよりも激しく花火が打ち上がっている事だろう。

 肉棒を引き抜く動作に合わせ、秘裂からは絶え間無く潮が噴き上げ続けている。

 鈴口を子宮口に強く押し付けたままルーミアの腰をかくかくと左右に振ってみれば、面白いぐらいに膣壁が肉棒を締め上げてくる。

 首に回された手に握力は無く、だらしなく愉悦に歪む口元からは赤子の様な意味を成さない音が漏れ出ていた。

 

 

「あっあっあっ、ぅっ、あ、あぅ──、ぅっ、う、ぁぁ、あ──♪」

「気持ち良いか、ルーミア?」

「あぅっ、ぅっ、うぅぅ、ぁ、あぅ♪」

「流石に聞こえて無いか。さて、ここらで一度失神させないと本当に壊れてしまいそうだな。壊れてしまったルーミアも、それはそれで可愛いとは思うが」

 

 

 布団の上を転がりルーミアを組み敷く。

 殆ど条件反射なのか、細い両足が俺の腰元を捉え肉棒が抜けない様に身体を密着させてくる。

 そんな愛らしい嫁さんに優しく口付け、寄り一層腰の動きを激しいものへ。

 ぱちゅんっぱちゅんっ、と淫靡な水音が鼓膜を揺らしてくる。

 子宮口は吸盤の様に亀頭を捉え、精子の到来を今か今かと待ち構えている。

 

 

「あっ、ぁ、あ、あぁ、っぁ、あぁっ、あぁぁ──っ、あっあっ、んぁぁぁ────っ、ぅっ、ぅ、ぅぁっ、あ────っ♪」

 

 

 一際高く鳴いたのに合わせ子宮に精子を注ぎ込んでやる。

 溜まっていたのは俺も同じらしく、いつに無く強い勢いで射精が続いた。

 胎内を灼かれる快楽に、ルーミアは悲鳴を上げて意識を手放した。

 

 

「きひぃっ!? ……………………ぅ、ぁ」

 

 

 全身から力が抜け、ずるりと回されていた両腕が布団に落ちる。

 ひゅー、ひゅー、と谷を抜ける風の様な吐息が漏れている。

 ……少々飛ばし過ぎたか? 

 だがまぁ、ルーミアが可愛過ぎるのが悪いんだ。

 責任転嫁した所で再び体位を入れ替え、ルーミアを身体の上に抱きかかえる。

 くてっ、と力無く凭れ掛かる柔らかい身体をそっと抱き締めれば、石鹸の香りが鼻をくすぐった。

 ルーミアが回復するまで、暫くはこうしてのんびり抱き付いているとしよう。

 

 

 

 

 

 

「……ん、ぁ……」

 

 

 二十分程経った頃、ルーミアが小さく身動ぎをした。

 薄く開いた瞼から覗く紅い瞳が俺を捉え、三日月の様に細くしなる。

 

 

「ふぁ……ケイだぁ……♪」

「おはよう、眠り姫」

「えへへ、おはよぉ……ん、ケイぃ、おはよぉのちゅぅ、しよーよ♪」

 

 

 どうやらまだ半分夢の中らしい。

 大人形態にしては珍しくデレデレの甘えん坊状態だ。

 溶けたアイスクリームの様にとろとろの笑みを向けてキスをねだる姿に、思わず胸が早鐘を打ち鳴らす。

 誘われるがまま、その麗しい唇に吸い寄せられた。

 重ねた唇の隙間を埋める様に、互いの舌が伸び、絡み合う。

 こくこくと白い喉を鳴らして唾液を飲み込む様は幼気ながらも酷く妖艶だ。

 

 

「んくっ……ぷはっ。えへへ、ケイだいしゅき♪」

 

 

 いつかの様に、にへらぁと見ているこちらまで溶けそうになる笑みを浮かべる。

 昔はこの笑みが見たくて、色々と走り回っていたんだよな。

 懐かしさに意識を飛ばしていると、自然に手が頭に伸びていた。

 優しく髪を梳いてやる度、ルーミアは嬉しそうに、はふぅと息を漏らす。

 このまま朝までまったりするのも悪くは無いな、と思った辺りで腕の中のお姫様が漸く目覚めた。

 

 

「んぅ……ふぁ……、ケイ?」

「おはよう、眠り姫」

 

 

 再度同じ言葉を掛けるが、込めた意味は少し違う。

 ルーミアは俺の腕に抱かれている事に気付き、次にどんな態勢で居るかを認識し、それでもまだ夢を引き摺っているのか多少混乱した様子を見せた。

 

 

「え、あれ、夢?」

「いや、現実だ。……久し振りに甘えん坊将軍なルーミアを見れた。相変わらず可愛かったぞ」

「……わ、忘れなさいっ、い、今すぐ!」

 

 

 寝ぼけていた時の言動を思い出したのか、途端に顔を真っ赤にして頭をぽこぽこと叩いてくる。

 が、残念ながらその程度の衝撃では記憶は飛ばない。

 答える代わりに、俺は微笑みを向けながら細いその身体を抱き締める。

 初めは抵抗していたルーミアも、次第に力を抜いて身を預けてきた。

 

 

「……もう、ケイはズルいわよ」

「ルーミアが可愛過ぎるのがいけない。それに、こんなに素敵な嫁さんの事を忘れるなんて出来ないだろ」

「最近まで忘れてたじゃない」

「だから誓ったんだ。もう二度と、大切な思い出を忘れはしないと。どんなに満たされて居ても、俺はルーミアが居ないとダメみたいだからな」

「……ばか」

 

 

 ぽつりと零れ落ちた言葉を掬い上げる様に、柔らかな唇を塞ぐ。

 触れ合うだけの、軽いキス。

 すぐに唇を離すが、ルーミアはそれを追い掛けてきた。

 再度、互いの影が重なる。

 いつの間にか頭を掻き抱く様に回された両手が、俺を掴んで離さない。

 長い時間を掛け、やがてゆっくりとルーミアが唇を解放した。

 その顔に浮かぶのは穏やかな微笑み。

 

 

「ね、ケイ。今度はゆっくりしましょ? 壊れるくらい乱暴にされるのも良いけど、今はケイを深く感じていたいの……ダメ?」

 

 

 可愛らしく、こてんと首を傾げる。

 どんな動作でも愛らしく思えてしまう辺り、俺はこの娘が心の底から好きなのだと改めて気付かされる。

 ダメな事なんて一つも無いさ、と呟いて俺は腰をゆっくりと、本当にゆっくりと動かし始めた。

 膣内の襞を一つ一つなぞる様に、肉棒を滑らせていく。

 

 

「んっ……ケイ、私ね、世界で一番ケイが好き」

「俺も、世界で一番ルーミアが好きだ」

「あはっ、嬉しい……二人一緒ね?」

「あぁ、お揃いだな」

「……ケイに逢えて良かった。だって、毎日がこんなに楽しくて幸せなんだもの。昔の私は、世界がこんなに鮮やかだったなんて、知らなかった……」

「なら、これからが大変だな。俺はルーミアをもっともっと幸せにしてやると決めたからな、もしかしたら幸せがいっぱいになって溢れるかもしれないぞ?」

「なら、その分の幸せは皆にお裾分けしないとダメかしら?」

 

 

 視線を交わし二人でくすくすと笑い合う。

 例えどんな未来が待っていても、ルーミアと二人なら乗り越えて行ける。

 どうやら同じ事を考えていたらしく、抱き締める腕に力を入れたのは同時だった。

 その事に、また二人で笑い合う。

 

 

「ケイ」

「ん?」

「好き。大好き」

「俺もだ」

「やだ。ちゃんと言って?」

「ルーミア、好きだ。この世界の誰よりも、ルーミアを愛している」

「ふふっ、良く出来ました♪」

 

 

 背中に回されていた右手が解かれ、俺の頭に伸びる。

 

 

「っぁ」

「ケイ、どうかしたの?」

「い、いや……撫でる事は有っても、誰かに頭を撫でて貰う事は余り無いからな」

 

 

 ぽふりと頭に乗せられた掌から、暖かいものが染み入ってくる。

 心を安心が包み込み、無条件に甘えてしまいたくなる。

 これは危険だ。

 妹紅や幽香にも頭を撫でられた事は有ったが、それらとは違う何かが胸に渦巻いている。

 ただ撫でられているだけなのに、絶対的な安心感と充足感で満たされていく。

 ルーミアはそんな俺の胸中を知ってか、撫でる動きを止めようとしない。

 

 

「ぅぁ、ま、待ってくれ」

「どうして?」

「こ、これ以上されたら頭が変になってしまいそうだ」

「ふふっ、別に構わないわよ? どんなケイでも、私は受け入れてあげるから。……いつも頑張ってるケイに、ご褒美。良い子、良い子」

「〜〜〜〜っ!」

 

 

 今まで感じた事の無い気持ちが込み上がってくる。

 恥ずかしさの様な、嬉しさの様な。

 未知の感情を頭が処理し切れず、唯一解るのは恐怖を感じる程の愛おしさ。

 堪らずルーミアの身体をきゅっと抱き締めてしまった。

 

 

「あら、どうしたのかしら?」

「ルーミア、ルーミア……っ!」

「ふふっ、良い子良い子」

「っ、ぅ、ぅあぁぁっ!?」

「ひゃっ、あ、んぁぁっ♪ ……あはっ、頭撫でられて射精しちゃうなんて、ケイったら甘えん坊さんなんだから♪」

 

 

 柔らかな腕に抱かれ頭を撫でられただけで、俺は呆気無く射精していた。

 同時に身体を包むのは強烈な倦怠感とこの上無い幸福感。

 底無し沼に沈むが如く、抗おうとする度に溺れて行くのが解る。

 もうルーミアの事しか考えられなくなっていた。

 

 

「やっとケイの弱点を発見したわ。これでもうやられっぱなしじゃないんだから」

「ルー、ミア……っ」

「今日は私がケイを壊れちゃうまで愛してあげる。だからケイ、いっぱい甘えても良いわよ?」

 

 

 

 

 

 

 ……正直、この後の事は余り覚えていない。

 気が付いたら夜は明けていて、満足そうに眠るルーミアの顔がすぐ側に有った。

 どれ程搾り取られたのだろうか、初夜を彷彿とさせる腰の痛みに俺は堪らず『疲弊の休息』を唱えるのだった。

 

 



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平和な日常。そして氷精の告白。

 

 

 

 

「……まだ若干腰に違和感が」

「ふふっ、ごめんなさい」

 

 

 目を弓にして柔らかく微笑むルーミアの頬を指先でつついてやる。

 どうやら昨日は新月だったらしく、テンションと力が増幅された事であの様な行動に至ったらしい。

 妖怪としての性故に仕方の無い部分は有るが、なけなしのプライドを保つ為にもルーミアには昨日の事を内緒にする様何度も念を押して置いた。

 了承した時に紅い瞳が一瞬輝いた気もしたが、そこはルーミアを信じる他無い。

 

 

「んっ、はぷっ」

「こらルーミア、幾らお腹が空いたからって夫の指を食う奴が有るか」

「だって私、人喰い妖怪だもの」

「……にしては、ルーミアが人肉を喰う所を見た事が無いな」

「旦那様がショックを受けるんじゃないかって気を回していたのよ。それに、ケイから新鮮なぷりぷりの精子を貰ってるから平気よ。特に昨日のは最高だったわ、またお願いしようかしら?」

「……ルーミアの頼みは断れないから、俺はルーミアがそれをお願いしない様にお願いして置くさ」

「ふふっ、ケイったら」

 

 

 卓袱台に頬杖を付いて慈しむ様に紅い瞳を向けてくる。

 純粋な愛だけを込めた視線に、少し気恥ずかしさが込み上げてくる。

 所在無さげに目を外し頬をポリポリと掻き毟る。

 と、眼前に金の色が揺れた。

 

 

「んむっ」

「ちゅ、ふふっ、隙有り♪」

 

 

 気を抜いた一瞬に身を乗り出し、唇を奪っていくルーミア。

 悪戯っぽく微笑むのが、この上無く可愛らしい。

 そう考える時点で俺は相当深く溺れてしまっている様だ。

 自然と両手が伸びてルーミアの肩を抱き、くいっとその華奢な身体を引き寄せる。

 

 

「んっ、んぅ……ちゅ、ちゅぷ、ちぅちぅ……んくっ」

 

 

 唇を割り舌に乗せた唾液を流し込んでやると、ルーミアは嬉しそうにそれを受け止め白い喉を鳴らす。

 離れた口元から伸びる銀糸が鎖の様に二人を繋いでいた。

 どちらとも無くそれを舌で絡め取り、もう一度深く唇を重ねる。

 甘い香りが肺を満たし、心を満たしていく。

 

 

「おぅおぅ、見せ付けてくれるじゃねぇか兄ちゃんよぉ」

「諏訪子様、チンピラっぽさが素晴らしいです!」

「にぃにとるーみあさん、またなかよくなってる?」

「仲が良いのは素晴らしい事だが……多少は私達の事も思い出して欲しい所だな」

「あっ、朝からくっ、口付けだなんてお父様破廉恥過ぎますっ!」

 

 

 何やら外野が煩い。

 と言うか諏訪子、最近はっちゃけ過ぎやしないか? 

 片胡座をかいて威嚇してくるのは可愛いが縞パンが見えるぞ。

 映姫は映姫で初々しい反応だな、弄り甲斐が有りそうだ。

 

 

「平常運転なのは奈苗だけか。相変わらずだが、何で奈苗は動じてないんだ?」

「にゅっふっふ、私はおとーさんの事なら何でも知っているからですよ!」

「はは、そんな訳が……いや、フラグっぽいからノーコメントだ」

「ねぇ奈苗、契とルー子の間に何が有ったのさ?」

「流石に全部言うとおとーさんも恥ずかしいと思うので、ヒントを一つ。おとーさんは漸く自分がしてきた行動の威力を思い知った、って事ですよ♪」

 

 

 頭に両手をぽんと乗せて前後させる奈苗。

 ……いや待て、何故知っている!? 

 慌てて視線を向けるが、ルーミアも首を左右に振っている。

 見られていた気配はしなかったと思うのだが……流石は俺の血を引くだけは有るな。

 普段ぽやぽやしているが、実は誰よりも頭の回転は早いのかもしれない。

 

 

「解んないなぁ。奈苗、もう一つヒントちょーだい」

「ダメですよ、諏訪子様。これ以上は、しーですよ♪」

「んぷっ」

 

 

 人差し指を立てて唇に軽く当てる。

 端から見ると完璧に諏訪子が妹だな。

 首を巡らせると神奈子は顎に手を当てて思案顔、映姫は手を軽く握って背中をぽこぽこと叩き、妹紅は諏訪子と同じ様に唇を抑えられむーむー星人と化している。

 

 

「むーむー」

「むー?」

「むーむむーむ!」

「むむー」

「むーむーむ」

「むー」

「ゲシュタルト崩壊するから止めろ、と言うか何で会話出来るんだ二人共」

「むむむ」

「何がむむむだ!」

「ケイ、突っ込み所はそこで良いの?」

「いや、これは反射的と言うかお約束と言うか」

 

 

 やいのやいのと部屋の中が一気に賑やかになる。

 と言うか諏訪子と神奈子は自分の神社を空にして来ている訳だが、果たしてそれで良いのか? 

 この前奈苗が「神様は自分の神社を空にするのは良くない」みたいな事を言っていた気がするんだが。

 

 

 ──まぁ、良いか。諏訪子と神奈子の顔を見れただけで、一日元気に過ごせそうな気がするからな。

 

 

 愛しい二柱を見やる。

 怒ったり、悩んだり、笑ったり。

 幾つもの表情を見せてくれる嫁さん達に囲まれながら過ごすと言うのは、何物にも代え難い至福の一時だと思う。

 穏やかな微笑みを浮かべて家族団欒を楽しんでいると、玄関の戸がカラカラと開く音が聞こえ、次いで元気の良い澄んだ声が響いた。

 

 

「ケイー、あーそーぼー!」

「お邪魔します~」

「あ、チルノちゃん達ですね。は~い、今行きます~……ひゃわっ!?」

 

 

 ぱたぱたと廊下に消えて行った奈苗の悲鳴と共に鈍い音が聞こえてくる。

 多分柱に額をぶつけたのだろう。

 相変わらずドジっ娘だな、とルーミアと二人笑い合う。

 と、廊下をどたばたと走る音が響き渡りガラッと勢い良く襖が開く。

 飛び込んで来たのは空色のセミロング。

 

 

「ケイー♪」

「おっと、おはようチルノ」

「んふふー、ケイあったかい♪」

 

 

 部屋に入るなり抱き付いてきたチルノをむぎゅっと抱き締め、サラサラの髪の毛をゆっくり梳いてやる。

 気持ち良さそうに頬を緩め、首元にすりすりと甘えてくる。

 

 

「どうした? 今日は随分と甘えん坊じゃないか」

「今日、あたいの夢にケイが出て来たの! それで起きたらケイに会いたくなったの、だからだから!」

「解った解った、むぎゅむぎゅしてやるから少し落ち着け」

「ケイー、好きー♪」

 

 

 ぐりぐりすりすり、とまるで自分の匂いを纏わり付かせる様に身体を擦り付けてくるチルノ。

 何やら俺の知らない間に、好感度が急上昇しているらしい。

 少し気になったので腕の拘束を緩め、チルノの瞳を覗き込む。

 

 

「夢の中で、チルノは俺と何をしていたんだ?」

「あっ……にへへ、ナイショだよ……♪」

 

 

 頬に手を当てて恥ずかしそうにはにかむ。

 普段元気いっぱいのチルノしか見ていないから、この反応は新鮮だ。

 と言うか非常に可愛い。

 抱き締めたままぷにぷにの頬を指先でつついたりくすぐってやったりする。

 

 

「やっ、くすぐったいよー」

「ほれほれ、言うまで止めないぞ」

「あんっ、ケイの意地悪ー♪」

 

 

 何だこの可愛い生物は、けしからん。

 尚もぷにぷにつんつん遊んでいると、後頭部に軽い衝撃が走る。

 見ると膨れ顔の映姫がべしべしとチョップをしていた。

 それに気付いたチルノは映姫の手を掴み、くいっと引き寄せた。

 完成したのは幼女サンドイッチ。

 

 

「きゃ、な、何を」

「ほら、これで映姫もケイと密着!」

「あ……お父様の背中、暖かい……」

 

 

 目を閉じてむきゅっとしがみ付きながら頬を赤く染める映姫。

 首を戻せばチルノが幸せそうに何度も指をにぎにぎしてくる。

 

 

 ──幼女パラダイス、開園ッッ! 

 

 

 微妙にトチ狂った事を考えていると、廊下から大ちゃんと奈苗が姿を見せた。

 予想通り、額が少し赤くなっている。

 

 

「白符『新たな信仰』」

「おとーさん、ありがとうございます」

 

 

 白い光が奈苗の額を照らし、痛みを取り去っていく。

 少し恥ずかしそうに微笑みながら、奈苗はぺこっと頭を下げた。

 

 

「余り心配させないでくれよ?」

「でへへ、はぁい♪」

「契さん、お邪魔します。皆さんもおはようございます」

「いらっしゃい、大ちゃん。ルーミア、二人にアレを出してやってくれ」

「えぇ、解ったわ」

 

 

 ルーミアは軽く頷いてスッと立ち上がり、奈苗を引き連れて台所へと向かった。

 大ちゃんに座布団を差し出しながら、私も私もと擦り寄ってきた妹紅と諏訪子を両手でそれぞれ抱える。

 ……なんか最近幼女密集率が高いな。

 チルノは少しひんやりしているが、基本的に幼女は体温が高い為冬場は暖かくて良いのかもしれない。

 そんな事を考えながら右手で諏訪子を撫で左手で妹紅を抱き、背中で映姫の吐息を受け止め胸でチルノの鼓動を感じる。

 と、ルーミアが小皿を人数分手にして戻って来た。

 その後ろに奈苗が続き、大事そうに和紙で包んだ箱の様な物を抱えている。

 

 

「おや、この匂いは」

「気付いたか神奈子。流石は我が家の甘味試食担当だな」

「……うん、まぁ事実なんだがその呼び方はもう少し何とかならないのか?」

「皆食いしん坊だものね」

「ルーミア、お前には言われたく無いぞ」

「ふふっ、ごめんなさい神奈子。さぁ、皆おやつにしましょう」

 

 

 ぱんぱん、と手を鳴らしたルーミアは手際良く小皿を並べる。

 その上に奈苗が持ってきたそれを切り分け乗せていく。

 艶やかな黒と黄色のコントラストに、早くもちびっ娘達が歓声を上げた。

 

 

「わ、キレイー!」

「にぃに、これってくりようかん!?」

「昨日夕飯の後に作って置いたんだ。最近妹紅は勉強頑張ってるからな、そのご褒美に特別だ」

 

 

 特に妹紅のテンションの上がり方は尋常では無い。

 さもありなん、妹紅は栗が大好物だ。

 目をキラキラさせて切り分けられていく羊羹をじっと眺めている。

 今にも涎が零れそうなその様子に、思わずルーミアも笑みを浮かべる。

 勿論、ちびっ娘達の羊羹を他の羊羹より少し大きく切ってやるのを忘れない。

 いつの間にか皆卓袱台の周りに集まっており、映姫までもがそわそわしながら羊羹を待っている。

 奈苗が渋めの緑茶を注いでくれ、準備は整った。

 

 

「いただきまーす!」

「あまくておいしぃ♪」

「お茶も美味しいですね、口の中がさっぱりします」

「羊羹まで作るなんて、お父様は多芸なんですね」

 

 

 舌鼓を打ち満面の笑みを浮かべるちびっ娘達を見て、自然と口の端が上がっていく。

 とは言え早く食べないと妹紅からおねだりされてしまいそうなので、早速俺も羊羹に楊枝を入れる。

 うむ、上出来だな。

 羊羹自体の甘さを抑えたお陰で甘露煮にした栗の風味が引き立ち、重くならない絶妙なバランスを保っている。

 渋めの緑茶が舌に残る甘さを洗い流し、鼻へ抜ける香りが爽やかな気分を呼び起こしてくれる。

 

 

「流石はケイね、お菓子の分野では勝てる気がしないわ」

「やっぱり万年口から甘い言葉吐いてるからじゃない?」

「失礼な奴め、なら諏訪子には甘い言葉掛けてやらないぞ」

「ぶーぶー、契の意地悪ー、鬼畜眼鏡ー」

「いや諏訪子、鬼畜眼鏡は褒め言葉になるんじゃないか?」

「よし解った、表へ出ろ駄神共」

「やぁん、妻の可愛い冗談じゃない♪ だからそのデコピンは止め、アッー!」

「ま、待て契、謝るからそのデコピンの構えをだな……ッア──!?」

 

 

 失敬な事を口走る駄神共に愛の鞭をくれてやった。

 ルーミアはケロ子も懲りないわね、と苦笑いを浮かべている。

 妹紅は……我関せずとひたすら栗羊羹に舌鼓を打っており、奈苗に至っては信仰している筈の二柱が涙目な所を見てからからと笑っている。

 それで良いのか守矢神社。

 等と賑やかなティータイムを楽しんでいる所へ、何やら血相を変えた様子で紅魔館のメイド長が駆け込んできた。

 

 

「けっ、契さんっ、た、助けて下さい!」

「穏やかじゃ無いな、何が有った?」

 

 

 巻き上がる砂塵さえ捨て置き街道を駆け抜けて来た赤髪の女性。

 いつに無く切羽詰まったその形相に、俺も背筋を伸ばし思考を切り替える。

 問い掛けた先、美鈴は下唇を噛み締め絞り出す様に言った。

 

 

「忙しくて、私のお昼寝タイムが無くなりそうなんです」

「……あ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「成程な、紅魔館が広過ぎて家事が追い付かないのか」

「そうなんですよぉ、あ、どうもどうも」

 

 

 奈苗にお茶を出して貰い、こくこくぷひゅー、と何とも美味しそうに飲み干す美鈴。

 暢気なその姿からは先程の思い詰めた様子は微塵も感じられない。

 

 

「暮らして居ても三人だけなんだろう、なら使わない部屋はいっそ放置したら良いんじゃ無いのか?」

「ダメですよ契さん。使って無くても埃は溜まっていきますし、部屋の気も淀んじゃいますよ」

「……そんなもんか?」

「ケイは気が向かないと整理整頓しないものね」

「お父様は少々ものぐさな所が有りますからね、普段からきちんとした生活を心掛けないと、んぷっ」

 

 

 説教が始まりそうだったので映姫を膝抱っこして思いっ切り抱き締めてやる。

 少し手をぱたぱたさせ暴れていたが、頭を撫でてやると顔を胸に埋め大人しく抱き付いてきた。

 うむ、扱い易くて良いな。

 そんな映姫を美鈴は興味深そうに眺める。

 

 

「契さん、その娘が噂の?」

「何だ噂って」

「神になった序でに側室を新たに迎えようと思い至った契さんが自ら好みの女の子を作り出した、って聞きましたけど」

「おい待て。誰だその噂を流した奴」

「紫さんですけど」

「ごめんなさいでした」

 

 

 名前が上がった瞬間、綺麗な土下座を決めた紫が俺の右隣へ降ってきた。

 取り敢えず軽くげんこつを落とす。

 

 

「あたっ」

「こら紫、そんな着地したら危ないだろ」

「え、最初に怒るのそこなんですか」

「何だかんだ言ってもおとーさん優しいですから。はい美鈴様、栗羊羹です」

「あぁどうもどうも、いやぁ、甘味は大好物なんですよ」

 

 

 俺に突っ込みを入れるも奈苗の差し出した栗羊羹にあっさり意識を散らす美鈴。

 突っ込み役としてはまだまだ精進が必要だな。

 その後紫を膝に乗せ頬をむにむにと弄りながら話を続ける。

 退いて貰った映姫はと言うと、再び背中に引っ付き鼻をすんすん鳴らして満足そうに微笑んでいる。

 どうやら映姫は匂いフェチらしい。

 ……また俺の箪笥から無くなるシャツが増えそうだ。

 

 

「それで、だ。当主様はそこら辺何か考えは有るのか?」

「うにゅあ~」

「無理はしない様にと暖かい言葉を頂きましたけれど、メイド長としてやはり屋敷の管理を疎かにする訳には」

「その割には駆け込んできた理由がえらく怠惰なものだったが」

「はゆ~」

「そこはアレですよ、怠惰を求めて勤勉になるって奴です」

「まぁ、良いか。美鈴は寝顔も可愛いからな」

「にゅふ~」

「ぅぁ、は、恥ずかしいです」

「はっはっは、そう照れるな。……ふむ、なら新たにメイドを雇ったらどうだ?」

「ぷみゅ~」

「成程、それは良いかもしれません……って契さん、紫さんの顔が潰れちゃいますってば」

「ん、そうか」

「ひゃんっ」

 

 

 ぐにぐにと押し込んでいた手を離すと、ぷにゅんと頬が元に戻る。

 弄り過ぎた所為か若干赤みが差している。

 

 

「はぅ~、ほっぺが餅みたいになるかと思った」

「お仕置きは終わりだ、紫も奈苗に栗羊羹と緑茶を貰ってこい」

「え、良いの?」

「元々そのつもりで多めに作って置いたからな」

「流石おにいさん、愛してるぅ~」

 

 

 むきゅっと抱き付いてきたので額に軽くキスをしてやる。

 にへら、と甘ったるい笑みを浮かべた紫は満足そうに座布団へと移動した。

 ふと視線を感じ目を向ければ、少し顔を赤くした美鈴が俺を見ていた。

 

 

「け、契さんっ。あ、あの、後で私も……キス、して欲しいで、んむっ」

 

 

 伸ばした右手で美鈴の顎を引き寄せ、やや乱暴に唇を奪う。

 本当は蹂躙してやりたい所だが、発情されると話が進まないので触れるだけのキスにして置いた。

 それでも奥手な美鈴には充分刺激的だったらしく、ぽ~っと熱に浮かされた様にとろんとした瞳を向けてくる。

 

 

「続きは今夜に、な」

「は、はい……」

「さて、メイドを雇うという方向性は決まったがどうやって人員を確保するか」

「ねぇ、ケイ」

 

 

 畳の上をごろごろと転がってきたチルノがそのまま膝に頭を乗せてくる。

 優しく髪を梳いてやると気持ち良さそうに目を細めた。

 

 

「こら、はしたないぞ」

「えへへ、ケイ暖かい♪」

「全く、仕方の無い奴だな。それでどうした?」

「メイドって何? 死んだら行くとこ?」

「そりゃ冥土だ。メイドってのは掃除や洗濯、料理なんかを手伝う奉公人の事だ。地方の娘が花嫁修行をする為にメイドになったりもするな」

 

 

 花嫁修行、と聞いたチルノの目が一瞬輝いた気がした。

 突然ぐいっと身体を起こすと両手を腰に当て、むふーと鼻息荒く宣言した。

 

 

「決めた! あたいメイドになる!」

「うん?」

「メイドになったら花嫁修行が出来るんでしょ?」

「まぁ……そうだな」

「だからメイドになって、立派な花嫁になれるように修行する! あたいが立派なメイドになったら、ケイ、あたいと結婚して!」

 

 

 幼い氷精が口にした言葉に、思わず目を見開いた。

 真っ直ぐ過ぎるプロポーズの言葉が、数秒程俺の思考を止める。

 我に返り、向けられた好意を認識し、また思考が止まる。

 それは周りも同じ様で、紫や美鈴は栗羊羹を楊枝に刺したままの態勢で固まり、ルーミアや諏訪子や神奈子は目を丸くし、妹紅や大ちゃんは口をあんぐりと開けている。

 見れば奈苗までもが驚いた様子で口元に手を当てていた。

 皆の様子を見て多少落ち着いた俺は改めてチルノと向き合う。

 キラキラした瞳で俺を見る妖精を、壊れない様そっと抱き締めた。

 

 

「……そうだな。チルノが立派なメイドになったら、改めて俺から告白する。俺と結婚してくれ、ってな」

「えへへ、これであたいとケイはこんにゃくしゃだね!」

「それを言うなら婚約者、だ」

「細かい所は気にしちゃダメよ!」

「にしても、どうしてチルノは俺を好きになってくれたんだ? 今までそんな素振りは無かったと思うんだが」

 

 

 一番気になるのはそこだ。

 昨日まではお互い仲の良い友人くらいの距離感だった筈。

 特にフラグも建てた覚えは無い。

 覗き込んだ先、チルノは照れた様に頬を上気させて小さく口を開いた。

 

 

「あのね、夢で見たの。あたいとケイが、一緒に暮らしている所。夢の中ではとっても楽しくて、胸がぽかぽかして、すっごく幸せだった。起きたらそのぽかぽかがまだ残ってて、でも最初はそれが何だか解んなくて。ケイの事考えたら、また胸がぽかぽかして、身体もふわふわして、すっごく不思議だったの。これってもしかしたら恋なのかな、って思ったらケイが好きなのが止まらなくて、もう頭がわーってなっちゃった。でもね、全然イヤじゃ無いの。ケイの事を好きって解ったら、とっても嬉しくなって」

 

 

 少し興奮を声に滲ませながら、チルノは身振り手振りを交えて俺に思いの丈を伝えてくる。

 自分の気持ちを余す事無く伝えたい、そんな想いを感じた。

 

 

「だから、あたい決めたの。今日、ケイに好きって言うんだって。ケイにはいっぱいお嫁さんが居るから、あたいは相手にしてもらえないかもしれないけど、でも、それでも良いの。あたいがケイの事を勝手に好きになっただけだから、ケイがあたいを見てくれなくても……あ、本当はいっぱい一緒にいたいよ? でも、あたいはケイが好きだから、ケイの側にいられるだけでも嬉しいの。だから、ケイ、あたいをケイのお嫁さんにしてください」

 

 

 ぺこり、と最後に小さく頭を下げる。

 こんな幼い身体にこれ程大きな気持ちを抱いていてくれたのか、と気付かされる。

 好きと決めたら一直線、そんなチルノらしい想いに俺は知らず両手を伸ばしていた。

 抱き締めた身体は少しひんやりとしていて、暖かい。

 

 

「チルノ、俺は焼き餅妬きだぞ?」

「あたいはケイだけしか見てないから、大丈夫だよ」

「束縛も強いぞ?」

「あたいがどこにも行かないように、しっかり捕まえてね」

「……いやらしい事もいっぱいするぞ?」

「あたいの事、好きにして良いよ。あたいの全部を、ケイにあげたい」

 

 

 もう、言葉は要らない。

 そっと重ねた唇は微かに震えていた。

 掻き抱く様に強く小さな身体を抱き締めると、チルノも抱き返してきた。

 

 

「……成程、外から見たらケイの甘々っぷりが良く解るわ」

「ルー子もこんな感じだったよ」

「と言うか契、公衆の面前だというのを忘れてないか?」

「ここまでくると、おこるよりもなんだか、すがすがしいきもちになるね」

「今日はお赤飯炊きましょうか♪ チルノちゃんとおとーさんの婚約記念に」

「いっそおにいさんが女の子堕とす度に宴会やろっか」

「月に一、二回の頻度で宴会になりそうですねぇ」

 

 

 ……感動的なシーンの筈が色々とぶち壊しだ。

 因みに喋らなかった二人、大ちゃんは何やら思案顔で俯き映姫は背中で寝息を立てている。

 唇を離すとチルノは恥ずかしそうに頬をポリポリと掻き、上目遣いにちらちらと視線を送ってくる。

 流石にこの状況でのキスはムードが無かったか、と少し反省する。

 そして宴会の準備に何故か主賓で有る筈の俺が駆り出された。

 チルノの好物を聞き出し、甘い茶碗蒸しや南瓜の天ぷらを作りつつデザートの葡萄ゼリーを氷室へとぶち込んで置く。

 台所を縦横無尽に駆け回りながら、そう言えばメイド云々の話はどうなったのか、と疑問を抱える俺だった。

 



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新生紅魔館。そしてちびっ娘と探検。

「と、言う訳で今ここに紅魔館の未来を、生活を支える勇士が集まった……!」

「おぉー、なんかカッコイイ!」

「わー、ぱちぱち♪ お兄さんたいちょー、カッコイイよ~」

 

 

 仰々しく宣言した俺にチルノが目を輝かせこいしが拍手を送る。

 テンションの高さに付いて来れずぽかんとした顔をしているのは大ちゃんとさとり。

 そんな俺達を見守るのは紅魔館の面々だ。

 因みにフランは昼寝から起きたばかりな為、若干ぽやぽやしている。

 皆が集まったのは紅魔館のロビー。

 どこぞのホテルかと見紛う程に豪華で煌びやかだが、嫌らしさの無い気品溢れる内装となっている。

 足元はふかふかの絨毯が敷かれており、天井にはやけに艶やかな微笑みを浮かべている半裸の男性を象った彫像が中心に置かれた見事なシャンデリアが吊られている。

 モデルが誰なのかはこの際無視する。

 乱れた和服の裾に『世界で一番カッコイイ私のご主人様、望月契の彫像。貴方の萃香より、愛を込めて♪』とか言う一文も全く視界には入らない。

 恐らく発注しただろうレミリアはシャンデリアを見上げ、うむうむと満足げに頷いている。

 何で発注したか小一時間程問い詰めたい。

 

 

「まぁ、前置きはこの辺にして本日の目的と今後の予定を話そうか」

「では私から本日の予定を」

 

 

 俺の隣に美鈴が並び立つ。

 ちびっ娘達の前だからか少しお姉さんっぽく振る舞っている所もまた可愛い。

 だが普段とは違う雰囲気がちびっ娘達には好評らしく、さとりまでもが目を輝かせている。

 

 

「今日は皆さんにメイドがどんな仕事をしているのかを知って貰う為に、私の仕事を見学して貰おうと思います」

「美鈴さんのお仕事ですか?」

「ええ、皆さんはメイドの準備と聞いても余り想像が付かないんじゃないかなぁと思うんですよ」

「確かに解んないや」

「メイドという職業を知ったのも最近ですからね」

「あたい知ってる!」

 

 

 さとりとこいしが首を捻る横で、チルノが元気良く右手を上げた。

 意外な解答者に美鈴も驚きの声を上げる。

 

 

「おぉっ、じゃあチルノちゃん、どんな仕事をするか皆に教えてあげて下さい」

「わかったわ! メイドはご主人様が過ごしやすいように、洗濯や掃除、料理なんかをこなすのよ!」

「おぉ~、正解です」

「そして、ゆ、ゆ……そう、優秀なメイドにはご主人様がご褒美としてえっちな事をしてくれるのよ!」

「ぶふっ」

「おい待て、後半を吹き込んだのはどこのバカだ」

 

 

 予想外の答えに美鈴が思わず吹き出す。

 と言うか何だそのエロゲーみたいなメイド観は、本職のメイドから苦情が来るぞ。

 すかさず突っ込んだがその甲斐無く、他の三人は顔を真っ赤にしてチルノの説明を信じ込んでしまった。

 更に状況を悪化させたのは、まさかの現当主だ。

 

 

「日本は基本的に夫が家長になるんでしょう? 当主は私だけど、ご主人様はケイになるわね。つまり優秀な誰かにはケイのえっちなご褒美が与えられる、と」

「け、契さんから……」

「えっちな、ご、ご褒美ですか」

「……お兄さん、ケダモノだぁ……♪」

 

 

 待てこいし、何で若干嬉しそうなんだ。

 と言うかそれ以前に皆満更でも無さそうなのは如何したものか。

 

 

 ──ふっ、年端も行かぬ幼女達を惑わせてしまうとはな、全く罪な事だ。

 

 

 取り敢えず自己陶酔してみた。

 そんな俺の脇腹をレミリアが苦笑しながらつついてくる。

 

 

「ケイ、またしょうもない事考えてるでしょう?」

「失敬なお嬢様だな。……だが美鈴、仮に皆を雇ったとして主従関係を教え込むのか?」

「いえ、皆さんにはあくまでお手伝いとして働いて貰おうと思います。まだまだ幼いですから余り染めては良くないでしょうし、何よりお嬢様や妹様のご友人として居て欲しいので。特にこいしさんは妹様と大の仲良しですしね」

 

 

 優しい眼で、美鈴は軽く振り返る。

 くぁぁ、と大きな欠伸をする八重歯の特徴的な幼女が、そこに居る。

 今回の事で最も懸念していた事項を、美鈴は正しく理解していてくれた様だ。

 雇うとなれば当然上下関係が発生する。

 一般の企業なら当然の事だが、この場合大元の雇い主が幼女なら雇われる側も幼女と言う不可解極まり無い状況だ。

 その上皆が友人同士となれば、上下関係で縛り付けるのは悪手だろう。

 重ねて言うが、美鈴以外は幼女なのだ。

 彼女達の人格形成や心身の健康や成長を鑑みた場合、家の手伝いの延長として捉えて貰った方が良い。

 

 

「給料……もそのまま給金とせず、俺がデザートを振る舞ったり要望を聞いたりと言う形にしようと思うんだが問題無いか?」

「ええ、大丈夫ですよ。その分割り当てる仕事も簡単なものにするつもりですから」

「なら給料は日当で良いな。次に拘束時間なんだが」

「三十分を一つの区切りとして、一日で二時間程度でどうでしょう」

「そんな程度で大丈夫なのか? 三週間を試用期間として考えて、仕事が捗るとは思えないんだが」

「期待してますよ、たいちょー殿♪」

 

 

 少しおどけてウインクをする美鈴。

 それが意味するのは一つ。

 チルノ達に混ざって俺も働けと言う事だ。

 遂に執事にクラスチェンジか、等と暢気な事を考えている場合では無い。

 改めて紅魔館の内部を、特に左右に伸びる廊下を見やる。

 デカい。

 広い。

 長い。

 床掃除だけで半日終わりそうな気がしてきた。

 そんなだだっ広い空間に箒やモップ片手に放り出され延々床を掃き続けるとか、一体何の訓練だ。

 

 

「料理は得意なのに掃除は苦手って珍しいわよね、普通家事として一緒くたに付いて来るものじゃないかしら?」

「不自由しない程度に片付いていれば良いんだよ、実際それで今まで生きて来た訳だしな」

「ケイって意外とものぐさなのね、やっぱりあたいみたいにしっかりしたお嫁さんが居ないとダメだわ!」

「だな。それじゃ俺の代わりに掃除は任せたぞ、小さなお嫁さん」

「任されたわ! 大丈夫、ケイにはあたいが付いてるから!」

 

 

 腰に手を当て、むふーと得意気に息を吐くチルノ。

 非常に扱い易くて良いな。

 が、レミリアはそんな俺達を見て、額に手を当ててやれやれと溜息を吐く。

 

 

「こうやってケイの毒牙に掛かる娘が増えていくのね……」

「むぅ、起きたらお兄様がチルノちゃんを誑し込んでる~」

「こら吸血姉妹、失敬な事を言うんじゃない。それとフラン、おはよう」

「あ、おはようお兄様! えへへ、お兄様今日もカッコイイ♪」

 

 

 ぴょんと軽く跳ねて宙に浮かび上がったフランが、俺の首に細い腕を回して抱き付いてくる。

 楽しげにシャランシャラン、と水晶の羽が揺れ涼しげな音を響かせる。

 と、更に寄り掛かってくる影が有る。

 フランの背後から飛び付いて来たのは、無意識の中に入り込む悪戯っ娘こいし。

 勿論それを知覚出来るのは俺だけなのだが、不意の行動だった為に二人を受け止められずそのまま倒れ込んでしまった。

 幸い床には絨毯が敷かれているので背中を打ち付ける事は無い。

 まぁ、例え岩が転がっていても二人に心配させない様に平気な顔はするが。

 

 

「もぅお兄様、レディを受け止められないなんてダメダメだよ?」

「その文句はフランの背中にいる悪戯っ娘に言ってくれ」

「ほぇ? わわ、こいしちゃん!?」

「フランちゃん、やほやほ~」

 

 

 俺の腹に乗ったフランも一緒に抱き締め、ご満悦な顔を見せるこいし。

 一方のフランは突然背中から抱き締めてきた友人の姿に目を丸くしている。

 それに一拍遅れて、他の皆がこいしに気付いた。

 

 

「あぁもう、ダメでしょこいし! お兄さんごめんなさい、妹がご迷惑を」

「気にするな、せっかくだしさとりも抱き付いてみるか?」

「え、えぇぇっ!? いっ、いえっ、私はそんな、ダメですよ!? ……で、でも、ちょっとだけなら」

「ほら大ちゃん、あたい達もケイの事むぎゅーってしてあげよ!」

「わっ、チルノちゃん!? えっと……し、失礼します」

 

 

 存外あっさり陥落したさとりが控えめに右腕へと抱き付いてくる。

 それを見たチルノが大ちゃんと一緒に肩口の辺りに腰を下ろし、チルノは左腕に抱き付いた。

 大ちゃんは少し気恥ずかしそうにしながら俺の頭を持ち上げ、大胆にも膝枕をしてきた。

 後頭部に柔らかい感触と優しい温かみが伝わってくる。

 

 

「ケイ、鼻の下が伸びてるわよ」

「錯覚だ。……だがこうして居ても仕方無いか、大ちゃんの膝枕は名残惜しいが屋敷を回るとしよう。皆、一旦退いてくれ」

 

 

 俺の言葉で皆素早く離れてくれる。

 が、立ち上がった途端わらわらと集まり出して再び幼女に取り囲まれる。

 小学校低学年の教師になった気分だ。

 チルノを背負いこいしを抱っこ、両手はそれぞれさとりと大ちゃんが握り、フランは肩車だ。

 

 

「お兄様、しゅっぱつ~♪」

「わー、落ちるー♪ お兄さん、ちゃんと支えてよー」

「ケイ、屈んだらあたい落ちちゃうよ」

「契さんの手、大きくて温かいですね」

「何だか優しい手ですよね。安心するって言うか、ほんわかするって言うか」

 

 

 何とも賑やかなちびっ娘を引き連れ、苦笑を浮かべる美鈴とレミリアに先導され広い廊下を行く。

 高そうな壺やら見事な風景画やら、一体どこから掻き集めて来たのかと問い質したくなる様な内装が広がっている。

 それら調度品が実に優雅な印象を与えるのだが、どうにも気になる事が一つ。

 紅、紅、紅。

 視界に入るものの殆どが紅い色で染め上げられていた。

 屋敷の名そのままに紅を基調としたのは良いかもしれないが、流石にこれは如何だろうか。

 紅一色の室内を見ていると平衡感覚がおかしくなりそうだ。

 侵入者除けには効果を発揮しそうだが、その前に住人が発狂しないかコレ。

 そんな事を考えて前の二人を見やると、美鈴は紅い景色等意に介さぬと言わんばかりに涼しい顔をしている。

 だがレミリアは心無しか左右にふらふらと揺れている気がする。

 家主が慣れない屋敷って何なんだろうな。

 レミリアは何度か躓きそうになるが、その都度美鈴がそれとなく支えてやり事無きを得ている。

 流石メイド長、身のこなしが瀟洒だ。

 と、途端に目の前が暗くなる。

 

 

「ん?」

「お兄様、美鈴のお尻見てる」

「ひぇえぅ!?」

 

 

 フランのややむくれた言葉に美鈴が可愛らしい悲鳴を上げる。

 成程、視界を塞いでいるのはフランの小さな手か。

 と言うか突飛な事を口にするのは止めて欲しい、お陰で身体に抱き付く力が幾分強まった気がする。

 どうなっているのかは解らないが端から見る分には余程面白いらしく、レミリアが凄く楽しそうな声を掛けてきた。

 

 

「ふふっ、やぁねぇケイったら。まだ陽も高いのにお盛んなんだから」

「冤罪だ!」

「ケイのえっちー」

「お兄さんえっちー」

「お兄様えっちー」

「お前等解ってて言ってるだろ!」

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなでちびっ娘達に振り回されながら紅魔館を行く。

 正直幼女のパワーを甘く見ていた、何なんだあのバイタリティは。

 一部屋回る度に簡単な部屋の説明と掃除の際に気を配るべきポイントを美鈴が解説してくれるので、それを皆真剣に聞き入れるのだが次の部屋に移動する段になった途端じゃんけんを始める。

 勝った者から俺のどこに抱き付けるかを決められるらしい。

 唐突に始めるので俺は置いてけぼりだが。

 そうしてちびっ娘達の真剣勝負が一部屋毎に繰り返され、毎回違う形態の幼女タワーが廊下を練り歩く事となる。

 因みにさとりは心が読める為じゃんけんには参加せず、一番目二番目三番目……と順番を交代で決める。

 

 

「一先ずはこんな所ですかね」

「お疲れ、美鈴」

「いえいえ、それを言うなら契さんの方がお疲れかと」

 

 

 謙遜しながらも柔らかい朗らかな微笑みを返してくる美鈴。

 本当に良く出来た娘だな、その綺麗な心をいつまでも大切にして貰いたい。

 そんな事を考えつつ紅い廊下を歩き、漸く出発したロビーへと戻ってきた。

 時間にして約二時間。

 途中遊びながらとは言え、この広さを美鈴一人で支えるのは確かに無理が有る。

 それでも今回見て回った部屋に埃が積もっていなかった辺り、美鈴は相当に優秀なのだろう。

 本格的に欲しくなってきた。

 一家に一美鈴の時代が来るかもしれん。

 

 

「さ、到着だ。皆整列」

「「「「「はーぃ」」」」」

 

 

 五人が声を揃えて返事をし、各々掴んでいた手を離す。

 早くもシャツがヨレヨレになってしまったな、帰ったら洗濯籠に放り込むか。

 横一列に整列したちびっ娘達を眺め、俺は一つ頷いて右手を伸ばした。

 

 

「フランはこっちだろ」

「あ、そうだった」

 

 

 素で間違えていたフランの手を引きレミリアに預け、改めて四人に向き直る。

 

 

「……さて、紅魔館を見て回り美鈴がやっている仕事をざっくり説明した訳だが、皆どう思った?」

「仕事量の多さに驚きました。これを美鈴さんが一人でやっているなんて、まだ信じられませんよ」

「さとりは普段家事を手伝ってくれているから、余計に大変さが伝わったか。大ちゃんはどうだ?」

「部屋ごとに注意する所が違ってて、でもそれを全部覚えて掃除している美鈴さんが凄いです」

「だよなぁ、俺も聞いてて驚いた。掃除にそんな頭使った事無いからな。こいしはどうだ?」

「これって私達が手伝ってもまだ人手足りない様な気がする」

「……確かにな。いっそ街道を整理して住み込みで働ける様な環境にして村で遊んでる連中でも働かせるか。じゃあ最後にチルノ」

「骨は折れそうだけど問題無いわ、だってあたい達が手伝うんだもの! 頑張って仕事を覚えて、みんなでケイと遊ぶのよ!」

 

 

 その言葉に大ちゃん、さとり、こいしがハッと顔を上げる。

 唯一気後れしていないチルノが強気に言い放った言葉は他の三人の心を強く打った様だ。

 

 

「……うん、そうだよね。美鈴さんにはお世話になってるし、ちょっとずつでも恩返ししていかないと」

 

 

 こいしの言葉に二人も頷きを返す。

 仕事の大変さに目が行く余り尻込みしていた様だが、今はやる気に満ち溢れた瞳を向けてくる。

 図らずとも最後にチルノへ振った事が功を奏した形だ。

 もしかしたらチルノには上に立つ者の素質が有るのかもしれないな。

 当の本人はそれを知ってか知らずか、むふーと得意げに鼻を膨らませている。

 時折ひくひくと小鼻が動くのが何とも可愛らしい。

 

 

「じゃあ美鈴、早速仕事を割り振ってくれ」

「お、契さんやる気ですね?」

「皆もやる気だからな。さぁ、終わったら俺が何かおやつ作ってやるぞ」

「おー、ケイのおやつ!」

 

 

 おやつ、という言葉にチルノを始め皆が更に活気付いた。

 見ればフランとレミリアまでもがやる気満々に雑巾を手にしている。

 美鈴まで目を輝かせるのはどうかと思うが……まぁアレだ、甘いものの誘惑に女性は弱いと言った所だろう。

 微笑ましくそれを眺め、一息付いて俺は右手を振り上げた。

 

 

「よし、紅魔館清掃部隊、出撃だ!」

『おーっ!』

 

 



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竹林で休養。そして輝夜の黒歴史暴露。

 

 

「ねぇ、もっちー。ポテチ取って」

「ん、ほれ」

「あーん」

「ん、あーん」

「……んぐんぐ。いや、もっちー。頼んだのは私だしやってくれたのは嬉しいんだけど、その、恥ずかしくない?」

「ん、別に。楽しいぞ、ぐーやの可愛い所が見れて」

「口説かれた! もこちゃん、私口説かれたよ!」

「かぐやちゃん、てれかくしでもそんなはんのうしてたら、にぃにのこころはつかめないよ?」

「うぐっ、た、確かに……で、でも恥ずかしいんだもん!」

「恥ずかしがるぐーや萌えー」

「も、萌えんなー!」

 

 

 適当に返事をしながら台の上に置かれたポテチに手を伸ばす。

 程良い塩加減とパリッとした食感が旨い。

 お土産に持ってきたジャガイモで試しに作ってみたが存外大成功だったな。

 永琳も大絶賛しながら皿一杯に乗せて研究室へ持って行ったが、薬を調合しながら食っても大丈夫なのか? 

 そんな疑問が浮かんだがパリパリ食べ進める内に考えるのが面倒になり思考を放棄する事にした。

 矢張りこの兵器の威力は恐ろしい。

 

 

「そう、その名は炬燵……っ!」

「は? いきなり何よもっちー」

「抗えぬ、人が人で在る以上は。炬燵こそ世界を統べるに相応しい……」

「ちょ、ちょっともこちゃん、もっちーが壊れたわよ!?」

「あはは、にぃにもいいかんじにとけてるねー」

「笑って済ませて良いの!?」

 

 

 輝夜が何やら騒いでいるな、元気の良い事だ。

 俺はすっかり炬燵の魔力に溶けていると言うのに。

 いよいよ冬目前といったこの時分、俺と妹紅は永遠亭へと泊まり掛けで遊びに来ていた。

 何だかんだで暇しているだろう二人に襲撃を掛けると共に、ちょっとした気分転換も兼ねての来訪だ。

 永琳曰く、永遠亭の周辺に張り巡らせた防護結界の調整が終わったとの事で、以前の様に隠れ潜む必要が無くなったらしい。

 とは言え引き隠る生活が長く続いた事で余り出歩くのも気分が乗らない。

 そこで比較的気心の知れた妹紅を伴って、今回遊びに来たという訳だ。

 まぁ、妹紅には俺が迷わない様に手を引く役目も有るが。

 何度来ても迷うんだよな、ここ。

 

 

 ──何故か妹紅は迷いもせず、一直線に永遠亭を目指せるが。

 

 

 何でだろうな、と若干眠たげな視線で妹紅を見やる。

 炬燵で溶けている俺と違って、妹紅は床の間の横に設けられたディスプレイに向かって元気良くゲームをしている。

 妹紅がやっているのは何の変哲も無いサウンドノベルだ。

 永琳が暇を持て余した輝夜の為に作ったらしいが、内容がホラー寄りな所為かイマイチ食指が伸びないとか。

 しかし平城京の時代にゲームが有るってのもミスマッチだな。

 

 

「し、しかしもこちゃん、よくそんな怖いの出来るわね。私には絶対無理だわ」

「こわくないよ? にぃにとはなればなれになるほうがこわいもん」

「その怖さとはまた別だと思うけど……あぁぁ、また何か曲が怖くなったぁ」

『何だ、濡れてる……?』

『シャワーでも浴びてたんだろ、ほら、タイルも濡れてる』

『いや、違う。足をよく見てみるんだ、水なら、そんな濡れ方はしない』

『見るったって明かりも無しじゃな。確か他の部屋にはこの辺にスタンドが……お、有った有った。これで明るく……っ!?』

 

 

 薄暗かった画面に白熱灯のぼんやりとした明かりが点り、室内を照らした。

 浮かび上がるのは一面の紅。

 

 

「ひぃぃぃぃっ!?」

『な……なんだこりゃ。こりゃぁ……ち、血だ!』

『う、うわぁっ!? よ、浴室が血塗れだ!』

『……どうやら、犯人は余程猟奇趣味が有るらしいな』

『キャァァァァッ!』

「きゃぁぁぁぁっ!? な、何!? なになに!?」

『悲鳴!?』

『一階からだ!』

 

 

 ゲームに合わせて輝夜が面白いくらいに悲鳴を上げる。

 それにしても随分とスプラッタだな。

 妹紅は平気な顔してこの怪事件を推理しているが、正直俺もびくっとなる程怖い。

 登場人物はシルエットのみ、背景は実写取り込みという構成の所為か、フィクションと現実の境目が曖昧になる。

 更に休符を一、二音毎に挟む不協和音が不安を駆り立て、日本独特の雰囲気から来る恐怖を見事に演出している。

 トドメとばかりに悲鳴だけがボイス付きな為、端から見ているだけでも充分怖い。

 

 

『……何だ、ゴキブリかよ。脅かしやがって』

『なによ、怖いものは怖いんだから仕方が無いじゃない!』

『まぁ、皆が無事で良かった』

『そう言えば叔父さんは? 一緒じゃなかったの?』

「これはフラグが建ったな……」

「え、ちょ、フラグって何よもっちー」

『まだ三階に居るんじゃないか?』

『そうだ、三階に凄い量の血溜まりが有ってよ……って、おい望月?』

『嫌な予感がする、戻るぞ!』

 

 

 キャラクターの名前は自由に決められるんだが、苗字は俺達のものを使用している。

 というか永琳、最初に主要人物の名前自由に決めさせて置いて一人ずつ死んでいくとか鬼畜過ぎるだろ。

 何で最初ほんわかまったりした感じで進めたんだよシナリオ。

 

 

『お、おい、隣の部屋から水音が聞こえないか?』

『さっきは鍵が掛かっていた筈だが、っ、開いてる……?』

「あぁぁ、ダメだって、もこちゃん開けたらダメだってばぁ」

『風見の旦那、居るんだろ? 冗談は止めて出て来てくれよ!』

『……シャワールームか。開けるぞ』

「ダメ、ダメだってばぁ」

『う、うわぁぁぁっ!』

「いやぁぁぁぁっ!?」

『なっ、か、風見の旦那……』

『クソッ、一体誰だ! 何の目的で俺達を襲う!』

 

 

 開かれた浴槽の扉の先、首を切り裂かれたシルエットがシャワーに打たれて倒れ込んでいた。

 珍しい事に死体がそのまま残っている。

 今までは被害者を特定出来る様な箇所一部分のみが現場に残っていたのだが。

 悲鳴を上げる輝夜を余所に、妹紅はぶつぶつと呟きながら思考を纏めている様だ。

 

 

「みんながいっかいにおりたのは、ひめいのせい。でもひめいはぐうぜん。したいがのこっているのは、いままでとくらべてふしぜん。ということは……」

「死体を残したのでは無く、死体を残さざるを得なかった、か?」

 

 

 言葉を継ぐ様にして答えを返すと、妹紅はハッとした顔で俺を見た。

 どうやら上手い事発想を転換出来たみたいだな。

 

 

「ひめいは、はんにんにとってはよけいなことだった。それか、のこってたおじさんが、はんにんがかくしてたもの、つごうがわるいものをみつけちゃったんだね」

「それで口封じに殺された、か。死体が残っていた事の説明は付くな」

「わざわざおじさんのしたいをかくしたうえに、しゃわーをだしてみつかりやすくしたのも、なにかりゆうが?」

「主人公達をこの部屋に引き付ける為だろうな。その間に何かを回収、或いは工作を行ったか。何れにせよ引き付けられた時点で犯人を探し出すのは厳しい、なら犯人が残した手掛かりを探すべきだろうな。恐らく犯人は慌てた筈だ。今までと比べると随分稚拙なトリックを用いて陽動を図ったくらいだからな」

「はんにんもきづかなかった、じゅうだいなみおとしだね!」

 

 

 早速とばかりに捜索パートへ移行して手掛かりを探す妹紅を、輝夜は信じられないものを見た様な顔をする。

 存外グロに耐性が有るのかはたまた未熟な精神ではそれを理解出来ない所為か。

 まぁ、どちらにせよ輝夜には少々厳しいものが有った様だ。

 もぞもぞと炬燵の中を潜り抜けて俺の所まで来ると、むぎゅむぎゅ抱き付いてきた。

 

 

「何で二人共冷静にプレイ出来るのよぉ、あんな恐ろしいの」

「俺は向こうに居た時にあの手のゲームを飽きるだけやってたからな」

「わたしはかんがえるのにいそがしいからこわがってるひまがないんだよー」

「ふふ、随分と賑やかですね」

 

 

 たおやかな笑みを浮かべた永琳が盆に湯呑みを乗せてやってきた。

 香りから察するに玄米茶なんだろうが、永琳のマイカップがビーカーなのはビジュアル的に如何なものかと突っ込みたくなる。

 

 

「姫様、お茶が入りましたよ」

「ちょっと永琳、何であんな怖いゲーム作ったのよ!?」

「良い暇潰しになるかと思いまして。望月君、はいお茶」

「有り難う永琳。しかしビーカーに淹れてくるのは如何かと思うぞ」

「永い事研究職やってるとこんなものよ?」

「嫌な習慣だな。というかその様子じゃしっかり食べて無いだろ?」

「そうでも無いわ。野菜を中心に三品程、時折近くの森の屋台でヤツメウナギの蒲焼きも買うしね」

「屋台で鰻?」

 

 

 突然出て来た文明の香りに目を見開く。

 鰻の蒲焼きとはまた豪勢だな。

 あの少し焦げたタレの匂いと柔らかくふんわりと口の中で崩れていく食感、濃い目の味付けがほかほかの白米に良く合い付け合わせの吸い物がネギの甘味と共に喉を通り抜ける……いかん、腹が減ってきた。

 間髪入れずにぐぅと鳴り響いた腹に、永琳はくすっと笑みを零した。

 

 

「あらあら、これは望月君を案内しないといけないかしら?」

「一人でも突撃するが確実に迷子になる自信が有る」

「まぁ、変な自信ね」

 

 

 楽しそうに笑う永琳。

 こうしていると友人の姉にしか見えなくなってきた。

 当の友人役は妹紅が話を進めていく度に悲鳴を上げて震えているが。

 

 

「しかしこの辺りに屋台が有るとは知らなかったな」

「竹林を北西に抜けた雑木林の辺りでやってるのよ。女将は夜雀の妖怪だけど、滅多に人を襲う事も無い友好的な娘よ。おまけに器量良しで性格も言う事無し」

「夜雀の妖怪か、まだ見た事が無いな」

「あら、後半は流すの?」

「それを聞いてどう反応しろと」

「膝頭をぱしんと叩いて舌なめずり?」

「似た様な字面で舌切り雀は聞いた事が有るが、流石にその展開はあらゆる意味で無いな」

「あら残念」

 

 

 笑みを湛えながらビーカーの緑茶を飲む姿はちっとも残念そうには見えない。

 自然とからかわれていた辺り、年上の魅力というのにやられたのかもしれん。

 実際、永琳と話す時は何故か終始永琳のペースで進む。

 和やか系姉属性と言った所か。

 と、一人納得していると袖をくいくいと引かれる。

 視線を下げると輝夜が不満そうに俺を見上げていた。

 目に涙が溜まっているのは妹紅のプレイ画面を見ていた所為だろう。

 そんなに怖いなら見なければ良いのにな。

 

 

「もっちーの馬鹿ぁ、腕の中で震える女の子が居るのに何で放って置くのよぉ」

「ちょっとした意地悪だ、ぐーやは虐めると可愛いからな。普段は勝ち気な所も有るぐーやが怯えて小さくなってる姿は愛らしいもんだぞ? まぁ、ぐーやはいつでも可愛いが」

「う、ぅぅ、そ、そんな甘い言葉に騙されないんだからね! ……ほ、本当よ?」

 

 

 頬を朱くしてちらちらと見上げながら胸の前で人差し指をつんつん突き合わせる。

 思いっ切り騙されてんじゃねぇか。

 ともあれ俺相手では旗色が悪いと感じ取ったのか、輝夜は矛先を永琳に向けた。

 

 

「だ、大体永琳もそんなにデレデレしてもっちーとイチャイチャしないの! その……ず、ずるいわよ!」

「あらあら、私そんなにデレデレしてました?」

「してたわよ! 私でさえ滅多に見ない様なとろけた笑顔なんか浮かべちゃって」

「ふふ、ごめんなさい。姫様にヤキモチを妬かせてしまいましたね」

「や、ヤキモチなんか妬いてないわよ!」

「大丈夫ですよ、私は姫様も大好きですから」

「そうじゃなくて!」

「あら、姫様は私がお嫌いですか?」

「そんな訳無いじゃない! 大切な家族だもの、嫌いな筈が……あ、あぅぁ……」

 

 

 盛大に自爆した輝夜は真っ赤になって俯いてしまう。

 若干精神が幼児化しているのはゲームで受けた恐怖の所為だろうな。

 永琳はそんな輝夜を見て嬉しそうにくすりと笑いを零し、右手を頭にぽんと乗せた。

 

 

「あ……」

「ふふ、こうやって姫様の頭を撫でるのも久し振りですね。昔は良くやっていたのですけど」

「そうなのか?」

「ええ、望月君は今の姫様しか見た事無いから解らないでしょうけど、昔の姫様は凄く甘えん坊だったのよ」

「え、昔って……?」

「姫様は小さかったから覚えて無いでしょうけど、家庭教師となる以前に姫様のお守りをしていた事も有るんですよ? あの頃の姫様は私の後ろを付いて回って、私が振り向く度に『なでなでしてー』と甘えてきまして」

「え、嘘!? 全然覚えて無い!」

「はっはっは、随分と可愛らしい姫様だな?」

「でしょう? 撫でてあげたら炬燵に入った猫みたいに『ほにゃー』って、見てる私がとろける様な笑顔を見せてくれたのよ」

「ちょ、や、やめー!? 覚えて無いけど恥ずかしいからその話題禁止!」

「良いじゃないか、なぁ永琳」

「ええ、他にも色んな思い出が有るわよ。例えば夜中眠れなくて兎のぬいぐるみを抱いた姫様が私の研究室まで来て」

「それは若干記憶に残ってる気が、って言うなー!」

 

 

 何とも賑やかに、それでいてどこか微笑ましい暴露大会が開かれる。

 いつの間にかゲームを消してこっちにやってきた妹紅も加わり、輝夜の愛らしい幼少時代のエピソードを堪能した。

 ……色々燃え尽きて開き直った輝夜と最初放置されて寂しかったらしい妹紅の二人に後で責められたのは割愛して置こう。

 



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夜雀の女将。そして美味い料理に舌鼓。

 

 

「にぃに、そっちじゃないよ」

「んむ、すまん。ならば次こそ」

「にぃに、さっそくちがうよ」

「くっ、流石だと言いたいが……甘いぞ迷いの竹林!」

「にぃに、どこいくの?」

 

 

 永琳に聞いた夜雀の経営する屋台へ早速出掛けて早三十分。

 少し早いかという時分に出発したので道草序でに俺の方向感覚を鍛えようと、俺が先導する形で竹林を抜ける。

 が、数歩進む度に妹紅が服の裾を引っ張ってくる。

 迷いの竹林でも何故か全く迷わない妹紅が御目付役となり、明後日の方向へ向かう俺を的確に修正してくれていた。

 数歩進んではくいくい、また数歩進んではくいくい。

 そんなコントの様な俺達の動きを、やや後方で輝夜と永琳は苦笑いを浮かべ眺めている。

 

 

「もっちーが方向音痴だったなんて、ちょっと意外よね」

「方向音痴と言うよりは平衡感覚に難有りじゃないでしょうか。レミリア達と旅をしていた時に酷い船酔いを体験したそうですし」

「いや無理だろこの竹林相手に」

「にぃに、ほらこっちこっち」

「もういっそ諦めて大人しくもこちゃんに引っ張って貰ったら?」

「そんな情け無い事が出来るか。これには男の沽券が懸かっているんだ」

「そんなのゴミ箱にでも捨てれば良いじゃない。もこちゃんだって、もっちーと手にぎにぎしたいわよね?」

「わたしは、にぃにがしたいっていうあいだはきょうりょくするつもり。ほんとはもっとにぃにとくっついてたいけど、おっとのやりたいようにやらせてあげるのも、おんなのかいしょうだとおもうの」

「聞けば聞く程、望月君がヒモか何かに見えてくるから不思議ね」

「もっちー最低ー」

 

 

 けらけらと笑いながら詰ってくる輝夜。

 よし解った、後でじっくり話し合おうじゃないか。

 とは言えそんないじらしい想いを聞かされて強情を張る訳にも行かず、妹紅に手を引いてもらいながら進む事にした。

 小さな手を握ってみれば、やわやわと握り返してくる。

 

 

 ──それにしても、妹紅もすっかりお姉さんになったな。

 

 

 元々頭の回る麒麟児だとは思っていたが、最近特に精神的な成長が著しい。

 肉体は蓬莱の薬の所為で変化しないが、どうやら永琳に頼んでこっそり肉体年齢を増減させる薬を開発して貰っているらしい。

 楽しみでも有り、若干不安でも有る。

 

 

 ──しかしこの時の俺は永琳の薬が起こす珍騒動に巻き込まれるとは夢にも思っていなかったのだった、と。

 

 

 妙なフラグが建つ前に、自分で笑い話になりそうなフラグを建てて置く。

 これが長生きの秘訣だ。

 

 

「……お、抜けたか」

「すっかり日も暮れて良い感じね」

「じゃあここからは私が案内するわ」

「おねがいね、えいりんさん」

 

 

 妹紅が元気良く右手を上げれば、永琳がそれに右手を合わせパチンと軽い音が鳴る。

 にへー、と楽しそうに笑う妹紅へ優しい眼差しを向ける永琳を見ていると、案外保育士なんかも向いてるんじゃないかと思えてくる。

 だが男のガキは入園禁止だな。

 少なくとも俺がガキだったら間違い無くアレを揉みしだくだろう。

 と、俺の邪な視線に気付いた永琳が両腕を前で交差させた。

 ちょうど腕の上に胸が乗っかる形になり、只でさえダイナマイトな胸が更に強調されている。

 

 

「ちぇいっ」

「むー」

「いでででっ!?」

 

 

 一拍遅れて輝夜が俺の後頭部にチョップをかまし、妹紅が手の甲を抓り上げてきた。

 どうやら二人共自分の胸が成長しない事を気にしている様だ。

 そんな失礼な事を考えた矢先、チョップが連打に変わり抓り上げに捻りが加わった。

 

 

「いででででででっ、ちょ、二人共待て、ぬあぁぁぁ!?」

「もっちーは少しばかり品位に欠けるみたいね?」

「かえったらけろちゃんとれみりあちゃんにいいつけちゃうから」

「何で無乳所に、いだだだだっ! ギ、ギブギブ!」

「何が無乳よっ、馬鹿にしてぇっ! 大きさが全てじゃないわよ! これだから男って奴は!」

「にぃになんて、るーみあさんにおしおきされちゃえばいいよ!」

「ちょっ、ま、待つんだ妹紅! ルーミアのお仕置きは洒落にならん!」

「あらあら、大変ね望月君」

 

 

 そんなこんなで賑やかに移動していると、不意に鼻をくすぐる匂いが有る。

 甘塩っぱいタレの香りだ。

 微かに混じる山椒の匂いから察するに、どうやら目的の屋台は近い。

 応える様に腹の虫が騒ぎ立て、辺りに軽快な音が鳴り響く。

 ルーミアのはらぺ娘虫に寄生されたか? 

 

 

「そんなに慌てなくても大丈夫よ」

「あはは、にぃにるーみあさんみたい」

「もっちー食い意地張ってるわね」

「お前等俺を何だと思っているんだ」

「ほら、見えてきたわよ」

 

 

 そう言って永琳が示す先、移動屋台と思わしき物が見えてきた。

 近付くに連れ炭の匂いが増し、呼応する様にもう一度腹の虫が唸りを上げる。

 むぅ、もう少しだから落ち着くんだ俺の身体よ。

 もう少し、後僅かの辛抱だ。

 

 

「ヒャア、我慢出来ねえ! 突撃だ!」

「わ、にぃに、まってぇー」

「ちょ、もっちー!? 転ける転ける!」

 

 

 あとりの癖が感染ったのか、全く堪え性の無いまま屋台へと走る。

 両手を繋いだままの輝夜と妹紅を引き摺る様に速度を上げ、暖簾を潜り抜ける。

 どうやら開店したてなのか他に客の姿は見当たら無い。

 カウンターの奥には桃色の髪の毛をちょろんと纏めた少女が目を丸くして突然の来襲者(俺)を見ていた。

 だが呆けた様子ながらも、じゅうじゅうと美味そうに脂を弾けさせる鰻を焦がさぬ様器用にひっくり返していく。

 うむ、熟練の技だな。

 恐らくこの娘が噂の女将なのだろう。

 ともあれ屋台に来たならやる事は一つ。

 俺は一瞬後ろに掛かっているお品書きに目をやり、良い笑顔を浮かべて言い放った。

 

 

「鰻と煮物と酒を四人分!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「でね、いよいよ自分の番になったら姫様少しばかりの緊張と恥ずかしさを交えた顔でチラッチラッとこっちを見ながら、それでも大きな声で言ったの。『私の夢は、えーりんのお嫁さんになること!』って!」

「おぅおぅ、実に可愛らしいじゃないか。ぐーやにもそんな時代が有ったんだな」

「でしょー、うふふふ。あの頃は毎日私の服を握ってきて、えーりんえーりん、って抱き付いてくれてたのよ。でも今じゃ余り甘えてくれないのよねぇ……少し寂しいわ」

「今のぐーやはツンデレだからな。自分で飛び込もうとする分にはからかい半分で近付いてくる癖に、こちらが真っ直ぐに距離を詰めてやると慌てて顔を真っ赤にする」

「でもそれがまた可愛らしいのよねぇ」

 

 

 くいっ、と勢い良く杯を煽る永琳。

 こないだの宴会の時とは違い、今日はハイペースに呑んでいた。

 既に頬は赤く上気しており、時折肩に頭を乗せてくる。

 潤んだ瞳での上目遣いや細い人差し指で胸板をつついたり鎖骨を撫で回してくる事から察するに、もうすっかり出来上がっているのだろう。

 先程の話題も三回目だ。

 呑んだ量も、熱燗が十六を超えた辺りで数えるのが面倒臭くなったのでそこから先は数えるのを止めた。

 俺はと言うと、酒よりも女将の出す料理に舌鼓を打っている時間の方が長かったのでそこまで酔ってはいない。

 因みに妹紅は寝ている。

 女将に借りた毛布を掛け、今は輝夜の膝を枕に夢の中だ。

 その輝夜はと言うと、妹紅の髪を優しく梳きながら酒を呑んでいる。

 酔いが回ると無口になるタイプなのかはたまた何か思う所が有るのかは定かでは無いが、妹紅を見る目はどこまでも優しく母性愛に溢れていた。

 その横顔に一瞬見惚れたのは秘密にして置こう、言えば絶対調子に乗る。

 酔っても姫、と言うよりは酔ってる方が姫っぽい気がする。

 

 

 ──今の状態の輝夜と最初に会っていたなら、俺も見合いの場に居たぐふぐふ笑うおっさん連中に仲間入りしていたかもしれん。

 

 

 最初に今の輝夜を見ていれば、その後で知る素の輝夜とのギャップで更にのめり込んでいただろうな。

 それを勿体無いと思うかはまた別か、俺にとっても輝夜にとっても。

 何となく気恥ずかしさを覚え、誤魔化しがてらにくいっと杯を煽る。

 と、女将が杯に注いでくれた。

 

 

「こんな美少女に酌をされては呑まずに居られないな」

「やだよぉ、こんな地味な女捕まえて」

「豪華絢爛ばかりが美しさの基準じゃないだろう。朝露に濡れる野菊の花なんかも、なかなか綺麗なもんだ」

「兄さんったら口が上手いんだから」

「女将の料理の足下にも及ばないさ」

「全く、こんな寂れた屋台の夜雀なんかに色目使ってたら帰り道で鳥目になるんじゃないかい?」

「格好の獲物だな。まぁ女将になら喰われても大丈夫だろ」

「こぉら、冗談でもそんな事言うもんじゃないよ」

 

 

 くすくすと柔らかい笑みを浮かべる女将に窘められながら、酒で喉を焼いていく。

 流石は客商売と言った所か、女将と会話していると楽しくなってくる。

 ついつい口説き文句が出て来るのは改善して置かないとルーミアに絞められるかもしれんが。

 俺の肉も、先にルーミアに喰わせてやっとかないと後で揉めそうだな。

 何だかんだでこっそり嫉妬している様だしな、全く可愛らしい実にけしからん。

 

 

「っと」

 

 

 傾いて落ちそうになった永琳の頭を支えてやる。

 どうやら寝落ちたらしい。

 また一枚毛布を借り背中に掛けてやる。

 すやすやと安らかな寝息を立てる姿は残業を終えたOLにしか見えんな。

 

 

「そっちの姉さんもお休みの様だね」

「ん、ぐーやも寝たのか」

 

 

 女将にもう一枚毛布を渡される。

 こないだの宴会ではこんなに早く寝落ちる事は無かったと思うが、今日は皆一時間も保たずに寝息を立てている。

 

 

 ──酔いが回るのも早かったな、となれば酒の強さか。

 

 

 以前の宴会で振る舞ったのはアルコール度数が七から九程度の弱いものだ。

 妹紅やレミリア達には更に弱い特製の果実酒も出してやった。

 なに、未成年所か幼女に飲ませて良いのかって? 

 二十一世紀では犯罪だがここには法も無い上、純粋な人間は一人も居ないから大丈夫だ、問題無い。

 レミリアやフランは長い時間の中でゆっくりと成長していくだろうが、妹紅に至っては何億年経っても身体は八歳のままだからな。

 酒を味わえないのは流石に見ていて俺がつまらん。

 だから妹紅達幼女には俺の楽しみの為にこの先も呑んで貰おう。

 良い子の皆は俺みたいな悪い考えはするなよ? 

 

 

「……果て、何だったか」

「んぅ、どうしたんだい兄さん?」

「いやなに、色々と思考を飛ばしていたら最初に何を考えていたのかすっかり忘れてしまってな」

「あはは、そりゃ兄さん耄碌してきたんじゃないかい? 知り合いの爺さんがしょっちゅう同じ事言ってるよ」

「有り得そうで困る。何せ四百年は寝ていたらしいからな」

「そりゃ寝過ぎじゃないかい?」

「俺もそう思う」

「あはは、兄さん面白い人だねぇ」

 

 

 女将が笑いながら酌をしてくれる。

 何時の間にか燗も熱々では無く、少しぬるめ──俺の好みにしてくれていた。

 この辺りの気配りも是非見習いたい所だ。

 湯豆腐の昆布を平らげると、次に大根と胡瓜の浅漬けが出て来た。

 一口齧ればほっと一息吐きたくなる様な、安定感抜群なお袋の味とでも言うべき美味さが広がっていく。

 

 

「この漬け物も塩加減が絶妙だな、これより濃いと酒の邪魔になりこれより薄いと味が解らん」

「あはは、そんなに褒めたって何も出やしないよ?」

「美味すぎてお世辞を言う暇も無いさ。次はチカの天麩羅を貰おうか」

「はいよ。天麩羅はつゆか塩か、どっちが良い?」

「お薦めは?」

「両方かねぇ」

「なら両方頼もうか」

「兄さん健啖家だね?」

「女将の料理が美味いからだよ」

「あはは、嬉しい事言ってくれるじゃないさ。すぐに出来るから待ってておくれ」

 

 

 上機嫌で天麩羅の用意を始める女将。

 蘇芳色の小袖と手拭い頭巾が相俟って非常に可愛らしい。

 こんな美少女が経営する屋台なら毎日でも来たいくらいだ。

 その上味は本物。

 俺の様な粗暴極まり無い過程を経た誤魔化しの料理では無く、経験と技術に裏打ちされた素晴らしい味わいが有る。

 が、どうにも腑に落ちない点が一つ。

 出立前に永琳から聞いた話では、客の入りは殆ど無いらしい。

 これ程の味で客を呼べないと言うのも不思議な話だ。

 

 

「おや、どうしたんだい兄さん。そんな眉間に皺寄せちゃって」

「ん? あぁ、また寄ってたか。考える時の癖でな、どうにも治らん」

「意識を飛ばすのが好きだねぇ。しかも今回は私絡みかい?」

「ご名答。しかし何で解った?」

「そんな熱い視線向けられたら誰だって気付くさ」

「う、そうか」

 

 

 からからと女将が笑う。

 そんなに凝視していたつもりは無かったんだが。

 少しばかりの気恥ずかしさに頬をポリポリと掻くが、気を取り直して口を開いた。

 

 

「何故こんな辺鄙な場所で屋台を開いたのかが気になってな」

「あー……」

 

 

 今度は女将が言葉を詰まらせる。

 が、天麩羅を揚げる動きに一切の淀みは無く油の中から黄金色の衣が上がった。

 皿に盛り付けた天麩羅を差し出しながら、女将は少し困った様な笑みを浮かべる。

 

 

「余り聞いても面白く無いと思うよ?」

「差し支え無ければ聞かせて貰いたい」

「兄さんも物好きだねぇ。それじゃ……私は元々西国の出でね、地元の山で天狗や狸を馴染みに屋台を牽いてたのさ。物珍しさからか、そこそこ賑わってはいたんだけどねぇ。或る時を境に、山に人が入り始めたのさ。何でも上質の漆やら銀やらが採れるとか言ってね。どんどん山林を切り開いては地を掘り返して行ったもんさ。そこまでされて山の者が黙ってる筈が無い。こちとら住処を荒らされてるんだ、妖怪ってもの力を思い知らせてやる、ってな具合に血気盛んな連中がいきり立っちゃってねぇ」

「女将も争いに?」

「いんやぁ、私みたいな弱小妖怪なんて何の役にも立ちゃしないよ。山の奥の方で震えてるのが精一杯さ。まぁ、山がそんな状況だから客足もさっぱりでね。仕舞いにゃ私達妖怪は更に深い山奥に追いやられて、今じゃ人が我が物顔で山を練り歩く始末さ。都へも行ってみようかと思ったけど、人は妖怪が嫌いらしくてねぇ……。流れに流れて、つい一週間前にここへ辿り着いたって訳さ。姉さんとはその時に知り合ってね、懇意にして貰ってるよ」

 

 

 ふぅ、と一息吐いて冷や水を飲む女将。

 白磁の様に美しい喉がこくりと動く。

 

 

 ──成程、それでまだ固定客も居ない訳だな。

 

 

 言うなれば永琳と輝夜が新天地でのお客様第一号、と言った所か。

 しかし、どうせなら竹林を抜けて俺達の郷へ来れば良いんじゃなかろうか。

 妖怪だからと石を投げる輩も居ないし、美少女が経営する屋台となれば一気に郷の人気者になるだろう。

 何より、女将の料理の技は何度も通い詰めないと盗めそうに無い。

 少しばかりの野心も携え、俺はぷひゅーと息を吐いた女将に話を持ち出した。

 

 

「しかし西国でそんな事が起きてるとはなぁ、こっちには噂も流れて来ないが」

「世知辛い世の中になったもんさねぇ」

「全くだな。と言うか人間と妖怪で反目し合っている、ってのが俺は驚きだが。郷では皆仲良くやってるぞ」

「へ?」

 

 

 目をぱちくりとさせる女将。

 けしからん可愛さだな。

 

 

「竹林を抜けた先、東の山の麓に郷が有ってな。そこは神、人間、妖怪が共に暮らす平和な場所だ。最近じゃ妖精なんかも遊びに来るぞ」

「本当かい!? はぁ~、そんな所が有るなんて、まだまだ世の中捨てたもんじゃないねぇ」

「あぁ、自慢じゃないが治安も良いし気さくな人ばっかりだ。ただ……」

 

 

 にこやかに話しつつも、一度言葉を止めてさも訳有りな雰囲気を作る。

 見れば女将は前のめりの体勢で俺に続きを促してくる。

 引っ掛かったな、とにやり笑いを浮かべそうになるがここで気を抜くのはまだ早い。

 出来る限り困った風を装いながら、俺は見え透いた罠を設置した。

 

 

「夜中にふと小腹が空く時が有るんだが、生憎と酒を飲み交わしながら腹を満たせる店も無くてなぁ。気軽に行ける距離に屋台でも有れば良いんだが」

「……成程ねぇ、兄さんなかなかの策士じゃないのさ。普通にそれを言えば恩を売れるのに、敢えて私が『行ってあげる』って風に話を誘導したね?」

 

 

 今度は女将が企む様に口の端を吊り上げ、愉悦と好奇を交えた視線を送る。

 どうやら空気を読むばかりか頭の回転も早いらしい。

 伊達に一人で屋台を切り盛りしている訳では無い、と言った所か。

 

 

「それで、返事はどうかな?」

「がっつく男は嫌われる、と言いたい所だけど兄さんなら寧ろ存分に奪って行って欲しくなるねぇ。返事かい、私としても願ったり叶ったりさ。兄さんさえ良ければ明日にも案内して欲しいくらいだよ」

「なら決まりだな」

「そう言えば兄さん」

 

 

 話を纏めた充足感に肩が軽くなるのを感じ天麩羅を塩でさくさく食べていると、女将が思い出した様に言った。

 

 

「ん、どうした?」

「新しい場所で商いを始める時はその土地の神様の所へ挨拶に行くんだけど、良ければ兄さんも付いて来て貰えないかい? 兄さんの口添えというか紹介が有った方がすんなりいきそうな気がしてね」

「別に構わんぞ。諏訪子は美味いものが食えるとなれば喜んでケロケロ言うし、神奈子も郷の発展の為となれば喜んで場所なり人手なり出してくれるだろう」

「へ?」

 

 

 本日二度目の呆け顔を見せる女将を眺めながら、今度は天麩羅につゆを漬けて食べてみる。

 昆布の出汁と紫蘇の香りが酒に良く合う。

 キュッと杯を傾け舌鼓を打った所で漸く女将が帰ってきた。

 困惑と若干の怯えらしきものが揺れる瞳から窺える。

 

 

「諏訪子って、まさか『洩矢の祟り神』だったりする?」

「あぁ、そう言えばそんな呼ばれ方もしてたな」

「神奈子って、まさか『諏訪の軍神』だったりする?」

「あぁ、そう言えば軍神だったな。すっかり忘れてたが」

「あの有名な二柱の郷かぁ……ってそんな気安く呼べるなんて、もしかして兄さんも偉い人?」

「偉いかと聞かれれば偉くは無いな。別に国を治めている訳でも人を顎で使う訳でも無い」

「じゃあ神様をそんな呼び捨てになんてしたら拙いんじゃないかい? 祟りとまでは行かなくても不興を買うかもしれないよ」

「寧ろ敬称を付けた方が怒られそうだな。そんな他人行儀なのはヤダとか何だとか言って」

 

 

 俺の返答に困惑の色を深めていく女将に、思わず苦笑を漏らす。

 余り遊んでいるのも可哀想だし弄るのはこの辺にして置くとしよう。

 ごほん、と態とらしく咳払いをすると女将は一句一言聞き逃すまいと身を乗り出してきた。

 そんな女将に、俺は答えを返す。

 

 

「諏訪子も神奈子も俺の嫁なんだ。さて、今更だが自己紹介と行こうか。俺の名は望月契。郷の相談役で、今は人を辞めて亜神として生きている。宜しくな、可愛らしいお嬢さん」

「な、あ、えぇ……っ!?」

 

 

 今日一番の呆け顔を見せる女将を肴に俺は徳利に残った酒を飲み干し、良い笑顔でおかわりを注文した。

 



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無垢な氷精。そして団欒の一時。

 

 

 ──何だ……? 

 

 

 僅かばかりの冷気が肌を伝う。

 突然の感覚に、深い微睡みからゆっくりと意識が浮上してくる。

 両肩に掛かる重みから察するに、布団が剥がれ落ちたという訳では無さそうだ。

 確かめてみようかと思うが、すぐに眠気と布団にくるまる暖かさが一切の思考を拒否させた。

 だが意識が戻っているのに起きる気が全く湧かないという事は、恐らくまだ夜明け前なのだろう。

 身体を動かそうにも脳からの信号が上手く伝わらない。

 所謂、頭は起きているが身体は寝ている状態なのだろう。

 と、その時漸く腹の上に有る微かな重みに気付いた。

 体感的には諏訪子より軽い。

 一体誰だろうな、と疑問を得ると同時、何かが首元に抱き付いてきた。

 

 

「……えへへ、ケイ、あったかいなぁ」

 

 

 チルノの声だ。

 いつもの元気さは少し控え目に、代わりに甘くとろける様な声になっている。

 成程、この冷気はチルノの所為か。

 小さな身体から漂う冷気が、火照って汗を掻きそうな布団の熱を、寒くならない程良い温度まで下げてくれる。

 ピクリ、と指先が動く。

 どうやら身体も起きた様だ。

 早速両手を動かし、胸の上に寝そべる氷精をむぎゅっと抱き締めてやる。

 

 

「ひゃわっ、ケ、ケイ……」

 

 

 腕の中で恥ずかしそうに声を上げる。

 が、すぐに身を預けてきた。

 

 

 ──少し悪戯してやるか。

 

 

 抱き締めたまま、右手を下にずらす。

 背中を優しく撫で下ろしてやると、ほあぁ~……、と脱力した声が鳴る。

 腕を更に下へ。

 腰元をなぞるとくすぐったいのか、もぞもぞと小さく身を捩る。

 更に下へ手を這わせた所で、それまでとは違う反応を見せた。

 

 

「ひにゃっ、や、ケイぃ……」

 

 

 戸惑いと艶を含んだ音が、俺の名を呼ぶ。

 柔らかな尻肉をワンピースの上からこねくり回す度、ぴくっぴくっと小さな身体が跳ね上がる。

 愛らしい反応だな。

 次第に呼吸も荒くなり、熱を帯びた息が首に掛かる。

 

 

「んっ、ふぅ、っ、んぅっ、ぁ、あん」

 

 

 甘く鼻に掛かった声に気分を良くし、チルノを抱き締めたままくるりと体躯を入れ替える。

 勿論潰れてしまわない様に優しくな。

 目を開ければ、腕の中でぱちくりと俺を見上げる氷精の顔が有った。

 

 

「おはよう、チルノ」

「ふぇっ……? あ、おは、よう……?」

 

 

 困惑した様子で返事をしたが徐々に顔が赤くなっていき、恥ずかしそうに口をあわあわさせ始めた。

 じたばた身を捩ろうとするが、小さな身体は俺に抱き締められ身動きが取れない。

 恥ずかしさからかどうにかして距離を取ろうとする愛らしいお嬢さんに、俺は更に顔を近付けてみた。

 宝石の様な美しい蒼の瞳が俺を映す。

 

 

「え、わ、ゎ、ケ、ケイ……?」

「綺麗だな、チルノの瞳」

「なぅ、あ、ぅぅっ!?」

「ぷっくりほっぺも艶やかな唇も、凄く綺麗だ。思わず口付けたくなるな」

 

 

 言葉通り、桜色の唇を吸う。

 触れ合った瞬間、チルノの身体がぴくんと跳ねた。

 視界に互いの瞳だけを映し合うと、驚きと羞恥を湛えていた瞳に愛欲と安らぎが浮かび上がる。

 くてっ、と小さな身体から力が抜けた。

 腕の位置を変え脇の下から抱え込む様に抱くと、チルノも俺を抱き返してくれた。

 同時、舌がおずおずと伸びてくる。

 自分の舌を絡ませると、チルノは嬉しそうにぴくりと身体を揺らした。

 

 

「んっ、ちゅ、ちゅるっ、んむっ、ちゅっちゅっ、ちゅぷ、んぷっ、んっんっ」

 

 

 口内に侵入してきた小さな舌が、そこかしこを愛おしそうに駆け回る。

 唾液も滲み出た先から飲み干されていく。

 こくこく、と艶めかしく喉を鳴らす姿は普段の子供っぽさを未熟も感じさせない。

 

 

「んっ、ぷはぁ……っ、ケイ、ケイぃっ」

「どうした、チルノ?」

「どうしよ、あたいヘンだよぉ。ケイと触れてるだけで、頭がぽぉってなって顔が火傷したみたいに熱いの」

「おや、それは大変だな」

「それにね、ケイにちゅぅされたらね、幸せがぎゅ~って胸いっぱいになって溢れちゃいそうなの。あたい、幸せ過ぎてバカになっちゃうよぉ」

「じゃあ止めるか?」

「やぁっ、止めないで、あたいバカになってもいいからっ。だからケイ、もっとちゅぅして、ケイとちゅぅするの好きなのぉ」

 

 

 とろとろになったチルノが見上げてくる。

 どうやら唾液にも媚薬効果が出始めたらしい。

 色々と人間ではなくなってしまった俺だが流石にここまでくると自分で引きそうになるな。

 血液だけだと思っていたが遂に分泌物にまで効果が及ぶとは。

 ……いや、考えるのは後にしよう。

 今はこの愛らしいお嬢さんを可愛がってあげないとな。

 

 

「んっ、ちゅ、あは……っ♪ ケイぃ、しゅき、しゅきぃ……ちゅぅ、んちゅっ」

 

 

 再び唇を重ねると、チルノは嬉しそうに羽を鳴らした。

 回した右腕を外しワンピースを首元まで捲り上げる。

 子供らしくまだ凹凸の少ない身体に、そっと指を這わせた。

 臍の辺りから上へ向かってなぞって行くと人差し指の腹に小さな凝りの様なものが当たる。

 それに触れると、チルノは弾かれた様に身体を仰け反らせた。

 

 

「んぅぅっ!? んっ、んぅ、ぁ、んぷっ、はぁっ、や、やぁっ、おっぱい、いじめないでぇ」

 

 

 何度も指を往復させていると堪らず、といった様子で喘ぎながら唇を離した。

 だがそれは悪手だぞ? 

 ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべ、俺は身体を少し下にずらす。

 白く絹よりも滑らかで美しい肌が映る。

 その胸の中央、ぷっくりと桜色に染まった可愛らしい乳首に吸い付いた。

 

 

「ふゃぁっ!? あ、ぁ、っ、ケイぃっ、や、やらぁ、おっぱい吸っちゃ、やぁっ、あっあっ、んんっ、~~~~っ! っ、っぁ、はぁ……っ、ぁ……、ふぁっ!? あぁっ、やらっ、やらやらぁ、おっぱいおかしくなるぅ、あぁっ、やっ、またっ、またくるっ、きゅんきゅんくる、んぁぁぁ……っ!」

 

 

 俺の頭を掻き抱きながら、何度も愛らしい喘ぎと共に気をやる。

 感じやすいのか淫乱の素質が有るのか俺の媚薬体質が異常さを増したのか。

 取り敢えず全部という事にして置こう。

 と、腹に温かさが広がる。

 唇を外して下を見れば、黄金色の染みが布団に薄く広がっていく。

 どうやら気持ち良過ぎたらしく漏らしてしまった様だ。

 

 

 ──少し飛ばし過ぎたか? 洗濯は後でするとして……先に風呂に入れるか。このままだとかぶれるからな。

 

 

 小さな身体をひょいと持ち上げ足で襖を開けると、ひゅうと朝の冷たい空気が流れ込む。

 寒い寒い、と身震いしつつまだ仄暗い廊下をひたひた歩く。

 

 

 

 

 

 

「ふぃー……良い湯だな、っと」

 

 

 チルノを抱き湯船に背を預け、白む景色を漫然と眺める。

 何故か風呂場に着いた時には浴槽に湯が張られており、湯加減もちょうど良かった。

 色々と謎だったが取り敢えず気にしない事にした。

 湯船に浸かる前に、チルノへ『疲弊の休息』と『不死の標』をそれぞれ四回掛けて置くのも忘れない。

 氷精だから溶けるかも解らん。

 熱に因るダメージが無いとも限らないからな。

 と、そんな感じに下準備も終えてまったり湯浴みを楽しんでいる所だ。

 

 

「ふむ……しかしこの羽の構造は謎だな。浮いてるだけかと思えばこうして収容も出来るとは」

 

 

 チルノの背中、肩甲骨の下に有る小指の先程の青い突起をふにふにとつつく。

 全部で六つのそれに羽が収容されている。

 湯船に入れるのに『不死の標』を使った際に、するすると極自然な動きで羽が背中に戻っていった。

 そして絹の様な白肌にこのぷにゅっとした青い突起が出来たという訳だ。

 恐らく痕では無いと思う。

 元々が自身の羽だし痕なら間髪入れずに修復される筈だ。

 

 

「……んっ、ぅ、ふぁ……」

 

 

 柔肌を弄んでいると甘い吐息が漏れる。

 耳たぶを優しく噛めば可愛らしい悲鳴を上げて脱力する。

 なんとも愛らしいお嬢さんの姿に癒やされつつ、窓の外へと視線を向けた。

 一段と寒さが増してきたな、とのんびりしていれば視界にちらちらと映るものが。

 目を凝らして見れば、中空を漂っていたのは雪だった。

 そう言えば初雪か、と季節の移り変わりにしみじみ感じ入っていると腕の中のお嬢さんが目を覚ました。

 

 

「んゅ……ぅ、ふわぁ……あ、あれ?」

「おはよう、チルノ」

「わ、え、ケイ?」

 

 

 胸板に頭を預けたまま俺を見上げて目を丸くするチルノ。

 困惑してる表情も良いな。

 そのままキョロキョロと周囲を見渡し、漸く自分がどんな状況に置かれているかを把握したらしくわたわたと両手を降って暴れ出した。

 

 

「わ、わっ、ケイとお風呂だなんて恥ずかしいよ。って、おおお風呂っ!? は、早く出ないとあたい溶けちゃう、わわっ、お湯に浸かってるからもう溶けて……アレ? 溶けてない? あたいお湯平気? え? どゆこと?」

「そのまま入れてたら溶けたのか。危ない危ない、やはり初手に『不死の標』は安定だな」

「え、ケイ、あたいに何かしたの?」

「あぁ、チルノは氷の妖精だろ。だから湯熱で火傷するんじゃないかと思って俺の能力を使ってみたんだ。多分猫舌も緩和されたから温かい味噌汁が飲める様になったと思うぞ?」

 

 

 微妙に食い違ってる気のする会話を交わしつつ、チルノの頬をつついて遊ぶ。

 んゅー、とくすぐったそうに首を竦める姿が非常に愛らしい。

 今度にとりに頼んで防水カメラ作って貰おう。

 取り敢えずチルノを勝手に強化した事を謝りながら御機嫌伺いを兼ねて身体をわしわしと洗ってやる事に。

 手拭いに石鹸を擦り泡立て、チルノをもこもこにする。

 ざぱー、とお湯で流してやるがまだお湯に対しておっかなびっくりの様子。

 まぁ寝てる間に耐性出来てたと言われても普通はなかなか実感湧かないだろうしな。

 次に頭を洗おうとした所で事件は起きた。

 

 

「んぅー…………!」

 

 

 何だこの可愛い生き物は。

 石鹸が目に入らない様にシャンプーハット(にとり製)を被せてみたら、これが予想以上に似合う。

 おまけにギュッと目を瞑り、やや上に顔を向けながらぷるぷる震えているのだ。

 瞼に力を入れ過ぎた所為だと思うが、そんな力まなくても良いだろうに。

 とは言え放置して眺めるのも可哀想なので勢い良くお湯で流してやれば、泡の下から艶やかな青い髪が姿を見せる。

 シャンプーハットを取っ払い髪の毛を手拭いで纏めてやると、チルノは小さく息を漏らした。

 

 

「はひゅー。何だか変な感じ」

「ん?」

「お湯に触れても大丈夫、ってのがあたいまだ驚きだよ」

「まぁ、次第に慣れるだろ」

 

 

 ぽりぽりと頬を掻くチルノを抱え上げ、再び浴槽に浸かる。

 思わず「うぇーい」と唸れば、おじさんみたいとくすくす笑われた。

 

 

「こんな良い男捕まえておっさん呼ばわりは酷くないか?」

「えー、だってケイおじさんっぽいよ。日向ぼっこしてお茶飲んだり、暇潰しに散歩したり。アレ? どっちかって言うとケイ、お爺さん?」

「なにをー、こいつめ」

「きゃぁ、ケイが怒ったー」

 

 

 左手で捕まえたまま頬をふにふにつついてやると、楽しそうに両手でバシャバシャと水面を荒立てる。

 やけに艶っぽいうなじにそっと口付ければ、ふにゃふにゃと甘ったるいくらいにとろけた笑みを浮かべて振り向いた。

 そのまま小さな唇が近付き、重なる。

 

 

「んっ♪」

 

 

 触れ合うだけのキスだが、チルノは嬉しそうにはにかむと両手を回して抱き付いた。

 と、何を思ったのか首筋にかぷりと噛み付いて来る。

 

 

「あむあむ♪」

「こらチルノ、吸血鬼みたいに噛み付いて来るんじゃない」

「えへへ、ケイが悪いんだよー。ちゅーだけであたいをこんなにドキドキさせちゃうんだから。がぶー♪」

 

 

 そう言われては怒る事も出来ない。

 抵抗しないと解ったのか、チルノは回した両手に力を込めてギュッと抱き締める。

 耳元に掛かる甘い吐息を受け、俺は苦笑と共に溜息を一つ。

 まぁ、偶にはこんなのも良いだろう。

 右肩を甘噛みされつつ、逆上せない程度に遊ばれる事にした。

 

 

 

 

 

 

「成程、そんな事が。流石おとーさん、甘々ですっ」

「はぅぁ~……」

 

 

 相変わらずのテンションでお茶を啜る黒髪の巫女。

 一房だけ緑に輝いて垂れ下がる髪をくるくると弄りながら、先程風呂場でやっていた乳繰り合いの様子を楽しげに聞いている。

 こうなった理由は至って単純だ。

 風呂から上がると既に着替えが用意されており、寝室の布団も洗濯されていた。

 謎を深めつつ居間に辿り着くと、ちょうどお茶の用意をしていた奈苗が。

 聞けば風呂の様子から着替えから布団の洗濯まで全部奈苗が手を回していたと言う。

 やたら気が回ると言うか何と言うか。

 多少の呆れを交えて苦笑していた俺とは対照的に、チルノは頬を赤く染めつつ申し訳無さそうにしていた。

 まぁ、お漏らし布団を代わりに洗濯して貰った心苦しさも有るんだろう。

 すると奈苗は「お二人がどんな感じにイチャイチャしてたのか教えてください♪」と言ってきた。

 それでチャラになるのなら、とチルノは語り出したのだが。

 

 

「うぅ~、ケイぃ……」

 

 

 言葉にするのが予想以上に恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にしてちらちらとこちらを見上げてきた。

 うむ、そんな反応も非常に愛らしいぞ。

 膝に乗せて頭を撫でると、まだ恥ずかしさは残っている様だがそれでも嬉しそうに身体を預けてきた。

 

 

「おとーさん、篭絡はお手の物ですね」

「それは褒めてるのか奈苗?」

「勿論ですっ。と言うかおとーさんみたいに格好良くて優しくて素敵な男性に愛を囁かれて堕ちない女の子なんて居ません!」

「じゃあそんな奴が現れて奈苗を口説いたら?」

「私はおとーさん専用なので歯牙にも掛けません!」

 

 

 きりっ、と決め顔で言い切る奈苗。

 だが褒めて褒めてと目で訴えてくる辺り微妙に決まって無い。

 そんな所も奈苗の魅力の内か、と苦笑しつつ手を伸ばす。

 撫で易い様に卓袱台の向こうから頭を向けてくるのも、また可愛らしい所だな。

 

 

「ほれ、良い子良い子」

「でへへ、褒められちゃいました」

「……奈苗が何歳か解らなくなるな」

「見た目があたいくらいだったら絶対十歳越えないよね」

「安定の一桁だよな」

「おとーさん幼女趣味ですし何の問題も有りませんね」

「否定出来ない辺り腹立たしい」

「きゃぁ、おとーさんが怒りました! 助けてください、チルノちゃん~」

「え、わぁっ!?」

 

 

 あっさり俺からチルノを奪い取った奈苗は同じ様にチルノを膝に乗せると、その背中に顔を隠す。

 が、勿論隠れられる筈も無く身体が半分以上はみ出している。

 

 

「こそこそ」

「いや奈苗、それは無理だろ」

「奈苗ちゃん、あたいでも流石に無理だと思うよ」

「チルノちゃん、諦めたらダメです! どんな困難な時でも前を向けば道は拓けます! 決して諦めずに自分の感覚を信じてください!」

「……朝から賑やかねぇ」

 

 

 からりと襖が開き、眠たげな目をした金の女性が姿を見せた。

 鶯谷色の小袖を羽織っているがやや大きいのか左肩が露出しており、妖艶な色気を放っている。

 まだ眠たいのか、くぁぁ、と大きな欠伸をするが奈苗がそれを軽く咎める。

 

 

「ダメですよルーミア様、そんな大きな口開けて欠伸なんて。チルノちゃんを食べちゃうつもりですか?」

「えっ、ルーミアあたい食べるの!?」

「ちょっ、そんな訳無いでしょ!」

「きゃぁ、ルーミア様が怒りました~」

「奈苗、二度ネタは禁止だ」

 

 

 取り敢えずチルノを奪還し膝の上に乗せると、変な対抗心でも燃やしたのか奈苗はルーミアの膝に乗って得意気に鼻をふんすっと鳴らした。

 椅子にされたルーミアは奔放な奈苗に呆れながらも、優しく髪の毛を梳いてやる。

 気持ちよさそうに笑う姿を見ていると、嫁と言うより娘の様に思えてきた。

 ルーミアも同じ様に感じたのか、視線を交わすとしょうがないわね、と笑みを零す。

 

 

「それで? ケイは今日どんな風に過ごすつもりかしらね」

「予定は何も無かったと思うが……せっかくチルノが遊びに来てくれたしな、今日は一緒に遊ぶか」

「えへへ……ケイあったかい~」

 

 

 むぎゅっと抱き締めると俺の両手を更にむぎゅっと抱き締め返す。

 そう言えば背中の羽は収納したままだったな、通りで抱き易い訳だ。

 多分チルノもルーミアも羽に気付いてはいないだろう。

 奈苗は……解らん。

 表面的な事や俺達に関する機微は大抵想像した通りだが、そこに至るまでの過程が時折理解の及ばない道を辿っているからな。

 ひょっとしたら家族で一番強いのは奈苗かもしれない。

 そんな風に思考を飛ばしていると、不意に『ぐぅ~っ』と重低音が響き渡る。

 発生源を辿ればルーミアが力無い笑みを浮かべて奈苗を抱き締めていた。

 そのまま後ろに倒れ込む。

 

 

「お腹が空いて力が出ないわ」

「エネルギー切れか」

「奈苗~、ご飯お願い~」

「了解ですっ。でもルーミア様、離してくれないとご飯作れませんよ?」

「ん、もうちょっとギュッてしてたい」

「珍しく甘えん坊さんですね?」

「さてはルーミア、まだしっかり目覚めて無いな」

「え、ルーミアまだ寝てたの!?」

「奈苗~、ギュッてしてるから早く作ってよ~」

「半分寝てると途端に甘えん坊になるんだよ。完璧に起きると一気に顔が赤くなるけどな」

「へぇ、ルーミアいつもしっかりしてるからちょっと意外かも」

「やぁん、ルーミア様可愛いですっ♪ ほっぺつんつん~」

「この状態ならチルノの方が間違い無くお姉さんだな」

「外見が大人だから変な感じしかしないけど」

「うにゅあ~、つっつくなぁ~」

「いっそ俺が封印施すか。前みたいに幼女形態にして置けば違和感も無いだろ」

「序でに奈苗ちゃんも小さくしたら?」

「でへへ、ルーミア様に怒られちゃいました」

「名案かもしれん」

 

 

 と言う訳でじゃれ合い始めたはらぺ娘とでへへ巫女は放って置き、チルノと二人で朝餉の用意をする。

 台所に立つ経験は殆ど無いらしいが、教えた事はすぐに吸収して自分のものに出来ていた。

 これなら我が家の料理担当に昇格出来る日も近いだろう。

 

 

 ──と言うか前と比べて格段に思考力や理解力や判断力が強化されてないか? 

 

 

 まさか『不死の標』で脳が活性化でもしたのだろうか。

 確かに使えば頭はすっきりするが……思考周りの強化に関しては大した検証もしていなかったな。

 せっかくだし肉体の強化もして置こう、と思い立った俺は『聖なる力』を四回チルノに掛けた。

 パワーに四、タフネスに八の修正が掛かった氷精の誕生だ。

 災厄級のドラゴンで無い限り突破されない妖精って、一体何なんだろうな。

 ともあれ強化も終わり調理も終わり、美味そうな料理を卓の上に並ベていると、起き出してきた神奈子と諏訪子に妹紅、そして大ちゃんがやって来た。

 何でも昨日、ここに来る事を伝えていたらしい。

 夜這いに行くのよ! と息巻いていた様だが朝早くに来るのは夜這いと言うのか多少の疑問が残る。

 まぁ、食事は賑やかな方が良いと満場一致で決まり大ちゃんも加えて準備完了。

 

 

「両手を合わせて、いただきます」

『いただきまーす!』

 

 

 早速チルノが作った味噌汁を一口。

 具は莢豌豆と馬鈴薯だ。

 少し濃いめの味が胃と頭を叩き起こしてくれる。

 文句無しに美味い。

 

 

「うむ、初めて作った味噌汁でこれだけの味が出せれば引く手数多だな」

「ひくてあまた?」

「チルノがその気になれば、旦那は選び放題って事だ」

「えへへ……じゃあケイをあたいの旦那様にしちゃう」

「朝っぱらから甘いねぇ……」

「神奈子様、玉子焼きはちょうど良いくらいですよ?」

「いや奈苗、そういう意味じゃ」

「時々奈苗も天然入るからねー。流石は契の血を引いてるだけ有る」

「チルノちゃん凄い……私より上手になってるよ」

「だいちゃんもれんしゅうしたら、ごはんおいしくつくれるよ!」

「ふふ、ありがと妹紅ちゃん」

「最初に習った時の私より美味しいわね。チルノは料理の才能が有るのかしら? それとケイ、おかわり」

「ほいほい」

「ふっふっふ、流石はあたいね! 料理の才能まで有るなんて、自分が恐ろしいわ」

「普通に教わってこれなら、あの方式だとどうなるのかしら? ケイ、おかわり」

「ルーミア様、あの方式って何ですか?」

「こらこら、妙な事を教えるんじゃない」

「あぁ、アレかぁ……」

「けろちゃん、しってるの?」

「んむ、作ってる最中に意識が飛んだり泣き出しちゃう時も有ったりする契の愛情たっぷりなお料理教室だよ」

「な、なんか凄い厳しそうな雰囲気が」

「確かに厳しかったわねぇ。ケロ子は脱落しちゃったし。ケイ、おかわり」

「はわぁ、おとーさん意外とスパルタだったんですねぇ」

「いや、スパルタと言うか何というか」

 

 

 何とも賑やかだ。

 流石にあの内容をそのまま伝えるのは拙いと察したのか、諏訪子が間違ってはいない説明で切り抜ける。

 偉いぞ諏訪子、後でご褒美をやろう。

 逆に神奈子はデコピンだな、ちょっとは空気を読んで合わせろよ。

 そんな事をつらつらと考えながら、俺はルーミアの椀に何度目か数えるのも面倒くさくなったおかわりを盛るのであった。

 

 

「おいルーミア、もう米無いぞ」

「あら……仕方無い、腹六分目にしておきましょう」

「お前一人で六合食ったよな!?」

 

 

 



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恋娘の慕情。そして互いが溶けるまで。※

 朝食を終えた俺とチルノは大ちゃんを連れて、一路紅魔館へと足を進めた。

 理由は例の手伝いの件。

 美鈴の昼寝タイムを捻出する、という訳では無いが流石にアレだけの広さを誇る紅魔館を一人で掃除するのは無理が有るし、ここで見捨てる程腐ってもいないつもりだ。

 

 

 ──しかし俺も輪を掛けて丸くなったな。神奈子のお人好しが移ったか? 

 

 

 左腕に抱き付いて幸せそうに頬擦りしてくる青の妖精と、右手で恋人繋ぎをしながらも恥ずかしそうに俯く緑の妖精を見下ろし、しみじみと息を吐く。

 若干歩きにくいが、見目麗しい幼女二人を連れ回す為の対価と割り切るか。

 そう思っていると不意に顔を上げたチルノと目が合う。

 にへへ、とだらしない笑みを浮かべて腕に身体を擦り付ける様に強く抱き付く姿が何とも愛らしい。

 二人を連れてえっちらほっちら歩いて行くと、見慣れた紅い館が姿を見せる。

 重厚な門を通り扉の横に有る紐を引けばガランガランと鐘の音が響き渡り、数拍置いて扉の奥からぱたぱたと元気な足音が聞こえてきた。

 ん、元気な足音? 

 

 

「どーん!」

「ヌゥゥゥゥイ!?」

 

 

 疑問が浮かぶと同時、凄まじい衝撃が鼻っ柱を襲った。

 勢いをそのままに両腕の二人共々背後へと打ち上げられる。

 受け身も取れないまま落下し掛けたが、寸での所で身体が宙に固定される。

 両腕がピンと張られた事から察するに二人が支えてくれたのだろう。

 

 

「ケ、ケイっ、大丈夫!?」

「しっかり、傷は浅いですよっ」

「あれ、お兄さん何でそんな面白そうな体勢で浮いてるの? あ、チルノちゃんに大ちゃん。やほやほー♪」

 

 

 暢気な声が届く。

 何とか姿勢を立て直し痛む鼻をさすりながら向いた先、メイド服を着た幼女がこちらに小さく手を振っていた。

 波打つ灰色の髪の毛に、閉じた眼球の様なアクセサリー。

 

 

「……こいし、扉は静かに開けるもんだ」

「え? あ、こいしちゃんおはよう」

「おはようございます、って、こいしちゃんっ! 突然扉開けたら危ないですよっ」

「えへへ、ごめんなさい」

 

 

 頭をポリポリと掻きつつもにこやかに笑うこいし。

 どうやら余り反省はしていないらしい。

 

 

「次やったら尻叩き百回な」

「いやん、お兄さんのえっち」

「良し解った、今日のこいしのおやつは無しだな」

「もうしないからそれだけわっ!?」

 

 

 爛漫な笑顔から一転、眉尻を下げ今にも泣き出しそうな顔で縋り付いて来る。

 やはりちびっ娘にはおやつ禁止が一番効く様だな。

 その後もこいしは謝罪と宥め賺しを交互に繰り出し、最終的に身体で払うと言い出した辺りで頭に軽く拳骨を入れてやる。

 若い娘がそう簡単に身体を売るもんじゃない。

 ともあれ何とか俺の機嫌が直ったと見たこいしは漸く表情を天真爛漫な笑顔に戻し、背中を捩登り肩へ乗って御機嫌な様子で抱き付いてきた。

 

 

「えへへ、お兄さんの肩車♪」

「危ないから余り暴れるなよ?」

「はぁーい」

「ふふ、何だかんだでケイも甘いわよね」

「でもそんな所も格好良いよね、チルノちゃん」

「だよねー」

 

 

 聞いてるだけで小っ恥ずかしくなる会話を繰り広げる三人を連れ、気を取り直して紅魔館の内部へ。

 相変わらず色彩が紅一色しか無いロビーの中央、メイド服に身を包んだ女性一人と幼女三人が出迎えてくれた。

 

 

「おはよう、美鈴、レミリア、フラン、さとり」

「おはようございます、契さん」

「ケイ、おはよう」

「お兄様、おはよー」

「おはようございます、お兄さん。早速こいしがご迷惑をお掛けしました。こらっ、こいし!」

「きゃー、お姉ちゃんが怒ったー」

 

 

 一先ずこいしを下ろし、改めて皆を見る。

 さとりは普段の落ち着いた雰囲気にメイド服が良く似合っているな。

 少し恥ずかしそうに裾を握っている所も初々しくて実に良い。

 こいしが着るとメイド服がオシャレに見えてくるから不思議だな。

 案外ファッションリーダーの素質が有るのかもしれん。

 美鈴は流石メイド長と言うべきか、着こなしが板に付いている。

 いつものチャイナドレスとはまた違って、清楚な雰囲気が非常に可愛らしい。

 ……ヘッドドレスに角っぽいリボンが付いているのは隊長だからなのだろうか。

 どこで覚えたそんな知識。

 フランは人形みたいな可愛さが有るな。

 保護欲に駆られると言うかギュッと抱き締めてやりたくなると言うか。

 レミリアがメイド服を着ていると、何やら妙な色気が有る。

 一人だけ気色が違う様な……何と言うか、肉欲に訴え掛けてくる艶めかしさと背徳感が沸き立っているな。

 それぞれ違った魅力を持っているが一つの事は共通している。

 

 

「皆似合っていて可愛いな」

「えへへ、お兄さん私達にメロメロ?」

「お兄様メロメロなの?」

「だな。一人ずつ抱き締めてやりたいくらいだ」

「あらあら、口が上手いわねケイ」

「生憎だが、世辞は生まれてこの方口にした事が無いぞ?」

「ふふっ、なら楽しみにしておくわ。後で皆を抱き締めてくれるのでしょう?」

「序でにお菓子をあーんで食べさせてやるオプションも付けようか」

「……そ、想像しただけで溶けそうだわ」

「そう言えば美鈴……消えた!?」

 

 

 向き直った先、美鈴の姿が忽然と消えていた。

 気配を感じられなかったのは単に俺の注意力が散漫だった所為だろうか。

 

 

「美鈴ならチルノと大ちゃんを連れて着替えさせに行ったわよ」

「質量を持った残像だったのかと思った」

「あはは、お兄さんにぶちん~」

「こいし、拳骨とチョップどっちが好みだ?」

「きゃー、お兄さんが怒ったー♪ フランちゃんの影にこそこそ」

「わわっ、こいしちゃん!?」

「庇い立てするならフランも拳骨だ!」

「えええっ!? わ、私は無実だよー!」

「お兄様のにぶちんー」

「ちょっ、こいしちゃん! お、お兄様、今の私じゃ無いからね!?」

「問答無用! 二人纏めて捕まえてやる!」

「きゃー、逃げろー♪」

「わ、わひゃぁぁっ!?」

「待てぇぇぇい!」

「さとり、ケイは何て?」

「二人纏めて捕まえたら、そのままむぎゅむぎゅ抱き締め攻撃だそうです」

「はぁ……何だかんだ言ってケイも子供っぽいんだから」

「ふふっ。でもレミリア、そんな所も好きなんでしょう?」

「それは貴女もでしょう、さとり」

「もちろん。……不思議な方ですよね、お兄さんって」

「好色で浮気性で人の心に入り込んで来るのが上手い鬼畜眼鏡よ」

「ほほぅ、言うじゃないかレミリア」

 

 

 背後から声を掛けると小さな身体がびくりと跳ね上がる。

 額に妙な汗を浮かべレミリアがぎこちなく振り返った。

 

 

「あ、あらケイ。二人を追い掛けて行ったんじゃなかったの?」

「とっくの昔に捕まえたぞ。ほれ」

 

 

 右手で背後を指し示す。

 指の向かう先ではこいしが頬を上気させ疲れ切った笑みを浮かべながら、時折ぴくんぴくんと身体を痙攣させていた。

 フランはこいしと同じく顔を赤く染めてどこか夢現な様子で中空を見詰めたまま、思い出した風に幸せそうな吐息を吐き出す。

 それを見たレミリアの口元が引き吊り、何とも微妙な笑みを形作る。

 

 

「な、何をしたの?」

「口を手で塞いで、全力でくすぐってやったんだ」

「へ、へぇ、そうなの。所でケイ、何で両手をわきわき動かしているのかしら?」

「いやなに、色々と失敬な言葉が聞こえた気がしたからな」

「き、気のせいじゃないかしら?」

「そうか、気のせいか」

「ええ、きっとそうよ」

「成程……って騙されると思ったか!」

「きゃぁぁぁぁっ!?」

 

 

 悲鳴を上げて逃げ出そうとするレミリアだったが、背後から伸びる手がそれを阻止した。

 急に身体の制動を止められた事に焦りながら振り返ると、にこやかな笑みを浮かべるさとりが居る。

 

 

「え、ちょっ、さとり!?」

「お兄さん、捕まえました」

「良くやったさとり。レミリアへのお仕置きが終わったら、フランにしたみたいにむぎゅっと抱き締めてやろう」

「い、いえ、それには及びません。というかお兄さんにギュッてされたら……」

 

 

 顔を赤らめつつ小さく何事か呟く。

 何となく想像は付くが、まぁそれは一先ず置いておこう。

 さて、どんな風に弄くり倒してやろうか。

 そんな事を考えていると背後から呆れた様な声が掛かった。

 

 

「契さん、余り遊んでるとお昼になっちゃいますよ」

「んあ? あぁ、美鈴か」

 

 

 振り返ると苦笑いを浮かべた美鈴の左右にこれまた可愛らしい小さなメイドが二人。

 もじもじと恥ずかしそうに指を突き合わせる大ちゃんと、腰に手を当てむふーと得意気に胸を張るチルノだ。

 元の素材が良い所為か何を着ても似合うな。

 そんな俺の考えが表情に出ていたのかチルノは満面の笑みを浮かべて、大ちゃんは少し照れながらも嬉しそうに腕へ抱き付いてきた。

 二人纏めて抱き締めてやろうと身を屈めたその瞬間、

 

 

「あっ、レミリア!」

 

 

 声に振り向くと、小さな蝙蝠が何十匹と群れを成してさとりの腕の中から逃げ出していた。

 ぱたぱたと腕を必死に振るいながらロビーの中を四方八方に飛び回り、瞬く間に屋敷の奥へ散らばって行ってしまった。

 事態を上手く飲み込めずにぼんやりしていると、不意に左肩へトンと軽い衝撃が落ちる。

 首を巡らせてみれば、一匹の小さな蝙蝠が肩に乗っていた。

 キィキィと鳴き声を上げながら擦り寄ってくる。

 普通、蝙蝠と言えば足の力が弱く立ち上がる事は出来ない筈だ。

 だから天井や木の枝に逆立ちの状態でぶら下がっている。

 が、この蝙蝠はしっかりと二本の足で立っている。

 序でに言うなら蝙蝠は大き過ぎる耳や特徴的なブタ鼻で、およそ可愛いとは言い難い顔付きをしている。

 が、この蝙蝠は耳は小さく目も大きめでどことなく狐を思わせる様な愛くるしさが有った。

 右手を上げて指を伸ばしてみれば、キィと嬉しそうに鳴いてじゃれ付いてくる。

 

 

「あの、契さん? イイ笑顔の所申し訳無いんですが」

「ん? どうかしたのか、美鈴」

「いえその……お嬢様逃げちゃいましたけど、良いんですか?」

「んぁ? そう言えばレミリアはどこに行った?」

「蝙蝠になって逃げちゃいましたけど……」

「は、蝙蝠?」

 

 

 聞けばあの蝙蝠の群れはレミリアが吸血鬼としての能力を使い変身したものだと言う。

 さとりにとっ捕まっていた所から逃げ出す為に細分化したそうだ。

 それにしては一匹だけやけに懐いているけどな。

 

 

「前にお嬢様に聞いた話では細分化した蝙蝠一匹一匹にお嬢様の意識が備わっている訳では無く、大本で有るお嬢様の意思を優先するだけで他は普通の蝙蝠と大差無いそうですよ。簡単な命令くらいなら聞けるみたいですけどね」

「ちょっと違うよ、美鈴。全部のこーもりにお姉様がちょっとずつ入ってるんだよ。んーと、意識と自我の分割と再分配、って言ってた。詳しくは分かんないけど」

 

 

 復活したフランが息を整えながら訂正する。

 上気した肌が艶かしい。

 眼福眼福、と一つ頷いた所で顎に手を当て考えてみる。

 意識と自我の分割と再分配……記憶や感情なんかを一つ一つ切り分けて、それに蝙蝠の身体を与えた様なもんか? 

 

 

「だからその肩に乗ってるこーもりは、お兄様に甘えたくてしょうがないお姉様の部分が一際強く出てるこーもりなんじゃないかなぁ?」

「……そうなのか?」

 

 

 答える様にキィと鳴いて首筋に抱き付いてくる蝙蝠。

 成程、レミリアの素直で甘えん坊な部分がこいつに凝縮されている訳か。

 指の腹で頭を優しく撫でてやるとくすぐったそうに一つ、キィと声を上げる。

 なんか普通に可愛く見えてきたな。

 

 

「……まぁ、こいつが居る以上レミリアも暫くしたら出て来るだろう。美鈴、音頭を頼む」

「この場合は音頭と言うより号令の方が正しい気がしますけど。それじゃ皆さん、今日もお掃除頑張りましょう!」

『おー♪』

 

 

 数分して寂しさに耐えられなくなったレミリアが出て来たので抱き締めてやった。

 ちびっ娘は扱い易くて良いな。

 

 

 

 

 

 

「……はふぅ。今日はいつもよりたくさん遊んで、たくさん働いたね」

「あぁ、美鈴に次ぐ仕事量だったな。疲れてないか、チルノ」

「ん、大丈夫。ケイにくっ付いてたら元気になるから」

 

 

 そう言って俺の膝に乗り背中を預けてくるチルノ。

 紅魔館での仕事とお茶会を終えた俺達は大ちゃんと別れ、チルノの家で一休みする事にした。

 湖畔に程近い場所に開けた原が有り、その中央で存在感を放つ大木がチルノの家だ。

 大木をくり抜いて造られたこの家だが入ってみると中は意外な程に広い。

 一階は台所と居間が有り二階は寝室になっていて、どちらも良く整頓され清潔感が有る。

 家の前には表札代わりなのか、先日俺が戯れに作ったチルノの氷像が置いてある。

 随分とお気に入りらしく溶けない様に能力で凍ったままにしているとの事。

 と、意識を飛ばしていた俺の頬にひんやりしたものが当たる。

 視線を下げるとチルノが両手で頬をつんつんと弄んでいた。

 

 

「ん、どうした?」

「なんとなくー。ケイのほっぺ、あったかいわね」

「チルノは氷精だけ有って冷たいな」

「ひゃわ、くすぐったいー」

 

 

 首筋を指先で撫で上げれば身を捩りながらやんやんと可愛らしい悲鳴を上げる。

 小さな身体を抱き締めたまま寝転ぶとチルノはもぞもぞ這い上がり、嬉しそうに微笑んで胸元に顔を埋めてきた。

 頭を優しく撫でてやるとさらさらの髪が指先をなぞる様に流れていく。

 

 

「ねぇ、ケイ」

「ん?」

「えっとね……大好き♪」

 

 

 そう言って首を伸ばし、不意打ち気味に唇を奪っていく。

 軽く触れ合っただけで離れる瑞々しい唇に物足りなさを感じながら見返すと、チルノは照れた様にはにかみながら両手を回してきた。

 頭ごと抱き竦められ身動きが取れなくなった俺を満足そうに見、再び唇を重ねる。

 今度は唇を割って、小さな愛らしい舌が口内に潜り込んできた。

 ちろちろと砂糖菓子を舐め上げるかの様に甘えてくる舌を捕まえ、弱過ぎる程に優しく吸ってやる。

 ぴくん、と身体が揺れる。

 その反応に気を良くした俺はチルノの舌を弱く吸い上げたまま舌先同士を触れ合わせる様にそっとなぞった。

 

 

「んむぅっ、んっ、んふぅ……っ♪」

 

 

 劇的な反応を返すチルノ。

 青く澄んだ瞳は官能的に揺れ、見る間に顔が赤く染まった。

 しかし舌は動きを弱めるばかりか更に激しくうねり、俺の唾液を嬉々として舐め取っていく。

 こうしてチルノのやりたい様にさせてやるのも良いが、それだけでは俺の中の鬼畜眼鏡が納得しない。

 背中に回していた右手を下げ、柔らかな尻へと手を伸ばす。

 むにゅっと柔らかな尻肉が掌を押し返す感触と共に、可愛らしい悲鳴が漏れる。

 

 

「ふやぁ……っ、ケイのえっちぃ……♪」

 

 

 甘い声が耳をくすぐる。

 すっかりふにゃふにゃになったチルノが、ぎゅっと身体を密着させてきた。

 ぷにぷにと柔らかい感触を堪能しつつ上体を起こす。

 互いに服を脱がし合い生まれたままの姿になる。

 艶やかな肌はほんのり桜色に上気し、僅かに表皮を湿らせた汗が何とも背徳的な色香を醸し出している。

 ぴったりと閉じた幼い秘所からは本能を揺さぶる甘い香りが放たれ、否応無しに情欲が高まっていく。

 

 

「あっ……ケイのおちんちん、大きくなってる……♪ あたいの身体で、興奮したの? えへへ、恥ずかしいけど、ちょっと嬉しいかも……♪」

 

 

 頬に手を当て、いやんいやんと身体を捩るチルノ。

 それ自体は非常に愛らしいのだが、くねくねと動く度に息子が尻肉で擦られるので余り動かれると暴発しそうで拙い。

 どうせ出すなら膣内一択。

 そんな爛れた信条を胸に胸に抱きつつ、小さな身体をひょいと持ち上げた。

 亀頭の先が軽く秘裂に触れる。

 擦る様に撫で上げれば幼い花弁がくにゅくにゅと蠢き、その奥に秘めていた淫蜜をとぷっと吐き出した。

 

 

「良いか、チルノ?」

「うん……きて♪ あたいの中で、いっぱい気持ち良くなってね?」

 

 その言葉に従いゆっくりと持ち上げた腰を落としていく。

 ぴたりと閉じた秘裂が徐々に押し広げられていくが、やはり入り口からして見た目相応に狭い。

 自重に因り少しずつ肉棒が膣内へ埋まっていくのを感じてか、チルノは口の端を淫らに吊り上げた。

 

 

「んぁぁ……っ、ケイのおちんちん、おっきいよぉ……」

「痛くないか?」

「大丈夫ぅ……♪ 妖精は好きな人とする時は、初めてでも血が出なくてすぐ気持ち良くなっちゃうんだよぉ」

「そうなのか?」

「大ちゃんが言ってたの、あひゃん♪ やぁっ、ケイっ、急に動いちゃやぁっ♪」

 

 

 なら遠慮は要らないな、と俺はチルノの細い腰を掴み上下に動かした。

 最初はゆっくりと、次第に激しく。

 未熟な膣内へ肉棒の形を焼き付ける様になぞり上げる。

 その狭さ故に締め付けはなかなかにキツいが、奥から大量に溢れ出てくる淫蜜が滑りを良くしスムーズな抽送を助けてくれる。

 数回往復すると次第に膣壁も解れてきたらしく、侵入してきた肉棒への反応も単なる締め付けから精を搾り取ろうとする動きへと変わっていった。

 それに導かれる様にして、腰を軽く引き反動を付けて突き上げる。

 

 

「んあぁぁぁっ! き、きたぁっ、ケイのおちんちんが、あたいの子宮まで届いてるよぉ……っ!」

 

 

 コツ、と堅い感触が返る。

 チルノの身体の、一番深い場所まで辿り着いた。

 同時、子宮口が僅かに開き母乳をねだる赤子の様に亀頭へ吸い付いてきた。

 そしてそれは少しずつ口を広げ、徐々に亀頭全体を呑み込もうとする。

 突如肉棒を襲う強烈な快楽に驚く反面、このまま呑み込まれたなら一体どうなるのかという期待と好奇心が首を擡げる。

 どうせなら味わってみたい。

 その誘惑を受け入れ、俺は静観する事にした。

 子宮口に捕食されていく感覚が亀頭の中程まで来た時、不意にチルノが顔を上げて口を開いた。

 

 

「ふぁぁ……♪ んっ……あのね、さっき言おうとした続きなんだけどね、大ちゃんに教えて貰ったの。妖精は好きな人におちんちんを奥まで入れて貰ったら、子宮がおちんちんを離さない様に食べちゃうんだって」

 

 

 とろんとした瞳で愛おしげに見上げてくるチルノ。

 背中に両手を回し、ぷっくりと膨らんださくらんぼをくにくにと押し付けながら、悦楽を多分に含んだ甘い声を上げる。

 

 

「──それで、ぱくっておちんちん食べちゃったら、子宮が満足するまでおちんちん抜けなくなっちゃうんだって♪」

 

 

 言い終わるのと時を同じくして、やわやわと侵食を続けていた子宮口が遂に亀頭を完全に呑み込んだ。

 カリ首に引っ掛かった子宮口と、絶え間無く絡み付いてきた膣壁がぴったりと肉棒をくわえ込む。

 亀頭を子宮内に呑み込んだ事で肉棒が根元まで埋まった。

 その根元から、一気に吸い上げられる。

 吸う力はそこまで強く無いが、今までに感じた事の無い快楽が脳髄を焼いて行く。

 

 

「うぁっ、チルノ、で、出る……っ!」

「あはっ、良いよぉっ、ケイの赤ちゃんの素、いっぱいちょうだい♪」

 

 

 抽送時には無かった強い快感が肉棒を攻め上げる。

 必死に抱き付きながら卑猥なおねだりをするチルノの姿も相俟って、一気に絶頂へと押し上げられた。

 脳を焦がす甘い痺れが背筋を駆け抜け、直後大量の精子が鈴口から迸る。

 

 

「んはぁぁぁぁっ! きたきたきた、きたぁぁっ♪ ケイの赤ちゃんの素が、あたいの中で暴れてるぅぅぅぅっ!」

 

 

 背筋をピンと反らしたまま大きく二度、身体を跳ね上げるチルノ。

 小さな子宮を特濃精子が蹂躙していき、一度の射精で胎内が満たされる。

 カリ首にぱっくり喰い付いた子宮口が蓋となり、流れ込んだ精子は僅かな量さえ漏れ出ては来ない。

 普段より少し多いくらいの精子を吐き出し終えると、それまで為すがままに犯されていた子宮が再び肉棒へと吸い付いてきた。

 最後の一滴まで欲しがる淫猥な身体に愛おしさの様なものを感じながら腰を引く。

 

 

「……ん?」

 

 

 が、抜けない。

 腰を引いたままチルノを持ち上げてみるが、しっかりとカリ首をくわえ込んだ子宮口は、ぐずる赤子の様に肉棒をキュッと捕まえて離さない。

 と、眉尻を下げながらも愉悦に顔を染めたチルノが口を開いた。

 

 

「んふふっ、ダメだよケイ? まだあたい全然満足出来てないんだもん。もっと気持ち良くなろ? 溶けちゃうまで、一緒に気持ち良くなろ?」

 

 

 細められた瞳が妖しく光る。

 ぞわりと背中を撫で上げるのは恐怖か期待か。

 だがやられっ放しというのも癪だ。

 どこか余裕に見える微笑みを浮かべるチルノの顔を、強過ぎる快楽でぐしゃぐしゃに歪めてやりたい。

 愛らしく見上げる氷精に敢えて穏やかな笑みを返す。

 

 

 ──久し振りに、壊すつもりで遊ばせて貰うとするか。

 

 

 

 

 

 

 ……すっかり夜も更けた時分。

 あの後二階に上がり、やや小さめの布団へチルノを組み敷き存分に幼い身体を弄ばせて貰った。

 序でだからと次々に体位を入れ替え、余す事無く子宮を犯した。

 何度精を吐き出したかさえ定かでは無い。

 その甲斐有って、という表現が正しいかは知らないが、チルノの腹は妊婦の様に膨れ上がっていた。

 負担を掛けない様、今は騎乗位で淫らに腰を振っている。

 が、未だその瞳に理性の光が宿っていた。

 その事が俺の嗜虐心と敵愾心をくすぐっている。

 

 

「ふぁっ、あっ、あぁんっ、やっ、やらぁっ、しょ、しょれっ、しょれしゅごいぃぃぃっ! んやぁぁっ、あたい、こわ、こわりぇりゅぅぅぅぅっ!」

 

 

 余裕は無くなった様だが。

 細い腰を痛くしない程度に掴んで固定し、ぐりぐりと亀頭で子宮の奥を削る様に容赦無く突き上げる。

 抽送が出来ない分、子宮そのものを揺さぶる事で無理矢理快楽を与えたのだが……どうやら、予想以上に良いらしい。

 

 

「んひゃぁぁぁぁぅっ! っ、あ、んぁぁぁっ、ケイ、ゆるひ、んぁっ、も、もうイった、イったかりゃぁぁっ! やぁぁっ、イクぅっ、まひゃイク、イクのぉぉっ!」

 

 

 涙と涎と鼻水で顔はぐしゃぐしゃだ。

 何度も何度も絶え間無くイカされた事で快楽の許容限界を超えたらしく、必死に押し寄せる絶頂の波を耐えようとする姿が何より美しく、愛おしい。

 もっと快楽に歪む顔を見たい。

 もっと注がれた精に打ち震える姿を見たい。

 もっと、もっと。

 止まる事を知らない欲望の連鎖にあっさりと身を委ね、俺は身体を引き起こしチルノを抱き寄せた。

 膨らんだ腹がたぷんと揺れる。

 それを潰してしまわない様注意しながら、瑞々しい唇を貪る。

 柔らかな弾力が返り汗と涙が入り混じった塩気が口内を満たしていく。

 舌でそれらを舐め取り、同じ様に唇を舐め上げる。

 チルノは身体を震わせながらも小さな舌を伸ばして応えた。

 互いの舌を絡ませ合い、唾液を啜る。

 

 

「んぅぅっ、んっ、うぅぅ、はぷっ、ちゅるっ、んっ、んんっ!」

 

 

 白く美しい喉がこくりと音を立て、とろとろに混ざり合った唾液を嚥下していく。

 それと同時、子宮の吸い付きが激しくなった。

 互いに絶頂が近い。

 じわじわと精子が肉棒を上り詰めていく感覚が有る。

 

 

「ぷはぁ、あぁ、っ、はぁん、ケイ、ケイっ、ケイぃ……っ!」

「チルノっ、出るぞ」

「あぁん、ケイっ、いっしょ、いっしょがいいのっ、あ、ぁっ、イク、イクイクイクぅっ、ぅああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 

 鈴口を割って灼熱の精が胎内に吐き出される。

 勢い良く噴出したそれは子宮壁に叩き付けられ、チルノの思考を快楽という刃で掻き切っていく。

 同時、動きが生まれた。

 

 

「────な……?」

 

 

 初め、俺は反応出来なかった。

 視界いっぱいに広がるのは淡い青の色。

 茫然とする俺の眼前を、ふわりと何かが横切った。

 

 

「羽根……?」

 

 

 青く透き通った羽根が、ちらちらと部屋中を舞っていた。

 抱き締めたチルノの背中から三対六枚の大きな羽が、ばさりと広がっていた。

 余りに幻想的なその光景に言葉を失う。

 

 

 ──ちょっと力の強いだけの氷精? そんな訳が無い、今俺の腕の中に居るのは、紛れも無い天使だ。

 

 

 神々しくさえ有る美しい羽に、俺はただただ見惚れていた。

 どれだけの時間が経ったのだろう。

 不意に俺は我に返った。

 

 

 ──そうだ、チルノは。

 

 

 これだけ急激な変化を起こしたのだから、もしかすると身体に何か異常が出ているかもしれない。

 そう思い視線を下ろすと、異常かどうかは解らないが劇的な変化が起こっていた。

 精子で膨れ上がっていた筈の腹が、元通りになっている。

 無理矢理引き伸ばした事に因る皮膚の弛みも無く、まるで時間を巻き戻したかの様に直っていた。

 くてっ、と脱力し気を失っていたチルノを抱き上げる。

 にゅぽん、と音を立てて肉棒が抜けた。

 ……どうやら満足したらしい。

 肉棒を抜くと羽も見る間に収縮していき、青色の突起へと収まった。

 

 

「……考えるのは明日にして、寝るか」

 

 

 謎が思考を埋め尽くす前に布団へと倒れ込む。

 今考えても答えは出ないだろうし、何より体力的にキツい。

 取り敢えず『疲弊の休息』を唱えて、俺は瞼を閉じた。

 



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切欠と宴会。そして愛娘達の策謀。

 

 

「……成程、そんな面白い事が俗世では起きていたのか」

「他にも、最近都では正体不明の妖怪が出るとか」

「もぐもぐ」

「正体不明? 誰も姿を見ていないのか」

「うんにゃ、何でも見る人に因って見える姿が違うとか。丁稚は長い脚を十二本生やした巨人を、童女は蛇で出来た柳を、老人は罅割れた面を持つ猿を、ってな具合だねぇ」

「んくんく」

 

 

 夜雀の女将、ミスティアの話を熟考しつつ左手を伸ばす。

 が、指先は何も掴めぬまま空を切った。

 違和感に初めて視線を向けた先、皿の上には竹串が散乱している。

 山と積んであった蒲焼きは既に無く、最後の一串が今艶やかな唇に呑み込まれて行く。

 

 

「んぐんぐ、んみゅっ」

「こらルーミア、俺の分まで喰う奴が在るか」

 

 

 ジト目を向けつつ柔らかな頬をつついてやると、ルーミアは可愛らしい声を漏らしてくすぐったそうに肩を竦めた。

 そのまま指をずらして口の端を拭う。

 指先に付いた蒲焼きのタレを認めて、ルーミアは何の気兼ねも無く指を口に含んだ。

 温かい感触を乗せた舌が人差し指を這う。

 

 

「ちぅちぅ」

「こらルーミア、俺の指を喰うんじゃない」

「話には聴いてたけど、本当に仲が良いんだねぇ。妬けてきちゃうよ」

 

 

 微笑ましげな声色ながらもニヤニヤと楽しそうにこちらを眺める女将。

 ちょくちょく屋台へと足を運んでいるが、呑んでいると必ず誰かがやってくる。

 その度、女将にやれ色男だのやれ妬けるだのとからかわれている。

 仕返しとばかりに浮ついた話は無いのかと尋ねれば、呉服屋の三男坊から花を贈られたり農家の長男と次男から口説かれたりと、存外人気は高いらしい。

 が、女将は「気になる人が居るから」と言って断っているとか。

 最初にそれを聴いた時、女将に気に入られた幸運な男は誰かと尋ねてみたのだが、これがとんだ藪蛇。

 艶めかしく唇を舐めて「さぁ、誰だろうねぇ?」と言いながら俺の手を握って来たもんだから、同席していた奴等は大盛り上がり。

 皆に囃し立てられる中臍を曲げてしまったレミリアの機嫌を取るのに多大な労力を払う事となった。

 以来、女将にはからかわれっ放しだ。

 

 

「良いじゃない、みすちーにも私達の熱々っぷりを見せ付けてやれば。あ、次は豚串を追加ね」

 

 

 串にして五十本もの蒲焼きを軽く平らげたルーミアは涼しい顔で豚串を注文する。

 いつの間に仲良くなったのか、ルーミアは女将をみすちーと渾名で呼んでいた。

 どうやら偶々かち合わなかっただけでちょくちょく屋台へ足を運んでいたらしく、俺の前に置かれた刻み昆布と白菜の和え物も実は二人で考案した新メニューだとか。

 

 

「しかしルーミアも凄い食べるよねぇ。見てるだけでお腹いっぱいになりそうだよ」

「初めて逢った時も餌付けしたらホイホイ付いて来たからな」

「ちょっとケイ、それじゃ私がまるでアホの子みたいじゃない」

「料理を教えるまではご飯の度に雛鳥宜しくねだって来ていたしな」

「あはは、何となく想像付くねぇ!」

「みすちー、笑い過ぎ!」

 

 

 ぷくっと頬を膨らませるルーミア。

 そんな姿さえ可愛いと感じてしまうのはもう諦めた。

 可愛いのだから仕方が無い。

 苦笑と共に愛妻を眺めていると、ルーミアは俺をちらりと見て皿に山と盛られた豚串を見て、警戒を滲ませた視線を向けてきた。

 

 

「あげないわよ?」

「いやしんぼめ、ってか違う!」

「流石に冗談よ」

「どう思う女将?」

「今のは半分以上本気だったんじゃないかねぇ?」

「二人共酷いわ、いくら私だからって独り占めする訳が無いじゃない」

「豚串を下ろしてから言え」

「説得力無いよルーミア?」

 

 

 俺達二人にふるぼっこされたルーミアはくすん、とわざとらしく泣き崩れる振りをしながら豚串に手を伸ばした。

 全く以て食欲に忠実な奴だな。

 さり気なく吸物と米のおかわりを頼む愛妻を視界に入れつつ、清酒をくいと呷る。

 アルコールが喉を焼いて行く感覚を堪能していると、不意に背中へ軽い衝撃が走る。

 首だけで振り向くと同時、視界いっぱいに肌色が広がり唇に何か柔らかいものが当たった。

 

 

「んっ、んっ♪」

 

 

 啄む様に唇を重ねてくる襲撃者を抱き上げ膝の上に乗せる。

 にへらぁ、と溶けそうな程に緩んだ笑みを浮かべ俺を見上げる襲撃者。

 その頬を説教がてらつついてやった。

 

 

「うみゅっ」

「こらチルノ、突然抱き付いて来たら危ないだろう?」

「えへへ、ごめんなさぁい」

「も、もう、チルノちゃんったら。契さん、ルーミアさん、こんばんは」

「あら、可愛らしいお客さんだねぇ。いらっしゃい、妖精のお二人さん」

 

 

 届いた声に顔を上げると、少し顔を赤らめた大ちゃんが立っていた。

 どうやら他人の接吻を見るのも、大ちゃんにはハードルが高いらしい。

 長椅子を少し詰めると多少遠慮しつつも俺の左隣に腰を降ろす。

 まずは駆け付け三杯とばかりに小さな御猪口に清酒を注ぐと、大ちゃんは可愛らしく喉を鳴らして呑み干した。

 

 

「はふぅ」

「良い呑みっぷりだ。女将、こちらの貴婦人に刺身の盛り合わせを」

「わわっ、契さん!?」

「あはは、お代は兄さん持ちだから気にしなくても大丈夫だよ」

「そういう事だ。男の見栄を受け止めてやるのが良い女の条件だぞ?」

「は、はぅ……」

「気にしなくても大丈夫よ大ちゃん! あたい達が大人になったら、思う存分ケイにお返しすれば良いんだから!」

「い、良いのかなぁ……?」

 

 

 酒を呷っている俺、笑い上戸で気さくな女将、天真爛漫なチルノの三人に説き伏せられ、多少困惑した様子で視線をさまよわせる大ちゃん。

 が、その視線は女将が差し出した刺身盛り合わせにすぐ固定される。

 甘党だと思われていた大ちゃんだが、実は魚が好物で中でも刺身は毎食食べても飽きないという程のお気に入りだ。

 あの大食プリンセスことルーミアでさえ毎食は飽きると言った事から、ご執心の程が窺えるだろう。

 確かに俺も毎日ならまだしも毎食はキツいからな。

 狐うどんや天丼に刺身とか、なかなか珍妙な取り合わせになりそうだ。

 珍しくハイテンションで頂きますと声を上げるのを横目に楽しみ、くいと清酒を呑み干す。

 

 

「そう言えばチルノ、身体の調子に何か異変は無いか?」

「んーん、大丈夫だよ」

「そうか。何か有ったらすぐに言えよ?」

「うん、ありがと! ……えへへ、ケイ好き好きー」

 

 

 先日チルノを抱いた時に起きた、羽の形状変化。

 諏訪子や神奈子に訊いてみた所、俺の生命力を吸収した際新たにに生成されたのでは無いかと答えを貰った。

 自然そのものに近い概念的存在で在る妖精は、レミリアや紫といった他種族の者より生命力増加に伴う身体的・能力的変化が顕著だ、というのが二人の考察だ。

 こんかいも、にぃにのせいでしょ? という妹紅の有り難い言葉で皆が納得したのも記憶に新しい。

 ……いや、何か最近キツくないか皆。

 若干滅入ってきた気分を紛らわせようと、腕に抱いたチルノの頬をぷにぷに弄ぶ。

 うむ、柔っこくて気持ち良い。

 

 

「まぁまぁ兄さん、悩む姿は色っぽいけどお酒でも呑んで気楽に行こうじゃないさ」

「……それもそうだな。女将、アレ出してくれ」

「おおっ、遂に解禁かい?」

「序でに女将も一緒にどうだ?」

「おや兄さん、こんな見窄らしい夜雀にもお目零しをくれるのかい」

「はて、俺の前には雅に歌う朱雀しか見当たらないが」

「やだもう、兄さんってば。見境無く口説いてたらいつか天罰が下るよ?」

「ねーねーケイ、アレって何?」

 

 

 女将と軽いジャブの打ち合いをしていると膝上のチルノがぺちぺち頬を触ってきた。

 若干冷ゃっこいが、アルコールで体温の上がった身体には心地好い。

 

 

「取って置きの酒だ。八助の所で造って貰った特製だぞ? その名も『望月』だ」

「あ、ケイと同じ名前なんだ!」

「それはなかなか興味深いわね?」

「兄さんの持ってきてくれるお酒の中でも抜群に美味しいんだよぉ、これは」

「頂いちゃっても良いんですか?」

「他の皆には内緒だぞ? ……まぁ、実の所これは試作品でな。今日の夜に完成品が届くからな、そうしたら広場で宴会だ。因みに題目は女将の歓迎会だ、何か一言考えて置いてくれ」

「へ?」

「この後は急いで宴会の準備だ。チルノと大ちゃんは郷の子供達が摘み食いしない様に見張っててくれるか? ルーミアは俺と一緒に宴会の食事の準備な。映姫や奈苗が下拵えをしてくれている筈だ」

「ちょっと、聞いてないわよ、ケイ」

 

 

 突然の宴会宣言に目を丸くする女将。

 右隣からはルーミアのジト目が飛ぶ。

 そんな二人に、ニヤリと笑みを返した。

 

 

「今言ったからな」

「ていっ」

「ッアー!?」

 

 

 どやぁ、と雰囲気を出していたら愛妻からデコピンされた。

 何と理不尽な。

 

 

 

 

 一時間後、俺達は各々の目的の為に慌ただしく動き始めた。

 チルノは刺身に夢中になっていた所為でイマイチ状況が把握出来ていない大ちゃんを連れて子供達の所へ、女将は宴会の主役になると聞いて何をしたら良いか解らずに軽くパニックを起こしながらスピーチの用意。

 そして俺はと言うと、マイワイフに首根っこを掴まれて絶賛移送中だ。

 

 

「いやぁ、すっかり言うのを忘れててな」

「全く、成長しないにも程が有るわよ。その様子だと、まだ伝えていない面々が居るんでしょ?」

「その事で確認だよー、っと」

 

 

 暢気な声と共に空間を切り裂いて紫が降ってきた。

 最近紫は家を空けている事が多い。

 前に理由を尋ねてみたが、照れ臭そうに笑って誤魔化された。

 その時は取り敢えず頬をぷにぷにつついてやったが、特に危険な事をしている様子は無かったので好きにさせている。

 

 

「古明地家と紅魔館と鬼の集落と永遠亭には知らせておいたよ」

「流石だ紫、愛してる」

「やぁん、そんな事言われたらおにいさんをもっと好きになっちゃう」

 

 

 両頬に手を当ていやんいやんと身をくねらせる紫。

 ルーミアにも、これくらいのお茶目さが有っても良い気がするんだがなぁ。

 

 

「っと、にとりにも知らせたか?」

「うん、たった今行ってきた所。幽香も居たから序でに声掛けて置いたよ」

「そうか……ん? 紫、幽香と面識有ったのか?」

「あれ、教えて無かったっけ。お茶飲み友達だよー」

「随分渋い交友関係なのね」

「じゃあ、そろそろ永琳さん達を迎えに行ってくるねー」

「あぁ、行ってこい」

「転ばない様に気を付けなさいよ?」

「行って来まーす」

 

 

 にこやかに手を振って紫は隙間に消えた。

 隙間の消えた跡を眺めて気を抜いていると不意に首元が軽く締まる。

 それと同時にルーミアが俺の首根っこを掴んだまま、我等が神社の境内をすたすたと横切って行く。

 いやいや奥さん、幾ら何でも亭主の扱いが酷く無いですかね。

 そんな抗議も兼ねて脇腹を軽くなぞる。

 

 

「ひゃあっ!?」

「お、手応え有り。うりうり」

「やっ、ちょっと、ケイっ」

「フハハハ、良いでは無いか良いでは無いかうぐふっ!?」

 

 

 くすぐられたルーミアは反射的に両手で脇腹をガードし身を捩った。

 そう、両手で。

 支えを失った俺の身体は重力に引かれ、見事なまでにばたりと倒れ込んだ。

 妙な体勢で倒れ込んだものだから満足に受け身も取れず、強か顎を強打してしまう。

 ガチン、と歯が鳴る。

 

 

「……いてぇ」

「あっ、だ、大丈夫?」

「妻の愛の形が打撃だった。泣きたい」

「そ、そんなつもりじゃ無かったのよ? 本当よ?」

 

 

 珍しくわたわたと慌て出すルーミア。

 こんな風に慌てる姿を見るのも久し振りな気がする。

 動きが可愛らしいから、もう少しからかってみるとしよう。

 

 

「そう遠くない将来、俺はこんな風に捨てられてしまうのだろうか」

「そんな訳無いじゃない! 私はケイを捨てたりなんかしないわよ」

「世間体が悪いからと家から出して貰えずに、虫の居所が悪いと殴られる様な生活が待っているのだろうか」

「い、いじめたりなんかしないわよ。ほらケイっ、良い子良い子」

 

 

 軽くパニックでも起こしたのか、子供をあやす様に頭を撫でてくる。

 ……いかん、ルーミアの頭なでなでには凄まじい程の威力が有るのを忘れていた。

 からかってしまった罪悪感と共に眠くなってしまいそうな程の安心感が生まれ、無意識の内に身体が勝手に動き出す。

 

 

「ひゃわっ!? ケ、ケイ?」

「ルーミアは温かいなぁ……」

「あ……ケイの気が済むまでこうしててあげる。ほら、良い子良い子」

 

 

 抱き付いて胸に顔を埋めた俺の頭を、優しい感触が滑り落ちていく。

 ほんわりと馬鹿になっていく自分を認識しつつ、どうしたもんかと一人悩む。

 突っ込み役が居ないだけでこの始末。

 普段突っ込みを担っているルーミアが無力化された今、境内の真ん中で崩れ落ちながら抱き合う変人二人を止められる奴が居ない。

 ルーミアはまだパニックから帰って来ないし、俺は俺で意識の半分以上を持って行かれている為に脱け出せない。

 

 

「……えっと、二人共何やってんの?」

 

 

 たっぷり十分は抱き合った頃、宴会の出し物に使う小道具を蔵で探していた諏訪子が呆れた声で呟いた。

 右手にぶら下がる『かな☆すわ』の特製扇子がこれまた懐かしかった。

 

 

 

 

 

 

「──はぁ」

 

 

 盛大な溜息と共にジト目が飛んでくる。

 あの後台所に駆け込み映姫と奈苗に平謝りしつつ、どうにか料理を完成させた。

 ギリギリ間に合った事に胸を撫で下ろしていると不意に上着の裾をくいくいと引っ張る感覚が有る。

 振り向いた先には満面の笑みを浮かべた映姫が立っていた。

 そう言えば俺達が遊んでいた間も料理を頑張ってくれていたな、と思い起こす。

 今日は思いっ切り甘えさせてやろうと身を屈め頭を撫でてやろうとした瞬間、小さな手に引かれる様に正座させられた。

 突然の事に首を傾げていると、同じ様にルーミアも正座させられる。

 うん、と満足そうに一つ頷いた映姫は笑みを浮かべたまま、視線だけを無表情に戻して言った。

「それで、準備に遅れた事に対して何か釈明は有りますか?」と。

 

 

 ──まさか娘にマジ説教されるとはなぁ。

 

 

 この真面目さ、一体誰に似たのやら。

 少なくとも俺では無い。

 横目でちらりとルーミアを覗き見ると、困惑と反省をごちゃ混ぜにした感情を瞳に乗せていた。

 うむ、気持ちは痛い程解るぞ。

 

 

「聞いていましたか、お父様」

「滅相も無い」

「いやケイ、明らかにその答えは聞いてないでしょ」

「もー、お父様っ、真面目に聞いてください!」

 

 

 ぷんすかと怒る映姫。

 もー、とか言っちゃう辺り可愛くて仕方が無いんだが、今抱き締めたら間違い無く怒るだろうな。

 というか、そろそろ周囲の生暖かい視線が厳しい。

 

 

「ほっほっほ、契様も愛娘の雷にはたじたじかのぅ」

「ねぇ、お母さん。えーきちゃん、なんでけい様とるーみあ様を叱ってるの?」

「映姫ちゃんとの待ち合わせに遅刻したみたいよ。映姫ちゃん、契様が大好きだから待ち遠しかったんじゃないかしら」

「……招待されて来てみれば、これはまた何とも反応に困るお出迎えね」

「あ、幽香いらっしゃ……え、何事?」

「ぷっ、もっちーマジ説教中とか」

「なかなか珍しい光景ね。それはそうと、初めまして。貴女が風見幽香さん?」

 

 

 うわ、幽香と紫達まで集まって来た。

 つーか輝夜、指を差して笑うんじゃない。

 そして永琳はマイペースに幽香に自己紹介をしていた。

 何気に初顔合わせなのか。

 それなら、後で女将と一緒に何かスピーチでもして貰うとしよう。

 

 

「そもそもお父様は女性を軽々しく口説き過ぎです! お父様自身は本心からの言葉のつもりで口にしているのかもしれませんけど、受け取る女性にしてみたら大変なんですからね! 台詞回しは詩的ですし、お父様そのものも素敵ですし、何よりお父様のあの仄暗い瞳に見詰められたらそれだけできゅんきゅんしちゃいますし」

「そうなのよねぇ、ケイったら見境無く甘い言葉を吐き散らすから」

 

 

 うんうん、と大きく頷くルーミア。

 だが口を挟んだ事で映姫のターゲットが移った様だ。

 如何にも怒ってるんだぞと言わんばかりに両拳をぎゅっと握り向き直る。

 

 

「ルーミアさんもルーミアさんです! お父様は時々無為に戯れる事が有るって解っているんですから、ちゃんとお父様を止めないといけないんですよ?」

「あ、はい、すみません」

「大体あれだけルーミアさんに溺れているお父様が今更離れられる訳無いに決まっているでしょう。確かに甘えてくるお父様というのも普段の凛々しい姿とはまた違って素敵ですけど、だからと言ってただ甘えさせれば良いという訳では有りません。そもそもルーミアさんはお父様を甘やかし過ぎです」

 

 

 俺への純粋な説教と違い、ルーミアへの説教には嫉妬心の様なものが見え隠れしていて微笑ましい。

 が、それを面に出そうものならポコポコぱんちが飛んでくるだろう。

 村人達も集まり始めたしそろそろ勘弁して頂きたい所だ。

 そんな俺の願いが通じたのか、黒髪の中に一房だけ有る緑髪を風に靡かせた少女が苦笑を浮かべて駆け寄ってくる。

 

 

「映姫ちゃん、そろそろ宴会が始まりますからその辺にしてあげてください」

「ですが、奈苗さん。お父様とルーミアさんにはもう少し大人としての自覚を持って貰わないと」

「まぁまぁ、これ以上は宴会を楽しみにしてる皆さんにも悪いですし。後で何か説教の代わりになりそうな罰を与えれば充分ですよ。それに」

 

 

 奈苗はそこで区切ると映姫の耳元に口を寄せ、周囲には聞こえない様声の調子を下げて囁く。

 

 

「罰だからって名目を付ければ、宴会の間ずっと膝抱っこして貰えますよ?」

 

 

 その時映姫に電流走る。

 ハッと目を開いてその手が有ったかと言いそ「その手が有りましたか!」って本当に言ってるし。

 すぐに俺とルーミアの様子を窺い今のが聞こえていないか探ってくるが、残念な事にばっちり聞こえている。

 が、映姫はバレていないと思ったのかホッと胸を撫で下ろした。

 何故今のがバレなかったと思えるのか。

 突っ込みたいのを我慢していると、えへんえへんと映姫が態とらしく咳払いをする。

 

 

「まぁ確かにそろそろ宴会も始まりますから今回はこの辺にして置きましょう。ですが、訓戒だけでは真に反省出来るかを量れないのでお二人にはそれぞれ罰を与えます」

 

 

 ちらちらと俺に熱っぽい視線を向けながらそう宣言した。

 その姿に思わずルーミアは微笑みそうになっていたので、映姫に見えない角度から小突いてやる。

 気持ちは解るが今は耐えろ。

 

 

「お父様は……今日の宴会の間、デレデレしない様に私の監視下に置きます。ルーミアさんはお父様とイチャイチャしない様にしてください。良いですね?」

「ん、解った」

「了解よ」

 

 

 嫉妬と独占欲が垣間見える要求に苦笑が零れそうになるのを何とか堪え了承を返す。

 と、それを穏やかに見守っていた奈苗が声を出さずに唇だけで喋る。

 一つ貸しですよ、か。

 奈苗から貸し借りという表現が出るとは随分と珍しい。

 はてさて一体何を要求されるやら、と肩を竦めて立ち上がる。

 足が痺れてぷるぷる震えているのは見逃してくれ。

 ルーミアは涼しい顔で立ち上がろうと腰を上げ、何故かそのまま座り直した。

 どうかしたのかと思うと同時、これまた珍しく悪戯な笑みを浮かべた奈苗が背後に回り込み人差し指で足をつつく。

 

 

「つんつんぷにぷに」

「っく、ちょ、奈苗止めっ」

「にゅっふっふ、どうかしましたかルーミア様?」

「い、今痺れてるから触らな、ッアー!?」

「ぷにぷに~♪」

 

 

 仲睦まじくじゃれ合う二人。

 存分に癒されていると、くいくい袖を引く感覚が有る。

 視線を向ければ映姫が少し顔を赤らめて手を繋いできた。

 微笑みを返し、指を絡めて握る。

 

 

「じゃあ行くか、お姫様」

「ちょっ、ケイ助けて!」

「ダメですよお父様、アレは罰の一環なんですから」

「だそうだ、諦めろ」

「や、そんな殺生な、アッー!?」

「悶えるルーミア様可愛いですよ~、ぷにぷにつんつん♪」

 

 

 罰という名目で悪戯し放題の奈苗。

 その楽しそうな様子から若干俺と同じ臭いがした。

 存外Sだな、奈苗。

 そんな二人を眺めながら、映姫に手を引かれ村の中央に有る広場へと向かった。

 



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閑話――人、それを謀略と言う。

 

 

「……はふぅ」

 

 

 熱く籠もった息を吐き出します。

 腕捲りしていた袖を戻しながら眺める先には、洗い終わってピカピカに輝く食器達がどこか自慢げに佇んでいます。

 宴会がお開きになってからもう二時間が過ぎましたけれど、身体に籠もる熱はまだまだ抜け切りそうには有りません。

 まだ陽の高い内から始まった宴会。

 いつもはなかなか会う機会の無い皆さんに加えて、今回は屋台を営むミスティアさんと向日葵畑に住む幽香さんが来てくれました。

 おとーさんの無茶振りで始まったこの宴会、どうやらお二人を紹介するのが目的だったみたいです。

 ミスティアさんは少し恥ずかしそうに笑いながら皆さんにお手製鰻の蒲焼きを、幽香さんはたおやかに微笑んでご自分の畑で採れた色とりどりの野菜を持って来てくれました。

 中でも一番私が気に入ったのは幽香さんが作った柑橘ドレッシングです。

 普段野菜と言えば煮るか炒めるか漬けるくらいですけど、まさか生で食べられる様になるなんて思いもしませんでした! 

 しかも幽香さんに聞いてみれば発案や試作は何とおとーさんが出したとか。

 流石はおとーさんですね。

 格好良いだけじゃなく新しい料理を探求する開拓者でも有るなんて、凄過ぎですっ。

 それにあのドレッシング、柑橘類が大好物な私の為にこっそり用意してくれてたみたいで……やぁん、おとーさん格好良過ぎですよぉ♪ 

 

 

「何くねくねしてるのよ、奈苗」

 

 

 いやんいやんと身を捩っていたら、呆れた風に笑うルーミア様が背後に立っていました。

 ルーミア様は確か二次会の用意をしに客間へ料理を運んでいた筈です。

 私の所に来たという事はつまり、向こうの用意が完了したという事でしょう。

 振り向いた私は弛むばかりの表情筋をそのままに、ぴしっと背筋を伸ばして答えました。

 

 

「でへへ、おとーさんの事を思い浮かべたら恥ずかしくて嬉しくてくすぐったくて照れ臭くて、胸一杯に幸せが溢れそうになってたんです♪ そうそう、食器全部洗い終わりましたよ」

 

 

 それを聞いたルーミア様は、相変わらずねと笑います。

 世界中の誰よりもおとーさんを愛しているルーミア様だからこそ、そういった反応が出来るんじゃないかなって思います。

 普通の人が私の惚気を聞いたら、きっと口から砂糖を吐くんじゃないでしょうか。

 

 

「終わったなら早く行くわよ。ケロ子達が待ちきれなくて暴れるかも」

「流石に暴れはしませんよ。二人共遅い~、ってほっぺを膨らませてるかもしれませんけれど」

「多分そうね。奈苗の予感は当たるから」

 

 

 くすくすと笑い合って、すたすた廊下を歩いていくルーミア様の後を追います。

 後ろから見るとルーミア様のスタイルの良さがはっきりと解りますね。

 ぴんと伸びた背筋、きゅっとくびれた腰、すらっとした長い脚。

 胸の大きさもおとーさんの掌から少し零れるくらいのぴったりサイズですし、お尻もきゅっと引き締まって綺麗なラインを形成してます。

 さらさらの金髪も透き通る白い肌も艶やかな赤い瞳も、全部が触れ得ざる神聖なものみたいに完璧な美しさです。

 でもそれも全ておとーさん専用なんですよね。

 純真無垢なルーミア様を情欲の赴くままに蹂躙するおとーさん……やぁん、おとーさんケダモノですっ♪ 

 おおっと、いけないいけない。

 あんまりおとーさんの事を考えたら、私の雌の部分が反応しちゃいますからね。

 ……まぁ、おとーさんが求めてくれた時は悦んで身体を差し出しちゃいますけど♪ 

 なんて、そんな事を考えながら客間へ。

 からりと襖を開ければ、思った通り諏訪子様がほっぺを膨らませていました。

 

 

「二人共遅い~」

「すみません、諏訪子様」

「予想通りの反応ね。そんなに早く終わらせたかったなら奈苗を手伝ってあげれば良いじゃない」

 

 

 痛い所を突かれた諏訪子様はそっぽを向いて聞こえていない振りをします。

 あ、おとーさんがジト目を向けてます。

 後でお説教コース入っちゃいましたね、これは。

 そんなおとーさんの膝の上を占拠しているのは一次会に引き続き映姫ちゃん。

 ご機嫌な様子ですね。

 今でアレだけおとーさん大好きだと、雌にして貰ってからが大変ですね。

 チルノちゃんはおとーさん大好き皆も大好きってタイプだから特に心配も無いですけど、映姫ちゃんは妹紅ちゃんと一緒で嫉妬深い所が有りますし。

 でも大丈夫です、映姫ちゃんが嫉妬した分だけおとーさんがとぷとぷ中出ししてくれますから♪ 

 ……おっと、また想像して涎が出ちゃう所でした。

 危ない危ない。

 やっぱり今日はいつもよりテンションが高いままですね。

 原因はおとーさんが優しくて格好良くて勇ましくて意地悪で可愛くて素敵な所為です。

 私の心まで操っちゃうだなんて、おとーさんは罪な人です。

 

 

「お疲れ様、奈苗。いつも有り難うな」

「でへへ、おとーさんの為なら平気なのです♪」

「それじゃ契、乾杯の音頭を頼むよ」

 

 

 神奈子様が杯を片手に今か今かと待ち構えています。

 我が家で一番お酒が好きな神奈子様ですからね、この甘いアルコールの匂いを前に耐えるのはなかなか厳しそうです。

 そんな神奈子様におとーさんは苦笑を一つ返して皆さんへと視線を巡らせました。

 

 

「あー、ごほん。先ずは一次会お疲れ様。主役を張った女将と幽香に今一度拍手」

 

 

 その言葉を皮切りに拍手が部屋を包み込みます。

 ミスティアさんと幽香さんは少し恥ずかしそうにしていますね。

 特に幽香さん、隣がチルノちゃんと大ちゃんですし。

 天真爛漫純真無垢なチルノちゃんとお姉さんの様な存在に憧れる大ちゃんのキラキラした視線がかなりくすぐったそうです。

 

 

「ここから先は身内ばかりの気楽な呑み会だ、存外に羽目を外してくれ。では二人に出逢えた感謝と喜びを讃えて、乾杯!」

『かんぱーい!』

 

 

 おとーさんの音頭に合わせて手中の杯を傾けると、甘く透き通った酒気が喉から鼻へと抜けていきます。

 こくりこくり、と喉を鳴らせば胃から熱がふわりと舞昇って来ました。

 なかなか強いお酒ですね。

 度数は高めなのに口当たりは優しくてすっきり爽やかな味わいです。

 流石おとーさんの名前を冠するだけ有りますね。

 私が余韻に浸っている間に、皆さん思い思いに動き始めた様です。

 二次会は部屋の中央におつまみと取り皿、お酒やお冷やが置かれていて、それを手に各々好きな所で騒ぐスタイルです。

 私の正面では、早くもフランちゃんとこいしちゃんが神奈子様と諏訪子様に抱き付いて甘えてますね。

 

 

「神奈子さんむぎゅー♪」

「おっと、どうしたんだフラン?」

「んー、なんでもない♪」

「今日は随分と甘えん坊だな」

「あーうー、神奈子助けて」

「ケロちゃんぷにぷに」

「こりゃ、こいひ! ぷにぷにすりゅな!」

「あはは、ケロちゃん可愛い」

 

 

 無邪気に抱き付くフランちゃんに神奈子様の頬は弛むばかりですね。

 諏訪子様はこいしちゃんに良い様に弄られてますね、満更でも無さそうですけど。

 そんな様子に苦笑を返すのは私の左でお酒を楽しんでいるレミリアちゃん。

 その横で頭を抱え込むさとりちゃんを慰めているのは妹紅ちゃんと輝夜さんです。

 

 

「あぁ……またこいしったら」

「こいしちゃん、元気有り余ってるわね」

「でもまぁ、アレくらいの年代の子って皆あんな感じじゃない? 差程年離れてないのにしっかりと落ち着いちゃってる二人や妹紅ちゃんの方が珍しいと思うけど」

「そう言って頂けると助かります」

「だいじょぶだよ、さとりちゃん。げんきいっぱいなところも、こいしちゃんのみりょくなんだから」

「妹紅ちゃんは人間が出来てるわよねぇ。フラン所か私も見習わないといけないくらいだわ」

「いちばんみならってほしいのはかぐやさんだけどね」

「ちょっ、妹紅ちゃん!?」

「ちくりんにーとじゃだめだよ? ちゃんとえーりんさんのおてつだいしなきゃ」

「あ、はい、すみません」

 

 

 あはは、妹紅ちゃんが一番年上っぽいですね。

 小さいのにしっかりしてるのは親御さんが素晴らしい方だからなんでしょうね。

 卓袱台を挟んで向かい側では萃香さんと紫ちゃん、にとりさんと美鈴さんが何やら相談中ですね。

 ちょっと聞き耳を立ててみましょう。

 

 

「……だから、やっぱり積極的に行った方がおにいさんも応えてくれるんじゃないかな、って思うんだけど」

「ええぇ、でもそれはちょっと……」

「うん……恥ずかしいよー。だって契君、間違い無くこっち見てくるでしょ? あの目に見詰められたら、って思うだけでほっぺ熱くなっちゃうよ」

「解る解る。何でご主人様って、あんなに素敵な瞳なんだろうねぇ」

「契さんの目って、どんな宝石よりきらきらしてて、どんな水底よりも深い色してますよね」

「私の大予想だと、おにいさんの目は所謂魔眼って奴なのかもしれないよ」

「魔眼?」

「いやいやまさか」

「でも美鈴、思い当たる節無い? ご主人様と目が合うだけで心がふわふわして頭がくらくらして、もう堪らないくらい好きって気持ちが溢れてきちゃったり」

「……うわゎ、思い返しただけで溢れそうです」

「今でこれだけ好きなのに、契君と、そ、その……ち、ち、ちゅぅとか、それ以上の事までしちゃったら、私どうなっちゃうのかな……」

「きっとおにいさんが居ないと生きていけないくらい溺れるんじゃない? 私も萃香もそうだし。美鈴もでしょ?」

「私は……そこまでは」

「美鈴は立場が有るから、溺れたくても溺れられないんだよ。レミリアやフランをしっかり支えて行くっていう信念が有るからねぇ」

「成程ね、納得納得」

「一番良いのは契さんがスカーレット家に婿入りしてくださる事なんですけど、そういう訳にも行きませんからね」

「あはは、契君の色男っぷりがこんな形で効いてくるなんてね」

「はぁ……全く、おにいさんってば罪な男なんだから」

「契さんが格好良過ぎるのが、色んな意味で悩みですね」

「だねぇ」

 

 

 ふむふむ、どうやらおとーさんを上手く誘う方法を議論していたみたいです。

 いつの間にかおとーさんの格好良さに題目が入れ替わってましたけど、それはおとーさんが格好良過ぎる所為ですね。

 罪なおとーさん、という図式は存外皆さんの共通認識なのかもしれません。

 そんな議論が繰り広げられている横では、幽香さんとチルノちゃんと大ちゃん、そして映姫ちゃんとルーミア様がまったりと杯を傾けていました。

 端から見ていると第一夫人と第二夫人が娘達と優雅なお茶会を楽しんでいる様にも映ります。

 実際はおとーさんのお嫁さんとお嫁さん候補なんですけどね。

 因みに幽香さんが第二夫人というのはおとーさんが自分でも気付いていない無意識下での認識ですね。

 記憶を失っていた間の正妻ですし、その分他の皆さんよりちょっと有利かも? 

 おとーさんの中での立ち位置はルーミア様に近いですね。

 

 

「……そう、チルノもケイに愛して貰えたのね。ふふっ、おめでとう」

「ありがと、幽香!」

「となると、次は大ちゃんかしらね?」

「え、えぇっ、わ、私はまだそこまでの覚悟は無いですよルーミアさん!?」

「大ちゃんはチルノの恋を応援するので精一杯だったものね」

「あらそうなの、幽香?」

「えぇ、そうなの。大ちゃんはまだ淡い恋心しか持ち合わせていないのよ。これが貴女みたいにケイ一直線だったなら、私がおめでとうを言う相手がもう一人増えていた所よ」

「ゆっ、幽香さんっ!?」

「あらあら、ごめんなさい。ふふふっ、大ちゃんの慌てる顔が可愛らしくって」

「……サドね、幽香」

「サド?」

「あたい知ってる! サドっていうのはね、かぎゃく趣味の事なのよ!」

「加虐……言うじゃないルーミア」

「否定したかったら両手を映姫のほっぺから離しなさいな」

「えー、だって映姫のほっぺすべすべでぷにぷにで柔っこいのよ? それにほら、嫌だって言わないし」

「アンタが弄くり回してる所為で喋れないだけでしょうに」

「ううん、映姫寝てるよルーミア」

「あ、ほんとだ。このお酒映姫ちゃんには強かったのかな?」

「なら布団に寝かせてあげないと」

「んー……ルーミア、このまま私が抱きかかえているわ。だって、ほら」

「……んぅ……くぅ」

「服の裾、握って離さないのよ」

「随分懐かれたわねぇ……」

「あらルーミア、羨ましい?」

「ふふん、私には大ちゃんが居るわ」

「ひゃわっ、ルーミアさん!?」

「へぇ、大ちゃんも肌ふにふにしてて抱き心地良いわね」

「あ、こらっ、大ちゃんを離しなさい!」

「あらあら、風見幽香とも在ろう者が嫉妬かしら?」

「ぐぬぬ」

「おー、良く解んないけど二人が盛り上がってる! えっと……じんぎ無き戦い?」

 

 

 なかなか楽しい事になってますね。

 特にルーミア様、余程おとーさんのお酒が口に合ったのかだいぶ酔ってます。

 私もルーミア様にむぎゅってして貰いたいなぁ。

 でも私だと流石に身長が高過ぎますか。

 大ちゃんやチルノちゃんくらいの身長だった頃が懐かしいです。

 そしてすやすやと眠る映姫ちゃん。

 あどけない寝顔を見ていると生まれたばかりの、って表現が一番しっくりきます。

 やっぱり中身は赤子とそう変わらないみたいですね。

 睡眠時間が赤子とまでは行かなくても、一日の半分は超えてますから。

 睡眠中に元から持ち合わせていた知識と新たに実感として得た経験とを摺り合わせているのでしょう。

 

 

「よっ、呑んでるかい?」

 

 

 気を抜いていた私の肩に、ぽんと触れる感覚が有りました。

 振り向くと、世の男性垂涎間違い無しのスタイルをした女性が立っていました。

 ぷるんぷるん揺れるおっぱいと引き締まったお腹周り、高い身長に無駄な肉の無い綺麗な脚。

 額からぴんと伸びる見事な丹色の一本角が特徴的です。

 

 

「ええ、美味しいのでついつい呑み過ぎちゃうくらいです。勇儀さんは……早くも瓶七本ですか?」

「良く解ったね」

 

 

 いえいえ、横に無造作に転がっている空の瓶を数えただけです。

 勇儀さんも鬼の名に違わずかなりの酒豪みたいですからね。

 

 

「いやね、そっちで契を相手に絡み酒でも楽しもうかと思ってさ。勿論アンタもやるだろう?」

「お供させて頂きますっ♪」

「そうこなくっちゃね」

 

 

 何やら上機嫌な勇儀さん。

 聴いた話では以前の記憶を失っていたおとーさんと今のおとーさんとのギャップに戸惑いを見せているとの事でしたけど、そんな気負いは見受けられません。

 今宵の席でお酒の力を借りつつ、新しい関係を築く心積もりなのでしょうね。

 手早く追加の酒瓶とおつまみを抱えて、部屋の右手へ。

 そこにはおとーさん、永琳さん、ミスティアさんが待っていました。

 

 

「お、奈苗も捕まえてきたのか」

「おつまみとお酒の追加ですよー」

「でかした奈苗、褒めて遣わす」

「でへへ~」

 

 

 持ってきた酒瓶やおつまみを置くと、おとーさんがわしゃわしゃと頭を撫でてくれました。

 おとーさんの手には不思議な力が宿っているに違い有りません。

 撫でられただけで、心がふわふわ飛んでいっちゃいそうになりますから! 

 

 

「それじゃ、改めて乾杯と行こうか」

「何を祝ってかしら?」

「この旨い酒を呑める事に、ってのはどうだい?」

「あはは、そりゃ良いねぇ」

 

 

 かちん、と互いの杯を打ち鳴らして皆さんが勢い良くお酒を呷ります。

 おとーさんと勇儀さんは見た目通りですけど、永琳さんとミスティアさんも存外酒豪なんですね。

 神奈子様や諏訪子様とは違った、呑み慣れた風格みたいなのが窺えます。

 私はそこまで強くは有りませんから、余り量は呑みませんけど。

 

 

「そう言えばさっき女将に聞いたんだが、西国では人と妖とが盛んに争いを繰り広げているらしいな」

 

 

 その言葉に片眉をぴくりと跳ねさせる勇儀さん。

 表情から察するに、面白そうだと感じたみたいですね。

 力比べとお酒が大好きな鬼としては、どんな抗争で在っても強い相手が居れば食指が動くのでしょう。

 

 

「どんな争いなんだい?」

「正面切っての殴り合いというよりはお互いに奇襲合戦だねぇ。姐さんが楽しめそうな戦いじゃ無いのは確かだよ」

「なんだ、詰まらないね」

「血気盛んだな、勇儀は。まぁそれは良いとして、本題はそこじゃ無い」

 

 

 そこで切り、くいっとお酒を流し込むおとーさん。

 女性を焦らす技巧も堂に入ってますね、勇儀さんは話を急かして杯を爪でぴんぴん弾いています。

 ですがおとーさんはそれを「勇儀さんがお酒のおかわりを要求している」と勘違いした振りをして、酒瓶を手に取りなみなみと注いであげました。

 そうじゃない、と突っ込みたそうにしていた勇儀さんですが杯からお酒が零れそうになったのを見て、慌ててそれを迎えに行きます。

 ミスティアさんと永琳さんはそんなお二人を見て笑ってます。

 端から見るとおとーさんやんちゃ坊主みたいですからね。

 

 

「望月君、余り女の子を虐めちゃ駄目よ? 女の子は優しく扱ってあげなきゃ」

「ぶふっ」

「わ、こら勇儀、酒が掛かる」

「げほっ、い、いや、だってあたしを女の子って」

「多分私がこの中で最年長よ?」

「見た目は二十歳過ぎくらいにしか見えないけどな」

「あら、中身はおばさんって事?」

「中身の方が若いかもな。落ち着いてはいるが、お茶目だし可愛らしい所も多い」

「うふふ、望月君ったら」

「全く、兄さんってば人を口説くのが上手いんだから」

 

 

 和やかに笑い合った所でおとーさんが胡座を組み替えます。

 ここからが本題ですね。

 ですがなるべく背筋が伸びない様に、出来るだけほんわりした空気を持ち続けて置きます。

 その方がおとーさんも話し易いですからね。

 

 

「まぁ勇儀が可愛いのは置いといて、だ。その諍いに釣られる様にして名が知られ始めたものが有る」

「……色々納得行かないけど、流されてあげるよ。で、そんな勿体ぶる様なものってのは何だい?」

「命蓮寺、という寺だ」

 

 

 その名前に反応したのはミスティアさんだけで、他の皆さんは聞き覚えが無いみたいですね。

 命蓮寺。

 最近、郷を訪れる方が口にするお寺です。

 とある噂の所為でその知名度を上げているんですが、やっぱりおとーさんの興味を引いてしまいましたか。

 

 

「女将にその寺の名前を聞いて、茶屋の彦壱や呉服屋のお嬢にも確認を取った。どうやらその寺の住職、なかなか面白い事に手を出しているらしい」

「つまり信憑性は高い、と。それで、望月君。その住職さんは一体何をしているのかしら?」

「人間の身に在りながら、傷付いた妖怪を保護しているらしい。その所為で都の退魔士連中には受けが悪く、妖怪寺と呼ばれているとか」

「へぇ、面白い奴も居るもんだね」

「面白いのはそいつの考えだな。何でも、人間と妖怪の共存を目指しているとかなんとか」

 

 

 その言葉に永琳さんは驚いて目を見開き、勇儀さんは剣呑に切れ長の目をすうっと細めました。

 ミスティアさんは変わらず、薄く微笑みながら杯を傾けています。

 ほぅ、と鳴る吐息が色っぽいです。

 

 

「そりゃあ随分と面白い事を考えるじゃないさ。契の噂に触発でもされたのかい?」

「いや、そういう訳でも無いらしい。詳細は不明だが、妖怪が集まっているのは確からしいからな」

「……それでおとーさん、今回はどうやってルーミア様を説得しますか?」

 

 

 あぁ、いけません。

 戸惑いが僅かとは言え漏れ出た挙げ句、それを言葉にしてしまうなんて。

 予想通り、皆さんが呆気に取られた様子で私に顔を向けて来ます。

 ここは開き直ってさも当然の様に振る舞うのが吉ですかね。

 そうと決まれば後は簡単、いつもの締まりの無い笑みを浮かべるだけです。

 

 

「この前のは事故に近いものですから先立って何か言伝る事も有りませんでした。けれども、今回はおとーさんが自発的に動く訳ですから、それなりの理由が無いとルーミア様が離してくれないと思いますよ?」

「……相変わらず凄いな、奈苗は。全部お見通しか」

「いえいえ、おとーさんの話と表情を見ていたら偶然気付けただけですよ」

「そんなに解り易いか、俺」

「あぁん、悩めるおとーさんも格好良くて素敵ですっ♪」

 

 

 困った様に笑うおとーさん。

 その表情が母性本能をくすぐって、何かもう、ぎゅーってしたくなっちゃいます。

 と、くねくねしていた私に再起動を果たした勇儀さんが声を掛けました。

 

 

「ちょ、ちょっと、二人して何を」

「──噂の真偽と内容を確かめに、命蓮寺へと赴く。その心積もりという訳ね、望月君?」

 

 

 その勇儀さんの言葉を遮ったのは永琳さんでした。

 洞察力、推理力、観察力、それら全てが能力を使った私に迫る勢いですね。

 月の頭脳、という二つ名は存外過小評価なのかもしれません。

 

 

「噂の内容自体も気になるが、上手く事を運べば仏教を取り込めるかもしれん。映姫を旗印に掲げる事が出来るなら俺達が望む形、望む範囲で仏教を介入させる事も出来る様になるだろう。勿論、映姫の負担にならない様存分に駆け回るつもりだしな」

「ははぁ、兄さんが一人で立ち回るから万が一誹りを受ける事になっても、兄さん一人で責を引き込んで皆には波及しない様にする、って魂胆だね? そりゃあ確かに最大限の効果と最小限の被害で済むかもしれないけれど、果たして先方が如何受け取るやらねぇ」

「望月君は今や郷を代表する一柱。望月君の言動が郷の総意と受け取られ兼ねない。ましてや、そんな望月君だけにそんなリスクを背負わせる事を皆が承諾するか。悩み所ね?」

 

 

 お二人共頭の回転が早いですね、ちょっと羨ましいです。

 惜しむらくはおとーさんの思考に追い付いたのがこのお二人という点ですが、それ以上は流石に高望みでしょう。

 とすれば、どなたかに止めて頂きたいですね。

 私ではおとーさんを止められませんから。

 

 

「……って事は何だ、契は一人で命蓮寺とやらへ視察に行こうって腹かい」

「まぁ、身も蓋も無い言い方をするなら、そうなる」

 

 

 おとーさんは解り易く視線を逸らして、くいっと杯を呷ります。

 命蓮寺に行こうという決心は堅いみたいですけど、皆に悪いかなという気持ちも有るみたいですね。

 今の所おとーさんが何処かへ行くとなると、必ず何かに巻き込まれてますからね。

 鉄砲水に流されて、爆発に巻き込まれて、異世界に飛ばされて。

 多分、今回も何かイベントが有るに違い有りません。

 それを感じ取ってか、背後にもぞもぞにじり寄る気配が有りますね。

 知覚してからすぐ、背中にぽふりと柔らかな感触が生まれます。

 

 

「わわっ、ルーミア様」

「なによぉ、またケイったら私に内緒で出掛けるつもりぃ?」

 

 

 両腕を私の前に回して上から凭れ掛かってきたルーミア様。

 吐息にはかなりの酒気が混ざっているみたいです。

 私の右肩に顎を乗せてほっぺをくっ付けてくるルーミア様は普段のきりっとした姿とは違って、ひっじょぉぉぉに可愛らしいです。

 理性が飛んで若干退行した精神が纏っている空気を変えて、保護欲を駆り立ててきます。

 

 

「んぅ……奈苗やわっこいー……」

「甘えてくるルーミア様ハァハァ」

「おいそこのでへへ巫女、羨ましいから代われ」

「ケイやわっこくないから嫌」

「ルーミアに振られた!?」

「新しいパターンですね」

 

 

 ともあれこのタイミングでルーミア様に知られた事が吉と出るか凶と出るか。

 おとーさんの腕の見せどころですね。

 ぷにゅぷにゅほっぺを指で弄びながら視線を向けると、何か吹っ切れた様に軽く溜息を一つ零してキリッと凛々しい表情を見せました。

 アレです、ヤバイです。

 おとーさん格好良過ぎて堪りません。

 もう鼻血ぶーしちゃう勢いですよ。

 

 

「まぁ、その、なんだ。もう聞いた通り、俺は命蓮寺へと行ってみようと思う」

「で?」

「いや、こっそり行こうとしていた訳では無くてな、さっき思い付いたと言うか」

「帰ってくるんでしょ?」

「あ、あぁ」

「なら、良いわ。ちゃんと帰ってきてね、旦那様」

 

 

 そう言って柔らかく微笑むルーミア様。

 隣で聞いているだけでくすぐったくなるくらい、ルーミア様はおとーさんが大好きなんですね。

 改めて懐の広さを見せ付けられました。

 まぁ、流石に他の皆さんはおとーさんに聞きたい事や言いたい事が山程有るみたいですけど、本妻のルーミア様が納得しているから言い出せない様です。

 背中にひしひしと伝わって来てますし。

 私は納得してないぞー、って。

 そんな空気を嫌ってか、勇儀さんが杯を打ち鳴らして酒瓶を空にしました。

 意図を察した萃香さんが、杯片手に追従します。

 萃香さんも私寄りですね、思う所は有る様ですがおとーさんの意志は全面的に肯定していますから。

 

 

「ま、契が何処かに出掛けようってんなら旅の安全と事の成就を願って呑もうじゃないさ」

「そうだね、偶には勇儀も良い事言うじゃん」

「偶には余計だ!」

「あはは、それじゃあ皆。杯の用意は良いかい?」

「おーし、奈苗、酒瓶持ってこーぉい」

「用意してますよ、ルーミア様♪」

「じゃあ皆、ご主人様のより一層の活躍と躍進を願って!」

『かんぱーい!』

 

 

 

 

 

 

 ──さて、綺麗に纏まりましたね。ですけど、今日はこれで終わりじゃないですよ。夜はまだまだこれからです。ふふっ、覚悟してくださいね、おとーさんっ♪ 

 



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妖艶な巫女。そして喰われる意識。

 賑やかだった宴も、漸く終わった。

 まぁ、賑やかというには少々騒がしかったのだが。

 二次会の折、ひょんな事から嫁達全員に詰め寄られ必ず帰って来ると指切りさせられた。

 何故か指切りの列に並んでいた永琳とにとりとも『約束』を結ぶ事に。

 何処か嬉しそうに微笑む永琳と、頬を赤く染めて掌を見詰めて熱い息を吐くにとりの様子が何とも印象的だった。

 勇儀はそれを横目に複雑な表情を浮かべて杯を傾けていたな。

 取り敢えず嫁達を宥めて酔わせて布団を敷いて、広間に寝かせて置いた。

 見渡す限り美女と美少女と美幼女が集まって寝ている姿はなかなか壮観だったな。

 

 

「おとーさん、お疲れ様でした。お茶が入りましたよ」

「ん、有り難う奈苗」

 

 

 自室に戻って一息吐くと同時、からりと襖が開いた。

 艶やかな黒髪の中に一房だけ入り交じった緑髪が、楽しげに揺れている。

 月明かり以外に光源は無いのに、奈苗は器用に座布団を避けて卓袱台の上へ湯飲みをコトリと置いた。

 いつの間に用意したのやら、奈苗の行動は相変わらず不思議だ。

 湯気を立てている湯飲みを覗き込めば、緑色に輝く水面に茶柱が一つ。

 

 

「お、茶柱が」

「何か良い事起きますかね?」

「もう起きてるさ。可愛い奈苗と一緒にお茶が飲めるんだからな」

「はわっ、おとーさんったら大胆です」

「はっはっは、ちょっと気障だったか?」

「キュンキュンしちゃいました。おとーさん責任取ってください」

 

 

 きゃー、と楽しそうな悲鳴を上げて抱き付いてくる奈苗。

 頭を撫でてやると嬉しそうに頬を寄せて密着してきた。

 本当に良くやってくれていると思う。

 神奈子と諏訪子に仕え、ルーミアの家事を手伝い、妹紅の面倒を見て。

 その上俺まで気遣ってくれている。

 

 

「お前は本当に得難い娘だよ、奈苗」

「どうしたんですか、急にしみじみと」

「ん、何となくな」

「なんだかお爺ちゃんみたいですよ?」

「失礼な奴め」

「きゃー、おとーさんが怒りましたー♪」

 

 

 怯えた振りをしつつも抱き付いて離れない奈苗に苦笑を零して、その艶やかな髪をわしわしと撫で下ろす。

 おとーさんっ、おとーさんっ、と甘えた声を上げて力一杯抱き締めてくる姿はとても可愛らしいし魅力的だ。

 全力で甘えてくる奈苗に対して、俺は若干顔が赤くなっている。

 今まで生きてきてここまで他人に懐かれた事も無いから、何となく小っ恥ずかしい。

 そんな俺の動揺を知ってか知らずか奈苗は頬を寄せてきた。

 余り肌艶が良いとは言えない俺の右頬にふにゃりと柔らかい感触が広がり、酒気で火照った暖かな熱と脳髄を刺激する女の子の香りが俺を包み込む。

 両手を回し、そっと抱き締める。

 小さい。

 心で感じていた存在の大きさよりも、奈苗の身体はずっと小さかった。

 無邪気に甘えてくるこの娘が、ひどく愛おしい。

 

 

「おとーさんっ」

「ん?」

「でへへ、大好きです」

「あぁ、俺もだ」

「でへへ……相思相愛、ですねっ♪」

 

 

 嬉しそうに笑う奈苗に釣られ、ついつい口の端が上がる。

 両腕に少し力を込めて抱き寄せると、応える様に両手両足を絡めてきた。

 このまままったりと抱き合うのも良いかもな、とそんな事を思い浮かべた矢先、腕の中のお姫様が小さく唇を震わせた。

 か細く空に溶けるくらいの声量で放たれた言葉。

 辛うじて聞き取れたそれには、言霊としての力が乗っていた。

 

 

「対象:おとーさん。範囲:おとーさんに適用中のエンチャント。効果:エンチャントの破壊」

「なっ!?」

 

 

 聞き取れた言葉を理解すると同時、パリンと硝子が割れる様な甲高い音が脳内に響き渡る。

 途端に身体を支える力が弱くなり、そのまま奈苗に押し倒された。

 確認しなくても解る。

 俺に付けられていた筈のエンチャントが一枚残らず『割られて』いた。

 驚愕と混乱に目を見開く俺に、奈苗は悪戯っぽい笑みを見せる。

 

 

「これで私でもおとーさんを組み伏せられますねっ♪」

「……取り敢えず、聞きたい事が三つ有るんだが」

「一つ、何故私がおとーさんのエンチャントを割る事が出来たのか。二つ、何故私がおとーさんのエンチャントを割ったのか。三つ、何故私がおとーさんを組み敷いているのか。ですよね?」

 

 

 先回りをして質問を口にする。

 いつになく楽しそうに笑う姿に驚きは覚えても、疑念は抱けない。

 毒気を抜かれたというか、そもそも奈苗相手に疑念を抱くという事自体に無理が有る気がする。

 だが、疑念は抱かずとも何故と問う事に変わりは無い。

 酷く混乱した様子の俺を見て満足そうに目尻を下げ、奈苗は口を開いた。

 

 

「順番に答えますね。私がおとーさんのエンチャントを割る事が出来た理由は、おとーさんから受け継いだ能力のお陰です。初代はおとーさんと同じ能力を受け継いだみたいですけど、次代へ進むに連れて能力も薄れ歪になって行ったんです。私が扱える能力もかなり限定的ですからね」

 

 

 

 そこで一度区切り、奈苗は右の人差し指を俺の頬に伸ばした。

 白磁の様に綺麗な指先が、頬を押す。

 ぷにぷにと頬をつついて楽しそうに揺れる指先に意識を引かれつつ、先の言葉を咀嚼した。

 

 

 ──つまり、割ったのは奈苗の能力か。

 

 

 俺の能力が血筋に因って受け継がれていたのなら、納得は出来る。

 何故今まで使わなかったのか、とも思うが普通に生活する分には能力なんて必要無い。

 寧ろ俺の様に、湯水の如く使い放題なのが珍しいくらいだ。

 それに奈苗が言う様に使用出来る幅が狭められているなら、それこそ日常生活では使う場面が無いだろう。

 納得した俺は視線を天井から奈苗に向け、先を催促する。

 と、奈苗は柔らかい笑みを浮かべたまま指先を滑らせ、つんと鼻先を押してきた。

 

 

「多分気付いて無かったと思いますけど、おとーさんの力、ちょっと大きくなり過ぎたんです。何の強化もしなくても投石だけで野兎の頭蓋を破裂させる威力を出せたんですよね? 素の力だけで充分、人間の枠を超えているんです。でもおとーさんは更に身体を強化していきました。別に悪い事では無いですよ? でも、単なる力の強化では収まりませんでした。おとーさんの精子も、同様に強化されていたんです。より強く凶悪な雄となったおとーさんの精子に、私達の卵子は耐えられませんでした。文字通り、壊されちゃったんです。ふふっ、逞し過ぎるおとーさんの精子に、私の卵子も愛さレイプされちゃったんですよ? おとーさんの雌としては最高の壊され方ですけど、おとーさんの妻としては少々不満です。私も含めて皆さん、おとーさんの子供を孕みたいですからね。だから、おとーさんにはちょっぴり弱体化して貰う事にしたんです。それが、エンチャントを割った理由ですね」

 

 

 謳う様に説明する奈苗。

 その内容に、俺は衝撃を受けていた。

 

 

 ──確かに命中率が芳しくないとは思っていたが、まさかそんな所に原因が有ったとは。

 

 

 一度に注ぎ込み過ぎだとか毎日抱いていた所為で着床し辛くなっただとか、もしかしたら俺の精子の動きが悪い所為か、と考えた事は有る。

 だが、流石に元気が良過ぎる所為だとは思いも寄らなかった。

 とは言え何も悲観する事も無い。

 奈苗の口振りから察するに、俺の力を抑制したなら問題は無い筈だ。

 それに、嫁さん達に掛かる気苦労が無くなった訳だからな。

 そう考えると自然に口から安堵の息が漏れ出ていた。

 

 

「……俺が原因だと解って良かった」

「ごめんなさい、もっと早く教えれば良かったですね」

「あー、いや、気にするな。奈苗にも思う所が有ったんだろう? まぁ、何故今打ち明けてくれたのかは気になるが」

 

 

 そう口にすると、奈苗の両目が妖しく輝いた気がした。

 同時、背筋をぞわりと悪寒が這い上がる。

 これと同じものを、俺は知っている。

 偶にルーミアや妹紅が向けてくる、捕食者の視線だ。

 普段なら圧倒的優位に立ち庇護下に置いている愛しい娘から向けられた『それ』に、知らず表情筋が強張って行く。

 そんな様子の俺へ、奈苗は愉悦を口の端に浮かべた。

 

 

「簡単な理由ですよ。欲しくなっちゃったんです。おとーさんが」

 

 

 ぞくり、と身体が震えた。

 室内を照らしていた月も雲に隠れ、暗闇が辺りを包み込む。

 その中で、赤黒く爛々と輝く双眸が俺を見下ろしていた。

 

 

「ふふふ……怯えるおとーさん、とても可愛いですよ?」

 

 

 ひどく楽しそうに歪められた両目以外、何も見えない。

 反射的に身を捩ろうとする。

 が、身体がいう事を効かない。

 そっと乗せられた奈苗の両手が俺の動きを封じ込めている。

 何事か喋ろうと口を開き掛けた瞬間、柔らかいものが唇に触れて言葉を押し止めた。

 恐らく、奈苗の人差し指だろう。

 

 

「大丈夫です。今日は私がおとーさんをいっぱい犯してあげますから♪」

 

 

 蠱惑的な声が耳朶を震わせる。

 確かに魅力的な提案だが、やられっぱなしと言うのも癪だ。

 そう思い舌先で人差し指の腹をぺろりと舐め上げた。

 

 

「ひゃあんっ♪ ……もう、おとーさんったら。心配しなくても、いっぱいイジメてあげますよ♪」

 

 

 いかん、逆効果だった。

 

 

 

 

 

 

「んぅ……ちゅ、ぴちゃ、じゅる……んふふっ、気持ち良いですか?」

 

 

 淫らな水音が響き渡る。

 浴衣を解かれ組み伏せられた俺に跨がり、奈苗は肉棒をしゃぶり上げる。

 最初はすぐさま反撃に出ようとしていたのだが不思議な事に抑え付けられた身体はぴくりとも動かず、辛うじて首を僅かに起こす事しか出来なかった。

 四苦八苦している間も官能的な奉仕は続いていた為、次第に抵抗も弱くなる。

 もうかれこれ十五分程、高まる情欲に振り回されていた。

 エンチャントを割られた事で、俺のパワーとタフネスは初期値まで下がっている。

 故にパワーで俺を上回っているで在ろう奈苗に容易く組み伏せられた事は理解出来ていた。

 ……問題は、そこじゃない。

 タフネスが下がった事で、快楽への耐性が殆どと言って良い程に無くなっていた。

 初めてをルーミアと交換した時と、そう変わらない持続力まで落ち込んでいる。

 

 

「っ、くぅ……っ!」

「ちゅぽっ、んふふっ、まだダメです。もっともっと、我慢してくださいね♪」

 

 

 早い話が、すぐに達してしまう。

 が、それを即座に理解した奈苗は俺がイク事を許さず、何度も寸止めを繰り返して遊んでいた。

 普段は天使だと思っていたが、どうやら今日は悪魔らしい。

 サキュバスも裸足で逃げ出すんじゃないかと錯覚するくらいに淫靡な匂いを撒き散らしている奈苗。

 

 

「くぅっ、うぁぁっ、な、奈苗ぇ……っ」

「もう、そんなに可愛い声上げたらダメですよぉ。私の子宮が、きゅんきゅんしちゃいます♪」

 

 

 何度も限界寸前まで上り詰めた激情が脳を、思考を灼いていく。

 身体が思う様に動かず、されるがままに弄ばれている俺を眺めて、奈苗はとても嬉しそうに笑う。

 淫靡な空気を纏ったまま、奈苗は跨がる様にして亀頭の先にぬらぬらと光る秘裂を触れさせた。

 後少し、腰を跳ね上げれば。

 ひくひくと淫らに口を開け涎を垂らして誘う秘裂に視線は釘付けだ。

 そんな俺の耳に、愉しげな声が届く。

 

 

「やぁん、そんなに可愛い反応見せられたら、それだけでイっちゃいますよぉ♪ 入れたいですか? 私の膣内におちんちん入れて、びゅくびゅく射精しながら、孕ませたいんですか?」

 

 

 余りに淫猥な奈苗への興奮と散々焦らされた事に因る苦痛で、発声すらまともに出来ない。

 微かに言う事を聞く首を必死の思いで上下に振ると、可愛らしい笑い声が響いた。

 

 

「あはっ♪ じゃあ今は、今だけは、奈苗はおとーさんの……ううん、けーくんの恋人です。だから、けーくん。いっぱい、いっぱいエッチしよ♪」

 

 

 言い終えると同時、亀頭が灼けると錯覚するくらいに熱を帯びた膣内へと埋没した。

 暴力的なまでの快楽に理性はあっと言う間に振り切れ、ぷつんと糸が切れる様に俺の意識は途絶えた。

 



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閑話――人、それを獣欲と言う。※

 

 

 ──ふむふむ、お茶に仕込んだ痺れ薬と媚薬は素晴らしく利いているみたいですね。

 

 

 おとーさんの逞しいおちんちんを舐め上げながら、そっと上半身へと視線を滑らせます。

 無駄な脂肪の無い引き締まった腹筋、厚く良い匂いのする胸板、思わず甘噛みしたくなる首筋、そして──快楽に振り回されているおとーさんの顔。

 あぁ、なんて素敵な表情なんでしょう。

 私に何度も意地悪された所為で快楽が苦痛を伴い、今や凛々しい顔は淫らに歪み始めています。

 

 

「っ、くぅ……っ!」

「ちゅぽっ、んふふっ、まだダメです。もっともっと、我慢してくださいね♪」

 

 

 真っ赤に充血した亀頭がぴくぴく震えた所で一度舌先を離します。

 汗と汁とが混じり合った濃厚な雄の味が、喉から鼻に抜けて脳を灼いていきます。

 この脳が痺れる様な感覚が堪りません。

 正直、おとーさんの匂いだけでイキそうな事も有ります。

 

 

「くぅっ、うぁぁっ、な、奈苗ぇ……っ」

「もう、そんなに可愛い声上げたらダメですよぉ。私の子宮が、きゅんきゅんしちゃいます♪」

 

 

 可愛らしいおとーさんの声。

 哀願するかの様なか細く甘い声に反応して、私の背筋を暖かい痺れが駆け上ります。

 普段の理知的な姿とは駆け離れた愛らしい姿に、心の底でどろりと嗜虐欲が蠢き始めていました。

 おとーさんが求めるままに甘い快楽をあげても良いんですけど、もう少し虐めたい気持ちもあります。

 その仄暗い衝動が私の仮初めの人格を、少しずつ削ぎ落としていきます。

 あぁ、このままではいけません。

 そう思いながらも、心を焦がしていく誘惑に抗うだけの余裕は有りませんでした。

 本当なら今すぐにでも迎え入れたいのをぐっと堪えて、なぞる様に亀頭へ秘裂を擦り合わせます。

 するとおとーさんは必死に腰を突き上げようと身体を動かします。

 勿論、入れられない様に押さえますけどね。

 

 

「やぁん、そんなに可愛い反応見せられたら、それだけでイっちゃいますよぉ♪ 入れたいですか? 私の膣内におちんちん入れて、びゅくびゅく射精しながら、孕ませたいんですか?」

 

 

 私の問い掛けに必死な様子で首を振るおとーさん。

 まるで私が全てを支配している様な全能感に浮かされ、そしてそれは私が普段圧し殺していた感情を呼び覚ましてしまいました。

 それはするりと胸を通り抜け、喉を鳴らし て音を紡ぎます。

 

 

「あはっ♪ じゃあ今は、今だけは……奈苗はおとーさんの……ううん、けーくんの恋人です」

 

 

 ……あぁ、遂に。

 遂に言葉にしてしまいました。

 決して口にはするまいと心に決めていた筈の浅ましい願いを。

 私は巫女で在るべきなのです。

 神奈子様と諏訪子様に仕える、名も無き一介の巫女で在るべきなのです。

 

 

 ──でも、私という楔を打ち付けてしまいました。他でもない、おとーさんに。

 

 

 本当なら先の様に『けーくん』と呼びたかった。

 家族である『おとーさん』では無く、特別な存在となれる『けーくん』と。

 可愛らしい娘では無く一人の女の子として見て欲しかった。

 そんな浅ましい、利己的に過ぎる願い。

 とうとう押さえ切れなかった本心に流され、私の身体は本能の赴くままに動き出しました。

 腰を落として、赤黒く膨張した肉棒を迎え入れます。

 ずぷり、と膣内を掻き分けていく感覚に身を震わせる間も無く、次の動きが生まれました。

 

 

「うあ、あぁぁあっ!」

「ひゃ、んぁぁぁ、あぁっ!」

 

 

 熱い。

 身体の芯まで溶かしてしまいそうな心地好い熱が、私の中を走り抜けて行きます。

 甘く痺れる快感が脳髄を焼き、射精されたのだと理解しました。

 崇敬する雄に種付けされた悦びが背筋を駆け上がり、がくんがくんと何度も身体を揺らして絶頂を楽しみます。

 

 

「んぁぁ……けーくん、私の中そんなに気持ち良かったぁ? 私もけーくんのおちんちんでイっちゃったよぉ♪」

 

 

 惚け切っただらしない声で媚びる様に甘えながら身体を倒して、首筋に口付けます。

 汗の塩気と雄の匂いが混ざり合って、もう嗅ぐだけで心がおかしくなっちゃいそうです。

 ほんの一瞬、快楽が両手から力を奪います。

 その僅かな隙を突き、小さな動きが生まれました。

 

 

「ひゃうっ、や、やぁん♪」

 

 

 制御から外れた身体がぴくりと跳ね、硬さと熱さを失わない肉棒が子宮口を突き上げてきました。

 漏れ出た矯声に反応したのでしょうか、押さえていた両腕が拘束を振り解き、私の腰へと回されました。

 きゅっと抱き竦められ、自然と胸が高鳴ります。

 

 

「あぅん、け、けーくん?」

 

 

 多分に甘さを含んだ声で問い掛けますが、返る言葉は有りません。

 仄暗い瞳は焦点が合ってませんし、何より呼吸がゆっくりと深いものになっています。

 刺激が強過ぎたみたいですね。

 意識は途切れてしまいましたが、逞しい肉棒はまだまだやる気満々です。

 

 

 ──これはつまり、けーくんを思う存分貪れるフラグですね!? 

 

 

 俄然やる気が出て来ました。

 普段のきちくおにちくなおとーさんも良いですけど、為すがままに快楽を与えられるけーくんというのも嗜虐心がそそられて素晴らしいです。

 ちらと仄暗い瞳を覗き込むと、混濁した意識の奥底で快楽への期待がこちらを覗き返していました。

 こんなに欲望に素直なけーくんは珍しいですね。

 

 

「……ふふっ、ねぇ、けーくん。もっと気持ち良くなりたい?」

 

 

 返答は有りません。

 が、微かに首が縦に揺れていました。

 予想以上の反応に思わず意地の悪い笑みが口の端に浮かびます。

 それなら、と脱ぎ捨てた巫女服に手を伸ばしてこっそり縫い付けて置いた内ポケットをまさぐります。

 こつ、と指先に触れる硬い感触。

 目的の物を摘まみ上げ、私の笑みは歪みを増していきます。

 月明かりに照らされた青い小瓶が、私の手の中でとぷり、と小さな音を立てました。

 中身は催眠導入剤と若返りの薬の混合剤です。

 先日妹紅ちゃんの成長剤の調合を見学した際、無理を言って分けて頂いたものです。

 催眠効果がかなり強力なものだから湯呑みに一滴垂らせば充分と聞いたそれを、原液のまま、けーくんの口にくわえさせます。

 僅かに粘性の有る液体が零れ落ち、けーくんの喉をするりと通り抜けて行きます。

 

 

 ──これで、準備万端ですね。

 

 

 見る間に背が縮んで行くけーくん。

 年の頃で言うと十歳前後でしょうか、小さくて可愛らしい姿になりました。

 微笑ましく思った矢先、全く微笑ましく無い部分を発見します。

 

 

 ──え、おちんちんのサイズは据え置きなんですか!? 

 

 

 先程と変わらず存在感を示す雄の象徴が、幼い子供の身体に付いています。

 その酷く背徳的な光景に、思わず生唾を呑み込みます。

 この幼いけーくんを、私が汚せる。

 そう改めて認識した途端全身の血液が沸騰した様な錯覚に陥りました。

 

 

 ──なんて、なんて素晴らしいんでしょう。

 

 

 沸き立つ興奮を抑え切れず、背筋がぞくりと震えます。

 愉悦と享楽に歪み切った笑みを浮かべて、私は小さな毒を撒き始めました。

 

 

「ふふっ、私の声が聴こえる? けーくんはこれから、私の言う事を何でも信じちゃうよ。私の言葉に従う事が、けーくんの一番好きな事だよ。けーくんは私が大好きで、お姉ちゃんにキスされたら嬉しくてすぐにイっちゃうの。でもけーくん若いから、何度精液出しても平気だよ。私が手を鳴らしたら、今聞いた事は全部忘れて思い出せなくなるよ。でも、心の奥ではしっかり覚えてるからね? それと、今日の事は身体が元の大きさに戻ったら全部忘れちゃうよ」

 

 

 ちょっとした洗脳を施して、軽く両手を鳴らします。

 ぱん、と音が響くのと同時、けーくんがびくっと身体を揺らします。

 さぁ、催眠は上手くいってるでしょうか。

 期待に胸をドキドキさせながら幼い顔を見詰めていると、けーくんはぽかんとした様子で口を開きました。

 

 

「奈苗お姉ちゃん……?」

 

 

 いつも聞いているものより数段高い綺麗な声。

 その声に聞き惚れながら私は内心で跳び跳ねます。

 催眠の導入は成功ですね。

 後は様子を見ながら思う存分貪るだけ。

 ほくそ笑みつつ、私は幼い身体を優しく抱き締めながら愛しい彼の名前を呼びます。

 

 

「なぁに、けーくん?」

「え、わっ、奈苗お姉ちゃん、どうして裸なの? って、僕も裸?」

「ふふっ、心配しなくても大丈夫だよ。けーくんはこれからお姉ちゃんと、いっぱい気持ち良い事するの」

「気持ち良い事……?」

「そう、例えば……えいっ♪」

「……っあ!?」

 

 

 右手を伸ばしておちんちんを優しく握り締めます。

 幼い身体には不釣り合いな程に大きいそれは力強くびくんびくんと脈動しています。

 

 

「えっ、な、なんで、おちんちん、へんだよ……っ!」

「おちんちんが気持ち良くなると、こんな風に大きくなるんだよ」

「ふぁっ、お、お姉ちゃんっ、それ、ダメだよぉっ」

 

 

 切なそうに眉を寄せるけーくん。

 その表情に、私の嗜虐心はくすぐられっぱなしです。

 もっと、もっと虐めたい。

 淫らな欲望は私の指を艶かしく蠢かせます。

 根本から先端へ、優しく撫で上げる様に。

 

 

「うぁ、あぁっ、お姉ちゃんっ、やだっ、おしっこ出ちゃうよぉっ」

 

 

 びくっびくっと強く震えるおちんちんをきゅっと握り締め、私は淫らな微笑みを浮かべて身体を倒しました。

 倒れ込んだ先、瑞々しさを湛えた唇が近付いて来ます。

 吸い込まれる様に唇を重ねると、けーくんの身体が一際強く跳ね上がりました。

 同時に、お腹へ熱い粘性の高いものがぶちまけられます。

 

 

「んむぅっ、ん、んぅぅぅっ!」

 

 

 くぐもった矯声を響かせながらけーくんの精液が私の身体を白く染めていきます。

 恐ろしいまでに粘度の高い精液はお腹に張り付いたまま落ちてきません。

 これならどんな女の子も一発で孕んじゃいますね。

 悦楽に口の端を歪めながら唇を離すと、けーくんは幸せそうに荒い息を吐き出しました。

 

 

 ──催眠の効果は上々ですね、これなら申し分無さそうです。

 

 

 大量の精液を流したのに、けーくんのおちんちんはまだまだ元気です。

 雄々しく天を貫くそれを優しく握り直し、私の淫らな秘裂に擦り付けます。

 くちゅくちゅといやらしい音を立てて、先っぽが秘裂を掻き分けて奥から溢れる淫蜜をねだります。

 

 

「うぁぁ……お、お姉ちゃん……」

「けーくん、気持ち良かった?」

「うん……あ、あの、お姉ちゃん」

「なぁに?」

「もっと、もっと気持ち良いの、して……?」

 

 

 いけません、反応が何かもうクリティカル過ぎです。

 何なんですかこの可愛らしい生き物は。

 悦楽に潤んだ瞳で上目遣いに見上げてくるけーくんの姿に、思わず仰け反って悶えそうになりました。

 それをなんとか精神力で叩き伏せ、出来る限り穏やかに微笑んで見せます。

 内心は余りの可愛さに耐え切れず色々とブレイクし始めていますが、勿論そんな事はおくびにも出しません。

 

 

「じゃあ次は、私の膣内で気持ち良くしてあげるね」

 

 

 言うが早いか、私は腰を落としました。

 じゅぷりとおちんちんが私の膣内へと沈み込んで行きます。

 熱く硬いものが肉壁を掻き分けていく感覚に、ぞわりと背筋が震え上がりました。

 

 

「んぁぁあ……っ、あはぁ……!」

 

 

 歓喜に身を震わせながら視線を下げると、目を見開き小さく痙攣するけーくんがいます。

 余りの気持ち良さに声も出ないみたいですね。

 でも、今からもっともっと気持ち良くしてあげますからね。

 今にも弾けそうな程強く脈動しているのを膣内に感じながら、私は身体を折り畳む様に倒しました。

 再度、柔らかな唇が重なり合います。

 

 

「んんっ!? んぅぅんぐっ、んんぅぅっ!」

 

 

 触れた唇の先から惚ける様な熱を感じたのと同時、膣内へと大量の精液が叩き付けられました。

 びゅるるるっ、と勢い良く子宮を目指す精液は止まる事を知りません。

 胎内を焼かれた私は腰を押し付ける様に密着させて、快楽を貪ります。

 何度も何度も精液を浴びせられ、イク度に瞼の裏で火花が弾けました。

 暫くは官能的な快楽に身を委ねて居ましたが、射精の勢いが一行に弱まる気配が無い事に気付きました。

 

 

 ──あ、あれ? けーくんの射精、止まりませんけど……? 

 

 

 原因は直ぐに解りました。

 ずっと唇を重ねているからですね。

 その所為でけーくんは常に幸せいっぱいのまま射精し続けているという事になります。

 既に子宮はけーくんの精液でたぷたぷです。

 早く止めないと、子宮が破裂しちゃうかもしれませんね。

 そう考えた私は身体を起こして唇を離そうとします。

 

 

「んうっ!? んんぅぅっ!」

 

 

 ですが、その動きは途中で遮られました。

 突如伸ばされたけーくんの両手が私のお尻を抱え込む様に掴んできたのです。

 

 

「んむぅっ、んんっ、んんーっ!」

「んちゅ、ちゅっ、ん、おねぇひゃぁん」

 

 

 艶やかな声で甘えてきたけーくんは両手で私のお尻を持ち上げ、勢い良く打ち下ろす様に何度も何度も深く突き入れます。

 荒々しく乱暴におちんちんを出し入れされ、今まで以上の快楽が私を襲いました。

 ぱちゅん、ぱちゅん、といやらしい音を立てておちんちんが突き入れられる度、秘裂からぷちゅぷちゅと淫らな蜜が吹き出します。

 先程とは比べ物にならない強さの快楽に意識を刈り取られながら、どうにか唇を離す事に成功しました。

 

 

「んぁぁ……っ、あっ、あはぁ……っ♪」

 

 

 それと同時、射精の勢いが弱まって行きました。

 既にお腹は妊婦さんみたいにぽっこりと膨れ上がっています。

 とても膣内には入り切らなかったのか、逆流した精液がどぷりと布団へ流れ落ちて行きました。

 イキっぱなしだった神経が漸く安寧を得て、私は荒い息を吐き出しました。

 

 

「はぁぁ……ひゃうっ!?」

 

 

 その途中、不意に衝撃が下腹部を貫きます。

 硬さを増したおちんちんが乱暴に私の膣内を掻き分けて行きます。

 突然の快感に目を白黒させていると、けーくんが私を愛しげに見上げました。

 

 

「お姉ちゃん、今度は僕がお姉ちゃんをいっぱい気持ち良くしてあげるからね」

 

 

 心の底から私を想っているのが解る声色に、背筋が震え上がりました。

 それが堪らなく愛しいと思ったが故か、はたまた名状し難い恐怖に因るものかは解りません。

 ただ、その感情が動きを止めたのは間違い有りません。

 一瞬の内に体位が入れ替わり、私はけーくんに組伏せられていました。

 見下ろしていたけーくんの背後に映る天井を見て、状況の変化に着いて行けない私の口から気の抜けた声が漏れ出ました。

 

 

「ふぇ?」

「あはっ、お姉ちゃん可愛い♪ もっと、二人で気持ち良くなろ?」

「え、あ、んはぁぁぁっ!?」

 

 

 ずんっ、と力強く子宮口をノックされました。

 堪らず矯声を上げると、けーくんは嬉しそうに腰を振ります。

 

 

「や、やぁっ、け、けーくん、んぁっ!」

「お姉ちゃんの声、可愛いよ。もっといっぱい聴きたいな」

「ひゃぁぁっ、そんな乱暴に突いちゃ、やぁっ!」

 

 

 ぱんっ、ぱんっ、と激しく打ち鳴らされる淫肉のリズムが部屋の中で反響します。

 その音に羞恥心を煽られる間も無く、否応無しに悦楽の高みへ押し上げられて行きます。

 

 

「いやっ、やぁっ、けーくんにイカされちゃう、けーくんの大人おちんちんに種付けされちゃうよぉぉっ!」

「お姉ちゃんっ、いっぱいびゅくびゅくしてあげるね!」

「あぁっ、イクぅっ! けーくんに犯されてイクのぉぉっ!」

 

 

 ぶるりと大きくおちんちんが震え、一拍置いて熱い精液が私の膣内を蹂躙して行きました。

 神経が焼き切れる程の快楽に心を刻まれながら、夢中で両手を伸ばします。

 

 

「……あはっ、お姉ちゃん、まだまだ物足りなさそうだね。大丈夫、僕がお姉ちゃんを満足させてあげるから!」

「ほぇ……?」

 

 

 掛けられた言葉に反応して意識を戻すと、私の両手はけーくんの背中に回されていました。

 両足もいつもの癖でけーくんの腰に絡み付けられています。

 端から見れば、私が「抜いちゃヤダ」と淫らなお願いをしている様に見えます。

 

 

 ──こっ、これは拙いです!? けーくんに抱かれるのも気持ち良いですけど、今これ以上されたら私壊れちゃいます!? 

 

 

 どうにか逃げようと身を捩らせますが、それより早くけーくんが動きました。

 左手は背中に回して抱き寄せ、右手は私の頭を優しく撫でています。

 

 

「あっ……」

 

 

 私の口から思わず甘えた様な声が漏れます。

 身体は快楽に悲鳴を上げていますが、対照的に心は更に強くけーくんを求め始めていました。

 ひぅ、と喉が小さく鳴ります。

 果たしてそれにどんな感情が秘められていたのかは、私にも解りません。

 

 

「お姉ちゃん、大好きだよっ♪」

 

 

 ただ、私はけーくんに壊れるくらい愛されるんだろうな、と思いました。

 部屋に差し込む月明かりは、まだまだ高いです。

 こぷり、と精液を溢れさせながらも、私の秘裂は期待に蜜を流し続けていました。



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準備と休息。そしてふらりと郷回り。

 

 

 ──……ぅ、あ? 朝、か……? 

 

 

 差し込む光が瞼を照らし、沈み込んでいた意識がゆっくりと浮かび上がる。

 頭が重い。

 ねっとりと絡み付く泥濘の様な微睡みに囚われながらも、どうにか重い瞼を抉じ開ける。

 視界に映るのは、艶やかな黒と目映い緑。

 睫毛の長い可憐な顔立ちが眼前に有る。

 

 

 ──奈苗か? あー……、そう言えば昨日貪られた記憶が有る様な無い様な。

 

 

 散々焦らされた所で記憶は終わっているが、この様子から察するに思う存分貪られたに違い無い。

 見れば奈苗の口元は幾分快楽に歪んでいる。

 幸せそうに眠る姿に少し妬みを覚えて、気怠い腕を持ち上げ頬をつついてやる。

 ふにっと柔らかく返る触感に少し遅れて可愛らしい呼気が漏れる。

 

 

「……ふみゅ、う……♪」

 

 

 どうやら幸せな夢でも見ているらしい。

 眠り姫を起こさぬ様に布団を抜け出し、静かに襖を開け廊下へ出る。

 しん、と張り詰めた朝の空気が淀んだ思考を洗い落としてくれる。

 微妙に重い身体を引き摺りながら、居間の方へと足を向けた。

 朝食には少し早いこの時間、恐らく起き出しているのは一人だけだろう。

 他の皆も寝坊助という訳では無いのだが、皆の食事を作る為にどうしても少し早く起きる必要が有るからな。

 静まり返った廊下をひたひた歩き、目的の襖をからりと開ける。

 

 

「あら、ケイ。今朝は早いのね?」

 

 

 澄んだ美しい声が、鼓膜を震わせる。

 居間では和服に身を包んだ麗しい女性が座椅子に背を預けて微笑んでいた。

 さらさらと風にそよぐ金髪が朝の日差しを浴びて目映く輝いている。

 濃紺に満月をあしらったデザインの和服が対比的で美しい。

 余りに幻想的なその佇まいに、柔らかな微笑みが加わる。

 見ているだけで堕ちていきそうな感覚と共に、どきりと心臓が跳ねた。

 何度見ても、心が踊る。

 高揚感がうっかり漏れ出ない様にちょっとした意地を張りながら、俺は喉を震わせた。

 

 

「おはよう、ルーミア」

「おはよう、ケイ」

 

 

 いつもの様に、いつもの声が返る。

 それが何だかくすぐったく感じて、俺はぽりぽりと頬を掻いた。

 

 

「どうかしたの、ケイ?」

「いや、何でもない」

「あら、隠し事?」

「そういう訳じゃ無いんだが……」

「んー?」

 

 

 気恥ずかしさを滲ませながら答えるも、ルーミアは意地悪そうに笑って追及してくる。

 右手で隣の座布団をぽんぽんと叩いて座る様に促してくる。

 指示されるままに腰を下ろすと、ルーミアは覗き込む様に首を傾げた。

 その姿が、これまた可愛らしい。

 微妙な照れ臭さを感じながら、如何にも渋々といった様子を演じて答える。

 

 

「その……今日もルーミアは可愛いな、と思ってな」

「え……あ、そ、そう……」

 

 

 見る間に真っ赤になったルーミアに釣られて、俺の顔も温度を増していく。

 恥ずかしそうに顔を伏せながらもちらちらと様子を伺ってくるのが庇護欲やら嗜虐心やらをそそってくる。

 無意識の内に左手が伸び、細い身体を抱き寄せる。

 肩に手が触れた瞬間ぴくっと身体を震わせるが、直ぐに脱力して凭れ掛かってきた。

 触れあった所から心地好い熱が伝わり、甘い香りが鼻腔をくすぐる。

 

 

「……ねぇ、ケイ」

「ん、何だ?」

「あのね……大好き」

 

 

 鮮やかな赤の瞳が、俺を映し出す。

 少し恥ずかしそうに微笑むルーミアに、俺は暫し見惚れていた。

 数秒程経って、反応を待っている事に気付いて口を開く。

 多少の照れが声に混じったのは見逃して貰いたい。

 

 

「俺も……ルーミアが大好きだ」

「ん♪」

 

 

 小さくこくりと頷いて、嬉しそうに目を一層弓にする。

 動作の一つ一つが犯罪級の可愛さだ。

 すっかり魅せられた俺は真っ赤になった顔を隠す様に膝へ顔を埋める。

 急に膝枕をねだられ少し驚いた様だが、すぐに喉を鳴らして受け入れてくれた。

 

 

「今日は随分と甘えん坊さんね?」

「ルーミアが可愛過ぎるのが悪い」

「ふふっ、ケイったら。……良い子良い子」

 

 

 柔らかな手が、頭を優しく撫でていく。

 一撫でされる毎に心の重りが外れていく様な心地好さを感じ、代わりに安心感から来る眠気が生まれてきた。

 それを察してか、慈愛に満ちた優しい声が届く。

 

 

「いつもお疲れ様。ケイが頑張ってるのを、私は知ってるから。今くらいは、ゆっくり休んで良いわよ」

 

 

 謳う様な声に導かれるまま、俺の意識は夢の世界へと旅立って行った。

 

 

 

 

 

 

「……んぅー、ケイのお腹あったかい♪」

「お兄様って寝顔可愛いよねー。つんつん」

「あ、フランちゃんずるい! 私もお兄さんのほっぺたつつくー」

「チルノちゃん、次は私が契さんのお腹枕使って良い?」

「相変わらず子供みたいに温かいわよね、ケイの手って」

「この温かさは癖になりますね。なんかこう、ほわーって」

 

 

 何やら騒がしい。

 重い瞼を開くと同時、両頬がむにっと押される。

 視界に映るのはこちらを覗き込んで楽しそうに笑う幼女が二人、視線を下げれば俺の腹を枕にして抱き付く幼女が二人、その横には俺の手を取り頬擦りしながらだらしなく笑みを浮かべる幼女が二人。

 いつの間にか寝ていたらしい。

 太陽の位置から察するに、愛しのルーミアは朝御飯の支度に向かったのだろう。

 そして寝転がっていた俺は来襲した幼女達の格好の遊び道具になっている、と。

 

 

「こら、俺で遊ぶんじゃない」

「あ、ケイ起きた?」

「えへへ、おはようお兄様♪」

「契さん、お茶飲みませんか?」

「あぁ、有り難う」

 

 

 身体を起こすと大ちゃんが冷えたお茶を差し出してくれた。

 有り難く受け取り勢い良く飲み干す。

 喉から鼻に抜ける爽やかな茶葉の香りが眠気を完全に吹き飛ばしてくれる。

 

 

「ふぅ、ごちそうさま。有り難うな、大ちゃん」

「ふふ、お粗末さまでした」

「ねーねーお兄さん、なでなでして?」

 

 

 胡座の中に入り込んでむぎゅっと抱き付いてくるこいし。

 波打つ灰色の髪の毛に指を通せば、するりと指の隙間を擦り抜けていく。

 最初に会った時のごわついた感触は既に無い。

 まだまだ小柄だが、女の子らしい丸みも出て来ている。

 このまま健やかに育って欲しいものだ。

 

 

「こいしちゃん良いなー。お兄様、私も撫でて撫でて!」

 

 

 シャラン、と虹色の羽を鳴らして擦り寄ってくるフラン。

 艶やかな金髪に指を通せば、さらさらと毛先が滑り落ちていく。

 そのまま少し力を入れてぐりぐり撫でてやると、フランは嬉しそうに目を細めた。

 

 

「うひゃぁ~、お兄様やめてぇ~♪」

「撫でて欲しいって言ったのはフランだろ?」

「ダメぇ~、これ溶けそうなくらい良いの~♪」

「フランちゃんのも良いなぁ……お兄さん、私もぐりぐりってして!」

「ほれ、ぐりぐり」

「「ほあぁぁ~♪」」

 

 

 にへらぁ、と惚け切った顔でされるがままになっているフランとこいし。

 他の四人が羨ましそうな視線を向けてくるが、生憎と俺の手は二本しかない。

 どうしたもんかと苦笑を浮かべた所で、からりと襖が開いた。

 目を向ければ、小鉢や平皿を載せた盆を両手に、ルーミアと映姫が立っている。

 仕方無いわねぇ、と困った様に微笑むルーミアとは対照的に映姫は心なしか頬をぷくっと膨らませている。

 その視線はちらちらと、俺に抱き付くフランとこいしに向かっていた。

 ……成程、一緒に甘えたかったらしい。

 

 

「酷いじゃないかルーミア、俺を生け贄に差し出すなんて」

「ふふっ、ごめんなさい」

「起きて手伝ってくれてれば助かったんだけどさ、ルー子も時々悪戯っ娘だからねぇ」

 

 

 けろけろと笑いながら姿を見せた諏訪子の後ろから、同じ様に盆を構えた神奈子と奈苗が現れる。

 やたら数が多い気がするが……あぁ、昨日は宴会で皆酔い潰れたんだったか。

 取り敢えずフランとこいしを脇に退けて立ち上がる。

 少し物足り無さそうに見上げる二人をもう一撫でして、居間の両隣の襖を開け放つ。

 一続きになった部屋の中央に、美鈴と妹紅が持ってきた卓袱台を並べる。

 若干眠たげな美鈴と半分寝ながらゆらゆらと歩く妹紅の組み合わせは存外似合うな。

 寝坊助コンビ、ここに結成。

 

 

「あぁ、皆済まないね。手伝いもせずに朝湯を頂いちまって」

「良いお湯だったよー!」

 

 

 廊下から威勢の良い声が届く。

 姦しい声を響かせながら姿を見せたのは、対照的な鬼っ娘二人。

 共通しているのは、その身に纏った艶やかな小紋の色彩。

 舞い墜ちる箒星を湛えた白み始めた夜空、という小紋の紋様としては余り類を見ないものをあしらったものだ。

 涼しげなその小紋に、二人の白い肌が良く映える。

 

 

「あ、おはよう、ご主人様!」

「おはよう萃香。今日も元気だな」

「うん、元気いっぱいだよ!」

「やれやれ、酒呑童子と畏れられた伊吹鬼も今じゃ恋する乙女かい」

「可愛さなら勇儀も負けてないと思うがな」

「うなっ!?」

 

 

 話を振ってやると、勇儀は顔を真っ赤にして黙り込んでしまった。

 存外可愛らしい反応だな? 

 すっかり固まってしまった勇儀の背後から、数人の足音が届く。

 

 

「あら勇儀、何突っ立ってるのよ?」

「はふぅ、良いお湯だったぁ。あ、契君おはよう」

「お兄さん、おはおは~。今日も良い天気だね」

「おはよう、兄さん。いやはや、あんなに大きいお風呂は初めてだよ。凄いもんだねぇ」

「ほら姫様、起きないと望月君に恥ずかしい所を見られてしまいますよ」

「んぁぁ~……もっちー、おはぉ~……」

「おはよう、皆。今朝御飯の支度をしているから、適当に座ってくれ」

 

 

 幽香と紫、にとりと女将、それに永琳と輝夜が到着する。

 輝夜は風呂上がりだと言うのにむにゅむにゅと眠たげに目を擦っている。

 その横でくすくすとたおやかに笑っている永琳は、多少重たそうに後ろ髪を肩に乗せていた。

 確かにあの分量の髪の毛は水を吸ったらかなりの重さになるだろう。

 勢い良く振り向いたら鈍器になりそうだな。

 

 

「今日ぉのごっ飯はなんだろなぁ~♪」

 

 

 調子外れの珍妙な歌を歌いながら箸を構えるのは紫だ。

 ……待て、今何処から箸を取り出したんだ。

 その疑問に答えるかの様に、箸を構えて奈苗と妹紅が音頭を取り始める。

 

 

「ごっはん、ごっはん♪」

「美味しいご飯♪」

「わ、なんか楽しそう」

「フランちゃん、私たちも、ほら! ごっはん、ごっはん♪」

「ケイと一緒においしーごっはん♪」

 

 

 そこにフランとこいし、チルノも混ざっての大合唱。

 何だ、この歌は儀式か何かか? 

 流石に行儀が悪いと年嵩連中……もとい、大人のお姉様方に説教されていた。

 説明しつつも混ざりたそうに口の端を時折ひくつかせさえしなければ、まだ威厳が有ったんだが。

 

 

「朝から賑やかだねぇ。若いってのは羨ましい」

「みすちーの年齢で年寄り染みた事言われたら堪ったものじゃないのだけれど」

「あ、契君。お醤油そこで良い?」

「大丈夫だぞ。有り難うな、にとり」

 

 

 珍騒動を見てからからと笑う女将に、呆れた様子の幽香。

 確かに女将で年寄りなら、俺は木乃伊か古代人だな。

 そんな二人とは別に進んで配膳を手伝ってくれるにとり。

 将来は良いお嫁さんになるぞ、多分。

 フランとこいしにしてやった様に、お礼の意味も込めてわしわしと力強く撫でてやる。

 

 

「わひゃぁう!?」

「良い子良い子」

「うあぁ~、や、やめてぇ~」

「フハハ、初い奴め」

「あうあうあ~」

 

 

 顔を真っ赤にして固まってしまうにとり。

 相変わらず反応が可愛いので、ついついいじくり回したくなる。

 と、不意に軽く握られた手が胸板をぽこぽこと叩いた。

 精一杯の抵抗の積もりなのだろう。

 が、そんな可愛い反応されて黙っていられる程俺は人間が出来ちゃいない。

 

 

「わぷっ」

 

 

 思いっ切り抱き寄せ、指先でくいっと顎を持ち上げてやった。

 澄み切った水底の様な麗しい瞳を覗き込めば、わたわたと暴れていたにとりが、ぴたっと動きを止める。

 唯でさえ真っ赤だった顔が更に赤みを増し瞳がぐらぐらと微痙攣を始める。

 

 

「やれやれ、兄さんも誑しだよねぇ。いつか刺されても知らないよ?」

「こうして毒牙に掛かる娘が増えていくのね……」

 

 

 何やら背後で花妖怪と夜雀が話している様だが気にせず河童娘を弄ぶ。

 指先を滑らせ鎖骨を撫でれば、小さくぴくんと身体が震える。

 ニヤニヤしながら初々しい反応を楽しんでいると、後頭部にぽかりと軽い一撃。

 振り返れば呆れた様に笑うルーミアが柔く握った拳を構えていた。

 

 

「ほらケイ、遊んでないで手伝って」

「遊びとは失礼な、俺は真面目に愛でているぞ?」

「じゃあ訂正するわ。ケイ、手伝って」

「了解であります指揮官殿!」

 

 

 ぴしっと敬礼を返すと、なんなのそれ、とくすくす可愛らしく笑うルーミア。

 俺達の遣り取りを見て奈苗が「ルーミア様が大隊長ですか!」と目をキラキラさせていたり「ルーミアが大隊長なのかー」とチルノが納得していたりと、終始賑やかな空気で準備は進む。

 擦り寄ってくる奈苗をあしらいながらもチルノにお家芸の台詞を取られてショックを受けていたルーミアが可愛かったので、こっそり尻を撫でてみた。

 手の甲を抓られた。

 痛い。

 

 

「もっちー、アホの子みたい」

「失敬な!?」

 

 

 

 

 

 

 賑やかな朝御飯を終えてふらふらと郷を練り歩く。

 昨日の宴会が響いているのか余り活気は無く、穏やかな空気が流れている。

 冷やかしに酒屋を覗き込めば、辛うじて帳簿台の前に寝転んでいる店主の姿が見えた。

 二日酔いが辛いのか、眉間に皺を寄せて白髪混じりの頭を右手で押さえていた。

 俺の姿を認め、何とか身体を起こそうとするのを片手を上げて押し留める。

 

 

「うぁ、契様ですかい。あたたた……」

「無理して起き上がらなくても良いぞ。流石に昨日の量は抜け切らないか」

「ははっ、面目無い。酒屋が二日酔いとは下手な演目にも劣りますな」

「酒屋が七升空けたとなれば充分な種だろうに。というか為助、お前が呑み比べなんか始めた所為で主だった連中が倒れてあらゆる店が閑散としてるぞ?」

「それは仕方無い事ですな。男には避けては通れぬ勝負というのが……あいたたた」

「やれやれ、余り無理はするなよ。序でに『望月』を一本持って行くぞ、お代はここに置いていくからな」

「あんなに呑んでてまだ迎えるんですかい!? いやはや、契様も豪気な神様ですなぁ。また来てやってくださいよ」

 

 

 寝転んだまま会釈する店主にひらひらと手を振り酒瓶を左手に提げて、またふらふらと歩き出す。

 通り掛かる店は皆一様に気怠そうな雰囲気を醸し出している。

 

 

「変わらず元気なのは子供ばかり、か」

 

 

 広場の方から聴こえてくる楽しげな声に、自然と笑みが零れてくる。

 あっちへふらふら、こっちへふらふら。

 御多分に漏れず二日酔いに悩まされる店主を冷やかしながら商店通りを歩いていく。

 途中駄菓子屋で大量におやつを買い込み、ふらふら揺れ動く幅を広げながら目当ての屋台を目指す。

 年期の入った木目が歴史を感じさせる屋台の中、桃色の髪の毛がゆらゆらと揺れている。

 寄り道している間にどこかで追い抜かれたらしく、俺が家を出た時はまだ皆と談笑していた筈の女将が布巾を片手に動いていた。

 

 

「っと、到着」

「おやおや、凄い荷物だねぇ。そんなに担いでどうしたんだい、兄さん」

 

 

 屋台の中、のんびりと掃除をしていた女将が目を丸くして声を掛ける。

 流石に昨日の今日で客が来る筈も無く、ゆったりのんびり過ごす積もりだった様だ。

 形だけ出してあった椅子に腰を下ろすと、女将は温かいお茶を出してくれた。

 それを有り難く飲み干し、ふぅと一息吐く。

 

 

「ちょいと暇潰し、それと皆の様子を眺めにな。予想通り、二日酔いでぐったりしていたぞ」

「そりゃあ、ねぇ。職業柄呑みなれてる私や鬼の姐さん達ならいざ知らず、郷の皆は普段から酒盛りしてる訳じゃ無いから」

「違い無い。そうそう、これ女将にお土産だ。大事に呑めよ?」

「おや、私にお土産だなんて嬉しいねぇ。お礼に何かあげたい所だけど、生憎気の利いたものも無いのさ」

 

 

 女将は受け取った酒瓶を小型の冷蔵庫──チルノとにとりの共同開発の新型機だ──にしまい込み、色っぽい仕草でカウンターに寄り掛かった。

 組んだ腕の上に二つのたわわな果実が乗り、蘇芳色の小袖から魅惑の谷間が覗いている。

 柔らかそうで辛抱堪らん。

 

 

「おやおやぁ、兄さんはみすぼらしい夜雀にもお目零しをくれるのかい?」

「……命蓮寺から帰って来たら、思いっ切り揉みしだいてやる」

「うふふふっ、楽しみに待ってようかねぇ」

「夜雀の名に恥じず人を惑わすのは得意な様だな、女将?」

「閨で兄さんの為だけに歌ってあげるよ」

 

 

 くすくすと心底楽しそうに笑う女将に妙な敗北感を覚えつつ、妖しげな空気を振り払う様に勢いを付けて立ち上がる。

 若干女将の谷間に後ろ髪を引かれるが、そこは精神力で振り切った。

 相変わらず妖艶な笑みを浮かべたままの女将に見送られて、またふらふらと歩き出す。

 賑やかな声に誘われながら、路地を右へ左へ。

 辿り着いた広場では、子供達がごっこ遊びをしている最中だった。

 どうやら題目は冒険ものらしい。

 

 

「あ、ケイさまだー!」

 

 

 お姫様役をやっていた女の子が俺に気付いて声を上げる。

 それを合図に子供達が、わっと一斉に集まってきた。

 抱き付いてきたのはそのまま抱き付かせてやり、他の子に遠慮しているのか少し遅れて寄ってきた子はくしくしと頭を撫でてやる。

 

 

「けいさま、こんにちわー!」

「あぁ、こんにちは」

「契さま、昨日はお疲れ様でした!」

「おう、有り難うな」

「けい様、ぼくも撫でてー」

「ほれ、ぐりぐり」

「わひゃー♪」

「あ、那彦ずるい!」

 

 

 纏わり付かれて若干動きにくい。

 人気者はツライな。

 しかし子供達も目敏いもので、多少意識が俺の左手に提げられた大きな袋に向けられている。

 

 

「ねーねー契さま、何持ってるの?」

「これはな……皆へのお土産だ!」

 

 

 ばばーん、と大仰に効果音まで付けて取り出したのは大量の駄菓子。

 一瞬皆の動きが止まり、直後歓声が響き渡った。

 大木を切り倒して作った広い台の上へ駄菓子の山を広げると、更に歓声が大きくなる。

 が、我先にと手を伸ばす奴はいない。

 何だかんだで皆行儀は良いのだ。

 好きなのを持っていって良いぞと声を掛ければ、思い思いに駄菓子を手に取る。

 大きい子は小さい子に欲しい駄菓子を取ってやり、小さい子はそれを大人しく待っている。

 全員に駄菓子が行き渡り、俺も何か摘まむかと麩菓子に手を伸ばした所で視線が集まっている事に気付いた。

 

 

「お、どうした?」

「契さま、ありがとうございます」

「けいさま、ありがとー♪」

「ありがとですー」

「ありがとう、ケイさま」

「おおきくなったら、およめさんにして!」

 

 

 皆がぺこりと頭を下げる。

 大胆な子も一人居たが、喜んで貰えた様で何よりだ。

 

 

「はっはっは、皆の笑顔が見れたならそれで充分だ。それと亜理沙、俺は浮気でダメな男だから止めておいた方が良いぞ? 亜理沙みたいに素直で可愛い子なら、俺より格好良い奴が求婚してくる筈だからな」

「けいさまがいちばんカッコイイと思うんだけどなー」

 

 

 多少舌足らずな所が愛らしい少女。

 名前は霧雨亜理沙、霧雨雑貨店の一人娘だ。

 箱入り娘というのか、少し他の子達とは違ったセンスを持った子だ。

 俺を格好良いと思う辺り、なかなか見処が有るな。

 だか流石に若過ぎる。

 幾ら下にストライクゾーンが広い俺と言えど三歳は如何かと思う。

 

 

「まぁ、元気なのは良い事だ。はしゃぎ過ぎて怪我するなよ?」

「はーい!」

「契さまはこれからどうするんですか?」

「んー……、亜理沙の所で色々と買い揃えようか。実は西の方へ出掛ける用事が有ってな、その下準備をしなけりゃならん」

「そーなのかー。いっぱい買っていってね!」

「あぁ。それはそうと、余りルーミアの台詞取ってると噛み付かれるぞ?」

「呼んだかしら?」

 

 

 耳に届く、余りに涼しげな声。

 ぞわりと鳥肌が立つのと同時、子供達が「ひゃあー!?」と悲鳴を上げて後退る。

 その反応に背後でむくれた様な声が上がった。

 

 

「もう、皆酷いじゃない。私の顔見て逃げ出すだなんて」

「そりゃあ謀った様な機で現れるからだろうに」

「何か言った、ケイ?」

「何でも有りません、マム!」

 

 

 やれやれ、と溜め息を吐きつつ背中に凭れ掛かってくる。

 そのまま両腕を俺の肩の前に回し、むぎゅりと抱き付いてきた。

 さらさらの金髪が右頬に触れる。

 少し、くすぐったい。

 普段の様に甘えてきたルーミアを見て、遠巻きに見守っていた子供達もわらわらと集まってきた。

 

 

「びっくりしたぁ……。こんにちは、ルーミア様」

「こんにちわー!」

「こんにちは、皆。驚かせて御免ね?」

「ううん、だいじょぶー」

「ケイさま、いけにえ?」

「大体有ってるのが悲しい所だな」

「けいさま、かなしいの?」

「いたいのいたいのとんでけー」

「有り難うな、亜理沙、那彦。それはそうと、どうしたんだ?」

 

 

 心配してくれたちびっ子達にお礼を言いつつ、右手で柔らかい頬をぷにぷにとつつく。

 

 

「んみゅ、ケイの事だから旅糧だけ大量に持っていって日用品忘れていくんじゃないかと思ったのよ」

「はっはっは、そんな訳は……無いぞ? 多分」

「本当に? 爪切りとか手拭いとか、着替えや毛布なんかも必要になゆ……ちょっひょ、つついて誤魔化ひゃにゃいでよ」

「誤魔化してる訳じゃ無いぞ、ルーミアが可愛いからな」

「もう、またそんにゃ事言って……んみゅ」

 

 

 抱き付く力が少し強くなり、背中に幸せな感触が広がる。

 何だかんだでお互い甘えん坊なのは変わらないな、と気付き自然と笑みが零れた。

 ふと静かになった子供達が気になり、視線を向けてみる。

 すると、何故か皆は手で目を覆っていた。

 が、指の隙間からこちらをばっちり伺っていた。

 

 

「……何してるんだ、お前ら?」

「お気遣いなく~」

「オトナのらぶらぶだぁ……」

「きゃーきゃー♪」

「けいさまおんなたらしー♪」

「言われてるわよ、ケイ?」

「どう反応したもんか」

 

 

 なかなか反応に困る。

 諏訪子や神奈子が相手なら手刀の一発や二発をくれてやるんだが、流石にロリショタ相手に強く出る訳にもいかん。

 取り敢えず背後の愛妻の身体を引き、くるりと回して抱き上げる。

 お姫様抱っこ状態だ。

 

 

「ふぇ?」

「おー、お姫様抱っこだ!」

「ルーミア様良いなぁ……」

 

 

 子供達の歓声が上がる。

 腕の中のお姫様は目を丸くしていたが、自分の状態を認識すると途端に顔を赤くした。

 このお姫様、キスしたり抱き締めたりされても照れないのだが、抱っこされる事は何故か恥ずかしがる様だ。

 わたわたと両手を振り回して抵抗してくるがバランスが崩れるのを嫌ってか、余り大きな動きはない。

 それがまるで童女の様で、庇護欲を掻き立てられる。

 

 

「や、ちょっと、ケイっ」

「それじゃあ雑貨店に行くか。皆も夜遅くなる前に帰るんだぞー」

「はぁい」

「またね、けいさま」

「お菓子、ありがとうございました」

「ちょっ、お、降ろしてってばぁぁ……!」

「恥ずかしがるルーミア様萌えー」

「那彦、もえって何?」

 

 

 賑やかな子供達に見送られ、来た道をのんびり練り歩く。

 というか、那彦は何処で萌えを覚えてきたんだ。

 

 

「うぅぅ~……!」

「全く、可愛さも過ぎれば毒だな。……世界一可愛いぞ、嫁さん?」

「も、もぅ……ケイのバカぁ……」

 

 

 すっかり大人しくなったルーミアを抱え直し、額に軽く口付けてやる。

 ふにゃり、と脱力した姿も可愛らしい。

 雑貨店に辿り着くまでの短い距離。

 普通に歩けば十五分程の道だが、お姫様を連れてゆっくりゆっくり歩いていく。

 ……到着して降ろした後、照れ隠しにぽかぽか叩かれた。

 それを見た店主に笑われたのはお約束と言うべきか。

 



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第六幕
旅立ちの朝。そして噂の正体不明。


 空の端が白く染まり始める。

 もう数十分も経てば、朝の日差しが山々を照らし出す頃合いだろう。

 くっ、と背筋を伸ばせば間接がぱきりと音を立てる。

 一日間を置いたとは言え、流石に疲れは抜け切っていなかった。

 

 

 ──能力で身体の疲れが取れても精神の疲れは如何しようも無いのが辛い所だな。

 

 

 霧雨雑貨店で品を揃え諏訪大社の倉から日持ちしそうな非常食を見繕い、俺の社の管理だ何だを改めて皆にお願いをして、漸く心置無く出発出来るだけの準備が整ったのが三日前。

 さて出発と荷物へ腕を伸ばすが、背後から肩を捕まれた。

 振り返った先で良い笑顔を浮かべていたのは嫁さん連中だった。

 何事かと問う前に担ぎ上げられ、あれよあれよと言う間に離れの座敷へ放り込まれる。

 座敷の中には床一面に布団が敷かれていて、ナニをする気かは嫌でも解る。

 爛々と目を輝かせて迫り来る嫁さん連中を相手に、昼夜問わずの乱痴気騒ぎが繰り広げられたのは記憶に新しい。

 実際一昨日の夜までヤってたからな。

 そんな状態なもんだから当然出発は遅れる。

 嫁さん連中は足腰が立たず、俺は体力が底を突いた状態だ。

 昼過ぎに永琳が様子を見に来てくれなかったら出発はもう二、三日延びていただろう。

 因みにフラン達幼女組は輝夜の所に避難……もとい、お泊まり会だ。

 手が足りないだろうから、と勇儀や女将が世話を買って出てくれた。

 二人が腕を奮い豪勢な食事が出たらしく、テンションは最高潮。

 賑やかなムードのまま家路を行くフラン達とは対照的に、俺達は多忙を極めていた。

 まず、換気。

 続いて洗濯と身仕度。

 最後に何も有りませんでしたよー、と装う為の準備。

 どうにかこうにか体裁を取り繕い、無事にフラン達をお出迎えるのであった。

 ……まぁ、そんな事も有りつつ、漸く出発の朝を迎えた訳だ。

 

 

「契、忘れ物は無いか? 何か持って行くのを忘れたら戻って来て良いからな?」

「契、お腹空いてない? 途中でお腹空いたら帰って来ても良いんだからね?」

 

 

 そして今、まさに出発を迎えようかとしている所で掛かる声。

 何度も何度も確認、と言うよりは帰って来る口実を付けようと必死に食い下がるのは、諏訪子と神奈子の二柱。

 出所が俺への純粋な好意で有るだけに強く言えないのが辛い所か。

 

 

「にぃに、おんなのこにやさしくするのはいいけど、たぶらかしたらだめだからね?」

「おとーさん、健康には気を付けてくださいね?」

 

 

 にこやかに笑みを浮かべているのは妹紅と奈苗。

 内容も対照的だが、若干妹紅の笑みから威圧感が漏れ出ているのが恐い。

 流石の俺でもそう簡単にフラグは建たんと思うんだが。

 

 

「ケイ、気を付けてね。いってらっしゃい」

 

 

 シンプルな見送りの言葉を口にしたのは、たおやかに笑みを浮かべるルーミア。

 閨で付けた、左の鎖骨に映える紫色の痕が艶かしく存在感を放っている。

 少し着崩れた小紋が色っぽさを強調していて、今すぐにも抱き締めて布団へダイブしたくなる程に情欲を刺激してくるが、なけなしの精神力を動員してグッと堪えた。

 

 

「皆にも宜しくな。それじゃあ、行ってくる」

 

 

 名残惜しさが募るが、余り長くいても仕方が無い。

 両手をぶんぶんと大きく振りながら見送ってくれる奈苗と妹紅に軽く手を上げて応え、背中のリュックサックを背負い直す。

 非常食や着替え、多少の路金なんかが入っている為、なかなかの重量だ。

 くるりと踵を返せば、期待が音を立てて膨れ上がってきた。

 果たしてどんな旅路になるのやら。

 

 

「よし、出発するか!」

「おー♪」

「お前はお留守番だ」

「あぁん!?」

「はいはい、抜け駆け禁止だよー」

「お前もだ、こいし」

「やぁん、見付かっちゃったぁ。でもでも、しっかり見付けてくれるお兄さん好き好きー♪」

「ほらこいし、ケイを見送ってあげて?」

「はぁーい。お兄さん、いってらっしゃぁい♪」

 

 

 いつの間にか隣でスタンバっていた紫を諏訪子に預け、改めて出発する。

 背後でルーミアに捕まったこいしが小さく手を振っていた。

 悪戯好きな所が目立つが、根は素直で優しい良い子だ。

 ちょっとした仕草がとても可愛らしいので、時折ドキッとさせられる事も有る。

 まぁ、言ったら調子に乗るから黙って置くが。

 当初の予定より若干賑やかな見送りを受けて、俺は郷を後にした。

 

 

 

 

 ぱきり、ぱきり。

 落ちた小枝が足元で乾いた音を奏でるのを聴きながら、のんびりと山道を行く。

 都へと直接繋がる道が郷には無いので、一度別の村を経由して向かう必要が有る。

 が、面倒なので俺や妹紅はこうやって山中をざくざくと横断している。

 邪魔くさい藪や木をバキバキへし折り根こそぎ吹き飛ばし、環境保護に真っ向から喧嘩を売りながら進んでいるから、その内勝手に道が出来るかもしれん。

 花が付いてる草木は傷付けない様に注意している。

 幽香が悲しむからな。

 

 

「っと、漸く見えてきたな。朝早くに出て昼近くに到着か」

 

 

 見慣れた街並みが山の下に広がっている。

 道行く人が何事かと驚いているが、茶屋の店員は現れたのが俺だと解るとにこやかに手を振ってくれた。

 それを見て、他の人々も警戒を解く。

 茶屋は旅人の憩いの場で有ると共に、都や郷の入口で妙な動きをしている奴を警備隊に知らせる役割も担っているのだ。

 軽く右手を上げて応え、嘗ての散歩コースを練り歩く。

 懐かしい路地を行くと、紫と初めて出逢った場所に行き着いた。

 

 

「あぁ、この辺りだったな。紫に飴玉をやったのは」

「成程、ここで望月君が彼女を誑し込んだ訳だね」

「うおぁぁあ!?」

 

 

 突然背後から掛けられた声にびくっと身体を跳ねさせて振り返ると、藤色の和服を身に纏った不比等がいつもの様に穏やかな笑みを浮かべて立っていた。

 が、僅かに頬の筋肉が吊り上がっているのを見逃さない。

 不比等の野郎、俺を脅かして楽しんでるな。

 相変わらずと言うべきか、流石は妹紅の父親と言うべきか、どうにも悪戯好きで困る。

 ふぅ、と一息吐いて改めて見やると、以前とは違う印象を受けた。

 顔の肉付きや袖から覗く腕は以前と余り変わらないが、明らかに違和感が出ている。

 

 

「急に出てくるな、心臓に悪い!」

「お、びっくりしたかい? 大成功だね」

「全く、良い年して悪戯な奴だ。……って、おい不比等。また肥えてないか?」

「いやぁ、もうそろそろ冬だからね。寒さに耐える為に少し脂肪を着けておこうと思って」

「熊みたいな理由で肥えるなよ!?」

 

 

 あっはっは、と朗らかに笑う不比等。

 内政に携わる業務が増えたのか、筋肉が落ちて代わりに脂肪が増えたらしい。

 それでもそこらの貴族とは違って毎日の筋トレは続けている様だ。

 

 

「それはそうと、今日はどうしたんだい? そんな大荷物を抱えて」

「あぁ、最近噂の妖怪寺へ邪魔してみようかと思ってな」

「命蓮寺かい? 確かに望月君の興味を引く話題では有るね。ただ、僕としては先に『あんのうん』の調査を手伝って欲しい所なんだけどね」

「噂の正体不明の奴か。確か、見る人に因って姿形が異なるとか」

「そうらしいね。僕はまだ現物を見ていないから何とも言えないんだけど、ここ一月で一気に目撃情報が増え出してね。怪我を負わされたとか建物を壊されたとか、そう言った実害は無いのだけれど、警備隊は妖怪が都を跋扈しているのは気に入らないらしくて血眼になって捜査を続けているよ」

 

 

 そう言って苦笑いする不比等。

 どうやら不比等自身は、その妖怪の捜索に乗り気では無いらしい。

 実害が無いのもそうだが、陰陽師が力を着け政に口出しする様になる事を危惧しているからだろうな。

 治安維持も重要な役目だが素人が国を回すには些か荷が重いだろう。

 

 

「妙な色気を出さず自分の職務に忠実な間は良いんだがな」

「力を持てば振り翳したくなるのは誰も同じだよ。望月君も可愛らしい女の子が居たらお近付きになりたくなるんじゃないかな?」

「成程、人の業は深いな……」

「それで納得する辺り望月君も業深いよね。それはそうと望月君」

「ん?」

「先程からそこの中空でぷかぷか浮かんでいるアレは……何だろうね?」

 

 

 何とも言えない笑みを浮かべて困惑を伝えてくる不比等が指差した先、俺の背後からやや上空、銀色に鈍く輝く円盤が浮いていた。

 

 

「ア、アダムスキー型……?」

「成程、望月君にはアレが『ゆーふぉー』に見えている訳か」

「……あぁ、つまりアレが噂の妖怪か?」

 

 

 正しく『正体不明』 だな。

 名は体を表すと言うがアレは幾ら何でも判り易過ぎるだろう。

 謎のUFOはふらふらと左右に揺れながら此方を窺う様に飛行している。

 一度は驚きの余り呆けてしまったが、正体不明なれば姿を明かしてみたくなるのが人の性というもの。

 俺に対する効果のみを能力で打ち消し、その本体を拝ませて貰うとしよう。

 

 

「そう言えば不比等は何に見えているんだ?」

「僕かい? そうだね、何と評したら良いものか……黒い粘性の泡が弾けては生まれ、生まれては弾けを繰り返しているその中央で紫銀の眼球がじっと此方を見詰めているね」

「えらい冒涜的なイメージだな!? それなら不比等も一緒に打ち消してやるか」

「お願いしても良いかい? いやぁ、流石に視覚的に厳しくてねぇ。幾ら向こうに『危害を加える意志が無い』としても、ね」

「……何やら含みが有る響きだな不比等? まぁ良いか、掛けるぞ。無符『この世界にあらず』」

 

 

 霧が晴れる様にUFOの輪郭が空気に融けて行き、その中から新たな輪郭が生まれる。

 黒髪のショート、黒い草臥れた貫頭衣、背中には赤い鎌の様な三枚の右翼と青い矢印の様な三枚の左翼。

 僅かに怯えを滲ませた深紅の瞳が、恐る恐るといった様子で向けられている。

 

 

「オゥ……」

「これはまた望月君好みの美幼女だね。若干反応が怪しくなってるけど大丈夫かい?」

「何の心配も要らん。幼女が笑顔でいられる様に世界を正すのが俺の使命だからな」

「うん、完全に駄目だね」

 

 

 後ろで不比等が苦笑しているが、至って俺は真面目だ。

 早速謎の美幼女とお近付きになるべく一歩踏み出そうとした刹那、遥か後方から野太い声が飛んできた。

 怒号と呼べるそれに美幼女は喉を小さくひぃ、と鳴らしてあたふたと空を逃げていく。

 振り返れば一拍遅れてドタドタと品位の無い足音と共に、品位の無い身体を揺らしてつるりと禿げ上がった頭に烏帽子を乗せた男が手下らしき男を数人引き連れて駆けて来た。

 

 

「見付けたぞ忌々しい下等妖怪が! 今日こそ息の根を止めてくれる!」

 

 

 成程、事情は解った。

 アレが巷で有名な陰陽師の一行だろう。

 確かにあの風体では目立つだろうな。

 

 

「さて、今日から市井には新しい噂が流れる事になるね。妖怪を保護する神が陰陽師を足蹴にした、と」

「人聞き悪いだろ、不比等」

「実は美幼女を篭絡する『ろりこん』の仕業」

「なお悪いわ!」

 

 

 っと、不比等と遊んでいたら少し距離が空いてしまった。

 急いで後を追わないとな。

 行ってらっしゃい、と送り出してくれた不比等の声を背中に受け足を前に出す。

 一歩踏み出し身体を前に、二歩踏み出し身体を先に、三歩踏み出し身体を空に。

 目指す美幼女を追って細い路地へ。

 彼女は路地を使って振り切ろうとしていた様だが陰陽師のデブ夫(仮称)はなかなかに機敏らしく、逆に袋小路へと追いやられてしまっていた。

 小癪なデブ夫め。

 

 

「ハァーッハッハッハァー、追い詰めたぞ正体不明の化物め!」

「ひぅっ……!」

 

 

 一体何に見えているのかは不明だが、そこまで恐々とするものには見えていないらしい。

 それも有る意味好都合か。

 そんな事も考えつつ、飛び乗った屋根を駆け抜け右足を蹴る。

 カン、と高い音を響かせて俺の身体が宙に浮く。

 半身を捻って美幼女を庇う様に着地すると、デブ夫一行は驚きと共に身構えた。

 

 

「なっ、何奴だ!」

「いやなに、ちょいとこの妖怪の身柄は此方で預からせて貰おうと思ってな」

「何ぃ? そこの下等妖怪は都を荒らす害悪ぞ! なればこの儂、高宮直衛継実が退治してやろうと言うのだ! それを邪魔立てするとは貴様も悪鬼羅刹の類いか? だが陰陽師にして男継実、如何な邪悪にも屈せず都の平和と我が身の平穏と出世の為、負けはせぬぞ!」

「いや、そういう訳じゃないんだが」

 

 

 妙な気迫に思わず足を退きそうになる。

 この男、自分の欲望には素直らしいが強ち間違った事は言っていない分厄介だ。

 とは言え美幼女を差し出すつもりは毛頭無い。

 全身に意識を巡らせ体温を外に放出する感じで、少しだけ神力を解放してやる。

 

 

「言ったろ? この妖怪の身柄は此方で預かる、と」

「ぬぅ、この神力は……? だが、其だけの神力を持ちながら名乗りを上げぬ神となれば尚更退く訳にも行かぬ! 仮に貴殿が禍神だとして、みすみす陰謀を見過ごしたと有れば民達に申し訳が立たん! 何より儂の出世に響く!」

 

 

 僅かに身を引くが豪胆にも気を張り直すデブ夫。

 何か知らんが格好良いなデブ夫! 

 実は案外真面な奴だったりしてな。

 まぁ、そうは言っても退かないなら此方としても強硬な手に訴えなければならない。

 俄に空気が張り積めて行くが、漸く追い付いた不比等がそれを弛ませた。

 

 

「まぁまぁ、ご両人。そう熱り立っても仕方無いよ」

「む、藤原殿か? ……成程、では貴殿が噂の」

 

 

 不比等に声を掛けられたデブ夫は僅かな思考の後、構えを解いて俺を珍しげに眺めてきた。

 何やら会話が通じそうな雰囲気になったのは良いんだが『噂の』って何だ。

 後で問い質してみるか。

 

 

「その噂は知らないが、俺の名は望月契。そっちの郷で守神をやってる」

「申し遅れた、儂は高宮直衛継実。見ての通り陰陽師だ」

「高宮殿、彼は無害な妖怪や友好的な妖怪を保護して無用な争いを生まぬ様に尽力しているのさ。ここは僕の顔を立てると思って譲っては貰えないかい?」

「……藤原殿が言うのなら、そうなのだろう。望月の神よ、知らぬとは言え無礼を働いた事を謝罪しよう」

 

 

 俺に向き直り頭を下げるデブ夫もとい継実。

 口調は尊大だがそれが妙に堂に入っていて違和感が無い。

 まぁ、俺も諏訪子や神奈子相手に適当な事を言っていたからな。

 そう考えると存外気が合うかもしれん。

 継実はじろりと美幼女へ視線を向け、詰まらなそうにフンと鼻を鳴らす。

 

 

「その面妖な火玉は望月の神に任せるとしよう。また新たな妖怪を探さねばな……」

 

 

 継実が面倒臭そうに左手を振ると、手下らしき男達の姿が少量の煙と共に消え失せる。

 何処へ消えたのかと目を凝らす。

 と、煙が晴れた先にひらひらと漂う小さな紙を見付けた。

 

 

「人の形の紙……?」

「陰陽術、御霊使役。基本中の基本にして、陰陽の華と言える術だね」

「ふん。この様な外法等使わずに居るのが一番良いのだ」

「……そう言えばさっき出世の為とか言ってたが、出世して如何するんだ?」

「知れた事を。出世して得た金で故郷の村に良い医者を定住させ、皆が病に苦しまぬ様尽力する為よ」

 

 

 失礼する、と言葉も少なく颯爽と踵を翻す継実。

 暫しぽかんと呆けて、面白そうに笑いを堪えている不比等に探る様に目を向ける。

 

 

「おい、何だったんだアレ」

「高宮殿は数少ない『いけめん』陰陽師だからね。彼の様に高潔で扱い易い陰陽師ばかりなら良いんだけど」

「確かに判り易いが……イケメンか?」

「行動原理がね。顔は望月君の方が『はんさむ』だから安心して良いよ?」

「何で語尾上げて疑問形にしたんだよ!?」

「まぁまぁ、後ろで女の子が困ってるよ?」

 

 

 ぬぅ、年の功とでも言うのか不比等相手はどうも相性が悪い。

 妙にペースを狂わされっ放しだ。

 とは言え不比等の言う通り、美幼女を放って置くのも忍びない。

 

 

「ひぅっ……」

 

 

 振り向くと美幼女はびくりと身体を震わせてた。

 その瞳には怯えと涙が浮かんでいる。

 紫や萃香とは違って嗜虐心よりも保護欲が湧いてくる表情だ。

 余り怖がらせるのは得策じゃなさそうだな。

 そう考え、俺は屈み込んで美幼女と視線の高さを合わせる。

 

 

「大丈夫だったか?」

「ぅ……」

「怪我してないか?」

「……うん」

「そうか、良かった。もう大丈夫だからな」

 

 

 穏やかにゆっくりと語り掛ける。

 出来る限り優しい笑みを見せ、警戒心と混乱を解していく。

 俺が危害を加えないと解ったのか、幾分美幼女の表情が柔らかくなった。

 

 

「初めまして。俺は望月契、しがない神だ。君の名前を教えてくれないか?」

「ぁ、えっと……その……」

「焦らなくても大丈夫だ。ゆっくりで良い」

「……ぅ、ぁ、あの……」

 

 

 俺の顔を見ては目を伏せ、また見ては伏せ。

 それを数度繰り返しながら、美幼女はゆっくりと言葉を紡ぎ出した。

 

 

「わ……わたし、封獣、ぬえ」

「ぬえ、か。可愛い名前だな」

「わ、わたし……」

「うん?」

「その……か、かわいくなんか、ない……」

 

 

 切なげな声と共に、俯いてしまう。

 前髪がはらりと目元を覆い隠して、ぬえの表情を消していく。

 

 

「いいや。ぬえは可愛いさ」

 

 

 細い顎に指を這わせ、くいと持ち上げる。

 ぽかんとした顔が露になり、深紅の瞳が俺を映し出した。

 息が掛かる程の距離まで顔を近付け、じっと見詰め続ける。

 

 

「ぁ……」

 

 

 頬に朱が差す。

 まだ見詰める。

 

 

「ゃ、ぇと……」

 

 

 視線をあちらこちらに彷徨わせている。

 まだ見詰める。

 

 

「……はぅ」

 

 

 恥ずかしさと照れ臭さが頂点に達したらしく、瞳がぐらぐらと揺れ始めた。

 ここら辺が潮時か。

 何とも愛らしい反応を見せるぬえに柔らかく微笑み掛け、顎に這わせた指を離す。

 一瞬寂しそうに目尻を下げたのを見て内心でニヤニヤしながら、両手で頬を優しく包み込む様に捕まえた。

 

 

「可愛いよ、ぬえ」

「ぅ……」

 

 

 茹で蛸の様に顔を真っ赤にしたぬえの頭を軽く撫でてミッションコンプリートだ。

 これでまた一人愛らしい美幼女と仲良くなれたな。

 

 

「幼女相手でも全力で堕としに掛かるとは……これが鬼畜眼鏡と呼ばれる所以か。いやはや、流石は望月君だね。よっ、おにちく!」

 

 

 こら不比等、煩いぞ!



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峠道を行く。そして響くは山彦か。

 平城京で不比等と別れ、ぬえを連れ立ち西へ歩き出してから三日が経った。

 日頃郷に篭りっ切りの所為で土地勘は全く無いが、それも旅の醍醐味と言える。

 とは言え余りすいすいとは進めない。

 この時代は基本的に徒歩が主流だ。

 京なんかでは牛車も有るが、山を越えて行くとなるとやはり徒歩、稀に自分の籠を持つ貴族が歩かずにいるくらいだ。

 現代社会のアスファルトが懐かしい。

 とは言っても健脚な俺は悪路も関係無しに山を行け、ぬえが疲れたら休むか抱えて進むので然程問題は無い。

 

 

「右右左、ここは真っ直ぐ、っと」

 

 

 うねうねと曲がりくねった峠道を、軽快な足取りで越えていく。

 踏み固められた道とは言え、所々に木の根が浮き上がっているので注意は必要だ。

 中には膝の高さ程までの物も有る。

 

 

「よし、持ち上げるぞ」

「ひゃ、わぁあ!?」

 

 

 そんな時は、こうして小さなお姫様を抱き上げてやる。

 回り込むか飛び越えた方が早いのは明らかなのだが、非常に可愛らしい悲鳴が聞けるので態とやっている。

 抱き上げて暫くは恥ずかしそうにわたわたとしているが、如何にか落ち着きを取り戻すと袖をくいくい引いて下ろす様に言う。

 が、そのまま下ろすでは詰まらない。

 時折、じっと深紅の瞳を覗き混んでやる。

 

 

「な、なに……?」

「綺麗な目に見惚れていた」

「はぅっ!?」

 

 

 顔に差す朱がより鮮やかになった。

 これで数分はあわあわしているので、そうして出来た時間はぬえの体温を存分に楽しんでいる。

 最初はもう少し凝った口説き文句を掛けていたが、余り遠回し過ぎるのは伝わらない事が解った。

 へにゃりと首を傾げる姿に癒されつつ、誤魔化す為に頭を撫で回したのは記憶に新しい。

 

 

 ──発生から数ヶ月程か。最低限度の知識は有しているが、それでも四、五歳程度の知能しか無いらしい。

 

 

 如何に妖怪が早熟とは言え、流石に発生して間も無い個体の精神は幼い。

 人格の形成も儘ならない段階で大概の妖怪は自然に消滅するが、人間の恐怖を受ける事で存在を保つ事が出来る。

 が、その際殆どの妖怪は人間から憎悪や嫌悪といった負の感情を浴びせられる。

 大体の妖怪が人間に敵対的なのはこの所為だな。

 まぁ、代わりに幼い内から可愛がってやれば妖怪も人間に偏見は持たない。

 種族的な差はどうしても有るけどな。

 河童は人間とも近いから余り悪い印象を向けられないので友好的、鬼は正々堂々と在れば気にしない気性だ──特に萃香や勇儀は本人の性格も有るだろう。

 フランやこいし、紫辺りはまだまだ幼いから余り人間に対して思う所は無いらしい。

 俺や集落の皆には思い切り可愛がられているしな。

 

 

 ──特殊なのはルーミアだな。

 

 

 解り易く『人喰い妖怪』と異名が付いているにも関わらず、俺と知り合ってからは人喰いをしていない様だ。

 俺との『約束』を守り続けたいから、と言っていたが……無理して身体を壊さなければ良いんだがな。

 ルーミアが苦しむくらいなら腕の一本や二本惜しくは無い。

 ……いやまぁ、多分切り落としても生えてくるんだろうな、俺の腕。

 と、意識を飛ばしていると熱い視線を感じた。

 

 

「おっと、すまん。少し呆けていた」

「…………」

「ぬえ?」

「……ぁ」

「ん?」

 

 

 覗き込む様に顔を寄せると、ぬえはハッとした様子で軽く首を振った。

 

 

「ううん……何でもないの。ただ……」

「ただ?」

「契さん、すごくやさしい顔、してたから」

「普段の俺は優しく無いか?」

「や。いじわる言わないで……」

「ははは、すまん。ぬえが慌てる姿が可愛いからな、つい意地悪をしたくなるんだ」

「もー……」

 

 

 腕の中のお姫様が不機嫌になる前に地面へ下ろす。

 とてとて歩いて俺の左側へ移動し、きゅっと左手の小指を握ってくる。

 何だかんだで打ち解けてくれた様だ。

 少し引っ込み思案なお姫様と峠道を行きながら、内心自嘲の笑みを漏らす。

 出発してからまだ三日と経っていないのに俺の心は早くもルーミア禁断症状に陥ってしまったらしい。

 声を聞きたい、笑顔が見たい、触れていたい。

 視界の何処かで光が反射する度、陽光で輝く金の髪を探してしまう。

 

 

 ──よし、帰ったら一日中ルーミアに抱き締めて貰おう。

 

 

 一度で良いからやって欲しいんだよなぁ、アレ。

 胸に顔埋めた状態で頭なでなでする奴。

 多分やられたら、その日は使い物にならなくなる自信も有る。

 と言うかルーミアにされた時だけ馬鹿になるんだよなぁ、俺。

 他の皆に頭撫でられても心が暖まるだけなんだが、ルーミアに頭を撫でられると途端に心が溶けていく。

 あの圧倒的な幸福感、例えるなら麻薬だな。

 何処までも堕ちて行く感覚が癖になる。

 

 

「……ん?」

 

 

 ふと気付けば、回りの景色が動いていない。

 思考を飛ばしている内に自然と足が止まっていた様だ。

 左手にはじっと俺を見上げる幼女の姿。

 

 

「またやさしい顔してる」

「はは、見付かったか」

「ちょっぴり気になる……かも」

 

 

 深紅の瞳の奥に輝くのは興味。

 多少は気に入られたか? と希望を多分に含んだ分析を抱きつつ、俺は手頃な丸太を蹴り出して即席のベンチを作る。

 向かい合わせにぬえと座ると、ぬえは不思議そうに首を傾げた。

 

 

「のじゅくには早いよ?」

「ぬえが聞きたいんじゃないかと思ってな。俺がさっきから誰を思い浮かべているのか、知りたくないか?」

 

 

 そう問い掛けると、ぬえは興味津々といった様子で首を縦に振った。

 可愛らしい反応に気を良くした俺は口を開く。

 思い浮かべるだけで口の端が締まりを無くす最愛の妻をどんな風に紹介しようか。

 彼是と考え悩む頭とは裏腹に、口は自然と言葉を紡ぎだしていた。

 

 

 

 

 ふぅ、と身体に篭る熱を吐息と共に外へ押し出した。

 パチパチと弾ける焚き火の音色が回りの木々へと吸い込まれて行くのを聞きながら、右手の先に意識を向ける。

 

 

「……くぅ……すぅ」

 

 

 膝の上で可愛らしい寝息を立てるぬえの髪を優しく梳いてやると、くすぐったそうに頬を緩ませる。

 ルーミアとの馴れ初めやちょっとした想い出なんかを、つい先程まで語っていた。

 始めは興味深げに聞いていたが、夕食の後からは満腹で眠くなったのか途中うつらうつらとしながら聞き、力尽きたのが十分くらい前だ。

 時間にして大体四時間近く語っていた。

 そりゃあぬえも眠くなるわな。

 

 

「と言うかどれだけルーミアに溺れているんだ俺は……」

 

 

 客観的に見返すと完璧溺れているのが解る。

 笑顔を思い浮かべるだけで頬が熱を帯びるとか中学生か。

 自身に対する呆れと共に吐き出された言葉が、焚き火の弾ける音に混ざって溶けていく。

 たった三日。

 それだけで恋い焦がれる様になった。

 これから長い旅路を行くと言うのに今からこの調子で大丈夫なのか、自分の事ながら甚だ疑問では有る。

 

 

「……いざとなったら、ぬえに慰めて貰おう」

 

 

 酷く情けない気もするが背に腹は変えられない。

 ぬえに頭が上がらなくなる日も、存外近いかもしれん。

 今回の旅路も、出発して直ぐに郷へ戻るのは格好が付かないからと言う理由でぬえに着いてきて貰っている。

 本当なら郷へ連れていき諏訪子達に面倒を見て貰うのが一番良いのだろう。

 それを、俺の意地で振り回したに過ぎない。

 文句一つ言わずに居てくれるぬえは、将来きっと良い女になるだろう。

 

 

「……ん?」

 

 

 そんな事を考えていると、遠くからかさかさと枝葉を掻き分ける音が響いて来た。

 余り音の鳴る範囲が大きくは無さそうな為、多分熊では無いと思う。

 徐々に近付いて来たそれは目の前の藪で一度動きを止めた。

 はてさて、鬼が出るか蛇が出るか。

 少しの期待を胸に眺めていると、一際大きくかさりと枝葉が揺れた。

 

 

「わぅん」

 

 

 現れたのは痩せた子犬だった。

 本来なら稲穂の海の様に鮮やかで在ったであろう茶色の毛並みは、雨風に晒されたのか鈍く汚れ所々に土を付けている。

 力無く垂れた耳が何とも愛らしい。

 子犬は怯えるでも無く、焚き火の側に腰を下ろした。

 じっと此方を見上げる瞳と、視線が交差する。

 

 

「……そうだな、少し待ってろ」

 

 

 通じるかは解らないが口に指を当て静かにしていろと指示して、眠り姫を起こさぬ様に注意しながらリュックサックへ手を伸ばす。

 丸めた毛布を取り出してぬえの頭に敷いて枕代わりにして、笹の葉の包みを取り出す。

 中身は幽香農園で採れたキャベツだ。

 口を開けた飯盒(諏訪子の能力で作った特製品)に水を入れ沸騰させたら、キャベツを軽く湯通ししてから振って充分に冷ます。

 犬は熱い物を食べても自分で熱を冷ませないから口内を火傷する恐れが有る。

 だからこうして冷ましてから与えるのが良い。

 手に乗せたキャベツを、じっと待っていた子犬の口元に持って行く。

 

 

「ほら、食べて良いぞ」

「わんっ」

 

 

 小さく吠えてはぐはぐと咀嚼する。

 改めて見ると、幼犬だった。

 痩せて小さく見えていたのだと思っていたが、どうやらまだ生まれて間も無いらしい。

 姿が見えない所から察するに、親犬とはぐれたか既に親犬は居ないかだろう。

 三切れ程与えると、子犬は満足した様子でぱたぱたと尻尾を振りながら俺を見上げてきた。

 頭をぐりぐりと撫でてやると嬉しそうに身体を擦り付けてくる。

 随分と人に慣れているな。

 飼い犬だったかまだ人を知らないか、恐らく後者だろう。

 

 

「お前も一緒に寝るか?」

「わふっ」

 

 

 元気良く返事をして焚き火の側で横になる子犬。

 まるで言葉を理解しているかの様な反応だ。

 最後に軽く一撫でして毛布を掛ける。

 積もる程に雪が降っていないとは言え、もう十二月も目前だ。

 

 

「焚き火が消えない様に神様にでも祈っておくか」

「わぅ?」

「って、俺も神様だったな。なら大丈夫だろ」

 

 

 楽観的な思考と共に焚き火へ視線を向ける。

 眼前、天に昇るとまでは行かないがそこそこの勢いで火柱が立っていた。

 キャンプファイヤーでやる様な四方形にしっかりと組まれた土台にうむうむと頷いて、自分用の毛布を肩に掛ける。

 しっかり空気の抜け道さえ確保していれば、そうそう火は衰えないものだからな。

 

 

 

 

 そして翌朝。

 ぱちり、と一際大きく響いた音に目を覚ます。

 一番太い薪が赤熱した断面を空気に晒しながら燃えているのが見える。

 多少勢いは弱くなっていたが、朝まで消える事無く燃えさかっていた様だ。

 代わりに、子犬の姿は消えていた。

 毛布がまだ暖かかったから、起き出してそう時間は経っていない。

 どこへ行ったのやら。

 

 

「まぁ、元気なら良いか」

「んぅ……おはよー」

「おはよう、ぬえ」

 

 

 眠たげに目を擦るぬえに微笑みを返し、毛布を畳んでリュックサックへ詰め込んでいく。

 近くの川で水を汲み、数個の飯盒に入れて煮沸する。

 郷の近くの川と違って下流から中流域に有る為、煮沸して良く消毒しておくのが重要だ。

 大体の寄生虫や病原菌は熱に弱い。

 現代社会ならいざ知らず浄水処理なんて概念すら浸透しているか怪しいこの時代、しっかりと衛生管理に注意を払っていないとすぐに身体を壊してしまう。

 

 

「朝飯が出来るまでもう少し待ってろよ?」

「うん、ありがと……ふわぁ」

 

 

 可愛らしく欠伸をするぬえに癒されながら、手早く食器を並べていく。

 今日の献立は干し肉とキャベツのコンソメスープ風味だ。

 適当に考え付いたレシピだから名前が適当なのはご愛敬。

 煮沸した飯盒に干し肉とキャベツを入れ、自家製のコンソメの元を取り出し溶かしながら混ぜる。

 適度に灰汁を取れば終わりだ。

 塩分は干し肉から出る分で足りるし自家製コンソメと幽香のキャベツが野菜の旨味を十二分に引き出しているので余計なものが要らない簡単レシピだ。

 胡椒が入っていないが、無くても美味しくなる様に調整して有るから問題無い。

 それに胡椒の辛みが苦手な嫁さんが多いからな。

 レミリアとか諏訪子とか。

 見た目通り子供舌だ。

 

 

「よし、後は冷めるまで待つだけだな。ぬえ、先に冷まして置いたこっちの水で顔を洗うと良い」

「ん、ありがとー」

 

 

 ぱしゃぱしゃと顔に水を浴びせ、んみゅんみゅと手拭いで顔を拭く。

 仕草が実に微笑ましい。

 数分冷まして丁度良い温度になった所で、箸と皿を手渡す。

 コンソメの香りが鼻から抜け眠っていた胃を呼び起こし、一気に涎が溢れ出てくる。

 

 

「それじゃあ両手を合わせて、いただきます」

「いただきます!」

「いただきます……え?」

「ん?」

 

 

 何やら声が一つ多い。

 気付けば俺の隣でにこにこと俺を見上げる幼女が座っていた。

 

 

「何故に全裸なんだ?」

 

 

 いつから居たとか何処から来たとかそもそも君は誰なんだとか聞きたい事は色々有るが、先ずは服を着ていない事に焦点を当てたい。

 が、にこやかに答える幼女の返答が更に混乱を強めた。

 

 

「服? 無いよー」

 

 

 幼女はさも当然と言わんばかりだ。

 混乱が頂点に達する前に、一先ず現状を整理する事にした。

 取り敢えず、この幼女に見覚えは無い。

 少し日に焼けた健康的な肌、少し痩せた細い手足、八重歯の覗く可愛らしい笑顔、ぺたりと垂れた犬の様な耳、もふもふとした尻尾。

 髪は軽く波打つ青緑色のショートボブ、円らでくりくりっとした眼はエメラルドの様に透明感の有る緑色。

 容姿から察するに、恐らくこの幼女は何かの妖怪ではなかろうか。

 ……どちらにしても覚えは無いのだが。

 

 

「取り敢えず毛布にくるまってろ、寒いだろ」

「えへへ、ありがとー♪」

 

 

 眩しい笑顔を見せる幼女にリュックサックから取り出した毛布を掛け、ぐるぐると巻いてやった。

 俺の分のスープを渡してやり、追加で飯盒をセットして置く。

 

 

「ほれ、先に食べてろ」

「わ、良いの?」

「飯は温かい内に食べるのが流儀だ。ぬえも遠慮せず食ってて良いぞ」

「契さんは?」

「俺は追加が出来るまでこの娘の服になりそうなものを探してみる」

 

 

 とは言え俺の服では大き過ぎる。

 何か無いかとリュックサックを漁っていると、不意に出掛けに奈苗が言っていた事を思い出した。

 

 

『おとーさんの精子でお腹いっぱいですよぉ……♪ 孕んじゃいますぅ♪』

 

 

 違った。

 もう少し後のだ。

 

 

『ちょっと困ったなーって思ったら、左のチャックを開けて中の包みを広げてみてください♪』

 

 

 ふむ。

 奈苗が果たして何を仕込んでいたのかは解らないが、取り敢えず開けてみても良いだろう。

 リュックサックの左側に付いていたチャックを下げると、確かに何か包みが出て来た。

 紺色の風呂敷の結び目を解いてみると、中から出て来たのは小豆色の長袖ワンピース。

 確か呉服屋に出した新しいデザインの服がこんな感じのものだった気がする。

 丈も幼女には丁度良いくらいだ。

 ご丁寧に下着も揃っている。

 

 

「何と言うナナえもん……!」

 

 

 余りの事態に戦慄した。

 何で予測出来たのか小一時間程問い詰めたい。

 未来の世界の青狸より高性能かもしれん。

 脳裏に親指を立てた奈苗の姿が浮かんだ。

 相変わらず凄まじい先読みスキルだな……もしかしたら俺が知らないだけで、何らかの能力を秘めているのかもな。

 

 

「取り敢えずこれに着替えると良い」

「わ、かわいい服」

「ぬえ、この娘が着替えるのを手伝ってやってくれ」

「うん、わかった」

「いってらっしゃぁい♪」

 

 

 取り敢えず幼女に服を渡して、代わりに食器を回収して洗いがてら川まで行く事にした。

 背後からきゃいきゃいと賑やかな声が聞こえる。

 うむうむ、諸般の事情は置いといて幼女達が楽しげなら問題無しだな。

 ぱきぱきと落ちた小枝を鳴らしながら川まで辿り着き、さっさと洗い物を済ませて手早く戻る。

 恐らくあの幼女、昨日の痩せた犬が妖怪化したものでは無いかと俺は考えている。

 垂れた犬耳と尻尾以外にそれと確信出来る様な情報は無いが。

 まぁ、真相は直接問い質してみるのが一番か。

 そんな風に思考を飛ばしながら、邪魔くさい枝葉をばさりと掻き分ける。

 

 

「や、ちょっ、やめ」

「ぬえちゃーん♪ えへへ」

「ひゃう、やっ、あ、契さん助けて!」

 

 

 幼女が幼女に抱き付かれていた。

 この短い時間でアレだけ懐かれるとは、ぬえも中々やるじゃないか。

 真っ赤になってあわあわしている姿は何とも微笑ましい。

 戯れる幼女二人に癒されつつ、のんびりと食器を戻す。

 直ぐに助けるのも良いが、ぬえ自身照れているだけで嫌がってはいないからな。

 そんな訳で、思い切り抱き付いて好意をぶつける幼女と、どうして良いか解らず取り敢えず抱き締め返して固まっているぬえを眺めてニヤニヤする事にした。

 

 

「ぬえちゃん、やわっこいー」

「ひゃあ!? や、やめて……!」

「ほっぺたもすべすべー」

「な、舐めないで、あ、口は、唇は契さんにあげるからダメー!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「成程、山彦か」

「うんうん、山彦ー。よろしくね、契さん!」

 

 

 にぱー、と甘ったるい程に満面の笑みを浮かべる犬耳幼女こと幽谷響子。

 その腕の中には、やや疲れた様子のぬえが居る。

 抵抗するのは諦めた様だ。

 むぎゅむぎゅぺたぺた、とされるがままにくっ付かれている。

 まだ完全に吹っ切れてはいないらしく、頬はまだ赤く上気しているな。

 眼福、眼福。

 幼女同士の仲睦まじい様子は見ていて和やかな気持ちになる。

 郷で言えばフランとこいし、チルノと大ちゃん辺りか。

 紫と萃香、レミリアとさとりは余りそう言った子供っぽい動きをしない。

 奈苗と妹紅のペアは……置いておこう。

 会話だけ聞いてるとどっちが年上か解らん。

 

 

「霧に包まれててよくわかんないし、誰もいないから『かそだに』なんだって」

「ぷふっ」

「人がいないの? かそだにー。なんちゃって」

「ぷくっ、や、やめて、くふっ」

 

 

 そして突如投げ込まれる小粋なジョーク。

 ぬえの沸点は意外と低い。

 両手で口元を押さえながら堪えているが、微妙に堪えられずに笑いが漏れている。

 そんな二人を微笑ましく見守りながら、俺はこの先の行程を描き直す。

 と言うのも、響子の名字の元となった件の『幽谷』が村の手前に広がっているからだ。

 厳密に言えば幽谷を突っ切って行く訳では無く、端に掛かっている部分を掠めるだけだ。

 が、しかし。

 旅の人──仮にモブ夫としよう──に聞いた話では、途中幽谷から降りてきた霧に隠れて数歩先を窺うのもやっとだそうだ。

 それを見越した商人達は霧の掛かる付近手前で露店を開いているとか。

 商魂逞しいな。

 空を見やれば遥か高い所で雲が流されている。

 雨の心配は今の所無さそうな上、もう少し経てば風も吹いて来そうだ。

 風で霧が流されれば言う事無し、だな。

 

 

「そろそろ出発するぞ、ぬえ。響子は如何する?」

「契さんと行くー♪ 美味しいごはん食べられるから!」

「そっか。それじゃあ行くか」

「えっ、そんな理由で良いの……!?」

「気にするな。よし、出発!」

「えいえいおー!」

「ひゃわぁぁ!?」

 

 

 背中にリュックサック、右手に響子、左手にぬえを抱えて道を行く。

 何とも賑やかな旅になりそうだ。



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矯声と喘声。そして幼い好意と純愛。※

 日が傾いて数時間。

 辺りはすっかり暗くなり、村はひっそりと静まり返っている。

 つい一月前迄は元気に声を響かせていた虫達でさえ、今や影も形も無い。

 

 

「……考え事?」

「いや、気を抜いていただけだ」

「あはは、おでこに皺寄ってるから解りにくいよー?」

「こら響子、だからって突くんじゃない」

「じゃあ代わりにほっぺたぷにゅー♪ ほら、ぬえちゃんもぷにゅーって」

「……おー、意外とやわっこい?」

「ええぃ、やめんかー!」

「きゃぁん、契さんが怒ったー♪」

 

 

 変わらず賑やかなのは腕の中の可愛い二人くらいか。

 ぬえと響子を抱き締めたまま、身体を後ろに倒す。

 背後に返るのは上等とまでは行かないが、そこそこの品質の布団だ。

 当初想定していた霧もうっすら視界に映る程度で、特に問題無く村まで到着する事が出来た。

 村に入る時少々騒ぎになったが……まぁ、それは直ぐに収まった。

 どうやら俺が想像していた以上に、洩矢の祟り神と守矢の軍神、そして金色の人喰い妖怪の名は知れ渡っていたらしい。

 俺の名声と言うよりは、連鎖する形で挙がった嫁達の名前に戦々恐々としていた様だった。

 ともあれ害意が無い事は理解して貰えた様で、一先ず宿屋を紹介して貰い旅の疲れを存分に癒していたと言う訳だ。

 夕食と風呂それぞれでちょっとした騒動が有ったのは……まぁ、一先ず置いておこう。

 

 

「ふふー♪」

「む、むぅ……」

 

 

 そして先程から二人の様子がおかしい。

 響子は楽しそうにぬえを眺め、ぬえは時折俺へ視線を向けては恥ずかしそうに俯いて唸っている。

 特に悪巧みをしている風では無いので放っているが、動きが可愛いので見てて飽きない。

 因みに二人共、浴衣に着替えている。

 着ていた服は持ってきた石鹸で洗濯した。

 今は部屋の窓際に干してある。

 能力でプロテクション(青)を持たせて水気を飛ばしたので後は乾き切るのを待つだけだ。

 ……最近能力の使い方が所帯染みてきた気がするが如何だろうか。

 

 

「うぅ……んっ!」

 

 

 気を抜いていると、不意に唸っていたぬえが気合いを入れて顔を上げ、そのまま近付いてきた。

 何事かと見ていると眼前にぬえの顔が寄り、ふにゅ、と唇に柔らかいものが当たる。

 眼をぎゅっと瞑りぷるぷる震えながら、顔を真っ赤にしている姿は中々可愛らしい。

 折角なので抱き締めてみた。

 

 

「んぅっ!? ん、んぅーっ!」

 

 

 劇的な反応が返る。

 じたばたと暴れ恥ずかしそうにいやいやと声を漏らして抗議してくる。

 とは言え背中と頭をがっちり抑え込む様にして抱えているので幾ら暴れても抜け出す事は出来ないだろう。

 暫くは身体を捩って逃げ出そうとしていたが、次第に疲れてか動きが鈍くなってくる。

 その隙を利用して、強引に唇を割った。

 

 

「んんぅ……? ん、ぅぅ……!?」

 

 

 初めは解らなかった様だが、それが俺の舌だと理解した瞬間深紅の瞳が大きく見開かれる。

 噛まれない事を祈りつつ、小さな舌を目指す。

 舌先が触れ合った瞬間、ぬえがぷるぷると震え始めた。

 未知の感覚に戸惑っているな。

 背中に回した右手を頭に伸ばし、ゆっくりと解す様に黒髪へ指を差し込む。

 優しく撫でてやると、ぬえは少し緊張を解いて凭れ掛かってきた。

 その隙を見逃さず舌を思い切り吸い上げる。

 

 

「んむっ!? んぅ、んぅぅぅぅっ!」

 

 

 唾液を塗り込む様に舌を絡ませてやると、身体がぴんと張られた。

 そのままへなへなと脱力する。

 

 

「わぁ、ぬえちゃんとろとろだぁ……」

 

 

 頬を赤く染めながらも興味津々といった様子で視線を向けてくる響子。

 拘束を解いてぬえを横に降ろすと、響子が勢い良く飛び付いてきた。

 何事かと驚いている俺をくりくりとした瞳が見上げる。

 

 

「ねぇねぇ契さん、わたしもちゅーしたい♪」

「あぁ、おいで」

「えへへ……ちゅー♪」

 

 

 無邪気に飛び乗ってくる響子を抱き止め、唇を寄せる。

 瑞々しくぷるんとした感触が伝わってくる。

 と、小さな舌が唇を割ってきた。

 どうやらぬえとのディープキスを真似してみたくなったらしい。

 されるがままにしていると、響子は両手を俺の頭に回してより密着出来る様にしがみ付いてきた。

 小さな舌で俺の口内を愛撫しながらちぅちぅと吸い上げてくる。

 

 

「んっんっ、ぷはぁ。……えへへ、ちゅーってドキドキするね♪」

 

 

 少し照れた様に微笑んでいる響子。

 頭を撫でてやると嬉しそうに尻尾が揺れた。

 表情もさることながら何を考えているのか解り易いな。

 そんな事を考えていると、響子がくりくりとした瞳で覗き込んできた。

 

 

「んぅ?」

「いやなに、響子は可愛いな、と思ってな」

「えへへ、ありがと♪ 契さんはカッコいいよー♪」

「はは、ありがとな。しかし良かったのか? 俺みたいな奴と唇を重ねて」

「契さんだから良いんだよ♪ 美味しいご飯くれるし、ぎゅってしてくれるし、あとカッコいいし!」

 

 

 ふんすー、と鼻息を荒くして熱弁を振るう姿に苦笑しつつ、少し力を込めて頭をぐりぐり撫でてやる。

 小さい耳をぴこぴこと嬉しそうに揺らしながら笑う響子。

 どこまでも真っ直ぐな好意を向けられると少しくすぐったい。

 

 

「あ、契さん照れてるー」

「こりゃ、ぷにぷにするにゃ」

「あはは、猫さんみたいでかわいー♪」

 

 

 無邪気に笑いながら頬をつついてくる響子に気を取られていると、復活したぬえがむくりと身体を起こしていた。

 それに気付いた響子が場所を開け、入れ替わる形で上に乗ってくる。

 着崩れた浴衣から覗く未成熟な肢体が何とも艶かしい。

 が、瞳の奥で何かの決意がギラリと輝いている。

 

 

「響子ちゃん、契さん抑えてて」

「ほいほい♪」

「お?」

 

 

 頭の上に回った響子が俺の両手を取り、にへらぁ、と笑みを浮かべた。

 そのまま頬擦りしたり、恋人繋ぎでにぎにぎとしたり、存分に楽しんでいる。

 成程、非力では有るが確かに俺の動きを止めるには効果的だ。

 可愛らしい姿にお兄さん骨抜きだぜ。

 そんな風に意識を飛ばしていると、両頬にぴたりと暖かいものが当たる。

 視線を戻すとぬえの小さい手が俺の頬を捕らえていた。

 絡み付く様に身体を寄せ、唇を落とす。

 愛しげに何度も何度も唇に吸い付いては、熱い吐息を漏らしながら濡れた瞳で見上げてくる。

 

 

「契さんが悪いの、私に意地悪するから」

「可愛い娘に意地悪したくなるのは男の性、

 ってやつだ」

「もー……やっぱり意地悪。んっ、ちゅ」

 

 

 ぷくっと頬を膨らませる。

 小動物の様な愛らしさに小さく微笑みを漏らすと、ぬえは咎める様に唇を重ねた。

 舌を伸ばし小さな口内を弄ぼうとするが、それを感じ取ったのか頬をむにりと押される。

 動くな、と言う事か。

 何をされるのか多少わくわくしながら可憐なお姫様に白旗を上げ、為すがままにされる事にした。

 動きを止めた俺を見て満足そうに目を細め、情熱的な、それでいて何処か遠慮がちなキスを再開する。

 

 

「んっ、ふむっ、ん、契さん、契さぁん」

「ふふっ、ぬえちゃんすっかり契さんの虜だね♪」

 

 

 愉しげな声が頭上で鳴る。

 指先を操って柔らかな頬を押し込むと、くすぐったそうに笑い声が上がった。

 

 

「やぁん♪ くすぐったいよー、契さん♪」

「ちゅ、んむっ、契さん好き、好きぃ」

「にへへ、ぬえちゃんとわたしで契さんのことメロメロにしちゃおー♪」

 

 

 愛らしい幼女二人に裏表の無い『好き』を向けられ、もう色々と辛抱堪らん。

 と、俺はふと気付いた。

 別に辛抱する必要は無いのではないか、と。

 俺の気配が変わったのを感じ取ったのか、響子は両手を解放して少し離れた所へ移動する。

 怯えて逃げたと言うよりはこれからの事が楽しみで仕方無いと言う雰囲気。

 アレだな、響子は誘い受けドMに違い無い。

 ともあれ自由になった両手を回し、ぬえを抱え込む様に抱き寄せる。

 こちらの動きに気付くが、遅い。

 一瞬でくるりと体位を入れ替え小さな身体を組敷いた。

 

 

「ほぇ?」

 

 

 突然の事に目をぱちくりと開けて惚けるぬえ。

 回した手を外し、ぬえの小さな両手首を優しく抑え込む。

 これで抵抗は出来まい。

 ニヤリと口の端が吊り上がり、それを見たお姫様がわたわたと動き出すがもう遅い。

 両手の親指を伸ばし浴衣の裾に引っ掛け、左右にくいと引っ張る。

 支えている筈の帯はするすると解ける。

 先程体躯を入れ替える際にちょいと細工しておいた。

 ……色々と無駄なスキルに開眼しつつ在るな。

 ともあれ未成熟な肢体は眼下に曝け出された訳だ。

 存分に楽しむとしよう。

 

 

「あ、やぁっ、何で脱げ、ひゃっ、あっ」

 

 

 可愛らしい声を上げながら身を捩る。

 舌先で薄い桜色の乳首を弾くと、一瞬身体を跳ね上げふにゃふにゃと崩れ落ちた。

 数度、乳首を弄ぶ。

 

 

「ひにゃっ、あ、ぁああっ! んぁっ、んはあぁ、あはぁん!」

 

 

 愛らしい喘声が響くのと同時、幼い秘裂からぷしゃりと愛蜜が噴き出す。

 まだ舌に『治癒の軟膏』を乗せていないのにこの威力。

 いよいよ渾名が「鬼畜眼鏡」から「媚薬眼鏡」になりそうで怖い。

 まぁ、幼女を手籠めにするには良いか。

 

 

「可愛いよ、ぬえ。もっとぬえのいやらしい喘声を聴かせてくれ」

「や、ひゃぁ、んぁぁっ! やぁっ、いじわるしないでぇ、んっ、ひゃぁん!」

 

 

 面白いくらいに身体をしならせ声を響かせる。

 背中を伸ばし目線を合わせてやると、貪るように唇を重ねてきた。

 腕を解放するとそのまま背中へ回しぎゅっとしがみ付く様に身体を密着させてくる。

 

 

「んっ、ちゅ、契さん、私、もう……」

 

 

 潤んだ瞳で媚びる様に見上げてくるぬえ。

 身体を起こすと両手を離し、小さな指で幼い秘裂を開いて見せた。

 

 

「契さぁん、ここぉ、私のここ、きゅんきゅんして切ないよぅ……」

 

 

 甘くねだる声が、鼓膜を揺さぶる。

 普段の大人しい姿からは想像も出来ない様な痴態に、俺は思わず生唾を飲み込んだ。

 秘裂を開いた時に引っ張られ、ぷっくりと充血した淫核が外気に曝されている。

 狭い蜜壺からはとろとろと妖しく光る愛液が止めどなく滴り落ち、敷き布団にいやらしい染みを作り始めていた。

 雄を迎え入れる準備は万端の様だ。

 なら、と腰を前へ送り出し亀頭を蜜壺へ宛がう。

 

 

「挿入るぞ、ぬえ」

 

 

 直前で『治癒の軟膏』を使い破爪の痛みを取り除いてやる事も忘れない。

 ゆっくり前へ腰を突き入れると、秘裂はひくひくと嬉しそうに震えながら亀頭を飲み込んでいく。

 かなり締め付けがキツイが、その分征服感が有って良い。

 

 

「うぁ、ふぁぁっ……! なにこれぇ、おまた、凄いよぉ……っ」

 

 

 小さな身体をぷるぷると震わせて快楽を受け入れるぬえ。

 流石にこの大きさは厳しいらしく、半分に届くかどうかと言った所で子宮口に行き当たった。

 まだ雄を知らない無垢な胎。

 その慎ましやかな蕾を荒々しく刺激され、無理矢理与えられた快楽が心身を蝕んでいた。

 

 

「んやぁっ、契さん動いちゃダメぇ、や、んぁぁっ、んぅっ、はぅん! うぁ、あぁぁ……お、おちんちん、抜けちゃう……ふぁぁっ! あ、あひゅぅぅぅ!」

 

 

 小刻みに子宮口を突いてやると、その度に可愛らしい声が上がる。

 一度腰を大きく退くと切な気に眉尻を下げ両手を伸ばし、俺の身体を離さぬ様に掴まえてくる。

 応える様に腰を強く打ち付けてやると、喉を鳴らしながら勢い良く潮を噴いた。

 温かな淫水が太股を伝い、敷き布団を濡らす。

 

 

「んぁぅっ、ぁっ、あぅ……ふゃ、ぁぅ……?」

 

 

 再び突き入れようとした所で、意図的に動きを止める。

 おずおずと無垢な膣壁が肉棒を優しく刺激してくるが出来る限り無視した。

 急に動きを止めた俺をぬえは呆けた様に見上げてくるが、直ぐに俺の意図に気付いたのかイヤイヤと首を振った。

 背中へ回された細い両手に弱々しい力が篭る。

 

 

「やぁ、お願い、いじわるしないでぇ……もっと、もっとおちんちんしてよぉ……!」

 

 

 何処までも無垢にねだるぬえ。

 それが酷く淫猥な事で有るとは知らずに、目の前の快楽へ堕ちていく。

 求められるまま腰を送ると、ぬえは嬉しそうに鳴いた。

 

 

「あぁっ、はぁん! 契さん、契さぁん!」

 

 

 甘える声と呼応する様に、無垢な子宮口が遠慮がちに亀頭へ吸い付いてきた。

 知識が無くとも本能が求めるのか、艶かしい幼子はその小さな身体で精液を搾り取ろうと絡み付いてくる。

 なら、雄として応えない訳には行かない。

 可愛らしいお嬢さんを傷付けない様にそっと抱き締めながら、俺は熱い精を小さな膣内へと解き放った。

 

 

「ふぁ、ああぁぁぁぁっ!」

 

 

 一際高く鳴いて、ぴんと身体を仰け反らせるぬえ。

 その顔に浮かぶ感情は嬉。

 幼くして子宮を焼かれる感覚を覚えてしまった事が後々どんな影響を与えるのか。

 色々と楽しみだな。

 

 

「ふぁぁ……んゃ、あひぇ……」

 

 

 淫らなアへ顔を晒して喘ぐ姿に満足感を覚えながら肉棒を引き抜く。

 すっかり快楽に翻弄されたのか、両手は力無くするりと布団に落ちた。

 お腹をぽこんと膨れさせたぬえに、軽く触れるキスをする。

 ぴくん、と震えて応えるのが何とも愛らしい。

 

 

 ──ふぅ、初めてならこんなものか。余り飛ばし過ぎるのもアレだしな。

 

 

 正直に言うならまだ貪り足りない。

 もっと強く、もっと深く繋がりたい。

 今まで嫁さん達に搾り取られていた分、若干物足りなさを感じてしまうのは仕方が無い。

 が、それをぬえに要求するのは酷というものだろう。

 まぁ幸か不幸か、ぬえの場合はこの場にもう一人居るからな。

 そうだろ、と何気無く視線を上げればすっかり発情し切った様子の雌犬が期待に満ちた瞳を向けていた。

 

 

「はぅぅ……ぬえちゃん気持ち良さそう♪ 契さん契さん、わたしもおちんちん欲しいなぁ……?」

 

 

 情欲と期待に口の端を歪ませながら、響子が子犬の様に擦り寄ってくる。

 平時ならばぴったりと閉じていたであろう秘裂からは、とろとろと淫蜜が溢れ出していた。

 

 

「いやらしい子犬だな? こんなに淫らな匂いを漂わせて」

「きゃぅん、指でくちゅくちゅしちゃダメぇ♪」

 

 

 口では拒んでいるが、抱き寄せた身体を離す所か温もりを得ようとくっ付けて来る。

 徒に伸ばしてみた人指し指の先は既に根元まで秘裂の中に埋まっていた。

 だが、淫らなだけでは無い。

 狭い膣口はいやらしく指を咥え込んでいるが、膣壁は熱くうねりながらも甘える様に吸い付いてくる。

 その奇妙なちぐはぐさが、未成熟な魅力を引き立てていた。

 

 

「えいっ♪」

「おっと」

 

 

 愛らしい掛け声と共に響子が俺を押し倒した。

 倒れない様に抵抗するのは簡単だったが、何をするのか楽しみなので流されてみる。

 弾みで抜けてしまった指先から熱が逃げて行くのを少し惜しく思っていると、笑みのまま瞳に僅かな緊張を映した響子が俺を見つめているのに気付く。

 

 

「ねぇねぇ契さん」

「何だ響子?」

「あのね、ちょっとお願いが有るの」

「良いぞ」

「やったー♪」

「ま、まだ……な、内容、聞いてないのに……?」

 

 

 息も絶え絶えながら突っ込みを入れるぬえ。

 復活するまで寝てても良いんだが、謎の使命感でも働いたんだろうか。

 ともあれ、尻尾を振りながら嬉しそうに倒れ込んできた響子を抱き締めつつ、頭をわしゃわしゃと撫でてやる。

 

 

「で、了承したがどんなお願いだったんだ?」

「えっとね、わたしもぬえちゃんと一緒に契さんの群れに加えて欲しいなぁ、って」

「群れ?」

「うん、群れ♪ ほら、契さんいっぱいお嫁さんいるでしょ? だからわたしたちも契さんのお嫁さんにして欲しくて」

「え、契さん、お嫁さんって、し、しかもいっぱい……!?」

「……果て、確かまだ響子に嫁さん達が居るとは伝えてなかった気がするんだが」

「匂いでわかるよー。それに契さん、カッコいいもん! みんなめろめろになっちゃうよー♪」

「そんなもんか?」

「そんなもんだよー。契さん好き好きー♪」

 

 

 そう言ってむぎゅっと抱き付いてくる響子。

 足元の側ではぬえが驚愕の新事実に混乱していたが、どうにか無理矢理納得させた様だ。

 だがチラッと聞こえてきた「……うん、契さんだから、仕方無いよね……」という言葉は如何ともし難い。

 何故皆その納得の仕方になるんだ。

 やる瀬無い切なさに打ち拉がれていると、頭に柔らかい感覚が走る。

 眼前に意識を戻せば響子が小さな手を頭に伸ばし、優しく微笑んでいた。

 

 

「にはは、だいじょぶだいじょぶ♪ それだけ契さんが頼れる旦那さまって事だから」

「……もしかして口に出てたか?」

「うん、遠い目しながら呟いてたよー。でもそこまで気にしなくて良いと思うよ? 何でも受け入れてくれる契さんだから、皆安心して甘えたくなっちゃうんだよー。だから、心配しなくてもだいじょぶだよ! ほら、いいこいいこ♪」

 

 

 何とも母性に溢れる台詞と共に頭を撫でてくれる響子。

 それは良いんだが、同時に後ろへ回した左手で息子を弄ぶのは少し抑えて欲しい。

 ふにふにとした小さな手の感触がこれまた刺激的で、気を抜いていると時折射精させられてしまいそうな程の快楽が走り抜ける。

 無論それは響子も解っている様で、左手が跳ねる度に穏やかな微笑みが崩れていき、代わりに妖艶さを孕んだ淫靡な笑みが零れ出す。

 反撃に尻でも揉んでやろうかと思った矢先、小さな身体は腕の中をするりと抜け出した。

 起き上がった体勢そのままに後ろへスライドさせ腰の位置を合わせる。

 ちょうど亀頭の上に秘裂が乗せられ、溢れ出る淫蜜が肉棒を濡らした。

 

 

「契さんのおちんちん元気いっぱいだね♪」

「それだけ響子が魅力的な女の子、って事だ」

「やぁん、契さんったらぁ♪」

 

 

 もじもじと身体をくねらせる度、淫蜜がとぷとぷ流れ落ちる。

 可愛らしくも艶かしいその姿に愛しさを覚えながら、俺は細く華奢な腰へ両手を伸ばした。

 手が触れると、響子は嬉しそうに尻尾を振る。

 が、その幼い身体は僅か一瞬、硬直を見せた。

 やはり破爪を目前にして多少の不安は有るらしい。

 それならと、俺は多大な慈しみと心ばかりの悪戯心を滲ませて口を開いた。

 

 

「白符『不死の標』」

「っ、ふぁぁぁっ!?」

 

 

 生命力が増加した事を示す淡い光が柔肌を照らすのと同時、肉棒を最奥まで一気に押し進める。

 驚異的な再生能力と圧倒的な快楽が破爪の痛みを取り除き、恐ろしいまでの幸福感が脳髄を焼き尽くして行く、とは誰の感想だったか。

 小さな身体をしならせ全身で快楽を受け止める姿を見るに、どうやら痛みは無さそうだ。

 

 

「ふぁ、ぁぁぁあぁぁ……♪」

「大丈夫か、響子?」

「な、なにこれぇ、すごいよぉ♪ あたま、ちかちかするぅ……♪」

 

 

 早速絶頂の味を覚えた様だ。

 一瞬で絶頂へと導かれた身体は、更なる快楽を求めて動き出す。

 それも、精神の支配下から抜け出してだ。

 

 

「ひぁっ、あはぁん♪ や、やらぁっ、勝手に腰、動いちゃうぅっ♪」

 

 

 嬉しそうにひくひくと肉棒を咥えながら、淫蜜をぷしゅりと吹き出す秘裂。

 腰が上下する度、可愛らしい矯声が響く。

 艶かしく動いては甲高く喉を鳴らして四肢を投げ出す様に脱力し、少し休んではまた腰を妖しく振って快楽を貪る。

 幼い外見とは裏腹に妖艶な表情が背徳感を煽り、きゅうきゅうと締め付けてくる膣壁が肉棒を刺激する。

 

 

「はぁん、やぁん♪ 気持ちいいよぉ、契さぁん♪ んぁっ、あっ、ぁ、ふぁぁぁっ♪」

 

 

 愛らしい鳴き声を上げながら倒れ込んでくる響子。

 余りの快楽に身体を起こしていられなくなった様で、腰の動きも身体を起こしていた時より多少鈍っている。

 とは言え響子の痴態を目にして愚息が黙っていられる訳も無い。

 逃がさない様に両手で腰を捕らえ、勢いを付けて肉棒を打ち据える。

 

 

「ひゃぁぁっ♪ や、やぁん、契さんダメぇっ♪」

「ダメと言う割には嬉しそうだな?」

「そ、そんなこと、ひゃぃん♪」

「ほら、尻尾は正直だぞ?」

「はぅぅ、ダメぇ、契さんに犯されて悦んでるの、バレちゃうよぉっ♪」

 

 

 ぱたぱたと千切れんばかりに振りたくられる尻尾が手の甲を撫でる。

 狭い膣内はうねりを増し、貪欲なまでに肉棒を吸い上げてきた。

 

 

「響子、出すぞ」

「わぅ、きゃぅん♪ 契さんのいっぱい、いっぱいちょうだい♪ あっ、はぅ、んぅぅっ、あっあっ、ひゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁん♪」

 

 

 響子が背筋を折れるくらいに反らして、今までで一番高く鳴く。

 それと同時、俺の中で熱く脈動していた精子が狭い膣壁を押し広げ子宮を犯していく。

 最後の一滴まで注ぎ込むと響子は小さな身体全体をぷるりと震わせ、力尽きた様に凭れ掛かってきた。

 その顔にはしっかりと悦楽が刻まれている。

 

 

「はぁ、わふぅ……♪」

「わ、響子ちゃんもとろとろだぁ……」

「やぁん、くすぐったい……♪」

 

 

 多少復活したぬえがむにむにと響子の頬をつつく。

 為すが儘にされているが、楽しそうな様子なので弄ばれるのを眺めていよう。

 

 

「ひゃふぅ……♪」

「落ち着いたか、響子?」

「んに、だいじょぶー……ってぬえひゃん、ぷにぷにしにゃいでー♪」

「あ、ごめん。やわっこかったから」

「しかし指は止めないぬえ」

「なんか指先が楽しくて」

「わぅぅ、ぬえちゃんにぷにぷにされりゅー♪」

「でもこのまま寝たら風邪引いちゃうかも。後でお風呂入る?」

「うん、いっしょに入ろー」

「……何か勘違いしてないかお前達?」

「「ほえ?」」

 

 

 可愛らしく首をへにゃりと傾げる二人に、俺は苦笑を返す。

 身体を起こしてぬえも響子と同じ様に抱き締めてやりながら、柔らかい尻肉を少し強めに揉みしだく。

 

 

「ひゃぁっ!?」

「わぅんっ♪」

 

 

 左右で上がる矯声と喘声。

 その音色を楽しみながら二人に優しく微笑みかけてやる。

 

 

「たった二回で俺が満足すると思うか?」

 

 

 ひぅっ、と小さく声が鳴る。

 同じ音でも表情が違うだけでここまで意味が変わるものか、と俺は妙な所で感心した。

 恐れの中に期待を滲ませた顔と、期待の中に隠し切れない享楽を滲ませた顔。

 まぁ、どちらが浮かべた表情かは言わずもがな、だろう。

 

 

「お、お手柔らかに……」

「契さんきちくぅ♪」

「よし、響子は寝る暇も与えずに犯してやる」

「きゃぅん♪」

「いいなぁ……あ、いやっ、今のはちがくて!?」

「勿論ぬえも一緒だ!」

「いっしょいっしょー♪」

「や、ちがっ、ひゃっ、ひゃぁぁぅ!?」

 

 

 

 

 翌朝案の定寝過ごした。



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吃驚唐笠娘。そして華やぐ珍道中。

 

 

「うー、やっぱりもっと地味な方が……」

「だいじょぶだいじょぶ、ぬえちゃんとっても可愛いよ♪」

「で、でも……」

「でもでもばっかり言っちゃうぬえちゃんはー」

「な、なに?」

「むぎゅむぎゅの刑だー! むぎゅむぎゅー♪」

「ひゃぁっ!? け、契さん助けてっ」

「仲良いなお前達」

 

 

 仲睦まじく抱き合う幼女を眺めながら、平坦な道をのんびりと進む。

 件のぬえは白地に菫の花をあしらった小袖を着ている。

 一昨日、出掛けに村で買ったものだ。

 旅の着替えに買い込んで置こうと呉服屋へ足を運んだのだが、ぬえが選ぶ服はどれも大人しいものばかり。

 可愛いのだからもっと着飾った方が良い、と俺と響子の二人で強引に選んでやったものの一つだ。

 民主主義万歳だな。

 ともあれ、せっかく買ったのだから着せてみたくなるのは当たり前。

 渋るぬえを着替えさせ、存分に楽しんでいると言う訳だ。

 

 

「ぬえちゃん好き好きー♪」

「うぅ……」

「ぬえちゃんはわたしの事好き? それとも嫌い?」

「え、や、あぅ……」

「んぅ?」

「……好き」

「きゃぁぁぁぁん♪ ぬえちゃぁん♪」

「ひゃっ、や、ちょっ、響子ちゃんっ、危ないよ……!?」

 

 

 服と言うよりぬえで楽しんでいる、が正しいかもしれんが。

 ストレートな愛情表現に弱いので響子を相手にするのはなかなか大変な様だ。

 くるくると輪舞曲を踊る様に戯れる山彦幼女と、それに振り回されている正体不明の幼女。

 存外、良いコンビなのかもしれない。

 

 

「っと、余りはしゃぎ過ぎるなよ?」

 

 

 ふらふらになったぬえがバランスを失って倒れ込んで来た。

 すかさず受け止めてやると、二人とも少し照れ臭そうに見上げてくる。

 

 

「あはは、ふらふらするー」

「響子ちゃん、回りすぎ……」

「大丈夫か、ぬえ」

「うん、私は平気」

「わたしは平気じゃないから契さんにむぎゅむぎゅしちゃうー♪」

「あ、響子ちゃんずるい」

「ならぬえも抱き付くか?」

「はわっ!? わ、私は、その……お、お邪魔します」

 

 

 多少混乱しつつもしっかりと抱き付いてくるぬえ。

 少しずつ積極的になってきている様で何より。

 子供は素直が一番だからな。

 賑やかに旅路を行くと、暫くして山道へ差し掛かる。

 

 

「時折木の根が張り出しているから注意しろよ」

「「はぁーい」」

 

 

 揃って返事をする二人の頭を軽く撫で、踏み均された道を進む。

 木の根が隆起して出来た天然の階段を軽やかに上り、枯れ枝とそれに絡まる蔦が織り成すアーチを潜り抜け、針葉樹が立ち並ぶ回廊を抜けて行く。

 幾つかの曲がり角を抜けると、不意に視界が開けた。

 

 

「わぁ……!」

 

 

 思わず、と言った様子でぬえが感嘆の声を上げる。

 開けた視界の先、連なる山々と霧に霞む渓谷が広がっていた。

 陽光を受けキラキラと輝く霧の上には虹の橋が掛かっていて、幻想的な世界に迷い込んだ気にすらさせる。

 

 

「綺麗だな」

「キレイだねー」

「すごい……」

「うん、すごいすごい♪」

 

 

 楽しそうに返すのは響子。

 この場所は声も響くから山彦としてはテンションも上がるのだろう。

 案の定、何かを期待してキラキラと瞳を輝かせている。

 苦笑を滲ませつつ、俺は山間へ向かって声を張り上げた。

 

 

「やっほー!」

「やっほー! やっほー! やっほー!」

 

 

 三連続で山彦を返す響子。

 どうやら正解だったらしく、満面の笑みを浮かべて抱き付いてきた。

 レディの要望には敏感でいないとな。

 

 

「ぬえもやってみたらどうだ? 響子がわくわくしながら待ってるぞ。早くしないと口でもわくわく言いそうだ」

「わくわく♪」

「もう言ってる!?」

 

 

 山彦としての血が騒ぐのか、はしゃぎっぷりが半端じゃない。

 元気爆発中の響子に押されながら、ぬえも大きな声を上げる。

 

 

「やっほー!」

「やふぅぅぅぅぅっ♪」

「何か違う!?」

 

 

 テンションは最高潮の様だ。

 両手をぱたぱたさせながらぴょんぴょん跳び跳ねる姿が何とも可愛らしい。

 尻尾も千切れんばかりに振られており、そのままヘリコプターみたいに飛んで行くのではないかと思わせる程に激しく動く。

 

 

「契さん契さん! もっかい! もっかいやって!」

「さて、お姫様はどんなのをご所望かな?」

「なんか激しいの!」

「激しいの!?」

「じゃあ取って置きを使うか」

「取って置きを用意してたの!?」

「行くぞ、ファス……ロダ!」

「トシコシダー!」

「激しいけど何か違う!?」

「あれ、違った?」

「何かはわからないけど、何か違うよ響子ちゃん!?」

 

 

 うむ、ぬえの突っ込みスキルも順調に育っている様だな。

 突っ込まれスキルは夜に鍛えてやるか。

 

 

「ぬっふっふ」

「契さんが不敵な笑い方を……」

「ぐひ! げひひ!」

「真似したらダメだよ響子ちゃん!?」

「俺今そこまで酷い笑い方してないぞ!?」

 

 

 ハッ、思わず突っ込みを入れてしまった。

 この俺を突っ込み役に回すとは、これが幼女パワーか。

 取り敢えず響子の頬をむにゅむにゅ摘まんでお仕置きしておいた。

 痛くない様に引っ張ったり押し込んだりしてみたが何故か嬉しそうだった。

 何で嬉しそうなんだよ、お仕置きにならないだろ。

 

 

「にへー、契さんと触れ合ってるだけで心がぽかぽかするんだよー♪」

「ん、あぁ……そうか」

「契さん照れてるー♪ かわいー♪」

「……成程、ぬえはこの攻撃に晒されていた訳か」

「うん、なかなかの強敵」

 

 

 そんなこんなで移動を再開する。

 低い峰を一つ越えた辺りで空気が変わり、多少体感温度が下がった様な気がする。

 雪は無いが時折足元でじゃくじゃくと土が鳴っているので、霜が降りている場所も有るらしい。

 寒くないか、と視線を向けるとぬえは大丈夫、と頷いた。

 防寒着も背中のリュックに詰め込んで有るから寒さ対策はバッチリだ。

 響子はと言うと、あっちへこっちへぱたぱた走り回っているので寒さとは無縁の様子。

 額に汗も浮かんでいる。

 取っ捕まえて手拭いで汗を拭いてやる序でに、頭も手拭いでわしゃわしゃしてやった。

 

 

「きゃぁー、ぬえちゃん助けてー♪」

「ちゃんと汗拭かないと風邪引いちゃうよ?」

「やぁん、ぬえちゃん厳しいー。もしかして熟年離婚の危機?」

「まだまだちびっ娘だろうに。それにぬえは響子が大好きだからな、離婚の心配は無いだろ」

「ちょ、け、契さん!?」

「にへー、私もぬえちゃん大好き♪」

「きゃぁっ!? きょ、響子ちゃん……」

 

 

 響子が今までのじゃれ付く様な勢いでは無く、愛おしげにそっと、深く抱き締めてきたので真っ赤になっている。

 随分好かれたものだな。

 暫くあわあわしていたが、何をどう解釈したのか目を閉じてぎゅっと抱き返したぬえ。

 それを受けて響子は益々嬉しそうに抱き付いている。

 

 

「仲良いな、二人共」

「うんっ、仲良しさんだよー♪」

「……何か寂しいから俺も混ぜろー!」

「わぁっ、契さん!?」

「あはは、契さんも仲良しさん♪」

 

 

 慌てるぬえとにこやかに笑う響子へ突撃した。

 二人纏めてむぎゅむぎゅしてやった。

 うむ、やわっこかったです。

 

 

 

 

 

 

「あはは、意外と契さんも甘えん坊だね♪」

「二人でイチャイチャしててズルいぞ、今度からは俺も混ぜろよ?」

「いっ、イチャイチャしてた訳じゃ……」

「満更でも無かったろ?」

「それは……うん……」

「みんなで仲良しさんだもんね♪」

 

 

 あの後長らく使われていない山小屋を見付けた俺達は、少し早いが大事を取って休む事にした。

 夕暮れ時に山を下るのもなかなか危険だからな。

 俺一人ならどうとでもなるが、幼女二人には酷な旅路だろう。

 そんな訳で今は晩御飯の支度中だ。

 そろそろ野菜が萎びて来そうだから鍋に全部ぶちこんでみた。

 キャベツ、長ネギ、干し椎茸、人参、そして先程蹴り殺してきた猪を味噌仕立てで頂く。

 これで幽香農園から持ってきた野菜は全て無くなる。

 若干物悲しい気分になるな。

 因みにぬえは俺の左隣で使い終わった食器を洗ってくれていて、響子は台所の広さが足りない為後ろで待機中だ。

 とは言え、元気一杯の響子が大人しく待っていられる筈も無く。

 

 

「まだかなまだかなー」

「こら響子、料理中は危ないからチョロチョロするんじゃない」

 

 

 美味しそうな匂いに目を輝かせながら鍋を覗き込む響子へ、ぽこっとチョップをくれてやる。

 

 

「わひゃんっ♪」

「もー、響子ちゃんったら。あんまり自由だと噂の妖怪に食べられちゃうよ?」

「噂の妖怪? そんなのが居るのか」

「うん、村を出る時に耳にしたの。山を越えた辺りに人を驚かして魂を吸い取っていく妖怪が出るんだって」

「それ程に強力な妖怪なら不比等が教えてくれそうなもんだが」

「やぁん、契さんこわいよー♪」

「てぃっ」

「ひゃぅんっ♪」

 

 

 どさくさに紛れて抱き付いてきた響子にもう一発チョップをくれてやりつつ、その『噂の妖怪』とやらへ思案を巡らせる。

 人を驚かして、の部分は実に一般的な妖怪だな。

 しかし魂を吸い取ると言うのはどういうものなのだろう。

 触れると生命力を吸われるのか、傷から魂が漏れ出るのか、はたまた直接口吻を蚊の様に突き刺して吸うのか。

 そして吸われた魂はどうなるのだろう。

 

 

「け、契さん」

「ん? あぁ、すまん。危うく噴き溢す所だったな」

 

 

 響子の声で意識を鍋に戻した。

 灰汁を手早く取りつつ煮え具合を確かめる。

 後もう一煮立ち、と言った所か。

 と、腰元に抱き付いている響子の動きが止まっているのに気付いた。

 心無しか握られた服の裾が強く引かれている気がする。

 

 

「け、けけ、契、さんっ」

「どうした、ぬえ?」

「う、うう、うっ、うし、うしっ」

「牛?」

「うしっ、うしろ……っ!」

 

 

 はて、俺の背後には何も……あぁ、勝手口が有ったか。

 背後へと向き直ってみると、開いた扉から草臥れた唐笠が覗いていた。

 

 

 ──成程、唐笠お化けか。

 

 

 ドギツイ紫色の唐笠の中央、赤い一つ目と長く伸びた舌が特徴的だ。

 傘の陰に隠れているのは妖怪としての分体だろう。

 この角度からでは判別が付きにくいが、どうやら細身の女性体らしい。

 勝手口からちらりと覗く艶やかな生足が判断材料だ。

 ……これで男だったら縊り殺してやろう。

 

 

「う~ら~め~し~や~……!」

「「ひやぁぁぁぁぁっ!?」」

 

 

 ベタなフレーズの後を追う様に、可愛らしい悲鳴が二つ上がった。

 同時に背中側の腰元へ軽い衝撃が走る。

 お子様二人には刺激が強かったらしい。

 ゆらりと立ち上がる様に上体を起こした唐笠の下から、分体の姿が覗く。

 

 

「……おぉ……」

 

 

 思わず感嘆の息が漏れ出る。

 水色のショートボブ、少し垂れている水色の右目、裾が折り畳まれミニスカートの様になっている水色の着流し。

 眩しい魅惑の太股の下は下駄を履いている。

 左目だけが赤く輝き、唐笠の一つ目と同じ様に存在感を放っていた。

 愛らしくも美しい顔立ちから視線を下げれば、女性らしい丸みを帯びた肢体が映る。

 全体的に小柄な身体だが、胸はなかなかに自己主張していた。

 着流しから覗く谷間が実に蠱惑的で素晴らしい。

 是非湯船で後ろから揉みしだきたい。

 そしてミニスカートの様になっている裾から伸びる生足。

 芸術品の様にきめ細やかな肌が何とも言えぬ色気を放っている。

 小娘には出せないであろう、芳醇な艶かしさがそこには有った。

 

 

「え、あ、吃驚してくれた……? アレ、でも何か違う気がする……?」

 

 

 謎の美女は何故か驚いている様子だ。

 驚かせに来て自分が驚くとはなかなか面白い状況では有るが、さてどうしたものか。

 背後には怯える幼女が二人、目の前には戸惑う美女が一人。

 この場面で俺が取るべき行動は唯一つ。

 良い感じに煮立った鍋を火から降ろす事だな。

 

 

 

 

 

 

「改めて、ごめんね二人とも」

 

 

 パン、と両手を合わせて頭を下げる美女。

 それに笑顔で響子が応える。

 

 

「あはは、だいじょぶだよー。ちょっとびっくりしたけど、もう平気! ね、ぬえちゃん」

「う、うん、大丈夫」

「二人とも良い子だぁ……」

 

 

 微妙に面白いテンションのまま感激している。

 彼女の名は多々良小傘。

 打ち捨てられた唐笠の九十九神らしい。

 確かにあの色では大衆受けはしないだろうな。

 流石にこの時代の人間がセクシャルバイオレットな色彩の唐笠を見て、素晴らしい色合いだと感じる事はまず無いだろう。

 熟れ過ぎた茄子の様な、とでも言おうか。

 どうにも珍妙な色だ。

 しかしこの奇怪な色の唐笠から、傾国と評しても過小な程の美女が現れるとは御天道様にも解るまい。

 目尻を下げて弱く微笑む姿は宛ら地上に舞い降りた女神の様だ。

 

 

「それにしても契さん、なんかもうスゴイよね」

「ん?」

「小傘ちゃんのかわいさにびっくりしてた、なんて」

「うん、契さん見境なし」

 

 

 ぬえがなかなか辛辣だ。

 心無しか頬をぷくっと膨らませている。

 どうやら自分が怖がっていた時に平然と料理を続けていたのが、お気に召さないらしい。

 女心は難しいな。

 因みにぬえと響子の小傘への呼び方は小傘ちゃんで決まった。

 妖怪として発生した時期がぬえや響子と然程変わらず、何より小傘本人がそう呼んで欲しいと希望したからだ。

 

 

 ──つまり小傘は心ロリ状態か! 

 

 

 心ロリ。

 読み方は『こころり』。

 成熟した若しくは成長期の肉体であるにも関わらず、精神は幼いか未成熟な状態の娘を指す。

 この状態で何が最高かと言えば、大人の肉欲を開発し悦楽で振り回しながら、従順で無垢な精神を堕とし切らずに弄べる点だろう。

 麗しき美女がまるで童女の様に甘え、快楽を貪る姿は感動すら覚える。

 

 

「はぅあ!」

 

 

 急に小傘が素っ頓狂な声を上げる。

 顔を真っ赤にしてわたわたと落ち着き無く身動いだかと思えば、恥ずかしそうに上目遣いで窺ってくる。

 はてさて、一体何事だ? 

 

 

「むぅー……契さんっ、小傘ちゃんみつめすぎ」

 

 

 栗鼠の様に頬を膨らませて膝をぺちぺち叩いてくるぬえ。

 それを面白がって、響子も反対側の膝をぴたんぴたんと叩いてくる。

 ぺちぺち、ぴたんぴたん。

 ぺちぺちぺちぺち、ぴたんぴたん。

 

 

「ええぃ、やめんか!」

「ひゃぁっ!?」

「きゃー、つかまったー♪」

 

 

 小さい身体を引き寄せて頭をぐりぐり撫でてやる。

 ぬえはされるがままに、響子は逃げる所か抱き付いて来た。

 可愛らしく嫉妬を滲ませたお姫様を胡座の中に入れて、左手でひたすら頬を撫でる。

 こうして置けばその内機嫌も直るだろう。

 響子は背中に抱き付いて満足そうにしているので放置しよう。

 ……さて、何の話だったか。

 

 

「で、どうかしたか小傘? 変な声上げて」

「ななな、何でも無いよっ?」

「何で疑問符付いてるんだ」

「ほ、本当に何でも無いから! 別に契くんに見詰められて恥ずかしかったとかじゃ無いから! ほ、ホントだよ!」

 

 

 何だろうか、この可愛い生き物は。

 盛大に自爆しつつもそれに一切気付いてない辺りがまた愛らしい。

 

 

「うぁぁ……どうしたんだろ、私。何か契くん見てたらドキドキするし……ハッ、まさかさっき契くんから吃驚の気持ちを吸い取ったのが原因かも!? 普通の人間ならまだしも契くん実は神様だって言うし、もしかしたら何か知らない間に影響が出てたりして……? で、でもドキドキしちゃうのは仕方が無いよね。契くん笑うと素敵だし、あの灰暗い瞳で見詰められたら、何かこう、きゅんってしちゃうし。うん、何もおかしくない。アレ、でもこれってもしかして……恋? 一目惚れ? ……ゎ、ゎぁっ!? 一目惚れなの!? このドキドキって恋のドキドキ!? うわぁ……どうしよう、益々契くんの顔恥ずかしくて見れなくなりそう……」

 

 

 なかなかマシンガンに心の声が漏れ出ている。

 早速好感度に変化が有った様だが、その理由には少しばかり思い当たる節が。

 先程のファーストコンタクトで理由は如何あれ、小傘に対して俺は驚きを以て応えた。

 小傘は『驚く』という人間の感情を糧に生きる妖怪だ。

 無論、俺の驚きを取り込んだのは改めて言うまでも無い。

 しかし待って欲しい。

 俺は精液のみならず、汗や血液、唾液にも発情を促す作用が発現したトンデモ眼鏡である。

 深く考えると泣けてくるので軽く流すとして、こう言った予想は出来ないだろうか。

 俺から出るものに媚薬効果が現れる→つまり俺の全身が最早媚薬そのもの→媚薬塗れの肉体に精神が内包されている→実は精神にも媚薬効果が染み込んでるんじゃね? →その媚薬効果をたっぷり含んだ精神の欠片を取り込んだ所為で小傘の精神にも何らかの影響が! 

 

 

 ──中途半端な説得力が有るのがまた泣けてくるな。

 

 

 自分で考えて悲しくなってきた。

 おかしい、清く正しい青春眼鏡は一体何処へ消えたのだろう。

 

 

「ほぇ、契さん?」

「ん、あぁ……何でも無い何でも無い」

 

 

 気配が変わったのを気取られたか、響子が後ろから右頬をぷにぷに突いてくる。

 無邪気な山彦幼女に癒されつつ、取り敢えず媚薬で精神が汚染云々は気にしない事にした。

 余り考えても仕方無いからな。

 前向きに吹っ切った所で食後のお茶を啜る。

 口内に残っていた鍋の塩気が洗い流され、代わりに爽やかな煎茶の香りが喉を降り鼻へ抜ける。

 それを契機に、と言う訳ではないだろうがぬえは小傘を正気に戻すべく可愛らしく気合いを入れて胡座を抜け出し、響子が代わりに胡座の中へ滑り込んできた。

 だらしなく開けた服の下、ぽこっと膨れたお腹が見える。

 俺の視線に気付いてか、響子は甘ったるい程に惚けた笑顔を向けてきた。

 

 

「にへへー、まんぷくぷく♪」

「こら響子、はしたないぞ」

「契さんだから良いもん♪ かわいい所も恥ずかしい所も、全部全部、契さんになら見て欲しいから♪」

 

 

 そう言って俺の右手を掴むと自分のお腹に乗せて満足そうに笑う。

 甘えん坊だなと思うのも束の間、響子はそのまま右手をするすると胸の方へ誘導し……ってちょっと待て。

 

 

「おい響子、何をする気だ」

「にへへ……契さん好き好き♪」

「答えになってないぞ!?」

「あ、何してるの契さん! ダメだよ、破廉恥だよ!」

「違う、俺は無実だ!?」

「け、契くんの手が響子ちゃんの胸を……ごくり」

「ってか響子離せよ!?」

「やぁん、もぞもぞさせたら気持ちよくなっちゃうよぉ♪」

「こらー、契さん!」

「ちがっ、や、やめるんだぬえ!?」

 

 

 両手を振り上げて背中をぽこぽこ叩いてくるぬえ。

 響子は右手にしがみついて離れない所か、身を捩ってぷくりと膨らんだ乳首を掌に押し当ててくる。

 感触は天国だが状況が修羅場だな。

 と、それまで恥ずかしそうにしながらバッチリ見ていた小傘が正気に帰り、ぬえを押さえてくれた。

 

 

「お、落ち着いてぬえちゃん」

「むぅー……!」

「よ、よし、この隙に……とりゃっ」

「わぅん♪」

 

 

 小傘が稼いでくれた時間を使い、一気に右手を引き抜く。

 すぽっと抜けた右手を熱い視線で追いながら、響子は物足りなさそうに抱き付いてきた。

 それを見てぬえも勢い良く抱き付いてくる。

 何と言う幼女サンドイッチ。

 

 

「やぁん、契さんのいけずぅ」

「私もかまってくれなきゃヤだもん……!」

 

 

 言動から察するに、どうやら二人はヤキモチを焼いたらしい。

 充分布団の中で壊し、げふんげふん、もとい愛してやったと思っていたがまだまだ物足りなかった様だな。

 なら今夜はもう少し激しくしてやるか。

 にやりと口の端が自然に歪んだのと同時、抱き付いていた二人の肩がびくんと震えた。

 その勢いのままに顔を跳ね上げ、多少怖じ気付いた様にこちらを窺ってくる。

 野生の勘か。

 

 

「け、契さんが怖い……笑ってるのに怖いよ……!」

「わ、わたしは充分むぎゅむぎゅしたから、後はぬえちゃんに任せようかなー?」

「うええぇぇっ!? き、響子ちゃんこそ、わ、私に遠慮しなくて良いよ!」

「何、遠慮する事は無い」

 

 

 がしっと背中から抱える様に抱き竦め、口を耳元へ寄せる。

 

 

「二人纏めて、壊れるくらい愛してやるさ」

「「ひぅぅぅぅぅっ!?」」

「……ぅゎー、私の存在が薄ーい。いや、でも今の契くんは何かちょっと怖いし……うん、可哀想だけど二人には頑張ってもらおうかな……」

 

 

 小声でぼそぼそ呟いている小傘。

 しかし彼女の元へも悪の手は忍び寄っているのだった。

 うむ、これで良さげなフラグも建ったな。

 



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閑話――人、それを覚悟と言う。

 ぱしん、と乾いた音が鳴り周囲の空気を震わせます。

 一拍遅れて熱を帯び始めた右頬から鋭く痛みが走りますが、私の意識は眼前の彼女から外れる事は有りません。

 怒り、悲しみ、憤り、悔しみ、悩み、そして諦めに似た感情を蒼黒の瞳に乗せて私を睨み付ける彼女。

 胸中では様々な感情が渦巻いているにも関わらず、酷く平坦な声を私に届けます。

 

 

「アンタ、いつもそう。勝手に納得して、勝手に突き進んで。あたしみたいに待ってる事しか出来ない奴を、いつも置き去りにして」

 

 

 振り抜いた左手をゆっくりと引き戻しながら、それでも視線を外そうとはしません。

 心の奥底は地獄の釜戸よりも熱く煮え繰り返っているのが、手に取る様に解ります。

 ですが、そんな彼女に掛ける言葉を私は持ち得ていません。

 

 

「あの方がアンタにとって何よりも大切なのは、解る、解ってるつもり。だけど」

 

 

 そこまで言って、彼女の顔がくしゃりと悲痛に潰されました。

 

 

「何で、アンタが全部背負うのよ……!」

 

 

 ぽろぽろと涙を流しながら、彼女が近付いて来ます。

 伸ばされた両手は私の背中へ回され、苦しいくらいに強く、深く抱き締められました。

 

 

「ごめんね、お姉ちゃん」

「バカっ……!」

 

 

 思わず漏れ出た言葉に、彼女はより強く身体を押し付けて来ました。

 身長差の所為で私の胸へ顔を埋める形になっている彼女の姿は、私が知っている普段の彼女よりもずっと小さく、弱々しいものでした。

 自然と右手が伸び、頭を撫でていました。

 いつもは『子供扱いするな』とか『妹の癖に生意気だ』とか可愛らしく怒っていた彼女ですが、今はされるがままに身体を預けています。

 手のひらに返るのはさらさらの髪質が織り成す、絹の様な感触。

 どうせなら平時にこの感触を楽しみたかった、と思うのは過ぎた願いでしょうか。

 

 

「ごめん。ごめんね、お姉ちゃん」

 

 

 もう一度、今度は自分の意思で謝罪します。

 落とされた言葉に、彼女は私の服をぎゅっと握り締めました。

 

 

「私は大丈夫だから。こうなる事は全部『識って』いたし、これが最善なのも本当だよ? だから、私は大丈夫」

「……黙りなさい」

「皆の役にも立てるし、何より一番大切な人を守れるから」

「黙りなさいよっ!」

 

 

 悲痛な叫び声が上がります。

 荒く息を吐きながら、彼女は言葉を紡いで行きます。

 

 

「アンタは、いつもいつも、自分さえ我慢すれば良いって。自分が頑張れば、皆が幸せになるから、そんな事ばかり言って。……でも! アンタは、アンタの幸せは何処に有るのよ! 我慢ばかりして、アンタはいつ我儘を言うのよ!」

 

 

 弾かれる様にして顔を跳ね上げた彼女が、その切れ長の瞳で私を睨み付けます。

 

 

「少しくらいは頼りなさいよ……! あたしは、アンタのお姉ちゃんなのよ……!」

「うん……ありがとう。でも、ごめんね。これは私が、ううん、私にしか出来ない事だから。お姉ちゃんには嫌な事を押し付けちゃうけど、こんな事お願い出来るの、お姉ちゃんくらいしか思い付かなくて」

「だから、アンタはバカだって言ってるのよ……。最後の最後、こんなどうしようも無くなってから、やっと人に頼って……」

 

 

 服を握り締めていた両手から力が抜け、彼女はまた顔を伏せてしまいます。

 本当なら、普段からこうして彼女を抱き寄せていたい所ですが、状況がそれを許しません。

 そして、それは今もですね。

 ぽんぽん、と優しく頭を撫でると彼女は両手を力無くぶら下げました。

 私はその場から三歩下がり深くお辞儀をします。

 深く、深く。

 今まで彼女が私にくれた優しさに、心からのありがとうを込めて。

 そうして、どれくらいの時間が過ぎたのでしょうか。

 十秒、一分、それ以上? 

 一つだけ解るのは、その時間以上の思い出を、想いを込めていた事だけ。

 すっと身体を起こした私は『お姉ちゃんの妹』から『守矢の巫女』へと仮面を被り直します。

 

 

「それでは『霊霞』様、私亡き後の子細、宜しくお願いします」

 

 

 その言葉に肩を震わせ、悲しげに瞳を閉ざす彼女。

 ぽろぽろと涙を零しながら、私と同じ様に深くお辞儀を返しました。

 その零れ落ちる涙の意味が解らない訳では有りませんが、私に出来る事は巫女としての責務を果たす事だけです。

 またねもさよならも言わず、私は踵を返しました。

 

 

 

 

 

 

「……さて、次はいよいよ大詰めですね」

 

 

 不意に思考が漏れ、言葉となって空へ溶けて行きます。

 こないだはうっすらと雪が積もっていました。

 冬本番は目前ですね。

 今日の出掛け、チルノちゃんやフランちゃんは元気に霜を踏んで楽しんでいましたけど、妹紅ちゃんは諏訪子様と一緒にコタツムリ状態でした。

 確かに朝が辛い季節では有りますね。

 何よりおとーさんがいないので皆さん何処か上の空と言いますか、少し張り合いが無さげです。

 特にルーミア様は影響が顕著ですね。

 自然とおとーさんの影を探していたり、おとーさんの布団に潜り込んでみたり。

 童女みたいで可愛いです。

 

 

 ──そんなルーミア様に重荷を負わせてしまうのは、躊躇われますけどね。

 

 

 多分彼女と同じ様に、強い憤りを感じるのでしょうね。

 何でもっと早く言わないんだ、って。

 そこまで考えた所で思わず、ふふっ、と笑いが零れました。

 優しい皆さんの事ですから、動いてみて何も無かったらそれで良い、と言って信じてくれそうです。

 ですが、残念な事に私がその結末を『識った』のはつい最近でした。

 定まったのはおとーさんが命蓮寺へ赴く事を決めた時、ですからね。

 回避した所で根本的な解決はおろか、更なる被害がこちらまでやって来ますし。

 

 

 ──あぁ、いけません。また思考が逸り始めました。

 

 

 心は決めたつもりでしたが、まだまだ未練は断ち切れなさそうです。

 他に手立ては無いのかと思考を巡らせ、何度も何度も同じ結論に至り、その度に仕方が無いと割り切ってはまた考え。

 そんな思考の堂々巡りがここ最近続いています。

 妹紅ちゃんのお父様から聞いた事情、お茶屋さんに探って頂いた噂と真実。

 それらを私の能力で組み上げた結論は、やはりいつも同じ答えでした。

 

 

 ──まぁ、ここまで用意して置いて何を今更とは自分でも思いますが。

 

 

 さくりさくり、と枯葉や霜柱を踏みながら道無き道を行くと漸く見覚えの有る道へと出ます。

 ほぅ、と一息吐いた私は周囲に人の気配が無い事を確認して郷への案内板の裏に仕掛けられた、小さなつまみを捻ります。

 これで普通の人はこの道を見付けられなくなりました。

 紫ちゃんの能力は便利です。

 私のと違って実用性が有りますね。

 とは言え、この能力のお陰で色々と助かっている訳ですし。

 隣の畑は実る、って事ですかね? 

 

 

「あ、奈苗さん」

「あら、ごきげんよう」

「こーんにーちわー♪」

 

 

 背後から届く楽しげな声。

 振り向くと美鈴さん、レミリアちゃん、フランちゃんがいました。

 お散歩がてら遊びに来たのか、美鈴さんがレミリアちゃんに日傘を差してあげています。

 その佇まいが堂に入っていてとても格好良いです。

 フランちゃんは私を見付けて元気良く駆け寄って来ます。

 ここは受け止めてあげるのが正解でしょう。

 そんな訳で背を屈め、両手を広げて飛び込んで来るフランちゃんを受け止めます。

 そのまま勢いを殺す為にくるくると回れば、楽しそうな笑い声が鳴り響きました。

 

 

「きゃーきゃー、くるくるまわるー!」

「おとーさん直伝の回転むぎゅむぎゅですよ♪」

「もう、フランったら」

「改めまして、こんにちは♪ 皆さんはお散歩ですか?」

 

 

 フランちゃんを下ろしてぷにぷにほっぺを弄りつつ、お二人に笑い掛けます。

 

 

「まぁ、そんな所ね。今日はクッキーが上手く焼けたから皆にお裾分けでもしようかと思って」

「お姉様のクッキー、美味しいんだよ!」

「わ、そうなんですか? 今から楽しみですね♪」

「ねー♪」

 

 

 流石はフランちゃん、ノリノリで答えてくれました。

 今日も元気いっぱいですね。

 綺麗な虹色の羽も、シャラララといつもより少しだけ多く鳴っています。

 と、にこやかに戯れていると僅かな疑念を含んだ視線が向けられているのに気付きました。

 視線の出所は美鈴さんです。

 まだ美鈴さん自身、微かな違和感としか捉えられてはいないみたいですが。

 

 

 ──はてさて。明言されてはいませんが恐らく美鈴さんの能力は『気』に関わるものでしょうか。

 

 

 体内を廻る気と同様に、機微と言った気も能力の範疇なのかも知れませんね。

 となれば、まだ違和感の内に忘れさせるのが一番です。

 少々邪道ですが、ここはレミリアちゃんに手を貸して貰いましょう。

 

 

「それにしても、貴女が外に居るなんて珍しいわね?」

「ふふ、何を隠そうこの近くに守矢の巫女代々の修練場が有るんですよ」

「奈苗ちゃん、しゅーれんじょーって何?」

「もっともっとおとーさんの役に立つために頑張る為の場所ですよ♪」

「わ、何かカッコイイ!」

「一応秘伝に当たるので詳しい事は内緒ですけどね。しーです、しー」

「しーしー♪」

 

 

 人差し指を口元に当てて立てると、フランちゃんも同じ様に真似します。

 そんな私達を見てレミリアちゃんは苦笑を漏らし、美鈴さんは納得した様子で小さく頷きました。

 これで良し、と。

 おとーさんも言う通り妙なフラグは叩き折るに限りますね。

 ここで新しい動きを生んでしまうと、折角仕立て上げた舞台装置が無意味になってしまいますし。

 

 

 ──本当なら誰一人欠ける事無く過ぎれば一番良いんですが、どうやってもその未来は認識出来ませんからねぇ。

 

 

 世知辛いものです。

 

 

「さて、ここでフランちゃんのぷにぷにほっぺを弄るのも楽しいですけど、レミリアちゃんのクッキーが待ち切れないので神社へ行きましょう!」

「賛成ー♪」

「では参りましょうか、お嬢様」

「うぅ、余り期待されるのも恥ずかしいわね」

「大丈夫ですよ、レミリアちゃん」

「うんうん、大丈夫だよ。だってお姉様は何でも出来ちゃうもん!」

 

 

 にぱー、と眩しいくらいの笑顔を向けるフランちゃんに、レミリアちゃんはたじたじですね。

 吸血鬼なのに太陽みたいとはこれ如何に、なんちゃって。

 さてさて、元気なフランちゃんから勇気も貰った事ですし、午後からは気合いを入れて臨みましょうか。

 

 

 

 

 かちゃり、と皿が音を立てて食器棚へ収まります。

 お昼ご飯の片付けを終えて、漸く自由な時間が取れます。

 神奈子様と諏訪子様は郷を回って皆さんと親睦を深めに、妹紅ちゃんと映姫ちゃんはフランちゃん達と日向ぼっこ中です。

 ルーミア様は洗濯物を干し終えた辺りでしょうか。

 おとーさんの洗濯物が無いので、最近は少し物足りなさ気に佇んでいる事も多いです。

 ぼーっとしている姿というのも、それはそれで可愛らしいですけどね。

 ふふっ、と少し楽しげな笑いを零しながらルーミア様を迎えに庭へ向かいます。

 廊下をひたひた進んでいると、不意に視界が狭まり平衡感覚がおかしくなりました。

 

 

「──っ、と」

 

 

 誰も見ていないので『いつもの様に』派手に額を打ち付けたりはせず、壁に手を付いて目眩が治まるのを待ちます。

 自らの事とは言え、難儀なものですね。

 とは言え彼女では妖力酔い程度で収まりませんから、甘んじて受けるしか有りません。

 この間の封印が解けて以来、頻度も増えています。

 そろそろ潮時かも知れませんね。

 

 

 ──そう考えると、此度の事は丁度良かったとも言えます。この身体の事も隠し通したまま逝けますし。

 

 

 おとーさんの回復術が無いので無理は禁物ですが、そこそこ自由は利きますからね。

 と、漸く目眩が引いてきました。

 壁に付いた手を離し何事も無かったかの様に背筋を伸ばして歩くのと同時、左手奥の勝手口がからからと開きます。

 覗くのは風に靡く艶やかな金の色。

 相変わらず、同性ながらドキドキさせられるくらい綺麗です。

 

 

「あら、奈苗。そんな所でどうしたの?」

「でへへ、ルーミア様が来そうな気がしたので待ってました。大正解ですね♪」

 

 

 私の言葉に苦笑を浮かべているルーミア様。

 良かった、私はまだちゃんと笑えているみたいです。

 そんな風に安心したのも束の間、一歩踏み出した途端、先程とは段違いの強さの目眩が襲ってきました。

 直ぐ様右足の爪先で千早の裾を引っ掛け、ごく自然に体勢を崩した振りをします。

 

 

「ひゃわぁっ!?」

 

 

 そのまま前へ倒れ込もうとした私の身体が、優しく受け止められました。

 目の前にはふくよかなおっぱいがいっぱいです。

 

 

「もう、相変わらずねぇ。気を付けなさいよ?」

 

 

 優しく微笑むルーミア様の顔が、直ぐ近くに有ります。

 長い睫、深い紅の瞳。

 包容力や母性と言った暖かさがぎっしり詰まった微笑みを向けられ、私の心が暖かい何かでいっぱいに満たされました。

 思わず、両手を回して抱き付いてしまいます。

 

 

「でへへ、ルーミア様やわっこいです♪」

「甘えん坊なんだから。ケロ子や神奈子相手には抱き付かないのに」

「建前を言うと畏れ多いからです!」

「本音は?」

「諏訪子様は小さくて潰れちゃいますし、神奈子様は照れて反応しなくなっちゃうので詰まらないんです!」

「ぶちまけたわねぇ……」

「内緒ですよ? しーです、しー」

「全く、もう」

 

 

 残念ながらフランちゃんみたいにノってはくれませんでしたが、代わりに頭へ柔らかい感触がぽむ、と乗せられました。

 おとーさんみたいに惚けはしないですけど、何だかもう、心も身体もぽかぽかしてきます。

 

 

「でへへへ~♪」

「そんなだらしない笑い方しないの。折角の可愛い顔が……これはこれで可愛いわね」

「んみゅっ」

「あら、柔らかい」

「ふみゅぅ」

 

 

 ルーミア様の細長い指が私の頬をぷにぷにと弄びます。

 何だかんだで家族でも指折りのぷにり魔ですからね。

 今ではおとーさんよりも回数が多いです。

 

 

「それはそうと、何か私に用が有ったんじゃないの?」

「んにゅ?」

 

 

 おおぅ、何故か見破られました。

 特段違和感を持たれる様な動きはしてなかったと思いますが。

 何でなんだろうと向けた視線の先、悪戯っ子みたいな笑顔があります。

 

 

「強いて言うなら、勘よ」

 

 

 成程、納得です。

 時折私の能力を超えて感覚を研ぎ澄ませる事の有るルーミア様ですからね。

 とは言え、勘なら詳しい事までは流石に把握出来てはいないでしょう。

 魅惑のおっぱいは名残惜しいですけど、一先ず身体を離します。

 温もりが無くなって少しだけ寂しいです。

 

 

「ではルーミア様、ご足労頂いても宜しいですか?」

「あら、ここでは言えない様な事?」

「ええ、内緒のお話なのです。しー、ですよ♪」

 

 

 人差し指をぴんと立てる私に可愛らしい笑いを零して、ルーミア様が後に続きます。

 普段の生活では余り使われない廊下を進み、本堂の更に奥へ。

 見慣れない部屋を渡った所為か背後から訝しむ気配が届きます。

 幾つかの襖を潜り、幾つかの角を曲がり、漸く目的の部屋へと辿り着きました。

 たった六畳の質素な部屋。

 部屋の隅に座布団が四枚と小さな茶器しかない、何も無い部屋です。

 暫く使っていない割には空気は淀んでいません。

 浄化の札はちゃんと効力を発揮しているみたいですね。

 

 

「それで、こんな所で奈苗は私に何を伝えるつもりなのかしら?」

 

 

 僅かに険を滲ませた声が上がります。

 あぁ、いけませんよルーミア様。

 そんなにおでこに皺を寄せたらおとーさんみたいに跡が残っちゃいますよ? 

 

 

 ──とは言え流石はルーミア様です。この部屋の仕掛けに気付きましたね。

 

 

 この部屋に仕掛けられている札は、何も浄化だけでは有りません。

 認識阻害、防音、そして妖力の中和。

 ルーミア様の様に強大な妖力を持っているなら多少の違和感で収まりますから、それ程不快では無いと思います。

 私にしてみれば、久方振りの清浄な気ですから凄く身体が楽なんですけどね。

 座布団を敷き玄米茶を湯飲みに注いで、こくりと一口。

 うん、美味しく淹れられました。

 ルーミア様も一口飲んで一息吐いた所で、私は口を開きます。

 多分、この言葉を聞かせたルーミア様には酷く辛い思いをさせてしまうでしょう。

 先に心の中で謝って置きましょうか。

 

 

「さて、ルーミア様への用事、と言うよりはお願いですが」

 

 

 ごめんなさい、ルーミア様。

 ですが、他に方法が無かったもので。

 

 

「近い内に私が殺されるので、是非その仇を討ってください♪」

 



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閑話――人、それを悲痛と言う。

 意味が解らなかった。

 理解が出来なかった。

 普段の言動とはかけ離れた単語が交じっていた事に、私の頭が上手く処理してくれない。

 そんな戸惑いが、声となって溢れた。

 

 

「…………は?」

 

 

 多分、私は今ぽかんと間の抜けた顔をしているのだろう。

 ……あぁ、解った。

 これは恐らく奈苗なりの新しい冗談なのだろう。

 直ぐにでも背中に隠した小さな看板を取り出して『ドッキリ大成功♪』と色鮮やかに塗られた文字を見せるに違いない。

 それなら、今回はまぁ、許してあげよう。

 だから早く嘘だと聞かせて欲しい。

 そんな私の願いも届かず、奈苗は少し寂しげに微笑んでいる。

 動かない奈苗に、私は焦燥に似た感情が思考を焼いていくのを感じながら、先程の言葉を反芻していた。

 

 

 ──奈苗が、誰かに、殺される? 

 

 

 誰に、いつ、何で。

 疑問だけが頭の中をぐるぐると廻り続ける。

 奈苗が殺される。

 それはつまり、奈苗が死んでしまうと言う事。

 

 

「──っ、ぁ、がっ!?」

 

 

 それを理解した瞬間、胸の奥に突き刺さる様な痛みと、息が詰まる程の苦しさが私を襲った。

 呼吸が上手くいかない。

 かひゅー、かひゅー、と喉を擦る様な音が鳴る。

 思わず胸を押さえて踞った。

 

 

 ──やだ、やだよ、苦しい……。奈苗が、奈苗が死んじゃう……? やだっ、やだよぉ……ケイ、助けて、胸が痛いよぉ……! 

 

 

 張り裂けそうな胸の痛みが思考を掻き乱す。

 言い表せない苦しさに、気付けば最愛の人へ助けを求めていた。

 でも、今ケイはここに居ない。

 代わりに応えたのは、眼前の少女だった。

 

 

「おとーさんが死ぬか、代わりに私が死んでおとーさんを助けるか。そんな選択肢が元々は有りました。でも私にとって一番大切なのはおとーさんです。なのでルーミア様には申し訳有りませんが、今回は私が勝手に決めてしまいました」

 

 

 返された言葉は、更に私の心を狂わせる。

 ケイが死ぬか、代わりに奈苗が死ぬか。

 

 

「……何よ、それ」

 

 

 知らぬ間に言葉が漏れ出た。

 混乱の中で、私の心でまだ落ち着いている部分がまるで他人事の様に私の声を聞いていた。

 

 

「何で、何で奈苗が死ななきゃならないのよ! そんな馬鹿みたいな話が有る訳無いじゃない! ケイが死んじゃうから、代わりに奈苗が死ぬなんて、そんなのっ、そんなの認められる訳無いでしょっ! 嘘なんでしょ? 全部冗談なんでしょ? 早く嘘だって言いなさいよ! 今ならほっぺをつねるだけで許してあげるから、だから、嘘って言いなさいよ……!」

 

 

 ……どうやら、私は憤っているらしい。

 確かにこんな話を突然聞かされもしたら、それは怒る。

 でも、何に怒っているのか。

 少なくとも、この感情の矛先は奈苗に向かっていない。

 理不尽、余りに理不尽な話だ。

 そこまで考えて、私はふと気付いた。

 これ程までに滅茶苦茶な話なのに、私はそれを根底では信じている。

 いや、勿論奈苗が死んじゃうなんて信じたくも無いけど、感情とは別の所で、私は奈苗が嘘を言ってはいないと感じている。

 自覚した途端、すっと奈苗の言葉が飲み込めた。

 色々と文句は言いたいけど、それは一先ず置いておこう。

 すーはー、と深呼吸を一つ。

 ……うん、少し落ち着いた。

 

 

「奈苗が死ぬ死なないは別にして、何でその結論に至ったのか。その過程を聞かせてくれる?」

 

 

 私の言葉に、奈苗は少し驚いた風だった。

 もう少し私が取り乱すと思っていたんだろうか。

 そんな訳が無い……って断言したい所だけど、今まで奈苗には私が弱ってる所をいっぱい見られているからなぁ。

 うん、ケイの言葉を借りるなら『甚だ不本意である!』って感じね。

 と、私の思考を読んだのか奈苗がくすりと笑いを零す。

 ……そんなに解りやすいかしら、私。

 

 

「解りました、それではルーミア様に此度の経緯をお話しますね」

 

 

 そう謂って微笑む奈苗に気負いや緊張は見られない。

 いつものぽややん巫女だ。

 普段通りの口調で告げるには、少々内容がキツイけれど。

 

 

「先ずは、私の持つ能力について説明しましょう」

「奈苗の能力? でもそれは」

「いえいえ、アレは代々受け継いだ血の力ですので私個人のものでは無いんですよ。本来の私の能力は『物事を正しく認識する程度の能力』です」

 

 

 物事を……正しく? 

 聞いた限りでは余り凄さは伝わって来ない能力だけど。

 首を傾げる私に奈苗が微笑みを返す。

 

 

「幾つかの選択肢が用意された、若しくは可能性を孕んだ事柄に対して今後起こるたった一つの事象を導き出してくれる能力です。解りやすく言えば、予想した展開の中から正解の未来を教えてくれるんですよ」

「……は?」

「つまり、ちょっとした予知です。ただ、一般的な予知や未来視と違ってこの能力が導き出した未来は『確実に』訪れるって事が特徴ですね。何らかの手段で状況を大きく変えない限り、と言う制約は付きますけど」

「ちょ、ちょっと待って」

 

 

 未来が、解る? 

 それって多分、世界中でも五指に入るくらい強力な能力じゃないの? 

 未来に合わせて行動するだけで財も権力も、思うがままに操る事が出来る。

 それこそ、ケイや奈苗の身に降り掛かる災難を避ける事だって出来る筈。

 私の思考を読み取ったのか、奈苗は穏やかな笑みを返した。

 

 

「問題はこの能力で識った未来は、他の誰かの行動では変えられないと言う事ですね」

「……どういう事?」

「例えば、この後台所でルーミア様がお皿を割ってしまう、と言う未来を識ったとしましょう。それを聞いたルーミア様は勿論お皿の扱いに注意しますよね?」

「そうね、割らない様にしっかり注意するわ」

「いっそお皿に触れない、或いは台所に行かない、そんな手段も有りです」

 

 

 成程、と私は頷きを返す。

 確かにお皿自体に触れなければ割るも割らないも無い。

 でも奈苗は首を振った。

 

 

「ですが結果は同じ。必ずルーミア様は台所に赴き、お皿を割ってしまいます」

「は? 何で?」

「理由はそれこそ無数に存在します。誰かに頼まれた、台所に行く必要が出来た、等々。必ず、台所でお皿を割ってしまいます。それは『ルーミア様には』変え様の無い確定した未来なんです」

「……その未来は、奈苗だけが変えられる?」

「正解です。ただ、私が未来を変えるとした場合多大な対価を支払う必要が有ります」

「対価?」

「ええ、言い換えるなら……代償、でしょうか」

 

 

 そこまで言って、奈苗は僅かに眉尻を下げた。

 代償。

 額面通りにその言葉を受け取るなら、変えたい未来の事象と同等程度の物事を奈苗が支払う事になる。

 同じ様に……ケイの命を救う場合は奈苗の命を差し出す必要が有る、と。

 

 

「理解して頂けた様で何よりです。それでは、おとーさんが殺されそうになる背景について説明しましょうか」

「っ、そうよ、何でケイが殺される様な状況になるの? やっぱり嫉妬に狂った男達の仕業?」

「あはは、普段のおとーさんの言動が偲ばれますねぇ。ですが当たらずとも遠からず、と言った感じです」

 

 

 と言うかケイが恨みを買う理由なんてそれぐらいしか思い付かない。

 冗談でも何でも無く口から出た言葉だけど、奈苗はあくまで冗談と受け取ったみたい。

 でも、完全に見当違いでは……無いのかしら? 

 その疑問に答える様に澄んだ声が届く。

 

 

「先ずは今回の騒動の原因ですが……狙いはルーミア様です」

「…………は?」

 

 

 え、なに、わかんない。

 何事? 

 私が……え? 

 

 

「ふふふ、混乱してますねルーミア様。とっても可愛くて素敵です♪」

 

 

 楽しそうな響きが耳朶を打ち、意識が戻ってきた。

 多分本当の事なんだろうけど私が混乱して面白い事になるだろうから、敢えて奈苗は色々と端折って伝えたに違い無い。

 アレだ、後でほっぺたを赤くなるまでぷにってやる。

 少しばかり頬を膨らました私を見て、奈苗は楽しそうに笑うと補足を始めた。

 最初からそう言ってよ、もう。

 

 

「下手人は都で名を挙げている、そこそこ有名な陰陽師です。本人の才覚はお世辞にも有るとは言えませんが、とある事情で力を底上げしています」

「なかなか辛辣ね奈苗。貴女がそこまで言うなんて珍しい」

「おとーさんに害為す人間ですからね。おとーさん風に言うと『慈悲は無い』です。まぁ、ぽんこつ陰陽師について知っておくべき事は二つですね」

 

 

 先ず一つ、と奈苗は人差し指を立てる。

 

 

「私が識った未来と色々な方に探って頂いた情報を統合して考えた結果、この陰陽師が人格者では無い事は確かですね。権力を振り翳し強きを助け弱気を挫く、物語の中でもなかなか出て来ない程の小悪党です。最も、今は仮初の力に酔う塵芥に過ぎませんが」

「おぉぅ……奈苗の口から聞かされると痛烈ね。どれ程下衆な奴かと逆に興味が湧きそうよ」

「恐らく会っただけで吐き気を催すと思いますよ。ではもう一つ、こちらは聞き流すには難い話題となりますね」

 

 

 ぴんと中指を立てる。

 続いて語られるのは恐らく、その陰陽師が私に執着している理由。

 

 

「さて、所でルーミア様は『何の』妖怪なんでしょうかね?」

「え? 何のって……人喰い妖怪じゃない」

「残念ながら不正解です。ぶっぶー、ですよ」

「えぇ? 本人が言ってるのに」

「ルーミア様が本物の人喰い妖怪なら、今頃この郷は骨も残らず喰い尽されていますよ。ルーミア様の場合、人喰いはあくまで嗜好の範囲でしか有りません。それに人を喰べなくなって一体何年経っているんですか? 人喰い妖怪であれば七年と持たずに飢えて死んでます」

「それはまぁ、そうね。でもそれなら私は一体何の妖怪だって言うのよ?」

「そこです」

「んみゅっ」

 

 

 言い切って奈苗は人差し指を突き付けてきた。

 伸びた指が私の唇を押してきた所為で変な声が漏れ出る。

 何処か満足そうな表情を見る限り、勢い余って触れたんじゃなく解っていてやっているらしい。

 このまま指を咥えてやろうかしら、とも思ったけど嬉しがる奈苗が簡単に想像出来たから黙っておく事にした。

 なんか癪だけど。

 代わりにジト目を向けてやるけど、奈苗は楽しそうに微笑むだけ。

 

 

「ルーミア様が何の妖怪なのか。それこそ、陰陽師が亜神『望月契』を殺す事さえ厭わない理由となります。まぁ、自らの死を迎えるその瞬間までルーミア様が目的の妖怪だとは気付かない様ですが」

「ぷはっ。もう、だから私は何なのよ?」

「端的に表すなら『宵闇』の妖怪です」

「よい……やみ?」

 

 

 思わず首を傾げる。

 幾ら妖怪が感覚的なものを根底に置いて発生した存在だからと言っても、宵闇とはまた解りにくい。

 取り敢えず詳しい話を「やぁん、へにゃって首を傾げるルーミア様可愛いです♪」とか言いながらくねくねしている奈苗から聞き出そう。

 一発ぴしっとチョップを額へ落とす。

 

 

「あたっ」

「で、宵闇の妖怪って何なのよ」

「読んで字の如く、闇に関わる妖怪です。本来、闇に近ければ近い程概念的な存在となるので現世に降りる事は無いんですけど、時折形を保ったまま発生する妖怪が居るんですよ。それを便宜上『宵闇』としている訳です」

「んー……ん?」

「解りやすく言えば、頭の良い人は自分の研究に没頭して引き篭りがちですけど、たまに人付き合いの良い人も居る、って事です」

「つまりその外に出る珍しい奴が、私?」

「そんな感じですね」

 

 

 詳しい事は兎も角、私が珍しい種類の妖怪って事は解った。

 と言う事はその物珍しさが狙われている理由? 

 ……いや。

 さっき奈苗は、件の陰陽師が私の種族を知るのは今際の際だと言っていた。

 つまり今現在私の存在は単なる人喰い妖怪としか認識されていない筈。

 ならどうして、その陰陽師はケイを襲うんだろうか。

 その疑問に、奈苗は苦笑で応えた。

 

 

「恐らくルーミア様が封印されていた事と関わりが有ると思うんですが……何の因果か封印された際の力の残滓と言いますか、端的に言うとルーミア様の力の一部が宿っているものを、その陰陽師が所持しています。それがおとーさんとの繋がりを示している訳では無いので直接の因縁は無いんですけど」

「……で、簡単に言うと?」

「ルーミア様の超強力パワーを手にして調子に乗ってる下衆が最近妖怪やら神様やら囲ってハーレムひゃっほいなおとーさんに嫉妬して喧嘩売りに来る、って感じです」

「随分はっちゃけたわね!?」

「噂で聞く限り妖怪に相当な恨みを持っているらしく、妖怪は皆殺しにするのが当面の野望の様です。奇しくも人から神へと変貌を遂げたおとーさんに目を付け、その力を殺して奪ってやろうと息巻いているそうです。早く現世から消滅して欲しいですね」

 

 

 黒い笑みを浮かべる奈苗。

 どうしようケイ、奈苗が何か怖いよ。

 戦々恐々とする私の様子を見てか、奈苗はこほんと咳払いをした。

 

 

「とは言え不思議に思いませんか?」

「え?」

「如何に強力な武器を手にしているとして、おとーさんが易々と殺されてしまうでしょうか?」

「……何か要因が有るのね」

「私の識った未来で、おとーさんは誰かを庇っていました。辺りの様子から察するに近くで火事も起きているみたいです」

 

 

 ふむふむ、火事が起きていてケイは誰かを庇っている。

 普通に考えたら人命救助の最中若しくは急な火災に見舞われたか、って所だけど。

 暢気に考察していた私は、続く奈苗の言葉で歯をギリと噛み締める事となる。

 

 

「何人かの武装した人も見受けられました。恐らく陰陽師が泡銭に物を言わせて雇い入れたならず者達でしょうね。妖怪を忌々しく思う者を集めて噂の命蓮寺か、その近くの妖怪の村へ襲撃を仕掛けた。見る限りは力の弱い妖怪、所謂『非戦闘員』と呼ばれる方も大勢いらっしゃった様です。極めて平和な集落だったのでしょう。火矢を射掛け嬲り殺しにしようとした所へおとーさんが割って入り、思いの外抵抗が激しかった為に人質の心算で近場の幼子へ弓を射掛け、それを防いで意識が散漫になったおとーさんを」

「もう、いいわ」

 

 

 何て外道な奴。

 人と殆ど変わらない大人しい妖怪達を、ケイを殺す為の足枷として利用する。

 その為に無関係の集落を襲うんだろう。

 ケイの事だから黙って見ているなんて出来ないと思う。

 

 

「まぁ、そんな感じの未来は真っ平御免ですからね。そこへ介入させて貰うつもりです」

「そう言えばどうやって? まさかとは思うけど今から出発?」

「いえいえ、もっと確実で楽な方法ですよ」

 

 

 そう言って奈苗は胸元から一枚の紙を取り出した。

 普段使っているお札とは違って何か切れ込みみたいなのが入っている。

 人型の、紙? 

 

 

「これに私の霊力のほぼ全てを詰め込んで有ります。発動条件は対を持つ者が生命の危機に陥る事、発動効果は対を持つ者の眼前へと術者を転移させる。簡単に言うと、おとーさんがピンチになったら私が参上します♪」

「……は? え、そんなのいつの間に」

「こっそりおとーさんの服に縫い付けて置きました。用意したのは以前修行と称して大社の奥へ籠っていた時ですね」

「あぁ、ケイが仏教について説明してた時に」

 

 

 確かあの時は禊と言って半日近く上の神社に籠ってたわね。

 それまで巫女の修行より花嫁の修行(家事手伝い)の方を中心にやってきた奈苗にしては珍しい、と神奈子が感心していたのを思い出す。

 その実自分が死ぬ時の用意をしていたと知ったら神奈子は間違い無く泣き崩れるわね。

 ……ん? 

 

 

「待って、奈苗が今回の未来を識ったのはいつなの?」

「そうですね、おとーさんがレミリアちゃん達を連れて帰って来た時でしょうか。あの時点でおとーさんが何者かに殺される、と言う未来は識る事が出来ました。確定していなかった部分は『おとーさんが誰に襲われるのか、命を落とす事になる場所は何処か』って所です。その後の情報で下手人の陰陽師、命蓮寺と言う場所、が判明したって事です。なのでルーミア様が思い付いた『確定する前に下手人を排除出来たかもしれない』と言う案は残念ながら使えませんでした」

 

 

 何の事は無い、と涼しげに奈苗は答えた。

 つまりケイが命蓮寺の存在を知る以前から奈苗はケイが殺される未来を能力で見せられていた、と。

 ……よくもまぁ、正気で居られたわね。

 私だったら狂っている所だわ。

 それか原因となっている奴を殺すか。

 

 

「いっそ今殺せないかしら」

「残念ながら今の状況では何も問題を起こしていない訳ですから、腐れ陰陽師を消す大義名分が有りません。無為に殺せばそう言った連中に妖怪や味方する人間を攻撃する口実を与えてしまう事になります。最悪、郷の皆さんにも危害が及びます。建前上は『望月の神、その庇護下に居る者へ危害を加えた為にこれを鎮圧した』と言う形に収める必要が有りますね」

「面倒ねえ……」

「はい、厄介です」

「どうあっても、避けられないの?」

「ダメですね。ごめんなさい」

 

 

 困った様に笑う奈苗。

 その額にもう一発手刀を落とす。

 

 

「あたっ」

「次に同じ事で謝ったらデコピンするわよ」

「でへへ……ごめんなさい」

「てぃっ」

「あたっ!? い、今のは違いますよぅ」

 

 

 若干力を込めたからか奈苗は少し涙目になっている。

 額の真ん中が徐々に赤くなるのを見て、私はふんと鼻を鳴らした。

 ……全く、本当にこの子は何でもかんでも抱え込みたがるんだから。

 愛する人が殺される、そんな未来を見せられて。

 助けるには自分が代わりに死ぬしかない、そんな事実を突き付けられて。

 大丈夫な訳が、無いじゃない。

 空元気を振り撒いて他人を気遣って。

 ほんと、バカじゃないの。

 

 

「ちゃんと解るまで何度でもやるわよ」

「ええぇ、ルーミア様がおーぼ-です!」

「愛の鞭よ」

「何かそう聞くと若干嬉しく感じる自分が憎いですっ」

 

 

 もっと頼ってくれて良いのに。

 私じゃなくても、ケロ子なり神奈子なりに相談してくれれば。

 

 

 ──ねぇ、奈苗。私達ってそんなに頼り無いかな。

 

 

 思わず漏れ出そうになった心の声をぐっと飲み込む。

 代わりに掌を真っ直ぐ伸ばし、軽く振り上げて頭頂部へ落とす。

 ぽこぽこ、と何度も何度も。

 

 

「あたっ、や、ひゃんっ」

「全く、何で今まで黙ってたのよ」

「心配掛けちゃうと思って、いたっ、やぁん」

「ばーかばーか、奈苗のばーか。そんなの気にしなくても良いでしょ、家族なんだから」

「いたたっ、こ、これ以上は振動が脳に、脳にー!?」

 

 

 良い感じに奈苗がピヨピヨしてきた所で一旦手を止める。

 そのまま右手を頭の後ろへ回し、左手で背中を支えてぐいっと抱き寄せた。

 伝わる体温は温かい。

 一瞬ぴくっと可愛らしく身体を跳ねさせた奈苗の耳元で、そっと囁く様に声を絞り出した。

 

 

「解ったわ」

「ほぇ?」

「奈苗を傷付ける奴を、絶対に逃がしはしない。必ずこの手で殺してやるわ」

「……ご迷惑をお掛けします」

「馬鹿ね、奈苗は。違うでしょう?」

「お礼……はちょっとそぐわないですね。それでは……時が来たら宜しくお願いします、ルーミア様♪」

「ええ、任されたわ」

 

 

 この愛しい子の覚悟に応える為にも。

 悲し過ぎる未来が待っているのならその未来の先諸共、喰い千切ってやるわ。

 金色の人喰い妖怪、最後の仕事ね。

 ねぇ、ケイ。

 どうせ避けられない未来なら、

 

 

 ──存分に喰ってやろうじゃない。

 

 

 



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妖怪の集落。そして水面下の謀略。

 偶然出逢った小傘を加え、珍道中は益々賑やかさを増して行った。

 響子が無邪気にはしゃぎ、ぬえが左右に振り回され、小傘が目を回して付いていく。

 うむ、改めて思うがストッパーが居ない。

 と言うか響子に振り回されるのが一人増えただけだ。

 まぁ抱き付かれる対象が一人増えた分、ぬえの負担と言うか弄られ係数は減ったと思う。

 時折ぬえと小傘から助けを求める視線が向けられるが、自ら止めに行くよりは眺めていた方が面白いから基本放置だな。

 そうして暫く道を行き目的地である命蓮寺へ辿り着いたのが、つい昨日の事だ。

 住職の聖白蓮と簡単な挨拶を交わし、暫し近くの村に滞在する旨を告げて寺の裏手に有る、通称妖怪村で旅の疲れを癒す事にした。

 

 

 ──予想外に命蓮寺の訪問で疲れたからな。噂の住職があんなに若いとは思わなんだ。

 

 

 回りに年寄連中……げふんげふん、素敵なお姉様方が多い所為かそれなりに人を観察する事は馴れてきた。

 観るに、聖は見た目通りの年齢では無い。

 一度妖怪を治療する所を見せて貰ったが、その際妖怪から僅かだが妖気を吸い取っていた。

 恐らく吸い取った妖気を使い、肉体を若々しく保っているのだろう。

 所作から察した所、聖が若返りを始めたのは或る程度老いてからだろう。

 若いまま年を重ねたのとはまた違う落ち着きが窺えた。

 とすれば、若返りの理由は死への忌避か。

 まぁ、理由は如何有れ良からぬ事を企んでいる訳では無いのは、この村の様子を見れば解る。

 皆が笑顔で道を行き交っているのが何よりの証拠だろう。

 

 

 ──余り勘繰っても側仕えの凸凹コンビに怒られるから、まぁ気にしないで置こう。

 

 

 それに聖本人もなかなかに愉快な人柄だ。

 頭を空っぽにした状態で話し合うのも楽しそうだ、と思わせる程度には話が解る。

 とまぁ、そんなこんなで取り敢えず当初の目的は達成した。

 が、そのまま蜻蛉返りと言うのも詰まらない。

 観光と慰安を兼ねて少し羽を伸ばさせて貰うとしよう、というのが賛成多数で可決された。

 投票したのは俺だけだが。

 ともあれその日は旅の疲れを癒すべくゆっくりと湯に浸かり、序に色々と楽しませてもらった。

 従順な幼女二人というのは実に素晴らしいな。

 そして朝を迎えた訳だが響子とぬえはまだ夢の中、起こすのも忍びないので適当に暇を潰す事にした。

 手始めに何か特産品の様なものが無いか宿の女将に聞いた所、この村で取れる野菜を使った根菜鍋が旨いらしい。

 牛蒡、人参、玉葱、馬鈴薯。

 それらを赤だし味噌で味付けし、おじやの様にして食べるのが実に旨い。

 味噌の代わりに塩漬けにした猪の肉を入れるとこれまた絶品。

 早速宿の女将に調理法を習って味を覚えた。

 これで郷に戻ったら皆に新しい料理を楽しんでもらえるな、と意気揚々と散歩に出掛けたのがつい今し方。

 右隣にはご機嫌な様子で閉じた傘を楽しげに提げた小傘の姿が在る。

 朝風呂から戻ってきた小傘に丁度玄関先で捕まった形だ。

 

 

「ふふ~ん、ふ、ふ~♪」

 

 

 即興の歌だろうか、どこか調子の外れた音程を鼻で刻みながら下駄をカランコロンと鳴らしている。

 陽気に笑みを浮かべて道を行く姿に思わずこちらも微笑が零れる。

 時折、視線を俺へ向けては少し照れ臭そうに笑うものだから何処と無く気恥ずかしい。

 照れ隠しに頭を撫でてやれば、くすぐったそうに首を竦めはするが嬉しそうに声を漏らすので何ともまぁ、甘酸っぱいものが込み上げて来る。

 何だかんだで好感度は上がっているらしく今は「近所の遊んでくれるお兄さん」みたいな感じで俺を捉えている節が有る。

 それはそれで美味しいシチュでは有るか、皆には内緒のえっちなお医者さんごっこを仕掛けるのも楽しそうだし、と一人頷いた所で『再び』後頭部の辺りをチリチリと焼け付く様な感覚が走り抜けた。

 

 

「小傘」

「あ、うん。ちょっと待ってね」

 

 

 呼び掛けに呼応して前を向き何事も無く歩いている小傘が如何にも『何となく』と言った体で右手に提げた傘をくるりと回す。

 言うまでも無く、小傘の本体だ。

 少々特徴的な色合いの唐傘に見える様擬態したそれが、薄っすらと眼を開く。

 ……本人は意識していないだろうが、まるで映画の中のスパイの秘密道具みたいだ。

 

 

「うん、また紙切れが飛んでる。えーと、付かず離れず?」

 

 

 そうして返ってきた答えは想定通りの内容。

 やはりと言うべきか案の定と言うべきか、予想通り紙切れが空を飛んでいる様だ。

 一見すると何の変哲も無い紙切れに見えるが、それが『常に俺の周囲を監視する様に』漂っていると在れば話は別だ。

 余り考えたくは無いが、熱狂的なファンが俺には付いているらしい。

 タマネギみたいな髪型はしていないだろうな? 

 ともあれ紙切れが風に流されている程度ならば捨て置けば良い、とそう思える程度の状況は当の昔に過ぎ去っている。

 何度目かは知らないが、最初に気付いたのは小傘と出逢う少し前。

 丁度山小屋の近辺へ差し掛かった辺りだ。

 その時は「こんな山道で珍しい」と思ったが然して気には留めなかった。

 次に見たのは小傘を連れて命蓮寺へと向かう道中で。

 ひらひらと漂いながら、しかし風に流される事無く振り向いた視界の端にギリギリ入り込むか否かと言う位置で飛び続ける紙切れに違和感を覚えるのはそう難しい事では無い。

 ……いい加減観察されているのにも飽きた所だ。

 モニターが有るかは知らないが監視者の方にはそろそろお引取り願おうか。

 

 

「どれどれ……、よっと」

 

 

 気楽な掛け声を残して背後へ飛びそのまま垂直に跳躍し右手を伸ばす。

 乾いた音を鳴らして握り締めると同時、手の中の紙切れへ能力を向ける。

 

 

「白符『拭い去り』」

 

 

 能力を向けられた紙切れは掛かっていた式──俺の能力で言う所のエンチャント──を消し飛ばされ、文字通りただの紙切れへと変わる。

 エンチャントに包括されるものは、それが物体に作用し続けているもので有る限り魔術だろうが法術だろうが、それこそあのちっこくて可愛らしいミシャグジが掛けた呪いだろうが問答無用で消し飛ばず事が出来る。

 まぁ、この紙切れに掛かっていた術がこちらの動きに対応して発動するものであるなら『拭い去り』は効力を発揮しないのだが。

 

 

 ──だから例えば、こんな風に。

 

 

 足裏に着地の衝撃が伝わるのを待って握り締めた手を開く。

 手の皺の形に走る赤い線が紙切れに残っていた。

 裂傷は綺麗に治っているが滲み出た少量の血が紙切れの抵抗を示している。

 これこそ、俺が紙切れを解呪した事に対応した術の効力だな。

 

 

「治るとは言えど全く痛くない訳じゃ無いからなぁ……地味な嫌がらせをしてくるもんだ」

「え、あ、あれ? 契くんが消えた!?」

「後ろだ、後ろ」

「わぁっ!? いつの間に瞬間移動したの!?」

「なに、小傘が俺に見惚れている間にちょっとな」

「うえぇぇぇぇっ!? そ、そんな見惚れてたりなんてっ」

 

 

 両手をぶんぶん振り回し顔を真っ赤にする小傘の姿を微笑ましく眺めながら、右手の中の紙を破らぬ様に折り畳む。

 自分一人ならいざ知らずぬえや響子、小傘に何か不都合な事が起こり得るかも解らん。

 となれば抱え込む理由も無い。

 亀の甲より年の功、と回りの奴等に聴かれれば非難轟々間違い無しの──本人は怒る所か頼ってくれて嬉しいと言いそうな──事を考えつつ、俺は一先ず宿屋へと歩みを向ける。

 幸せいっぱい夢いっぱいの幼女達を回収しなくてはな。

 

 

 

 

 

 

「たのもー♪」

「た、たのもー?」

「こんにちはー」

 

 

 三者三様の声が御堂横の母家へと響き渡る。

 ぱたぱたと駆け寄ってきたのは黄金色から毛先へ向けて紫色に変わる不思議な髪の毛をした妙齢の女性。

 こちらを認めると嬉しそうに微笑む。

 

 

「あらあら、いらっしゃい」

「よぅ、聖」

 

 

 なんともほんわかした雰囲気の女性に片手を挙げて応える。

 この何とも毒気を抜かれそうな女性こそ、命蓮寺の住職である聖白蓮だ。

 普通の……と言うか住職を見た事が殆ど無いので解らないが、恐らくは正式なものでは無いであろう装飾の付いた袈裟を着ている。

 黒の法衣に細く白長い布を巻き付けた様な、とでも言えば良いだろうか。

 

 

「こんにちは、聖さん! 遊びに来たよー♪」

「こんにちは響子ちゃん。大歓迎よー♪」

 

 

 にぱー、と笑う響子と同じテンションで返せる辺りこの女性のポテンシャルが知れる。

 しかも演技や愛想笑いでは無く本気でやっているのだから凄い。

 昨日その余りのキャラクターっぷりに思わず「何とも元気な……」と呟いたところ「はい、おばあちゃん元気ですよー♪」と返され全身の緊張感を持っていかれた。

 妖怪を惹き付けるカリスマ性を持った人物とは一体どんな切れ者だろうかと多少俺も身構えている所は有ったのだが、出会って早々に気勢を削がれ、言葉を交わして毒気を抜かれ、止めの一撃と言わんばかりに掛けられた帰り際の「また来てね契ちゃーん♪」と言う間延びした声を受け俺の中のシリアスは一気にシリアス(笑)になってしまった。

 

 

「聖さん、今日はお寺のお仕事は良いの?」

「ぬえちゃん達が遊びに来てくれそうな気がしたから先に終わらせて置いたわよ♪」

「そうなんだ、ありがとう聖さん」

「うふふ、どういたしまして♪」

 

 

 だが待って欲しい。

 気分屋の多い妖怪達を纏め上げ穏健派の陰陽師とも独自の繋がりを持っていると噂された遣り手の住職がこんなほんわか天然キャラだと誰が予想出来るだろうか。

 人を惹き付ける、と言う意味では十二分にカリスマ性が有るのは間違い無いのだが。

 

 

「おや、何か賑やかだと思ったら君達か。いらっしゃい」

「あ、ナズーリンさん。こんにちは」

「うん、こんにちは。聖、玄関で立ち話と言うのも味気無い、上がって貰わないか?」

「あらあら、うっかりしていたわ。それじゃみんな、上がって行って」

「お邪魔しまーす!」

「はーい、お邪魔されまーす♪」

 

 

 そして奥から顔を出したのは命蓮寺の頭脳と呼ばれる鼠の妖怪ナズーリン。

 腰に提げているダウジングロッドも目立つが、何より目を引くのはその頭にぴょこんと伸びる円い耳だ。

 ……シルエットの状態でハハッとか笑われたら色々と危険な香りのする形の耳だな。

 背は低く響子より少しだけ大きいくらい。

 物知りで格好良いお姉さんとしてぬえと響子からは羨望の眼差しを受けるクールビューティーだ。

 今まで周囲にクールキャラが居なかった分、ナズーリンの立ち振舞いは何かと新鮮に感じる。

 永琳はクールと言うよりは落ち着いた大学院生のお姉さんみたいなイメージが有るし、幽香は世話好きな親戚のお姉さんと言った所か。

 どちらにしてもクールと言うよりは優しく見守る保護者みたいな雰囲気が有るからな。

 ガンキャナコ? 

 知らんな。

 

 

「おや、どうかしたかい? 契以外はもう居間に移動したよ」

「ん? あぁ、すまん。ナズーリンが可愛いから見惚れていた所だ」

「物好きだね、契は。さ、私みたいに平凡な顔を眺めてないで上がった上がった。お姫様達が待ちくたびれてしまうよ?」

 

 

 くすりと軽く笑みを零して廊下を行くナズーリン。

 ブラウスとスカート、ソックスと全て鼠色で揃っている所為ですらりとした手足やうなじが眩しい。

 ひょこひょこ揺れる尻尾に誘われながら居間へ案内されると、早くも炬燵で溶けている響子とお茶を啜り幸せそうに脱力する小傘の姿が目に映る。

 ぬえは聖と一緒に台所で何かしているらしい。

 

 

「思いっ切り寛いでるな」

「平和で良いじゃないか」

「ナズぅぅ! 何処ですか、ナズぅぅぅっ!」

「……私の平和は終わったみたいだがね」

 

 

 頭痛を堪えるかの様にこめかみを押さえるナズーリンを呼ぶ声は段々と近付き、ガラリと勢い良く襖が開かれその声の主が目に涙を浮かべて現れた。

 

 

「騒々しいぞご主人。客人に失礼だろう」

「え? あ、契さんに響子ちゃん、小傘ちゃんも。いらっしゃい」

「ぬえは聖と台所だ」

「そうでしたか、ゆっくりしていってくださいね」

「で、ご主人。最早訊ねるのも億劫なんだが……またかい?」

「あっ、そうでした! ナズ、宝塔を見掛けませんでしたか!?」

 

 

 わたわたと落ち着き無く両手を振り回す金髪の女性。

 所々髪の毛の跳ねたショートカットの中に入り雑じる黒の髪が何処と無く虎っぽい。

 胸の辺りから赤、袖とフードは白い法衣と虎の腰巻きを着た姿は遠くからでも目立つだろう。

 まぁ、本人の動きも中々に目立ってはいるが。

 

 

「宝塔と言うと……昨日も探していたおでんの串みたいな奴か」

「こらっ、契さん! 有り難い宝塔をおでんの串とは何事ですか!」

「同じ様に有り難いと思うぞ? 鍋料理だから温まるし大根や牛蒡に人参も入って栄養は抜群、余った汁に米を入れて雑炊に出来るから無駄も無く美味しい。作るのも手軽だから男の独り暮らしにも良し、家族で囲んで食べるも良しだ。冬にほっと一息吐ける大変素晴らしい料理じゃないか?」

「……成程! おでん凄いですね!」

「あっさり洗脳されたがアレで良いのかお前のご主人。それに昨日の今日でその有り難い宝塔を失せ物にした様だが」

「言わないでやってくれ。本人に悪気は無いんだ」

「有ったら逆に吃驚だよ」

 

 

 ナズーリンの日頃の苦労が偲ばれる。

 と、何やらもぞもぞと響子が動き出した。

 

 

「星さん星さん、ほーとー見付けたー」

「おぉ!?」

 

 

 まったりしたまま響子が炬燵から取り出したのは、はんぺんと玉子とちくわをおでん串に刺した様な物体。

 何処と無く儚げにくすんだ光を反射しているのが哀愁を誘っていた。

 

 

「それは宝塔!」

「何かコタツの中にあったよー」

「そう言えば朝御飯食べた後炬燵で微睡んだ様な……」

「おいご主人」

「と、ともあれ響子ちゃん有り難う!」

「にへへー、どういたしましてー♪」

 

 

 宝塔を受け取った星は腰元の衣嚢へと宝塔を仕舞い込む。

 随分とゆったりした造りの所為か、半分以上宝塔が外へと出ている。

 あれでは走ったり座ったりした拍子に零れ落ちてしまいそう……あぁ、だからか。

 原因に気付いている筈のナズーリンに目を向けると、出来の悪い妹を見る様な目を星へと向けた。

 

 

「あの衣嚢、聖が同じ柄の生地を態々探して取り付けてくれたものでね。本来は小銭や髪留め何かを入れて置く為のものらしいんだが……」

「……あの満足そうな笑顔には勝てなかったか」

 

 

 むふー、と鼻息を荒くしてドヤ顔を決める星。

 宝塔をセットする事は神奈子が御柱と注連縄を着ける様なものなのだろう。

 何処と無く雰囲気がキリッとしたが両手を腰に当てて胸を張る姿に若干の憐憫を覚える。

 

 

「何だろう、この懐かしいアホの子の臭い」

「余り言わないでやってくれ」

「苦労してるな……。星、宝塔が見付かったならナズーリンを借りて行っても良いか?」

「はい、私の用事は宝塔だけでしたので大丈夫ですが……どうかしました?」

「愛らしいので口説き落としてみようかと思ってな」

「成程……って、ええっ!?」

「さて、それじゃ少し席を外すぞ」

 

 

 今度は顔を真っ赤にして固まってしまった星。

 動きと言うか反応が実に初々しい。

 少し離れた所に有る茶室を借り、座布団へ腰を降ろす。

 続いてナズーリンも座るがその際、チラリと健康的な太ももがスカートとソックスの間から覗いた。

 うむ、挟まれたい。

 

 

「何やら邪な気配を感じるね?」

「それだけナズーリンが魅力的な女性って事だな」

「やれやれ、息を吐く様に口説き文句が出て来るね君は」

「全て本心だぞ?」

「それはどうも。さて、何が聞きたいのかな?」

「中々手強いな……。まぁ、事が終わったら存分に口説かせて貰うとしてだ、ちょいと見て欲しい物が有る」

 

 

 そう言って懐から取り出すのは先程の紙切れ。

 和紙で在る為俺の血痕が少し滲んで透けている。

 ナズーリンは受け取ると訝しげに紙を開いた。

 

 

「これは……?」

「先程掴まえたものだ。何らかの式が符呪されていたらしくてな、少なくとも二つ以上有ったのは間違い無い」

「少なくとも二つ、か。もしやこの血痕は」

「俺のだ。式諸共握り潰した時に反撃のものが仕込まれていたらしい。あぁ、気分を悪くしたならすまん」

「契、手を見せてごらん」

 

 

 素早く紙を畳んで膝元に置くと両手で包み込む様に俺の右手を取った。

 指を開けさせ、傷が無いかを確認すると同じ様に左手も確認していく。

 

 

「ふむ……? 余程綺麗な断面だったのか傷痕は残っていない様だね」

「あ、あぁ、俺自身の能力の副作用みたいなもんでな、傷の治りが異常な迄に早いんだ」

「そうかい、傷口に黴菌が入っては大変だからね。では失礼して……んっ」

 

 

 断りを入れたと思った矢先、ナズーリンは俺の両手を取るとそのまま自らの両頬に当てた。

 少しひんやりとしたモチモチほっぺの感触が気持ちいい。

 否、そうではなくて。

 

 

「もし、お嬢さん。一体何をしているのかね?」

「何、世間では恋人同士はこうやって暖を取りつつ互いに好意を伝えるものだと聞いてね。試しに私もやってみた訳だ」

「……色々と言動が予想の斜め上を行っている所為か何から突っ込めば良いのか解らん。取り敢えず何故俺相手に突然そんな事を」

「おや、私を口説いてくれるのだろう? 残念ながらこの年まで異性との良縁には恵まれなかったのでね、契の様に格好良い男性に口説かれては直ぐに堕ちて行ってしまうのさ」

 

 

 くつくつと喉を鳴らして笑うナズーリンを見て、漸くからかわれていた事に気付く。

 だが良く見るとナズーリンの頬も僅かに朱が差している。

 気恥ずかしさを覚えはしたが、それはお互い様と言った所か。

 と、不意に可愛らしい顔の眉間に皺が寄った。

 

 

「どうかしたか?」

「これは……ふむ、成程」

「何か解ったのか」

「少しばかり奇妙な事が、ね。今の戯れで契に付いていたものとは違う妖力をこの紙から感じ取ったのでね」

「俺に付いていた妖力?」

「ぬえ、小傘、響子の三人娘さ。ぬえと響子のは特に強く付いていたが……稚児趣味かい?」

「女性の趣味が上下に広いだけだ」

「私の貧相な身体付きでも興奮して貰えるのだから良い情報では有るよ。まぁ、それはこの際置いておくとして、だ。その三人以外の妖力が僅かに残っていたんだ」

「村の誰かの妖力じゃないのか?」

「否、村の人達の妖力は覚えているからね。全く違う質のものだよ。そしてその妖力がこの紙に付いていると言うのが、引っ掛かっている事なのさ」

 

 

 紙を広げたナズーリンは姿勢を正して告げる。

 

 

「この紙に付いていたであろう式とは恐らく陰陽師の使う術。言わずもがな、陰陽師は退魔師としての側面も有り妖怪の敵とも言える存在だ。その陰陽師の使う式紙に妖力が付着していた、と言うのは少々異質な事だとは思わないかい?」

「……確かに、違和感が有るな」

「加えて狙われていた──と仮定するけど、相手に選ばれたのは諏訪の地で人も妖怪も神も仲良く暮らしていると噂の郷を支配している望月契その人だ。反撃の呪を組み込んだ式紙で追わせていた以上、如何にも友好的では無さそうだよ?」

 

 

 ナズーリンの見解を受け、顎に手を当てて考え込む。

 先ず、この式の付いた紙の持ち主は陰陽師の可能性が有る。

 知り合いの陰陽師と言えばぬえを追い駆けていたあの妙に存在感の有る男しか居ないが、不比等が居る以上その可能性は無いと見て良いだろう。

 となれば俺の知らない奴がこれを仕掛けたと考えるべきか。

 

 

 ──誰が、はこれ以上進まないか。なら次は何の為に、を考えてみよう。

 

 

 この紙が現れたのは命蓮寺へ向かう山道の途中、小傘と出逢った山小屋の近く……否、命蓮寺へと向かう分かれ道を通り過ぎた辺りからだ。

 命蓮寺へ向かう者を監視する名目なのか、はたまた俺があの道を通ると予想して待ち伏せていたのか。

 どちらにせよこの紙がここに有る以上更なる反応が起こる事は想像に難くない。

 無作為に選ばれた中の一人が俺だったのか、或いは俺を狙って式を飛ばしたのか。

 

 

「……駄目だな、まだ解らん事が多過ぎる」

「まぁ、用心しておくに越した事は無さそうだね」

「だな。さてと、そろそろ戻るとするか。台所で聖とぬえが何をしていたのかも気になる所だしな」

 

 

 言うが早いか、廊下から僅かに甘い匂いが漂ってくる。

 餡子の匂いだ。

 となれば汁粉かおはぎか、はたまた餅か。

 途端、腹の虫が高らかに声を上げる。

 

 

「ふふっ、随分と正直な身体だね」

「食道楽だからなぁ」

「それじゃ行こうか、皆も待っているだろうから」

 

 

 すくっと立ち上がったナズーリンに続いて腰を上げて……降ろす。

 俺の挙動に首を傾げるが、直ぐに合点がいった様で笑い声を漏らしていた。

 

 

「くくっ、つついても良いかい?」

「足以外なら構わんぞ」

「では早速」

「あ、こら! 今痺れて、ぬぁー!」

「はっはっは、悶える顔も中々良いものだね」

「ちょ、やめ、アッー!」

 

 

 俺の背後に回りつんつんと両足を突いて来るナズーリン。

 こいつ隠れドSか! 

 苦悶の声を上げていると様子を見に来た響子とぬえが何故か参戦してきた。

 三人に弄ばれながら、俺は復讐を心に誓うのであった。

 

 

「お前らいい加減に……ぬわーっ!」

「あはは、契さんぷにぷにー♪」

「ふくらはぎもむにむにー」

「くくっ、悶える表情が実に良いね。ゾクゾクしてくるよ?」

 

 

 騒ぎを聞き付けた小傘に救出されるまで三人の襲撃は続くのであった。

 小傘マジ天使。



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僧侶と船長。そして不安への備え。

 

 

「あらあら、みんな元気一杯ねぇ」

「俺は元気を吸い取られたがな」

 

 

 頬に手を当てたおやかに微笑む聖に溜め息を返す。

 先程の襲撃を抜けた俺は聖とぬえが用意してくれた雑煮を食べている。

 俺は小豆の皮を苦手としているとぬえが伝えてくれたので、一人だけ雑煮だ。

 澄まし汁に餅と三つ葉と高野豆腐に人参、椎茸が入ったあっさりとした雑煮。

 聖の祖母が昔作ってくれたレシピらしい。

 本来は鶏肉も入るそうだが、まぁ仏門の徒だから肉が無いのは当然だろう。

 素朴ながら出汁の効いた塩味が旨い。

 他の皆は汁粉を食べている。

 餅をうにょーんと伸ばしながら食べる響子が実に可愛らしい。

 とは言え後のお仕置きに手心は加えないが。

 

 

「あー、面白かった♪ 契さんびくんびくんして可愛かったよー♪」

「後で覚えとけよ響子、ぬえ。息が出来なくなるまで擽ってやる」

「お、お手柔らかに……」

「はっはっは、まぁ面白かった対価としておこうか」

「ナズ、余りやんちゃではいけませんよ? すみせん契さん、時々ナズは悪戯っ子になる事が有りまして」

 

 

 珍しく星がしっかりしている様に見える。

 多分目の錯覚だろう。

 

 

「しかし新年でも無いのに何で汁粉と雑煮なんだ?」

「お正月用にと村の皆さんが分けてくださったのですけど、流石に量が多かったので食糧庫から溢れる分を頂いてしまおうと」

「成程な。有り難い事だ」

「ええ、本当に」

 

 

 郷でも、よく皆が岩魚だの猪だのを持ってきてくれている。

 前に松茸は持っていったが今度春先にでも山菜を採っていくか。

 筍採りも良いかもしれん、妹紅や輝夜も連れて楽しく散策と言うのも中々に乙だな。

 そんな風に意識を飛ばしていると、廊下の奥から二人分の足音が聞こえてくる。

 話し声混じりのそれは少しずつ大きくなり居間の前までやってくる。

 声と足音が止まると同時、からりと襖が開かれ二人の少女が姿を見せた。

 

 

「お、大将来てたんだ? おちびちゃん達もいらっしゃい♪」

「むぐむぐ……こんにちはー」

「こんにちわ! ふっふっふー、成長したら船長より大きくなっちゃうよー♪」

「その頃には私も一足お先に大人の女性だよ?」

「な、なんだってー!」

 

 

 早速賑やかに響子と遊んでいるのが船長こと村紗水蜜だ。

 元は舟幽霊だったらしく、村の皆からは親しみを込めて船長と呼ばれている。

 舟を沈める側なのに船長とはこれ如何に。

 服装は水平服にキュロットという活動的なもの。

 小傘に負けない健康的な小麦色の太ももが実に美しい。

 髪は多少癖の付いた黒のショートヘア。

 今は外しているがキャプテンハットも持っている。

 性格は見ての通り、社交的でフランクだ。

 俺の事を大将と呼び、ぬえと響子をおちび、小傘をお嬢と呼んでいる。

 

 

「あら、望月君は一人でお雑煮?」

「小豆の皮が苦手でなぁ。食えない訳じゃ無いんだが」

「好き嫌いすると大きくなれない、って聞くけど望月君を見ると迷信なのが解るわね」

「別に一つや二つ嫌いなものが有ってもそんなに関係無い。大事なのは偏食せずに野菜、果物、穀物、魚、肉を満遍なく食べる事だな」

「お肉かぁ……仏教徒には難しいわね」

「本来なら肉も重要な栄養源なんだが……代用するなら大豆や海藻なんかを摂ると良いだろうな。特に大豆は万能と言っていい。豆腐や納豆を毎日食べるのもオススメだ。唯一、痛風には注意が必要だが」

「なるほど、じゃあ今晩は湯豆腐で決まりね」

 

 

 お豆腐は有ったかしら? と台所へ向かって行った尼僧は雲居一輪。

 頭巾を被っている為判りにくいが、中々の美人だ。

 少し癖の付いた青み掛かった髪を後ろで纏め上げているらしいので是非とも御目に掛かりたいものだ。

 ポニーテールとか大好物でしかない。

 快活で家庭的で美人と非の打ち所の無い逸材なのだが、尼僧の格好がそれを覆い隠していて実に勿体無い。

 いやまぁ、俗世から離れて欲を捨て去る為には異性の興味を引かない事も或る種重要なのだろう。

 

 

「ねぇねぇぬえちゃん、おもち咥えたままこっち向いて」

「んゆ?」

「はぷっ♪ おもちうにょーん♪」

「うにょーん」

 

 

 ぬえが咥えた餅を反対側から咥え、そのまま後ろに下がって餅を延ばす響子。

 二人の間を一筋の餅が繋ぐ光景は……ロマンチックでは無いが微笑ましい。

 これが噂のモッチー☆kissか。

 響子は満面の笑みだが、ぬえは少し照れ臭そうに頬を赤く染めている。

 それでも満更でも無さそうな所を見ると将来的に二人の間に喜増塔でも建ちそうな気がする。

 ここまで百合百合しいのは見た事が無いから新鮮だな。

 フランとこいし、チルノと大ちゃんのペアもこの二人には及ばない。

 懐いた理由は定かでは無いが二人の仲が良好で有るなら別に良いか、という気もする。

 

 

「はぷはぷ……ちぅちぅ♪」

「んゅぅ!?」

「ちゅっちゅー♪ ……ごくん。ぬえちゃんの唇やわっこい♪」

「あ、こら! ぬえの唇は俺のだぞ!」

「にへへー、ごちそうさまでした♪」

「はぅぅ……」

 

 

 そのまま餅を食べ進めた響子は、然も当然の様にぬえと唇を交わした。

 軽く触れるだけと見せ掛けてぬえの口の中に入っていた餅も吸い取っていったらしい。

 餅が無ければ舌を差し挿れていたであろう。

 全く、油断ならない幼女だ。

 そんな事を考えつつ餅を咥えた所で右の袖をくいくいと引かれる。

 振り向くと真っ赤な顔をした小傘が目を閉じて俺の咥えた餅に、ぱくりと食い付いてきた。

 端を軽く咥えただけだからか、すぐに餅は切れてしまう。

 それでもどこか満足そうに、少し照れ臭そうな笑みを浮かべて小傘は餅を飲み込んだ。

 

 

「あはは……結構恥ずかしいね、これ」

 

 

 そう言って頬をポリポリと掻く小傘。

 なにこの娘かわいい。

 

 

「村紗の分もお汁粉持ってきたわよー。って、何その変な顔」

「お汁粉よりも甘ったるいもの見ちゃったの」

「ん? ……あぁ、成程。じゃあお雑煮にしとく?」

「いっそ盛り塩でも良い」

「それって村紗が成仏しちゃうんじゃない?」

「舟幽霊は海が本拠地みたいなもんだから塩なんか痛くも痒くも無いわい」

「いやまぁ、確かに海の塩分で成仏しちゃった舟幽霊の話は聞いた事無いけれど」

「実際無意味。古事記にもそう書かれている」

「いや書いてないわよ!?」

 

 

 なにやら背後が賑やかだ。

 だが今はそんな事はどうでもいいんだ、重要な事じゃない。

 手早く雑煮を平らげて小傘とのイチャイチャタイムに突入せねば。

 

 

「あらあら、仲が良いのねぇ」

「おや、てっきり聖は契の様に多数の女子を侍らしているのは好ましくないと考えるかと思ったのだけど」

「契ちゃんはしっかり一人一人と向き合っているから大丈夫じゃないかしら? 自分を中心に女の子と付き合うんじゃなく、ぬえちゃんや響子ちゃん、小傘ちゃんを本位にして考えているから、本当の意味で悲しい涙を流させない様に頑張っていけるんだと思うわよ」

「ふむ……?」

「一人一人に本気で好きって思えてるから大丈夫、って事かしらね。ごめんなさいナズーリン、ちょっと解り難かったかしら?」

「いや……納得したよ。確かに契は『中心に居る自分と、その周りに侍らした女子』ではなく『女子それぞれの一番である自分』という立ち位置の為に動こうというのが感じられるからね。いやはや、惚れ直してしまったな」

「あらあら♪ ナズの為にお赤飯を炊く日も遠くは無いかしらね」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さて、一息吐いた所で少し話が有る」

 

 

 雑煮を食べ終え、抱き締めたり撫で回したり耳元で愛を囁いたりして小傘を目一杯可愛がったのでそろそろ本題に入ろうと思う。

 ニコニコと楽しそうな聖、少しばかり羨ましそうな顔のナズーリン、砂糖を吐き疲れた様子の村紗、そんな村紗に苦笑を浮かべる一輪、刺激が強過ぎたのか先程まで真っ赤な顔で固まっていた星がこちらへ向き直る。

 ちなみにぬえは左腕、響子は右腕に寄り掛かり、小傘は俺の胡坐の中に居る。

 

 

「改まってどうしたの? 望月君」

「ここに着いてから気になる事が出来てな。余り愉快な話では無いのが心苦しいが……一輪、ここの村や命蓮寺を監視している連中に心当たりは有るか?」

「監視って……穏やかじゃないわね、どうしたの?」

「あぁ、すまん。急ぎ過ぎたな。実はこの村──或いは命蓮寺へと向かう道中でこんなものを見付けた。ナズーリン、さっきの紙を出してくれ」

 

 

 渡したままだった例の紙をナズーリンが懐から取り出す。

 多少赤で化粧されているが、それ以外は白い紙切れだ。

 

 

「これは……随分と上質な紙ですね。なにやら素敵な香りのする紅も引いてある様ですが」

「照れるぜ」

「ん? 何故契さんが照れるんです?」

「ご主人。この赤いのは契の血だよ」

「ほうほう、契さんの血ですか。……え?」

「つまりご主人は契の血を素敵な香りのする紅と評した訳だ。存外に情熱的だねご主人?」

「な、え、や、えぇっ!?」

 

 

 ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながら星をおちょくるナズーリン。

 イイ性格をしているな。

 まぁ神奈子以上に初々しい反応を見せるのだから弄りたくなるのも解る。

 そんな二人とは対照的なのが両脇のちびっこ二人。

 俺が血を流したと理解した途端ゆらりと怒りのオーラが立ち昇る。

 とは言え竜虎の様な猛々しいものではなく、子猫と子犬が前足を振り上げてがおーと威嚇しているくらいには可愛らしいものだったが。

 二人の頭を撫でてやると、多少落ち着いたのか怒気は発散された様だ。

 

 

「まぁ星の嬉し恥ずかしな感想は置いておくとして、だ。問題はそれが一体何なのか。ナズーリン、説明を頼む」

「任されたよ。さて、この紙切れだが今は何の変哲も無い只の紙切れだ。だが契がこれを見掛けた時は、これに何らかの式が付けられていた様だ」

「何らかの式、ですか?」

 

 

 軽く咳払いしながら星が尋ねる。

 聖は良く解っていないのか柔らかな雰囲気のまま、一輪と村紗は思案顔だ。

 

 

「陰陽術、と言い換えても良いだろう。契の話では少なくとも二つ。一つはこの紙切れに符呪された術を解呪すると対応して解呪した者へ危害を加えるものだ。……この紙切れに契の血が付着しているのは、そういう事さ」

「あぁ、怪我なら直ぐに治癒したから大丈夫だ。心配してくれて有難うな」

 

 

 聞いた途端に怪我が無いかとあちこちぺたぺたと触って確認するぬえと響子に苦笑と感謝を返す。

 小傘も驚いてはいるが、特に問題無いと解ってほっとしている。

 他の皆も安心した様子を見せるので、俺としては少々くすぐったさを覚える。

 大した怪我も無い上、多少の事なら瞬時に治ってしまうからな。

 

 

「契は見ての通り元気だから一先ずこの術式については思案の外へ置いておこうか。問題はもう一つの術式だね」

「何だったの? もう一つの術式って」

「残念ながらそれはまだ解っていないんだ。……そうだよね、契?」

「残念ながら、な。予想は出来るが」

「勿体ぶらずに教えてよ大将」

「そうだな、この紙切れだが……最初見付けた時は空に浮かんでいた。背後の空、振り向いても視界の端にギリギリ入るか入らないか、という位置だ。発見したのはここへ向かう山道で数回、先程小傘との逢引中に一回。正確な数は解らないが幾度も俺を追尾していたのは間違い無いだろう」

「追尾、ねぇ。色男は辛いってやつ?」

「追っ掛けが女性なら諸手を挙げて喜ぶ所なんだがな。ともあれこの紙切れに仕組まれた術式は恐らく監視、遠見、偵察、と言ったものじゃないかと俺は思う」

「その根拠は?」

「第一に、付かず離れずの距離で付いて来ていた事。幾度も隙と言うか、襲撃する好機は有った。しかし襲ってくるでも無く只漫然と追尾してきたのは紙切れに攻撃の術式が組まれていなかったからでは無いかと思う。次に、この紙切れが最初から最後まで付いてきていたと言うのが気になる。命蓮寺や村へ向かう者を確認したいので有れば、数箇所にこれと同じ様な紙切れを浮かべてそこを通った時に反応する術式を組めば良い。それをせずにこれ一枚を使い続けたのは相手が俺に執着する理由が有るからじゃないか?」

「ちょっと待って望月君」

 

 

 一輪が整った柳眉を寄せて疑問を呈する。

 美人はどんな表情も映えるな。

 と、少しばかり邪念を込めて見ていたのに気付いてかジト目を向けられた。

 

 

「邪な気が飛んで来たのはこの際無視するとして、何故望月君を監視していた紙切れがこれ一枚だけだと断言出来るの? 今言った様に幾つも用意して有って、中継させていたのかも知れないわよ?」

「確かに、その可能性は有るな。まぁこの紙切れが俺を付け狙っていたとする根拠は無いに等しい。俺の勘だからな」

「勘って……」

「馬鹿馬鹿しく思えるかも知れんが、聞いてくれ。俺は自身に向けられた攻撃や悪意、それに類似したものを時折感じ取れる事が有るんだ。後頭部の辺りを焼け付く様な感覚が走り抜ける。そうした感覚を、こいつから数回、全く同じ強さで感じたんだ。それでこいつの存在に気付いたって訳なんだが」

「ふむぅ……」

「良いじゃないか一輪。契がそう感じたのなら間違いは無いだろう。実際こうして紙切れの存在に気付いているのだから」

「いやまぁ、良いっちゃ良いけれど。と言うかナズ、貴方篭絡されてない?」

「恋は盲目と言うが、愛は甘美な罠なのだよ」

「いや、意味が解らないんだけど」

「ふふふ理解出来ないのは当然だよ何せ私の心は既に契が奪い去ってしまったからね! と言うかあの仄暗い瞳に見詰められて堕ちない女性等存在しないとも私も仏門に入って長いがここまで心を揺さ振られるとは思ってもいなかったよ今なら座禅組んでも雑念しか浮かばないね否寧ろ契の事しか考えられないのだから或る意味では一心に集中していると言えるのかも知れないな実に罪な人だよ契はふふふふふふ!」

「あ、駄目なやつだわコレ」

「ナズーリンは置いといて本題に入るとしよう」

「放置されると言うのも意外にゾクゾクくるね?」

 

 

 おかしい、当初見えていたクールキャラは何処へ消えたのか。

 廃テンションぶっぱ型ヒロインとは思わなかった。

 神奈子が前に似た様な台詞は口にしていたがアレはテンションに引き摺られたのとその場のノリでやっている節が有ったからな。

 それに引き換えナズーリンは恐らく素なのだろう。

 ……ひょっとして俺はとんでもない女の子に手を出してしまったのでは無かろうか。

 若干脳裏に不安が過ぎる。

 

 

「まぁ一先ず置いといて、だ。本題はここからだ」

「今後の対応、かしら?」

 

 

 それまで沈黙を保っていた聖が口を開く。

 雰囲気はぽややんとしたままだが、目の奥に光る意思に微塵も油断は無い。

 

 

「……そうだな。俺を狙っている者が居て、その目となっていた紙切れの術式を解呪したのだから、何かしらの行動を起こしてくると考えられる。反撃の術式を仕込んでいるのだからどうにも穏やかな相手では無さそうだ。術式を組んだ相手が直接乗り込んで来る事も有り得るだろう」

「確かに余り仲良くなれそうな雰囲気じゃないわねぇ」

「最悪の展開を予想すると……襲撃が有るかも知れない。そうなった場合、ここだけでなく村にも被害が出る。無差別に攻撃を仕掛けて来る様な相手だった場合、俺一人では皆を守り切れないだろう」

「そうねぇ、この手の術式を組めるのは陰陽師の方だし、陰陽師の方達は余り私達の事を快く思ってはいないでしょうから」

「そこで、だ。こう言った事を頼むのは心苦しいんだが……聖。有事の際はぬえや響子、小傘の事を頼んでも良いだろうか」

「狙われるのは恐らく契ちゃんだけ、それならこの子達を危害の及ぶ場所、言うなれば自分の側には置いておきたくは無いわよねぇ。だったらこの子達を一先ず預けて、自身は離れて戦場を移動させる。そんな所かしらぁ?」

 

 

 何の事も無さげに言う聖。

 こちらの目的をずばりと言い当ててしまうのは流石と言うべきか。

 無論、ここまで語った事が全て杞憂で、何も起こらないまま帰路へ着く可能性だって有る。

 考え過ぎだと笑われてしまった方が良い。

 

 

「……まぁ、最悪を想定したら、だ。そこまで神経を尖らせる事も無いだろう」

「それでも、万が一の時は責任を持って預かるわ。だから契ちゃんも安心してね」

「有難う、聖。恩に着る」

「何も無いのが一番だけどねぇ」

「はー……色々と考えるもんだねぇ大将も」

「流石に大丈夫じゃないかしら。姐さんも星も居るんだし、そんじょそこらの山賊程度なら直ぐ制圧出来ちゃうわよ」

「良く解りませんが寺と村の事は私に任せてください!」

「ふふふ何心配は要らないよ私と契の愛の力の前には全ての者が平伏せるのだからねいっそ契の為の国を作ってみるのも面白いかも知れないね毎日契を眺めていられる生活とかどうだろうかあぁ駄目だねそんな事をしたら私の心が高まり過ぎて性活になってしまいそうだ子供は何人欲しいんだい私は契が望むなら幾らでも応えてあげるともさぁ今宵は早速子作りに励もうじゃないかこの年で処女というのも恥ずかしいが契に捧げられると考えたら寧ろ今までの私良くやったと褒めてやりたい所だよふふふふふふふ!」

「うん、ちょっとナズ黙ろうか」

「あらあら、ナズったら」

「姐さんもあらあらじゃなく止めてよ!?」

 

 

 暴走するナズーリンに村紗と一輪がストップを掛けているが、アレは暫く止まらないだろうな。

 と言うかどうしてこんなキャラに。

 これは一度自分が無力な雌だと言う事をしっかり見詰め直す様に躾けてやった方が良いのかも知れん……っと、いかんいかん。

 また俺の中の鬼畜眼鏡が疼き始めた。

 最近どうも抑えが緩くなってきた気がするな。

 また諏訪子でも調教して発散しなくては。

 そんな風に思考を飛ばしていると、不意に両腕と胸に当たる感触が強くなった。

 視線を下げれば、ぬえ、響子、小傘が瞳に不安を宿している。

 

 

「契さん、だいじょぶ……だよね?」

「怖いのはヤダなぁ……」

「陰陽師の人って、妖怪を退治しちゃうんでしょ? そんな人達が来たら……」

 

 

 両手を回して無言で三人とも抱き締める。

 わぷっ、と三重奏が聞こえたが気にしない。

 俺の心音を聴かせる為に密着しているんだからな。

 体温を交わしながら心音を聴かせてやる事で赤ん坊が泣き止む様に、こうして身体を寄せる事は相手の不安を払拭する効果が有る。

 早速効果が出たらしく、強張っていた三人の身体からふっと力が抜けた。

 それぞれ脱力した声を上げながら凭れ掛かってくる。

 

 

「ふにゅ……♪」

「わふぅ……♪」

「はわぁ……♪」

「落ち着いたか?」

「あはは、有難う契くん。ちょっと不安だったけど、すっかり元気になっちゃった」

「何、お安い御用だ。ぬえも響子も、勿論小傘も、笑ってる顔が一番可愛いからな」

「……もぅ、契くんの女誑し」

 

 

 頬を赤く染めて身体を預ける小傘。

 両脇腹にはぬえと響子がしっかりとしがみ付いている。

 何やらチラチラ所では無く穴が空く程強い視線をナズーリンの方から感じるが、今この時間は三人娘に譲って貰おう。

 胸元に小傘の温もりを感じ、両手でちびっこ二人の頭を撫でながら、俺は言い知れぬ不安を思考から放り出した。

 

 

 ──願わくばこのまま何事も無く家に帰れると良いんだが。

 

 

 

 

 

 

 この時、普段の様に適当な事を考えて悪しき展開を回避出来る様にしなかった事を。

 多少無理をしてでもこの日の内に命蓮寺を後にしなかった事を。

 違和感を持った時点で紙切れを排除しなかった事を。

 俺は死ぬまで後悔し続ける事になる。



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異伝――男、それが求めた力と狂気。

注意。


今回の話には残虐な表現が多く含まれています。
苦手な方はご注意ください。





 いつからなのか、と言う問いには答えられなかった。

 物心付く前。

 それともこの世に生まれ落ちた時だろうか。

 解らない。

 だが、どうしてなのか、と言う問いには自信を持って答える事が出来る。

 忘れもしない、あれを手にしたからだ。

 あぁ、解った。

 いつからなのか、と言う問いの答えも、きっとあれを手にした時からなのだろう。

 私が、妖怪を憎む様になったのは。

 きっと、多分、恐らく。

 あの力を手に入れた瞬間からだ。

 あの力が何なのかは解らない。

 だが、今の私には関係の無い事だ。

 力は只力で在るだけで良い。

 純然たる力に、理由も謂れも由来も発祥も正義も理念も信念も思想も要らない。

 必要なのは、それを振るう事だけだ。

 

 

 

 

 あれを初めて手にしたのは、私がまだ幼く野山を駆けるのが何よりも楽しかった子供の頃だ。

 当時の私には怖い物など無く、世の中の全てが好奇心を満たす為の素晴らしい宝物に見えていたのだ。

 空を飛ぶ鳥も、野を掛ける兎も、往来を行く人も、辺りに転がる石ころでさえ。

 私の世界を広げる為の役者であった。

 そうして毎日広がっていく世界に、私は目を輝かせていた。

 今思い返してみるだけで、何と浅はかで愚かしい子供時代で在ったのだろうと自嘲の笑みが零れ落ちる。

 知らぬ事とは言え、どうやら幼い私は余程純粋で、無知な子供だったらしい。

 母もそんな私の様子に苦笑に近い笑みを零している事が多かった様に思う。

 手の掛かる子程可愛い、というものなのだろうか。

 父は毎日の様に服を泥で汚し生傷を作って帰ってくる私を、その太い腕で優しく、しかし不器用に撫でてくれた。

 終ぞ言えなかったが、私は父に撫でられる度にくすぐったい様な誇らしい様な、そんな気持ちになっていた事を覚えている。

 二人共、私の自慢の両親だった。

 最期の時まで、愚かな私を守り、救ってくれた。

 そう、両親は既に他界している。

 他でもない、私の所為で。

 

 

 

 

 切っ掛けは些末な事だった。

 私には同年代の友人が居た。

 いつも尊大な態度を取りつつもその実面倒見が良い奴、遠出したり少しでも危険な事をしようとすると涙目になりながら止めようとする奴、そんな私達を眺めて一歩引いた位置から楽しんでいる奴。

 私達はいつも四人で遊んでいた。

 在る時、私達は行商人からちょっとした噂を聞いた。

 曰く、里山の裏には小さな祠が有り、そこには強大な力が眠っている。

 言うまでも無く、里山にその様な話は一切出回っていない。

 私も父の手伝いで何度か倒木を片付けたり、冬に使う薪を拾いに行ったりして里山には慣れ親しんでいる。

 人を襲う妖か獣の類も居らず、精々青大将が日当たりの良い場所で日向ぼっこをしているくらいのものだ。

 はっきり言って眉唾では有ったが、度胸試しには丁度良い。

 とは言え何かしらの危険が有る可能性は捨て切れない。

 土砂崩れや他の山から迷い込んだ猪が出ては子供に太刀打ち出来る術は無い。

 そこで私達は村に住んでいる妖怪の濡女子に、里山で茸狩りをしてくると伝えた。

 私達の村では争いを好まない妖怪や、人と結ばれた妖怪が共に暮らしている。

 この濡女子も、そうした一人だ。

 そして、この村に一番初めに住み着いた古株の妖怪でも有る。

 ……ちなみに、私はおしめを替えられた事も有る。

 そう言った経緯も有ってか、彼女は私を甚く気に入っている様だ。

 

 

「里山にかい? 危ない事は無いだろうけど、余り遅くならない内に帰るんだよ。あぁそうそう、茸が豊作だったらアタイの所にも持ってきておくれよ? 期待してるからね、坊」

 

 

 ころころと喉を鳴らして私に枝垂れ掛かってくる。

 濡女子の癖に明るくからっと晴れ渡った空の様な性格だ。

 生まれてくる種族を間違えたのでは無いかと常々思う。

 何かとじゃれ付いてくるのを適当にあしらい、言伝は済ませた私達は意気揚々と里山へと向かう。

 ……途中彼女にからかわれた事を茶化されもしたが。

 なだらかな斜面と見通しの良い木立を抜ければ里山の入り口へと辿り着く。

 柔い土を踏み締め、或る程度進んだ所で私達は分かれた。

 私ともう一人は二手に分かれて祠を探しに、残りの二人は山道から程近い場所で茸を探しつつ私達が戻るのを待つ。

 これで山へ来た大人達への言い訳は立つ。

 あの場所からなら多少遠くへ茸を探しに行ったと言え然程離れはしないと思えるだろう。

 二刻程度と時間を決めて、私ともう一人は山中へ散った。

 行商人の話では杉林を抜け沢を上流へ向かい四半刻程歩いた辺りに件の祠が有ると言う。

 無論見付かりはしないだろうが、その時は沢で魚を獲って帰れば良い。

 暇潰しには持って来いだ。

 ちょっとした非日常を堪能する為、私は足取りも軽く山を登り始めた。

 向かうは東の杉林。

 里山には薪を収穫する為の杉林が幾つか存在する。

 先人が里山を切り開いた際に植樹したものらしい。

 そして、その杉林の側には山頂から湧き出る清流が幾重にも分岐して出来た沢が有る。

 その中でも一箇所だけ離れた場所に有り山道からも大きく外れた位置の杉林へ、私は足を進めた。

 大層な理由等無い。

 強いて言うなら、人が余り入り込んでいない場所の方が探索するのも面白そうだと感じたくらいか。

 結果として、その考えは正しかった。

 祠を見付ける事一点に限って言えば、だが。

 

 

 

 

 余り人の入りが無いと言う事はそれだけ足場が悪いと言える。

 大きく張り出した木の根や鬱蒼と茂る竹薮を越えて暫く歩くと、漸く目的の杉林が見えてきた。

 暑い。

 暦の上ではもう秋だが、降り注ぐ日差しは今だ強い。

 噴出す汗が肌着を張り付かせ不快感を煽る。

 沢もまだ遠いのか吹き付ける風は何処か生暖かい。

 遠く聞こえる鳥の鳴き声が木々の合間へと木霊し消えて行く。

 思わず悪態が口を衝いて出そうになるのを堪え、杉林を掻き分けるように進む。

 時折木の根に足を取られそうになりながら歩き続けると、不意に視界が晴れた。

 それと同時、浮遊感が襲う。

 斜面を滑り落ち、尻を強か打ち付けた。

 鈍痛が痺れる様に広がっていく。

 何事かと振り返れば、杉林は途中から抉れる様に失われていた。

 付近に倒木は見当たらないが恐らく土砂崩れを起こしていたのであろう。

 が、僥倖と言うべきかはたまた不幸中の幸いと言うべきか。

 滑り落ちた先から小川のせせらぎが聞こえてきた。

 どうせ背後の斜面は登れそうも無いのだ、このまま川の上流へ向かって進んでみよう。

 ここからは無理でも迂回して登れる場所は幾らでも有る。

 立ち上がって服に付いた土を払い、私は川の方へと歩き出した。

 小さな砂利を踏む音、川の流れる音、鳥達の囀りが抜ける音。

 それらをどこか遠くに聴きながら進んで行く。

 大きな岩等は無く歩き易い。

 暫くのんびりと歩いた所で、小川が途切れた。

 水は斜面の地中から流れ出ている。

 これ以上川を辿るのは無理そうだ。

 どうしたものかと考えた矢先、私は或る事に気付いた。

 左手の竹薮の一部が、不自然に途切れている。

 覗いて見ればまるで獣道の様に地面が踏み固められており、竹薮の先へと続いていた。

 不思議と生き物の気配や糞等の形跡は無かったが、私は好奇心に押されてその道を辿る事にした。

 が、私は直ぐに違和感を覚える事となる。

 この道はおかしい。

 普通で有れば多少なりとも獣道というものは蛇行する筈だ。

 しかし、この道は真っ直ぐ一本道なのだ。

 振り返れば先程入ってきた藪の切れ目が見える。

 名状し難い感覚に首を傾げつつも、私は歩みを止めなかった。

 そして辿り着いた。

 草一本と生えていない、大きく円を描く様に露出した地面。

 その中央に灰色をした石造りの小さな祠が有る。

 これが話に聴いた祠なのだろう。

 どの様なものなのか確かめるべく、私は何気無く一歩踏み出した。

 

 

 ────!? 

 

 

 その瞬間、ぞわりと恐怖が撫で上げた。

 背筋を這う様な気持ち悪さ。

 思わずびくりと身体が震える。

 何事かと周囲を見渡して、初めて私は気付く事が出来た。

 一切の音が消えている。

 先程まで聞こえていた筈の風の音も、鳥達の囀りも。

 その全てが消え去っていた。

 自分の心臓の鼓動さえ、聞こえては来ない。

 ここに来て、私は後悔と言う感情を覚えた。

 だが足は動かない。

 正確に言えば、足を戻そうと幾ら力を込めてもまるで何かが私の足を掴まえているかの様で、膝から下は指一本動かす事が出来なかった。

 正体の解らない恐怖に取り込まれまいと我武者羅に足を動かすと、どうやら前には動く事が解った。

 顔を上げて前を向く。

 そこには不気味に佇む祠が有るばかり。

 私は泣きたくなった。

 何か恐ろしいモノが私を手招きしている様に感じられた。

 だが一度傾いた身体はどれ程力を込めても戻ろうとはしない。

 逆に前へ進む分には背中を押すかの様にすんなりと動く。

 気付けば、祠は目の前に有った。

 祠の中央には小さな扉が付いており、真っ赤に染まった札で封印が為されている。

 

 

 ──どうせ、ここまで来てはもう戻れない。

 

 

 諦めを多分に含んだ心が半ば自棄を起こし、屈み込んで両手を持ち上げた。

 伸ばした先は札の結び目。

 随分と堅く結ばれていたそれをどうにか解く。

 はらりと札が地面に落ちるが、特に何か変わったと言う事は無い。

 この祠には悪霊か何かが封印されていたが、きっと長い年月の内に成仏してしまったのだろう。

 封印を解いても何も起こらなかった事を私はそう解釈した。

 指を扉に掛け、そろりと引く。

 抵抗も無く開かれた扉の中には小さな台座が有り、その上には小さな黒い欠片が載っていた。

 恐る恐る手に取って見ると、それはまるで玉の様な手触りだった。

 瑪瑙よりも滑らかで、黒曜石よりも深い黒を湛えた不可思議な欠片。

 一瞬、この欠片に意識を奪われた。

 そして次の瞬間には、欠片は私の手から消え去っていた。

 突然の事に驚いて辺りを見回すが欠片はどこにも落ちていない。

 確かに持っていた筈なのに、と掌を返してみた所で私は目を見開いた。

 私の右手首に、欠片が埋まっていた。

 取り出そうにも肉と一体化してしまったのか、無理に剥がそうとすれば痛みが走り抜ける。

 動かす分には邪魔にならず現状で不具合が有る訳でも無かった為、私は村に戻るまでこの欠片を気にしない事にした。

 左手の指で欠片を叩けば、コツと石を叩いた様な音が鳴る。

 どうにも理解し難い状況では有ったが悩んだ所で仕方が無い。

 暫くは袖で覆い隠して置く事にしよう。

 私は立ち上がり、振り返る。

 来た時と同じ様に、真っ直ぐな道が竹薮の外まで続いている。

 もう最初に足を踏み入れた時の様な恐怖は無い。

 一体、あの感覚は何だったのか。

 首を捻りながらも、私は集合場所へと戻る事にした。

 竹薮を抜けて空を見上げれば、日が傾き掛けている。

 どうやらまだ急げば待ち合わせに遅れずに済みそうだ。

 私は『他の生き物の気配が消えた』山道を駆け抜けて行った。

 

 

 

 

 無事皆と合流出来た私は里山を後にし、村へと歩き出した。

 最初は私が見付けた祠の話や待っていた二人が収穫した茸の話題で盛り上がっていたが、村の入り口へ辿り着いた頃には皆無言になっていた。

 何かが、おかしい。

 はっきりとした事は解らなかったが、村を出る前とは何かが決定的に違っていた。

 既に日は傾き辺りは薄暗さを増している。

 不安を抱えつつも村へ辿り着いた私達を出迎えたのは、異臭。

 風に運ばれた鉄の臭いが、私達を取り囲む。

 辺りに充満する鉄の臭いとは対照的に、村の通りには誰の姿も見えなかった。

 言い知れぬ恐怖が、再び背筋を撫で上げる。

 村の中央へ進んで行くと風の音に紛れて何かが聞こえてきた。

 最初は擦れる様な音。

 進むに連れて少しずつ増えていったその音が、漸く聞き取れる。

 

 

「ハァ……ハァ……」

 

 

 押し殺された呼気。

 耳元でそれを聞かされた様な感覚がした瞬間、私は無意識に左前方へと身を投げ出していた。

 背後で風を切る音が鳴る。

 転がりながら振り向いた先、共に居た三人の身体からごとりと首が落ちた。

 一拍遅れて血飛沫が上がり地面を赤く染めて行く。

 漸く、私は辺り一面に赤黒い染みが出来ているのに気付いた。

 血だ。

 この赤黒い地面の染みも、風に運ばれて来た鉄の臭いも全て。

 誰かの血で出来たものだったのだ。

 愕然とする私の前で、どさりと三人の身体が倒れる。

 赤く鮮やかな断面からはびゅくりびゅくりと血が流れ出ていたが、直ぐに勢いを失いその動きを止めた。

 ゆらり、と動く影が有る。

 反射的にそれを視線で追い掛ける。

 赤黒く罅割れた顔をした、猿の様な妖怪が立っている。

 知らない。

 こんな奴は村に居なかった。

 妖怪はこちらには目もくれず、その大きな手で何かを摘み上げた。

 三人の顔だった。

 妖怪は厭らしい笑みを浮かべるとそれを口の中に放り込む。

 ぐちゃり、ぼりぼり。

 頭蓋を噛み砕きながら恍惚とした表情でそれを貪り食っている。

 胃から酸っぱいものが競り上がってくる。

 何とか吐き気を押し止め立ち上がるのと、妖怪がこちらへ向き直るのは同時だった。

 ぎらり、と濁った黄色い双眸が私を見遣る。

 思わず身体が竦む。

 反射的に手を交差して顔を隠した。

 直ぐにそれは悪手と気付き慌てて逃げ出そうとした所で、大きな声が上がる。

 耳を劈く悲鳴の様な、酷く耳障りな音。

 その声に驚いた私は両手を下ろし、再び目の前の光景に愕然とした。

 猿の様な妖怪の顔には大きな穴が空き、そこから黒く濁った液体がどろどろと流れ落ちていたのだ。

 そのまま妖怪は力無く後ろへと倒れ込む。

 死んでいるのは疑い様が無い。

 だが、どうして。

 辺りを見回してみるが、周囲に人影は無い。

 相変わらず、不気味なまでに静まり返っている。

 ふと私は我に返った。

 

 

 ──両親を探さなくては。

 

 

 恐怖に飲み込まれそうな私が縋ったのは両親だった。

 一刻も早く家へと帰り着きたい。

 なるべく足音を立てない様に、息を殺して走り出す。

 私の家は里山とは丁度真逆の場所に建っている。

 家や木陰を通り抜ける度、また何者かが襲っては来ないだろうかと身構えながら駆ける。

 馴染み深い草臥れた戸を目にするまでは生きた心地がしなかった。

 周囲に気を配りながら息を整え、意を決して戸を引く。

 が、予想外にも家の中は伽藍堂としていて両親の姿も無ければ争った形跡も無かった。

 不思議に思いながらも入り口の戸を閉め、土足のまま家を歩き回る。

 家の奥まで行った所で、裏の勝手口が開いている事に気付いた。

 もしや両親はここから外へ出たのだろうか。

 見れば新しく付いた複数の足跡が残っており、その中の一際大きい後には見覚えが有った。

 父のものだ。

 となれば、その横に付いた小さな足跡は母のものだろう。

 歩幅が小さい事、辺りに血痕が無い事から家から離れた時点で二人に怪我は無かった様だ。

 一息吐くのはまだ早い。

 両親を見付け出さなくては。

 幸いにも、私には両親の行き先に心当たりが有った。

 再び気配を薄くして足音を立てない様に村の出口へと向かう。

 歩みを進める度に血の臭いが強くなる。

 ふとした違和感に視線を家屋の陰へ向ければ、そこには大きな影が蹲っていた。

 村に住む妖怪と、村人が重なり合って倒れ込んでいた。

 うつ伏せに倒れる村人の胸には血で赤黒く染まった貫手が生え、その下敷きになった妖怪の首元には鍬が深く突き刺さっている。

 その傍らには、私の二つ下の童女が右腕と両足を失った状態で虚ろな瞳を空へ向けていた。

 

 

 ──何故、こんな事が。

 

 

 凶行に走ったであろう妖怪は花一輪さえ摘み取れず虫一匹殺せぬ様な心優しい妖怪だった。

 村人を襲う理由等無い筈だ。

 更に先へ進むと、村人達と妖怪達が互いに争い、血を流し力尽きている姿があちらこちらに有った。

 その中には、三人の親の姿も有った。

 両親がそこに含まれていない事を確認した私は複雑な心境でそれらを見送る。

 が、少し気に掛かる。

 この周囲に有る死体は大人達のものだけだった。

 一番激しく争ったであろうこの場所に、私とそう変わらない年の子供達の死体が、無い。

 無事、逃げ果せたのだろうか。

 だとしても何処へ。

 それとも三人の様にあの得体の知れない猿の妖怪にすっかり食われてしまったとでも言うのか。

 不意に脳裏を過ぎった考えを振り払う様にして、私は走り続けた。

 漸く、村の出口へ辿り着いた頃にはすっかり息が上がっていた。

 これ程村が広く感じられたのは初めてだ。

 熱い息を吐き出しながら村の出口に立てられた門を見遣ると、その陰からゆらりと見知った顔が現れた。

 濡女子だった。

 小紋は所々破け、袖や裾が赤く染まっている。

 覗く手足には流れ出た血が筋となって滴り落ちていた。

 普段よりは少しばかり暗い笑みをこちらに向け、事も無げに口を開いた。

 

 

「おかえり、坊。アンタだけでも無事な様で良かったよ、他のは皆死んじまったみたいだからね」

 

 

 今日は良い天気だ、とでも言う様に告げる。

 この異質な状況下でいつも通りの口調で話す彼女に、私は空恐ろしいものを感じた。

 そんな私の様子を気にした風も無く彼女は言葉を紡ぐ。

 

 

「皆、おかしくなっちまった。ほんの一刻程前さ、突然苦しみ始めたかと思えば近くに居る者を手当たり次第に殺して喰らい出した。幾人かはアタイと共に村人の避難を促していたんだが……結果は見ての通りさ。ついさっきまで笑い合っていた者同士が死に物狂いで互いを殺し合った。一人でも多く逃がそうとして大人達は農具や包丁なんかを手にして、子供達は泣き叫びながら必死で走った」

 

 

 矢張りあの争いは子供達を逃がす為の戦いだったのだ。

 ならばこうして会話出来る程度に正気を保っている彼女が、一先ず子供達を隠したのだろう。

 そう言って一息吐いた私に、彼女は悲しげな笑いを向ける。

 何故、そんな悲しい顔をするのだろうか。

 その答えは、直ぐに返って来た。

 

 

「駄目だったよ。坊も見ただろう? あの猿の様な化物を。あいつはおかしくなっちまった妖怪を押し止めていたアタイ達の頭上を跳び越して、逃げ惑う子供達を一人残らず喰っちまったのさ。一人残らず、そう、一人残らずだ、頭からばりばりと音を立てて。突然の凶行を目にした驚きで唖然とするアタイ達を尻目に、あいつはまた村の中へと戻って行った。そうして、逃げ遅れた村人をまた襲い始めたんだ。こっちまで聞こえて来たよ、悲痛な叫びが、助けを呼ぶ断末魔が。漸く声が聴こえ無くなった時、こっちで生き残っていたのはアタイだけだったよ。皆、皆死んじまった。誰一人救えなかったアタイは、そこで莫迦みたいに呆けていたよ。でも、さっきあいつの断末魔が聴こえたんだ」

 

 

 あの、酷く耳障りな音。

 アレは猿の様な妖怪が上げた断末魔だったのだ。

 

 

「誰かがあいつを殺してくれた。それはきっと坊なんじゃないか、って。夢物語の様な事を考えてしまったけれど、坊の気配が近付いて来たのには本当に驚いたよ。他の三人が居ないのは……残念だけどね」

 

 

 力無く笑う彼女に、何と声を掛けたら良いのか解らなかった。

 一番長くこの村で暮らしていた彼女が、争い合う村人と妖怪をどんな心境で見ていたのか。

 だが少なくとも、彼女が生きていてくれて嬉しかった。

 そう伝えると、彼女はゆっくりと首を振る。

 

 

「駄目さ、坊。辛い仕事を押し付ける様で悪いけど、まだ殺すべき妖怪は残っているんだ」

 

 

 他にもまだ、あの猿の様な妖怪が居るのだろうか。

 慌てて周囲を警戒するが、彼女は手を左右に振る。

 そしてその白く美しい指先を自分へ向ける。

 

 

「ほら、ここにまだ妖怪が居る。正直言うと色々と限界なのさ。アタイは長生きな所為か他の皆の様に狂いはしなかったけど、それでもこうして傷を負って血を流しては耐えられない。人としての心が押さえちゃいるが、妖怪としてのアタイは手っ取り早く力を取り戻す為に坊を喰いたがっているんだ。妖怪ってのは元々人の恐怖から生まれた存在だからね、本質的には人を襲うものなんだよ。とは言え、坊を傷付けたくは無いし、自殺する為の力を使うにはこの衝動から一瞬とは言え気を逸らさなくちゃいけない。その一瞬で坊の首を刎ねるなんて朝飯前だからね。だから坊が、アタイを殺しておくれよ」

 

 

 出来る筈が無い。

 気付けば私は声を搾り出す様に叫んでいた。

 感情を露にした私へ、彼女はずるい笑みを浮かべる。

 

 

「頼むよ、坊。このままじゃ何れアタイはアタイじゃ無くなっちまう。誰かに斃される時まで人を襲い続ける化物としてじゃなく、アタイとして死にたいんだ。坊だって、アタイを化物にしたくは無いだろう?」

 

 

 卑怯な物言いだ。

 そんな言い方をされては、断る事等出来ない。

 いつの間にか、涙が頬を流れ落ちていた。

 彼女には照れ臭くて伝えていなかったが、私は彼女をもう一人の母の様に思っていたのだ。

 文字通り生まれた時から世話になっていたのだ。

 そんな相手を、手に掛ける事はしたく無かった。

 涙を拭うと、彼女は私の手首に指を差す。

 

 

「坊、それは……あぁ、成程。彼女の欠片か。力の一部を封じられたとは風の噂に聴いていたが、それがまさかこうして坊の手元に有るとはね。つくづく縁とは奇妙なものだよ。坊、良くお聞き。その欠片はその辺の妖怪なら一撃で屠れる程に強い力が宿っているんだ。さっきあいつを斃したのも、その欠片の力だよ。だからその力を使えば、アタイだって殺せる筈さ」

 

 

 その言葉に右手首を返し、まじまじと欠片を見る。

 初めて手に取った時と同じ深い黒が、こちらを見返していた。

 こほっ、と咳き込む声が鳴る。

 彼女は口元を押さえていた。

 白く艶やかな指の隙間から、鮮やかな赤が踊る。

 

 

「見ての通り、そんなに余裕は無いんだよ。だから坊、アタイを楽にしちゃくれないか? もう苦しむのは嫌なんだよ」

 

 

 彼女の声に押される様に、私は彼女を見詰めた。

 それしか方法が無いのならば。

 これ以上、彼女を苦しめたくは無い。

 口の中に鉄の味が広がる。

 知らぬ間に下唇を噛み締めていたらしい。

 当然だ、こんな事、割り切りたくとも割り切れるものでは無い。

 彼女を救う為。

 そんな大義名分で自分を誤魔化さなければ心が壊れてしまいそうだった。

 ゆっくりと、右手を彼女へと伸ばす。

 力の使い方は、何となく解った。

 咄嗟に猿の様な妖怪へ放った時と同じく、相手を害する意思が有れば良い、筈だ。

 構える私を見て、彼女は安堵の笑みを浮かべる。

 覚悟なぞ出来る筈も無いが、それでもやらなければならない。

 

 

 ──ならばせめて、どうか安らかに。

 

 

 閃光の様に黒い稲妻が私の掌から生まれ、走り抜ける。

 それは彼女の心臓を貫き宙へと霧散した。

 稲妻が生まれた時も彼女を貫いた時も、何の手応えも返らなかった。

 だが、それは幸いだった。

 もし感覚が残っていたなら、直ぐ様私に向けてそれを放っていたのだろうから。

 ゆっくりと、彼女の体が崩れ落ちる。

 咄嗟に、私は駆け出して彼女の身体を抱き締めていた。

 呆れた様な声が、空に溶けて行く。

 

 

「……はは、莫迦だねぇ……。もしアタイの腕が動いたなら……坊は無駄死にする所だったってのに。……ねぇ、坊。アタイには連れも……子供も居なかったけどさ、坊の事、本当の息子みたいに……」

 

 

 声が途切れる。

 山へ行く前に枝垂れ掛かってきた時に感じられた、心地よい重みは、もう無い。

 ずるい人だ。

 最期に私の一番欲しかった言葉だけ置いて、逝ってしまった。

 彼女の顔に、ぽたりと雫が落ちる。

 雨でも降って来たのかと空を見上げる。

 雲一つ無い夜空と、ぽつんと浮かぶ満月がそこに在る。

 私が、泣いていただけだった。

 

 

 

 

 彼女の亡骸を門の側の宿屋へと運び入れ、仕舞い込んであった布団に横たえた。

 勝手に使わせて貰ったが、もう宿の主人も泊まる人も居ないのだ。

 許して貰う他無い。

 それに、彼女の亡骸だけは、地面に捨て置く事はとても出来なかった。

 外へ出るとすっかり日も落ちていた。

 幸い今日は満月。

 充分、歩き回れる明るさだ。

 気持ちを切り替える事は出来なかったが、それでも私は足を止めない。

 まだ、両親の亡骸が見付かっていないからだ。

 もしかすると、あの場所で私を待っているかも知れない。

 淡い期待を胸に抱き、私は村の出口から続く道を歩き始めた。

 村を出て道形に進み大きな欅の木を左に曲がり暫く行くと、見晴らしの良い丘に出る。

 その丘の上に、一本の杉が生えている。

 樹齢四百年を超えるらしいその杉はこの地域の御神木とされ、邪なモノは一切寄り付けないらしい。

 村人の中でも万が一の際の避難場所として知られていた。

 運良く逃げ果せた子供も居るかも知れない。

 どうかそうで有って欲しい、と言う叫びにも似た願いを抱きながら、私は走った。

 夜道では有ったが、月の光がまるで導いてくれているかの様に足元を照らしている。

 丘に出た。

 視界の先には一本杉が見える。

 今までに無い程の速さで、私は駆けた。

 愈々その杉の周囲まで見通せる位置まで来た時、不思議な感覚が有った。

 見えない壁の様な何かが私を阻んでいる。

 幾ら先に進もうと足を前に出しても一向に景色は流れて行かない。

 期待と焦燥感が綯い交ぜになり、私は苛立ちを覚えた。

 この壁を打ち破る方法は無いものかと考えた時、右手首の欠片が瞬いた様に見えた。

 そうだ、私にはこの力が有るじゃないか。

 右手を翳し、振るう。

 生まれ出た稲妻は眼前へ走り抜け、見えない壁を貫いた。

 直後、キーンと高い音が鳴り響く。

 試しに一歩踏み出してみると、あの邪魔な感覚は消え去っていた。

 どこか誇らしい気分で欠片を一撫でし、再び走り出す。

 一本杉の根元には、二人分の影が有った。

 座り込んでいた片方の影が立ち上がり、こちらへ向き直った。

 父だ。

 どうやら無事だったらしい。

 もう片方の影は母だろうか。

 やっと両親に会えた喜びで浮かれ切っていた私は気付かない。

 父の顔が驚きでは無く、恐怖に歪んでいた事に。

 父の表情が読み取れる距離まで近付いた時、突然父がこちらに駆け出した。

 

 

「伏せろ!」

 

 

 その言葉に従えたのは偶然でしか無い。

 倒した身体の上を何かが駆け抜けた。

 そのまま転がる私の身体を力強いものが受け止める。

 次の瞬間には視界が地面と空を交互に映していた。

 どうやら父が私を抱きかかえて転がったらしい。

 

 

「おやおや、まさか避けるとは。苦しむ時間が延びるだけなのですがね」

 

 

 どこか癪に障る澄ました声が聞こえる。

 聞き覚えが有った。

 私に祠の事を教えた行商人の声だ。

 身を起こした私が父の背中越しに見たそれは、行商人の姿とは似ても似付かなかったが。

 

 

「そう言えばこの姿でお会いするのは初めてですか。どうせ直ぐ死ぬのですから余り関係は無いでしょうがね」

 

 

 全身を覆う赤くうねった短い毛、鷹の様な鋭い目、大きく裂けた口、捻じくれた灰色の角。

 異形の化物が立っていた。

 驚く私を正気に戻したのは父だった。

 ぽん、と背中を軽く叩いてくる。

 そうして自身は化物へと向き直り仁王立ちで構える。

 是非も無い、父は私を逃がそうとしているのだ。

 

 

「ほほう、美しき親子愛ですか。実に素晴らしい。しかし立つならばしっかりと立った方が良いですね」

 

 

 言うと同時、父の体が少し沈んだ。

 否、沈んだのでは無い。

 膝、銅、胸、そして首。

 それぞれの箇所から父の体は斜めに擦り落ち、ばらばらの肉片へと変わり果てた。

 飛び散る血が私の頬を濡らす。

 赤く染まった地面の上で、父の生首がこちらを向いて落ちていた。

 首だけになった父が、震える唇で何かを伝えようとしている。

 それを太い毛むくじゃらの足が頭蓋毎踏み抜いて潰した。

 ぱしゃり、と脳漿が飛び散り辺りの草を濡らす。

 白い何かが私の足元まで転がって止まる。

 反射的にそれを追う。

 目が、合った。

 

 

「おや? 目の前で親が殺されたと言うのに震えませんね。駄目ですよ、ちゃんと恐怖に震えて頂かなくては」

 

 

 上げた視線の先、ニタニタと笑う怪物の顔が目に映る。

 

 

「あぁ、良い事を思い付きました。貴方の母親も同じ様に殺して差し上げましょう。そうしたら流石に怯え泣き喚いてくれますよね?」

 

 

 咄嗟に振り向いた。

 化物はいつの間に移動したのか杉の下に立っていた。

 母は杉の木を背にしている。

 逃げて、と声を上げるが返って来たのは逆に私が逃げる様に促す言葉だった。

 

 

「貴女も他の大人達と同じ事を言うのですね。それでは面白くない。もっと無様に命乞いをしてみては如何でしょうか? ……あぁ、これは失敬。どうせ死ぬのですからどうせ無駄ですね」

 

 

 化物は母の身体を掴んで持ち上げると、事も無げにそれを握り潰した。

 ぶちり、と上半身と下半身が分かれ夥しい程の血が滝となって流れ出る。

 母の身体は激しく痙攣していたが、直ぐに動かなくなった。

 

 

「さて、これでどうでしょう……おお、それ、それですよ! その絶望に満ちた表情! 実に素晴らしい。あの村の誰よりも深い絶望が表れているじゃありませんか。それでこそ我が贄に相応しいと言うものです。では愈々仕上げと参りましょうか。あの祠の事を貴方に教えたのは何故だと思います? 実はあの祠には素晴らしいものが封印されていたのですよ。この世のどの妖怪よりも強大な力を持つ妖怪の力、その一部がね。その封印は我々妖怪には解けないものですから誰か適当な人間を差し向けねばならない。そこで白羽の矢が立ったのが貴方です。誰でも良かったのですが、貴方は私の想像以上に活躍してくれました。そして貴方は誰よりも深い絶望を感じている! その絶望に染まった人間を封印された力と共に取り込む事で私の力は天下無二のものと成るのです! より深い絶望を味わって頂く為に色々と手を回そうとしましたが、まさか封印を解いただけで村の妖怪が暴れ出すとは夢にも思いませんでしたよ。力の弱い妖怪はあの力の余波に当てられて狂ってしまったみたいですから、私が差し向けた狒々は子供を喰い散らかすくらいしか出番が無かった様です。その狒々も、唯一狂わなかった濡女子も貴方が殺してしまいましたがね。遠くで眺めていたので一体『どうやって殺したのかは解りません』でしたが、結果的に邪魔者は居なくなった訳です。この二人が結界の中へ逃げ込んだ時はどう炙り出そうかと悩みましたが、それも貴方が結界を砕いてくれたお陰で始末する事が出来ました。あの村で生き残っているのは貴方だけ。貴方がここで死ねば誰に悟られる事も無く私が無双の力を手に入れられると言う訳です。ご理解頂けましたか?」

 

 

 理解出来る筈も無い。

 当時の私はまだ十にも満たない小童なのだから。

 しかし、一つだけ解った事も有る。

 眼前のこの化物を殺さなければならないと言う事だ。

 右腕を力無く持ち上げた私に、化物は愉快そうな笑みを向ける。

 

 

「成程、その腕に埋め込まれた欠片が、封印されていた力の一部と言う事ですか。素直に差し出すとは実に健気ですね。宜しい、貴方は特別に全身を私の血肉としてあげ」

 

 

 耳障りな声はそこで途切れた。

 稲光よりも速い黒き稲妻が化物の全身へと突き刺さる。

 顔、胸、銅、肩、両腕、両足。

 次々に稲妻がその身を喰らい、最後の稲妻が宙へ溶けた時にはもう化物は何も残っていなかった。

 有るのは血に濡れた杉の木と、赤黒く染まった地面と、ばらばらの肉片と、上下に分かれた母の骸。

 流す涙さえ無く、私は空を見上げた。

 私の代わりに空が泣いてくれればいい。

 そんな思いを胸に見上げた先には、雲一つ無い夜空と一際輝く満月があった。

 

 

 

 

 

 

「……酷く、懐かしい夢を見たものだ」

 

 

 呟き、天井を見上げる。

 ここ暫くあの日の夢は見ていなかった。

 徐に持ち上げた右手首には、深い黒を湛えた欠片が埋まっている。

 あれから、私は只管に力を求めた。

 二度と、あの惨劇を繰り返さない為に。

 人と妖は本来交わるべきではない。

 幾ら美辞麗句を並べ立てた所で結局は力に溺れ人に害を為す。

 彼女の様な、強く気高い心を持った妖怪等、もうどこにも居ないのだ。

 居るのは誘惑に弱くどこまでも堕ちて行く下賎な妖怪ばかり。

 なら、私がその妖怪を滅ぼしてしまえば良い。

 そうすれば、もうあの時の様な惨劇は起こり得ない。

 元々、人だけで良いのだ。

 そこに妖怪という異物が紛れ込むから諍いが起き裏切られ寝首を掻かれる。

 何度私が話してみた所で、どの妖怪も結局は同じ村の人間を襲った。

 十年、私は耐えたのだ。

 十年間、私は彼女との思い出を胸に人と妖が共に暮らせる事を信じて尽力してきた。

 だが、無駄だった。

 彼女だけが、特別だったのだ。

 彼女だけが、人を心から愛し、人と共に在ろうとした。

 他の妖怪に期待するだけ無駄だったのだ。

 なら、対抗出来るだけの力を持つ私が、人を守らなければならない。

 愛していると公言した妻と子供さえ貪り食う様な妖怪に居場所は必要無い。

 全ての妖怪を滅ぼす事が、人を妖怪から守る唯一の手段なのだ。

 

 

「……ん、この反応は」

 

 

 飛ばしていた遠見式に反応が有る。

 布団から身を起こし術式を組み込んだ水晶を手に取り、遠見式と自身を同期させ視界を得ると、そこには一人の男が映り込んでいた。

 

 

「これはこれは……望月の神か」

 

 

 妖怪を保護し人と共に住まわせている、有名な東国の神だ。

 伝聞ではそれなりに力の有る神らしい。

 これは好都合だ。

 神の力を手に入れれば、私は更に強くなる。

 更なる強さが有れば妖怪をより多く殺せる。

 行く行くはこの力の基となった妖怪も殺さなくてはならない。

 御誂え向きに、望月の神はどうやら命蓮寺を目指しているらしい。

 これで人から妖へとその在り方を変えた忌々しい連中の居場所も解る。

 命蓮寺の周辺には我々陰陽師の目を眩ます妖術が仕掛けられているらしく、正確な位置を割り出せずにいた。

 しかし望月の神を辿って行けば或る程度の目星が付く。

 望月の神を捉えられなくなった辺りで欠片の力を使い妖力を纏わせれば良いのだ。

 霊力では無く妖力を纏った式で有れば面妖な術式に惑わされる事も無く結界を突破出来る。

 

 

「首を洗って待っていろ、望月の神。貴様に怨みは無いが私の悲願の為、死んで貰おう」

 

 

 



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闇夜の襲撃。そして失われた命。

 命蓮寺を出たのは、もう日も暮れ掛けた時分だった。

 僅かばかりの朱を西の空に残して、頭上では蒼黒の闇と幾ばくかの雲、その隙間から覗く小さな星々が空を支配し始めている。

 一先ずこれからの対応を話し合った結果、ぬえ、響子、小傘の三人を一旦郷まで送り届け、代わりに萃香、勇義、美鈴を戦力として呼び寄せる事にした。

 連絡役に紫、救護役に永琳も出動させる。

 普通に都の一つや二つ落とせそうな面子だ。

 流石にこれで戦力が足りないと言う事は無いだろう。

 勇義の強さは言うに及ばず、美鈴は卓越した技術を持ち実践経験も豊富、萃香も見た目の愛らしさとは裏腹に凄まじい力と使い勝手の良い能力を持っている。

 紫は隙間の能力で隠れていられるし、永琳は自衛力も十二分だ。

 欲を言えば医者の永琳と弓兵の永琳、それぞれ一人ずつ欲しい。

 参謀と言う意味でも永琳なら役立ってくれるからな。

 鬼のぽんこつコンビは脳筋だし美鈴は天然居眠りメイドだし、紫は有望だがまだ経験が足りない。

 寺で頭脳戦が出来るのは聖とナズーリンくらいだろうな。

 残りはパワータイプしか居ない。

 村紗と星は言うに及ばず、一輪もああ見えて意外と豪快な性格をしているからな。

 雲山は未知数だ。

 

 

 ──そう言えば、今日は雲山を見掛けなかったな。

 

 

 雲山。

 元見越入道で今は雲居一輪の良き相方だ。

 初対面では厳つい風貌にぬえと響子が怖がっていたが、一輪が通訳する形で自己紹介すると直ぐに懐かれていた。

 意外と恥ずかしがり屋らしく、二人の子供パワーに圧倒されていたのが記憶に新しい。

 それでいて迷惑そうな素振りも無く積極的に面倒を見ていた辺り、実は相当な子煩悩なのかもしれない。

 

 

「契くん契くん」

 

 

 不意に小傘が袖をくいくいと引いた。

 こうした仕種が実に愛らしい。

 そして少し前のめりになっているお陰で着流しの胸元から鎖骨と谷間が覗いていて実に素晴らしい。

 全部片付いたらスク水やセーラー服を着せて存分に楽しみたい。

 そんな俺の邪念に気付かない小傘は、その細い指を宙へと向ける。

 

 

「あれって雲山さんじゃない?」

「ん……?」

「あの桃色は雲山さんかも?」

「おー、ほんとだ。おーい、雲山さーん♪」

 

 

 前を歩いていたぬえと響子も、空を駆ける桃色の雲に気付いて足を止める。

 空へ浮かぶには少しばかり特徴的な色合いのそれは確かに雲山の様だ。

 両手をぶんぶんを大きく振る響子に気付いたらしいが、その雲山は俺達を見ると何やら慌てた様子で命蓮寺の方を指差してから着いて来いと手招きし、自身はそのまま寺へと飛び込んで行く。

 ただならぬ雰囲気に俺と小傘は顔を合わせた。

 

 

「あれ? 雲山さん行っちゃった」

「何か急いでたみたい?」

「……これはちょっと嫌な予感がするね」

「同感だ。ぬえ、響子。急いで命蓮寺まで戻るぞ」

「わわっ」

「きゃー♪」

 

 

 愛らしいちびっ娘二人を両脇に抱え、小傘を先頭に来た道を逆走する。

 日が暮れたとは言え月明かりが有るので動き回るのにそこまでの不便は無い。

 流石にこの暗さでかくれんぼをやると苦労しそうだが。

 特に躓く事も無くものの数分も掛からず辿り着いた寺の門前で、丁度出て来た一輪と鉢合わせた。

 一輪は俺達を見て、ほっと胸を撫で下ろした様だ。

 

 

「望月君! 良かった、探しに行こうと思ってたの」

「雲山が慌ただしげに駆けて行ったからな。一体何が有った?」

「それが、大勢の武装した人間達がこっちに向かって来ているみたいなの。もしかしたら昼間話していた事が本当になっちゃったかもしれないわ」

 

 

 何処か困惑した様子で告げる一輪。

 その内容に俺は動揺を隠せない。

 

 

 ──幾ら何でも早過ぎる。俺があの術式を握り潰してからまだ半日も経っていないぞ。

 

 

 ここから半日の距離に人間の住む集落等無い。

 俺達がここへ来る前に寄った村でさえ普通に歩いても三日前後掛かる。

 ましてや大勢の人間を武装させて行軍させる事が出来る様な場所が……いや、都からか? 

 しかしそれでも一週間は掛かる筈だ。

 一体何処から現れたというのだろうか。

 

 

「……っと、今は考えている場合じゃ無いな。三人をどこか避難させないと」

「それだったら納屋の地下が良いだろうね、有事の際に耐え凌げる様に多少補強して有るから」

「あ、ナズーリンさん!」

「やぁ響子、さっき振り。私は三人を地下室へを連れて行くから契と一輪は村へ行って住民達の避難誘導をお願いするよ」

「解ったわ。望月君もそれで良い?」

「あぁ。ナズーリン、三人を宜しく頼む」

「任されたよ」

 

 

 両脇に抱えたままのぬえと響子を下ろしてやると、二人は心配そうにこちらへ振り返る。

 頭をくしゃりと撫でてやり、屈み込んで視線を合わせる。

 

 

「じゃあ俺はちょいと仕事をしてくる。良い子にして待ってろよ?」

「気を付けてね……?」

「怪我しないでね、契さん」

「あぁ、ちゃんと無事に戻って来るさ。『約束』だ」

「契くん、いってらっしゃい」

「行ってくるよ、小傘」

 

 

 視線を上げ、不安そうに唐傘を握り締める小傘へ微笑を向ける。

 頬を少し赤くして目を逸らされてしまった。

 可愛い奴め。

 と言うかこの状況、まるで夫婦と子供のやりとりみたいだな。

 小傘も同じ様に感じたのか、くすりと小さく笑いを零した。

 子供扱いされた幼女二人は若干不満そうに頬を膨らませているので、つついて空気を抜いてやろう。

 

 

「ぷちぅ」

「んぷぅ」

「ほら望月君、お嫁さんで遊んでないで行くわよ」

「すまんすまん。それじゃ三人共、行ってくる」

 

 

 胸の前で小さく手を振るぬえ、大きく両手を振る響子、手は振らずに優しく微笑む小傘。

 三者三様の見送りを背に受けて村へと走り出した。

 今の時間は丁度夕飯時。

 何処かへ出掛けている者はまず居ないと見て良いだろう。

 ふと気付けば隣を走る一輪の頭上にいつの間にか雲山が居た。

 

 

「そう言えば雲山は何を?」

「山が騒がしい、って朝から色々探し回ってたのよ。昔から雲山の直感は当たるのよね」

「それで怪しげな連中を見付けた、と。本当に此処を目指しているのなら幾つか腑に落ちない点が有るんだが」

「何時、何処から、誰が、何の目的で、如何やって、って? 何から何まで解らない事ばっかりね。まぁ一つ言えるのは」

「言えるのは?」

「村の皆を戦場に立たせる訳には行かないって所かしらね」

 

 

 そう言ってニヒルな笑みを浮かべる一輪。

 何だろう、俺よりイケメンな気がする。

 ともあれ先ずは避難誘導から始めた方が良いのは間違い無い。

 武装集団の目的が解らないが、仮に事を構える場合は命蓮寺まで下がって応戦したい所だ。

 村から命蓮寺までの道程は緩やかな上り坂になっており、身を隠せる様な木立も背の高い草むらも無い。

 両脇は崖になっており落ちれば最悪死ぬ事も有り得るだろう。

 土砂崩れでも起きたのか、崖の周囲には草木は無く岩と土塊が転がっている。

 また崖下から坂まではそれなりに高さが有る為、ここを登って来るよりは素直に村の近くから坂を上った方が早い。

 迂回するにも村側の反対側は『切り立った』崖と言って良い程の急斜面だ。

 挟撃は無いと見て良いだろう。

 つまり命蓮寺が襲撃を受ける場合、正面のこの坂さえ押さえて置けば突破される危険は無いと言う事だ。

 その分、追い込まれた時逃げ道が無いと言える。

 歩兵の侵入には気を配る必要が有るな。

 逆に、弓兵の攻撃は無効化出来る。

 神通力やら何やらの不可思議パゥワーでそう言ったものを弾く結界が命蓮寺には張り巡らされているらしい。

 俺の能力も大概だと思っていたが、どうやら世の中にはまだまだ不思議な力が一杯有るらしい。

 

 

 ──となれば籠城して守りを固め、突っ込んで来た奴を各個撃破していくのが上策か。

 

 

 文字通り駆け込み寺と言う訳だな。

 籠城戦となれば気になるのは相手方の戦力。

 流石に最後の一兵まで玉砕覚悟で攻めては来ないだろうが、多く見積もっても七割削れば退けられるのでは無いだろうか。

 現代戦では三から四割が戦闘不能になれば全滅だ何だと聞いた覚えが有るが、ここでその理論が通用するとは限らない。

 まぁ、向かってくる奴等全員ぶちのめしてしまえばこっちの勝ちだ。

 何も難しい事は無い。

 

 

「雲山、その武装した人間達の数は?」

「四十程らしいわ。固まって動いていたみたい」

「なら斥候込みで最大五十前後か。それが五つに組分けされた部隊の中の一つ、とかで無ければ良いが」

「総数二百から三百って? 考えたくも無いわね。でもそれだけの人間が動いていたならもっと山が荒れていると思うわよ」

「確かにな……。他には何か?」

「……弓持ちが全員片目を覆う様に包帯を巻いていた?」

「は? 包帯?」

「『めぼ』にでもなったのかしらね」

「めぼ……あぁ、物貰いの事を都ではそう呼ぶんだったか。だが幾ら何でも、目の良さを問われる弓兵部隊に両目を使えない者ばかり集めるか?」

「ここに来るまでに弓持ちだけが同時に怪我でも負った?」

「それこそ物貰いを集めるよりも有り得ないだろうに。とすれば」

「態々そうさせている、かしらね」

「そう考えるべきだろうな。一体如何言う意図が有るのか……。ともあれ雲山のお陰でこちらも動き易い。相手の数が不明なまま戦うのは精神的に厳しいものが有るからな」

「あら、雲山少し照れてるわ」

「予想以上にチョロい」

 

 

 入道相手にフラグ建てても誰得なんだが。

 と、軽口を叩きつつ走り行く先、ふと気付いた事が有る。

 向かう先の空が、幽かに赤い。

 黄昏の赤でも村の明かりでも無い。

 

 

「……雲山、その連中、篝火を焚いていたか?」

「いえ、松明や明かりになる物は持っていなかったみたいよ」

 

 

 ならあの明かりは。

 思考を重ねるより速く、赤い光が尾を引いて放物線を描いた。

 

 

「火矢だ! 既に村へ入り込まれているぞ!」

 

 

 

 

 

 山道を駆け下りる様にして走り抜け村の入口まで辿り着いた頃には、何軒もの家がごうごうと燃え盛っており周囲をまるで昼間と錯覚させる程に明るく照らしていた。

 村の奥からは逃げ出してきたのだろう着の身着のままの姿で子供を脇に抱えた女性や男性がこちらへ駆けて来るのが見え、数人が入口付近で傷付いた人を手当している。

 皆戸惑いや恐怖を顔に滲ませてはいるが、見る限り誰も深い傷は負っていない様だ。

 

 

 ──人的被害は少ない、のか? 

 

 

 多少の違和感を抱きながらも一輪と協力して村人の避難誘導に当たる。

 一つ一つ家屋を回り逃げ遅れた住人が居ないか確認しつつ、一先ずの避難先として命蓮寺へと向かわせる。

 辺りは随分と暗い。

 麓側が火で照らされている分、こちら側がより深い闇に包まれている様な錯覚さえ有る。

 

 

「望月君、一旦私と雲山で皆を命蓮寺まで連れて行くわ」

「粗方回り終えたか。分かった、そっちは頼む。もしまだ逃げ遅れた住人が居たら俺が連れて行こう」

「気を付けてね、どうもイヤな感じがするの」

 

 

 嫌な感じ、か。

 一輪の足音を背に受けながら、思考を飛ばす。

 確かに色々と腑に落ちない。

 村の家屋が幾つも焼き払われたとは言え、今の所被害らしい被害はそれだけだ。

 射抜かれた負傷者も居らず、恐らくほぼ全ての村人が避難出来ている。

 そして何より不可思議なのは襲撃者の姿が全く見えない事だ。

 最初に火矢が放たれたであろう時からそれなりの時間が経過しているにも関わらず、誰一人として村内へと攻め上がって来ない。

 何故、襲撃者は静観しているのか。

 幾ら弓兵だからと言って、山の中で思う様に射線が開けない以上は戦場からそう遠くない位置に布陣している筈。

 それこそ、全力で走れば着弾地点へ辿り着くのに五分も必要無いだろう。

 暗さで村を見渡せないと言うなら手当たり次第に火矢を放てば良い。

 そうしない、と言う事は他に何か狙いが有るはずだ。

 

 

「……何かを、待っている?」

 

 

 そう漏れ出た呟きに呼応するかの如く、悲鳴が聞こえてきた。

 命蓮寺の方角からだ。

 通りへ躍り出て目を凝らして見れば、命蓮寺へと繋がる山道の中程で多数の人影が右往左往している。

 幽かに視界へ映り込んだ短い黒線から察するに、左右の崖下から弓兵の襲撃を受けている様だ。

 その様子で一つ疑問が解消された。

 

 

「この為の目隠しか!」

 

 

 最初から片目を覆う事で暗闇に目を慣れさせ、逃げ道が限定される状態で挟撃。

 村人の大半が妖怪とは言え争いを嫌って移り住んだ様な者ばかり。

 突然の襲撃に村人達が慌てふためくのは想像に難くない。

 加えて村人達はその目にごうごうと燃え盛る炎を焼き付けている為、幾ら夜目が利く妖怪とは言えこの明度の差に直ぐ慣れる筈も無い。

 そして目指すべき命蓮寺は山道を登った先、つまり上だ。

 足元ならいざ知らず左右の崖下にまで気を配る余裕も無いだろう。

 その状況下なら生殺与奪も自在に操れる。

 何より最悪な事は弓矢を弾く結界が『命蓮寺』に張り巡らされている事だ。

 道中の坂は完全に無防備で、左右の崖は土砂崩れの影響なのか木立が無い。

 矢を防ぐ手立ては何一つ無いのだ。

 

 

「となれば矢傷を負ったと見せ掛け村人に紛れて命蓮寺の中へ潜り込むのも容易いか……! くそっ、今から走って間に合うか?」

 

 

 踵を返したのは偶然。

 ほんの一瞬、額が有った位置を風切り音が抜ける。

 知覚したと同時に本能が命じるより速く身体を投げ捨て地面を転がる。

 軌跡をなぞる様に矢が突き刺さり、家屋の陰に隠れるまで追い縋って来た。

 一拍遅れて、感心した様な声が届く。

 

 

「ほう、流石だな。命は取れずとも動きくらいは止められると思ったが」

 

 

 若い男の声だ。

 聞き取り易くは有るが、不思議と背筋がぞわりとする。

 余り長くは聞いていたく無い声質だな。

 とは言え、多少の問答はしておきたい所だ。

 相手の口振りから察するにそれなりの地位に有る者なのだろう。

 周囲から警戒を逸らさぬ様留意しつつ、俺は少し乾き始めた口を開く。

 

 

「その割には随分と執拗に射掛けて来るじゃないか。数打ちゃ当たるってか?」

「なに、当たれば儲けものと言った所だ。何せ相手は人妖の頂点、望月の神なのだからな」

「熱烈な追っ掛けが出来るとは有り難いが欲を言えば男じゃなく可愛い女の子が良かったんだがな」

「あの世で探してみると良い。今生きている者より死人の方が数は多いのだからな」

 

 

 軽口を叩きつつ各種強化エンチャントを纏っていくと、知覚範囲が広がったらしく周囲の様子が探査出来た。

 背にした家屋の左から更に後方、声の主と取り巻きが左右に三人ずつ。

 俺から見て左奥、井戸を隔てた先に四人程の気配。

 そして右手からは数人が回り込もうと動いているのが解る。

 寺側が空いている為に四面楚歌と言う訳では無いがそちらへ逃げるのは悪手であろう。

 寺へ敵戦力を集めても、俺達の側に優位な点は何一つ無い。

 幸いと言うべきか、俺一人に十数人が付いており、その分向こうの戦力は薄くなっている。

 舟幽霊に見越入道、毘沙門天の代理まで居るんだ、村人さえ収容してしまえば有象無象を無力化するのに然程時間は掛かるまい。

 

 

「うぉっ!?」

 

 

 思考に向けていた意識が風切り音で呼び戻された。

 倒れ込む様に身体を傾けるのとほぼ同時、左肩が有った付近を矢が滑り抜ける。

 物陰から僅かにはみ出ていたらしい左肩を狙った矢には火が燈されており、それは少しばかり前方の地面を抉って転がっていく。

 俄に明るく照らされた地面の周囲へ、篝火の代わりにでもする心算か幾本もの火矢が打ち込まれた。

 暢気に構えている暇も無いらしい。

 どうしたものか、と思った矢先背後からカタリと物音が鳴る。

 村の奥側から調べて回った為、まだこの家屋の確認はしていない。

 悠長とも言える敵方の反応を見るに家屋の中に居るのは住人で間違い無さそうだ。

 身を屈めたまま手早く勝手口を開け家屋へ転がり込むと、小さく息を飲む様な悲鳴が上がった。

 

 

「ひ……っ!?」

 

 

 土間の隅、小さな身体を抱き締めながら震えている一人の幼女。

 背中に生えた一対の黒い羽が彼女を妖怪だと主張している。

 顔立ちはすっきりと整っており、将来はかなりの美人になるだろう。

 惜しむらくはその可愛らしい顔が恐怖に歪んでいる事か。

 おっと、いかんいかん。

 幼女を怯えさせたままでは望月契の名が廃る。

 

 

「大丈夫か? 怪我は……どこか痛い所は有るか?」

 

 

 周囲への警戒は続けたまま目線の高さを幼女に合わせ微笑み掛ける。

 ぴくっと身体を震わせるが、少し恐怖は薄れたらしい。

 可愛らしく首をふるふると左右に振って答える。

 たまらん。

 こんな幼い女の子を怯えさせるとは断じて許せん。

 

 

 ──全員殴り倒してやりたい所だが先ずはこの娘を安全な場所まで連れていくのが良いだろうな。となればこの囲みを突破し……、

 

 

 ふと、気付いた。

 先程は相手の矢を避けては居たが、俺の身体に刺さったとして何の問題が有ると言うのか。

 奈苗に一度は身体強化のエンチャントを割られはしたが起床時と毎食後と風呂上がりと睡眠前と暇な時と思い出した時に重ね掛けを繰り返したので、現在の俺のパワーとタフネスは少なく見積もっても五百は超えている。

 力の出し方がまだ解らない為にパワーはそこまで扱えないが、タフネスは十二分に効果を発揮するだろう。

 序にライフも増強しておいたから、試してはいないが心臓を握り潰されても余裕で動き続ける……いや、恐らく瞬時に心臓が再生する。

 なんだ、この幼女を抱えて走り抜けるだけじゃないか。

 

 

「え、と……おにい、さん?」

 

 

 可愛らしい声が鼓膜を揺さぶる。

 意識を眼前の幼女へ戻せば、少し不思議そうに首を傾げてこちらを窺っていた。

 そんな所も実に愛らしい。

 

 

「おっと、悪い。君がとても可愛いから見惚れていたよ」

「え? あ、あややっ!?」

 

 

 初めはぽかんとして居たが、奇妙な悲鳴を上げると幼女は両手で顔を隠してしまう。

 両頬は熟れた林檎の様に真っ赤に染まり、小さくぷるぶると震えている。

 新鮮な反応にお兄さんメロメロだぜ。

 出来る事なら苺ショートケーキでも振る舞って親睦を深めたい所だが、外に蠢く気配が少しずつ包囲を狭めて来ているのでその予定は暫くお預けだ。

 

 

「よし、お嬢ちゃん。これから一緒に命蓮寺まで行こう」

「え、あ……で、でも外には怖い人間がいっぱい……」

「あぁ、大勢居るな。でも心配しなくても大丈夫だ、何故なら」

 

 

 覗き込む様に目を合わせ、小さな手を両手で優しく包む。

 

 

「俺が君を守る」

「────────ッ!?」

 

 

 幼女は赤い顔を更に赤くして固まってしまった。

 うむ、多少クサイ台詞だった所為か気恥ずかしさも有るがクリティカルだった様で何より。

 これで今後の洗脳もとい調教も上手く行く事だろう……って違う。

 ごく自然に口説いていたが今は兎に角この包囲を突破しなくてはならない。

 とは言え中々簡単には行かなさそうだ。

 この場を突破したとして、小傘にぬえに響子を置いて逃げる訳にも行かない為に向かう先は命蓮寺となるが……現状命蓮寺へと続く山道の左右には相当数の弓兵が布陣している。

 更には数人紛れ込んだであろう襲撃者の炙り出しも必要だ。

 久し振りにスリリングな体験が出来そうでは有るな。

 

 

「これから君を抱えて命蓮寺まで走り抜ける。落ちると危ないからしっかり掴まっていてくれよ?」

「え、ひゃわっ!」

 

 

 小柄な身体をお姫様抱っこで抱え込む。

 おお、軽い軽い。

 幼女は急に抱き上げられ慌てた様に身動ぎするが、直ぐに大人しくなり小さな両手できゅっと抱き付いた。

 何これかわいい。

 実に堪らん所では有るがここからは少し真面目に行かないとな。

 

 

「それではしっかりとお掴まりください、姫。それと少々飛び回りますのでお目は瞑られていた方が宜しいかと」

 

 

 おどけた口調で優しく微笑み掛けてやり、勝手口の戸を思いっ切り蹴り飛ばす。

 全力で蹴り飛ばした戸はそのままの形を保ったまま勢い良く水平に飛んで行き、正面奥の家屋の壁にぶち当たりけたたましい音を立てる。

 僅かに二瞬遅れて外へと飛び出し右手へと駆け出した。

 右手から回り込んで来た弓兵からしてみれば、包囲している家屋の前方へ強烈な速さで動く何かが右奥の家屋に当たり騒音を撒き散らした、となる。

 飛んだ物が戸で有る、と認識出来るまでのほんの僅かな間。

 反射的に追った視線が戻るまでのその時間で充分だ。

 思惑通りに意識をこちらに戻せていない弓兵が無防備な姿をこちらに晒している。

 数は前方に三人、その後方に一人。

 

 

「……!?」

 

 

 気付いた前方の一人、髭面の弓兵が何かしらの行動を起こそうとしているが、遅い。

 低い態勢のまま跳ねる様に右足を蹴り抜き、左手で地面を叩き全身を捻りながら宙を舞う。

 突然の奇怪な動きに髭面の弓兵は対応出来ない。

 遅れて残りの三人も慌てて弓をこちらへ向けようとするが、こちらの方が速い。

 

 

「白符『信仰の足枷』『良心の呵責』『抑制する縛め』」

 

 

 発動した能力により一切の行動を阻害される弓兵達。

 それぞれ名称は違えど攻撃も防御も出来なくなる効果を持っている為、対人戦では実に効果的だ。

 唯一動きを止められなかった髭面の弓兵が矢を番えてこちらを射抜こうと両腕を持ち上げるが、

 

 

「白符『正義の一撃』」

 

 

 空中で振った右足の軌道をなぞる様に生まれた白い光が刃となって地面へと走り抜ける。

 光が通過した先、まさに俺を射抜こうと空を見上げた弓が力無く重力に引かれて落ちた。

 ぼとり、と弓にしては少々重たげな音と共に。

 両腕を失った事に気付いてか思わずと言った様子で視線を下げた髭面の即頭部へ、勢いを乗せた蹴りを見舞う。

 自分では上手く振り抜いたつもりだったが、想定程は飛ばずに後方の弓兵の側で止まった。

 しかも全身を弱くぴくぴくと動かしている。

 どうやら一撃で屠るまでは行かなかったらしい、この辺りは今度美鈴に鍛えて貰うとしよう。

 危なげ無く着地して胸元の幼女が目を回していないのを確認して今度は身動き一つ取れない左の弓兵へと近付く。

 都合良く、腰元には直刀が一振り。

 脇差よりも少し長く、太刀と言うにはやや短い。

 それを抜き放って見れば刀身には反りが無く、所謂日本刀とは造りが違う事が見て取れる。

 まぁ美術鑑賞は次の機会にするとしよう。

 さて、借りた物は返さなくては。

 ずぶり、と背中へと水平に刃を突き立て押し込む。

 暴れる事も悲鳴を上げる事も出来ないままに、一度大きくびくりと身体を震わせて動かなくなる弓兵。

 首を狩っても骨を断ち切れるとは思えないし吹き出た返り血で幼女や服を濡らす訳に行かないので、最も手っ取り早い方法で死んで貰った。

 

 

 ──やれやれ、皆には見せられんな。

 

 

 人の命を奪っても何の感動も湧かない。

 愈々心まで人外に成り果ててしまったかなぁと自嘲の溜息を吐きつつ、右手の弓兵にも直刀を奪い胸へと突き立てる。

 血は刺さった物を抜く瞬間が一番激しく出るからな、服も掌も汚れずに済んで実に良い。

 視線を下げて幼女の様子を窺えば、胸に顔を埋めてじっとしたままだった。

 もしかしたら俺が何をしているのかに気付いてはいるのかもしれないが、直接生命を奪う瞬間は見ていない様で一安心だ。

 幼子に人も妖怪も無い。

 出来る事なら、平穏に暮らすのが一番だ。

 そんな事を考えながら蹴り飛ばした弓兵と、その脇に立っている弓兵もさくさくと殺していく。

 周囲に動く物が無くなったのを確認して再び走り出す。

 左手で幼女が落ちない様にしっかりと抱えたまま、努めて穏やかな声を出す。

 

 

「大丈夫だ、悪い奴等はやっつけたからな」

 

 

 若干、声が逸り掛けた。

 人を殺しても何の感動も無いと思っていたが、どうやらそれは正しくないらしい。

 平静を装ってはいるが、紛れも無く精神は高揚している。

 殺人と言う忌避すべき現実から逃れる為の防衛的な反応か、はたまた異常な行動に対しての嗜好が目覚めたのか。

 或いはこうして思考を巡らせているのも現実逃避の一環かもしれない。

 真実は如何在れ、俺は幼女を胸に抱いて足を進める。

 向かうは村の山側、山道を抜けた先、命蓮寺。

 先程の交戦は短かったとは言え相手が行動するには充分な時間の筈。

 ……格好付けてないでもっと素早く殺して素早く走り去った方が良かっただろうな。

 無意味にテンションが上がっていた辺り、或る程度は忌避感情も残っていたらしい。

 シリアルキラーじゃないと解って良かった、とでもしておこう。

 敵が多そうな表通りを避け裏道を駆け上がって行く。

 当然数人の弓兵が追い縋るが、能力をフル活用して歩みを止めずに進み続ける。

 追って来るのならば動きを止めて放置で良い、殺しに戻るのも手間だ。

 飛んでくる矢も二本程撃ち落としたがそれ以外は見当違いの方向に飛んで行き、直ぐに届かなくなる。

 そうして駆け抜ける事数分、多少遠回りにはなったが村の入口が見えてきた。

 後は山道を駆け上がるのみ、と気合を入れ直した所で急に抱き付いていた幼女が顔を上げた。

 

 

「……お母さん?」

「ん、どうした?」

「いま、お母さんの声が」

 

 

 きょろきょろと辺りを見回す幼女に釣られて足を止める。

 俺の耳に女性の声は届かなかったがこの子には聴こえたのかも知れない。

 もしこの近辺に居るのならば連れて行くのも吝かでは無いが、果たして。

 

 

「……っ、やっぱり聴こえる! お母さんっ!」

 

 

 幼女は俺の腕を抜け出すと黒い羽をぱたぱたと揺らしながら走り出す。

 その方向は表通り。

 やはり俺には聴こえない声を求めて走る幼女をすかさず抱き上げ、同じ方向へ足を向ける。

 突然持ち上げられた事でわたわたと暴れるが、優しく頭をぽんぽんと撫でると大人しくなった。

 

 

「一人で行ったら危ないぞ? それにもしお母さんが怪我していたら運んであげないとな」

「あ……うんっ! おにいさんっ、お母さんの声はあっちからしたよ!」

「よし、行くぞお姫様」

 

 

 家屋の隙間を駆け抜け路地を曲がり、物陰に注意しながら走る。

 麓側に戦力は集中しているのか道中に弓兵は居ない。

 比較的身を隠し易い通りから表通りの様子を窺う。

 通りに人の気配は無く、人影も同様に見当たらない。

 が、不意に表通りを挟んだ斜向かい、左手の路地から紺の小袖を纏った華奢な女性がよろよろと出て来た。

 艶やかな黒髪と暗闇に映える漆黒の翼を持った、どことなく幼女に似た雰囲気の女性。

 

 

「お母さんっ!」

 

 

 顔に安心と喜びを滲ませて幼女が飛び降り駆け寄って行く。

 それを見た女性も顔に安堵を浮かべて幼女へと歩き出す。

 感動の再会シーンか、と思わず頬の筋肉が弛み掛ける。

 が、それは或る一点を視界に収めた事で思いっ切り引き攣る事となった。

 

 

「待て!」

「え?」

 

 

 怒号とも取れる程に大きな声を受けた幼女は振り向いて立ち止まる。

 右足で大地を蹴り抜き今まで出した事も無い様な速度で幼女の前に回り込み、勢いのまま右腕を前に突き出した。

 ぱん、と空気が弾ける様な音。

 次いで、ひらひらと白い人の形をした紙が地面に落ちた。

 危ない所だったが気付けて良かった。

 通りに出た幼女の足元には表通りの左側──燃え盛る家屋が有る方向──から、反対側へと向かって影が伸びている。

 対して路地から現れた女性の足元に、影は無かった。

 

 

「え? あ……え?」

「アレは君のお母さんじゃない」

「そう、あれは私が即興で作り上げた人形だ」

 

 

 呆然とする幼女を背後に庇いつつ向き直った先、炎の明かりを背に受けた男が立っている。

 その声は先程問答を交わした男のものだ。

 墨色の装束を纏い直刀を佩いた痩躯の男。

 異様とも言える程にギラついた双眸をこちらに向け、にやりと口の端を歪めた。

 

 

「人妖の頂点、望月の神よ。貴様のお陰で命蓮寺への道筋が示された事、礼を言おう」

「…………あの、しつこく追い回して来た紙か」

「察しが良い様で何より。これで二つの目的を達する事が出来る」

「目的だと?」

「あぁ……死に行く貴様には関係の無い事だ」

 

 

 何気無く男が右手を振る。

 その瞬間、黒い稲妻の様なものが走り抜け、左後方の地面へと突き刺さった。

 否、突き刺さった様に見えた。

 振り向いた先、地面を抉る小さな穴が開いていたがそれ以外に黒い稲妻が走った痕跡は見当たらない。

 しかし全身をぴりぴりと灼く痛みが幻術の類では無いと語っている。

 何をしたのかは皆目見当が付かないが、攻撃の一種だと認識出来ればそれでいい。

 だが掠めただけでもこれ程の威力。

 幾らタフネスとライフを盛ってあると言っても、当たると流石に拙そうだ。

 見切れない訳では無いがあれだけの速度となると避けるには多少骨が折れるかもしれん、物理的に。

 そんな考えが顔に出たのか、男は愉快そうに嗤う。

 

 

「後ろの幼子は如何かな?」

 

 

 ぎり、と噛み締めた歯が鳴る。

 背後の幼女はぺたりと腰を抜かして座り込んでいた。

 あの一撃を捉えられなくても周囲に漂う不穏な感覚で悟ったのだろう。

 この男は、よく解らない何かで、自分を殺す事が出来るのだと。

 黒い稲妻の余波とでも言うべき何か──その正体が判明しない為に『何か』と呼称せざるを得ないが、その何かが周囲に漂っている。

 

 

 ──さて、どうするべきか。

 

 

 あの黒い稲妻を避ける事は不可能では無い。

 だが幼女を守りながら、と言う条件が付いた場合難易度は跳ね上がる。

 どこかへ逃がす事が出来れば良いのだが、この男が単独でこの場に居ると考えるのは無理が有る。

 先程も弓兵達を指揮していた様だ、周囲に潜伏させているか或いは山道へ向かわせて居るかだろう。

 となれば一人で命蓮寺へ走らせる訳には行かない。

 かと言ってこの場で守り通すのも難しい。

 見捨てる、囮に使うと言う選択肢が存在しない以上、如何にかして切り抜ける他無い。

 無いのだが、妙案は浮かばない。

 じわりと滲んだ汗が頬を伝う。

 そんな俺の様子に男は満足した様に頷いた。

 

 

「余り冗長なのは好みでは無い。私の正体、目的、手段、その他の不可解と思う事はそのまま抱えて黄泉の国へ渡ると良い。何、考える時間はたっぷり有るだろう」

 

 

 言い終えるが早いか、男が振った右腕から再び黒い稲妻が飛ぶ。

 瞬間、全ての動きが極めて緩慢になる。

 これが死の間際に感じる時の流れか、等と感心している余裕は無い。

 全身の力を込めて右足を踏み抜き、身体を捻りながら両手を伸ばす。

 求める先は、幼女の両肩。

 指先が触れると同時に左足を踏み抜き身体を跳ね上げる。

 宙へ浮く最中両腕を交差する様に掻き抱くと胸に柔らかな感触が返る。

 柔肌を乱暴に扱ってしまった事は無事に帰り着いたら謝罪しよう。

 宙を駆ける俺の頭の下を、黒い稲妻が走り抜ける。

 

 

「っっ!!」

 

 

 咄嗟に浮かんだイメージは、放出。

 身体から吹き出る様に溢れた神力が膜となって幼女を包む。

 僅かに遅れて全身が神力で包まれたが、掠めた際に大層揺さ振られたらしく激しい頭痛が精神を苛む。

 同時に周囲の流れが正常の速度へと戻った。

 感覚の違いに多少戸惑うが、それでも着地は何とか成功する。

 しかし平衡感覚は失われたのか立っていられなくなりその場に膝を付いてしまう。

 激しい頭痛で視界の端が歪み始めている。

 中々キツいが、それでも胸に抱いた幼女を庇う為に両腕の力は緩めない。

 

 

「ほう、避けたか。ではもう一度だ」

 

 

 男の声がどこか遠くに聴こえる。

 正直もう一度避け切れる自信は無い。

 無理な態勢で跳んだ為か両足共不気味な程感覚が無い。

 或いは頭を掠めた稲妻の影響か。

 不意に、一際強い頭痛が襲ってきた。

 その意識の間を突かれたのは偶然か、はたまた必然か。

 眼前に黒い稲妻が迫っている。

 今度は時の流れも変わらず瞬くよりも速く稲妻が走り抜け──

 

 

「…………な、に……?」

 

 

 眼前で、止まった。



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葬話――人、それを慟哭と言う。

 驚く程に穏やかな時間が過ぎる。

 チルノと大ちゃんを侍らせた幽香がお茶をしに来たり、さとりとこいしが料理を教わりに来たり。

 賑やかでとても楽しい時間。

 今も境内の方から元気な声が聴こえてくる。

 今日は郷のちびっこ達を集めての紙芝居。

 読み上げが妹紅ちゃんで、その手伝いが輝夜。

 そして何故か観客に交じって奈苗が居る。

 

 

「……おうじさまはいいました。もう、わるいことをしてはいけませんよ? やさしいおうじさまのことばに、まじょはほろりとなみだをながしてこたえました」

「あぁ、私が間違っていたよ……! 金輪際、寝ている人の鼻にクワガタムシを鋏ませたりしないよ……!」

 

 

 何だろう、原案がケイな所為で妙な突っ込みポイントが多過ぎる。

 とは言え物語も最高潮なのか子供達の歓声が響いてくる。

 その中に交ざる奈苗の楽しそうな声。

 あんな悲壮な決意を固めたとは思えないくらいに弾む声。

 おっといけない、あの日以来如何にも涙腺が弛くて困るわ。

 人差し指でちょちょいと涙を拭うと、背中に温かいものがむにゅりと乗っかる。

 

 

「またルー子ったら泣いちゃって。そんなんじゃ皆に気取られるよ?」

 

 

 ぽふぽふと頭を叩いてくるケロ子。

 口調はおどけているけれど、その声色はとても優しい。

 

 

「はぁ……鼎の時はここまで弱々しいルーミア様じゃなかったのにね」

「あの時は神奈子が大暴れしてたからね。それにルー子と奈苗はそれこそ本物の姉妹以上にラブラブじゃない」

「……確かに密着してる時間はケイより長いわね」

「え、そうなの? 私の予想以上にラブラブだったねぇ」

「ここ最近は一緒に寝てるわ」

「おぉ……遂にそっち方面に手を」

「違うって」

 

 

 二人でじゃれ合っていると、背後の襖がカラカラと開く。

 振り返れば神奈子が湯飲みを三つ盆に載せて入ってきた。

 その顔に浮かぶのは苦笑い。

 

 

「駄目だな、自分で淹れてみたは良いがルーミアや奈苗のお茶の足元にも及ばない」

「どれどれ……うん、渋すぎだねこりゃ」

「お茶っ葉が多過ぎたのね。それに淹れた後で急須を回したでしょ?」

 

 

 受け取った湯飲みを傾けると苦味の強いお茶が舌を刺激する。

 先はまだまだ長いわね、と笑い掛けると神奈子は気恥ずかしそうにぽりぽりと頭を掻いた。

 

 

「如何にも、いかんな。やはり私には家事の才能は無いらしい」

「暫くは契も放心状態だろうしねぇ。ルー子には迷惑を掛けるよ」

「ふふ、今更迷惑も無いわよ。私が寝てた時期は二人が支えてくれたじゃない。今度は私が支えないとね」

 

 

 三人で、どこかしんみりとした笑みを浮かべる。

 奈苗に仇討ちを誓ったあの日、夜中に二人から呼び出された私を待っていたのは疲れた顔の二人と、罰が悪そうに頬を掻く奈苗。

 如何やら奈苗の行動は二人に筒抜けだったらしい。

 私らの領域内であんな怪しい動きをされて解らない筈が無い、と言われてそれもそうだと納得したものだ。

 奈苗は困った様に笑いながら失敗しちゃいましたね、と呟いていた。

 聞けば禊と称して大社へ篭っていた時から怪しまれていたらしい。

 ダメダメじゃないの、と頭を小突いてやると奈苗は何処か嬉しそうに痛がってみせた。

 ともあれ事情を知った神奈子達は奈苗を止めるのは早々に諦めていたらしく、私へ仇討ちを改めてお願いしようと呼んだとの事。

 奈苗の説得も有り、皆には事が終わってから真相を打ち明ける事で合意してその場は解散。

 以来、私達三人は奈苗を甘やかす事が多くなった気がする。

 

 

「……歯痒いわねぇ」

 

 

 ぽつりと不意に溢れた言葉が湯飲みへ落ちる。

 友であり、妹であり、娘であり。

 かけがえのない家族を失ってしまうと言うのに、私に出来る事はその後の仇討ち。

 割り切れるものなら割り切ってしまいたい。

 でも、思い出の中で楽しげに笑うあの娘の姿が私の胸を締め付ける。

 出来るものなら今直ぐに件の陰陽師を八つ裂きにして、二度と輪廻に加われぬ様に魂諸共喰らい尽くしてやりたい。

 

 

「おや、どうされました?」

「っ!? ……あぁ、映姫。少し呆けていただけよ」

 

 

 不意に掛けられた声。

 首だけで向き直れば小さな身体にぶかぶかの小袖を着た映姫が盆を手に立っていた。

 盆にはケイが作り置いてあった最中が載っている。

 どうやらおやつを持ってきてくれたみたい。

 

 

「最近ぼんやりする事が多いですね?」

「そう? ケイが居ない所為かしらね」

「……ふむ」

 

 

 盆を卓袱台に置くと、映姫はその小さな可愛らしい手を私に伸ばす。

 そのまま、むにっと頬を摘ままれる。

 

 

「いひゃいいひゃい」

「そんなに力は入れていませんよ。全く、隠し事が下手ですね」

 

 

 左右に頬を引っ張りながら、映姫は私の眼を覗き込んでくる。

 

 

「失礼かとは思いましたが、さとりさんに頼んで『視て』頂いたので事の次第は既に知っています」

「…………え?」

「私達が家族の異変に気付かずに居ると思っていたなら紛れも無い大馬鹿者ですよ、貴女達は。諏訪子さんも神奈子さんも上手く隠し通していた心算なのでしょうが、アレで私達の目を欺ける筈が無いでしょう」

 

 

 突然の言葉に思考が一瞬止まる。

 視界の端では諏訪子と神奈子が目を丸くして映姫を見ている。

 ……そりゃあ、三人で内緒にしていましょうって言った事が皆にバレバレだったらこういう反応にもなるわよね。

 若干冷静に戻ったのを見てか、映姫は言葉を重ねる。

 

 

「既に全員知っています。奈苗さんが為そうとしている事、そこに秘められた悲壮な決意、そして私達が憎むべき仇とルーミアさんの因縁も、全て。全てを知って猶、私達は御二人に託す事を決めました。何故か? そんなの決まっています。御二人を信じているから。奈苗さんはそんな私達が科した重荷さえ平気な顔で背負っていると言うのに、肝心の貴女がそんな調子で如何するんです」

 

 

 映姫は私から手を離すと鋭い眼差しを二人へ向ける。

 そして、毅然と言い放った。

 

 

「貴女方二人も、何を腑抜けているんですか。自分の大切な家族が凶刃に倒れようとしていると言うのに」

「い、いやしかし私達に出来る事なんて」

「幾らでも有るでしょう? 神奈子さんは自らの巫女を害されたとして、また伴侶であるお父様──いえ、望月の神へ畏れ多くも刃を向けた者共への懲罰と、その一味が今後力を持てぬ様に外交的な圧力を掛け、更に該当地域を治める神への叱責と忠告を。諏訪子さんは下手人の一族へ練り上げた祟りを叩き付け、犠牲となった方々の魂を慰めて輪廻に加われる様に願い、今後似た様な邪念を抱いた者へ祟りが及ぶ下準備を済ませて置く。若輩者の私でさえこれだけの事が思い浮かぶと言うのに、貴女方は無為に時間を浪費するばかり。奈苗さんと紡ぐ時間も大切ですが、自分が為すべき事を見失わないでください。奈苗さんを失う事が避けられないのなら、二度と同じ悲しみを繰り返させはしないと胸を張って言い切ってみせてください。貴女方にはそう言い切るだけの絆が、やり通すだけの力が、有るのでしょう?」

 

 

 映姫の語る言葉に、私は恥じ入っていた。

 言われた様に、私は腑抜けていたのだろう。

 奈苗を失う事にばかり意識を奪われていた私だけど、これ程の想いをぶつけられて燻って等居られない。

 心の奥底に、小さく灯が点る。

 

 

「そうね。ただ待っていては肝心の瞬間に呆けてしまって取り逃がすかもしれない。そんなのは御免だわ」

 

 

 いつもの様に、事も無げに言い放つ。

 ケイと奈苗に手を出した下郎を苦しめる間も無く殺してしまうのは癪だけど、それで取り逃がしたりケイが傷付いたりするのはもっと癪。

 なら、見敵必殺で臨むまで。

 視線を向ければ、呆気に取られていた二人も少しずつ顔が引き締まっていく。

 漸く、と言うにはちょっとばかり遅かったと思うけれど、それでも。

 そしてそんな私達を見て、映姫が少し呆れた様子で笑う。

 

 

「やっと良い顔になりましたか。全く、手間の掛かる」

「悪いわね映姫、イイ女ってのは女から見たら面倒くさい存在なのよ」

「そのふてぶてしさが有るなら大丈夫ですね。……後は期日を待つばかりですか」

「そう待たなくても大丈夫そうですよ?」

 

 

 掛けられた声に振り向けば、奈苗が儚げな笑みを湛えて立っていた。

 珍しいと言えるその表情を見て全身の血液が凍り付いた様な寒気が走る。

 その感覚が、私に教えてくれた。

 

 

「……そう、今日、なのね」

「ええ、今夜の様です。先程迎えにいらっしゃった方々にも、既にお伝えして置きました。皆には、映姫ちゃんが言う通りバレバレだったみたいですけどね」

 

 

 くすりと小さく笑う奈苗。

 何処までも他人事の様に語る姿が、今は何故か物悲しい。

 

 

 ──賊の手に掛かるくらいなら、いっそ私の手で。

 

 

 そんな錯乱した考えが浮かぶ程、私の心は乱れているらしい。

 知らず浮き上がった右手がすいと空を撫でる。

 そのまま力無く落ちる手が、不意に熱を帯びた。

 気付けば両膝を着き、両手で私の手を包み込む奈苗の姿が目の前にある。

 

 

「いけませんね、如何にも。ただの巫女として終わるには、少々深く愛を繋ぎ過ぎたみたいです」

「……え?」

「目前と迫った事で漸く消え行く恐怖を知った、とでも言いましょうか。今、強く思ってしまうんですよ。生き残りたい、と。叶うのであれば、このままずっと皆と一緒に生きていたい、と」

 

 

 初めて聞く、奈苗の弱音。

 涙の一筋も流さぬまま、弱々しく泣いている。

 それを理解した瞬間、私の中の何かが弾けた。

 

 

「…………ふ、ふふ、ふふふふ。長い事一緒に居たけど初めて奈苗が弱っている所を見た気がするわね」

「あー、笑うなんて酷いですよぉ」

「安心しなさい奈苗。死んだくらいで私が奈苗を手放すと思う?」

「ル、ルー子?」

「どうしたんだ、急に」

 

 

 急に雰囲気の変わった私に戸惑った様な声を背後の二人が上げる。

 能力を使って真意を確かめたらしい奈苗はハッとした表情になり、それを見た映姫が眉を顰めた。

 中々賢いじゃない、と映姫の評価を上方修正して置く。

 流石はケイの娘ね。

 

 

「ルーミアさん、輪廻に干渉する事は大罪ですよ」

「宗教上ではね。生憎、私は無宗教よ」

「そういう問題では……!」

「あら、忘れてるみたいね映姫」

 

 

 左手を伸ばして小さな顎を持ち上げ、その綺麗な瞳を覗き込む。

 

 

「私は善良な人間じゃない、自由気儘に生きる妖怪よ。善悪も損得も功罪も、全てを決めるのは私自身。自分の価値観で自分を縛るのは良いけれど、他人にそれを当て嵌めるのなら相手は見極めなさい。じゃないと……早死にしちゃうわよ?」

「ひっ……!?」

 

 

 ニタリと笑い掛けてあげると、映姫は可愛らしい声を上げてへたり込んだ。

 おっと、いけないいけない。

 余り怖がらせちゃったら可哀想ね。

 そう思って今度は優しく抱き寄せて頭を撫でてやる。

 

 

「ごめんなさい映姫、ちょっと気分が昂ぶっちゃって。大丈夫、貴女は敵じゃないから。私達の家族だからね」

「おぉう……初めてルー子がマジギレしてるのを見たよ……」

「……ふと思ったんだが、ルーミアを敵に回したら他の皆で立ち向かっても叶わない気がする」

「何よ、ケロ子も神奈子も。私そんなに怖く無いわよ?」

「「説得力が無い」」

 

 

 声を揃えて言い切る二人に、ちょっと頬を膨らませてみる。

 漸く恐怖も薄れたらしい奈苗と映姫が、小さく力を抜いたのが解った。

 さて、怖い怖いルーミアさんは少し押さえて置きましょうか。

 深く息を吸い込んで、ふぅと一息。

 よし、これでいつも通りの頼れる私。

 完全に感情を押し込んだのが解ってか、ケロ子と神奈子も強張った身体を解している。

 別にそこまで警戒しなくとも良いと思うのだけど。

 ともあれ残された時間が今夜まで、と判ったからにはのんびりする暇は無いわね。

 大急ぎで皆に伝令(便利な紫)を飛ばして送別会の準備にひた走る。

 泣きながら見送るよりは、どうせなら最後くらい皆で笑って送り出してあげたい。

 奈苗の最後の記憶に残る顔は、笑顔の方がずっと良いから。

 

 

「人使いが荒いよぉ」

「紫にしか出来ない仕事なんだから頑張ってちょうだい。ほら、ケイが作っておいてくれた飴玉あげるから」

「くっ、モノに釣られる様な紫ちゃんじゃ……わーい、おにーさんの飴玉だー♪」

「はいはい、お約束の反応有り難う」

 

 

 そんなこんなで宴会の準備を進めていく。

 残されたのは、日暮れまでの僅かな時間。

 

 

 

 

 急な呼び出しだったのに、皆あっという間に集まってくれた。

 思い思いのお土産を手に広間を占拠し、次々に奈苗と歓談しに行く。

 普段裏方として料理を作っているだけに手持ち無沙汰な様子で、ちょっとそわそわしているのが面白い。

 そこへ妹紅ちゃんやチルノやこいしやフランが突撃していくから、いつぞやのケイみたいに合体ロボみたくなっている。

 勇儀やみすちー、大ちゃんに永琳辺りは酒瓶を片手に、奈苗からケイの普段の様子を聞き出してるみたいね。

 こうやって離れて見ていると、慕われ具合と言うか懐かれ易さと言うか、そうした人の輪の中心になる姿がケイと良く似ているのが解る。

 つくづく似たもの同士ね。

 

 

「惜しいわね」

 

 

 そんな風に奈苗を眺めていた私に声が掛かる。

 振り向けば、何処か労るような笑みを浮かべている幽香が居る。

 

 

「過ごした時間が短い私でさえ、あの娘を喪うのがとても口惜しい」

「……はぁ。奈苗ったらいつの間に花妖怪まで誑し込んだのかしら」

「ふふ、そこも含めてケイに良く似てると思わない?」

「確かに。やれやれ、まるで女体化したケイね」

「成程。……成程」

 

 

 首を振りながら呆れ気味に呟いた言葉に、幽香は何故か深く頷いていた。

 歴代の巫女を振り返ってみても、あれ程までにケイの血を色濃く宿した娘は居なかった。

 心の距離で言えば香苗が近いと言えなくも無いけど、それでも奈苗程ケイや私達の心へ入り込む事も無い。

 改めて思う。

 奈苗を手放したりはしない。

 

 

「そしてケイより御執心なのがルーミアとはね」

「当たり前よ、ケイと同じくらい大好きだもの」

「で、どんな手段を使うつもり?」

 

 

 探る様な、と言うよりは楽しむ様な視線を向けてくる。

 こう言った反応を見せる辺り、流石はケイと蜜月を過ごしただけはある。

 

 

「奈苗の魂を取り込んで、私の身体に宿らせる。時が来れば、今度は私の子として産んであげるつもりよ」

「…………随分と思い切ったわねぇ。と言うかそんな事出来るの?」

「えぇ。奈苗の魂が無事で、私が力を取り戻して、空いた卵子に上手い事融合させられるなら、ね」

「穴だらけじゃない、そんなの」

「確かに確実性には欠けるかも知れないわ。でも、それが何か問題?」

 

 

 最初は訝しげな顔をしていた幽香は驚き、呆れと表情を変え、最後には楽しそうに笑い出した。

 

 

「あはははははっ、良いわ、最高よ貴女。確かにそれだけなら何の問題にもなりはしないわね」

「ふふっ、でしょう? 我ながら良い案だと思うわ。金色の人喰い妖怪なのだから、愛する人の魂くらい喰らってやらないと名前負けしちゃうわ」

「全く、つくづく貴女を敵に回した奴等が哀れね。東方にその名有り、と噂されただけあるわ」

「え、何よそれ初耳なんだけど」

「結構有名よ? 大陸の一部ではまだルーミアの事を語り継いでいる怪談が有るくらいだしねぇ」

 

 

 初めて聴かされる話に、えぇぇ、と思わず声が漏れ出る。

 別にそこまで名前が広まって居なくともと思ってしまうのは仕方無いと思う。

 私の名前も声も、一番に届いて欲しいのはケイだし。

 ……そんな風に幽香とのんびり盃を傾けつつ語り合っていると、いつしか陽が山向こうへと沈みかけていた。

 不意に、皆の声が途切れる。

 ちびっ子達はその雰囲気の変化を感じ取ってか、ぎゅっと奈苗にしがみ付いている。

 それを一人一人、正面からギュっと抱き締め返していく。

 誰か泣き出すかと思っていたから、皆の強さに少し驚いた。

 

 

「……決めてたから」

 

 

 そんな私の耳に小さな声が響く。

 俯いて顔を隠したチルノが、僅かに身体を震わせながら口を開く。

 

 

「奈苗には、いっぱい、いっぱい楽しい事教えてもらったから。だから、アタイ達も、奈苗を笑顔で見送るって決めたの」

 

 

 ガバっと顔を上げるチルノ。

 浮かんでいるのは涙じゃなく、満面の笑み。

 釣られる様に、他の子も笑顔を見せる。

 

 

「奈苗、アタイ待ってるから! さっきルーミアが、奈苗は必ず戻って来るって言ってた! 時間は掛かるかもしれないけど、それでも戻って来るって! だから、だから……さよならは言わないからっ!!」

「もこうも、ななえちゃんのこと、まってるよ!」

「私もフランちゃんと一緒に待ってる!」

「だから奈苗ちゃん、早く帰ってきてね!」

「……あぁ、もう。なんなんですか。折角泣かないって決めてたのに、皆してズルいですよ」

 

 

 目の端に光るものを浮かべて、奈苗が四人を強く抱き寄せる。

 ここまで想われるなんて、奈苗は果報者ね。

 そっと皆を離して目尻を人差し指で拭い、奈苗がすっと立ち上がる。

 そして向かう先は、上座奥の、皆を見渡せる場所。

 くるりと振り向いた奈苗は穏やかな笑みを浮かべて、ぺこりと頭を下げた。

 

 

「皆さん、今日はお忙しい中お集まり頂き有り難う御座いました。少しの間、私は此処を離れます。その間、おとーさんの事を宜しくお願いしますね」

 

 

 それだけ言って、奈苗は私へ視線を向けた。

 愈々、運命の時が目前に迫って来たみたい。

 頷きを返して障子を開け、其処から境内へと降りる。

 少しばかり冷たい風が足袋の裏を撫でて行った。

 すっかり陽は沈んでしまい周囲には夜の帳が下りている。

 さくり、と落ち葉を踏みながら奈苗も私の隣へと降りてきた。

 振り返った先、皆の視線が私達に集まっている。

 或種の決意を秘めた視線。

 それらを受け止め、私はニヤリと口の端を吊り上げて笑った。

 

 

「じゃあ、暴れて来るわ。私達の愛しい奈苗を傷付けた事、後悔すら出来ないくらいに痛め付けてやるんだから」

「ふふ、次に逢う時はルーミア様がおかーさんになるんですね。今から楽しみです♪ ……では皆さん、行ってきます」

「戻ったらケイのフォロー、お願いね」

 

 

 言い終わって数秒後、突然周囲の景色が歪み始めた。

 …………。

 さて、復讐と行きましょうか。

 

 

 

 

 

 

「……ふぅん、そう。この黒いのが私の力の欠片なのね」

 

 

 周囲の景色が変化し終わるのと同時、濃い妖力が肌を撫で上げる。

 でもそれは異質なものではなく、慣れ親しんだものだった。

 そして、私の左横には一筋の黒い枝の様な何かが貫き走っている。

 本来は稲妻の様に一瞬で掻き消えてしまう類いのものだと思うけれど、今は不思議と中空に固定されている。

 ……背後には自らの命を賭して、それの鋭い切っ先から愛する人を救った奈苗の骸が在る筈。

 でも、私は振り返らずに左手で黒い枝の様なものを握り潰す。

 私が為す事は、眼前で訝しげに眉を顰める痩躯の男と、周囲の取り巻き共を一人残らず殺す事。

 奈苗の仇の言葉を遮って発した声は、ひどく落ち着いていた。

 

 

「金色の人喰い……? 潜んでいた気配は無かった筈だが」

「返して貰うわ」

 

 

 言葉が空気に溶けると、黒い枝の様なものは迸る稲妻へと形を変えて、私の左掌へ吸い込まれていった。

 その奔流は渦を巻きながら収束していく。

 とさり、と背後で倒れる音がした。

 同時に私の中へ、柔らかく暖かなものが入り込んで来たのが解る。

 恐らくこれが、奈苗の魂。

 壊してしまわぬ様に、優しくそっと、奥へ仕舞い込む。

 

 

「…………あは」

 

 

 思わず笑いが零れる。

 宿った。

 胎の奥、卵子が詰め込まれたその場所へ、奈苗の魂が収まった。

 理屈はよく解らない。

 けれど、私の本能と言うか封印されてしまう前の『私』が、きっと間違いは無いと太鼓判を押してくれている。

 

 

 ──後はゴミ掃除ね。

 

 

 渦巻く稲妻は徐々に勢いを増していく。

 そしてそれは、痩躯の男の右手へと向かっていく。

 見ればこの黒い枝の様な稲妻は、あの男の右手首から生まれている様だ。

 恐らく、そこに在るのだろう。

 ならばと私は再び同じ言葉を繰り返した。

 

 

「返して貰うわ」

 

 

 言うが早いか、奔流が回転を早めた。

 ぶちり、と肉が千切れる音が鳴る。

 突然の衝撃と走り抜ける痛覚に苦悶の声を漏らして痩躯の男は姿勢を崩した。

 随分と動きが鈍い。

 どうやらこの妖気の塊が見えてはいない様ね。

 直ぐに興味を左手で受け止めた右手首へと移す。

 もぎ取った右手首には、黒い欠片の様なものが覗いていた。

 これが恐らく、私の力の欠片に違いない。

 指先が触れると欠片の様なものはとろりと溶ける様に染み込んで行く。

 同時に沸き上がって来るのは活力。

 平たく言うなら「元気が出てきた」かしらね? 

 今まで以上に身体が軽い。

 

 

「金色め……! 射掛け!」

 

 

 っと、惚れ惚れしている場合じゃないわね。

 さっさと片付けましょう。

 内なる感覚から視界へと意識を戻せば、弓を手にした雑兵達が物陰や屋根上から躍り出して構えようと左手を持ち上げる所だった。

 でもその動きは酷く鈍い。

 これなら矢を番える前に蹴散らせそうね、と踵を一つ鳴らして飛び込んで行く。

 けれど想定以上に身体が伸びていく。

 二歩目で勢いを調整しながら、先ずは左前方の家屋裏から飛び出した射手へと向かう。

 その眼が焦点を合わせているのは私が立っていた場所そのまま。

 つまり、まだこの射手は私の動きを知覚出来ていない。

 口の端が吊り上がる。

 

 

 ──気付く前に何人殺せるかしらね? 

 

 

 右腕で顔面を押し込み首元から弾き飛ばす。

 その勢いのまま左腕を後方へと払い、屋根の上に潜んでいた雑兵三人へと妖力の針を投げる。

 伸ばした右掌から蒼黒に燃え上がる弾を撃ち出して通りの奥に居た雑兵二人の胸元を抉らせる。

 左膝のばねを使って時計回りに半回転。

 両手で屋根上に立つ射手の喉元へ妖力の糸を伸ばして刎ねる。

 態勢を低くして前方へ。

 背後から、最初に弾き飛ばした頭部が後方に居た雑兵を巻き込みながら、家屋横に積まれた薪木の山へとぶち撒けられた音が鳴る。

 飛び向かう道すがら、薄刃を生み出し左手で投げ付け前方家屋上の弓兵を斬り飛ばす。

 そして右腕は、未だ私が立っていた場所を睨み付けていた痩躯の男の頭蓋を掴む。

 ケイ以外の男と長々と語る趣味は無い。

 殺せるのなら殺す。

 

 

 ──ふふ、止め前の会話が無い物語はケイのお気に召すかしら? 

 

 

 勢いのまま、右腕を圧し抜く。

 地面へ叩き付けられた頭蓋が脳漿を撒き散らしながら沈んでいく。

 序と言わんばかりに掌へ妖力を集約させ、肉体を消し飛ばす。

 残る魂には妖力を込めて押し潰しておく。

 長引かせて苦しめ続けるのも良いと思っては居たけれど、それで不意を突かれるのも面白くないしね。

 大した抵抗も無く、魂が砕け散った感触が返る。

 これで一先ずの仇は取った。

 

 

「……予想以上に虚しいものね」

 

 

 ふぅ、と一つ溜息を吐いて歩を進める。

 残る雑兵共の首を刎ねて周囲の安全を確保し、漸くケイの方へと向き直った。

 力無く伏した奈苗の身体、それを抱き留めて呆然とするケイ、そのすぐ背後で同じ様にへたり込む幼女。

 ……あの娘が、奈苗の言っていた『ケイが身を呈して庇っていた子供』ね。

 成程、随分と可愛らしいじゃない。

 すたすたと軽快とも言える足取りで近付くと、ケイはゆっくりと顔を上げた。

 その目は、焦点が合っていない。

 

 

「あぁっ……ケイ……!」

 

 

 こんな状況なのに、その仄暗い輝きを沈めた瞳に見据えられゾクリと甘美な震えが走る。

 駆け寄り、奈苗の骸ごとケイを優しく抱き締める。

 先程まで温かかった身体から熱が失われていくのが解る。

 同時に、幾ら熱を注ごうとも奈苗の身体が動く事は、二度と無いと言う事も。

 同じ事を考えたのか、ケイの唇が僅かに開く。

 

 

「────────」

「…………ケイ」

「────ぁ」

 

 

 喉を通り抜ける息が、幽かに声の様な音を鳴らす。

 次第に集約した焦点が私を映し出すと、その両目が徐々に揺れていく。

 

 

「────────────────!!」

 

 

 ケイが泣いている。

 声を上げる事すら叶わぬまま、幼子が悲しみを母へ訴える様に。

 両目からぼろぼろと涙を零しながら、奈苗の身体をぎゅっと抱き締めて。

 声にならない声が通り抜けていく。

 自然と、身体が動いていた。

 奈苗の身体を左側、ケイの身体を右側に寄せて、強く強く抱き締める。

 

 

 ──そうか、ケイはまだ奈苗が完全に失われた訳じゃ無いって知らないから。

 

 

 とは言え、この状態で言っても理解出来ないかも知れない。

 今は悲しみが全部吐き出されるまで、抱き締めてあげよう。

 そう思って、私はいつかしたみたいにケイの頭を右手で優しく撫でてあげた。

 一度力無く下がった両手が、私をぎゅっと掴まえる。

 思えばケイはまだ別離を一度しか経験していなかった。

 それも、心と身体を交す前の香苗だけ。

 鼎とは逢う事すら無いままに生き別れて、其処まで実感は無いのだと思う。

 だけど今回の別離の相手は、奈苗。

 同じ人間と言う括りなら、間違い無く一番深く情を交わした相手。

 心の中で決して少なくない面積を占めていた伴侶の死が、ケイの嘆きを生んでいる。

 ……ふふ、此処で奈苗に嫉妬するのはちょっと酷い女になってしまうかしら? 

 ふと浮かんだ思いを沈め、泣き続けるケイの頭をそっと撫でる。

 

 

「大丈夫、大丈夫。私は此処に居るわ」

「────────!」

 

 

 抱き寄せたケイの頭を撫でていると、不意に右耳に掛かる髪の毛がざわりと揺らめいた。

 同時に生まれるのは強大と言って差し支えない程の、力の奔流。

 ……まぁ、私からしたら可愛らしいものでしか無いのだけど。

 一拍遅れて爆ぜた大気が此方へと流れ込み、周囲の家屋から炎を消し飛ばす。

 ふっと光源が消え去り周囲を暗闇が包んだ。

 ケイも一連の変化に気付いたのか、泣き声を止めて呆けた様に抱き付いて来た。

 よしよし、いいこいいこ。

 

 

「ひぅっ!?」

 

 

 すぐ側で息を飲む悲鳴が上がった。

 見ればケイが庇っていた幼女が目に涙を溜めて此方を見ていた。

 アレ、もしかして私に怯えてる? 

 少し注視していると、その理由が解った。

 幼女の瞳に映っているのは一対の真っ赤な光。

 如何やら私の両目が濃過ぎる妖力の影響で赤く発光しているみたい。

 うわぁ、と若干自分に引く。

 何か提灯頭にぶら下げてるみたいでみたいでカッコ悪いわね、これ。

 ともあれ周囲の安全は確保したのだし、この娘とも話して置こうかしら。

 

 

「えっと、こんばんは。私は悪いヤツじゃないから、大丈夫よ?」

 

 

 我ながら余りの対話能力の低さに情けなくなって来そうな第一声だった。

 ただそんな間の抜けた挨拶から入ったのが良かったのか、幼女はまだ怯えながらも、何とか言葉を返してくれた。

 

 

「こ、ここ、こんばん、は……?」

「えぇ、こんばんは。私はルーミア。ケイの……この人の、お嫁さんよ」

「え、あ、えぇ……!?」

 

 

 私の言葉に、幼女は悲しそうに眉を寄せた。

 いやいやいやいや、警戒を解いて貰ったのは良いけれどもう堕ちてるのこの娘? 

 まだ肉体的接触は少ないみたいだけど、言い換えればそれってもう心がケイに囚われてるって事よね。

 どうしよう、流石ケイは色男と夫を褒めるべきか手当たり次第に撃墜するなと怒るべきか。

 ……でもまぁ、ケイがカッコイイのは最初からだし、仕方ないかしらね。

 そんな風に意識を飛ばしていると、不意に腕の中で動きが生まれた。

 視線を下げると血の気を失った顔色のケイが、私に回していた腕を解いていた。

 っと、妖力を調節してこの眼をどうにかしないと。

 流石にこんな珍妙な発光しながらだと恥ずかしいわ。

 少し焦りながら体内の妖力の調整に四苦八苦していると、掠れた声がケイの喉から漏れ出た。

 

 

「……今のは、何処から、だった……?」

「え?」

「今の、爆発みたいな……何処、からだった……?」

 

 

 その声に顔を上げて遠くを見遣る。

 あれが生じたのは丁度ケイの真後ろ側、山の上の方角だった。

 一部でぽっかりと木々が途切れている様に見えるから、恐らくあの場所が爆心地なのだと思う。

 それをケイに伝えると、急に立ち上がって山の方を見詰めた。

 私は私で、バランスを崩して倒れ込みそうな奈苗の身体を抱き留める。

 

 

「わわっと。どうしたのよ、ケイ」

「そんな……嘘、だろ」

「ちょ、ちょっとケイってば」

 

 

 フラフラと覚束無い足取りで山の方へと歩き出すケイ。

 少しずつ動きが速くなり、やがて駆け出して行く。

 ケイの慌てぶりから察するに、山の上には何か心を強く揺さぶられるものが有るみたい。

 いやまぁ、恐らく『また』女の子なんでしょうけど。

 仕方ないわねぇ、と軽く溜息を吐き出して奈苗の骸を背負う。

 っと、意識が無い人体は重く感じるって言うのは本当なのね。

 間違いなく胸とお尻の肉付きが良い所為でしょうけど。

 背中に当たる虚ろな温度を感じつつ、傍らの幼女へ声を掛ける。

 

 

「さ、ケイを追い掛けるわよ。ええと」

「え、あ……文、です」

「文ね、良い名前じゃない。さぁ、行きましょう。道中の悪い奴らは私が懲らしめてあげる」

 

 

 多少怯えた様子ながらも、文はその小さい身体を奮い立たせる。

 良い気概じゃない。

 これならケイが気に入るのも解るわ。

 

 

「じゃあ、私の後ろに付いて来てね」

「う、うんっ!」

 

 

 頼もしい声にくすりと笑みを零し、私はケイの後を追い掛けた。

 光源らしい光源も無くすっかり暗闇が支配する通りを抜けて山道へと向かう。

 取り戻した力も相俟って視界良好な私と違い、文は少し足取りが危なっかしい。

 逸れたら大変だし、私の裾を握らせておく。

 歩みは遅くなるけどこっちの方が安心だしね。

 そうして山道を進んでいくと、道の脇に潜んでいた雑兵が視界に映る。

 生かしておく理由も無いのでサクッと妖力の刃を飛ばして殺していくと、不意に裾が引かれた。

 

 

「あの人たち、死んじゃったの……?」

 

 

 不安そうに瞳を揺らして見上げる文。

 言葉が違っても意味する所は解る。

 言い換えるなら、何で殺しちゃうの、って所かしら。

 心優しいわね、文は。

 まぁ納得は出来ないでしょうけど、誤魔化さずにしっかりと答えましょうか。

 

 

「あいつらは村を襲っていたのよね?」

「うん……」

「喧嘩してるんならお互いにごめんなさいをしたら仲直り出来るけど、あいつらは貴方達を殺す為だけに襲ってきたのよ。生かしておけば、今度は別の誰かを殺しに行くわ。そうしたら、文より小さい子も死んじゃうかも」

「そ、そんなのだめ……!」

「でしょう? それに文、そこの地面を見て」

 

 

 歩きながら前方の地面を示すと、そこには左右に散らばった矢が一本の道の様に山上へと延びていた。

 

 

「矢が、いっぱい……?」

「普通に人を狙って射たのなら、こんな風には散らばらないわ。それこそ、矢を弾き返すくらいの何かを狙わないと、ね。……さぁ、思い出してみて。私達の前に、ここを通り抜けた人が居たわよね?」

「あ……おにいさん……!」

「良く出来ました。……つまりこいつらはケイも殺そうとしたのよ。どう? 許せないでしょう」

 

 

 命を賭けて──いやまぁ、この状況を見る限り傷一つ無いとは思うけど──身を呈して守ってくれたケイを殺そうとしたと聞いて、幼い心はあっさりと染まる。

 そんな私の思惑通りに、袖を握る力が増した。

 ふふ、上出来ね。

 ケイのお嫁さんになるのなら、何よりもケイを優先するくらいじゃないと。

 まだ人を殺す事に納得は出来なくとも、それより重要な事を認識させれば幼子でも是と答える。

 やれやれ、ケイの受け売りは随分と効果覿面ね。

 まぁそうして私も染められたのだけれど。

 一人ほくそ笑みながら山道を行く。

 次に道中で雑兵を屠った時、文は何も言わなかった。

 

 

「良い子ね。さぁ、そろそろ爆心地が見えてくるわよ」

 

 

 奈苗の身体を背負い直して暫く行くと、拓けた場所に辿り着いた。

 以前は大きな建物が有ったのだろうと想像出来る広さと土台の痕跡が残るその場所。

 周囲に有る人影は三つ。

 一つは離れた場所に建つ小さな納屋の入口で仁王立ちしている尼僧。

 その上には見越入道が居て、両腕で納屋を抱え込む様に護っている。

 一つは拓けた場所で呆けた様に立ち竦むケイ。

 もう一つはケイを後ろから羽交い締めにしている女性。

 二人の前に息絶えた弓兵の潰れた死体が有る事から察するに、暴走したケイを抑え込んでくれたみたいね。

 見渡してみれば、ケイが潰した奴以外の雑兵はまだ息が有る。

 ……不可解ね、何故殺さないのかしら。

 その疑問に答えたのは、傍らで裾を握っていた文だった。

 

 

「お寺が、無くなってる……?」

 

 

 呆けた様に呟く文。

 成程ね、確かにこれだけの敷地を持つ寺が無くなっていたら驚きもするわ。

 と言う事はあの尼僧と女性は寺の関係者ね。

 刃を向けた人間にまで不殺を貫くだなんて、噂に聞いた妖怪寺の人は随分と敬虔みたい。

 ……でもまぁ、私を止める理由にはならないわね。

 軽く左腕を薙ぎ払って妖力の矢を伏した雑兵共に飛ばす。

 狙い違わずに脳天を貫かれ、全ての雑兵は動きを止めた。

 

 

「なっ……!」

 

 

 声を上げて咎めようとする女性の横を擦り抜けさせ、ケイが潰した死体の脳天も撃ち抜く。

 その事に激昂した女性はケイから手を離して私に詰め寄った。

 尼僧と見越入道も油断無く私を見詰めている。

 

 

「何をするんです! 彼等にはもう戦う力は無かったのに……!」

「ええ、そうね。そこらに転がっている『全ての』人間は私が殺したわ」

「何故……!」

 

 

 頭に血が上った女性は尚も詰め寄って来るのに対して、尼僧の方は気付いたらしい。

 隣に居る文も、あっと声を上げた。

 あらあら、中々賢いじゃない。

 

 

「あ、あの……!」

「ん、貴女は確か……射命丸さんの所の文ちゃん?」

「は、はい! あ、えっと、その。ちがくて……!」

「如何したのですか? まさか貴女、この娘に何かしたのですか!」

「違う違う。落ち着きなさいよ、星」

 

 

 何処か気怠そうな様子で尼僧が近寄ってきた。

 疑問の目を向ける女性に、溜息混じりの答えを返す。

 

 

「言っていたでしょ、『全ての』雑兵は私が殺した、って。……この景色を見て状況の一端を理解して、その人はこう言った訳よ。『望月君は誰も傷付けていない、手に掛けたのは私だ』ってね。惚れ惚れするくらいに献身的ね?」

「説明有難う」

 

 

 尼僧の言葉とこくこく頷く文を見て、女性は意図を理解したらしい。

 それでも納得行かなそうな顔付きをしている辺り、融通は利かなそうね。

 

 

「だとしても、無用な殺生をして良い理由には」

「なるのよ。私にはね。それに生かして置いて如何するつもり? 罪を償わせる? 罪の意識すら持ってない奴等に何を償わせるのかしら。そう言うのは貴女達の所で言う閻魔様にでも任せておけば良いのよ。少なくとも私や貴女が裁くよりもずっと公平だわ」

「彼女の方が一枚上手よ、星。少なくとも口の上手さはね」

「さて、貴女達とのお喋りも良いけれどまた今度にして貰える? ケイを放っては置けないの」

「待ちなさい。一つだけ聞かせて。貴女は誰なの?」

 

 

 尼僧が訝しげに視線を向ける。

 おっと、自己紹介がまだだったわね。

 

 

「私はルーミア。ケイの一番のお嫁さんよ」

「「……え?」」

 

 

 その答えに思わずと言った様子で目が点になる二人。

 ふふっ、ケイの一番は例え奈苗でも譲る訳には行かないからね。

 そんな私の思考に「ぶーぶー」と口を尖らせて文句を言う様に、奈苗の身体がずり落ちる。

 あやす様に背負い直して、ケイの元へと移動を再開した。

 背後からは二人の愕然とした声が漏れ出ている。

 

 

「ルーミア……? まさか金色の人喰い……それ程の大妖がここに……!」

「契さんのお嫁さん……! あの三人以外にまだお嫁さんが……!」

 

 

 うん、互いの呟きの温度差が凄まじいわ。

 そして今言ったわね、あの三人って。

 つまり更に三人堕としている、と。

 ここの何処か……あぁ、納屋の下に五人分の妖気が有るわね。

 その中の三人がケイの虜……いえ、そう断定するには早いわね。

 あの女性の反応からして、もう一人か二人篭絡しててもおかしくないわ。

 やれやれ、と溜息を吐きながらケイの元へ行く。

 立ち竦むケイの側まで行って、そっと声を掛ける。

 

 

「ケイ」

 

 

 ぴくりと身体が震えた。

 いつもより小さく見えるその姿に庇護欲がむくむくと膨らんでいくけど、愛でるのはもう少し我慢よ。

 

 

「あっちの納屋の下、五人分の反応が有るわよ」

 

 

 その言葉に劇的な反応が返る。

 弾かれた様に駆け出して納屋へと向かうケイ。

 随分と思考が鈍ってるわねぇ。

 苦笑を浮かべながら、周囲の空を見渡す。

 ……見付けた。

 ニヤリと笑えば、空に浮かぶ隙間の向こうでわたわたと慌てる気配が有る。

 

 

「見てるんでしょう、紫。さぁ、ケイ達を連れて帰るわよ」

 

 



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終幕――契、その数奇な軌跡。

 

 

 

 

 ────『私の想いを、継いでくれる人が居る』────

 

 

 

 

 春を迎え、夏が過ぎ、秋を楽しみ、冬を越える。

 そして、また春がやって来る。

 季節が巡り、過ぎて行く。

 長くも短い時間が過ぎて行き、如何にか心の整理が出来た頃。

 漸く、私は事の全容を知る事となった。

 

 

 

 

 晴耕雨読を体現していた私の元に齎された、突然の告白。

 それは私の日常を一変させるには充分過ぎた。

 元々巫女としての修行は続けていたから実務上は何も問題は無い。

 そう、実務上は。

 愚痴の様で申し訳無いが、私は妹の様に器量も良くなければ愛想も悪い。

 誰からも愛されるあの娘と違って、私は所謂引き篭りだ。

 あの御方達に気に入られる要素等無い筈だ。

 ……詰まる所、私が抱えている不安と言うのは妹の代わりとしてやっていける自信が無い、と言う事。

 

 

 ──とてもあの娘には聞かせられないわね。

 

 

 幼い頃から何でも器用にこなすあの娘の隣で、私は常に劣等感に苛まれてきた。

 それを表に出さなかったのは、なけなしの姉としての矜持。

 せめて心だけでも強く在ろうとした結果が、今の私だ。

 水鏡に映るのはお世辞にも可愛らしいとは言えない自分の顔。

 吊り上がった三白眼、不機嫌そうに寄った眉、笑みの欠片さえないへの字の唇。

 絵に描いた様な仏頂面がそこにある。

 

 

「んぅ? 何してるの?」

 

 

 背後から玉が鳴る様な美しい声が掛かる。

 手水鉢から視線を剥がして向き直り、腰を折った。

 

 

「水鏡を眺め呆けておりました」

「随分と珍しいね、霊霞がそんな風にぼーっとしてるなんて」

「恐縮です」

「や、別に咎める訳じゃないから良いんだよ? 寧ろ珍しいものを見れたし、ちょっと得した気分」

 

 

 朗らかに笑う諏訪子様。

 私程度の者の所作で御喜び頂けるのならば至福の極み。

 とは言え余り呆けた姿を晒す訳には行かない。

 東風谷の巫女として、神に仕える身として恥ずかしくない姿を心掛けねば。

 そう自分を律した気配が伝わってか、諏訪子様は小さくクスリと笑う。

 

 

「霊霞は真面目だねぇ」

「……皆様、囚われぬ風の様に自由な方ですから」

「そう言うのは勝手気儘って言うんだよ。私が言えた義理じゃないけどさ。っと、忘れる所だった。契が探してたよ?」

「契様が?」

 

 

 心当たりは無い。

 私にしか出来ない事は無いし、態々私を好んで指名する理由も無い筈だ。

 そうされるだけの価値も、無い。

 訝しむのもそこそこに諏訪子様へ御礼を述べて社の中へ。

 恐らく居間で奥方様と過ごして居られるのだろう。

 御待たせしては申し訳無いと足早に廊下を進む。

 

 

 ──私にあの娘の代わりが務まる筈も無ければ、あの娘以上の仕事が出来る訳でも無い。

 

 

 あくまでも自分は予備。

 あの娘には遠く及ばない。

 契様に御仕えするようになってから、幾度もそんな考えが脳裏を過ぎて行った。

 長年付き合っているこの劣等感が最近特に激しく精神を苛んでくる。

 理由は解っている。

 この様な言い方が不敬なのは重々承知で、その上で敢えて言わせて頂くのなら──他でもない、契様の所為だ。

 他の方々は私を『あの娘の代わりに来た巫女』として見る。

 それが普通の反応だし、別段思う所も無い。

 なのに、あの御方だけは最初から私を『霊霞』として見ていた。

 如何言った理由なのかは解らないけれど、その事が妙に胸をざわつかせる。

 

 

「──何でなのかしらね。奈苗なら解るのかしら……」

 

 

 呟く様に零した問いが床板に染み込み、すうと溶けて行く。

 響くのはひたひたと廊下を進む音だけ。

 やがて、目的の場所へと辿り着く。

 開いた襖から覗く居間では、契様が空を眺めながら佇んでいた。

 

 

「御呼びでしょうか」

「……ん、おぉ、呼び立てて悪いな霊霞」

「いえ、私で御役に立てる事でしたら喜んで」

 

 

 私に気付いてひらひらと手を振る。

 その場で傅く私に少し困った様な笑みを浮かべる契様。

 

 

「そんなに畏まらなくても良いんだぞ?」

「畏れ多い事です」

「元々は人間なんだし特に敬われる事もしてないんだがなぁ。まぁ堅苦しいのは抜きでやってくれ、こっちとしても反応に困る」

「然様で御座いますか」

「それに、頭を下げられていたら折角の霊霞の可愛い顔が見れないからな」

「御戯れを……」

「っと、霊霞と睦言を交わすのも良いがそろそろ行かないとな。一緒に付いて来てくれ」

「御供致します。どちらへ向かわれるのですか?」

「歩きながら話すさ」

 

 

 立ち上がった契様に続いて玄関へと向かう。

 戸を引くと、明るさに一瞬目が眩む。

 快晴と言って差し支えない空が広がり、少し強いくらいの日差しが軒先に影を落としていた。

 外行きの足袋に履き替えて境内を進む。

 立ち位置は契様の一歩後ろ。

 隣を歩くには畏れ多く、さりとて離れ過ぎても不敬となる。

 横を向いた時視界に入っていないと寂しいから、と以前仰っていたけれどそれも何処まで本心なのか私程度では想像も出来ない。

 道すがら郷の人達に会釈を返しながら歩いていると、契様から御声が掛かる。

 

 

「すっかり春だな」

「ええ、最近は日差しも暖かいので洗濯物が良く乾きます」

「霊霞が家事を手伝ってくれるお陰で助かっているよ」

「勿体無い御言葉です」

「で、今日はそんな霊霞にもう一つ手伝って貰いたい事が有ってな」

「私に出来る事でしたら」

 

 

 道を暫く進むと郷から離れ、踏み固められた林道へと出る。

 去年までは獣道と言った方が正しい様な道だったのを、鬼の方々に依頼して切り拓いて出来たのがこの林道。

 ……返す返すも妖怪と縁を結び共に暮らしていると言うのが不思議でならない。

 他の村や集落では、妖怪は人を攫う相容れない存在であると聞く。

 故に人は妖怪を恐れ、神々を祀り、互いの領分を侵さぬよう生きている。

 それが、この郷では如何か。

 当たり前の光景として多種多様な妖怪が人と挨拶を交わし談笑している。

 中には契様に肖ってか夫婦となっているものも少なくない。

 これを異常と取るか、一つの形と取るか。

 改めて周囲の状況の特異さを実感していた私へ、契様の躊躇いがちな御声が掛かる。

 

 

「花を一輪、選んで欲しい」

「花……ですか?」

「あぁ」

 

 

 少し声の調子を落とした契様と歩きながら、成程と納得する。

 この道の先に有るのは幽香様の御自宅。

 他にも河童の集落や鬼の集落も有るけれど話の流れからして幽香様に会いに行くのだろう。

 そして花を見繕うのだと。

 

 

「どのような花を御所望ですか?」

「……奈苗が好きだった花を頼む」

「あの娘が好きだった花、ですか」

「あぁ。漸く決心が付いたんでな」

 

 

 場都が悪そうに頬を掻く契様。

 理由は如何在れ、契様が今まであの娘の墓を訪れる事は無かった。

 あの娘が契様に懐いていた様に、契様もまたあの娘を大事にしてくださっていた。

 ……その想いが強かったからこそ、あの娘の墓へ足は向かなかったのだろう。

 正直な所、そこまで想われていながら最後まで生き抜くと言う選択をしなかった点には憤りを覚える。

 私の様な者が代わりとして収まるよりも、奈苗が生きていてくれた方がどれだけ良いか。

 其処まで考えて、僅かに頭を振る。

 如何な感傷に浸ろうとも、あの娘が自分で選び取った結果だ。

 せめてあの娘の遺言くらいは守ってあげよう、と鬱屈した思いを息と共に吐き出す。

 

 

「それならば丁度咲き始めている時分です。幽香様にお願いしてみましょう」

「そうか、それは何より。季節外れの花を無理矢理咲かせてしまうのは可哀想だしな」

 

 

 時折、契様は随分と可愛らしい言い回しをなされる。

 郷の童女達とも話が合うので、散歩に出ればいつも囲まれて居られるのが印象的だ。

 とても大人びているのに、ふとした瞬間少年の様に笑ってみたり。

 不思議な御方だ、としみじみ思う。

 

 

「で、その花ってのは?」

「丁度其方に咲いていますね」

「……成程。手折る訳にも行かないな。やはり幽香に頼むか」

 

 

 春の気配を孕んだ花弁が風に揺れている。

 見上げた木々の枝に、小さな桜が咲いていた。

 

 

 

 

 ────『私の分まで、笑ってくれる人が居る』────

 

 

 

 

「……うん、皆立派に育ってるわね」

「幽香さん、篭持ってきました」

「準備万端!」

 

 

 大粒の実を付けた苺の苗から顔を上げると、荷車に幾つか篭を載せてチルノと大ちゃんが此方へやって来た。

 いつものワンピースじゃなく、二人ともシャツにオーバーオール、軍手にゴム靴を着込んでいる。

 ケイのデザイン画を元に作ってみたのだけれど、案外似合っていて可愛らしい。

 

 

「よし、それじゃ収穫しましょうか。摘まみ食いは二つまでよ?」

「「はぁーい!」」

 

 

 二人の弾んだ声に自然と口の端が上がる。

 荷台の篭を手に取って、いざ収穫の時。

 育ち切っていないものや小さいものはそのまま残して、手際良く篭へと運んでいく。

 今年の苺は随分と大きく育った。

 紅く熟れた実がとても美味しそうに映るけれど、独り占めする訳には行かないわね。

 

 

「ん~、あまぁ~い♪」

「あ、チルノちゃんもう食べてる!?」

 

 

 幸せそうな声に顔を上げると早速チルノが大粒の苺に噛り付いていた。

 手をほっぺに当てて蕩けた顔をしているけれど、軍手に付いた土がそのままほっぺに付いてしまっている。

 それに気付いた大ちゃんがタオルで拭い、チルノが擽ったそうに笑い声を上げる。

 うん、とても和やかで楽しいわね。

 二人が遊びに来てくれるようになってからと言うもの、毎日がとても賑やかになった。

 時々三人でケイの所へ襲撃を仕掛けてみたり、家でまったりお茶会と三人で同じベッドに入ってお泊り会をしてみたり。

 同年代では無いけれど、掛替えの無い友人を得られた事をケイに感謝しないとね。

 

 

(ア、ソレ酸ッパイヨ)

「大ちゃん、それは酸っぱいらしいからやめた方が良いわよ」

「そうなんですか? こんなに紅いのに」

「ねーねー幽香、こっちは?」

(ソッチハ甘イヨ)

(コナイダノデートノ時クライ甘々)

「……甘いらしいわよ」

「そっか♪ 大ちゃん、あ~ん」

「あーん……うん、すっごく甘くて美味しい♪」

「くっ……!」

「あれ? なんで幽香悔しそうなの?」

「幽香さんも甘いの食べたかったのかな」

(スッゴク甘イッテ)

(アマーイ!)

 

 

 茶化すんじゃないわよっ、と葉っぱの部分を指で弾く。

 よくよく考えたら花や木々に私とケイのデートが全部筒抜けな気がしてきた。

 こういう時は自分の能力が恨めしいわね……。

 妙に気恥ずかしく感じていると、不思議そうに首を傾げていたチルノがぽんと手を打つ。

 

 

「解った! 花にどれが甘いか聴いて自爆したのね!」

「え、どういう事?」

「きっと甘さを伝えるのに『ケイとらぶらぶしてた時の幽香くらい甘い』って言われたのよ!」

「何で解るのよ!?」

「え!? まさかのチルノちゃん大正解!?」

「ふっふ~ん♪」

 

 

 得意気に胸を張るチルノ。

 時折ピンポイントで物凄く賢くなるのよねこの娘。

 と言うか当てられて一気にほっぺが熱を持ち始めた。

 平常心平常心、と如何にか動揺を抑えようとしていると大ちゃんが近寄り満面の笑みを浮かべる。

 

 

「えっと、とっても甘かったですっ」

「……コラー!」

「わー、幽香が怒った♪」

「キャーキャー♪」

 

 

 楽しそうに騒ぎながら抱き付いてくる二人。

 妖精らしく大ちゃんも地味に悪戯っこなのが厄介だわ。

 逃げるなら追い掛けて拳骨も出来るのだけど、逃げる所か逆に嬉しそうに抱き付いてくるから怒るに怒れないし。

 

 

「全く……後で酷いわよ?」

「えへへ、ごめんなさい」

「でもそれだけ幽香はケイが好きなんでしょ? だったら恥ずかしく無いよ! それってとっても素敵だもん!」

「あー、まぁ、その……」

 

 

 ええい、チルノの真っ直ぐな心は私には眩し過ぎるわ。

 

 

(マブシイノ?)

(ヨゴレ?)

 

 

 誰がヨゴレ系よっ。

 そんな風に時折二人に弄られながら収穫を進める。

 人より丈夫とは言え屈んだ状態での作業は中々に堪えるものがある。

 顎を伝う汗を拭いながら最後の畝での収穫を終えた所で花達が騒ぎ始めた。

 

 

(キタ)

(キタヨ)

「ん?」

「どしたの? 幽香」

(今日ハ二人)

(巫女サンモ一緒)

「ケイと霊霞が来たみたいね」

「契さん達が?」

「ハッ、まさかこの摘み立て苺を狙って!」

「それは無いと思うけどなぁ」

「おのれケイめ! 苺が欲しくばむぎゅむぎゅしろー!」

 

 

 意気揚々と勘違いしたまま篭を荷台に置いて駆け抜けていくチルノ。

 それを微笑ましそうに大ちゃんが見送る。

 ……まぁ、面白そうだから放って置いても大丈夫ね。

 苺を載せて大ちゃんとのんびり荷台を牽いていくと家の方から何やら愉しげな声が届く。

 早速襲われたみたいね。

 二人で顔を見合わせて笑いながら、荷台から苺を降ろして倉庫へ。

 

 

「じゃあ私は荷台を持っていくから、大ちゃんは保存室にしまって置いて貰える?」

「はい、任せてください!」

「ん、頼りにしてるわよ」

 

 

 ぐっと両手を握ってみせる大ちゃんにこっそりと苺を咥えさせてみる。

 ケイ直伝の手綱捌きは効果絶大ね。

 ほっぺを押さえてふにゃー、と幸せそうにくねくねする姿が実に良い。

 思わず抱き締めて撫で回したけれど私は悪くない。

 可愛いは正義ね、間違い無いわ。

 やる気充分な様子で篭を運んでいく大ちゃんの後ろ姿に手を振って、物置小屋の方へと荷台を押していく。

 小屋の中は陽が入らない所為か少しひんやりしている。

 奥の空間に荷台を置いてから外に出ると、春の陽射しがぽかぽかと降り注いでくる。

 今日はのんびり日向ぼっこでもしようかしら。

 そんな事を考えつつ家へ戻ると、案の定妖精二人に振り回されている姿が目に写った。

 予想と違ったのは振り回されているのがケイじゃなく霊霞だった事ね。

 

 

「いらっしゃい、二人共」

「よっ」

「お邪魔致します、幽香様」

 

 

 右手を挙げて気さくに笑い掛けるケイ。

 今日は藤の花をあしらった上衣と藍染の袴姿。

 少し厚着の様にも思えるけれど、意外と寒がりだからあれくらいで丁度良いのかも知れない。

 霊霞はいつもの巫女装束。

 丁寧過ぎる程に頭を下げて挨拶するけど、今日はその怜悧な表情が少し戸惑っていて何処か微笑ましい。

 原因は左右の腕の引っ付き虫ね。

 

 

「随分と懐かれたわねぇ」

「見に余る思いです」

「霊霞お肉余ってないよ?」

 

 

 右腕に抱き付いたままチルノが人差し指で霊霞のお腹をつつき始める。

 振り払うでも捩って逃げるでもなく、黙ってされるが侭につつかれている。

 それでも多少はくすぐったいみたいで、時々びくっと身体を震わせる。

 何とか涼しげな表情を保っているのが可愛らしい。

 霊霞も弄ると面白いのよね。

 

 

「霊霞肌すべすべで良いなー」

「有難う御座います」

「胸も大きいし羨ましいです!」

 

 

 大人の女性に憧れている大ちゃんは霊霞がいたくお気に入りらしい。

 いつも冷静で取り乱さず、奥ゆかしく控え目なのが格好良いとか。

 憧憬の視線に晒されて少し戸惑っている様子なのに一切表情が変わらない所がまた良いわね。

 そんな風に戯れる三人を見て、ケイと一緒に微笑みを零す。

 

 

「すっかり人気者ね」

「後は自分を卑下せず自信を持ってくれたら良いんだが」

「ケイの御手付きが無いからじゃない?」

「流石にそれは無いと思うが。それに今手を出してもな」

「あら、性欲魔神のケイにしては珍しいお言葉」

「お前は俺を何だと……いや、良い。思い当たる事しか無かった」

「残念。解らないって言ったら弄り倒そうと思ったのに」

「いじめっ子め」

 

 

 いじけた様に唇を尖らせるケイが、ふと柔らかく笑う。

 視線の先に有るのはチルノと大ちゃんにもみくちゃにされている霊霞の姿。

 

 

「今の霊霞に手を出しても『当然の事として身体を差し出す』としか考えないだろ? 巫女だからとか奈苗の代わりだからとか、そんな詰まらない理由で」

「あ、そうだ! 霊霞に苺持ってきたの! 多分甘いやつ!」

「確かに、いつも引いた位置に身を置いているわね。律すると言うより縛り付けてるみたい」

「御厚意、痛み入ります」

「それじゃダメなんだ。俺が抱きたいと思うのは空っぽの人形じゃなく、霊霞と言う女の子だからな」

「はい、あーん♪」

「自分と言う価値を正しく認識した上で、自らを捧げて欲しい、と。本当に鬼畜ねぇ」

「チルノ様、畏れ多いのですが……」

「気高く強い女性が俺だけに心から屈服するとか最高だろ」

「よしチルノちゃん、私が霊霞さんを押さえてるからその隙に! むぎゅむぎゅー♪」

「それであの頃から暴れん坊ならぬ暴れん棒だったのね。納得納得」

「あの、大妖精様。押さえるのなら私の両腕の上から、加えて背後から拘束した方が良いかと存じますが」

「っと、本題を忘れる所だった。これから奈苗の墓参りに行くんだが、せっかくだから花を供えようと思ってな」

「でかした大ちゃん! さぁ霊霞、覚悟して口を開けなさい! じゃないとちゅーするわよ! ケイが」

「成程ね。でもあの娘の好きな花って桜よ?」

「……それは魅力的ではありますが私程度の者には分不相応なものです。契様の御寵愛は奥方様へ、と」

「あぁ、だから幽香に頼みに来たんだ。手折ってしまっては可哀想だからな」

「でも霊霞さん満更でも無さそう?」

「それなら問題無いわ。あの娘のお墓が有る所、周囲に桜の木が並んでるのよ。能力で一気に満開に出来る事だし、私もお参りに行こうかしらね」

「あたい知ってる! 今の霊霞みたいな顔はね……えーと……そう、メスの顔って言うのよ! それはそうと霊霞、あーん♪」

「頼む。幽香も来てくれるなら、きっと奈苗も喜ぶだろうな」

「んっ……甘くて美味しいです」

「ええ、きっとね。それじゃあ準備しないと。少し待ってて貰える?」

「メスの顔を否定しない……これは霊霞さんも契さんラヴァーズの一員に!」

「解った、適当に紅茶でも淹れてのんびりして待ってるよ。……オラー! 何三人で面白そうな事してるんだ俺も混ぜろー!」

 

 

 三人に突撃していくケイ。

 ちびっ子二人は歓声を上げて、真ん中の少女は僅かに眼を見開いて捕まる。

 霊霞は日頃密着する機会が無いのか随分と反応が初々しい。

 ケイはケイで、普段の大胆不敵な鬼畜眼鏡っぷりを発揮させずに妙な遠慮をしてるみたい。

 二人共しょうがないわね、と小さく笑みを零して一旦着替えに家へと戻る。

 

 

「ケイ、大ちゃんとチルノも着替えるんだから霊霞でも掴まえてなさい。ほら二人共、着替えるわよ」

「「はぁーい♪」」

「どれ、それじゃ俺達は居間でティータイムと洒落込むか」

「あの、契様。抱き抱えられたままでは非常に畏れ多いのですが」

「気にするな。折角だし奈苗の所までお姫様抱っこで行くか?」

「御戯れを……」

 

 

 無表情ながら僅かに耳を赤くしている霊霞はケイに任せて、私は妖精二人を連れて脱衣所に。

 三人だと少し手狭だけど、汗くらいは流さないとね。

 気を抜いたらケイが抱き付いてくるし。

 全く、我が夫ながら困った子だわ。

 

 

(デモ期待シテルヨネ)

(完堕チダネ)

 

 

 こらそこ、煩いわよっ。

 

 

 

 

 ────『私の帰りを、待っていてくれる人達が居る』────

 

 

 

 

 物干し竿に掛かっている着物を手に取って一つ頷き、手元の籠にぽいぽいと放り込んでいく。

 暖かな日差しのお蔭で、洗濯物が良く乾く。

 左手で庇を作りながら太陽を見上げてみると、じんわりと肌が汗ばんで来そうなくらいに照り付けて来ているのが解る。

 

 

「もう出歩くのに厚手の服は要らないわね」

「お父様はまた生地の厚いものを着込んでいましたが」

「にぃに、さむがりだもんねー」

 

 

 籠を抱えて洗濯物を運んでいく映姫と妹紅ちゃんが、小さく笑みを零した。

 二人共服の袖を捲って体温を逃がしている。

 日陰で強い風が吹けば少し肌寒いと感じるけれど、こうして動いていると自然に汗がぶわりと噴き出して来る。

 首に掛けた手拭いで汗を拭きつつ布団を手に取る。

 一時期は傷心のケイに合わせて子作りは控えていたけれど、最近はまた以前の様に抱かれる様になった。

 お陰でケイが何処かへ泊まりに行く日以外はほぼ毎日、布団を洗って干している。

 意外と重労働なのよね、これ。

 その所為か最近少し腕が逞しくなった様な気もする。

 由々しき事態だわ。

 ほんのちょっぴり軽く感じる布団を一先ず縁側から室内へ放り込むと、どこからともなく影が迫る。

 

 

「へっへっへー、ぽかぽかお布団一番乗り!」

「あっ、ゆかりちゃんずるい!」

 

 

 ぼふっと布団に倒れ込んでごろごろと上機嫌に転がる紫に、妹紅ちゃんが声を上げる。

 紫もこの一年で少し背は伸びたけど、悪戯っ子な所はさっぱり変わらない。

 今日はケイが呉服屋と共同で作り上げた洋服を着ている。

 確か……ワンピース、だったかしら。

 横文字は覚えるのが面倒なのよねぇ。

 

 

「ケイの観察してたんじゃないの?」

「おっと、そうだった。お兄さん、奈苗ちゃんのお墓参りに行くってさ」

「あら」

 

 

 予想していなかった答えに驚きの声が漏れた。

 もうそろそろかなとは思っていたけれど、存外早かったわね。

 まぁ、何だかんだで奈苗の魂を取り込んだのをケイに伝えてなかったから私とは心構えが違うんでしょうけど。

 …………皆に奈苗が生まれ変わった時にケイに伝えよう、って提案したら皆賛成してたし良いわよね。

 うん、私は悪くない悪くない。

 

 

「何かまた碌でも無い事考えてそうだけどスルーするね。今お兄さんは霊霞と一緒に幽香の家へ進撃中だよー」

「幽香の家?」

「奈苗ちゃんの好きな花を咲かせてあげたいんだって。相変わらずお兄さんってロマンチックだよねー。そこが良いんだけど♪」

「成程ね。それならチルノと大ちゃんも一緒になりそうかしら」

 

 

 ふむ、と一つ頷いて掛け布団や自家製タオルケットもぱぱっと放り込んでいく。

 途中で小さく悲鳴が聞こえたのは気にしない。

 

 

「るーみあさん、こっちおわったよー」

「後は箪笥に仕舞うだけで……何です? このもごもご言ってる布団は」

「もごご……んっぷはぁ!」

「あ、ゆかりちゃん」

 

 

 中途半端にタオルケットが絡んだらしく、顔だけ布団から外に出す紫。

 額に汗を掻きながらぜーはーぜーはー息を吸い込むのはちょっと可愛いわね。

 そこに隣の部屋で洗濯物を畳んでいた映姫が呆れ顔でやってくる。

 

 

「あー、空気が美味しい……」

「紫さん、遊んでいるくらいなら布団畳むの手伝ってください」

「違うよぉ! ルーミアに襲われてたの!」

 

 

 ぼふぼふと布団を叩いて抗議する紫。

 そんな様子が面白くて、つい笑みが零れた。

 

 

「さて、紫の反応も面白いけど遊んでないでちゃっちゃとケイの後でも追い掛けようかしら」

「ルーミアも酷い……」

「ゆかりちゃん、にぃにのあめだまあげるから、なかないで?」

「泣いてないやいっ。と言うか妹紅ちゃんまで私の扱いが雑になってる気がする」

「きのせいきのせい♪ はい、あーん」

「あーん……お、みかん味」

 

 

 むー、とほっぺを飴玉で膨らませながら釈然としない顔でこっちを見てくる紫。

 そんな様子にくすりと口を緩ませる妹紅ちゃんの後ろで、映姫が手早く掛け布団を畳んでいく。

 働き者ねぇ。

 紫を退けて敷布団を畳んで押入れに仕舞い、掛け布団もその上に乗せていく。

 高さがそれなりに有るから、妹紅ちゃん達は取り出すのは出来ても仕舞うのは中々難しい。

 最後に皆で箪笥に服を入れればおしまい。

 

 

「よし、お洗濯終了」

 

 

 背筋を伸ばしてぐぐっと反ると、肘や肩甲骨がポキポキ鳴る。

 身を屈める体勢が続くと固まっちゃうのよねぇ。

 仕事が終わると妹紅ちゃんは直ぐに映姫と紫の手を引いて境内の方へ駆け出して行った。

 ああ云う所を見ると、まだまだ遊びたい盛りの子供なのねと思い知らされる。

 普段がしっかりものだからついつい頼っちゃうけど、本当はもっと私達大人がしっかりしないといけないのよね。

 ……ま、我らが望月家に立派な大人なんて数える程しか居ないんだけど。

 家長のケイからして適当だものねぇ、と考えた所で思わず苦笑が漏れる。

 

 

「およ、どったのルー子?」

 

 

 ぺたぺたと廊下を鳴らしながら、ケロ子がひょっこり顔を覗かせる。

 

 

「あぁ、ちょっとケイの事を考えててね」

「契の事?」

「妹紅ちゃんはしっかりものなのに、ケイはあんまりしっかりしてないなぁ、ってね」

「そうかな? ご飯も美味しいし里の皆からの評判も良いけど」

「普段はね。でもちょいちょい『やらかす』でしょ? 鉄砲水に飲まれたり、突然転移したり。下半身的な意味でヤラかす事はもっと多いけど」

「あー……まぁ、うん」

「或る意味ではしっかりしているのかしらね?」

「だねぇ。全く、こんなに可愛い諏訪子ちゃんが居ながら次々と女の子を毒牙に掛けて」

「前回は文・ぬえ・響子・小傘・ナズーリンの五人だったかしら?」

「今の所はね。お寺の連中はまだ然程影響を受けてないみたいだけど、果たして如何なる事やら」

 

 

 困惑半分呆れ半分な様子で微妙な笑みを浮かべるケロ子。

 さもありなん、ケイが自分から何かしようとすると大抵女の子を引っ掛けてくる。

 これだけ女の子を囲って置いて、更に新しい嫁候補を拾って来るのは純粋に凄いと思うけど。

 

 

「まぁ」

「でも」

「「そこが良いんだけどね」」

 

 

 同じ感想が出て来た事に二人で笑い合う。

 こうした反応になる辺り、私もケロ子もすっかりケイに堕とされてるわね。

 

 

「あぁそうだ、契なら霊霞と一緒に奈苗の墓参りに行ったよ」

「ええ、さっき紫から聴いたわ」

「そっか。しかしすっかり舎弟状態だねぇ」

「早く紫も私達を使う事を覚えたら良いんだけど」

「まだ変に遠慮しちゃってるのかね?」

「と言うよりは自分だけで如何にかしようと抱え込んじゃってるのよね。アレは一度大きく挫折して強かにならないとダメね、きっと」

「成程、これまた妙な所で頑固だ事」

 

 

 やれやれと肩を竦めて見せるケロ子。

 普段色々と気を回してくれるからこそ、紫の様子に気を揉んでいるのでしょうね。

 一番近い所に居るケイは気付いているのか気付いてないのか、正しく普段通りにしか応じないし。

 ……ま、なるようになるでしょ。

 

 

「それじゃ、私も出掛けて来ようかしら」

「私はちみっこ達の面倒でも見てようかね」

「身長で見たら誰が保護者か解らないのが難点よね」

「それは言わない約束だぜぃ、おとっつぁん」

「誰がおとっつぁんよ」

 

 

 ケロケロとご機嫌に笑いながら境内へ向かう背中を追い掛け、遊びに来ていた古明地スカーレット両姉妹にも行ってきますと手を振っていざ出発。

 里を出て暫く道なりに進み、案内板が立っている所で小道へ入る。

 以前に霊霞が使っていた庵へと続く道。

 紫の能力で隠されていた通りも、今では鬼の手に依って歩き易く舗装されている。

 風が葉を撫で擦る音を聴きながら行けば、木漏れ日の隙間から小鳥達の姿が時折覗く。

 耳を澄ませば、鶯の鳴き声が遠く空から届いて来る。

 何とも平和な山道を進んでいると、不意に木々が途切れた。

 

 

 ──何度見ても絶景よねぇ。

 

 

 左右を薄に囲まれた小高い丘。

 その先は崖とまでは行かないけれどそこそこ急な斜面になっていて、下には辺り一面桜の木が立ち並んでいる。

 それらを見下ろす丘の上に、こじんまりとした墓が一つ。

 あの下に、奈苗の遺骨が入っている。

 本格的な冬が来る前にケイ自ら先頭に立って作り上げた墓。

 あの時は木々も枯れていたし他を見る余裕も無かったから気付いて居なかったみたいだけど、私やケロ子や神奈子は密かに感心してたのよね。

 誰に聴かされて居なくても、ちゃんとあの娘の好きな花で囲んであげてるって。

 他の皆は知らない、私達家族だけのちょっとした秘密。

 意識を飛ばして懐かしんでいる私の耳に、小さく声が届いた。

 

 

「……もう、一年以上も前か。ごめんな、待たせて」

 

 

 奈苗の骸が眠るその墓の前に、身を屈め物思いに更ける彼の姿が有る。

 どんな表情をしているのかは此処からだと見えないけれど、その声色は何処までも優しく温かい。

 どくり、と胎の奥で熱が動く。

 

 

 ──悶えるくらいならさっさと受け入れて出てきなさいな。

 

 

 無駄に存在を主張する愛し子に呆れを返しながら下腹部を撫でる。

 あの後も幾度と無くケイと身体を重ねたのだから、この娘さえその気になれば何時でも受胎は出来た。

 一度ケイの身体強化を全部破ったみたいだし、私も以前の力を取り戻してあらゆる点で強化されている。

 前の様に卵子が犯されすぎて妊娠出来ない訳じゃない。

 それなのにこの娘は嬉しいやら恥ずかしいやらで気持ちが常に振り切れてしまっている所為で、中々子宮へと降りて来ない。

 出口付近で食い止めているのか他の卵子も出て来ない。

 孕むんならとっとと孕みたいわ、と何とも微妙な心持になってしまったのは記憶に新しい。

 

 

『前は肉体同士で繋がってましたけど今の私は身体を抜け出し精神だけの存在になったと言っても過言ではありません! この私を隔てているのはこの小さな小さな卵子と言う細胞一つ! そんな私におとーさんの子種が文字通り四方八方かららぶらぶレイプを仕掛けて来るんですよ!? 赤ちゃんになっちゃおうぜグヘヘと無理矢理合体してくるんですよ!? そんなの何かもう……何かもう!! 堪らないじゃないですかムッハー!!』

 

 

 とは、前に中々妊娠しない事に疑問を持った私がさとりに頼んで胎の中のこの娘の心を読んで貰った時の弁明。

 肉体を失って囚われる物が無くなった所為か酷いはっちゃけっぷりだったのが印象深い。

 死んだ魚の目をしながら通訳してくれたさとりには本当に申し訳無い事をしたわ。

 と言うか堪らないのなら早い所レイプされて来なさいよ、と思う私は何処かおかしいのだろうか。

 当人……当人? は明らかに凄まじいであろう体験を目の前に尻込みしてるみたいだけど。

 

 

 ──早くしないとまた新しい娘達にケイの左隣を奪われちゃうわよ? 

 

 

 右隣は私。

 そこは譲れない。

 そんな風に思考を飛ばしていると背後から複数の気配と何処かひんやりとした空気が近付いて来た。

 音を立てない様に振り返れば、ふよふよと宙に浮いた状態でチルノがこっちに飛んでくる。

 その後ろには大ちゃんと幽香、霊霞が居た。

 振り返った私に、チルノが人差し指を口元で立ててしぃ~とジェスチャーを送る。

 頷きを返すと満足げにニカッと笑って飛び付いて来た。

 成程、ひんやりしてたのはチルノが居たからなのね。

 さらさらの水色の髪を押し込む様にうりうりと撫で回しながら抱き締めると、擽ったそうにくねくねと身を捩る。

 

 

「悪い、待たせた。ってルーミアも来てたのか」

 

 

 背後から声が掛かる。

 振り返ればいつの間にか立ち上がっていたケイが優しげな顔付きで此方を見ていた。

 いやぁ、何時見ても胸が高鳴るわねぇ。

 にへらぁと相好を崩す私の横を通り抜けて、幽香が前に出る。

 

 

「もう良いの?」

「あぁ、漸く色々と受け止められたからな。それじゃ幽香、頼んだ」

「任されたわ」

 

 

 短く言葉を交わして幽香がケイと入れ替わる様に墓の前まで進む。

 ……そう言えば幽香が能力を使う所、見た事が無いわね。

 花達と会話出来るのは知ってるけど『花を操る程度の能力』については何も知らない。

 いつの間にか隣に来ていた大ちゃんも取っ掴まえてむぎゅむぎゅしつつ、挙動を見守る。

 

 

「二人は幽香が能力使う所見た事あるの?」

「あるよー。こうね、花が一気にわぁーって!」

「自然ととても近しい妖精だからかも知れませんけど、体の奥から感動が湧き上がってくるんですよ!」

「おぉう。大ちゃんが此処までテンション上ってるのも珍しいわね」

「はい、もうすっごいんですよ!」

「すっごいんだよー!」

「なら楽しみに待って居ようかしら」

「ちょっと、無駄に妙な重圧掛けないでよ」

 

 

 ジト目をちらりと此方に向けて来る。

 やぁねぇ、ケイにフラワーマスターとまで評された幽香が今更緊張で失敗とかする訳無いじゃない。

 表情に出ていたのか、幽香は私と視線を交わすとフッと小さく笑って前を向いた。

 霊霞とケイも、表情は変えないけれど何処かそわそわした様子で待っている。

 

 

「────さぁ、咲きなさい。季節は貴方達のものよ」

 

 

 瞬間。

 ぶわりと世界が染まった。

 

 

「…………わぁ……っ!」

 

 

 思わず、童女の様な歓声が零れていた。

 遠く果て無き空の下に、桜色の海が広がっている。

 風に波打つ花弁が、心ごと揺らし、寄せては返す。

 

 

「わぁ、わぁぁ……!」

「ねっねっ、すごいでしょ!?」

「ほらルーミアさん、もっと近くで見ましょう!」

 

 

 両手に抱き付いたまま飛び跳ねる大ちゃんとチルノに引き摺られる様に、丘の上へ走る。

 視界に飛び込んでくる、桜、桜、桜。

 幾つかの蕾がはにかむ様に開いていたのが、今は枝さえ置き去りにして咲き誇っている。

 濃密な色彩と自然の息吹にすっかりやられてしまった私は、暫くぼうっとその場で立ち尽くしていた。

 知らず、涙が零れ落ちる。

 

 

「本当に……凄いわね」

「ねー。あたいはサイキョーのつもりだったけど、こればっかりは幽香に敵わないよ」

「あれ、ルーミアさん泣いてる?」

「えぇ、余りの凄さに何だか涙が出ちゃった。感動すると理由が解らなくても泣けて来ちゃうのね」

「あはは、ルーミアも一緒だね! あたいも大ちゃんも、最初見た時はおんなじ様に泣いちゃったんだよ」

 

 

 右腕をチルノが解放してくれたから、そのまま袖でぐしぐしと涙を拭う。

 興奮と歓喜がごちゃまぜになって、胸の奥で熱く渦巻いている。

 でも、この感情を如何処理して良いのか解らない。

 そうして溢れ出たのが、きっとさっきの涙ね。

 すぅ、と一度深く息を吸い込み、吐く。

 春の香りが胸一杯に広がって行き、訳も無く嬉しくなってくる。

 

 

「ふふ、自然ってとっても素敵でしょう?」

 

 

 楽しげに弾んだ声。

 隣で頬を軽く紅潮させた幽香が笑みを浮かべて桜の海を眺めている。

 お互いに視線を前に向けたまま、言葉を交わす。

 

 

「えぇ、何て言うか……とっても凄いわ」

「あははは、ルーミアさっきからすごいしか言ってないよ?」

「だってこんなに……凄いじゃない! あぁもう、自分の語彙の少なさが恨めしいわ!」

 

 

 チルノの指摘を受けて考えてみたけど、本当に凄いの一言しか出て来なかった。

 こんな事なら私も妹紅ちゃんと一緒に勉強した方が良かったかしら? 

 そう思っていると、幽香がくすりと可愛らしく笑った。

 

 

「それで良いのよ」

「え?」

「色々な花を見て来た私は、少なくとも皆より自然の造詣を評する言葉を多く知っている心算。それでも、こうした光景を前にして『凄い』以上の言葉は出て来ないわ。本当に凄いって感じた時は、とても単純な言葉以外出て来なくなるものなのよ」

「そっか……そう言うものなのね」

 

 

 言われて納得した。

 これまでに綺麗な景色を見る機会はたくさん有ったけど、色んな言葉が出て来る内はまだまだ余裕が有った気がする。

 今みたいに、頭も心も感動で埋め尽くされる事は無かった。

 成程成程と深く感心していた所で、とくりと胎の奥が小さく身動ぎした。

 そう言えば私の身体を介してこの娘も外の様子を知覚する事が出来たんだっけ、と今更ながら思い出す。

 それと同時に、小さく、声が届いた。

 

 

「奈苗も……この景色を見て喜んでくれただろうか」

 

 

 ケイの声だ。

 振り返った直ぐ先で、何処か泣きそうな顔で俯いている。

 その後ろで、霊霞が何かを言い掛けて、でも言えずに口を引き結んでいた。

 霊霞は自分の勝手な都合や感情で、他の誰かの考えを語るのが何よりも嫌いな娘だ。

 きっと『奈苗が如何考えているかも解らないのに、私が勝手な想像で代弁する訳には行かない』とでも考えているに違いない。

 だから、私は口を開く。

 世界で唯一、この娘の心が解るから。

 

 

「勿論。大喜びよ」

 

 

 その言葉に反応を見せたのは二人。

 ケイは弾かれた様に顔を上げ、霊霞は僅かに目を見開くと深々とお辞儀して見せた。

 

 

「奈苗は……俺を許してくれるだろうか」

「許すも何も、最初から怒ったり恨んだりなんかしてないわよ」

「……俺は。前に進んで良いんだろうか」

「当たり前でしょ。奈苗は、ずっと先の未来で、またケイが迎えに来てくれるのを待ってるわよ」

 

 

 ──そうでしょ、奈苗? 

 

 

 どくん、と跳ねる様に力強い答えが返ってくる。

 

 

「…………そっか」

 

 

 たった一言。

 それだけ呟いてケイは笑った。

 涙を零して顔をくしゃくしゃにして。

 みっともないヘタクソな笑い顔だったけど。

 ちゃんと笑っていた。

 ……もう、ケイは大丈夫ね。

 視線をもう一度前に戻す。

 澄み渡る空の下を、桜色の海が遠く広がっている。

 この景色を刻み付けながら、口には出さない声を掛ける。

 

 

 ──待ってるわよ。

 

 

 どくんともう一度、力強く答えが返る。

 春の風が、吹き渡っていた。



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