西住家の少年 (カミカゼバロン)
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10年前のお話

 だいたいあらすじで書きましたが、オリ主ものです。
 多くのガルパンおじさんのガルパン2次に影響されて手慰みで書き始めましたが、もはや何番煎じどころか煎じすぎて味もしていない有様のアレです。

 オリ主モノが苦手な方はご注意したうえでプラウダバック、もといブラウザバックして下さい。


「泣き止みなさい」

 

 未だ幼い少年の代わりに少年の母の葬式を取り仕切った、少年の母の友人だという女性は、険しい表情でそう告げた。

 告げられたところで母を亡くしたばかりの7歳の少年に対しては、まるきり逆効果で泣き叫ぶ様を拡大させるだけであるのだが。

 

 しかし、言った女性―――年の頃20代の半ば程度の喪服の女性だ。艷やかで長いストレートの黒髪と、無表情に近いがどこか威圧し睨みつけるような、意思の強そうな美貌。真っ黒な喪服に包まれた身体つきは、未だ少年からはそのような評価など出ようはずもないが、モデルのようにスラリとした長身で、しかも出るとこは出た妙齢の美女である―――からすれば予想外の反応だったのか。

 威圧するような視線はそのままだが、眉根を寄せるような表情を浮かべ、その柳眉が八の字に変わる。彼女をよく知る者―――例えば彼女の夫である西住常夫(婿養子)だったり、彼女の友人“であった”亡くなった故人であれば、『困っている』と表現するであろう表情だ。

 

 つまり、彼女―――西住しほは、早逝した友人の遺児が大泣きしているのを前にして、どうして良いのか分からずに困り果てているのである。戦車道というこの世界においては一般的な女子スポーツにおいて麒麟児であり、努力家であり、文武両道そつなくこなす彼女だが、『泣く子をあやす』というのは苦手分野だ。

 彼女自身が二児の母であるのだが。さて、自分の子供が転んで泣いた時のように抱きしめて撫でてやれば良いのか。彼女の子は両方共に娘であるため、娘と同年代の少年というのは彼女からしても中々のプレデターである。

 

「彼女には―――貴方のお母様には、貴方のことを頼まれています。奔放なあの子に懇願されるなんて、思ってもいませんでした。……もっと早く、頼ってくれれば」

 

 しかしそれでも、放置は出来ず。なんとかコミュニケーションを取らねばと、彼女からすれば清水の舞台から飛び降りるくらいの覚悟で言った内容は、しかし半ばから独白に変わる。

 高校卒業後すぐさま結婚し、実家である西住流戦車道の道場へ戻り、戦車道に子育てにと明け暮れた彼女だが。高校時代の旧友にして悪友―――彼女も自分同様に早婚したものが、離婚して母子家庭となり、働きすぎで身体を壊した挙句の早逝などとは、知らせを聞いた西住しほをして動転させるに足るだけの内容だった。

 友人が死の前日に、病院の看護師に頼んで出していたという彼女宛ての手紙も同様だ。

 

『自分は父も母も亡くなっており、頼れる親類は既に居ません。友人からの頼みとしては重いに過ぎるだろうけど、どうか私の子を貴方の元で育てるか―――無理ならば、信頼できるご家庭を探し、預けて頂く事は出来ませんか。

 貴方には貴方のご家族が居るのは分かっています。それでもどうか、お願いします』

 

 奔放で彼女を振り回すようだった友人らしくない、弱々しい筆致と文章の便箋を見て、大慌てで彼女が入院しているという病院に電話したところ、その日の朝に亡くなったと聞いた時には流石の西住しほをして、電話を手にしたまま膝から崩れ落ちかけた。

 遺族は7歳の少年のみで、遺産らしい遺産もなく。病院としても葬儀等の対応に悩んでいる様子だったので、故人からの手紙の話や自分が彼女の友人だったという話をして、葬式を自分の方で執り行えないかと申し出た。

 病院側も最初は何事かと思ったようだが、西住流本家の名が出た瞬間に話がトントン拍子で進みだした時には、分かっていたはずだが社会的地位の便利さというものを思い知ったものだった。

 

 ともあれ、そのような事情で―――少年が実質的に喪主を務められないため、彼女が弔問客への対応などを行って、葬式も無事に終わり。主に学生時代の戦車道仲間が大勢訪れた葬式の後に、やっと落ち着いたところでの少年との対話。

 しほとしては、悪友の最後の頼みを聞き受ける方向で考えており、家族にもそれを話して了承は取ったのだが―――まだ幼い娘達には細かい事情は伏せたし、理解しているかは怪しいのだが―――問題の少年個人には、どのように説明したものか。

 

 言い方と相手の反応を脳内でシミュレートするしほだが、そのシミュレートも戦車道の時ほど上手く行くものではない。流石に二児の母であり、夫との恋愛結婚もあり、高校時代には黒森峰女学園の隊長として部隊を取り仕切っていたため、逆にそれらの経験から彼女としても自分がこの手のコミュニケーションが上手い方ではないのは理解している。

 正確に表現するなれば、車長や隊長という上に立つ立場として誰かに信頼され従わせるのは得意なのだが、娘の幼稚園のママ友から飛び出すアイドルグループやドラマの話題には鉄面皮を維持しながらも内心で「?」となる事もあり、夫との恋愛は故人の言葉を借りるならば『あの時のしほは戦車というよりパンジャンドラム。自爆兵器、かつ動力はロケットで方向転換不能という意味で』と言われる有様だった。

 要は、西住しほという人物は余りに女傑過ぎて、ある意味においてこの手のコミュニケーションに不慣れで、非常に浮世離れしているのである。

 

「……ひっく……もしかして、お姉さんが西住さんって人……?」

 

 しかし、『貴方の事を母に頼まれた』というフレーズに対し、少年がしゃくりあげながらも顔を彼女に向けてきた。

 我が意を得たり。これぞ勝機と言わんばかりに、しほは重々しく―――ここで柔和な表情など作れない辺りが西住しほが西住しほたる所以であるが、頷きを返す。

 

「ええ。そういえば、『お母さんの友人』としか名乗っていませんでしたね。西住しほです」

「恋愛パンジャンドラムの?」

 

 あのアマ。

 荼毘に付されて墓に入った友人に対して内心で毒づきながらも、しほはぎこちなく頷いた。言葉で肯定をしないのはその評価へのせめてもの抵抗であるが、ここで違うと言えば更にややこしくなるという確信があったが故の苦渋の決断である。

 

「そっか」

 

 そして、西住しほ覚悟の『恋愛パンジャンドラム説への消極的肯定』に対して、少年は納得したように小さく呟き、ぐすりと鼻をすすり上げた。

 

「もし―――もし、その人が来てくれたらもう大丈夫だって、お母さんが言ってた」

 

 だって、と一拍。

 真っ赤になった目元を、安物の子供服の袖で拭い。

 

「西住しほさんは世界一凄い人なんだって。お母さん、いつも言ってたから」

「―――………なら、もっと早く連絡してくれれば」

「テレビとか新聞とかで、西住しほさんって名前が出たら、お母さん喜んで。邪魔、したら、いけないって言ってて―――」

 

 言っているうちに、在りし日の母の姿を思い出したのだろう。

 母子家庭の苦労か母の教育か、泣き止めば語り口調や言葉選びは年相応以上にしっかりしていた少年が、またしゃくりあげて泣き始める。

 だが、しほは今度は対応に迷うことなく、少年の高さに合わせるように膝をつき、抱きしめた。

 

「もう大丈夫です」

「―――っ!!」

 

 あとはもう、言葉にならず。母を呼んで泣き叫ぶ少年を、しほは泣き疲れて少年が眠るまで、ずっとずっと抱きしめ続けた。

 自分を遠くから応援し続けてくれた悪友であり、旧友であり、学生時代を共に過ごした仲間。

 そんな相手の、忘れ形見を。

 

 ―――これは少年、宮古修景が西住家で暮らすことになるほんの少しの前のこと。

 中学に上がり学園艦の寮に入るまでの間、幼馴染として過ごす事となった西住まほ、西住みほという姉妹と出会うほんの少しの前のこと。

 

 そして黒森峰女学園が10連覇を逃がし、その決定打となってしまった西住みほが逃げるようにして大洗へと転校する―――物語の始まるおよそ10年前のことであった。

 




スピンオフコミック『もっとらぶらぶ作戦です!』の弐尉マルコ氏の漫画を見てWorld of Tanks(※ガルパンとコラボしているネットゲーム。戦車のやつ)をやり始めて幾星霜。
心の師匠であるローズヒップ師匠のような動きはクルセイダーでは出来ません。


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少年、大洗に行こうと思う

 思うだけで、まだ行かない。
 あと、しほママが比較的マイルドですが、戦車道の師範として見せる顔と個人として見せる顔があるようでもあり、公式スピンオフで『しぽりん』『ちよきち』と島田さんちのお母様と呼び合ってるのに近いようでもあり。

 ちなみにその『もっとらぶらぶ作戦です!』の設定を正史とする場合、しぽりんは娘と13歳までお風呂に入っていたそうです。

 ちなみに今更ですが、宮古くんの名前は「みやこ しゅうけい」です。


 さて、西住流戦車道といえば、数ある戦車道の流派の中でも特に長い歴史と伝統を誇るものである。島田流と双璧を為す、日本戦車道の代表と言って良い流派として知られており、世界的にも知名度が高い。

 

 撃てば必中、守りは固く、進む姿は乱れ無し。鉄の掟、鋼の心、それが西住流―――とは、西住流宗家にして師範である西住しほの言葉だが。

 とにかく基本に忠実に、重火力と重防御を活かした突撃・殲滅を得意とする流派。基本に則り突き詰めた王道戦術、故に強いというタイプのものだ。命令系統の徹底まで含め、軍隊に近いノリの流派である。

 

 対照的なのは、日本において西住流と双璧を為す島田流。状況利用や臨機応変を得意とした、ある人物の評価を借りるならば「ニンジャ戦術」。

 西住流を侍とするならば、島田流は忍び。西住流の戦い方を軍隊とするならば、島田流の戦い方はゲリラと言うべきだろう。

 

 無論、双璧と言われるだけあってそのどちらが良いというものではなく、編成や状況、或いは流派を修めている者の腕次第で勝敗はまちまち。

 西住しほと島田千代という当代の両家の宗家跡取り娘は年代が全く同じという事もあり、学生時代から鎬を削っていたが、これについては総合的に引き分けというところだろう。

 これは当人らも歯噛みしながらも認めるところで、なんと高校3年間での直接対決の成績は公式戦だけで計上しても、練習試合まで含めても綺麗に引き分けなのだから当人たちも下手に言い募りようがない。

 

 ただし、20歳を越した辺りでの学生時代の友人での集まりでの事だが、軽くアルコールの入ったしほは恋愛においては勝者は自分と言った事がある。別にしほの夫を取り合った関係というわけではない。まだ学生の頃から大恋愛をして卒業後すぐに結婚という大車輪の動き(本人談)を見せた自分の方が勝者だという理論だ。

 ただし、

 

『でもその大車輪ってパンジャンドラムだったって聞いたけど』

 

 という、情報を漏らした内通者が一人しか思い浮かばないツッコミを他ならぬ島田千代から飛ばされて、そこはかとないドヤ顔も一瞬で崩されたという話もあるのだが。

 その時にはその話を漏らした内通者―――宮古修景の母は連絡がつかず不参加だったが、『まぁ総じて良い友人でライバル関係』というのは、西住しほと島田千代を指して、近い年代で彼女たちに親しい人物らの共通認識だ。

 

 ともあれ、若干話が逸れたが。西住流は島田流と双璧を為す、日本戦車道の代表とでもいうべき流派だ。道場も日本中、或いは世界中に道場を持つ立場にあり、その宗家にして師範である西住しほの日常は割合とハードである。

 各々の道場は印可状を持つ師範や師範代が経営して居るのだが、それでも西住流の名を冠する以上は無様な教えをさせるわけにはいかない為に、しほが認めた代理人、或いはしほ本人が抜き打ちで視察に飛んだり、経営方針の決定や練習試合のセッティングなどやるべきことは多岐にわたる。

 

 無論、多くは使用人や事務方として雇った人材が行っているのだが、しほにしかできない業務も多くあるため、一言で言えば『多忙』なのが西住しほの日常である。

 

 ―――そして、時は西住みほが大洗に転校した春。

 最初の週の平日、その終わり辺りで、その多忙なしほの元に急な来客が訪れていた。

 

 

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 自宅であり道場併設の母屋でもある西住家。

 豪邸と言えるその中には、西住流の師範としてしほが仕事をする執務室もある。

 

「ピアスは止めろと言った筈ですが」

「ああ、それまだ有効なんですか? 俺、もう高3なんですけど」

「当然でしょう。あの子に貴方の後見を頼まれた以上は、身内として躾けます」

 

 その執務室のソファにて、テーブルを挟んでしほと差し向かいで。

 中学に上がり学園艦に入るまで―――つまりは5年と少しほど前まで西住家に居候していた、宮古修景という名の少年がそこに居た。

 

 背が伸びたなと、なんとなしにしほは思う。

 彼の母である友人の死の直後は、まほどころかみほよりも背が低い小柄な少年だったのだが。

 中学に入ってからガンガンと伸びているそうで、帰省の度に驚かされた。今では163cmのまほに大差を付け、180cmの大台に乗っている。

 

 焦茶色の髪は癖毛であちらこちらに跳ねていて、ある意味行儀が悪いのだが。当の修景や西住姉妹らが小学生の時分に一生懸命整髪剤とドライヤーで直した結果、3分と保たずにピョンピョン跳ね始めたのを見て、下の娘であるみほが爆笑したという経緯がある為に、しほとしても彼の髪についてはピアスと違って何も言わない。

 ちなみに、高校時代に彼の母と同じようなやりとりをした経緯があったしほもかなり危なかった。学生当時のその場にたまたま同席していた島田千代が、仮に修景の髪を整髪剤で固めたあの場に居たならば爆笑必至だっただろう。

 まほが慌てて駆け寄って、跳ねるのを一生懸命に手で抑えようとしていたのも中々に笑いのツボを刺激した。抑える端から他の場所が跳ね始めるので、どこを抑えて良いのか分からなくなって、まほがどんどん涙目になっていくのだ。

 

 そして、どこか人を喰ったような飄々とした表情。

 跳ねる癖毛と飄々とした表情を見ていると、男女の差はあるが、やはりかつての友人の子なのだなと納得するしほである。

 その辺りの部分は、修景は亡くなった彼の母に非常に良く似ていた。或いは、年を経るに連れて似てきていると言うべきか。

 

 ちなみに先のピアスの話は、中学の学園艦に入ってすぐに開けてきた修景を、しほがガツンと叱ったことからくる流れだ。亡き悪友の頼みを受け、身内として受け入れたからには言うべきは言うのがしほの教育方針だった。

 ―――そこまで思い出して、ふと疑問に思う。修景は良くも悪くも、母に似て聡い子だ。一度ガツンとやられた事を今更繰り返すというのは、若干不自然に思える。

 

 そんなしほの疑問を他所に、今は比較的近場にある高校―――当然ながら黒森峰は女子校なので、全然違う学園艦に通っている修景は、別に未練も無さそうにピアスを外してポケットに入れる。

 

「これは一旦置きまして、みほの事ですが」

 

 そして、ぞんざいにピアスを仕舞った修景の言葉に対するしほの内心は、『やはりか』という納得が10割。

 長期休み以外は帰省して来ない修景が、こんな不自然な時期に―――それも“平日に”帰省してくるのだから、内容は相応に喫緊のことだとは予想出来る。

 そして最近、西住家周りで起こった喫緊の出来事―――その最大のものは間違いなく、西住みほの転校だ。

 

 幼馴染のような姉兄妹のような距離感で育ったまほ、修景、みほ。

 そのうち1人が黒森峰女学園の戦車道大会での大敗を機に戦車道を止めて、今年度から全く違う遠くの学校に転校したとなれば、それは修景としても気になるだろう。

 しかし、これは修景が来た段階で予想していた話題なので、しほとしても用意していた答えを返す。彼女としては、友人の忘れ形見に受験前の―――修景は大学進学を明確に決めて、部活などはやっていない学生だ―――時期に下手に心労をかけたくない故に、断るための回答だ。

 

「これは、西住家の問題です」

「おや、先程の問答で俺の取扱は身内扱いだったのではありませんか? それをすぐさま覆して家の問題というのは卑怯ですよ」

「……ああ。それでわざわざ、中学以来外していたピアスを付けて。全く、私は貴方の母に口で勝った事は殆ど無いのですが………貴方は段々と彼女に似てきますね」

「概ね、今の回答で機先を潰されるのは予想してましたから」

「可愛げのないところもそっくり」

 

 両者、一息。

 先程『菊代さん』と呼ばれる使用人が持ってきてくれた茶を互いに一口飲み、探り合うような目を互いに向ける。

 

 親子ではあるが、まほとみほはしほにとっては戦車道を教える師弟でもあった。

 師弟関係とは上下関係であり、自然と『師』の前では背筋が伸びる。

 他の一般家庭は知らないが、西住家においてはその母娘の誰もが―――しほとその母も辿った関係性だ。無論、そこに親子の愛情はあるが、同時に西住の母と娘は師弟でもあるのだ。

 そういう意味では、半ば身内だが上下関係の構築が薄い修景が、まほやみほよりもしほに対しては遠慮がない。

 

「落とし所は、どうされるおつもりですか」

「みほは戦車道から逃げました。……それならば、それで良いとは思っています。西住流は歴史が長い。そこに生まれた女児全てが、戦車道に適性があったわけではありません。戦車道以外の道に進んだ者も居ます。みほがそうなるならば、それでいいかと。……幸い、次代はまほが居てくれていますし」

「安心しました。喧嘩別れで追い出した、というわけではないんですね」

「叱責したのは事実です。戦車道に関しては、甘いことは言いません。言うべきは言いました。それを受け止めきれないならば、仕方のないこと。負けたことは責めます。戦車道から逃げることは―――悲しいことではありますが、責められません」

 

 同時に、しほとしても夫である常夫は別格として、学生時代からの付き合いである使用人の井手上菊代が次にきて、しかしその次くらいにはこの“息子”は遠慮や建前を省いて話せる相手だ。

 戦車道の外にあり、半ば以上“身内”で“家族”なのもある。戦車道を軸とした人生を歩んでいるしほからすれば、知り合いのリストに数少ないタイプの相手である。

 

 そして、先の西住みほ―――しほの2人の娘の、妹の方についてだが。

 黒森峰女学園は、10連覇の偉業を逃して優勝をプラウダ高校に譲った。

 その原因となったのは、西住みほ。彼女が濁流に落ちた味方車両の救助活動に“かまけた”為に敗北と相成ったとされているが―――

 

「辛いのは、みほもそうですけど。むしろ、まほじゃないですかね? ちょいと弱音も吐かれました」

「……あの子は、なんと」

「隊長だったのも、作戦を立てたのも自分だったのに、と。ただし、黒森峰を割るわけにはいかないから、みほを表立っては庇えなかった。その結果がこれだ、と」

「……貴方から聞いたのは内密にしておきます。ただ、気にはかけておきましょう」

「お願いします」

 

 ソファに腰掛けたまま、深々と修景が礼をする。娘に関する事だから、むしろ自分が頼むべきではなかろうかという考えもしほには浮かぶが、わざわざ口に出しまではしない。

 その代わり、まほには修景から聞いたとは言わないでおこうとは心に決める。

 修景に吐けば自分に流れるとわかれば、まほも弱音を吐く相手が居ないだろう。まほもあの年頃にしては抱えてるものが相当重い。弱音を吐ける相手がいることを喜ばしく思う程度には、西住しほは人の親だった。

 

「で、話を戻しますが。責めるつもりはない、ということは―――」

「今はあの子にとっては、黒森峰は針の筵だったのでしょう。そこから逃げて大洗に行く事は、西住流の師範としては叱責すべきでしょう。母としては―――それを、これ以上追い込むような真似はとても」

「じゃあ、この部屋通される前にちょっと抜けて見てみたら、みほの部屋がほぼそのまま残っていたのも」

「いつでも、戻ってきて良いようにと。女子の部屋を勝手に見たのは、今回ばかりは不問とします」

 

 どうやらしほの回答は、修景にとって満足いくものだったらしい。

 大きく息を吐くと、ぬるくなりかけの茶を一気に飲み干す。

 

「安心しました。それなら、俺からもう1つの提案にスムーズに繋げられます」

「もう1つの提案、ですか」

「……様子、見てきましょうか? しほおばさんやまほからだと、みほの様子とか見に行き辛いでしょう。そうなってくると常夫おじさんか俺ですが、俺の方がこういうときには身軽です」

「―――」

 

 しほは修景の提案を暫し吟味する。

 中学校以上に上がった学生は、学園艦に移り教育を受ける。それはこの世界において一般的、というか当然のことだ。親元から離れて学生寮暮らしなど、珍しくないどころか当然といえる。

 しかし、黒森峰に居づらくなって逃げるようにして関東の学園艦に転校した下の娘について、気にならないと言えば嘘になる。

 

 荒れた生活―――をするような子ではないが。内向的で優しすぎるところがある為、人に馴染めずクラスで浮いたりなどはしていないか。

 また、転校生であることからいじめなどに遭ってはいないか。

 

 この辺り、親としての不安や心配というのは、西住しほといえど当然あるものである。表には中々出ないので、娘当人含めた大多数には察され難いのだが。

 

「頼めますか? ただ、貴方自身の学業はどうなっていますか。まほ同様、貴方は今年が受験ですよ」

「志望校安定は大分余裕を持ってキープしてますよ。前々から説明してるじゃないですか」

「私は……進学する気がありませんでしたから、大学受験のシステムなど良く知らないのです。ですが、共通一次の存在くらいは」

「今はセンター試験です」

「……なんでも横文字にすれば良いという風潮は嫌いです」

 

 そして、修景に頼む路線は確定ながらも、悪友の忘れ形見であり半ば“息子”である彼に対しての気遣いは、さらりと切り替えされて。

 相変わらずの鉄面皮で―――ただし少しだけバツが悪そうに、今度はしほがぬるくなった茶を一気に飲み干した。

 

 そうして茶を飲み干したしほに対して、修景は既にカラの湯呑みを手元で弄びながら、苦笑交じりに声をかける。

 

「俺は戦車道の事に関しては口出しする気はありません。しほおばさんの、師範としてのみほへの叱責が正しいのかも分かりません。ただ、素人でもあのみほの行動の問題点は分かります」

「……言ってみなさい」

「救助活動するなら命綱くらいつけろと」

「それね」

 

 はぁ、と両者深々とため息。

 西住流師範としての西住しほが最も許せなかったのは勝利を逃す原因となった失態だが、母である西住しほが最も許せなかったのは、『濁流に落ちた味方を救助するのに命綱もなしに突っ込んでいった行動』だった。心臓が止まるかと。

 叱責のさなかに、その部分も注意はしているのだが。果たしてあの超絶落ち込みモードだったみほに届いているのかは疑問なところだ。少なくとも、重要な部分と思ってくれてはいないだろう。

 

「西住流は勝利こそ至上ですが、人命救助を悪という気はありません。ただ、命綱くらいつけてと。大会の会場には専門家が待機して居るんだから任せろと。私がどんな気持ちであれを見てたと」

「……お察しします」

 

 ―――かくして。

 しほから幾許かの軍資金を渡された修景少年は、未だ新学期が始まったばかりの大洗へと赴くことになったのだった。




 西住殿は人命救助は良いのだが、命綱くらいは付けるべきだったと思います。
 いや、あの世界の戦車道女子の身体能力の高さを考えると、あの程度の濁流は小川のようなものなのかも知らんけど。


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少年、その前に黒森峰に行く

 大洗に行くと言った……!
 だが、いつ行くとは言っていない……!
 10話後、20話後も可能だろうということ……!(利根川感)

 ちなみにロリータファッションでウサギのぬいぐるみを抱えていた幼い頃のエリカについては、『もっとらぶらぶ作戦です!』にて確認できますが、みほがヤンチャ娘過ぎる件。


 さて、大洗に行くことになりました。今日から出発します―――とはならないのが、距離という概念の辛いところだ。

 自身の通う学園艦―――普通科の男子校を降りた時に、高校3年間の間のバイトで貯めた金で買ったバイク(※中古)は持ってきている。加えて暫く休む旨を教員とバイト先に伝えて、バイト先はシフトの調整もバイト仲間に頼んで終わらせている。かつ最低限の着替えもバイクに積んでいるため、大洗まで出発しようと思えば今からでも可能なのではあるが。修景少年としてはその前に寄る所があったのだ。

 

 ちなみに、バイクを学園艦から降ろす事まで含め自分の意見が通る前提で準備していた形ではあるが、実のところ修景自身はしほが首を縦に振らなくてもみほの様子を見に行くつもりで居た。違いはしほに内密にするかどうかと、しほから軍資金が出るかどうか程度だ。

 宮古修景という少年にとっても、西住みほは妹のような相手だ。しほの考えがどうあれ、修景自身としても話を聞いて心配する部分はあったのである。幸いにして、しほの考えは修景の想定の中では大分柔らかい部類のものであったため、いざとなればしほに内密で大洗まで行くという覚悟は無用の長物だったのではあるのだが。

 

 なお、参考ではあるが西住家のある熊本から計算すると、大洗までの距離は1,300kmを超えるものであり、バイク(※250CC)で行くという発想を修景少年は後に滅茶苦茶後悔する事になる。

 この辺りは青少年特有の向こう見ずさだが、途中のパーキングエリアで弱音吐いたらLINEでリアルタイムでまほから、合計2,500kmを超えた往復の(自業自得で)厳しい旅路を経た後に西住本家でしほからと、ステレオで西住流に『バカ?』と罵られ―――というよりいっそ(疲労ではなく頭を)心配された時にはかなり凹むのだが、これは後の話だ。

 まほもしほも、てっきり新幹線か飛行機辺りで行くのだろうとばかり思っていた話であった。当然である。乗り物の運転は集中と疲労を伴うと、戦車乗りである彼女らは修景以上に弁えていた。それが車ならばまだしも、全身を風に晒すバイクならば尚更だ。

 

 ともあれ、修景少年が西住家を出た後に向かったのは、九州南部を本拠地とする学園艦である黒森峰女学園だ。

 ちなみに黒森峰に限らず学園艦というものは大小の住宅やライフライン、店舗その他商業施設・娯楽施設どころか、何をどうやったのか山や川のような自然まで内包する超巨大艦船であるが、それだけに『学園艦』と言いつつも学校専用というわけでもなく、他所からの―――緊急ならばヘリ、そうでなければ連絡船などによる来訪者には割合寛容だ。

 黒森峰もまた、国内最大級の名門であるがゆえに設備も充実しており、外からの来訪者自体は珍しくもないどころか日常である。

 

 ちなみに、例えば大洗にて後にフラッグ車の装填手を務める秋山嬢の実家のように家族ぐるみで学園艦に住んで商売をしている家もあれば、学園艦の生徒が商売をしている店もある。

 黒森峰もその辺りは同様であり、外からの来訪者は外貨を稼ぐチャンスであると同時に、生徒が実地で学ぶチャンスでもある―――というのが、この世界における教育方針なのだろう。

 

 兎にも角にも、黒森峰は名門女学園ではあるのだが、そういった“外”からの来訪者、或いは大洗における秋山家のような例もあるため、男自体はそう珍獣扱いされるものではない。

 しかし、女子スポーツである戦車道の格納庫まで足を運ぶ男性―――それも同年代の少年―――というのはそれなりに珍しく。

 何を言いたいのかというと―――修景少年は黒森峰の戦車道履修者達の好奇の視線に晒されながら、戦車を格納するガレージに背を預けるようにし、立ったままで何時来るかも分からない西住まほを待ち続ける羽目になったのである。

 

 

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「誰だろう、あの人」

「他の学園艦のスパイとか」

「でも、どう見ても男の人だし、その割には堂々としてるけど……」

 

 ガレージ横に―――ただし邪魔にならないように立つ不審者に対して、黒森峰の戦車道履修者たちの反応は“気もそぞろ”というべきものだった。

 その理由は幾つかある。まず、年度と学年が変わったばかりであり、学園艦全体が―――これはこの時期はどこも一緒で、黒森峰に限った話ではないが―――どこか浮ついた空気になっていること。また、新規に戦車道を履修開始したばかりの1年生が多く居ること。

 黒森峰は名門の女学園であり、必然として言ってしまえば“お嬢様”な少女が多く、そういった少女は同年代の男性との接点が普通よりも少ないこと。

 戦車道自体が女性スポーツであり、男性がこの場に来る事自体が奇異な事であること。

 そして、西住まほら3年生は全員が新年度早々の学力テストで今日の戦車道の授業に遅れてくることから、2年生以下の履修者しかこの場に居ないこと。

 

 それらの理由が合わさって、修景少年と黒森峰のどちらにとっても不幸なことに、宮古修景少年は『謎の不審者』たるポジションを僅か1時間程の間に不動の物にしつつあった。

 西住まほという少女は良くも悪くも人目を引き、かつ戦車道一筋の人物像を持つ。故に『まぁ戦車道やってる格納庫にでも行きゃ居るだろ』という彼自身の判断の甘さが招いた結果である。

 居なかったからと慌ててスマートホンでLINEしようが電話しようが無反応。むしろ学力テスト中に反応が返ってくる方があらゆる意味で不味いので、ある意味においては当然なのだが。

 

 ともあれ、その『不審者』によって浮ついた空気に最も敏感に苛立っていたのは、西住みほの転校の後に副隊長として指名された逸見エリカという少女だった。

 どこかで欧米の血が混ざっているのか、髪色は色素のごく薄い灰色に近い亜麻色。戦車の外作業の際には割と日光に当たる筈なのに、肌は白くきめ細やか。挙句に瞳の色は緑色という、むしろどこかで欧米の血が混ざってないほうが不自然な容姿の美少女だ。

 

 そして、先の敗戦―――それ以上に西住みほの転校に苛立っていた逸見エリカにとって、この浮ついた空気に耐えること1時間。

 元々短気な傾向のある彼女にとっての我慢の限界が訪れつつあった。

 

「……ちょっと問い質してくる」

 

 身長は160cmに届かない為、決して大柄とはいえない彼女だが。その全身から怒気を漲らせた姿は、今の彼女を身長以上に大きな存在に見せていた。

 というか明らかに苛立って怒っているのが丸見えなので、ある意味修景以上に近寄り難かった。

 

 言い捨てるように他の履修者に告げ、ガレージの鉄の床にカツカツと足音高く響かせながら、逸見エリカ暁の出陣である。

 見送る履修者達の頭の中でワルキューレの騎行が特に意味もなく鳴り響く。

 

「副隊長が行った……!」

「ああ、あの機嫌の悪い副隊長が……!」

「これであの不審者もイチコロね! 今の副隊長に睨まれたら、私漏らす自信あるもの!」

「そんな事を威張って言わないでよ……」

 

 口々に小声で囁き合う―――名門黒森峰でそういう状況になる事自体が、“浮ついている”証拠なのだが―――生徒たち。彼女たちの見守る中で、スマホ画面を見ながら難しい顔をしていた少年の前にエリカは到着。つまり、修景はまほからの返信を待っていたのだが。

 ともあれエリカは、キッ、とでも擬音が付きそうな強い表情で少年を睨みつけ―――

 

「ご、ごきげんよう……」

「え? あ、どうも。ごきげんよう」

 

 ―――ダメだった。聖グロリアーナのような挨拶が口から出た。

 逸見エリカ、実は中々の箱入り娘(パンドラボックス)であり、家族構成は父、母、姉。

 幼い頃にはロリータファッションでうさぎのぬいぐるみを抱いているような少女であり、典型的な“御令嬢(おじょうさま)”だったのである。

 要は、黒森峰の平均閥値よりも、更に同年代の男性への対応能力・免疫力が低かったのだ。

 

「………」

「………」

 

 間。

 

「本日は、良いお日柄で……」

「曇ってますけど」

 

 間。ただし、やや長め。

 

「………」

「………」

 

 間。とても長く。

 

「えーと、黒森峰の戦車道履修者の方ですよね。何か御用で―――というより、自分が不審だったんで気になったんですよね。すいません、人を待っているのですが、LINEしても電話しても反応なくて」

「あ、そうだったんですね……」

 

(((副隊長、弱ェ―――ッ!!?)))

 

 問い質すどころか、相手から用件を察されて先んじて回答をされる始末である。

 隊長である西住まほの忠実な副官であり、負けん気が強い―――というよりそもそも気が強い逸見エリカという少女の意外な一面を見た気分な黒森峰の生徒達であった。

 

「もしかして、3年生の誰かですか? だとしたら、今頃は新学期の学力テスト中の筈ですが……」

「うわっちゃ……やっちまった。そりゃ反応ねぇわ」

 

 たはー、とでも言うように自分の額を手でぺしりと叩く少年。

 しかしそこからエリカに向き直り、20cmを超える身長差がなくなるくらい丁寧に頭を下げる。

 

「教えてくれて有難う御座います。練習の邪魔をして申し訳ない」

「あ、いえ……っ! ただ、そういう事情なら誰かに声をかけて貰えれば……っ!!」

「戦車道一筋の相手なんで、練習始まってるようならすぐに来るとばかり思ってました。いや、ホントすいません」

 

 崩した敬語と共に深々と頭を下げる修景に、エリカは両手を突き出して左右に振る。

 ともあれその会話が聞こえてきて、浮ついていた黒森峰戦車道履修者達の空気は、“浮ついた”から“気が抜けた”ものになる。

 

 3年生の誰か相手にノーアポイントメントで会いに来て、待ちぼうけを食らっているだけか、と。

 今度はそのお相手が誰だろうという囁き合いが始まるあたり、名門だろうと女の子の習性は変わらないということか。この年頃の女子というものは、すわ誰かの色恋沙汰かと思うと、急に盛り上がるものなのである。

 

「えぇと、そういう事情でしたら―――あ、誰をお待ちですか? お教えして貰えれば、来たらお伝えすることも出来ると思いますけど」

「あ、はい。待っている相手は―――」

 

 一拍。

 

「隊長の、西住まほなんですけど」

 

 唐突に投げ込まれた爆弾発言―――鉄のカリスマ、鋼の隊長である西住まほを訪ねてきた同年代の少年という事態に、黒森峰戦車道履修者達の空気は『浮ついた』→『気が抜けた』→『大混乱』の三段変形をここに完了したのだった。

 




 ちなみに、まえがきで言ったロリータエリカ。当時のまほとみほに遭っているのですが。
 さて、みほは覚えていませんが、まほの方はどうなのやら。

 ちなみにこの小説では、そのエピソードが出てくる予定があるかもしれないし無いかもしれない(見切り発車)


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少年、夕飯を食す

 区切りどころが分からなくて若干長め。
 約一名好き勝手な言動してるオリキャラが居ますが故人なので(適当な言い訳)。

 ちなみに、しほは『黒森峰黄金期の礎を築いた』というポジションらしいので、こういう解釈です。
 菊代さんとの当時との付き合いは少なくともアニメ本編+劇場版+ドラマCD幾つか+もっとらぶらぶ作戦しか揃えてない筆者では、調べても分かりませんでしたので、当時の副隊長というポジションに(最初に書き始めた頃に)なって頂きました。

 リアル事情からの長期の休載を経て再開しますが、実際そこら辺明らかになったのか。割と謎。


「何事だ」

「俺が聞きたい」

 

 先の騒動から1時間後、学力テストを終えてある者は解放された笑顔で、ある者は死んだ顔で、ある者は死んだを通り越して埋葬後のアルカイックな顔でぞろぞろとガレージにやってきた黒森峰の3年生を待っていたのは、ガレージの中に設えられた椅子に座らされ、目の前のテーブルに黒森峰の学園艦名産のノンアルコールビールとソーセージの盛り合わせを置かれて歓待されている修景の姿だった。

 表題を付けるならば『なんだこれ』とでも言うべき表情で、困惑を通り越して硬直する他の3年を他所に、まほは我動じずと言わんばかりの鉄面皮でツカツカと修景に近付いて声をかけた。その結果が先のやり取りである。

 もっとも、その鉄面皮の中にはこの場に居るはずの無い相手を見た驚きと驚愕も、良く見なければ分からない程度には含まれているのだが。

 

 そしてそもそもこの状況を招いたのは、修景の説明の悪さもある。

 周囲の空気の色めき立ちようから、自分とまほの関係が誤解されかけているのを察した修景が、『西住師範に頼まれた用件で相談があって』と口走ったのだ。

 

 頼まれたというよりは修景が提案し、しほが承諾した用件―――みほの様子を見に行く件について、まほにも一声かけておくべきだろうという判断で来たのだが、みほの件についてはしほからも『よろしく頼む』とは言われているので、まるきりの嘘というわけではない。

 しかし、この黒森峰女学園において、西住師範―――西住しほの名前がどういう意味を持つか。その点については、修景の予習と理解が足りていなかったと言えるだろう。

 

 西住しほ―――黒森峰女学園が黄金期を迎え、戦車道の名門となる礎を作り上げた女傑であり、同校における戦車道女子にとっての生きた伝説。

 圧倒的なカリスマを持つ西住まほ隊長の実母でもあり、講演や指導などで幾度か黒森峰に顔を出したこともある。

 ちなみにその時に遊撃手ポジションを与えられたパンターの車長が修景の実母なのだが―――さておき。

 

 結果、『もしや隊長のボーイフレンド!?』という空前の大スクープが出来上がりかけた場の空気は、『やべぇ、これ師範から隊長への使者だ!』という空気へ変貌。

 黒森峰戦車道履修者達の空気は『浮ついた』→『気が抜けた』→『大混乱』の三段変形から、「まだ私は変身をあと1回残しています」と言わんばかりに背筋の伸びたキビキビとした物に変わり、『師範の使者(暫定)』を立たせたままにはできないと、エリカが1年生に命じてガレージに置いてあった椅子とテーブルを用意させた結果がご覧の有様だ。

 

「つーかまほ、学力テストだったんだろ。どうだった?」

「文武両道が黒森峰の旨だ。私が低得点では格好が付かないだろう。お前の方は、今日は平日だろうに何がどうしてここに居る」

「自主休講」

「サボりだ、それは。お母様に知られたらどうなるか知らんぞ?」

「しほおばさ―――師範のとこにはさっき顔出してきたよ。んで、それ関係で話があったんだが、お前電話してもLINEしても出ないから待ちぼうけて。履修者の子に何やってんのか聞かれて、お前待ってて師範絡みの用事だって言ったら何故かこんな下にも置かない扱いを受け始めた」

「ああ……」

 

 なんとなく自分が来る前の生徒たちの反応を理解したまほは、納得したように頷きを返す。

 しかし、歓待されている事情はわかったが、修景が来た事情は未だに細部は明らかではない。まほは修景が言った内容を吟味する。

 

「お母様から私に話か?」

「いや、俺が師範に承諾貰った用件について、お前にも一応話を通しておいたほうが良いだろうってだけ。悪いけどこの後、時間あるか? 練習何時くらいに終わるか教えてくれりゃ、それまでどっかで時間潰してるけど」

「2,30分なら、今からでも時間は取れるが」

「んー、それで終わるかわかんねぇし。というのも内容が―――」

 

 すっ、と椅子から立ち上がり。

 まほの耳元に顔を寄せるようにして何事かを囁いた修景の姿に、周囲で見ていた黒森峰の生徒たちから『おお!?』と声が上がる。

 しかしまほはその反応を不思議そうに一瞥したものの、すぐさま意識から追い出すのみ。むしろ、修景の囁いた内容に対して眉根をひそめ、何事か考え込む気配を見せた。

 

「……確かに長くなるな。それなら、終わるまでどこかで待っていてくれ。終わったらこちらから連絡を入れる。携帯は持っているな?」

「当然。充電バッチリ」

「ならば良い。今日は―――学力テストもあったし、1年も入ったばかりだ。そこまでキツくはしないで、軽めに7時程度には上がりになるだろう」

「軽めで7時かー………バイトと両立はぜってー出来ねぇな戦車道」

 

 げっそりした顔で修景が言うが、ともあれ話はそれで終わり。

 これ以上邪魔になるわけにはいかないし、出されたものを残すのは勿体無いと、ノンアルコールビールとソーセージを手早く平らげた修景は席を立つ。そしてポケットから財布を取り出し、眼前のまほに対して財布の中から千円札を2枚ほど差し出した。

 

「店員さん、お会計」

「誰が店員さんだ。しかも何だ、この金は」

「いや、今のノンアルコールビールとソーセージの分。色白でちょっと西洋風の子が持ってきてくれたんだけど、今あの子居ないみたいだから渡しといてくんね?」

「ああ、エリカか。……分かった、渡しておく。釣りは要らんな?」

「当然。ご馳走様でしたって伝えといてくれ。美味かったとも」

「分かった。ただ―――」

 

 数秒、迷うような―――戦車道の際は滅多に見せないような表情を見せてから。

 

「―――そのエリカに、もしかしたら同席を頼むかもしれない。お前が言っていた件、彼女にも事情は知っておいてもらった方が良いと思うんだ」

「分かった。黒森峰の中の人間関係やら事情やらは知らないけど、お前がそうだって思うんならそうなんだろ。10人も連れてこられりゃ困るけど、1人2人なら何も言わねぇよ」

 

 そういった修景は、ひらひらと手を振ってまほに手を振り、立ち去―――らずに。

 

「この椅子とテーブル、どこに片付ければいいんだ?」

「……こっちでやっておくから早く行け。見知らぬ人間がガレージに居ると、こっちだってやりにくいんだ」

 

 椅子とテーブルの片付け先を近くの女子に聞こうとして、まほに追い出されるようにして、ガレージから放り出されたのだった。

 

 

□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 時刻は夜の7時過ぎ。場所は黒森峰学園艦内にあるファミリーレストラン。

 

「カレーライス」

「えーと……おろしハンバーグと、ライス小で」

「日替わりセット。ライス大で」

 

 まほと―――遠慮がちにエリカがその横に並んで座り。

 その向かいに座ったこの時間までネット喫茶で時間を潰していた修景という並びで、三者は注文を聞きに来た店員に各々の注文を告げる。

 一息、エリカは落ち着かなさげに水を飲み、懐から財布―――高そうだがセンスの良い、明らかに良家の女性向けの財布だ―――から千円札を2枚取り出して、修景の前に差し出した。

 

「あの、先程のお金、お返しします。そんなつもりでお出ししたわけでは……」

「ああいや、お構いなく」

「そうだぞ。受け取っておけ、エリカ。こいつは私達より金がある。戦車道をしている私達と違って、バイトして自費で免許取ってバイクも買うくらいだ」

「バイクったって大分妥協してんだけどな。スズキよりハーレーが欲しかった……いや、ハーレーって中型バイクの免許じゃ乗れねぇんだけど」

「私はバイクのメーカーなど分からない」

「そりゃお前、ガキの頃から排気量やら何やらバイクとは文字通り桁違うもん乗り回してるから興味も沸かんか。少しでも興味持ってもらうために、今度後ろに乗せてやろうか?」

「命が惜しいからな。やめておく」

「人の運転を事故前提みたいに言うんじゃねぇよ」

 

 立て板に水、もしくは打てば響く。

 西住まほは元々遠慮した物言いをするタイプの人物ではないが、今は輪をかけて遠慮がない―――というより、普段の彼女ならばやらないような失礼な、冗談交じりの物言いが飛び出している。

 対する修景もそれを気にするでもなく、言われた内容に楽しそうにからからと笑う。

 

 しほの前で見せた姿とも違う、エリカ相手に最初に対応した時の外向きの対応とも違う、これが宮古修景という少年の素の姿だ。

 先ほどとは違う対応の少年と、尊敬する隊長のいつもよりも随分と砕けた―――というよりも副隊長である彼女をして初見の姿に目を白黒させていたエリカが、2人の会話の合間を縫うようにおずおずと手を挙げた。

 

「あの、それで……そちらの方は結局どういう……?」

 

 逸見エリカという少女らしからぬ、おずおずとした様子で言われた言葉。

 それに対して、「ああ」と頷き、彼女にとって信頼と尊敬に値する敬愛する隊長は告げた。

 

「弟だ」

「ああ、なるほ―――ぉどうとぉ!?」

「私のほうが12日早く生まれた」

「10日程度の差で姉面すんじゃねぇよまほ」

「12日だ」

「少しでも姉面する為にガチだこいつ……」

 

 思わず変な声を出したエリカ、弟扱いに渋面を作る修景、自分の方が修景より早く生まれたのだと、しほによく似た鉄面皮で―――しかし心なしか自慢げに胸を張って根拠を告げるまほ。

 しかし、その言葉は更にエリカの混乱を助長するだけだったようで、

 

「え、え、12日差? 12日差で弟?」

「あー……すいません、逸見さん……で合ってますよね?」

「あ、はい。逸見エリカ……です」

「宮古修景です。そういや自己紹介してませんでしたね」

 

 混乱しきりという様子のエリカに対し、助け舟を出したのはまほではなく修景の方だ。

 ついでに未だに名乗りもしていなかった事実を思い出しつつ、名前を告げる。しかし、告げられた名前にエリカが首を傾げる。

 

「宮古―――……西住ではないのですか?」

「まほが弟とか言うからややこしくなっただけで、俺のポジションは正式にはまほの幼馴染です。俺の母親が、黒森峰時代の師範の友人で。んで、母親が俺が子供の時に亡くなって、身内が誰も居ない状態だったんで西住家に引き取られたって感じで」

「それは……」

 

 口に出すと中々に重い修景の事情を聞いたエリカは、眉根を寄せてどう言うべきかと頭を悩ませる。

 数秒。しかし、出てきた言葉は彼女ながらに陳腐と感じる物で、

 

「大変でしたね……」

「子供の時分過ぎて、逆に大変さは良く分かりませんでしたけどね。友人の子というだけで俺を引き取って、家族同然に育ててくれた西住ご夫婦には頭が上がりませんけど」

 

 冷水で喉を潤し、一息。

 エリカの隣に座るまほをじろりと睨み、

 

「で、まほの奴は自分が姉だと言って憚らないわけですよ。12日差だぞ誕生日12日差! 学年一緒! それで威張るかフツー!!」

「……た、隊長も子供の頃はヤンチャだったんです、ね?」

「いや、今でも姉弟扱いは継続中というか―――っと失礼。気が緩んで敬語が取れてました」

「あ、構いませんよ。隊長と同学年ということは先輩ですから、敬語とかはお気になさらず」

「……んじゃ、そこんとこはありがたく」

 

 我関せずと両手で持って冷水を啜るまほの横で、エリカと修景の会話は一段落。

 それを待っていたように―――と言うより実際待っていたのだろうまほが、エリカへと言葉を向ける。

 

「ちなみに、修景の母上については黒森峰の戦車記念館で確認できるぞ。お母様の時代の黒森峰女学園の戦車道大会初優勝写真で、謎のカンフーのようなポーズで写真に写っていた人物がそれだ」

「おい俺の母親ァ!?」

「ああ、あの各人から一言ずつ入ってる優勝コメントが『これぞ殺人拳。人種の行き着く技の結晶よ!』だった人ですね……」

「有名人かよ!? というかヤンチャ過ぎだろ学生時代の母さん!?」

 

 思い返す修景の母親は、女手一つで修景を育てる為に働きすぎて身体を壊し、枯れ木のような手で頭を撫でてくれた穏やかな人だった。

 思い出ブレイクなんてレベルじゃない学生時代の母の所業に、思わず叫びも出るというものである。

 

「当時の黒森峰は、今ほど戦車道の名門というわけではなかったからな。その中でリーダーシップを取り、西住流の戦い方を浸透・徹底させて、黒森峰の黄金期を作り上げたのがお母様だ」

 

 そうして誇らしげに呟いたまほが、対面に座る修景に淡く微笑む。

 

「だが、当時は黒森峰の戦車道はまだまだ未熟だったらしい。まぁ、戦車道の名門になったのはお母様の時代からだから当然だけど。入学した当初から“使い物になる”レベルの技量があったのは、お母様自身と修景の母上くらいだったそうだ。ただし、修景の母上のやり方は西住流とは随分違ったらしくてな。当初は対立甚だしかったらしいぞ?」

「そりゃ謎のカンフーで優勝写真に写りたがるような精神性の持ち主じゃ、しほおばさ―――西住師範とは合わんだろうよ……」

「だが、練習試合で島田流の今の家元―――島田千代さんだな。彼女に散々にやられて、このままじゃダメだという事で、お母様と修景の母上の意見は一致したそうだ。互いに相当、負けず嫌いだったとお母様は言っていたな。だから負けないチーム作りということで、隊長向きのお母様が隊長。単独行動・単独判断で動くのが得意な修景の母上は遊撃手として指揮系統から少し距離を置いた特殊なポジションの一車長という事でやろうと、徹底して話し合った結果として取り決めたらしい」

 

 まほの言葉に対し、今の話は初耳だった修景とエリカは互いに「へぇー」と声を上げて、興味深そうに身を乗り出した。

 しかしエリカは、ふと気付いたように首を傾げる。

 

「独自判断の遊撃手―――そういうポジションは今の黒森峰にはありませんよね? いつから無くなったんですか」

「お母様らが引退する頃、だな。撃てば必中、守りは固く、進む姿は乱れ無し。お母様らが引退する頃には既に人員が育ってきていて、西住流のやり方に部隊を統一する為には、“独自判断の遊撃手”というものは異物でもあった。中途半端な力量の持ち主がその座を継ぐと、かえって混乱をきたす元になると。お母様と修景の母上、それに当時の副隊長で話し合って決めたそうだ」

 

 その言葉に、「はぁー」と感嘆したような声を上げたエリカ。

 自分の横に座るまほから、斜め向かいに座る修景へと視線を向け直す。

 

「黒森峰戦車道が名門となる黎明期、最初にして最後の独自遊撃手。凄い人だったんですね、宮古先輩のお母様は」

「……初めて知った事実だ」

 

 愕然とした様子の修景は、手元で弄んでいたコップ入りの冷水を、氷ごとぐいっと飲み干した。ガリガリと氷を噛み砕くのは、さて、照れ隠しか単純に行儀が悪いだけか。

 ともあれ、そうして行儀悪く会話に間を持たせたところで―――修景は“本題”を切り出した。

 

「そういうポジションなら―――それこそ、みほ辺りならやれそうだったんだろうけどな」

「―――っ!!」

 

 その言葉にまほが表情を固くし、エリカがビクリと身を竦めた。

 

「あの、彼女は」

「フラッグ車を任せられながら、その役目を放棄し、黒森峰の10連覇失敗の最大の要因となった副隊長。さぞ、あの間抜けと―――」

「―――っ!!」

 

 『思ってらっしゃるでしょうけど、まずは話を聞いて下さい』と続けようとした修景の言葉は、眼差しを強くし、額に青筋を浮かべたエリカが無言で拳を―――掌ではない。グーで行った―――テーブルに叩きつけた音で中断させられた。

 バン、などという生ぬるい音ではなく、擬音で表現するならば『ゴガン!』とでも言うべき轟音に、周囲全ての客と店員から驚きの眼差しが飛んでくる。

 

 しかし、それにも気付かぬ様子で席から半ば以上立ち上がったエリカが、斜め向かいに座る修景に掴みかからんばかりの勢いで吼え立てる。

 或いは、間にテーブルが無ければ掴みかかっていたかもしれない。

 

「あの子の何が分かるのよ!!」

「……えぇと」

「ええ負けたわ。ミスをしたのはあの子よ! でもおかしいじゃない! まだあの子、1年生で! それが全部悪いって押し付けて!! 10連覇!? ええ、ええ、今はもう卒業した当時の3年のお歴々には悲願だったのでしょうね! 私達当時の1年生がそんなの知るか!!」

 

 再度、鉄拳。叩きつけられたテーブルが気の毒な轟音を挙げる。

 まほが「あの、テーブル……」と心配した声をあげているが、彼女をして思わずエリカの手よりもテーブルを心配する勢いの鉄拳であった。

 

「……あの子、きっと私が思ってるよりずっと悩んでて。相談もしてくれなくて、勝手に出てって……っ!! 間抜けは私よ、全ッ然それに気付いてなくて、2年に進級して空気も変わればきっと大丈夫とか根拠もなしに思ってた!! 罵るなら私にしろ、馬鹿ッ!!」

「………」

 

 ぜぇはぁと肩を怒らせて、彼女にとって精神的な地雷であった西住みほを馬鹿にした―――ように見える―――修景に、見知らぬ男性と喋るというハードルなんぞ思い切り跳ね飛ばし、全力で言い切ったエリカ。

 良くも悪くも直線的で短気な彼女らしさが、ここに来てようやく出てきたとでも言ったところか。

 そして、いつの間にやら要領よく彼女と自分のコップを手に持って、テーブルが叩かれた衝撃で溢れたり倒れたりしないようにしていたまほが、横合いからそんな彼女に声をかけた。

 

「落ち着け、エリカ。……修景、そんな事を聞かせるために私はエリカを連れてきたんじゃないぞ」

「……いや、黒森峰の人からすれば、あの間抜けと思ってるかもしれませんけど、まずは話を聞いて下さい―――と切り出そうとしたんだけど」

「……え?」

 

 三者三様、気まずい沈黙。

 とりあえず修景はのそのそと立ち上がり、周囲の客や店員にペコペコと頭を下げる。『どーもすいません、大丈夫です』などと、あまり中身があるとは言い難い発言と共にされる謝罪に、徐々に周囲の人々の注意も外れ始める。

 それでも何事かと好奇の視線を向けてくる輩もいるが、現状でこれ以上どうこう仕様もない―――そもそも頼んだ食事も来ていないのに帰れない―――ので、未だに向けられる好奇の視線はまずは無視だ。

 

 ともあれ、それら周辺への対応を終えた辺りで、修景はゴホンと咳払い。

 斜め向かいで顔を真っ赤にして座っているエリカへと声をかける。

 

「……ウチの妹分の事を、そこまで大事に思って頂けてありがとうございます」

「……いえ」

 

 互いにぺこり、ぺこりと頭を下げる。

 その様子を見て一息ついたまほが、手に持ちっぱなしだったコップをテーブルに戻し、ついでにエリカの鉄拳でテーブルが揺れた衝撃で倒れていた―――幸い中身はカラだった―――修景のコップを、手を伸ばして立て直す。

 

「先程ガレージで言われたのだが、修景のやつはみほの様子を見に行くそうでな。それに関して、行く前に私に報告・相談したいとの事だったんだ。ただ―――みほと仲が良かったエリカにも、一応伝えておいた方が良いかと思って誘わせて貰ったんだがな」

「……先走って申し訳ありません」

「……正直、みほの転校もあって黒森峰の戦車道履修者相手だから、引き気味というか予防線引いた対応しちゃって申し訳ありません」

 

 そして今度は、エリカと修景がまほに頭を下げる。

 ただ、これについては両者の間に立つポジションであるまほが、エリカと修景の双方に対して今回の用件についての事前説明を怠った為、とも言えるのだが。

 修景もエリカもそれには気づかず、まほも『うむ』と心なしか満足げな表情で謝罪を受けるのみである。

 

「正直、エリカがそこまでみほのことを考えてくれていたのは嬉しいよ。私も隊長の職責と、来年の優勝を目指す動きでみほを庇ってやれず―――いや、言い訳だな」

「いえ、そんな……!! 隊長は立派に務めを果たしてました! 黒森峰の戦車道履修者の人数は膨大なんですから……!」

「まぁお前、しほおばさんの単性生殖で増えたみたいなツラしてても、俺と同い年なわけだしな。なんでもかんでも出来るわけじゃないってのは分かってるよ。むしろ良くやってると思う」

 

 心なしか目を伏せて呟かれたまほの言葉に、エリカが慌ててフォローを入れる。

 重ねるように、言われた修景の言葉に、どこか安堵したようにまほは頷き、

 

「ありがとう、エリカ。弟。……そう言ってくれると、少しだけ救われる」

「だからその弟推しやめろや姉」

「あ、あはは……」

 

 持ちネタなのかなんなのか。穏やかな表情で―――しかし断固として修景を弟扱いするまほに対して、エリカはどう反応するべきかという苦笑を浮かべる。

 エリカが心から尊敬し、敬愛する―――友人からは遠回しにレズ疑惑を心配されるレベルで―――隊長である西住まほだが、私服のセンスと笑いのセンスだけは同意し難いエリカだった。

 

 そうしてエリカが苦笑していると、ガラガラと音を立ててレストランの台車が席の横までやってきた。

 

「失礼します。こちら、ご注文の品になります。カレーライスのお客様は―――」

「私だ」

「日替わりとライス大のお客様」

「俺です」

「いつもハンバーグばかり頼むお客様はこちらですねハンバーグ殿」

「よく見たら同級生じゃないアンタ!?」

 

 料理を運んできた店員―――エリカの言葉を信じるならば、彼女の同級生であろうバイトの少女―――が、エリカの言葉を適度に無視しながら、手際よく料理をテーブルに並べていく。

 挙句にお子様ランチ用の旗がエリカのハンバーグに立っているのを見て、エリカが額に青筋を浮かべるが、

 

「テーブル叩いて叫んだ事への意趣返し。あんなの今度やられたら、店から追い出すからね」

「………すいません」

 

 顔の赤みの原因が怒りから羞恥へ秒単位で切り替わり、ペコペコと頭を下げるエリカ。

 それを尻目に、店員は台車をガラガラ押しながら去っていく。

 

「……ま、何はともあれ食べちまうか。話し込んだら冷めちまうだろうし」

「……そうだな」

「……そうですね」

 

 エリカを叫ばせた原因である修景が、心なしか居心地悪そうに提案した内容にまほとエリカが乗る形で。

 ともあれ、西住みほの転校先へと修景が向かうという話は一旦棚上げされ、少年少女らは夕飯の摂取に勤しむのだった。

 




 こんなにみほ大好きなエリカが、どうすればTV版のような言動になるのかって?
 すんごい心配していた友人が、他の学校でああも活き活きと戦車道をしていればそうもなろう。つまり嫉妬心とか、納得できない心とか。
 でも、みほが黒森峰に久々に行くドラマCDだと、公式でも当時から仲は良かった様子なのですよね。

 


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少年、過去探訪を決める

 順調にダレる物語。未だ出発しない主人公。これぞ殺人拳、人種の行き着く技の結晶よ。無駄に500文字は取ってるクーゲルパンツァー。

 なんか色々ありますが、とりあえず更新です。
 あと、事前に『カステラバインダー』で画像検索しておくと、とある人物のとあるシーンでの姿が想像し易いかもしれませんので推奨します。
 本物の暴力(てかげん)にはスパロボでお世話になりました。


 食事を取るにも、行儀や教育の差というものは出る。

 西住家は和風、逸見家は洋風の名家であるが故に多少の差異はあるし、まほの西住家などは言ってしまえば“武門”の家柄であるのだが、躾はしっかりしている為に両者とも食事の仕方は綺麗なものだ。

 食べているものがカレーライスとハンバーグという庶民派なものとはいえ、背筋をしっかりと伸ばした上で、食器同士が擦り合う音など出さずに丁寧な手さばきで食べていると、成程確かに見ているだけで『ああ、良家の子女だな』と納得できる姿となる。

 

 対する修景少年はというと、こちらは17年の人生のうち、母の元で過ごした貧乏時代が7年、西住家の養子に近い立場だった時代が5年、中学以降の学園艦で過ごしたのが5年という配分であり、まほほど名家の教育に馴染んでいない。

 正確に言うならば、しほや菊代さんなどの行儀の悪い食べ方をしては良い顔をしない人の前でならば器用に取り繕う事も出来るし、然程苦にはならないのだが。意識せずに食べる分には、男子高校生らしくガツガツとかき込むような食べ方となるのだ。

 

 ついでに言うと、修景の視点ではまほは別段その手の事で気を使うべき相手に分類されておらず、エリカについても先の叫び―――みほについて馬鹿にされたと思い、本気で怒ったあれが起点となり、心理的な距離感が薄れていた事もあり。

 食べているものは庶民的だが、育ちの良さを感じさせる食べ方をしているまほとエリカを差し置いて、修景少年は特に取り繕うでもなくガツガツと食事をかき込み終わって、手持ち無沙汰にメニューを隅々まで眺めていたりするのだった。

 

 ちなみに、食事の合間を縫うようにして―――まほもエリカも食事しながら喋るタイプではないが、気にせず喋る修景に彼女たちの方が合わせた形で話された内容で、だいたいみほについての内容の確認は終わっていた。

 下手に黒森峰生のまほやエリカの影がちらつくような土産など持たせては、みほにとって辛い思い出を思い出させるだけかもしれないと話し合ったまほとエリカは、『聞いておいて欲しい内容』『調べて欲しい内容』を思いつく限りでリストアップ。

 主に友人は出来ているか、不便はしていないか、足りないものはないかなど―――お前らオカンかと修景が突っ込むような内容であったが。何はともあれ、彼女たちが転校していったみほについて知りたかった内容というものについて、

 

「修景。集計はこれで終わりだな?」

 

 と、こちらも修景にかなり遅れて食事を終えたまほが、スプーンを置きながら言う程度には話は済んでいる。

 ちなみにその発言を受けて修景とエリカが固まったのを見て、まほは不思議そうに首を傾げてから、得心がいったというように重々しく頷き、

 

「ちなみに今の笑いどころは修景と集計をかけた、」

「解説しなくていいです隊長ッ!!」

「ああん」

 

 感情の読みにくい鉄面皮で―――しかし心なしか残念そうに解説を遮られたまほ。

 遮ったエリカとしては、敬愛する隊長の初めて見る姿だが、『隊長のこんな姿、私見たくなかった!!』というのが本音であろう。

 黒森峰に入ってからの付き合いでエリカ側も薄々勘付いてはいたのだが、この鉄の隊長は戦車道に関わりの無い箇所では、時々ただの天然お姉さんである。

 ついでに、遮るためにあげた叫び声に対してギロリとした目で先の同級生店員が睨んできたので、『ノーカン! 今の机叩いてないからノーカン!』と言わんばかりに、両手をバタバタ振ってアピールしておく。

 

「んじゃ、食い終わったら会計して解散でいいか。まだ連絡船って出てたっけ?」

「えぇと……」

 

 そしてそのエリカを他所に、我関せずだった修景と当事者の片割れだったはずのまほは別の会話に入っていた。

 修景の質問に首を傾げたまほがスマートホンをポチポチ操作し、黒森峰学園艦の公式ホームページから連絡船の運行予定表を確認して、僅かに眉根を寄せる。

 

「ああ、ダメだ。今から急いでも最終便にも間に合わないぞ」

「そんじゃ、今日はここで一泊かー。宿泊施設についてそのまま調べてくれ、まほ」

「私の部屋ならタダだぞ。無駄遣いをするな、弟」

「「そこ女子寮ォ!!」」

 

 そして漏れ聞こえてきた会話内容にエリカが、姉(暫定)の言葉に修景が、ステレオでツッコミの声をあげる。

 ついでに先のエリカの同級生店員が分厚いメニュー表―――表面がプラスチック加工されており、頑丈そうなものを素振りしながら近付いてきたので、修景とエリカは慌ててそちらに頭を下げた。

 『ブッダフェイスも3度までだ』と小声で言って去っていったその店員の背を、冷や汗を流しつつ見送ってから、エリカはまほに向き直り、

 

「隊長、女子寮は原則男子禁制です!」

「弟もダメだったか?」

「少なくとも泊めるのはダメですし、そもそも隊長と宮古先輩、血の繋がり無いでしょう!?」

 

 小声で叫ぶという離れ業を披露する後輩に、きょとんと首を傾げるまほ。

 その姉(暫定)の様子に溜息を吐き、修景が自分のスマホで黒森峰学園艦の宿泊施設を検索。料金的に適度、かつ空きのある宿を要領良く探し当てていた。

 

「とにかく、俺は宿泊施設使うから。んで、明日の朝にでも学園艦から降りたら、みほの所に向けて出発する」

「……分かった」

 

 そして、修景の言葉に首を傾げつつ―――つまり納得していない様子ながらも頷いたまほだが、ふと思い出したように修景に向けて声をあげる。

 

「ああ、でも。修景、お前さっきの様子だと母上の写真とか乗ってた戦車とか、見たこと無いんじゃないか? どうせお前が黒森峰に来るなんてそう何度もある機会ではないだろうし、学園艦から降りるのを昼にして、午前中のうちに記念館でも見たらどうだ」

「……む。確かに気になるが、みほの事もあるから動き出しは早いほうがなぁ……」

「そうか、確かに私としてもみほの様子のほうが気になるしな。お前がそれでいいなら、連絡船も午前の便の方が、熊本じゃなくて博多行きだから若干のショートカットになるし」

「あ、それ逆に駄目だわ。俺、熊本のロッカーに荷物預けてるから、一度熊本まで戻らないと」

 

 ちなみに、バイクも熊本にあってそのバイクで大洗まで―――丸2日がかりで―――高速道路で行く予定なのだが、それについてはまほもエリカも知らない。ついでに修景もその雑で向こう見ずな予定が内に秘めた過酷さを知らない。

 

「熊本までの便―――となると一番早いので昼前だな。学園艦は航行するものだから、連絡船のスケジュールが流動的なのは困ったものだ」

「例年、電車やバスのダイヤと同じ感覚で考えて、当日の下調べを怠って乗り遅れる子が何人か出ますよね、帰省時期とか……」

 

 はぁ、とエリカが溜息。

 僅かに遠い目をして思い出すのは、話題に出ていた副隊長―――西住みほのことだ。

 

「あの子もね。1年の夏休みの帰省時に、急がないと間に合わないタイミングで駅前をぽややんと歩いてて。……私、これ乗らないと間に合わないってバスに乗ろうとしてたのに、あの子は『あ、エリカさんだー』と言わんばかりの顔で私に気付いて手を振ってきて」

「……やりそうだ」

「これもしかしてと思って、バスに乗るのやめて声かけたら連絡船の時間をその前の週のと勘違いしてて、2人で大慌てでタクシーに乗せてもらって事なきを得たり……」

「すまないエリカ、初耳だ。みほがすまなかった」

「おい姉。妹と同じ学校、同じ家なのに帰省時別行動してたのか?」

「……黒森峰は名門だから、結構熊本の外から来る人材も居るんだ。そういう戦車道履修者向けに、熊本土産を買ったりする予定だったから……みほを手伝わせちゃ悪いなって……」

「でも熊本出身者にも何も無しだと不味いとか言った挙句、集合場所で両腕いっぱいに紙袋を提げて、なんか見開きで登場しそうな威圧感背負った有様になってましたよね隊長」

「流石に無理を察したので、それ以降は止めただろう」

 

 ロボット漫画の味方最強戦力の貴重なギャグシーンみたいな光景だった。背景効果音はゴゴゴゴだ。

 戦車の数とそこから割り出される乗員数、整備士の数まで含めると、さて、黒森峰の戦車道履修者・関係者の数は如何程になるのやら。

 その全員に1人お菓子1つでも良いから何か買っていこうと思ったまほ、明らかに頑張り過ぎだった。

 

 ともあれ、心なしか頬を膨らませて拗ねた様子のまほを放置して、修景は念のために自分のスマホでも連絡船の日取りと、先程話題に出た戦車道記念館の場所を確認しておく。

 姉は戦車道や学業ではしっかりしているが時々極上の天然だし、妹はそのまま分かりやすく、ぽややんとした性格の子だ。

 その両者に挟まれた修景は、この手の予定確認を姉妹に任せることの危険性を身に染みて分かっているため、確認作業は怠らない。

 

 幸いにして記念館は観光施設でもあるためか、連絡船の出る港―――と、呼んで良いのだろうか? なんにせよ、学園艦から連絡船が出るポイントから近い位置にあるようであり、開場後に2時間程度は中を見て回る時間があるとまで計算し、修景は頷き一つ。

 

「明日の昼前の便で熊本に帰るまで、時間を有効に使うって意味なら記念館見て回るのはアリっぽいな。昼飯は食う時間無さそうだけど」

「それは熊本に着いてから適当にやれ。ああ、あと記念館、入場料2,500円だった筈だぞ」

「ボッタじゃねぇか」

「黒森峰生が居ると無料なのだが」

「両極過ぎんだろ」

「黒森峰生には是非とも伝統を見て、我が校の戦車道の歴史に思いを馳せて欲しいのだろう。それはそれとして、観光客は金を落とせというだけで」

「意図は理解できないでもないが、もう少しオブラートに包むとかさぁ……」

「……あ、あのっ」

 

 ブツクサと言いながらも記念館には行くつもりであるらしい修景の姿を見て、エリカが声を上げた。

 その声に何事かと、修景とまほと店員の目が向く。ちなみに店員判定はセーフ。まだブッダフェイスの営業スマイルだ。

 

「明日も3年生は学力テストで」

「うん。私も寮に帰ったら寝るまでは勉強するつもりだ」

「で、1年生は全員、学園艦内部の施設を案内されて回るんですよ」

「ああ、そういうイベントってどこの学園艦もあるんだなぁ」

「学園艦は広いですからね。特に黒森峰は国内最大級ですし。―――で、2年生だけは空いてるんですけど、先生方が結構、テストと案内で人手を取られるらしくて。自習だらけ穴だらけの授業をするくらいなら、ということで2年生は明日は授業が休みなんですよ」

「……あれ? 逸見さん、戦車道も?」

「2年生だけで動かす車両だけならともかく、1年や3年が混ざる混合チームで動かす車両は人員不足になっちゃいますし」

「座学やら整備やら、なんにせよ中途半端だから、いっそということで明日は戦車道も休みだ。3年生だけ1年生だけならともかく、両方居なくては練習にならん。去年も―――確か一昨年もそうだったらしいな」

 

 横からまほに補足され、修景も成程と小さく頷いた。

 戦車という車両は、自動車やバイクなどと違って個人で動かすものではない。戦車の種別によるが車長、装填手、操縦手、通信手など、多くの人員が必要となる。

 単純計算、学年ごとに履修者の1/3を占めると考えて、戦車道履修者の2/3の人員が欠員となるならば、諦めていっそお休みとしてしまうのも有りということか。

 その辺り、名門黒森峰と言えど時節イベントには敵わないようである。

 

 まぁ世にはクーゲルパンツァーとかいうキワモノも、恐ろしいことに実在している。あれならば人員不足どころか車長が居ればで動かせそうだが、アレで戦車道の試合に出たいという勇者は、古今東西今のところ皆無である。

 ちなみにクーゲルパンツァーとは、史実においてロシア―――当時はソビエト連邦が満州国で発見した戦車(?)である。何故(?)が付くかというと、その存在の開発経緯や配備状況、用途その他一切が謎に包まれているからだ。

 

 では、これが―――例えばラーテ超重戦車(※全重量1,000トン。マウスの5倍以上)のような計画のみで終わった珍兵器だから謎に包まれている、というわけではない。

 先に言った通り、現物がガチで発見されていて、なおも『どういう意図で作って、どういう用途で使われる兵器だった分からない』というブツがクーゲルパンツァー―――独語で『玉戦車』と呼称される物体なのである。

 

 そのクーゲルパンツァーという名称も、何故かあった独語のマニュアルを読み解いた結果のものと言われているが、直径3mの球状の御姿の装甲は5mm。きっと釘打ち用の金槌で『えいや』と力いっぱい殴ったら凹むレベルであり、戦車砲や機銃どころか、小銃を受け止められるかすら怪しいものだ。

 武装に至っては前面に銃眼があるので、多分ここから乗員が手持ち武器で攻撃をするものだと思われる。エンジンは2スト単気筒エンジン―――と言われても分からない人は分からないだろうから、単純に同じものを積んでいる車両を挙げるとすると原付が挙がるレベルである。

 開発国はドイツの筈なのだが、そのドイツにもクーゲルパンツァーの記録は何一つとして残っていない。きっと問い合わせに対応した担当者も首を傾げたことだろう。それを輸入したのは、多分発見された場所的に日本なのだが、こちらにも何の記録も残っていない。

 それでも現物だけはロシアのクビンカ博物館に―――ただし、2016年段階では詳細不明なので説明書きも何もほぼ無い状態で展示されているので、興味がある人はパスポートでも取って見に行ってみてもいいだろう。

 

 ともあれそんな雑学と呼ぶべき価値すらあるかどうか微妙な話はともかく、『ですから』とエリカは前置きし、

 

「私で良ければ一緒に行きましょうか? その……結局さっきの2,000円、返せずに受け取っちゃいましたし」

「え、マジ? 逸見さんが良いならそりゃ、入場料浮いて助かるけど……そっちも休日、やりたい事とかあるんじゃ?」

「差し当たっては特に無いですから大丈夫ですよ、宮古先輩。それに、宮古先輩のお母さんの逸話とかを隊長に聞いたのもあって、私ももう一度あの写真見てみたくなりましたし」

「謎カンフー?」

「謎カンフー」

「これぞ殺人拳?」

「人種の行き着く技の結晶よ」

 

 何故か楽しげに、修景のフリに乗って宮古母の残したフレーズを繰り返すエリカ。

 その提案は渡りに船ではあるのだが、どうにも母親のパンクな高校時代の記録を姉の後輩で妹の友人である少女―――しかも今日が初対面―――と見に行くというのは、2,500円が浮くと考えてもプラスかマイナスか中々の悩みどころである。

 しかし、迷う様子を見せた修景に対し、まほが柔らかな笑顔で援護射撃を―――ブチ当てて逃げ道を塞ぎにかかった。

 

「まぁ、エリカはみほの友人であり、私の後輩でもある。修景、逆にエスコートしてやるくらいの気持ちで行って来い」

「……はぁい。逸見さん、それじゃ明日、休日なのに朝早くなりますけどお願いできますか?」

「それは大丈夫です。私、元々休日でもあまり遅くまで寝てませんし」

 

 『行って来い』とまで姉に言われては、断る選択肢も今更無く。

 白旗を揚げるような心地で告げた言葉に、エリカは任せておけと言わんばかりに胸を叩く。しかし一転、声を潜めて、

 

「……ただし、みほの事。分かったら私にも、早めに教えて下さいね?」

「……あ、それが狙いなんですね。りょーかいです。そんじゃ、明日の待ち合わせのためにもとりあえず連絡先教えて貰っていいっす?」

「あ、はい。えぇと……!」

 

 本当にみほの事を心配してくれてるんだなぁと、感慨深く思いながら。

 わたわたした様子でスマホから自分のアドレスを呼び出しているエリカを見る修景に、まほが僅かに眉根を寄せて注意する。

 

「ああ、修景。エリカはこれで結構な御令嬢だ。明日は普段から姉である私に向ける気遣いの1.5倍を持って接するようにな」

「姉上、恐れながら申し上げますが、マイナスに1.5倍を掛けてもマイナスが増えるばかりです」

「おい弟、私に対する気遣いの基準値を言ってみろ」

 

 そうやって言い争う姉弟が伝票を奪い合うようにしながら立ち上がり、『食べた分は自分で支払う』と主張するエリカを尻目に、姉弟はさっさと二人で全額を割り勘して。

 レストラン前で―――店員の『次はないぞ』という副音声が脳内で再生される営業スマイルに見送られ―――エリカ(おじょうさま)と連絡先を交換という、これだけで男子高校生的に大イベントなような、姉と妹の御実家も物凄い名家だったりするので今更なようなイベントが終わり。

 修景少年、大洗への出発前に、少しばかり自分のルーツを辿っての過去探訪となるのだった。

 




 ちなみにクーゲルパンツァー以外にも、WW2の頃には様々な珍兵器があって、調べると面白いです。

 あと全く関係ないですが、ガルパンを見てWOTを始めて、マチルダやチャーチルの動きの鈍さに愕然とした人。私です。


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少年、故人の思い出と対面する

 作中で色々言ってますが、個人的にはティーガーは意外と装甲が柔らかくて好きです。(主にWOTで敵として出た場合)
 あと、パンターも側面が柔らかいので好きです。(主にWOTで敵として出た場合)
 でも大口径榴弾砲を積んだ戦車全般は自走砲に灼かれて弾薬庫逝けば良いと思います。(主にWOTで敵として出た場合)


 故人の思い出との対面。

 ―――それは恐らく、しんみりとした郷愁を思い出させる物だろう。

 今は亡き人、それも幼い頃に亡くした母親。その思い出たるや、どれほどの郷愁を少年に引き起こすものかは余人には想像し難い。

 

『これぞ殺人拳。人種の行き着く技の結晶よ』

『↑多分この辺で車長が変なこと言ってると思いますが、隊長今回ばかりは勘弁してあげて下さい。この人すっごい喜んでたんです』

 

 例えば、記念すべき初優勝を飾る優勝写真に各人から一言ずつ入っているコメントがこのようなものだったりしても。

 その写真で、優勝旗を持つ西住しほ(若)の斜め後ろ辺りで謎のカンフーを、四方八方に跳ねる焦茶色のセミロングの癖毛に、小さな丸眼鏡と人を食ったような表情が特徴的な故人がしていても。

 

 展示されている戦車の中に、隊長であった西住しほが乗っていた戦車と並んで展示されたパンターG型―――こちらは隊長車ではないので、予算の問題かスペースの問題か大型パネルでの展示だ。

 その乗員からの一言コメントが、

 

『なお、パンターは1号車と2号車が有り、これは2号車なのでパンター2号、愛称はパンツちゃんです』

『上で車長が変なこと言ってると思います。予想して予測偏差射撃ブチ当てますと、聖グロリアーナ戦で対抗して上品さを目指して唐突な“おパンツちゃん”は止めて下さい。とってつけたような御嬢様口調と合わさって通信手の子が噴きました』

『1号車でパンイチちゃんにならなかった事を神に感謝しています。隊長、私達に振るの2号車にしてくれてほんとありがとう。センキューブラジャーフォーエバー』

 

 という、些か形容しがたいものだったとしても。

 故人への郷愁と想いが胸に去来し、粛然としたしんみりとした空気に―――

 

「―――しんみりとした空気になれって方が無理だろ!? むしろしんみりさせてくれよ!! 母さん何やってんだマジで!?」

「……改めて宮古先輩のお母さんに注目して眺めていくと、中々に趣深いですね。黒森峰も黎明期はこういうノリがあったのか、というか」

 

 平日午前、黒森峰学園艦の戦車道の記念館。

 西住しほらが築いた黒森峰学園の黄金期、その黎明から今までの軌跡が展示されているその記念館の中を、ジーンズとワイシャツというラフな格好で額に手を当てて天を仰いだ宮古修景と、学生服ではなく白を基調としたブラウスとロングスカートという、育ちの良さそうな、かつセンスの良い私服のエリカが並んで歩いていた。

 ちなみに叫ぶような調子で言ってはいるが、一応場所が博物館の類なので声量自体は抑えめである。

 

 ちなみにこの両者。ドレスコード、服装センスという意味では私服の両者が並ぶと『その辺の兄ちゃん』と『良家の子女』という雰囲気になるのだが、この辺り修景は着替えその他を熊本に預けたまま黒森峰に来ているので、むしろホテル備え付けのコインランドリーで洗濯はしてるだけ頑張っていると言えるだろう。

 流石に修景少年でも、出先で着替えが無い状況とはいえ、昨日出会ったばかりの少女と2人で出掛けるという状況に対して、着っぱなしの服で行くほどの面の皮は無かったようである。まほ相手ならば行く。

 まぁ私服センスと言うならば、西住家の姉妹も酷い―――というか雑なのだが。

 

 ちなみに両者が見ている場所は、黄金期の黎明―――つまりは西住流の宗家師範、西住しほの世代の部分だ。流石に名門黒森峰の戦車道記念館は規模も大きく、その全てを見て回るには連絡船出港までの2時間では辛いと判断したため、2人とも見るのはしほらの世代に絞り、他ほぼほぼ早足でパスしている。

 2,500円の入場料を『ボッタだ!?』と言い切った修景であったが、実際に記念館の大きさと充実っぷりを見ていると妥当な値段に感じてくるから不思議である。本気で全てを、じっくりと見て回るならば、成程確かに2,500円で充実して1日が潰せそうだ。

 

「俺としてはもっとこう……鉄! 鋼! 鋼鉄鉄血女傑軍団! みたいなのを想像してたんだけど。全員が西住師範みたいなノリの。むしろメカ師範くらいの」

「案外普通ですよ。……普通だからこそ、優勝を逃したのをみほも気に病んじゃったんでしょうけど。っていうか師範をそこまでネタに出来る人、初めて見たんですけど宮古先輩」

「あー……引き取られて以降は師範、つーかしほおばさんに育てられてるけど、あの人も案外普通よ? そりゃ戦車道には厳しいけど、まほやみほの誕生日には自分で料理したりするし」

「料理できるんだ、あの方……」

「逸見さんも地味に失礼なこと言ってるよね? 気付こうね?」

 

 パンターG型のパネルを見上げながら、特に気負いなく会話する修景とエリカ。

 両者ともに同年代の異性と2人で出掛ける状況に対する気負いのようなものも最初は―――大小の差こそあれ―――存在していたのだが、展示物を見て回る内に徐々に気負いは取れ、というより故人へのツッコミでそれどころではなくなっていったため、今は互いにリラックスした雰囲気で館内を見ることが出来ていた。

 そして2人は、もはやコントと化している乗員コメントからは敢えて目をそらし、パンターそのもののデータに目を通していく。

 

「全長8.86m、車体高6.88m、全幅3.43m、全高2.98m。主砲は70口径。ティーガーとかと比較しても、車体のゴツさはそう変わらないんだな」

「あ、さすが男性とはいえ西住家関係者。単純なスペック部分は把握してはいるんですね」

「まほもみほも、色んな戦車のスペックを暗記させられてたからなぁ。しほおばさんによるテストの前に、俺が問題出して模擬テストとか子供の頃にやってたんで。小数点以下まで今でも覚えてるかと言われたら怪しいけど」

「十分です。ええ、パンターG型は第二次世界大戦期に作られた、いわゆる『中戦車』の中ではかなり大型の部類です。ですが、やはり違いは装甲や設計思想でしょうね」

 

 そして、自らの人生を賭けている戦車道について、それなり以上に語れる相手に気を良くしたか。教鞭でも持つようなノリで人差し指を立てて、エリカはパネル写真のパンターの車体の正面、側面を順に指差して解説を開始する。

 

「第二次世界大戦期にソ連軍が作ったT-34は傑作車両として有名であり、 これによってそれまでのドイツ軍戦車は時代遅れの物となってしまいました。軍事関係者の中では、『T-34ショック』などと呼ばれる出来事です」

「ああ、それ自体はなんか聞いたことがある」

「で、T-34に対抗するために作られた、T-34を参考にし、かつそれを圧倒可能な中戦車。それがパンターです。G型はその最終進化系ですね。F型は開発・試作段階で、実戦投入例はありませんし。近距離であればティーガーよりも高い装甲貫徹力を持つ主砲と、正面装甲だけならティーガー並、或いは傾斜装甲を上手く使えばそれ以上の頑丈さ、そしてティーガーよりも10t以上軽い重量による軽快―――とまではいきませんけど、中戦車としてもなんとか水準レベルの機動力を持っています」

「つまり、T-34と『正面から喧嘩したら負けない』車両なんですね、逸見先生」

「ご明察です。ただし、ティーガーより10t以上軽いその重量はどこに皺寄せが来ているかというと、側面や後方の装甲ですね。ここら辺はティーガーの半分程度の厚さしか無いので、側面に回られると辛い車両でもあります」

 

 ムフー、とでも音が付きそうな自慢げな表情で。エリカはそれらの解説を終えた後に、指をそのままスライドさせ、遠くに展示されているティーガーIIのパネル―――多分、別の代の誰かの車両―――を指差した。

 

「その点、私が現在任されているティーガーIIは、パンターやティーガーよりも更に強化された装甲面と火力をもっています。ティーガーは開発がパンターより前だったので傾斜装甲の概念が薄かったのを、きっちり取り入れたティーガーとパンターの両車両の強化発展型とも言えるものですね」

「足回り」

「……き、機動性は気合と根性で」

 

 ちなみに、目をそらしながらどこぞのバレー部のような言い訳をしたエリカの乗る車両ティーガーIIについては彼女の説明通り、ティーガーとパンターのいいとこ取りのような形で設計された車両であり、特に西部戦線においてその圧倒的な火力と防御力を発揮したという記録が残っている。

 だが、パンターがG型で44.8t、ティーガーでも時代や装備によって差があるが、おおよそ57tという、あの時代の戦車の中ではかなりの重量を持つ中で、ティーガーIIはそれらを大きく上回るおよそ70t。

 この重量差は足回りと機動性にはどうしても悪影響を齎す物であるため、火力・装甲・機動力のバランスを考えて、まほは敢えてティーガーIIの前身といえるティーガーに搭乗していたりする。

 ちなみに現在黒森峰が保有する超重戦車マウスはおよそ188tという、ティーガーIIが2両合わさったのよりも更に重い超重戦車であり、側面や背面の装甲はティーガーIIの更に倍程である。

 

「ま、マウスよりは速いですし。ほら、マチルダよりも」

「カタログスペックでも時速20kmしか出ないロマン溢れる陸上要塞や、歩兵の支援が戦車の主目的だった時代の、『歩兵の速度に合わせられればいいや』という設計思想の戦車と比べられてもなぁ……」

 

 そして無意味に流れ弾が飛ぶ、主に聖グロリアーナが主力車両として用いているマチルダII歩兵戦車であるが。

 こちらは修景が言った通り、まだ陸戦の花形が戦車ではなく、戦車を歩兵の支援と割り切っていた時代の物なので、そもそも比較するのが可哀想なレベルである。

 カタログスペック24km/hという速度は、当時のドイツのロンメル元帥には馬鹿にされていたが―――ともあれ。

 旗色悪しと見たエリカが、ゴホンと咳払いをして話題を変えつつ、パンターの前から歩き出す。修景も特に抵抗せずに、その2,3歩後ろをついて案内されていく形だ。

 

「と、ところで。改めて宮古先輩のお母様を写真で見ましたけど、確かに宮古先輩に似ていますね。いえ、順番的には宮古先輩がお母様に似ているというべきですか」

「そうかぁ?」

「ええ、表情とか髪色とか―――癖毛とか! あっちにこっちに跳ねてるのとか、そっくりですよ」

「これ、どうやっても治らないんだよなぁ。整髪剤使ってもすぐ跳ねてくるし。母さんもそうだったのかね?」

「そういえば、写真で見ると髪型を写真ごとに変えてる人も居ますけど、宮古先輩のお母様は跳ねっ毛セミロングで一貫してますね。あと師範もストレートロングで一貫してますけど」

「あの人の別の髪型、俺も見たこと無いから想像できない」

「アンツィオの隊長のようなツインドリルとか?」

「必殺西住流ドリルアタック?」

「ぷはっ! あはは、笑わせないでくださいよ宮古先輩!?」

「ドリル言い出したのそっちだろ。つーかアンツィオの隊長って、マジでドリルしてんのか髪型……」

 

 他愛のない雑談をしながらも、向かった先で辿り着いたのは大型の写真パネル。

 ―――黒森峰の黄金時代、その黎明期を飾った西住しほらの世代が卒業する前の、最後の集合写真だ。

 

「さぁて、どんなコメントが来るかねぇ。あ、ネタバレ無しね」

「いえ、私も前回来た時は他に夢中になってて、ここに来る前に閉館時刻になっちゃったんですよ。だからこのパネルは見たことなくて。……でも、やっぱり重要人物だったんですね、宮古先輩のお母様。隊長である師範の隣はまず副隊長ですけど、その逆隣、つまりは部隊の3番手ですよ」

「座ってるポジションよりも、俺はまず普通に座っていてくれてる事に感動したわ」

 

 だいたいこれまでの写真では、キレッキレのカンフーやってたりカメラに向かって謎のダブルピースしてたりとやりたい放題だったのだが、修景少年の母親も今回ばかりは大人しく、しほの隣で穏やかな笑顔を浮かべていた。

 だが、ここまでで散々に自身の母親のパンクな有様を見ていた修景少年は油断しない。侮らない。

 

「これはフェイントだ。絶対にコメントで酷いのが来るぞ。備えろ、逸見さん」

「先輩は何と戦ってるんですか。……でも実際、気になりますね」

 

 そして2人して、パネルの下に置かれている当時の戦車道女子達からのコメントに、或いは戦々恐々と、或いは興味津々と目を向ける。

 そこにあったのは各人のコメントであり、まずは隊長である西住しほの言葉だ。

 

『皆、3年間ありがとう。それと、だいたいこの2個下くらいで変なことを言っている人が居ると思いますが、皆さん適度にスルーして下さい。撃てば必中、守りは固く、進む姿に乱れなし。それが本来、正道です。―――独自遊撃手など、必要に駆られた不承不承にしろ、私が認めるのはあの子くらいですので』

 

「………」

「………」

 

 その言葉を目にしたときの両者の顔は、まずは驚きに包まれた。

 しかし修景が目頭を抑えるようにして天を仰いだのに気付いたエリカが、肘で彼の脇腹を軽く突く。

 

「見に来て良かったじゃないですか、宮古先輩。貴方のお母様、凄い人だったんですよ」

「……やめてホント泣きそう。しほおばさんにここまで言わせるのは卑怯だろ、母さん。生前のイメージと違いすぎだっての」

 

 母の儚い笑顔と枯れ枝のような手を、今更思い出したのか。

 ここに至るまでイメージが全く合致しなかった生前の母と高校時代の母のイメージが、“母の友人”たる西住しほの言葉によって、急激に存在を近しくし始めていた。

 自分もまほも生まれていなかったあの時代、確かに母と西住しほは戦友だったのだな、と。

 

 数秒、それだけの間を置いて修景は内心の動揺を―――隣に居る、妹の友人に格好悪い所を見られたくない一心で―――押さえ込んで、顔を正面に向け直す。

 ニヤニヤと、しかしどこか優しげに笑っていたエリカも、修景が視線を正面に向け直したのに気付き、自身も視線を正面―――写真パネル下の、各人からのコメントへと戻していく。

 隊長である西住しほの次に来るコメントは、修景の母―――ではなく、当然ながら当時の副隊長だ。

 

『だいたいこの1個上と1個下くらいでクロスカウンターが発生していると思いますが、これは仲の良い証拠ですので皆さん誤解なさらないで下さい。和をもって貴しと為すとも言います。皆さん、仲良く規律を守って。いやホント、お願いします』

 

 溢れ出す苦労人臭に、そっと修景とエリカは手を合わせた。

 考えてみれば副隊長というポジションは、この時代は隊長(西住母)と独自遊撃手(宮古母)に挟まれて、強制的に潤滑剤の役割を果たさざるを得ない立場だったと予想される。

 3年間マジお疲れ様でしたと、修景とエリカは申し合わせるでもなく念を送った。届くかは知らない。

 そして結婚して苗字の変わったその井手上菊代という人物が、使用人という立場で今も西住しほの側に居るのも、彼らは知らない。旧姓で表示されていた各人のコメントと、写真の方も注目して見ていなかったという要素もあり、井手上菊代という女性が当時の副隊長だったと彼らが気付くのはまだ先である。

 

 ともあれ、なんとも苦労人臭を吹き上げる副隊長コメント。その下には―――

 

『ありがとう、しほ。皆。大好きです』

 

「……あれ。母さんのコメントどこ行った?」

「師範の予想と、挿入位置がズレたんですかね?」

 

 余りにも飾り気のないコメントに、思わず修景とエリカは首を傾げる。

 しかしそれも数秒、コメント者の名前に『宮古』の文字を発見し―――ここで完全に、記憶の母とこの写真の母のイメージが一致して。

 修景は掌で顔を抑えるようにして、天を仰いだ。

 

「……ここでハシゴ外すなよ、母さん。しほおばさんと副隊長、可哀想だろ」

「……ハンカチ要ります?」

「……大丈夫」

「……宮古先輩のお母様、きっと師範達のこと、大好きだったんですね」

「おい追い打ちすんなよ、俺は今ギリギリのラインで堪えてんだぞ」

「先輩の家の事情、ざっとですけど聞きましたから。泣いても責めないし、笑わないですよ」

「胸貸してくれって言ったら?」

「セクハラです」

 

 そのやり取りに、何かを吹っ切るように修景は声を上げて笑い、僅かに目尻に浮かんだ涙が、笑いで出たものだとでも言うように袖で軽く拭って。

 

「訴えられたくないから止めとこう。ボチボチ良い時間だし、俺はそろそろ連絡船に向かうわ。乗り遅れたらコトだしな」

「分かりました。それじゃあお見送りを―――」

「いや、良いよ。道分かってるし」

「……そうですか」

 

 数秒、間を置いて。

 

「隊長は多分、これを見たことがあったから宮古先輩にここに来るように薦めたんじゃないでしょうか」

「そうかもな。そういうとこ、やっぱ姉だわあの人。敵わないっていうか」

「……来て良かったですね?」

「……そうだな。逸見さん、付き合ってくれてサンキュな」

「いえ、こちらこそ。―――みほのこと、宜しくお願いします。私はもう少し、記念館を見てから帰りますね」

 

 ―――かくして少年は黒森峰を後にし、大洗を目指して出立する。

 これは、西住しほにとある“戦友”にして“悪友”が居た世界の物語。

 その息子である少年が、戦車道には直接触れない立ち位置から、眺め、関わる、戦車道少女たちとの物語。

 

 これより正しく、開幕し候。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

「……え、なに? パーキングエリア? 辛い? おい修景、お前どういう手段で関東まで―――バイク? ……弟、大丈夫か? いや、体調じゃなくて。頭」

 

 ―――そして、開幕した物語はいきなり大きく頓挫するのだが。

 夜の9時、黒森峰の女子寮にて修景からの『今、パーキングエリア。辛い。舐めてた』というLINEを受け取り、何事かと電話した西住まほの言葉である。

 

 十分な経験や装備もなく、『ちょっとそこまで小旅行』程度の準備と装備でバイクで熊本から関東まで行こうとする修景少年、自業自得の有様であった。

 




 見切り発車で投稿開始してから2日目。
 そういえば明日からリアル事情で1週間程度は不在だったのを思い出しました。投稿するにしてももう少し書き溜めてから、来週からやれば良かったですね!

 スタート直後ですが、1週間、或いは10日くらいは続きが出てこない見込みです。ちょっとリアルのスケジュールとの兼ね合い忘れてました。ハハッ。

 それと、頂いた挿絵を入れさせていただきました。本当に有難うございます!!

 あとランキングに乗ってしまったそうなので、ランキング除外にチェック入れてみました。これで除外されるのか。未だシステムをよく分かっていません。


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閑話:5年くらい前、西住家にて

 手慰みで並行して書いていた、調べ物ついでの小ネタの予約投稿です。
 今週末あと1話やれるかやれないかといった程度。

 なお、読み飛ばしても全く問題はない小ネタで、戦車の歴史的なアレですので軽い気持ちでお読み下さい。


 これはまだ、修景少年と西住まほが中学生だった頃。西住みほは、まだ小学生だった頃。

 週末に短期帰省した修景は、西住家の居間にてまほと並んで茶を啜っていた。ちなみに、みほは小学校最後の修学旅行で不在である。

 先程までは雑談もあるにはあったが、お互い無言を厭うタイプではなく、互いに中学1年生の姉弟の間には落ち着いた沈黙と、互いにたまに茶を啜る音だけが横たわっていた。

 

 そこで仕事が一段落ついた様子で執務部屋から居間に戻ってきたしほに、まほが『お母様、お疲れ様です』と声をかけ、気を利かせて修景がポットからしほ用の茶碗に茶を注いで。

 『どうも』と一言置いてからしほがそれに口をつけて、まほが『ん』とだけ言いながら差し出した茶碗にも、修景は淀みなく茶を注ぐ。

 

 そして互いに特に反応もせず、隣に座り直して茶を啜る姉弟。

 それら2名の対面の座布団に正座して、当時はまだ家元を継承して居なかった西住しほは首を傾げる。

 

「私は、余り他のご家庭の知識があるわけではないのですが」

「ええ」

「はい」

 

 その言葉が自分達に向けられたものだと判断した西住姉、並びに西住弟(仮)は、どこか納得がいかなそうな様子で鉄面皮を傾げている母、或いは自分の後見人へと顔を向ける。

 その様子を見たしほはますます首を傾げ、

 

「こう……貴方達のやり取りは中学生の姉弟という一般的なイメージとは少し違う気がしますね」

「そもそも一般をこの家に当て嵌めて良いんでしょうか? 住んでいるのは家族だけとはいえ、日中は使用人の方も頻繁に出入りします。俺が友人の家などに行った時とは環境自体が大きく違う以上、一般と比較しても然程意味は無いかと」

「それにしても……いえ、まぁ確かに、一般性に拘る必要はありませんね」

 

 そして西住しほ、頭を振って自分の長女とその幼馴染にして弟(※長女談)の熟年夫婦のような空気感に対して抱いた疑問を頭から追い払う。

 ちなみに、喋る時は後に逸見エリカを交えて会話した時のように喋るのだが、西住まほと宮古修景の間では必要なければ会話のない沈黙が発生していることも多く、両者共通の妹であるみほはたまに発生するそのサイレントゾーンを地味に苦手としていた。

 

 ともあれ、しほ自身も―――まだ少し首を傾げているが―――今の話の内容については納得したようなので、修景少年は何の気なしに、ふと思いついた疑問を口にした。

 

「そういえば、しほおばさん。戦車道って使われてる車両がだいたい第二次世界大戦期のものじゃないですか?」

「ええ。戦車道の規定では1945年8月15日までに設計が完了して試作されていた車輌と、それらに搭載される予定だった部材を使用した車輌のみが公式試合使用可能車両となります」

「わぁ淀みない。んで、ちょっと気になったんですけど」

 

 これは休日。ちょっと気になった程度の切っ掛けから、西住家の居間で発生する、特に本編にも関わる要素はない―――つまりはド日常の中身のない会話である。

 

「第一次世界大戦頃の戦車を使っての戦車道、なぁんて存在しないんですかね?」

「………」

 

 質問した側もふと思いついた程度に過ぎないその内容について、しほは小首を傾げるようにして思考、反芻、そして彼女の持つ戦車知識と照らし合わせて数十秒。

 

「現在、戦車道には車長、操縦手、砲手、装填手、無線手などの多くの役割がありますが」

「? はい」

「無線手が消えて、そこに『伝書鳩の世話係』が追加されます」

「はぁ!?」

「鳩。あの、可愛いのですよね、お母様?」

「可愛いかどうかは個人の感性です。ですが、世界で最初の戦車が登場した頃には、戦車には無線というものが搭載されておらず、後方との連絡は伝書鳩で行っていたそうなのですよ」

「伝書鳩……えっ、嘘。今日、4月1日じゃないですよね?」

 

 流石にそこまでの時代差は想像の埒外だったのか。

 誰もが携帯やスマホを持つ時代に生まれた修景少年は、しほの語った第一次世界大戦の戦車に驚きの声をあげた。

 

「お母様、私は鳩のお世話に興味があります。戦車道を志す以上、車長以外の役割も一度は経験すべきかと」

「まほ、今の貴方の学校の車両には伝書鳩を要する車両はありませんよ」

 

 そして西住姉は、ちょっとやってみたそうな目で『鳩のお世話手(暫定名)』に立候補していたが、母から窘められて心なしか―――付き合いの薄い人が傍から見れば分からないが、修景やしほならば感じられる程度に―――しょんぼりしていた。

 

 ともあれ、飄々とした悪友の忘れ形見が驚いた姿に気を良くしたのか、娘と比較的戦車道の色が薄い雑談でコミュニケーションを取ってみたかったのか、はたまた面倒な仕事が片付いて彼女なりに気が緩んでいたか。

 口の端に僅かに笑みを浮かべたしほは、彼女にしては饒舌に言葉を続ける。

 

「あとは、そうね。搭乗員とエンジンルームが分離されてなくて、熱や排気が直撃してガスマスクが必要だったとか」

「ひぇっ」

「お母様、その車内で鳩は大丈夫なんですか?」

「さぁ、そこまでは……。まぁ、流石に今の例は本当に最初期のものです。フランスのルノーFT-17などは、第一次世界大戦の終戦までに設計・試作された車両という条件を付けるなら、最も革新的なものでしょう。全世界で初めての、全周旋回砲塔付き戦車。冬戦争すらトーチカとしてですが投入されていたそうですよ」

「ああ、なんか戦車道やれそうなレベルの物もちゃんとあるんですね」

「それでも、砲塔旋回は砲塔内部で取っ手を握って人力で頑張るという物だったそうですが」

「油圧式ですらねぇ……」

「全身の筋肉を総動員して回すことになりそうだ……。しかもそれでも、旋回が追いつくとはとても思えない」

 

 ちなみに、戦車道に使われる戦車の大半は、砲手の手元の操作で油圧で砲塔を回転させられるものである。

 砲塔を動かすのに『根性で押せ―――っ!!』というバレー部ノリが実際に必要な戦車を使っている学校は流石に無い―――筈だ。

 聞いた修景とまほが、余りのアナログっぷりに嫌そうな表情を、やはりまほは表情を読みにくいが双方ともに浮かべる。

 

「他に戦車道をやれそうなレベルと言うならば、イギリスのホイペット中戦車でしょうか。これは乗員室とエンジンルームを分けていますから、なんとか戦車道の規定通り乗員室の保護も可能でしょうし」

「もはや求める水準が性能どうこうという以前にそこなんですね、お母様……」

「ですがホイペットは速度も当時としては破格の13.4km/hですよ、まほ。トーションバーもスプリングも無いので凄く揺れるでしょうけど」

「破格で時速13kmちょいかぁ……観戦専門としても見応えが無さそうだ」

「同時代のフランス戦車、FCM1Aのカタログスペック上の速度は時速6km未満ですが」

「歩くのと変わんねぇ!!」

「一応小走りくらいは」

 

 しほも言っているうちに興が乗ってきたのか、後はどのような車両があったかと思考を巡らせる。

 戦車の歴史は第一次世界大戦期、イギリスが開発したマークIと呼ばれる菱形戦車から始まったものであり、第一次世界大戦期では優良な車両はやはりイギリスと、あとはルノーFT-17を開発したフランスに限られる。そもそも終戦までに試作を終えていた国自体が少ないのだ。

 戦車というものは主に第一次世界大戦後の戦間期と第二次世界大戦期に、各国が試行錯誤を繰り返しながら発展させたものであり、第一次世界大戦中の車両に限定すると、余りにも車両が絞られるのである。

 では、第二次大戦における電撃戦を生み出し、西住流とも馴染みが深いドイツはどうだったかと思い出し―――

 

「ああ、そういえばドイツの戦車もありますが、あれはこれまでの車両とは別の意味で、戦車道をするのは大変でしょうね」

「今更何が来ても驚きませんが、どんな失敗兵器なんですか?」

「修景、失敗兵器前提は失礼だぞ。ティーガーを開発したドイツならば或いは―――」

「砲手7名、装填手7名、その他人員まで合わせて基本乗員18名。これを確保するのは手間でしょう?」

「全身が砲身のバケモノですかその戦車は!?」

「ダメだった! 期待したけどダメだった!!」

「いえ、6つは機銃です。それで、これだけ乗員が居ながらも、車体の大きさは乗員5名のパンターとそう変わりません」

「どんだけ人口密度高いことになるんですかその戦車」

「なお、最大乗員は26人だった時もあったとか。ああ、車内には転倒防止の吊革があったそうですよ」

「上げてどうする! 下げましょうよ! もっと各地の過疎地にその人口密度分け与えてくださいよ!」

「お、お母様。それは満員電車に武装させたのと何が違うんですか……?」

 

 修景のツッコミとまほの怯んだ様子を予想していたのか、お茶を手にしたしほが薄く―――ただし、彼女を知る人に言わせれば『意地悪く、楽しげに』―――笑う、そんな西住家の、まだまだ大洗も何も関わってこない、なんでもない昼下がりだった。

 




せかいのせんしゃ(※WW1期)
 それでは、前話のまえがきだかあとがきだかで書いた通り、投稿始めたばかりですが少しリアル事情で1週間ばかり不安定になります。

 とりあえず今週末くらいにもう1話くらい出来たら良いですね。(希望的観測)

追記:予約投稿も予告通りに出来なかった機械音痴、私です
あと、ランキング除外設定は不要なのではというご意見頂きましたので、とりあえず戻してみました


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少年、歴女と雑談する

とにかく更新がしたかった。書くのに割ける時間が少なかった分、話自体も若干短めだが、オチとしてあそこで切りたかったので後悔はしていない。

みほに会う前にワンクッション。


 辛い、辛い旅路だった。

 走っても走っても着かない目的地。南九州に合わせた格好で走行していたら徐々に寒くなっていく気候。

 走っても走っても着かない目的地。現地で適当に探せばいいやと思っていたら見つからない宿。土地勘のない場所での迷走。

 走っても走っても着かない目的地。充電忘れて切れる携帯の電池。遠く置き去りにされた過去を取り戻す物語(≒宿に忘れて慌てて取りに戻った、ハンガーで干してたコインランドリーで洗濯済みの着替え)。

 そして、走っても走っても着かない目的地―――。

 

 だいたいその辺りの累計4日間の旅路については主に修景の自業自得で構成されているので割愛する。

 せいぜい、毎晩のLINEでそれを聞かされるまほの反応が、

 

「うん、大変なんだな。頑張れ、辛かったら電話してこいよ」

 

 から、段々とぞんざいになっていき、最終的には、

 

「ああ、うん。聞いてる聞いてる」

 

 になった程度の物である。

 それ以外にも、3日目辺りにしほから、

 

「修景。もうみほには会えましたか? とりあえずどうだったかだけでも、電話で報告を貰えると嬉しいです」

 

 というメールが入り、バイクで向かっている途中と答えると、

 

「えっ………なんで?」

 

 と、彼女にしては非常に珍しい素で困惑した返事が出てきたりしたくらいか。

 ともあれそれらの、自業自得で長い旅路を経て―――

 

「うちの方には無いなぁ、サンクス」

 

 夜の学園艦、大洗。朝や夕方は通学路として賑わっている街路を、250CCのバイクを押しながらトボトボと歩く修景。その姿たるや、エリカに見送られて黒森峰を出た時の面影など欠片も無い疲れ果てた姿だった。

 特に何のイベントも無く―――精根尽き果てた様子でバイクごと乗船許可を取ろうとした修景少年が、連絡船の受付のおじさんに「兄ちゃん、なんぞ身内に不幸でもあったのかい? これでも飲んで元気だしなよ!」と缶コーヒーを奢られた程度のイベントはあったが―――大洗学園艦に乗船出来たが、さて、これから宿を探さねばならぬのか。

 

 はぁ、と溜息を吐き―――奇しくも、妹と同じ感想を抱いたコンビニ前にバイクを停めて、のそのそとした動きでコンビニへと、缶コーヒーでも買うかと足を踏み入れる。

 自動ドアの電子音が歓迎を告げ、

 

「いや、今日の練習もキツかったぜよ」

「不用意に稜線を越えようとするからだ。突撃砲と言うが、本来は迎撃に向いた車両だからな。良いか、そもそもあの三号突撃砲が使われた時にはフィンランドが―――」

「というか三号突撃砲というのは、由来を調べればドイツ産ではないのか? 何故フィンランドに謝ったんだ、我々は」

「ああ、三号突撃砲はドイツからフィンランドに、1943年から1944年にかけてそれなりの数供与されたんだ。あの時は双方、ソ連という共通の敵が居たからな。フィンランドは自前の戦車を持たない国だった。その為、あの戦争では―――」

「三号突撃砲含め、供与された戦車が頼みの綱だった?」

「いや、スキー履いた歩兵がソ連軍の戦車鹵獲して、それ主力にして戦った」

「なにそれこわい」

 

 それ以上に濃厚な歴女トークが修景をお出迎えした。先に店内で買い物をしていた少女らが、きゃいきゃいと会話をしながら商品を物色している会話である。

 戦車絡みという修景からすれば馴染みのある話題だが、話している面々の格好が中身の濃さに負けずにまた凄い。

 大洗女子の白い制服の上から、マントや胸当て、羽織に軍用コートと、各々好き勝手な格好をしているのである。

 

「フィンランドは鹵獲したものや、あり物を組み合わせて使うことにかけては凄いぞ。第二次大戦中に鹵獲した砲とか、しれっと1990年まで沿岸砲に使っているからな」

「凄いというより耐用年数が心配になるぜよ」

「あと、継続高校だったか。あそこが使っているBT-42。あれはBT-7というソ連戦車を鹵獲して」

「うん」

「第一次世界大戦の頃にイギリスで使ってた火砲を乗せた廃品利用車だぞ」

「マジか」

「マジだ」

 

 冷静に考えると、幾ら今の戦車道ルールでは規定範囲内での改造が認められてるとはいえ、そんな廃品再利用車両で規定車両内でも最新鋭と呼べるパーシングを3両撃破した継続高校の恐ろしさが浮き彫りになるのだが、それはまだまだ先の話である。

 

「……だが、そんな廃品再利用であろうとも、いずれ戦う相手。この左衛門佐、敵に塩を送るような真似はせず、全力でかかろうぞ! さながら、上田城に攻め込んできた徳川の如く! ―――クソぁ! 手加減しろよ徳川ァ!!」

「いや、むしろなんでそれ跳ね返してるんだ、弱小大名だった真田家。しかも2回も」

 

 ちなみに真田家とは言うが、今の話題は徳川への呪いを吐く胸当ての少女―――左衛門佐(※本名:杉山 清美)のソウルネームの由来である真田左衛門佐信繁、つまりは真田幸村ではなく、その父である真田昌幸の所業である。

 3万を超える徳川の兵を相手に上田城で籠城戦を繰り広げ、結果として徳川秀忠率いるその軍は関ヶ原へ遅参し―――などというのは、話題からどんどんと逸れていくので自重するとする。

 

 ともあれ、濃厚な歴女トークとともに、ガサガサとお菓子棚を物色する異装の少女たち。

 修景としても普段ならわざわざ関わり合いになろうとも思わなかったのであろう謎の歴女集団であったが、しかし今の会話には彼としては聞き流せない内容が混ざっていた。

 

「あー……すまん、そこの大洗のお嬢さん達?」

「なんぜよ? あー……カエサル、エルヴィン、左衛門佐。このお兄さん、その棚に用事があるっぽいぜよ。ちょい避けて」

「あ、すいません。どうぞ」

「ああ、いや、そうじゃなくて」

 

 人見知りとは縁のない―――しほ曰く、母譲りの面の皮の厚さの修景であるが、彼をして若干話しかけるのに根性を必要とした謎の歴女集団。

 しかし、一番修景に近い位置に居た羽織姿の小柄な少女―――しかも猫背気味なので、余計に小柄に見える。ただし胸はデカい―――が、意外と常識的に仲間たちに注意を促す。

 慌ててお菓子棚の前を空ける彼女らに軽く手を振って、

 

「今、聞こえてきた内容だけど。この学校って戦車道、無いんじゃなかったっけ?」

「ああ、そういう……。む、怪しいぞ。お兄さんは何者だ」

「アヤシクナイヨー」

「曲者ほどそう言うのだ。……いや、曲者ほどこういう事は言わない気がする」

 

 そして修景の前に進み出てきたのは、名高き真田六文銭の鉢巻を巻いて弓道の胸当てをした、『左衛門佐』と呼ばれた少女だ。

 彼女は軽く首を傾げて、遠慮なしに修景をジロジロと上から下まで眺め回す。

 確かにこんな時間に、見知らぬ少女にコンビニで声をかける男など、実際怪しくて仕方ないので、修景も肩を竦めるのみ。

 この場合、左衛門佐が不躾というよりも、修景の方が不審者だ。ただし、左衛門佐の格好も不審者だ。

 

「いや、おにーさんここに住んでる妹に会いに来たんだわ。今さっき学園艦に着いて、今から会いに行くのもなんなんで、今日はビジネスホテルにでも泊まって明日にでも会いに行こうかなーって。で、妹と同じ学校の子らが戦車道の話題とかしてたからさ。途中から戦国時代に脱線してたけど」

「私はむしろ脱線し続けてくれても構わんのだが」

「幕末まで続いてくれても構わんぜよ」

「ローマまで飛んでくれても良いんだぞ」

 

 そして羽織とマントが横から茶々。

 ただ、幕末はともかく流石にローマは話が飛ぶにしても時代・距離的に離れ過ぎである。

 その言葉に苦笑し、修景は首を傾げる。

 

「まー歴史好きは友人に居たからなぁ。そっちでも多少は分かるけど」

「ほう。話せるなお兄さん」

「ただなぁ、ローマとなるとディオクレティアヌス時代のサン・マルコ広場の四頭像が、ウチの友人のせいで印象深すぎて、他はあんまり。アレだけは名前と画像が脳内フォルダに格納されるレベルでしっかり覚えてる」

「むぅ、やはりローマは日本では知名度が。カエサルとかスキピオとか偉人は多く居るのだが」

「俺ファビウス好きよ。戦略家って感じで」

「うむ、ローマの盾と呼ばれた戦略家だな。―――って、それ以外にも話せるのではないか。では、何故サン・マルコ広場の四頭像だけ印象に残っているんだ?」

「スマホかなんか持ってる? 画像検索してみ。多分アレ、副帝が正帝を支えてるようなイメージの像なんだけど―――」

「うん」

「はい」

「ぜよ」

 

 カエサルとの普段からの付き合いで話や来歴、存在自体は知っていても、画像までは見たことが無かったらしいコート(エルヴィン)、胸当て(左衛門佐)、羽織(おりょう)。

 マント(カエサル)は何の話かと首を傾げる中で、修景は重々しく頷き―――

 

「アレを友人から、『2組のホモにしか見えない』と言われてからは、もう俺にもそうとしか見えなくなった」

「やめろォ! 私のローマをそんな概念で汚染するな! なんか私にもそう見えてきただろ!!」

「うわぁ……確かにこれは、言われたらそう見えてくる……」

「なんでオッサン同士で肩組んでる像が……」

「あとは、『世阿弥が足利義満に寵愛されたように、優れた少年芸能者は時の権力者の男娼であった事など最早常識』とか」

「日本にまでその男色を軸にした歴史理解を波及させてこないで! そんな黒船来航はお断りぜよ!?」

 

 画像検索したらしいエルヴィンと左衛門佐がドン引く中、更に流れ弾が日本に飛びかけて、慌てておりょうが黒船来航を食い止める。

 その様子に修景は、はっはっは、などと乾いた笑いを浮かべ、

 

「俺、友人は選ぶべきかなぁ……。あいつの語る歴史の話題、だいたいホモから入るんだけど……」

 

 戦国、江戸辺りの話題のストックはかなりある。例えば武田信玄周りとか。

 歴女たちは何も答えずに目を逸らした。

 

 

□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 さて、結局その後に歴女達から「大洗は戦車道を今年から復活させた」という話を聞いた修景。

 彼女たちがその履修者の一員であり、三号突撃砲を任されたチームだと、あとついでにカエサルとか左衛門佐とかはソウルネームなのだと、割と彼としては余分な情報まで聞かされたのだが―――

 

(まさか、みほの奴が関わって……ねーか。あいつ、戦車道そのものに苦手意識を抱いて大洗に行ったみたいだし。他の科目を選んでりゃ良いんだが、戦車道を選んでた場合、ちょっとまほ達への報告が厄介に―――)

 

 ともあれ、大洗学園艦内のビジネスホテルで、その日はまほには『大洗に着いた』とだけ連絡し。長旅の疲労から、落ちるように眠りにつき。

 翌日、大洗の学校を訪れた修景は―――

 

「あ、ホモのお兄さんぜよ」

「待て」

 

 歴女達から謂れなき―――いや、前日の話題選択を誤った結果の謂れある酷い称号を受け取ったのだった。

 

 




ワンクッション(ただしブーブークッション、或いは射出式脱出シートのクッション)


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少年、ようやく妹と対面する

WoTでティーガー狙撃するの楽しいぃぃぃぃ!!
すまないまほ姉、でもTigerさんが出てくるTier帯だと経験値箱みたいな扱いになってしまっているのが悪いんだ。開発さん、Tigerさんにもっと活躍の目を。

でも相手がこっちを視認できてない距離からクロムウェルで一方的に狙撃すんの楽しいのぉ……!!


「蝶野教官、今日の戦車道の授業ですが」

「ええ、午後からでしょう。準備はできてるわよ」

 

 さて、県立大洗女子学園が戦車道を復活させるにあたり、その教官として呼ばれた蝶野亜美一等陸尉。

 陸上自衛隊の富士教導団戦車教導隊所属、かつ日本戦車道プロリーグ強化委員―――言ってしまえば日本最高峰の戦車乗りである彼女を、生徒会長である角谷杏は『個人的なコネ』で引っ張ってきたと豪語していた。

 果たしてそれはどんなコネなのか、或いはどのような取引があったのか、蝶野さん実は暇なのか―――様々な憶測が飛び交っているが、ともあれ。弱小どころか、殆ど新規に戦車道を設立するような高校への指導者には勿体無い実力と立場を持っているのが彼女、蝶野亜美一等陸尉である。

 

 と、まぁ。肩書と腕前は物凄いが、蝶野亜美という一個人を指して話をするならば、非常に豪放磊落で大雑把な、西住しほとは別のタイプの“女傑”である。

 そして、そんな彼女の待機部屋として誂えられた大洗女子学園の一室に、報告書らしき文書を持ってやってきたのは河嶋桃。角谷杏の腹心と言える生徒会役員で、役職は広報。片眼鏡が似合う理知的そうな少女だ。

 ただし、実際に理知的とは言えず、一枚皮を剥けば感情的で激情家な少女なのだが。

 

「何か予定変更でもあった? それとも、会長さんから何か無茶振り?」

「いえ、実は不審者が出まして。その影響で戦車道の訓練を30分ばかり遅らせたいので、その旨をお伝えに」

「あら不審者? ふーん、それこそ陸自のお姉さんにお任せ案件じゃない?」

 

 ちなみに当然ながら陸上自衛隊である蝶野一尉は、戦車の運転のみならず兵士としての基本技術を備えている。戦車乗りとして超一流だが、他の能力とて並では富士の教導隊は務まらない。

 果たして不審者は泥棒か、まさか暴漢か。どちらにせよ、専業の兵士の敵ではない。

 自信満々に胸を叩き、待機室のソファから腰を浮かした彼女は、

 

「任せて良いのですか? 不審な―――ホモなのですが」

「あ、すいませんそれ陸自の管轄外」

 

 ―――静かにそっと座り直して聞かなかったことにする事に決めたのだった。

 

 

□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 さて、話は少し遡る。昼前の大洗女子学園の門前にて、『これが女子校かー』などと考えながら、修景がぼんやりと校舎を眺めていた頃に、だ。

 

 別に修景も、授業中の学校に入ってみほを呼び出そうなどと考えていたわけではない。それをやっては、みほ個人が悪目立ちしてしまうだろうし、そもそも学校側が応じてくれるかどうか分からない。

 学校終了後にでも、みほの携帯に電話して大洗に来ている旨を伝えれば良いかと思い、しかし時間を持て余したので、昼時の大洗女子学園をひと目見ておくかと近くまで来た程度の話だ。

 

 長居しては不審者だろうなと思いながらも、妹が通っている学校を校門前から『へー』程度の感覚で眺めていた修景。

 彼自身、通っている学校が男子校なので、女子校というのは謎の物体Xだ。どんなものなのだろうかという興味はあったが、別に外観は何も変わらないなという結論に至る。

 歩いている生徒が女性ばかりか男性ばかりかの違いでしかないなと結論を下し、さて終業頃までどう時間を潰すかと踵を返したところで。

 

「あの、すいません。ウチの学校に何か御用ですか?」

 

 と、パッツンとしたおかっぱ頭の黒髪の少女に、声をかけられた。

 腕を見れば『風紀委員』の腕章。職務熱心で生真面目な風紀委員、園みどり子―――通称『そど子』である。

 ちなみに風紀委員は皆おかっぱ頭であり、その髪型の長短、そして顔のつくりで判別するしかなく、

 

「ああ、妹がこの学園艦に通ってるんで会いに来たんですよ。ただ、日中ちょっと時間を持て余して。自分男子校なもんだから、女子校ってなんかこう全体にリボンとか花とかピンク色とかで彩られてたりするのかなと、余した時間で見に来たんですが」

「はぁ、なるほど。ご感想は」

「男女比の逆転以外、特に変わらないなぁと」

「そりゃそうですよ。御嬢様学校というわけでもないんですから」

 

 はぁ、と溜息を吐いたみどり子が困ったような視線を修景に向ける。

 修景も、生徒の親族―――と言っても彼は血の繋がりは無いが―――とはいえ、門前でボケーと女子校を眺めている男性など不審者であるのは一目瞭然なので、苦笑交じりでその視線を受け入れる。

 

「まぁ、すぐ立ち去ります。不審なようなら身分証とか出した方がいいですか?」

「いえ、立ち去って頂けるならそれ以上は。……一応ここ、女子校なんでそれをじっと見てるのは不審者ですからね?」

「それはまぁ、弁えてます。申し訳ない」

 

 そして、フンスと鼻を鳴らしたみどり子に対して修景が頭を下げ、そこで話は終わる―――筈だったのだが。

 

「あ、ホモのお兄さんぜよ」

「待て」

 

 校門近くを通り掛かった歴女さん集団の中で、みどり子に注意されている彼を発見したおりょうさんの一言で、事態は一気に混迷化の一途を辿ったのである。

 いつもであれば歴女さん集団の服装規定の違反を咎める風紀委員が、彼女らへの注意よりも最優先でスススとすり足で修景から距離を取った。

 

「え……ほ、ホモのお兄さん? あ、もしかしてあんたらの誰かのお兄さんなの!? しかもホモ!!」

「全て間違ってる! 風紀委員さん、あんたの今の発言に事実と合ってる部分一個もない!!」

「そうだぞ。我々は昨日、戦車道の練習終了後にこの御仁に声をかけられ、戦車道について色々聞かれたり、ホモについて色々話されたりしただけだ」

「そっちは強ち全て間違いとは言い切れない、というかだいたい事実なのが辛い!!」

 

 みどり子が思わず叫ぶが、修景と左衛門佐が各々みどり子の発言を訂正する。

 しかし、左衛門佐の発言の『戦車道について』の部分に、みどり子がハッとしたように顔色を失う。

 

「まさか、この学校の生徒の縁者を装っての、ウチの学校の戦車道に対する他校からの偵察とかじゃないでしょうね!?」

「男子校なんですけどウチ!?」

「怪しく見えない第三者をスパイとして雇用するなど良くある手だな」

「薩摩弁で話しかけて咄嗟に応答しない輩は間者。江戸の間者が薩摩で活動しにくかった理由ぜよ」

「言っておくが俺熊本から来たから多少なら薩摩弁やれるぞ」

「マジぜよ? ……しまった、間者の識別手段が」

「えっ、なに? 俺熊本から来てなかったらマジで間者扱い不可避だったの?」

 

 脱線し始めた会話を聞きながら、風紀委員であるみどり子は思考を回転させる。

 戦車道を偵察に来た他の学校のスパイ―――正確には、他の女子校の誰かに頼まれたスパイという可能性。ゼロではないが、低い可能性だろう。だが、ゼロではない以上、無視も出来ない。

 生徒会が強く推し進めている戦車道復活、生徒会は今年の大会に打って出るつもりでいるのだから。

 故にみどり子は、思考を纏めて修景に―――ただしやや及び腰で―――向き直る。

 

「えーと、お兄さん。任意同行で中まで来て貰っていい? 私は生徒会にこの人について報告してくるから、貴方達はこのお兄さんに同行お願い。さっきの話が本当なら、お兄さん暇なんでしょ。女子校の中まで見れるまたとない機会よ」

「いやまぁ確かにそうだけど、女子校に男を入れるのは大丈夫なのか?」

「ホモなら誰かが毒牙にかかる危険も無いでしょう?」

「だからそれは誤解だァ!?」

 

 そうして、互いに余りに余りの展開からか思わず敬語も外れたそど子と修景。

 結局、『万一があるので任意同行』という方針を取ったそど子が生徒会へ知らせに走り、知らせを受けた生徒会から教官である蝶野一尉に話が向かった結果が、先のやり取りなのであった。

 

 そして、そど子が生徒会へ向かっている間―――宮古修景は、後にカバさんチームと呼ばれるようになる歴女集団と、またも雑談に興じる事となったのだった。

 

 

□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

「まさかここまで追ってくるとはな……」

「黒船来航、しかも2度目ぜよ……」

「いや、別に君らに会いたくなかったしその前に言うことあるよね? 『ホモのお兄さん』という称号について言うことあるよね? 風紀委員さんめっちゃ誤解してなかったかアレ。いや確かに歴史ネタだからっていきなり四頭像から入った俺も悪かったが」

 

 場所は変わって、大洗女子学園の戦車道ガレージ前。壁に背を預けて座る修景と、その周りに思い思いに座る歴女達という構図である。

 任意同行でここまで連れてこられた修景は、昨日遭遇した軍服コート(エルヴィン)と羽織(おりょう)に向かって、ジト目で文句を垂れていた。

 それをまぁまぁと宥めるのはマント(カエサル)だ。

 

「お兄さんが本当にこの学校の誰かの縁者なら、誤解が解ければすぐに解放されるだろう。実際不審者だったのだし、任意同行なのだから多少は勘弁してくれ。しかしどうにも、ウチの生徒会は戦車道に対してガチというか過剰というか。拘束しなくても良い気もするのだがな」

 

 ううん、と言いながら首を傾げるカエサル。

 この時点では、文科省役人から角谷杏生徒会長が引き出した『戦車道の大会で優勝すれば廃校回避』という話は戦車道履修者にも基本伝わっていないため、彼女も過剰といえる対応に困惑気味だ。

 そのカエサルを横に、胸当て(左衛門佐)が片目を瞑ったままで、思い出したように声を上げる。

 

「そもそも、お兄さんは―――ああ、そう言えば我々のソウルネームは名乗ったが、お兄さんの名前は聞いていなかったな。名前を聞いても?」

「宮古修景。学年は3年」

「おお、お兄さんと呼んではいたが、やはり先輩だったか。背も高いし。―――で、お兄さん。最初に我々に会った時から、何やら戦車道に拘っていた様子だが。それは何故だ?」

「ああ、それな」

 

 左衛門佐の質問に軽い調子で言葉を返しながら、修景は頭を回転させる。

 果たして、西住流の名を出しても良いものか。迂闊に名前を出して、戦車道を履修していないであろうみほに、『是非戦車道に!』などという勧誘が行っては目も当てられない。

 その懸念は既に手遅れなのだが、考えを纏めた修景は西住流の名を出さずに話を進める事にする。なお、この判断が後に誤解を拡大する結果に繋がるのだが、それは今の彼には知る由もない。

 

「俺がガキの頃に亡くなった母さんが、戦車道やってて結構いいとこまで行ったみたいなんだよ。だから戦車道って聞くと、どうしても気になってな」

「む、御母堂が……それは失礼。不躾な事を聞いた」

「良いって。傍目からは分かる話じゃないし、俺もそこまで引きずってるわけじゃないし」

 

 更に詳しく話すと、その母が亡くなったことにより修景は天涯孤独となり、母の友人の家に引き取られたという、外から見るとかなりハードな人生を送っているのだが、これも自分から言うことではないと思い、軽く苦笑するに留めておく。

 代わりに、話題転換代わりに口に出したのは軽い愚痴だ。

 

「おかげで身軽なもんだから、妹の様子を見に熊本から来たんだが、バイクで来るのはヤンチャし過ぎだったわ。おかげで疲れるわ、思ってたよりずっと時間がかかるわ」

「ほう。宮古殿はバイカーという奴か?」

「ああ、この春休みに免許合宿で免許取った。おかげで妹の転校前に顔合わせもできなかったってのが、我ながら間が悪いが」

「どう計算しても免許取得から1ヶ月経っていないのに熊本からここまでバイクとか、無計画すぎるぜよ……」

 

 戦車の運転も疲れるからバイクもきっと疲れるのだろうと、引きつった笑みをおりょうが浮かべる。幕末大好きな彼女は、薩州(≒熊本)からここへの距離などの計算が早い為、余計にその無謀さが目についたようだ。

 ついでに言うとこの春から戦車道の授業で戦車を乗り始めた彼女らとそう変わらないキャリアでバイクで1,300kmを超える旅をする修景は、歴女軍団から見てもやっぱり無謀だった。

 

「そもそも熊本からここまで来るにしても、移動手段は選ぶべきぜよ。幕末での薩摩は―――」

 

 そこからおりょうの歴史語りが始まり、割合歴史系好きな修景がそれに耳を傾けている間に、左衛門佐が修景について分かった内容を素早く紙にしたため、後ろ手に修景の死角となる近くの茂みへと放り投げる。

 すると、そこで待機していた風紀委員―――先程の『そど子』ではなく、『ゴモヨ』と呼ばれる少女だ―――がそれを拾い上げ、素早く撤退。生徒会室へ情報を持っていく。

 選択科目に『忍道』とか『仙道』とかある世界は伊達じゃなかった。地味に左衛門佐、三号突撃砲を発見した状況は『竹筒で呼吸を確保しながら水中捜索』という水遁の術状態であったことを考えれば、1年生時の選択科目は忍道だったのかもしれない。

 

 かくして、新たに分かった修景の情報が生徒会室へ持ち込まれ、そこから更に蝶野一尉へ伝播し―――

 

 

□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

「蝶野教官、新たな事実が判明しました。どうやら不審者はただのホモではなく、無計画なホモのようです」

「無計画なホモって何!? いや、計画的なホモも問題だけど!!」

 

 外見クール、実はかなりのポンコツな河嶋桃フィルターを通された情報に、現役陸自が存分に混乱しているその頃。

 

 生徒会室にて先んじて報告を受けていた生徒会長―――角谷杏は、判明した不審者の名前に首を捻っていた。

 

「宮古、宮古ねぇ。結構珍しい名字だけど、うちの学校にそんな名前の奴は居たっけ?」

「在籍者、確認できませんね」

「んー、となるとそいつが嘘を言っているって事になるんだよねぇ」

 

 この学校の戦車道について調べている怪しい無計画なホモが居る。

 風紀委員からそのような報告を受けた杏は、飄々とした様子を崩さないままで―――内心で『ホモ!?』と疑問には思ったが―――副会長である小山柚子に命じて、生徒名簿から判明した不審者の苗字と生徒の苗字を照らし合わせるように命じた。

 結果は該当なし。『妹がこの学校に通っている』という不審者の言葉は、著しく信憑性が落ちることとなる。

 これが前述した、西住流の名を出す事を厭った修景が引き金を引いてしまった無駄な混乱である。

 

「他校の知り合いに頼まれて戦車道の偵察に来た可能性、か。別に現状、見られて困るもんなんか無いしさ。戦力だって、ほら。次の日曜に聖グロに練習試合申し込んでる時に全部吐き出すわけだし。むしろ、ウチの現状の貧弱な戦力で油断してくれたほうがラッキーまであるんだよね。ただ、どこが現状のウチをここまでマークしてるかってのが問題で―――」

「……あの、会長。今、戦車道を復活させたばかりで」

「うん?」

「廃校を避けるため、優勝に向けて手一杯ですから、私達の目は戦車道関連にばかりに向いてますけど」

「うん」

「戦車道はただの言い訳で、ただの女の子狙いの不審者って線は? 女子校に忍び込んで云々って不審者、ニュースでたまーに見るじゃないですか」

「………」

 

 そして、柚子の言葉を聞き『あちゃー』と言わんばかりに、掌で自分の額をぺちんと叩く杏。

 

「その可能性は考えてなかった。その不審者は今どうしてんだっけ?」

「ガレージ前で歴女集団と雑談しているようです。そういえば、そろそろ練習の当初の予定時刻なので、他の方々もガレージの方に向かうんじゃ……」

「あっはっは………」

 

 そして、昼行灯ではあるが学園艦を―――ひいてはそこに通う生徒たちを―――愛する心は非常に強い生徒会長である角谷杏は、彼女にしては珍しく冷や汗を頬に一滴流しながら呟いた。

 

「やっべ」

「会長ぉぉぉぉぉ!?」

 

 無論、この思考も修景が一部情報を伏せたが末のすれ違いなのだが。

 破局は近い。

 

 

□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 昨年の黒森峰学園の大会決勝での敗戦から先、戦車というものそのものに苦手意識を抱くようになってしまった西住みほにとって、大洗女子学園での戦車道は新鮮だった。

 同じ車両に乗るようになった友人である秋山優花里などは嘆いていたが、戦車の塗装が金ピカ、ショッキングピンク、側面にデカデカと『バレー部復活ッ!』などと書いてみたり、赤と黄色の目立つ塗装に何故か旗まで立ててみたり。

 そういった戦車の常識と外れた行為が、今の彼女からすればとても楽しく。すっかり戦車全てに抱いてしまった苦手意識を超えて、彼女は今この学校での戦車道を少し楽しいと思い始める事ができるようになってきていた。

 

 そもそも。「戦車」そのものに対してのトラウマから、戦車、戦車道、或いはそれらが関わる全てのもの―――残念なことに、黒森峰時代には確かに居た友人も含まれる―――に対して苦手意識を持ち、「楽しくなかった」と思ってしまっている彼女だが。

 その根の部分では、戦車と戦車道そのものが好きなのだから、ある意味ではこの学校での戦車道そのものが、非常に効果的なトラウマへの治療となっていると言えるだろう。

 

 西住流のやり方が合わなかった事については彼女と家族の双方にとって不幸ではあるし、双方ともに互いへの対応を誤った部分はあるのだが、それでも彼女は根の部分で戦車が好きだった。

 それを本人も自覚してくるのと、自分の戦車道を見つけるのはまだ先で、今は後にして振り返ってみればリハビリ期間とでも言うべき状態ではあるのだが。

 ともあれ、戦車道の履修を生徒会に半ば強制された当初とは比べ物にならない明るい表情で、西住みほはガレージへの道を友人と共に歩いていた。

 

「あーあー、また派手に模擬戦とかやりたいんだけどなぁー」

「沙織はああ言っているが、模擬戦はやっぱり疲れるからな……」

「私としてはどちらでも……あ、でもちゃんと主砲が撃てる訓練が良いですね」

「私はまた西住殿の指揮で戦いたいので、模擬戦が良いですねー」

 

 同じ車両―――ボロボロだったのを自分達で手入れした四号戦車D型に乗る仲間たちの声を聞きながら、ここ暫くは忘れていた笑顔と共に言葉を返す。

 

 明るく優しく、華と一緒に自分に真っ先に声をかけてくれたクラスメイトの武部沙織。

 朝に弱いが操縦技術は一級品の小柄な同級生、冷泉麻子。

 いかにも大和撫子といった雰囲気の長い黒髪と芯の強そうな雰囲気を持つ、五十鈴華。

 そして自分を慕ってくれる、戦車好きの秋山優花里。

 いずれも、西住みほにとっては今の戦車道を共にする仲間だ。

 

「まだ今日も。模擬戦に関しては、次の日曜日に聖グロとの練習試合があるって話だし」

「練習試合かー。どうなるかなー」

「相手は準優勝したこともある名門校だと申しますし。胸を借りるつもりで、ただし勝つつもりで行きましょう」

「それ以前に、私は麻子が朝起きられるかが心配だよ……」

「6時だぞ。人間が朝の6時に起きれると思っているのか」

「いえ、起きてる人いっぱい居ますけど」

「あれらは人類に良く似た宇宙人だ。気をつけろ、地球は狙われているんだ」

 

 そうして―――彼女自身は忘れかけているが、黒森峰時代にも大会で副隊長に任命される前にはやっていたような―――他愛ない雑談をしながら向かったガレージ。

 しかし、その前で雑談する一団を見た瞬間、みほは目を見開いて足を止める。

 

「お、歴女さん達、もう来てますね。分かりやす―――西住殿?」

「……おい、見たこと無い奴が居るぞ。男じゃないか?」

「えっ、嘘!? 誰々、誰かが彼氏連れ込んだとか!? 出会いはどこで!? どうやって知り合って告白はどちらから!?」

 

 仲間たちの声が遠くに聞こえる。

 ガレージに背を預けて座る、癖毛長身の少年。まだ、自分が小学校に上がったばかりの頃に母が連れてきた、血の繋がらない家族。

 

「……お兄、ちゃん」

「……え?」

 

 戦車道に対しては関わりが薄く、中学に入ってからは自分で選んだ学園艦にさっさと進学してしまった兄。

 最近は帰省のタイミングも合わず、顔を合わせる事も少なかった―――特に昨年の戦車道大会終了後は一度も会っていなかった兄の姿を目にして、実家と―――そして西住流という、今の彼女にとっての特大級の重石を思い出し、膝から力が抜けそうになる。

 果たして彼は、何をしに来たのか。母の使者として自分を叱責に来たのか。或いは、またこうして戦車道を始めた事を叱りに来たのか。

 

 思考がマイナスへマイナスへとグルグルと回転を開始し、膝から力が抜けかける。

 それに気付いた沙織が、慌ててみほの身体を横から支えた。

 

「ちょっ……みぽりん大丈夫!? どうしたの!? 今、お兄ちゃんって……!!」

 

 そして叫んだ沙織の声に気付いたのか、ガレージ前で話し込んでいた歴女+αが彼女たちを振り返る。

 それを受け、最初期にみほの事情を沙織と共に聞いていた華は、凛とした表情でみほの兄からみほを隠すようにさりげなく立ち位置を変える。

 

「お兄ちゃんって事は、みぽりんの実家の……麻子、みぽりんをお願い!」

「さ、沙織? 体格差を考え……っ!」

 

 そして華同様に最初期に、みほが代々戦車道をやっていた家―――つまりは西住家の生まれで、その家から逃げるように転校してきた事実を聞いていた沙織もまた、その家からの来訪者と思しき少年に対し、みほを庇うようにして肩を怒らせて、精一杯の睨みを効かせる。

 この辺り、武部沙織は恋愛脳ではあるのだが、それ以上に友人想いだ。見知らぬ男性への興味が、友人への情で吹き飛ばされていた。

 ちなみにその後ろでは、貧血のように倒れ掛かるみほを、体格に劣る麻子が支え―――というか、一緒に倒れ掛かって慌てた優花里に支えられている。

 

 歴女さんたちはその異様な雰囲気に、

 

「おう、関ヶ原のような空気だぞ?」

「いやいやこれはスターリングラード直前」

「ポエニ戦争もこのような空気だったのだろうか」

「なんにせよ、一触即発の空気ぜよ」

 

 と、分かるような分からないような例えと共に首を傾げ。

 修景は倒れ掛かって2人がかりで支えられているみほを、沙織と華の後ろに見つけて、慌てて腰を浮かしたところで、

 

「動くな、そこの不審で無計画なホモ! お前がこの学校の誰の縁者でも無いことは調べがついたぞ! ホモなのか女の子狙いの不審者なのかどっちかはっきりしないが、とりあえず大人しく投降しろ!!」

 

 学舎の方から、メガホンを使っての大きな怒声。生徒会広報、片眼鏡のクールビューティー(※外観のみ)の河嶋桃の声である。

 彼女のみならず、その背後にはずらりと並んだ風紀委員。全員が同じ髪型であるが、麻子は『あ、そど子が居る』などと言いながら、その中の一人を―――半ばみほに潰されながら―――指差していたりもする。

 

「……不審で無計画なホモ?」

「あの、西住さん。その人物をさっきお兄ちゃんと……」

 

 そして、聞こえてきた余りに余りの言霊に、沙織と華が背後のみほを振り返る。

 そのみほの―――先ほどまでの怯えとマイナス思考ではなく、斜め上のベクトルで飛んできた衝撃の事実(※誤解)で思考停止した表情を、後に沙織はこう表現した。

 

『FXで有り金溶かしたような顔』

 

 と。

 

 ともあれ、みほが再起動して修景のことを兄ですと証言し、そもそものおりょうさんの『ホモのお兄さん』発言の誤解についても、細かく聴取された結果、それも誤解と判断されるまで、ここから更におよそ30分。

 宮古修景、ようやくの妹との対面は割と無駄な波乱と無駄な衝撃に彩られた物と相成ったのだった。

 何割かは自業自得であった。




流石に可哀想なので、ホモ扱いは今回までです。誤解もすっぱり解けまして、次回はみほとの対話から。ただし、次の更新までは間が空きます。
ちなみに今は、原作で言う3話の時期ですね。
あ、ちなみに次の更新まで、リアル事情でドタバタして少し間が空きますのでご了承下さい。

あと、戦車の名前について三号突撃砲は正確にはⅢ号突撃砲とかで誤字修正の指摘をくれている人が居ましたが、Ⅲだと機種依存文字になって、表示するデバイス次第だと文字化け、もしくは表示できない可能性があるそうなので、その辺わざとだったりしますのでご了承下さい。
今回の四号も正確にはⅣ号なんですけど、これも機種依存文字なんですよねー。


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少年、妹と対談する

なんか前書きとかに書きたいことがあっても、書こうとする段階で忘れてることって多いですよね。


「心臓が鼻から飛び出るかと思ったよ……」

「……右からですか? 左からですか?」

「華、それ突っ込みどころがズレてると思う。あとみぽりんのあの顔は、どっちかって言うと心臓止まってる顔だったかな……」

 

 さて、件の騒動から数時間後、学園艦内にある喫茶店にて。

 聴取の結果誤解も解け、渾名の命名主であるおりょうさんと、そもそも誤解を受けるような話題を歴女相手に披露した修景がみどり子からの説教から開放され。

 漸く、“兄”である宮古修景は“妹”である西住みほと対面していた。

 ―――ただし、みほの左右に同席を頑として譲らない武部沙織と五十鈴華の2名を置いての対面ではあるが。

 

「いやホント悪かった。いきなり来られちゃ、そりゃ驚くよな」

「うん……でもウラジミール・クリチコばりの右ストレートだと思ってた事態がただのジャブで、次がトドメだったよお兄ちゃん。誤解でよかった……」

「俺は誤解が解けてよかったよ……」

 

 はぁ、と兄妹の両者は溜息。“スティールハンマー”の異名を持つヘビー級王者のフィニッシュブローに例えられるほどの衝撃だった兄の来訪が、直後の展開で吹き飛ばされた形である。

 しかしそれが功を奏したのか、トラウマで顔面真っ青息も絶え絶えという様子だった西住みほはそこには居ない。

 或いはその衝撃もそうだが、みほの左右に各々座って、その手を握っている沙織と華の存在もあるのだろう。実家、戦車、そういったものに対するトラウマを、友人の同席が上書きしていた。

 

「えーと、それで……とりあえず種々の誤解も解けたようなので、改めて。西住みほの、正確には兄ではなくて幼馴染の宮古修景です。みほの母さんが俺の母さんの友人で、母さんが亡くなった7歳の頃から後見人になってくれて、その頃から5年ばかり西住家に住んでました」

「実質、お兄ちゃんだよね。私もお兄ちゃんって呼んじゃってるし」

 

 そして、修景の自己紹介とみほの補足を受けて、かたや凛と、かたや睨みつけるようにして、華と沙織が自己紹介を返す。

 

「五十鈴華と申します。みほさんとはクラスメイトで、友人です」

「同じく武部沙織です」

 

 華は凛と、沙織は懐っこい顔に精一杯の怒気を込めて。各々が修景を見据えて、目を逸らさない。

 両者ともに、生徒会相手に戦車道を強制されたみほを庇った時と同様に、必要ならばみほを庇って論陣を張る構えだ。

 

「……あっ、西住みほです」

「うん、知ってる」

「知ってます」

「みぽりん、今そういう空気じゃないよ……」

 

 そして、友人と居る安心感と、先の誰もが忘れたい勘違い劇によるショックによって、逆に危機感が麻痺したらしいみほが、何故か我が意を得たりという表情で自己紹介をする。

 修景、華、沙織の各々から温かい突っ込みを受けたみほは、小首をかしげて『あれ?』などと怪訝な様子。

 その様子を見て溜息を吐いた沙織が口火を切った。

 

「折角、遠方からお兄さんがいらっしゃったのに同席させて貰って、申し訳ありません。でも、私達はみぽりん―――みほからある程度の事情を聞いています。ご実家から、何かみほに用事ですか?」

「―――……」

 

 その様子に、修景が僅かに瞠目する。

 さて、友人は出来たのか。クラスで浮いたりはしていないか。

 それらに心配に対する明確な否定として、友人想いの少女に囲まれた西住みほがそこに居た。

 

「……みほ。お前、いきなり人の縁に恵まれたなぁ」

「えっ?」

「いやなに、ありがたいって話。あー……武部さんで良いですか? 武部さんはみほの事情、つまり戦車道をやめて、戦車道が無い学校である大洗に来たという事情についてはご存知だと」

「はい。向こうの華も、同じ時に聞いています」

「それは―――ありがとうございます」

「へ? あ、ちょ、お兄さん……!?」

「……とりあえず、頭を上げて下さい」

 

 そして喫茶店のテーブルに額が付きそうなほどに深々と頭を下げた修景の姿に、てっきりみほが戦車道をやっている事に対して実家から何か言いに来たのかとばかり思っていた沙織と華が驚いた。

 沙織は慌てて腰を浮かし、華は困ったように頭を上げるように促して。促されて頭を上げた修景は、まずは最大の懸念が片付いたので、ほっとした表情だ。

 

「武部さんと五十鈴さん、友人付き合いして頂いているならお分かりかと思いますが、みほはこう……内向的な部分があるものですから。ちゃんと友達ができているのかなど、心配で」

「あの、最初は上手く行かなかったんだけど、沙織さんと華さんが声をかけてくれて……っ! 今では秋山さんとか、冷泉さんとかもっ……!」

「そうかそうか。まぁ友達は多いに越したことはないぞ。ただし選べ。先程の俺みたいなことになる。お前の周りはいい人が多いようだが、こちらの周りは癖の強い外道が多い。基本的に弱みを見せたら骨まで食われる。つい先日、眼鏡の反射で手札が丸見えなのに気付かずに昼休みの賭けポーカーやってた奴がその日の昼食代まで剥がれていた。300円とは、チッ、シケてやがる」

「いや『シケてやがる』じゃないよ、やったのお兄ちゃんじゃないのそれ。むしろお兄ちゃんの学生生活が心配になる話題なんだけど……」

 

 気負いの抜けた様子でがっくりと肩を落とすみほと、そのみほ越しに顔を見合わせる沙織と華。どうやら思っていたより深刻な事態ではないのかと、華がそっと人差し指を立て、それを頬に当てながら首を傾げる。

 似合う人がやると『私、考えています』のポーズになるが、似合わない人がやると『虫歯が痛いんです』になる伝説のポーズである。

 

「お兄さんは、みほさんが心配で大洗まで来たということでしょうか?」

「はい」

「戦車道とかは関係無しに?」

「俺は男ですからね。西住師範やまほ―――みほの母や姉ほど、戦車道どうこうって意図はないです。まぁ、戦車道やあの試合とか抜きで叱ることはあるっちゃあるんですけど」

 

 叱る、という言葉にみほがビクリと身を竦め、華と沙織が表情を固くするが。

 修景はお構いなしに手を伸ばし、みほの額をぺちんと、痛みを感じない程度に軽く叩いた。

 

「あたっ」

「連絡しろー、バカ妹。兄ちゃん完全に蚊帳の外過ぎて、お前が転校したって知ってドクターペッパー吹いたわ」

「ドクペ売ってるんだ、お兄ちゃんの学校……」

「ああ、連絡受けた時に対面に居た人にジェット毒霧と化して当たりかけたが些細な事だ」

「しかも対面に人居たんだ……」

「進路指導の先生だ。避けられたし大した事はない」

「大したことだよねそれ!?」

 

 元々修景はしほとの話であった通り、志望大学をしっかり決めて安定圏をキープしている、高校からすれば“優等生”な生徒だ。

 故に年度始まってすぐの進路相談も大した話にならず、昼休みに休憩所での雑談ついでの志望継続の確認程度で、まぁ飲めやと先生が自販機から飲み物を買ってくる始末。

 そのタイミングでまほからみほが転校したと連絡が来たのは、さて、誰の不幸だったのか。とりあえず先生は華麗なダッキングで回避していた。

 

 

【挿絵表示】

 ←※参考画像

 

「まぁ俺の方は別に良いんだ」

「良いの!? ねぇ、本当に流して良いのお兄ちゃん!? こんなアクの濃い逸話、流してちゃんと流れるの!? どこかお兄ちゃんの人生の配管で詰まったりしない!?」

「良いんだよ。それより、連絡してこなかったことについては何か? お兄ちゃん傷ついたんだけどナー」

 

 わざとらしく頬を膨らませ、冗談めかして言う修景に、みほは顔を曇らせる。

 確かにこの兄に相談も連絡もせずに転校を決めたのは事実だ。だが、それは、

 

「お兄ちゃん、基本的にお姉ちゃんと仲が良いでしょ。だから―――」

「ああ、まほ側に立ってお前を責めるんじゃないか、と。んー……あのな、みほ。さっきの、お前に友達ができてるか、とかクラスで浮いたりしてないか、ってのはな。俺だけじゃなく、まほも―――というかまほが俺以上に心配してた部分なんだぞ」

「えっ……お姉ちゃん、が?」

「あいつも師範も、戦車道に関してはガチだからな。中学以降は戦車道を通してあの2人と繋がってたお前からすりゃ、そりゃおっかないだろうけど……お前の転校についてはホント心配してたからな。その部分、あいつガキの頃から傍目には見えないけど優しいのは変わってねぇよ」

「でも、私のせいで負けちゃった後……」

「うん、お前がここまで思い詰めていたのに気付いてなかった、フォローしなかったのは、あいつの失態でもある。あいつ自身が認めてた。お前のフォローよりも立て直しと来年に向けての動きに必死になってしまっていた、ってな。まぁでも、今すぐとは言わないが、そのうち話くらいは聞いてやってくれ。あいつもあれで一杯一杯だったんだよ」

 

 それに、と。

 長く喋って乾いた喉を、既に机に届いている飲み物―――アイスコーヒーで潤してから、言うべきか言わざるべきか少し悩む。

 国内外に多くの門下生を持つ西住流の宗家にして師範である西住しほは、ある意味で個人の感情で非常に動きにくい立場にある。彼女の動き次第で“西住流”というものの価値そのものが暴落すれば、それは西住流の各地の道場の指導者として身を立てている人物や門下生の人生にも大きな影響が出るからだ。

 だが、それでも彼女は彼女なりに、娘のことは心配をしているのだ、と。それをどう、彼女の立場や威厳を損ねずにみほに伝えるかだ。立場的に中間管理職めいた事になっている修景は、頭の中で伝えるべき内容と伏せるべき内容を吟味する。

 

「……それに、お前の部屋。熊本の西住家に、ちゃんとあのまま残ってるからな」

「お兄ちゃん、それって」

「あの人も、帰ってくるなら受け入れるつもりはあるって事だろ。俺が様子見に行きたいって言ったら、軍資金もくれたし。不器用過ぎんだよ、あの2人共。戦車道以外では」

 

 結論として、しほが大分素を出しての愚痴に近かった部分あたりはカットして、心配はしているのだろうとそれとなく伝える事にした修景。

 それを聞いたみほは安堵と困惑が半々といった様子だったが、そのみほに横から沙織が飛びつくように抱きついた。

 

「良かったじゃん、みぽりん! みぽりんが思ってたほど、お母さんもお姉さんも怖くないんじゃない!?」

「……そう、だと良いんだけど。やっぱり、ほら。どうしてもあの2人の事となると、戦車道がチラついて……」

「それは分かる。俺も分かる。で、その上で問題なんだが」

 

 そして―――修景はこの学校に来てから分かった、新たな爆弾を投下する。

 

「お前、こっちでも戦車道を始めたな?」

「―――……はい」

 

 その言葉に、一度は緩んだ場の空気が再度固まる。

 戦車道から逃げ、大洗に来て、そして再度戦車道を始めることになった。

 

 生徒会による強制や、それに対して華や沙織が展開した論陣など色々あったが、それらを経て最終的に決めたのはみほの意思だ。

 そして今、戦車道を初めて―――彼女自身は忘れてしまっているが、より正確には再度―――楽しいと思い始める事が出来始めてきているのだ。

 

 だからみほは、若干後ろ向きではあるが、勇気を出して目の前の兄に懇願する。

 

「あの、お兄ちゃん。このことはお母さんには内緒に―――」

「ごめん無理。戦車道って、部活とかじゃなくて選択科目だろ? 通知表の偽造でもしない限りは無理。どう足掻いても絶対にバレる。んで怒る」

「それは……」

 

 そして、勇気を出して言った言葉に、返ってくるのはにべもない返事。

 無理と言い切り、頬を掻く修景。実際の所、みほが思っている以上に彼女の事を心配しているしほが、娘の通知表を読まずに捨てるとは考えにくい。

 となれば必然、選択科目の部分もそこでバレる。どれだけ長く上手く隠しても、限界は夏季休暇突入までだ。

 

 そうなってくると、どうなるか。

 戦車道から離れるならばそれで良いと言っていたしほだが、再びみほが戦車道に足を踏み入れてくるならば、やはり妥協はすまい。

 そうなってくると、やはりどうしても“西住”の名を汚すような真似をするなと言ってくるか。或いは最悪、勘当すらあり得る。

 その辺りが簡単に妥協できないからこそ、西住しほは西住しほであり、西住流の宗家であり、師範であるのだから。

 

「………」

 

 落ち込むみほ、オロオロとそのみほにどう声を掛けていいかと右往左往する沙織。何か手はないかと沈思黙考する華。

 その三者を見て、修景は苦笑する。

 

「大洗は今年から戦車道を復活させたんだよな。その辺り、保有する戦車と参加してる人とか、写真とか……とにかく説得材料になりそうな物、集めてもらえるか?」

「……こちらからバラして説得する方向?」

「つーて、戦車道絡みだと俺が何言っても師範は聞かないし。俺に出来るのは、材料を集めて準備を整えるだけ。決め手は―――」

 

 そして修景は、懐からスマホを取り出して画面を手早く操作。みほの前に差し出してみせる。

 表示されていたのは、『西住まほ』という名前で登録された電話帳。

 

「困ったときの姉頼み。12日差で姉面してるお姉様に、ご出馬願うとしようぜ?」

 

 

 




次回、修景&まほ VS しほ!
果たして修景は生き残る事ができるのか!

次回、修景死す! デュエルスタンバイ!!


※(最初は修景&まほ VS みほになっていたのを修正しました)


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少女、母へ論陣を張る

 割とうちの小説の西住家は、「もっとらぶらぶ作戦です!!」の影響があるかもしれません。
 何が言いたいかと言うと全体にややマイルド。
 あと、幼エリカが幼みほ、幼まほと会っていた逸話なんかも思い切り採用してます。

 でも、「もっとらぶらぶ作戦です」全てを正史としちゃうと色々ヤバいネタも多いですよね!
 銀行強盗バレー部とか、アンツィオを支配した桃ちゃんとか!!


 その日の夜、西住家の居間。

 今は娘も―――半ば息子である少年も各々の学園艦に住んでいるため、使用人を除けば夫と二人暮らし。更に夫は整備士仲間との付き合いで外に行ってしまった為に手持ち無沙汰とも言える状態の西住しほ。

 彼女が一人静かに茶を飲んでいると、テーブルの上に置いていたやや旧型のスマホが、デフォルト設定のままの着信音を奏で始める。

 

 茶を置き、スマホを手元に引き寄せる。表示されている名前は『西住まほ』。

 もしかしたら下の娘からか、或いは下の娘に会いに行った息子からの報告かと思っていたしほは、予想外の名前に首を傾げる。

 上の娘は用事がない時に電話をしてくる事はあまり無い。故にしほは、果たして何事かと首を傾げながら電話を取る。

 

 そうして響いてきたのは、まほの―――珍しく明確に弾んだ声だった。

 

『お母様、お疲れ様です。聞きましたか? みほがまた、戦車道を始めたそうです』

「……今、なんと?」

『みほがまた、戦車道を始めたそうです。ああ、お聞きになっていないんですね。修景は帰ったらお伝えするつもりなのでしょうか』

 

 そして言われた言葉に、しほは眉間に皺を寄せる。

 戦車道から逃げるように、関東の学園艦に向かった下の娘。彼女が戦車道から、西住流から離れるならば良い。それで良いのだと、しほは考えていた。

 ―――だが、戦車道が絡んでくると、厳しい態度も取らざるを得なくなる。望む、望まざるに関わらず、だ。

 それを分かっていないかのように弾んだ声をあげるまほに、思わず叱責をしようとし、

 

『みほにとって、戦車が嫌な思い出ばかりでなくなる。これはとても、喜ばしいと思います』

「―――っ……」

 

 機先を制すように言われた言葉に、思わず反論できなかった。

 言われて確かに、『ああ、そうだ』と思ってしまったからだ。

 家にあった二号戦車を遊び場にしていたみほ、まほ。その写真を収めたアルバムは、しほにとっての宝物だ。それがみほにとっての嫌な思い出になってしまうのは、彼女としても辛い事だったが故にである。

 

『それに、大洗女子は戦車道が無い学校でしたので、経験者もみほ一人。というより、文科省の方針に寄る大洗の戦車道復活に居合わせてしまったみほが、経験者として強く乞われて、という形だそうですが。その辺り、プロリーグ設置や世界大会誘致などについては、私よりもお母様の方が詳しいと思いますが、その一環でしょうか?』

「……ええ、恐らくそうだと思いますが」

 

 しかし、この辺りで別の意味でしほの眉間に皺が寄る。

 西住まほは、往年のしほ同様に戦車道一筋で寡黙な少女だ。

 この饒舌ぶりは彼女らしくない。いや、まるで何かの原稿を読んでいるかのようではないか?

 

『それについては、タイミング悪く戦車道復活に当たったみほは運が無かったと思いますし、押しの弱いあの子ですから断れなかったのだと思いますが。経験者はみほだけ、残りは全員未経験者で、車両も僅か5両で、一番上等な車両で四号D型か三号突撃砲かという有様で―――』

「まほ」

『はい』

「貴方はそんなに饒舌でしたか」

『……いいえ』

「原稿を用意したのは修景ですね?」

『……はい』

「……みほの為ですか?」

『はい』

 

 電話越しに聞こえてくる声が、先程までの“作った”弾んだ声から、まほ本来の硬い声に戻ってくる。

 それを聞きながら、しほは天を仰いで小さく溜息。

 

「貴方達は、みほの事になると団結しますね。修景からの言葉ならば、戦車道の事については私は聞く耳を持たないでしょう。貴方からならば私も多少は聞く耳を持ちますが、貴方は修景ほど口達者ではない。だからこの分担ですか」

『……はい』

「覚えていますか? 子供の頃に、みほが悪戯してふすまを破った時。みほのテストの点数が落ちてしまって、私に見せられず泣きそうだった時。みほがどうしても欲しいぬいぐるみがあって、泣きべそをかいていた時。貴方と修景は、丁々発止と喧嘩ばかりしているのに、そんな時だけ団結して……」

 

 どちらが切り込んで、どちらがサポートするか。変幻自在だ。まるで往年の自分と悪友のようで、血は争えないなと思ってしまう。

 

「最後まで聞きましょう。みほが戦車道をしている、という話でしたね。原稿の内容と、あと貴方自身の言葉、両方を聞かせなさい」

『……はい、お母様』

 

 緊張を隠せない様子のまほに、電話越しに聞こえない程度に、もう一度溜息。

 ―――この子は、覚えているのだろうか。妹の為にこうなったこの姉兄は不退転で、結局毎回しほが折れるのだと。

 今回もきっと、自分が折れるに足る理由を用意しているのだろう。してくれてなくては困る。自分としても、みほが戦車を―――子供の頃にそうだったように、好きでいてくれるならば、それはとても幸せな事だから。

 そう思いながら、しほはまほの言葉に耳を傾け直すのだった。

 

 

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『……凄いな。戦車が金色だ』

「なんか新型のビームコーティングみたいな感じだよな。『まだだ、まだ終わらんよ!』とか言いそう―――つってもお前分からんよな。で、こっちの三突は色より旗が突っ込みどころだと思うんだが」

『ピンクのM3……少し乗ってみたくは思うが……』

「迷彩性が無いにも程があんだろ。あ、それ1年生の仲良しさん達が探してきたんだってさ。6人組だって」

『バレー部復活……? この戦車は、バレー部が出資者としてスポンサーにでもついているのか?』

「女子バレー部が部員不足で部として成立しないもんだから、バレー部志望の人達が乗ってるんだとさ。んで、戦車道を切っ掛けにバレー部の入部希望者が増えたらいいなぁとかで」

 

 しほとの対談の2時間ほど前。

 みほは寮ではなくアパート住まいだが、流石に血の繋がってない同士で女の子一人暮らしの家に泊まるのも気が引けた修景は、そのまま学園艦のビジネスホテルを使用している。その部屋にて、修景はみほが戦車道をやっている旨について、洗いざらいまほに伝えていた。

 そして手書きの資料と貰った写真―――まほにもカメラ機能で送ったため、向こうでも恐らくプリントアウトして見ているであろうそれに、改めて目を通す。

 大洗女子の戦車道チームの資料として、華と沙織から貰ったものではあるのだが。端的に言って、戦車道チームとしての戦力は『悲惨』の一言に尽きた。

 

 経験者がみほ一人。

 他は生徒会、バレー部、歴女、仲良し一年生チームの全員が戦車経験無しという、いかにも『今年作りました!』というような急造チーム。

 更には戦車も、大洗が戦車道を廃止した頃に使っていたものを探して発見、使用するという有様だ。

 

 戦車道の規定により改造が認められているため、上手くやれば多少は戦力差を縮めることが出来るだろうが、車両の方も強力とは言い難い。

 四号戦車と三号突撃砲は悪くはないが、残りは余りにも作られた時代が早く、つまりは戦力的に第二次大戦後期の戦車に対抗できるとは思えないものばかり。

 

『……言っては悪いが、恐ろしいまでの寄せ集めだな。……みほが、このチームに参加しているのか』

「良かったんじゃねぇの? 戦車や戦車道そのものが嫌いってなったら、あいつ西住の家に近付けねぇよ。戦車に対して持つ感情が苦手意識だけではなくなるってんなら、俺は大いにありだと思う」

『それは確かに、私もだが。お母様をどう説得する?』

「それを今から考えるんだよ。つっても、大枠の説得用原稿はなんとなく作ってるから、後でメールする。俺から言ってもどうにもならんから、お前からしほおばさんに言って貰う必要があるだろうが」

 

 “西住”が戦車道をする以上、どうしても西住流の名と無関係ではいられない―――とかいう以前に、学生の身分では親の庇護とは無関係ではいられない。

 その親であるしほは、立場的にはみほが大洗で戦車道を学ぶことに、良い顔を出来ないだろう。

 では、どう持っていくか。しほが個人としても立場としても許容できる方向性に、如何にして話を誘導するかという話になる。

 

『どう持っていくつもりだ?』

「新たに戦車道を復活させ、事実上新設した学校で、唯一の経験者として乞われてってんなら恥とかそういう話じゃないだろ。むしろ未経験者へ教える事で戦車道の裾野が広がるならば、それは古流流派の娘としても正しいことである」

『……その教え方や戦い方が西住流と離れていたらどうするつもりだ。というより、あの車両や人員で西住流の戦い方が出来るとは思えないんだが』

「まぁ特に八九式とかでそれやったら消し飛ぶわな。―――ンな事、しほおばさんだって編成見りゃ分かるだろ。設置初年度の戦車道履修者に対し、まずは礼に始まり礼に終わるの戦車道の精神や、動かし方や作戦立案その他―――とにかく、“西住流”というより“戦車道”としての経験者として物事を教える、の方向でどうにか」

『詭弁だな……それもかなり』

 

 言った本人も大分厳しいと思っている詭弁に、電話口の向こうでのまほの声も重くなる。

 だが今回に関しては、しほの側にも利益のある詭弁だ。

 

「でも、乗ってくる可能性は低くはない。お前が言ったのと同様に、しほおばさんだってみほが戦車と―――西住家そのものに対してトラウマを持ったままって状況は避けたいはずだ。母親としての立場からすりゃ、都合のいいリハビリ教材でもあるんだよ、大洗って」

『それは……大洗には悪いが、確かに。良い学友には、そちらでも恵まれたようでもあるしな』

「学友なー。みほに逸見さんについても、あの人すっげぇ心配してたって伝えないとなー……」

 

 ―――ちなみに。

 みほが新たな友人とともに戦車道を開始した事に対して一番荒れるのは、修景から伝えられて余裕を持って現状を受け入れられたまほでも、“宗家”で“師範”としての立場と“母”としての立場の間で妥協点を探るしほでもなく、黒森峰時代に一番みほと仲が良かったその逸見エリカなのだが、それはまた先の話となる。

 

 彼女としては、いずれはみほが隊長になって自分がそれを支えるんだと意気込んでいた所で梯子を外された挙句のこの状況なので、一概に彼女が悪いとも言い難い。梯子を外した上で、遠くで新たに戦車道を開始したのはみほだ。

 ただし、エリカの方もみほが追い詰められている事に気づかず、それどころか件の試合の終了直後には思い切りみほを責めるような―――ただし、人命救助ではなく自分達を信じて頼らなかった事に対してだが―――発言をしているので、みほが悪いとも言い難い。

 どちらの方が悪いとも言い難い、ある意味青春と言えるすれ違いの結果なのだが―――ともあれ。

 

「まぁなにはともあれ、しほおばさんが―――というより、“宗家”で“師範”という立場が目溢ししても、客観的におかしくない程度の言い訳を作る。で、その利益を説く。それが出来るとなれば、“師範”ではない“しほおばさん”はその言い訳に乗ってくる。―――多分」

『多分か』

「正直、しほおばさんの立場だと俺とお前が幾ら理屈こねくり回しても、それを大上段で叩き潰す事なんぞ幾らでも出来る。確実な成功は無い。……おばさんの内心と、後はお前の話術次第だ」

『どうしよう修景。そう言われると、ぽんぽん痛い』

「耐えろ。つーかお前、戦車道の全国大会の時とかは大丈夫なのか?」

『それは事前に積み上げてきたバックボーンがある。お前の今の要求は、リコーダーくらいしか音楽経験の無い奴に、学祭でのバンドで全権を任せるくらいの要求の高さだ』

「ええい、分かるような分からんような絶妙な例えを……」

『そうは言うがな修景。お前、得意楽器とかはあるのか?』

「……メトロノーム。って、話が逸れてきてるぞ、戻せ戻せ!」

 

 幾度かの脱線を都度修正しながら、西住家の長女と長男(暫定)は議論を重ねる。

 まほは姉として、修景は兄として、各々この状況になるまで妹であるみほに何も出来なかったという負い目もあり、しほ相手に論陣を張るに否はない。

 

 ―――或いはこれが、“正史”と言える歴史では存在しなかった最大の差かもしれない。

 宮古修景というよりその母親が学生時代に与えた影響は、西住しほという女傑の人格の角を幾分か削り、“西住流以外の立ち回り”への許容の余地を作っていた。

 黒森峰時代に必要に迫られた結果であり、また、独自判断の遊撃手など二度と不要と言ってはいるが、それでも一度認めたという事実は当人にとっては重い。

 つまりこの時点で、しほの心には多少ならばみほが西住流以外の戦車道をしても受け入れるだけの、悪く言えば綻び、良く言えば余裕があった。

 

 そして、そこに付け込む綻びがあると見るや、しほ相手に躊躇わずに―――ぽんぽんは痛くなりながらも―――論陣を張る判断を取り、みほについて報告してきた修景と共同戦線を了承したまほ。

 こちらもまた、修景という口達者で性格の悪い幼馴染から受けた良い影響、悪い影響ひっくるめ、こと妹に関する内容では母への反抗を厭わなくなっている。

 より正確に言うならば、元々彼女は“正史”においても大洗とプラウダの試合の折にみほを庇う言動を見せていたが、より直接的に手段の道筋と実現性を付けられる外付けブレインの存在から、その行動が先手を打ったアグレッシブな物に変わっているとも言えるだろう。

 

 そして、修景が集めた情報を元にして、まほがしほ相手に臨んだ論述は―――

 

 

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『―――なるほど、貴方達の言いたいことは分かりました。みほはあくまで『戦車道を経験したことのない学校に戦車道を広めるという、西住の娘として恥ずかしくない責務を果たしている』、と。その詭弁を私に受け入れろ、と言いたいのですね』

「……はい」

 

 黒森峰女学園の女子寮、その自身の部屋にて。

 まほはスマホを握る手がじっとりと汗で滲んでいるのを感じながらも、しほに対する論述を終えていた。

 修景と打ち合わせした手札は全て出し切った。現状でこれ以上の手札はない。一応、言い訳として対外的に通るだけの道筋は用意した。これを受け入れてくれなければ、みほ宛に何らかの叱責が行く可能性が高い。

 しほ側もまほ(と、資料と原稿を用意した修景)の言いたいことを―――なるべく気取らせたくなかった内容まで―――しっかり察した上で、電話の向こうで溜息一つ。

 

『……その話の結論の前に、聞きたいことがあるのですが。まほ、貴方は聞いていますか?』

「……何についてでしょうか?」

『あの子、元気にやっていますか?』

「―――………」

 

 溜息の後のその質問に一瞬瞠目したまほは、口元に優しげな微笑を浮かべて答えた。

 

「ええ、何人も友人ができたようで」

『……そう』

 

 電話越しに、ただし緊迫というよりも優しげな沈黙。

 数秒、或いは十数秒のそれを挟んでから、しほは電話越しに凛とした声で言い放った。

 

『……まぁ、良いでしょう。全国大会に出るかどうかなどは、みほに決定権のある話ではないでしょうし。その惨状を聞く限りでは、勝ち上がってこられるとも思いません。リハビリがてら、後進に戦車道たるものを教授するのも古流流派の役目の一つです』

「では」

『詭弁に乗りましょう。……ただし、あくまで黙認という程度ですが』

「ありがとうございます、お母様」

『……こちらが乗ると思って、ここまで道筋を付けながら、よく言いますね』

「それでもこちらとしては、寿命が縮む思いです」

『なら、こんな論陣やらなければ良いでしょうに』

「みほの為ですから。あの子が黒森峰を出るまでは何もしてあげられなかったから、これくらいは」

『……そう』

 

 まほの言葉に返すしほの口調は、彼女にしては非常に珍しく、とても柔らかく優しかった。

 自分でもそれに気付いたのか、ゴホンと咳払いをしたしほが話題を変える。

 

『そ―――そういえば、修景はいつ頃帰るかは聞いていますか?』

「いえ、その辺は聞き流していたので」

『聞いてあげなさい』

 

 そしてさらりと答えられた自称『修景の姉』の返答に、思わず突っ込んだ。

 そもそもしほとしても何も考えずに話題を切り替えたわけではない。みほの様子を知ることよりも優先度は落ちるが、修景にも用事はあったといえばあったのだ。

 

『修景の学園艦の先生から電話がありまして』

「はい」

『明日から学力テストがありますが、間に合うのかどうか確認したいと』

「あっ」

 

 そういえばと、まほは思わず声を上げた。

 この時期、進学希望の三年生はやれ学力テストだやれ模試だと忙しい。特に学期初めはそれが顕著だ。

 まほは戦車道の特待生などのルートがあるので、そこまであくせくしたものでもないのだが、修景の場合はそうもいかないだろう。

 

『……バイクでなど行かずに、新幹線で往復していれば間に合う筈の日程だったそうで。その辺りの計画性というものについて、修景が戻ってきたら一度話そうかと』

 

 静かに、しかしこれは確実に怒っている様子のしほの言葉に、まほは先程みほを庇って論陣を張った時と変わらない硬い口調で、

 

「あっ、どうぞ」

 

 マッハで見捨てた。恐らく逆の立場の場合、修景も勢い良く見捨てるだろう。

 妹の為ならば即座にコンビを組むが、互いについては割と自己責任のスタンスを崩さない姉弟に、しほは電話口の向こうで、またも思わず溜息を吐いたのだった。

 




修景とまほ、『師範という立場でもみほが戦車道をするのを見逃せる言い訳』となるストーリーラインを用意して押し付けにかかるの図。
なお、一時的に成功するも、大洗が勝ち上がってくるので結局拗れる模様。



そういえば評価人数が100人超えとか言われて驚きました。正直システムよく分かってないですが縁起が良くて何よりだと思います。
0点から10点まで、皆さん貴重な点数をありがとうございます。


※次回更新予定まで少し間が開きます。リアル事情につきご了承ください


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少年、結果を報告する

 なんか評価と感想とPVが凄まじく増えてましたが、リアル都合によりパソコンに触れられる時間が限られる状態でした。っていうか今もそんな感じ。今しばらくは更新が少しグダつきます。
 何にせよ評価や感想、PV数その他、恐れ多い限りです。ありがとうございます。

 あと、しほさんTV期間の辺りではまだ師範で、家元を正式に継承したのが劇場版の頃という事について、すっかり勘違いしておりました。
 感想で教えていただきましたので、とりあえず取り急ぎ修正しました。


 さて、まほがしほ相手に言質を勝ち取った翌日。ついでに、修景の学校にて学力テストが行われている頃。つまりは修景、学力テストすっぽかし確定となった頃。

 午前の授業について家庭の事情で遅れる旨を学校に連絡したみほのアパートにて、修景は妹である西住みほとテーブル越しに向かい合い、昨日の戦果―――正確にはまほが勝ち取った戦果について、みほに伝えていた。

 即ち、師範であり母であるしほからの“黙認”である。最初にそれを聞いたみほは目を丸くしていたが、内容を理解すると、嬉しそうな笑顔を浮かべて礼を言った。

 

「ありがとう、お兄ちゃん! まさかお母さんが許してくれるなんて……」

「俺は準備を整えただけ。実際に交渉したのはまほだから、今すぐとは言わんけどそのうちちゃんと礼は言えよ。あと、しほおばさんもアレ、激怒の理由の何割かは命綱無しでお前がダイブしたことから来る心配が裏返ったものだからな」

「……うん。お姉ちゃんともお母さんとも、そのうちちゃんとお話できるように頑張る」

「なら良し。そんじゃ、俺はそろそろ帰らんと出席日数がエラいことになりそうだから、今日の昼の便で学園艦を降りるが。そっちは日曜に練習試合あんだっけ? 本当なら、それまで見て行きたいんだがな」

「長居したら、それこそお兄ちゃんがお母さんに怒られるよ?」

 

 時既に遅し。帰った修景を待っているのはしほの説教なのだが、その部分についてはまほは修景への結果報告の際には別に伝えていなかったため、彼としても自分に待ち受ける運命について、現時点では知る由もない。

 別にこれは、まほが修景への悪意で行ったわけではない。ただ、みほと違って修景に対しては今回は十割自業自得なのもあり、庇う必要性を感じていないだけである。この辺り、立場が逆ならまほに対してならば修景もそうするだろう。

 一応まほからしほ相手の論陣の結果を修景に報告した時には、「帰ったら大変だろうが頑張れ」という言葉はあったのだが、詳細を伝えはしなかったため特に救いになる要素はない。

 

 ともあれ修景少年は帰った後に待ち受けるあれこれというより、そもそも帰り道の長駆から目を背けるようにして、深々と溜息。

 ぬいぐるみが多く置かれた少女趣味な妹の部屋にて、大きく伸びをする。

 

「まーたバイク乗って帰るとなると、気乗りしなくてなー。いっそ俺もこっちに転校すっかな」

「お兄ちゃん、ここ女子校だからね?」

「へいへい、分かってますよちゃんと帰りますよ。でも、練習試合って確か聖グロだよな? 見てみたかったんだがなー、二重の意味で」

「二重の意味?」

「まず、お嬢様学校ってだけでポイント高いな。男子校通ってる身としては!」

 

 力を入れて語った言葉に、妹の視線の温度が二度下がった。

 それに気付いた修景が、慌てた様子で手を振って弁解する。

 

「あ、これサブの方。サブの理由だから」

「いやまぁ別に無理に弁解しなくても良いけど……それじゃあメインの理由って?」

「西住家、基本的にドイツ戦車に縁深いしドイツ戦車好きが多いけど、俺英国系結構好きなんだよ。オープントップなんで戦車道には出られないけど、アーチャー対戦車自走砲とか」

「……ねぇお兄ちゃん。それって確か、砲塔が後ろ向きに付いてる奴?」

「ああ、ただし砲撃は尻から出る。世にも珍しい、後方向きに砲塔が設置された対戦車自走砲だ。イギリスがバレンタイン歩兵戦車を元に開発したものだな」

 

 ちなみにバレンタイン歩兵戦車は第二次世界大戦期のイギリスで最も多く製造された戦車である。時代的には聖グロリアーナが主力とするマチルダII歩兵戦車よりも後の物であり、戦車としては小型な部類だ。バレンタイン自体はその小型化の作用もあり、安価で大量製造向きの傑作車両と言える。

 それ故、多くの魔改造による派生戦車も出ているわけだが。主に“英国面”などと称される、英国の謎の開発理論の犠牲的な。

 

「アレ主砲発射すると砲身のノックバックで操縦手が撲殺されるから、主砲撃つときは操縦手が外に出てなきゃいけないんだよな。戦場で」

「オープントップな事も合わせて考えると、安全確保的な意味でどう考えても戦車道に出しちゃいけない車両だね……」

「ヴァリアント歩兵戦車とかどうよ。これもバレンタインの派生系だけど、ちゃんと全面覆われてるし、戦車道の規定内だぞ」

「それ、操縦手が変速レバーに撲殺されかけた奴……」

 

 ちなみにヴァリアント歩兵戦車とはたった27tの重量で114ミリという正面装甲を目指して開発された突撃戦車であり、試作車の試運転は1945年5月に行われているため、一応は戦車道の規定では使用可能車両な筈なのだが、この車両を戦車道で運用している学校は今のところ存在しない。多分この先も出てこないだろう。

 重量に見合わない装甲の代償として操作性が最悪であり、操縦手は操縦レバーに全体重をかけて一挙一動に全身全霊を込めて操作せざるを得ない上に、フットペダルは制動しきれなければ激しくノックバックし、変速レバーはともすれば操縦手を殺傷する勢いで跳ね返ってくるのである。―――前言を撤回する。もはや“操作性が最悪”というレベルの問題ですら無い。操作するだけで操縦手の命の問題だ。

 結局試験走行は担当検査官の判断で中止され、計画自体も全てお取り潰しとなった後に、その試作車は戦車技術学校に“反面教師として”展示されるという扱いをされることになった曰くつきである。技術学校の生徒に対して、『その車両の問題点を探す事で反面教師とするべし』として見せられるレベルの失敗作とされており、後に大洗で使われるポルシェティーガーの比ではない失敗戦車だ。

 

「バレンタインの派生系は良いぞぉ。ロケットブースター付けて塹壕飛び越えようとした実験車両もあるからな。あの国最終的にアホみたいに車体長い戦車を作ることで戦車に塹壕越える能力持たせようとか考え出すし、そういう発想大好きよ俺」

「お兄ちゃん、戦車が好きっていうより単純にネタ性が高いものが好きなんだよね? ……うん知ってた」

「ただしバレンタインデーは炎上すればいいと思ってます」

「それは知らないよ。っていうかお兄ちゃん、学校で貰ったりはしないの?」

「男子校で貰う方が怖いわ」

 

 さて、と一息置いて、修景が席を立つ。

 用件は既に大筋で終わった。後は修景主観で纏めれば文庫本で1冊になるほどの長く苦しい旅の復路だけである。

 

「そんじゃまー暇見てまた来るから、元気にやってろよ」

「あ、うん。お兄ちゃん、来てくれてありがとうね。……おかげで、お姉ちゃんとお母さんのこと含めて、少し気が楽になった気がする」

「おう、それだけで来た価値は十分あったわ。武部さんとか五十鈴さんとか、友達にも恵まれてるみたいだしな。―――ただ、友達っていうなら逸見さんって子、黒森峰で会ったけどあの子もお前のこと凄く気にかけてたから。落ち着いたら連絡してやれよ」

「エリカさんが? ……うん、気持ちの整理が付いたら、お姉ちゃんやエリカさんに連絡してみる」

 

 尚、その前に今度はエリカ側の感情が拗れるのだが、それはまた後の話。

 

「さぁて―――帰るか!!」

 

 宮古修景、ここからまた数日がかりの帰還の始まりだった。

 

 

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 辛い、辛い旅路だった。

 走っても走っても着かない目的地。不意の荒天に、これはたまらんとパーキングエリアで足止めを食らうこと2時間。

 走っても走っても着かない目的地。今度は事前に当たりを付けておいたので大丈夫だろうと思っていた宿が満室。土地勘のない場所での迷走。

 走っても走っても着かない目的地。充電忘れて切れる携帯の電池。未来と明日を探す物語(≒近隣でイベントやってて宿がどこも空いてなくて、泊まれる場所を探し回るの意)。

 そして、走っても走っても着かない目的地―――。

 

「思うのだが、弟」

「……なんだよ姉」

 

 そんなこんなで大洗を発ってから4日後の夜。

 もはや北九州から熊本まで行く気力も失せ、少しでもショートカットをすべく博多からの連絡船で黒森峰へバイクごと乗った修景は、およそ10日前と同じ場所で同じ相手に―――ただし疲れ切った様子で対面していた。

 つまりは、博多から熊本までをバイクで行くのではなく、黒森峰の連絡船を利用して移動するついでに、以前と同じファミレスにて。対面に座るまほとエリカ相手の結果報告であった。

 

 頼んでいる物も以前とほぼ同様。戦車道の練習上がりでパンツァージャケット姿のまほとエリカの前には、各々カレーとハンバーグが置かれている。修景の前に置かれた日替わりが以前と別の品な程度の差だ。

 感情の読みにくい無表情のまほの対面にて、疲れ果てたリーマンめいた様子で椅子に全体重を預けてだらけ切った姿の修景。その疲弊しきった様子を見て心配そうなエリカはまほの隣。修景から見ると斜め向かいだ。

 そんな前回と変わらない配置のまま、まほは食器同士が擦れる音も立てずに綺麗にカレーを食べながら疑問を口にする。

 

「東京辺りからバイク込みでフェリーにでも乗って九州まで来たならば、西日本横断ツアー状態は避けれたのではないか?」

「……そんなのあんのか」

「弟、お前基本頭と口は回るが、時々馬鹿だろ」

「知ってたならなんで教えなかった姉」

「お前が逆の立場ならどうする」

「お前の苦難の旅路が全部終わった後に教える」

「それが答えだ」

 

 会話は終わりとばかりに、まほは黙々とカレー攻略に戻る。

 この辺り、実際にしほ相手に論陣を張った自分に対し、事前準備をしただけの修景がみほからの感謝を直接受けたという事に対する意趣返しもあるのかもしれない。

 そのまほの様子を見て、修景が魂すら抜けきったと言わんばかりに、これまで以上に椅子に深く身を沈める。

 

 そんな姉弟の様子を横目で見て、『なんだかなぁ』とばかりにエリカは小さく肩をすくめた。

 修景がまた黒森峰に来たとまほに呼ばれ、練習後に来てみればこの会話である。果たしてこの姉弟、仲が良いのか悪いのか。

 

 そのエリカの様子に気付いたのか、ぐったりしていた修景が彼女に視線を向ける。

 

「あー、そんで逸見さん。少しゴタついたけど、まぁみほは元気してたよ。友達もまぁ、ちゃんと出来てた。俺が実際に会ったのは如何にも良家の子女って感じの御嬢様と、家庭的そうな御嬢さんだったけど。みほの奴が誰にも話しかけられずにいたのを見て、向こうから声をかけてくれたんだとさ」

「そうですか……それは、良かった」

「つーかまほ。逸見さんに適宜報告はしていなかったのか?」

「元気だったらしいという事と、お前の珍道中については伝えたぞ。詳細については、実際にみほに会ったお前から聞かせたほうが間違いがないと思っていただけだ」

「詳細云々はともかくとして、珍道中の情報要らなかったよな絶対」

「あ、あはは……」

 

 既に目の前のハンバーグセットを食べ終えていたエリカは、冷水の入ったコップを手の中で揺らしながら小さく苦笑。実際余分な情報だったが、バラエティ番組の企画みたいで結構笑えたのはエリカ的に否定できない。

 ともあれ、安心した。そうとでも言うように小さくエリカが息を吐き―――

 

「向こうで新しく、その友達らと戦車道もやるみたいだし」

「―――今、なんて?」

 

 ―――そこで修景が言った言葉で、空気が変わった。

 エリカが修景を見る表情が、安堵の微笑から感情の無いものに変わっている。

 以前にこの店でやったのと同様に何かが彼女の逆鱗に触れたかと、修景は慌てて椅子に座りなおす。

 そんな彼の慌てた様子など意に介さず、エリカは静かな―――嵐の前を思わせる静かな声で問いかけた。

 

「大洗って、戦車道が無い学園艦じゃなかったんですか?」

「あ、ああ。ただ、今年から文科省の方針で戦車道を復活させるってなって、生徒会から戦車道経験者と見込まれて強く乞われてって―――」

「なにそれ」

 

 一拍。そして、爆発。

 横でカレーを食べていたまほが飛び上がるほどの音量で、立ち上がって掌をテーブルに叩き付けたエリカの叫びが、レストランホールに響き渡った。

 

「相談の一つもしてくれないで、勝手に居なくなって、居なくなった先で友達と戦車道!? 私は、ゆくゆくはあの子が隊長になってそれを支えるんだって……っ! 去年の失敗なんか帳消しにする勢いで今年は優勝してやろうって思ってて……っ! 一人で勝手に盛り上がって決意決めて、結局全部蚊帳の外で!! あの子の事を友達だと思ってたのは私だけ!? あの子にとって私は友達でもなんでもなかったの!?」

「え、エリカ。みほだって最初は向こうでの戦車道を断ったという話で―――」

「でも隊長も! 西住流も! 今ここでこうして話しているということは、みほが戦車道をする事を認めるんでしょう!? じゃあ、何だったんですか! 師範がしたという叱責は何で、結局どうしてあの子は黒森峰を出て行く必要が―――っ!!」

 

 言っているうちに息が切れてきたか多少は冷静になってきたか、或いは両方か。

 他の客も店員もすっかり黙り、有線ラジオから流れるヒット曲だけが軽薄に響くファミリーレストランの店内で、エリカはぜぇはぁと荒い息を整え、俯いたまま小さく呟く。

 

「……すいません、何かしらの理屈とか、家族間の感情とか、そういうのがあるのは分かります。けど、今は冷静に聞けそうにありません。―――失礼します」

 

 呟き終わると同時に、パンツァージャケットの内懐から取り出した財布から、叩き付けるようにして千円札をテーブルに置く。

 そのまま修景とまほが止める間もなく大股で、逸見エリカはレストランから飛び出していった。

 

 その背を思わず見送って数秒。慌てたようにまほが立ち上がるが、対面の修景がそれを手で制した。

 

「エリカ、待っ……!!」

「まほ、俺が追う。逸見さん、本人も自覚してる通り今は冷静じゃない。最悪お前が追ってって大喧嘩にでもなったら、黒森峰の隊長と副長の間に亀裂が入るぞ」

「……っ、修景。それはそうだが……!」

「考えてみりゃ、逸見さんが本気でみほを友達と思ってくれてたんなら、現状は梯子を外されたとも言える状況なわけだしな。それに気付かず、軽々しく話題に出した俺のミスだ。言うにしてもワンクッション置くとか工夫の仕様もあったろうに、鈍ってたかね、全く」

 

 修景も先のエリカがやったのと同様に、手早く財布から千円を出してテーブルに置く。後の精算はまほに任せる構えだ。

 

「俺が追ってって詳細を説明して逸見さんの怒りが収まらなくても、最悪俺が泥被れば良いだけの話だし。お前と逸見さんの仲まで拗れたらもうどうしようもない。とにかくお前は明日、事情説明から一晩経って落ち着いたころに逸見さんと話をして来い」

「……分かった。任せて良いのか? 修景」

「任せとけ。―――ただし、ここは任せた」

 

 そうしてエリカを追って―――或いは何かから逃げるように足早にレストランを出て行く修景。

 徐々にざわめきを取り戻すレストランの中で、何か違和感を覚えながらまほは首を傾げる。

 ここは任せたと言われたが、さて。伝票を持って行っての精算以外に何か任されるような事はあったか、と。

 

 そうして思考するまほの背後から、ポンと気軽に―――ただし逃がさぬとでも言うようにガッチリとホールドする勢いで、肩に手が置かれた。

 その手の主はエリカではない。無論、今立ち去った修景でもない。となればその手の持ち主は、いったい誰か。

 

 油差しを怠ったブリキ人形、或いは体調の悪いゾンビのようなぎこちない動きでまほが振り返る先。

 そこには―――

 

「お客様、店内で騒々しくされますと他のお客様の迷惑になります。奥の方で少しお話よろしいですか?」

 

 宜しいですかと確認系の文章を使いながらも、有無を言わせぬ勢いで。

 エリカの同級生にしてここのアルバイトである店員が、『よほど惨たらしく死にたいようだな』という副音声が脳内に再生されそうな営業スマイルと共に佇んでいた。

 

(……謀ったな、修景―――っ!!?)

 

 内心で弟(彼女主観)に悪罵を叩きつけるまほ。だが、逆の立場ならばまほも修景を置いて素早く退出していただろう。

 ともあれレストランの奥の従業員用の事務所まで連行された彼女が、ごくごく当然の『レストランで毎度騒ぐな』というお説教から解放されるまでは、1時間の長きを要する事となるのだった。




 基本的にやったらやり返される姉弟。
 そして原作とは違った拗れ方をする問題。

 あと本編と関係なくて凄くどうでも良いですけど、WoTやっててカチューシャ隊長ボイスMOD使ってる時に、

・敵との戦闘中にうっかり崖に落ちかけて、一瞬でもエンジンを緩めたら水中に落ちる私のM7(既に復帰不可能)
・そんな状況の私のM7にトドメを刺そうと突っ込んできたカヴェナンターに発砲→炎上→敵さんそのまま勢い余って崖から転げ落ちて水中でクラッシュ
・カチューシャ隊長「燃えてるの? 念のため救助を要請してあげなさい!」

 という事がありましたが、カチューシャ隊長。燃えてることの救助よりも北極圏マップで水に落ちた事への救助を要請してあげてくさい。というか、助けてほしいのはこっちだ(数十秒後無事死亡)。
 活動報告でもこんな調子でWoTの話しかしてないので、活動報告どころか活動放棄の有様です。


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少女、敵対宣言をする

 小説版に近い、愛憎混ざったエリカかわいい。
 彼女、とっても情が深いタイプだと思います。良くも、悪くも。
 そういうタイプ大好きです。


 店を出た時には背を見失っていたが、幸いにして走り去ったエリカは程なくして見つかった。

 これはエリカ自身が夜でも街灯に反射して煌めく髪色をしていたという、言ってしまえば“目立つ”容姿である事もあるし、走り去った後で彼女がそれほど動かずに居たという事もあるし、幾許かの幸運もあるだろう。

 ともあれ宮古修景はレストランを出て、或いはレストランでまほを見捨ててから僅か数分にて、黒森峰女学園学園艦の公園のベンチに座る逸見エリカを発見することに成功したのだった。

 

「……よー、さっきはすまん。ありゃ俺が配慮無かった」

「……っ!!」

 

 街灯の明かりに照らされながら、俯きがちにベンチに座っていたパンツァージャケット姿のエリカが、ベンチに近づきながらの修景の声に跳ねるように顔を上げる。

 その拍子に跳ねた色素の薄いセミロングの髪が、街頭の明かりを反射して煌めいた。

 

 こんな美人さんが夜の公園にソロで居るというのは、事件とか事案とか誘発しそうだなと茫洋と思う修景。

 こちらの格好は長旅でくたびれたジーンズと、シャツの上から羽織った薄手のパーカー。収まりの悪い焦げ茶の癖毛を、ぐしゃぐしゃと掻きながらエリカに歩み寄る。

 

「まず、謝らせてくれ。それと……なんか飲むか?」

「……別に」

「じゃあ返金させてくれ。さっき置いてった千円だと、逸見さんが食ってった分より多いんだよ」

「……ノンアルコールビール」

 

 先程のレストランでの叫びとはうって変わって、ぼそぼそと呟くような返答のエリカに肩を竦めながらも、修景はベンチ近くの自販機に向かい、ジュースに混ざって売っているノンアルコールビールを2つ購入する。

 黒森峰学園艦はノンアルコールビールが特産品であり、生徒たちもそれを愛飲しているというが、エリカもその例外ではなかったようだ。

 

「ほい」

「どうも。……隊長は、私を追って来なかったんですね。考えてみれば当然か。あの人、みほの姉だもの。私よりみほを優先して当たり前ですよね」

 

 そしてノンアルコールビールを受け取ったエリカが、暗い目で俯き加減に呟く。

 どうやら思考がネガティブネガティブへと回っているようだが、修景はその言葉に頬を掻く。

 

「ああ、まほな。追おうとはしてたんだが、すまん、見捨てた」

「……見捨てた?」

「逸見さんの同級生だっけ、あの店員さん」

「……あ」

 

 元々頭の回転の早いエリカは、今の修景の言葉でだいたいレストランで起きた状況を正確に察したらしい。

 元々色素の薄い顔色がさっと青くなったのが、街灯の明かりでも確認できた。

 

「わ、私が叫んだせいで隊長に累が及んだ!? 今からでも行って謝らないと……!!」

「いや、もう遅い。今から行っても余計こじれる可能性がある。今はまほの貴重な犠牲に感謝しよう」

「私、明日にはその同級生とも隊長とも顔を合わせるんですけど。うう、早いか遅いかの違いでしかない……」

 

 ガクリと肩を落としたエリカが、その肩を落としたまま小さく呟く。

 ちなみにノンアルコールビールは手に握ったままだ。

 

「何やってんだろ、私。勝手に思い込んで、勝手に暴走して……。みほの事も―――結局私、みほにとって何だったのかな」

「友達」

「……何を根拠にそう言い切るんですか」

「あいつ、逸見さんの話題が出た時に『エリカさん』と名前で呼んだ。逸見さんもあいつの小動物みたいな引っ込み思案な性格は知ってるだろ。あいつが名前で呼ぶのは、気を許した友達だけだ」

「……じゃあ、なんであの子は何も相談してくれなかったんですか」

「俺だって文句言いたいわ。俺とか実質半分兄貴みたいなもんなのに相談ゼロだったし、血の繋がった姉のまほですら転校すると決めてから聞いたって話だぞ」

 

 言った修景、聞いたエリカ、双方溜息。

 両者ともに『みほに相談してほしかった』と思っているという意味では、この二人は同類だ。それ故に出た溜息である。

 

「あいつもまほも、他人に相談したり弱味を見せるのが下手なんだよ。まほはまだ良いが、みほはクッソ下手だ」

「……隊長、弱味とかあるんですか? あの人は笑いのセンスと服のセンス以外は完璧ですよ」

「白鳥は水面下ではなんとやら、って奴だろ。今回のみほの件に関しても、気丈に振る舞っちゃ居るけど落ち込んでるよ。軽くだけど弱音を吐かれた。あいつがそう言うなんて、相当だ」

「……あの件、隊長に非は」

「隊長である以上ゼロじゃない。少なくともまほは、作戦を立てた自分が悪いと思っているみたいだぞ」

「……ああ、なるほど。宮古先輩にはそういうこと話すんですね、隊長。形は違っても、西住の影にそれを支える宮古あり、かぁ」

 

 黒森峰の記念館で、他ならぬ修景と見た展示品―――しほの時代の彼女と修景の母を思い出しているのだろう。

 どこか遠い目で、エリカは呟く。

 

「私が、そういう立場になれれば良かったのに」

「俺だって逸見さんのポジションが羨ましいよ。俺は結局外から小賢しく口出しするだけで、まほやみほと肩を並べて戦うなんて出来ないからな。戦車道は女子の武道だし」

「……隣の芝は」

「青いねぇ」

 

 申し合わせたように、互いに手に持っていたノンアルコールビールの缶のプルタブを開ける。

 炭酸系の飲み物を開けた時の、景気のいい『プシュッ』という音が二つ。どちらからともなく、乾杯のように缶をこつんとぶつけ合ってから一口飲む。

 

「まぁ、あれだ。逸見さん、とにかくまず、悪かったな。俺の報告が悪かった。もうちょい気を使うべきだった」

「悪いのはみほですよ。あの子、私の気も知らないで勝手に……っ! 私がどれだけ心配したと……っ! おかわりっ!」

「あっはい」

 

 そしてその一口で一気にノンアルコールビールをカラにしたらしいエリカが叫んだ言葉に、修景が思わず返事をする。

 そそくさと立ち上がり、同じ自販機で同じノンアルコールビールをもう一本購入。念のため、今のエリカのテンションを鑑みて、アルコールが入っていないかを確認する。

 

 間違いなくノンアルコール。

 どうやら逸見エリカ、酒が入っていなくても絡み酒のノリが出来る人材らしい。

 

「ほい」

「どうもっ! ……みほが」

「ん?」

「みほが戦車道を続けてくれていたこと、落ち着いてみると、私も少しだけ嬉しかった。みほをあの時責めたのは私もで、そのせいであの子が戦車道を止めたって事がなくなって、少しだけ救われたんです。でも、それ以上に―――さっきレストランで思わず叫んじゃったみたいに、行き場の無い感情が強くて」

「……悪い。ぶつけどころが無いよな、それ」

 

 次なるノンアルコールビールのプルタブを開け、ぐいっと一口―――今度は一息に全部飲む事はないが、それでも一口で結構飲んでから、エリカは首を横に振る。

 『ぶつけどころが無い』という修景の言葉に対する否定だ。

 

「みほが全国大会出てきて、戦うことになったらボコボコにしてやろうかな、とかは考えてますよ。……あれ? うわ、私って執念深いのかな、客観的に見たら」

「いや、それくらいは構わないと思うけど。……しっかし全国大会。一回戦で大洗と黒森峰が上手く当たる可能性ってどれくらいあるかね」

「私はどこでも構わないですよ。二回戦でも、準決勝でも、決勝でも」

「ああ、逸見さんには言ってなかったっけ? 大洗の戦車道って新設で、みほはそれで生徒会に唯一の経験者って事で、どうしてもって乞われて参加したらしいんだ。戦車もメンバーも、到底勝ち上がってくるとは思えない物なんだよ」

「可能性はありますよ」

 

 さらりと告げられた言葉に瞠目する修景に、エリカは右手の指を突きつけ―――ようとしてノンアルコールビールを突きつける。

 

「……え? おかわり?」

 

 結果的にノンアルコールビールの缶を突きつけられた修景が、その意を汲みかねて首を傾げつつ追加の飲み物がほしいのかと口に出す。

 そこに至って缶を持ちっぱなしだったと気づき、顔を羞恥で赤くしたエリカが、そっと右手を引っ込めて、改めて左手の指を突きつける。

 

「……っ、い、今の話だとみほが唯一の経験者で、恐らく隊長になってくる可能性が高いじゃないですか。それなら、勝ち上がってくる可能性もゼロじゃないです」

「精一杯流そうとしても流れねぇぞ、今の可愛いボケ」

「隊長やみほには話さないで下さいっ!」

 

 顔を真っ赤に、自棄っぱちのように残ったノンアルコールビールを一息に飲み干すエリカ。先に飲んだ物と合わせて、二つの缶を当たり散らすような勢いで投げ捨てる。

 ベンチから少し離れた場所に設置されていたゴミ箱に、音を立てて二つの缶が綺麗にシュートされた。

 

 それを見てやってみたくなった修景も、自分の分の缶を飲み干してから、ゆっくりとゴミ箱に狙いを付けて缶を投げる。

 ―――大分ゴミ箱から離れた場所に、缶がカコンと音を立てて不法投棄された。

 

「……」

「無言で拾ってゴミ箱に入れても流れませんよ、今の恥ずかしい流れ」

 

 運動神経の不足を露呈した修景が顔を羞恥で赤くしながらも、自分が投棄した缶をゴミ箱に捨て直すために席を立つ。

 その背に揶揄するようなエリカの声がぶつかるが、修景は無言。もう喉は渇いていないが、間を持たせるためにもう一度自販機に向かい、ノンアルコールビールを追加購入する。

 

 ベンチに戻った修景、新たな缶を受け取ったエリカ。両者の間で互いに今の一連のお互いのボケは誰にも話すまい、むしろ話したらこちらも拡散させるぞという、冷戦時代の米ソにも似た相互確証破壊に基づいた協定が無言で成立した。

 協定成立のサインの代わりとでもいうように、両者無言でプルタブを開ける。

 

「……話を戻しましょう」

「……そうだな。で、えーと……逸見さんは大洗が勝ち上がってくる可能性もあると思っている?」

「ゼロじゃない、程度ですけど。みほが隊長なら或いは」

 

 『まぁウチの隊長がいる黒森峰に勝てる可能性はゼロですけど』などと付け足しはするものの、エリカの評価は修景としては慮外のものだ。

 修景も―――そしてまほも。しほも。大洗が全国大会に出る可能性は考慮はしていたものの、勝ち上がってくるなどというのは想定の外だからである。

 むしろ、勝ち上がってこられると話がややこしくなるので、1回戦か2回戦で負けるだろう、負けてくれと思っている。

 

 しかし彼女は、逸見エリカだけは、準決勝、或いは決勝までも勝ち上がってくる可能性をゼロとは見ていない。

 その様子に瞠目する修景に、エリカの方が意外そうに肩を竦めた。

 

「宮古先輩が言ってたじゃないですか。独自判断の独立遊撃手、それこそみほなら出来たんじゃないかって。私も同感です。あの子、指示を出されて動く側よりも自分が独自に動けるようになった方が強い。或いはもうちょっと強気に他人とコミュニケーションできて、指示する側に回れれば、それ以上に」

「……随分と評価してるな」

「そうじゃなきゃ、あの子が隊長になって私は副隊長としてそれを支えて―――なんて夢を見ません。宮古先輩こそ、妹だからって過小評価してませんか?」

 

 ふん、と鼻を鳴らして。強気な彼女らしい笑みを浮かべて。

 しかし、割り切れないドロドロとした感情をも込めながら、逸見エリカは三缶目のノンアルコールビールを開け、ぐいと呷った。

 

「―――だからこそ、腹が立つの。最初は嫉妬や劣等感もあった。それを超えて、友情と尊敬になった。でも、それも全部台無しになって、あの子は遠くでまた戦車道を始めた。……私の悩みも何もかも知らないような顔をして」

 

 ニィ、と口の端を上げた笑み。敵意、好意、それらがさながらコーヒーとミルクが混ざりもう分離できないカフェオレのように不可分の域で入り交じった笑顔は、攻撃的な猫科の肉食獣のような印象を抱かせる。

 王虎(ティーガーII)を駆る車長たる逸見エリカに相応しい、強気で攻撃的な笑顔だ。

 

「宮古先輩の話だと、あの子は私のことを友達と思ってくれてるって話でしたよね? なら、やりましょ。徹底的に。友達らしく本音を出して、喧嘩しましょう」

 

 嫉妬、劣等感、敵意、失望、尊敬、友情、愛情、安堵、全てが入り混じり拗れに拗れた感情に、逸見エリカは一つの結論を付けた。

 

「全部、全部ぶつけてやる。戦車道で私にとってあの子がどれだけ大きな存在だったかを分かっていないあの子が、私のことを軽く見れなくなるように」

 

 それは短気で、攻撃的で、一本気で、どうしようもなく彼女らしく。

 

「―――ギッタンギッタンにしてやる」

 

 愛憎入り混じった笑みを浮かべての、全力でぶつかり打倒するという宣言。

 ぐしゃりと、まだ中身が入っていた三本目のノンアルコールビール缶を握り潰しながら、エリカは愛おしむように敵意を込めて、敵対宣言を謳い上げたのだった。




「……ところで宮古先輩、ハンカチ持ってませんか?」
「うわぁ何も考えずに缶潰した結果、ビショビショじゃねぇか。漏らしたみたいになってる」
「セクハラです」


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少年、抽選会に連行される

 そろそろ原作5話に入ります。
 戦車喫茶であんこうチームとまほ、エリカが接触するイベントですね。

 この辺り、事前情報の差+宮古君という異物の存在もあって、少し展開変わります。


 さて、全て世は事も無し。少年少女の喜怒哀楽など関係なく、月日は進む。

 

 修景がしほから盛大な説教を食らい、主に行動の無計画さを叱られている頃には、大洗と聖グロリアーナの練習試合も終了し、内容としては下馬評通り聖グロリアーナの勝利となった。

 しかし大洗も5対5の殲滅戦で、聖グロリアーナの最終残存車両が隊長であるダージリンの乗るチャーチル1両だけだったという事まで考えると、大善戦をしたと言って良いだろう。とはいえ、その成果の殆どは大洗の隊長車である、西住みほが車長を務める四号戦車による成果なのだが。

 

 その結果を聞いた時の西住家の面々の反応は、『それくらいは当然』という表情を崩さないしほ、『よく頑張った』というメールを妹に送りたいが、これまでの経緯もあって送れなくて右往左往した挙句に諦めたまほというものである。

 父であり整備士である西住常夫は寡黙な人物であり、修景以上に戦車道に口を出すことは少ない為、こちらは無反応。とはいえみほに友人ができたと聞いた時には顔を綻ばせていたそうなので、家族の情や心配はしっかりとあるようだ。

 

 そして西住家の最後の一人、或いは半分くらい西住家な宮古家の最後の一人。ある意味最も気軽にみほにコンタクトが取れる立場である宮古修景はというと、こちらは直接みほとも顔を合わせているので、気負いなくメールを送っていた。

 

『お疲れさん。結果は聞いてるが、まぁ練習試合なんだし負けても気に病むなよ。つか善戦したっぽいし良くやった。ところでこのメールで最も重要なとこなんだけど、お嬢様学校ってやっぱり可愛い子居た?』

『お兄ちゃんそのメール後半必要?』

 

 などという心温まる兄妹のメールのやり取りがあり、妹からの視線は遂に氷点下に突入せん勢いであった。概ねいつもの事である。

 

 なお、その練習試合の顛末に一番劇的な反応を示したのは、やはりというかなんというか、西住家の人物ではなく逸見エリカだった。

 人づてに結果を聞いて荒れ狂う彼女と修景のLINEでの会話を抜粋しよう。

 

『なんだって負けてるのよ! 確かに聖グロリアーナは隊長のダージリンさん含めて強いけど、布陣を見るにクルセイダーも出してきてないじゃない!』

『そのダージリンさんって可愛い系? 綺麗系?』

『でも隊長車であるみほの車両だけで3両撃破というところは流石ね。まぁ当然ではあるけど、あの子の指揮に見合うだけの搭乗員が多少は居るのかしら』

『みほに写メとかあるかと聞いたら拒否られたんだけど、逸見さん持ってない? お嬢様学校って男子校的にマジ気になる』

『でも仮に私があの子の僚車に居たなら、逆に圧勝していたのに……!!』

『名前から察して西洋系の人かとも思ったんだけど、考えてみりゃ聖グロの幹部級って紅茶の名前で呼び合う習慣あるからわっかんねぇんだよなぁ。その名前で黒髪和服純和風とかも御嬢様っぽくて中々アリか?』

 

 前言を撤回する。これを会話と呼ぶのは憚られる。世の『会話』という概念に失礼だ。

 概ね双方言いたいことしか言っていない為、言葉のキャッチボールではなく言葉の砲丸投げである。LINEの既読マークは付いているが、双方ともに相手の言っている内容を自分の頭に入れているかは著しく怪しい。

 

 なお、最終的にその会話と呼ぶのも憚られる言葉の打ちっ放しは、互いに概ね言いたいことを吐き終えた後に、

 

『そういや黒森峰もお嬢様学校だったわ。まほとか逸見さんとか見てると忘れそうになるけど』

『最近はセクハラの概念って結構幅広く適用可能なんですよ宮古先輩』

 

 などと言った辺りで修景が平謝りをして終了と相成った。

 宮古修景と逸見エリカ、互いに西住家に縁深く関わっている者同士、みほや―――或いはみほが居なくなった為に双肩にかかる負担と責任が地味に、しかし大きく増えているまほについての情報交換を中心に、割合とLINEやメールで良く話すようになっていた。

 

 先の言葉の遠投のように中身がない会話、或いは会話と呼ぶのも憚られる雑なやり取りも多いが、修景とまほが話す時は更に中身が無い事が多いので、気にしてはいけない。

 むしろ修景とまほのLINEは、みほの話題や西住流に関する相談、その他の真面目スイッチが入る話題でない限りは無法地帯だ。

 以下、その会話を抜粋しよう。

 

『今日の3限、体育』

『腹減った早弁したい』

『おい弟、私のメモを余計な発言で流すな』

『おい姉、LINEは手前のメモ帳じゃねぇんだよ』

『お前の空腹状況こそどうでも良いから、勝手に食べていてくれ。それより今日はソフトボールの授業なのだが、何かアドバイスはあるか?』

『人体急所をよく理解しておけ。容赦は無用だ』

『弟。お前の頭の中で、ソフトボールと殺人拳の区別がちゃんとついているのか姉は心配だぞ』

『分かった分かった。じゃあもうちょい詳細に……。ソフトボールというよりウチの学園艦の体育祭なんかでやる対抗戦野球の、代々紅組に受け継がれてきた訓示だ。勝てないと思ったら選手全滅による勝利か、乱闘による有耶無耶を狙ったほうが良い。デッドボールはどうせ当てるなら急所を、そして敵主力を狙え』

『弟。お前の学園艦で、野球と殺人拳の区別がちゃんとついているのか姉は心配だぞ!?』

 

 前言を撤回する。これを会話と呼ぶのは憚られる。世の『会話』という概念に失礼だ。

 一応互いにやり取りが成立しているために言葉の砲丸投げではないが、なまじ双方向でのやり取りが成立しているだけに、言葉のキャッチボールではなく言葉のデッドボールというべき有様である。互いに遠慮も容赦も無いため、様々な意味で残念な事に、この調子がいつもの事だ。

 まほを半ば崇拝するエリカが見たら、卒倒しそうな雑な会話である。いや、最近のあれこれでエリカも薄々まほの隠れた残念さも察しているきらいがあるので、むしろ納得して溜息を吐くかもしれないが。

 

 ともあれ宮古少年周りは、まほやエリカ、みほと適度な、或いは無意味極まりないやり取りを挟みつつ、進学に向けての模試や学力テストで忙しく日々は過ぎていき。

 その間に、戦車道全国大会の抽選会の日を迎えたのだった。

 

 

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「戦車喫茶に行きたい」

 

 関東で行われた戦車道大会の抽選会に向かう前。黒森峰学園の戦車ガレージに併設されたブリーフィングルームで、意外にもそんなことを言い出したのは西住まほだった。

 ブリーフィングルームと言えど、その時は大した話をしていたわけではない。戦車道の大会の抽選会に行く日程について、黒森峰の代表として行く隊長(まほ)副隊長(エリカ)で、何時の便で行って何時の便で戻るか、宿泊はどこに泊まるかと、備え付けのパソコンで旅行サイトやJRの公式サイトを見ながら話し合っていただけである。

 

 他の面々は練習も終わって既に解散。この場に残っているのはまほとエリカだけだ。

 戦車道は選択科目、つまりは学業であるので、抽選会場まで行く旅費も宿代も学校のお金ではあるのだが。貴重な土日に関東まで行かされるこれを『お金を払わず関東旅行に行けるチャンス』と見るか、『休日が潰される罰ゲーム』と見るかは受け取る人物の感性によるだろう。

 

 そして、エリカはどちらかと言えば自分を旅行を楽しむ性質の人物ではないと思っており、まほもそのタイプだろうと当たりをつけていたのだが、存外とまほは楽しそうに―――よく見ないと分からない程度の表情の差だが―――旅行パンフなどを手に、Google先生の地図検索機能を駆使して目的地を示している。

 どうやら隊長殿は案外と旅行などを楽しめるタイプの感性をしているらしい。そしてその黒森峰の隊長殿は、旅行パンフに付箋付きで印を付けていた戦車喫茶、特に赤ペンでマルを付けた戦車ケーキが目に付くページを開きながら、エリカに視線を向ける。

 

「抽選会場の近くに、評判の良い戦車喫茶があるんだ。大会の抽選会が終わった後にでも寄っていきたいんだが、エリカはどう思う?」

「はぁ、それは構いませんけど」

 

 抽選会はそう大人数で行くものではない。くじ箱の中からトーナメントの番号を決めるくじを引くだけなので、別にそう人数が必要な話でもないのである。極論、誰か一人でも行けば良い。

 基本は隊長、或いは代表者が来ることになっていたが、過去には都合がつかなかった学校があったので、「じゃあ余った番号はアンツィオで」という時もあったそうだ。

 ちなみにその時の都合がつかなった理由は、日程の勘違いだったらしい。流石アンツィオである。

 

 ちなみに学校によれば大人数で来るところもあるが、黒森峰は会場が遠いこともあり、伝統的に隊長と副隊長の2人だけで抽選会場に行くことになっている。

 その為、西住姉妹が隊長副隊長を務めていた去年は、西住姉妹による姉妹旅行の様相を呈していた筈である。

 それを想像したエリカは、少し眉間に皺を寄せて、尊敬する隊長に問いかけた。

 

「……去年も、みほとそういう所に行ったんですか?」

「いや、去年はそれどころじゃなくてな。他にも関東の戦車博物館や戦車ショップ、その他にも行きたいところが多すぎて、最終的にはみほが疲れ切って『タクシーの中で待ってる。少し寝かせて……』などと言い出した」

 

 ちなみに博多⇔東京駅までを参考にすると、新幹線で5時間。昼に抽選会があることを考えると朝一番に東京に向かい、更に抽選会場のある市までの乗り継ぎがある。

 抽選会は土曜日なので、抽選会終了後は自由時間とその後の宿泊が取れるが、それにしても長距離移動は慣れていない人間にとっては相当に体力を使う。

 ただでさえハードなそれを、更に日中を市中引き回しの如く戦車ショップや博物館に連れ回されたみほの疲労は推して知るべしである。

 

「隊長の旅行に関する無計画さに、宮古先輩との確かな姉弟の絆を感じました。無理のない日程にしましょうね今年は!?」

「うん、去年はそういう行きたい所はだいたい回ったので、今年は戦車喫茶と他数か所だけで構わない」

「構います。いったいどこを回る気ですか。むしろ去年はどれだけ回ったんですか。不慣れな場所で公共交通機関を使いこなすのは大変ですし、タクシーで回ると出費が凄く嵩みますよ。というか去年はあちこちタクシーで回って出費は大丈夫だったんですか」

「うん、去年はそれでお母様に大目玉を食らった」

 

 『タクシーというものがあそこまで高いとは』と頷く隊長に、エリカは底知れない箱入り娘(ブラックボックス)感を感じた。エリカも良家の子女ではあるのだが、感性は明らかにまほの方が浮世離れしている。

 慄然と『これは私がしっかりしなければ』と感じたエリカは、奪い取るようにパソコンの前をまほと代わり、手慣れた操作で新幹線や周辺公共機関の日程などを確認していく。ネットサーフィンが日課なエリカは、パソコンの扱いには長けている方だ。

 

「……あっちも行きたいこっちも行きたいとなると、公共交通機関だけじゃ手が回りませんね、これは」

「公共交通機関を使わなければ?」

「タクシー使えば行けるかもしれませんけど……。隊長、去年師範に怒られたんじゃないですか? タクシー使ったなんて知られたら怒られますよ」

「大丈夫だ。私に考えがある」

 

 自信満々に言い切った西住まほに、逸見エリカはこれまでにない嫌な予感を感じた。

 喩えて言うならば、トランスフォーマーの司令官が『私にいい考えがある』と言い出した時。喩えて言うならば、ヤムチャがサイバイマンに挑む直前。

 しかしそれでも、逸見エリカは西住まほに対する信頼から、敢えてそれを否定することを躊躇い、小さく釘を刺す程度に留めた。留めてしまった。

 

「……今月、お小遣いが厳しいんで、全部タクシーなんていうのは勘弁して下さいよ? 隊長だって、去年がっつり怒られたっていうなら、今年師範から出るお小遣いは最低限になるでしょうし」

「大丈夫だ、抜かりはない」

 

 そう言い切ったまほに押し切られる形で、『じゃあ……』とでも言うようにして、戦車喫茶への同行を了承したエリカ。

 そしてその次の土日。抽選会場へ向かう新幹線にて―――

 

「……どうも」

「……いえ」

 

 2人掛けのシートの斜め向かいという、いつぞのレストランの時と同じ配置にて、ワイシャツとジーンズ姿のラフな格好の修景(財布)と黒森峰の制服姿のエリカは、形容しがたい表情で挨拶を交わし合った。

 エリカの横、財布(修景)の対面というポジションに座る制服姿のまほは、旅行パンフを片手にご機嫌に―――ただし、表情はいつもの鉄面皮のまま―――小さく鼻歌などを歌っていたのだった。

 

 

□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 西住しほは、西住みほをきちんと、それも存外に強く気にかけている。

 これは最早西住家の人間や、そこの使用人の間では周知の事実だ。

 

 立場もあるので表立って接触はしていないし、自分が叱り飛ばしてトドメを刺した経緯から今更連絡も出来ず、更にはみほからも―――まだ彼女側がそこまで吹っ切れていないため、連絡も来ない。

 そういった状況で、みほと気楽に連絡が取れる修景を通して得られる情報に一喜一憂し、時には夫に対して晩酌ついでにその内容について、時に嬉しそうに、時に心配そうに語っている様は、『菊代さん』と呼ばれる使用人―――しほにとっては黒森峰時代からの友人であり、西住流の仲間でもある―――などには、非常に微笑ましく見られている。

 

 そんな彼女に対し、修景が『抽選会に来るだろうみほの様子を見に、土日に関東に出向いていいですか?』と問えば、結果はどうなるか。

 下の娘を気にかける母は、学園艦に通っている息子の口座に軍資金を振り込んで、更に息子に『ご友人達にも宜しく言っておきなさい。お土産も買っていくこと』とメールを送ったのである。

 

 ちなみに、修景としては当初は別にみほの様子を見に行くつもりは無かった。無かったが―――直前にまほから相談を受けていたのだ。

 曰く、『会場などでみほと顔を合わせた時、どうすれば良いか分からない。暇ならばみほの様子を見に行くついでについて来てくれないか?』

 

 その言葉は半分は本音であろうが、半分は詭弁である。主に修景という母から資金援助を受けられるナイスなお財布を確保する為の。

 しかしその詭弁を抜きとしても、実際のところまほとしては仮にみほと顔を合わせる事になった時にどのような事を言えば良いか分からないし、みほに対して明確な隔意を抱いているエリカまで横に連れていては世事に長けていない自分の手に余るという、現実的な判断もあったのだろう。

 その辺り、修景は既にみほ、並びにその友人らとも接触済みであり、エリカとの交友関係も有る為に口下手なまほよりも適任だ。つまり、いざという時の為の防波堤である。

 

 そしてその相談を受けた修景は、『ついでに戦車喫茶とか回るんでついて来い』というまほの言葉から、半分くらい財布確保が目的なのを察しながらも、まほ側の残りの半分の本音―――つまりはみほと接触した時の不安も察しては居たためそれを了承。後見人であるしほに『みほの様子を見に行くこと』を打診した結果が、この状況である。

 まほ、エリカ、修景の全員が抽選会場に向かうことになる為に、当然のごとく黒森峰組と修景は同道となる。修景もそれは知っていた。知っていたが―――

 

「……私、宮古先輩が来るって知らなかったんですけど」

「……俺、逸見さんが来るって知らなかったんだが」

 

 形容し難い半笑いで、頬をひくつかせるエリカと修景。

 両者の言葉を聞いて旅行パンフから顔を上げた西住姉は、いつもの真顔で重々しく頷いた。

 

「ああ、そういえば言ってなかったからな」

「言って下さい! 私、宮古先輩が居て何事かと思いましたよ!?」

「てっきり行くのまほだけだと思ってたわ! 黒森峰って副隊長も抽選行くんだね畜生! 他にも同行者居るって知ってりゃもうちょっと良い服着てきたわ!!」

 

 そして某レストランでの経験から、『小声で叫ぶ』という離れ業を習得したエリカと修景の突っ込みが、西住まほへと突き刺さった。

 なお、効果は今ひとつであった。

 




 次回、戦車喫茶!! 遭遇、あんこうチームと黒森峰!!
 何故か居る修景! っていうか戦車喫茶女の子ばかりなので普通に居心地悪そうな彼の明日はどっちだ!!

 次回、修景死す! デュエルスタンバイ!!


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少年、死す(胃が)

どこで操作をミスったのか、いつの間にか自分の小説をお気に入り登録していたと気付いた時の何とも言えない気持ち:プライスレス。


 早朝の新幹線に乗って、30分。修景が寝た。

 

「それでその時―――あれ、宮古先輩?」

「寝たな。さっきから反応が眠そうだったが……まぁ寝かせてやろう。無理を言って連れ出したのは私だ」

 

 対面に座り、雑談ついでに片やスマホを弄り、片や旅行パンフを眺めていたエリカとまほがそれに気付いて声を―――ただし起こさないよう、心持ち小声を交わし合う。

 窓際に頬杖を付くようにして、膝の上に荷物を載せたまま目を瞑っている宮古少年は、すぅすぅと小さな寝息を立てていた。

 

「奴は戦車道や部活はしていないが、進学とバイトがあるからな。疲れもまぁ、あるのだろう。……バイトと言えば、中学に入る辺りで当時12歳の修景がお母様とお父様相手にガチの喧嘩をした事がある。私もみほも立ち入れない領域でな」

「師範と……お父上相手にですか?」

「学園艦に入ったら自分の学費は可能な限り自分で稼ぐ、これまで世話になった分もいずれ働いて返したいとな。お母様はそんなつもりで引き取ったわけではないとキレるし、お父様もそれに同調して良いから自分の為に使えと……まぁ大喧嘩だ」

 

 その話題をエリカに話しても弟の反応がないことから、狸寝入りでもなくガチ寝入りだなとまほは確信。

 横で興味深そうに、続きを促す視線を送ってくる後輩(エリカ)に頷きを返す。

 

「結局は修景側が折れたわけで、大学に行ったら奨学金制度は使うが、高校まではお母様が負担する事で同意してな。バイトした金も、まぁバイクに使ったり貯金したり、色々しているようだが。あいつも今は私と本当に姉弟みたいだろうが、昔は一線引いていた部分もあった。今のようになるまでは結構大変だったんだぞ」

「……今の隊長と宮古先輩を見ていると、想像つきませんね」

「引き取られてきた頃は、借りてきた銘菓ひよこみたいに大人しいやつだった」

「生命活動をしていない……」

 

 むしろ銘菓ひよこが大人しくなかったら、それはそれでホラーである。というか、借りるものなのか。返すものなのか。

 敬愛する隊長の喩えのセンスに、逸見エリカは慄然とした。

 

 その反応に何か喩えを間違ったかと首を傾げた天然姉が、まぁいいやと話を進める。

 

「私の家―――西住家に来たときは本当に、私どころかみほより小さくてな。……こう、これくらい? いや、これは流石に思い出補正が入っているか」

「そのサイズ、もう本当に銘菓ひよこでしかないのですが……」

 

 そして手の平サイズの何かを示すようなジェスチャーをしたまほが自分で首を傾げるが、思い出補正とかいう以前に7歳児のサイズであってはならない大きさである。

 これまでのまほの証言を総合すると、銘菓ひよこサイズの生命活動を停止した何かでしかない。というか、それはもう銘菓ひよこだ。それが人間に進化したとなると、ダーウィン先生が墓場から飛び出して来かねない。進化論も驚きの結末である。

 

「まぁ銘菓ひよこや手の平サイズは行き過ぎにしても、小柄で大人しい遠慮がちなやつだったんだ。今は無駄に背は高いし、口は達者だし、物怖じしない奴に育ってしまったが」

「……記念館で見た、宮古先輩のお母様に少し近くなってきてる感じですよね。イメージでしか無いですけど」

「いや、合ってるらしい。私のお母様はそれを嘆いているのか喜んでいるのか。……多分、後者だろうな。『年々あの子に似てきている』などと言いながら、顔は笑ってるんだぞ。よく見ないと分からないが」

「師範って笑うんですね」

「お前は私の母親をターミネーターかなにかだと思っているのか」

 

 ほんの少し困った表情で、まほは溜息。

 自分の母親がラストシーンで親指を立てながら溶鉱炉に沈んでいく光景を想像した。あまり違和感がなかった。

 

 映画史上に残る感動のシーンが、あらゆる意味で台無しの映像に上書き展開されかけているのを頭を振って追い出し、彼女は意識的に別の記憶を思い出しながら、懐かしげに言葉を続ける。

 

「昔は私よりもみほがヤンチャだったんでな。修景がよく泣かされていた」

「……意外過ぎます」

 

 そして、みほに隔意のあるエリカがその名前に小さく―――ただし好悪の情が複雑に入り混じった表情で眉根を寄せるが、話の内容の意外さが隔意に勝った。

 斜め前方で頬杖を付いて寝ている、長身の先輩。その先輩が自らの“元”学友である、小動物のような少女に、さながらのび太とジャイアンのような関係で泣かされている様を想像する。

 違和感しかなかった。

 

 頭上に「?」を浮かべ、想像できぬ過去の西住家の様相に存分に混乱するエリカを他所に、まほは懐かしげな表情で目を細める。

 

「ただ、なんだかんだみほが修景を引っ張り回してくれたから、『引き取られた』という事に対して意識的に壁を作っていた修景のその壁をぶち壊す事が出来た気もするんだ」

「隊長よりも、みほの方が宮古先輩と親しいんですか?」

「いや、今となっては私の方が付き合いに壁はないだろうな。みほはいつ頃からか、何に対しても遠慮がちな子に育ってしまったから……そういう意味では、エリカにも迷惑をかけたか」

「……否定はしませんけど。ただ、隊長から謝られる謂れはないですよ」

「私のように修景の財布をアテにするくらい、遠慮無しになってくれれば……」

「それもそれでどうかと思います」

 

 尊敬する隊長とその弟の、互いに一切遠慮の無いスタンスには控えめに苦言を呈する事にしたエリカだった。

 もし本気でタクシー代を修景の財布をアテにしてあちこち回る気ならば、修景側についてまほを抑える方に回ろうと決意し、エリカは内心で修景に―――そしてそのお財布の中身に同情する。

 

「でも、小柄で大人しくて遠慮がちな宮古先輩ですか。全く想像付きませんね」

「昔は本当にそうだったんだ。まぁ、10歳位の頃には大分改善されてきて、学園艦に行ってからは一人暮らしとバイトで揉まれてどんどんと図太く、ついでに背も高くなってきているが」

「そして昔はみほに、今は隊長に振り回されている、と。お疲れ様です、宮古先輩」

 

 寝ている修景の鼻先を突つきながら、悪戯げにエリカが笑う。突つかれた修景は、むずがるように身を捩るのみ。完全な熟睡だ。

 そして、突ついたエリカに対して、横合いからそっとサインペン(油性)が差し出される。

 

「突付く程度で良いのか? 使うか?」

「姉弟の心温まる豪速球コミュニケーションに巻き込もうとしないで下さい。そのサインペンで何をする気ですか。あ、言わなくていいです。そこまで隊長と先輩の心温まるクロスカウンターに興味ないんで」

「いや、これは単に普段から持ち歩いているメモ帳とセットの奴なんだが」

 

 そっと否定されたまほが、カバンに油性ペンを仕舞い直す。

 仕舞いながら、しかし小首を傾げるようにして、エリカに投げかける言葉は疑問と確認だ。彼女としても、自身の弟と後輩が、妹の転校から始まった一連の騒動を機にそれなりに交流があるのは知っているが故のものである。

 

「だが修景からセクハラをされた、とか先日憤っていなかったか? 復讐するなら別に止めないぞ」

「ああ、ダージリンさんが綺麗系か可愛い系か和風お嬢様系か聞かれた時の奴ですか? 良いですよ、別に言うほど怒ってませんし」

「なら良いが。……案外、エリカからすれば修景はもう少し大人しく遠慮がちだった時の方が好ましかったのかもしれないな。私の弟がなんかすまん」

「え? そんなことないですよ、隊長」

 

 そしてエリカは、完全に寝こけている修景の鼻先をもう一度、その細く白い指先で突つきながら悪戯げに笑って告げる。

 

「私、それなら今の先輩のが好きですから。気楽に話せますし」

「そうか。多分修景側から聞いてる限り、向こうも同じような感覚だろうさ」

「あれ、先輩側からも私と宮古先輩が何を話したかとか、隊長も聞いてるんですか?」

「いや、ダージリンが綺麗系か可愛い系か和風お嬢様系か聞かれた時に、『逸見さんは話しやすいけど、質問には答えてくれなかった』と」

「遂には隊長にまで飛んだんですねその質問。その執念はいったい……」

「知りたくもない」

 

 男子校学園艦という環境に居る男子高校生の、お嬢様学校へと抱く執念と憧れを知らぬ女性陣の、ちょっと氷点下入っている冷ややかな視線に晒されながら寝る修景。

 好き勝手に言われている内容やその視線など、彼としては知る由もなく。

 彼がかつてバイクで行った道行きよりもずっと楽に、新幹線は関東へ向かうのだった。

 

 

□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 幸い、抽選会は何事もなく終了した。会場外で缶コーヒーを飲みながら待っていた修景も、黒森峰の隊長と副隊長のコンビも、それ以外の大会参加校の代表者も。悲喜こもごもの結果あれこれはあろうとも、大過なく、そして遅刻や欠席もなく抽選会を終えることが出来たのである。遅刻はアンツィオが少し危なかった。

 ただしその結果は、今現在にて戦車喫茶ルクレールという喫茶店で顔を伏せている少女、白を基調とした大洗女子の制服を纏った西住みほからすれば失態だ。

 

「ごめんね、一回戦から強いところと当たっちゃって……」

 

 雰囲気のあるレンガ造りの喫茶店。木製の長椅子とテーブルという若干懐古趣味な喫茶店にて、戦車をかたどったチョコレートケーキを前に、大洗女子の隊長である西住みほは沈んだ声でそう呟いた。

 その対象は同じテーブルを囲む、四号戦車搭乗員―――あんこうチームの仲間たちだ。

 

「サンダース大付属って、そんなに強いんですか?」

「強いっていうか、凄いリッチな学校で。戦車の保有台数が全国一なんです。チーム数も、1軍から3軍まであって」

 

 そして落ち込みがちに言われたみほの言葉―――つまりは抽選会の結果、初戦で戦う事が確定した相手、サンダース大学付属高校について質問したのは、砲手を務める黒髪の少女、五十鈴華だ。

 テーブルを挟んでみほの対角線に位置する彼女に対し、答えたのはみほではなく、沙織を挟んで華と同じ列に座っている、装填手である秋山優花里だ。彼女は元々戦車オタクであり、戦車道に関しても、また大会に出場している学校についても知識が広い。その知識量は、西住流の娘として教育されてきたみほが舌を巻く程である。

 

「公式戦の1回戦は、戦車の数は10両までって限定されてるから。砲弾の総数も決まってるし」

「でも10両って、うちの倍じゃん。それは勝てないんじゃ……」

 

 そしてその優花里の言葉を継ぐように、みほが今度は明るい材料をあげていく。

 しかしそれに対して返ってきたのは、通信手を務める武部沙織の、少し腰が引けた発言だ。

 その言葉に場が―――というより、みほが再び暗くなりかけ、言った沙織が『しまった』とでも言うような顔をする。

 

「単位は」

「……負けたら貰えないんじゃない?」

「……ふんっ!」

 

 そしてこちらは、卒業という意味での進退がかかっている操縦手、冷泉麻子がみほの隣で小柄な身体で小さく呟く。そして沙織が考えながら答えた言葉に、苛立たしそうにケーキにフォークを刺して、口に運び始めた。俗に言うやけ食いである。

 

「そ……それよりみぽりん、時間大丈夫? この後、お兄さんがまた来るんだよね?」

「あ……うん。時間はまだ大丈夫。近くでちょっと待ち合わせしてるだけだから、時間もそんなかかんないだろうし。元気にしてるかどうか顔を見たい、って」

「心配してくれてるんだねー。良い家族じゃん!」

「ええ、最初にみほさんの話を聞いた時には、随分壮絶なご家庭なのかと思っていましたが……」

「でも、まだお姉ちゃんには連絡も出来てなくて……今回の抽選会の時も、顔を合わせられなかったし。それに……向こうに居た時に友達だったエリカさ―――逸見さんって人が、私がこっちで戦車道始めたって聞いて怒っちゃったみたいで。どうしたら良いか……」

 

 これは話題と空気を変えなければ不味いと悟った沙織が、戦車喫茶で時間を潰した後にある予定の、みほの用事に話題を変える。

 まほにけしかけられ、修景がしほに打診した結果起きたイベントであり、つまりは妹が元気にしているかどうか兄が様子見に来るだけの物だ。待ち合わせ場所はこの近くの駅である。

 ついでにその間、修景はまほらとは別行動を取るようにしている辺り、修景側の準備と根回しは万端だ。エリカも今の自分がみほと顔を合わせたら何を言うか分からないという自覚はあるのか、不承不承と了承はしている。

 

 ちなみに、みほは兄が単独でやっている行動だと思っているが、実際の所そうするようにけしかけたのはまほで、資金面で修景の後押しをしている上に『お友達にお土産を買っていくように』とまで言い含めて修景の予算と荷物を増やしたのはしほなのだが―――ともあれ。

 沙織が変えた話題に華が乗るが、みほは再びガクリと沈む。西住流、西住家、黒森峰。そういったものは、まだまだ彼女には重いトラウマらしい。

 

 ―――ところで、ある小説に書かれた台詞ではあるのだが。

 幾度か修景主体で話題に出ているダージリンが、仮にこの場に居たならば。今から起きる状況に対してその言葉を引用するだろう。

 

『物事というのは、最初は中々上手く運ばないものだが―――時間が経つと、大抵はもっとひどくなる』

 

 と。

 

「―――副隊長?」

 

 戦車喫茶に不意に響いた硬い言葉に、肩を落としていたみほの身体が硬直する。

 

「あぁ―――元、でしたね」

「エリカさん……お姉ちゃん……」

 

 そこに居たのは、黒森峰の制服姿の逸見エリカと西住まほ。ついでに、ラフな格好の宮古修景。

 修景とみほの待ち合わせまでの時間潰しのための戦車喫茶で、黒森峰組と大洗チーム、まさかのエンカウントである。

 

 修景やまほよりも先に、真っ先にみほの存在とその友人らしき少女らに気付き、我慢できずに嫌味な様子で―――自分がその場に居られない苛立ちと嫉妬を込めて言葉を放ったエリカ。硬直から弾かれたように顔を上げ、かつての友人と姉の姿を見て震え混じりの言葉を紡ぐみほ。

 

 そして―――

 

(―――なぁにしてくれてんだ逸見さぁぁぁぁぁん!? つーかなんで居るんだよみほ、そしてお友達ィィィィィ!!)

 

 鉄面皮で―――しかし予想外の遭遇に明確に困惑しているまほの後ろで、宮古修景は両手に荷物さえ持っていなければ頭を抱えたい心地で状況を俯瞰し、一瞬にしてバルカン半島もかくやと言わんばかりの火薬庫と化した現状に懊悩していたのだった。

 

 




 そういえば、評価が200件に到達しました。何事だコレ。
 10点から0点まで色々ありますが、とにかくこれだけの人が見てくれて評価入れてくれたと言うだけで、非常に嬉しいです。

 というか評価した人の傾向とか見てみるのが楽しいです。
 皆さんホントありがとうございます。


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少年、ネギ塩について語る(誤解)

 もはや小説の内容とは全く関係ないですが、どうやら武器の特性を把握しておらず、味方を爆破してた駄目ボーダーだと自分で気付いてちょっと落ち込みました。
 これ迷惑プレイヤーじゃね?


 さて、状況をバルカン半島に喩えるならば、エリカの口撃はサラエボ事件だ。

 癖毛の少女―――秋山優花里が、我慢ならんとでも言うように、ガタンと音を立てて席から立ち上がった。

 

「お言葉ですが! あの試合でのみほさんの判断は、間違ってませんでした!」

 

 凛とした表情で、みほを庇うように言い切った優花里。その姿に、エリカの表情が憎々しげに歪む。

 どうしてお前はそこに居る。そこは私の居場所だった筈だとでも言いたげに。

 

「部外者は、口を出さないで欲しいわね……!」

 

 それこそまさにバルカン半島で起きた、一連の第一次世界大戦への流れのように、敵意には更に大きな敵意が返って行く。

 睨み合うエリカと優花里。我関せずとケーキを突付き続けているようで、みほの様子を横目で伺っている麻子。俯き、エリカやまほを直視できないみほ。これ以上何か言うなら、私達も相手になるぞと言わんばかりの視線をエリカに向ける沙織と華。

 

「……行こう、エリカ」

「……あっ……はい、隊長」

 

 しかしそれで破局は避けたい―――妹に嫌われたくないのと、店員さんに以前よろしく怒られたくないまほが、エリカに背後から声をかけて注意を引く。

 幸い、周囲を警戒しても『斬新なアイサツだな。よほど苦しんで死にたいと見える』という副音声が聞こえそうな営業スマイルの店員はおらず、周囲の客も店員も、突然の言い争いに困惑している様子だったのだが。

 

 ともあれ、敬愛する隊長の言葉に基本的には忠実なエリカは、空いている席へ歩き出したまほに追従する形で、大洗の面々に背を向ける。

 ただし―――

 

「一回戦はサンダース付属と当たるんでしょう? 無様な戦い方をして、西住流の名を汚さない事ね」

(むしろ一回戦で負けてくれたほうが、対外的に言い訳効いて良いんですけど逸見っさァん!?)

 

 ―――ただし、肩越しに振り返る形で盛大な当て擦りをしながら、だが。

 もはや欧州の火薬庫(バルカン半島)に火は付いた。内心で修景が頭を抱えるしか無いレベルで攻撃的なエリカの言葉に、まだ座っていた沙織と華が、血相を変えて立ち上がる。

 

「何よ、その言い方!」

「あまりにも失礼じゃ……!」

「ホントすいません」

 

 両手に荷物の入った紙袋―――しほから渡された軍資金で買った九州土産―――を持って所在なさげに立ったままの修景の謝罪は、多分麻子くらいにしか聞こえていなかった。というか、反応を示したのが麻子くらいしか居なかった。

 比較的冷静らしい麻子がケーキを突付くのを止めて、修景に視線を向ける。普段通りの眠そうな目だが、敵か味方か見定めるような観察の色が見受けられた。

 

 ―――つまり、彼女も現時点でみほに敵対するならば敵、味方するならば味方と、状況を定義しているということだ。

 第三者面をしているようで、この少女もまた自分の友人に対して吐かれた暴言に対して、自分を第三者としては置いていないということだろう。つまりバルカン半島だ。

 

「貴方達こそ、戦車道に対して失礼じゃない? 無名校の癖に。この大会はね、戦車道のイメージダウンになるような学校は、参加しないのが暗黙のルールよ」

「強豪校が有利になるように、示し合わせて作った暗黙のルールとやらで負けたら恥ずかしいな」

 

 そしてバルカン半島である以上、当然の如く飛び火する。

 立ち上がっている沙織、華、優花里相手に放たれたエリカの言葉に、座ったまま視線を向けずに痛烈な皮肉が麻子から飛ぶ。

 

 その皮肉に対し、憎々しげな視線を返すエリカ。

 そしてエリカの背後で『どうすんだこれ』と視線を交わし合う修景とまほ。

 

(おい、なんとかするぞ。この状況どうにか出来るのは俺らだけだろ)

 

 もはや導火線に火が付いた欧州の火薬庫(バルカン半島)の様相を呈しつつある現状に、しかしそれでも修景は姉にアイコンタクトを送る。

 そのアイコンタクトに気付いたまほも、何かに『はっ』と気付いたような顔をして、それに力強く頷きを返す。

 以心伝心。両者の絆が、サッカー日本代表ばりのきめ細やかなアイコンタクトを成立させる。

 

(ああ、勿論私もネギ塩派。だが、今何故そんなことを?)

 

 無理だった。

 10年の間、ほぼ姉弟をやっている西住まほと宮古修景だが、それでもアイコンタクトで以心伝心とはいかなかった様子である。

 この場合、受信と送信のどちらに問題があったのか。或いは両方か。

 とりあえずまほの力強い頷き(ネギ塩派)により、自分の意図が伝わったと確信した(間違った)修景は、素早く行動を開始する。

 

 幸いにして、両者の意図は状況の収拾で一致しており、受信送信の誤ったアイコンタクトはともかくとして、意思の統一は取れている。

 何故か状況も弁えずネギ塩について熱く語ってきた弟(※誤解)については、姉の中での変なやつ認定のみで事なきを得る。

 

「わり、まほ。これ土産」

「私にか?」

「ンなわけねぇだろ。この場は任せる。みほ、悪いが後で会う予定、ここで会えたんでキャンセル。土産はそこの姉から受け取ってくれ」

「え? え?」

 

 何か言う暇もあればこそ。修景は素早くエリカの手を掴んで、奥の席を目指していた所をUターンし、さっさと戦車喫茶の出口を目指す。

 いきなり引っ張られてバランスを崩しながら、掴まれて引っ張られる少女(エリカ)はその強引な行動に眦を吊り上げる。

 

「ちょっ……まだ話は! 宮古先輩、何するんですか!?」

「文句は後で聞く。すいません、店員さん急用出来たんで!!」

「いきなり手を握るなんてセクハラですよ!」

「返す言葉もない!」

「くっ……あんた達、覚えてなさぁぁぁぁぁ――――――」

 

 そして、『ボロは着てても心は錦』どころか、『制服着てても、心、ワニ式』とでも言わんばかりに大洗の面々に噛みつきまくっていたエリカは、戦車喫茶エクレールから身内の裏切りによる強制退去と相成った。

 流石にエリカも戦車道で鍛えてはいるので手弱女というほどか弱いわけではないが、体格差もあれば不意を突かれた事もあり、その強引な動きに抵抗できずに半ば引きずられるように修景に連れ去られたのである。

 

 捨て台詞も半端に掻き消え、残されたのは大洗女子戦車道チーム、あんこうチームの面々。そして修景から両手に紙袋を渡されたまほ。

 そしてまほは、立ち上がっている沙織、華、優花里へと―――いつもの鉄面皮のまま、ゆっくりと歩み寄る。

 その威圧感に三人は肩を寄せ合うようにして一歩退きかけるが、それでもなんとか胸を張り、沙織が代表するようにして、絞り出すようにして声を出した。

 

「……な、なによ。……なんですか?」

 

 一瞬、素の口調で。そして次に、相手がみほの姉―――つまり年上なのを思い出して敬語になった沙織。表情の読めないまほに気圧されたわけではない。多分。きっと。

 そしてそんな沙織に対して、鉄面皮(まほ)はゆっくりとした動作で―――

 

「……こちら、つまらない物ですが」

「あ、どうもご丁寧に……あれ?」

 

 修景から渡された土産物が入った紙袋を、まずは1つ手渡した。

 受け取った沙織が反射的に礼を言ってから、この威圧感と無表情で渡される土産物という状況に首を傾げる。果たして土産物とは、ターミネーター―――とまではいかずとも、ターミネーターの娘くらいの迫力はありそうな少女に無表情で渡される物だったか。

 首を傾げた沙織の横から、華が手渡された紙袋を覗き込む。

 

「まぁ……こんなに沢山。宜しいのですか?」

「妹がいつもお世話になっております……」

 

 そしていつもの無表情で―――この場に修景が居たならば、緊張と照れ隠しだと看破出来るだろうが―――お辞儀をするまほ。

 そして修景以上にまほとの付き合いが長いみほも、そのまほの表情の身内にしか分からないような僅かな変化を見て、緊張とトラウマで固まっていた顔を僅かに弛緩させる。

 先程のエリカの事もあり、姉はもしや自分を叱責に来たのかと思ったが、そういうわけでもなさそうだ、と。

 

 むしろ兄の言葉を信じるならば、母の説得のいちばん重要な部分を引き受けてくれたのがこの実姉なので、そこから大きく状況が変わっていない以上は叱責される謂れも無いのだが、黒森峰から逃げ出した負い目のあるみほは混乱でそこまで頭が回っていなかった。

 そして混乱するみほに向けて、まほが首を傾げながら言葉を向ける。

 

「―――みほ」

「っ、は、はい!」

「こういう時は『つまらない物ですが』だと逆に失礼にあたるのだったか? 『心ばかりの物ですが』の方が良かったのだろうか」

「……目上相手に『立派なあなたの前では、私が誠意をこめて選んだ品物もつまらないものに見えてしまう』という謙遜の意味で使われるのが、『つまらない物ですが』だ。行き過ぎた謙遜は嫌味になったり、品物を貶めることにもなるので、『心ばかりの物ですが』の方が安牌ではあるな」

「なるほど。では―――心ばかりのものですが」

「あ、ご丁寧にどうも……」

 

 みほに投げかけられた質問に対し、視線をケーキからまほに向け直した麻子が回答する。

 それに得心した様子のまほが、今度は優花里に紙袋を手渡した。なにせしほが渡した軍資金が気合の入った額だったので、修景が用意した土産もそれなりに量がある。結果として、土産物の紙袋が、ぎっしり詰まった物が一つでは済んでいないのである。

 なお、渡された優花里の表情は、得心どころか深まる困惑に存分に混乱していた。

 

 その様子―――つまりは戦車道が直接関わらないところでは極上の天然であり、フォロー役である弟が居た分だけ、成長するに従って悪化してきている感のある天然さで存分に周囲を混乱に叩き込む姉を見たみほが、弛緩した溜息を吐く。

 それを見咎めたまほが、再度みほに声を掛けた。

 

「……みほ」

「…………はいはい」

「はいは1回」

「はい」

「こういう時はお相手の人数分だけ紙袋に小分けにするべきだったか?」

「知らないよ、もう……。久しぶり、お姉ちゃん」

「ああ、久しぶりだな。まだ戦車道を続けるとは思わなかったぞ」

 

 西住流のスタンスと自分の志向の乖離、そこから始まり徐々に積み上がり、遂に昨年の全国大会で最悪の形で表出し爆発した、戦車道そのものへの苦手意識。

 その後のあれこれから姉への苦手意識もあったのだが、戦車道をしていた時の厳しい様子ではなく、家に居た頃の様子で接してくる姉に対し、みほの表情が自然と緩む。

 まほも、久々に妹と話せたことに喜んでいるようで、口の端に僅かな笑みが浮かんでいる。

 

 しかし内容自体は言い様によってはみほを指弾する物でもあり、まほのその言葉に困惑していた優花里が再度眦を吊り上げた。

 

「再度言わせて貰いますが、あの試合でのみほさんの行動は―――っ!!」

「あ、大丈夫優花里さん。お姉ちゃん、別に怒って言ってるわけじゃないから。ね?」

「……うん」

 

 そして肩を怒らせて優花里が言った言葉に、みほが横合いから手を振りながら慌ててフォロー。まほが心なしかショゲた様子で頷いた。

 先程のカミツキワニ(エリカ)と同じ制服―――つまりは黒森峰女学園の人間ながらも、随分と違った対応に対して、あんこうチームの面々も首を傾げる。

 はて、果たして彼女はみほの敵なのか味方なのか、はたまたどちらでもない中立か、と。

 

「良い意味で言ったんだが……。まぁ先のエリカの後では仕方ないか。エリカも、悪い奴ではないんだが……」

「エリカさんは―――」

「お前が悪くもあるしエリカが悪くもある。そしてそもそも、あの試合で隊長をやっていた私が悪くもある。まぁ向こうは修景に任せよう。ところで―――」

 

 まほは―――ここで初めて、身内以外からも分かるような柔らかい笑みを浮かべ、提案した。

 

「久々に会えたんだ。話したいことが色々ある。相席、良いか?」

「奢りだよね? お姉ちゃん、年上だもの」

「……………」

「あ、冗談だから。そんなに真剣に懊悩しなくていいから! ほら、メニュー。お姉ちゃん、何食べる?」

 

 そうして自然な流れで隣り合って座る西住姉妹。

 その姿に華は安心したような、沙織は『しょうがないなぁ』とでも言うような困ったような、優花里は西住家の姉妹仲が思っていたよりずっと改善される兆しを見せている事に嬉しそうな、麻子は口の端だけを僅かに上げるような、各々なりの笑顔を浮かべて。

 

 戦車喫茶エクレールにおける、黒森峰女学園の隊長・副隊長と大洗女子のあんこうチームの邂逅は、“正史”より随分大人しいものと相成ったのだった。

 ただし―――

 

 

□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

「ボロップ!」

「何やってるんですかぁぁぁぁ!! ローズヒップさん、今淑女どころか人から出てはいけない偶蹄目系の悲鳴が……というか大丈夫ですか、そちらの方も!」

「宮古先輩、息してますか? 宮古先輩!?」

 

 ―――何の歴史の修正力か。

 同刻、戦車喫茶エクレールを辞した修景とエリカは、別件で凄まじいことになっていたのだが。

 

 場所は戦車喫茶近くの市街地にある市民公園、そのベンチ横。

 紺色を基調とした落ち着いた色の制服に、全く似合わぬ落ち着きの皆無な動きでのた打ち回る紅色髪の少女―――ローズヒップ。その横で慌てたようにオロオロする、同じ制服姿の欧米風の外見の小柄な少女の名はオレンジペコという。

 そしてローズヒップの横に仰向けで倒れ伏す修景と、とりあえず修景を助け起こそうとするエリカ。

 

 それらを俯瞰しながら、やはり紺色の―――聖グロリアーナ女学院の制服を着た金髪の少女が、状況を総括するように呟いた。

 

「黒森峰の副隊長さん。貴方の学園に伝わるこんな言葉を知ってらっしゃるかしら?」

 

 冷静に、湯気の立つ紅茶―――ただし今は移動中なのでペットボトルだ―――を一口飲んでから、

 

「『これぞ殺人拳。人種の行き着く技の結晶よ!』」

「黒森峰黄金時代の黎明期、その独立遊撃手の人の言葉ですね。ですがダージリン様、お言葉ですがそれだとローズヒップさんが殺人犯に……っ!!」

 

 聖グロリアーナ女学院戦車道チームの隊長であるダージリンが、いわゆる“ドヤ顔”で格言を言い、その出典をオレンジペコが言い当てる。

 そしてキャアキャアと騒ぐ聖グロリアーナ女学院の面々。それを見ながら、倒れていた修景を引っ張り起こすように、とりあえず上半身を立てさせ、ゲホゲホやってるそのその背をさすりながら、エリカは半眼で思った。

 

 最近、その格言、並びにその関係者に縁があるなぁ―――と。

 

 何がどうしてどのような事故でこのカオスな現状になったかは、さて、少し時間を遡る。

 

 




前々から絡ませたかった聖グロ組、ちょっとだけ登場。

2019/03/20
ローズヒップ師匠とオレンジペコ先生の互いの呼称を整理。
ドリームタンクマッチ情報で、互いに「さん」付とのこと。


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少年、ガセネタを掴まされていた事に気付く

※エスプレッソソーダとペプシモンブランについては、実際に飲んだ感想ですがネガティブな感想を出しております。
 味覚には個人差がありますことをご了承下さい。
 
 尚、見た目から明らかに年下なペコとローズヒップにはタメ口ですが、同年代くらいで初対面のダー様相手には崩した敬語な主人公。


 さて、事の発端は聖グロリアーナの代表として抽選会に来ていたダージリンと、その随行で来ていたオレンジペコとローズヒップが、とある光景を目撃したところまで遡る。

 

「離してってば! ああもう、分かったから、今更逃げて戻ったりしないから!!」

「良いから今は距離稼ぐぞ。ウチの妹は時々、アホのような行動力を発揮するんだ。追ってこないとも限らないだろ」

 

 都市部にある市民公園。喫茶エクレールを飛び出して、幾つかの区画を突っ切ってきて、その中を通り抜けようとしていたエリカと修景である。

 傍目から見れば体格の良い少年が、銀髪美人のお嬢様の手を無理矢理に引っ張ってどこかへ連れて行こうとしているように見えなくもない。というか、そうとしか見えない光景である。

 

 実際にはここまで来る間にエリカの頭も多少は冷え、最初ほど本気で抵抗はしていない。むしろこの時点では怒りから来る反抗ではなく、気恥ずかしさの方が勝っている。

 忘れられがちだがエリカは相当な箱入り娘(パンドラボックス)。同年代の男性と手を繋いだ機会など、小学校のフォークダンスや遠足まで記憶を遡る必要がある。

 

 同年代の男性―――それもそう仲が悪くない相手に手を握られているという事実に、思わず敬語も抜け飛んで顔を真っ赤にするエリカ。

 しかし傍目からすれば、全身全霊を込めて抵抗しているように見えなくもない。少なくとも、その日の宿に荷物を置いて、チームの皆への土産でも買おうかと話し合いながら歩いていた聖グロ三人衆にはそう見えた。

 

「ダージリン様! あ、あの制服って黒森峰の人ですよね? 確か、副隊長の……」

「逸見さんね」

「そうです。あの……どうしましょう、警察に電話した方が良いんじゃ……! あっ、いや、それより誰か男の人を呼んで―――」

 

 オレンジペコがわたわたとした様子で懐から古式ゆかしいガラケーを取り出そうとしているのを、ダージリンがそっと手で制し、

 

「ローズヒップ」

「はいっ!」

「やりなさい」

「はいッ!!」

「ええっ!?」

 

 ダージリンを挟んでオレンジペコの逆側に控えていた、聖グロ随一の俊足が解き放たれた。流石に生身では聖グロ一の俊足の称号は陸上部に譲るものの、100m12秒台という『お前陸上部入れよ』という評価を体育教師から頂いた恵まれたフィジカルが炸裂する。

 一歩で初速、二歩で加速、三歩でトップスピードという加速の良さは、それ単体で見れば聖グロ陸上部の短距離走者以上。小柄軽量なローズヒップならではの出力重量比の高さは、筋量の差で陸上部に最高速では負けるものの、加速ならばそれ以上の物を実現するのだ。

 そしてトップスピードに乗った紅色の弾丸(ローズヒップ)は、

 

「とぉぉぉぉぉう!!」

 

 淑女というより南斗水鳥拳伝承者、或いは神戸生まれのお洒落な重巡のような怪鳥音と共に、跳躍。暴漢(修景)へと飛び掛かる。

 30cmを超え、40cmにすら近いかもしれない身長差など何のその。鈎のようにL字になった腕が、修景の首を引っ掛ける。

 その闖入者に驚いたのは、当然ながら被害者の修景もそうであるが、要救助者(※聖グロ視点)のエリカもである。

 

「ゴボッフ!!」

「宮古先輩!!?」

「あら?」

 

 基礎体力そのものはバイトでそれなりに鍛えられているが、運動神経に優れているわけではない修景が回避もできず直撃を喰らい、『ぐは』とか『痛い』ではないマジ悲鳴が出て。

 突撃の運動エネルギーを受け止めきれずに、そのまま倒れそうだった修景のその手を、慌てて両手で握ってエリカが支える。

 

 さて、運動エネルギーの保存という法則がある。

 ローズヒップがその小柄な身体にトップスピードを乗せて放ったボンバーは見事に修景の首を引っ掛け、そのままならば暴漢(修景)を地面に引き倒す事に成功していただろう。

 しかしそこで、被害者(エリカ)暴漢(修景)を支えた事で話がややこしくなる。

 

 本来であれば修景の身体を引き倒すのに使われる筈だった運動エネルギーが、行き場をなくして修景の首の骨を破壊―――することは、どちらにとっても幸いな事に発生せず。

 体格の良さもあって割合頑健な修景の首はその突撃に耐え切り、逆にローズヒップの身体が修景の首と引っ掛けた腕を支点として、逆上がりの出来損ないのように『くるん』と90度ほど回転し、そこで運動エネルギーは使い切られた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 運動エネルギーが使い切られた以上、後は万有引力の法則に万象、之、只従うのみ。

 半端な逆上がりのような姿勢だったローズヒップが、その姿勢のまま地面に落ちた。だいたい修景の首の高さなので、1m50cmほどの垂直落下だ。しかも受け身も取れず背中から。

 

「ボロップ!」

「何やってるんですかぁぁぁぁ!! ローズヒップさん、今淑女どころか人から出てはいけない偶蹄目系の悲鳴が……というか大丈夫ですか、そちらの方も!」

「宮古先輩、息してますか? 宮古先輩!?」

 

 そして偶蹄目系の悲鳴と共にのた打ち回るローズヒップに、慌てて駆け寄るオレンジペコ。その横で仰向けに力なく崩れ落ちた修景を、慌てて介護するエリカ。

 その光景を見ながら、ダージリンは首を傾げる。思考、数秒。そして納得。あ、これ勘違いかと、聖グロリアーナの隊長を務める才媛は自分の中で回答を出し、納得して満足して、紅茶を啜った。ペットボトルの。

 

「黒森峰の副隊長さん。貴方の学園に伝わるこんな言葉を知ってらっしゃるかしら?」

 

 そして納得ついでに状況を俯瞰しながら。彼女はいつものように、余裕のある―――人を食ったようなドヤ顔で言うのだった。

 

「『これぞ殺人拳。人種の行き着く技の結晶よ!』」

「黒森峰黄金時代の黎明期、その独立遊撃手の人の言葉ですね。ですがダージリン様、お言葉ですがそれだとローズヒップさんが殺人犯に……っ!!」

 

 概ねこれが、戦車喫茶エクレールにて西住姉妹が久々の再会を、“正史”よりも遥かに穏やかな形で迎えているのと同時刻に起きている酷い事象の発生顛末であった。

 

 

□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

「……聖グロリアーナでは、初対面の相手にラリアットをかけるのが挨拶なの? 淑女の学校も変わったものね」

「違いますわ! 腕がL字になっていたでしょう? ラリアットではなく、ボンバーですの!!」

 

 そして、数分後。

 上体を起こしている修景の背を、横に女の子座りで座ってさすりながらのエリカが告げた言葉に、なんとか状態異常:スタン(※自爆)から復帰したローズヒップが、こちらはあぐらをかいた姿勢で反論する。

 そこ重要なのかよと半眼になるエリカ。公園の自販機で人数分の飲み物を買ってきたオレンジペコが、エリカに同意するように小首を傾げて口を開いた。

 

「それって何が違うんですか? 同じような物じゃ……」

「天空の城と天空の茨城くらい違うのですわ!!」

 

 茨城、天を翔ける。

 

「その前に」

 

 『ラリアットはこう、ボンバーはこう!』と腕を振り回すローズヒップに対して、一人だけ優雅にベンチに腰掛け、午後の紅茶(レモン)をペットボトルで飲んでいるダージリンが制止の声をかける。

 

「ローズヒップ、我々はとんでもない勘違いをしていたみたいね。逸見さん、申し訳ありませんでしたわ。そちらの男性も」

「あっ……ご、ごめんなさいですわ。首、大丈夫ですの?」

「……あ゛ー……」

 

 慌てたようにローズヒップに覗き込まれ、修景は顔を上げる。実際、まだ首に鈍痛はあるが、骨や筋がイッたとかムチウチとかの痛みではない。

 軽く動かしてみて問題なしと判断し、打撃を受けた喉の調子を軽く咳払いして整えてから、修景はそのローズヒップの謝罪に静かに応じた。

 

「ゴッロォス……」

「ぴいっ!?」

「み、宮古先輩、落ち着いてください! 私達のさっきの姿にも落ち度はあったし、流石にそこまでは!」

「冗談だ。まぁ意趣返しだと思っとけ、ちんまいの」

 

 静かに重く呟かれた『ゴッロォス……』にローズヒップが座ったまま悲鳴とともに後退するが、それを見て満足したように修景は、今度は普通のトーンで返答し直す。

 自身の癖毛を掻き毟るようにガリガリやりながら、小さく溜息。

 

「一度冷静になればそういう判断も出来るんだから、ああいう場で瞬間湯沸かし器になってくれるなよ、逸見さん……。あー、とにかくアレだ。傍目、俺が逸見さんを連れてこうとした暴漢かなんかに見えてたんだろ? 対処の物理レベルはともかく、そもそも公共の場でそういう風に見られるやり取りをしてた俺らも悪い。つーわけで、今の意趣返しでトントン。これでいいか?」

「……それだけだと悪いので、せめてこれでも。お好きなものを取ってください。逸見さんも良ければ」

「お、悪い。ありがとう」

「……それじゃ、お言葉に甘えるわ」

 

 オレンジペコが苦笑しながら差し出してきた自販機飲料から、修景とエリカは各々適当な飲み物を受け取って蓋を開ける。

 一口、ぐいと茶を飲んでそれで人心地ついた修景が、ふぅと静かに息を吐く。

 その背を見ながらエリカも自分の飲み物(ジンジャーエール)を口にした所で、

 

「本当にごめんなさいね。逢引(デート)を邪魔してしまって」

「ゴッフォォアッ!!」

「冷てぇ!?」

 

 ダージリンが申し訳なさそうに言った言葉に、そのジンジャーエールが全て毒霧と化して修景の背にぶち当たった。

 背中にそれを食らった修景が飛び跳ねるが、正面を向いてなかったのはエリカ、修景の互いにとって幸いだったと言うべきだろう。口と鼻からジンジャーエールを噴出する姿を見られなかったという意味と、自身の姉妹と縁深い美人さんのそんな姿を見なくて済んだという意味で。

 

「ゲホッ……! ちょっ、逢引って……!!」

 

 ゲホゲホと咳をし、ポケットから取り出したハンカチで顔を拭きながら、鼻に入った炭酸飲料で涙目のエリカがダージリンに食って掛かる。

 その様子にダージリンは首を傾げ、

 

「黒森峰は例年、隊長と副隊長が来ていたでしょう? まほさんがご用事があったというわけでもなければ、貴方は一緒に来た隊長を放置して男性と逢引をしていたのでは……」

「……隊長は、今、みほと会ってるのよ」

「まぁ、みほさんと。その間に逢引だったのね」

「だから逢引じゃないってば!!」

 

 顔を真赤にして怒鳴るエリカ。どこ吹く風で軽く小首を傾げる程度の反応のダージリン。

 ジンジャーエールでベトベトの背中を気にしながら、修景はその会話に割って入る。

 

「むしろそれであったらどれだけ良いかって感じなんですが……と言うかそろそろ俺ら自己紹介したほうが良くねっすか?」

「あら、そうね。私のことはダージリンとお呼び下さい」

「だーじりん」

 

 間。

 名乗ったダージリンが不自然に感じるほどの間を置いてから、修景が愕然とした様子で叫んだ。

 

「和服黒髪大和撫子はッ!?」

「宮古先輩、その話題結局隊長に拒否られてどこまで辿ったんですか? いや別に良いです。そこまで先輩の趣味に興味ないですから。でもそれガセ掴まされてますよ」

「ごめんなさい、話が全く見えないんですけど」

 

 珍しく英国面(ダージリン)が困惑顔で突っ込みに回った反応を返し、それにエリカが嫌々そうな視線を向ける。

 嫌々な視線はダージリンと修景を往復し、これ見よがしに溜息一つ。

 

「宮古先輩―――この人の学園艦が男子校らしいんですよ。だから、お嬢様学校の戦車道リーダーってどんなものだろうって話題が以前出まして。あっちこっちに聞いて回った挙句、最終的になんか凄いガセ掴まされたみたいですけど」

「あらあら。まぁ、男子校ってそういうものなのかしらね。でも、逸見さんのお知り合いなら、もっと近いラインでまほさんも居るのではなくて? 黒森峰だってお嬢様学校なのに」

「「……あー」」

 

 その言葉に修景とエリカが、異口同音に困ったような声をあげる。

 その反応はどういう意味かと聖グロの三名が見守る中で、修景がガシガシと手荒く自分の癖毛を掻き回すように頭を掻いた。

 

「……宮古修景。西住家の、まぁ居候みたいなもんです。まほやみほとは、姉兄妹(きょうだい)みたいなもんで」

「宮古―――」

 

 そして、その言葉に何かを考え込むような仕草をダージリンが見せる。

 そのダージリンに、全員が選び終わったので余った飲み物―――エスプレッソソーダ(ボトル)―――を渡しながら、オレンジペコが何かに気付いたように『あっ』と声を上げた。

 

「西住家に縁深い宮古、となりますと。それこそ先程、隊長が言った言葉の発言者の人じゃないですか? 『これぞ殺人拳、人種の行き着く技の結晶よ!』の」

「……それで伝わってるので凄く認めるのが恥ずかしいんだけど、それ俺の母さん。んで、俺がガキの頃に母さんが亡くなって、親族誰も居ないわ親父は離婚してるわで、色々あって西住家に引き取られたんだわ、俺」

「「「………うわぁ」」」

「さらっと言いますけど、それ聞かされる側からすると、貴方の人生かなり重いですよ宮古先輩……」

 

 さらりと告げられた重い人生に、咄嗟のコメントに困っているらしい聖グロ勢を見ながら、エリカが深く溜息を吐きながら横合いから口を挟む。

 

「今回の抽選会には、別件で―――というかみほの関係で、宮古先輩も同道してたんです。ただ、先程みほと戦車喫茶で会いまして……」

「逸見さんが瞬間湯沸かし器の如くみほに対してキレましたので、まほだけ残して俺が引っ張ってここまで連れてきましたとさ」

 

 そして続けざまに語られた事情説明に、ダージリンが紅茶―――は飲みきっていたので、新たに渡されたエスプレッソソーダ(500ml)を優雅に傾けながら疑問を呈する。

 

「マズッ!? ……あら、逸見さん。みほさんと仲が悪かったのかしら? あんなに良い子ですのにこれマズッ!?」

「不味いか喋るかどっちかにしてください。……良い子なのは、知ってるんですよ。だけど去年の決勝戦の事とか、その後の事とか、色々あって。あの子にとって私は、友達ですらない存在だったのかとか―――色々」

「そう……そちらの事情も複雑そうね。このエスプレッソソーダの味のように複雑で、っていうか不味ッ!!」

「人の悩みを失敗飲料で例えないでくださいこの英国面!!」

 

 喋る内容を聞かなければ優雅に見える様子で―――ただし、一気には飲めない様子なのでチビチビと―――エスプレッソソーダを飲みながらの言葉にエリカが噛み付く。

 なお、ダージリンはそれには特に反応を返さずに、自分の横で午後の紅茶のペットボトルを開けたオレンジペコに、どこか懇願するような目を向けて話を振る。

 

「ねぇ、ペコ。私と飲み物をトレードしない?」

「お断りします」

「というか、ねぇ、ペコ。貴方何を考えてエスプレッソソーダなんか買ったの? これ明らかに見えている地雷よね?」

「渡す順番次第ですけど、ローズヒップさんに行ってもダージリン様に行っても、普段の意趣返しにはなるかなぁと」

「反抗期ッ!? ローズヒップ、貴方からも何か言っておやりなさい!」

「……ダージリン様。このペプシモンブラン、超不味いですわ……」

「貴方、さっきから静かだと思ったら……」

 

 ダージリンが憐れみの視線を向ける先。

 そこでは地面にあぐらをかき、しばしば地雷商品を販売するチャレンジ精神旺盛な企業の暗黒面が顕現した炭酸飲料を、死んだ目で飲んでいる紅色髪が居たのだった。

 

 




聖グロ面子が楽しすぎて話が進まず分割。
なお、分割後の部分でも脱線するローズヒップとダージリンが居る模様。

2017/03/06 挿絵追加。いつもありがとうございます!!

2019/03/20
ローズヒップ師匠とオレンジペコ先生の互いの呼称を整理。
ドリームタンクマッチ情報で、互いに「さん」付とのこと。


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少年、少女との関係を定義する

 緊急のお知らせです。
 作者が実際に飲んだことがあったのはエスプレッソソーダではなく、スパークリングコーヒーだったことが判明しました。

 全国のエスプレッソソーダの皆様におかれましては、前話にて飲んだこともないのに酷評したことをお詫び申し上げます。


 誤解も解ければ、後は同じ戦車道女子同士。そして、特にエリカとダージリンはそこまで親しいわけではないが、別段仲が悪いわけではない顔見知り同士。

 学年の差や立場の差はあれど、雑談に花が咲く。

 

 やれ、みほが全く相談もしてくれなかっただの、ああいう場所に行こうとか誘ってくれた事とか無かったのにだの、あの子の実力を大洗みたいな新設校で本当に発揮しきれるのかだの、やっぱり私がついてないとダメなんじゃないかだの。

 OG会がマチルダを増やせと言ってきただの、OG会がクルセイダーを増やせと言ってきただの、OG会がチャーチルを増やせと言ってきただの、OG会(※マチルダ会、クルセイダー会、チャーチル会の3種)が先週に至っては各種日替わりで3日連続で来ただの。

 

 ―――前言を撤回する。雑談に花が咲くどころか、ベンチ横の芝生の花が枯れそうな勢いで、エリカとダージリンは黒い空気を周囲に撒き散らしながら愚痴を吐き合っていた。というか、互いにみほの愚痴とOG会の愚痴しか言っていない。

 友人から西住姉妹へのレズ疑惑を割と本気で心配されている逸見エリカと、聖グロの負の伝統であり戦車道の資金源でもあるOG会からの過干渉に悩まされるダージリン。

 双方、『相手が同じ競技の中で一定以上認める相手であり、しかし遠い立場の相手である』という事から、逆に心理的枷が外れ、どちらからともかく普段は言えない愚痴が出るモードに移行しているようである。

 放っておけば世界観無視して魔王でも召喚できそうなレベルで暗黒物質(ダークマター)垂れ流しの愚痴を吐き合っているエリカとダージリン。気のせいか、その2名の周りだけ明度が低い。

 

 その両者が座るベンチから意図的に少し離れた別のベンチでは、修景、ローズヒップ、オレンジペコの順番で並んだ3人が、各々自己紹介も終わり比較的平和な雑談に興じていた。

 良家の一人娘なオレンジペコは年上の男性である修景相手に気後れしている部分があったようだが、十八人家族(兄嫁、甥、姪含む)というテレビ特番に出れるレベルの大家族の子であるローズヒップは修景相手にも気後れなど無い。

 修景は元々口達者な方ではあるし、姉(※12日差)と妹に挟まれた身であることから、幸いにして男子校学園艦に通う身でありながらにして、女性相手にも話し慣れている部類だ。というか、そうでなければエリカ相手にももっと気後れしていただろう。

 

 ともあれ、互いに気後れが無く話せるローズヒップと修景が軸に、そこにオレンジペコがおずおずと加わるという形で、こちらの雑談は和やかなものだった。

 ローズヒップの騒がしさやあぐら座りについて、修景が聖グロっぽくないと指摘して、ローズヒップが十八人家族で生き馬の目を抜く食事争奪戦などを超えてきたと胸を張って言い、オレンジペコが『これでも中等部に入ってきたばかりの時に比べると大分マシになったんですよ?』と苦笑してみたり。

 かと思えば宮古母についての言葉を知っていたオレンジペコに、ローズヒップがそれは有名人なのかと問い、黒森峰の黄金時代、その黎明期についての逸話をオレンジペコが幾つか披露して、ローズヒップと修景がそれに聞き入る事もあった。

 

「シチュエーションとしては惜しかったと思うのですわ」

 

 話題があちらに飛びそちらに飛び。彼方で暗黒物質が愚痴と共に垂れ流されて、そろそろ魔王召喚の儀ができそうなラストダンジョンめいた空気になっているベンチからは意図的に視線を逸らしながらの他愛ない雑談の中で、不意にローズヒップが呟いた。

 さて、何のことかと修景とオレンジペコが首を傾げると、得心したように頷いたローズヒップが言葉を続ける。

 

「先程の、宮古さんとの激突です。ボーイ・ミーツ・ガール。出会いは突然に、曲がり角での正面衝突など定番ですわ! 聖グロは男性との出会いが少ないのでしてよ!」

 

 その言葉にオレンジペコが合点がいったというように苦笑する。

 どうやらローズヒップのその言葉に、少しか共感する所もあったようだ。

 

「良い所のお嬢様が多いから、許嫁が居るという人も多いんですけど……。OG会の人とか見てると、見合い婚や許嫁との婚姻と、後は恋愛結婚が各々1/3くらいで。恋愛結婚って女の子の憧れですけど、確かに異性との出会いは少ない環境ですよね」

「実家に帰れば甥の友達とかが遊びに来てたりすることもあるのですけど」

「ちんまいの。お前くらいの歳から若いツバメ狙いは犯罪臭凄いぞ」

「誰も狙ってなどいませんわ、失敬な!」

 

 人を食ったような笑みで揶揄するような修景の言葉に、ローズヒップぷんすこと頬を膨らませる。喜怒哀楽が顔にはっきり出る少女だ。

 ちなみに修景の方は背中がジンジャーエールでべっとりして気持ち悪いが顔には出さない。顔に出ないタイプというより、もはや単なる意地である。何に対しての意地なのかは知らない。多分本人も分からない。

 

「別に焦ってるわけでも、宮古さんがタイプというわけでもありませんけど」

「おい」

「シチュエーション的にだけはあと一歩で王道、という感じでしたのよ。ね?」

 

 『少女漫画みたいな!』と、少し前のぷんすこをもう忘れたかのように、腕を振り回してキャイキャイと楽しそうに言うローズヒップ。

 その言葉に、しかしオレンジペコは苦笑しながら、ついでに修景の控えめな抗議も聞き流しながら首を振る。

 

「さっきのローズヒップさんのラリアット程ではなくても、」

「ボンバーですのよ」

「……ボンバーほどではなくても。正面衝突は危ないし、怖いですよ。走ってる最中にぶつかっちゃったら、怪我しそうで」

 

 そう言うオレンジペコは、確かに戦車道女子の中でも特に小柄な部類の少女だ。同じ小柄な少女でもローズヒップのように活発な印象も受けず、なで肩気味の体型もあり、更に一段階華奢に見える。

 修景との身長差など、比べてみればほぼ40cmに達するだろう。

 そんな彼女からすれば男性との正面衝突は、憧れというよりも『交通事故』に近い印象の物らしい。とはいえ、彼女もその細腕で重戦車であるチャーチルの装填手を務めているので、体力や筋力がないというわけではないのだろうが。

 

 そしてそのペコの言葉に、修景とローズヒップが納得したような声を上げる。

 

「確かに、このちんまいのみたいな勢いで突撃カマしたら反動も大きいだろうしな」

「実際、凄い痛かったですわね。曲がり角での正面衝突だけだと危険ですわ。それなら―――あっ、女性の方を格闘技の達人という設定にすれば危なくないですわ!」

 

 オレンジペコの脳裏に、曲がり角からの鉄山靠(背面衝突)で男子生徒を吹っ飛ばす女子生徒の姿が思い描かれた。出会いは突然にとはいうものの、殺傷力が高すぎて最早暗殺の領域だ。

 脳内でジャンルが少女漫画からギャグ漫画に変わった。

 

「それだと今度は野郎のが危ないぞ。少女漫画に出て来るような線の細い野郎が、格闘技の達人の鍛えられた足腰での突撃に耐えられるとも思えん」

「では、男性も達人という事に」

 

 更に続けられる修景とローズヒップの会話を聞くオレンジペコの脳裏で、曲がり角で出会い頭に鉄山靠と発勁をぶつけ合う男女の姿が思い描かれた。映像ついでに、通学路に響く達人同士の激突による砲撃のような衝撃音も脳裏に浮かぶ。

 ジャンルがギャグ漫画を通り越して、学園格闘バトル漫画に変わった。

 

 ペコ以外の2名も沈思黙考。どうやらだいたい似たような結論に達したようで、修景は笑いを堪え、ローズヒップはイメージが理想と大分変わってきたことに首を傾げている。

 

「……それ、よくある『いったぁ~い! ぶつかっちゃった!』とかいう台詞は出て来ないよな?」

「達人同士の正面衝突ですものね……」

「というか、達人が曲がり角の向こうの相手の気配に気付かないとか無いよな」

「つまり、両者確信犯でやってますのね。でしたら、宮古さん。そこまで至ったならば、その状況ではどんな台詞が相応しいと思いますの?」

「『中々の巧夫(クンフー)……名を名乗れ』」

「……おかしいですわね。主人公が運命の人と出会うシーンが、武侠か何かのようなノリに……」

 

 首を傾げるローズヒップを他所に、オレンジペコの脳内映像は遂に学園格闘バトル漫画を超え、そのジャンルは武侠小説に至った。

 多分ラストは悪党どもを共闘してぶちのめした後に起きる、達人の本能故に譲れない、主人公と運命の人(宿敵)の決闘だ。多分どちらかが、或いは両方が死んで物語が終わる。

 

「……もう少女漫画からジャンルが掛け離れすぎて脳内映像イメージがシッチャカメッチャカになってますので、話題変えますけど。出会いと言うなら、宮古さんと逸見さんはどこでどうお知り合いになったのですか?」

 

 このまま話題を続けていくとどこまで話がオーバーランするか分からないので、オレンジペコは話題を変える。

 別に何か目的があって雑談しているわけでもないので、内容としては先の続きと興味本位が半々程度だ。

 その言葉に修景は『あー』と視線を空に向け、思い出すように数秒。

 

「……そういや、逸見さんからの初挨拶は『ごきげんよう』だったな。しかも大分どもった感じの」

「逸見さんのイメージと結構違う出会いですね」

「その後、最終的にレストランのバイト店員に、『次に来る時は末期のハイクを用意しておけ』という副音声が付きそうな営業スマイル向けられて別れたのが出会いの初日」

「すいません、逸見さんのイメージ以前にその出会いから別れまでで何が起きたんですか貴方達」

 

 途中を抜かして語られた出会いと別れに、思わずオレンジペコが頬を引きつらせた。逆にローズヒップは興味津々という様子で修景側に身を乗り出す。

 

「それだと全く伝わりませんわ! もう少し詳しくお願いしますの!」

「んー、まぁぶっちゃけまほに会いに黒森峰に行った時に、まほが居なくて対応してくれたのが逸見さんってだけ。その後、みほの転校絡みの話をするのに、みほの黒森峰で一番仲が良かった友達だからということで、まほの紹介で同席する事になった」

「……なにかこう、もう少し劇的な何かはありませんの?」

「あったぞー。うっかりみほの事を貶めるような発言をしかけたら、逸見さんマジギレしてな。最終的にはレストランの店員さんに『余程惨たらしく死にたいと見える』というような営業スマイルで注意された」

「一番劇的な印象があるのは、傍から聞いているとその店員さんなのですが……」

 

 同刻、黒森峰学園艦のレストランにて一人の少女がくしゃみをしているが、彼女が本筋に深く関わることはこれまでもこれからも無いので割愛する。

 

「まぁそれを切っ掛けに、この4月からは色々話すようになったな。黒森峰に泊まった時には、戦車博物館の案内もして貰ったし。おかげで、母さんが生前使ってた戦車とか見れたし。パネル展示だけど」

「さらっと『母さんが生前』とかいう言葉が出てくる辺り重いですね……」

「あんま気にされても困るからそこは気にするな。まぁ……知らなかった色々が知れて、俺としては有り難い限りだったけどな」

 

 言いながら、修景は黒森峰学園艦の戦車道記念館で見た写真を思い出し、その母譲りとしか思えない自身の癖毛を弄ぶように手で弄る。

 7歳で死別の為、母の印象は修景の中ではややぼんやりとしたものだ。自身の中に、明確に母から繋がる何かがあると見つかっただけでも、あの過去探訪は彼にとっては価値があったと言えるだろう。

 

 そして、その過去探訪に付き合ってくれた銀髪の少女。姉が信頼する副隊長であり、妹の“元”親友だったと思しき少女との、ここ暫くの付き合いを思い出す。

 LINEで会話のホームランコンテストのようにお互い好き勝手な事を言い合ったり、情報交換をしたり、相談をしたり、愚痴を聞いたり。会話内容は色々あるが、しかし思い返してみればそれらには一定の共通項があった。

 結局、宮古修景と逸見エリカが話す内容は、大なり小なり『西住』絡みなのである。

 

「みほの事、まほの事、戦車道の事……考えてみりゃ、俺と逸見さんで話してる話題は西住家に関わるような事ばっかか。そういう意味では、似たもの同士なのかもな」

「……今日もそうだったんですか?」

「まぁなぁ。来る新幹線の中ではまほが居た―――つーか俺半分以上寝てたんだが。さっき戦車喫茶で、みほの転校先―――大洗の人らと逸見さんが大喧嘩したけど、あれも『西住』絡みだろ?」

 

 言った修景は小さく溜息。

 見たくはないが、暗黒物質の発生源と化している少女2人の座るベンチへと目を向ける。遠くからランニングしてきた通行人がその少女2名を見て、慌ててランニングコースを変えたのも目に入った。責める事はしない。誰だってそうする。(修景)だってそうする。

 

 ともあれ、今は暗黒物質製造機となっている逸見エリカ。

 彼女の言動を思い返し分析すれば、出て来るのは西住姉妹への高い評価と親愛だ。みほへの辛辣な対応も、それが裏返っている物に過ぎない。むしろ大洗に行った今でも、エリカはみほの実力を非常に高く評価しているきらいがある。

 そして同時に、西住姉妹もエリカの実力を高く評価している。そうでなければ、まほはエリカを副隊長に任命などしないだろうし、みほもエリカが自分の後に副隊長となった事を当然のように受け止めなどしない。

 

 ―――その立場が、修景からすればどうしようもなく羨ましい。

 戦車道は女子の武道だ。故に、その一大流派の宗家に引き取られた身であり、恩義も親愛も大いにある身でありながらも深く関われない修景からすれば、まほやみほに信頼され、その隣に立って戦い得るエリカの立場が眩く見える。

 エリカからすれば修景の、まほからもみほからも信頼されており、なんでも話せる間柄であるという立場こそ羨ましいようなので、以前黒森峰でノンアルコールビール片手に語り合った時のように、『隣の芝生は青く見える』という事なのだろうが。

 

「……よくわかりませんけど」

 

 どこか遠くを見るような目で、自らとエリカの立場について考え込み始めた修景。

 その様子を見ながら、しかしローズヒップは彼女らしく、遠慮なく切り込んだ。

 

「つまり、逸見さんと宮古さんは『西住』を支え、或いは関わっていく同志ということですの?」

「―――」

 

 そして、その遠慮の無さと一直線さは、時として当人たちすら気付いて居なかった事実にぶち当たる。

 ローズヒップの言葉に一瞬虚を突かれたような顔をした修景は、最初は小さく、しかし徐々に声を堪えきれなくなったように声を出して笑いだした。

 

「くくっ……あはははっ! なるほど、同志。同志ね。言い得て妙だわ。良いぜ、ちんまいの。俺と逸見さんの関係を言い表すには、結構しっくり来るわそれ」

「褒められましたわ! ……褒められてますのよね?」

「うん、多分。ローズヒップさんってたまに鋭いですよね。車長としての判断とか、観察眼とか」

「褒められましたわ!」

「いや、今のは褒められたのか? “たまに”以外の部分について言及されていないが良いのか?」

 

 両手を上げて快哉を叫ぶローズヒップに、修景が半眼でツッコミを入れるが、当人はどこ吹く風だ。

 その様子を見て、修景が何か揶揄するようなことを言おうとするが、その前に彼の懐の中でスマホが小さく振動する。

 

「……あ、ワリ。なんか来た」

「メールですか?」

「LINEだな。あ、噂をすれば西住というか。まほからで―――」

 

『弟。みほ達とは色々と話したが、無事に解散したぞ。これから近くの戦車博物館を回りたいから、タクシー呼んで迎えにこれないか?』

 

 間。数十秒。

 

『おい、修景。既読が付いたのは見えたぞ。エリカにも送っているんだが返事がない。……修景? とりあえず、今日泊まるホテルに荷物置いて待ってるから、返事を頼む』

 

 その時点でLINEを切った修景は、少し離れたベンチに座っているエリカに目を向ける。

 いつの間にか暗黒物質生成(愚痴吐き)をやめてスマホを手にしていた彼女と目が合った。

 

「……放置しても今日泊まるホテルには行くみたいなんで、気付かなかった事で」

「既読付いた事については」

「ポケットの中での誤操作」

「それで」

 

 宮古修景と逸見エリカは、恐らくその人生の根幹の深くに『西住』が食い込んでおり、当人達も望んでそれを支え、或いはそうならずとも深く関わる事になる同志である。

 同志であるが―――両名ともに頷き合いながら、敬愛と尊敬はしているがそれはそれとして金銭感覚と計画性が不安な西住まほによるタクシー召喚要請は、そっと放置する事に決める。

 共犯者の表情で頷き合う同志達(修景とエリカ)に、聖グロの3人はどういう意味かと首を傾げるのだった。




 最初はダージリンとローズヒップと修景という組み合わせでの会話でしたが、話が脱線した先から脱線を繰り返したため、大幅な修正でダー様ではなくペコが加わっての会話となりました。

 なお、まほ姉はサイドも次回に少し。

2019/03/20
ローズヒップ師匠とオレンジペコ先生の互いの呼称を整理。
ドリームタンクマッチ情報で、互いに「さん」付とのこと。


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少女、風呂に入る

 ローズヒップ師匠の髪を見直したら、桃色というより紅色系だったので、前話までの色描写をちょっと修正しました。


「おかしいな。修景から返事がない。……エリカもか」

 

 戦車喫茶エクレールを出て、いざ大洗の面子と別れようかというところで、スマホの画面を見ながらまほが首を傾げた。

 喫茶店の出口から少しずれ、人の流れに邪魔にならないように道の端で、沙織が『折角陸に来たんだから色々寄っていきたい!』と主張し、大洗の面々がどこへ行きたいあれを買いたいなどと各々の意見を主張しているのと同タイミングだ。

 ここでまた暫しのお別れかと思い、姉の様子をチラ見していたみほがその様子に気付き、一言断って大洗の面々の輪を離れる。

 

「みんな、ちょっとごめん。……お姉ちゃん、お兄ちゃんと連絡付かないの? 大丈夫?」

「ああ。宿の位置はプリントアウトした地図も持ってきてるし、問題はない。……ただ、日中に何箇所か回ろうかと、あいつの財布をアテにしていたのだが」

 

 逃げたな。末の妹は兄の行動をすぐに看破したが、敢えて言葉に出しはしない。

 末の妹から見ると、姉と兄は基本仲が良いのだが、互いに対して本当の姉弟ばりに遠慮がない。時々―――みほ本人はそこまで察せていないがみほ絡みだと互いに即座に同盟を結び、異様な結託力を見せるのだが。

 そうじゃない場合、互いに対しては本当に真面目な話以外は基本は雑、かつ自己責任だ。

 

 責めはすまい、というか敢えて何も言うまいと、末の妹は思う。

 中学2年の冬休みだったか、新聞配達のバイトにかまけての午前の授業での爆睡について、先生から一言注意が入った通信簿を持った兄が、青褪めた顔で『せめてお前も同席してくれ』と姉に声を掛けた時があった。

 その時の姉の逃げっぷり、気配の消しっぷりは忍者もかくやというもので、同じ屋敷に居るはずなのに半日掛かってもその姿すら修景とみほは発見できなかったのである。忍道履修をしていたならば、成績は10段階評価で10間違いなしだ。

 

 結局、肩を落として修景が母に通信簿を見せに行くのを見送った直後、しほの怒声が離れたリビングに居るみほにも聞こえるレベルで響き渡り始めた頃に、しれっとした顔であんころ餅の皿を手にしたまほが、

 

『みほ、菊代さんに頂いたんだが、良かったら一緒に食べないか?』

 

 などと言ってきたりしたものであった。

 その頃には幼い頃のヤンチャさも消え、引っ込み思案な性格になっていたみほとしては、母の怒声をBGMに苦笑しながらあんころ餅を食べるしかなかった事件だ。

 斯様な逆パターンも枚挙に暇がない以上、姉と兄の丁々発止については、もうトムとジェリーの如くやっていてくれと、半ば諦め気味に見ている末の妹である。

 

「……とりあえず、先に宿に行ってチェックインしておいたら?」

「そうするつもりだ。駅前に宿を取っている。しかしLINEの既読は付いているのだが、誤操作かな。うっかりさんめ」

 

 妹、ノーコメント。明らかに逃げたなと確信を強めるのみ。

 そんな妹の前で、姉は鞄から地図を取り出して現在位置とホテルまでのルートを確認し始める。

 

「えーと、それじゃあみほのお姉さんはここでお別れなのかな。明日はお気をつけてお帰りください。大会で会ったら、お手柔らかに」

 

 その様子を見て、大洗の面々の中から代表して沙織が声を掛けた。

 ―――が、まほはその言葉に首を振る。

 

「戦車道に関しては妥協はできん。戦うならば叩くだけだ。徹底的にな。……まぁトーナメント表を見るに、決勝まで来なければ会うことはないだろうが」

 

 その表情が日常の―――まほ本来の穏やかなものではなく、西住流の後継者としての、戦車道の物に切り替わった。

 『少し風変わりだが優しいお姉さん』ではなく、『日本戦車道の二大流派の一つを背負う者』としての表情。みほにとっては、黒森峰女学園に居た頃に常に見ていた顔だ。

 

「エリカの言い方は失礼ではあったが、そちらが無名の新設校であるという事もまた事実だ。戦車道は甘いものではない」

「…………お姉ちゃん」

「……すまん。だが、大会でお前達と会うことは無いだろうとは思っている。……そして、もし会ったら全力で倒す。それが、私の戦車道だから」

 

 それだけを言って、まほはみほと、そして大洗の面々に背を向ける。

 その背に向けて、みほは焦った様子で声を掛けた。

 

「―――お姉ちゃん!!」

「もう話すことはない。戦車道の事になると、厳しいことをまた言ってしまいそうだから―――」

「駅前に宿取ってるって言ってて、そっち駅と逆方向だけど大丈夫!?」

 

 無表情のまま、耳まで赤くしたまほが180度Uターンして、そのままみほと大洗の面々の横を通り過ぎて歩き去った。

 

「あの、本当にお気をつけて」

「どうしようもなくなったら、ちゃんと人に道を聞いたほうが良い」

「交番の位置、分かりますか?」

「お姉さん、気をつけてくださいねーっ! いや割とマジで!」

「……うん、はい、ありがとう」

 

 すれ違いざまに華、麻子、優花里、沙織。あんこうチームの各々からかけられる声に、顔を真っ赤にしながらも律儀に頷いてまほは歩き去る。

 そして、大丈夫かなと思いながら半眼でそれを見送るみほ。

 

 “正史”に比べると穏当に終わったこの接触だが。

 結局、この時のまほの言葉―――大洗が無名の新設校であることもまた事実という言葉に対して発奮した沙織らが、『お姉さん達に目にもの見せてやろう』と、学園艦に戻ってから自主練習に明け暮れる事になる。

 “正史”においても起きたその流れは、結局こちらでも多少の流れの変化はあったものの、大きく変わることはなく起こる事と相成ったのだった。

 

 

□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 そして、抽選会の夜。

 比較的学園艦の位置が近いために、当日のうちに艦へ戻った大洗女子らと違い、駅横のホテルに泊まった黒森峰勢―――この場合、修景は入らない―――は、ホテルの大浴場で並んでゆったりと温泉に浸かっていた。

 

 安っぽいタイル張りの浴場で、壁の効能表記パネルには『健康増進効果があると良いですね』という、ある意味物凄い割り切った表記がでかでかと記されていた。

 明らかに天然温泉ではなく、お湯に入浴剤をぶち込んだ系統の物だが、安い宿を選択したのは彼女らなので文句は言えない。学校から支給される遠征費は一定なので、泊まる宿を安くすればその差額分だけ自分達の懐に入るのだ。

 お嬢様学校と言えど、学生は学生。お小遣い不足は万国共通の悩みである。まほもエリカも各々共に御令嬢(おじょうさま)ではあるが、その両親は月々の小遣いは常識的な範疇の額を渡す両親であった。

 

「なるほど、ダージリンらと出会っていたのか。それでこちらに応答できなかったと」

「ええ、宮古先輩がボンバーを受けて」

爆弾(ボンバー)

「幸い、直撃を受けても宮古先輩が頑丈だったので大丈夫だったんですけど」

「なにそれこわい。ウチの弟、何で出来てるんだ?」

「えっ?」

「えっ?」

 

 そして、温泉というより入浴剤入りのお湯に浸かる、黒森峰女学園戦車道の隊長と副隊長の間で、昼間の事に関する情報交換―――というより雑談が行われていた。

 頭の上にタオルを載せてリラックスした様子のまほ。その横で、置くのではなく髪を包むようにタオルを頭に巻いたエリカは横目でまほの顔を見て、そして視線を下に向ける。

 

(―――浮くのかソレ……ッ!!)

 

 戦慄。これぞ大艦巨砲主義の極み。1つの年齢の差だけでは説明できない実りの差がある胸部装甲が、ぷかりと水に浮いていた。

 別段エリカの胸部が貧しいわけではない。むしろ平均値は超えているのだが、カップサイズにして2つ、或いは3つ違うかもしれない戦力差に、特に何か意味があるわけでもない敗北感が脳裏を過り、誤魔化すように一層深く湯に身を沈める。

 

 その挙動を見たまほが、感心したように頷きを一つ。

 自分も肩まで身を沈め、リラックスした声音で呟くように語り出す。

 

爆弾(ボンバー)云々は良く分からないが、それは良いぞ、エリカ。ちゃんと肩まで浸かって百まで数えるんだ。修景は子供の頃はカラスの行水でな。私が一緒に入ると、すぐに出ようとするんだ」

「わぁ今言葉の爆弾(ボンバー)来ましたよ今、ハイ着弾。そりゃ逃げますよ、だって宮古先輩、隊長と血の繋がりはないじゃないですか。子供の頃ということは、今ほど姉弟気質も育ってなかったでしょうし、同じ歳の血の繋がってない異性とお風呂とかそりゃ逃げたくなるでしょう。7歳頃なら、意識もするでしょうし」

「……いや、な。あれは私としても今となっては馬鹿な考えだったと思っているが」

 

 バツが悪そうに視線を逸らし、まほはボソボソと心なしか小声になって言葉を続ける。水音や雑音の多い浴場なので、聞き取る為に自然とエリカもまほに肩を寄せる形になり、言葉を待つ。

 

「修景が来た時、最初はお母様は事情の一部を伏せていたんだ。まぁ―――私やみほに、修景の母に絡む余り重い事情を聞かせてもどうか、という部分もあったんだろう」

「はい。それについては、師範の判断は分かります」

「私は思った。『え、これお父様かお母様か、どっちがやらかしたの?』と」

「その隊長の判断は分かりません」

 

 ジト目になったエリカに、まほは口籠る。

 『いや』やら『だって』などと誤魔化すように口にした上で、頭の上のタオルを手で取り口元を隠すようにしてしまった。

 顔が赤いのは、風呂で身体が温まった為だけではないだろう。

 

「兄弟が増えるなどといきなり言われてみろ。こちらとしては何事かと思うだろう。私はまたてっきり、どこぞの昼ドラのような話かと半ば本気で思ったんだぞ。腹違い、或いは種違いの兄弟とか……」

「大事なことなんで遠回しに言いますけど、子供時代の隊長のそれ、大人びたどころかヨゴレた発想ですね」

「やめろ、私は清純派だ。……まぁそんなわけで、子供の頃は修景については半分は血は繋がってると思っていた時期があってな。みほにやっていたのと同じ感覚で、風呂に入れてやろうと世話を焼いていた時期があった。10歳になる前には、修景がお母様の友人の子だと聞き止めたがな」

「……二次性徴期を迎える前に話した師範の英断だと思います」

 

 はぁ、と双方深々と溜息。

 安堵、呆れ、その他そこに含まれる成分の意味合いは違うが、両者ともに大きく息を吐き出す事となる。

 

 そして話題を変えるように―――というか、実際変えるために、まほがさも思い出したように別件へと話を飛ばす。

 

「で、だ。今、みほの名前が出たが。エリカ、あの戦車喫茶での振る舞いについては、修景から既に注意されているだろうが、私からも1つ言わせてくれ」

「……なんでしょう?」

「弱小校や無名校は出るな、などというのは全国大会の悪しき伝統だと私は思っている。戦車道の裾野がもっと広がり、戦車道を始める女子が増えてくれれば良いと思っているからな。そういう意味では、大洗が出てきた事自体は、みほの件を抜きにしても私は好意的に見ているんだぞ」

「……そう、ですか」

「お前にはお前の戦車道があるのかもしれないが、そういう『初心者お断り』の土壌を作ってしまえば、待っているのは将来的な日本戦車道そのものの衰退だろう。お母様もその辺り、色々と日本戦車道連盟でやっているようなのでな。まぁ、私の立場表明と思ってくれ」

 

 そう言って、まほは口元を隠していたタオルを頭に載せ直し、それを手で抑えたまま天を仰ぐ。

 その表情は凛としており、『天然な日常モードの西住まほ』ではなく、『戦車道に触れている時の豪胆で冷静な西住まほ』の―――つまり、エリカにとっては敬愛する隊長の顔だ。自然、それを目にしたエリカが、湯船の中で姿勢を正す。

 

「将来的に、私は西住流を継ぐことになるのだろう。みほは―――性格的に合ってないからな。腕、判断力、指揮力はともかくとして、やり方として性質に合っていない。これは誰にとっても不幸なことだったが」

「……はい」

「幸い私は西住流のやり方が合ってはいるようだし、お母様の後を継ぐことになるのは私だろう。その場合、日本戦車道の二大流派の片割れを背負って立つわけだ。そうなってくると、色々と日本戦車道の在り方やら何やら、今から思う所もあってな」

「いえ……確かに、私の今日の発言は軽率でした。申し訳ありません」

 

 そのまほに対してエリカが湯船の中で頭を下げるが、それに対してまほは口元に僅かな笑みを浮かべる。

 修景が居れば『安堵』と判断するであろう笑みであるが、仮に修景がこの場に居た場合、生きては出られまい。あらゆる意味で。

 

「分かってくれてありがとう。修景にも話してはいるのだが、やはりあいつは戦車道の外に身を置いているからな。副隊長であるお前に分かって貰えると、気分的に楽になる」

「いえ、そんな。……宮古先輩ともそういう話を?」

「雑談9、真面目な話1程度の割合だがな。私達も真面目な話をしている時はしているよ。各々3年。進路の考え時でもある。普段は―――こないだは女性問題について相談されたな」

「―――」

 

 ピクリとエリカの耳が動いた。口元を隠すように、濁り湯(非天然)に更に深く身を沈める。

 或いはこれが濁り湯ではなく透明な湯だったならば、感情が表情に出やすい彼女の口元が『へ』の字になっていたのが確認できたかもしれない。

 最も、この程度ならばまだまだ『少し面白くない』程度の反応ではあるのだが。

 

「……宮古先輩、彼女とか居るんですか?」

「ん? ああ、私の知る限りでは居ないぞ。女性問題は学友同士の話で、染色体エックスワイと染色体エックスワイの話だそうだ」

「あれ、おかしいな。女性問題って染色体エックスワイ同士で発生する物でしたっけ」

 

 喋る時だけ口元を水面から出しながらエリカが首を傾げる横で、独白に近いノリでまほの話は続く。

 最近話したロクでもない話は他に何があったかと脳裏を漁り、漁るまでもなく幾らでもあるという事実に愕然とする。

 

「先日は別件で、古文のレポートの話で」

「はい」

「何かの文章を古文に直して原文と古文化したものを提出しろという課題だったらしく、何書くかと相談が来てな。中々ネタ度の高いものが出来たのだが、同級生が『我が右腕の疼きたる、いとをかし』とかやって、二人して『負けたァ―――ッ!!』とか翌日にLINEで叫ぶ羽目になった」

「無法地帯ですか宮古先輩の学園艦は」

 

 恐るべし男子校と慄然とする御令嬢。ノリと勢いのアンツィオでもここまでの悪ノリはそうそうまかり通らないのだが。

 一応弁護しておくと、染色体エックスワイ同士の女性問題は誤解と曲解に基づく話である。文芸部に所属するクラスメイトが『シーン描写を明確にするために、誰か俺を押し倒してみてくれ!!』と言い出して―――

 ―――弁護してもロクな話にならないので、やっぱり割愛する。

 

「まぁ奴が不真面目なのはいつもの事だが、奴なりに将来については考えているようでな。私が西住流を継ぐのと同様に、奴は事務方・裏方を目指すようにしたらしい。経営系の学部がある大学を狙っているとかでな」

「事務方、経営系ですか」

「西住流の道場は各地にあって、宗家となるとその管理・運営などの業務も出てくるわけだ。私の代になった頃に、それをサポートできるようになりたいと」

「ああ、なるほど。……西住家の影に、それを支える宮古家あり、ですか」

 

 自分には出来ないことだと、軽い嫉妬を込めて語られたエリカの言葉。

 しかし、まほは小さく首を振ってそれを否定する。

 

「支えてくれると言うなら、お前の頑張りにも支えられているよ、エリカ。お前が私の代の副隊長で良かったと思っている」

「それは……恐縮ですけど。でも、師範の代からの繋がりのある宮古家と比べると、私はどうしても―――」

「修景だって最初から今の方向性を決めていたわけではないさ。別にお前が修景に劣るとか、修景がお前に劣るとか、そういう話でもない。どちらかに出来て、どちらかに出来ない事がある。そういう意味で、お前達は良い分担をしてくれているよ」

 

 そして、ふと思いついたように。いや、実際思いつきで。

 まほは口元に―――珍しく、意地悪げな笑みを浮かべて、年下の後輩に水を向ける。

 

「それこそ、お前が修景とくっついてずっと私をサポートしてくれれば良いなぁと思う程度にはな。さっきも言った通り、あれに彼女が居るとかいう話も聞かないし。エリカなら、私も安心できるんだがな。ん?」

 

 返答代わりに、エリカは更に深くお湯に沈んだ。

 今度は頭まで、どぷんと音を響かせて。まほが謝って引き上げるまでの1分間、エリカの息止め水中拗ねという高度な回答拒否法は続いたのだった。

 




 修景の出番/Zero


 追記:年度末 仕事が多い 休日も

 一句出来ました。更新速度が暫し抑えめになる見込みです。


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少年、脳内コラ作業に気合を入れる

なんだこのサブタイトル。

あと、今回はあまり話が進んでません。時間が、時間が


 戦車道全国大会のトーナメント。その抽選会のあるとある街の駅前、安さが取り柄のビジネスホテルの廊下にて。安っぽいながらも、一応は設備として設置された大浴場からの戻り道。

 

「…………隊長、意地悪いです」

「すまん」

「…………隊長、いとわろし」

「古語が混ざるほどか」

 

 エリカが拗ねた。

 双方ともに風呂から上がり、玉の肌を上気させながら、部屋へ向かう道すがらに並んで歩いての会話である。

 原因は言うまでもなく、まほが半ば思い付きで言った修景とエリカについての、冗談とも本気とも付かない一言だ。

 

 水中息止め拗ねからの逆ギレ浮上戦術というコンボを決めたエリカをまほが宥めながら風呂から上がり、今は両者ともに部屋備え付けの浴衣に着替えていた。

 その代わりというわけではないが、各々の手には先程まで着ていた服が畳まれて持たれている。

 

 ―――ところで。

 今回、この宿の予約を取ったのは西住まほであり、彼女は最初から自分達黒森峰からの人員以外に、弟も同道するのを想定していた。

 最も、そのことについてまほは同行者に一切の説明をしていなかったわけだが―――ともあれ彼女が宿の予約をした以上、当然の流れとして。

 流石に部屋を一緒にするような暴挙はしていないが、

 

「お、修景」

「……っ!!」

 

 宮古少年も、同じホテルに滞在しているという事であり。ホテルの中を歩いていれば、遭遇する可能性もあるというもの。

 俯きがちに恨み言を言っていたエリカより、普通に歩いていたまほの方が先に、対面の通路から歩いてきた彼を発見した。

 姉に声を掛けられた修景もホテル備え付けの浴衣姿で、数瞬呆けたように立ち止まってから、誤魔化すように頭を掻いて彼女達に歩み寄る。

 

「よう。そっちは風呂上がりか?」

「ああ。すごく普通の……入浴剤を入れた風呂のような大浴場だった。そちらはこれから風呂か。期待はするなよ」

「別に期待はしていなかったがなー……。なんか今の聞くと部屋のユニットバスで良いんじゃないかって気もしてきた。まぁ、コインランドリーで結構時間食っちまったし、さっさと入ってさっさと上がるよ」

「時間を食った……混んでいたのか?」

「いんや。どっかの誰かさんが噴いてくれたジンジャーエールがシミになりかけてて、何度も洗ってなんとか取れたってだけ。なー、どっかの誰かさん?」

 

 そして修景から意地の悪い笑みと共に水を向けられたエリカは、しかし風呂でのまほとの会話を思い出す。

 話題自体は尊敬する隊長の珍しい悪ノリであったが。改めて自分以上に西住家に縁深い、少しだけ年上の少年をまじまじと見る。いつの間にか自然に話せるようになっていた、年の近い異性。今までのエリカの交友関係には無いタイプの人物だ。

 癖毛の茶髪、長身、人を食ったような意地の悪い笑み。いつもの“宮古先輩”。宮古修景である。特に意識するような事など何も無いなとエリカは自分の中で再確認し、自然な調子で言葉を―――

 

「ご、ごきげんよう……」

 

 ―――ダメだった。聖グロリアーナのような挨拶が口から出た。まるで初対面の焼き直しである。

 そのぎこちない挨拶に面食らった様子の修景は、慌てて片手を振って否定する。

 

「逸見さん、その反応なに!? 実際そこまで気にしてねぇから、ジンジャーエール噴射事件はそっちも気にすんなハイこの話は終わり!」

「あ、いえ……そ、それも申し訳ありませんでした。はい」

 

 てっきりジンジャーエールの件を余程気にしていたのかとでも思った修景の言葉に、白い肌を湯上がりで、或いは羞恥で僅かに上気させたエリカがぺこりと頭を下げる。

 それを見ながら、調子が狂ったとでも言いたげに修景は頭を掻く。

 

「……逸見さんに会ったら話そうと思ってた本題は他にもあったんだが。いきなりペース崩されたぞ、俺」

「本題……ですか?」

「コインランドリーで洗濯待ってる間に、みほとメールしててな。伝言がある」

 

 その言葉に、エリカがビクリと身を竦め、その様子を見た修景は肩を竦める。

 『やってしまった』という自覚はあるのだろう。みほに対して闇鍋のようにごちゃごちゃとした、愛憎混ざった感情があるのは事実であり、その原因の一端がみほにあるのは否定できない。

 だが、みほ以外の大洗勢に対しての彼女の攻撃的な態度は、理不尽な八つ当たりに過ぎなかった。何せ彼女達とエリカは初対面だったのだから、エリカがみほに抱く感情のとばっちりを受けた形に過ぎない。

 

 その自覚はある様子で俯くエリカに対し、横からまほが肩に軽く手を置く。

 落ち着け、ということか。代わりとでも言うように、まほが一歩前に出て修景と相対する。

 

「エリカのことについては、あの後にその場の皆には私からも謝っておいた。となると、みほの性格を考えると、責めるような話ではないだろう。―――内容は、私も聞いても?」

「ああ。……逸見さん、みほから。直接伝えるのはまだ怖いからってことで俺が頼まれたんだが―――」

 

 そしてまほの言葉に修景が頷き一つ。複雑な表情で、言葉を紡ぐ。

 

「『怒らせちゃってごめんなさい』だとよ」

「―――っ!!」

 

 その言葉を聞いたエリカの顔が朱に染まる。羞恥や風呂上がりの上気ではない。赫怒の赤だ。

 まほを押しのけるようにして前に出て、修景に詰め寄り―――半ば浴衣の胸ぐらを掴むようにして、声を荒げる。

 

「違うでしょ! 怒っていいのよ、あの子は!! 怒るべきなのよ!!」

「………」

「理不尽な真似をしたのは私の方でしょ!? それに、黒森峰に居た時だってそう! 理不尽な事を言われてもあの子は謝るばかりで反抗しないから、周りも調子に乗って責任を押し付けて……っ! 恥ずかしくないの!? 当時の三年やらが、寄って集って一年生に……っ!!」

「で、お前は」

 

 言い募るエリカの言葉を断ち切るように、修景が言葉を挟む。

 絶妙に息継ぎのタイミングで差し挟まれた言葉に、ついエリカの舌鋒が止まってしまう。その隙間を逃さず、彼はそのまま言葉を続けた。

 

「“恥ずかしくないの”っていうなら、お前はどうなんだ。連れ出した俺が言うのもなんだが、あの言い逃げで」

「……っ!」

 

 その言葉に、エリカが勢いを失って顔を俯かせる。

 十数秒。或いは数十秒。幸いにして他に人通りのないホテルの廊下で、それだけの沈黙を挟んでから、エリカは絞り出すように言葉を吐いた。

 

「……宮古先輩。伝言、お願いできますか」

「なんて伝える?」

「…………『貴方の友達には、言い過ぎた。悪いことをした』、と」

「分かった。伝えとく」

「……ごめんなさい。みほ本人には、まだ。心の整理が」

「分かってるよ。みほの方も、まだ色々整理付いてないみたいだしな。まぁ悪いようにはしない。上手く伝えとく」

 

 手をひらひらとさせながら、安心するようにと伝えた修景に、エリカが無言で頭を下げる。そのまま消沈した様子で修景の横を抜け、どうやらホテルの自室へと戻るようである。

 それを見送った修景は、小さく溜息。エリカについて行かずに、横に佇んでいる姉に声をかける。

 

「おい、まほ。実際、黒森峰が負けた後のみほってどうだったんだ?」

「……あの時期は私も一杯一杯だったので、完全には分かりかねる。だが、3年生のお歴々からすれば、1年生だったみほが副隊長、2年生の私が隊長というのは面白くなかったというのは、予想に難くない。だから―――」

「それが10連覇の偉業を逃した事により爆発し、みほの方に向いた、か」

「……私が、もっと上手くやれれば。立て直しに躍起になっていないで、みほの様子を気にかけて、気付いてやれていればな」

「もう今さら、覆水は盆に返らねぇよ。みほとはなんとか無事に話せたみたいだから良かったじゃねぇか。あいつも大洗で元気にやってるし、現状は最悪じゃない。後はどれだけここから良くしていくか。ハイ反省終了」

 

 パンパン、と軽く手を打ち合わせて、修景が話題の終わりを宣言。

 彼の言葉を受けて、今度はまほが小さく溜息を吐く。

 

「すまんな、愚痴を聞かせた」

「良いよ、姉弟だし」

「そうか」

「そーだよ」

 

 ふん、と鼻を鳴らして人を食ったような笑みを浮かべる弟と、薄く―――ただし、優しげに笑う姉。

 両者は軽く片手を掲げ、コツンとぶつけ合わせる。

 

「みほとは色々と話すことが出来た。友達にも、“また”恵まれたようだしな。あちらは大丈夫だろう。これで心配事が一つ減ったので、今後私は全国大会に向けて全力を尽くす」

「具体的には」

「戦車道で一杯一杯になるということだ。だから、残る心配事―――エリカとみほの関係はお前が見ていてやってくれ。エリカもみほも、なんだかんだとお前相手には色々話しやすいみたいだ。伝言の窓口にされる程度にはな」

「了ー解。なんか不味そうな動きがあれば耳に入れるわ。そっちもなんかあったら教えてくれ」

「任せろ。……頼む。みほを黒森峰から失った時の二の舞いのような事を、エリカで起こしたくはない。今、あの子は色々とナーバスになってしまっているからな」

 

 故に場を和ます冗談として、彼女らしくない悪戯な問いかけなども風呂でやってみたわけだが。効果は予想外に―――はて、有ったのか無かったのか。

 まぁ、あの冗談が現実になったところで損は無かろうと、まほは自分の中で結論づけて頷き一つ。結論ついでに、先の遭遇時から気になっていたことを一つ弟に問いかける。

 

「そういえば、修景」

「なんぞ?」

「さっき私達と遭遇した時、数瞬呆けていたろ。何か気になる点でもあったか? エリカがブラしてなかったとか」

 

 修景が今まで姉が見たことがないレベルの俊敏性で、エリカの去った先を振り返った。

 『こいつこんな素早い動き出来たのか』と、姉がどうでもいい驚愕に包まれる中で、地の底から響くような声が修景の口から漏れ始める。

 

「先に言ってくれれば……っ!! ガン見すれば、この安い浴衣なら透けて見えた可能性も……いや、背の高さによる高低差を利用すれば覗き込むように……っ!!」

「お前時々見せるその謎の情熱はなんなんだ。あくまで例えで、エリカはしっかりと下着とシャツの上から羽織ってたぞ、浴衣」

「そうか。ならばちょっと待ってろ、姉。今、脳内でさっきの逸見さんの浴衣姿から下着とシャツを除去するコラ作業に忙しい……!!」

「今は居ないエリカの代わりに言ってやるがセクハラだぞ。で、実際何か気になることでもあったのか?」

 

 問い直されて、修景がバツが悪そうに『あー』と意味のない声を上げながら頬を掻く。

 その反応に首をかしげる姉に対し、弟は周囲を一度確認してから、諦めたように小さな声で呟いた。

 

「……浴衣美人って良いなぁって。しかも湯上がりで白い肌が上気してて色気抜群。そりゃ見ちゃうよなぁ」

「ほう、弟にとはいえ褒められると悪い気はしないな。ありがとう」

「あ、お前は割と見てなかったわ」

 

 ホテルのスリッパに包まれたまほの足が、同じくスリッパに包まれた修景の足を踏んだ。

 体重をかけるというより、修景の足でスリッパの裏をゾリゾリとこそぐような動きだ。

 

「痛いというより、スリッパ裏の汚れがチクチクするからやめろ姉」

「そうか弟。だが、姉はその半分くらいは心が傷付いたんだぞ」

「実質ノーダメじゃん」

「まぁ実質ノーダメだからな」

 

 肩を竦めて、スリッパでゾリゾリするのをやめた姉が弟に背を向ける。

 その表情は、怒っているというより―――良く見ないと分からないが、いつもの鉄面皮だが楽しんでいるようで。

 修景にはその理由が思い至らず、首を傾げる。

 

「なんか楽しそうだな、まほ?」

「いや、なに。私の思い付きも案外アリだったかと思ってな。エリカに目を奪われていたと。ほうほう」

「本人には言わないで下さいお願いします」

「では代わりに、一つ質問に答えて貰おう」

 

 風呂場でエリカに向けたのと同様の、彼女にしては珍しい意地の悪い笑顔を浮かべながら。西住まほは、何事かと身構える自らの弟に問いかけた。

 

「お前にとって、逸見エリカとはどういう相手だ?」

「同志」

「ほう?」

「お互い西住家に深く関わって、そして多分お互いに、望んで西住の―――お前らの助けになりたがってる者同士。だから、同志」

「―――そう、か。私としてもお前とエリカの存在は非常にありがたいよ、修景。いつもありがとう。ここには居ないエリカにも、な」

 

 その言葉は、果たしてまほにとって望むものだったのか。一瞬だけ驚いたような顔をしたまほが、優しげな笑みを浮かべて感謝の言葉を告げる。

 だが、少し首を傾げた彼女は今の会話で浮かんだ疑問を、重ねてもう一つ質問をする。

 

「エリカは同志。でも胸は見たい」

「はい」

「見境ないなぁ、お前……」

「馬鹿野郎まほお前、男子校学園艦の青春のリビドーを舐めんじゃねぇ……!!」

 

 呆れた様子の姉に対し、しかし弟はこれが俺だと言わんばかりに胸を張る。

 そんなことで胸を張られても困ると、姉は珍しくツッコミに回った感想を胸中に抱くのだった。

 

 

□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 ―――かくして、抽選会の日は終わり。

 翌日の朝の新幹線で九州の各々学園艦に戻った彼らは、また彼らの普段の生活へと戻っていく。

 

 黒森峰勢は、昨年の雪辱を果たすために厳しい訓練を繰り返し。

 修景は、まほ、エリカ、みほの各々と連絡を適度に取りながら、受験勉強に精を出し。

 遠く大洗でも、黒森峰勢との遭遇で発奮したあんこうチームが猛特訓を行い、それに釣られる形で全体の士気・練度はめきめきと上がっていく。

 

 かくして物語は全国戦車道大会、その本戦へと移行していくのだった―――。

 




 ちょっと上手く纏まった時間が取れないので更新速度が落ちそうですが、今回まではなんとか。
 ぼちぼち全国大会に入っていきます。


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閑話:全国大会までの期間のお話、3本立て

 だいたい題名の通り。2000~4000文字くらいで、単品で更新するのは躊躇われた閑話を3本程纏めました。
 時系列は並び順どおり。前の話から全国大会までの間の話です。


▼テスト勉強

 

『ああ行ける良しやれるわやっぱダメだこれェ―――ッ!!』

 

 修景が壊れた。

 練習上がり際、黒森峰戦車道履修者用のガレージにて。今日の練習の終了が告げられ、各々の車両のチームごとに反省会をしたり解散したり、或いは元気の有り余っている者はこれからどこに行くかなどと話し合っていたり。

 そんなタイミングで飛んできたLINEに、逸見エリカは思わず目を丸くした。というか吹き出しかけた。思わず口元を抑えて脳内で思考する。なんだこのテンション、と。

 

「……副隊長、どうかしたんですか?」

 

 練習中は電源を切っていたスマホを確認して、顔色を変えたエリカ。その様子に気付いたらしい同級生―――赤星小梅という、短めの茶髪に癖毛、優しそうなタレ目が特徴的な少女が、自分のチームの輪から一言断って抜け、心配そうに声を掛けてきた。

 昨年度の決勝戦で川に落ちた三号戦車の乗員であり、今はパンターG型の車長を任されている少女だ。みほが救助に飛び込み、優勝を逃し、みほが責められ、転校し―――その流れを負い目に思い気に病んでいる事を、まほから裏で心配されている。

 

 しかし同時に、みほの転校を知って落ち込んだり荒れたりと不安定になっていたエリカを宥め、慰めたりという事が出来た人物でもある。彼女もエリカほどではないがみほと親しく、また、救助された側という負い目があったからこそ、彼女自身も当時は相当に落ち込んでいたに違いない。

 だがそれでも、エリカを優先し、宥め、慰め、励ましてくれた。また、彼女以外の三号戦車の乗員が戦車道を止めてしまった中で、彼女だけが―――みほほどではないが、当時の三年生らに陰口などを叩かれながらも戦車道を止めなかった。そこまで考えると、本当に戦車道が好きで、同時に柔和な物腰から受ける印象とは違い、芯が強い人物だと言えるだろう。

 

 今では主力の一角と言えるパンターG型の車長を任れており、実力もある。優しく面倒見が良い性格から後輩からも好かれており、どちらかというと近寄りがたいエリカやまほにとって、下の立場の人間との間に立って緩衝材の役割を務めてくれることも少なくない。

 そういった事もあり、エリカにとっては数少ない比較的親しい立場の同級生でもあり、同時にあまり頭の上がらない相手でもある。そんな彼女が、心配そうにエリカの顔を伺っていた。

 

「……西住さん絡みで、また、何か? その……あまり、彼女の事を責めないであげてください」

 

 そして、みほに救助された小梅は一貫してみほの擁護派だ。

 エリカともみほとも親しい、或いは親しかったという立場上、エリカの愛憎混ざった感情にもある程度理解を示しつつも、なんとか緩衝材になろうとしたい意思が見える。

 逆に彼女の意思、意図は、エリカ側も理解できる。エリカ自身、自分がみほに対して、そして大洗に対して抱いているのは、ドロドロとした黒い感情であり、褒められたものではないのは理性では分かっている。

 

 だが、違う。

 今はそういうシリアスな問題ではないのだと、目の前の少女に言いたかった。しかし、このなんだか意味が通じない自己肯定と自己否定を同時にやっているLINEをどう説明して良いかも分からず、エリカは固まる。

 そもそも何が行けるで、何がダメなのか。前後の文脈が一切ないまま飛んできた謎の文面を、どう説明したら良いものか。

 

 眉を八の字に、タレ目を困ったように伏せ、懇願するように言う小梅。

 何を言って良いかも分からず、狼狽した表情で挙動不審になるエリカ。

 

「ち、違うのよ。みほ絡みじゃない―――というか、コメントに困る話がアンブッシュしてきて……!!」

「コメントに困る話題……?」

 

 更に困った度数が上がったように首を傾げる小梅。

 その後ろから、ひょいと覗き込むような気軽さで話題の主の姉―――西住まほが顔を出した。

 『うわぁ』と驚きの声と共に一歩引いたエリカだが、別にまほが居ることはおかしくはない。ここは黒森峰女学園の戦車道ガレージで、彼女は黒森峰戦車道の隊長であるのだから。

 

「赤星、エリカ。何か切羽詰まった様子だが、問題か? 何かあったならば、早めに伝えてくれ」

「あ、申し訳ありません、隊長。副隊長が深刻な表情をしていらしたので、何かあったのかと……」

 

 後ろから声を掛けてきたまほに対して、振り返って一礼する小梅。

 深刻そうな表情が見えたので、すぐに声を掛けた。つまり、みほ絡みで若干不安定なエリカに対して、何か気付いたら早めにフォローできるように、小梅の方が注意を払うようにしていたということだろう。

 

(―――あの子が居なくなったこと、軽く受け止めてるわけじゃないのよね、皆。善くないとは思ってるから、あの子の二の舞を起こさないように注意するようになってる)

 

 エリカはその気遣いに感心し、同時に気を使わせた事に申し訳ない気持ちになる。

 そういった点は自分の苦手とする部分だ。柔らかな形での人心掌握という意味ならば、自分は元より、まほよりも小梅が上手だろうなと内心で舌を巻く。車長としては黒森峰では中堅どころだが、自分やまほが目の届かない部分のフォローをしてくれているだろうという意味では、今や黒森峰に欠かせない人物だ。

 

 しかし現在のところ、彼女の能力が必要な場面は今ではない。むしろ、現在進行形で発生している問題が小梅に話すのが躊躇われる内容である。

 脳内でシミュレートしてみよう。『知人が自己肯定と自己否定を同時にカマしたLINEを送ってきました』。彼女ならばどう答えるか。

 

『……その人、何か深刻な悩みがあるのではないでしょうか? ご相談に乗ってあげたほうが……』

 

 言いそうだ。

 エリカは眼前の人が善い同級生を見ながら、脳内シミュレートを終えた。違うのだ、悩んでいるというよりも、どちらかというと単純に壊れただけにしか見えないLINEなのである。

 というか、こんなものどう伝えろと言うのか。伝える必要があるのか。正直何も見なかったことにして、返信せずにそっと放置したいエリカだった。

 

「……エリカ、何か有ったのか?」

「……副隊長、悩みがあるなら言ってくだされば……」

 

 そしてその様子に、まほと小梅が心配そうに声を掛けてくる。

 違うのだ。深刻なのとは正反対に、余りにしょうもなさ過ぎて放置したいのだ。いや、ある意味深刻なのかもしれない。修景のお脳が。

 

 しばし迷った末に、エリカは言葉少なに声を絞り出す。なるべく、修景の面子に配慮する形でだ。

 流石にこの内容を包み隠さずブチ撒けるのは、彼の名誉を考えると差し障りがあった。

 

「……いえ。隊長、その。宮古先輩が」

「ん、ああ。そういえばあちらはテスト前か。風物詩だな」

 

 季節イベントかよ。

 エリカは思わず内心で突っ込んだが、まほは『うむ』と納得したように一言。小梅は何事か分からない様子で、眉を八の字にして困った顔だ。

 

「あいつはテストの前日くらいまで徹夜で詰め込んで、前日はぐっすり休むという行動パターンを取るナマモノでな。徹夜テンションで大分おかしな事になったメールやLINEが飛び交う無法地帯(ノーマンズランド)になるんだが、どんな内容の話が来た?」

「いきなり自己肯定と自己否定をし始めました」

「何だつまらんその程度か」

 

 これでかよ。

 エリカは思わず内心で突っ込んだが、まほは興味を失ったように視線を周囲に彷徨わせ、『自主練するなら届け出を出せ!』などと他の場所で話しているチームに声をかけ始めている。

 小梅はますます何事か分からない様子で、更に眉を八の字にして困った顔だ。

 

「……あの、副隊長? 宮古先輩ってどなたですか?」

「えーと、隊長の幼馴染、というか弟というか……まぁご家族?」

「疑問形……? 苗字も違いますし……」

「詳細説明すると重くなるのよ、あの人の事情……。ああでも、説明しないと変な誤解を招きそうだし……」

 

 眉間に手をやり、頭痛をこらえるようなポーズで説明に悩むエリカ。

 本人があっけらかんとした調子なので忘れがちだが、幼少期に母を亡くし、父は離婚し蒸発、親族も居なく天涯孤独。そこから母の友人に引き取られたというその事情は、他人に勝手に話すのはエリカからすれば中々に躊躇われた。

 

「ほら……入学式の直後くらいに来たでしょう? ガレージ前で隊長を待ってた、師範から隊長への話があるって言ってた人。あの人よ」

「ああ、そういえばそんな事も……。あの方、隊長のご家族だったんですね」

「弟だ。12日差でな」

「……んん?」

「ああ、もう……! 隊長に説明任せると、西住家の家庭事情が誤解を招いて良く分からない事になるから私が説明します!!」

 

 結局、『12日差で私が姉だ』と、豊満な胸を張ってどこか自慢げに告げられたまほの言葉に余計に混乱した小梅に、エリカが修景の事情を簡単に説明する。

 聞くに従って小梅の眉とタレ目がますます下がり、悲しそうな表情になっていくのを見ると、何故かとても悪い事をした気になるから不思議だ。

 何故私がこんな罪悪感をと思うエリカの前で、小梅が悲しそうに言葉を吐き出す。

 

「……そういう事情の方なんですね。黒森峰の黄金期、その黎明期の立役者の一人である方の息子さんでもあると。それは、なんと申し上げて良いか……」

「本人は今はあっけらかんとしてるから、無理にコメントしなくても良いと思うわ。私も……なんて言ったら良いか、最初はコメントに困ったけど」

「最初は?」

 

 そして、説明を受けて下がっていた小梅の眉がピクリと動く。

 そのままこてんと首を傾げ、エリカの言葉を反芻し、数秒。

 

「もしかして今、副隊長とその方って結構連絡とか取られてるんですか?」

「色々あってね」

 

 戦車喫茶での『やらかし』の件などまでは説明したくないため、言葉を濁したエリカの回答に、しかし小梅は『なるほど』と首肯する。

 

「ちょっと意外ですね。失礼ですけど副隊長、戦車道一筋って感じで……異性の方とLINEやメールのやり取りをしているイメージとか無かったもので」

「……まぁ、それは自分でも分かるけど」

「そ……それでは」

 

 ぐっと両手を握り、少し身を乗り出すようにして。

 どこか期待するように―――お嬢様学校特有とも言える、異性との交流というものへの憧れを前面に出した表情で、小梅はエリカに詰め寄った。

 

「最近は―――その、異性の方とどのようなお話を!?」

「どのようなって―――」

 

 ―――自己肯定と自己否定?

 説明に困るエリカのポケットで、スマートホンが小さく振動。気付いた彼女と小梅の視線がポケットに、正確にはその中のスマホに集まり、『失礼』と一言断ってからエリカがスマホのLINE画面を開き、表情を変える。

 

『よっしゃ世界史来たわ世界史! 得意科目だ詰め込むぜ! テンション上がって血流が三三七拍子奏でてるわ!!』

 

 間。

 数十秒の間、スマホ画面を―――なんとも表現し難い、形而上学的に言うならば能面のような表情で凝視したエリカが、何事かと狼狽する小梅に対して感情のない声で呟いた。

 

「―――……不整脈のキッツい奴かしら」

「大丈夫なんですかその人!?」

 

 焦って叫ぶ小梅。無表情でスマホの電源を切るエリカ。先程までそこに居たはずのまほは、もう完全に興味を失って他の話の輪に混ざっている。

 そんな黒森峰の、全国大会までのとある日の話だった。

 

 

▼妹とのLINE

 

 兄が締め切り前の作家ばりに不可思議な言動が増えるテスト前、並びにテスト期間を無事に乗り切った後。

 要領よくその期間は兄との連絡を断っていた末の妹は、寝る前に久しぶりに兄とのLINEに興じていた。

 

 兄からの話題は、やはり『元気にしているか』。『足りないものはないか』。『金に困ってはいないか』などの保護者目線の物が多い。

 実際のところ、母と未だに正面から話す勇気の湧かないみほからすれば、修景はこの手の話題に関しては最も気軽に話せる相手であるのだが、この保護者目線には少々苦笑も湧くというもの。

 苦笑しながら、大丈夫だと返信を返すが、兄からの返信はそれでも心配そうな物だ。

 

『本当か? 去年だか一昨年くらい、まほが珍しく小遣いが足りなくてしほおばさんに金の無心をしていたからな。女子は色々金がかかる時期とかなんじゃねぇの?』

『お姉ちゃんが? 珍しいね。そういうイメージ無かったのに』

 

 そして、その中に混ざっていた話題にみほは驚きを露わにする。

 金に困って親に無心など、旅行でテンション上がってタクシーを使ってからその値段に愕然とする事こそあったが、あの生真面目な姉がするイメージは基本浮かばない。

 欲しいものは、無理なら我慢する。子供の頃から、まほはそういうスタンスで、言ってしまえば『手のかからない子』であった。まぁ、みほもまほも知らない事だが、両親などはもう少し我儘を言って欲しがっていたようではあるのだが。

 

 ともあれ、驚きと共に送ったみほの返信に対し、修景が更に返信を返してくる。

 その内容は―――

 

『いや、あいつ1,2年前だかに胸が成長してブラ脱皮の速度が速すぎて、ブラ貧乏とかいう謎の状態になっててなぁ』

 

 ―――妹は姉にLINEの送り先を切り替えた。

 

『お兄ちゃんからセクハラを受けました。お姉ちゃんのバスト関係で』

『通報承った。後は任せろ』

 

 後は放置。どうにでもなるだろうし、どうなっても良い。

 兄のデリカシーの無さに、妹はそっとため息を吐く。

 

「……こういうの無ければ、頼りになるお兄ちゃんなんだけどなぁ」

 

 エリカさんは大丈夫だろうかと、自分のかつての親友であり、今は兄とも交友があるらしい少女をそっと心配するみほである。

 ちなみにその後、姉にネチネチと責められた兄が色々と奢らされる事になったというのは、妹の知らない所で起きたいつものやり取りの一つであった。

 

 

▼大人たちの雑談

 

「あの子達にも困ったものね」

 

 翌日の西住家。

 個人としての西住しほとしてではなく、師範としての西住しほとして使用している執務室にて、しほは鉄面皮を崩さないままで少し型遅れのスマートホンを執務机の上に置いた。

 

 珍しく上の娘からメールが届いたと思えば、これまた珍しく苦情のメール。内容は息子への情報漏洩についてである。

 確かに娘が顔を真赤にしながら、『最近胸の育つ速度が早くて、ブラを買い換えてばかりでお金が足りない』と、ランジェリーショップの領収書を証拠に直談判に来た時があった。

 

『分かるわ』

 

 そう言って頷き、学生時代には自分もそんな時期があったと明かしたしほ。

 上の娘の預金口座に追加でお金を振り込んでおく事を約束した彼女だったが、娘の後ろに控えていた使用人にして、学生時代からの友人―――井手上菊代という女性は、『分かんねぇよ』とでもいうべき驚愕顔をしていたのが印象的だった。

 

「……まほお嬢様ですか? それとも、修景君ですか?」

 

 そしてその当人、井手上菊代がそのスマートホンから少し離れた場所に熱いお茶を置き、その横に小さな大福を添える。

 その大福を見て、しほが時計に目をやると時間は3時。いわゆるおやつ時という奴だ。

 時間を忘れて仕事をしていて、まほからのメールでそれが途切れたが。そういえば小腹が空いたなと、大福を見ながらしほは思う。彼女だってターミネーターではない。当然、腹も減るし食事もする。

 

「両方よ。……貴方も同席していたけど、2年くらい前にまほが一度だけお金の無心に来た事があったでしょう」

「あの信じられない理由での話ですか。胸はそんな急に成長しないんですよ普通は。なんですか『分かるわ』って、分かりませんよ」

「ちょっと」

「ああ、胸の小さいやつが大きなことを言ってすいません」

「あの」

「なんでしょう?」

「……なんかごめんね」

 

 しほの気まずそうな反応に、菊代が小さく声を出して笑う。半ばからかわれたと気付いたしほが、自棄気味に大福を口に放り込んだ。

 今は執務室に二人だけなので、元々が西住流の門下生であり、黒森峰時代のチームメイト―――つまりはしほ、宮古母の共通の友人でもあった菊代とのやりとりは、“次期家元”と“使用人”ほどの距離のあるものではない。

 せいぜい、学生時代の隊長と副隊長だった時程度の距離感のやり取りだ。これに修景の母親も加えての三羽烏で、学生時代は黒森峰の黄金期、その黎明を作り上げたものである。

 

「まぁ別に良いですけどね。今更気にする歳でもないですし。それで、まほお嬢様のバスト急成長事件が何か?」

「あの後、修景がどこで聞きつけたのか、まほが私にお金の無心をしたと知ったようで。いたく心配して何かまほが大変なのかと、私に直に聞きに来たのです。その際に事情を修景に話してしまったことで、まほから今更ながら文句が」

「あらまぁ、修景君らしいというか」

 

 しほの言葉を聞き、菊代がクスクスと上品に笑う。

 ちなみに菊代は仕える西住家の娘であるまほとみほに対しては『お嬢様』と敬称付きで呼んでいるが、修景に対しては『修景君』という呼称で接している。

 

 ではこれが菊代が修景を蔑ろにしている事を意味するかというと、全く逆だ。修景の母は菊代にとっても苦楽を共にし、共に試行錯誤し、共に戦った友人でありチームメイト。その忘れ形見である修景に対する肩入れは、息子同然として修景を扱うしほにも劣る物ではない。

 修景が西住家に来たばかりの時には、彼を裏で軽んじて蔑む使用人も居たのだが、それを一喝した菊代の姿は、しほとしても印象に鮮烈に残っている。同時に、副隊長であり西住家の門下生でもあった彼女が、引き続き使用人という形で自分を支えてくれている事を、改めてありがたく思ったものだ。

 というより、使用人とは名ばかりで、しほの業務の秘書的な事や―――場合によっては多忙な際には娘達(+息子)を預け、世話を頼んだりした記憶もある。

 

(―――あれ。彼女の給料、どうなってたかしら)

 

 普通の使用人と同額だったら、それはそれで気まずい。友人だからこそ、雇用関係はしっかりせねばとしほは思う。

 今度、特別手当が入っているかを確認しようと内心に書き留めておき、その代わりというわけではないが、菊代の言葉に対して否定的に溜息を吐く。

 

「まほの事を気にかけているのに、案外それをまほに悟らせませんからね。まほがその有り難みに気付くのはいつになるのか。私があの子を失ってから、みたいにならないと良いんだけど」

「……意外と、気遣いされてたんだなぁと。居なくなって気付いた事もありますものね、宮古さん絡み」

 

 両者ともに、十年前に永遠に喪った共通の友人を思い出す。

 黙祷というわけではないが、数秒の沈黙。それを振り払うように、しほが小さく首を振る。

 

「あまり懐かしんでばかりもいられないわ。そろそろ、仕事に戻らないと」

「……そうですね。こちらも、師範の決裁が必要な書類を選別してきます」

 

 そう言って、大人達は郷愁を振り払い、自らの仕事に立ち戻る。

 しかし最後に、しほは小さく菊代に問いかけた。

 

「菊代」

「はい」

「あの子達は大丈夫だと思う? 当時の私達のように、ぶつかり合って、理解し合って、大事な友人を得て―――そういう風になれるかしら」

「―――……」

 

 西住家の師範としてではなく、『母』としての心配から放たれた、信頼する友人や夫にくらいしか見せないしほの本音。

 母として娘達、その行く末を心配するしほに、しかし小さく上品に笑って菊代は告げた。

 

「当時の私達も、そうやって親に裏で心配されながら、色々やって進んでたのでしょうね。親の思惑など、知ったことなしに」

「……そうね」

「だから今の彼女達も、こうやって親に裏で心配されながら、色々やって進んでいくのでしょう。親の思惑など、知ったことなしに」

「……そうね」

「であれば、見守ってあげましょう。いざという時の後ろ盾やら善後策やら、勝手に準備して勝手に無駄にされて、『ああ無駄になった』と安堵すれば良い。もし必要になったら、その時は力になってあげれば良い。だから、今は見守りましょう。ね?」

「……ええ。そうね」

 

 みほがいつでも帰ってこれるようにと、そのままの姿で残してある部屋を思い出す。いざという時、大洗に行っても駄目だった時の善後策として、使用人に部屋の維持を―――しほ自ら指示していたものだ。

 その戻って来ても良いんだよという気遣いは無駄になったが、大洗に居る下の娘が新たな友人と元気にやっていると聞いて得たのは、確かに安堵だった。

 それを思い出して、しほは口元に優しげに笑みを浮かべる。

 

「ありがとう、菊代」

「いえいえ」

 

 そうして黒森峰の黄金期、その黎明を作り上げた隊長と副隊長は短く言葉を交わし合い、各々の仕事に戻っていったのだった。




 菊代さんが当時副隊長だったというのはオリジナルというか勝手な設定です。
 ただ、当時からしほさんの黒森峰のチームメイトだったというのは、リトルアーミーで言及されておりましたね。

 しほさんにも、2人きりならこれくらい気軽に話せる友人が居ても良いと思うのです。
 まぁ『もっとらぶらぶ作戦です!』では『しぽりん』『ちよきち』と呼び合いながら島田母と絡み酒してましたが。被害者多数。

それと、貰い物になりますが。10話に挿絵を追加しました。ありがとうございます!!


追記。
更に17話(少年、ガセネタを掴まされていた事に気付く)にも挿絵を追加しました。いつもありがとうございます!!


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少女、フルコースを前にする

 全国大会編突入。
 ただし、試合まで突入するとは言っておりません。


 さて、光陰矢の如し。送る月日に関守無し。或いは、少し知名度の低い諺で言うところの、白駒の隙を過ぐるが如し、とでも言うところか。

 つまりは月日の流れるのは早いものということで、学生達は各々の日常を歩む中で、瞬く間に第63回全国高校生大会1回戦の日を迎える事と相成った。

 

 1回戦はサンダース大附属 対 大洗女子。

 下馬評では9割以上がサンダースの勝利だろうという話で、僅かばかりの層が判官贔屓から新設校の大洗を応援する程度。

 ホームとかアウェー以前に、『注目されていない』というのが現在の大洗女子の評価である。

 

 その様子は応援席を見ると一目瞭然。

 大モニターが見えるようにして設置された一般観覧席は、サンダース側の席はほぼ満員だが、大洗側は空席が目立つ。というより、空席の間にまばらに父兄や大洗の生徒が座っている、といった程度だ。

 

 一方で、会場の一角には多くの出店が集い、飲み物や食べ物を売っている。焼きそば、お好み焼き、フランクフルト等々。まさにお祭りという空気である。

 別の一角にはサンダース大附属が自らの学園艦から派遣した、自身の学園艦の生徒用の食堂車、救護車、シャワー車にヘアーサロン車まで、『そこまで必要か?』と首を傾げたくなるほどのリッチさに任せたリラクゼーション空間も作られている。

 

 そして一般席より、大モニターに近い位置。

 そちらには、申請すれば戦車道関係者が取得できる関係者用観戦スペースもある。あるのだが―――

 

(―――……彼女達は何故そこまでするのだろう……)

 

 簡素な折りたたみ製の木製椅子と木製テーブル。

 パイプ椅子よりは幾分上等だが、アウトドアなどで使われる程度の物を設え、その観覧用スペースに座っている逸見エリカ。

 未だ試合開始前で手持ち無沙汰な彼女の目線は、まだ何も映していない―――試合が開始したならばここに各車両の動きや全体の状況などが表示される筈の大画面モニターではなく、少し離れた場所で同じく観戦スペースを確保している他の高校生に注がれていた。

 

 観戦用スペースと言っても、何か特別なものがあるわけではない。

 『じゃあこの辺ね』とでもいうような割り振りでスペースが当て嵌められ、申請した生徒、或いは関係者が各々持ち込んだ機材で後はどうにかしてください、という程度だ。

 試したことはないが、パイプ椅子くらいならば頼めば大会側から貸してくれるかもしれない。逆に言えば、試した所で望めるラインは恐らくその程度だ。

 

 つまりは、観戦用スペースとはきちんと整地されているだけの野原なのである。

 故にエリカは、それに見合った設備を用意して、申請し、観覧に来たつもりだった。アウトドア対応の木製椅子、木製テーブル。双方折りたたみで嵩張らないものと、あとは試合を見て気になった点をメモするためのノートと筆記具。その程度だ。

 しかし―――

 

「……逸見さん。何か気になることでも?」

「……いえ」

 

 英国面(気になること)から声を掛けられ、エリカは思わずガン見していた目を逸らした。

 抽選会の昼に出会ったダージリン、そしてオレンジペコ。聖グロリアーナからはこの2名が観覧に来ているようではあるが、その設備が凄かった。何が凄いって、なんかもう彼女らの周辺10平方メートルくらいを切り取ってみたら、そのまま英国式の応接間になりそうなくらい凄かった。

 

 足元には草原の草色と適度にマッチしながら存在感を発揮する、ディープグリーンの上質そうな絨毯。

 一人がけのソファが2つ設えられ、遠目にも高そうな雰囲気を放っている。間に置かれた高級そうな木製テーブルも含めて、断じて折り畳みが出来そうな雰囲気と作りではない。

 ソファには上品なクッションが各々2つずつ付随し、挙句の果てに派手だが下品ではなく、むしろ品のある金箔張りの衝立がダージリンとオレンジペコの背後に鎮座している。そして両者が手に持っているのは、英国風のティーセット。

 

(……何故、あそこまでする必要があるのだろう……)

 

 シャワー車や救護車はともかく、ヘアーサロン車まで派遣するサンダース大附属。

 観覧スペースを英国色に染め上げている聖グロリアーナ。

 お前ら髪を切るなら試合当日前に切れよとか、それ設置するの大変じゃなかったのとか、各々に対して言いたいことはあるが、敢えて口には出さないことにしたエリカである。彼女達には彼女達なりの、見栄やら拘りやらがあるのだろう。多分。

 

 超リッチな事で有名なサンダース大附属。超お嬢様学校として有名な聖グロリアーナ。

 それらに比べて、やはりお嬢様学校ではあるが黒森峰は質実剛健・文武両道の実践主義を尊ぶ部分がある。その差だろうか。でも、もしかしたらもう少し上等な物を用意した方が良かっただろうか。

 自分の体重で軽くキシキシと音を上げる安っぽい椅子にこっそり溜息を吐きながら、エリカは視線を横―――座るべき人物が居ない空席となっているもう一つの椅子に向ける。

 

 隊長である西住まほは、開始までの時間の間に妹に一声かけてくると言っていた。

 そうすべきだろうとエリカも思う。自分がみほに対して抱いている黒い感情を止める気はないが、姉であるまほが妹であるみほに声を掛けに行くのは、むしろ正常なことだろう。

 

 同じ大会で敵同士なのにという意見もあるだろうが、これは戦争ではなく戦車道だ。初出場の学園艦に居る妹を、強豪校に居る姉が激励する事に何の問題があると、エリカは思う。

 ―――そんな普通のことどころか、日常の挨拶すら出来ないようになっていた黒森峰での最後の一年、その後半こそが異常だったのだ。

 

「……まぁ、それはそれとして。あの子はギッタンギッタンにしてやるけど」

 

 私を置いていったお前なんか負けてしまえと思う心境と、自分と戦うまで勝ち上がってきて欲しいと思う心境。それらが入り混じった複雑な感情を、溜息という形で僅かながら発散する。

 どうにも一人だと気が滅入る。隊長は早く戻ってきてくれないだろうか。

 丁度、そう考えた所で―――

 

「おう、ちんまいの2号」

「にごうっ!? それ、私の事ですか!?」

「ほいこれ差し入れ。テキトーに食ってくれ」

「すいません、1号がローズヒップさんで私が2号ですか!? その渾名はどうなんですか!?」

「もう一人居れば力と技のV3ね。……ふふ、いえ。空、陸、海の覇者への変形合体もありかしら」

 

 ―――聞き覚えのある、若い男の声。

 見やると先程までダージリンとオレンジペコだけだった観戦スペースにもう一人、焦げ茶の癖毛の、背の高い少年が加わっている。

 小さな鞄にジーンズとシャツの軽装だが、今日は暑い。長袖制服姿の自分達の方が、季節的には不適当だろう。衣替えはまだか。エリカは少年の軽装を見て、思わず暑さを意識して眉を顰めた。

 

 一方の少年は、両手に持った安っぽいビニール袋―――恐らくは屋台で何か買ってきたのであろうそれの片方を、オレンジペコに押し付けたところだ。

 オレンジペコは『ちんまいの』という女子につけるにしては甚だ不適当な渾名に眉を八の字にして困ったような抗議の声を上げ、ダージリンは相変わらず良く分からない事を言っている。

 

「まぁ、あそこで会ったのも何かの縁ってことで。まほに持ってくるついでだったけど、良かったらダージリンさん共々、テキトーに食べてくれ。お嬢様の口に合うかは知らんが、まほは貪り食うから大丈夫だろという勝手な判断で持ってきた」

「あら、宜しいのですか? わたくし、貴方の理想像の黒髪和服大和撫子じゃなかったのですが」

「……それは忘れて頂けるとありがたいんですけど。あと、別に黒髪和服大和撫子が理想像ってわけじゃなくて、ダージリンさんがそういうタイプだと聞いていただけで」

「では、どのようなタイプの女性がお好みですか?」

「……こういう質問ってとりあえず目の前の相手に合わせた特徴を言っておくと高得点なんですっけ?」

「司法的に申し上げるならば、今の発言が出た時点で赤点ですわね」

 

 受け取った食べ物を袋から出してテーブルに並べるオレンジペコの横で、ダージリンと少年―――宮古修景があまり中身があるとはいえない雑談をしている。

 ダージリンがくすくすと笑い、宮古少年が降参というように両手を挙げた。飄々とした英国淑女(※日本国産)の相手は、どうにも修景も苦手なようだ。

 一方でオレンジペコは、たこ焼き、焼きそば、お好み焼き、たい焼きという、袋から出てきた炭水化物多めのレパートリーに頬を引きつらせていた。

 

「……宮古さん。これ、確かに美味しそうですが全部食べると結構なカロリーが……」

「ちんまいの2号、お前はもっと肉つけろー、肉。それじゃ、俺はこれで」

「宮古さん、どうもありがとうございます。ありがたく頂きますわ」

 

 ちょっと引き気味のオレンジペコの声を軽く流し、修景がダージリンへと軽く挨拶をし、ダージリンも軽くそれに返して挨拶終了。

 話は終わったとでも言うように、ダージリンの手が素早くたこ焼きを確保したのがエリカの目から見えた。オレンジペコが『あーっ!』と抗議の声を上げるがお構いなし。

 

「ダージリン様、それ私も目を付けてたんですよ!?」

「あら、残念ねペコ。こんな言葉を知っているかしら。イギリス人は恋愛と戦争には手段を選ばないのよ」

「ええ、有名な諺ですね。ですが、これは恋愛でも戦争でもなく食事です。……聖グロですと、こういうのを食べられる機会って少ないんですよ? こういう場で、しかも貰い物だからこそ、大手を振って食べられるんです。珍しい機会なんですよ?」

「知ってるわ。だから好きなものを急いで確保するのよ」

「私もそれが食べたいんです!」

 

 ギャアギャアと騒ぐ聖グロの2名を半眼で見ながら、『過剰な上流階級趣味な学校も大変そうだ』と茫洋と思うエリカ。

 修景は今度は、その彼女に向けて気負うでもなく自然な歩調で近づいてくる。

 エリカもその姿を見て、特に意識せずに手櫛で簡単に髪を整えてから席を立ち、修景に向かい合う。

 

「お久しぶりです、宮古先輩」

「久しぶり。つっても、LINEや電話は結構してたろ?」

「それとこれとは別です。隊長へ差し入れですか? ですが隊長は現在、みほに会いに行くので席を外しておられますが……宮古先輩、ここ、関係者席ですよ?」

「まほからなんか飲み物と食い物買って来いって頼まれてて。それを警備員さんに話したら通してくれたぞ」

「……まぁ高校生大会の、しかも一回戦だとこんなものかぁ」

 

 ザルだなぁ、とエリカは溜息。

 砲弾などが飛んでこないように含め、安全確保に関しては戦車道は色々な対策が講じられている。昨年の高校生大会の決勝戦以降、西住師範と島田流の家元が協力しあい、日本戦車道連盟の方で試合時の天候その他についても更に安全を重視した規定を定め直したそうだ。

 だがその一方で、観戦席の出入りに関してはザルなようだ。まぁ、全国大会とはいえ高校生の、それも第一試合で『網膜認証をお願いします』とかのレベルの警備をされても、それはそれでウザったらしいのだろうが。

 

「んで、肝心のまほはみほに挨拶に行ったまま、と」

「ええ。宮古先輩は、みほにはもう会いました?」

「まだ。試合後にでも行こうかなって思ってたが」

 

 そして、抽選会の日の戦車喫茶での暴発から暫し経つが、みほの名前を出しての会話には淀みはない。

 エリカ自身がある程度、『自分のみほへの対応』と『西住家や修景からのみほへの対応』を切り分けて考えるようにしているのも大きいだろう。

 みほに対するネガティブな感情は未だに減ずる事無くエリカの中にある一方で、誰にも相談せずに転校を決めるほどに追い詰められていた彼女だからこそ、家族とは円滑な関係であって欲しいとも思っているというところか。

 

 その辺り、強気で短気で攻撃的なれど、性悪ではない逸見エリカという少女の根底が伺える。

 良い意味でも悪い意味でも、とかく情が深いタイプなのだ。

 

 ともあれ、修景はダージリンらに渡したのと同様の、お好み焼きや焼きそばなどの屋台産の食べ物が入ったビニール袋を、木製テーブルの上に置く。

 ついでに鞄からよく冷えた緑茶を2本。こちらは、ダージリンらに渡した時には無かったサービス分だ。まぁ、あちらは茶を常に自前で用意しているというのもあるのだが。

 

「どうぞ遠慮なく。フルコースで御座います」

「まぁ、素敵。では前菜から」

「それではこちら、前菜の焼きそばでございます」

「ぷふっ」

「くくっ」

 

 置いた修景が芝居がかった調子で言って、エリカもそれに合わせて殊更にお嬢様言葉で返す。

 そして差し出された、『原価いくら?』と聞きたくなる安っぽい、そして具の少ないソース焼きそば。透明なプラスチックの入れ物に入ったそれを前に、堪え切れずに二人で噴き出す。

 

「何がフルコースですか、宮古先輩。前菜から麺類持って来ないでくださいよ」

「いきなりお好み焼き、いきなりたこ焼きよりは良いと思ったんだよ。たい焼きはデザート系っぽいし」

「前菜からデザートまで炭水化物しか無いじゃないですか。栄養学やフルコースの概念に喧嘩売ってますね」

 

 笑いながら、エリカは安い折りたたみ椅子に座りなおす。そして笑顔のまま、軽く横の空席を指し示した。

 

「みほに会いに行くのを試合後にするなら、隊長が戻ってくるまで少し休んで行かれますか? どうせ、大洗の応援席はガラガラですし。急いで席を取りに行く必要性も無いでしょう」

「まぁ、そうだが。そんじゃまほが来るまでの間、逸見副隊長の両チームの戦力解説でも伺いますかね」

「それでは僭越ながら、フルコースでも食べながら。まずは前菜から」

「では、フォークとナイフをご用意いたしますので、端から順に使っていってください」

「ぷふっ」

「くくっ」

 

 そうして、もう一度芝居がかったやり取りをして、互いにツボに入ったように噴き出す修景とエリカ。その少し離れた背後でたこ焼きの配分を決めるべく真剣な顔でじゃんけんを開始した聖グロ勢。

 

 この日の主役となる大洗やサンダースを他所に。

 試合開始数十分前の観戦スペースでは、割合と平和なやり取りが行われていたのだった。

 




 その頃のまほさんについては―――次話、乞うご期待!!
 小ネタで菊代さんの確定申告ネタを思い付きましたが、ガルパン小説で確定申告のネタなんぞ誰も得をしないのでボツになりました。

 とりあえずドラッグストアで買っても、栄養補助食品などは医療費控除に入りません。ただし風邪薬などの通常の医薬品は控除に入ります。
 また、予防接種料や診断書発行の料金は医療費控除に入らないので注意しましょう。

2019/03/20
ローズヒップ師匠とオレンジペコ先生の互いの呼称を整理。
ドリームタンクマッチ情報で、互いに「さん」付とのこと。


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少女、食い過ぎる

 区切りどころが分からなくて1万文字を超えました。
 基本、5000~6000文字くらいで軽く摘めるスナックくらいの軽さの話を目指している私としては少し珍しいかも。


「……みほ……」

「……お姉ちゃん……」

 

 西住まほは、妹を相手に紅潮した顔を見せていた。いつもの鉄面皮が薄く赤く染まり、呼吸は早く、そして荒い。目には涙が薄く浮かび、潤んでいる。

 いつもの怜悧な鉄面皮ではない。姉らしくない表情だ。

 ―――まるで、恋する乙女のように。

 

「……私はどうしてしまったんだ。胸が締め付けられるように苦しいんだ」

「……お姉ちゃん、それは……」

 

 みほは―――そんな姉に、沈痛な表情で結論を告げた。

 

「食べ過ぎじゃないかな」

「やはりか」

 

 全国大会一回戦前。サンダース大附属がその有り余る財力を投入し、食堂車からヘアーサロン車までなんでもかんでも派遣して作り上げた、選手用の休憩所。

 そこで、『なんでも好きなもの食べていってよ!』というケイの言葉をあるがままに受け取ったまほが、メニュー豊富なサンダースの食堂車で本当に色々と注文して食べた結果の惨状であった。

 

 胸もそうだが、むしろ腹が締め付けられるように苦しい。

 余り深く呼吸をすると吐きそうであり、自然に息が浅く早く、つまりは荒くなる。ついでにその関係で顔も赤かった。

 

 そんな姉妹の寸劇を見たケイ―――サンダース大附属の隊長を務める、ナイスバディ&柔らかそうな金髪ロングの、アメリカンなノリと雰囲気の少女は腹を抱えて大爆笑。

 ヒィヒィと悲鳴を上げ、地面に突っ伏して『助けっ……ヘルプ……っ!!』などと震えながら、虚空に手を伸ばしている。

 『お、出番か?』とでも言いたげに救護車から顔を出したサンダース大附属の生徒が、何故か期待にあふれる表情でAEDを取り出した。それは心肺蘇生に使うものである。

 

 さて、何故このような混沌(カオス)な状況が現出したかというと、話は少し遡る。とはいえ大して大掛かりな理由があったわけでもないのだが。

 

 

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 試合開始前に大洗女子の面々はサンダース大附属に食事に招待され、何故かヘアーサロン車まである―――しかも繁盛しているという、超リッチ学園艦の派遣設備を潤沢に利用した一角へと案内されていた。

 

 『オッドボール三等軍曹』という偽名でサンダースに潜入していた秋山優花里が、サンダースの隊長であるケイにフレンドリーに声を掛けられ、怒られるどころか逆に『あの後、大丈夫だった?』と心配されてみたり。

 ケイのフレンドリーで何事もオープンで楽しんでいくスタンスが、そして彼女の戦車道が、みほにとっての自分の『戦車道』を見つける一つの指針になるのはまだ少し先の話。

 今はまだ、試合前の交流ということで、人によっては談笑したり、人によっては緊張しながら、サンダースの設備で『せっかくだから』と昼食を頂いている程度の状況だ。

 

「いやー、しかし……試合当日にヘアーサロン車を利用する人って何か理由があるんでしょうかね?」

「ん、知りたい? オッドボール三等軍曹」

「そ、その偽名は咄嗟に名乗ったもので……私は秋山優花里と申します。その節はどうも……」

「良いじゃない、オッドボール三等軍曹! 私は好きよ、あのジョーク」

「ジョークじゃなかったんだけどなぁ……」

 

 その中の一角で、ヘアーサロン車を眺めながら誰に聞かせるでもなく呟いた優花里の言葉に、いつの間にやら隣に来たケイが背中を無遠慮にバシバシ叩きながら朗らかに笑う。

 日本人の筈なのだが明るく大雑把でアメリカンな感性を持つ彼女からは、もはや優花里は友人認定をされているようだ。オッドボール三等軍曹という渾名を親しげに呼び、肩を組んでアメリカ国歌を歌わんばかりのテンションである。

 

「生中継でオンエアーされるのは決勝戦だけでも、今だと動画サイトとか色々あるじゃない? あとは写真とか撮られて雑誌やウェブニュースで記事になることもあるし。あ、ほら。Twitterとかもあるし! だからいつ撮られても良いよう、見栄えは出来るだけ良くしたい、っていうのが女の子の本能じゃないかな」

「それはまぁ、確かに少し分かりますけど」

「だから本格的なカットじゃなくて、毛先を整えるとか、時間がなくて出来なかったヘアーセットをやって貰うとか。そういう需要がメインなのよ。流石に当日に『バッサリやってください』っていうのは見たこと無いわね」

「はぁー、なるほど。私の実家は理容室なんですけど、そういう美容室的なものよりも古式ゆかしい『床屋』という感じで……。そういう、『整えるだけ』という発想は逆に出てきませんでしたね。あ、確かに今出てきた方も、軽く整えただけという感じでしたよ」

 

 小学生の時分はパンチパーマという、女子にしては独創的に過ぎるヘアースタイルだった優花里が、丁度ヘアーサロン車から出てきた濃い目のグレーの長袖制服と黒いスカート姿、濃いめの茶色の髪の少女を見て、納得の頷きを一つ。

 その言葉にケイもその女生徒を見て、『でしょー?』と笑って頷きを一つ。

 そして、両者は互いの顔を見合わせてから、ヘアーサロン車から出てきた少女を二度見する。制服のカラーが大洗のものでもサンダースのものでもない。というか、両者共に見知っている少女だったのである。

 

「……Hey、まほ。何やってるの?」

「ああ、ケイ。ちょっと毛先を整えて貰った」

「あっはははははは! なんでよ!?」

 

 『どうかな?』と、毛先を指で弄りながら、相変わらずの鉄面皮。黒森峰女学園の戦車道隊長、西住まほがそこに居た。

 同学年の戦車道履修者、それも隊長同士であり面識のあるケイは、そのまほの様子にも慣れた様子で爆笑する。先程は大洗の生徒会長である角谷杏の全く面白くない駄洒落にも爆笑していたので、どうやら酒が入っていなくても笑い上戸の素質があるようだ。

 箸が転んでもおかしい年頃、とでも言うやつか。まほの背中をバシバシ叩き、叩かれたまほがその衝撃で無表情のままグワングワンと揺れる。

 

「なんでさらっと混ざってるのよー、もー! あっははははは!!」

「いや、妹に試合開始前に激励でもしようかと思って選手待機場所を探してたら、先にサンダースの方に行き当たってしまってな。大洗の待機場所をそこらの生徒に聞いたら、交流兼ねて食事に誘いに使者出てるからもうすぐ来るんじゃないか、とかで」

「それで何がどうして髪を切ってるのよ? 妹に会う前に、身だしなみでも整えたかった?」

「待っている間、うちの設備で好きなように休んでいってくれと言われた。ああ、今更ながらありがとう。前々からヘアーサロン車というのは気になってたんだ。ウチには無いんだぞ、こういうの」

「そりゃーお堅い黒森峰だとねぇ。でも興味はあったんだ?」

「あったんだ。堪能させてもらった」

 

 むふん、と心なしか満足げな西住長女。その姿に、またケイが大笑いして背中を叩き、まほが揺れる。

 無表情なので痛がっているのかどうなのかも良く分からないが、結構な勢いでバシバシやってるので、思わず横から優花里が口を挟む。

 

「ああ、ケイさん。そんなに揺らしたら折角セットした髪とかが……」

「おっといけない。ごめんごめん、痛くなかった? あ、まほ。ついでに昼も食べていったら?」

「良いのか?」

「勿論! なんでも好きなもの注文してってよ。あ。でもその前に、大洗の子たちももう来てるから、妹さんも居るんじゃなーい? どの娘? あ、もしかしてオッドボール三等軍曹?」

「わ、私じゃないですよぅ。西住殿の―――ほら、あちらの。亜麻色の髪の、ちょっと大人しそうな」

 

 優花里が指し示す先では、みほが遠慮がちにサンダースの食堂車のメニューを眺めているところだった。

 他の生徒が通りかかろうとすると、慌てて避ける。小動物のような動作だ。

 

「あの子かー。まほとあんま似てないわねー。さっきオッドボール三等軍曹に声を掛けた時にも近くに居たけど、同じ車両?」

「私が装填手で、西住殿が車長です。……あ、お姉さん。すいません、ご挨拶が遅れまして。先日は色々とお土産、ありがとうございました。戦車道履修者や自動車部の皆で分けても少し余ったんで、父と母にも少し持って帰ったんですけど、凄く喜んでくれました」

 

 まほの方へと向き直り、ぺこりと頭を下げて、丁寧に礼をする優花里。

 その優花里にまほが小さく微笑む。

 

「いや、喜んで貰えたならばそれが何より嬉しい。こちらこそ、ありがとう。髪を切って貰ってる間に大洗の皆も来たんだな。では、みほにも少し挨拶をしてこよう」

「強豪校に通う姉から、激励ってやつ? サンダースなんかに負けるなー、って」

 

 ケイが少し意地悪く問いかけると、まほは小さく首を振って否定する。元よりまほも、修景も、しほですらも。みほに望んでいるのは勝利ではなく、戦車道へのトラウマ克服だ。

 この段階では彼女達は廃校云々の話は知らない以上、それ以上の事を求める気も無ければ、プレッシャーを掛ける気もないのである。

 

「胸を借りるつもりで、好きにやってこいというだけだ。……去年は色々あったからな」

 

 そして様々な思いを―――特に苦い物を多分に含んだその言葉に、ケイは『アウチ』と一言呟いて顔を手で覆った。

 話題を失敗した、という事だろう。アメリカンなオーバーアクションで、ただし両手を合わせて頭を下げるという日本人的なジェスチャーを交えながら、サンダースの隊長は言葉を続ける。

 

「ごめん、意地悪いこと言ったわ。そういえば妹さんが去年の副隊長だったんだっけ。大変だったみたいね、去年の黒森峰。察するしか出来ないけど、なんかあったら相談乗る? 電話番号、なんかの時に交換したよね。確かスマホに入ってたと思うんだけど」

「大丈夫。相談役は既に居るからな。だが、ありがとう」

 

 ケイの言葉にまほが微笑みながら答え、気負った様子もないそれに、これならば大丈夫かとケイが内心で胸を撫で下ろす。

 昨年の黒森峰やら西住流やらで色々問題があったようではあるが、それなりに姉妹仲含めて上手く回っているようだ。その辺り、全くの他人事―――かつ敵の、それも強豪校の事でありながら真摯に心配する辺り、このアメリカンな雰囲気の少女、その大雑把そうな雰囲気とは裏腹に、性根はかなりの気遣い屋らしい。

 最も、その片鱗は『オッドボール三等軍曹』こと秋山優花里と先ほど再会した時の第一声が「大丈夫だった?」という内容だった辺りで見えてはいたのだが。或いはケイ自身、そういう性格だからこそ『規模』という面で言うならば黒森峰やプラウダよりも上のサンダースで大過なく隊長を務められているのかもしれない。

 

「そっか。じゃ、心配はここまで。いっちょ楽しく、姉妹の交流してきなさーい!!」

 

 バシン、とひときわ強くケイの平手がまほの背中を叩く。まほが揺れる。心なしか、今回ばかりは少し痛そうな顔をしたのが優花里からは見えた。

 そのまま押し出されるようにみほの方に向かって歩き出したまほ。そのまほに気付いて、みほが駆け寄ろうとした所でサンダースの生徒とぶつかりそうになり、ぺこぺこ頭を下げている。

 

「……似てない姉妹ねぇ」

「私はお母様似らしいからな」

 

 去り際のまほにケイが背中から苦笑交じりの言葉を投げ、投げかけられたまほは鉄面皮で振り返る。こちらは逆に、その行く先のサンダースの生徒が道を開ける威圧感。確かにみほと姉妹というにしては、雰囲気が違いすぎる。

 それを自覚しているのか、まほは自嘲するような笑みを僅かに浮かべ―――

 

「―――つまり私は、アーノルド・シュワルツネッガー似ということだ」

「Hey、ストップ、その理屈はおかしい。貴方は自分のお母さんを何だと思ってるの!?」

 

 思わずアメリカンなノリのまま、まほへとツッコミを入れたケイ。

 みほとの再会で傍目からは分からないがテンションが上がったまほが、あれもこれもと色々と注文して食べ過ぎる、ほんの数十分前の出来事だった。

 

 

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 M4シャーマンという戦車がある。生産国はアメリカ合衆国。その名前は『呪術師』や『祈祷師』を意味するシャーマンではなく、アメリカ南北戦争時代の英雄的軍人、ウィリアム・テクムセ・シャーマン氏(最終階級:大将)が由来である。

 参考までに、呪術師の綴りは『Shaman』。M4シャーマンの綴りは『M4Sherman』となる。ウィリアム・テクムセ・シャーマン氏の業績については色々あるが、それについては戦車とは直接の関係がない上に長い話となるため、割愛させて頂きたい。

 

 ともあれ、サンダースの主力でもあるM4中戦車。その特性は『整備性や生産性に難があるが、同時代の物に比べた性能が高い』というドイツ戦車に対し、『工業製品としての生産性と整備性』を極めて高いレベルで実現させた車両である事だ。

 走攻守いずれも同時代の他国車両と比較しても凡庸な車両であり、『偉大なる凡作』とも呼ばれるが、特筆すべきはその工業製品としての完成度の高さである。

 

 どれだけ整備性が高いのかというと、例えばプラモデルやフィギュアで『関節の規格が同じなので、別メーカーの製品同士が合体可能』という例があるだろう。

 魔法少女とガンダムの規格が何故か合致して魔改造ものがネットの一部で流行ったその例と同様に、『エンジンの規格が同じなので、別メーカーの製品同士が合体可能』というのがM4シャーマンだ。無論、実行するには一定の整備知識は必要だろうが。

 

 ではこの『エンジンの規格』というのがどういう意味かというと、実はM4シャーマンは多くのバリエーションがあり、航空機用の星型空冷エンジンから始まって、民生品のトラック用の水冷ディーゼルエンジンを2機使っていたシャーマンも存在し、戦車用の8気筒ガソリンエンジンを使っていたシャーマンもある。

 これら全てがほぼ同じシャーシで作られているため、極論、『エンジンスペースに入って、馬力が確保できるもんを繋げば動く』という暴論がまかり通るレベルでの整備性・互換性を持つのがM4シャーマンという車両なのである。

 

 戦場で壊れたシャーマンが2両。片方は主砲をやられ、片方はエンジンが駄目。じゃあエンジンを積み替えれば1両は完品になる。そういう理論が割と平然と、しかもM4A1とM4A3という『違うバージョン』でも通用するのが、シャーマンという車両なのだ。

 攻撃に対する「防御力」という意味ではなく、長時間の使用や悪環境での使用に対する「タフさ」も高い。高い車高から居住性も高く、乗員にかかる負担も低い。そういう意味においては、走攻守のいずれも凡庸ではあるが、確かに戦車界のベストセラーと言ってしまっても、過言ではないだろう。

 

 ちなみに、「ほぼ全て」のエンジン規格の例外にあてはまる物もある。M4A4と呼ばれる型のシャーマンであり、これだけはエンジンルームの関係上、全長がやや長い。つまり、エンジンルームを拡張したバージョンのシャーマンである。

 であればさぞかし新型のエンジンでも積んだのかと思えば、そうではなく。『民間のバス用6気筒エンジンを5つ束ねて連結し、30気筒エンジンにしたもの』などという、なんとコメントすれば良いのか良く分からないレベルのものを運用する為のものが、このM4A4である。そうするしかなかったのは分かるが、そこまでする必要はあったのか。

 

 ちなみに、『30気筒エンジン』は5つ連結しているうち1つのエンジンに問題があった場合、そのエンジンの場所次第ではエンジン全部取り出す必要があるなど、流石に整備性に問題があるものだった。そのため、アメリカ軍は自分のところでは使用せずに、レンドリースでイギリス軍に押し付―――送っている。

 そして、さぞやこんな整備性の悪い物を送られた大英帝国は憤怒しただろうと思いきや。別にそんな事もなく、イギリスでは『自国の巡航戦車より、ずっと機械的信頼性が高い!』と、大喜びでファイアフライに改装したという。イギリスの巡航戦車の駆動系がどれだけ問題を抱えていたかが良く分かる笑い話である。

 

「ちなみにM4絡みの雑学。パラグアイ陸軍ではM4シャーマンが現役」

「……現役? M4そのまま……ではないですよね?」

「シャーマン ファイアフライをベースに主砲とエンジンを換装されてるっぽいけど、ボディはM4なんだなぁ、これが」

「整備とかどうやってるんですか。もうアメリカも生産してないでしょう、パーツとか……」

「俺もそれは知らんけどさ」

 

 そして、場所は戻って観戦席。

 木製の椅子に座った修景とエリカは、サンダース大附属が保有する主力戦車、M4シャーマンについての知見を交換していた。

 というよりは、戦車道履修者であるエリカが修景を試すように質問し、割合とすらすらと修景がそれに応じていた。

 

 一応は西住家関係者。こういう知識は並の戦車道履修者よりも豊富なぐらいだ。ちなみにパラグアイ陸軍ではM3スチュアート軽戦車も現役である。M4よりもなお旧い。

 

「ちなみに我がイギリスが誇る巡航戦車が説明の中でさらっとディスられていた気がしますが、それに対してこう言わせて頂きましょう。―――こんな言葉を知ってる? 『連続36時間重大な故障が発生せず稼働すればそれは奇跡』」

「第二次世界大戦中に、巡航戦車クルセイダーの搭乗員が言ったと言われるジョークですね。……ダージリン様、実はフォローする気ないでしょう?」

 

 暇だったのか、ソファだけ『うんとこしょ、どっこいしょ』と言わんばかりに持ってきた聖グロ組が、木製テーブルの上に広げられた屋台惣菜の縄張り争いを箸同士でしながら会話に加わってくる。

 

「ちなみに、そのM4。走攻守が凡庸とは言われているけど、その凡庸な走攻守でだいたい四号戦車と同じくらいの総合力と言われてますね。両方共バランス型の車両なので」

「で、ファイアフライはそのM4が戦争後期、パンターやティーガーなどを相手にするには低い火力を補う為に17ポンド砲を搭載した車両である、と。そういやアメリカンなノリなサンダース大附属なのに、使ってるファイアフライは実はイギリスがやった改装なんだよな」

 

 両者の視線がイギリスと縁深い聖グロリアーナ、その隊長であるダージリンに向く。

 その視線に気付いたダージリンは、

 

「…………チャーチルとマチルダとクルセイダー縛りが無ければ私だって欲しいですわ」

 

 影を背負った表情で呪詛のような台詞を吐き出した。

 どうやらOG会の影響で強力な戦車が導入できないというのが、聖グロリアーナ最大の悩みであるようだ。

 マチルダ、チャーチル、クルセイダー、いずれも悪い車両ではないのだが。開発時期などの関係から、やはりパンターやティーガー、ISやT34/85などの大戦後期の車両に真正面から対抗するのは難しいのだろう。

 またいつぞのように暗黒物質の垂れ流しを始められても困るので、修景は慌てて話題を変える。

 

「……ま、まぁその話は一旦横に置くとして。四号戦車D型は、恐らく今の大洗では三号突撃砲と並んで最大戦力だ。他のM3、38(t)、八九式なんかはいずれも一段劣る戦車になる、と」

「つまり―――単純計算、大洗の最大戦力と同格に近い車両が9両。それを更に強化したもの、ファイアフライが1両。それがサンダースの保有する戦力になるわけです。機動力だけならギリギリ互角か、やや大洗優勢といえるかもしれませんけど、数と他の要素がどうしても」

「そして最大火力として、サンダースにはショートジーンズからの生足という隊長さんの必殺武器がある。これは厳しいな」

「セクハラです」

「すいませんでした」

 

 頭を下げる修景に軽く溜息を吐き、エリカが木製テーブルの中で辛うじて屋台惣菜に占領されていない場所にノートを広げ、サラサラと達筆な字で両校の保有する車両の種類と数を書いていく。

 それらを見て、修景が苦笑。流石に倍の数の差と、個々の質で見ると良くて互角か相手が上かというラインにある戦力。

 そして、みほ以外素人という大洗の人員事情を考えると、果たして勝率は如何程か。

 

「こりゃ、みほをどう励ますか考えておくべきかね、俺は」

「……でも、フラッグ戦ですからね。フラッグ車さえ倒せば勝ちという意味では、格下車両でもチャンスはあるわけで。……みほなら、もしかしたら。或いは」

 

 そう小さな声で呟くエリカの目線の先。

 時間まで各校の紹介や協賛企業のCMなどを流していた大画面モニターが、試合開始10分前を告げていた。

 

「って、10分前になっちまったぞ。みほもそろそろ戦車に乗って待機してる頃だろうし……まほの奴、まさか迷子になってるんじゃないだろうな?」

「いえ、まさかそのような……」

 

 そして、否定の言葉を告げようとしたエリカの懐で小さくスマートホンが振動。

 どうやらマナーモードにしていたらしいそれを、エリカが慌てて取り出す。画面を覗き込み、数秒。その表情が固まり、更に数秒。

 ゆっくりとした動きで視線を巡らせたエリカが、再度硬直する。

 

「どうした、何が起きた。だいたいのロクでもない事は覚悟してるぞ」

「……先輩、あちらを御覧下さい。大洗の応援席の……中段。真ん中くらい」

 

 言われてそちらに視線を送る修景。やや遠目だが、幸いにしてこの場に居る面々に目の悪い人間は居ない。

 修景のみならず、ダージリンとオレンジペコもそちらに視線を送り、エリカ指定の場所を確認する。

 

 ―――そこでは、パンチパーマの男性と穏やかそうな女性という、どうやら夫婦らしき中年の男女と談笑する西住まほの姿があった。

 どうやらエリカと修景、あと聖グロの面々の視線が自分の方を向いたのに気付いたようで、軽く手など振っている。

 

「……はい、ごめんなさい逸見後輩。先輩、ちょっと予想を超えた状況なんで、あれがどういう状況で、あの方々がどなたなのか説明して貰えるか?」

「……今来たメールだと、みほのチームメイトのご両親だそうですよ。抽選会の日に、先輩気合い入れて色々お土産持ってったじゃないですか」

「いや、気合い入れてたのは俺よりもしほおばさんっつーか……まぁ良いや。それで?」

「学園艦に実家があるその子は、自宅に幾らかお土産を持っていったらしくて。その御礼を直接言いたいとかで……」

 

 困惑するエリカが、修景へとメール画面を差し出してみせる。

 そこでは前述のエリカが言った内容に加えて、自分はみほが先日お世話になったという礼も兼ねて、そちらで観戦する旨が書かれていた。そちらは修景と観戦してくれ、とも。

 ついでに、何故か親指を立てたまほが、無表情で―――ただし心なしかドヤ顔で自画撮りした画像も添付されている。

 

「この画像に表題を付けるとすれば何でしょう? ダージリン様」

「『グッドラック!』……かしらね?」

「『グッジョブ私!』……でも良いかもしれませんね」

 

 好き勝手なことを言いながらスマホ画面を覗き込んできている聖グロ勢を一旦放置し、エリカと修景は困ったように顔を見合わせたのだった。

 

 

□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 さて、少し時系列は遡るが。

 話している修景とエリカは知らない事だが、その夫婦の一人娘―――秋山優花里は、友達が少ない、というかほぼ居ない少女だった。

 戦車が友達とでも言うような戦車オタク。先日などは友人であるみほらが優花里の家に行った時には、父が挙動不審になるレベルで大喜びしたりするレベルの物だったらしい。

 故に優花里が土産を持ち帰った時も、『友達のお姉さん』というこれまでの優花里の交友関係に存在しなかった人物からの土産に、必要以上に大歓喜した。

 その喜びようを見た優花里が、どうにか食い過ぎから立ち直ったまほに、サンダースの休憩所での別れ際にこう頼んだのがこの状況の原因だった。

 

「あの、西住殿のお姉さん、大洗の観客席に居る私の両親に、良ければ会って頂けませんか? 先日のお土産の件、両親も直接お礼を言いたいと思うんです」

「うん? 別にそれほど感謝される事では無いのだが」

「いえ、これは私の事情で。私、恥ずかしながら友人が殆ど居なかったもので……。戦車道を始めてから西住殿や武部殿、五十鈴殿、冷泉殿などの友人が出来て。先日は皆でうちで作戦会議などもやって……父も母も、大変喜んでくれているのです。なので、その。交友関係が広がっているのを見せて、安心させてあげたい、というか……」

 

 もじもじとしながら困ったように言う優花里のその言葉を聞いて、まほは納得したように微笑んだ。優花里の言葉の理由が分かったというのもあるのだが、家族思いな優花里の考えは、まほとしても好ましい物だったからだ。

 そして、そういう好ましい人物が自分の妹の近くに友人として居てくれるというのもまた、好ましい。故にこその微笑みである。

 

「分かった。それでは私は大洗側の応援席から観戦させて貰うとしよう。みほが家にお邪魔したなら、そのお礼も言いたいからな。ご両親の写真か何かあれば見せてもらえるか?」

「あ、ありがとうございます! 写真は、はい。携帯に入ってるんで送ります! あ、でもお連れさんとか居たりします? ご迷惑だったら―――」

「いや、多分向こうはまだ修景が居るだろうし、あいつに任せよう。最近、私は知ったんだ」

「知った?」

 

 優花里の疑問に、まほは『うん』と頷いて―――そして立てた人差し指を口元に当てて、微笑みを浮かべる。

 

「あの2人は一緒にしておくと、見ていて面白い」

「ははぁ」

 

 分かったような分かっていないような優花里の声を聞きながら、まほは楽しげに―――申請した観戦席ではなく、大洗の応援席にいるという優花里の両親の元へ向かうのだった。




 そういえば、先日評価数が遂に300を超えました。
 高評価から低い評価まで、どれも面白がって見させて頂いております。改めまして皆様本当にありがとうございます。この場を借りてお礼申し上げます。

 この作品に高評価を付けてくれた人が、私が良いと思った小説に低い評価を付けていて、なんでだろうなぁと首を傾げてみたり。
 この作品に低い評価を付けてくれた人が、私が10評価入れた小説に同じく10評価入れてるのを見て、勝手に親近感抱いてみたり。

 そうやって辿っていく先で、知らなかった面白い小説を見つけてみたり。色々と楽しませてもらっています。
 皆様、本当に本当に有難うございます!


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閑話:抽選会からの帰り道にて

 私よりガチャ運の良い人と、私より戦績の良いWoTプレイヤーの皆様は自走砲に灼かれて弾薬庫逝けばいいと思います(挨拶)。
今回は時系列が少し戻りまして、抽選会の帰りごろの閑話です。

 現在別件で時間を取られておりますので、更新が遅れております。30日以降はちょっと多めに時間を取れるようになる見込み。あくまで見込み。

 今回は突貫で書き上げた雑学多めの閑話となりますが、ご了承ください。
 本編の次の更新は30日以降になると思われます。


 さて、抽選会からの帰り道。行きと同様、帰りも長い。

 関東から九州までの新幹線は、東京⇔博多間だけでもおおよそ5時間。それに加えて、抽選会の会場のある市から東京駅までの移動時間やら、博多から各々の学園艦への移動時間やらを考えると、一日の大半を移動時間に充てる事になる。

 行きは各々前日の授業終了後に学園艦を降りて実家に泊まり、翌朝に朝一の新幹線に乗ったから昼過ぎにはなんとか抽選会場に着いていたが。帰りはその分のアドバンテージが無い分だけ、余計に移動日の様相が強い。

 

 一応黒森峰は戦車道の授業用にヘリコプターなども所有しているのだが、「抽選会で関東へ行きます」「よし、ヘリを出そう」となるほど過保護な学園でもない。

 交通費と宿泊費、加えて土日を潰される分だけ些少な内申点へのプラスは出されるので、後は各々頑張れというスタンスだ。だからこそ、修景と同道するような事も出来るのだが。

 

 そして公共交通機関での移動が長くなると、必然的にやる事は限られる。

 寝る、遊ぶ、駄弁る、本を読む、勉強する。周囲の迷惑にならない程度にやれることなど、あってせいぜいその程度だ。天下の西住流の長女だろうが、その副隊長だろうが、西住家の長男(暫定)だろうが、それは変わらない。

 

 そして、まほ、エリカ共に学業に対しては勤勉で真面目なタイプではあるが、これは一般教養の授業の予習復習を適切に行っているというだけで、「伝統ある黒森峰の隊長・副隊長として恥ずかしくないように」という要素・意図が強い。

 要は両者ともにガリ勉というわけではなく、戦車道を人生のメインに据えているため、わざわざ旅行中に教科書を読む程でもないのである。

 どちらかと言うと大学で奨学金制度を狙っている修景の方がガリ勉だが、こちらは性格面でまほやエリカよりざっくばらん。旅行は旅行、勉強は勉強で切り分けて考えるタイプであり、他人と行く旅行に勉強道具を持ってくる程ではない。

 

 つまりはどういう事かと言うと、帰りの新幹線の中で時間を持て余した黒森峰組+αは、特にすることもなくダラダラとした雑談に興じていたのである。

 ある意味、ある程度気心の知れたメンバーだから出来る行為であり、まほの戦車道に関わらない素の姿を見る前だったエリカであれば尻込みしていた、或いは堅苦しい話に終始していたかもしれないが、修景という異物を介して『西住まほという黒森峰女学園の隊長も、完璧超人ではない』というのを理解したエリカからまほへの意識は、良い意味で壁が無くなってきている。

 

 とはいえ―――

 

「シュトゥルム・ティーガー………って、どんな奴だっけ? 名前はなんかガキの頃聞き覚えあるから、戦車道の規定内の車両なんだろうけど。俺、戦車道の試合で見た記憶無ぇぞ」

「あー……まぁ自走臼砲に分類される車両で、用途が特殊ですからね。戦車対戦車の戦いがメインの戦車道で見る機会は中々無いですよ」

「ロケット推進の38cm砲。最大6km先まで砲撃可能。基本的には城塞や陣地などの固定目標を狙う為の物だからな」

 

 ―――話題の内容がご覧の通り、戦車絡みなのはこのメンバーならでは、と言ったところだろう。西住家の長女、並びにそれに縁が深い者が2名。このメンバーでの会話は、気軽な雑談であっても戦車や戦車道からは外れにくいらしい。

 『好きな戦車はなんぞや』という些か以上に色気に欠ける話題を振ったのは、さて誰であったか。場の流れであったので誰が発端というわけでもないが、好きな○○というお題で歌手やアイドル、TV番組などではなく戦車になる辺りがこのメンバーらしい。

 

 そしてエリカが真っ先に好きな戦車として主張し、修景が首を傾げた『シュトゥルムティーガー』。これはティーガーの名を冠する通り、ドイツの有名な重戦車、ティーガー戦車のバリエーションの一つである。

 元々は海軍の所管になる筈だった38cmロケット砲を、ドイツ陸軍が無理やり引っ張ってきて、ティーガーの車体に搭載した自走臼砲。修理の為に後方に引き上げられたティーガーを改修して作られた物であるため、総生産数は18両と多くない―――のだが。

 ここに居る面々は知らない話ではあるのだが。秋山優花里が子供の時分に、博物館のような場所でシュトゥルムティーガーの前で母と一緒に撮った写真を大事に持っていたりもするので、戦車道というものがあるこの世界では日本に展示されている車両もあるのかもしれない。

 

「自走臼砲ねぇ……形状はどんなん?」

「ティーガーの大きさで、形状は砲身がもっと短いヘッツァーに近いですね。ずんぐりしてて可愛いですよ」

「……そうか?」

 

 そして、大口径短砲身という砲身を台形の箱に取り付けたような形状のシュトゥルムティーガーを、『可愛い』と表する逸見エリカ。この辺りは戦車道という女子の武道ならではの価値観なのかもしれない。

 いや、隣のまほが首を傾げているので、エリカ独自の価値観という可能性もあるが。

 

「で、隊長はどういう戦車が好きなんですか? ティーガーですか?」

「パンターF型だな。パンター戦車の最終進化系。G型を更に正統進化させ、新型の測距機や小型化しつつ性能面を全体的に強化した砲塔、新型の砲など多くの新要素を入れた、正統派の機能美が良い」

「実戦投入例は皆無ですけどね」

「……ギリギリで完成してなかったからな」

 

 エリカの言葉に心なしかムスッとした表情で、まほが腕を組んで頷いた。

 ちなみに戦車道規定では「終戦段階で開発完了/試作に着手されている事」が車両認可の条件であるため、「砲塔は出来ていた」「車体も生産ラインで生産はされていた」という段階まで進んでおり、あとはそれらを合体させるだけだったパンターF型は規定内の筈だ。その筈なのだが、黒森峰女学園で使用されているパンター車両は何故か伝統的にその1個前のG型、つまりは実質的な最終量産型である。

 修景の母が乗っていたのも、今の黒森峰で主力となっているのもG型の方だ。その辺り、もしかしたらまほは内心では今の黒森峰で使われているパンターをF型に更新したいのかもしれない。

 

「……パンターがお好きなら、何故隊長はティーガーにお乗りになっているんですか?」

「……そういえば、なんでだろう。1年の時に副隊長を任されて、その時に与えられた車両がティーガーだったからだったか。ティーガーも好きではあるし、そのまま特に降りる理由も無いまま……。それに何より、私一人の都合で車両を変えると他の乗員が再習熟まで大変だろうし……」

「意外とその辺、気は遣うんだよなぁ、こいつ」

「……別に」

 

 からかうような修景の言葉に、まほが車窓の外を向くようにそっぽを向いた。無表情ではあるが、修景どころかエリカからも分かるレベルの、分かりやすい照れ隠しだ。

 その様子にエリカは小さく笑った。畏敬・尊敬の念は変わらずあるが、親しみというこれまで無かった感情も、この西住まほという隊長に対して生まれてきている。

 これまでは無かったその変化が、エリカとしては嫌いではなかった。

 

「ふふ。まぁ、私もシュトゥルムティーガーではなくティーガーIIに乗ってますから、人のことは言えませんか。でも、ティーガーIIも好きです。自分の分身と言っても良いくらい。シュトゥルム・ティーガーとは別種の『好き』ですね」

 

 西住云々、まほがどうした、みほがどうした。そういう話を抜きにしても、逸見エリカという少女は本当に戦車が好きなのだろう。戦車について話す姿は、活き活きとしている。

 

「で、宮古先輩は何か好きな戦車とかはありますか? 戦車道自体は好きでもそういうのは無い、という男性も多いですけど」

 

 そして、エリカは自身の隣で車窓の外を向いたまほから、自身から見て斜め向かいに座る、にやにや笑いでまほを眺めている修景へと視線を移す。何故かこのタイミングで、修景がビクリと身を竦めたのを見て、エリカは小さく首を傾げた。

 

 ちなみに戦車道は女子の武道ではあるが、観戦という意味でならば男性ファンも多い。

 実際、現在の日本戦車道連盟の会長は男性であるし、整備などの裏方という立場で戦車道に関わっている男性もそれなりに居る。修景が目指している『経営学を学んで次代の西住流のサポートをしたい』というのも、広義においてはその範疇だ。

 まぁ、黒森峰や大洗などは女子校であるため、裏方まで含めて全員が女性であるのだが。

 

 そして、問われた修景は数秒の沈思黙考を経て、重々しく、しかし万感を込めるような口調で呟いた。

 

「―――ヒルドルブ」

「確かに戦車ですけどさぁ……いや待って、戦車?」

 

 出された回答にエリカは半眼で呆れたように呟き、首を傾げた。

 YMT-05ヒルドルブ。全長、全幅、重量全てがパンターG型の4倍~5倍ほどはある超弩級戦車。いや、戦車ではなくモビルタンクである。モビルスーツの技術を多く応用したことにより1人での操縦・運用が可能な弩級戦車ではあるが、性能試験の結果として様々な要因から不採用となった悲運の兵器である。―――TVアニメで。

 

「……エリカも知ってるのか? 聞いたことが無い戦車なんだが、どこの国の戦車だろうか。名前が全く分からないということは、戦車道の規定内の車両ではなく、ごく最近の車両か?」

「どこの国……。ジオン公国なんですよね、これ」

「だよな」

 

 真顔で首を傾げるまほ。苦笑して答えるエリカ。人を食ったような笑みを浮かべる修景。

 しかし直後、まほが放った一言によって二人の表情が凍りつく。

 

「じおんこうこく。……地図で言うとどこの辺りだ? 世界史にあったか、そんな国?」

「どこって」

「宇宙」

「うちゅう」

 

 エリカと修景の答えた内容を、なぜか舌っ足らずな調子でまほが鸚鵡返しに呟いて、数秒。

 まほは真顔のまま、しかし手の中で弄んでいたスマホを取り落とした。

 

「宇宙……? すまん、最近新聞やニュースを見ていなかったのだが、人類はいつから宇宙に進出したんだってそんなわけないだろう何を言っているんだお前たちは」

 

 そしてキレのあるツッコミの平手が、宙をビシッと叩く。非常に珍しい、西住まほのノリツッコミである。

 

「うわぁ隊長のノリツッコミとかレアな物見ましたけど、突っ込みたいのはこっちですよ。ヒルドルブ知らないのはまだ分かりますけど、ジオン公国の名前くらいは聞いたことあると思うんですけどね……」

「まほ、まほ。お前ガンダムって知ってる?」

「バカにするな。お前が子供の頃にみほにプラモデルを破壊されて泣いていただろう」

「はい今の話題ストップ俺が悪かったです。逸見さん何も聞いてないよね?」

「大丈夫です、しっかり記憶しました」

「すんな」

「しました」

 

 そして子供時代に妹に泣かされた事実を後輩に知られ、羞恥から話題を止めようとする修景。しかしエリカは、『良い事知っちゃった』とでも言いそうな笑顔でにこやかに応じるのみ。

 そのまま修景をスルーし、隣のまほへと向き直る。

 

「ジオン公国というのは、ガンダムに出てくる架空の国ですよ。で、そのシリーズに出てくるモビルタンクという、モビルスー……えーと、ロボットと戦車の合いの子みたいな試作兵器がヒルドルブなんです」

「道理で知らんはずだ。修景、架空の兵器ではなく、せめても開発・設計段階まで行った実在兵器を言え」

「っていうか俺は逸見さんが思いの外詳しいことに驚きだわ」

「ネットサーフィンが日課ですから、結構サブカルチャーとか知ってますよ? 私」

 

 修景の言葉に、エリカがクスクスと笑い、少し優越感を滲ませた表情を見せる。

 どうだ、戦車道以外何も知らない箱入り娘と思っていたかと言わんばかりの表情だ。横目でそれを見たまほが、面白がるように小さく笑った。

 

「……で、修景。実際のところお前の好きな戦車、教えてやったらどうだ?」

「……パンジャンドラム」

「……乗れと?」

「戦争に使うし、車輪付いてるから戦車でいいだろ」

「いや修景。あれは車輪付いてるというか、車輪そのものというか……」

 

 そしてヒルドルブに続く回答はパンジャンドラム。恋愛パンジャンドラムではない。それはまほの実母だ。

 パンジャンドラムは英国面のキマった失敗兵器として世界的に有名な、『ロケット推進式自走爆雷』である。ドイツ軍の防御陣地を破壊する為に作られたそれは、形状としては車輪か、もしくは糸を巻くボビンに近い。

 その中央に搭載した爆薬を、ロケット推進で―――何故かロケットで牽引するのではなく、ロケット噴射で回転する車輪で転がりながら目標にぶつけ、諸共に爆発するというものである。

 なお、当然ながら人が乗るものではないので、戦車には分類されない。

 

 ちなみにそのパンジャンドラム。

 現代みたいに細かい制御をリアルタイムで地形に合わせてコンピュータが処理するなど不可能なのに、不整地である砂浜を車輪が全力でカッ飛ばせばどうなるかを、途中で誰か気付かなかったのか。

 砂地で上手く接地摩擦が得られずにただ車輪が空転したり、ロケットが脱落したり、それだけならまだしも予測不可能な機動をして、試運転を見に来た人に襲いかかるなど。改良を重ねれば重ねるほど新たな問題が浮上し、結局は不採用となった兵器である。

 

 明らかに戦車ではない、というか兵器として分類する事すらちょっと気が引ける軍事産業廃棄物を例示されたエリカが、流石に面白くなさそうに眉を顰めた。

 

「真面目に答えてくださいよ、先輩。何か無いんですか? 好きな戦車」

「……ヴァリアント歩兵戦車」

「それ、操縦手が変速レバーに殴り殺されかかる戦車じゃないですか」

「カヴェナンター巡航戦車」

「今度は内部温度が上がりすぎて、操縦手どころか乗員すべてが蒸し焼きになりかける奴じゃないですか」

「アーチャー対戦車自走砲」

「それ操縦手が乗ったまま射撃すると、操縦手が砲塔のノックバックで撲殺される奴じゃないですか。なんで敵の攻撃ではなくセルフで死者が出かねない戦車ばかり―――というか、英国ばっかりじゃないですか!?」

「こいつ基本的に面白い物好きだから、ドイツよりも英国贔屓だぞ。基本は」

 

 含みのある表情でまほが―――口の端だけで珍しく意地悪く笑い、それに気付いた修景が渋面を作る。

 しかし徐々にヒートアップしてきたきらいのあるエリカはそれに気付かず、斜め向かいに座った修景に指を突きつけた。

 

「西住流はドイツ車両を主力とする事が多い流派ですよ!? お母様だってパンターG型に乗っていたのに、先輩の趣味は英国ですか!?」

「だってあの国、面白い兵器が色々あるんだもん……」

「『もん』とか言わないで下さいよ男子高校生」

「でもほら。ホームガード・パイクとか。ブルーピーコックとか。ジャック・チャーチルとか」

「あれ、おかしいな……。最後どう聞いても人名なんですけど」

 

 話が逸れてきているが、エリカは逸れた部分に聞き捨てて良いか判断に迷う言葉があったため、首を傾げて問い返す。

 それに頷いた修景は、内心で安堵しながらも―――まぁ後でまほにより、その安堵は無駄にされるのだが―――頷いて後輩の疑問に回答する。

 

「第二次世界大戦時に、ロングボウとバグパイプとクレイモア長剣で戦い抜いた二足歩行人型英国兵器だ。細かく説明するとまず正気が疑われるが」

「もうこの時点で正気を疑うんですけども。弓と笛と剣て。その人、第二次世界大戦じゃなくてモンスターハンターやってるんじゃないんですか?」

 

 ちなみに『ファイアーエムブレムの世界からやってきた転生者』『生まれる世界そのものを間違った男』などと言われるこの男。れっきとした実在の人物であり、第二次世界大戦という自動小銃や戦車、航空機が投入された戦争における、唯一無二の『ロングボウによる敵兵殺害』という公的記録を持つ人物である。

 英国コマンドー部隊において、奇襲作戦時にバグパイプを吹き鳴らしながらクレイモア(※地雷の方のクレイモア地雷ではなく、両手剣のクレイモア)による抜剣突撃を行い、しかも作戦の大成功を収めたり。はたまた別の場所では、ナポレオンよろしく戦列歩兵陣を組んで戦意高揚の為にバグパイプを吹き鳴らしながら突撃し、多くの捕虜を取ってみたり。

 

 参考までに、その辺りの時期での彼のメインウェポンを列挙すると、弓、両手剣、手榴弾、バグパイプという、『手榴弾』を『閃光玉』辺りに変えるとそのままモンスターハンター世界で通用しそうな狂気のラインナップだったという。

 『ファイティング・ジャック』或いは『マッド・ジャック』の異名を持つ彼については、興味のある人は調べてみるのも面白いだろう。ただし、書いてあることの正気を疑うことになるのは覚悟の上で、だが。

 

「で、ホームガード・パイクだが。第二次世界大戦時、ウィンストン・チャーチル首相が『もう槍でもなんでもいいから武器を作れ』という旨の切羽詰まった書簡を陸軍省に出して」

「あ、もうオチが読めました」

「とりあえず水道管に銃剣を溶接して生産された槍だ」

「読めましたけどそこまで雑だとは」

 

 ちなみにホームガードとはイギリスにおける本土決戦用の『民兵組織』であり、ドイツ軍の本土上陸の可能性に脅かされていた時期の彼らとしては、ガチで切羽詰まっていた可能性が極めて高い。

 文書をそのまま直訳して本当に槍を作った役人にはツッコミどころはあるものの、それらを配備されて訓練を行った民兵たちは、自分達の国や町を守ろうと必死だったのであろう。

 実際に彼らが本気でドイツ軍の上陸に対抗する為に用意した、自家用車を改造した手製の装甲車なども多く存在したそうだ。

 

「で、最後にブルーピーコック。これはあくまで開発・設計段階で終わった兵器だが、端的に説明すると核兵器とニワトリだ」

「あれ、おかしいな……。あの、先輩。今何か並列表記すると凄く違和感のあるものを、並べて口にしませんでした?」

 

 恐る恐る、違っていて欲しいという表情で質問するエリカ。

 それに対して修景は重々しく頷き―――つまりは肯定して、繰り返した。

 

「核兵器とニワトリだ」

「聞き間違いであってほしかったです。……なんですかそれ?」

「……冷戦の比較的初期に考案された核地雷なんだが、当時の電子機器は冷たさに弱かったらしくてな。埋めてしまうと、冬期の寒さでは作動しなくなる可能性があった。なのでニワトリを餌と水と核地雷と一緒に埋めて、ニワトリの体温で電子機器を保護するという物だ」

「核兵器をニワトリで管理とか、危険度の高さを考えたくもないんですけど」

「しかもこれ、情報機密が解除されて公的文書として国立公文書館から発表されたのが21世紀に入ってからの4月1日で、誰もがエイプリルフール・ジョークとしか思わなかったという。国立公文書館はわざわざジョークじゃない旨を説明する必要があったらしい」

「国を挙げてオチを付けなくても……」

 

 かくして斯様に話題は逸れ。内心で安堵の溜息を吐く修景の思惑通り―――そして、後でそれを無駄にされるのだが―――話は明後日の方向へ逸れて行く。

 結局その後も、博多駅に到着するまでの間。雑談はあちらにこちらにと話題が飛び、結局『好きな戦車』へと話題が回帰する事は無かったのだった。

 

 

□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 ―――そして、夕刻。

 黒森峰学園艦へ向かう連絡船の中で、エリカは肩の凝りを解すように、大きく身体を伸ばした。背骨がゴキゴキと音を立てる。長く新幹線の座席に座っていた弊害だ。

 

「あー……あと少しで帰り着きますね、隊長」

「そして明日は平日。授業は通常通りだ。明日の一限くらい休みにしてくれると良いのだがな。そうもいかんか」

 

 連絡船の椅子に彼女と並んで座るまほも、疲れたように首を軽く回して、固まった筋肉をほぐしている。

 ちなみに、修景は自分の学園艦へ戻るため、その連絡船を待ってまだ港に居るはずだ。この辺りは運行スケジュールの運である。

 

「帰ったら風呂入って寝よう……」

「私も……」

 

 旅行帰りの疲労感―――しかも考えてみれば、帰りの新幹線の中では喋り通しだった為、今更ながらドッと疲れを自覚したまほとエリカが、各々疲れた声を上げる。

 とはいえ、連絡船が黒森峰に着くまで数十分。寝るには短いので、手持ち無沙汰にエリカがスマホを取り出してLINEを確認する。修景から何やらメッセージが届いているのを発見。内容を確認し、エリカは軽く安堵の声を上げた。

 

「あ、宮古先輩の方も船が来たそうですよ。無事に乗れたとか」

「それは良かった。―――ああ、修景と言えば。エリカ、あいつの好きな戦車を知っているか?」

 

 そして、出た名前に思い出したかのように―――というか実際今思い出して、まほは意地の悪い笑みを浮かべ、自らの後輩にして副隊長である少女を見る。

 滅多に見ない隊長の悪戯げな笑みに、エリカは小さく首を傾げた。

 

「パンジャンドラムじゃないんですか?」

「……姉として、あいつの脳がそこまで紅茶とマーマイトに侵されているとは思いたくない。あいつはあの場では色々と変なネタを口走っていたが、あれは単に話を逸らしたがっていただけだ」

 

 口元に手を当てて、くすくすと笑うまほ。

 その笑顔の理由が分からず、エリカは更に首を傾げる。そのエリカに、まほは修景が隠したがっていた「正解」をさらりと告げた。

 

「ティーガーIIだ。以前聞いたから間違いない」

「……普通じゃないですか。というか、私はティーガーIIの車長だから話題も合いそうなものなのに。なんでそれを隠そうとしたんですか?」

「ふふっ」

 

 不満げなエリカの疑問にまほは悪戯げに笑い―――修景が話題を振られて身を竦めたり、好きな車両を隠そうとした理由を、ズバリと言い当てた。

 

「ティーガーIIについては、お前が直前に話題に出していたからな。『自分の分身と言っても良いくらい』と」

「……あ」

「その直後に『ティーガーIIが好きです』などとは気恥ずかしくて言えないから、必死に話題を逸らしてたのだろう。私は見ててとても面白かったぞ。アレは相当必死だったな」

「……あー……」

 

 エリカは告げられた内容になんと応じて良いものか判断に困り、頬を掻いて視線をスマホへ向け直す。逃げた、とも言う。

 構わずまほはくすくすと笑っており、その笑い声を聞きながら、エリカはまたLINE画面を確認し、

 

『お疲れ様でした、宮古先輩。―――今度は、好きな戦車について誤魔化さずに話してくださいね!!』

 

 心なしか上機嫌に。軽快なタップで、返信を打ち込んだのだった。




 エリカとまほの「好きな戦車」は、公式プロフィール通りで。後は各々、自分の車両にも愛着がある感じで。

 ちなみに英国もそうですが、アメリカやロシアも中々の珍兵器を開発しています。
 そういう雑学的な紹介とかに需要はあるのか。
 なお、マッド・ジャックについてはこれでもまだ書き足りないくらい逸話が多く、かつ良い感じにイカれておりますので、興味のある人はぜひ調べてみてください。

3/30追記
 諸事情から暫く実家に戻ることになりましたが、実家のパソコンBD読み込まねぇ!!
 ……本編の内容を確認できない中で書くと試合内容に齟齬が出そうですので、今暫く更新はお待ち下さい。
 リアル事情優先ということで、ご容赦を。


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閑話:宮古少年の部活動

 すごく久々の更新ですが、内容は閑話で、かつ3500文字程度の短めの話です。主にまえがきでの業務連絡の為ですので、ご了承ください。
 えー、前話のあとがきにも書きましたが、現在実家帰省中でBD再生環境がないため、本編の試合の流れを記憶を頼りに辿るとボケかましそうなんで停滞中、というような状態です。

 しばし更新が大幅減する(既にしている)状態ですが、療養休暇状態ですので、体調とリアル事情優先ということでご了承ください。


 これはまだ、みほやエリカが中等部だった頃。修景やまほが中等部を卒業し、高等部に入る直前の春休み。

 そんな頃に姉兄妹(きょうだい)3人の間で交わされた、他愛の無い―――というか、くだらない会話である。

 

「お兄ちゃん、高等部入ったら部活動とかは入らないの?」

 

 落ち着いた、ただし品のある作りの西住家の居間。縁側からは庭の桜が見える憩いの空間。畳の香りが、日本人には本能的に懐かしい。

 居間の襖を開け放ってすぐの縁側に腰掛ける妹。そこから見える庭で犬と遊んでいる、もしくは犬に遊ばれている姉。そして居間のテーブルの上に高等部の入学パンフレットを並べてチェックしている兄。

 とはいえ高等部入学といえど、中等部と同じ学園艦であるので、チェック事項はそれほど多くない。

 

 そんな状況で、口火を切ったのは末の妹である西住みほだった。

 特に何か深い意図や意味があったわけではない。ただ、兄が並べているパンフレットの中に、そういえば部活動の紹介的な物があったなと思いだしたからだ。

 

「ん………あー」

 

 そして、声を掛けられた修景は億劫そうな声を出し、パンフレットをテーブルに放り出す。主な確認事項―――基本的な入学直後のスケジュールの把握は既に終了。そろそろ良い区切りだったというのもあるのだろう。

 テーブルの横からのそのそと移動してきて、みほの隣に腰掛ける。

 

「とりあえず運動部はパス。俺の運動神経だと無為になるし、バイトで体力使うから多分保たん。帰宅部になるんじゃねーかな」

「また新聞配達?」

「いや、新聞配達は中学生でも出来るバイトだったからやってたってだけ。高校入ったら、なんぞ別のを探すことにする」

「そっかー」

 

 別に食い下がる気も無かった妹は、兄の言葉に軽く頷きながら、庭で犬と戯れている姉を見やる。

 庭で飼われている犬は、別に特殊な血統書付きの犬というわけでもなんでもない。どこにでも居る柴犬である。

 

 飼い始めの流れも、特に何か大きな理由があったわけではない。

 整備工をしている父、西住常夫。その同僚が飼っている犬が子供を産み、1匹引き取ってくれないかと頼まれたという、どこにでもある流れだ。西住家は確かに名門、名家であるのだが、別に何から何まで特別というわけではないのだ。

 

 そして、その話に最初は少し渋い顔をしたしほだったが、娘達がまだ本決まりでもないのに熱烈に喜び、犬の名前の相談を始めるにあたって説得を諦めた。出来るならシェパードが良かったとは、その晩にしほが夫に零した言葉である。

 まぁ現在では、そのしほ含めて全員がその犬を可愛がっているので、特に問題は無いのだが。娘息子は―――特に上の二人はすぐに学園艦の中等部に上がる年代だった為か、地味に犬の脳内ヒエラルキーでは、姉兄のランキングは犬本人より下層にあるきらいがある。

 というか、兄も姉も帰省時期にしか戻ってこないので、『たまに来て遊んでくれる人』くらいの感覚で見られているのかもしれない。実際、まほが庭先でしゃがみ込み、「お手」と声を掛けても、何故か犬は前足の肉球をまほの額にぺたりと当てるのみだ。

 

 その点、みほの方が1年長くその犬と過ごした分だけ、懐かれ具合と犬脳内ヒエラルキーでは姉と兄より強い。

 不機嫌そうに鼻を鳴らす姉に苦笑した妹が犬の名前を呼ぶと、犬は素早く反応してみほの足元に行儀よく座る。それを見て、まほがもう一度不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 

「お姉ちゃん、ご褒美のおやつを用意してあげないと。中々、タダで芸はしてくれないよ?」

「芸はタダで見せるものではないか。………中々に芸人根性の座った奴だな」

「いや、まほ。単にお前が舐められてんじゃねーのぉ? 餌くれる菊代さんの言うことはすっげぇよく聞くぞこいつ」

 

 苦笑する妹。どこか納得したように頷く姉。揶揄するように、にやにやと笑いを浮かべながら言葉を投げる兄。幾ら西住家でも常に戦車戦車しているわけではないため、このようなどこにでもあるような姉兄妹(きょうだい)の会話も発生する時は発生する。

 まぁ、少し目線を動かせば、庭の片隅には幼い頃の姉妹の遊び場でもあったドイツ製のII号戦車が『あ、どーも』と言わんばかりの存在感で鎮座しているのだが。

 

 ちなみに少し脱線するが、先程から話題に出ている犬の名前の決定時には一悶着あった。各々が好き勝手な名前を主張し、中々譲らなかったのである。末妹には甘い姉と兄も、この時は譲らなかった。

 『ポチ』『クッキー』『雪月花』『西住レオンハルト2世』『将軍』『フランソワ』―――いずれ譲らぬ西住家+宮古家、そして余りに議論がうるさくて何事かと様子を見に来たら巻き込まれた菊代さん。

 各々が主張した名前を、各人一歩も譲らず。最終的に犬を囲んで各々の名前で呼び、犬が反応した名前で決定するという謎の儀式が行われた西住家だった。最終的にどの名前になったのかは、さて、想像にお任せする。

 

 ともあれ、みほの足元に座った犬。みほ当人。そして修景と並んだその横にまほが腰掛ける。西住家姉兄妹+犬、年齢順の並びの完成である。

 そして座ったまほが名残惜しげに犬を見ながら、横の修景に問いかける。

 

「で、少し聞こえていたのだが。なんだ、修景。部活をしないのか、勿体無い。私やみほと違って戦車道をするわけでもないのだろう。もっと青春したらどうだ?」

「良いんだよバイトも青春だから。それにサッカー部とか野球部とかは疲れそうだし、レギュラー争い激しすぎそうだし。帰宅部で良いんだ、帰宅部で」

「体格は良いのだから、やれば良かろうに。……ああ、運動神経が追いつかないか」

「はっはっは、事実だが指摘されるとムカつく」

 

 体格の良さと朝夕の新聞配達のおかげで基礎体力は並以上だが、こと身体を動かす事に対する『運動神経の良さ』に関しては水準を下回る修景である。

 2年と少し後の話になるが、エリカと公園で話している時に投げた空き缶はゴミ箱から大きく逸れ、ローズヒップの突撃を回避できずにモロ食らいをするレベルの運動神経だ。ネタにならない程度の低さは、体育の成績は常に3(※5段階評価)という結果に現れている。

 小学生時代から運動面ではさっぱりだった為、もはや定番ネタと化した感のある話題で丁々発止とやり合う兄姉に、末の妹は苦笑して話題を切り替える。

 

「サッカー部とかって、人数多いの?」

「俺が行ってる学園艦、黒森峰ほどじゃねぇが結構でかいからな。相応に生徒数も多いし、中等部時代に聞いた話では、高等部では」

 

 頷き、修景は重々しくその噂について話し出す。

 

「サッカー部が3つあるらしい」

「お兄ちゃん、もうそれ人数の問題じゃないよね?」

「戦術だか理念だか好きなサッカー漫画だかで幾つかに分裂したらしくてな。一時期は群雄割拠だったようだが、今は三国鼎立で落ち着いているとか」

「サッカー部の話題で出て良い単語ではないな、三国鼎立……」

 

 いつもはボケに回ることに多い姉が、珍しくツッコミに回ったコメントを返す。そしてツッコミついでに、気になったことがあったのか小首をかしげて言葉を続ける。

 

「部室とかはどうなっているんだ? 3つのサッカー部が部室を共有しているのか?」

「ああ。プレハブの部室が」

「うん」

「校舎を囲んで正三角形を作るように配置されている」

「ねぇお兄ちゃん、なんでそんな摩訶不思議な状態になってるの?」

「いや、校舎への距離が近いほうが有利とかで色々悶着があったらしくて、最終的に位置関係を調整したらそんな感じになったとかいう噂が」

 

 続けざまに妹から問われた言葉に、細かい事情はこちらも分かっていないのか、修景もまほ同様に首を傾げながら返答する。

 そして首を傾げた兄を見ながら、妹の脳裏には嫌な想像が一瞬浮かんだ。浮かんだそれを『いや』『まさか』などと脳内で打ち消そうとしながらも打ち消しきれず、西住みほは恐る恐るとその内容を声に出した。

 

「……お兄ちゃん、サッカー部がそうなってるって……。野球部とかはどうなってるの?」

「戦術だか理念だか好きな野球漫画だかで幾つかに分裂したらしくてな。一時期は群雄割拠だったようだが、今は三国鼎立で落ち着いているとか」

「やはり野球部の話題でも出て良い単語ではないな、三国鼎立……」

 

 頷きながら答える兄と、呻くように呟く姉。

 それらを横目で見ながら、諦めきった表情の妹は最後の疑問を小さく聞いた。

 

「……部室の配置は?」

「サッカー部と逆方向に正三角形を構成している。サッカー部と合わせると六芒星が完成するな」

「それは何の結界だ、修景」

「お兄ちゃん、それ学校の下に魔王とか封印してない? もしくは伝説のアイテムとかを守護してない?」

 

 左右からステレオで響く西住姉妹のツッコミに、修景少年は小さく肩を竦めるのみで応えたのだった。



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少年、手持ち無沙汰になる

 長らくお待たせいたしましたっていうかもう誰も待っていない疑惑。
 リアル事情のアレコレと資金面での踏ん切りのつかなさから、環境整うまでクッソかかりました。もっと短い期間で戻ってこれると思っていました。申し訳ありません。

 ともあれ環境整いましたので復活していきますが、目指せ週1更新のペースでお願いします。

 また、感想については大分溜まってしまっておりますが、投稿環境が無くなってからこれを投稿するまでの間についた感想については量が多いので、申し訳ありませんが返信なしで、その分だけ本編執筆に注力する感じでお願い致します。
 イヤ本当に申し訳ありませんでした。


「思うのだが」

「はい」

「まほも意外と、いや意外でもねぇけど戦車道以外に人付き合い少ないんで、妹の友達の親御さんと観戦とか、かなり舞い上がってるテンションなんだよな」

「はい」

「……ちんまいの2号」

「はい」

「……すまん、お前も忙しそうだな」

「はい」

 

 

 戦車道全国大会、大洗女子対サンダース戦。

 開始5分、関係者席はいきなり無関係な話題に突入していた。正確には、開始直後でまだ両陣営ともに戦闘区域内での索敵合戦になっており、目に見えて分かる大きな動きがない為、関係者席に座る唯一の無関係者(修景)が居心地悪そうに呟いた言葉に、唯一オレンジペコだけが反応らしい反応を返していた。

 

 同じ観戦者でも、開始直後の静かな時間とは言え、選手をしている戦車女子達―――特に指揮官級の2名は暇ではない。

 エリカは大モニターに分割表示されている両校、各車両の動きを手早く手元の紙に書き出し、手書きのマップと照らし合わせ、口元に手を置いて何やら考えている。恐らく、『自分ならどうするか』、或いは『この行動パターンから見た両陣営の狙いは』などと、脳内でシミュレートしているのだろう。

 しかしサンダース側の動きの意図が読めない様子で、短気な彼女らしく1,2度髪を掻き毟るようにして『ああもう!』などと小声で罵声を上げている。直後、隣りに座っている修景に気付いて慌てて手櫛で髪を整える動作の中に秘めた意図に、本人はまだ気付いていない。更に言うならば、修景も気付いていない。

 

 一方で、エリカから見ると修景の逆隣に座ったダージリン。こちらは筆記ではなく、目視と記憶で戦域と車両配置を頭の中に展開している様子で、手帳やメモなど用意する素振りすらない。

 その手に持つのは湯気を立てる紅茶―――と、あと修景が買ってきた鯛焼きである。パクリと小さく齧って、紅茶を一口。満足気に頷いて、再び画面を見る。どこか満足げな口元には、小さくクリームが付いていた。

 ちなみに現在、黒森峰+聖グロ+無関係者で構成されたこの一団は紅茶セット含めて黒森峰の観戦スペースの方にすっかり移動しており、本来聖グロの面々が居るはずだった観戦スペースには、絨毯とテーブルと衝立だけが申し訳なさげに残っている。

 

 と、まぁ。

 名門の副隊長(エリカ)と、別の名門の隊長(ダージリン)。各々作戦指揮に関わる立場の2名は、分析・思考・その他諸々と大忙しである。生真面目さと気の短さが同居したエリカと優雅さと紅茶が同居したダージリンで、かなり見た目の雰囲気に差はあるが。やっている事は両者ともに、ある意味では直接戦闘以上に重要な、最序盤の偵察戦の分析だ。

 

 ―――が。

 見た目からして忙しそうなエリカと、見た目は優雅だが脳内はフル回転しているだろうダージリンの両者に声をかけるのも躊躇われるが。観戦専門の修景は、具体的に偵察の動きから両校の指揮官の意図などを読めるほどにまで戦車道に習熟しているわけではない。

 より正確に言うならば。戦車のスペックや来歴などについては、みほやまほへの出題役などを幼少期にやっていた関係上もあり、下手な戦車道女子よりも知識があるくらいなのだが。有機的なレベルの戦術となってくると完全な門外漢だ。

 教科書レベルのセオリーは分かるのだが、それ以上はまるきり駄目。女子の武道である戦車道に男子が立ち入ってくる事を、保護者であるしほが好まなかったのもあるのだろう。ボードゲームに近い盤上演習などにも、修景は触れさせて貰った事がない。

 

 ちなみに、子供心には将棋やチェスやオセロの親戚にしか見えなかったそれを触らせて貰えなかった事に、当時はまだ齢一桁だった修景がえらく落ち込んで、愛する娘2人に『弟/兄をいじめるな』とステレオで抗議を受けた事は、しほにとって子育て追い詰められエピソードBEST10に入る一件である。

 母として折れるべきか、西住流の師範として男子が戦車道に関わってくるのを拒むべきか。最終的に懊悩して身動きが取れなくなった顔面蒼白(当社比。一見するといつもの鉄面皮)のしほに助け舟を出したのは長年の友人であり使用人でもある井手上菊代であった。

 モノポリーであっさり釣られて戦車道の盤上演習からそっちへ興味を持っていかれた息子&娘2名に愕然としたものだ。幼い子供は興味が移るのも早いのである。

 

 まぁ、幼い頃のモノポリーエピソードはともかく。

 そういった事情から最序盤の偵察戦について、『偵察戦してるのは分かるんだけど、具体的に何がどうなってるかは分からん』という理解レベルで眺めていた修景。

 手持ち無沙汰に口から出た話題は、眼前の試合とは全く関係ない事で。修景から見ると集団の中で一番離れた位置に座っていたオレンジペコだけが、目線は試合を映しているモニターに向けたまま、脳の思考領域の余剰分で反応を返した感がある。

 オレンジペコとて、ダージリンにここに連れられて来た以上は聖グロの中でも今後の期待株であり、未来の隊長か副隊長という立場である。彼女も脳と思考の9割は現状の理解と分析に当てられており、修景への反応も礼儀正しい彼女らしくなく若干ぞんざいだ。と言うよりは、礼儀正しい彼女だから返答はしているが、音声に自動応答で「はい」だけが返ってきていると言うべきだろう。

 無論のこと、修景側も彼女たちが忙しいのは理解しているので、肩を竦めて反省するだけなのだが。

 

「……実際どーなんだこれ。動きが分からん」

「あら」

 

 そして肩を竦めながらも誰に対するでもなく発した言葉に、今度はダージリンが反応を返す。優雅に紅茶を啜るが、口元にはクリームが付いたままだ。

 

「西住家ではそういったことは習わなかったのですか?」

「しほおばさん、俺が女の武道である戦車道に関わる事は禁じてたんで。戦車の来歴やスペックを姉と妹が暗記させられてる時の出題役くらいっすわ。後は観戦専門」

「西住流らしい話ですこと」

 

 お手上げー、とでも言うように両手を上げた修景に、ダージリンは口元に手をやりくすくすと笑う。しかし笑いながらも、目線は大モニターから外さない。大洗とサンダース附属の動きを見逃さないようにと、モニターに映る各車両の一挙一動を鋭く見定めている。

 飄々とした奇矯な言動が目立つようで、しかし目敏く怜悧で油断ならない。それがダージリンという少女の持つ二面性だ。

 

 ただし、口元に触れた手に付いた鯛焼きのクリームに気付き、慌てて拭う辺りはどこか年相応でもある。

 その様子を『意外と可愛らしい挙動するなこの人』という感想をおくびにも出さないまま見ながら、修景は恐る恐ると聞いてみた。

 

「邪魔なら黙ります?」

「いえ、大丈夫です。今、ある程度類推はついて一段落したところですので」

 

 口元に浮かぶ笑みが、楽しそうな笑みから皮肉げに口の端を上げた物に変わる。

 丁度、大洗側が偵察に出したM3が6両のシャーマンに半包囲された状況が大モニターに浮かんだ所だ。M3は大急ぎで離脱開始。フラッグ車ではないものの、隊長であるケイの乗った車両も含まれた主力部隊相手に遁走を開始する。

 つまり序盤の布陣と偵察戦において、サンダースが保有車両の半数以上を一点読みで敵偵察車両に当てた一方的な読み勝ちとなる。が、半数以上の車両を一点に集中するということは、必然他が薄くなる。幾ら何でも投機(バクチ)が過ぎる。それ故に、エリカなどはサンダースの意図が読めなくて苛立っていたのだが。

 

 なお、『正史』においてはこの段階でエリカはまほと並んで観戦しながら、落ち着いた様子で皮肉げに試合を見ていたのだが。宮古修景という異物が西住姉妹との関係の中に複雑に絡んで来たことのバタフライエフェクトか、みほへの感情がある意味正史よりも整理されているとも複雑化しているとも言えるエリカには余裕がない。

 『あの子ともあろうものが、何やってんのよ!』という高評価の裏返しとなる苛立ちと、『あの子なら絶対に援軍を送るから、ここからの展開は』という理解に裏打ちされた分析と。その他大小強弱好悪諸々の感情が複雑に入り混じったエリカは、有り体に言えば正史よりもこの試合に入れ込んでいる。

 後はまぁ、隣にいるのが尊敬する西住まほ隊長ではなく、その12日差の弟なのもあるだろう。修景相手にちょっと解説とかしてみたかったのに、サンダース側の理解できない動きでそれが出来ない苛立ちは、果たしてエリカの余裕の無さの何割か。みほ絡みよりは確実に小さいが、ゼロというわけでもない微妙なバランスである。

 

 ともあれ、そんなエリカは自分にとって修景とは逆隣に座るダージリンへ、擬音を付けるならば『ぐわっ』などと太文字で描かれそうな勢いで振り返った。『類推がついた』という言葉への反応であるのだが、勢いが良すぎて遠心力で舞い上がったセミロングヘアーが鞭のような勢いで修景の横っ面を強打する勢いだ。

 シャンプーの良い香りのする御令嬢(おじょうさま)の髪ではあるが、十分な遠心力を以て叩きつけられたそれは、どちらかと言うと凶器の様相を呈して修景の横面を強襲する。反射神経が鈍い部類の修景は反応出来ずに硬直していたが、幸いにして直撃はせずに眼前数センチを鞭のような勢いで振り抜かれた凶器()。それに対して修景が抱いた感想は、『良い匂い』よりも『九死に一生』だった。

 

 年下の女の子が丁寧に手入れした髪の香りに、“女性”を意識して頬を赤らめるなどという甘っちょろい青春イベント発生せず。頬を赤らめるよりはむしろ青ざめさせ、どちらかというと修景が意識したのはエリカの女性らしさよりも車間距離の重要性だった。そもそも2人観戦用のテーブルを前に、4人で詰めるように座っているから起きた惨劇である。

 なお、ダージリンからはエリカに隠れて修景がよく見えず、修景から一番離れて座っていたオレンジペコだけがその一連の動きを俯瞰できていた。反応、口元を抑えてそっぽを向いて堪える。ややウケである。

 

「類推できたってどういうことなの!?」

「ふふ」

 

 そして、修景とオレンジペコの様子には各々の位置関係、視線、視野、意識など様々な要因から気付かず。半ば食って掛かる勢いで、年上に対する敬語も忘れてダージリンへと詰め寄るエリカと、余裕のある様子で微笑む英国淑女(※純正日本人)。

 いきり立つエリカを面白げに眺めながら、聖グロリアーナの隊長は紅茶を一口啜る。優雅で余裕のある立ち振舞いだ。余裕ぶっているというより、その立ち振舞いの方がダージリンにとって自然なのだろう。

 

「こんなジョークを知ってる? アメリカ大統領が自慢したそうよ」

「はぁ?」

「我が国にはなんでもあるって。そしたら外国の記者が質問したんですって。『地獄のホットラインもですか?』って」

 

 くすくすと笑うダージリンと、『何を言っているんだこいつは』という懐疑の視線を向けるエリカ。何かと言えば格言に絡めたがる癖は、ダージリンの悪癖だ。オレンジペコは『またか』とでも言いたげに溜息を吐き、その言葉の元を言及しようとした所で、

 

「……ソ連の首相じゃありませんでしたっけ? 質問したの」

「何パターンかありますわね。定番お国柄ジョークですから、広がるうちに派生系も出来たのでしょう。あら、そちらが大元だったかしら?」

「いや、そこまでは知りませんが。でも、あー……」

 

 修景が先んじて、ダージリンの言葉に反応していた。対するダージリンも面白げに、エリカの肩越しに修景へと視線と言葉を向ける。

 実の所、こうして並んで観戦しているが、宮古修景という少年とダージリンの関わりは未だに殆ど無いと言って差し支えない。抽選会の日の偶発遭遇でも、修景が主に話していた相手はオレンジペコとローズヒップ。ダージリンは主にエリカと愚痴り合いによる暗黒物質(ダークマター)製造に勤しんでおり、修景との会話は無かったわけではないが多くもない。

 

 飄々とした余裕のある振る舞いと相反するように、怜悧に見定めるような目が修景へと向けられる。西住流宗家の次期家元が友人の子であるからと養子同然に引き取った少年。みほやまほとの関係も良好で、黒森峰の副隊長であるエリカとも仲は悪くない様子だが。はてさて、彼自身は果たしてどういう人間か。

 興味と値踏み混じりの観察の視線を、しかし悟られないように向けるダージリン。その前で修景は何かを思い出すように視線を虚空に向け、沈思数秒。納得したように溜息混じりの言葉を吐き出す。

 

「情報戦でなんかやられてんな。スパイ問題ですよね、その格言。事前に作戦抜かれてるとか?」

「―――お見事」

 

 溜息混じりの言葉に、ダージリンが出した評価は合格点。呆気にとられた様子のエリカとオレンジペコを尻目に、紅茶のカップをソーサーに置いて小さく拍手。ダージリンにとっては友人でもあり好敵手でもある西住姉妹の間に挟まれた、兄でもあり弟でもある少年―――宮古修景。彼に対する未だに定まっていなかった評価を、彼女は内心で2つほど上げた。

 知識はある。頭も切れる。自分の出した格言の『本質』に対する理解の早さから、ダージリンは修景をそう定義する。

 そも、元々がダージリンの出した格言は、冷戦時代の米ソのスパイ活動合戦を皮肉ったお国柄ジョークだ。彼女と修景のやり取りの通りにパターンは幾つかあるが、ソ連へのスパイ活動用のホットラインをアメリカ大統領が『地獄へのホットライン』と表現する点は共通しているものである。

 

「事前にって―――潜入調査とかですか? あと、作戦を上手いこと聞き出されたとか? そう考えると、ここまで一方的に一点読みで負けてるのも分かりますけど……」

「情報管理はしっかりしねぇとな。今は情報化社会だし」

 

 ちなみに、オッドボール三等軍曹こと秋山優花里がサンダースへの潜入調査を行っていたりするので、大洗側もその手の工作は手を尽くしている。そもそも潜入捜査はルールで公認されており、見つかった際の待遇もルールに明記されている辺り、戦車道というのはある意味では物凄く実践的な武道である。

 なお、エリカはどうにもその手の事が苦手な、良くも悪くも直線的な性向の持ち主だ。試合の盤面だけ見ていれば分かる筈もなかった大洗側の苦戦の理由に、嫌そうな顔で眉を顰める。情報戦自体はルールにも明記されているのでそれに対して『怒っている』や『嫌っている』というわけではないが、苦手を自覚した『うげぇ』とでも表現すべき表情だ。

 

「私、そういうの苦手なんですよね。っていうか、あの子もそういうのは得意な方じゃないんだから、周囲がフォローしなさいよ!!」

 

 そしてそのまま吐き出される言葉は、罵倒の形を取っていたが内容は明確な心配だ。その言葉に対して、ダージリンとオレンジペコは辟易するような表情を浮かべる。

 『いや、貴方達仲良いの? 悪いの?』と、聖グロ2名の浮かべた表情は言葉より雄弁な形ではあるものの、言ったエリカは相手の反応に怪訝そうな顔を浮かべるのみ。どうにも、みほを心配しているという自覚が無いらしい。

 唯一エリカの複雑な内心に対して一定の理解がある修景は軽く流して、立ち止まりかけた話を前に進める。

 

「となると、どこでそれに気付いて作戦を変えれるかって話になりますけど」

「どうかしらね。事はそう単純ではないの。言ったでしょう? 『我が国には何でもある』という、お国柄ジョーク。本質は確かにスパイ問題ですけども、本当に『何でもある』のよ、サンダースには」

 

 そうして、ダージリンが視線を向ける先。大モニターでは大きく状況が動いていた。6両で追い回されていた大洗のM3の元には八九式と四号戦車が救援に駆けつけており、3両は交戦しながら森の中からの離脱を試みて成功している。

 その際に大洗を待ち伏せするように2両、サンダースのM4。もはや一点読みにしても度外れた投機である8両投入。サンダースの車両の8割を集中投入しての、圧倒的な正面戦力差。

 大洗側は速度を落とさず正面から、相手の待ち伏せ車両とすれ違うようにして走り抜け、稜線を越えて逃げ切っている。サンダース側は手仕舞いか、深追いを避ける動きだ。

 

「……確かに物量に物を言わせた戦い方をしています。そういう点は、さすがサンダースですが」

「でも、おかしいわ。事前に作戦が漏れてたとしても、撤退方向までドンピシャ当たる?」

 

 オレンジペコが率直な感想を口にし、一方でエリカが眉を潜めて疑問を口にする。事前の作戦は事前の作戦。状況が変わったならば、そこから練り直すのが指揮官の役目だ。少なくともみほは、想定外なまでに一方的に偵察戦で不利になった状況に対し、自身の車両含む救援を出して救助からの撤退という方策に出ている。

 これは事前の作戦には無かったはずの、臨機応変な対応だ。そこでの撤退方向まで読み切られていたという事に、エリカも不自然さを感じ始めていた。事前の情報を抜かれていただけでは、説明がつかないのである。そして、その両者の反応に苦笑を浮かべ、ダージリンは正解を口に乗せた。

 

「だって、多分無線を傍受されてますもの。そういう機材がある辺り、本当に『なんでもある』のでしょうね」

「……はぁ!?」

「それ、良いんですか?」

「うーん……。ルールには通信傍受機の使用の可否は書かれていないし、規定ではその車両に搭載される予定だった装備は搭載可能。第二次世界大戦期の技術でも、通信傍受用の機材は作れると言えば作れるでしょうけど」

 

 小首を傾げながら、聖グロリアーナという名門の隊長は内心で溜息を吐く。ああ、全く。戦車道は戦争ではなく武道・スポーツであり、情報戦もルールの範疇でやるべし。それは規定というよりスポーツマンシップの部分での話なのだが。

 通信傍受という発想が浮かびもしていなかった様子でぽかんと口を開けて声を出したエリカと、控え目に苦言を呈するオレンジペコの両名を見るダージリンの目は好意的だ。むしろ、サンダース側の動きの不自然さとその的中率からこの発想に思い至った自分はその気になれば“ダーティな”動きも出来る資質があるなと、内心で自分を恥じている有様である。

 ルールに書かれていないからと、これは幾分拡大解釈が過ぎる。戦車道女子の中でも特にフェアプレイやスポーツマンシップを好むケイの打ち筋ではないが、果たして誰の行動か。

 

「こんな格言を知ってる? 『イギリス人は恋愛と戦争では手段を選ばない』。でも、これは戦争ではなく戦車道。手段は選んで、上品に行きたいものね」

 

 そう結論付けて、『やれるがやらない』と言外に断言しながら。ダージリンは先程ソーサーに置いたカップを再度手に取り、一口飲んで肩を竦めたのだった。




 「戦いに手段を選ぶな」と言って通信傍受やってたアリサさんですが、原作でもその思想は「これは戦争ではなく戦車道」と、自分のトコの隊長であるケイさんにバッサリやられていましたね。
 個人的にはケイさんのその言葉が、まさに通信傍受に対する回答かなぁと。その解釈で進めさせてもらっています。
 秋山殿=オッドボール三等軍曹の偵察はルールの範疇である事、アリサさんの行動はルールの拡大解釈からくるグレーゾーンの行動だった事もあるかと思われます。
 戦争ではなく、戦車道は武道でスポーツ。だからこそクリーンなフェアプレイ精神が重視される、という事かと。

 とはいえ、ダージリンさんにもボロクソに評されているアリサさん。実は結構、今後の出番が内定していたり。
 なにげにこの方、大洗が廃校になることを事前に掴んでいたりと、色々と二次創作的に美味しいポジションだったりいたします。

 今回、こき下ろされてるのは―――まぁスポーツでグレーゾーン突いちゃったら怒られるよね。でも今度は良いポジで出番あるよ。頑張れ。


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閑話:抽選会の日、公園にて

 『復活いきなり閑話かよ』と思われる方、申し訳ありません。
 ぶっちゃけ執筆速度のリハビリ的な意味もあり、過去の没ネタ・没会話のストックを組み合わせて作った練習作です。
 ガルパン二次の作者様方の会話にちょこっと混ざって持論を語ったりしちゃったので、実際にそういう要素を例示してみたらどうなるかという意味もあり。

 執筆開始から現在まで6時間。なんや意外と速度落ちとらんやん!
 ……そりゃ趣味の紅茶語りが何割か占めていれば、考えずに書けるから早いというもの。
 本編だと色々と布石とか前後関係とか正史での流れとかプロットとか考えますものね。

 しかし、リハビリで結構書く速度は出せたので、本編も頑張ろうと思います。
 もののついでに進捗報告をしますと、そっちは現在およそ3000文字。木曜あたりの更新を目指します。


 さて、時は些か遡る。

 大会のトーナメント表抽選会当日、エリカが逆ギレからのバルカン半島ムカ着火ファイヤー爆破をして、修景の手によって喫茶店から強制退去となった後。ダージリンら聖グロリアーナの面々と出会い、公園でひとしきり会話を交わした後のことだ。

 

 タクシー召喚要請を見なかったことにしつつ、適当に時間を潰してまほの待つビジネスホテルへ向かうことにした修景とエリカ。聖グロ勢も抽選会に来ていない面々の為に土産を選ぶ作業があるのでお別れとなる。

 

「それでは、逸見さん。また今度、大会で」

「ええ。その時は容赦しませんよ」

 

 互いに暗黒物質(ダークマター)でも発生させてるのではないかと思うレベルの愚痴り合いで、世界観ガン無視で魔王とかが召喚できそうな瘴気漂う空間を作っていたダージリンとエリカは、謎の連帯感を互いに抱いたようでガッチリ握手。

 なお、両者ともにこの時点では『大会で戦う時』を想定した別れの言葉であり、後に大洗の一回戦で観戦スペースが隣り合った時には『いやあの時の別れのセリフでこれはちょっと』と互いに内心で思っていたりしたのは別の話となる。

 

 一方、この時点ではダージリンというよりはローズヒップとオレンジペコという年下組との絡みが多かった修景は、キャイキャイはしゃぐローズヒップと、おずおずとした様子のオレンジペコ相手に会話中だ。

 

「……何故だろう。別れ際にお嬢様学校の御令嬢(おじょうさま)と連絡先交換したとかいう、男子校的には大イベントの筈なんだが。不思議と近所の子供とポケモン交換したくらいの感覚に近い……」

「なんでですのーっ!!? オレンジペコさん、わたくし達は侮辱されてますわよ!」

「……うーん。私の古いガラケーで連絡先交換出来なかったから、この場合……」

 

 プンスコと憤るローズヒップ。しかし、修景が『近所の子供』感覚で接している該当者は誰か。八割答えは言いながらも、そこで断定しないだけの慈悲がオレンジペコにはあった。

 ちなみにスマホとガラケーだと通信による連絡先交換は難しいが、手動でメールアドレスなり電話番号なりを入力すれば、当然ながらやれると言えばやれる。この場合、オレンジペコが修景と連絡先を交換しなかったのは、正真正銘の『御令嬢』である彼女の腰が引けていたというのが最大の要因だろう。

 修景もそれを分かっていて、『手動ならば出来る』と提案しなかった面もある。

 

 オレンジペコは家族構成、父、母、自分。父以外の男性は家族構成に無し。そして聖グロリアーナという高級志向お嬢様学校の学生。戦車道という古風な武道を学んでいて、しかも後々の隊長株。麻雀で言えば天和レベルの箱入り御令嬢っぷりだ。そんな彼女からすれば、身元はある意味でしっかりしているとはいえ、初対面の年上の男性との連絡先交換はハードルが高かったのだろう。

 なお、家族構成や立場としては意外とオレンジペコに近い部分があるエリカも、修景とのファーストエンカウントでの第一声は、大分どもった『ごきげんよう』であった。

 

「ふふふ、ですが宮古さんなのは妥協するとしても、男子校の学生さんの連絡先ですわーっ! なんか青春って感じでしてよーっ!」

「おい」

 

 一方、さっきまでの憤りから一瞬で思考転換し、超信地旋回もびっくりの転進速度で今度はキャイキャイとハシャいでいるローズヒップ。修景の控え目なツッコミも届かず、全身で楽しさを表現するように飛び跳ねているこちらは、御令嬢レベルで言えばどうだろうか。

 一流、二流、三流、そっくりさん、写す価値なし。バラエティ番組的な分類で言えば、彼女の令嬢ランクはどこに入るのか。評価は分かれるだろうが、彼女が画面に残れる事を祈りたい。

 

「はー……まぁ良いや。電話帳の登録名『ちんまいの』にしてやる」

「ちょっとぉ!? レディーへの扱いとしては不適切でございますわよ!」

「ふはは、妥協とか言いやがった仕返しだ。……いや待て。俺の電話帳『カエサル』とか居るぞ。あれよりマシか……?」

「外国の方ですの?」

「なんで紀元前の共和制ローマの指導者が唐突に出てくるんですか……」

 

 修景が呟いた内容にローズヒップが首を傾げて、オレンジペコが引きつった笑いでのツッコミを入れる。なんだかんだ、大洗に行った時のドタバタで数名とは連絡先を交換していた修景である。

 とはいえ、恋愛脳な武部沙織との連絡先交換も、用途は専ら妹の話。恋愛脳だがそれ以上に友人想いな沙織にとっては、修景は『恋愛対象』というより『友人の兄』という位置付けがあるようであり、大洗で(みほ)を除けば最も修景との連絡を取っている彼女との会話はあまり色気がない。

 みほ本人が他人に弱音を吐かないで抱え込む性質なのもあって、『妹の様子を時々教えてくれ』と修景が沙織に頼み込んだ結果である。前言をより正確に表現するならば、苦笑交じりにそれを了承して連絡先を交換した沙織にとって、修景少年の位置付けは『友人のシスコン気味の兄』と言うべきだろう。

 

 ちなみに、修景と沙織がLINEなどした場合、会話例は以下のようなものとなる。

 

『ども、お久しぶりッス。最近みほの様子どう?』

『あ、お兄さんお久しぶりですー。大丈夫、元気にしてますよー。お兄さんは心配性ですよねー。でも、みぽりんみたいな妹さんが居ればそうもなっちゃうかなぁ。私も妹が居るんですけど……ん、そだ。みぽりんも華も、良いお家のお嬢様だからって家事とか出来ないとダメですよ? こないだみぽりんの家で集まった時に料理が―――』

 

 ―――世話焼き気質でおしゃべり好きな沙織、喋る喋る。女子高生ならではというべきか、タップ速度も修景より遥かに早く正確だ。この文章の間に、当然のように種々様々なLINEスタンプも飛び回る。

 なお、沙織自身の女子力は非常に高い。みほの家にあんこうチームの5名が集まった時には他が悲惨すぎて惨劇になりかけた夕食調理を一手に引き受け、素晴らしい腕前の家庭料理を披露していた。というか、包丁で手を切る五十鈴華はまだしも、家の中で飯盒炊爨を始めようとする秋山優花里の女子力が危険水準(デッドライン)だった。

 

 みほに最初に声をかけて、みほを庇って華と共に生徒会相手に論陣を張り、後輩のうさぎさんチームには大変懐かれ、幼馴染の冷泉麻子との間柄はもはやオカンと娘の如く。非常に面倒見が良く、誰とでも仲良くなれるコミュニケーション能力の高さ。修景とのやり取りも頻度が高いわけではないが、一度話し始めたならば淀みない。

 みほにとっても大洗にとっても、ある意味で精神的な支柱とも言える武部沙織という少女。敢えて欠点を挙げるならば、恋愛願望が強いのが玉に瑕だ。彼女が何故モテないのか。ひとえに大洗が女子校だという事が最大の要因だろう。

 修景相手に合コンの手配でも頼めば、お付き合いを希望する男子が群れをなして土下座しそうな優良物件なのだが。武部沙織という少女は良いのか悪いのかそれに気付かず。『結婚情報誌を隅々まで読む』という30代独身OLのような趣味を持ち、恋に恋する彼女が恋愛を経験するのはまだ先の話となりそうである。

 

 ともあれ、修景が大洗に行った時に連絡先を交換した数名のうち1人は沙織。

 では残りは誰かと言うと―――『歴女』である。そもそも、修景が大洗メンバーで最初に遭遇したのは彼女達。そしてその後に多方面に誤解を振りまき状況をややこしくしながらも、丁々発止と会話を交わした相手も彼女達。

 ある意味ではみほを除けば一番縁があるとも言える相手であり、なんとなくその場のノリで修景は別れ際に彼女達と連絡先を交換していた。ローズヒップとの連絡先交換が『近所の子供とポケモン交換したくらいの感覚』ならば、歴女集団との連絡先交換は『自分トコの学園艦の連中と連絡先交換したくらいの感覚』である。

 ソウルネームで電話帳に登録された彼女達の扱いは、壮絶な勘違いとアンジャッシュと精神的被害を多方面に―――無自覚に修景と彼女らで共闘して振りまいた事もあり、もはや男子校の身内ノリであった。というか、なんとなくで連絡先交換をしている辺り、女子校の生徒相手という意識も修景からはスポンと抜けている感がある。

 

 そんな彼女達―――例としてカエサルと修景がLINEなどした場合、会話例は以下のようなものとなる。

 

『おい、お兄さん! 山月記の作者って誰だっけヤバイ前の席とその前の席の奴が答えられなかったら私に来る!』

『授業中じゃねぇか。いやこっちも自習中だけど』

『良いから! 「聞いた、見た、勝った」を私にくれ!』

『お前カエサルの名言改竄すんなよカエサルのくせに。うわ、なんだこの文章。カエサルがゲシュタルト崩壊しそう。えーと……太宰治?』

『よし!』

 

 数分後。

 

『違ったじゃないか! 全然違ったじゃないか!』

『俺に聞くヒマあんならググった方が確実だったと思うんだわ俺。「Men willingly believe what they wish.(人は喜んで自己の望むものを信じるものだ)」とは、カエサルもよく言ったもんだ。あ、正解は中島敦な』

『ブルータス、またお前かァァァァァッ!!』

 

 ちゃんと自分で勉強しろやという気遣いを込めて―――という建前で表面をコーティングして、中身は八割からかいで答えた修景に、カエサルの叫びは怒髪天を衝く有様だった。この手のやり取りはこれが初回ではないので、『またお前か』はブルータス(修景)も言いたいだろう。

 そもそも授業中ならば授業に集中しろと言われ、『歴史関係以外はちょっと集中が』などと返すカエサルに、呆れながらも文学史という形で修景が興味を誘導したりと。

 会話のノリや相性は悪くないのだが、歴女さん達と修景のやり取りはどちらかと言えば男子校の身内ノリであった。

 

「カエサルってのはアダ名でなー。お前らのローズヒップとかオレンジペコみたいなもんだろ」

「……そう言われるとぐうの音も出ませんが」

 

 ―――ともあれ。

 宮古修景という少年と戦車道女子の間で交わされる中身が有るんだか無いんだか分からない会話の実例はさておいて。『カエサル』というある意味で突拍子のない電話帳登録名に怯んだ様子のオレンジペコに対して修景が告げた言葉に、彼女は小さく口ごもる。

 アダ名にしろソウルネームにしろ伝統的に受け継がれた称号にしろ、呼称の突拍子の無さはお互い様だ。どんな呼び方だろうと、当人たちが納得して好んで使っていれば、他所様に何を言われる謂れもない。

 そもそも戦車道女子には、本名ではなくアダ名や称号を名乗っている人物も多いのである。

 

 そして、口ごもったオレンジペコに対して修景少年は―――ある意味で破局の切っ掛けとなる言葉を、こちらも口ごもりながら、どこか気まずそうに告げた。 

 

「……まぁ、俺は紅茶の銘柄とか良く分からんわけで。紅茶の銘柄で電話帳登録すると混乱しそうなのもあってな」

「勿体無い事この上ない話でしてよ! 丁寧に淹れた上等な紅茶はマジウメェですの!」

「言葉遣い……」

 

 修景の『紅茶については無知』発言に、ローズヒップが勢いよく応じる。

 オレンジペコが同輩に控え目に呈した苦言は、届いているのかいないのか。少なくとも、耳には届いていても脳までは届いていないだろう。なにせ反応を示さず、暴走娘(ローズヒップ)の言葉は止まる気配を見せていないのだから。

 

「宮古さんは知っている紅茶の銘柄とか無いんですの? 聖グロの淑女として、このわたくしが解説して差し上げますわ! 銘柄によっては、それの称号を持ってる人も居るかもですし! あ、わたくし達の名前以外で知ってる名前、ですのよ?」

「………………午後ティー」

「………………その称号を渡された人は、キレて良いですわね」

 

 しかし、熟考の末に告げられた修景の返しに、さすがのローズヒップも言葉が止まった。

 

 ―――聖グロ勢の名前と並べてみよう。

 『ダージリン、アッサム、午後ティー、ルクリリ』。異物感が半端ない。そしておそらく当人と周囲の気まずさも半端ない。聖グロの他の幹部と並ぶ立場でこんな称号を受け継がされた少女が居たならば、それはもはやイジメとして提訴しても八割勝てるだろう。

 午後の紅茶はあれはあれで否定するつもりはないローズヒップとオレンジペコだが、流石にそれを『紅茶の銘柄』と定義するのは両者ともに躊躇った。顔を見合わせ、オレンジペコがおずおずと声を出す。

 

「……あの。ダージリンとかローズヒップとかオレンジペコとか、紅茶としてはどういうものか分かります?」

「茶葉?」

「なんでしょう、オレンジペコさん。この『岡山ってどこ?』と聞いたら『日本』と返ってきたような感覚」

「うん、私も今同じような感覚。まぁ、興味ない人は興味ないのでしょうけど……」

 

 深々と溜息を吐くオレンジペコ。宮古少年から見ると妹よりも更に年下の相手であり、更に言えば年齢以上に小柄な少女だが、その彼女に『困った弟でも見るような目』で見られて修景は狼狽える。

 

 敢えてフォローするならば、宮古修景という少年は歴女との会話や後の大洗対サンダース戦でのダージリンとのやり取りからも分かるように、知識量は豊富で頭の回転も早い。

 ただし未だ高校生の身空。知識量に関しては偏りがあり。いわゆる学問、或いは姉妹が関わる戦車道、もしくは自分に今後必要だろうと思っている分野に対しては水準以上に博識だが。興味のない分野に対しては水準よりも疎い所もある。

 この場合、紅茶の話題はその『興味のない分野』にピンポイントで該当した。宮古修景、西住家に引き取られる前の時分の貧乏時代の粗食もあり、あまり飲食に関しては気を払わない人種である。美味い不味いより栄養価を見るタイプだ。

 

 狼狽える修景に対し、両手を腰にやって『しょうがないなぁ』とでもいう雰囲気を出しながら、オレンジペコがもう一度溜息。もっと狼狽える修景。今この瞬間は、この両者を見てもどちらが年上か分からない空気感だろう。

 

「紅茶としての『ダージリン』については、流石に耳にしたことはあるでしょう? 紅茶の中でも特に香りを重視される紅茶で、『世界三大銘茶』の一角とも呼ばれます。他のウバ茶やキーマン茶よりも、日本では一般的なので―――本当に日本においては紅茶の代表格ですね」

「アールグレイとかも聞いたことはあるんだが……」

「そちらは茶葉に対してフレーバーを添加して、柑橘系の香りをつけた紅茶ですね。茶葉にフレーバーを添加して香り付けしたものはフレーバーティーと総称されます。アールグレイティーは元となる茶葉は色々です。ダージリンティーはストレートティー……つまり、何も添加しないで茶葉だけで淹れる事に特に向いた茶葉ですので使われる事は少ないですけど、ダージリンを使ったアールグレイティーとかもありますよ」

 

 始まる講釈。どこか女教師のような雰囲気で、オレンジペコは片手を腰に、もう片方の手は人差し指を立てて顔の横に。

 オレンジペコ先生の紅茶講座に、修景はコクコクと頷いた。何故か横でローズヒップも頷いている。彼女も聖グロの戦車道メンバーの幹部候補生だけあり、『午後ティー』という銘柄を出す修景ほど悲惨なわけではないようだが、この様子を見るに細部の知識は不安が残る。

 

「紅茶は歴史も楽しみ方も種類も深いので、全ては語りきれませんが……。まずダージリンティーに絞れば、先に言った通り。特にストレートティーに向いた、香りを重視した紅茶。日本における紅茶の代表格。そう思って頂ければ、基礎部分は概ね間違っていませんね」

「……じゃあ、このちんまいのの名前。ローズヒップはどんな茶葉なんだ……ですか?」

「宮古さん、なんで敬語に……。いや、良いですけど。ローズヒップは正確には茶“葉”ではありません。バラの果実ですね。ヒップはお尻ではなくて、バラの果実を意味するものです。熟した実を採取・乾燥させたものなので、『葉』ではないのですよね。まぁ、『茶実』とかだと語呂が悪いので、私達も『茶葉』と言いますけど」

 

 続いて語られた内容に、やはり修景とローズヒップはコクコク頷く。

 何故ローズヒップも頷くのか。彼女自身の名に関する事ではなかったのか。『お尻ではなかったんですのね……』という口の中での小さな呟きに気付いたのは、並んで頷いていた修景のみ。『大丈夫かこいつ』という感情が彼の胸中に去来するが、紅茶の知識ではローズヒップ以下の修景には、流石に彼女も言われたくないだろう。

 

 なお、少し離れた所で、既に別れの挨拶を終えたエリカとダージリンが『何あの光景』とでも言うような胡乱な目を向けてきている。両者ともに挨拶が終わっており、修景、ローズヒップ、オレンジペコといった各々の連れを待つ状態である。

 しかし両名、『貴方が行って下さいよ』『いえ貴方こそ』とでもいうべき視線をチラチラ向け合っており、声を掛けには来ない。何故か一番おとなしい性格のオレンジペコが教師のように講義をし、そして残り2名が生徒のように講釈を受けている謎の光景に介入する役目を押し付けあっていた。

 

 参考までに、オレンジペコが語った通り、紅茶は産地や銘柄から始まり歴史的な事から実際の淹れ方、分類その他まで、語り尽くせない程の要素があるが、聖グロリアーナの淑女達の名前を簡単に分類解説すると以下のようになる。

 

 ダージリンは『紅茶の銘柄』であり、産地であるダージリン地方がそのまま名前となったもの。特に香りを重視しており、ストレートティーとしての用途が強い。世界三大銘茶の一角と言われている。

 アッサムも『紅茶の銘柄』。これも地方の名前がそのまま銘柄になっている。コクが強く、ミルクティーとしての用途が強い。チャイと呼ばれるインド式に甘く煮出したミルクティー用として一般的であり、インド国内での消費が多い。

 ニルギリも『紅茶の銘柄』。現地語でニルギリは『青い山』を意味し、紅茶のブルーマウンテンとも呼ばれる茶葉だ。優雅な香りと落ち着いた渋みが特徴であり、ストレートでも良し、レモンティー、ミルクティー、スパイスティーなどでも良しの万能選手と言えるだろう。

 ルクリリも『紅茶の銘柄』。ちなみに上記3名(或いは3銘柄)はいずれもインドが産地であり、名前もインドの地名が由来だが、ルクリリは遠くアフリカ東部のケニア原産である。香味と苦味が強く、ミルクティーとしてよく使われる。

 ローズヒップは『ハーブティーの銘柄』と言うべきか。ハーブティーと紅茶は実は全く違う種類の飲み物である。紅茶は茶葉を使用し、ハーブティーは茶葉を使用せず植物の実や茎などを使用したもの。なお、ハーブティーとしての『ローズヒップ』はハイビスカスとブレンドされている事が多く、ビタミン豊富で美容に良いとされている。ハイビスカスの影響で酸味が強いが、ローズヒップ本体のみならば酸味はそれほどでもない。

 卒業生としてはアールグレイという名前を受け継いだ戦車道女子も居た。アールグレイは『フレーバーティーの銘柄』。アールグレイは紅茶を元にしてベルガモットの精油で着香したものであり、先のオレンジペコ先生の講義の通り、『アッサムのアールグレイ』『ニルギリのアールグレイ』『ダージリンのアールグレイ』などが存在しうる。ややこしい。

 

 なお、実はローズヒップだけ『正確な定義論で言うならば紅茶ではない』という衝撃の事実があるのだが、日本においてはハーブティーも紅茶の一種として扱われている事が多いため、聖グロでも特に問題になったことはない。なんだかんだ、その辺りの感性は日本の学園艦である。

 銘柄以外にも使っていいならば、聖グロ幹部級の名称候補はそれこそ幾らでもあげられるだろうが。紅茶という文化は実は中国圏でもかなりのシェアを持っており、『正山小種』という紅茶の銘柄を呼称に使われる聖グロ女子が仮に居たならば泣いていいだろう。

 他にも、紅茶ブレンドの種類としての『プリンス・オブ・ウェールズ』なども、戦車道女子の名前としては著しく不適切といえば不適切だ。戦車道“女子”なのに『王子(プリンス)』。宝塚系の人物でなければ、やはり泣いていい。

 

 なお、オレンジペコという名も『紅茶の銘柄』ではない。まさに当人のオレンジペコ先生は、眼の前に並ぶ生徒2名(修景とローズヒップ)に対して、眼鏡の似合いそうな女教師のような雰囲気で自身の名の由来を語り出す。

 

「私の頂いているオレンジペコという名前も、ローズヒップ同様に茶葉ではありません。ローズヒップとは違う意味で、ですけれども。オレンジペコというのは紅茶の等級。本来であれば枝先の新芽のすぐ下の1枚目の若葉を意味するものだったのですが、今では茶葉の大きさと形状で分類される事が多いです。オレンジペコは、茶葉の分類の中では最も大きく挽いた茶葉の事ですね」

 

 『その名前通り、もっと大きくなりたいんですけどね』と、矮躯のオレンジペコ先生は苦笑するが。そのオレンジペコ先生を前に、彼女の同輩であるローズヒップは得心したように頷き、『オレンジペコ』という概念に対する彼女なりの咀嚼・解釈をして口に出した。

 

「つまり、『あらびき』ですのね?」

 

 オレンジペコ先生、笑顔がピシリと固まった。自らの誇りでもある聖グロリアーナの幹部クラス、或いはそれを期待される候補生にのみ与えられる紅茶にちなんだ呼称を、胡椒か何かのように言われればそうもなろう。

 固まった笑顔のまま、ローズヒップに対して無言でカツカツと歩を進めるオレンジペコ。何か危険な空気を感じたのか、『ぴっ!?』と悲鳴をあげて後退するローズヒップ。

 聖グロの未来を担う幹部候補生同士が、割としょうもない理由でキャットファイトに入る5秒前であった。

 

 結局の所、その一方的かつ『両手でほっぺたを引っ張る』というある意味で和やかなキャットファイトは、見かねた修景が止めに入るまで続き。

 少し遠くの責任者(ダージリン)はというと―――

 

「……ダージリンさん。あれ、凄いことになってますけど。止めに行かなくても良いんですか? 貴方の管轄ですよね?」

「こんな格言を知ってる? 『獅子は我が子を千尋の谷に落とす』」

「今の時代はそれを育児放棄(ネグレクト)と言います」

 

 いつもの聖グロリアーナの面々とはタイプの違うエリカのツッコミに、『ああん』と何故か少し楽しげに返すダージリン。視線は惨劇(キャットファイト)から外したまま。

 ローズヒップの半ベソ悲鳴と慌てた修景の宥める声が、抽選会の会場である市の市営公園にて、騒がしく響いていたのだった。

 




 今、文字数を見てみたら9000文字て。うそやん。
 殆ど趣味の紅茶語りが半分くらいで、これをガルパン二次と呼んで良いのかどうか。

 ちなみに本来のスタート地点は『二次創作でオリ主がいてヒロインがいる場合、オリ主とヒロイン以外の人物が、ヒロインと全く関係ない掛け合いをした場合の例示』だったりします。

 ―――こうなりました。わぁ惨劇。主に私の計画性の無さが。
 本編はまえがきにも書いた通り、現在およそ3000文字。こちらはもう少しじっくり考えながら書きますので、木曜辺りを目処に今暫くお待ち下さい。

2019/03/20
ローズヒップ師匠とオレンジペコ先生の互いの呼称を整理。
ドリームタンクマッチ情報で、互いに「さん」付とのこと。


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少女、戦車道について考える

段々とバタフライエフェクトと、その前兆が出てきた感


 結局のところ、『大会本部に抗議してやる!』などと息巻いたエリカを周囲が宥めるというイベントこそあったものの、試合の展開は“正史”と同じ流れを辿る事と相成った。そも、宮古修景という“正史”には居ない存在は、戦車道に深く関わる立場に居ない。観戦席に彼が居た所で、エリカのヘアウィップに当たりかけたりする程度が関の山である。

 みほやまほ、エリカといった親しい人間の精神面に与える影響や、戦車道女子達の人間関係に影響する事はあれども。彼は母と違って戦車道にとってはあくまで部外者。試合に直接的に与える影響は、現状で皆無と言って良い。

 

 試合の大筋の流れとしては、大洗の指揮官であるみほが無線傍受に気付き、それを逆手に取った大洗側が先んじて1両を撃破。その後にアリサ―――無線傍受機を打ち上げた、そばかす顔に短めのツインテール茶髪の少女が車長を務めるサンダースのフラッグ車と、索敵中だった大洗の八九式が偶発的に遭遇。

 そこから八九式が味方車両の元まで敵フラッグ車を誘引して、現在は大洗の全車両が逃げるM4(アリサ車)を追い回しているという追いかけっこ状態だ。バレー部メンバーで構成された八九式の乗員は、カタログスペックで1.5倍の速度を誇るM4シャーマン相手に良く逃げ切ったと言って良いだろう。

 

 まぁ、戦車道で使用されている車両はエンジン含めて規定内での改造・改装が認められているので、単純に戦時中のカタログスペックでの比較は無意味と言えば無意味なのだが。それでも元の車両から乖離しすぎる改造は規定的に不可能であるため、第二次世界大戦中の前期か後期かどころか、それ以前の『戦間期』に分類される開発時期の車両で戦っているバレー部ことアヒルさんチームの奮戦ぶりは、1回戦のこの時点ですら獅子奮迅の奮闘と言って差し支えないだろう。

 そもそも、その改造の規定も『1945年8月15日までに設計が完了して試作されていた車輌と、それらに搭載される予定だった部材を使用した車輌』であるため、八九式の改造に使えるパーツは八九式に使われる予定だったパーツのみ。『戦間期の車両と、それに搭載される予定だった部品のチャンポンよる改造』という、中々パンチの効いた状態になっているのが八九式の現状だ。

 それでサンダースのM4と追いかけっこが可能なだけの速度を出せるように改造した大洗の自動車部が凄いのか、速度以上に装甲や火力のお亡くなりになっている八九式で頑張れるアヒルさんチームが凄いのか。いや、恐らくその両方か。

 

 様々な意味で謎の尽きない大洗の八九式ではあるが、この車両に関しての最大の疑問は、大洗が戦車道を復活させるために最初に行った車両捜索での発見場所だろう。

 学園艦は内部に山岳や河川などの自然すら内包する、『これマクロスばり宇宙移民船?』というレベルの規模と設備が詰まった存在だ。それはこの世界では当然のもので、『学園艦がどういう構造で、どうやって自然環境を搭載して維持しているのか』などは考察するだけ無駄というより、この世界の人々にとっては疑問すらない当然の事である。

 だが、その自然環境の中の山岳部、それも断崖絶壁の中腹の洞窟とかいう場所に、何故この八九式が放置されていたのか。誰かが隠したのか、何らかの事故で放棄されたのか。何にせよその原因が全く特定も推測もできず、ついでに運び出すのも超絶難事で。辣腕を誇る大洗の角谷杏生徒会長もバレー部の皆様方に『発見したんでレッカー手配してください』と言われた時には、流石にこっそり頭を抱えたという。

 

 そんな八九式の逸話はともかく。それを駆る『アヒルさんチーム』が全力を尽くして敵フラッグ車を誘引した結果としての追いかけっこに、関係者席の観戦メンバーの反応は様々だった。

 

「逸見副隊長、ここからの展開予測をどうぞ」

「ある意味予想外の展開ですね。……いえ、見栄を張らずに正直に言うと見たことも聞いたことも無い展開ですよ。予測も何もあったもんじゃない……」

「割と観戦専門としては見たこと無ぇんだよなぁ」

「だから、私も見たことありませんってば……」

 

 ある意味では『あまりにあまり』と言える展開にエリカががっくりと肩を落とし、修景が伸び切ったヤキソバを啄みながら言葉を返す。

 同時刻には学生の彼女らとは年季が違う蝶野亜美一等陸尉が、『初めて見た』と爆笑しているような展開だ。エリカも戦車道女子としての経験は長いが、流石にこの展開を冷静に解説できるような経験値は無かったようである。

 

「まさかこんな展開になるとは……」

「ふふ。まるで鬼ごっこね」

 

 並んで座る聖グロ勢は、オレンジペコが驚きと呆れの混ざった声で呟き、ダージリンは面白そうに笑うのみ。こちらも、もはや分析や理解というより、純粋に観戦モードだ。

 

 そもそも、通信傍受機の存在から始まって、それを逆手に取って大洗が逆にサンダースを翻弄し始めたのはまだ分かるが、八九式とフラッグ車の遭遇は完全な偶発であり、言ってしまえば運である。

 外からの観戦という、ある意味では神の目線とでも言うべき俯瞰視点で試合を見る事が可能な外部と違い、現地で限られた情報から通信傍受に気付き、即座に作戦を切り替えたみほの能力は瞠目に値するが。西住みほという少女に対する能力評価は、エリカからしてもダージリンからしても非常に高い。

 言ってしまえば現状は、『みほの能力の高さの再確認』という彼女達からすれば単なる事実の再認識。加えて八九式とフラッグ車の遭遇という『運』が呼び込んだ偶発的な状況だ。

 大洗やサンダースの戦力や戦術傾向の分析という、他の学園艦の戦車道女子が観戦に来る主目的は、もはや意味を成していない。『こんな再現性の無い状況を分析できるもんならやってみろ』という結論になってしまう。そして多分、やっても使う機会は二度と無い。

 

 故にダージリン、笑いながらの観戦モード。エリカももはや脱力気味に肩を落として、状況を見ながら修景と中身の無い会話を交わしている。

 なお、ちなみに先程までは通信傍受機の存在に怒り、存分に吼え猛っていた彼女であるが。『なんにせよ、終わってからにした方が』と年下の聖グロ勢に宥められ、『そもそもその権利が真っ先にあるのは大洗女子ではないでしょうか』と年上の聖グロ勢に嗜められ、『っていうか厳密に言うと無関係者である俺がここで観戦してるのもヤバいんじゃ』と年上の無関係者勢が気付いたように呟いて。

 最後の呟きに四者四様の沈黙を経て、『今の我々は他所様の事を言えた状況ではない』と各々脳内で結論付けた面々は、肝が冷えるという方向性でのクールダウンを果たして無言で席に座り直した。状況が変わり、大洗側が盛り返し始めたのもある。

 

 通信傍受機打ち上げはグレーゾーンであるが、関係者席に無関係者が居座っているのは事の軽重はともかくとして、ルールに照らし合わせると通信傍受より更に有罪系のポジションにありそうな事案である。ここで大会本部に何か物言いをした場合、藪をつついて蛇を出す可能性が低くない。この場合は蛇があったとしてもその場での口頭叱責程度だろうが。

 規約違反系の事案であれば、事が重大であれば戦車道を歩む彼女達ならば、自省しながら自ら大会本部へ申告し謝罪し、自ら罰則を求める事などを行う場合もあるだろう。だが、事がスポーツマンシップやフェアプレイ精神や戦車道としての規定などではなく、『選手の家族が屋台惣菜差し入れに来てそのままそこで観戦した』という内容だ。

 しかも肝心のその選手(西住まほ)は、遠くの学園艦に転校して復活したばかりの戦車道チームの指揮官として参戦する妹を激励に行ったら、妹の友達に頼まれてそのご家族に試合の解説をするとの事で戻ってきていないという、噴飯物のオマケ付き。

 (まほ)(まほ)(みほ)に何もしてやれなかったと深く後悔しており、実は(修景)がオレンジペコに手持ち無沙汰に語った通り、『妹が元気に友達と楽しく過ごしている』という事実に地味に舞い上がっている。ついでに妹の友達のご家族からも妹の話が聞きたいなどと暴走気味で、無関係者を関係者席に置きっぱになる事の問題性が頭からトんでいる。

 

 以上の割としょうもないというより戦車道と関係の薄い内容では、流石に誰も進んで怒られたくはないだろう。生真面目で潔癖症気味のエリカですら、そんな理由で大会本部に自己申告で怒られに行くのは嫌だった。

 そして大会本部もそれで罰則を求められても、当人相手に『次から気をつけてネ』くらいしか言いようがないだろう。所属の学園艦に報告する必要すら感じられない事案である。故に指摘されない限りそっと流すのが、修景を関係者席に通した警備員さん含め、誰も不幸にならない処世術と言えた。

 ただし、修景とエリカは冷静になればちょっと怒られかねない内容の状況を創り上げた西住まほ(姉or隊長)には、後で少し文句を言おうと決めたのだが。

 

「お、サンダース側が援軍を出すぞ。逸見副隊長、これはどう見る」

「まぁ、これなら解説と予想が出来ますが。……残存8両。固めていた戦力が全部来たら、大洗の戦力では一瞬です。その前にフラッグ車を仕留めきれるかですね」

 

 そして、彼らの見ている大モニターで動きがある。サンダースの主力―――隊長であるケイ率いる本隊で、ケイが戦車のキューポラから身を乗り出し、何かを指示している様子が映る。状況として、間違いなくフラッグ車であるアリサ側への援軍だ。無線傍受による一点読みで固めていたのが裏目に出て、ケイら8両はアリサの位置とは遠い場所に布陣している。

 

 更に言うならば、無線傍受を逆手に取っていたみほは、この時点でサンダース側のこの配置を、ある程度誘導して作り上げていた。大洗側が5両でアリサ車を追い回す追いかけっこは、子供の鬼ごっこのようにも見えるが。

 実態としては西住みほ主導で、『無線傍受を逆手に取った配置誘導』『そこから離れた場所へのフラッグ車の誘引』『全車両で追いながら、本隊との合流を阻む』という、フラッグ車と八九式の遭遇という奇貨を全力で活かした、即興だが合理的な思考で組み上げられている。

 更にはそのみほが乗る隊長車である大洗の四号D型は、アリサのM4がなんとかケイ達の居るであろう方向へと逃走ルートを変えようとするたびに、牽制を入れてそれを掣肘している。群れからはぐれた獲物を群れと合流させないという、ある種肉食獣の狩りにも通じる冷徹な動きだ。

 

 ―――実際のところ、無線傍受云々を抜きにすれば、アリサのその場その場の判断やこの状況での必死に行っている車内での指示は、当人の言葉遣いは荒いが悪くない。少なくとも、一定程度の合理はある。無線傍受がバレた後の流れは彼女が悪いというより、流石に相手が悪いのと運が悪いのという二重苦だ。

 まず八九式との偶発遭遇からの追撃。この際に隊長であるケイに連絡を入れなかった事は判断ミスと言えるが、『ただでさえ数で勝っている中、確実に勝てる車両と偶発遭遇した。落とせる時に落とす』という判断そのものは、誤っているとは言い難いだろう。この時点ではまだ無線傍受を逆手に取られているとは知らず、大洗の配置を誤認していたならば尚更だ。

 

 戦車道車両としての規定内での改造を抜きに、純粋にカタログスペックで見ると、八九式の機動力は最大で時速25km。不整地ではその半分以下。M4は時速38km以上で、不整地では半減。

 加えて装甲と火力に関しての差は、もはや絶望的である。先にも言った通り、開発時期が戦間期にあたる八九式の主砲は、“当時の”傑作戦車であるルノー乙型やルノー甲型といった相手に有効であるという事を目標にして開発されたもの。装甲厚20mm程度の相手を前提とした火砲だ。

 対するM4、車体前面装甲51mm。背面などの薄い箇所でも38mm。どこを狙っても八九式では有効打を当てることは困難であり、故にM4と八九式が戦闘をした場合、M4が負ける要素はほぼ見当たらない。

 

 つまり、フラッグ車でありながら単独戦闘をするという事はチームを敗北の危険に晒す行為のようにも見えるが、実際のところ八九式相手ならば危険も殆ど無いのである。故に偶発遭遇から相手の数を減らそうという判断が一概に間違っていたとは言い難い。

 アヒルさんチームのように『発煙筒を使ってバレー式スパイクで煙幕』などの奇策含めた奮闘がなければ、八九式は味方と合流する前にM4の前に倒れ、アリサのM4はそのままどこかへ逃げ去っていた可能性も高いだろう。というか普通はそうなる。アヒルさんチームの粘りがおかしい。

 

 そして逆に、M4の火力と八九式の装甲を比較すると、これまたM4の圧勝というよりは、圧勝しすぎて無駄が出る奴である。砲と弾頭の種類と距離次第だが、『100mm装甲貫通したいなー、どうかなー』という領域の主砲を持つM4シャーマン。対する八九式の装甲は一番厚い箇所で17mm。貫通どころか装甲板の2枚抜きとか3枚抜きとかが出来る奴だ。

 この試合において八九式を追撃する中でアリサが砲手に対して機銃を使えと命じ、格好悪いと反発されて『手段を選ぶな』と怒鳴り返しているが。同じ『手段を選ばない』という要素であっても、通信傍受機は『スポーツマンシップに反する』といった面でケイから叱責を受けているが、12.7mm機銃を使うという判断は『現実的な判断』と言っても良いだろう。

 事実、ほぼ同口径の機銃の火力で実験した八九式側の記録として、大まかに言えば『だいたい弾けるけど貫通する時もある』というデータが残っている為、貫通狙いで機銃連射というのは有効な手段・判断だったと言える。流石のアヒルさんチームが操る八九式も、主砲は避けきっていても連射される機銃は避けきれず被弾しているので、それが貫通・有効射とならず跳弾したのは、大洗にとっては幸運でアリサにとっては不運だった。

 

 なお、八九式でM4を撃破する方法を無理やり逆算するならば―――例えば、主砲で辛うじて上面装甲対して垂直にブチ当てたならば抜けないこともないだろう。しかし、八九式を上から吊るして下を通るM4相手に砲撃でもしない限り、上面装甲―――つまり真上から見た装甲に垂直に主砲を当てることなど、困難というよりもはや無理筋だろう。

 後に大洗が“正史”で黒森峰の保有するマウスと対峙した時に取ったような、装甲部のスリットなどの弱点ピンポイント射撃ならば可能性はゼロではない。しかしあれも流石にヘッツァーをマウスの下に潜り込ませてマウスの動きを止め、砲塔の回転を八九式が封じて、射撃する四号戦車側も動きを止めて、そこまでやって狙いをつけた完全静止射撃だから出来た芸当である。

 八九式でM4相手に単独でそれを為す事は実質的に不可能と言って良いだろう。なにせ向こうからすればどこに当たっても有効射なのだから、やる前にやられて終わる。

 

 相対速度、相対距離、発射から着弾までの移動偏差などが関わってくる射撃は、素人が思うよりもずっと難しい。『目標をセンターに入れてスイッチ』でどうにかなるのはロボットアニメの特権だ。二次大戦期の戦車の測距機は、そもそもそこまで高性能ではない。弾丸も光学兵器ではないのだから質量・重量があり、砲弾は地球の重力に引かれて徐々に下へと加速する。遠くの目標を狙うほどに重力の影響を弾が強く受けるので、『目標をセンターに入れてスイッチ』を実行したならば、十中八九は弾は途中で地面に突き刺さるだろう。

 では、戦車の砲手がどのように照準器を使い、目標を狙っているのか。西住みほが搭乗する四号戦車で、五十鈴華が見ている『△』という記号は何かを例として出していこう。ドイツ戦車である四号D型の照準器にある『△』の正体は、真ん中に目標を入れてスイッチを押せば当たるターゲットサイトではなく、第二次大戦期のドイツ戦車兵のお友達である魔法の記号シュトリヒさんだ。

 先に言った通り、砲弾は徐々に下へと加速度がついてゆく。故に『どのくらい下に落ちるか』を計算しなければ、砲撃は成り立たない。では、その計算に必要なのは何かというと、『相手と自分の間の距離』である。撃って当たるまでの着弾時間≒相手との距離が分かれば、着弾までに弾がどれくらい落ちるかは計算可能。そしてレーザー測距機など無い時代で、相手と自分の間の距離を算出する魔法の記号がシュトリヒさんである。

 

 では、シュトリヒさんがどのように対象との距離を算出してくれるのか。答えは、照準器に映るターゲットの大きさとシュトリヒの大きさの比較だ。幅1mの物体が1km離れている時の大きさが1シュトリヒ。これが幅2mの物体で1シュトリヒの大きさに映っていたなら、距離はその倍の2km。逆に幅0.5mで1シュトリヒの大きさならば、対象物との距離は半分の0.5kmとなる。

 ―――お分かり頂けただろうか。シュトリヒさん“が”算出というよりは、砲手がシュトリヒさん“で”算出するのがこの時代の測距機・照準器だ。更に言うなれば、物体の大きさを理解していなければ、正確な距離は測れない。

 例えば相手がM4で側面を向けているならば、5.84m。その大きさと照準器に映る相手の大きさが何シュトリヒかを照らし合わせ、距離を計算。その距離ならば弾が重力で落ちる度合いはどれくらいかなどを計算に入れて、狙って、撃つ。これが砲手の仕事である。それに車両が動いている場合、敵車両の移動速度もかかってくるし、自車両が動いていれば当然の如く車体が揺れて弾道が安定しない。

 照準器の仕様は各国、或いは車両の開発時期毎に違うものだが、レーザー測距器などが無いこの時代の戦車の照準器の仕様は、多少の差こそあれこのレベルのものとなる。

 

 『高速で飛ぶ弾丸の弾道計算に、たかが時速数十kmで動く戦車の速度計算は必要か』という意見もあるだろう。ところが実際、必要なのだ。M4を例に挙げると、75mm砲の弾丸は初速619m/秒。初速から徐々に弾丸は減速していくが、ざっくり1秒間に600mほど進むとでも考えよう。

 目標車両、距離600m。移動速度時速20km。発射から着弾まで1秒。しかしその1秒の間に、目標物は5.55mほど動く。M4の車体の長さが5.84mなので、車体1個分ほど1秒でズレるわけだ。車体のど真ん中を狙って撃っても、1秒後にはそこに居ないのである。

 時速20kmという鈍足車両で計算してこれなのだから、一定以上の機動力がある車両同士が―――しかもジグザグに動くなどの回避機動を取りながら射撃戦をしたらどうなるかは想像に難くない。単純に、有効射が非常に出づらいのだ。アリサのM4が、大洗相手に辛うじて逃げ続けられている理由でもある。

 

 彼女も手段を選ばないケはあるが、前線指揮を好むケイの代わりに2年生にしてフラッグ車を任されて、実質的な全体の作戦指揮を行っていた人物だ。規模で言えば全学園艦最大の戦車道チームを持つサンダースでこの人事を受けている身である以上、無能であるはずがない。

 指示の合間に罵声を飛ばしているのか、はたまた罵声の合間に指示を飛ばしているのか。非常に微妙な割合の賑やかな叫びっぷりではあるが、回避運動や射撃タイミング、砲角度の修正など、アリサは意外なくらい細やかに指示を飛ばしている。大洗相手に逃げ続けられているのは、未だこの時期には大洗側の練度が高いとは言えない事もあるだろうが、逃げるアリサの指示が適切なのもあるだろう。

 逃走しながらも応射しているのも正解だ。そうそう当たるものではないが、『当たれば大半の車両が一撃で終わる火力を持った相手が応射してくる』となれば、大洗側も攻撃にばかり意識を集中してはいられない。相手の反撃を警戒する必要≒回避運動を取る必要が出てきて、その分だけ攻撃の精度と追撃の速度は下がる。

 

 ―――なお。

 この際の罵声の中で、アリサが大洗に対して『すぐ廃校になるくせに!』と叫んでいた。未だに大洗でも殆どの人物が知らないこの内容を、アリサがこの段階で知っていた。この事が後々大きな意味を持ってくるのだが―――それは全国大会の終了後の話なので、当座の彼女は精神を削りながら必死に逃げ回っている状態である。

 罵声の内容も脱線していき、少し後―――サンダースの援軍到着直前には追い詰められきったアリサが、自らが懸想するタカシという少年が振り向いてくれない事への愚痴まで叫ぶにあたって、当時の彼女のメンタルは余程いっぱいいっぱいであった事が伺える。

 

 何にせよ、交戦中の大洗女子当人たちが、キレてキューポラから身を乗り出して大洗に向けて何かを叫ぶアリサの声を聞き取れなかったくらいだ。そんなサンダースフラッグ車の車内事情など、観戦中の面々には全く伝わる筈もなし。

 代わりに、大モニターを通して俯瞰視点で全体を見ることが可能な彼らには、別の動きが見えてくる。ケイが率いてアリサの救援に向かうサンダース側の援軍車両が4両のみで、残りの4両が停止したという事実だ。

 

「……あれ、4両? 待ち伏せか?」

「いえ、それにしては場所が有り得ません。そうするならば、大回りに挟撃できるように移動する筈ですが……」

 

 そして、その動きに対して修景が疑問を口に出し、エリカが小さく首を傾げる。

 純粋に戦術的に言うならば、全車両で向かうか、或いは残りの車両は迂回して包囲や挟撃に使うべきだ。意図の読めない4両停止に、黒森峰の副隊長は何度も首を傾げるのみ。

 

「……まさかまた、通信傍受とか悪だくみしてるんじゃないでしょうね?」

「こんな格言を知ってる? 『言い訳などしてはいけない。友人には必要ないし、敵は信じないのだから』」

「モーガン・ウーテン。アメリカの名バスケットボールコーチの言葉ですね」

「……はぁ?」

 

 疑うように呟いたエリカに対して、横合いからダージリンの声。更に向こうからは、オレンジペコがその格言の出自を告げてくる。

 横からのその言葉に対し、エリカは怪訝そうな声と顔を向けるが、それを向けられたダージリンは紅茶を手にして小さく笑う。

 

「逸見さん。ケイさんとの交流はあるかしら? サンダースの隊長の」

「……いえ。試合の時に顔を合わせたことはあったと思うけど、話したこととかは全然です」

「あの方は、非常にスポーツマンシップやフェアプレイ精神を重視するわ。だから、通信傍受も彼女の指示ではなく、誰かの独断でしょう。ですが彼女は、隊長としてその罪滅ぼしをしようとしているのかと。『サンダースは通信傍受やら何やら、スポーツマンシップも知ったことではない事をする学園艦だ』なんて思われたら、たまったものではないでしょう? 彼女も、来年以降全国大会に出てくる後輩たちも―――そして通信傍受したであろう子も」

 

 正直な話、ケイは隊長として『強い』や『戦績が良い』などの評価が付くタイプではない。決して悪くはないが、西住まほやダージリンと同世代として並べてしまうと、流石に戦績評価は一段落ちる。しかし、全学園艦最大規模のサンダース戦車道チームは、彼女の下で一枚岩に纏まっている。

 人徳があるというか、気遣いが出来るというか。とにかく、面倒見が良く気配り上手なのだ。ある意味において、ダージリンは人間性という意味ではケイという少女に羨望すら抱くほどだ。

 このまま通信傍受の件含めて、普通に戦ったのであれば。そして通信傍受が問題視されたならば。勝敗どうあれ、サンダースにはなんらかの悪評が付随する可能性が低くない。が、ケイのあの行動は、勝敗度外視でフェアプレイやスポーツマンシップに拘る彼女なりのやり方だ。数の有利を捨て、通信傍受した分だけ不利を背負い、ケジメをつけ、出来るだけクリーンにやりたいという思考からくるものだろう。

 

「これで5対5。同数決戦。通信傍受していた事に、ケイさんも気付いたのでしょうね。だから数の有利を捨てて、同数での勝負をする事にした。百の言い訳より雄弁な行動だと思わない?」

「……甘いですが、潔いですね。自己犠牲的というか。来年以降の自分の後輩たちに重荷を背負わせない為、でしょうか」

「うーん……」

 

 そして、ダージリンの言葉に否定と肯定がないまぜになった様子で頷くエリカ。甘さに対しては否定的だが、潔さは尊敬に値する。そんなところか。

 しかしその言葉に、言われた本人(ダージリン)が否定的な苦笑を浮かべる。恐らく、アメリカンなノリのあの少女はそこまでは考えていないだろうという、鎬を削り合った同学年の隊長同士故の理解がその苦笑を浮かばせた。

 

「恐らくですけど、逸見さん。それはケイさんに対する評価や理解としては誤っていますわ。彼女は貴方が脳内で浮かべている姿より、大分考えなしの大雑把ですもの」

 

 表面上を聞けば、こき下ろしているような言葉。しかし、苦笑の中に隠しきれずに浮かんだ羨望が、聞くエリカには悪感情を抱かせない。

 むしろエリカは、飄々としたダージリンが隠しきれずに浮かべたその感情に、驚きを込めて言葉を返した。

 

「……なんか羨ましそうですね?」

「……だって。全くの素で、深い考え抜きに、ごく自然にこの行動ができるんですもの。そういう人なのよ、今のサンダースの隊長さんは」

 

 フェアに、クリーンに、前向きに。勝敗に拘らずに、ある意味で戦車道をどこまでも真っ直ぐに楽しんでいる。

 そんな彼女だからサンダースは纏まっているし、露骨に勝率を落とす待機指示に対しても、各車両が停滞なく従ったのだろう。観客席からは意図の読めない4両援軍4両待機に困惑したような声もあがっているが、逆に大事な全国大会で『待機』という実質的な戦線離脱を命じられた車両の動きに淀みは無い。言い争うような様子もない。

 ケイからすれば無意識レベルの行動だが、実はこの時彼女は個々の車両の力量よりも、『最後の大会』となる三年生チームの車両である事を優先して、援軍車両に抜擢しているのもあるのだろう。最後の大会、何もせずに終わりは嫌でしょうとでも言うように。

 

「通信傍受の一件についても、悪評はなんとかするでしょうね。多分、試合を大会側が精査されたら後でバレるでしょうから、先に全部ぶち撒けて『ごめーん!』とかいう方向で。やった子はキッチリ怒って絞って、でも泥と責任はその子が被らないように庇う形で。大分無茶ですけど、あの方の人望とバランス感覚なら不可能とはいい難いわ。『ガッツリ怒ってやったから! あとの文句は隊長の私に全部ギブミー! 私が悪かったー!』とか。―――目に浮かぶようね」

「……それは……」

 

 聞くだけで黒森峰とはスタンスの違いすぎるサンダースの―――というより、ケイの戦車道に、エリカは思わず言葉を失う。

 ―――或いは、と。転校した元親友(西住みほ)が、落ちた車両の救助に向かった後に、もしもケイのようなスタンスの持ち主が居ればと、そんな意味の無い仮定が一瞬頭を過ぎる。

 しかしそれは、西住まほという隊長を戴く自分が考えてはならないことだと、歯を噛みしめるようにして、黒森峰の副隊長(エリカ)は小さく頭を振った。黒森峰の副隊長であり、西住まほを支える立場の自分に、そんな甘い考えはあってはならないと戒めるように。事実として“正史”では、ケイが語った『戦車道』に対して、彼女は『甘い』と辛辣な反応を見せていた。

 しかし、エリカの様子に気付いたダージリンが、微笑みながらも嗜めるような声を出す。

 

「こんな格言を知ってる? 『夢は一人ひとり違うものです。興味や才能もみんな違うのです。それが個性というものです。どうして「こうでなくてはいけない」と決めつけるのでしょうか?』」

「……誰でしたっけ」

「徹子の部屋よ。黒柳徹子さん」

「フォロー範囲外です」

 

 ルールル、ルルルルールル、などと微妙に音程が外れた番組テーマを口ずさむダージリンに、オレンジペコが辟易したような声を返す。

 過去の偉人の名言ならば追従可能だが、内容が現代の芸能人になると、流石にフォローしきれない。この人の守備範囲はどうなっているのかと、ジト目の横目で睨んでくる後輩(オレンジペコ)を尻目に、ダージリンはエリカへと言葉を続ける。

 

「まほさんにはまほさんの戦車道があるし、わたくしにはわたくしの戦車道がある。ケイさんもそう。カチューシャさんも。アンチョビさんも。他の方々も。高校生にもなってくると、隊長という立場はそういうもの。それに優劣はないし、付けるべきではないと思うわ。貴方の戦車道は、どう?」

「……私の戦車道は、隊長と同じです」

「二番煎じになるつもり? 今、みほさんの転校の件を思い出したんじゃないかしら。もし黒森峰にケイさんが居たら、こうならなかったのでは、とか。別に良いのではないかしら。基本はまほさんの系譜で、部分的にケイさんのいいトコ取りとかでも。貴方の戦車道は貴方だけのもの。まほさん弐号機なんて、当のまほさんが求めてないでしょうね」

「……私だけの、戦車道?」

「ええ。とはいえ、基本はまほさんの系譜でしょうね。貴方には合ってそうですし、先輩から受け継いでいくバトンというものも大事ですもの。そうね、だから逸見さんの戦車道は―――名付けて『西住まほ弐号機マークツヴァイ・セカンド』」

「私は今、ダージリン様から来るであろうこの方向性のバトンを受け取るべきか地面にダンクしてリセットするべきか悩んでいます」

 

 『反抗期!?』と叫ぶダージリンと、ジト目でそれを見るオレンジペコ。

 しかし、もはや定番になりつつある聖グロのやりとりには目もくれず、耳にも入らず。エリカは深く黙考する。

 

「……私の。私だけの、戦車道……」

「……参った。俺が口出しできねぇし、しちゃいけねぇ部分だよな」

 

 その様子に対し、先程から口を挟めずに黙っていた修景が困ったように呟いた。

 ―――戦車道は、女子の武道。割って入っていけるものでも、入っていいものでもないと。自身の姉妹や目の前の少女が打ち込むそれ(戦車道)を重く見るが故に、修景は呟くのみで口を噤む。

 本来であれば呟きすらもすべきでなかっただろうと、宮古修景という少年は内心で思っている。ああだこうだと口を出していい話題ではないと理解している。しかし、『隣の芝は青い』と以前エリカと言い合ったように、姉妹を支える立場にも、目の前の少女の相談に乗れる立場にもなれない事に忸怩たる物を抱えるが故に、呟きだけが小さく漏れた形だ。

 

 両者、無言。

 その視線の先で4両の援軍がサンダース側に到着し、しかし被害を出しながらもタッチの差で大洗がサンダースのフラッグ車を撃破したところだった。

 

 ―――試合終了。

 想定外の結果に沸く会場の声を聞きながら、しかし両者の間には会話もなく。宮古修景と逸見エリカは、大モニターを無言で眺め続けていた。

 

 

□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 全国大会一回戦。サンダース大附属 対 大洗女子学園。下馬評を覆し、大洗女子のまさかの大金星。

 試合を終えた両校の代表が整列し、互いに礼。礼に始まり礼に終わるのが戦車道だ。

 それを待っていたように、両校の健闘を称える拍手が観客席から降り注ぐ。

 

 しかしこの試合において、“正史”との最大の差は。宮古修景という少年の存在ではなく、エリカからすれば彼とは逆の隣に座っていたダージリンだったと言えるだろう。

 彼女とエリカが並んで観戦しており、ダージリンという西住まほに匹敵し得る―――実力主義の志向が強いエリカをして一定の尊敬に値する指揮官からの、『戦車道』というものに対する考えを彼女が聞いたという事は大きい。

 

 ケイが試合終了後の両校の挨拶時に、みほに『なぜ全車両で来なかったのか』という質問をされた際の、『That's戦車道! これは戦争じゃない。道を外れたら、戦車が泣くでしょ?』という言葉は、みほに感銘を与えて彼女が彼女なりの『戦車道』を掴む切っ掛けとなったのだが。

 “正史”では黒森峰の観戦スペースからそれを見ながら、『甘っちょろいこと言って』と吐き捨てるように切り捨てた言葉を、しかし通信傍受という経過や、ケイという少女の人間性をダージリンから聞いたが故に、エリカは切り捨てずに受け止める。

 

 結果として、ケイの語った『戦車道』の在り方は。みほに非常に大きな影響を与えただけに留まらず、エリカにも少なくない影響を与えることになり―――

 そして、逸見エリカという少女と大洗女子の、戦車喫茶から続いて二度目のエンカウントが、試合終了後に訪れる事となるのだった。

 

 

□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

「あの、すいません。秋山さんご夫妻でお間違えないですか?」

「え? ええ、そうですが」

「その、私、こちらでご夫妻と御一緒に観戦していた西住まほ隊長と同じ学園艦の者で。隊長はどちらに……」

「ああ、優花里の友達のお姉さんの所の! そういえば制服が同じですね! いやぁ、今日はいい日だ! 優花里の交友関係がこんなに広がってたなんて……」

「ちょっとあなた。恥ずかしいから止めてってば……」

 

 ―――ただし、その前に。

 挨拶はきちんとしたが、行き先は告げずに秋山夫妻の元から消えて。既に妹を素直に褒めてやろうと意気揚々と単独行動を取っている西住まほの捜索というミッションを挟んで、だが。

 

「……まほ、どこだ……!」

ウチ(黒森峰)は大会の他の学園艦同士の試合に隊長と副隊長が行くような場合は、ヘリの使用許可が出るんですよね。抽選会の時と違って、試合スケジュール結構忙しいので。でも、そのヘリの中にお財布とか入れてて、鍵は隊長が持ってるんですよね……。あ、すいません。お騒がせしました」

 

 鬼の形相で姉のLINEにメッセージを連投する弟。

 その横で、エリカはガックリと項垂れ。どこか気まずい様子で秋山夫妻に丁寧に一礼している。みほに対する感情の整理は、ある意味では結論が付き、ある意味では“正史”以上にややこしい事になっているエリカだが。秋山優花里含めた『あんこうチーム』の面々への暴言は、みほに抱く感情の余波とでも言うべき八つ当たりだったと自戒しているがゆえである。

 まさか『そちらの娘さんと大喧嘩して暴言吐きました』とは言えず。和やかに手を振ってくれる秋山夫妻に、なんとも言えず気まずい申し訳無さを覚えたエリカだった。

 




人間関係には絡むが、戦車道には絡めない、絡んではいけない系主人公。
なお、存在によるバタフライエフェクトは発生している模様。

劇場版ではいろいろある予定ですが、その前に次の話で人間関係複雑骨折の予定。次回、修景死す。
今回はわりかし重めというか真面目な話でしたが、反動で書いてる小ネタは本当に脳ミソ使ってねぇな感。
コレこの話の次にやったら台無しなので出すタイミングを見計らう、麻雀の河見て牌捨てるタイミング見計らってる感覚。

2019/03/28
 シュトリヒさんはドイツ戦車の照準器のお友達なので文言修正。


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少女、言葉の爆発物を投げつける

西住姉妹とエリカが幼い頃に遭遇していたのは、『もっとらぶらぶ作戦』の内容より。


「宮古先輩、隊長居ました!」

「よし、確保! 判決有罪! 罪状は、なんか恨みつらみ色々思いつくけど、とりあえず無関係の俺を関係者席に置いたこと!」

「む。エリカ、修景」

 

 夕焼けの野原の中に引かれた、小さな道。試合終了後の各学園艦の待機スペースの近く。

 恐らくみほに会いに行ったのだろうとアタリを付けた修景とエリカはダッシュでそちらへ向かい―――ちなみにエリカの方が足が早かった―――上機嫌で、ただし鉄面皮なのである程度付き合いがないと分からない表情で歩いていた西住まほを発見していた。

 捕獲とでも言うように、弟が後ろから姉の制服の後ろ襟を掴む。歩行を強制的に止められた姉は不満そうに後ろを振り向き、弟と副隊長を視野に入れた。

 

 なお、判決だの裁判だのと言えば。4月以降に姉と妹とエリカを中心とした戦車道女子とよく連絡を取り合っている修景は、一度それがバレて男子校的なノリの学級裁判で有罪判決を食らっている。読み上げられた罪状は―――全部。魔女裁判ですらもう少し何か取り繕うだろう判決を経て、なんやかんやの末に執行猶予状態だ。

 何が執行されるのかは分からないが、とりあえず裁判員の要求は戦車道女子との合コンとかその手のイベント目当てなのは明らかなので、裁判員も決定的な行動には至れずに修景と睨み合いになっている。なお、この辺りの修景の学生生活は現状で本筋には死ぬほど関係ないので割愛する。

 

「お前な。舞い上がるのは良いが、そろそろ落ち着け。関係者席に無関係者置いてくとか、仮に大事にはならなくても逸見さんも怒られた可能性のある案件だぞ」

「……む」

 

 そして、呆れたように手を離しながら修景が告げた言葉に、舞い上がり気味だった西住姉の表情が引き締まる。なお、この変化もやはりある程度の付き合いがないと分からない。

 言われた言葉に黙考し、数秒。まほはエリカに向き直り、頭を下げた。

 

「すまない、エリカ。些か舞い上がって考え無しに動いてしまった」

「あ、いえ。頭を下げられるほどでは……。それに、考え無しに暴走したと言うなら、戦車喫茶での私もそうですし」

「……そういって貰えると助かる。どうにも、転校するまで追い詰められていたみほに気付けず、何もしてやれなかった負い目が―――……いや、エリカにする話ではない、か。本当にすまない」

「いいえ。確かに私はあの子に対してまだ怒っていますが、姉である隊長が妹であるみほに会うのも気遣うのも、むしろ正しいことだと思います。関係者席の件は、以後気をつけて頂ければ……」

 

 西住まほという隊長に対して、ツッコミやスルーなどの芸当を覚えながらも、エリカが抱いている感情の根本は尊敬と心酔に分類される。心から尊敬する隊長に頭を下げられ、告げようと思っていた苦言も控えめになるエリカである。

 対して、まほに対して遠慮容赦が無いのは修景だ。『しょうがないなぁ』とでもいうように舌鋒が緩むエリカと入れ替わるように、皮肉げな笑いと共に姉に対して声を向ける。

 

「俺の方は頼まれた屋台惣菜買ってたら居ないわ、他で観戦するからって事で放置されたわで、色々恨みがあるからなぁ。逸見さんみたく簡単には許さねぇぞぉ?」

「……む。まぁ確かに、今回は私が悪いが」

「だろ? まぁとりあえず貸し1つな。そのうちなんか要求するわ」

 

 喉を鳴らすような笑い声と共に告げられた弟の言葉に、姉は肩を竦めるのみ。了承という事だろう。

 その姉弟のやりとりを見ていた逸見エリカは、控え目な声で苦言を呈した。まほに対してではなく、一緒に行動していた修景の方に対してだ。

 

「……あの、宮古先輩。今回は私も先輩が関係者席で観戦することの問題に、途中まで気付かずスルーしてしまっていましたから……。その、御姉弟の関係に口を挟むのも躊躇われますが、お手柔らかに……」

「ふむ、エリカは私の味方か」

「えー、逸見さん俺と一緒に被害者組じゃねぇのかよ。まほ相手に、せめて夕飯オゴリでもせびろうぜ」

「ですが、先輩。先輩と隊長の間で発生する諸問題の加害・被害率を見ますと、何かあるごとに食事を要求していたら隊長のお小遣いが……」

「ふむ、エリカは私の味方だと思ったら実は敵だったか」

 

 『隊長が修景に対して、天然その他の理由で被害を与えまくっているのでは』と、言外に心配する副隊長。味方かと思ったが実はお前敵だろと、無自覚の言葉のナイフで背後から『(タマ)ァ取ったるわ』とばかりの急所攻撃を繰り出すエリカに、まほは内心で戦慄する。

 このままでは隊長としての威厳がという焦りと、そしてまだまだ付き合いが浅い故に見えていない事実の指摘として。小さく溜息を吐いて、西住まほは目の前の副隊長に指摘の言葉を返した。

 

「エリカ。お前の見ている前では案外ボロを出さないが、こいつ(修景)が加害者で私が被害者になる事も結構あるんだぞ」

「は、はぁ。具体的にはどのような?」

「……中学の頃か。こいつの学園艦の文化祭で、クラスで屋台を出すとか騒いでいて。3年生も半ばを過ぎて、戦車道の中学生大会も終わり、1年や2年の頃に比べれば時間が取れた身だった時期だ。日程の都合が付いたので、一度弟の文化祭という物を見に行ってやるのも良かろうと見に行ったら」

「見に行ったら?」

「クレーンで屋台を釣る羽目になった」

「………………金魚釣りにしてはスケールが違くないですか?」

 

 前後の説明をほぼカットして告げられた、普通は繋がらない単語を繋げたキメラな文章に対し、エリカが理解を超えたようで論点のズレたツッコミを返す。

 その様子に、まほは溜息。事情を説明せねばなるまいと、加害者()に対して恨みを込めたジト目を向けながら言葉を続ける。

 

「『おっしゃ都合の良い所に来やがった』などと言われ、問答無用で学園艦所有のクレーン車の運転をさせられたんだ。戦車関係の免許を色々取る時に、確かに重機も少し齧ったが……」

「いや、免許とか持ってる奴がちょうど居なくてな。つか、3年近く前の事だろ。根に持つなーお前」

「誰か気付け。デカく作りすぎて通用門を通らないから、割り当てされた位置まで持って行けないなど……。なぜ私は弟の学園艦の文化祭でクレーン車の操縦をして屋台を吊り上げているのだろうと、人生を哲学的に考えたぞ」

「いやマジ似合ってたって、まほ。お前、クレーン車で屋台吊るためにこの世に生を受けたんじゃないかってくらい。な? 機嫌直せよー、絵になる女だよー、姉」

「とりあえず『似合ってる』だの『絵になる』だのと褒めれば女の機嫌が取れるというのは幻想だ。そんな限定的な人生の用途を奨励されて機嫌が直るとでも思っているのか弟」

 

 ―――2年と半年ほど昔。宮古修景と西住まほが、中学3年生だった頃。そして、逸見エリカと西住みほは、まだ中学2年生だった頃。

 本人の言葉通り、比較的時間が空いていたまほは、初めて弟の学園艦を訪れた。そしてクレーンで屋台を吊った。前後の文脈と説明が無い場合、文章や単語、或いは正気の欠落を疑われる内容である。

 実際に男子校学園艦の文化祭は、血管キレてるのではないかと西住長女が若干引くテンションであったので、正気部分は少し怪しい。悪乗りでリミッターを解除して、一時的発狂状態になったようなテンションが全体に蔓延していた。

 

「み、宮古先輩。一回部分的にバラして外に出してから組み上げるとかは出来なかったんですか?」

「いやー、いろんな技術持ってるやつが変なテンションで好き勝手にゴテゴテ色々追加してたキメラ進化遂げてたからなぁ。多方面からの襲撃(来客)対応(接客)するため、可変機能とか付けたけどアレ普通に客に正面回ってもらったほうが早かったし、取り外そうとしたら自壊するレベルでフレームから弄ってたし」

「かへんきのう」

「取っ手をぐるぐる回すと、中に組み込まれたギアで屋台上部の店部分が回転座椅子みたいに回転するのと、別の取っ手を回すと雨天対策に屋台の前の客並ぶスペースをカバーするように屋根がスライド展開したりする機能。ただ、人力で動かす関係上でギアはトルク重視で組まなきゃイカンし、必要なギアの数も多くなるわで恐竜的進化で屋台そのものが巨大化して」

「ぎあ、とるく」

「相当根性入れて回数回す必要あるから、接客と並列でやると接客が疎かになるんでな。陸上とかラグビーとかサイクリングとかそういう部活の連中に声かけて、手で回すんじゃなく足で回すほうが効率良いわと、誰ぞが捨てる予定だったとかいう廃棄寸前の自転車の廃品利用で取っ手と連動(コネクト)カマして、屋台の中で自転車を漕ぐと屋根がスライドしたり屋台が回転座椅子みたいに回る仕様にした」

 

 思い出深そうに『うんうん』とばかりに頷く修景。対するエリカは脳が発言内容を理解するまでに時間がかかったようで、舌足らずな調子で言われた内容の中でも引っ掛かった部分を鸚鵡返しに呟いている。

 ジト目で弟を見る姉と、感慨深そうな弟。その2名を見比べながら、エリカはどこか納得したように呻いた。

 

「先輩たまに常識を地面にダンクしてから虚数方向へダッシュしますよね。片鱗は何度か見てますけど……」

「体育会系のガタイの良い男子生徒が爽やかな汗を流しながら、たこ焼き作ってる後ろで自転車漕いでるんだぞ。そして、その漕ぐスピードに合わせて屋台が回るんだ……」

「本当ならチャリンコは2台並べてツインドライブにしたかった」

「お前らは何を作ってるんだ……!!」

 

 弟の学園艦の文化祭を見に行ったら、屋台というのも憚られるブツをクレーンを操縦して吊り上げる事になった西住流長女が、恨みの籠もった呟きを口から漏らす。

 なお、西住まほという少女は確かに絵になる人物であり、修景少年の姉である美少女の存在を知った周囲の男子生徒達は姉を紹介して欲しいと修景に頼んで来たりしたのだが、そこは彼が当のまほに漏らしていないので伝わっていない部分である。

 

 ちなみに。

 基本的にこの姉弟、姉が天然や暴走をカマして弟へと被害を齎す事も多いが、弟が悪ノリや暴走をカマして姉に被害を齎す事も少なくないため、基本的な関係性は「フォローする人、される人」ではなく「被害のクロスカウンター」である。妹関係の時は音速で結託するが。

 彼らの実態を知っている西住母は「修景も妙な所であの子に似るわね」などと納得混ざりに頷いていたが、もっと実態を知っている―――正確に言えば学生時代の西住母と宮古母を客観的なポジションで知っている井手上菊代さんからすれば、曰く「血は争えませんね。どっちも」との事である。聞いたしほが珍しく顔を青くして他言無用を頼んだ案件だ。

 西住しほ、恋愛パンジャンドラムは伊達ではなかった。学生時代のエピソードについては、当人的に抹消したい黒歴史も色々とあるようである。

 

 母世代から続く遺伝子レベルのノーガードクロスカウンターはさておき、少なくとも修景の文化祭に関しては、まほが被害者側だ。

 ブツブツとぼやきながらも、まほは先に立って歩き始める。修景に捕獲される前同様に、大洗の待機場所へ向かう動きである。

 

「とにかく、修景。お前はみほにまだ会ってないのだろう? ついでだ。一声くらい掛けてこい。エリカは―――どうする? 気持ちの整理はどうだ?」

「大会でぶつかったらギッタンギッタンにぶっ飛ばしてやろうとは思ってます。多分、あの子と言葉を交わしたら冷静になれないとは思いますので、退散して遠くで待ってますよ」

「……すまない。気を使わせる」

「あー。悪い、あんま待たせないようにするわ」

「いいえ、お構いなく。あ、でも隊長、ヘリの鍵はくださいませんか? 荷物回収ついでにヘリで待ってますので」

 

 そして西住姉とその弟に謝られたエリカは、苦笑いをしながら小さく肩を竦める。

 西住みほという“元親友”に対する敵意は変わらずに存在する一方で、彼女と家族の間柄は良好であってほしいと願っている自分の感情に、本人自身もどこか可笑しさを感じているようだ。

 

 ―――『自分だけの戦車道』。

 ダージリンに言われた内容。ケイが語った、“正史”では鼻で笑った内容。それらを受けて、彼女なりに思うところがあったのかもしれない。

 

 『ギッタンギッタンにしてやる』という戦意と敵意は一切減ずる事なく持ったまま、しかしその方向性が定まらずに暴走していた時とは違い、周囲との関係性の変化と受けた影響から戦意と敵意に方向性が付き始めている。

 『私は何も言わずに置いていかれるほどに、貴女にとって軽い存在だったのか』という慟哭にも似た親愛と裏返しの敵意を、「戦車道」という枠組みの中で全力で叩きつけ、相対と返答を求めるという方向性が。

 

 元より、逸見エリカという少女にとっての「戦車道」は、「西住」と切っても切り離せない。当人達すら覚えているのかいないのか、幼い頃に戦車で遊んでいた西住姉妹と、まだ戦車に興味を持っていなかった幼い頃のエリカが出会っているというのだから、運命レベルで筋金入りだ。

 故に、ダージリンに言われたような『自分だけの戦車道』を探すならば―――まほの戦車道を軸とした形にするにしろ、それ以外の形を模索するにしろ、西住みほという少女との相対こそが鍵となると。そこまで明確に言語化出来ているわけではないが、エリカは本能レベルで感じていた。

 ―――この変化が、全国大会の決勝においてその試合の流れに大きな“うねり”を齎すのは、まだまだ先の話。全国大会という期間において、宮古修景という少年の存在が間接的とはいえ発生させた様々な変化が、試合の流れそのものに直接影響するのはその一戦ただ一つ。様々な影響は、つまりはその一戦に収束する事となる。

 

 しかし―――

 

「んじゃま、サクッとみほに挨拶して戻るか。あー、写真とか撮れるかなぁ」

「勝利記念に、大洗のチームの撮影か?」

「いや、大洗と待機場所近い筈のサンダースの隊長さんがまだ居たならば是非とも。生足が写るように」

「修景、恥ずかしいからその男子校ノリやめろ」

「宮古先輩、もはや先輩相手にこの単語を何度言ったか分からないのですが、セクハラです」

 

 ―――現時点では、その流れは誰にも分からず。ある意味では変化の“起点”となる宮古修景という少年は、並んで歩く姉と後輩にジト目で突っ込まれ、『うぐっ』と気まずそうな声をあげるのみ。

 それでも何か反論しようと口を開きかけたところで、しかし歩きながら会話していたが故に、いつの間にか随分と近付いていた大洗女子の待機場所から、何事か声が聞こえてくる。

 

「麻子さん!?」

「何やってるのよ麻子!?」

「……泳いで行く……!」

 

 その声の主―――修景らから見えたのは、大洗の『あんこうチーム』の面々。つまり、西住みほが隊長を務める車両の搭乗員達だ。

 その中に元親友(西住みほ)の顔を認めて、エリカが『しまった』とでも言うべき表情を浮かべたのも束の間。小柄な黒髪の少女―――冷泉麻子が、靴と靴下を脱ぎ捨てたのが黒森峰の隊長副隊長+1名の目に映る。

 

「……勝ったからって、テンション上がってひと泳ぎするつもり?」

「いや、そういう空気じゃないぞ。何事だ、あれは」

 

 麻子を必死に止めようとしている周囲の少女たちと、ただごとではない様子で彼女らを振り払おうとする麻子。やはり大洗に隔意があるのか、懐疑的な意見を呟きながら、眉を顰めたエリカ。その横で、そのような浮かれた空気など一切ない緊迫感を感じ取ったまほが、緊張感を帯びた声を発する。

 何を思ったか、麻子は靴と靴下どころか制服も脱ぎだそうとして、周囲に止められる有様だ。切羽詰まった表情に、浮かれた要素は欠片もない。むしろ焦燥から冷静さを失っているようにすら見える。

 

 まほは幸い、『あんこうチーム』の面々とは悪くない形で面識を持っている。なにかトラブルが起きたならば、状況を聞くべきか。しかし、エリカは彼女自身も言っていた通り、みほとは顔を合わせにくいだろう。

 どうするべきか。黒森峰の隊長にして、西住家の長女が逡巡し―――

 

「……生足」

 

 ―――とりあえず、麻子の足を見て脳から直接出力したとしか思えない感想を呟いた横にいる弟に向けて、肘を叩き込んだ。走る際に腕を振るような要領でブチ込まれた右肘は、身長差もあって修景のみぞおち辺りにクリーンヒットする。

 

「おフッ……!!」

「お前空気読め弟。エリカ、コレの処分を任せて良い?」

「え、嫌ですよ私。この暑いのに……」

「おい待て逸見さん、寒ければ良いのか……!!」

 

 身体を『く』の字に折るようにして悶絶する修景を挟んで、どうしようもない押し付け合いを開始する黒森峰の隊長と副隊長。

 別に隠すわけでもなく声と物音を立てていたので、どうやら『あんこうチーム』の面々も黒森峰側に気付いたようだ。

 

「お姉ちゃん!? お兄ちゃんと、エリカさんも……」

「……みほ、何事だ?」

「あの、麻子さんのお祖母ちゃんが、倒れて、病院にって……! 今、電話が……!」

「落ち着いて麻子! 学園艦まで泳いで行けるワケ無いでしょ!? 華、撤収の段取りを会長に聞いてきて! 私は麻子を押さえてるから―――っ!」

 

 とはいえ、気付いてもそちらに反応したのはみほと、目礼をした華くらい。沙織と優花里は二人がかりで麻子を止めており、麻子はそもそも黒森峰勢+1に気付いたのかすら怪しく、なんとか沙織と優花里を振り払おうと暴れている。

 沙織が大慌てで指示を飛ばし、まほが聞いた内容から状況を理解・推察し。何か言おうと口を開く前に―――しかし、別の動きと音が先に来る。

 

 パァンと、甲高い音と共にみほの身体が小さく揺れる。まほの横を走り抜けるように前に出たエリカが、怒りの表情のままに平手でみほの頬を張ったのだ。

 西住姉妹含め、その場の全員が思わず硬直する。一瞬後に状況を理解した沙織が、麻子を押さえながらもエリカに怒りの目を向けた。そして、『そんな事している状況じゃない』と怒鳴りつけようと口を開いた彼女だが、その前にエリカの声が響き、沙織は言葉を止めることになる。

 

「しっかりしなさい! 貴女、去年まで黒森峰に居たんでしょうが! ヘリあるのは知ってるでしょ! オロオロする前に隊長に連絡するとか―――ああ、もう良いわ! イライラする!」

「え、あ、エリカさん……」

「隊長、鍵ください! ヘリ持ってきます!」

「……そうだな、それが良い。頼む、エリカ」

「はい! ―――宮古先輩、段取りお願いします!」

「ん、了解」

 

 全力でハタきに行ったというわけではない、気付けの一発。頬を張られたみほが目を白黒させる前で、エリカはまほに声を掛けて黒森峰所有のヘリコプターの鍵を受け取り、修景にも一声掛けて走り去った。

 本人の言葉通り、黒森峰女学園の所有するヘリコプターの置き場所へ向かうのだろう。その背を大洗の面々が―――泳いで行くと主張していた麻子すらも、呆然として見送ってから。場の空気を総括するように、エリカから段取りを任された修景が2,3度と手を打ち鳴らす。

 

「ハイ注目。とりあえず、大まかな事情は分かったんで、逸見さんの言う通りヘリあるならそれに頼る感じで。まほ、操縦どうなってんだ?」

「ああ、それはエリカが免許を持っているから担当して貰った」

「んじゃそのまま逸見さんに任せて大丈夫、と。学園艦所有のヘリなんだったら、使用に関しては黒森峰側に連絡要るよな。そっち任せた」

「分かった。こちらは問題が無いように手配しておく」

 

 そして、修景の指示を受けたまほが、スマホを取り出して少し離れ、電話を開始する。学園艦所有のヘリを動かすのだから、連絡先は黒森峰の職員か。

 正しい意味で打てば響くという調子で話を進めるみほの姉と兄。妹絡みの結託モードだ。そうではない場合、クロスカウンター的な意味での『打てば響く』が発生する。

 

 ともあれ、今度はその流れに思考が追いついていない様子の大洗の面々へと、修景は声を掛ける。

 知らなかったとはいえ家族が倒れて大変な事になっている人に『生足』という感想を発言した申し訳無さが2割程度、エリカから場を任されたという責任感が同じく2割程度混ざっているが、元より宮古修景という少年が、事情を知ったならばこの状況を放置できる性質の人間ではない。

 加えて彼自身、何かしらの突発的なトラブルへの対処能力は高い部類だ。動き出しに迷いは無い。

 

「次、大洗側。挨拶とか抜きで話進めるけど、病院の名前教えてくれ。ヘリの発着に関しては大洗の学園艦に先に連絡入れとかんと、着陸場所も決められんだろうし。出来るだけ病院の近くの場所に降りれるように話を進めたい。逸見さんが来たらすぐ動けるよう、学園艦の方に連絡して段取りしとこう」

「……お兄ちゃん。その、エリカさんは―――」

「うむ、平手が飛んだのは驚いたが、まぁ今回ばかりはヘリのレンタル料という事で許したってくれ。俺からも後日『暴力はダメ』と言っておくが、当座は後回しで頼む」

 

 理解が追いついていない様子のみほが発した言葉については、修景の側から一旦ストップ。彼はそのまま視線を巡らせ、靴と靴下を脱ぎ捨てたままの、男子高校生としては微妙に目のやりどころに困る格好になっている麻子へと声を掛ける。

 

「冷泉さん、だよな。病院の場所とか―――いや、こういう時には当人は冷静になれないか。誰か冷泉さんと親しくて、事情とか分かる人居る?」

「あ、私分かります! 麻子のお祖母さんが通ってる病院も!」

「ナイス武部さん。何人も乗れないだろうし、ヘリは冷泉さんと武部さんが乗ってく感じで。そんじゃ、学園艦に連絡して段取りしちまうから、病院の名前と住所教えてくれ」

 

 『あんこうチーム』の中では、みほに次いで修景との接点が多い沙織が手を挙げ、修景が軽く手招き。まほ同様に面々の輪から少し外れた所でスマホを取り出す。

 所々で沙織に質問をしながらも、手早く大洗の学園艦を管理する部署・職員へと繋がる電話番号を調べ、電話を開始。端的に要件と事情を説明する流れに淀みは無く、学園艦という大所帯を管理運営する職員(受け手)側の慣れもあってか、ヘリでの送迎の段取りがトントン拍子に決まっていく。

 

「……いきなり平手打ちが来た時には、この状況で戦車喫茶での言い争いの続きを始めるつもりかと思いましたが。どうやら、今回はあの方に頼らせて頂くしかないみたいですね」

「冷泉殿、ヘリが来る前に持っていく私物があるなら纏めておいた方が……。あ、それと靴と靴下も履いた方が!」

「……うん」

 

 華が困ったような声をあげ、優花里が脱ぎ散らかされた靴と靴下を麻子に差し出し、受け取った麻子が未だに困惑した様子ながらもモソモソと靴下と靴を装着し始める。

 そして、みほは周囲の面々の反応を見てから、泣きそうな顔で小さく呟いた。

 

「ご、ごめんなさい。そっか、お姉ちゃんに連絡すればヘリって手が……」

「いえ、混乱して思いつかないのは無理もないかと。それに、黒森峰とみほさんの関係は伺っています。……それに、戦車喫茶でああまでやり合ったあの方が、真っ先に動いてくださるなんて……」

「これも戦車道よ。……などと、本当はエリカには私が示すべきだったのだろうけど」

 

 思わず自責で落ち込んでいくみほ。その自責を横合いから華がフォローしていた所で、苦笑交じりのまほがスマホを懐に仕舞いながら戻ってきた。

 彼女に対し、華は居住まいを正して丁寧に一礼する。

 

「ありがとうございます。なんとお礼を申し上げたら良いか……」

「今も言った通り、これも戦車道よ。……戦車道というのはただの競技ではなく、礼節や淑やかさ、慎ましさなどの精神性を育てる武道でもあるのだから―――こういう時に助け合うのは当然のこと」

 

 小さく頭を振って、まほは華の言葉に応じ―――しかし目線は、妹であるみほの方へ。困ったような、優しいような、そんな目を向けながら言葉を紡ぐ。

 

「……エリカが怒っていたのは、“また”頼られなかったと思ったからだと思う。今回は焦って思いつかないのも無理もないし、手を出すのは頂けないけど」

 

 なお、数分前に弟相手に肘を出したことはおくびにも出さない。

 

「でも、あの子が自ら助けようと動いたという事は、忘れないであげてほしい。……今すぐは無理でも、ちゃんと向き合って話せる時が来ればいいと思う」

「……うん」

 

 不器用に、言葉を選びながら話す姉。同じく不器用に、言葉少なに頷く妹。

 その西住姉妹の声をかき消すように、遠くからヘリの羽音が響き始め、黒森峰学園の校章が機体にプリントされたヘリが姿を現した。

 

「……これ以上は蛇足だな。一回戦、勝利おめでとう」

「……ありがとう。お姉ちゃん」

「……ん」

 

 降下してくるヘリを見ながら、西住姉妹はその会話を終わらせる。

 大洗は一回戦を終えて学園艦へと撤収し、黒森峰は二日後の試合までこの辺りに滞在する。姉妹の次の直接対話は随分と先の話になるが―――この時、両者は小さく笑いながら、家族の会話を終える事が出来たのだった。

 

 

□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 ヘリのプロペラの羽音で会話もままならない中。それでも謝意を示そうと、麻子と沙織は友人の姉に対して深々と一礼してからヘリに飛び乗った。

 搭乗口が閉まり、ロックが掛かると同時にヘリが上昇を開始する。地上から心配そうに見上げてくる友人たちが、沙織と麻子の視点で見るとどんどん小さくなっていく。

 

「……麻子。大丈夫だからね。お兄さんが段取り過程で病院にも電話してくれたけど、少なくとも命に関わるとかじゃないみたいだから」

「……ん」

 

 座席に座りシートベルトを閉めながら、沙織は隣に並んで座る幼馴染へと安心させるように声を掛ける。

 感情が表に出辛い冷泉麻子という少女が、ああまで取り乱すのは珍しい。しかし、幸いにして今はある程度落ち着いている。

 

 なお、患者の家族以外に患者の状態を伝えるのは当然ながら不味いのだが、電話口で『今、ご家族がヘリで行きます』という内容を伝えられてぶったまげた病院側が、『え、命に関わる病状ではないのですが……』などと修景相手に口を滑らせた形だ。

 麻子も最初に電話を受けた際に同じような内容を伝えられていた筈なのだが、お祖母ちゃんっ子の麻子は心配と驚愕で頭が塗り潰され、冷静な彼女らしからぬ事として、その部分が頭に入っていなかった様子である。

 

 そうして、一番の懸念である麻子の祖母の容態が、未だ心配ではあるものの最悪の事態ではないと分かったならば。次に沙織が気になるのは、麻子でも自身でもない、機上の第三者。

 多芸なことにヘリのパイロットも務めている逸見エリカ。―――抽選会の日、戦車喫茶で沙織や麻子と派手にやり合った少女だ。

 

 一連の経緯から、エリカ相手には怒りと隔意のないまぜになったようなものを自覚している沙織であるが。その一方で、彼女こそが真っ先にヘリの使用を言い出して、大洗の面々を助けようとしてくれた事も事実であり、どう声を掛けて良いのか分からないというのが正直な評価である。

 しかし、大洗の学園艦の地理など、エリカも細部はわからないだろう。修景が学園艦側とやり取りして決めたヘリの発着ポイントを伝えるためにも、どこかで言葉は交わさなければならない。

 であれば後でも先でも同じだと、ヘリ内部でも響くプロペラ音にかき消されないように、沙織は意を決して大声でエリカに話しかけた。

 

「あの! ……ありがとう。麻子の為に、ヘリまで動かしてくれて」

「……別にその子の為じゃないわ。これも、戦車道でしょ」

 

 戦車喫茶の一件から噛み付くような返答を覚悟していた沙織は、どこか歯切れが悪いエリカの言葉に首を傾げる。

 否、歯切れが悪いというより―――今の逸見エリカという少女の声音は、どこかバツが悪そうなのだ。お喋り好きで他人の機微に敏い沙織は、エリカのその様子を敏感に感じ取っていた。

 

「……何か気になるの?」

「……………。伝言、届いてなかった? 宮古先輩から、みほを通して、貴方達に」

「……あー、と。アレね」

 

 戦車喫茶での一件の後、抽選会の夜に同じビジネスホテルに泊まった修景とエリカは会話を交わしている。その際に、エリカはみほ“以外”の『あんこうチーム』の面々に対しては、伝言を介してだが控え目な謝罪を送っていた。

 一応、それ自体は届いてはいたのだが、

 

「ごめんなさい。正直、額面通りに受け取れなかった。お兄さんかお姉さんに何か言われたから送ってきたんじゃないかって」

「無理も無いわよ。貴方達にぶつけたのは、私がみほに向ける怒りのとばっちりだもの。そんなもの初対面で向けてきた相手に、伝言越しで謝られてもね」

 

 エリカ自身の感情の整理がついておらず、伝言越しの謝罪。加えて、みほ当人への謝罪は無し。故に大洗側も、彼女の謝罪を額面通りに受け取れず―――唯一みほだけは、エリカの擁護に回っていたが―――今に至るわけだが。

 当の逸見エリカは、ヘリの操縦という業務に集中するために前を向いたままである。しかし、それでも非常にバツが悪そうなのが表情を見ずとも声音だけで伝わってくるような様子で言葉を続ける。

 

「でも、悪いと思っていたのは本当。みほに対して怒っているのも本当。……あの子をギッタンギッタンにやっつけるのを止める気は無いけど、貴方達にはとばっちりを受けさせたな、って。これで罪滅ぼしになるとは思えないけど……」

「ううん。こっちこそ、素直に受け取れなくてごめんなさい。……でも、みぽりんの事、まだ怒ってるの? 黒森峰が十連覇を逃したって……」

「十連覇とかはどうでも良いの。……私があの子に怒ってるのは、また別のこと。色んな理由があって、私も全部整理が付いてるわけじゃないけど。でも、どれにしても貴方達には良くも悪くも無関係な話。貴方達相手にあんな言い逃げをしたんじゃ、みほを責めてた先輩方と変わらないって―――宮古先輩に言われて、気付かされたわ」

「……そっか」

 

 言われた言葉に、沙織は小さく応じるのみ。逸見エリカという少女が抱いている西住みほへの敵意に対し、思うところが無いと言えば嘘になる。もし、エリカがみほ相手に喧嘩腰の言葉を向けたならば、沙織はその時は再度みほ側に立って論陣を張るだろう。

 しかしその一方で、逸見エリカがみほに抱いている感情は複雑で、悪意や敵意“だけ”ではないというのも、彼女の言葉を聞いた沙織にはなんとなしに感じ取れた。故に、沙織が選んだ選択は保留。小さく溜息を吐き、話題を意図的に少しズラす事。

 

「伝言受けた時もお兄さん経由だったけど―――お兄さんと、仲良いんだ?」

「……どうなのかしら。でも、ホテルで先輩から言われなければ、貴方達にまだ理不尽な怒りを向けていたかもしれないわ」

「ステイ」

 

 そしてズラした先で出てきた文言(爆弾)に、思わず沙織はストップをかける。

 エリカは決して口達者な方ではない。だが、それはそれとして言葉選びが不味すぎた。『抽選会の夜に、同じビジネスホテルの別の部屋に泊まった』という内容が、単語の欠落から、解釈次第ではとんでもない内容になる発言に化けて出たのである。

 恋愛大好きの沙織であるが、唐突に投げつけられた爆弾発言に対し、恋バナに食いつくと言うよりは恐る恐るといった様子で確認にかかる。

 

「……お、お兄さんと……ホテル、行ったの?」

「え? ええ。一泊だけだけど」

「うわぁ……」

 

 年頃の男女がホテルで一泊。

 この内容に対し、恋愛的というよりは肉体関係的なものを想像したのは、恋愛脳の沙織が悪いのか、はたまたエリカの言葉選びが悪いのか。

 

(―――みぽりんの実家周り、どんだけ人間関係複雑骨折してんの!?)

 

 恋に恋して舞い上がるどころか、気分は爆発物処理班である。恋は恋でも女の子が憧れる恋愛のステージをカッ飛ばし、いきなり慎ましさの欠片も無く肉体関係を暴露された(※誤解)沙織は存分に混乱する。

 

「……おばあ……」

(あ、うん。麻子聞いてない! これ聞いたの私だけか! 聞きたくなかった!)

 

 ―――婚活戦士ゼクシィ武部改め、爆発物処理班ゼクシィ武部。

 何故このタイミングでこんな話をしたのか含め、エリカと修景に事実確認をせねばなるまいと覚悟を決める。友人のご実家回りの問題の状況へ向かい合う―――というか相手方の暴露で向かい合わされる沙織の心境は、恋バナに飛びつくのとは全く違う、『妙な噂が流れないようにしないと……』という悲壮感溢れるものだった。

 

 後に逸見エリカ、冷や汗流しながら真顔で語って曰く。

 

『私の発言から来たあの勘違いを操縦中に言われていたなら、ヘリ墜ちてたかも……』

 

 危機一髪であった。




この勘違いの顛末はまた次回。

次回更新予定は一週間後です。


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少女、肉じゃがを食す

 冷泉殿の祖母様の入院先、アニメ本編の描写を見るに、西住殿らが見舞いに行った段階では本土の病院っぽいんですよね。
 しかしWOTのコラボ漫画の印象から、冷泉殿の祖母様は学園艦に居るイメージがあった謎。なおコラボ漫画での『おばあの認識:WOT=英会話ツール』。
 間違ってはいないが……。

 ともあれ、入院先の病院の事とか、ちょっと描写や流れの整合性付け含めた部分あり。


 冷泉久子。冷泉麻子の祖母。高血圧で倒れはしたが、重篤な症状は見られず搬送先の病院で入院中。投薬された薬の副作用もあり、深く眠っている。

 彼女は麻子にとって唯一の肉親であり、この世で最も大事な相手である。カクシャクとした気の強い女傑であるが、歳には勝てずにここ数年は数度の入退院を繰り返している。

 

 夜の病室。ベッドで眠る小柄な老婆の横に座り、麻子は静かに佇んでいた。

 確かに病室は集中治療室などではなく一般病棟。仮に何やら妙な機械やら管やらが繋がっていれば、麻子も気が気ではないのであろうが。そういったこともなく、ただぐっすりと眠っているだけに見える祖母に、どうやら彼女も本来の冷静さを幾分かは取り戻したようだ。

 

 そしてその背後。病室のドアが小さくノックされ、安い扉が軋む音を努めて抑えるように四苦八苦しながら、沙織がドアの隙間から覗き込むように顔を出す。幼馴染の祖母が寝ていることを確認すると、音を抑えるために更に四苦八苦しながら、ゆっくりとドアを開ける。

 本来であれば面会時刻を過ぎているものを、ヘリで駆けつけた経緯から勢いで面会を許されている状況がゆえ、それを理解している沙織は麻子の横に来てから、努めて小声で小柄な幼馴染へと話しかけた。

 

「麻子。一応、明日に学園艦が寄港した時に、精密検査のために本土の病院で診て貰うって。お婆ちゃん、こういう時じゃないとそういうの嫌がるからって主治医の先生が」

「……沙織」

「麻子、ついていくでしょ? みぽりんとか会長とか、必要なトコ伝えておくから。麻子はお婆ちゃんについててあげて。あと、逸見さんの方もどうにかしないと」

「どうにか……あ、今から帰ると夜間飛行になるのか。どこかに泊まるとか……」

 

 ―――それもあるが、もう一つ特大の地雷がある。

 沙織の目がちょっと死んでいたが、月明かりに照らされた暗い病室ということもあり、麻子は幼馴染のその様子には気付かなかった。

 

「うん、まぁ……。こっちの都合で無理させちゃったわけだし、私の部屋で良ければお金も掛かんないし。こっちはこっちでなんとかするから」

 

 ―――こんな状況の分からん内容、麻子のお婆ちゃんに伝えたらあらゆる意味で何が起きるか分からない。

 そんな言葉を飲み込みながら、沙織は低血圧の幼馴染とは逆に、血圧が上がりやすいその祖母を小さく見やった。何が起きるかは分からないが、少なくとも状況を好転させるような流れは発生しないだろう事は予想できた。

 

 冷泉久子という人物は、気が強く口が悪いが、決して悪人ではない。麻子の事も散々に貶すが、その内実は愛想が無く友人関係が乏しい、ある種の浮世離れした生態を持つ孫を心配しての事だ。

 だが、正論を大上段から攻撃的に叩きつける傾向がある彼女をこの問題に巻き込んだ場合、血圧上昇からの病状の悪化含めて、あらゆる意味で多方面に惨劇が予想されるのである。

 

「……じゃあ、麻子。病院の外で逸見さんも待ってるし、私はそろそろ行くね。連絡とか、必要なことはやっておくから」

「……沙織。ありがとう」

 

 小さな声で、俯きながらも幼馴染が言った言葉。それに対して武部沙織は、笑みを―――儚げな笑みを浮かべて、同じく小さな声でこう返した。

 

「骨は拾ってね」

「うん?」

 

 首を傾げる麻子を残し。軋む病室のドアを閉じ、武部沙織の出陣であった。

 

 

□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 病院の外に出た沙織を待っていたのは、黒森峰の制服のままの逸見エリカ。色素の薄い髪を月明かりに煌めかせ、ツリ目がちだが整った美貌と合わせ、妖精のような印象を抱かせる核爆弾(ボンバーガール)(※沙織視点)が病院前のベンチで座っていた。

 横には旅行用のショルダーバック。ヘリそのものは学園艦のヘリポートに預け、旅行用の荷物をヘリから持ってきた形だ。着替え、財布、その他一式が揃っており、幸いにして宿さえ探せば一晩大洗で過ごす程度は支障はない。

 

「お疲れ様。大変だったわね」

 

 社交辞令的な言葉に、まさか『ここからが本番です』と返すわけにもいかず。沙織は今日何度目か、言いかけた言葉を飲み込んで別の言葉を脳から検索。今この場で爆発物処理を開始するわけにもいかないので、意図的に外していく話題選びを脳内から抽出して口に出す。

 

「そっちこそ、大変じゃなかった? 九州から遠出してきた上にヘリの操縦とか」

「まぁ……疲れたと言えば疲れたけど。はぁ、宿探さなきゃ」

「お小遣い、大丈夫? 元々泊まる予定だった宿のキャンセル料とかも要るんじゃない? 黒森峰の試合、そう何日も離れていない筈だったと思うから……多分、試合会場近くで連泊する予定だったんでしょ?」

「……『人助けです』って事情話せば、お母さんから追加出資出ないかな」

 

 横に置いていたショルダーバックを『よいしょ』と背負いながら立ち上がり、渋面を作るエリカ。どうやら、お小遣いの不足はどこの学生も変わらず抱える問題であるようだと、沙織は初めて逸見エリカという少女に対して親近感を覚えた。

 そして同時に、爆弾処理という意味ではある意味で切り込みどころ。ビジネスホテルでも探しに行くつもりの様子のエリカに対し、沙織は笑顔で声を掛ける。その笑顔は爆弾処理というか事実確認の為の引き止め目的の営業スマイル部分もあるが、幼馴染の為に骨を折ってくれた相手に対する自然な善意も多くを占める。

 

 西住みほという友人に対する暴言に対して思う所があると同時に、麻子の家族の非常事態に率先して動き、こうして大洗までヘリを操縦して連れてきてくれた相手でもあるのが、逸見エリカという少女だ。

 沙織にとって西住みほと冷泉麻子のどちらが重いという話ではない。どちらも大事な友人だ。事の軽重というよりは、恩が出来て多少は話した相手に対し、隔意と敵意を持続させ続けられるほどには、彼女は攻撃的な性格ではないという事だ。むしろお人好しで世話焼きな性質と言って良いだろう。

 もう一度みほに対する暴言が出た場合は躊躇いなくエリカと敵対・相対するであろうが、少なくとも現状では、沙織の中からエリカに対する敵愾心は薄れていた。

 

「ね、それなら私の部屋に泊まる? お礼になるかどうか分からないけど、食事くらい作るよ?」

「……馴れ合うつもりなんて無いわ。勘違いしないで」

「困った時に助け合うのも戦車道、みたいな感じの事をみぽりんのお姉さんも逸見さんがヘリ取りに行った辺りで言ってたらしいし。実際助けてもらったわけだし」

「隊長が?」

 

 そして、沙織に言われた言葉に対し、エリカが目を丸くする。言われた内容は沙織の言葉通り、エリカが耳にしていない場所での会話。修景と一緒に学園艦側へのヘリ受け入れ準備の要請をしていた沙織からしても、華からの又聞きとなる内容であるが。

 それを聞いたエリカは、小さく溜息を吐いて苦笑する。

 

「こうする事が私の戦車道だ、なんて思って動いたけど。やっぱり、まだまだ隊長の後追いかしらね。私は」

「……後追い? みぽりんのお姉さんの?」

「ええ。戦車道とはどういうものか、なんて話を別の学園艦の隊長さんとする機会があって。ただ隊長の戦車道をなぞるんじゃなく、自分なりの規範というか―――どういう“戦車道”を自分がやりたいのか。そういう話。みほも、サンダースの隊長と何か話してたでしょ」

「……逸見さんの“戦車道”は、あそこで私達を助けてくれる事だったの?」

「うーん……あー、なんか調子狂うわ。武部さん、ガンガン切り込んでくるわね。こっちだって今日その話をしたばかりなんだから、そこまで言語化出来てないってのに」

 

 重ねて、溜息。戦車喫茶の時のカミツキワニのような刺々しさからは想像できないような、柔らかな微苦笑を浮かべてエリカは肩を竦める。

 逸見エリカという少女に対し、宮古修景という少年の存在が齎した影響は色々とあるが。“正史”との差として分かりやすいのが、みほ以外の大洗の面々に対する態度の軟化であろう。

 元々の性格もあって、世間一般には『柔らかい』とまでは言えない対応ではあるが。それでも、整理できない感情を我武者羅に叩きつけるわけでもなく、同年代の少女同士の、存外普通な会話が成立する。

 

「ま、良いわ。泊めてくれるなら、世話になっていい? ……なんか毒気抜かれちゃった」

「信管も抜けてくれると良いなぁ」

「何よ、人を爆発物みたいに。……いや、戦車喫茶でのアレは悪かったけど……」

 

 『ごめんってば』とバツが悪そうに呟くエリカ。そのエリカを先導するように、学園艦にて一人暮らしをしている自宅へ向かって歩き始めながら、沙織は思った。

 

(―――その問題じゃないんだよなぁ)

 

 誤解、未だ解けず。修景の方へと『逸見さんから聞いた』とは明かさないまま、遠回しな事実確認のメールを手早く送りながら、爆弾処理班の心境で沙織は自らの住居へとエリカを案内する事となった。

 

 

□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

美味(うま)っ! 何これ、武部さん料理上手ね……」

「えー? やだもーっ! 良いお嫁さんになれるだなんて!」

「いや、それは。そこまでは」

「肯定してよ!? なんでそこでストップ掛けちゃうの!? 今、普通に褒める流れだったよね!?」

 

 ―――二時間後。

 元々、大洗女子の戦車道チームきってのコミュ強者である沙織は、学生寮という名目の実質的なマンションである自室にて、肉じゃがを中心に栄養バランスの良い食事が乗ったテーブルを挟んで、エリカと意外と打ち解けた会話を交わすまでに至っていた。

 話す切っ掛けも無かった“正史”と違い、話す切っ掛けさえあれば武部沙織という少女は誰とでも、そして素早く仲良くなれるタイプの人当たりの良さを持っている。

 

 なお、他の学園艦ではどうなのかは分からないが、大洗では住宅街において空き家になった物件を学園艦が借りて『学生寮』としているので、学生寮という名前に反して内実としては場所も種類も統一性がない。

 一軒家もあれば、沙織が借りているような1LDKのマンションもある。年頃の女子高生らしく洒落ているが、一方でよく片付けられた内装のマンションは、部屋の持ち主である彼女の女子力、或いは嫁力とでも言うべき能力の高さを思わせる物であった。

 

 最初に部屋に入った時には、エリカも洒落ていながらも片付いた部屋に素直に感心したものだが―――部屋を見回して目についた、本棚にズラリと並んだ結婚情報誌のバックナンバーが嫁力に対する強烈なデバフ感を主張しており、沙織の『良いお嫁さんになれる』という発言に対しての素直な肯定に対する差し障りを現在進行系でエリカに与えている。

 別に結婚情報誌が悪いわけではない。ないのだが、女子校の高校二年生の家でバックナンバーまで圧巻の揃い踏みを見ると、激しく場違いな違和感と瘴気を感じてくるから不思議である。

 

 ちなみに。生真面目かつ気の短いエリカは、ただ食事が出来るのを待つという事が落ち着かず。結局自分も手伝うと主張したため、料理自体は二人がかりで仕上げたものだ。『あんこうチーム』の面々で料理をした時の惨劇を思い出し、最初は警戒していた沙織だが、エリカは苦にする様子もなく存外器用に野菜の皮むきなどをこなしていた。

 とはいえ、味付け等のメインを担当したのはやはり沙織。普段のコンタクトレンズ姿ではなく、アンダーリムの眼鏡を付けた自宅モードの彼女の作った料理には、エリカとしても感心するばかりである。味も良ければ手際もいい。瘴気を放つ結婚情報誌の束さえ無ければ、『良い嫁になれる』は全肯定をしても良いくらいだ。

 エリカはその瘴気を放つ一角(結婚情報誌の群れ)から意識的に目を背けながら、圧力鍋で手早く味を染み込ませた目の前の肉じゃがを一つ、二つと口に運んで舌鼓。

 

「まぁ嫁云々はともかく、実際凄いわ。この肉じゃがとか絶品。教わったコツとか、今度試してみようかしら」

「いやぁ、男を落とすにはやっぱ肉じゃがだからねー」

「……そういうものなの?」

「雑誌のアンケートにも書いてあったんだもん。皆には都市伝説とか言われて否定されたけどっ!」

「女性向けの雑誌のアンケートだったら、それって回答者女性なんじゃない? 女性が描く男性の好きそうな食べ物のイメージ、って感じの」

「…………………あっ」

 

 硬直する沙織。そして黙々と、ただし美味しそうに頬を緩めながら箸を進めるエリカ。

 バレーやサッカーなどとは方向性は違うが、戦車道はやはりスポーツだ。相応に体力を使うそのスポーツに対し、一途に邁進している一種のアスリートと言えるエリカは、同年代の女子にしては中々の健啖ぶりを見せて食卓を攻略していく。

 そんなエリカに対し、口を尖らせ拗ねた様子の沙織が声を掛ける。

 

「……美味しく作れるようになったのは女子力的な意味でマイナスにはならないしぃ。あと、失礼だけど逸見さんが普通に料理出来たのが意外。ウチのチーム、みぽりん含めて皆あんまり出来なかったから」

「あぁ……。私もあの家系、伝統的に出来るイメージ無かったから、宮古先輩から隊長とみほの御母様が料理できると聞いて驚いたわ」

「……宮古先輩。みほのお兄さんだよね……」

 

 そして、会話の流れで出た名前に対し、爆発物にでも触れるような慎重さが滲んだ言葉を沙織が呟く。あの結婚情報誌の山と女子校という環境から、何かしらの食いつきを警戒していたエリカは内心で首を傾げた。

 どう見ても奥手なタイプである赤星小梅という同級生ですら、修景とエリカが小まめに連絡を取り合っていると知ったときには憧れ混じりの興味を見せたくらいだ。眼前の少女のようなタイプであればペットボトルロケットか何かのような勢いで食いついてくるかと思っていただけに、逆に沙織側が警戒心すら滲ませた様子の反応を見せたことは、エリカからすれば肩透かしであると言えた。

 ヘリの操縦中の自分の発言が遠因である事や、その発言が聞き方次第ではドえらい内容であった事については、操縦の方に集中していたこともあって、エリカ本人はこの段階では幸か不幸か気付いていない。

 

「……宮古先輩相手に肉じゃがが効果あるかどうかは、知らないわよ?」

「別にいいです」

 

 そして、探るように呟いた言葉に対して、かぶせるような勢いで叩き付けられた冷や汗すら滲んだ否定に、更に内心で首を傾げる逸見エリカ。

 沙織の方からすれば、憧れているのは甘い恋愛であってドロドロの昼ドラではないのだ。何やら凄い拗れてそう(※沙織主観。誤解)な人間関係に、好んで鞘当てをしに行くつもりは毛頭無かった。

 ただし友人絡みの事ではあるので状況確認はしておきたいと、丁度話題に乗った今が爆弾処理のタイミングかと考え、言葉を選びながら慎重に―――ただし誤解が無いように直截な質問を投げかける。

 

「……むしろ、逸見さんとお兄さんのご関係は……?」

「え、いや。みほの転校の後で、それ絡みで隊長を訪ねてきた時に知り合って……。それから、色々と隊長やみほの関係で連絡とか取るようにはなったけど……」

「……お付き合いなどは、されておられますか……?」

「してない、けど……。ねぇ、私もそういう経験ほとんど無いけど、この話題って恋バナとかそういう分類よね? 関係誤解されてる事について突っ込むより先に、貴方の醸し出す悲壮感に突っ込みたいんだけど……!?」

 

 完全装備の爆発物処理班の心地で、先程までは使っていなかった敬語すら使い、死地に向かうような雰囲気で質問攻めを開始する沙織。

 対するエリカは、これが一般的な恋バナなどの雰囲気ならば怒りか羞恥で顔を赤くして否定する内容であったが。しかし質問側の沙織が、切腹前の武士か何かのような悲壮感溢れる雰囲気で切り出して来る質問内容に、怒りや羞恥の前に困惑が先に来る形となり、エリカは彼女の視点での素直な返答を思わず返す。

 そして、返された返答に対して沙織が顔を覆って俯くものだから、答えたエリカとしてはもはや何が何やらである。俯いた武部沙織(爆発物処理班)からは、顔を覆った手の隙間から憐れむような哀しむような悲壮な声。

 

「ダメじゃん……。付き合ってないのにホテル行っちゃったとか、少女漫画とかで見るチャラ男に食べられちゃったパターンでしょ……。逸見さん、自分の事をもっと大事に―――っていうか私、お兄さんの事をもう真っ直ぐ見れないんだけど……」

「……は、はぁ!? ちょっと待って、食べられちゃったってなに!? なんでそういう話になってるの!?」

「だって逸見さん、私達に対する対応について、『ホテルで先輩から言われなければ』って……」

「ん?」

「ん?」

 

 悲壮な声をあげる沙織と、言われた内容に流石に顔を真っ赤にして怒鳴ったエリカ。両者は同時に互いの発言内容に疑問を懐き、鏡合わせのように食卓を挟んで首を傾げる。

 復帰、或いは疑問提起はエリカのほうが早かった。

 

「……えーと。それ、抽選会の夜にビジネスホテルの廊下で言われた内容なんだけど。その場には隊長も居たし、同じビジネスホテルに泊まったから……」

「……部屋は?」

「別々に決まってるでしょ!? なんでそんな勘違いするの!? 恋愛脳過ぎるでしょ!?」

「『仲良いのか』って聞いて『ホテル泊まった』って回答されたら、普通こうならない!?」

 

 そして疑問提起から、一気に爆発。顔を真赤に、眦を吊り上げて、食卓を叩くようにして半ば立ち上がりながら叫んだエリカ。ただし、対面の沙織も顔を真っ赤にして叫び返す。

 互いに遠慮無用の叫び合いは戦車喫茶の時と同様だが、内容の方向性(ベクトル)と深刻さがちょっと虚数方向に違い過ぎた。

 

「……ねぇ。確認したいんだけど、私そんなに勘違いされそうな言動してた?」

「……してたと思うなぁ。聞いてたの私だけだから、私主観だけど」

「…………今日、私が死んだら。死因は『自己嫌悪』って感じで書いといて貰える?」

「…………どこにその死亡診断書出せば良いの?」

 

 違いすぎるのは方向性(ベクトル)もそうだが、叫んだ後の対応も同様だ。あの時は両者ともに脳裏を駆け巡っていたのは怒りだったが、今回各々の脳裏を駆け巡っている成分は羞恥と脱力感と自己嫌悪の三身合体である。成分分量は互いに違うが。

 ぐったりした様子で、ただし顔を赤くして項垂れ、食卓の前に座り直すエリカ。その対面に、なんとも言えない半笑いのような表情で、沙織が同じく座り直す。勘違いさせた側、勘違いした側。前者は羞恥と自己嫌悪が強く、後者は虚脱に似た脱力感が強い。

 食事も途中であり、両者の間にある肉じゃがを中心とした温かい食事から立ち上る香りが鼻孔をくすぐるのが、またこの場の空気をなんとも言えない微妙なものとしていた。

 

「うん、まぁ……。コレ勘違いした私も悪かったんで、ゴメンって感じでどう? ほら、ヘリの操縦とかって集中力使いそうだし、会話の細かいニュアンスとか気にする余裕とか無かっただろうし」

「……お気遣いありがとう。あと、その勘違いは絶対にオフレコで……。変な噂になっちゃったら、宮古先輩にもご迷惑が……」

「……あー」

 

 なんとか場を纏めようと、努めて明るく沙織が会話を再開するが。エリカから懇願するように言われた言葉に、沙織の背に冷や汗が滲む。

 

 ―――そういえば、と思い出す。

 途中から並んで料理やら、ついでの雑談やらで盛り上がり、すっかり忘れかけていたのだが。婉曲な形とは言え、彼女はエリカを家に案内する前に、もう一人の当事者と言える修景に事実確認のメールを送っていた。

 あの後で現場に残っていた五十鈴華や、大洗側の責任者と言える角谷杏生徒会長に、事の経緯と当座は心配無いという内容を電話をしていた際に、そういえばスマホが振動していた気がする。

 

 柳眉を下げて懇願するような様子のエリカに対し、『ちょっと待って』と冷や汗混じりの言葉を向けてから、沙織は料理の間は手を付けていなかったスマホを取り出し、メール画面を開く。

 宮古修景からのメール―――2通。題名は沙織が送ったメールの題名に『Re』が付いただけの返信のものと、そもそも題名がない無題の2通。間に1時間ほど空いている事を考えると、恐らく焦れたか何かの理由で送ってきたものと考えられる。そして、題名からの内容の推察は全く不可能。

 

(―――逸見さんの言葉選びと私の勘違いだったんなら、ここで完結できれば良いんだけど。変に拡散していたら……!!)

 

 これ以上ややこしくなってくれるなと願いながらメールを開いた沙織は―――

 

「…………………。逸見さん、ゴメンね。流石に内容が内容で、お兄さんの方にもメール入れてたの。『こういう話を聞いたんですけど、事実ですか? 言ってた人に口止めしておいたほうが良いですか?』って。逸見さんから聞いたとは書いてないけど、逸見さんが他でもああいう発言してたら、それこそ言ったようにお兄さんの名誉に関わる問題になるから。お兄さんが望むなら、拗れないよう逸見さんに対して注意しなきゃ、とか考えて」

「……まさか、宮古先輩から何か?」

「何かっていうか……はい、これ」

 

 ―――呆れたような楽しむような。

 メールを読むうちに徐々に口角が上がり、先程までの悲壮な空気とは違って興味を隠しきれない表情で、沙織はスマホそのものをエリカに差し出す。

 顔を青くしたエリカの目に映ったのは、修景から沙織への返信内容。一通目をエリカの目が追い終わったのを確認してから、沙織は二通目を表示する。

 

『武部さん、まずその内容は他言無用で。あと、悪いけどその内容を言ってた奴と俺で直接話出来るようにしてくれないか? こんなん吹聴されてみろ。逸見さんが何言われるかとか、どんな目で見られるかとか、分かったもんじゃない。

 大洗からすりゃ、そりゃ思う所ある相手かもしれないけど、こんな噂流されて良いような人じゃない。みほの事もスゲェ心配してたし、今回真っ先に動いてくれたし、基本は良い人なんだよ。今は色々と整理ついてないみたいだけど、俺やまほがみほと会うのは後押ししてくれてるし。

 とにかく、放置できないから早めに返信くれ。ンな噂流した奴と、話付けさせて欲しい』

『早めにと言ったが、やっぱ可及的速やかに頼む。急かすようで悪いが、どうにも俺、まほが何事かあったのかと聞いてくる程度には苛立ってるらしい。まだ病院に居るのか分からんからメールにしとくが、明日までに返事来なければ朝9時頃に電話する』

 

 二通のメールを見終わって、エリカが目を白黒させているのに対し。

 今度こそは『恋バナ』に向けた興味を前面に出して、武部沙織が心底楽しそうに笑ってみせた。

 

「……ねぇ、逸見さん。実は、お兄さんからすっごい大事にされてない!? ない!? いや、あるよねこれ、やだもーっ!」

「……うっさい! ああもう、コレ、先輩にどう弁明すれば良いのよ……!!」

「本人と話ができるようにって頼まれてるし、『今、本人から連絡が行きます』って返信するね! 勘違いしたのは後でお兄さんにも謝るけど、とりあえずその内容だけ今送っちゃうから!」

「本人って私じゃない! あああ、何を言えば良いのよ!? っていうか早っ! メール打つの早っ!!」

 

 目にも止まらぬ早業と言っても良い速度でメールを書き上げる沙織。女子高生らしいというべきか、メールやLINEの早打ちが得意技だ。食卓の対面に座る顔を赤くしたエリカが止める間もなく、メールの送信が完了する。

 そして、『今から本人から連絡が行く』という内容が修景に飛んだ以上、同時に問題を発生させた『本人』である以上、知らぬ存ぜぬは通るまいと。エリカは生真面目な彼女らしく、何かを修景に言うべくスマホを立ち上げる。

 4月に会って以降、様々なやり取りをするようになったLINE画面を立ち上げるが。しかし何を言うべきか、頭の中は整理がついていない。修景から沙織への返信内容が、何度もエリカの頭の中をグルグル回る。混乱していると同時に、どこか浮ついた感情が踊っている。

 それでも何か伝えようと手を動かし、沙織と比べるとノロノロとした速度で、右往左往するように、推敲の余裕も無く迷いながら送った文面は以下の通り。

 

『どうも、本人です』

『ヘリの中で言葉足らずで武部さんに誤解させてしまったみたいです。ご迷惑をお掛けしました。武部さんも妙な噂が立たないよう気を回そうとした結果みたいなので悪くは……いや、私も悪いですけど誤解した側も悪くないですかコレ? えぇと、いえ、それよりも』

『先輩、ご心配お掛けしました。……ところで、肉じゃがとか好きですか?』

 




 多分、この後さんざん恋バナのノリになった沙織に絡まれるエリカ。なお翌々日には黒森峰の試合なので、翌日にはヘリで会場に戻る模様。
 勘違いネタというよりは、関係性へと一石を投ずる為のものでした。武部さんは爆発物処理班から婚活戦士へ出戻りクラスチェンジをするようです。

 ……原作キャラが原作と違う行動、思考、言動に至る場合、その経過や理由をちゃんと書こうとはしてるんですが。
 上手くやれてますかね。謎。

2019/04/18
 黒森峰の試合時期について。「原作でみほ達が冷泉殿の祖母のお見舞いに行った次の日にプラウダ、次の次の日に黒森峰が試合」っぽいので、それに合わせて表記を修正。


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閑話:宮古少年の料理

 ちょっと思ったより本編が書き進まなかったので、今回更新は閑話で。
 本編、2019/04/18現在で4000文字ほど。今日中にちょうどいい区切りまで進めて更新するのは難しいかなと判断しました。

 なので今回、3500文字ほどの過去ネタでお茶を濁します。宮古&逸見さんが街歩きして、とある戦車道女子と遭遇するのはまた次回。


「師範、ご相談があります。業務時間中に申し訳ありません。戦車道とは関係がありませんが、喫緊の話です。今、お時間は取れますか?」

「……喫緊の?」

 

 時は昔の西住家。娘達が黒森峰女学園に入学する前。そしてその後に妹の方が大洗に転校するずっと昔。

 未だに姉妹、そして血の繋がりの無い兄にして弟である少年が、小学校に通っていた頃だ。そして、西住まほと宮古修景が、各々の学園艦に進学する前の最後の冬である。

 

 いつの時代も、子が離れて一人暮らしをするとなると親は心配するものであり。あまり表に出さないが、西住しほも当然のように娘、並びに息子同然と扱っている少年の学園艦生活を心配していた。

 なにせ初めての一人暮らしだ。当の彼女をして、当時を思い返せば上手く行かなかった事というのは枚挙に暇がない。学生寮に住むことになっても、実家ぐらしと比べて格段に『自分でやらねばならない家事』という事は増える。

 

 少しでもそういった事で苦労がないようにと、しほの方針で戦車道の指南とは別枠を取り、西住家では家事の心得なども急ピッチでまほと修景へと仕込んでいた。

 西住家の宗家として、そして師範として、しほとしては戦車道も疎かに出来ない。結果的に結構なハードスケジュールとなっているまほなどは、目に見えて忙しそうだが。

 それでも自分の同時期よりは家事の覚えが良いと、家事の方を頼んでいる菊代から話を聞いて内心で喜んでいる辺り、なんとも不器用な親子の愛情であった。

 

 その菊代から喫緊の報告。何事かと思い、しほの目線が険しくなる。いつも険しいので、『もっと険しくなる』と言った方が言語的にはより正しい。

 どう考えても菊代に担当を任せていた家事関係の案件だと察し、しほは手元の書類を片付け、重々しく続きを促す。

 

「良いわ。続けなさい」

「ありがとうございます」

 

 菊代が出された許可に深々と礼をする。戦車道第一の女傑でありながら、そして師範としての業務時間中でありながら、『戦車道とは無関係』と明言されたそちらを優先する辺りに情が見える。

 ただし、それを外から察することは非常に難しく。人付き合いの不器用さが遺伝した娘達にも上手く伝わっていなかったことで、様々な問題が発生したり修景が駆け回ったりする事になるのだが―――この時、問題を発生させたのはむしろ修景の方であり。

 

「こちらを」

「なにこれ」

「学園艦入学前の家事修行で、修景くんが作った焼きそばです」

 

 しほの前に、菊代が後ろ手に持っていたものをそっと差し出した。ラップをかけられ、湯気によってラップの内部が白く曇った、皿に盛られた焼きそばである。

 喫緊とは。眉根を寄せて困惑するしほが、少し棘の混ざった言葉を友人にして使用人である女性に向ける。

 

「……伸びる前に食べろとか、そういうのは喫緊とは言わないと思うのだけれど」

「伸びてしまっては、『伸びたせいかな?』などと考えて問題を正しく理解できない可能性もありますが……。とにかく、食べてください。恐らく師範も喫緊という内容が理解できると思います」

「ふむ。……出来れば次は、まほのが良いですね。みほにも今度作らせてみようかしら。その時は常夫さんも一緒に時間を取れるようにして―――」

 

 気が抜けた様子で、しかし目の前の友人の緊張感漂う態度に対して違和感を感じながら。今更『要らない』とまでは言わず、しほは執務机に置かれた皿からラップを剥がし、一緒に置かれた箸で焼きそばを摘み上げた。

 

 ―――我ら同年、同月、同日に生まれることを得ずとも、同年、同月、同日に死せん事を願わん。

 

 そんな幻聴が聞こえるくらいの強固さで、焼きそばが一塊のまま箸の先で皿から浮いた。具材として添付されていた野菜や肉がパラパラと皿に落ちる。

 

「えぇ……?」

 

 調理の際に油の代わりに糊でも使ったのかという強固な一体感を見せる焼きそばに対し、しほが珍しく困惑の声をあげる。この女傑がこの手の声を出すのは本当に珍しい。

 その様子に重々しく頷きながら、問題(焼きそば)を持ってきた菊代は、促すように言葉を続ける。

 

「どうぞ」

「……どこから?」

「ガブッと」

「はしたなくない?」

「でしたら、ナイフとフォークを持ってきます。ある意味で非常に優雅な雰囲気が出るかと」

「向かい合っている皿の上に乗っているものを目に映さなければそうなるでしょうけど……。いえ、良いでしょう。しかしこれは、どうやったらこんな……」

 

 首を傾げながら、しほは左右を確認する。娘息子には見せたくない光景であるし、親しくない相手に見せたい光景でもない。生まれから、そして当人の性質から、彼女は他人に弱味を見せるのを極めて嫌う。

 自分の一挙一動が『西住流』の名誉に関わっている事を自覚しているからであり、同時にそれでもやっていけるだけの精神的なタフネス・強度があるからこそ、夫や眼前の友人のようなごく親しい相手に時々弱味や本音を見せるだけで済むからであり。

 結果的に弱味になるような恋愛パンジャンドラム案件などは―――まぁ、若さ故の過ちとして。意識的にも無意識的にも他人に弱味を見せないように立ち回る傾向がある西住しほは、菊代以外の人間が周囲に居ない事を確認してから、目の前の塊を―――ただし一応、出来るだけ楚々とした動作で―――小さく齧った。

 

「なにこれ」

「焼きそばです」

「釣りの疑似餌みたいな食感なのですが」

「師範、疑似餌食べたことあるんですか?」

「幼少期に祖父がテーブルに並べていたものをグミキャンディかと思い。しかし端的に言ってゴムではないですか、コレ」

「端的に言ってそうですね、コレ。材料は焼きそばですが」

 

 菊代は深々と溜息。しほは歯形が残った―――つまり、噛み切れなかった焼きそばの塊を皿に戻す。防御力が高すぎた。否、そもそも防御力という表現は料理に対する評価であるべきなのだろうか。

 ともあれ、『喫緊』と語られた理由の一部を察したしほは、菊代に対して再度鋭くなった目を向ける。彼女の中で、一つの結論が付いた形だ。困惑は既に無い。『どうやったのコレ』という料理ができる人間だからこその疑問はあるが。

 

「なるほど。これは問題ですね。修景には食べ物で遊ぶなと、キツく言わねばならないでしょう」

「いえ、師範。問題の本質はそこではありません。それならば私から言えば良いだけの話です」

「……では、どのような?」

「真面目に作った上で、『自分で食べる分ならこれで良い』と修景くんが自信満々に自己満足しています。安く手間を省いて栄養取れればなんでも良いやと、もう一皿自分用に作った分は自分でさらっと平らげてました」

「嘘でしょ」

「味音痴……というわけではないようですし、美味しい物を食べた時は美味しいと喜ぶのですが。不味いものを食べる事に抵抗が無いと言いますか……。『他人へ出す』前提ならば、袋に書いてある調理法通りに作るので最低限の物は出来ていた為、問題の発覚が遅れました」

 

 自由奔放な言動と行動で、彼女たちを翻弄してくれた悪友の忘れ形見。今は西住家で西住姉妹と姉兄妹同然に過ごしている少年が、やはりあの癖毛の悪友の実子なのだと実感する。無自覚に掻き回しに来る辺り、ある意味では悪友よりも性質が悪い。

 味覚の問題に明確な正義と不正義は存在しない。敢えて言うならば自分でも不味いと思うようなものを他人に出すようであれば矯正が必要なのだろうが、自分で不味いと思うものを自分で作って自己消費することに本人が納得しているならば、そこをどう矯正しろというのか。

 むしろ、他人へ出そうと作ればそれなりになるだけに、自ら望んで味を求めるよりも手間を省く方を優先して舵を切った結果であるとすら言えそうだ。

 

「……どうしましょう」

「……どうしろと」

 

 困ったように柳眉を下げる菊代。歯型の付いた焼きそばの塊を前に頭を抱えるしほ。なお、この手の家事はまほが姉兄妹の中で一番そつなくこなし、妹の手際や技量は当時の母に近いレベルだと、後日明らかになる事になる。

 結局、悩んだ上で修景と幾つかの問答をした末に、しほが出した結論、並びに修景に提示した学園艦に通うに当たっての条件は一つ。

 

『週に一日は外食日を作りなさい』

 

 修景は『経済的な事を気にせず楽しむ日を作ること』という、自らの後見人からの意思表示と受け取り―――そしてそれは高校卒業間際でも変わっていないのだが。

 本質は『手間と値段だけしか見ない、疑似餌の親戚みたいなものを自己消費し続ける事で、修景の味覚がおかしくなる事を懸念した物』である事に、少年は未だ気付いていないのだった。

 

 幸いにしてその効果か、未だに宮古少年の味覚は正常。自炊する分には不味かろうが安くて手間を省く事最優先という悪癖も残っているが。

 現状、彼は肉じゃがも好物である。




 次回更新は2019/04/25で。次は本編更新です。
 今回は箸休め回という事でご了承ください。申し訳ござらん。


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少年、帽子少女と出会う

 遅刻(15分ほど)。徐々に一応布石を積んでますが果たしてどれだけ最後までプロットが維持されるか。


 ―――さて。

 過密試合で有名な甲子園程ではないが、戦車道の全国大会も「一回戦はこの時期に纏めて」「二回戦はこの時期に纏めて」と行われるため、ある意味では過密スケジュールが発生している。

 だからこそ黒森峰では現地観戦に行く隊長と副隊長には、学園艦所有のヘリを使って現地まで行くことが許可されているとも言える。日数に余裕があれば、抽選会のような『電車でGO!』が発生する。

 

 西住みほが麻子と沙織を除くチームメンバーと共に、麻子の祖母である冷泉久子の病室へと見舞いに行った日から、プラウダや黒森峰の試合が行われる日までは割と日数がない。少なくともプラウダの一回戦と黒森峰の一回戦は、前者の次の日の後者が起きる連続したスケジュールだ。

 逆に言えば過密スケジュールとはいえ、黒森峰の一回戦が起きるまでは大洗の一回戦から3~4日の間がある。

 

 故に、選択科目である戦車道の関係で数日学園艦での授業全てを休む事に対し、英語や数学などの基幹科目の担当教師から、授業の免除の条件として出された課題をホテルで片付けるなどのある種伝統的な業務はあるものの。さほど大量ではないそれさえ片付ければ黒森峰の隊長・副隊長の行動に関しては縛りが少ない。特に、どこの試合も無い『休息日』とでも言うべき日には尚更だ。

 なにせ、黒森峰は名門お嬢様学校ではあるが、地理的には日本の端っこの方に中心となる寄港地を置く学園艦である。移動距離・移動費用が馬鹿にならない以上、偵察も兼ねた観戦に出向いた隊長と副隊長はそのまま連泊が許されているのである。

 

 開催地を西や南でやればプラウダや継続などが死んだ目になるし、北でやれば黒森峰などが死んだ目になる。立地条件は如何ともし難い以上、地形にバリエーションを持たせるために多少は動くものの、試合会場は比較的どの学園艦からも文句が出にくい関東、或いはその近郊が選ばれる。多少北や西のどちらかに寄る事はあるが、その場合は来年度辺りで逆に寄せるのが伝統―――というより、大人の事情による開催地のバランスである。

 なにせ戦車の運搬、生徒の移動含めて、距離に比例して時間も実費も嵩むものだから、どちらかに寄せられ続ければどこかがキレる。その辺りの調整とバリエーションを持たせるための会場決定は、戦車道連盟の仕事と言っていいだろう。

 

 ―――ともあれ。その辺りの大人の事情や各種の兼ね合いなど、当の戦車道女子たちからすればあまり関係はない。重要なのは、基礎科目の課題さえ片付ければ、意外と自由時間が取れるということ。

 つまるところ、大洗で一泊する羽目になったとはいえ、黒森峰から戦車と他のメンバーが到着して、黒森峰女学園がチーム全体で試合準備やミーティングを開始するまでにはまだ時間があり。

 

「……よっす。この度は、ご迷惑をお掛けしたんだかされたんだか」

「……ご、ごきげんよう……!」

「その挨拶も三度目だな……」

 

 ―――試合と試合の間の休息日となる日。

 武部宅で一晩を過ごし、朝になってからヘリで大洗からの帰還を終えた逸見エリカは。諸般の事情から、空いた時間となるこの日を宮古修景という少年との街歩きに費やすこととなっていた。

 

 試合会場からほど近い、ビジネスホテルを取っていた街にて待ち合わせをした上で、両者なんとも言い難い居心地の悪そうな顔で挨拶。

 エリカは制服。待機日とは言え、戦車道大会の一環だという意図があるのだろう。この辺り、生真面目―――或いは神経質なのが逸見エリカという少女だ。

 一方の修景は、楽なジーンズと半袖ワイシャツ。こちらは学業の一環でもなんでもない自主休講な為、何も気にする必要はない。敢えて気にする必要があるならば、出席日数だろう。

 

 この両者が一緒に街を歩く事となった経緯を説明すると、別に長くも複雑でもないが、以下のようになる。

 

 

□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 まず、ヘリが大洗まで飛んでいった後、まほと修景は『あんこうチーム』以外の大洗への説明をみほに任せ、挨拶もそこそこに大急ぎで移動を開始した。久々に会えた妹との会話は名残惜しかったが、他でやるべきことが発生したためだ。

 目的地は、まほとエリカが部屋を取っていたビジネスホテル。出発段階で夕刻だったため、その日のうちに往復となると夜間飛行となり、相応以上の危険が伴う。故にエリカは大洗で一泊するだろうし、無理に戻ってこようとすればまほも修景もストップをかけるつもりであった。

 幸いにして操縦免許持ちのエリカは夜間飛行の怖さを十分に分かっていたため、わざわざストップする必要も無く大洗への一泊決定。しかし、これは逆に予約していたホテルでのキャンセル料の発生を意味する物でもある。

 

「俺ら年上だし、せめてもこんくらいはなぁ」

「事情が事情であるし、ヘリの使用とそれに関わる費用は学園艦持ちで許可が出たが。流石にキャンセル料くれとは言えないからな……」

 

 だが、ヘリの操縦をエリカに任せた修景とまほ、免許の有無という選択肢の無さが根底にあったとはいえ、後輩に出資を強いる事になった事を懸念。エリカが戻ってくる前に、キャンセル料を払ってしまおうという魂胆であった。

 戦車道は学業であり、学園艦所有であるヘリの使用も認められている事からも分かるように、学園艦からも当然支援が出る。むしろ何の支援も無しに数日の間試合会場近くに逗留しろとか鬼である。

 しかし、やはりというかなんというか、隊長と副隊長の現地滞在にあたって出る支援金の額は抽選会の時同様に一定額の固定制だ。安く済ませば差分は手元に残るが、出費が多ければ逆に手出しが発生する。

 

 かくして、ビジネスホテルへの事情説明とキャンセル料の支払いくらいは、エリカに任せず自分らで代行せねばと、西住姉弟は移動してそれを実行。規定に従ったキャンセル料を折半して払った後、近くのファミレスで夕食を食べていた辺りで、沙織から届いたメールを見た修景の機嫌が急降下するなどの事件が発生。

 これは沙織とエリカの起こした勘違いによるものだったが、苛立った様子の修景と同席していたまほは随分と居心地の悪い思いをしたので、いつぞの文化祭と同様に姉の方が被害者と言える案件だろう。

 

 最終的に誤解は解けたのだが、安堵した一方で自分が沙織に送っていたメールの内容が『大洗の誰かが根も葉もない噂を流したのでは』などと邪推したものだった内容であった事に気づき、慌てて沙織に謝罪文書送り出す弟やら。

 『肉じゃが好きですか?』などと、姉兄コンビ目線では唐突に謎の質問をぶつけて来たり、勘違いに巻き込む結果となった修景に謝りながらも、何やら混乱した―――或いは浮ついた様子の副隊長やら。

 

 一応の事の次第を聞いた姉は一つの結論を出した。

 

「……とりあえず、エリカが大洗から戻ってきたら、一度食事がてら顔合わせて話し合ったらどうだ?」

 

 どちらも直接言いたいことはあるだろう、と。

 修景からすればエリカがみほに手をあげた事について、エリカからすればまほ視点だと謎の勘違いに修景を巻き込んだことについて、その他大小諸々と。

 日常的に顔を合わせるまほとエリカの間の会話ならばいつでも機会を持てるが、修景とエリカの場合はそうもいかない。電話でもLINEでもメールでもなく、実際に顔を合わせて会話をする機会はそうそう無い。

 

 人間同士の行き違いは、コミュニケーションに使用する要素が少ないほど発生しやすい。電話では表情が伝わらず、文章では声音も伝わらない。やはり直接の対話が一番安定する。

 何かしら行き違いが発生したのならば、戦車道の観戦席のような戦車絡みの話とは別に、一度話し合いの機会でも設けさせるべきであろう。

 黒森峰女学園という戦車道の名門にて、隊を率いる隊長としての経験含め、そうした意図からの提案であったのだが―――それが沙織の勘違いによってどちらにとっても『一石を投じられた』形となった両者にとって、混乱と波乱を含んだ街歩きとなるとは、提案した本人は全く意図しておらず。

 裁きを終えた大岡越前のように、『これにて一件落着』とでも言いたげな満足した表情で、黒森峰の隊長にして宮古少年の姉でもある少女は、エリカからの連絡待ちで長らく居座っていたファミレスの会計をするべく立ち上がったのだった。

 

 

□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 ―――斯様な事情により、というよりは姉にして隊長である少女の気遣いによってセッティングされた街歩き。

 しかし、都合三度目の『ごきげんよう』を炸裂させたエリカもそうだが、今回は修景もどうにも落ち着きがない。

 

「と、とりあえず宮古先輩。あの、宿のキャンセル料、先輩と隊長で払ってくれたとかで。その分をお返しさせて頂ければ……!」

「……良いから。後輩なんだから、そんな事は気にすんなっての。こういう時に払ってやれなきゃ、先輩後輩の意味も無いだろ」

 

 首都東京とは少し離れた関東圏のとある街。

 極端に都会ではないが、決して田舎でもなく、駅周りなどは若い男女が歩くのに適したスポットなども散在しているが、今の彼らにそれらに目を向ける余裕はない。

 エリカは何かと挙動がフワ付いて落ち着きがなく、ぶっきらぼうに返す修景も見た目ほど落ち着いているわけではないのである。

 

 彼からすれば、姉のところの副隊長であり妹の“元(?)”友人でもある少女との関係を、妙な形に勘違いされたわけで。更に言うならば、それに対して彼は自分でも驚くくらいに怒りを覚えた。

 逸見エリカという少女は、確かに攻撃的で誤解を受けがちな人間ではあるが。そんな根も葉もない噂を立たされていいような人物ではない、と。

 

 故に沙織に送り返したメールは、『ンな噂流した本人といっぺん話させろ』という内容になったわけだが。

 流れからして、誤解される原因となった発言をしたのはエリカ本人であり、そのエリカ本人に修景が送ったメールの内容も見られた可能性が高い。少なくとも沙織に対して『本人と話させろ』と送った上で、エリカから『どうも、本人です』というLINEが返ってきた以上は、メールの論旨は伝わっている事が確定だろう。

 

 修景の行動は良く言えばエリカの事を案じての事だったわけだが、悪く言えば事実関係を認識する前の暴走である。果たして案じられたことを受けたエリカがどう思うか。

 その辺りが掴めない修景側も、どうにも会話や挙動に精彩を欠く。つまるところ、エリカがどう思うかを意識してしまっているという事に対しての自覚は、未だに本人には薄いようだが。

 ともあれ両者、一石を投じられた結果として距離感を掴みかねているというのが現状だ。両者並んで昼時の街を歩きながらも、どこか両者共に落ち着かない。

 

「あー……」

 

 しかして、姉から『一度食事がてら顔合わせて話し合ったらどうだ?』と言われていた分だけ、修景のほうがまだしも行動性に積極性が残っていた。或いは言われた内容という方針に従っているだけとも言えるが。

 前置き、というには意味の薄いア行の呻き声のような言葉を発し、それに対してエリカ側も修景が何かを言おうとしていると察して身を固くし、数秒。

 

「とりあえず、何から言うべきかね。……まーアレだ。お疲れさん。多芸だよな逸見さん。ヘリの操縦なんてどこで習ったんだか」

「えー……と」

 

 その質問に、バツが悪そうにエリカが頬を掻く。その反応に修景が首を傾げて返答を待ち、数秒。観念したように肩を落としたエリカが、頬をわずかに染めながらボソボソと呟くように返答する。

 

「まず、ヘリの免許もそうですけど、学園艦によっては資格とかそういうの取得するのに補助が出るじゃないですか。それ受けて取得しました。取得した理由は……黒森峰は大会の時期、スケジュールの密度が高い時は隊長と副隊長が他校の試合を見に行くのに、ヘリの使用が許可されますから」

「自分が副隊長になったから、持っていれば便利って感じで?」

「……隊長と、副隊長だったみほが行く時に。免許持ってれば、私もついて行けるかなとか……。一年生の時は免許の取得が間に合わなくて……二年になったら、あの子は転校しちゃいましたけど」

「そりゃまた……」

 

 根性入った西住姉妹への入れ込みように、その両者の弟にして兄である少年は、呆れと感嘆が混ざったような声をあげる。

 果たして姉妹への一途な好意を褒めるべきか、妹の行動が結果的に梯子外しになってしまったことに対して何らかのフォローをすべきか、或いは一直線極まってヘリの免許取得にまで走った情の深さに若干引くか。

 暫し迷った末、修景はその問題への直接的な言及を避け、元より今日話すつもりだった別の話題へと話題をトスする事を選択した。

 

「……そのみほな。手ぇ出すのはいかんぞ、手ぇ出すのは。頬パーンって行ったろ逸見さん」

「……う。い、いやその。本気でぶっ叩いてなんかいませんよ!? 気付けのつもりで……いえ、怒りも混ざってましたけど。あの子、黒森峰ならヘリあるの知ってるはずなのに、“また”私達に頼るとか考えないで……」

 

 その話題転換は成功したようで、修景の言葉にエリカが反省と不満が半々といった様子でブツブツと呟くように反論を紡ぎ始める。

 

「そうよ。あの試合の時だって、なんで信じて他のメンバーに頼んだりしないで、自分一人で……ああ、もう! 私は信用に値しなかったっての!?」

 

 そして徐々に自前でヒートアップを始めるエリカ。未だに西住みほという少女とその行動は、彼女の中で折り合いのついていない部分である。

 しかし、その言葉に同意・同調・同情する部分はあれど、この場合の修景の話の本質は別の部分だ。

 

「それはそれ、これはこれ。戦車道のことならともかく、今回の事については事態が事態で頭が回ってなかったって可能性もある。みほには『俺から注意しとく』と言ったんで、おとなしく注意されといてくれ。暴力はいかんぞー」

「……それは……はい。すいません」

 

 そして、その本質―――つまりは単純に『暴力はダメ』と注意されたエリカは、その部分は修景の意見に対して同意なのか、肩を落として落ち込み気味に頷いた。

 気付けに一発カマして正気を取り戻させるという行動自体には救急や緊急の現場では理があると言えばあるのだが、それが意味を為すのは気付けされた側がそれで正気を取り戻して何か行動を起こした場合のみ。

 この場合、気付けの張り手を頬に受けたみほがなにか言う前に、頬を張ったエリカ側がヘリを持ってくると言い出して飛び出していったため、ある意味ではみほのハタかれ損だ。

 

「……はぁ。本来は先輩ではなくあの子に謝るのがスジなんでしょうけど、見逃してくれませんか……?」

「まぁ、謝るためのやりとりさせたら、熱くなって変な方向にヒートアップしそうではあるが」

「はい。……整理がついたら逆に右頬差し出しますんで」

「お前はどこぞの聖者か……」

 

 真面目な顔で西暦の由来となった偉人のような事を言い出すエリカに、修景は苦笑を浮かべる。エリカの生真面目さは、時に神経質な域だ。

 彼女当人はみほ相手に借りを作りたくないとでも考えているのだろうが、頬を張られたみほにエリカの頬を逆に張れと言った時の事を想定しても、涙目で拒否するか優しくペタペタ触るような光景しか浮かんでこない。

 

 そうして会話を続けている内に、今日の最初に会ったばかりの時には互いに掴みかねていた距離感を、なんとなく取り戻してきた両者。

 そういえば姉には『食事がてら』とも言われていたなと思いだした修景は、歩いていた通りをぐるりと見回す。平日昼ではあるが、昼を少し過ぎた段階であり、丁度レストランなどが徐々に空き始める頃合いだ。

 沙織に送ったメールを見たエリカに対し、嫌ではなかったかなどを確認したい修景ではあるが。それについては、歩きながらする話でもないと思っている所だ。どこか腰を落ち着ける場所を探したい。

 

「ま、なんにせよ。そろそろ昼飯にも良い時間だ。なんか適当に食おうぜ」

「あ、それならキャンセル料の分、私が出しますから―――っ!」

「いや、年下の女の子に奢ってもらうのはあらゆる意味でどうよ。奢るっての」

 

 言い合いながらも修景が先に立って歩き、近場に見えたチェーン店のファミレスに足を踏み入れる。

 ここで雰囲気の良い店を探すなどの努力を思いつきもしない辺りが宮古修景が宮古修景であり、妹からの『デリカシー皆無』という評価の所以であるのだが―――

 

「ええっ!? ちょ、嘘でしょミカ! 嘘って言って!」

「ふふ……真実とは時に人を傷つけるものだよ、ミッコ」

「財布くらい持ち歩いてよ、もぉぉぉぉぉ!!」

「み、ミッコ。幾らある? 私、あんまり持ってきてないよ?」

「え、いやアキ。こういうのって先輩が奢るのが基本だと思ってミカの財布目当てで、あたしも財布は宿に―――」

「嫌だよ私食い逃げで出場停止とかなりたくないよぉぉぉ!?」

 

 ―――その『デリカシー皆無』の選択が、とある戦車道女子達との遭遇を発生させる事になる。

 自動ドアをくぐって入店した修景とエリカの前。ファミレスの会計前で騒いでおり、壮年の店員に困ったような渋面をさせている三人の少女が居たのである。

 

 一人は長い黒髪と帽子が印象的で、この三人の中では最も長身でスタイルがいい。恐らく今の会話から察するに年長者なのだろう『ミカ』と呼ばれていた少女。何故か手には「カンテレ」と呼ばれる北欧の民族楽器を携えている。

 もう一人は活発な印象を与える、赤毛を短いツインテールにした『ミッコ』と呼ばれていた少女。その印象は勝ち気な表情もそうだが、三人揃いの水色や紺色を主体とした制服の中で、この少女だけスカートの下にジャージを履いているという色気の欠片もないスタイルからか。

 最後の一人は、色素の薄い髪をおさげ気味に首後ろで小さく二箇所で纏めている、『アキ』と呼ばれた大人しそうな少女。……大人しそうではあるが、肩を怒らせて同行者二人を叱りつけている様は保護者のように見えなくもない。

 そしてその三者の纏う水色の制服、紺色のスカート。そう突飛なデザインではないが、戦車道女子ならば知っている高校のものだ。

 

「……継続高校」

 

 入店いきなり見せつけられた、『あまりにあまり』とでも表現しても良さそうな会話に呆然とする修景の横。エリカが小さく呟き―――

 

「おや。これはこれは」

 

 その言葉に反応したのか。『ミカ』と呼ばれていた少女が修景とエリカの方を向き、片眉を上げて意外そうに―――ただし、真意を掴むのが難しい飄々とした表情で笑みを浮かべ、手にしたカンテレを軽く一弾き。

 

「風に吹かれて助けが来たようだ。やぁ、黒森峰の副隊長さん。同じ戦車道女子同士、ここは助け合いといかないかな?」

「……どう見ても、一方的にそっちが助けてほしそうに見えるんですけど……」

「その解釈に意味があるとは思えないな。真実とは時と場合、そして見る人によって角度を変えて映るものだよ」

 

 もう一度カンテレを弾く帽子少女(ミカ)。がっくりと肩を落とすエリカ。

 その両者を見比べて、修景はポツリとつぶやいた。

 

「……いや、奢るっつっても4人分とは言ってねぇんだけどなぁ……」

 




 ちょっと遅刻して申し訳ありません。
 次回更新はGWをまたぎまして、5/9の予定です。


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