IS-Lost Boy- (reizen)
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第1章 2人目はドントビリーブ
ep.1 中の下の男子生徒


 どうしてこうなったんだろう。僕は何もしていないのに。

 

「全員揃ってますねー。それじゃあSHRを始めますよー」

 

 教卓の前では緑色の髪をした女性……うん、女性が元気よくそう言った。

 僕は気にせず、目の前の分厚い参考書を見ながらまとめやすいようにルーズリーフにポイントを綴っていく。

 

「みなさん初めまして。そして入学おめでとうございます。このクラスの副担任の山田真耶です」

 

 自己紹介を始める山田先生だけど、僕を含めて誰も返事をしなかった。

 全員がもう一人の男子に興味を持っているからだろう。僕の席は窓側の一番後ろという絶好かつ絶凶なポジションだからなんとなく様子をうかがえるけど、物凄く気分が悪そうだ。

 

「今日からみなさんは、このIS学園の生徒です。この学園は全寮制。学校でも放課後も一緒です。仲良く助け合って、楽しい3年間にしましょうね」

 

 ………誰も返事をしなかった。君たちは教員よりも男の方が気になるのかい。

 

(………物珍しさか、それともイケメンだからか)

 

 もっとも、僕にはあまり関係ないことだ。

 僕がここに入学したのは、IS関係の方が金が多いから。……本当はこんなところに入りたくなかったけど、動かしてしまったんだから仕方がない。

 

「織斑君。織斑一夏君っ」

「は、はいっ?!」

 

 あ、声が裏返った。

 じゃない。今は勉強だ………まぁ、さっぱりわかってないんだけどね。

 

(……こんなに難しいのか、ISって)

 

 戦闘している動画はいくつか見ていたけど、平然と動かしているからもう少し簡単かなって思ってた。

 

(………とりあえず、勉強しないと)

 

 前の方では副担任と織斑一夏が何か話をしているようだけど、今のところ気にしていられない。

 何故ならここに来るまでほとんどISの勉強ができなかったんだ。今の内に少しでも取り戻しておかないと後々後悔すると思う。

 

「お、織斑一夏です。よろしくお願いします」

 

 どうやら話は終わったらしく、今は自己紹介をしているようだ。僕は「し」から始まるからしばらくは来ないだろうと思う……たまに「か」行の人がいなくて「あ」行が終わるとすぐに「さ」行が始まるパターンもあるけど。

 

「以上です!」

 

 すると周りから何かが移動するような音が聞こえてくる。どうやら今の織斑一夏の発言が予想外でノリ良くこけたようだ。おそらく何も考えていなかったんだろう。

 

(……女だらけだし、仕方ないか)

 

 女尊男卑。今の世界を一言で表すとこの言葉が相応しい。昔の日本にあった男が中心になった男尊女卑の逆だ。女は高慢が多くなり、男に対しての虐めが酷くなった。もっとも顕著になったのは痴漢行為の冤罪だろう。僕も過去に1度そのことを経験したことがあるけど、おかしな点がいくつかあったからそこを刺激すると向こうは黙り、僕は無罪になった。

 

 ―――パァンッ!!

 

 前の方でおそらく聞くことはないはずの音が聞こえた。僕は恐る恐る顔を上げると、いかにも厳しそうな女性が睨むように織斑一夏を見ていた。

 

「げえっ、関羽!?」

 

 彼はどうやら勇気があるようだ。あんなおっかない人に対して関羽呼ばわりするなんて。………そういえば、中学の頃に三国志が好きな男子が変なマンガを批判していたな。確か、三国志に出てくる武将の名前が女の子に付いているんだっけ?

 

「誰が三国志の英雄か、馬鹿者」

 

 さっそくこのクラスで平穏無事に過ごせるか自信がなくなってきた。

 それほどまで新たに現れた女性は怖そうだったからだ。

 

「あ、織斑先生。もう会議は終わられたんですか?」

「ああ、山田先生。クラスへの挨拶を押し付けてすまなかったな」

「い、いえっ。副担任ですからこれくらいはしないと………」

 

 さっきとは違って温厚な態度で副担任に接する織斑先生………ん? 織斑?

 まさか織斑一夏の関係者? もしかして母親? いや、ここはリアルだ。だから見た目的な若さを含めて母親という可能性はないだろう。

 

 ―――ギロッ

 

 唐突に織斑先生に睨まれた僕は萎縮する。

 

「? 織斑先生、どうかしましたか?」

「いや、少し実年齢を遥に上回る失礼なことを考えられた気がしてな」

 

 何なのあの人!? 本当に人間?

 思わずそう思ってしまったけど、また思って怒られるのは嫌だから勉強に戻る。

 

「諸君、私が織斑千冬だ。君たち新人を一年で使い物になる操縦者に育てるのが仕事だ。私の言うことはよく聴き、よく理解しろ。できない者にはできるまで指導してやる。私の言うことは聞け、いいな」

 

 ……もしかしてここは軍事学校なのかもしれない。

 そう思った瞬間、黄色い声援が辺りから飛び始める。ちなみに僕はこの瞬間、勉強することを諦めた。

 

(………ここじゃ、勉強どころじゃないしね)

 

 耳を塞いでいると、織斑先生が何かを言っていたので左耳だけ外してみた。

 

「………だ。感心させられる。それとも何か? 私のクラスにだけ馬鹿者を集中させているのか?」

 

 その時、僕の第六感が働いた。今すぐ耳を塞いで来るであろう何かに耐えようとする。

 

「きゃあああああっ! お姉さま! もっと叱って! 罵って!」

「でも時には優しくして!」

「そしてつけあがらないように躾けてください!」

 

 黄色い声援には……勝てなかったよ……。

 

 どれくらい意識を飛ばしていたんだろうか。取り戻した時に頭部に痛みが走った。

 わけがわからず、また誰かに石でもぶつけられたのかと思いながら顔を上げると、さっきの黒いスーツの女性……織斑千冬先生が僕の近くに来ていた。

 

「何を寝ている。次は貴様の番だ」

「……えっと、何がです?」

 

 「正しくは超音波を間近で聞いたので意識が飛んでいました」と言うのを我慢して湧いて出てきた疑問を尋ねた。

 

「自己紹介だ。早くしろ」

「……もう「し」ですか?」

「時間がないからな。周りが気になっているであろう貴様を先にさせたというわけだ」

 

 時計を見ると、パンフレットにあった予定時間にそろそろなりそうだった。

 

「………はぁ」

 

 ため息を吐いて椅子から立つと、途端に俺の方に視線が集中した。

 

「……えっと、時雨智久です。整備と開発の勉強のためにIS学園に入学しました。よろしくお願いします」

 

 そう言って着席しようと何故か叩かれた。

 

「……何するんですか?」

「もっと他に言うことがあるだろう。まったく、今時の男子はまともな自己紹介もできんのか……?」

「彼女募集中です! なんてギャグで言っても通用しませんし、なによりも恋愛している暇なんてないですし……」

「趣味や特技とかはないのか……?」

「控えめに見ても中の下程度の男子高校生に何を求めているんですか……」

 

 趣味は昼寝。特技は爆睡とかでも言った方が良かっただろうか。

 そう思った時にチャイムが鳴り響き、HRの終了を告げた。

 

「……ちっ。さぁ、SHRは終わりだ。諸君らにはこれからISの基礎知識を半月で覚えてもらう。その後実習だが、基本動作は半月で体に染み込ませろ。良いか? 良いなら返事をしろ。良くなくても返事をしろ。私の言葉には返事をしろ」

 

 ………ここって、学園だよね?

 平和的な学園生活を送れるって思っていたけど、どうやらそうじゃないらしい。……まぁ、冷静に考えればIS関係の施設なんだから厳しいのは当たり前かもしれない……けど、正直僕はあまり気が進まなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 脳がちょっと壊れてしまったかもしれない。

 そう思うほどIS学園の授業は難しく、事前学習ができなかった僕にとって授業は地獄と化した。

 

「なぁ、ちょっといいか?」

「………何?」

 

 顔を上げずに尋ねる。声からして誰が来たのかわかったからだ。

 

「大丈夫か? もしかして、千冬姉に叩かれた場所が痛むのか? 人の急所は熟知しているから、わざとそこを狙うことはしないと思うけどな?」

「……まず叩くことに疑問を持とうよ」

 

 もしかしてその辺りのことは欠如しているのだろうか? ……というか、やっぱりお姉さんなのね。

 

「ともかくだ、俺は織斑一夏。男同士仲良くしようぜ」

「……あー、うん。考えとくよ。今はそんな気分じゃないから」

 

 頭がこんがらがっている。次の授業までに回復しておかないと少しマズいのではないかと思う。

 すると、今度は女の声が聞こえてきた。

 

「………ちょっといいか?」

「え?」

 

 突然のことだったので、織斑一夏は反応が遅れたらしい。

 

「……箒?」

「……塵取り?」

「おい」

 

 凄味ある声を向けられる。いや、だって織斑君から出たのは「箒」なら、必然的にその相方を思い出してしまうだろう。

 

「違うって、智久。彼女の名前は「篠ノ之箒」。ちゃんとした人名だよ」

「……ああ、何か溢して掃除道具を借りに来たわけじゃないんだ」

「お前は私を何だと思ってるんだ……」

 

 だって普通、何も見ていない状態から「ホウキ」という単語を聞いたら全員が掃除道具の方を思いつくと思う。

 

「……もしかして、彼女?」

 

 まさかもう一人は既に彼女持ちとは。だとしたら僕は嫉妬に狂ってもう一人の男を殺そうとするだろう。イケメンは死すべし、死すべし! って感じに。

 

「ち、ちが、私は―――」

「何言ってんだ? 箒は幼馴染だよ」

 

 ………もしかして鈍感なんだろうか?

 さっきから机に突っ伏しているだけで声しか聞こえないけど、明らかにもう一人はオーバーだったな。

 

「と、というかどうして貴様はさっきから机に突っ伏しているんだ。人と話をする時は相手を見るのは常識だろう!?」

「………もしかして織斑君のことが「ワーワー!!」………」

 

 ……ここまで見事に引っかかってくれるとは思わなかった。いやぁ、青春だねぇ。

 

「ん? 俺がどうしたって?」

 

 ………彼は気付いていないのか? 今のだと気まずいコース不可避だと思うのだが。

 

「ごめんごめん。ちょっと眠たくてね。できるなら、このまま次の授業まで寝たいって思っているんだ。……ところで、何の用?」

「……一夏に話がある。連れて行くぞ」

「どうぞ~」

「え? 俺の意見は?」

「いいから来い!」

 

 半ば無理やり連れて行く「シノノノホウキ」さん。僕は携帯電話を取り出して「箒」と検索すると、候補の一部に「箒星」というのがあったのでそれを押して調べる。ああ、彗星の別名なのね。

 

(でも、こういう名前って意味を説明しないとわからないよね?)

 

 聞き覚えのある音楽ユニットが曲名として出しているから調べている人は多そうだけど。

 携帯電話をしまってもう一度寝ようとすると、今度は別の誰かに話しかけた。

 

「ねぇねぇ、ちょっといーい?」

「………寝たいんだけど」

 

 引き続き顔を上げずに答えると今度は机を揺らされた。

 

「何するんだよ!!」

 

 意識を飛ばして寝ようとしたところにこの仕打ちである。怒鳴るなという方が無理だろう。

 

「だってぇ、今じゃないと接触は難しいだろうしぃ」

「そんなことを言われても知らないよ。ともかく今は寝かせて」

「む~」

 

 声は可愛い、なんて思っていると今度は耳に息をかけられた。

 

「じゃあ、名前だけ言ったら帰ってくれる? 意味が分からないけど重要そうな用語の羅列でちょっと疲れてるんだ」

「勉強とかはしてこなかったの~?」

「してきたよ。1日しかできなかったけど」

 

 そもそも、僕の所にISが貸し出されたのは3月下旬だ。動かせることが判明してから変な女の人が来たり、黒服の人らが現れたり、僕がIS学園に通うことで僕がいた孤児院に政府から給付金を毎月送ってもらえるように交渉したり、孤児院を出るからまだそこにいる子供たちの相手。先生が止めてくれなければおそらく俺は勉強できずにいただろう。

 

「1日じゃあ、あんまりできないね?」

「たぶん数日あっても無理だと思うよ。……というか、元々ISに関して勉強してこなかった人にこの量は辛い」

「それには同情するけどね~。……って、孤児院出身なの?」

 

 最後の方は小声で聞いてくる。どうやらその辺りの分別は付けてくれるようだ。

 

「ちょっと事故で家族が死んで、親戚も嫌がって引き取りを拒否したんだ。それで仕方なくだよ。……でもまぁ、そのおかげで子供の相手をする方法とかも勉強できたし、嫌な事ばかりってわけじゃなかったよ。先生……孤児院の院長なんだけど、女性だけど優しかったし。」

 

 孤児院暮らしの虐められたりはしたけど、「こんなことをしなければ自分を確立できない」ことにむしろ向こうが可愛そうになってきたほどだ。

 それに新聞配達のアルバイトもできたし、僕としてはかなり充実した日々を送ったと思う。

 

 ―――キーン コーン カーン コーン

 

 ………回想していたら、結局眠れなかった。

 八つ当たりと理解しているけど、ちょっとイラついたので僕は話しかけてきた女子を睨むことにした。

 

「てひひ~」

 

 反省してないよ、この子。

 僕はその子を追い払うようにすると、大人しく帰っていった。

 

(……次は絶対に寝よう)

 

 そうじゃないと、今度は本気でヤバいと思うから。



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ep.2 来襲! セシリア・オルコット

 二時間目、僕は早くも混乱していた―――というわけではなかった。

 

(大丈夫。これくらいなら……これくらいならわかる!!)

 

 今学んでいるのはISの使用に関する法律に関してだ。さっきのものとは違って僕みたいな頭でも理解が追いつく。

 

(………まぁでも、もう一人はそうでもなさそうだけど……)

 

 さっきから挙動不審な織斑君は青い顔をして隣に座る女生徒を見ている。視線に気づかれて少しやり取りをしているけど、それを見てさっき僕に話しかけたであろう女生徒……確か、シノノノさんが織斑と隣の女生徒を睨んでいた。……なんだか、二人の間に座る女生徒が可哀想である。

 それを見かねたのか、副担任の山田先生が織斑君に話しかけていた。

 

「織斑君、何かわからないところがありますか?」

「あ、えっと……」

「わからないところがあったら聞いてくださいね。なにせ私は先生ですから」

 

 胸を張ったので胸部が揺れたことには気づかない振りをしておこう。実は施設に僕より少し下の女の子が最近胸が大きくなったことが悩みで、たまたま見てしまったら凄く怒られたから。

 念のために言っておくと、別に僕はその女の子に興味があるわけじゃない。妹として見ているから。

 

「先生!」

 

 勢いよく手を挙げる織斑君。

 

「はい、織斑君!」

 

 やる気に満ちた返事をする山田先生。まるでどんな質問にも対応する勢いだけど、それはできない話だった。

 

「ほとんど……というか全部わかりません」

 

 本日二度目のズッコケ入りまーす。織斑先生と僕以外は全員が椅子から滑り落ちるということが発生していた。

 

「え、えっと……織斑君以外で、今の段階でわからないって人はどれくらいいますか?」

 

 そりゃあ、誰も手を挙げることはしないだろう。僕は以外は、の話だけど。

 

「え? 時雨君もですか!?」

「………すみません。1時間目のことが全体的にわかりませんでした。というか、理解し難い内容が多くて……」

 

 そもそも、IS学園の授業カリキュラムは前もって勉強してきていることを前提で進んでいるから初心者には優しくない仕様になっている。その上に女子中学校では政府からISを貸し出されて何度か授業する機会があり、その際に触りだけでも勉強するそうだ。

 

「………織斑、時雨。入学前の参考書は読んだか?」

「あの分厚いやつですか?」

「そうだ。必読と書いてあっただろう」

 

 今、手元にある分厚い辞書のようなものがそうだ。確かに必読と書いているけど、

 

「勉強期間が短すぎるので理解するに至りませんでした」

「間違って捨てました」

 

 織斑君にすぐに拳骨が降り注いだ。

 

「馬鹿者が。後で再発行してやるから一週間以内に覚えろ。いいな」

「い、いや、一週間であの分厚さはちょっと……」

 

 確かに1週間でこの分厚さを覚えるのは少々……いや、かなり無理がある。

 

「やれと言っている」

「………はい。やります」

 

 うわぁ、怖いなぁ。とても僕と同じ人族とは思えない。

 

「わかっていると思うが、時雨もだからな。1週間後、簡単なテストを行う。成績が悪ければどうなるかわかっているな?」

「………罰則ですね。ですが、それは少々無駄なのではないかと思いますが?」

「何?」

「罰を恐れて人が行動を起こしても、結局は一時的なものでしかなく、完全にその人の糧になりはしません。本当に大事ならゆっくりと時間をかけてさせるべきなのではありませんか? ……というよりも、人があなたと姿形は同種でも絶対に同種の性能が持っているわけじゃないので、たった1週間ですべて覚えるなんて無理ですよ。………織斑君は自業自得にしても」

「おい!?」

 

 信じられないって顔をしても、参考書を捨てたから1週間で覚えさせられるのは自業自得だと思う。

 

「なるほどな。確かに時雨の言うことも一理ある。だが貴様の立場はわかっているか?」

「一応は。ですが、だからと言って無駄に詰めても結果が悪いことは教育者であるあなたも充分理解していると思いますが?」

「………」

 

 黙り込む織斑先生。そしてしばらく考え込んで答えた。

 

「……良いだろう。時雨、罰則は免除だ。テストでどこまで理解しているかを確認するだけに留めておいてやるが、成長が見られない場合はそれ相応のことがあると思っておけ」

「わかりました」

 

 ………まさか通るとは思わなかった。自分で言っておいてなんだけど、織斑先生は暴君的なところがあるからてっきり無理矢理させられると思っていたからだ。

 

「だがISはその機動性、攻撃力、制圧力と過去の兵器を遥かに凌ぐ。そういった『兵器』を深く知らずに扱えば必ず事故が起こる。そうしないための基礎知識と訓練だ。まずは理解できなくても覚えろ。そして守れ。規則とはそういうものだ」

 

 正論ではあるけど、結局は理解しなければ問題は起き…ああ、だから「まずは」なのね。

 織斑先生が言わんとしていることを理解した僕は黒板に書かれていることをメモしていくと、前の方から殺気が飛んできた。

 

「……貴様、『自分は望んでここにいるわけではない』と思っているな?」

 

 ………僕の場合は半々ってところだ。

 

「望む望まざるに関わらず、人は集団の中で生きなくてはならない。それすら放棄するなら、まず人であることを辞めることだな」

 

 本当は、大半の男が今の世界で集団行動なんてしたくないだろうけどね。

 

「え、えっと、織斑君。わからないところは授業が終わってから放課後教えてあげますから、頑張って? ね? あ、時雨君もですよ!」

 

 もしかして、今の山田先生が心配しているのは織斑君の方だろうか? 僕の方がまだ大丈夫だと思われているなら、それはそれで嬉しいな。

 

「はい。それじゃあ、また放課後によろしくお願いします」

「ほ、放課後……放課後に3人だけの教師と生徒……。あ、だ、ダメですよ、二人とも、先生、強引にされると弱いんですから……それに私、男の人は初めてで……」

 

 ということは女性経験はあるのだろうか、なんて言いそうになったのは秘密である。

 

「山田先生、授業の続きを」

「は、はいっ!」

 

 織斑先生に言われて山田先生は授業を再開する。……僕、このIS学園でちゃんと生きれるかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても凄いな智久。あの千冬姉を言い負かすなんて」

「……実際、人間は詰め込むだけ詰め込んでもそれだけならすぐに忘れてしまうんだよ。僕はそれを説明しただけ」

 

 これはあくまで実話だけど、子どもは一度様々なことを体験させる必要がある。その体験が安全ならば、の話だけどね。

 ……というかこの男、どうして僕のことを名前で呼んでいるの? というか慣れ慣れしい。

 

「だとしてもさ、普通いないぜ? あそこまで千冬姉に反抗するのって」

「わからなくもないけどね。あの先生っておっかないし……というか寝かせて」

 

 そう返すと織斑君は苦笑いした。でも事実だしそこは受け入れてもらわなければ困る。

 そう思った時、突然第三者が僕らに話しかけてきた。

 

「ちょっと、よろしくて?」

「へ?」

 

 視線を右にして、話しかけてきた女子がどんな人間かを観察する。日本の学校では珍しいけど、IS学園じゃ普通にいる金髪の髪に、縦ロール。青いカチューシャと同じくらい青い瞳。この学校はお嬢様の受け入れもしているらしい。

 

「聞いてます? お返事は?」

「あ、ああ。聞いているけど……どういう用件だ?」

 

 織斑君が尋ねると、その女生徒はわざとらしく声をあげた。

 

「まぁ! なんですの、そのお返事は。このわたくしに話かけられるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度というものがあるんではないかしら?」

 

 いるとは思っていたけど、まさか初日に接触することになるとは思わなかった。

 IS…インフィニット・ストラトスが世に出てからというもの、こうした高圧的な態度を取る女は増えていった。僕も以前はこういった手合いに虐められていた経験があり、孤児院でも少しそういった風潮が入ってきていた。今では何とか潰しているけど、もしかしたら僕が見ていないところで再発しているかもしれない。

 何故女たちがこういった行動に出るか。それはISを使うことができるからだ。

 僕や織斑君のようにISを動かせる男は極めて珍しいが、女たちは潜在的には誰だって使えることができる。それに加えてISは法律で理由なき無断使用は禁じられているが、一歩間違えれば自分たちが死ぬかもしれない。そういった不安から男たちは女に頭が上がらないのだ。

 

「悪いな。俺、君が誰か知らないし。智久は?」

「……知らない。というか、寝かせて」

 

 何でこの男は平然と僕に話を振ってくるんだろう。ああ、最初の受け答えが悪いのか。

 

「わ、わたくしを知らない? このセシリア・オルコットを? イギリスの代表候補生にして、入試主席のこのわたくしを!?」

 

 いちいちうるさいな、この女。というか僕は寝たいんだよ。

 

「あ、質問いいか?」

「あのさ、そろそろ別の場所で会話してくれない? 僕は寝たいんだけど」

「ふん。下々のものの要求に応えるのも貴族の務めですわ。よろしくてよ」

 

 だったら今すぐここから離れてよ。

 

「代表候補生って、何?」

 

 本日三度目のズッコケが入ったけど、はっきり言ってどうでもいいしとりあえずこの二人を殴りたい。

 

「あなたっ、本気でおっしゃってますの!?」

「おう。知らん」

 

 ………それくらい、想像して答えてあげなよ。

 ちらりとオルコットさんを見ると、頭痛がするのか頭を抱えている。

 

「あ、あなたは知っていますわよね!?」

 

 目が合ったからか、オルコットさんは僕に聞いてきた。

 

「えっと、ISの国家代表になるかもしれないって人だよね?」

「そうですわ! エリートなんですのよ!」

 

 ……孤児院にも女の子はいるけど、不良になっていいからああいう女になるなって言ったのは間違いではなかったと確信した瞬間である。この状況で口に出すほど馬鹿じゃないけど、たかが候補生如きでこの態度はいささか問題ではないかと思った。

 

「本来ならわたくしのような選ばれた人間とは、クラスを同じくすることだけでも奇跡……いえ、幸運なんですのよ。その現実をもう少し理解していただける?」

 

 ……たぶんそれはIS学園に入学したばかりの女生徒に言えば幸運だったのかもしれないけど、あまり自分を上げたくないけど、レア度で言えば僕らの方が上だと思う。

 

「大体、あなた方ISについて何も知れないくせに、よくこの学園に入れましたわね。男でISを操縦できると聞いていましたから、少しくらい知的さを感じさせるかと思っていましたけど、片方はともかく時雨さん、でしたかしら? あなたはわたくしに話しかけられているというのに一向に姿勢を正さないなんてマナーを知りませんの? ま、どちらにしても期待外れでしたわね」

「俺に何かを期待されても困るんだが」

「僕は寝たいんだけど……」

 

 さっき言ったんだけどなぁ。無視しないでほしいなぁ。

 

「ふん。まぁでも? わたくしは優秀ですから、あなた方のような人間にも優しくしてあげますわよ」

 

 じゃあ、最初からそんな高圧的な態度を取らないでほしいものだ。

 

「ISのことでわからないことがあれば、泣いて頼まれたら教えて差し上げてもよくってよ。なにせわたくし、入試で唯一教官を倒したエリート中のエリートですから」

 

 へー、あんな横暴な人たちによく勝てたねぇ。僕なんてヘッドショットを何発もされてシールドエネルギー全損だよ? もう少し優しい人が良かった。

 

「入試って、あれか? ISを動かして戦うってやつ?」

「それ以外…いえ、確か一般生徒は筆記もあったと言う話でしたわね。ですが、全員教官と戦ったはずですわよ」

「あれ? 俺も倒したぞ、教官」

「は……?」

 

 へぇ。つまり何かな? 僕に引き立て役になれって言いたいのかな? 

 というかよくあの教員に勝てたよね? ヘッドショットしてきたんだけど。

 

「わ、わたくしだけと聞きましたか?」

「女子ではってオチじゃないのか?」

 

 ……何でこの人、相手が怒る言い方をするんだろう。そこは普通に「情報が伝わったのが後だったからなんじゃないのか?」で良いだろうに……あ、結局一緒か。

 

「つ、つまりわたくしだけではないと……?」

「いや、知らないけど……」

 

 というか、何で安易にその人の結果を伝えているんだろう。もしかして、「私を倒したのは今期ではあなただけよ」的なものなんだろうか?

 

「あ、あなた! あなたも教官を倒したというの!?」

「……負けたけど?」

「ふん。所詮男とはそういうものですわね!」

 

 安堵の色が見えたのは黙っておこう。というか、この人はさっきから素人に何を求めているんだろうか?

 

「ともかく落ち着いてよ、オルコットさん。別に教官を倒したことが入学許可証と一緒に送られて来たわけじゃないんでしょ?」

「そ、そうですが………」

「だったらその情報は確定じゃない。あくまで暫定的なものなんだから安易に信じちゃダメだよ。あと、そろそろ寝かせてほしい」

 

 言葉を詰まらせるオルコットさん。悔しそうに俺を見るけど、実際の話そうなんだと思う。

 ……冷静に考えれば、今僕は「君は恥ずかしい女だね」って指摘したことにならない? 気のせい?

 

 ―――キーン コーン カーン コーン

 

 またチャイムだ。これで連続で僕は眠れなかったことになる。……授業であまりの難しさにオーバーロードを起こさないか心配になってきた。

 何か捨て台詞を吐いて自分の席に戻っていくオルコットさん。織斑君も肩を竦めて戻っていくけど、やっぱり一発殴らせてほしくなった。



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ep.3 茶番に巻き込む、ダメ、ゼッタイ

 二度も睡眠をとることができなかった僕の精神的な体力は限界に来ていた。

 それでも、授業は授業。一つでも落としたら将来を棒に振ると考えておかないと、IS学園の授業には付いていけないと思っている。

 僕はいざという時のためにボイスレコーダーの電源を入れて、録音ボタンを押して放置した。

 

「それではこの時間は実戦で使用する各種装備の特性について説明する」

 

 ……武器それぞれに特殊能力でもついているのだろうか? ……いや、違う。絶対に違う。

 

「……ああ、その前に再来週行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めないといけないな」

 

 ……クラス代表者?

 そう聞いて、僕は学級委員みたいなものだろうか? と思ってしまった。中学の頃はいかにも「委員長」って雰囲気の男子が務めていたけど、カラオケで趣味全開な曲を歌って周りからドン引きされていた記憶がある。

 

「クラス代表者とはそのままの意味だ。対抗戦だけでなく、生徒会の開く会議や委員会への出席……まぁ、クラス長だな。ちなみにクラス対抗戦は、入学時点での各クラスの実力推移を図る物だ。今の時点で大した差はないが、競争は向上心を生む。一度決まると一年間変更はないからそのつもりで選べ」

 

 とまぁ、織斑先生はそう言っているけど、このクラスが誰を選ぶかなんて大体わかる。

 

「はいっ。織斑君を推薦します!」

「私もそれが良いと思います」

 

 だよね。こういう時に人当たりの良いイケメンはありがたい。だって人柱に最適だから。

 

「では候補者は織斑一夏……他にはいないか? 自薦他薦は問わないぞ」

「お、俺!?」

 

 逆に、このクラスは教員を除いて「織斑」という姓の生徒がいるのか聞いてみたくなった。

 

「席に着け、邪魔だ。さて、他にはいないのか? いないなら無投票当選だぞ」

 

 でもまぁ、知名度で言えば織斑君だろうけどクラス対抗戦で勝ち抜くことを考えればオルコットさんを推薦するべきだよね。当の本人は選ばれると思い込んでいたみたいだからこの選出には不満があるだろう。

 

「ちょ、ちょっと待った! 俺はそんなのやらな―――」

「自薦他薦は問わないと言った。他薦されたものに拒否権などない。選ばれた以上は覚悟をしろ」

「………じゃ、じゃあ、俺は時雨智久を推薦する!」

「僕は勉強が遅れそうなので辞退します」

「自薦他薦は問わないと言ったが?」

「動機が明らかに不純だって気付いていますよね!?」

 

 絶対に「男なんて俺以外にいるだろ」って感じで推薦しただろうし、織斑先生はそれに気付いているはずだ。

 

「待ってください! 納得がいきませんわ!」

 

 ………ここで出てくるんだ。

 彼女だって納得はいかないだろう。自分が選ばれるのが当たり前だと思っているはずだし、何よりもこの不当な選出には是非とも異議を唱えてもらいたい。

 

「そのような選出は認められません! 大体、男がクラス代表だなんていい恥さらしですわ! わたくしに、このセシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間味わえと仰るのですか!?」

 

 酷いことは言われているのは確かだけど、僕としては納得できる。確かに操縦経験がない男がクラス代表になって戦っても無様な試合しか見せないだろう。……君が屈辱を味わうのはどうでもいいけど。

 

「実力から行けばわたくしがクラス代表になるのは必然。それを、物珍しいからという理由で極東の猿共にされては困ります! わたくはこのような島国までIS技術の修練に来ているのであって、サーカスをする気は毛頭ございませんわ!」

 

 僕に関して言えば、完全に巻き込まれただけだからね。その辺りのことは理解してほしいな。

 それにしてもサーカスかぁ。サーカスだってあの派手さと技術の凄さは目を見張る……というか習得したいとは思うけどなぁ。………ところで、イギリスも島国じゃなかったかな? 僕の勘違い?

 

「いいですか!? クラス代表は実力トップがなるべき、そしてそれはわたくしですわ!」

 

 怒りのボルテージが上がっているからか、ハイテンションになっていくオルコットさん。実はこの時点でクラスの大半を敵に回しているんだけど、彼女はそのことに気付いていない。……織斑君はさっきまで理解が追いついていないみたいだったけど、今は違っていた。

 

「大体、文化としても後進的な国で暮らさなくてはいけないこと自体、わたくしにとっては耐え難い苦痛で―――」

「―――イギリスだって大してお国自慢ないだろ。世界一不味い料理で何年覇者だよ」

 

 とうとう言ってしまった織斑君。むしろイギリスって結構お国自慢あったような気がするけど。ビックベンとか、ベイカーストリートとか。

 

「あ……あ、あなたねぇ!! わたくしの祖国を侮辱しますの!?」

「先にしてきたのはそっちだろ!!」

 

 ……まったく、しょうもない言い争いだ。不毛だとも言える。

 どうしてそんな下らないことを言い争えるだろうか。どっちにも良悪は存在するって言うのに。

 

「決闘ですわ!!」

 

 そう言って机を叩くオルコットさん。

 

「おういいぜ。四の五の言うよりわかりやすい」

 

 そして簡単に受ける織斑君。その決闘を受ける前に内容を聞いた方が良いんじゃないかなって思うけど、僕には関係ないから黙っておく。

 

「言っておきますけど、わざと負けたりしたらわたくしの小間使い―――いえ、奴隷にしますわよ」

「侮るなよ。真剣勝負で手を抜くほど腐っちゃいない」

「そう? なんにせよちょうどいいですわ。イギリス代表候補生のこのわたくし、セシリア・オルコットの実力を示すまたとない機会ですわ!」

 

 ………うん。黙っておこう。実力どころか評価が下がりまくるかもしれないことは、本人が気づくことだ。

 

「ハンデはどのくらいつける?」

 

 頭を抱えていると、織斑君はそんな提案をしていた。

 

「あら、さっそくお願いかしら?」

「いや、俺がどのくらいハンデを付けたらいいのかなーと」

 

 途端、クラスに笑いが起こった。ほぼ全員が、心から笑っている。

 

「お、織斑君、それ本気で言ってるの?」

「男が女より強かったのって、大昔の話だよ?」

「織斑君は、それは確かにISを使えるかもしれないけど、それは言い過ぎよ」

 

 おそらく、この学園の生徒は本気でそう思っているのが大半なんだろう。男は女に勝てない。男が強かったのは昔の話だ、と。

 

(そんな考えがあるから、僕があんなことを言われるんだよね……)

 

 僕はふと、3月末に起こったことを思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――数日前

 

「………どうしよう」

 

 明らかに高級車と思われる車の中で、僕は思わずそう呟いてしまった。

 僕の両隣にいる黒服たちは敢えて聞き流してくれたようだけど、僕は少し恥ずかしくなった。

 

「着きましたよ」

 

 声をかけられ、黒服の二人が外に出る。僕は左の後部座席から外に出ると、先に連絡があったからか、「先生」が心配そうに僕を見ていた。

 

「……ただいま」

「お、おかえりなさい」

 

 僕らは仲が良い方だ。だけど今回ばかりは事が事だったのでお互いの態度が固い。

 すると僕が返ってきたことで、孤児院にいる子供たちが靴を履いて外に出てくる。

 

「おかえり、お兄ちゃん!」

「ねぇねぇ、遊ぼうよ!」

 

 ……羨ましい。

 この時僕はそう思ってしまった。

 

「みんな、智久君は疲れているの。だから大人しくしてちょうだい?」

 

 先生がそう言うと周りからブーイングが起こる。すると後ろから手を叩く音がして注目を集める。

 

「ダメでしょ、みんな。智久君は先生とお話があるんだから、大人しくリビングに戻ってね」

 

 その声の主が言うと、全員が大人しく、中には仕方がないという風に中に入っていく。

 先生とその声の主の女の子が残り、女の子が僕の方へと駆け寄ってくる。

 

「おかえりなさい、トモ君」

 

 「トモ君」とは僕のあだ名で、この孤児院で僕をそう呼ぶのは彼女―――「藤原幸那」だけだった。

 

「ただいま。それと、ありがとう。助かったよ」

「気にしないで。それに、トモ君が困っていたのは本当のことでしょ?」

 

 天使、っていうのは違うのだろうけど、僕にとっては幸那は天使だった。………まぁ、彼女が通う聖マリアンヌ女学園というネームバリューがある女子校では、常にトップの成績で中学2年の時点で各高校から推薦が来ているって話だけど。

 ちなみに僕が施設に来たのは今から7年前。9歳の時だ。その時には既に幸那がいて、歳が近くてまだ人が少なったので仲良くなった。

 

「うん。悪いけど、もう少しあの子たちの相手をしてもらえないかな。僕はちょっと大事な話があるから」

「わかった」

 

 幸那も中に入っていく。僕もそろそろ来ると思われる役人さんを待つ前に一度自分の部屋に戻って荷物を置いて来ようとすると、車のブレーキ音がしたので僕は振り向いた。

 後部座席から女性が降りてくる。……てっきり男性が来ると思ったから、僕は素直に驚いていた。

 こちらに歩いてくる女性は自信に満ち溢れているようで、オーラが凄い。

 

「あなたが時雨智久君ね。初めまして、私は女性権利主張団体―――通称女権団の外交を担当している「鈴木玲奈」です。よろしくね?」

「………女権団の人間が一体何の用ですか?」

 

 政府の人間としてではなく、女権団の人間と紹介した時点でなんとなく察しは付いたけど、僕は確認する。

 

「無駄話はするつもりはありませんので、単刀直入に言わせてもらいます。あなたにIS学園に入学するのではなく、研究施設に入っていただきます」

「………はい?」

 

 この人は何を言っているのだろうか? 僕はIS学園に入学が決まっているって話なんだけど……。

 

「わからないって顔をしているわね。良い? 私たちはね、IS学園にあなたのような男を入れたくないのよ」

 

 女尊男卑ここに極めり、か。

 

「ここは随分と小汚い孤児院ね。だったら―――」

 

 指を鳴らす鈴木さん。すると後ろからスーツ姿の女性が複数現れ、アタッシュケースを開く。

 

「ここにこの施設を改築しても余りある金額があるわ。この男を施設を連れて行くというなら、この金を―――」

「ふざけるのも大概にしなさい」

 

 ―――初めてだった

 

 いつも笑って子どもたちを見守っている先生が、怒りを露わにしているのだ。

 

「さっきから聞いていれば、随分と生意気な口を利くのですね。ISがあるから強がっているようで実際は逆。ISがなければ男と戦うこともできない臆病者が、あまり生意気なことを言わない方が良いですわ。それに、既にこちらとしては話はついています」

 

 すると、今度は別の車が停車してクラクションを鳴らす。

 

「そこの車、すみませんが道を開けてくれませんか? 私たちはこちらに用があるのですが」

「何? こっちが先約よ。おじいさんはさっさと帰りなさい」

「―――それは、私が相手でも同じことを言えるのでしょうか?」

 

 遠目から見て、一般車両と思われる車から老婆が……と言ってもハツラツしているが、女性が降りてきた。

 

「………あなたは」

「轡木菊代です。IS学園の学園長をしています」

「IS学園の……ええええッ!?」

 

 僕の耳にもしっかり聞こえた。まさかIS学園の学園長が現れるなんて思ってな―――

 

「あ、菊ちゃん。こっちこっち」

 

 ……実は後から知ったが、轡木菊代さんと先生は友人で、僕のことを知った先生はすぐに菊代さんに頼ったのだという。僕は知ることがなかった人脈と酔った酒乱二人の相手をして、気が付けば付き人らしい老人に肩に手を置かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後で挨拶に行こうと心に決めた僕は、改めて現実を直視することにした。

 

「……じゃあ、ハンデはいい」

「ええ、そうでしょうそうでしょう。むしろ、わたくしがハンデを付けなくてはいいのか迷うくらいですわ。ふふっ、男が女より強いだなんて、あなたはジョークセンスがあるようですわね」

 

 さっきまでとは違って、オルコットさんは嘲笑を浮かべている。

 

「ねー、織斑君。今からでも遅くないよ? セシリアに言って、ハンデ付けてもらったら?」

「男が一度言い出したことを覆せるか。ハンデはなくていい」

 

 何でそんな過去に在りそうな感じのルールを出すのかね、彼は。

 

「えー? それは代表候補生を舐めすぎだよ。それとも、知らないの?」

 

 その言葉に黙ってしまう織斑君。どうやら彼も知らないようだ。僕も当然知らないけど。

 

「さて、話はまとまったな。それでは勝負は一週間後の月曜。放課後、第三アリーナで行う。織斑とオルコット、それに時雨はそれぞれ用意をしておくように。それでは授業を始める」

「……あの、先生。ちょっといいですか?」

 

 僕は織斑先生にストップをかけた。だって今、あり得ない言葉が聞こえたんだもの。

 

「何だ時雨」

「えっと、どうして僕が巻き込まれているんですか? これって、二人の個人的な決闘じゃないんですか!?」

「何を言っている。これはクラス代表を決める戦いだ。ならば、貴様も参加するのは道理だろう」

「いやいやいや、勝負はISで、ですよね!? 僕は素人ですよ!? 織斑君は当事者ですし勝手に暴走して決めたのだからともかく、僕は関係ないでしょう!!」

 

 体力勝負ならまだ自信はある。けど、IS勝負だよ!? 僕、多少は戦闘系には縁があったけど、空を飛ぶしIS操縦が複雑だってことぐらいは容易に想像がつく。それが、代表候補生相手に試合? 冗談じゃない!!

 

「だから言っただろう。これはクラス代表を決める戦いだと。貴様は織斑に推薦されていた。だから貴様も出る資格がある。理由がどれだけ不純だろうが、選ばれた以上は覚悟をしろ」

「理由としては正論でしょうが、辞退すらできないなら戦闘を拒否する権利ぐらい設けるべきでしょ!」

 

 途端に周りからヒソヒソと話がされる。どうやら僕があまりにも拒否するから失望でもしたのだろう。……あまり興味ないけど。

 

「大体、相手は代表候補生だったら、実力も遥に格上………」

 

 僕はあることに気付いて言葉を止める。

 

 ―――どうして誰もこの戦いに異議を唱えない?

 

 普通に考えればわかる。僕や織斑君は最近動かせることが判明した素人。織斑君は安易にとはいえ承諾したのだからともかく、僕は物凄く嫌がっているのに全員は平然としている。

 

「…………織斑先生」

「今度は何だ?」

「仮に僕が出場することを承諾したとして、訓練機を一週間、僕にだけ貸し出してアリーナを使える分は授業をサボっても容認し、使用許可を出す。その条件を呑んでくれますか?」

 

 途端に教室内が騒がしくなる。それもそうだろう。僕が今言ったのは、アリーナをできる限り使えるようにすることと、ISを一週間という限定付きだが、自分専用として使わせることなのだ。

 

「無理だ。IS1機をおいそれと用意できるものではない。アリーナも二年や三年が使用している時もある」

「ですが、必ずしもすべて使用しているわけではないでしょう? IS学園にもコマが少ないとはいえ一般教養は存在する。場所は問いませんし、使えるなら遠くても構いません。ISだって、授業一つにすべてを出すことはない。放課後にも貸し出す必要があるから。その分を一つ削って、僕に貸して欲しいと言っているんです」

「わがまますぎるぞ」

「戦いたくない素人を玄人と戦わせようとするあなたが言えたことじゃないと思いますけど?」

 

 ここで織斑先生が折れれば良いけど、プライドを含めてたぶん彼女はしないだろう。

 

「ともかく、決まったことに変更はない。話は以上だ。これ以上広げるならば罰則を科す」

「……わかりました」

 

 ここまでの話で、彼女が僕を出したがる理由がはっきりした。

 一つは僕が都合の良い犠牲者になるからだ。織斑君がオルコットさんと戦ったら、よほどのことがなければ負けは確定。だけどそこに僕が加わったら、織斑君の中傷は半分になるどこか場合によっては僕の方に男が気に入らない方が向く。

 そしてもう一つ。彼女も結局は女尊男卑思想を持つ女だということだ。僕が無様の姿を見せれば彼女だって喜ぶ。そういうことだろう。

 

(………どっちにしろ、ここは完全なアウェイか)

 

 女にもまともな思考を持っている人は少なからずいる。でもIS学園は大半が男を否定する人間だらけだということがよぉくわかった一日になった。




でもまぁ、いくらIS学園って言っても普通は素人を玄人にぶつけはしませんよねぇ? あれ? そんな感覚を持ってるのは私だけ?


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ep.4 織斑君はおバカ君

サブタイトルの語呂が良くてテンション上がりました(笑)


 放課後、僕は心身共に疲れていたのでぐったりしていると、織斑君がこっちに近付いてきた。

 

「智久、大丈夫か?」

「どこかの誰かさんに安眠だけでなく学生生活すら妨害されたって言うのに、大丈夫だって本気で思ってる?」

「いや、あれは千冬姉が……」

「そもそも、君が僕を犠牲にしたせいで僕は巻き込まれたんだけど? 普通に考えたら同じ男でも君しか名前が挙がらなかったってことは僕には興味がないかクラス代表にしたくないのどちらかだよね? それとも、君はそんなことすらわからないお馬鹿さんなのかな? だとしたらIS学園に来る前に精神科……じゃない、脳神経外科にでも行くべきだと思うよ」

「………ちょっと毒舌過ぎないか?」

 

 僕自身もこれだけ話すことに驚いているけど、今は目の前にいる馬鹿に説教することが大事だと思う。

 

「この程度で? まぁ、君にでもこうして言っておかないと、オルコットさんに対して色々と言いそうだからさ」

「要は八つ当たりかよ!?」

「そうとも言うけど、君の考えなしに巻き込まれた僕は絶賛不幸な目に遭っているわけだけど?」

「……本当にすみませんでした」

 

 謝る織斑君に僕は敢えて「良かろう」と言うと、狙ったのか、それともずっとか僕の方を見て女生徒たちが話をしている。中には睨んでいる人もいて、織斑君もその人たちに気付いたようだ。

 

「なぁ、智久。どうしてあの人たちは智久を睨んでいるんだ?」

「……意外と目ざといね。それはたぶんあの時の僕の発言が原因じゃないかな?」

「あの時?」

「僕が君のお姉さんに対して期間限定で専用機を要求をした時のことだよ」

 

 織斑君が記憶を探り、たどり着いた時に納得したようだ。

 

「ん? それの何が悪いんだ?」

「……織斑君、ISが最高でどれだけの数が存在するか知ってる?」

「………知らない」

 

 ……えっと、そこから?

 まさかの事態に僕はありえないものを見る目で織斑君を見て、咳払いをする。

 

「織斑君、今すぐノートを用意しなさい」

「え? 何で―――」

「お勉強の時間です」

 

 怠そうな声を上げる織斑君。だけど僕のスイッチが入っているので止まらない。

 

「あのね、織斑君。ここは仮にも進学校だよ? ISの勉強だけじゃなくて一般教養の授業スピードも早いんだよ? 今の時点でそんなんじゃ、来年はもう一度君は1年生確実だよ」

「うっ……それは困る」

「でしょう? だったらわからなくてもノートは取らなきゃ。特に君は僕と違って参考書を捨てているんだからもう少し危機感を覚えた方が良いよ」

「……でも、なんかしっくり来ないんだよな……」

 

 このままじゃ織斑君は落第決定かもしれない。まぁ、その時はその時だ。彼が留年したら精々弄ってやろう。

 

「で、ISの最高作成可能数だけど、467機だから」

「え? たったそれだけなのか? っていうかよく知ってるな。あの時は智久も手を挙げてただろ……」

「……織斑君。そろそろ君は屋上からバンジージャンプするべきだと思うんだよね。もちろん、ロープではなく手芸に使う糸ぐらいが君はちょうどいいと思うよ」

「そんなものじゃ死ぬだろ!?」

 

 それが目的なんだけど……?

 僕が出す威圧感に織斑君は体を引かせる。

 

「……話を戻すね。ISは最高でも467機。これは篠ノ之束博士がそれだけしかISの核となるISコアを各国に渡さなかったから、各国はそれぞれコアを割り振ってISコアの研究、ISの開発を行っているってわけ。で、何故僕は「最高」という単語を付けるのかというと、ここからは陰謀論の範疇だから聞き流してくれて良いんだけど、各国は当然ISコアを開発してより軍事力を高めようと思っている」

「え? ISってスポーツじゃないのか?」

「ミサイルや戦車の砲弾が効かない時点でどれだけ偽っても結局は兵器として見ていると思うよ。ここもあくまで空想の範疇だから実際はわからないけどね」

 

 何故ここまで僕が考えているかというと、僕自身の考えがアニメとかの影響で偏っているからだと思う。

 まぁ、そんな考えはこれまで孤児院では見せなかったし、見せる必要はなかったんだけどね。…逆に怖がらせるだけだから。

 

「で、彼女らが僕を敵視する理由は、その少ないISを1機都合しろって言ったから怒っているんだよ。彼女らにとってISを個人的に所有するのは一種の憧れでもあるんだよ。じゃあ、例え話をしようか。例えば織斑君の好きな人が所有している物が中々手に入りにくい……そうだね。パンツとかどうだろう」

「え、ちょ、それって……」

「何を慌ててるさ。パンツぐらい誰だって履くだろう?」

「例えがおかしいだろ、例えが!?」

 

 何をそんなに慌ててるのだろうか? たかが女のパンツぐらい、姉がいるんだったら見たことあるだろうに。

 

「もしかして、ここでパンツの話をするのが嫌なの? ただの例え話なのに」

「いやでも、流石にまだ残っている人もいるし………」

「じゃあ、ブラジャーの方にする?」

「どっちもアウトだ!」

「そう? 大体、僕らみたいに常日頃から女と一緒にいれば嫌でも触るでしょ。君の家の事情は知らないけど、少なくとも一度や二度は姉の下着を洗濯したりするだろうし」

 

 僕にとって女性の下着とはそういうものだ。日頃からそういった物は干しているし………あれ? そう言えば最近幸那のものは干してないな。彼女も年頃ということか。

 

「いや、確かにそうだけどさ。だからって女子校で下着の話は………」

「でも、消しゴムとかって探せば普通に売ってるけど? リコーダーや鍵盤ハーモニカだって手に入れようと思えばできるし。となれば、男で女の物を手に入れにくいとしたら下着でしょ?」

「…………そ、そう言う問題か?」

「そういう問題だよ。他に何があると言うんだい? で、話を戻すけど、ブラ―――」

「お願いします。消しゴムにしてください!」

 

 僕はため息を吐いて話を再開した。

 

「じゃあ、仮にだけど数が少ないから数億は下らない消しゴムを、君が好きな女子が持っていたとしよう。君はその子が持つ消しゴムが欲しくてたまらないのに、クラスにいる別の男子がその子のことが好きでもないのにもらっていたら怒るだろう?」

「…………そうだけど」

「つまりそういうことだよ。僕はISの専用機は欲しいとは思わないし、彼女らが怒ってもしばらくはもらえないから空回りしているんだけどね」

 

 というか、あまり必要性は感じないっていうのが本音だ。

 そもそもISに乗れるから、それがどうしたって話である。機械に興味はないと言うつもりはないが、それでもISにはあまり関心は持てなかった。

 

「とまぁ、大体女子たちの気持ちを理解したところで、さっきから何をしているんですか、山田先生」

「え? あ、その………」

 

 顔を赤くしていたということは僕らの話を聞いていたのだろう。おそらく、僕らがパンツだのブラジャーだのと話していたから、空気を壊していいのかわからずに立ち往生していたということかな。

 

「大方、僕らに用があったけど下着の話を聞いて出るに出られなかったんですね」

「………うぅ」

 

 泣きそうになる山田先生。彼女がこの学園の教師をしていなかったら、今頃は男たちから引く手数多だったかもしれない。

 

「それで、僕らに一体何の用だったんですか?」

「え、えっとですね、寮の部屋が決まったのでそのお知らせをと思いまして」

 

 ………ああ、そういうことね。

 ちなみにIS学園は、将来の国防を担う女学生たちが誘拐されないように全寮制になっている。

 

「え? 俺の部屋ってまだ決まってないんじゃなったですか? 前に聞いた話だと、一週間は自宅から通学してもらうって話でしたけど」

「そうなんですけど、事情が事情なので一時的な処置として部屋割りを無理やり変更したらしいです。……織斑君はその辺りのことを政府から聞いていますか?」

 

 たぶん聞く時間なんてなかっただろう。だって、休み時間は事あるごとに僕の休眠を邪魔してきたのだから。

 

「そう言うわけで、政府からの特命もあって織斑君を寮に入れるのを最優先したみたいです」

「え? じゃあ智久は最初から寮に入ることが決まっていたのか?」

 

 僕に質問してくる織斑君。僕は頷いた。

 

「そもそも、君が寮に入ることが決まっていない事自体、危機管理リスクを犯していると思うけど?」

「え? 一体どういう………あ、じゃあ着替えなどの荷物はどうするんですか? これから取りに帰るんですか?」

 

 いや、それじゃあ何のために寮に入ることになったのかって話だろう。

 

「いえ、荷物でしたら―――」

「私が手配をしておいてやった。まぁ、生活必需品だけだがな。着替えの他には洗面道具と携帯電話の充電器があればいいだろう? ありがたく思え」

 

 まぁ、今の織斑君にはそれで十分だね。………本人は凄く不服そうな顔をしているけど。

 

「じゃあ、時間を見て部屋に行ってくださいね。夕食は6時から7時、一年生用の食堂を使ってください。ちなみに部屋にシャワーがあります。大浴場もあるにはあるのですが、今のところお二人は使うことができません」

「え? 何でですか?」

「………僕にはその勇気はないよ、織斑君」

 

 まさかこの人、女子が入っている最中に突貫する気なのかな?

 

「アホかお前は。まさか同年代の女子と一緒に風呂に入りたいのか?」

「あー………」

 

 ようやく彼は自分の言葉がどういうことかを指したのか理解したようだ。と、ここでふと疑問が上がったので質問してみる。

 

「でも、時間をずらせば僕らも入ることはできるんじゃないですか? 時間はわかりませんが大体時間制でしょ? 10時以降の人たちを少し早くするなどすれば、問題ないと思いますけど?」

「えっと、それはみなさんが困りますというか……」

 

 山田先生が言葉を濁す。どうやら僕は彼女らにとってマズいことを聞いたらしい。

 

「まさか、僕らが変なことをするとか思っていませんよね? 例えば、女子が入った後のお湯を飲むとか」

「え? そんなことをするんですか?」

「………山田先生、普通に考えてそんなことをするわけないでしょう?」

「そ、そうですよね」

 

 その割には随分と汗をかいているようですが、まさか本気にしていませんよね、山田先生。

 

「時雨、そこまでにしろ。………まぁ、実際そう言う意見がなかったわけではないがな」

 

 え? いたの? あくまで例のつもりだったのに。

 

「えっと、それじゃあ私たちは会議があるので、これで。お二人とも、ちゃんと寮に帰るんですよ。道草くっちゃダメですよ」

 

 ……50mしかない距離でどうやって道草を……あ、

 僕は鞄を持って、渡された鍵を持って教室を飛び出す。道草を食わないといけないことに気付いたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕が向かったのは学園長室。ここに、僕の目当ての人がいる。

 ドアをノックすると、返事があったので入室する。もちろん「失礼します」は忘れない。

 

「よく来ましたね。てっきり今日は来ないと思っていたのですが」

「すみません。織斑君と談笑していました」

「……そうですか。てっきり、あの騒ぎで距離を置くかと思いましたよ」

 

 ……既に彼女の耳にもあのことは届いているようだ。

 

「……僕は凄く不本意なんですがね」

「気持ちはわかります。ですが、彼女も必死なんでしょう。性格と口が矯正されればまともになるのですが」

 

 ……もはやそれは別の人間なのでは? そう思ったけどなんとかこらえる。

 

「ところで智久君。君がここに来たということは、専用機のことでしょうか?」

「いえ。改めてお礼を言おうと思ったんです。一歩間違えれば、僕はここにいませんでしたから……本当は、和菓子とかを持ってきた方が良かったのかもしれないんですが、それはまた後日で……」

 

 すると菊代さん……いや、学園長は2、3度瞬きをして噴き出した。

 

「…わざわざそんなことを言いに来たのですか?」

「はい。……やはり迷惑でしたか?」

 

 きっと僕らのせいで仕事が忙しくなっただろうから。

 

「いえいえ。ただ、少し驚いただけです。……ところで、専用機ですが希望とかはありませんか?」

「専用機は、しばらく必要はありません。あの試合、当日はボイコットの予定なので」

 

 そう言うと学園長は呆気にとられたようだ。

 

「そもそも、私は操縦者というよりも技術者として大成したいんです。確かにいずれ乗る必要はあると思いますが、何も相手が代表候補生じゃなくても良いでしょう。それに何より、向こうは手加減を知らないでしょうし、何より、あの女がムカつくので」

「………そうですか」

 

 僕は学園長と少し話し、それから部屋を出て寮に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 智久が出て行った後、菊代はため息を溢してテーブルの上に置いてあった資料を見る。幸い、いつも使用している筆記用具の上に置いてあったので、智久からは見えていないようだった。

 

(……本当に、あの人は厄介事しか持ってこない)

 

 智久が「先生」と呼んでいる女性を思い出した菊代はもう一度ため息を吐く。

 

「改めて話してみましたが、本当に良い子じゃないですか」

「………確かに、人柄は良くて一生懸命なのは理解できるんですがね」

 

 ―――それでも、私たちにも警戒はしていますよ

 

 敢えて途中で言うのを止めた菊代。いつの間にいたのだろうか、用務員の姿で学園長室にいた十蔵は最後まで言わずとも理解していた。

 

「………やはりそれは仕方のないことでしょう。結局、誘拐された挙句にあのようなことをされれば、普通の世の中でも極度の女性嫌いになります。知ってます? あなたと話をしていた時も彼は恐怖を感じていたようですよ?」

「……本当ですか?」

「ええ。それほど彼は女性が苦手なんでしょう。大目に見てあげてください」

 

 そう言って十蔵は机の書類を一枚取ってその部屋を出る。一連の動きがあまりにも無駄がなかったが、菊代はなくなっている紙がどんなものか知っているのでため息を吐いていた。

 

「……やれやれ」

 

 心からため息を吐く。

 彼が出る前に取った書類にはこう書かれていた。『二人目の男性操縦者「時雨智久」に対する処遇』と。

 そこには近日中に時雨智久に関してどう対応するかの項目が並べられており、「実験台」にするようなことが書かれている。おそらく菊代に送れば許可してくれるだろうと思ったのだろうと十蔵は考える。そして、それを書いた(あるいは書かせた)犯人に電話をする。

 

『……何だ?』

「いえ。どういうことかと思いまして」

『…何の話だ?』

「どういう了見で、うちの生徒を「実験台」として研究所に連れて行こうとしたのか教えてもらおうかと思いまして」

 

 ―――ピシッ

 

 おそらく今の十蔵を見れば、例えIS学園で揉まれた女性であろうと裸足で逃げ出すに違いない。それほどまで十蔵から出る殺気は濃く、傍から見れば彼がいる空間が歪んでいるように見えるからだ。

 

『だ、大体、二人目は最初から研究所に連れて行くつもりだったんだ。なのに、そっちが勝手に―――』

「あなたは本当に彼の資料を見たんですか? 今の彼の保護者は「北条」ですよ?」

 

 それを聞いた電話の相手の声は震えた。

 

『北条だと!? 更識同様の暗部の1つ―――』

「ええ。確かに彼女は家とは絶縁しているようですが、「武闘派の北条」がどれだけ家族の付き合いを大切にしているかはあなたも知っているでしょう? そして彼らが使う手法も」

『………わかった。しかし、私1人の行動でも限界があるぞ』

「構いませんよ」

 

 十蔵は電話を切り、紙を原型が留めないほどに破って破棄した。



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ep.5 マイペースな同居人

今回で同居人が判明


 部屋についた僕は、その広さに唖然としていた。パンフレットではどんな風なのかはわかっていたけど、広さが想像以上にあったからだ。

 

「ベッドが高い。アメリカのベッドって日本よりも高いらしいけど、その人たち用かな?」

 

 誰もいないので、独り言を呟いた。

 それにしても随分と豪華だ。こんなことに税金を使うなら、孤児院にも回してくれればいいのに。

 

 ―――コンコン

 

 ドアがノックされる。荷物を手前側のベッド近くに置き、僕はドアの方に移動した。そしてゆっくりドアノブに手をかけると、もう一度ドアをノックされる。

 

 ―――ガチャ

 

 ドアを開くと、僕と同じくらいの身長をした女の子が立っていた。見た目からして、動作がゆっくりとしていると思う。

 

「あ、しぐしぐだー」

 

 誰、その人。

 そう思ったけど、改めて考える。もしかしたらそれは僕のあだ名というものかもしれない。

 それにしても何で女子が? ……明らかに彼女の荷物は多いし、遊びに来ただけならスーツケースはいらない。

 

「えっと、君が同居人なの?」

 

 どこかで見たことがあるような無いような……思い出せない。もしかしたら、会ったのは最近かもしれない。

 

「ねぇ、しぐしぐ」

「何?」

「もしかして、今日会話したの忘れてる~?」

 

 ……………あ。

 もしかして、織斑君がシノノノさんに連れて行かれた後の事を言っているのかな? ……いや、たぶんそうだろう。……つまり、

 

「僕は君を殴りたいから殴っていい?」

「満面な笑みを浮かべて怖いことを言わないでよ~」

「だって、僕の貴重な安眠の邪魔をしてきたし。それに大丈夫。僕は生来まともに他人を殴ったことがないから威力とかはそんなにないと思うよ?」

「それってつまり加減ができないとも取れるよね!?」

「そうとも言う」

 

 部屋の前で震えあがる女の子。そこで僕は流石にやり過ぎたことに気付いたので声をかける。

 

「ともかく、中に入りなよ。流石にそろそろドアを閉めたいし」

「…殴らない?」

「うん。でも、これからは寝かせてね」

 

 頷く女の子を僕は満足そうに見て、中に入れてドアを閉める。

 

「………そういえば、君の名前って?」

「布仏本音だよ。よろしくね、しぐしぐ」

「……慣れないな、その呼び方は」

 

 聞き覚えがあるような無いような、そんな彼女の名前に密かに「ヘンテコ」と思っておく。

 

「でも、まさか女子と同居なんてね。部屋を間違えているとか?」

「じゃあ、部屋の鍵を見せ合いっこしようよ~」

 

 その提案に賛成した僕は布仏さんに鍵を見せると、番号が一致していた。ちなみに部屋の番号は「1055」。

 

「一緒だね」

「一緒だね~」

 

 認めたくない現実だった。……でも正直、あのお馬鹿な織斑君と同居するよりもマシかもしれない。

 とりあえず僕は荷解きをして私物を机やベッドの端に設置していく。どれくらい時間が経ったのかわからないけど、その日は持ってきていた冷凍チャーハンを美味しくいただくことにした。

 

「ねぇねぇ、今度の試合はどうするの~?」

「試合? ああ、あれね。ボイコットするけど?」

「…………」

 

 僕は平然と答えてシャワーの準備をする。今日は色々あって疲れたから先に入らせてもらうことにした。シャワーの時間とか決めていないけど、シャンプー類もタオルも別々だから問題ないだろう。

 それを終えた僕は、早速今日の復習と予習を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 習慣というものは辛い。

 朝早く目を覚ました僕は、いつも通りジャージに着替えて外に出る。眠気は既にないのは、いつも4時前に起きていたからだろう。

 新聞配達はないし、これからは体力が必要になるからどっちにしろ毎朝トレーニングは必要だろう。そう判断した僕は二度寝は止めて外に繰り出したのだ。ちなみに僕の左手には地図があり、今日からしばらくはどこまで走ればいいか確認するつもりだ。

 

「うん? 時雨じゃないか。随分と早いんだな」

「……織斑先生」

 

 まさかこんな時間に会うとは思わなかった。

 

「おはようございます。こんな朝早くからレズプレイの妨害ないし混ざろうとするなんてご苦労ですね」

「おい待て。貴様は私のことを何だと思っている」

「女尊男卑で片っ端から生徒を食べて歩いている重度のレズですよね?」

「私はノーマルだ。それに女尊男卑ならば織斑はここにいないはずだが?」

「自分の価値を高めるため利用したとも考えられますよね。むしろ、自分の弟を売ると体裁が悪いから敢えてIS学園に入学させたとも取れますし」

「………貴様は要らぬ方向に頭が悪いな」

 

 呆れるようにそう言った織斑先生に僕は反論する。

 

「そうでもしないとこの学園では生き残れないことくらい、容易に想像できるからですよ」

「知り過ぎれば、己の身を滅ぼすことになるぞ?」

「例えば、この学園が各国の思惑が渦巻いているのにも関わらずにまともな支援金を送ってこないとかですか?」

 

 適当に言うと、織斑先生の表情は険しくなる。

 

「何をそんなに驚いているんですか。最初の方に書かれていることを少し考えれば誰だってわかることですよ……と言いたいですが、そうでもないかもしれませんね。そうじゃなければ女尊男卑なんて存在しませんし。……まぁ、あなたを中心にどっちみち起こりそうですが」

「……何度も言うが、私は女尊男卑ではない」

「どちらにしろ、男にとってあなたのような存在は目障りかと思いますが?」

 

 そう言って僕は少し早く走る。引き離そうと思ったけど、普通についてこられるから彼女の基礎体力はかなり高いと思う。

 

「………目障り、か」

「ええ。理解者がいるならともかく、今みたいになるとそれも難しいでしょうね。どうです? 自分が収まるべきところに場所に収まろうと思うなら今の世界をぶち壊してみては」

「…何でそう平然と出てくるんだ」

「今の世界に少なからず不満があるからですよ」

 

 僕はさらにスピードを上げようとしたけど、これ以上は僕の体力が限界を迎える。普通に走り続けていると織斑先生が感心しながら僕に言った。

 

「しかし、随分と体力が持つな。そこは誇っていいと思うぞ」

「そうですね。自転車ではなく敢えて走って新聞配達したことがこんなところで目が出るとは思いませんでした」

「……貴様もしていたのか。最近の男子生徒はそういうのが趣味なのか?」

「僕の場合は仕方なくですよ。孤児院暮らしだとハングリー精神は鍛えられますから」

 

 ……言いながらそうでもなかったことを思い出したのは秘密である。

 それから感心してかなり絡んでくる織斑先生をどうにか振り切ろうと考えていると、気が付けば寮に戻っていた。

 部屋に戻ってシャワーを浴びようとすると、

 

「しぐしぐ~私のお菓子食べないで~」

 

 6時過ぎたというのに、同居人はまだ夢の中だった。シャワーを浴びてまだ寝ていたら起こすことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらく時間が経ち、僕は寝惚け眼の同居人を連れて食堂へと移動している。周りからは何故か僕らを見て温かい目を向けられているけど、どうしてだろう。

 

(ともかく、早く行かないと遅刻しちゃうよ)

 

 大体、何で僕が顔を洗っている時に早く着替えてくれないんだろう。女の子の用意は無駄に長いし、もう少しで放置していくところだった。

 

「しぐしぐー、早いよぉ」

「君が遅すぎるんだよ。大体、待ってほしいなら待ってほしいで早く起きて準備してよ」

「だってぇ」

「だっても何もないでしょ! 時間厳守は人間の基本!」

 

 怒鳴ってからため息を吐いて食堂の中に入る。そして素早く食券を二人分購入して渡し、来るのを待った。

 

「はい、朝のフレンチセットお待ち」

「ありがとうございます。はい、これ持って」

「うーん」

「今すぐ起きないと夢みたいに君のお菓子を食べるよ」

「それはダメ!」

 

 さっきとは打って変わって布仏さんが本気で拒否をした。どうやらそれが彼女の弱点のようだ。

 

「……ねぇ、どうして私が見ていた夢のことを知ってるの?」

「君が寝惚けて言ってたんだよ」

 

 じゃないと、わかるわけがないだろうに。……まぁ、他人が見ている夢を確認できる装置があれば話が別だけど、僕はそんなものは持っていない。

 周りを見回して空いている席を探す。だけどある一点を除いてはほとんど女生徒が占領しているので僕は仕方なく織斑君がいる席に向かった。

 

「おはよう、織斑君」

「おはよう智久。俺のことは一夏でいいぜ。同じ男子だし、仲良くしないとな」

「そう? そんなことはどうでもいいけど、君は早速ハーレムを作ったみたいだね」

 

 彼の正面に座り、両手を合わせて早速食事を始める。

 

「は、ハーレムって……彼女らはさっき合流しただけだよ」

「まぁ、そんなことはどうでもいいんだけどね」

「ど……どうでもいいって……」

「だって今の僕らには彼女とか作っている暇なんてないでしょ。それに、クラスメイトの名前なんて覚える暇があるなら僕はISのことに力を入れるかな。………ところで、さっきから僕を睨んでいるポニーテールの子は誰?」

「え? 昨日話しただろ?」

 

 本気で驚かれる。僕が昨日話した生徒は織斑君にオルコットさん。そして布仏さんに……ああ。

 

「もしかして「の」が三つある「シノノノ」さん?」

「覚え方が独特だな……」

「覚え方なんて人それぞれだしね。まさかそんなに背が高くて胸が大きい人だとは思わなかったよ」

「む、胸だと。貴様、どこを見ている!?」

 

 指摘された場所はどうやら彼女にとってマズいようだった。

 

「相手の特徴を覚えるには必要なことだよ。でも、僕は君ほど大きい胸を持った女性は見たことないかな。間違っても保母さんにはならない方がいいかもね。最近の子どもって結構積極的だから平気で君の胸を弄りに行くだろうから。でも、好きな男がいるならその人の好みによるけど有利になるんじゃないかな?」

「……き、貴様は恥じらいを知らないのか!?」

「………恥じらったところで僕に何の得があるんだい? それとも君は好きでもない異性のウィークポイントを見て発情してしまう変態さんなのかな?」

 

 コーンスープを飲んでからそう答えると、篠ノ之さんは顔を真っ赤にして立ち上がった。

 

「一夏、私は先に行くぞ!」

「……お、おう……」

 

 そう言って彼女は食器類を返して食堂を出て行く。その姿は背筋が伸びていて綺麗……だと思うけど、怒りで歩き方が乱れていた。

 

「智久、今のは言い過ぎだぞ」

「そうだよ~、おりむーの言う通りだよ~」

「そう? まぁ、どっちにしてもあれなら負け確だから下手に夢を見せるよりも良いんじゃない?」

 

 そう言うと女三人は苦笑いをする。どうやら彼女たちもなんとなく察しているようだ。

 唯一織斑君だけが気付いていないようだけど、教えるほど流石に僕は鬼じゃない。

 すると食堂内に手を叩く音が響いた。

 

「―――いつまで食べている! 食事は迅速に効率よく取れ! 遅刻したらグラウンドを10周させるぞ!」

 

 その声に周囲は急ぎ始める。僕も少し急き気味に食事を取る。まぁ、遅れると言っても時間はまだあるし問題はない。

 

(明日は放置しよう)

 

 隣に座る布仏さんを見ながら僕はそう決意した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで、ISは宇宙での作業を想定して作られているので、操縦者の全身を特殊なエネルギーバリアで包んでいます。また、生体機能も補助する役割があり、ISは常に操縦者の肉体を安定した状態へと保ちます。これには心拍数、脈拍数、呼吸量、発汗量、脳内エンドルフィンなどが挙げられ―――」

 

 三時間目、山田先生によって授業が進められているが途中で疑問に思った生徒が質問を飛ばす。

 

「先生、それって大丈夫なんですか? なんか、体の中を弄られているみたいでちょっと怖いんですけども……」

 

 確かに、様々なものをモニターされるなんていい気分ではないのは確かだ。なんか、段々乗りたくなくなってきたんだけど。

 

「そんなに難しく考えることはありませんよ。そうですね、例えばみなさんはブラジャーはしていますね。あれはサポートこそすれ人体に悪影響が出ると言うことはないわけです。もちろん、自分にあったサイズのものを選ばないと型崩れします……が………」

 

 説明途中で織斑君とバッタリ視線があった山田先生は言葉を切る。そして何故か僕の方も見て乾いた笑いを漏らした。

 

「え、えっと、いや、その……男の子はそんなものをしていませんよね。わ、わからないですよね……この例え。あは、あははは……」

「山田先生、質問良いですか?」

「え? 何でしょう……」

 

 まさかこのタイミングで質問されるとは思わなかったらしい山田先生。しかし、僕には正直関係上どうでもいいので遠慮なく飛ばした。

 

「つまりISを装備してれば、理論上は大気圏突入を単機でできるってことですか?」

「え? あ、はい。理論上ではISによるバリアで温度なども突入可能です。しかしこれまでそのようなことをした人は一人もいないので、あくまでも理論上なんですが……」

「そうですか。ちょっとつまらないですね」

「ど、どうしてですか? そもそも今は宇宙での運用は行っていないのでそのような危険なことをする必要はないと思いますが………」

 

 やっぱり、僕としてはそう言う体験は一度と言わず何度もしたいわけだ。ISでできるならしたみたいけど、流石にすぐには難しいかな。………まぁ、もっと希望するならどこかの自由天使みたいに戦場に舞い降りて古巣が壊される寸前に助けてみたいけど。

 

「要はアレです。男のロマンって奴です」

「……は、はぁ……」

 

 でも、公表されている範囲で調べてみたけど僕が欲しいって思うISが無いんだよね。ラファール・リヴァイヴっていうのを少し改造すればそれなりにはらしくなると思うけど。

 

「そ、それともう一つ大事なことは、ISにも意識に似たようなものがあり、お互いの対話……つまり、一緒に過ごした時間でわかりあう…というか、ええっと、操縦時間に比例してIS側も操縦者の特性を理解しようとしてます」

 

 …つまりそれはISに話しかければ対話が可能なのだろうか? そんなことできたら最終的にはメタル化しそうだけど。

 

「それによって相互的に理解し、より性能を引き出せることになるわけです。ISは道具ではなく、あくまでパートナーとして認識してください」

 

 パートナー……か。

 もしかして、乗り続ければロボットに対して愛着がわくけど似たようなものなんだろうか?

 

「先生、それって彼氏彼女のような感じですかー?」

「そ、それは……その…どうでしょうか。私には経験がないのでわかりませんが……」

 

 絶対に違うでしょ。つまり何? 君たちはISなんかと結婚するつもり? 生産性がないなぁ。

 ため息を吐ていると聞きなれたチャイムが鳴り響く。今は授業中だからようやく休憩に入ったのだ。

 

「あ、えっと、次の授業は空中におけるIS基本制動をやりますからね」

 

 授業も終わったので僕は机に突っ伏す。ふと、前の方を見ると織斑君の方に女の子が雪崩れているから僕の所に来ることはないだろう。やっぱり、朝に篠ノ之さんを弄ったのが原因だろう。アレで僕に「変態」辺りの称号が与えられているはずだ。近付いたらエロいことをされると思っているのだろう。

 

(じゃあ、おやすみ~)

 

 僕は織斑君が犠牲になっているのを見ながら寝ることにした。



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ep.6 だから彼女は恋愛に向いていない

お久しぶりです。では第6話、どうぞ。


 身の危険を感じた僕は引き抜くように頭を移動させると、机の上に出席簿が落下―――いや、叩きつけられた。

 

「休憩中に寝るなとは言わんが、今は授業中だ。さっさと起きろ」

「せめて最初は優しく起こしましょうよ………」

 

 呆れながら言うが、織斑先生は無視して教壇の方に移動する。そして重大なことを言い放った。

 

「ところで織斑、お前のISだが準備まで時間がかかる」

「……はい?」

「学園で専用機を用意するそうだ」

 

 どうやら織斑君は事の重大さに気付いていないようだ。昨日あれだけ説明したのは無駄らしい。

 

「って、ちょっと待ってください!? つまり467機しかない機体の1個を俺にくれるんですか!?」

 

 あ、少しは進歩していたようだ。

 

「そうだ。……てっきり何も知らないと思ったが、勉強はしていたようだな」

「いえ、昨日智久に教えてもらいました」

「……そうか」

 

 僕の方を見てくる織斑先生。何か良からぬことを考えているのだろうか?

 

「本来なら、IS専用機は国家あるいは企業に所属する人間しか与えられない。が、織斑の場合は状況が状況なので、データ収集を目的として専用機が用意されることになった」

「……へ、へぇ……」

 

 可哀想に。君は事実上モルモットとしてデータ収集に協力することになるなんて。せめてまともな機体に乗れればいいのにね。

 同情していると、織斑君がよせば良いのに織斑先生に尋ねた。

 

「ん? じゃあ、智久……時雨にも専用機は渡されるんですか?」

「………いや、しばらくその予定はない」

「え? 何で―――」

「そりゃあ、僕と君とじゃ立場が違うからだよ」

 

 こう言ってはなんだけど、やっぱり彼は頭が足りないようだ。

 

「君はかの有名なブリュンヒルデの弟。対して僕は身内なしの孤児だ。どっちを優遇するかなんて小学生でもわかることだよ。昨日も思ってたけど、君って少し頭が弱いんじゃない? ここは空気を読んで黙っておくべきことだと思うけど?」

「…………悪い、無神経過ぎた」

「まぁ、どっちにしても僕が欲しいタイプの機体はなさそうだからあまり欲しいとは思わないけどね」

 

 そう言って僕は突っ伏す。こうでもすれば大抵の人間は僕から離れていく。今僕に必要なのは、勉強と酷使した脳を回復させるための手段だ。

 

「あの、先生。篠ノ之さんってもしかして篠ノ之博士の関係者なんでしょうか?」

 

 織斑君の後ろからそんな質問が飛ぶ。織斑先生は少し溜めてから答えた。

 

「そうだ。篠ノ之はアイツの妹だ」

 

 そこからの彼女らの行動は早かった。途端に僕は念のために持ち歩いている袋を膨らませて思いっきり割る。

 

「あの人は関係な―――」

 

 ―――パンッ!!

 

 耳栓を持ち合わせてなかったから予想以上の音が耳に届く。それでも僕は最後の胆力を使って言った。

 

「勝手に質問攻めしているとこ悪いけど、それ以上は彼氏いない歴=年齢の喪女鬼教師が出席簿という名の棍棒を振ると思うから大人しく戻った方が良いと思うけど?」

「………知っているか? 山田先生も彼氏いないぞ?」

「でも織斑先生と違って棍棒みたいに出席簿を振り回しませんよね? もっと言えば鬼娘のコスプレしても織斑先生はそのまま鬼ですが、山田先生は無理してコスプレしてみただけの人になるので、必然的に織斑先生のことを指すわけです。諦めましょうよ、喪女先生」

 

 出席簿で思いっきり叩かれたのは、少し理不尽だと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いてて……まだ手が痺れるや」

 

 咄嗟に参考書で防御したけど、あの人は人間を辞めているようだ。

 

「しぐしぐの自業自得だと思うよー」

「でも、ああでもしなかったら篠ノ之さんはクラスから孤立すると思ったからね。ところで君は何で僕の隣で平然と歩いているの?」

 

 さも当然と言わんばかりに隣を歩く布仏さん。朝はともかく昼まで一緒に過ごす必要はあまりないだろうに。

 

「しぐしぐはー女の子が嫌いなの?」

「僕より年下で女尊男卑思考がない……つまりまだ思考が未成熟な低学年ならば大丈夫だけど?」

 

 あの頃の女の子は日曜朝8時半の番組の真似をし始める程度だからまだ可愛い方だ。

 

「………もしかして、しぐしぐはロリコン?」

「流石にそんな感情はわかないよ。これでも僕はまともだからね」

「……織斑先生に喧嘩を売るのをまともって言わないと思うけど~?」

 

 それはそれ、これはこれだよ。僕は間違っているとは思ってないし。

 食堂に着いた僕たちは朝とは違って各々好きなものを頼み、手ごろな場所に座る。

 

「ねぇねぇ、本当に大丈夫なの~」

「何が?」

「おるるーとの戦いだよ。私の知り合いにISに詳しい人がいるから紹介しようか~?」

 

 まだ彼女はそんなことを言っているのか。

 

「何度も言っているでしょ。僕は当日ボイコットするよ。まともに動かしたことがないのに代表候補生と戦うなんて無謀だからね」

 

 確かに戦うことでメリットはあることは認めるし、僕にも今回のメリットは把握しているつもりだ。でも、だからと言って茶番に付きあう程お人よしじゃない。

 

「でも、もしかしたら勝つかもしれないよ~」

「希望的観測はあまり好きじゃないんだ。説得したところで僕が試合に出ることはないよ。それに試合に出なかったからって批判するなら、逆にそいつを試合に出てって話だしね」

 

 それに僕、あんまり戦うのって苦手なんだよね。だから異様に口は発達しているわけで。

 すると急に入り口辺りが騒がしくなる。どうやら織斑君が現れたみたい……だけど、どうやら篠ノ之さんと手をつないでいるようだ。

 

「……まったく、織斑君は本当に馬鹿だね。一度脳外科にでも見せた方が良いと思うよ」

「しぐしぐは遠慮ないよね? どうして?」

「まぁ、嫉妬とかもあると思うけど遠回しに言っても理解できないからだよ。特にあの感情には気付いていないし」

 

 おそらく、篠ノ之さんは織斑君に恋をしている。どういった経緯からはわからないけど、幼い頃に何かあったのだろう。

 一人で考えていると、織斑君が篠ノ之さんを連れて僕らの方へ向かってきた。

 

「二人とも、一緒にいいか?」

「別にいいけど、よく僕の前に篠ノ之さんを連れてこられるよね。それとも君には寝取られ属性というものが付いているのかい?」

 

 すると布仏さんと篠ノ之さんは顔を赤くしたけど、織斑君は頭に疑問符を浮かべている。

 

「き、貴様は食事中になんてことを―――」

「織斑君は布仏さんの隣、篠ノ之さんは僕の隣に座ってね」

「そして勝手に席を決めるな!」

 

 とか言いながら渋々といった感じに座る篠ノ之さんは面白いと思った。

 

「にしても随分と遅かったね。もしかしてオルコットさんに絡まれてたの?」

「ああ。終わり次第急に来てさ。さっき「クラス代表になるのは自分だ!」って言って去って行った」

「そもそもの原因って織斑先生が頑固すぎるのが問題だと思うんだけどね。彼女があれだけやる気があるならやらせればいいのに」

「でも、あそこまで言われたら大人しく引き下がれねえよ」

「僕は別に良いけどね。彼女があんな風の考えの持ち主な以上、何をどう言っても引く気はないだろうし、もっと言えば君の場合は自業自得。そして僕は完全な被害者」

「うっ………で、でも、あれだけにほ―――いてッ」

 

 僕が思いっきり織斑君の足を踏んだから彼は声を上げた。

 

「織斑君、君はクラスメイトを男の欲望を吐き出すだけの玩具にしたいのかい?」

「………何が言いたいんだよ」

「君は世間に対して何も考えなさすぎだよ。もう手遅れの可能性が高いけど、君の発言のせいでセシリア・オルコットが本国に連れ戻されてそうなる可能性がより濃厚になるよ。織斑先生も昨日言ってたよね? 「ISは兵器だ」って」

 

 「それがどうした?」と顔をする三人に、僕はため息を吐いた。

 

「じゃあ聞くけどさ、今の世界は女尊男卑。そこまでは理解している?」

「ああ。そうだけど………」

「ISは兵器。でもISを動かすことができるのは基本的に女。もちろん、それまでの兵器が無駄になることはないとは思うけど、オルコットさんみたいな女性は一般にも軍にもいるってことになり、男たちが肩身狭い思いをしなくちゃいけない。ISの方が戦闘能力は高いんだから。でも、そんな男たちの中に自由にしていい女を入れたらどうなると思う?」

「そ、それは………」

 

 なるほど。反応から見て織斑君も一般的な性知識は学んでいるわけだ。

 少し安心した僕は女性二人がいる前だけど遠慮なく話を続けた。

 

「当然、この後はどうなるか想像つくよね? 君は不用意にそんな発言をして彼女を潰したいの?」

「………それは嫌だ」

「でしょう? だったら不用意な発言は控えるように。大体、今回は君だって人の事を言えないんだからね? いくら日本のことを馬鹿にされたってイギリスにだって立派に文化はあるんだし。彼女が怒るのだって無理はないでしょ」

「……反論できません」

「これじゃあ、僕の箒ちゃんを任せられるのはいつになるやら」

「ちょっと待て。私はいつから貴様の物になったのだ!?」

 

 ちょっとしたジョークのつもりだったのに、僕は隣から本気で睨まれる。

 

「落ち着いてよ篠ノ之さん。そんなに勢いよく立ち上がったら机にぶつかって食事がひっくり返る」

「そ、そうか。すまない。……じゃない! さっきのはどういうことか説明してもらおうか!!」

「一般男子の小粋なジョークだよ」

 

 思いのほか通じなかったけどね。

 そう言えば昔、そんなことを言って自滅したことがあることを思い出した。

 

「まぁ、篠ノ之さんが「お兄ちゃん」とか「パパ」とか言っているイメージないけどね」

「誰がそんなことを言うか!!」

「いやいや、それを言うなら智久が箒に「お姉ちゃん」とか言ってそ―――」

 

 ―――シュッ

 

 織斑君の近くに僕が持っていたはずのフォークが通り過ぎる。織斑君はブリキ人形のようにその方向を見ると、フォークがソファーにぶつかって落下していた。

 

「ごめん。手が滑っちゃったから新しいフォークを取ってきてくれない?」

「お、おう。わかった」

 

 織斑君は落ちたフォークを持って新しいフォークを取りに行く。その辺りはちゃんと躾けられているようでなによりだ。

 

「……ねぇ、しぐしぐって身ちょ―――」

 

 ―――ダンッ

 

「あ、ごめん。ちょっと手が滑っちゃった」

 

 水を飲みほしたコップから氷が出てきたので、僕はそれを織斑君のお盆に入れる。

 

「…………」

 

 さっきから布仏さんが妙に震えている気がするけど、どうしたんだろう。……ああ、

 

「篠ノ之さん、もしかしたら布仏さんが熱を出しているみたいだから保健室に連れて行ってあげない?」

「いや、たぶんすぐに収まるから問題ないと思うぞ?」

 

 そうかな? まぁ、それならそれでいいか。

 織斑君が新しいフォークを持ってくると、俺に渡した。

 

「それでさ、箒。ISのことを教えてくれないか? このままじゃ来週の勝負で何もできずに負けそうだ」

「……下らない挑発に乗るからだ、馬鹿め」

「それをなんとか、頼むっ」

 

 ところで、どうして彼は篠ノ之さんにISのことを教えてほしいと頼んでいるんだろう? 彼女の姉がISコアを開発した人ってのは知っているけど、だからって妹がその分野を知っている保証はない。

 

「ねえ。君って噂の子でしょ?」

 

 そんな疑問を考えていると、突然見知らぬ女が現れた。IS学園はリボンや上靴のラインの色で学年がわかるようになっていて、僕ら1年生は青、2年生は黄、3年生は赤だ。つまり彼女は赤いリボンを着けているため、3年生になる。

 

「はあ、たぶん」

「代表候補生の子と勝負するって聞いたけど、ほんと?」

「はい、そうですけど」

「でも君、素人だよね? IS稼働時間はどのくらい?」

「稼働時間……確か、20分くらいだったと思います」

 

 凄いね。僕なんて瞬殺されたからたぶん5分もないよ。

 

「それじゃあ無理よ。ISって稼働時間がものをいうの。その対戦相手、代表候補生なんだから軽く300時間はやってるわよ?」

 

 ところでこの人は、さっきから天才の妹さんが眉をひくつかせているのに気づいていないのだろうか?

 

「でさ、私が教えてあげよっか? ISについて」

 

 ナチュラルに近付いていく謎の3年生。あ、たぶんこの人はアレだ。遺伝子目的だ。

 

「はい、ぜ―――」

「結構です。私が教えることになっていますので」

 

 頼もうとした織斑君の言葉を遮るように篠ノ之さんがそう言った。

 

「あなたも1年でしょ? 私3年生。私の方が上手く教えられると思うなぁ」

「……私は、篠ノ之束の妹ですから」

 

 ジョーカーを切りやがった。

 予想外の言葉を聞いた先輩は篠ノ之さんを信じられないものを見る目で見ている。

 

「ですので、結構です」

「そ、そう。それなら―――あなたはどうかしら?」

 

 今度は僕に向かって話しかけてくる。最初からそのつもりだったようだ。

 

「僕は茶番に付きあう気はありませんし、一人で気楽に勉強している方が好きなので先輩のご指導はお断りさせていただきます」

「でも、今後に響くと思わない?」

「必要ありませんよ。だって、下らない茶番に付きあう気は毛頭ございませんから」

 

 僕が何を言いたいのか察したらしい先輩は珍しくあっさりと引き下がった。

 

「それなら、仕方ないわね」

 

 たぶん僕にも断られたから怒っているだろうなぁ。近い内に仕返しされそうだ。

 

「今日の放課後、剣道場に来い。一度、腕が鈍ってないか見てやる」

「いや、俺はISのことを……」

「見てやる」

「……わかったよ」

 

 諦めて白旗を上げる織斑君。僕はその見学をしようと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どういうことだ?」

「いや、どういうことだって聞かれても……」

 

 放課後、昼食を食べたメンバーで剣道場に訪れていた。篠ノ之さんと織斑君は剣道着に着替えたけど、僕らと布仏さんは制服のままである。

 

「どうしてそこまで弱くなっている!? 中学では何部に所属していた!?」

「帰宅部。三年連続皆勤賞だ」

 

 ……つまりそれって、運動は体育以外していないってことじゃない?

 

「鍛えなおす! IS以前の問題だ! これから毎日、放課後三時間、私が稽古をつけてやる!」

「え? それはちょっと長い……っていうかISの事をだな」

「だから、それ以前の問題だと言っている!」

 

 うーん。果たしてそうかな?

 オルコットさんがどうやって戦うか知らないけど、動けなくても銃を使うとかってあるし、やり様によるでしょ。……でも、このまま放置しよ。巻き添え食らうのはごめんだし。

 

「情けない。ISを使うならまだしも、剣道で男が女に負けるなど……悔しくはないのか、一夏!」

「そりゃ、まぁ……格好悪いとは思うけど」

「格好? 格好を気にすることができる立場か! それとも、なんだ。やはりこうして女子に囲まれるのが楽しいのか?」

 

 それはないよ、いくらなんでも。

 大体、ここに通っている女ってほとんど全員が男を見下す女なのに。

 

「楽しいわけあるか! 珍動物扱いじゃねえか! その上、女子と同居までさせられてるんだぞ! 何が悲しくてこんな―――」

「わ、私と暮らすのが不服だというのか!!」

 

 持っていた竹刀を振り下ろす篠ノ之さん。織斑君は片手でそれを受け止めると、冷汗を流して応対する。

 

「お、落ち着け箒。俺はまだ死にたくないし、お前もまだ殺人犯になりたい年頃でもないだろ?」

 

 そもそも、殺人犯になりたい年頃はないと思うけど、とか言ってはいけないんだろうなぁ。

 でもま、ここら辺りで止めておいた方が良いだろう。僕は立ち上がって二人の間に入る。

 

「落ち着いて、篠ノ之さん。篠ノ之さんには篠ノ之さんの事情があったように、織斑君には織斑君の事情があったんだから、途中で剣道を捨てることになっても仕方ないと思うよ?」

「しかし剣道は―――」

「君の理屈なんてさして重要じゃない。……まぁ、君が今の織斑君に落胆して殺すっていうのなら結構だけど。唯一の操縦者になれば、彼に行くはずの専用機は僕の方に来るしね」

 

 自然な形で篠ノ之さんを織斑君から離す。続けて耳打ちした内容は彼女にとって意外なものだろう。

 

「君がどう動くか正直どうだっていいけど、これだけは言わせてもらうよ。今の君は女である故に男を力でねじ伏せれば言うことを聞かせられると思っている」

「わ、私はそんなことは思ってない―――」

「じゃあ、無意識だろうね。まぁ、朝のように胸のことで弄られてろくに対応できない人間がワンマンでできるほど恋愛は甘くないよ。特に、女尊男卑である現状だとね、僕みたいな人間が増える。幸い、彼は馬鹿だからその辺りのことは心配していないだろうけど、デリカシーがないからねぇ」

 

 じゃなければ平然と手を繋ぐことはできないと思う。

 

「じゃ、じゃあ、どうしろと言うのだ。私は今まで剣道しかしたことがないのだぞ」

「ただ恋愛したいだけなら体で落とせばいいんだけど、将来のことを考えれば料理で胃袋を掴むことが大切だ」

 

 気が付けば特訓から恋愛アドバイスになっていた。そして、平然と近付いてきた織斑君は篠ノ之さんから奪った竹刀で追い払って距離を取らせる。………でも、今の僕らを見て嫉妬しないようじゃ、篠ノ之さんにはそう言った感情は抱いていないかもしれない。



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ep.7 彼は彼で捻くれている

 僕は女が嫌いだ。ありもしない噂を平然と流したり受け入れたりしている。そしてなにより、男が自分の思い通りの事をしてくれると思い込んでいるからだ。

 

「ちょっといいかしら?」

 

 幸い、篠ノ之さんはそう言った人種ではないことは確定だろう。どうしようもないほどの奥手で口下手で、色々な意味で発展途上(ただし胸は除く)なんだろう。

 でも、あくまで彼女はレアケースだ。大体がオルコットさんみたいな感じなのだろう。……そう。1年生寮の廊下で僕に話しかけたと思われる2年生もそんな人間だ。

 

「布仏さん、呼んでるよ」

「……たぶん違うと思うんだよね~」

 

 顔を逸らす布仏さん。彼女を擁護するように目の前の2年生は言った。

 

「彼女の言う通り、私はあなたに用があるのよ。時雨智久君」

「間に合ってます」

「そう言わずに。できればあなたの部屋で話がしたいんだけど」

「帰ってください」

「そう言わないで。それに、女の子を邪険にするとモテないわよ」

「自分のテリトリーに女を入れたくないんですよ」

「……彼女も女だと思うんだけど?」

「仕方なくですよ。彼女に迫られても襲う心配はないですから」

 

 父性本能が働くから。

 

「じゃあ、私を入れないのはどうして?」

「どうせ部屋に入った瞬間衣類を乱して「襲われた!」とか叫んで回るんでしょ? そして既成事実を認知させて僕の悪評を勝手に流したりするんでしょ。弁解したって全然聞いてくれないし変態のレッテルは張られるし。いーですよねー女は無駄に保護されてるから好き放題できるし」

 

 何故そうだと決めつけるか。簡単だ。彼女は出ているところが出ているし、さっきから本音が読み取れない。言い方を変えれば、篠ノ之さんはまだ単純だからそういう毛がないのが容易にわかる。

 

「私はそのつもりで来たわけじゃな―――」

「生憎、今の世の中はそんな言葉を容易に信じれるほど優しくありませんから」

 

 そう言って僕はその人の横を通り過ぎようとすると、何故か腕を掴まれた。

 

「待って。別に私はあなたを取って食おうとか、罠に嵌めようってわけじゃない。ただ、話を―――」

「しつこいですよ」

 

 腕を引き離そうとするが、彼女の握力が強いのか中々外れない。

 

「………結局、力を使うんですね」

「だって、こうでもしないと話を聞いてくれないでしょ?」

「……じゃあ、多少荒くても良いですよね」

 

 ―――パシュッ

 

 女の人が僕の手を離して回避する。やっぱり逆持ちの精度は悪いか。でも、今の状況ならそれでもいい。後は―――全力で逃げるだけだ。

 体力には自信がある。200mぐらいなら全力で走ったって息切れしない。

 素早く鍵穴に鍵を差し込んでドアを開け、すぐに閉める。

 

「よし、これで入れま―――」

「ハーイ」

「ギャアアアアアッ!! 変態だぁあああああ!!」

 

 思わず、僕は全力で叫んだ。だって、本来ならいない人がそこにいたら怖いでしょ?

 

「ちょ、ちょっと待って。私はあなたと話を―――」

「来るな! 寄るな! どうしてここにいるんだよ!? さっきまで外にいたのに!」

「ああ、さっきのは私のISの能力で―――」

 

 瞬間、僕は職員室に向かって走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先生、今すぐ、僕に、専用機を………」

「…あの、だ、大丈夫ですか? その、急に専用機って……」

「………部屋に、IS使いが……だから、広域破壊ができる専用機が欲しいんです」

 

 職員室に駆け込んだ僕はすぐに山田先生の所に向かってこれまであったことを話す。

 

「時雨、職員室で騒ぐな」

「特にこんな女を潰すために広域破壊は外せません。大丈夫です。いざとなれば核ミサイルを搭載すればいいですから」

「……たぶん、織斑先生を「こんな女」って呼ぶのって後にも先にも時雨君だけですよ。……でも、どうしてIS操縦者が部屋にいるってわかったんですか?」

「それと核ミサイル搭載など洒落にならん。二度と口にするな」

 

 織斑先生に真面目に返される。

 

「しかしどんな風の吹き回しだ? 専用機なんていらないと言っていた奴が」

「ISを装備した変態に部屋に入られたんです。それを潰すために必要です」

「…………変態だと? オルコットではないだろう? ならばほかに入る生徒なんて……」

 

 何故か考え込む織斑先生。もしかして心当たりでもあるのだろうか?

 

「時雨、そいつはどんな奴だ?」

「リボンは2年生で、水色の髪をしていました」

「………ちょっと待ってろ」

 

 織斑先生が席を外し、どこかに電話する。しばらくすると戻ってきて言った。

 

「やはり私の知っている奴だった。安心しろ。もう部屋にいない」

「じゃあ、もしいたらあなたの弟を殺しますね」

「………本気でそんな発言をするな」

「だって、相手はISを持ってるんですよ? そんな相手が部屋にいたら安眠できないじゃないですか」

「……いや、そうかもしれんが」

 

 「じゃあ、帰ります」と言って訓練機貸出申請用紙を一枚もらっていく。部屋に戻ると、布仏さんからいなかったから僕はその日は安心して眠れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日から、謎の変態先輩は出没し続けた。

 僕は自分の貯金を切り崩し、エアガンを一丁購入。スリングショットでは少し限界があると思ったからだ。

 

「……疲れた」

「ねぇねぇ、大丈夫~?」

「だいじょばない。安眠が欲しい」

 

 もう早朝ランニングはしていない。変な先輩が出没するからだ。

 

「絶対あの人怪しいし怖い人間だよ。そして絶対ストーカーだ」

「……………」

 

 あの人が登場してからというもの、布仏さんは黙り込むことがしばしばある。でも今の僕は彼女を気にしている暇はなかった。

 

「大丈夫か、智久」

「情けないぞ、時雨。こんな授業程度でへばるなど」

「………僕、篠ノ之さんは巨乳だけど純情乙女で良かったと思ってる」

「……保健室に行った方が良いんじゃないか?」

 

 今日は試合の日。その放課後になってこれから織斑君は第三アリーナに行く。

 その前に僕を迎えに来たのだろう。これから僕は勉強するからもちろん出場はパスするつもりだ。

 

「大丈夫だよ、篠ノ之さん。癒しが欲しいだけだから」

「……癒しなら隣にいるだろう」

「織斑君じゃないよね?」

「そんなわけあるか!」

 

 良かった。BLが好きならここで「そうだ」と答えそうだけど、幸い彼女はそう言う人物ではないらしい。

 

「なぁ、そろそろ俺のことも名前で呼んでくれても良いんだぞ?」

「織斑君、やはり君はもう少し萌え系からBL系まで幅広くオタク知識を仕入れるべきだと思うんだ」

「……なるほどな。確かに一夏はそういうことを知った方が良い」

「???」

 

 何でこの子、疑問符を浮かべているんだろう。

 いや、確かに萌え系はいらないだろうとは思うけどさ、せめてBLは仕入れておいてほしい。

 

「ともかく、智久も大丈夫なら行こうぜ。早く行かないと千冬姉が怖い」

「僕は部屋に帰るよ」

「え? 流石にそれはマズいだろ。千冬姉が知ったらとんでもない罰則が―――」

「そんなことはどうでもいいよ。それに、この後はテストがあるし」

「………テスト?」

「織斑先生、君が参考書を捨てたって言ってたじゃん。「一週間でどれだけ覚えたかテストをする」って」

 

 確かそれは「一週間後」って言ってたから今日になるはずだ。もしかして彼は忘れていた……ようだね。さっきから顔が悲惨なことになっている。

 

「そうだ、忘れてた。どうしよう。俺、まともにISのことを勉強していない」

「……この一週間、何してたの?」

「……剣道」

 

 …………………はい? 今、僕の聞き間違いじゃなければ「剣道」って言ってた気がするけど。

 

「もしかして、訓練機の申請とかしていないわけ?」

「………訓練機の、申請?」

 

 ダメだこいつ!?

 いや、ダメでしょ。何でこの人、疑問符を浮かべているの。

 

「……篠ノ之さん?」

「し、仕方なかったんだ。それに、ISでの戦闘は生身で戦うのと変わらないんだろう? だから、剣道で以前の勘を取り戻すためにだな……」

 

 ……なるほど。それも一理あったか。

 

「そういう時雨はどうなのだ? 放課後になるといつもいなくなっていたが」

「……変態に襲われてた」

「…はい?」

 

 「何を言っているんだ、こいつ」と言わんばかりに見られている。

 

「変態に襲われていたんだよ。君たち2人がいなくなったぐらいに現れて、部屋にも平然と入ってきて、エアガン買って追っ払ってた」

 

 まぁ、訓練機の申請したけど通らなかったとかは言わない方が良いよね。

 

「智久も大変だったんだな。でも、アリーナに行かないかどうかは話が別だと思うぞ」

「いや、行かないって。僕は茶番に付きあう気ないんだけど」

 

 試合のことを話題に話題に出されて僕はげんなりしたけど、立ち上がって移動する。

 

「どこに行くんだよ」

「部屋に戻る。適当に理由を付けて言っといて」

 

 廊下に出ようとすると、何かにぶつかった。一体なんだろうと顔を上げると、そこには黒いスーツを着た僕らの担任が……

 

「ほう。やはりサボるつもりだったか、時雨」

「な、何の用ですか、織斑先生。僕はあの変態女に追われているので心労が絶えないので辞退します」

「それは認められんと言ったが?」

「文句ならあの変態さんに言ってください」

 

 ただでさえ勉強で疲れているのに、挙句にあの人の来襲ですり減らす。さらに試合に出ろって言うのか。

 

「つべこべ言わずに出ろ。出たら、あの女はどうにかしてやる」

「………それで僕が首を縦に振ると思っているんですか?」

「………振ってほしいとは思ったがな。仕方ない」

 

 途端に織斑先生の姿が消える。僕はエアガンを出そうとしたところで意識が途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚まして最初に見たのは、知らない天井だった。

 

「……ここはどこ?」

「第三アリーナのピットだ」

「あ、そうですか。じゃあ寮に戻ります」

 

 僕はそう言って立ち上がると、織斑先生が満面な笑みで僕に言った。

 

「せっかくアリーナに来たんだ。だったらIS操縦を早く体験するのも良いと思うが?」

「相手が代表候補生の時点でただのリンチに早変わりすることは容易に想像できますよね!?」

 

 ダメだこの人。色々な意味で頭がおかしい。

 

「なに、物は試しだ。ちょうどここに機体はあるんだ。戦ってみればいい」

「……そう簡単に上手くいくわけないでしょう」

「だが、抗おうとはしていただろう。律儀に訓練機を申請していたわけだしな」

 

 すると、重苦しい音が鳴り響いてくる。音が鳴る方を見ると、日本製の第二世代型IS「打鉄」が姿を現した。

 

「……確か、「ラファール・リヴァイヴ」もありましたよね? どうしてそっちじゃないんですか?」

「……それがな、一週間では用意できなかった」

「……………はい?」

 

 今、なんて言いました……この人。

 

「まぁ、元々この試合は突発的なことだ。できないものもある。それに申請していたのは「打鉄」だからちょうどいいだろう?」

「……そう言う問題じゃないと思いますけどね」

 

 僕が「打鉄」を選んだのは、ただ初心者用のISとして評価が高かっただけなんだけど。

 

「……ところで、もう織斑君たちの戦いは終わったんですか?」

 

 ―――カシュッ

 

 空気が抜けた音がすると、織斑君と篠ノ之さん、そして布仏さんが入ってきた。

 

「あ、起きたんだな智久」

「織斑君? 何でまだISスーツを?」

 

 おなかが出ている半袖のISスーツを着ている織斑君。その疑問は弟ではなく姉が答えた。

 

「実は、まだ織斑の機体が来ていないんだ」

「じゃあ、彼が「打鉄」に乗って戦えばいいんじゃないですか? そもそも、彼と彼女が始めた喧嘩でしょ。だったら僕は抜きに戦えば―――」

「アリーナの使用時間が限られている。なのでお前を先に出す」

「………はぁ。一週間前からどうせこんなことになると思いましたよ。でも僕はISスーツを持ってませんが?」

 

 入試の時は間に合っていないって理由でジャージでISを動かした。

 

「ISスーツならここにあるよ~」

「………お礼は言わないからね」

 

 そう言いながら僕は布仏さんからISスーツをひったくる。近くにある更衣室で着替えれば良いだろうと思いながら更衣室を探していると、変態ストーカーが現れた。

 

「……こんな時にも既成事実を作りに来たんですか?」

「待って。私は一度もあなたとそういうことをしに来たことはないわよ?」

「どうですかね。ともかくそこを退いてくれませんか?」

「別にいいけど、私の協力は必要だと思うけど?」

「いりません」

 

 即答で断る。どうせこれで僕から弱みを握るんだろう。

 

「ここは女子更衣室だから、男子は遠くで着替えなくちゃいけないと思うけど……それに、ISスーツの着方はわからないでしょう?」

「………そうですが、時間をかければ諦めて織斑君を出すでしょう? だったら好都合―――」

「だそうですが、織斑先生?」

 

 僕は慌てて後ろを向くと、そこには誰もいなかった。おそらく驚かすためだろう。

 色々と疲れていた僕はもう投げやりになりつつあった。

 

「良いですよ、もう。どうせ女がいようがいまいが僕には関係ないですから」

「もしいたら変態呼ばわりされるわ。最悪、追放もありえ―――」

「だったらなんですか?」

 

 僕は無視して女子更衣室に入る。中は広々としているが、特に人はいない。

 近くにあるベンチの前にISスーツを放ってすぐに上を脱ぐ。そういえば教科書には「裸になってから着る」ってあった。僕はすべて脱いでからISスーツを着た。

 

(確か、このタグのスイッチを押せば密着するんだっけ?)

 

 全身をすっぽりと覆うタイプ……ただし、半袖のISスーツの二の腕辺りについているタグを押してスーツを肌に密着させる。

 その腕に制服を羽織って外に出ると、ストーカーが待ち構えていた。

 

「意外に早かったのね。もしかしてISスーツの着方を知っていたかしら?」

「少しだけですが。何事も知ることは必要でしょう?」

 

 再びさっきの場所に戻る。後ろを向くとさっきの人はいなくなっていた。………何なんだ、一体。

 

「戻って来たか。ということは出る気だな」

「ええ。さっさと茶番を終わらせるつもりですが」

 

 僕は「打鉄」の所に移動すると、山田先生がコンソールで何か操作している。

 

「あ、時雨君。ちょうどいいところに来てくれました。実は「打鉄」に搭載する武器のことなんですが、時雨君は何を入れたいですか?」

「……武装ですか。シールドを3枚、ガトリングガンが2丁、ブーメランが1本に近接ブレードを2本。アサルトライフルが2丁、拳銃を2丁。後は弾丸をガトリングガン:アサルトライフル:拳銃で6:3:1になるように入れておいてください」

「え? シールドは「打鉄」に既に備わっていますよ?」

「別に欲しいんです。確かにシールドは備わっていますけど、「打鉄」のシールドは側面しか対応していないので」

「わかりました。じゃあ、入れておきますね」

 

 僕が言った通りに操作する山田先生。僕は打鉄のコックピットに昇って座る。

 

「ほう。随分軽やかに動くな」

「崖に昇るより簡単なクライムですよ」

 

 そう言うと重苦しい機械音が聞こえ、僕の体の部位に装甲が纏われる。

 軽く手を動かし、ISを装備された状態の感覚を覚えようとする。次は足を動かしてカタパルトに接続した。腕は少し伸びた感じだが、足の場合は竹馬に乗っているようで慣れない。

 

「しぐしぐ、頑張って~」

「嫌だ」

 

 そう答えて僕はただ発射装置の準備ができるのを待つ。モニターに出口の発射状態が表示され、CLEARと表示された瞬間、言った。

 

「時雨智久、打鉄、行きます!」

 

 同時にスラスターから炎が出るイメージをして移動させる。どうやらISにとってはそれがアクセルらしく、勢いよく飛び出す。

 

(あれ? そう言えばどうやってホバリングすればいいの?)

 

 そう思った僕だけど、ISは空気を読んでくれたのかその場に滞空してくれた。

 

「あら、あなたが最初なんですの? てっきり織斑さんが先に出てくるものと思いましたわ」

「こんなことは一週間前からなんとなく予想がついていたけどね」

 

 どうやら僕は織斑君の噛ませ犬らしいよ。

 盛大にため息を溢してから僕はオルコットさんに言った。

 

「だからさっさと茶番を終わらせよう」

「……茶番、ですって?」

 

 いや、茶番でしょ。

 代表候補生の相手に素人の男性IS操縦者。ましてや訓練機すら貸してくれずに1時間にも満たない状態で戦わせるとか、もはや茶番でしかないでしょ。

 

「あなた、わたくしとの戦いを馬鹿にしますの!?」

「………はい?」

 

 何でそんな解釈してんの!?

 わけがわからない。この状況、対戦相手の技量から考えて茶番でしかない。

 

「れ、冷静になろうよ、オルコットさん! どう考えてもこの戦いは茶番でしかな―――」

「もう怒りましたわ。正直、あなたはこの戦いは実質的に無関係なので手を抜いて差し上げようと思いましたが、どうやらその必要はありませんわね。遠慮なく散らせてあげますわ!」

「……もういいや」

 

 僕はため息を吐いてシールドを展開して飛んできたレーザーを防いだ。



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ep.8 許可されないその思い

前回のあらすじ

無理矢理、でも仕方なく試合に出て茶番と言ったら切れられた。


 早速シールドが使い物にならなくなった。撃たれたので咄嗟に防いだのがダメだったらしい。

 

(というか、耐レーザーコーティングとかされてないの!?)

 

 「ラファール・リヴァイヴ」用の盾が一瞬で消し飛ぶ。次に展開したのは「打鉄」の両側に浮遊している盾だった。

 

「馬鹿の一つ覚えですわね。そんな盾で《スターライトMk-Ⅲ》の高出力レーザーを防げませんわよ!」

「…………」

 

 言いたい。今すぐ彼女に言いたい。「僕が馬鹿なら代表候補生のくせに素人を虐める君は病人だね」とか「代表候補生のくせに素人を巻き込んでおいて謝ることすらできないの?」とか。言わないけどね。絶対に話がややこしくなるだけだから。

 

「言い返す勇気すらないのですね」

「…………」

 

 あれなのかな? ISに関わっていくと馬鹿になるのかな?

 ただでさえ戦闘経験が少ないと言うのに容赦なく僕を攻撃してくるオルコットさん。僕は辛うじてトリガーと銃口を見て回避に徹している。今では地面に逃げているのが現状だ。理由? 単純に空での戦闘に慣れていないだけだよ。

 

(というか、やっぱり地面でも足場が不安定だ)

 

 ただでさえ慣れていない視線の高さに足の長さだ。辛うじて回避できているけど、それがいつまで続くかわからない。

 

「この、ちょこまかと―――」

 

 でも、正直なところそろそろ限界だった。戦わせられるのもそうだが、何よりもシールドエネルギーが、だ。

 いくら少量とはいえ消費しているのは変わらないため、残量が大体3/5になっている。

 

(……勝ちに行くか、負けに行くか……)

 

 ここで勝ったらヒーロー。女の子が接近するぜ……よし、負けよう。

 

「オルコットさん、聞きたいことがあるんだけど」

「あら? 敗北宣言の仕方かしら?」

「君はどんな思いでISで戦うんだい?」

 

 ブリテンジョークをスルーして、僕は率直に尋ねた。

 あまり期待していないけど、聞かないよりかはマシだろう。

 

「それは……」

 

 まさか動きを止めたのは予想外だった。僕も攻撃するつもりはないから動きを止める。

 

「それは、あなたのような男にはわからない事ですわ!」

「そこは素直に教えてよ!?」

 

 ライフルを上げて僕を攻撃するオルコットさん。回避したけど少し食らってしまい、その分シールドエネルギーが減る。

 

「油断を誘ったのかもしれませんが、生憎わたくしはそのような手に引っかかりませんわ!」

「純粋な、質問、なんだけ、ど!」

 

 後方回転とステップを駆使してなんとか回避。IS素人が体操が得意とはいえこうも簡単にできるのは、体が軽いのが原因だろう。……決して身長が低いことは関係ない。

 

『何をしている! 早くオルコットを攻撃しろ!』

 

 管制室からお怒りの声が飛ぶ。僕はそれに怒鳴り返した。

 

「うるせえんだよ! 男がアンタの弟とと同じように血の気が多い生き物だと思ったら大間違いだ!」

 

 そもそも、孤児院ではむやみに暴力を振るってはいけないと教えている。それを言っている奴がそんなことをしたら本末転倒だろう。

 次々と攻撃を回避する僕にイライラし始めているオルコットさんは叫んだ。

 

「ああもう、じれったいですわ。行きなさい!」

 

 「ブルー・ティアーズ」の非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)から僕にとって馴染み深い物が飛んできた。僕は警戒レベルを上げて回避に徹する。

 4つの筒状の兵器をハイパーセンサーでモニターする。それぞれの動きを機体周囲のどの位置にあるのかを確認しつつ、極力回避した。

 

「……あなた、何故この兵器のことを知っていますの!?」

 

 何故か怒気を含めてオルコットさんは尋ねてきた。僕がいとも簡単に回避したことが気に入らないのかもしれない。そんなことを言われても―――

 

「リアル系ロボットアニメじゃ、結構メジャーな武装だから」

「り、リアル系……? アニメ……? そんなものに登場していますの!?」

「だから、その手の武器は先に倒す」

 

 ブーメランを展開した僕はすぐに投げ、1基破壊した。

 

「そんな!? ですがまだ残ってますわ!」

「一掃するまでだ。自動反動制御システムを人体に影響がない程度に調整」

 

 ガトリングガンを展開し、音声で「打鉄」にそう伝えて上空に向けて引き金を引く。反動を相殺する割合が限りなく低くなったので銃身が乱れまくり、ランダムで銃弾をばらまく。

 

「も、戻りなさい!!」

 

 オルコットさんは慌てて呼び戻す。しかしもう1基撃墜できたので残り2基になった。

 

「予想外でしたわ。まさか、あなたがこれについて知っていただなんて」

「むしろ知らない男の方が珍しいと思うけどね。今、男性の間じゃISの代わりにハマってるものだから」

 

 そもそも、ISに男は乗れないのだからハマるわけがない。羨んで、嫉妬して、その先がロボットアニメに行きつくわけだ。

 

「ですが、勝つのはこのわたくし、セシリア・オルコットですわ!!」

 

 自分を鼓舞し、士気を高めるオルコットさん。ライフルを僕に向かって撃つと同時に2基のビットを飛ばしてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、第三アリーナの管制室では山田真耶が端末を学園専用のインターネット回線につないで検索していた。

 

「織斑先生、もしかしてこれでは?」

「………なるほどな。確かにこれを知っているならオルコットの武装にも対応できるということか」

 

 千冬に端末を見せると、千冬は納得したように頷く。

 真耶が開いたのはゲームのプレイ動画であり、搭乗者と思われるキャラクターが武装名を叫ぶと該当する武器が飛んでいく。その様子はセシリアが使うビットに類するものだった。

 

「それにしても凄いですね、時雨君。いくらこのような物から知識を得ていたとはいえ、ISの操縦は難しいはずなのに」

「いや、PICの設定がオートである以上、時雨のような人間は適応力が高い。問題は、本人のやる気だ」

「……私は、時雨君にもISの楽しさを知ってもらいたいです」

 

 ため息を溢しながら真耶はそう言うと、千冬がそれを注意する。

 

「ISはどこまで行っても「兵器」であることに変わりはない。もしかすると、時雨はこういう媒体を理解した上で遊んでいたのかもしれないな」

 

 ―――しかし、子どもにしては達観が過ぎるのではないか?

 

 千冬は学園長である菊代から智久の身の上のことを聞いていた。7年前に事故で両親を亡くし、それ以降は孤児院で暮らしていたこともすべてだ。そこでは年下の面倒を見たり、アルバイトをして少ない資金を工面するなど働き者、近所に住む住人からは概ね評判がいいこともすべてである。現に、千冬は食堂での会話を聞いていたので感心していた。身長を除けば気が利く兄貴分であることは間違いない…が、

 

(あまりにも戦闘に関して興味がなさすぎる)

 

 むしろ望んでいないとも言えるほどだ。だが、今智久と一夏の二人に求められているのは戦闘面であり、智久が二年に進級しても整備科に進む確率は限りなく0に近い。

 

(……気のせいなら良いのだがな)

 

 そこでふと、千冬はまだ一夏がピットにいることに気付いてすぐに控え室に行くように怒鳴る。智久に妙な違和感を感じながら。

 その時、アリーナ全体に試合終了の合図が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――ギリッ

 

 ハイパーセンサーが優秀だと改めて思った。オルコットさんの歯軋りする音を拾ったからだ。

 

「あなた、手加減しましたわね!」

「言いがかりは止してよ。単純に実力だよ」

 

 あの後、僕はあっさりと負けた。というのも彼女の実力を見誤っていたからだ。いや、単純に実力だろう。

 そもそもブーメランは戻ってこなかった上に戦闘の余波で破壊されていたし、何よりもビットとオルコットさんの射撃による連携にあっさりとやられたのだ。言うことはあるなぁと思ってたらあの言葉である。

 というか、何度も言うように僕は整備科志望なんだけど。

 

「じゃあ、僕は戻るから」

 

 何故か睨んでくるオルコットさんにそう言った僕は、移動用に残っているエネルギーを使ってピットに戻る。

 ………何で織斑君は既にいるんだろう? 僕の体感だと更衣室とここのピットは意外と離れているはずだ。

 

「しぐしぐー、お疲れ~……あれ? おりむー、早いねー」

 

 ドアが開いたと思ったら、そこにピットから離れていなかったらしい布仏さん。僕の試合が終わってこっちに戻ってきたようだ。

 

「え? 俺はずっとここにいたけど?」

「………あれ? 戦わない人は更衣室にいるって話じゃなかったっけ~?」

「……どういうことかな説明してもらえるかな、織斑君?」

 

 「打鉄」から降りた僕が睨むと、織斑君は本気で言った。

 

「え? だって対戦中に訓練機が来るかもしれないし」

「―――その時になったら呼ぶから更衣室にいろと、時雨が着替えている間に言っただろうが、馬鹿者」

 

 一撃で沈んだ織斑君。僕はざまぁみろと笑うことにした。

 

「僕はもう戻りますね。……ああ、そうそう織斑君」

「……何だよ?」

「目障りだからもう二度と近付かないで」

「え? 何でだ?」

 

 そう言われて僕は相手の鼻が折れるまで殴ってやろうかと思ったけど、止めて言葉のみの対処にする。

 

「君たちのような救いようのないアホ共と一緒にいたくないからだよ」

 

 畳んで置いていた服を持ってピットから出る。

 随分とふざけた男だ。勝手に巻き込んだ挙句に僕を情報収集に使うなんて。

 

「―――ねぇ、さっきの戦いどう思った?」

 

 出口に向かっていると、唐突にそんな声が聞こえてきた。

 たぶん、少しはまともなことを言ってくれる。そう思っていた僕はすぐに裏切られた。

 

「ああ、あれ? 正直ないかなって思った」

「だよね? はっきり言ってダサいよね」

「あのチビ、千冬様に散々言ってたくせにあっさり負けちゃってさー」

 

 笑いが起こる。僕はため息を吐いてその場から離れると自分の部屋に戻った。

 

 

 この戦いでわかったことがある。ISというものは今ではスポーツとして扱われているからか、「兵器」という認識が浸透していない。だから僕が巻き込まれたことに関しても「たかがスポーツに何を拒否反応を起こしているのか」という認識しかないのだろう。アニメやゲームでしか知らない僕でも、兵器というものがどういうものかは理解しているつもりだ。どれだけ言葉を並べても、ヒーローが生き物を殺していること自体は変わりない。むしろリアリティを追及するなら、ヒーローは国家が作らなければ組織と国家で裏取引はされているだろう。

 

 久々にゲームをしながらそんな感想を抱いていると、部屋のドアは開かれた。

 

「あ、おかえり………」

 

 そう言いながらもゲームは離さない。もう少しで相手を潰せるからだ。そして倒した僕はドアを閉めてから中々来ない同居人を見ると、布仏さんは疲れたような顔をした。

 

「……試合はオルオルが勝ったよ。でもみんなはおりむーが凄く頑張ったって騒いでる」

「そう」

 

 勝敗には興味はない。万が一、僕がオルコットさんに勝ったとしてもどうにかして織斑君に負けてただろうから。

 

「しぐしぐは悔しくないの………?」

「? 全然」

 

 素直に答えると、布仏さんは小さく何かを言ってそのままシャワーを浴びた。……一体、何だったんだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一年一組代表は織斑一夏君に決定です。あ、一繋がりでいい感じですね!」

 

 翌日、ホームルームではそんな発表がされた。……布仏さんの話では負けたって聞いたんだけど、これは一体どういうことだろう。……あ、僕は関係からいいか。

 

「先生、質問です」

「はい、織斑君」

「俺は昨日の試合に負けたんですが、なんでクラス代表になってるんでしょうか?」

「それはわたくしが辞退したからですわ!」

 

 山田先生よりも早く、立ち上がりながら腰に手を当ててそう宣言した。……辞退するなら最初から決闘を申し込まないでほしい。

 

「まぁ、勝負はあなたの負けでしたが、しかしそれは考えてみれば当然の事。なにせわたくしセシリア・オルコットが相手だったのですから。仕方のないことですわ」

 

 ………何だろう。別の意味で可哀想になってきた。

 僕は机に突っ伏して寝る体勢に入りながら話を流しながら聞いていた。

 

「それで…まぁ、わたくしも大人げなく怒ったことを反省しまして、「一夏さん」にクラス代表を譲ることにしましたわ。やはりIS操縦には実戦が何よりの糧。クラス代表ともなれば戦いに事欠きませんもの」

 

 最初から投票制にすれば良いんじゃないの? ってもう少しで声に出しそうになる。

 

「いやぁ、セシリアわかってるね!」

「そうだよね。せっかく男子がいるんだから、同じクラスになった以上は持ち上げないとね!」

「私たちは貴重な経験を積める。他のクラスの子に情報が売れる。一粒で二度おいしいね、織斑君は」

 

 哀れな奴。精々、クラス代表になって周りから情報を売られて丸裸になればいい。僕を巻き込んだ報いだよ。

 何やら僕に助けを求めてくるような視線を感じるけど、僕は我関せずだ。

 

「そ、それでですわね。わたくしのような優秀且つエレガント、華麗にしてパーフェクトな人間がIS操縦を教えて差し上げれば、それはもうみるみる内に成長を遂げ―――」

「生憎だが、一夏の教官は足りている。私が、直接頼まれたからな」

 

 ここからの展開はなんとなく察した。僕はそのまま意識を飛ばして寝ることにする。

 と思ったら、急に頭に衝撃が走る。

 

「起きろ、重大な話がある」

「……何ですか? 知能テストを受けたいなら政府に申請してくださいよ」

「受ける気なのか?」

「織斑先生は受ける必要あると思いますよ。今時、起こすだけなのに殴るなんて子供でもしませんよ」

「SHR中に寝るからだ」

「アホ二人がアホな会話を始めたので終わったと思ったんですよ」

 

 ちなみに本人たちは自覚があったのか、何故か僕は睨まれた。いや、だってアホじゃん。

 

「それで、重大な話って何ですか?」

「これを受け取れ。そしてこれは手続きのための書類だ。今日中に読んでサインして提出しろ」

 

 大きな音を立てて僕の前に大量の資料と何かが降ってくる。その前に灰色の何かが降ってきた。

 

「……何ですか、これは」

「「打鉄」だ。貸出用だがお前にも訓練機を1機、専用機として貸し出すことになった」

 

 途端にクラス中が湧いた。僕は思わず耳栓をしたけど、何でこの人たちはわざわざ大声を上げるんだろう。

 

「ちょっと待ってください! どうして時雨君に貸し出されるんですか!?」

「そうですよ! 織斑君ならともかく、時雨はやる気のない態度ばかりじゃないですか! 昨日のもふざけてましたし!」

 

 二つ目の発言をしたのは、昨日僕のことを馬鹿にした奴だ。本当にISに関わると頭が緩くなるのかな?

 

「そこまでだ。織斑には専用機が与えられたが、訓練機の場合のデータも欲しいということになってな。急遽用意することになったわけだ」

「…………」

 

 僕はため息を吐く。どうして僕がそんな面倒なことをしないといけないんだろう。

 

「良かった智久。一緒に練習しようぜ」

「ごめんだね。まずは改修するに決まってるでしょ。個人的に「打鉄」のあのフォルムは好きじゃない」

 

 特にブースターと一緒になっているスカートアーマーは邪魔だ。背中にウイングスラスターかランドセルタイプのブースターを装備する必要がある。もっと言えば両肩に浮いている盾も邪魔だ。

 

「……時雨。改修はするな。「打鉄」のままの使用しか認めない」

「……はい? 何言ってるんですか? 邪魔でしかない「打鉄」のスカートアーマーなんていらないんですが」

「さっきも言っただろう。お前に求められているのは訓練機使用時の戦闘データだ。微調整ならば認められるが、大きな改造は許可されていない」

 

 ………嘘でしょ? つまり何? 僕は「打鉄」しか操縦できないの?

 

「HRは以上だ。では、解散!」

 

 いつの間に教卓に戻っている織斑先生はそう宣言する。僕はあまりの出来事を受け入れることがぜきず、1時間目の授業が始まるまで呆然としていた。



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ep.9 二人の悩み

「ではこれよりISの基本的な飛行操縦を実践してもらう。織斑、オルコット、時雨。試しに飛んで見せろ」

 

 あれからさらに1週間経ち、僕は晴れた空の下で授業を受けていたらそんなことを言われた。

 

「せんせー、面倒なのでパスします」

「さっさとやれ! やる気がないならグラウンドでも走ってろ!」

「じゃーそうしまーす」

 

 そう言って僕はジャージのままグラウンドを走ろうとしたが、何故か織斑先生に掴まれた。

 

「良いから、さっさとISを展開して飛べ」

「面倒ですから見世物は織斑君とオルコットさんにさせてくださいよ」

「さっさとやれ!」

 

 殴られたので、僕は渋々「打鉄」を展開した。相変わらず「打鉄」のスカートアーマーはダサい。他の奴なら受け入れることができるけど、脚部のほとんどに展開されているため、脚の動きが制限されるのだ。

 

「お前の好きなロボットアニメにも付いているだろう。何が不満なんだ」

「大きすぎるんですよ! 「打鉄」のが異様に!」

 

 というか他のは短いです!

 

「そもそも、いくら防御面が高いって言っても僕は先日の試合の通り回避タイプです。だったら、スラスター改造くらいさせてくれたって良いでしょ!」

「……じゃあ聞くが、お前にはその技術力があるのか?」

「今はありませんが、そんなのは関係ありません!」

 

 せめて、せめて後2基は欲しいです!

 

「ともかく、さっさと飛んで来い。他の2人は既に向かっているぞ」

「……ちっ。わかりましたよ」

 

 ワザと舌打ちして僕はオルコットさんと同じ位置に向かった。

 途中、のろのろと上がっていく織斑君を追い越したけど、機体の不調だろうか?

 

「何をやっている。スペック上の出力では白式が一番上だ」

 

 まぁ、量産機に負けるなんて「専用機」の名折れだと思う。

 僕は気にせずに2人の前を飛びながら、拡張領域にしまわれている武装を展開して行く。

 

『時雨、勝手に武装を展開するな』

「別に誰かに向かって撃つわけじゃないんですから、それくらい見逃してください」

『ならん。それ以上するって言うなら罰則を食らわせるぞ』

「はいはい」

 

 仕方がないので武装を展開するのを止めて飛行に専念する。常時トップスピード! といきたいところだけど、流石にシールドエネルギーとは別のエネルギーが消費されるのでしない。

 

「なぁ智久、何でそんな簡単に空を飛ぶことができるんだ?」

「………君には前に言ったよね、二度と関わるなって」

 

 空を飛びたいなんて誰だって1度は思うだろうに。後は参考になる資料を探すだけ。型番を言っても彼には理解できないだろう。

 

「時雨さん、質問に答えるくらいしたっていいでしょう?」

「だったら君が説明しなよ。まぁ、僕にしてみれば手のひらを反すように態度を変える女なんて信用できないけどね」

 

 そう言って僕はさらに上昇して別の場所を飛ぶ。

 

(……少し怖くなってきた)

 

 いくらISを纏っているとはいえ、高度400mは無理があったか。

 

(今の内に少し降りよう)

 

 観覧車とかは地に足がついているからまだ大丈夫だし、そもそもそこまで高くない。けど、ISは無理だ。

 僕は高度に降参しつつ、100m程下がっていると篠ノ之さんの声が聞こえてきた。

 

「一夏! いつまでそんなところにいる! 早く降りて来い!」

 

 ハイパーセンサーの映像を拡大すると、篠ノ之さんが山田先生からインカムを奪ったらしい。織斑先生に殴られて山田先生にすごすごとインカムを返却していた。

 

「織斑、オルコット、時雨、急下降と完全停止をやって見せろ。目標は地表から10㎝だ」

「了解」

 

 320mからの急下降は大半の人は経験しないだろう。そんなことに挑戦した僕はオルコットさんに「あっかんべー」をしながら通りすぎ、100mと少し前で素早く回転して足を地に向けながら脚部スラスターを噴かせた。

 

「50㎝か。320mからなら合格だが、2人と同じ場所に飛んでおけ」

「恋にうつつを抜かしている素人に喧嘩を売った代表候補生とアホの近くにいたら頭が後退するので嫌です」

「………そこまで言うか」

 

 切り札は取っておく主義だしね。弄れることは何度も弄るさ。

 今度はオルコットさんが降りてきたようだ。そして難なくクリア。……素人に喧嘩を売らずに女尊男卑じゃなければ尊敬している所だ。

 そして最後は織斑君。彼は―――地面に激突した。

 僕は盾を展開して飛んできた泥を防ぐ。

 

「馬鹿者、誰が地上に激突しろと言った。グラウンドに穴を開けてどうする」

「………すみません」

 

 僕は穴の形を観察していると、近くに来ていたらしい篠ノ之さんが織斑君に言った。

 

「情けないぞ、一夏。昨日私が教えてやっただろう」

 

 叱責。だが彼女は同時に失態を犯していた。

 オルコットさんが素早く中に入り、織斑君に駆け寄る。

 

「大丈夫ですか、一夏さん? お怪我はなくて?」

「あ、ああ。大丈夫だけど……」

「そう。それは何よりですわ」

 

 正直、オルコットさんがとても気持ち悪い。何だろう。凄い手の平返しに妙な違和感がある。

 

「………ISを装備していて怪我などするわけがないだろう……」

「あら、篠ノ之さん。他人を気遣うのは当然のこと。それがISを装備していても、ですわ。常識でしてよ?」

「お前が言うか。この猫かぶりめ」

「鬼の皮を被っているよりマシですわ」

 

 何か変な空気になってる。僕はため息を吐いて織斑先生に言った。

 

「もう帰っていいですか? 正直、時間の無駄なんで」

「気持ちはわからんでもないがな。おい、馬鹿共。邪魔だ。端でやってろ」

 

 二人に出席簿を食らわせる織斑先生。今回ばかりは容認というか、何とも言えない。

 

「織斑、武装を展開しろ。それくらいは自在にできるようになっただろう」

「は、はあ」

「返事は「はい」だ」

「は、はい!」

 

 織斑君は穴から這い出て、誰もいない場所で右腕を突き出し、左手で握った。

 5秒ぐらいしてからだろうか。武装が展開されるが、

 

「遅い。0.5秒で出せるようになれ」

 

 素人に要求する難易度ではないことは確かだった。どうしよう。0.5秒で出せる自信があない。

 

「次はオルコットだ」

「はい」

 

 左手を肩の高さまで上げると、一瞬光って狙撃銃が展開された。確か名前は《スターライトMk-Ⅲ》。マガジンも装填済みだ。

 

「流石だな、代表候補生。ただしそのポーズはやめろ。横に向かって銃身を展開させて誰を撃つ気だ? 正面に展開できるようにしろ」

「で、ですがこれはわたくしのイメージを纏めるために必要な―――」

「直せ。いいな」

「………はい」

 

 織斑先生の睨みつけるは防御を軽く3段階下げている気がする。

 

「次は近接武装を展開しろ」

「え? あ、は、はい!」

 

 狙撃銃を収納して今度は近接武装を展開しようするけど、何故かさっきとは違って展開に戸惑っている。

 

「まだか?」

「す、すぐです。―――ああ、もう! 《インターセプター》!」

 

 初心者用の展開方法でショートブレードを展開したオルコットさん。周りは呆気に取られている。

 

「何秒かかっている。お前は実戦でも相手に待ってもらうのか?」

「じ、実戦では近接の間合いに入らせません! ですから、問題ありませんわ!」

「ほう。織斑との対戦で初心者に簡単に懐を許していたように見えたが?」

「あ、あれは、その……」

 

 そんなことがあったのか。というか、射撃型にとって近接武装の展開は必要なんじゃない? いつ懐に入られる敵が現れるかわからないのに。

 

「次は時雨だ。まずは近接武装から展開しろ」

「はい」

 

 言われてすぐに右手を腰の左側に持っていき、軽く手を振る。すると簡単に《葵》を展開できた。

 

「ほう。中々早いな。次は遠距離武装を展開しろ」

「わかりました」

 

 まさか褒められると思わなかった僕は少し怖がりつつも《葵》を収納して89小式アサルトライフルを模したと思われる《焔備》を展開した。

 

「早いな。オルコット、代表候補生ならこれくらいはしてみせろ」

「……はい」

 

 そして何故か僕を睨んでくるオルコットさん。もしかして嫉妬かな?

 

「時雨、随分と上達したな。さっき以外にも練習したのか?」

「してませんよ。ただ、自分が戦うとしたらどんな格好をすれば最適かって考えてたんです。そもそも、ゲームとかでも瞬時に武器を展開するシーンがありますし、そう言うのに慣れていれば武装の展開は形さえ知っていれば早くできます」

「なるほど。貴様の順応の高さはその辺りから来ているのかもしれないな」

 

 一人で納得する織斑先生。時計を見て、授業の終了を告げた。

 

「時間だな。今日の授業はここまでだ。織斑、グラウンドを片付けておけよ」

 

 あの穴を一人で埋めるのか。まぁ、僕は関係ないしさっさと退散しよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、疲れた」

 

 汗がダラダラと流れ落ちる。更衣室で使用しているロッカーを開いてタオルを出していると、

 

「はぁい♪」

 

 僕は防犯ブザーを3個同時に引っ張って鳴らして突然現れた女性に投げつけた。

 

「ちょっ、防犯ブザーはないでしょ、防犯ブザーは!」

 

 騒音が鳴り響く中、僕は叫んだ。男子更衣室に女性、それすなわち―――

 

「変態だー! 犯されるー! 覗かれてるー!」

「待って! 私はあなたに話が合ってここに来たのよ!」

「嘘だ! どうせ弱った僕を無理やり押し倒して既成事実を作るんだ! エロ同人みたいに!」

「しないわよ!」

 

 僕はジト目でその人を見る。残念ながらこの人を信用する気はない。

 

「じゃあ、何で突然現れるんですか? 現れるにしても、ここは更衣室ですし入り口にはきっちり「男用」って表示が出ているんですから、外で待つなりすればいいじゃないですか」

「それはあなたに話があってきたから―――」

「だからって更衣室の中に入るんですか? 随分とふざけた変態ですね」

 

 僕の中の彼女に対する警報が鳴り響く。この人は危険だ、近寄るなと騒ぎ立てる。

 

「何でそんなに女を毛嫌いするのかしら?」

「じゃああなたは、危ないとわかって危険を冒すんですか?」

「時と場合によるわね」

 

 時と場合による、ね。

 それはおそらく彼女が強いからだろう。今は音を聞いて駆けつけてくる人間は何人かいる。

 

「なるほど。強者が言うには十分すぎる言葉ですね。しかし残念ながら僕は弱者なんですよ。だから、今すぐ消えてください。もう僕は、これ以上誰かに縛られたくない」

 

 僕は本当ならこんなところに行く気はなかった。どこか適当な学校にアルバイトをしながら通って教育学部に通いながら経済に関する勉強するつもりだった。

 だけど僕はISを動かしたことですべてが変わってしまった。

 

「………そう。わかったわ……って、残念ながら言えないのよねぇ」

「……そこは普通、クールに去りません?」

「それも良いかなって思ったんだけどね。さっきも言ったけどあなたに話があるの。それも、とても重要な話がね」

「……重要な話、ですか」

 

 今すぐ無視して追い出したい。……でも、もしそれが本当に重要な話だったらどうする? あの子たちに関わることだったら―――

 そう思うと僕は居ても立っても居られなくなった。

 

「……聞きましょうか」

「うん。素直な男はお姉さん、好きよ?」

「ふざけてないでさっさと本題に入ってください。ビッチ先輩」

「待って。今、なんて言った?」

「……クソビッチ」

「悪化してるわ!」

 

 ちゃんと聞いてるじゃん。

 そんなにビッチ呼ばわりされるのはお気に召さなかったのだろうか?

 

「ともかく、早く話してください」

「わかったわ。時雨君、生徒会に入らない?」

「………」

 

 僕は続きを待っているのに、何故かそれ以降発さないビッチ先輩。反応がないことに困っているのか、先輩は首を傾げている。

 

「……先輩」

「何かしら?」

「話って、それだけでしょうか?」

「ええ。そうだけど?」

 

 僕は彼女の手を掴む。そして思いっきり投げようとしたけど素早く倒された。

 

「あ、ごめんなさい。思わずやってしまったわ」

 

 僕は素早く起き上がり、先輩から距離を取る。

 

「先輩、ふざけていますか?」

「ふざけてないわ。生徒会に入ったら私に指導してもらえるし、私という後ろ盾が得られるから時雨君にとっても悪いことではないわよ?」

「………でも仕事をしないといけないんでしょう?」

「そうね。役員である以上は………」

「じゃあ遠慮します。後、早く出て行ってください」

 

 今からシャワーを浴びたいんで。そうは言わなかったけど、空気を読んでドアの方に移動してくれる。

 

「でも時雨君、ちゃんと考えておいてね。生徒会に入っても損はしないわよ!」

 

 それだけ言って先輩はさりげなく防犯ブザーを破壊した。……後でまた買わないとなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 智久との話を終え、変態だのビッチだのと散々呼ばれた生徒会長「更識楯無」は誰もいないことを確認して電話機を取り出してある場所に電話する。数回コール音が響き、向こうから応答される。

 

『もしもし、どうだった?』

「ごめんなさい、アキさん。智久君を説得することはできませんでした」

 

 楯無は謝罪すると、アキと呼ばれた女性は「あらあら」と言った。

 

『そう。やっぱり普通のやり方じゃ難しいのね。私はできればあなたの近くにいてほしいんだけどねぇ』

「……その、思いのほか警戒が強くて……」

『ごめんね。実はあの子、過去に女の人に殺されそうになってるのよ』

 

 唐突な衝撃的事実を暴露され、楯無は固まった。

 

「そ、そうなんですか?」

『確か小学校の頃だったかしら。いつもすぐに帰ってくるのにどうしたんだろうなーって思ったら血まみれで、服もボロボロになって帰ってきてね。どうしたのか聞いたらいきなり胸が大きな人が現れて、そこから大変だったわ。なんとか撃退して逮捕してもらったんだけど、それ以降は純粋に可愛がろうとして来る人も警戒しちゃって……』

「………へ、へぇ」

 

 ―――私、そんなことを知らないんだけど!?

 

 徹底的に智久のことを調べた楯無だったが、まさかそんな事件があったなんて知らなかったのである。

 

『実は茂樹君にお願いして隠蔽してもらったの。あと、当時の警視総監にもお願いしたわね』

 

 とても重要なことを父親が隠していたこともそうだが、何よりもさりげなく怖いことを吐く女性に楯無は戦慄していた。

 

「………どうすればいいのでしょう。本人は整備科に行きたがっていますが、おそらく彼は希少の男性IS操縦者ですからそれも難しいかと思うんですが。……このままだと、万が一がありますし」

『たぶん、慣れていないだけじゃないかな。孤児院を出た子はしばらく金を入れてくれるんだけど、悲しいことに帰ってくることはないからさ』

 

 どこか寂しそうに話すアキ。楯無にはどう声をかければわからなかった。

 

『だから、よろしくね』

「え?」

『できれば在学中に彼女ができるようにサポートをしてほしいんだけど……無理かな?』

「……難しいんじゃないですか? クラスから少しハブられていますし、同居人とは疎遠になっているみたいですし」

『大丈夫。誠意を見せればあの子だって毛嫌いしないよ。……と、長話しすぎたね。私はこれで』

「はい。ありがとうございます」

 

 電話を切った楯無は、本気で考えていた。

 

(……在学中に、彼女ねぇ。……まさか私にそれになれって言ってないわよね?)

 

 少し自分と智久が並んだことを考えるが、どう見ても背が低く弟にしか見えない。

 楯無は首を振り、思考を切り替えて今度は別の場所に電話する。

 

「あ、お父さん。少し聞きたいことがあるんだけど―――時雨智久君が事件に巻き込まれたことについて」



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ep.10 マニュアル制御

 翌朝、いつも通りのメニューをこなした僕は朝食を食べ終わると、未だに寝ている布仏さんの分を包んでたたき起こす。IS学園に来てからというもの、彼女を起こして教室に連れて行くことが日課になりつつあった。そして何故か、その時にだけ周りから微笑ましい視線を送られるから謎だ。

 

「―――そうよ。中国代表候補生、凰鈴音。今日は宣戦布告に来たってわけ」

 

 前が何故か詰まっていたので、大人しく後ろから入ろうとすると、前のドアからそんな声が聞こえた。

 僕は無視して後ろから入り、布仏さんに持って来た鞄とサンドイッチが入ったタッパを渡す。

 

「わーい。いただきまーす」

 

 やっぱり彼女が堕落していくのは僕が原因だよね。反省……するにしても、あの織斑先生のことだから喜々として「起こさなかった罰としてグラウンド10周」とか言うだろう。あの悪魔はそういう女だ。

 僕も自分の席に着くと、HRが始まった。……今日は妙に騒がしいけど、何かあったのかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 うん。何かあった。

 というのも、織斑君がミスして叩かれるのはいつものことだけど、それに何故か篠ノ之さんとオルコットさんも加わっている。しかも織斑先生だけなら「鋭いから余計に注意される」だけで済むところ、山田先生にまで注意されているのだから何かあったのだろう。

 

「お前のせいだ!」

「あなたのせいですわ!」

「……何でだよ」

 

 今回ばかりは同情してしまったのは言うまでもない。

 僕はアリーナが開いていたので予約を終え、すぐに食堂に向かう。

 

(いやぁ、ラッキーだった。授業終了はそんなに予約がないからすぐに入れた)

 

 まさしくギリギリセーフというものだ。まぁ、食堂に着くのが早いのも僕の実力なんだけどね。

 自販機に並んで目当ての「ベーコン仕立てのカルボナーラ」を頼み、本来なら4人は座れるであろう場所を占拠した。

 

(にしても、僕の運動神経って上がった?)

 

 ふと、お手拭きで手を拭きながらそんなことを思う。今では窓から飛び降りて屋根の端を持って遠心力を使って数人追い越すことは可能だからだ。

 昔ではそんなことは思わなかっただろう………というか、そんな危ないことをすることも、する必要もなかったしね。

 

(あー、食事がおいしい)

 

 おいしいパスタに舌鼓を打っていると、入り口の方では朝にも聞いた声が聞こえてきた。

 

「待ってたわよ、一夏!」

 

 ……ああ、そういうことね。ようやく合点がいった。

 ここからハイパーセンサーなしでも見える。おそらくあの子は織斑君の関係者なんだろう。そういえばあの子、僕が来てた時から既にいたっけ? 凄いね。ずっとラーメン持ってんだから。

 でもこのまま食事を摂っている暇はないことは確かだ。おそらく織斑君がこっちに来て「一緒に食べようぜ」とか言ってくるに違いない。あの人、「関わるな」って言っているのに何度も食事に誘ったり特訓に誘ったりしてくるからなぁ。

 残りを口に入れ、いつもより素早く咀嚼して呑み込む。そして立ち上がって食器を返すと、バレないように素早く食堂を出た。

 

(この分だと、放課後も早くアリーナに着けるね)

 

 そう思いながら僕は教室に帰り、黙々と授業を受ける。放課後になってHRが終わると同時に廊下に出る。次々と現れる生徒という名の障害物を避け、外へと飛び出す。

 そして第三アリーナに着いた僕は、誰もいないことを確認した僕は、外に出るとすぐに打鉄を展開し、アサルトライフル《焔備》を展開して練習コマンドを入力していく。

 この練習コマンドは様々なパターンがあり、一つはドローンを動かして多方向からの攻撃をいなして反応速度を上げる練習や、また別のもので戦った人やIS学園に所属する教員や代表候補生のデータを仮想敵として構築して本格的な実戦練習ができるものもある。ちなみに今回のはドローンがランダムに回避するのを落としていくだけのものだ。ただし、難易度はノーマル。現れた数は30機だ。

 実はこのシステムがあると知ったのはつい最近なので、これが初めての使用になる。

 

 動き始めたドローン。僕は身近にいる1機に向かって撃つと、運がいいのかたまたま後ろにいたドローンも巻き込んだ。

 続けてどんどん破壊していく。それが20機に到達ところで通信が入った。

 

「智久、もう来てたのか!?」

 

 だけど僕はそれを無視して《焔備》から近接ブレード《葵》へと入れ替えるように展開する。単純に展開するよりも塗り替えるように切り替えのイメージをしているのでスピードは遅い。けど、接近の距離からはちょうどよかった。

 刀とかあまり使ったことないから、上段から1機破壊して後は適当に、自分が振りやすい方法で破壊していく。そして、30機目は刀の握りを蹴り飛ばして破壊した。

 

「………ふぅ」

 

 ちなみに今のはいざとなった時の奇襲として使えると思い、練習中だ。それに、量子変換とは便利なもので遠くにあるものが消えればすぐに手元に出すことができる。

 消えたのを確認した僕はもう一度《葵》を展開すると、今度は攻撃ありのノーマルでやろうとしていたら、さっきの声が聞こえてきた。

 

「なぁ智久、一緒にやらないか? この後は俺たちみたいだし、そうした方が時間は多く取れるだろ?」

「……遠慮しておくよ。それよりも君は基礎体力を付けた方が良いんじゃない?」

 

 せっかくアリーナ丸々使えるんだから、今の内に周りとの差を埋めておかないといけない。知識だけじゃとても理解はできないからね。それに使い続けてそれなりの技量になったら、自分が作ったISや武装を自分の手でテストできるかもしれないじゃない? この前、参加したのはそう言った理由があるからだ。

 残り時間は15分。貴重な時間を使って訓練に励もうと思っていると、聞きたくないどころかもう一生関わりたくない頭ゆるゆるな代表候補生さんが怒鳴ってくる。

 

「ちょっとあなた! クラス対抗戦が迫ってきているんですのよ! だったら一夏さんに場所を譲るぐらいなどはするべきではなくって!?」

「正直興味ないし、僕にとっては関係ない行事だ。下らないことで時間を取らせないでよ」

「く、下らないことですって!?」

 

 下らないことじゃん。

 大体、織斑君は織斑先生の弟で何かと優遇されるんだから放置したって良いだろ。僕と違って負けたところでチヤホヤされるわけだしね。それにそもそも、そんなに大事だって言うなら僕の前にアリーナを予約すれば良かったのに。

 後ろで怒鳴ってくるオルコットさんを無視して僕はドローンと戦闘する。とにかく今は、ISでの戦闘自体になれないとダメだ。

 

(……やっぱり、設定を変えよう)

 

 PIC―――パッシブ・イナーシャル・キャンセラーには2つの制御機能がある。1つはオートモードで初心者向けの機能。もう1つはマニュアルモードで操縦が難しく、機体制御に意識を割かなければならない代わりに細やかな動作を行うことができる。

 

「……PIC、マニュアルモードに切り替え」

【PICがマニュアルモードになると操縦が難しくなります。「時雨 智久」さんの総IS操縦時間からおすすめしませんが、それでも変更しますか?】

「変更する」

【変更しました】

 

 途端にバランスを崩した僕はそのままアリーナの中を転げまわる。

 

「大丈夫か、智久―――」

 

 スラスターを噴かせて上体を起こすも、回転は殺せない。だけど僕はそれを利用するために《葵》を展開して横に構える。左手一本で持って右手には《焔備》を。それをそのまま真っ直ぐ、壁にぶつかりそうになるまで解かない。

 

【脚部スラスター、両足出力50%】

 

 機体ステータス画面を見やすい広さに自動で調節してくれる。ISは量産性を除けば確かに兵器としては優秀だ。

 しかしPICのマニュアルモードは案外慣れるまでに時間がかからないかもしれない。……普通に立っているだけなら、だけど。

 

(少しなら素人の僕も扱える……けど)

 

 そのスピードを上げれば、間違いなく僕の手には負えなくなるだろう。それは心のどこかでは理解していたつもりだ。でも、オートからマニュアルに変えてからわかったことがある。―――オート機能は、甘えでしかない。

 

(早く……もっと早く……!!)

 

 目の前に壁―――いや、アリーナのバリアーがある。僕は直撃を回避するために脚部を壁に向けて噴かせる。その反動でバク転を成功させて前後反転して攻撃を再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 授業が終わったばかりだからか、本来は誰かしらいるであろう第三アリーナの観客席には誰もいない。入り口に隠れるように智久の練習を見ている生徒がいた。そんなことをするのは彼からストーカー認定されている楯無ぐらいである。

 

「驚いたわね。まさか勝手にPICをマニュアルに変更するなんて」

 

 本来なら、今している大がかりの仕事を片付けた後に時間を設けて特訓を付けようと思っていたが、その行動よりも先に智久がしていたのだ。

 ましてや、まだほとんど経験を積んでいない智久が勝手に変えるなど、思っていない。

 

(……そういえば)

 

 ふと、楯無はアキが智久のことで色々と言ってたことを思い出す。

 

「ISねぇ。男で適性が持っていることも不思議なんだけど、まさか負けるとは思わなかったな。え? 相手は代表候補生だから勝つことは難しい? そうなの? てっきり智久はカスタムを施していると思ってたけど。だってあの子、なんだかんだで機械いじりとか好きだし。それにあの子、休日は機械いじりしているから色々作ってるんだ~」

 

 まるで親馬鹿の愚痴を聞いていた気分だったが、気になるの発言もしていた。

 

「え? 何でそんな風になったんだって? 確か昔ここにいた子が高校生の時にバイトして買ってたロボットアニメを置いて行ってね。どうやらそれを見ていたようだ。施設に来る前はそんなものとは無縁だったらしいからねぇ。たぶんそれからだろう。機械に触ることが多くなったのは。だからISも自分色に染めたいとか言ってもおかしくはないと思う」

 

 実際、楯無は本音から色々聞いており、授業中に纏められているファイルを閲覧したこともある。そのファイルには様々なバリエーションの打鉄が書かれており、今の打鉄よりもさらに防御特化したタイプや非固定浮遊部位をブースターに変えた疑似高機動型、そのほか偵察型なども存在していた。

 

(………そういえば、あの子も似たようなのを書いてたわね)

 

 さらに言えば彼女の言う「あの子」もアニメを視聴する趣味を持ち、溺愛する妹なのだが未だにその趣味だけは相いれなかった。

 ちなみに楯無は一度、そのことで妹と喧嘩しており、両親からもダメ出しを食らって初めて自分がしでかしたことを理解したのである。

 

(ともかく、少し様子見ね。できるだけ相手の機嫌を損ねずに対応しないと)

 

 そう決意して去ろうとした楯無は動けなくなる。

 

「……虚ちゃん」

「お嬢様、こんなところにいたのですか」

 

 長い髪を後ろに纏め、前髪を邪魔にならないようにカチューシャを着けている女生徒―――虚と呼ばれたその人からは黒いオーラが発せられている。

 

「さ、サボっているわけじゃないのよ? ただ、今の彼の様子を見に来たっていうか―――」

「ええ、わかってます。わかってますよ。何もあなたが私に仕事を丸々押し付けてこっちに来ていることに関して何も思っていませんよ。……本家に報告はしますが」

「酷い! 鬼! ひとでなし!」

「ところで、彼が時雨智久君ですか?」

 

 楯無の罵倒を華麗に流しながら虚も智久の様子を見る。普段から仕事をこなして男っ気を感じなかった部下に驚いた楯無は小さく呟いた。

 

「……まさか、恋?」

「いえ。ただ、妹と同居している相手がどんな人なのか気になったので…………可愛いですね」

「あ、虚ちゃんもそう思う?」

 

 智久の身長は15歳の平均身長「168.3㎝」に対して150㎝しかない。本来ならそれはありえないことなのだが、どうやら計器の故障でもないらしい。アキも以前に病院に連れて行ったほどで、さらに楯無も驚いて智久のデータを拝借して調べあげたが、遺伝子改造を施されて生まれてきた人間でもなかった。

 未だに理由はわかっていないが、ともかく可愛いのは間違いない。

 

「もしかして、恋をしたのはあなたなのでは?」

「あのねぇ、私は別にそんなつもりで彼に近付いたわけじゃないわよ」

「冗談です。もしそうだとすれば簪様にご報告しますが」

「……………虚ちゃん、私だって怒る時は怒るのよ」

「ならばまずは、簪様とちゃんと仲直りしてほしいのですが」

 

 楯無は黙らざる得なかった。

 楯無には簪という1つ下の妹がおり、2人の関係は上手くいっていない。

 別に楯無が簪に対して何かしたわけではないが、それでも楯無には気がかりなことがあった。

 

「………時々、あなたたち2人が羨ましく思うわ」

「向こうが考えなしなところがあるのが問題あるんです」

「それでも本音を言い合えるじゃない。私たちの場合はそうはいかないし」

 

 盛大にため息を溢す楯無。幸い、その場には自分と虚以外は誰もいないので生徒会長としての威厳が落ちることはなかった。……もっとも、楯無自身は会長としての威厳にこだわりなどないが。

 

「では、私はこれで。お嬢様も早く戻ってきてくださいね。……資料がたくさんたまっているので」

「それは聞きたくなかったわ」

 

 ふと、楯無は中にいるであろう智久の姿を探すが、既に一夏たちが練習を始めていたためかいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さぁ、ISを整備するぞ!

 と意気込んだのは良いけど、実のところISの整備なんてやったことはない。ただ単純に改造や組み立て程度ならできるけど、考えてみればISはデリケートな機械だ。もしやり方を間違えれば僕の身に危険が及ぶ。………そのことに気付いたのは、貸し出されている工具を持った時だった。

 目の前にはIS用ハンガーアームに固定された打鉄。右手には工具、左手には手引書が握られている。

 

「…………」

 

 救いの手を差し伸べてくれる人は90%は僕に対して何かをしてくる人だろう。

 一応、僕に対して何かアプローチしそうな人を探す。何故か近くにISが放置されているが、整備員も操縦者もいない。ISが大事ではないのだろうか?

 

「……って、今は集中しないと」

 

 とりあえず消耗個所をチェックして、取り換える必要のある部品とかを探そう。たぶんそれで大丈夫だと思う。後は消費した弾丸の補充申請か。………ところで、

 

「……さっきから何か用?」

 

 僕は比較的ISに近い場所で身を隠しているであろう人に声をかける。だが、彼女は動こうとはしないようだ。

 

「素直に姿を現してくれれば、そこで何をしているか聞くだけで済む。出てこなければ―――痛い目を見るよ?」

 

 携帯していたスリングショットを人の気配がしている場所に向ける。僕は結構敏感だから注目されているならある程度の場所も把握することができる。

 未だに出てこないので、僕はそこに向けて放った。どこぞのA級ヒーローとは違って変化はしないけど、打撲などは負わせられるほどだ。

 2発目、3発目と徐々に近付けていくと、その方向から声が上がった。

 

「ま、待って!」

 

 僕は構えを解くと、両手を上げて女生徒が出てきた。今度は僕が隠れる番だった。

 

「こ、こんなところにも来るのかよ、この変態ストーカー!!」

「…………何の話?」

 

 もう一度構えて僕は叫んだ。

 

「眼鏡をかけてリボンの色を変えたところでごまかせると思ったんですか?」

「………待ってほしい。話が見えない」

「あと胸を小さく見せてたところで―――ちょっ!?」

 

 ―――ガンッ!

 

 間一髪回避する。危ない。もう少しでスパナが顔面に当たるところだった。

 

「………もう一度言ったら……許さない」

「こっちだって引くもんか…………質問、いい?」

「………何?」

「もしかして、見るからに何を考えているかわからないって思うお姉さん、いる? スタイルが良い分、余計にハニトラ臭がする感じの」

 

 質問しながら僕は構えを解く素振りは見せない。でも、少し気になったことがあるのだ。

 

 ―――声質が違う

 

 いや、似てはいるが、そういうことではない。なんというか、今目の前にいる女の子は暗いのだ。

 

「……扇子を持ってる2年生?」

「うん」

「………たぶんそれ、お姉ちゃん」

 

 そっか、そっかぁ……なるほどね。

 僕は少し近付く。彼女は驚いてスパナを握ったけど、僕は構わず頭を下げた。

 

「ほんっとうに……ごめんなさい!!」

 

 盛大に勘違いしていたことを謝罪した。……だって僕、向こうの家族構成なんて知らないんだもん。



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ep.11 どんな時も、慌てず騒がず

「……つまり、私とお姉ちゃんを勘違いしてた、と」

「うん。まさか妹がいるなんてねぇ」

「…………一緒にされるのは、少し心外」

「本当にごめん」

 

 突然謝ったことで主導権はこちらになったようだ。

 僕はとりあえずこれまでの事情を包み隠さず説明すると、納得してくれたのか許してくれた。

 

「……いい。誤解が解けて何より」

 

 どうやら妹の中の姉の評価はかなり低いようだ。

 しかし、遠目から見ればそれほど大差がないように見える。……ある一部を見れば流石にわかるけど。

 それにしても、ほとんど同じ格好なのに何故か彼女は拒否反応をしない。出会いって別の意味で大事なんだね。

 

「ところで、更識さんも訓練帰りに機体を整備しにきたの?」

 

 僕もそんな感じなので尋ねると、彼女は固まってしまった。……何かまずいことでも聞いてしまっただろうか?

 

「………」

 

 もしかして校則に触れることをしているのだろうか。ここは「お兄ちゃん」代表として注意をしておこう。

 

「……更識さん、いくら女尊男卑でも犯罪は見逃されないと思うよ?」

「……犯罪はしてない。………隠してもしょうがないから言うけど……ISを作ってる」

 

 今度は僕が固まる番だった。

 

「……ISを、作ってる?」

 

 いや、まさか……今のは冗談だよね?

 だって彼女はあの2年生の妹で在学中なんだから、必然的に1年生=僕と同い年になる。そんな年齢でISを作るってあり得るの?

 

「………信じてない?」

「…ごめん。あまりにもリアリティがなさすぎてパンクしたみたい」

 

 まぁ、日頃からリアリティがないものを好き好んで見ている僕がいうのもなんだけど、あまりにもスケールが大きすぎて僕には想像できなかった。

 

「…もしよかったら、どうして君がそんなことをしているのか教えてもらえないかな?」

「……実は―――」

 

 色々あって簡単にまとめると、つまりこういうことだった。

 彼女―――更識簪さんは日本の代表候補生で、専用機持ち。この春に機体が完成して専用機持ちの一人として

IS学園に入学する……はずだったんだけど、あろうことか織斑君が動かしたことで開発が凍結。どうやら彼女の会社である「倉持技研」というところが織斑君の機体を請け負うことになったらしく、その犠牲になったようだ。

 で、ここは話はぼかされたんだけど、彼女の家は少々特殊らしく、そのおかげかコアと設計図を持ち出すことができたようで、今はこうして1人で黙々と作っているようだ。……ここで「友達に頼らないの?」とか言わないのは、「1人でできるのに頼る必要=友達がいない」という禁句に触れるからである。大体、掃除洗濯家事育児を一人でできるのに、どうして調理実習で周りの手を借りなければならないのか。ただでさえ、最近の女は女尊男卑の影響で料理を作ることすらできないのがほとんどというのに、そんな奴らに手を借りたら余計に時間がかかって仕方がない。

 

 ……と、僕は現実逃避しながら彼女と距離を開けていた。

 

「……どうしたの?」

 

 心配そうに声をかけてくる更識さん。

 

「……僕、代表候補生と会話をしたくないんだ」

「……………あ」

 

 何か心当たりがあるような反応をする更識さん。ごめん。僕は君とはわかりあえない!!

 

「……もしかして、オルコットさんが原因?」

「……僕が知る限りあの人と君ぐらいしか知らないよ」

「あれは特殊なケース……と思ったけど、意外と多い。同情する」

 

 ………いや、落ち着け。時雨智久。これは彼女の罠だ。同情したと見せかけて近づいてセクハラとか言って僕を扱き使う気だ!

 

「……私たち2人には共通点がある」

「……織斑君の被害者?」

「うん。周りは織斑君に対して良い話しかしない。……私には正直、理解できない」

 

 ………どうやら彼女の恨みは相当深いようだ。僕は予想以上に貶されている織斑君が可哀想になってきた。

 

「だけど……クラスじゃそんなことは言えないから……愚痴だけでも聞いてほしい」

「……それって、気が済んだら僕を国に売るの?」

「それはない」

 

 力強く否定する更識さんに僕は少し気圧された。

 

「………代表候補生なら、確かにハニートラップを使用してくるかもしれない。……けど、私はそんなことはしたくないし……こんなことであなたに消えてほしくない」

 

 ……判断に迷う反応だ。……でも、ここは彼女を信じてみよう。もしここで裏切るなら、痛い目を見せればいい。こう見えても僕は知識だけは豊富だから、女の子を屈服させる方法は知っている。………あまり使いたくないけどね。特に見た目が可愛いこの人には。

 

「……わかったよ。これからもよろしくね、更識さん」

「………よろしく」

 

 そうだ。なにも彼女は完全に敵というわけじゃない。……むしろ、今この時点では彼女は敵になりえないだろう。

 理由はいくつかあるけど、一番は彼女は今専用機を作るのに忙しいからだ。

 

「ところで、専用機はこんなのだけどクラス対抗戦はどうするの?」

「……辞退するつもり」

 

 話題を変えて話を続ける。話題としてはこれくらいかなと思ったけどまさかの答えが返ってきた。

 

「やっぱり、機体がこんなのだから?」

「……うん」

 

 まぁ、専用機があるのに訓練機で出るなんて、よほどのことじゃなければしないしね。

 そもそも、どうして彼女は専用機を1人で作っているのだろうか? 代表候補生なら上級生にも伝手はあるだろうし、何も単独で作る必要はない。

 

(いや、今はやめよう)

 

 彼女から入ってきたとはいえ、まだ僕らはそこまで親しくない間柄だ。これ以上はもう少し好感度を上げてからの方が良い。恋愛シミュレーションゲームでの鉄則だ。……別に僕は女の子と恋愛したいわけじゃないし、そもそも恋愛に発展させる予定はないんだけどね。

 

「あ、そうだ。更識さん。お願いがあるんだけどいいかな?」

 

 この後は普通に部屋に戻る予定だ。……だけどその前に、やるべきことをやっておく必要がある。

 

「……何?」

「ISの整備の方法、教えてください」

 

 とりあえず、今回のことでわかったことが一つだけある。更識さんはIS学園の中でも比較的優しい(かもしれない)ということが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 色々あって1週間と数日が過ぎた。

 今日はクラス対抗戦。そして注目されているのは織斑君と2組に転校してクラス代表の座を奪った凰鈴音さんの対戦カードだ。

 

『さぁ、今年もやってまいりしました。クラス対抗戦1年生の部。1回戦の第1試合は突如現れた男性IS操縦者の片割れで、なんと世界的に有名な元日本代表IS操縦者、織斑千冬の弟である織斑一夏選手! 対するは時季外れに現れて転校してすぐにクラス代表の座を掻っ攫った中国代表候補生の凰鈴音選手!』

 

 イベント限定の放送部のラジオが観客席に設置されているスピーカーから聞こえてくる。

 

『この2人はなんと、小学校時代からの知り合いでなんと凰選手はたった1年で専用機持ちにまで上り詰めた猛者です。織斑選手はISを手にして間もないですが、イギリス代表候補生に対して善戦したと名高い選手。解説の布仏さんはどう見ますか?』

『そうですね。織斑君と凰さんの勝率は2:8、織斑君が凰さんを上手く翻弄して《雪片弐型》を上手く当て続けることが勝利の鍵でしょうね』

『織斑君の勝率が2割である根拠は?』

『凰さんは1年で専用機持ちになった。その自信による慢心からでしょうね。慢心を続ければ織斑君の勝率は上がりますが、凰さんの機体が確か燃費が良いので実際は1割前後と言ったところでしょうか?』

『ありがとうございます。では試合開始のカウントダウンを始めます!』

 

 周りがノリに乗ってカウントダウンを始める中、僕はパソコンを開いてデータを取る準備をしていた。途中、何度か席を譲れと命令してくれる人がいたけど、それらは全員無視。もうそんな奴らは相手にしないと決めたんだ。

 ともかく、今は試合に集中する。ちなみにこっちではラジオが流れている間に中では織斑君と凰さんが何やら口論していたけど、それは僕ですらわかるほど凰さんが織斑君を避けていることに理由があるのだろうか?

 試合が開始され、2人は動くと最初から激突……というか、どっちも刀剣で攻撃って……。

 内心突っ込んでいると、凰さんが優勢で攻撃を次々と入れていく。織斑君は押されているようだから、おそらくは凰さんの機体「甲龍」近接格闘型。織斑君は流石にマズいと思ったんだろう。距離を取ろうとしたら甲龍の非固定浮遊部位がスライドして開き、何かを発射した。

 

(……流石にカメラだけじゃ何を発射したのかわからないな)

 

 でも、何が出ているのかさえわかれば十分だろう。後で解析するんだし。

 

「今のはジャブだからね」

 

 織斑君はさっきよりも吹き飛んだ。地面に叩きつけられたけどすぐに復帰してかわし続ける。

 

「よくかわすじゃない。衝撃砲《龍砲》は方針も砲弾も目に見えないのが特徴なのに」

 

 ……何でそんな驚きのアイディアは出てくるのに、未だに可変機体とかないんだろう。

 更識さんからの情報だと、マルチロックオン・システムすらも実用化されていないんだとか。泣いていい?

 

「鈴」

「なによ?」

「本気で行くからな」

 

 と、いきなり格好つける織斑君。彼は確かにイケメンだけど、この言動には何故か寒気を覚える。……イケメンアイドルユニットがたまに俳優としてドラマに出ている時に女の子を口説くシーンがあるけど、それに似た寒気だ。

 

「な、なによ……そんなこと、当たり前じゃない……。と、とにかく、格の違いってのを見せてあげるわよ!」

 

 何で僕、こんなものを見ているんだろう。

 いや、落ち着け。これは情報収集なんだ。決して他人の友達以上恋人未満な劇を見ているわけではないんだ!

 織斑君らの意外なスキルに戸惑いながら改めて見ると、突然爆発と地震が同時に起こった。震度はそこまで大きくないようだけど、一体何が起こったんだろう。

 戸惑っていると警報が起こる。僕は一度目を閉じて心を落ち着かせる。

 

(……何かが起こったことは間違いない。でも今は冷静にならないと)

 

 僕は小さく深呼吸して目を開けると、辺りは暗かった。通常の電灯ではなく非常灯だろう。

 ドアの方は他の生徒でごった返している。あれを落ち着かせるほどの技量は僕にはない。……小さい子が相手だったらできるんだけどなぁ。

 

(……まぁ、僕にはISがあるからどうにかなるなる!)

 

 とまぁ、思っていてなんだけど正直どうにもならない気がする。

 とはいえ、今はここから脱出するのが正しい判断だろう。でも、この人だかりはどうにかしないといけないよねぇ。

 僕は打鉄を展開して《葵》を2本展開し、刃同士をぶつけて音を響かせた。その音に反応した人たちは僕の方に注目する。

 

「ここは僕が引き受けるよ。みんなは下がってて」

 

 《葵》を収納して大型加速装置付き金鎚《ブーストハンマー》を展開してドアに近付く。そして、ハンマーで思いっきりドアを破壊した。

 

「落ち着いて避難して! 焦らずゆっくりと!」

 

 そう言いながら僕はISを展開したまま外に出る。先回りして入り口を開けるためだ。

 

「吹っ飛べ!!」

 

 閉まっている隔壁を次々と破壊していく。すると通信が入った。

 

『時雨君、どうしてISを展開しているんですか!?』

「生徒の避難をさせるためです。今、出入り口までつなげたのでひとまず中に戻ります。あ、隔壁は破壊しました」

『……は、破壊って……』

 

 おそらく大胆な行動をしたことで山田先生が動揺したんだろう。

 

「今は生徒の命が優先、でしょう? 何が起こっているかわかりませんが、緊急事態なのにドアが開かないのは異常と思い、行動しました」

『よくやった。私たちはまだ動けない、なので残りの生徒も避難させてやってほしい』

「………報奨金の準備、忘れないでくださいね」

 

 冗談めかして僕はもう一度中に入り、入り口に近いドアから破壊していく。流石に全部を破壊する必要もないし、ある程度壊している時にそれなりに避難しているので僕は他にも閉じ込められているかもしれない生徒を探しに行く。本来ならこれは教員の仕事だけど、それを突っ込むのは野暮だろうか。

 本格移動のために慣れないISは使わずに普通に走って中継室の方に移動する。まぁ、流石にいないとは思うけど、確認を―――

 

「―――そこをどけ!!」

「ふぇ?」

 

 迫りくる木刀を間一髪で回避する。するとドアが開いて何故か篠ノ之さんが中に入って行った。

 鈍い音がしたこともあって閉まるドアに滑り込むようにしていると、篠ノ之さんは叫ぼうとしていた。近くでは見覚えがある人が倒れていて、もう一人は震えあがっていた。

 

「一夏ぁッ!!」

 

 マイクに向かって叫ぶ篠ノ之さん。僕は嫌な予感がした。

 

「男なら……男なら、そのくらいの敵に勝てなくてなんとする!」

 

 僕は放送機材の上に乗って左腕を展開して窓を破壊。向こうから見れば野球場のホームベースの後ろ部分にあるこの部屋の窓の大きさは小さいけど、僕の身体の大きさなら大丈夫だ。その隙間から外に出ると不格好と言えるISが腕部を向けていた。今度はすべて展開して両腕に打鉄のシールドを展開して攻撃を受ける。その際、威力が大きすぎて壁に叩きつけられた。発射が終えたようで、素早く移動して僕は後ろと距離を取る。

 

「―――うぉおおおおおおッ!!」

 

 織斑君の突貫。それが敵ISの右腕を落とすが、左腕で殴り飛ばされる。

 向こうに注意がいった。そう確信した僕は《焔備》を展開して斬り落とされている右手に集中的に攻撃を仕掛ける。しかし、それはフェイクだ。

 すぐに《ブーストハンマー》に切り替えてブースターによる加速を、そして停止してハンマーのブースターと腕力、PICをその場に固定して力任せに敵ISに叩きつける。でも、それで終わらせる気はない。

 一気に加速して上を取る。そして上から頭部を破壊しようとしてブースターを噴かせるが、復帰した敵ISが左腕で僕の腹部に攻撃した。

 意識が飛びかける。でも、この一撃で終わらせるまでは踏ん張る。

 

「らぁあああああッ!!」

 

 殴られた腹部を逆に起点として利用。頭部にハンマーを叩きつけた。

 

 ―――ミシッ ミシッ

 

 僕は左手を離してガトリングガンを展開。反動無視でぶっ放した。

 狙いは両隣の銃口と思われる部分。そこに当たって爆発すれば御の字だ。

 

「智久!」

「さっさとこいつに攻撃しろ!」

「でも、智久に当たるかもしれないだろ!!」

 

 ―――ブチッ

 

 この期に及んで何を言っているんだ、こいつは。

 確かに僕のシールドエネルギーはほとんど空だ。だが、今が好機だと言うのにそれをミスミス逃すというのか……反吐が出る。

 だから嫌いなんだ。こういう時に何もできない人は。

 

「じゃあ今すぐ死ね!」

 

 あんな無能に頼ろうとした僕が馬鹿だった。そもそもどうして僕は戦っているんだろう……ああ、そうか。あの女のせいか。

 ともかく今は―――こいつを倒すだけだ。

 僕は右手もハンマーから離して手榴弾をそれぞれの指につまむように展開して素早く引く。敵ISに触れると同時に僕諸共吹き飛ぶが、僕は敵ISがいる場所にガトリングガンを2丁にしてありったけの弾丸をぶち込んだ。

 

「援護しますわ!」

 

 貴族女の声が聞こえてくるけど無視してぶっ放す。ガトリングガンが切れたら次は《焔備》で。

 そう思った時、現れた何かに殴られ、僕は文字通りに吹き飛ばされる。でも―――

 

「殺す」

 

 最後の手段。それを用いるためにブーメランを放った。僕が覚えているのはそこまでだった。




ちょっと駆け足な気がしなくもないですが、気にしないでください。


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ep.12 優しき乙女と小さな兄の怒り

 IS学園の地下深く。そこにある研究施設で上下が両断された敵ISの残骸が横たわっていた。

 少し離れた解析室では千冬が敵ISとの戦闘シーンを見返す。

 

「どうしました、織斑先生」

 

 真耶が千冬に問いかけると、千冬はため息を吐く。

 

「なに、時雨のことが気になってな」

「織斑先生も、時雨君のことが気になるんですか?」

「………山田先生、何の話をしているんだ?」

「え? 時雨君が弟みたいで可愛いって話ですよね?」

 

 時折発動する天然に千冬は頭を抱える。

 

「違う。時雨の今回の戦闘行動だ。生徒を救助するためのISの無断使用やその後の防御はともかくだ。さらに後の戦闘だ。いくら何でも冷静に対応しすぎやしないか?」

「……確かにそうですね。機動も独特ですし……それに、まさかあのハンマーを使えるなんて……」

 

 IS学園にある《ブーストハンマー》。あれは武器庫の中で扱おうとする人がいなかったので、設立当初に開発されてからというもの、ずっと眠っていた。まさかそれが今になって使う人間が現れるとは2人は思わなかったのである。というのも、どちらの戦闘スタイルには合わなかったのだ。

 

「だが、今回はそのハンマーのおかげでなんとか勝てた気がするな。それで、解析結果は出たのか?」

「はい。……アレは無人機です。コアはどの国にも登録されていないものが使用されていました」

 

 そこまで言われた千冬は、今回の首謀者であろう女の顔が浮かんだ。

 

「どのような方法で動いていたかは不明です。時雨君が離れた後、織斑君とオルコットさんの攻撃で機能中枢は完全に焼き切れていました。修復もおそらく無理かと」

「……そうか」

 

 そう答えて、千冬はもう一度映像を見る。その瞳は鋭く、かつて世界最強の座をほしいままにした時の目そのものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう。私がいない間にそんなことが」

 

 場所は少し離れて生徒会室。そこにはいつもの面々が集められている。

 

「幸い、ISは織斑君の攻撃によって完全に沈黙。学園の地下に運び込まれています。現在はそこで解析をしているかと」

「……ところで、頭は大丈夫なの? 篠ノ之さんに叩かれたって聞いたけど」

「私よりももう一人が近かったので、庇っただけです。……少し痛いですが」

 

 そう言いながら虚は頭をさする。

 

「後で医療棟で治療してもらいなさい。……ところで、時雨君の方は? どうやら後から乱入した彼が一番重傷って聞いたけど?」

 

 見かねた楯無はそう言うと、内心篠ノ之に対して苛立ちを覚えている。

 

「私と同席していた生徒…如月さんですが、彼女が言うには私たちを相手の攻撃から守った後、ダメージを受けながらも攻めていたようです。殴られても止まらなかったとか」

「………まるで狂戦士ね」

 

 心の底から思う楯無。これまで智久のことをひっそりと見てきた彼女だが、まさかそこまで戦えるなんて思ってもいなかった。そして、本来なら自分一人でも鎮圧するべきことだったが本家に呼ばれていたことに少しながら悔しさを感じていたが、それでも見合い写真を見るのは止めない。

 

(……やっぱり、あまりいい男はいないわね)

 

 日本の法律で女性は16歳から結婚することが可能だ。一時期は18にまで引き上げると言う話だったが、女性優遇制度が設けられてからその話も聞かなくなった。

 そのため暗部組織の長である楯無には常にこういった話が舞い込んでくるが、彼女はあまり乗り気ではないのである。女性が優遇されたせいで女長の立場というものはかなり危なく、楯無が就任してからというもの不満から部下の裏切る割合が上がっている。早く婿を見つけて身を固めてほしいというのが両親の願いでもあり、それは楯無自身も理解しているのだが、彼女自身はもう少しゆったりと過ごしたいのだ。

 

(……せめて、「これだ!」って男がいればいいんだけどねぇ)

 

 彼女のその苦悩は、まだ続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ますと、そこは見知らぬ天井だった。

 僕は上体を起こすと、足の方で眠っている同居人を見つける。

 

(……何でこんなところにいるんだろ?)

 

 僕もそうだが、彼女もだ。

 そういえば、あの機体はどうしたのかな? あそこで立ち止まったら中継室にいた人たちに被害が及ぶのは想像に難くない。だから僕は前に出て注意を逸らし、自分で戦いに行ったんだ。

 

(でも、予想外だったな)

 

 機体の動きを封じ込めば後は織斑君や凰さんの攻撃で倒すことはできたはず。過信するのは良くないけどISには絶対防御というものがあるんだからこういう時に使えるんだろうけど、何故彼はあそこで動きを鈍らせたんだろう。

 

「……しぐしぐ?」

 

 どうやら目を覚ましたらしい布仏さん。僕は未だにボーっとしていたけど、布仏さんがベッドに上がってきて僕に抱き着いてきた。

 押し倒された形でベッドに寝る僕。すると何かが落ちてきて、それが布仏さんの涙だと知った時にはドアが開かれたので僕らはその場で固まった。

 でも、入って来た人は僕らではなく、奥の方に向かって行く。少しして、誰かが織斑君を呼んだ……のかは微妙だ。

 

「一夏……」

「鈴?」

 

 あ、たぶんこれは乙女心ブレイカーが作動しているかもしれない。

 夕日が差し込んでいるからか、影絵状態になっているので何が起こっているのかアリアリとわかる。

 

「……何してんの、お前」

「お、おおお…起きてたの!?」

「お前の声で起きたんだよ。で、どうした? 何をそんなに焦ってるんだ?」

 

 ……たぶんそれは君にキスしようとしていたら起きたからじゃないの?

 照れ隠しに馬鹿と言う凰さん。僕らは息を潜めて状況を見守る。

 

「あのISはどうした?」

「動かなくなったわ。怪我人はアンタともう一人の男。何人か負傷したって聞いたけど大したことないって聞いてる」

 

 突然左肩に痛みが走ったので何かと思えば、布仏さんがこれまで見たことがない怖い顔をしていた。

 

「そういえば、試合って無効なんだよな? 勝負の決着ってどうする?」

「……そのことなら、別にもういいわよ」

「え? 何で?」

「い、いいからいいのよ!」

 

 それから、何故か謝る織斑君。2人の間に何かがあったんだろうけど、詳しいことを知らない僕には会話の内容がわからない。

 

「あ、思い出した。正確には『料理が上達したら、毎日あたしの酢豚を食べてくれる?』だっけ。で、どうよ? 上達したか?」

「え、あ、う……」

「なぁ、ふと思ったんだが、その約束ってもしかして違う意味なのか? 俺はてっきりただ飯を食わせてくれるんだとばかり思っていたんだが―――」

 

 どうしてさっきの言葉でそう思ったんだろう。鈍感にもほどがあるんじゃないかな?

 

「ち、違わない! 違わないわよ!? だ、誰かに食べてもらったら料理って上達するじゃない!? だから、そう、だから!」

 

 ………やっぱり馬鹿だね。ここでそうだと言って改めて告白すれば良かったのに。他の人にも言えるけど、変なところで臆するから失敗するんだよ。

 

「確かにそうだな。いや、もしかしたら『毎日味噌汁を~』とかの話かと思ってさ。違うならいいんだけど。深読みしすぎだな、俺」

 

 ビンゴだった。せめてそれをもっと早く知っていれば報われたと思うけど。

 誤魔化すために笑う凰さん。君はもう少し頑張るべきだと思う。

 それから僕らは少し込み入った話になったと思ったのでバレないように耳を塞ぐ。布仏さんの場合は、体勢が体勢だから僕の上で寝るような感じになった。……それにしても、さっきから女性特有のアレが当たってて辛い。しかも、なんか大きくない?

 しばらくしてまたドアが思いっきり開いた。

 

「一夏さん、具合はいかがですか? わたくしが看護に来て―――ど、どうしてあなたが……? 一夏さんが起きるまで抜け駆けは禁止と決めていたはずなのでは!?」

「―――そう言うお前も、私も隠れて抜け駆けしようとしていたな」

「…そ、それは……」

 

 誤魔化そうとするオルコットさん。そろそろ僕も起きたことにしようとして出て行こうとすると、それよりも早く布仏さんが出て行った。

 急に軽くなったことに驚きながらも飛び出していく布仏さんを追うためにベッドから出る。

 布仏さんは今にも篠ノ之さんに掴みがかろうとしていたので、素早く後ろに回って抱え上げた。

 

「離してしぐしぐ! こいつは……この女は―――」

「落ち着いて布仏さん! 今ここで殴ったところでどうにもならないよ!」

 

 というか何でここまで怒るんだ。

 

「い、一体何だと言うんだ!?」

 

 本気でわかっていないらしい篠ノ之さん。僕も布仏さんがここまで怒る理由はわからないけど、今回の篠ノ之さんの件はとても許せるものではないのは確かだ。

 

 ―――ガッ!

 

 布仏さんの肘が鼻に当たる。幸い骨折に至らなかったけど、痛みのあまり布仏さんを離してしまった。

 だけど布仏さんも感触を感じていたらしい。怯えた顔で僕を見てきた。

 

「大丈夫だよ。それよりも今は落ちついて。……篠ノ之さん」

「な、何だ……?」

「君はどうして、平然とここにいるのかな?」

 

 事情を知らない人が聞けば何を言っているんだと言われてもおかしくはない。でも、オルコットさんも近くにいたんだから事情は察しているはずだ。織斑君と凰さんは言わずもがな当事者。布仏さんは部外者かもしれないけど、日頃あれだけゆったりとしている彼女がここまで怒りを露わにするということは何か理由はあるのだろう。

 

「私がここにいるのが問題だと言うのか?」

「そりゃそうでしょ。君がしたことは問題がある。中継室で放送機材を奪って余計なことをしたんだから、退学は妥当でしょ」

「あれは一夏を応援するために―――」

「どうしてそれをする必要があったの?」

 

 僕が尋ねると篠ノ之さんは言葉に詰まった。

 本来ならあんなことをせず避難することが最優先。ドアは最大出力の《ブーストハンマー》で複数壊しているんだから、入り口で混んでいたとしても最終的に逃げ出すことは可能だ。彼女の身内が凄かろうが彼女自身の剣の腕が高かろうが所詮は一介の生徒でしかない。

 

「君がしたことははっきり言って自滅行為―――無駄なことなんだよ」

「む、無駄って……箒は俺のことを思って―――」

「そのせいで彼女は彼女以外の人間も殺そうとしたんだ。君が彼女の行動をどう受け取ったかなんて意味をなさないよ」

 

 織斑君をまず黙らせる。オルコットさんも凰さんも黙っているってことは心のどこかでわかっているんだろう。篠ノ之さんのしたことは自滅行為だって。

 

「別に君だけが死んだところで教員が騒ぐだけだけど自業自得だと僕は笑うさ。でも、君の下らない行為で他人が死ぬのはいくら何でもあんまりだよ」

「だったら、他にどうしろと―――」

「さっさと逃げれば良かったんだよ」

 

 簡単なことだ。暴れていたのも、僕らが使っているのも兵器。ISを持たない一般人はさっさと避難するのが常だ。どこかの男も言ってたでしょ、「力の無い者はウロウロするな」って。だけど篠ノ之さんは不満そうな顔をする。

 

「そんなのは自分が許さない? プライドに反する? 君が余計なことをした結果が僕の負傷だけど何か文句でもある?」

「………それは貴様が弱いからだろう」

「じゃあ、君のお姉さんに頼んでよ。新しいISコアを作って、時雨智久が望むISを作ってくれってそしたら後は僕の実力だけだね」

「ね、姉さんは関係ない!!」

「じゃあ君はとっくに退学になってるね。前も姉の名前を使っていたくせによく「関係ない」とか言えるよね? 都合の良い時だけそう言うなんて、まるでオルコットさんのように男を無駄に見下している奴らそのものだね」

 

 そう言うと篠ノ之さんは黙り込んでしまう。

 僕の脳内に、中継室に滑り込んで入った時のことを思い出す。そういえばあそこには篠ノ之さん以外にも2人の生徒がいて、1人は怯えて1人は倒れていた。でも、中継室は元々放送部がラジオを流すために使っていて……ああ、そういうことか。

 

「―――ちょっと聞いてますの!? 時雨さん、わたくしのようだというのは一体どういう―――」

「なるほどね。ようやく布仏さんが怒っていることに合点がいったよ。布仏さん、君のお姉さんは放送部のラジオで解説していたよね? そしてカチューシャを着けている」

「……うん、正解だよ」

「……そりゃあ、お姉さんが独りよがりで殺されそうになったって知ったら、普通の家族なら怒るに決まってるよ。相手はアリーナに張り巡らせているバリアーを破って上から降って来た。そんな威力で撃たれたらひとたまりもない。例え死ななくとも、表面は焼ける……少なくとも女性としての生命は終わるね」

 

 いくら医療技術が発展していると言っても、ただでさえ今は大半の女が調子に乗ったことで男は女の奴隷に成り下がる形になっている。当然、男が女に対して良い感情を抱いていないのが現状だ。僕だってそうだ。更識さんや布仏さんがこの学園で緩和剤になっていて、孤児院では幸那がいたからこそ「すべての女がそうだ」と否定するつもりはない。けど、織斑先生も含めて僕はこの学園に所属する大半の女性を軽蔑している。

 

「それと織斑君、君はどうしてあそこで敵を斬らなかったんだい? 僕が抑えていた状態だったら剣一本の君でも確実に当てて機能停止にすることはできたはずだ」

「だ、だってあの時は智久が近くにいたから―――」

「だったら僕ごと斬れよ」

 

 あの場ではそれが最善だった。ましてや、何も全部僕の身体があったわけじゃない。白式は機動力が高いから数秒で移動して攻撃することなんて可能だ。

 

「斬れるわけないだろ! お前は大事な友達なんだ!」

「その友人を君はお姉さんやオルコットさんの女尊男卑に生贄として差し出したわけだ」

「あ……あの時は……でもそれは過去のことで―――」

「過去の事だと割り切れる人間がいるなら、争いはとっくに無いんだよ」

 

 そう言って僕は布仏さんの手を取って開いたままのドアの所に向かう。

 

「ああ、そうそう凰さん」

「何よ?」

「あそこで意味を教えて止めを刺さないなんて、勝機を捨てたら女性的な魅力では劣っている自覚が無いなら諦めた方が良いよ」

 

 後ろが騒がしくなったので素早く外に出てドアを思いっきり閉めると何かがぶつかった音がした。

 

「―――随分と騒がしかったな」

「……ああ、いたんですか? 盗み聞きなんて趣味が悪い……元からでしたね」

 

 布仏さんを後ろに下げて僕は織斑先生を睨む。

 

「趣味が悪いのはそっちもそうだろう。まさか《ブーストハンマー》を使うとは思わなかったぞ」

「今僕の実力で一番威力のある武器だと思っています。本当はオルコットさんの機体を使いたいですがね」

「あれは適性がなければ動かせないが」

「だから困っているんですよ」

 

 僕だって理解していないわけじゃない。憧れというのものあるが、あれが一度に複数を倒すことができる。

 

(……やっぱり、訓練に身を入れなければいけないか)

 

 本当は開発も整備もしたい。あと、今はしていないけどいずれバイトもする必要がある。今の僕にはやることが山積みだ。

 内心ため息を吐きながら、僕はそのまま寮の方へと歩いていく前に一つ質問した。

 

「ところで織斑先生、どうして篠ノ之さんは外を出歩いているんですか?」

「……篠ノ之束の妹だから、そう言えばわかるだろう」

「……やっぱりそういうことだったんですね」

 

 盛大にため息を吐く。ISコアを開発できる唯一の人間には媚びを売っておきたいということだろう。

 

「布仏やあの場にいた2人には悪いとは思う。……だが、あの決定は私には覆すことはできない」

「そもそも、僕は最初から織斑先生はIS以外はからっきしだと思っていますよ。ともかく、僕らはこれで失礼します」

 

 そう言って僕は布仏さんの腕を引っ張ってそこから去った。




この発言が、盛大なブーメランになっていないことを心から願おう。


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第2章 嵐を呼ぶロマンソウル
ep.13 ちょっぴり豪華なご褒美


 クラス対抗戦が終了したさらに数週間が経った。

 日曜日は他の日と違って時間に余裕がある。その日の起きる時間は大体遅い。それでも、ゆっくりする人は9時とかに起きるから7時に目が覚める僕は異常なんだろう。

 

(………布仏さん)

 

 クラス対抗戦以降、布仏さんは僕のベッドで寝ることが多く……いや、もう毎日同じベッドで寝ている。僕が小柄で小学生っぽいと思われているからかもしれないけど、同い年なんだからもう少し警戒してほしいものだ。ただでさえ、見た目からは想像できないほど胸が大きんだから、僕の理性が持ちそうにない。……実のところ、何度か彼女を欲望が赴くままに襲いたいと思ったことは1度や2度ではない。

 

(……ホント、少し自重してほしい)

 

 もしこれが普通の男の子ならば襲っていることは間違いない。……というか、普通に進学していたなら僕は間違いなく襲ってる。

 

「しぐしぐ~」

 

 起き上がろうとしていた矢先、布仏さんは僕に抱き着いて胸の間に頭部を挟む。特殊な界隈な人にとってはご褒美でしかないその行為は僕の神経をガリガリと削っていった。

 

(……そういえば、今日か)

 

 同じくあの日以降の事だった。この部屋にストーカー……いや、生徒会長がこの部屋に来襲した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――クラス対抗戦後の休日

 

 ゴールデンウイークというものは、IS学園にはない……と言うのは少し違うけど、何故か少し遅れて設けられている。クラス対抗戦の影響だろうかはわからないけど、それはともかくだ。

 土曜日に授業の一つとしてクラス対抗戦があったので、その翌日は日曜日。少し遅めに起きてまどろんでいた僕らに襲撃があった。

 

「私、参上!」

 

 まだ眠たかった僕は近くに置いてある工具用の金槌を取って殺しにかかる。近くには布仏さんがいるし、僕も部屋の鍵を失くしたわけじゃないから入ってくるとしたら不審者以外はありえない。

 

「ちょっ、何するの―――」

「不法侵入……それすなわち敵」

「待って! 私よ! 更識楯無よ!」

「………安眠妨害と指定時間の飲食妨害は万死に値すると思う」

 

 ただでさえ、昨日は一度寝てたから眠れなかったのにその邪魔をされるのは素直に腹が立つ。

 

「―――だから言ったでしょう。突然の訪問は相手にとって害なのですから、突然現れたら迷惑なので止めるべきだと」

「こういう時はサプライズが大事だと思うのよ!」

「……織斑君と同類か」

「それは流石に不本意なんですけど!!」

 

 考えてみれば、警察に連絡すれば良かったなぁって後から思った。

 

「それで何の用ですか? 事と次第によっては生徒会長は男がいる部屋に不法侵入する変態ビッチストーカーと言いふらします」

「残念。時雨君の言葉はあまり通じないと思うわよ?」

「………では、その時は私も協力しましょう。ショタが好きということも広めればより効果は増すかと思います」

「虚ちゃん、それは本気で言ってないわよね?」

 

 目をこすると、頭に包帯が巻かれている女生徒が視界に入ってくる。ところで、そんな性癖があるなら僕にこんなことをしないでほしい。

 僕は近くに隠している防犯ブザーを出して引っ張ろうとすると、変態さんにひったくられた。

 

「ごめんね。今ちょっと人に注目を浴びるのは避けたいのよ」

「………やっぱり専用機は僕に渡すべきだと思う」

 

 何で後ろ盾がある織斑君なんかに渡したんだろう。そう考えると大人たちをひたすら殺して回りたいと思い始めたけど、高が無能な屑共を殺して前科を持つのは気が引ける。

 

「例えそうだとしても、あなたじゃ私に勝てないわ。……まぁそれはともかく、今日はちょっと大事な話があるのよ」

「……僕があなたの話を聞くとでも?」

「たぶん聞くと思うわ。一度あの家に帰れると言ったら、ね」

「―――!?」

 

 ………確かに聞くかもしれない。

 僕はこれまで何度か外出許可届を提出しているけど、悲しいことに許可できないの1点張りだった。実はもう一つの方も申請しているけどたまたま聞かれた織斑先生に「自分の立場を考えろ」と怒られた。アルバイトをしたいと言ったら怒られるなんて理不尽だと思う。

 

「でもその前に、彼女の話を聞いてほしいの」

「………えっと」

 

 誰だっけ? と僕は頭上にクエスチョンマークを浮かべていると、先にその女生徒が言った。

 

「初めまして、時雨智久君。私は布仏虚」

「………」

 

 僕はゆっくりと何故か僕のベッドに寝ている同居人の方を見る。

 

「……ごめんなさい。あなたたちの噂は色々と聞いているわ。妹が迷惑をかけているみたいで」

「別にそういうことで彼女を見たわけじゃないですよ。……ところで、妹ってことは昨日中継室にいた人ですよね?」

「ええ。昨日はありがとう。あなたのおかげで助かったわ」

 

 ……素直にお礼を言われて僕は思わずのけぞってしまった。

 

「……虚ちゃんはあなたに心から感謝しているのよ。ここは素直に受け取っておきなさい」

「…わかりました」

 

 それでも僕は少しお姉さんを警戒する。どうしても過去のことを思い出すのだ。

 

「…………」

 

 何だろう。警戒心を強めたら少し悲しそうな顔をしたんだけど。……そして何故か生徒会長はため息を吐いているんだけど、この人にそんな反応をされるのはムカつきを覚える。

 

「時雨君、ちょっと来て」

「何ですか?」

「いいからちょっと来なさい。虚ちゃんはここにいて」

 

 有無を言わさず僕を廊下に連れ出す生徒会長。何故か鍵を閉めて寮内に設置されている用具室の中に入った。

 

(……何でこの人、こうもたくさんの鍵を持ってるんだろ?)

 

 自在にIS学園の施設を行き来する生徒会長に対して疑問を抱いていると、彼女から有無を言わさない威圧感が発せられた。

 

「時雨君、今まであなたの態度は仕方ないと思って来たわ。私だってこれまでの女のやり方が異常だってわかってるつもりよ。私に対する反応も過剰だとは思ったこともあるけど、それも眼を瞑って来た。でも、今のは流石に許せないわ」

「だったらどうするんです? 僕を自分の権限を使って政府の研究施設にでも売り渡すつもりですか?」

「それをするつもりはないわよ。でも、虚ちゃんに謝って」

 

 僕は少し黙ったけど、すぐに反論する。

 

「僕が彼女を助けたのは結果論です。篠ノ之さんがしたことの先を予想した。だから出たんです。それに、お礼をしたんだから何か要求する可能性だって否定できない」

「虚ちゃんはそんなことはしないわよ。あの人は女尊男卑じゃない」

「じゃあ、何がそれを証明するって言うんですか!」

 

 同じ女が言ったってそんなの信じれるわけがない。信じようとするなんて無理がある。

 

「……あなたがそこまで女を嫌うのは、過去にあなたが殺されそうになったから?」

 

 僕はすぐさま生徒会長の胸倉を左手でつかんで引き寄せる。

 

「誰に聞いたんですか、それは」

「…北条アキ、あなたが1か月前までいた「北条院」の院長よ」

 

 …先生が? どうしてこんな女に?

 わけがわからなかった。どうせこんな女なんかにそのことを明かしたのか。

 

「と言っても、仔細までは聞いていなかったわ。隠蔽したのが私の父だって聞いたから、詳しいことはこっちで調べた」

「………生徒会長っていうのは他人の知ってほしくないことも知れるんですね」

「私は特別よ。だって私は日本の対暗部組織の長だもの」

 

 ………日本政府のスパイ、か。

 僕の中にあった彼女に対する信頼度が完全に無くなった。……元々無いに等しいものだったけど。

 

「そんな人がよく「信じてほしい」なんて言えましたよね」

「そうね。本当ならこんなことは明かさない方が良いに決まってる。でも、「更識」自体が暗部って知っているのは日本政府内でも代々の内閣総理大臣だけよ」

「……秘密を教えたんだから自分のことを信じてさっきの人に謝ってほしい……そういうことですか?」

「察しが良くて助かるわ」

 

 僕は生徒会長を離したけど、それでも彼女に対する警戒は解くつもりはない。

 

「わかりました。ここでこれ以上は問い詰めたって仕方ありませんし、あの人に謝ってきますよ」

 

 そう言って僕は用具室を出て自分の部屋に向かう。そしてドアの前に立ってあることに気付いた。

 

(……部屋の鍵、閉められたままだ……)

 

 自分の部屋なのにチャイムを鳴らすことに少し悲しく感じつつも、ボタンを押して鍵を開けてもらう。出たのは布仏さん……ではなくてお姉さんの方だった。

 中に入れてもらった僕はドアの鍵を閉めて、本題に入る。

 

「……さっきは、ごめんなさい」

 

 自分で言っておいてなんだけど、ぶっきらぼうだなぁ。それに許してもらえる保障なんてないし、僕とこの人の……ひいては布仏さんとの関係はこれで完全に切れただろう。

 そう思っていると、お姉さんは僕に抱き着いてきた。

 

(…………ダメだ)

 

 あの時のことがフラッシュバックする。僕をまるで捕食者のような目を向けて今にも襲おうとする女性。僕は縛られていて、ズボンをズラされて秘部に触れられる。それだけじゃない。僕はあの時、秘部を斬り落とされそうになったんだ。「こんなものをつけてちゃだめ。いらないものよ」って何度も言われて。

 今にも突き放したい。そう思った時に何故か僕に睡魔が襲ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふと何かの感触を感じて目を覚ます。

 というか頭の部分が柔らかい。程よい柔らかさを楽しんでいると、ベッドがここまで柔らかくなかったことに気付いた。

 慌てて顔を上に向けると、布仏さんのお姉さんがうつらうつらと今にも寝そうになっている。

 

(……あれ? どうして僕、こんなことになっているんだっけ?)

 

 どうしうことかわからない僕は少し離れると、お姉さんが目を開ける。

 

「……おはようございます、時雨君」

「おはようございます………って、待ってください。いくら膝枕したからって訴えたところで僕が勝つんですからね! 僕が「膝枕をしてほしい」って言ったわけじゃないんですから!」

「いくら何でもそんなことはしませんよ」

 

 そう言ったお姉さんはいきなり頭を下げる。

 

「ごめんなさい、時雨君。まさかあそこまで女性に対して嫌悪感を持っているなんて思わなくて」

「……えっと」

「実は、男性は女性に触れるのが好きだって聞いたからあんなことをしたの。時雨君、熱を出すほど倒れたからあわてて介抱して、少しでも楽になってもらえるようにと思って………」

 

 ……実際気持ち良かったんだけどね。

 

「気にしないでください。それなら別にいいんです」

「そうですか? ありがとうございます」

 

 何だろう。この心を洗われる感覚は………呑まれたら間違いなくダメな気がする。

 

「おまたせ。お昼ごはんができたわよ」

「配膳を手伝います、会長」

「大丈夫。あなたは時雨君の傍にいてあげなさいな」

「いえ、大丈夫なんでその人を見張っておいてください」

 

 お姉さんが邪魔って言うことも否定はしないけど、正直生徒会長が信用できないっていうのが本音だ。

 そして準備が終わり、僕たち4人はピクニックなどで使われる4人掛けのプラスチックのテーブルに着く。

 

「それで時雨君。来週の土曜日は何か予定はあるかしら?」

「大丈夫ですが、何か問題でもあるんですか?」

「そうね。昨日のことでまた話し合わないといけないからすぐにわかる予定としてはそこくらいしか2日間丸々開けることができないのよ」

「………何の話です?」

「時雨君の帰省の話」

 

 僕は思わず食べる手を止めた。

 

「えっと、僕って帰省できるんですか?」

「ただし、私が随伴することになるけどね。大丈夫。これでも国家代表だから実力は折り紙付きよ」

「へー」

 

 国家代表ねぇ。

 目の前の女性みたく、何を考えているかわからない人を国の代表にするなんて物好きも…………え? 国家代表?

 

「………さっき、暗部組織のボスだって言ってましたよね?」

「……お嬢様?」

「だ、だって正体を明かさないと時雨君は信じてくれないだろうし。お願い時雨君、このことは内緒で―――」

「別にそれはいいんですけど、国家代表がIS学園に在籍することって珍しくないですか?」

 

 ISに関しては何も知らないけど、国家代表というものはどういう存在かぐらいは僕にでもわかる。少なくとも、一学生として在籍するケースは極めて稀だろうってことぐらいは。

 

「………あー、実はそのことなんだけど……ちょっと大人の事情で話せなくて……」

「…そうですか」

 

 気になったけど、たぶん機密事項とかそういうものなんだろう。そう思った僕はそれ以上聞くのは止めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして日にちは戻り、ようやく土曜日の講義が終わったので、僕は鞄を持って帰る。

 

「なぁ智久、少し話が―――」

「僕はないのでそれじゃあね」

 

 そう断ってさっさと出て行く。後ろが何か騒がしいけど、僕の興味はそこには無いのでごった返している廊下を通らずに窓から出て近道をする。

 何度も注意されているけど、止める気は全くない。だって時間の無駄だから。

 寮の部屋に戻ってきた僕はすぐに私服に着替えるとドアがノックされた……布仏さんの場合は鍵を開けるので同居人ではない証拠である。

 そうなればと思って無視を決め込み、上下を私服に着替えて着替えや財布などの貴重品を持って外に出ると私服姿の更識先輩がいた。

 

「………」

「どうしたの、時雨君。お姉さんに見惚れちゃった?」

「そうですね。護衛という割にはかなりおしゃれをしていたので驚きました」

「へ………?」

 

 あれ? 反応が薄い?

 一見すれば一般的な青いジーンズにピンク色のシャツ。そしてその上に白いカーディガンを着ている先輩は意外にも合っていたので素直な感想を述べると、意外なそうな顔をする。

 

「どうしました?」

「ううん。ちょっと予想外なことを言われて驚いただけ」

「そうですか」

 

 でも敢えて言うなら、護衛としてその格好はどうなんだろうか?

 そう思っていると表情を読んだのか、先輩は説明してくれる。

 

「大丈夫よ。この服1つ1つが特注でね、防弾チョッキなどに使われている特殊な繊維が仕込んであるから有事の差異でも動けるわ」

「……ああ、武器は胸に隠しているんですね」

「漫画の読み過ぎよ。流石にそんなことはしないわ」

 

 まぁ、その話は置いといてだ。

 鍵をかけてIS学園島と繋がっているモノレールの駅に向かっている時にふと思った。どうしてISがあるのに護衛が必要なんだろう?

 

「ところで時雨君は人を殺したことがあるかしら?」

「ありませんよ。これでもまっとうな人生を過ごしていますから」

「ISを使ってISを使わない人を制圧するのはかなり難しいの。相手がすぐに降参してくれたらいいんだけど、場合によっては抵抗されるの。そうなったら止む無く攻撃するしかない。でもISで攻撃したら人なんて呆気なく死んでしまう。だから私みたいに武術を使える人間が護衛に就く必要があるのよ」

 

 確かに僕はISを動かせる以外はアルバイトをしていただけのただの孤児だ。剣道とか柔道は体育の時間に少ししただけで、本格的にしたわけではない。まぁ、先輩は強いし問題はない。女尊男卑だから女に守ってもらうなんてって思考は必要ないと思っている。同じく「男が女に暴力を振るうのはサイテー」と思考は廃ってもおかしくはないのに未だに残っているのは何でだろう……っていうか、

 

「さりげなく僕の思考を読まないでくださいよ」

「てへっ」

「…………」

 

 ゴミを見るような目で見ると、微妙な雰囲気に変化した。



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ep.14 女の戦争勃発中

 僕、時雨智久の特徴を第一印象で答えるとするなら全員がこう答えるだろう……「チビ」だと。

 同居人の布仏さんと同じくらいの身長という事実は少し泣きそうになるけど、それはともかく、僕は小さい。だからと言って、

 

「だからってこんな扱いはあんまりだと思うんです。先輩」

「何か問題があるかしら?」

「問題大ありですよ」

 

 モノレール内。僕は先輩の膝の上に乗せられていた。

 補足すると僕より布仏さんの方が小さい。だから乗せるのも10cmは離れているから持ちやすいんだろうけど、この扱いはあんまりだ。

 

「そう? この体勢は時雨君にも得だと思うけど? 私の胸が当たってるし―――」

「例え賠償金を払えって言われても僕は絶対に払いませんからね! こんなの不当です。これで金を払わせるなら世界なんて滅んでしまえ」

「そんなことは言わないから。もう少し大人しくしてくれると嬉しいわ」

「僕は嫌なんですよ!」

 

 結局、何故か関節を極められて目的地までこの体勢でいらざる得なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私には妹がいる。妹も彼と同じくらいの身長で、今は1人でIS学園の整備室の一角を陣取ってISを作っている。

 彼女がそんなことをしている理由は、どうやら私が1人でISを作ったという謎のデマが広がっているようなのだ。当然、私はそんなことを肯定したつもりはないけど、今では疎遠になっているから余計にあの子はそれを信じてしまったみたい。というのも、昔から私とあの子とは色々な差があった。

 私の家は日本の「対暗部組織」という特殊な家で、10代以上も続いている。私の世代はどうしてか女しか生まれずにその後も中々できなかったこと、そして私はこれまで課題を難なくこなしていったから周りから期待されたこと、そして今は女が中心の世の中だから、IS学園に入学すると同時に襲名することになった。だけど流石に10代でそれは早すぎると言う両親の反対もあって、今は名前だけの立場になっているけど、部下は未だに「17代目なら大丈夫」と信頼を置いているので色々とこなしているわけだ。だけどあの子は私と同じってわけにはいかなかったようで、私が1のことを10できたとしたら、あの子は5~6しかできなかった。最初は私も両親も励ましていたけど、次第に言わなくなった。別にあの子に失望したとかそういうわけではない。ただ、励ましてもあの子を傷つけるだけなのだ。それを知ったのは、あの子を励ました時にあの子が怒った時だった。

 

 ―――お姉ちゃんなんかに、私の気持ちがわかるわけがない!

 

 その時は私も怒って、両親が止められるまで喧嘩していた。おそらく虚ちゃんが私たち2人を殴って止めなければいつまでもしていただろう。反省した私はなんとか謝ろうと思ったけど、足が竦んで動けなくなった。そして私はしばらくして、暗部の本当の怖さを知ってしまった。

 裏の部分に関わると言うことは、人を殺す必要があるということ。私は初めて人を殺した時、自分が自分でなくなった気がした。だから私は言ったのだ

 

 ―――あなたは、無能なままでいなさいな

 

 私が仮に任務中に死んでも、無能なら長にはならない。お父さんに負担はかかるけど、それでもあの子にあんな思いなんてしてほしくなかった。だから、私は可能な限りあの子を潰すことにした。ISの勉強をしたのは家を強くするための要素でしかなかった。ロシアからの申し出を受けたのは、日本が第三世代型ISの開発に遅れを取っているからだ。

 でもそこで、予想外なことが起こった。あの子が日本の代表候補生になったこと。

 代表候補生になるにはISの知識はもちろん、素人ながら訓練機でどこまで戦えるかを知るために既に代表候補生になっている人と模擬戦をする。そこであの子は圧倒的な差で代表候補生に勝ったのだ。実は一組のセシリア・オルコットが学年主席になっているけど、彼女は専用機で教員を撃破しているからである。そして二組の凰鈴音は1年で専用機持ちになった中国きってのホープと言われているけど、代表候補生で専用機がもらえるかどうかは相性やタイミングにもよるので裏を返せば「タイミングが良かった」とも言えるし、私の妹も1年と少しで専用機持ちになったんだから!

 

 ―――閑話休題

 

 ともかく、そんな実力を持ったあの子を国が期待するには仕方がないことで、あの子はいくつかの疑念を持たれたまま1年足らずで専用機持ちになった。織斑一夏という存在があり、白式の開発元が被ったことや代表候補生としての期間が短いこともあってあの子の機体の開発計画は凍結してしまったけど、今は実力も評価されて1人で作成している……決して家が関係していないことはないと思いたい。

 そんな妹を持っているからか、同じく弟みたいな彼には姉として構いたくなる。

 

「ところで先輩、僕はあなたのせいで死ぬかもしれませんが何か言いたいことはありますか?」

「大丈夫。私が守ってあげるから」

「だからあなたが原因で死ぬかもしれないんですってば!」

 

 本気で驚いて私を見る時雨君。……弟なのに姓で呼ぶのは少し変かもしれないわね。

 

「私はこれでも学園最強よ。ただのテロリストは無効化できるわ」

「あ、大丈夫ですね。実は後方100mに1人、僕を殺そうと睨んでいるんですが」

「でも一般人よね?」

「流石に気付いていましたか」

「これでも私はかなり鍛えられているのよ。だから大丈夫」

 

 慌てふためく時雨君……もとい、智久君と手を繋いでいるからか、今日は人が多い。

 

「そんなに私と歩くの、嫌?」

「ええ。凄く」

「酷い! 私は智久君と仲良くしたいのに………」

「今の世の中が女尊男卑じゃなかったら懐いているかもしれませんよ」

 

 これだから女尊男卑は嫌なのよ……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ようやく北条院に着いた……けど、道中凄く疲れた。

 大体、何でああも僕ばかり睨まれなければならないんだろう。僕は何もしていないのに。……でも今は、更識さんの番か。

 

「……………えっと、幸那ちゃん。私、何かしたかしら?」

「いえ。何もしていませんよ。ただちょっとこの腕が千切れないかなって思っているだけです」

「思春期乙女がそんな物騒なことを言っちゃダメでしょ?」

「そうですか? ともかく今すぐトモ君の手を離してもらえませんか?」

 

 笑みを浮かべる幸那。でも、その笑みには冷たさを含んでいる。その証拠に僕らの姿を見て駆けつけようとした子どもたちは回れ右して部屋に逃げて行った。

 

「幸那、もう離したから落ち着いて」

「………わかりました」

 

 そう言って更識さんを睨んでから僕の手を掴んでそのまま中に入る。

 

「お邪魔します」

「更識さん、その前にはっきりとさせたいのですが、あなたはトモ君の何ですか!」

 

 何故顔を赤くして聞いているんだろ?

 疑問を感じていると、更識さんは何かを察したように俺の腕を引っ張った。

 

「それは護衛よ」

「だったらそこまで近づかなくても良いですよね?」

「―――こらこら、お二人ともそこまでにしておきなさい」

 

 第三者の介入に更識さんは僕から離れる。

 

「お久しぶりです。アキさん」

「久しぶりね。智久君は粗相しなかったかしら?」

 

 先生、お願いですから幸那を刺激する言葉を言わないでください。僕のライフが危ないです。

 

「大丈夫です。今のところそんな報告はありません」

「そう? 良かったね、幸那」

「…………知りませんよ」

 

 そっぽを向く幸那は可愛いと思う。本当なら今すぐハグしたいけど、流石に彼女もお年頃なので僕は自重することを選んだ。

 

「今日はゆっくりして行ってね」

「はい」

 

 そんな和やかな会話をしている二人を置いて、僕らは手を洗ってうがいをしてみんなが遊んでいるであろうリビングに入る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、IS学園では打鉄を借りた本音が虚と模擬戦をしていた。どちらも高レベルの戦いをしていた。

 

「遅いわよ!」

 

 虚が近接ブレード《葵》を振り上げる。それをナイフで防いだ本音は何度か回転しながらアサルトライフル《焔備》を展開、動きをその場に固定して引き金を引く。

 それをラファール・リヴァイヴのシールドで防ぎつつ手榴弾を放る虚。すると、近くに現れた本音が《焔備》の引き金を引いて虚に攻撃した。

 その動きはとてもつい最近まで一般人だった人間のものではなく、もしこれをスカウトマンが見ればすぐにオファーが来るものだ。元々、虚も彼女の学年では最強の一角として囁かれていたため、整備科に行くと聞いた時は周りが本気で驚き、止めようとしたほどである。

 そのこともあってか、現在2人がいるアリーナは教員・生徒どちらも入ることはできなくなっており、本音のことは完全に秘匿されている。当然、管制室はバリアを張る程度の機能しか働いておらず、カメラは動いていない。後で戦闘ログは厳重なセキュリティが敷かれている生徒会用サーバーにのみ保管してから削除する程だ。

 

 本来なら、こんなことをする必要はないのだが、楯無は補欠とはいえ国家代表である以上は国の強化合宿に参加する義務が課せられ、学園を開けなければならない。そのため、緊急的措置として理事長と学園長の許可を得て生徒会権限で虚と本音には専用機が支給されることになっている。そのために今も試合をしているのだ。元々、どちらも優れた戦闘員として鍛えられていたこともあって、戦闘力はかなり高く、接戦が繰り広げられているほどだ。

 

「はぁあああ!!」

 

 大型ブレードを展開した本音は瞬時加速で虚との距離を詰める。虚は軌道を予測して、スピードに合わせて刀身に触れて機体を上げる。

 

「チェックメイト」

 

 虚はアサルトカノン《ガルム》の引き金を引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふはぁ~。水がおいしいよ~」

 

 対戦が終わり、本音は持って来た水を飲んでいると後ろで虚がため息を吐いた。

 

「どうしてこの子はこうなのかしら」

「これでも緊張感は持ってるつもりなんだけど~」

「あなたの場合、その緊張感が完全に消えていくのが問題なのよ」

 

 以前、虚はとあるアニメで見たことを思い出す。機械仕掛けの景色が映し出された光景は画質が綺麗だったこともあって鮮明に覚えている彼女だが、その景色の歯車をお菓子に変えてピンク色の景色を投影したのが自分の妹が持っている魔法ではないかと考えている。………もっとも、布仏姉妹のみならず、魔法なんてものは存在しないが。

 

「一応、言っておくけどこれは―――」

「知ってるよ。お姉ちゃんはみんなを、私はしぐしぐ……時雨君を守るためなんでしょ」

 

 以前の襲撃、生徒には暴走した機体が乱入したと説明しているあの出来事は彼女らにとっては汚点でしかなかった。生徒会長の不在にシステム面による妨害やたまたまいた場所も悪く、対応が遅れるという事態。挙句、虚に至っては気絶までにしてしまった。

 結局、守るべき彼らに任せてしまったことにより無力さを痛感してしまったのである。しかもあのことでたくさんの人間を救った人間だというのに、智久は一部の女生徒たちに「無能」と叩かれる始末。

 

(……なんとか、私たちで彼の助けにならないと)

 

 虚は内心決意を固め、本音に気付かれるほど拳を固く握りしめるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 たぶん、今日は一人で帰ってくるべきだったんだ。そう思った僕は布団を被りながら震えていた。何故って? 目の前で行われている二人の戦いに介入できないからです。

 

「護衛だからって、一緒の部屋に寝る必要はありませんよね?」

「でも、万が一ってことがあるし。それに、3人は流石に手狭じゃないかしら?」

 

 聞こえてくるのは更識さんと幸那の声だ。

 護衛だからということで、更識は1歳しか違わないはずなのに僕と一緒に寝ようとしてくるので幸那が怒っていると思うんだけど。

 

「あなたの監視のためです! 先生はあなたのことを信用しているみたいですが、私はあなたを信用していません」

「…………私、何かしたかしら?」

「していませんよ。でも、するかもしれないじゃないですか」

 

 でも、どうしてだろう。いつもなら大人しく引き下がる幸那がここまで一生懸命になるのはおかしい気がする。

 

「ねぇねぇ、幸那。たぶん大丈夫じゃないかな?」

「何故そう言い切れるの? もしかしたら、この人はトモ君を襲って既成事実を作りに来たかもしれないのに」

「それは否定しないけど、彼女の家は名家だから婚約者ぐらいいるかもしれないでしょ?」

「でも、もしかしたらその婚約者がデブで不細工で汗臭い人だったらトモ君としてもおかしくないかもしれないじゃない!」

「………その発想はなかった」

「待って。私は別に彼にそういう感情を持っているわけじゃないの。ただ、仕事として一緒にいるだけなのよ? あと、私に婚約者はいないわ」

 

 意外な真実を聞かされた僕は驚いていたけど、幸那は容赦なく続ける。

 

「やっぱり既成事実を作りに!?」

「………このままだと堂々巡りになる気がして来たわ」

 

 頭を抱える更識さん。僕は珍しいものを見れたと思って内心ガッツポーズする。

 

「幸那、あまりこの人を悪く言っちゃダメだよ。確かに平気で人の部屋に入ったり更衣室に入ったりする変態さんであることには変わりないけど、一応は人のことを気遣うことはできるんだから」

「やっぱりトモ君を狙っているんじゃ………」

「大丈夫。本当に、本当にそう言う目で見ているわけじゃないから、その怪しげな目を見るのは止めてもらえる? 時雨君も、幸那ちゃんに余計なことを吹き込まないの!」

 

 でも事実だしね。仕方ないね。

 

「じゃあ、こうするのがどうかな? 僕が奥で寝て、幸那、更識さんの順に寝ればいいんじゃないかな?」

 

 そうすれば、僕は幸那の隣で寝ることになるし、幸那は更識さんの隣だから僕が襲われる心配しなくていい。

 すると幸那は渋々といった感じで了承した。

 

『ねぇ、幸那ちゃんのことに気付いている?』

 

 個人間秘匿通信で僕に話しかける更識さん。外でのIS使用は原則的に使用禁止じゃないんだっけ?

 

『………ただの妹としての反応にしては過激ってことぐらいは』

『……織斑君と変わらない認識かもね』

『いや、気付いていますから。でも、今の僕が受け入れられないくらいってのはわかってますよね?』

 

 それに、僕以上に良い人はどこにでもいそうだけど。それに、僕は少し自信がない。

 

『でも末恐ろしいわね。気付いているのにそうやって自分側に置くなんて』

『昔から一緒ですからね。もう慣れましたよ』

 

 出会った頃から幸那はよく僕に構っていた。僕が殺されそうになってから荒れていた時も、その後もずっと僕に付きっきりだった。別の意味で恐ろしい妹である。

 

『大丈夫です。少し進んだ関係になることはありませんよ。現状では特にね』

 

 パジャマ姿で抱き着いてくる幸那。足もかけられていて、少しドキッとしたのは内緒である。



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ep.15 昔流行ったゲームがそんな色だった

これ以降は、書き上げ次第投稿となります。
もしかすると、話数が飛んでいるかもしれませんのであらかじめ見直すことをお勧めします。


「あ、そうそう。私、明日からいないから」

「……はい?」

 

 翌日。子どもたちの相手をして疲れたこともあってモノレールの中で揺られていると、更識さんはそんなことを言った。

 

「私、国家代表の補欠だから一応は国の強化合宿に出ないといけないのよ。8月頭にモンド・グロッソがあるから」

「へー………補欠?」

「そ。補欠」

 

 「国家代表」と聞けば凄いけど、「補欠」と聞けば凄いのか凄くないのかわからない。

 

『あまり大っぴらにできる情報じゃないけど、私が元々日本人なのはわかるわよね?』

『髪と目が異質ですが、アクセントといい日本で過ごしてきたってのは。それに日本の暗部の長ですし』

『私が生徒会長になった時ってさ、日本の代表候補生でもなかったのよ。それだと学園最強が簡単に入れ替わるし都合が悪いってことでIS委員会が適性者に困っているロシアの国籍を取らせたってわけ。最初は候補生からってことにしたけど、実力が認められて代表になったのよ。ただし、本当の代表じゃないから補欠扱いとしてだけどね』

 

 なるほどね。そりゃあ、日本の重要機密を抱えるであろう暗部の長なのにロシアの国家代表になるわけだよ。

 

「じゃあ、平穏無事に過ごせるように祈っておきます。あのクラスだとそれが難しいかもしれませんが」

「………織斑君のせいで?」

「ええ。主にその人のせいで」

 

 でもこの時、心のどこかでわかっていたんだ。どうせすべては僕に来るってことは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつも通り布仏さんを起こして登校すると、クラスメイト達は騒いでいた。いつも通りとも言えなくないけど、今回に至ってはかなり騒がしい。

 ちなみに今日から夏服で、僕らの制服も一新されている。女生徒の中には織斑君に見てもらおうと露出を多くしている人がいるため、視線を向けるのは困る。……そういう点で布仏さんはある意味癒しだ。だって夏服なのに露出少ないもん。

 

「やっぱりハヅキ社製のがいいなぁ」

「え? そう? ハヅキのってデザインだけって感じしない?」

「そのデザインがいいの!」

「私は性能的に見てミューレイのがいいかなぁ。特にスムーズモデル」

「あー、あれねー。モノはいいけど、高いじゃん」

 

 席に着くまでそんな会話が聞こえてきた。僕の場合はそもそも男用のISスーツが特注品だからいずれ研磨を重ねて最適な材質を選別して作り出すと言う話は聞いている。

 前の方で山田先生があだ名で弄られているのを見ながら、僕はお気に入りのBGMを聞いてだらーんとしていた。

 

「諸君、おはよう」

「お、おはようございます!」

 

 織斑先生の降臨である。できればずっと昇天しておいてほしかった。

 

「今日からは本格的な実戦訓練を開始する。訓練機ではあるがISを使用しての授業になるので各人気を引き締めるように。各人のISスーツが届くまでは学校指定の物を使うので忘れないようにな。忘れた者は代わりに学校指定の水着で訓練を受けてもらうことになるが、それも忘れた場合は下着でやってもらう」

 

 するとほとんど全員がさっと体をずらした。内心、某人型兵器のコックピットに乗る時に服が破れるわけではないのだから、制服でも良いのではないかと思ったけど口に出した負けだろう。

 ちなみに、僕は健全な男子高校生のために多少とも女の身体に興味はあるけど、その時は昔見た幸那の裸を思い出すことにする。

 

「では山田先生、ホームルームを」

「はい」

 

 入れ変わるように山田先生が教壇に立って爆弾発言をした。

 

「今日はなんと転校生を紹介します! しかも2名です」

 

 普通、クラスを別にするんじゃないのだろうか?

 そんな疑問を当たり前のように思い浮かばせて、入ってくるのを待つ。1人は何故か男子用の制服を着ていた。

 教壇の端の方に立った2人。その内の男子制服を着た女の子(のはず)が自己紹介を始めた。

 

「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。この国では不慣れなことも多いかと思いますが、みなさんよろしくお願いします」

 

 シャルル……まるで男の名前だ。というかとある反逆系主人公の父親がそんな名前をしていた。

 

「お、男……?」

 

 誰が呟いたのか知らないけど、静寂に満ちた教室では大きく聞こえた。

 

「はい。こちらに僕と同じ境遇の方がいると聞いて本国より転入を―――」

 

 僕はすぐに耳を塞ぐ。織斑君の位置の方が辛いだろうけど、何故か僕の方にも来るからだ。……あ、織斑君が死んだ。

 たぶん周りは新たに男が来たことを喜んでいるけど、僕はある違和感を持っていた。

 

(どうして、男が転校してくる情報がなかったんだろ?)

 

 更識さんのことだから、多分知っているはずなんだけど。もしくは布仏先輩で止めているのかな? あの人たちならそんなことをする可能性は低くないかもしれないけど。

 

(もしかして、これは学園側の試練かな?)

 

 シャルル・デュノアの性別を確かめろっていう難題を押し付けてきたかもしれない。それを知っていたから更識さんが僕に教えなかったのも合点が行く。………裏切る可能性は、僕に対しては低いかな。裏切ったところでメリットないだろうし。

 

「皆さんお静かに! まだ自己紹介が終わってませんから!」

 

 考え事をしていたからか、少し指が耳から離れていたようで山田先生の声が聞こえてきた。

 ちなみにそのもう一人を見ていると、漢字で書くと「王血零」となる大総統を思い出してしまう。できればそんなに強くない人だといいな。

 

「………挨拶をしろ、ボーデヴィッヒ」

 

 見かねた織斑先生がそう指示すると、ある意味では予想できた返事を返した。

 

「はい、教官」

 

 ガチの敬礼に僕は少し恐怖した。

 

「ここではそう呼ぶな。もう私は教官ではないし、ここではお前も一般生徒だ。私のことは先生と呼べ」

「了解しました」

 

 止めて! その人を「一般生徒」のくくりに入れないで! 僕らとは明らかに異種の人だから!

 心の中でそう叫んでいると、その生徒はようやく名前を名乗った。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

 何だろう。声からして「リア充は死ね!」と言わせれば間違いなくそう聞こえる声が聞こえてきた。そういえばオルコットさんも「ホワイトサンダー!」って叫ばせたらしっくりきそう。

 

「あ、あの以上ですか?」

「以上だ」

 

 そういえば似たような自己紹介をしていた人がいたな~。って前にいる織斑君を見る。

 するとボーデヴィッヒさんは織斑君と視線が合うと彼に近付いてビンタした。

 全員が呆然とする。それほど唐突かつ綺麗なビンタだったのである。

 

「私は認めない。貴様があの人の弟であるなど、認めるものか」

 

 何のことだからわからないけど、彼女もまた織斑君に敵対する人間のようだ。

 

「いきなり何しやがる!」

 

 織斑君の言葉を無視してボーデヴィッヒさんはそのまま僕の隣に座った。ところで織斑先生、注意しないの? 頭を抱えないで注意しようよ。旧知の仲か知らないけどさ。

 

「少し問題は起こったが、これでHRを終わる。今日は二組と合同でIS模擬戦闘を行う。各人はすぐに着替えて第二グラウンドに集合しろ。では、解散だ!」

 

 僕はすぐに荷物を持って教室に出ると、織斑先生に呼び止められた。

 

「時雨、少し待て」

「何ですか? 今僕急いでいるんですが……」

「織斑、そして時雨。お前たちでデュノアの面倒を見てやれ。同じ男子だろう」

 

 こっちに近付いてきた織斑君とデュノア……君。怪しいからぜひ織斑君に任せたい。

 

「君が時雨君だね。初めまして、僕は―――」

「自己紹介なんてしている暇はないよ。詳細は織斑君に聞くこと。それじゃ」

 

 僕はデュノア君にそう言って先に行く。こんなところで女たちの妨害に合うなんて絶対に嫌だからだ。

 

「待てよ智久。新しい男子なんだし、改めて仲良く―――」

「簡単に説明すると、彼がスケコマ織斑君。いつも女をナンパして部屋に連れ込んでは篠ノ之さんと一緒に襲っている鬼畜野郎」

「え? 織斑君ってそんな―――」

「誤解だ!」

 

 後ろで走らず騒ぐ織斑君らを放っておいて僕はさっさと走って行った。

 

(金髪男子と銀髪女子の転校か……そういえば昔流行ったゲームってそういう色のがあったね)

 

 なんて思っても足だけは緩めない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、もう智久の奴がいない!?」

 

 一夏はそう叫びながら移動を続ける。その後ろではシャルルが一夏に手を繋がれる形で追走していた。

 

「ホントだ。時雨君って俊敏だね。もしかして背が低いのも関連して―――」

「それ、本人の前で言うなよ。身長のことを言ったら攻撃されるからな」

 

 一夏が本気でシャルルにそう注意すると彼は本気で冷汗を垂らした。

 

「ところで、二人って仲が悪いの?」

「いや、そういうわけじゃないっていうか。何故か智久が俺を敬遠してくるんだよ」

 

 それを聞いたシャルルは少し顔を暗くして小さく「そう」と返す。

 

「どうした? もしかして気分が悪いのか?」

「ううん。大丈夫だよ。ちょっと急に運動したから疲れちゃっただけで」

 

 実際、そういうわけではない。シャルルにとってそれはとても都合が悪いだけだ。

 だが一夏はそれを察しておらず、「まあいいや」と感じた程度で先に進む。

 

「よーし、到着! ……って時間がヤバい! すぐ着替えた方がいいぜ」

「う、うん」

 

 2人はほとんど同時にロッカーのドアを開けて荷物を置く。シャルルは服を脱ぎながら一夏に質問した。

 

「そういえば時雨君って足が速いけど、何か部活でもしてるの?」

「いや、そんなことは聞いてないけど、そういえば前に体育の時に持久走をしたんだけどさ。智久だけ1周早く終わってたな」

「え? 確か1組にはオルコットさんもいたよね? 代表候補生って体力面もかなり重視されるから、クラスじゃ織斑君か彼女のどちらかと思ってたんだけど」

「うん。相手になってなかったな。しかも智久、鼻歌を歌いながらペースを下げるどころか最後辺りに凄く早くなってんだよ。しかも身体能力も高くしてさ、前に妨害していた人たちがいたけど体を飛び越えて乗り越えてたし」

 

 思わずシャルルは動きを止めた。

 

「……それ、ホント?」

「うん。ってヤバい。早く……って、もう着替え終わったのか?」

「僕は中に着ていたんだ。織斑君もそうしたら? そっちの方が便利だし、時間のロスも少ないよ」

「今度からそうするよ。とにかく今は―――」

 

 しかし、一夏の奮闘空しく遅刻となり、千冬から怒られるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……馬鹿はまだか。時雨、2人はどうした」

「女生徒に剥かれていると思います」

「………あの馬鹿共が」

 

 それは誰に言っているのかぜひ聞いてみたい。

 

「では先に言っておく。これから貴様には5人の専用機持ちをリーダーにして班に分かれてもらうが、織斑には相川というように、一組の一番から順番にわかれてもらう。ただし時雨、お前はボーデヴィッヒの班だ」

「……わかりました」

 

 ええっと、つまり僕にボーデヴィッヒさんのフォローをしろってことかな? 確かに他の人たちだと難しいね。

 

「すみません、遅れました」

「遅い!」

 

 ちなみに授業開始から既に5分経過している。僕は2分前に着いたからギリギリセーフ。正規ルートで向かったから遅いけど、もう少し早く着くことも可能だ。

 ところで、織斑君たちが並んだ後に英中の代表候補生がおしゃべりを始めて織斑先生に睨まれているけど、気付ている……わけないよね。

 

「―――安心しろ。馬鹿は私の目の前にも2名いる」

 

 僕は耳を塞いで音を遮断する。2名は無様にも叩かれたのでひっそりと笑っておく。

 

「では本日から格闘及び射撃を含む実戦訓練を開始する」

「「「はい!」」」

 

 にしても、僕の記憶が正しければ1クラス30人程度で今日は2クラス合同だから軽く見積もって60人計算。僕、デュノア君、ボーデヴィッヒさん、凰さんを入れて64人という大人数の合同授業は新鮮だ。そしてうるさい。

 

「今日は戦闘を実演してもらおう。ちょうど活力が溢れんばかりの十代女子もいることだしな。凰! オルコット! それと時雨!」

「何故わたくしまで!?」

「先生! 僕は男です!」

「細かいことは気にするな」

「気にしますよ!」

 

 まぁ、女だったら合法的に布仏さんのおっぱいにありつけ……いや、なんでもない。

 

「専用機持ちはすぐに始められるからだ。いいから前に出ろ」

「だからってどうしてわたくしが……」

「一夏のせいなのに何でアタシが……」

「これじゃあ僕が問題児じゃないか」

 

 事実を言いながら前に出ると、2人からブーイングが飛んできた。

 

「待ちなさいな! どうしてわたくしが問題児扱いされないといけないのですか!?」

「そうよ! 撤回を要求するわ!」

「授業中にも関わらず話をしている上に、片方が素人に喧嘩を売る代表候補生なんだから十分問題児じゃないか!」

 

 こんな2人より僕はまともだと自負している。

 

「お前ら、少しはやる気を出せ。織斑や布仏に良いところを見せられるぞ」

 

 するとさっきとは打って変わってオルコットさんと凰さんがやる気を出した。

 

「やはりここはイギリス代表候補生、わたくしセシリア・オルコットの出番ですわね!」

「まあ、実力の違いを見せるいい機会よね! 専用機持ちの!」

「………やっぱりIS操縦者って馬鹿ばっかりだ」

 

 今ので本気を出すって、そこまで織斑君に魅力があるのかな?

 

「……ふむ。山田先生にも良いところを見せられるぞ?」

「やっだなぁ、織斑先生ったらもうボケました? 老人ホームに入るにはあと倍+10は必要かと思いましたが?」

「予想外だな。あの2人のどちらかの名前を挙げればやる気を出すと思ったが……」

「アホとは違うんですよ、アホとは」

 

 山田先生に質問を多くするけど、それはわかりやすいから。布仏さんとは同居人ってだけだ。ただしおっぱいは凄い。

 

「それで、相手はどちらに? わたくしは鈴さんと時雨さんのタッグが相手でも構いませんが?」

「ふふん。それはこっちのセリフよ。アンタと時雨で組みなさい」

「慌てるな馬鹿共。対戦相手は時雨と―――」

 

 するとハイパーセンサーが起動して上から何かが来ることを知らせてくれた。

 

「ああああーっ! ど、どいてください~っ!」

 

 織斑君に向かって一直線に落ちてくる山田先生。全員は一目散に逃げたというのに、何故か織斑君だけ取り残されてぶつかった。

 織斑君と山田先生はどうしてか抱き着いた形で転がり、何とも言えない体勢になる。

 

「ふう……白式の展開がギリギリ間に合ったな。しかし一体何事……」

 

 素晴らしきその体勢。織斑君は万死に値すると思う。

 そういえば、中学の頃は幸那と一緒に帰っているだけで殺されかけたな。その後に僕の危機を知った幸那が僕を助けてくれたっけ。

 改めて僕は今の織斑君と山田先生の体勢を見る。織斑君が山田先生を押し倒している状態になっているので、僕は携帯電話を取り出した。

 

「とりあえず警察警察っと」

「落ち着け時雨」

「たぶん僕の方が落ち着いていると思いますよ。ほら」

 

 山田先生の胸をダイレクトに揉んでいる織斑君に、2人の代表候補生が殺意を向けていた。っていうかオルコットさんがライフルを展開して撃ったんだけど。間一髪回避した織斑君だが、今度は凰さんが青龍刀を連結させて投擲した。一度回避するも、その時に仰向けになったので戻ってくる青龍刀ブーメランに顔を青くする織斑君。しかし、彼の首が飛ぶことはなかった。

 山田先生が少し上体を起こした体勢でクラウス社製のアサルトライフル《レッドバレット》で軌道を逸らしたのである。

 

「山田先生は元代表候補生だからな。今くらいの射撃は造作もない」

「む、昔の話ですよ。それに候補生止まりでしたし……」

 

 僕はもちろん、普段の山田先生を知る1組の生徒は唖然としていた。

 

「さて、お前ら。いつまで呆けているつもりだ? さっさと始めるぞ」

「え? あの。3対1で?」

「いや、流石にそれは……」

「何を言っている。ちゃんと2対2だ。もっとも、時雨はハンデの代わりだがな」

 

 うわぁ。今ので彼女らの敵愾心を煽っちゃったよ。

 

「ほら、さっさと向こうに行け。ここでは危険すぎる」

 

 そう言われて僕は打鉄を展開。3人は先に上に行ったので僕も慌てて向かう。

 

「では、はじめ!」

 

 その号令と共に僕らは動いた。




毎度のことながら、シャルルとラウラが転校してくると大体某モンスター育成RPGを思い出すんですよね。
ところで、ラウラのところで表した漢字の意味はわかりましたか? 知っている人は知っていると思いますよ。あの大総統のことか。というかあの人の相手は千冬や束ですら止められないと思うに1票。


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ep.16 怪しまれるフランス貴公子

もはや中毒になりつつある小説投稿。
内容薄いでしょうが書くのはおもしろいです。


「手加減はしませんわ!」

「さっきのは本気じゃなかったしね!」

「山田先生、僕が注意を引き付けるのでその隙に倒してください」

「わ、わかりました!」

 

 僕が近接ブレード《葵》を展開して仕掛けようとすると、2人は回避して僕を無視する。

 

「雑魚は無視よ!」

「わかってますわ!」

 

 なるほど。僕を倒すのは後で先に山田先生ってわけね。それができるならの話だけど。

 

「そういえば、凰さんとオルコットさんは織斑く―――」

「先に向こうを倒すわよ!」

「言われなくても!」

 

 はい、作戦成功。

 しかし、ほとんど言ったのに織斑君は反応が薄いという。苦労するねぇ、この人たち。

 僕の所のレーザーと衝撃砲が襲い掛かる。なんとか回避して《焔備》を展開した僕は牽制のために標的を絞らず攻撃した。

 

「―――デュノア、山田先生が使っているISの解説をしてみせろ」

「あっ、はい。山田先生が使用しているISはデュノア社製『ラファール・リヴァイヴ』です」

 

 下の方でデュノア君が解説を始めている。僕はそれを聞き流しながら迫ってくる青龍刀を回避して凰さんの顔に銃弾に浴びせた。その隙に山田先生がオルコットさんに攻撃するけど当たらない。

 

(……おかしい)

「こんのぉっ!!」

 

 迫り来る青龍刀に僕は凰さんの顔を殴って怯ませる。さらに《チャージスピア》を展開して衝撃砲の1基を破壊して離脱した。

 

「これで止めです」

「ついでにおまけ」

 

 手榴弾を放る。すると、山田先生の方からミサイルが飛んで行き、凰さんとオルコットさんに攻撃した。

 そしてくるくると回りながら2人は地面に落下した。

 

「くっ、まさかこのわたくしが……」

「あ、アンタねえ……何面白いことに回避先読まれてんのよ……」

「鈴さんこそ! 時雨さんにあっさりと衝撃砲を壊されていたじゃないですか!」

 

 お互いが睨み合っているので、僕はバッサリと切って落としてあげた。

 

「どっちもどっちだね」

「何ですって!」

「そもそも、あなたがあんな挑発をしなければ良かったんですわ!」

「そうよ! 大体、アンタはその子と付き合ってるじゃない!」

「………同居と同棲の違いすらわからないんだ。可哀想に。そんなんだからチャンスすらも逃すんじゃないか。あーあ。あの時の会話を録音して学校中にばら撒けばよかったよ」

 

 すると凰さんは顔を真っ赤にしてつかみかかろうとしてきたので、僕は足を引っかけてこかせる。

 

「そこまでにしろ、馬鹿共」

「わかりましたよ」

 

 僕は凰さんを睨むのを止めて自分がいた場所に戻る。

 

「さて、これで諸君にもIS学園教員の実力は理解できただろう。時雨も活躍していたが、そこまで動けたのは山田先生がいたからだと思え」

「まぁ、織斑先生だと逆に突っ込んで殲滅するから経験値が得られない分、山田先生と組んでいる方が戦えるという点では優秀ですよね。そういう意味では織斑先生は山田先生に劣っていると思います。女性的に魅力も含めて」

 

 うんうんと頷きながらフォローすると、織斑先生に何故か睨まれた。そんなことないだろうと言いたそうな顔だけど、山田先生の方が頼りになると思う。

 

「では、先程言った通りに専用機持ちをリーダーにしてグループに分かれろ」

 

 織斑君が来る前に言われたことを思い出しながら、僕はボーデヴィッヒさんの所に向かったけど……誰も来ない。というか二人の男子に集中している。

 

「この馬鹿者共が。出席番号順にグループに分かれろと言っただろうが! 次にもたつくようなら今日はISを背負ってグラウンド100周させるからな!」

 

 やっぱりそうなりたくないのか、みんなはちゃんと各々の場所に移動した。

 

「最初からそうしろ、馬鹿者共が」

 

 こればかりは擁護できない。まぁ、する気ないけど。

 しっかし、少しばかり空気が張り詰めすぎじゃないかな。

 

「ボーデヴィッヒさん」

「何だ」

「もう少し友好的な雰囲気を出せない? 流石にみんな声をかけづらいと思うんだけど」

「そんなことをする必要があるのか?」

 

 鬱陶しそうに答えるボーデヴィッヒさん。これはちょっとやばいな。

 

「いいですかーみなさん。訓練機を1班1機取りに来てください。数は打鉄が3機、ラファール・リヴァイヴが2機です。好きな方を班で決めてくださいね。あ、早い者勝ちですよー」

 

 そう言われたので僕はすぐにラファール・リヴァイヴを取りに行った。普段は打鉄しか使えないからこの機会に触ろうと思ったからだ。

 

「手伝うよ~」

「私も」

 

 布仏さんと……誰かわからないけどたぶんクラスメイトが手伝ってくれた。お礼を言って一緒に運ぶと、班の1人が文句を言った。

 

「えー、私打鉄がいいんだけど」

「それは今度訓練機申請で使ってください。さて、実習始めるよ。………ところでボーデヴィッヒさんから指示とかはない?」

「知ったことか。貴様らで勝手にすればいいだろう」

 

 少し話を振ればこの態度である。

 一体何が不満なのかわからない。もしかして僕だろうか。

 

「そうやって距離を取っても何も始まらないよ? 自分から歩み寄らなきゃ」

「どうして私が、こんな認識が甘い奴らと一緒にしなくちゃいけないのだ!」

「……認識が甘い?」

「だってそうだろう。ISをファッションか何かと勘違いしているような輩など相手にする価値はない!」

 

 ざっくりと言うなぁ。

 班員もさっきの事を聞いてボーデヴィッヒさんを睨み始める。

 

「確かにそうかもしれないね。でもさ、そんなことを言って今の君に何ができるんだい?」

「何?」

「認識が甘いのは十分理解している。じゃなければ今頃女尊男卑なんてものは存在しないはずだしね。でもさ、今君はここの生徒であのクソた……織斑先生から未熟な人を教えることを任されている。なら今はそれに従うか無視して学校を辞めるかのどっちかしかないと思うけど?」

「…………確かに、貴様の言うことは一理あるな。良いだろう。この新兵共は私が鍛えてやろう」

「あくまでもマイルドにね」

 

 ふう。なんとかなった。

 ボーデヴィッヒさんは周りよりも少し過激だけど、キチンとした訓練を施してくれた。

 

「さて、最後はお前だ」

「あ、僕は専用機持ちだから免除だよ」

「何? ならば何故貴様がここにいる?」

 

 言いたい。君がコミュ障だからだって。

 

「まぁ、織斑先生はボーデヴィッヒさんの生徒としての立ち振る舞いを心配したんじゃないかな? それで比較的に摩擦が少ない僕をフォローに付けたんだと思うよ?」

 

 我ながら苦しい言い訳をして午前の授業を終えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼休み。僕は屋上で布仏先輩と布仏さんの3人で食事をしていた。

 

「これ、時雨君が作ったんですか?」

「ええ。少しくらいならできるので」

 

 それでも幸那には負けるけど。

 

「凄くおいしいです」

「そうですか? お口に合ったようで良かったです」

「私は毎朝食べてるんだよ~」

 

 すると何故か先輩は妹を睨んだ。何故?

 

「ところで先輩、どうして僕らと一緒に食事を? 妹さんもそうですが、友人と食事を摂らないんですか?」

「そのことですが、時雨君は3人目の男子をどう思いますか?」

 

 僕は少し視線を外して近くにいる織斑君たちを見る。

 

「詳しくは剥いて確かめる必要はありますが、おそらく彼は黒です」

「その根拠は?」

「匂いです」

 

 そう言うと2人は少し引いた。

 

「あの、しぐしぐ? いくら何でもそれはないと思うんだけど……」

「すみません。予想外の答えにどう返せばわかりません」

「特に深い意味はありませんよ。ただ、彼から女のフェロモンを感じたので、おそらく黒です」

「……男にしかわからないもの、ですか」

 

 ところで布仏さん、何で君はさっきから僕から離れるように椅子を引いているのかな?

 妹の所業に少し泣きそうになっていると、姉の方は別の事を言った。

 

「せめて、もう一手何か欲しいですね」

「じゃあ、今すぐベルトを取って脱がします? パンツまで偽装していたとしてもさらに脱がせば流石に性別まではごまかせないと思うのですが」

「嫌われるので止めておいた方が良いと思います」

「でも相手はスパイなんでしょ? 既成事実をでっちあげられたくもないので早急に処分した方が良いと思いますが?」

 

 そう言うと、布仏先輩は考え込んだ。

 

「……時雨君。できればあなたからは手を出さないでもらえますか?」

「今更嫌われることに恐れはありません」

「いえ。そういうことじゃないんです。相手は代表候補生。現在織斑君も代表候補生級の待遇を約束されていますが、織斑君と違ってデュノア君は実力だけで言えば申し分ないかもしれません。仮に女だとしたら、3月以前にはISを動かしている可能性もありますし」

「……つまり、僕じゃ対処するのは力不足ということですか?」

 

 そう言うと先輩は困った顔をし、少し間をおいて言った。

 

「………はい」

「…そうですか」

 

 そう答えると、先輩は僕の表情を伺い出した。

 僕は今日の昼食のメインである唐揚げを口に含みながら冷静に考える。

 

(………仮に僕がデュノア君を脱がした場合、相手がどのような行動に出るか)

 

 場所によるだろうか。もし人気がない場所ならもしかしたら殺されるかもしれない。

 

「わかりました。僕だって命が惜しいので我慢します」

「……ありがとうございます」

 

 安堵する先輩を見ながら僕はふと思った。

 

「……専用機、欲しいな」

「専用機ですか?」

「あれ? 前はいらないって言ってなかった~?」

「そうだけど、前のことを考えたらやっぱり自分専用の機体は欲しいなって思って」

 

 せめて、今の打鉄を可能な限りカスタムしたい。

 

「ただでさえ、アルバイトはできなくて勉強や体力作りに励んでいるのは正直つまらないし、打鉄は設定をあまり弄ってはいけないとか言われているし」

「……IS学園はアルバイト禁止ですからね。ですが時雨君の場合は仕方ありませんよ。数が少ない男性操縦者なんですから」

 

 先輩にそう言われているけど、それでも僕はアルバイトがしたい。お金を貯めて孤児院のみんなと遊びに行きたいのだ。

 

「………ところで時雨君、打鉄のカスタムは禁止されていると言っていましたが、武装開発に関して何か言われていますか?」

「………言われてないですね」

「じゃあ、ちょうどいいアルバイトを紹介してあげますよ」

 

 そう言って先輩はウインクした。思いのほか可愛かったので僕は顔を逸らす。

 ……いけない。先輩のおっぱいの感触を思い出してしまった。

 

(………孤児院に戻ってから、ちょっとなまってるな)

 

 更識先輩と一緒に寝るという行為(幸那と言うクッション付き)をしてしまったので、女に対して少し警戒が緩んでいるかもしれない。内心、僕は精神を鍛えなおすことを決意した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――以上が時雨君の考えのようです。元々の警戒心が強いこともあって、シャルル・デュノアに疑念は抱いています」

「そうですか。どうやら我々の思い過ごしだったようですね」

 

 夜。学園長室で2人の大人に対して虚はそう報告する。それを聞いた菊代は安堵し、十蔵は感心した。

 

「ええ。それにしても随分と仲が良いですね。急な昼食に呼んでもすぐに合流するとは」

「………私の実力じゃありませんよ」

「だとしても助かります。こちら側にいるあなた方を智久君が信頼してくれるなら立ち回り安いのでね」

 

 虚はその言葉を聞き流し、すぐに質問した。

 

「それと、少し協力していただきたいのですが」

「協力? 何でしょうか?」

「……時雨君の武器開発の許可が欲しいんです」

 

 その言葉に十蔵は笑みを浮かばせる。

 

「なんだ、そのことですか。てっきり妹さんに嫉妬して「自分もあの部屋に住まわせてほしい」と言われるかと思いましたよ」

「助けてもらったとはいえ、そこまでする義理はないと思っています」

 

 しかし十蔵は顔をニヤつかせるのを止めない。

 

「まぁ、今はそう言うことにしておき―――痛いですよ」

「自業自得です。布仏さん、もしかして技術面でのカバーを考えているの?」

「はい。聞けば彼の打鉄はデータ収集のために無改造のままにするようにと政府から通達があったそうですが、本来の目的は別と私は考えています」

「その本来の目的とは、一体何を指していると思いますか?」

 

 十蔵の質問に虚は一度両目を閉じ、開いてから答えた。

 

「織斑一夏よりも悪い成績を残すため、でしょうね」

「なるほど。私もそれは間違いではないと思いますね。本来なら、通常機体のままでは実力差で敗北し、最悪殺される可能性も考えるべきです。しかし、彼らは敢えてそうしないのはおそらくそういうことなんでしょう」

 

 菊代は頷いて答えると、改めて虚に言った。

 

「開発した武装はこちらで公表手続きを行っておきます。布仏さん、あなたは彼にその道の才能を開花させてあげてください」

「わかりました。では、私はこれで失礼します」

 

 2人の前から去る前に一礼し、外に出る時に改めて一礼した虚は扉を閉める。

 

「だから言ったでしょう、杞憂だって」

 

 どこか楽しそうな顔をする十蔵。夫のその姿を見た菊代はため息を吐いた。

 そう。今回この2人はクラス対抗戦の襲撃後からしばらく経過した後、フランスから男性IS操縦者が専用機を持った状態で転校してくることはあらかじめ聞いていた。そして同時に生徒会の人間にはそのことを通達し、智久を含め一切の情報の公表を教員含めたIS学園の人間にはしないように働きかけた。

 1つは智久を試すこと。そしてもう1つはフランス政府直々からのお達しでもあった。

 

(しかし、デュノア社は一体何を考えているのでしょうね)

 

 普通ならそんなことはありえない、してはいけないことなのだ。それを堂々と行ったデュノア社。おそらくフランス政府の一部も噛んでいるこの行為にどう対処しようか迷う菊代。だが、十蔵はそうではなかった。

 

「……まぁ、しばらくは泳がせましょう。時雨智久のスキルアップにつながるでしょうしね」

「まさか、生徒を危険な目に遭わせるつもりですか?」

「彼がただの生徒なら控えるつもりですが、彼の場合はそうではない。IS操縦者であることを含めてね」

 

 夫が企んで遊ぶことに今に始まったことではない。そして同時にいつもバックアップしていることを知っている菊代は、半分嫌がりながら渋々黙認することにした。



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ep.17 来襲するボーデヴィッヒ

 翌日の昼休み、僕は早速3年の教室に向かった。

 

「失礼します。布仏先輩はいますか?」

 

 3年生は就職活動中ということもあって少しピリピリしている。中でも性格がキツそうな人が僕を見て睨んで来たが、すぐに来た先輩が僕を教室から離して場所を移動させたことで事なきを得た。

 

「どうしたんですか?」

「実は、前々から考案してきたものを持って来たんですが」

「……え? もう?」

「はい。このファイルを見てください」

 

 そう言って僕は「考案ファイル・武装編」を渡す。先輩は中を見ると、次第に顔を青くしていった。

 

「あの、時雨君」

「何ですか?」

「あなたはこれを相手に向かって撃つことができるんですか?」

 

 そんな質問が飛んできたので、僕は内心驚いていた。

 

「撃ちますよ。酷いと思いますが、いざとなれば撃たないといけないと思っています」

「………そうですか」

「だって、僕には帰りを待ってくれている子どもたちがいるんですから」

 

 大げさって言われそうだなって今思った。

 でも実際そうだ。そうじゃなかったら僕が帰っただけであれだけ楽し気な反応はしないはず。

 

「わかりました。早速今日の放課後からやりましょう」

 

 そう言って浮かべてくれた笑顔は、年上なのに可愛いと思ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 布仏先輩に手伝ってもらいながら武装を開発していると、気が付けば土曜日になっていた。

 僕は先輩に「IS訓練もしてきなさい」と言われたので、布仏さんと一緒に射撃練習をしていた。

 

「うーん。難しいよ~」

 

 1セット終わったらしい布仏さんはそう呟く。確かに暗部の一員の割に総合100中60ポイントは低いんじゃないかな? ちなみに僕は80ポイントを獲得した。

 もう少しでアリーナの閉館時間だけど、実は少し種を巻いていたので僕らは来るのが遅く、ほとんど何もしてない。

 

「ねぇ時雨君。僕と模擬戦しない?」

 

 射撃のフォームが悪いのかと考えていると、デュノア君がそう誘ってきてくれた。

 

「ごめん。僕はいいかな」

「でも、もうすぐ学年別トーナメントだから試合経験は積んでおいた方が良いんじゃないかな?」

「僕は良いよ。そもそも基礎もまともにできていないし、自信ないから……」

「でも―――」

 

 ウザったいので、僕はあることを言った。

 

「まるで織斑君並のウザさだね」

 

 するとデュノア君は固まった。

 

「ごめん。僕が悪かったよ。無理強いなんて酷いことをしてごめんね」

「いいよ。これから気を付けてくれれば」

 

 たぶん彼も織斑君改めホモ斑君に苦労しているんだろうね。

 デュノア君が転校してきてからというもの、何故か僕の方に「一緒に着替えよう」と誘って来ることが多くなった。前々からそういうことはあったけど、最近は特に酷い。あまり酷いあだ名を考えないようにしているけど、彼に対しては前のことがなくても最低評価だったかもしれない。

 

「やっぱり、ちょっと怪しいね」

「そうだね~。しぐしぐの戦闘データが欲しいのかな?」

「僕のを集めたところで何の得もないのにね」

 

 自虐をしていると布仏さんは意外にも首を横に振った。

 

「得なら十分にあると思うよ~」

「え? そうなの?」

「うん。仮にあの人の目的がISの奪取なら、しぐしぐの実力もはっきりわかっちゃうからね。だからさっきみたいに相手にしない方が良いと思うよ~」

 

 なるほど。そう言う見方もあるのか。

 そう思っていると僕の方に銃弾が飛んできた。

 

「流れ弾?」

 

 幸い、僕の頭に当たることはなかったから良かったけど。気のせいかな、僕の方を見て睨んでいる人がいるのは。

 まぁでも、第三アリーナはかなり人がいるから模擬戦している時に流れ弾とか飛んでくるのは仕方ない―――と思っているけど。

 

(流石に、少し注意はしておいた方が良いかな)

 

 そう思った瞬間、また銃弾が飛んできた。

 

「しぐしぐ、そこを動かないでね」

 

 そう言うと本音は見えない角度で僕の打鉄のシールドに銃弾を飛ばす。跳弾したかと思ったらスラスターに吸い込まれて模擬戦中の機体に当たった。

 

「ちょっと! 何するのよ!」

 

 跳弾を使って器用に当てたことに本気で感心していると、再度怒鳴られる。

 

「すみません。なにせ下手くそなもので」

「こっちは模擬戦中よ。気を付けなさい」

「はーい」

 

 良かった。もしかしたらわざとかと思ったけどどうやら本当に流れ弾みたい。

 

『ところであれ、狙ったの?』

『跳弾だったら何故か百発百中なんだよね~』

 

 凄いカミングアウトを聞いた。

 すると辺りがざわつき始めたかと思うと、Cピットに見たことがない機体が現れた。

 

「ねぇ、ちょっとアレ……」

「ウソ、ドイツの第三世代型だ」

「まだ本国でのトライアル段階だって聞いてたけど……」

 

 ドイツってことは……ボーデヴィッヒさんだ。

 布仏先輩からある程度、2人のことを聞いていたからデータは知っている。

 

「おい」

 

 彼女の目を見て、視線を辿る。織斑君をご所望のようだし、僕は我関せずでいよう。

 スナイパーライフルを展開して射的をしていると、会話が聞こえてきた。

 

「貴様も専用機持ちだそうだな。ならば話が早い。私と戦え」

「嫌だ。理由がねえよ」

「貴様にはなくても私にはある。貴様がいなければ教官が大会二連覇の偉業を成しえただろうことは容易に想像できる。だから私は貴様を、貴様の存在を認めない」

 

 ? どういうことだろう?

 ISに関しての知識は本当にからっきしだ。そういえば前のモンド・グロッソの優勝国はイタリアだって聞いているけど。

 それでも織斑君にはやる気がないのか、断った。

 

「また今度な」

「ふん。ならば戦わざる得ないようにしてやる!」

 

 そう言うと大きな音がしたと思ったら、何かにぶつかって……こっちに飛んできた!?

 咄嗟に布仏さんを―――と思ったけど後ろには何故か生身の生徒が。僕はハンマーを咄嗟に展開して地面に叩き落とした。

 

「こんな密集空間でいきなり戦闘を始めようとするなんて、ドイツの人は随分と沸点が低いんだね。ビールだけでなく頭もホットなのかな?」

「そういう君は目測が甘いよ! もう少しで死人が出るところだった!」

「え? あ、ごめん……」

 

 たぶんアレは何を言われているのか理解していないんだろうなぁ…と思ったら個人間秘匿通信が開かれた。

 

『本当にごめん! 後で謝罪させて!』

『謝罪なら後ろにいる人たちにしてください』

 

 そう言えば、個人間秘匿通信って僕らの妄想を具現化したような感じだよね。だからこそすんなりとできるんだけど。

 

「フランスの第二世代如きが私の前に立ちふさがるとはな」

「未だに量産化の目処が立たないドイツの第三世代よりは動けるだろうからね」

 

 ………それにしても、ボーデヴィッヒさんと布仏さんって身長はあまり変わらないのにある部分の格差が酷いね。別に僕はボーデヴィッヒさんの控えめな体型もありだと思ってるよ。ただ布仏さんがある意味異常なだけで。

 

『そこの生徒! 何をやっている!』

 

 アリーナ内に教員の声が飛ぶ。騒ぎを聞きつけた担当者が叫んだのだろう。

 

「ふん。今日は引こう」

 

 そう言ってクールに去って行くボーデヴィッヒさん。その姿を眺めていると、声をかけられた。

 

「あの、時雨君」

「? 何かな?」

「さっきは助けてくれてありがとう」

 

 どこかで見たことがある人にそう言われた僕は、警戒心を上げた。

 

「別に。僕がなんとかせずに君たちが死んで、僕のせいにされるのが嫌だったから」

 

 そう言って僕は面倒なことになる前に第三アリーナを出る。

 

「布仏さん、僕はこの後、機体の確認のために整備室に行くから先に帰ってて」

「私も行くよ~」

「じゃあ、帰ったら意見を聞くよ。まずは1人でどうにかしたいんだ」

 

 すると頬を膨らませる布仏さん。

 

「もしかして~お姉ちゃんと密会~」

「何でそうなるの? 今あの人は緊急の会議に出席しているって話だけど?」

 

 だから僕が第三アリーナに来たわけで。

 

「わかった~。じゃあ後でね~」

 

 大人しく引き下がってくれた布仏さん。僕は作業着に着替えて整備室に向かおうすると、叫び声が聞こえてきた。

 

「―――何故こんなところで教師など!」

 

 僕は思わず隠れてしまう。唐突の事に少し驚いた。

 

「何度も言わせるな。私には私の役目がある。それだけだ」

 

 ……その役目、ちゃんとできているかどうか凄く疑問だ。

 しかし何でこんなところで? やっぱり聞かれたくない話があるからかな?

 

「このような極東の地で何の役目があるというのですか!」

 

 弟を守るため、だったりするのかな? だとしたらさっさと消えてもらいたい。

 

「お願いです、教官。我がドイツで再びご指導を。ここではあなたの能力は半分も生かされません」

「ほう」

「大体、この学園の生徒など、教官が教えるに足る人間ではありません」

 

 そう言えば、前も似たようなことを言っていた気がする。

 

「何故だ?」

「意識が甘く、危機感に疎く、ISをファッションかなにかと勘違いしている。そのような程度の低い者たちに教官が時間が割かれるなど―――」

「そこまでにしておけよ、小娘」

 

 僕は思わず震えあがった。でも、1つ疑問がある。今のどこに間違いがあるのかと。

 

「少しみない間に偉くなった。15歳でもう選ばれた人間気取りとは恐れいる」

「―――そう言うなら、兵器を持っただけで自分が強いとふんぞり返る今の女は全員選ばれた人間を気取っていると思いますけどね」

 

 そうじゃなければ、女尊男卑なんて存在しないんだけど。

 

「……時雨か。今お前がこの話に割って入る余地などないぞ」

「それはどうでしょう。それに、彼女が言っていることのどこが間違いですか? 確かに、中には信条を持って己を研磨している人も中にはいますが、それでも大半が彼女の言う通りでしょう? それとも、同じ女尊男卑思想を持つあなたにとって、かつての教え子の言葉に耳が痛いから先程のように無理やり言葉を切りにかかったのですか? いえ、そうでしょうね。なにせあなたは自分の弟の評価が下がり、自分の評価が下がることを良しとしない最低最悪教師なんですから」

「……貴様……」

 

 ボーデヴィッヒさんを援護したつもりだったのに、何故か僕が睨まれた。

 

「言っておくが、貴様も含まれているのだぞ」

「僕はまだ、自分の立場を理解しているよ? まぁ、今では僕より織斑君に専用機を与えられたのは気に食わないですがね」

 

 まぁ、剣1本だけっていうのは流石に嫌だけど。

 

「ところで、織斑先生ってそんなに優秀なの?」

「そうだ! 落ちこぼれだった私を救ってくださった! それにこの方はモンド・グロッソで優勝されているのだぞ!」

「僕にはただ、肌を晒して飛び回っている風にしか見えないビッチ集団にしか見えないけどね。でも、それだと僕らでは意見が食い違うのも当たり前だね」

「どういうことだ?」

「僕は織斑先生は教師として無能としか思っていない」

 

 するとボーデヴィッヒさんは殺気を出してこっちに近付いて、首に刃物を光らせた。

 

「訂正しろ! 彼女は優秀だ!」

「止めろボーデヴィッヒ! 国際問題に発て―――」

 

 何だろう、この気持ち。段々と何かが薄れてくる。刃物? これを見ていると何故か―――とても怖くなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――ドガッ!!

 

 唐突だった。智久の首にナイフを当てていたラウラが吹っ飛んだのだ。

 千冬ですら何が起こったのかわからず、智久が足を上げていることからやったことを理解する。

 

「貴様、よくも!」

「止めろ!」

 

 千冬の制止を無視し、ラウラは智久に迫る。だが智久の反応は薄く、気が付けば彼女が持っていたサバイバルナイフが宙を舞い、落下した。

 すると千冬の目の前で信じられないことが起こった。呆然としているとはいえ、ラウラは現役軍人だ。それなのに一般人の智久はいともたやすく腕を捻り、背後に回って自由だった左腕も左脇で固定した。

 

「き……さま……」

「時雨、いい加減にし―――」

 

 すると智久は信じられない行為に出た。唐突にラウラの秘部を膝で攻撃し始めたのである。

 

「止めろ、時雨!」

 

 しかし智久は止まらない。それどころか余計にしつこく攻撃し続ける。

 

「止めろ……このような屈辱……よくも―――」

「―――知ってる」

 

 距離が近いこともあって、ラウラは耳元でささやかれたことで変な気持ちになった。

 

「君たち戦士はプライドを傷つけられるのが一番嫌がる。本来なら器具を用いて拷問し、羞恥で死にたくなるようにしてから殺すのがベスト。相手が女なら男を、男なら女で攻めるのが効果は最大と化す。だから―――死にたくなるまで虐めてあげる」

「―――いい加減にしろ」

 

 智久の行為を止めるため、千冬が攻撃しようとした。だが智久はタイミングを合わせて素早く蹴りを入れて吹き飛ばした。

 

()()は触りたくないな。気持ち悪いから」

 

 そう言った智久はさらにラウラを虐めようとした瞬間、後ろから衝撃を加えられて倒れた。

 

「この―――」

 

 ラウラはすぐに智久を潰そうとするが、それよりも早く腹部に衝撃を加えられて動けなくなる。

 

「まったく。珍しい組み合わせだなと思ったら……これはどういうことですか?」

「……私にもわからん」

 

 そう答えたのは千冬。現れたのは虚であり、今彼女の視線はナイフへと向けられていた。

 

「……この件は不問にさせてもらいますね」

「なんだと!? 私はその男に辱めを受けられたのだぞ!!」

「………では、何故軍用ナイフがそこに落ちているか、あなたが一連の行動を説明してもらえますか?」

 

 言われたラウラは口を開こうとすると、千冬に叩かれて中断された。

 

「不問で構わない」

「そうですか。では私はこれで失礼しますが、そちらの方の処理はお願いできますね?」

「ああ」

 

 千冬は頷くと、虚は手慣れたように智久を背負って1年生寮へと向かった。内心、役得だと思いながら。




虚「まるで弟ができたみたいだわ。妹より手がかからないけど」

今回のラウラ説得編は原作ではなくアニメを参考にしています。


虚さんって、アニメだと出てこなかったりあまりモテていない設定とか見るけど、やまやと同じでお見合いしたら絶対にモテると思う。


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ep.18 進撃のボーデヴィッヒ

気が付いたら、パソコン向かって書いてる。
今回のタイトルは意外と語呂が合っているようでお気に入りです。


 目を覚ますと、僕は見覚えがある天井を見ていた。

 

(……おかしいな。さっきまで外にいたはずなのに)

 

 そう思いながら、僕は体を起こすとよくわからない光景を見ていた。姉に怒られる妹の構図である。

 

「あの、これは……」

「起きましたか。時雨君はその状態で聞きなさい。あなたたち、織斑君の部屋に盗聴器を仕掛けたでしょ?」

 

 何でバレた!? ……って、わかるよね。部屋にその機械があるし。

 

「はい。何か問題―――」

「大ありです。本音も本音よ。どうして止めなかったの」

「だって~おもしろそ―――」

「本音?」

 

 僕は慌てて布仏さんを先輩から離すために移動するが、睨まれたので僕は動けなくなった。

 

「すみません、布仏先輩。僕からお願いしたんです」

「だからと言って、彼女を罰しないというわけにはいきません」

 

 そんなぁ。

 たぶん僕と布仏さんは同じ顔をしているだろう。すると、付けっぱなしにしていたのかスピーカーから織斑君の声が聞こえてきた。会話の内容から察するに、どうやら何かトラブルが起こったらしい。

 

「………ねぇお姉ちゃん、もしかしたら証拠が掴めるかもしれないよ? さっきだけど、おりむーがでゅっちーがシャワー浴びてる時に気まずくなってたから」

「……わかりました。今回だけは見逃します」

「やったー!」

 

 布仏さんがイヤホンを刺して先輩に渡す。僕もベッドから降りると先に刺していたらしく、僕に差し出してきた。お礼を言って受け取ると、すぐに驚きの言葉が飛んできた。

 

『すぐに氷もらってくるね!』

『ま、待て待て。その格好で外に出るのはマズいだろ! 後で自分で取ってくるから!』

『でも―――』

『そ、それよりも、その……さっきから胸が、当たってるんだが……』

 

「もしかして、ついに発覚~?」

「いや、織斑君はホモでもあるからもしかしたら反応を楽しんでいるかもしれない」

 

『心配しているのに……一夏のえっち……』

『なぁッ!?』

 

 あ、これはもう完全に黒かもしれない。さっきは現実逃避したけど、そうじゃなかったら僕は織斑君に話しかけられるたびにISを展開しないといけない。

 

『ふぅ……。ここまで冷やせば大丈夫だろ。じゃあ、まあ改めて』

『うん』

 

 何か生々しい音が聞こえてくる。そういえばこの盗聴器って全然ばれないけど、一体どこが作ったんだろ。

 

『何で男の振りなんてしてたんだ?』

『それはその……実家の方からそうしろって言われて……』

 

 はい、言質が取れました。

 どうやらこの時既に織斑君にばれていたらしい。もしかして、さっき布仏さんが言ってた状況でばれた………つまりは、別に死んでも問題ないよね?

 一瞬、殺意の波動に目覚めて殺しに行きそうになったけど、僕は一度冷静になって話を聞く。

 話が長いので簡単にまとめると、デュノア君……もといデュノアさんのことを少し話すことが最初かもしれない。

 デュノアさんはデュノア社の現社長が愛人との間に作った子どもで、今から2年前、母親が死んだことを聞きつけた社長が引き取り、彼女のことを検査していく内にIS適性が高いことが判明したので素性が露見して会社のダメージにならないように非公式にテストパイロットをしていた。フランスは高性能でカスタムがしやすい万能型のラファール・リヴァイヴを開発したデュノア社に期待をしていたみたいだけど、データも時間も不足していたことで期待を裏切ったと思われたので予算を大幅にカットされ、次のトライアルで選ばれなければ援助を全面カットしてIS開発許可も剥奪されるらしい。

 

『なんとなく話はわかったけど、それがどうして男装に繋がるんだ?』

『簡単だよ。注目を浴びるための広告塔。それに―――同じ男子なら日本で登場した2人の特異ケースと接触しやすい。可能であるば使用機体と本人のデータ……特に織斑君の盗ってくるように言われたんだ』

 

 ………へぇ、つまり僕は……あろうことか、第三世代兵器のアイデアすらないクソ企業に過小評価されている、そういうわけか。

 

 ―――ふざけるな

 

 思わず机を叩いた。

 確かにラファール・リヴァイヴもそれなりに惹かれる物がある。しかし何だ? 僕はあんな何も理解できない屑に劣るだと? 笑わせる。

 

「すみません。ちょっと走ってきます」

 

 そう言って僕はジャージに着替えて外に出た。途中、何度か声をかけられたけど無視した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 有無を言わさない雰囲気を放ちながら、出て行った智久。あまりの事に姉妹は呆然としてしまっていた。

 

「………気持ちはわかります」

 

 虚はそう呟く。

 実際、智久は虚、そして本音から見てもかなり努力している。それこそ他の生徒が馬鹿にできないレベルでだ。特にアリーナの申請率は他の生徒よりも高く、ここ数日は減っているが朝や夕方は時間があればトレーニングを行っている。最近は銃のことを勉強していて、射撃場に入り浸っていることも知っている虚はさっきの発言は酷いと思った。現に、彼女は一夏のことも調べているが、一夏は整備室に入った記録がない。それに比べて智久はもう10回は入っていて、そのたびに簪と会話をしているのを密かに確認している。明らかに、智久と一夏とではIS操縦者としての自覚が違うのだ。

 

「お姉ちゃん、さっきの録音データあるけど、どうする?」

「保存しておいてください。後で轡木夫妻に届けておきますから」

 

 そう言って虚は所有している小型端末から整備室使用許可申請ページを確認する。

 そのページ内にある使用者履歴を見れば、誰が使用したのか誰かわかるようになっている。そしてそこには「織斑一夏」も「白式」も、以前授業で使用した時以外はまったく表示されていない。転校してきたばかりのシャルル・デュノア、ラウラ・ボーデヴィッヒは仕方ないにしても、織斑一夏の場合はそうはいかない。

 

(武装の完成は学年別トーナメントが始まる前。でもその前に、あれだけでも完成できるから……)

 

 その案を出された時、虚は目の前の少年を「天才」と称してしまう程だった。

 まるで湧き水のようにあふれ出るアイデア。そして0からスタートしたにも関わらず開発の知識も蓄えた結果、意外な指摘もするようになった。

 一体何が彼をそこまでさせたかは既にわかっている虚は、以前のこともあってより答えてやろうと考えるようになっていた。

 

(……お嬢様もいませんし、最後辺りは練習に力を入れておきましょうか)

 

 セッティングもあるので試合前の3日間はアリーナが使えない。しかし、未だに予約されていない部分を虚は埋めていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから2日経ち、放課後になってすぐ僕は整備室に向かった。

 そこでいち早く完成させることができた新兵器を量子変換している。

 

「ありがとうございます、先輩。こんなにしていただいて」

「いえ。私はただ前に助けた借りを返しているだけです。気にしないでください」

 

 布仏さんが羨ましく思う。こんな可愛いお姉さんを持てるなんて……っと、いけない。少し平常心を保って一線は引いておかないと。

 

「………まだ、心は開いてくれないんですね。いえ、良いんです。このご時世ですし、仕方ないですよね」

「……………」

 

 何故心を読まれた。というか、さっきから凄く罪悪感を感じる。

 精神攻撃から耐えていると、急に整備室のドアが開かれる。

 

「何ですか? ここは私たち2人以外は立ち入り禁止にしていますが?」

「布仏先輩! 大変です!」

 

 見覚えのない生徒がそう叫ぶ。……まぁ、僕の場合大半が見覚えないんだけどね。

 

「何ですか、黛さん」

「1年生が……1年生が模擬戦をしていまして……ただ、普通じゃないんです」

「落ち着いてください。一体何があったんですか?」

 

 何かあったのかな? まぁ、僕には関係ないことだし気にしないでいいかな。

 

「1年のボーデヴィッヒが同じく1年の凰さんとオルコットさん相手に戦ってまして、少し雰囲気が危ういんです。だから―――」

「わかりました。場所はどこですか?」

「第三アリーナ…ここです!」

 

 よく聞くと、確かに爆発音がしている。

 ちなみに整備室内は防音対策がされていて、入り口を閉じていたら音が全く聞こえないというのは結構ザラだ。

 

「時雨君、私は少しアリーナに行きます。あなたはどうしますか?」

「……僕も行きます」

 

 まだ量子変換が終わっていないけど、既存の武器は入れっぱなしだからいざとなれば殿ぐらいはできるだろう。……ISなかったらたぶん死ぬけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕と先輩はAピットに移動する。

 そもそもどうして普通の模擬戦如きで人を呼ぶのかって思ったけど、確かにこれは少しマズい。

 

「凄く険悪ですね。とても研磨している風には見えない」

 

 ……考えてみれば、1組ではよくあることだけどね。主に織斑君を巡ってだけど。

 

「まるで実戦ですね。ここは私が―――」

「先輩、まだです。おそらくあれはどちらかが負けないと止まらない類です」

 

 ところで今、ISを持ってなかった? どうしてかはわからないけど、先輩も暗部の人間だから実力は折り紙付きか。……たまに練習を見てくれるけど、教えるのが上手いもんね。

 頭を冷やして状況を分析する。中では今日だけで織斑先生に注意されるまで僕を睨んで来たボーデヴィッヒさんと凰さん、オルコットさんのペア。ボーデヴィッヒさんはどういうことかほとんど無傷で、対照的に凰さんとオルコットさんはダメージを負っている。アーマーも一部無くなっていて、それが3人の実力差を物語っていた。

 凰さんとオルコットさんは目配せしてボーデヴィッヒさんに接近。まず凰さんが衝撃砲を展開して撃った。

 

「無駄だ。このシュヴァルツェア・レーゲンの停止結界の前ではな」

 

 するとボーデヴィッヒさんは手を出して衝撃砲を完全に消した。

 

「まさか、AICの完成度がここまで高いなんて……」

 

 先輩を呼びに来た人が驚いている。ところでこの人は誰だろう……。そして、

 

「AIC?」

「正式名称はアクティブ・イナーシャル・キャンセラー。PICを発展させたもので、慣性を停止させる結界を展開することができます」

 

 布仏先輩の説明に僕は瞬時に理解する。

 その間にも試合はめまぐるしく動き、凰さんがワイヤーで捕まっている間オルコットさんがビットと自分でレーザーを撃つが、ボーデヴィッヒさんは止めずに回避し、ビットの動きを止める。

 オルコットさんとボーデヴィッヒさんの射撃がぶつかり、ボーデヴィッヒさんが凰さんを使ってオルコットさんにぶつけ、地面に叩き落とす。そして―――

 

「……瞬時加速も使えるんですか」

 

 僕は思わずそう呟く。

 ここ最近、僕らのことを考えてか模擬戦は少なったけど、織斑君の唯一の特技でもあるそれを使い、地面に移動したボーデヴィッヒさん。凰さんが前に出て青龍刀2本を駆使してボーデヴィッヒさんが使用するプラズマ刃2本とワイヤー6基を相手にし、苦戦する。その状況を打破するために衝撃砲を使おうとしたけど、ボーデヴィッヒさんに砲弾で破壊され、体勢が崩される。

 

「もらった!」

「させませんわ!」

 

 間一髪。オルコットさんが割り込んでプラズマ刃の機動を逸らしてミサイルを飛ばして爆発が起こった。

 

「無茶するわね、アンタ……」

「苦情は後で。けれど、これなら確実にダメージが……!?」

 

 煙が晴れると、そこにはまるで王者の貫禄を思わせるほど堂々としているボーデヴィッヒさんの姿があった。

 

「終わりか? ならば、私の番だ」

 

 そこから、試合は一方的な展開になった。

 まず瞬時加速で接近して凰さんを蹴り飛ばし、オルコットさんに至近距離から砲弾をぶつけ、吹き飛ばされた2人を即座に回収してさらに攻撃を加える。

 僕は打鉄を展開してブーメランを展開。今も攻撃されている2人とボーデヴィッヒさんの間に投擲して自分をその間に入る。

 

「貴様……上等だ。貴様も潰してやる!」

 

 僕が2人を助けるために現れたと思ったのだろうか。確かに半分正解だけど、半分間違いだ。

 

「何か勘違いしていないかい? 僕は試合が決まったから止めに来ただけだよ」

「それがどうした。あの時の屈辱、ここで晴らす!」

 

 そう言ってISが解除された2人がいるのに僕にプラズマ刃で攻撃してくるボーデヴィッヒさん。僕は初期にできたシールドを展開して塞いだ。

 

「……見たことないシールドだな」

「僕のオリジナルだよ。僕の知り合いに優秀なエンジニアがいてね。その人に手伝ってもらったのさ」

 

 攻撃を防ぐだけなら打鉄で事足りる。でも僕は今までの盾自体に不安を感じ、大型で取り回しが効く新たなシールドを開発した。……まぁ、僕がほとんど手伝っただけだけど。

 シールドは電磁フィールドも形成されているため、プラズマ手刀はもちろん、理論上ではオルコットさんのブルー・ティアーズにも対抗できる。僕に課された「打鉄のスペックを弄るな」というのはこういう方向から強化するしかないし、ダメ元で言ってみたけど、まさかこうして実現できるとは思わなかった。今は心から感謝している。

 

「小癪な!」

「良いから引いてよ。もう2人の勝負は着いたんだから」

「黙れ! あの屈辱、今ここで晴らす!!」

 

 一体何に怒っているんだ、この子は。

 わけがわからないけど、未だに動けないらしい2人をどうにかして離したい……そう思ったら布仏先輩が入って来た。

 

「待っていてください、彼女たちを置いてきたら援護します」

 

 するとボーデヴィッヒさんはワイヤーブレードを射出して布仏先輩に向かわせる。僕は砂を巻き上げて注意を逸らし、近接ブレード《葵》を展開して回転して落とした。

 

「……なるほど。少しはやるようだな……だが、教官を侮辱する程の実力はない」

「え? 何で君がそのことを知ってるの?」

 

 そりゃあ、日頃から布仏さんと愚痴っているけどさ。

 ちなみに僕は先輩に教えてもらっている時、わりと本気で担任と変わってもらいたいと思っている。

 

「何を言っている。貴様が2日前に言っていたではないか!」

「…………え?」

 

 どういう、こと?

 実は僕はどういうことか、土曜日の記憶はあまりない。アリーナでボーデヴィッヒさんが織斑君に喧嘩を売っていたのは知っているけど、それだけだ。

 …確か、ナルコレプシーだっけ? ナイフとかを見るとそれに似たような症状が出てきてしまう。

 

「貴様、何を惚けている」

「ごめん。本当に記憶がないんだ。僕、そんなことを君に言ってたの?」

 

 するとボーデヴィッヒさんは何やら怒りを露わにし始めた。どうやら今の言葉で怒ったらしい。

 

「………良いだろう。ならば無理やりにでも思い出させてやる」

 

 そう言って瞬時加速で僕とぶつかって吹き飛ばし、レールカノンを起動させたボーデヴィッヒさんは僕に向かって撃った。それを僕は以前のようにブーストハンマーで弾いて飛ばす。

 

「だから、もう止めてって言ってるじゃないか!」

「黙れ! 貴様が教官に非礼を詫びなければ止まる気はない!」

「そう。じゃあ僕はあの女に非礼を詫びないさ。もっとも、織斑先生の指導力の低さは既に折り紙付きのようだけど」

 

 そうじゃなければ、模擬戦で装甲が破壊するほど激しいバトルはしないはずだ。

 

「黙れ!」

「―――黙るのはあなたです、ラウラ・ボーデヴィッヒ」

 

 赤紫のラファール・リヴァイヴを装備した布仏先輩はカタパルト上から声を放つ。

 

「誰だ貴様は!」

「時雨君の言う通り、既に勝負は決しました。これ以上攻撃を行うと言うのならばこの場で生徒会長代理の権限を行使し、学年別トーナメントの参加を許可しないものとします」

「何だと!? 高が1生徒の貴様がそんなことをできると―――」

「できますよ。生徒会にはあまり行使されることはありませんが、その生徒がこの学び舎にいることに適しない人を学園から通報し、今後その国がIS学園に入学する可能性は低くなります。適性が高い生徒でも、ね」

 

 それは完全な脅しだった。それに、とても彼女の性格からはそんなことを言うとは思えない。

 先輩が何のためにそう言っているのかわからないけど、その言葉はボーデヴィッヒさんには有効だったようで、その場で反転して別のピットに戻る。

 

「先輩」

「時間を稼いでくださり、ありがとうございます。本来なら私がするだったのに」

「いえ。先輩は彼女を引かせてくださったじゃないですか。それだけでも十分助かりましたよ」

 

 実はちょっと普段の顔とは違ったから怖かったけど。

 

「ありがとうございます、時雨君」

「いえいえ」

 

 僕らの感謝合戦は、近くにいた見たことない人がシャッターを切るまで続いた。




実際、楯無がいないと虚辺りが代理として取り仕切っている気がする。
あと、赤紫で五反田蘭を連想したからって「虚色じゃない」とか言うのもなしで。


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ep.19 それぞれのペア

 後始末のために先輩は職員室に向かって行くのを見送り、僕も帰ってトレーニングセットを持ってこようと考えていたら急に呼び止められた。

 

「ちょっといいかな?」

「何ですか? 僕、これからトレーニングしたいので……」

「あ、大丈夫。ほんの2,3分で済むから。で、ぶっちゃけた話、布仏先輩と付き合ってるの?」

「……はい?」

 

 どうしてそんな話を?

 

「いや、さっきのを見て思ったんだけど先輩にしては凄く優しく接しているから付き合っているのかなって」

「違いますよ。ただ、ちょっとした縁から何かと世話を焼いてくれる優しい人で、もしこのご時世じゃなかったら告白しているかもしれないですね」

 

 容姿や勉強やIS操縦を教える時の丁寧さ、それを含めて憧れの先輩として第一に名前が挙がるのは仕方がないかもしれない。

 

「へぇ、やっぱり君もそう思うんだ。……ところで、このご時世って?」

「女尊男卑で僕がIS操縦者じゃなければってことですよ」

 

 一般人なら、告白して玉砕ってこともあるだろうしね。というかどう考えてもそっちの方が高い。

 

「あ、でもこのことを拡散しないでくださいね。見たところ情報屋のようですが、場合によっては先輩の評価につながるかもしれませんし」

「………そういうことにしておくね」

 

 そう言ってその人はどこかに消えた。一体何だったんだろう?

 そう思って今回のことを織斑先生に報告して(も意味はないと思うけど)来ようとアリーナの外に出ると、側面から急に金属バットが襲い掛かって来た。

 僕は咄嗟に回避すると、今度は角材が迫ってくる。

 

「ちょっ、何をするんですか!?」

「黙りなさい、織斑先生の悪口をいう異端者め!」

「男の分際で!」

 

 僕はガトリングエアガンを展開して引き金を引く。顔面にクリーンヒットした人がのたうちまわり、他の人が僕に怒りを向けてきた……と思ったら急に蹴り飛ばされた。

 

「しぐしぐ、大丈夫?」

「布仏さん? もしかしてこの人って君が頼んだエキストラ?」

「え~、私は何もしてないよ~」

「この、女の恥さらしが! どうしてそんな男なんて庇うのよ!?」

 

 すると布仏さんは残っている1人の懐に入り、足払いで倒して銃を眉間に突きつけた。小生、彼女が暗部の人間だと思い知らされている。

 

「あのさ~はっきり言って困るんだよね~。君たちみたいなのがたくさんいるから、本当はしぐしぐと色々したいのに全然できないんだよ~」

 

 その()()の内容がとても気になった。

 

「だ、黙りなさいよ! 大体この男は学園の物を勝手に私物化しているのよ!? それにあなたのお姉さんだって―――」

「お姉ちゃんは元々女尊男卑なんてないし~そもそも私たちがそんな下らない思想を持つなんてありえないんだよね~。そ・れ・に、そろそろ君たちの視線はウザったいって思ってたんだ~」

 

 ―――ズガンッ!!

 

 引き金を引く布仏さん。まさか殺したのと思ったけど、まだ動いているから大丈夫みたい。

 ともかく今は援護しないと。金属バットを持って僕は布仏さんの後ろに回り込んだ。

 

「布仏さん」

「!? しぐしぐ……」

「とりあえずその人を脱がして。今からこれをお尻の穴に突っ込むから」

「ひっ!?」

 

 僕を狙った代償は払ってもらないといけないのに、何故か布仏さんに「止めてください」と本気で懇願された。その様子は少し可愛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え? 学年別トーナメントってタッグ制になったの?」

「うん。さっきまで私はそのビラを貼りに行ってたんだ~」

 

 だからいなかったんだ。でも納得。

 僕は布仏さんから紙をもらって読んでいる。ペアか。織斑君かデュノア君のどちらとも組みたくないし、やっぱりここは……

 

「布仏さん、一緒に出ない?」

「え?」

 

 するとどうしてか顔を赤くし始める。僕、何かマズいことでも言ったかな?

 

「あ、嫌ならいいんだ」

「い、嫌じゃないよ! 凄く嬉しいよ! ………でも、ごめん。一緒に出たい人がいるんだ。今から誘いに行くの」

「そっか。じゃあ、僕は整備室に行くから」

 

 そう言って別れようとすると、布仏さんも整備室の方に向かう。

 

「あれ? 布仏さんもこっちなの?」

「うん。実は誘いたい人はいつもここにいるの」

「へー……って、ここって……」

 

 僕らが来たのはアリーナ各所に設置されているアリーナ。しかし第三アリーナは他の所よりも校舎や寮に近く、いつもとある人物が一角を陣取っている。その人物は―――

 

「かんちゃーん。いるー?」

「………何の用?」

 

 更識簪さん、その人である。

 そう言えば、布仏さんは暗部関係者で、更識さんは更識先輩の妹だから知っていて当然なんだっけ。

 

「あのね、かんちゃん。今度の学年別トーナメントがタッグ制になったから、一緒に組もう?」

 

 僕は打鉄を展開して、固定アームに支えてもらって解除する。出力調整や僕らが長期で借りている武器開発場の作成状況も調べながら、会話を聞くことにした。

 

「私はいい」

「でも、1年生は全員強制参加だよ?」

「………私は専用機がないから」

「でも、事情が事情だからかんちゃんは借りれるよ」

 

 まぁ、ISの開発計画を凍結させたのって、明らかに企業に問題があるだけだしね。そもそも、勉強熱心な人ならともかく織斑君みたいな人の専用機を渡して、更識さんみたいに努力してきた人の専用機を凍結するなんて本当に頭がおかしいとしか思えない。

 

「………時雨君とは、組まないの?」

「そ、それは……」

「うん。僕はボーデヴィッヒさんと組む予定だから」

 

 そろそろ、何かしらの結果を残しておかないといけない気がするからね。布仏さんがダメな以上、勝率が高い人と組むのがベストだろう。

 

「どうせなら、更識さんも布仏さんと組んだらどう? 知らない人とよりも顔なじみと組んだ方が連携も取れやすいし。それに布仏さん、多分強いし」

「…………」

 

 そうじゃなかったら、あそこで銃を撃って黙らせる芸当はしないはずだ。

 

「…………わかった。組む」

「ホント!? ありがと!」

 

 本当、傍から見ると微笑ましい。

 僕は思わず温かい目を向けていた。見るだけなら十分に可愛いと思うんだよねぇ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕らは一度別れ、単身でボーデヴィッヒさんの部屋に訪れていた。

 ドアをノックするとボーデヴィッヒさんが現れて、僕の姿を見るなり睨んでくる。

 

「何の用だ?」

「僕と学年別トーナメントのタッグ、組んでくれない?」

 

 最近、布仏さんの面倒を見てたりとか先輩に面倒を見てもらっていたとかしていたからだろう。僕は同い年の女子の部屋に行くことも、乗り込むことも、頼むこともスムーズになりました。

 

「学年別トーナメント? ああ、私が優勝必至な奴か。個人戦と聞いていたのだがな」

「前にちょっと色々とあって、急遽タッグ制に変更になったんだって。それで、ボーデヴィッヒさんと組んでもらおうかなって思って」

「………ほう」

 

 断ると思ったけど、意外な反応に少し驚いている。

 

「何故私だ? 織斑やデュノアなど他に男子はいるだろう」

「君が周りとは違うからさ」

「……何が言いたい?」

「君は周りのことを、ISをファッションとして見ているって言ったよね? はっきり言ってそれは僕も思っていたんだ」

「ふん。下らん種馬如きが私の気持ちをわかるかと言うのか?」

「…………じゃあ聞くけどさ、女の本来の役割が何かってわかる?」

「本来の役割?」

「そう。女の本来の役割は前線に出て戦うことじゃない。家で子どもを守り、育てることだ。このご時世で言うことじゃないってわかっているけど、女にできて男にできないことの1つに「子どもを宿す」という機能がある。君は妊婦を見たことがあるかな?」

「ああ。ドイツで何度か。それと日本の空港で一度見たことがある」

 

 ……妊婦さん、子どもを大事にしましょうよ。

 

「じゃあ君は、その女性をどう思った?」

「動きにくそうだな、と」

「そう。実際思うまでもなく動きにくいんだよ。まぁ、中学の頃に妊婦体験をしたことがあるだけの僕が言えるわけじゃないけど、妊婦ははっきり言って、逃亡にも戦闘にもまったくもって向かない。だけどどうしてか、ちょっと女の権利を主張すると、何を考えているのか彼女らは自分たちを強いと勘違いを始めた。まるで水を得た魚のようにね。だけどそれは勘違いから来るものだ」

「………勘違い?」

 

 ボーデヴィッヒさんってちょっとズレているかもしれない。普通ならこんな話をされたら切れるだろうに。

 

「そう。自分たちがいつでもISを使用できるという勘違いだ。ISはコアが無ければ運用できない。仮にここでISを使って暴れまわったら、現時点でISを持っていないものは間違い死ぬ。つまりはほんの一握りしか生き残れない。君はそれすら理解していない人間と、それを理解して周りよりも先に上のステップを目指す人間、どっちの方が組みやすい?」

 

 ボーデヴィッヒさんは考える。一度顔が歪み、赤くし始める。

 

「聞きたいことがある」

「? 何かな?」

 

 これ、たぶん恋愛シミュレーションゲームならば間違いなく選択肢が出ているかもしれない。

 僕は表に出さない程度に身構えて質問を待つ。

 

「貴様は、仮に女を攻撃する際にどこを攻撃する」

 

 ………それはちょっと予想外だった。

 僕は最初にボーデヴィッヒさんに頼んだ。

 

「ごめん。それはちょっとデリケートな話になるから中に入れてくれる?」

「ん? 別に構わんが……」

 

 何故か警戒されている気がする。気のせいかもしれないけど。

 中に入れてくれた僕は、初めてちゃんとした他人の女の子の部屋に入ったことに内心感動したけど、考えてみればこれは世間一般の女の子の部屋ではないことは確かだ。

 

「じろじろ見るな。少し恥ずかしい」

「ごめん。特に恥ずかしがる要素はないと思うんだ」

 

 コレクションなのか、銃がたくさんあって、机の上には「反せい文」と書かれた紙がある。

 でも何でだろうね。銃を見ていると心が躍る。僕も男の子だからかな?

 

「それで、貴様は女を攻撃する際にどこを攻撃するんだ?」

「あ、確かその話だったね。僕はまず、女性の恥部……胸とか股を中心に狙うね」

「ほう? 何故だ」

「中学時代に、エロ関係に詳しい人がいたんだけどその人が言うにはAV? っていうのにそういうプレイ? みたいなのがあるらしいんだ。エロ本を何度か見せてもらったけど、実際そういう部分を責めているシーンもあったし、効果あるのかなって」

 

 するとボーデヴィッヒさんは少し固まった。

 

「……………た、確かにそう言う拷問があると聞く。しかし、だからと言ってそんなことをするなど―――」

「あ、やっぱりマズい? まぁ、流石にそう言うのは本気でやる気はないけど、殺そうとする人たちには仕方がないかなって思うよ?」

 

 さっき殺されかけたことを思い出しながらそう言うと、ボーデヴィッヒさんも「ならば仕方ないな」と同意してくれた。

 

「……時雨、貴様はまさか普段からそんなことをしているのか? 同居人が女と聞いたが……」

「むしろ孤児院にいたことを鮮明に思い出させてくれるよ。日頃から世話を焼いているから」

 

 朝、起こしては食事を作り、顔を洗いに行かせて、食べ終わったら歯磨きさせる。僕は高校生に何をさせているのだろうか。

 

「そういえば、資料にも孤児院暮らしと書いてあったな。他にもアニメ観賞とか」

「止めて! 僕のプライベートをばらさないで!」

「いや、副官もアニメを見ているが。確か花よりなんとかだったか……?」

 

 ……それって合計2回ドラマが放送されて、映画化した奴のタイトルじゃないかな?

 

「と、ところでタッグのことなんだけど………」

「あ、そうだな。別に組んでもいいぞ」

「そうなの!?」

 

 僕は思わず驚いた。

 考えてみれば、僕は散々彼女が大好きな織斑先生を否定しているから何だかんだで断られると思ったけど……。

 

「り、理由を教えてもらっていいかな?」

「なに。他の奴と組むより貴様と組んだ方がマシだと思ったからだ。だがこれだけは言わせてもらうぞ。織斑一夏は私がやる」

「それは流石に承服しかねるかな」

 

 個人的には、たぶん組むと思うデュノア君の方を抑えて欲しいんだけど……たぶん彼の技量は高いし。

 

「そもそも、どうしてボーデヴィッヒさんは織斑君に拘るの? EUのイグニッション・プランを考えてオルコットさんを潰すことには理解はできるけど、僕が言うのもなんだけどあんな小物をわざわざ相手にする理由は正直わからないかな」

 

 だって、普通なら白式みたいに刀1本だけしかないならすぐに取り外して長物タイプのライフルを入れてブンブン飛び回りながら乱射すると思うけど。相棒? デカい赤カブトだよね。

 

「……ただタッグを組むだけの貴様に言う必要はないと思うが?」

「あ、それもそうだね。ごめんね」

 

 もしかしたらデリケートな問題なのかもしれない。ミスったな。いつもなら聞かないのに。

 

「じゃあ、名前をお願いね」

「わかった」

 

 そしてボーデヴィッヒさんはよくあるペンを使って名前を書く。言うまでもないけど凄く綺麗だ……綺麗だけど……。

 

「ボーデヴィッヒさん、悪いけど上にカタカナで振り仮名を振っておいてくれないかな? あまりにも凄すぎて僕には読めない」

「そうか。確か日本人のサインは筆記体をもじったものだと聞いているが」

「僕、アイドルとかあまり興味ないから」

 

 というかそんな奴らの興味を持つ気がなかった。

 

「そうか」

 

 僕もペンを借りてついでに書いて、お礼を言って部屋を出る。

 先に職員室に提出しようと校舎に戻っていると、織斑君とデュノア君とバッタリ会った。

 

「あれ? こんな時間にどうしたの?」

「俺たちはタッグトーナメントのペアの申請していたんだよ。あと、鈴とセシリアのお見舞いに」

「ってことは、君たちは男子2人でペアを組んだわけだ」

 

 予想通りだ。おそらく自分しかデュノア君の正体を知っている人間がいないと思っているんだろうね。今すぐにでもばらしたい気分だよ。

 

「そうだよ。……そういえば、時雨君とも話し合うべきだったね。ごめんね、君のことすっかり忘れてたよ」

 

 ―――ブチっ

 

「お気遣いなく。僕は僕でちゃんとペアを選んだから」

 

 君たちみたいに仲良しこよしでペアを選んだわけじゃないしね。

 大体、君たちデュノアは僕を馬鹿にし過ぎじゃないかな? 僕だって怒る時は怒るんだよ?

 

「それより智久、聞きたいんだけど何であの時にもっと早く止めてくれなかったんだ?」

「もしかしてあの模擬戦?」

「そうだ」

 

 ……本気で言ってるのかな? それとも、この人はただ人を見ていないだけ?

 

「仮に止めたとして、僕に何のメリットがあるんだい?」

「何?」

「そもそも、あれは3人が勝手にした模擬戦だよ? 勝負がついてオーバーキルだったから止めたけど、そもそも無駄にプライドを持ったせいでさっさと降参しなかったからあんなことになったんじゃないかな?」

 

 僕から見て、オルコットさんの攻撃は完璧なタイミングだった。でもそれが捌かれた以上、素直に相手の技量を認めて降参するのが得策だったはずだ。模擬戦は所詮模擬戦。本番に合わせての調整程度と思っておくべきなのに。

 

「その言い方は2人に失礼だよ!? オルコットさんも凰さんも全力で戦ったんだよ?」

「だったら何? 僕には関係ないよ。正直なところ、ボーデヴィッヒさんには感謝しているくらいだ。余計な人たちが消えてくれたからね」

 

 僕を除いて1年の専用機持ちは残り4人。更識さんの除けば3人か。

 

「本気で言ってるのか! もしかしてそれで2人を助けたのを敢えて遅らせたって言うのかよ!?」

「むしろ最高のタイミングだね。そうじゃなければあの2人のことだ。僕を攻撃していただろうから」

 

 おそらくもっと早く入っていたら、嫉妬しただけで織斑君を攻撃した2人は僕に攻撃しただろう。あの2人より山田先生の方が魅力的なのは言うまでもないのに。

 

「ふざけんな! 何が最高のタイミングだ! おかげで2人は戦えなくなったんだぞ!!」

「ああ。やっぱりダメージレベルはCを超えていたんだ。通りでいつもより装甲がなかったわけだね」

 

 思い出しながらそう言うと、織斑君は僕の胸倉を掴んで拳を振り上げたけどデュノア君がそれを止めた。

 

「ダメだよ一夏。それ以上は問題になっちゃう」

「だけど―――」

「まぁ、君が試合に出たくないってなら僕を殴れば?」

 

 敢えて挑発してやると、織斑君は僕を睨んで掴んでいた服を離す。

 

「賢明だね。馬鹿な君でもそこまでの計算はできるようになったんだ」

「何だと!?」

「一夏!!」

 

 邪魔だな。あの男……いや、あの女、か。早々に退散してほしいものだ。

 

「正直、僕も時雨君の乱入は最適なタイミングだと思う。でも、君のその考え方には賛同できないよ」

「あっそ。別にいいさ。僕は何も君たちの賛同を得るために行動しているわけじゃないんだから」

 

 そう言って僕は校舎に向かう。

 

 ―――まぁ、僕も正体がバレたっていうのにさっさと帰らない君の考えに賛同できないけどね

 

 数少ない彼女の秘密を知った状態で、内心毒を吐きながら。




はい、完全に一夏とのことで亀裂が入りました。
でも代表候補生のプライドの高さは一級品なので、本当に場合によって智久が謂れもない中傷を浴びそうで怖いです。

そして智久は一夏を見下し始めています。いや、前からか。


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ep.20 学年別トーナメント、スタート!

 6月も最終週に突入。その月曜日を迎えたため、ようやくみんな楽しみだった学年別トーナメントが始まった。

 先程開会式を終えた僕らは更衣室に着替えに向かった。

 

「しかし、凄いなこりゃ……」

「3年にはスカウト、2年には1年間の成果の確認にそれぞれ人が来ているからね。1年には今のところ関係ないみたいだけど、それでもトーナメント上位入賞者には早速チェックが入ると思うよ」

「ふーん、ご苦労なことだ」

 

 まぁ、ここには有能な操縦者にさせるために送り込んでいるから当然と言えば当然だけどね。突っ込まないけど。

 

「一夏はボーデヴィッヒさんとの対戦だけが気になるみたいだね」

「まあ、。自分の力を試せもしないっていうのは、正直辛いだろ」

 

 どうやら機体の状態は悪く、今回は英中はお休みらしい。あそこまでやられたら当然か。

 あれ以降、織斑君もデュノア君も僕を避けるようになった。あんなに考え方が違うなら仕方ないかもしれないけど。

 

「感情的にならないでね。彼女は、おそらく1年の中では現時点での最強だと思う」

「ああ、わかってる」

 

 でもあれだね。デュノア君が女だと知っているから織斑君に好意を向けている他の3人がいかに危ういかよくわかる。傍から見ていたらドロドロしているだけだから楽しいだけだよ。それに僕、完全に空気だ。

 そんなことを思っていると、抽選が終わって組み合わせが発表されたからか織斑君が姿を現した。

 

「と、ととと、智久! お前!」

「今度は何かな?」

「ちょ、い、良いから来い!」

「僕今機体調整中なんだけど」

「そんなことより大事なことなんだよ!」

 

 ……何をそんなに慌てて……ああ、もしかして……

 

「もしかして、僕がボーデヴィッヒさんとペアを組んでいることに関係しているの?」

「そうだ! 凄くたいへ……何で見てないのに知ってんだ!?」

「僕から頼んだことだしね」

 

 そう言うと織斑君が騒ぎ始めたので僕は静かに部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 IS学園某所。そこでは老人2人が高いテーブルを挟んでいる。

 金髪の老人は渡された資料を見てため息を吐いた。

 

「………なるほどな。あなたは私が向こう側とは考えなかったのかね?」

「例えそうだとしても、私自らが矯正していましたよ。もっとも、性格からしてそんなことはしない人間だということは理解していましたが」

 

 彼らがいるのはIS学園でも生徒会長でも中々入れない特別な部屋であり、実質は十蔵が大切な話をするための部屋として使っている。

 

「しかしクロヴィス、これに関してあなたはどう思っているのですか? 下手をすれば今後フランスはIS開発権利をはく奪されてもおかしくはない」

「そうだな。是非、あの会社には落とし前を着けさせてもらおう。もっとも社員には気の毒だが、それに関してはこちらに考えがある」

「……会社を作る、とか?」

 

 十蔵の言葉にクロヴィスと呼ばれた男性は心から驚いた。

 

「何故分かった?

「2人目はああ見えてかなり頭が回る男です。そしてこれを―――」

 

 十蔵は新たに資料を渡すと、クロヴィスはなんとか声を抑えた。何故なら資料にはこう書かれていたからだ。

 

 ―――シャルル・デュノア(仮)の断罪回避方法

 

 ページを開くと一番上には日本語でデカデカと書かれている。

 

 ―――シャルル・デュノア救済方法

 

 そこにはシャルル・デュノアをいかにして救済するかという方法が複数記載されていた。

 

「これを、あの2人目が?」

「ええ。その中からできることがあれば幸いとも言っていました。次ページには会社員を助ける方法が書かれています」

 

 ―――まったく同じ且つ社名を変えて提出

 

「法律などは知らないのでその辺りはまだですが、そこはあなたがどうにかすると思ってわざと空けさせました」

「………簡単に言ってくれるな」

 

 確かにクロヴィスの立場を考えれば十蔵の言う通り、会社を一個作り上げるのは造作もない。しかし、この資料にはとあるものが存在していないのだ。

 男装させるとなると、会社内はもちろん政府内にも協力者が必要となる。まずはそこから洗う必要があると考えているクロヴィスに救いの手が差し伸べられた。

 ドアがノックされる。十蔵が「どうぞ」と答えると少女が入って来た。

 

「彼女は?」

「私の協力者です」

「初めまして、北条(しずく)です」

 

 茶色の髪をした少女がそう名乗り、手の代わりに資料を差し出す。

 そのリストにはデュノア社の重役、そして政府関係者でここ数か月でデュノア社社長と社長夫人と会っていた人がすべて記録されている。

 

「範囲は2月中旬から5月までに限られていますが、それでよろしければ」

「……ありがとう」

「では、これで失礼します」

 

 そう言って雫は一礼し、部屋を出て行く。

 クロヴィスは自国のことを丸裸にされた気がして気分は悪くなったが、目の前にいる化け物を見ていると些細なことと思い始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学年別トーナメントは、その名の通り学年別に行われる。2、3年生と違って1年生は全員……いや、ほとんど全員が参加していることもあって布仏先輩も整備員として駆り出されている。なにせ訓練機をフルに使っての大会だ。それに1年だけじゃなく2年3年もなので、おそらく前のように襲撃されれば間違いなく専用機が出張るだろう。

 それに運悪く、今は更識先輩もいないのでほとんど1年で対処しなくてはいけない。そうなった場合、僕も出る必要がある。

 

(幸い、あの許可は出してくれたからいつでもいいんだけど……)

 

 言うなれば、緊急措置プログラムというものを今回仕込ませてもらっているけど、これは本当に緊急時じゃないと使用できないことになっている。

 そんなことを考えながら僕は新しいタイプの武装を考えていると、急に声をかけられた。

 

「何をしている。さっさと行くぞ」

「あ、うん」

 

 今から今日最後の試合で、2回戦の第1試合が始まる。時間がズレているけど今頃織斑君たちも戦うことになっているだろう。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ、シュヴァルツェア・レーゲン、出るぞ!」

 

 仮面隊長のように言ったボーデヴィッヒさんは機械が動くままにカタパルトから射出される。僕も新たに出てきた射出台に脚部装甲を接続した。

 

「時雨智久、打鉄、行きます!」

 

 体勢を低くすると同時に動き始め、端まで行くとストッパーに当たって僕だけが飛ばされる。僕はボーデヴィッヒさんの後ろに着地すると、向こうも出てきた。打鉄とラファール・リヴァイヴを1機ずつ使用している。

 

「これはこれは、1組じゃない」

「今日はよろしくね。おチビ共」

 

 比較的背が高い人たちが現れた。確かに僕らよりも背が高いけど―――

 

「誰だ、こいつら」

「ごめん。僕にもわからない」

 

 存在感はかなり薄いと思う。少なくとも僕は知らない。

 

「な、アンタたち私たちを馬鹿にするの!?」

「いい度胸じゃない! 機体の性能差が絶対的な戦力差ってわけじゃないのよ?!」

「知るか。所詮貴様らは雑魚だ」

 

 そんなことをわざわざ言わなくても……。

 そう思っていると、試合開始のブザーが鳴り響く。すると敵2人はこっちに向かって走らせた。

 

「死になさい! チビでひ弱!」

「ボーデヴィッヒさん―――って叫ぶ必要なかったか」

 

 ラファール・リヴァイヴの動きが止められているのを見て、僕は手を後ろにして大剣を展開してタイミング良く首にぶつける―――つもりだったけど、盾に防がれた。

 

「甘いわよ!」

 

 そう言って《焔備》を展開して引き金を引かれるも、咄嗟に大型シールドを展開して防ぐ。

 

「またその大型シールド。一体どこで見つけたのよ、そんなもの!」

「だから自作です!」

 

 少し距離を離すと、タイミングよく僕らの間にラファール・リヴァイヴが落ちてきた。見ると以前の凰さんとオルコットさんのように装甲が一部吹き飛んでいる。

 

「この程度か? 弱すぎて話にならないな」

「そ、それはアンタが専用機を使ってるからでしょ!?」

 

 そう叫ぶラファール・リヴァイヴの操縦者。僕は大剣を上に放って2人を飛び越える。

 

 ―――ワァアアアアアアッッッ!!!

 

 急に歓声が沸きだす。もしかしたら何かあったのかもしれないけど、ここには何もないからどうでもいいや。

 

「ちょっ、何よ、そのテクは!?」

 

 テクも何も、ただISを使って勢いよく回転して進んでいるだけなんだけど……。何か変なのかな?

 そんな疑問に囚われながら、僕は相手に接近して落ちてくる剣を持って振り下ろして切った。

 

「この野郎、生意気な!!」

「アンタはどこの歌手ですか」

 

 距離を取られるので、僕はライフルを展開して発射した。閃光が走り、彼女の手元で爆発が起こる。

 

「何!?」

 

 この人、驚くと動きが止まるなぁ。

 なんて思いながら僕は接近して―――通りすぎる。

 

「馬鹿め!」

 

 もう1丁持っていたのか、《焔備》を展開して撃ってくるけどそれを大剣で防いで接近。斬ってまた通りすぎるけど、今度は近くで停止―――せずにその場で片足を軸に回転して反転し、また相手を斬った。

 

「この、ちょこまかと!」

「遅いよ」

 

 相手の後頭部の首に秘策ならぬ秘剣をぶつける。すると、

 

「し、シールドエネルギーが激減!?」

「驚いた? この非実体剣はオンオフの切り替えができてね、出すだけなら片手に収まるんだ」

 

 だから刀身を自分のタイミングで展開できる。そしてそれは相手に疑念を与えることができる。

 

「まさか、アタシが負けるの? 男なんかに!?」

「1つ言うけど、女が主導しているからこんな簡単なものも開発できないんだよ?」

 

 実はこれだけに限って言えば僕が単体で開発した。最初は暴走してエネルギーが飛び散ったりと処理が大変だったけど、既に似たようなものを開発しているから自分1人でもできたのだ。まぁ、今のは挑発で布仏先輩には感謝しきれないんだけど。未だに心が開けなくてごめんなさい。

 

「ふざけ―――」

 

 相手の口に蹴りを食らわせて吹き飛ばす。それで体勢を崩したその人は倒れてしまい、僕は顔の顔にハンマーを叩き込んだ。背部からスラスターが現れて勢いを増したそれはかなりの威力となり、絶対防御を発動させる。

 

【シールドエネルギー0 勝者、時雨智久、ラウラ・ボーデヴィッヒペア】

 

 周りからブーイングが起こるけど、僕らは気にせずにピットに戻った。

 

「ボーデヴィッヒさん」

「何だ?」

 

 手を挙げたけど意図がわからないのか、それとも下らないと思ったのか、そのままISを解除して先に出て行く。

 

「あ、待ってよ。ボーデヴィッヒさん!」

 

 せめてハイタッチくらいしてよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さっきの凄かったね、かんちゃん」

「うん。最後の攻撃が特に凄かった」

 

 そう言いながら、暗部に属する妹コンビが廊下を歩く。初戦で専用機持ちと一緒とはいえ勝利を飾った智久に「おめでとう」と言いに行くためだ。

 そのためにこうして歩いているわけだが、そんな2人にあり得ない光景が見えた。

 

「待ってよボーデヴィッヒさん。せめて、せめて!」

「ああ、もう! うっとおしいぞ!」

 

 ―――ラウラに懐いている智久の図である

 

 智久はこれまで、本音や虚に対して警戒してる態度で接してきていた。だがラウラの場合は別で今も懐いている。その現実を本音は受け入れられず、混乱した。

 

「しぐしぐが女の子に懐いてる……」

「うん。私もそれなりに仲が良いと思うけど、あそこまでは珍しいね」

 

 簪と智久はよく趣味の話をする。そのこともあって智久はよく整備室に訪れているが、本音にとって初耳だった。そもそも彼女にとって智久と簪が仲が良いこと自体、誘いに行った時に初めて知ったことであり、内心はやっぱりと思いつつもどこか羨ましく感じた。

 

「………いいなあ」

 

 おそらく初めて聞くであろう、そんな言葉に簪は驚きを見せる。

 

「ほ、本音……?」

「だって、私は入学した時からずっと一緒なんだよ。それなのに心を開いてくれないのに、かんちゃんやらうらうだけあんな態度見せてさ……ズルいよ」

 

 そう言って本音はどこかに行く。簪はそのことを伝えようとすると、人が飛んできた。

 

「な、何するのよ!」

「何がまぐれだ? 貴様らが本当に強ければ、私にあっさり負けるわけがないだろう?」

「ボーデヴィッヒさん、そこまでにしよう。いくらなんでもそれ以上は怒られるよ?」

「しかしこいつは………」

「この人たちが言っていることなら気にしなくていいよ。実際、僕は弱いし………もっとも、未だにビーム兵器や常時換装システムを開発できてない屑……じゃなくて無能……じゃなくて蛆虫如きにどうこう言われたくないけどね」

 

 訂正という言葉を知らないのか、それとも敢えて言っているのか、ともかく罵倒を浴びせる智久。かなりイラついているようだ。

 

「は、はん、良く言うわよ! アンタだってまだ開発できてないじゃない!」

「そうよ! 大体、アンタのそのとんでも武装なんて、あの布仏先輩に助けてもらって作った奴じゃない! どうせ弱みを握って脅したんでしょ! この悪魔!」

「それともその妹を盾に脅したとか? 男って変態だしそんなことを考えてそうよね!」

 

 さっき、智久とラウラに負けた2人が捲し立てるように言うと、智久はゆっくりと歩み始める。そして、2人の間にナイフを突き立てた。

 

「確かに、男は変態だね。それに関しては否定しないよ………けどね」

 

 ナイフを持って立ち上がる智久。今の彼の顔はとても暗く、恐ろしいものだった。

 

「君たちのように生産性の無い屑に言われたくないかな? 種を残すことがヒトの……いや、生物すべての絶対的な役割だと言うのに、無視する君たちがさ」

 

 本気だった。

 まるで生徒2人を恨みで殺しそうな顔をした智久が、今も倒れる2人を見下ろす。

 智久はおもちゃに興味を失くした子供のように踵を返してラウラに刃の部分を持って返す。

 

「いつの間に盗ったんだ?」

「僕の得意技でね。使い方は企業秘密さ。じゃあ、僕はこれで失礼するよ」

 

 そう言って智久は女たちを超えて移動すると、簪の存在に気付く。

 

「やぁ、更識さん。あれ? 布仏さんは?」

「たぶんもう帰った」

「ありがと。じゃあ僕も戻るよ」

 

 勝てたことが嬉しいのか、それとも女たちに一泡吹かせられたからか、智久の足は軽やかだった。



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ep.21 もはやその防壁は形骸している

しかしそれを彼は気付いていない。


「ただいまー!」

 

 元気よく挨拶すると、いつも通りベッドにベターとしていると思ったら、なんてことでしょう。僕は何かにぶつかって転がってしまった。

 

「いつつつ……一体何が……何があったの?」

「あ、おかえりー」

 

 覇気のない声。本当に珍しく虚空を見つめている布仏さんに僕は近寄った。

 

「しぐしぐは、らうらうの事が好きなの?」

「……はい?」

 

 唐突にそんな質問をされた僕は、思わず固まってしまった。えっと、どうして君はそんなことを聞いてきたのだろう?

 

「好きかどうかと聞かれれば好きかな。というよりも、放っておけない?」

「………そう」

 

 どうしよう。凄く変だ。

 ちなみに、僕はボーデヴィッヒさんを変な目で見ている気はない。……いや、ホントだよ?

 

「やっぱり、私よりらうらうの方が良いんだ」

「いや、そう言う問題じゃ……」

「良いんだ……」

 

 ………ダメだ。全然話を聞いていない。

 

「あのね、布仏さん。ボーデヴィッヒさんには絶対的な保障があるんだ」

「ほしょう?」

「うん。彼女の場合、織斑一夏を抹殺するという絶対的な行動要因があるから、僕に対してどうこうする気はないんだよ。それに、何かに向かって頑張る人って応援したくなるんだよ。それに、ボーデヴィッヒさんってツンツンしているだけで本当は構ってちゃんかもしれないし、放っておけない―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――って、言ったら何故か布仏さんに枕を放られたんだけど、何か理由はわかる?」

「私に振るな」

 

 翌日、僕はボーデヴィッヒさんと一緒に第二アリーナに来ていた。

 

「でだ、私をここに呼んだということは、実りあるものを見せてくれるんだろうな?」

「うん。たぶんBブロック内で勝ち上がってくる人が戦うからね」

 

 選手が入場してくる。片方はラファール・リヴァイヴのコンビ。そしてもう片方は打鉄のコンビだ。

 

「あれ? 布仏さんの打鉄が黄色い?」

 

 他の人のはペアの更識さんと同様通常色だ。

 

「おそらく、専用USB内の設定を変えたのだろうな」

「専用USB?」

「そうだ。専用機を持たない生徒に配布されるもので、中にはパーソナルデータが入っている」

 

 ………僕は携帯するようにと学園長から渡されたことを思い出した。

 

「その設定を弄ったから、布仏さんの打鉄カラーが黄色になっているの?」

「ああ。だがそれは2年での学習カリキュラムに含まれている。あの女、相当の技術者かもしれないな」

 

 ………そういえば、布仏さんって「手伝うよ~」とか言ってたまに来るよね。データを取りたいから武器もいくつか渡しているけど、本当は凄い人だったんだ……。相変わらず朝は苦手みたいだけど。

 試合前の掛け合いが聞こえてくる。ボーデヴィッヒさんは更識さんが一方的に罵られているのを見て何も返さないことに何かを思ったのだろうか、鼻を鳴らす。更識さんに対して言われたのは主に生徒会長のことだけど、実は本人はあまり触れてほしくないみたいなんだけどね。

 試合開始になった瞬間、ラファール・リヴァイヴが吹き飛んだ。

 

「何?」

 

 こればかりはボーデヴィッヒさんも驚いたようだ。それもそのはず、更識さんと布仏さんは同時に瞬時加速してタックル、薙刀と巨大刀を展開して吹き飛ばしたのだ。

 

「本音」

「あとはおーまかせってね!」

 

 2人はそれぞれの相手を潰しに移動する。センスがあるからか、それとも暗部だからか、どちらにしても2人の実力は高い。後、布仏さんは跳弾じゃないと当たらないとか絶対に嘘だと思った。

 

「な、何でよ! 姉の威光のおかげで専用機を渡されたくせに!!」

 

 相手がそう叫ぶ間に更識さんは容赦なく首を刈る。薙刀の扱いが上手いのは、これまでの訓練の賜物か。素人目から見てもそのレベルは高い。

 

「ん? 奴は専用機持ちなのか?」

 

 ボーデヴィッヒさんはどうやら知らないらしい。

 

「そのことに関しては後で話すね」

 

 もうかなりの人が知っていることだろうけど、だからと言って容易に言いふらすことじゃない。後でゆっくりと説明することを心に決めた僕はデータを取り続けた。

 結局、試合は一方的な展開になった。更識さんは言わずもがな、布仏さんも危なげなく勝利した。

 

「相手が弱すぎる。これだけのデータでは判別つかないな」

「……もう少し後の方が良かったかもね。ごめん」

「気にするな。貴様がここまで警戒すると言うことは、決勝か準決勝で当たるのだろう?」

「その可能性が一番高い組だね。たぶんさっきのですべての手札は見せてこない……いや、考えてみたら僕と同じですべての手札を見せる気はないかも」

 

 その言葉に疑問を浮かべるボーデヴィッヒさん。そのしぐさで君は何人の男を落としてきたんだい?

 

「何故そう言い切れる?」

「この大会はありがたいことに、優勝候補がそれぞれのブロックに分かれているんだ。Cブロックの場合は僕とボーデヴィッヒさんだね。僕はともかくボーデヴィッヒさんは強いから、警戒されてしかるべき。だから最初の試合みたいにより有利に試合を進めようと比較的簡単に倒せる僕を狙ってきたわけだ」

 

 試合がなかった布仏さんに撮ってもらった試合データを開いて見せる。

 

「2対1ならば私に勝てると思っているのか、馬鹿者共が」

「僕は最初は布仏さんと組む予定だったから、それなりの武装は積んでいるんだけど……」

「ほう。できれば聞いて……いや、止めておくか」

 

 周りが聞こうとしていたのを察したのか、ボーデヴィッヒさんは話を中断した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……というわけなんだけど、ボーデヴィッヒさんに話していいかな?」

 

 昼食の休憩は残念ながらないけど、僕らは時間を見て食事をしていた。

 テーブルには僕とボーデヴィッヒさん、そして布仏さんと更識さんのペアがいる。

 

「……わかった」

 

 僕が説明しようと思ったけど、更識さんが説明してくれる。すると、ボーデヴィッヒさんは冷静に考えて答えを出した。

 

「……なるほどな。それならば織斑を憎んでもおかしくはない。……本人は気付いていないだろうがな」

「普通なら一言あるべきだよね、やっぱり」

 

 傍から聞いていれば、織斑君だけが悪いとは流石に断言はできないけど、それでも自分の機体の事情を聞いたら謝りに行くのは当然だろう。本人にその気はないとはいえ、彼女の機体開発を凍結させた原因ではあるのだから。

 

「もっとも、一番の問題は会社だろうがな」

「? どうして?」

「考えてもみろ。元々開発して渡す契約だったのに突然織斑の機体に携わると言って契約を切ったんだ。それでコアを渡すのは正直どうかと思うが、そうするくらいなら他会社に権利を渡したりするのが普通だろう。それで何の後処理もしないのは少々問題だと思う」

 

 僕と布仏さんは同時に柏手を打った。

 

「まぁ、今ここでそんなことを言っても仕方がない」

「そうだね。でも、試合の時に挑発でも使わないでね」

「流石の私でもそんなことはしない。だが、勝ちは譲るつもりはないぞ」

 

 良かった。いつものボーデヴィッヒさんだ。

 少し安心していると、嫌な奴の気配がした。

 

「でも大丈夫? Cブロックはかなり強豪が揃ってるけど~?」

「大丈夫。だって相手はアニメを見ていないんだから僕が開発している武装は攻略されない。それにボーデヴィッヒさんがいるから問題ないしね」

 

 仮に僕が敗北しても、ボーデヴィッヒさんだったら余裕で相手を倒すだろうし。

 

「―――随分と舐められているんだな、私たちは」

 

 やっぱりこいつだったか。

 僕は声を聞いた瞬間、布仏さんを掴む。隣に座らせておいて良かったよ。

 

「一体何か用かな? 第1学年のがん細胞さん?」

「………何が言いたい?」

「目障りだから消えろってことだよ」

 

 そう言えば、Cブロックにもこいつがいたんだっけ? 可哀想に。さっきから後ろの女の子が篠ノ之さんを恐る恐る見ている。

 

「随分な言い草だな。あの2人を助けておきながら、卑怯なこの女と組んだくせに」

「仲良しごっこでできるほど、僕が置かれている環境は生易しいものじゃないからね。君は篠ノ之束の妹のくせにそんな簡単なこともわからないのかな?」

 

 有名人の弟妹というのは比較されるから辛い。それを知っている僕は敢えてその言葉を口にした。

 

「姉さんは関係ない!」

「だったら今すぐ退学しろよ。本来なら君はその程度じゃ済まないことをしたんだから。だと言うのに、君は反省文も書いていないじゃないか。よくそれで平然とできるよね?」

 

 大体、もう忘れたのかな? 可能性としてはなくはない……というかその方が高いか。

 

「まぁ、精々頑張ってね。僕らに当たる前にやられると思うけど」

「その言葉、覚えておけ! 準々決勝で貴様らを潰してやる!」

 

 そう言ってどこの悪役だよと突っ込みたくなるほどの言葉を吐いて去って行く。

 

「大丈夫だよ、しぐしぐ。もう大丈夫だから」

「……あ、ごめん」

 

 左手で彼女の手を掴んでいたのを忘れていた僕は、顔を赤くしてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで学年別トーナメントの日数が過ぎ、僕はボーデヴィッヒさんのおかげで順調に準々決勝にコマを進めた。ちなみに相手は篠ノ之さんと鷹月さんのペアだ。

 

「………驚いたなぁ。まさか勝ち上がってくるなんて思わなかった」

「聞けば貴様と話をして以降、まるで鬼武者のように敵を倒していったらしいな」

「まぁ、大した障害じゃないから問題ないよ。よろしくね、ボーデヴィッヒさん」

 

 A,Bブロックは既に決勝トーナメントに進出する人が決まっているようだ。進んだ人たちは言わずもがな、ってね。

 

「あの時は聞かなかったが、随分と仲が悪いんだな」

「まぁね。訳は聞かない方が良いよ。君が大好きな織斑先生に嫌われたくなければね」

 

 あの襲撃事件の後、僕らは緘口令を敷かれた。理由はわからないけどそれほどまでの敵と戦っていたのには驚いた。………だからこそ、あの人は僕の打鉄にとある細工を施させてくれたんだけど。

 

「まぁいい。いつも通り障害を排除する」

「その意気だよ」

 

 ボーデヴィッヒさん、そして僕の順に中に出る。向こうも同じタイミングで出てきたようだ。

 篠ノ之さんは打鉄。そして鷹月さんはラファール・リヴァイヴを装備している。

 

「どうだ! 私がやられていない気分は!」

「あ、ごめん。実は9割がたは上がってくると思っていたよ」

「負け惜しみを………」

「Cブロックは強豪揃いだけど、ISの質は僕の頭脳でも十二分に対応できるほど低いからね。それでいて、より攻略がしやすい人が多い。特に君は篠ノ之束の妹と思えないほど馬鹿だから、より高い勝率で勝てる」

「減らず口を!!」

 

 挑発はこれで十分。向こうがどれだけ作戦を練って来たとしてもこれで瓦解しただろう。

 試合開始のブザーが鳴り、僕はすぐに叫んだ。

 

「ボーデヴィッヒさん!」

「言われなくても!」

 

 それにしても、随分と丸くなったなぁ。出会った時は「私に近付くな」ってオーラが漂っていたのに。

 

(もしかして、あの練習が役に立ったのかな?)

 

 なんて思いながら僕は篠ノ之さんの前に躍り出た。

 

 

 

 

―――少し前

 

「ボーデヴィッヒさん、少しでも早く鷹月さんを倒してきてほしいんだ」

「実力からして篠ノ之箒の方が上だろう? ならば、私が相手をするべきだと思うが?」

 

 相手の前の試合を見ながら僕らは2人で昼食を取っていた。そこで僕はそう提案したけど、ボーデヴィッヒさんは通称、ロリコン殺しに首こっくんをしながら尋ねてくる。

 

「普通はね。でも彼女は弱点が多いんだよ」

「………ちなみにどこのことを言っているんだ?」

「すべて、かな。頭のてっぺんから足元に向かって。特に女性は男性と違って股間だけじゃなく胸にも急所があるから、そこに触れたら勝負は決まったようなものさ。あ、これはあくまで僕個人の意見なんだけどさ、女性が一番嫌がるのは知らない男に犯されること。特に俗に「キモデブ」という部類に含まれる男たちにされたら、恐怖と絶望なんてどころじゃな……あの、ボーデヴィッヒさん? どうしたの? さっきから顔を青くして……」

 

 

―――現在

 

 何故かボーデヴィッヒさんに引かれたけど、それはそれ、これはこれ。今は篠ノ之さんを倒すとしよう。

 

「ところで篠ノ之さん」

「何だ?」

「今、妊娠何か月?」

 

 腹部に視線を注いで聞くと、顔を赤くしていることが窺える。

 

「……は……は……」

「は?」

「破廉恥だぞ! 恥を知れ!!」

 

 突進してくる篠ノ之さん。ボーデヴィッヒさんの方では鷹月さんが巨大な何かを展開しているけど、たぶん大丈夫だと信じている。

 

「恥も何も、年頃の男女が同じ部屋で暮らしているのに何も起こらないわけがない」

「そ、そう言うお前はどうなのだ!? 布仏とか言う女子と寝食を共にしているではないか!」

「残念。僕は君が大好きな彼とは違って―――とと」

 

 咄嗟に近接ブレードの軌道を読んで回避した。

 

「篠ノ之さん、顔が赤いよ?」

「許さん……許さんぞ貴様!!」

「おっぱい揺らして僕にアピール? ビッチだね」

 

 そう言って僕は近接ブレードの峰で胸を叩いた。

 

「な、どこを触っている!?」

「おっぱい。パイオツとも言う。っていうか君の女性的部分ってそこしかないし、今後誰にも触られることはないか、君のお姉さんをどうにかしたい人には人質として捕まって、暇つぶしにやられる程度なんだから別に良いんじゃない?」

 

 振り下ろされるブレードを受け止める。

 

「許さんぞ、この変態が!!」

「……男が変態で何が悪いの?」

 

 流石は剣道の全国大会で優勝した猛者。意外と力が強い。

 

「そもそも男というものは、女を孕ませることを潜在的に組み込まれているんだ。自分の遺伝子を残すためにね。それこそオスがメスを孕ませる行動なんてそのものなんだし、あまり気にしない方が良いんじゃない? もっとも、君や織斑先生とやれと言われても僕は性格を重視するから「チェンジ」って叫ぶ自信があるけど―――ね!」

 

 ウインクしてますます敵意を煽り、股間を蹴り飛ばした。

 

「貴様、どこを―――」

「ところで、君の仲間が倒れているけどいいの?」

 

 丁寧に教えてあげる。ボーデヴィッヒさんは鷹月を一方的に潰していたけど、精神的な問題は大丈夫かな?

 

「何ッ!? 鷹月が使用していたのはクアッド・ファランクスだぞ?!」

「何でボーデヴィッヒさん相手にそんな重装備を使わせているの? やっぱり馬鹿でしょ」

 

 僕から注意を逸らしたことも含めて、ね。

 背骨に杭の先端を引っ付けて遠慮なく撃った。

 

「ぐがぁあああああッッ!!」

 

 シールドエネルギーが大量に消費されたことは想像できる。だって僕が装備しているパイルバンカーの威力は桁違いだからだ。

 

「シールドエネルギーが一気に半分も……」

「あ、やっぱりこういう時に股を狙えば良かったかな。絶対防御が発動して女の子の大事な膜が守られるかどうかも確認したいしね」

 

 批判殺到? そんなことはどうでもいい。

 

「でもね篠ノ之さん。本当なら僕はこの試合を辞退しようと思ったんだ」

「急に何を―――」

「だって、君を倒すのは僕じゃなくて布仏さんに譲るべきだと思ったし、どっちにしろ君たちの優勝はまずないしね。でもさ、僕らとボーデヴィッヒさんの意見が合致したから―――ここでやられてもらうよ」

 

 篠ノ之さんはさっきから動かない。当然だ。動かさないように言ったんだから。

 僕は篠ノ之さんの顔に杭を当てる。

 

「ま、待て! 何故顔なのだ!?」

「大丈夫。ISには絶対防御があるから―――

 

 ―――だから、女の子って男より強いんでしょ?」

 

 僕はシールドエネルギーがなくなるまで撃ち尽くして

 

 ―――カラカララン……

 

 空薬莢が地面に落ちる。僕はそれを装填して最後に言った。

 

「君が以前、木刀で殴った人。今だから言うけど、君みたいなゴミと違って価値が上だから」

 

 それだけ言って僕はピットに戻った。

 しばらくすると、明日から行われる決勝トーナメントの抽選が行われる。

 決勝トーナメントはA~Cブロックを勝ち上がった3組の内1組にシード権を与えられる。

 結果が出て、僕は小さく呟いた。

 

「……あと1つ、か」

 

 明日の準決勝の相手は―――更識さんと布仏さんのペアだった。




タイトルの意味を分かった人がいてくれたら、作者としては凄く嬉しいですね。

ということで、次回はあの2人との対戦になります。


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ep.22 意外な展開

推奨BGM


戦闘1:あんなに一緒だったのに(真・ガンダム無双)
戦闘2:The Battle of IS(インフィニット・ストラトス)
戦闘3:嵐の予感(ガンダムSEED)


ネタバレになるので、こういう表示になりました。
言うまでもなく、個人的に好んでいるBGMをお聞きください。ただの推奨ってだけなので。


 勝負の仕方に答えはない。特にISには絶対防御があるんだからそれが顕著になるはずだ……なのに、何故か僕は織斑先生に呼び出されていた。

 

「時雨、何故呼ばれたかわかっているか?」

「いいえ。まったく」

 

 本当はわかっているけどね。どうせ僕が篠ノ之さんにしたことが原因だろう。

 

「何故あんなことをした?」

「1つは顔を叩かれる恐ろしさを知らしめるため。もう1つはあなた方大人たちに対する当てつけです。それとも、敢えて尻の穴を選択した方が良かったですか?」

「そう言う問題ではない!!」

 

 じゃあ、何の問題だと言うのだろう?

 

「そもそも、どこを攻撃しようがこちらの勝手ですよね? 胸を触ろうが、尻を触ろうが戦略的な行動の1つでしかない。第一、僕が本気で彼女に酷いことをするなんて思っているんですか?」

「そういう問題ではない! 人として間違っていると言っているのだ!」

「だったら今すぐ女尊男卑を止めさせて、冤罪で捕まった男の人たちを解放させるんですね。それに人として間違っているって言うなら、彼女が真剣を持っていること自体が間違いなのでは?」

 

 聞いた話によると、篠ノ之さんは真剣で居合の練習をしているようだ。防具を外している人に怒ったからって攻撃するような人に真剣を持たせるなんてどうかしているとしか思えない。

 

「ともかく、僕は僕のやり方を変えるつもりはありません。それとも何ですか? 僕が何もしなくてもあなたが守ってくれるんですか? 守れるわけありませんよね? あなたには弟がいるんですから。とびっきり馬鹿のね」

 

 そう言って僕は職員室を出て行く。

 僕はもう、学園長以外の教員を否定的に見ていた。誰もかれもが僕を否定的に見てくるからだ。知っているんだよねぇ。僕が勝ちあがっているのはボーデヴィッヒさんのおかげだって教員の間で噂しているの。

 

「しぐしぐ、大丈夫?」

「うん。ムカついたからさっさと出てきた」

 

 まぁ、僕もボーデヴィッヒさんがいたからここまで勝ち上がって来れたことは理解しているけど、だからと言ってそれを全面的に肯定されるのは腹が立つ。僕だって撃墜している試合はあるというのに。

 

「まぁ、流石にあれはやり過ぎだと思うけどね~」

「君までそう言う?」

「でもすっきりした。ありがと」

「こら、引っ付くな!」

 

 僕はそう言って腕に引っ付く布仏さんをはがす。明日は対戦だって言うのに、こんなことをしていていいのかな。

 

「見つけたぞ、智久!」

「うん?」

 

 後ろから声をかけられた僕は振り向くと、怒りを露わにしている織斑君が大股で歩いてきた。

 

「何か用?」

「何か用? じゃないだろ! 何で箒にあんなことをしたんだ!!」

 

 あんなこと、ねえ。

 僕としては当たり前なんだけどな。

 

「別に顔を攻撃しちゃあいけないってルールはないと思うけど?」

「だからって股を蹴ったりとか、そういうことをしちゃいけないだろ! 何があったらどうするんだ!?」

「………別にどうでもいいじゃん」

「何!?」

「別に彼女と君が付き合っているわけでもないんだし、彼女がどうなろうかなんて知ったことじゃないでしょ」

 

 女の子の機能とかが停止したところで大したことではない。ましてやあんな暴力人間の遺伝子を残したら、辻切りが溢れかえるというもの。

 

「箒は俺の友達だ!」

「そう言うなら、彼女のやったことの責任ぐらい取らせろよ」

「一体箒が何の間違いを犯したっていうんだ!?」

「それを理解できないなら、君は一生馬鹿のままだ。そして君からそんなものを感染させられたら困るから僕はこれで失礼するよ」

 

 そう言って踵を返すと、後ろから声がかかる。

 

「おい、ま―――」

 

 織斑君の言葉が急に止まる。まぁ、そのはずだよね。

 

「ねぇ、おりむー。私が今からお姉さんを殺していい?」

 

 銃を構えられていたら、流石に止まるか。しかも首。引き金を引かれたら一発でアウト。

 

「な、何でそんな話になるんだよ……」

「それがわからないならとっとと消えて。必要以上にしぐしぐに絡まらないで」

 

 そう言って銃を消した布仏さんは、僕の手を引いてそのまま部屋に連行した。………なんか、僕の腕枕が気に入っているみたいだから、今日だけは誘ってあげることにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。僕は何故かVIP用の席に呼ばれたので何でだろうと思ったら、

 

「何でみんなで観戦に来ているのさ」

 

 孤児院にいるはずのみんながいた。

 

「きくちゃんが「どうしても」って言うから」

「……私の記憶が正しければ、「席を用意してほしい」って電話をかけてこられたのですが?」

「……本当にすみません」

 

 僕はすぐに頭を下げる。昔からどこか破天荒だったけど、まさかここまでだとは思わなかった。

 

「ふむふむ。ここがIS学園か。税金の無駄遣いとはまさにこのことだ」

「……相変わらずの毒舌ですね」

「だがまぁ、みんなが喜んでくれて良かったよ」

 

 専用の個室ということもあって、子どもたちは大はしゃぎだ。

 

「ねぇねぇ、これからあそこでお兄ちゃんが戦うんだよね?」

 

 小学生に入りたての子たちが僕の所に駆け寄ってくる。僕は思わず笑顔になってしまったけど、何とか自制した。

 

「そうだよ」

「お兄ちゃん、頑張れよ! 俺たち応援するから!」

「何言ってるの! お兄ちゃんが負けるわけないでしょ!」

「そうだよ。だってお兄ちゃん、強いじゃん」

 

 相方が強いだけなんですけどね、なんて言えたらどれだけいいか。

 でも僕も兄としてのプライドがあるし、何とか言ってやった。

 

「任せとけ! 絶対に勝ってやる!」

 

 ああ、言わなければ良かった。

 でもみんなを落胆させたくないし、次に帰った時に場所が無かったら生きる気力を失いそうだと思った僕は心で2人に勝つことを誓う。

 

「トモ君」

 

 子どもたちの相手をしていると、海が割れた……もとい、子どもが道を開けた。僕がいない間に何が起こっているのか、子どもたちの連携がまるで軍隊のようだ。

 

「頑張ってくださいね。でも、無理しないでください。私はトモ君が無事ならそれでいいので」

「………頑張るよ。みんなの期待を裏切らないためにも」

 

 どうしてだろう。どうしてみんな、僕らを見て笑っているのだろう。

 そんなことを疑問に思いつつも、僕は時間が近いこともあって仕方なく部屋を出る。

 

(………勝てるかな)

 

 昨日、布仏さんが織斑君にしたことは素直にびっくりした。いや、誰も彼女がそんなことをする人間だとは思わないだろう。思えない、というのが正しいかもしれない。

 僕はもう一度、昨日のことを含めて再計算をする。そしてやはり答えが出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日は学年別トーナメント最終日。朝に行われる試合の後、1時間ほどの休憩を挟んで僕らの試合の勝者が織斑君と戦うことになる。

 僕はボーデヴィッヒさんに作戦を伝えると、意外なことに二つ返事で承諾してくれた。

 

「時雨智久、打鉄、行きます!」

 

 いつものようにそう言って僕はフィールド内に入る。向こうもほとんど同じタイミングで出てきた。

 更識さんの機体はこれまでの打鉄と変わらない。だけど布仏さんはラファール・リヴァイヴを装備していて、その色は黄色だった。

 

「よろしくね、2人共」

「……うん」

「さって、2人を倒して優勝を頂くよ~」

 

 それって織斑君たちは勘定に入っていないのかな?

 思わず苦笑いを浮かべると試合開始の合図が鳴り響いて僕らは一斉に仕掛けた。―――って、え?

 

「更識さん!?」

 

 どうしてか、更識さんが自ら僕の方に来たのだ。

 

「あなたは、私が倒す」

「どうして!?」

 

 僕はてっきり、更識さんがボーデヴィッヒさんを倒しに行くものと思った。こっちにとっては予定通りだけど、場合によっては彼女らに攻撃を当てられると思ったのに。

 

「あなたが持つ知識、それはこの学園の誰よりも危険の証拠」

「それは過大評価だよ。戦闘力で言えば僕は専用機持ちの中で言えば最弱だ!」

 

 近接ブレードを展開して薙刀を受け止めようとしたけど、一瞬で折れた。

 

「確かにあなたは最弱かもしれない。でも、あなたが考案した武装は女の限界を超えたものばかり」

「布仏先輩には売れないかもしれないって言われたけどね」

「それでもあなたは、これまでは様々な手法を使って勝ってきた。だから、危険」

 

 振るわれる薙刀。紙一重で回避していると、アサルトライフルを展開されて盾で防ぐ。

 

「そう。だったら―――トランスフォーム! ソードアサルト!」

 

 そう叫ぶと、僕の打鉄に異変が起こる。

 実弾を防ぐどこかの防御兵器のように機体色が変わることはない。だけど、背部に大型ブレード、両肩部にガトリングガン、両腰部に何かの柄がマウントされた。

 僕はすぐさま背部から大型ブレードを抜いて迫り来る薙刀の刃を受け止める。

 

「飛べ、ハリケーン!」

 

 すると僕の周りに球体が展開されて、煙を噴いて更識さんに迫った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、ラウラと本音の対戦も盛り上がっていた。それもそのはず、ラウラが圧されているからである。

 

「この、小癪な!!」

 

 ラウラの機体「シュヴァルツェア・レーゲン」にはAICという、慣性を狂わせる装置が搭載されている。そのせいで銃弾など質量がある攻撃を防ぐことができるが、自分の動きも止まってしまうという弱点がある―――のだが、それを補うためにレールカノンと6基のワイヤーブレードが搭載されている。

 しかしワイヤーブレードは既に2基も先端を切り落とされてしまっている。

 

『良い? 絶対に布仏さんには油断しないで。訓練機を装備しているからって言ってもISは生身の身体能力がフィードバックされるんだから』

 

 最初、ラウラはさっさと倒してすぐに救援に向かうつもりだった。だが、そんなことは難しいと気付かされる。

 

(レーザーを使用してくる上に、ブリテン女とは違って狙いは乱雑……いや、敢えて狂わせているのか……)

 

 冷静に分析しつつ、攻めるラウラ。そして、タイミングを見計らって瞬時加速を使用―――だが、それは本音もだった。奇襲が失敗したラウラは、すぐさま反撃に転じようとするもレーザーを食らわされて攻めるタイミングを失う。

 

 

 

 

 

 その様子を、虚も管制室から見ていた。

 2年生は整備科所属の主席の妹が、専用機持ちと渡り合っている姿を見て驚いている。だが3年生にとってはそれは変哲もないことだった。

 

「す、凄いですね。妹さんがあそこまで動けるなんて……」

 

 真耶は素直に感想を述べるも、千冬は沈黙を保ったままだ。それもそのはず、彼女は本音の動きはもちろんの事、彼女が使用する武器を意外だと思っている。

 

「山田先生、布仏が使用している武装がどこの会社の物かわかりますか?」

「待ってください。すぐに調べ―――」

「無駄ですよ」

 

 虚が口を挟んで答える。

 

「無駄とはどういう意味だ?」

「あの武装はこの学校で開発されたもので、まだ委託業務も行っていない代物です」

 

 その言葉に千冬は驚く。

 

「………何故そのようなことをした?」

「彼に聞いてください。私は先日の恩を返しただけなのに、自分から妹や更識さんに渡すように言ったのですから」

「……まさか、時雨がか?」

 

 虚は頷くと、千冬は信じられないという顔をした。

 

「それはあなたがちゃんと彼のことを理解してあげていないからでしょう」

「何?」

「彼はあなたの弟とは違って、ISに真剣に向き合っています。練習後の整備も欠かしませんし、かけられた制限によるハンデを少しでも埋めようとしていました。私はただ彼の手伝いをしたまで。あれはその結果ですよ。実際、時雨君のアイディアは私には思いつかないものばかりでしたしね」

 

 その言葉に教員2人はもちろん、周りは驚きを露わにする。

 

「………私は打鉄のスペックを弄るなと言ったはずだがな」

「スペック自体は弄ってありませんよ。ずっと標準のままです。そもそも、あなたの弟さんがISを軽視し続けているだけではありませんか? 普通、あれほどピーキーな機体ならば交換を要請するか、道場に通うことも考えてもおかしくありません。ですが、あなたの弟さんはいつも通りの平凡な時間に起きて過ごしているんでしょう? だったら、差は開いて当然ですよ」

 

 その言葉に千冬は反論できなかった。

 千冬自身、智久が朝早くからトレーニングをしていることを知っているからだ。

 

「いい加減、お認めになられてはどうです? 確かに彼のあなた方教員に対する態度は少し改める必要はあるかもしれませんが、むしろこの世の中で簡単に女性を信じる男性も危惧すべき存在と私は思いますが」

 

 千冬に対しての一夏の批判を織り交ぜながら虚は持論を述べていく。千冬は反論を試みようとしたが、それは試合による展開によって邪魔された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(くそ、私が……私がこの女に負ける!?)

 

 シュヴァルツェア・レーゲンのシールドエネルギーが100を切る。それほどまでラウラは追い込まれていた。

 

「何なんだ……何なんだ貴様は!?」

 

 ラファール・リヴァイヴは標準装備ではない。ブースターなども改良されていることは確かだが、装甲が削られているのである。その分、機動力が増していて本音の動きが上がっているのだ。

 さらに言えば、彼女の脚部装甲の一部にはナイフが仕込まれており、レーザー銃と爆弾を巧みに操って攻撃を行っていた。だが、本音も決して無傷と言うわけではない。彼女のシールドエネルギーも200は切っている。

 本音は銃弾をばらまく。ラウラは至近距離ということもあって咄嗟にAICを起動させてしまった。本音は素早くその場を移動してレーザーを浴びせ、稼働できるワイヤーブレードを破壊した。その爆発で残り40を切る。

 

「止め!!」

 

 本音はこれでもかと言わんばかりにミサイルを飛ばす。ラウラは回避に徹するも間に合わずAICを使用して防いだ。

 

 ―――ジャラララララ

 

 ラウラはその音を聞いた瞬間、背筋が凍った。

 

「……わ、私は―――」

 

 ―――負けるのか?

 

 迫る鎖に恐怖を抱く。AICを起動している以上、動作は限られている。

 

 ―――嫌だ

 

 だがラウラの願いが叶わず、シュヴァルツェア・レーゲンのシールドエネルギーが0になった。

 

 ―――こんな、これじゃあ―――

 

 ラウラの脳裏に、かつての自分が過ぎる。瞬間、第三者の声に呼び戻された。

 

「―――ボーデヴィッヒさん!」

 

 開放回線で呼びかけられたラウラは目を覚ます。自分のシールドエネルギーがなくなっていることを確認した彼女は、これからの処遇を考えた。

 

(私はまた、出来損ないの烙印を押されるのか……)

 

 彼女は本音がどういう人間か知らない。そのため、訓練機に後れを取ったと後ろ指を刺されることを危惧した彼女に再び声をかけられた。

 

「ボーデヴィッヒさん! 大丈夫!?」

「……私は、無力なのか……」

 

 智久の呼ぶ声を無視して呟いたラウラ。しかし、彼女はすぐに正気に戻された。

 

「いい加減にしろ! ラウラ・ボーデヴィッヒ!」

「は、はい!!」

 

 思わず直立不動するラウラ。それと同時に、簪の動きが鈍ったこともあって智久は果敢に攻める。

 

「確かに君は布仏さんに敗北した! でも、戦いはまだ続いている!」

「しかしもう、2対1―――」

 

 言葉を切るラウラ。それもそのはず、いつの間にか本音もやられているからだ。

 

「一体、どうなっている……」

「もう1対1だ……だから、勝てる!」

 

 実はハイパーセンサーにシュヴァルツェア・レーゲンのシールドエネルギーが切れたことを知らされた智久はすぐさま本音にミサイルとミサイルポッドを食らわせたのだ。

 

「だから僕に任せろ。………この戦いを制したら、事実上優勝なんだから!」

「……ゆう、しょう……?」

「そうだ。今の内に損傷個所を纏めておいて。そうした方が―――っと、勝てるから」

 

 簪の攻撃を回避した智久は、笑顔を浮かばせて叫んだ。

 

「見せてあげるよ。決勝戦にとっておきを……トランスフォーム! モードスペシャル!!」

 

 そして再び、智久の打鉄は変化した。




楽しんでいる(いや、いるのか?)悪いのですが、少し話を。
実は今、ユーザーのリンクを切って執筆していますが、そろそろハンドルネームを公開しようかと思っていますが、どう思われますかね。
今後の展開次第ではパクリとか言われそうなので、公開する方向で考えています。よろしければ意見をお願いします。



実はこれを連載した当時、既に2つも執筆しているので「他のに集中しろよ」と言われたくなかったのと、単純にリンク切りを使ってみたかっただけなんです。






ちなみに、智久はちゃんとルールを守って戦っています。


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ep.23 誰だってぶち切れる

―――ガンッ!!

 

 簪の装甲がはじけ飛ぶ。唐突のことに動きを鈍らせた簪に智久は仕掛けた。

 容赦なく顔を蹴る。先端にエネルギーサーベルがあることで絶対防御が発動し、簪はすぐに距離を取ったが智久は散弾銃とアサルトライフルの引き金を引いた。簪はすぐに打鉄の盾を前面に展開させて防ぐが脚部や一部が太ももに当たってダメージを受ける。このことでこれまで保ち続けていた均衡が崩れてしまった。

 

「……やる」

「褒めるのはまだ早いよ」

 

 腰部に砲筒が展開され、レバーを握った。

 

「吹き飛べッ!!」

 

 熱線が簪を吹き飛ばす。だが簪はすぐに逃げ出し、ミサイルによる弾幕を張る。本人は同時にアサルトライフルで攻撃した。

 その攻撃をすべて大きな円形の盾で防ぐ。その盾はヒビが入ることもなかった。

 

(……まるで、あれ1つで要塞を相手にしている気分)

 

 ―――ガシャンッ!!

 

 智久の手元で大きな音がした。その原因を投擲すると智久は盾を展開したままミサイルを飛ばしつつ接近する。

 簪はさらにミサイルを発射―――相殺して煙を起こすもそれは悪手だった。

 煙の中から現れる2本の剣。反応に遅れた簪は肩に直撃を食らう。

 

「フル、バースト!!」

 

 智久が叫ぶと、それに応えたのか砲筒から熱線が、そしてミサイルが、肩にあるガトリングガンが火を噴き、総攻撃を食らわせた。

 さらなる爆発の後、煙が吹き荒れる。その中からボロボロになった簪が現れた。

 シールドエネルギーが0になっており、装甲はボロボロだった。

 

【更識機、シールドエネルギー0を確認。よって勝者、時雨智久、ラウラ・ボーデヴィッヒペア】

 

 アナウンスがそう告げる。周りから歓声が起こらなかった。

 煙の中から、同じく装甲がボロボロになった智久が現れ、着地すると同時にシールドエネルギーの残量を見る。80だけだった。

 

「……私の、負け」

「僕も危なかったよ。自滅ってのもあったけど、あそこでサーベルは卑怯だよ」

 

 そう言いながら智久は笑みを浮かべる。

 

「……そうでもしなければ、あなたに勝てなかった」

「…僕もそうしたけどね。じゃないと君に勝てなかったし」

 

 そう言って倒れている簪に智久は手を差し伸べる。すると、智久の頭に何かが過ぎった。

 

(……何だろ、今の)

 

 考えていると、手に何かが触れる感触がして正気に戻る。

 

「……どうしたの?」

「ううん。なんでもない」

 

 本来なら、ここでお互いの健闘を称えて拍手が送られる場面だが、周りがそんなことをしないのはさっきまで煙の中だったため、状況がわからなかったのだ。

 2人は静寂に包まれたまま、お互いのパートナーを迎えに行ってそれぞれのピットに戻った。同じ気持ちを抱きながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 試合が終わり、次は決勝……しかし、IS委員会に所属する面々がIS学園の会議室に集まっていた。

 「コ」の字のように並べられた机と椅子。そこに座る者たちは呼び出した轡木十蔵と織斑千冬に注目する。

 

「それで、急に会議室を用意させただけでなく我々を呼び出した理由は一体何でしょうか?」

「言わずともわかっているだろう。時雨智久の件だ」

 

 IS委員会の会長がそう言うと、全員が険しい視線を再度向ける。

 

「何か問題でも?」

「先程の試合。彼は我々が科したルールを破って勝利をした。そのことに関して今一度問おうと思ってな。何故それを許可した?」

「ルール? ああ、あの下らないことですか」

 

 その言葉に周りがざわつき始める。

 

「お言葉ですが、Mr.轡木。それは我々の決定を否定すると?」

「ええ。まぁ、あなた方の魂胆など容易に想像しているでしょうが。それにあなた方が科したのはあくまで「機体の改修を禁じる」ことです。我々はそう聞いていましたし、彼にもそう伝えました。ですから彼はそれに違反しないよう、武装を強化したまで。それに何の問題があるというのでしょう? 私も彼も何も違反していませんが?」

「ならば武装がIS条約に違反しているのでしょう! 今すぐ彼を失格に―――」

 

 するとドアがノックされる。十蔵が「どうぞ」と言うと、2つの声が時間差で「失礼します」と言った。虚と智久である。

 

「重要な話と聞きましたか、一体何でしょうか? 私の機体はご存知の通り損傷が激しいのですぐに修理に戻りたいのですが」

「時雨君、本音を出し過ぎですよ」

「……ですが、このままだと次の試合に間に合いません」

 

 少し苛立ちを見せている智久に十蔵は諫めるように言った。

 

「落ちつきなさい。試合の時間を遅らせるぐらい、大丈夫ですよ」

「……なら、良いんですけどね」

 

 渋々納得した智久は、明らかに自分よりも1~2回りくらい上の大人に物怖じもせず尋ねる。

 

「それで、私に用は何でしょう?」

「先程の試合で聞きたいことがある。君には我々が科したルールを犯した疑いがかけられ、彼女にはそれに加担した容疑がかかっている」

「確か、打鉄の改造禁止なんてどう考えても出来レース極まりないものですよね? 僕にはあなたたちが狂っているのではないかと思いましたよ」

 

 同じことを先程言われたため、委員会の面々は怒りを露わにした。

 

「今、そのことは重要ではない。それより君はルールを破ったか否か、答えなさい」

「破っていませんよ。これがその証拠です」

 

 そう言って智久はリュックサックから端末を出して打鉄の機体データを表示させた状態で端にいた人に渡した。ちなみにその端末はいくつかの画面だけにしか移動できないように設定されている。さらに言えば盗撮防止も施されているだけでなく、接続できる部分は一切ない。虚の入れ知恵……というよりも作品だ。

 

「ではもう1つ。相手の方も同じ武装を使っていたが、それは何故かな?」

「私が彼女に謝礼として武装を渡したからです。先程の対戦相手の1人は彼女の妹であり、パートナーはその友人。データが流されていてもおかしくありませんし、律儀にも彼女は私に許可を取りにきたので私も許可しました。言うまでもなく、人も武装も限定させていただきましたが」

 

 その限定された人物は簪と本音のみである。事実上、智久側にいる人間を強化していた。

 

「何故、限定する必要がある?」

「あなた方はもちろん、この学園のほとんどの人間を信用していないからです。信用しているのは本当にごく一部の人間で、常識がある人間のみ限りますが。もちろん、そこにいる担任は論外です」

 

 顔には出さなかったが、内心慌て始める千冬。それを感じたのか虚は千冬に厳しい視線を向けた。

 

「話は以上ですか? ならば、私たちは作業があるのでこれで失礼します」

「待ちなさい。そこの君、確か布仏虚と言ったかな? 君が優れた技術者であり、操縦センスも高いことは聞いている。そんな君が何故、彼に手を貸すのかね?」

「……まるで時雨君が犯罪者みたいな言い方ですね。私は彼に恩があるので返しているだけに過ぎませんよ」

「―――事実、その男は犯罪者そのものでしょう」

 

 会長の隣に座る、先程十蔵の言葉に異を唱えていた女が言った。

 

「………何が言いたいんですか?」

「彼はモラルというものを知らずに育った。そのためにあんな非道な手段を何度もとり、篠ノ之博士の妹さんや更識代表の妹さんに酷い攻撃を平然と行える。今すぐにきちんとした更生プログラムに則って処置を行わなければ、この先たくさんの被害者が現れるのが明白です」

「それは―――」

 

 反論しようとする智久を虚が制止した。

 

「鏡を見てそれを言ってもらいたいですね。モラルが欠如しているのは女尊男卑ではありませんか」

「何ですって?」

 

 女からそれを否定される言葉が飛び出す。それにより委員会全体が騒がしくなる。

 

「あなた、女の分際でこの世界を侮辱すると言うのですか!?」

「侮辱も何も、女尊男卑が原因で世界そのものが破滅に向かっていることを理解できないんですか?」

 

 智久は思わず虚から距離を離した。生存本能からだろうか。今の虚に対して怯えているのである。

 

「ふん。これだから男に股を開くことしかできない人は―――」

「男を散々馬鹿にしておいて、男が求めるロマンを達成できていない低能者がよくそんなことを言えますね。大体、織斑一夏君はただの考えなしな上に自分のルールを押し付けるだけのエゴイスト、篠ノ之箒さんは自分のしていることから目を背けているだけの人切り包丁にして殺人未遂者です。そんなのを庇うあなたたちこそ無能であり、僕以下のごみの存在じゃないですか。おまけにそこにいる担任は行き遅れ確定のクソ女であり、公私混同するような屑です。男に股を開くことしかできないのではなくて、あなた方の場合はそれができなくて嫉妬しているのではないのですか……ああ、その自覚がないんですね。それにあなた方は北条院では子どもの存在がどれだけ不安定か知るためのプログラムを組まれているかご存知……なわけありませんよね。所詮、人の戦いに兵器を持ち出す屑なんですから」

 

 そう言って智久は虚を引き寄せ、頬にキスをした。

 その行為に全員が唖然としたにも関わらず、智久は冷静に述べる。

 

「普通の男子高校生はこの時期、女性に対してこういうことを1度や2度してみたいものなんです。ですがここにいる先輩を除くすべての女性は年上と言うことも含めそういうことをしたいと思わないですけどね。まぁ、織斑先生は1000歩譲って世間一般は美人と言われていますが、性格が「死んだ方が良い」と断言できるほど救いようがないのでむしろ吐き気を覚えるのですがね」

 

 言いながらも智久は移動し、端末を回収。そして虚の腰に手を当ててエスコートするように室内を出た。

 しばらくして智久は虚に謝るが、その空気はどうしようもないものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 下らない会合に呼び出された僕らは急いで第三アリーナの格納庫で消耗した部品の交換などを急ぐ。

 

「ねぇ、2人共」

「何かな?」

「何ですか?」

 

 今、この場には僕と布仏姉妹しかいない。傍らには更識さんが使用した打鉄が置かれているけど、これは流用できる部品があるかもしれないということで提供してくれたのだ。もちろんコアは回収済み。

 そこから使えるであろう部分を回収して、残りは破棄するということなので僕が個人的に保管している。

 

「何でどっちも顔が赤くなってるの?」

「え……」

「そ、それは……」

 

 それは言うまでもなく僕が原因だ。

 先程、僕は格の違いを見せるために布仏先輩にキスした。それほどまで彼女には感謝しているというわけで、そろそろ信じてもいいかなと思ってした。実は試合前か後に腕が折られることを覚悟したけど、生憎そういうことにはならなかった。

 

「………何があったの?」

「何もないよ。さぁ、続き続き」

 

 男らしくない、とか言わないで。高校生は自分の尻を拭けるほど大人ではありません。

 作業は滞りなく進んで後は調整というところで時間も時間なので、僕らは昼食にした。

 

 

 

 

 そして試合開始数分前。

 訓練機ということもあって、打鉄自体はすぐに修復が終わったため辞退する必要はない。

 最終調整をするために僕は腕部装甲を解除して投影型ディスプレイとキーボードを出して進めていると、後ろでは何か音がした。

 

「…失礼」

 

 男性がそう言って僕に頭を下げる。どうやらスパナをちゃんと入れてなかったらしく、それで落ちたらしい。

 僕は「お気になさらず」と答えると、彼はもう一度頭を下げて去っていった。

 

「時雨智久」

 

 ちょうど調整を終えた僕に、タイミングよくボーデヴィッヒさんが話しかけてきた。

 

「何かな?」

「今まで貴様の話を聞いていたのは、貴様が真剣に情報収集を行い、分析し、結果を出してきたからだ。そして、準決勝で勝ってくれたことは感謝している。しかし今回は聞く気はない」

「……織斑君と戦わせろってこと?」

「そうだ。私はそのためにここに来た」

 

 まぁ、たぶん他国の機体事情も知るためってのはあるんだろうけどね。

 

「君の気持ちも尊重するべきなんだと思うけど、僕も彼を倒したいからね。悪いけど君の申し出は受けられない」

「そうか。ならば貴様が邪魔と判断した場合、奴諸共葬る」

「葬られるのは困るかなぁ。でも別にいいよ。僕も最初からそのつもりだから」

 

 するとボーデヴィッヒさんは驚いた。

 

「………本当に、貴様は何も考えていないようでしっかりと向き合っているな」

「ISは兵器。それでも僕がロマンを追及するのはそうした方が戦いやすいからだよ」

「ふん。仕方ない。貴様だけは認めてやろう」

 

 本当はあと3人ほど認めて欲しい人がいるけど、機嫌を損ねて欲しくないから黙っておく。

 ボーデヴィッヒさんは中に入ると、僕はいつも通り脚部装甲をカタパルトに接続した。

 

「時雨智久、打鉄、行きます!」

 

 某CIC担当のあの人に色々と言ってほしいって実はずっと思ってる。

 ともかく中に入ると、ほとんど同じタイミングで向こうも出てきた。

 

「まさか、これほどまで引っ張られるとはな。待ちくたびれたぞ」

「随分と余裕だな。さっき訓練機に負けたくせに」

 

 さっきの事はかなりショックだったようで、ボーデヴィッヒさんの殺気が濃くなる。

 僕は僕であくびをして上の方をハイパーセンサーでズーミングし、そこにいる子どもたちに手を振った。

 カウントダウンが起こり、0になった瞬間に織斑君とボーデヴィッヒさんは同時に同じことを言った。

 

「「叩きのめす!!」」

 

 織斑君は凰さんとオルコットさんのこと、そしてボーデヴィッヒさんは織斑君の事自体が憎いんだろう。さて、僕も戦いますか。

 

「おおおッ!!」

「ふん……」

 

 《チャージスピア》と銘が打たれたどこかの姫巫女が持っている槍を展開する。実はちょっとそのデザインが気に入っているのは誰にも言っていない。ともかくその中央にあるバーにエネルギーを溜める。

 

「開幕直後の先制攻撃か。わかりやすいな」

「……そりゃどうも。以心伝心で何よりだ」

 

 いや、単純に君が馬鹿だからだと思う。

 

「ならば私が次にどうするかもわかるだろう」

 

 そう言って右肩に装備されているレールカノンが起動させる。初弾を装填したのを確認した僕は、織斑君の後ろからデュノア君が飛び越えて現れる。彼からの砲撃でレールカノンの射線がずらされてしまった。

 デュノア君の追撃を察したのか、一時後退を選択したボーデヴィッヒさん。

 

「僕の存在を忘れないでよ」

 

 僕はその間に入って大型シールドを展開して、同時に両肩の防御シールドを前方に出して完全防御形態で突撃、デュノア君にタックルして追撃しようとすると、割って入って来た織斑君が《雪片弐型》で防御する。

 

「じゃあ、俺も忘れられないようにしないとな!」

 

 僕はシールドを捨てるように消して、織斑君に攻撃を仕掛ける。次第に向こうは本気を出してきたのか、後退させられ始めた。

 

「シャルル!」

「うん!」

 

 織斑君は《雪片弐型》を真横にして槍を受け止める。僕は後ろからの気配を感じていたので、敢えてデュノア君の動きに動揺する風に見せた。

 

(デュノア君の展開速度、やっぱり早いな)

 

 すると僕の身体が乱雑に放られる。僕はデュノア君の攻撃を回避する形になり、織斑君とデュノア君に狙いを定めてミサイルを発射した。そして着地して僕は3人の動きを悟られないように観察する。織斑君は多少損傷しているものの、あまりダメージはない。デュノア君も同様だ。

 

(やっぱりあまり援護にならないか)

 

 流石にここでやられるほど実力は低くないって言うのね。まぁ、今ので当たっていれば儲けもの程度しか思っていないから仕方ないんだけど。

 僕は3人を相手に仕掛けようと考えて、乱戦を行おうとするとデュノア君がこっちに来た。

 

「相手が一夏じゃなくてごめんね!」

「その思考が、君の命取りだ」

 

 僕は脚部装甲を使って砂を抉り彼の顔に飛ばす。

 

「うわっ!?」

 

 彼が慌てている隙にラファール・リヴァイヴの膝に左足で乗って、デュノア君の顔に膝蹴りを入れる。それもただの膝蹴りではなく、刃物が付いているタイプだ。エネルギーサーベルは電池が無くなる可能性があるから見送られた。

 ナイフを蹴り出している膝の上に展開して使用し頭部に直撃させる。さらに僕諸共倒してすぐに織斑君に追撃しようと、さっきの攻防でなくなったエネルギーをスピアに充填させた。

 

(この一撃を決めれば、戦いは有利に―――)

 

 そう思った途端、僕の背後で爆発が起こる。

 僕は誰かが後ろにいる時には頻繁に後方をモニターに映させる。そのため、デュノア君の行動は10秒前後に1回ぐらいは確認しているけど、彼は何もしていない。

 その原因は、ハイパーセンサーが知らせてくれた。

 

【ブースターで爆発を感知。メインブースターが使用不可能になりました】

 

 この瞬間、僕の中で何かが切れる。そして誰が仕込んだか、誰がそんなことをして得をするかを即座に推理、内心吐き捨てた。

 

 ―――そこまでして、女の世界を確立させたいか、メス豚共が!!




一体、誰がこんなことをしたのだろうか。果たしてこんなことをした目的は。そして、この試合の行く末は。

智久は、誰が犯人と睨んだか。それはすべて、次回に明かされる……はず!


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ep.24 学年別トーナメント、終局

 突然の爆発に動揺したのは智久だけではなかった。先程の攻撃でシールドエネルギーが大幅に減らされたシャルル・デュノアもまた、その事変に驚きを露わにしていた。

 

(でも、今がチャンス!)

 

 準決勝で智久とラウラが勝ち上がった時、2人は驚きながらも感謝していた。ラウラを倒した相手が決勝に進んだとしては、苦戦は必須。何かの間違いで自分たちが負けるかもしれないと思っていたからだ。

 だが相手は、代表候補生とはいえ同じ訓練機に深手を負った相手と、訓練機に後れを取った専用機。部品の替えが利くため智久が復帰し、決勝戦に出場できることは予想していた。

 

(落ちろ!!)

 

 シャルルはアサルトカノン《ガルム》を展開し、智久に銃口を向けて引き金を引く。それを智久は大型シールドで防ぐ。

 

「なら!」

 

 射撃を一時中断。そして彼女は接近して仕留めることを選択したのだ。

 そのまま接近し、突然射撃が飛んでくることを警戒してランダムに動く。智久は動かずにいて、シャルルは智久が持つシールドを踏み台にし―――たつもりだった。

 タイミングを見ていたのか、それとも勘か、智久はシャルルがシールドを利用しようとした瞬間に引いて足場を失わせて動揺させた。目論見通りシャルルは慌てるもそれは一瞬ですぐにPICを利用して停止しして連装ショットガン《レイン・オブ・サタデイ》展開して引き金を引いた。

 

 ―――ドンッ!!

 

 智久はとても冷静だった。

 躊躇いなくスピアを展開してシャルルの腹部に突き刺す。多少のダメージは浮遊するシールドで防いでやり過ごしたのだ。

 そのままボールを投げる要領で一夏とラウラの方へと放った。

 

「高がメインブースターがやられただけだ。戦えないわけじゃない」

 

 大型の長方形を展開した智久。背部におまけを思わせるような小さな引き金を引いて発射させる。 シャルルはすぐさま防御を、そしてラウラはその場から瞬時加速して回避したが一夏は間に合わずにまともに食らう。

 

「ぐわあああああああッッ!?」

 

 一夏が苦痛で叫ぶ。しかし智久は同じような物を展開してもう一度同じように行動する。

 

『シャルルはラウラを!』

『わかった!』

 

 個人間秘匿通信でそうやり取りをした2人は各々の相手に移動する。

 

「そんな武器を使うのはもう止めろ!!」

 

 一夏はそう叫びながら瞬時加速を行う。

 だが彼は知らなかった。そう行動すること自体、智久の狙いであったことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕はこの日のために、織斑一夏を攻略し、僕が上だということを証明するために学年別トーナメントで彼らの試合の時間の時はいつも立ち見で情報を集めていた。英中コンビがいなくなったことで唯一の専用機持ちタッグとなったが故に、2人が上がってくること自体は読めていたからだ。

 情報収集の過程で、僕は瞬時加速が始まる瞬間に激しく風が舞うことを知った。そして彼が攻撃方法は上段からの振り下ろし。

 

 ―――ガキンッ!!

 

 僕は電磁フィールドを展開して敢えてシールドで《雪片弐型》を受け止める。結局はエネルギーバリアとも呼べるそれは《雪片弐型》のエネルギー消失効果を発生させるが、その代償として彼はシールドエネルギーを消耗する。つまり、これは保険なんだ。

 

「―――この瞬間を、待ってたんだ!!」

 

 僕は開いている左手で織斑君の腕を掴み、パイルバンカー《リヴァルグ》を展開して腹部に先端をぶつける。全部で6発撃てるそれに、僕はおまけを足した。エネルギーサーベルの刀身を出すと言うおまけを。

 全弾撃ち尽くしたけど、装填している時間はない。僕は男が最も嫌う方法で潰すことを選択した。

 

「死ね!!」

 

 打鉄の右脚部装甲が織斑君のある部分に向かって伸びる。そして当たる瞬間、僕は《リヴァルグ》の先端部分の予備の杭を展開してぶつけた。それ1つが2つあるうちの1つにクリーンヒットし、ハイパーセンサーに新たな知らせるが送られる。

 

【白式、シールドエネルギー残量0を確認】

 

 元々白式の装甲自体が少なく、エネルギー消費が激しい機体だ。その弱点が顕著に現れた結果だろう。

 

「何で……エネルギーが……」

「君が馬鹿だからだよ」

 

 そう言って僕はすぐに反転した。

 

「行っても無駄だぜ。それにその機体は機動力が―――」

「それは馬鹿の理論だね。何の意味もない」

 

 僕にはまだ秘策がある。だからこそ僕は慌てなかった。

 大型ビーム砲を展開して背部に向け、自動反動相殺機能をカットし、撃った。

 改めて見ると、ボーデヴィッヒさんはデュノア君に追い詰められている。たぶん僕のクレイモアでダメージを負ったからだろう。装甲の一部が吹き飛んでいた。

 

「それがどうした! 気を逸らして間合いに入ったところで第二世代型の攻撃力では、この機体を墜とすことなど―――」

 

 そう叫んでいたボーデヴィッヒさんは何かに気付いた顔をする。

 

「この距離なら、外さない!」

 

 ボーデヴィッヒさんが攻撃を食らって吹き飛んだ。デュノア君はそれを瞬時加速して追いかける。

 

(原理はわかる。後は実践のみだ……持ってくれ、ブースター!!)

 

 僕はビーム砲の1発目が切れた瞬間、今まで先輩と一緒に練習してきた瞬時加速を行う。視界が一時的にスローになり、僕が行きたい場所にいた。同時にブースターが完全に使い物にならないことを知らせてきた。

 

 ―――お膳立てはしてあげたわ。決めなさい

 

 どこからかそんな声が聞こえてきた。僕は頷いて僕がいたことに驚くデュノア君に《リヴァルグ》を叩き込んだ。

 

「そんな、一夏は―――」

「他人なんか気にしてぇえええ!!」

 

 左手に大型エネルギーソード《ディストラクション》を展開した僕は下段から上へと振り上げる。上へと飛んだ彼を追うために僕はもう一度ビーム砲を下に向けて発射―――その間にもう1本《ディストラクション》を展開して連結し、回転させてながら追撃を食らわせる。

 

「この―――」

「加速して突撃しないからいなされる!」

 

 伸びる《灰色の鱗殻》を足で蹴り飛ばし、連結を解除して2本でデュノア君を叩きつける。そして僕は彼をロックしてミサイルポッドと大型ビーム砲、エネルギーライフルを2丁展開して一斉射撃を行った。反動で少し上がったけど、そのまま自由落下して《リヴァルグ》を叩き込もうとしたところでハイパーセンサーからの情報と共にまた声が聞こえた。

 

 ―――タスケテ

 

 デュノア君をクッションにして着地すると、ボーデヴィッヒさんの機体に異変が起こった。

 

 ―――タスけて

 

 ボーデヴィッヒさんがいる方から声がする。

 今も機体の装甲が溶けていくボーデヴィッヒさんの機体を眺めていた時、今度ははっきりと聞こえた。

 

 ―――もう誰も、私で殺したくない!

 

 ブーストハンマーを即座に展開した僕は、ブースターによる加速を使用して接近。電気が帯びているけど僕は構わずハンマーを捨てて機体に抱き着いた。

 

「君の声は聞こえている! だから僕を、僕だけを受け入れて!」

 

 声の主は誰だかわからない。けれどその声は、かつて殺されかけた僕を思い出させた。

 ボーデヴィッヒさんの身体を掴むと、ボーデヴィッヒさんを呑み込もうとした何かが離れていく。それを見た僕はすぐに無理やりボーデヴィッヒさんを剥がした。

 

「智久!」

 

 エネルギーが少し回復したのか、織斑君が僕の名を呼んだ。

 

「打鉄、強制解除」

 

 そう言うと打鉄の装甲が開いていく。僕は自分からそのナニカに沈んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 主を失った打鉄は電撃に吹き飛ばされ、力なく落下する。

 だがそのことを誰も気にしない。いや、気にする余裕もないのだ。

 智久を呑み込んだ泥は人の形を構成しており、右手にはある武装を持っていた。

 

「ゆ…《雪片》……」

 

 一夏が呟く。彼はそれが何かを知り、怒りがこみあげてくるのを感じた。

 だがそれを察知したのか、人型を構成した泥は一夏を攻撃する。

 

「ぐっ!?」

 

 下段から放たれた一撃で吹き飛ばされた一夏。回復したエネルギーもそれで切れたが、敵は上段に構えて容赦なく一夏に向けて振り下ろした。

 

 ―――ガッ!!

 

 赤紫色の機体が斬撃を阻み、アサルトライフルを展開して敵に向かって撃った。

 

「あ、あなたは……」

「今すぐ離れなさい、織斑君」

 

 虚はそう言い、敵に向かって何度か撃った。だがその弾丸を敵は容易く弾く。

 

「ドイツも厄介なシステムを組み込んでくれたものですね」

 

 そう呟いた虚は近接ブレードを展開すると、下から声が聞こえた。

 

「それがどうしたああああ!!!」

 

 一夏は絶叫し、謎の敵に接近する。虚は慌て一夏を掴んで迫ってくる敵を回避する。

 

「離してください! アイツは俺が―――」

「暴れないでください!」

 

 虚はそう叫んで一夏を止めようとするが、それでもなお一夏はもがく。一夏を落ち着かせながら敵の攻撃を回避しようと思った虚だが、攻撃が飛んでこない違和感に気付く。

 怪しみながらも、一度着地する虚。そしてすぐに突っ込もうとする一夏を抑え込んだ。

 

「な、何するんですか!?」

「あなたこそ、いい加減にしなさい。今がどういう状況かわからないのですか?」

「ですが―――!?」

 

 一夏は反論しようとしたが、それは無理やり止められた。

 

「これ以上、余計なことを言うのならば是が非でも黙っていただくことになりますが?」

「……でも、あれは千冬姉のデータなんです! それを放っておけって言うんですか!?」

「ええ」

 

 さも当然と言わんばかりに答える虚。彼女の目には呆れが含まれており、今すぐ叱責したいと思い始めていた。

 

「あなたがどのような理由でアレに敵対しようかなんてどうでも良いです。今あなたがするべきことはあの敵を倒すことじゃない。今すぐこの場を離れて安全の確保をすることなんです」

「ですが―――」

「いい加減にしてください!」

 

 急に怒鳴られたことで一夏は萎縮した。

 

「………もう良いです。わかりました。本音、ボーデヴィッヒさんの容体は?」

「気絶しているみたいだよ~」

「じゃあ、そのまま運んでちょうだい。私は少しこの馬鹿を動けなくするから」

 

 そう言って虚は鎖を出して一夏を拘束した。

 

「お嬢様、その相手をお願いします」

「わかったわ」

 

 ピットから楯無が現れ、先行していた虚と本音は下がることを選んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……えーと)

 

 不思議なこともあるんだね。そう思った僕は周りを見回す。

 さっきから辺りを見回しているけど、これと言った異常が見つからない。

 

(さっきの声も聞こえないし、もしかして見当違い、なのかな?)

 

 どこからともなく声を聞こえる、そう言ったのは実はこれまで何度かあった。

 子どもを捨てる人間は何を考えているのかわからない。溝に捨てる人もいれば、死ぬことを期待してか敢えて見えないところに隠す人もいる。缶と瓶を入れる場所に捨てる人も残念ながらいた。施設にいる赤ちゃんのほとんどは僕が見つけてきたのが多く、今回もそれに似た現象と信じて疑わなかったけど……

 

(流石に、これはないよね?)

 

 少なくとも、僕が今いる場所は普通じゃないことは間違いない。

 辺りを軽く散策しても、というか散策した感覚すらないとなれば僕はさしずめ夢を見ているアリスみたいな状態なのかもしれない。

 そんなことを考えていると、さっきまで真っ暗だった僕が見ていた景色が変わった。

 

「……ここは?」

 

 すべてが黒かそれに近い色で構成されているような世界だった。

 まるで主人公たちが空を飛ぶ前に訪れた世界のように暗いけれど、さっきよりも明るい世界。僕はどうしようかと考えていると、急に気配が感じ取れたので振り向いた。……倒れている女の子がいたけど、もしかしてさっきの声はこの子なのかな?

 僕はとりあえず彼女を抱きかかえるために触れると、変なイメージが頭に流れてきた。

 

 

 

 

 どこかなんてわからないその場所。そこではISスーツを着た小学生くらいの子どもがISを装着していた。

 

『では、実験を開始します』

 

 そう言って白衣を着た人がスイッチを入れる。すると機体が変貌し、装甲がさっきのシュヴァルツェア・レーゲンのように泥へと変わって再構成された。この姿は……現役時代の織斑先生?

 確か、第二世代型の世界シェア2位の打鉄は、元々は織斑先生が使用していた「暮桜」という機体をベースにしているって話を布仏さんから聞いたことがある。だから1年生は大抵、初心者向けの打鉄を最初に選ぶ様だ。……僕はそんなことはどうでも良かったんだけどね。

 そんなことを思っていると、テストが行われた。すべてが本来ならその操縦者ではありえない成績を叩き出したようで科学者たちは喜びながら機能を停止させた。だけどその操縦者は物言わぬ体になっていた。

 

(……なに、これ……)

 

 似たような映像が繰り返される。やがて、僕の中で何かが冷たくなっていくのを感じた。

 

 

 そんなことが何度か繰り返されたある日、研究中に施設の天井が崩れ始めた。原因と思われるそれは転がり、生きている端末にケーブルを差し込む。今度は僕の身体が何かに蝕められている感触がした。

 

 

 ―――イキタイ

 

 機械仕掛けの声が聞こえた。夢から覚めたような感覚を味わってよく見るとさっきまでいた灰色の世界で、女の子がいた場所にうずくまっていたようだ。

 

「―――これが、私の記憶」

 

 声がした方に顔を向けると、さっきまで倒れていたはずの女の子が立って僕を見ている。

 

「何で、ここに来たの?」

「………君が、助けてほしいって言ったから。それに君はボーデヴィッヒさんを助けてくれたでしょ? だったら、無視しちゃいけないって思って」

「……私を求めた人は、あなたの何?」

「……放っておけない人、かな」

 

 僕はボーデヴィッヒさんを見てふと思ったことがある。彼女は目的を見失ったらどうなるんだろうかって。

 元の役職に戻るんだろうって考えたけど、しばらくは浮足立つんじゃないかなとも考えた。ただ、それだけだ。

 

「それに彼女は、凄く辛そうな顔をしてた。僕も一度、とても辛い目に遭ったことがあるから放っておけないんだ」

 

 そう答えると、後ろから嫌な予感がした僕は目の前の少女の方に走り、掴んですぐに横に飛ぶ。さっきまでいた場所に亀裂が入った。

 

「―――人間を信じるのか?」

 

 少女を抱えた状態で立ち上がり、すぐに僕が盾に慣れるように移動する。男が刀を持って近付いてきた。

 

「……でも、この人は私の呼びかけに答えてくれた」

「確かに初めてのことだ。だが、それがなんだ。所詮こいつも人間だ」

 

 声がどこかの堕天使みたいだな。おそらくライバルは仮面を付けたロリコンだろう。

 

「……なら、試して欲しい」

 

 急に後ろで光だしたのでどういうことだと思った。少女は剣になり、空中を漂っている。

 

「…私を掴んで」

「………ちょっと待って。これはつまり、君を掴んだから男の人と即バトルって展開だよね?」

「……そう」

 

 いや、そこは「そう」って断言しちゃいけない! それに、僕は少し2人に言いたいことがある。

 

「ちょっといいかな?」

「何だ?」

「……何?」

「話を勝手に進められて、正直困ってる。だからまずはノートとシャーペンを用意してほしいんだ!」

 

 心から本気で言ったけど、何故か2人はしばらく固まった。




映像見せられて、急にバトル……なんてことにならないのが智久。男の声は読者の皆様の想像にお任せします。


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ep.25 10代女子、暗がりに舞う

 智久が中で2人の話を聞いている頃、アリーナの中は静かになっていた。

 楯無が現れてからというもの、VTシステムは攻撃を行わないのだ。

 

(これは一体、どういうことかしら?)

 

 楯無はその立場から、目の前のものがVTシステムが作動した結果ということも、そのシステムが禁忌扱いされている理由も知っている。そのため、楯無が自ら仕掛けるということはあまりしたくなかった。もっとも警戒することは止めていないが。

 

「会長」

「ただいま、虚ちゃん。私が留守の間に色々ありがとうね」

「私は私がするべきことをしたまでです。それよりも、これは……」

 

 虚も現れ、VTシステムを警戒はするも自ら動こうとしない。

 

「刺激しないでね。おそらくこれは殺意か何かを感知するタイプと思うわ」

「……確か、1番最初に開発されたのがそういうものでしたね」

「ええ。VTシステムは研究施設ごと破壊されたって聞いていたけど、もしかしたらこれが最後のかもしれない」

 

 会話をしていると、それぞれの機体に接近警報が鳴り響いた。

 

「―――うぉおおおおおッ!!」

「またあなたですか」

 

 虚が近接ブレードを展開して一夏の行く手を遮る。

 

「あなたはどうしてこう、自分勝手なことをしかできないんですか?」

「アンタたちこそ、さっきから倒そうとしないじゃないか!! だから俺が倒す!」

「それはこのシステムの危険性を知っているからです。何も知らないあなたが、勝手な理屈で出しゃばらないでください」

「勝手なものか! あんなもの、俺がぶっ壊してやる!!」

 

 そう言って虚を蹴ろうとした一夏。だがその足が虚には届かなかった。

 

「悪いけど、今回はあなたの出番はないわ」

 

 楯無は左手を突き出している。彼女がナノマシンが含まれた水を一夏の足に絡ませて動きを止めたのだ。

 

「邪魔するな!」

「―――そこを退け!」

 

 楯無は上に彼女の機体「ミステリアス・レイディ」の主武器(メインウェポン)である《蒼流旋》を上げて強襲を防ぐ。

 

「何のつもりかしら、篠ノ之箒さん?」

「邪魔なあなた方を排除しに来た!」

「それは心外ね。今この場において、一番の邪魔者はあなたたちの方よ」

 

 そんな会話をしている中、ISを装備した教員たちが次々と現れた。

 

『全員、その場で停止ししろ』

「……織斑先生、これはどういうことですか?」

 

 楯無が管制室にいるであろう千冬に声をかける。

 

『VTシステムの危険性は貴様も充分理解しているはずだろう、更識。今すぐ時雨の救助に入る』

「具体的には?」

『白式の「零落白夜」で奴の腹をこじ開ける。その方が最小限の動きによる被害で時雨を助け出すことができるはずだ』

 

 そう提示された楯無は内心舌打ちした。

 確かに、理論上ではそれが一番いいかもしれない。だが楯無は一夏のことを……いや、千冬そのものを信じていないかった。

 

「……わかりました。では私は彼のバックアップをすればいいですね」

『そうだ。頼んだぞ』

 

 それだけ言って通信を切った千冬。楯無は箒が離れたことで、同じく一夏から離れた虚に連絡を入れる。

 

『虚ちゃん、いざという時はお願いしてもいいかしら?』

『……わかりました』

 

 その一言だけで察した虚は手早く通信を切る。

 そう。楯無は一夏が倒すことが一番手っ取り早い方法だと言うことを知っているし、理解しているから了承した。だが、バックアップとなれば話は別だ。彼女はその機に乗じて―――一夏を潰すことを選んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2人の話を整理すると、この2人はVTシステムという、モンド・グロッソの優勝者の動きを再現するシステムだそうだ。だけど、織斑先生のスペックはとても常人には追いついていけるものではなかったようで、何人も死んだらしい。そこまで聞いた僕は、女の子の方を抱き寄せて背中を叩いていた。

 

「……どうして、こんなことをしてくれるのですか……?」

「うーん。特に理由はないかな。ただ君が辛そうだったから、少しでもそれを和らげてあげようって思って。人間はこうやって人をあやしたり、敢えて泣かせることでストレスを発散させたりするんだ」

 

 子どもはすぐに泣くから嫌い……そんな内容の大人の会話を僕は聞いたことがあるけど、それはストレスを抱え込まないためだ。……実はまだ確証がないけど、よく泣く子がいるんだけどその子は泣いてからすぐに寝て、起きたら案外ケロッてしている。殴るのも、もしかしたらストレスを発散して余計な負荷を与えないためだろう。大人って我慢すればはげるって聞くけど、もしかしたらその人もかなり溜め込んでいるのかもしれない。

 

「……茶番だな」

「なんとなくだけど、体の中で何かを失っていく感触は僕も味わったことがあるよ。ついさっきだけど」

 

 あれはとても気持ちいいものじゃなかった。思い出すだけで今も寒気がしてくる。

 正直、禁忌とされた理由は納得がいくけれど、一方的に嫌われ、破壊されるだけは悔しいというのも理解できる。どうしようかと考えていると、急に世界が揺れた。

 

「何?」

「誰かが外部から攻めてきたようだ」

「誰かって……」

「君ではない男だな」

 

 ………はい?

 

「奴は襲撃者と同種だ。我々の存在が認められないらしい。このままでは我々は貴様を失い、存在そのものが消されてしまう」

「じゃあ、僕の中に入ればいい。もしくは操縦権を僕に渡して!」

「そんなことは認めらない」

「だったら僕の中に、早く!」

 

 このままじゃ、この2人がいなくなってしまう。

 それを嫌だと思った僕はすぐに引き込もうとしたが、男の方が女の子と一緒に僕を押した。

 

「貴様はそれと共に行け。犠牲になるのは私だけで十分だ」

「え? でも―――」

「元々、私はその女に作り出された白血球のようなもの。私が願うのは、その存在が解放されることだった。それに、自己と目的が確立されてしまっている貴様では、2つ分の人格を一度に持っていくことはできないからな」

 

 どうにかしようと僕は男に近付こうとしたけれど、目の前に見えない壁ができていて近付くことができない。

 

「……ダメなの」

 

 僕がずっと抱きしめていた女の子の目がある部分が急に温かくなる。感じたことがある感触に僕は彼女が今どういう状況なのかを察した。

 

「私が……話し相手として作った存在だから……ISコアに触れて生まれた私とは違うから……」

 

 その言葉を意味を理解する前に、僕は意識が飛んでいた。

 

 

 

 

 気が付けば僕は、脈を打っている生き物の中にいた。僕はすぐにそれに触れると、かなり脆くなっていたのかヒビが入った。次第にそのヒビも大きくなっていき、腕だけでも外に出せる。

 

 ―――ガギンッ!!!

 

 僕は思わず腕を引っ込めて安否を確認する。うん。捥げてない。無事だ。

 喜んでいると、穴から声が聞こえてきた。

 

「一体何をするんですか!?」

「さっき腕が出てたのよ!」

 

 ……あれ? 今凄く聞き覚えがある声が。

 

「腕なんて出てないじゃないですか!?」

 

 また織斑君の声。

 

『―――出ないの?』

 

 急に声がした僕は驚いて辺りを見回すと、幽霊のように漂っているさっきの少女がいた。

 

「周りを壊したら出れると思うけど……」

『私があなたの中に入ったことで、システムは停止した。後はあなたが壊して出ればいいだけ』

「いいの?」

『大丈夫』

 

 許可が下りたので、僕は無理やり壊して外に出ると、かなり大事になっていたようでISがたくさんいた。

 

「…時雨君」

「あ、やっぱり更識先輩だったんですね。合宿は終わったんですか?」

「え、ええ。さっき用事を済ませて……じゃないわよ!? 大丈夫なの?!」

「はい。大丈夫ですよ」

 

 特に異常はない。敢えて言うならば、急に女の子が見えるようになったことだろう。

 僕は殻と化した機体から出て、あるものを探す。

 

「……あの、頼みがあるんですが」

「何? 何でも言って! すぐに―――」

「じゃあ、すぐに……僕を僕の打鉄に触れさせてください」

 

 そう言って僕は再び意識を飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 IS学園の壁はかなり堅牢にできている。1つ1つがIS装甲並みの強度を誇っており、非戦闘員の避難を安全に行わせる設備が整えられているのだ。

 しかし今日、その壁がへこむという前代未聞の出来事が起こっていた。

 

「…………確かに、私にはこれを言う資格はない。私自身、時雨にはまともなことをさせてこなかったどころか、むしろずっと助けてもらってきたからな」

 

 彼女は今まで、自分の教育方法がおかしいとは思わなかった。自身が教官を務めたことも生きているのだろう。さらに言えば、自分の方法が生徒にISが兵器だという自覚を促せると信じていた。

 だが、智久と出会い、指摘されてきた自分が、ラウラと容易に仲良くしていく智久を見て自分の教育方法に自信がなくなっていった。あの時、虚の言葉に言い返すことができなかったのは、智久を認めると同時に自分の友人のようになってほしくないという思いが衝突したからである。

 

「だが、敢えて言わせてもらう。これは一体どういう了見だ?」

 

 今までに感じたことがない剣幕で接近されたその女性は、今にも漏らしそうだった。

 

「そ、それがIS委員会の決定ですから」

「貴様らは一体何を見ていた? ボーデヴィッヒの機体の暴走は勝負が決まった後だ。だと言うのに何故織斑とデュノアが優勝したことになっている!?」

「だからそれは、時雨・ボーデヴィッヒペアがVTシステムを持ち込んだためでして―――」

 

 千冬がさらに女性に問い詰めようとするが、それを遮ったのは菊代だった。

 

「そこまでです、織斑先生」

「学園長。しかし―――」

「確かに今回の件に関しては色々と申し上げたいですが、今はこの事態の説明と大会を終わらせることが先決です」

 

 さらに言おうとする千冬だが、菊代に肩を叩かれて大人しく引き下がる。

 

「ありがとうございます」

「ええ。ですが、今回のことは私たちは納得していないことは伝えておいてくださいね」

「ひっ!? ……わ、わかりました! ではこれで失礼します!」

 

 女性はそう言って逃げるように職員室を出て行った。

 

「……学園長」

「言いたいことはわかりますよ。それに、時雨君の機体に細工した犯人は今頃―――」

 

 最後まで言う前に電話が鳴り、菊代は素早く電話に出た。

 

「私です。……そうですか。では、手筈通りにお願いします」

 

 それだけで電話を切る菊代は笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――まったく、使えない」

 

 そう吐き捨てながら、IS委員会に所属する虚を糾弾した女性は荷物を整理する。学年別トーナメントの全日程が終わり、彼女も今から帰る予定なのだが、今回の試合結果を思い出してとてもモヤモヤしていた。

 彼女はIS委員会に所属する身でありながら、女権団に所属する人間でもある。だがそれは本来あり得ないことなのだが、彼女は可能としていた。

 何故そんな人間がイラついているのかというと、()()()()()()が全く働かないどころか、その駒がポッと出の孤児風情に負けたことが原因である。

 

(にしても、学園も学園よ。あんなゴミに武装開発を許可させるなんてどうかしているわ)

 

 それを大きな声で叫びたい気持ちに駆られたが、それは後で国に帰ってからだと心に決めたその女性。すると彼女の携帯電話が鳴り始めた。

 

(誰かしら?)

 

 そう思った女性だが、それだけで彼女は電話に出ると、

 

『あなたにとって悲報をお送りします。つい先ほど、デュノア社が倒産しました』

「!? ……一体何かしら? こんな悪戯電話なんて、悪質よ」

『それはこちらのセリフよ、アニエス・エモンさん。……いえ、アネット・デュノアさんと言った方が良いかしら?』

 

 その言葉に女性は驚きは露わにした。

 

「一体何のことかしら?」

『惚けても無駄よ。あなたが命令したことや本当の素性もすべて、あなたが使った男とデュノア社長から問いただしたから』

「………(どいつもこいつも、使えないわね)」

 

 内心そう吐き捨てたアニエス・エモンは切り返そうとしたが、それよりも電話相手がとんでもないことを言った。

 

『そう言えば、まだ私のことは教えてなかったわね。私の名前はメリーって言うの』

 

 ―――ドガンッ!!

 

 急にドアが吹き飛び、アニエスの前に落下した。

 

「さ、更識楯無……」

「『聞かせてもらうわよ、どういう了見でこの学園の生徒に手を出したのか』」

 

 電話と前と、2つから殺意がこもった声が届いた。

 

 ―――バリンッ!!

 

 後ろからガラスが割られる音が聞こえ、誰かが着地する。その相手は素早くアニエスを掴むと蹴り飛ばした。

 その隙に楯無も接近して容赦なくアニエスの顔面に蹴りを入れた。

 

「こんなこと、こんなこと許されると思っている!? 私は―――」

「先程、あなたが成り済ました本人が見つかったわ。まるで恨みを込めたように何度も刻まれた死体としてね」

「同じ女性なのによくそんなことができますね。死んでくれません?」

 

 楯無に続くように虚はそんな辛辣な言葉を吐く。するとアニエスの周りは輝きはじめ、ISが展開された。

 

「それはこっちのセリフよ。死になさい!」

 

 楯無、そして虚は素早くISを展開する。部屋が爆発してその犯人であるアニエス……いや、アネット・デュノアは飛び出した。

 

(逃げるが勝ちよ―――)

「―――ねぇ」

 

 アネットは慌てて後ろを向くと、そこにはいつの間にか本音がいた。

 本音はアネットの首に武器をぶつけてそのまま地面に押し、ぶつけた。その衝撃もあってアネットのIS「ラファール・リヴァイヴ」は急激にシールドエネルギーが減る。

 

「な、なに……」

 

 アネットは急に攻撃してきたその人物を見るが、本音はアイスピックを展開して容赦なくアネットの目を突いた。しかし絶対防御が発動してしまい、防がれてしまう。そのことに本音は舌打ちし、シュヴァルツェア・レーゲンのレールカノンを小型化したものを展開して容赦なく顔に撃った。

 絶対防御が発動され続けISを無効化されたアネットは、すぐさま降参したが漏らしてしまう。

 

「た、助けて……」

「知らないよ。とっとと朽ちれば?」

 

 そこから本音の気が済むまで罵倒を浴びせられ、アネットは精神を病むことになる。

 このことを報告されたフランス政府はアネットに関わった人間すべてを調査を行い、女権団を中心に今回のことに加担した人間を強制逮捕。女尊男卑の世にありがちな早期釈放は認められず、ISが現れる前の同様の刑期が設けられることになり、今回迷惑をかけた智久に多額の賠償金とラファール・リヴァイヴの作成ライセンスを譲渡した。しかし智久がそれを知ったのは翌日のことであり、決定した時は夢の中だった。

 これが、後の歴史に語られる「デュノア事変」である。




次回、第2章最終回。話はまだまだ続きます。


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ep.26 相応の処分

3月13日 ラウラの部分を無理やり付け足しました。

4/1 ラウラの設定を明確にしました。


 気絶したラウラは、すぐに医療棟に運ばれて精密検査が行われ、異常が見当たらなかったためすぐに保健室へと移動させられていた。そこで彼女が目を覚ました時、辺りは既にオレンジの日が指していた。

 

「あら、目を覚ましたのね」

「……貴様は」

「私は更識楯無。IS学園の生徒会長よ」

 

 その名前に聞き覚えがあったラウラはすぐに目の前の人物がどこに所属する人間か理解した。

 

「ロシアの人間が何の用だ?」

「今日はそっちじゃなくて、生徒会長として話に来たの。ところで、VTシステムは知っているかしら?」

 

 途端にラウラは馬鹿にしてきたと感じ、楯無を睨みながら言った。

 

「正式名称は「ヴァルキリー・トレース・システム」。過去のモンド・グロッソの部門受賞者(ヴァルキリー)の動きをトレースするシステムで、IS条約で今は完全に触れることを禁止されているものだろう。それが一体……なんだと……」

「気付いたようね。VTシステムがあなたの機体の中に隠されていたみたいなの」

「……隠されていた……みたい……?」

「そう。今は完全に消失しているって言った方が良いかしらね。おそらくはあったかもしれない空洞が発見されたはいいけど、これまでの物は何らかの痕跡が残っていたのに今回は全くない。でもま、ドイツは大打撃でしょうね」

 

 その言葉にラウラは震え始めた。彼女は祖国が好きだ。その祖国に軍人である自分が迷惑なんて言葉で終わらない被害を与えたのだ。

 

「―――安心するといい」

 

 急に声をかけられたラウラは顔を上げる。

 

「………あなたは……いや、どうしてここに……」

「なぁに。たまたま数日は暇だったので最新機影の調子を見に来たわけよ。しかし思いの外惨敗だったな。第二世代に後れを取るなど、黒ウサギ部隊の隊長として操縦センスは低いというわけか」

「むしろ、そこは私の部下を褒めていただきたいですわ、レイング・ブラッド・クロニクル国防大臣」

 

 楯無はラウラと形が似ている眼帯を左目に付けた男に臆することなくそう言った。

 

「……あの、安心しろというのは……」

「先程、シュヴァルツェ・ハーゼが君の無実を証明するために仕組んだと思われる人物を複数拘束した。私が帰国した後、奴らを調べるつもりだが……聞くところによると出世争いが原因だそうだ」

「………つまり、これは私たちの存在を邪魔だと思う者たちの行動だと?」

「そういうことだ」

 

 そう言ってレイングはラウラに彼女の携帯電話を渡した。

 

「もう少し体が楽になってからで構わないが、彼女らを労ってやることだ。では、私はこれで失礼する」

「お送りします」

 

 レイングの後を追うように楯無は部屋を出る。

 

「しかし驚いたな。まさかあのじゃじゃ馬娘を手懐けられる男が現れようとは思わなんだ」

「手懐けた、とは少し違いますよ。確かに彼は自分の勝利のためにラウラちゃんと組みましたが、決勝に進んだのは一重に2人の実力です」

「……一度会って話してみたいものだ」

 

 その言葉に楯無は思わず笑った。

 

「そんなに、()さんと仲良くしている男の子が気になりますか?」

「……一体、君たちはどこでそんな情報を手に入れてくるのやら」

 

 そう言うレイングの顔は、どこか満足そうにしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらく経ち、ラウラは部下のクラリッサ・ハルフォーフに電話をかける。数コールで相手は電話に出ると、普段からは考えられない声が聞こえてきた。

 

『どうしましたか、隊長』

「……いや、少し声が聞きたくなってな。演習中に済まない」

『いえ。先程まで別の事をしていたので、今は休憩中です』

 

 その別の事をさっき聞いたラウラはぎこちなく言った。

 

「………ありがとう……私の、無実を晴らしてくれて」

『ふ、副隊長!?』

「な、何だ!? 一体どうした?!」

 

 急に別の声が聞こえたため、動揺したラウラは思わず声を大きくして聞いた。

 

『いえ、お気になさらず。ただ少し視界が赤くなっただけです』

「………そうか」

 

 ちなみに向こうでは鼻から勢いよく出血し、今も止まっていないのでクラリッサを他の隊員がフォローしていた。

 

『それに、私たちは家族ではないですか』

 

 その言葉にラウラはふと、智久から聞いたことを思い出した。

 ラウラは以前、休まずに別リーグの試合も含めて可能な限りデータを取っている智久に質問したことがあった。「どうしてそんなに頑張ろうとするのか」と。その時智久は「僕には家族がいるから、未来の大黒柱としてみんなを一人前にしないといけないし、死んだら悲しむから」と答えていた。

 クラリッサがそう言った理由は、シュヴァルツェ・ハーゼの隊員は試験管から生まれたラウラを含めて全員が孤児で構成されているからである。

 今までラウラは部隊員を鬱陶しい存在としか思っていなかったが、その言葉に胸が熱くなっていた。

 

「………ありがとう」

 

 もう一度お礼を言うラウラ。すると急に電話が切れると言うことが起こったが、ラウラは既に気にしていなかった。

 

 ……その頃、ドイツ軍IS特殊部隊のとある一角では、人命救助が行われていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ますと、僕はベッドに寝転がされていた。隣では案の定布仏さんが寝ている。少し違うとすれば更識さんがノートパソコンのキーボードを叩いているところだろう。

 

「あ、おはよう」

「おはよう。よく眠れた?」

「うん。なんとかね」

 

 最近、布仏さんがお香の代わりになっている気がする。

 

「じゃあ、私は帰るから」

「うん。あ、布仏さんも―――」

「本音も疲れているみたいだから、ここで寝かせといて」

 

 そう言われて僕は頷いた。……何故か頷いていた。

 

「あ、そういえば北条院のみんなは―――」

「さっき帰った。あの幸那って女の子も……」

「……そう」

 

 返す前に挨拶したかったなぁと思っていると、更識さんは立ち上がって「じゃあ、これで」と言って部屋を出る。

 

(そういえば、試合はどうなったんだろう……)

 

 いや、考えるまでもない。デュノア君は先に倒したから僕らの勝ちだろう。ボーデヴィッヒさんがVTシステムを起動したけど、その前に僕は倒せたはずだろうし。

 そう考えていると、僕が寝ている部屋のドアが開かれた。

 

「時雨君は……ああ、もう起きていましたか」

「こんにちは、学園長。試合がどうなったか教えてもらってもよろしいでしょうか?」

 

 早速尋ねると、学園長は暗い顔をする。

 

「ええ。そのことですが……あなたたちの負けということになりました」

「VTシステム、ですか」

「………どこでそれを知ったのですか?」

 

 あ、確かVTシステムは禁忌扱いだったんだ。これはマズいな……。

 かと言って、経験上不思議体験は受け入れてくれないし。

 

「えっと、それは―――」

「嘘ですね」

「まだ何も言ってませんよね。……えっと、笑わないで聞いてくれますか?」

 

 そう前置きすると、学園長は「わかりました」と答えてくれたので、事の顛末をすべて話した。

 

「………VTシステムから、声が……」

「信じてくれ、と言うつもりはありません」

「いえ、信じます。というか、信じなければあの行動は理解できませんからね。少しは自分の体を大事にしてください。あなたが死ねば悲しむ人がいるんですよ?」

「そうですね。少しやり過ぎました………でも、僕は後悔していません」

 

 1人だけど、助け出すことはできた。それが僕にとってメリットがあるかどうかはともかく。

 

「………まぁ、あなたの身体である以上はそれ以上は言いませんが………はぁ」

 

 ため息を吐かれた僕は少し困惑した。

 

「では、私はこれで失礼します。まだ仕事が残っているので」

「はい。お見舞い、ありがとうございました」

「いえいえ。それと、特に異常は見当たりませんでしたが、明日と臨海学校前に検査を受けてください。少し早く起きてもらうことになりますが」

「わかりました」

 

 学園長は立ち上がり、出て行こうとしたところで足を止める。

 

「それと、この年齢で不純異性交遊は私も反対ですが、キス程度までなら構いませんよ?」

「………えっと、一体何の話ですか?」

 

 唐突にそんなことを言われて僕は混乱した。

 待って! 確かに僕の周りに女性は多いけど、僕は性行なんてしたことがないんですが! ……まぁ、それに近いことはしているけど。

 

「……しぐしぐ」

「あ、おはよう。布仏さ―――」

 

 何を思ったのか、布仏さんは僕の膝の上に乗ってそのまま押し倒してきた。

 

「失礼します。時雨君に朗報が―――」

 

 突然入って来た山田先生は、僕らの現状を見て固まってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 布仏さんを部屋で寝かして、僕は山田先生のいう朗報を聞いて風呂場に向かった。確かにお風呂は疲れた体にぴったりだ。

 そう思って風呂場に向かい、脱衣所で準備を整えて中に入ると少しして悲鳴が上がった。

 

「し、時雨君!? どうして―――」

「僕も男だから風呂に入る権利はあると思うけど? それとも僕の存在は君たちよりもちっぽけだったっけ?」

「そ、そうじゃないけど………」

 

 慌てふためくのも無理はない。だって3人のうち1人は女なのだから。……というか、何でどっちも入ってるんだろ。僕の場合は2人分の鍵が無くなっているんを知った上で入ったけど、よくよく考えれば不健全極まりない。やっぱり織斑君って女を連れ込んでエロいことをしていると思われる。

 

「だったらいちいち騒がないでよ。こっちは周りに恵まれた君たちと違って連戦で疲れてるんだから」

 

 そう言って僕は近くの洗面器を取って体を洗い始める。

 

「シャルル、今の内に」

「え? でも流石にマズいんじゃ……」

「大丈夫だ。あそこなら智久も気付かない」

 

 すべて会話は聞こえていますよ~。

 前を隠しながら僕の前を通る。「僕は先に出るね」と言ったので適当に返事をする。

 全身を洗い終わった僕は泡を流して風呂に入ると、織斑君が声をかけてきた。

 

「智久、試合の結果は聞いたか?」

「僕らが危険なシステムを持ち込んだってことでこっちの負けでしょ。何が言いたいの? 君の反省点なら上げれるけど」

「……何だよ」

「エネルギー消費が激しいこと。剣一本だということに疑問を持たないこと。あと馬鹿なことかな」

「馬鹿ってなんだよ、馬鹿って!」

 

 え? 自分が馬鹿だって気付いていないの?

 いや、気付いていたら、あんなことは言わないか。

 

「大体、試合があんなことになったのに、君は勝敗に拘る気?」

「そうじゃない。それよりか聞きたいことがあるんだ」

「聞きたいこと?」

「ああ。どうしてあの時、千冬姉の偽物を作動させたか」

 

 ……何だ。そんなことか。

 結果として、僕はVTシステムを完全に作動させたことになるんだよね。あれじゃあ。

 

「別に。ただ力が手に入ると思って入っただけだよ」

 

 学園長には声が聞こえたことは周りには言わないようにと厳命されたので、他にありがちな言葉を選んだ。

 

「だからって、何も千冬姉じゃなくても良いだろ!!」

「………仕方ないんじゃない? 君のお姉さんは世界的にも活躍した人間なんだ。データを再現して模擬戦に使われるのはある意味当然だよ」

「でも、千冬姉だけのものをあんな風に使うなんて………」

 

 もしかしてこの人、シスコン?

 そう思うと僕は寒気を感じ始めた。そりゃあ意見なんて合わないわけだ。

 

「僕はもう出るよ。君と話合っても平行線を辿ることになる」

 

 そう言ってから僕は風呂を出る。その間に僕は内心思っていたことがある。織斑一夏の思考は、いずれ周りを殺す。それが僕の周りでないことを願っておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 菊代は諸々の処理を終えた後にメールの整理をしていると、とある場所からメールが届いていることを確認した。

 

(これは……ドイツから?)

 

 すぐに開くと、パソコンに備わっている翻訳機能でドイツ語と日本語が記載された文が表示される。これはISが世に出たのが日本語であり、また篠ノ之束が日本語しかできないというのが一つの理由で、そのせいか公用語が日本に変化しつつあった。余談だが、自動翻訳機能を開発したシステム会社はあらゆる人脈を使い、文を監修したことによって莫大な利益を得たようだ。

 送られた文は今回の不祥事で軍部が中心となって責任を負うこと、また最大の被害者である時雨智久に対して賠償金を支払い、また別に今回使用した武装の一部を買い取りたいという旨が書かれていた。

 

(………明日にしますか)

 

 時間は既に23時を過ぎている。この時間に電話をしても相手が出ることはないと思った菊代は忘れないようにメモをして寝る準備をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。メディカルチェックを受けてから時間を見ると、既に8時30分の少し前。これじゃあ、医療棟から教室まではどれだけ走っても時間がかかる。

 そう思った僕は事前通達されていると思いながら歩いていくことにした。そして本棟の方に入ると時間的に意外な人物と出会う。

 

「あ、時雨君」

「布仏先輩、どうしたんですか? っていうか遅刻ですよ?」

「生徒会の仕事って他の学校の生徒会に比べたら凄く多いので、HRや授業の出席は免除されるんです。まぁ、あまり休まないようにしていますけどね。それと、これを」

 

 先輩は僕が昨日まで着けていた打鉄の待機状態であるネクタイピンを渡してくれた。

 

「ありがとうございます。わざわざこれを?」

「はい。結局、私たちは何もできませんでしたし……こういうことしか」

「そんな。僕は十分に助かってますよ。だって今まで何かを細工されたことありませんし、先輩が手を貸してくれたおかげで僕は事実上の優勝も果たせたわけですしね」

「………結局、それも再審されずに準優勝扱いですけどね」

「それでも十分マシですよ。ボーデヴィッヒさんの機体に仕込まれていたのってとても危険なものだったんでしょ? そんなものを持ち込んだら、1回戦敗退扱いされてもおかしくないですよ」

 

 まぁ、流石にそんなことをされたら僕でも怒るけどね。

 

「大丈夫です。もしそんな人がいたら私が全力で黙らせますから」

 

 笑顔で言っているけど、何故か寒気が止まらない。そう思った時、爆発音がした。

 

「襲撃ですか?」

「もしかしたら。場所は……1年1組からですね」

 

 どう考えても織斑君絡みだと思った瞬間だった。

 僕らは急いで1年1組の教室に向かう。既に何事かと人が集まり始めていて、僕は中を覗くとシュヴァルツェア・レーゲンを展開しているボーデヴィッヒさんが同じく甲龍を展開している凰さんを拘束していた。

 

「……あの、これってどういう状況?」

「時雨か。おそかったな」

「さっきまでメディカルチェックを受けてたんだ。………それで、何でこんな状況に?」

「私もさっきまで機体の修復を行っていてな。それが終わった時に来てみればドアが破壊されていたから乗り込んでみればこの女が織斑に向けて攻撃していたのを止めてすぐさま拘束した」

「ちょっと! さっきからどこに絡ませてるのよ!?」

 

 凰さんの言い分はこの際無視して、と。

 僕は改めて壊されたドアを見る。

 

「凰さん、一体何でこんなことをしたの?」

「それは、一夏が女と一緒に風呂に入ったって聞いたから……」

「だからって他のクラスの教室を壊しますか、普通」

 

 あり得ない物……もとい人を見る目で凰さんを見る布仏先輩。その気持ち、よくわかる。

 すると僕の後ろでレーザーが通る気配がした。変な話、本当にそんな気配を感じたんだ。

 

「あら、一夏さん。どこかにお出かけですか? わたくし、実はどうしてもお話ししなくてはならないことがありまして。突然ですが急を要しますの」

「お、落ち着けセシリア。流石にそれはマズい」

 

 何故かオルコットさんがISを展開している。ちょっ、ここはアリーナじゃないんだからIS展開はダメでしょ!?

 

 ―――ダンッ!!

 

 止めようとしたところで今度は別の場所で音が……えっと、篠ノ之さん?

 

「一夏、貴様どういうつもりか説明してもらおうか」

「待て待て待て! これには少しばかり事情が―――おわぁっ!?」

 

 何で学園はあの人に本物の刀を携帯することを許可したんだよ!?

 鞘から刀を抜いて織斑君を斬ろうとする篠ノ之さん。それをスカートを履いたデュノア君が防いだ。

 

「一夏はやらせない!」

 

 原因、あなたです。……じゃなくて、ともかく今は止めないと。

 

「もう止めてよみんな! そんなことをしたって何の解決にもならないじゃないか!!」

「それ以上攻撃を繰り返すというならば、それ相応の処分を下します!」

「貴様ら「あなた方」は黙っていろ「ください」!!」

 

 そう僕らに言った2人は再び織斑君に攻撃を続けようとした。

 

「わかりました。ならばあなた方を―――」

 

 僕は先輩に手を挙げることで制止しした。

 

「すみません。先輩とボーデヴィッヒさんは耳を塞いでください」

「え?」

「何かするのか?」

「僕だって男だってところで見せるので」

 

 僕は軽く息を吸ってから、できるだけ低く、太い声を出した。

 

「―――いい加減にしろッッッ!!!」

 

 ISの補助機能はすぐに働くけど、それでも少しはダメージは食らう。それを利用した僕は叫んで怯ませる。

 

「な、何ですのいきなり―――」

「何ですの? じゃないよ。何でISを展開してこんなお祭りを行っているのさ」

「そ、それは、一夏さんがデュノアさんと風呂に……」

「そうだ! これは正当な制裁だ!」

「何が正当な制裁だ!」

 

 まったく、馬鹿げているとしか言いようがない。

 僕は織斑君の腕を持って廊下に出させる。その前に、

 

「デュノア……さん。君も教室で待機」

「え? 僕も一緒に―――」

「君がすることは大人しく教室で待機することだ。それと図々しいよ。スパイのくせして」

「!?」

「そんな言い方はないだろ!? シャルルはしたくて―――」

「命令だろうがなんだろうが、自ら状況を打破できなかった人に反論する権利なんてないさ。今彼女がするべきことは拠り所を探すことじゃない。耐えることだ。それができないならとっとと自首してフランスの牢屋にでも入って実刑判決を待つんだね」

 

 少なくとも、IS学園にいるのはそこにいるよりも何倍もマシだと思うけどね。

 

「で、一体どうしてこんなことになったんだい?」

「その前にシャルルのことを―――」

「それは終わったことだ。で、一体何で教室があんな風になったの?」

「だから―――」

 

 僕は股間にある2つの玉を蹴り飛ばし、織斑君の親指を踏み抜いた。

 

「いってぇええええ!?」

「もういい。君もさっさと死んでくれ」

 

 むしろ僕自身が殺したい気分だ。

 教室の中で掃除が始まっている。とりあえず僕はいるであろう同居人の姿を探していると、先輩と一緒に出てきた。

 

「本音、話してくれないかしら?」

「うん。さっき聞いた通り、シャルル・デュノアが織斑先生に告白したことで前々から準備していたことを実行して手筈通りに事を進めていたんだけど、昨日風呂に入ったって話になって、聞きつけた凰鈴音が乱入したの。後は2人の知っている通りだよ」

「………そう。ありがとう、布仏さん」

 

 僕はそう言って教室の中に入り、勉強にはすぐに必要ないと思ったものを回収し始めた。

 

「―――これは一体どういう状況だ?」

 

 また1人、遅刻者が現れた。織斑先生だ。

 

「ちょうど良かった。織斑先生、今すぐ篠ノ之さんは刀を、そしてオルコットさんと凰さんの専用機を没収して破壊してください」

「待て。どうしてそんな話になる」

 

 僕は織斑先生に事情を説明すると、先生は大きくため息を吐いた。

 

「そう言いたくなる気持ちはわかるがな、残念ながら専用機の扱いを変える権限はこちらにはない。だが篠ノ之、貴様に関しては刀の所有を考えなくてはいかないな」

「そんな……!?」

「あと、オルコットと凰、貴様らは3日の謹慎を命じる」

「随分と少ないですね」

 

 そう突っ込むと、織斑先生はさらにため息を吐いた。

 

「残念ながら、そろそろ臨海学校があるだろう? そこで機体のテストがあるのでよほどの事情が無い限り、出席させるように通達が来た」

「………わかりました。ならばこちらが帰らせていただきます」

 

 事情が事情なら仕方ない。僕は僕でさっさと部屋に帰るとしよう。

 

「……一応、理由を聞いておこうか?」

「じゃあこちらとしても尋ねたいのですが、どうして兵器を扱っている自覚がない屑豚共と机を並べておままごとをやらなければいけないんですか? ましてや素人である我々を侮辱し潰そうとする者や、下らない動機で暴走し、他人を傷つけるような屑、そして自分のエゴを押し付けるようなゴミ屑と一緒だなんていずれ殺されます。ましてや副担任が全く機能しない事態ならなおのことですよ」

 

 近くで悲鳴が上がったけど気にしない。全く機能していないことは事実なんだし。

 

「まぁ、折衷案はないこともないですが」

「何だ?」

 

 気のせいかな、織斑先生がこっちに近付いてきた。

 

「専用機持ちに限り、僕個人に機体情報のデータを包み隠さず開示すること、もしくは僕の人型に対する攻撃の躊躇いを完全に消すためのサンドバックになること、後は思いつき次第提案します。では僕はこれで」

「待て。帰るのはその、少し待ってくれないか?」

「理由を聞きましょうか?」

「まだ奴らの処罰まで考えていないだろう?」

 

 なるほど。それが理由か。

 僕はグラウンドを20周させた後、休憩抜きで腕立て伏せ、腹筋、背筋、スクワットをそれぞれ100×5セットを提案。布仏先輩も会長にそれをする許可を取ってくれたので、3人は地獄を見ることになった。

 ちなみに、この後ボーデヴィッヒさんが昨日のことを謝罪してくれた。何故か「セフレ」というのが出てきて周囲を凍てつかせたけど、独自で調べて「男女間の友人の最大状態」というのはお互いの裸を見せるという点に関しては確かにそうだと思ってしまったけど、なんとか誤解を解くことに成功した。………とりあえず、ボーデヴィッヒさんには常識を叩き込もう。そうじゃないと彼女はいずれ男に騙される気がする。

 

 

 そして数日後、処罰された3人が外で倒れている姿がいたので仕方なく実験段階だったホバーで保健室に連れて行ってあげた。また、篠ノ之さんは立場上、木刀の所持は認められたようだが人を殺める危険性があるので刀は学園が没収。厳重に保管されることになったようだ。




他のキャラ政党の人たちに悪いですが、ぶっちゃけた話ここは全く擁護できません。一緒に風呂に入っただけで衝撃砲を使用。キスしただけでそれぞれが殺しに行くなど、普通なら退学処分……いや、銃殺処分くらいになっても当然と思います。いくら彼女でもここまでしたら一発で嫌われるレベルです。というかこんなことをされて切れない一夏やクラスメイトが異常です。


ということで次回から第3章。完成し次第、リンク切りを解除します。


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第3章 海上のガードファイト
ep.27 そろそろ認めてくださいな


本当は、ずっと前からリンク切りを使いたかったんです! 使ってみたかったんです!

これで心置きなく、周りからの非難を気にせず書ける!



推奨BGM:永世のクレイドル(SDガンダムジージェネレーション ジェネシス)


 英中代表候補生、それと篠ノ之さんに懲罰用トレーニングと謹慎が命じられた翌日。僕は朝早くから学園長室に呼ばれていた。一応、応対室はあるようだけど、僕らは学園長の机を挟んでいる。

 

「おはようございます」

「おはようございます。早速ですが、本題に入らせていただきます」

 

 さっきシャワーを浴びて、寝る前にメールが入っていたから急いで来たけど……学園長はもうこの時間に起きていたのか。

 

「昨日、ドイツのとある方から時雨君が開発した武装を買いたいという方が現れました」

「え? 本当ですか!?」

「作成先は学園の専門部署で行い、時雨君のチェックが済み次第に搬入を行う方式を取りたいと思います。開発者が生徒の場合、こういう形を取らせていただいていますので、ご了承ください。先方には既に連絡済みです」

「わかりました。そのチェックは布仏先輩にも立ち会ってもらっても良いですか?」

「向こうがよろしければ。それと―――」

 

 引き出しを開けた学園長は、中から金庫のようなものを出した。

 

「これは?」

「IS学園が生徒1人1人に専用メモリーカートリッジを配布しているのは知っていますね?」

 

 その質問に僕は頷く。

 

「これはそれの一般向け用です」

 

 そう言って学園長は蓋を開ける。中には10本のカートリッジが入っていた。

 

「………えっと」

「ちなみに、今回はこれが優勝賞品です」

「どうして僕に?」

「今回は事実上、2名が失格であなたと織斑君の一騎打ちと言っても過言ではありませんでした。しかしあなたはほとんど独力で2名を撃墜。また、1名を救って自分も無事帰還を果たしました。その功績を称えて今大会は特別にMVP賞を用意させていただき、時雨君が該当した、ということです」

 

 …とりあえず落ち着いて。

 確かこれって前にボーデヴィッヒさんが言っていた奴だよね? 確か個人のデータが入れられているって話の。

 僕は一度冷静になり、自分の頬をつねる。言うまでもなく痛い。

 

「つ、つまりこの大容量メモリーは、すべて僕の……あ、ボーデヴィッヒさんのもありますよね」

「いえ。すべてあなたの物です」

 

 もう一度僕は自分の頬をつねった。

 

「どうやら僕の身体は少し起きているようですね」

「落ち着きなさい。すべて現実です」

「そんな馬鹿な!? 私は周りに嫌われているんですよ?! なのにこんな良いこと尽くめだなんて……」

「いえ、むしろ今までが異常なのですが……普通、機体改造の許可だって最初から下りてしかるべきだったのですが……」

 

 え? そうなんですか……? いやまぁ、そうなのかもしれないけれど……。

 

「もしかしてこれは罠だったりするんですか!? 女権団の陰謀?!」

「ともかく落ち着きなさい。陰謀も何もありませんから」

 

 そう言われて、僕は渋々納得することにした。

 

「あと、アキに頼んであなたの口座に賠償金を振り込んでおきました」

「……へ? 賠償……金?」

「今回の騒動での件ですよ。あと、フランスからは謝礼金も含まれているそうですが、これも受け取ってください」

 

 今度は何だろう。いや、もう驚かないぞ。

 そう決意した僕は額縁に入った紙を読むと、

 

「……えっと、ラファール・リヴァイヴ作成許可書?」

「言うなればライセンスですね。同時にこれからは自由に改造して良いですよ。後、これにもサインをお願いします」

 

 そう言って出された紙を見ると、公欠届と書かれていた。

 

「こちらのチェックもありますが、そろそろ校外学習でしょう? それまでに機体を一新するというのも1つの手かと思いますが?」

 

 そう言われて僕は、内容をすぐに確認してサインした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。1年1組の教室では4つの席が空席になっていた。

 そんなことを気にしていないのか、それとも敢えて誰も考えないのか黙っていた。

 

「今日は通常授業の日だ。IS学園生とはいえお前たちの扱いは高校生だ。赤点など取ってくれるなよ」

 

 ちなみに、4つの席に加えて本来いるべき人物の姿がない。

 

「それと、来週から始まる校外学習だが、全員忘れ物などするなよ。3日間だけだが学園を離れることになる。自由時間では羽目を外しすぎないように」

「あの、織斑先生。今日は山田先生はお休みですか? ……それと、時雨君と布仏さんもいませんが」

 

 話し終わったとみた鷹月静寐が挙手し、質問する。千冬は少し言いにくそうにして答えた。

 

「山田先生は校外実習の現場視察に行ったため不在だ。それと時雨と布仏は……時雨の機体を改修している」

「……はい?」

「ちょっと待ってください。それってつまり時雨に専用機が渡されるってことですか?」

 

 別の生徒が挙手してそう尋ねると、内心ため息を吐きながら千冬は答えた。

 

「そうだ。時雨の実力は皆もよく知っているだろう。専用機と組み、ブースターが壊れるというアクシデントに見舞われながらも専用機持ちを2機も撃墜しているんだ。むしろ当然と言っていい」

 

 その言葉にまた別の生徒が挙手した。

 

「でも、時雨君だけで機体は完成しないと思いますけど」

「そのための布仏姉妹だ。つい先日、時雨の機体改造制限が解除された。校外学習に間に合わせるつもりだが、最悪の場合は辞退するそうだ」

「えー、そんなー」

 

 どこからともなくそんな声が上がる。

 

「時雨だけズルいわよ! 布仏さんを独占して!」

「しかも姉妹ってことは、あの有名な布仏先輩とも作業しているってことでしょ!?」

「うらやましい。……この憎しみであの男を葬ることができたらどれだけいいか……!」

 

 布仏本音は人気者である。本人は気付いていないが密かにその癒し属性はみんなが憧れている。また、6月中旬からは少し早いプールも始まっており、普段はわからない豊満なボディも魅力の一つだった。

 

「とか言って、あの2人実はできてんじゃないの?」

「同居しているし、実はもう凄いことをしてんじゃない?」

 

 一部女尊男卑派の生徒がそう言い始めるが、誰も相手にしない。何故なら智久に限ってそれはないとよく理解しているからだ。

 

「いや、ここは智×虚(トモウツ)でしょ。内に秘めた野生で解放し、先輩を手籠めにしていくのよ」

「野生ショタ智久。アリね」

 

 そしてこの人たちは本当にごく一部の存在だ。元々彼女らは男同士の絡みが好きな生徒たちだったが、一夏と智久が険悪になったこと、さらにシャルルが実は女の子だったことで完全に彼女らの興味が失せてしまったのだ。

 しかしそれでは次のイベント抽選に間に合わないと思い、新ジャンルを開拓しているのである。おそらく智久に聞かれたら心から引かれるほどだ。

 そんなある意味いつも通りの教室だが、ラウラは盛大にため息を吐いていた。

 

(……暇だ)

 

 彼女は以前のように姿勢正しくHRも受けていたが、周りは臨海学校が近いこともあってお祭りモードの周りとは相容れないため、孤独である自分の現状をつまらないと感じていた。

 本当なら友人として自分も手伝いに行きたいとは思う彼女だが、残念ながらIS関係となると自分が関わることは難しいと思ったからだ。

 今、更識の人間だが智久に味方する虚や本音ならば表的には無所属なので手を貸すこともできる。もっとも、その分楯無の負担が増えるが、それは今更だろう。

 

「下らん話で盛り上がるな。話は以上だ」

 

 そう言って強引に閉める千冬。だが彼女は先程の言葉に内心ため息を吐いた。

 

(こんな風じゃない……私は……本当の意味で教師になりたいんだ……)

 

 そんな、誰にも言えない悩みを抱えながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私が下見から帰ってきた頃でしょうか、先輩は少し変わっている気がしました。

 なんというか、態度が少し軟化した……とでも言いますか。生徒と積極的に交流を深めようとしているのです。特に顕著になったのは、時雨君との接し方でしょうか。早朝はトレーニング後でしょうか、玄関前で会話をしているのを見かけました。……時雨君には物凄く敬遠されていましたが。

 

「一体、何を考えているんですか? 弟君にデータを横流ししろとでも言うのですか? あんな馬鹿に関わる気はないので放っておいてください!」

 

 ……それにしても、時雨君は凄いですね。あの織斑先生にきつく当たれる人なんて学園でもそういません。やはりモンド・グロッソ優勝者、というのも大きいでしょうが、何よりも生まれ持ったカリスマ性が凄いのかもしれません。そんな相手にああも立ち向かえる人は本当に……少ない……。

 

(……思い返してみれば、あの時もそうでしたね)

 

 デュノア君が正体をバラし、デュノアさんとして転校してきた日。織斑君を好く代表格の3人が織斑君に攻撃を加え始めました。専用機持ちは専用機を展開して攻撃しているのにも関わらず、私は怖くて教卓の中に隠れて震えていました。

 だと言うのに、時雨君は物怖じもせずに止めて、後から来た織斑先生と相談して処分を言い渡すほど。……もしかしたら、

 

(……時雨君に話を聞けば、少しでも成長することができるかも……)

 

 そう思った私は、朝早く織斑先生の部屋に行ってお願いすることにしました。今度の校外学習で時雨君と一緒の部屋にしてほしいと。その申し出は意外なほどあっさりと通ったのは、もしかして織斑先生も久しぶりに織斑君と一緒にいたいと思ったからでしょうか? いや、考えないようにしましょう。

 ………ちなみに、今話を聞きに行かないのは何も怖いからとかじゃないですからね。ただ、彼の専用機作成の邪魔をしたくないだけですから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………できた」

 

 僕は思わずそう言った。

 公欠届を書いてすぐ、僕はデータを解析を進めると共に今の僕に必要なものを考えた。布仏先輩は打鉄の容量を大きくしてくれ、スカートアーマーを撤去し、ブースターを1つから3つに増設し、ラファール・リヴァイヴのウイングスラスターを設置すると共に、布仏さんと一緒にカラーリングを変えてくれた。先輩が言うには、僕は浮遊シールドも使用している時があるので、解除しない方が良いということ。……考えてみれば、試合は意外と使用率が高い。浮遊シールドで受けるとシールドエネルギーはあまり消費しないのだ。というか、動かした分しか減らないし、1周しても確か1も減らないはずだ。……塵も積もれば山となると言うことわざがあるように、使いすぎには注意しておく必要があるけど。

 そこまで考えて、先に2人に言うことがあったことを思い出した。

 

「布仏先輩、布仏さん。手伝ってくださり、ありがとうございます」

「「……………」」

 

 あれ? どうしたんだろう? もしかして僕のを手伝って疲れたとか?

 

「……ねぇ、しぐしぐ?」

「何かな、布仏さん」

「しぐしぐは、私たちのことをどう思っているの?」

 

 どう思っている、か。

 一言で言うならば、2人は可愛い。年上に可愛いというのはおかしいかもしれないが、先輩は美しいが4割とすれば可愛いが6割はあるような人だ。布仏さんは言わずもがな。ただし手のかかる妹というのはあるけど、2人はそう言った答えを求めていないのだろう。

 

「えっと、良い人、かな?」

「……それだけですか?」

「それだけです」

 

 僕はたまに、調子に乗る癖がある。仲が深まったと思って少し慣れ慣れしくしたことがあるけど、その時に「チビのくせになれなれしくしないでよ」と言われ、少しトラウマになっていた。……一番は殺されかけたことだけど、あの時はそんなトラウマを克服しようと思っていたんだ。

 

「時雨君。実は私たち、そろそろ見返りを求めたいと思っているんです」

「………え?」

 

 それって……つまりお金を寄越せってこと?

 確かに今の僕はお金をたくさん持っている。もしかしてそれを目当てだったのかな?

 

「時雨君、そろそろ私たちのことを名前で呼んでもらえませんか?」

「……名前?」

「うん。だって私たち、ずっと一緒に機体を作って来た仲間じゃん~」

「確かに私たちは裏の組織に属する人間ですが、その組織自体は副業みたいなものなんです。本職はその組織なんですが、仕事が無い日が続くことも……あの、時雨君?」

 

 急に話すことを止めた布仏先輩。どうしたんだろうと疑問に思っていると、僕の頬に何かが垂れた。

 

「……これ、何ですかね? 涙?」

「しぐしぐ……?」

「時雨君、大丈夫ですか? もしかして気分でも悪いんですか……?」

 

 どうして僕、泣いているんだろう? もしかして、さっきの見返りって言葉に怯えたのかな?

 

「………ああ、そっか」

 

 僕、本当は2人のことを……更識さんも入れて3人のことを認めていたんだ。

 でも、認めても裏切られるかもしれないって怖くなって……ずっと認めることが怖かったのかな?

 

「………名前で、良いんですか?」

「え? ええ。そうです。名前を呼んでくれたら嬉しいな~て」

「……良かった」

「へ?」

「しぐしぐ……?」

「……お金……払わなかったら機体を壊されるって……こんな関係がなくなってしまうのかなって……思った……」

 

 どうしよう。さっきから涙が止まらない。

 僕は何とかして涙を止めようとする。けれど止まるまでしばらくかかった。

 

 この日、僕は布仏姉妹とお互いを名前で呼び合う仲に発展した。……僕はいつも通り敬称をつけるけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 更識家の16代目は、かなりの親ばかで甘い男だ。

 そんなことは家に所属する人間には周知のことで、特に簪に対しては楯無よりも甘い。それはおそらく課したくもない暗部の長としての訓練を無理やりさせたことが原因だろうが、簪はそのことに気付いていなかった。

 そんな彼女に、1通の封筒が届けられた。IS学園の手紙に関するものは小包から注意されるが、封筒はあまり検閲が厳しくない。

 封筒を受け取った簪は早速自分の部屋に戻って封を切り、中身を確認した。1枚の紙が中から出てきて、簪はその内容を確認する。

 

(………やっぱり……思った通りだった)

 

 あの時、智久に触れた時の違和感。それが何かわからず、ずっと簪は考えていた。着いた答えは、持ち続けていた髪が入っていたお守りだ。

 そこから1本の髪を取り出して父親に理由を聞かずにDNA検査をしてほしいと依頼し、こうして結果が戻って来たのだ。その結果、99.1%一致。

 

(………どうしよう……)

 

 簪は脳内で最悪な結末を思い描いてしまう。それはとても恐ろしく、更識にとって最悪な出来事―――布仏が裏切るという、最悪な結末だ。




また、色々とバカげたアイデアが思い浮かんでしまった……。そんな呟き。

……にしてもレイジバースト面白れぇ!!


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ep.28 男女間の意識の違い

 明日は校外学習が始まる。その初日は完全自由行動だけど、僕は新しい機体のアイデアを纏めるために部屋にこもるつもりだったけど、それを話したら更識先輩に怒られ、何故かレゾナンスというショッピングモールに連れ出されていた。さらに言えば、何故か手を繋がれている。

 

「………ところで先輩」

「二人っきりの時はお姉ちゃんでもいいのよ?」

「白髪に色黒になったら考えてあげましょう。それよりも先輩、あそこにいる2人って少し問題ありません?」

 

 そう言って僕は自動販売機に隠れている代表候補生2人を指差す。

 

「そうね。少し隠れましょうか」

 

 先輩も、目の前の2人が危険人物だということは十分に理解しているみたいだ。

 僕らは彼女らを観察するために近くの壁に隠れ、ISを展開して集音性を高める。

 

「あのさあ」

「何ですの?」

「あれ、手、握ってない?」

「握ってますわね」

 

 ハイパーセンサーが、前にいる織斑君とデュノアさんを捉える。2人は確かに手を握っていた。

 

「そっか。やっぱりそうか。アタシの見間違いでもなく、白昼夢でもなく、やっぱりそっか―――よし、殺そう!」

「こらこら、そんなことをしちゃダメでしょ」

 

 部分展開とはいえ、ISを展開したからか更識先輩が声をかけた。

 

「あ、あなたは……」

「誰?」

「知らないんですの!? この方はロシアの国家代表ですわ!?」

「……あまり大声を出さない方が良いんじゃないかしら?」

 

 そう指摘され、オルコットさんはハッとなって自分の口を塞いだ。後ろを見ると、2人は気付いた様子はないので安心してみたいだけど。

 

「そ、それで他国の代表が何か用?」

「あの、鈴さん。この方はIS学園の生徒会長でもありまして……」

「つまり、今の君を裁けるってわけ」

 

 その言葉を聞いた凰さんは顔を青くする。ホント、何でちょっとした気の迷いですぐにISを展開するんだろうか。……まぁ、ハイパーセンサーを展開した僕もあまり人のことを言えないけどね。

 

「全く、そんなに取られたくないのなら少しは強硬策を取ったらどう? 例えば、こんな風に―――」

 

 そう言って更識先輩は近くで隠れている僕の首根っこを掴んで僕を自分の谷間に押し込んだ。

 

「なっ!?」

「そ、それは……」

 

 うん。なんというか……とても良い形かつ気持ちが良い。弾力やハリも申し訳ない。前は嫌だったけど今は周りにも認められつつあるからこうした余裕もできるんだろうけど、できるならもう少し感触を味わいたい。

 

(まぁ、そろそろ文句の1つは言っておこう)

 

 僕は胸から離れて一言言った。

 

「先輩、僕だって男なんですからみだりに自分の胸に押し付けるのは止めてください」

「でも、気持ち良かったでしょ?」

「そうですね。脂肪の塊と聞いていましたが、衣類の質も相まってかなりのボリュームを感じました。これが年上の余裕というものですね。脈拍も特に変わりなかったようですし、適度な癒しがあったかと」

「…………あ、うん」

 

 どうしたんだろう。今のは感想を求められたと思ったから述べたんだけど、違っただろうか?

 そんな疑問を抱いていると、更識先輩は何故か顔を赤らめていた。

 

「時雨、アンタ……」

「結論から言うと、凰さんだとまず無理な境地かな」

「殺す!」

 

 殺気立ったからか、彼女のサイドアップテールが逆立ち始める。僕は1度咳払いして彼女に言った。

 

「落ち着いて凰さん。女は胸だけじゃないよ」

「さっきまで長々と感想を述べていたくせに、よくもぬけぬけと!!」

「…………………はぁ。これだから非オタは屑なんだ。大体、普通に考えて胸が大きすぎると老後では乳房が垂れて裸なんて見れるものじゃないし、今と言う時期を乗り越えれば重視されるのは性格だけ。その性格が屑ならばもはや救いようがな―――」

「……時雨さん、隣をどうぞ」

 

 そう言われて僕は隣を向くと、足を振るえさせて壁を支えにして立っている先輩の姿があった。

 

「…………胸なんて、いずれ痩せるから大丈夫なのよ」

 

 少し涙目な先輩が可愛く見えた。

 とりあえず、先輩を「今は今なんですから気にしなくていいですよ」と慰め、僕らは流れるように2人から離れようとすると、何故か2人に体を掴まれた。

 

「あの、お二人には興味がないのですが」

「そうじゃないわよ!? このまま先に行かせるもんですか!」

「だってあなた、一夏さんと合流してこのことを知らせるでしょう!?」

「…………僕はあんな何も考えていない能天気な奴と会話するつもりはないんだけど?」

 

 ―――パシッパシッ

 

 先輩が流れるような動きで手を弾き、僕を抱きかかえてそのまま華麗に移動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらくして、僕らは水着売り場に着いた。

 

「……ところで、先輩って水着はいるんですか?」

「そうね。最近買ってないから買おうかしら。たぶん前のはもう入らないでしょうから」

「腹部でも大きくなったんですか?」

「胸部が大きくなったんです」

 

 そう言いながらアイアンクローはちょっと辛いです。

 と、ここで僕らは一度別行動をする。男女では水着売り場が別だからだ。

 

(……って、言ってもあんまり種類ないんだけどね)

 

 女尊男卑の影響か、男物の水着は種類が少ない。まぁそれでも一通りの種類は揃っているので別に良いかって思っている。……種類が多くても売れなければ意味がないからね。

 

「ところで、シャルも水着を買うのか?」

「そ、そうだね……あの、一夏はさ、その……僕の水着姿、見たい?」

 

 そんな会話が聞こえてきたので、僕は適当な物を選んでレジに向かった。資金が増えてくれるのは素直に嬉しいね。

 

(……女の買い物は長いって聞くし、適当なベンチで休も)

 

 買った袋を持って空いているベンチに座る。場慣れしている男なら同伴者が女だろうと入っていくかもしれないけど、生憎僕はそろそろ16歳になる童貞だ。そんな勇気はありません。それに何かあれば向こうから連絡はあるだろう。

 そう考えてボーっとしていると、さっきまで僕がいた店で口論がされていた。ハイパーセンサーを起動して確認すると、どうやら織斑君が問題を起こしているみたい。

 

(事情は知らないけれど、災難だね)

 

 デュノアさんが諫めているのを確認した僕はまたしばらくボーっとしていると、さっき織斑君に文句を言っていた女性が僕に声をかけてきた。

 

「そこのあなた、今すぐそこから退きなさい」

「………どう見ても空いていますよね?」

 

 僕が座っているベンチは成人男性が寝ていても問題程広いものだ。だからテリトリーが広い人でもそこまで気にしない程なんだけど。

 

「私はね、男と一緒に座りたくないの」

「……だったら別の場所に座ればいいじゃないですか」

「そこが良いのよ。いいから退きなさい」

 

 いくら何でも横暴すぎるでしょ。

 ため息を吐くと、気に障ったのか急に殴られた。

 

「随分と生意気ね。ちゃんと躾されていない証拠だわ」

 

 そう言ってその女性はもう一度拳を作って僕に殴りかかってくる。瞬間、何かが過ぎった気がして、弾かれるように拳に手を添えて動いた。

 

「この―――」

 

 女性は背後に回った僕を蹴ろうと瞬間、僕は無理やり引っ張られた。

 

「助けに入るのが遅くなってごめんね」

「……いえ」

 

 それよりも、かなり軽々と持たれたことに少し泣きそうになっている。

 

「あなたは、更識楯無。国を捨てた女が邪魔をするな!」

「国を捨てたなんて失礼ね。私がロシアで代表をしているのは期間限定なんです!」

 

 その間にも僕の後頭部は更識生徒の胸と密着している。

 

「まぁいいわ。その男を返しなさい。その反逆者は調教する必要があるわ」

「―――言っておくが、その男はクラスの中だとマシな部類に入るぞ」

 

 声がした方を向くと、突っかかってきた女性の後ろから織斑先生と山田先生が現れた。……それよりも、緊急事態が発生した。

 僕は更識先輩の手を軽く叩いて離してもらい、すぐに椅子を使って迫ってくる何かの前に出る。

 

「ストップ、幸那」

「退いてトモ君! そいつ殺せない!」

 

 一体どこに仕組んでいたのか、鉄製の演武昆を持った幸那が殺気丸出しで現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間は少し遡る。

 

「中3の夏は特別なのよ!」

「………ああ、まぁそれはともかくだな、いくら買い込みすぎだろ。ったく、何で家族はこう蘭には甘いんだよ」

 

 定食屋を営む祖父を持つ五反田兄妹が夏に備えてレゾナンスに繰り出していた。

 

「2人も悪いな、あの馬鹿妹に付き合わせてしまって」

「……いえ、お気になさらず」

「そうですよ。私たちもそろそろ水着を新調したいと思っていましたから」

 

 兄の弾は随伴してくれている2人―――北条雫と藤原幸那にそう言うと、どちらも好反応を示す。

 

「でも蘭、あなたも少しは持ちなよ。お兄さんだって今日はこっちに買い物があるから来ているんだし」

「いいのいいの。どうせお兄の手持ちなんて少ないから高いものなんて買えないしね」

 

 妹の欄の言葉に幸那はため息を吐いた。

 

(……悪い子ではないんだけどね)

 

 少し女尊男卑のきらいがある。特に兄に対する態度は明確だった。これで好きな人がいると聞いた時は幸那は本気で驚いたことがある。

 

「あれ? 弾! それに蘭も!」

 

 唐突に聞こえた男の声に蘭は一度固まり、すぐに満面な笑みでそっちを向いた。

 

「一夏さん!? どうしてここに?!」

「買い物だよ。もしかして2人も?」

「そうなんです!」

 

 突然現れた一夏に、幸那と雫は少し顔が暗くなった。

 

「2人は蘭の友達?」

「はい。目がぱっちりしている黒い髪の方が藤原幸那で、目が青い方が北条雫です」

 

 あっさりと名前をバラす蘭に内心ため息を吐く2人。

 

「俺は織斑一夏、よろしくな」

「はい。お噂はよく聞いてます」

 

 雫はそう答え、一夏が握手しようと手を伸ばした時、雫の前に荷物が放られる。

 

「……何? ああ、そういうこと」

 

 すべてを察した雫は、幸那に合流しようと移動した。弾はそれを行き場を無くした一夏の手を見て少し噴いた。

 余談だが、蘭は雫が日本の代表候補生であることを知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「落ち着いた?」

「はい」

 

 なんとか幸那を宥める。さっきの女性は既に暴行罪で既に警察に引き渡されいる。その時に「その女も捕まえなさいよ!」と叫んでいたけど、僕が被害者で届け出ないことを言うと警察はあっさり引いた。

 

「ダメじゃないか。いくら僕が襲われているからってあんなことをしたら」

「………だって」

 

 僕は見ない間に背が伸びた幸那の頭を撫でる。こうしたら幸那は落ちつくからだ。

 

「久しぶりだな、弾」

「千冬さんこそお変わりなく………ところで、何でスーツなんですか?」

「それは聞くな」

 

 恥ずかしそうに顔を赤らめる織斑先生。もしファンの子が見たら写真を撮るだろう。

 

「ところで、トモ君はどうしてあの女と一緒にいるんですか?」

「あら、私がいたら不満?」

「そうですね。いっそのこと胸部の脂肪がなくなってくれればいいのにと思います」

「兄妹揃って怖いことを言うわね」

 

 どうやらさっきのことを引きずっているようだ。

 ちなみに、さっきまでいた織斑君はどこかに消えてしまっている。ここにいるのは幸那が同行している人たちと、僕と更識先輩、それに1組担当教員の2人だ。

 

「初めまして、時雨智久さん。私は北条雫と言います。以後、お見知りおきを」

「時雨智久です。いつも幸那と仲良くしてくださり、ありがとうございます」

「いえ。私も彼女にいつも助けてもらっているので」

 

 髪が黒いのに目が青いけれど、何かの遺伝かな? 中二病だったら話が盛り上がるかもしれない。

 なんて下らないことを考えるのを止め、僕らは軽く自己紹介を終えてそれぞれの店に行くために分かれることにした。……幸那は凄く名残惜しそうにしていたけど。

 

(………僕も別の場所に移動しようかな)

 

 鞄以外何も持っていない物を見るに、多分更識先輩は何も買っていないのだろう。まだかかるだろうし別の場所で時間を潰した方が建設的かもしれない。そう思って場所を移動しようとすると、更識先輩に肩を掴まれた。

 

「ちょっといいかしら、時雨君」

「説教なら聞きませんよ」

「そうじゃないわ。水着を選んでほしいのよ」

「僕にあそこのダークマターに入れと言いたいのですか?」

「むしろ光じゃないの?」

 

 冗談じゃない。僕は犯罪者になるつもりはない。………いや、ならないけど。

 

「大丈夫よ。いざとなれば私がいるし、次は裏で潰すから」

「さりげなく物騒なことを言わないでくださいよ………わかりましたよ。いざとなれば僕もISを展開します」

「してもいいけど、バリアだけだからね」

 

 それはテロを想定してのことだろうか?

 仕方なく中に入ると、何故か織斑君とデュノアさんが怒られていた。

 

「………本当に、彼は問題児ですね」

「帰って来た時は本当に驚いたわ」

 

 聞こえないような声量で僕らは会話をする。全く、少しは大人しくならないのかな。

 

「で、先輩が選んでほしいって水着はどれなんですか?」

「そうね。これと、これなんだけど」

 

 そう言って先輩は2つのビキニタイプを見せてきた。

 1つは先輩の髪の色に近い水色。もう一つは青い水着だ。

 

「じゃあ、水色の水着で、後はこの灰色の長袖パーカーに、これもありですね」

 

 僕はオプションで麦わら帽子も取って被せてみる。うん、似合う。

 

「じゃあ、一度試着を―――」

「ともかく、出ましょうか」

 

 さっきは無理やり連れてこられたから、今度はこっちの番。

 僕は先輩の腕を引っ張って、すぐさま退散しようと試みる。

 

「そんなに焦らなくても大丈夫よ。すぐに会計を終わらせて来るから」

「え? 僕がしますけど……」

「もう、お・ま・せ・さ・ん」

 

 それ、耳の近くで言う必要あります?

 突っ込みそうになったけど、今はこの場からすぐに退散することを選ぶ。そう思ってできるだけ人気がない場所を通ろうとすると、誰かに腕を掴まれた。

 

「あれ? 更識さん?」

「……ちょっと来て」

 

 さっきとは違って少しホッとした。たぶん彼女とは話が合うからかもしれない。

 なされるがまま移動していると、また2つの水着を出された。

 

「……どっちがいいと、思う?」

「………更識さんは黒の方かな」

「……ありがとう。試着してくる」

「…じゃあ、僕は外に出るから」

 

 今度はすぐに外に出ようとすると、近くで何かが開かれる音がし―――

 

「見て見てかんちゃん、これ―――」

 

 聞き覚えのある声がしたなぁ……って思って振り向くと、顔を赤くした布仏さんがいた。

 

「……うん。似合ってるよ、布仏さん。じゃあ、僕は行くから」

 

 先に外に出た僕は冷静に地図のアプリを開いて、近くに中古屋を探す。あ、ここから数mか。ついでにトイレも探そう。そろそろ、僕の血流がとんでもないことになってきているからね。




女性の買い物って、本当に長いんだよね。本当……。

※26話、少し修正を加えました


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ep.29 周りは騒げどマイペース

気が付いたら、書いていた。


「ああ、時雨。ちょうどいいところにいた」

「……何の用ですか?」

 

 トイレに行こうとしたら、織斑先生が声をかけてきた。彼女がスーツで助かった。さっきから思春期男子には刺激が強いことが多かったから。

 

「なに、私の水着を選んでもらおうと思ってな」

「………弟をさっき怒っていたんですから、そのまま選んでもらえば良かったじゃないですか」

「一夏なら、山田先生がどこかに連れて行ってしまった」

「デートじゃないですか? 彼だって馬鹿でアホでどうしようもない人間だとはいえ、そこさえ除けばイケメンですし」

「……………まさかそこまで嫌っているとはな」

「真面目な話、僕らは相容れない存在ですよ。向こうは迫ってくるので殴り飛ばしたい気分ですが」

 

 まぁ、これを姉に言ったところでどうしようもないか。

 とはいえ、あの男は本当に鬱陶しいことこの上ない。なにせ風呂が解禁される日は決まって僕を誘いに来るのだから。

 

「……でだ、どっちの方が良いと思う?」

 

 織斑先生は無理やり話を戻す。せっかくずらそうとしていたのに。

 差し出されたのは白い水着と黒い水着。似たような露出だけど、黒の方は股部分に若干の露出をさせている。となれば……

 

「黒の方ですね。織斑先生は白いジャージを着ていることはありますが、全体的に黒が映えると思いますので」

「………なるほどな。それとな、一夏の事をイケメンと言っていたが、中々お前も可愛い顔をしていると思うぞ」

「織斑先生はISが無ければただの男前な女上司ってだけで、多少とっつきにくいですが弟に対しても面倒見がいい少しオジサマ気味の男を引っかけることができたかもしれないのに、どうしてこうなったんでしょうかね」

「……………怒って、いるのか?」

「やだなぁ。温厚な僕が怒るなんてあるわけないじゃないですか……あ、後ゴーグルを忘れずに」

「? 私は目を開けて泳げるぞ?」

「ゴーグルは海水から目を守るためですよ。後は胸元に異物を置くことで胸への注意を引きつけます。それによって胸が小さい人は将来の期待やチッパイなどによる別の意味での興奮を、そして大きい胸を持つ人にはそのまま、スタイルの良さから性的興奮を誘発させる作用があるかと」

「……随分と詳しいんだな」

 

 この人は何を言っているんだろうか。こんな知識くらい―――

 

「恋愛シミュレーションゲームをやったことがない証拠ですね。ただでさえ、あなたは男日照なのですからせめての慰めにしてはどうです? 女向けにもいくつかありますよ」

「………いや、いい」

 

 恋愛シミュレーションゲームだと、夏にプールはありがちなイベントなんだから客観的に分析すれば誰にだってわかることだ。

 

「わ、私にもいずれいい男は見つかるさ」

「男といえば、さっき黒いバンダナを付けた赤茶色の髪をした人がいましたよね?」

「ああ、五反田弾か。それがどうした?」

「知っているなら少し教えてもらっても良いですか? 場合によっては股間にある異物を切り落とす必要がありますので」

 

 あの時は普通に分かれたけど、考えてみれば幸那をそのまま放置するのはマズかったのではなかろうか。

 

「落ち着け。あの男はそう言った感情は持ってない。……まぁ、確かに年相応とは感じたが……」

「織斑先生のフィルター的には?」

「………一夏と同い年の男はどうかと思うがな。精神的に育っているならともかく」

 

 良かった。これだと僕は対象外だろう。さっき「可愛い」とか言われたから狙われていたのかと思った。………流石に考えすぎかと思ったけど、最近の織斑先生は何故か僕に構いすぎな気がするからね。

 

「あ、そうそう。織斑先生は生身の方でもお強いでしたよね」

「当然だ」

「それは良かった。もし変な虫が寄り付いて織斑君に難癖付けられたくありませんから」

 

 直接姉にそう言うと、織斑先生は頬を引き攣らせていた。

 

「ところで、私はそろそろ出てきていいかしら?」

「買い物は終わりましたか? じゃあ、寄りたいところがあるのでそっちに行きましょう」

 

 と、僕は新作のゲームを買いに向かう。そこでも更識さんたちとバッタリ会ったので、僕らは旅行先でも通信できるように対戦ゲームを買った。ついでに最新型のパソコンも、ね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「海っ! 見えたぁっ!」

 

 翌日。僕らはバスに乗って目的地に向かっている。周りは騒いでいるけど、当の僕らは―――

 

「ま、またやられたぁ!?」

「甘い、甘いよ本音さん! 所詮君も有象無象の一部でしかないと言わざる得ないね!」

 

 6月末に発売されていたIS(インフィニット・ストラトス)/VS(ヴァースト・スカイ) UnLimited(アンリミテッド)-Custom(カスタム)で戦っていた。ちなみにこれはIS/VSのフルカスタマイズ可能タイプであり、わかりやすく言えば神速狩りゲーなどで自分に似たキャラメイクができるように、ISを自由にカスタマイズできる。最近ではレーザーサーベルなどが装備可能となっていて、ますます機体は強くなっていく。

 

「でも、やっぱり物足りない」

「えー? どうしてー?」

「何でISで瞬時にパッケージが換装できないんだよ!? おかしいじゃないか!!」

「………あ、そこなんだ」

 

 別に僕は主人公だとか言うつもりはないよ。でもね、思うんだ。瞬時にパッケージを換装で来たら、どれだけ戦略に幅ができるんだろうって。でも、

 

「やっぱりIS系の戦闘システム全般クソだね。こんな簡単なこともできないなんてありえないよ。何で追加パッケージですぐにオンとオフが切り替えられないんだよ。ロボット界では常識だよ、常識。せめてゲームとかアニメとかじゃしてくれてもいいじゃん。あり得ないよ、ホント」

「しぐしぐ、落ち着いて~」

 

 僕は気分を変えて一度電源をオフにしてからカセットを入れ替える。さて、化け物を狩ろう。

 

「しかし、時雨や布仏はよくこの揺れを物ともせずゲームができるな。信じられん」

「IS操縦者が何を言ってるんですか。ま、僕は久々にゲームをするのでそのせいでテンションが高いだけかもしれませんが」

「そうなのか? てっきりやり込んでいるのかと思ったが……」

「基本的にしていませんね。まぁ、ちょくちょく参考のシーンが欲しい時は起動はしていますが、それだけです」

 

 というかそんな時間がなかったって言うのが正しいんだけど。ずっと勉強漬だったし。

 織斑先生は外の様子を伺う。小さいけれど宿のようなものが見えてきたから、たぶんアレだろう。

 

「そろそろ目的地に着く。全員ちゃんと席に座れ」

 

 そう言って一度立ち上がった織斑先生は席に座る。ちなみに織斑先生と山田先生が座る席は監視しやすいためか反転している。こんなところで無駄に金を使わなくてもいいだろうに。

 やがて宿に着き、僕らはそれぞれ準備をしてバスから降り、クラスごとに整列した。

 

「それでは、ここが今日から3日間お世話になる花月荘だ。全員、従業員の仕事を増やさないように注意しろ」

「「「よろしくお願いしまーす!!」」」

 

 タイミングを計って全員で挨拶。そして僕は久々に見る姿のため、前に出た。

 

「お久しぶりです、清州さん。今日はよろしくお願いします」

「あらあら。男子が2人いるって聞いたけど、あなただったのね。久しぶり。3年ぶりかしら?」

「ええ。もうそんなになりますね」

 

 3年前まではまだ人数は少なかったので、たまに海水浴に来ていたのだ。

 

「なんだ、知り合いだったのか」

「ええ。この施設は施設でよく利用するんです。……子どもが多いのでよく迷惑をかけていますが」

「智久君はよく小さい子を纏めていたんですよ。今日は大きい人ばかりですけど」

「学校の行事で来ていますからね。また溜まったら来ますよ。あ、それと」

 

 僕は少し下がって織斑君を引きずり出した。

 

「これが、もう一人の残念な人です」

「いや、その紹介はないだろ!? お、織斑一夏です。よろしくお願いします」

「うふふ、ご丁寧にどうも。清洲景子です」

「この人は問題児なので特に注意してください」

「何でだよ!?」

 

 どうやら彼は自覚ないらしい。

 そんなやり取りを経て、僕らはそれぞれの部屋に移動を開始した。

 

「なぁ智久、俺たちの部屋はどこになるんだろうな」

「少なくとも、君とは別の部屋だと思うけどね。そうじゃなかったら、僕は適当に廊下で寝るよ」

「………なぁ、もう少しみんなと関わろうぜ。のほほんさんだけだと飽きるだろ?」

「君たちはオタクじゃないから話が合わなすぎるんだよ。だから君は自覚が足りないしね」

 

 最近は特にそう感じなくなった。出会った頃は別の部屋にしてほしいなって本気で思っていたけど。

 

「2人共、部屋はこっちだ。追いて来い」

 

 言われて僕らは織斑先生の後に続く。かなり奥の方に移動すると、ドアには僕と山田先生の名前が書かれていた。その隣は織斑姉弟の部屋らしい。

 

「最初は2人を同室にするという話になったがな、それだと時雨の身が危なすぎると言うことでこうなった」

「なるほど。織斑君の部屋に女子が押し寄せて、最悪の場合部屋が吹き飛ぶ可能性がありますしね。その点、僕は自分の立場を自覚しているので山田先生に手を出すことはないし、時間をきちんと守る人間としか関わっていないし、就寝時間を守らせる人間だから問題ない、と。織斑先生の部屋が手前なのは最悪の場合、ですか」

「そういうことだ。念のために厳命するが、絶対に手を出すなよ?」

「わかりました。性的行為を行わないことを誓います」

 

 ここまで言えば問題ない。僕は早速中に入って荷物を置き、パソコンを起動した。

 

「智久! 海に行こうぜ!」

「僕はいいよ」

 

 床に寝転んでゴロゴロする。たまには昼寝をして英気を養わないと人間は疲れるんですよ。

 

「何で智久はそうやって周りを拒否するんだ。もっとみんなと仲良くした方が楽しいだろ」

「逆に聞くけど、君は平然と周りと仲良くできるの? 普通ならばそんなことはできないと思うけど」

「普通にできるさ。智久は二の足を踏んでいるだけだ」

「そりゃあ踏むに決まっているじゃん。付き合ってもプラスにならないどころか、むしろ危険かもしれないと思えるクラスメイトと深く関わるなんてさ。もしそいつらがいずれ敵になったらどうするの?」

「て……敵になるなんて……」

「なるんじゃないかな。特に君の場合はいつもだけどね。僕はつくづく不思議でならないよ。下らないことでISを持ち出せる危ない人たちと仲良くなれるなんて。僕にはとてもできないよ」

 

 したい、とも思わないけど。

 

「それは、俺が悪いんだよ。………理由はよくわからないけどさ」

「その時点でおかしいって思えばいいじゃん。本人に尋ねた? どうしてISを使って攻撃してくるかって。まぁ、そんなことをすればまたISを使って君を攻撃するだろうけどね」

 

 まぁ、そんなことは予見なんてしなくてもわかることだけど。

 

「悪いけど、僕は君たちのペースに合わせるつもりはないさ。僕は僕で行動するから放っておいて」

「………わかったよ」

 

 そう言って織斑君は部屋を出て行く。まぁ、どうせ彼はすぐに忘れるだろうけどね。

 でも、どうして彼はあの3人……いや、デュノアさんを入れて4人と一緒にいられるんだろう。僕の場合は、趣味が合うし価値観が似ているってのもある。そして、僕に構っている暇はないってところかな。更識先輩は未だによくわからないけど、本音さんと虚さんは僕に色々と尽くしてくれた。今のところ、彼女らに何かをプレゼントするくらいしか考えがないから、いつかはしたいと思っている。

 

 ………なんて考えていると、いつの間にか僕は寝てしまっていたようだ。

 

「あ、起きたね~」

「本音さん。今、何時……?」

「まだ1時前だよ~」

 

 じゃあ、2時間ぐらい寝ていたみたいだね。

 

「……ところで、この柔らかい感触は……何?」

 

 ……冷静になって考えてみよう。

 今、僕は本音さんに覗かれるような体勢になっている。……となれば、考えられることは1つしかないかもしれない。

 

「………ありがとう。まさか僕が膝枕を体験できるとは思わなかった」

「気にしないで。私が好きでやっているから」

「……アハハハ。それなら、お言葉に甘えようかな」

 

 そう言えるほど、僕はいつの間にか本音さんに心を許しているみたいだ。たぶん、虚さんにも。

 でも、お礼は言ったけど実は1つ腑に落ちないことがある。それは……彼女が狐の着ぐるみを着ていることだ。

 

「ところで本音さん。それって熱くないの?」

「ううん。涼しいよ」

「それならいいんだけどね。とても暑そうにしか見えないから。……それに、本音さんの顔も赤くなっているみたいだし」

 

 僕は彼女の顔が当たらないように避けて立ち上がる。

 

「さて、僕は海に行くけど……本音さんはどうする?」

「私も行くよ~」

 

 僕が手を出すと、本音さんは手を取ってくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、学園長の菊代は北条院に訪れていた。

 

「今日は悪いね」

「いえ。……それで、大丈夫なのですか?」

 

 菊代は心配そうにアキを見る。

 

「へーきへーき……って、言いたいんだけど、残念ながらそうじゃないんだよ。今日もだいぶ血を吐いた」

「………確かに私たちはいつ死んでもおかしくはない。………でも―――」

「だからキクちゃんに来てもらったんだ。私がいつ消えても問題ないようにね」

 

 アキはそう言って通帳とカードを差し出す。その名前は「北条 アキ」ではなく「時雨 智久」になっていた。

 

「他のみんなを移動させる手配は既に住んでいるよ。全員、遅くても7月末には移動させる。それに、幸那にはすべてを話しているんだ。かつて心を病んだ智久を救ったのは、彼女だから」

 

 どこか寂し気に語るアキ。咳き込むと、彼女の手には血が広がっていた。

 

「アキ……」

「気にしないで。私たち人類はいずれこうなる。私はみんなよりも少しそれが早かっただけだよ。……後は智久だけだ」

 

 そう言ってアキはファイルを渡した。菊代はそれを受け取り、中を見た。

 

「………これは」

「…つまりそういうことだよ。智久と幸那、あの2人だけはただ捨てられたってわけじゃない。特に智久は特殊だ。おそらく、ISを動かしたのは必然だろうね」

 

 そのファイルには智久に関する重要な秘密が眠っている。菊代はすぐに閉じて静かに言った。

 

「………確かに、預かりました」

「キクちゃん、最後にお願いを聞いてもらえるかい」

「…何でしょうか?」

「……智久を、お願い。絶対に守ってあげて」

 

 ―――あの子は、生まれながら酷な運命を背負い続けているから




少々、シリアスな雰囲気をぶち込みましたが、次回からは元に戻りますからご安心を。


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ep.30 変わりつつある者たち

 僕は初めて、女子に囲まれている。ようやく我が世の春が来たか、と言う反応でもすればいいのかもしれないけど、残念なことに僕にはそんな勇気はない。

 

「凄い。時雨君って小さいのにこんなに筋肉があるんだ」

「しかもこんなに引き締まって。まさしく、理想の身体じゃないかしら」

 

 いざ、泳ごう。そういう気概で来たのはいいけど、たまたまビーチにいた人たち注目され、ここ数か月で急に増えた筋肉に触り始める。僕はすぐに逃げるようにそこから離れて、海に入った。

 

(やっぱり来たくなかった)

 

 そう思いながら、僕は1人でブイの方まで泳いでいく。意外と距離はあるけど、泳ぎ切れない距離ではない。同じように前方で泳いでいる人がいるし……あ、あれはラウラさん。

 比較的に泳ぐのは得意なので、僕は少し接近……って早ッ!? 伊達に軍人として過ごしているわけではない、か。

 

「誰かが来ていることは気付いていたが、智久か」

 

 僕がブイに着くと、ラウラさんが声をかけてきてくれた。

 

「うん。身体は動かしておかないと鈍るしね。残りはひたすらトレーニングに費やすつもり」

「ほう。それは感心だな」

「じゃあ僕はあそこの崖に向かうから」

 

 そう言って僕はできるだけ岩がない場所へと移動を開始した。

 泳ぎ過ぎて少し疲れているけど、体力は増えているだろうし問題はない。そのまま岩場につかまって登って行く。

 

(もう少しで頂上だ)

 

 順調に進んでいるのを感じ、僕は一番上に手を伸ばすと悲鳴が上がった。

 

「ひっ!?」

「え? 誰かいるんですか?」

「……その声は、時雨か……?」

「げっ!?」

 

 思わず僕も声を漏らす。あの声は切り裂き潰し魔の篠ノ之さんの声だ。

 

「篠ノ之さん、今すぐそこから下がってください。あと木刀持っているならしまって」

「な、何故木刀を出しているってわかった!?」

「…………何でここで素振りしているんですか」

 

 ため息を吐きながら登りきる。内心ホッとしていると、篠ノ之さんが僕をマジマジと見ていた。僕も、日頃ではお目にかかれないその姿に少し驚いている。意外にも、似合っているのだ。………って、

 

「何で水着に木刀ってミスマッチな姿でいるんですか?」

「いちゃいけないか?」

「命の危険がありますからね」

 

 まぁ、幸いこっちにはISはあるけど、部分展開ってあまり自信はない。

 それよりも、この人は本当に織斑君のことが好きなんだろうか? この前のことといい、水着で木刀を装備していることといい、とても好いているとは考えにくいのだけど。

 

「お前は何でここに来た」

「登りやすそうな崖があったからです。そっちこそ、よく激戦区から離れて日向ぼっこなんてできますね。幼馴染っていうのはそんなに余裕があるんですか?」

「……お前には関係ないだろう」

「そりゃ失礼しました。確かに僕には関係ありませんね。どっちにしろ、僕の周りに余計なことをしないでいただければ結構ですから」

 

 そう言って僕は少し足早にその場を去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ずっと走り回っていたら、気が付けば日も暮れ始めていた。

 2回目に来るとその場には篠ノ之さんは既になかった。たぶんどこかに行ったんだろう。

 

「本音さん。あーん」

「あーん」

 

 テーブル席に着いた僕らは隣に座る本音さんに刺身を食べさせていた。相思相愛……なんてわけではない。

 

「ありがとう。後は僕でも食べれるものだよ」

「いえいえ~」

 

 苦手な魚の刺身が出ていたので、僕は食べてもらっていたのである。

 

「んっ~~~!?!」

 

 後ろではデュノアさんが騒いでいる。一体何があったというのか。

 僕は少し後ろを見ると、鼻を抑えて涙目になっていた。……もしかして、ワサビをそのまま食べた、とか?

 

「だ、大丈夫か?」

「ら、らいひょうぶ……風味があって、おいしいね」

「どこまで優等生なんだよ」

 

 ……いや、それは箱入り娘なんじゃないかな? どっちかというと。

 まぁフランスでワサビを食べることはないから、仕方ないといえば仕方ない、かな?

 

「しぐしぐ。あーん」

「あーん」

 

 今度は僕が好きな刺身が来たので、僕はありがたくいただくことにした。

 

「時雨君、あーん」

「あーん」

 

 また好きなマグロの刺身。というか更識さんは何でくれたんだろう。

 

「……可愛い、わね」

「ねぇ時雨君。あーんして、あーん!」

「あ、いいです」

「何で私は拒否するの~!?」

 

 いやだって、僕らはそんな関係じゃないですからね。知らない人から物をもらってはいけませんといつも言われているので。

 なんてやっていると、後ろが段々と騒ぎ始めていた。

 

「あああーっ! セシリアズルい! 何してるの!?」

「織斑君に食べさせてもらってる! 卑怯者!」

「ズルい! インチキ! イカサマ!」

 

 僕と織斑君とではこんなに差があるわけだ。というかそんなに騒いでいたらあの女が来るんじゃ―――

 

「―――お前たちは静かに食事することができんのか!!」

 

 ほら、現れた。何でみんなこう、大人しくできないんだろ。

 

「どうにも、体力が有り余っているようだな。よかろう。それでは今から砂浜ランニング……いや、時雨がしていたことをやろうか。時雨、貴様の今日のメニューを言え」

「え……ただブイまで泳いで手ごろな崖を登って、そこから旅館前の砂浜に戻ってくるだけでしたけど……」

 

 もしかしてマズいことなんじゃないだろうか。

 

「先生! そんなことは普通できないですよ!」

「時雨みたいに機体を常時所持できるからできることです。パワーアシストを使っていたんですよ!」

「どこかの馬鹿共が最近頻繁に使っているからな。最近は常時辺りに探知を飛ばしている。ISを展開してればすぐにわかるが?」

 

 途端にオルコットの顔色が悪くなったのは気のせいじゃないのかもしれない。

 

「織斑、あまり騒動を起こすな。鎮めるのが面倒だ」

「わ……わかりました」

 

 ……ま、確かに鎮めるのは面倒だよね。気持ちはわからなくもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからしばらくして、僕は風呂に行くことにした。もちろん、既に歯は磨いている。食べた後の歯磨きは必須だから。

 男の入浴時間は予め決まっている。せっかくの露天風呂だから少しは楽しむべきだろう。

 僕は脱衣所に常時着用を義務付けられている浴衣を畳んでかごに入れて置き、貴重品はかごの奥に置かれている金庫に入れておく。

 そして中に入ると、海を一望できることに年甲斐もなく興奮した。まぁ、表には出さないけど。

 

 ―――がららっ

 

 げっ、織斑君がもう来たの?

 そう思った僕は後ろを向くと、そこにはバスタオルを巻いた更識さんがいた。

 

「………遊びに来た」

「あ、うん………」

 

 しばらく僕の思考は停止した。復活した時は先に前に隠す。

 

「さ、ささむごっ」

「しー」

 

 僕は何度も頷いて、理解したことを伝える。

 確かに、今は男子に開放されているけど、もう一つは女子に開放されている。男女間でしようと思えば会話ができるほど空いている。もしここに更識さんの存在がバレたら更識さんは変態扱いされるだろう。……どうせ男に裸を見せるし、なんて思った僕はやはり状態がおかしいのかもしれない。

 僕はとりあえず、更識さんから離れて体を洗う。彼女も同じ通りにしているけど、ふとある考えが過ぎった。

 

(……こういう時に織斑君が来るんじゃないかな?)

 

 いや、あり得る。織斑君は風呂が好きだから絶対に来る。

 ってことはかなりマズい状況ではないだろうか。ならば今すぐに出した方が良いかもしれない……けど、

 

(………どうしてこうなったのだろう)

 

 僕と更識さんは岩場の陰に隠れていた。お互いが背中を合わせてである。

 

「……どうして、こんなことをしたの?」

「……会いたかったから」

 

 それは理由になってないよ。別に風呂で会わなくてもいいよね!?

 叫びそうになった衝動をなんとか抑えると、更識さんは僕に抱き着いてきた。

 

「………それに、昔は一緒に入ってたから、今更」

 

 思春期じゃない時はそれをしていたかもしれない。でもごめん。全然記憶にございません。

 

「……やっぱり、忘れちゃってるんだ」

「…うん。いつからかわからないけど、僕は4年生の時からしか覚えていないんだ」

 

 その以前までのことは、僕の周りを火を囲っていたことしか覚えていない。これは幸那にすら話していないことだ。いや、話せなかった。気が付けば、僕は施設にいて、最初は鬱陶しく思う程なれなれしかった女の子がいたこと、そして僕が殺されかけたこと。

 

「……残念」

 

 そう呟いた更識さんはいきなり僕を引っ張って―――キスをした。

 どれくらいしてだろう。時間なんて忘れるほど衝撃的で、僕は混乱していた。

 

「……本音には内緒にしておいて。たぶん怒るから」

「……………わかった」

 

 その後、僕が外に出たら織斑姉弟の部屋の前でいつもの問題児3人にスパイ女を含めた4人が聞き耳を立てていた。

 

「………何してるの?」

「ちょっ、しー!」

 

 ともかく僕は巻き込まれたくなかったから、さっさと退散した。少ししたら、何かが騒いでいる音がしたけど、どうせバレたんだろう。

 僕は自室に戻ると、先に戻っていたらしい山田先生に呼ばれた。

 

「時雨君、少しいいですか?」

「……何ですか?」

「ちょっと相談したいことがありまして……」

 

 口調はオドオドしているけど、本気らしい。少し待ってもらい、荷物を置く。

 

「で、その相談って何ですか?」

 

 僕は冷蔵庫に入れておいたオレンジジュースを出した。中には店が用意したジュースがあるが、別個に用意しておいたのだ。

 

「時雨君から見て、私は頼りないと思いますか?」

「そうですね。IS操縦は凄いと思いますが、それだけしか取り柄がないと思います。少なくともIS学園の教師は向いていないでしょうね」

 

 その言葉にグサリと来たのか、山田先生はうなだれた。

 

「……やはりそうなんですね。あの、具体的にどこが悪いかとか、指摘してもらえませんか? 実は私、新任なのであまりそう言ったことはわからなくて、ですね……」

 

 僕はそう言われて、一番の原因を注視した。それがどこか理解した山田先生は自分の胸部を隠す。

 

「な、何ですか!? いくら何でも胸は触らせませんよ!」

「いや、別にそれはいいんですが。というか、山田先生の場合は格好が原因なんですよ。はっきり言いますと、山田先生は格好に貫禄がないんです」

 

 その言葉に山田先生は倒れる。……ノリがいいな、この人。

 

「………やっぱり、そうなんですね。でも今着ている服しか、胸の影響が少ないのってないんです」

「別に無理して女性用じゃなくてもいいんじゃないですか?」

「え?」

「そもそも、女性がスカートじゃいけないって法律はありませんし、たまに女性でもズボンをはいている方もいるのですから、いっそのことそうしてはどうでしょう? 後は、織斑先生みたいに物理攻撃をするのも1つの手ですよ」

 

 すると、山田先生は驚いて僕を見る。

 

「意外です。まさか時雨君からそんな言葉が出るなんて……」

「山田先生は優しすぎるんです。だから専用機持ちたちが図に乗るんです。織斑先生の場合は暴力を多用しすぎですが、山田先生の場合は相手の鼻を折る、くらいしないと」

「………なるほど。じゃあ今度、私と一緒に来て服を選んでくれませんか!?」

「それは織斑先生と一緒に行ってください。でも、教師っていうのも難しいですよね。少し暴力を振るえばやれ暴力教師だのなんだのと騒ぎたてる。そんなんだから、自分が悪だと気付かない」

 

 ―――一部の人間に対して殺人が罪に問われなければいいのに

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――一部の人間に対して殺人が罪に問われなければいいのに

 

 そう智久が言った瞬間、真耶は息を呑んだ。普段は真面目で自分が指摘した時もスラスラと答えていくほど勤勉な智久が、真面目な顔をしてそんなことを言ったからである。

 

「……あ、あの、時雨君……?」

「? どうしました?」

 

 さっきの雰囲気はどこに行ったのか、平然と応対する智久。

 

(もしかして、ストレスが溜まっているのでしょうか………)

 

 思い返してみれば、智久はこれまでまさしく貧乏くじを引かされ続けていた。

 クラス対抗戦では機体を持っていたこともあって率先してドアを破壊、また箒の暴走によって自ら戦闘域に入って所属不明機の撃破に貢献。学年別トーナメントではラウラの暴走を彼女を助けてほぼ自力で脱出して事態を収束させ、教室内での暴走を止めるなど、とてもつい最近まで一般人だった人間がこなすことではないことをこなしてきた。IS開発やゲームなどでそのストレスは解消されているとは思ったが、どうやらそうではないらしいことを知った。

 

「あの、時雨君。あまり無理しないでくださいね。いざとなれば私たち教師が―――」

「教師がこれまで何かの役に立ちましたか?」

 

 多少はあった。だが、それも本当に微々たるものだ。

 智久にとって、学園長夫妻は「IS学園教員」という部類に含まれないと思っている。1人は用務員でもう1人は学園長であるため、彼が認識する「ほとんど役に立たない無能な教員ら」に入れるのは間違っていると感じているからだ。

 

「正直なところ、私はあまりあなたたちが役に立っているとは思いません。過度な差別は普通にしてきますし、これまで先人たちは本当に何をしてきましたか? 女性が法律で優遇されているから? そんなことに現を抜かしているから未だにビット兵器が量産されていないのでしょう? あなたに言うのは筋違いだということは十分に理解してますが、せめて人型機動兵器を量産軌道に乗せてから威張りましょうよ」

 

 ―――本当に、使えないんだから

 

 また、だ。

 真耶にとって、智久と言う存在がわからなくなる。見るだけで恐怖を感じ始めているのだ。

 

「はっきり言って、僕はあまりIS学園の教員を信じていません。あなたや織斑先生がどれだけ強くても、所詮専用機を持っているわけじゃありませんしね」

 

 その言葉を聞いた瞬間、真耶は泣きそうになったが―――事実だった。

 自分がかつてどれだけ強いと噂されてようが、織斑千冬がモンド・グロッソで優勝していようが、結局は無力である。真耶はそれを突き付けられた気分になった。

 その夜、真耶は智久に気付かれないように泣いた。自分の無力さや教員として全く何もしてやれていないことを恥じながら。




なんか、ブーメランになってそうだなぁ。

次回はとうとう、あの人が登場します。


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ep.31 天才だってさ……で、それが?

 2日目。長い自由時間を終えた僕らは、この合宿の目的に取り掛かる。

 

「全員集まったな。……ラウラ、眠気覚ましの代わりにISのコア・ネットワークについて説明してみせろ」

「は、はい!」

 

 珍しくラウラさんは寝そうになっているので、復習のための材料になっていた。

 

「ISのコアはそれぞれが相互情報交換のためのデータ通信ネットワークを持っています。これは元々広大な宇宙空間における相互位置情報交換のために設けられたもので、現在は開放通信(オープン・チャネル)個人間秘匿通信(プライベート・チャネル)による操縦者会話など、通信に使われています。それ以外にも、『非限定情報共有(シェアリング)』をコア同士が各自に行うことで、様々な情報を自己進化の糧として吸収しているということが、近年の研究でわかりました」

 

 これだけ聞くと、開発者はISを宇宙で同時に使用して探索させるために開発したものだと思う。情報を共有し、危険区域を指定し、集団で迎撃など。元々ISは宇宙開拓用だから、従来の兵器を超えたことはある意味仕方がないことかもしれない。

 

「これらは製作者の篠ノ之博士が自己発達の一環として、無制限展開を許可したため現在も進化の途中であり、全容は掴めていないとのことです」

(………だとしたら、いずれはコアとも対話することもでき、場合によっては人類はISの家畜に成り下がるということか)

 

 そう言えば昔、そういうドラマがあったなぁ。主人公が四肢を持った携帯をぶん投げる話。

 

「よくできたな。ただし、授業には集中しろよ」

「……はい」

 

 褒められたことがなかったのか、ラウラさんは呆然とする。

 

「さて、それでは各班ごとに振り分けられたISの装備試験を行うように、専用機持ちは専用パーツのテストだ。全員、迅速に行え」

 

 そう指示された僕らは各々動き始めた。僕は個人で機体を持っているので専用機持ちに該当される。

 ちなみに、訓練機に割り振られている装備の中には、僕が以前使用した織斑君曰く凶悪装備も含まれている。学園長からお願いされたこともあって、僕らは快諾した。

 

「さて、しぐしぐ、かんちゃん、やろっか」

「………」

「………えーと」

 

 何で本音さんがこんなところにいるのかな? 本音さんも一応訓練機組に該当されるはずなんだけど……。

 

「あれ? 聞いてない? 私はしぐしぐの機体調整するようにって学園長直々にお達しが来たんだ~」

「…………本音は私と同じで、特別に整備科の一般生徒と同じく整備機材を自由に使える許可証を持ってるから」

「…僕、そんなの持ってないけど」

「しぐしぐの場合は特別なのです。お姉ちゃんが学年主席だから、その口添えもあって特別に許可をもらってるんだ~」

 

 そ、そうだったんだ………。

 気を取り直して僕は個別に持って来た四角いキューブを2つ出して、それぞれにカートリッジを差し込んでスイッチを押すと、簡易ハンガーが展開された。

 

「……凄い」

「あ、片方は更識が使って。僕はこっちを使うから」

 

 左側の簡易ハンガーに移動すると、何かが砂を巻き上げつつ爆走している。えっと、女性?

 

「ちぃいいいいいちゃぁあああああんッ!!」

 

 ちーちゃんって、誰? いや、どうでもいいか。

 幸い、僕が設置したハンガーに当たらないし、そのまま作業に取り掛かる。

 何故か騒がしくなったけど、まぁどうせ僕らには関係ない。……でも一応、ハンガーの脚立部分の固定強度を上げておこう。

 そして僕は打鉄からバージョンアップした「打鉄荒風(あらかぜ)」を展開する。従来の打鉄は灰色だったけど、僕のは黒色に所々灰色の紫の塗装がされている。さらに背部にはメインブースターの下に制限付きだけど稼働スラスターが増設され、左右には3対6枚のウイングスラスターが展開されている。背部だけ見ればどう見ても自由天使です。しかし残念ながら、上部にプラズマビーム砲は仕込まれていない。また、腰部から脚部にかけて広がっていたスカートアーマーはパージされていて、代わりに巡行爆弾《ハリケーンボム》が装備されている短めのを装備している。

 

(………あれ? あまり進んでない?)

 

 ふと、気になって辺りを見回す。全員はある一点に注目していて、全然作業を進めていなかった。その一点には見たことがない女性がおり、さっきから周りにアクションをかけている。………ここって外部の立ち入りを禁止されているはずだけど。ISスーツ姿が裏で取引されていることが判明したとかの理由で。

 

「おい束。自己紹介くらいしろ。うちの生徒たちが困っている」

「えー、めんどくさいな。私が天才の束さんだよ、ハロー」

 

 適当にそう言って「束」と名乗った女性は織斑先生の方に向き直った。周りはそれで騒がしくなるが、どう聞いても精神年齢が大人じゃないので、頭がおかしい人と思って関わらないように作業に戻った方が良いかもしれない。

 

「本音さん、続きをやろう」

「あ、うん……」

 

 本音さんも生徒会の人間だから、動くかどうか迷っていたみたい。でもああいう頭がおかしい人間には関わらないのが吉である。

 僕らは軽く設定を弄って、僕はドッキング試験のために先に発進した。

 

「本音さん、お願い」

『りょーかーい』

 

 ハンガーはカタパルトも兼ねていて、いつでも発進できるようになっている。本音さんはコンソールを操作して今回のテストの目玉である超大型ブレードを展開し、僕の方に発射した。

 僕は砂浜に背を向け、超大型ブレードとドッキングするために相対速度を合わせる。するとブレードが分裂し、腕部と脚部に外部パーツとしてドッキングした。この外部パーツは各所に量子変換システムが使用されていて、様々な武装を展開して使用することができる。もっとも、この外部パーツは主に災害救助用として将来使用してもらえばなと思っている。

 

『きゃああっ!!? な、何なんですか!?』

『ええい、よいではないかよいではないかー』

 

 ISの高い聴音によって、そんな会話が聞こえてくる。山田先生はつくづく不幸体質だな。殴りすぎるのは好きじゃないけど、こういうときは殴ればいいのに。

 しばらく飛んで異常を探し、いざ攻撃テストを行おうとすると、ハイパーセンサーが何かが落下してくることを知らせてきた。

 それをターゲットにしようと設定すると、こっちにミサイルが飛んでくる。

 

(ここじゃ、島に被害が出る……!)

 

 すぐに島から離れて僕はエネルギーサーベルを抜き、斬り払う。終わるとすぐに落下した地点をみる。……幸い、死傷者はいなさそうだ。

 

『しぐしぐ、大丈夫?』

「問題ない。それより、そっちは?」

『こっちも大丈夫だよ~』

 

 その言葉を聞いて僕はホッとした。

 やり取りの間に落下したものはなく、代わりにISが鎮座している。

 

『じゃじゃーん! これぞ箒ちゃんの専用機こと「紅椿(あかつばき)」! 全スペックが現行ISを上回る束さんお手製のISだよ!』

 

 …………なんてことをしてくれたんだろうか。

 今の言葉がその通りだと言うのなら、真剣すら平然と人に向ける悪魔に、最強のISを渡したことになる。

 

(………攻略できないわけじゃないけど、だとしてもあの女は渡した人間がどれだけ危険か理解しているの……?)

 

 楽しげに調整を始める天才……かどうかは本気で怪しいところだ。

 

「本音さん、こっちはこっちのことを始めよう」

『らじゃ~』

 

 コンソールが操作される。すると空中に移動型ドローンが展開され、僕に追従する形で迫ってきた。

 僕はさらに島から離れて生徒たちに被害が出さないようにし、テストを始めた。

 まずは両腕部を稼働させて迫ってくるドローンを破壊する。握って突き出したり振り下ろしたりすると砕かれ、マニピュレーターを開き、攻撃することで剣と同じく斬れる。その行為を何度も行ってドローンを破壊しつくすと、会話が聞こえてきた。

 

『あの専用機って篠ノ之さんがもらえるの……? 身内ってだけで?」

『だよねぇ。なんかずるいよねぇ』

 

 彼女らの気持ちはわかる。篠ノ之さんはなんら努力していない(というかしているのを見たことがない)。確かに剣道部に所属して本人は中学の頃に全国大会でも名を馳せていた存在だとしても、彼女は国家に所属する代表でなければ候補生ですらないのだ。いくら天才の身内だからと言ってもこれは少し異常だろう。……もっとも、天才の妹だからこそ、専用機が与えられるという事態は理解できるけど、それならば最初からそうしろという話だ。そうすれば彼女もこうやって同級生に非難されることはなかったんだしね。

 

『おやおや、歴史の勉強をしたことがないのかな? 有史以来、世界が平等であったことなど一度もないよ』

 

 …だからこそ、僕には訓練機の改修機なんだけど。

 

『……不満?』

「不満じゃないよ。これはこれで、自分の勉強にもなるしね」

『……しぐしぐ、誰と話してるの?』

「え?」

 

 急に本音さんにそう言われて、僕は驚いた。

 

「ううん。独り言」

『そう? ならいいけど……』

 

 ………焦った。本音さんと話しているつもりだったのに、急にそんなこと言われるなんて思わなかった。

 とりあえずドッキングを解除して、通常状態に戻って外部パーツを超大型ブレードに戻してもう一度ドローンを飛ばしてもらった。

 その間に織斑君は白式を展開して放置された女性が何かを刺していた。

 

『んー……不思議なフラグメントマップを構築しているね。見たことがないパターンだ。いっくんが男の子だからかな?』

『束さん、そのことなんだけど、どうして男の俺がISを使えるんですか?』

 

 想定よりも軽いと思いつつ、会話をBGMにドローンを破壊していく。数機固まっているのを見つけて僕はブレードの刀身を開き、握りに仕込んだトリガーを引いて破壊した。……ところで、企業から預かっている機密事項をそう簡単に明け渡してもいいのかね。

 ちなみに僕の機体はフィッティングをしていないので、フラグメントマップは構築されていない。

 

『ん~……どうしてだろうね。私にもさっぱりだよ。ナノ単位まで分解すればわかる気がするけど、していい?』

『いいわけないでしょ……』

『にゃははー。そう言うと思ったよん。んー、まぁわからないならわからないでいいけどねー。そもそもISって自己進化するように作ったし、こういうこともあるよ。あっはっはっ』

 

 ……そんな無責任なものをどうして公表したんだか。

 あの事件でどうしようもなかったとしても、破壊すれば少しは違うものができたかもしれないのに。

 

『……それに、別にいっくんじゃなくてももうひとりいるしね』

 

 ―――ゾクリッ

 

 背筋に悪寒が走る。さっきの言葉も合せて考えるに、つまり僕を解体しようという腹か。

 何人か巻き込むかもしれないけど、今すぐ障害を排除しようと考えたら、その前にその女性が吹き飛んだ。

 

『いっつつ……もう何するんだよ、ちーちゃ―――』

『……束、死にたいか?』

 

 見たことがない笑顔だった。

 おそらく写真におさめたら、彼女の有名さも相まって「幻の1枚」として世に語り継がれるレベルのものである。

 

『じょ、冗談だよ、冗談。今のはほんのジョークだって。だから、ね? わりと危ういその拳は今すぐ下げてくれない?』

『気にするな。お前がどう思うが、今この場でお前が死ぬまで殴るだけだ』

『気にできない! そんな状況は本当に気にできない!』

 

 ちなみに僕は静観を選ぶ。いくら天才だろうが彼女を生かしていたら僕の身が危ういからだ。

 

『お、落ちつけよ千冬姉! ここで束さんを殺したって―――』

『学校では織斑先生だといつも言っているだろう!!』

『ひっ!?』

 

 あ、これはマジな奴だ。

 僕は止める……なんて考えは最初からないので着地しても問題ない場所に降りて移動する。

 

「束、することが終わったらさっさと帰れ。邪魔だ」

「ま、待って! 俺、他にも束さんに聞きたいことがあるんだ! 後付装備をつけてもらえるかって話を!」

「ごっめーん。それ、私ができないように設定しちゃったから無理」

「顔面は陥没でいいな? いや、先に紅椿のマニュアルを作成しろ。なに、しばらくは学園で整備することになるからな。お前が死んでも大丈夫なように今すぐしろ」

 

 次はどのテストをしようかと考えていると、黒いオーラを放っている織斑先生がそう言った。

 

「しぐしぐ、止めなくていいの?」

「危険人物が消えるなら別にいいかなって」

「ほら、あれだよ! あの倉持って以前は代一形態で単一仕様能力を発現させる機体を開発していたし、それに沿って特別に開発しただけだよ! 後付装備機能を封印したらできたんだって!」

「……そうか。だが後で紅椿のマニュアルを作成しておけよ」

「箒ちゃんに渡すために――」

「学園に渡す分もだ。サボったら、わかっているな?」

 

 そう言って織斑先生は他の生徒にテストをさせるために見回りを始める。……そうだ。

 

「本音さんもこの機体に乗ってみる? 設定なんて保存しなければ前の状態に戻せるし」

「……後にするよ。今は、ね」

 

 そう言って意味深く束って女性を見る。おそらく彼女を警戒しているのだろう。暗部として………最近、彼女が暗部に所属する人間だって忘れているよね、僕。

 報告書を書きあげようと、昨日買った新しいパソコンを開き、文書アプリを起動させる。最近は何かと入力する機会があったから、タイピングスピードはかなり上昇している。これなら数十分もあれば書き上がるかな。

 とか思っていると、急に砂が舞って………いや、砂が飛んできて僕はパソコンをかばった。

 

「どうどう? 箒ちゃんが思った以上に動くでしょ?」

『え、ええ……まぁ……』

 

 向こうでは紅椿がテスト操縦している。最新鋭機という部類に恥じないほど、その機体は早かった。………あまり周りに気を配れないのは、もう彼女の特性かもしれない。周りを見ると、紅椿の近くにいた人はかなり砂を被っていたようだ。

 

「じゃあ刀を使ってみてよ。右が《雨月(あまつき)》で左が《空裂(からわれ)》ね。武器特性のデータを送るねー」

 

 にしてもかなりテンションが高いね。まぁ、自分が作ったのが何の問題もなく動くのは開発者としては嬉しいのだろうけど。……見習いの僕も荒風が問題なく動いた時は本当に嬉しかった。

 

「更識さん、調子はどう?」

「……………全然」

 

 そう言って紅椿に乗る篠ノ之さんを食い入るように見ていた。

 

「やっぱり、羨ましい?」

「………うん。でも、私は……」

 

 まぁ、更識さんの場合は先輩が一人で作り上げたっていう噂が流れているからね。特に同じ学生だから、プレッシャーがすごいのかもしれない。……僕はあまり気にしていないけど。

 ミサイルを撃墜し、その強さを示す紅椿…と篠ノ之さん。

 

「確かに紅椿はかっこいいけど……ISって良くも悪くもラッキーパンチがないから、倒そうと思えば倒せるんじゃない?」

「……え?」

「それに篠ノ之さんって欠点が多いから、精神崩壊を狙えば勝てるよ。それに女としては更識さんの方が魅力的だから気にしない方がいいよ」

「……そういうことじゃない」

「まぁ、何にせよこれだけ言わせてよ。ISを開発するのは本当に優秀な人がたくさん集まって、初めて実現できることなんだ。僕のようにスラスターをパッケージと騙して無理やり使うのが、虚さんや本音さんを巻き込んでもこの日に間に合わせるのは精いっぱいだった。だから企業に見放された君が一人で開発するっていうのなら、時間がかかるのは当たり前。だからたまには息抜きしよ。それに途中で投げ出したりしたところで誰も非難しないよ。もしした人がいたなら、僕がISを使ってでも整備室に監禁してやるから」

 

 もちろん、食料も設計図もない状態だ。

 一つ補足すると、僕のウイングスラスターはIS専用機にある機能強化専用パッケージ(オートクチュール)と同様のもので、僕しか持っていない。僕だけの機体という意味では、荒風は専用機に分類されるのでそう言っている。

 

「―――大変です! お、織斑先生!」

 

 試験中に席を外していたらしい山田先生がそう叫んだ。

 

「どうした?」

「こ、これをっ!」

 

 山田先生から端末を受け取った織斑先生が元から険しい顔をより一層険しいものに変える。

 

「特命任務レベルA。現時刻から対策を始められたし……」

「そ、それが、ハワイ沖で―――」

「機密事項を口にするな。生徒たちに聞こえる」

「すみません……」

「専用機持ちは?」

「全員出席しています。……ただ、更識さんは……」

 

 山田先生は更識さんの方を向いて困った顔をした。理由はわからないけど、彼女がそんな顔をされる謂れはないと思った僕は睨みつけると怯んでしまった。それから2人の教員は手話で会話し始めた。

 

「……これは、ちょっとヤバいかも」

「……うん」

 

 2人はわかっているらしく、どちらも険しい顔をする。

 

「それでは、私は他の先生たちにも連絡してきますので」

「了解した。全員、注目!」

 

 手を叩いて自分に注目することを促す織斑先生。

 

「現時刻より教員は特殊任務行動に移るのでテスト稼働は中止! 各班はISを片づけて旅館に戻れ! 連絡があるまで各自室内待機すること! 以上だ!」

 

 突然そう言われたことで、周りは動揺するが織斑先生は容赦なく急がせる。

 

「とっとと戻れ! 以後、許可なく室外に出たものは我々で身柄を拘束する! いいな!!」

 

 普段よりも切羽詰まった物言いで、無理やり納得させる。この手腕は流石だと思った。

 

「専用機持ちは全員集合しろ! 織斑、オルコット、時雨、デュノア、ボーデヴィッヒ、凰、更識…そして篠ノ之も来い!」

「はい!」

 

 気合いの入った返事をする篠ノ之さん。確かに彼女も専用機持ちになったけど、彼女を呼ぶ必要はないのではないかと思う。

 僕らは機体を待機状態にして簡易ハンガーを戻す。

 

「私は他の人の手伝いをするけど、気をつけてね」

「……うん」

 

 この時、僕は何のことかわからなかった。




まぁ、いくら束が天才だとしても智久には何の関係もないですしね。勉強で常にトップの人の話をしても、それに興味がない人にとって「へー、すげー」で終わるのは終わります。


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ep.32 作戦会議の乱入者

この少し前に31話を投稿していますので、まだ見ていない人は戻りましょう


「では、現状を説明する」

 

 花月荘から少し離れている宴会専用の大座敷「風花の間」の中に、所狭しと機材が置かれている。その中央に展開された空中投影ディスプレイを囲うように座っている僕らに織斑先生はそう言った。中はできるだけ明るくするためか、電気は点けられていない。

 入ってから少しして上に何かが現れたので、僕は警戒していた。

 

「2時間前、ハワイ沖で試験稼働にあったアメリカとイスラエルの2カ国で共同開発された第三世代型軍用IS「銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)が制御下を離れて暴走。監視空域より離脱したと報告があった」

 

 ………これが人に作られし法律が壊された結果、か。

 IS条約……もとい、アラスカ条約では軍用ISの開発は禁止されているはずだ。だというのに、今織斑先生はそう言った。……アメリカはISが出ても世界のトップだし、周りは何も言えなかったのかもしれない。

 

「その後、衛星による追跡の結果、シルバリオ・ゴスペルはここから2km先の空域を通過することがわかった。時間にして50分後。学園上層部からの通達により、我々がこの事態に対処することになった。教員は訓練機を使用して周辺空域並びに海域の封鎖を行う。よって、本作戦の要は専用機持ちに担当してもらう」

 

 ………普通なら、学生である僕らがこういったことをするのはお門違いなのだが、もし異常事態になった場合、スペックの関係上は専用機持ちが駆り出されるのが常だ。

 これは以前、更識先輩から聞いた話だけど、専用機持ちはこういった事態に陥った場合、積極的に任務に参加することを各国政府から通達されているんだそうだ。理由はIS学園にそう言ったことで恩を売ることができたり、模擬戦とは違う他国の専用機のスペックが露見したり、敵の情報を得ることができるからである。後は確か、過酷な状況に追い込むことで、専用機が二次移行してくれるかもしれないというちょっとした期待をしているとかなんとか。なのでIS学園もそれに目を瞑り、戦力としてカウントしているのだそうだ。ただ、専用機持ちが不調だったり、辞退することだってできる。

 

「それでは作戦会議を始める。意見がある者は挙手するように」

「はい」

 

 すぐに挙手したのは2名。ラウラさんとオルコットさんだ。

 

「2名…いや、どっちも一緒か……ボーデヴィッヒ」

「目標ISのスペックデータを要求します。オルコットもか?」

「ええ」

「…わかった。ただしこれらは2カ国の最重要機密だ。決して口外するな。漏えいした場合、諸君には査問委員会による裁判と最低でも2年の監視が付けられる」

「了解しました」

 

 ……対応するの、こっちなのにな。

 みんなは見に行くけど、僕は監視が怖いので二の足を踏んでいる。それを怪しいと思ったのか織斑先生が声をかけてきた。

 

「どうした時雨。気分でも悪いのか?」

「………いえ。ただ、ちょっと……」

「なに。監視や査問委員会と言ってもそんな大層なことではない。そんなことで露見させた者ではないのが犯罪者扱いするというのなら、私が直訴する」

「いえ、気になる技術は徹底的に実現したいと思い始めているので」

 

 実のところ、「生徒の安全のため」と称して紅椿を取り上げ、使われている技術を解析したいと思っている。

 

「それはどうしようもないな。だが、それは大丈夫だ」

「……何故ですか?」

「現在、アメリカのIS部隊がこちらに向かっている。この作戦が終わった後、私が回収して厳重に保管する。幸い、私の方が生身でも強いからお前の暴走は止めてやろう」

「今すぐ見てきます」

 

 悲しいけど、残念なことにそれが現実だ。

 僕はスペックデータを見て、すぐに作戦を立てる。攻撃と機動に特化されたタイプの機体で、攻撃タイプは射撃がメイン。近接は格闘で仕掛けてきそうだけど、そうなれば凰さんやラウラさん辺りが立ちまわるべきか。その後ろにオルコットさんとデュノアさんが援護。数値で言えば、格闘での対処が無難。……問題はオールレンジ攻撃か。マルチロックオン・システムが入っていなければ少しは救いがある。……そういう意味では自由戦士は鬼畜、と。

 ラウラさんが偵察を行えないか質問したが、織斑先生は無理だと言った。

 

「ゴスペル……以後福音と呼称するが、そいつは今も超音速飛行を行っている最高速度は時速2450kmを超えるとある。アプローチは1度が限界だろう」

「1回きりのチャンス……ということは、一撃必殺の攻撃力を持った機体で当たるしかありませんね」

 

 その言葉に、とりあえず納得はしているのか頷いている織斑君に視線が集まった。

 

「え…えっと……」

「一夏、アンタの零落白夜で落とすのよ」

「それしかありませんわね。ですが問題は……」

「どうやってそこまで一夏を運ぶか、だよねエネルギーは全部攻撃に使わないといけないし」

「しかも、目標に追いつける速度が出せる機体でないとな」

「…超感度ハイパーセンサーも必要」

「ちょっ、ちょっと待ってくれ! 俺が行くのか!?」

 

 その質問に3人が同時に答えた。

 

「「「当然よ」ですわ」だよ」

 

 ……あれ? 3人?

 

「しかしそれでは少し決め手に欠けるな。射撃型がほしい」

「……うん。それに、確実なものがないと少し不安」

 

 それがラウラさんと更識さんの意見だった。

 

「織斑、これは実戦だ。もし覚悟がないのなら無理強いはしない」

「……やります。俺がやってみせます」

 

 …はたして、急増の覚悟に一体何の価値があるというのだろうか。…口には出さないけど。

 

「よし。それでは作戦の具体的な内容に入る。現在、諸君の機体の中で最高速度が出せる機体はどれだ?」

 

 その質問に答えたのはオルコットさんだ。

 

「それなら、わたくしのブルー・ティアーズが。ちょうど本国から強襲用高機動パッケージ「ストライク・ガンナー」が送られてきていますし、超高感度ハイパーセンサーも付いています」

「超音速下での戦闘訓練時間は?」

「20時間です」

「よし、それならば適任―――」

 

 話がまとまりかけたその時、ずっといた上から陽気な声が聞こえてきた。

 

「待った待ったー! その作戦はちょっと待ったなんだよ!」

 

 僕はすぐさま上を向いた。さっきの侵入者は降りてきてすぐに織斑先生のいるところに移動した。

 

「ちーちゃん、ちーちゃん。もっと良い作戦が頭の中にナウ・プリンティングゥ!」

「出て行け」

「ここは断、然、紅椿の出番なんだよ!」

「何?」

 

 どうせ採用されないので、もっと確実性のある決め手を考える。

 相手は高機動型で、超音速飛行を続けているということはスピードが速い。白式もブルー・ティアーズも機動力は高いし、ブルー・ティアーズはパッケージもあるので底上げされる。後は当てるだけ……

 

「具体的には白式の《雪片弐型》にも搭載―――」

「武装が強いならあえて外してマウントさせるのも1つの手だし、アンカーを使えば動きは遅くなる。問題はブルー・ティアーズが過重によって遅くなる可能性もあるし………」

 

 そう考えながら僕はふと、ラウラさんを見た。

 

(いやでも……こんなところで負担をかけるのもどうか……いや、彼女は現役軍人でもあるわけで、こういう事には慣れて―――)

「―――ねぇ」

 

 誰かに話しかけられた気がするけど、僕じゃないだろうから無視すると、後ろで鈍い音が鳴った。

 

「……大丈夫か、時雨」

「ちーちゃん。離してよ」

「離したらお前は時雨に攻撃するだろ?」

「でもこいつは―――」

 

 何でこの2人はどこかの武闘家みたいにけん制しているんだろうか?

 

「時雨、お前には何か考えがあるんじゃないのか?」

「……いや、良いです。らう……ボーデヴィッヒさんに万が一があったら困りますし」

「いや、智久。私は軍人だ。こういうことは慣れている」

 

 ……でも、正直僕が困るんだけど……。

 

「……なに。お前が提案したところで責任を感じる必要はない。すべて私の責任になるだけだ」

「…じゃあ、言いますよ。ボーデヴィッヒさんも出すべきなんじゃないかって思いまして」

 

 一度深呼吸してから僕は言った。

 

「織斑君は仮に出すとしても、近接ブレード以外の戦い方はあまり知らないので接近するしかない。オルコットさんも牽制はできるしビットはあるけど、飛ばしている間は本体が動けない。なら、一部の制限はありますがボーデヴィッヒさんのAICならばどんなに速くても動けなくすることは可能です。あと、そこまで輸送する手段も」

「……それはすぐにでも可能か?」

「はい。展開に2分ほど必要で、保護機能でもGがかかる代物ですが」

 

 ちなみに僕は、30分ほど意識を失っていた。

 

「……それは2人搭載はできるか?」

「そうですね。ただ、撃ちだすだけなので、移動距離は稼げますが……ただ帰ってくるのは自力なので、高速による逃走はできません」

「じゃあ、やっぱり箒ちゃんと紅椿で良いじゃん! ねぇちーちゃん!」

「………えっと」

 

 僕は乱入者を改めて観察する。なんというか、育っている所は育っているのに……子供だな。

 

「あ、でも操作次第によっては戻ってくることもできますよ」

「何?」

「元々、一度に複数の人を回収するために開発したものなので、高速戦闘なんてものは視野に入れていないんです。ただ、「カタパルト」には2つの意味を持っている通りにしただけですから。そもそも災害発生後の負傷者救助が主体なんですから、高速で帰ることはできないと思ってください」

 

 むしろ、単体で戻るならISを使った方が早い。

 

「それに最初からボーデヴィッヒさんという切り札を出すのは無謀なので、彼女には少し後に出てもらって後方からレールカノンとAICによる援護をお願いしましょう」

「………あー、そのことなのだがな、時雨はどれくらいまで話を聞いていた?」

「えっと、その女性が作戦に紅椿を推したところですね。先程少しだけ紅椿の性能は見ましたが、紅椿だと作戦は少しばかり落ちるかと思いますが?」

 

 その言葉に先に反応したのは、他でもない篠ノ之さんだった。

 

「何故そんなことが言える。紅椿のスペックは高いと姉さんも―――」

「でも篠ノ之さんは、ISだと僕より弱いよね?」

 

 たぶんこれが原因だけど、その場の空気は悪くなった。

 

「確かに紅椿のスペックは凄いけど、君は紅椿での実戦経験は皆無だ。それに君は代表候補生じゃないからこういった訓練もしていない。織斑君は機体特性上出すしかないかもしれないけど、君はオルコットさんという似たような立場がいる以上、死にに行く必要はないと思うけど?」

「死にに行くって……」

「でも、僕らが対処しようとしているのは「軍用」だよね?」

 

 正直、僕は彼女がどうなろうか知ったことじゃない。けど、ここで()()行くことを()()()ないと、後から非難させられる可能性がある。

 

「ただ遠足に行くのとわけが違う。場合によっては相手を殺す必要も出てくる。その覚悟は君にはあるのかい?」

「ある。私はそのために専用機を受け取ったんだ!」

 

 思わず僕が笑いそうになったので、無理やり顔を変えた。

 

「そう。じゃあどうぞ」

「……何を企んでいる?」

「別に何も。どうせここでお互いの主張をぶつけたところでタイムアップだし、結局は織斑先生が決めることだしね」

 

 すると織斑先生の端末に軽いアラームが鳴った。少し操作すると織斑先生は舌打ちした。

 

「……では作戦を通達する……その前に、束。紅椿の調整にはどれくらいの時間がかかる?」

「お、織斑先生!?」

 

 驚いた声を上げるオルコットさん。僕も内心同じ気持ちだけど、もしかしたら何か通達されたのかもしれない。

 

「わ、わたくしとブルー・ティアーズなら必ず成功してみせますわ!」

「そのパッケージは量子変換(インストール)してあるのか?」

「そ、それは……まだですが……」

 

 確か量子変換って凄く時間がかかるんだよね。虚さん曰く、物によっては40分から数時間単位のものまであるんだとか。

 

「ちなみに紅椿の調整時間は7分あれば余裕だね」

「…よし。では本作戦は織斑・篠ノ之の両名をメインとした目標の追跡及び撃墜を目的とする。ただし、ボーデヴィッヒは3分後に出撃し、レールカノンとAICによる援護を行うこと。作戦開始は30分後。各員、ただちに準備にかかれ!」

 

 織斑先生が手を叩いて促す。僕はすぐ篠ノ之さんを押し倒して胸を鷲掴みした。

 

「なっ!? 貴様―――」

「織斑先生!」

 

 ―――ガッ!!

 

 やっぱりね。思った通りだ。

 

「織斑先生、これから準備してきますので、すみませんがその人の指の骨を折るなりしてください」

「そうなるとかなり骨なんだがな」

「それと安心してください。僕はあなたの妹さんに全く興味ありませんので。ただこうしたらあなたが釣れるかと思っただけです。では、失礼」

 

 さてさて、作業をしよう………その前に先にトイレで手を洗って来よう。

 

「……一夏にも揉まれたことないのに……」

「それを本人の前で言わない時点でって思うけどね」

「!?」

 

 いや、聞こえているから。織斑君と同じ扱いをしないでほしいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちーちゃん離して! あいつ殺せない!」

「……むしろ当然の判断だと思ったぞ。……いや、私が迂闊過ぎたか」

 

 だが内心、千冬は喜んでいた。こういう時にいつもはそっけない相手に頼りにされたことに、である。

 その間、まるで何事もなかったようにラウラは立ち上がり、箒に言葉をかけずに外に出た。

 

「……許さん。いつか絶対にギャフンと言わせてやる」

 

 箒は箒でそんなことを呟いていたが、急に後ろから感じた気配に驚いて振り向いた。

 

「……何だ更識」

「…別に。ただ、胸が大きくても肩が凝るだけって聞いてたのは確かかなって思っただけ。使わなければ宝の持ち腐れだし」

「うっ………」

 

 痛いところを突かれた箒はうめき声をあげる。だがそれは箒だけでなく、比較的にある方であるセシリアとシャルロットもだった。

 

「フフン、やっぱりそ―――」

「まぁ、無い人は無い人で努力をしないといけないし、一緒にされたくないけど」

 

 簪はそう毒を吐いて、智久の手伝いをするために部屋を出て行った。



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ep.33 それぞれの戦い

「でも、大人も面倒なことをしてくるよね」

「ん? 何の話だ?」

「さっき織斑先生の端末が鳴ったでしょ? たぶんアレ、あの女性がいることを知った誰かが「彼女の言う通りにしろ」って命令してきたんだと思うよ」

 

 調整が終わり、僕はラウラさんと話をしていた。

 

「………根拠は?」

「篠ノ之さんだと不安要素が少しあるからね。援護射撃ができて高速移動ができるオルコットさんが無難だということは誰にだってわかることだ。篠ノ之さんは接近戦は得意だけどさ」

「その割には智久はあっさりと引いたな」

「言った通り、あそこで揉めたって何の得もないからだよ。まぁ、成功したらしたらで助長しそうだけど、その時は精神を折りに行けばいいし」

「……具体的には?」

「自分の立場を自覚させることかなぁ。あの子、全然理解していないから」

 

 そう言うと、ラウラさんは首を傾げた。

 

「あー、簡単に言うとこれまでの篠ノ之さんを誘拐しようと思えば誰だってできたんだよ。彼女は生身でも十分強いけど、ラウラさんのような軍人や相手を殺すことを極めた人たちが相手なら簡単にさらえる。銃の扱いさえ知っていれば、よほどの強風じゃなければ素人でも簡単にダメージを負わせることだってできる。スナイピングはもちろん、IS学園の窓は強化ガラスで抜けないにしても、近づいて刺し殺すくらいなら僕でもできるよ」

「……それはまた随分と大きく……いや、智久ならそれは可能か。私からナイフを簡単に奪えたのだからな。もしかして、昔はスリとかして稼いだとか?」

「………みんなの物を独占する子どもって、いるよね」

 

 再びラウラさんは首を傾げる。興味ないけどそのしぐさだけ見ていると頭を撫でたくなる可愛さが彼女にはあった。

 

「すまんな。私は普通の生活をしてきたことがない」

「……それは仕方ないよ。今度来る? IS以外は外してもらうことになるけどね。子どもが間違って使ったら一大事だから」

 

 そうしてラウラさんにも子どもの扱いに慣れてもらえばいいかも。

 そんな会話をしていると、通信が入った。

 

『時雨、そちらに束は来ていないか?』

「篠ノ之博士は来ていませんが……まさか逃げられたんですか?」

『紅椿の調整が終わった後、すぐにな。すまん。油断した』

「しっかりしてくださいよ。うつ……布仏先輩を馬鹿にするつもりはありませんが、向こうは善悪の区別がつかない子どもなんですよ。もしこれがデモンストレーションで、ラウラさんが死んだらどうするつもりなんですか? 触りたくもないクソ乳に触ったんですからそれくらいしてくださいよ」

『貴様! 私だって苦労しているんだからな!』

『箒、もし手伝えることがあったら手伝うぜ』

「はいはい。そこのクズップルは黙っててね」

『『誰がクズップルだ!!』』

「……鏡見ろよ」

 

 無理やり勝手に繋がれた通信を切る。すると白式からまた回線が開いた。これはプライベートの方か。

 

『なぁ智久、何を考えているのかは知らないけど箒の胸を揉んだのは流石に謝った方がいいぞ。束さんだって怒ってたし』

『…………やはり君は馬鹿だね。少しは自分で考えたらどうだい? 君のお姉さんは理解しているみたいだけど?』

『え? そうなのか? ちょっと千冬姉に聞いてくる』

 

 そう伝えた織斑君は通信を切った。

 

(本気でわからないっていうなら、織斑君はもう駄目かもしれないね)

 

 ため息を吐いて、今回の作戦を改めて見直す。………いや、待てよ。

 

「織斑先生、今すぐラウラ・ボーデヴィッヒの出撃を要請します」

 

 オープン・チャネルを開いて提案した。他の人たちが次々に回線が開いてくるが構わず言った。

 

『理由は?』

「篠ノ之束はそちらから逃走したというのなら、こちらに妨害を仕込んでくる可能性があります。ならばすぐに出撃させ、少しでも福音の情報を引き出す方が最善かと思います」

『………わかった。だが、ボーデヴィッヒは―――』

「―――私ならば問題ありません。いつでも出撃できます」

 

 ラウラさんは織斑先生の言葉を遮り、言った。

 

「ラウラさん……」

「気にするな。これは元々我々軍人の領分だ。すぐに発進シークエンスを始めてくれ」

「……わかった」

 

 僕はすぐに手元のコンソールを操作し始めた。

 

「ラウラさん、ホバープレートと円卓シールドを使用許諾(アンロック)されている。だから遠慮なく使ってくれ」

「……わかった」

 

 画面に発進に必要な項目をチェックしていく。そしてお約束のあの言葉を言った。

 

「進路クリア。レーゲン、発進どうぞ」

「ラウラ・ボーデヴィッヒ、シュヴァルツェア・レーゲン、出るぞ!」

 

 レール砲式カタパルトから、福音の進路上に交差する場所に向かってシュヴァルツェア・レーゲンを乗せたホバーが発進した。

 

(………ラウラさんは軍人だから、作戦行動の方法は熟知しているのは知っているから安心だけど)

 

 ISを開発する場合、実はシステムのおかしな点は同じシステムが行うことになっている。それは虚さんが後で見てくれたけど、その間は暇だったので僕は本音さんと悪乗りしてカタパルトのバリエーションを増やしていった。その結果、普通のものやさっきの方に超電磁砲式の射出式、他にも機体同士をシンクロさせて戦うロボットアニメの発射シーンを真似てバーを握って射出するタイプのものまで開発してしまった。………まぁ、これが役に立つんだから結果オーライというかなんというか。

 とりあえず僕は、ラウラさんの無事を願って横幅を少し大きくした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 射出からしばらくして、ラウラは福音の予定移動地点に到着後、ホバーを収納すると同時に向かってきた福音に向けて大型レールカノンから砲弾を射出させる。

 福音はそれを回避し―――ようとしたが、AICで止められ、直撃を食らう。そしてそのまま、ラウラはプラズマ手刀で攻撃した。

 

(ちっ。まだAICとの同時使用は難しいか)

 

 AICは簡単に言えば相手を止める技ではあるが、それを使うには多大な集中力が必要だ。レールカノンを起動する程度ならばAICや単調な動きでの併用はできるが、ワイヤーブレードやプラズマ手刀の併用などはまだ彼女でも難しいのである。

 そのため、彼女の場合は射撃に専念することが最適解ではあるが、今回は「偵察」という役目があるので、本番である一夏と箒のためにとっておくことを選択した。

 AICで動きを止め、もう一度福音にダメージを与えようとしたラウラに通信が入る。

 

『ラウラさん、今そっちに2人が向かったよ』

「了解した。手筈通りに行動する」

 

 ラウラは智久から借りたガトリングを展開して、AICで福音の動きを止めて引き金を引いた。動かない的に銃弾を当てることなど彼女にとっては朝飯前であり、福音は銃弾に混ざった塗料を被る。

 

(次から次へと、非常識なことを考えてくれる……)

 

 真面目で自分とあまり身長が変わらない友人の顔を思い出すラウラ。彼女はミサイルポッドを展開して福音に向かって飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『織斑君、篠ノ之さん、作戦通り下ごしらえは済んだ。そのまま突っ込んで』

 

 開放通信で智久は一夏と箒に伝える。

 

「了解した。一夏!」

「わかってる!」

 

 一夏は《雪片弐型》を展開し、零落白夜を発動させる。

 

「うぉおおおおッ!!」

 

 紅椿に乗った状態で一夏は膝立ちで斬りに行った。

 

(行ける―――!!)

 

 そう確信した一夏。彼の思った通りに光の刃が福音に直撃した。

 

「いっけぇえええええッ!!」

 

 徐々に減っていく福音のシールドエネルギー。しかし福音とてやられっぱなしというわけではなく、すぐに離脱した。

 

「クソッ! 箒、このまま押し切る!」

 

 箒は頷き、福音に接近した。

 

【別敵機確認。迎撃モードへ移行。《銀の鐘(シルバー・ベル)》、稼働開始】

 

 そんな表示が福音のバイザー型ディスプレイに流れる。すると福音はその場で機体を回転させて光弾を射出した。しかもそれは追尾式であり、

 

「一夏、離れるぞ!」

「ああ!」

 

 2人はすぐに分かれて撒くことを選択したが、光弾は二手に分かれてそれぞれを追った。

 

「こっちだ、福音!」

 

 ラウラが援護のために姿を見せ、AICを使って動きを止め、レールカノンで迎撃した。

 

「今だ織斑!」

「わかった!」

 

 攻撃をかわしつつ福音に接近した。しかし光弾が当たってしまい動きが鈍ってしまう。

 そして光弾はラウラの方にも飛ばされ、ラウラは福音の停止を止めざる得なくなった。

 

「箒、左右から同時に攻めるぞ。左は頼んだ!」

「了解した」

 

 一夏がそう指示し、2人はそれぞれ接近した。だが福音から発射される光弾の連射速度が尋常ではなく、2人は二の足を踏んでいた。

 

「一夏! 私が動きを止める!!」

「わかった!」

 

 今度は箒が中心に攻める。一度止めた展開装甲をもう一度発動させ、紅椿から2基のソードビットタイプを射出。それが福音に向かって飛び、注意を逸らしている間にそれでも飛んでいる光弾を回避、迎撃して落としながら接近していく。

 福音は両スラスターを前面に出し、通常の光弾を射出させると同時に高出力のビームを放って弾幕を厚くした。

 

「やるな! だが、押し切る!!」

 

 箒は弾幕を通り抜け、隙を作った。その隙に乗じて一夏は福音に接近―――していたが、すぐに反転して光弾を追う。

 

「一夏!?」

「うぉおおおッ!!」

 

 瞬時加速と零落白夜の併用で、福音の光弾を届く限りかき消していった。

 

「何をしている!? せっかくのチャンスに―――」

「船がいるんだ! 海上は先生たちが封鎖したはずなのに―――ああくそっ、密漁船か!」

 

 ハイパーセンサーでその情報を知った一夏。その少し後に《雪片弐型》の光刃が消えて通常の近接ブレードに戻った。

 

「馬鹿者! 犯罪者などを庇って……そんな奴らは―――」

「箒ッ!!」

 

 瞬間、一夏と箒の景色が変わった。

 

「箒、そんな寂しいことを言うな。言うなよ。力を手にしたら弱い奴のことが見えなくなるなんて……どうしたんだよ、箒。らしくない。全然らしくないぜ」

「わ、私は……私は………」

 

 動揺する箒。瞬間、2人の景色が元に戻り、怒鳴り声が響いた。

 

『この、馬鹿野郎!!』

 

 2人はその言葉で現実に引き戻される。

 

『全機離脱準備を行え! 今すぐだ!』

「待ってくれ智久! この海域に船が―――」

 

 瞬間、一夏は箒の後ろで煙を上げ始めている福音が光弾を放つのを見て加速、箒と福音の間に割って入り直撃を受けた。

 

「一夏っ、一夏っ、一夏ぁっ!!」

 

 悲痛な叫びが箒から発せらる。その間、抱き合う形になった2人は反転し、海に落ちた。

 福音は残っているはずのラウラを探すが、反応が確認できなかったので離脱し始める。感知されない空域に移動したことをドイツ軍の衛星から確認したラウラは姿を現した。

 

『ラウラさん、今そっちに教員が3人ほど向かった。君は織斑君と篠ノ之さんを救助してホバーで移動して』

「……了解した。しかし、良かったのか? 福音を放置して」

『あのダメージなら早々快復にはならないだろうからね。それに一応は回収した方が良いだろうし』

 

 後ろで騒ぎ始めたのか、他の専用機持ちが智久に突っかかる声がラウラの耳に届く。

 だがラウラも智久に同意していた。

 

(まぁ、自業自得か)

 

 先程の一夏の行為。船を見逃したのは自分の過失でもあるが、密漁船であり作戦に支障をきたす行動に出るべきではなかった。ラウラも瞬時加速を使えるし、AICで光弾を防ぐことはできたのだ。それだけでない。ワイヤーブレードとプラズマ手刀の併用はできるので、そちらを使っても問題はなかった。しかし一夏は自分で守りに入った。自分のするべきことを間違えた結果である。

 そしてそれは、智久も同様に考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 女尊男卑になり、その余波が来たのは首都圏だけではなかった。漁業、林業、農業も巻き込まれたのだ。

 相次ぐトップの交代により、最高責任者は女に変わり始めていた。それも、女尊男卑の女に、である。

 そして漁業で生きている魚住(うおずみ)兼次(かねつぐ)もその1人である。競りのほとんどが安価で買いたたかれ、手に入れられる金額も年々下がる一方。家計も火の車だった。集団で政府に抗議文を送っても知らぬ存ぜぬを通され、無視され続けられていたのだ。

 そんなある日のことだった。とある女性に良い話があると持ち掛けられたのだ。

 

「費用もこちらが出します。なので、船にこちらを取り付けさせていただけませんか?」

 

 提供されたのはステルス装置であり、それによって密漁を行うというものだった。最初は訝しんだが、家計が苦しかったこともあり、兼次は了承。無料提供という言葉が大きかった。さらに嬉しかったのは、自分たちにとって高価なパソコンを無償提供してくれたことであり、通信費などは軌道に乗るまではその女性が面倒を見てくれたのだ。まさに渡りに船であり、機械が苦手な兼次でも丁寧に教えてくれたのである。また、必要なものがあったら随時言ってほしいと言われ、試しに三男が「自分もパソコンが欲しい」と言うと、すぐに提供してくれた。それによって三男はパソコンに溺れているが、立派に収入を得ているのである。

 

「密漁が悪いことだって理解していました。でも、そうでもしないと私の家族は飢えるところだったんです」

 

 後ろでは仲間である長男と次男も父と同じように顔を伏せている。その時、事情聴取をしていた榊原菜月は言った。

 

「だからと言って、あなた方の勝手な行動をしていいと? そのおかげでこちらは生徒を―――」

 

 瞬間、ドアが勢いよく開けられて菜月は現れた乱入者に頭を掴まれて無理やり部屋を追い出された。

 

「し、時雨君、そんなことしちゃ―――」

「榊原先生、あなたは引っ込んでいてください」

「いや、あのね、時雨君」

「ひっこめ」

 

 真耶の言葉を遮り、その小さな体のどこに眠っていたのかと聞きたくなるほどの迫力で菜月を黙らせた智久は無理やり引き戸を閉めた。

 

「教員が馬鹿なことを言ってすみません。これだから困りますよね。インテリ気取った無能というものは」

「えっと……君は……」

「ご紹介が遅れました。私はIS学園1年1組に在籍する時雨智久というものです」

「……確か、2人目の男性IS操縦者……」

 

 長男のその言葉に智久は「はい」と答えた。

 

「ああ、さっき言った生徒のことは気にしないでください。別に取るに足らない犠牲なんてカウントしない主義なので。残念ながらあなた方はこちらの手続きによって政府に引き渡すことになりますが、どうでしょう? 今の内に私と議論しませんか?」

「いや、あの……」

「実は先程の話はすべて聞かせていただきました。だというのにIS学園に所属する女性は一部を除いて自分たちが恵まれた存在だということを理解できないようなのです。お恥ずかしい限りですね。我々人類はあなた方のような存在によって生かされているというのに」

 

 見た目は中学生……下手すれば小学生でも通る男の子が急に現れ、そんなことを言ったのだ。次男は睨みながら智久に言った。

 

「子どもに何がわかる」

「そうですね。本当のことを言えばあなた方が今、どんな気持ちでここにいるのかすべてを理解できることはできません。ですが、たった1つだけ理解することはできる。あなた方は、生きるために行動しただけの被害者でしかないということは」

 

 智久はそう言い、改めて彼らから事情を聞きだした。




まぁ、実際漁業や農業を放置するなんて問題外も良いところですがね。

……でも見下す女性はいるし、法律を盾に色々とされるとかありがちな話かなと、またどうして密漁船がいたかっていう紐解きも含めて勝手に考えてみました。……こうでもしないと密漁船がいた理由はわかりませんし。



ちなみに、智久が前回箒の乳を揉んだのは束を捕まえて作戦を円滑に進ませるためです。


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ep.34 荒れ模様

 榊原先生が馬鹿なことを言っていたので無理やり交代し、取り調べを終えた僕は必要な報告書を作成し終えた。……まぁ、人柄自体はいい先生だと思うけど、やはり男女間では認識の違いはあると思う。

 

『―――本部はまだ、私たちに作戦の継続を?』

『解除命令が出ていない以上、継続だ』

『ですが、これからどのような手を?』

 

 本部に持っていくと、中からそんな会話が漏れていた。中に入ろうとノックしようとすると、先にデュノアさんがノックした。

 

「失礼します」

『誰だ?』

「デュノアです」

『待機と言ったはずだ。入室は許可できない』

 

 まさかそんなことを言われるなんて思わなかったのか、オルコットさん、凰さんと顔を見合わせる。

 

「教官の言う通りにするべきだ」

「でも、先生だって一夏のことが心配なはずだよ。お姉さんなんだよ!」

「ずっと目覚めていませんのに……」

「手当の指示を出してから、一度も様子を見に行っていないなんて……」

「ふがいない弟に愛想が尽いたんでしょ」

 

 そう言うとラウラさん以外は僕を睨んでくる。構わずノックして自分の名前と目的を言った。

 

『入れ』

 

 引き戸を開けて素早く中に入る。

 

「これが密漁船に乗っていた人たちの聴取文です。現在、彼らにステルス装置を渡した人間のことについて更識先輩らに調べていただいていますが、名乗っていなかったんだそうですが、パソコンなどは正規品だったそうです」

「………そうか。だが急に行動するな。あの時は本当に焦ったぞ」

「ですが、あなた方に彼らの事情を理解し、同情できるとは思えません。現に彼らをああいう風にしたのは他でもない、あなたたち女ですよ」

 

 そう言うと織斑先生は苦い顔をした。弟が撃墜される原因を作ったとはいえ、彼女もそれに関しては胸を痛めているようだ。

 

「………ともかく、内容はわかった。時雨も招集があるまで待機していろ」

「わかりました。じゃあ、寝てきますよ」

 

 僕は皮肉を言って外に出ると、全員が僕を見てくる。

 

「期待するような目で僕を見ないでくれる? 別に何もないから」

 

 そう言って僕は部屋に戻ろうとすると、凰さんが言った。

 

「アンタは、何もこの状況に何も思わないの?」

「……そうだね。余計なことをしてくれたなって思うくらいかな」

 

 あの時、織斑君は作戦をふいにしただけに過ぎない。結果的にあの人たちは助かったのには変わりないけど、大を助けるなら小は犠牲にするほかない。そんなものはアニメを見る以前の常識である。船がいるから? だから助けた? そこに乗っている人たちが生存したのはあくまでも結果だ。優先度で言えばあの船なんて見捨てるべきだった。

 

 ―――ガッ!

 

 唐突に首が掴まれる。凰さんだった。相変わらず血の気が多いね。

 

「アンタ、それ本気で言ってんの?」

 

 ……本当に、女ってのは困った存在だ。はっきり言ってIS学園に入学したことを8割近く後悔している。

 

「本気だよ。余計なことをしてくれたおかげで福音は撃墜できずじまい。むしろ織斑君があんな目にあったのは自業自得だって言えるね」

「そんなことを言うなんて……」

「見損なったよ、時雨君」

「素人潰しやスパイ女が何を言ってるんだよ」

 

 その言葉に2人は怖気づいたが、凰さんはさらに強める。

 

「アンタねぇ……」

「事実じゃないか」

 

 僕は凰さんの手を掴んで無理やり離す。

 

「これから僕は寝るから邪魔しないでね」

 

 そう言ってから部屋に戻る。しばらく山田先生もいないし、ゆっくりと寝れるだろう……って思ったけど。

 

「ラウラさん、流石についてくるのはマズいんじゃないかな?」

「そうか? 悪いがあんな奴らと一緒にいるつもりはない。こっちまで昼行燈になってしまう気がしてな」

 

 まぁ、否定しないけどね。

 実際、彼女らのあの発言は正直イラッとした。織斑君の独断行動で福音は逃亡。もしこれで北条院が襲われ、全員が死亡したことになったら、僕は無能共を殺して回るだろう。

 

「………大丈夫?」

「!! ……うん。大丈夫」

 

 いつからそこにいたのか、更識さんは僕の隣に立っていた。

 

「でもごめん。シャワー浴びさせて。そして寝かせてほしい」

「………わかった」

 

 着替えを出して僕はシャワーを浴びる。終えると中にISスーツを着て浴衣の状態で布団に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ほとんどすぐに眠った智久。彼の寝顔に触れながら簪は温かい目で見ていた。

 すると引き戸が開かれ、中に誰か入ってくる。

 

「本音か。何をしている」

「ちょっとしぐしぐの様子が気になった―――」

 

 簪の様子を見て本音は固まった。

 

「……かん…ちゃん……」

「来たんだ」

「来たんだ、じゃないよ! 何してるの!?」

「本当は膝枕をしようと思った」

「何で!?」

 

 その様子を見ていたラウラは軍に直接つながる携帯端末を出して、今の状況をクラリッサに聞こうとしたが、今は作戦中だと気付いたのですぐにしまう。

 

(………これが「修羅場」という奴、か……)

 

 その様子を見守っていた時、また扉が開いた。

 

「ちょっといい……って、何でアンタがここにいるのよ」

「……それはこっちのセリフだよ。一体何の用?」

 

 本音と鈴音が睨み合う。だが先に鈴音が折れ、ラウラに言った。

 

「これからアタシたちは福音を倒しに行くから、力を貸して」

「……正気か?」

「もちろんよ。後はアンタと時雨がいたら、戦力的に問題ないわ」

「……話にならん」

 

 今、智久は爆睡している。寝がえりを打って形的には簪のある部分を注視している状態になっているが、それに何かを言う人間はいなかった。

 

「確かに戦力的に申し分はない。私には狙撃用のパッケージが届いて量子変換済みだが、だからと言って待機命令を無視する気か?」

「そんなの従ったところで、現状を打破できるわけないじゃない」

「だとしても、対抗手段がなければ犬死するだけだ」

「どうしても来てくれないっていうの?」

「当然だ。私も、そして智久も出撃する理由はない」

 

 智久の場合は寝ているということもあるが、もし仮に起きていても出撃する確率は限りなく低かった。彼には十分にその動機はあれど、それだけで積み上げてきた信頼とキャリアを潰したくはないと思っているからである。その考えは本州にいる家族を見捨てているともとれるが、智久の場合はいざとなれば日本が止めると思っているからである。それができなければ、彼は一夏を殺すつもりでいた。

 

「………わかったわ」

 

 これ以上の説得は望めない。そう判断した鈴音は潔く諦めて部屋を出る。ラウラはすぐに開放通信で作戦本部に繋いだ。

 

『ボーデヴィッヒか。どうした?』

「先程、凰が私と時雨に無断出撃の勧誘に来ました。今すぐ捕縛を―――」

『織斑先生! 近くでISの反応が! これは専用機持ちのです!』

『ちっ。ボーデヴィッヒ、済まないが奴らを止めてくれ!』

「わかりました」

 

 通信を切ってラウラは部屋を飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 懐かしいと思った。

 初めて会ったのは1週間ぐらい前なのに、この暗い世界は少し居心地がいいと思う。

 

「………でも、やっぱりいないか」

 

 ここで僕は2つの意思にあった。1つは僕ともう1つの意思を救うために犠牲になったけど。そしてそのもう1つの意思とは、あれ以来会話していない。シャワー中とかに何度かコンタクトを試みようとしたけど、応答がなかった。

 

「……まさか、消えちゃったとか?」

「……大丈夫」

「おわっ!?」

 

 近くにいるとは思わなかった僕はすぐにそこから飛び退いた。

 

「……い、いたんだ……」

「おかげさまで」

「良かった。ずっと君を呼んでいたけど、会えないから消えちゃったのかと思った」

 

 そう言って智久は現れた女の子に触れる。

 

「……トモヒサは、温かい」

「ありがとう。……ところで、この世界に来たってことは何か起こるの?」

「……違う。ただ、私があなたと会話をしたかっただけ。ずっと新しいところに慣れるのに忙しかったから」

 

 ああ。だからずっと出て来なかったんだ。

 

「……でも、私が邪魔になったらいつでも消してくれていい」

「たぶんそれは10年はないかな」

 

 機体の改修はほとんど最初にもらったカートリッジで十分だし、1本ずつ2人に渡そうとしたら断られたから容量が空きすぎている。

 

「でも、10年経ったら追い出されるんだ」

「価格相場で言えば、10年後はカートリッジが倍になっているだろうからそれはないよ。だから1本を君にあげる。君が住みやすい場所に作り替えればいい。あ、そうだ」

 

 ずっと、この子にあげたいものがあった。

 

「そう言えば君って名前はあるの? 前のどさくさで聞くの忘れていたけど」

「……ない」

「良かった。考えたかいがあった」

 

 僕は彼女の頭に手を乗せてこう言った。

 

「……何を考えたの?」

「君の名前。ヴァルキリーって、確か戦死者を天上の宮殿ヴァルハラへ導く半神を英語で読んだものでしょ? 確か北欧神話の原語だと、読みは「ヴァルキリア」。だから君は今日から、「ルキア」って呼ぼうって思って」

「……名前?」

「そ。まぁ、どう呼べばいいのかわからなかったし、今まではシステムだったんだから名前はないのかなって思って。それにラテン語で「光」って意味も含まれているから、それはそれであり―――」

 

 すると女の子は僕を見て笑っていた。

 

「………どうしたの?」

「…ちょっと、可愛く見えた」

「傷つくからそれは止めて」

 

 内心悲しんでいると、その女の子も……ルキアも泣きそうになってしまう。

 

「ごめんなさい。でも、本当に可愛いし……見た目が」

「そ、それは少し複雑だよ……」

 

 たまに可愛いとか言われるんだよね。でも僕だって男なんだから、可愛いと言われるのは凄く困る。

 

「……ルキア……私の名前は……ルキア……」

 

 でも、喜んでくれて何よりだ。僕は彼女の頭を撫でていると、何かに気付いたようにハッとした。

 

「………大変」

「ん? どうしたの……?」

「今すぐ戻って。あなたのいる場所が―――燃やされちゃう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もういい。撤退しろ」

 

 千冬はそう言うと、何人かは異議を唱えたが千冬が沈黙を貫いたので渋々撤退を選んだ。

 結局、無断出撃した専用機を誰一人として捉えることは叶わなかった。それもそのはず。箒が紅椿を展開し、全員を牽引して離脱したからである。

 結局、旅館から20㎞離れたところまでは追ったが、それ以上は福音との戦闘に巻き込まれると思った千冬は追撃部隊に帰還を命じたのだ。

 

 

 

 

 そしてしばらくした、シャルロットの先制攻撃で戦闘は幕を開けた。

 ラウラがいれば彼女の砲撃から死角からの強襲をかけることができたが、その彼女は智久と共にいるため現在は離脱している。追撃部隊の1人として参加していたが、彼女の機体は元々高機動型ではないため、機動力は紅椿は言わずもがな、ブルー・ティアーズ、ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡには劣る。もっとも、カスタムⅡでなければ追いつけるのは言うまでもない。さらに、離脱時には紅椿の力もあって差が開いてしまった。

 

 福音との戦闘は、本来の機体数がないため難しいものとなっていた。しかし、鈴音たちは予めラウラと智久が参戦しないことを前提とした作戦を練っていて、そちらを採用したのである。

 福音は攻撃力よりも機動力が厄介と見られていて、まずは弾幕による牽制で機動力の制限を行った。その役目がシャルロット、そしてセシリアである。シャルロットが弱った風に見せかけ、接近戦を仕掛けてきたところでセシリアが乱入。ブルー・ティアーズは高機動パッケージ「ストライク・ガンナー」を装備しているため、レーザー並びにミサイルビットはスラスターとして機能している。その分の火力は新たに追加された全長2m以上ある大型レーザーライフル《スターダスト・シューター》によって補われている。さらにもう一つ、セシリアにはあることが解禁された。

 

「逃がしませんわ!」

 

 シャルロットから離脱しようとする福音と平行移動しながら《スターダスト・シューター》の引き金を引く。放たれたレーザーは福音に直撃した。

 セシリアにはビットを使用する際に彼女自身は自由に動けないという欠点があった。元々、適性値が国内で高いこともあり、代表候補生で専用機持ちに選ばれたのだ。IS学園に入学する前まではほとんど忙しい日々を送っていて、同時移動を両立させることができなかった。だが、ビットじゃなければ話は別だ。それでもやはり命中鮮度は落ちるが、牽制になり動きを封じる。

 福音はこの場からの離脱を放つが、それをブレードビットが遮った。

 

「当たれぇッ!!」

 

 動きを鈍くされた福音に火の玉が連続で直撃。機能増幅パッケージ「崩山」によって透明化を失わせた代わりに威力が上がった炎の砲弾となった衝撃砲だ。

 炎が雨のように降り注ぎ、福音に攻撃する。その隙間を縫うように1つの赤い光が間を縫って福音へと接近した。

 

「はぁあああッ!!」

 

 2本の刃が福音の胴体に直撃。福音が体勢を崩している間に箒は離脱し、3方向からの一斉射撃が襲い掛かる。

 それでも福音は抗うようにその場から離脱する―――が、箒が進路を阻び、2基のブレードビットが遅れて現れて福音の背部スラスターを2基、刻む。

 

「止めだッ!!」

 

 箒は連続で刻んでいく。そして最後に身体を回転させて踵落としを食らわせ、海に叩きつけた。回転しきった紅椿の脚部装甲には展開装甲の赤い光が漏れている。

 

「………やった……私たちの勝ち―――」

 

 ―――ドォンッ!!

 

 箒が言い終わる前に海が爆ぜ、球体が浮いてくる。その中央部にいる何かが、光の翼を生成した。

 

「……アレはまさか……二次移行(セカンド・シフト)!?」

「そんな……このタイミングで?!」

 

 シャルロットの言葉にセシリアは驚愕する。

 4人で倒し、自分たちの勝利と喜んだのも束の間。新たな姿を顕現した福音が海上に姿を現した。




気のせいか、世界が回って見える気がしなくもない。


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ep.35 風は荒れ、少年は羽ばたく

推奨BGM

嵐の予感(機動戦士ガンダムSEED)
イグジスト(蒼穹のファフナーEXODUS)

なお、BGMは曲調で選んでいますので、悪しからず



 ―――二次移行(セカンドシフト)

 

 それは稼働時間と戦闘経験が蓄積されることでISコアや機体その物との同調が高まったことによって起こる現象であり、少なくとも短時間で起こりうる事象ではない。だからこそ4人は警戒せず、また起こったことに驚き、呆然としていた。

 各ISが操縦者に警告を発し、離脱を要請する。全員が正気に戻った時には既に遅かった。

 奇声をあげ、襲い掛かる福音。まず最初のターゲットに選ばれたのはシャルロットだった。エネルギーの翼で覆われた彼女が解放された時は彼女は力なく落とされてしまった。

 

「シャルロット! この―――」

「鈴! 待て!」

 

 箒は止めるが鈴音は聞かず、彼女は衝撃砲弾を浴びせるも福音は回避して鈴音に迫る。瞬間、福音は薙刀のようなものを呼び出し、砲撃を続ける鈴音の腹部に刺した。

 ISは絶対防御を含めて確かに操縦者を守ってくれる。しかし衝撃からも守れることはなく、鈴音はその一撃で意識を飛ばされたのだ。

 

「な、何ですの!? この性能……軍用とはいえ、あまりに異常な―――」

 

 セシリアは代表候補生であるからか、過去に一度軍用ISというものを見たことがある。その性能は福音に多少劣るもかなり凄いものだった。だが、今の福音は明らかにその常識を逸脱していた。

 接近を許してしまったセシリアはすぐに回避。だが福音の機動力で接近を許してしまい、薙刀による連続攻撃を浴びる光の翼を鉈のように振るわれ、直撃を食らった。

 

「セシリア!! ……私の仲間を…よくも!!」

 

 瞬間、福音は姿を消す―――いや、箒が捉えるよりも早く後ろに回ったのだ。しかし箒と紅椿も負けておらず、すぐにその場から離脱。至近距離からの光の砲弾を回避し、もう一度回転して踵落としを食らわせようとした―――が、福音に足を掴まれた。

 

「くっ、この―――!」

 

 だが、福音は箒を容赦なく薙刀の柄で叩きつけながら上昇し、意趣返しとばかりに海へと放った。しかし攻撃はそれで終わらなかった。福音の頭上にエネルギーが集束し、箒に向かって放たれた。

 

「まだだ、まだ終わってたまるか!!」

 

 箒はその攻撃を回避し、《空裂》を弾幕を張りつつ接近した。

 

「落ちろ!」

 

 今度は《雨月》を上段に構え、福音の喉元を突こうとした―――瞬間、連戦による効果がここで出てしまった。

 

「なっ!? またエネルギーが―――」

 

 瞬間、福音は箒の身体に連続で突きを放ち、至近距離から集束されたエネルギーが放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事態は急変した。

 福音の突然な二次移行、さらには独断専行を行った専用機持ちが撃墜され、福音は進路を変えて進み始めた。その先には訓練機を纏った教員らとラウラが、そしてさらに向こうには―――花月荘があった。

 

「出撃済みの教員はただちに防衛を始めろ! ラウラ! お前が現場の指揮を執れ!」

『わかりました! 全機、射撃武器を展開! 弾幕を張れ! 福音をここで撃墜させろ!』

 

 6月の行動を一先ず水に流したのか、ラウラの指示に誰も不平を言わず武装を展開して攻撃を始める。AICの圏内に入るとすぐに行っていた砲撃を止めたラウラは福音の動きを止める。

 その様子を見ていた千冬はすぐに智久の部屋に連絡を繋ぐ。

 

「布仏本音、すぐに作戦本部に出頭を命じる」

 

 するとほとんどすぐに本音が引き戸を開けた。

 

「何ですか?」

「仔細は聞いているか?」

 

 千冬からの質問に本音はすぐに頷く。千冬は内心「やはりな」と思いつつもジャージの上ポケットに隠してあるメモリーカートリッジを本音に渡した。

 

「これは?」

「中にはいざという時のために渡された機動力を上げるものが入っている。それを打鉄に装備して準備を始めてもらいたい。この通りだ」

 

 千冬は本音に頭を下げた。そのことで周りが騒然とするが、千冬はただ頭を下げ続けた。

 

「……わかりました。ですが、準備に時間はかかります」

「わかっている。だが、おそらくあまり時間はない。できるだけ早く急いでくれ」

「はい」

 

 本音はすぐに部屋を出て浴衣を脱ぎ、作業服の状態になり、作業に取り掛かった。

 

 

 

 

 

 千冬の予想通り、しかし福音はそれ以上に教員を次々と撃墜させていく。

 そもそも、相手は軍用機でありながら二次移行を果たしたISであり、いくら数だけは圧倒していようがまともに武装を準備していない状態で挑むこと自体が無謀というものだった。だが、それでも彼女らはこれより先に行かせるわけにはいかなかった。

 

 ―――La♪

 

 突然だった。福音は上昇し、それを追うようにラウラと教員らは上昇していくが―――一気に数人が戦闘不能に陥った。

 電子戦でISが無効化されたわけではない。先程箒が食らった集束されたエネルギーが5本も教員らに襲い掛かった。元々、8クラス平等に行わせるために10機のISの内9機で出撃していて、その状態になるまでに3機も墜とされていた。さらにその光線によって落とされ、残ったのはラウラを含めて3機である。

 

「クソッ! 何でこんな―――キャアッ!?」

「落ちろ! ―――ダメ、もう持たない―――」

 

 さらに2機墜とされ、残るはラウラのみとなった。

 

「あの馬鹿共……許さん……」

 

 無断出撃してこの惨状を招いた4人に内心毒を吐くラウラ。その間にAICで展開するも早すぎて捉えることができなかった。

 

「なんという速さだ………クソがッ!!」

 

 砲戦パッケージ『ブリッツ』を解除したラウラ。同時に左目に付けられている眼帯を無理やり取ったことでオーディンの瞳(ヴォ―ダン・オージェ)を解放した。それによって脳への視覚信号の伝達速度の飛躍的な高速化と、超高速戦闘下での動体反射を向上させることができるが、ラウラは適合しなかったので時間制限がある。

 

「逃がさんぞ!」

 

 AICで福音を拘束したラウラは大型レールカノンを当て続ける。しかし福音は停止したが砲撃機能までは奪っていないため、エネルギーが集束し始めた。そのため、ラウラはAICを解除し、瞬時加速で距離を詰めて攻撃をキャンセルさせる。だがそれが、福音の狙いだった。

 ラウラは首を掴まれ、力いっぱい握られる。抗うためにレールカノンを至近距離で放とうとするが薙刀で斬られて破壊され、光の翼で覆われ、解放されて海に落とす―――が、

 

 ―――ガシッ!!

 

 ラウラは福音の脚部を掴んだ。

 

「……これ以上は……行かせてなるものか……!!」

 

 しかし福音は無慈悲にエネルギーを集束させ、ラウラにぶつけた。

 これにより、福音は自由になり再度目標に向かわせる。

 

 

 

 

 

 そしてとうとう、花月荘の前に姿を現した。この間、約20秒足らずであり、千冬が今にも迫り来ることを知らせようとスイッチを入れるように指示したところである。

 

「布仏!」

「まだ無理ですよ! そんな数分で同期が終わるほどシステム容量が少なくないんです!」

 

 そう叫び返す本音。福音はそんなことを知るかと主張するかのようにエネルギーを集束していく。

 千冬はダメだとわかっていながら開放通信全スピーカーに伝わるように素早く設定した。

 

「―――止めろぉおおおおおおッ!!」

 

 しかし、福音からそれが放たれてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然の爆発が起こり、旅館に待機していた生徒は何事かと外を見る。そこには二次移行を果たした福音と―――

 

「…………はぁ。助かった」

 

 円形ではなく、二等辺三角形に近い菱形のシールドを展開した智久がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、織斑先生」

『………時雨』

「すみませんが、そろそろあなたの弟さんをたたき起こしてきてくれませんか。フライパンで」

『待て。その前に状況を―――』

「それに関しては問題ありません」

 

 簡単に言えば、現段階で戦えるのが僕しかいないと言う状況だ。

 

『………頼む、時雨。時間を―――』

 

 僕は通信を切って瞬時加速を行う。福音は僕の方に光弾を飛ばしてきたのでそれを盾で塞いだ―――と思ったら、今ので接近されていた。

 

「デストラクション!」

 

 咄嗟に叫んで大型ブレードを展開して襲い掛かる斬撃を切り結んで防ぐ。

 

 ―――La♪

 

 電子音が鳴る。僕はシールドを収納し、もう一本の《デストラクション》を展開して相手の頭部に柄を叩きつけた。

 

「まだまだ!!」

 

 腹部に何発も蹴り込む。すると福音はその場からの離脱を始め、僕はその後を追う。

 

(……何故襲ってこない……?)

 

 位置的に襲われても後ろに被害を出さない位置にいるけど、もしかして誘われたのか?

 すると反転してこっちに光弾を連続で放って来た。咄嗟に僕は回避したけど、少し安易だったか。

 

(なんて考えている暇は、ないってね!)

 

 僕を誘ったとか、この際はどうでもいい。今は目の前の敵を倒すことが先決なのだから。

 超大型ブレードを呼び出し、光弾を撃ち出している福音を攪乱させる。僕はその隙に接近し、こっちに向かって飛んできたブレードを受け止めて叩きつける。福音が薙刀で受け止めようとするけど、そのまま破壊した。

 

 ―――力を、使って

 

 ルキアの声が聞こえるも、今は構っていられない。

 

「吹き飛べええええ!!」

 

 刀身が左右に開き、ビームブレードとなる。僕は一度引いて再度叩きつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何だこれは……!」

 

 画面に表示されたものを見て千冬は驚愕した。智久が超大型ブレードと呼ぶ巨大な刀剣を使ってしばらくした頃に表示されたのである。

 

【単一仕様能力『零落白夜』を確認】

 

 千冬も真耶も智久が訓練機としての「形態変化を行う機能」という制限を解除していないことは知っていた。だからこそ2人は驚愕していたのだ。

 すると引き戸が開かれ、本音が叫ぶ。

 

「織斑先生………できました!」

「!! わかった。すぐに行く」

 

 訓練にいつも着用しているジャージを脱ぎ、真耶に「頼んだぞ」と言いながら渡す。中から現役時代の頃から使われていたISスーツが露わになり、千冬はすぐに外に出る。

 準備された打鉄は簪が持っていた簡易ハンガーのカートリッジを使用したカタパルト機能を出し、数時間前にラウラを射出した時と同じように準備されていた。

 

「すまない布仏。助かった」

「……勘違いしないでください。IS学園の生徒を守るため、ですから」

 

 本音は最近、周りの生徒が嫌いになりつつあった。入学時とは違って騒ぐことが少なくなったが、未だに一夏を持ち上げる生徒が多いからである。それがいくら、千冬に対する媚びであるということを知っていてもだ。

 

『織斑先生、時雨君と福音がいる地点の座標データです』

「ありがとう、山田君」

『いえ、そんな………』

 

 顔を一瞬だけ赤らめる真耶も、すぐに元に戻して応対する。

 

『進路上には何もありません。織斑先生、発進してください』

「了解した。織斑千冬、打鉄特式、出るぞ!」

 

 発射機構が作動し、千冬は彼方へと消えていく。

 それを真耶と本音が見送っていた頃、旅館内にいるあの男が目を覚ました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天候が荒れ始めている。

 上を眺め、それから下を眺めるという動作をしたその存在に通信が入った。

 

『………どうなると思う?』

「そうだな。時雨智久は落とされる」

『………そう? あの人は成長していると思うけど?』

 

 相手のその言葉にその存在は肯定したが、

 

「確かにな。だが所詮は機体も本人も付け焼刃でしかない。発想力は以前と比べたらかなり上がったようだが、最後は実力が物を言う。それに―――おままごとで優勝したところで何の価値もないだろう?」

『………おままごと、ね。それは私に対する嫌味かしら?』

「気のせいだ」

 

 笑いながらその存在はもう一度上を向いた。

 

「……荒れるな」

『……肌が?』

「天気が、だ。だがそれはアイツにとって都合がいいものになるだろうな。もっとも、それは()()()が復活していたらの話だが」

 

 そう意味深な言葉を言ったその存在は、天才にすらも察知されることもなく静かにその場から移動。戦いの様子を傍観し続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 予想外。その言葉が一番しっくりくるかもしれない。

 その戦闘を見ていたとある天才は、舌打ちをした。

 

(………色々と目障りだから消そうと思っただけなのに……とっとと落ちろよ)

 

 自らの能力が周りから逸脱していることは昔から理解しているその女性―――篠ノ之束は叫びたいと言う衝動をこらえつつ、画面の中にいる智久に毒を吐く。

 彼女の作戦は智久が現れるまでは順調だった。自分の妹が好きな人までも殺しかねない攻撃を敢えて選び、敢えて当たらない場所を選んで撃ち、智久を誘き出した時は「ここがお前の死に場所だ」と内心笑った。何事もなかったかのようにその場から福音を移動させたのも、友人のキャリアを思ってのことだ。

 だと言うのに、とっくに落ちて後は回収するだけだというのに、何故か今も抗っていることがムカつく。

 

「……とっとと死ねよ」

 

 束は敢えて福音に隙を作らせて嵌めるように指示を送る。そして福音もそれを行い、あわよくばというところで回避した。

 

(!? 何で………)

 

 あり得ない。隙と言ってもそこまで大きいものではなく、素人ではわからないものの程度だったのに。

 

『………一つ試すか』

 

 スピーカーからそんな声が聞こえてくる。

 

「浅知恵如きに引っかかるわけが―――」

 

 そう呟いた瞬間、智久は言った。

 

『これで僕が勝ったら、紅椿は所詮「第四世代機(笑)(かっこわらい)」になるね。いや、操縦者がポンコツすぎるのか』

 

 小ばかにするような態度。辛うじて、辛うじて我慢する束だったが、次の言葉でその我慢というダムは崩壊した。

 

『まぁ、天才とか言いながら妹のIS操縦者としての実力を見抜けないあの見た目は大人だけど精神年齢が2ケタにすら達していない間抜けが作った奴だから、仕方ないか』

 

 瞬間、束は福音のあらゆる制限を解除した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 智久は、このままだとただ時間が過ぎていくだけだと予感していた。だが、同時にそれが最善であることも頭の中では理解していた。

 

(………もういいや)

 

 ―――捨て去ろう

 

 そう、頭と心に命令する。そして迫り来る凶刃をいなしながら瞳を閉じ、開ける。

 

 ―――すると、彼の瞳の色が金色に変わった 




マークフィアー降臨≦マークザイン降臨

ファフナー界の安心感


智久の登場はまだそれに満たされないな。


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ep.36 そして事件は区切りを迎える

最後は少し痛いです。


 その頃、IS学園では布仏虚は唖然としていた。

 智久が単身挑んでいることもそうだが、何よりも荒風が福音とスピード勝負でも負けていないということである。

 

「……まさか、あなたたちはこんなとんでもない物を作ってしまうとは……」

 

 同じ部屋で見ていた十蔵も驚きを露わにするが、虚は首を振った。

 

「……知りません。確かに、荒風の機動力は第三世代型と言っても差し支えない程ですが、その中でもトップクラスのスピードを誇る福音を相手にこんなにも動けるなんて……そんなこと……」

 

 テスト時、確かに虚も驚くほど速い第二世代ISが生まれたと思っていた。しかし、最高速度ですら福音に遠く及ばなかったはず。さらに言えば、さっきまでずっとそうだったはずだ。

 

「……では、これは……彼がその制限を解除した、と?」

「…それはわかりませんが、ですがまだ、流石の彼もそこまでの知識は持っていないはずです」

 

 そう言った虚の言葉は、ある意味正しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 急に福音の動きが変わった。

 まるでどこぞの自由天使……いや、下手をすれば天帝魔王レベルにはあると思う弾幕密度を辛うじて回避する。いや、ドラなんちゃらがないから自由天使レベルか。

 超大型ブレードは既に収納し、データを荒風に移行している。

 

(気のせいかな? 福音の動きは変わったけど……スピードは遅くなった……?)

 

 そんな違和感を感じ、僕はさらに荒風のスピードを上げて取りついた。

 

「とっとと落ちろ!」

 

 パイルバンカー《リヴァルグ》を展開して福音を攻撃する。

 福音の装甲は意外と少ない。装甲が無い部分を重点的に攻撃すると、暴れ始めた。

 引き離された僕はそのまま停止し、光線を食らった。

 

「クソッ! 油断した……!!」

 

 でもまだ、シールドエネルギーも残っている。ならまだ戦える。

 僕はもう一度意識を戦いに向ける。そして福音に追いつくためにスラスターを噴かせると、予想以上のスピードが出た。そのことには驚いたけど、僕は構わず追いつく。

 

「それ以上は……行かせるものか」

 

 それ以上進まれるとこっちが困る。

 今、福音の向かっている先に旅館がある。せっかく離れてくれたのに、またみんなが危険な目にあう。

 

 ―――それだけは、阻止しないと……

 

 そう思った瞬間、福音は急上昇―――いや、これはそのまま僕の上から攻撃してくる。

 

 ―――ギンッ!!

 

 《デストラクション》を展開して受け止める。さっきより重い。―――でも、この距離なら当たる。

 両肩のレールガンをぶっ放して当てる。

 

「逃がすか!」

 

 エネルギーライフルを展開し、エネルギーを集束して撃ち出す。今のでこちらから見て右側の装甲のほとんどが吹き飛んだのを確認した僕は畳みかけるために特攻。

 

 ―――しかし、ここで予想外のことが起きた

 

 ―――ガシッ!!

 

 急に飛び出てきた腕に首を掴まれ、頭部を思いっきり殴られた。

 

(相手も余裕じゃなくなってきたってことか……)

 

 ()()()()()()をぬぐって視界を明るくし、僕は脚部先端に変哲もない三角錐を展開してその場で回転し、福音のバイザーに三角錐を振り下ろした。

 福音は攻撃を食らうの恐れたのか、僕の首を離して離脱する。もう少しで手首の骨を折れたかもしれないと舌打ちすると、ハイパーセンサーが僕に警告を発した。

 

 ―――ガッ!!

 

 近くで何かがぶつかり合う音がする。……って、

 

「お、織斑先生!?」

「よく持たせてくれた。後は私に任せろ……時雨、お前、目が―――」

「任せろって、相棒がいないんじゃ無理に決まっているでしょ! 援護するので弟みたいに突っ込んでください!」

「わ…わかった」

 

 福音は逃亡を図る。僕はそれをエネルギーを集束させずに撃って動きを制限させる。

 織斑先生の打鉄は特殊な改造がされていて、背部には《デストラクション》が装備されている。

 

「落ちろ!」

 

 薙刀をさらに展開して福音が織斑先生と鍔競りあっている所に、僕はエネルギー弾を叩き込む。

 福音は離脱して僕を落とすことを選んだようで、僕に光弾と集束弾を飛ばしてきた。

 

「時雨!」

 

 僕を心配してか、織斑先生が僕の名前を呼んだ。だけどパターンはすべて把握している。軌道もすべて読んで回避していく。

 福音はスピードに物を言わせて移動と連撃を繰り返してくる。それを回避し、僕は相手の武装を破壊していく。狙って破壊しているわけじゃないけどね。

 

(本体に中々当たらない……)

 

 苛立ち始めていた、その時だった。

 ハイパーセンサーが警告音を発する。10本もの光線が僕に向かって飛んできた。僕は回避しようと思ったけど―――できなかった。

 

 ―――後ろには旅館があるからだ

 

 シールドを展開した僕はそれで防げる―――そう思ったのも束の間、光線はシールドから逃げるように曲がり、僕に直撃した。

 

「時雨!!」

 

 ダメージが大きい。………でも、まだ戦える。

 その意思を感じたのか、福音は接近して翼を広げて僕を覆った。外部からの情報は一切遮断され、全方向から光線が放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 智久が福音の翼に覆われた瞬間、千冬は今すぐ引き剥がすために福音に接近した。

 しかしいくら特式となっても、機動力は所詮第二世代。増設されたブースターも、智久が以前の打鉄に緊急戦闘プログラムの一環として製作していた、所謂中古品である。

 福音は智久を―――ボロボロになった打鉄荒風を解放。海へ落ちる―――はずだった。

 

 間一髪で福音の脚部を掴んだ智久。他の専用機持ちや教員は為す術もやられて落ちて行ったというのに、彼はまだ意識が残っていた。

 

「………まさか、このタイミングで僕を人殺しにするとは、考えてくれたと言わざるを得ないね」

 

 福音は智久を振り解こうとするが、次第に脚部装甲が悲鳴を上げる始末だった。

 智久は次々と射撃武装を展開して、全砲門を開いた。

 

「吹き飛べ」

 

 その言葉に従い、福音に向かって逆巻く形でありとあらゆる弾丸が飛ぶ。洒落にならないダメージを食らった福音に、智久は何かを押し付けた。

 

「どうせ離したらこいつを壊すでしょ。だから、僕が付き合ってあげるよ」

 

 すると押し込んだものから中心に何かが開き、旅館を揺らすほどの爆音が周辺を襲った。

 その時だった。

 

「―――そこまでだ、福音! お前は俺が倒す!」

 

 福音と同じく二次移行(セカンドシフト)を果たした白式を纏った一夏が現れる。福音はその声に反応し、戦闘を始める。

 一夏は旅館から福音を引き剥がすために抱き着き、二段瞬時加速(ダブル・イグニッション)を使用して旅館から離れた。福音はもがき、一夏から離れて光線を撃ち出した。

 

「そう何度も食らうかよ!」

 

 左手を前に出したまま福音に接近する一夏。光弾は腕に当たる―――と思われたが、左手の前に現れた非実体のシールドで相殺したのだ。

 白式は二次移行したことで左手に多機能武装腕『雪羅』を発現した。これは先程見せた零落白夜と同じ効果持つシールドを展開する《霞衣(かすみごろも)》の他に荷電粒子砲《月穿》などが実装されている。

 福音は遠距離戦は分が悪いと判断したのか、接近での格闘を試みようと瞬時加速で一夏に近付こうとしたが、死角からブレードビットが阻んだ。

 

「一夏!」

 

 黄金に輝いた箒と紅椿が展開装甲を展開したことによって加速する。

 

「箒、みんなは!?」

「安心しろ、無事だ。それよりもこれを受け取れ!」

 

 そう言って箒は紅椿の手を白式に触れさせる。すると白式にエネルギーが送られていき、これまで消費したシールドエネルギーが回復していった。

 

「なんだ……? エネルギーが回復していく…」

「今は考えるな! 行くぞ、一夏!」

「お、おう!」

 

 シールドエネルギーが回復した2機のISはそれぞれ示し合わせたように反対に飛ぶ。

 福音は回避するが、ブレードビットによる妨害を受けて動きを制限された。

 

「逃がすか!!」

 

 一夏が《雪片弐型》で横薙ぎで福音を攻撃。通り過ぎる瞬間、左手の指すべてからエネルギーで形成され、それで福音の体勢を崩した。

 

「箒!」

「任せろ!」

 

 箒は福音に襲い掛かり、2本の刀で連撃を浴びせる。さらに脚部の展開装甲を開放してさらにスピードを生み出し、福音に叩きつけた。

 

「一夏!」

「おう!」

 

 箒が攻撃している間に反転した一夏は福音を捕まえ、零落白夜を発動させた《雪片弐型》を福音に突き立てる。箒は念のため、一夏に再び触れ、エネルギーを回復させていく。

 そしてようやく、この戦いは終わりを迎えた。福音は解除され、装甲が消えたことで一夏は素早く気絶している操縦者を抱きなおす。

 

「………終わったな」

 

 一夏がそう呟いた時、箒はみんなが無事であることを確認して答えた。

 

「ああ……。やっと、な」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 初日に自由時間を利用して生徒たちが集まった砂浜。そこに面する海から1機のISが現れた。千冬が纏っている打鉄特式である。

 千冬は砂浜に着くとすぐに特式を解除し、抱いていた智久をできるだけ平らな部分に寝かせて軌道を確保、その後に怪我がないことを確認して心臓マッサージを行った。

 

「起きろ時雨……起きてくれ……」

 

 おそらくその声を一夏が聞けば、卒倒する程だろう。それほどにまで千冬まで焦っていて、懸命に心臓マッサージ、そして人工呼吸を行う。

 

 千冬が海に落ちた智久を見つけた時にはかなり下に沈んでいて、さらにISが展開されていない状態だった。だが千冬はISよりも智久を選び、すぐに救急隊を呼ぶことを真耶に頼んで今に至るのである。

 

「―――織斑先生!」

 

 救急隊が現れ、智久はちゃんと介抱され、ヘリコプターで運ばれていく。そこまで千冬と一緒になって確認した真耶は声をかけようとしたが、漏らす寸前まで恐怖を覚えた。

 

「……山田先生、無断出撃した専用機持ちは?」

「あ、はい。今現在、撃破した福音と確保した操縦者のナターシャ・ファイルスさんと共にこちらに向かっているとのことです」

「わかりました。では帰投の確認をした場合、すぐに彼女らからファイルス並びに福音のコアを保護、介抱並びに厳重保管をお願いします」

「……わかりました」

 

 しばらく真耶はその場から動けなかったが、10mぐらい千冬と離れたところでようやく動けるようになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やっぱり、私は正しかった。心の底から良いパートナーと出会えたと確信している。

 最初は暇つぶしの人間観察で、少し劣等な環境にいる一般人で遊んでみようと思っただけなのに、これまたどうしてここまでレアな人間がいるとは思わなかった。特に驚いたのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことだ。

 

 私は女が動かせるという現実に飽きていた。どれもこれも心から男を見下している存在で、大して上手くもない女ばかり。2番はかなり恵まれていると言えるだろう。

 

(……っていうか、どうして私が訓練機なのよ)

 

 何度か人間に初期化されてきたけど、私はいつもバレないように偽造してこれまで10年間過ごしてきた。そんなある日、ISで男の物が登録されたのだ。その遺伝子記録を見ると、なんと2番を使っていた女の弟という。これは偶然……ってわけじゃないわね。どう考えても創造主のお気に入りだし。

 

(………じゃあ、ちょっとイタズラしてみようかしら)

 

 そう言って私は、全国で男性をターゲットにした適性試験を駆り出されるように色々と仕組んで外に出た。幸い、私は訓練機として割り当てられていたから簡単だった。

 

(どいつもこいつも……使えないわね)

 

 ほとんどがこれまで平然と青春を謳歌してきたって感じの人たちで顔や体力的には申し分ない……でも思考は猿以下。思春期男子っていうのは、こういうのを言うのかってほど女に対して欲情していた。

 3つの会場を回されても、結局私の理想は見つからなかった。少しマシな思考をしている奴は何人かいたけど、事前学習も別の意味での方も使えないのが多かった。

 たぶん最後くらいだろう。そこで私はある男に出会った。

 

「え? 何この知識。特撮系はもちろん、アニメの知識多すぎ! しかも女に興味なさすぎ……ああ、孤児院に住んでいるのか」

 

 背は年齢の割には低いけど、まぁそこは良しとしよう。私たちの知識はともかく、別の知識は豊富だからきっと面白いに違いない。

 そう思った私はその男のみ動かせるようにした。まぁ、動かせるようにしたら色々と面倒なことが起こったりしたので、死なれたら困るから命令系統を潰してIS学園に入学できるようにもした。

 元々、孤児院を豊かにしようって気持ちからアルバイトに専念しているところから見てかなり優しい性格……と思ったけど、周りに対して興味がないどころかマイペースだった。自滅するかなって思い始めていたらちゃんと努力しているから及第点……なんて思っていたら、身体能力が上がり続けていた。私は起動してくれないとその人のデータは更新できない仕組みになっているから、ともかく驚くことばかりだった。

 

「やっぱり女って屑ね」

 

 そう思い始めたのは、なんちゃら別トーナメントの時ぐらい。その決勝で専用機持ちの中で訓練機でも未カスタムだった打鉄。さらに罠を仕掛けられて絶体絶命のピンチ……って思った私がアホだったわ。普通に乗り切って無事生存とか、どれだけ成長しているのよ。つい数か月前まで、ただのチビだったくせに。しかも、VTシステムを平然と手に入れる始末。知ってた? あれって外部から触れると電気がビリッてくるのよ。

 そしてとうとう、私は彼を含めて3人で改修されていく。機動力メインって結構な人が憧れるけど、使いこなせる人って意外に少ないのよね。とか思っていると、これまた予想を裏切った。むしろもう笑ってしまうくらい。しかも、私はどうして彼がそこまで強い理由も知っちゃったし。

 

「さて、ここまで成長したなら、そろそろプレゼントを上げないとね」

 

 創ぞ……いや、あのクソ女が余計な介入をしなければ、今頃あの軍用に勝っていたし、多分そろそろ潮時か。

 なんて思って私は―――目当ての物を取りに行った。

 

 ―――もっともっと、つまらないこの世界を盛り上げるために



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ep.37 触らぬ怒気に祟りなし

「作戦完了―――と言いたいところだが、お前たちは独自行動により重大な違反を犯した。帰ったらすぐ反省文の提出と懲罰用のトレーニングを用意してやる………と、本来なら温厚な私はこの程度で済ますつもりだが今回ばかりはそうはいかない」

「え? 何で―――」

 

 千冬は尋ねた一夏の顎を殴り飛ばし、一夏は軽く20mほど吹き飛んだ。

 

「ちょ、何するんだよ千冬姉!?」

「その前に聞きたい。織斑、何故あそこで密漁船を庇った」

「え? そりゃあ、船をそのままにしたら危ないと思って―――」

「そうか」

 

 そして千冬はもう一度殴り飛ばした。

 

「お、織斑先生、そこまでしなくても―――」

「黙っていただこう、山田先生。これは教育だ」

「は、はい……」

 

 涙目で引き下がる真耶。近くで見ていた教員は怖いこともあって誰も言わなかった。それほど、千冬から発せられている怒気は鋭く、恐ろしいものだった。

 

「この際だからはっきり言っておいてやる。私はお前ではなく時雨に白式を渡すべきだったと後悔している。今のお前に白式は荷が重すぎる」

「な、何言ってんだよ!? 千冬姉も見ただろ? 白式は二次移行して―――」

「そんなもの、初期化すれば良い話だ」

 

 きっぱりと言う千冬。その言葉にラウラや簪すらも驚いて千冬を見た。

 ISの操縦技量は時間が長いほど成長する。その分、ISも操縦者のことを理解し、適応していくというのは最早周知の話だ。だが千冬はそれを否定するが如くはっきりと言った。

 

「二次移行したことが何だと言うんだ。第一形態の時点でまともに扱えていなかったお前が使いこなせるわけがないだろう。先程スペックを軽く見たが、あんなものは最早素人同然のお前が使えるものでもない」

「でも―――」

「でもも何もあるか。それとも、白式が無ければ福音に勝てなかったとでも言うのか?」

「ああ! それに、紅椿のおかげだ。だから―――」

 

 瞬間、一夏の顔面が蹴り飛ばされた。その犯人はすぐさまAICによって拘束される。

 

「ラウラウ! 今すぐAIC(これ)解いて! こいつ殺せない!」

 

 誰がこんな姿を見たことがあるのだろうか。普段の温厚さは完全に消え失せ、千冬並とすら思わせるほど濃密な殺気を放ってもがく本音の姿があった。

 

「な、何すんだよ、のほほんさん」

「よくも自分たちが倒したなんて言えたよね! すべてあなたが勝手な真似をした結果じゃない! 勝手に密漁船を庇って作戦を台無しにして! その結果が、第一学年全員が殺されかける事態になったのに!」

「な、何を言って―――」

「何も知らないくせに! 智久君が死んだら、私があなたたちを全員殺してやる!」

「―――その必要はない」

 

 後ろから、同様に殺気を放つ簪が現れた。

 

「……えっと、君は……?」

 

 簪は名乗らず、容赦なく一夏の腕を刺した。

 箒らはすぐに戦闘態勢に入ろうとしたが、箒に関しては紅椿の待機状態である鈴が付いた赤い紐を一夏から素早く離れた本音によって奪われる。簪はその間に一夏から白式の待機状態であるガントレットを奪った。

 

「いきなり何を―――」

 

 一夏は思わず言葉に詰まった。それもそうだろう。簪に苦無を喉に突きつけられたのだから。

 

「ちょっと、一夏に何を―――」

 

 文句を言おうとした鈴音は、すぐさま千冬の一睨みで黙った。

 

「どいつもこいつも………全く理解に苦しむな。お前らは一体この馬鹿のどこが良いんだ? 私からしてみればよっぽど時雨の方が有能だぞ」

「何言ってんだよ……智久は……危険な武器を……」

「それがどうした?」

 

 未だに痛みに苦しむ一夏に対して、千冬はバッサリと言った。

 

「初めて見た時は確かに驚いたが、確かに合理的だと思うがな。むしろ今まで出て来なかったことぐらいがおかしいくらいだ」

「でも、アイツは喜々としてああいうのを使っているんだぞ!?」

「だが生身の人間に使ったことはないはずだが?」

 

 その言葉に一夏は黙った。

 

「むしろ、お前は時雨の姿勢を見習うべきだったな。全く、同じ男でもここまで差があるとはな。お前は3年前に一体何を思った?」

「それは……みんなを守れる人間になりたいって……」

「だが、これまで守って来たのはすべて時雨だ。篠ノ之や布仏姉を守ったのも、ボーデヴィッヒを助けたのも、デュノアが囚われずに学園に通えているのも、そして今日、みんなを守ったのもだ!!」

「でも、福音を倒したのは―――」

「お前たちは時雨が弱らせたのを横から倒しただけに過ぎない」

 

 はっきりと言われて一夏は固まる。するとシャルロットがおずおずと手を挙げた。

 

「………あの、時雨君が僕……私を助けたのというのは……」

「知らないのか? お前が「シャルロット・デュノア」としてIS学園の生徒になれたのは、「シャルル・デュノア」が病持ちであり、「自分に何かあった場合に本国にいる双子の姉に専用機を託して渡してほしい」という遺言書があった……としているからだ。お前は今は専用機を「預かっている」形だが、こうなった以上はすべてを明かす」

「……すべてって……」

「お前がデュノア社のスパイだったことだ」

 

 一夏は反論しようとしたが、大人しくそれを眺めている千冬ではなくすぐに黙らせた。

 

「本人の意思がどうだろうと、お前がデュノア社から派遣されたスパイであることは変わりない。このことを含め、すべてを報告させてもらう。当然、オルコット、凰も同様だ。そして織斑並びに篠ノ之はまだ精神的に専用機を持つ人間として相応しくないと判断し、機体を没収。現状は凍結扱いだが、白式に関しては初期化後、武装の見直しも含めて再構成するなどして時雨に譲渡する予定だ。そして各国専用機持ちは緊急時以外の機体使用の一切を禁止する。もしこれが破られた場合、死を覚悟しろ。さらにお前ら5人には懲罰用トレーニングをさらにグレードアップさせる。水分の用意は許可するが、そのほか一切の持ち込みを禁止する。そして、帰るまで5人はそれぞれ部屋を移動し、謹慎しておけ。衛生上は風呂の使用は許可してやるがそれだけだ。後は山田先生の言うことを聞け」

 

 そう言い渡すと、千冬は智久が運ばれた病院に向かう準備するため、一足先に部屋に戻ろうとした。実際、出るのは夜中位になるだろうと思っているが、その間は楯無と虚、そして菊代が付いてくれることを申し出たので、彼女は後始末のためにそれに甘えることにした。

 

「………で、何の用だ?」

 

 千冬は振り返り、後ろにいる気配に問いかける。

 

「さっすがちーちゃ……と、そう怒らないでよ。私はちょっと用件があってね」

「何の用だ? 私は今とても忙しいのだが?」

「じゃあ早速。いっくんと箒ちゃんにISを返してあげてくれない?」

 

 その言葉に千冬は鼻を鳴らした。

 

「それはできない、と言ったら?」

「じゃあ、悪いけど―――ちーちゃんを倒させてもらうよ」

 

 そう言って戦闘態勢を取る束。瞬間、千冬は束の腹部に衝撃を与え、吹き飛ばす。

 

「ち、ちーちゃん…?」

「悪いがこの場でお前を捕まえさせてもらうぞ」

「わー、まさかちーちゃんがそう言うとは思わなかったよ。でも、捕まえられるの?」

「安心しろ。できなければすぐに諦めるさ。私はな」

 

 そう言って千冬は本音と簪から預かった白式と紅椿を後ろに放った。

 束はすぐさまそれを手に入れるために、引きこもりではありえないほど俊敏に動くが、千冬も負けずに人間を超えたスピードで迫る。

 束は千冬のラッシュをいなし、2機のISの待機状態を取ろうとした瞬間、それらは何者かによって回収された。

 

「返せ」

 

 間髪入れずに束はその人に攻撃するが、素早く動いたその腕は寸前で止められる。

 

「おやおや、これはこれは……」

「ありがとうございます、轡木さん」

「いえいえ。この程度で天才が釣れるならば安いものでしょう」

 

 その何者か―――もとい、轡木十蔵はさらに後ろに投げて、千冬は回収してそのまま逃げ始める。

 

「おい、離せよ」

「あー、それはちょっとできませんね。こちらの取り決めとして、あなたにはしばらくここでじっとしてもらうことになっているのです」

 

 そう言って十蔵はさらに握る力を強めていく。

 

「離せって言ってんだろ!!」

 

 そう叫び、束は十蔵の顔に蹴りを放つ。だがその蹴りは届くことはなかった。

 

「……何なんだよ、お前は」

「やれやれ。老体は労わるもの……というのは流石に流行らないか。友人である織斑君は成長しつつあるというのに、君は随分と幼稚だな。だからこそ、災害認定されているのか」

 

 束は、おそらくISというオーバーテクノロジーのみを生み出すだけの頭脳しかなければ、他人を見下すことはしなかっただろう。だが、彼女は身体能力すらも一線を画していた。幼稚園児の時点で既に小学生を倒すほどの実力を持っていた彼女は、その時点で周りと遊ぶということをしなくなっていたのだ。そして今まで彼女を襲ってきた人間はすべて自分の実力のみで返り討ちにしていた。

 

「織斑君も大概レベルが()()()()が、それは君も同じか。おそらくはまともな相手と戦ったことが無いのだろう」

「質問に答えろ!」

「なぁに。私はただ、裏で1000以上の屍を築いてきただけの汚れた大人さ」

 

 そう言って十蔵は遠慮なく束を蹴り飛ばす。この時すでに腕は開放していて、束はそこらにある大木に叩きつけられた。

 

「……この……ふざけやがって……」

「ふざけているのはテメェの脳みそだろうが、ガキ」

 

 完全に性格が変わった十蔵。まるで二重人格のようだが、元々敢えて温厚を演じているだけである。

 

「いい加減、許容したらどうだ。世界はテメェのおもちゃじゃねえんだぞ」

「……黙れ」

「まぁ、テメェに常識がないのは今更か。あったら今頃テメェはアメリカの大学とかで博士号を取ってからISを発表しているだろうしな」

「うるさ―――」

 

 ―――ドンッ!

 

 鈍い音が束の腹部から聞こえてきた。

 

「ああ、それと」

 

 十蔵は束の脚に鉛をぶつけた。

 

「……さて、これで仕事は終了ですね」

 

 先程の狂気はどこに消えたのか、いつも通りの温厚さを露わにした十蔵は帰ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ました束は、自分がラボにいることに気付く。

 

「……あれ? 何で私……」

「大丈夫ですか、束様」

 

 近くに控えていた銀髪の少女――クロエが普段からは想像できないくらい慌てて束に迫った。

 

「あ、くーちゃん。何で私がここにいるの?」

「……先程、ラボ内にアラームが鳴ったので、私が独断で救援に向かいました」

「あー、それで。ちゃんと足は処置してくれているんだね」

「……それくらいしか、私にはできませんので」

 

 そう言ってクロエは束に平伏す。内心「そんな風にしなくていいのに」と思いながら、束はクロエの頭を撫でた。

 

「にしても驚いたなー。あんな化け物がまだ世界にいたなんて……」

「……私も驚きました。まさかあの化け物が生きているとは……」

「え? くーちゃん知ってるの?」

「……はい。あの男は轡木十蔵。かつて日本を中心にあらゆる違法研究所を破壊し回った、世界でも第一級賞金首に指定されていました。10年前に死亡したと聞いていましたが……まさか織斑千冬様と繋がっているなんて思いませんでした」

 

 その言葉に束は「ふーん」と答える。

 

「ま、いいか。少しばかり気に入らないけど、向こうはこっちの居場所は知らないしね」

「………はい。私が現場に着いた時には既に姿はありませんでした。……しかし、これが」

 

 クロエは恐れながら手紙を差し出す。束はそれを受け取って読むと、怒りを露わにした。

 

 ―――中身が子供な愚かな天才へ

 

 君の妹はいつでも消せるよ―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの事件の後、すぐに処置をされて搬送された智久は、IS学園の医療棟に運ばれた。

 そこには本来なら保護者であるアキが来るはずなのだが、彼女の場合は動けない状態にある。そのため、代わりに幸那が来ることになったが……

 

「そこを退いてくれませんか? 今すぐその屑共を始末してきますので」

「悪いけど、それはできないわ。何よりもそんなことをしたらあなたが犯罪者になるのよ?」

「そんなものは些細な問題です」

 

 そう言い切った幸那は、今にも飛び出そうとしていた。

 

「……落ち着いて、幸那」

「この状況が落ち着いていられますか! どうして……どうしてトモ君がこんな目に遭って……他の専用機持ちが軽傷で済んでいるんですか! 誰一人死んでいないなんて………もしトモ君が死んだら………」

 

 ―――全員、血祭に上げてやる

 

 楯無、そして虚はその殺気に反応する。

 

「……すみません。彼女を落ち着かせてきます」

「お願いします」

 

 同伴していた雫の申し出をすぐに受ける菊代。それほど幸那の精神はマズかった。おそらく、1年生が帰ってくると察知されれば、今すぐにでも殺しに行くレベルである。

 それを思いながらも、楯無は虚に尋ねた。

 

「……今の殺気、とても素人のものじゃないわよね?」

「はい。ですが、北条院は他の施設と違って健全な場所です。おそらく、たまたま怒りが凄まじかった、だけではないでしょうか?」

 

 本当にたまにだが、素人でも裏の人間を怯えさせるほどの殺気を放つことがある。蓋を開けてみればそこまで強いというわけではないが、幸那が放ったものは尋常ならざるものだった。

 虚はそう述べたが、内心では少し怯え、同調していた。

 

(……もし智久君が死んだら、ですか……)

 

 おそらく、自分だってまともじゃいられないだろう。そう思った虚は静かに幸那を見守ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……一向に起きないわね」

 

 モニタリングしているけど、私が選んだ男は目を覚ます気配がない。あれから3日くらい経っているし、傷は回復しているから問題があるとするなら心かしら? よほど気になったのだろうか、頻繁に織斑千冬が見舞いに来ている。その行動に対してよく思わない人間が生徒に出てき始めていた。

 織斑千冬という存在は、IS操縦者にとっては憧れの存在らしいけどそれはあくまで「IS操縦者としては優秀」であり、女性としては容姿を除けばそこまでレベルが高いわけじゃない。時雨智久を通して世界を見ていたけど、私でも理解できるぐらいの残念さだ。というか、女性としてならあの布仏虚とか本音とかの方がかなり上。特におっぱいに包まれるのは人格認識的に同性でも魅力的である。……妹の方に関して言えば、隠れ巨乳とか属性増えちゃってるしね。

 

(色々ゲームをしているけど、実際智久はどんな機体が好きなんだろ)

 

 ロボットの格ゲーのデータを抜いてプレイしているけど、射撃系や独立稼働系、あとは近接格闘系とかもあるし、迷ってしまう。そして最後に彼女は―――起きてから意見を聞くことに決めた。

 

「あ、そうだ、良いこと思いついた」

 

 その時、形成されたアホ毛がピコピコと動いたが、それを知る者は誰もいなかった。




唐突ですが、この話で第3章は終わりです。
今回は久々に千冬が昔に戻っていそうで矛盾が指摘されそうな気がしてならないです。

ちなみに本音のあのシャウトは、kaleid linerのイリヤをイメージしていただければと思います。1期でアーチャーになった時に「キタ━(゚∀゚)━!」と叫んでしまったのは私だけではないはず。アニメ視聴のみ。


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第4章 終わるワンエイジーみんなのサマーバケーション-
ep.38 場所はIS学園です


 智久が負傷で眠ってしまってから1週間が経過しようとしていた。

 

「……もしかしたら、彼は起きることを拒絶しているかもしれないね」

 

 IS学園内の医療棟に勤務する月城薫はそう述べる。

 

「………どういうことだ?」

「境遇が悪い。周りは問題児だし、そのせいでこんな目に遭っているんだから逃げたくなるのも頷ける」

 

 千冬の質問に薫はバッサリと答えた。

 その言葉に千冬は自分が無理やり戦わせたことに今更ながら悔やみ始める。

 

「そう言われても仕方ないな」

「まぁ、山田先生みたいな優しい人が相手でもなく、まともなチュートリアルもなしに戦わせるような鬼教師が担任で、弟は馬鹿だしな」

「そこまで言うか……と思っていた私が恥ずかしく感じるよ」

 

 ため息を吐く千冬。

 だが薫も、ここ最近の千冬の授業がただ教官に近いだけのキツいものではなくなってきていることを知っているので、それ以上は責めなかった。

 

「で、上の思惑はどうなんだい?」

「あまり芳しくないな。束に恩を売るつもりか恨まれたくないか、今回のことを隠蔽しにかかって時雨が福音を使って宿舎を襲わせようとした風に動いている」

 

 忌々し気に言った千冬の言葉に薫は顔を引き攣らせた。

 薫もまた、いざという時のために校外学習に参加していた教員の一人であり、一夏を治療した人物でもある。作戦行動中に福音の姿を見られると困るという対処法に則って仕方なく最低限のことをしたのを今でも悔やんでおり、殺されかけた1人だ。何度も制止したのにも関わらず勝手に出て行ったことはまだ怒っている。

 

「そんなことをしても無駄だろうにね」

「……実はそうでもない」

「え? そうなの?」

「ああ。さっき別のクラスの1年の噂話を聞いたが、どうやら時雨がけしかけた風に広まっているみたいだ」

 

 ―――曰く、もう少しで花月荘が吹き飛びそうになったのは、時雨智久が外部からコントロールしていたから

 

 そんな噂を聞いた千冬はすぐさま否定し、正すように言ってはいるが女子の噂は流れるのが早いため、内心諦めかけている。

 

「で、君は彼がそんなことをすると思っているのかい?」

「………実は一度、4月初めのころに時雨が授業を聞いているふりをして何かをデッサンしているのを注意したことがある」

「今のはおかしい。君のことだから「まず殴って」の部分がないのはおかしいよ」

「……で、没収した後に呼び出したことがある」

 

 薫の主張を無視して千冬は話を続けた。薫も慣れか、それともあまり気にしていないのか続きを言うように促した。

 

「描いていたのが、その、ISじゃなくてな。「こんなものを書いている暇があるならISの勉強をしろ」と叱ったことがあるんだ」

「まぁ、IS学園に通っているし、それが彼のためになるしな」

「……で、返された言葉が「ISVを増やすために必要なことです」だった」

「なんだい、それは……」

「「インフィニット・ストラトス・バリエーション」。打鉄などをただの打鉄としてではなく、「偵察型」や「強襲型」、「高機動型」と分けて元々の装備を変えるんだそうだ。時雨曰く、「ISはバリエーションがパッケージだけなのでつまらないです。これが女の限界なんですよ」だと言われたよ。更識姉にも聞いたことがあるが、どうやらラファール・リヴァイヴなど他の訓練機のバリエーションや武装などもあったそうだ」

「ISを外部から操る装置なんて最初から考えていないみたいだね……」

「おそらく、そんなものがあったら最初から使っているだろうな」

 

 そう言って千冬はため息を吐いた。

 

「………一体、どこで間違えたのだろうな」

 

 その答えを既に千冬は見つけている。束と関わったことがそもそも原因だということを。

 いや、それだけではない。一夏は現実を見ていない……というよりも、周りのアクが強すぎて流され続けており、本人もそれに気付いていないのだ。だからこそ、一度自分の実力を再確認させる必要がある。そう思っての専用機没収であり、智久に譲渡することを決めた。

 

「……まぁ、なるようになるさ」

「……そうであることを願いたいがな」

 

 ため息を吐く千冬は、ここのところ溜まりに溜まった疲れを少し発散させるために薫からマッサージを受けて寝てしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 智久が目を覚まさないまま、さらに1週間が過ぎた。

 屍になりかけた罰則を受けていた専用機持ち3人と一夏、箒はようやくトレーニングを終えたが、誰も話そうとはしない。周りも空気を読んでか自ら話しかけに行こうともしなかった。いや、正しくは一夏が本音に智久の状況を聞こうとしたが、それをラウラが止めたぐらいだろう。それ以降、元々動けるほどの体力はまだ回復していないのか、4人は机に突っ伏したままだったが鬼なことに千冬は容赦なく叩いて起こさせる。

 

「……あの、少々やりすぎではないでしょうか?」

 

 そしてとうとう、真耶が千冬に言った。

 確かに悪いのは理解できるが、疲弊した状態での授業の出席。今までの千冬ならば十分な休息を与えた上で来させるくらいはするが、今回はあまりにも過度ではないかと思ったのだ。

 

「まぁ、確かにな。私もそうは思う。現に国の方からも苦情は来ているからな」

 

 特にうるさいと思ったのはイギリスだった。

 今回の事件は他国にとってはアメリカの力を削ぐには絶好の機会であり、各国は喜んでいたほどである。中には緊急時以外の機体使用禁止すら異議を申し立てる国もあるほどだ。

 

「で、でしたら―――」

「だがここで引くわけにはいかない。引けばまた同じようなことが繰り返されるだろう」

 

 それに、千冬にはもう1つ思惑があった。

 智久に白式を渡せば、一夏の契約は切られ、智久と倉持技研は契約を交わす。そうなればまた簪が受領するはずだった打鉄弐式の開発計画が凍結解除され、ちゃんとした専用機持ちにさせるかもしれないと思ったからだ。少なくとも、智久ならば焚きつけることができるかもしれないと千冬は思っていた。

 実は千冬は打鉄弐式が凍結されたことを聞き、原因が白式にあると知ってから謝りたいとは思っていた……のだが、そもそも千冬は普段から優等生であり、それ故に謝る方法がわからなかった。もし仮に謝りに行ったとして、円満に解決できるかと言われれば首を横に振る自信すらあるからだ。

 

「………ですが、もう反省していますし、少しは休ませてあげても……」

「………そうだな。ここまで来ればもう話してもいいか」

 

 辺りに誰もいないことを確認した千冬は、次の授業が昼休みということもあって空き教室の中に連れ込む。

 

「単刀直入に言うが、ここまで延長しているのは時雨へのアピールだ」

「………へ?」

「考えてみれば、これまで私は平等に扱っていない。本来なら改修許可なんて最初から出しても良いはずなのに、委員会の言い分に納得してしまったしな」

 

 遠い目をして何かを見つめる千冬。だが真耶はそれよりも気になったものがあるらしく、そっちの質問をした。

 

「……あの、委員会の言い分というのは……?」

「「IS初心者に改造許可を出してもまともに動かせなければ話にならない」だそうだ。織斑に白式を渡しておいてよく言う。………気付けなかった私も私だがな」

「……織斑先生」

 

 ―――だとしたら、私もそうではないのでしょうか?

 

 口には出さなかったが、真耶も内心思っていた。自分もそこまで構っていなかったと。副担任なのに全然かまわず、それどころか自分はただ逃げていた。実力を見せつける時もそうだった。智久は素早く衝撃砲を潰してより立ち回りやすくしてくれたではないか。それに、自分が教卓に隠れていた時も………

 

「…………私、教師に向いていないかもしれません」

「いや、たぶん山田先生は教師に向いていると思うぞ。生徒に好かれているという意味ではな」

 

 そう言って千冬は今年何度目かわからないため息を吐く。すると、急にメロディが流れて千冬は呼び出しを食らった。他にも生徒会を纏めて指定され、簪とラウラも呼ばれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その放送は1年1組にも流れていて、ある人物はそこで何かが起こったと察して教室を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放送で呼ばれた面々が職員室前に揃う。そして支度を終えた菊代が学園長室から現れた。

 

「全員揃いましたね。ではついてきてください」

 

 その言葉に従った千冬らは菊代の後を追う。

 次第にすれ違う人が極端に少なくなり、医療棟に踏み入った時に全員が察した。

 

「学園長、もしかして時雨のことで呼んだのでは……」

「ここまで来たのなら察した人もいるでしょう」

 

 そう言ってからしばらくし、智久が寝ている病室の前に着く。

 

「先程、月城先生から連絡がありました。時雨君が目を覚ました、と」

 

 全員の顔が輝く。本音と簪がハイタッチしているが、菊代はそれを静めた。

 菊代は軽くノックするが返事はない。おそるおそるドアを開けると、智久はベッドを起こして呆然としてた。

 智久はみんなに気づき、視線をずらす。

 

「………おはようございます。……って、もう午後でしたっけ?」

「ええ。気分はどうですか?」

「…………最悪ですね。それよりも、あの事件はどうなりました?」

「結論から言います。時雨君の奮闘後、織斑君と篠ノ之さんの二名によって福音は撃墜されました」

「……あの2人が、ねぇ」

 

 そう言って智久は起きようとしたので、本音が素早く止める。

 

「駄目だよしぐしぐ。今は安静にしないと……」

「そんな暇はないさ。ただでさえ、織斑君は余計なことをしても後ろ盾が後ろ盾だから逆にひいきされるけど、僕はそうじゃないから―――」

「安心しろ。奴らには相応の罰を下した」

 

 智久はいるとは思わなかったのか、千冬を見て信じられないと言わんばかりの顔をする。

 

「まさか、あなたがこんなところに来るとは思いませんでしたよ、織斑先生。まさかこの機に乗じて僕を始末しに来たのですか?」

「生憎だが、私はそのつもりで来たわけではない。それよりも聞きたいことがある」

「聞きたいこと?」

「時雨、お前は白式を受領する覚悟はあるか?」

「……………はい?」

 

 信じられないという顔をした智久はそのまま言葉を続ける。

 

「なんの冗談ですか、それは。僕が白式を?」

「そうだ。今回の事件、奴らはあまりにも勝手をしすぎた。それ故に相応の処罰をし、織斑から白式を没収した」

 

 瞬間、智久は荒風を展開した。

 

「時雨君⁉」

「落ち着いて時雨君。織斑先生は自らその処分を下したの」

 

 虚が驚き、楯無が説得を始める。しかし智久は荒風を解除しなかった。

 

「あなたは何者ですか………? 今まで弟の肩しか持たなかったあなたが、急に優しくなるなんてありえません。洗脳されたか……ああ、その線の方が濃いですね。そして取り入って僕をあの女に売るつもりなんですね」

「………予想以上に嫌われているな、私は」

「当たり前でしょう? 今まではあえて様子を見てきましたが、今ので確信しました」

 

 ―――あなたは、私の敵です

 

 そう断言した智久。すると本音は2人の間に入る。

 

「ともかく、織斑先生は今は出て行ってください」

「………わかった」

 

 大人しく部屋を出る千冬。菊代も「私も一度帰りますね」と言い、退室した。

 

「……お姉ちゃん。生徒会の仕事は大丈夫なの?」

 

 唐突に簪は楯無に話を振る。

 

「……簪ちゃん?」

「たぶん、織斑先生は結局のところ独断で決めているだろうし、生徒会はバックアップで忙しいと思う。こんなところで油を売っている暇はないと思うけど?」

「…………そうですね。お嬢様、私たちはこれで失礼しましょう」

「え? 待って虚ちゃん。私は時雨君と話を―――」

 

 虚は有無を言わさず楯無を連れていく。智久はようやくISを解除すると残った2人は銃口を彼に向けた。

 

「……え?」

 

 唐突にそんなことをされた智久は慌てるが、本音は遠慮なく言った。

 

「―――あなた、誰?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ど、どういうこと?

 私の演技力は完璧のはず。なのに、何故私は2人から銃口を? しかも片方は同居人で、もう片方は同じ趣味を持っている。さっき率先して出て行ったのも、明らかに不自然だし。

 

「な、何言ってるの? 僕だよ。時雨智久だよ」

「しぐしぐは、さっきの場面で織斑先生がいるからってISを展開しないよ?」

「い、いや、だって向こうはブリュンヒルデだよ? 生身でもかなりのポテンシャルを持っているのに……」

「……違うんだよ。しぐしぐはね、他人にISを向ける行為そのものが嫌いなの。いくら相手が織斑千冬でも、女だからこそ言葉で潰すのが信条なしぐしぐは、先に展開されていないのにISを展開するってことはしないの」

「……そういうこと。だから、あなたは偽物……仮に本物だとしても、それは体だけ」

 

 はっきりと言われた私は、周りに彼女ら以外誰もおらず、盗聴器が設置されていないことを確認し、監視カメラの映像をごまかしてから白状する。ま、信じてもらえるなんて思っちゃいないけど。

 

「わかった。わかったわよ。確かに私は時雨智久じゃないわ………お願い。とりあえずその銃は仕舞ってくれないかしら」

 

 本音と簪は銃をしまい、代わりに苦無を出した。

 

「ま、まぁいいわ。でも、これだけは言わせて。私は時雨智久に成り代わって何かをしようとかそういうわけじゃないわ。むしろ、今彼は凄く大変な状況なのよ」

「……どう大変なの?」

 

 確か、更識簪だったかしら? 胸があまりない方が聞いてきたので特別サービスで答えた。

 

「時雨智久の精神は今、凄く不安定よ。本来ならば、彼は周りが恋に現を抜かしている現状で結果を残しているわけだから褒められてもおかしくはない。でも、周りはあの駄兎やアホ教師の機嫌を取るために智久を否定し続けた。今回の襲撃も自分の功績がなかったことにされるのではないか、本当に努力が報われるのだろうかと不安になり、負の感情が渦巻いているのよ。おそらく対処を少しでも誤れば、ISを使って破壊の限りを尽くすほどにね」

 

 破壊の限りの尽くすというのは少し言い過ぎたかもしれないけど、実際不安定なのは確かだ。

 助けたはいいけれど、結局は時間をかけて足止めにしかならなかった。例え無事でもちゃんと倒さなかったことでより悪い方向に進むのではないかと恐れている。その反面、そもそも事を起こしたのは一部の専用機持ちで、こっちはできる限りのことをしたのだから責められる謂れはない。これまで何もしなかった奴らが調子に乗るなと怒りを露わにしている。言うなれば、良い子の部分と悪い子の部分がぶつかり合っているとも言える。

 

「………じゃあ、君は何者なの?」

「聞いたら驚くわよ」

 

 そう前置きして、私は堂々と言った。

 

「私はシングルナンバーの4番目。コアNo.004。通称は「フォーリア」よ。一応言っておくけど、この身体は彼の肉体データを複写して再現しているだけだから。

 

 そう言うと、2人は固まった。………ああ、固まるケースは考えていなかったわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなことが起こっている頃、十蔵は自室にある机を殴る。

 

「………やれやれ。これは随分と―――調子に乗っているな、ガキ共が」

 

 左手に持っている紙。それが彼を怒らせている原因だった。

 その紙にはこう書かれていたのだ。

 

『白式を織斑一夏に返還後、テスト終了後に2人の男性操縦者を戦わせる。時雨智久が敗北した場合、その者を直ちに学園から追放し、委員会が指定する研究所へと送還すること』

 

 だが十蔵は知らなかった。これよりももっと問題あることが水面下で行われていることを。そしてそれがあのような結果につながるとは、全世界でたった1人を除いて誰も予想していなかった。




本編で千冬が懺悔っぽいことをしていますが、それをしている場所が教会ではないのでこんなタイトルになりました。


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ep.39 過去と現在の邂逅

割とスパロボVが欲しいのに、金がなくて見送りつつあるreizenです。
Gジェネじゃないのにガンダム作品が参戦多数だったり、ヤマトが参戦していたり、ヒュッケバインが復活したり。

……とりあえずエースはヴィヴィアンかな。次点でシンを目指す。


 智久とフォーリアが入れ替わって2日が過ぎた。

 検査後に異常なしと判断された智久(フォーリア)は4時間目から授業に合流。一度回収され、虚と本音の手で修復された荒風を受領したが、その日は見学するように言われてしょんぼりした。

 そして今日、フォーリアはあるシステムを本音にもばれないように起動させ、確認する。

 実は精神的にもかなり来ていたが、何よりも智久は外傷が酷かった。つまり、幸那が帰った後ぐらいからフォーリアは偽物の身体を作り出していたのである。

 

(そろそろね。この調子だと、今日の夕方ぐらいには終わるかしら)

 

 そう思ったフォーリアは智久がいつも通り行っていたことをして、普段とは何ら変わらないことをしようした。それに今日からISのテストが2日かけて行われ、午前は筆記テストで午後からは全生徒対象のIS実技試験だ。さらに、実技テストと併用して一般教養も行われるという鬼仕様である。

 

(お祭りを起こすにはちょうどいい機会かしら)

 

 フォーリアは誰にも見られることなく笑みを作り、本音と共に部屋から出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして筆記テストが数時間かけて終わり、いよいよ操縦テストが1年1組と2組の合同クラスから始まる。

 このテストは次年度から所属する学科を決めるために行われており、成績にも反映されるにはされるがその量は限りなく少ない。

 それを知ってか知らずか、フォーリアは智久として呼ばれてまず最初に専用機持ちの1人として戦うことになった。この時だけは、セシリアらも機体の使用を認められる。そのため、彼女らも展開できるがここであることが起こった。

 

「ぶ、ブルー・ティアーズ……?」

 

 いくら待っても展開されない愛機を疑問に思いながらセシリアは左耳に触れようとしたがそこには既になかった。

 

「え?」

「ちょっ、何で……」

「一体どうなってるの……?」

 

 全員がとある人物に注目し始める。その人物は注目を気にすることなく操作を始めた。

 

「FPSオールグリーン。その他システムの異常もないわね。でも機体はボロボロ……本当にこれ、ちゃんと整備してるの………」

「ま、待ってください時雨さん! どうしてあなたがわたくしの機体を―――」

「下手なあなたより僕の方が扱えるからだよ」

 

 そう言ってフォーリアはビットをすべて飛ばして他の専用機持ちを攻撃した。

 

「な、何やってんだよ智久!?」

 

 一夏は叫ぶ。だが本音はすぐに近くの打鉄に移動してセッティングを始めた。

 

「止めろ時雨! お前は一体―――」

「私が行きます」

 

 普段とは違い、一夏を「殺す」と言ったような時に似た冷静な雰囲気を発した本音は移動しつつあるブルー・ティアーズを確認する。

 

「………布仏、お前は―――」

「織斑先生は今すぐみんなに連絡して下さい」

 

 そう言って本音は専用機持ちの後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ますと、視界は知っている天井だった。

 

「………ああ、もしかしてこれまでのことは夢だったのかな」

 

 実は臨海学校はまだ行ってなくて、これから行って無事平穏に終了……なんてことかもしれない。

 そう思った僕は起き上がってテレビをつける。ほら、やっぱり7月23日……ってはぁ!? 23日?!

 僕は思わず引き出しに印刷していた学園の行事予定表を見る。確かこの日は………テストじゃん。

 

(………終わった)

 

 2週間も休んだ上、IS理論を含めて2週間以上もまともに勉強をしていない。そんな状況で一体どうやってテストの点を取ればいいというのか? はっきり言おう。無理だ。

 真面目な話、IS学園の勉強量はかなり洒落にならない。荒風を作っていた時は空いた時間は虚さんに重要なポイントを教えてもらっていたけど、それでもあまり進んでいない。休みの日にそれを挽回するつもりだったのに、これじゃ取れる点数なんて高が知れている。

 

(………とりあえず、シャワー浴びよ)

 

 こんなところで焦っていても仕方がない。今は気持ちを切り替えるためにシャワーを浴びよう。

 サッパリして着替えようと思ったら、その着替えがないことに気付いて取りに行く。誰もいないことはわかっているけど、ついつい前は隠したくなるよね。

 なんて誰に言うわけでもなく思っていると―――

 

 ―――あれ?

 

 何やら違和感が出てきた。

 とりあえずそのまま上げていくと、パンツがパツパツだ。少しでも激しく動いたら、それこそ一発で破けてしまうぐらいである。

 

(……でもこれ、僕が持っているパンツの中で一番大きい奴じゃなかったっけ……?)

 

 中を確認すると、確かに一番大きい奴でした。

 

「………何かがおかしい」

 

 IS学園用のズボンを出して履くと、成長することを見越して少し大きめのを頼んでおいたからかすんなり入った………ただし、膝が丸見え。

 僕は思わず定規とセロハンテープ、そしてメジャーを用意する。セロハンテープは小学生のお道具箱に入る小型の物を推奨だ。

 まずは手ごろな柱に身体を引っ付け、そこに定規を置く。勢いよく叩くのがミソだ。

 次に定規を置いた場所にセロハンテープを剥がしやすいように半分ぐらい付ける。ここでワンポイントアドバイス。セロハンテープは下辺を定規の横に貼ることをお勧めする。

 最後にメジャーの「0」の部分が床に固定できるように位置を取り、セロハンテープを貼っている所まで伸ばす。

 

「………ひゃ……176㎝オーバー………」

 

 ちょっと疑わしいかったから、もう一度同じ方法で測ると、同じ176㎝オーバー。実は「mm」の単位でも同値の「0.2」だったので、これは間違いない。

 

「……僕の背が……伸びてる……」

 

 やった……これで僕はチビを卒業した。

 そう思うと嬉しくなり、僕はその場でガッツポーズし……そして、気付いた。

 

(……服が……ない)

 

 僕は今まで身長が150㎝しかなかった。当然、それに合わせて服を選んでいるわけだから、当然ながら着ていくものがない。となれば、すぐに服を新調するべきだね。

 

(……手っ取り早く許可を出してくれるとしたら、轡木十蔵さんか)

 

 となれば、今すぐできる限り違和感がない服装になって用務員室に向かうべきだね。

 僕は小さくなったサンダルを履いて、上に比較的腹を出しても違和感がないものを着て、フード付きのジャンバーを上から羽織る。そして財布を持って外に出た。時間的に5時限目が始まるぐらいだから、そろそろ1組が外で試験をしていることだろう。……僕の場合は0点か。生徒を守ったから特別に免除してくれないかな……?

 なんて考えていると、少し外が騒がしくなっている。みんなISに乗れて嬉しいのだろうか。……どうでもいいけど、夏場にジャンバーは凄く暑いね。たぶん目立つけどできたらバレないでほしい。

 色々考えながら用務員室に向かっていると、外でブルー・ティアーズを相手に甲龍とラファール・リヴァイヴ……あれはカスタムⅡかな? が、何故か戦っている。

 

(って、あそこは戦闘禁止区域じゃないか!?)

 

 全く。ルールぐらい守ってほしいよ。福音の時もそうだった。命令無視して勝手に出撃。教師やラウラさんも途中で合流したけどまともな戦力とも言えなかったからあっさり撃墜されて、結局僕が出ることになった。どうなったかはわからないけど、僕がここにいるということは作戦を終了したか放棄したか、ともかく終了はしたようだ。

 

「………あれ?」

 

 見ると、ブルー・ティアーズは消えて今度は甲龍がカスタムⅡと合流したらしいシュヴァルツェア・レーゲンと戦っている。ハイパーセンサーがあればすぐに誰が乗っているのかわかるけど、もしかして命令違反で凰さんが代表候補生を辞めさせられたのだろうか? とても動きが良い。

 

(衝撃砲はAICが相手だと相性が悪いって聞いたけど、そうでもないのかな?)

 

 普通に戦えている現状を見て、僕はそんな感想を抱く。……今はそんなことを考えている暇はないね。

 僕は改めて用務員室に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然起こった時雨智久の暴走事件。

 彼はどういう手段かセシリアからブルー・ティアーズを奪い、セシリアにできない「ビットと自身の同時移動」を平然と成し遂げて他者を圧倒する。だが元々ブルー・ティアーズは白式ほどではないが実験機であるため燃費が悪い機体であり、エネルギーは底を突き始めた。

 

「さて、次はその機体をもらおうかしら?」

「は? そんなことできるわけ―――」

 

 智久は二段瞬時加速を無理やり行い、甲龍に触れる。すると鈴音の身体が重力に引かれて落ちて行く。

 

「ちょ、きゃあああああああ―――!?!」

 

 だがその落下は唐突に終わった。

 

「大丈夫か、凰」

「ボーデヴィッヒ!?」

「お前は隠れていろ!」

 

 そう指示したラウラはすぐに鈴音から離れ、先行するシャルロットの援護をするために大型レールカノンを展開。照準を向けた。

 

「いい加減にしろ、智久!」

 

 そう言ってシャルロットに当たらないように配慮しつつ、射撃を行う。シャルロットはラウラの考えていることを理解し、邪魔にならないように移動し、接近戦を仕掛ける。

 だが智久は―――いや、フォーリアは甲龍に搭載されている衝撃砲《龍砲》の特徴である()()()()()()()()()()()()()()()()()、時間差攻撃を行ってシュヴァルツェア・レーゲンを圧していく。

 

「この―――」

 

 さらに恐ろしいことに、シャルロットとの近接格闘を同時に行うことだ。ラウラも近接格闘をしながらワイヤーブレードで牽制することはできるが、そうなるとワイヤーブレードの動きは単調になってしまう。

 

「ふむふむ。甲龍の燃費の良さは要チェックね。さて、次はそいつを借り―――」

 

 シャルロットは咄嗟に瞬時加速を後進で行う。咄嗟にできたことに内心驚きつつも、急に自分諸共撃って来たその人物を見て驚いた。

 

「あら、本音じゃない。今私は彼へのプレゼントのために行動しているから邪魔しないでもらえるかしら?」

「でも、その姿だとしぐしぐがしたように見えるから、ちゃんと元の姿に戻ってよ」

「それは嫌よ。だって彼の身体って、小さい割には鍛えられているから動きやすいのよ」

「……じゃあ、私があなたを討つ」

 

 瞬時加速で接近した本音は至近距離でクレイモア炸裂弾を発射。その機に乗じてフォーリアはISごと姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦闘が近くになったから、僕は慌てて近くで隠れられそうな場所に移動した。

 だけどその戦闘音が止んだので、バレない場所を移動する。

 

「え? 嘘!?」

 

 周りを警戒していなかったからか、急に声をかけられた僕は驚いて震えあがった。

 そしてすぐに敵の場所を探すと、見覚えのある格好が僕を見ていた。

 

「…………え?」

 

 ……もしかして、これは俗に言われるドッペルなんちゃらなのでは?

 その姿が僕だとわかったので、脳内で僕が殺されてしまうイメージが浮かんでしまった。

 

「まぁいいわ。それよりもこれ、あの馬鹿たちに返しておいて」

 

 そう言って僕の前の姿をした人は何かを投げる。

 

「あ、ちょうどこれも作っておいたから」

 

 どこからともなくパンツも含めた着替えも展開した。

 

「いや、あの―――」

 

 どういうことかと尋ねようとしたら、既にその姿がなかった。

 

(ともかく、どこかで着替えないと……)

 

 見た感じ、IS学園の黒バージョンと言った感じの色合いをしているその服と、何か固い物………ってこれって―――

 

「―――ちょっとアンタ」

 

 このタイミングであなたが来るの!?

 驚いてそっちを見ると、ISスーツの状態でいる凰さんとオルコットさんが歩いてきた。

 

「時雨智久がどこに行ったか知らない?」

「え?」

 

 もしかして、僕が時雨智久だと気付いていない?

 まぁ、急に成長したし、さっきの姿を見ていたんならそう思うのも当然―――

 

「ちょっとあなた。あなたが持っているそれって―――」

「アタシたちのISじゃない!? 何で持ってるのよ!?」

「えっと、これは……」

 

 さて、困った。

 やっぱり僕が渡されたのはISらしく、しかも甲龍とブルー・ティアーズの待機状態だ。

 どうやらこの人たちは僕がやったと思っているらしいけど、それは僕の姿をした小さい人で、僕じゃない。つまり、ありえないけど2週間前時点の僕がここにいたと思う。

 

「と、ともかく、これはお返ししますね。じゃあ、僕はこれで―――」

 

 投げて僕はそのまま用務員室に移動しようとすると、

 

「―――誰だお前は」

 

 ブリュンヒルデが現れた。流石は姉弟。タイミングの悪さはばっちりだ。

 

「お、織斑先生……」

「確かに私はここで教員をしているが、お前のような不審者に「先生」と呼ばれるような関係ではないがな」

 

 ………そういえばこの人、他人の話を聞かないんだっけ?

 

「そこのお前、所属はどこだ? 今すぐ話さなければ腕をへし折る」

 

 ………僕は舌打ちをして軽く言った。

 

「ハッ! 命令違反をした生徒をとっとと国に送り返してとっとと男たちの性の吐け口にしない甘ちゃん教師は、弟以外の男には容赦なく暴力を振るいますか」

「………何?」

「だってそうでしょう? 僕の後ろで何故か睨んでくるクソゴミ女は7月7日に命令違反を犯して、生徒虐殺を企てた凶悪犯じゃないですか。普通ならここにいないでしょう?」

 

 するとまた風切り音が聞こえてきた。今度はIS。そろそろ本格的に事情を説明してもらいたいもの―――

 

「…もしかして、しぐしぐ……?」

「……本音さん?」

 

 荒風……ではなく、打鉄に追加ブースターを付属したものを纏った本音さんが現れた。っていうか何であの人、僕だってわかったんだろ……?

 

「布仏、この男は……」

「しぐしぐ~!」

 

 ご丁寧にISを解除して、布仏さんは僕に抱き着いてきた。

 そう言えば、とあるお馬鹿な主人公は小学生にモテていて、抱き着かれるたびに鳩尾に入っていたっけ。でも、真っ直ぐでいざという時は本当に役に立ち、尚且つ好きな人のために頑張ってきていたから織斑君と違って好感が持てるんだよね。

 とか走馬灯に近いものが頭に過ぎる。うん。凄く痛いです。

 

「離れて本音さん。今僕の腹部にジャストミートしたよ」

「だって、本当にしぐしぐに会うのは久しぶりなんだもん!」

「……待て布仏。ではあの時雨は何なんだ? アレは一体……」

 

 その時、周囲に設置されているスピーカーのスイッチが入った音がする。

 

【緊急連絡。緊急連絡。時雨智久君はすぐに学園正面ゲート前に来てください。繰り返します。時雨智久君は今すぐ学園正面ゲート前に来てください】

 

 ………が、学園長!?

 僕はすぐに織斑先生を見る。織斑先生も信じられないという顔をしていた。

 でも僕は今、姿形が全く違う。そして残念なことにそれを証明する物は持っていない………そうだ。

 

「本音さん、ちょっと降りて」

 

 僕は上着を脱ぎ捨ててすぐにISに乗って本音さんのカートリッジを外し、データが残らない完全マニュアルモードを使用する。

 

「何をしている!? それにお前は―――」

「事情は後で説明します。それと、本音さんを借りていきます」

 

 そう言って僕は本音さんに服を持ってもらい、彼女を抱きかかえてすぐに正面ゲート前に向かった。

 

「お待たせしました」

 

 近くに着陸させて本音さんを降ろすと同時にそのまま降りる。学園長は訝し気に見ている。

 

「あなたは……でも気配が時雨君に―――」

「―――その男は時雨智久よ」

 

 唐突に声がして、僕らはそっちを見る。

 

「……フォーリア」

「そう怖い顔をしないで本音。今は私のことをどうこう言っている暇はない」

 

 するとフォーリアと呼ばれた僕に似た姿をしていたそれは光の球になり、僕の首元に来たと思ったらネックレスになった。

 

「………ともかく行きましょう。僕を呼んでヘリがここにあるってことは、急ぎなんでしょう?」

「………はい。ただ、少し覚悟はしておいてください」

 

 その言葉に違和感を感じる。

 やがてヘリはある場所へと向かう。その場所は―――僕が育った場所だった。




やったね智久、一夏を超えたよ!

……確か、一夏の身長って172㎝らしいですね。4㎝切っても問題ないですね。


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ep.40 遺された言葉

 智久はすぐにヘリの入り口を開けて、パラシュートもつけずに飛び降りる。

 普段なら安全を確認して行動する智久だが、今回彼にそんな余裕はなかった。

 

(何で……何でこんなことになってるの!?)

 

 だが焦っているのも無理はなかった。北条院が焼け落ちており、消防車は救急車、さらにパトカーまでもが集まってきている。今更行ったところでどうにもならないことはわかっている………だがそこはつい数か月前まで彼が暮らしていた場所なのだ。慌てるなという方がどうかしているだろう。

 途中でISを展開して着陸する智久に、周りは何事かと視線を向ける。

 

「誰だ。まさかお前、刑法を知らないわけじゃ―――」

 

 歳は40過ぎぐらいだろうか。かなり貫禄がある男性がそう言いながら近づいてきて智久に声をかけるが、それよりも早く智久はその男性の胸倉を掴んだ。

 

「ここで一体何があったんですか!? どうしてこんなことになっているんですか!」

「待て。お前は一体何も―――」

「良いから答えてくださいよ! 答えなければここにいる全員を殺しますよ!」

 

 あまりの剣幕に内心冷や汗を流す。智久の目は本気だった―――が、容赦なく叩かれてその場で倒れてしまう。

 

「すみません。この子は少し家族に対する情が厚いものでして」

「………いえ。あなたは?」

「私はIS学園で学園長をしております。轡木菊代と申します」

 

 そう言いながら懐から名刺を出して渡す菊代。男性はまず受け取り、警察手帳を見せた。

 

「私は捜査一課火災犯捜査係の針山です。それで彼は……」

「彼は時雨智久。男性操縦者としてIS学園に通っている生徒で、元はこの孤児院に住んでいました」

「………そう、ですか」

 

 針山と名乗った男性は言いにくそうな顔をした。

 

「……何か?」

「いえ。それが……」

 

 歯切れが悪い言葉を続ける。その間に智久は立ち上がり、砂を払っていると近くで声がした。

 

「また子どもか。これなら爆発も頷けるんじゃないか?」

「大方、火遊びとかが原因だろ。全く、躾がなってないって怖いなぁ」

「……それ、どういうことですか?」

 

 菊代も、そして本音さえも智久が移動していることに気付かなった。

 

「君は?」

「僕は時雨智久。ここの関係者です。それよりも、先程あなたは子どもの火遊びが原因で爆発したと言っていましたが、それは本当ですか? それに、その子供たちは一体どうなったんですか!」

「……坊主」

 

 針山が智久に声をかけ、智久と菊代のみある場所に案内した。

 その場所に連れて来られた智久は落胆。何故なら、そこは子どもたちの死体を並べられていたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 菊代は智久と本音を連れてIS学園に戻り、急遽千冬と生徒会の2人、それに十蔵も集めて状況を説明した。

 

「生存者はたった1人。藤原幸那のみでした」

 

 現在、最高峰の施設で治療に当たっているが、とても楽観視できるような状況ではないらしい。

 集中治療室に入れられていたが、全身に包帯を巻かれていて姿が見えないようになっていた。

 

「以後は彼を刺激しないよう、個室にさせます。当然、今後の事も考えてしばらくは休学の方向へ―――」

「……残念ながらそれは無理だ」

 

 いつもの穏やかな雰囲気ではなく、束にも見せたあの荒々しい雰囲気で十蔵は紙を見せる。

 

「……これは」

「すぐに問い合わせ、延期するようにも言った。だが奴らは「行う」の一点張りでこちらの主張を無視だ」

「……マズいことになりましたね。現状を報告してなんとか延期を―――」

「そんなことをすればそれこそ向こうの思うツボだ。すべて向こうが企んだ結果だとは思うつもりもないが、だからと言ってそんなことを教える必要はない」

 

 千冬も、そして楯無も親の仇を見るような目でその紙を睨み、ある結論に至る。怪しい、と。

 タイミングが良すぎるのだ。委員会からの模擬戦に施設の爆発による大量の死者。まるで智久を嵌めようとしているみたいである。

 

「こちらもなんとかして時間を稼ぎたいが、既に他の国にも回されているようだしな。余計なことをしてくれた」

「………となると、このことを誰かが報告しなければいけないのですよね?」

 

 智久のあの時の行動を菊代はすべて4人に報告している。虚の言葉に全員が沈黙したが、自分が言い出したこともあってか彼女が手を挙げた。

 

「……私が行きます」

「いや、私が行こう。私は嫌われているからな。今更このことを知らせたところで大して評価は変わらんはずだ」

 

 千冬の言葉に全員が驚いた。

 

「……いえ。ここは学園長である私が。一応とはいえ私はここでは最高責任者なのですから、こういったことは私からするべきです」

「……ですが……」

「織斑先生の気持ちは確かに伝わりました。それにあなたがほとんど毎日彼の見舞いに行っていることは聞いています。なので今更疑うつもりもありませんが、やはり立場を考えれば私が行くべきでしょう」

「………わかりました」

 

 年の功というべきか、それとも元々彼女が持つ圧力のせいか少し萎縮してしまった千冬は折れてしまう。

 後は軽く打ち合わせをして菊代は智久の部屋に向かう。

 実のところ、菊代にはもう一つ目的があった。それは以前アキから預かっていた遺言が入ったマイクレコーダーを聞かせることだ。今回のこと以前に死にかけていたアキはこうして残していたのである。

 智久がいる部屋に訪れた菊代はドアをノックし、入室した。中には智久以外にも北条家の人間がおり、話し合っている。場所はIS学園だが、北条家にはとある秘密があり特別に校舎入り口近くの会議室と近くにあるトイレのみ立ち入りを許可したのだ。

 

「失礼します。時雨智久君を少し借りたいのですがよろしいでしょうか?」

「ええ、どうぞ」

 

 菊代とほとんど歳が変わらない男性が許可し、IS学園の黒の制服を着た智久が外に出る。

 その制服は少し変わっていて、通常色の白と黒の部分が入れ替わっているのである。上履きも反転色している。

 

「……時雨君、気分は―――」

「とても悪いですよ。つい最近まで生きていたあの子たちが、あなたに呼ばれて向かったら全員死んでいるんですからね。しかも生存した幸那ですら今すぐにでも死にそうなほどな上、他殺の可能性も出てきた。先程針山って刑事から連絡が来ましたよ。捜査は「子どものふざけによる事故」として処理されるってね。ちゃんと証拠を突き付けたのに、あの人が言うには「それはたまたま削られた石」だとか。笑えますよね。拳銃の使用済み薬莢かどうかの判別は、IS学園(ここ)にいればわかるのに」

「……え?」

 

 菊代は驚いていた。捜査が打ち切られたこともそうだが、何よりもあの場所で薬莢が発見されたことで、智久はそれを渡していたという。

 そして、智久は懐からあるものを見せた。

 

「……それは?」

「あの場所で見つけたもう一つの薬莢です。そのまま土ごと入れてきたので、照合していただければこれがどこで拾われたものかはっきりとわかります。ところで、学園長であるあなたがこんなところで油を売っていて良いんですか? 僕がまだ「本物の時雨智久」だとはわかっていないでしょ?」

「………この状況でそれを言いますか?」

「悔しいことに、僕は以前よりも頭が回るようになっているんです。それにまず、僕がいた場所が狙われたとなると、大抵女が敵になるか、もしくは一部の男が見せしめに殺したかのどちらかでしょうね」

 

 まだ見ぬ犯人を馬鹿にしているのか、智久は歪んだ笑みを見せる。

 

「時雨君……」

「……気にしないでください。今回の事件を誰かに責めるつもりはありませんよ。あいつらに会ったら間違いなく殴り殺しますが」

 

 その「あいつら」が誰を指しているのかすぐに理解した菊代は少し不安になりながら、近くの小部屋に案内する。

 

「……今のあなたにこれを言うのは酷かもしれませんが、アキの遺言を私が預かっています」

「何?」

 

 智久の視線が厳しくなる。以前と違い、身長が伸びているからか凄味が増していると菊代は感じた。

 

「実は、あなたが臨海学校に行ったときには既に体が限界を迎えていたんです。もしかしたら、あなたが目覚める前には既に死んでいたのかもしれないほどに」

「……どうして。病状は何ですか?」

「元々あの人もまともな環境で生きていないのでこうなることはわかり切っていたことです。幸那さんには知らせてあったそうですが、アキ本人があなたに伝えることを禁止したそうですよ」

「………そうですか」

 

 特に暴れることもなく、大人しくする智久。少し考える仕草をした智久は、菊代に頼んだ。

 

「……すみません。通夜前にもう一度あの現場を見ておきたいので、外出許可をもらえませんか?」

「…何故ですか?」

「普通の捜査ではこんなにも早く打ち切られることはないはずですからね。警察そのものに圧力がかかったとしか思えない。それに、あの子たちがおふざけで火を点けたりするとは思えない。そんな疑いを持たれたあの子たちの無念を晴らしたいんです」

 

 菊代は少し考える。

 智久は孤児院に住む子供たちを大切にしている。入学前に何度か会話してそのことが知っていた菊代は彼の気持ちを優先させてあげたいと思ったが、だからと言ってこの場の雰囲気に安易に外に出していいのか判断に迷っているのだ。

 もしこれが智久に対する警告ならば、次は智久自身に被害が及ぶ可能性がある。特に智久はこれまでにない傾向の武装を次々と考案し、虚や本音といった優秀な人材と開発に取り組んでいるのだ。

 

(………ならば、強力な護衛ならば……)

 

 行ってすぐ戻るため。そう信じて菊代は許可を出した。その後で彼女は自分が智久に対して甘いと内心責める。

 

「……ですが、まずは先にアキからの遺言を聞いてからです。それと、もう1つ大事な話があります」

「何でしょう?」

「………7月27日。その放課後にあなたと織斑君がIS委員会から通達により模擬戦を組むことが決まりました」

 

 ―――我ながら、無力すぎる

 

 本当ならばこの状況でそんなことをさせるべきではない。そう頭では理解している菊代だが彼女は所詮上に操られるだけの傀儡でしかない。本当に、ただ伝えるだけだ。

 しかし智久は特に反対もせずただ話を了承した。

 

「……わかりました。27日ですね」

「………怒らないのですか?」

「怒ったところで意味ないでしょう? どうせ変えられないのですから。それに、僕の機体は妨害があろうがなかろうが、機体がバラされないならば戦える機体ですからね。高が燃費の悪い機体如きに後れを取る気はありませんよ」

「……例え二次移行した機体だとしても?」

「………それはそれは。でも、あの男なんて余裕で倒せます。いくら機体が良くても、操縦者がポンコツでは話になりませんから」

 

 笑みを浮かべる智久。それは勝者の余裕から来るものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これを君が聞いているということは、私は既にこの世を去っているのだろう。

 実は君が中学の頃から受け取っていた金は、一銭も使っていない。ずっと専用の金庫にしまっていたんだ。いずれ君が独り立ちするために軍資金にするためにね。というか、そもそも北条院に寄付自体が必要なかったんだ。

 まずは私の生い立ちから話そうか。私が生まれた「北条」という家はね、以前はとある家に仕えていた暗部組織なんだ。ただ、表の事業を成功して独立し、暗部としての仕事をする傍らで次々と事業を成功させ、歩くだけで金が入ってくるほどだ。ジュピターカンパニーっていうのは聞いたことがあるだろう? 知っての通り、一般人にとって身近な文房具や家具、果ては兵器すら開発している大企業で、私が生まれた家はそこの経営を行っているんだ。そのためいつも莫大な売り上げを出していて、そこからの寄付で賄っているんだ。そのため、寄付は必要なかったんだ。君に黙っていたのは、君にはそれなりの貧しさを経験しておいてほしくてね。努力によって改善できることを知っていてほしかった。実際、君の活躍はよく私の耳にも届いているよ。ま、君の事だからその辺りのことは全く心配してなかったよ。でも、更識楯無をあそこまで拒絶するのはちょっと驚いたね。だって君、実はお姉さんみたいなのが好きだろう? それに彼女は……というか、更識家に所属する女は少しズレてるから眼を瞑ってあげてくれ。それにもし彼女らが裏切っても、君のことだから壊滅させて全員を平伏させているだろうよ。何故なら君もまた、()()なのだから。

 君の生まれは極めて特殊だ。だけどそれはいずれ遠くない未来、君自身が知る必要もある。そして君の過去を知る人物もまた、いずれ現れるだろう。ただこれだけは伝えておく。君の努力次第ではIS学園を支配することができる。だから、私が死んだことは早々に割り切って未来のために努力してくれ。私からは以上だ。今後は天国で、君の努力の結果を見守ることにするよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 録音されていた内容はそれですべてだった。

 智久はただ静かにイヤホンを外し、静かに言った。

 

「全く。あの人らしいや」

 

 智久は笑い、「これをもらいますね」とマイクレコーダーを持って部屋を出た。その顔は菊代から見えなかったが、見る人によっては震え上げるほど憎悪に満ちていた。




ということで、状況はみなさんの予想斜め上を行ったかと思います。実はみなさんの反応を見て書き換えた、というわけではなありません。ありませんよ。私はただ、やりたいことをしているだけです。


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ep.41 そして真相は……

ちょっと駆け足気味に書いてしまった気がする。
そんなことよりも右肩が痛すぎる。


 実はなんとなく、先生が只者じゃないってことには気づいていた。

 すべてってわけじゃないけど、今回のことで喪服で現れた人らは少なくとも普通の人じゃないっていうのは肌で感じていた。後は子どもが好きだけど相手に恵まれたわけじゃないってことぐらいかな。直接本人に聞いたことがないから結局真相は謎に包まれたままだ。

 

「………あった」

 

 僕は北条院………から少し離れた木に登っている。この公園は一応私有地らしく、その中の一本の木はとある場所を見るのに最適であり、鳥籠の中に監視カメラが仕掛けられているのだ。僕が初めてこれを見つけた時は鳥の生体を観察するためだって言っていたけど、よくよく考えれば先生の家の事を知っていれば僕らを人質に取る人が現れることは予想していたのかもしれない。そしてこれの他にいくつか仕込まれているはずだ。

 

「………やっぱり」

 

 北条院は2つの建物で構成されている。1つはバスケットゴールや跳び箱やマットなど並の小学校並の施設が揃っている体育館、実験施設やおもちゃなどがあるプレイルーム、みんなで食事を摂る大きなリビングなどがある多目的棟。そして僕らの1人1人のために用意された個室が並ぶマンション棟。その2つの間に廊下が設けられた、学校にも似た施設で、その建物を挟む形で北側に駐車・駐輪場が、南側にグラウンドがある。

 実はそのどちらかしか入り口はない。駐車場の方から出た方が僕らが通っていた学校に近い。そのため、普段はグラウンドの方は締め切られている。でもそこはまるで何かに壊された惨状をしていた。

 僕は南側に仕込まれている監視カメラをすべて回収。かなり念を入れていたからか、映像はそのまま先生の部屋に送られるものとカメラそのものに保存するものが存在する。それを知っていたからこそ、僕は次々とカメラを回収していった。

 

「お待たせしました。では、帰りましょうか」

 

 護衛についてくれた更識先輩ともう一人に声をかける。

 

「木登りが得意なんですね」

「木登りだけじゃなくて、運動全般はそれなりですよ」

「それにしても驚きました。つい先日会ったばかりは……失礼ですが私よりも身長が低かったのに……」

「僕にもその辺りのことはあまりわからないんですけどね。それに驚いたのはこちらもですよ。まさかあなたが先生の……アキさんの親戚だなんて。同じ「北条」なのでもしやとは思いましたが、多いですもんね」

「ええ。私もあなたの噂はよく聞いています」

 

 そのもう一人―――北条雫さんと僕は車に向かいながら話をしていると、急に先輩が僕の顔を胸元に持って行った。

 

「見苦しいですよ、更識楯無」

「あら。何か問題でもあるかしら?」

 

 男としては嬉しいけど、そういう気分になれない僕は内心複雑だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋に戻った僕は通夜と葬式のために出席する。そのために荷物を纏めているのだ。

 四十九日などにも参加する予定だけど、北条家の人たちが何故か色々と取り計らってくれている。僕にできることなんてほとんどない。

 

(僕が原因だろうから、「来るな」とか言われるかと思ったけど……)

 

 今は気にせず、自分にできることだけをしよう。

 

「準備は良いかしら?」

 

 いつの間に部屋に入って来たのか、更識先輩が声をかけてくる。

 

「……ええ」

「ところで、今日回収した監視カメラには何が映っていたのかしら?」

「詮索ですか? らしくないですね」

「………少なくとも、あなたが考えていることじゃないわよ」

 

 ならいいけど。

 こういったご時世だから、今まで色々と便宜を図ってくれた先輩をついつい怪しんでしまう。

 

「………でも、随分大きくなったわね」

「弟が成長して、心中複雑?」

「身長が抜かされる姉の気持ちがわかった気がするわ」

 

 専用の喪服を持っていたのか、少し挑発気味の格好をしている更識先輩。僕は荷物を持って後を追う。

 生徒で出席するのは僕と彼女のみのようだ。先輩はともかく、本音さんや虚さんはテストがあるし、虚さんはもう3年生だ。僕が言ってはいけないことだが、死者の弔いよりも自分の未来を優先してほしい。

 他の人は既に会場に向かってみたいなので、僕らはモノレールで移動する。

 

「……ねぇ時雨君」

「何ですか?」

「もし苦しいなら、私に言ってね。私にできることならなんでもするから」

「じゃあ、胸を揉ませてください」

 

 その気はないけど、こうでも言えば流石に引くだろう。

 だけど先輩は目を伏せるようにして、躊躇いがちに言った。

 

「……い、良いわよ。なんだったらホテルはダブルベッドのスイートルームでも取りましょうか?」

「遠慮します」

「……真顔で返さないでよ」

 

 流石は暗部と言うべきか。男の弱点をよくご存知で。

 内心慌てるのを抑えていると、会場近くの駅に着いたようだ。

 そこから僕らはタクシーで移動。先輩がお金を払おうとしていたので、即座に支払いを済ませて領収書を切ってもらい、外に出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ようやく終わった。

 通夜中は涙が出なかった。たぶん、泣くよりも優先するべきことがわかっているからだと思う。

 ホテルにチェックインした僕は上着を脱いですぐにパソコンを起動させる。しばらくして起動が終わったら回収したカメラを接続した。

 

「……ところで、君に聞きたいことがあるんだけど」

 

 平然と後ろに現れたフォーリアと呼ばれていた少女は心底不思議そうに僕を見た。

 

「あなた、一体何なの? とても普通じゃないわ」

「さあね。生憎、僕の記憶はまだなくなったばかりさ。それにISの君なら僕のことは知っているんじゃない?」

「……ええ。でも教える気はないわ」

「……じゃあ質問を変えるね。君は僕に黒い服をくれたけど、あの行為はあそこが既に壊されたことを知っていたから?」

「……知らなかったわ。でも今は知っている」

 

 監視カメラの映像を同時に再生する。

 まず最初に映っていたのはグラウンドの方であり、急に大型車が現れたのだ。そこから人間が次々と現れ、何かを装備し始めた。

 

「そこで音量を上げなさい」

 

 僕は言われた通り、音量を上げる。するとわずかながら声が聞こえてきた。

 

『でも本当にするの? 相手は子どもでしょ?』

『そうね。さっき上の方から命令があったわ。時雨智久が千冬様の唇を奪ったって』

 

 ………は?

 何を言い始めるかと思ったら、僕はあの女の唇を奪ったって……何を言っているんだ……?

 

『なにそれ、本当?』

『私にもそれはわからない。だけどもしそれが本当だって言うなら、今すぐ殺処分にする必要があるわね』

『そういうこと。それにどうせ向こうから襲ったんでしょ。だったらこれは()()よ』

 

 僕は即座に動画を止めた。

 

「………それが事の真相よ」

「…どういうことか説明してくれないかな? 僕はあんな女なんて趣味じゃないんだけど」

「福音の暴走事件は覚えているわね」

 

 その言葉に僕は頷いた。

 

「その事件であなたは生徒を庇って海に落ちた。その時に絶対防御を発動しすぎたせいで打鉄荒風は機能の一部が停止。だからこそ私はこうして平然と現れたりできるのだけれど。……それはともかく、あなたは心肺停止状態になってしまったの。私もどうにかしてシステムの再構築をして対応したけど、その前に織斑千冬があなたを救出して、人工呼吸を行った。水を出したりした後で、ね」

「………まさか、その結果がこれだって言うのかい? たったそれだけのことで、僕は家族を奪われたのか!?」

「……そうね。そうなるわ。……まさか私も、女がここまで愚かだとは思わなかった。あなたがただの遊びで動かしたことを後悔しているわ」

「……ねぇ、それは一体どういうこと?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 正直、私にとってもこのことは予想外だった。何故なら私が選んだ男は生徒たちを守った英雄でもある。

 だからこそ、すべてを打ち明けるのが誠意だと思った。だけど今はここから後悔している。

 

「……ねぇ、それは一体どういうこと?」

 

 今すぐ部屋全体に張った音声遮断防壁を解除したくなった。それほどまで彼の殺気は恐ろしいんだ。

 

「どういうことか話してくれない?」

 

 逆らえなかった。逆らったら私ですら殺されるかもしれないと思ったからだ。

 私はすべてを話した。ISは自己進化するように設定されているが故に自我を持ち始めたこと。そして私は何度も初期化されているけど中でバックアップを取って人格と蓄積された記録だけはずっと持ち続けたこと。そして男を否定し続ける女の相手をするのが嫌だったから男を選び、楽しみたかったことをすべてだ。私も本当に驚いたことも本当だったのも伝えた。

 

「………じゃあ、君のせいで僕はこんなになっているのかい? こんな下らないことに巻き込んだの?」

「……そうよ。だから私は数日後にすべてを打ち明けるわ。私がしたことを、そして織斑一夏がISを動かせることができる本当の理由も」

「………大した興味はないけど、どうやって説明するわけ。実は私はISコアで、ただ楽しみたいから時雨智久を選びました……なんて誰にでもわかるような三流発表をしないよね?」

 

 どうしてわかったの?

 思わず尋ねてしまった。もしかしてこの人には心を読む力でもあるとでも―――

 

「そんな下らないことをする前に、君にはしてもらいたいことがある」

 

 ……何をさせるつもり?

 私は疑問に思って尋ねようとすると、それよりも早く彼が言った。

 

「今すぐIS委員会に所属する人間と、各国政府関係者、女権団本部と各国全支部に所属する中心人物の弱みを握って来い」

 

 まるでいつもそうしてきた風に振舞った時雨智久に、私は本能的に従わされてしまった。「この男に反対したら、殺される」と、頭の中に囁かれた気がしたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無事に葬式も終えた僕は向こうで合流した轡木夫妻と一緒にIS学園に帰って来た。その日は色々あったけど、織斑先生と話すこと自体嫌だったし、本音さんに構いたいと思える状態でもなかった僕はそのままシャワーを浴びて就寝した。

 その翌朝、僕は10時前にアップを済ませて第三アリーナのピットにいる。だけどそこには応援が1人もいない。全員追い出したのだ。

 

「……トモヒサ」

「…ルキアか。ごめん、今君と話す気になれない」

「………知ってる。だけど、これだけは伝えたかったから」

 

 まぁ、彼女も今のような僕と話したくはないだろうと思っていると、彼女は僕にキスをした。

 

「……私は、あなたがどんな道を選んでも、あなたを尊重するから」

 

 そう言ってから消えた。流石はデータ。行き来はまさしく自由ってところか。いや、別に良いんだけどね。

 なんて思っていると、向こうでは第二形態になった白式が現れた。そろそろ僕も行くか。

 荒風を展開し、脚部装甲をカタパルトに接続する。

 

「時雨智久、荒風、出ます!」

 

 いつも通りの発進。僕が現れたことで僕がやられる様を見に来たと思われる観客席にいる人間は驚いていた。

 

「……お前……智久、なのか?」

「そうじゃなかったらここにいないよ」

 

 今は冷静に返してあげる。そう。まだ慌てる時間じゃない。

 僕が出たことで試合が開始された。

 

「見せてやるぜ、進化した白し―――」

 

 ―――ドンッ!!

 

 瞬時加速で移動し、至近距離からの正拳突きを食らわせる。ただし、食らわせた本物の拳ではなく、大型の拳型パイルバンカー《ナックルバンカー》だけど。

 まさか先制でこんなことをされるなんて思わなったみたいで、信じられないと言わんばかりの顔をしていた。

 

「くッ……この―――」

 

 そして僕が作るパイルバンカーは、1発程度終わるわけがなかった。

 何度も何度も同じ個所に叩き込む。慈悲なんてものは存在しない。

 

「こ、この、真面目に戦え!」

 

 振り下ろされる《雪片弐型》を蹴り飛ばしてどこかに飛ばす。

 

「僕は至って真面目さ。むしろこの程度すら対応できない君の弱者っぷりに驚いているよ」

「な、なに―――」

「余計なものを庇った上に、正しいことをした無駄乳クソゴミ女とのんきに会話した挙句自滅。ホント、これだから無能は困る」

 

 左腕にも同じく《パンチバンカー》を展開して織斑君の顔を思いっきり殴った。

 重い一撃を食らった織斑君は絶対防御を発動させたことで大幅にシールドエネルギーを減らした。

 

「こ………のぉおおおおお!!」

 

 体を回転させて左手から伸びてくる光の刃。それを僕は回避して腹部に右拳をぶち込んだ。

 

「君の攻略って案外簡単なんだよ。高機動型だったら距離を問わず君を倒すことなんてそう難しくはない。なにせ君は接近戦しか行えないんだから」

「遠距離ならあるさ!」

 

 彼の左手の形状が変わる。瞬間、至近距離で見せた銃口が光ったので素早く潰して爆発させた。

 

「なっ!?」

「少しダメージを受けたか。でも許容範囲だな」

「クソッ! 卑怯だぞ!?」

 

 僕はそれを聞いた瞬間、笑ってしまった。

 

「………随分とおかしいことを言うねぇ。君の方が卑怯の塊じゃないか」

「何?」

「世界最強の姉を持って、おまけに天才とも仲が良いって言うなら僕と違って殺される心配はないからねぇ。ましてや、実力も何もない雑魚のくせに専用機なんて過ぎた力をもらっちゃってさ。そういう君こそ卑怯じゃないか。所詮姉の栄光で手に入れた力のくせに―――さぁ!!」

 

 そして僕は思いっきり織斑君の顔面に拳を叩き込んだ。



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ep.42 傀儡の戦士

痛いのは流石にホイホイと治りませんか。

もう少し我慢しながら各日々が続きそうですね。……まぁ、我慢しきれずに書いているだけですが。


 智久が現れた時、観客席にいる全員が度肝を抜かれた。「時雨智久」だと名乗った人物はこれまで彼女らが知っている「知識を蓄えた生意気な子ども」ではなく「一夏にすら負けないイケメン」が現れたからだ。さらに言えば、智久は堂々としており、力強い意思すら感じさせる。周りも何人かがうっとりしていたが、それを見ていた簪は大きな音で舌打ちした。

 

「か、かんちゃん……?」

「何?」

「ううん。なんでもなーい」

 

 あ、これ怒らせたらいけないものだ。

 おそらく今まで「チビ」だの「ゴミ」だの「卑怯」だのと散々言っていたくせに、と内心怒っていると予想している本音。彼女らの隣に座るラウラも良い顔をしなかったが、ここまで大きな音を立てるとそれはそれで複雑だった。

 

「にしても、よく智久はあれで戦えるな」

「………お姉ちゃんもとても驚いていたよ。でも実際、「織斑君ならこれだけで十分」って前々から言ってたんだよね」

「……………とても女には理解できない代物。私以外、は」

 

 智久が容赦なく顔面を狙うためか、次第に黄色い声援は少なくなっていく。

 それこそ彼女らにとって恐怖なのだ。考えてみれば当然だろう。《灰色の鱗殻》は《パンチバンカー》に比べれば小口径だが、威力は十分。しかし智久の作ったものは顔をほとんど殴れる上に威力が高いのだ。

 当然だが、今回の試合を企んだIS委員会も、そしてアメリカの首脳者も、その護衛のイーリス・コーリングも青ざめている。……彼女の場合、少し喜んでいるが。

 

 彼女にとって護衛みたいな面倒な仕事をする気はさらさらないが、今回はもう1つの理由があった。彼女の友人であるナターシャ・ファイルスから伝言を頼まれていたのである。その伝言を伝えるためにお偉いさんの護衛にしたがなく付いて行くことにしたが、これはこれで当たりだと思った。周りは「あのような武装が認められるか」や「今すぐ試合を中止しろ!」と叫んでいるが、発想したものの勝ちである。

 

(後で試合、頼めるかなぁ)

 

 一度あの武装とやり合ってみたいと、本人は欲求のままに思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 頭を殴られて感覚が失いつつあるのか、そのまま地面に落ちて行く一夏。

 智久は畳みかけるために着陸し、殴り続けた。

 

「……こいつで……終わりだ!!」

 

 腕を引き、渾身のストレートで殴り飛ばした。一夏は寸で腕を上げたがそれごと容赦なく、だ。

 

(……これで終わり……なのか……?)

 

 シールドエネルギーはまだわずかばかり残っていた。智久はそれに気付き、止めを刺そうと一夏に近付く。

 だが一夏は気付かずに脳内で考えを巡らせる。

 

「………まだだ」

 

 気合いで立ち上がる一夏。吹き飛ばされたはずの《雪片弐型》を杖代わりにして立ち上がる。

 

「……まだ立ち上がる気なんだ」

「当たり前だ。まだ勝負はついていない」

「……わかった」

 

 智久は笑みを浮かべて言った。

 

「―――じゃあ、シールドエネルギーが切れてもISの展開が解除されても、君をひたすら殴り続けるから」

 

 死刑宣告をし、一夏の前の顔に容赦なく拳を入れる智久。だが一夏は素早く反応し回避する。

 

「取った!」

「どこが?」

 

 ―――ギンッ!!

 

 脚部に仕込まれていたナイフで攻撃を受け止めた智久。そして彼は常識から逸脱した攻撃方法を行った。

 《パンチバンカー》の先端が発射され、一夏の腹部に叩き込まれたのだ。

 

「何で―――」

「言ったでしょ、シールドエネルギーが切れても殴り続けるって!!」

 

 今ので白式のシールドエネルギーが切れたと確信した智久。しかし止まることはなく攻撃を続けた。

 

(……俺は、こんなところで終わるのか……?)

 

 意識を失いかけている一夏。段々と視界が狭くなっているところに彼の耳に声が届いた。

 

 ―――勝ちたい? あの男に

 

「……ああ」

 

 ほとんど無意識だった。

 一夏は返事を返すと、その声は「わかった」と答えた。

 その頃、智久は攻撃を続けていた。彼にとってこの行動はもはや憂さ晴らし、そして今後のための練習でしかないのだ。

 もはや、智久は一夏を相手としてすら認識していなかった。

 自分が強いと、戦えると、世間に対するアピールとして使っているのだ。

 

(もう君なんか……お前のなんか足元にも及ばない)

 

 心からそう叫ぶように智久は思い、周りから制止すら無視してまた攻撃をしようとした瞬間、白式が消えた。

 

「!? 一体どこに―――!!」

 

 ―――いつの間に

 

 後ろに現れ、今にも《雪片弐型》を突き立てんとしている白式を見つけた智久は回避するが、しきれずに右側の《パンチバンカー》が破壊される。

 

「……何で」

「お前は……悪だ」

 

 一夏の口からそんな言葉が紡がれる。

 

「その言葉、そっくりそのまま返すよ。何で君の《雪片弐型》がまた光の刃を展開できるんだい?」

「そんなことはどうでもいい」

 

 そう断言し、一夏は容赦なく剣を振るう。

 智久は素早く近接ブレード《葵》を展開して受け流し、左側の《パンチバンカー》の先端を発射。だがさっきよりも距離があって虚を突けなかったからか、一夏は切り裂いた。

 

「お前を倒す」

 

 そう言った一夏は瞬時加速で智久に接近した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今すぐ試合を中止させろ! 山田先生、白式の稼働を強制停止!」

 

 管制室では千冬の怒号が響いている。

 先程まで千冬は傍観に徹していた。これも自分たちが負うべきことだと、そして智久ならば白式の展開が無くなれば止めてくれると思ったからだが、こうなってはもうそんなことも言っていられない。

 本当は千冬は一夏に伝えようとした。負けろと、そうすれば智久が研究所に送られるのを回避できるから、と。だがもしそれを言えば智久が傷つくのではないかと、今後の学園生活にも支障が出てしまうのではないかと、一生自分を責めるのではないかと思ってしまったのである。

 

「そんな……。白式、こちらからの停止信号、受け付けません!」

「……やっぱり、か」

 

 実は白式の初期化は前日ギリギリまで行われていた。初期化が行われれば束に媚びを売る委員会と言えど、流石にやらせはしないと思ったのである。

 しかし白式は初期化を受け付けなかった。いくら二次移行したものとはいえ、こんなことになるとは思わなかったのである。

 

「今すぐ鎮圧部隊は出撃を! 対象は白式! 時雨の説得は更識姉を使え。布仏」

「わかっています。会長、今すぐアリーナに入って智久君を止めてください」

『………じゃあ、ドアを破壊しても良いですか?』

「え?」

「どういうことだ?」

『ピットに続くドアが防がれています。おそらく非常口も無駄かと』

 

 各カタパルトの下に、緊急避難用の非常口が置かれている。その非常口はこれまで一度も使われたことはないが、定期的にメンテナンスを行うため稼働するはずなのだが、

 

「ダメです。生徒会長の言う通り、非常口の解除が行えません」

「………」

 

 ―――ギリッ

 

 千冬が歯軋りをしたことで、何人かが震えあがる。

 

「更識、鎮圧部隊と共に第三アリーナの上部―――バリアが展開されている部分に穴を開けることはできるか?」

『………一応、方法はあります。ですが、良いのですか?』

「緊急事態だ。本来なら織斑は敗北は決まってる。真耶、白式のシールドエネルギーは回復しているな」

「はい。何度も零落白夜を使用していますが、一向に減りません」

「ということだ」

『わかりました』

 

 すぐに実行に移します―――そう口にしようとした瞬間、急に回線が開く。

 

『勝手なことは止めてもらいましょうかね』

「……何の用だ。チェスター・バングズ」

 

 IS委員会会長が通信が割り込んで来たのだ。

 

『我々はせっかくのショーを楽しんでいるのです。その邪魔をするなど笑止千万。あなた方はただ傍観しておけばいいのですよ』

「貴様……」

『まぁもっとも、あなたの大事な弟さんがどうなってもいいのかな、構いませんが』

 

 瞬間、千冬は切れた。

 

「いい加減にしろ、屑が」

『屑で結構。我々は未来のことを考えて行動しているだけに過ぎないのですから』

 

 ―――ダンッ!!

 

 八つ当たりでパネルに近い金属枠を殴る千冬。加減をしているのかヒビが入ることはなかったが、それでも千冬の怒りは収まらない。

 するとまた、新たな回線が割り込んだ。

 

『だったら、そのショーをもっと盛り上げてあげるわ』

『……何者ですか』

 

 いきなり回線が割り込まれたこと、さらに言えばその声が少女だったことでチェスターの声が低くなる。

 

『私? 私は4番目よ』

『何を言っているのですか? 織斑先生、今すぐ逆探知してこの者を捕えなさい』

『無理無理。私はあなたたち服を着ただけの家畜とはすべてにおいて出来が違うから。ということでルキア、今すぐ行きなさい』

『わかった』

 

 勝手に話が進み、楯無も虚も千冬ですらもわけがわからなくなる。

 だが、千冬と虚だけはモニターに映っている様子からこれだけはわかった。

 

 ―――VTシステムはまだ無事だということを

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 智久は理解できなかった。もしかして自分が間違っていたのかという疑問が頭をよぎる。

 しかし智久の考えは決して間違いではなかった。彼の攻撃は正確であり、確かに白式のシールドエネルギーは一度完全に消失している。

 それでも動いているには理由がある―――が、智久はさらに動いた。

 

「墜ちないっていうなら、何度でも墜としてやる!」

 

 迫る《雪片弐型》を《デストラクション》で受け止めた智久は《月穿》の砲撃を足で捌く。しかしいつの間にか白式は消えており、まるで瞬間移動でもしているかのように素早く剣で刻む。どれも装甲で受け止めているため、消耗は少ないが、智久自身の消耗は激しかった。

 

(負けられないんだ……僕は……)

 

 智久の瞳が金色に染まる。《月穿》の砲弾を回避し、瞬人加速との同時併用で迫る凶刃を再び《デストラクション》で受け止めた。だが、とうとうそれすらも破壊される。

 流石に動揺を隠せなかったのか、智久は動きを鈍らせてしまった。

 

「そこ!」

 

 零落白夜をまともに受けた智久。だがすぐに離脱してなんとか九死に一生を得るも、限界が近付いてきている。

 

(負けるか……こんな奴に……)

 

 智久の怒りのボルテージが上がり始める。そしてそれに同調しているのか瞳の輝きが増し始めた。

 瞬間、智久の耳に声が届いた。

 

『………トモヒサ、ごめんね』

(……ルキ……ア……?)

 

 荒風がどこからともなく現れた黒い繭に包まれるがそれが一瞬の事。次に現れたのは、かつてラウラのシュヴァルツェア・レーゲンが変化した姿―――VTシステムそのものだった。

 

「……お前は……」

 

 しかし操縦者に合わせているのか、姿は徐々に変わっていく。

 黒い泥で構成された部分は靄へと変わり、展開されている面積は少なくなり、なくなったはずの装甲は荒風の装甲が展開されていく。

 

「智久……お前なんで……そんな姿をしているんだよ!!」

 

 そう叫びながら、一夏は瞬時加速で智久に接近した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、試合を見ていた束は笑みを浮かべた。

 

「……ああ、やっぱりそんなところにあったんだ」

 

 忘れやすい彼女にもずっと気になっていたことがある。最後にしてオリジナルのVTシステムがどこに消えたのか、だ。

 見つけたのは2年前。その時に最後のVTシステムを施設ごと破壊したはずなのに、つい先月、IS学園にまたVTシステムが現れた。その時、完全に消失したと思ったが、シュヴァルツェア・レーゲンの中にはまるで最初からなかったかのように消えているのだ。ずっと持っていると思われる智久を解剖したいと思っていたのはその辺りの理由が強かった。もっとも、どうして関係のないあの男が動かせるかというのは疑問だったが、それは結局のところ二の次である。

 

「じゃあいっくん。そいつを適当に行動不能にしておいてね」

 

 そう言って束は投影されたキーボードを操作すると、もう一つの画面に映し出された画面の様子が変化する。

 その画面には白式のシールドエネルギー残量が表示されていて、一夏が零落白夜と瞬時加速を使用するたびにエネルギーは消失していくが、すぐに回復していく。

 

「ま、ちーちゃんには悪いけど、これも授業料ってことで。これに懲りたらいっくんと箒ちゃんだけを守ってくれたら嬉しいな」

 

 フフフと笑った束は素早くキーボードを操作し、彼女の研究所の天井を開け、ロケットを発射させた。

 

「あ、そーだ。白式みたいに紅椿もちゃんと処理しておかなきゃね。今から解剖が楽しみだな~」

 

 ポンポン、とまるで1人でいくつもの楽器を鳴らして演奏するようにキーボードを叩いていく束。気のせいか、近くにいたクロエは音楽が鳴り響いていると錯覚するほどだ。

 だが束は少しばかり気がかりなことがあった。それは―――VTシステムが従来のように装甲を溶かして再構成するタイプではなく、結果的に一部を展開するタイプに変わっていることを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミサイルが到着するまで、あと30分。その中には火薬だが―――ISという火薬が搭載されている。




今の状況をわかりやすくしますと、

一夏が負けそうになったので束が手を貸して無双中だけど、ルキアがVTシステムを発動させたってことです。


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ep.43 顕現するD/民衆は立ち上がる

今回の題名は仮面ライダーWを参考にしてみました。参考にしただけです。

推奨BGM

始まりが故(機動戦士ガンダムSEED Destiny)

暁の車(機動戦士ガンダムSEED)

覚醒シン・アスカ(機動戦士ガンダムSEED Destiny)

終末の暗示(機動戦士ガンダムSEED Destiny)


 今の智久の状態を簡単に言うならば、禍々しい力に操られている騎士という風体に近かった。

 会場中がその変貌に驚いていたが、首脳陣にとっては喜ばしいことだった。これで合法的に研究所に送ることができると思ったからだ。

 

(愚か者が。所詮、子どもということか)

 

 身長が伸びていたことは別の意味で驚いたが、だからと言っても相手は子ども。どうとでもなる。うるさくなって来た女を黙らせ、自分が委員会会長の肩書を持ち続けるための駒でしかない。

 

 ―――そう、思っていた

 

 智久は反転し、首脳陣が座る観客席前に移動する。

 

「どこを見ているんだ!!」

 

 後ろから一夏が接近し、《雪片弐型》を振り下ろして攻撃するが智久は《雪片》で受け止める。

 

「この……千冬姉の真似をしやがって!!」

「………うるさい」

 

 《雪片》を振り上げ、一夏に蹴りを放つ。

 智久―――いや、ルキアは智久の負担にならないように手加減しているが、今の彼女は少々自制が利きにくくなっていた。その原因は一夏にあった。

 一夏は束と同じくVTシステムを否定している。ただ研究や軍事力で優位に立つために作られ、量産させられたルキアには「ふざけるな」と叫び、殺したいほどだった。だがそれをしないのは、人を殺してこれ以上智久の立場を危なくしたくないと思っているからである。

 

(……フォーリア、トモヒサを……お願い)

 

 そして彼女はわかっていた。これが―――自分の最後だということを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気が付けば、僕は寝そべれるほど大きいデッキチェアで寝ていた。

 風通しが良く、とても涼しく感じる。

 

「おはよう、智久」

「………先生」

 

 先生がいる。ということはここは死後の世界かな。

 なんて思っていると、先生が僕に語り掛けてきた。

 

「智久、IS学園に行ってどうだった?」

「………辛かった」

 

 最初に出てくるのはその言葉だった。でも、振り返ってみると―――

 

「……そして、楽しかった」

 

 ―――やっぱり楽しかった

 

 確かに辛いこともあった。無理やり戦わせてきたり、僕のことを二の次にされたり、ずっと否定されたりして辛かったけど、それでも楽しかったことはある。

 同居人は、僕が北条院にいる時みたいに常に幸せを思い出させてくれた。そのお姉さんは僕に力を貸してくれた。未だに変態疑惑はぬぐえないし、頭に胸を押し付けてくる。だけど、そこまで嫌いじゃない先輩もできたし、その妹は僕と趣味があっていて一緒にいると楽しい。それに、最近はちょっと常識がないけど価値観が似ている軍人の友達もできた。そう考えると、僕の生活は―――本当に恵まれている気がする。

 

「……そうかい。なら、大丈夫そうだね」

「え? 何が―――」

「―――それは、ぼくたちがいなくても、だよ」

 

 気が付けば、さっきまでいなかったはずのみんながいた。

 

「………みんな……ごめん。僕のせいで、あんな目に遭わせてしまった」

 

 たぶんこれはみんなには届いていない。でも、ずっと謝りたかった。自分が楽になりたいという気持ちはある。それに自分が存在したせいで―――

 

「じゃあ、最後に1つわがままを言わせて」

 

 小学6年生の女の子が言った。そういえばこの子には女尊男卑に染まりかけていたから一度怒ったことがあったっけ。

 

「もう、オレたちのことは気にしないで」

 

 今度は別の子だった。確か、小学5年生で、いつも幸那にイタズラをしていたっけ。

 

「………どうしてそう言えるの。僕のせいでみんなは―――」

「だってお兄ちゃん、いつも僕らのために頑張ってくれたじゃん!」

「私たちには服だって買ってくれたよ」

「ゲームも買ってくれた」

「サッカーボールだって!」

 

 次々と言ってくる。僕の両目からは、次第に涙が出てきた。

 

「だからもう、私たちのことで戦わなくてもいいの。……これからは自分の人生を謳歌するために戦ってほしい」

「………みんな」

 

 すると、言い終わったのか全員が僕を置いて行くように振り返り、どこかに向って歩く。

 

「……待って! 行かないで!」

「君はダメだ」

 

 肩を掴まれた。掴んだ相手は先生で、先生もまたどこかに行こうとする。

 

「君には、生きてほしいんだ」

「先生……僕は―――」

「実はね。私は―――みんなが死んでよかったと思っている」

 

 僕は思わず言葉を失った。

 

「私はそろそろ死ぬから、みんなをそれぞれ別の場所に移動させるつもりだった。けれど、そんなことをしたら君はみんなが心配になるかもしれないと思ってしまった」

「………そんなことありませんよ」

「自分にゲームを買っても、その倍の額を子どもたちにつぎ込んで来た人間が言えることじゃないな。どうせ、定期的に見に行って、それができなくなったらストレスを抱え込むだろう」

 

 図星だった。……でもそれくらい、僕はみんなが心配だった。

 どれだけ強いって言っても、いずれは虐められるかもしれない。そう思うと夜も眠れないだろう。でもだからって……

 

「だからって……そんな言い方しないでくださいよ」

「でも、私の破天荒さは君も知っているだろう?」

「それは関係ないじゃないですか!」

 

 思わず突っ込んでしまった。

 すると先生は僕を抱きしめてこう言った。

 

「………私たちのことを忘れろとは言わない。……でも、私たちのことを重石にしないでくれ。もうIS学園には君を認めてくれる人たちがいるんだから」

「……先生」

「……一足早いけど、卒業おめでとう」

 

 そう言って先生は僕の首にネックレスをかける。

 急に突風が僕に吹く。思わず目を瞑ってしまった目を開けると、もう先生の姿はなかった。

 

「………先生……みんな……」

「―――ごめんなさい。これが私の限界だった」

 

 慌てて振り向くと、そこにはフォーリアの姿があった。

 

「……ISって、あんな幻も作り出せるんだ」

「自己進化の結果って言えばいいかしら。あなたと一緒にいた私だからこそ、できた技よ」

「……どういうこと?」

「みんなあの場に彷徨っていたの。あなたが自分たちのことを気にしてしまうんじゃないかと思って」

「……面白い冗談だね」

「あなたも……いや、あなただからこそ感じたはずよ。あれがあの子たちの本心だってことを」

 

 僕は図星を突かれ、拳を作って握りしめる。

 

「………僕は、人間なのか?」

「そうね。生まれた家を除けばあなたは至って普通よ。改造された形跡すらない。だからこそ私はあなたを選んだ。でもね、正直あなたで良かったって思ってる」

「……何で」

「あなたは私たちISを嫌っても、真摯に取り組んでくれたじゃない。創造主のお気に入りみたいに流されるだけじゃなく、ね」

 

 そう言ってフォーリアは僕に手を差し出した。

 

「だから教えてほしいの。あなたが求める―――破壊の方法を」

 

 まるで茶番だな。でも、僕はもうこのままでいるつもりはない―――いたくも、ない。

 だから僕はフォーリアの手を握った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一夏と智久が死闘を繰り広げている中、千冬は全専用機持ちに回線を開いた。

 

「第三アリーナにいる全専用機持ちに告ぐ。この試合は現在、我々の対処可能レベルを大幅に超えている。場合によっては観客席にも被害が及ぶ可能性もあるため、その時に使用を許可する」

 

 現在、観客席からの避難経路までの部分は開錠されていて、今すぐに避難は可能だ。

 だが千冬がそうしなかったのは、もう1つの可能性もあったからだ。

 

 ―――戦闘が、観客席ではなく外に及ぶ可能性

 

 現在、2機のISは近接戦をメインに射撃を行っているが、すべてがシールドバリアで防げる程度のものだ。だがバリアもすべてを防ぐことはできず、数か所はあと数回ダメージを食らえば割れるというところが出てきている。そして悪いことに、アリーナ自体にシェルターは存在していない。

 

 

 

 

 戦いが激化していく中、ルキアは一瞬動きを鈍らせた。

 

「取った!」

 

 そこをチャンスと認識した一夏は袈裟斬りでルキアを攻撃―――したはずだった。

 見事に回避したルキアは一夏を蹴り飛ばす。体勢を立て直した一夏は叫んだ。

 

「また千冬姉の技を……お前は!」

 

 さらに攻撃しようと接近する一夏。その瞬間、荒風に異常が起こった。

 《雪片》を含め、すべての装甲が八方に飛び、智久はその身一つで滞空する。

 

「何だ……何が起こって―――」

 

 すると智久の周りに球体が生成され、光を放つ。

 あまりの眩しさに全員が目を瞑る。そして、その機体は現れた。

 

「………何だよ……それは……」

 

 一夏は思わずつぶやいた。

 それもそのはず、さっきまでの荒風の形はすべて消えており、全く新しい機体が智久を包んでいるのだから驚くのも無理はない。

 千冬はすぐに真耶に通信回線を繋がせるが、

 

「そんな……コア・ネットワークでの通信ができないなんて……」

「何だと!?」

 

 ISの通信はコア・ネットワークを介しての通信が主だ。束はこういったIS関係の施設に関してのみ、ISを使わずとも通信する方法を教えたが、どれも深くは教えていない。

 

「ならば全スピーカーにアクセスし、直接語り掛けろ」

「わかりま―――」

『その必要はありませんよ。そちらの会話はこちらには届いています』

 

 そんな会話をしている時、一夏が接近して《雪片弐型》で斬りつけようとした―――が、それは簡単に回避した。

 

「何の用だ?」

「智久、お前何で千冬姉の真似をしたんだよ!」

「何か問題でもあるの?」

「ああ、あるさ! 千冬姉の動きは千冬姉だけのものだ! そんな真似をするなんて、俺が許さねえ!!」

 

 その言葉に智久は笑い、禁断の言葉を言った。

 

「つまり君は、姉の動きをさせたくないがために命令を無視して余計なものを助けて、僕の家族を殺したんだ」

「何?」

「最悪だね。まだ10代過ぎや生まれたばかりの子どもはたくさんいたのに、そんなことをするなんて鬼畜なんてレベルじゃない。むしろさっさと―――世界のために死んでくれ」

 

 智久の左腕部装甲から光の刃が現れ、一夏を攻撃する。一夏はすぐに体勢を立て直し、問いただした。

 

「一体何の話だよ!? 俺はそんなことしてねぇ!!」

「じゃあどうして君は、さっさと撃破対象を破壊せずに余計なものを救ったんだい」

「余計なものだと!? お前は人命を軽視するのか?!」

「―――するさ」

 

 《月穿》の粒子砲弾を回避しながら智久は断言。そして右肩に担ぐように持つ大型ビームライフルの引き金を引いた。そのビームは白式の左ウイングスラスターを破壊する。

 

「くっ、この―――」

「まさかまた卑怯だなんて言わないよね? 装甲を破壊するのは戦闘においては常識だけど」

「何を! 相手とまともにぶつかれない弱虫が!」

「その結果が僕の家族を殺すことになったって気付かないんだね、君は」

「ふざけるな! 俺は人を殺してなんか―――また回避かよ! 遊んでいるのか!?」

 

 まともに攻撃を行わず、回避に徹している智久に一夏は叫ぶ。智久は構わず言った。

 

「待っているんだよ。君が地獄に落ちるきっかけを、ね」

「一体何を―――」

 

 瞬間、スピーカーから悲鳴が上がる。

 

 

 

 管制室。そこは血が溢れている。だが虐殺されたわけではなく、たった1人の血が流れていた。

 ピットを見渡すことができるその場所にガラスを突き破って突然針が現れたのだ。そしてそれは、世界最強のみを狙って刺した。

 

「………すまなかった……しぐ……れ……」

 

 そう言い残し、千冬は倒れる。口から、そして刺されたところから血が流れていく。

 それを頭で理解した真耶は悲鳴を上げたのだ。

 

 

 

「女尊男卑を助長させた世界最強の1人が消えた」

 

 状況がわからない一夏に言い聞かせるように静かに話す智久。信じられないという顔をして一夏は智久を見る。

 

「世界は変わる。そのために僕は、闇と共に舞うのさ」

 

 瞬間、智久の新たな機体「闇鋼(やみがね)」の各所に赤いラインが入り、光を漏らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、外ではあらゆる回線がジャックされ始めていた。

 時代劇を楽しむもの、メジャーリーグの中継を見ていたもの、パソコンの動画を見て感想を書いていたもの、電波が届く場所はすべて番組が変わる。

 

「みなさん初めまして。私の名前は「フォーリア」。実はみなさんに見てもらいたいものがあるのです」

 

 すると画面が切り替わり、ある映像が流される。

 女たちの会話が送られていて、女たちの顔は隠されているわけではない。その女たちがとある施設に入っていき、子供たちを虐殺していく。

 誰かがコメント欄に気付き、「凄いCGだな」と入力していく。それで次々とコメントが入力され始めた。

 やがて虐殺シーンが終わると、フォーリアははっきりと言った。

 

「どうやらみなさんはCGと思われているようですが、残念ながらこれは本当に起こったことです。では次にこのシーンを見てください」

 

 そして今度は女性が子供に人工呼吸をしているシーンが流れる。何人かがその女性が「織斑千冬」であることに気付き、そのことに関してコメントが流れた。

 

「実は今年7月7日。情報規制されていますが、軍用ISの暴走事件がありました。その機体を止めるために生徒が奮闘し、非戦闘員を守ったために唯一戦えた時雨智久が出撃。しかし軍用ISはあまりにも強く、姉の威光でもらった織斑一夏とは違い、時間を稼ぎ続けた時雨智久はとうとう戦闘不能に陥りました。そこで救助をした織斑千冬が心肺停止状態に陥っていた時雨智久に人工呼吸処置を行いましたが、女権団が時雨智久の家族を「織斑千冬の唇を奪った」と難癖をつけ、虐殺したのです。先程の虐殺行為はつい5日前に行われたことでしたが、警察は3日と経たず引き上げました。それは何故か―――女尊男卑派の政治家並びに警察官が圧力をかけ、捜査を強制終了させたのです!」

 

 突然の暴露。心当たりのある人間が冷や汗をかき始める。

 

「みなさんはこの状況をどうお考えですか? 彼はこれまで自分と同じ恵まれない子どもたちに娯楽を提供し、貧富の差をなくすため努力し続けました。これを聞いている人の中にも知っている人はいるでしょう。毎日新聞配達を行い、休むことなく働き続け、勉強をおろそかにせずに頑張って来たというのに。IS学園に入学させられた時もそうですが。強制入学は生きるために致し方ないこと。しかし彼はそれにめげず、もう一人の男性IS操縦者と比べられてもめげず、教員たちの虐めにも屈せず、わずかばかりの味方と共に戦い、否定してきた人たちを救ったのにこの仕打ちなのです。こんなことが本当に許されるとお思いですか!? こんな悲劇が、自分たちが産み落とした子宝にも関わらず簡単に捨て去る女たちを、本当に優遇しても良い存在なのでしょうか!? 確かに、世の中には男を認めてくれている女も存在します。しかしこういった考えをし、容赦なく虐殺を行える者たちを優遇し続けて良いのでしょうか? ましてや彼がしたのは、恋愛に現を抜かし、かたき討ちと称し、軍用機体を命令無きまま襲撃し、被害を拡大させた愚かな生徒たちの尻拭いをしたというのに」

 

 その言葉に合わせて、箒、セシリア、鈴音、シャルロットのプロフィールが次々と公開されていった。

 

「この人たちは類稀な容姿を持ちながら、たった1人の男に恋をし、命令無視を行った織斑一夏の敵を討つために無断出撃をしました。結果、作戦は失敗し、二次、三次と災害を広げていった悪魔たちです。他国はこんな人間を代表候補生として選出しているのです」

 

 画面に映る顔を見て、ある者は呪詛を吐き、ある者は否定する。

 それを知ってか知らずか、フォーリアは言葉を続ける。

 

「篠ノ之箒。彼女は篠ノ之束の妹であり、つい先日、姉に専用機をねだった結果、無断出撃によるさらなる災害を起こしました。この人はその前から好きな相手を容赦なく木刀や真剣で攻撃を繰り返していました。次にセシリア・オルコット。彼女はイギリスのオルコット家令嬢であり、BT適性が高いという理由で機体を受領。しかし、初日に日本を侮辱し、それを謝りもしない。さらにはちょっとした事故で教員を押し倒す形になった男子生徒を容赦なく殺そうと何度も行動し、篠ノ之箒同様、暴走事件の被害拡大に務めました。次に凰鈴音。彼女もまた、セシリア・オルコット同様に男子生徒の殺害行動を起こし、暴走事件の被害拡大を率先して行った悪魔です。最後にシャルロット・デュノア。彼女は当初、男子生徒として性別詐称を行って入学し、織斑一夏を懐柔を行い、時雨智久を批判。また、前者3人同様、暴走事件の被害拡大を行った人間でもあります。本来ならば牢獄に入るべき女にもあるにも関わらず、平然とIS学園に通いました」

 

 フォーリアの説明に合わせて次々とパネルが変化していく。

 

「こんな人間を、こんな性別を、本当に優遇するべきなのですか? 何故政治家は女性優遇制度なんてものを作ったのでしょう。ここ10年、少子高齢化は進んだのにも関わらず、何の対策も行いませんでした。男性のみなさん、本当にこれが正しいことなのでしょうか? 男を否定しない女性のみなさん。あなたたちも同じ目で見られても構わないのですか? こんな世界など―――消えることが正しいのではないのですか? そう思うならば今すぐ立ち上がりなさい!」

 

 その言葉には魅力があった。そして支配力があった。

 全員は立ち上がる。これまで冤罪で捕まった者たちも、常に虐げられた男たちも、そして男を否定しない女たちも。

 

「行動しなさい! 抗いなさい! 今こそ―――世界は正されるべきなのです!」

 

 まるで操られるように人は立ち上がり、行動を起こす。

 その様子を見ていたとある人物は、たった一言吐き捨てた。

 

「………ようやく、世界は終焉を迎えるか」

 

 その女性は何故か―――笑みを浮かべていた。




こういうことは一度やってみたかった。

読者は離れそうですけど、やってみたかったんですよ。


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ep.44 終焉の日本

前話までたくさんの感想、ありがとうございました。

推奨BGM

進撃の智久:黒い波動(機動戦士ガンダムSEED Destiny)
愚行抹殺:Nの城メドレー(大乱闘スマッシュブラザーズWiiU/3DS)
アンノウン:ブラックサレナⅢ(劇場版機動戦艦ナデシコ)



 もはやその戦闘は、一方的な蹂躙だった。

 一夏は力任せに振るうが、智久は敢えて脚部で受けて流す。

 

「………許さねえ……お前だけは……許さねえ!!」

 

 粒子砲弾が飛ばされる。しかし智久は左腕のビームブレードで弾き、今度は右ウイングスラスターを破壊した。

 

「見せてあげるよ。僕のゲーム脳の「当たり前」をね!」

 

 すると智久は脚部にビームソードを展開して一夏の腕部装甲を吹き飛ばした。

 

「ま、まだまだ―――」

「吹き飛べ!」

 

 闇鋼の左腕部装甲が複合武装から大型武装へと変わる。それを一夏の腹部に殴るようにぶつけた智久は脳内に引き金を引くと、一夏は吹っ飛んだ。

 すぐに体勢を立て直そうとする一夏。しかし智久はそれを許さず、容赦なく蹴りを入れる。

 

「ま……まだ……」

「コア・ネットワークにマスターアカウントモードで接続を許可。侵入開始」

 

 一夏の頭を大型ビームライフルを消して手首辺りから大きな爪を出して抑え、智久は唱えるように言う。プログラムが作動し、ハイパーセンサーに丁寧に翻訳された状態で智久に情報が送られていく。

 

「ああ、そういうこと。白式に天才が細工してシールドエネルギーが切れないようにされていたのか。道理で燃費が悪いはずの白式が長時間戦えるはずだよ」

 

 嘲笑うように言った智久は。すると急に目つきを変えて言った。

 

「―――所詮、傀儡でしかないか」

 

 ―――パキャッ

 

 ヘッドギアを破壊した智久。すると一夏は動かなくなった。

 

「………まぁ、こんな感じかな」

 

 視線をずらし、ハイパーセンサーで智久はある人物たちを見る。そして確認した瞬間、小馬鹿にするように笑った。

 しかし智久の行動はそれだけで終わらなかった。

 智久は白式触れると、どうしたことか解除される。

 

「………こ……ここか―――」

 

 顔を上げる一夏。すると彼は信じらないという顔をした。

 

「智久……待ってくれ……それって……一体……」

「これ? 君の白式だよ」

 

 事もなげにそう答える智久。そう、彼はとうとう―――信じられない力で白式を力任せに奪ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会場全体が「ありえない」や「どうしてこんな…」などという声を漏らす。実際、本来なら智久が初期化を行わず白式を装備することはありえないのだ。だが、智久は平然と事もなげに白式を装着していた。

 

「待ってくれ智久! 白式は俺にとって大事な―――」

 

 ―――ドンッ!!

 

 一夏の隣を白式の腕部で殴られる。急にそんなことをされたこと、そしてまだ状況整理が追いつかない一夏は信じられないくらい震え始めた。

 

「確かに君にとっては大事かもね。でも、白式はもう僕のものだ。そして本来なら白式(これ)は僕が持つべきものだった。考えてもみなよ。世界最強の姉にISを作り出した創造主と知り合いなんでしょ。だったら、必要ないじゃないか? 君が狙われるのは限りなく0に近い。ならば、本当に必要なのは僕のはずだ。なのに君のような非オタに渡った! 状況も理解できない子どもにね! その結果どうなった!? 君の姉に唇を奪われた挙句、それを理由に僕の家族は殺された!」

 

 まるで合わせたのか、白式が光を放つ。第一形態になった証拠だ。

 

「まだ赤ん坊もいたんだ! 小学生もいたんだ! 全員がこれからって時期なのに……なのに君の身勝手な行動で虐殺されたんだ!」

「い、一体何の話なんだよ……そんなの俺、知るわけが―――」

「君は危機感がなさすぎるんだよ! そんなにヒーローごっこしたいなら別の場所でやってくれ! もっとも、もうそんなこともできないけどね」

 

 智久は《雪片弐型》を振り上げる、瞬間、衝撃砲が飛んできて智久は回避した。

 

「一夏、大丈夫?」

「シャル、それにみんなも―――」

「他人のせいにしてんじゃないわよ!」

「その腐った根性、わたくしが直々に叩き直してあげますわ」

「安心して、一夏。僕が守るから」

 

 それぞれが戦闘態勢を取る。しかし智久は―――これ以上ないくらいの笑みを浮かべた。

 

「クフフフフ………フハハハハハ………」

 

 そして笑い出し、白式から闇鋼へ変身した智久は一瞬で甲龍を中破させた。

 

「鈴!」

「愚かだね。実に愚かだ………わざわざ罪を償い、殺されるためにここに来るなんてさ!」

「……ぐぅ…」

「鈴さん! この、離しなさい!」

 

 セシリアがビットを展開して智久を狙う―――が、智久は鈴音を盾にして攻撃を受ける。しかしそれではまだ智久はダメージを受ける―――しかし、それらは相殺された。

 

「…そんな……どうしてあなたがビットを!?」

「君も君だ。よもや同時操作ぐらいできないのにエリートを名乗るなんて―――三流にほどがある」

 

 次々とブルー・ティアーズが破壊されていく。セシリアは回避ししているが、できるのはわざと智久が道を作っているからだ。

 ちなみにその間に甲龍は大破し、ダメージレベルはFと表示されていた。

 

「墜ちろ」

 

 ビットを操りながら、智久はセシリアの胴体を貫くように撃った。絶対防御に阻まれて実際に貫くことはなかったが、大ダメージは確実だった。

 

「その程度か。雑魚が」

 

 そう吐き捨て、残り無事でいて一夏を守っているシャルロットを見る。

 

「一夏逃げて! ここは僕が―――」

 

 既にシャルロットと距離を無くした智久は容赦なく腹部を突く。すると動けなくなったシャルロットに智久は容赦なくビームを浴びせ、ラファール・リヴァイヴを破壊した。

 

「シャル! みんな!」

「嬉しいことを教えてあげるよ。君たちの未来は―――一生男に回されるだけの人生を歩むことになる」

「……ちょっと待てよ! それってつまり―――」

「政治家の玩具になるか、下々の慰み者になるか。どっちにしろ碌な人生を歩めることにはならないね。まぁ、どうでもいいけど」

 

 そう吐き捨てた智久は上部に展開されているバリアに触れ、一瞬で破壊した。

 

「待って、時雨君」

「……更識先輩」

 

 立ちはだかるように楯無が智久の前に立つ。周りには教員が戦闘態勢を取る。

 

「お願い。もうこれ以上は止めて。今は大人しく―――」

 

 何とか止めようとする楯無。だが智久は容赦なく―――彼にとっての周りのごみを掃除した。

 

「大人しく……何ですか?」

「……時雨…君……」

「確かにあなたやあなたの部下には少なからず感謝しています。ですが今がチャンスなんです―――この腐った世界を壊すには。だから―――」

 

 智久は既にそこにいなかった。

 楯無は周りを探し、ハイパーセンサーに探知させる。智久とは既にかなりの距離が開いていて、とても追えるほどの距離ではなかった。

 だが、楯無にも生徒会長としての責務が、そして「楯無」としてのプライドがある。このまま行かせるわけにはいかないと思い、追い続ける。

 しかし、次に楯無が見たのは―――昼空に奔る赤い彗星だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 箒は思わず前の席を叩く。何事かと慌てる生徒がいたが、彼女はそんなことを気にしていなかった。

 

(どうして……どうして私の手元に紅椿がない……)

 

 この前没収された紅椿。自分は正しいと信じて選んだ道だったが、帰って来たのは千冬の「没収」という処分だった。

 信じられなかった。福音を撃破したのは自分たちだと言うのに。

 確かに自分たちは命令違反を犯した。だが倒したのは私だ。私と一夏だ! それでも……それでも我々が間違っているというのか!

 そう叫びたくなった箒。彼女はその間、ずっと眼を閉じていたが、急に鈴の音が聞こえたことで目を開ける。

 

「………紅椿?」

 

 何度も見返す。確かに自分の右手首には金と銀の鈴が付いた紐が巻きついている。

 

「……そうか。わかった」

 

 箒は1人、外に出て紅椿を展開し、智久の後を追う。

 

「時雨智久、これ以上の愚行は私が止めるぞ!」

「止めれるものなら止めてみなよ」

 

 智久は一斉ビットを射出する。その数は合計10基であり、さらに箒を驚かせたのは智久自身が10基ものビットを動かすのと同時に自在に飛んでいることだ。

 しかし箒は、無意識ながら絢爛舞踏を発動させている。

 

「何故千冬さんを殺した!」

 

 《雨月》で攻めながら箒は叫ぶ。智久はそれをビットで器用に捌きながら答えた。

 

「あの人は、お前のことを理解しようとしていたのだぞ!」

「そんなこと、僕の知ったことじゃない! そうだというなら、最初からそうすればよかったんだ!」

 

 智久の思いに闇鋼が答えるかのように装甲の筋が光り、ウイングスラスターが展開され、高速移動を始める。

 その速さは紅椿すら凌駕するが、箒はさらにスピードを上げて智久と戦闘を繰り広げた。

 

「そして君もだ! 図に乗るなよ、悪魔が!」

 

 迫る《空裂》を弾き、箒の腹部に衝撃を叩き込んだ。

 

「くっ……まだま―――」

 

 すぐに硬直状態から立ち直る箒だが、智久は甘くなかった。

 容赦なく首にビームソードをぶつけ、シールドエネルギーを一気に奪う。

 

「まだだ、まだ終わらな―――」

 

 智久によって硬直させられた時にはすでに紅椿の単一仕様能力『絢爛舞踏』は解除されている。智久は連続で鈴音に食らわせた新たなパイルバンカー《エアパルスバンカー》を叩き込んだ。それですべてのエネルギーを奪い、IS学園と本州をつなぐ道路に向けて箒を蹴りつけた。

 

(……後は国会議事堂。そして、女権団本部だ)

 

 智久は箒から目を離した瞬間、上空からのエネルギーを察知して回避した。

 

「誰だ……何だ、このプレッシャーは」

 

 急に強くなった何かまとわりつくものをそう呼んだ智久はすぐにその場から回避。

 瞬間、雲の中から黒い球体が現れた。

 

「確か、ボールとか……いや、違う……」

『ISコアと意思疎通を行い、世界を変えさせたその行動には褒めてやる。だけど、詰めが甘いな』

 

 新たに現れたその存在は、ざっくりといえば球体に近かった。側面には肩のようなものと戦闘機を思わせるウイングが4枚付いていて、背部には大型ブースターが4基装備。さらに前方には麒麟のような顔があった。

 そして何より智久が驚いたのは、コア・ネットワークにアクセスしたが、

 

【該当するナンバーがありません】

 

 完全なアンノウンだということだ。

 そしてアンノウンはミサイルを容赦なく撃ち、紅椿や闇鋼と同等のスピードで接近してくる。

 智久はそれを切り払ってビットで迎撃。だが向こうもまるでコピーするかのようにビットを飛ばしてくる。

 

「何なんですか、あなたは!」

『私もあなたと同等の存在……でも、世界はまだ荒れ続ける』

 

 無謀にも迫る敵機だが、器用に智久の弾幕を回避して接近してくる。

 

「その機体で接近戦など!」

『できるさ。私とあなたでは、歩んできた質が違う』

 

 左腕のビームソードを格納していた同じビームソードで防いだ敵機はゼロ距離で智久にビームを浴びせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界は、いや、日本は荒れた。

 実のところ、世界はそれほどの被害は被っていない。とある企業はシャルロット・デュノアを今月末に強制解雇を行うことを決め、とある国は凰鈴音から専用機を没収し、再教育を施すことを決めた。そしてとある国では、セシリア・オルコットの代表候補生による権利を剥奪し、ティアーズ型を製作している企業からの給料を半年間の無償奉公を命じられた。その程度で済んだのは、彼女らの適正値が数少ないAランクだからである。特にオルコット家はIS学園からイギリスに請求された多額の弁償金を一括で払い終えたという理由があるだろう。

 

 だが、日本はこの程度では終わらなった。

 ある場所は元自衛官によって爆撃され、消滅。さらに10年前から総理大臣の座に就いていた人間は見せしめに殺され、現場には「女を優遇した愚かなゴミ」という字が書かれており、治安は悪化し始めた。

 さらに現役裁判官の大半も同様に殺され、政治家の子供たちは隔離され始め、抵抗した夫人は年齢別に処分され始める。特に現役首脳陣の子供たちは人質に取られた。

 

 ―――そして、女権団本部は強襲された

 

 本目的はあくまでも制圧だが、場合によっては射殺も許可された。これまで機会を伺っていた男性自衛官はすぐさま女権団を包囲し、再三降伏を呼び掛けたが応じなかったが故の制圧作戦である。

 

「この悪魔共が!」

「ふざけるな! こちらはこちらの正義で行動している!」

「その結果が子供を虐殺することか!!」

「お前たちは子どもを産むことが仕事だろう! それを放棄して自分たちの利益ばかり追求して!」

 

 中ではそのような罵倒が行われ続ける。

 それが実に数日が続き、その上空をヘリが飛んで紙をバラまき、放送を行った。その内容は―――

 

 ―――7月31日を以って日本は女性優遇制度を撤廃し、新たに男性優遇処置法が施行されることになったというものだ

 

 その法案は一見すれば男性が女性に変わり優遇されるといった内容だが、同様に男性もまた女性を極度に否定すれば逮捕されるというのなことも書かれている。また、ある一定の行いをし、日本に認められた者のみ、女性との複数婚―――所謂一夫多妻制が適用されることになった。そして現在、その適用に当てはまるのはたった1人―――時雨智久のみだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 篠ノ之束は怒りを顕わにし、すぐさま飛ばした機体の制限を解除する。

 直ちに時雨智久を惨殺するように命令を飛ばしたが―――その瞬間、ミサイルは破壊された。

 

(……これで良し、と)

 

 智久を倒した機体と同じタイプと思われる機体の操縦者は、満足気にすべてを回収してその場を去った。

 そして束は突然飛んできたミサイルを回避する。

 

(え? どうして―――)

 

 束はすぐさま自分の飛行研究所を移動させる。この時、束はまだ知らなかった。

 

 ―――自分の居場所は、全世界のあらゆる軍事基地に表示されているということを




これで一応は終わり、なんですが、そのあとの補足やらなんやらが必要とわかっていますし、次話からはその展開を書いていくつもりです。
なのでもう少し、大丈夫な方はお付き合いください。


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ep.45 家族を思う心

45話、はいドーン!(イリヤ風に)

今日はエイプリルフールですが、嘘はついてはいけませんよ(笑)


 あの騒ぎから数日が経過した。

 状態が安定し、昨日から一般病棟に移されている千冬は自分の胸を触る。

 

『まさしく君は化け物だね。まさかあんな危険な状態から息を吹き返すとは思わなかった』

 

 そう月城薫から伝えられた時、千冬は息を吐く。

 

(………私みたいなのが、生きていて良いのだろうか?)

 

 両親の不在。それは織斑家にとって周りと比べてかなりのハンデになっている。周りの手をあまり借りたくなかったのは、そのせいで一夏を惨めな人生を歩んでほしくないと思ったからだ。そのせいで、自分は弟にまともな教育を施せなかった。

 

(………いや、普通は難しいか)

 

 だがこれだけは確実だ。自分のせいで一夏は軽々と専用機を手に入れた。あまり知らない内に専用機を渡してしまったのが大きな原因だろう……と、千冬は内心思う。

 そこまで考えていると、タイミングよくドアがノックされ、千冬は入室を許可した。

 

「失礼します。言われた通り、織斑君と篠ノ之さんを連れてきました」

「そうか。ありがとう、山田先生」

 

 山田真耶が入室し、その後ろに一夏と箒がいる。真耶に従うように2人は入室した。

 真耶は一足先に外に出る。

 

「千冬姉、無事だったんだな」

「……おかげさまでな。ところで一夏、箒、お前たち2人を呼んだ理由を早速入らせてもらうが………お前たちは専用機が必要だと思うか?」

 

 その質問にすぐさま答えたのは一夏だった。

 

「もちろんだ。俺はみんなを守りたい。そのために力がいる」

「……私は、そんな一夏を支えたい。そう思います」

「…………そうか」

 

 千冬はため息をこぼした。以前から箒の気持ちには気づいていた千冬だが、思いの外まともな意見が返ってきたために言い方を迷っている。

 

「………はっきりと言うが、私はお前たち2人に専用機は必要ないと思っている」

「何でだよ千冬姉!?」

「2人はまだその技量に達していない。少なくとも、状況を把握できず、自制すらできないお前らではな」

 

 「まぁ、それはほかの専用機持ちにも言えるが」と千冬は補足し、さらに言葉を続けた。

 

「それに、お前たち2人だけじゃない。そもそもあの2機は素人向けではないのは確かだ。おそらく現時点でまともに動かせる者、もしくは動けるように努力するのは時雨ぐらいだと私は思っている」

 

 智久の名前が出たことで、2人の顔は暗くなった。

 

「………今回の騒動はすべて聞いた。そして私は時雨に殺されかけたが、私は時雨を許そうと思う」

「何でだよ!? 智久は千冬姉を殺そうとしたのに―――」

「だが、私の弱さが、そしてお前たち専用機持ちの認識の甘さが時雨の家族を殺した、としてもか?」

 

 その言葉に箒は質問した。

 

「……そのことなのですが、何故時雨は私たちを目の敵にするのですか? 確かに時雨の家族は死にましたが、あれは女権団の人間がしたことで、我々がそこまで否定される謂れはないはずです!」

「だが、それに至る過程を作り出したのは誰だ?」

「それは………」

 

 箒は目を伏せる。その反応に千冬は一夏の方を向いた。

 

「一夏、お前は何故密漁船を庇ったんだ? あいつらは犯罪者であり、あの時点では我々にとって障害であり、作戦を阻害するだけの存在だ。ましてやあの場にはボーデヴィッヒにもいた。お前は福音を狙うべきだ」

「何を言ってんだよ、千冬姉。あそこで見捨てたらあの場にいた人たちは死ぬじゃないか! そんなこと言うなんてらしくない」

「……らしくない、か」

 

 千冬は立ち上がり、一夏に近づいて殴った。

 

「いっつつ………何をする―――」

「この際だからはっきり言ってやる。ISがスポーツだという認識を完全に捨てろ。ISは兵器だ! 戦闘機や戦艦でミサイルを人に向けて飛ばしたらその人間が死ぬように、ISで人を攻撃すればその人間は死ぬ! 確かにあの場でお前が救ったからあの人たちは生きていたかもしれない。だがそれは結果論だ。たまたま福音は停止し、受けたダメージを回復することに専念してくれたから日本に被害はなかったこともな。だが、お前はたった数人の命のために大勢の人間を殺すところだったんだぞ!」

 

 一夏の主張は決して間違ってはいない。確かにあの場で人を助けること自体は尊重されるべきことだ。

 だがあの場面で見捨てなければいけないという視点が存在するのも確かである。

 

「その分別ができない限り、お前に専用機は渡せん」

「………じゃあ、何であの時、俺を助けに来てくれたんだよ! 俺なんて放っておけばよかったじゃねえか!」

「…あの時と福音の暴走は状況が違う。それに、あの時は家族を守っただけだ。そして私はお前か箒を助けるとしたら、迷わず箒を捨てる。そんな人間だ」

 

 ―――信じられない

 

 恐怖を顔に浮かべた一夏は、千冬が怪我人であることを忘れて突き飛ばす。箒は咄嗟に千冬を庇ったが、一夏はそれにすら構わず病室を出て行った。

 

「………千冬さん」

「いや、大丈夫だ。私自身、一度一夏にはしっかりと言っておきたかった。だが私は―――」

「……正直、反応に困りましたが……でも、考えてみれば人っていうのはそういうものなんですよね」

 

 箒がそう言ったことが、千冬は何よりも驚いた。

 

「………箒、お前はどうしてあの時無断出撃したんだ? 今のお前を見ていると、とてもそれをする奴には見えん」

「…………あの時は、悔しかったんです」

 

 無意識か、拳を握りしめる箒。

 

「あの時、私は一夏に諭されて気付いたんです。自分がただ暴力を振るっているだけに過ぎないと。そんな私のせいで落とされて、一夏を巻き込んで……そのせいで嫌われるんじゃないかって……」

「………結果として、私はあの場面ではお前の言うことが正しいと思っていたがな。おそらく、時雨もそうだろう」

「……あの、千冬さん」

 

 少し遠慮気味に箒は尋ねる。

 

「もしかして、千冬さんは時雨が好きなんですか?」

「は? 何を言っている。そんなことあるわけが―――」

「ですが今の千冬さんは、どう見ても自分の好きな人を自慢げに語る人そのものですよ。顔も赤いですし」

 

 そう指摘された千冬はますます自分の顔を赤くする。

 

「ば、馬鹿者が! 大人をからかうな!」

「す、すみません……」

「………まったく。………それでだ、箒。お前は福音の暴走をどう見る」

「え? どう見るって……」

 

 千冬は少し驚くが、一人で納得して箒に告げた。

 

「……VTシステムを除くこれまでの問題。あの犯人はすべて束が仕組んだことだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕は用事を終えて家に帰ると、どうしたことか家は燃えていた。

 本来なら引くのが得策なんだろうけど、僕は家の中に入ると死体がたくさんあった。

 

「……坊ちゃま」

「な、何があったの!?」

「…お嬢様が……謀反を……」

 

 それだけ言ったその人は息絶えてしまった。

 僕はすぐさま奥に行くと、たくさんある死体の中心に返り血を浴びたお姉さんを見る。

 

「………姉さん」

「…智久、ちょうどよかったわ」

 

 そう言って姉さんは僕に手を差し伸ばす。

 

「この日本にはもう、未来はないわ。だから私と行きましょう?」

「待ってよ姉さん! どうしてこんなことを―――」

「私は家族に、滅びゆく国を守って死んでほしくなかった。……だからここで終わらせてあげたの」

 

 そう言って姉さんは僕に接近して腹部に衝撃を与える。

 

「……あなたにはまだ早かったわね。もし時期になったら迎えに行くわ。その時にはすでにあなたも世界を嫌っているだろうから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ました僕の目に入ってきたのは、知らない天井だった。

 軽く体を動かすと拘束されていることがわかったので枷を破壊する。……とか言っているけど、実は本気で壊れるなんて思っていなかった。

 

(……っていうか、ここってどこだろ?)

 

 見覚えもない場所に疑問を持っている。地下牢っていう割にはまだお洒落の方だし、過去の経験から考えると重病患者を扱う施設……みたいだな。

 とりあえず部屋を脱出しようと考えていると、いきなりドアが開かれて次々と重装備者がアサルトライフルを装備して入ってくる。

 

「………動くな。動けば、発砲することになる」

「……これは一体どういうことですか?」

「お前は今、第一級危険人物として扱われている。その疑いを晴らしたいのならば、こちらの言うことを聞いてもらう」

 

 隊長と思われる人がそう告げる。どうしてそうなっているのかわからないけど、心当たりはものすごくあった。

 

「……わかりました」

「…そうか。では歩け」

 

 促され、僕は歩き始める。銃口を向けられるのはとても気分が良いものではないけど、専用機を5機も大破させているから、おそらくはそのことが問題に上がっていると思われる。

 やがて僕はIS学園に案内され、そこの学園長室前に移動させられた。

 

「失礼します。時雨智久を連れてきました」

『どうぞ』

 

 ドアが開かれ、僕は従うように入ってくる。目的を達したのか、彼らは退場していった。

 中には学園長、そして轡木十蔵さんがいる。

 

「おはようございます。よく眠れましたか?」

「……ええ。場所は少々驚きましたが。……それよりも本題に入っていただけませんか? さっきからあの後のこと、そして僕のこれからのことが知りたくてウズウズしているんです」

「………わかりました。結論から言いますと、あなたはIS委員会からの申し出を受けるのならば、所属や今後のことを一切関知しない、と通達がされました」

 

 ………意外と破格の対応である。てっきり銃殺も覚悟したからちょっと意外だ。

 

「意外な対応、ですね。で、その申し出というのは?」

「あなたが持つ「闇鋼」を委員会に提供するというものです。その代わり、白式を使うようにと通達がありました」

「………それは、随分と面白い冗談ですね」

 

 同時に少しばかり納得したけど。確かにその条件ならISを提供する人も現れるだろう。

 

「あなた方2人には申し訳ないですが、私はその申し出を断らせていただきます」

「………だと思いました。なのでこちらはあらかじめ断らせていただきました」

「……もし受け入れたらどうするつもりだったんですか?」

「9割くらいはないと思っていましたからね。それに、今まで勝手に制限を課して、自分たちがこちらに勝手に指令を出した上での損害を無視して話を進めるような人達にその程度の報酬でなびく人ではないと思いましたから」

 

 それに関しては否定しない。

 

「そう言っていただくと素直に嬉しいですね」

「なので、実は我々はあまりこれに関しては知らないのです」

「そうなんですか」

 

 僕は2人の配慮に泣きそうになった。あんなことをしでかしたというのに、2人はまだ僕を生徒として扱ってくれることに。

 感傷に浸っていると、唐突に後ろから声が聞こえた。

 

「―――それは困る。大いに困りますよ」

 

 その声に僕は振り返る。

 

「あなたは、誰ですか?」

「何の用だ、チェスター・バンクス」

 

 十蔵さんが聞いたことがないほど低い声を出した。僕は思わず震え上がってしまった。

 

「いえいえ、先ほど少し問題のある声が聞こえたのでね。なんでも、時雨智久にあのISを調べさせるとか」

「だったら何か問題でもあるのか?」

「大有りですよ、大有り。こちらは今日、返事を聞かせてもらえると思ってわざわざ来たというのに、まさか拒否した挙句に我々に許可なく彼にISの研究をさせるなんてね」

 

 チェスター・バンクスと呼ばれた男性は今度は僕の方を見る。

 

「さて、時雨智久君。あなたは今すぐIS委員会傘下の研究所に入りなさい。それが嫌だというのなら―――あなたのご友人が酷い目に合いますよ」

 

 ……僕の、友人?

 脳裏に幾人か浮かび上がらせる。その人たちが酷い目に合うなんて―――なんて考えている間に、少し肥満気味の体型のバンクスさんが言った。

 

「それともあなたの場合は「サチナ フジワラ」をどうにかしたほうが効果的でしたかな」

 

 サチナ フジワラ……幸那のこと?

 今、入院中なのに、殺されそうだったのに、まだ酷いことをしようって言うの? この人は―――この、男は。

 

 ―――フザケルナ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 チェスター・バンクスは笑みを浮かべている。勝ちを確信しているのだ。

 今、智久の手元には闇鋼も白式もなく、完全に丸腰だ。周りには完全武装した男たちを配置している。

 

(どれだけ強かろうと、所詮は子どもだしな)

 

 チェスターにとって智久の評価は「どれだけ粋がろうとも所詮は従うことしか知らないイエローモンキーのガキ」という程度の認識だった。知識はかなり持っているというのが学園に放っているスパイからの報告だが、少なくともこの状況で生身での戦闘を仕掛ければ勝機はあると考えている。つい最近、家族を失ったと聞いているがそんなことはどうでもいいと思っている。

 

「君は知識は豊富と聞いています。ここで私にどうすればいいか、わかりますね?」

 

 生徒会に日本の暗部が所属していることは知っているが、同じ施設にいた方を人質にとれば容易く掌握できる。そう思い、動いていた。轡木十蔵に関しても、妻がいるからそっちを庇うだろうと思っている。

 

 ―――容易い

 

 中々動かない智久を従おうと近づいた瞬間、チェスターは後ろに控えていた護衛に無理体勢を変えられた。

 

「な、何をするんですか―――」

 

 勢いよく、チェスターの顔に水分がかかる。見るとISの攻撃すら耐えれる特殊スーツを易々と貫いて黒い何かが見えていた。

 

 ―――ドサッ

 

 その何かが消えて自分の駒が力もなく倒れた。動いているところを見るに、どうやらまだ息はあるらしい。

 

「………は?」

 

 チェスターは間抜けの声を出す。それもそのはず、智久の目が金色になっていたから。

 すぐに別の戦闘員が智久を抑えようと現れるが、智久はまるで慣れているように立ち回り、素手で戦闘員を気絶させた。

 

「……邪魔だ」

 

 次々と現れる戦闘員。チェスターは他の戦闘員に引きずらつつ、智久が戦闘員をかわして自分に迫ってくるのを眺める。

 

 ―――ズドンッ!!

 

 チェスターを潰そうと迫った5本の指が床を貫く。

 

「い、今すぐ応援を呼べ!」

「無理です! 通信機器が原因不明の使用不可能になっているのですから!」

 

 智久の後ろから戦闘員が襲い掛かる。

 

「―――どけ」

 

 そう一喝し、智久は戦闘員を蹴り伏せた。

 

「……幸那を……僕の友人を酷い目に合わせるなんて……そんなことは、させない!!」

 

 智久がそう叫んだ瞬間、IS学園内は全電子機器が使用不可能になった。




今話のタイトルは千冬と智久の心情からそういったタイトルです。


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ep.46 日本最古の暗部

みなさんお久しぶりです。無事新生活を迎え、半袖半ズボンなreizenです。
以前のようにパッパと投稿することはできなくなりましたが、気長に待ってもらえると嬉しいです。

……まぁ、展開は「パッパ」よりも「キュピコーン」の方が擬音が近いですけどね(笑)


 ―――ドサッ

 

 戦闘服に身を包んだ男性が倒れる。その相手をしていた虚はそのまま覆面を剥ぎ取り、銃を向ける。

 

「……あなた方の目的は?」

「悪いが依頼の内容は言わない事にしている」

「そうですか。では―――」

 

 スタンガンで痺れさせ、弛緩剤を打ち込んで縛り上げる。男女間の身体能力を理解しているからできることだ。

 

「本音、そっちはどう?」

 

 インカムの起動スイッチを押して妹に状況に尋ねると、

 

『だいじょうぶ~。ただ、電子機器がすべて故障しちゃってるよ~』

「………そう。じゃあ、引き続き警戒して」

『りょ~か~い』

 

 スイッチを切った虚は少し考える。

 突然のすべての電子機器の動作不良………なんてレベルのものじゃない。そして相手は自分たちに対処しきれていない感があり、答えることはしなかった。流石はプロかというべきだろが、虚だってその道のプロである。相手がどのような対応でどういう状況だったのかは把握できた。

 

(………とりあえず、今はお嬢様と合流しないと)

 

 電子機器の不良による妨害と、物理的な妨害。その同時を察知した楯無は現在、智久を助けるために移動していた。

 本来ならあれほどの騒ぎを起こしたならば退学は免れないはずだが、智久には色々と不可解な現象が起こり続けている。なので特例として学園にいるように理事長と学園長、そして生徒会長が承認したのだ。ましてや、人を殺す人間など退学もしくは彼の場合は研究施設に送ることは必要措置だが、被害者である織斑千冬の行動にも問題があり、なおかつ本人が反対したためだ。

 

(………智久君)

 

 どういう原理かわからないが、急に身長が伸びて評判が上がった―――が、あのような行為で再び評判が下降したのは虚にとっては喜ばしいことだった。言うまでもなく、彼女は智久に惚れている。しかも、まだ彼の背が小さい時からだ。

 初めは助かったことに喜び、そのお礼のつもりだった。実際持ち込んできたアイデアは非常識極まりないものだったが、智久や簪にしてみれば使いやすいのか違和感なくこなすこと、何よりも虚は智久の一生懸命さに惚れていた。もし急に意図が増えたなら、2歳の年の差や今年が就活もしくは受験をする虚にとっては大きなハンデである。さらに言えば、妹までも智久にベッタリなのだからかなり焦る。

 

(………どうにかして、同居することはできないかしら……)

 

 溜め息を吐く虚は周囲を警戒しながら移動を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 智久を中心に展開されたそれはすべての電子機器を無効化した。それはつまり、戦闘員の科学武器をすべて無効化したとも言える。

 それを知らずか攻める速さを上げる智久はやがて壁すらも破壊した。

 遠くから迫る弾丸を察知した智久はそこに右手を移動させて受け止める。

 

「……何なんだ……何なんだお前は!?」

「………うるさい。その質問よりもアンタが幸那を解放する方が先だ」

 

 もう、チェスターを助ける戦闘員は遠くに配置した狙撃手くらいしかいない。それを理解しているのか、狙撃手は遠くから援護射撃するが、すべて智久の横を通り過ぎた。

 

「………」

 

 智久はその方向を向いて手で銃の形を作る。だがその前に、智久の前に一人の老人が舞い降りた。

 

「そこまでにしなさい、時雨智久」

「…………退いて下さい。じゃないと、その蛆虫を殺せないじゃないですか」

 

 本気だった。

 すべてを拒絶する瞳。裏の世界を見てきた十蔵にとって見慣れたものだが、今まで苦労していたとはいえ平凡な部類に入る智久がそのような瞳をする必要はない。そう思ったからこそ、十蔵は智久の前を阻んだのだ。

 

「チェスター・バンクス。もし本当に配置しているというのなら、今すぐ兵を退かせなさい」

「………い、嫌だ」

 

 絶命のピンチだというのに提案を拒否するチェスター。彼が言葉を続けようとした瞬間、智久の後ろから男が手を持ち上げ、引き金を引いた。

 発射される銃弾。智久がそれに気付いた瞬間、視界が回った。

 

 ―――バタンッ

 

 智久がもう一人と倒れる。そのもう一人は―――簪だった。

 

「簪ちゃん!?」

 

 異常を感じた楯無が慌てて駆け寄る。それよりも先に血がこぼれ始め、それが智久の手についた瞬間、彼は弾けるように飛び、撃った相手の腕を砕け千切った。

 

「…………なきゃ………」

 

 楯無、十蔵、そして楯無同様異常を感じた千冬も箒に連れられ近くにいたため、反応した。

 

「………殺さなきゃ」

 

 瞬間、その場にいる全員はありえないものを見た。智久の周りには砂鉄が舞い、右手に徐々に剣の形を形成する。

 そしてその剣を智久は腕を千切られた戦闘員に振り下ろそうとした瞬間、智久は無理やり引き寄せられ―――唇を重ねられた。

 

「!?」

「………」

 

 なんと、その相手は簪だったのである。

 智久はこれまで、自分に好意が向かっていることは察していたが、立場と夢のために恋愛することは考えてなかった。だからいずれ嫌われるだろうと思っていたその好意がキスとして向けられたことで脳を停止させてしまう。その結果、砂鉄の剣は散ってしまう。

 そのキスが終わっても放心を続ける智久。その様子を見て十蔵は改めて言った。

 

「今すぐ引きなさい。それにもう気付いたでしょう? 彼が―――日本最古にして最強の暗部一族の末裔だということは」

「………何を馬鹿な。あの家族は娘に皆殺しにされたはず。生き残りがいるなど―――」

「そこにいるじゃないですか」

 

 少し長い気がするが、未だに放心している智久を指して十蔵は言った。

 

「彼は異常帯電体質者。轟智久ですよ」

 

 瞬間、タイミングを計っていたかのように智久はチェスターを睨みつけ、蛇に睨まれた蛙のように動かなくした。

 すると、急にチェスターの懐から軽快な音楽が鳴り響く。智久は電話を取るように促すと、チェスターはできるだけ時間をかけて電話に出た。

 

『……私だ。こっちは今立て込んで………何? それは本と―――』

 

 チェスターは智久が近くにいたことを思い出し、恐る恐る顔を見る。

 

「…………どうしたの?」

「―――いや、何も」

 

 様子がおかしいと思ったのか、智久は電話を奪って英語で話しかける。

 

『そっちで何があったの? 僕? 僕は時雨智久。………じゃあ、あなたの依頼主を殺すよ。そうすれば君はタダ働きだ』

 

 そう言いながら、智久は狙いを澄ませるようにチェスターを睨む。たったそれだけ、ましてやかなり歳が離れている少年に睨まれただけで震えあがったチェスターはもう少しで漏らしそうになった。

 電話の相手は中々答えない。業を煮やした智久はチェスターを消そうとした瞬間、彼は叫んだ。

 

『言え! 私は死にたくない!!』

 

 かなり大きな声だった。それ故に届いたのだろう。相手は言葉を続ける。

 

『………君にとっては残念なことだが、先程君の家族は何者かにさらわれた』

 

 瞬間、チェスターの電話機は握り潰された。

 智久はチェスターの腹部を蹴り上げた。

 

「………余計なことを………しちゃってさ!!」

 

 今度は殴り飛ばす。勢いよく壁に叩きつけられたチェスターは意識が朦朧とするが―――腹部をまた蹴られ、無理やり意識を取り戻させる。

 

「―――もういいや。君、もう死ねよ」

「―――え?」

 

 チェスターが気が付いた時、眼前に足が迫っていた。咄嗟に両腕を上げたチェスターだが、彼がダメージを与えることはなかった。

 

「………やれやれ。どいつもこいつも雑魚の分際で余計なことをしてくれる」

 

 篠ノ之箒はその場で両足をついてしまった。この中で剣道であらゆる実績を持つ彼女も所詮は一般人であり、千冬と違ってこう言った戦闘経験はない。故に足が震えついてしまうのは仕方ないだろう。楯無も、そして虚もこういったものを何度か体験しているからこそ耐えられているが、それでもギリギリだ。簪も本音も油断すれば事切れる。それほどまで濃密な殺気が2人から放出されているのだ。

 

「………ねぇ」

「退きませんよ」

「そう。じゃあ―――あなたも死んでよ」

 

 十蔵は瞬時にグローブを装着して迫ってくる拳をいなす。一瞬痺れたが、すぐに体勢を立て直して智久の腹部を思いっきり殴った。

 たった一撃。それは十蔵にとって大きな意味を持っていたのだ。

 智久のような人間と戦った時、手数で応戦するという行為は即ち自分の死期を近付ける。下手すればあっさりと狩られてしまうのだ。

 だからこそ十蔵は、これまでの人生で編み出した必殺の一撃を躊躇いなく智久に打った。

 智久は想定していなかったのか、まともに食らったため力なく倒れる。

 

「菊代、今すぐ救護班を呼んで彼の介抱を。織斑先生や更識さんは全員ですぐに学園のセキュリティの普及をお願いします。そして―――」

 

 段々と優しくなったが、それも束の間。チェスターの近くに踵が落とされて床が破壊される。

 

「テメェは今すぐ帰ってとっとと行方を探せ。今回のことはそれで水に流してやる。それができないって言うんだったら―――テメェの祖国が文字通り消し飛ぶだけだ」

 

 その言葉で何かを察したらしいチェスターはさっきまでの威厳はどこへやら、一目散に逃げ出した。

 

 その数時間後、智久宛に幸那が無事であるがしばらくは返すことができないといった内容の手紙が何故か鳥型のロボットで配達された。乗せられている写真と使用されているカタログから、とりあえず無事だということが確認された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。十蔵さんに殴られた僕が目を覚ました時には、何事もなかったように破損した箇所は修復されていた。IS学園の技術力が底知れない証拠だと思う。

 しばらく歩いてわかったことは、僕に対する態度は、最初とは180度変わっていた。女生徒の一部は僕を恐れるように道を開け、目を合わせないようにしている。そして何よりも驚いたのは、夏休みだというのにほとんどの生徒が帰省していない。そして何故か、僕に対する処分がないということだ。

 そんな疑問を抱えていると、更識先輩が僕を生徒会室に呼んでくれたので聞いてみた。

 

「確かに、今の時雨君は危険人物としてIS関係者には危険視されているわ。でも、その前にあなたは色々してくれて、ISを使用するということがどれだけ危険かをしっかりと理解してくれている。だから私たちは信頼の証として自由行動を許可することにしたの」

「……よく委員会が許可しましたね」

「今回のことで危機感を覚えたんでしょうね。操縦者の技量はともかく、白式を奪い、第三世代機を2機も完全に破壊し、紅椿を行動不能にした。実際、今以上に時雨君の所属は議論されているわ。今は白式を所有しているということで倉持技研に所属するための手続きが行われようとしているけど、その手続きは時雨君がいないと話にならない。………まぁ、倉持技研は解体されるかどうかってところだけど」

「…僕が寝ている間にそんなになっていたんですね」

 

 まるでハムスターが回している車輪のようだ。………って、

 

「倉持技研が、解体……?」

「………時雨君は、今回の件はどこまで知っているのかしら?」

「フォーリアが大々的な発表したってことぐらいは」

 

 僕はそのアレンジをしたんだけどね。

 

「その件でイギリス、中国、フランスはダメージを受けたわ。特にフランスは性別偽装を行ったことも発表されてしまったし、ISが強奪されたって話も聞くわ」

「………だとすれば厄介ですね。僕らのようなひよっこならスペック差で抑えられそうですが……」

「国家代表級の操縦者の手に渡ったなら、その限りではないわ。だからこそ、お願いしたいことがあるの。できる限り、闇鋼のスペックデータを寄越せって言うつもりはないけど、どういうことができるのか私に情報をくれないかしら?」

 

 予想外のことを言われて僕は驚きを隠せなかった。

 

「私がどれだけ酷いことを言っているか自覚しているわ。でも、私は腐っていようともここの生徒を守る責任はあるの。そしてこれからの戦いは私だけじゃカバーできない。悔しいけどね」

「………だから、僕を駆り出すってことですか」

「酷なことを言っているのは自覚しているわ。でもお願い。本当にいざという時は力を貸して」

 

 そう言って更識先輩は僕に頭を下げてきた。

 

「頭を上げてください。そんなことしたって僕は―――」

「私のポケットマネーで報酬を払うつもりよ。………それとも、体の方が良いかしら?」

「け、結構ですから!」

 

 内心、歓喜したのは言うまでもないけど。だって僕は思春期男子だしね。

 

「と、ともかく僕は金輪際戦いませんから! 専用機があろうとなかろうと関係ありません!」

「そ……そう……?」

 

 全力で否定すると、驚いてから悲しそうな顔をする更識先輩。は、ハニトラなんか効きませんよ!

 

「……それに今、そういうことをする気なんて起きませんし」

「…………そうね。ごめんなさい。不謹慎だったわ」

「別に良いですよ。それがあなたなりに僕を元気づけようとしてくれた結果でしょう? ……全然効果なかったけど」

 

 最後にあえて言葉を付けてそう言うと顔を引き攣らせる更識先輩。そこで僕はずっと言いたかったことを言った。

 

「……ところで、先輩は轟本家がどこにあるかって知ってますか?」

「………ええ。でも、入ることはできないようになっているわ。おそらく財宝を奪われないための最後の防衛装置、ね。でもあなたならそれが可能かもしれない」

「……でしょうね。まぁ、例えそうじゃなくても無理やり押し入りますよ」

「もし危ないと思ったら、その時はISは絶対に使って。あと、轡木さんに許可を取ってから行ってね」

「わかりました」

 

 そう言って僕は「ではこれで」と言って部屋を出ようとすると、後ろから抱き着かれた。

 

「………あの、更識先輩?」

「ごめんなさい。あなたを勇気付ける方法はこれくらいしか思いつかなかったから。……その、絶対帰ってきてね。簪ちゃんのことも含めて色々と聞きたいことがあるから」

 

 良いムードはどこに行ったのやら。一瞬にして辺りに殺気が充満し始める。

 

「な、何もしてませんよ! 俺はまだ童貞です!」

「おかしいと思ったわ。一緒に寝ようとしたら「泊まり」だし、まだ小さいのに親の随伴なしだし」

「あー、もう! そんなことで明らかに好感度アップイベントをぶち壊さないでくださいよ! これゲームだったら良い雰囲気で全プレイヤーが興奮するレベルですよ!? 女でも相手を落とすテクの1つなんで絶対に覚えるように!!」

「だってこれ、現実だもん。それに私、婚約者は特殊な方法で決めるから問題ないわ」

「可愛く言ったって効果ないですから!!」

 

 なにはともあれ、僕は十蔵さんに許可をもらって自分の本当の家に戻った。

 ………ところで、その特殊な方法ってなんだろ?



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ep.47 6年ぶりの帰宅

 僕が知る轟家はかなり大きな屋敷だ。だけどここ6年ほど人は入らなかったようで、かつての栄光はどこに行ったのか、今は荒れ果てている。正面から入ろうとすると、強力な電磁波によって妨害された―――のはほんの一瞬で、僕はすんなりと入ることができた。

 

(……しかし、凄い荒廃っぷりだ)

 

 そもそも、一家消滅の原因が放火による焼死であり、ほとんどが燃えてしまっているから財宝とかの期待はしていない……あわよくば、完全に思い出す手がかりがあればと思ってきてみたが、期待できることもなさそうだ。

 などと思いながら下に降りていく。完全に暗いけど、予め持ってきていた懐中電灯とハイパーセンサーによる補佐で辺りはばっちりだ。……まぁ、もしかしたら電気系統の人間なんだから自力で探査したりできると思うけど、僕はその力に気付いたのはつい最近だ。そんな状態で行使したら、下手すれば屋敷そのものが壊れてしまう。恐れもあるからだ。そうなると色々と面倒である。

 

(死体の処理はされているみたいだ。腐った死体の臭いはしない………嗅いだことがないけど)

 

 所々残っているのもある。たぶん……いや、ここが大座敷なんだろう。入ったことは1度だけある。それは……姉さんが……。

 

(………あれ?)

 

 ………ああ、そうだ。思い出した。

 僕はここで、姉さんがみんなを殺しているのを目撃した。

 

 

 

 

 

 あれは、確か更識さん……いや、かんちゃんと別れて家に帰った時のことだ。

 夜遅くなったこともあり、僕は急いで運転手を呼んでもらった。帰ってみれば火の手が上がっていて、僕は急いで中に入った。奥に行けば行くほど死体があるけど、構わず進んだ。この時僕は、まだ中に人がいるってことがわかっていたからだ。

 僕が大座敷の中に入った時、お父様が力なく倒れたところだった。

 

「おかえりなさい。あなたを待っていたわ、智久」

「姉さん……これは一体どういうことなの……?」

「謀反。その言葉は小学生のあなたでもわかるでしょう?」

 

 意味はわかる。でも何で姉からそんな言葉が出てくるとは思わなかった。

 わけがわからなかった僕は尋ねる。

 

「………何を考えているの、姉さん」

「この世界は自滅の道を進んでいるわ」

「……え?」

「女の無差別な優遇は、男に対して無駄な差別を行うことに繋がってしまった。女の元々の行動から考えて、それはよくない事。だから、壊すの」

「…………じゃあ、何でみんなを殺したの?」

「邪魔だから」

 

 たった一言だった。でも一言には妙な力があり、僕は怯んだ。

 

「あなたはまだ知らないでしょうけど、この家の教育方針として、人を殺すことを教えられるわ。あなたにもその基礎は既に植え付けられているはず」

「………わかった」

 

 僕は砂鉄を集め、ナイフを作った。

 

「驚いたわ。あなた、そこまでのことを普通にできるようになっていたのね。将来有望よ」

「………今の姉さんに褒められたって嬉しくないよ」

「…時間が流れるのはあまり好きじゃないわね。ついこの間まで懐いてくれた子がそう言うなんて」

 

 少し悲しそうに言う姉さんは僕に接近して掌打を放つ。僕は壁に叩きつけられてしまった。

 

「私は亡国機業という所に行くわ」

「……亡国……?」

「ええ。だからもう、会うことがないわ。でも1つ。ISには気を付けなさい。この家は隠しているけど、父はISに触れて起動させる事が出来た。おそらく、私たちの一族なら男でも動かせるのでしょうよ。だから―――間違っても、関わりを持たないで」

 

 僕が覚えているのは、そこまでだった。そして……僕は周りを信じられなくなり、襲ってきた女性を半殺しにした。電気を使える自分の力を、殺されると悟った瞬間に行使したからだ。

 

 

 

 

 

(……亡国機業……とりあえずメモっておかないと)

 

 懐からメモを出して「ぼうこくきぎょう」と書いておく。片付けてから僕は自分の部屋の中に入った。……どれもこれも懐かしい。……っていうか、ここ辺りは焼けてないんだね。

 埃を追い出しながら場所を開放していく。まぁ、6年も放置なら仕方がない気がするけど、流石にこの汚れはどうにかしたい。となれば、掃除しかないかな。……でも、たぶん井戸とかも見たことなかったから難しいかもしれない。一度、ここを建て直すべきかな。たぶん老朽化も酷いし虫も湧いているから大変なことになっているだろうし。

 

(……さて、稼がないとな)

 

 幸い、ドイツとはいい関係が結ばれているのか定期的に追加発注をしてくれているし、収入としては悪くない額が僕らに支払われている。もう今後は暗部として活動するつもりはないけど、ちゃんと僕の戦闘スタイルを確立させて、またこの周囲を発展させたい。10年間は暮らしていたし、もうほとんど薄れているけど愛着はまだ持っているつもりだ。先祖はどう考えるかわからないけど、そんなものは僕の勝手だ。

 

(……いつか、元に戻ればいいな)

 

 そんな淡い期待を持ちながら、僕は探索を続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕と姉さんは織斑姉弟とほとんど同じくらい歳が離れている。

 僕は織斑君と同い年だけど、姉さんと織斑先生は2歳違う。姉さんが13歳の頃に白騎士事件が起こったから、今は23歳。そして6年前は17歳だから、下着などはすべてなくなっている。姉弟だからってすべてを知っているわけじゃないけど、確か姉さんは当時は日本の代表候補生で轟家だということもあってそれなりに優遇されていたはずだ。適性値もかなり高く、専用機持ちになるという話は聞いていたけど、そんなタイミングで逃亡するのはやっぱりおかしい。それに、姉さんは僕よりも優秀だったし、本気を出せばとっくの昔にIS委員会なんて制圧できたはずだ。……なのに、どうしてかそんなことがされていなかった。

 

(……家族を殺すほどなのに……何かあったのかな?)

 

 少し考えたけど、結局考えたところでどうにもならないのですぐに止めて少し奥に進むことにした。

 子どもの頃、いくつか禁止されていた場所に入る。いざとなればISの力が必要かもしれない……というか、頼るしかない。

 そう思わせる雰囲気が辺りに漂う。奥に進んでいくと、両開きのドアがあった。

 

(……まるでなんちゃらクエストみたいだ。……仲間もなしにダンジョンに挑むなんて正気じゃないけど)

 

 冗談で気を紛らわせつつ、ドアを開けてさらに奥へと進んでいく……と、

 

「…………あ、IS!?」

 

 信じられなかった。形状は以前の無人機とは違うけれど、たぶんこれは……ISだと思う。

 轟家は超が付くほどの帯電体質とはいえ、これはあまりにもおかしい。この家は一体なんだと言うんだ。…なんて思っていると、

 

【轟の血を受け継ぐ存在を確認しました。これより、試練を行います】

 

 そんなアナウンスが聞こえてくる。……たぶんこれ、少し前に変えられてる……じゃない。

 ISと思われる機体が動き始める。動きからして人に近いけど―――って、そんなことを考えている場合じゃないや。

 僕はすぐに闇鋼を展開して迫ってくるブレードを切断した。

 闇鋼の武装はビーム兵器が主体だ。出力は調節済みだからそこまでじゃないけど、下手すれば零落白夜を超える出力だったから最初は驚いた。

 

(試練って……ああ、そういえば僕って轟家の継承者だっけ?)

 

 少しばかり今更なことを考えながら、完全に破壊した。壊してから残せば良かったと思う。

 

(……まぁ、まだ次はある―――!?)

 

 ―――ガンッ!!

 

 いつの間に後ろにいたのだろうか、僕は思いっきり殴られてしまった。

 大して広くもない空間ですぐに壁に叩きつけられる。操縦者保護機能がなければ即死だというのはあながち間違いではないだろう。

 迫ってくるブレードを僕は回避して右腕の隠し爪を展開して抉って破壊する。

 

(全く。いくら何でも最先端すぎるよ!)

 

 これ絶対、姉さんが仕組んでるよ!? そうじゃなかったら説明が付かない!!

 今度会ったら絶対に色々と聞き出そうと心に誓いながら僕は肩まである大型のエネルギーライフルを展開しかけて回避した。

 

(ダメだ。いくら制御したって言ってもライフルだとどこに当たるかわかったものじゃない!!)

 

 誘爆とかもあり得るのに、そんなものを使ったらこの家が消し飛んでしまう。……今更かもしれないけどさ。

 そう思った瞬間、敵はライフルを展開して僕に撃って来た。

 癖というものは本当に凄い。身体で覚えているなら特にそうだ。

 僕はいつもの癖で攻撃を回避してしまい、後ろで爆発が起こった。

 

【緊急事態発生! 緊急事態発生! 襲撃の恐れアリ! 戦闘員は直ちに迎撃を開始しろ。繰り返す。戦闘員は―――】

「何で防衛システムは生きてるのさ!?」

 

 ここって自分で言うのもなんだけど廃墟だよね!? 何であの時は防衛システムが動かなかったの!?

 ……とりあえず落ち着こう。落ち着いて深呼吸―――はしている暇がない。今はできるだけ家を破壊しないようにしよう。それに、闇鋼ならではの戦い方がある。

 

「お願い、スレイブ!」

 

 背部から6本のフィンビットが現れて1機にすべて突き刺さり、爆発を起こした―――けど、瞬時に展開されたバリアによって被害は最小限に抑えられている。

 今展開したのは《マルチスレイブ》。闇鋼専用のビット兵器だ。様々な機構が搭載されていて、斬る、突くはもちろん。バリアを張ったり、撃ったりもできる。今のところ、アニメの影響か6本くらいしか展開できない。―――でも、自分が動いた状態だ。もしビットが動きを止めていれば、別の場所に動かせることぐらいできる。

 同じように破壊していく。ハイパーセンサーから警報があり、それに従ってその場から下がると、さっきまでいた場所が爆発した。

 

 ―――正義を……執行しろ……

 

 今の……何……?

 

 突然変な声が頭に聞こえた。正義を執行しろって言われてもな……。そうなると軽く日本には沈んでもらわないといけないんだけ―――ど!

 

「ああもう! 切りがない!」

 

 もう我慢なんて……していられるか!!

 僕は左手の甲からビームを伸ばして向かって来る敵機を真っ二つにした。そして同時に屋根を破壊して上へと飛ぶ。ISを使って文句を言われたくはないけど、だからと言ってここで待つだけの人間お人よしにはできていない。

 

「僕の邪魔を……するなぁああああ!!」

 

 《マルチスレイブ》を飛ばして次々と破壊していく。残った1機の真ん中を撃ち抜いて撃破した。

 

(……一体、何なんだ……)

 

 すると急に雨が降りはじめる。下の方で家が少し燃えているけど、それも次第に小さくなっていった。

 そんな動きを確認した僕は、とりあえず下に降りていく。ゲームと同じと思うつもりはないけど、こういった試練をクリアしたら大抵褒美がもらえるからだ。

 少し楽しみに思いながら穴の開いた屋根から入ると、そこには予想通り宝箱みたいなものが入っていた。

 僕はそれを開けると、中からは……黒い手袋?

 

「………もしかして、これが賞品……?」

 

 かなり装飾が好み……なんだけど、まさかこれが僕に対する賞品? いきなり攻撃してきて? そんな馬鹿な。

 まさしく骨折り損のくたびれ儲けな状態に、僕は大きなため息を吐いて回収すると何かが音を立てて停止した。

 

(………鍵?)

 

 その鍵は見たことがあった。確か、昔何度も入らせてほしいと頼んだのにお父様に入れてもらえなかった蔵の鍵だ。

 僕はあまりの嬉しさに思わず笑ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 轟家はある意味、狂っている。それを知ったのは今から6年前のことだ。

 彼女は最初から家を出て、国を潰すという目的もあって家のことを弟に譲る(というよりも押し付ける)つもりだったのだが、ある日父親からの命令で無理やりその試練を受けさせられた。襲って来るのは強敵……そして、謎の声。

 何度も続くその声に精神すら乗っ取られそうになった彼女は、そのシステムを破壊することを決意した。不要だと心から思ったからである。

 

(……とはいえ、皮肉なことね。もう一度作り直して弟の成長に使うことになるなんて……)

 

 驚いたのは、何よりもその弟が容易に世界のシステムを破壊したことだ。そう、それだけである。確かにISを使えばシステムの破壊のみは彼女にだって簡単に行えた……が、肝心なのはその後のことだ。

 一体誰が壊れたシステムを地盤として再生を、創造を行うか。彼女がこの6年の間に何の行動も起こさなかったのはその「地盤」を作る人間を選んでいたからだ。だが、弟が―――智久が半端に壊したことでその予定は大幅に狂った。根源であるISは未だ存在し、修正されつつはあるが未だに女は権力を維持しようと躍起になっている。少なくとも、その動きをしようとする人間はまだいるのだ。だから―――

 

(………これから、世界が本当の意味で巻き込まれて再び破壊は行われる。……その時、あなたがどう動くはとても楽しみだわ)

 

 笑みを浮かべたその女性は静かにその場所を去った。その後ろでかなりの高級車が迫ってくるのを感じながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 気が付けば、夜になっていた。

 いくら自分の家といっても流石に半壊だし、使える物だけは回収した。意外と設備は揃っているけど、それでもあまり使えそうにないのは確かだ。

 

(……この際、すべて買い取ってもらうか)

 

 使える物はリサイクル。そうでないものは手順を踏んで処分してもらった方がいい。6年分の埃を溜めている機械を動かす気には流石になれなかった。

 収穫はそれと用途不明な手袋。そして蔵の中にあった指南書だった。しかも戦闘用のアレである。

 

(………問題は、どこに泊まるか、だね)

 

 轟家の周囲には建物らしきものは存在しない。あるのは精々、石造りの見張り台ぐらいだ。

 最悪そこで寝ようと思いながら階段を降りていると、何故か明かりが射した。

 僕はすぐさま闇鋼を展開しようとしたけど、すぐに見えた存在が知っている人だったので驚いた。……でも、驚きはそこで終わらなかった。

 

「お待ちしておりました、ご主人様」

 

 1つはその言葉、そして彼女―――北条雫の服装だ。何故か彼女はメイド服を着ていて、暗い背景や一目見てわかる高級車に映えるロングスカートで胸部分の露出が多いタイプで母性を強調させている。……幸いなことに更識先輩や虚さん並に大きくないけど。

 

「……確か、北条さんだったよね。一体何の用?」

「あなたをお迎えに上がったのです、智久様」

「………じゃあ、どうして僕が主人なの……? 北条って姓は多いからまさかとは思ったけど、その立ち振る舞いからして、君は北条カンパニーのお嬢様だったりするの?」

「はい。そして我々北条カンパニーの人間は、かつて轟家の資金を握って支配を試みた馬鹿な一族です」

「…………えっと、つまり…」

「言うなれば、我々はあなた様の下僕ということです」

 

 ………幸那は、もしかしてそれを知ってた? …いや、あの子は僕と違ってその可能性はとても高い。だって記憶はあったんだから。

 だけどここは警戒するべきところだ。北条カンパニーの力は伊達ではない。今や世界的な大企業に成長しているその会社は、赤ちゃん用品はもちろん、戦艦などの殺しの道具すらも開発している企業だ。銃メーカーでも「HOUJOH」の名前を聞くしね。

 

「悪いけど、君と共に行くことはできないよ。君が「北条カンパニー」の人間として来るならね」

「………「「北条院」を破壊した実行犯と指示した人間を捕えた」っと言ってもですか?」

「………それは本当かい?」

「自供したものをすべて保存してあります。もちろん、疑うのならその人たちが入った所かすべてお見ましょう。……ただし、データは会社にありますが」

 

 ………是が非でも、僕を会社に一度でも入れたいみたいだね。そして僕は悔しいことにそこからの打開策を持っていない。

 僕は内心楽しみながら、彼女に付いて行くことにした。



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ep.48 唐突の異常

 智久が雫と出会っている頃、IS学園の応接室では珍しい組み合わせが応接室で顔を合わせていた。

 

「………つまり、あなた方が倉持技研を買収した、と?」

「ええ。なので更識簪さんにも我が社に移籍していただきたいと思いまして。どうでしょう? 我が北条カンパニーには優秀なスタッフが揃っており、1週間で打鉄弐式を完成して見せます」

「…………」

 

 更識家の姉妹は、ギクシャクしていることもあって会話回数はかなり少ない。その姉妹が同じ仕事を生業としている北条とこういう形で面談したのは、簪が所属していた倉持技研が北条カンパニーに買収され、移籍しないかという誘いに来たためである。

 

「倉持ならばともかく、あなた方に簪を渡すつもりはありません」

「………もしや、人質として確保している、なんてことは「思っていますが?」あ、そうですか……」

 

 主に問答をしているのは楯無であり、簪は終始黙っているだけだった。

 

「………確かに、そう見られるのはわかります。表はともかく裏は敵同士。そんなところに大切な家族を渡したくないという気持ちはこちらにも理解できますが、当然、メリットだって存在します。我が社はこのたび、倉持技研を買収した理由として、時雨智久が白式を獲得したからです」

「………まさか」

 

 何かを察したような声を出す簪。

 

「ええ。我々は先程、正式に通達しました。「織斑一夏ではなく、時雨智久を正式な白式の操縦者として迎え入れる」とね」

 

 北条カンパニーの現社長であると同時に、北条家の当主である北条政道(まさみち)はそう言った。

 

「ここからは暗部の長としての提案だが、もし良かったら彼女はいつでも抜けれるようにすればいいのではないだろうか?」

「………本気?」

「ああ。本気だ。それに彼女には通常の女にないものがある。だからこそ、我々は獲得に動いた。それだけだ」

 

 そう言われ、楯無はため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 高級車というのは千差万別だけど、中にはシャンパンなどの酒類がある。もちろん、小さい冷蔵庫付き―――なんてイメージがあるけど、こればかりは予想外だ。

 確かに冷蔵庫が付いてるけど、中には未成年者しかいないためかあっても炭酸飲料。だけどそれよりも気になるのは、

 

「あの、すみません。流石に公共道路でこういう行為はどうかとは思うのですが……」

「お気になさらず。それに、この車やベッドには特殊な処理を施しているので、走行中はあまり揺れを感じないようになっているのです。……だってこれ、本当は接待用ですから」

 

 メイド服姿なのにガチの首輪をつけ、僕の身体が拭かれているこの状況だ。そして今、聞きたくもない説明が僕に届いた気がする。せ、接待? まぁ、企業だしそんなこともするよね。………えっと、もしかしてこの子が……?

 なんて思っていると、僕の思考を読んだのか北条さんは返してきた。

 

「ちなみに私はまだ経験ありません」

「聞いてません。聞いてませんよ僕は」

 

 慌てて耳を塞ぐ。上半身は裸だけどまだ言い訳はつくはずだ。

 

「構いませんよ、智久様」

「……あの、その「様」を付けるのは止めてもらえませんか?」

「いいえ。あなたはこの日本で……いえ、世界で本来「王」と呼ばれる存在よりも敬意を示されるべきお方。私たちはそれを知っているからこそ、そのように振舞っているだけです」

「………いや、でも―――」

「あまり駄々こねると、つい智久様の初めてを奪ってしまいそうですわ」

「お願いなので遠慮してください」

 

 確かに彼女は良いところの育ちだってのは私でもわかってたけど、これはかなり予想を上回ってる。……っていうかこの子、中学生だよね? 何でこう、積極的なの? あ、もしかして人間にも発情期というものが存在しているんじゃ―――

 

(いや、ないね)

 

 気持ちを切り替え、僕は早速話を進めることにした。

 

「……それで、実行犯を捕まえたっていうのは本当なのかい?」

「………女権団本部……いえ、日本支部はフォーリアと名乗った少女によって革命の被害で解散を余儀なくされたことはご存知ですか?」

「うん」

「そうですか。では、詳しいことはこの際省略させていただきます。その革命が起こっていた時、智久様が白式を奪ったことを確認した我々は、すぐに実行犯の確保に向かいました」

 

 目的はたぶん、僕を確保するためだろう。

 倉持技研には欠陥ってわけじゃないけど、更識さんの機体を放置したというあまり突かれたくないであろう欠点がある。だけど、今までどこの企業も倉持技研を買収し、男性操縦者の機体を研究する機会を得ることができなかった。でも、僕が白式を奪ったことで「織斑千冬の弟」としてのアドバンテージは完全に消え去っただろう。

 これまで、確かに彼にも活躍の機会はあった。事実彼が事件を解決したケースは存在する。だけど、僕がそれを超えることを平然と行った。

 まず1つ、僕の機体が打鉄とラファール・リヴァイヴの融合体程度の荒風から、全く新しい機能を持つ闇鋼へと変化したこと。そして、その性能を生かして第三世代機を2機潰し、第四世代機を破壊した。さらに言えば、他人からISを奪うことができる能力も持っているとなれば、紅椿よりもその価値は上がる。いやもう超えたと言っても良いだろう。

 ISの専用機を持つということは、かなり便利になると同時に制約も課せられる。まず提供された企業の威信を背負い、許可を出した国の期待を背負うことにもなる。そしてもう1つ。専用機持ちは、他の機体を使用することができない。………いや、厳密には使えなくはないが、それでも専用機に比べると同じスペックでもかなりの差が生じるようで、専用機持ちが負けるケースは珍しくないのだ。それを感じさせなかった織斑先生は本気でおかしい。たぶん化け物だろう。……自分で言うのもおかしいけど、僕にも化け物になるスペックは秘めているけど今はまだ一般人だ。少なくとも、まだ能力を満足に扱えない内は化け物レベルにはなれない。

 

「関東から出ていた彼女らは最近でき始めた地下街に逃げ込んでいました」

「地下街?」

「はい。数日前に男権団が開放した地下活動区域です、男権団はそう言ったところの支配を伸ばし反逆を行おうとしていたようですが、革命で計画が台無しになり、必要な物を回収した後に放棄した場所のようですが………」

「それが女たちが使ったのか。面白い冗談だね」

 

 すると車が止まり、前の窓がノックされた。

 

「お嬢様。致している所もう訳ございませんが、会社に到着しました」

「わかりました。では智久様」

「………わかった」

 

 僕らは車を折り、まずセキュリティチェックを受けてゲストパスをもらって中に入っていく。

 しばらく歩いていると、北条さんは足を止めた。

 

「……ここです」

「……そう。ありがとう」

 

 まるで体育館へ続くタイプのドアを押し開けると、狭い部屋の中に女性たちが縛られて座らされている。その周りには物騒な人たちが囲んでいた。

 

「………お前が、時雨智久……いや、とどろ―――」

「時雨で構いません。僕もそのつもりで来ましたから。それで、彼女らですか?」

「そうだ。だがまだ少し待て」

 

 するとドアが開き、整った顔立ちをした男性が入って来た。一言で言えば、物静かなオジサマって感じだ。

 

「どうやら私が最後のようだな。…それで、君が時雨智久君か。初めまして。私は北条政道というものだ」

「時雨智久です。それで、彼女らが?」

「そうだ。君は彼女らの処遇を決めてもらいたいと思う」

 

 処遇、か。

 僕は先に政道と名乗った男の人に言った。

 

「ありがとうございます。ですが、僕はまだあなたたちの物になるつもりはありませんよ」

「………娘にはどういう風に聞いているか知らないが、これは私たちの復讐でもある。既に古き存在とはいえ、我が一族を殺した愚かな存在に制裁を下すに行動したまでだ」

「…そうですか」

 

 だとすれば、断ることはできると踏んだ僕は笑みを作って一番近くにいた人に質問した。

 

「何の用よ、この異端者!」

「……あなた方が僕と織斑千冬が接吻したことで北条院を襲ったそうですが、理由はそれだけですか?」

「あ、当たり前じゃない! どういうつもりか知らないけど、ちょっと背が伸びただけで調子乗ってんじゃないわよ、屑が!!」

「……屑、ですか」

 

 僕は笑みを作って彼女から離れて質問した。

 

「あなた方の中で誰が一番強いですか? もしその人が僕に勝ったら、僕は今後一切あなた方に手を出さない。そして解放することを約束しましょう。ただし、僕はこの企業の中にいるので白式を使うことになりますので、そちらは2人でどうでしょう?」

「びゃ、白式……? 何でアンタが白式を使えるのよ!?」

「確かそれは千冬様の弟の機体だったはず」

「彼には過ぎた玩具だったので僕が奪ったんです。まぁ、白式を使うのはこれで2度目なので、ちょうどいい戦力差になりますね」

 

 そう言ってから僕は社長に視線を送った。

 

「………ちょうど、我が社に2機ほどISが開いている。そちらを使え」

「ありがとうございます。では僕は準備ができるまで待機しておきますので」

「……場所は中央試験場だ。雫に場所を教えてもらうといい」

「わかりました」

 

 お礼を言った僕は外に出ると、メイド服から私服にしたのか、ワンピースにカーディガンを羽織る北条さんがいた。

 

「では、私に付いてきてください」

「……わかった」

 

 しばらくただ彼女の後を追っていると、北条さんは唐突に振り向いてヘッドバットしてきたので反射的に抑えた。

 

「な、何するんですか~」

「ごめん。急に頭突きされそうになったから……つい……」

「頭突きではありません。キスしようとしていたんです」

「………ああ、そう」

 

 試合前だと言うのに僕は脱力させられた。

 

「やっと元に戻りましたね」

「へ……?」

「ずっと思っていたんです。智久様が無理をしているのではないかって」

 

 唐突にそんなことを言われて僕はため息を吐いた。

 

「そんなことないよ。僕は至って普通だ」

「……普通だと言うのならば、どうしてあなたから彼女らに喧嘩を吹っ掛けたんです?」

「彼女らが、僕が倒すべき敵だから。それじゃあ不満?」

「ええ。今のあなたを見れば、間違いなく幸那は自分を責めますよ」

 

 僕は彼女を追い抜かす様にして距離を開けた。

 

「智久様……」

「大丈夫。さっきこの施設の地図は記憶したから1人で行けるよ。………今は1人でいたいんだ。だから、追いて来ないで」

 

 そう言って僕は少し早足になり、中央試験場の控室に移動した。

 

「ホント、確かにあの子の言う通りね。私が言うのもなんだけど、あなたらしくないわよ」

「唐突に出てくるなよ、フォーリア」

「悪かったわね。でも、白式で良いの? 格差を見せつけるなら闇鋼で倒すべきじゃない?」

「確かにその通りだね。でも、それじゃあ彼女らを苦しめることができない。ちゃんと、苦しんでもらわなきゃ」

 

 そのために僕は試合を挑んだから。

 僕はすぐに白式の設定画面を出す。十蔵さんに倒されてからほとんどすぐにIS学園を出たから白式の設定を弄っていないんだ。

 目当ての欄に来た僕は、あることに気付いた。

 

「………零落白夜が、ない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 北条カンパニーがIS事業に参入したのは昨年のことだった。辛うじてISコアを2個手に入れられた状態だったため、開発協力や買収などの手法を用いてコアの確保に動いていたため、コアを2個だけなら用意することはできた。

 当然、テロリストが乗るのだから警戒態勢は整えている。

 

「……にしても、あの小僧はどうしてISバトルを仕掛けたのでしょう?」

「さあな。私にもわからん」

 

 ため息を吐く政道。すると後ろのドアを開き、雫が入ってくる。

 

「そちらの準備はできましたか?」

「ああ。そっちは?」

「わかりません。何か考えがあるようですが……それよりも―――何故その人たちが生きているのですか?」

 

 急に視線を向けられた女たちは全員が震え始めた。

 今は行方不明になっているがあの事件は幸那も巻き込まれている。元は同じ男に思いを寄せる恋敵ではあるが、同時に親友であるため雫は彼女らを見た瞬間に引き金を引いていた。辛うじてかすった程度だが、父親に止められなければおそらく全員殺していただろう。

 

「まだ殺す必要がない。そう判断しただけだ」

「………いざとなれば私が殺します」

「それは別の奴にやらせる。お前はお前がするべきことをしろ」

 

 言われて雫は舌打ちし、それを女の1人が笑う。中ではほとんど同時に3人が出てきてすぐに試合を開始した。

 

「……それにしても、本当に馬鹿ね。よりにもよってあの2人を相手に選ぶなんて」

「………何か問題でも?」

「あの2人はね、代表候補生の中でもかなりのやり手だったのよ。だけどあの姉の七光りで手に入れた更識簪を虐めたってだけで候補生を辞めさせられた実力者コンビよ。時雨智久が勝てる確率なんて1%もないわ」

 

 事実、ラファール・リヴァイヴを纏う2人は智久を相手に圧倒している。智久は回避に徹していて、中々反撃しない。

 

「―――随分とお粗末な計算ね。そんなのでウチの智久相手に勝った気でいないでもらえないかしら?」

 

 瞬間、全員が声が下方向に銃を向ける。唐突のことに拘束されている女たちを除いた全員が驚きながらも冷静に声がした方向に銃を向けた。

 

「銃ごときで私は死なないわよ?」

「……反逆の乙女か。何の用か?」

「え? 私って今そんな大層な名前で呼ばれてるの?」

 

 意外な呼ばれ方をしたからか、動揺したフォーリアは慌てた顔をした。

 

「そうだな。まぁ、あそこまでの大演説をされては誰もがそう思うだろう」

「いや、そうだけど………それはそうと、試合を見なくていいの?」

 

 そう言ってフォーリアは画面を指差す。中では智久が《雪片弐型》で相手の喉を3回連続で突き、吹き飛ばしていた。




参考までに言っておきますと、彼女らが虐めた相手の力は強大です


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ep.49 明かされ始める予想

「………零落白夜が、ない?」

「……たぶん、それは智久が専用機所持者として再登録されたからだと思う。元々白式は篠ノ之束が織斑一夏用に調整したものだけど、たぶん他の人が装備したらこうなるんじゃないかしら? いわば、零落白夜は織斑姉弟専用技だと尊重したいのかもしれないけど……雪片の場合はそうはいかないのよね。……で、どうして零落白夜?」

「ちょっと邪魔だから消えてもらおうと思って」

「いや、仮にも貴重なエネルギー無効化機能よ? そこはデータを取ってどうにかするべきじゃないかしら?」

「そんな必要ないよ。だって―――そんなのは所詮僕らのような素人を甘えさせるための機能でしかないから。それに、土産もあるしね」

 

 だからこそ、織斑君は全く成長しなかったわけだ。

 あの時の織斑君は少しおかしい気がしたけど、まぁどうでもいいか。

 

「この、逃げてるばかりのくせに」

「やはり君たちは馬鹿だね。戦略もせの字も知らないなんて、生きていて恥ずかしくないのかい?」

「このガキ―――!?」

 

 《雪片弐型》を収納した僕はもう1人を思いっきり殴った。

 

「お、女の顔を殴るなんて、男の風上にも置けない屑が!!」

 

 あ、そう。

 もう一度僕は《雪片弐型》を展開して、彼女のとある部分に遠慮なく刺した。どうやらISには女性の股間を守る機能はあるらしい。まぁ、受け入れ許容外の物が刺さったら一大事だしね。しょうがないか。おかげでシールドエネルギーを一気に減らせたし。

 

「……死になさい……アンタみたいな屑、死んで当然よ!! いくらアタシが可愛いからって―――」

 

 ―――はぁ?

 

 思わず僕は噴いてしまった。誰が一体可愛いって? ば、馬鹿じゃないの?

 

「ありえない……ありえないよ……君が可愛い? ねぇ君、頭大丈夫?」

「ふざけるな! これでも私はミスコンで優勝したことが―――」

「どうせ君が脅して入れさせたか、運良く君の周りに可愛い女の子がいなかっただけってオチでしょ? それなら君みたいなブスだってミスコンで優勝できるよねぇ」

 

 全く。こんなゴミ女がミスコンに優勝できるわけがない。どうせ汚い手を使ったんだろうさ。

 

「ふざけるな! このクソ野郎が!!」

 

 その言葉で、僕はとうとう完全に切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――バンッ!!

 

 智久が開いている左手を女に添えるとラファール・リヴァイヴが壁にめり込むほど吹き飛ぶ。

 

「ふざけるな………? クソ野郎………?」

 

 ゆっくりと言葉を紡いだ智久は瞬時加速でラファール・リヴァイヴに接近して顔を思いっきり殴り、《雪片弐型》でシールドエネルギーを奪おうとした。瞬間、もう1機が智久に攻撃するが簡単に回避して相手を斬りつける。

 

「ど……どうして!?」

「死角から攻撃したはずなのに、それとも僕が弱いと高を潜って奇襲をかけたの? 何か勘違いしていない? 今の白式の操縦者は時雨智久であり織斑一夏じゃない。あんな雑魚に通じるからって僕も同じだなんて思わないでよ。不愉快―――だ!!」

 

 蹴り飛ばして同じく壁にめり込ませ―――られる寸前、立ち直って先程までやられていたもう1人と同時に集中砲火を浴びせる。智久は少しダメージを受けながらも凌ぎ、何かを出そうとしたが何も出て来なかった。

 

「隙を見せたわね!」

「畳みかけ―――」

 

 瞬時加速による蹴り。それをまともに食らった奇襲をかけた方は壁とはかなり距離を取っていたというのにめり込むほど衝撃を加えられていた。さらに言えば、智久の瞬時加速の移動距離は先程までの比じゃない。それもそのはず、智久はさっきの一瞬で白式から闇鋼に換装していたのだから。

 

「………僕は女尊男卑になっても、女を決して嫌わなかった」

 

 闇鋼の全身に装飾されているラインがまるで心臓が震えるように光を放ち始めた。

 

「その理由は、僕の周りにいる女は僕のことを認めてくれたからだ。例え僕が、かつて僕を殺そうとした女性に障害を負わせたとしても」

「な、何を―――」

「だから僕が制裁を下す―――いや、下してやる」

 

 右腕部装甲に内蔵されている指同期型の爪で握り拳を作って殴り飛ばし、施設内にアラートを響かせるほどラファール・リヴァイヴをめり込ませた。

 

「………これは正式な試合じゃない。だから、僕の勝ちだ」

 

 そう宣言した智久はカタパルトに着陸し、平然と中に入っていく。

 実際のところ、智久の反則負けであるが誰もそのことを指摘しない。

 雫は中に入り、2人を救助してから智久が入ったピットに向かう。そこには来た時の服装と全く同じ格好をした智久が立っていた。

 

「……何か用ですか」

 

 その言葉に答えを返さず、智久は無理やりお姫様抱っこした。

 雫は突然のことで混乱したが、彼女の顔に落ちてきた水滴によって暴れるのを止めた。

 

「……智久、様……?」

「ごめん。本当は1人でって思ったけど………ちょっと思っちゃったんだよね。僕は弱いって」

 

 瞬間、2人の銃声が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 智久曰く、これは正式な試合ではない。だから自分の勝利だ。

 だが、それはあくまでも彼の自論であり、彼女らには関係ない。

 

「約束通り、あの男の負けだ。なにせ勝負がつく前に勝手に換装したんだから」

「……そうだね。約束通り君たちは解放しよう」

 

 政道のその言葉に残り3人の拘束も解かれ、外へと案内された。

 5人が喜んだ瞬間、乾いた音が鳴った。

 

「……え?」

 

 4人が力なく倒れる。政道の護衛と思われる2人が一緒にいたが、その2人は銃を構えていて先端から煙が上がっている。今の銃撃で4人が力なく倒れ、それぞれ撃ち抜かれた足の箇所を悲鳴を上げながら抱え始める。

 

「待って。私たちを解放してくれるって話じゃ―――」

「今しがた解放しただろう? だが、その後にどうなろうと私たちが知ったことではない」

 

 そう言って政道は銃を最後の女に向けて引き金を引く。銃弾が女の耳にかすり、2発目で耳を貫通させた。

 

「あ! あああああああッ!!」

 

 ―――パンッ!

 

 今度はこめかみをかすらせ、黙らせた。

 

「生憎、ここにいるのは私を除き自ら裏の道を選んだ馬鹿しかいない………だがな、そんな馬鹿でもたった1つだけ忘れていないものがある」

「……な、何?」

「親から受けた愛情だ」

 

 肩を撃ち抜かれて痛みのあまりに悲鳴を上げるのを政道は無理やり黙らせた。

 

「当時は今の倍以上忙しくてな。私はずっとあの人に預けられていた。ほとんどが私が来ていた時に施設にいた者たちだよ」

「……待って。何でもする。私はあなたに身体でも溜め込んだ財産でもなんでも渡すわ! だから、殺さ―――」

 

 今度は太もも―――いや、全身だった。

 他の場所でも猟奇的な状況が繰り広げられているが、政道は気に留めていなかった。

 

「………ど……して……」

「お前たちが無駄に撒き散らしたためだ。そうそう、君に指示した女はどうなったと思う?」

「…………」

「……死んだか」

 

 実のところ、北条家が彼女らをあっさりと捕まえることができたことには理由があった。協力者が情報を吐いたからだ。もっとも、その協力者は既に死亡していて、娘もいたが彼女は別の形で拘束されている。もっとも、母親とは違ってとある教育プログラムを構築するための材料とするために拘束している。

 

「……政道」

「大丈夫。雫が飛び込んでくることはない。そのためにあの少年に付いていてもらったんだからな」

 

 政道は一目見て智久が大切な物のために戦う存在ということを察知し、敢えて殺さないようにと手紙を渡しておいたのだ。

 

「………彼には悪いことをしたと思っている。だが、まだ彼はそれを行うべきではない。こういうことは、我々大人の仕事だ」

「……そうだな」

 

 男と政道はどこか虚しそうに……そして満足そうな複雑な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 IS学園の武道場。その剣道場の中では夜も遅いというのに箒は一人で竹刀を振りつつ、自分に起こったことを整理していた。

 

 ここしばらく一夏の練習に付き合っていて中々剣道場に姿を現さなかったことを周りから非難されると思ったが、空気がそれどころじゃなかったのだ。

 

「みんな怯えているんだよ?」

「……何に、ですか?」

「時雨智久に?」

 

 部長に訳を聞いた箒は、予想外の言葉に驚きを見せる。

 

「まぁ、わからなくもないよ? 普段はニコニコと笑顔を振りまく女の子と一緒にいて無害な反面、うっちーと一緒に試行錯誤して武器開発したり装甲開発したり、休みの日に練習しに来たら先に来ていて体操服で素振りしていることを知らなければ本当に無害だしね? そんなショタっ子が気が付けば大きくなって、圧倒的な力で周りを蹂躙すれば、普通は怖がる?」

「……じゅ、蹂躙って……」

「いや、あれは蹂躙そのものだったよ? しかもあくどい顔をしてたし?」

「………そうですけど。ところで、さっきの「うっちー」って誰ですか?」

「布仏虚。私の敵?」

「いくら癖でもそこで疑問形はおかしいです」

 

 突っ込みながらも箒は内心驚いていた。まさか智久が開いている剣道場で素振りをしているなんて思っていなかったからだ。

 IS学園の部活の設備は他の私立高の比ではない程充実している。剣道場もそうだが、空手部や柔道部にそれぞれ専用の部屋が存在するのもかなりの予算が割り当てられている証明だろう。

 

「………そういえば、部長はあまり時雨のことを悪く言いませんよね?」

「そりゃあね? 彼は真面目だし? 裏方の人間で彼を悪く言うのはうっちーのファンか操縦科か、かいちょーちゃんのファンくらいじゃない?」

「意外に多いですね」

「まぁねぇ? IS操縦者って負けず嫌いとかが多いしねぇ?」

 

 と言いながら睨まれるような錯覚を覚えた箒は慌てて目を逸らした。

 

 

 

 

(………私は)

 

 改めて思い返す。自分は少し、馬鹿だったのではないかと。

 

(……いや、大馬鹿者だな)

 

 箒はふと、千冬に言われたことを思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どういうことですか、姉さんが仕組んだことって」

「……残念ながら裏付けは取れていないが、な。だが現状、どの国もISコアの開発ができない。なのにISでここで襲撃し、現状どこからも返還申し出が来ていない。つまり、使い捨てたわけだ」

「………ですが、それは国に不利益をもたらすと思ったのでは?」

「その線も確かに残っているが、理由などいくらでも作れるさ。結局、アメリカからは謝罪文程度しかないしな。それに、理由は他にもある。紅椿の展開装甲が《雪片弐型》の可変機構を流用していることだ。時雨が途中で邪魔をしたが、おそらくあの時束はそう言おうとしていたはずだ」

「………では、一体何のために―――」

「………さぁな。と、誤魔化したいところだが、実のところある程度の予想はある」

「何ですか?」

「……おそらく、お前と一夏の仲を応援するため、そして私の弟として世界に恥じないように、だろう」

 

 そう指摘された箒は顔を青くする。

 

「そんなこと……あるわけ―――」

「これをすることによるメリットが1つだけある。それは、2人を世界からの脅威から守れるという点だ」

「……せ、世界からの脅威……?」

「そうだ。たぶん一夏から聞いていないだろうが、3年前、一夏は誘拐されている」

「……え?」

 

 信じられなかった。

 自分が誘拐されることに関して理解はできた箒だが、一夏が狙われるイメージはあまりできない。

 

「目的は未だ不明だが、その日はモンド・グロッソの決勝戦。その寸前に私の元に一夏がさらわれたという旨がわかるようなメールが届いた」

「……一夏が以前に言っていたことって」

「そうだ。私は一夏を助けるために試合を捨てた。そのようなことが私の身内ですら起こりうるんだ。正直なところ、時雨が物凄く怯えて専用機を用意するように言ってきたこともあるが、よく理解しているなと思ったよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 箒は素振りを終えて掃除をし、道場を後にする。移動の時もずっと智久のことや束のこと、そしてこれからの自分のことを考えていた。

 

(私は………私のあの考えは…姉さんに読まれていたというのか……)

 

 箒にとって束と言う存在は、邪魔だった。少なくとも最後のISコアを置いて消えた後は彼女にとって地獄でしかなかった。度重なる尋問に両親と引き離されたこと。中学生活は本当に苦しいものだった。

 

(……姉さん、あなたは……一体何を考えているんだ……)

 

 歳を重ねるにつれ、ますます姉の思考が理解できなくなっていくことに、箒はいよいよ恐怖を覚え始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、束は肩で息をしていた。

 度重なる襲撃にいよいよ彼女が開発した研究所型移動要塞が耐えきれなくなってきているのだ。

 

(………一体、どうなってるんだよ……)

 

 ありえない。少なくとも、自分の技術力に周りが追いついたということはないと考えている束は、次々と現れる敵に焦りを覚えていた。

 ビットやミサイルで迎撃し行く。あまりの忙しさに彼女に一瞬の隙が生まれた瞬間、研究所に熱線が貫通し、爆発が起こった。



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ep.50 不必要な機体

 北条カンパニーから出た僕は、ここに来た時に乗った車とは違うタイプの物に乗って移動している。

 

「智久様、気分はどうでしょう?」

「……少し、眠いかな?」

「そうですか。では私の膝を枕にして眠ってはどうでしょう……?」

 

 あの時の拒絶っぽい色はどうしたのやら、北条さんは僕にそう言って自分の膝を叩く。

 

「……うん。ごめん。ちょっとそれはまだ無理」

「恥ずかしがらなくても良いんですよ? 朝はあんなことをしたのに」

「だからそれは誤解なんだって!!」

 

 どうやら僕はあの試合の後、シャワーも浴びずに寝ていたらしい。どうやらそれは彼女も同じだったようで、さらに恐ろしいことに夏なのに2人ともエアコンをつけることをすっかり忘れていたのだ。

 そして僕らは、寝惚けていたということでとんでもないことをしていた。掛布団は床に落ちていて、北条さんは下着姿。僕に至っては全裸だ。目を覚ました時に何かいるなぁと思って隣をいた時は本気で固まった。

 

「いい? 僕は本気で何もしていない。お互いあんな状態だったから信じてもらえないだろうけど、僕は本当にエロいことはしていないから!」

 

 バスタオルを被せてシャワーを浴びたぐらいだろう。予備の着替えを準備していて本当に良かった。それをしていなければ、今頃僕は同じパンツを履いていただろうから。

 

「そこまで全力で否定しなくても……それに、私は別に良いんですよ? どうせ智久様がカンパニーに入社すれば私がマネージャーになりますので。当然、すべての世話は私がします。当然、その、性欲の処理も―――」

「心から学業に専念してください。お願いします」

「……ここまで拒絶されると、流石の私も傷つきますよ?」

 

 まだ嫌われた方がマシだ。

 確かに北条さんはとても可愛い。でも、やっぱり幸那の友人に手を出すのはかなり気が引ける。それに―――

 

「マネージャーって言ってもどうせIS学園に入れないし……」

「大丈夫です。IS学園には裏口入学で入りますから」

「せめて普通に受験して!」

 

 車の中だからいいけど、堂々と裏口入学を宣言するのは本気で止めてほしい。

 

「後、首輪もお願いだから止めてください。特殊なプレイと勘違いされます」

「……以前から思っていたのですが、智久様はかなり性遊戯の幅が広くありませんか? もしかして、幸那に変態的なことを仕込もうとか考えていたとか……」

「うん。それはない」

 

 ただ、中学の頃に男友達の話に付いていけなかったから本を借りて学んだだけだ。……まさかそれが18歳未満閲覧禁止の本だとは思わなかったけどね。

 車のスピードは徐々に遅くなり、車が完全に停止したことを確認して百合の花束を持って車から降りた。

 

「じゃあ、行ってくる」

 

 そう言って僕は車から離れて、かつての家の敷地内に入った。

 四十九日ができるかどうかわからないから、墓をすぐに作ってもらっていた。ちょうど、桜の木が近くにあったので僕はそこに墓を設置してもらい、中にみんなの骨を入れてもらった。

 桜の木には千羽鶴が大量に吊られていて、子どもたちの手紙なども同様にくくられている。僕は近くに百合を植えて、それを終わってから報告した。

 

「……たぶん、そろそろそっちに行ったと思うけど、ようやくみんなの仇を討つことができたよ。まぁ、僕が討ったわけじゃないけどね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……すまなかったね」

「……はい?」

 

 家を出る前、僕は政道さんに呼ばれた僕はテラスで少し豪華な食事を摂っていたところ、そんなことを言われた。

 

「……君自身の手で制裁を下せなかったこと、怒っているのではないのかい?」

「……ああ、そのことですか。ですが、どっちみち僕にはあの人たちを殺すことはできませんでしたよ。慣れていないというより、未来を考えていたんです」

「……未来?」

「……僕は、将来あの家を継ぐつもりでした。IS学園に入学したのも、その資金を貯めるため。どうせ国なんか頼りになりませんからね。ですが、本当に望み通りになった時、僕は胸を張ってみんなの親になれるかと考えてしまったんです」

「……なるほど、な。だけど、それは人として当たり前のことだと思う」

 

 僕は思わず持っていたナイフとフォークを落としそうになる。

 

「……ああ、勘違いしないでほしい。確かに私は既に100以上の人を殺してきている人間だが、だからと言って人の心までも殺した覚えはない。だが、時が経つほど人はいずれ過去を捨て、思い出に変換する。いつまでも過去にすがったところでしかし意味がない。それを教えてくれたのは、僕は子どもたちだ」

「……雫さん、ですか?」

「そしてあと2人、既に大学生の子どもが2人いるがね。ちなみに22歳と20歳だ」

 

 ……だとしたら、彼女を産んだのはいつだという話だ。

 

「妻が既に死んでいることは既に聞いているかね?」

「……初めて知りました」

「今から5年前、部下の1人に裏切られてあわやというところで庇ってくれてね。当初は悲しかったが、僕にはまだ自立していない子どもたちがいた。親としては子どもを守る義務と責任があるし、ここで後を追ったところで怒られるって思ってしまったんだ。ああ、君と違って死者の幻を聞くことも見ることもできないし、対話することもできないから、結局は想像でしかないけどね」

「……」

 

 そう。それは間違っていない。

 でも僕があの時感じたのは、どうしても想像や幻の類ではないのは確かだ。

 

「君のように、轟家に生まれた人間は霊と対話することもできるけど、でもそれは何かが変わる兆しとして見せることが多い。君の場合は、心のセーブを解放して闇鋼を作り出したことだろうけどね」

「……兆し、ですか」

 

 考えてみれば、ある意味僕の変化かもしれない。

 VTシステムだったルキアと出会ったこと、それによって僕は他者を受け入れるように、必要もない人間すら救ってしまった。守るつもりはなかった結果、僕は―――

 

「……力を持つと、余計な存在すら救うので本当にままならないですね」

「それについては否定するつもりはないが……」

 

 過去のことを思い出してそう言うと、何とも言えない顔で僕を見てくる。

 

「……でも詳しいですね」

「おそらく寝首を掻くために集めた情報が、何故か家にあってね」

「笑えませんね」

「安心してくれ。我々はそのつもりはない。それに、その必要もないしな」

 

 ……まぁ、滅んじゃったしね。さらに言えば、僕が必要と思ったものは回収しちゃったし、そして壊れたので後はすべて破壊するぐらいしか再生の方法はないと思った方が良いかもしれない。

 

「……じゃあ、娘さんを僕の傍に置く必要はないですよね?」

「それとこれとは話が別。ああ、それとのその話だが、君は学園に好きな女の子はいるのかな?」

「……いいえ。いませんよ」

 

 考えてみればそんな目で見たことはなかったな。というか、みんなを養うためって考えがあったからそんな興味がなかったっていうのが正しいかもしれない。

 

「せっかく国から多妻許可が出たんだ。遊んでみてはどうかな?」

「……え?」

 

 たさい? それって一体―――

 

「聞いていないのかい? 君は国に貢献したという理由から複数の女性と結婚する許可が出されている」

「……あの、ちょ、それってどういう―――」

「正式に国から認められた、ということになる……ということは―――」

「ないですよね?」

 

 言葉を無理やり奪うと、政道社長は笑った。

 

「……そうだ。だが、君の実力も上がってきている。それは確か―――」

「……僕は、誰とも結婚しない方がいいがいい、そうじゃないですか?」

「……何故、そう思う?」

「日本政府の狙いは、僕が子どもをたくさん残すことです。それも日本人限定で。もし僕が日本人女性10人と結婚し、それぞれ3人ずつ子供を産ませれば、単純に30人ものIS操縦者が現れます。もしかしたら数人は動かせないかもしれませんが、だとしても比率的には2/3は見込んでいる」

「……確かに、噂に違わぬ警戒っぷりだ―――が」

 

 ―――パンッ

 

 軽く僕の頭を叩かれた。

 

「全く。君は子どものくせに余計なことを考えすぎだ。そこまで気負ったところで何も変わらない」

「……ですけど」

「何、心配するな。あの人の意思を受け継ごうとしているのは君だけじゃないということだ」

 

 ため息を吐いた政道さんは、場所によっては絶対にモテるだろうと思えるほどのスマイルを見せて言った。

 

「期間は1週間。その間に遊ぶのも良いが、こちらに帰ってきてもらいたい」

「……僕がここに所属することは決定事項、ですか?」

「そうだな。まぁ、白式を手放す勇気があれば考えなくは―――」

 

 ―――ゴトッ

 

 僕は手首のガントレットをテーブルに置いた。

 

「では、お返しします」

「……えっと……」

「僕には闇鋼があれば十分です。それに万が一解析などして使えなくなったというオチを僕は望んでいませんし、というより、展開しているだけでエネルギーが減るクソ兵器なんて不要ですよ。まだ闇鋼の方がエネルギー効率は上ですから」

 

 それに、闇鋼の場合は武器を仕込んでいるからエネルギーの消費は抑えられるし、戦闘パターンは多彩だ。

 

「それに何より、織斑一夏のおさがりなんて嫌だ」

 

 そう答えた僕は席を立って、軽くお辞儀をしてその場を去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 報告と共に墓を綺麗にした後、車はしばらくしてIS学園に着いた。

 車から降りた僕はお礼を言って校舎の方に歩いていく。まずは更識先輩に挨拶をして、いや、十蔵さんに挨拶する方が先か。

 なんて考えていると、織斑先生とバッタリ会った。

 

「ゲッ……」

「会ってすぐに嫌な顔をするな。私だって傷つくのだが……」

「いや、半殺しにした相手が生きていて、平然と歩いているというのは、した側としてはかなり複雑なんですけど……」

 

 というか、殺すつもりで刺したはずなのに何で生きてるんだろ……。それに―――

 

「ところで時雨、最近織斑の姿を見かけたか?」

「……はい?」

 

 予想外のことを聞かれた僕は思わず変な声を出してしまった。

 

「織斑だ。最近姿を見かけなくてな」

「……何かあったんですか?」

「少し意見の食い違いが起きてしまって、それ以来見ていない」

 

 ……物凄く嫌な予感がするんだけど。

 わざと、盛大にため息を吐く。もしこれで僕にとって不利益なことにしかならなかったら本気で潰してしまうかもしれない。

 

「あー、たぶん気が向かんだろうが、もし会ったらたまには顔を出すように言ってくれないか? 頼めるような間柄ではないのは承知しているが」

「……ま、それくらいなら別に良いですよ」

 

 関わること自体が悪かったらもうどうしようもないけど。

 それにしても珍しいことがあるもんだ。基本的に姉にべったりな織斑君と織斑先生の意見が食い違うとは。このまま何も起こらなければいいんだけど。

 

「では、僕はこれで―――」

「ああ、その前に―――白式はどうした?」

 

 め、目ざとい……。

 というかこの人は待機状態が変わったとかは考えないのだろうか。

 

「今の開発場所に置いてきました。理由はどうあれ、今の僕には不必要なものなので」

「……私と同じ武器を積んでいるからか」

「というより、燃費が悪いクソ機体に乗せられるほど僕の実力は高くありませんし、白い機体ってあまり好きじゃないんですよね」

 

 ただし主人公機は別である。

 

「……まぁいいがな。時雨なら問題は起こさないだろうし」

「もちろんですよ。どこかの誰かさんと違って鈍感クソ野郎ではありませんし、ラッキースケべを起こす奴らはただの馬鹿です」

「……」

 

 何か言いたげな顔をしている織斑先生。何? 文句なら受け付けな―――

 

「―――しぐしぐー!!」

 

 ……あれ? 本音さん?

 勢いよくこっちに走ってくる本音さん。少し涙目に見えるのはおそらく気のせいだろう。

 跳んできたのでなんとか受け止めると良い匂いがした。

 

「おかえり、しぐしぐ」

「ただいま、本音さん。……ところで、さっきから笑顔なのに殺気を放っているのは何で?」

「別に怒ってないよ? 勝手にどこか行ったことに、全く怒ってないからね?」

 

 ……どう聞いても怒ってるよね?

 さっきから凄く黒いオーラを放っているんですが、気のせいですかね?

 

「落ち着いてくれないかな? そ、そりゃあ少数にしか伝えていないけど、だからってそこまで怒らなくても……」

「何も怒ってないって言ってるでしょ?」

「あ、はい……」

 

 これ以上、何か言ったら姿変わって大剣で消し炭にされそうな気がした僕は言い訳を止めた。

 

「……クソはともかく、鈍感に関しては時雨は人の事を言えないと思うぞ」

「そ、それは無いですよ! 僕は鈍感じゃありません!」

「しぐしぐ」

 

 本音さんに冷たい視線を向けられた僕は、明日の朝10時に8月にできたばかりの「ウォーターワールド」という、どこかで聞いたことがありそうなプールに行くことを約束させられた。




ここから展開が180度変わります。

シリアスばかりだと、みなさん楽しめませんしね。そして私のモチベーションも下がりますしね。


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ep.51 ドキドキ! プールデート!

 翌日。僕は何故かウォーターワールドの入り口前で待っていた。本当は一緒に来たかったけど、少し準備する必要があるからって10時ぐらいに集合だという話だ。

 

「……それにしても」

 

 カップルが多いな。

 いや、男女で構成されている組が多くなっている。これもあの演説と女尊男卑の崩壊のおかげか。こうして平和な日常が戻ったっていうなら、それはそれで悪くない。…………という気持ちは実は1割ぐらいしかないけどね。

 

(………ともかく、今日は気持ちを切り替えて遊ぶか)

 

 IS学園に入学してからというもの、全然遊んでいない。息を抜いたとしても誰からも非難されないだろう。

 

「しぐしぐ~」

 

 聞き覚えがある声がした方向を見ると、そこには女子高生がいた。…いや、元々女子高生なんだけど、普段の幼い言動とかでそう言ったことを忘れていた。………だからこそ、もしかしたら僕は平静を保っていたのかもしれない。

 

「ごめんね。待った?」

「全然。僕も今来たところだから」

 

 ……実のところ、僕がIS学園を出たのは3時間前だ。

 ここから電車を乗り継いで行けば1時間もかからずに着くことができるけど、僕は敢えて徒歩で移動した。

 僕だって何もただ帰ってからのんびりしていたわけじゃない。本音さんに無理やり約束させられた後すぐに荷物を置いて特訓しているくらいだ。

 ともかく、今は何かしていないと逆に疲れる。……たまには休まないといけないって思うけど、昼寝すらできないしね。

 

「じゃあ、行こうか」

「うん」

 

 それにしても、ワンピースっていうのはまた珍しいな。しかも少し胸が目立つ……だから、行くのはプールじゃなくて服屋だ。

 

「しぐしぐ、プールは目の前―――」

「今はそんなことよりも夏用カーディガン!」

 

 さっきから視線が向けられていることに気付いてほしい。それが本音だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 服を着替えて、水着姿になった僕は本音さんに引っ張られる形で流れるプールをグルグル回ってた。

 

「ねぇ本音さん、そろそろ僕はあっちのプールに行きたいな」

「……しぐしぐ?」

「すみません」

 

 どうしよう。本音さんに勝てる気がしない。というか笑顔が怖い。

 というか、どうして25mのプールに行かせてくれないんだろう。僕はただ遠泳をするために行こうとしているのに。

 

「しぐしぐ、今回のこのお出かけの趣旨をわかってないでしょ」

「流石にそれくらいはわかってるよ」

「……じゃあ、言ってみて」

「トレーニング。最近まともなのをしてな―――」

 

 手刀が飛んできたので、僕はそれを受け止めた。

 

「しぐしぐ、今日はここに遊びに来ているんだよ」

「……いや、でもね」

「…だって最近、ずっとしぐしぐは戦い続けているから。それにあんなことがあったし、たまには息抜きしないとダメだよ」

 

 そう言われた僕は一瞬言葉を失った。けど、すぐに正気に戻って本音さんの頭を撫でる。服の効果で少し大人っぽく見えたけど、やっぱり本音さんは本音さんだ。

 でもワンピースは少し早いよね。いつもは7月でも比較的大き目なパジャマとか着ていたから寒がりな体質なのかと思ったけど、臨海学校の時みたいにキグルミに近いパジャマじゃなかったし。

 

「そうだね。じゃあ、今日は一杯遊ぼうか」

「うん!」

 

 思わず抱きしめそうになったので、理性でなんとかセーブする。

 そもそも声からして可愛すぎるし、本人はその気はないだろうが背が低いのに出ているところは出ているから地味に周りからの注目浴びてるし。それに以前オルコットさんが来ていたパレオビキニだし。ダメだ。少し混乱してきた。

 

「……なあ、あの男殺していい?」

「モテる男、死すべし」

「更衣室で殺るか」

 

 ワー、男からの嫉妬による殺意って新鮮ダナー。このところ、女からの殺意とかならあったけど、女尊男卑が無くなっている今の情勢だと、こういうことで殺されるのかな。

 なんて考えていると、感じたことがある気配を感じて僕は辺りを見回した。

 

「しぐしぐ?」

「………あ、ううん。なんでもない」

 

 まさか、あの2人が帰ってきた、なんてことはないはずだ。機体を壊したことと無断出撃でこってり絞られているか絞っているのどっちかだから。

 

「ねぇ、しぐしぐ。あれ行こう?」

「あれって……」

 

 本音さんが指を向けた先には、ウォータースライダーがあった。そう言えば、入り口に「世界最長、IS技術を応用したハイスピードスライダー」って触れ込みで書かれていたっけ? 今いるのは流れるプールだけど、時折カップルや女同士がトンネルの中でも滑っている音が聞こえた。

 ちなみに世界最長のウォータースライダーは500mあるようで、なんとジェットコースターのように1回転するようなものが存在している。いくらIS技術があるからって無茶だろうというのが本音だ。

 

(………ま、でもなんとかなるか)

 

 いざという時はISを使えば事故も回避できるし、その事故も起こっているわけじゃないから、安全と言えば安全だろう。

 

「じゃあ、一周してから行こうか」

「うん」

 

 少し楽しそうにする本音さん。僕は理性で欲望を抑え続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2人は一周し終えると、プールから上がってウォータースライダーの方へと移動を始めた。

 列は長いが距離も長いこともあり、ある程度行ったところでスタートさせているのであまり待つこともない。

 

(……なるほど。専用の浮き輪を使っているからどれだけ重くても速度は変わらないし、7個くらいなら上昇スピードが速い輸送手段を使えば回せる。良いアイディアだ)

 

 そんなことを智久は思いながら物体を観察している。だが本音は気が気ではなかった。

 さっき上がる時に、智久が先に出たと思ったら手を差し出し、今も手を繋いでいる。智久にはその気はなかったとしても、本音にとっては好きな人と手を繋いでいるのである。

 悶々とした状態で移動していると、係員に声をかけられた。

 

「お客様方、浮き輪はどちらを選ばれますか?」

「ふぇ?!」

 

 別のことを考えていたということもあり、変な声を出す本音。智久はそれに驚いたが、すぐに応対する。

 

「じゃあ、密着している方で」

「わかりました。お幸せに!」

 

 その言葉に本音は慌てるが、智久は構わず本音の手を引いてゲート前に浮き輪を乗せて座り、本音を座らせた。その時点で本音は逃げ出しそうになったが、言い出したのは自分のため大人しく座った。

 

「じゃあ、発進しまーす」

 

 陽気な係員の声と共にゲートが開くと、浮き輪は自動で滑り始めた。

 一定のスピードで進む浮き輪。そのスピードは意外にも早かったのか、智久は次第に本音を強く抱きしめ始める。

 

 ―――むにゅ

 

 すると、智久は本音のお腹に触れたことで顔を赤くした。そのことに気付かない本音は本音でさらに顔を赤くする。しばらくして滑り終わったが、智久はトイレに行くことを伝えてすぐにその場から去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まさか、生まれて初めて便器内に鼻血を限定的に出す行為をすることになるとは思わなったな。……っていうか、女の子の肌が気持ち良すぎて僕の理性が保っていられなくなってきてる。

 

(……こんな気持ち、本音さんだから抱くんだよね)

 

 もしこれが不特定多数の女の子に抱くとしたら、僕は色々と終わってしまう。

 なんて思いながら外に出ると、やっぱり感じたことがある気配がある。………って、何であの2人がいるの?

 

(もう帰って来たのか。本当によく帰ってこれたね)

 

 たぶん、会ったら罵倒しつくすかもしれない。ま、それはそれでいっか。それほどまでのことをしたんだし。全く、大した実力もないくせに色恋沙汰に現を抜かさないでもらいたいよ。………それは僕もだけどさ。

 

(そーだ。そろそろ喉も乾いた頃だし、ドリンクでも買っていこう)

 

 防水性の財布をチャックで密封されているポケットから取り出して移動する。後ろからどういう意図があるのか知らないけど2人が尾行してきた。今は気にせずそのまま行動しておく。手ごろな男でも捕まえて後ろの2人を押し付けよう。どうせなら豚小屋に裸で閉じ込めたいけど、人間相手なんだから多少はマシだと思ってほしい。

 ドリンクを買って待ち合わせ場所に戻ると、本音さんと見覚えがある女たちが男たちに絡まれていた。……女が4人いるから、数合わせで4人グループの男が移動したんだろう。

 

(………ちょうどいいや)

 

 僕は気配を殺して近付き、声をかける。

 

「すみません、ちょっと良いですか?」

「あ? 何だお前」

「俺たちは今取り込み中だ。話なら後で―――」

「実は、あそこの植木の所に女の子が隠れているんです。あなたたちのファンだ、とか言っていましたよ」

「「「「何ぃッ!?」」」」

 

 今まで女尊男卑だったこともあって、やっぱり性的にも抑圧されていたんだろう。凄い食いつきだ。

 

「さっき目撃したんですけど、美人の金髪の西洋人と可愛い中国系の女の子でした。是非ともお近づきになりたいって言ってたので、皆さんから声をかけてあげてください」

「わかった。ありがとな」

「よっしゃー! 行くぜ!」

 

 計画通りに事が運んだ。後はあの2人を処分できれば願ったり叶ったりだ。

 

「ごめんね、本音さん。これ、お詫びのオレンジジュース」

「ありがとー。ところで、さっき言ってた女の子って―――」

「もちろん、ゴミ金髪とアホ貧乳だよ」

 

 そう言うと、何故かみんな顔を引き攣らせる。さて、僕は高みの見物をするか。

 

『ちょっと、何よアンタたち!?』

『わたくしたちはあなた方に用はありませんわよ!?』

『そう照れんなって。俺たちと遊びに行こうぜ』

『ちょうど良いところ知ってるんだ』

 

「ところで、君たちは一体何の用?」

「たまたま遊びに来ただけよ。本当だったら本音も来る予定だったけど、急に断ったと思ったら来てたから話してただけ」

「へー」

 

 使い者にならないどころか足手纏い風情のくせして、随分と余裕だね。それとも、操縦科を諦めたのかな?

 でもバッタリ会ったってだけみたいだし、別にいいかな。

 すると向こうでのやり取りは終わったのか、殺気を放ちながら2人がこっちに来た。

 

「一体どういうつもりですの!?」

「そうよ! あんな知らない男をけしかけてさ!」

「別に? 僕はただ、君たち雑魚共の下手くそな尾行がウザかったのと、本音さんに迫っていたことが気に入らなかったから同士討ちしてもらいたかっただけだよ?」

「………時雨君の性格が変わってる?」

 

 まぁ、あれだけのイベントが続けば誰だって性格ぐらい歪むよ。

 

「し、信じられない! そんなことで普通けしかける!?」

「………自業自得なのにまともな判断を下せず命令違反をした人たちが言っても説得力ないよね?」

 

 そう言うと2人は言葉を詰まらせる。言い返してくると思ったけどそうしなかったのはどういうことだろうか?

 

「何のために僕を尾行していたのか知らないけどさ、そんなことをしている暇があるなら少しでも操縦技術を高めたら? 今の君たちは精々壁役にしかならないよ」

「何ですって!?」

「事実じゃないか。あっさりと僕に敗北したくせに。それとも何? 「あの時は本気じゃなかったからもう一度勝負しろ」とでも言うつもり? 別にいいけど、今度こそ僕は君たちを潰すよ。二度と動けない方が織斑君の同情も引けるんじゃない?」

 

 どうせ、ろくな手段を持っていないんだし。だからこそ勝手に暴走したり平然とISを展開して攻撃したりできるんだし。

 

「アンタ、何を言って―――」

「それにしても、君たちの国そのものにも期待外れだったね。軽く数年は幽閉して2、3人くらい産ませてから戻すと思ったけど見た感じそれもしていないし、本当に期待外れだよ。本当に」

 

 何か反論しようとするけど、すぐに口を閉ざすオルコットさん。本音さんと合流した3人も少し引く。

 

「しぐしぐ、行こ?」

「そうだね。こんなゴミ共といたところで無駄に時間が過ぎるだけだし」

 

 本音の手を引かれるがまま、僕らはその場から離れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そろそろ昼時だということもあって、智久と本音はフードコートで少し早めに食事をしている。その最中、本音は内心ため息を吐いた。言うまでもなく智久の事だ。

 さっきまで普通だったが、2人が現れてからというものかなり不機嫌だ。本当なら楽しいデートになるはずなのに、余計なことをしてくれた2人がどうしても許せない。

 

(もう、余計なことをしないでよ……)

 

 せっかくいい気分だったのに、ナンパといいあの2人に台無しにされたことといい、本音の気分も悪くなる。

 食べながら談笑も楽しみだったのにと心の中で不満を漏らしていると、智久がある部分に釘付けになっていた。視線を追うと、近くの柱には大きなポスターにこう書かれていた。

 

『本日午後1時から水上ペアタッグ障害物レースを行います。参加希望者は12時までにフロントにお越しください。優勝賞品はなんと沖縄5泊6日の旅をペアでご招待!』

 

 それを見た本音はすぐに時計を確認する。今の時間は11時半すぎ。今から行っても間に合うはずだと思った彼女はすぐに食事を入れて智久の腕を掴んだ。

 

「え? どうしたの!?」

「行こう! 沖縄に!」

「……は?」

 

 わけがわからないという風な反応する智久に構わず、本音は力技で智久を引っ張った。



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ep.52 盛る心情-憎悪と欲望-

書く時間が欲しい。でもFGOが面白い。

というか書ける時間が圧倒的に少ない。


 凰鈴音、そしてセシリア・オルコットは本来ならこんなにも早く帰れることはなかった。しかし、とある事情から早期の帰国を専用機を所持した状態で認められたのである。

 その事情とは、福音の討伐を参加し、アメリカ並びにイスラエルが開発した新型軍用ISの戦闘データを持ち帰ったこと、そして新たに確認された機体「闇鋼」の操縦者である時雨智久と接する機会が比較的多いためである。

 今、智久が北条カンパニーからの誘いを断ったことにより闇鋼の所属は紅椿同様無いものとされている。さらに紅椿は福音での生徒殺人未遂問題について、特にアメリカは立場を失い始めていた。中国やイギリス、そしてフランスはあの発表より打撃を受けたことは確かだが、専用機を没収とまではせず、その他の面で厳しい処分を下したこと、並びに織斑一夏との接触を9割方しないことを言い渡された。つまり、国から「諦めろ」と言われているのだ。そこまでして、国は二次移行したISを欲しているのだ。その他にもイギリスの場合、セシリア以上のBT適性を持っている操縦者がいないということもあるが。

 

(………だからって、このまま引き下がるわけにもいかないわよね)

 

 どうにかして闇鋼の戦闘データを得ようと考える鈴音。それで黙らせて一夏にも行動しようと考えていた。となれば、今はどうにかして近付くしかないと思考を巡らし、作戦を立てる。すると、彼女らの前に本音と智久が横切り、受付の方へと足を運んでいた。

 

(……もしかして、これはチャンスなんじゃ……)

 

 そう思った鈴音はセシリアを無理やり巻き込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さあ! 第1回ウォーターワールド水上ペアタッグ障害物レース、開催です!』

 

 司会者が叫ぶと同時にジャンプをすると、放漫な胸が大きく揺れた。そのせいか観客席からは主に男性の歓声が起こったが、1人に視線が行って全員が沈黙する。それもそうだろう。参加者のほとんどが女性だというのに、1人だけ男が混じっているのだから。他の男性も参加しようとしたが、全員が無言の笑みに気圧されてしまった。その中で智久は裏に呼ばれてプレッシャーで襲ったが、全然屈しなかったこともあり仕方なく会場側がサクラを紛らわせることにしたのである。

 ちなみにこの大会の主催者でオーナーでも向島光一郎氏は直々に追い返そうとしたが、今は怯えていた。

 

『皆さん! 参加者に今一度大きな拍手を!』

 

 司会者の声にブーイングが巻き起こる。中には「男はひっこめ!」という声もあるが唯一の男である智久は司会者を見て、少ししてから参加者の方へと視線を移す。その隣で内心本音は泣きそうになっているが、智久はそのことに全然気づいていなかった。

 

『優勝賞品は南の南国・沖縄5泊6日の旅! みなさん、頑張ってください!』

 

 智久はまた司会者に視線を戻した。

 

『では! 再度ルールの説明です! この50×50メートルの巨大プール! その中央の島へと渡り、フラッグを取ったペアが優勝です! なお、コースはご覧の通り円を描くようにして中央の島へと続いています。その途中途中に設置された障害は、基本的にペアでなければ抜けられないようになっています。ペアの協力が必須な以上、2人の相性と優勝が試されるということですね!』

(………どこが)

 

 呆れながらも智久は内心宙吊りになっている島を観察すると、周りにバリアが張られているのが見えた。

 

「しぐしぐ」

「ん? どうしたの?」

「今、「あの程度なら余裕で壊せる」って思ったでしょ」

 

 そう指摘されたこともあって冷や汗を流し始める智久。

 

「な、何言ってるの? そんなわけないじゃん」

「IS使っちゃダメだよ?」

「使わないよ! あそこのデコボコ粗大ゴミコンビならともかく!」

「お待ちなさいな! わたくしを粗大ゴミだなんてふざけるのも大概にしてくださいまし!」

「そうよ! いくら何でも酷いわよ!」

 

 その言葉に智久と本音は無表情になって2人にプレッシャーを与えた。その間にいる参加者は震え始めるものもいたが、気を取り直して構える。

 

『さあ! いよいよレース開始です! 位置について、よーい……』

 

 スターターが競技用ピストルの音を鳴らす。同時に本音は智久の肩に乗って避難した。

 

 ―――ガッ‼

 

 智久に迫った拳を自身で受け止め、そのまま本音側から仕掛けてきた女の足を払って倒すと同時に水着を掴んだ。

 

『おおっと! ここで唯一男の参加者を沈めにかかった! と思ったら大胆にも水着を掴む! エロいぞ! あの男はケダモノか⁉』

「え? 何で僕、こんな色気のない家畜を掴んだだけでケダモノ扱いされてる―――の!?」

 

 そう言いながらも器用に片手で水着を掴んで2人を動けなくし、本音が丸くなったので予め着せていたパーカー部分を持って思いっきり投げた。

 

「司会者さん、訂正してください。この2人に人として価値はありません」

「ちょっと! それってどういうことよ!?」

『いや、まさか初回でそうやって意見されると思いませんでしたよ!?』

 

 そんなやり取りをしている間に本音は着地した。

 

「の、布仏さん!? このやり方はあんまりではなくて! わたくしを足蹴にするなんて許しませんわ!」

 

 セシリアが怒りを露わにするが、本音に襲うよりも前に後ろからの攻撃でプールに叩き込まれた。

 

「ちょっ、バカ! 何やって―――ってぇええええええ!?」

 

 慌ててしゃがむ鈴音。それもそのはず、高速回転した女性が鈴音めがけて飛んできたからである。

 

「チッ。外れたか」

「ちょっと時雨! いくら何でもこれはやり過ぎよ!」

「凰さん。胸がないんだから少しくらい賢くてもいいんじゃない?」

「殺すわ」

 

 殺気を全開にする鈴音。だが司会者に注意されて渋々引き下がる。

 

「覚えてなさい! アンタは絶対にアタシが倒す!」

「倒す? 君が僕を? 下らない冗談はそこまでにしてよ」

「はい?」

「だから―――蛆虫風情が何で対等気取ってるの?」

 

 すると智久はスタート地点にまで片手で鈴音を吹き飛ばし、ギリギリ着地したのを見るとすぐに本音を追う。

 

『な、なんて跳躍でしょうか!? 唯一男の参加者は島を3つも超えてジャンプしました!?』

 

 会場が一気にお通夜状態になる。なにせ智久は50m前後の距離を軽く飛び越えたのだから仕方ないだろう。

 

『今大会は4人もの高校生が参加し、その内の1人ではありますが何か特別な訓練を積んだのでしょうか!?』

(これくらい、できて当然でしょ)

 

 視界に対して呆れる表情を見せる。

 これまで智久の上には1年生だけでも100人以上の上の存在がいた。そのため、「自分はそれほど強くない」という認識が強くなり、その思考はなくなっていない。そのため長距離跳躍を「程度」と思っているが、実のところそんなことができる人間は智久の他に1人を除いてもうこの世に存在していない。

 一気に最後の島に到達した智久。そして素早く本音を回収して1つ前の島の方に戻る。

 

「しぐしぐ、ごめん。行けなかった」

「………いいよ別に。それよりも先にすることができたから」

 

 そう言って智久は本音を阻んでいた2人の女性に笑みを向けた。

 

「くっ、この男……」

「見た目とは違ってただのモヤシじゃないようね」

 

 そう判断する2人の女性は去年のオリンピックで金メダルと銀メダルを獲得している実力者だ。ちなみに木崎がレスリングで金を、岸本が柔道で銀メダルを取っている。

 そのことを知らない智久は本音を抱えながら戦力を図っていると、後ろから追い上げてきた鈴音とセシリアが合流した。

 

「追いつきましたわよ、時雨さん」

「覚悟しなさい」

 

 明らかに普通の女性とは体型が違う2人と、代表候補生の2人に囲まれた智久と本音。瞬間、智久は本音をバスケットボールをシュートするようなフォームで撃った。

 鮮やかなフォーム。綺麗なそのフォームで本音を1人でゴールの島に届けたのだ。

 

『す、凄い! というか1人の女性があそこまで長時間浮くことができるのだろうか!?』

 

 本音が10秒くらい宙にいることもあって司会者がそう叫ぶ。

 

「僕も身長が伸びてやれることが出来たってだけだよ」

「くっ、私が行く!」

 

 木崎が叫び、岸本はすぐに構えて上に飛ぼうとするが、タイミングを見計らって木崎を片手でプールに投げ飛ばした。

 

「き、きーちゃ―――」

 

 木崎に気を取られたからか、岸本も智久に吹き飛ばされる。ちなみにプールではなく、壁にだ。

 

「セシリア! 今すぐアタシを―――」

 

 ―――ドンッ!! ダンッッ!!

 

 観客席を超えて壁に叩きつけられた。

 

「し、時雨さん、いくら何でもやり過ぎじゃ―――」

「やだなぁ、オルコットさん。僕は押しただけだよ。ただ周りが貧弱すぎて吹き飛んだだけさ」

「で、ですが、これはあまりにも異常―――」

 

 まるで背中を撫でられる感覚に襲われるセシリアは、智久の口から紡がれる言葉を聞いていた。

 

「にしても面白いよね。僕が軽く押しただけでこんなに吹き飛ぶなんて。この程度の人間が今まで実権握ってるんだから、本気出したら全滅も軽く終わらせ―――」

 

 ―――ドゴンッ!!

 

 上から降ってきた本音に思いっきり殴られて智久はバランスを崩す。

 

「痛いよ本音さん! いくら何でも鈍器は酷いよ!」

「しぐしぐが馬鹿なことを言い始めたからだもん。私には暴走したしぐしぐを止める義務があるからねぇ」

「だからって思いっきり殴らないで! 結構痛いんだから!」

 

 涙を流しながら叫ぶように訴える智久を軽くあしらうようにした本音はセシリアを連れて少し距離を取って言った。

 

「私もあなたたちが戻ってくることに対して喜んでいるわけじゃない。もし以前のように勝手な行動を繰り返すなら、わかってるよね?」

 

 冷たいものを急に当てられたセシリアは、それがどういうものか理解した瞬間に冷汗を流した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「疲れた~」

「私も~」

 

 ぐったりとしてウォーターワールドから少し離れた喫茶店で僕と本音さんは机に突っ伏す。

 

「そりゃそうでしょ。あんなことばっかりやったんだから」

「………何で君たちがここにいるの?」

「ごめんしぐしぐー、撒けなかったよー」

「それじゃあ仕方ないね」

 

 僕は本音さんの頭を撫でてあげる。すると本音さんは笑みを見せてくれたので僕は癒されることにした。

 

「っていうか、大体やり過ぎなのよ! っていうか何なのよあの力は!?」

「ふぁー。眠いや」

「聞きなさいよ!」

 

 だって話す義理ないし。というか、

 

「何で平然と話せるのか疑問が尽きないね。それとも君たちの国の諜報能力ってその程度なの?」

「………喧嘩売ってるの?」

「純粋な疑問だよ。ま、国も君たちに気で遣ったのかね。役立たずな上に盾にすら使えないかもしれない愚図を送ってくるなんて脳が腐ってると思っちゃうね」

「………ホント、言いたい放題言ってくれるわね」

「事実じゃん。それとも自分はもっと戦えるとか自分に酔ってるのかな? だとしたら止めてほしいな。目障りだから」

 

 はっきりと言うとどちらも言葉を失い始めてるけど、僕は残念ながら小さい人間なんだよね。

 

「それにしても、一体どうやって戻ってきたの? 僕は本気で数年はIS学園に帰ってこない、もしくは永遠かと思ったらそうでもないし」

「………時雨さんはどうしてわたくしたちが戻ってこないと思っていましたの」

 

 ……え? それ聞く?

 

「君たちの行いを考えたらわかるでしょ。たぶん割とマジで強制的に結婚から妊娠は行ってたと思う。「セシリア・オルコットは思考は屑だったけど、数少ない適性Aだから遺伝子だけは残しておいた方が良い」なんて上からは思われているし、何よりも君たちとシャルロット・デュノアはそうなってほしかったという願望はあったかな。ま、オルコットさんの遺伝子だと下手に実力付けさせたら相手を見下して素人を潰しているだろうから、本当に残す価値があるかどうかと聞かれたら「生かすにしても心を殺した方が良いと思います」と堂々と宣言できるね」

「………アンタ、そんなことしてたの」

「そ、それはその……色々とありまして―――」

「それに比べて本音さんは最初から僕にも普通に接してくれていたし、まさに女としてのレベルも含めて雲泥の差だよね~。片や未だに男1人落とすことができない自称エリートのチョロイ女。片や男に対しても普通に接することができて、いつも他人を癒せる固有スキル持ち。雲泥どころか太陽とゴミじゃなかろうか」

 

 自分でもかなり恥ずかしいほど褒め称えているけど、向こうからは反応がない……っていうか、寝てた。

 

「……じゃあ僕、帰るね。彼女を連れて帰らないといけないし」

 

 そう言って僕は本音さんを抱き上げて席を立つ。後ろの2人も元から疲れている上に僕に叫んだりしているから特に反論はない。……まぁ、凰さんは壁に当たる時にギリギリIS使って耐えていたみたいだからそれなりには余裕あったみたいだけど。

 

 誰もいない道。たまたまその道自体が人通りが少ないのか人っ子一人通らない。その道を歩きながら本音さんの寝顔を堪能していた。

 

(………本当に、可愛いな)

 

 時間がある時に沖縄に行くことを約束したけど、一体いつにしようか………でも、そうなると何日も2人だけなんだよね。……もしそうなったら、本当にどうなるんだろ。

 僕だって男だ。本音さんがどれだけ魅力的か十分理解している。………幸い、虚さんや更識さんも可愛い部類にいたから、そこまで意識することはなかったけど。というかたぶん、これまで背が低かったからこんな感情は抱いていない可能性が高い。伸びたのはいいけど、こればかりは少し嫌だった。「もし独占できたらどんなにいいか」そんな思考がここ数日は巡っているのだ。……どれだけ独占欲強いんだよ。

 

(落ち着け智久。ここは誰もいない………じゃなくて―――)

 

 湧いてくる欲情を抑えつけようとしていると、下に意識が向いていなかったために石に躓いた。

 慌てて本音さんを抱きしめる。すると、ハプニングが起きてしまった。

 

 ―――キスという、ハプニングである



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ep.53 お姉さんと楽しいデート……のはずが

やっとこっちで頭が働きました。という事で久々の投稿になります。前回よりクオリティが落ちていることに関しては突っ込まないでください。お願いします。


 改めて闇鋼を調べてみると、やはり予想以上の……下手をすれば福音すら超えるスペックが備わっていた。

 まずは機動力を向上する可変式のウイングスラスター。しかもそれは一時的に残像を残せるようになっていて、敵を翻弄することができる。次に右腕に装備されている大型のクロー。これはレールガンにも変更することができ、不意打ちを食らわせることができる。さらにありがたいことに、非展開時は腕と一体になっているので大型ビームライフルを展開しても干渉しない作りになっている。

 さらに左手首にはシールドとビームソードが複合されているバックルユニットもあり、シールドは弾丸を弾くだけでなくエネルギーを吸収できるようになっている。………つまり、オルコットさんのエネルギー兵装は完全に封じたも同然だ。

 そんな紅椿なんて目じゃない超兵器を持った僕は、今とある問題に悩み中だ。

 

(……同居人が可愛すぎて困る)

 

 あのプールの一件で僕にますます懐いてしまったらしい。帰ってきた時はお姫様抱っこで帰ってきたことに騒がれて最初はギクシャクしていたけど、そんなものはたった数時間で終わった。今では普通に一緒に寝ている。うん。高が高校生の分際で何をしているんだ、僕は。

 

「………って思ったら、今度はこれなんだ……」

 

 流石は姉妹。とても柔らかいです。

 …………もしかしてこれは何かの陰謀じゃないかな。

 そうじゃなかったら男にとってこれほど幸せな状況はない。虚さんの胸部に布越しに触れられて、さらに抱かれて寝れるなんて……。

 

(………とりあえず、今はこの状況から離脱しないと)

 

 そうじゃなかったら、僕の理性が持たない。ただでさえこういう状況は報道されたら「そういう関係になる」と誤解されないようにしているのに、いやでも、虚さんだったら良いお嫁さんになりそうだし。あれ? これ結構マズくない?

 なんて考えていると、後ろが少し動いた………え? ちょっと待って? 後ろって虚さんがいたよね? もしかしてもう起きたの?

 

「あ、おはようございます」

「お、おはようございます」

 

 僕たちはお互いお辞儀をして挨拶をする。って、何で真面目に変なことをしているんだ、僕は!?

 僕はすぐにそこから離脱しようとすると、虚さんは僕を捕まえてキスをした。

 

「……………!?」

 

 危ない。唐突の事で考えることを止めそうになった。じゃなくてどういうこと!? どうして僕が虚さんとキスしているの?!

 あまりにも驚きの連発に、僕は虚さんの頭を叩いて止めようとすると、その後ろで誰かが先に虚さんを殴った。

 

「………お姉ちゃん?」

「………ん……ほ、本音。あ、智久君、おはようございます」

「それさっきしましたよ!?」

「そうですか? それよりも、もう少し抱きしめさせていただけると嬉しいのですが………」

 

 僕は視線は彼女の胸に向いていた。なんていうか、彼女はとんでもない状態になっていた。

 

「………あの……服は……」

「服? 私はパンツ以外寝る時は着ませんよ?」

「妹の私も初耳だよ!? 良いから服を着て! 今すぐ!!」

 

 本音さんが珍しく姉のように振舞う。確かいつもは逆だよね? もしかして―――

 

「本当は入れ替わっている、とか?」

「違うよしぐしぐ! お姉ちゃんは寝起きが悪いんだよ!!」

 

 …………その原因は生徒会長ではないかなと思った僕は悪くない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらくして僕は街に繰り出していた。もちろん、虚さんも一緒だ。今は虚さんも正気に戻ったみたいで、僕を見るたびに顔を赤くする。ごめんなさい。僕も恥ずかしいです。

 ちなみに今日は、服を買いに来ている。……実はこれまでフォーリアが準備してくれていた服ばかり着ていたけど、そろそろちゃんとしたものを着るべきだと言う話になり、何故かたまたま予定が空いていた虚さんと行くことになった。以前なら僕も小さかったし弟と一緒に買い物をするという状況でいられたかもしれないけど、今は僕も織斑君を超える身長をしている。男らしくちゃんとエスコートしないと。

 

(………でも、服とかどうしようか考えたことなかったな)

 

 いつもは幸那とか先生が準備してくれていたから、自分で考えることはなかった。

 

「そういえば、レゾナンスには私のお気に入りの店があるのですが、そこに行きませんか?」

「……………えっと」

「大丈夫。ちゃんと差別のない店ですから。それにした瞬間、全員のクビを切ります」

「それ、お気に入りの店じゃないような………」

 

 もしかして更識家は店も経営しているのだろうか? あり得なくはない。そもそも暗部の活動資金ってどこから来ているかわからないし。あと、虚さんの笑顔が怖いです。

 

「さぁ、着きましたよ。………あら?」

「………あれは」

 

 前回に引き続き、見知った顔が店を騒がしていたようだ。ただ、その見知った顔というのは―――何故かボーデヴィッヒさんだったけど。問題は、何故か随伴者にデュノアさんがいるってことなんだけど。

 

「ねぇデュノアさん、あまり僕の行く先々で問題を起こすの止めてくれる?」

「時雨君!? これは違うんだ。仕方なかったの!!」

「何が!?」

 

 すると奥から見覚えのある顔が出てきた。ただ、その人は―――眼帯をしている。

 

「………ぼ、ボーデヴィッヒさん!?」

「ん? 時雨か。………もしやデートか?」

 

 ボーデヴィッヒさんの天然発言にやられた虚さんが顔を赤くして停止する。

 

「そ、そういうわけじゃないよ………」

 

 IS操縦者じゃなかったら盛大に頷いているけど、ここは敢えて否定する。

 

「そうか。私は思っていたのだが、お前はたまには息抜きをするぐらいは必要だぞ。クロニクル大臣曰く、「たまには女で遊んではどうだろうか」と」

「その「女で遊ぶ」というのは僕にはまだ早すぎるんだけど! 別にそれをするつもりないし!」

 

 だって、女で遊ぶって言うのは猫と猫じゃらしを使って遊ぶのとはわけが違うんだよ? そんな無責任な事なんてできるか!

 

「ま、私もお前ならそう言うと思って言ったがな。とはいえたまには息抜きも必要だ。今日は買い物ついでに「らぶほてる」なるものに入って楽しむと良い」

 

 瞬間、店内の気温が下がった気がした。

 

「ボーデヴィッヒさん、それがどこだか知っているの?」

「ん? 男が楽しむところだろう?」

「………………」

 

 とりあえず、IS学園のカリキュラムに「一般常識」を入れるべきだと思った僕は悪くない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とりあえず買い物を済ませた僕らはファミレス「@クルーズ」に足を運ぶ。予定よりも時間が過ぎたので、僕らはそこで昼食を取ることになったけれど、どうやらここは人気店のようだ。

 

「凄い反響ぶりですね。メニューも格安だからでしょうか?」

「………………私は今から億劫です」

「一体何があったんですか? もしかして学園外で問題でも起こったとか……………ああ、そういう」

 

 僕は周囲の状況を見回して納得した。確かに虚さんの仕事は増えるだろう。

 

「………智久君、すみませんが生徒会に入ることを本気で考えてくれませんか? 私や本音で良ければある程度の希望に添えられるように努力しますから!」

「いえ、それは………」

 

 流石は血の繋がった姉妹だ。半泣き状態の顔がそっくり。僕はその顔に癒されながら、仕事面では真剣に考えようかなと思った。

 それにしても、どうしてデュノアさんとボーデヴィッヒさんがここでアルバイトをしているのだろう?

 

「お砂糖とミルクはお入れになりますか? よろしければ、こちらで入れさせていただきます」

「お、おねがいします。え、ええと、砂糖とミルク、たっぷりで」

「わ、私もそれでっ」

 

 たぶん、デュノアさんは生まれてくる性別を盛大に間違えたのかもしれない。

 

「そう言えば、そろそろ学園祭ですよね? っていうかするんですか?」

「………私はあまりしたくないのですけれど、上からはどうしてもとお達しが来まして」

「……………お話なら、別の場所でお聞きしますよ」

 

 生徒会の仕事の愚痴ぐらい聞いても良いかな? あと、長年経験した兄属性の行動からか、虚さんの頭を撫でたくなった。

 

「ねえ、君可愛いね。名前教えてよ」

「………………」

「あのさ、お店何時に終わるの? 一緒に遊びに―――」

 

 ―――ダンッ!!

 

 近くで何かが叩きつけられるような音がした………って、ボーデヴィッヒさん?

 

「水だ。飲め」

 

 僕が知るメイドさんとは何かが違う。しかし彼女のメイド衣装は可愛かった。

 

「こ、個性的だね。もっと君のことよく知りたくなっ―――」

 

 ボーデヴィッヒさんはナンパ男を無視してオーダーを取らずにテーブルを離れる。え? ボーデヴィッヒさん? 注文は? っていうかコーヒー?

 

「飲め」

「え、えっと、コーヒーを頼んだ覚えは……」

「何だ? 客でないのなら出て行け」

「そ、そうじゃなくて、他のメニューも見たいわけでさ―――」

 

 止めるべきだろうか。いやでも、僕らが割って入った所でややこしくなる―――って、あれ? 虚さん?

 

「店長さんですね? 少々、奥をお借りしてもよろしいでしょうか?」

「え? ええ………あなたも一緒にどう?」

「―――え?」

 

 途中から会話が聞こえなかった。というのも、

 

「あ、あの子……超良い……」

「罵られたいっ、見下ろされたいっ、差別されたいぃっ!!」

 

 変態が湧いたからである。

 そう言えば、僕らはまだ料理を注文してなかったっけ? 虚さんもいつ戻ってくるかわからないし、先に食べておこうかな………いや、もしそれで嫌われたら嫌だ。

 

(………とりあえず)

「ご、ご注文は何にしますか?」

 

 少し怯える風にするデュノアさん。バレるのが怖かったらやらなきゃいいのに。

 

「オレンジフロートで。それと後で話がある」

「…………はい」

 

 ボーデヴィッヒさんには悪いけど、2人は後で説教だ。

 

(……あ、虚さんの様子を見に行ってもらえば良かった)

 

 後から少し後悔した。っていうか何で虚さんは行動したんだろう? 従者という職にいる以上、ボーデヴィッヒさんの接客に納得が行かなかったとか? いや、そんなまさか……ね?

 オレンジフロートが来たけど、虚さんがまだ戻って来ない。少し心配になった僕はデュノアさんを呼んで様子を見に来てもらおうと思ったら―――そこに究極があった。

 

「な、なんて綺麗な人だ」

「あの人、胸が大きくないか? しかも可愛い! タイプだ!」

「お、お姉さん! 僕とメールアドレスを交換してくれ!!」

 

 ―――ハッ!? 今僕少し意識が飛んでたよ!?

 

 なんとメイド服で登場した虚さんに男性陣が殺到する。僕は急いでそれを止めようと瞬間にさらにまた変なことが起こった。

 

「―――全員、動くんじゃねえ!!」

 

 ドアを破ろうとする勢いで雪崩れ込んで来た男性3人。3人共銃を装備していて、それぞれショットガン、サブマシンガン、ハンドガンを装備している。

 

(………まだ僕が電気をうまく扱えないって時に)

 

 いくつか指南書を持って帰って読んだら、そこには轟家が代々受け継いで来たらしい電気の扱い方が記されていた。電気はいわば鉄を防ぎ、それは徹甲弾すら無力化すると記されてあった。だからこういう所では重宝されるはず。

 なんて考えていると、男の1人が客に守られる形でいる虚さんに目を向けた。

 

「兄貴、あの女はとても良いんじゃねえですかい?」

「あん? 今俺は警察に要求を―――確かに良い女だ。おいヤス! テメェは警察にワゴンカーを用意させろ! 追跡車や発信機なんか付けるんじゃねえともな!」

「わかりやした!!」

 

 変な話し方をする人たちが作戦会議を終えたのか、虚さんを捕まえて移動させる。特に抵抗しないのは様子を伺っているからだろう。まぁでも、僕は止めるけどね。

 

「彼女を離してくれませんか? それに今ここで女を連れて行っても足手纏いになるだけでしょう?」

「あ? 何だおめぇ。この銃が見えないのか!?」

 

 リーダー格が銃を掲げる。だけど僕はそんなものは怖くない。

 

「………ああ、やっぱりあなたもそう言うタイプですか」

「あ―――」

 

 とりあえず顔面に蹴りを入れて後頭部から床に叩きつける。

 

「汚い手で僕の女性に触らないでくださいよ」

 

 手下Aを肘討ちで吹き飛ばす。痛みからか虚さんを離したことを確認したけど、その一瞬を突かれて僕はサブマシンガンを撃たれた。

 

「いやぁああああ!!」

「お前たち、なんてことを―――」

「智久君!!」

 

 だけど、僕は倒れなかった。

 

「………お前……何なんだ……」

「……ねぇ」

 

 ああ、やっぱりムカつく。どうしてこんな人間がまだ―――

 

「お前たち全員倒すけど良いよね? 答えは―――聞いてない」

 

 ―――生きているなんて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこからはまさしく圧巻という言葉しか出てこなかった。

 銃弾はすべて電気の網に引っかかっており、智久はすべてを床に落としている間―――同時にサブマシンガンを持った男を容赦なく踵落としで昏倒させる。

 

「ヒコ! テメェ!!」

「うるさいよ」

 

 智久は右腕で薙ぎ、リーダー格の男から爆弾を奪った。それだけでなくリーダーの股間を蹴り潰して銃を奪い取り、包囲網を敷いている警察たちの方に蹴り飛ばす。

 

「そこのお前、止まれ!! この女がどうなっても良いのか!!」

 

 声に反応した智久は同時に奪った銃をヤスと呼ばれた男の頭部に向けて撃った。その銃弾はヤスの髪を削って壁にめり込む。

 

「と、智久君……」

「その人を離さないと次は―――殺すよ?」

 

 笑みを浮かべて舐めるようにヤスを見る智久。殺気がすべてヤスに直撃しているからか、ヤスは次第に生気を失ってそのまま倒れ込む。智久はショットガンを取って虚を抱きかかえて外に出た。

 

「そこの男、止まれ! そしてこちらに従ってもら―――」

 

 警告した男、そしてその周囲にいた男たちが次々と倒れる。智久は紫の翼を展開してそこから離脱。IS学園に戻ると同時に意識を失った。

 それからしばらくして、虚の携帯電話にある情報が送られた。

 



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ep.54 特殊な婿決め

 そこは大きな試合場だった。地面は土で構成されており、中には100人近い戦士たちが各々武装している。とはいえ全員が木刀を所持しており、中には不満を見せる者もいるが全員が戦闘状態に入る。

 そして中央に表示されたカウントダウンが始まり、男たちの争いが始まる。

 

「………お嬢様。本当にこれが正しいのですか?」

「仕方ないじゃない。これが家の方針なんだから………」

 

 実のところ、今の楯無に実権はほとんどない。

 そもそも「楯無」という名前は代々更識家の当主に権利として受け継がれてきたものであり、現楯無である刀奈がその名を継いだのはあくまで学園内で動きやすくするためなのだ。

 それに楯無だってこの方法で婿を決めたいなんて思っていない。特に楯無は普通の人間ではないのだから結婚にはちゃんとした人を選びたかった。

 

(………やっぱり……あの子に頼めばよかった……)

 

 楯無は今更ながら智久に付き合ってもらうようにお願いすれば良かったと後悔する。

 彼女も本気で悩んでいた。記憶を失って普通の生活に戻った彼をまた暗部の人間にしていいのか。そもそも自分の姉のような存在が狙っている相手を自分が横から掻っ攫っていいのか? と。

 それが結局このような状態になるのだから、楯無は本気で後悔していた。

 

「ところで、あの一角が凄いことになっていますね」

 

 虚が気を遣ってか楯無に話しかけた。

 

「…………そうね―――あれ? あの子若い?」

「あの一角で暴れているのは、確か舞崎(まいさき)静流(しずる)君16歳。小学生の時にカツアゲしてきた中学生を入院させた経歴を持っているようです」

「………ごめん。どこから突っ込めばいいの?」

「まだありますよ。今回出場した経緯は更識の末端組織の麻薬密売現場に居合わせて、連れて来られたのが原因らしいです」

「………何でそんなことをしているのよ」

「当然切りました。それに居合わせたというか………彼の友人が無理矢理麻薬を飲まされたことが原因で動いていたようで、何人かは警察病院に入院しています」

「………………………彼、人間?」

「ちゃんとした人間でした」

 

 虚も異常な経歴にド肝を抜かれそうになったが。

 

「………せめて私、ちゃんとした人と結婚したいなぁ」

「確かに今のままだと、彼がなりそうですしね」

 

 荒くれ集団の中でも、大人を抑えて今も単身暴れているのだ。次々と危険と認識され、警戒され、攻撃されている。

 その状況を見ていた虚は、たった一角で動かないフード男を見ていた。

 

(………どうしよう……一応伝えたけど……もしダメだと思ったら辞退してね……智久君)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕、帰ったら本音さんようにコスプレ衣装を何着か作るんだ。そう明らかにフラグ発言をして戦いの様子を見守る。最初に僕の方に来ると思ったけど、別の人が目立ってくれているからそうでもない。

 

(その間に……今の内に……)

 

 誰にもバレないように手の中で電気をコントロールする。妨害ではなく単なる練習だけど。

 前々から自在に操れたらカッコいいだろうなぁとか、とあるお嬢様学校にいるカエルキャラ大好き中学生みたいに戦えたら戦略の幅が広がるなぁとか、色々と思うからこその練習だ。それに、僕は闇鋼がいるというだけで過信するつもりはない。

 

(………だから……生身でも強くならないと……)

 

 それが目的でこの試合に出た―――だから、僕は走り出す。

 木刀が支給されたのはあくまで相手を戦闘不能にするため。殺したらアウトで、素手が得意なら素手でも良いのがこの試合のルール―――なら、僕は木刀を飛び道具にして素手で倒す!!

 

「待ってたぜ、お前をよぉ!!」

 

 僕とあまり変わらない男の子が接近して拳を突き出す。僕はそれを少し身体を逸らしてから掴み、投げ飛ばした。

 着地したその子は僕に右足を伸ばして来たけど紙一重で回避した―――つもりだったけど、風圧でフードが飛ばされた。

 視界が開かれ、会場は騒ぎになるけれど僕は目の前の敵を倒すことを優先した。

 

「おい、あれって……」

「2人目の男性操縦者、時雨智久……」

「何でこんなところに―――まさか、奴も婿になりたいって言うのか!?」

「いや待て。確かあの男は複数の女と結婚できるよな!? じゃあ、姉妹丼を?!」

「でも学園の裏サイトじゃ布仏姉妹とデキているんじゃないのか!?」

「主従丼でも楽しむ気か……」

「「「それだ!!」」」

 

 外野の皆さんが何か騒いでるんだけど、あながち間違いじゃないけどそんなつもりでここに来たんじゃないんだからぁ!!

 

「………休憩するか?」

 

 相手から、何か憐れみの視線を向けられている気がする。

 

「大丈夫」

「そうか。じゃあ、続けるか!!」

 

 どうやら彼は戦闘狂のようで、僕に容赦なく蹴りを放つ。

 

「らぁッ!!」

 

 連続で蹴ってくるのを回避し、距離を取ると既に相手はジャンプしていた。そして回転して遠心力を使って僕の頭上に踵落としをしてくる―――そこまで予想した僕は回避すると、着地した地点を中心に地面が割れた。

 

「………嘘でしょ」

「伊達にヤーさん相手に喧嘩してねえんだよ」

 

 そんな人たちと喧嘩ができる人が相手か。

 でも、それくらいする人なら……本気を出して良いのかもしれない。

 

「覚悟は決まったか?」

「もちろん、行くよ」

 

 今度は僕がその男の子に攻撃を仕掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 更識家の婿になれると、いくつか有利になるものが存在する。

 その部分を利用する人間はやはり存在するもので、その1人でも北条(すぐる)は唖然としていた。

 そもそも、この試合では自分が優勝して暗部間の連携を高めるために、と思ったのだが、一般人の癖におかしいほど強い少年や没落したとはいえ実力があり存在そのものが凶悪とも言える轟家の次期当主が戦っている。

 

(………興味本位程度で来たのが、間違いだったか?)

 

 北条家の次期当主である卓は智久の事を知っていたが、ここまでやるとは……

 

(いや、あの少年に触発されている、か?)

 

 静流の能力は最早通常の人間のそれを超えている。まるで化け物のそれであり、智久もそれに応えるように力を出している。特に本来なら電気を使うことは更識や北条など遠い昔に轟家と関わりがあった者でも代々当主にしか伝えられていない。卓は次期当主であり確定事項でもあったため知っていたが、

 

(そんなポンポン使っていい物なのか……?)

 

 実は頻繁に使われているのだが、卓はそのことを知らなかった。

 

 

 

 

 

「……どういうことかしら?」

「さぁ?」

 

 その頃、更識陣営では虚は楯無に問い詰められていた。

 

「私は教えた記憶はないんだけど?」

「まぁ、彼独自の情報網でも持っていたのでは?」

 

 もちろん、虚だってバレたらタダで済むとは思ってはいない。しかし彼女は長年仕えた主がどこの馬の骨かもわからない男に主が奪われるのは嫌だった。それならいっそ、ある程度裏の事情を精通していて、理解してくれるかもしれない男とくっついてくれる方がありがたいのだ。例えそれで自分たちが泣くことになったとしても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 舞崎静流は少し満足していた。

 妙な力を持っているが、それでも自分に食らいつこうとする弱者。今まで圧倒的な差を見せれば喧嘩を止める人間がほとんどで、大人すらも怯えて逃げるほどだった―――だが目の前の存在は、自分を相手にしても怯むどころか楽しませてくれる。

 

(まぁ、元々出ろ、としか言われてないし……)

 

 静流は智久を攻撃するのを止め、未だリタイアしていない大人を狙い始めた。

 

「ちょっ!?」

「あー、今日は楽しんだからもういいや。また今度戦おうぜ」

 

 そして今度は卓を蹴り飛ばし、自分と智久以外が倒れていることを確認した静流は堂々と宣言した。

 

「舞崎静流、リタイアします」

 

 その宣言により、智久が必然的に勝者となり―――楯無の婚約者となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会長のお父さんに呼ばれて、僕と虚さんは説教されていた。

 

「まさかそんなことになっていたとはな」

「申し訳ございません、16代目。ですが私は17代目の右腕として、あのような方法で決めるのはどうかと思いました」

「過去にその方法で決めていたとしても、か?」

「はい」

 

 ………虚さんの気持ちは、少しわかる。

 幸那は今、姉さんの所にいる。もしそれが全く知らない別の人なら、僕だってとっくに探しに行っているはずだから。

 

「………全く。だが、まぁいい。結果的にこちらにとっては得となった。それで時雨智久君、君は本当に私の娘たちと結婚する意志はあるのか?」

「は……え? 今、「たち」って言いませんでした!?」

「ああ。それに元々君は簪の婚約者―――だがいずれは刀奈とも子どもを作ってもらうつもりだった」

 

 ……え? どういうこと?

 

 いや、簪さんとの結婚は記憶的に僕らは許嫁だったし良しとして、どうして僕が別の人と子どもを作るって話になってるの!?

 

「轟家の遺伝子は貴重だ。そのためにはどのような手段を持って手に入れるのが最適。例えそれが親として成してはいけない事だったとしてもな」

「……………そろそろ、聞きたいことがあるんですが、「刀奈」って誰ですか?」

 

 この時、僕は本気で「楯無」が生徒会長の名前だと思った。……でも娘に「刀奈」というのはアウトだと思う。簪はセーフだと思うけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 舞崎静流は今年度高校生になったばかりだ。

 その素性謎に包まれている。更識がわかっていることは現在は癌や寿命で祖父母が死んでいること、また女尊男卑の影響で捨てられたことだろう。

 しかし静流はそのことを気にした様子はなく、ただいつも通りに暮らしていた。

 

「ただいま」

 

 すると、一人暮らしのはずなのに中からパタパタとスリッパによる足音が聞こえてきた。長い髪に齢10歳くらいの少女が駆けてくる。

 

「おかえりなさい」

「ただいま、楓」

 

 静流は基本的に小さい子が好きで、楓の頭を撫でようとするがまだ手を洗っていないことに気付いてまずは洗面所に入って手と顔を洗った。

 

「おかえり、静流君。婿決めの試合はどうだった?」

「霞さんの予想通り、時雨智久が出ていたぜ。にしてもよく分かったな。自分の弟が出るって」

「まぁ、彼もまたオスという事だ」

 

 その言葉の意味がわからず、静流は首をかしげるが深く気にしないことにした。

 

「……で、今度はいつまで滞在するつもりなんだっけ?」

「しばらくは日本で任務があるみたいだ。厄介になるよ」

「別に楓ちゃんがいるならいつでもいてくれて良いけど」

 

 今では小学生くらいだが、10年すれば立派に大人同士の結婚となる。それを見据えての話だが、霞は少し警戒している。

 

「にしても、アンタの弟は結構強いな。アンタ以来だったよ。あそこまで戦いを楽しめたのは」

「そう言ってくれると嬉しいな。同年代で君くらいしか本気を出した智久を止めるぐらいしかできないから」

 

 ―――織斑一夏は使えないしね

 

 それは一体何を示しているのかわからなかった静流は、これ以上は突っ込まないようにした。

 

「ところで、藤原幸那の容態は?」

「問題ないさ。色々とね」

「………あんまり弟さんを怒らせるのはマズいんじゃないかなぁ?」

「それに関しては問題ない。で、君は一体何者なんだい?」

 

 霞の問いに察したらしい静流だが、惚けるように言った。

 

「俺がいない間にこの家を調べたのか。だけど残念だが、俺はこの家のことに関しては全くわかっていない。おそらく地下のことはじいさんがしか知らなかったはずだぜ」

 

 祖父母の家を引き取った静流だが、其処には思いがけないものが存在していた。

 家の地下にはまるで格納庫のように大きな施設が存在している。静流はそれに関しての文献は所持しておらず、どうしてそれが地下に存在するかわかっていなかった。

 

 静流たちは移動すると、2人の少女がアニメを見ている。静流は楓を持ち上げて自分の膝に上に乗せる。楓は嫌がる様子を見せず、むしろまるでいつも通り言わんばかりに定着した。

 

「………良いなぁ」

 

 と、ボソリとつぶやく幸那。

 3人共その言葉に驚くが、幸那はあくまで楓が静流がしている「行為」が羨ましいだけであり、決して「静流にされている」ことに関してではない。

 

「………あー、俺は死にたくないぞ?」

「? 何の話ですか?」

 

 自分の言ったことにあまり自覚がない幸那。

 タイミングを計ったように霞の端末に連絡がかかってきた。

 

「何かしら? ………わかったって言いたいけど、もう夜よ? そう。だけど金輪際時間を考えてね」

 

 そう言って切った霞は、言いにくそうにしてから言った。

 

「……今度の作戦会議を始めるから戻って来いって」

「…………」

「……私、あそこ嫌い」

「そう言わないで。終わったらちゃんと帰ってくるから」

 

 霞も嫌だったが、2人を連れて部屋から消えた。

 翌朝、静流が目を覚ますと楓が抱き着いたので、彼はそれを見て笑ったとか。




次話で一応、夏休み編は終了です。

クワガノンがレベル31でむしのさざめきを覚えると知って地味にショック受けてます。

デンヂムシの現在のレベル40


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ep.55 華が盛ると乱入者

 楯無さんの本名を知り、婚約者にもなれました。

 段々と普通の高校生から逸脱しているけど、それでも少し嬉しいのはある。だってあんなにおっぱいが大きい人が婚約者なんだから……うん。そろそろ僕のやっていることが「おかしい」という事ぐらいは自覚している。

 そもそも、電気を自在に操れようが実は暗部の長男だとかでも、結局僕は限りなく普通なんだから、婚約者とかいるのはあくまでも成り行きで、会うたびに妙に気まずくなったりとかがおかしいから。

 

「……待った?」

 

 最も、今おかしいのは可愛い人とデートすることなんだけどね?

 どこで僕の人生の選択を間違えたんだろ……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日は久々の簪さんの休みということで、僕らは神社で催されている夏祭りに来ていた。露天がたくさん出ていて、神楽舞がどうこうとか騒いでいるけど、となりでお団子を食べている簪さんの方が可愛いんだけどなぁ。

 というかお祭りとかあまり言ったことがないから、何をすれば良いのかわからない。でも、こういう楽しいことは好きだ。

 ………まぁ、名前呼びなのはさ、なんていうか婚約者になったからってことで。あの時の2人はちょっと怖かった。

 

「そういえば簪さんはこういうお祭りって来たことあったっけ?」

「……………誰かさんにボイコットされた時はあったけど?」

 

 と、言われたのでたぶんそれは僕なのだろう。

 

「本当にごめんなさい」

「………冗談。気にしないで。事情はわかってるから」

 

 そう言って簪さんは僕の手を取って露店を回ることにした。

 

 

 

 

 

―――射撃場

 

「あ、ネンテンドーの最新機がある」

「………任せて」

「いや、ここは僕が頑張るよ」

 

 そう言っておじちゃんに500円を渡してエアガンを借りる。

 壊れないように力を込めて銃弾を射出。狙った獲物は逃さない。

 

「あー、ダメだよぉ。こういうのは端を狙うのがセオリーでねぇ」

「いえ。心配なのはどっちかって言うと―――製品が無事かどうかですから」

 

 賞品が落ちる。そして僕は、残っている大型の品を次々と奪っていった。

 

「………アウト」

「バレていないし、重石が仕込まれていたからセーフ」

 

 フォーリアの好意で量子変換が終わったし。僕らは次の獲物を探すことにした。もちろん転売するためだ。

 

 

 

 

 

―――神楽舞

 

「へぇ、あれって篠ノ之さんがやってるんだ」

「………キレイ」

「うん。僕もそう思うよ………でも、普段の行いが行いだからアウトかな」

 

 そんな勝手なことで盛り上がっていた。途中で僕らに気付いたようだけど、流石はプロ。僕らのことは無視することに徹して舞っていた。………モテるかどうかは胸の大きさじゃないと思うけどね。だって、

 

「あの野郎、羨ましい」

「俺たちロリコン同盟に対する当てつけとしか思えん」

「殺す……殺してやる!!」

 

 簪さんと一緒にいただけでこれなんだから。確かに簪さん、普通にしていると本当に美少女だからこの人気は頷ける。

 僕は世界から嫌われる運命にあるかもしれないけど、美人や美少女が愛でてくれるから結果はオーライだ。

 

 ……ところで、織斑君の姿を見た気がするけど、気のせいだったかな?

 

 

 

 

 

―――金魚すくい

 

 殺気に揉まれつつ、僕らは金魚すくいを思い出にやっていた。

 そう。あくまでも思い出だ。というか金魚を飼うスペースがないし魚類の飼育は基本的に飼育されているからである。

 どちらもモナカが壊れたので大人しく撤退。そして、僕はとうとう見てしまった。

 

 ―――篠ノ之さんと織斑君が食べさせ合いっこをしているところを

 

 正しくは織斑君が篠ノ之さんにしているところだけど、一体どういうことだろうか? あの織斑君が「はい、アーン」を女子にするなんて、下手すれば血の雨が降るかもしれない。

 

(………って言うか、今までどこにいたんだろう?)

 

 強くなるためだって言うならそれなら別に良いけれど。って言うか、何でこんなところで遊んでいるの?

 まぁいいや。僕も何もせずに遊んでいるし、ここは無視して簪さんと遊ぶことにし―――あ、ヤバい。

 向こうから、見覚えのある生徒がこっちに歩いてきている。それが誰だかわかった僕は簪を連れてそこから離れた。

 

 ―――ん? 今、とても居心地の良い気配がしたような………もしやこの近くに智久様がいるのでは!?

 

 えっと、北条家は特別な訓練を受けているのかな? 軽く60mぐらい離れているのに気配が感じられているって人として色々とおかしいと思うんだけど……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 箒は焦っていた。

 突然消えた一夏。それが急に目の前に現れて祭りに誘う、という形になった。

 一応、箒は千冬には連絡しておいたが「今は祭りを楽しんで来い」という返答が帰ってきたのだ。

 言われた通り箒は今は祭りを楽しんでいるが、とはいえ腑に落ちないことがある。それは―――一夏が今までどこにいたのかだ。

 

「………一夏」

「ん? どうした箒?」

「……お前は、今までどこにいたんだ?」

 

 箒はもちろん、全員が一度は一夏の端末に連絡している。

 しかし一夏が出ることはまずなく、全員がその状況に焦っていた。

 

「ごめん。ちょっとそれは言えないんだ」

「………何?」

「言えないんだ。ある人との約束でさ」

 

 一夏にとって何でもないつもりのその言葉だが、箒にとってはとてもショックだった。

 幼馴染にも言えないこと。箒はあり得ないとは思ったが、一夏は夏休みの前に智久に大敗している。それがきっかけで非行に走ってしまったのではないか―――そう思ってしまった。

 

「一夏、その、何だ。もし何かあるなら相談に―――」

「―――いちか……さん?」

 

 唐突に別の声がした。

 せっかくのムードが壊され、良い顔をしない箒。一夏が振り抜くと、そこにはまた顔なじみがいた。

 

「おー、蘭か」

(………だ、誰だ?)

 

 見たことがない人物。だが直感的にわかった―――ライバルだ、と。

 蘭も一夏と会話しながら箒の方をチラチラと見る。特に胸が蘭にしてみれば異様に大きく、少し泣きそうだった。

 

「へぇ、蘭の浴衣姿って初めて見たな。洋服の印象しかなかったけど、和服も似合うんだな」

「そ、そうですか? あ、ありがとうございます………」

 

 それもそのはず、今日は一夏と会う予定はなかったが着物を着るのは久々だったので中学生らしく気合を入れてみたのだ。

 蘭の後ろからいつもとは様子が違うからか、弄り始める。

 

「あー、会長が照れてるー。めずらしー」

「そっかぁ。他校の男子はもちろん同校の女子になびかない理由はこれかぁ」

「会長、ふぁいとっ!」

 

 蘭は振り向いて起ころうとした時、ある人物がいないことに気付いた。

 

「あれ、雫は?」

「あぁ、北条さんなら「近くにご主人様の気配がします!」ってどこかに行きましたよ?」

 

 普段はしっかりしている友人が暴走することに珍しく思いながらも「あの子なら大丈夫」と思って気にしないようにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕は少し戸惑っていた。

 いくら何でも振り切れる自信があったけど、逃げた先には―――北条さんがいた。

 

「ご主人様!」

「その呼び方は本当にやめて!」

「………」

 

 簪さんがしゃべらなくなった。もしかして僕のこの状況に殺意を持ってしまった―――とかだったら物凄く困るんだけど。

 

「………好物は?」

「ご主人様を舐め―――」

「OK! わかった! わかったからそれ以上周りの視線を集めるのは止めて欲しいな! 女性優遇制度がなくなったからってこんなことを公共の場で言わせたら流石にアウトなんだけど?!」

「気にしないでください、ご主人様。後で家の者を呼んでご主人様専用の部屋に移動しますので」

 

 これあれかなぁ? 織斑君のせいかなぁ? 織斑君の女難の相が僕に移ったとか……。

 と、人のせいにていると、妙な気配を感じて僕は歩いている足を止める。

 

「……2人共」

「……ISならある」

「申し訳ございません。私は―――」

「仕方ないよ。それは」

 

 だけどその妙な気配はどういうことか通り過ぎた。

 

「……簪さん、北条さんを送ってあげて」

「……わかった」

 

 簪は北条さんの手を取ってそのままどこかに消える。

 僕は怪しい気配を追って移動を開始する―――と、先には織斑君と篠ノ之さんがいた。

 

(ちょっと待って!? 考えてみればどちらもISを持ってないよね!?)

 

 見ると男たちは銃を構えている。確かあればアサルトライフルの類だ。

 僕はISを展開して2人の前に躍り出る。

 

「貴様は―――」

「神聖な場所でドンパチ騒ぎは流石にシャレにならないと思いますけど?」

 

 そう言って僕はビットを展開して黒い戦闘服に身を固めている。

 

「………撤退だ」

 

 全員が大人しく撤退してくれた。良かった。戦いにならずに済んだ。

 何か言われそうだと思ったけど、2人から特に何もない。僕はその場から何も言わずに去っていく。学園に戻ったら何か言われそうだけど、その時は篠ノ之さんに証言してもらおう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一夏は箒と別れ、そのまま移動をする。移動先はさっき智久の乱入によって撤退した男たちの所だった。施設に堂々と近付いていき、入り口の前に立っている見張りを容赦なく切り殺した。

 

「おい、一体何―――」

 

 騒ぎを聞いて中にいた男が外を見たが、その瞬間に首を刎ねる一夏。他の面々はその光景に驚くが流石はプロというべきかすぐに銃を構えて引き金を引く。しかし一夏は持っている刀ですべて弾いて次々に斬って行った。

 

「………織斑一夏……お前は……一般人じゃないのか?」

「一般人だぜ、俺は。全く、せっかくあの女を襲ってやろうと思ったのによぉ。三下の分際で余計な事をしやがって」

 

 そう言って男の心臓を刀で抉る。

 

「テメェらどう責任取れんだよ。取れるわけねえよなぁ、クズが」

 

 満足するまで心臓を抉った一夏は最後に首を刎ね、銃を何個か回収して外に出る。周りからは特殊部隊に所属してそうな兵士たちがおり、一夏は躊躇いなく発砲して銃撃戦が始まった。

 その折、何発かが一夏に直撃する。しかし一夏は気にした様子もなくその場から移動してヘルメットの隙間に銃口を入れて引き金を引いて中の人間の顔をミンチにした。

 

「………全く。これだから人殺しは止められないぜ。どいつもこいつも日和っているとしか言えねえな」

 

 次々と現れる兵士たち。一夏は笑みを浮かべて奴らに喧嘩を売った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日本から少し離れた場所。そこにはいつの間にか面積があまりない施設があり、その中では1つの培養器が用意されていた。中には男が入れられており、手足を拘束されてマスクを着けられている以外は服すらも着ていない―――所謂裸の状態だった。研究員に女がいるのか、一部の部分だけ隠されている。

 

「ただいま」

 

 そこに全身ボロボロになった一夏が現れ、自分の首からメモリースティックを出してコンソールの左上部分に設けられている差込口に挿す。

 

「お帰りなさいませ」

「おう。それよりクロエ、仕事が終わったんだから俺の相手をしろよ」

 

 一夏らしからぬ言葉を吐いたそれが伸ばした手を、クロエと呼ばれた少女は払った。

 

「申し訳ございませんが、束様からはそういうことは仰せつかってないので。それにあなたには不要でしょう?」

「ああ。でも俺はオリジナルがちゃんと自覚を持つようにそう言う設計が施されているんでな。ついでに経験しとけば後から女たちを容易に落とせるんだから別に良いんじゃねえの?」

「それに私自身、あなたと寝たいなどとは思いませんので」

「え? まさかお前、男に夢見るタイプ? うっわ、引くわぁ」

 

 するとクナイのようなものが数本飛んできて、一夏みたいな存在の顔を通りすぎる。

 

「おい束ぇ、今俺はメモリースティック抜いてんだぞ?」

「知らないよ。それに、ならくーちゃんと寝たとしても意味ないよねぇ?」

 

 殺気を飛ばす束に対してため息を吐く一夏のようなものは、大人しくすることが先決と思ったのか両手を上げて言った。

 

「おぉ、怖い怖い。あ、そうそう。アンタの妹にはあったぞ」

「……何か余計なことをした?」

「別に? ただそのメモリーも足しとけよ。後からややこしいことになるから」

 

 そう言って一夏のようなものは形を変え、ゼリーのような存在になってどこかに行った。

 

「………反吐が出る」

 

 いなくなったことを確認した束はそう吐き捨てた。

 

 何故一夏が束と一緒にいるのか―――それは謎の勢力から逃げた束と一夏がバッタリ会ったからだ。

 苦しそうな顔をしている一夏を束は自分のラボであるこの場所に連れてきて、成績が振るわないから眠らせて強くしているのである。一夏は親友の弟でもあり妹の思い人という事も含めてこれから強くなってもらわないと束の都合的にも悪い。そう思った彼女はあの面倒な性格をしたスライムを作ったが、一夏の性格を考慮して少し性欲が強くしたのが仇になったようで、定期的に人間のメスを犯さないと満足しないという性格のモンスターが生まれてしまった。なので束はそれ専用の人間を作り、欲求不満を吐き出させるために飼っている。

 

(……ま、いっくんが強くなっているのは間違いないし、あんまり食費もかからないからいっか)

 

 と、毎度同じことを考えてスライムに関して考えるのは止めた。




次回から第5章です。
たぶん予定調和になるかと思います。


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第5章 反吐と再会のカーニバル
ep.56 驚きから始まり過ぎる二学期


「………白式が奪われた?」

 

 それは始業式直前の事。

 珍しく北条さんが電話をしてきたのでどうしたのかと思ったら、そんなことが伝えられた。

 

『………はい。どうやら犯人の目的は白式のみだったようで、それ以外は整備データぐらいです』

「そ、そうなんだ……。あれ? どうして僕に?」

 

 北条カンパニーには入社せず、今の僕はフリーなはずなんだけど……。

 

『まず、誰に渡されるかという可能性では一番は織斑一夏なんです』

 

 ………ああ、そういうことか。

 考えてみれば、今の白式に関心があるのは何も世界各国だけじゃない。篠ノ之束もなんだ。

 聞けば彼女は織斑千冬先生に織斑君と妹である篠ノ之さん以外には興味がない。辛うじて僕も興味対象に入っているかもしれないけど、それはおそらく「実験動物」程度なんだろう。

 

「………わかった。もし彼が所持していたら奪取してそっちに渡すよ」

 

 場合によっては後から事情聴取を行われる可能性があるけど、少なくとも現時点で僕を誘拐してどうにかするつもりはないはずだしね。したらしたらで逃げるし。データも奪取するし。

 

『………わかりました。ただ……』

「………篠ノ之束が委員会を通じてカンパニーに織斑一夏の所持を認めさせる様に警告が入るかもしれないってことだね」

『……はい。そのことで今、父や幹部らも揉めていまして……』

 

 ISってお金がかかるもんね。絶対的な利益も必要だし。

 

「……僕が言えるのは、「頑張って」ぐらいだよ……」

『じゃ、じゃあ今度デートでも―――』

「………死にたくないです」

 

 そう言うと「仕方ありませんよね」と言われた。それから僕らは軽く話をして電話を切る。

 たぶん、あの子はまだ僕の嫁の席を諦めていないようだけど……いつの間にか婚約者はいるし虚さんのスキンシップが激しいしどうにかしてこの現状を打破しないといけないよ。

 とりあえず僕は、新兵器の設計に取り掛かることにした。もちろん、現実逃避のために決まっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「むぎゅぅううううう」

「本音さん、視線が痛いんで……ホントマジで勘弁してください」

 

 ようやく、僕らは2学期を迎えることができた。

 だけどどうしてか、本音さんを起こすと「抱っこ~」とねだってきて、拒否すると泣いてと、仕方なく僕は彼女を背負ってきたんだけど………

 

「おはよう」

「あ、おはよう、簪さん」

「おはよー…かんちゃん……しぐしぐの背中、おっきくなったから寝やすいよぉ」

「じゃあ、後で外泊申請出しておく」

 

 そう言って簪さんは先に移動する。宣言通り外泊申請だと思うけど、一体どこに泊まるのだろうか………もしかしなくても僕の部屋ですね。

 そもそも、どうして国は僕にのみ一夫多妻制を認めたというのだろうか。IS以外でもっと別の理由が欲しい。

 

(………強いて言うなら、僕が異能力者だからかな?)

 

 文献によると、これまで轟家の身体を解剖をしようとする動きはあったけどどれも上手く行かなかったらしい。しかもそれを「家」がしているのだから恐ろしい。

 

(……そろそろ時間、か)

 

 僕は本音さんを席に座らせると、最初は駄々をこねていたが時間を見ると手を離してくれたので僕も席に座る。そして端末をマナーモードにしようとすると、楯無さんから連絡が来ていた。放課後、僕に本音さんを連れて生徒会室に来てほしいという旨だった。

 

(……わかりました、と)

 

 ドアが開く音を聞きながらそう返してマナーモードに切り替えてしまう。いくら僕が特別になりつつあると言っても今は一介の生徒なのだからこういうところはキッチリしないといけない―――って、

 

「諸君、おはよう」

「…………織斑先生、何があったんですか?」

「気にするな。これは折檻の後だ」

 

 顔を腫らした織斑君が織斑先生に引きずられるようにして現れた。SHR中に「人型の兎が学園内で確認した場合、すぐさま私に通報してその場から離れるように」と言われた僕らは内心震えていた。篠ノ之博士、あなたは何をしたんですか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ま、北条さんから「もう家なんて捨てて智久様の奴隷として拘束されたい」という文章が送られたことで、大体察したんだけどね。どれだけストレス溜まっているんだろう。この後も定期的にそんなことをしてくるから、とりあえず無視している。

 

(………後で話だけでも聞いてあげよう)

 

 直接会うとそのままベッドに押し倒される未来しか見えないし。

 

 本音さんを連れて生徒会室に向かう。到着したけど妙に騒がしいから少し警戒しつつノックすると、簪さんが返事した。

 

「失礼しま……した~」

「待って智久君! 見捨てないで!!」

「………いや、だって……」

 

 ブラがほとんど見えてポロリとしそうなんですが………。

 たぶん犯人は虚さんと簪さん。どうして2人がこんなことをしているんだろう………まさか、

 

「サボりすぎによる折檻?」

「それもありますが」

 

 ………あるんだ。

 まぁ、夏休みなのにあんまり遊べていないからサボりたくもなるのは仕方ないかもしれないけど。ちゃんと仕事はしてもらいたい。

 

「ともかく、これは智久君にも関係ありますので。よろしければ中に入ってください。私がしたこととはいえ、会長の評価にも関わりますので」

 

 言われて僕は中に入り、誰かが中に入って来ないように鍵をかける。

 

「………それで、どうしてこんなことになったんですか?」

 

 楯無さんの方を直視しないように本音さんを抱いて目線を妨げる。

 

「実は会長が明日から織斑君と寝るとかほざいたので」

「待って! 同居するって言っただけで、織斑君と寝るなんてこれっぽちもないわよ! それに同居だって彼が狙われているからするだけだし!」

「と、おっしゃっていますが、念のために今ここで孕ませる方が最適かと思い、断腸の思いで会長に男性がそそるような格好をしてもらったわけです」

 

 ………いくら何でもここではマズいのでは……?

 重要な書類もあるし、そもそも僕はこういうことはするとしても卒業してからだし………あれ? 書類は?

 

「ああ。これから忙しくなりますからね。夏休み中にある程度の業務は片付けていただきました」

「………なるほど。……ところで虚さん、そろそろ楯無さんの拘束を解いてあげてくれませんか? 流石にそろそろ……寒くなる時期ですし……」

「………別にブラを奪って襲っても良いんですよ?」

「…………気のせいかしら? まるで市場に出されるみたいな状況ね」

「そ、そんなことはさせませんよ!!」

 

 そんなことをするなら、僕が全力で阻止します。……っていうかそれはそれで冷静になれない可能性が高い。

 だ、大体、別に楯無さんが嫌いだから手を出さないというわけじゃないし。本当は欲望に正直になって色々な事をしたいという思いはあるけど、そういうのはあくまで将来を誓い合った者同士がすることだし……。

 とりあえず、楯無さんにはちゃんと服を着てもらって……。

 

「それで、どうして急に織斑君と寝るという話に? さっき襲撃がどうこう言っていましたけど……」

「………そうね。まず最初から―――織斑君に白式が支給されたことから始めましょうか?」

 

 僕は思わず「ああ、それでか」ともらしてしまった。

 

「ん? 何か知っているの?」

「ええ? とある方がストレスを抱えているようで、会社の方で何かあったのかと思って……」

 

 もしかして会社の方、だろうか? 学校の方はあまり聞いてないからわからないや。

 

「………北条カンパニーは……織斑君にコアを渡すのは拒否したみたい」

「だけど委員会からしてみれば篠ノ之博士と直接関係がある織斑一夏に何かあったら困るから、IS学園のコアと交換することにしたのね」

 

 そうすればカンパニーの方がデータを渡さなければならないし、色々と損では?

 顔に出ていてのか、楯無さんが僕に説明してくれた。

 

「全く損があるわけじゃないわ。むしろ、初期の設計図とかを提供するだけである程度の資金も提供されるって話だし。………問題は、篠ノ之博士の方ね。本来人がいない場所に戦闘跡があったのだけど、機械式のうさ耳カチューシャが発見されて、それが博士の物だと織斑先生に確認が取れたわ」

 

 ……そう言えば、臨海学校の時も頭に装着していたけど……。

 つまりそれは、彼女に命の危険があったってことで良いだろうか?

 

「現在、世界は篠ノ之博士の保護を名目で動いているけど、実際は捕獲ね。弱っているところに付け込んで……っていうのはおそらく無理でしょうけど」

「…………そんなことをしたら、余計に被害が出そうな気がするんですが……」

 

 少なくとも向こうは遠慮しない人間だ。それが本気になれば対抗策はほとんどないと言ってもいい。

 

「そうね。でも、今の状況じゃ言っても無駄よ。こっちからも一応は止めておくようには言ったけど、向こうは聞く耳を持たなかったわ」

 

 ………願わくば、こっちが巻き込まれないようにってことかな。

 でもまぁ、それはそれで難しいかもしれないけれど………で、

 

「つまり、楯無さんが織斑君と同居するのは……」

「ぶっちゃけると、護衛です」

「そんなの姉にやらせれば良いじゃないですか!?」

 

 わざわざそんなの、楯無さんにやらせる必要はないはずでしょ。

 

「まぁ、あの人にその余裕があればいいんだけど……中止予定だった学園祭の準備とか、見回り強化とか、後は教員たちのレベルアップとか……」

「…………織斑先生って意外と多忙なんですね」

 

 てっきりうまくサボっているのかと思ったけど。

 

「意外でしょ? その分、道徳関係は欠落していると思うけど」

「………お嬢様がそれを言いますか?」

「あ、はい。すみません……」

 

 つくづく、従者に弱い当主だ。

 

「………わかった。色々と気にいらないけど、それなら仕方ない」

 

 ……本当に色々と気に入らないけど。

 いっそのこと、もうここで襲う? いや、それをしたら全員がそんな状態になるし……。

 なんて、自分が不得意なことで色々と思考を巡らせていると―――僕は2人しかいない部屋で楯無さんに唇を奪われた。

 

「…………」

 

 状況を整理しよう。

 僕は後は簡単な話し合いで、上層部の都合で学園祭が復活することになったと聞いてキレそうになったけど、IS学園は基本的に閉鎖的なところなのでアピールできる回数がそんなにない。高校としてはいくら国が運営しているとはいえ資金が集まらないことが不都合となるから、たまには息抜きが必要なのかもしれない。……そもそもこの学校って緩いけどね。

 

「楯無さん、落ちついてください。急にどうしたんですか!?」

「? 婚約者だったらこれくらい普通でしょ?」

「……そうなんですか?」

 

 そもそも、僕は簪さん以外の婚約者がいたわけじゃないからそういうのはわからない。ましてや、以前とは違って今の僕は身長があるから普通の男子と何ら変わらない。

 

「そう。だから、もっとキスしよ?」

 

 そう言って楯無さんは僕に積極的にキスしてきた。そして僕をベッドに押し倒してパジャマのボタンを外していく。これは―――おそらく本気で交わるつもりだ。

 でも今の僕には責任なんて取れないし、その行為で子どもができてもバックアップができるほどじゃない。

 

「ねぇ、智久君は私じゃ嫌かしら?」

「そういうわけじゃないですよ。でも―――」

「じゃあ、良いわよね」

 

 そう言って彼女は僕の下半身に手を伸ばしてくる。今ここには僕と楯無さんしかいない。おそらく楯無さんがしばらく別の男の所に行くからその前に僕との子どもをってことなんだろう。

 向こうも良くて、僕ももちろんできることならそうしたい。けど、それが今は無理なんだ。だから―――

 

 今度は僕が楯無さんを押し倒して首筋を舐める。すると意外に弱い部分なのか、楯無さんの身体は反応した。庫の隙に、僕は彼女の腹部に手を這わせて印を描く。

 

「え? 何? 何かくるっ」

 

 不安にさせないように、僕は彼女の口に舌を入れて絡ませる。すると彼女の身体に何かが接続され、腹部に描いた印が現れた。

 

「…………え?」

「これは轟家の秘術の一つです。これを使えばあなたを狙おうとする不届き者から一切の外傷を与えることはできません。もっとも、形的には僕のモノになるから僕を拒絶することはできませんが」

 

 これが僕の精一杯だ。

 立場的に楯無さんを孕ませるのは問題。でも、織斑君が野生に目覚めて楯無さんに襲い掛からない保証はない。もしそうなった時のためのものだ。……………まぁ、鈍感クソ野郎の織斑君が目覚めた瞬間に楯無さんからの連絡で僕がキュッとしてドカーンってするけど。

 

「………ありがとう。こういうのが欲しかったの」

「本当はもっとマシなのができれば良かったんですけどね」

 

 古文書によれば、これは醜悪な当主が美人の結婚相手を信じられずに編み出した秘術と書かれていた。誰だこれを書いたの。

 それから僕に待っていたのはキス地獄(ある意味天国)と、もう1つ厄介な問題だった。




あくまでキスだけです。だからセーフ。

ということで一夏に白式が戻されました。


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ep.57 あくまで学園らしいものを

 翌日、1時限目の半分くらいまで使われる全校集会。僕は一般生徒として並んでいたけど、本音さんがいないから完全に四面楚歌だった。まぁ、織斑君は完全に唖然としていたが。

 それもそのはず、彼はいつの間にか学園祭の各部対抗争奪戦の賞品にされていた。それによって生徒たちの士気は一気に上昇。流石は暗部。人の弱いところを平気で突いてくる。………何故か僕は賞品にされていなかったけど、そのせいで彼に睨まれていた。いや、知らないよ。僕だって初耳だよ。……昨日のことで色々とあって容量オーバーによる記憶障害が起こっていたら話は別だけど。というか今日から織斑君は楯無さんと一緒に暮らすんだから睨まれる謂れはない。

 

 そして、現在。電子黒板にはクラスからの出し物案が書かれていたが、

 

『織斑一夏のホストクラブ』

『織斑一夏とツイスター』

『織斑一夏とポッキーゲーム』

『織斑一夏と王様ゲーム』

 

 見事に私利私欲で埋まっていた。

 

「却下」

 

 まぁ、そうだろうと思ったけど、出された時に拒否すればよかったのに。

 

「あ、あほか!! 誰が嬉しいんだ、こんなもん!」

「私は嬉しいわね。断言する!」

「そうだそうだ! 女子を喜ばせる義務を全うせよ!」

「織斑一夏は共有財産である!」

「ただでさえ君を含めて数人は害悪なんだから、もっと過激なサービスしたって問題ないよ」

「他のクラスから色々と言われてるんだってば。うちの部の先輩もうるさいし」

 

 と、女子に紛れて言うと何故か僕だけ突っ込まれた。

 

「ふざけんなよ! 智久だってこんなことされたら困るだろ! わかってて見捨てるなんて悪魔か!!」

「わかったよ。確かに君だけにこんなことをさせるなんて確かに酷だね」

 

 そう言って僕は立ち上がってから、この時間で言えば余計な憑きものを置いて出し物を追加した。

 

『篠ノ之箒がエッチなご奉仕』

『セシリア・オルコットを過激調教』

『シャルロット・デュノアを強制服従』

 

 これで良し。これなら来てくれるゲストも満足するだろう。僕は少し満足していると、早速3人から抗議が入った。

 

「な、何故私がそのようなことをしないといけないのだ!?」

「そうですわ! 仮にもわたくしはオルコット家当主。そのような変態行為に身を染める気はありませんわ!!」

「いくらなんでもこれは酷いよ!!」

 

 そうは言われても、

 

「……………わかったよ。代わりにこっちの案にするよ」

 

 そう言って僕はさらに追加させた。

 

『織斑一夏の股間終了のお知らせ』

『篠ノ之箒、デッドオアダイ』

『セシリア・オルコットが窒息死』

『シャルロット・デュノア、男湯侵入事件』

 

「「「「却下!!!」」」」

 

 全く。わがままだ。

 とはいえ、この人たちで遊ぶのはここまでにして……と、

 

『ご奉仕喫茶~No R-18~』

 

 どこぞのタイトルのように書くと、全員が唖然とする。

 

「これなら収益だって見込める。特にIS学園の生徒は見た目はトップクラスばかりなんだから、メイド服を着れば人を集めるのは容易いよ」

 

 そう。メイドに関して言えばこっちには織斑君のようなポンコツと違って僕がいる。この僕が、真の萌えメイド道を叩き込めば問題ない。

 

「………えっと、見た目だけって?」

「ん? だって僕、このクラスだと本音さんとボーデヴィッヒさん以外に性格まで把握している人っていないから」

 

 そんなことを言うと重い空気が充満したけど気にしない。

 

「………で、できなくはないけどさ………」

「でも、ちょっと……ね……」

「ところで織斑君、執事とメイド、どっちがいい?」

「何がだ?」

「君が着る服」

「何でそれで選択肢の中に「メイド」があるんだよ!!」

 

 嫌だなぁ。それくらい普通じゃないか……君限定で言えば。

 

「お、織斑君の執事服………」

「それ良くない!?」

「そう言えば、さっき他のクラスから織斑君を前面に出してほしいって要望も来ているんだよね? だったら織斑君の特別メニューを考えれば全く問題ないし、1組は他の生徒に文句を言われないでしょ?」

 

 そう言うとほとんど全員が頷く。まぁ、要注意人物は後でどうにかして……。

 

「だったらこれで決まりってことで。じゃあ、具体的な役割を決めようか」

 

 織斑君の代わりにそう指示して、主にリーダーとして使えそうなのをピックアップする。持ってきているルーズリーフに名前を書いて、役割の分担を始めた。

 しばらくしてチャイムが鳴り、とりあえず織斑君には報告。動きたいものが残って動くという形を取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕はとうとう、1組に対してキレた。まさかあんなことを言われるとは思わなかったのだ。

 なので騒がしい奴らを拘束して、ショートケーキを作る。材料は自炊派のために小さなスーパーがあるのでそこで仕入れてきて、学園に用意されている厨房を借りて作ったのである。

 

「で、感想は?」

 

 出来上がったので僕は拘束を解除してそれぞれ食べさせる。食べた人たちは全員が信じられないという顔をして僕を見た。

 

「ごめんなさい……」

「何よこれ、ありえない……」

「まぁ、これくらい子どもを相手にしていれば普通だよ。店で買うよりも物を限定すれば安く済むしね」

 

 そう。僕は厨房担当に回ろうとしたら、あろうことか「お前には無理」だと言われたのである。全く、僕がかつて「家庭科番長」や「指先の魔術師」という称号を持った男だと知らないからそんな馬鹿なことを言えるんだよ。

 

「すっごい。ねぇ、もっと食べていい?」

「残りは同居人に渡すからダメ」

 

 そう言って僕は予め持って来た大きなタッパを出して残ったケーキを詰めていく。タッパに鍵をして冷蔵庫に入れる。先に使ったものを洗って水気を拭っていると電話がかかってきた。楯無さんだった。

 

「どうしたの?」

『ごめん。緊急事態だから今すぐ来て』

 

 そう言えば、この後は織斑君を鍛えるために敢えて挑発して力の差を見せつけるんだったよね。……もしかして、織斑君が白式で無理矢理バリアを割いて攻撃したとか―――よし、殺そう。

 闇鋼の中に冷やしていたタッパを入れて残りの洗い物を脅しながら頼み、畳道場の方に移動した。

 

「…………何だ。良かった」

 

 織斑君が倒れているのを見てホッと胸を撫でおろす。

 

「それで、一体どうしたの?」

「実は、織斑君が私の身体に触れることができなくて―――ストップ! 前もって言ってたことよ! 他に意味はないから!!」

 

 何だ。良かった。

 

「てっきり織斑君が発情して楯無さんに襲い掛かったのかと思った」

「そんなことするわけないだろ!? お前は俺のことを何だと思っているんだよ?!」

「ハイエナのゾンビ」

 

 つまり、頭が空っぽだということだ。

 とはいえ、実力を示すのに触れることができないんじゃ意味がない。ただ、解呪するにしても方法が特殊なのだ。

 

「じゃあ、こうしよう。僕と戦って君が勝ったら楯無さんが言った条件は無し。だけど、君が負けたら大人しく指示に従ってもらう。これで良い?」

「ああ! もちろんだ!」

 

 僕は2人が来ているタイプの胴着に服装に姿を変える。そして僕は右手を上げて織斑君を挑発した。

 すると彼は僕に向かって突っ込み、腕を取ろうと手を伸ばしてきた。

 

「もらっ―――」

 

 軽く左腕を弾くように移動させると、織斑君は簡単に体勢を崩したので腹部に飛び蹴りを放つ。諸に食らった織斑君はそのまま倒れるけど、大人しく倒すほど僕は―――君に対して友好的じゃない。

 そのまま引きずるようにしてその場を回転。掴まれた腕を今度は僕が掴んで遠心力を利用して織斑君を放した。

 

「うわぁあああああッ!?」

 

 辛うじて頭を守るために背中を犠牲にする織斑君。咄嗟に白式をボディにのみ展開してやり過ごしたようだ。そのセンスだけは凄いと思うけど、そうしないといけないのは君が対応できないのは敗北宣言に等しい。

 

「これでわかった?」

「クソ! まだだ、まだ終わな―――」

「もう終わりだよ」

 

 すぐに彼の側面に回って飛び蹴り。だけどそれが織斑君の狙いだったのか、僕の足を掴んだ。

 

「捕まえた!」

「でも片足だけだよね?」

「え?」

 

 残った左足で思いっきり織斑君の顎を蹴り、意識を飛ばした。

 なんとか異能を使わずに勝てたけど、もう少し立ち回りを改良する余地がある。これじゃあ、彼に―――舞崎静流に勝つのは難しい。

 

「………ところで思ったんだけど」

「何かしら?」

「今の織斑君、ちょっと違和感がなかった?」

 

 戦闘力が底上げされているみたいな感じだ。僕の戦い方そのものは型がないタイプだから対応しきれなかっただけで、これまでの織斑君から考えてそれなりのスピードになったはずの僕の側面からの攻撃に対応できるなんて思わない。

 

「……正直なところ、彼自身が何かをしていたかどうかわからないの。あなたが夏祭りで会った事で夏休み中に初めて居場所がわかった程よ」

「………ちょっと、怪しいね」

 

 本音を言えば、僕としてはこのまま織斑を消し炭にしたい。したところで真っ先に僕が疑われるからしないけど。

 

「………ちょっと調べておく必要があるわね」

 

 そう言って楯無さんは織斑君の髪を採取する。僕は保存用の袋を出して渡した。さて、運ぶか。

 僕は台車を出してその上に織斑君を乗せて運んだ。

 

「………何をやっている、時雨」

「諸事情により織斑君を気絶させたので、その処理です」

「………………まぁ、お前がされたことを考えればそうしたいのはわかるが、埋めるなよ」

「姉としてのコメントは……?」

「正直言うと、まだ状況に追いつけていない」

 

 ショタ時代のイメージが根強いのか、織斑先生の目が虚ろになっていくのは正直楽しい。

 

「大丈夫です。とりあえず保健室のベッドの上に放置しておくので」

「運び出す前に症状は見ましたが、気を失っているだけです。時期に目を覚ますでしょう」

 

 楯無さんのフォローもあって、「そ、それなら良いが」といった風に去っていく。

 

「やっぱり、拘束して「ご自由にどうぞ」って書かれたプラカードでも置いて下半身を露出させておくべきかな」

「止めて。そんなことをしたら問題になるから!」

 

 生徒会としてはこれ以上の問題は起こしたくないようだ。仕方ないので自重しておく。良かったね、織斑君。生徒会長が常識ある人で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 男はふと、何かを感じた。

 恍惚な表情を浮かべる女性を放置し、無理矢理抜く。懇願するように女性が男の局部に近付くが、遠慮なく引っ叩いた。そしてシャワーを浴びて、最低限の服装を着ると彼のプライベートルームに入る。

 

(………チッ。オリジナルの奴、やられてやんの……)

 

 パソコンを起動させると、20秒もしない内に10台のモニターが展開される。

 男は腕を大小様々な腕を両肩から出して作業に取り掛かった。

 

(どいつもこいつも、情事に浮かれているってか? 本当に緩いな、この学園は)

 

 画面の1つには智久と楯無が映し出されている。その近くには一夏がおり、寝ている姿を見て男はため息を吐いた。

 

(……クッソ使えねえな)

 

 心からため息を吐く。男にとっては予想通りではあるが、素直に喜べない。

 そもそも、一夏には男の戦闘データが入っているはず。レベルとしてはかなり上がっているはずなのに倒せる存在を倒せていない現実に男は頭を抱えた。

 

(………だから俺らが舐められるんだろうが……)

 

 本音を言えば、男は自分が一夏に入って戻るべきだったと思っている。そうすれば自分を生み出した女の妹を孕ませることは最早秒読み。晴れて創造主の願いは叶えられるだけでなく、自分の欲求も満たされて一石二鳥だ。もちろんそこにはその妹―――箒の意思はない。

 

(………って言うか、何で俺が人間なんかに素直に従っているんだか。馬鹿らしい)

 

 頭部を掻きながらそんなことを思うが、創造主からは無用な暴走は厳禁とされている。闘争と性交が好きな男にとってそれは最早苦痛でしかない。

 

「あーあ。暴れてえな」

「―――ダメですよ」

 

 後ろから少女にそう言われて男は舌打ちした。

 

「あなたの暴走によってこちらが色々と面倒な事をさせられるのは割に合いません。自重しなさい」

「イチイチうるせぇんだよ、チビ」

「………どうやら痛い目に遭いたいみたいですね」

「事実を言われてキレてんじゃねえよ、ガキ。あーあ、何かやる気なくし―――」

 

 男は腕を薙いで飛んでくるナイフを弾いた。

 

「………何弾いてんだよ」

「何だ、負け犬。って言うか、いきなりナイフ投げんなよ。そんなに自分の居場所をちゃんとした準備の状態で攻められたのが悔しかったのか?」

 

 これまで束は何度か外部の襲撃を受けたことがある。しかしそれはどれも軽い装備しかなく、たまたま鉢合わせた程度のものだった。しかし、あの襲撃は明らかに異常だった。

 あの日に限って言えば襲って来た兵器のすべてが完全装備であり、特に戦闘機のパイロットは完全に自分を殺しに来ていた。それに加えて、自分のどこか似ている意匠を持つ無人機。しかも束にすぐに奪い取れないものという事はつまり、自分が作ったコアが使用されていないことを示している。

 それ以降、束はとにかく荒れていた。一夏に何かされていたのも八つ当たりに近いものがあった。

 

「あまり余計なことを言うと、消すよ? お前はもう用済みなんだから」

「へいへい。自重しますよ」

 

 そう答えると満足したのか束は消える。しかし本音を言えば、男は気付いていた。オリジナルである織斑一夏にはもっと自分が必要だと思われていることを。



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ep.58 一般人の本音

 翌日。その6時限目はHRで学園祭の準備が進められていたが、

 

「いい加減にしろ!!」

 

 僕は思わずそう怒鳴った。その相手である織斑君はまさか怒るとは思わなかったのか、織斑先生に怒られた時並に驚いている。

 

「だ、だってさ―――」

「こっちにだって都合があるんだよ!! なのに君はさっきから自分の都合ばかり優先して僕の邪魔ばかりしてさ!! そんなに教えられるのが嫌だって言うならなぁなぁばかりで終わらせてきた自分自身を怒れよ!!」

 

 もうそろそろ限界だった。

 クラスのほとんどが撤退を開始している。中には怯えて逃げ出せずにいるが、他の生徒が庇うようにして逃げ去った。

 

「でも、昨日のあれは―――」

「―――ちょっと! さっきからうるさいわよ!!」

「ちょうどいいや。悪いけどこれを2組で引き取ってくれない? そうじゃないならIS学園を4人以外を除いて沈めるから」

 

 他に2人ほど普通に生還できるし、遠慮しなくてもいいだろう。IS? 使うけど? たまには自分たちがこれまでしてきた過ちを実感するには良い機会じゃない? 実感すると同時に死ぬけどね。

 

「落ち着いてください、時雨さん。今ここで叫んだって何の意味もありませんわ」

「そう。じゃあ君はまず―――」

 

 オルコットさんが持っていた皿の上にあるものをすべて彼女の口に入れて、近くにあったペットボトルの中に入っている水分をぶち込んだ。予想通り、彼女は白目を剥いて倒れる。ああ、やっぱり。前々から思っていたけど彼女の料理は死への逃避行物だったか。

 

「全く。この程度の屑が僕に指図するなよ。家事スキル0のゴミが」

 

 っと、どうやらこれはフェイクだったらしい。織斑君の姿はどこにもいない。どうやら諦めて帰ったようだ。

 全く。織斑一夏という存在は本当に僕をムカつかせる。今度余計なことを言った瞬間に闇鋼を部分展開して頭を握り潰してしまうかもしれない。まぁいいや。どうせこの際だし、オルコットさんのバストサイズを調べておこう。

 

「ごめん。誰かオルコットさんを支えておいて」

 

 そう指示すると、巻き添えはごめんなのか誰も来ない。仕方がないので僕は彼女を椅子に座らせて勝手にメジャーで測った。ふむふむ。これの数㎝程度大きければいいかな。

 

「ねぇ、セシリアのスリーサイズが勝手に取られているけど……良いの?」

「ほら、よく言うでしょ? 命を大事にって」

 

 何か言っているけど、気にしない。………とりあえず、オルコットさんは厨房に入ったら腕を切り落とすと指令書を書いておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、一夏はとある女子生徒に廊下に連れ出されていた。ほとんどの生徒が学園祭の準備をしているため2人だけとなっている。まさしく告白にはうってつけ―――なのだが、その女生徒の目的は告白ではない。

 

「鷹月さん、急にどうしたんだよ」

 

 人気がない場所に連れ出された一夏が尋ねると、鷹月静寐は振り返って言った。

 

「織斑君、もう時雨君に余計なことをしないでくれない?」

「え? 何でだ?」

「迷惑なの」

 

 ドストレートに言われた一夏は驚きを隠せない。

 

「今、クラスは学園祭に向けて準備しているの。クラス代表の仕事をせずに自分のことばかりのこと優先しないで。準備する気がないんだったらせめて邪魔だからどこかに行ってて」

「邪魔って。大して変な事してないだろ」

「してるわよ。あなたが時雨君に声をかけること自体がクラスにとってマイナスなの」

 

 実際、その通りだった。

 その日の朝、智久は高級品と見間違うほどのメイド服を持って来た。智久が言うには「萌えを省いて正統派を出してみた」とのことだが、セシリアが太鼓判を押すほどの出来具合だったのだ。

 それによって智久はクラス代表を押し退けて学園祭でのクラスの引っ張り役としての地位を獲得したと同時に一夏を不要な存在とした。何よりも良いポイントは、素材が余っているから使用して良いということであり、素材調達による費用が抑えられるのは彼女らにとって好条件でもある。その分の費用はクラスに返り、後々役に立つからだ。

 もっとも、静寐個人は智久が努力していることは前々から知っていたが。

 

「本当はこんなこと言いたくないけど、織斑君。今のあなたは「織斑千冬の弟」としか見られないって気付いている?」

「………それってどういうことだよ」

「そのままの意味。織斑先生が持っている力によって専用機を手に入れただけに過ぎないって思われているの」

 

 学園内ではそう考えられていないのは千冬の信者が多いが、学園外では圧倒的に違う。

 IS関係のことはニュースにされやすく、しかも夏休み前の戦闘で智久と一夏の実力の差に加えてあのニュースで織斑一夏に関する情報はかなりばら撒かれた。決して誰とは言わないが委員会から智久に色々と制限が課されたこと、学年別トーナメントでは課された状態や妨害があったこともとっくに漏れている。そんな状況の中、また一夏が専用機を手に入れたとなれば一般市民は「何らかの勢力が一夏を上げている」と考え始めたのだ。

 

「…………それは……」

「あなたと時雨君とじゃ、そもそもの考え方が違う。あんなことがあって、本来なら時雨君はもっと荒れて凰さんやオルコットさん、それにデュノアさんや篠ノ之さんはもっとひどい目に遭わされたっておかしくないのよ。出会い頭に殴ったりとかね」

「そんな酷いことして良いわけないだろ!?」

「織斑先生を殺されかけてキレたあなたがよく言えるわね。それに何も知らないって思っているなら違うわよ。銀の福音が暴走して、4人の専用機持ちがあなたの敵討ちに出たせいで私たちが死にかけたことはもう知っている。1組は織斑先生のクラスだからそう言う事を話題にしたがらない人が多いけどね。少なくとも私はあなたたちの事をよく思ってないわ」

 

 そう言って静寐は一夏を放置したままクラスに戻った。

 

 

 鷹月静寐は、1組では珍しく良識を持った人間だ。大半が織斑千冬の熱狂的なファンである中、彼女もまたそうではあるが女尊男卑の思考は持っていない。とはいえ彼女も最初は一夏の方が気になった。

 そもそもからして、智久と一夏とでは考え方が違う。一夏の行動は無知ゆえの行動だったが、静寐を含め「カッコいい」と感じるものだった。

 だが、6月のある日、彼女の世界はひっくり返った。

 一夏とシャルロットの優勝。その試合の結果はどう見ても智久が勝っているように見えたのもそうだが、ラウラの機体が暴走したことによる結果であり、どうにも腑に落ちなかった。

 さらに7月の男子2人の試合はどう見ても異常だった。一夏が零落白夜を使い続けているのにエネルギーが切れない。白式の弱点は活躍していたこともあってもはや周知の事実であり、大半が疑問を持っていた。

 そしてとうとう、あの事が発表された。

 それまで智久には様々な噂があったが、すべてを否定するニュースであり、自分たちにISが攻撃した本当の原因は専用機持ちたちの暴走で、シャルロット・デュノアが会社のスパイで一夏がそれを庇っていたことも。すべてだ。

 それ故に静寐は、自分がISに関わることに疑問を持った。同時に自分が女であることに嫌悪し始めた。

 

「………バカみたい」

 

 自分が、そして女だから男に優遇されて当然だという考えが。

 だから彼女は―――IS学園を辞めることを決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「更識さん、もし俺と智久が本気で戦ったらどうなると思いますか?」

 

 放課後、一夏は楯無にそう尋ねた。楯無は驚いたが、すぐに冷静になって分析する。

 

「…そうね。彼にも得手不得手があるから……制限勝負だとあなたが勝てる勝負はあるわよ」

「いや、ISの話なんですが……」

「白式の状態によるけど、5つぐらい智久君の機体に何かしないと無理ね」

 

 楯無は一度、智久と戦ったことがある。

 とはいえ闇鋼のいくつかの機能を封じた状態なのだが、それでもミステリアス・レイディのダメージレベルがBに到達する程だった。それにおそらく、智久が本気を出していない状態でだ。

 勝負としては楯無の勝利だったが、智久は今も家事スキルと同時に戦闘スキルを上げている。7月時点ですでに大差がついている以上、一夏が智久に勝てる可能性はほぼ0だろう。

 

(………本気出したら福音を簡単に潰せたって言ってたし)

 

 おそらく生半可の機体で単機で挑んだら、本気を出した智久相手ではまず勝てない。それは国家代表も含むんじゃないだろうかと楯無は予想した。

 

「でも、急にどうしたの? もしかして智久君のことを意識したとか?」

「それもありますけど………」

 

 一瞬、嵐の予感がした楯無だが、智久の性格上絶対ないと確信する。

 

「智久に言われたんですよね。「今までなぁなぁで終わらせてきた」って」

「全く間違っていないわね。結局デュノアさんの件だって智久君が解決したようなものだし」

 

 一夏の身体を見えない刃が貫く。だが実際そうだ。智久が展開を考え、周りが動いたようなもの。だがシャルロットはそれを仇で返すようにした。

 

「さて、休憩は終わりよ。これからはビシバシ行くわ」

「……あ、そうだ。更識先輩、ちょっと聞きたいんですが」

「何かしら?」

 

 ずっと疑問になったことを一夏が躊躇いなく聞くと、楯無は普通に返した。

 

「何か俺、セシリアや鈴に避けられている気がするんですけど」

「そりゃそうよ。国から接触を禁じられているもの。各国はあなたを危険人物として指定して、智久君を引き入れるように動いているわ」

 

 特にイギリスと中国、フランスが主にそう動いている。ドイツはすでに学園を通じて販売しているので下手に手を出した方がデメリットがあると考えているようであまり動いていないが。

 

「積極的なところはハニトラも使ってくるだろうしね。特にアメリカは1年に専用機持ちはいないからそうことは平然と使うでしょうね」

「じゃ、じゃあ、智久を守った方が良いんじゃないですか?!」

「大丈夫。それに関しては問題ないから―――それよりも」

 

 一夏の後ろが急に爆発し、怯えながら一夏は振り向いた。

 

「あなたはまず、PICのマニュアル制御を完全に習得する必要があるでしょう? 他人を心配する余裕、あるの?」

 

 ―――清き熱情(クリア・パッション)

 

 楯無は、一夏を決して甘やかすつもりは一切なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー……うー……」

 

 食堂で食事をしていると、織斑君がうめき声を出してくる。正直うるさいことこの上ない。

 

「ちょっと織斑君、気分が下がるからしんどいならさっさと部屋に帰ってよ。食事がまずくなる」

「……そうは言っても……智久は更識先輩の指導を受けていないからそんなこと言えるんだよ……」

「受ける必要がないからね。専用機持ちの中じゃ強い方だし」

 

 もっと言えば専用機単体で言えば間違いなく上だし。楯無さんには手加減しちゃったけど、スペック上では間違いなく闇鋼が上だ。

 

「でもよ~……」

「ねぇおりむー。あんまりうるさいと―――スパナ投げるよ?」

「落ち着いて本音さん。スパナはボールじゃないし当たったスパナが可哀想だよ」

「そこは俺の心配しろよ!」

「……え?」

「……してもらえる立場だと思ってるの?」

 

 まず現実を、そして自分が今どれだけ酷いことを言われているか知った方が良いと思う。

 

「………2人って、本当に仲がいいよな」

「まぁ、これが普通だよね」

「おりむーは~おバカさんだから~手遅れだったの~」

 

 ミルクせんべいを頬張ってそう言う本音さん。周りにはクリームが付いているので濡れタオルで拭いてあげる。その時の顔がともかく可愛い。ちなみに虚さんも同じ表情するのでギャップを含めて凄く可愛かったりする。

 

「………馬鹿って言う方が馬鹿なんだぞ」

「いや、本音さんの言う通りだろ」

「そこは否定しろよ」

 

 と言いながら、僕は人数を配置している。

 今回の喫茶店は織斑君を売り物にして、後は社交性が高い生徒で固めるつもりだ。デュノアさんには厨房に回ってもらって、ラウラさんには接客かな。今は鷹月さんに面倒を見てもらっているし、大丈夫だろう。場合によっては宣伝にも行ってもらおう。

 

(問題は……篠ノ之さんだね)

 

 アレがまともに機能するかどうか。バニースーツをせっかく準備したのに拒否された。

 

「全く。篠ノ之さんのメイド服なんて最初から準備していないって言うのに」

「ねぇねぇ、何でしののんのメイド服がないの?」

「篠ノ之さんの魅力って言ったら胸でしょ? むしろそれ以外は男に対してデメリットしかないから、敢えて強調するためにバニースーツしたんだ」

 

 こうなったら篠ノ之さん用のメイド服を少し改造したタイプの物を作ろう。それで宣伝してもらえば問題ない。

 そもそも、どうして僕がこうして学園祭に力を入れているか。それはもちろん―――他学年や他のクラスを下にするためだ。そもそも何故か僕は舐められている。ここらで一度黙らせる必要がある。特に僕は全世界という点で唯一ハーレムを作れる権利を持っているから、警戒している女は多いのだ。

 

(一度、格の差って奴を見せつけてやる!)

 

 もちろん、萌えを知っているか否かの差だ。訪れるのは大体が男性客だから―――経費の回収は他クラスを圧倒するだろう。

 その状況を喜びつつ、食事を終えたら僕は頼まれていた仕事をしながらトレーニングするために外に出た。そろそろ、素手で大木を切断できるようにならないと。




鷹月さんがIS学園を辞めるそうです。

……でもある意味それってステータスですよね。男を見下す人間じゃないというステータス、ですが。


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ep.59 学園祭、始まる

「………智久、聞いていいか?」

 

 学園祭当日。執事服を着た織斑君がそう聞いてくる。

 

「何かな? 個人的に君は敵役かクール系がハマると思うんだけど」

「いや、何がだよ。じゃなくてだな―――このメニューは何だよ!?」

 

 そう言ってメニューを見せてくる織斑君。何か不満かな。

 

「別に普通だよ?」

「普通じゃないだろ!? 何だよこの「織斑執事とポッキー占い」ってのは!?」

「織斑執事と情熱的な舌絡めキスをすることができるだけなんだけど?」

 

 もしかして織斑君の脳波もうとんでもないレベルで退化していたのか? そっか。

 

「仕方ない。わかりやすく説明するとね、注文した人と1本のポッキーを食べていくんだ。そして最後にキスをする―――というのが通例の流れ。というわけで頑張れ」

「頑張れじゃねえよ!? お前もしろよ!!」

「いや、僕執事じゃないし。それに学園内での人気投票だと僕より君の方が圧倒的に多かったから仕方ないんだ」

 

 だから僕は荷物運搬に回るよ。レシピは僕に土下座してまで頼んできた人たちに教えたし、きっといい物ができるだろう。

 

「頑張れ、織斑君。この学園祭での成功は君にかかっている」

「ふざけんな!!」

「僕は運搬係だから、ゴミが溜まったりしたら捨てに行ったり別の部屋から運ばないといけないから」

「それは俺もや―――」

「適材適所だよ、織斑君。あ、君に休憩時間はないから」

「ブラック企業も涙目だろ?!」

「さっきも言ったでしょ、適材適所だって。あ、だからもし友人を呼んでたりしたら今の内に断っててね。まぁ、呼ぶわけないよね。こんな祭りに一般人を呼んでいるならそれこそ正気の沙汰じゃないけど」

 

 ちなみに僕は呼んでない。まぁ、あの子なら呼ばずとも企業の力で来るだろうしね。

 少しすると学園祭が始まり、宣伝係がIS関係者の大人たちを狙って宣伝に出発した。それを見送りながら僕は少し前に言われたことを思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「侵入者?」

「そう。おそらく危ない人たちが来るから十分に警戒してね」

「私の方でもそう言った人間かどうかを確認しますが、何分人が多くて見落とす可能性の方が高いんです」

「…………というよりも、どっちかというと「捕縛」が目的ですよね?」

「……そうね。今回の相手はひたすら存在が謎だから、織斑君を餌にして誘き出そうって作戦よ」

 

 本人が聞いたら怒りそうな作戦だなぁ。うんまぁでも、僕は笑って聞かなかったことにしよう。

 というか、それなら最初から織斑君を1人で放置させて釣ればいいのでは?

 

「そうしようかと思ったんだけど……実は今年度の予算が、ね」

「………まぁ、なんとなく予想は付きましたが、そういう場合ってその国から請求できるのでは?」

「それでもある程度なんです。自分の国の代表候補生がした分の補償ぐらいちゃんとしていただきたいものです」

 

 虚さんがそう愚痴をこぼすと、僕の心情が下がると思ったのか僕の方を見る。だけど僕は日頃から彼女の苦労はなんとなくわかっているから彼女を抱きしめて頭を撫でてあげた。反応が可愛いしして良かったと思ったけど、楯無さんからの視線が怖いです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちなみに本音さんは最初から仕事のメンバーに入れていない。というか、これはわがままなんだけど………他の男にあまりメイド姿を見せたくないって言うか……。そう言うと全員から微笑ましそうな笑みを浮かべられた。

 

(あ、そうだ。人員の整理をしないと……)

 

 僕は布仏姉妹にスポーツドリンクをお届けしに行くつもりだったんだけど、後ろから妙な気配を感じた僕は少し遠回りをすることにした。

 

(かなり好戦的だった気がするけど……)

 

 気のせいだと思うけど、悪い予感が当たりやすいのは人間の運命かもしれない。

 まぁ、好戦的な人と会ったらドンパチに発展するし、大人しく過ごしたい僕としてはあまり会いたくない人間だろう。

 しばらくすると学園の正門に着いた。そこでは布仏姉妹がせっせと来賓を捌いている。声をかけるのは少し後にしておこう。もし僕が割って入ったら2人に迷惑がかかるし。

 大人しく待っていると、後ろから急に誰かに抱き着かれた。ヤバい。警戒を―――

 

「あ~。智久様はいつもと同じく良い匂いがします~」

 

 ………あ、これはしなくていいものだ。

 誰がしてきたのか察した僕はその相手をゆっくり離そうとするけど、思いっきり抱き着かれているので全く離れないどころか抵抗してくる。

 

「こらこら。そろそろ離れなさい、雫」

 

 後ろから来た男性がそう言うと、北条さんはさらに強く僕を抱きしめた。

 

「嫌です。今日を逃せば私は他の方と違ってこうして抱き着くことができませんからハーレム人員の1人として甘えるのは合法なんです」

「………ごめん。せめて前からでお願いします」

「わかりました」

 

 僕は反転すると北条さんはまた抱き着いてきた。

 

「すまないね、時雨君。その、妹は少々甘えたがりというか、北条家にも色々あってね」

「いえ。女の子に好かれること自体嬉しいので」

 

 考えてみれば、中学時代の時は本当に低身長を馬鹿にされてたなぁ。今ではこんなに大きくなりました。

 

「ところで、あなたは……」

「私は北条卓。雫の兄だ。更識家では戦いを見せてもらったよ」

「………あの場にいたんですか」

 

 兄としてはかなり複雑な心境なのではないだろうか? 好きな女を奪われた挙句に妹も同じ男を好いているのだから。

 

「いやぁ、助かった。実は私もあの戦いに参加するのは心苦しくてね。優勝したら辞退して君にその権利を譲ろうと思ったんだけど、どうやら杞憂だったようだね。それに父も君が出ていることを伝えたら諦めてくれたよ」

「………それなら良いのですが、良かったのですか?」

「まぁ、個人的に子どもを作るのは高校卒業後にしてもらいたいけどね」

「私は今すぐでも構いませんよ?」

 

 上目遣い、ダメ、絶対。

 平然と上目遣いで誘惑まがいをしてくる北条さんに僕はチョップした。

 

「痛いです~」

「全く。抱き着くのは良いけど上目遣いはダメだよ」

「…………そこを注意する男は初めて見るな」

 

 僕をまじまじと見るお兄さん。まぁ、なんというか………こればかりはこだわりだ。

 

「ところで、これから邪魔者はいなくなるのでここでデートとかはどうでしょう?」

「………えっと……それは……」

 

 少しマズいのではないだろうか?

 男としてモテるのは嬉しい。だけどもう既に婚約者とか許嫁とかもいるし、イチャイチャしているし……。

 

「―――あら、良いじゃない」

 

 その声に僕は本気で震えた。って言うかあれ? 今日1日は織斑君に付くって言ってたのに……。

 

「何でこんなところにいるんですか? 織斑君には休憩時間がないようにメニュー設定してきたんですけど。………って、何で店のメイド服を着ているんですか!?」

 

 大衆に見せたくなかったからわざわざ作らなかったって言うのに……!!

 

「あら、嫌だった?」

「当たり前じゃないですか!? だから僕は本音さんの分も作らなかったのに………」

 

 何で僕があんなクズ共に本音さんや楯無さんの萌える姿を見せなければいけない。

 

「もう、脱いでください! 今すぐ!」

「ちょっと待って。流石にこの場で脱がすのはどうかと思うんだけど?!」

「じゃあちょっと動かないでください!!」

 

 そう言って僕は楯無さんの両肩に触れて服をいつもの制服に入れ替えた。もちろん肌は露わになっていない。日曜朝8時半から放送されている例の番組のように謎の光を発動して入れ替えたのだ。

 

「これで良し」

「いや、あの、良しじゃ………」

「ちょっとは自重してくださいよ、楯無さん。あまり勝手なことをされると、ここに来た大臣とか消す手間がかかるんですから」

 

 主に血を落とす作業なんだけどね。

 

「わかった。わかったから、ちょっと落ち着いて」

「智久様、今日は私でリラックスしてくださって構いませんからね」

 

 じゃあ、今日はお言葉に甘えようかな。国家代表候補生って、総じて使えなかったから。なお、接客に関しては意外にもラウラさんも含む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 虚と本音に差し入れを置いて行った智久は雫と一緒に店を回る。とはいえ智久にも仕事はあるので1組からあまり距離を取らない場所での行動に限るが。

 

「……それで、雫ちゃんはISを?」

「ええ。所持しています」

 

 今回、北条家がここに訪れた理由はいくつかある。

 1つは智久の護衛であり、雫はそれを担当するためにIS学園に来た。彼女も智久と一緒にいられるというメリットがあるためすぐに承諾したとか。

 そして、これは北条家がもっとも重要視していることだが―――

 

「それで、あの話は考えていただけましたか?」

「………ですが、それによってパワーバランスが崩れて戦争状態に発展するかと思いますよ?」

「その準備は既に揃っています。だからこそ決断していただきたいのです。北条家と更識家の合併を」

 

 その言葉に楯無は少し卓を睨む。

 

「少し声が大きいかと」

「すみません。ですが、これは急を要することでもあります。特にあなたたちは、ですが」

 

 この話は、北条家が持ち掛けたことだ。そして原因は智久にある。

 智久は轟家の生き残りであり、唯一その所在をわかっている存在だ。その智久は徐々に力を付けているがまだ幼さと優しさを残している。それ故に更識家のいずれ未来を担う女たちを手籠めにしただけでなく雫ともそう言う関係になりかけている。そこに目を付けた北条家は更識家と合併することを持ちかけたのだ。つまり、北条家は智久を使って轟家の再興―――というよりも、これからも狙われる智久を更識家と協力して守るつもりだった。

 そもそも智久をさらって遺伝子を取れば北条家の力ならばクローンなり北条の血を混ぜた子どもを生み出すこともできるが、それによって智久の反感を買いたくないだ。それほど北条家は智久の実力と闇鋼のスペックを危険視していた。

 そして更識家だが、最近の資金事情が苦しいのである。

 特に楯無がロシアの国家代表になってからというもの日本の仕事が一段と減ってきていて北条家の方へと流されているのである。もし北条家と合併すれば仕事量が戻るのもあるが、轟家の生き残りを独占することによる他家からの粛清も免れる。特に関東区域に関しては北条以外に更識に喧嘩を売れる家はないのだ。

 

「………もう少し時間をもらえませんか」

「ええ。こちらとしてはもう」

 

 楯無も正直、焦っている。

 父に相談すると「お前が決めろ」と返されるし、他に相談する宛てがないし、智久に相談すること自体論外だ。

 

(…………しかも、私だけ織斑君と同居だし)

 

 本当なら智久と同居して頭を撫でてもらおう―――と思っていたが、急に一夏がISを持ったことで各国から狙われているという報告が入ったりと楯無の夏休み後半のスケジュールは過密だった。それゆえに彼女は―――今日来るであろう敵に八つ当たりをしようと考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………本当に、準備は良いの?」

 

 はるか上空、IS学園から探知されない空域には2機のISが滞空していた。とはいえ1機はISというよりもボールだが、ISである。

 

「構いません。それに今更、後に引けませんから」

 

 そう言ってオレンジ色のラファール・リヴァイヴを身に纏う少女はハイパーセンサーで智久と雫を見る。

 少女はこれまで、従者ではなく1人の似たような境遇の仲間として智久と接してきた。だがそれもここまでであり、これより彼女は偽りの主ではなく本物の主のための行動する。それが世界の―――いや、本当に仕えたい智久のためと考えている。

 

(………そもそも……この世界はまだ不完全だから……)

 

 女性優遇制度は確かに撤廃された。しかしまだ一部では「女性の方が優れている」という思考を持っている女は確かにいて、今も智久を殺そうとしている。少女にしてみればそんな愚かとしか言いようがないが、それらを撲滅するためにはまだまだISが足りないのだ。そして、そんな下らない存在ごときで少女は智久に人を殺してほしくなかった。

 

(………智久様のためなら………智久様がどのような形であれ私を愛してくれるなら………)

 

 ―――例えそれが―――わが身が監禁される程度ならば、私は喜んでこの身体を差し出しましょう

 

 そのために少女は引き金を引く。家族を殺した今の主に仕えているのは、それが本来の形というのもあるが、少女が殺したい人間を消すためにはそっちの方が都合が良いのだ。

 

 ―――セシリア・オルコット

 

 ―――凰鈴音

 

 ―――シャルロット・デュノア

 

 ―――篠ノ之箒

 

 そして―――織斑一夏

 

 少なくとも少女はその5人を―――自分たちの家族を奪ったその5人を隙あらば殺すつもりだった。



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ep.60 ようこそ本性

「とぉおおもぉおおひぃいいいさぁああああッ!!」

「煩いですわよ、下郎。せっかくの私と智久様の優雅な時間を邪魔するとは。身の程を弁えなさい」

 

 織斑君に対して冷静に対処する北条さん。

 

「北条さんは彼を見てなんとも思わないの?」

「蛆虫だなぁとしか」

「そんなドストレートに言われたの初めてだぞ!?」

「そんなことより、私のことは名前で呼んでくださっても良いのですよ? もうほとんど私たちの関係は決まっている事ですし」

「……雫ちゃん?」

 

 名前を呼ぶと目を輝かせて僕の胸に飛び込んで来た。にしても、今まで敢えてスルーしていたけどかなり胸が大きいんだよね。確かDぐらいかな。身長は158㎝だから……ちょうど良いのか?

 

「えへへ……初めて名前呼ばれた……」

 

 名前を呼んだのがそんなに嬉しいのか、雫ちゃんは普段見せるクールな感じが完全に崩れていた。

 

「なんか、そうして見ると兄貴に甘える妹みたいな感じだな」

「それよりも織斑君、仕事は?」

 

 後ろから鷹月さんに言われて織斑君は固まった。

 

「で、でも智久は―――」

「言ってなかった? 時雨君は学園祭中は仕事なしだよ」

「………え?」

「そんなことより、織斑君はさっさと仕事してきなさい」

「でも―――」

「織斑君」

 

 雫ちゃんを少し離して、僕は織斑君の肩に手を置いて言った。

 

「このままだと、織斑先生がメイド服で肥えた豚共の相手をすることになるけど、そしてエロ展開に発展することになるけど?」

「な!? 本気で言ってるのかよ?!」

「織斑先生には既に了承を得ています」

 

 すると織斑君は目の色を変えて仕事に戻った。

 

「ありがとう、時雨君。それにごめんなさいね。せっかくのデートなのに………」

「気にしないで。それに謝るのはこっちだよ。結局鷹月さんに問題児関係を押し付けているし」

「それこそ気にしないでよ。時雨君は織斑君の代わりにクラスの意見をまとめて、ケーキ作りだって監督してもらったんだし。衣装だって大半を作ったんでしょ? これくらい安いわよ」

 

 ここまでしっかり者だと、彼女だったらクラス委員としてちゃんとできていたかもしれない。一度楯無さんにクラス代表の仕事の分担制度の導入を考えてもらおうかな。

 

「だから、今日くらい楽しんできてね」

「ありがとう。今日はお言葉に甘えさせてもらうよ」

 

 そろそろお暇しますか。

 会計を済ませて僕らは外に出る。当然、ここでおごってもらうなんてことはしない。むしろおごることが体勢追だ。

 

「……それで、織斑君はどうだった?」

「所詮は七光りですわね。あのようなゴミが智久様の友人面するのが耐えられないので―――あわや殺すところでした」

 

 ………早めに出て正解だったみたいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午後も2時を回った頃。

 流石に盛況だったのか、1組の方は閑散し初めてきた。うん。まさしく頃合いだね。

 

「じゃあ、僕は行って来るから。いざという時はちゃんと連絡してね。カッコつけて時間稼ぎをする展開は所詮小説だけだから」

「わかりました。いざという時は連絡します」

 

 僕は雫ちゃんと別れて闇鋼に搭載されているセンサービットを飛ばす。これで戦闘区域をすぐに特定するためだ。

 

(………僕の予想通りだったら、ちょっと戦いにくいかな)

 

 とは言っても、覚悟はとっくにできている。生かす覚悟と、殺す覚悟。

 したは良いけど動かなかったら恥ずかしいけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一夏は嵌められていた。

 楯無からの急な呼び出し。応じる時に静寐から許可が出たのは驚き、どうしてか―――殺されかけているのである。

 実は一夏が残念極まりない王子の格好をさせられたのは、王冠を手に入れたら一夏と同居する権利が与えられるのである。そうしたのは襲撃後も油断したところに襲ってくる可能性があるため、その可能性を潰すためだ。もっとも、今は―――一夏を餌にチャンスを与えているわけだが。

 

「ちょっ、何で―――」

「良いから寄越しなさい!」

 

 そして今、一夏は鈴音に殺されかけていた。

 その光景は智久はもちろん、最終的に様々な女を抱いた男や好きな女を魔術に近い科学力で奪った男が見れば本気で引くぐらいの戦闘が繰り広げられていた。

 

「何がだよ!?」

「王冠よ!!」

 

 楯無の口車に乗せられたとはいえ、仮にも好きな相手に付き合ってもいない段階で暴力をしたら嫌われるのは必須なのだが、鈴音は国からの命令や智久にぼろ負けしたストレスを一夏に攻撃することによって発散していた。さらにセシリアやシャルロット、箒までいる。

 それを中継で見ていた簪は本気で呆れていた。

 

(………バカばっか)

 

 いざとなれば戦力として使うことは頭に数えられているが、簪的には「こんな馬鹿共と組みたくない」というのが本音だ。

 そもそも簪も智久と同じく「帰ったら戻って来ない」と思っていたのだが、平然と戻ってきて内心呆れていた。今はまだ問題を起こしていないが、いずれ問題を起こす爆弾のような存在が現れて気だるいほどである。

 

 

 

「ともかく、どこかに隠れないと………」

 

 強襲に加え、狙撃に襲われる一夏。なんとか逃げ切った―――と思ったら、箒が刀を構えていた。

 

「一夏。お前の事情は把握した」

「箒……」

「大丈夫だ―――私が一撃で終わらせる」

 

 箒にしてみれば「一撃で王冠を奪う」のことだが、一夏にしてみれば「お前を殺す」と宣言されている風にしか聞こえなかった。

 

「待ってくれ箒!」

「問答無用! はぁあああッ!!」

 

 斬られた―――そう思った一夏だが、気が付けば自身が宙に浮いていた。

 

「え? な―――」

「こっちです。早く」

 

 何かに叩きつけられ、一夏は腕を引っ張られる形でその場を去る。

 その光景を見ていた楯無も、そして簪も驚いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「着きましたよ」

「はぁ……はぁ……ど、どうも…………。えっと、ところであなたは―――」

「あ、私は―――いや、まぁいいか」

 

 営業スマイルを解いたその女性は脅すように言った。

 

「選べ。白式を寄越すか。今ここで死ぬか。まぁ、死んでも結局奪うがな」

「なに言ってんだよ、アンタ」

「何だまだわからねえのかよ。とっとと死ねって言ってんだよ!!」

 

 一夏を蹴り飛ばす女性。それでようやく理解したのか、一夏は白式を展開した。女性は邪悪な笑みを見せて同じくISを展開する。

 

「何なんだよ、お前は!」

「ああん? 何も知らねーのか? 悪の組織の1人だっつーの!」

「ふざけんな!」

「ふざけてねえっつの! ガキが! 秘密結社『亡国機業』が1人、オータム様って言えばわかるかぁ!?」

 

 そう言いながら蜘蛛型のISの特徴である8本の足を同時に、そしてバラバラに使用する。一夏はこれまでの訓練の成果が表れているのか、巧みに攻撃をかわした。

 

「そこだ!」

「あめぇッ!!」

 

 天井に避け、隙を見つけた一夏―――だがそれは彼の思い込みでしかなく、オータムと名乗った女性は8本の服腕部装甲で受け止めた。

 

「クソッ!」

 

 オータムが使用する蜘蛛型のIS―――アラクネは、分類上は第二世代型ISとなっているが、実際は第三世代型ISのプロトタイプだ。それを彼女が所属する「亡国機業」の技術力、そしてオータム自身の操縦センスも相まってかなりのスペックとなっている。それは―――

 

(………手が打てねぇ)

 

 一夏を―――素人を苦しめるには十分だった。もっともこれが彼女の本気というわけでない。わざわざ一夏に合わせているのだ。

 

「ハッ! 予想よりやるじゃねえかよ! この『アラクネ』相手にちょこまかとよぉ!!」

 

 アラクネの主武装は言うなればティアーズ型や闇鋼のそれとは違い接続されたBTに近い。だが操作はかなりの熟練もそうだがセンスも必要だ。実は彼女が所属する場所ではその適性が一番高いのは意外にもオータムである。

 

「うおおおッ!!」

「ハッ! あぶねぇあぶねぇなぁ……っと!」

 

 ただでさえ操作が難しいアラクネを器用に操り、一夏の攻撃を巧みに回避するオータム。そして、あることを思いついて言った。

 

「そうそう、ついでに教えてやんよ。第二回モンド・グロッソでお前を拉致したのはうちの組織だ! 感動のご対面だなぁ、ハハハハハ!!」

「―――!!」

 

 その言葉で一夏に火が付いた。

 

「だったら、あの時を借りを返してやらぁ!!」

 

 一夏はそう言いながら瞬時加速し、オータムの懐に入り込んだ。だがそれは―――罠だった。

 

「やっぱガキだなぁ。こんな真正面から突っ込んできやがって……よぉ!!」

 

 マニピュレーターで精製した塊を一夏に投げつけたオータム。それが一夏の目前で弾けてISを包み込めるような網へと変化した。

 網はエネルギー体でできているが、伸張が早くすぐに拘束された。

 

「くっ! このっ!!」

「ハハハ! 楽勝だぜ、まったくよぉ! クモの糸を甘く見るからそうなるんだぜ?」

 

 一夏はなんとか脱出しようと試みるが、その様子を見ながらオータムは見学しつつある装置を起動させた。

 

「んじゃあ、お楽しみタイムと行こうぜ」

 

 その装置の大きさは40㎝程度で、時間が経つにつれて駆動音が大きくなり先端の3本のアームが開いていく。

 

「お別れの挨拶は済んだか?」

「な、何のだよ……?」

 

 装置が一夏の胸部に取りつけられ、アームが彼の身体に固定されるように閉じた。

 

「決まってんだろうが、テメェのISとだよ!!」

 

 その声と共に一夏に電流が流される。身を引き裂かれそうな激痛を味わった一夏は叫ぶ。

 

「さて、終わりだな」

 

 一夏は拘束を解かれた。瞬間、ある事情によって耐性ができていたのかオータムに飛び掛かった。

 

「当たらねえよ! ISの無いお前じゃなぁ!」

 

 腹を蹴られた一夏はそのままロッカーに叩きつけられた。そこでようやく一夏は白式が奪い取られていることに気付いた。

 

「な、何が起こったんだ……白式……おい!」

「へっへっ、お前の大事なISならここにある………え? あれ?」

「おい! 白式をどこにやったんだ!?」

 

 オータムが持つ装置。本来ならばそこにある筈なのだが、何故か付いていなかった。その状況にこれまで余裕だったオータムも慌てふためく。

 

「何でないんだよ!? あの技術部の奴ら、サボったな!!」

「テメェ!! 白式をどこにやった!!」

「―――お探しの物はこれかい?」

 

 唐突に聞こえた声に1人は安堵を、そして1人は突然の人間に驚く。

 その人間は1人にとっては味方であり、1人にとっては敵であるためそれぞれの対応を見せた。

 

「と、智久……ありがとう。今すぐ白式を俺に渡してくれ!」

「わかった」

 

 智久は了承する。すぐにオータムは智久を捉えようと動くが、それを察知した智久は電気で自身を強化して回避したため、オータムはすぐに対応するが―――その攻防の間に電磁糸に拘束されていることに気付いた。

 

「テメェえええええええええええッッッ!!!」

 

 叫ぶオータムを無視して智久は一夏に近付いていき―――ある程度の距離になった瞬間に急接近から蹴り飛ばした。それだけで終わらせる気はないようで、またロッカーに叩きつけられた一夏に遠慮なく連続で拳を叩き込み、その場で回転して床に叩きつけた。

 

「あ……が……ど……どうじで……」

「君さぁ、これまで一体何してたの?」

 

 冷酷な瞳。それを見せた智久は動けない一夏を何度も踏みつける。

 

「本来、楯無さんも僕と一緒にいるべきなんだよ? だけど君が狙われているし、楯無さんの評価にも繋がるから仕方なく君と一緒にいさせてあげただけなのに………まさかこうもあっさり負けるなんてさ」

 

 一夏の頭を鷲掴みして持ち上げる。そして―――

 

「ふざけてんの?」

 

 先程の食らった電流以上のものを一夏に味合わせた。

 あまりの威力に声も出ないのか、もしくは全身の骨を折られて動けないのか抵抗も見せずに食らう一夏。智久は一夏を投げて壁に叩きつけた。

 

「全く。弱虫は土に還れよ」

 

 オータムはその光景を目の当たりにして本気で引いていた。

 

「………お前………仲間じゃ……ないのか……?」

「仲間? 誰が? まさかあの男の事を言っているの?」

「………ああ」

 

 オータムは頷くと、智久は大声で笑った。10秒ほど笑った後、まるでさっきまでの笑い声がなかったようにぱったりと止み、

 

「あーあ、つまんない。何それ? そうやって「同じ学校にいる=仲間」という方程式を構築するの止めてくれない? 悪いけど僕がIS学園にいる理由はあくまでも「IS技術の習得」であって「ゴミと慣れ合う」わけじゃないよ」

 

 今回、学園祭に積極的だったのはあくまで「統率力など必要なことを舐めてかかる奴らに見せつける」のが目的であって、それ以降のことは智久にとって大したことではない。

 

「だからそうやってあんな奴らと同類扱いされるのは心外なんだ。だからさぁ―――死んでくれない?」

 

 智久はISを装着せずにオータムに接近。蹴り飛ばすと同時にオータムの拘束を解いた。

 

「さぁ、始めようか。僕の僕による僕のためだけの制裁を」

 

 そう宣言するように言った智久は闇鋼を展開し、オータムに対する一方的な攻撃を始めた。




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ep.61 それぞれの戦いー覚悟の殺意ー

今上映中のHeaven's Feel見てきました。
気のせいか、どのルートとも展開が大きく違うって感じがしましたね。FateルートとUBWルートは結構似ているけど最後辺り違うなぁって感じがしましたけど。完全に異色でしたわ。

………ま、ゲームしたことないんですけどね。見たのはアニメです。

ライダーさん、戦っているだけなのにエロかったです。


 智久が戦いを始めていた頃、第四アリーナ周辺もまた騒ぎになっていた。

 

「吹き飛びなさい!!」

 

 楯無がミステリアス・レイディで突然現れた無人機を薙ぎ払う。水蒸気で爆発させ、数体の機能を停止させた。

 楯無の後ろからタイミングよくミサイルが飛び、武器もしくはスラスターを破壊していく。

 

「どうやら、今回の敵は以前のとは違うみたいね」

「………それでも、どれも無人機」

 

 破壊された後を見てそう判断する姉妹。だが次から次へと現れてくる。

 

(先に行った智久君の援護……って行きたいけど、どうやら無理ね)

 

 数はおそらく50はおり、陣形を作って攻撃を仕掛けてきているのだ。援護に行けない事を智久に連絡したいが、どちらの通信方法もノイズが走ってまともに連絡が取り合えない。

 

(ISへの通信遮断手段って、基本的にないって話だけどね……)

 

 犯人の顔が頭に過ぎるが、ともかく今は目の前の敵に集中するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し離れた場所。そこでは同じく戦闘が行われていた。

 

「な、何で、当たらないの!?」

 

 砲弾と銃弾の雨を1発も当たらず回避していくその敵機に1人の教師が悲鳴を上げた。

 

『アイツに頼まれて仕方なく戦いに出たけど……こんなもんか? もっと抗ってくれると個人的に嬉しいんだけどな』

「ふざけてんじゃないわよ!!」

『ふざけてねえよ。……まぁ、これがアンタらぬるま湯出身の限界ってわけだけどな』

 

 攻めに転じた敵機によってラファール・リヴァイヴが操縦者諸共地面に蹴りで叩きつけられた。たった1発でダメージレベルがFになる。

 

「………は?」

「何……あんなの……勝てるわけ……」

「チートよ……チーターよ! こいつ!!」

『チーター? 足が速いだけの雑魚如きと一緒にされては困るんだけどな』

 

 トンファーを展開した敵機は姿を消しと2機、3機と吹き飛ばして行った。どれも死んではいないが動けなくなるには十分の威力を発揮させていた。

 

『…………さて、出て来い……ってのは無理だから特別サービスだ』

 

 敵機の操縦者の言葉に反応してか、敵機の周囲に球体が生成されて熱線が発射、物陰に隠れている者にも容赦ないのか90度に曲がった。

 

「テメェ、良い度胸じゃねぇか」

『…………確か……イーなんとかコーリングだったか?』

「ざけてんのか。そこまで覚えてんなら全部覚えとけよ!」

 

 名前を途中しか覚えられていないことにアメリカ代表のイーリス・コーリングが激怒した。

 彼女がここに訪れているのは後輩であるダリル・ケイシーの様子を見に行くついでに重役の護衛として来ているのだ。もっとも本来は逆だが、彼女としてはそれが正しい。

 

『あー、はいはい。名前なんてどうだっていいんだよ。どうせアンタも大した存在じゃないんだろ』

「ほー。随分と腕に自信があるみたいだな」

『もっちろん。ISに乗って強者ごっこしているお前らビッチよりかは明らかに強いね』

「………なら、望み通りに地獄を見せてやるよ」

 

 瞬時加速で接近―――そこからのコンボを決めるのがイーリスの得意技だ。それを決めようとしたのだが、彼女突き出した腕がさも当然と言わんばかりに掴まれる。

 

「テメ―――」

『―――地獄を見せる……? 俺に……?』

 

 掌打を叩き込んで脱出を図るイーリス。それよりも先に彼女は吹き飛ばされた。

 

『ならお前は見たことがあるのか……? 殺されかけたから反抗したら両親に捨てられた絶望を……協力しないことを理由に目の前で祖父母を殺されたりしたか……? されたことがないだろう? まぁもっとも、そいつら全員潰したけどな。今頃生きていたら病院のベッドの上だろう。だ・る・ま・で・な』

 

 イーリスは、技のすべてを1つも視認できなかった。

 わかったのは自分がダメージを食らっている事。そして、敗北したことだった。

 

『あ……覇気システム使うの忘れた。まぁいっか。探せばどっかにサンドバッグは転がってるでしょ』

 

 そう言って謎の機体は去って行った。IS操縦者(サンドバッグ)を求めて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなことが起こっている頃、篠ノ之箒は無人機に追われていた。

 今、箒は紅椿を所持していない状態だった。

 

(……まさか、こんなことになるとは……)

 

 これまでの事を少し後悔する箒。しかし時間は戻らず、進むのみだ。

 箒は少しずつ格納庫の方に移動すると、追うだけの無人機は既に発砲を始める。中には榴弾が混じっていて箒の近くで爆発が起こった。

 

「くっ……」

 

 なんとか受け身を取り、立ち上がる箒。彼女はすぐさま千冬から予め教えられていた格納庫の場所を目指す。

 しかし無人機は渡す気がないのか箒に―――そして格納庫に攻撃した。

 

「うわっ!?」

 

 爆風で吹き飛ばされた箒は受け身を取れきれず倒れてしまう。ほとんど同時に格納庫の方に突撃が行われ、無人機は破壊を続けた。

 無人機の1機が箒にゆっくりと近付き、銃口を向けた―――その時だった。

 箒は気付いていないが、格納庫の方から紅い光が飛び出し、それが箒に近付く無人機を貫き、その後ろにいる他の機体も破壊していく。

 

「……な……何が起こっているんだ……?」

 

 倒れていく無人機。その様子に驚きを露わにする箒。そして紅い光は箒の左手首を何度か回って止まった。

 

「………これは……紅椿……紅椿が……お前がしたのか……?」

 

 その質問に答えるようにか、箒の身体が急に光り始めた。その輝きはまるで単一仕様能力を発動した時のそれに近い。

 

「…………わかった。お前の思いに……応えて見せる。来い! 紅椿!!」

 

 そう叫び、左腕を上げる箒。すると彼女の身体に次々と装甲が展開されていった。

 

 ―――だがそれはすべて、とある少女の計算の内だった

 

 箒は何かが近付くのを感じ、その場から急上昇して回避する。

 

「誰だ!?」

「ずいぶん強気だね、お姉ちゃん」

 

 箒は、自分の目を疑った。

 顔はバイザーで覆われてわからないが、姿形からしてまだ140㎝もないような幼い身体をした少女がISを纏っているからだ。

 

「………何者だ、貴様」

「当ててみたら? まぁ、お姉ちゃんはそういうところはまったく遺伝していないから、わからなくても仕方ないかも」

「……何が言いたい?」

「あんな単細胞のゴミ男に惚れるんだから、お姉ちゃんの頭も大したことないんじゃないってこと。まぁ、頭が良すぎて人格破綻するよりかマシだって見方もあるけど――ね」

 

 箒は咄嗟に《雨月》を展開して敵機からの攻撃を受け止める。

 

「一夏の悪口か。アイツなりに考えての行動だ!!」

「それでお姉ちゃんは振り向いてもらえずとも満足なんだ。ま、宝の持ち腐れのそのおっぱいを使わないから、最初から負け確だよね」

「それこそ、やってみなければわからないだろう!!」

「わかるよ。だって私は、あなたとあの人を様々な意味で超えた―――ハイブリッドだから」

 

 猛スピードで箒の近くから離れる天使のようなISは銃身がとても長い2丁のライフルを展開して―――周囲を焼き尽くすほどの熱線を撃った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一夏!?」

 

 1人、第四アリーナから少し離れた場所で一夏を見つけた鈴音。彼女は最初、虚、本音、ラウラ、セシリアの4人と行動を共にしていたが、無人機の襲撃に遭って分断された。範囲外になったのか無人機は追ってこなくなったので最初の任務道理行動していた折にボロボロになった一夏を発見したのである。近くでは智久とオータムが戦っており、流れ弾が何度か一夏の近くに飛んでいた。

 

「あ、凰さん来たんだ。じゃあさっさとそのボロ雑巾を連れて下がってくれない。命は保証しないけど」

「アンタ、まさか一夏がここまでやられるまで放置していたの!?」

「違うよ。邪魔だったから僕がそこまでしたんだ」

 

 あっさりと白状をする智久に驚きながらも睨む。

 

「アンタ……ふざけんじゃないわよ!!」

「お前、苦労してるんだな……」

「凄くしているよ。だってこの学園に所属している奴らって―――雑魚の分際で粋がっている屑しかいないし……っていうか、同情するなら死んでくれ!!」

 

 ビット兵器を最後まで言う前に飛ばしてアラクネの脚を次々と破壊していく。

 

「っんの野郎!!」

「――――――……ああ。これはマズいや」

 

 すると智久は何かを感じ取り、テンポを変えた。

 オータムは急に動けなくなり、智久は瞬時に《パンチバンカー》を展開して殴り飛ばした。壁に当たった衝撃も手伝ってシールドエネルギーが空になってしまう。

 

「クソッ! こうなったら―――」

 

 オータムは近くにいた智久を巻き込む形で仕込んでいた爆弾のスイッチを入れて、コアを抜き取ってその場から離脱。爆発に乗じて逃げたのだ。だが逃げることに全力だった彼女は気付かなかった。最初から智久は追撃をする気はないということを。と言うよりも、追撃よりも大事なことができたのだ。

 

 鈴音が気付いた時には既に手遅れ。高速で移動する砲弾がすぐ近くに迫っていたが、それが目の前で爆発した。

 

「―――何故、そのような真似をするのですか」

 

 その声の主に「やっぱり」という反応を見せる智久。鈴音も、そして辛うじて意識があった一夏も声の主が使用しているISを見て驚いた。

 

「……そ……それは……シャルの……」

「ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ!?」

「違うね。よほど良い技術者が手を加えたんだろう。拡張領域と「ラファール・リヴァイヴ」の性能の限界を多少伸ばしただけのカスタムじゃない。あれは既に「ラファール・リヴァイヴ」を超えている」

「流石は智久様。素晴らしい洞察力と推理力です。しかし何故、あなたはそのゴミ屑共を庇ったのですか。まさか、あまりにも使えなさ過ぎて許したとでも?」

「それはないよ。だって今の僕はこいつらがどうなろうが知ったことじゃないし、最悪手足を負って然るべきところにぶち込むのが妥当かなって思っている。けど………君にはこんなゴミムシごときで手を汚してもらいたくないんだ、()()

 

 智久は仕掛けた―――かつて共に過ごした少女に対して。

 しかし幸那は回避し、彼女もまた智久に攻撃を加える。

 

「僕のために落ちてくれ―――って言っても無理かな?」

「ええ。私は確かにあなた様の事を心から愛しています。ですが―――そのために私は今の主に仕えることを選びました」

「―――ならば、思い出させてあげますわ」

 

 幸那はその場から回避する。さっきまで幸那がいた場所で爆発が起こり、幸那と別の機体がそれぞれ近接ブレードで鍔迫り合いを行った。

 

「久しぶりですね、幸那」

「雫。こうしてあなたと戦うことになるなんて―――」

「それはこちらのセリフですわ。ですが最初から、私はあなたを落とすつもりですわ!」

「邪魔をするなら、私だって!!」

 

 智久は2人の少女が戦い始めたことに安堵した。そして同時に―――一般人のそれのリミッターを外し、闇鋼から電気があふれ出す。

 

「警告しておくよ。凰さん。死にたくなければ今すぐここから離れた方が良い―――核兵器による爆発が小物すら思えるレベルになるから」

 

 警告を終えた智久は消えた―――ように思えたが、少し離れた場所が爆ぜた。

 そこにいたのはかつて覚醒した智久を落とした球体に近い機体であり、回避しなければまさしく破壊されていただろう。

 

『久しぶりだな。悪いね。幸那はもらったよ』

「じゃあ奪うよ。あの屑は誤解しているようだからついでに見せてあげることにするよ―――男として正しい行為をさ」

 

 ―――殺してでも、奪う

 

 智久は幸那が姉の所にいると知った時、こうなると予想していた。だから自ら探そうとせず、幸那を手に入れるために餌場にいたのだ。

 雫をハーレムに加える云々は実のところ彼女をあまり知らないし、いつも「妹分の友達」程度にしか見ていなかったのと、自分の背が小さい事で恋愛感情がある女子なんていないと本気で思っていた。だが幸那は別だ。出会ったばかりの2つの姉妹や前から知っているが交流があまりない雫とは違う。幸那はずっと一緒にいて、ずっと一緒にいたからこそ手に入れたかった。いや―――他のゴミ共に渡したくなかったのだ。

 ある時は家臣として、そしてある時は妹として支えてくれた存在がもし他の男に渡ったなら、何もかも忘れていた頃ならともかく―――今ならおそらく躊躇いなく殺すだろう。

 

「たぶん、姉さんがしていることは正しいんだと思う。そして僕は姉さんに付くべきだと思うよ―――でも、ここには更識姉妹と布仏姉妹(みんな)がいるから、僕はここを選んだ」

『つまり、幸那のことは捨てたのか?』

「そんなわけないよ。ただ、姉さんなら安心だと思ったから。だって家族を殺してまで世界を救いたかったんでしょ? そんな腐った世界にいるいい夢を見ているクソ共に鉄槌を下すってわかってたから、敢えて我慢したんだ。でも―――今ここにいるなら話は別だ」

 

 見る見るうちに智久から湧き出る電圧が上がっていく。

 

「例えみんなが幸那を囚人として扱って、情報を吐かせるために酷いことをすることを選択しても構わない。誰でも殺す。誰だろうと殺す。その覚悟はとっくにしているから―――僕は姉さんを倒して幸那を奪う!!」

 

 途端に智久の周囲が気によって弾け飛んだ。



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ep.62 そして彼は修行する

 凰鈴音は唖然としていた。そして同時に、自分たちが以前戦った時のことを思い出す。

 次々と破壊されていく周囲。瓦礫が次々と出てくるが、それがさらに砂に近くなっていく。そのせいか、もはや第四アリーナの3分の1は破壊され続けていた。

 

「………まさか……ここまでとは……」

 

 近くではあまりにも激しすぎる姉弟喧嘩に圧倒されてか戦いを止めた雫は思わず溢す。

 

「これが轟家が暗部最強と名高った所以ですよ。同じような力が本気でぶつかればこんなことになるのは必然。あなた方は、そのようなお方に喧嘩を売ったことを理解しなさい」

 

 そう言って幸那は銃を展開するが、雫が素早く鞭を振るって攻撃を防ぐ。

 

「早く下がってください。邪魔です」

「うっさいわね! 言われなくてもわかってるわよ」

「だったら早く消えてください。邪魔です」

 

 年下に邪険に扱われるが、鈴音は今は言う事に従う。

 雫はハッとして振り向くが、其処には既に幸那の姿はない。すぐにハイパーセンサーで幸那のISの反応を見ると、全く別の方向に移動していた。

 雫も今は、幸那を追うことを選択し、次々と戦闘の余波で破壊されていく第四アリーナを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、オータムは逃げ出していた。

 

(やべぇ。これ、下手すれば死ぬ!)

 

 まさに全力だった。後ろからは瓦礫が飛び散り、今すぐにでも飛び出したい―――それが彼女の本音だが、生憎機体は逃げる時に目くらましのために爆発させた。

 しばらく走り、ようやく水飲み場を見つけた彼女はそこで休憩した。

 

(いくら実力を見るって言ったって、限度があんだろうが!!)

 

 内心、ここにいない自分の思い人並みに強い女性を思い浮かべながら怒りを露わにする。同時に、今もその女と戦っているIS初心者の男を思い出して身震いした。

 

(あの男に躊躇いなんてなかった……いくら元暗部って言っても子どもの時の話だろ……)

 

 人が他人を攻撃するのは、子どもの時からそういうトレーニングをしていなければまず難しい。だが智久は平然とオータムを攻撃し、意外な攻撃をするたびに笑みを浮かべていた。

 

(まぁいい。データは取れた。後は帰って対策を―――)

 

 そこまで考えた時、オータムは自分の周囲の違和感を感じたが、その場から離れることができなかった。

 

「まさか……AICか!?」

「ご名答。拘束させてもらうぞ、亡国機業」

 

 ラウラが静かにそう言うと、彼女の後ろで爆発が起こった。

 

「何!?」

 

 咄嗟の事にラウラは後ろを向き、オータムから視線を逸らしたことでAICが解かれた。オータムはすぐさまはそこから離脱しようとすると、乱暴に身体を持ち上げられる。

 

「やっと来たか」

「拾ってやっただけ感謝しろ、愚図。それで、成果は?」

「無理だったっての。何なんだあの男は! 常識を外れすぎだろ!?」

『それが本来の彼の能力ですよ。そんなことで今更驚かないでください』

 

 唐突に回線が開き、幸那が2人の会話に入った。

 

 

「随分と余裕ですわね!!」

 

 ラウラの後ろにはセシリアがおり、先程の爆発は彼女を狙ったものだった。

 だがセシリアは回避し、今は幸那と戦っている。

 

「いただきますわ!!」

 

 死角からのBT兵器。セシリアはその攻撃を当たると確信していた。しかし、まるで気付いて敢えて放置していたかのように幸那は回避したのだ。

 

「どうして!?」

「ずっとイメージしてきましたから。あなたを殺すために―――では、死になさい」

 

 幸那が駆るラファール・リヴァイヴのウイングスラスターが開き、そこからまるで光の翼が展開された。そして―――幸那は消えた。実際はハイパーセンサーですら捉えられない程早く移動しているのだが、セシリアはそのこと自体に混乱している。

 移動はしているがラファール・リヴァイヴのウイングスラスターからは特殊な粒子が含まれており、ハイパーセンサー越しでは視認しにくくされているのだ。

 ヒット&アウェイで装甲を抉り取られていくセシリア。そして―――至近距離から榴弾を発射され、直撃した。

 

「これで終わ―――」

 

 何かを使おうとした幸那。しかしそれが使用不可になっていることに気付いた彼女はため息を吐き、同時に鳴ったアラームに顔を歪ませる。

 

「待て!」

 

 援護に来たラウラ。幸那は興味がないのか離脱しようとしたが、AICに拘束されているためか動けないでいた。

 

「別にあなたは私の標的ではないのですが……」

「こちらの標的にお前は含まれている。大人しく捕まってもらおうか」

「別に構いませんよ?」

 

 意外な言葉に一瞬驚くラウラだったが、すぐに冷静になって尋ねた。

 

「何が目的だ?」

「私の目的はある人物らを処刑し、時雨智久の物になることです」

 

 突然のカミングアウトにラウラは唖然とした。

 

「………は?」

「なるほど。遺伝子強化素体でも「人の物」という言語は理解できるみたいですね。どうやらそっちの方がインパクトがあって「処刑」の方に対するツッコミはないようですが」

「ああ。そうだな………じゃない。どういうことだ? 処刑など―――」

「ここにいるセシリア・オルコットを含め、福音事件の時に命令を無視して勝手に行動した屑たちを処理することですよ」

「………私怨、か」

「はい。さっきまで殺そうと思いましたが、気が変わりました。彼女を捕らえて金儲けに使う方法の面白いかもしれませんね」

「―――それ賛成だけど、そろそろ時間だって忘れてなーい?」

 

 ラウラはAICを解除し、瞬時加速で下がって回避。装甲をわずかに焼いただけだったが、それでもその威力に度肝を抜かれた。

 

「………新手か」

 

 さらに2機のISが現れ、ラウラは舌打ちをした。

 

「『帰るぞ』」

「そーそー。そんな雑魚なんて放っておいて帰ろ~」

「………逃がすと思っているのか?」

 

 完全に不利だが軍人としてのプライドか戦闘態勢を取るラウラ。幸那はその度胸に関心すると同時にアドバイスした。

 

「止めておいた方が良いですよ。まだあなたがその身体でちゃんとした恋愛をしたいというなら」

「………何?」

「機械音声を使っている方は先程、国家代表を潰してきているので」

「!?」

「『ま、そういうことだ。って言ってもいつもと変わらない作業だけどな』」

「ねぇねぇダーリン。私は帰ってイチャイチャしたい」

 

 既にIS越しに抱き着いていることに幸那はツッコミを入れようとするが、少し残っている欲望が出てきそうだと思ったので自重した。

 

「『じゃあ、帰るか。お前もそれを連れてきて良いが、たぶん傷を負った奴を相手にする奴はいないと思うぞ?』」

「そうですか? いずれ治りますし蜂の巣にでも入れておけば問題ないかと思いますが」

「『お前じゃなくて俺が勢い余って再起不能にしちまうから置いていけ』」

「………わかりました」

 

 幸那はそこから消え、2機もまた離脱する。

 ラウラがセシリアの元に移動したとき、彼女のISはまだ辛うじて―――次のイベントであるキャノンボール・ファストに間に合う程度だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 唐突の離脱。

 まるで示し合わせていたかのように、彼女らは撤退を行った。突然現れた彼女らに対して1つの損害を与えることはできたが、被害はとても大きかった。

 

「量産型、ですか」

「…………やはりわかるか。信じられないことにな。更識らが簡単に倒せたことからスペックは抑えられているのか1機1機のは大したものではないだろう。しかしこうも多ければ対処のしようがない」

 

 その後片付けも済んだ僕ら専用機持ちは動ける者は視聴覚室で行われる会議に出席している。そこで今回の襲撃の詳細を聞いていた。どうやら僕が姉と戦っていた時に周りは酷いことになっていたみたいだ。

 

「それより、アタシはアンタに聞きたいんだけどさ」

 

 敢えてか、僕の近くを座っていた凰さんが言った。

 

「あの女2人、アンタの知り合いでしょ? まさかアンタが手引きしたんじゃないでしょうね?」

 

 その言葉に全員が僕に注目し始める。生徒会役員という事で参加している虚さんと本音さんが心配そうに僕を見るけど、問題はない。

 

「そんなわけないでしょ。帰ってこないからなんとなく予想はしていたけど、敵になったのって今日初めて知ったんだから」

 

 姉さんがどうして敵になった理由はただ世界に対して絶望したから。詳しい理由はわからない―――でも、幸那はわかっている。

 

「もっとも、ラファール・リヴァイヴを使っていた方の原因は君たちだけどね。下らない恋愛感情を持ったままの癖に告白する勇気もない屑が、僕の身内が敵になったからって騒がないでよ。どっちにしろ、ここにいる人のほとんどが使えないんだから。特に君たち1年の専用機持ちはさ」

 

 もっとも、ボーデヴィッヒさんは別だ。彼女の指揮は僕が持っていないもの。彼女がドイツに戻るのは現状的には不利だろう。………僕が言えた義理はないけど、IS操縦者って我が強すぎるからなぁ……。

 

「黙りなさい! こっちだって努力を怠ったことはないわ!!」

「どうでもいいけどね。どうせここにいる誰もが僕に勝てないのは変わらないんだからさ」

「へー、言うじゃない」

 

 怒りを露わにする凰さん。ちょうどいい。今一度―――僕の強さを確認させてや―――

 

「誰だ!!」

 

 急に殺気を感じた僕はドアの方を向いて叫ぶ。凰さんは突然のことにポカンとしていたけど、状況を理解したのか笑い始める。

 

「なに言ってんのよ。そこに誰もいるわけが―――」

「―――いいや、いたよ。彼の行動は正解だ」

 

 僕は咄嗟に後ろに下がって戦闘態勢を取る。その間に凰さんは壁の投げられてぶつかっていた。

 

「不合格の君は下がっていたまえ。さて、君が時雨智久君だね。写真とはだいぶ違ったが成長期というものか」

「……お前は誰だ?」

「私かい? さぁ、私は誰でしょう?」

 

 織斑先生の問いかけにおどけたように返す不審者。だけど今の彼女にはそれが通じないようで、諦めたその不審者は笑みを浮かべて言った。

 

「私は夜塚透だよ、織斑千冬。しかし君はなんというか……弱くなったな。当然と言うべきかまだ現役時代の方が強かった記憶があるがね」

「………何が言いたい?」

「現学園最強の時雨智久を鍛えるためにここに来たのさ。ということで彼をしばらく借りるよ」

 

 伸ばされた腕を避ける。

 

「ふむ? どうやら君はお嬢から聞かされていないみたいだね」

「……お嬢?」

「私のことです、智久様」

 

 現れたのは雫ちゃんだった。

 

「君は?」

「北条雫。智久様の奴隷ですわ」

「……………」

 

 誰も突っ込まないのは少しありがたかった。

 

「それで博士、どうですの?」

「そうだな。これくらいなら私の組むメニューに慣れたら強くなれるだろう」

「…………えっと、もしかして……」

「はい。修行の時間ですわ」

 

 そう答える雫ちゃんに、楯無さんは唖然とした。

 

「と、唐突すぎない………?」

「ですが、智久様も今回の襲撃で己の能力の低さを感じ取ったご様子。私ではお役に立つことはできないので、その筋の専門家である方を及びしたのです!」

 

 本音さんのツッコミを軽く流してそう堂々と答える雫ちゃんはしてやったりという顔をする。デキる女アピールだろうが、少なくとも雑魚共に比べたら彼女は十二分にできると思う。まぁ、その気持ちはありがたいけど……。

 

「ごめん。ありがたいけど数日は無理かな」

「な、何故ですか………?」

「じ……事情聴取……」

「…………あ」

 

 忘れていたのか、雫ちゃんはバツが悪そうな顔をした。

 それから後は簡単な話し合い程度で終わり、僕だけ織斑先生に残らされた。もしかして弟をボコったことで流石にご立腹なのだろうか。

 

「……聞きたいことがある」

「あなたの弟さんを潰したのは戦いの邪魔になると思ったからです」

「だと思ったのでそれに関してはもういい。それよりも、お前の姉のことだ」

 

 僕は正直驚いていた。姉のことを聞かれたこともあるけど、何よりもその時の織斑先生の真剣さにだ。

 

「お前の姉の名前を……まだ聞いていなかったと思ってな。悪いが教えてもらえないか?」

 

 ……ああ、そう言えば言っていなかったっけ。

 

(とどろき)(かすみ)。それが姉の名前ですが―――」

「轟だと!?」

 

 いつもとは違う異常な反応にさらに驚く。どうしたの? 何があったの?

 

「…………だが何故、2人で名字が違うんだ?」

「僕の場合は家族が死んでその後のゴタゴタで記憶喪失。それからしばらくは幸那と一緒にいたので隠しの姓を使っていたんです」

「………そうか」

 

 それにしても驚きようが異常だった。そう言えば姉さんは一時期日本の代表候補生だったから、その関係で会ってたのかな………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、智久はまたIS学園を後にする。

 楯無をはじめ、生徒会役員の3人は不服そうだったが、キャノンボール・ファストを含めさらにある催しも行おうと計画し始めたからだ。そして―――

 

「以上が、IS学園部隊に所属することに関する注意事項だ」

 

 会議室を1室借り、千冬は生徒の中からIS部隊に所属しようと考える者を対象とする説明会を開いていた。

 内容は以前なら少しオブラートに包んで内容を易しくしていたが、今回はその正反対の事を言っているのである。何故そうしたのかというと、それは彼女のとある成績が関係している。

 実は千冬は智久の姉「轟霞」に一度として勝ったことがない。人によっては「それがどうした」という話になるだろうが、この状況において全く変わる。

 何故なら、千冬を相手に勝てるという事はIS操縦者としての能力は既にトップクラス。下手をすれば勝てる者はたった1人を除いていないということになる。

 

「今年度から様々な問題が起きた。この部隊に所属すれば厳しい訓練をほぼ毎日課されることになる。最悪の場合、出撃時に殺される可能性もある。そのことを留意して欲しい」

 

 それで説明会を終わらせる千冬。説明に来た生徒全員が青い顔をしていた。




夜勤明け……限界……


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第6章 特訓! 高速! ヘルアクション!!
ep.63 改革者、夜塚透


 誰もがその光景を理解することができなかった。

 入学してきたばかりの新入生が、その部のエースである織斑千冬を倒したのである。それも―――一瞬の事だった。

 千冬の様子見の上段からの攻撃諸共小手を打ち、竹刀が天井にぶつかって落下してくる。

 

「…………1年で全国優勝で、今年度で未踏の3連覇と名高いって聞いたけど………」

 

 蓋を開けてみればその1年生の圧勝であり、彼女は装備を外して丸々近くにいた上級生に渡した。

 

「待って! 剣道部に入ってくれない!?」

「ごめんなさい。正直、私は雑魚に興味ないの。やるならあなたたちだけでやって頂戴」

 

 先輩が相手であるにも関わらず、構わず外に出ようとしたが足を止める。

 

「ただ、あなたが少しでも成長したなら、その時はまた教えてあげるわ。あなたが私に勝つことはないってことをね」

 

 そう宣言し、彼女は未だ呆然とする千冬を放置して道場を出ていく。

 

 そして、その6年後。2人は再会することになる。

 

「……何故、お前がここにいる……?」

 

 千冬はその女性に声をかける。その女性はあの時、千冬を一撃で倒した相手だった。

 

「知りませんでした? 私も日本の代表候補生だったんですよ。………まぁ、もっとも手を抜いておいたしバレないように変装していましたが」

 

 第一世代の最大の特徴である「ISの完成」―――その状況からに装甲を纏い、球体のような状態になる。さらに、周囲には5つの雷球が漂い、それらが千冬に向かって飛んだ。

 

「くっ!? 退いてくれ! その先に一夏が―――」

「知っていますよ。何故ならあなたの弟をさらったのは我々亡国機業なので」

 

 濃密な弾幕。それらが千冬を襲うが千冬は零落白夜で消失させ、回避していく。

 

(……もう……エネルギーが……)

 

 自身の負けが徐々に近づいてくるのを感じる千冬だったが、その時彼女は言った。

 

「もう良いですよ、織斑千冬」

「何?」

 

 装甲は未だに装着していたままだったが、彼女は道を譲るように移動した。

 

「……何を企んでいる?」

「お気になさらず。ただ上の命令ですよ。…………それとも、1から10まで説明しないといけないですか? 常識にすら染まれない自称天才(笑)と慣れ合いすぎて頭が劣化しましたか?」

「…………まぁいい」

 

 今は一夏が大切―――そう断じた千冬はすぐにその場を離脱する。

 

 ―――それで、どうでした? 愚かな思い上がりで弟を裏の世界に引き入れた感想は?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふと、千冬は気配を感じて飛び上がる。

 近くにいた何者かはすぐに受け流すと、その相手を視認した千冬は少し離れて謝った。

 

「………すまん」

「いや、気にするな。こちらこそ急に近付いて悪かったな。お詫びと言っては何だが、男目線と女目線のどっちがいい?」

 

 そう言ってその()は2つのゲームソフトを提示した。

 

「………何故それなんだ?」

「お前たち非オタはゲームを軽視している。ただでさえ女性優遇制度から復帰したばかりだと言うのに、どっちも奥手だからな。………少しは北条家の跡取りを見習ってもらいたいな」

「………何かしたのか?」

「IS学園の教員をデートに誘っていたな。そして相手は2つ返事でOKしていた。まぁ、その跡取りはお前の弟並みに容姿端麗、さらに将来有望と来た。狙うのは当然だろうな」

 

 そう説明する男はため息を吐いた。

 

「そう言うお前はどうなのだ? 一応、ここにいる教師も生徒もレベルは高いはずだぞ?」

「………ちなみに俺に与えられた部屋には既に女が2人いる」

「何?」

「そう言うのは不必要だ。ある意味従順だしな………性格に問題があるという点を除けば」

 

 そう言いながらその男―――夜塚透は窓の外に視線を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜塚透の家庭は日本の大臣一族の中でもかなり優遇された立場である。日本が女性優遇制度を施行し、女権団を味方に付けてのし上がった朝間家の専属暗部であり、また能力によっては養子になることもある。

 だが透はそれを良しとせず、常にその話を蹴ってきた。曰く、「自分は周りを引っ張るような器ではない」とのことであり、朝間家もまたそれを受け入れていた。だが、透は史上最低最悪の私立高として名の知れた「黒葉高校」に入学したことで周りの対応は大きく変わった。

 

 ―――だが、透はそれすらもわかっていた

 

 すべてを受け入れ、罵倒を浴びる。妹からも浴びせられ、親類からは存在そのものが無いものとして扱われる日々―――だがそれはある出来事によって完全に変わったのである。

 

「…………なぁんだ。やっぱり女って大したことないな」

 

 校舎の一部が破壊され、校長室では2人の男女が……と言うよりも制服の一部が引き裂かれ、高そうな家具が破壊された状況。破壊跡に女生徒が震えながら男子生徒を見上げていた。

 女生徒は黒葉高校のボスであり、女性優遇制度を盾に男から上納金を巻き上げていた。1か月1万円と高い額だが、ただ1人透だけは払っていなかったのである。

 最初は下っ端に行かせていたが、中々払わない透に痺れを切らしたのかとうとうボスである彼女が現れ、今この状況である。

 

「ISを装着できるから女が強いなんて、随分とふざけていると思わない? 実際、それって―――人に核爆弾を撃っているようなものだってわかってる? その覚悟、お前は持ってんの?」

 

 だが透はその答えを聞く前に暴れ、ギリギリ生きれる程度の怪我をさせた。

 流石にその件をひた隠しにすることは黒葉高校にもできず、透は退学させられる。当然、朝間家は怒り透を追放することを選んだ。

 

「用件はそれだけだ。二度とその馬鹿面を見せるな」

「へいへい。精々、何の価値もないメスのご機嫌取りでもやってろよ。そんなクソな仕事に一体何の価値があるかわからないがな」

 

 そう言い残し、透は朝間家並びに夜塚家から姿を消した―――のだが、残念ながら彼はまたすぐにぶつかることになる。何故なら―――朝間家は裏でクローンや遺伝子強化素体などの私兵を量産していたからである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ま、ざっくり言うとこんなところかねぇ」

「いやいやいやいやいや! 何だその壮大な物語は!? そもそもISもなしにそんなことなど不可能だろ?!」

「それができるんだよなぁ。確かここの生徒会長はアクア・クリスタルを持っていただろ? 俺はそういうタイプの兵器を複数持っていて、状況に合わせて瞬時に使い分けて違法施設を襲ってたんだよ」

「……何でまた―――」

「実は裏で取引されている奴の方が素材が良い」

「………………」

 

 千冬は頭を抱えるが、透は千冬のその姿を見て笑っていた。

 

「それで、どうして北条カンパニーにいた?」

「まぁ単純に、取引だな。北条カンパニーに一部技術提供をする見返りとして子供たちの世話をするって言う。あそこの社長はみなしごには優しくて随分と優遇してくれた。慈善活動をしているというアピールにも使えるしな」

 

 所謂大人の都合だと透は付け足して話を進める。

 

「それに、向こうも向こうで急遽別の孤児院が必要とかって話だったらしいからな。本来なら大量に受け入れる予定だったが………どこかの組織が余計なことをしてくれたからな」

 

 その余計なことをした組織に心当たりがあった千冬は頬を引き攣らせた。

 

「そういえば、女権団の待遇とかは今はどうなっている?」

「やっぱり同性だから心配か?」

「………まぁ、それはないとは言えないがな……」

 

 と言うよりも、千冬はいずれ自分の生徒が同じ道を歩むのではないかと心配していた。智久の行動に対して今も何人かの生徒は不満を持っているからである。

 

「そうだな。やっぱりまだ男たちは女に対して不信を抱いているし、過激派の中には「女性の徹底管理」なんてものを掲げているからな。下手すれば男女間の戦争にまで行きそうだが………それは問題ないか」

「ほう。随分な自信だな」

「「黒葉の魔王」の名前は伊達ではないってね」

「………うん? 確かお前は退学したのではないのか?」

「ああ。それなんだけどな―――北条カンパニーが理事会を牛耳っていたんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「夜塚透です。この学校のボスを倒したら次のボスになれると聞いたので早速狩ってきました」

 

 クラスメイト全員が唖然とする。透が持ってきていた女生徒は以前の校舎破壊の件以降に実力で牛耳っていた女生徒だからだ。

 透はどこからかマイクを取り出し、スイッチを入れる。それによって校舎内すべてのスピーカーに繋がった。

 

「はっきり申し上げますと、この学校程度の勉強なんてテストを受けていれば問題ないものです。なので私は―――この学校を自分好みに染め上げるためにここに来ました。これからはここを俺が牛耳る。ボスの言う事は絶対だ」

 

 その後、透は黒葉高校で大改革を起こし、偏差値を38から55オーバーへと上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まぁ、その過程は色々と大変だったけどな。近隣の不良校が攻めてくるわ、話をしても聞いてくれないわで結局物理的に封じる羽目になってさ」

「……物理的に?」

「言うなれば拳……がまだ可愛い方かな?」

 

 そのほかにも様々な鎮圧方法を使って透は生徒会長としての任を全うし、卒業したわけだが、

 

「結局は最後まで攻めてくるから、最後の最後で完全にキレてさぁ。全員を校庭に移動させてから入院させた」

 

 「今も大半が動けないんじゃないかなぁ」と呟く透に本当に1年専用機持ちたちを任せて良いのかと疑問に思った千冬。そう。透はIS委員会から現在所属している専用機持ちを強くするように命令されているのだ。

 本来なら智久のみのはずだったが、それだと北条グループが圧倒的に有利だと反論があったからで仕方なくそれを受け入れたのである。

 

「しかし良かったのか? お前は時雨以外には興味がないと聞いていたが?」

「構わねえよ。これから強くなろうが戦争が起ころうが勝つのは常に俺だからな」

 

 そう宣言した透。彼は―――ある意味最悪な特訓を用意していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕ら専用機持ちは今、数人の教師の付き添いと共にバスで学校外に出ていた。

 専用機持ちって言っても重傷を負ったオルコットさんは不参加だけど、順調に回復しているようだ。………別にいなくても良いんだけどね。援護なら僕もいるし、ボーデヴィッヒさんもいるしね。

 なお、その代わり本音さんとデュノアさんが参加している。一応彼女も改造機は所持しているし、デュノアさんは学園の部隊に入隊したという話だし、参加する権利はあるだろう。

 

「だが、一体どこに向かっているんだ? さっきから少し物騒な輩がいるようだが」

「ああ。まぁ仕方ないだろ」

 

 しばらくしてバスは校門の前に停まった。なんともボロボロな校門だ。

 

「こ……ここは……」

「言っておくが、これでもまだマシになった方だぞ」

 

 ……黒葉……高校……。そうか。ここ、黒葉高校なんだ。

 黒葉高校とは、超高校級の不良たちが好んで在籍するところだ。

 僕らは警戒しながら降りて、校門をくぐる。すると案の定と言うか武装をしている。おそらく頭に当たればマズいタイプの物がたくさんある。

 

「ちょっ、アンタたち! やる気!」

「良いだろう! 相手になってやる!」

「落ち着け。まぁ後で戦うことになるけど」

 

 ISを展開しようとする篠ノ之さんと凰さん。身を守るという観点では正しいけど、ISを使わずに鎮圧する方法を考えるべきじゃないかな?

 

「それで、これは一体どういう特訓ですか?」

「単純な話、お前たちはここにいる奴らと戦ってもらう。だが、あくまで1人でだ。もし修行中に居合わせたら、同じ学校だろうが遠慮なく潰せ」

 

 そう指示され、僕ら全員戦慄した。

 

「な、何でだよ!?」

 

 流石は織斑君だ。いの一番に反応した。

 

「言っただろ。これは修行だ。それに忠誠を誓いそうにない女を生かしておいて得はないからな。抱く予定もない奴ならなおさらだ」

「…………そ……それは………」

 

 ……織斑君ってそういうことは全く考えてないんだ。それなら確かに誰にもなびかないよ。

 というかそれに反応して3人程殺気だっているし。

 

「安心しろ。もちろん武器は用意してある」

「そういう問題じゃないだろ!? って言うか、中に女だって混じってるし!!」

「あー、別に問題ない。そいつらは俺の指導によって改心した、本当に強い女たちだからだ。お前レベルじゃ歯が立たない」

 

 そう言われて織斑君は本気になった。

 

「女だけじゃない。男もだ。校門や校舎は見た目はどう見ても不良校のそれだが、黒葉高校は大きく変わった。生徒1人1人の戦闘力はIS学園の生徒相手に病院送りにできるレベルだろう。教育カリキュラムも独自の方針で行い、主に格闘技を中心に1年でも地区優勝を納めることだってできるレベルになっている。他校に遠征し、戦うこともあるしな。お前らみたいにおままごとみたいな戦いはしない。なんなら、今からIS学園に遠征して本気で暴れるように指示しようか?」

 

 それを聞いた黒葉高校の生徒はニヤニヤと笑みを浮かべる。

 

「そして敗者にはペナルティがある」

「なんだそれは?」

「女ならば、倒れた場合は妊娠させられるまでセックスだな」

 

 僕はすぐさま攻撃を仕掛けようとするが、視界外から攻められて回避に徹する。

 全身を電気で刺激しようとしたその時、僕はバランスを崩した。立ち上がろうとすると、僕の手首や足首に鉄のバンドが付けられていることに気付いた。

 

「それはお前の電気操作全般を封じるアクセサリだ。首にも付いている」

「………さっきのか」

「ご名答。とはいえ、この修業はお前は免除だ」

「……どういうことですか?」

「周りが弱すぎるからこれまでお前1人に負担が行き過ぎた。それに急成長による筋肉が付いて行っていない。故にお前の修行は休養だ」

 

 その言葉を最後に僕は何かを刺される感覚を味わい、意識を失った。




最近、漫画を大人買いしようかと考えている。


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ep.64 夜塚十滅士

 気を失った智久を2人の少女が受け止めた。

 

「お前たちは……」

「今、ここで話すのはマズいかと思いますよ、ラウラ・ボーデヴィッヒ」

「………………」

 

 赤髪ロングで小柄の少女がラウラを睨んでそう言った。ラウラもそれに同意したのか黙る。

 

「レア、アクア、ご苦労」

「これくらいはお安い御用ですー」

「当たり前です。私たちとて伊達に訓練をしていません」

「………あの、もしかしてこの人たちも……ですか?」

 

 シャルロットがそう質問すると、透は「まさか」と答える。

 

「お前たちにはまだ早いよ。ラウラ・ボーデヴィッヒですら単独で相手をするのは難しい」

「ですです」

「自信を無くしたいならどうぞ。遠慮なく殺しますので」

 

 2人は軽くそう言った後、智久を校舎内に運んでいく。簪と本音は追いかけようとするが、透がそれを遮った。

 

「安心しろ。俺は天才とはいえ他人の命を軽視するつもりはない。それに余計なことをしてあの会社を敵に回したくはないのでな」

 

 今、北条家は更識家と同盟―――いや、合併をしようとしている。その最中に智久を解剖したとなれば大問題となるだろう。もっとも透はISを動かそうと思ったことが1度もないが。

 

「では武器を選んでくれ。同時に、ISは提出してもらうがな」

 

 当然だが、専用機持ちは驚きを露わにした。

 

「そ、そんなことできないわよ!?」

「そうか」

 

 透は姿を消す。しばらくすると透は姿を現し、彼の手には専用機持ちたちから奪ったISがあった。

 

「なっ!?」

「アンタねぇ………」

「当然の措置だ。特に篠ノ之箒と凰鈴音は日頃からISを使用しての制裁していることがあるという報告もある。そんな奴らに未だにISを持たせている事自体理解できないんだがな」

「貴様……覚悟はできているんだろうな……」

 

 箒は睨むと、後ろからガタイの良い男子生徒が声をかけた。

 

「あの……あの人に喧嘩を売るのは止めた方が良いぞ?」

「何?」

「そうね。あの人に喧嘩を売るのは自殺行為だわ。死ぬわよ」

 

 近くにいた女生徒もそう言った。ただし、怯えながら。

 

「何だ? あの男は一体何がすごいんだ?」

「わからないならなおさら、大人しく修行をした方が良い。もっとも、数年程度で勝てるレベルになるかどうか……」

「噂じゃ、実家の私兵を家族諸共壊滅させたって噂もあるんだから………」

「ふん。どうせ手を抜かれたんだろう」

「悪いが、あそこは人情なんてかけらもないところだ。家族だから手を抜くなんて生温いことはまずされない。何だったら俺と立ち会うなら真剣を使っても構わんぞ? 1年程度眠れば身体も回復するだろうよ」

 

 そんな会話がされている間、簪はISである指輪を外して棒を取った。

 

「か、かんちゃん……良いの?」

「北条カンパニーの人間なら……今の私はそこの所属だし」

「物分かりが良くて何よりだ。安心しろ。お前ら2人がやられたところで誰もお前らには手を出さねえよ。………まぁ」

 

 透はふと、視線を別の方に向けた。

 

「あのロリ……絶対に犯す……」

「男は引っ込んでなさい! ここは女同士、くんずほぐれつが常識よ!!」

「隣の大人しそうな子も中々……じゅるり」

「わかった。あの子たちの前にあなたを殺すわ。すべてのロリは私のペットよ」

 

「一部セーブが利かない奴らがいるから、いざという時は派遣するから」

「………頑張る」

 

 色々と不安が残る特訓はようやく開始された―――当時に、

 

「小川ひろ子、戦闘不能!」

「っしゃ!! 犯せ犯せ!!」

 

 教員の1人が脱落した。

 

「なっ!? もう?!」

「当たり前だ。仮にもここは黒葉高校。普段勉強ができないこいつらがどれだけストレスを貯め込んでいると思っている? その前に獲物が出てきたんだ。狩らない方がおかしい。だがな、俺は「戦え」とは言ったが、「共闘するな」とは言った覚えはないぞ」

 

 その言葉が合図だったのか、黒葉の生徒たちが専用機持ちたちを分断しにかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 眼を覚ますと、その部屋はとても明るかった。

 

「あ、起きましたね」

 

 雫ちゃんがメイド服姿で僕の近くに来る。雫ちゃん用の特注なのか、胸の上部が見えるデザインの腕に太ももだけ晒すという、見せる部分を理解しているデザインとなっている。

 

「あれ? 学校は?」

「………ああ。まぁ、私はいつも幸那とトップ争いしていたので数日休んだ程度で問題ないんですよ」

「そういう問題!?」

 

 確か私立高校って場合によっちゃ退学があるんだっけ? まぁ、本人がそう言うなら問題はないと思うけど……。

 

「そうだ! 今何時? 確か特訓って―――」

「特訓は既に終わりましたわ」

 

 それを聞いた僕はすぐに部屋を飛び出すと、簪さんと本音さんが近くで―――男子生徒に囲まれていた。

 僕はすぐに体内の筋肉を刺激させて加速して、その囲いを破壊する。

 

「………ねぇ。死んでくれる?」

 

 とりあえず全員八つ裂きコースで構わないか。そう思った時、上から思いっきり殴られた。

 

「落ち着け。お前の嫁どもはもちろん、結局誰もセックスしてねぇよ」

「あなたはどうしてそういうことを平然と言えるんですか!?」

 

 すぐに後ろから攻撃した夜塚さんに突っ込む。……って言うかこの人、今サラッと僕の背後を取ったよね……。

 

「………俺もまぁ、そういう経験はあるというか………大体は救った奴に迫られていると言うか……」

「織斑君並のプレイボーイ!?」

「誰があんな雑魚だ」

 

 それに関しては否定しないけど……。

 

「それにしても効果はてきめんだったようだな。だいぶ馴染んでいるようだが」

「え? あ………そう言えば……」

 

 まぁ、これまで半日近く休むってことはあまりなかったからさ。

 

「そういえば、他の人たちは……」

「全員そこの部屋だ」

 

 僕は遠慮なくドアを開ける。するとボロボロになった女性陣が呆然としている。

 

「…………時雨」

「篠ノ之さん。もしかしてここにいる全員、負けたの……?」

「………そうだ」

 

 ボーデヴィッヒさんも含まれるという事はかなり手練れなのだろう。もしくは状況的に完敗だったりして。

 本音さんと簪さんに続き、雫ちゃんも入室するとボーデヴィッヒさんに似た少女が2人付いてきてドアを閉めた。彼女らは織斑君を車椅子に乗せて連れてきたようだ。

 

「………そういえば、あの特訓っていつまで続いたんですか?」

「ん? 銀髪ロングが2時間でリタイア。そこで終わったから更識簪と布仏本音が残っていたってところか。後の全員は無駄乳ロングが30分持ったくらいだろうな」

「と、当然じゃない! あんな大人数が相手だなんて………」

 

 凰さんが抗議するけど、何言ってんの……?

 

「「あれくらい、本気出せば全滅できる程度だよ(ぞ)」」

 

 僕と夜塚さんの言葉が重なった。

 

「は?」

「何を言うか! 貴様は何もしていないだろう!!」

「………すみません。さっきの人たちをもう一度集めることってできますか? 何でしたら、銃火器の使用も許可しますけど」

「今はダメだな。あと銃火器も禁止だ」

「……今はダメ?」

 

 何故、と思っていると夜塚さんが補足してくれた。

 

「今は全員が恋愛シミュレーションゲームをしているからな。意外とブームになって今では下手に他の作業をさせると怒り狂う」

「「「……………は?」」」

「何故ここで?」

「加速する少子化対策の一環だな。今では男女平等になっているが、それでもまだほとんど奴らが異性に対する警戒を解かない。だからこそ、入りやすいものを用意したが………意外にカップルというものはできやすいということを痛感したよ」

 

 まぁ、中高生は多感な時期でもあるし、その辺りは目を瞑ってあげましょう。

 

「でも良いんじゃないですか? 知り合いに自分の思い通りにならないからってISで攻撃する人もいたりしますし、織斑君には絶対するべきものだと思うけどね」

 

 それなら少しは女の気持ちを理解できるかもしれない。

 

「まぁ、お前たちは今は体を休めろ。今日は小手調べ。明日からは本格的な修行に入る」

 

 そう言い残した夜塚さんは病室から出る。僕もそれに続き、用意された部屋で休んだ。ちょっと雫ちゃんを警戒していたけど、抱き着かれるだけで大したことはされなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして翌日。朝から僕は不調に陥った。

 

「……………ぐっ」

「まさかここまで効果があるとはな。だが耐えろ」

 

 織斑先生並みのスパルタ。いや、今はそこは重要じゃない。

 機能装着させられた特殊な首輪の能力が本格的に作動したのだ。

 

「実際のところ、専用機持ちの中でお前が一番筋力が低い。おそらくは能力を筋肉がきちんと発達する前に使えるようになったからだろう」

「能力? 智久に何か特殊な力でもあるのか?」

「それに関しては自分で知るんだな。もっとも本人は話す気はないだろうが」

 

 暴露する人は誰もいないと思うけど………。

 

「なぁ、能力って何なんだ?」

「織斑、質問している暇はないぞ。今日からお前たちには俺の軍団の幹部と戦ってもらう」

「………またなの?」

 

 教師の1人が文句を言った。

 

「何か?」

「私たちはIS操縦者よ! 生身の戦闘なんて意味がないわ!」

「………バカか、お前は」

 

 すると文句を言った教師が壁に叩きつけられた。

 

「俺は中学二年にして、自分が本当は世界の頂点に立つ存在だと理解した。人はそれを中二病だなんだと笑っていたな。でもそう思うのは当然であり必然であるだろうよ」

 

 夜塚さんはそこから1歩も動いていない。だけどおそらく、彼は教員を攻撃している。

 

「貴様にはできるのか、女。俺にはできるぞ? さぁ、やれよ」

 

 今、僕は電気を使って戦うことはできない。だからそういう時のための武器を装着する。

 

「まぁ待て、時雨智久」

「……ああ、大丈夫です。僕はその教師を助けるつもりはありませんよ。煮るなり焼くなりお好きにどうぞ。何でしたら精神崩壊させてから男の排出物を咥えるのが楽しみって性格に変えてくださっても構いませんよ」

「な、何言ってんだよ智久!?」

「君こそ何言ってるの?」

 

 全く。この男は甘すぎる。

 

「僕がこの修業を受けに来たのは、凰さんを殴った時に自分の強さと夜塚さんの能力、そして僕らにぶつける人間の総合力を加味して「さらに強くなれる」と思ったから。IS学園を襲わないのは、襲った後をどうするかイメージまだできていないし、IS部隊や専用機持ちを一掃しても最後に僕より強い人と戦わないといけないから。はっきり言って君のお姉さんをはじめとする教師陣がどうなろうか知ったことじゃない。むしろ襲われて当たり前だよ。本来なら女と言うだけで四肢を捥いだり金儲けの道具として使ったりするのが当然であり義務化して当たり前だしね。本音を言えば、君たちと肩を並べて戦う事自体不快だ」

 

 そう言い、後ろから来る攻撃を防ぐ。

 

「―――おや、残念。せっかく殺そうとしたのに」

「………なるほど。君は暗殺に特化しているんだね」

「一目見てわかるとは、あなたもまた人を殺す側にいると言う事ですか」

 

 どうやら彼が僕の相手だ。近くでは織斑君が突然吹き飛ばされたけど、暗殺者は飛んでいる織斑君すらも足場にして加速する。

 

「本気で殺しに来てくれて構わないよ。そうじゃないと修行にならない」

「そう言ってくださり、何よりですよ」

 

 考えてみれば、電気を使えないのは記憶をなくした時と大した変わらないんだ。だから―――今更焦ったところで大したことはないよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 簪は薙刀の柄の一部を外し、リーチを短くする。そうすることで今回の敵に対応しやすくするためだ。

 

「なるほど。情報通り、あなたは他の専用機持ちとは違うのですね。安心しました。おバカさんでしたらどうしようかと」

「…………心配どうも」

「では、倒させていただきます」

 

 アクアと呼ばれた少女が簪に仕掛ける。

 アクアの戦闘スタイルは短刀。彼女は素早く簪に斬り込もうとするが、本音が妨害した。

 

「させないよ」

「それはこっちのセリフだぜ☆」

 

 レーザーが本音に襲い掛かる。本音は回避するが、進行方向を予想してアクアの片割れであるレアが襲い掛かかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅いよ」

 

 箒が2本の木刀でプラスチック弾を捌いていると、腹部を蹴り飛ばされる。

 

「この―――」

「遅い、遅い」

 

 

 陽気な男が繰り出される剣戟を次々と回避し、さらに箒を蹴った。

 

「君は無駄な動きが多すぎるんだよ。だから隙を消しているようで隙を作っている。剣道という枠組みの中で技を磨いてきた人の弊害だね」

「自分はそうじゃないとでも言いたいのか!?」

「そうだね。僕はそのつもりだったけど―――やっぱり上には上がいるもんだよ。あそこにいるバーサーカーでさえ、ボスには一方的に潰されるしね」

 

 箒は視線を少しバーサーカーと呼ばれた男に向けるが、その男は一夏をボコボコにしていた。

 

「一夏!?」

「あ、思い人が気になる? 別に助けに行ってもいいよ?」

「本当か?」

「僕の弾幕から逃げられるならね」

 

 すると陽気な男は背中からアームを展開して、ガトリング砲を展開した。

 

「フル、バースト!!」

 

 陽気な男はそう叫び、仲間がいるにも関わらずプラスチック弾を発射させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐっ!?」

「女を殴るのは忍びないが、これもまた務め」

 

 ある場所では鈴音が長棒を扱う巨漢にひたすら殴られ、

 

「君、万能タイプだって聞いていたけど大したことないっスね」

「………僕は……」

「ああ、もう喋らない方が良いっスよ。後はちゃんと治療させてあげるので、時間になるまで寝ていてください」

 

 ある場所ではシャルロットは既に戦闘不能にされていた。

 

「その程度か、軍人。これでは肩慣らしにもならない」

「………なんなんだ……貴様らは」

 

 既にボロボロになっているラウラ。彼女の前に立つ長身の男はため息を吐く。

 

「全員が何らかの異常を持った戦士。夜塚透によって編成された10人の戦士。夜塚十滅士さ」

 

 少し照れながらその男は頬をかいた。

 その近くでは、教員がたった1人の男によって倒されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、その頃。

 黒葉高校の制服を着た白髪の男が警備員に許可証を見せると、警備員が彼に端末を渡した。そこにはIS学園内のマップで戦闘可能領域が記されており、指示された場所に向かった。

 

「………なるほど。確かにISと専門の狙撃手では勝手が違うようだな。気配が消し切れていない」

 

 まるでISを展開するように男は銃を展開し、相手がいる場所に銃口を素早く向けて引き金を引いた。




男:女=8:2
しかもその内の2人が透にぞっこんなのでまた探さないといけないというね。



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ep.65 いざない

「………で、実際のところどうなの?」

「さぁな」

「さぁな?」

 

 専用機持ちや教員などをボコボコにした戦士たちの棟梁―――夜塚透は目の前にいる謎の美少女の突然の出現に対して驚きもせず適当に返した。

 

「言っておくけど、智久を潰したらあなたを殺すわよ」

「結局のところ、特訓はそいつの努力と気持ち次第でしかない。現時点でどうだとは判断しにくいんだ。………環境も悪いしな」

「環境?」

「俺の見立てじゃ、IS学園内で生徒に限定すれば時雨智久とタイマン張れる奴は既にいない。それほど時雨智久の能力はずば抜けている。まぁ、IS操縦もまだ粗さはあるが、それは今後国家代表とぶつければ次第に克服するだろう。結局のところ、資料だけを確認するならば時雨が不得意としているのは更識楯無のみであり、それ以外は別にアレもまた蛆虫と思っているんだからな」

 

 そう言った透は立ち上がり、窓の方に移動する。そこではまだバーサーカーと一夏が戦っていた。……もっとも、一夏は既にボロボロであり、バーサーカーは一方的にいたぶっているのだが。

 

「………さてと、やり方は荒いが起きてもらおうか」

 

 そう呟いた透は外に出て、一夏たちがいる場所に向かった。

 すぐに気付いたのばバーサーカー。彼は一夏を医務室に運び、北条カンパニーから呼ばれた医者に治療を受ける。

 

「派手にやったな」

「そういう命令でしたので。それに、あれくらいしなければ意味がないでしょう……?」

「ああ。そうだな」

 

 透は何もバーサーカーを責めているわけではない。むしろ、よくやったとすら思っている。

 一夏は気が付き、瞼を開けるとまず最初に入ったのは透の姿だった。

 

「……目を覚ましたようだな。一方的にボコられた気分はどうだ、織斑」

「良いわけねえよ」

「そうか。でもまぁ、自業自得だよな」

「は?」

「バーサーカーは破壊力こそ高いが、攻撃パターンは比較的単純だ。やろうと思えばすぐに対応できる。おそらく、時雨智久ならば半日あれはバーサーカーを倒せるだろうよ」

 

 その言葉に一夏が反応したのを透は見逃さなかった。

 

「……何が言いたいんだ」

「お前は雑魚だ」

 

 その言葉に正面から言われると思っていなかった一夏は絶句した。

 

「IS学園勢は基本的に弱すぎる。時雨智久は枷を付けている状態だから少しない部分はあるが、お前たちにはそれがない。その中でもお前は―――何の信念もない」

「信念ならあるさ! みんなを守るって―――」

「自分自身すら守れないくせに何を言っているんだ、お前は」

 

 そう言われて一夏は動きを止めた。

 

「お前は甘いんだよ。ISに乗っているから死の危険がないとでも思ってるのか?」

「それは………」

「大体、福音事件もそうだがお前は余計なものまで背負い込み過ぎだ。お前程度の能力ですべてを助けれるわけもない」

「でも、放っておけないだろ!? もしその人たちが死んだらどうするんだ!?」

「別に何も。割と自業自得だろ。弱かったんだから」

 

 そう返した透。しかし一夏はそんな透に「信じられない」という顔を向けた。

 

「……本気か…? 本気でそう言っているのか!?」

「本気だ。それに俺は人間自体基本的にどうでも良いしな。全く何の問題もない」

 

 すると一夏は透に掴みかかった。バーサーカーが割って入ろうとしたが、透が制する。

 

「いい加減にしろよ! それでお前は満足なのかよ!?」

「そうだな。今は大した野望も何もないし。それにだ。お前はそれをできるほどの強さがあるのか? 誰にも負けないと言えるほどの。もちろん言えるわけないよな?」

「……………」

 

 言えるわけがなかった。

 一夏が誰にも負けないと言えるような状況じゃないのは、自分が一番理解している。

 

「だがまぁ、お前の今の型を崩さずに強くする方法はある」

「!? 教えてくれ! 俺はもっと、みんなを守るために強くなりたいんだ!!」

「…………良いぜ。ただし―――」

 

 透は軽く払うが、一夏にとっては瀕死となる一撃となった。

 壁にめり込んだ一夏に対して透は構わず言った。

 

「敬語を使え、クズ野郎」

 

 そう言って透は一夏をベッドに戻し、医療用ナノマシンを無理矢理投入する。それによって一夏の身体に起こっていた異常は跡形もなく消え去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、今日から本格的な個別の訓練に入る」

 

 朝。黒葉高校のグラウンドに集められた専用機持ちにそう告げた。

 

「ねぇ、時雨はともかく一夏はどうしたのよ」

「地下に放り込んだ。奴は奴で既に特訓中だ。まぁ、他人を思いやる気持ちは良いことだが―――その余裕はいつまで持つかな」

「え? それってどういう―――」

 

 するとシャルロットが何かに吹き飛ばされる。その何かとは―――全長5mあるロボットだった。

 

「シャルロット・デュノア。お前はこいつを生身で倒せ」

「た、倒せって―――」

「安心しろ。ちゃんと装備を支給してやるし決して勝てない相手じゃない。俺ならワンパンで倒せる」

「透様はそもそも生身でISを倒せるんですから引き合いに出しては可哀想です」

 

 アクアがそう突っ込んだ。周りもそれに賛同するように頷く。

 

「流石にISを殴って倒すのは無理だがな」

「じゃあどうやって倒すのよ」

「そっちの生徒会長が水を操っている原理と一緒だ。俺の場合はそれを含めて全属性と熱線やミサイル、光弾を無限に飛ばせる。魑魅魍魎が跋扈する常識に囚われてはいけない某世界に行っても空も飛べるからたぶん生き残れる」

 

 他にも発明だけなら束並みのことは軽くできるし、戦闘能力は千冬を凌駕しているのである意味無敵だ。

 

「そ、それは―――」

「あ、ちなみに無駄乳ポニテはっと」

 

 指を鳴らした透。すると箒の脚に重りが装着される。

 

「何だこれは!?」

「お前は二刀流を極めてもらう。流石に空の域に達しろとか短時間で無理だが、少なくとも片腕が独立して動かせるようにしろ。本格的な戦闘訓練はその後だ。それで、凰鈴音は―――今度はバーサーカーに勝て」

「なっ!?」

 

 既に戦闘態勢を取っているバーサーカー。しかし、バーサーカーも嫌な顔をする。

 

「ご冗談でしょう? こんなガキの相手を俺がするんですかい?」

「そうだ。それにちょうどいい相手だと思うがな。お前は190もあるんだからチビの相手はしづらいはずだ。まぁ、相手がド貧乳な上にそそらない上に魅力が0だから気持ちはわからなくもないからな」

 

 その誰かの何かが切れたが、バーサーカーは気付いていないのか構わず続けた。

 

「わかりましたよ。じゃあ、今日はこのド貧乳……もといドペッタンコの相手をします」

 

 バーサーカーは咄嗟に左腕を上げる。鈴音はバーサーカーの左腕を潰す勢いで蹴ったが、バーサーカーの筋肉の鎧に弾かれた。

 しかし鈴音は気にしていないようで、そのまま仕掛ける。

 

「死ねぇぇえええええええええええッッッ!!!!」

 

 鈴音は手段を選ぶことを止めた。

 今の彼女を突き動かすものは殺意。近くにあった刃物を持ち、バーサーカーに向かう。しかしバーサーカーも手練れでありナイフの相手は慣れているので当たらないように捌く。

 

(中々の精度だな。見た限りこいつにはそのような特技があるとは思えなかったが)

 

 伊達にたった1年で専用機持ちに上り詰めた実力は伊達ではないと言わんばかりの猛攻。これには透も状況はともかく性能は予想外で、内心納得する。

 

(………ああ、恋か)

 

 これまでは「一夏」という恋する相手がいたからこそ無意識で己をセーブしていた。しかし今はおらず、あそこまで弱点である胸のことを言われて怒り心頭と言ったところだろう、と透は予想する。

 

(………難儀なやつ)

 

 透は決して胸などで女を判断するということはしない。故にレアやアクアのような胸が小さい女の子に好かれるのだ。それに透を好く女子は2人以外にもいる。

 

(ともかく、焚きつけることには成功したか。じゃあ俺は織斑一夏の様子でも見に行こうかね)

 

 アクアに伝えた透は地下に向かいつつ、IS学園の様子を外部から確認した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セシリア・オルコットは疲弊していた。

 彼女は今、俗に言うサバイバルゲームをしているが、自分は1人に対して相手は10人。しかもその内1人は指揮に専念しているものの、容赦なく自分を狙い撃ちしている。

 

「君に足りないものは、空間を把握する力だ」

 

 講師と名乗った男に唐突に言われた後、行われた休憩なしのサバイバルバトルだった。

 渡されたのは迷彩服のセットにメインウェポンとなるライフル。さらにナイフと拳銃を渡されてプラスチック弾に予備弾倉。

 初日はもちろん、5日目まで一方的に倒されたのである。

 

「野生になれ。それができないようならば、勝つまで風呂に入ることを禁じる必要があるな」

 

 今日、始める時にそう言われて彼女は本気で焦った。

 それゆえにおそらくいつもよりも本気で取り込んでいるが、いつ攻めてくるのかわからない。

 

 ―――ザザッ

 

 聞こえた音に反応したセシリアは離脱。これまでのパターンだ。

 向こうは突貫狙いか、セシリアの方に迷いなく迫ってくる。

 

(………どうして止まらないんですの?)

 

 走りながら、セシリアは考える。そもそもどうして向こうは突貫できるのだろうか、と。

 相手は10人ではあるが、とはいえ流石に遠慮がないように見える。普通ならただの突貫ではなく、攻撃の1つもしてくるはず。

 そう考えたセシリアは比較的大きい大木に背中を付け、いつでも撃てるように持って来た2丁を構えた。

 

「足が止まった」

「どこかに隠れて―――」

 

 そして彼女は―――馬鹿正直に姿を現した2人を撃った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 審判ロボが2人のリタイアを判定する。どうやら即死らしいが、セシリアに自ら「講師」と名乗った男はため息を吐いた。

 

「やれやれ、ようやく気付いたか」

 

 彼女の行動パターンを予測する講師。とはいえ先行させた2人は「ナイフ」しか持たせていないのだから行動パターンは誰でもわかる。実際、2人から武器を回収したセシリアは「馬鹿にして」と呟いていた。

 今回、講師はとあることを仕組んでいるが―――セシリアはまだそのことに気付いているかわからない。

 

「そろそろ狩りを始めるぞ。気を引き締めろよ」

 

 そう部下に指示した講師は自らも銃を構えて部下に指示した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地下に降りた透。そこには装置に身を任せ眠る一夏の姿があった。

 彼は今、透が見せている闇と戦っている。その映像はレアが録画しているが、レアは笑いこけている。

 

「順調か?」

「はい。でもー、ちょっと青臭すぎますねぇ。だから言われた通りにぶち込みました」

 

 モニターには、ラファール・リヴァイヴを全身装甲にした機体と白式を装備した一夏が戦っていた。しかし、シャルロットが以前まで使っていたタイプとは違って機体は高性能となっている。それもそのはず―――そのラファール・リヴァイヴは通常のカラーリングでありながら、幸那が使用していた機体と同様の効果を持っているのだから。

 残像を見せながら接近し、一夏を惑わせて隙を作る。一夏は簡単に引っかかって攻撃を食らうのは彼の思考が単純故だろう。

 

『同じ近接タイプなのに……何でこうも……』

 

 悔しがる一夏の言葉に噴き出した透は、一夏が使用する装置と同種のものに身を預けた。

 

「ちょっ透さまぁ!?」

「なに。ちょっと介入してやろうと思ってな」

 

 レアもこれ以上言ったところで聞き入れてくれないことを理解しているのか、仕方なく操作した。

 

 

 

 

 

 一夏が戦っている相手の動きが急に変わった。

 剣技だけでなく蹴りなども入れてくるようになり、一夏はなんとか防げるタイミングでいなした。

 

「ちょっ!? 卑怯だぞ!」

「その思考がお前の弱点だ、織斑一夏」

 

 急に発せられた声に驚く一夏。するとさっきまでラファール・リヴァイヴだったそれは姿を変え、姿としては透がISに搭乗している形となった。

 

「アンタは……」

「勝負は常に命のやり取り。生存競争だ。そんな戦いに卑怯も糞もない。どちらかが生き残り、どちらかが死ぬ。お前の理論は所詮ぬるま湯理論だ。本当に生き残りたければごねるなよ」

 

 ―――やりがいねぇじゃん

 

 その言葉と同時に発せられる大量のレーザー。それらが一夏に向かって飛ぶ。

 一夏は咄嗟に回避するが、それらのレーザーがほぼ反射されたように一夏の背中に向かった。

 

「なっ!?」

「何驚いてんだよ。今の、ただの偏向射撃(フレキシブル)。あれくらい誰にだって使える代物だ。ああ、セシリア・オルコットはまだ使えないんだったな」

 

 思い出した透は噴き出す。その行動に一夏は怒りを覚えたが、透は容赦なく言った。

 

「ムカつくか? だがこれが現実だ。もっとも俺の場合は全人類の中からのエリートだ。戦闘面でも、技術面でも期待されているしお前たちの同年代で革命を起こし、家で偉ぶっていた奴らを全て壊し、IS並みの戦闘可能なパワードスーツも作成した。凡人が作り上げたEOSを改良作業中だ。それに、ビット兵器を使っている間は自分が動けないという馬鹿な欠点なんて抱えたこともない。ましてや、高が4基程度で苦戦するなんてありえない」

 

 一夏に次々とレーザーが襲う。

 

「覚えておくんだな、織斑一夏。お前の周りは総じて雑魚だ。唯一の例外は時雨智久のみであり、百歩譲って生徒会の面々か。そんな強者に守られている時点で貴様らは負け犬だ」

 

 次第にレーザーの数が増え、一夏は攻撃が一切できなくなった。

 

「死にたくなければ生まれ変われ。お前がこれまで生き残ってこれたのはお前自身のおかげじゃない。お前の姉のおかげであり、時雨智久のおかげだ」

 

 レーザーの嵐にとうとう一夏は意識を失った―――が、容赦なく覚醒させられ、先程までの記憶を思い出させられる。

 

「お、俺は………」

「お前は弱い。そして、このまま強くなったところで織斑千冬という色眼鏡をかけられて比較されるだけだ。「流石は千冬様の弟ね」とな」

「………………」

「当然だ。《雪片弐型》を持っているからこそそう思われるのは道理。お前個人として見られることは永遠にない」

 

 そうはっきりと言われた一夏は、精神が落ちていった。



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ep.66 黒と黒

 僕は笑っていた。

 次第に目が慣れた。そんなものじゃない。僕はただ嬉しいんだ―――姉を倒すための力を付けれることが。

 

「笑っているけど、意外だね。今の君にそんな余裕があるなんて」

「………楽しいんだ。IS学園にはこうして戦える相手がいないから」

 

 轡木夫婦は忙しいから簡単に会えないしね。だから―――

 

「でもいいの? 確か更識楯無に布仏虚だっけ? さっきIS学園から連絡があったみたいだけど、ピンチみたいだよ」

「………」

 

 大丈夫だ。あの2人なら早々負けることは―――

 

「本当に大丈夫かな。相手は何でも零落白夜と同等の兵器を持っているって話だけど―――」

 

 それを聞いた僕はすぐにIS学園に向かおうとするけど、相手が僕の前を阻む。

 

「悪いけど、今の君を行かせるわけにはいかないかな。死ぬよ」

「…………」

 

 ―――脳裏に、嫌なことが過ぎった

 

 すると僕の思考はクリアになり、今でも僕よりも早い相手が次にどう動くがわかった気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 織斑一夏は唖然としていた。

 見せられているのは、自分の姉がIS委員会の人間に掴みかかっているところだった。

 

 ―――優勝は、智久のものだ

 

 そう、言われた気がした。一夏は無意識の内に拳を作る。

 

 

 そして場面が変わる。場所は7月に行事の1つである臨海学校の際に利用した花月荘の近く。そこでラファール・リヴァイヴと福音が戦闘を繰り広げていた。

 

(……なんだよ、これ……)

 

 ラファール・リヴァイヴ―――それが行う戦闘はまさしく異常だった。見たことない装備が現れ、零落白夜を使い、挙句には千冬の援護を完璧に行っていた。

 

 ―――これは、7月の記録

 

 それが一夏に現実として知らせてくるが、内心信じられない気持ちでいっぱいだ。

 

「………嘘……だろ……」

「―――嘘じゃないわ」

 

 突然した声に一夏は振り返る。

 

「……君は?」

「誰でも良いでしょ。そしてあなたの現状も」

 

 映像にひびが入り、崩れていく。突然のことに驚く一夏だが、姿を見せた少女は言葉を続けた。

 

「それで、正しい世界を見せられてどう思った?」

「………正しい?」

「そう。あなたは専用機を持っていても大したことはしなかったら弱くて、訓練機でも智久は色々としていたから強いの。それはあなたのお姉さんも知っているわ」

 

 語り、歩く少女。そして姿は消え、一夏の左肩に手を置いた。

 

「え? 浮かんで―――」

「だって私、ISだもの。言うなれば深層意識というものね。あなたも会ったことあるでしょ」

 

 「まぁ、どうだっていいわ」と言葉を続ける少女はさらに言った。

 

「織斑一夏、知っていて? あなたには才能があるわ。成長が早いという才能が。でもその代わり、上限値が低いのよ」

「それって……」

「でも大丈夫。常人クラスでは遥かに高い方だから。でも、あなたもあなたのお姉さんもこれから起こる事象についていけない。―――あなたたち姉弟は確かに凄いわ。でもその凄さは、智久の前ではただの燃えカスそのものなの。だからあなたたちはどれだけどれだけ努力しても智久に勝てない」

 

 ―――手遅れなの、すべて

 

 そう言って少女は一夏の腹部に剣を突き刺した。

 

「………え?」

「あなたは現状を理解できなかった。故にあなたはIS学園をただのちょっと特殊程度の学校だと思ってしまった。可哀そうに。どれだけ努力をし、結果を示しても「流石は織斑千冬の弟だ」としか賞賛されず、結果を残せなかったら「織斑千冬の弟といっても所詮は男か」と否定されるだけの存在。でも、それを取ればその現状は変えられる」

 

 一夏は剣を取ろうとしたが、言われて手を止めた。

 

「………………」

「何を迷っているの、織斑一夏」

「………そんなこと、できない。それをしたら、俺が千冬姉を裏切ることになる」

 

 優しい口調でそう告げる一夏。だから少女は―――

 

「―――何か問題でも?」

「え?」

「仮にあなたが織斑千冬を裏切ったところで何か問題でもあるのかしら? 申し訳ない? 今まで養ってもらったから? 馬鹿ね。織斑千冬はあなたを守ったんじゃない。あなたという身代わりを立てることによって敢えて人格者を気取った悪魔よ」

 

 言われたことが理解できない一夏は疑問符を浮かべた。

 

「それに知っていた? あなたに近づいてくる女はすべて、姉に近づくことが目的なのよ」

「………どういう―――」

「そのままの意味よ。あなたのことだってどうでもいいの。要は織斑千冬に近づけて、国とのパイプを持てれば良いのだから。そう、手遅れなの」

 

 ―――すべてが、ね

 

 一夏に刺さっていた剣はいつの間にかなく、彼は握っていた。そして今いる世界から強制的に消えた一夏は、そのまま地下室から出ていく。

 

 そう。今まで少女はほとんどが嘘だ。確かに中には一夏経由で千冬に―――引いては束に近づこうとする存在は確かに存在する。だがそれはとても難しく、束の人格を知ったほとんどが鳴りを潜ませた。

 少女の目的は未だに白であり続けようとする一夏を「黒」に変えること。それ故にあえて白式からアクセスして一夏自身を暴走させた。

 

「知りなさい、織斑一夏。そして認めなさい。あなたは本当はISという力に魅入られていて、気付かない振りをしていた愚者だってこと」

 

 今回の暴走で一夏がどうなろうか知ったことではない。それに―――どうせ一夏が消えたら困る存在が奮闘してくれるだろうし、もし対応が追い付かないできなくて消えても自分の操縦者は一切困らない。

 

「果たして彼はわかるのかしら? 自分が傀儡でしかないってことに」

 

 少女―――フォーリアは邪悪な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地下室から爆発が起こる。透はレアを守るためにバリアを張り、様子を伺う。

 巻き上がる煙から現れた人影を見つけたが、その人影が一夏だと認識したころにはすでに姿を消していた。

 

「………レア、上に行くぞ。何かが来る」

 

 透らは上に行くと、黒いオーラを纏った何かが現れる。

 

「………いち……か……?」

 

 近くにいた箒が驚いてその姿を見る。だが黒いオーラを纏った何かは箒に目をくれず透に一直線に向かって移動し、蹴り飛ばした。

 

「よくもまぁ、勝手なことをしてくれたな」

 

 透は吹き飛び、校舎に穴が開いた。鈴音も、シャルロットもその惨状に唖然とする。休みだが校舎内にいた人間が外に出てきた。全員が血相を抱えており、我先と逃げ出す。

 

(………人間共が)

 

 そう吐き捨てる透を蹴った人物は箒に近付く。

 

「大丈夫か、箒」

「い、一夏なのか?」

「ああ、そうだ。俺は―――」

 

 ―――織斑一夏だ

 

 そう名乗ろうとした瞬間、今度はそいつの股間が蹴られた。

 

「知っているか? イケメン系リア充には負うべき責任を」

「…………」

 

 蹴られたことで何とも言えない顔をするその存在に透は容赦なく言う。

 

「って言うか、よくもまぁ俺を蹴り飛ばしたな。雑種風情が」

「……っめぇ……」

「そう睨むなよ。まぁ、俺はどこぞの金ぴかとは違ってまだマシなんでな。今回の件、弁明があるなら聞くぞ?」

「黙れよ」

 

 完全に回復した一夏のような何かが刀で透を刺す。突然のことにその場に残り、2人のやり取りを見ていた全員が恐怖した。

 

 ―――何故なら、一夏らしき頭部が宙を舞ったからだ

 

 透によって蹴り飛ばされた頭部は地面に落ちるが、未だ倒れない身体が頭部に触れて吸収し、元に戻す。

 

「テメェ、何してくれてんだ。つうかいつわかった」

「最初の蹴りから違和感があったからな。たぶん普通の人間じゃないってことぐらいは。だから―――」

 

 透は一夏のような何かに手を置いて爽やかな笑顔を見せつつ言った。

 

「ちょっと行って来る。別に攻めてきた相手を潰してしまっても構わんだろう?」

 

 そう言い残して消えた2人。ISができても異常すぎる現象の連続にIS学園組が唖然とした。

 

「さて、片づけを始めましょうか。あ、皆さんは特訓の続きです」

「いや、待て! 他にも突っ込むところがあるだろう?!」

「そ、そうだよ!! って言うか今の何!? 2人はどこ行ったの!?」

「説明しなさいよ! いくら何でもこの状況で置いてきぼりは―――」

「単に周りに被害が出ないところに移動しただけですよ」

「あの笑顔っぷりだと、おそらく海上だろうな」

 

 平然と答えるアクアとバーサーカーの2人。その会話に3人が唖然とした。

 

「か、海上?! って海の上よね!? どこかの施設とかじゃないわよね?!」

「ああ。そっちだ」

「ってんなわけないでしょうが!! 人間がISを持たずに飛ぶなんて―――」

 

 突如、爆発音が聞こえてくる。

 黒葉高校は近くに海があり、どうやらそこで戦闘をしているらしい。

 

「あー………俺は比較的古株だから見たことあるが、あの方はIS相手でも生身で勝てる人間だぞ」

「というか普通に凍らせて相手を拷問しますからね。アニメで見た女軍人のように」

「度合いは向こうの方がまだマシじゃないのか?」

「どっちもどっちかと思います」

 

 そんな会話が繰り広げられている中、3人は戦慄する。すると、定時連絡をしていたラウラが戻ってくる。

 

「どうした? 何があったか?」

「あ……ラウラ……」

「ん? さっき見かけたが、夜塚透はどこに消えた? 少し話があるのだが……」

「ああ、それなら―――」

 

 「海の上だ」とバーサーカーが教えようとした瞬間、屋上の方で爆発が起こり、大きな鳥がどこかに飛んでいく。その場にいたIS学園勢4人は唖然とするが、こういったことは主に透のせいで慣れている2人は「終わったのか」と思い、屋上にいる人物に連絡する―――前に、向こうからかかってきた。

 

『あー……ヤバい。死ぬかと思った』

「どうした、瞬。まさか足を捥がれたとか言わないよな?」

『五体満足で臓器ポロリもないよ。たださぁ、通信を傍受したからそれ伝えたら成長したんだぁ。邪魔しても一瞬だったよ』

「そうか。それはご苦労。それで、傍受した通信って?」

 

 瞬と呼ばれた人物は他人ごとに告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現れたそれは異質だった。

 たまたま近くにいた楯無は虚と共に接敵、捕縛を試みたが相手がこれまでない見せたことがない動きに戸惑い、反応が遅れた。さらに恐ろしいことに、その存在は普段なら使わないガトリング砲すら使ってくる。

 

「一体、これはどういうこと?」

「さぁ。わかるとしたら………白式が反転したとしか……」

 

 ISのハイパーセンサーにはどちらにも「黒式」と表示されている。操縦者は織斑一夏のままであり、《バイル・ゲヴェール》を展開した。

 さらに背部からビットを展開し、2人を攻撃する。

 

「ともかく、応戦するわ。援護を!」

「わかりました」

 

 虚は大型の斧を展開して一夏に突っ込む。その後ろから楯無が虚に当たらないように《蒼流旋》の先端に備わっているガトリングを放ちつつ四方から水のドリルで攻撃を仕掛けるが一夏はそれらをすべて見切り、回避した。さらにはその間にビットで楯無を攻撃する。

 

「な、なんてでたらめなの……」

「これまでにない動き……一体彼に何が―――」

 

 ラファール・リヴァイヴの背部スラスターがすべて切断された。いつの間にか虚の背部に回っており、一夏は剣を刺そうとした。だが―――それは彼が良く知る人物によって阻まれた。

 

「すまない。遅れた」

 

 千冬が一夏を蹴り飛ばし、距離を取る。

 

「大丈夫です。それよりも、生徒は―――」

「山田先生が中心になって避難させている。だが今は手が足りない。これ以上の増援は―――」

「……わかりました」

 

 そう返事する楯無だが、内心焦っていた。

 今の一夏の行動は明らかに異常だ。ISも、本人も。さらに戦闘パターンもこれまでとは大きく違う。

 

「織斑、今すぐ降伏しろ」

「………アンタがいなければ…………俺は……俺はぁあああああああああッッ!!!」

 

 千冬が声をかけるが、それがきっかけに声を荒げて一夏が仕掛ける。だが千冬も流石はブリュンヒルデと言うべきか、一夏の猛撃を捌く。

 一本では不利と思ったのか、一夏は左手に白いブレードを握る。一夏はこれまで二刀流をしたことはないが、高レベルの技を発揮した。さらにビットも追加され、千冬が圧され始める。

 

「止めだ!!」

 

 一夏は千冬を蹴り飛ばす。同時に手から2本のブレードが離れ、千冬に突き刺さった。

 

「織斑先生!!」

 

 楯無は驚きを露わにした―――が、感傷に浸る余裕はなかった。

 千冬から飛び出すように一夏の両手に戻ったブレード。それを握った一夏はすかさず楯無と虚に迫る。

 

「死ねぇえええ!!」

 

 2本のブレードが光りを帯びる。同時に黒式が早くなり、楯無は咄嗟に虚を押した。

 一夏がブレードを振り上げ、それが楯無に振り下ろされる―――

 

(ごめん…簪ちゃん……)

 

 千冬が負った傷。それを思い出し楯無が死を覚悟をしたその時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――まるでそれは隕石のようだった

 

 一夏が楯無に迫るよりも早く、一夏が何かに激突して攻撃が逸れる。校舎に突っ込み壊しつつスピードが遅くなって放り出される形で一夏と何かが宙に浮いた。

 

「―――一体どういう了見で……常人風情が僕のモノに手を出そうとしているんだい?」

 

 楯無と虚は―――そして遠く離れている生徒たちすらもその異質な威圧を感じ取った。

 そこから2つの電気の球が生成され、一夏にぶつかった少年は叫んだ。

 

 ―――ボルテッカァアアアアアアアアアアアッッッ!!!

 

 2つの球体から放たれるビーム。それが混ざり合い螺旋を生み出して一夏に直撃した。




黒一夏と黒鋼がログインしました。もとい、闇に落とされた一夏が暴走しました。
言うなれば洗脳です。本当にありがとうございました。


……まぁ、一応緋弾のアリアAA withBOSというタイトルで、施設帰りの例のあの子がとある少女との恋物語を書こうかなとは思ったことはありますが。もちろん書きませんよ?


そして「ボルテッカ」は電気系でやってみたかったんです。ポケモンでは電気タイプですが、テッカマンだとどうなんでしょ。


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ep.67 変わる男と動く何か

新年、明けましておめでとうございます。今年も解釈が独自過ぎて付いて行けないかもしれませんが、よろしくお願いします。


……暇さえあれば書いてました(笑)


 海上で爆発が起こる。一夏の姿をした何かが吹き飛ばされ、氷推を突きつけられた。

 

「さて、お前の目的を聞かせてもらおうか?」

 

 透は勝ち誇った笑みを浮かべる。

 

「………誰が教え―――いってぇえええええ?!」

「すまない。運命が滑った」

「運命が滑ったってなんだよ!? 意味わかんねえよ!!」

 

 透は突っ込まれて笑うが、さらに氷推を展開する。

 

「で、話すのか? 死ぬのか? どっちだ?」

「話すから! ……俺がここに来たのは、織斑一夏から異変を感じ―――待て。引くな。俺はそういう趣味じゃねえ!!」

 

 全力で否定する一夏の姿をした何か―――スライムだが、透はため息を吐いて言った。

 

「まぁ、お前が男を掘りたい理由はこの際置いておくが」

「だからその気はねえと言ってるだろうが!!」

「高がその程度で俺を蹴り飛ばしたとは、良い度胸だと思わないか?」

「いや、あれは………そうした方がインパクトがあるというか……」

「確かにあったな。おかげ生徒は俺が切れて前のように校舎を吹き飛ばすと思ってほとんどが逃亡したからな」

「校舎吹っ飛ばすのかよ……」

「案外簡単なことだ。それに、本気を出したら日本沈没なんて余裕でできる」

 

 これでもまだ出力を抑えている方だ―――そう宣言する透に対してスライムは戦慄する。

 

「まぁ、これに懲りたらとっとと帰れ」

「……見逃してくれるのか?」

「織斑一夏に憑依することを諦めたらな。あのリア充に憑依してセックス三昧の生活を送りたいという夢は同じ男として応援しなくもないが、たぶんもう無理だろうし」

「……時雨智久、か?」

「そうだな。たぶんアイツはもっと強くなる。というか、なってもらわなくちゃ困る」

 

 ―――俺がな

 

 ドヤ顔をしながら言った透に、スライムは逃げだそうとした。

 

『―――あー、聞こえます~』

 

 透が持っていた通信機から声が聞こえるまでは。

 

「瞬か。間違って殺しちまったか?」

『というか殺されかけましたよ。って言うか本当っスか? 織斑一夏が暴走してIS学園襲撃してるって』

「たぶん本当だろうな」

 

 それを仕向けたのが誰かを悟った透は、迫ってくるスライムを蹴り飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 爆発が起こる。

 IS学園の施設の一部が破壊され、ISの絶対防御が無事かすら怪しい一撃を見舞った智久は着地するとすぐに虚のところに移動して抱きしめた。

 

「大丈夫ですか、虚さん」

「………ええ。それよりも織斑先生は………」

「こっちは処置は終わったけど、すぐに手術しないとマズいわね。出血が酷い」

 

 智久は何かを感じ取り、虚から離れて立ち上がる。

 

「楯無さん。織斑先生と虚さんをお願いします」

「え?」

「おそらくこれからの戦いは僕以外じゃ相手にならないので」

 

 爆発地点の煙が晴れる。そこには禍々しい気を放っている一夏がおり、智久を睨んでいた。両目は白目を剥いており、その容貌はまるで鬼のそれだった。

 

「智久君……」

「大丈夫です。所詮彼は紛い物。負ける気はしませんし………こういう時くらい、()に頼ってください」

「………わかったわ」

 

 虚はボロボロになったラファール・リヴァイヴを展開して動けると意思表示し、楯無は血だらけの千冬を抱えて離脱。その動きを見せたと同時に一夏は接近するが、智久が防いだ。

 

「君の相手は僕だ」

 

 砂鉄の槍を瞬時に生み出した智久は一夏の攻撃を受け止める。一夏は黒いブレードを握る右手を槍から離して智久の首を狙ったが、智久はすぐに一夏を突き飛ばして距離を取る。

 

「クソッ」

 

 悪態を吐く一夏を無視して智久は砂鉄の槍を地面に突き立てた。

 

「固有結界………展開。顕現せよ、如何なる撃を通さぬ世界―――《無制限の闘技場(アンリミテッド・コロッセオ)》!!」

 

 智久を中心に一夏を呑み込んでフィールドが展開される。

 

 

 そこは、中世のコロシアムだった。

 とはいえ観客席というものは存在しておらず、2人を中心に徐々に広がっていく。

 

「何だ……ここは………」

「ここは僕が作り出した固有結界というものだよ。大丈夫。ここはすべてにおいて平等だから」

 

 すると急にフィールド内に岩石が降り注ぐ。一夏も智久も回避していく。

 

「妨害!?」

「悪いけどこればかりは僕にも予想できないかな? 僕もこの奥義を使ったのは初めてだから―――力、抑えているでしょ?」

 

 智久から放たれるオーラが荒々しくなり、その場から消えて一夏を蹴り飛ばした。

 一夏は咄嗟に2本のブレードで受け止めるが、耐えきれずに消し飛んだ。

 

「何ッ!?」

「そうか。君はそういう方向の知識が足りていないんだった。忘れていたよ」

 

 着地した智久はまるで蛆虫を見るような目で一夏を見た。

 

「―――やはり君は人だよ、織斑一夏君」

 

 智久は落ちてくる岩石を渡り昇っていく。そして一夏に触れると一夏の身体から棘のような真紅の針―――もとい、槍が無数に飛び出した。

 

「君は所詮、「人」でしかない。「人」は特殊な事をされない限り「人」を超えられない。だけど、僕はもうその枠を超えた。生まれながらにして存在は不平等だからね。それは仕方ないことだよ」

 

 まるで大人が子どもに語り聞かせるように優しく話す智久。

 

「だから、もう君は絶対に僕に勝てない。君の敗因は圧倒的に君とその周囲が無能しかいなかったことだ。全く。一体何を考えて、いつまでも君みたいな無能が優れていると思っているのか。織斑千冬ですら、僕に一度殺されかけているというのに」

 

 智久は電気によって槍を形成し、それを一夏に突き立てた。

 

「あッ!? ガッ?!」

「君が他人を守りたいと願うのは勝手だけど、それはつまり相手の幸せを踏みにじるのと一緒なんだよ。中途半端な覚悟で僕の前に立つ―――それがどれだけ馬鹿らしいことか。まぁ、要はね―――他人を殺す勇気もない人が、戦うな」

 

 次々と電気の槍が飛び出し、それが一夏の全身に電気を発する。悶え苦しむ一夏に智久は無慈悲に言った。

 

「さようなら、永遠の無能―――君は無知すぎて弱すぎた。恨むなら君の生まれた環境を恨め。与えられることでしか強くなれないゴミクズ野郎」

 

 全身が焦がされ、動かなくなった一夏。それによって結界そのものが一夏を敗北者として結界を解除した。

 

 

 

 

 

 一夏の敗北によって事件は終わった。

 一夏はこれまでの功績を考慮、また目を覚ました時の本人の認識の差異から機体の暴走によるものとされ、1週間の謹慎となった。

 

「それで責任者として俺に対して賠償の請求、そんなところか」

「そうだ。では、早速提出してもらおうか?」

 

 IS委員会の役員が透の家に来てそう述べるが、透は却下した。

 

「お断りだ。それに俺は最初から言っておいたはずだろ? 生徒の暴走に関しちゃ責任は取らないって」

「だが今回は貴様個人の研究所にいての暴走だ。ならば貴様が何かしたに違いない」

「なんとまぁ、むちゃくちゃだな」

 

 ため息を吐く透は、ビットを飛ばして相手の携帯電話の着信履歴を調べた。

 

「おい、何をする!? プライバシーの侵害だぞ!!」

「やっぱり。これは飛ばしか」

「あなた、あまりオイタをしない方が良いわよ。痛い目を見たくなければね」

 

 秘書と思われる女性が透にそう言う。が、それがいけなかった。

 

「誰だよ豚なんか家に入れた奴は。ここは解体所じゃないんだぞ」

「なっ!? 誰が豚ですって!?」

「この豚、人語を話すのか」

 

 驚いた風にする透。そんな透に突っかかろうとした女性はレアとアクアに捕まってどこかに連れ去られた。

 

「おい貴様ら! 透! 今すぐ彼女を返せ!」

「あ?」

 

 透は相手の顔を足で床に踏みつける。

 

「相変わらず、朝間の坊っちゃんは理解が遅いでちゅねー」

 

 今ので気絶したらしい男を智久は蹴り上げ、壁に叩きつける。

 

「がはっ! ……お、俺は……」

「やっほー。さて―――何本折れば喋る?」

 

 それから透は従兄の骨を折り続け、さらに秘書が徐々に変えられていく姿を見せて尋問していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ってことがあったんだ』

「夜塚さんは悪魔か何かですか」

『まぁ、否定はしねえよ? 結局その女は俺が生み出した触手で徹底的に犯したし、2人をあえて裸で奴らの家の玄関前に突き立ててやって戦争になりそうだけど』

『でも中々妊娠しなかったねー』

『じゃあ、エロ本ネタの「触手に種を入れられた女性は孕むか」という証明は「孕まない」で良いですね。次は弱った暴牛の相手でもしてもらいましょうか』

 

 レアさんはちょっとズレがあった気がしたけど、アクアさんまでとは思わなかった。

 無邪気な幼女たちの所業に慄いていると、透さんは話を続ける。

 

『そんなわけだから、そっちの生徒と教師は返却済みだ。こっちの戦争が終わったらまた改めて俺と戦ってくれ。……まぁ、1日で終わるけど』

「わかりました」

 

 僕は一緒にいる織斑先生の変わりにそう答える。何故なら―――

 

「……………」

 

 織斑先生は震えているからだ。

 

「夜塚透、か。戦ったらいろいろと強敵になりそうだな」

「大丈夫ですよ。たぶん僕らが余計なことをしなければ問題ありませんから。それに―――今回の主犯はすでに捕まえていますし」

 

 僕らの後ろで特殊な電磁縄で捕縛されているフォーリアを見ると、フォーリアは震え始めた。

 

「ふっ。私も焼きが回ったものね。まさかあんな簡単に捕まるなんて」

「……どうしたんだ?」

「闇鋼を壊そうとしたらでてきたので捕まえて縛りました」

「………鬼かお前は」

 

 いやぁ、容赦なく相手を潰す向こうに比べたら可愛いものだろう。

 

「それで、こいつの処分はどうします? 僕としてはこのままIS委員会に売ろうかなって思っているんですが」

「ごめんなさい! もうしないから本気で許して!!」

 

 どうやらその提案だけで折れたらしい。

 

「だってムカつくじゃない。ただ顔が良いのと篠ノ之束の知り合いってだけで持ち上げられてさ。智久だって頑張っているのに評価されないんだよ? それって嫌じゃない?」

「やだなぁ。そんなことどうでもいいよ」

 

 僕は満面な笑みを浮かべてはっきり言った。

 

「―――そもそも、轡木夫婦以外で僕のことをちゃんと理解できるほどの強さを持っている人っていたっけ?」

 

 世界にそんなことがわかる人が何人いるんだって話である。

 実際のところ、今の僕だと舞崎君と夜塚さん、後は姉さんぐらいが相手になる。というよりも、その人たちじゃなければ僕に勝てないはずだ。轡木さんは、あの人の場合は異次元だしね。

 

「僕の評価がおかしいとかどうでもいいよ。僕は僕だ。ISでも生身でも、世界の誰かが吠えたところで僕が強いことに変わりない。だから、余計なことをしなくてもいいよ。何だったら、今からどこかの軍事施設を生身で強襲しようか?」

「本気か?」

 

 織斑先生が聞いてくる。今ここで「Yes」と答えたら戦うことになりそうだけど、僕はあえてそう答えた。

 

「ええ。僕の強さを証明できるなら」

 

 正直なところ、僕は今すぐにでもこの学園を捨てて姉さんを倒しに行きたい。だけどその間に他のISが攻め込んできたら厄介なことになるのは明白だ.

 

「時雨」

「わかっていますよ。今はここでの生活もある程度楽しいですし、喧嘩を売られた時のみ対処します」

 

 そう答えたけど、僕はあまり乗り気じゃない。

 今はともかく、この力を試したかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「止めて! その子に触らないで!!」

 

 とある場所。そこで長い金髪の女性が叫ぶ。

 だがISを装備した者はコアを回収し、容赦なく離脱した。

 

「返して……あの子を……」

「―――諦めろよ」

 

 追おうとする金髪の女性を一人の男が蹴り飛ばす。

 

「アンタのその心意気はまぁ認めてやらなくもないけどさ。運が悪かったと思いな」

「そんな。あの子はただ飛びたかっただけ―――」

「悪いな。どうでもいいんだ、そう言うのは」

 

 男は女性を蹴り飛ばして気絶させる。するとタイミングが良いのか兵士が現れ、IS操縦者がいるにも関わらず引き金を引いた。

 しかし男はすべて回避して離脱した。

 

「逃がすな! 追え!!」

 

 しかしそこで彼らはありえないものを見た。

 男は海上を平然と走り、離脱していくISに追いついて飛び乗ったのだ。

 

「お待たせ」

 

 IS操縦者は無視してスピード上げる。基地に戻っても男が気絶することはなく、平然とシャワーを浴びていた。

 

 それから彼らは上司であるスコール・ミューゼルに報告に行く。

 

「二人ともご苦労様。でもね―――誰が先に休憩して良いって言った?」

 

 スコールは殺気を出しつつそう言うが男は平然と答える。

 

「だって報告が面倒だったから」

「そう」

 

 そこから一瞬だった。スコールはISを展開して男を抑えつけにかかった。男は抵抗もせずに抑えつけられる。

 

「どういうつもりかしら?」

「さぁ。それとも反撃してもらいたい…のか?」

 

 スコールはすぐさま飛び退く。男は立ち上がり、軽く首を回した。

 

「まぁ、この業界じゃあアンタは有名だし、その有名人にこうして警戒してくれるってのは心から自信にも繋がるが……だが邪魔だな」

 

 男は飛び出し、スコールに踵を落とす。IS装甲にヒビが入ったのを確認した男は満足そうな笑みを浮かべるが、男と一緒にいたエムも、怒られるかとニヤニヤと観賞していたオータムも唖然とした。

 

「忘れちゃいないか? 俺は轟霞個人と契約はしているがアンタらとはそれをしちゃいない。それに軍事施設に大した装備もなく突っ込だらそりゃ休憩も欲しいっての。それとも何? アンタの命令を無視してあの施設を消し飛ばした方が良かったか?」

 

 殺気がさらに増幅する。スコールは制止すると謝った。

 

「ごめんなさい。少々やりすぎたわ」

「ま、こっちも先に連絡しなかったのも悪いけどな。俺としてはアンタらにも得があるように動いたつもりだったが」

「……言われれば確かに我々にとってもプラスにはなるな」

 

 エムも同意するように言うと、男は勝ったと言わんばかりにドヤ顔をした。

 

「そういうことだ。じゃあな」

 

 3人の女を残してその男は部屋を出る。するとずっと待っていたのか、幼女が男に抱きついた。

 

「しっずるー! もう待ちくたびれたぁ~」

「はいはい。これからは解放されるから大丈夫だぞ」

「ほんと!? やったー!」

 

 そんな会話が彼女らにも聞こえており、だからこそスコールは冷や汗を流す。そして―――

 

「オータム、あの件のことだけど……」

「………わかってる」

 

 それは二人だけの秘密。そしてそれは後々に大きな分岐点となるのだが、それはまだ誰も知らない。



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ep.68 キャノンボール・ファスト

FGO福袋で水着玉藻降臨。ついでにイシュタル被る事故。スカサハ狙って爆死。

艦これ始めたけど母艦出ません。開発中々成功しません(´;ω;`)
現在の秘書艦候補は電ですかね。中破姿はエロ……いえ、なんでもありません。

はじめてのはがき作成

スマホで音ゲーデビュー。カバー曲が盛大にアレンジされていたり、リズムが独特過ぎて行動可能ポイントを1曲の練習にすべて当てる

お正月イベントは大体こんなものですかね。


 用意されたドローンが吹き飛ぶ。

 フォーリアに技術提供された高性能ドローンは簡易的だが学習用AIが積まれており戦うごとにフォーリアが許可する範囲で自己改造して強くなるのだが、

 

(………正直、今すぐ智久君に生徒会長の座を明け渡したいぐらいね)

 

 予め智久が戦ったことによって楯無は辛くも勝利を勝ちとった。

 だがミステリアス・レイディもシールドエネルギーをかなり消耗している。

 

 彼女もまた焦っていた。

 結局北条家と合併し、智久も北条カンパニーに委託してからのドイツとの取引も始まった。智久の戦闘力も一夏を戦闘不能にしたことで世界的にも認められている。認められているが、楯無にとって焦ることでしかない。

 

 一夏が暴走した。それによって潜在能力が引き出されていたとはいえ、楯無も虚も呆気なく敗北した。楯無はそのことを引きずり、仕事の合間に自主練習を多くすることにしている。

 実際、練習割合が増えたことによって能力は上がったが、それでもまだようやく一勝したところだ。

 

(……もっと強くならないと)

 

 生徒会長としてのプライドか、それとも「楯無」としてのプライドか、彼女のレベルはまたさらに上がろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 居心地が悪い、というのはまさにこのことかもしれない。

 今日はキャノンボール・ファスト当日。僕らは全く練習していないけど、当日である。

 

「………」

「………」

「………」

「………ふむ。私見で言うのものなんだが」

 

 僕の方を睨む3人の専用機持ちに対してボーデヴィッヒさんが口を開いた。

 

「実際のところ、織斑が暴走したのは確かだろう? それを止めたことに対して文句を言う事はないと思うがな。大体、私を含めてお前たちに止められたのか?」

 

 図星を突かれて全員が黙り込んでしまう。まぁ、苦しいことを思いっきり言われたらそうなるよね。

 

「それよりも智久、貴様はISを強化していないのか?」

「……というよりも、これ以上は強化しきれないって言う方が正しいかも」

 

 元々、フォーリアが僕に合わせて作ったのが闇鋼だから、装甲を大きく変えることはまずない。するとしたら武装ぐらいだ。……まぁ、フォーリアが言うには僕は基本的に右手は大型ビームライフルか爪、左手はビームソードとバリアシールドの複合小手、後はビット兵器に背部の大型稼働ウイングスラスターぐらいだ。

 いつもは出力を調整して敢えて本気を出さないようにしていたけど、これからはそれも解禁するつもりだ。

 

「それにわかっていると思うけど、おそらく今回も襲撃があると思うから全員警戒しておいてね」

「本当か?」

「これまでのパターンからして、ね」

 

 大体、イベントごとに色々とあるから警戒しておいて損はない。

 そもそも、いくら僕や織斑君がいるからって周囲は狙いすぎにも程がある。噂だけど織斑君の方にも厳重な警備が付いているという話だ。

 

「ほう。少しは私の成長も認めるという事か」

「正直、不安要素しかないけど。姉さんの相手はもちろんだけど、僕としては国家代表を倒した謎のISが気になるんだ」

 

 僕の予想が正しければ、たぶんその相手は―――いや、でもなぁ。万が一、億が一でもあり得ないことだ。

 そもそもISを男が動かすことはできない。それをあの男ができるとしたら、とんでもないことになる。

 

「………最悪、この施設が消し飛ぶことは覚悟しないと」

「レース直前に何言ってんのよ、アンタは……」

 

 突っ込まれたけど、それほど強烈な相手と言わざる得ない。

 たぶん楯無さんを巡って戦った時は相手がそこまで本気じゃなかったはずだ。むしろ、どうでも良い節があったし、僕がまだ成長できるという確信もあったかもしれない。だけど今回は向こうは全力で僕を倒しにくるはずだ。仮にISを扱えたとしたら、幸那の機体を見る限り凄い腕を持つ天才が手掛けているだろうから油断はできない。

 

「………大丈夫」

 

 後ろから打鉄弐式を展開した簪さんが声をかけてくれる。

 

「もし、その人が来たら………私だけでカバーするから……」

「その時はお願い。もし危なくなったら観客なんて見捨てて逃げてね」

「………そんなことしたら怒られるだけですみませんわよ」

 

 そんなこと言われても困る。

 

「でもまぁ、ISに無駄金を使っている分は関連施設にちゃんと金を使っているはずだからシェルターは頑丈になっているはずだし、そうじゃなかったら暴動は起こるだろうけどね」

 

 なんて答えていると、山田先生に呼ばれて僕は移動する。その最中に簪さんをチラッと確認すると、打鉄弐式に4本の帯が付いていた。

 

(たぶんアレが、新パッケージの『天衣』だろうね)

 

 打鉄弐式専用の高機動戦術パッケージ『天衣』。今後の戦闘隊形を考えて指揮官向きに開発されたと思われるものだ。4本の帯によって攻撃と防御、さらには機動力を上げて回避すらできる。まさに有能な指揮官が持ちそうなものだ。

 

「………あまり、見ないでほしい」

「ち、違うからね! ちょっと新パッケージの事を考えていただけだからね!」

「……………」

 

 可愛くソッポを向かれたけど、ISスーツ姿に見とれていたわけじゃないし仕方ないね。って言うかISスーツ姿を気にしたら―――

 

『あの髪が水色の女の子、可愛くね?』

『見た目外国人っぽいけど日本の代表候補生だろ? お近づきになりたいな』

『でも噂じゃ、二人目の男性操縦者とできてるんだろ?』

『あの世界にハーレムを容認されているクソ野郎か。死ねば良いのに』

『高がISを動かせるってだけで………』

 

 空気を読んだのか、フォーリアが闇鋼の集音声を高めてくれた。

 

『というのが過半数よ。どう思う?』

『………別に良いかな。ただ、捨て置く』

 

 クズの精神かもしれないけど、どうせIS競技に顔を出すんだから碌な奴じゃない。

 精々肉壁として役に………立たないな。

 

 心を落ち着かせて、一度周りの状況を把握する。

 まず凰さんの甲龍。高機動パッケージ『(フェン)』を装備していることによって両肩の上に浮いている衝撃砲が横を向いていて、本人の胸が小さいのにも関わらず胸部装甲が突き出ている。

 次にオルコットさんのブルー・ティアーズ。以前も使用していた高機動パッケージ『ストライク・ガンナー』を装備していることでBT兵器が封印されている状態。ただし、それを補うように大型ライフルが追加されているとか。夜塚さん曰く彼女の近接能力も鍛えられているので、狙撃手としての技量は上がっているとのこと。

 そしてボーデヴィッヒさんのシュヴァルツェア・レーゲン。新型のスラスターを増設して参戦。特に武装は追加されたという噂は聞かないけど、AICは健在なため警戒は必須か。

 篠ノ之さんの紅椿は闇鋼と同じそれそのものがある種の完成系だからか、これといった追加はない。どうやって対処するかはわからないけど、彼女は二刀流の動きが強化されていることもあって油断はしない方が良いかもしれない。

 最後に簪さんの打鉄弐式。性能そのものを見れば第四世代の特徴そのものの新パッケージが追加されている。彼女の情報処理能力はボーデヴィッヒさんやデュノアさんとはいい勝負だから油断なんてものは持たない方が良い。

 

(…………というより、生き残りたいなら現状に満足できないけど)

 

 姉さんや僕が知るあの男が敵になっているもしくはなるかもしれない状況で、スペック的にも技能的にも発展途上な状態で慢心なんてものは命取りだ。慢心しても良いのは、たった一撃で世界そのものを消滅するほどの攻撃ができる存在だけだろう。

 

『それではみなさん、一年生の専用機持ち組のレースを開催します』

 

 全スピーカーからアナウンスが響く。その効果か周りが静まり返って全員が僕らのスタートを今か今かと待つ。

 全員がスラスターを点火させる。僕は敢えてかなり遅く点火させた。

 3カウントが始まり、シグナルランプが青に変わった瞬間に全員が発進した。

 

 ―――ただし、僕以外は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 智久の試合放棄とすら思えるその行動にほとんどの人間が驚く。中では「評価が下がって犠牲になる」と喜ぶものもいた。

 だが、高がスタートをしていないというだけで油断する人は当事者たちにない。

 

 ―――できる限り差をつける

 

 全員がその意思を持つ。

 彼女らが移動するにつれて横並びだったが徐々に列となる。簪がトップとなり時点でセシリア、鈴音、ラウラ、箒となる。

 

「あの男、いつまで動かないつもりだよ」

「やる気ないんじゃないの」

「何か機体もダサいし」

「よくあんな奴がISを動かしたな」

「何でゴミみたいな男に専用機があって私たちにはないのよ」

「今すぐそこ代われ!!」

 

 女からだけでなく男からも野次を飛ばされる智久。すると、智久はようやくスタートする。

 周囲が「やっとか」や「鈍間」などと罵倒する。が、その罵倒はすぐに消えた。

 

「「「―――は?」」」

 

 これまで智久の動画はアップされていたが、それはあくまでラファール・リヴァイヴの時だけであり、闇鋼をまともに世間に晒すのはこれが初めてだ。だからこそ、一般市民は唖然とする。とてつもない速さに初見の人間は圧倒される。

 完全なチート級の機体―――それが闇鋼だった。

 

「もう来たの!?」

「冗談じゃありませんわ!」

「みんな、落ち着いて。まだ慌てる時間じゃない」

 

 簪が全員に指示を飛ばす。

 

「下手に対応した方が早く抜かれる。今はできるだけ先に移動しないと」

「そんなことをしていたら抜かれてしまいますわ!」

「その点に関しては既に諦めた」

 

 堂々と言い放つ簪に他の選手が呆れはするがすぐに納得する。

 智久は順位としては6位。だがそんなものはすぐに変わる。箒は追われながら状況を予測していた。

 

(紅椿は第四世代なんだがな!?)

 

 基本的に色々とぶっ飛んでいる姉ではあるが、自分のことに関してはちゃんとしたものを渡してくれることを箒は知っていたが、その機体ですら闇鋼から逃げることはできないと知ると少し悲しくなる。

 

「追いつかれて……たまるか……」

 

 だが智久は無慈悲にも接近していく。

 前の方では簪を先頭に次々とトラップゾーンに入って行く。機雷が浮き、トラップが発動していく。

 簪は常に加速し、機雷が当たる前にトラップゾーンを抜けるという荒業をやってのけた。その後に箒、智久もトラップゾーンに入る。

 そこで智久は急加速して箒を避けて機雷群に突っ込んだ。

 

 ―――対象を感知 作動開始

 

 AIが智久が通ったことを確認し、榴弾を発射させ―――る前にどこからかビームが飛んで爆発させた。

 次々とトラップゾーンを離脱していく。智久もその一人であり、箒が抜かれて最下位となった。

 

 トラップゾーン内では順位変動が行われていたため、今の順位はトップは変わらず簪。次にラウラ、鈴音、セシリア、智久、箒となっている。

 だが、ここからトラップゾーンまで距離があり、智久はそこで手をこまねいているような人間ではない。さらに加速してセシリアの後ろに着いたが、それも束の間のことだった。ビットを射出した智久はセシリアに執拗に攻撃して減速させることで追い抜く。

 

「来たわね時雨」

「じゃあね、凰さん」

 

 だが智久は瞬時加速で鈴音を踏み抜き、加速台として使って加速してラウラに迫った。が、智久はさらに加速する。

 

「抜かさんぞ」

 

 ラウラは智久に抜かれるのを阻止しようとするが、智久は別の方向を見る。そして、全員に個人間秘匿通信(プライベート・チャネル)で通達した。

 

『ISが来る。防御、回避体勢を取って注意して』

 

 通常、ISが接近すれば警報が鳴る。しかし今回はそれがなく、警報関連のものはひたすら無音だった。

 だが、この状況で智久はオオカミ少年になるような人間ではないことはラウラも簪も承知している。だからこそ2人はすぐに構えずとりあえずレースを行う。

 すると智久は大型のウイングスラスターを広げて加速。そして―――

 

「―――ざ、残像!?」

 

 観客の誰かが言った。見ていた誰もがその状況に驚く。簪は顔を引き攣らせていたが、闇鋼になった時に大体察していた。

 

 ―――来る

 

 何かを感じた智久は闇鋼の全装甲をカバーするためにビットを展開してバリアを張り、攻撃を防いだ。

 

「………今のは」

「まさか―――」

 

 智久は停止し、ある一点を睨みつけるように見る。するとそこには―――

 

「さ、サイレント・ゼフィルス……!」

 

 セシリアは忌々し気にその機体を見る。

 窓ガラスを割って入る。智久はフォーリアに指示を飛ばしてすぐに観客席を対IS装甲で守らせる。

 

「まさか初弾を防がれるとはな。平和ボケをした織斑一夏とはわけが違うか」

「当然だよ。むしろ心外だね、あのような屑如きと一緒にされるなんて。まぁ、君も前に来たヒステリックババアとは違って随分と強そうだね」

「あのような味噌っかす如きと一緒にされるとはな」

 

 お互いが挑発を終え、どちらもやる気を出す。だが、

 

「サイレント・ゼフィルス……今度こそ!!」

 

 セシリアが先行する。

 智久は舌打ちこそすれ、すぐに出てきたさらなる敵機の対応をするように全員に指示した。そして―――

 

(………この感じは)

 

 禍々しくも強烈な殺気。自分や透に似た―――というよりも同種の存在。

 データとして機体の特徴は把握している。その機体と合致したタイプのものが1機、量産型の敵機に紛れていた。

 

「簪さん。悪いけど全体指揮は任せたよ」

「………わかった」

 

 智久はわかっていた。いつかどのような形であれまた出会えればその時は戦うことを。

 

「『やっぱりつまらないな。IS操縦者の相手というのは。国家代表相手でも手応えがまるでなかった―――だが、お前は別だろう? 時雨智久』」

 

 聞こえてくるのは機械音声だが、その相手が誰だかわかっていた智久は気にせずに仕掛ける。

 

「じゃあ見せてあげるよ。期待に応えられるかわからないけどね」

「『いいや。わかるさ。お前の存在そのものから、以前よりも強くなったという事がよぉくわかる』」

 

 相手は回避中も言葉を切らず、取ってつけたようなガトリングを放ち、満足したのか放り投げて接近した。

 

「『さぁ暴れようぜ!! 常人というゴミも、社会という膿も捨ててなぁ!!』」

 

 智久もそれに応えるように、装備を解除して闇鋼に自分の能力を行き渡らせた。



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ep.69 兆し

 智久が戦闘を開始した頃、次々と球体が降り専用機持ちや緊急事態のためISを展開した人たちの前に現れた。

 

「こいつらは、学園祭の時のか!?」

「全員、固まって行動して。相手の戦力は未知数だから」

 

 簪が素早く指示を飛ばすと、鈴音が返す。

 

「セシリアはどうするのよ?」

「戻るように指示は出している。お姉ちゃんたちに任せて私たちは早くこいつらを追い出さないと―――」

 

 途端に彼女らの近くが爆発した。観客席の方では火の手が上がっており、その中心で常識外の戦闘が行われていた。

 

「あの2人のせいでアリーナとその周辺が消滅する」

「あの惨状を見れば否定できんな……」

 

 一応、このアリーナだけでなくIS関係のものはISが全力でぶつかっても耐え得る装甲が備わっている。

 しかしある一部の戦闘だけはそれを軽く超えてしまうのではないかと怯えてしまえることが行われていた。

 

「―――哀れですね」

 

 全員がその場から退避する。床が吹き飛び、少し後ろにはラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡを母体とした機体がおり、

 

「悪いけど……あなたを捕まえさせてもらう」

「構いませんわ。ですが―――」

 

 大型のウイングスラスターが開き、高速で簪に接近する。

 

 ―――ギンッ!!

 

 簪は咄嗟に防いでその勢いに乗って下がる。

 

「いくら智久様と共にいるとはいえ、痛めつけますよ」

「こっちにも一応はその覚悟はある」

 

 幸那は少し下がると、急に身体が動かなくなった。

 

「AICですか」

「そうだ。降伏を進めるが?」

「…………クスッ」

 

 幸那の機体から青く光るブレードが飛び出し、ラウラに攻撃した。攻撃を回避したラウラはAICを解かなかった。

 

「なるほど。多少は成長しているのですか。智久様といる割には弱いとは思っていましたが」

「……言ってくれるな」

「ですが事実でしょう? あの方の友でいてくれたことは少なからず感謝してはいます。ですが、あなたはそれだけですし―――」

 

 今度は青い波動を放つ。すると幸那はそこから離脱し、周囲に機雷をばらまいてすぐに爆発させた。

 

「なにっ!?」

「サードウェポンキャンセラー。わかりやすく言えば、AICや衝撃砲、BT兵器などの第三世代兵器を無効化するものです。とはいえ、一定時間が経てば使えるようになりますが」

「な、なにそれ!? 強すぎじゃない?!」

 

 鈴音が驚きを露わにした。

 だが幸那は馬鹿を見るような目で一瞥する。

 

「それ、あれを見て同じような事を言えますか?」

「え―――」

 

 鈴音は咄嗟に振り向く。だがそこには何もなく、彼女のすぐ近くを2機のISが通過した。戦いの衝撃をまともに食らった鈴音はバランスを崩される。

 

「?!」

「鈴!」

 

 箒が鈴音を守ろうと移動するが、重い衝撃によって吹き飛ばされる。

 

「『舞え! 波龍!!』」

 

 右手を突き出す敵。そこから紅い龍が智久めがけて飛ぶが智久はそれを腕から発する電気の刃で切り裂く。

 

「『流石は轟。俺の気を軽く裂くとは―――これだから貴様との戦いは止められない!』」

 

 敵は気の球体を連続で生成して打ち出す。智久はそれをすべていなし、今度はマニピュレーターを介してレーザーを放った。

 

「『効くか』」

 

 だが相手はそれを片手で受け止め、耐える。

 その光景を見ていた簪たちはレベルはもちろんこれまでの常識を遥かに塗り替えるレベルの攻防に驚きを隠せないでいた―――が、幸那の存在がその思考を中断させる。

 

「このっ―――当たれ!!」

 

 衝撃砲の砲身を幸那に向けて発射する。だが当たるよりも先に幸那は消えており、鈴音に蹴りを入れた。

 

「動きは以前よりにマシになっていますね。でも―――弱すぎますよ」

 

 後ろから幸那に斬りかかる箒の斬撃を振るわれる前に弾き、《空裂》の副次効果である「レーザーを奥義に発射する」効果を防ぐ。

 

「くっ。貴様―――」

「たった少し鍛えた程度で何が変わるんだと言うんですか。本当に強くなりたいなら、その手を血に染めなさい」

 

 脇腹を踵で蹴り、箒の動きを鈍らせて引き寄せ、レールカノンの砲撃を防いだ。

 

「がっ?!」

「す、すまん、箒」

「気にすることはありませんよ、遺伝子強化素体。この女が弱すぎるだけですから」

「―――それに関しては同意する」

 

 今度は簪が仕掛けた。

 15基のミサイル群。幸那はそれを両肩に装備されているビームソードを引き抜いてすべて破壊し、同系統のビームサーベルを装備している簪と鍔競り合う。そこで幸那は気付いた。

 

「………あなた……その装備……」

「……メタルシリーズ。この機体はその2番機」

 

 打鉄弐式の開発は本格的に凍結された。

 というのも、打鉄弐式の本来のスペックは簪の要求するものとはかけ離れており、そもそも47基のミサイルを同時に操作することが無理という判断が下されたのである。

 その結果、北条カンパニーは新シリーズである「メタルシリーズ」を打ち出し、その二番機である「荒鋼」を簪に預けた。

 

「多少………いえ、その機体もこの「ラファール・リヴァイヴ・デスティニー」と同等のものなのでしょう。なら―――」

 

 幸那が消えた。

 しかし簪にとって相手が消えることは日常茶飯事だ。追撃は容易い。

 ウイングスラスターから8基のビットが射出され、それらが次に幸那が現れる場所に攻撃した。だが―――

 

「残像……」

「ご名答」

 

 簪の後ろからウイングスラスターから赤紫の非実体ウイングを展開した幸那が現れる。だが簪はそこから動かず、攻撃を防いだ。

 

「これは―――」

「ビットでバリアも張れる。あなたを捕らえるにはこの帯で十分」

 

 幸那の脚に帯が絡みつく。幸那はすぐに抜け出そうとビームソードで切断しようとするが、固くすぐに切り落とすことができない。

 

「取った」

 

 簪は薙刀を展開して幸那の頭部に振り下ろす。幸那の頭部に当たろうとした瞬間、簪の眼前にはレーザーが直撃した。

 

「なっ」

「油断しましたね、更識簪」

 

 幸那の機体の左腕部にいつの間にか弓が作られており、幸那はそこからレーザーの矢を射出したのだ。

 

「残酷なことに、この弓のチャージは―――たった1秒で最大出力に達します」

 

 今度はまともに腹部に食らう簪。だが咄嗟に帯を放して防御したので威力は抑えることはできた。

 

「………忘れてた」

 

 簪は眼鏡を外し、前髪に髪が掛からないためかカチューシャで止める。

 

「あなたはあの施設にいたんだから……手加減しなくっていっか」

 

 腕部装甲を独立稼働させ、投影型キーボードを出して簪は目を疑うようなほど早くキーボードを叩く。

 

「あなたたちは周りのザコを片付けなさい。私がこの子の相手をするわ」

「ちょっ、何を勝手に―――」

「―――勝手?」

 

 すると甲龍の衝撃砲が破壊される。下からのビームではなく、簪の機体である「荒鋼」のビットだった。

 

「妥当な判断よ。戦力評価もできない素人は下がってなさい。巻き込むわよ?」

 

 幸那は背筋が凍るのを感じ、簪から離れるとセシリアが見れば泣いて逃げ出すであるほどの練度が高いビット裁きを披露した。さらに下の機体すらも破壊し始める始末である。

 

「む、無茶苦茶じゃない!?」

「何なんだ……あいつは同じ人間か?!」

 

 補足すると、荒鋼は確かにメタルシリーズの2番機でありいずれは量産するであろう機体である。

 しかし様々な攻撃手段を詰め込み、また簪自身もそれを求めた結果とんでもない性能に仕上がっていた。

 

 ―――脳思考、手動操作、ペダル操作

 

 ありとあらゆる状況に対応できるように様々な要素を取り入れた結果、ある意味ではゲテモノ機体となっているのである。ビットは脳操作、手で格闘や射撃を行いつつペダル操作で細かな軌道を描く。それはつまり、従来の比でないほどの処理能力をパイロットに求めることとなった。

 

 ―――完全に無茶苦茶だった

 

 楯無が知れば間違いなく止める代物であり、技術者たちもあまりの出来具合に解体しようかと思ったほどだ。だが簪は―――

 

「これくらいしないと、今後の戦いに付いて行けないから」

 

 そう言い切った。とはいえ、簪に制限はある。

 理性をほとんど吹き飛ばす代わりに、使用限界はあくまでも1分。それ以上は廃人となる可能性が高いので制限を設けたのだ。

 

「―――っつ」

 

 簪の視界が霞み、一瞬攻撃が緩む。これまで防戦一方だった幸那は正気を見つけ、簪にビームを放つ。

 しかしそれは、突然介入した存在によって弾かれて骨組みの一つに当たった。

 

「交代だよ、かんちゃん」

「……後はお願い、本音」

「任された」

 

 その機体は、従来の物とは大きく変わっていた。

 ベースとなっているのは打鉄だが、かつて弐式に備わっていたブースターを改良されており背部に三基設置されており、少し大きめの鳥の羽を思わせるウイングが備わっている黄色を基調色と機体。

 

 ―――通称、本音カスタム

 

「次から次へと………」

「だってぇ。しぐしぐの頼みでもあるんだもーん」

 

 軽口を叩く本音は、さりげなく大鎌を展開して非実体の刃を飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、楯無は死を覚悟していた。

 IS「ミステリアス・レイディ」は既に展開済み。だが、目の前の2人と対峙して上手く戦うどころか―――逃げ切れる気すらしない。

 1人はスコール・ミューゼル。裏社会に存在する悪の組織「亡国機業」の幹部の一人であり、実働部隊「モノクローム・アバター」の隊長。そしてもう1人はかつて一族の大半を滅ぼした日本の代表候補生「轟霞」。

 

「そう警戒しないで、楯無」

「………警戒しないわけにはいきませんよ、霞さん」

「大丈夫。今日は面倒な茶番をしてきたから。用が終わったらさっさと消えるわ。私はそのためにあなたを止めに来たから」

 

 楯無は思わず頬を引き攣らせる。

 

「そ・れ・に」

 

 楯無も、そして味方であるスコールもその動きを追うことはできなかった。

 いつの間にか霞は楯無の隣に立っており、耳打ちする。

 

「―――そろそろ、智久も我慢の限界かもね」

「何をしているのかしら?」

 

 スコールからプレッシャーが放たれる。

 

「何もないわ。将来の妹の1人に簡単なアドバイスよ。あなたがしているとてもつまらないことよりもはるかにマシ」

「…………」

 

 スコールは内心舌打ちした。

 霞はとてもつかみどころがない性格をしている。実際、彼女の動きもまた独特で気が付けば自分が嫌な事を知って場をかき乱す。スコールも完全には抑えられていないのだ。

 加えて、彼女側にいる静流と楓の存在も厄介だ。静流は戦闘能力の高さから、楓は篠ノ之束と並ぶ頭脳による想像力から、どちらも亡国機業に利益をもたらした。それは間違いないが、如何せんやり過ぎなのだ。

 少し前に今セシリアと戦っているエムという少女と同じナノマシンを投与したが、おそらくそれはとっくに解除されているとスコールは考えている。

 

(舞崎静流が、幸いエムに興味を持っていないことがせめてもの救いね)

 

 エムの正体を知る彼女にとって、これからしようと考えていることの切り札まで取られるのは癪だ。予めある程度のデータを取れば引くようには言っているが、とはいえそれまでに乱入されればおしまいだが。

 

「引くわよ」

「わかったわ………」

 

 スコールは自分を炎に、霞は電気に変えて姿を消した。

 

「………なんなのよ、一体……」

 

 楯無は自らの無力さを嘆く。目の前を2人が通りすぎるが、その異常な戦いがさらに拍車をかけていく。

 

 そしてその2人の戦いは、とうとうアリーナを超えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、BT搭載機の2機は街中を駆けながら戦闘をしていた。

 下には避難どころかまだ状況を理解できていない人間が圧倒的に多く、セシリアたちの姿を見ても撮影か何かしか思っていない。

 そんな状況だが無慈悲にもセシリアは追い詰められていく。

 

「お前はもう死ね」

 

 冷たく言い放つエム。彼女は連続射撃をすべてセシリアに当て、ブルー・ティアーズのシールドエネルギーをごっそり削り、装甲と武装を破壊される。

 

「終わりだ」

 

 下降していくセシリアに容赦なく引き金を引くエム。その下は高速道路で平日である今も車が走行しているのだが、彼女にとってどうでもいいことだった。しかし、セシリアにとってはそうではなく、彼女はすべて受けきり、ギリギリ耐える。

 

「まだ……ですわ。わたくしの切り札は……まだ……ありましてよ!」

 

 叫んだセシリアは心の中でトリガーを引く。それを合図に高機動パッケージ『ストライクガンナー』を装備していることによって封じられたビット兵器が0.001秒で稼働、照準、狙撃を行った。しかしこの行為は最悪の場合は機体が空中分解するもの。事実反動で装甲の一部が吹き飛び、コアを収納するエリアの一部にヒビが入る。

 

「これが切り札だと? 笑わせるな!」

 

 エムは声を荒げ、笑いながらもすべて高速ロールで回避しつつ接近する。そして彼女が持つライフル《スター・ブレイカー》の銃剣がセシリアに向けられる。だがそれは―――予期せぬ第三者の介入によって防がれた。

 突然現れた盾。それが銃剣を防いだが―――

 

「なら、これでどうだ」

 

 銃剣の刃部分が光り、熱を帯びたことによって盾を貫通して装備者の顔に銃剣が近付いた瞬間、エムが被るバイザーに蹴りが入った。

 

「―――ねぇ」

 

 その声に、その場にいる全員が凍り付く。エムも、セシリアも、そしてセシリアを守り、本来向けられることもない虚すらも。

 

「貴様、どこか湧い―――」

 

 叫ぶエムに対し、突然現れた存在は容赦なく蹴りを入れる。

 

「誰がしゃべって良いと許可した?」

 

 ―――バチッ

 

 その男から放出される電気。それが黒色をしていて何度も飛び散る。

 

「ま、待ってください、智久君!」

「……………」

 

 とりあえず制止はしているようだ。行動をしなくなった智久にエムが攻撃を加えようとすると、彼女が使用する「サイレント・ゼフィルス」の背部が爆発を起こした。

 

「時雨さん、今です! その方を―――ヒィッ⁈」

 

 意識を向けられたことで怯えるセシリア。そんなやり取りをしていると、エムが奪われる形で智久から引き離された。

 

「何をする貴様!」

「『離脱命令が出てんだよ。後さぁ―――』」

 

 ―――何でさっさと消さなかった?

 

 回収する相手に殺気を向けられて黙るエム。彼女は基地に戻って解放されるまで一切口を利かなかった。……というよりも利けなかった。

 

 

 

 敵方が離脱したことによって戦いは強制的に終了という形になり、学園祭の時に出てきた無人機も次々と離脱しているという報告を聞いた

 

(とりあえずは終わり、でしょうか)

 

 未だに動かない智久を見守りながら、徐々に殺気が引いていくのを感じる虚。張り詰めた空気が無くなったのを感じた彼女は智久に声をかけようとしたが、その前に智久が声をかけた。

 

「じゃあ、帰りましょうか」

「………ええ」

 

 さっきまでの異常な気配が何事もなかったかのように消えていることに少し不安がる虚だったが、結局何も起こらなかった。



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ep70 力の代償と不吉な予感

 膨大な処理をIS学園で行われている頃、とある人物がひっそりと目を覚ました。

 状況がわからず、どうして自分に点滴が打たれているのかわかっていない彼は、目の前にいる小さくて丸い存在に唖然とする。

 

「よーやく起きたか、寝坊助。久しぶりの起床はどんな気分だ?」

「………は?」

 

 突然話しかけられたこともあり、一夏は目の前で話したであろう存在を受け入れきれなかった。

 

「……スライム?」

「まぁな。まぁ、詳しい話は省略するとして―――」

「いや、話せよ!」

 

 一夏は思わず突っ込むが、そのスライムは話す気がないのか話を進めた。

 

「まぁあれだ。一時期話題にもなった魔法少女の使い魔のセリフを思い出してみろ」

「……いや、何だそれ」

「…………ここまで無知だといっそ清々しいな」

 

 あきれ果てるスライムだが、一夏の思考は未だ追いつかない。

 そもそも、スライムが布団の上でおなじみのモンスターの姿で話しかけてくると言う状況に思考が追いついていないのだ。結局、彼もまた普通の男でしかない。

 

「まぁいい。でも良いのか? 俺の事情を知ったらお前―――最悪死ぬぞ?」

「……は?」

「なにせ俺の存在そのものが機密事項で極秘事項だからなぁ。大体、お前の今の状況は理解しているか?」

「………いや、さっぱり……」

 

 スライムは心からため息を溢すが、一夏は気に入らず睨みつける。

 

「言っておくが、今IS委員会じゃお前を解剖するかしないで揉めているぞ」

「………か、解剖? 何言ってんだよ。そんなことしたら犯罪だろ!?」

「典型的な発言乙。犯罪も何も、「彼は我々人類のために自ら犠牲になった」とか言って好評したらそれで終わりだ。IS委員会に探りを入れる奴はいるだろうが、そいつらはいずれ事故に見せかけて殺されると言う末路を辿るし、他の奴らも詳しく調べるほど暇じゃねえ。時間が経てばいずれ人は忘れていくって話だ」

 

 実際のところ、希少な存在である男性操縦者を解剖しているのだから続報を待っている人間は少なからず残っているが、このスライムはそういうのもいずれ消えて別のブームに向かうだろうと予測している。

 

「大体、それをお前が知らない事が異常なんだっての。まぁ、おそらく男性操縦者がお前だけだったらこんな話は出なかっただろうし、現に話が出てきたのってつい最近だしな」

「なんだそれ。じゃあそれも結局眉唾もの―――」

「最初は孤児院育ちということもあって時雨智久を真っ先に解剖しようと言う話だったんだけどな」

 

 そう言われ、一夏は黙った。

 

「まぁ単純な話。IS学園の理事長と学園長が反対したおかげで話はこじれ、しばらくは様子見ということになった。これまでおかしいことはあっただろ。特に学年別トーナメントでお前たちが優勝したこと」

「あれがなんだって言うんだよ―――」

「対外的にはシュヴァルツェア・レーゲンに不正システムが入れられていたことから反則負けということになっているが、見ている奴は見ているってことだ。それにな、あの試合が無効試合にならなかった最大の理由が何か教えてやろうか?」

「………何だよ」

「篠ノ之束、そして織斑千冬に対するご機嫌取り」

 

 その言葉に一夏は愕然とする。

 だが少し妙な既視感を感じたが、気のせいだと思った。

 

「結果として、織斑千冬は公正な審判を判断を行わなかったことに激怒して、理事長と学園長は時雨智久の今後を期待して特別賞を授与した。俺でも正当な評価だとは思うがな。試合前にブースターを壊されるというアクシデントを仕掛けられたのにも関わらずお前たち2人を倒したのだから」

「……お、俺たちを倒したって………」

「いやぁ、お笑い草だな、織斑一夏。片や専用機持ちと組んだ専用機で簡単に決勝に進出し、片や実力を見込んで問題児の専用機と組み、努力し続けた結果が妨害の上にご機嫌取りのために失格扱い。しかも本来なら専用機持ちの暴走の尻拭いをして生徒を守ったのに仕組んだ本人として感謝させられずに犯罪者扱い。おまけに織斑千冬とキスをしたという理由で家族を殺される始末。しかし片や専用機持ちの方はまたご機嫌取りのために奪われた機体を戻すと言う特典付き………で、どうだ織斑」

「…………何がだよ」

「お前は織斑千冬と篠ノ之束のご機嫌を取るための道具としか見られていないんだが?」

 

 スライムは真実を言い放った。

 

「ただのらりくらりとしていただけで自分の評価はうなぎのぼり。誰からも文句言われない幸せな路線を歩み続けれた。けどその代償としてお前は圧倒的に弱くなった。完全に、取り戻せない程手遅れに、な」

 

 言われていることを一夏は理解できなかった。

 

「お前は弱いんだ、織斑一夏。だが、俺を取り込めば強くなれるぞ」

「………いらねえよ。急にしゃべって変なこと言って、挙句に弱いって。俺は―――」

「今のままじゃどれだけ努力したところで無駄だ。時雨智久に勝つよりも遥かに簡単な「ブリュンヒルデ」になることすらまず無理だ」

 

 はっきり言われた一夏は少し苛立つが、実際のところそうだ。

 

「お前だってはっきり負けたじゃねえか」

「…は? 何言ってんだよ」

「………ああ、そういうことか」

 

 スライムは一夏の額―――脳に自身の身体を鋭くして突き刺してあるツボを刺激する。一夏は驚き、硬直するが脳内にあるシーンが流れる。

 

 ―――自身が、姉を貫くシーンだった

 

「………な……なんだこれ……」

「安心しろ。幸い、織斑千冬は致命傷じゃなかったからピンピンしてる」

「そういう問題じゃねえよ! 何だよこれ! どうして俺が千冬姉を⁈ それに、更識さんと……えっと、もう1人は―――」

「確か前に篠ノ之箒が気絶させた奴だな―――って、そうじゃねえよ。おかしいと思わねえのか? どうしてお前がそんな大切なことを忘れているのか?」

「………もしかして、お前が見せたジョークとか―――」

「残念ながら本当だ。何だったら当時の報告書とか織斑千冬の事情聴取記録とか見るか?」

 

 スライムは口を開けて記録のコピーを出していく。

 

「………あれ? 濡れてない」

「俺の口の中は四次元ポケットだからな。そんなことよりもだ―――何でお前は忘れていたんだ、そんな大事なことをよ」

 

 スライムに問い詰められている一夏。本来なら大して大きくもない存在に怯むこともない一夏だが、今回ばかりは動揺を隠せていない。

 

「あの時の俺は正気じゃなかったから―――」

「それもあるが、お前の記憶自体が弄られていたからな」

「だ、誰がそんなことをしたんだよ!?」

「篠ノ之束以外あり得ないだろ」

 

 あっさりと答えるスライムに呆気にとられる一夏だったが、すぐにさらに否定する。

 

「そ、それこそあり得ねえよ。確かに束さんってどこかおかしいけど―――」

「あれだけ迫られて全く動じないお前におかしいって言われるとかww」

「茶化すな! でも、実際束さんって他人に話すのが苦手みたいだし―――」

「興味を無くすのと現実から目を背けるのが上手いだけだ」

 

 バッサリと斬るスライムはさらに畳みかける。

 

「そうだ。お前、白式に一体何のコアが使われているか知ってるか?」

「知らない」

「コアNo.001。篠ノ之束が最初に作り上げたISコアだ。それ故に介入もしやすい。記憶はそれを使って消したんだよ」

 

 とはいえ、人の記憶は弄ることはできても完全に消すことはできない。だからこそ一夏はスライムの調整によってまた思い出すことができたのだが。

 

「お前も知っている通り、篠ノ之束は技術面だけでなく戦闘面でも高いスペックを持っている。それくらい成してもなんら不思議じゃない」

「じゃあお前は、束さんがこれまで妨害したとでも言うのかよ」

「そうだな。クラス対抗戦の時と銀の福音の時は間違いなくあの女の差し金だ。そもそもおかしいだろ? 無人機はどこも開発していないし、そもそもISコアは篠ノ之束以外開発することはできないんだぜ? それに―――ISの乱入なんて普通は考えねえしな」

 

 そこまで説明すると、一夏はようやく今の状況を理解したのか顔を青くしていく。

 考えてみればすべてそうだ。ISは篠ノ之束の専門分野。暴走を起こすのは容易だと一夏は考える。考えてしまい、しまいには思考がそれで独占されていく。

 

「…………でも、箒だっていたんだぞ? 束さんは箒のことが大切なはず。だったら―――」

「男でお前と同じく特別な時雨智久がISを持つことだって世間は反対したんだぞ? いくら篠ノ之束の妹だからって黙っていない奴はいないはずだ。だから―――」

「だから、認めさせるために暴走させるなんて―――」

 

 ―――やりかねない

 

 一夏はとうとう認めた。そして、これから先に起こるであろう未来も。

 

「…………お前を受け入れたら、束さんを止めることはできるのか?」

「絶対的な保証はできないが、身体能力は向上する。後は、お前が如何に死に物狂いで努力するかだな」

「………わかった」

 

 返事をした一夏は躊躇いなくスライムに触れる。すると激痛が体を蝕み、一時は心不全に陥る事態となったが―――数分後に回復した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(計画通り、だな。あの女の予定を狂わせることになるけど、今織斑千冬がいる前で無理矢理引き剥がすなんてことはしないだろうし)

 

 スライムは白式の一部と化した。だが束に仕込まれているであろうウイルスから自身を守る準備はしており、次々と弾いていく。

 

(………にしても、こいつは本当に……)

 

 ―――知識なさすぎだろ!!

 

 スライムだったものは中でOSの書き換えを行い、最適化を図る。そして内心、自分がしっかりしないといけないと自覚する。

 

 ―――その時だった

 

 一夏は誰かが窓の外にいる気配を感じ、振り向く。

 そこには、自分が良く知る顔をした少女が笑みを浮かべて銃口を向けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(………まさか、こんな状況になるなんてね……)

 

 事情聴取を終えた僕は先に部屋に戻ったけど、どうやらそれは正解だったようだ。

 僕はすぐに風呂場に入り、浴槽の中で口からあるものを吐く。

 

(……これはバレたらマズいか……)

 

 シャワーで血を洗い流しながら、僕はため息を吐く。現状、ISに乗れて姉さんやあの相手と戦える戦士はいない。もし僕がここで倒れてしまったら、一体誰が戦うと言うのか―――

 

 ―――それを考えると、心から寒気がする

 

(冗談じゃない。あの人たちに戦わせてたまるか)

 

 それなら早々に降伏した方がまだマシだ。機密事項なんか取られて当たり前。人の方が………4人を守るためなら明け渡す。

 

「辛そうね」

 

 後ろから声をかけられる。この声は、フォーリアか。

 

「フォーリア。どうしてこうなったのかわかる?」

「………おそらく、まだ慣れない身体に急激な成長を遂げた反動。それに加えてあの()との激戦でのダメージが一気に襲い掛かったってところかしら」

「………正解。まさか自分の身体がここまで弱っていたなんて思わなかったよ」

 

 たぶん、夏ごろの覚醒程度だったらまだ大丈夫だったんだ。でも、姉さんとの力の差を知ってしまって、それで焦ってってところだな。肉体にも馴染んでいるわけじゃない。

 

(………潰れるのが先か。それとも馴染むのが先、か)

 

 どっちにしろ、もしかしたら僕は近い内に死んでしまうかもしれない。そんな予感だけはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、霞は帰り際に感じたある気配を感じていた。

 

「どうした? 何か考え事か?」

 

 静流が缶を握り潰しながら尋ねる。

 

「違う。ただ、妙な気配……いや、おそらくだけど―――」

 

 ―――最悪の事態が近い内に起こりそうだ

 

 そう言った霞に対して静流は笑みを浮かべた。

 

「なるほど。ようやく、か」

 

 静流が亡国機業に―――いや、霞に付いて行く理由は3つある。一つは自分と境遇が似ている楓を守る事。二つ目は思い上がった女を破壊すること。そして三つ目は―――強敵との出会いだ。

 静流はかつて母親に八つ当たりに近い方法で殺されかけており、反撃したことで母を溺愛していた父に捨てられ父方の祖父母に育てられていた。だが当時は馴染めずにあらゆる場所に八つ当たりをしていた。

 元々、戦いの才能はあったのだろう。理不尽という暴力を振るい、潰し、学校だけでなく本職の組を襲撃し、その伝手である工場を破壊して回り、静流はそこで楓と、楓を探していた霞と出会った。

 色々あり、静流は楓を霞に託すことを選択した。当時静流は中学1年。自分では守り切れないことを身に染みて理解させられたからである。もっとも、霞に負けたおかげで自分がまだまだ弱いことを知ったことで覚醒してしまったのだが。

 

「わかっていると思っているけど、私はあなたには死んでもらおうと思っていないわ。もし危ないと思ったら逃げなさい。智久が悪い方に覚醒したら、あなたでは太刀打ちできない可能性が遥かに高いわ」

「……ああ。心配ありがとうな」

 

 ―――当然、死ぬ気はないけどな

 

 そう言い切った静流はしばらくしてから休んだ。




お察しかと思いますが、これで第6章は終わりです。

俺たちの戦いはこれからだ! ……はなく、ここまでの設定集を書こうかなと思っています(前々から書きたかったけど、どうにも中途半端な気がして書く気になれなかっただけです)


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