マシュの姉が逝く (VISP)
しおりを挟む

その1 導入編

 私は死んだ。

 

 一縷の希望もない未来に絶望し、周囲からの重圧に屈し、己の無能に失望して自害した。

 やり方は簡単、ネットで調べてそれを実行する。

 酒で恐怖と苦痛を誤魔化しながら、もう二度と苦しまない事に安堵しながら、私は死んだ。

 

 死んだ、筈だった。

 

 

 

 ……………

 

 

 

 「これより第2回英霊降臨実験を開始する。」

 

 意識が纏まらない。

 身体が制御できない。

 現在の時間と場所が分からない。

 何が起こっているのか理解できない。

 

 「対象の素質は初期実験体ながら十分に実用範囲内だ。前回の実験はデータ不足で失敗したが、今回は十分なデータが揃っている。それでは実験を開始する。」

 

 その声と共に、唐突に「地獄」はやってきた。

 例えるなら、全身の皮膚を生きたまま引き剥がすのに似ていた。

 苦痛は光と共に始まり、光が強くなると共に更に増していった。

 単に皮膚を剥がすのから、その下に無理矢理大量の異物を詰め込み、更にその下の肉に食い込ませる様に混ぜ合わせる様な。

 自分の中の最も根源的な部分を砕いて無理に他と入れ替えようとしている様な、そんな苦痛。

 今まで体験したどの痛みでも言い表す事の出来ない、精神すら破壊する程の圧倒的で未体験な「地獄」があった。

 

 そして、自分の意識は光が視界を覆うと共に、ブレーカーの様に落ちた。

 

 

 

 

 「これより第3回英霊降臨実験を開始する。」

 

 

 

 

 「これより第4回英霊降臨実験を開始する。」

 

 

 

 

 「これより第5回英霊降臨実験を開始する。」

 

 

 ………

 ……………

 …………………

 

 

 「これより第10回英霊降臨実験を開始する。」

 

 

 ………

 ……………

 …………………

 

 

 「これより第17回英霊降臨実験を開始する。」

 

 

 ………

 ……………

 …………………

 

 

 「これより第24回英霊降臨実験を開始する。」

 

 

 ………

 ……………

 …………………

 

 

 「これより第37回英霊降臨実験を開始する。」

 

 

 

 閃光、苦痛。

 閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。

 閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。 閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。 閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。 閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。 閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。 閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。

 

 最早自分はそれ以外で外界を認識する事は出来なかった。

 外部からの刺激とは即ち苦痛であり、光とは即ち苦痛の証であり、終わらない苦痛とはこれ即ち地獄の証だった。

 これが親より先に自ら死を選んだ愚者への罰と言うのだろうか?

 否、否だ。

 自分を罰する資格があるのは、自分の行動によって迷惑を被り、悲しみを背負ったであろう人達だけだ。

 こんな白衣の連中じゃない。

 人の身体を好き勝手弄り回しているこいつらでは、断じてない。

 

 

 “へぇ、じゃぁどうするんだ?”

 

 

 不意に声が響いた。

 ノイズ混じりだったが若い男と分かる声はこの場所では聞いた事の無いもので、何処か面白がる様な響きがあった。

 だが、その疑問への回答は簡単だ。

 今は無理だ、不可能だ。

 でも、必ず何時かこいつらを殺そう。

 自分の体を弄り、こんな所に閉じ込めたこいつらを、自分は許さない。

 

 

 “ヒヒ、いーんじゃねーの、そーゆーの。欲望に忠実でさ。でもよ…”

 

 

 声が何かを告げようとする。

 だが、急にノイズが増し始め、何を言っているのか分からない。

 ただ、一つだけ思った事は…

 

 

 “あんたに        。”

 

 

 それを聞いてはいけない、という事だ。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 ふっと、目を覚ました。

 人として認められ、与えられた部屋のベッドから天井を見る。

 無菌室として外界から隔離されたこの場所は、自分以外何の生物もいない。

 人の手で創造され、実験で弱り切った自分の体は、通常の環境では生存できない程に脆弱だ。

 それでも何とか今日も生きている。

 思い出すのは夢の内容。

 つい数か月前までは当たり前だった地獄の日々。

 

 「   。」

 

 喋ろうとしても声を出す事は出来ない。

 声帯そのものは残っていても、それを震わせるための神経が焼き切れているのだ。

 視線を下に向ければ、嘗ての男性のものではない、しかし女性らしい柔らかさに欠けた貧相な肢体が目に入る。

 年の頃は十代半ばか前半であろう少女の身体、それに未だ慣れない自分は知らず知らずの内に溜息をついていた。

 

 数か月前に自分を助けた者達、ロマニ・アーキマンとレオナルド・ダ・ヴィンチ、そしてオルガマリー・アニムスフィア。

 前者二人は実質自分の治療をしてもらっており、ほぼ死体状態だった自分をここまで回復してもらった。

 オルガマリーについては…自分に実験をしていた者達のリーダーの娘、家の跡継ぎなのだとか。

 どういう事だと、ペンを持てるまで回復した後に筆談で尋ねれば、返って来た答えに驚愕した。

 曰く、「君に実験を行っていた者達は死んだ」と。

 詳しい事は不明だが、自分への実験を主導していたマリスビリーと言う男とその一派は死亡し、現在は娘のオルガマリーがこの施設「カルデア」のTOPであるらしい。

 彼ら彼女らは真摯に自分へと謝罪し、治療を申し出てくれた。

 意思疎通も困難な身では断る事も難しく、先ずは情報と身体を治す事が先決として甘んじて受け入れた。

 

 そして今日、実は少し特別な予定があった。

 

 『やぁ、第一号おはよう。今日は大丈夫そうだね。』

 

 映像と共に告げられる言葉に頷く。

 ロマニ・アーキマン。通称はDr.ロマン。

 若いながらも此処カルデアの医療スタッフのTOPを務める、人格・能力共に優れた男性だ。

 外見は頼りないゆるふわ系のもやしだが、何処か人を安心させる空気がある。

 だが、そんな男が呼ぶのは単なる記号だ。

 仕方ない、自分には名前がない。

 この施設であの男が作った英霊降臨用デザインベビー第一号、それが今の自分の肩書きなのだから。

 それでも日々Dr.が事典やら何やらを引っ張り出して名前を考えているのを知っているから、この状態でも特に気にしてはいない。

 それに、今日は特別な日なのだから、一々目くじらを立ててはいけない。

 

 『朝食を終えて身支度が終わったら、予定通りに彼女を君の部屋に通す。無論、洗浄処置は万端だから安心してくれ。』

 

 今日、自分はこの身体にとっての「妹」と会う予定を立てていた。

 

 

 ……………

 

 

 切っ掛けはDr.ロマンとの会話において、彼女の存在が言及された事からだった。

 曰く、実は君の2号機に当たるデザインベビーがこの施設に存在する、良ければ会わないか?と。

 正直、ネット環境が整っているこの部屋を用意し、治療してくれている事だけで十分だとは思うが、どうやらDr.は予想以上にお人よしらしい。

 身体とは中身の違う自分が誰かと会うのは面倒だとは思うが、その厚意を無視するのも人道に悖ると考えた自分は結局Yesを選択した。

 その妹の方も体が弱く、つい最近まで自分と同じ様に無菌室で過ごしていたそうなのだが、幸いと言うべきか、自分よりも実験は行われておらず、割と早く無菌室から出る事が出来たそうなのだ。

 今現在はこの施設で職員の一人として他の通常の職員の補助を担当しているらしい。

 その妹と出会う事で、何らかの変化を期待しているのだろうが…生憎と復讐の対象が死んでいる上に、前世が心を病んだ果てに自害した男なのだ。

 早々にこの性根が改善されるとは思えないし、とっとと現世をおさらばしたいが、向こうも期待している上に、ロマンからの期待の眼差しもあるとなれば応じざるを得ない。

 それが後に自分に不可逆な変化を齎すと知らずに。

 

 「は、初めまして!マシュ・キリエライトと言います!」

 

 無菌室を構築する透明かつ分厚いフィルム越しに「よ、よろしくお願いしましゅ!」と噛みながら頭を直角に下げる少女を見て、漸く自分が嘗て日課としていたとあるスマフォゲームのメインヒロインの名を思い出した。

 型月の愛称で知られる有名ゲーム会社初の本格スマフォRPGは自分にとって数少ない癒しであり日課だった。

 ただ、ラストまでクリアした直後に心残りが消え、ストレスが限界突破して自害したためか、ラストの展開が全く思い出せないのだが。

 あぁ、よくよく思い出せばDr.ロマンやダ・ヴィンチ、オルガマリーも登場人物だったな、とここまで来て漸く気づく。

 この段になって漸く思い出すなど、余りの自分の鈍さに呆れてしまった。

 

 「あ、あの…。」

 

 はっとして目の前の一応「妹」へと与えられたアイパッドを使って筆談を開始する。

 

 『初めまして。貴方が私の妹ですか?』

 「は、はい!私がカルデア式英霊降臨用デザインベビー第2号、マシュ・キリエライトです!」

 

 未だ緊張冷めやらぬ様に、この邂逅を彼女がどれ程楽しみにしていたのかが分かる。

 原作の一ファンとしてはその様を微笑ましく思う。

 だが…

 

 

 “憎いんだろ?壊さねぇの?”

 

 

 己の内側から響く憎悪を煽る声を努めて無視し、笑顔を保ちながら筆談を続行する。

 内容は当たり触りなく、普段の様子や困っている事は無いかというものだが、互いに遠慮があってどうしても余所余所しさがあった。

 それでも10分もする頃には互いに緊張も解け、マシュが部屋を去る頃にはそれなりに打ち解ける事が出来た。

 

 “おいおい、折角機会がやってきたのにスルーかよー。”

 

 ケケケ、と笑う男の声を無視する。

 確かにマリスビリーの人生を賭けた成果を台無しにする事には強い魅力を感じてしまうが、目の前の彼女にも、オルガマリーにも、Dr.ロマンにも、ダ・ヴィンチにも、カルデアの一般職員にも、そしてレフ・ライノールにも恨みは無い。

 頭蓋の内側から響くその声は、マリスビリーの実験の時からの付き合いだ。

 既に生前の記憶がある程度戻って来た今の自分なら、この声の主が分かる。

 

 “そうそう!オレったら大人気だからさー、人気者は困るねー!”

 

 クラス・アヴェンジャー。

 真名をアンリ・マユ。

 拝火教のこの世全ての悪と言われた神霊ではなく、ただ人々にこの世全ての悪であれと生贄にされた青年の亡霊。

 それが己の中に降りて、こうして憎悪を煽っている。

 

 “そりゃ当然でしょ。オレの仕事は基本悪さする事なんだからさ、此処を壊したくないって思ってる奴に壊させるのも有りでしょ。”

 

 Hollowの時みたく大人しくしてろ頼むから。

 

 “残念!あんたにゃ色気が足りなすぎるからね!踏み止まる理由がないのさ!”

 

 この野郎、とは思うがその点では正論なので黙っておく。

 この貧相過ぎて肋骨が浮かんで見える身体に中身が元男とくれば、余程の特殊性癖でもない限りは泣き黒子モンハナシャコと履いてないシスターの色気には適わない。

 だが、どうかこれから爆死するまでは黙っていてほしい。

 

 “んー?オリ主的にレフブッコロー!とかしないん?”

 

 しないしない。

 魔神柱に変異する一流魔術師に敵う訳ないし、そもそもマシュにすら劣るこのもやしボディで何か出来るとでも?

 例えデミサーヴァントとして覚醒しても、対人類に特化したお前さんじゃ無理だ。

 逆に完璧に敵側の能力だよ、ガイアの魔犬や水晶の蜘蛛の様に。

 

 “はっはっは、対人に関しちゃ全英霊中最強だって自負はあるZE☆”

 

 そう言う訳で、適度に色々学習しながら冠位指定の始まりを待つ。

 異論は言っても構わないけど、互いに無力な自分達では流れに任せるしかないだろう。

 

 “ま、いーけどさー。そんな上手く行くかね?”

 

 いや、流石に隙だらけのレフと言えど、もやし一人爆殺し損ねる事は無いでしょ。

 原作でもレイシフトしなけりゃマシュも死んでたんだし。

 

 “つまり、愛しのマシュマロちゃんとイチャイチャしたいと?”

 

 大体合ってる。

 後、合法的に引きオタニート生活送れるのが美味しい。

 

 “ダメだコイツ、性根が腐ってやがる…。”

 

 ではDr.に何時から部屋を出れるか聞いてみるか。

 流石に何の運動もせずに誰とも会わないのは不健康過ぎるし。

 より良きネット生活を送るためにも多少の運動は必要だよね。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 そして今現在、あの地獄から既に3年。

 何とか訓練を受ける事が出来た自分は、今こうして冬木へのレイシフトを控えていた。

 

 「姉さん、何だか緊張しますね。」

 『そうだね。』

 

 隣のマシュと共にレイシフトの時を今か今かと待機している。

 不意に館内放送で間もなくレイシフト開始のアナウンスが流れる。

 いよいよである。

 一応遺書は認めてきたが、この妹は確実に悲しんでしまうだろう。

 この3年、共に二人で多くを学んできた。

 それぞれ分野や求めるものは違ったものの、それでも割と有意義に過ごせたと思う。

 特にDr.ロマンのサブカルチャーコレクション(中でもゲームやアニメ、マギ☆マリ)は中々のものだったので堪能させて頂いた。

 オルガマリー所長の癇癪や泣き言の場面に出くわし、フォローを入れた事も一度や二度ではない。

 それでも、やはり一度選んだ死への誘惑に抗えず、こうして何も対策せずに此処まで来てしまった。

 僅かばかりの後悔と未練が顔を覗かせるが、自分の様な異分子がいたら、結末がどう転ぶか分からない。

 それはあの少年、藤丸立香が生き残る道を閉ざす事でもある。

 つい先ほど出会った主人公となる少年は、既に将来カルデア最後のマスターとなる片鱗が垣間見える程度には善良かつイケメンだった。

 そんな少年の死ぬ遠因にはなりたくない。

 あ、そうそう。

 結局名前は自分で決めた。

 一応マシュと繋がりのある名で、自戒も込めたものだから、それなりに気に入っている。

 

 『マシュ、頑張ってね。』

 「? はい姉さん!」

 

 そして、この可愛い妹にどうか幸いを。

 祈るのはタダだから、自分の分も幸せになってほしい。

 不幸はこっちが持っていくから、是非ともあの少年と共に歩んでいってほしい。

 

 “いや、確かに不幸はオレの担当だけどさ。そこはもう少し自分で頑張ろうぜ。”

 

 はっはっは、現代日本社会の重圧に屈して自害した人間に何を求めているのかね?

 諦めと切り替えの早さ位だよ、自慢できるのは。

 まぁ賽の河原で石積みする覚悟はあるので行こうか、うん。

 

 “こいつ、オレが言うのも何だけど後ろ向き過ぎね?”

 

 それ今更過ぎるよね。

 

 

 そんな脳内馬鹿話をしている時、不意に視界が光で満ちた。

 

 

 

 ………

 ……………

 …………………

 

 

 

 「   っ」

 

 激痛と共に意識が戻る。

 全身から伝わる激痛で、全身がボロボロなのが分かる。

 即死し損ねたか、と思うと同時に、マシュの姿を眼球の動きだけで探す。

 幸いと言うべきか、未だに視界は右側だけだが生きていた。

 嘗ての実験で苦痛への耐性を獲得できたお蔭か、それともあのアヴェンジャーの性質か、こうして致命傷を受けた状態でも多少は冷静に思考ができる。

 先程まであった多数のコフィンは全て破壊され、そこで待機していた魔術師達は多くが重傷乃至死亡していた。

 輝きを失っていた筈のカルデアスは燃え上がり、人類史が焼却された事を示していた。

 うん、知識通りだ。

 目の前で手を握り合う一組の男女も合わせて。

 

 「先、輩…ねぇさん、も…手を握ってもらって、いいですか…?」

 

 下半身を無残にも瓦礫に潰された妹の言葉に、ボロボロの全身をもうひと踏ん張りと自傷すら厭わず動かす。

 少年が目を見開いて驚くが、まぁ気にするな。

 これは所詮、消えかけの蝋燭の最後の煌めきなんだから。

 

 「あぁ…よかった…。」

 

 両手を自分と少年に握られた妹は、そう言って生命活動を静かに停止していく。

 もう1分とないであろうその命を、少年と二人で見守る。

 

 『アンサモンプログラム スタート。霊子変換を開始 します。』

 

 今にも消えようとする妹の命。

 レイシフト開始のアナウンスを耳にしつつも、心配はしていない。

 自分は兎も角、この二人は生き残る。

 妹の中の聖杯獲得の騎士が、この二人を生かしてくれる。

 

 『レイシフト開始まで あと3』

 

 自分?自分は別にこのままで良い。

 これは死にぞこないの余禄、故にこれ以上続く事は無い。

 

 『2』

 

 あぁでも

 

 『1』

 

 (この二人の旅を傍で見てみたかったな。)

 

 『全工程 完了。ファーストオーダー 実証を 開始 します。』

 

 そして、自分達はまた光に飲まれた。

 あぁ、これで漸く…。

 

 

 “ま、そうは問屋が卸さないんだけどなー、キヒヒ。”

 

 

 

 

 ……………

 

 

 藤丸立香。

 魔術の、世界の裏側に何の縁もない彼が二人の少女に出会ったのは、一般公募枠でカルデアにやってきて直ぐの事だった。

 霊子変換酔いで廊下で気絶していたオレは、直ぐにマシュとフォウに助け起こされた。

 リスとも猫とも付かない不思議な毛並みの動物、フォウ。

 何処か世間知らずで無垢さを感じさせる少女、マシュ。

 そして、その二人の後をゆっくりと追いかけてきた少女。

 服装はマシュとお揃いのカルデアの制服だが、痩せぎすで歩くのすら億劫な彼女は決して口を開かない。

 ただ決して無口という訳ではなく、優し気な視線と共に、手に持つアイパッドを使って筆談をしてくれた。

 

 『初めまして。私はサドゥ・キリエライト。マシュの姉です。』

 「ご丁寧に初めまして。藤丸立香です。」

 

 少し過ごしただけで、彼女が妹であるマシュを大事にしている事は直ぐに分かった。

 ただ、彼女達に抱く印象はそれ故に変わったものになった。

 マシュには無垢、サドゥには儚さ。

 まるで誰も踏み荒らした事のない、降ったばかりの初雪の様。

 日が差せばすぐに溶けて消えてしまう様な、そんな印象だった。

 あぁ、この二人は汚しちゃいけない者なんだ。

 自分の様な普通な人間は愚か、悪人であっても彼女達は汚してはならない、そんな聖域。

 

 だが、この時の彼が思ってもみない形で、二人は無垢である事を止めていく事となる。

 

 

 今日この日より、冠位指定を巡る旅が幕を開けるが故に。

 

 

 そして時は飛ぶ。

 瓦礫と炎の中からレイシフトした先、炎と亡者だらけとなった嘗ての都市で、立香はデミサーヴァントとして覚醒したマシュと合流し…その後、もう一人のデミサーヴァントとも合流した。

 

 全身を覆う重度の火傷に代わり、彼女の全身を覆うのは見た事の無い入れ墨だ。

 黒く、不吉さを煽るそれは常に皮膚の上を流動し、一つ所に留まる事は無い。

 嘗ては病的なまでに白かった肌は浅黒く変色し、先とはまた違った印象を与える。

 その両手に握るのはまるで獣の爪の様な、肌の入れ墨と酷似した双剣。

 下半身にはただ赤い、血の様などす黒い赫さを持つ布を巻いていた。

 再会したサドゥ・キリエライトは瓦礫の上に亡者であった遺骨の山を築き上げ、やって来た立香達に視線を向けた。

 

 

 上半身は裸のまま、形の良い乳首のある貧乳を晒した状態で。

 

 

 「マスター!見ないでください!!」

 「ぐべへ!?」

 

 直後、カルデア唯一のマスターの顔面に大盾が激突した。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 (おい おい!)

 “ぎゃーはははははははッ!ねーねー今どんな気持ち!ねぇどんな気持ち!渾身の自殺が大失敗してどんな気持ちー!?アッハッハッハッハ!!!!”

 

 脳内で大爆笑する馬鹿に対する怒りを必死に抑えつけながら問いかける。

 返って来たのは大爆笑。

 流石はこの世全ての悪、人が嫌がる事は率先してやるという事らしい。

 

 “ま、妹ちゃん達傷つけたくないならまた暫く頑張んないとなー?”

 

 グギギギギギギ…と歯軋りしつつ、脳みそをフル回転させる。

 大丈夫。こんな物騒極まりない旅で誰も死人が出ずに終わる筈はない…!

 必ずや「此処はオレに任せて先に行け…!」や「何、別に倒してしまっても構わんのだろう?」とかな場面がある筈!

 

 “その前向きさ、もっと生産的な方向に生かそうぜー。”

 

 うるせぇ黙れ聖骸布ぶつけんぞ。

 ………まぁ良い。

 此処は取り合えず、立香とマシュ、序でに所長と合流して事態解決を図ろう。

 先ずは3人を鎮静化させねば。

 

 「…喧嘩、ダメ…。」

 「「「先ずは服を着ろ!!」」」

 

 3人から一斉に怒られた。げせぬ…。

 

 

 

 

 

 こうして、凸凹デミサーヴァント姉妹とマスターな少年の旅は始まった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その2 冬木編

 ヒュ、と風きり音と共に突き出される槍を回避する。

 不死殺しの槍、先端が鎌状のハルペーと思しき首狩りの宝具を寸での所で回避する。

 だが、これはあくまで数秒の延命に過ぎない。

 敏捷こそAであるものの、耐久も筋力も最低のEであるこの身体では、そう何度も捌けるものではない。

 況してや、相手は三騎士の一人であるランサーで、尚且つ怪力スキル持ちとなれば当然だ。

 そもそも、こういうガチンコは補給も戦力拡大も見通しがない現状は最大限忌避すべきだった。

 

 「ふふ、足元がお留守ですよ。」

 

 言葉と共に足が何かに引かれる感覚。

 次いで、足に絡みついた蛇が変化した鎖がこちらを一本釣りにする。

 

 「ぐ、が!?」

 

 そのまま勢いを載せて地面と建物に叩き付けられ、あっと言う間に耐久力が目減りする。

 

 「ふふ、すばしっこくてネズミみたいだったけど…こうなれば可愛いものですね。」

 

 ゆらりと、黒いローブを纏った紫髪の女性、冬木の特異点のランサーが行動不能となったこちらを嘲笑する。

 

 そう、此処は特異点F。

 2004年の冬木市であり、聖杯戦争の舞台であり、最早瓦礫と炎、亡者しかいない死都である。

 

 

 ……………

 

 

 時は少々遡り10分程前。

 まさかの自分の中の同居人の裏切りに絶叫したものの、取り敢えず身を隠すべく建物内に潜んでいたのだが…唐突に狙撃された。

 物資を確保した方が良いなと缶詰やら保存食やらを漁っていたため、最初の頭部を狙った一射は偶然前屈みになったお蔭で回避できたのだが、敏捷Aと言えど歴戦の弓兵を前に何時までも回避できる訳がなく、気づけば建物内から炙り出され、鎖が張り巡らされた場所へと来てしまった。

 周囲にあるのは不自然に張り巡らされた鎖と、恐怖した表情のまま石化されたであろう人々。

 アカン、ここ狩場や。

 これを行った者に一瞬で気づいた私は即座に離脱を選択したのだが…

 

 「あら、可愛らしいお客様ですね。」

 

 残念 魔王からは逃げられない!

 見事に五次騎?のメドゥーサさんとエンカウントしてしまいました。

 

 “おいおい、いきなりヤバいのに遭遇したなこりゃ。”

 

 笑ってないでアイデアぷりーず。

 正直、槍持ってたりフード被ってたりで、スペックや宝具が思いつかないんだが。

 

 “見た目通りのランサーだと思うぜ?ま、ライダーの時と違ってステータスは軒並み上がってそうだけどよ。”

 

 メドゥーサが持ちそうな槍で、あの独特の鎌状の刃ってやっぱりハルペーかな?

 アレ、確か不死殺しの特性があった気がするんですが(汗

 

 「それじゃぁ…」

 

 お?高々と跳躍してかーらーのー…

 

 「遊びましょう!」

 

 全体重かけての振り下ろし!

 瞬時に飛び退いて回避するが…うわぁ。

 地面が一瞬でクレーターに。

 砲弾か何かかな?(白目

 

 「ふふふ、私の槍は不死殺し。少しでもこの槍で傷を負えば…」

 

 あ、やっぱハルペーでしたか。

 

 「貴方は一生、出来損ないのままになるんですよ!」

 

 こちらと遜色ない速度で、ランサーが突貫してきた。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 そして冒頭に至る。

 全身に激痛が走り、もう動けないアヴェンジャーに対し、ランサーはほぼ無傷だ。

 油断しているとは言え、それも許される様な一方的な状況にサドゥも内心ゲンナリしてしまう。

 だが、起動条件は整った。

 

 「では、貴方も私のコレクションに加えてあげ」

 

 そうして意気揚々と黒化して金色に染まった眼がこちらに向けられる。

 メドゥーサの持つ石化の魔眼。

 魔眼の中でも最高位とされる宝石位。

 神話においてもその目を見た多くの英雄達を石としたそれは、ただ視界に入れるだけで重圧を発生させる。

 だが、この場においては目を合わせるという手間をかけたがために、その隙に付け入られる事となる。

 

 「偽り写し記す万象(ヴェルグ・アヴェスター)

 「が、ぁ…ッ!?」

 

 元々、地獄の果てに痛覚に対する耐性を保持するサドゥ、そしてアヴェンジャーにとって、苦痛とは慣れ親しんだものでしかなく、どんなダメージを受けても物理的に動ける状態なら問題なく戦闘を続行できる。

 それはつまり、最適なタイミングで、その使い辛い宝具を使えるという事だ。

 偽り写し記す万象(ヴェルグ・アヴェスター)

 それは報復と言う原初の呪い。

 その効果はあらゆる魔術耐性や加護を貫いて、自らが受けたダメージを相手と共有する。

 このダメージはアヴェンジャーの傷が癒えない限り継続し、四肢の欠損ともなれば、該当する部位を動かす事すら出来なくなる。

 だが、自身が死んでは発動も継続もしないため、ギリギリ自分が死なない程度のダメージを見切る必要があり、扱いが難しい。

 だがそれでも、このデミサーヴァントは初の実戦で、それを成功させてみせた。

 

 「…!」

 

 だから、この機を逃がさない。

 

 「こ、の餓鬼…!」

 

 ランサーの紫の長髪が蛇となってうねった直後、鎖へと変化して四方八方から迫ってくる。

 捕まればそのまま怪力で引き倒されるのは必至、全てを回避して動きの鈍ったランサーに止めを刺さねばならない。

 無論、そんなものに付き合う気は無いが。

 

 「…。」

 

 無言のまま、両手に握った双剣を投擲する。

 右歯噛咬(ザリチェ)左歯噛咬(タルウィ)と名付けられたそれは、アヴェンジャーの全身の入れ墨と同様の模様をした、まるで獣の爪の様な複数の刃を持った左右非対称の得物だ。

 投擲されたそれは回転しながらかなりの速度でランサーへと迫る。

 

 「ふん!」

 

 だが、怪力スキルを持つランサーにとって、然して神秘も込められていない武器、それも使い手も特に武勇がある訳ではないとなれば、英雄殺しの怪物が恐れる訳もない。

 あっさりとその槍で弾かれる。

 

 「…。」

 

 だが、2、4、6と、次々と投擲される双剣に、ランサーもギョッと目を見開く。

 どれもこれも神秘としては宝具であるハルペーとは比較にならない。

 しかし、鎖を回避しながら放たれ続ける双剣は、宝具の効果によって動きを鈍らせたランサーには防御に徹せざるを得なくさせている。

 

 「あら、もう終わり?呆気ないものですね。」

 

 だが、その投擲と回避劇も、18本目の双剣で終わった。

 アヴェンジャーは右手に大振りな方の双剣、右歯噛咬を持った状態で回避を続ける。

 魔力か、或は単に弾切れか、それ以上の双剣を出す気配はない。

 やがてスタミナが切れたのか、最後に残った右歯噛咬をやや山なりに投げてしまう。

 無論、そんな投げ方では速さも重さも出ないし、対応も簡単に出来てしまう。

 だが、既に一度隙を突かれていたランサーにはもう油断は無い。

 

 (この双剣を受けずに回避する。そうしたら、念入りに殺してあげましょう…!)

 

 既に優しく殺すなどと甘い事は言わない。

 丹念に丁寧に念入りに、手足を磨り潰して眼球を抉り、舌を抜き取り、内蔵を生きながら食らってやる。

 そうして、山なりに投じられた双剣の脇をすり抜ける様に駆けようとして

 

 「…壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)。」

 

 直後、全ての双剣が閃光と共に爆発した。

 

 「ぐ、ぬ…!」

 

 擦り抜ける様に回避したため、ほぼ頭部のすぐ横で爆発の衝撃と閃光を諸に受けたランサーはその場に膝を突いた。

 しかし、その姿には微塵も隙は無い。

 髪から変化した蛇達が周囲を監視し、攻撃に備えているからだ。

 しかし、幾ら待てども攻撃の気配はしない。

 

 「…?」

 

 恐る恐る、閃光から回復した目を開ければ、周囲に人影は無かった。

 コレクションしていた石像も全て砕け、獲物であった少女の姿も、何もかも。

 

 「に」

 

 その状況を、ランサーは端的に告げた。

 というか叫んだ。

 

 「逃げたッ!?」

 

 痕跡もない綺麗で見事な逃走に、彼女は叫ぶ事しかできなかった。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 “いやーお見事お見事。流石はオレの宿主って所かね、見事な逃走ぶり。”

 

 アヴェンジャー、アンリマユと言われる亡霊は素直に感心していた。

 拙い所は多々ある。

 だが、それを補って余りある自分との親和性と独創性に機転。

 成程、これは見ていて面白い。

 今回の初陣、黒星がついたものの、相手を考えれば花丸と言っても良い。

 あのゴルゴーンの怪物を相手に、想定した通りの被害で逃走に成功してみせたのだ。

 先ず、相手の機動性を潰すために宝具の発動条件を満たして使用。

 そして、投影した双剣を用いての攻撃ではなく、足止めと目晦まし。

 

 “あの双剣だけは幾らでも投影できるっつっても、大したもんでもないのによーやるよ。”

 

 ある程度は知識に裏打ちされたものだろうが、接敵とほぼ同時にこれを算段し、実行に移してみせた切り替えの良さ、否、「諦めの良さ」たるや。

 闘志でも、幸運でも、実力でもない。

 「こいつは間違いなく自分より強い」という諦観が、彼女に宝具の使用を決意させ、嘗て潜った地獄と今味わった苦痛によって勝機を掴んだのだ。

 

 “ほんっと、オレと相性良いわ、遺憾ながら。”

 

 此処までこの世全ての悪と相性が良いのは、人間としてどうなのだろうか?とも思うが、今回はそれで助けられたので良しとしよう。

 しかし…

 

 “アイツ、この街来てからずっと半裸だって気づいてないのな!”

 

 このコメディアンぶりはそれ以上だな!とアヴェンジャーは爆笑した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その3 冬木編2

 何とか合流したサドゥだが、その恰好が問題だった。

 下半身こそ赤い血の様なボロ布で隠されていたのだが、その上半身は何一つ隠されていない。

 つまりオープントップ、半裸、胸が丸見えだった。

 平坦で慎ましやかな胸、綺麗な色をした乳首がフルオープンであった。

 即行で立香が自身の上着を差し出したが、サドゥはこれを拒否した。

 曰く、「礼装だからダメ」と。

 事実、立香の纏うカルデアの制服は魔術礼装としてだけなく、高い保護機能を持った高級品だ。

 仮にもデミサーヴァント化して耐久力が向上しているサドゥと違い、生身の立香には防具が必要不可欠だ。

 故に、現在はマシュと立香は廃墟から衣服になりそうなものを漁っていた。

 所長はと言うと、サドゥへの説教と治療を担当していた。

 何処かでサーヴァントと交戦したのか、ボロボロだったサドゥは一流の魔術師である所長により治療されなければいけない程度に消耗していた。

 

 「全くもう!貴方達は二人して何でこんなタイミングでデミサーヴァント化するのかしら!もっと前になってくれていたら色々準備だって出来たっていうのに!」

 「…ごめん、なさい。」

 「謝らないで!責任があるとしたら、TOPである私なんだから。…よし、これで大丈夫でしょ。藤丸!マシュ!そっちはどう!」

 

 瓦礫と廃墟漁りから帰って来た二人に所長が声をかけた。

 

 「って藤丸はこっち見ない!セクハラよ!」

 「す、すいません!あ、これ!カーテンの布ならフードとかいけるかなって!」

 「申し訳ありません姉さん。普通の衣類は焼けてしまって…。」

 「……。」フルフル (別にええんやで。)

 

 所長の背後に隠れながら、サドゥが首を左右に振る。

 そもそもメンタルが男性であった彼女にとって、別に半裸な事はそこまで重大ではない。

 まぁTPOは弁えるため、着る必要があれば着るが。

 

 「…よし、これで胸当てとフードが出来たわ。さ、早く着なさい。」

 「所長、実はすごい器用なんですね。」

 「はいマスター。所長はああ見えて女子力の高い人ですから。裁縫なんかもお手の物です。」

 「そこ、聞こえてるわよ!」

 

 和気藹々、何処か和やかな空気が流れるが…ここは特異点だ。

 大都市全ての人々は死に、死者である死霊やスケルトン、英霊が跋扈する修羅の巷だ。

 そんな空気が、何時までも続く訳がない。

 

 キン!と甲高い音が響いた。

 

 「マスター!敵です!」

 

 暗がりから音もなく放たれた黒塗りの短刀をマシュが大楯で弾いた。

 見れば、サドゥも既に臨戦態勢であり、両手に歪な双剣を構えている。

 

 「クカカ、やはりそう上手くはいかぬか。」

 

 暗闇から滲み出す様に現れたのは、特徴的な白い髑髏面。

 それを基点に薄らと輪郭が視認できるのはアサシンのサーヴァント、歴代の山の翁の一人だ。

 だが、その特徴的な腕のシルエットから、相手が妄想心音を宝具とする呪腕のハサンだと分かる。

 歴代アサシンの中でも特に身軽なこの個体は、FGOにおいては初期アサシンの一角でありながら、かなりの高性能なサーヴァントとしても知られている。

 

 「アサシンのサーヴァント!気を付けて、こいつは…!」

 

 所長の警告と共にアサシンが再度暗がりに身を溶け込ませる。

 A+という最高クラスの気配遮断となれば、例え至近距離でも殺気を出さねば気づけない程の隠密能力となる。

 あっと言う間に見失ったアサシンが建物や瓦礫の影から甚振る様に短剣を投げ放ってくる。

 一つ一つがマシュとサドゥの二人ではなく、サーヴァントには敵わない立香と所長を狙ってくる辺り、実に嫌らしくも堅実な戦い方だ。

 

 「マスター、このままではジリ貧です!何か指示を!」

 「って言っても…」

 

 マシュの言葉に立香は戸惑いを返す。

 そも、経験をある程度積んだ状態なら兎も角、今の彼は只の一般人であり、こんな時の対策なんて知る筈もない。

 

 「キリエライト!多分だけど、あのアサシンは宝具以外の火力は低いわ!耐えて耐えてカウンターを狙いなさい!サドゥ、貴方は遊撃に徹して!貴方の敏捷性なら追いつける筈よ!」

 「! 分かりました!」

 「…はい。」

 

 オルガマリーの指示は少なくとも現状妥当であると感じさせるものだった。

 少ない情報、山の翁というサーヴァントの特性からほぼ完全に相手のステータスを推測してみせる辺り、流石はアニムスフィア家の現当主と言える。

 とは言え、技量に関してはアサシンよりも低いであろうアヴェンジャーでは良い様に対応されてしまっているし、マシュにしても初見の敵宝具に対して上手く対応できる可能性は低いのだが。

 

 「………。」

 

 9本、それがサドゥが受けた短刀の数だ。

 幸いにも、毒物が付与されていなかった事、即座に問題が出る部位には受けていない事から、その動きに陰りは無い。

 最低限の回避と防御で切り抜けている故のダメージだが、それ以上に彼我の技量差がそうさせていた。

 単なる亡霊と、正規の訓練を受けた暗殺者の英霊では、必然的に後者が勝るのも当然の理だった。

 とは言え、先程から敵の短刀を回収しているので、徐々に攻撃回数は減っている。

 愛用の武器を鹵獲されているという事実に、ハサンは黒化され、狂気が付与された思考で煩わしさを覚える。

 現状、確実に殺せる敵は目の前の双剣を持った半端なサーヴァントだ。

 だが、背後に二人のお荷物を持つ盾のサーヴァントもまた、彼にとっては付け入る隙だ。

 もし此処で二人とも防御に徹していれば、また違ったのかもしれないが。

 兎も角として、アサシンは状況を動かす決意を固めた。

 先ずは、あの少年から無残にも殺してやろう、と。

 霊体化し、殺気も引き、最大限に気配遮断を使用して、嘗てハナムと呼ばれた男は非道を働く悪意を胸に忍び寄る。

 だが…

 

 (あ、いる。)

 

 この場には、この世で最も悪意に敏感な者がいた。

 

 

 

 ………………

 

 

 

 結論として、サドゥはアサシンを仕留め切れなかった。

 そも、アンリマユというサーヴァントは直接戦闘で活躍できる機会はほぼないのだ。

 それでもなお、彼女は自分の仕事をしてみせた。

 

 「マシュ…!」

 「!」

 

 危機感を滲ませながら妹の名を呼ぶ。

 それだけで、天然で無垢だが察しの良い妹は全てを悟った。

 

 「マスター!」

 

 振り返れば、大切な少年の背後に浮かぶ白骨の仮面。

 その右手は既に解放され、確実に殺すために宝具を放つ準備に入っている。

 既にオルガマリーの魔術も、マシュの盾も間に合わない位置取りだ。

 

 「偽り写し記す万象(ヴェルグ・アヴェスター)!」

 

 だから、間に合うのはこれしかなかった。

 自身のダメージをハサンに転写し、相応のダメージを与える。

 あのランサーにも効いた使い辛過ぎる宝具だ。

 しかし、今回は相性が悪かった。

 

 「く、ぬ…!」

 (動きが、止まらない!?)

 

 ハサンは呻きを漏らしただけで、その右手を止める事は無かった。

 山の翁は偉大過ぎる初代を除けば、そのほぼ全員がハシシを吸い、主に痛覚や恐怖を鈍化させている。

 即ち、問題にならない程度の痛みは無視できるのだ。

 これが四肢の欠損並のダメージの転写なら兎も角、致命打にならない程度なら、その行動は些かの遅滞も起きないのだ。

 

 (ま、ず…!?)

 (あ、これ死んだ。)

 

 サドゥが焦燥と共に全力で駆け付けようとするが、その前に立香はただ己の死を確信した。

 迫り来るシャイターンの腕、それを断ち切るにはもう一手足りない。

 では、此処でマスターたる少年を失い、彼らの物語は終わりか?

 答えは…

 

 「アンサズ!」

 

 否、である。

 

 「ご、がァ!?」

 

 炎が奔り、黒衣のハサンが炎に包まれる。

 

 「シャァ!」

 

 そして、間に合ったサドゥがハサンの右腕を切り飛ばす。

 続く2の太刀でその首を落とし、ハサンはエーテルとなって消えていった。

 

 「マスター、ご無事ですか!?」

 「あ、うん。マシュ達も大丈夫?」

 「あ、はい。マシュ・キリエライト、問題ありません。」

 

 自身の主と上司を背に庇って、マシュは漸く安堵した。

 しかし、サドゥの方は警戒と共に炎を放った乱入者を見つめていた。

 

 「よぅ、そんな睨むなって細っこい嬢ちゃん。こっちは敵じゃねぇんだからよ。」

 

 そして、彼らは漸く話の通じる現地人と出会えた。

 

 「オレはキャスターのサーヴァントだ。現状、唯一正気と言える、な。」

 

 空色のローブに木製の杖、青い髪に神性の証たる赤い瞳の男が片手を挙げて声をかけてきた。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 (いやー、キャスニキが合流してくれて助かったわー。)

 “いやはや、オレ達大活躍だったな。”

 

 現在、キャスターのクーフーリン兄貴ことキャスニキにより、マシュの宝具特訓が行われている。

 斯く言う自分達は「お前さんは相性良いから大丈夫だな、宝具も使えてるし。」という事で火炙りを免れた。

 現在は休息のため、先程確保した缶のお汁粉を啜って回復に努めている。

 

 (さーて、この後はあのアーチャーとセイバーのコンビかー。どう考えても勝てないな。)

 “はっはっは、最弱英霊アンリ君の名は伊達じゃねーぜ。”

 

 アサシンがいない現状、斥候とか偵察とか情報収集が一番役に立ちそうなのに、それをする場面が此処冬木にはない。

 

 (まー後は出番もないし、最後の崩落で逸れれば良いか。)

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 (どうしたもんかね、こいつは。)

 

 クー・フーリンは頭を悩ませていた。

 坊主と盾の少女は純真で分かり易い。

 そして一応リーダーらしい女性も虚勢を張っている様はよく吠える子犬の様だ。

 だがしかし、もう一人の痩せぎすの少女には問題があった。

 

 (生気が、生きようって気概がねぇ。)

 

 死んでないから生きている。

 ただ物を食べ、動き、乞われるままに働き、それを繰り返す。

 こいつには自発的に生きようという意思がない。

 でなければ、とっくに何処かで死んでいてもおかしくはない。

 

 (戦場でもいたな。自分の役目だけは淡々とこなすが、心の底じゃ諦めてる奴。)

 

 こういう人種は生に対して希望を抱いていない。

 あっても死への切望か生への絶望が上回っており、おいそれと回復する事もない。

 

 (つっても、今のオレじゃ長々と面倒は見切れんしな。)

 

 となれば、カルデアとやらの人員に期待するしかない。

 

 (幸い、坊主と盾の嬢ちゃんには気を許してるしな。)

 

 そこが唯一の取っ掛かりになるだろう。

 だが、彼らは今現在戦時下にあるのだ。

 何時誰が死んでもおかしくはないと考えれば、可及的速やかにメンタルケアを施す必要がある。

 

 (頼むから誰か気づけよな、おい…。)

 

 クー・フーリンは内心で愚痴るが、生憎と今現在のカルデアに、サドゥの内心を見抜けた者はたった一匹を除いていなかった。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 しばし時は飛んで、現在は地下大空洞 大聖杯前。

 現在、絶賛崩落中です。

 

 (おーおー、正に大震災。テーブルは何処だー。)

 “この状況で平常運転の宿主にオレビックリ!頭ん中マジでどうなってんのさオイ!?”

 

 アヴェさんの突っ込みもさて置き、間もなく待ちに待った瞬間です。

 あ、レフ教授がチラッとこっち見た。

 取り敢えず今までお世話になった分お辞儀しておく。

 お辞儀をするのだ!って偉い人も言ってたからね。

 

 “その偉い人、最後に地獄に落ちてなかったっけ?後その呼び方は止めてくれマジで。”

 

 って言っても、もうまともに立ち上がれないけどね。

 既にアーチャー・セイバー戦でボロボロだもん。

 今のお辞儀で最後の体力使い果たしました。

 して妹は…あぁ、ちゃんと立香君とフォウさんを守ってるね。

 我が妹ながら偉いなぁ、今後もそのままお願いね。

 

 あ、足元が崩れた。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 地下空洞が、否、この時代が崩落していく。

 レフの手によってカルデアは爆破され、人理は焼却され、所長は二度も殺された。

 素人の藤丸立香は何も分からない。

 けど、レフとその一派が倒すべき悪党で、此処から脱出しないと死んでしまうという事だけは解った。

 

 「マシュ!」

 「先輩!」

 

 マシュと互いに手を伸ばし、握り合う。

 もしかしたら死ぬかもしれない。

 でも、あの時と同じく、せめて最後まで一緒に…!

 

 「姉さん!」

 

 マシュが残った左手をもう一人の仲間へと伸ばす。

 だが、サドゥは既に動く事もままならず、崩落してきた岩の上に座り込んでいた。

 

 「サドゥ、手を――ッ!!」

 

 マシュがそうする様に、立香もまた必死に彼女へと手を伸ばした。

 二人だけじゃ嫌だ、これ以上人死には見たくない。

 そう思う暇すら無く、ただ只管に手を伸ばした。

 

 「……また、か。」

 

 その様を見ていたサドゥは仕方ない、という様にマシュ以上に傷だらけの身体で両手を伸ばした。

 その細い両手を、マシュと一緒に二人で握りしめる。

 もう離さない。

 その決意を込めて、奈落の中へと落ちていく立香達3人の意識は途切れた。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 “折角の機会だってのに、良かったのかい?”

 

 黒と赤と死と怨嗟と呪いと憎悪と嫉妬と殺意と絶望と、あらゆる負の感情で満たされた様な暗闇で、問いかける声が聞こえる。

 

 (良いんだ。あの二人には泣いてほしくない。)

 

 何時だって踏み止まる理由は誰かのためだった。

 煩わしい、とは思うものの、それでもあの子達は良い子であり、善人であり、正しい行いをしようとする者だから。

 その期待には応えられずとも、その涙を今暫くは遠ざける事は出来る。

 例え別れが不可避でも、この旅が終わる前に限界を迎えるだろうとも。

 

 “やれやれ、とんだ甘ったれだ。目が離せない。”

 (君は帰っても良いんだよ?こんな所、居たくないんなら。)

 “話畳むなってー。お前さんの中はこれで中々居心地が良いんだから、もう暫くは居てやるよ。”

 (ありがとう。そうしてもらうと助かる。)

 

 実際、彼が自分の中から消えれば、自分はまた無菌室に逆戻りとなり、一月と保たないだろう。

 折角出られたのだ、もう少しだけあの二人を見守ってから地獄に逝きたい。

 

 “ま、初陣お疲れさん。暫くは寝てな。”

 (うん、ありがとう…。)

 

 意識が暗闇の中に沈んでいく。

 きっと多くの人なら絶叫して拒絶する様なものなのだろうが、自分にとっては既に慣れ親しんだものであり、暖かでフカフカのベッドと間違いそうになる程だ。

 疲れた、今は休みたい。

 その思考を最後に、意識は呪いの汚泥にとぷんと沈んだ。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 「……………いむ、しつ?」

 

 目を開ければ、そこは普段Dr.ロマンが仕事をしている医務室だった。

 はて、どうして此処にいるんだったか?

 前後の記憶が曖昧なまま、茫洋と視線を彷徨わせていると、不意に部屋のドアが開く。

 

 「サドゥ!気が付いたん、だ…」

 

 そこにはタオルを持った立香が立っていた。

 しかし様子おかしい。

 何だか段々顔が赤くなり、同時に脂汗をかいているが…はて?

 

 「フォゥフォーゥ!」

 「待って下さいフォウさ…姉さん!?目が覚め…」

 

 そして飛び込んできたフォウを追う様に、マシュが飛び込んできた。

 しかし、マシュもまた動きが停止する。

 

 「先輩!強制退去です!」

 「ご、ごめんなさーい!」

 

 両手で顔を覆う立香をマシュが部屋の外へと追い立てる。

 

 「姉さん!いい加減に前を隠して下さい!」

 (あ、私裸だったか。)

 

 その後、妹による説教&強制着替えタイムに突入した。

 

 

 

 

 

 医務室前の廊下にて

 

 (び、ビックリした…。)

 

 ドキドキと、未だに高鳴る心臓に手を当てながら、先程の事を思い出す。

 先日冬木で見た時とスタイル自体に変化はなかった。

 しかし、今のサドゥは全裸であり、更に痛々しい包帯に撒かれながらも、マシュよりも細い手足に病的なまでの白い肌、僅かながらも確かな柔らかさを持った胸と桜色の乳首は余りにも青少年に目の毒だった。

 

 (って、マジマジと見つめるとか変態じゃないか!後で謝らないと…。)

 

 後日、何とか許しを得られたものの、マシュからの説教は免れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その4 フランス編

 15世紀 フランス

 

 

 「……鎮圧。」

 「ぐあぁ!」

 

 レイシフト早々に遭遇したフランス兵士が次々と無力化されていく。

 無論、他のサーヴァント達、キャスターのクー・フーリンにマシュ、更に新規に召喚された牛若丸やスパルタクスにエイリーク、エミヤにアルトリア・リリィ等もいるのだが、本来なら格上である彼らからしても異常な程に、サドゥの対人戦闘能力は際立っていた。

 まるでそう在る事が自然な様に、サドゥは兵士達を死なず、口はきける程度に加減して攻撃していく。

 

 『すごいな!格下相手に強いタイプなのかな、サドゥに宿った英霊は!手慣れてるってレベルじゃない!』

 

 しかし、ロマンの驚きの声に対し、サーヴァント達の中でも理性があり、サドゥの事をある程度正確に把握できているクー・フーリンとエミヤは難しい顔を崩さなかった。

 

 「どう見るよアーチャー?お前さんの目ならもうちょい詳しく分かるんじゃねぇか?」

 「…何とも可笑しな状態だ。宿った英霊はどう考えても最悪で、彼女自身も既に戦える精神状態ではない。」

 

 マスターやカルデアの面々に聞き取られない様に近接戦闘の最中、二人は話し合う。

 

 「だろうな。あの細い嬢ちゃんは死に場所を求めてる。何か意義があると思えば、其処で死ぬぞ。」

 「英霊の方も厄介ではあるが強力ではない。今後、死ぬ機会はどんどん増えるだろう。」

 

 話すのはサドゥの事だ。

 現状、味方の中で最もメンタルが危うい彼女が死ねば、それは未だ若いマスターと彼女の妹にまで間違いなく波及する。

 それが無くとも、未だ年若い少女が死を求める様は英霊二人であっても気持ちの良いものではなかった。

 

 「疾うに心は折れている。だと言うのに歩き続けている。」

 「で、盾の嬢ちゃんみたいに恐怖を抱えたままって訳じゃねぇ。」

 

 歴戦の英霊である二人の見立ては正確に過ぎた。

 ともすれば、当の本人以上に。

 

 「…どうする?」

 「多少時間はかかるがメンタルケアだな。要は生存に足る理由を作れば良い。」

 「ある程度坊主達を巻き込んで、か?」

 「うむ。この手の治療は周囲の人間の協力無くしては出来ない。」

 

 順調に兵士の武器を破壊、或は死なない程度に痛めつけながら二人の相談は佳境に入る。

 

 「だが、元より短命である身。何れは戦線から退いてもらう事も考慮すべきだろう。」

 「だ、ろうな!」

 

 そして最後の一人を叩き伏せた所で、戦闘は終了した。

 同時に、二人の英霊の中で人理修復とマスターに次ぐ優先事項が出来上がったのだった。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 (いやーびっくりびっくり。本当に人間相手なら強いのな。)

 “はっはっは、もっと褒めてくれても良いんだぜ?蜘蛛や犬程早くはないがなー。”

 

 ビックリ仰天だ、まさか良い所無しのアベさんがこんなに強いとは。

 

 “アベさん言うなよ。ま、英霊とか化け物相手は他のまともな連中に任せてこーぜー。”

 (ういうい。んじゃ、取り敢えず捕まえた兵隊さんに尋問かね?)

 

 ある程度は覚えてるけど、新鮮な情報は欲しいしね!

 

 “ちなみに具体的な方法は?”

 (ここにさっき捕まえた兎さんがおるじゃろ?)

 

 これを動けなくなった兵士達に話を聞こうとするマスターの後ろで見せつける様に解体する。

 

 “うわぁ…言外の次はお前らだ宣言じゃねーか。”

 (まぁこんなボロボロになって敗走してた連中がそんな多くの情報を持ってる訳もないし、情報絞ったら兎は報酬代わりに上げようかなって。)

 “単なる嫌がらせだろソレ。ってか何で現代っ子が兎の解体なんて…。”

 (訓練の一環にサバイバル技能があったからつい。)

 

 さて、円らな瞳の兎ちゃん、頑張って楽に締めてあげるから、たくさん血を出してね?

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 立香のにこやかな話術か、或は自分達を少数でボコボコにしたサーヴァント達の武力にか、はたまたにこやかな立香の後ろで兎の解体ショーをしているサドゥに恐怖したのかは知らないが、フランス兵士達は沢山の情報をくれた。

 

 曰く、ジャンヌ・ダルクが竜の魔女として復活した。

 曰く、魔女の竜によってフランス中が襲われている。

 曰く、国王も大司教も、ジャンヌを陥れた人間は全て殺された。

 曰く、もうフランスに安息の地はない。

 

 分かり易い異常に、カルデアの面々は竜の魔女との接触を決意しつつも、取り敢えず、拠点の確保のためにも街へと向かうのだった。

 

 

 なお、兵士達はお土産の兎肉を(無理矢理)手に持ちながら街のある方向へと泣きながら駆け去って行った。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 暫し時が巡る。

 カルデア一行はフランスでの旅を続けた。

 ワイバーンに襲われる人々を聖処女と共に助け、

 ラ・シャリテで黒い聖処女とその配下と交戦し、

 竜を友とする鉄腕聖女に認められ、

 そして今、竜殺しを探し、発見した。

 

 

 

 

 「見ての通り、オレはこの様だ。すまないが、役に立てそうにない。」

 

 そう言って、竜殺しの大英雄は無念そうに謝罪した。

 北欧の大英雄ジークフリート。

 ネーデルランドの王子にして、悪竜ファフニールを討伐した「ニーベルンゲンの歌」の主役だ。

 竜殺しの大剣、悪竜の血による加護、尽きぬ黄金、姿隠しの外套等の多数の宝具に高ランクのステータスに高潔な精神を持った、正しく万夫不当の大英雄だ。

 それが、今は強力な呪詛によって力を削がれ、回復の見込みもない瀕死の状態だった。

 

 「幸いと言いたくはないが、他のサーヴァントがこの呪いをかけたサーヴァントと相打ちになり、これ以上の被害者は出ないだろうが…。」

 「同時に、呪いを解く方法も分からない、と。」

 

 ジャンヌとキャスターのクーフーリンが必死に解呪を続けるが、最低でももう一人は聖人の助力が要るという事が分かった。

 

 「すまない…。」

 「ううん。こうなったら意地でも治すから、その後に挽回してほしい。」

 

 無駄足だとは露も零さず、カルデアで唯一のマスターは微笑んだ。

 弱みも嫌味もなく、彼はただ前を向いていた。

 

 「………。」

 

 だから気づかなかった。

 何時にも増して口数の少なかったサドゥが、ジークフリートに忍び寄っていた事を。

 

 「む、どうした?」

 「…ファフニールに、勝てる?」

 「無論。」

 

 その強い言葉に、サドゥは満足そうに頷いた。

 

 「じゃぁ、これ貰うね。」

 「ぬ!?」

 「わ、ちょ、サドゥ!?」

 

 サドゥがそっとジークフリートの胸へと手を当てる。

 同時、立香はサーヴァントとの契約越しに何かがサドゥの中へと流れ込んでいく事を感じ取った。

 

 『な!?サドゥ、今すぐ止めるんだ!大英雄に有効な呪いの移し替えなんて、デミサーヴァントでも死ぬぞッ!!』

 「サドゥ、ストップ!」

 

 だが、二人の制止は遅かった。

 そもそも、彼女は一切止めるつもりは無かったが。

 

 「…これで動ける。」

 「何と。すまない、助かった。」

 「…お礼は、竜の首で。」

 「了解した。ジークフリートだ。よろしく頼むぞマスター。」

 「え、あ、はい。」

 

 有無を言わさぬスピード解決に、立香の目が点になっていた。

 

 『えぇー!?何でサドゥ動けるのさ!?あのジークフリートを戦闘不能にする呪詛だぞ!?っていうか、よく見たらステータスが上昇してるー!?』

 『うーむ、これがサドゥに宿った英霊の特性かな?呪詛、いや悪性に対して高い親和性があるのか。このままドンドン呪いとか怨念とか注いだらドンドン強化されそうな…。』

 

 色々と衝撃の事態に天才が色々と思案し始めるが、流石に聞き捨てがならなかったのか、立香が据わった目でダヴィンチに視線を向けた。

 

 「ダヴィンチちゃん?うちの子に何か?」

 『いえ、何でもありませんですハイ。』

 

 その眼光に、ダヴィンチは一瞬で黙った。

 元より非人道的な行為には嫌悪を示す人物だ、未知への探求と人命なら迷わず後者を選ぶ。

 だからこそ、現状唯一のマスターとの仲違いをする事も無いのだが。

 

 『ただ、後ろは見た方が良いよ、時間が無いんだし止めるか場所を移さないと。』

 「後ろって…。」

 

 振り向くと、初めて見る位に自身の姉に激怒した盾の少女がいた。

 

 「良いですか姉さん。貴方は毎度毎度自分の事を疎かにして。今日という今日は許しません。」

 「…ごめん、なさい。」

 「いいえ、許しません。以前も姉さんはそう言っていましたね?だと言うのに何ですかこの為体は。大英雄に掛かった呪いを自分に移す?アホですかバカですか脳みそありますか?私の様に高い対魔力を持っているなら兎も角、何で私よりもひ弱な姉さんがそんな真似を…」

 「…うぅぅ…。」

 

 ぐちぐちぐちぐち…。

 何時の間にか、延々と普段は大人しい妹による姉へのガチ説教が開始されていた。

 

 「すまない。オレでは止められなかった。」

 「あぁ、うん。取り敢えず場所移そうか…。」

 

 

 なお、最終的に説教は30分を超え、終わる頃にはサドゥは涙目で「ごめんなさい…」を繰り返す様になっていた。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 竜殺しと共にワイバーンを徹底的に蹂躙し、進軍したオルレアンでは遂にファフニールを狩り、カルデア勢は漸く竜の魔女を追い詰めた。

 無作為に大量に召喚されたシャドウサーヴァントに残存のワイバーンを率いて、ジャンヌ・オルタも必死の防戦を行うが、既に時は遅かった。

 最初から最大戦力で最大火力をぶつけていれば結果は変わったろう。

 しかし、フランスへの復讐を優先していたが故にジャンヌ・オルタの動きは一歩遅かった。

 

 「シャァ!」

 「こ、の…!」

 

 ワイバーンの間をすり抜け、サドゥがその双剣をジャンヌへと叩き付ける。

 アベンジャーと言うクラス特性、そして呪詛を吸収した事によるステータスの上昇が、本来Aランクの筋力を持つジャンヌ・オルタが圧されると言う結果を作り出す。

 

 「アンタね、あの竜殺しの呪いを解いたのは…!」

 「………。」

 

 無言のまま剣戟を、憎悪を重ねる。

 元より彼女達には今しかない。

 未来に対し、何の希望も持っていない。

 墜ちた聖処女と諦観した生贄に、そんなものは有りはしない。

 思うのはただ目の前のコイツが気に入らないと言う感情のみ。

 

 「アンタだけはコロス、絶対にッ!!」

 

 その身から黒炎を発生させながらジャンヌ・オルタが吠え猛る。

 宝具の使用による過剰魔力が城の調度を巻き込みながら更に燃え上っていく。

 

 「そう。じゃぁ…」

 

 それをサドゥは眉一つ動かさず、

 

 「吠え立てよ我が憤怒ッ!!」

 「マシュ、お願い。」

 「はい!仮想宝具 疑似展開/人理の礎!」

 

 後方で宝具の準備を完了していた妹と交代した。

 

 「んな!?」

 「ごめんね。まともに相手してる時間無いんだ。」

 

 すまなそうに手刀を切る立香により、ジャンヌ・オルタの宝具に耐えきる事に成功した。

 無論、ダメージは大きい。

 だが、誰も脱落せず、相応にダメージを受けているとなれば…

 

 「偽り写し…」

 

 好機だった。

 

 「記す万象…!」

 「がぁ!」

 

報復の呪いによって転写されたダメージに堪らずジャンヌ・オルタの動きが停止する。

 元より、ジャンヌ・ダルク自身は武勇に優れた英霊ではない。

 聖人としての清廉な人格とカリスマに啓示、タブーとされた戦術を躊躇なく選択・実行する判断力、そして救国の英雄たるジル・ド・レェと共にあったからこそ英霊と成れたのだ。

 伝承においても弓を受けた際、年相応の少女と同じ様に泣き喚いたと言う記録もある。

 つまり、元々肉弾戦においては強くはないのだ。

 

 「はぁ!」

 「そ、んな…。」

 

 直後、マシュのシールドバッシュによって、盛大に吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 「ジャンヌ…地獄に墜ちるのは私だけで…。」

 

 竜の魔女を倒し、魔女を生み出した青髭を倒し、聖杯を回収した事で時代の修正は完了した。

 しかし、サドゥの胸に去来したのは歓喜でも、達成感でも、哀悼でもない。

 それは羨望だった。

 

 (いいなぁ…。)

 “死ぬのがか?”

 (ううん、あんな夢を見つけられた事が。)

 

 例え最後が絶望であったとしても、ジル・ド・レェは確かにジャンヌと言う希望を見出し、彼女と共にフランスを解放する夢を見る事が出来た。

 生前は孤独だった彼の人生における、たった一つの希望。

 

 (貴方の夢は何ですかって、残酷だよね。)

 

 現代日本で平然と語られるその言葉は、実はとても残酷だ。

 特に、自分の様に夢を見つけられないと絶望している者にとっては。

 色んな事に手を出して、ある程度できる様になるまで努力した。

 しかし、その大半は僅かな達成感を得る事は出来ても、それ以上に成りはしなかった。

 自身の全てを賭け、使い潰してでも欲するモノを、嘗ての自身は見つける事が出来なかった。

 人も物も称号も権力も財産も、困らない程度にあれば良いと思うだけで、それ以上にはなり得なかった。

 

 (だからジルが羨ましい。彼には確かに希望が存在したんだから。)

 “その分絶望が濃くなっちまったみたいだがな。”

 

 ジャンヌと言う唯一の希望を失った彼の絶望は、私には分からない。

 ただ、それは騎士として、軍人として、貴族として、一角の人物だった彼を狂わせるには十分だった事は確かだ。

 

 (せめて、その魂に安らぎを。)

 

 十字を切り、両手を組んで冥福を祈る。

 同情しか出来ないなら、せめてこれだけはしたかった。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 藤丸立香にとって、カルデアで出会った姉妹は初めて見る人物だった。

 妹のマシュは身体は育ってるのに世間知らずで純粋無垢。

 何処か保護欲を掻き立てられる美少女だ。

 頑張り屋でこちらを信頼してくれる様に、こちらもつい全力で返したくなる。

 だが、自分の腕前では未だに彼女の能力を発揮させる事が出来ない。

 それが少し…否、とても悔しい。

 

 では、姉のサドゥはどうかと言うと…ちょっと難しい。

 マシュよりは世間知らずと言う事はないし、純粋無垢と言う訳でもない。

 自分よりも他人を優先し、その結果で自身が傷つこうとも頓着しない。

 その細すぎる身体で前へ前へと進んで戦う様には不安を感じる事の方が多い。

 まるで自分自身に一切の価値を認めていない、否、自分自身を憎悪すらしている様だ。

 その様を、立香は何時折れてしまうのではないかと気が気でない。

 

 (頼むから、もう少しこっちを頼ってほしいな。)

 

 だが、それは無理だろう。

 自身の未熟さは痛い程理解している。

 自分1人では特異点で戦う等、夢のまた夢に過ぎない。

 サーヴァント達とカルデアによるバックアップ。

 それらが揃って漸く役目を果たせる程度の素人だ。

 これではサドゥに幾ら言っても無駄だろう。

 

 (なら、ボクも強くならなくちゃ。)

 

 幸い、まだ時間はある。

 知識を蓄え、魔術を身に着け、身体を鍛える。

 エミヤとクーの協力も取り付けた。

 なら、後は特異点攻略の邪魔にならない程度に鍛え続けるしかない。

 

 (今は無理だけど、必ず…!)

 

 幼かった少年が歩み出す。

 彼はもう、単なる子供ではない。

 己の道を定め、それに向けて正しく前進する。

 その点で言えば、彼は未熟とは言え、間違いなく大人への道を歩み始めたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その5 ローマ編

 カルデアが次に赴いた第二の特異点は1世紀。

 未だ滅亡の兆しの遠い、最盛期のローマ帝国。

 後世において暴君と罵られる、ローマ帝国第五代皇帝ネロ・クラウディウスの時代だった。

 

 

 「うむ!実に素晴らしい働きであった!カルデアと言ったか?汝らの事はよく分からぬが、汝らが一騎当千の強者で、余のローマに味方してくれると言うのなら歓迎しようぞ!」

 

 目標地点から反れたものの、レイシフト先のアッピア街道周辺で、戦闘中であった露出激しい男装?の美少女なネロ帝と旗下のローマ兵士達と数百規模の敵軍に遭遇した。

 時代的にはネロ帝の方が正史側であるとして加勢して勝利を収めた後、簡単に事情を説明した後の言葉がこれである。

 

 「大胆不敵ですね…。」

 「無論、根拠はあるぞ。其方らの戦力なら余を討ち取る事は今でも可能だ。何より言った事には何一つ偽りが無かった。それで十分である。」

 

 流石は薔薇の皇帝と言うべきか、年若いのに皇帝とした確たる見識を持っていた。

 これ位無ければ謀略渦巻くローマの政治とかやっていけないと言う事もあるのだろうが。

 

 「さて、余のローマへと歓迎しよう。このアッピア街道を北進すれば直ぐに見えてくるであろう。」

 

 斯くして、ネロ率いるローマ軍と共に帝政ローマへとカルデア一行は向かうのだった。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 (いやーキャラが濃いねあの皇帝様。マジで。)

 “安心しな。お前も結構濃い部類だから”

 

 しかも、見目麗しいメンバーにチラチラ視線向けてるし。

 特にマシュの胸とか腰回りに。

 うちの妹は立香以外にあげませんよ?

 

 “他に見てるのは百合剣にメディアにワンコか?節操ねーなー。”

 (男女どっちもいける口だったらしいしね。)

 

 視線がエロ親父のそれと大差ないんだよなぁ…。

 

 “まー気張っていこーぜー。”

 (おー。)

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 花の都、ローマ。

 この時代、世界的に見ても最も栄えたであろう都市。

 そこにいる人々は、生きていた。

 飲食物に衣服や家財、娯楽品に実用品等、様々な物資が大通りの店へと並び、活発に売り込みの声を上げ、通りを行く人々の多くがそれに寄り付き、商品を物色している。

 他にも物資の運搬や会計を行う労働者、通りを駆けまわる子供達、道の傍で井戸端会議をする主婦達。

 21世紀現在では殆ど消えてしまった、日々を闊達に生きている人々による営み。

 

 「うわぁ…。」

 「…………。」

 「…………。」

 

 それを見たカルデア一行、特に年若いマスター達は呆気に取られた様にそれを見ていた。

 

 (そう言えば、この世界の平和に生きてる人を見るの、初めてだ。)

 

 この世界に生まれてから、ずっと年中雪山なカルデアの奥の自室にいた。

 出られたのだってつい最近で、こうして戦う様になったのもそうだ。

 フランスでは戦火に焼かれた街とワイバーンと戦う城塞の兵士達しか見なかった。

 だが、そんな複雑な事情なんかを考慮に入れずとも…

 

 (あぁ、この人達は生きていたいし、生きていてほしい。)

 

 少なくとも、自分の様な者とは違って。

 それだけは、間違いようの無い事実だった。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 味方がローマなら、敵もまたローマだった。

 ローマ連合帝国、それが敵勢力の名だった。

 既にローマの支配地域の半分以上が侵略され、本来のローマ帝国はその版図を首都ローマを中心として大きく縮小させていた。

 

 『フランスと並んで、敵の殆どは人間の兵士だ。指揮官であるサーヴァントの撃破を優先するんだ。それで敵の多くは無力化できるだろう。それに、対人戦闘に関しては専門家がいるからね。皆は遠慮なくサーヴァントを狙ってほしい。』

 「…頑張る。」

 

 ぐっと拳を握ってアピールするサドゥの姿に、周囲の面々はほっこりしながら方針を話し続ける。

 

 「相手は国を名乗っている。となれば、当然ながら戦闘や生産のための拠点、そして首都が存在する筈だ。恐らく、そこに標的は存在するだろう。」

 「当面はネロ帝の要請を受ける形で戦闘に参加しつつ情報収集って所かな?」

 

 大まかな方針が定まった所で、今度は具体的な戦術案が話し合われた。

 

 「…単独行動スキルがあるなら、足で稼ぐとか…?」

 「エミヤさん達アーチャー組が持ってるけど、行ける?」

 「難しいな。如何に単独行動持ちとは言え、此処まで広範囲を探索するのは容易ではない。」

 『それにマスターとの距離が離れれば、どうしてもラインが細くなるし、カルデアからの支援もし辛くなる。余りお勧めできないな。』

 

 うーむ、と頭を悩ませる一同。

 どう考えてもマスターが一人という点で、取れる戦術が限られてしまう。

 

 「こんな時こそアサシンクラスがいないのが痛いな…。」

 「小次郎も呪腕さんもまだ霊基上げの最中ですから…。」

 

 一応、この場にいるサーヴァントではサドゥとマシュを除いた全員が霊基の強化をほぼ終わらせている。

 カルデアの英霊召喚術式であるシステム・フェイトはどんな英霊でも縁さえあれば召喚可能だが、機能を限定したが回復可能になった令呪でも御せる様に弱体化した状態で召喚される。

 多数のマスターで多数の英霊を比較的低コストで召喚・運用しようとするなら最適なシステムだが、現状ではその欠点に諸に直面していた。

 

 「こればかりは仕方ないよ。出来る事を精一杯していこう。」

 

 そう言って締め括る立香の声に皆が頷く形で方針は纏まった。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 敵の手に墜ちたガリアを攻め落とし、判明した敵首都を目指してローマ軍を背に進軍する。

 ブーティカ、スパルタクス、荊軻、呂布を仲間として仮契約した。

 カエサルを、カリギュラを、アレキサンダーを、諸葛孔明を、レオニダスを、ダレイオス3世を倒し、漸く連合国首都にてカルデア一行は神祖ロムルスの撃破に成功した。

 

 「えぇい役立たずの二流サーヴァント共がッ!折角召喚してやったと言うのに…!いや、これも私の責任だな。ゲームにお行儀よく付き合ってしまったのが敗因か。」

 

 そして、この特異点の聖杯の持ち主たるレフ・ライノールを追い詰める事に成功した。

 

 「…教授、前から律儀だよね。」

 

 ポソッと、レフの発言に殺気立つカルデア一行の中から、全く温度の異なる発言が漏れた。

 

 「何だと?」

 「律儀で真面目だから、些細なミスも許せない。今まで頑張って積み重ねたものを台無しにされた。だから、腹いせ混じりに私達に勝たないと気が済まない。」

 「驚いた。あの実験体がここまで的確に囀るとは。見ない内に随分と成長した様だな。」

 

 マシュ、そしてサドゥを嘲りと共に睨みつける。

 

 「部屋に籠るより、旅した方が経験は積める。で、降参はしてくれる?」

 「まさか。それこそ王に怒られてしまうよ。」

 

 そして、レフは見せつける様に聖杯を掲げた。

 

 「さぁカルデア諸君!君達の求める聖杯は此処にある!だが、君達がこれを手にする事はない!」

 

 ぼこり、とレフの肉体が不自然に膨らみ、膨張、肥大、展開していく。

 

 『なんだこの反応は!?確実に英霊以上の何かがそこにいる!そんな、これじゃまるで…』

 「兄貴、宝具!」

 

 立香の右手の甲から令呪が一角喪失する。

 

 「突き穿つ―」

 

 同時、魔力に満ち溢れた青の槍兵が跳躍と共に紅の魔槍を全力で投擲する。

 魔槍ゲイ・ボルグ。

 クー・フーリンの師匠スカサハにより討たれた紅海の魔獣グリード、その頭蓋骨より削り出された、稲妻の様な切込みを持つ鋸の様な穂先を持った槍である。

 その効果は因果逆転による必中であり、更に投げれば穂先が無数に分裂し、命中すればその箇所からも分裂して敵を体内からズタズタにすると言う極めて高い殺傷性を持つ。

 況してや、それを全力で投げるのはアイルランドの大英雄たる光の御子である。

 

 「―死翔の槍ッ!!」

 

 真紅の魔槍が弾丸、否、砲弾となって正体を現した化生へ向かって突撃する。

 その速度はマッハ2を超え、その威力は同質量の砲弾を遥かに超え、城壁すら突破し、比較対象は艦砲射撃クラスだろう。

 

 『――ハ、ハハハハハハハハハハハハ――!』

 

 だが、この場合は相手が悪かった。

 

 『我が名はレフ・ライノール・フラウロス!72柱が1柱!王に仕えし悪魔!恐怖せよ、絶望せよ、そして死ねカルデア諸君。貴様らの旅に、この私が引導を渡そう!』

 

 一瞬で爆炎に飲み込まれ、発生した粉塵の中から、醜悪な肉の柱が屹立する。

 それは全体に走る血の様に赤い亀裂から巨大な人外の目玉をギョロギョロと動かしながら、一切のダメージを感じさせずに宣言する。

 

 「戦闘開始!」

 

 だが、立香は見逃さなかった。

 本当に僅かな間だが、傷が治っていくのが目視できた。

 つまり、ダメージ自体は入っている。

 ならば、宝具クラスの火力を再生力を超える程に一気に叩き付ければ良い。

 人間である立香の目で見えたのなら、それは即ちサーヴァント達の目には当然見えている筈だ。

 即ち、

 

 「攻撃は通る!つまりは殺せる!なら勝つ!」

 「任せときな!」

 

 自慢の槍が対処されたのに、一切の動揺もなく、最速の大英雄が疾走する。

 まー彼の場合、宝具が効かないからヤバいとか、その程度の温い人生送ってないというのも多分にあるだろうが。

 

 「…じゃ行こうか。」

 

 そして、それに釣られる様に、サドゥも悪魔へ向かって駆け出した。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 魔神柱を倒し、召喚されたアッティラ大王に蹴散らされ、しかしリベンジしてみせたカルデア一行はネロ帝との別れを惜しみながらカルデアへと帰還した。

 戦勝に沸き上がるスタッフを捌きつつ、何とか自室へと向かう。

 

 “おいおい大丈夫かよ?”

 (全然。)

 

 戦闘が終わって気が抜けたのか、既に身体の末端の感覚が希薄で、その範囲が拡大していくのが分かる。

 それなのに、先程から口の中には鉄錆に似た味が広がり、それを無理矢理飲み下して自室を目指している。

 一応、ドクターには何とか支給のリストバンド型端末で一報を入れたが、間に合うかどうかは…それこそ、神のみぞ知る、だろう。

 

 “まぁ、お前さんとしちゃここでくたばっても問題はねーんだろーがよ。”

 

 自身の内から響く声にサドゥは肯定を示す。

 死こそが我が安らぎだと、彼女は微塵も疑っていないから。

 

 “が、同居人のオレにとっちゃそうじゃねーのさ。”

 

 ぐらり、と遂に身体がバランスを崩して床へと倒れ込みそうになり…

 

 「おっと。間に合ったか。」

 

 力強い腕に抱き止められた。

 

 「…ぇ…ぁ…。」

 

 エミヤさん、そう言おうとした喉は血がこびり付いて動かない。

 それを見て取ったエミヤは即座にサドゥの負担にならぬ様に丁重に抱えながら廊下を疾走する。

 足音もなく、気配も最大限殺して、彼は消えかけの命を守るために緊急治療室へと駆け出した。

 

 「無茶をし過ぎだ。君の意思は兎も角、君の身体で無茶は禁物だ。」

 

 魔神柱、そしてアルテラ。

 後者はまともに戦えば勝機等無かったので支援に徹したが、前者は寧ろ前に出た。

 魔神柱に対し、自分は何故か他のサーヴァントに比べ、攻撃がよく通るから。

 それは極僅かな差でしかなかったが、宝具の発動条件を満たし、魔神柱の動きを阻害し続ける事には成功した。

 無論、その間ずっと重傷のままだった必要もあり、こうして今現在醜態を晒しているのだが。

 

 「今は眠りたまえ。何、ロマン達は優秀だ。必ず治るとも。」

 

 それが慰めだと知りつつも、サドゥは一度頷いてから瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

 次に彼女が目覚めたのは、二日後。

 

 起きた次の瞬間にフォウさんに顔面突撃され、妹とマスターにギャン泣きされて、慰めようにも話術が下手で尚且つ喉への麻痺が進行しているサドゥではどうしようもなくて、慌ててナースコールもといドクターコールをして事態の解決を図るのだった。

 

 

 結局全員からガチ説教されたが。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その6 日常編

サドゥ日常編(ほのぼのとは言ってない)


 AM 5:30

 

 

 備え付けのベッドの上で、スゥッとサドゥの意識は浮き上がる様に目が覚めた。

 そして、ほんの数秒程で己が何者で、どの様に生き、どの様な境遇でこの場にいる事を思い出して…

 

 瞬間、絶望した。

 自身に五感が存在する事に、自身に手足が存在する事に、自身に思考が存在する事に。

 何よりも、自身が生存している事に、絶望した。

 

 ゆっくりと身体を起こし、視界を巡らせる。

 寝る前に準備していた通り、ベッドの周りには目覚まし時計すらなく、手に取って凶器に出来そうなものはない。

 窓ガラスも特製の頑丈なものでなく、一般的な家庭向けのものだったら、頭から突っ込んで山肌に投身していた。

 死んでいない事に絶望している彼女では、どう足掻いても死への誘惑に抗えない。

 

 (大丈夫。大丈夫。ここには良い人しかいない。まだ死ねない。まだ生きなきゃ。まだ大丈夫…)

 

 必死にそう自分に言い聞かせて、死への誘惑を振り切る。

 頭痛を、嫌悪感を訴え続ける頭を必死に両手で抑えつける様に抱えながら、全身が熱病に侵されたかの様に震えている。

 彼女が戦っているのは自分だ、自分の中の死へ逃避しようとする弱さだ。

 頭の中で妹であるマシュの、マスターである立香の、そしてお世話になっているカルデアの職員やサーヴァント達の顔を思い浮かべる事で、サドゥは漸く意識を現世へと向ける事が出来た。

 

 「………。」

 

 ふらり、と覚束ない足取りでベッドから降り、冷水で濡らしたタオルを用意すると、クローゼットから何時ものカルデアの服装へと着替えていく。

 下着だけ(トップは寝る時には付けないが)の姿になると、空調も最低限しかついていない部屋で躊躇いなく冷え切ったタオルで身体を拭いていく。

 同時に、思考が明瞭化していき、今後の予定を時系列順に考えていく。

 

 (朝ご飯作って、掃除して、呪腕さんと訓練の予定…。)

 

 それらの予定を思い出し、何とか今死んでしまっては迷惑がかかると自己暗示をしてから身体を動かしていく。

 そうでなければ動けない。

 そうでなければ生きられない。

 そんな歪で病んだ様を、彼女はしっかり異常だと認識していた。

 

 (早く、逝かないと…。)

 

 だが、それを治そうとすら思わない。

 何もかもが劣る自分が死んでしまえばそれで済むと、本気で思っているから。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 AM 6:00

 

 普段はエミヤが実質的に占拠している食堂の厨房スペース。

 だが、ここ数日はサドゥが自主的に入っている。

 昨夜の内に仕込んでいた料理を温め直したり、手早く完成させていく。

 食事形式はバイキング。

 食器と食物、飲み物等を用意して、後は利用者によるセルフサービスだ。

 今日のメニューは簡単な卵と肉料理が数種にサラダとスープ、デザートのヨーグルトやシリアルに各種飲料、主食にはパンとご飯、お粥を用意した。

 こうすると態々配膳する手間が無いので楽なのだ。

 とは言え、嘗てのカルデアの様に専門の職員と豊富な物資がある訳ではないので、施設内の一角にある畑と保存食、特異点で回収した物資をやり繰りして何とかサーヴァント達にも多少は提供できる程度の食糧を確保できていた。

 

 「おはようサドゥ嬢。朝早く精が出るな。」

 「…おはようございます。」

 

 食堂に入って来たのは、常に雅さを纏いながらも飄々とした侍…ではなく、自称農民の佐々木小次郎だ。

 鍛錬の後なのか、薄らと汗をかいている。

 

 「…どうぞ。」

 「うむ、忝い。」

 

 未使用のタオルを小次郎に渡す。

 人間よりも遥かに頑強で、各種の生理現象すら無視できる英霊とはいえ、それでも生前と同じく快不快は存在する。

 こうして彼らとコミュニケーションをとる事も、付き合っていく上でとても大事な事なのだ。

 それが例え、依存染みた理由があり、相手もそれを察していたとしても、だ。

 

 「ふむ、こうして毎日白米にありつけるとは。時代は本当に変わったものだな。」

 「…小次郎さんも、お米の方が好きですか?」

 

 その名前の通り、小次郎は日本人であり、その生前の食生活は当時の日本のそれだ。

 となれば、必然的に和食の方が身近となる。

 

 「いや?郷に従うまでよ。某、まともに食えるものならそこまで拘りはせんよ。」

 

 まぁゲテモノや毒物染みたものは勘弁だが。

 

 「くす…前はそんな人達と一緒だったんですか?」

 「はっはっは。とある女狐めに散々失敗作を食わされたものよ。夫への手料理の試作品とやらでな。」

 

 小次郎が言うのが誰なのか、原作知識を持つサドゥには一発で理解した。

 裏切りの魔女メディアとその二人目のマスターである葛木宗一郎の事だろう。

 凸凹夫婦だが、確かに愛のあった二人の姿に微笑ましさを覚えて、サドゥは自然と口元を綻ばせた。

 

 「ふむ、やはり其方も妹同様に微笑んだ方が愛らしい。」

 「…いえ、あの子の方が愛らしいですよ。」

 

 きっと自分の場合、内の醜さが表面に滲み出ているだろうから。

 あの純真な妹の様には絶対に可愛らしくはなれない。

 

 「何、どんな花を愛でるか、それは愛でる者が決める事。某は其方を愛らしいと思って、こうして愛でているだけの事。其方もまた、マシュ嬢とはまた異なる愛らしさを持っている。それを否定されては、某の立場が無い。」

 「…困った人ですね。」

 「では、困らせ序でに緑茶を頼もう。そろそろ他の者達も来るだろう。」

 「…ちゃっかりしてますね。」

 

 眉を困った様に下げながらも、一切の嫌味の無い賛辞にサドゥは丁寧に緑茶を淹れる事で応えた。

 悪意のない純粋な好意には好意と行為で返すのが、せめて彼女に出来る事だから。

 

 (ふむ、やはり心の傷さえ癒えれば、誰もが振り向く女子になるであろうな。)

 

 その様を、人類史上屈指の技量を持つ侍は穏やかな目で眺めていた。

 

 

 それから10分としない内に、食堂は起き出した職員と遅番であった職員達が集まり、往時程ではないものの騒がしくも和やかに時間が続いた。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 AM 9:30

 

 厨房での仕事を終え、昼食の仕込みも終えれば、後は掃除の時間だ。

 とは言え、10時過ぎには昼食の準備に行かなければならないので、機械を使う。

 

 「…ごー。」

 

 電源スイッチを押せば、全長1m程の5機のドラム缶型お掃除ロボが廊下を滑っていく。

 人手が無い現状、個室の方は各自でするしかないが、これさえあれば数時間程で他の共有スペースは恙なく掃除してくれる。

 それは即ちこのカルデアの使用可能な区画がそれ程までに狭いという事を意味していた。

 

 「………。」

 

 廊下を散開して掃除していくドラム缶から目を外し、直ぐに食堂に戻る。

 エミヤが立香と共に第3特異点への探索に向かっている今、レイシフト中は交代で不眠不休で見守らなければならない職員達を除けば、食堂を専属で守れるのは彼女しかいなかった。

 

 「…頑張ろう。」

 

 ぐっと、密かに拳を握りながら呟く少女に、職員達がほっこりしているのを彼女だけが知らない。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 PM 3:00

 

 

 カルデア内戦闘訓練施設にて

 

 ヒュ…カッ!

 

 「うむ、大分様になってきましたな。」

 「…呪腕さんの、お蔭です。」

 

 投影した双剣の内、小ぶりな左歯噛咬(タルウィ)を投擲して的に当てる。

 それを繰り返し続ける。

 指導するのは呪腕のハサンだ。

 元々凡人にして非才な彼は自己鍛錬と自己改造で山の翁へと至った人物であり、こと短剣の投擲に関して言えばアーチャーのエミヤ並に優秀なサーヴァントだ。

 また、戦闘技術においても標的への接近と逃走に秀でており、現状サドゥが必要だと思っている事を凡そ修めている貴重な人物でもある。

 

 「得物の重心と形状を把握し、風を計算し、最適な投擲姿勢を以て、十分な力と勢いを付けて投擲する。」

 

 静止目標ならそれで済むが、動体目標なら更に目標の機動予測を加えた上で、戦闘と言う予測の困難な状態で、尚且つ不安定な姿勢で投擲を行わなければならない。

 となれば、必然的にどんな状況でも投擲するための各種フォームから最適なものを選択、実行しなければならない。

 座学は前日やったので、今日はそれをお浚いしてからの実技だ。

 

 「ふぅ…フッ!」

 

 タンッ、とやや軽い音と共に移動する標的の一つに左歯噛咬(タルウィ)が突き刺さる。

 だが、それは的を貫通する事はなく、移動と共にあっさりと抜けてしまう。

 勢いが足りず、深く刺さらなかったのだ。

 

 「む…。」

 「ははは、最初はそんなものですとも。」

 

 幸いと言うべきか、サーヴァントとしては最低クラスの筋力Eであっても、常人と比較すれば10倍以上の膂力を持っているのだから、生前の呪腕のハサンよりも条件は良い。

 そして、デミサーヴァントであるサドゥは成長する事が出来る。

 これにより、彼女は何とか戦闘技術、又は特異点で役に立ちそうなスキルを会得しようとしていた。

 また、呪腕のハサンの指導は人並みではあっても丁寧なので、サドゥも根気よく彼の指導に応えていた。

 

 「まだまだ身に付くのは先ですが…何、貴方は若いし習得速度は生前の私より遥かに早い。以後も精進を怠らぬ事です。」

 「…はい、ありがとうございます呪腕さん。」

 

 ぺこりとお辞儀するサドゥ。

 既に訓練開始から2時間以上が経過しており、そろそろ食堂に戻らねば夕飯の準備に間に合わないので、これで今日の訓練は終了だ。

 だが、その愛らしい姿と仕草に反し、彼女の胸中は変わらず諦観に支配されたままだ。

 嫉妬も悔恨も怒りも消え…否、怒りはある。

 自分という害悪が存在する事への怒りがある。

 今も呪腕というその道のプロフェッショナルに指導してもらっていながら、即座に習得できない己の無能と非才を憎悪していた。

 

 (どうにかならぬものか…。)

 

 その鬱々とした雰囲気を滲ませる少女を前に、嘗ては教団の頭目であった呪腕もまた頭を悩ませていた。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 PM 5:00

 

 

 この後に朝まで徹夜になる遅番のスタッフを始めとして、何とか本日予定していた各種業務を終えた面々が食堂に現れ始める。

 全員が大なり小なり疲れが顔に出ているが、それでも自分の責務を果たしている辺り、カルデアの人材の質は確かなものだった。

 だがしかし、エミヤがいない現状、食堂の活気も少し墜ちていた…

 

 「…本日はワイバーンのお肉です。」

 

 …筈だった。

 幸いと言うべきか、現在第3特異点にレイシフトしている立香達が狩った新鮮なワイバーンの肉の余剰分が送られてきたため、今夜の夕食のメインはそれに決定した。

 ワイバーンは竜種としては最下位の一つだが、その肉は人類の咬筋力に比して極めて硬い。

 だがしかし、特異点先で頑張っているエミヤよりワイバーンの肉の下処理・調理法も一緒に伝えられたのだ。

 流石はプロの料理人100人とメル友になった一家に一台の正義の味方である。

 その情報は確かで、更に送られた肉は既に下処理済みであったため、後は加熱すれば美味しく頂ける状態だった。

 そのため、本日は焼き肉大会であり、職員らの興奮から食堂は一種異様な雰囲気に包まれていた。

 

 「はは、まさか竜を肴に一献とはな。此度の召喚はよく度肝を抜かれるな。」

 「ですな。まさか竜種を食する日が来るとは…。」

 

 5次アサシンコンビの二人も、食堂の一角でのんびりとしながら焼肉をつついていた。

 とは言っても、呪腕のハサンの場合は具材をミキサーして消化し易くした専用スープを味わっていたが。

 

 「して、どう見る呪腕殿?あの娘の見込みは?」

 「能力としては努力家ですが、私と同じで凡人ですな。貴殿の様な剣才は欠片もありませぬ。しかも、サドゥ殿は…」

 「心を病んでいる。本来なら、寺で養生させておくべきだな。」

 「ですな。」

 

 この二人は、正面から言ってしまうのは簡単だが、それでは何の問題解決にならないとして沈黙を選んだ。

 無論、自身に出来る事があればするが、現状では精々仕事を手伝うか訓練に付き合う位しか出来ない。

 

 「あの娘に必要なのは、ただ寄り添ってくれる誰かと静養だ。外野がどう言った所で、それは上っ面をなぞるだけに過ぎん。」

 「うむむ、私も宗教関係者として何かせねばならぬのですが…生憎とこういった事は門外漢でして。」

 

 現状、メインでサドゥのメンタルケアに当たっているのはエミヤとクー・フーリンsである。

 他にも手空きの英霊達が何やかやとマスターやマシュ同様に甘やかしているが、彼女の心を解き解すには至っていない。

 

 「まぁ急いても仕損じるだけ。今は待ちに徹するとしよう。」

 「歯がゆいですが、致し方ありませんな。」

 

 言って、焼肉とスープを抓む二人だった。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 PM 8:00

 

 

 シュン、と管制室の自動ドアが開く。

 それに疑問符を上げて幾人かが振り返るが、すぐに視線を戻すか片手を上げたり、会釈なりで軽い挨拶を返す。

 彼女の存在は彼ら職員にとっては既に当たり前のものだからだ。

 

 「…ドクター、夕飯ですよ。」

 「お、ありがとう。そろそろお腹が減ってきてたんだ。」

 

 疲れを顔に滲ませたDr.ロマンに温め直した焼肉の残り物を手渡す。

 このドクター、放っておくと甘味とコーヒー位しか摂取せずに数徹するので、定期的に食事を届けて様子を見るのがサドゥの日課となっていた。

 

 「…食べ終わったら、休んでください。」

 「いや、あのね、サドゥ。今は立香君達が特異点にレイシフト中だし、仮とは言えTOPのボクが休んでたら示しが付かないし、緊急時への対応速度も…。」

 「どーぞどーぞ。ドクターがいなくても今なら大丈夫ですよ。」

 「藤丸君も寝るみたいだし、今夜はもう動きは無いでしょう。」

 「君達裏切ったな!?僕の気持ちを裏切ったな!?」

 

 まさかの部下達の裏切りにロマニは叫ぶが、いい加減休めと睨まれると、渋々だが従う事にした。

 

 「まぁまぁロマニ。そう気張り過ぎるもんじゃないよ。折角なんだからちゃんと休むと良い。心配なら私が見ておくから、安心したまえよ。」

 「うーん…まぁレオナルドがいるなら安心かなぁ…じゃぁすまないが頼んだよ皆。」

 

 うーす、と職員らがそれぞれ気の無い返事をする。

 

 「ちっ、美少女に気遣われるとか死ねば良いのに…。」

 「サドゥちゃんの手を煩わせるなよロマニの癖に…。」

 「サドゥちゃんprpr」

 「あ、保安部ですか?えぇ、ロリコンを発見しまして、えぇ、お願いしますね。」

 「全部聞こえてるからね君達…!」

 

 一部が保安部に連行されながらも、カルデアの中心たる管制室は今夜も賑やかだった。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 PM 10:00

 

 

 「お休みなさい…。」

 

 夕食の片づけと明日の仕込みを全て終え、入浴と身嗜みを終えると、サドゥは早々に布団に入った。

 訓練と食堂業務の疲れから、既に身体はへとへとだ。

 本来のこの虚弱な身体ではきっと無理だった仕事だが、こういう時ばかりはデミサーヴァントになって助かったと思う。

 

 “あー早くレイシフトしねーかなー。”

 

 すると、ここ数日大人しかったアンリ・マユが話しかけてきた。

 

 (どうしたの?)

 “此処の連中は善人過ぎてオレの出番がねーのよ。特異点なら何でもありな殺し合いも多いからさ、色々滾っちゃうんだけどねー。”

 

 確かに、人の悪性の器である彼からすれば、善良な人々で多くが構成される現在のカルデアは居心地が悪いのだろう。

 

 (何れ来るよ、その時を気長に待とう。)

 “はいはい、お利口さんにして待ってますよっと。”

 

 そうして目を瞑れば、直ぐに意識が薄れていく。

 消失していく自我、知覚できなくなる感覚、力の抜ける四肢。

 疑似的な死にも感じられる深い睡眠に安らぎを感じながら、サドゥは目覚めない事を祈りながら就寝した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その7 日常編2

ちょっと短いが投下ー。


 

 夢を見ている。

 そう自覚しながら、立香はその見知っている様で見知らぬ景色を眺めていた。

 

 恐らくはカルデアの施設内。

 マシュの時と同様にその部屋は無菌室となっており、その部屋の住民がどれ程厳重に守られているかが知れた。

 視点の主が動き、ベッドからやや離れた位置にある棚の上からアイパッドを手に取って操作する。

 閲覧する内容は様々だ。

 政経ニュースだったり、バラエティだったり、料理や映画、アニメや書籍に小説なんかもあった。

 その内気に入ったのか、次第に娯楽小説や風景の写真等を見る様になったが、それも暫くして飽きたのか、止めてしまった。

 ごろり、とベッドの上に横になる。

 天井を視界に入れながら、しかし視点の主は天井を見ていない。

 否、彼女は何も見ていなかった。

 

 「死にたい…。」

 

 聞き覚えのある声が、ポツリと零した言葉を最後に、夢は覚めた。

 

 

 

 

 目覚めれば、ドッと汗をかいていた。

 こんなに寝汗をかいたのは久しぶりで、迷わずシャワーを浴びる事を決意した。

 汗を吸った下着が肌に張り付いて気持ち悪く、急いで準備をする。

 早くシャワーを済ませて着替えなければ、と彼はパパッと衣服を脱いで直ぐに蛇口を捻ってシャワーを浴び始めた。

 カルデア脅威の技術力のお蔭で、シャワーから出る水はほんの数秒で程好い湯となり、汗を流してくれる。

 

 「ふーすっきりー。」

 

 浴室から裸のまま出て、ベッドに放ってあった下着を着ようと手に取った…

 

 「先輩!おはようございます!」

 

 所で、後輩がノックもせずに元気よく入室してきた。

 

 「「……………。」」

 

 痛々しい沈黙が横たわる。

 マシュはその端正な顔を赤くしたり青くしたりを繰り返し、立香は立香で折角シャワーを浴びたばかりだと言うのにダラダラと汗をかいている。

 

 「「きゃーーーーーーーー!?」」

 

 そして、早朝のカルデアに二人の悲鳴が響き渡った。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 「本っ当に申し訳ありませんでした!」

 「いや、もう良いよ、うん。」

 

 羞恥で顔を真っ赤にしながらも必死に頭を下げて謝罪するマシュを、立香は疲れた様に宥めた。

 

 「まぁ今後はノックしてくれると助かるな。ボクは兎も角、他の人だったらガチで怒っちゃうかもしれないから。」

 「はい、マシュ・キリエライト、以後はノックを忘れません…。」

 

 沈痛な表情で告げるマシュ。

 相も変わらずな真面目さに、立香は怒りも失せて話題を変えた。

 

 「さ、そろそろ食堂に行こう。今朝の分はサドゥが仕込んでくれてたんだっけ?遅れたくないしね。」

 「あ、はい!行きましょう先輩。姉さんも待ってると思いますから。」

 

 そして二人は仲良く談笑しながら食堂へ向かった。

 

 「フォウフォーゥ。」 訳:やれやれ、甘酸っぱいぜ。

 

 その姿を、フォウが器用に肩を竦めながら見守っていた。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 「…おはよう、マシュ、立香。」

 

 にこり、と慎ましげな笑みを浮かべるサドゥの姿に、立香はカルデアに帰って来た事を改めて実感した。

 カルデアの制服の上から黒一色だが胸元に白く「SADJU」とプリントされたエプロンを纏う姿は普段の儚さを抑え、家庭的な雰囲気を感じさせるため、立香としては大歓迎な装いだった。

 

 「おはようございます、姉さん!」

 「おはよ、サドゥ。今朝も早いね。」

 

 にこやかな朝の挨拶にほっこりする。

 

 「…ううん、今朝はエミヤさんがいたから余り早くなかったよ。」

 「そういう事だ。君達も早く食べた方が良い。朝食は一日の活力だからな。」

 「おはよう、エミヤ。」

 「おはようございます、エミヤさん!」

 

 カルデアの赤い家政婦、一家に一台、サーヴァントお母んの名を欲しいままにする男、エミヤが厨房から声を掛けてきた。

 

 「仕込み自体は済ませてあったからな。私も楽をさせてもらっているよ。」

 「…いえ、まだまだエミヤさんみたいには行きませんから。」

 「何、もう然したる問題が無い程度には出来ているとも。今後も精進を忘れない様に気を付けたまえ。」

 「…はい、ありがとうございます。」

 

 エミヤ不在だった当時、厨房を預かっていたサドゥにはやはり負担だったのだろう。

 大過なくこなせたと知って、随分安堵している様だった。

 

 「では君もマスター達と朝食を摂ると良い。この場はブーディカもマタ・ハリもいるし、人手は足りているから。」

 「…では、お言葉に甘えさせてもらいますね。」

 「姉さんも一緒なんて、久しぶりで嬉しいですね、先輩。」

 「うんうん、今回は別行動だったしね。」

 

 こうして、束の間の日常を、彼らは謳歌していた。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 「して、どうだったのだ、彼女は?」

 

 今日は自分達がいるからと、強制的にサドゥを休ませたエミヤは、彼女を見守っていたアサシン二人へと尋ねていた。

 

 「病状に変化はありませぬ。ですが…」

 「良くなってもいない。それでいて働き過ぎておるのだ。何れ限界に至るであろう。」

 

 身体を動かし、何かから目を背ける様にして働き続ける。

 それに比例する様に、徐々に徐々に睡眠時間が長くなっている。

 以前は体力を使う事も無かったから、睡眠時間は短かったらしい。

 なのに、デミ・サーヴァントになった現在でもそれは進行している。

 即ち、普通の体力的な問題ではない。

 精神よりも先に肉体が限界を迎えようとしているのだ。

 

 「私の見立てでは…彼女は1年も持つまい。マシュ嬢よりも早く死ぬだろう。」

 「でござろうな。」

 「生前の私と同じで、明らかに無理な改造が加えられている様ですからな。」

 

 どんよりとした空気が男達に覆い被さる。

 現在、このカルデアには高名なキャスターがメディアとドルイドのクー・フーリンの二人しかおらず、その彼女もレイシフト先の特異点で入手した素材を用いた礼装や秘薬の作成、更にクー・フーリンは特異点での戦闘に立香の戦闘訓練も加わって忙しく、サドゥとマシュの二人を治療し切るには頭脳も人手も足りなかった。

 

 「かと言って、マシュ殿はマスター殿の最後の盾。特異点へのレイシフトには欠かせませんぞ。」

 「そこは私も理解している。やはり、彼女達に負担が行かない様にしつつ、治療の準備を進めるしか現状で出来る事はない。」

 「ついでに少々雅ではないが、ロマニ殿も締め上げるべきでござろう。あの御仁なら何かしら知っているであろう。」

 

 こうして、現状打破を目指す男達の密談は続いた。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 “やれやれ、どうしたもんかねぇ?”

 

 何処とも知れない、光無き暗がりの中で、最弱の英霊が誰にともなく呟いた。

 

 “どいつもこいつも勘違いしてやがる。治ろうとしない患者に付ける薬なんてありゃしないのによ。”

 

 彼の言う事は一つの真理だった。

 本来なら歴戦の戦士である英霊達もそれは知っていた。

 だが、サドゥが、マシュが死ねば、カルデアの、人類最後のマスターの心も折れるだろう。

 否、彼なら何れ立ち上がるだろうが、それが何時になるかは分からない。

 故に、英霊達は彼女達を死なせない様に苦心している。

 

 “まーオレとしちゃ取り敢えずはその路線で良いとは思うけどさー。”

 

 ニヤニヤと、人によっては嫌悪感を煽られる様な笑みを浮かべながら、言葉を紡ぐ。

 幸いと言うべきか、サドゥの中は彼にとって居心地が良かった。

 嘗て殻として被った人間、衛宮士郎とはまた違った良さがある。

 彼の場合は自己を蔑ろにしてでも目指した善意であるが、サドゥの場合は自己を憎悪した果ての感謝の善意であった。

 外から見れば同じなのに、その本質は余りにもかけ離れていて、逆にそれが面白く感じられた。

 

 “死にたいってんなら、これなら死んでも良いって舞台が来るまで持たせる程度はしてやるよ。”

 

 まー無駄だとは思うけどなー。

 その呟きは、やっぱり誰に聞かれる事もなく、暗闇の中に消えていった。

 

 

 

 

 

 第4特異点が発見されるのは、この一月近く後の事であった。

 

 

 

 

 




 手隙の女性陣?サドゥ同様にカルデア内の雑務に従事して、日常面からサドゥを癒そうとしているよ!(現在まで効果0)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その8 ロンドン編

 

 

 神代に近いレベルまで魔力の籠った霧が満ちる大英帝国の首都ロンドン。

 そこを跳梁跋扈するは無数の機械人形と魔術師の手による肉人形達。

 魔霧に包まれた通りでは、全ての家屋の窓と扉が固く閉ざされ、屋内の住人達は誰もが明かりすら灯さずに恐怖に、飢餓に、目前に迫った死に怯えていた。

 

 「はぁ…はぁ…!」

 

 人気はなく、ただ人外の気配に包まれたロンドンで、口元をマフラーで厳重に覆った女性が歩いていた。

 彼女の家には既に食料は無く、腹を空かせた子供達しかいない。

 仕事で市外に出ていた夫からは便りは無く、金銭すら尽き始めていた。

 だから、危険の蔓延る屋外へ、食糧を探し求め、霧の濃い地区までやってきてしまったのだ。

 そして、この正体不明の騒動と“運の悪さもあり”、彼女は端的に言って詰んでいた。

 

 「ねぇ、貴方はお母さん?」

 

 不意に、霧の中からフードで全身を覆った小さな人影が現れた。

 その声は幼さすら感じる少女のものだが、その手に握られた大振りのナイフが少女が尋常の者ではないと告げていた。

 

 「ひッ!?」

 「苦しくて、辛いんだ?」

 

 霧の都の殺人鬼が幼げな声で心配する。

 その両手にナイフを握りながら、ゆっくりと女性の下へと歩み寄る。

 

 「じゃあ楽にしてあげるね。大丈夫、ちょっと私達を中に入れてくれるだけで良いから。」

 

 女性はこの奇妙な霧を吸い込んだ影響で、最早家に帰る事は出来ないと思っていた。

 その前に、彼女の命は此処で凄惨に散らされるのだと、女性自身が確信した。

 だが…

 

 「はい、それちょっと待った!」

 

 英雄の資質の一つは、悲劇に必ず間に合う運の良さであると言う。

 その点で言えば、世界の滅びに間に合った少年は間違う事無き英雄の一人だった。

 

 「…ダメだよ、そんな事しちゃ。」

 「お姉ちゃん、邪魔するの?」

 

 敏捷Aは伊達ではなく、白い少女の振るったナイフを褐色の少女が黒く歪な双剣で以て防いだ。

 

 「…お腹を切っても貴方達は帰れない。その人は別の子供のお母さんだから。貴方達のお母さんじゃないの。」

 「そうなんだ…。」

 

 奇しくも互いに似た得物を扱う二人は服装も似ており、何処か纏う雰囲気すらも似ていた。

 だからだろうか、その場にいた他の面々では分からない事も言葉少なに通じ合っていた。

 

 「…お腹が減ってるのなら、こっちに来る?お菓子もあるよ。」

 「お菓子?欲しい!」

 

 そして、てっきり本格的な戦闘になるかと思えば、子供らしくあっさりとお菓子で釣れてしまった。

 

 「はい、葡萄味の飴。」

 「わーい!」

 

 受け取った飴から包装を外して直ぐに口に放り込むジャック。

 その姿からは先程の凶行を全く感じさせない無垢、否、幼さがあった。

 

 『と、取り敢えず案内人ゲットかな?』

 

 そして、状況に付いていけない周囲の声を代表する様に、ロマンが呟いた。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 (身体が軽い…もう何も怖くない!)

 “おい馬鹿止めろマジで。”

 

 やぁこんにちは!私の名前はサドゥ!探せば割と何処にでもいる生に倦み疲れた自殺志願者だよ!

 今日は毒ガスに満たされたロンドンに、化学テロってるテロリスト共を殲滅するために来てるんだ!

 此処の所ずっと体調が悪かったんだけど、此処ロンドンに来てからは絶好調なんだ!

 きっと今回は良い事があるに違いない!

 具体的には小便王とか、魔術王とか、お前のとーちゃんダービーデーとか、逃れられない死亡フラグとかが!

 遂に!私の下に!訪れる!気がするんだ!

 

 “うーんこのはっちゃけぶり。見事にラリッてやがる。”

 (自覚はある!しかし今、このサドゥの辞書に自重の二文字は無い!)

 “魔霧吸ってステータス上がってるのは解るんだが、どーしたもんかねーこりゃ。”

 (エ゛ェェェェェェェェイ゛ィメェェェェェェェェン゛ッッ!)

 “そのCV若本止めろや。あーもう滅茶苦茶だよ…。”

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 『いやー何かもう、凄まじいね。』

 

 先程ジャック・ザ・リッパーから救助した女性を自宅に送り届けた後、通信越しにDr.ロマンが告げたセリフに、その場の全員が賛同した。

 案内人としてお菓子で雇ったジャックと共に先頭を突き進むサドゥ。

 つい最近まで不調を抱えていた彼女だが、このロンドンに満ちる魔霧を吸収し始めた途端、絶好調☆になってしまった。

 本来なら低ステータスと本人のひ弱さもあり、人間相手以外では活躍できないと考えられていた。

 しかし、それは大きな間違いだった。

 フランスでジークフリートに掛けられた呪詛を吸収し、ステータスを上昇させた様に、彼女は後天的に自身のステータスを半永久的に強化する手段が存在する。

 他のサーヴァントもまた生前に近いレベルまで霊基再臨する事は出来るが、呪詛の類を吸収して強化されるなど、サーヴァントの反転化染みた強化を独力で成す英霊となると聞いた事が無いし、本来なら在り得ないのだろう。

 

 「…邪魔。」

 

 だが、現実として敏捷以外は最低クラスのステータスであったサドゥは、ステータスだけを見れば中々に高いものがあった。

 

「…退いて。」

 

 敏捷はそのままに筋力がC+、耐久がC、魔力がBに変化したのだ。

 その上、接敵から今まで戦闘していると言うのに魔力を消費する事も無い。

 消費した傍から魔霧を吸収する事で補給しているのだ。

 現に、機械人形とホムンクルスの類を相手にしても、全く消耗せずに戦い続けている。

 だが…

 

 「…終わったよ。」

 「取り敢えず回復で。」

 

 敵陣に調子に乗って突っ込めば、当然ながら怪我をする。

 これが純正のサーヴァントなら兎も角、彼女はデミサーヴァントである。

 つまり、幾ら魔力を補給しても、宝具やスキルに回復効果が無いのなら、そのままでは怪我は治らないのだ。

 全身に掠り傷を負いながら、普段より元気に殲滅を報告するサドゥに立香は迷わず回復魔術を掛けた。

 

 「姉さん、余り無理はしないで下さい。また、必ずマスターの指示に従って下さいね?」

 「…うん、解ってる。」

 「ボクも頑張るからさ、サドゥも合わせてね?」

 「…ん。」

 

 実際、ちょっと圧倒されてしまったが、他の戦闘特化サーヴァント達に比べれば、まだまだと言うステータスなので、やはり過信は禁物という事だ。

 

 「ジャック、それじゃあ色々お話聞かせてくれるかい?」

 「うん、いいよ、お母さん。」

 『「「「「「お母さん!?」」」」」』

 

 何故か仮マスターである立香をお母さんと呼ぶジャックに、困惑と驚愕が一同の間に満ちる。

 取り敢えず、案内人であるジャックとの意思疎通が喫緊の課題となった。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 ロンドンにおけるカルデア一行の動きは迅速だった。

 ローマの様に軍と共に移動するのではなく、オケアノスの様に船で移動するではなく、大都市とは言え立香を除けばサーヴァント達だけで移動し、情報を収集できたのが大きい。

 モードレッドやアンデルセン等の現在出現している野良サーヴァントと碩学者達とその関係者を片っ端からジキル博士のアパルトメントに集めて知恵を出し合い、解決策を練った。

 結果、魔術協会跡地から情報を収集し、魔霧から生み出されたサーヴァント達を確保して、敵側のサーヴァントCのチャールズ・バベッジとPのパラケルススを撃破し、遂にはこの時代の指揮官であるMのマキリを追い詰め、魔神柱を撃破した。

 しかし、マキリによる魔霧を起爆剤としたロンドン全域の焼却のトリガーとなる英霊が召喚されてしまった。

 その名もニコラ・テスラ。

 人類文明に「電気」を齎した天才科学者だ。

 強力な雷電を操る彼に対し、カウンターとして追加召喚された野良サーヴァントである坂田金時と玉藻の前と共に何とかロンドン焼却が行われる前に撃破に成功した。

 しかし、今度はロンドン上空に集中した魔霧を消費して聖槍ロンゴミニアドを携えたランサーの騎士王、その反転した姿が召喚されたのだ。

 こちらの召喚に関しては完全に事故の様なものだったのだが、マキリの影響が残っていたため、何とか最後の力を振り絞って撃破に成功した。

 本当にギリギリだった。

 ニコラが作った雷の階段がまだ残っていたからこそ被害が少なかったものの、ロンドン市街で戦闘になって対界宝具たる聖槍を解放されていたら、それだけでこの時代の人理修復が不可能になっていたからだ。

 味方に騎士王特攻を持つモードレッドがいたから、円卓勢に対して高い耐久力を持つマシュがいたからこそ拾えた勝利だった。

 そして、後は地下にある聖杯を回収して終了と、その筈だった。

 

 

 何の気紛れか、敵の首領たる魔術王ソロモンが現れるまでは。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 「魔元帥ジル・ド・レェ。帝国真祖ロムルス。英雄間者イアソン。そして神域碩学ニコラ・テスラ。」

 

 それは唐突に現れた。

 

「多少は使えるかと思ったが―――小間使いすらできぬとは興醒めだ。」

 

 ただその場にいるだけで、他の存在を圧迫、圧砕する。

 

「下らない。実に下らない。やはり人間は時代(トキ)を重ねるごとに劣化する。」

 

 これが敵。

 あらゆる時代の人理を焼却してみせたカルデアの、人類種の敵。

 褐色の肌に長い白髪を三つ編みにし、赤と白の装束の上に銀と黒の軽鎧を纏い、4柱もの魔神柱を率いる男。

 

 「名をソロモン。数多無象の英霊ども、その頂点に立つ七つの冠位の一角と知れ」

 

 金時が、ジャック・ザ・リッパーが、ナーサリー・ライムが、玉藻の前が、シェイクスピアが、モードレッドが、カルデアのサーヴァント達が。

 次々と、次々と、サーヴァント達が倒れていく。

 4柱の魔神柱を辛うじて撃破しながらも、しかし彼らはソロモン王には全く歯が立たない。

 

 「そら見た事か。ただの英霊が私と同じ地平に立てば、必然、このような結果になる。」

 

 だが、最早残存サーヴァントがサドゥとマシュ含めた3騎となった時点で、時計塔地下で情報を収集していたアンデルセンがソロモン王の特権に気付いた。

 即ち、人類の生み出す自業自得の自滅要因に対するカウンター、あらゆる英霊の頂点に立つ者だと。

 

 「そうだ。よくぞその真実に辿り着いた!我こそは王の中の王、キャスターの中のキャスター! 故にこう讃えるがよい!―――グランドキャスター、魔術王ソロモンと!」

 

 そして、前言通りにアンデルセンの五体を百に引き裂いてから塵も残さず焼却した。

 

 「凡百のサーヴァントよ。所詮、貴様等は生者に喚ばれなければ何もできぬ道具。私のように真の自由性は持ち得ていない。どうあがこうと及ばない壁を理解したか?」

 

 72柱の魔神を率いる、人類史上最上級の魔術の王。

 そして、本来なら人の滅びに立ち向かう存在。

 それは即ち、人を滅ぼせる存在でもあると言う事だ。

 

 「さて、本当なら此処で帰るつもりだったのだが…。」

 

 スゥと、その千里眼が細められた。

 

 「後一撃、凌いでみせたら帰ってやろう。」

 

 ポゥと、その指先から赤い魔力の光が灯る。

 ガンドと言われる、北欧に伝わると言う、対象を指さすだけで相手を呪える貴婦人向けの比較的簡易な魔術。

 では、それを行使するのが魔術王であったのなら?

 

 答えは簡単、現行の人類の持つ手段では決して防げない程の密度と指向性を持った呪詛となる。

 

 ドゥと、放たれた呪詛に対し、既にマシュは守りに入っていた。

 しかし、連戦に次ぐ連戦により、既に彼女は限界だった。

 少なくとも、未だ霊基を解放し切っていない彼女ではもう防げない。

 このままでは、マスター諸共に呪詛に貫かれて終わるだろう。

 

 「…!」

 

 だから、サドゥが前に出た。

 呪詛に高い親和性を持つ彼女だからこそ、耐え切れる可能性がある故に。

 

 (ッシャー死亡フラグキタ――(゚∀゚)――!!)

 “こいつ、この状況でもぶれないとか…ッ!”

 

 そんな後ろ向きに愉快な本人の内心は周囲に欠片も漏れず、サドゥはその敏捷性を生かしてマシュと立香を呪詛の射線上より突き飛ばし、

 

 「がッ!?」

 

 呪詛の直撃を貰った。

 余りの密度、余りの量に、一撃で意識を持っていかれそうになる。

 耐え切れなかった血管が、魔術回路が、魂が罅割れ、全身から鮮血が噴き出す。

 

 「偽り写し――」

 

 しかし、歯を食いしばって衝撃に耐え切る、耐え切れてしまう。

 それはつまり、まだ死ねていないと言う事。

 

 「記す万象――!」

 

 だからダメ押しをした。

 これで確実に自分は死ねると、魔術王の怒りを買って死ぬ事になるだろうと、自分勝手にもそう思ってしまった。

 

 「ほう、驚いた。」

 

 純粋な感嘆の声。

 見れば、その白い衣服と銀の鎧が血の赤に染まり、総身に大小様々な裂傷が走っている。

 再生も出来ず、未だ鮮血を流す姿には寧ろこちらの方が怖気を覚える。

 求めているのとは違うそれに落胆すると同時、せめてもう一太刀と双剣を構える。

 

 「だが、些か不愉快だ。宝具を解け。さもなくば後ろの者達を焼く。」

 

 それは勘弁願いたい。

 後ろから何か声が聞こえるが、眼前の魔術王に集中しているためか、サドゥにはまともに聞こえない。

 聞いた所でどうしようもないから、素直に宝具の効果を解いた。

 

 「素直だな。褒美を取らす。」

 

 次の瞬間には先程と寸分違わぬ状態まで回復した魔術王、その千里眼が輝き、こちらを見つめて

 

 

 

 そこでサドゥの意識は途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




もう何話か続くんじゃよ


しかし、毎度毎度ニッチな話書いてる筈なのに、どうしてこうも人気が出るのか?(日間ランキング見て困惑
次があったら所長か所長の身内とかでやってみるか


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その9 オガワハイム序章

 

 カルデア全体に沈痛な空気が満ちていた。

 歴戦の英霊の多いサーヴァント達はそうでもないが、カルデア職員らの顔は一様に落ち込んだものがあった。

 その中にあって気丈にも己の職務に陰りがないのは流石と言えるが、それは全員ではない。

 特に、素人であった唯一のマスター藤丸立香と彼の最初のサーヴァントであったマシュ・キリエライトはとてもではないが平常とは程遠かった。

 

 「ドクター、サドゥの調子はどう?」

 

 立香はロンドンでの特異点修復の後、一日一度はこうして医務室を訪れている。

 あの魔術王との遭遇から既に一週間、それだけ経過しても全く変わらない。

 それはレイシフトで帰還後、サドゥを抱えて血相を変えていたマシュが医療班にサドゥを預けた直後に突然血を流して倒れた後も変わらない。

 二人が治療室に缶詰の状態で、立香は事の次第の全てをDr.ロマンから訊いた。

 即ち、二人の生まれと境遇、その寿命を。

 その上で、立香は二人に対してその秘密を明かさない事を選んだ。

 ただ、今まで以上に誠実であろうと心に決めて。

 あれから一週間、ずっと二人を見舞い続け、マシュが意識を取り戻した後は二人でサドゥを見舞い続けていた。

 

 「病状に変化は無しだ。ロンドンから今日まで彼女は眠り続けている。脳波を測定したデータでは時折夢を見ている様だが、それだけだ。外界からの刺激には一切反応せず、決して覚醒しない。サドゥは魔術王によって呪いを、彼が言うには褒美として“終わらない眠り”を与えられたんだ。」

 

 魔術王ソロモン。

 72の魔神柱を率い、人類史を焼却し、レフ教授によってカルデアを破壊させた、オルガマリー所長の仇。

 そして、新たにサドゥを呪った張本人と言うのも加えられた。

 

 『あまりにも幼い人間よ。人類最後のマスター、藤丸立香よ。これは私からの唯一の忠告だ。お前はここで全てを放棄する事が、最も楽な生き方だと知るがいい。――灰すら残らぬまで燃え尽きよ。それが貴様らの未来である。』

 

 そう言い捨てて去って行った魔術王に、誰もが勝てるビジョンが浮かばない。

 魔術王の言を信じるなら、この状況は彼からすれば救いなのだろう。

 人類史が、カルデアが完全に焼却するその日まで、苦しまない様に安らかな眠りを。

 だが、だが…

 

 「すまない。メディアやレオナルド達も手は尽くしてくれたんだけど…。」

 「いえ…忙しい所すみません。失礼しました。」

 「大丈夫さ。また何時でも来てくれ。ボクでも些細だけど愚痴を聞く位は出来るから。」

 

 それは何かを致命的に間違えてると、立香は思った。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 「姉さん…。」

 

 普段のカルデア制服の上に白衣の姿になりながら、マシュは液体で満たされたコフィンによく似た機械、無菌室と集中治療室、個人用シェルターを兼ねた医療ポッドの中で保護液に浮かぶ姉の姿を見つめていた。

 

 「姉さんは、こんなに傷ついていたんですね…。」

 

 マシュよりも細いその肢体の至る所に大小無数の傷があった。

 それの極一部はサドゥ自身が付けたものだが、その多くは嘗ての英霊降臨実験と特異点修復で追加されたものだった。

 そう言えば、姉が半袖等の薄着を着ていた記憶がない。

 思えば、これを隠すためだったのだろう。

 それが心配されるのを厭ってか、或は羞恥心や美意識か?

 それはさて置き、既に全ての傷が完治しているが、人よりも治りの遅いサドゥの肌にはハッキリと痕が残っていた。

 冬木で、フランスで、ローマで、ロンドンで、姉は必ずと言って良い程に先陣を切っていた。

 時折敏捷の差でクー・フーリンらに先を越されていた時もあったが、それに負けぬ程に前に出ていた。

 その姉の背を、マシュは立香と共に追っていた。

 

 「無茶し過ぎですよ、もう。」

 

 それはあの魔術王との遭遇の時もそうだった。

 他のサーヴァント達が悉く鏖殺された後も、立香とマシュを後ろに庇いながら、勝機は微塵もない状況でただの一人で前に出たのだ。

 戯れの一撃で戦闘不能になる程のダメージを負い、血塗れになりながら、それでも魔術王に一矢報いてみせた。

 そして、立香とマシュの命を盾に宝具の解除を迫られ、それを飲み、呪いを受けた。

 

 「少し、休んでいてください。必ず私達が勝ちますから。」

 

 もう頼ってばかりではいられない。

 眠り続ける姉に、静かにマシュは誓いを立てた。

 それが人類史上屈指の難題であっても、必ず果たすと。

 その果てに、自身も姉も生きてはいないと知りながら。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 立香がトレーニングルームを後にする。

 全身汗だくになる程に、普通の人間には過酷なトレーニングを一日も欠かさず行う。

 今も身体が重く、節々が痛い。

 しかし、確かに少しづつだが筋肉がついていると実感する。

 だが、それでは余りにも遅すぎる。

 絶対に彼女に、彼女達に、カルデアの人々に報いなければならない。

 その責務のために、慕っていた少女の一人のために、今の立香はまともに休んですらいなかった。

 

 「おやおやぁ?随分と酷い顔じゃぁないですかぁぁぁ?」

 

 そこに道化師の様な特徴的な衣装とメイク、そして余りに長い鋏を持った男、メフィストフェレスが現れた。

 黒髭を抑え、カルデアで最も信用してはならない男性サーヴァントTOPに位置する男の登場に、マスターである立香は露骨に顔を顰めた。

 

 「ごめん、今は余裕ないんだ。後にしてくれる?」

 「まぁまぁマスター、そんな急がず慌てずに。別に貴方が今何をしたって、あの復讐者のお嬢さんは起きないですから、ほんの少しだけ私に構ってくれてもよろしいでしょう?」

 

 その人を小馬鹿にした態度にグッと怒りを我慢しながら、立香は努めて冷静になろうと努力した。

 

 「…分かった。手短にお願い。」

 「えぇえぇ、構いませんとも。直ぐに終わりますから。」

 

 ニタニタと、まるで、否、立香が苦悩しながら足掻く姿が本当に楽しくて仕方ないと態度で示しながら話を始めた。

 

 「マスター、貴方はあの復讐者のお嬢さんがどうして貴方の事をマスターと呼ばないか知ってます?」

 「…え?」

 

 それは、自分も疑問に思っていた事だった。

 ただ、自分がサドゥに訊ねた時は「立香は立香だから、だよ」と返されただけだった。

 それ以来、訊く機会もなかったのでずっとそのままだった。

 

 「あのお嬢さんに気になって以前訊いてみたんですよぉ」

 

 それを

 

「何故マスターと呼ばないのかって。」

 

 その先を

 

「そしたら彼女、なんて言ったか分かりますか?」

 

 聞いてはいけない気がした。

 

 

 

「『これ以上、立香の負担を増やしちゃいけないから』って。健気ですねぇ~!」

 

 

 

 ………

 ……………

 ……………………

 

 

 

 気づけば、立香は自室のベッドの上だった。

 何処をどう辿って来たのか、一切の記憶がない。

 ただ、メフィストフェレスの言葉だけは消えずに残っていた。

 

 『これ以上、立香の負担を増やしちゃいけないから』

 

 あの控えめだけど自らを省みない少女は、いつもの様な困った笑顔で、そんな事を言っていたのだろう。

 このカルデアでは、最後のマスターである自分に多大な負担がかかっている。

 勿論、残されたカルデア職員ら全員にもその双肩に人類そのものの重さがかかっているのだが、立香のそれは一等に割合が多い。

 サーヴァント達ですらそれを少しでも軽くしようと指示に従ってくれたり、指導してくれたりするが、結局はその立場から負担を肩代わりする事は出来ない。

 そして、マシュと言う立香へ大きくも無垢な信頼を向けてくる者がいる以上、立香は常にその重すぎる使命を意識しなければならない。

 そのマシュと同じ立場と生まれで、自分だって何かに縋りたいだろうサドゥはしかし、自分達を気遣いながら、唯一人で自身の意思を胸に歩んでいたのだ。

 

 「ッ、ぐ、ぅぅぅぅぅぅ…ッ!!」

 

 誰もいない自室で、袖で目元を隠しながら嗚咽を漏らす。

 もう二度と、この旅の間は無様は晒さない。

 だから、だから、今この時だけは 

 

 「ぜっだいに、かづッ!」

 

 どうか許してほしいと、未だ眠り続ける彼女に願った。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 「フンフフンフ~ン♪ 仕込みは上々、って所ですかね~?」

 

 「現在の入居者数はほぼ満杯。だって言うのにまだまだ増加中!これは増築すべきですかね~?」

 

 「ですがまぁ。これ以上はどうやっても工期が間に合わないので、良い感じに揺れてくれたマスター殿に頑張って貰いましょうかねぇ。」

 

 「あぁ!マスターの願いを叶える手伝いをするなんて、私なんて主思いのサーヴァントなんでしょう!フフ、フヒィーヒヒヒヒヒヒヒヒ!」

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 ( ˘ω˘)スヤァ

 “おーい起きろー。ヤベー事になってんぞー。”

 ( ˘ω˘)zzZ

 “はぁ…マスター、早く来てくれー。手遅れになっても知らんぞー。ったく。”

 

 

 

 

 

 

 

 

 




このメッフィーは立香と話した時点で既にオガワハイムへのお誘いを終わらせてた悪メッフィーの一体です。

なお、他の描写のない鯖連中は息抜きにオガワハイムに行くか(そして殆どが悪墜する)、又は落ち込んでるマスターやカルデア職員を励まそうと頑張ってます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その10 オガワハイム前編

 

 

 ロンドンから帰還して丁度8日目

 その日、唐突にカルデア全域に警報が鳴り響いた。

 だが、同時に発生した施設内の監視機器に対する爆破工作により、犯人の姿は一切捕えられずにレイシフトによる逃走を許してしまった。

 被害確認後、医務室にて治療されていた筈のサドゥ・キリエライトの姿が無い事から、犯人に誘拐されたと思われる。

 犯人は新たに観測された特異点に逃げ込んだものと思われ、カルデアはその戦力で以て追跡及び人質の奪還作戦を発令した。

 だが、サーヴァントらの一部が行方不明となっている事が判明し、特異点の探索にて両作戦を並行して行う事となる。

 そして、観測された特異点は現代の日本の、とあるマンションだった。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 現代の日本と言う事で、マスターである立香には馴染みの場所ではあるが、それ以上に彼の中ではサドゥの事が気にかかり、それ所ではなかった。

 それはサドゥの妹であるマシュもそうだったが、特異点について早々に亡霊に遭遇し、それ所ではなかった。

 そして、亡霊達を撃破した後に出会ったのは、着物に赤の革ジャンを着た一風変わった女性だった。

 一見日本人の彼女はアサシンのサーヴァント、それも直死の魔眼と言う神代でも屈指の代物を宿していた。

 一時はあわや敵対するかと言うタイミングで、フォウさんの絶妙なタイミングにより、彼女はカルデア一行と協力してくれる事となった。

 カルデア一行も普段よりもサーヴァントが減っているため、この場を知る彼女の案内の下で先に進む事となった。

 

 そして遭遇するのは己の負の側面に呑まれ、反転状態となった行方不明となっていたサーヴァント達だった。

 弁慶、ブーディカ、エリザベート等、生前に無念を残して死んでいった者達。

 それでも普段はそれを欠片も見せない彼らがそんな醜態を晒したのは、このマンションにこそ原因があった。

 オガワハイムと言う名のこのマンションは、嘗て一人の魔術師が死を蒐集し、太極を再現し、根源へと至ろうと試みた場所だった。

 その目論見は潰え、歴史の闇に消える筈の場所だった此処を、何者かが掘り出し、特異点へと成さしめた。

 それを成した者の見当を付けながら、カルデア一行は次々に各部屋に封じられたサーヴァント達を解放していき、途中でサドゥを攫ってきたという悪メフィを血祭に上げつつ、漸く黒幕のいる屋上へと辿り着いた。

 

 そこにいたのは、一体の黒く霞がかったサーヴァントと巨大な怨霊の集合体だった。

 

 怨霊の集合体は幾度倒そうが、蘇る度に強大になり、更には唯そこにいるだけで周囲から怨念を引き寄せ、拡大していくと言う。

 だが、人のスケールでは測れない存在でも、式の直死の魔眼では殺せない訳ではなかった。

 この特異点の柱となる怨霊が死ねば、後はサーヴァント、否、幻影だけだった。

 そして、その幻影であっても、式には殺せぬ筈がない。

 褒美とでも言う様に、影の男は消えながらも律儀に問いに返答してくれた。

 曰く、魔術王の仕事を断った。

 曰く、魔術王は人に対して怨念を持っていない。

 どれも驚きの事実だったが、今はそれよりも優先すべき事があった。

 

 「待て!お前は何者で、サドゥは何処にいるんだ!!」

 

 その問いをするために、立香は此処に来たと言っても良い。

 例え人理に影響しないとしても、そこにたった一人でも仲間がいるのなら助け出す。

 そのためだけに、彼は此処まで来たのだ。

 

 「答える義理は無いが…まぁ良い。」

 

 何処か呆れつつも穏やかな気配で、影の男は消えながらも口を開いた。

 

「あの娘なら、確かにこのビルの何処かにいる。だが気を付けろ。間もなくアレは溢れ出し、この穴に満ちるだろう。オレに関しては…」

 

そこで意地悪げにニヤリと笑いながら…

 

「“――待て。しかして希望せよ”…とだけ言わせてもらおう。」

 

 それだけを言い残して、夜明け前の空に消えていった。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 「やっぱ此処だよな。」

 「エレベーター…ですよね。」

 

 そして此処に戻って来た。

 行きの時は何もない虚空ばかりが広がるだけのソレは、しかし今はどす黒い瘴気が漏れ出ている様に感じられる。

 

 「おいマスター。入ったら絶対にマシュやオレ達から離れるんじゃないぞ。死ぬぞ。」

 

 言葉少なに警告する式に、この場所のヤバさが伝わる。

 この不器用な女性が本気で警戒する程に、この場所は危険なのだ。

 

 「一応魔除けのアゾット剣を渡しておく。いざという時は使え。使い方はメディアから聞いてるな?」

 

 エミヤから念入りに投影されたアゾット剣を渡される。

 宝具ではないが、それでも結構な礼装らしく、身体に感じていた重圧が軽減された気がした。

 

 「よし、じゃ「あー待った待った。ちょいと待ってくれよー。」ッ!?」

 

 不意に、エレベーターの闇の中から、一人のサーヴァントが出てきた。

 その気配は先程の影程ではないが薄く、ステータスも軒並みEと言う雑魚ぶりに逆に訝しみつつ、全員が何時でも動けるように構えた。

 

 「そんな警戒しなくても、この最弱英霊アヴェンジャー、あんたらにゃ何も出来ないさ。」

 「話は何だ?真っ黒々助」

 

 自称最弱英霊アヴェンジャーは、一部の隙も無く真っ黒だった。

 エレベーターの先の闇の様に、一切の色を黒で塗りつぶし、白目の部分位しか他の色が無い。

 その男は何処か軽薄だが、それでも割と必死そうに身振り手振りを交えながら話し始めた。

 

 「こっから先は正規の英雄様は厳禁だ。一瞬で汚染されて反転させられるぞ。」

 「それは、この建物に閉じ込められたサーヴァントの様にですか?」

 

 マシュが思い当たる事例を出す。

 ブーディカらの豹変は、普段の彼らを知っている者達からすれば、かなり衝撃的なものだった。

 

 「あーちゃうちゃう。あの程度じゃねーんだ。そっちにいる青い騎士王様が冬木みたいに黒くなるって言えば分かるか?」

 

 オガワハイムに捕らわれたサーヴァントは、あくまで属性はそのままに普段は抑えている負の感情が表出したものだった。

 だが、此処から先は違う。

 曰く、「泥」に匹敵する程の呪詛が空間に満ち、立ち入れば耐性のないサーヴァントでは最奥まで辿り着く事は出来ない。

 

 「マスター、どうしましょう?」

 「そっちの盾のお嬢ちゃんなら…まぁ大丈夫だろ。元々こーいうのに強いんだし。」

 

 と言う事は、マスターも一応は大丈夫だろう。

 無論、長居すればどうなるかは分からない。

 

 「良いのマスター?こんな怪しいの信用して。」

 「でも、先程から嘘は言っていませんわ。取り敢えずは大丈夫ではないでしょうか?」

 

 ドラゴン娘コンビの言葉に黙って頷く。

 この黒い最弱英霊は色々と怪しい。

 だが、心当たりがある相手でもあった。

 

 「君は、サドゥに力を貸してくれている英霊だよね。いつもありがとう。」

 「お、流石にバレたか。まぁ弱いんだけどネ!」

 

 キヒヒヒと、皮肉げに笑う姿はサドゥとは似ても似つかない。

 だが、自分は弱いからと謙遜する所は何処か似ていた。

 

 「じゃぁ入ろうか。」

 「応。案内はしてやるよ…でもな、最後に忠告だ。」

 

 先行しようと背を向けたアヴェンジャーが振り返り、立香の目を覗き込む様に、その暗黒の様な瞳を近づけてくる。

 

 「何を見ても、何を聞いても、何があっても、挫けるな。じゃねーと戻ってこれなくなるからな。」

 

 んじゃ先行くぜ。

 そう言って手をヒラヒラと振りながら、アベンジャーはエレベーターへと入っていった。

 

 「行こう、マシュ。皆と一緒に帰るために。」

 「はい、マスター!マシュ・キリエライト、突入します!」

 

 そして、立香も反英雄のサーヴァントとマシュを連れながら突入した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




サドゥ「( ˘ω˘)スヤァ」

サドゥ は ちからを ためている!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その11 オガワハイム中編

長くなったので分割して投稿です。


 エレベーターシャフトの中を落ちる、墜ちる、堕ちる。

 その中に物理的な距離は無い。

 それもそうだ。

 既にこの世界、特異点そのものが物理法則に囚われてないのだから。

 

 『ダメだ!これ以上は情報支援が出来ない!今すぐ戻るんだ!そのままじゃ意味消失、君達が消えてしまうぞ!』

 

 落下中、辛うじて聞こえたDr.ロマンの声に、しかし、返答する事が出来ない。

 口を開けばこの場を満たす濃密な呪詛と魔力に心身を犯されると分かるからだ。

 マシュ、と。

 口に出さず、ただ隣にいてくれる少女の手を握る。

 ぎゅ、と握り返される。

 顔は揺るがず、ただこの虚無の底を見据えてオチていった。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 お前が悪だ、と告げられた。

 

 極普通の人間だった。

 極普通の暮らしだった。

 だが、その村の人々の暮らしは貧しかった。

 だから、村人達は理由を欲した。

 自分達という善を脅かす悪を、物事が上手くいかない元凶を、無条件に貶められる生贄の存在を。

 ただ無作為に、彼は選ばれてしまった。

 

 最初に右目を抉り取られた。

 次に念入りに舌を千切られた。

 その次は腐った枝で丁寧に喉を貫かれた。

 更に手足は指先から粉々に砕かれ、瞼を固定された上で岩屋に繋がれた。

 聞こえるのは風の音と罵声だけ。

 芋虫の様に身動ぎするだけで、心臓だけが動き、生きている。

 呪いあれ、呪いあれ。

 この世全ての悪、この世全ての悪。

 我々の暮らしが良くならないのはお前のせいだ。

 我らのあらゆる不幸は貴様のせいだ。

 私達に幸せが来ないのはお前がいるからだ。

 生存を、存在を、ありとあらゆるを否定されて憎しみだけがその身に詰められ…

 

 

 「おっと。そっちは違うぞ。こっちだこっち。」

 

 

 不意に、凄惨な光景にも関わらず、陽気だが気遣いを感じられる声が響いた。

 

 「オレの過去なんて面白くもない。とっととお目当てに行くぞ。」

 

 そして、思い出す。

 この手に握った感覚を、あの日に立てた誓いを、彼女の存在を。

 

 「そうだ。それで良い。奇跡を起こすのは、何時だって生きた人間の特権なんだ。」

 

 藤丸立香の意識が覚醒する。

 マシュ・キリエライトの認識が戻る。

 そして、二人は漸くこの空間を認識した。

 黒い、何もない地平線。

 そこに3人は立っていた。

 

 「あそこだ。あの光の先に、アイツはいる。」

 

 黒い影、アヴェンジャーの指さす先に、小さな光点が一つあった。

 本当に僅かな、しかし確かに存在する光。

 それは今にも消えてしまいそうな程に儚かった。

 

 「今のアイツは魔術王の呪いで眠っちゃいるが、それも絶対じゃない。この特異点に溜めこまれた怨念を吸収して、今にもそれを破ろうとしている。」

 

 まぁ、そのために此処に来たんだがな、と零すアヴェンジャーに、立香は小さく頬を緩ませる。

 やっぱり素直じゃないだけで、面倒見がすごく良い。

 

 「今ならちょっとの刺激で…そうだな、  した後に令呪でも使えば起きるぜ?その後はとっととこの特異点から抜け出す事をお勧めするぜ。」

 

 告げられた内容に若干赤面しつつ、他の方法が無いか問うが、良い笑顔で「無い!」と告げられた。

 うわぁぶん殴りたい。

 

 「一応ありがとう、アヴェンジャー。サドゥの中からでも、これからもよろしく。出来ればカルデアに直に召喚されてほしいな。そして殴らせて。」

 「クヒヒ!後はあそこを目指して駆け抜けな。オレは何とか此処が崩れないようにしとくから、早く行ってあの寝坊助を起こして来い。」

 「分かった。行ってくる」

 

 立香の力強い頷きに、アヴェンジャーはニッと嗤う。

 

 「気を付けろよ。アイツの頑固さは筋金入りだ。下手すると、あのボクサー女よりもな。」

 

 そんな可笑しな声援を背に、

 

 「行こう、マシュ。」

 「はい、先輩!」

 

 二人は光に向けて駆け抜けた。

 

 「仲の良いこって。」

 

 その背をアヴェンジャーは眩しそうに見つめていた。

 元より、人の悪性から生まれ、それを認めながらも、人の善性こそ愛する彼は、あの少年と少女を好ましく思っていた。

 

 「さて、もう一仕事位しますかねぇ。」

 

 振り向けば、そこには虚無の中からこちらを見つめる無数の眼光が見えた。

 どれもが赤く、怒りに満ちた獣のそれだ。

 それらは全て、元は彼の宝具だった。

 無限の残骸、アンリミテッド・レイズ・デッド。

 だが、その支配権は今のアヴェンジャーには無い。

 

 「ったく、お前らもオレなんだから、もう少し融通効かせろよな。」

 

 ―――カナエロ、カナエロ、カナエロ―――

 

 「はぁ…そんな所まで再現せずともよいだろに。」

 

 他の特異点とは更に異なる、人類史に空いた穴。

 本来在り得なかった、或は記録されなかった、人類史の可能性の坩堝。

 その柱が壊れ、そこに一人の少女が丁度良い形をしていたが故に嵌まってしまった。

 そして、存在するからには自身の存在目的を果たそうとするのがこの獣達だ。

 これらはそういう者であり、そう在れと願われたが故に。

 結果がこの絶望的な状況だ。

 

 「とは言え、一夜にも満たない馬鹿騒ぎだ。」

 

 ―――ネガエ、ネガエ、ネガエ―――

 

 「時間稼ぎ位はしねぇとな!」

 

 その両手に歪な双剣を呼び出して、彼は一切の躊躇なくスキルを発動させる。

 死滅願望。

 自らの死滅と引き換えに、自身のステータスを上昇させ、最後の数秒には上位のサーヴァントにすら肉薄できる性能を得られる。

 

 「幸い、アイツのお蔭で小技が増えたからな。色々出来るぜ!」

 

 飛び掛かってきた獣に向け、投影した右歯噛咬と左歯噛咬を次々と投擲する。

 

 「ドッカーンてな!」

 

 直後に発生した壊れた幻想によって巻き起こる盛大な爆発を皮切りに、この特異点最後の戦闘が始まった。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 そこは祭壇だった。

 場所は多少変質しているが、冬木で黒い騎士王と戦った場所だった。

 超抜級の魔力炉心たる大聖杯。

 それがあった場所に、暗黒の太陽から流れ出る黒い汚泥の滝が存在していた。

 

 「姉さん!?」

 

 マシュの叫び。

 それが示すのは滝の直上、暗黒の太陽の中で胎児の様に身体を丸めて眠り続けるサドゥの姿だった。

 

 「マシュ、ストップ!」

 「くぅ!」

 

 立香の声に飛び出さんとしたマシュが急制動を掛ける。

 見れば、周囲では太陽から零れ落ちた泥が水溜まりになっており、不用意に踏み込めば僅かとは言え触れてしまうであろう状況だった。

 アレに触れるのは不味い。

 直感的にそれが解った二人は、直ぐにこの場で打てる最善策を模索する。

 だが、

 

 「「ッ!?」」

 

 その前に、周囲の空間を満たす泥が、二人に襲い掛かった。

 

 「く、ダメ!止められません!」

 

 立香を庇う様に前に立つマシュが咄嗟に魔力防御を行うが、その顔は苦渋一色だ。

 例え宝具を用いて一方向からは防ぎ切っても、この空間の全方位から襲い来る泥に対処する事は出来ない。

 

 「マシュ!」

 「先輩!」

 

 また二人は離れないように手を繋ぎ、泥の海へと飲み込まれた。

 

 

 

 

 




まだ続くんじゃよ


サドゥ「( ˘ω˘)……」

サドゥは ねむりが あさくなっている!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その12 オガワハイム後編

うむむ…ちょっと駆け足だったかな?
もう少し救い成分を抑えるべきだと思ったけど、FGO主人公ならこれ位やりだと思った次第。


 

 

 『これより第一回英霊降臨実験を始める。』

 

 白衣の人間達が逆光の中、こちらを見つめている。

 動く事も出来ず、思考すらも覚束ない。

 そもそも、それをするための知識も経験も無い。

 何せ、彼女は先程胎にあたる機械の中から排出されたばかりなのだから。

 

 『今回の実験はアインツベルンのホムンクルスより蒐集した技術を採用して開発した実験用デザインベビーの現時点における限界を図るためでもある。以後の実験へのデータ収集のため、麻酔は行わず、綿密なデータの収集を優先する。』

 

 そして実験は始まった。

 何も知らぬ、名すら存在しない無垢な彼女の魂と魄はその実験で以て砕かれた。

 全身の魔術回路の最大出力、限界強度を調べるため、無理に励起された魔術回路に過剰な魔力が流され、肉体が内側からズタズタにされた。

 英霊を降ろす器とするため、唯でさえ生まれたばかりで脆弱な第3要素の過半を礼装で吸出し、英霊の燃料へと変換できる様にした。

 そんな物理的な苦痛よりも遥かに悍ましく、唾棄すべき所業が次々と行われ、英霊を降ろす器としてのみ、彼女は最適化されていく。

そんな真似をしておきながら、しかし白衣の人間達は得られるデータに色めき立ち、記録していくだけ。

 彼女を助ける者は、一人もいなかった。

 

 『これより実験の第二段階、英霊召喚を行う。』

 

 彼女の体は固定された手術台ごと、床に刻まれた召喚陣の上へと移動させられた。

 

 『素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。 手向けるは人理の贄。 降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。』

 

『閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する』

 

『―――――Anfang』

 

『――――――告げる』

 

『――――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。』

 

『誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。』

 

 『汝3大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――!』

 

 凡そ、条件だけならその時点では最上の状態で整えられたであろう、英霊召喚の儀式。

 だが、それで英霊が降りてくる事は無かった。

 それもそうだ。

 人理を守ろうという高潔な英霊が、生贄を捧げられて喜ぶ筈もない。

 そもそも、始まりの時点で破綻していたからだ。

 そして、反英霊の類が召喚されるのには、召喚者の人理を守らんとする意思が硬すぎた。

 結果として、英霊の召喚は失敗した。

 呼び出されたのは、亡霊にすらなり切れない、此処とは異なる世界の脆弱な魂だったのだから。

 

 呪文が終わっても変わらず激痛を訴える身体を抱えて、生まれたばかりの彼女は思う。

 どうして、自分はこんなに苦しいのだろうか?と。

 その声なき声に、呼び出されてしまった魂が応えた。

 それは、きっと君が悪い事をしてしまったからだろう、と。

 それはどう考えても可笑しな話だった。

 彼女は生まれたばかりなのに、どうしてだろうか?と。

 それに魂は頷く。

 自分も悪い事をしないようにしてきたが、結局悪い事ばかりが起きた、と。

 だからもう悪い事に会わない様に死んだのだ、とも。

 彼女は自分は何も知らないのが悪いのだろうか、と問うた。

 魂は分からないと返した。

 なら、貴方の知識があれば分かるだろうか?と、その問いに魂はもしかしたら…とだけ返した。

 彼女の魂魄は既に意識があるのがおかしな程にボロボロで、呼び出された魂も世界の壁を超えた故にボロボロで、どちらも間もなく消えていくだろう。

 何も知らぬまま、何も成さないまま、何も残らぬまま。

 

 だからこそ、彼女と彼は一つの行動を選んだ。

 

 魂も彼女もこのままでは消えていく。

 彼女は何も知らず、魂は少しだけ知っている。

 であれば、取るべきは一つだった。

 魂は言う。

 自分と自分の知識を君にあげよう。

 無論拒んでも構わない、君の選択だから。

 彼女は言う。

 私はもう少し生きてみたい。

 どうして私がこんなに苦しいのか知りたいから。

 

 そして、二人は欠けて崩れさる寸前の互いの魂を重ね合わせた。

 

 それは魔術の深奥を知る者であっても、決して取らないであろう手段だった。

 そんな事をすれば互いに魂が消るだけで、良くても自我の崩壊は必至だからだ。

 死徒の様な血液を介して命と魂を食らう化生、熟練の魔術師の様な魂への理解を深めた者なら兎も角として、その行いは間違いなく自殺行為だった。

 だが、どちらもが互いに溶けあう事に同意し、どちらもが欠けていたが故に、二つの魂は更に砕け、崩れ、欠けながらも一つの魂として新生した。

 

 そして、“彼女”は生まれた。

 

 だが、待っていたのは実験の日々だった。

 英霊召喚による人理修復のための戦力を安定して確保するための膨大なトライ&エラー。

 それによる閃光と苦痛が繰り返される日々。

 唯でさえ混じり合って不安定だった魂は、内に招かれた復讐者の存在によって、余計に負の方向に傾いていく。

 多くの妹弟達が産声ではなく断末魔を上げながら死んでいくのに対し、彼女だけは普通よりも大きな魂と苦痛への高い耐性を持つ英霊を宿したが故に、最初期の頃から生き残り続けた。

 その英霊が彼女が狂わない様に、ずっと彼なりに接し続けたのもあるのだろうが、結果として、彼女は最初期の実験体でありながらも生き残ってしまった。

 

彼女はずっと考えていた。

 どうして自分達が苦しまなければならないのか?

 どうして自分達は幸福ではないのか?

 どうして自分達の苦しみはずっと続いたのか?

 答えは、彼女の知識の中にあった。

 それは、自分達が善性の存在ではなかったからだ、と。

 善ではない、悪であるから貶められる。

 正しくない、間違いであるから否定される。

 潔癖ではない、罪を犯した者だから裁かれる。

 それは、どうしようもなく間違った自省であった。

 要は、自分が悪いから苦痛を味わうのだと結論したのだ。

 だが、自分が何か悪い事をした覚えはない。

 なら、存在そのものが悪なのだ。

 それを証明する様に、自身には悪神の名を付けられた亡霊が巣食っている。

 ほら、これ以上ない証明だ。

 そして、存在そのものが罪なら、今後これからも苦痛が続いていくだろう。

 なら、最早死ぬしかない。

 この苦痛から逃れるには死ぬしかない。

 しかし、簡単にそれをする事は出来ない。

 唯一の血縁である自分に縋ってくる妹、自身を助けたいと願うカルデアの人達。

 方向性は違っても、どちらも善良な人々に違いはない。

 彼らを傷つける事は罪、悪だ。

 これ以上の罪、これ以上の苦痛はいらない。

 なら、善良な人々が悲しまない様に、最低でも迷惑にならないように死ななければならない。

 どんなに苦しくても、痛くても、悲しくても、生きている限り続く苦痛よりはマシだと思ったから、彼女は死を決意した。

出来上がったのは嘗ての問いも忘れ、二人から成った自分を一人と思い、ただ苦痛からの解放を、死を切実に望みながら、人の善性を信じて彷徨う者。

 

 

 彼女の名は自嘲と唯一生き残った妹との繋がり、妹自身の幸福を願って付けられた。

最後の晩餐にて、13番目の席に座る裏切者のユダの名のアナグラム。

その名は、サドゥ・キリエライトと言った。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 ―――ネ―――

 

 声が聞こえる。

 音も熱も光も感触も上下すらも無いのに、声だけが聞こえる。

 

 ―――ネ―――

 

 此処は何処なのか?

今は何時なのか?

自分は誰だったか?

 今見た凄惨な光景は何だったのだろうか?

 

 ――シネ――

 

 助けたかった。

 幸せになって欲しかった。

 でも、彼女こそがこの世で最もそれを求めていない。

 幸福よりも、不幸の断絶こそを求めたサドゥに、自分は一体何をすべきなのか?

 

 ―――死ね―――

 

 否、そもそも自分が成そうとしている人理修復とて、本当に生を望んでいる人は一体どれだけいるのか?

 所長はきっと生きたかっただろう。

 フランスの、ローマの人達も生きたかっただろう。

 だが、自殺大国なんて呼ばれる現代の日本で、本当に心の底から生きたいと願っている人は何人いるのか?

 

 ―――死ね死ね死ね死ね死ね―――

 

 魔術王の言葉には、確かに一理があった。

 全ての人間に該当する訳ではない。

 だがしかし、その数が人類の過半数に上るのなら…自分が人理を修復すると言うのは、そんな人々の願いを……、

 

―――死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね…―――

 

 呪いの声が、聞こえてくる。

 折れかけた心では、その重圧に抗う事すら思いつかない。

憤怒の、色欲の、嫉妬の、怠惰の、傲慢の、強欲の、あらゆる悪意と殺意の海に沈んで…

 

 ―――…こっちに来ちゃ、ダメだよ…―――

 

 優しく誰かに押し上げられた気がした。

 途端、呪いの声は薄れていき、今まで聞こえなかった声が聞こえてきた。

 

 「マスター!先輩!しっかりして!目を覚ましてください!」

 「ッ、投影、開始!」

 「ぬわー!?もうこれ無理じゃろー!やっぱ聖杯なんて爆弾にするしか使い道無いんじゃー!」

 「つべこべ言わずに撃ちやがれ!って、マスターが起きたぞ!」

 

 目を開ければ、仲間達が必死に自分を守っていた。

 目の前ではマシュが必死に涙を堪えようとして失敗しながら、必死に自分に声をかけていた。

 その周囲では自分を守るために、仲間達が死力を尽くして大量の泥を近づかせまいと防戦していた。

 

 「ダーリン!なんか私、胸がドキドキするの!これって…」

 「ただの息切れだよおバカ!アホな事言ってないで弾幕絶やすなぁ!」

 

 うん、追い詰められてるけどいつも通りで安心した。

 

 「うへぇ…嫌な夢だった。」

 「先輩…先輩…!」

 

 涙目で抱き着いてくるマシュを抱き締め返し、頭を撫でる。

 この子も見たのだ、唯一の家族の闇を。

 その衝撃は長く身近にいた分、きっと自分よりも大きい。

 

 「私…私…姉さんがあんな事を思ってたなんて知らなくて…っ。」

 「仕方ないよ。ボクもマシュも、人生経験なんて殆どないんだから。」

 

 自分とマシュは所詮は五十歩百歩。

 己の人生を歩き切った英霊達や人理修復に寿命を擦り減らす勢いで挑んでいるカルデアの人達とは違うのだ。

 気づかなくても仕方ない。

 

 「でもね、マシュ。まだボク達は間に合うんだ。」

 「え…?」

 「サドゥはまだ生きてる。今にも死にたいと思っていても、それは彼女が不幸だと思ってるからだ。だから…」

 「だから、姉さんは…。」

 「うん、だからさ…」

 

 マシュには衝撃だった。

 あの自分よりも儚い姉が、心底自分自身の死を求めていた事が。

 自分が絶対的な悪であると、そう認識していた事が。

 

 「ボク達で、サドゥの間違いを正そう。」

 「先輩、それは…。」

 

 姉は求めていない、と言い掛ける。

 それを立香は笑いながら告げた。

 

 「いいかいマシュ。君は妹で、ボクは彼女のマスターだ。なら、間違ってるなら間違っていると言わないと。その上で彼女に『生きていなければ勿体ない』と思える程の幸福を味わってもらえば良い。ボクとマシュが、サドゥを幸せにするんだ。」

 「私と、先輩が…?」

 

 何処か勢いで押し切りながらも、立香は今はそれが正しいと考えた。

 

 「そ。序でにボクとマシュも幸せになれば、結局は皆幸せだろ?そんな感じで良いんだよ。」

 

 元より、自分1人で幸福になろうとするのは難しい。

 無論、先程まで見ていた光景は未だ脳裏に焼き付いている。

 あれがサドゥの起源にして、今の彼女を構成するもの。

 その内容に思う所が無い訳ではない。

 要は苦痛から逃れたい。

 そのために確実に逃げられる死を求めた。

 だが、サドゥ自身が目を反らしているが、それは間違いだ。

 生ある限り苦痛は消えず、しかし生ある限り幸福を感じる事が出来る。

 だから…

 

 「マシュ、おはよう。これからお寝坊娘を叩き起こすけど、先頭頼める?」

 「っ、はい!マシュ・キリエライト、突貫します!」

 「じゃぁマシュ、宝具を展開しながら突撃だ!他の皆は正面以外からの泥を止めて!必要だと思ったら正面への援護もお願い!」

 「「「「「了解!」」」」」

 

 だから、今から君を起こして、色々言わせてもらおう。

 怒りも悲しみも、感謝も喜びも、君に伝えたい言葉が沢山あるのだから。

 ただ一度の敗北で、全てを投げ出せる程、ボクは潔くなんてないのだから。

 

 「行きます!仮想宝具 疑似展開/人理の礎!」

 

 マシュの正面に対城宝具すら凌いでみせた魔力障壁が展開される。

 その展開を維持したまま、マスターと共に冬木の時と同じ様に共に盾を支えながら、正面に見える泥の滝へと突き進む。

 

 「ああああああああああああああ―――ッ!」

 

 気合の声と共に、その障壁が前進する。

 泥を弾き、決して後には通さない。

 そして、脇や後ろから来る泥は、後続のサーヴァント達が張る弾幕と遊撃によって対応されていく。

 

 「マスター!敵増援を視認しました!指示を!」

 「強行突破!後続は火力支援よろしく!」

 

 ゆらりと、泥が終結し、奇妙な人型へと変異していく。

 その大きさは優に5mはあるだろう。

 そのサイズから来る質量なら、恐らくこちらを抑え込む程度は出来る。

 だが、此処で足を止める事は自殺に等しい。

 それは出来ない。

 なら、突き進むしか道はない。

 

 「偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)!」

 「これが魔王の三千世界じゃ!」

 

 直後、迫っていた影の巨人達が宝具と宝具級の投影品によって蹴散らされた。

 念話で感謝を伝えつつ、残った泥を振り払いながら、遂に二人は滝の真下にまでやって来た。

 

 「マシュ!」

 「はい!」

 

 宝具による突撃と制圧射撃による、一時的な空白地帯。

 そこで、人類最後のマスターはにっこりと笑顔で自分の隣の少女へと告げた。

 

 「ボクをサドゥの所までブン投げろ!」

 「は…えぇぇ!?」

 「ほら早く早く!」

 

 しかし、問答の時間すら勿体無い。

 無尽蔵に怨霊を集める泥達相手では、如何なカルデアのサーヴァント達と言えども物量に圧され、何れ潰される。

 だからその前に目的を達成してオサラバする必要がある。

 

 「~~~もう!後で酷いですからね!」

 「アーイキャーン…」

 

 マシュは立香を盾の上に、まるで投石機の様に設置すると、ぐっと手足をたわめて…

 

 「行ってらっしゃーい!」

 「フラ―――――――イ!」

 

 勢いよく、黒い太陽へ向けて打ち出した。

 

 (ちょ、思ったより、きつ…!)

 

 風圧と慣性によって意識がブラックアウトしかけながら、それでも瞬間強化を自分にかける事で辛うじて意識を保つ事に成功する。

 グングンと、ほぼ一瞬で黒い太陽と同じ高さまで上がり、未だに身体を丸めて目を覚まさないサドゥに掴まって身体を保持する。

 意外と細いのに柔らかいとか、良い匂いがするとか、髪の毛がサラサラだとかどうでもよい思考を頭の隅に追いやりながら、辛うじて頭をサドゥの顔の正面に持ってくる。

 こうして見ると本当にマシュと似ており、髪の色を黒にして、マシュをより細面にして、大人びた雰囲気を纏わせたのならこうなるのだろう。

 だが、今はそれは優先すべき事ではない。

 

 「サドゥ、先に謝っておくね。ごめん。」

 

 一瞬だけ呼吸を整え、一息に少し薄めの唇に、自身のそれを触れさせた。

 

 「ん…ん、ふ…。」

 

 剰え、その唇に自身のそれを更に押し付け、僅かに開いていた歯の隙間から舌まで入れて絡ませる。

 反射的に漏れ出た甘い声に大変な興奮を覚えながら、それでもやるべき事は忘れない。

 

 『今ならちょっとの刺激で…そうだな、キスした後に令呪でも使えば起きるぜ?』

 

 先程のアヴェンジャーの言葉は真実だ。

 要は断絶状態のパスをまた繋ぎ、令呪の強制力によって覚醒させる。

 僅かなりとも体液を介さないと再契約できない自分の未熟に恥じ入りつつも、これはこれでOK!と内心で小躍りする。

 まぁ後で泣かれるか制裁されるかは兎も角として、仕上げはこれで終わった。

 

 「令呪を以て告げる…。」

 

 右手の令呪、その一番外側の一角が輝き、高密度の魔力となって駆け巡る。

 

 「起きろ、サドゥ―――!!」

 「…!!」

 

 令呪による強制力を伴った言霊に、サドゥの目が薄くだが開かれる。

 次いで驚愕に開かれるのは、マシュと同じ藤色の特徴的な瞳。

 そして、その背後で黒い太陽が不吉に泡立つ。

 

 「着地よろしく!」

 「…、っ!」

 

 ベルトに差し込んでいたアゾット剣を引き抜き、黒い太陽に投げ入れる。

 直後、一瞬の浮遊感の後に視界が一気に上へとずれていく。

 間を置かず、上方でアゾット剣が爆発し、黒い太陽から悲鳴にも似た音が響いてくる。

 ただ一人、一緒に落ちていくサドゥの姿は墜落の前にデミ・サーヴァントの姿となって、立香に負担が行かない様に大切に抱き締めてくれる。

 

 「マスター!姉さん!」

 「お待たせマシュ!」

 

 そして、真下で安全地帯を確保するために奮闘していたサーヴァント達と合流できた。

 

 「…おは、よう…?」

 

 視線を向けられても、何処か驚愕の抜け切らない態度でサドゥは返した。

当然だろう、彼女はずっと眠り続けるつもりだったのだから。

そんな彼女に、立香はにっこりと微笑んだ。

 

 「サドゥ、後で色々話そう。今は脱出が最優先で。」

 「…うん。」

 「姉さんも救出した事ですし。マスター、次の指示を!」

 

 マシュの声に、立香は周囲の状況を観察する。

 既に全方位は泥に塞がれ、頭上の黒い太陽からの泥の流出はゴボゴボと溢れている。

 だが、それ以上にこの空間そのものが罅割れ、崩れ始めていた。

 新たな核であったサドゥが抜けた事で、延命していたこの特異点が今度こそ崩壊が始まったのだ。

 

 「各員、あの太陽に宝具で集中砲火!終わったら全員駆け足で脱出だ!エミヤは令呪使うから固有結界展開して聖剣叩き込んで!式はアレを殺して!」

 「Iam th「令呪で省略!」――永久に遥か黄金の剣!」

 「これが魔王の三千世界じゃ!」

 「いっくよー!月女神の愛矢恋矢!」

 「我が麗しき父への叛逆――ッ!!」

 

 叩き付けられる聖剣の極光、神秘否定の銃撃、月女神の本気の一矢、叛逆の騎士の邪剣の咆哮。

 それらの暴威を叩き付けられながら、しかし黒い太陽は未だ滅ぼされていない。

 単純な火力ではなく、アレを払うにはそういう概念こそが必要なのだ。

 

「式、アレを殺せ!」

 

 だから、令呪の支援を受けて神すら殺す退魔のアサシンが宙を駆け抜ける。

 手が空いていたマシュによる二度目の盾での投擲。

 それにより、対空手段を持たない黒い太陽は

 

 「直死――」

 

 死を刻まれ、

 

 「――死が、オレの前に立つな。」

 

 今度こそ、殺された。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 「おーおー、やりやがったよあの坊主。」

 

 既に光点も消え、上下左右の感覚すら曖昧だった空間で、既に輪郭すらぼやけた状態でソレは笑っていた。

 

 「折れるかと思ったんだがなぁ…あのおバカの方が結局折れたかー。」

 

 いやー予想通りとはいかなかったなぁ、と多分頭を掻きながら一人愚痴る。

 

 「だけどまぁ、これからが正念場だぜ。勢いで助けちまったは良いが、その手の病ってもんは日々の治療が一番大事なんだ。」

 

 パキリパキリと、全てが罅割れていく。

 それでも、影はまだそこにいた。

 

 「まだ次に行く訳にゃいかんからよ。もう少し付き合ってやるさ。」

 

 世界が終わる。

 悪夢が終わる。

 全てが元あった所へ還る。

 この特異点を覆っていた呪いが、ただ一点目掛けて収束、回帰していく。

 

 “んじゃ、アイツの中に戻るかね。”

 

 そして、黒い影も、虚無の空間も、呪いの泥も、皆等しく砕け散り、一つとなって器に収まった。 

 

 

 

 

 

 

 




マシュの心理描写は次回です。


サドゥ「なんか成長した。」 幸運・魔力除いてA、敏捷のみA+

サドゥは ステータスが ぐーんとあがった!

スリーサイズは そのままだ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その13 日常編

日常編(ほのぼのなんてあると思ってるの?編)

前半はマシュ、後半はサドゥです。


 

 

 『…初めまして、2号。』

 

 いつもいつも、自分の先を進んで、振り返って、待っていてくれる人だった。

 

 『…そう、その調子。』

 

 何でも知っていて、とても暖かくて、優しくて。

 姉というのは、こういう者なんだって。

 

 『…マシュは前向きだね。うん、それで良いんだよ。』

 

 些細な事でも褒めてくれて、でも叱らなければならない所は叱って。

 自分のたった一人の姉は、本当に素晴らしい人なんだって。

 

 『…私の名前、決まったよ。サドゥって言うの。』

 

 でも、その名前が自分の分の不幸も背負って、死に行くためのものだなんて思いも寄らなかった。

 生まれて直ぐに、己自身の生に絶望してるなんて、知りもしなかった。

 姉はこんなにも自分を大切にしてくれたのに、自分はその内心を知ろうともしなかった。

 

 『死にたい…。』

 

 そう虚ろな目のまま呟く姉を、自分は見た事が無かった。

 その姿に、心臓が止まりそうになる。

 

 『…苦しみ、たくない…。』

 

 そう思って、前に出る姉。

 冬木で、フランスで、ローマで、ロンドンで、姉は常に前に出ていた。

 その背に、勇気づけられていた。

 内心を知って、悲鳴が喉から飛び出そうになる。

 

 『…きっと、悪い事しか起きないから…。』

 

 人間は生まれた時点で、既に祝福されている。

 だが、己が生まれた事すら喜べない者は、確かに存在する。

 この短い人生で、どれ程の事が出来ただろう?

 否定したくても出来なくて、悔しくて涙が零れそうになる。

 

 『…私は死にたい…。』

 

 自分達姉妹の生は短い。

 人よりも幸福になれる機会も時間も少ない。

 今も辛く厳しい旅の途中、高すぎる壁に突き当たっている。

 その果ては電池切れの様な、呆気ない惨めな終わり。

 

 「…ぃぃぇ、いいえ!それでも、私は諦めたくありません!」

 

 涙を流しながら、諦めを拒絶する。

 立ち上がる。

 それすら泥に呑まれた状態では厳しいのに、そんな事はお構いなしにマシュ・キリエライトは身体を駆動させていく。

 

 「悲しい事も、辛い事も沢山ありました!でも嬉しい事も、幸いな事も同じ位沢山ありました!例え不幸と幸福の天秤が傾いていても、私は生まれてきて良かった!この旅に参加できて良かった!」

 

 これが幻覚ではなく現実だと知りながら、それでもマシュは諦めたくなかった。

 心身ともにボロボロになりながらも、姉との日々を、この旅路を否定させはしない。

 短い生の中で、この厳しい旅の中で、確かに尊いものがあったのだと信じているから。

 

 「私は!マシュ・キリエライトは!諦めたくありません!」

 

 泥の中から完全に立ち上がり、視界が正常なものへと復帰する。

 高い対魔力であっても浸食してくる泥の中、繋いでいた手を引いてマスターを抱き締める。

 気を失っている大事な人の温もりに縋る様に、それでもとマシュは声高に叫んだ。

 

 「例え相手が誰であっても!姉さんであっても!私は、この旅を止めたりなんてしない!先輩と、姉さんと、もっともっと一緒に色んな空を見てみたいから!」

 

 吠える。

 孤軍奮闘、救援どころかカルデアからの支援すら無く、マスターの意識は不明。

 絶望的な状況の中で、それでもなおマシュ・キリエライトは己の想いの丈を叫んで魅せた。

 

 「魔力防御、全開…!」

 

 デミ・サーヴァント固有の特殊スキル、憑依継承。

 憑依した英霊が持つスキルを一つだけ継承し、自己流に昇華するものだが、マシュの場合は魔力防御と言う、魔力放出の防御版だ。

 魔力をそのまま防御力に変換し、高じれば国家規模の魔力障壁を展開する事も可能となる。

 

 「っ、う、ああああああああああああああああああああああ――ッ!!」

 

 それをマシュは後先考えずに全力で使用する。

カルデアのバックアップがない現状、使用できるのはマスターからの供給と自己生産可能な魔力のみ。

 それでも自滅を恐れずに、彼女はその力を以てマスターと己を沈めんとする泥を跳ね飛ばした。

 

 (長くは、持たない…!)

 

 しかし、当然の理に脂汗が流れる。

 相手は聖杯に匹敵し、今なお成長している呪詛の集合体。

 こちらは限りある魔力を身を削りながら回しているデミ・サーヴァント。

 そして此処は相手の領域で、自分達は味方から分断されている。

 端的に言って、窮地だった。

 

 (それでも先輩だけは…!)

 

 どうにかして脱出の方法を探る。

 嘗て炎の中で手を繋いでくれた、優しい人。

 この人だけは守りたかった。

 

 「―――三界神仏灰燼と帰せ! 我が名は第六天魔王波旬、織田信長なり!」

 

 真名解放と共に轟、と視界が炎に染まる。

 織田信長が誇る神殺しの固有結界、人の世に再現された大焦熱地獄。

 

 『―――――――ッ!』

 

 この空間そのものを満たす泥が悲鳴を上げて後ずさる。

 マシュも立香も知らないが、この泥の大本はこの世全ての悪の烙印を押された亡霊だ。

 そして、アンリマユは元々神霊の名であり、後にインドの神ディーバの一人とされた。

 正真ではなく、斯く在れと願われた存在でも、その名を持つからには相応に有効であり、何よりこの場を満たす泥は元々人の悪意が源である。

 地獄と言う、生前に悪行を犯した人間を裁く場であり、故に悪である泥もまたその炎を本能的に恐れたのだ。

 

 「うははははははは!魔人アーチャー登場!マスターとマシュマロは無事かー!?」

 「信長さん!」

 

 マントと軍帽に炎と裸な、どう考えても痴女一直線の姿で高笑いしながらの味方の増援に、それでもマシュは笑顔で応じた。

 よし、これで形勢逆転…

 

 「あ、ヤベ、魔力切れそう。」

 

 プスン、とあっさり固有結界が消えた。

 同時に、これ幸いとまた泥が這い寄って来た。

 

 「な、なんでこんな時までグダグダなんですかー!?」

 「だってなんか魔力全然来ないんじゃもーん!」

 

 まさかマスターを干物にする訳にも行かない。

 そしてあっさりと、今度はノッブも加えて泥塗れになるかと言う所で…

 

 「何やってやがんだよテメェらはぁ!?」

 

 赤い雷が宙を奔り、泥の一部を焼き切っていく。

 

 「全くだ。とは言え、よく間に合ってくれた。」

 

 そして空けた空間を仕切る様に幾本もの剣が突き立つ。

 どれもこれも破邪、防護、聖の概念を纏った投影品であり、即席ながらも高い結界を形成してみせた。

 

 「モードレッドさん、エミヤさん!」

 「私達もいるわよー!」

 「アルテミスさんにオリベェさん!」

 「遅れた分も頑張るけどさ、オレもうオリベェ確定なんだ…。」

 

 そしてカルデアの夫婦漫才担当の月の女神とその恋人も合流した。

 

 「取り敢えず、こいつら全部殺すのは骨だ。何とか根本を叩こうぜ。」

 「式さんも!」

 

 そして直死のアサシンも加え、漸く突入時のメンバーが揃った。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 そして、マスターの奮戦もあって、漸くどうにかカルデア一行はカルデアに帰還した。

 無論、その足で立香とマシュ、サドゥはあの泥に触れたとして即行で検査入院と相成ったのだが。

 

 「うーん、話を聞いた限り、そんな呪詛の塊に呑まれたのだとしたら、もっと深刻なダメージがある筈なんだけど…。」

 

 不思議そうに検査結果を確認するDr.ロマン。

 実際、マシュと立香は多少の消耗こそあれど、全体的に軽傷で、これ以上の入院の必要は無かった。

 

 「ん?まだ悩んでいるのかいロマン?もう原因なんて分かり切っているじゃないか。」

 

 それにあっさりと答えを出すのが、突き抜けた芸術家にして万能の天才のダ・ヴィンチちゃんだ。

 

 「あ、レオナルド。そう言うって事はもう検討が付いているのかい?」

 「あぁ。フランスやロンドンと同じさ。サドゥが二人に行く筈だった呪いを吸収したんだろう。その場にあった他の呪い共々ね。」

 「そりゃまた、途方もない話だ。」

 

 あの場にあった呪いは、それこそ全方位に開放すれば大国ですら滅び去る様な、そんな濃度と量を伴った代物だった。

 それこそ、使う場所を吟味すればその時代を滅ぼせる程度には。

 

 「魔術王が作り、変質してしまった特異点を満たす呪詛。それを吸収し、ステータスが大幅に向上した。果たして、その程度の影響で終わるのかな?」

 「どう言う意味だい?」

 

 意味深な言葉に、ロマニの顔も俄然真剣みを帯びる。

 普段は飄々とした彼の珍しい医者として、司令官としての顔だった。

 

 「果たして、単なるデザインベビーの範疇なのかな?彼女の肉体構造は明らかにマシュと比べて複雑に過ぎる。何らかの隠しギミックがあっても不思議じゃない。」

 「まだ何かあるって言う事かい?」

 

 サドゥとマシュはカルデアの人理継続と言う大義のため、サーヴァントを安定して戦力化するための研究成果の一つだった。

 そう、あくまで一つなのだ。

 

 「人理を救う手立ては一つでも多い方が良い。あの外道ならそれ位すると私は思うね。」

 「…否定する要素は無い。なら今後も調査を続行するべきだね。」

 

 だが、一概に調査と言っても、身体を解剖し、分子レベルで調査する訳にもいかない。

 そんな事をすれば、今度こそカルデアは終わる。

 他ならぬ最後のマスターとサーヴァント達によって。

 

 「そして、あの子達の延命方法もだね。ここまで頑張って来たんだ。ハッピーエンド位は許されて然るべきだよ。」

 「…それを、サドゥが望まなくてもかい?」

 

 特異点で何があったのか、それらは既に報告書として纏められている。

 無論、あのカルデアの観測が届かなかった間の出来事も含めて。

 

 「苦しい事を味わいたくないから死にたい、か…。確かに人生は苦難の連続で、幸福の総量がその対価に合うかどうかは…。」

 「それこそ、最後まで生き切ってからでないと答えは出ない。余人には如何に無価値でも、本人にしか分からない価値はあるからねぇ。」

 

 例えば、英霊ではエミヤの生がそれに該当する。

 彼の場合、自身を救うものとせず、生涯を賭け、死後すら擲って少しでも多くの者の命を拾い続けた。

 その死後においてはアラヤの走狗となり、人類の滅びとなる事象を無関係な周囲の人間ごと殺戮する日々を過ごし続けていた。

 それこそ時間の枠組みを超えてまで。

 だが、そんな彼の苦難の道には確かに価値が、救いがあったのだと、彼自身は認めている。

 

 「僕は、彼女達の事もそうだけど、マリスビリーを止められなくて、本当に口惜しい…。」

 「それは嘗てのマスターへのサーヴァントとしての悔恨かい?」

 

 ロマニの本当の姿を唯一知るが故に、二人の関係は他の誰よりも近い。

 謂わば共犯者の、同じ秘密を共有する者同士の距離感だ。

 

 「いいや。一人間として、悪を見逃し続けた故のものさ。」

 「ふふ、言う様になったじゃないか。」

 

 その言葉に、人間になった当初の無垢とも無機質とも言える彼を知る万能の天才は、嘗て彼が愛したモナリザそのものの笑顔で微笑んだ。

 

 「人間は成長する。良くも悪くも不変ではいられない。彼女もまた、そうだと信じよう。」

 「だと良いんだけどね…。」

 

 特に変人奇人英雄悪漢の集う此処ではね。

 そう言ってニコニコと楽しそうに微笑む友人にロマンは嘆息した。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 (どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう…)

 

 カルデア内の倉庫の片隅で、サドゥは膝を抱えて蹲り、顔は膝の間に沈んでいた。

 そして、その顔は哀れな程に蒼白で目は虚ろ、全身から脂汗がダクダクと流れ、ガタガタと身体が震えていた。

 明らかに尋常な精神状態ではなかった。

 それもそうだろう。

 彼女はつい先程、特異点より帰還して検査入院していたマスターと妹から、極めて衝撃的な事を明かされたのだから。

 

 「サドゥ、落ち着いて聞いて。実はボク達、サドゥの記憶を…」

 

 そこまでがサドゥの覚えている事だった。

 こちらに気まずげな視線を向けてくる二人の前から、敏捷A+を遺憾なく発揮してその場から一瞬で姿を消したのだ。

 ほんの僅かに自分を引き留める声も聞こえたが、顔も見られたくないサドゥは一切振り返らなかった。

 今現在、こうして最大限気配を断って人気の無い倉庫に身を隠しているのも同じ理由だ。

 

 (合わせる顔なんて、ない…。)

 

 マシュも、立香も、英霊達も、カルデアの善良な人々も、皆が皆、必死になって人理修復のために己の出来るやり方で戦っている。

 だと言うのに、自分だけは身勝手な私欲だけで戦っていたのだ、例え負けても構わない等と思いながら。

 それはどう考えても他の仲間達への裏切りで、背信で、冒涜だった。

 

 “あーあー、遂にバレたって言うべきか、漸くって言うべきか…。”

 

 そして唯一人、全ての事情を知っている者は溜息を吐きながら頭を悩ませていた。

 元々後ろ向きな思考のサドゥを慰めるのはとても骨が折れるのだ。

 しかも、死ぬまで所か死んでも秘密にしていたい事を知られてしまった以上、今すぐ喉笛を掻き切ってもおかしくはない。

 だが、突破点はある。

 

 “こいつの価値観は自身をマイナスに見てるが、周囲の人間は逆にどんな屑でも常に一定以上の価値がある。となりゃーどっかで誰かが困ってるのを見つけるのが一番か。”

 

 取り敢えずはそれで良いだろう。

 今の彼女の材料となった者は、元々自身の都合よりも他者のそれを優先する根っからの善人なのだから。

 

 (此処からも、逃げないと…。レイシフトして、大きなドラゴンとかの巣に…。)

 

 フラフラと、覚束ない足取りで顔を蒼白にしたまま、サドゥは歩き始める。

 目的の場は管制室及びレイシフトルーム。

 行くのは何処でも構わない、ただ危険な場所とだけ決めて、彼女は歩き始めた。

 

 “さっすが主人公と言うべきかねぇ…。おーい、それ行くのも有りだけどさ、取り敢えず左側、なんか聞こえないか?”

 

 だが、そんな彼女を内側から響く声が一時制止した。

 倉庫を出て直ぐ、そちらの方に視線を向ければ、直ぐに誰かが走ってくる足音が聞こえた。

 瞬時にそれが速さからサーヴァントのものでなく、人間のものだと判断、その場からの離脱を図るが…

 

 『令呪を以て告げる!サドゥ、その場から動くな!』

 「ッ!?」

 

 念話を介して伝えられた令呪による強制停止に、サドゥの身体が盛大につんのめって派手に転んだ。

 ドゴッと、結構な音を響かせて。

 

 「サドゥ、そこ、か!?」

 「来ないで!」

 

 予想通り、立香が来た。

 大きく息を荒げ、礼装も纏わずに身一つでその場に立っていた。

 その必死そうな表情に、サドゥの顔が盛大に恐怖で歪む。

 苦しみたくないと、それだけで死を望んでいた彼女にとって、他者への期待に応えられない事、他者から嫌われる事すら過大なストレスとなる。

 根本的に臆病で、ロマニを笑えない程にチキンな彼女では、自身の内心を知って立香がどんな反応をするのか気が気ではなかった。

 

 「行こう、サドゥ。そんな顔しないで。誰も君を嫌いになんてならない。」

 「うそ…うそ…!」

 

 廊下に倒れたまま、涙を零してガタガタ震えながらも、無様に後ずさろうとして、しかし令呪によってその場からは動けない。

 一歩一歩近づいてくる立香の姿に、恐怖と絶望の籠った視線を向ける事しか出来ない。

 

(また苦しめられる、また怒られる、またガッカリされる!また、また、また!)

 

 それは彼女の魂の一部の叫びだ。

 ずっと頑張って、弱音も吐かずに努力して、何とか一人で立ち続けようとして、しかし挫けてしまった男の魂。

 その叫びはラインを通して、マスターにも痛い程に伝わってくる。

 

 (くるしいのもいたいのもいや!なんでほうっておいてくれないの!?あなたもまたわたしにひどいことをするんだ!)

 

 それは彼女の魂の一部、生まれて直ぐに砕けてしまった哀れな女の子の魂の叫び。

 そしてその叫びのどちらも、サドゥと言う少女の叫びだった。

 

 「大丈夫。ボクは君を傷つけないし、酷い事なんてしない。ただ、君と話がしたい。」

 「うぞ!」

 

 もう完全に泣きじゃくっているサドゥではまともに話す事も出来なかった。

 

 「わだし、うぞついてた!みんなにりつがにましゅに、うそづいてた!ひどいことした!だからひどい゛ことされるんあ!」

 「確かにサドゥから嘘をつかれて、ボクもマシュも悲しかった。」

 

 後2m。

 その距離で立香は立ち止まり、サドゥを優し気な目で見つめた。

 

 「でも、それ以上に悔しかったんだ。」

 

 だが、彼の右拳は血流が止まる程に握られ、怒りの余り震えていた。

 それは、彼が自身へと抱くものの発露だった。

 

 「サドゥの苦しみを知らず、ボクはのうのうと旅してた。今度の特異点も何とかなるって、そんな軽い気持ちで。フランスでもローマでもあんなに大勢人が死んだのに、ボクは油断して…そして、こんなに近くにいたサドゥの苦しみすら分かっていなかった。」

 「ち、ぢがうちがゔ!それはわだじががっで「違わない。」

 

 はっきりと、今までに見せた事が無い程に力強く立香は断言した。

 

 「ボクは結局サドゥに、皆に甘えてたんだ。」

 「ゔうぅ!」

 

 泣きながら首を横に振るうサドゥ。

 彼女は知っていた。

 在り得ざる知識と立香を直に見ていたから、彼が彼なりに悩み、心と身体を軋ませながら人理修復の旅を続けている事を。

 そんな彼に多くを求めるのは余りにも酷だと思ったからこそ、少しでも助けになればと思ったのだ。

 

 「サドゥやマシュに甘えてもらって、頼ってもらえなかった時点で、ボクはマスター失格だ。こうして今も君を泣かせてるだけなんだから。」

 「ぅーぅー」

 

 ボロボロと、大粒の涙を流しながら、フルフルと小さく首を振る。

 ちがうの、わたしがわるいの。

 もしまともに口を利けたら、サドゥはそう言って何時も通りに己が全てを背負っていただろう。

 

 「だからサドゥ、死ぬなんて言わないで。せめてボクが君から受け取ったものを返させて。マシュも、ロマンやダ・ヴィンチちゃんも、カルデアの人達も、英霊の皆だって、色んな事をやってくれたサドゥに何も返せないまま死んじゃったら、絶対に悲しくなるから。」

 「…ぅぁぁ……っ」

 

 その言葉を拒絶する様にサドゥは耳を手で抑え、廊下に座り込み、頭を抱えてしまう。

 

 「そんな、こといっでも!あとでみんなきらうんだ!みんなおこるんだ!」

 「なら、ボクとマシュで一緒に皆に謝ろう。嫌われても怒られても、3人なら何とかなるよ。」

 「だめ!ましゅもりつかもだめ!」

 

 完全に幼児退行した物言いだが、これが本来のサドゥの言葉なのかもしれないと、立香は思った。

 知識だけは豊富で、人生経験だけは真っ新で、人の悪意に敏感なだけの、ただの子供。

 嫌われる事を恐れて、少しでも誰かの役に立とうとしているだけの、ただの子供。

 

 「かるであのひとがゆるしても!ぜったいひどいこどがあるんだ!くるしいもいたいもやだ!もうやだぁ…!」

 「うん、ボクも痛いのも苦しいのも酷いのも嫌だ。でもね…」

 

 一歩、踏み込む。

 そこはとっくに英霊にとって一挙手一投足の間合い。

 況してや殆どのステータスがAランクのサドゥにとり、少し力を入れた腕の一振りで、立香をミンチに出来る距離だ。

 泣きじゃくり、精神の均衡を著しく欠いた状態の彼女に、それでも立香はゆっくりと歩み寄る。

 

 「それを分かち合う事は出来る。苦しいのなら分担して。分担できないなら後ろから支える。嬉しいのなら共有して。その分だけ多くの嬉しい事が増えていく。」

 「こないで―ッ!」

 

 月並みな言葉だった。

 だが、同時に自身を一撃で絶命させて余りある腕の一振りを見舞われながらとなれば、その精神力は最早常人の域ではない。

 即ち、彼はもう守られるだけの子供ではない。

 

 「ボクも、マシュも、ロマンやダヴィンチちゃんや他の皆も、全員良い人達だらけだ。サドゥが怖がって苦しがってたら、絶対に手を差し伸べてくれるし、嬉しいを分け合いたいと思ってる。」

 「あ、ぁあぁ…!」

 

 ポタリと、立香の左肩から真っ赤な血が垂れている。

 数cmで掠める程度の警告の一撃は、しかし、それを見てなお踏み込んだが故に、掠り傷となって立香に刻まれた。

 

 「お願いだ、サドゥ。」

 

 膝を突き、目線を合わせる。

 立香の母譲りだと言う碧色の瞳と、サドゥの人工物めいた藤色の瞳が正面から向かい合った。

 

 「ボクに、君の幸福と不幸を分けてほしい。代わりにボクは君を嫌わないし、酷い事なんてしない。ボクの幸福を分かち合ってほしい。」

 

 まるで告白の様な、誠実で切実な言葉。

 

 「ぁ…ぅぁ…。」

 

 その言葉とそこに込められた意思を前に、サドゥはパクパクと、金魚の様に口を開閉させる事位しか出来ない。

 少なくとも、彼女の知識と短い経験ではこの様な事態は全く想定されておらず、どうしたものか全く分からなかったのだ。

 

 「わた、し、は…」

 

 それでも何とか言葉を返そうと口を開いた所で

 

 

 

 ドサリと、立香がサドゥに寄り掛かる様にして倒れた。

 

 

 

 「ぇ…?」

 

 瞳を薄らと開けたまま、立香は微動だにしない。

 その力が完全に抜けた身体を反射的に支えながら、サドゥは突然の事に理解が追い付かなかった。

 それでも分かった事がある。

 サドゥのデミサーヴァントとしての部分が、今この瞬間に立香の魂が何処かに連れ去られてしまったのだと言う事が。

 今、立香は自分の前からいなくなってしまったのだと。

 はっきりと、解ってしまったのだ。

 

 

 「ぁ…あ、ぁ、あァあぁぁぁぁあァァァァァァァァぁあああ――ッ!?」

 

 

 人気の無い通路で、狂乱と絶望の入り混じった叫びが響き渡った。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その14 日常?編 微修正

日常?(もういい加減コレを日常と言うのは問題だらけだと思う)編


 その日、カルデアの空気は底を更に突き抜けて、奈落まで落ちていた。

 

 

 原因は二つあった。

 一つはカルデア唯一のマスターである藤丸立香の昏睡だ。

 とは言っても、健康的な問題ではない。

 肉体面では至って健康優良児だった。

 だが、魔術王の呪いによるものか、現在の彼は魂が何処かへと拉致されており、時折ほんの短時間のみ戻ってくる事を除けば、消息不明となっている。

 肉体とは魂と精神が無ければ、健全な生命活動を保つ事が出来ない。

 キャスター達の診断の結果では、現状のままなら一週間が限界との事だ。

 そしてもう一つが…

 

 「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」

 

 サドゥ・キリエライトの錯乱である。

 今の彼女は医療区画の一室で両手足をベッドの上で拘束され、鎮静剤を投与された状態で完全に隔離されていた。

 

 「ダメね。下手に精神に干渉すれば完全に壊れるわよ。」

 「そうか…。」

 

 そう首を横に振って呟くメディアに、ロマニが無念そうに呟いた。

 

 「あのマスターが取った手段自体はそこまで可笑しなものじゃなかったわ。性急ではあったけど。」

 「じゃぁ何故こんなに…。」

 「間が悪かった。悪すぎた。そんな所ね…。」

 

 そんな事で、そんな事で、人とはこんなにも壊れるものなのか。

 医者として、嘗て千里眼を持っていた身として、そんな事もまた人の世ではあるのだと分かっていても、それでもロマニは意味の無い恨み言をグッと飲み込んだ。

 

 「今の私達に出来る事は対症療法しかないわ。何時あの子達が起きても良い様に、ね。」

 「分かってる。そっちは元々本職だしね、任せてほしい。」

 「えぇ、お願いね。」

 

 そう言って去って行く魔女の後ろ姿を見送ってから、ロマニはその拳をデスクへと叩き付けた。

 

 「くそ、こんな無力だったんだなぁ人間の僕って…。」

 

 その視線の先には、未だ錯乱し続けている少女の監視映像が映されていた。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 「どうしても、ダメでしょうか?」

 「ダメだ。」

 

 医療区画の奥へと通じる通路の前で、二人の人物が押し問答していた。

 通路を背にして立ち塞がっているのがエルメロイ二世ことウェイバー・ベルベット、英霊としての名を諸葛孔明と言う。

 もう一人、通路の奥へと進もうとしているのがカルデア唯一のシールダーの少女、マシュ・キリエライトだった。

 

 「今のサドゥは錯乱している。君を君として認識する事すら可能か不明だ。今行った所で、君が傷つくだけだ。」

 「ですが…!」

 「言わんとする所は分かる。だが、現状の我々は無力だ。君が行った所で無駄だ。寧ろ、病状が悪化しかねん。」

 

 エルメロイ二世がマシュを止めるのは実に簡単な理由だ。

 サドゥが最も感情を動かす相手、それが立香とマシュの二人だからだ。

 目の前でその片方を失い、残されたもう一人を前にしたら、サドゥがどんな反応をするか分かったものではない。

 今は一先ず安静にさせるのが次善であり、最善の手となり得る立香の回復を待つしかないと判断されたのだ。

 

 「…せめて、顔だけでも見られませんか?」

 「まぁ其処が落とし所だな…。」

 

 そうやって案内されたのは、入院状態の患者を観察するナースステーションだ。

 そこにあるパソコンの一つに、サドゥの様子が映し出されていた。

 

 『ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい…』

 

 そこには、相変わらず泣きながら虚空に謝り続けるサドゥの姿があった。

 

 「姉さん…。」

 

 その様子を、マシュは悲し気に顔を歪めて見つめていた。

 悲鳴を聞きつけたマシュが駆け付けた時には、既にサドゥは錯乱していた。

 

 『あぁぁあぁ!?いや、嫌、厭!立香、ダメ、死んじゃダメェェェェェッ!!』

 

 魂を裂くような、涙ながらの悲鳴に、マシュは直ぐに姉自身ではなく、その腕に抱いている立香に問題があるのが分かった。

 即座に駆け付けた他のサーヴァント達と共に、立香の身柄を保護して医務室に送ったのだが、その後が酷かった。

 その時のサドゥは立香が視界内にいないと極度に錯乱し、意味の通じない謝罪を繰り返しながら自害しようと…否、自傷しようと投影した双剣で自らを攻撃しようとするのだ。

 その場は直ぐにクー・フーリンに手際よく気絶させてもらったものの、原因ではあるが回復させられる可能性の最も高い立香が意識不明なため、抜本的解決策も無く、現在は鎮静剤を投与した上でキャスター製の対エネミー捕縛用の礼装等を用いて拘束されている。

 

 「現状、マスターが回復するまで、我々に出来る事は無い。歯痒いが…」

 「いえ、皆さんはよくやってくれていると思います。」

 

 苦み走った表情で事実を淡々と伝えるエルメロイ二世に、マシュもまた同意を返した。

 

 「正直、タイミングも説得内容も、悪くは無かった。」

 

 ぼそりと、独り言の様にエルメロイ二世が、ウェイバーと言う嘗ての少年が口を開いた。

 

 「だが、立香が倒れたタイミングが致命的だった。伸ばされた手を取ろうとしたその瞬間のコレだ。正直、サドゥは二度と使い物にならなくても不思議ではない。」

 

 地獄しか知らなければ、そこで起こるどんな出来事も日常だ。

 しかし、一度そこ以外を知ってしまってはもう戻れない。

 彼女を救わんとし、しかし後一歩で果たされなかったならば、彼女は地獄以外の生を知ったまま地獄を歩まなければならない。

 自分と言う悪が生き続ける、苦痛ばかりの人生を。

 

 「いいえ。その点は先輩も姉さんも、悪くありません。責めるとすれば原因を作った魔術王に他なりません。」

 「そうだな、その通りだ…。」

 

 人は叶わぬ課題を見れば、それを超えるではなく、迂回するか別の方法を考える。

 特に、他を責める事で本質から目を反らす、と言うのはよくある話だ。

 

 「でも…」

 

 しかし…

 

 「無力って、こんなに辛い事だったんですね…。」

 

 マシュ・キリエライト。

 彼女が己が無力を噛み締めた事は、これで3度目だった。

 一度は初のレイシフト、カルデアが爆破されて瓦礫に下半身が潰された時。

 あの時は姉も傍におらず、致命傷を負って一人だけになった時、どれ程心細かったか。

 二度目はロンドン、魔術王と遭遇した時。

 圧倒的だった。

 そう言う他無い程に、彼我の戦力は隔絶していた。

 精神論や努力ではどうにもならない圧倒的な差に、どれ程恐ろしかったか。

 だが…

 

 「いっつも、先輩はこんな気分を味わっていたのでしょうか…?」

 

 大事な家族にも、マスターにも、何もしてやる事が出来ないのは、それよりも辛かった。

 

 「今は耐えるしかない…。」

 「はい…。」

 

 画面の向こうでは、未だに謝罪の言葉が空しく響いていた。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 人類最後の砦で起きた悲劇を他所に、日は過ぎていく。

 カルデアでも、地獄の様な監獄でも。

 体感する時間は異なれど、それでも確かに進んでいく。

 具体的にはやたら不機嫌な復讐者と共に、人間要塞の聖処女と一揆の主導者やってた聖人コンビをぶん殴り、人類最後のマスターなのにガチャに挑むマスターが勝利宣言したりとか。

 錯乱中だった自己嫌悪系デミサーヴァントが漸く落ち着きを取り戻したりとかである。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 (あーどうすべー。)

 “今更すぎねぇかなソレ。”

 

 おいっす、おらサドゥ。

 気づいたら鎖で雁字搦めになってっぞ!

 うひゃぁ、おらどうなっちまっただ!?

 

 “立香気絶かーらーの錯乱で、全力拘束中。”

 

 うわぁ…何か段々思い出してきたけど…うわぁ…。

 

 “ってーか、お前よく戻って来られたな?普通、あそこまで逝ったらそのまま壊れるもんだぜ?”

 (自己嫌悪なんていつもの事、日常茶飯事。発狂しようが何とか期限内に仕事をこなして日付変更線跨いだのを確認してからが本番です。)

 “お、おう。現代の社畜って恐ろしいのな…。”

 (そりゃもう。過労死がガチで叫ばれてたからね!)

 “ア、ハイ。後、あのマシュマロ嬢とか他の連中にも心配かけたんだから謝っておけよ”

 (うっす。まぁ何か切っ掛けあったらまたなると思うけど、その時はよろしくネ!)

 “本当ならならん方が良いんだが…うん、まぁ無理か。”

 (取り敢えずナースコール鳴らすね。ポチっとな。)

 

 先ず謝罪は前提として、どう取り繕うべきかな?

 

 “無駄だと思うけどなぁ…ま、ガンバ?”

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 「本当に、どうやって回復したのやら…。」

 

 医者が不思議がる程にあっさりと回復したサドゥは、しかし当然ながら期限無しの業務停止を勧告された。

 カルデアは決してブラック企業ではないのだから、当然の措置と言えた。 ※但し、一部サーヴァントは除く。

 だが、鍛錬すら禁止されたサドゥはめげずに自分と立香の部屋位掃除しよう、と思っていたのだが…

 

 「ダメです。」

 

 ガチモードの妹に阻まれていた。

 

 「…そこを何とか…。」

 「 ダ メ で す 。」

 

 取り付く島もないとはこの事だった。

 

 “残当。”

 

 五月蠅いよアヴェさん!

 

 「良いですか姉さん。つい先日まで貴方は心を患って入院、と言うよりも隔離されていたのです。それがおいそれと出て来ては行けないと、分かりませんか?それとも、今度は倒れる前より厳重な拘束をしておくべきでしょうか?」

 「…いや、もう緊縛はちょっと…」

 

 流石に対エネミー用礼装で拘束されるのは辛かったらしく、サドゥも押され気味だ。

 まぁそれ以上にここまでガチ切れしているマシュは初めてだと言うのも多分にあるだろうが。

 

 「本当にもう。回復して早々何か仕事をしたいとは…姉さんの仕事ぶりは最早中毒ですね。」

 「…ごめん、ね?」

 「謝らないで下さい。これは単なる愚痴、姉さんの苦悩に気づけなかった不出来な妹の後悔なんですから。」

 

 言って、沈痛そうな表情を浮かべるマシュに、しかし、サドゥは声を掛けられなかった。

 今回の一件で、サドゥの中の「不幸しかない未来に対する恐れ」と「自身と言う悪が生き続ける事への嫌悪」、それは確実に強まってしまったと自覚しているからこそ、サドゥはマシュにかける言葉を持たなかった。

 もし、あのまま立香がサドゥの説得を行っていれば、本当に低い確率ながらも、彼女の歪みを正せていたかもしれない。

 だが、歴史にIFは無い。

 その可能性は、もう摘まれてしまった。

 であれば、残るのはハッピーエンドではない。

 救いようの無いバッドエンドだろうか?

 それとも、どうしようもなく、中途半端な終わりだろうか?

 

 「兎に角、姉さんは暫く休暇です。絶対安静です。」

 「…じゃぁ、立香のお見舞い。三人で。」

 

 取り敢えず、その結末はもう少しだけ先になりそうだった。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 「先輩、今日も眠っていますね…。」

 「キュゥ、キュゥン…。」

 

 立香が意識を失って七日目。

 立香の部屋、所謂マイルームで、キリエライト姉妹とお供のフォウは立香の見舞いに来ていた。

 

 「…必ず、帰ってくるよ…。」

 

 こうして近づくと、呪詛と極めて親密なサドゥには漏れ出す僅かな怨念と共に分かった。

 立香は今も戦っている、と。

 呪われた監獄塔で、彼は真正の復讐者と共に戦っているのだと。

 

 「…せめて、見守ろう。」

 「はい…。」

 「フォーゥ…。」

 

 そして二人と一匹は、ただ静かに待ち続けた。

 

 

 それは、彼が目覚める2時間前の話。

 

 

 それは、彼が間に合わなかった1日後の話。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 「自分は無知で無恥で無能だ。」

 「生きていても、良い事は無い。あってもそれ以上の不幸が必ず訪れる。」

 

 この2か条が、サドゥの中の絶対の法則だ。

 だが、今回の一件で、もう一つ付け加えられてしまった。

 

 「幸福になろうとしても、不幸になる。誰かが手を差し伸べても、その人が不幸になる。」

 

 勿論、その内容は前者二つも後者の一つも漏れなくおかしい。

 だが、彼女はそれが真実だと信じ切っていた。

 自分と言う存在は生きている限り、その存在そのものが罪悪だ。

 生まれて来なければ良かった。

 物心ついた時に自害すれば良かった。

 そうすれば、きっと周囲の人間の人生も少しはマシだった筈なのに。

 だからこそ、彼女は今も死を望む。

 より完璧に、より完全に、より徹底的に。

 ただ死ぬのでは転生してしまう。

 ただ死ぬのでは生き返らされてしまう。

 それこそ転生すら不可能な程に、魂すら消失する様な、そんな終わりを求めるようになった。

 なって、しまったのだ。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 “さて、どうしたもんかね?”

 

 暗闇の中、賢者の様に外を眺める悪魔は一人悩まし気に呟いた。

 

 “まぁなるようにしかならんわな。ここまで来ちまったら、もう、な…。”

 

 既に最大の好機は過ぎた。

 精神の動揺に付け込んだ、勢い任せの強引な説得。

 だがしかし、それは魔術王と言う無粋な輩により最悪の形で断ち切られてしまった。

 

 “まだだ。思考を絶やすな。脳髄を加速させろ。諦めが心を殺す。”

 

 まるで自己暗示の様に、そう呟く様は確かに賢者のソレだった。

 

 “ったく、どうしてオレの周りにはこんな面倒な女が多いのかねぇ…。”

 

 呪い渦巻く暗闇の中、ただ独り言だけが響かずに消えていった。

 

 

 

 

 

 

 




なお、精神立て直してからのサドゥの対応が早いのは「材料となった男性が似た様な経験をしてるから」です(白目

人間って、ストレスでも倒れるんだよ?(体験談


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その15 日常ってなんだっけ?編 微修正

 結果として、藤丸立香は生還した。

 しかし、彼は間に合わなかった。

 

 サドゥ・キリエライト。

 彼女の心は、壊れたままで固まってしまった。

 

 「…お帰りなさい、立香。」

 「うん、ただいまサドゥ。」

 

 一見、何の変哲もない様に見えた。

 でも違った。

 

 「………。」

 「サドゥ?どうしたの?」

 

 ただの壁を見つめてぼぅっとしているのを目撃した。

 

 「サドゥ?」

 「…ぇ、あ、立香、どうしたの?」

 

 明らかに様子がおかしかった。

 

 「…………」ブツブツブツブツ…

 「……っ…。」

 

 誰もいない虚空に向かって、誰にも聞き取れない小声で何かを呟いているのを目撃した。

 

 「………。」

 「サドゥ…。」

 

 後は寝るだけの深夜帯、何をするでもなく、ただベッドに腰かけたまま動きを止めているのを目撃した。

 

 明らかに、異常だった。

 

 立香がロマニやキャスター、或は事情を知っていそうなサーヴァント達に聞いて得た答えは、絶望的なものだった。

 立香が彼女を前を向いて生きる人間に一緒になろうとした結果、彼女は幸福という極普通のものを見出す事が出来た。

 だが、それを思い出させてくれた立香が目の前で魂を拉致されると言う事態に、それを奪われると言う苦痛の存在する未来もまた、見出してしまった。

 

 「ボクの、せいだ…。」

 

 結論だけ言えば、藤丸立香がサドゥ・キリエライトに行った行動は、敵の横槍により、全て裏目に出てしまった。

 カルデアの面々は知らない事だが、今のサドゥは辛うじて人としての精神を保っている状態だった。

 元々が二人分の砕け、欠けた魂を無理矢理に繋ぎ合わせて一個人とした魂。

 普通の魂よりも脆く、歪んだソレは、立香とマシュによって優しく丁寧に穏やかな形になっていく筈だった。

 しかし、横槍によって彼女の心は砕けた。

 結果、それはより一層歪んだ形で、辛うじて人の精神としての範疇に収まる程度の形で、取り繕う様に再構築されてしまった。

 それはもう、通常の方法で、彼女を救う事は出来ないと言う事だった。

 

 「今のサドゥは、壊れかけてるんだ…。」

 

 何処を向いても結局、不幸にしかなり得ないのなら、先ずソレを感じる心を殺そう。

 それ自体はよくある話だ。

 酷い話にはよくある事だが、それがまさか目の前にまざまざと見せつけられる事になるとは思いもしなかった。

 直に心は壊れ、単なる人形になり、最後には設計通り活動を完全に停止するだろう。

 或はそれはデミ・サーヴァントと言う兵器としては優れているのかもしれないが…それがサドゥ・キリエライトの結末だった。

 

 「先輩…。」

 

 それにマシュは何も言えなかった。

 姉は自身の事を隠しつつも、妹と立香の事を慈しんだ。

 立香は目の前の旅に必死になりながらも、二人の姉妹を慈しんだ。

 二人とも、純粋な善意と言う訳ではなかったが、それでも互いの事を想っての事だった。

 だと言うのに、だと言うのに、その結末がコレなのだろうか…?

 ただ、間が悪いからこうなったと言うのだろうか?

 それは余りにも…

 

 (なんて理不尽。)

 

 この日、マシュ・キリエライトは初めて世界と言うものに怒りを抱いた。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 「…立香、泣いてるの?」

 

 気付けば、目の前で少年が泣いていた。

 人類最後の希望を背負わされた、唯の善人の少年だ。

 彼は何故か、自分を見て泣いていた。

 

 「…大丈夫、大丈夫だから。」

 

 最近、感覚が一層鈍くなってきた手を慎重に動かして、その涙を拭う。

 後どれ位、自分は正気の時間を保てるだろうか?

 もう記憶も途切れ途切れで、今が何日なのかも分からない。

 後どれ位、この少年の力になってやれるだろか?

 ステータスが高くても、それを生かせる戦場に行く事も出来ないのに。

 死を心から望みつつも、彼と妹の事だけは気がかりだった。

 

 「…私は最後までいけないけど、君の旅には幸いがきっとあるから。」

 

 白々しい言葉だと自分でも思う。

 でも、どうか彼と妹には幸福があってほしいと、柄にもなく祈りたくなる。

 

 「でも、サドゥがいない…っ」

 

 泣きながら囁かれた言葉に、仕方ないよ、と返す。

 目の前の彼だって、何時か自分の下から去ってしまう。

 自分だって、結局はどう足掻いたって、彼を置いて去る側の人間だ。

 そう設計されているのだから。

 

 「…でも、マシュはいる。Dr.も、ダヴィンチちゃんも、カルデアの人達も、サーヴァントの皆も、ね?」

 

 ぎゅうと、ただ抱き締める。

 貧相な身体だが、それでも人肌は人を落ち着かせる。

 悔しそうに涙を流す立香の嗚咽が僅かだが収まっていく。

 

 (あぁ、どうしようかなぁ…。)

 

 死にたいと、本当に願っているのに、

 

 (ほんの少しだけ、もうちょっとだけ長く…)

 

 ぎゅっと、腕の中の頭を大事に、決して傷つけない様に抱き締める。

 

 (生きてみたい、なんて思っちゃった。)

 

 第5特異点発見の、三日前の事だった。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 第5特異点。

 そこでの異変はアメリカ独立戦争時、イギリス軍ではなく女王メイヴが率いるケルト軍に蹂躙され、対抗する様に米国歴代大統領の力を得た発明王エジソンによるパワードスーツを装備した大統王国軍との大陸規模の軍事衝突だった。

 これに更にインド叙事詩の大英雄、ラーマとアルジュナ、カルナの3騎に加え、アウトローと言う何処にも属さぬ風来坊なサーヴァントらを加えたのが、北米における英霊達だった。

 何と言うかもう…総合するとスーパーケルト&インド大戦と言うべき惨状だった。

 カルデア一行は両軍の最前線の一角にレイシフトし、そこで治療行為を行っていたフローレンス・ナイチンゲールに確保され、殆どなし崩し的にエジソンらと合流した。

 が、北米のみを人類史から切り離す事で延命を目指すエジソンとの交渉は決裂し、一時カルナによって捕獲されるも、アウトローのサーヴァントらの手を借りて脱出に成功した。

 後にアウトロー達を糾合しつつ、何で死んでないのか分からない程の重傷を負ったラーマの治療のためにナイチンゲールに引き摺られる形で北米を転戦、何とか彼の治療と奥方にかかった呪いを除去する事に成功(この時、一時的にサドゥが戦線に参加)し、再度エジソンと交渉する事で、漸く戦線を対ケルトに集中する事に成功した。

 一部少数精鋭を敵側首都ホワイトハウスに急行させつつ、二分された戦線での最後の大攻勢が開始された。

 結果、少数精鋭は敵側についたアルジュナに殲滅されたものの、戦線の押し上げには成功する。

 一度小休止の後、再度大攻勢を開始、主戦線にてアルジュナにはカルナをぶつけて膠着させる。

 が、敵司令官であるクー・フーリン・オルタによりカルナが撃破。

 これにより戦線は再度膠着してしまう。

 進軍再開と共に、アルジュナが出現、交戦し、撃退に成功する。

 第二戦線にて強化型魔神柱が出現、配置されたサーヴァントらの捨て身の攻撃と新規召喚された二コラ・テスラにより時間稼ぎを敢行する。

 主戦線にて、女王メイヴの撃破に成功する。

 これにより敵ケルト兵の消滅を確認、クー・フーリン・オルタへと戦力を集中する。

 第二戦線にて、アルジュナが出現、全力の宝具による真名解放により、強化型魔神柱の撃破に成功する。

 そして、主戦線にて、遂にクー・フーリン・オルタ及び出現した魔神柱の撃破に成功する。

 これを以て、第5特異点での戦闘を終了した。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 第5特異点攻略後、カルデアに帰還してきた立香らは休憩もそこそこに、特異点で入手した「とある包帯」をセットして召喚を行った。

 この時、他の面々がいたら「おい馬鹿止めろ」と本気で止めただろうが、生憎と立香もまた色々と精神にキていたらしく、また、一縷の望みに賭けて、召喚を敢行した。

 結果…

 

 「私が来たからには、どうか安心なさい。全ての命を救いましょう。全ての命を奪ってでも、私は、必ずそうします」

 

 「手始めに…あの少女の治療を行いましょう。」

 

 現状のカルデアで最も来てはいけない方が降臨してしまった。

 

 

 

 

 




 さて、余りの鬱展開に作者が登場を躊躇させていた小陸軍省を登場させてみました(白目

 だって自分で書いてて結構な自爆ダメージががががが(ry

 まぁ此処から先は多少は改善しますので、愉悦部の方もまだ戻れる方も落ち着いてください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その16 何とか日常…だとよいな編

さて、そろそろ詰め時かな?


 「成程。事態は把握しました。」

 

 

 サドゥ・キリエライトに関する全ての資料と経過報告を読了し、軽く(正気時の)本人との面談も済ませた果てのフローレンス・ナイチンゲール女史の御言葉がこれであった。

 

 「治りますか?」

 「治します。ですが、端的に言って難しい患者です。そもそもからして、現状の彼女の肉体は今なお死に向かっています。テロメアが余りにも短すぎる。」

 

 此処まで来ればいっそ感心します。

 カルデアの暗部の集大成とも言えるデミ・サーヴァント実用化のための人体実験の資料を見てなお、常人なら吐き気どころか殺意を覚えるソレを前に、信念に狂った女はそう返した。

 

 「軽く問診した所、彼女自身の死を求める心、幸福を否定する思考はこうした苦痛ばかりの前半生による心的外傷による所の他、先日の司令官の意識喪失が原因と思われます。」

 「うん、きっとそうなんだろね…。」

 

 グサリと、立香の心に自己嫌悪と言う棘が刺さる。

 だが、そんな事は些細だと、彼はナイチンゲールの言葉を待った。

 

 「同じアプローチをしては、また同じ事が起きると考え、結果として更に追い込む可能性が高いです。」

 

 また同じ事、つまりは自身と親しい人間に危害が及ぶ事だ。

 無論、そんな事は無いだろう。

 だが、あり得ない事が既に起きている現状、杞憂とは言え憂いは与えない方が良い。

 

 「なので、患者に生きる希望を持ってもらう事が第一義です。そもそも、鬱病と言うのは脳の障害でもない限り、基本的に投薬と精神療法での対処が一般的となります。」

 

 言うは簡単だが行うは難し。

 実際の所、どうやってサドゥに生きる希望を持ってもらうか、立香にはさっぱり思い浮かばなかった。

思い浮かばなかった。

 

 「本人が元々働き過ぎなのですから、少々仕事から距離を置き、所謂『癒し』を与えてみましょう。その上で、司令官とマシュ嬢他、カルデアの方々に暫くの間、根気よく接して頂きます。」

 

 レクリエーション等も企画するので、是非とも参加して頂きましょう。

 そう言って締め括るナイチンゲールに、立香は目を丸くしていた。

 

 「何か?」

 「いや…真っ当だな、と思って。」

 

 実際、本来ならTOPであるロマニ他医療班の者達がそうした事を計画・実行しなければならなかったのだが、レイシフト時における立香らの観測や情報・索敵支援に加え、カルデアの施設そのものの運営(これはつい最近科学者系の英霊が増えた事で漸く軽減した)と言った激務が山積みなため、言っては何だがサドゥ一人にかまけていられなかったからだ。

 勿論ながら、これにはサドゥが己の内心をひた隠ししていた事も助長していた。

 端的に言って、カルデア側のマンパワーが最近まで絶望的に不足していたのが主な原因と言える。

 とは言え、本来なら200人以上の各分野の専門家が存在して運営するこの施設を50人未満の、主に医療スタッフで運営していると言うのだから、そもそもからして無茶なのだが。

 閑話休題。

 

 「無論、患者を治すために必要なら、私は患者の命も奪います。」

 「アッハイ。」

 

 相変わらずの鋼鉄の白衣殿だった。

 

 「ですが、今はその時ではありません。無論、司令官殿にも手伝って頂きます。」

 「勿論。そのために君から触媒まで貰って召喚したんだ。最大限協力させてもらうよ。クリミアの天使殿?」

 「…その呼び方は、好きではありません。訂正を要求します。」

 

 要請ではなく命令に聞こえる口調すら、今の立香には頼もしく聞こえた。

 

 「その前に司令官、貴方も休養が必要な様ですね。」

 「え、あ、僕は…」

 「休みなさい。さもなくば意識を奪って「寝ます寝ます超寝ます!」よろしい、では部屋まで送りましょう。」

 

 それで意識を奪ったら、明らかに死ぬと思います。

 その言葉をぐっと飲み込んで、立香は撃鉄が起こされた拳銃から目を反らした。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 「さぁさぁ!楽しい愉しいタノシイお茶会を始めましょう!」

 (どういう事なの…。)

 

 サドゥは困惑していた。

 と言うのも、自分の周囲の状況が劇的に変化していたからだ。

 

 「たっぷりのお菓子と紅茶を用意したのだわ!今日は皆で素敵に無敵にお茶会しましょう!」

 

 立香とマシュに勧められたので、自室で仮眠でも取るかとベッドに横になった…と思ったら、何か不思議な空間にいた。

 こう、お菓子の家の中というか、辺り一帯は見事にメルヘンでファンタジーな世界だった。

 

 「…じゃぁ、紅茶とレアチーズケーキで。」

 「はい召し上がれ!」

 

 目の前の席に座ったナーサリーライムの言葉と同時、水玉模様のクロスがかかったテーブルの上に突然紅茶とケーキが前触れなく出現した。

 

 「ふふ!お姉さんが此処に来てくれて嬉しいわ!嬉しいわ!」

 「私たちにもショートケーキ頂戴?」

 「勿論良いわ!はいどうぞ!」

 

 何時の間に参加していたのか、ピンクのフリルがたくさんついたドレスを纏ったジャック・ザ・リッパーまで現れた。

 

 「お姉さん、食べさせて。」

 「…良いよ。私のケーキも味見してみる?」

 「うん!お姉さんも私の食べてよいからね!」

 

 膝の上に座る彼女を、落ちないように抱きしめながら、その口元にフォークで切り分けたケーキをそっと運ぶ。

 まるで幼児や赤子にする様な行動だが、彼女達は水子の怨霊であり集合霊、こうした接し方が最も彼女達を癒すのだと、知識とカルデアでの経験で分かっている。

 

 「うふふ!二人とも仲が良いのね!」

 「うん、私達はお姉ちゃんが大好きだよ!」

 「…そっか…。」

 

 どうしてこうなっているのかは分からないが、それでも彼女達と穏やかに共にいられる事は幸福だ。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 「経過は順調なようですね。」

 

 当初、夢を見せるというやり方に懐疑的だったナイチンゲールも、観測される夢の世界の内容に満足したように呟いた。

 ナーサリーライムの宝具、誰かのための物語。

 彼女は意思を持った固有結界であり、実在の人物ではなく、概念英霊にカテゴライズされる。

 固有結界内に他者を招きいれ、夢を見せ、場合によっては記憶を消して消滅させる事も、永劫の遊戯に付き合わせる事も出来る。

 だが、こうしてただ穏やかな夢を見せる事も出来る。

 

 「現状のカルデアでは、どうしても心身にストレスがかかるからね。こうでもしないと、完全に憂いのない状態には出来ない。」

 

 ロマンの言葉に、否定の声は無い。

 彼女、サドゥ・キリエライトは此処人類最後の砦たるカルデアで戦い続けるには脆弱すぎる。

 なら、せめて彼女を助ける手段が確立するまで、この戦いが終わるまでは、治療の一環として夢を見せ続ける。

 無論、相応しいタイミングが来れば、この夢を終わらせる予定だ。

 

 「しかし驚いたな。彼女達がこうも協力してくれるなんて。」

 「二人とも、サドゥの事が大好きだからね。本当に助かるよ。」

 

 ダ・ヴィンチの言葉に立香が返す。

 ナーサリーライムとジャック・ザ・リッパー。

 どちらも第四特異点ロンドンで縁を繋ぎ、カルデアに召還された英霊…と言うにはやや特異な存在だ。

 そして、どちらもサドゥに世話になり、懐いているという点も共通している。

 懐疑的だったナイチンゲールに対し、協力を申し出たのも彼女達だ。

 特異点でも、カルデアでも世話になったサドゥのために出来ることなら割と買って出てやる二人のため、立香も「取り敢えず様子を見てみよう」と擁護したのも大きいだろうが。

 

 「とは言え、過剰に願いどおりの夢を見せ続ければ、終了後に現実との齟齬で過度なストレスが発生する恐れがあります。夢の内容は慎重に選定すべきでしょう。」

 「そうだね。それに、こんな手段でアレなんだけど、彼女の夢から彼女の心象を把握して、そこからもっと適切な治療法が分かるかもしれないし。」

 

 正直、医療行為とは言え褒められたものではないが、この場合は止むを得ないというのがこの場における共通見解だった。

 

 「お、どうやら夢が変化するみたいだ。」

 

 そうして、愉快なお茶会は徐々に薄れていった。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 日本の町並み、フランスの片田舎、ローマの都、夜のロンドン、そして水平線の上の島々…。

 本来彼女が行った事のない場所、恐らく記録で見ただけの場所も含め、彼女の夢は巡って行った。

 くるりくるりと、夢が巡る。

 それによって、少しずつだが確かにサドゥの中の降り積もった絶望も薄れていく。

 本当にゆっくりと、しかし確実に。

 だが…

 

 『なんだ、これは…?』

 

 彼らは見ない方が良いものも見てしまった。

 

 

 

 そこは地獄だった。

 そこは監獄だった。

 そこは祭壇だった。

 そこは中東の、とある山村だった。

 

 お前が悪だ、と告げられた。

 

 極普通の人間だった。

 極普通の暮らしだった。

 だが、その村の人々の暮らしは貧しかった。

 だから、村人達は理由を欲した。

 自分達という善を脅かす悪を、物事が上手くいかない元凶を、無条件に貶められる生贄の存在を。

 ただ無作為に、彼/彼女は選ばれてしまった。

 

 最初に右目を抉り取られた。

 次に念入りに舌を千切られた。

 その次は腐った枝で丁寧に喉を貫かれた。

 更に手足は指先から粉々に砕かれ、瞼を固定された上で岩屋に繋がれた。

 聞こえるのは風の音と罵声だけ。

 芋虫の様に身動ぎするだけで、心臓だけが動き、生きている。

 呪いあれ、呪いあれ。

 この世全ての悪、この世全ての悪。

 我々の暮らしが良くならないのはお前のせいだ。

 我らのあらゆる不幸は貴様のせいだ。

 私達に幸せが来ないのはお前がいるからだ。

 生存を、存在を、ありとあらゆるを否定されて憎しみだけがその身に詰められていく。

 そして最後に、肉も骨も消え、村も人も消え、岩山だけが、呪いだけが残った。

 

 「そう。最後に此処に焼け付いた残滓が、このオレさ。」

 

 貼り付けられたサドゥの姿で、しかしサドゥは絶対にしないだろう皮肉げな顔でこの世全ての悪が嗤った。

 

 「アプローチ自体は間違っちゃいねぇ。だがまぁ、何時までも眠らせとくのはちと不味いぜ。」

 『それはどういう意味ですか?』

 

 夢の中から観測機器の前のこちらを認識しているというトンでもぶりに一同が動揺する中、鋼の看護婦が一切動じずに問うた。

 

 「次の特異点は…まぁお前さんらなら何とかなるだろ。だが。最後の特異点はダメだ。今の戦力でも磨り潰される。」

 

 まるで見てきた様に、サドゥ/アンリ・マユが断言した。

 

 『貴方が何を知っているかは問いません。患者の治療方法はこれで合っているのですね?』

 「おおぅ、流石の鋼ぶり…。そこは安心しな。このまま行けば、旅が始まる頃位には改善するだろ。徐々に夢を減らして、現実に慣れさせればいけると思うぜ。」

 

 その言葉に、一同が胸を撫で下ろす。

 正直、確証があるだけでも有難い。

 それがサドゥの肉体に同棲している英霊の言葉となれば、より一層に。

 

 「こいつの嫌悪の始まりは、要は自分の無能だからな。そこら辺は普通の病気と大差ない。ま、地道にやるしかないわな。」

 『ではもう一つの話をしようか。第七特異点、そこに何があるんだい?』

 

 ダヴィンチの言葉に、しかし反英雄の極地は鼻を鳴らした。

 

 「問えば答えが返ってくるかと思ってんの?おいおい天才様よ、オレがそんなお人好しに見えるのかい?」

 『見えるねぇ。何せサドゥの意識を沈めて、敢えて自分が苦痛を担当している様に見えるからね。』

 『前のオガワハイムではありがとう!』

 

 にやりと人の悪い笑みに、同じ様な笑みが返され、更に、立香の声が響く。

 もし彼が言葉通りの悪人だったら、サドゥが自分の記憶に同調して壊れていくのを鑑賞する位はしただろう。

 だが、彼はそれをしなかった。

 それで十分だった。

 

 「やれやれ、天才ってのはこれだから。まぁ話ついでに少しだけ語ってやるかな?」

 

 貼り付けにされたまま、サドゥの姿を借りて、アンリ・マユは告げる。

 

 「単純な戦力の問題だ。第七はそれだけヤベェ。それこそ正攻法なら星を滅ぼすつもりで挑んで漸く届くレベルだ。だが、抜け穴がある。」

 

 一瞬間を置いて…

 

 「オレらを第七に連れてく事だ。それが数少ない勝ち目であり、この女の治療法でもある。」

 

 そんな爆弾発言を投げつけてきた。

 

 

 




 予想通り、お母様と泥遊びしてやんよオラァ!

 どうやってもウルクは滅亡するがな…!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その17 漸く日常らしい編

 第六特異点、中東にて

その多くを占める砂漠をダヴィンチ特製のオーソニプターに搭乗しながら、立香の思考は目の前の旅とは別の方に向けられていた。

 

 『オレらを第七に連れてく事だ。それが数少ない勝ち目であり、この女の治療法でもある。』

 

 サドゥの中に在る反英霊の言葉。

 それが喉に刺さった小骨の様に、立香の中に在った。

 

 

 

 

 『別にコイツをどうでも良いって言うなら、連れていかないのもアリだ。勝ち目って言ってもそう高いもんでもなし。それを選ぶのはアンタらで、オレでもコイツでもない。』

 『好きにしな。オレ達はそのどっちでも良いぜ。』

 「…少し考えさせて。」

 

 そう返すのが精いっぱいだった。

 何せ彼らが、立香が背負っているのは人理修復なのだ。

 個人の我を通す事で、もし失敗してしまったら…。

 そう思うとどうしても二の足を踏んでしまう。

 これに関してはナイチンゲールも難しい顔をしていたので、後ろから撃たれる心配が無かったのは安心だが。

 

 「難しいですね。これは小を救うために大を危険に晒す事でもあります。可能な限り多くを救うのが当然なのですが…。」

 

 それで一人の患者を斬り捨てたくはない。

 苦悩を滲ませながら、言外にナイチンゲールはそう告げた。

 

 「…難しいね、これは。君がどちらを選んでも最大限のバックアップは約束するが、もし決められないと言うのなら僕に言ってくれ。指揮官としての責務を果たす。」

 

 ロマニもまた、苦悩と悲哀を滲ませながら、しかしきっぱりと告げた。

 恐らく、彼はしたくも無い選択をするのだろう。

 

 

 

 

 今もなお、立香は悩んでいる。

 何が正しいのか、正しくないのか。

 何が良くて、何が悪いのか。

 

 「おいおい、随分と難しい顔をしてるね?」

 

 それを運転していたダ・ヴィンチが茶化す様に声をかけてきた。

 

 「大方サドゥの事で悩んでいるのだろうけど…まぁ無駄だと思うよ。」

 「無駄って…そんな言い方」

 

 流石にムッとしたが、ここで口以外の何かを使う気は流石にない。

 と言うか、ダヴィンチちゃんは運転手であり、下手な事をすれば自分も危険だ。

 

 「君はサドゥを見捨てられるのかい?」

 「それは…」

 

 無理だ。

 きっと自分は、悩みながらも、悔やみながらも、目の前で苦しむ誰かを見捨てる事なんて出来やしない。

 その結果、例え自分が破滅しても、最後まで手を差し伸ばす事は止めないだろう。

 この旅の始まり、死に行くマシュを前にしてもそうだったのだから。

 

 「ほら、見事に結論ありきじゃないか!だったら悩むだけ無駄さ。」

 「あー…そんな分かり易かった?」

 

 ポリポリと頬を掻きながら問うと、その場の面々は何を今更、と言う顔をした。

 

 「マスターがお人よしなのは今更ですからねー。」

 「はい。私の時もそうでしたし。」

 「やれやれ…未熟なのにここまで命知らずとは、全く以て恐れ入るよ。」

 「はっ!坊主も随分欲張りなこった。これじゃメイヴの奴を笑えねぇぞ?」

 「まぁだからこその旦那様と言う事ですし。私としては全力でお手伝いさせて頂きますとも!」

 「■■■■■■■―――。」

 

 現在呼び出しているサーヴァント全員に肯定され、立香の頬が引きつる。

 

 「皆の中のボクの評価って一体…。」

 「お人好しですよ。敵にまで情けを掛けるのはダメだと思いますけどねー。」

 「先輩は先輩ですっ」

 「少々危なげな善人、と言った所か。後は包容力と柔軟性に優れている。」

 「ガキだが、マスターとしちゃもう一人前なんじゃねぇか?まぁ男としちゃもうちょい頑張れって事で。」

 「なんたるイケ魂!これは是非とも嫁入りしたいと私本気頑張っております!」

 「■■■■…。」

 

 余りの物言いに、どんよりし始めてしまう。

 後、狂化してても同情してくれるヘラクレスは癒しだと思う今日この頃だった。

 そしてマシュ、それはフォローになってないよ。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 「…どうしようか。」

 

 ここ暫くの婦長と子供鯖達との治療行為のお蔭で、大分精神の均衡が戻ってきた感じがする。

 とは言え、治療中は私は寝ているだけなのだけど。

 

 「何をすれば良いのやら…。」

 

 今回はエミヤさん以外にも家事上手の方々が多くいるため、がっつり仕事してそちらに逃げる訳にもいかない。

 寧ろ、それ以外の事を何かしてみなさい、とのお言葉を婦長から頂いている。

 

 「……うーん……。」

 

 悩む、悩む。

 そう言えば、ゆっくり考え事なんて久々だった。

 この旅が始まる前なら、結構色々考えてたのだけど…。

 

 “取り敢えず、あちこち歩いてみたら良いんじゃね?此処ならそれだけでも退屈しねーだろ。”

 

 そうだね、そうしようか。

 てくてくと、廊下を歩いていく。

 空調が入っているのに、随分と寒々しい気がするのは、やはり窓から見える景色が雪一色だからか。

 それともこの外には全てが焼き尽くされた地獄が広がっているからか…。

 どちらにしろ、寒さを感じる事に変わりはなかった。

 

 「…?」

 

 すると、何か騒音を感じた。

 見れば、通路に面したドアの一つが開けっ放しで、そこから音が漏れているらしい。

 ドアの横にはプレートがあり、「訓練室」と書かれている。

 

 “あ(察し。”

 

 アヴェさんが何かを察した様だが、私は何か分からなかったので、こっそりと部屋を覗いてみると…

 

 「うおおおお私の上腕二頭筋が今輝いている…!」

 「圧制!叛逆!」

 「■■■■■――!」

 「ゴールデェンッ!!」

 「血ィ!血をよこせェェェ!」

 「」

 

 超筋肉な漢達による、超汗臭い筋肉トレーニング風景だった。

 なんか見てるこちらにすら、汗とプロテインと筋肉が感染しそうな程に白熱した筋トレ風景だった。

 

 「お?サドゥの嬢ちゃんじゃねぇか。良かったらお前さんもこ」

 

 最後まで聞く事なく、サドゥは敏捷A+を生かして足早に駆け去った。

 …筋トレはまだしも、あの中に入り、剰え同化したくはなかった。

 

 “奇遇だな、オレもだよ。”

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 その後も、カルデア中を散歩したサドゥは、色々なものを見ていた。

 フランス組の「ジャンヌとマリーに来てもらい隊」の邪教の儀式染みた二人の名前の連呼、と言うか絶叫現場。

 食堂におけるアルトリア一同の大食い競争。

 科学者系サーヴァント+ブラヴァツキー夫人によるビフォーアフター・カルデア改造計画の会議場。

 マスターと結婚し隊による、マスターへのアプローチ報告会。

 正統派キャスター系サーヴァントによる、魔術実験報告会。

 その他にも所長を復活させようとか、マスターの負担を減らそうとか、自称色男達によるナンパ成果報告会とか、マシュの恋愛を応援し隊(これには加入した)とか、本当に色々な井戸端会議染みたものに遭遇した。

結果、数が数だけにそれだけでサドゥの半日が潰れる事になった。

 

 「…結局、何も出来なかった様な…?」

 

 ややぐったりとしながら、サドゥは自室へと足を運ぶ。

 でも、何というか…

 

 “楽しかったろ?”

 

 うん。そんな感じ。

 間違っても退屈ではない。

 刺激は多すぎる程だが…うん、嫌いじゃない。

 今日は診察もないし、夕食を抜かす形になるが、このまま寝てしまおう。

 そして漸く部屋に付き、扉を開けると…

 

 「あぁ、漸く来ましたね。」

 

 鋼鉄の白衣が居りました☆

 アイエエエ!婦長=ドノ!?婦長=ドノナンデ!?

 

 「軽く様子を見ようと思っていたのですが…貴方、夕食を抜くつもりでしたね?」

 

 /(^o^)\オワタ

 

 「安心なさい。今夜は私が貴方の分を作りましょう。栄養豊富かつ消化吸収に優れた完璧な病院食です。喜びなさい。」

 “ねぇねぇ今どんな気持ち?まさかの婦長の手作りとかNDK?www”

 

 うるせぇぞアヴェさん!

 こんな時ばっか煽るなや!

 

 「では行きましょう。幸い、食材は十分ありますし、今なら十分夕食の時間に間に合います。」

 

 そして私は婦長にガッチリと拘束されたまま、食堂へと連れていかれました。

 

 

 

 

 追伸

 料理自体は美味かったし、食べやすい柔らかさ&大きさだったけど、漂う消毒用アルコールの臭いの濃さで台無しな上に酔っぱらった。

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その18 日常が漸く終わる…編

 第六特異点、神聖円卓領域キャメロットの修復は終わった。

 聖地を拠点とする獅子王率いる円卓の騎士(の半数)と旗下の騎士達、砂漠の中のピラミッドを拠点とするファラオとその臣民達、そして山中に潜む元々この地に住まう人々とそれを守る歴代のハサン・サッバーハと大英雄アーラシュ。

 凡そこの三つの勢力に分かれながら、第六特異点は崩壊しつつも安定していた。

 それは焼却でも修復でもなく、分離する前の、嵐の前の静けさとして。

 聖都から聖杯を奪取したファラオ・オジマンディアスは不調を抱えながらも、自らの民を守らんとしていた。

 ハサン達は地元の生き残り達を山村に集め、細々と暮らしを続けようとした。

 そして、聖都の獅子王は自分が好む「正しい選択しかできない人間」を蒐集・保管するため、聖抜を行っていた。

 現地にてハサンらに協力したカルデア一行は、ファラオの、ハサンらの意見を聞き、聖都にて獅子王からの意見も聞くために彼の地に向かい、道中で現地の人々に物資の支援を行いながら、そして聖別に遭遇した。

 それは獅子王の御眼鏡に合わなかった人間達への虐殺であり、粛正だった。

 それを防ぐために交戦に入り、そこで協力してくれた円卓の一人であるベディヴィエールと共に殺されかけた民を守りながら山村へと撤退した。

 だが、円卓の追撃部隊に補足され、カルデアから現地の情報支援の不安定さから念のために来ていたダ・ヴィンチの特攻による時間稼ぎをしながら、何とか逃げ延びた。

 そして、結論として現状の戦力ではとてもではないが聖都の獅子王には勝てない事だった。

聖杯ではなく、獅子王本人から与えられた加護によって強化された円卓の騎士は、例え半数以下と言えど極めて精強であり、それを覆すにはファラオらとの同盟が不可欠となった。

 無論、現状では同盟相手としては格不足であり、聖都とファラオは不可侵条約を結んでいる。

 それを破っても良いと思わせるだけの戦力が必要であり、そこにカルデア一行だけでは足りなかった。

 そして呪腕のハサンの提案で向かったのが、アズライールの霊廟、即ち初代ハサンが奉られた唯一の場所だった。

 

 その地にて彼らは出会ったのだ。

魔術王に匹敵する冠位、即ちグランド・アサシンたる“山の翁”に。

 

 此処での会話は記録されていない。

 何故なら、その記録すら殺され、各々の記憶の中にしか存在しないからだ。

 そこで何が語られたのかを、立香もマシュも、英霊達も、誰一人として漏らさなかった。

 だが、そこから先は強敵と聖槍による砲撃、そしてアーラシュの犠牲による防御こそあったものの、トントン拍子に話は進んだ。

 聖杯を持つファラオの下で、魔神柱を倒す事で聖杯を入手した。

 そして、ファラオ勢と山村の人々、そして現地で荒野を彷徨っていた人々を糾合し、聖都の獅子王らと決戦に臨んだ。

 結果として、砂漠で行き倒れていた所を拾った野良サーヴァント二人、即ち俵藤太と三蔵法師の活躍により軍勢と城門を突破、最大の懸念である常時午前中状態のガウェインも約定によって参加してくれた“山の翁”に釘付けとなり、カルデア一行は聖都へと侵入した。

 そこは既に聖槍ロンゴミニアドにより変質していた。

 本来人間だった騎士達は変質した騎士王の眷属となり、人理からこの都市は乖離しようとしていた。

 残存した円卓もまた最後まで戦うも、次々と討たれ、倒れていく。

 ファラオらも、ピラミッドを枕に聖槍を消耗させつつも、極光の中に消えていった。

 ハサンらも、残った三人が死力を振り絞るも破れ、道連れにトリスタンを悪魔へと変貌させた。

 そして、カルデア一行は獅子王の、否、女神ロンゴミニアドの前へと至った。

 その正体はベディヴィエールが三度目でも、聖剣エクスカリバーの返却を行わなかった可能性の果て。

 数百年以上も聖槍を所持した事によって完全に女神へと変貌した存在だった。

 対界宝具を持った、真正の女神。

 世界の表裏を縫い止める光の柱の暴威。

 それでも13の拘束によって全力ではないのだから恐れ入る代物だった。

 その火力たるや、明らかに魔術王に匹敵するものがあった。

 であれば、それを発揮させない様にするべきだろう。

 カルデア一行が取った選択は、接近戦による宝具解放の阻止である。

 無論、戦士として一流でもある女神に、そんな策が易々と通じる筈はない。

 だが、それを成さしめる超一流の戦士達がカルデアにはいた。

 影の国の女王ことスカサハ、叛逆の騎士ことモードレッドらが攻撃を。

 対竜戦闘の専門家ことジークフリート、円卓所縁である故にマシュが盾役に。

 更に全体支援のために孔明、そして遊撃として呪腕のハサンが参加した。

 何故呪腕が?と言われると、彼のスキルに由来する。

 風除けの加護:A

 本来は台風や砂嵐から身を守るためのものなのだが…Aランクとなれば、それこそ在り得ぬ結果すら招く事も出来る。

 それは嵐の王たる女神が振るう槍の暴風さえ例外ではない。

 これが真名解放込みのものなら、確かに一撃で呪腕だけでなく、全員が壊滅していただろう。

 しかし、その余波程度であればどうとでも出来るのだ。

 結果、弱体化され、強化された超一流の技能を持つ英霊達に、女神は圧された。

 だが、最後の最後になって、持ち前の負けず嫌いからか、自爆覚悟での聖槍の解放が行われると、流石に一同も焦った。

 あわやと言う所で、ベディヴィエールの援護により、マシュの本当の真名が解放され、聖槍の一撃を防いだ。

 そして、ベディヴィエールもまた、返還しそこねていた聖剣を今度こそ返還する事で、その長い旅路を終える事となった。

 人としての人格を取り戻した騎士王は、急速に人理修復が進む中、カルデア一行に魔術王の居場所を知る術を告げた。

 それこそが第七特異点、魔術王が自身の時代から直接聖杯を送った時代。

 人類史の始まり、神々との別離の始まり、古代メソポタミア、ウルクにあるであろう聖杯の入手を。

 

 それを以て、第六特異点攻略は成功に終わった。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 「よぅ、お疲れ。」

 「あ、どうもアヴェさん。」

 

 帰還した立香が休憩所でぼぅっとしていると、飲み物を二人分持ったサドゥ、否、アヴェンジャーが声を掛けてきた。

 あの夢を用いた治療で邂逅してから、時折アヴェンジャーは顔を出すようになった。

 何故か冬木の聖杯戦争に参加した事のある面々は顔を顰めるが、本人はそれすらも楽しんでいるようだった。

 マシュもマシュで「姉さんなのに姉さんじゃない…これはこれで!」とか言ってたので、(趣向や発言は兎も角)多分大丈夫なのだろう。

 

 「んで、どーだったよ、女神様の相手は?」

 「すげーしんどかった。」

 

 そも、神々とは人格を持った自然現象である。

 後天的に神霊となる事もあるが、基本的に人間には厳しく、身勝手であり、抑えると言う事は余りしない。

 だが、同時に自らの存在意義や領分、所謂マイルールに関しては随分と厳しい存在でもある。

 要はこの星の端末の一つでもあるのだから、出鱈目であって当然なのだが。

 今回相手にした女神にしても、その火力だけなら神霊でも各神話の戦神や主神クラスに並ぶ存在だ。

 本当に、ああも押す事が出来たのは、彼女がこのカルデアではよく知られる騎士王から派生した存在だからこそ、だろう。

 

 「第七にも神霊はいるからなぁ…。訓練メニューに対神霊を加えといた方が良いだろうよ。」

 「ですよねー。ゴルゴーン三姉妹が可愛く見えてきたよ…。」

 「………。」

 「何で哀れそうに肩叩くのさ!?」

 

 ぽんぽんと気の毒そうに肩を叩いてくるアヴェンジャーに、立香が叫ぶ。

 一体どんな大魔境なんだよ第七特異点。

 

 「んで、決めたのか?」

 「あぁうん。一緒に行こう、アヴェンジャーにサドゥ。」

 

 何でもない事の様に、さも当然の様に、立香は重大な筈の決断を下した。

 

 「お?結構あっさり決めたな?」

 「まぁ、ベディヴィエールの事もあったからね。」

 

 第六特異点では、相手が騎士王で、ベディヴィエールが仲間だったからこそ勝利できたと言える。

 となれば、居るのだろう、確実に。

 アヴェンジャーがいる事で勝ち目が出来る神霊やそれに比する存在が、第七特異点に。

 

 「その点も考慮してほしいって言ったら、ドクター達も了承してくれたよ。」

 「そかそか。なら、オレらとしても願ったり叶ったりだな。」

 

 それだけ言うと、アヴェンジャーは目を瞑り…

 

 「…あれ、立香…?」

 「おはよ、サドゥ。」

 

 あっさりとサドゥと入れ替わった。

 

 「…アヴェさん、何か酷い事しなかった?」

 「しないしない。寧ろ飲み物までもらっちゃった。」

 「…そう。割と悪っぽいけど面倒見の良い人だから、余り心配してないけど、あんまり入れ込んじゃダメだよ…?」

 “誰が面倒見の良い人だ、誰が。それはあのブラウニーだろが。”

 

 内面からの抗議を放置して、サドゥはよっこいしょっと、腰を上げた。

 

 「お、何処行くの?」

 「…食堂。祝勝会があるだろうから、お手伝い。」

 

 今回も何とか勝ったのだ。

 となれば、お酒好きな英霊の多いカルデアでは、間違いなく宴会が開かれるだろう。

 そうでなくてもしょっちゅう酒盛りが開かれ、時折ナイチンゲールに蹴散らされるが。

 

 「そっか。じゃぁボクも行くよ。」

 「…休んだ方が…。」

 「良いって。今は何かそんな気分なんだ。」

 

 既に立香の心は穏やかだった。

 あんな恐ろしい女神や騎士達と戦ったのに、目の前の少女が快方に向かいつつあり、また会う事が出来たと言うだけで、多少の元気が湧いてきたのだ。

 我ながら現金だとも思うが、年頃の男の子なんてそんなものだ。

 

 「…そう。じゃぁ行こう。」

 「うん。行こっか、サドゥ。」

 

 そう言って、手を繋いで食堂まで一言も交わさず、ゆっくりと歩いていった。

 

 

 

 

 うっかり食堂に到着するまで手を繋いでいてしまい、マシュに焼きもちを焼かれて二人がご機嫌取りに四苦八苦する事になるのは、完全な余談だ。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 深い深い、光さえ届かず、適応できない者は遍く死ぬ海の底。

 深海の生物すら寄り付かぬ存在が、そこには眠っていた。

 銀の長髪に豊かな肢体、そして頭部から伸びる弧を描く大きな角。

 目を瞑り、身体を丸めた姿は胎児の様だ。

 しかし、その本質は真逆、彼女こそこの星全ての生命体の母胎となった女神。

 身体を裂かれ、力の多くを喪失し、しかして子たる神々でもなお殺し切れずに、海の底へと封じられた、原初の神の一柱。

 彼女は眠り、微睡み、夢の中を揺蕩い続ける。

 未だ深き眠りにある彼女が、二度目の運命に出会う日は、まだ来ない。

 

 “…………。”

 

 だが、確実にその日は近づいていた。

 

 

 




さて、次からお楽しみの第七特異点ですよー(にっこり
とは言え、結構飛ばす予定。
いつも通り書きたい所だけ書いていくつもりです。


うっかり書きたい所が増える可能性も無きにしも非ずですがw


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その19 第七特異点 序

ウルク編もダイジェストでお送り済ますので、そこの所よろしくお願いします ノシ


 

 

 

 「じゃぁ皆、準備は良いかい?」

 「うん」「はい」「…うん」

 

 それぞれ装備をしっかりと整えた状態で、一同は司令官であるロマンにそう返した。

 既に立香はカルデアに来た当初の子供ではなく、マシュもまたデミサーヴァント化実験の失敗作ではなく、サドゥもまたモルモットではない。

 三人が三人とも、戦闘に関して、特異点修復に関して、相応の経験を積んできた。

 そうでなければ、生き残れなかったとも言えるが…。

 

 「これが最後の特異点だ。そして、ウルクの聖杯を獲得し、魔術王の玉座の座標を得れば、即ち魔術王との決戦の始まりだ。」

 

 一拍置いて

 

 「必ず成功させよう。どうかこの旅の終わりに相応しいものに。」

 

 この一年の苦難の旅における、最後の旅。

 だが、それで終わりにはさせまいと、カルデアの全員が自分なりに気合を入れていた。

 

 「うん。行こうか、マシュ、サドゥ。」

 「はい!行きましょう先輩!」

 「…うん、行こう。」

 

 言葉少なに、三人は最後のレイシフトを開始した。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 『いやー、一時はどうなるかと思ったけど、割と何とかなったね!』

 「この状況にその発言ですか…一遍死んでみますかドクター?」

 「………。」無言で拷問の用意を始める

 『ごめん。流石に悪ふざけが過ぎた。』

 

 カルデア一行がレイシフトした筈のウルク。

 しかし、その地に張られた結界により弾き飛ばされたカルデア一行は、場違いな場所へと緊急着陸してしまう事となった。

 辛うじて発動の間に合ったマシュの宝具により、全員が無事だったが、土地勘のないまま、ウルクを目指して進む事となった。

 道中、襲い掛かって来た多くの魔獣を返り討ちにして素材にしつつ、野良サーヴァント(と思われていた)エルキドゥと接触、途中で魔獣が埋め尽くす絶対魔獣戦線バビロニアを遠目に納めつつ、ウルクまでの迂回ルートを案内してもらったのだ。

 かなり遠回りでドンドン遠ざかっていく事に不審を抱きつつも宛てもないカルデア一行はそのまま同行していたのだが…遭遇したフード姿の少女と男の二人組によって馬脚を現わしたエルキドゥと交戦に入った。

 流石は最古の大英雄の片割れと言うべきか、凄まじい戦闘能力でカルデア一行すら窮地に陥りかけたので、フードの男ことマーリンによる空間転移によって難を逃れた。

 そしてつい先程まで、ウルクで英雄王ギルガメッシュと会談していたのだが…

 

 「見事に相手にされませんでしたね…。」

 

 そう、そうなのだ。

 祭祀長のシドゥリと言う女性(恐らく神性持ち)の取り計らいで、何とかこのウルクにカルデア領事館を開設する事に成功したのだが…

 

 「…先ず、見てほしいのだと思う。ローマと、同じ。」

 「うん。僕もそう思う。」

 

 このウルクを、そこに住まう人々を、その暮らしを、それらを守ろうとする人々を。

 それらを体験として見聞きして初めて、自分達は此処で戦う事になるのだと思う。

 

 『先ずは地道にって事かぁ…。まぁ仕方ないね。取り敢えず、今日の所はもう休もう。霊脈の確保はもう出来たのだし、物資の輸送なんかは明日行う事にしよう。』

 「…ドクターも、お休みなさい。ダ・ヴィンチちゃん、お願いします…。」

 『任せ給え!さぁロマニ!もう交代の時間なんだからほら管制室から出た出た!』

 『あぁ!?なんか最近ボクの扱いって毎回こんな感j』

 

 プツリと切れた通信で、一気に室内に静けさが満ちる。

 とは言っても、そこそこ広いこの建物、未だに広間の方では酒好き英霊による呑み会が行われているので、喧騒が無くなった訳ではない。

 ただ、外は遥かに静かで、灯りはあっても既に街は寝静まっていた。

 そもそも、ギルガメッシュ王や兵隊は別として、余り灯りをつけて夜更かしすると言う文化はこの時代には殆ど無いのだろう。

 

 「じゃぁお休み、二人とも。」

 「はい。お休みなさい、先輩。姉さんも。」

 「…お休み、また明日…。」

 

 そして各自が割り振られた部屋へと入っていった。

 

 (私は悲しい、妹が姉じゃなく想い人を優先している事に…。)

 “ポロローンってか?”

 

 トリスタン卿の物まねコントをしつつ、サドゥはいつものアヴェさんとのお喋りに入った。

 

 “で、バレなかったのか?”

 (まぁ今はまだ、って所かな?)

 

 最近、喉や手足の先だけじゃなく味覚や色覚にも異常が出てきた。

 味覚は鈍り、余程味の濃いものでしか感じられなくなり、色覚は段々と無彩色に近づいていた。

 

 “カルデア側も多少は把握してるだろうが、それでも全部じゃねぇんだろ?”

 (うん。あくまで一般的なバイタルデータだからね。)

 

 心拍数や血圧に体温、魔力や魔術回路、呪詛や瘴気なんかを検出して普段の数値と比較して異常を把握している。

 通常の状態から既に異常をきたし、更には感覚器官の不調と言う周囲の人間には分かり難いものなら、尚更把握は無理だろう。

 

 (まぁ鯖の人達なら何かおかしい位は思ってるだろうけどね!)

 “まぁーしゃーないな。あいつら軒並み超人揃いだし。”

 

 取り敢えず、実験の経験及び感じからして「第七特異点の間は辛うじて保つ」だろう事は分かる。

 だが、それが終わった途端に死んでもおかしくはなかった。

 寧ろ…

 

 “まだ死んでないのはオレと魔術王殿に感謝しておけよ?じゃなけりゃ確実に第六の辺りでおっちんでるぜ?”

 (うん、そこら辺は本当にありがとう。)

 

 要は肉体を一時とは言え仮死状態にする事で、延命を図ってくれていたのだ。

 特に先日までやっていた催眠療法?ではそのお蔭で、稼働時間を節約できたのだ。

 短命を設定された身でも、そのお蔭でまだ辛うじて動けていた。

 

 “まぁ難しいのは明日だな。そら寝ろほら寝ろさっさと寝ろ。”

 

 あいあい、お休みー。

 そんな事を脳内で呟きながら、サドゥは日課の様にこのまま覚めない事を祈りつつ、意識をあっさりと眠りへと沈めていった。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 “さーてと…あの蛇女やかーちゃん相手に何処までいけるのやら…。”

 

 自らの器となった魂を穏やかに見つめながら、この世全ての悪は一人愚痴った。

 

 “あの後輩がなぁ…まぁ才能あんのは分かってたが。”

 

 やれやれと肩を竦めた様な気配を出しつつ、アンリマユはその真名に似合わぬ思考を続ける。

 

 “とは言え、此処が最後の分水嶺だ。ここで間違えればもう無理だ。だけど…”

 

 アンリマユは思う。

 人の悪性を認めながら、それでも善性を尊ぶ悪役は人を想う。

 

 “お前が本当に一人の人間になるには、それが必要なプロセスなんだ。”

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 「良かったのかい、彼女を送り出して?」

 

 ダヴィンチの工房に、その部屋の主の声が響いた。

 

 「えぇ。司令官と彼女自身が決めた事ですから。」

 

 それに応えるは真紅の軍服に豊かな肢体を包んだ女性、ナイチンゲールだ。

 

 「彼女は既に限界です。戦闘行為を含めれば、どう考えても一月保ちません。催眠療法のお蔭か、精神は持ち直した様ですが、同時に肉体の崩壊も一時的に停止していたようです。」

 「非常識だね全く。万能の天才である私がこうも手を拱くとは。」

 

 レオナルド・ダ・ヴィンチ。

 天才の名を恣にした彼?彼女?にこう言わしめる位には、サドゥと彼女の中の英霊は異端であった。

 

 「エミヤもカッ飛んではいたけど、これはまた別方向だね、どうにも。」

 「とは言え、出来る手段は取ります。彼女が旅を継続するにあたって、医療面でのサポートは欠かせません。」

 「とは言え、君を行かせる訳にはいかないよ?当面は投薬だけにさせてもらう予定だし。」

 

 ナイチンゲールの存在意義とも言える患者の治療に、しかし、待ったがかかった。

 生前の彼女ならそんなものは放置して突っ切る所だが、今は生憎と司令官の指示の下で活動しているのだ。

 明確な指揮系統の維持の大切さを(同時に短所も)知りながら、その妨害をする様な真似は自分からは出来なかった。

 

 「まぁもしもの時となったら、それこそお願いするだろうね。」

 「分かりました。今はその様にいたしましょう。」

 「うん。んじゃお休みー。」

 

 こうして、ウルクでの目まぐるしい日々、その最初の一日が過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「まぁ余り酷い様ならば私も行きますが。」

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その20 第七特異点 破

 ウルクにカルデア大使館が開設し、既に3週間が経過した。

 カルデア一行はウルク市民から依頼を受け取りつつ、彼らの暮らしの助けとなり、カルデア一行が街へ溶け込む一助となっていた。

 

 「何故たった3週間でこんな濃い出来事が続くかなー…。」

 「それは、主に英霊の皆さんとこの神代と言う環境がそうさせるのかと。」

 

 この三週間、本当に色々あった。

 具体的にはギルガメッシュ王の召喚した極東系英霊達+レオニダス王との交流とウルク市民からの依頼だ。

 具体的には唐突に飛来してくる女神イシュタルの迎撃とか、撃退とか、撃墜とか。

 他にも郊外の羊牧場で羊毛刈りの筈が出現した魔獣狩りとか、地下世界からの進出を目論む地底人ヨヒメンの撃退及び兵器舎の親方の奥さんの保護とか、レオニダス・ブートキャンプ・ウルク編・広大な川掃除だとか、高騰した羊肉と乳を巡る争いの調停とか、本当に様々な依頼があった。

 世知辛いと思えば情け深く、不運かと思えば幸福もあり…ウルクと言う場所は、様々な一面を持ちながら人々の営みがあった。

 そして、カルデア大使館もまた、騒がしくも暖かい、学生寮の様な雰囲気があった。

 とは言え、ウルク最大の脅威たる三女神同盟の件に関しては、然程進展は無かったのだが。

 

 「国民一体になる事で、現状に関しては何とかなっている。けど、根本的解決には至ってない。」

 

 イシュタルを含めた三女神と再起動したエルキドゥによる、ウルクへの侵略。

 聖杯の持ち主、そしてあの魔獣の群れを生み出しているであろう女神が何処にいるのか?

 それを把握し、対処しなくては、この特異点は終わらないだろう、と言うのがカルデアの見解だった。

 まぁ、本当の憂慮すべき事態はもっと深刻で絶望的なのだが。

 

 「とは言え、今は地道に活動するしかないしね。」

 

 いっそ軽薄とも知恵が足りんとも取れる立香の態度だが、何時如何なる時でもその態度を崩さない姿勢は寧ろ指揮官としての優秀さを示していた。

 6もの特異点修復と、多くの英雄豪傑化生神霊との交流の日々が、彼にカルデア唯一のマスターとしての能力を培わせる土壌を確かに育んできたのだ。

 

 

 

 

……………

 

 

 

 

 ある日、珍しくアナの依頼でウルク市内に存在していたガルラ霊を退治した後の事。

 シドゥリへの報告のため、アナとマシュと別行動となり、立香とサドゥの二人+フォウ君でカルデア大使館に戻ろうと言う時の事だった。

 

 「…何処の爺さんだよアレ。この辺りのモンじゃないよなぁ?」

 「嫌だわ、物乞いなんて…。片足もあんなに…負傷兵でもあるまいし…。」

 「放っておけば、養護係が来るだろ。巫女所にはそのための予算と人員がいるんだし。」

 「それはそうだけど…あの人、随分前からあの場所を動かないし…もう二日は何も食べてないんじゃないかしら?」

 

 市民の声に視線を向ければ、そこには道端で黒い襤褸切れで全身を隠した、杖をついた総白髪に白鬚の老人がいた。

 その姿は小汚く、浮浪者そのものだったが…その薄すぎる気配と濃密な死の香りに、ザワリと霊基が反応し、僅かな期待に胸が高鳴った。

 

 “へぇ…こりゃすごいな。”

 

 こちらの内心を余所に、立香が不自然にならない程度にその老人に近づいていく。

 サドゥ自身は危険はないと自身に言い聞かせつつ、何時でも立香を庇える位置をキープしておく。

 まぁ肉壁程度で時間稼ぎが出来るとは思えないが…それでもデミとは言えサーヴァントとしての役割を放棄するつもりは無かった。

 立香が老人の前に辿り着き、パンを置いてそっと立ち去ろうとし…

 

 「待たれよ。」

 

 突如、老人の威厳溢れる声で呼び止められた。

 余りのCV:ジョージに、サドゥは内心ドキドキしていたが。

 

 「…出過ぎた真似、だったでしょうか?」

 

 立香が困った様に言い、老人が重々しく頷いた。

 

 「そうだな。実にその通りだ。」

 

 老人はゆっくりと、威厳だけではなく、不思議と染み渡る様な深い声で訥々と語り始めた。

 

 「若者よ。哀れみは時に侮辱となる。覚えておきなさい。謂われなき憐憫は悪の一つであり、謂われなき慚愧も、また悪の一つ。そして、謂われなき自省も同じく、悪の一つ。」

 

 最後の自省の部分だけは、サドゥに向けてのものだった。

 この老人は今一目見ただけで、はっきりとサドゥの心の瑕疵、悪癖を指摘した。

 

 「だが、細やかな気遣いにまで難癖をつけては、それこそ老害の誹りを受けよう。」

 

 そこで少しだけ雰囲気が軽くなった。

 

 「金銭ではなく、今私が必要としたものだけを譲り渡した判断には感心した。ありがたく受け取ろう。」

 「フォフォウ!?」 訳:でも食べないんだ!?

 「…こっちもどうぞ。」

 

 フォウの突っ込みに連動する様に、サドゥも飲み物として携帯していたざくろジュース(100%ではない)の入った水筒を渡した。

 本当はシェニーナ(乳飲料の一種)や麦酒に果実酒や単なる水の方が良いのだが、この人物は食事で戒律の多い事で知られるとある宗教の関係者なのだ。

 その宗教では、ザクロは無花果と並んで万病の薬にしてその力の、ひいては神との合一の象徴として珍重されてきたと言う。

 そういう意味も勿論あるが…

 

 (…いや、こっちの固めのパンだと、喉に詰りそうだと思ってさ?如何に偉い人でもお年寄りなんだし、気遣いは大事でしょ?)

 “それ、歴代のハサン共に言ってみ?絶対阿鼻叫喚だから。”

 (そんな怖い御人かなぁ?)

 

 実際はこんなもんである。

 あんな凄い人に介錯してもらったら、寧ろ誉だとサドゥは思うのだが、閑話休題。

 

 「ふ…受け取ってしまったからには、こちらも何かを返さなければな。」

 

 老人は何処か愉快げな雰囲気を滲ませながら、漸く名乗りを上げた。

 

 「私はジウスドゥラ。見ての通り、明日も知れぬ老人だ。だが、其方は明日ある若者。であれば、忠告こそが最も価値あるものとなろう。」

 

 サドゥとアヴェさんが「前半は絶対嘘だー!」と内心で突っ込みつつも、話は続く。

 

 「心するが良い。これよりウルクに三度、嵐が訪れる。」

 

 それは忠告と言うには余りに重い、予言の言葉だった。

 

 「憎しみを持つ者に、理解を示してはならぬ。

  楽しみを持つ者に、同調を示してはならぬ。

  そして…」

 

 そして、最後の一句が一番重かった。

 

 「苦しみを持つ者に、賞賛を示してはならぬ。」

 

 老人の言葉は、何故か一字一句違える事なく、立香の心に「刻まれた」。

 

 「ゆめ忘れるな。これらが人道に反していようが、そも神を相手に人道を語る事こそ愚かである。」

 「あなたは一体…。」

 

 立香は当然の疑問を口にした。

 三度の嵐、神、そして三つの忠告。

 このウルクの状況を考えれば、それはどう考えても三女神同盟とその攻略法にしか聞こえない。

 それを告げる老人が何者なのか、それを問うのは余りに当然の疑問だった。

 だが、そこまでだった。

 彼が瞬きした瞬間には、既に老人の姿は影も形もなく、まるで白昼夢の様だった。

 

 「………。」

 

 だが、厳しい目をしたサドゥが日よけのコートの下に密かに双剣を持っていた事から、今あった出来事が夢ではないと語っていた。

 

 「…行こう、立香。」

 「うん…。」

 

 硬直していた身体から力を抜いて、そう告げるサドゥの手を取り、大使館を目指す。

 きっと、また出会う事になるだろうと思いながら。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 『彼岸に焦がれる娘よ。汝に未だ晩鐘は鳴らず。しかし、間もなく晩鐘の時が訪れる。それまでに、己が存念を晴らすが良い。』

 

 立香は知らない。

 かの老人がもう一つ、その場にいた少女に忠告を贈っていた事を。

 もう間もなく、別れの時が近づいているという事を。

 立香はまだ、知らない。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 そして事態は推移する。

 細やかな雑務の果て、遂にカルデア一行はウルク市街に王命を与えられて調査に乗り出した。

 先ずは帰らずの森、熱帯のジャングルとそこに囲まれたウル市の調査に行ったのだが…そこには密林の狩人ジャガーマン(と言う名のナニカ)の縄張りだった。

 何かとふざけた存在なのに強さだけはある襲撃を超えた先で、カルデア一行はウル市に到着し、市民の無事を確認したのだが…そこは既に男達が、戦える者全てが生贄(と言う名の基本強制労働)に捧げられていた。

 また、その地に安置されていたマルドゥークの斧の健在もまた、確認された。

 

 次の王命はギルガメッシュ王本人を連れて、ペルシア湾での水質調査だった。

 観測所にて、魔術王によって再起動させられたエンキドゥに襲撃を受けるも、ギルガメッシュ王を見た途端、不調を来して撤退した。

 

 三番目は、クタ市にて天命の粘土板の捜索だった。

 ギルガメッシュ王が千里眼で見た未来を描いた粘土板、それは瞑想中に書かれたもので今日まで所在不明で内容も不明だが、しかし未来において重要な内容が書かれていた。

 そして、道中の牧場で魔獣素材祭りと牧場のイシュタルによる被害報告の後、市民全てが眠る様に息を引き取っていたと言うクタ市に到着した。

 その後、カルデア一行は散開して街中を捜索していたのだが…一人になっていた立香とカルデアの通信が乱れたと思ったら、その足元が急に崩落した。

 即座に死の匂いと敵意を感じたサドゥが急行した所、其処にあったのは狐に摘ままれた様な顔をした立香と、その腕に抱かれた粘土板だけだった。

 立香の見たもの、それは地下に広がる冥界とガルラ霊、そしてあの老人に助けられた事だった。

 老人の存在を考察するのも束の間、自分の素行調査をしくさったカルデア一行に対し、女神イシュタルが攻撃を仕掛けてきた。

 だが、イシュタルの不調もあって撃墜・無力化に成功、三女神同盟の目的や召喚経緯を聞き出す事に成功した…のだが、地下に広大な冥界の広がるクタ市では、夜になったら死者が活動を開始するらしく、死者から襲撃を受けた。

 目的は既に達成したので、カルデア一行はイシュタルの拘束を解いた後に、無数の死者溢れるクタ市から撤退した。

 

 そして、遂にギルガメッシュ王の名代となる事を賭けて、カルデア一行は魔獣戦線、北壁の戦い、ニップル市解放作戦へと参加した。

 だが…

 

 「やれやれ、どうにもきな臭い。明日は誰かが退場するかもだ。一人、いや二人かな?」

 

 マーリン、稀代のキングメーカー、グランドキャスターの一角の懸念は的中してしまう。

 

 ニップル市解放作戦は、失敗に終わった。

 

 

 

 

……………

 

 

 

 

 魔獣達の餌場となり、既に蛻の空となったニップルには魔獣の指揮官であるエルキドゥが大型の魔獣ウガルと共に待ち構えていた。

 だが、彼の狙いはアナだった。

 重傷を負った彼女はフォウの秘めた魔力で共に空間転移する事で助かったが、直後に大地震、否、巨大質量の地下移動が発生、遂に二柱目の女神が姿を現した。

 自称、百獣母胎ティアマト。

 ウルクを襲う全ての魔獣達の母は、紫の長髪と黄金の翼と美女の上半身に蛇体の下半身を持った復讐の女神だった。

 

 「不可解だ。その様な脆弱さで、良くぞここまで辿り着いたものだ。」

 

 睥睨する、ただそれだけで身体が動かなくなるが…

 

 (フツーに動けるんですがそれは)

 “まぁオレらにとっちゃ今更だからなぁ。”

 

 サドゥにとっては別に大した重圧ではなかった。

 そも、本来の意味での女神なら、睨まれただけで魂が砕け散る筈。

 そうでないのなら、その程度の状態と言う事だ。

 

 (とは言え、地獄の撤退戦、開始―!)

 “自分で地獄と言える辺り、まだ余裕だよなホントマジで…。”

 

 が、復帰したカルデア一行であっても、上半身だけで10m、下半身に至っては100mを超える女神、更に再生能力持ちで、切り札に魔術王の聖杯まで保有しているとなれば、殺害の難易度は跳ね上がる。

 以前相対した女神ロンゴミニアドとはまた違った厄介さだった。

 

 「全員、撤退!」

 

 立香の言葉と共に、全員が北壁目掛けて駆け出す。

 だが、それに反して逆に前に出る影が二つあった。

 

 「…時間を、稼ぐ…。」

 「後はお任せを、マシュ殿!」

 「ッ、姉さんに牛若丸さん!?」

 

 共に敏捷においてはA+ランク、時間稼ぎ役としては最適な二人だった。

 だが、それは二人が万全な状態であるなら、と付く。

 

 「振り返らずに駆け抜けて下さい!足止めは我らが!」

 「…後で令呪で呼んで、ね…!」

 

 カルデア一行が駆ける中、牛若とサドゥはその敏捷性を存分に生かしながら、女神の巨体の回りを駆け、時に足場にし、チクチクと無視できない程度に刺し続ける。

 

 「どうか晴れやかに。笑顔無き者に大義は訪れません。」

 

 例え直ぐに再生するものだとしても、プライドの無駄に高い神霊にとって、それは無視できるものではない。

 

 「生前の私、源義経にはそれが無かった。故に勝っても最後まで負け続けた。――貴殿には、その様な結末は似合いませんとも。」

 

 駆ける、駆ける、駆ける。

 

 「小虫が増えたか。目障りだ、潰れるが良い!」

 

 刺す、切る、叩く。

 

 「笑止!宮本某であるまいに、その図体で虫が掴めるか!」

 「…ダイエット、した方が良いよ…。」

 「貴様ら、我が尾の上を…!」

 

 その余りの巨体故に、動作の機敏も精密性も期待できない女神は良い様に二人に翻弄される。

 

 「遮那王流離譚が二景、薄緑・天刃縮歩!――御眉間、貰ったぁ!」

 「ぐっ、我が顔に傷を…!許さぬ!」

 

 振り抜かれる尾、それはビル並の質量打撃兵器として、ニップル市の街並み毎、牛若丸を飲み込もうと迫り来る。

 既に船を出すだけの魔力が無い現状、牛若丸は敢え無く死亡するだろう。

 

 「…まだ…!」

 

 だが、それは彼女一人だけならの話だ。

 大量に投擲された双剣、その数は20。

 それが一点で爆破され、粉塵が巻き起こされる。

 

 「目晦ましか!馬鹿め!」

 

 女神は構わず尾を振り抜いた。

 特段、その程度で女神の尾の一撃は止まらない。

 圧倒的質量と神霊故の対魔力が、双剣の爆発を防ぎ切る。

 だが、地面にはそんな強度は無い。

 直前に女神によって散々に耕かされていたのなら、尚更だ。

 

 「…投影、開始…。」

 

 サドゥの周囲に展開された双剣、それはサイズと形状に多少の変更が加えられ、細長く鋭利になっているものの、いつもの右歯噛咬と左歯噛咬に他ならない。

 だが、その数が異常だ。

 数にして50、ギシギシと瀕死の身体が悲鳴を上げるが、痛みへの慣れからまだ行けると判断し、投影を続行する。

 

 「――工程完了。全投影連続層写…!」

 

 連続して投影された双剣が、剣の弾雨となって女神へと降り注ぐ。

 

 「…壊れた幻想。」

 

 投影魔術、ランクにしてE程度のソレは着弾後、一斉に起爆した。

 

 「…やった?」

 “フラグ乙。”

 

 直後、舞い上がった粉塵を貫く形で、黒い極太の光線が発射された。

 

 「強制封印・万魔神殿―!」

 

 真名の解放と共に、女神の周囲に広範囲に渡る結界が構築される。

 それに対し、元々距離を置いていた牛若とサドゥは割とあっさり離脱に成功する。

 牛若丸が先に、攻撃に移っていた事でサドゥがやや遅れる形で、瓦礫の山となったニップル市より離脱する。

 

 (うわーガチ切れだよ。)

 “まぁ女神ってそんなもんだしな。”

 

 やっちまったZE☆的な感想を抱きつつ、隙なく動き回り、射線から身を逸らす。

 粉塵が消え、姿を現した女神は、しかし先程の恐ろしくも美しい姿とは真逆、正に怪物としか形容できない姿となって、全身から伸びる蛇を振り回して、周辺を無分別に破壊していく。

 その攻撃にはニップル市周辺に展開していた魔獣も兵士も例外ではなく、溶解するか地面の染みにされていった。

 速度もかなりのもので、あの巨体故にかなりの速さで北壁に近づいている。

 

 「…もう一当て…!」

 「っ、いけませんサドゥ殿!」

 

 だが、今行かせたらカルデア一行が危ないし、何より北壁の魔獣戦線が瓦解しかねない。

 それ即ち、ウルクでの人理修復に失敗すると言う事だ。

 それは、絶対に避けねばならない。

 

 「…もう一度…!」

 

 アヴェンジャーの、その殻となった少年から継承された、極めて限定的な投影魔術。

 一組の双剣と、それの派生形しか投影できないが、幾らでも使い捨てできる武器と言うのは便利なものだ。

 

 「…投影開s」

 

 だが、その隙を見逃さない者もいた。

 

 「君、ちょっと邪魔過ぎるよ。」

 

 圧倒的な、それこそ一時的にA++ランクになるのではないかと言う程の、超高速の一撃が、サドゥの胴体を貫通した。

 

 「…ッか…!?」

 

 見れば、背後から自身を貫く細腕には見覚えがあった。

 

 「…く、ぁ…。」

 「お休み。良い夢を。」

 「サドゥ殿!!」

 

 ずぼりと、腕を引き抜かれる。

 同時、身体の中身が全て出ていくかの様に、腹部の穴から大量出血が始まる。

 

 (ましゅ、りっか、ごめ)

 

 

 そこで、サドゥの意識は完全に途切れた。

 

 

 

 

 

 




 まだ、彼女の旅は終わらない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その21 第七特異点 Q

 

 

 

 あたたかい おだやか しずか

 ねむる たゆたう まどろむ

 

 あぁ ここは いい

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 巨大な女神の襲撃に、カルデア一行はほぼ動揺しなかった。

 何、予想外の相手など、それこそ腐る程相手をしてきたのだ。

 今更巨大な怪物を相手にしても、動揺せずに対処は出来る。

 ただ、問題は一人の欠員を出してしまった事だった。

 それによりマシュが動揺するも、契約からまだ無事な事は判明していたため、何とか持ち直す。

 立香の判断により、即座に槍のクー・フーリンが援護に向かったが、殿を受けていたサドゥと牛若は重傷であり、サドゥに至ってはエルキドゥもといキングゥに捕獲されていた。

 対神性属性を持つキングゥ相手では分が悪く、クー・フーリンは牛若の離脱を支援しながら、その場で打ち取られた。

 女神の方はと言うと、ブーディカの戦車に乗る立香を狙って放たれた魔眼や光線をマシュの宝具で反射され激怒、北壁を射程に収めた状態で放たれた宝具により、北壁の一部が融解、兵とカルデア一行を庇ったレオニダス王が石化して撃破された。

 しかし、北壁に近づき過ぎた復讐の女神、複合神性ゴルゴーンは北壁にもしもの時のために配置されていたカルデア最高戦力の一角の射程に入る事となった。

 施しの英雄カルナ、授かりの英雄アルジュナ、そして理想王ラーマ。

 インド大英雄三人による、国殺しの奥義たるブラフマーストラ、カルナは槍無しだったとは言え、全力の一撃を三人で同時に放つ。

 端的に言って過剰火力であり、北壁に集っていた魔獣達の半数以上が余波だけで消し飛んだ。

※ガチ最高火力メンバーだと、これに槍の騎士王二人&エミヤ&ギルガメッシュ(弓)となる。

 その成立の由来から、神と魔、双方の性質を持つゴルゴーンにとって、三英雄の奥義は致命的にまで有効だった。

 それこそ、切り札である聖杯を使わざるを得ない程に。

 結果として、急激な魔力消費に耐え切れなかった立香がダウンした事、キングゥの介入、更にゴルゴーンが重傷により撤退を選択した事で、ニップル市解放作戦は失敗の形で終わった。

 

 それからの行動は迅速だった。

 ギルガメッシュ王との協議の結果、戦力の再編及び他の女神との交渉を図った。

 期間は10日、ゴルゴーンが再び侵攻してくるとギルガメッシュ王とマーリンの千里眼で予知された日までとされた。

 先ずは居所がはっきりしている密林の女神へ…と思ったら、女神ケツァル=コアトル本人がウルク市へやってきたので戦闘&交渉開始、立香が彼女の楽しみを正面から否定したのがツボったのか、余計に好感度を上げる事となった。

今度こそはと密林への道中でまたもイシュタルが襲撃をかけてきたので、本気モードとなった立香の下、対神性としてスカサハとカルナ、対空戦闘で活躍可能なエミヤとアルジュナ、アーラシュにより、呆気なく落としつつも、一先ず同行者とする事に成功した後、ケツァル=コアトルは撤退したものの、その日の内に密林に出発、例の如くジャガーマンに絡まれつつも、ケツァル=コアトルの本拠地たる太陽神殿を強襲、迎撃に出た女神とジャガーマン、眷属の翼竜に苦戦しつつも、立香は何とアステカ系の神殿の頂上部分…どころか、イシュタルの協力により上空からケツァル=コアトルへと射出、辛うじて女神自身の技量と善性によって救われ、結果的に説得に成功、加えてマルドゥークの斧を入手した。

 次に、エビフ山に陣取るイシュタルとの交渉を図った。

 道中、茨木童子とその手下の盗賊団と遭遇し、撃破後にマーリンにウルクへと転移で送ってもらいつつ、頂上で悪趣味な神殿に座すイシュタルと交渉開始。

 硬軟混ぜ合わせた上で、ウルクに貯蔵された宝石類を報酬に協力を要請、結果として総取りを目論むイシュタルを以前の様に撃破してウルクの宝石類の2割を条件で交渉成功、更にはエビフ山本人の横槍も撃破しつつ、一応これでミッションは完遂となった。

 

 だが、ウルクに帰還早々、ギルガメッシュ王の過労死を知り、盛大に焦る事となる。

 

 神代なら肉体が無事なら蘇生可能と言う事で、カルデア一行は今度は冥界へと出発する。

 イシュタルに地下への大穴を開けてもらい、出発した一行は冥界の門を潜り、冥界の女王にして、三女神同盟の最後の1柱たるエレシュキガルと交戦する。

 敗北後、殺せと言うエレシュキガルだが、以前出会ったジウスドゥラにより説教&惨殺、女神同盟の契約そのものを殺され、カルデア一行の仲間となり、更にギルガメッシュ王及び市民の多くの蘇生にも成功した。

 

 そして九日目、ゴルゴーン襲来の予測日より前に、ウルクとカルデア一行は攻勢に転じた。

 

 ウルク目掛けて侵攻する魔獣達は牛若と弁慶らに率いられたウルク軍が抑え、キングゥはケツァル=コアトルが抑え、更にマルドゥークの斧の投擲によってゴルゴーンの鮮血神殿に大打撃を与え、神殿内で新型の魔獣の生産に勤しんでいたゴルゴーンとカルデア一行は相対した。

 結果を言えば、ゴルゴーンは不死身ではなかった。

 集結する魔獣達を火力に優れるエミヤや壁役のジークフリートとヘラクレスに任せつつ、不死・神殺しを得意とするスカサハとクー・フーリン、カルナがゴルゴーンを担当する。

 止め役として式(暗)を配置し、直死の一撃を見舞うものの、人間への呪詛を吐きながら尚も生き足掻くゴルゴーンを、アナが崩落する鮮血神殿と共に相打った。

 その後、戦闘していたキングゥを新型の魔獣ラフムが襲い、コアとなっていた聖杯を抉り出し高速で離脱、それをペルシア湾へと投下する。

 

 そして、ゴルゴーンの死を契機に、リンクしていた原初の女神ティアマトが復活してしまった。

 

 ペルシア湾をケイオスタイドで黒く染め上げ、そこに浮かぶ頭脳体を撃破するものの、今度は山程もある巨大な真体を現わし、同時に無数のラフムを生み出し続け、ウルクどころか全方位の人間へと攻撃を開始した。

 これにより、最も生き残っていたウルクですら生存者は1000人を下回った。

 三日、ペルシア湾からティアマト神が到達するまでの猶予、それまでに対策を練り、実行する必要があった。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 あたたかな うみ

 しずかな こべや

 おだやかな ひかり

 

 “おきて。”

 

 なんで なんで なんで

 

 “おきて。おいで”

 

 ねむり たゆたい まどろむ

 

 “わたしの こども”

 

 わたしは

 

 “うまれておいで”

 

 

 

 嫌だ。

 

 意識が覚醒する。

 五体を意識しようとして、出来なかった。

 今の自分は脳だけのドロドロとしたもので、最早デミサーヴァントでも、況してや人間ですらない。

 ただ思考すらせず、眠り続ける肉塊。

 だが、暖かな母の声がそれを妨げた。

その自分を、生かそうとする者がいる。

 その自分を、世に生み出そうとする者がいる。

 

 ふざけるな。

 

 嫌悪、憎悪、憤怒。

 私/俺は、生きたくなんてない。

 そも、生まれる事すらしたくはなかった。

 生存は苦痛と同義であり、己と言う無知で無恥で無能を世に生み出すべきではない。

 なのに、なのに、なのに

 

 “うまれておいで”

 

 拒否、否定、拒絶。

 この私/俺を包む暖かな存在に嫌悪し、憎悪し、憤怒する。

 

 “うまれておいで”

 

 だが、母胎は正常な機能と本能として私/俺を生み出そうとする。

 ならば答えは決まっている。

 最初から答えは決まっている。

 殺す、消す、滅ぼす。

 生まれて初めて、サドゥ・キリエライトと呼ばれた存在は明確な人格を持つであろう自分以外の存在に対し、総身を満たす程の殺意を覚えた。

 

 “そうだ。それで良い。”

 

 先程の、母とは異なる声が響く。

 

 “理由はともあれ、お前はその感情を抱く必要があった。内側に向いた悪意を外側にして、そうして初めてオレ達は完成する。オレは望まれた悪として、お前は望んだ悪として。”

 

 五月蠅い、囀るな、御託は良い。

 この母胎を引き裂く、この母を殺す、この肉を塵殺する。

 私/俺に何かを求めるなら力をよこせ。

 

 “あぁ、無論そのつもりだ。”

 

 瞬間、私達は自己を認識した。

 自分がどうやって生まれたか、どう育ち、何と戦い、今どうしているのか、次に何をするのか。

 その起承転結の全てが一気に記憶に蘇る。

 ここは百獣母胎にして原初の母たるティアマトの胎。

 本来ならケイオスタイドに汚染され、とっくに魔獣へと変換されている筈の場所。

 

 “そら無論、泥は本分だからな。お互いに中和してんのさ。”

 

 そして全てが此処に結実する。

 サドゥ・キリエライトを作成する上での元となった設計図。

 即ちアインツベルン製小聖杯内蔵型ホムンクルス。

 あり得ない可能性が満ちる特異点での旅路。

 歴史の闇に消える筈だった呪詛。

 虚数の海たるケイオスタイドからの浸食。

 そして何より、母への殺意と言う禁忌たる悪意。

 欠けた歯車が奇跡的に噛み合い、天文学的な偶然と意思の果てに稼働する。

 

 “おうおう。んじゃそろそろ起きるか。殺意の貯蔵は十分か?”

 

 実行する。

 本来愛する筈の、自身を生み出す筈の母胎の殺害を実行する。

 嘗て子に殺され、遺骸を引き裂かれた母を、生まれぬ内から殺してやろう。

 この世全ての悪として、この世全ての母を殺そう。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 太陽神の光と、二つの防壁を超えた先で

 

 『■■■――ッ!?』

 

 ティアマト神の旋律の様な咆哮が止まり、苦痛による絶叫へと変化した。

 身を捩り、下腹に手を当てる様は、まるで陣痛に苦しむ母の様だ。

 しかし、実体は異なる。

 

 『■■■■■■■■■■■■―――ッッ!?!』

 

 手を当てていた下腹部。

 それが内側から複数の巨大な刃で貫かれ、次いで強引に左右に切開された。

 

 「な…。」

 

 余りの悍ましさにウルクで防戦していた者達が絶句し、殺戮を楽しんでいたラフム達すら動揺する。

 

 「――――――。」

 

 その引き裂かれた穴から、這い出てきた者が一人いた。

 カルデアでの記録では、サドゥ・キリエライトと呼ばれる少女。

 

 「――こ――」

 

 だが、その容姿は余りに違っていた。

 肩まであった髪は足元を超え、引き摺る程に長くなっている。

 その手に握られた双剣は、より長く、鋭く、禍々しい。

 

 「――ろ――」

 

 そして全身を覆っていた動く入れ墨。

 それら全てが青白く発光し、羊水の様に薄く黒い泥を被った肢体を染め上げている。

 

 「――す――」

 

 何より、外界へと決して悪意を向けなかった彼女が、今見せる凶悪な笑みと殺意は如何なるものか。

 

 「殺す。」

 

 直後、彼女の後へと続く様に、ティアマトの胎の穴から、無数の黒い獣が湧き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 




宝具:無限の残骸(アンリミテッド・レイズ・デッド)
 
 本来なら、繰り返しの四日間の中で、四日目の夜を経過・それまでにアヴェンジャー、バゼットのいずれかが死亡した場合に現れる知性を持たない怪物。
 アヴェンジャーの変異体であり、彼を妨害し、彼の根底的な望みである「繰り返される四日間」を延々と続けさせようとする。
 しかし、サドゥ・キリエライトと言う正常に機能しないながらも小聖杯としての機能を持つ少女を依り代に、あり得ない可能性が満ちる特異点を旅し、歴史の闇に消える呪詛を小聖杯の中に納め、虚数の海たるケイオスタイドへと浸食され、サドゥ・キリエライトがティアマト殺害の手段として望んだが故に発現した。
 アンリ・マユの対ビースト優勢により、ティアマトとその子供達に対しても高い威力を誇る。
 なお、矛先が人類に向いた場合、人類から悪性が、又は本体たるサドゥとアンリ・マユが消えない限り、文字通り無尽蔵の獣(対人類特攻持ち)が溢れ出し、人類絶滅を目指して行動する。
 但し、個体としての性能は英霊として見れば低く、人間以外の英霊や死徒等には弱い。






目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その22 第七特異点 || 

この話で第七を終わらせる予定だったんですが…もう少しだけ続きます。


 

 カルデア設立当初のアニ厶スフィア当主マリスビリー・アニ厶スフィアは、手段こそ不明なものの、人理焼却と言う未曾有の大災害を事前に察知しつつも、有効な手を打てていなかった。

 

 英霊召還は失敗続き、英霊に迫る兵器の開発も滞っていた。

 兵器ならアトラス院があるし、英霊召還も本当に必要ならアラヤが勝手にやってくれると言う意見も根強く、資金を入手し、施設を設置してまでも備える必要を、多くの魔術業界関係者が感じなかったと言うのもあった。

 端的に言って追い詰められていた彼は、独自の方法をとる事は諦め、既存の方法を取る事で妥協した。

 即ち、自身も参加した聖杯戦争の模倣だった。

 システムの根幹を成す大聖杯、賞品として渡される小聖杯。

 7騎の英霊の分け身たるサーヴァントを生贄とした、世界の外側への孔を開ける儀式。

 無論、聖杯なんて作るつもりはない。

 模倣するのは英霊召還術式及びサーヴァントを現世へ繋ぎ止める一連の契約システムだ。

 自身が優勝したのを良い事に、マリスビリーは手に入れた小聖杯のみならず、殆ど管理されていない大聖杯すら間桐の妨害を退け、その一部だけとは言え解析に成功、模倣する事に成功したのだ。

 とは言え、材料となる冬木の聖女も無ければ、アインツベルン程の高度な錬金術も無い。

 なので、そのシステムの多くは現代でも資金さえあれば用意できるものに代替された。

 大聖杯はカルデアに用意された霊子演算装置トリスメギストスで術式を演算・行使し、サーヴァントの維持のための魔力は電力を変換して賄いつつ、マスターと英霊の契約を補佐する。

 そして、召還のハードルと維持費用を低く抑えるため、敢えて最初は霊基を弱体化した状態で召還し、その後に必要ならば改めて霊基を強化するか、魔力へと還元する事で面倒を減らす事で運用性を向上させたシステム・フェイト。

 これは後に基盤に多くの高名な騎士達が集った円卓そのものを置く事で漸く実用段階での完成を見た。

 そして、英霊を現世に留める楔にして、同時に現界のための器として、デミサーヴァントの作成。

 この計画が成功すれば、英霊は成長可能な器を得る事で生前の限界を突破し、契約が無くとも行動可能となり、ある程度は魔力も自己生産可能で、更に単独行動すら可能となる。

 だが、デミサーヴァント計画は失敗続きだった。

 入手した優秀な魔術師の生殖細胞を組み合わせ、受精卵の段階から改良し、英霊の器としての機能を盛り込む。

 しかし、一度たりとも成功せず、その多くは不定形の肉塊にしかならなかった。

 故に、マリスビリーは英霊を納める器、即ち小聖杯に着目した。

 既に大聖杯の模倣に一部とは言え成功していた事もあり、彼は躊躇なくその構造を解析し、模倣に成功した技術を受精卵への調整にフィードバックした。

 結果、英霊を納められる肉体を持った人間の製造、その第一号に成功した。

 それが後にサドゥ・キリエライトと呼ばれる個体だった。

 だが、この時、マリスビリーはとある過ちを犯していた。

 彼が解析に成功したのは、あくまで一部であり、全てではない。

 そもそも、アインツベルンの千年を超える妄執を、天才だったとは言え一人の魔術師が十年にも満たない期間で解析し切れる筈も無かったのだ。

 彼は英霊を納める器としての機能と英霊を燃料にする願望器としての機能を切り離す事が完全には出来ず、一部だが盛り込んでしまったのだ。

 結果として、サドゥは英霊を納める器にして、一部だが小聖杯としての機能も持ってしまった。

 無論、そのままでは機能する事は無いし、研究の進行と共にオミットされるであろう部分だが、そこまで行く前にマリスビリーは自殺した。

 だが、今確かな事は一つある。

 

 サドゥ・キリエライトは、小聖杯として完成してしまった。

 

 最初は欠けた器で、実験開始と共に死んでいた筈だった。

 だが、幸運にも生き残ってしまった。

 次に本来呼べない筈の亡霊を立て続けに呼び、器に納めた。

 しかし、偶然にも変質するだけで生き残った。

 三つ目に、有り得ない場所である特異点に幾度も、中長期に渡って訪れた。

 なのに、幸運故か、生き延びた。

 四つ目に、変質した器が、それに適した燃料である怨念や呪詛を無分別かつ膨大な量を集めてしまった。

 それでも、運よく欠けていた器そのものの強度を増す事に成功した。

 五つ目に、ケイオスタイドと言う虚数へと身を浸し、身体を汚染・再構築されかけた。

 だと言うのに、その意識は決してティアマトへと迎合しなかった。

 それどころか、心底憎悪し、己を産もうとする母胎を殺害しようとすらしている。

 

 多くの幸運と偶然、そして選択の果てにサドゥ…否、真正のサーヴァント・アヴェンジャー:アンリ・マユはケイオスタイドを逆に自らの呪いで汚染し返した。

 嫌悪、憎悪、憤怒を以て、その精神を創生の泥から引き剥がし、原初の母を殺すに足る肉体を構築し、本来無い筈の宝具の一つを獲得するに至った。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 『■■■■―!!』

 「あああああぁッ!」

 

 サドゥが下腹の傷から上を目指し、双剣を突き立てては新たな投影を繰り返しながら体表を駆け上がる。

 駆け抜けた後は禍々しい双剣が無数に突き立つ茨の道そのものであり、それに続く様に無数の獣達もその爪を突き立て、或いは双剣を足場にしながらティアマトの全身へ無作為に散らばっていく。

 

 『おのれ人間風情が!親衛隊、迎撃せよ!母を守れ!』

 『了解!了解!各員集結!』

 

 だが、それを黙って見ている訳がない。

 ティアマトによって生み出された最後の魔獣ラフム。

 その中でも成長し、言語や高次の精神活動すら可能となった親衛隊達が集結し、母を害する者達を駆逐せんと殺到する。

 

 「邪魔ぁ!」

 『ぬぅ!?』

 

 だが、先陣を切った個体はサドゥに一刀の下で斬り捨てられた。

 多くの獣達と交戦に入った他の成長途中のラフムも含め、その多くが圧され、防衛し切れていない。

 黒い獣は飛べないので、地の利はラフム達にあるのだが、根本的な相性という面で、獣達はラフムの天敵だった。

 進め進め進め、根絶やしにしろ、塵殺にしろ、肉片の一つとして残すな。

 そんな憎悪を纏った集団が己の身を這い回る事を、ティアマトは許さなかった。

 

 『■■■■■■■■―!』

 

 歌声にも聞こえるその咆哮に、ティアマトに爪でしがみ付いている獣達の半数近くが成す術もなく叩き落され、墜落死する。

 だが、刻一刻とラフムと同等の規模で湧き出す獣達全てを叩き落す事は出来ない。

 

 『■■■■■■■■―!』

 

 故に連射する。

 バラバラと、その巨体から蟻の様に獣達が落とされては這い上がり、また落とされる。

 

 「こ、の…!」

 

 こうなると、不利なのはアンリマユである。

一見無尽蔵に見えるが、彼女達には限界が存在する。

 今まで貯蓄していた呪詛を燃料として消費する事で高いステータスと宝具の発動を負担しているのだ。

 確かに、人類が滅ばない限り、獣を無制限で発生させる事が出来る。

 だが、現状の人類が少ない神代、つまり人間の生み出す呪詛の少ない環境では、その効果は落ち、弱体化を免れない。

 星の寿命が迫り、人類が過剰に発展した現代なら兎も角、この神代という環境なら、神代に即したティアマトの方が上回るのだ。

 故に現状は、手を付けられなかったティアマトに対し、あくまで「戦える状態になった」に過ぎない。

 

 『■■■■■■―。』

 

 まるで小虫を叩く様にティアマトの左手、巨大な掌が体表をはいよるアンリマユを打撃しようと迫る。

 

 「――投影、開始。」

 

 だが、それを座して見る訳がない。

 先程下腹を割いた時の様に、巨大な双剣を迫り来る掌に対してつっかえ棒となる位置に投影する。

 ザシュリと、肉を裂き、骨を貫く音と共に、ティアマトの掌が双の巨剣に貫かれ、その足元のケイオスタイドを滝の様に流れる鮮血が染め上げる。

 だが、それだけでは終わらない。

 小山程の質量を持った掌を串刺しにされてなお、ティアマトは今度は右手を左手目掛けて振り下ろしていく。

 

 (不、味…!)

 

 それを宝具であり、分身でもある獣達の視界から察知する。

 現状、それを防ぐにはもう一度巨大な双剣の投影しかない。

 だが、彼女の投影魔術のランクはEであり、巨大質量の投影は連続で行使できない。

 

 (駆け抜ける…!)

 

 分が悪いなんてものじゃないが、現状可能なのはそれしかない。

 だから、前方から迫るラフムの群れに敢えて突貫、それを突破せんと切り込んでいく。

 これだけの巨大質量、そして人ならざる存在からの攻撃、直撃すれば撃破は必至。

 だが、立ちはだかったラフムは知能も高く、連携や技量はないものの、個々の能力が魔神柱と匹敵する親衛隊だった。

 それらを切り捨て、切り捨て、切り捨てて、何とか突破せんと双剣を振るう。

 そして、後少しで突破できるという所で

 

 「よし、突p」

 

 ラフム達が一斉に自爆した。

 

 「   !?」

 

 魔神柱クラスの存在が12体、それらが内包するエネルギーの一斉起爆に、サドゥは成す術もなく吹き飛ばされた。

 悲鳴すら漏らせず、吹き飛ばされ、安全地帯から弾き飛ばされた。

 辛うじて墜落死を免れるため、ティアマトの体に双剣を突き立てて身体を固定するも、そこは既に死地だった。

 迫りくる巨大な天井、否、巨大な掌に、死を免れるため、或いは少しでも多く、長くティアマトを傷つけるために魔術回路を限界まで酷使して投影を…

 

 『サドゥに告げる。こっちに戻ってきて。』

 

 行使する前に、辛うじて残っていたラインから告げられた声に、サドゥは空間を超えた。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 (あれ、何この状況?)

 “オレに言われてもなぁ…。”

 

 何故か令呪で帰還早々、目の前にガチ激怒状態で仁王立ちするマシュがいました。

 助けを求めて視線を巡らすと、サーヴァント達の多くは気まずげに目線を反らし、一部は愉悦そうにこちらを眺めている。

 では立香なら…と一縷の期待を込めて視線を向けたが、直ぐに戻した。

 だって顔は笑顔なのに、目が一分たりとも笑ってなかったんだもん(震声

 

 「姉さん、私は怒っています。」

 「あ、はい。」

 

 それは見れば分かります。

 

 「あの偽エルキドゥさんに攫われてから、一切連絡も取れず、今の今まで何処にいたのかと思っていたんですよ?だと言うのに最悪の状況の中で唐突に変な場所から現れて…。」

 「大変申し訳なく感じ「言い訳は聞きたくありません。」

 

 じゃぁどないせいと。

 

 “ぷークスクスw”

 

 アヴぇさんテメェ!

 

 「姉さん?」

 「はいすみません。」

 

 石畳の上で綺麗に土下座する。

 あの、王様?そこでマジで腹筋吊る位笑わないでくださいませんかねぇ?

 

 「はぁ…まぁ良いです。姉さんが割としっかり者の様でうっかりなのはいつもの事ですので。」

 

 ほっ、漸く終わった

 

 「じゃぁ次は僕だね。」

 

 訳がなかった。

 うん、しってた(白目

 

 「サドゥ、君は今回の件で三つの問題を起こした。」

 

 立香はまるで裁判でもしているかの様に、丁寧に問題を掘り起こしていった。

 

 「一つ、撤退時に勝手な行動を取った事。あの場面は兄貴に任せれば、牛若丸共々無事に帰還できた可能性もあったのに、独断で殿を務めた事。

  二つ、連絡は仕方ないとして、何とか脱出できたのに、直ぐに連絡せず、合流もしなかった事。

  何より三つ目が…」

 

 そこで、何か痛みを堪える様に息をつめて

 

 「また一人で戦おうとした事。」

 

 それは立香の、マシュの悔いだった。

 あのロンドンでの最後の戦い。

 魔術王に良いようにしてやられ、サドゥが眠りに就いたあの日。

 それは間違いなく、二人にとっての傷だった。

 

 「ねぇサドゥ。僕達はそんなに頼りない?」

 「ううん、そんな事ないよ。」

 

 ただ、あの原初の母神は自分にとって怨敵なのだ。

 それを前にして、戦えば殺せた所で間違いなく死ぬと分かっていても、挑む以外の選択肢は無い。

 

 「でも、私はアレが許せないから、挑む事しか考えられないの。」

 「そっか…。」

 

 少し寂しげな表情に、申し訳なさを感じる。

 だが、これは外せない事だった。

 

 「なら、次は皆で挑もう。まだ足止めが必要みたいだから。」

 「うん。今度は一緒に。」

 

 そう言って、差し出された腕を握って立ち上がる。

 しっかりこちらを支えられる筋力とごつごつとした感触に、立香もまた旅の最初の頃とは違って成長しているのだと実感する。

 自分の様な後ろ向きとは違う、前を向いて足掻き続けられる人間の手だった。

 

 「む、お二人だけでずるいです。勿論、私も一緒に行きます。嫌と言われても一緒です。」

 「あははは。ならマシュも一緒に行こう。三人ならきっと怖くないよ。」

 「マシュがいれば、立香も安心だね。」

 「はい!先輩と姉さんは、私がこの盾にかけてお守りします!」

 

 ふんすと鼻息も荒い妹の姿に、不思議と先ほどまで憎悪に曇っていた心が晴れていた。

 ウルクの中心たるジグラッド、その頂上からはやや遅くなったものの、それでも依然として進行してくるティアマトの姿が見える。

 見れば、既に召還済みだった獣達は残らず駆逐され、ラフム達も増加の一途を辿っている。

 

 (で、後どの位いけるの?)

 “獣の生産なら問題ないぜ。ただ、大技に関してはあのかーちゃんに有効になる程となると…一発が限度だ。”

 (十分。)

 

 さぁビーストⅡ、ウルクを滅ぼしたくて仕方ないんだろ?

 なら来い。

 近づいてきた所を、その喉笛に食らいついてやる。

 

 

 

 

 ………………

 

 

 

 

 “うっし、一番の山場は超えたな。” 

 

 “本当なら、ここで本物のビーストに成り果てるのが一番の懸念だったんだが…”

 

 “外向きになるだけじゃなく、上手くティアマトの方に向いてくれて助かったぜ。”

 

 “後の問題は最後だが…まぁ、これ以上は何もできねぇなオレは。”

 

 

 

 

 




なお、以前ナイチンゲール召還して子供鯖sと共に治療した上で、ここで令呪で撤退させてなかったらビースト化してました。

以下、ビースト時のマテリアルの一部





 其は人の生み出すあらゆる悪性の受け皿。
 人が存在する限り、永劫に誕生と肥大化を繰り返す悪神アンリマユ。
 人が生み出し、人が望み、人を信じる純粋悪。
 彼女は自らが悪を担う事で、人が善であると無垢に信じているが故に、求められるままに悪を成す。
 故に人は決して彼女を殺す事は出来ない。
 自らの悪性を捨て去らない限り、自らが滅びない限り、永劫に。

 以上の信仰を以って、彼女のクラスは決定された。
 元々、拝火教の悪神なぞ偽りの名に過ぎない。
 其は人間が捨て切れなかった原罪の化身。
 人が人である限り、永劫滅びぬ大災害。

 その名をビーストⅢ。
 七つの人類悪の一つ、「狂信」の理を持つ獣である。
 (自らがこれ程醜悪なら、人類はきっと想像もつかない程に素晴らしいに違いない。
  それが彼女の狂信=獣性である。)





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その23 第七特異点 シト新生 + ステータス 加筆修正

一部、ストーリ上重大な加筆をしました。


 ティアマトによるウルク進行の遅延作戦。

 ケツァル=コアトルの「炎、神をも灼き尽くせ」の自壊すら厭わぬ連射、二重の防壁、そしてサドゥによる汚染と無数の残骸の獣達。

 それを以てしてもなお、30分は時間が足りなかった。

 再び突撃を仕掛けようにも、既に燃料たる呪詛が半分を切っているサドゥでは止め切れない。

 カルデア一行がラフムにかかり切りになる中、ウルクの兵士達の生き残りが必死に砲撃を加える。

 否、それだけではない。

 幾体かのラフムすらその戦列に加わり、一分一秒であっても良いからと抗戦する。

 だが、止まらない。

 空を埋め尽くすラフムと巨大なティアマトを前にウルクの滅亡は決まっていた。

 だからこそ、ギルガメッシュ王が、そしてエルキドゥの二号機たるキングゥが前に出た。

 ギルガメッシュは心臓を貫かれながらも、自らが作成したディンギルの遠隔操縦による一斉砲撃でその動きを抑制し、そこにウルクの大杯によって再起動したキングゥは本来の役目にして姿である「神性を縛る鎖」へと全身を変じさせ、ティアマト神の動きを完全に封じ込めた。

 カルデア一行が周囲のラフムを寄せ付けまいと奮戦する中、遂に彼ら二人はビーストⅡを相手にたった二人だけで勝利のための時間を稼ぎ切ってしまった。

 

 「さらばだ、天の遺児よ。その誇りある雄姿、永遠にこの目に焼き付けた。」

 

 そして、天の鎖が砕け散った時、ティアマトから放たれた光線により、ジグラッドごとギルガメッシュ王が死亡、同時にウルク全体が冥府へと沈んだ。

 冥府の女王エレシュキガルが治める冥府。

 それをウルクの地下に広げ、神々ですら例外なくルールに縛られる冥府へと落とし、その後に更に下層である虚無へと叩き落すのが、この対ティアマト作戦の要だった。

 冥府への落下後、絶え間なくイシュタルの宝具級の攻撃が降り注ぎ、ティアマトを焼き続ける。

 だが、

 

 『■■■■■■■■■■■■■―!!』

 「嘘お!?」

 

 ティアマトの全身から発生するケイオスタイドによって冥府は汚染、その法則すら跳ね除けた。

 更に、冥府から飛び立たんと変形、直立する有翼の魔獣とも言うべき姿となり、一気に離脱する構えに入った。

 最早止められない。

 諦めが広がり、力が抜け、歩みは止まり、心は折れかける。

 

 「させ」

 

 だが、しかし、それでも

 

 「るかァァァァァァァァッ!!」

 

 諦めない者達はいる。

 

 「全貯蓄呪詛を解放!我は人の望みし悪!」

 

 ティアマトの直上100mから落下しながら、サドゥが吼える。

 だが、まだ足りない。

 最大規模で稼働させるには、まだ憎悪が足りない。

 だから、別のもので代用した。

 

 自分の憎悪に燃える魂そのものを燃料として、最大規模の呪詛を練り出す。

 

 ガリガリと、ガリガリと、自身の他人よりも脆い魂がヤスリにかけられ、燃料となって消えていく。

 構わない、知らない、聞かない。

 こいつを此処で殺せれば、後はどうなっても良い。

 

 (いいや、先にオレを使うんだ。)

 

 君にはまだ早いと、何処かで聞いた男の声がした。

 それと共に、自分のもっとも奥まった所から、何かが半分だけ消えていく。

 同時、宝具の発動に必要な呪詛が貯まった。

 

 「『この世全ての悪』!!」

 

 その全身から、黒い呪詛が沸き上がり、一つの形を取る。

 もし彼女が絶望と狂信のままに真に獣へと落ちていたら至ったであろう、一つの姿。

 この世全ての呪詛を纏い、人を滅ぼさんとする第三の獣。

 正に獣と言うべき、隻眼の巨獣の姿へと。

 

 「■■■■■■■■■■■■■――ッ!!」

 『■■■■■■■■■■■■■――ッ!!』

 

 残った目から理由の分からぬ涙を流しながら、隻眼の獣が突貫、ティアマトへと衝突する。 

 超巨大質量同士の衝突に、冥府がビリビリと振動し、その咆哮は魂魄すら震わせ、砕いていく。

 隻眼の巨獣の真上からの奇襲に、元より戦士でもない有翼の魔獣は驚愕と怒りと共にその攻撃をまともに食らう。

 喉元に食らいつかれ、四肢に爪を深々と突き立てられ、その爪牙からは呪詛を注入される。

 そこまでしてなお、ティアマトはその翼を羽ばたかせる。

 

 『いけない!このままじゃ飛ばれるぞ!』

 「なら、今度は僕らの番だ…!」

 

 それをカルデア一行が阻止せんと息巻くが、サーヴァント達はまだしも、既に生身である立香とマシュは限界であり、末端から壊死が始まる程だった。

 

 「いよぅし、間に合った―――!アヴァロンから走って来た甲斐があった!」

 

 援軍、グランドキャスターが一角、マーリンにより、ラフムを発生させ、冥界を浸食していたケイオスタイドが、ただ花を咲かせるだけの無害な泥となっていく。

 

 『■■■■■■■■―!!』

 「■■■■■…!?」

 

 だが、ティアマト本体までは止められない。

 魔獣の姿を取っても、弱体化著しい状態では、アンリマユにティアマトは止められない。

 今にも振り解かれそうになりがらも、辛うじてその爪牙を泥へと変じさせ、接着剤の様にしながら、意地でもしがみついている。

 

 「何、安心したまえ!心強い援軍も来てくれた!」

 

 そして皆が上を、冥府と現世の淵へと目を向けた。

 そこに立つのは杖をついた老人、ジウスドゥラの姿がある。

 

 「…死無くして命無く、死有りて生きるに能う。其方の永劫は、歩みではなく眠りそのもの…。」

 

 否、それは偽りのもの。

 

 「災害の獣、人類より生じたる悪よ。回帰を望んだその慈愛こそ、汝を排斥した根底なり。」

 『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■―!!』

 

 ティアマトが、原初の海が恐慌する。

 何だこれは、何だお前は。

 無限の命を持つ彼女が知らないモノがそこにあった。

 

 「獣に墜ちた神なれど、原初の母であれば名乗らねばなるまい。」

 

 それに応える様に、朗々と威厳ある声が冥府へ響く。

 

 「――幽谷の淵より、暗き死を馳走に参った。山の翁、ハサン・サッバーハである。」

 

 髑髏の兜と甲冑を纏った、本物の死神が姿を現した。

 

 「晩鐘は汝の名を指し示した。その翼、天命の下に剥奪せん――」

 

 飛び降り、神速の一刀が振り下ろされた。

 

 「死告天使――ッ!」

 

 その一刀はティアマトの左の角翼を再生すら許さず切断、その無尽蔵の命故の不滅性すら否定し、死の概念を付与してみせた。

 

 『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■―!!』

 「ッ、あぁ!?」

 

 そして、ティアマトが死を知ったが故に、死力を尽くして冥界より離脱せんと動き出す。

 自身を抑えつける巨獣を弾き飛ばし、最大規模でラフムを放出、再生産した魔神柱クラスの親衛隊を伴に冥府の壁を昇り、地上へ脱出しようとする。

 再び抑えつけようにも、既に全ての呪詛を使い果たしたサドゥに余力は無く、力なく弾き飛ばされて、冥界の土を舐めたまま、動きを止めてしまった。

 

 「フハハハハハハハハ!我、見参――!」

 「「「「「「ギルガメッシュ王――!?」」」」」」」

 

 そこでこの人が再登場した。

 

 「原初を語る。天地は分かれ、無は開闢を言祝ぐ。世界を裂くは我が乖離剣。星々を廻す渦、天上の地獄とは創世前夜の終着よ。死をもって静まるがいい。『天地乖離す開闢の星』!」

 

 雨霰と降り注ぐ宝具、そして対界宝具乖離剣による一撃で、ティアマト神は昇りかけていた壁から叩き落された。

 

 「今、全員最大火力―――!」

 

 そして、原初の母神は、再び眠りに就いた。

 もう二度と、その眠りが妨げられる事は無いだろう。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 「汝にはまだ晩鐘は鳴らぬ。その寸前で、あの若者達が引き留めた。」

 「うん。感謝してます。」

 「うむ。そして、汝らの旅の終わりもまた間もなくだ。努々己を損なわぬように過ごすが良い。」

 

 そう言って、始まりの山の翁は何の痕跡も残さずに立ち去って行った。

 

 “ま、あの爺さんなりのお節介だろうさ。本人が真面目一徹だから、キャラ崩す訳もねーし。”

 (寧ろキャラ壊す姿が想像できない。)

 “それな。”

 

 とは言え、もう時間切れだ。

 自分は最後まで一緒には行けないだろう。

 

 “まぁ、ここまでよく保った方じゃないか?”

 (うん、そうだね。ありがとうアンリ・マユ。)

 

 ここまで無茶させ過ぎだった相棒に、礼を告げた。

 

 “あぁ。んじゃちょっと休んでな。”

 

 うん、おやす

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 「姉さん、起きて!起きて下さい!」

 

 レイシフトから帰還直後、サドゥ・キリエライトは倒れた。

 以前にもあった事で、医療スタッフらの反応は迅速だった。

 だが、今回は助からないだろうとの見方が強かった。

 既に彼女は本来決められた寿命よりも長く生きており、ウルクに滞在中に何時死んでもおかしくはなかった。

 それは偏に呪詛を取り込みながらも自身を強化し続けていたが故に、だ。

 しかし今、呪詛を使い果たした彼女に、自己を延命させる手段は無い。

 そして、聖杯であっても、彼女の寿命を人並みにする事は出来ない。

 

 「ドクター、お願いします。」

 「最善は尽くす。けど、もう時間稼ぎしか出来ないと思ってくれ。」

 

 既に、サドゥの身体は末端から崩れ始めていた。

 元より今の彼女はケイオスタイドから作った、ティアマトを殺すための身体なのだ。

 ティアマトが死に、役目を終えたからには、消え去るのが道理だった。

 

 「何とか君達が帰ってくるまでもたせる。だから…」

 「分かってますってドクター。」

 

 カルデアの非戦闘系のキャスター達。

 彼らの総出で固有時制御や因果律への干渉等、明らかに封印指定級の技術を用いてまでも、サドゥを延命させると事前に取り決められていた。

 

 「これより、カルデア全体を第一種戦闘配備へ!各員、これが最後の戦いだ!」

 

 そして、第七の聖杯により、魔術王の本拠地の座標が手に入った。

 だが、何のセーフティが無い筈もない。

 カルデアがその座標を認識したと同時、魔術王もまたカルデアの座標を認識したのだ。

 

 「待っててね、サドゥ。」

 

 藤丸立香は立ち上がる。

 

 「行ってきます、姉さん。」

 

 マシュ・キリエライトは立ち上がる。

 

 「また、三人で過ごそう。今度は平和になった世界で。」

 「はい。その時は私と姉さんでご飯も作りますねっ」

 「はは、そりゃ楽しみだ。じゃぁお腹空かせておかないとね。」

 

 明日に希望があるのだと信じて、二人は最後の戦いへと踏み出した。

 終局特異点、冠位時間神殿ソロモンへと。

 

 

 人理修復、最後の戦いが今始まる。

 

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 ・キャラ紹介

 

 アヴェンジャー版マテリアル

 真名 サドゥ・キリエライト/アンリ・マユ

 身長 161cm

 体重 41kg

 出典 ゾロアスター教

 地域 古代ペルシア

 属性 中庸・悪 

 カテゴリ 地

 天敵 マシュ、立香、人外

 性別 女

 イメージカラー 黒

 特技 大抵何でも出来る(が、際立ったものはない)

 好きなもの カルデアの人々、マシュ、立香、英霊達

 苦手なもの 自身を過度に褒める者・貶す者、マリスビリー

 クラス適正 アヴェンジャー

 

 

 ・霊基再臨

 初期装備(半裸)

 →第1再臨(マント+ブラ)

 →第2再臨(マント脱いで双剣が増える)

 →第3再臨(入れ墨と髪が発光)

 →最終再臨(入れ墨と髪が発光した状態で黒い背景の中、祈りを捧げている)

 →ビースト状態(黒い盲目の巨獣と無数の残骸の獣)

 

 

 ・ステータス

 筋力 E(最大A)

 耐久 E(最大A)

 敏捷 A(最大A+)

 幸運 E

 魔力 D(最大A)

 宝具 C(最大A++)

 

 スキル(パッシブ)

 ・神性− … 後天的なものであり、条件を満たさない限り、効果は発揮されない。

 ・復讐者A

 ・忘却補正

 ・自己回復(魔力)E

 ・呪詛吸収・放出B … この世全ての悪であれと呪われた青年の持つ、生贄としての性質をデミ・サーヴァント固有の憑依継承によって昇華されたもの。本来ならEランクだったが、サドゥの限定的と言えど小聖杯の機能と合わせて強化されている。吸収した呪詛により、ステータスや回復力を強化できる。また、体外に放出して、攻撃や補助にも応用できる。

 

 スキル(アクティブ)

 ・投影魔術E … 嘗てアンリマユが同化した殻となった人物のものが極度に劣化したもの。歪な双剣「右歯噛咬・左歯噛咬」のみ、ある程度サイズや形状を変えて投影でき、壊れた幻想も行えるが、普通の宝具に比べれば微々たる威力しかない。

 ・死滅願望A … 文字通り、自身の死滅への願望。自身に滅びが近づくと共にステータスが向上する。それはまるで燃え尽きる前の蝋燭の、最後の輝きに似る。

 ・四死の終末 … 後述する宝具「無限の残骸(アンリミテッド・レイズ・デッド)」発動のトリガー。一定の条件を満たした時、無限に湧き出る残骸の獣を誕生させる。

 

 

 ・第一宝具「偽り写し記す万象(ヴェルグ・アヴェスター)

 詳しくはWiki参照。

 

 

 

 

 

 ビースト版

 

 ・マテリアル … アヴェンジャー版と同上。

 

 ・ステータス

 筋力 A

 耐久 A

 敏捷 A+

 幸運 E

 魔力 A

 宝具 A++

 

 

 スキル(パッシブ)

 ・神性C … 本来なら無効だが、ビースト化した事で本来のアンリマユに近くなり、神性を発揮できるようになった。

 ・復讐者A

 ・忘却補正

 ・自己回復(魔力)E

 ・呪詛吸収・放出B 

 ・獣の権能B … ビースト固有スキル。特にアンリマユのそれは「人類及び人類が生み出したものでは勝つ事が出来ない」と言う、対人類に特化したスキルとなっている。

 ・単独顕現A … ビースト固有スキル。人類の悪意が存在する限り、例え撃破しても何時か何処かで必ず復活する。自身で狙った時間と場所でも可能。召喚者も必要ない。

 ・自己改造C … 文字通り、自己を改造できるスキル。散々身体を弄られた故か、どんなに改造しても割とすぐ馴染む。

 

 

 

 ・第一宝具「偽り写し記す万象(ヴェルグ・アヴェスター)

 詳しくはWiki参照。

 

 ・第二宝具「無限の残骸(アンリミテッド・レイズ・デッド)

 詳しくはWiki参照。

 レンジ 対軍~対人類

 ランク B

 サドゥ・キリエライトと言う正常に機能しないながらも小聖杯としての機能を持つ少女を依り代に、あり得ない可能性が満ちる特異点を旅し、歴史の闇に消える呪詛を小聖杯の中に納め、虚数の海たるケイオスタイドへと浸食され、サドゥ・キリエライトがティアマト殺害の手段として望んだが故に発現した。

 吸収した呪詛及び魔力を燃料に、残骸の獣を無尽蔵に連続召喚する。

 アンリ・マユの持つ対ビースト優勢により、ティアマトとその子供達に対しても高い威力を誇る。

 なお、矛先が人類に向いた場合、人類から悪性が、又は本体たるサドゥとアンリ・マユが消えない限り、文字通り無尽蔵の残骸の獣(対人類特攻持ち)が溢れ出し、人類絶滅を目指して行動する。

 但し、個体としての性能は英霊として見れば低く、人間以外の英霊や死徒等には弱い。

 また、人間が少ない環境で使用した場合、大幅に弱体化する上に、呪詛が切れれば召喚できなくなる。

 

 ・第三宝具「この世全ての悪」

 レンジ 1~1000人

 ランク A

 純粋な宝具ではなく、自己改造スキルと呪詛吸収スキルとの合わせ技。

 第二宝具と併用可能。

 吸収した呪詛及び魔力を放出、それを外殻として身に纏う事で多様な戦局に対応できる。

 人が想像するあらゆる悪の姿になれるが、対ティアマト戦では巨大な隻眼(右目のみ)となって格闘戦を仕掛けた。

 ビースト時は完全に盲目となり、配下の残骸の獣達の視界を用いて周囲を把握する。

 この時、放出される呪詛は通常よりも遥かに高密度な聖杯の泥、ケイオスタイドと同等であり、人類なら触れれば即死か精神崩壊、並の英霊なら汚染、反英霊なら同化吸収されてしまう。

 物理的な攻撃も、虚数の海でもあるケイオスタイドに吸い込まれ、無力化される。

 外見は「う○おととら」のラスボス「白面〇者」を黒くした感じ。

サイズは適宜変更可能。

 正面から戦うならウルトラマンを呼びましょう。

 

 

 

 説明文

 

 ・絆1 … カルデア職員、サドゥ・キリエライトがサーヴァントと憑依融合した姿。

 デミ・サーヴァントと呼ばれる。

 

 ・絆2

 だが、サドゥ・キリエライトは再現性の極めて低い存在だった。

 それは彼女の特異な生まれに起因する。

 小聖杯と器としての機能を持った肉体と生まれたばかりの魂に、他の大人の異性の魂をぶつけて無理矢理融合させ、その上でアンリマユを召喚し、その体内に格納させた。

 結果、極めて不安定な精神状態になっており、運用には最大限の注意が必要である。

 

 ・絆3 … 憑依継承「呪詛吸収・放出」

 デミサーヴァントの持つ特殊スキル。

 魔力放出と同タイプのスキルだが、呪詛特化版。

 自身の強化や防御だけでなく、周辺環境や生物等を汚染する事も可能。

 周囲に呪詛が、人間がいる限り、魔力不足に悩む事はない。

 

 ・絆4 …  其は人の生み出すあらゆる悪性の受け皿。

 人が存在する限り、永劫に誕生と肥大化を繰り返す悪神アンリマユ。

 人が生み出し、人が望み、人を信じる純粋悪。

 彼女は自らが悪を担う事で、人が善であると無垢に信じているが故に、求められるままに悪を成す。

 故に人は決して彼女を殺す事は出来ない。

 自らの悪性を捨て去らない限り、自らが滅びない限り、永劫に。

 

 以上の信仰を以って、彼女のクラスは決定された。

 元々、拝火教の悪神なぞ偽りの名に過ぎない。

 其は人間が捨て切れなかった原罪の化身。

 人が人である限り、永劫滅びぬ大災害。

 

 その名をビーストⅢ。

 七つの人類悪の一つ、「狂信」の理を持つ獣である。

 (自らがこれ程醜悪なら、人類はきっと想像もつかない程に素晴らしいに違いない。

  それが彼女の狂信=獣性である。)

 

 ・絆5 … 彼女の願いは一つ、死ぬ事。

 生存こそ自身にとって最大の苦痛とする彼女にとって、死は慈悲と同義だ。

 故に彼女は己を殺してくれる者を待っている。

 必ずいる筈なのだ。善なる人々がいるのだから、悪たる己を討つ者が!

 願うなら、それが妹とその主たる青年である事を祈る。

 自分の死を悲しんでくれる人達に看取られる事程、幸せな事は無い。

 

 

 ・条件解放

 叶う筈なんて無い。

 それは痛い程分かってる。

 

 あぁでも、もし本当に叶うのなら……私も平和で穏やかな、極普通で当たり前の生活を、三人で送ってみたかったな。

 

 




 ふぅ…難産だったな第七特異点


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その24 終局特異点 叛逆の物語 微加筆

ちょいと短いですが投下。
後、ちゃんとタイトルにも意味はあります。


 

 

 カルデア一行が踏み込んだソロモンの居城、冠位時間神殿。

 そこは72柱の魔神全てが揃い、それらによって構成された一つの異界だった。

 カルデア一行の前に現れたレフ・ライノール・フラウロスが以前の雪辱のためと襲い来る。

 だが、一柱程度なら何の問題もなく対処できた。

 だが…

 

 「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!無駄だ無駄だ!私は不死身!我々は無尽蔵!この空間全てが我々なのだ!」

 

 幾度打倒してもその度に蘇りながら、フラウロスは嘲笑する。

 お前達の行いは無駄だったのだと。

 カルデアにすら八柱もの魔神柱の攻撃が始まり、施設へとダメージが積み重なっていく。

 

 「我らは常に七十二柱の魔神なり。この大地、この玉座ある限り、我らは決して滅びはしない!」

 

 この空間が存在する限り、魔術王がある限り、相互に補完し合う魔神柱。

 撃破するにはそれこそこの空間ごと七十二柱の魔神全てを消滅させる必要がある。

 だが、それ程の火力は無い。

 それ程の魔力を捻出する資源は、カルデアには無い。

 そして、援軍もまた、無い。

 

 「人類最後のマスター、藤丸立香よ!我々は君達の頑張りを素晴らしいと讃えよう!評価しよう!でも君達は此処で惨めにも無為に終わる!ありがとう、そしてさようなら!」

 

 嘲笑が空間に満ち、カルデア一行が、カルデア職員が、カルデアそのものが諦めに心折れかけた時、

 

 「いいえ、諦めるには早すぎます。」

 

 不意に声が届いた。

 

 「貴方達は決して諦めなかった。結末はまだ誰の手にも渡ってないと、空を見据えた。」

 

 それは何時か何処かで聞いた、炎の中に消えながらも、しかし決して清らかさを無くさなかった聖処女の声。

 

 「さぁ、戦いを始めましょう、マスター。これは貴方と私達の、未来を取り戻す物語なのだから。」

 

 それは、心強い援軍だった。

 フランスで、ローマで、閉じた海で、ロンドンで、アメリカで、中東で、ウルクで。

 巡った特異点で縁を繋げた、ただそれだけを頼りに、時代も出身も宗教も種族も問わない無数の英霊達が、この空間に自ら召喚され始めていた。

 

 「聞け!この領域に集いし一騎当千、万夫不当の英霊達よ!本来相容れぬ敵同士、本来交わらぬ時代の者であっても、今は互いに背中を預けよ!我が真名はジャンヌ・ダルク!主の御名の下に、貴公らの盾となろう!」

 

 救世の旗を翻して、ジャンヌ・ダルクが告げる。

 応える様に、宇宙にも似た時間神殿の空を、幾筋もの流星が流れていく。

 それら全てが英霊であり、この場に駆け付けてくれた者達だった。

 

 溶鉱炉ナベリウスは、フランスで出会った英霊達が。

 情報局フラウロスは、ローマで出会った英霊達とローマ軍団達が。

 観測所フォルネウスは、閉じられた海で出会った英霊達とメディアが。

 管制塔バルバトスは、ロンドンで出会った英霊達が。

 兵装舎ハルファスは、北米で出会った英霊達が。

 覗覚星アモンは、中東で出会った英霊達が。

 生命院サブナックは、ウルクで出会った英霊と神霊達が。

 廃棄孔アンドロマリウスは、変異特異点や悪夢と言った、変な所で縁を繋いでくれた英霊達が。

 

 皆が皆、思うままにこの場に来て、思うままに戦っている。

 人理のため、世界のため、人類のため、我欲のため、怨念のため、恩返しのため。

 戦う理由は様々でも、一つの共通点があった。

 それはたった一人の、自分達を英雄だと言ってくれた人間のための、彼らなりの感謝の証だった。

 その激戦の只中を、カルデア一行は駆け抜けていった。

 その果てに見たのは白銀の草原、空の中心を埋める光帯、純白の玉座。

 遂に、立香達カルデア一行は魔術王の座す光帯の玉座へと辿り着いた。

 そこでロンドンに次いで、立香は魔術王へと問いかけた。

 こんな事をする目的は何なのか、お前は何者なのか、と。

 それに対し、魔術王はこう返した。

 

 曰く、我らは人類を現代から過去へと焼却し、燃料として使用したのだ、と。

 

 決戦が始まる中、それでもなお、立香は問いかける事を止めない。

 それに律儀にも、否、敬意を表する故に、魔術王の遺体に巣食う者が答える。

 

 曰く、己こそ、魔術王の分身にして被造物。

 曰く、人理焼却式、魔神王ゲーティア、と。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 「最終防壁に亀裂!このままではもちません!」

 「防壁を修復!不在証明術式の7・11番をぶつけて時間を稼いで!」

 

 衝撃と、怒号と、悲鳴と。

 敵は強大で、自分達は限界で。

 しかし、それでもなお諦めない「良き人々」の声が聞こえた。

 

 「っ、環境維持システムにトラブル!」

 「復旧急げ!管制室を最優先!」

 

 大きな衝撃と共に、身体を守りつつも戒めていたものが解けた。

 不自然に軽くなった身体を起き上がらせながら、目をコフィンへ向ける。

 良かった、まだ壊れていない。

 

 「サドゥ!ダメだ、寝ていないと…!」

 

 ドクターが、うぅん、王様が焦りながら気遣ってくれる。

 けど、もう終わりだって分かっているから、そのまま起きる。

 もう足の裏の感覚すら小さくて、立ち歩く事も難しい。

 

 “しゃーねーな。これで最後だぞ。”

 

 ありがとう、アンリマユ。

 心中でそう呟くと、辛うじて残っていた呪詛が足をコーティングして、何とか走れるようになった。

 本当の意味でのサドゥ・キリエライトは、初めて己の意思で歩み始めた。

 

 “もうお前の中にはアイツの要素は無い。この前ので使い切っちまったからな。だから、今のお前はもう一人だけだ。”

 

 わたしを構成するパーツだった、あの人はもういない。

 前の戦いで、私の代わりに消えてしまった。

 もう死への道連れはおらず、ただ一人で私はここにいる。

 でも、今はまだこの内に、アンリマユがいてくれる。

 

 「行かせよう、ロマ二。」

 「レオナルド…。」

 

 ダヴィンチちゃんが言うと、王様は無念そうに俯いた。

 あぁ、別にそんな顔をしなくても良いのに。

 

 「今までありがとう、ドクター、ダヴィンチちゃん、カルデアの皆さん。」

 

 本当に、ありがとう。

 

 「私、逝くね。あの二人の所に。」

 

 でも、私の死に場所はここじゃないの。

 

 「あぁ、いってらっしゃい。」

 

 そして私は、カルデアにさよならをしました。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 その正体を現したグランドキャスター…否、ビーストⅠにして魔神王ゲーティアは宣言する。

 

 「この星は始まりからして間違えた。終わりある生命を前提とした狂気だったのだ。」

 

 人間とは死を克服できず、延々と悲劇と喜劇を繰り返す、救い無き醜い生命。

 例えどれ程生き残っても、それ以上にはなり得ないなら、未来にもまた価値は無い。

 故に、人類史3000年分の熱量を以て、この星の誕生の瞬間へと旅立ち、自らがこの星そのものと成り、そこから全てを創り直すのだ、と。

 それが魔神王ゲーティアの、ソロモン七十二柱の魔神達の結論だった。

 そして生まれたのがあの光帯、人類3000年分の熱量の収束。

 その力は既に主であった魔術王ソロモンを超え、真に全能であり、この星を統べる資格すらある程だった。

 そして、光帯が稼働する。

 最後のマスター達を消滅させんと、起動を開始する。

 

 「マシュ・キリエライト。人によって作られ、じき消えようとする命よ。共に人類史を否定してくれ。我々達は正しいと告げてくれ。」

 

 その前に、ゲーティアは最後の迷いを振り切ろうと手を伸ばした。

 

 「ただ一言、よしと言え。その同意を以て、共に極点に旅立つ権利を与えよう。」

 

 その言葉に、立香は確かにゲーティアの本質の一旦を掴んだ。

 ビーストⅠ、憐憫の獣の想いを。

 

 「確かに死が約束されている以上、生存は無意味です。私は貴方の主張を否定する事はできません。」

 「では…。」

 

 僅かな期待。

 だが、それは間違いだ。

 それでも、と彼女は言う。

 

 「――でも、人生とは生きている内に価値の分かるものではないのです。死の、終わりの無い世界には確かに悲しみもないのでしょう。」

 

 命と、死と向き合ってきたが故に、

 

 「でもそれは違います。永遠に生きられるとしても、私は永遠なんて欲しくない。何故なら…」

 

 彼女は恐れながらも、穏やかに微笑んで魅せた。

 

 「私が見ている世界は、今此処にあるのです。例え私の命が瞬きの後に終わるとしても…それでも私は、一秒でも長く、この未来をみていたいのです。」

 「うん、よく言えたね、マシュ。」

 

 そして、漸くいつもの三人が揃った。

 

 

 

 

……………

 

 

 

 

 走る、駆ける、疾走する。

 最早肉体の崩壊は止まらない。

 一歩踏み出す度に、何処かが崩れ、欠け、消えていく。

 もう限界だ、痛覚すらない、消滅していく。

 それでも、まだ動ける。

 例え、否、最早10秒先の死が確定していても、私はあの二人と最後まで一秒でも長く共にありたい。

 

 “あぁ、それでいい。例え悪でも、それでもなお人間って奴は善を持ってるもんなんだ。”

 

 アンリ・マユは告げる。

 それは例え、「獣」であっても例外ではない、と。

 

 八の戦場を駆け抜けて、擦り抜けて、遣り過ごした。

 片腕を失い、魔術回路を全損し、色覚・味覚・痛覚は完全に消えた。

 それでも駆け抜けた先で

 

 「うん、よく言えたね、マシュ。」

 

 漸く私は、二人の下に辿り着いた。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 「我々の慈悲を一度は受け入れた者が、今更何用か?その死に体で、何ができる?」

 

 憐憫の獣が嘲笑する。

 既にサドゥは彼らの慈悲を拒み、マシュの様に連れていく事も出来ない。

 何故なら彼女は原罪そのもの、ビーストⅢとなるであろう存在。

 故に完璧な生育環境として設計された惑星へと連れていく事は出来ないのだ。

 全能である筈のゲーティアをして、彼女を救う事は不可能であり、故にこその呪いだった。

 

 「ううん、私は良いの。ただ、お別れとお礼を言いに来たの。」

 「サドゥ…?」

 

 普段よりも無垢な、唯の少女の様な物言いに、立香が困惑する。

 彼女はこんな、曇りなく微笑む少女だったか?

 彼女はこんな、フランスのマリーやオケアノスのアステリオスの様な、別れの雰囲気を持った少女だっただろうか?

 

 「ありがとう、ゲーティア。私は貴方のお蔭で、本当に穏やかに眠る事が出来た。そして、お礼に貴方の間違いを指摘します。」

 「何…?」

 

 その言葉に、全能の筈のゲーティアが困惑する。

 間違い、間違いだと?

 このソロモンすら超えたゲーティアに!?

 

 「貴方の憐憫は、確かに人への愛から生まれたもの。人へと期待し、信じたからこそ、貴方は人が苦しむ姿に耐えられなかった。それを無くそうとするのは正しいけど…貴方のそれは、苦しみから目を反らしただけ。貴方はただ、愛し方を間違えた。」

 

 自分が言うべき事ではないと知りながらも、刻一刻と死に近づきながらも、微笑みながら告げる姿は、まるで聖女の様だった。

 

 「―――第三宝具の準備が整った。惑星を統べる火を以て、人類終了を告げよう。」

 

 その言葉を、ゲーティアは振り切る様に告げた。

 

 「さらばだ。藤丸立香、マシュ・キリエライト、サドゥ・キリエライト。」

 

 宣言と共に、光帯の輝きが増していく。

 

 「お前達の探索は、此処に終末を告げる!お見せしよう。貴様等の旅の終わり。この星をやり直す、人類史の終焉…我が大業成就の瞬間を!」

 

 聖剣を遥かに超えた極光が満ちていく。

 

 「第三宝具、展開―――芥のように燃え尽きよ!『誕生の時きたれり、其は全てを修めるもの』!」

 

 この星に属する者である限り、その光には絶対に勝てない。

 

 「先に逝くね、マシュ。」

 「はい、姉さん。後は私に任せて下さい。」

 

 そう言って、サドゥは駆け出す寸前に、立香へと振り向いた。

 

 「さよなら、立香。」

 

 その笑みが余りに綺麗だったので、立香は制止の言葉すら告げられなかった。

 

 「魔神王ゲーティア、先輩の旅はここで終わりません!何故なら、この人の旅は、まだ始まったばかりなのですから!」

 

 妹の啖呵を背に受け、天からの本当の極光を前に、サドゥは自ら突っ込んだ。

 既に死に体で、何の戦闘能力もない彼女には、それ位しか出来ないからだ。

 だが、人間一人の質量など、その膨大な熱量の前には意味は無い。

 だから、普通じゃない手段を使う。

 

 (今までありがと。さようなら、アンリ・マユ。)

 “あぁ、さよならだ。”

 

 「『この世全ての悪』――!」

 

 第三宝具の真名解放。

 欠けて今にも砕けそうな器、その中にいるアンリ・マユ。

 彼が持つ権能に近い性質「悪性を請負う」と言う、人柱、生贄としての性質。

 それを最大限に発揮して、人類3000年分の熱量の内、悪に属するその半分を己のみに向け、完結させた。

 

 「    」

 

 微笑みながら、声は音に成らず、閃光の中に掻き消える。

 塵一つ残さず、サドゥ・キリエライトは消滅した。

 

 「『今は遥か理想の城』ォ――――ッ!!」

 

 だが、半減しても1500年分の熱量なのだ。

 通常の、この星に存在するあらゆる魔術的防御、物理法則では防げない一撃。

 それこそ、自身を理想郷へと置く事であらゆる干渉を防ぐ「騎士王の鞘」にしても、理想郷が焼かれた現在、使用不能だ。

 

 「あ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああァァァァァァァァァァッ!!」

 

 だが、マシュの守りは精神の守り。

 その心に穢れも迷いも無ければ、その守りは溶ける事も、罅割れる事もない、真に無敵の城塞となる。

 ただ一度だけながら、彼女はこの熱量を防ぐ事が出来るのだ。

 だが、それは…

 

 「…良かった。これなら何とかなりそうです、マスター。」

 

 盾を己が全てを削り切ってでも支えながら、マシュが話す。

 

 「今まで、ありがとうございました。」

 

 これが最後だと知っているから。

 

 「先輩がくれたもの、少しでもお返ししたくて、弱気を押し殺して旅を続けてきましたが…。」

 

 その目は光に焼かれ、もう何も見えていない。

 それでも、見えているものがあった。

 

 「此処まで来て、私は自分の人生を意義あるものだったと実感できました。この最期の瞬間に、漸く。」

 

 まるで夢見る乙女の様な、彼女は告げる。

 

 「でも、ちょっと残念です。私、守られてばっかりだったから…最期に一度位、先輩のお役に立ちたかったな…。」

 

 振り返り、誰よりも大切な人へと振り返る。

 

(あぁ、この人と出会えてよかった。)

 

 切っ掛けは些細で、あれほどの戦いをしながら。

 それでも、彼女の感謝の念は全く足りていなかった。

 そして、立香がいたからこそ、彼女は立ち上がれたのだ。

 

 「―――終わりだ。やはり、予定通りの結末だったか。」

 

 肉体は極光の中に消えた。

 しかして、その心は何者にも侵されず、雪花の盾は欠ける事なく、ただ一人の主を守り続けた。

 故に、彼女は勇敢な戦士でも、物語の主役でも、況してや英雄でもない。

 ただの、極普通の、大好きな人の前で頑張れる、女の子だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




この場面を書きたいがために、この作品は存在した。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その25 終局特異点 永遠の物語

最後まで悩んだ、このオチにするかと。
だが、これもまた一つの物語だと思う。


 そこは黒い地平線だった。

 以前にも見た、見事なステンドグラスが頭上に広がるばかりで、何もない。

 ここは天の逆月。

 かつて有り得ない四日間にあった、繰り返しの基点。

 

 ”よう。よく来たな。”

 

 そこで、黒い影が笑っていた。

 何故だろう、その影に何処か見覚えがあった。

 はて?そもそも、何故自分はここにいるのだろうか?

 

 ”あぁ、もうそこまで崩れてるか。”

 

 落胆した様な言葉。

 どういう意味かは分からなかったが、自分がこうなっている事が残念なのだろうか?

 

 ”此処はお前さんの内面、心象世界だ。オレがいた場所じゃない。”

 

 そう、此処は自分の中身だ。

 暗黒に染まって、希望の一つもない、それでいて人を信じているだけの場所。

 天のステンドグラスも、罅割れ、穴だらけになりながら、それでも人の尊さを語る内容となっている。

 

 ”だが、もう間も無く此処は崩れる。その前に、お前の望みを叶えな。”

 

 見れば、端からステンドグラスが崩れ落ちていく。

 それが全て落ちた時、此処もまた崩れるのだろう。

 

 ”お前という器は現実では1秒も満たずに消える。だが、ここでは少しだけ遅らせる事が出来る。”

 

 それが此処がある理由、彼がいる理由だった。

 最後の最後、希望を残せるかもしれない可能性に賭けたのだ。

 

 ”さ、欠陥品で悪いが、願いを言いな。”

 

 とは言え、願いなんて分からない。

 その元となる記憶すら、もう自分には残っていない。

 ………どうしよう?

 

 ”そこでオレに聞いちゃう!?参ったなー流石にそこまでは…。”

 

 完全無欠に手詰まりだった。

 だと言うのに刻一刻と崩壊は進んでいく。

 いやマジでどうすんのさ?

 君は何か願いとかないの?

 

 ”いや、オレも特にはなー。”

 

 うーん、このグダグダ感。

 

 ”やべぇ…此処に来て完全に詰まった。”

 

 そうこう言ってる間に、どんどん崩壊は進んでいく。

 最早、ここから出る事も出来ない。

 あぁ、そう言えば…。

 

 ”何だ、何かあるのか!?”

 

 そんな期待されても…。

 まぁあるにはあるけどさ。

 

 ”この際なんでも良いから!解釈次第でどうとでもするから!”

 

 今こいつマスゴミ並にクズい発言したぞ!?

 

 ”良いから良いからギブミー願い事!”

 

 あぁもう、最後までグダグダだなぁ…。

 でも、この方が良いのかも。

 最後だからって湿っぽいのは自分達に合わない。

 

 ”そりゃ、今まで散々一緒だったしな。”

 

 あぁ確かに。

 もう、それすら出来ないけど、私は確かに貴方と一緒だった。

 

 ”…これで最後だ。お前の願いは何だ?”

 

 ステンドグラス、その中心にある最後の一枚に致命的な皹が入った。

 もうこの夢も終わりだ。

 余裕は無い。

 

 「私の、願いは」

 

 最後の言葉が紡がれたと同時、逆月は砕けた。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 「ゲーティア、お前に最後の魔術を教えてやろう。」

 

 サドゥが、マシュが逝き、せめて一太刀と立ち上がる立香を抑えて、この場にいる筈の無い人物が現れた。

 ロマニ・アーキマン。

 カルデアの司令官代理にして、医療部門のトップで、いつもゆるふわっとした医者で、立香にとっての日常を成す大事な人間の一人で。

 10年前、マリスビリーによって召還され、聖杯戦争に参加したサーヴァント。

 嘗てソロモン王であった、人間。

 

 「馬鹿が!貴様に何が出来る…貴様には何も出来まい!全てを見ておきながら、何もしなかった貴様に!」

 

 そしてゲーティアが激怒する。

 動揺以上に、憤怒を以って嘗ての王、生みの親を憎悪する。

 何故なら、ソロモン王と千里眼を共有し、あらゆる悲劇を見てきて、それを無くすために、彼らはこの大事業を始めたのだから。

 

 「最後は自らの宝具で消滅する…それが、ソロモン王の結末だ。」

 

 掲げるのは左手、その薬指に嵌った指輪。

 それがソロモン王の、最後の奇跡。

 

 「消えうせろ!『誕生の時きたれり、其は全てを修めるもの』!!」

 

 迫る極光を、ゲーティアを、ソロモンは血を流しながら静かに見つめ、真名を解放した。

 

 「『訣別の時来たれり、其は世界を手放すもの』。」

 

 それはソロモン王の唯一の人間らしい逸話。

 その最後に、己が得た全ての特権を神へと返上したという。

 人のものであるべきではない全能の否定、神々との決別。

 

 「お、おおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」

 

 咆哮と共に、ゲーティアが、魔神王が分解していく。

 七十二柱の結束が解け、ただの魔神、悪魔へと退化していく。

 もうゲーティアは、ビーストⅠは全能ではなかった。

 

 「後は君の出番だ。立香君、大詰めを頼んだよ。」

 

 そうして、微笑みながら、ロマニ・アーキマンは消えていった。

 もう蘇生も、英霊召還も出来ない完全な消滅を迎えながら、それでも彼は笑っていった。

 そして、藤丸立香はカルデアのサーヴァント達と共に、魔神王ゲーティアを討ち取った。

 

 崩壊が始まる玉座、隣にいてくれた二人がいない事を寂しく思いながら、それでも立香は帰還するために走った。

 英霊達の多くも座へと帰り、後は生還して終わりという所、最後の最後でまだ立ち上がる者がいた。

 

 人王ゲーティア。

 崩壊しながら、定命の者となりながら、それでもなお立ち上がった敵。

 

 「私は今生まれ、今滅びる。何の成果も、何の報酬もないとしてもこの全霊を賭けて、おまえを打ち砕く。―――我が怨敵。我が憎悪。我が運命よ。どうか見届けてほしい。この僅かな時間が、私に与えられた物語。この僅かな、されど、余りにも愛おしい時間が、ゲーティアと名乗ったものに与えられた、本当の人生だ。」

 「分かるよ。同じ立場だったら、僕も同じ事をしただろうから。」

 

 互いに何処か透き通った瞳をしながら、最後の戦いが始まった。

 短く、しかし苛烈にして裂帛な戦いが繰り広げられ、次々とサーヴァントは倒れ、人王の体は欠けていく。

 その結果、遂に全てのサーヴァントが倒れ、人王の攻撃が立香を捕らえる。

 だが、彼はこれだけはと持っていた盾で、人王の最後の一撃を防ぎ切り、

 

 「だあああああああああああァァァァァァァァァァァァ―!!」

 

 令呪の消えたその拳で、人王の霊核を砕いた。

 

 「---見事。いや、全く……不自然なほど短く、不思議なほど、面白いな。

 人の、人生というヤツは―――」

 

 そう言って、ゲーティアは今度こそ消えていった。

 ロマニによく似た、晴れやかな笑みと共に。

 そして、生き残った英雄は、前を向いて走り出した。

 

 

 

 後の結末は敢えて語らない。

 だが、人類を救った英雄は、最も大切にしていた者の片割れを取り戻し、カルデアへと帰還した。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 「わたしの、ねがいは」

 

 頭上から降り注ぐステンドグラスの欠片に一片の意識も割かず、悪魔へと彼女は告げた。

 

 「みんなが、しあわせになりますように」

 

 そこに敵味方も、正邪も、生死も関係ない。

 誰もが一度は抱く、穢れない、直ぐに消える儚い夢。

 それを、彼女は歪んだ願望器を前に、大真面目に告げた。

 本当は、本当は、誰か大切な人と一緒に生きていたいという願いがあったのに、それを捨ててまで、彼女は願った。

 この世全ての幸福を、この世全ての悪を担う身でありながら。

 

 ”その願い、承った。”

 

 言葉と共に、ステンドグラスが遂に砕け散り、その全てが破片となる。

 同時、願いを告げた少女の体が輝き、一つの形へ、杯へと変化する。

 そう、彼女こそ願望器。

 カルデアが意図せず作ってしまった、欠陥品の願望器。

 本来なら、望んだ事全てが叶う筈なのに、ただの一度も叶えられなかった、欠けた器。

 

 ”この壊れた状態で何処までいけるか分からんが…”

 

 影が手に取った器は欠け、歪み、中身は刻一刻と漏れ出ている。

 

 ”それでも、オレはオレなりにお前の願いを叶えるよ。”

 

 そして、全てが闇の中に消えた。

 

 




次で本編は完結。
終わったら番外編やクロスものとかチョロっとやるかも。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その26 エピローグ 始まりの物語

これにて完結


 その26 エピローグ 叛逆の物語

 

 

 全ての戦いを終えた後、人理は再編された。

 焼却された筈の世界は、戻って来た。

 音信不通だった筈のカルデアの外から、連絡が入った。

 一年。

 それは地球上全ての知的生命体が仮死状態になっていた間に過ぎた時間。

 何時の間にか経過していた時間に、大慌てで国連及び魔術協会は心当たりのある組織、カルデアへと連絡を取った。

 

 だが、カルデアも即座に返答する事は無かった。

 何故なら、彼らもまた未曾有の混乱に叩き込まれていたのだ。

 具体的にはレフ・ライノール・フラウロスによって爆殺された全ての職員が、何時の間にか蘇生していた。

 そこには所長であるオルガマリーも含まれていた。

 そして、急遽開かれた話し合いで、オルガマリーにダ・ヴィンチがこの1年で何があったかを語った。

 それは世界を取り戻すための物語。

 無数の出会いと別れを交えた、人類史を遡る長い旅路。

 史上最大規模の聖杯戦争を。

 

 「話は分かったわ。全てを正直に国連に報告する事は無理ね。」

 

 頭が痛い、と言う表情で、オルガマリーは告げた。

 

 「勿論だ。それに、今回は何とか勝てたが、まだ終わった訳じゃない。」

 

 考えられる敵勢力。

 それは魔神柱の残党であったり、未だ見ぬ3体のビーストであったり。

 

 「世界の外に近づくからって、世界を滅ぼそうとする輩が出るわよ…。」

 「だよねー。」

 

 魔術師とはそういう生き物だった。

 根源へ到達するため、己だけでなく子孫や他の誰かを平然と犠牲にしてまで目的を達成する。

 んなもん目指すのは勝手だが、他人巻き込むなや、と言ってやりたい。

 そんな傍迷惑な存在なのだ。

 

 「取り敢えず、直ぐに偽の報告書を用意して。それ以外は負傷者及び施設の復旧と拡張に着手して。」

 「あぁ、英霊達の分かい?」

 「功労者を労わらない訳にはいかないでしょ…。」

 

 と言うか、此処でもし「普段は霊体化して、無駄飯喰うなよ」とか言おうものなら確実に暴動ものである。

 

 「まぁ其処ら辺は喜々としてやってくれる者達もいるからね。お任せするよ。」

 「お願いね。後はロマンとサドゥか…。」

 

 それはただ二人だけ、未帰還となったカルデアの職員の名だった。

 

 「立香君とマシュは、互いがいるとは言え、それでも心身共に疲弊している。こういった面倒事からは遠ざけた方が良いだろうね。」

 「そうね…差し当たって、あの子達の給与と処遇も考えないと。」

 「報告書もだね。その辺りは前々からプロット立ててたから任せてくれ給え。」

 

 それから直ぐに二人は作業に取り掛かった。

 胸の内の寂しさを紛らわせる様に。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 「姉さんにも…。」

 

 雲が殆どない、極普通の綺麗な青空を見て

 

 「姉さんにも、見てほしかったです。」

 「マシュ…。」

 

 今はいない姉の事を想って、マシュは涙した。

 

 「そうだね、きっと喜んでくれた。」

 「はい。目を丸くして、写真も撮ったと思います。」

 

 儚げで、でも辛いと思った時には必ず支えてくれた、無茶ばかりする少女だった。

 その癖自分の事は自分でしようとするのだから、もう少し頼ってほしくもあった。

 否、きっと自分でしなくてはならないと、義務感ばかり感じていたのだろう。

 それでも、彼女の存在は生き残ったカルデアの人々にとって、確かに救いだった。

 

 「私、何時か死んで姉さんに会えたら、いっぱい話したいんです。」

 「うん、僕も。カルデアの外の事、日本の事、世界中の事、素敵な事はたくさんあるんだって、沢山土産話を持ってくんだ。」

 「ふふ、先輩らしいですね。じゃぁ…」

 

 微笑みながら、少しだけ頬を赤くして、マシュは立香の手を握りしめ、その豊かな胸に抱え込んだ。

 

 「ま、マシュ?」

 「先輩と私、二人で色んな所を見て回りましょう。沢山沢山、数え切れない位に。」

 

 それは誓いであり、願いでもあった。

 姉への誓いを傘にきた、ちょっとズルい想い人へのお願い。

 何時の間にこんな狡さを覚えたのやら、立香は驚くと共に嬉しかった。

 

 「そうだね。それなら、僕も付き合わない訳にはいかないな。」

 「それでは…」

 「うん。一緒に行こう、マシュ。」

 

 微笑みと共に告げられた言葉に、マシュは驚きで目を丸くし、次いで満面の笑みで頷いた。

 

 「はい!何処までもお供します!」

 「うん。差し当たっては日本でお願い。一度里帰りしたいしね。」

 「先輩の故郷…!あわわ、何を着ていけば…!?」

 

 こうして、胸に傷を抱えながらも、二人は漸く平穏を謳歌できるようになった。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 一か月後、カルデアは何とか完全に復旧、拡張工事も大方終了した。

 これに関しては科学者系・魔術師系・そしてローマ系の建築が得意な英霊達による、ペーパープランであったカルデア劇的魔改造計画(筆頭ダ・ヴィンチ)を実行に移したためだ。

 嘗ての殺風景さが完全に払拭する程の施設へと変貌したカルデアは、今やサーヴァント達が起居する新館の方が豪華ですらあった。

 一部の職員など、シフト休みには遊びに行っている程である。

 

 「さて諸君、今日は人理修復後、初めての英霊召喚だ。慎重に行こう。」

 

 技術部門のトップであるダ・ヴィンチちゃんの言葉と共に、多くのマスター候補達が力強く頷いた。

 何せ、彼らは召喚し、戦うために呼び出されたのに、一年も仮死状態で放置されていたのだ。

 端的に言って消化不良であり、しかも今後も危険な事態が継続するとなれば、気合も入ろうものだ。

 とは言え、マシュの円卓の盾がないため、成功率はお察しレベルだが。

 今回、一人辺り英霊が出るまで三回召喚を行っていく。

 運が悪いためか、どうしても英霊ではなく礼装ばかりの者もいるが、半数以上は成功し、英霊を招いて満足そうにしていた。

 彼らが今後まともな戦力になるのか、それは今後の交流次第で決まるだろう。

 

 同じ頃、新館の方でも英霊召喚の儀式が行われていた。

 

 「では先輩、頑張りましょう。」

 「あ、うん。でもさ、マシュ…」

 「現状、私ではお役に立てませんから…気にせず召喚してください。」

 「うん。んじゃ召喚いくよー。」

 

 くべられた聖晶石が魔力へと変換され、中心に設置された円卓の盾に魔力が満ちていく。

 ここで必要もないのに詠唱とお供えもの、触媒になりそうなものを設置するのが、人理修復の旅の中での召喚スタイルだったりする。

 そして、召喚されたクラスカードは… 

 

 「な、☆5キャスター!?マーリンめ、今更出てきたのか…!」

 「先輩、円卓の皆さん呼びます?」

 

 まさかの高レアサーヴァント、冠位持ちのマーリンだった。

 戦力としては大いに頼りになるのだが、あの半夢魔を迂闊に呼ぶと、カルデア中の女性の貞操が危ないので、正直呼びたくはなかった。

 

 「でもマーリンさんにはウルクでお世話になったので、その分の恩返しもしたいです。結局時間神殿には来られませんでしたし。」

 「そうだね。」(円卓メンバーいれば大丈夫かな?)

 

 そんな事を思いつつ、召喚は恙無く進んでいく

 

 「…ん?」

 「はい?」

 

 筈もなかった。

 召喚陣の中心、そこにあったのは褐色の肌に灰の長髪を三つ編みにして前に垂らし、ゆったりした衣服を纏う、すんごく見覚えのある姿。

 

 「やぁこんにちは。ボクの名前はソロモン。よろしくお願いするよ。」

 

 あんぐりする立香とマシュに、朗らかかつマイペースに、魔術王は挨拶した。

 

 「とは言え、改めて挨拶するなんて照れるね。元気だったかい、二人とも?」

 「「ど…」」

 

 そして、しっかりと記憶持ちである事を告げられて、

 

 「「ドクターロマーン!!」」

 「おふぁ!?」

 

 心からの歓喜と共に、二人はその胸目掛けて全力で飛び込んだ。

 だが、筋力・耐久共にEで霊基再臨もしていないソロモンに、二人を抱き止めるだけの体力は無く。

 召喚早々、魔術王は頭を壁に打ち付けてあっさりと気絶した。

 

 「「ど、ドクタァァァァァ!?」」

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 「で、どうして召喚できたの?消えた筈だよね?」

 「この状況で態々尋ねるとか、君も図太くなったよね…。」

 

 ロマン帰還。

 この報に人理修復に参加したサーヴァントと職員達は通常業務を普段の倍の早さで終わらせ、即効で宴会に突入した。

 なお、費用は所長のポケットマネーから出るので、皆普段以上に気兼ねなく飲み食いしている。

 

 「いや、僕も正直よく分からなくてさ。ただ、第一宝具の発動に横槍が入ったのは分かってる。」

 「君の宝具の発動にかい?そりゃまた凄まじいね。」

 

 チーズを肴に上機嫌にワインを楽しんでいたダヴィンチが驚きを露にする。

 何せ、彼は魔術王なのだ。

 指輪が一つだけで最低まで弱体化した状態だったとは言え、大抵の魔術は彼に効きはしない。

 

 「まぁ千里眼も無い状態だったからね。」

 「って、それゲーティアも…。」

 「マジか」

 

 話を聴いていた幾人かがギョッとした顔をするが、それはないとソロモンは手を左右に振った。

 

 「彼は確かに死んだ。不完全な状態とは言え、僕の遺体を中心とした結束は消えたからね。一応、頑張れば召喚できるんじゃないかな?」

 「それを早く言ってよ!?」

 

 衝撃の事実を知ったマスターは、宴会もそこそこにまた召喚設備のある部屋へと駆けていった。

 

 「わ、わ、わ!先輩待って下さーい!」

  

 それを大慌てで人並みの生を手に入れた少女がついていった。

 

 「で、僕がいない間どうだったの?」

 「事後処理の連続さ。何せ真実そのままとかどう考えても無理だし。」

 「だよねー。」

 

 そして語られる愚痴の数々を、ソロモン、否、ロマニは以前の様に邪険にもせず聞き役に徹していた。

 それは、まるで何時かの平和の光景の様だった。

 

 「で、誰がやったか検討はついているのかい?」

 「そうだねぇ…気配からして、心当たりはいるけどねぇ…。」

 

 そう言うソロモンの顔は何処か苦味があり、積極的に口にしたくない様だった。

 

 「…あの子かい?」

 「分かるかい?」

 「分かるとも。何年来の付き合いだと思ってるのさ。」

 「10年もないと思うんだけど。」

 「ふふ、私にとってはそれで十分さ。」

 

 二人で静かにグラスを傾けながら、この一年を思う。

 

 「大変だった。大変だったとも。」

 「それでも…」

 「「本当に、楽しかった。」」

 

 ニッと、悪童の様に笑い合いながら、二人はグラスを掲げた。

 

 「誰に乾杯する?」

 「それは勿論、あの3人にだよ。」

 

 そう言うソロモンの指には、10の指輪が嵌っていた。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 召喚陣の傍ら、そこで立香が絶望し切った表情で四肢をついて項垂れていた。

 

 「やっぱりだめだったよ…。」

 「せ、先輩?もう止めましょう、ね?」

 

 貯蓄してあった聖晶石の殆どを注ぎ込んで、しかし召喚は悉く失敗していた。

 

 「礼装、それも☆3まで…久々の大爆死…。」

 

 何で人理救済の旅でガチャなんてせにゃならんのだろうか…。

 旅の中、立香は何時も思っていた事をまたリフレインしていた。

 

 「やあ、終わったかい?」

 「あ、ドクター。」

 

 そこにおっとりと駆け付けたソロモン王、否、今はかつての姿になっているので、ロマニ・アーキマンと言うべきだろうか。

 

 「えーと、また盛大に爆死したみたいだね…。さぁさぁ、今日はもうこの位にして、皆で宴会の続きでも…」

 

 そう言って立香を起こそうとしたロマンが召喚陣へと一歩踏み込んだ時、

 

 「んな!?」

 

 突然、召喚陣が光り輝いた。

 

 「また☆5キャスター!?」

 「多い!多いですよ先輩!」

 「来てる…今何か来てるって感じがする…!」

 

 そして現れたのは、これまた見覚えの在り過ぎるものだった。

 右半身が掠れて消えかけた、ロマンとレフ、二人に似た容姿を持つ男。

 

 「我が名はゲーティア、人王ゲーティア。泡沫の夢に過ぎぬ身だが、この命、この運命、君に預けよう。」

 「ッシャァァァァァァァァァァーーー!!!」

 「先輩、落ち着いてください!」

 

 狂化でも付与されたの?と言わんばかりのマスターの喜びように、一同はドン引きした。

 

 「やぁゲーティア、久しぶりというには少し短いが、今後はよろしく頼むよ。」

 「王…こちらこそ、反逆した身ではあるが、よろしく頼む。」

 

 が、主従してマイペースは共通してる二人は恙無く再会の挨拶を済ませていた。

 

 「さて立香君、マシュ。頑張ったご褒美に、ボクからプレゼントがあるんだ。」

 「へ?」

 「プレゼントですか?でも、私は今でも十分…」

 

 戸惑いを示す二人に、しかしロマンは首を振る。

 

 「此処まで来たら、もう一人も呼びたいだろう?」

 

 その言葉に、二人の目は大きく見開かれた。

 

 「出来るの?」

 「実はチラッと視えたんだけどね。こっちに来たがってたよ。」

 

 実際はじーっと羨ましそうに座から見ていたのだが、それはさておき。

 ロマンはソロモンの姿に戻ると、一瞬で召喚術式、システム・フェイトに干渉し、呼べる英霊をただ一人に絞った。

 

 「ではいざ召喚!」

 

 再び光に満ちる召喚陣。

 何処か浮き出る術式が普段と異なっているのは、ソロモンの干渉故か。

 そして、召喚された霊基は☆0のアヴェンジャーのものだった。

 

 「………!…!」

 (あ、先輩叫びたいのを我慢してます。かっこつけたいんですね。)

 

 そして、姿を現したのは…

 

 「あいよー!最弱英霊アヴェンジャー、お呼びと聞「違げぇえぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」!?」

 

 実に惜しい相手だった。

 

 「まぁ確かに召喚しようとすれば普通そうなりますよね…。」

 

 ある種、納得の結果だった。

 

 「あれー?確かにこれで召喚できる筈なのに…。」

 「王よ、単に向こう側から拒絶されたのでは?」

 

 その言葉にすぐにアンリ・マユが反応した。

 

 「そーそー!あの馬鹿、やたら恐縮して出ていかねーからさー。こっちから蹴り落としてやろうとしたら、カウンター食らっちまってさー。」

 「姉さん…。」

 「まぁ元気なのは伝わった。」

 

 出来れば別方面で発揮してほしかったけどネ!

 

 「よし、んじゃ気を取り直してもう一度だ。」

 「それが、先ほど先輩が全て使い切ってしまって…。」

 「あははははは…マジで?」

 

 どうしよう、と全員が顔を合わせる。

 正直、どうしようもなかった。

 流石に無から有を作る事は、魔術王でも出来なかった。

 

 「そんな事だろうと思ってたさ!諸君、これを使いたまえ!」

 

 ババーンという効果音と共に現れたのは、未だにチーズの載った皿とワイングラスを持ったダヴィンチだった。

 

 「レオナルド、まさか…!?」

 「そう、この私のへそくりである呼符を使うんだ!一枚だけだからこれがラストチャンスさ!」

 「よし今度こそー!」

 

 そして、最後の呼符が召喚陣にセットされた。

 スゥと、立香が今度こそ、と気合を入れ、自身の魔術回路を起動させながら、願掛け代わりの詠唱を唱え始めた。

 

 「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。

  祖には我が大師シュバインオーグ。

  降り立つ風には壁を。

  四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。

 

  閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。

  繰り返すつどに五度。

  ただ、満たされる刻を破却する

 

  ―――――Anfang(セット)。

  ――――――――告げる。

  ――――告げる。

 汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。

 

  誓いを此処に。

  我は常世総ての善と成る者、

  我は常世総ての悪を敷く者。

 

 汝三大の言霊を纏う七天、

 抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

 

  

 

 

 ……………

 

 

 

 

 それで、召喚されたのは誰だったか、だって?

 はは、そこから先は皆で想像してみてほしい。

 何せ、基本私は視るだけのクズだからね。

 

 イタイイタイ、髪を引っ張らないでくれ。

 分かった分かった。

 そこまで言うなら、もう少しだけ語らせてもらうよ。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 「デミサーヴァント・アヴェンジャー、英霊としての真名をアンリ・マユ。召喚に応じ参上しました。弱いですが、これからよろしくお願いします。」

 

 一拍おいて、

 

 「ただいま、二人とも。」

 

 サドゥは最高の笑顔で微笑んだ。

 

 

 

 

 

 「ちょおおぉぉぉぉ!?」

 「っ、先輩は見ないでください!」

 「ぐはぁ!?」

 「あっはっはっはっはっはっは!」

 「…はぁ、賑やかな事だ。」

 「ど、どうしたの?」

 「姉さん…服を着てください。」

 

 こうして、彼女の物語は改めて始まった。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 何時か、何処の世界。

 何処にでもある様な安アパート。

 その一室で、一人の遺体が放置されていた。

 苦悶の果てに死んだのか、その顔は目を背けたくなる程の形相だった。

 無人で、音もないそこに、不意に影が差した。

 

 “もう、苦しまなくて良いよ。”

 

 影が男の遺体を覆っていく。

 同時、薄っぺらだった影が実体を伴っていく。

 

 “貴方の悪は私が持っていくから”

 

 それは一人の少女。

 赤い布を腰に巻き、その上から黒いフードを纏った、全身を刺青で覆った少女。

 その灰の髪は腰に届く程長く、風も無いのに棚引いている。

 

 “だから、次はどうか幸せになってね。”

 

 それだけを告げて、少女は再び影となって、何の痕跡も残さずに消えていった。

 否、一つだけ痕跡はあった。

 先程の男の遺体が身奇麗にされ、凄まじい形相だった顔は、穏やかなものへと変わっていた。

 

 

 

 

 

 




 このエンドにすべきか、最後まで大いに悩みました。
 だが、「サドゥが当初求めた救いは無い」という形で、バッドエンドとさせて頂きました。
 短くも長い間、完結まで付き合ってくださった皆さん、本当にありがとうございました。











 この世が未だ混沌であった頃、澄んだ正常な「陽」の気は上に昇って生き物となり、
濁った不浄な「陰」の気は下に溜まって獣となりました。

 ”あぁ、きれい。”

 頭上の輝きを、獣は眩しくも羨ましげに見つめてました。

 ”わたしがここにいれば、ずっときれいなままなんだろうな…。”

 獣は自分は汚れているから、決して昇る事はありませんでした。

 ”あれ?”

 しかし、おかしな事に気づきました。
 汚れは皆ここに降ってくる筈なのに、上の綺麗な場所に、汚れが溜まり始めたのです。
 
 ”いけない、きたなくなってしまう。”
 
 獣の心配を他所に、汚れはどんどん増えていきます。
 このままでは綺麗だった上の全てが汚くなってしまうでしょう。

 ”きれいにしなくちゃ。”
 
 長過ぎる葛藤の末、獣は上に昇る事を決めました。
 全ての汚れを回収するため、輝きを汚さないために。
 

 こうして、ビーストⅢは顕現する事を決意した。
 

 これは始まりの物語。
 人が知らずに虐げていた、獣の軌跡。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

IFEND 獣の再誕  最後に加筆修正

フラグ
1、特異点への参加が5回以上
2、子供鯖&ナイチンゲールによる治療を行わない
3、第七特異点でサドゥ死亡orビーストⅢ覚醒

以上が成立した場合のお話
※本編でも酷似した分岐に入る可能性あり


 全ての戦いを終えた後、人理は再編された。

 焼却された筈の世界は、戻って来た。

 音信不通だった筈のカルデアの外から、連絡が入った。

 一年。

 それは地球上全ての知的生命体が仮死状態になっていた間に過ぎた時間。

 何時の間にか経過していた時間に、大慌てで国連及び魔術協会は心当たりのある組織、カルデアへと連絡を取り、事の次第を知った。

 敵側からの爆破工作、人理の焼却、七つの特異点と聖杯、七体中四体のクラス:ビースト、そして二人の未帰還者。

 事が事故に、どうにかこうにか査察を受け入れる形へ落ち着きながら、カルデアは人理守護の最後の砦として機能する事になった。

 そして人理再編開始から半年、国連からの人材受け入れの日。

 

 カルデアは炎に包まれた。

 

 原因は簡単、情報漏洩だ。

 英霊が、ダ・ヴィンチが本気で隠蔽していた情報がどうやって漏れたのか、それは分からない。

 だが、問題はその情報が魔術協会のとある有力な一派へと漏れてしまった事だ。

 彼らは知った。

 人理焼却の折、カルデアは世界の外側に近づいていた事を。

 多くの失われた英知を持った魔術師の英霊達がいる事を。

 英霊を燃料とした聖杯が作成可能である事を。

 消えた筈の神霊や、根源と接続した者すら存在する事を。

 そこまで知れば、彼らの取り得る行動は一つだけだった。

 

 入念に下準備を重ね、国連の派遣人材を始末した後に成り済まし、まんまとカルデアへと潜入した。

 そして、施設全体の視察も兼ねていた事を利用して、生き残った職員らを人質に、カルデアのシステムを掌握した。

 英霊達は激怒しながらも、マスターの命令に従い、戦闘せずに霊体化させられた。

 そして、英霊達の多くはそのまま聖杯にくべられ、有用とされた英霊は封じられ、デミ・サーヴァントであった少女とマスターである少年は封印指定と同じく、標本にされる事が決まった。

 そして二人が標本に加工されると言う日、

 

 「なにを、してるの?」

 

 死んだ筈の、二人にとって大事な少女が帰ってきた。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 それはきっと、ほんの僅かなズレ、間の悪さの生んだ悲劇だった。

 

 ビーストは蘇る。

 正確には、一度活動を開始すれば、あらゆる時間軸に出現し得ると言うべきか。

 七体の中でも、こと人理の内では最も高い不死性を持つビーストⅢなら、それこそ人類史の何所であっても出現し得る。

 それは勿論、自身にとって大切な者が害された時も含まれる。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 カルデアは燃えていた。

 カルデアを襲った根源を目指す魔術師達は皆殺しにされ、今もケイオスタイドの中で死ぬ事も狂う事も出来ず、永劫の苦痛に苛まれ続けている。

 

 「行くのかい、サドゥ?」

 「うん。」

 

 英霊達の生き残りを代表して、ダ・ヴィンチが問うた。

 

 「悪い人達はたくさんいるから、全部消してくるの。」

 

 立香もマシュもこの場にはいない。

 二人とも、今は治療のために医務室で休んでいた。

 処置は終わったが、心身へのショックと疲労から、今は昏睡に近い状態だった。

 

 「はぁ…結局、人類を滅ぼすのは人類って事か。成程、自滅因子とはよく言ったものだ。」

 

 こりゃお手上げだ、と言う具合に、ダ・ヴィンチは呆れ果てていた。

 何にもならない自分達の欲望で、確かに人類は破滅へのスイッチを、自分の死刑執行書に判を押したのだ。

 

 「二人をお願い。」

 「分かってる。私達が責任を持って守ろう。」

 

 その答えに、獣の少女は黙って頷くだけで返答とした。

 赤い布を腰に巻き、その上から黒いフードを纏い、全身を刺青で覆っている。

その灰の髪は腰に届く程長く、風も無いのに棚引いている。

 少女の人としての名をサドゥ・キリエライト。

 存在としての名をクラス:ビースト。

 その三番目を冠する、狂信の獣である。

 

 「悪い人達を皆燃やしてから、帰ってくるから。来なかったら…」

 

 私の事は忘れてね。

 それだけを告げて、少女は断崖絶壁から飛び降りた。

 次いで、崖の下から巨大な獣が猛吹雪の空へと飛び立っていった。

 その目は潰れ、盲目だった。

 

 「結局、私達の頑張りは無駄だったのかな…ねぇロマン。」

 

 今はもういない友へと、ダ・ヴィンチは空しそうに問い掛けた。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 世界中の人口密集地が、黒い泥と獣達に蹂躙された。

 だが、その動きには何処か規則性があるのか、ごく一部であるが、被害にあっても生き延びた人間達も存在した。

 泥は逃げれば良いし、獣達は重火器や魔術を使えば辛うじて殺す事も出来た。

 だが…

 

 『■■■■■■■■■■■■■■■■■■――ッ!!』

 

 全長800mの威容を持った、空を往く盲目の巨獣には、誰もが歯が立たなかった。

 その咆哮だけでビルを砕き、手足の打撃は山を踏み砕き、空を高速で飛んだだけで軍隊を壊滅させる。

 その全身には常に黒い靄が集まり、肥大化を続け、既に確認された当初の倍以上となっている。

 その背には世界各地から集まる黒い靄が集まり、まるで尾の様になって棚引き、まるで抜け毛か何かの様に無作為に黒い獣や泥を地上に撒き散らしていく。

 

 最初は300m程と、もっと小さかった。

 だが、人間から黒い靄の様なものを吸い取るにつれ、刻一刻と巨大化していく巨獣に、政府関係者と魔術関係者は巨獣の殲滅を選択した。

 しかし、ミサイルも、ロケット砲も、大規模魔術も、伝承保菌者による宝具も全く効かなかった。

 傷一つ負わせる事も出来ず、呆気なく蹂躙された。

 形振り構わぬ艦隊の全力出撃、戦略級核弾頭による飽和攻撃によって、幾度かは巨獣を殺す事は出来たが…

 

 『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――ッ!!』

 

 その度に、巨獣はより強大となって復活してしまうのだ。

 最早、打つ手は無かった。

 当然だ、あの獣はそういうモノなのだ。

 クラス:ビースト、狂信の獣性を持つビーストⅢ。

 相手が人間で、この世から悪意が消えぬ限り、ビーストⅢは永劫に誕生と肥大化を繰り返す。

 元より、人間にどうこう出来る存在ではないのだ。

 

 殺され、殺され、殺された。

 爪で、牙で、力で殺された者はまだマシだった。

 泥に触れ、魂すら汚染され、発狂しながら燃やし尽くされるか、泥に溶かされながら飲み込まれた者達は悲惨だった。

 既に20億を超える人間が直接的に殺された。

 他にも経済損失は言うに及ばず、国土を満遍なく泥に覆われ、滅亡した国すらあった。

 或は、首都を瓦礫の山とされ、全ての国民を獣に食い尽くされる事によって滅んだ国も多々あった。

 もう、人類に巨獣を止める術は無かった。

 

 ただ、何事にも例外は存在した。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 「良いのかい?」

 

 ダ・ヴィンチは、カルデア唯一のマスターへと問うた。

 

 「他に方法があれば、そっちを選ぶよ。」

 「だが、君がやらなくても良い事だ。」

 

 ダ・ヴィンチの言葉は本当だった。

 自身の所属する魔術師の独断によって、この事態の引き金を引いた魔術協会は大慌てで事態の解決を望んでいた。

 それこそ、英霊召喚でもなんでもやるし、目の上のタンコブ扱いのカルデアとも協力するだろう。

 

 「ダメだ。せめて僕の手で終わらせたい。」

 

 それが、サドゥの願いだったから。

 

 「なら先輩、私も行きます。」

 「マシュ…。」

 

 既にシールダーとしての能力を無くした彼女は、並より低い魔術回路を持った只の人間だ。

 

 「私も止めます。それが姉さんの願いだから、そうしてあげたいんです。」

 

 その藤色の瞳は、確固たる意思を宿していた。

 

 「じゃぁ行こう。もう作戦は練ってあるから。」

 「はい!マシュ・キリエライト、お供します!」

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 人理継続保障機関カルデアは魔術協会及び国連に、ある条件と共に巨獣退治を申し出た。

 それは両組織からの脱却、独立。

 既に資金も設備も自前で賄える彼らは、人の助けを求めていなかった。

 人材にしても、自分達で集められるからだ。

 それに対し、国連側は苦渋と共に承諾したが、足並み揃わぬ魔術協会では反対の声も大きかった。

 

 「よろしい。では誰が我々以外にビーストⅢを止めるのかな?否定するのなら是非代替案を示してほしい。」

 

 その言葉に、各勢力は沈黙し、消極的賛成としてカルデアは対ビーストⅢ討伐作戦を発令した。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 あぁ、ようやくきた。

 ぜんなるひとが、あくなきひとが

 ようやく、わたしをころしにきてくれた。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 作戦概要は簡単だ。

 ビーストⅢの動きを止め、聖杯を用いて作成した特異点へと封じ込める。

 人間のいない空間では、ビーストⅢは本領を発揮できない。

 それは第七特異点で証明された弱点だった。

 そして、何とか復旧したカルデアなら、もう一つの弱点である人外たる英霊を数多く用意できる。

 無論、マスターである少年もまた、その特異点へとレイシフトする必要があるのだが。

 

 結果として、神性を獲得したが故に、ビーストⅢはティアマト同様にエルキドゥの鎖へと捕えられ、その動きを制限された。

 次いで七つの聖杯によって構築された捕縛用特異点に、アーチャーのヘラクレスの『射殺す百頭』によって叩き込まれた。

 一辺5km程度の立方体の、何もない空間。

 そこで、人類とそれを食らう三番目の獣との戦いが始まった。

 

 「行くよ、サドゥ。」

 「此処で止めます、姉さん。」

 『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――ッ!!』

 

 最早人の言葉すら忘れた巨獣の咆哮が響き渡る。

 それは喜びであり、歓喜であり、祝福だった。

 漸く、漸く、本当に漸く、巨獣は自分が求める者と出会えたのだ。

 悪ではなく、善であり、それでいて己を止める意思と力を持つ者を。

 

 『最終フェイズ、開始!』

 「はい!マシュ・キリエライト行きます!」

 「あぁ、これで終わらせよう。」

 

 

 後にカルデア側に、この一連の事件はこう記録される。

 

 最終特異点カルデア

 AD2017 人理定礎値Ω

 終焉黙示審判《この世の唯一の人類悪》

 

 この日、人類史上最大最悪の事件が幕を下ろす事になる。

 それは同時に、今後も続くビーストとの闘争の日々の幕開けでもあった。

 

 

 

 だが、皮肉にもこの日を契機に、人類全体が滅亡と自身の悪性に対して向き合う契機にもなるのだった。

 




 何が怖いかって、似た様な話が本編の未来でも十分あり得るし、原作でも規模は違えどあり得るんだよなぁ(白目

 aki Mk-Ⅱ様より、許可していただいた特異点の名称を使用させていただきました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編 バレンタイン

 

 「姉さん、先輩へのチョコはどうしましょう?」

 

 そう可愛い妹に相談された時、

 

 (あ、忘れてた。)

 “おいおい…。”

 

 完全無欠にバレンタインというものを忘れ果てていた。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 (さて、どうしよっか。)

 

 マシュと共に材料となる食材をレイシフト先で集めながら考える。

 と言うか、立香達に贈るのは良いとして、チョコである必要は無いよね?

 

 “確かにな。他の連中はチョコで良いとして、あの坊主にならそれ以外のも有りだろ。”

 

 と言うか、贈られたチョコ全部を食べたら倒れるんじゃね?

 明らかに個々の量も、贈る人数も多いし。

 そして何より飯マズ勢の存在。

 

 “医務室のベッド予約しておくか…。”

 

 立香の明日はどっちだろう…あ。

 

 “お?決まったか?”

 

 うん、まぁ。

 取り敢えず、詳しそうなノッブに話を聞いてみるね。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 「立香。」

 「あ、サドゥ。」

 

 食堂でどんちゃん騒ぎをしているサーヴァント達を後目に、男性サーヴァント達にチョコを配るためにあちこちを巡っていたマスターは、唐突にサドゥと出会った。

 

 「はい、バレンタイン。」

 「わ、ありがとう!開けても良い?」

 「うん。でも、此処では食べれないと思う。」

 

 そう言って渡された小箱を開けると、一つの茶筒が入っていた。

 

 「茶葉?」

 「抹茶。チョコばっかりで、飽きるかなって。」

 

 と言う訳で、ノッブの協力の下、略式だがお茶を点てる事になりました。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 「お待たせ。」

 「ううん、待ってないよ。」

 

 カルデアにある数少ない和風の休憩ルームにて

 サドゥは態々着物に着替えた上で、立香に茶を点てていた。

 付け合わせの和菓子も、あっさりと頂ける葛餅で、マスターの胃腸と舌を最大限気遣った内容だった。

 

 「どうぞ。粗茶ですが。」

 「あ、ありがとう。」

 

 渡された抹茶を味わう様にゆっくり飲む。

 粉乳等は一切使っていない筈なのに、丁寧に点てられた茶の表面には細かい泡が浮かんでいる。

 味自体は煎茶に比べてかなり苦みが濃い筈なのだが、細やかな泡がそれを和らげ、柔らかな苦みにしてくれる。

 本来は先に食べきるのが礼儀の茶菓子と、交互に少しずつ味わっていく。

 

 「はふぅ…。」

 

 美味い、実に美味い。

 ノッブに以前茶席に呼んでもらった時も良かったが、二人っきりで貞操を狙われずにいられる時間はとても安らぐものがあった。

 だが、立香の思考の半分近くは、美味しい抹茶と菓子以外に向けられていた。

 

 (サドゥの着物姿、だと…!)

 

 マシュも幾度か着せ替え人形にされて、水着やドレスを着た事はあったが、和服というのは余り無かった。

 一応、玉藻や式(暗&剣)、清姫等の着物を着ている極東のサーヴァントはいるが、見慣れ過ぎて新鮮さは無い。

 しかも、サドゥは自分には似合わないと言って、その手の催しの殆どに不参加で、普段のカルデアの制服やデミサーヴァントとしての恰好以外は見た事が無い。

 故に、

 

 (やっぱりサドゥも美少女なんだよなぁ…。)

 

 その着物姿は、超レアだった。

 白からオレンジへとグラデーションの地に濃い紫の帯、紅梅の木に止まる雀が見事に刺繍されており、まるで生きているかの様だった。

 マシュと違ってスタイルは幼児体形(寧ろガリガリ、肋骨が浮いてる)だが、それ故にかえって着物が似合っている様に見える。

 髪もマシュより少し長い位の長さを態々紐で結い上げ、桜の装飾のついた簪を差している。

 また、薄らと施した化粧が大人っぽさを引き出し、更に普段は見えない項が丸見えという点に、立香の思春期らしい部分が大変にドキドキしていた。

 

 (待て待て待て落ち着け。サドゥは純粋な善意でお茶を点ててくれたんだ。こんな邪な感情は良くない!心頭滅却!落ち着け僕の煩悩!)

 

 しかも、サドゥ本人は着物の着つけとかは分からないので、完全に日本系女性陣に任せてしまった故か、自身の魅力とかには一切気づいていない。

 精々が見苦しくない所作を保てているだろうか、と言う程度の認識だ。

 

 (確かに胃腸は休まってる。休まってるけど他に負担が…!僕の理性が…!)

 

 この様に、立香は小一時間程、自身の理性と本能の狭間で苦しんだ。

 

 (良かった。美味しそうに飲んでくれてる。)

 

 ただ、好意に鈍いサドゥはそれに気づかず、終始ニコニコとしながらお茶を飲んでいた。

 

 (プークスクスwwww やっべ腹筋痛いwwwwwwwwwww)

 

 そして、一人全容を把握していたアヴェさんことアンリ・マユは爆笑していた。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 「いやーサドゥちゃんの生チョコ美味いなぁ。」

 「マスター君のと違って、明らかにお義理ですけどね。」

 「彼の方にはチョコ以外なんだっけ?良いなぁ、青春してて。」

 「ははは、後見人やってる僕としてはもう少し我儘言ってくれた方が良いんだけどね、あの二人に関しては。」

 「…所でロマニ所長代理。貴方だけ渡されたチョコの量が我々の倍はあるのですが…。」

 「あ、ホントだ。所長代理だけラッピングも手が込んでるし。」

 「ははは、あぁ見えてちゃんと感謝してるって事なんだろうね。表情が分かり難いけど、やっぱり優しい子だなぁサドゥは。」

 「「「「「………。」」」」」

 「あの、皆?どうしてジリジリと距離を詰めるんだい?なんで壁際に追い込むんだい?」

 「いやーその」

 「私達だけ少ないって」

 「ズルいと思いません?」

 「ねぇドクターロマンティック…。」

 「私達にも、そのチョコ…」

 「「「「「寄越せー!」」」」」

 「ぬわぁ~!?」

 

 そんな職員達の一幕

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 ちょっとだけ補足

 

 1、本編でのサドゥの口調

 最初は無口だったのは、勿論無気力で投げ遣りな精神性の他、爆発で呼吸器系の一部が焼けてたから。

 それ以後は段々と声帯回りの神経が鈍くなっていったため。

 最後の方で口調が普通になったのは、自分の中の悪性(魂の男性部分含む)を消費し尽くしてある程度前向きになった事と、ダメージを完全に無視して崩壊しながら行動してたから

 

 2、サドゥの恋愛・結婚観念

 「こんなガリガリボディ+生気の無い女なんて、誰も見向きもしないでしょ」とか思ってるが、元が十分美少女なので、イケる人はイケる。

 ただ、デミ鯖状態でないと体力が無いので、性交する場合はどうしても受け身になりがち。

 誰であっても、本気で求められれば拒めない。

 ただ、一度関係を持つと、その相手から別れを告げられるまで、ずっと傍にいる。

 基本、どんなものであっても周囲に影響が無く、当人達の合意の下ならどんな在り方であっても良しとする。

 但し、その周囲への迷惑行為は絶対にNG。

 結婚した場合、夫や子供は締める時は締めて、褒める時は褒める。

 相手の悪性を見抜くので、浮気しようものならば、自分はもう必要ないと判断して即効で離婚or雲隠れする。

 子供のためには過労死も厭わない程に働くが、逆にそれが子供の重荷になる場合もある。

 基本的に重い女。

 

 3、立香のサドゥへの感情

 「放っておけない」が一番近いが、本編中最初にお色気シーンを披露したため、どうしても異性として意識してしまう。

 精神性が無垢かつ幼いのに甘やかしてくるため、頼光やブーディカとはまた違ったバブみを感じてしまう。

 多分、割と肉食系なマシュに告白されて関係を持った後、二人してサドゥも引き込むと思われる。

 

 4、アヴェさんの聖杯の使い方

 どう足掻いても欠陥品だったが、出力に関しては本物の神の子の聖杯に並ぶ程だった。

 また、どう願っても破滅する事に関しては「破滅の方向性が内向き」だった事もあり、割と何とかなった。

 但し、効果範囲は終局特異点にいた者全てをほんの少し不幸にする事で、結果的にその願いを叶えている。

 ロマンの場合、ゲーティアと共に消えると言う願いを叶えず、ゲーティアを崩壊させるも自身は死亡(消滅ではない)と言う形になった。

 サドゥ本人に関しては、霊基をアヴェンジャーに偽装しただけで、半ば以上ビーストの獣の権能及び単独顕現で召喚に応じる形を取っただけ。

 まぁ受肉すると抑止力とのガチバトル一択なので仕方ない。

 そして立香&マシュの「また三人での日々を過ごしたい、もっと世界を見たい」と言う願いも叶えられたが、一歩間違えればビーストⅢ顕現なので要注意。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編2 サドゥ・ストーリーズ

 これは元デミ・サーヴァント、サドゥ・キリエライトの日常の一コマである。

 一応原作知識必須のタブはありますが、今回は新宿編の真名バレはまだ早いとの事なので、一部修正しました。



 ケース1 「黒髭」エドワード・ティーチ

 

 「うん、あま~い。」

 

 バレンタイン当日、黒髭は珍しく相好を崩していた。

 彼の目の前にはチョコ、それも市販品を溶かして固めた手抜きではなく、やや大量生産な気はあったが、明らかに手作りのチョコがあり、それを味わう様にゆっくりと食べていたのだ。

 

 「うわっ」

 「誰ですの?あの髭にチョコを作った物好きは…。」

 

 それを二人組の女海賊らは台所の油虫に向ける様な「やなもん見ちゃった…」と言う目で見ていた。

 

 「…で、どしたの黒髭?」

 「お、訊きたいですか?訊きたいのですな!では訊かせてあげましょう!」

 ((イラァ))

 

 二人が嫌悪感と殺意を胸に滾らせているのに気づいてるだろうに、黒髭は大仰な身振り手振りで説明し始めた。

 

 「これはつい先程の事なのですがな?我輩、食堂で…」

 

 

 

 

 ………………

 

 

 

 

 「はい、どうぞ。」

 

 リア充爆発しろ。

 黒髭はその一念を以って、食堂を爆発させるつもりだった。

 リア充な鱒鯖共による祭りなど、この手で粉砕してくれる、と意気込んでいた。

 

 「黒髭さんも、水上戦ではお世話になってますから。これ、日頃の感謝です。」

 

 しかし、そこには天使がいた。

 

 「お口に合うか分からないけど、ちょっと黒髭さんっぽくしたので…。」

 

 喜んでくださると嬉しいです、とサドゥははにかみながらチョコを差し出した。

 差し出されたチョコは、雪だるまの様に二つに重ねたホワイトチョコのトリュフに、黒髭の意匠を追加された簡素ながらも受け取る側への配慮を感じさせるものだった。

 少し困った様な笑みを浮かべるその姿は悪神だとか、第三の獣とか、デザインベビーだとか、そんなもの一切関係ないと言わんばかりの包容力だった。

 カルデアの制服の上に黒いエプロンを纏ったその姿は、しかし女神や天使などではない。

 寧ろ、

 

 「かーちゃん…」

 「え?」

 

 そう、まるでバレンタインの日に必ずチョコを渡してくれる母親の様な母性。

 流石は若くしてカルデアのおかんサーヴァントに登録されているだけはあった。

 

 「拙者、このチョコ大切に食べるでござるよ、か~ちゃぁ~ん…。」

 

 そう言って、誰からも視線を向けられていない事を良い事に、その薄い胸へと髭面で抱きついた。

 

 「よしよし、これからも頑張ってね。」

 

 しかし、サドゥはそれを一切嫌がる事もせず、ただゴワゴワとした頭をゆっくり丁寧かつ優しく撫でてくれるのだ。

 それを黒髭はくんかくんかすりすりしながら堪能し続ける。

 

 (最っ高…!豊満さは無いけどこれ最高でおじゃる…!あ~バブみを感じるんじゃ~。)

 

 僅か数分の出来事だが、黒髭は召喚されてから初となる女の子の感触に酔い痴れた。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 「ってな事がありましてな~。」

 

 先の思い出を語る黒髭、その顔は普段にも増して蕩けており、端的に言って気色悪かった。

 

 「「有罪。」」

 「な、何故にー!?」

 

 その疑問に女海賊二人は言葉少なに武器を以って返答とした。

 

 

 後日、女性サーヴァント一同からマシュ共々、女性としての振舞い方等を講義される事になるのを、サドゥはまだ知らない。

 

 

 なお、雪だるま型チョコは全サーヴァントに微妙に意匠を変えて配られた義理チョコである事を此処に明記する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ケース2 「錬鉄」 エミヤ

 

 カルデアは大所帯、故に食堂等の生活部門は常に大忙しだ。

 現在、人理修復のなった後、カルデアの職員らが蘇生した事もあり、旧館の方には本来のコックらが詰めているが、サーヴァントらが起居する新館では当然ながら人理修復時と同じく、一部の料理上手なサーヴァントらが詰めている。

 

 「エミヤさん、焼き鮭上がりました!」

 「8番テーブルに!ハンバーガー特盛りセットは!?」

 「上がったよ!配膳お願い!」

 「17番テーブルから注文!ランチセット三つ!」

 

 この様に、一般的な食堂と同じく、昼時の数時間は修羅場となる。

 

 

 そして、それらが終わって、洗い物等の後片付けが終わってからがコックらの休み時間となる。

 

 

 「さて、賄いでも作ろう。」

 「いえ、今日は私が。」

 

 おや、と珍しい事にエミヤが怪訝そうにする。

 このサドゥという少女、基本的に自己主張が弱い。

 その身上で仕方ないとは言え、こうして自己主張するのは本当に珍しい。

 

 「それは良いが、何か考えでも?」

 「はい。」

 「じゃぁ、私もサドゥにお願いするね。」

 「はい、じゃぁちょっとお待ちを。」

 

 ブーディカも賛成し、サドゥはいそいそと調理を開始した。

 とは言え、5分程度で調理は終わったのだが。

 

 「炒飯か、どれどれ…。」

 

 む、とエミヤが目を見開く。

 一見、葱と卵、安物のカニ風味かまぼこだけの家庭的な一品には、濃厚な魚の出汁があり、見た目以上の旨味があった。

 

 「これは、シーチキンだな。」

 「缶詰の、残った油かな?」

 

 普段は捨てがちなものだが、シーチキンの缶詰の油は意外とあっさりしてて、尚且つその旨味をたっぷりと含んでいる。

 具の方もシーチキンの旨味と邪魔し合う事もない。

 これで具が挽肉だったらしつこ過ぎるだろうが、ちゃんと配慮した具になっている。

 エミヤも時々ドレッシングに利用したりするが、大胆と言うか大雑把に炒飯に突っ込んだ事は無かった。

 調理技術こそエミヤやブーディカの方が上だが、アイデアと言う点では柔軟な発想に負けた気分だった。

 

 「ちょっとガサツだけど…」

 「いや、いけるね、私は。」

 「あぁ。もう少し香辛料を入れても良いな。」

 「そうですね。私も…」

 

 島国育ちの二人にとって、海産物は身近な食材な事もあり、シーチキン炒飯は好評だった。

 あぁでもないこうでもない。

 目先の変わった新しいツナ炒飯を肴に、食堂の午後は穏やかに過ぎていった。

 

 

 

 「何やら美味そうな匂いがする。」

 「シロウ!私にも何か!」

 「あの、すいません、私にも…。」

 (((あちゃー)))

 

 だが、それは三色の暴食王によって儚くも破られてしまうのだった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ケース3 「山の翁」 キングハサン

 

 人理を巡る戦いが一先ずの決着を得た後、初代山の翁は召喚された。

 主にキングハサン、初代様、初代さんと言われる彼は、基本的にカルデア新館の最下層で過ごしている…らしい。

 気配遮断を高ランクで修める冠位持ちのアサシンである彼にとって、誰にも気づかれずにカルデア内を散歩するのは簡単な事なので、本当に最下層にいるのかは不明なのだが。

 迂闊に人に出会ったら説教又は首を断つ超絶怖い人という認識があるためか、彼は基本的に人前に姿を現さない。

 そんな彼だが、マスターなど周囲の反対を押し切ってまで最下層に起居しているのは、人間にとって更に危険なサーヴァントを自ら監視している、と言う理由があった。

 ゴルゴーン、新宿のアヴェンジャー。

 この二体は明確に人間を憎悪しており、カルデアでも特に注意を払われているサーヴァントだ。

 他にも酒呑童子などもいるが、そちらは二体の坂田金時によって監督されているため、この二体程ではない。

 そんな理由もあって、ここには毎日食事を届けに現れるマスター以外はほぼ来ない。

 が、例外は何処にでもいるものだ。

 

 「構わん、入るが良い。」

 

 唐突に部屋に響いたノックに、初代山の翁が告げる。

 

 「来たか、娘よ。」

 「はい、来ました。」

 

 そこに、カルデアの制服姿のサドゥが入室した。

 

 彼女、サドゥにとって初代山の翁は恩人の一人だ。

 特に第七特異点では、彼がいなかったらティアマトに勝利できなかっただろう。

 そして、死に焦がれ、死期が迫る自分に忠告してくれた人物でもある。

 とは言え、自分ではどうやっても彼の恩に報いる事は出来ない。

 なので、サドゥは些細な事でも良いから、積み重ねる事にした。

 

 「今回は立香がダウンしてるから、私が持ってきました。」

 

 それは食事であったり、掃除であったり、連絡事項であったり、イベントだったり。

 彼女は、“山の翁”関連の用事を積極的にこなしていた。

 それこそ、本来それをすべきハサン達以上に。

 

 「今日は良い小麦が入ったそうなので、エミヤさんが手打ちうどんを作ってくれました。」

 

 この人にだけは、サドゥもちゃんと敬語を使う。

 まぁこの御仁が余りにも恐ろしいと言うのもあるのだろうが、それ以上に威厳があり、慈悲深いというのも知っているからこそだろう。

 本日のエミヤのうどんは和食に煩い面々も唸らせる程の出来栄えであり、具材も麺と汁の美味さを邪魔せずに引き出す様に敢えて質素な感じになっているし、少し固め茹でたので、ここに来る道中でも伸びたりしない。

 俗な事を嫌う御仁ではあるが、それ故に心からの持て成しはちゃんと受け取ってくれる。

 なお、デザートにはうさぎちゃんリンゴが二切れ、小皿に盛られている。

  

 「余り宗教には詳しくないんですが…ハラールフード?と言うものなので、ちゃんと大丈夫ですよ。」

 「手間をかけたな。」

 「いえ。では失礼しました。」

 

 そう言って部屋を後にしようと振り向いた…

 

 「待つが良い。」

 

 所を、呼び止められた。

 

 「汝の行く末は辛く険しい。しかし、努々その在り方を損なってはならぬ。」

 

 髑髏の剣士、否、一人の求道者は先達として警告する。

 

 「その怒り、その憤怒。決して忘れてはならぬ。忘れた時こそ汝は獣となり、その時こそ晩鐘が鳴るであろう。」

 「はい。ありがとうございます、初代さん。」

 

 それは分かっていた事だ。

 彼女がまたこの世に戻ってきたと同時に、何時か訪れるだろう事。

 他者への怒りを捨て、善意と言う名の狂信だけの獣となった時。

 その時が訪れれば、山の翁は天命の下、彼女の首を断つだろう。

 速やかに、無駄なく、一瞬で。

 だが、それでも彼女は願う。

 

 (願わくば、私を殺すのは…)

 

 善なる者、何より大切な二人であればと、彼女は今も願っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「うむ、美味なり。」ズルズル シャリシャリ

 




1、黒髭、セクハラの巻
2、オカン同盟のある日の出来事
3、埋設される地雷&ジッジほんわか


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

IFEND2 そうして獣は眠りに就いた(嘘予告)

IFENDの続き風クロスオーバー嘘予告です


 

 

 第三の獣との戦いは、熾烈を極めた。

 ウルクの二大英雄、ギルガメッシュとエルキドゥ。

 ケルトの大英雄、クー・フーリン。

 並ぶ者無き英雄の中の英雄、ヘラクレス。

 アサシン教団の創始者、初代“山の翁”。

 ブリテンの花の魔術師、マーリン。

 皆が皆、最上の状態であれば、或はそのままであっても冠位に相当する一騎当千の英霊達。

 無論、サーヴァント化による弱体化はあれど、並の怪異ならば鎧袖一触の戦力だ。

 それこそ、単体で国家を陥落せしめる程の。

 だが、それ程の戦力であってなお、ビーストの相手は辛い。

 

 第三の獣、狂信のアンリ・マユ。

 その本質は悪性の請負である。

 それ故、余程可笑しな宝具やスキルを持っていない限り、悪性の存在からの攻撃を受け付けない。

 これは女神たるケツァル=コアトルもそうだったが、彼女の場合は更に質が悪い。

 人の悪性・原罪の化身でもある彼女は、人間がその心から悪性を捨て去らない限り、決して滅びず、倒した所で任意の場所と時間で復活する上、悪性を吸収しながら成長し続ける。

 つまり、人間に対してほぼ絶対的な優位性を持っており、更に同じ優位性を持った残骸の獣や精神を汚染する泥を無尽蔵に生産する事も出来るのだ。

 正しく人類の自滅因子にして大災害と言える。

 

 そのため、七つもの聖杯で作った人間がマスター以外いない特異点への閉じ込めに成功したとしても、それは漸く同じ土俵に上がれたに過ぎない。

 とは言え、ここまでくれば最早過たずに詰みに行くだけだ。

 先ず、エルキドゥの拘束により動きを封じ、更にマーリンの魔術によるケイオスタイドの無効化で弱体化し、その上で山の翁による天命の一撃により、死の概念を付与する。

 ここまでやって、漸くビーストⅢは殺せる存在となる。

 そして、不死殺しに定評のあるクー・フーリンとヘラクレス、カルデア屈指の火力を持ったギルガメッシュによる掃討戦に移行する。

 その手筈だった。

 

 『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!』

 

 咆哮と共に、獣の身体が砕け、泥としてではなく、霧状のケイオスタイドへと変質する。

 更に、閉鎖空間全域を満たす様に拡散していく。

 英霊達は短時間なら兎も角、マスターは即死する可能性があった。

 

 「ギャラハットさん…もう一度だけ、力を!」

 

 それを、土壇場で復活した盾の少女が防ぎ切る。

 無論、長時間は持たないだろう。

 だが、それで良しとした。

 元より長引かせるつもりはない。

 

 『■■■■■■■■■■―!』

 

 ケイオスタイド作成に回したためか、獣の身体は一回り縮んで、残骸の獣の作成も止まっていた。

 しかし、音を容易く超える速さは更に増し、未だ巨躯と言える身体を縦横無尽に動かして暴れ狂う。

 だが、猛る獣など狩り飽きたと言わんばかりに、前衛二人の活躍は凄まじかった。

 カルデア内においても、特に戦闘経験豊富な戦上手二人の活躍で、獣は直ぐに追い詰められ…

 

 「『天地乖離す開闢の星』!」

 「『射殺す百頭』!」

 「『人よ、神を繋ぎ止めよう』!」

 「『突き穿つ死翔の槍』!」

 

 その巨体であってもどうにもならぬ程のダメージを受け、それでも獣は沈まない。

 みっともなく足掻き続け、その果てに無残な死に様を晒す。

 それこそが自身に求められた役割/悪だと信じるが故に。

 

 「天命は汝を指し示した…」

 

 だが、それすら最早終わる。

 

 「信ずる者を間違えた娘よ…その首、この一刀にて断つ。」

 

 彼女の死神が、約定を果たしにやってきた。

 

 「『死告天使』!」

 

 そして、獣は死んだ。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 あれ?わたしは

 あぁ、そっか、もうかえれないんだ

 ごめんね、ふたりとも

 もう、なかないで

 わたしのねがいは、かなったんだから

 さいごにわらって、おねがいだから…

 

 

 あぁ……よかっ

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 その後、獣の遺骸は決して復活しない様に、聖杯の一つと共に世界の外側へと放逐された。

 それは二度と復活しないように、という以上に、決して彼女の遺骸が他者に辱められないための処置だった。

 

 以後、人類は残った三体の獣との戦いに注力していく事となる。

 その果てが人類の滅亡か、或は鋼の大地か、さもなくば星の大海への出発か。

 結末は誰も知らないが、残された英雄と少女はその命の限りを生き切ったのは確かだった。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 時も空間も無く、ただ世界の狭間と言う虚無の中を一つの小箱が漂い続ける。

 ただ一人の少女と、彼女を守る箱。

 聖杯によって形成されたその箱は、或は聖櫃と呼ぶべきかもしれない。

 その箱はただ、願われたままに中身である少女を守り、状態を保ち、漂い続ける。

 星が生まれ、星が膨張し、星が滅びるよりも、長く、久く、永く。

 

 だが、遠き那由他の彼方にて、その箱はある変事に巻き込まれる。

 それは虚無の終わりであり、有の始まり。

 何もない宇宙における星の誕生と同じく、何もない虚無における世界の誕生。

 超新星爆発にも勝る世界の誕生に、その箱は巻き込まれた。

 

 結果として、箱は世界の淀みの底に、世界が生まれる時に分かたれた陰の気の中へと沈んでいた。

 その膨大な陰の気は、世界の始まりの力に晒され、罅割れた箱の中身へと染み渡っていく。

 その量、世界の半分とも言えるソレは人由来のものだけではないのだが…それは獣の少女を目覚めさせるに十分な起爆剤となった。

 

 目覚めた少女は、しかし、そこから動かなかった。

 自分の置かれた現状、それよりも遥かに重大なものを見たから。

 美しかった。

 ただ美しかった。

 自身の纏う陰の気ではなく、天上に集まる陽の気。

 この世の全ての生き物達が持つ、命の煌めきとも言えるソレに。

 彼女は、ただ見惚れていた。

 

 やがて、彼女はもう一度眠りに就いた。

 もう決して人を傷つけないように。

 あの天上の美しさを穢さないように。

 彼女はもう一度眠りに就く事を選んだ。

 

 だが、それは(彼女の感覚からすれば)直ぐに破られる事となった。

 下に落ちて澱んでいた陰の気が一つに纏まり、形を持ったのだ。

 それは自分によく似た、白い獣の姿をしていた。

 否、本来なら彼女の方こそ似ていると言うべきなのだろう。

 

 「あなたは われの はは か?」

 「貴方がそう望むのなら、そうするよ。」

 

 世界の淀み、その底で一組の獣が邂逅し、母子となった。

 この変化がその世界にどんな波紋を広げるか…それはまだ、誰も知らない。

 

 

 

 

 

 




 名作「うしおととら」とのクロスオーバー
 あの白面の者がちゃんと赤子として愛されていたら?と言う感じでスタート。







目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編3 100の方法

ギャグなのかシリアスなのか(困惑


 これはカルデアが混乱から回復してから一週間、初の国連及び両協会からの査察を受け入れた時の記録である。

 

 

 便宜上旧館といわれている、人理保障継続機関カルデアの本館にて、人理焼却を始めとした一連の事件への説明を求めて、国連及び魔術協会、更に聖堂教会からの人員が大会議室に集まっていた。

 

 「さて、大凡の説明が終わったので、これから実際に施設全域の査察となるのですが…その前にこれを熟読して頂きます。」

 

 オルガマリーの言葉と共に、とある冊子の資料が全員に渡された。

 突然の事に訝しげな査察メンバーだったが、その資料のタイトルを見て呆気にとられた。

 

 「カルデアで生き残る100の方法」

 

 明らかに冗談かギャグの様なタイトルだった。

 

 「…ふざけているのかね?」

 「ふざけてなどいない。これは純粋に必要な処置だ。」

 

 そう告げたのは、時計塔にいる筈なのに何故かこの場にいる名講師だった。

 

 「どういう事ですかな、ロード・エルメロイ?」

 「二世をつけて頂きたい。端的に言えば、カルデアのサーヴァントは色々と問題を抱えた個体が多いのです。」

 

 そして、資料の1ページを示しながら、二世は分かり易く解説していく。

 

 「人理焼却という未曾有の大災害を前にして、ほんの数騎のサーヴァントでは戦力は足りな過ぎる。故に多くのサーヴァントを召喚、片っ端から契約していったのだが…残った職員は30にも満たなかったのに対し、サーヴァントの数は100を超えて久しい。だと言うのに、令呪を三画しか持てぬマスターは未熟者一人だけだった。」

 「まさか、使い魔を野放しかね?」

 

 苦々しい顔で頷くエルメロイ二世に、査察団の代表は驚きと共に納得する。

 強大な力を持つ英霊、それを律する令呪。

 しかし、余りにも数の多い英霊に、回復可能とは言え令呪だけでは命令を徹底する事はできない。

 加えて、対魔力の高い英霊は令呪にすら逆らう事ができるし、宝具やスキル次第ではそもそも無効化されてしまうだろう。

 

 「令呪による強制は強力だが、その分遺恨も残る。だからこそ、カルデアは彼らの意思を可能な限り尊重する形で運用するしかなかった。反乱でも起きれば、その時点で人類が滅びる故に。」

 「そこでこの冊子ですか…。」

 

 英霊達が闊歩するカルデア新館では、この冊子が無ければ生き残れないと言う事だ。

 成る程、話は分かった。

 だが、内容が余りにも問題すぎた。

 

 

 1、清姫の前で嘘を言ってはいけません。焼け死にます。

 

 …初っ端から危険すぎた。

 

 「今はマスターとの交流である程度丸くなったのもあって、冗談や比喩表現と言えばある程度は切り抜けられる。」

 「…次に行きましょう。」

 

 

 2、クー・フーリンに犬の話題を振ってはいけません。刺し殺されます。

 

 「これは逸話的に納得、ですかな?」

 

 まぁ犬肉関連のゲッシュで追い詰められたので、仕方ないのだろうが。

 

 3、ファラオ系英霊にピラミッド発掘の話をしてはいけません。エジプト政府関係者及び考古学者が死にます。

 

 「ちょっと待て。」

 「墓荒らしとそれを許可した者など、間違いなく殺されます。」

 「…次に行きましょうか。」

 

 

 4、新館最下層に入ってはいけません。死にます。

 

 「これは…?」

 「最下層には特に危険なサーヴァントが何体か隔離されています。近づいただけで殺されます。」

 「何故そんなサーヴァントと契約を…。」

 

 

 5、王・皇帝等の支配者階級出身の英霊には礼儀正しく接しましょう。しなければ無礼打ちで死にます。

 

 「まぁ不思議ではないですな。」

 

 

 6、影口を叩いてはいけません。死にます。

 

 「いきなり!?」

 「アサシンも多数在籍しているので…。」

 

 

 7、餌付けしてはいけません。破産して死にます。

 

 「これ、は…?」

 「一部のサーヴァントは現代の食事をとても好んでいまして。更に直ぐに魔力に分解されるので、それこそ無尽蔵に食べるのです。」

 

 アルトリアに餌をあげないでください。

 

 

 8、鬼系サーヴァントと二人っきりになってはいけません。死にます。

 

 「鬼と言うと、極東の?」

 「人食いの怪物ですな。此処にも二体いますが、酒呑童子は本当に何時裏切るか分からない。」

 「だからどうしてそんなサーヴァントと…。」

 「戦力が無かったんです…。」

 

 頭の痛い話だった。

 

 

 9、お茶会に参加してはいけません。死にます。

 

 「………。」必死に頭痛を堪えている

 「一部の英霊が、お茶会と称して自身の固有結界内に引き込んできます。」

 

 

 10、訓練に参加してはいけません。死にます。

 

 「これは…」

 「訓練の基準が神代なので、現代の人間には…。」

 「あぁ…。」

 

 

 11、コンサートに参加してはいけません。死にます。

 

 「あのさぁ…」

 「一部、音痴なのに歌が好きな英霊がいまして…。」

 「下手の横好きか…。」

 

 

 12、体調不良を訴えてはいけません。死にます。

 

 「あのさぁ!」

 「フローレンス・ナイチンゲール女史がいます。」

 「あぁ納得した。」

 

 逸話的に納得しかなかった。

 

 

 13、子供を虐めてはいけません。死にます。

 

 「子供にトラウマを持った英霊が?」

 「多数いますな。」

 

 主にギリシャとケルトとブリテンが該当する。

 

 

 14、道化師に関わってはいけません。死にます。

 

 「???」

 「そういう外見の、邪悪な英霊もいるのです。」

 

 

 15、夫婦の邪魔をしてはいけません。死にます。

 

 「夫婦共々召喚されているので?」

 「えぇ。理想王ラーマとその妻、ジークフリートとその妻が。常に一緒で穏やかに過ごしています。」

 

 

 16、令呪を過信してはいけません。死にます。

 

 「本当に、大丈夫、なのかね?」念押し

 「適切に使用すれば大丈夫です。一部は無効化してきますが。」

 「それは大丈夫とは言わん!」

 

 主に魔女とか英雄王とかがいます。

 

 

 17、高圧的に振舞ってはいけません。死にます。

 

 「これ、大抵の魔術師はアウトだと思うのだが…。」

 「そもそも、互いに利益があるからこその主従関係ですので。英霊との契約は通常の使い魔のそれとは全く異なります。」

 

 

 18、特にスパルタクスに主っぽく接してはいけません。死にます。

 

 「逸話的にも駄目だろうな。」

 「本人の思考が反逆一色ですからな。」

 

 

 そんな感じで、解説は続いていった。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 「さて、大まかな説明は終わりましたが、最後のページをご覧ください。」

 

 そこには「超危険!」とデカデカと印刷された文字があった。

 

 「そこにある事を実行に移した場合、ほぼ間違いなくカルデアに属する全英霊が暴走を開始します。それは相手が両協会であっても、国家であっても、国連であってもです。」

 

 ざわり、と査察団が動揺する。

 当然だ。

 お前達の背後の組織が何であれ、舐めてくるなら殺す、と言っているに等しいからだ。

 

 「我々を脅迫する気かね?」

 「そんな益のない真似はごめんですな。」

 

 代表者からの詰問を、二世はサラッと流した。

 

 「このページに書かれている事が実行された場合、カルデア側がどうした所で、英霊達の暴走は収まらないと言っているのです。例えシステム・フェイトを停止した所で、彼らは独自の術式やシステムを既に編み出している。その気になれば、我々の手を借りずとも現界可能なのです。」

 

 再び査察団が動揺する。

 それは既にカルデアの存在意義を揺るがす内容だった。

 

 「なのに何故、このカルデアが未だ機能しているのか?それは偏に、マスターである少年が英霊達に好かれているからに他なりません。」

 

 最後のページに書かれていた事。

 

 

 100、マスター及びデミ・サーヴァント二人に危害を加えてはなりません。死にます。

 

 

 「彼は魔術師としては素人で未熟です。だが、その精神性、人柄は彼らにとって大変に好みだった。彼が必死に英霊達と職員との仲を取り持ったが故に、今日のカルデアが、人類史があるのです。」

 「成る程、人誑しという事か。」

 

 確かに、英霊と典型的な魔術師では反りが合わない。

 魔術師は基本的にプライドが高く、嘗ての大英雄であっても使い魔としか見做さない。

 英霊もまた、現代の劣化した魔術師風情の命令を素直に聞く程、薄い矜持や自我である訳がない。

 ならいっそ、素人に毛の生えた者の方が、遥かに。

 

 「このデミ・サーヴァントは?」

 「そちらはマスターと共に人理修復の最初から最後まで戦い抜いた、云わば最後の盾であり、他の英霊達からの信頼も篤い。」

 「故に何かあればマスター同様反乱の危険がある、か…。」

 

 世界を救った戦力は、即ち世界を滅ぼしうる戦力に他ならない。

 

 「キャスター達とは交渉次第で技術提供は可能かね?」

 「可能です。無論、対価は必要でしょうが。」

 「ならば良い。」

 

 満足そうに頷く査察団の代表は、魔術協会の所属だ。

 しかし、この場にはそれ以外の面々もいる。

 

 「国連としては使途不明金等はないので、今の所問題は無い。」

 「我々聖堂教会として、聖人系の英霊と一度はお目通りしたいのだが…。」

 

 国連はそもそもからしてカルデアの人理保障継続のための活動の確認のため。

 聖堂教会は魔術協会の監視と政治的理由、そして信仰のため。

 

 「さて、説明も終わったので、今度は新館の方へ行きましょう。皆さん、資料は持ちましたね?もし何かあれば、近くの英霊や職員に声をかけてください。じゃないと死にますので。」

 

 そして、スリリング過ぎる査察が始まった。

 

 

 

 

 後に査察団のメンバーは言う。

 

 「どうしてあそこで帰らなかったかなぁ…」と。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 「ぐが…っ」

 

 雪原に血の花が咲いた。

 よく見れば、そこかしこに同じものが確認できただろう。

 

 「ダメだよ。悪いことしちゃ。」

 

 雪の上で赤い花を咲かせている者達。

 彼らは査察団の受け入れとほぼ同時に現れた、武装集団だ。

 魔術礼装だけでなく、近代兵装も装備した彼らは一流の傭兵達だ。

 だが、彼らは一方的に蹂躙され、死んだ。

 相手が英霊だから?否。

 彼女はそんなモノではない。

 

 「まだ戦いは続くんだから、貴方達に付き合う暇はないの。」

 

 それを成したのは、たった一人の華奢な少女。

 否、外見に惑わされてはいけない。

 その本質は悪神であり、原罪であり、獣である。

 

 「多分ばれてるけど、まぁ良いよね。」

 

 彼らは例えこの場で生かされても、雇い主によって始末されていただろう。

 間違っても英霊の集団と言う悪夢的戦力を敵に回さないよう、その可能性を僅かでも減らすために。

 だが、だが、そんな涙ぐましい努力は欠片も意味はなかった。

 

 「…見つけた。じゃぁ後始末お願いね。」

 

 獣の権能。

 偽りとは言え悪神としての権能により、悪意そのものを辿って、この集団を雇った者との縁を辿り、特定する。

 単独顕現。

 召喚者も維持魔力も必要とせず、人類史の何時何処であっても出現する。

 それは例え遠く離れた時計塔であっても例外ではない。

 

 「もう、悪い子ばかりだね。」

 

 そんな愚痴を溢しながら、少女は姿を消した。

 後に残ったのは死体と、それを貪る残骸の獣だけ。

 だが、それすらも間も無く消え、痕跡も雪が全てを覆い隠すだろう。

 

 

 

 

 翌日、時計塔のロードの一人が謎の死を遂げた事で、一時時計塔は政治的混乱に包まれる事となる。

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編4 里帰り 前編

 

 「情勢もある程度落ち着いたし、家に帰ろうと思うんだ。」

 

 立香のこの言葉に、時が凍った。

 

 「あ、あの、先輩…?それは、何時の…」

 「え?出来る限り早くかな?長い事留守にして心配してるだろうし。」

 

 必死に平静を装いながら、マシュが震える声で尋ねた。

 マスターが、旦那様が、息子が、奏者が、主殿が、先輩が帰ってしまう。

 =もうカルデアには来ない。

 そう認識したマスターLOVE勢は身体を使ってでも立香を繋いでおこうと一斉に動き出…

 

 「期間は?」

 「んー短いと3週間?長いと一月かな?」

 「「「「「「「へ?」」」」」」」

 

 傍らでヒロインXオルタと共に、無言でゆったり和菓子とお茶を楽しんでいたサドゥからの問いかけに、立香はあっさりと答えた。

 

 単なる帰省だった。

 

 だが、彼からすれば人理焼却によって本当なら死んでいただろう家族との再会だ。

 例え、情報では生きている事が分かっていたとしても、その顔を見て安心したいのは当然の想いであり、叶えられるべき願いだった。

 

 「護衛はどうするの?マシュは確定として…。」

 

 瞬間、ギラリとLOVE勢の瞳に殺意と欲望の光が宿る。

 だが、日本へ行くとなれば、常識があり、現代知識があり、機転が利く人格者でなければならないので、どうしたって絞られる。

 問題児の多いマスターLOVE勢など、絶対に選ばれる事はない。

 だが、分かっていても無理矢理ついていくからこそ、彼女らは問題児なのだ。

 一触即発の状態に、マスターは気づきながらも言葉を探す。

 

 「あー…それなんだけどさ、もう決まってるんだ。」

 

 ざわ…ざわ…っ

 LOVE勢に動揺が広がる。

 だが、告げられた立香の言葉に、多くの者は不承不承ながらも納得する事となる。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 「いや、彼がいなくなったらカルデア崩壊まで三日とかからないからね?リストラとかあり得ないから。」

 「だよねー。」

 「遺憾ながら、あの少年だからこそ英霊達は従っているからな。」

 「他のマスター候補も、頑張っているんだけど…。」

 

 技術部門TOPと医療部門TOPとその補佐、そして所長の言葉である。

 本当に、カルデアとは魔境だった。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 ともあれ、帰省である。

 山脈を降りて、最寄りのバス乃至電車のある街まで行き、そこから国際便のある空港まで行き、更に一日は空の旅をして、漸く日本に到着する。

 この間、実に三日である。

 カルデア就職時よりはスムーズだったとは言え、呆れる位に遠い道程だ。

 

 「久々の日本…あ~この排ガスの匂いが懐かしい…。」

 「私も、平和な時代の日本って楽しみですっ」

 

 マシュを連れて、立香は関西国際空港へとやってきていた。

 二人とも、装いはカルデアの制服ではなく、かと言って派手過ぎない私服だ。

 立香の方は元々彼が持っていたものだが、マシュに関してはカルデアのおかん勢(-サドゥ)が彼女の思いを汲んで「彼氏の御実家に挨拶にいく彼女の恰好」として選んだものだ。

 黒地のワンピースに白いセーター、黒いタイツと無彩色ばかりだが、その分肩から掛けるバッグは薄桃色の可愛らしいデザインで、靴は踵の低い大人しめなものだ。

 私服にしてはカジュアルさを抑え、ある程度フォーマルな印象を与える、そんな感じのコーディネートである。

 

 「二人とも、手続き終わったよ。」

 

 空港のロビーの椅子でのんびりしていた二人に、受付から戻ってきたサドゥが声を掛ける。

 その服装はマシュのそれと違い、殆ど少年染みた洒落っ気の無いものだった。

 襟元の大きい紺色のパーカーに黒のジーンズ、そして運動靴。

 見る者が見れば、恐らく「虫おじさんの恰好」、又は地味なXオルタとか言われそうだ。

 まぁ主役は立香とマシュで、自分は護衛だとサドゥは思っていたので、こんな格好でも良いし、最悪なら別のホテルで泊まるのも有りか、とすら思っていた。

 無論、カルデアのおかん勢やお洒落大好き勢からギリギリまで追求されていたのだが…こういう時、単独顕現って便利である。

 そんなサドゥの手には帰りの飛行機の予約チケットが三枚握られていた。

 

 「行こう。駅までバスが出てるからそっちで。」

 

 行先は一つ、立香の実家だ。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 一年と数ヵ月程度だった。

 たったそれだけの期間なのに、こうして帰ってこれたのは、奇跡に近かった。

 本当に、皆の努力と協力と死力、多くの好意と幸運と決意によって、奇跡的な確率の果てに、こうして立香は家に帰ってくる事が出来た。

 震える指で、チャイムを鳴らす。

 奥から、「はーい」と言う返事と足音が聞こえる。

 そのよく知った声と気配に、知らず涙が零れ、喉が震えそうになる。

 だが、それらを旅の中で培った精神力で捻じ伏せ、精一杯の笑顔で、立香は声を大にして告げた。

 

 「ただいま!」

 

 それは、彼が漸く日常へと戻ってきた証だった。

 

 

 

 

 「おかえりなさい、立香!」

 「ごはぁ!?」

 「せ、せんぱーい!?」

 

 直後、出迎えた母親のジャンプからの抱き着きを受けきれず、立香はそのまま倒れ込み、後頭部を地面に強打した。

 

 “実は愉快な家庭に生まれてたんだなーアイツ。”

 (うん、カルデアと同じ位楽しそう。)

 

 そんな狂乱を、人類悪は微笑まし気に眺めていた。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 藤丸邸 茶の間

 

 「一年以上連絡も入れずに放置してた立香が悪いんです!以上!」

 「すまん、息子よ。母さん、これでもかなり心配しt痛い痛い。」

 

 青みがかった黒髪を持った、マシュよりも更に大きな胸部を持った妻の言葉に、夫がフォローを入れるも、藤丸母は顔を真っ赤にしてポコポコ叩いている。

 実に仲睦まじげな夫婦だった。

 

 「遅くなってなんだが…おかえり、立香。」

 「ただいま、父さん。」

 

 父と息子が、互いにニッと笑い合う。

 明るくも力強さを感じさせるその笑みは、親子らしくよく似ていた。

 

 「それで、君がカルデア?から来た…」

 「は、はい!マシュ・キリエライトです!よろしくお願いします!」

 「姉のサドゥ・キリエライトです。息子さんにはよくお世話になっています。」

 

 ぺこり、と礼儀正しくお辞儀する姿は微笑ましく、藤丸夫婦は相好を崩した。

 

 「二人とも、狭い所だけど、滞在中は我が家だと思って寛いでくれ。何か困った事があったら、遠慮なく言ってほしい。」

 「はい!お世話になります!」

 「短い間ですが、よろしくお願いします。」

 

 オレンジがかった茶髪の父の言葉に、姉妹二人は笑顔で頷いた。

 

 「さて立香、長旅で疲れたでしょうから、今日はマシュちゃん達と休んでてね。料理は私とお父さんで頑張るから。」

 「あはは、じゃぁお願いします。」

 

 ニコニコとハレの気を全身から発する母の思いをふいにする事は、立香にはできなかった。

 そして、基本的に二人揃えば直ぐにイチャイチャしだす二人の邪魔も、出来る筈もなかった。

 

 「先輩、先輩のお部屋は何処ですか?」

 「あはは、お手柔らかに。」

 「荷物は何処に置けば?」

 「ちょっと待ってね。えっと客間は…」

 

 そうして、和気藹々と三人は藤丸邸で荷物を降ろし始めた。

 

 

 

 

 「さて、どうしたもんかな?」

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 夜の藤丸邸にて

 

 「美味しい!」

 

 夕食の時間、出来立ての豪華な料理を一口食べたと同時、マシュは思わず叫んでいた。

 

 「美味しい。」

 

 対して、姉のサドゥは言葉少なに黙々と料理を口に運んでいる。

 その姿は何処か小動物めいた微笑ましさがあった。

 

 「先輩のお料理もとっても美味しいと思ってましたけど、ご両親がこんなにお上手なら納得ですね。」

 「まだまだ父さん達には敵わないけどね。」

 

 事実、藤丸家の台所は三人で共有しているようなものだった。

 唯一、余り立ち入らないのが妹なのだが…彼女は現在、全寮制の女子高にいるので、この場にはいなかった。

 

 「ふふ、まだまだありますから、たくさん食べて下さいね。」

 「はい!頂きます!」

 

 実際、凄く美味しかった。

 洋食は母が、和食は父が作ったのだが、どれもこれも店が開けるレベルがあった。

 但し…

 

 (でも、何処かで食べた様な気が…)

 

 和食の方、立香の父の味付けに、マシュは何処か既視感を感じていた。

 一方、サドゥは目の前の二人が誰であるのか、事前に資料を見て一目見て分かったので、内心冷や汗ものだった。

 

 (突っ込みたい。この二人に色々突っ込みたい…!)

 “野暮な事は言わぬが花さ。まぁ後でエミヤとの話の種にはなるだろ。”

 

 洋食が得意な、紫がかった黒い長髪の美人巨乳奥様な母。

 和食が得意な、オレンジがかった独特の茶髪に白髪が混じった、左手だけがやたら日焼けした父親。

 明らかにあのルートの、あの二人だった。

 

 “この世界線じゃ幸せだった。そんだけだろ。”

 (住む場所変えて、偽名まで名乗って、か。)

 

 取り敢えず、この二人に関してはそこまで心配しなくても大丈夫だろう。

 恐らく、並の封印指定執行者では返り討ちに合う。

 サーヴァントや代行者、封印指定といった、この世界の中でも戦闘に優れた者、その中で明確な弱点を持たぬ者。

 それだけが、常に格上殺しの芽がある藤丸●●を確実に殺し得る。

 しかし、ここに一度は聖杯と成った藤丸●が居れば、難易度は更に跳ね上がる。

 ほぼ無尽蔵と言って良い魔力量に、虚数元素を操る。

 その性質だけとっても封印指定を免れないサポート役がいるのだ。

 厄介、と言うレベルではない。

 

 “っと、そろそろ仕事だな。”

 

 あぁ、やはり完全に気楽ではいられない様だ。

 食事を楽しみながら、サドゥは悪意が忍び寄ってくるのを感じていた。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 ガツガツ グチャグチャ ズルズル

 残骸の獣達が、獲物を食い散らかしている。

 獲物は魔術師達。

 悪意を覗いた限りでは、協会内の非主流派所属の、極一般的な「」到達に狂った魔術師達だ。

 彼らは他派閥が早々にカルデアへと慎重な態度を取る事を決めたのを後目に、カルデア最高のマスターとその身内を人質にする事で、カルデアへの要求を通そうと考えていた。

 だが、その手の行動が警戒されていない筈もなく、結果は御覧の有様だった。

 

 「手早いな。」

 

 残骸の獣達が襲撃者達の遺骸を食い荒らしていた時、不意にその場に男の声が響いた。

 

 「………。」

 「構えなくていい。オレも似た様な感じだ。」

 

 声の主へと視線を向けながら、サドゥが双剣を構える。

 見れば、男の服には返り血が付着し、今しがた「仕事」を終えてきたのが分かる。

 

 「立香達は気づいているのか?」

 「ううん。」

 

 マシュは気づいていない。

 だが、立香は薄々と気づいているだろう。

 あれでも、彼は英雄なのだから。

 戦場の、流血の気配には否が応でも敏感になってしまった。

 

 「そうか…。」

 「お二人の事は、誰にも言いません。」

 「助かる。正直、ここからは移りたくなかったんだ。」

 

 やっと落ち着けた場所だからな。

 そう言う藤丸父の眼は、何処か遠くを見ていた。

 きっと置き去りにしてしまった多くの者、斬り捨てた多くの者を思い出したのだろう。

 だが…

 

 「だが、カルデアが敵対するなら覚悟はしてくれ。」

 「それは無いです。」

 

 その鋼鉄の意志は、些かの揺るぎも無い。

 惚れた女と子供達。

 それを世界から守り続ける事を誓った、ただ一人のための正義の味方。

 

 「私達は、立香に大きな恩がある。そして、錬鉄の英霊にも感謝している。だから、私達が貴方達の邪魔をする事は無い。」

 

 きっと、あの善き人達は、真実を知った所で黙殺するだろう。

 そこに平和があるのなら、それを維持し、守り続ける事が何よりも大事だと、彼らは信じているから。

 

 「恩だけかい?」

 

 しかし、敵意が無いと分かったからか、珍しく藤丸父は茶目っ気たっぷりに問い掛けてきた。

 そこに含まれた意味に気付きながら、サドゥはサラリと受け流す。

 

 「後は戦友としての信頼、友情。妹婿への家族愛ですね。」

 「そこは君も入らないのかい?」

 「私は生憎とサーヴァントなので。」

 「そりゃ残念。妻は二人とも気に入ってるんだがなぁ…。」

 

 気の抜けた雰囲気になったからか、不意に今が何時なのかを思い出した。

 

 「早く寝ます。明日は市内観光ですので。」

 「あぁ、お休み。一応何かあればすぐに知らせてくれ。こちらでも対応してみる。」

 

 そして、二人は並んで、自分達の大切な者が眠る自宅/仮宿へと歩んでいく。

 その様子はまるで親子のようでいて、同時に対等な戦友のようだった。

 だが、二人の背には何処か影が、重みがあった。

 何時かは終わるものだと分かっていても、なお戦い抜く。

 そんな、人としての意志の重みが。

 

 

 




 書いてる途中にピックアップ回したら、プロ剣が来ちゃった♪
 
 ピックアップが仕事するとか、明日は槍が降るのか…?(疑心暗鬼


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編5 里帰り 中編 あとがき追加 一部修正

今回、かなり短め。
別名「冬木市は今」


 「今日は市内観光です。」

 「姉さん、一体誰に…?」

 

 いや、第四の壁の向こう側の人達にでもと。

 

 “はいはいメタネタ禁止な。”

 (ちぇー。)

 

 ともあれ、現在は某市内のショッピングモールを巡っている。

 市内の博物館やプール等は後日へ回して、今回はショッピングである。

 

 「こっち、いやこっちも似合いますね。あぁもう着せ替え甲斐がありますねぇ。」

 「たすけて。」

 「ね、姉さん頑張ってくださいっ。」

 

 現在、藤丸母により着せ替え人形状態です。

 誰か助けて下さい。

 そもそも、服とか見苦しくない程度で十分なのに、こんな芳香剤の匂いが充満した空間なんていたくない。

 

 「よし、次はこれを着ましょうっ。」

 

 そして渡されたのはフリッフリのたくさんついた白いワンピースだ。

 何処か貴族の令嬢、或は花嫁衣裳にすら思えるそれに、つい顔が引きつるのが理解できた。

 

 「あの、お義母さん、そこまでに…。」

 「ふふ、マシュちゃんも選んでみる?」

 「よ、良いのですか!?」

 

 何と、最愛の妹が裏切りやがりました。

 ゴッド、私何かしました?

 

 “いやお前人類悪じゃん。”

 (そうだった。)

 

 嫌な目に遭うのも道理だった。

 

 「さぁ姉さん、次はこれをお願いします。」

 「待って、マシュ。それはどんな場面で着るの?」

 

 何そのドラクエ的踊り子衣装。

 普段から露出激しいんだから、せめて布面積多いのにしてください。

 

 「あらあら、じゃあこんなのはどうかしら?」

 

 奥さん、何でそんな古式ゆかしいセーラー服なんてあるんですかこの店?

 

 「助けて、立香…。」

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 「父さん、一緒に行かなくてよいの?」

 「立香…女性の買い物ってのは、男には何が楽しいのか分からなくなる程に長いものなんだ…。」

 「あー…。」

 「身に覚えがあるなら止めるな。巻き込まれるぞ。」

 「でも、母さんってあんなにはっちゃけてたっけ?」

 「そりゃお前が音信不通だったんだから仕方ない。妹も夜には帰ってくるそうだから、それまでには帰る予定だからな。」

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 同時刻 冬木市 円蔵山 地下大空洞

 

 

 

 「で、どう、キャスター?」

 「大丈夫よ。これで解体完了ね。」

 

 そこには数人の人影があった。

 一人は紫のローブを頭から羽織った女性。

 もう一人は見事な黒髪とやや慎ましい肢体を持った女性。

 どちらも優秀な女魔術師であり、十数年前に開催された聖杯戦争に参加していたと言う共通点を持っていた。

 

 「見事なものね、流石は神代の魔術師。」

 「あら、お嬢ちゃんだって以前よりも腕が上がってるわよ?まぁ私程じゃないけど。」

 「ふん、言ってなさい。」

 

 その名をキャスター・メディア。

 もう一人は遠坂凛。

 一人は英霊で、もう一人は生者で。

 しかし、そのどちらも、この土地とこの土地で行われた聖杯戦争に縁深い二人だった。

 

 「にしても、人理焼却ねぇ…。」

 「信じ難いでしょうけど、事実よ。そして、それは今もなお完全に終息していない。」

 「でしょうね。貴方達英霊を、こんな大量に呼び出す事が出来ているのだから。」

 

 十数年前の開催を最後に、聖杯戦争が最早行われないこの土地で、今現在8騎もの英霊が活動していた。

 即ち、アーチャー・エミヤ、ランサー・クー・フーリン、セイバー・アルトリア、ライダー・メドゥーサ、アサシン・佐々木小次郎、キャスター・メディア、キャスター・ダヴィンチ。

 そして追加でもう一人、カルデアから大聖杯の調査目的で派遣されていた。

 無論、事前にセカンドオーナーである遠坂家に許可を取ってからだ。

 目的は嘗て特異点を形成するに至ったこの場所で、何らかの歪みが起きていないか、或はその兆候や原因と成り得る事象はもうないのか、その確認だった。

 何せ、この場所は現代に続く聖杯降臨の儀式の場だった故に。

 

 「それに、墓参り位はしたかったしね…。」

 

 嘗てメディアのマスターだった男は、もういない。

 第五次聖杯戦争において、彼は戦死した。

 

 「所で、坊や達は?」

 「桜の見舞い。あの子も回復したとは言え、まだまだ本調子じゃないし。」

 

 冬木市。

 態々此処に調査だけでなく、戦力となるサーヴァントまで連れて来たのは、戦闘となった場合を考慮しただけではない。

 もう一つ、特異点形成の原因となる人物を排除しに来たのだ。

 その名は間桐臓硯、またの名をゾォルケン。

 この世全ての悪の廃滅を掲げながら、魂の劣化により人食いの怪物、死徒と成り果てた魔術師である。

 この人物、何と騎士王と同じく、二度も特異点形成に関わった人物でありながら、英霊である騎士王は兎も角、未だに存命していたのだ。

 しかも、調べれば調べる程に典型的な外道であり、定期的に人食いをしながら、今日まで生き永らえていた。

 その期間、遠坂家の先祖の記録によれば、実に100年以上に及ぶ。

 調査の結果、確たる証拠も上がり、遠坂家当主と聖堂教会の認可の下、英霊を動員してまで徹底した消毒作戦が展開されたのだった。

 

 「士郎は士郎で、あの子に負い目があるだろうしね。後は…」

 「あの看護婦の監視ね。」

 

 不意に、二人の眼が遠くなる。

 この二人をして、それだけのあの「人の意志の極致」、その一角は恐怖の対象だった。

 

 『治療を妨げる者には死を!全ての患者を救うため、私は悪魔にでもなりましょう!』

 『何ですか、この害虫の山は?不衛生です、殺菌します!』

 『私は貴方を救います!そう、貴方を殺してでも!』

 『すべての毒あるもの、害あるものを絶ち、我が力の限り、人々の幸福を導かん…『我は全ての毒あるもの、害あるものを絶つ』――!!』

 

 全ての毒性並び攻撃性を無効化された空間では、長い年月を経た老練な魔術師の工房も、地下空間全てを満たす蟲の群れも、そこにいた重症患者を盾にした人質も、一切の意味を成さない。

 逃げようにも事前にメディアによって構築された結界が張られてしまえば、最早宝具か冠位指定魔術師、或は超級の存在しか逃げ出す事は出来ない。

 結果、間桐邸は全ての防備・迎撃を濡れた障子紙の様に突き破られ、更にエミヤの絨毯爆撃とメデューサの宝具により、魔術的にも物理的にも完全に焼却され、綺麗にされ、臓硯は念入りに滅ぼされた。

 辛うじて各種資料は回収できたものの、それは両協会と遠坂家、カルデアによって解析にかけられる予定だ。

 そして、生き残りにして被害者でもある長男と養子の娘は、遠坂家が責任を持って預かる事となった。

 無論、その体内に潜んだ蟲も、万能の天才と神代の魔女、クリミアの天使により、完全に除去された上で、だ。

 

 「無理させずに止めてくれるのは良いんだけど、ね…。」

 「止め方が過激すぎるでしょう。鼠を殺すのに爆弾を持ってくる様なものよ。」

 

 現在、ナイチンゲールは全身の蟲を摘出した後、経過監査のために入院となった桜の監視をしている。

 序でに病院の医療体制の監視もしているため、医療関係者はその言動とプレッシャーに大変胃の痛い思いをしていたが。

 そして、そんな冬木の人々を助けるため、今日も正義の味方志望の魔術使いは必死にナイチンゲールの暴走を止めている。

 まぁ最終的にはブレーキを少しかける程度でしかないのだが。

 

 「ま、これが終われば冬木も静かになるでしょ。」

 「そう願いたいものね。」

 

 そう言って、女魔術師二人は取り戻した未来へ思いを馳せた。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 「何ですかコレは?院内に酒類は持ち込み禁止です!」

 「わわわ待ってくれ!これはオレじゃなくて藤ねぇが…!」

 「せ、先輩―!?」

 

 

 今日も、冬木市民病院は賑やかだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




前半…国内某所、ガチャ丸一家+2
ご両親は既に四十台

後半…冬木市、この世界線のStay night勢
時系列はFGO準拠、なので皆三十路


この作品はFGO世界線ですが、なおかつ冬木で聖杯戦争がずっと行われていたStay night時空とも連結したものと言う設定です。
こちらの説明不足があった事を、この場を借りてお詫び申し上げます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編6 里帰り 後編

 「おっ兄ちゃーーーーーん!」

 「ぐあああああああああ!?」

 「せ、せんぱーい!?」

 「飽きないねマシュも。」

 

 Q、父に似たオレンジがかった茶髪を短いサイドテールにし、母に似た豊満な肢体を持ったマスターの妹が、挨拶も抜きに自分達のマスターに助走つきタックルをかました場合の状況を述べよ。

 A、ご覧の通りです。

 

 朝早くから実にカオスな藤丸家だった。

 

 

 

 

 ………………

 

 

 

 

 「始めまして、お兄ちゃんの妹です。」

 

 にっこりと笑って挨拶する姿からは、一見して何の邪気も見えない。

 しかし、その一寸も笑っていない眼からは「貴様らが私の愛しのお兄ちゃんを誑かしたんか我ぇ…!?」と言うイメージが伝わってくる。

 眼が口程にものを言う、と言うのをこんな形で体験したくなかった。

 

 「で、お兄ちゃんもう帰ってきたんだよね?もう国外は行かないんでしょ?元々短期のバイトだったんだし。」

 「そ、それはダメです!」

 

 どうして妹はそう喧嘩腰なんだ?

 そしてマシュもどうして君が返事をするのかな?

 立香はそれを突っ込みたかったが、この場でそれをやれば火に油を注ぐだけだと分かっていたので、敢えて沈黙した。

 

 「先輩は私の先輩なんです!例えご家族で妹さんでも、これだけは譲れません!」

 「あぁ?後輩風情が何ナマ言ってんの?私はお兄ちゃんの妹、この世でただ一人同じ血が流れてる存在!お兄ちゃんの将来に不安が無いか知る位は当然の権利でしょう?」

 

 どう考えてもおかしい、とは言えない雰囲気だった。

 立香はせめてマシュを宥めてもらおう、と思って視線だけでサドゥを探すが…

 

 「えぇ…はい…分かりました。では…」

 

 何やら真面目な顔で電話していたので、恐らくカルデアの話なのだろう。

 となれば、邪魔する訳にもいかなかった。

 

 「あらあら。」

 「娘はお兄ちゃんっ子だからなぁ。」

 

 そして次に頼りになりそうな両親は微笑ましげに二人を眺めていた。

 

 (アカン、実家なのに孤立無援とか…。)

 

 味方はいなかった。

 

 (よっ)

 

 だからか、何故か脳内に妹に似たナマモノが出てきた。

 その姿は妹を二頭身にデフォルメした姿だが、その極端に見開かれながらも焦点の全く合っていない目が言い様の無い不気味さを醸し出していた。

 今、明らかに自分は見えてはいけないモノが見えている…!

 そう確信するには十分な異様だった。

 

 (いーじゃんか。ハーレムよか気心の知れた妹の方が絶対良いって。)

 

 そして何かおかしな事を言い出した。

 

 (もーソロモンぶっ殺したんだろ?じゃーお前が無理する必要ないじゃん?)

 

 いや、確かにマスターがもう僕だけって訳じゃないけどさ…。

 

 (私もマスターとしてはプロ?だからさ、そんな気張らないで、ここでのんびりしなよ。んでレア鯖と石や札を私に…)

 (それが狙いか!?)

 (はいソコカットー。)

 

 が、今度はデフォルメされたサドゥが現れ、妹っぽいナマモノを背後から羽交い絞めにした。

 

 (離せ貴様!さては運営の回し者だな!?)

 (違います。単純に貴方はこの世界線の住人じゃないだけです。お引取り下さい。)

 (はーなーせーよー。)

 

 ズルズルと、二人は何時の間にか出現していた「如何にも不吉な感じのする暗闇」へと入っていく。

 

 (じゃーね立香。余り現実逃避しちゃダメだよ。)

 (オノレ!例え私が倒れても第二、第三の私が貴様らの前に…)

 (はいはいワロスワロス。)

 (オ・ノーレぇぇぇぇぇ……。)

 

 最後までかけ合いと恨み節を残しながら、奇妙な二人は脳内イメージから去っていった。

 

 「「先輩/お兄ちゃん!何とか言ってください!」」

 「えぇっと…。」

 

 そして、現実に戻って早々、立香は妹と後輩の間で板ばさみになるのだった。

 

 「ふふ…昔を思い出しますね、先輩?」

 「止めてくれ、頼むから…。」

 「立香、カルデアから連絡だよ。」

 

 一切止めずに眺めつつイチャついていた両親と違い、漸くサドゥによって一時離脱の口実が手に入った。

 

 「早く帰ってきてくれ、だって。向こうは大変みたい。」

 「予想はしてたけど、予想よりはもったね。」

 

 必死にマスターLOVE勢を始めとした問題児達を止めているであろうカルデア職員らの苦労を思って、立香は心中で彼らに敬礼を送った。

 本当にカルデアは魔境である。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 カルデアからの涙ながらの緊急帰還要請に、三人は休暇の終わりを悟った。

 藤丸妹は地団駄踏んで悔しがって、今は不貞寝しているが、送り出す段になれば復活するだろう、と藤丸母のお言葉なので、丁寧に放置させてもらっている。

 元々、既に配達に出したお土産を除けば、荷物は余り多くないので、荷造りにかかる時間は少ない。

 後は、冬木に調査に行った面々が迎えに来るまで待てばよい。

 

 「そっか、もう帰るのか。」

 「うん、元々長居は出来なかったから。」

 

 父の言葉に、立香は言外にもう覚悟していた、と返す。

 予想以上の長さの休暇だったけど、まだ戦いは終わった訳じゃない。

 それは、新宿での幻霊事件が証明してしまった。

 残った魔神柱、残ったビースト。

 世界の危機は、未だ完全に終息していない。

 

 「オレから言える事は無い。ただ、必ず生きて帰ってきてくれ。それだけは約束だ。」

 「うん、分かってる。」

 

 それだけは、誓って本当だった。

 この日常に戻ってくるために、取り戻すために、そして大事なあの子達と生きるために、藤丸立香と言う人間は人類史と向き合ったのだから。

 

 「うふふ、男同士の会話なんて、何時の間にか出来るようになってたのね。」

 「母さん…。」

 

 そのシリアスな雰囲気を引っ繰り返す様に、藤丸母が現れた。

 

 「で、立香としてはサドゥちゃんとマシュちゃん、どっちが本命なの?」

 「ぶふっ!?」

 

 いきなり爆弾が飛んできた。

 思わず噴出した立香を、しかし藤丸父はニヤニヤしながら見ている。

 彼としては、息子が青春しているのが微笑ましくて仕方なかった。

 

 「実際、オレとしても気になってた。」

 「父さん!」

 「立香…ハーレムは止めておけ。死ぬぞ。」

 

 真顔だった。

 茶化されたと思ったら、滅多に見ない父の真顔だった。

 完全に感情が抜け落ちた、そんな感じだった。

 

 「当然じゃないですか…私と結婚したのに、他の人に目移りなんて絶対にさせません…。」

 

 そして、母は母で何故か髪が白くなって、影が蠢いている様に見えた。

 

 「とは言え、サドゥちゃんは例え選ばれなくても祝福するだろうなぁ。」

 「二人とも、とっても良い子なんですよねぇ。」

 

 が、あっさりと雰囲気を変えて二人は話し続ける。

 きっと追求した所で、いつも通り「幻覚です」と言われるのがオチなので、深く追求しないでおく。

 

 「当人達が納得しているのなら…。」

 「でも、サドゥちゃんは普通に身を引きそうだし…。」

 「あの、当事者ほっぽって話進めないで…。」

 

 それに、今現在は恋愛とか考えてないし。

 

 「とは言え、早めに身を固めるのは意味があるぞ。普段の仕事や生活でのモチベーションが違うし、何より心に芯が出来る。何が何でも家族を守って、家庭に帰るって芯がな。」

 「それは…。」

 

 確かに、英霊達の中にも、家族を愛する者達は多かった。

 無論、悲劇も多かったが、確かにそこには並ならぬ感情が、愛があった。

 

 「ま、一番大事なのは当人同士の気持ちだ。こればっかりはお前らで決めるしかない。」

 「決まったら一度帰ってきてくださいね。またマシュちゃん達にお料理教えますから。」

 「うん、必ずまた帰ってくるよ。」

 

 もしかしたら、今生の別れになるかもしれない。

 それを胸の内に秘めながら、立香は笑顔で旅立った。

 

 「お兄ちゃん!ちゃんと私の所にも帰ってきてね!」

 「はいはい。次は土産期待しててくれ。」

 「絶対だからねー!」

 「さようなら、お義母さんにお義父さん!」

 「ありがとうございました。」

 「いやいや、こちらも楽しかったから、また来てほしい位さ。」

 「次はもっとゆっくりしていってくださいね。」

 

 和気藹々と、悲壮感など一切ない様子で最後の時間を惜しむ。

 送り出す時は、せめて笑顔で。

 そんな思いを薄々と感じながら、それでも誰もが陰なく微笑んでいた。

 

 「じゃぁ…行ってきます!」

 「「「行ってらっしゃい!」」」

 

 そうして、立香達は再び旅立った。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 「よろしいのですか、シロウ?彼らに挨拶位は…。」

 「止めておくよ。エミヤシロウとまた会ったら、それこそ今度こそ殺しそうだ。それに…」

 「それに?」

 「正義の味方を目指さぬ者は、エミヤシロウではない。あれはただ一人の、何処にでもいる男だよ。」

 「…シロウ。」

 「…………。」

 「今からでも、私と家庭を作りませんか?」

 「!?」

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 人理修復が成り、情勢がある程度の落ち着きを見せた頃、新たな特異点の観測と判明した情報に、国連も魔術協会も聖堂教会も大いに揺れた。

 何せ、未だに世界を滅ぼし得る魔神の一部が存命し、願望器たる聖杯を持っているのだから。

 これには誰もが頭を抱えた。

 少なくとも、事前に想定していた段取りを踏まえてのレイシフトなど、そんな悠長な手順は踏む余裕は無い。

 荒れに荒れつつも、何とか話し合いと各勢力の各派閥は一応の妥協点を見せた。

 この話し合いの際、カルデア側の多くの知恵者、即ち皇帝やファラオ、宰相や魔術師の一部を始め、工作活動の得意なアサシンが大きく貢献する事となり、以後、オルガマリーやロード・エルメロイ二世の指示の下、更に重宝される事となる。

 で、妥協と腹の探り合いと利益の確保と人類存続のための話し合いの結果、纏まった内容が以下の通りだった。

 

 1、カルデアが特異点を観測した場合、国連及び両協会の許可なく、レイシフトを行う事を許可する。

 2、但し、カルデアには常に国連及び両協会の代理人を置き、彼らとの合意の下でレイシフトを行う。

 3、レイシフトによる無用な過去改変や物品の回収は必要でない限り、原則的に禁止する。

 

 1と2は緊急時での対応速度を優先したものであり、カルデアとしても大きく問題にはならない。

 ただ、3についてはどうしても英霊の霊基再臨や強化、礼装の材料となるため、また両協会からの聖遺物や触媒等の確保のため、ある程度抜け道のある形になった。

 ここまで決まったのが、人理修復がなってから実に二ヶ月近く経過した後であり、もし新たな特異点が観測されていなければ、それこそ会議は踊るままだっただろう。

 

 「………………………………………つかれた。」

 

 そして、連日連夜と続く中身の無い会議に会合に会談に付き合わされ、古今東西の頭脳派な英霊達と強制的に頭を使う日々が終わった時、オルガマリーは完全に燃え尽きていた。

 

 「もういっかい、じんりしょうきゃくおきないかな……?」

 

 その目は完全に死に、口からは物騒な文句が飛び出てくる。

 もしこの場にあの戦いに参加した者がいたら、首が千切れる程の勢いでブンブカブンブンと振っていただろう。

 

 「うふ、ふふふふふふふふ…とけいとうもきょうかいもみーんなもえちゃえばいーのアイタ!?」

 

 だが、虚無に取り込まれていたオルガマリーを正気に戻す様に起こった額の激痛に、彼女は悲鳴を上げて飛び起きた。

 

 「だ、誰よ!?私の額を叩い、た…。」

 

 オルガマリーの声が途切れた。

 当然である。

 目の前に恐らくこのカルデアで最も「怠惰」を嫌悪する人物が佇んでいたのだから。

 

 「山の、翁…。」

 「いかにも。」

 

 初代“山の翁”、間違いなくカルデア最強戦力の一角が、オルガマリーを見据えていた。

 

 「仮にも人理を救わんと集った星見台の代表がこの体たらく…恥を知れぃ!」

 「ヒィィィィィィ!ご、ごめんなさいーー!!」

 

 綺麗な土下座だった。

 見事な土下座だった。

 余りの早業に、ついつい「首を出せ」と言うつもりだった山の翁の出鼻が挫かれる程の土下座だった。

 人間、生命の危機には限界を超えると言うが、それを土下座で発揮したのを見たのは山の翁をして初めての事だった。

 

 「働け。」

 「はいぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」

 

 なので、結局は一言で済ませる事にした。

 まぁ、この様子なら十分だと思うが。

 

 

 

 

 

 

 

 以後、人理焼却中のロマニ以上と言うガチ過労死寸前まで働いていたオルガマリーが、冬木から帰還してきたナイチンゲールに気絶させられて強制入院させられ、同じく帰ってきた立香達に看病される事となる。

 

 それを見た職員達は「あぁいつも通りのカルデアだな。」と言って直ぐに仕事に戻ったそうな。

 

 

 

 




ふぅ…これにて「マシュの姉が逝く」で想定していたネタは全て終わった。
次は何を書こうかなー。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

IFEND3 輝きの消えた日

今回を以って、「マシュの姉が逝く」は完結となります。

なお、本来想定していたルートがこちらになります。


 その日、カルデアは敗北した。

 

 ビーストⅢ「アンリ・マユ」撃滅作戦に、聖杯の使用許可が降りなかったからだ。

 国連は単にブービートラップを警戒して、そして魔術協会は根源到達のための近道として、聖堂教会は主の奇跡を騙る贋物として、それぞれの理由で反対し、終に纏まる事はなかった。

 

 だが、カルデアは最後まで足掻いた。

 幸いにも、固有結界や結界宝具といった代用品となるものは多くあったが故に、補充したマスター達と共に、ビーストⅢに決戦を挑んだのだ。

 信長が、エミヤが、二人のネロが、ナーサリーライムが、征服王が、アステリオスが、その宝具の中に閉じ込め、カルデアの全戦力で以って攻撃を開始した。

 しかし、封じ込めが完全でなかった故に、ビーストⅢは囲いを次々と突破していく。

 そこには新規のマスター達同士の連携の欠如、何よりビーストへの恐怖故に心の均衡を失ったがために、その対応は一人を除いてお粗末なものだった。

 当然の結末だった。

 彼・彼女らは人理と真っ向から向き合った訳ではなく、ただ選ばれたからこの場に立っていただけなのだ。

 それも、多くはプライドの肥大した名門の魔術師か、マスター適正はあるものの数合わせの三流魔術師だった。

 当然の様に、藁の様に、塵の様に、彼らは蹴散らされた。

 最終的には自壊を厭わぬ槍の騎士王二人が展開した聖槍の外郭に閉じ込められ、世界の外側へと放逐されかけるも、全身に纏った呪詛を全方位に放出、自身にかけられた多くの呪詛や拘束を汚染し、終に自由を手にしてしまった。

 

 それから先は蹂躙だった。

 

 そもそも、殺した所で死なない怪物に、幾らでも蘇るとは言え、限りがあり、タイムラグもあるサーヴァント達では太刀打ちできない。

 多くのマスター達が討ち取られる中、それでもカルデア最高のマスターは彼自身の練度と英霊達の実力と連携により離脱に成功した。

 

 それを追う事もせず、ビーストⅢは彼方へと飛び去っていく。

 まだまだ、彼女が滅ぼすべき悪はあるのだから、油を売っている暇など無いと言う様に。

 悠然と呪詛を尾の様に棚引かせながら去っていった。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 敗北したカルデアを待っていたのは、彼らが守るべき人々からの罵声だった。

 国連、魔術協会、聖堂教会。

 足を引っ張った事すら忘れて、外敵から目を逸らす様に、彼らは内輪揉めに終始した。

 特に魔術協会は根源到達のために、もう一度世界を滅ぼす事すら視野に入れている節もあり、殊更にカルデアへの追求が苛烈だった。

 だが、そんな悠長な真似ができる時間は、すぐに過ぎ去った。

 

 ビーストⅢが顕現して一ヶ月。

 人類は、その総数を10億人にまで減らした。

 多くの「悪性」を持った人間は、獣によって狩り尽くされ、国連も魔術協会も聖堂教会も、既に組織としての体を成していなかった。

 

 そして、人類の中の悪性の総量が減ったが故に、ビーストⅢは弱体化していた。

 

 これを好機と見た米軍の生き残りを中心とした国連軍は決戦部隊を編成、前線部隊の全てを囮にして、残存する核保有国全ての核ミサイルをもってビーストⅢを撃破する計画を立案した。

 無論、残った各国政府から反対が相次いだが、追い詰められた米大統領(繰り上がりの元国防大臣)を始めとした強硬派を抑えられず、特に人口が希薄となった中国の北京にて決戦が行われる事となった。

 これにカルデアは反対するものの、既に誰もが聞く耳を持たなかった。

 彼らは、余りに政治力が無かったのだ。

 

 結果だけ言えば、国連軍は全滅した。

 

 囮となった残存部隊も、発射された総数500を超える核弾頭も、その殆どが役目を果たした。

 だが、ビーストⅢに恐怖を憎悪を持つ人々がいる限り、第三の獣は不滅なのだ。

 七度に渡って核ミサイルの熱量で消滅しながら、七度とも蘇ってみせた獣は、再び世界を巡って、自身に悪を向ける者達の所へ赴いた。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 カルデアが戦力の再編を完了し、ビーストⅢを確殺し得る準備を終えた頃には、人類はその文明を維持できるだけの力を無くしていた。

 これにより、本来連鎖召還される筈の他のビースト達が登場するまで、100年単位での時間が稼がれた事となるが、生き残った者達にとっては何の慰みにもならない。

 そんな状況で、それでもカルデアは、藤丸立香は折れなかった。

 嘗て世界の滅んだ様を見ていたカルデアの生き残り達は、己に課した役目の下、もはや国連組織としての楔を脱した今もなお、成すべき事を成した。

 例え、全てが手遅れだと分かっていても、それでも、彼らは成した。

 

 ビーストⅢ、この世全ての悪。

 彼の愛した姉妹の姉、その成れの果て。

 

 往時に比べれば無人と言ってもよい状態の星の上で、七つの聖杯によって作り出された檻の中で、彼らの最後の戦いが始まった。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 血の様な夕焼けが大地を照らす。

 周囲一帯は瓦礫すら消し飛び、クレーターや捲り上がった大地と呪詛が散らばるばかりだった。

 そんな惨状の中、獣に止めを刺したのは、マスターである藤丸立香だった。

 馬乗りになった状態で、礼装たるアゾット剣を心臓に突き刺し、その霊核を砕いていた。

 

 「あぁ…ありがとぅ…りつか…。」

 

 ざらざらと、灰すら残さず消えていきながら、獣の少女は微笑みながら礼を告げた。

 

 「サドゥ…僕はっ…ぼくは…!」

 

 なんで、なんで、なんで、自分は……

 ボロボロの身体で、止め処なく流れる涙を拭う事もせず、立香は臆面もなく泣き叫んだ。

 

 「君を…殺したくなんてなかった…!」

 

 立香は、サドゥを愛していた。

 子供の様な身体で、誰よりも前に出て、自分とマシュを見守ってくれて、最後まで自分を守って消えていった彼女の想いに、少しでも報いたかった。

 

 「わたしも…り…かが…みんなが…」

 

 既に一分も経たずに滅びる状態で、それでも彼の想いに少しでも応えるために、サドゥは必死に言葉を紡いだ。

 

 「愛してる!愛してるんだ!ボクは、君が」

 「わたしも、だいすき」

 

 微笑んで告げられた言葉を最後に、少女は灰も残さず消え去った。

 

 「あ、」

 

 パキンと、何処かで何かが折れた音がした。

 

 「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ---ッ!!」

 

 

 慟哭が誰もいなくなった荒野に長々と響き渡る。

 最早それを聞く人も獣もなく、ただ一人の少年の心が砕けた音が響くだけだった。

 

 

 

 

 

 

 これ以後、人類は大きく衰退するものの、各地に突如出現した「過去の王」を名乗る人物達に統治され、徐々に繫栄を取り戻す事となる。

 しかし、地球上の人口が嘗ての最盛期に戻る事はなく、全ての地球上の資源を使い尽くす前に宇宙開発が始まり、月面や火星への移住が始まる事となる。

 

 だが、今度はその移住先の先住生命体との果てしない戦いが幕を開ける事になるのは、まだ誰も知らない。

 

 

 

 

 

 

 IFEND 輝きの消えた日 別名「鋼の大地回避ルート」

 




 地球上の電気の輝きと立香の心の輝きが消えた代わりに、程よく口減らしの完了した地球を上手く支配者系サーヴァントの皆さんが治めるエンドでした。

 マシュ? 廃人一歩手前の立香の面倒を一生診てました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

嘘予告 藤丸一家、参戦

拙作「乳上が兜に王位を譲る話」とのクロスです。
同様の内容をそちらにも掲載しています。


 それは有り得たかもしれない可能性。

 並行世界からの迷い人、藤丸士郎と桜が遂にその身柄を魔術協会側に捕捉されてしまった。

 妻子を連れ、士郎は思考する。

 家族を守るために、自分達が幸せに過ごすために。

 そのために、彼は以前帰国してきた息子とその連れの少女二人の事を思い出した。

 

 「そうだ。カルデアに行こう。」

 

 取り敢えず、息子と会って話をする事にした。

 

 

 

 

 これは藤丸一家がカルデアにお引越しするお話である。

 

 

 

 

 ……………………

 

 

 

 

 「と言う訳で、初めまして藤丸士郎です。」

 「妻の藤丸桜です。息子がお世話になっています。」

 

 事情を話され、初見でSAN値が直葬されたカルデア首脳陣を後目に、藤丸夫婦はにこやかに挨拶した。

 

 「娘の歩花です。まだ事情が飲み込めてないけどよろしくお願いしまーす…。」

 

 逆に、普段は快活で物怖じしない妹は、余りの驚天動地な事態の連続にグロッキー気味だ。

 まぁ普通は両親が実は並行世界出身のヤバ過ぎる身の上出身の魔術師で、事故でこの世界に来てからはバレないように静かに暮らしてたんだけど最近バレちゃったんだ☆とか言われた上に、今までの生活全てを擲った一か月に渡る逃亡生活を送り、その最中に両親が割とあっさり戦闘行為を行い、襲い掛かる野良魔術師を相手に一方的な戦闘を繰り広げれば、そら(現実逃避しても)そう(仕方ない)よ。

 

 「あー…取り敢えず、君達を協会に差し出す様な真似は絶対にない。ないが、自分の身は可能な限り守ってくれ。」

 「すまん、アーチャー。」

 

 並行世界の同一人物であるエミヤと藤丸士郎は、割とあっさりお互いを受け入れた。

 何せこの二人、原作セイバールートと乳上HFルートと言う余りにも差異の大きな世界の出身だ。

 互いに思う処がない訳ではないが、いがみ合う必要性は余りにも薄かった。

 これがこの世界本来の衛宮士郎の辿ったUBWルートなら即座に戦争ものなのだが、生憎と二人ともよい年した大人だった事もあり、直ぐに情報交換に移れたのも幸いした。

 

 「しかし、そうか…桜とな…。」

 「あ、お前その様子だと生涯独身だったろ。」

 「表に出ろ。やはり衛宮士郎とは相容れない存在らしいな。」

 

 訂正、そうでもなかった(呆れ

 

 「二人とも、息子に恥をかかせる気ですか?」

 「士郎さん、ダメですよ?」

 「「すみませんでした。」」

 

 が、女子供に弱いのは共通していた。

 ものの見事にセイバーと桜の二人に鎮圧されていた。

 

 「んじゃ、タダ飯食う訳にもいかないし、厨房借りるぞ。」

 「仕方あるまい。案内しよう。」

 「あ、じゃあ私も。お菓子作って挨拶しますね。」

 「では味見役は任せてください。」

 「んじゃ、私はお兄ちゃんと一緒にいるからー。」

 

 余り家事スキルが突出していない(人並にはできる)娘を置いて、衛宮一家とも言える面々が厨房入りした。

 彼らが滞在するようになってから、カルデア新館の食堂のレパートリーは更に増え、特に洋食や洋菓子が豊かになった事から、女性陣を中心にその利用率は普段の倍になる事となる。

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 「うちの家族が実はなろう的主人公だった…。」

 「先輩!?しっかりしてください先輩!」

 「立香、色々メタ過ぎ。」

 

 そして、家中もとい渦中の人である立香は、衝撃の事実にぐったりしていた。

 傍らでキリエライト姉妹が心配しているが、机に身を預けた彼はそのまま動かない。

 うん、まぁ、人類救済した!と思って日常に回帰しようと思ったら、そこから問題が発生して、家族の安否も不明だったと思えば、いきなり自分の職場にやってきて事情説明されたとくれば、これは仕方ないだろう。

 

 「いや、寧ろオレらは納得したぜ。なぁ?」

 「だな。」

 「おう。」

 「うむ。あの様な両親の下に生まれたのなら、ここまで優秀になれた事も納得だ。」

 

 等と、ケルト系アルスター組のクーフーリン達(-オルタニキ)とスカサハ(槍)の言葉に、周囲の英霊達はうんうんと頷く。

 だって、どう考えても素養はあったとしてもただの一般人が、礼装ありきとは言え、魔神柱の動きをほぼ確実に停止させる程の威力を持ったガントを放ち、逆にその全力攻撃を防ぐ程の魔術障壁を張れる方がおかしい。

 

 結論:あぁやっぱり。

 

 それで英霊達の見解は一致していた。

 同時に、根源接続者並の厄ネタに、首脳陣及び頭脳労働担当班は頭を抱えた。

 だって、封印指定の固有結界持ち魔術師(+デミ・サーヴァントとも言える存在)に既に完成しながらも自律している聖杯(属性虚数元素、子供は自動的に才能開花)、更にその両者の娘までいるのだ。

 どんな魔術組織であっても、否、その価値が分かる者なら、どんな障害があっても手に入れようとするだろう。

 それ程までの価値が、藤丸一家にはあった。

 

 「いやー私としてはそんな自覚も無いんだけどね?なんか大変なのは分かるんだけど…。」

 「その様な認識とはな…。娘、貴様早々に改めねば死がマシ程度の目には会うぞ?」

 

 忠告するのは第七特異点から参戦した賢王のギルガメッシュだ。

 周囲にエルキドゥもいない事から、暇潰しに来たらしい。

 

 「あ、やっぱりですか?」

 「分かっているのなら、せめてこのカルデアにいる間は鍛えよ。せめて父母の足を引っ張らぬようにな。」

 

 言いたい事だけ言って、賢王は去って行った。

 その手に三人分のビールと塩茹でした枝豆を盛った皿を持ちながら。

 …どうやら、エルキドゥとキングゥの分を含めたビールの補給に来ただけのようだ。

 

 「あの王様の言い分は正しいわな。」

 「とは言え、嬢ちゃんの適正も測らなけりゃダメだな。」

 

 言うのは、大人の姿のクーフーリンの二人だ。

 彼らにとって、新兵の教導位は訳はない。

 そもそも、最初期のカルデアにおいて立香を教え導いたのは、この二人とエミヤ(弓)とメディア(大人)なので、実績的にも任せるには順当な二人だった。

 

 「ふふ、マスターの時はセタンタに先を越されたが…」

 

 だが、この場には一人、この二人以上に教導に向いた英霊がいた。

 

 「さて、マスターの妹よ。安心せよ、ワシがしっかり導いてやる故。間違いなく現代の貧弱な魔術師風情では太刀打ちできないようにしてやろう。」

 「お兄ちゃん!チェンジ、チェンジで!」

 

 ケルトの誇る自走追尾式核地雷メンヘラ師匠の恍惚とした笑みに、生存本能の警告に従って藤丸妹は最愛の兄へと救援を乞う。

 しかし、現実は非情だった。

 

 「現代人に向け、逃げ足重点で。」

 「承知した。」

 「お兄ちゃーん!?」

 

 兄の裏切りに、妹は涙した。

 しかし、それは悪意によるものではない。

 

 「これも歩花のためなんだ。頑張ってほしい。」

 

 キリッとした兄の顔は、妹の知らない、男として成長した顔だった。

 男子三日会わざれば…と言うが、立香の場合は彼からすれば一年以上の戦いの日々だったのだ。

 例え内心は清姫を始めとしたマスターLOVE勢向けの誤魔化しモードだったとしても、妹からすれば知らない兄の姿にキュンキュンくるものがあった。

 

 「お、お兄ちゃん…分かった!歩花は頑張ってきます!」

 「うむ、良い覚悟だ。では行くか。」

 「へ?」

 

 ガシリ、と万力で締められた様な、一切の抵抗を許さぬと言わんばかりの力が込められた手が妹の肩を掴む。

 振り返れば、そこにはとても愉しそうなお顔をした影の国の女王(神話レベルのヤンデレメンヘラ)がいた。

 

 「ではマスター、ちとシミュレーター室を借りるぞ。」

 「はいはい、行ってらっしゃい。」

 

 ずるずると、上機嫌に妹を引き摺っていく神殺しを、止められる者はいなかった。

 全員が「あぁ可愛そうだけど明日はお肉になるんだよね」という気分で見送った。

 

 

 

 

 

 「お、お兄ちゃん!歩花は、歩花は絶対に強くなって帰ってくるから…!」

 「おぉ、まだ叫べたか。では次、スケルトン100人セットに行ってみるか。」

 (お兄ちゃん、歩花はもうダメかもしれません…。)

 

 

 後日、元気にスケルトンを素手で砕く妹の姿が見られたと言う、

 

 

 

 

 ………………………

 

 

 

 

 「しかし、あの坊やがここまで大成するとはね。」

 

 ほぅ、と溜息を吐くのは色々と縁が深い第五次聖杯戦争のキャスターことメディア(大人)だ。

 医務室で念のために士郎と桜の診察をするのは彼女が二人と面識があり、十分な配慮も出来ると判断されたからだ。

 無論、純粋な魔術師としての腕前でも彼女を超える者はこのカルデアにはスカサハとマーリン位しかいない。

 前者は現在将来有望な少女を扱き中だし、後者はセクハラ夢魔なので間違っても人妻の診断はさせてはいけないが故の人選でもあった。

 ソロモン? 今は中身ロマニ状態なので、任せるには何処か不安がある。

 ゲーティアはゲーティアで、迂闊に表に出すには不安があるし、彼らはカルデアの頭脳労働担当班の一人(連日ブラック業務継続中)であり、早々他の仕事は割り振れない。

 

 「はは、オレは今も未熟だよ。支えてくれた人がいるからこそ、今のオレがあるんだ。」

 「もう、士郎さんったら…。」

 「はいはい、ご馳走様。」

 

 何この万年新婚夫婦羨ましい。

 そんな内心を完全に隠蔽しながら、メディアは本題に入った。

 

 「あのお嬢ちゃんの処置は、現代の魔術師としては見事と言って良いわね。多少の手直しと調整だけで済んだわ。」

 

 藤丸桜に施された隠蔽及び封印処置。

 迂闊に聖杯の機能を発揮し、その存在を露呈させないためのものだが、手を入れる必要があるのは想定された経年劣化程度のものであり、然したる調整はいらなかった。

 士郎の左腕にしても、聖骸布と鞘の力により、特に現時点で心配するような事は起きていなかった。

 

 「すまない。ありがとう。」

 「良いのよ。私の弟子の身内なら、私達が助けない訳にはいかないわ。」

 

 まだまだ未熟だけどね、と溜息をつかれるが、それは彼女の基準が神代の魔術師だからだ。

 礼装ありきとは言え、現代の基準で言えば、立香はそれはもう立派な魔術師、否、両親と同じ魔術使いと言える。

 そう、下手をすれば封印指定を受けかねない程に。

 それを免れているのは、偏にカルデアのおかげだった。

 

 「それにしても、黒い大人の騎士王、ね。」

 「あぁ。こっちに呼ばれてるって聞いてるんだが…。」

 

 もう一つの相談、それはかつて士郎と桜が元の世界にいた時の事だった。

 黒い騎士王、それも成熟した姿でありながら、聖槍ではなく聖剣を持っていたという。

 士郎と桜を最後の瞬間まで助け、再会を約束した女性。

 士郎の、もう一人の大事な人。

 

 「とは言え、ここカルデアにいる黒い騎士王は剣を持った少女と槍を持った女性の二人、それにサンタコスの少女の三人。貴方達の言う騎士王はいないわ。」

 「そうか…出来れば約束を果たしたかったんだけどな…。」

 

 返し切れないものを貰った。

 それは命であり、力であり、今現在の彼を構成する全ては、彼女が力を貸してくれたが故に手に入れられたものだった。

 

 「おや、私へのお礼は無しですか?」

 「ライダー、いたのか?」

 

 そこにひょっこりと顔を出したのは五次のライダーことメドゥーサだ。

 普段着のセーターとジーンズ、魔眼殺しの眼鏡の姿は彼女がかつて冬木で好んでいた装いだ。

 

 「ライダーとは積もる話もあるし、食堂で皆でお茶でもしませんか?」

 「お、いいな。」

 「今なら丁度空いてますし、賛成ですね。私の部屋は姉様達がいらっしゃる時が多いので…。」

 「私は遠慮しておくわ。貴方達と一緒にいると、口の中が甘くて仕方ないもの。」

 

 和気藹々、そんな雰囲気の藤丸夫婦+1にメディアはげんなりとしながら告げた。

 

 

 

 

 「騒がしいですよ。ここは医務室、傷病の無い方は出ていってください。」

 

 だが数秒後、医務室の主によって全員が追い出された。

 

 

 

 

 ………………………………

 

 

 

 

 人理修復に成功したカルデアで、新たな事件が幕を開ける。

 新たな特異点の観測。

 魔神王は倒され、聖杯も全て蒐集した筈の状態で、人員の増強に成功したカルデアは更なる試練に挑む。 

 そこは西暦2000年代の極東、新宿と言われる都市。

 後にカルデアが「新宿幻霊事件」と呼称した事件、これが魔神王が遺した4の残滓の始まりとなる。

 

 そして、そこには未だ約束の時を待ち続けるもう一人の騎士王の姿がある事を、未だ誰も知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「士郎、私を忘れないでください…。」くすん

 「きゅ~ん、ふ~ん…。」

 「カヴァス二世、慰めてくれるのですか…今は貴方だけが私の癒しです。」

 「うわっ、動物だけが癒しとか、嫁き遅れのOLみたいなんですけど。本当に哂えるわ。」

 「そこに直れ、下郎。」

 「ちょ、こんな所で聖剣とかやm」

 




藤丸家帰省時、まだ新宿に行ってなかったら?と言うIF展開から生まれたお話です。
まぁ嘘予告だから続かないんですけどね!

後、ゲーティアは一部の魔神柱が分離した事は気付いてたけど、こんな企てするとは思ってなかったよ!
まぁ殆どの魔神柱はその場で戦うなり英霊庇ったり自滅したりゲーティアと共に死んだりとかしたからね!仕方ないネ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

リクエスト番外編 ×うしおととら編 1

拙作へのイラストを描いてくださったドライバーさんのリクエスト作品「うしおととら」の嘘予告の続きです。
どうかお収めくさだいませ。


 「ねぇお母さん、私達もあの綺麗な所に行けないの?」

 

 義娘からの言葉に、あぁこの時が来てしまったか、と思った。

 嘗てよりも成長し、一人の女性の姿となったサドゥは己に抱き着き、無垢な瞳を向けてくる少女の姿をしたモノへと慈しみと共にその頭を撫でる。

 何れ来る事だと分かっていても、それは悲しいものがあった。

 

 「少し手間がかかるけど…大丈夫、行けるよ。」

 「本当!?」

 「えぇ、でもこれだけは覚えておいてね。」

 

 頭上の輝き、この世界には無い正常な気が固まり、一つとなる事で出来上がったそれを見上げながら、サドゥは娘である金毛白面九尾狐へと、何時か思い出してほしいと考えながら告げた。

 

 「あの場所では、私達は異物なの。私達を受け入れてくれる人よりも、拒む人の方が多い事を、覚えていてね。」

 

 その言葉を、娘はよく理解できなかった。

 あんな綺麗な場所に住んでいる人達がそんな事をする訳がない。

 そう無垢に信じ切っていたのだ。

 

 

 後に、その言葉を娘は後悔と共に思い出す事になる。

 

 

 ……………

 

 

 現代から2500年以上の昔、インドにシャガクシャ、と言う男がいた。

 男はとある村に生まれた。

 彼には家族はいない。

 彼以外の村人達は須らく戦争で殺され、生まれて間もない彼だけが産後間もない母親によって隠され、生き永らえた。

 遠縁の親戚らに引き取られ、辛うじて働ける程度まで成長した彼はずっと働いていた。

 彼の中には恨みしかなかった。

 この苦しみだらけの世界に産み落とし、生き永らえさせた母親。

 自分達が楽をするために、自分に仕事を任せ続ける親戚達。

 この時代のインドにおけるカーストではクシャトリヤ(戦士階級)に当たるシャガクシャであったが、他のクシャトリヤとは会った事も無い故に助けられた事もない。

 彼の中には憎悪だけがあった。

 そして、自分の後見人であった親戚が死に、戦に狩り出された時から、彼の人生は大きく変わった。

 

 戦って、戦って、戦った。

 憎悪のままに、怒りのままに、殺意のままに何年も何度も戦った。 

 シャガクシャは強かった。

 その戦いぶりにより、幾度も国を護り、領土を広げた。

 彼一人が先頭に立つだけで敵兵は逃げ散り、抗戦を命じた将軍は殺された。

 果てしない憎悪が、彼の身体を突き動かした。

 死への恐怖も、敵への憐憫も、他者への悲しみも、何かへの愛もない。

 それ故に彼は強かったのだ。

 あるのはただ周囲への憎悪、そして憎悪を募らせる度に熱くなる背中だけ。

 それだけが彼にとって生きると言う事だった。

 

 それ故に、彼は誰かへの愛を、誰かへの憐憫を、誰かを失う恐怖を覚えた時、弱くなってしまった。

 

 きっかけは些細な事だった。

 彼はたまたま戦で敵軍に襲われた村に入り、敵兵を皆殺しにした。

 その折に偶々二人の姉弟を助けたのだ。

 二人はシャガクシャに命の恩を返すべく、何くれと奉仕した。

 今まで彼を憎むか媚びる者ばかりだったシャガクシャにとって、恐れも媚び諂いもなく純粋に慕ってくる二人の存在は初めての事だった。

 二人の中にはシャガクシャへの感謝があり、次に憐憫を抱き、そして愛を覚えた。

 二人の存在にシャガクシャは次第に絆され、二人を守る様になった。

 そして、二人を切っ掛けに村人や部下達とも交流を持つ様になり、彼の周囲には次第に笑顔が増えていった。

 

 それを、彼の中から見ている者がいた。

 

 また戦争が始まった。

 しかも、戦闘が始まったのは村に程近い国境線であり、攻めてきたのは嘗て村を襲った国の軍だった。

 シャガクシャは部下達を率いて戦った。

 しかし、敵は以前の10倍以上の戦力を用意しており、次第に劣勢となっていた。

 シャガクシャ達は何とか二人の姉弟と村人達を後方へと避難させながら、味方が戦力を集結させるまでの時間を稼ぐ事となった。

 しかし、敵はその国だけではなかった。

 嘗てシャガクシャが戦い、時に逆撃し、侵略し返した国々が同盟を組み、同時多発的に攻めてきたのだ。

 そのせいで、援軍は絶望的だった。

 否、軍事における国民的英雄であるシャガクシャを亡き者にしようと言う国内外の意思が垣間見えており、寧ろ後ろから刺される事を警戒しなければならない程だった。

 ここまでくれば通常の指揮官なら降伏も考えるが…それは出来ない。

 避難民の移動と言うのは時間がかかるのが常で、それも最低限の家財だけ、と言うのも心情的に無理だった。

 よって、村人達は下手に時間があったが故に、家財の多くを抱え、えっちらおっちらと逃げていたのだ。

 それは平時なら兎も角、国内の軍が手薄になった状況で、非常に危険なものだった。

 

 逃がした村人達の無事を祈りつつ、シャガクシャ達は10倍もの戦力を相手にして善戦した。

 否、最終的に敵の大将首を獲り、潰走させた事で実質的に勝利したと言っても過言ではなかった。

 しかし、代償として兵士達は全員戦死、シャガクシャも深手を負った。

 そして逃げ出した村人達と合流すべく、這う這うの体で何とか進んだ先で

 

 村人達が襲われている所を見た。

 

 護衛もなく、家財を抱え、女子供老人が多くいる避難民など、夜盗からすれば襲ってくれと言っている様なものだった。

 そんな当たり前の事を思いつかなかった自分にすら憎悪を抱えながら、シャガクシャは傷だらけの身体でなお戦った。

 しかし、元々死に体のシャガクシャでは、最早どうにもならなかった。

 数人程殴り殺した所を捕えられ、辛うじて無事だった姉と弟の下へと引き摺られていく。

 いや、よく見ればこの夜盗達はこの国の人間ではない。

 嘗てシャガクシャが蹴散らした国の人間達だった。

 となれば、姐と弟の末路は決まっている。

 自分達の仇の前で惨たらしく殺すのだ。

 勿論、存分に愉しんだ後に。

 今から行う事を愉しそうに語る夜盗の、否、非正規部隊の長を前にして、シャガクシャは初めて自分自身を憎悪した。

 この状況、この瞬間に、今まで暴虐の限りを尽くした自分が余りにも無力である事を憎悪した。

 己自身の無能さに憎悪したのだ。

 

 (頼む…誰か…)

 

 痛みと疲労と出血で意識が遠のきかける中、それでもシャガクシャはまだ生きていた。

 

 (オレはどうなっても構わない。だから…)

 

 生きて、今までやった事が無い事をした。

 

 (この二人を、助けてくれ…!)

 

 自分は地獄に墜ちるだろう。

 憎悪のままに猛り狂い、殺し過ぎた。

 それは地獄に墜ちるに十分な罪科だ。

 だが、この二人は違う。

 この二人は善人であり、オレの様な悪鬼に手を差し伸べてくれた。

 ただそれだけの善人なんだ。

 この二人がこんな末路になるのは、間違っている!

 誰でも良い、オレの声を聞いている者がいたら、応えてくれ!

 

 

 それは、自分の命よりも大事な事ですか?

 

 

 不意に、頭の中に声が響いた。

 それが何かは分からない。

 だが、シャガクシャはそれに是と答えた。

 

 

 そう、なら貴方の肉を貰います。

 そしてもう一つ、貴方は人間として生きられなくなります。

 

 

 いっそ無垢とも思える女の声にも、シャガクシャは是と答えた。

 何でもいい!

 オレの全部をくれてやっても良い!

 だから、二人を助けてくれ!

 

 

 その願い、叶えましょう。

 

 

 そして、シャガクシャの背中に熱が走った。

 

 

 ……………

 

 

 それは幻想的な光景だった。

 満身創痍のシャガクシャ、その広くも無数の傷だらけの背中から、唐突に黒い尾が5本突き出た。

 直後、背中の肉が剥がれる痛々しい音と共に、ソレは現れた。

 5本の尾を持った、黒い獣。

 全長10mを優に超えたソレは、ギロリとその場にいる盗賊たち全員にその隻眼の赤い瞳を向けた。

 まるで邪魔な虫を見るかの様な視線に、元は正規軍だった男達は皆一様に身体を恐怖で硬直させた。

 その瞳から発せられる殺気に、祈る事すら忘れて、ただ己の前に現れた死の予感を想起した。

 そして、間を置かずそれは現実となった。

 縦横無尽に伸縮し、振るわれる尾は凶器となって荒れ狂い、男達をものの10秒程で一人残さず惨殺した。

 

 ぎぃぃぃぃぃぃ…

 

 獣の口が開き、その隙間から僅かな鳴き声が響く。

 

 ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああーーーッ!!

 

 それは第三の獣、「悪」の理を持つビーストⅢが、不完全な状態とは言え、この世界に生まれ落ちた産声だった。

 

 シャガクシャは、姉弟は、それを呆然と見ていた。

 すると、獣はシャガクシャを見つめると、告げた。

 それは確かに自分の内側から響いた、あの女の声だった。

 

 

 この地を西に逃れれば、誰もいません。

 貴方達に害成す者はいないでしょう。

 そこで傷を癒しなさい。

 

 

 それだけを告げて、黒い獣は彼方へと飛び去って行った。

 

 

 ……………

 

 

 後に残った三人には獣の助言に従い、西へと逃れ、何とか傷を癒した。

 その3年後、シャガクシャは姉の方と結婚し、子供も設けた。

 弟は独り立ちし、近くの街へと移って就職した後に結婚、こちらも子供を設けた。

 此処まではまぁ不幸だが探せば見つける程度の、不幸な男が幸せになったと言う話だ。

 典型的な、万人受けしそうなハッピーエンド。

 しかし、男は契約していたのだ。

 第三の獣、この世全ての悪と。

 故に、その幸せが崩れる事は必定だった。

 

 気づいたのは何時だったか。

 愛しい女と結婚し、子供が生まれた頃だったと思う。

 ある日、水甕の水面に映った自分の顔を見た。

 戦争していた頃と全く変わらない顔。

 それは子供達が成人した頃も変わらなかった。

 妻がゆっくりと老いていくのに対し、自分は変わらないまま。

 そして妻が天に召された時、シャガクシャは漸く気づいたのだ。

 自分がもう、人間ではないと言う事を。

 あの獣が言っていたではないか、自分はもう人間として生きられない、と。

 

 「行くんだね、シャガクシャ…。」

 「あぁ…。」

 

 そして今日、義弟が高齢により妻と同じ所に逝こうとしていた。

 それを機に、自分もまた旅立つつもりだった。

 

 「私も、姉さんも、貴方に会えて幸せだったよ…。」

 「あぁ、オレも、お前達と出会えて、幸せだったよ…。」

 

 年甲斐もなく涙が流れる。

 だが、それも仕方ない。

 憎しみだけで生きていた男にとって、二人が差し伸べてくれた手は確かに救いだったのだ。

 

 「貴方を…置いていく事だけが…。」

 「良いんだ。もうゆっくりして良いんだ、ラーマ。」

 「あぁ……シャガクシャ……ねえさん……。」

 

 こうして、義弟は妻と同じ所に旅立っていった。

 そして、葬儀が終わったと同時に、シャガクシャはインドを旅立った。

 目的はあの黒い獣に会う事。

 会って、この不死を、この命を終わらせてもらう事。

 徐々に人間の形から外れていくこの身体はもう人の前に出るべきではないし、愛する者のいない世界で永遠に彷徨うつもりもない。

 

 「オレも、何時かお前達と同じ所に逝きたい。だから、もう暫く向こうで待っていてくれ。

 

 嘗て英雄と呼ばれたシャガクシャの長い旅は、こうして始まりを告げた。

 

 

 

 

 マシュ姉×うしおととら1

 インド編終了

 

 次回、中国編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

リクエスト番外編 ×うしおととら 中国編 前編

イラストを描いて下さったどらいばー様からのリクエストの続きです。
どうかお収めください。


 春秋時代の中国大陸、多くの国々が群雄割拠するこの時代において、ある国があった。

 その国の皇帝にはある妃がおり、これを大層寵愛していた。

 名前こそ後世に伝わっていないものの、老人の様な白髪と不健康そうな病的な肌を持ち、しかし人格面と容姿に関しては賛美される程度には優れた人物だった。

 その妃は元々市井の出であり、高貴な生まれである他の妃や妾達からは目の敵にされていたものの、皇帝は無理をしてでも彼女を後宮に入れた。

 と言うのも、彼女は皇帝にとって命の恩人だったからだ。

 他国との戦争の際、味方と分断されてしまった時、敵の兵が迫る中でお付きの兵達は殿を請け負って討ち死にし、何とか生き延びた皇帝と山中で出会い、匿ったのがその妃だったのだ。

 手当をし、食事を出し、皇帝を兵達の屯する街へと案内した功績を買われ、彼女は後宮に入ったのだ。

 より正確に言えば、辞退する彼女を皇帝が熱心に口説き、彼女がそれに根負けする形ではあったのだが…それはさておき。

 重要な事は、この時歴史に名が残らない女性が、皇帝の妃となったと言う事実だった。

 さて、後宮と言えば大奥の様な、女達の伏魔殿であり、蟲毒の壺と言う印象があり、実際この国の後宮もそうだった。

 そのため、この女性が後宮入りした頃はその髪と肌の色から白兎と蔑称されていたのだが……何故か彼女が後宮に入ってからは徐々に過剰な争いは消えていき、妃達の実家からの意見の調整機関の様な役割をこなし始め、宦官らを通じて、国政に助力し始めた。

 また、後宮での争いが無く、国政に注力できるようになった皇帝もまた精力的に職務に励み、富国強兵に努めた。

 そして、疲れれば件の妃の下へと通い、英気を養ったと言う。

 

 さて、件の妃だが、彼女は余り表立って行動する事は無かった。

 ただ、自身に与えられた居室で書を嗜み、通い詰める皇帝を慰め、時折他の妃の下へと向かいなさいと窘める程度だった。

 寧ろ、日陰にいる事の方を望んでいた。

 と言うのも、彼女は後宮入りした日に、皇帝に対して重要な事を願ったからだ。

 曰く、「自分は市井の生まれです。他の妃達に比べ、貴い血筋は引いておりません。それ故、どうか私との間に子供が産まれても、継承権は与えないで下さい。」と。

 結果的に言えば、この発言が彼女の身を守った。

 大なり小なり、穏やかになったとは言え後宮は次代の皇帝とその血筋を産むためのもの。

 どうしても継承権争いは存在するし、貴族として、女としての確執もある。

 また、私は貴方様と愛し合い、その証として子供を儲け、育てるだけでも十二分ですと告げたとも伝わる。

 皇帝は感心して、彼女の願いを叶え、後に儲けた一人娘は食うに困らない程度の所領を与えられ、平和に暮らす事が出来たと言う。

 もし此処で逆に子供の王位を願っていたら、彼女は恐らく暗殺されていただろう。

 

 そうして、珠の様な女児を皇帝との間に儲け、後宮では珍しく、幸せかつ穏やかに暮らす妃であった。

 また、その娘も健康かつ聡明で、本当に珠の様に可愛らしかった事から、何時しか妃は玉兎妃の字でよばれるようになった。

 だが、彼女は何時からか皇帝からの寵愛を断り、娘と共に心此処に在らずと言った様子で夜の庭で湖面や月を眺めるようになっていた。

 流石にこれはおかしいと皇帝は妃に詰問したのだが、これに妃はぽろぽろと涙を零しながら答えた。

 曰く、「私は元々この世の者ではありません。異界に住む人ならざる者でしたが、人の暮らしに焦がれてこうして迷い出てきたのです。ですが、それももう終わりです。私を殺そうと、私と同類の獣が迫ってきています。」

 これに皇帝は仰天した。

 変わった髪や肌、誰も聞いた事のない様な先進的な知識、それをひけらかさない思慮深い人格等、薄々そんな気はしていた。

 しかし、それ以上に聞き捨てならないのは、彼女が殺されると言う事だ。

 皇帝は妃に詳細な話を聞くと共に、国軍や国内中の術師を動員し、その獣を排除しようとした。

 それを妃は無意味だと諦めた様に首を振った。

 曰く、「獣は不死身です。口から炎を、鬣から雷を放ち、トラの様な模様をして怪力で、しかし鳥よりも遥かに早く空を飛びます。あれを殺す事は誰にも出来ないでしょう。」

 これを聞いた皇帝は即座に国内の鍛冶師を総動員し、その獣を殺し得る神剣の鍛造を命じた。

 それもまた無意味だと、妃は告げた。

 曰く、「通常の剣ではどんなに鋭くても、あれを斬る事は出来ません。人ならぬ者か、人の限界を超えた者が、神話に謳われる程の武具を手にして、漸く戦えるのです。」

 それでも皇帝は諦めなかった。

 そして、そもそもの原因として、妃が何故獣に追われているのかを尋ねた。

 それに妃は重々しく、一人の男の人生を語った。

 天竺にて、とある姉弟によって心を救われた、一人の英雄の物語を。

 

 

 ……………

 

 

 「10年かぁ…。」

 

 未だ何処か慣れぬ着物を纏いながら、サドゥは遠くを見つめていた。

 思えば随分と遠くに来たものだ、と。

 カルデアでマシュと立香達と戦った日々も遥か遠く。

 異なる世界の果てで、ある程度女性らしく成長し、子供まで儲けたサドゥは嘗てへと思いを馳せていた。

 

 「お母様、どうしたの?」

 「ううん、何でもないのよ。」

 

 心細そうにこちらに縋る娘の頭を、少しでも安心させようと優しく撫でる。

 せめてこの愛情が少しでも通じる様にと願いながら、サドゥは世界の外で出会い、新たにこの世界に生まれ直した娘の行く末を思う。

 どうか、この子に幸多からん事を。

 父親である皇帝は何とか自分達を守ろうとしているが…それは無意味だ。

 アレは既に「獣」の幼体だ。

 自分の眷属である残骸の獣とは訳が違う。

 サーヴァントでも高位の者が十全な状態で戦って漸く相手取る事が出来る存在であり、何を切っ掛けに覚醒するかも分からない。

 故に、覚醒し切る前に討つ必要があった。

 

 (やはり、直接私が…。)

 

 幸いと言うべきか、この神秘息づく世界における人間版蟲毒の壺とも言える後宮では、呪詛や悪意の類には事欠かなかった。

 故に、力を溜める事は出来たが…その殆どは子供を産むために消耗してしまい、はっきり言って今の自分は嘗ての1割程の力もない。

 まぁ、あれはあの世界に悪意が積み重なっていたが故の事もあったのだが、それはさて置き。

 

 「いい葛葉。もし私と別れる事になったら、お父様の言う事をよく聞いてね?」

 「やだ!お母様と一緒が良い!」

 「もう、聞き分けなさい。普段は良い子にしているでしょう?」

 「やだ!」

 

 膨れ面の娘に、困ったなぁ、と眉を下げる。

 この世界で本当の母娘となれた娘、マシュとはまた違う自分の血を分けた愛しい子。

 この国の皇帝に押し切られる形で結婚したものの、この子を産めた事だけでもここの窮屈な暮らしは帳消しと言って良かった。

 この子を産んで早五年、世界の外側の時とは比べるべくもない短い間に、自分なりに愛情を注げたと思う。

 悪性の受け皿とされた身としては、十二分な程に平穏に生きられたと思う。

 

 そろそろ過去の清算をすべきだろう。

 

 あの獣、かつてシャガクシャであった獣を討てるのは、この世界では今自分しかいない。

 娘やこの世界の者達に、そんなテュポーンばりの負債を残す訳にはいかないのだ。

 そのためにも、後顧の憂いは断っておくべきだった。

 

 「う~~……。」

 「仕方ない子ね。」

 

 だが、この幼くも聡い娘がそれを邪魔する。

 生まれる前から一緒だったこの子の事だ、自分が何をしようとしているのかは漠然とだが理解しているのだろう。

 だからこうも頑強に抵抗している。

 手放したら二度と会えないと、そう察しているから。

 

 「ほら、寝る前にお話ししてあげるから、そろそろお部屋に入りましょう?」

 「うん…。」

 

 あぁ、嘗ては待ち焦がれた死が、今はこんなにも疎ましい。

 私はただ夫と娘と、穏やかに暮らしたかっただけなのに…。

 しかし、そのために犠牲にしてしまった者がいる。

 その者もまた、家族と、愛する者達との平穏を望んでいた。

 ならば、これは当然の報いと言うものだろう。

 

 「さぁ行きましょう。今日はどんなお話が聞きたいの?」

 「えーとねー……ろくでなし騎士団とその王様のお話!」

 

 ごめんなさいアルトリアさんに円卓の皆さん。

 うちの娘は何か貴方達を勘違いしてしまったらしく……その、もし再会したら何かお詫びしますので許して下さい。

 おかしい、私はただアーサー王物語を詳細まで語っただけなのに…うごごご……。

 

 

 ……………

 

 

 長い、永い、久い旅だった。

 それは人にとっては余りにも長い旅路の果てに、人らしさを失っていた。

 衣服は随分前に千切れ、肌は環境に適応して硬質化し、筋力もまた嘗ての人以上のそれよりも更に強くなり、黒髪と褐色の肌は、何時しか虎の様な体毛と鬣に置き換わり、言葉を失った代わりに炎と雷を吐くようになっていた。

 自分が何者であったのかは、遠い昔に気にする事すら忘れた。

 どうして自分が当て所なく彷徨っているのかすら忘れた。

 どうして自分が妖怪や兵士、山賊等に区別なく襲い掛かるのかすら忘れた。

 ただ、延々と続くこの生が不快であり、苦痛であり、我慢できなかった。

 だが、何時しか奇妙な惹かれる感覚、気配を感じた。

 ほんの僅かしかないそれは時折薄れたり、途切れているが、それだけを頼りに当て所ない旅を続ける。

 どうせ何をしたいのかすら分からないのだ、これ位の寄り道は問題ないだろう。

 そして、漸く行き着いたのだ。

 その気配の大本、行き着いた国の都の中央、その国の皇帝の住まう宮城の最奥の方から。

 しかし、それを阻む様に人と術者の軍勢が立ち塞がっていた。

 だからどうした。

 それにとってはそんなものは木っ端に等しい。

 何の躊躇いもなく、獣は正面から突き進んだ。

 

 

 

 




長くなったので、前後編に分割


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

嘘予告 ×Apocrypha 黒のアヴェンジャーが逝く

 「駄目だよ、悪い事をしちゃ。」

 

 ゾブリと、獣の爪牙の様な歪な短剣が、男の胸板を背後から貫いた。

 ゴボゴボと、血泡を吹きながら倒れた男に一瞬だけ視線を向けた後、短剣の持ち主である人ならざる少女は、こちらを見て目を丸くしている女性に問うた。

 

 「…貴方が私のマスター?」

 

 鮮やかな返り血を浴びながらも、小首を傾げながら、無垢に問う少女。

 自分の恋人と思い込んでいた男を目の前で惨殺されながら、女性は肯いた。

 

 「えぇ、私が貴方のマスターよ。」

 「…わかった。サーヴァント・アヴェンジャー。真名をアンリ・マユ。偽者だけど、よろしくね。」

 

 何か複雑な思惑が両者にあった訳ではない。

 少女は死にたくないという声を聞いて。

 女性はこの不思議な少女ともっと一緒にいたいと思って。

 こうして、この聖杯大戦における最悪の主従が生まれた。

 

 

 ……………

 

 

 「逃げられたか…どうする?」

 「放っておきましょう。一般人とそれに従うサーヴァントでは、赤のセイバー達以下の脅威度です。」

 「まぁ良い。あれらはあちらこちら彷徨うであろうが、あれの望むものは手に入るまい。」

 

 両教会の拠点に訪れるも、毒で満たされた部屋にマスターが案内される寸前、アヴェンジャーは悪意を嗅ぎ取って撤退した。

 そも、彼女には毒や呪いの類は効かない。

 獣が偽装した者であったとは言え、グランド・サーヴァントである魔術王ソロモンの魔術を受け、耐えてみせた彼女に対し、毒の女帝セミラミスは余りにも相性が悪かった。

 危うく追撃されそうになったものの、アサシンも言峰神父も、アヴェンジャーとそのマスターを小物としてしか見ず、使い魔化した鳩による監視だけで、追手を出す事はしなかった。

 だが、赤のランサーことカルナだけはそのスキルで以てアヴェンジャーが何者であるかを看破していた。

 していたが、マスターでもなく、助言を求めてもいない者にペラペラと話す程、彼はお喋りでもなかった。

 劇作家であるキャスターのみはランサーの様子から何かある事を悟ったが、彼の性質上、「物語」が面白くなるのが最重要事項であり、その結果「物語」に如何なる結末になろうとも頓着しない。

 故に、赤の陣営の指揮官たる言峰神父は気付かなかった。

 自分が後一歩で、自分自身の手で己の願いを壊していた事に。

 そして、壊れる可能性はまだまだある事を。

 彼は未だに気付けていなかった。

 

 

 ……………

 

 

 聖堂教会と魔術協会への投降が不可能と分かるや否や、アヴェンジャーはすぐさま黒の陣営に赴き、事の次第を説明した。

 そこには本来この世界には無い、外からの知識も含まれていた。

 つまり、赤の陣営だけでなく、黒の陣営もまた相手勢力の情報をほぼ完全な形で入手できたのだ。

 これにて情報戦では漸く五分となったのだが…それ故に問題が発覚した。

 

 「…以上が、赤の陣営の戦力です。」

 

 アサシンではなくアヴェンジャー、悪神を名乗る少女が語る情報に、黒の陣営は頭を抱えた。

 

 「キャスターを除けばどれも大英雄。しかも、指揮系統の一本化に成功しつつも何を願うかが不明瞭とは…。」

 「公王よ、それだけではありません。その神父、いやルーラーが何を聖杯に望むかで、我らと魔術協会の戦争どころではなくなります。」

 

 黒の陣営のトップである二人は、余りの事態にどうするべきか思考を重ねる。

 無論、魔術師らしく己の利益となる展開を望んでもいるが、そのためにも聖杯は確実に確保し、儀式を成功させなければならない。

 だが、彼我の戦力差は余りにも明らかだった。

 辛うじて数の上では互角だが、最大戦力であったセイバー・ジークフリードが予期せぬ事態によって大幅に弱体化(ホムンクルスの少年と融合しデミサーヴァント状態)している事もあり、正面戦力ではランサー・ヴラド三世が宝具を連射可能でも不利は否めない。

 

 「…ここで下手に戦術を変えても付け焼刃になる。戦力の増強しかないな。」

 「キャスター、ゴーレムの生産を早められるかね?」

 

 ヴラド三世の言葉に賛成する形で、ダーニックが尋ねる。

 本来なら、キャスター・アヴィケブロンの宝具を稼働させるピースが揃っていたのだが、セイバーとライダーの行動のせいでそれも出来ない。

 下手に強行して内紛に発展しては元も子もない。

 

 『やってはみるが、余り期待はしないでほしい。そも、サーヴァント相手では量産型のゴーレムでは力不足だ。』

 

 とは言え、数がいなければ話にならない。

 一応ホムンクルスも大量に配備できているとは言え、敵のアサシンが竜牙兵を操る女帝セミラミスならなおの事だ。

 

 「…あの…魔術師の心臓なら獲ってきましょうか?」

 『出来るのかね?』

 

 アヴェンジャーの言葉に、キャスターが問い返す。

 アヴェンジャーには気配遮断のスキルは無い。

 クラス固有スキルは復讐者、忘却補正、自己回復(魔力)しかない。

 それでいて、彼女は実際にここミレニア城塞に霊体化していたとは言え誰にも気づかれず、話の分かりそうなアーチャー・ケイローンの元に行き、事情を話す事でこうして無事に己と主の身の安全を確保している。

 確かに、アサシンの代わりも十分に出来るのだろう。

 意外にも使えそうな気配に、ダーニックが警戒レベルを引き上げつつも問うた。

 

 「可能かね?相手は一流どころの魔術師だが?」

 「大丈夫です。悪い人には負けませんから。」

 

 可愛らしい容姿でフンスと得意げに言うアヴェンジャーに、ダーニックは頭が痛くなってきた。

 

 

 

 

 なお、翌日にはルーマニア国内に展開していた魔術協会所属の魔術師の殆どが狩られ、同時に新鮮な魔術師の心臓が多数ミレニア城塞に届けられ、無事に『王冠:叡智の光』の炉心に活用される事となる。

 

 

 …………

 

 

 「…と言う訳で、貴方達に私のマスターの保護をお願いしたいんです。」

 「随分といきなりだな、おい。」

 

 翌日の昼前、燦々と日光の差す喫茶店のテラス席の一角。

 既に結構混み始めている喫茶店にて、アヴェンジャーとそのマスターは街で見かけた赤のセイバーとそのマスターとコンタクトを取っていた。

 

 「しっかし、やっぱり奸賊だったなあの女。」

 「えぇ、私もアヴェンジャーがいなかったら、後少しで酷い目になっていたでしょうね。」

 

 ほぅ、と頬に手を当てて溜息をつく姿すら様になっている六導玲霞を横目で見ながら、アヴェンジャーは話を続ける。

 

 「…私も、私のマスターも特にこれといって聖杯に望みは無いんです。マスターの身の安全さえ確保できれば、別に何処でも構いませんので。」

 「両陣営の情報の対価としちゃ安い位だな。お前はどう思う、セイバー?」

 「あー…良いんじゃないか?こいつ、敵に回すと弱いのに厄介そうだが、味方だと役立ちそうだし。」

 

 実際、参戦して僅か数日でこれ程の情報を入手し、剰えどの陣営からも監視なりされている状況下で素早く動き回ってきたのを考えると、生半可なアサシンよりも遥かに優秀だ。

 戦闘面でこそアサシン並とは言え、それでも味方とするには十分だった。

 

 「…じゃぁ玲霞、後はこのおじさんと一緒に…」

 「あら、それは嫌よ。」

 

 きっぱりと、此処に来て初めて玲霞はアヴェンジャーの提案を断った。

 

 「えぇ…?」

 「受肉してくれないのは仕方ないけど、それでも私は貴方と一緒にいたいの。一度は貴方のお願いを聞いたのだから、今度は貴方が聞いて頂戴ね?」

 

 にこにこと、質問風に言ってはいるが、そこには明らかに断固とした意思が垣間見える。

 ちらりと、テーブルの対面に座る二人に視線を向ければ、向こうの強面のマスターが気不味そうにサングラスの下で視線を反らしながらコーヒーを飲み、赤のセイバーは美味しそうにクラブサンドに齧りついていた。

 結論:味方はいない。

 

 「ね?」

 「………………………………………はい……。」

 

 あかん、この人一般人なのに精神力が強すぎる。

 一応人類の天敵なのに、アヴェンジャーは自身のマスターにあっさりと屈服した。

 

 

 …………… 

 

 

 

 赤のアサシンの宝具『虚栄の空中庭園』による空中からの強襲により、ミレニア城塞の全てが激戦区となっている中で、二人はこの世界では初めて出会った。

 

 「貴方は…!」

 

 そのサーヴァントを、ルーラーたるジャンヌ・ダルクが見た時、彼女ははっきりと己の使命を認識した。

 赤の陣営の不可解な動きも、黒の陣営の混乱も、しかし、今この時だけは一段と優先順位が下がった。

 目の前の、年端も行かない少女の姿をしたサーヴァント、否、ビーストの幼体こそ、己が特殊な条件で召喚された原因の一つなのだと、はっきりと理解した。

 

 「…お久しぶりです、ジャンヌさん。」

 「えぇ、お久しぶりです、サドゥさん。ですが、こんな形で、こんな所で再会したくはありませんでした。」

 

 正規のルーラーであるジャンヌは聖杯戦争の記憶を引き継いで召喚される。

 本来なら召喚された世界に限定されるのだが、抑止力による後押しにより、今回ばかりは此処ではない世界の記憶すら、彼女は継承していた。

 

 「何故、貴方が此処に?」

 「…呼ばれたからです。死にたくない、助けて、と。」

 

 故に、ジャンヌは目の前の少女の危険性を認識していた。

 第三の獣、「狂信」の理を持つビーストⅢ。

 此処ではない何処かの世界を滅ぼした七つの人類悪の一つ。

 

 「現状、貴方を討った所で大聖杯が汚染されるだけですか…。」

 「…ごめんなさい。」

 「いいえ、誰かを助ける事は間違いなく正しい事です。どうかそれを忘れないで下さい。」

 

 だが、例え善意で現れようとも、否、善意であろうとなかろうと、彼女が顕現する事は人類滅亡の引き金になり得る。

 だからこそ、ジャンヌは目の前の少女を見過ごせなかった。

 

 「申し訳ありませんが、拘束させて頂きます。」

 「…ごめんなさい。マスターが待ってるんです。」

 

 ジャキリと、互いに旗と双剣を構えて、機を伺う。

 互いに相手を素直で善良だが頑固者だと思っているので、対話で無理なら押し通すしかないと判断したのだ。

 

 

 

 

 こうして、大聖杯を巡る聖杯大戦は、更なる混迷へと突き進んでいく事となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なお、アヴェンジャーが倒されると、自動的に大聖杯の汚染or人類悪顕現になる模様。

 




繁忙期の合間を縫って投稿。
さぁ寝るか、明日も早い。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

リクエスト番外編 ×うしおととら 中国編 中編

間が開き過ぎィ!
いや、ガンオンとFGOのイベントがあって仕方なくですね(言い訳

予想以上に長くなったので、中国編のみ三部構成でお送りします。


 煙を利用した物見台による知らせにより、遂に都への獣の到来が告げられた。

 丁度宮殿では獣対策に国中の鍛冶師達が挙って集まり、自らが打った神剣を掲げ、帝からの言葉を授かっていた。

 

 「今宵、遂に方々を荒らし回った獣がこの都に、この宮殿に、我が妃を狙ってやってくる。この場に集いし鍛冶師達が力を振り絞った多くの神剣は全て、この日のためのものである!お前達の神剣は近衛の腕利き達に持たせ、必ずや獣を討つ一助となるであろう!見事獣を討ち果たせば、この戦いに参加した全ての鍛冶師と兵達に恩賞を与える!各自、一層奮起せよ!」

 

 兵達と鍛冶師達から歓声の叫びが上がる。

 しかし、妃の顔色は晴れず、その顔を見ている姫君の顔もまた不安に曇っている。

 そして、それに気づいた数少ない者、異なる時から来た少年もまた、言い様の無い不安を抱えていた。

 妃は知っているのだ、この後起こる惨劇に。

 今宵、この楽しい夢が終わってしまう事に。

 自分が歪めてしまったが故にやってくる揺り戻しに。

 その被害を少しでも減らすためには、己の命を費やす必要があるのだと。

 サドゥは知っていたのだ。

 

 

 ……………

 

 

 妃曰く、その獣は「不死身であり、口から炎を、鬣から雷を放ち、寅の様な模様をして怪力で、しかし鳥よりも遥かに速く空を飛ぶ。あれを殺す事は誰にも出来ない。」

 それを兵士達は、将達は、鍛冶師達は聞かされていた。

 しかし、如何な化け物であろうと、精鋭である近衛を中心に編成され、鍛冶師達が精根込めて鍛え打った神剣を持った彼らは勝てると思っていた。

 そう思い込んでいた。

 

 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ーーッ!!」

 

 だが、日没と共に彼方より飛来したその獣の咆哮により、その場にいた全ての者が魂消た。

 黒い毛皮に黄色の縞が走ると言う独特の逆寅縞、獅子とはまた異なる長い鬣を持った獣は、その咆哮で無防備にも動きの止まった討伐軍に対し、その口から熱線の様な炎を吐き出した。

 その一撃で、炭も残さず多くの者が絶命していき、あっと言う間に軍は壊乱状態となる。

 だが、今の一撃で死ねた者は幸運だった。

 

 「熱い熱い熱い熱いィィィィィッ!!」

 「誰か、誰か消してくれぇぇェェ!!」

 「来るな、来るなァァァァ!!」

 

 生きながら炎に巻かれ、消してくれと他の生き残りに縋りつく者が多く出て、指揮系統は完全に崩壊し、組織的な行動はあっと言う間に不可能となっていく。

 

 「■■■■■■■■■■■…!」

 

 それすらも目障りだと言わんばかりに、獣の鬣から雷が発生し、全方位へと降り注ぐ。

 床や柱を光速で這う雷を避ける術など無く、辛うじて炎から逃れた者達もその電撃により身体を内側から焼かれるか、その心臓を強制的に停止させられていく。

 閃光に目を塞いでいた帝が目を開いた時には、生き残りは殆どいなかった。

 接敵から僅か1分。

 それが彼が持てる権力の全てを使って揃えた戦力が全滅するまでの時間だった。

 

 「■■■■■■■■■■■■………。」

 

 ずしゃりと、獣が揺らぎない足取りで近づいてくる。

 それを見て、帝は死の恐怖に耐えながら、何とか妃と娘が逃げる時間を稼ごうと、腰の剣に手を伸ばした。

 

 「いいえ、貴方。ここまでです。」

 

 だが、その決死の行いは他ならぬ妃によって止められた。

 ぐらりと意識を失い、倒れ込みそうになった帝を、妃は易々と受け止め、娘へと託した。

 

 「白、お父様を連れて、此処から逃げなさい。」

 「お母さまは…!」

 「行きなさい。その人を死なせてはならないのですから。」

 「やだ、だって、お母様は…!」

 「ダメだ、お姫様!今は行くんだ!」

 

 そこに何とか生き残っていた少年が加わり、帝を背に負ぶって姫と共に駆け出す。

 後には、獣と妃だけが残った。

 

 「ありがとうございます。待っててくれたんですね。」

 

 獣は語らない。

 言葉は既に忘れ、大切な記憶は彼方で、最早何のために生きているのかすら曖昧だ。

 だが、用があるのは目の前の女だけだと言う事は、辛うじて分かっていた。

 

 「では、始めましょう。」

 

 妃が告げると同時、その姿がブレる。 

 同時、その姿が大きく膨らみ、その姿を変化させた。

 

 「「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!」」

 

 全長10mを超える、漆黒の毛並みの獣。

 身体と同じ程の長さの三本の尾を持ち、それを自在にしならせ、鋭い爪を備えた四肢は力強く宮殿の床を踏み砕いて屹立する。

 此処に、同種である二頭の獣が揃った。

 だが、二頭は兄弟でもなんでもない。

 果たすべき因縁のある嘗ての宿主と寄生者、つまりは宿敵に他ならない。

 直後、咆哮と共に両者は炎を吐き出し、宮殿を真っ赤に燃え上らせた。

 

 

 ……………

 

 

 「あぁ、都が…。」

 

 避難する民達から、無念と諦観、悲嘆と絶望の声が上がる。

 二頭の黒い獣達の戦いの余波により、ここ10年で大きく発展した都が滅んでいく。

 よくある国の終わり、妖魔による災害によって。

 

 「お妃様が怪物だったなんて…。」

 

 ふと、誰かがそんな言葉を零した。

 

 「あぁ、そう言えばお妃様はあの獣の事を知ってたらしいな。」

 「今回の騒動も王がお妃を守ろうとして起きたらしいぞ。」

 「そもそもあの獣、どうして此処に来たんだ?」

 「まさか、お妃様が狙いだったのか?」

 

 今の今までサドゥと白に食われ、ほぼ消えていた負の感情が、此処に来て噴出し始めていた。

 

 「じゃぁ、お妃様を差し出していれば…」

 「おい、滅多なことを言うなよ。」

 

 この程度の悪意なら、普段であれば治安への影響も誤差程度だっただろう。

 

 「だが、お妃も、あの女も化け物だろう?」

 

 だが、何もかも無くした人々は、自分達がこんな状況に陥った原因と感情の矛先を求めていた。

 

 「化け物は皆殺すべきだ。」

 「あの女を殺せば、獣もいなくなるかも。」

 「あの女を差し出せば、獣も何処かに行くだろう。」

 

 そんな憶測と願望と希望的観測の混じり合った妄想を抱いて、彼らは行動を始めた。

 始めてしまった。

 それがこの国の本当の終わりに繋がる行為だと、知りもしないままに。

 

 

 ……………

 

 

 「■■■■……■■■■■…………ッ!」

 

 (これ以上は無理か…!)

 

 都中を飛び跳ね、炎と雷を放ち、爪と牙と尾を唸らせて戦う両者だが、既に勝敗は見えてきた。

 即ち、小柄な方、嘗てシャガクシャと呼ばれた者の勝利である。

 とは言え、彼の目的からすれば、それを勝利と呼んで良いのかは不明であるが。

 

 (戦わなくなって長すぎちゃったか…。)

 

 嘗て人類史を救う旅をしていた頃、その直後の人類を滅ぼす災いとなった頃なら、この程度の連続戦闘でどうこうなる事は無い。

 しかし、余りにも永く戦闘から遠ざかり、子供を産む事で力の過半を削がれた今となっては、目の前の準大英雄級の怪物であっても、今の自分には荷が重すぎた。

 

 「■■■■■ッ!!」

 「ガッ!?」

 

 思考が逸れた事を感じ取ったのだろう。

 シャガクシャだった逆寅柄の獣は一瞬の隙を突く形で、三尾の獣を地へと叩き落し、眼下の市街地へと突っ込ませた。

 

 「ぐ、が、ッ…!」

 

 身体がバラバラになりそうな衝撃に何とか耐え、三尾の獣は起き上がろうとするものの、良い所に貰ったのか、身体に力が入らない。

 

 (ダメだ、ここじゃ…!)

 

 見れば、近くには未だ避難の完了していない市民がいる。

 だと言うのに、シャガクシャは雷を放つべく、その鬣から激しい紫電を発している。

 

 

 「お母様!?」

 「行っちゃだめだ!」

 

 見れば、避難していた筈の娘が、すぐ傍へと駆けよって来ようとしていた。

 夫である皇帝は部下達に止められているものの、二人の避難を手伝ってくれた少年もまた手を伸ばして駆けよってきている。

 

 

 (潮時、かなぁ。)

 

 深窓の令嬢どころか一国の御姫様なのにお転婆な娘に苦笑を零しながら、サドゥは最後の行動に出た。

 

 

 ……………

 

 

 潮は見ていた。

 お妃が変化した三尾の獣の向こう、未だ自分を知らないトラが、全力でこちらに雷を放とうとしている所を。

 

 「娘を頼みます。」

 「え」

 

 綺麗な声が告げると同時、三尾の獣は閃光と共に放たれた雷の前に身を晒し、己自身を盾にして、娘と自分を守った所を。

 全身を雷が舐め尽くし、その夜空の様な綺麗な毛皮が焼かれ、その下の肉が爛れていく様を。

 妖力の証であった尾も千切れ、焼け落ち、一本だけになる様を

 余りのダメージに最早立っていられなくなり、力尽きる様に倒れ込む所を。

 一人娘である姫と共に、間近で。

 

 「■■■………。」

 

 唸り声と共に、歩み寄って来た獣がその右手の爪で止めを刺そうと振り被る。

 だが、誰も何もできない。

 神剣も、近衛兵も、呪術師達も太刀打ちできず、ただ目の前で妃が殺される所を見るしかできない。

 その次が自分である事を知りながらも、彼らは皆無力だった。

 

 「■■■■ッ!!」

 

 そして、爪が振り下ろされる瞬間、

 

 「残念。」

 

 ドスリと、肉を何かが貫いた音が二重に響いた。

 

 「■、■■■ッ!?」

 「私、痛いのは慣れてるんだ。」

 

 アベンジャー・アンリマユのデミサーヴァントであったが故に、サドゥ・キリエライトと言う女性は、苦痛に対して高い耐性を持つ。

 それが既に死に体であった彼女に最後の一撃を放つ程度の余力を残させていた。

 最後に残った一本の尾。

 それに己が最後の魔力と呪詛を収束させて、自身が爪で引き裂かれるのと同時に相手の心臓目掛けて放つ。

 渾身の死んだ振りによって成功したその一撃は、胸板から背中にまで完全に貫通し、心臓と肺、背骨を、即死するレベルで損傷させた。

 だが、

 

 「■、」

 

 それだけでは、嘗て英雄であった獣は止まらない。

 

 「■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」

 

 心臓をぶち抜かれてなお猛る成れの果てに、しかしサドゥは動じない。

 

 「うん、知ってた。」

 

 直後、心臓に突き刺さっていた最後の尾が爆裂し、獣の上半身を内側から爆砕させた。

 

 

 ……………

 

 

 「お母様、お母様!」

 「しっかりしろお妃様!今医者呼んでくるから!」

 

 二人の子供が必死に自分に声をかけてくる。

 だが、その声はどんどん遠くなっていく。

 仕方ない、現界維持のための力すら完全に注ぎ込んだ一撃だった。

 そうなれば、自滅するのは必然だった。

 だが、それでもこの命は惜しくなかった。

 

 「サドゥ…。」

 「貴方…。」

 

 夫と娘、そして二人を守ろうとしてくれた優しい少年。

 都は守れなかったが、彼らを守れただけでも望外の喜びだ。

 

 「二人共、仲良くね。少年も、国に戻っても元気でね。」

 

 カルデアでレイシフトを行っていたからこそ分かる。

 この少年は此処ではない別の時間の存在なのだと。

 だからこそ、こんな事に巻き込んでしまって申し訳なく思う。

 そして、自分を看取らせてしまった夫と娘にも。

 

 「やだやだやだやだ!お別れなんてしないもん!もう我が儘しないから!早く寝るし、好き嫌いもしないし、勉強からも逃げない!だから、だから…!」

 

 そこから先はもう声として聞こえてこない。

 ただ、娘と夫の頬から流れるものをもう止められないのが悲しかった。

  

 「さようなら。今まで幸せだった。ありがとう。」

 「わた…し、も……」

 

 

 

 しあわせでした

 

 

 

 それがサドゥ・キリエライトと言う人間の、死を望み続けてきた女性の、最後の言葉だった。

 

 

 

 

 




なお、FGO今回のガチャで1万課金して無事マーリンと剣オルタ引きましたw


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

リクエスト番外編 ×うしおととら 中国編 後編

久々の投稿!
久々過ぎて書き方忘れたが、これで大丈夫だろうか(汗

今年中の投稿はこれで完全に終わりの予定です。
皆さんは良いお年を!
自分はサービス業(年中無休)なので、年末年始はデスマーチです!(白目


 二体の獣が倒れた後、皇帝は粛々と職務に励み、都の復興を開始した。

 何せ悲しみに沈んでいられる程、皇帝と言う役職は暇ではない。

 負傷した兵士に民草も多く、燃えてしまった民家の代わりも必要だし、何より死体や飛び散った血や肉片の掃除等をしなければ、伝染病の発生すら在り得る。

 術者達は既に無事であった者達から獣の死骸の浄化を試みているが、死してなお一向に治まりそうにないと言う。

 そんな前途多難な状態から、復興は始まった。

 だが、優秀な官僚制機構に精鋭ではなくとも未だ数多い兵士達、何より誰よりも精力的に働く皇帝によって、取り敢えず喫緊に必要な対応は直ちに行われていった。

 

 それから一月程経ち、一段落したと判断すると、次に妃を始めとした犠牲者らの葬儀を行った。

 妻を目の前で亡くした皇帝が妃だけでなく民草や兵士に呪術師、刀匠達の分も合葬して執り行う事を決め、盛大ではないものの、心を込めて行われた。

 だが、皇帝自身は見るも無残に痩せ細っていき、半年経つ頃には衰弱し、正妃の生んだ長子を跡継ぎに指定した後に退位し、白と言う娘と共に辺境の領地へと移った。

 こうして、国を襲った大災害は一先ずの終息を迎えた。

 少なくとも、表向きは。

 

 話が変わったのは、元皇帝が領地へ移り、半年程で病没した後の事だった。

 即位した新皇帝は疲弊した国土の復興へと着手していたのだが、民草や宮中の中で不穏な動きを察知していた。

 

 「白姫の処刑だと…?」

 「は。恐れながら、化け物の娘は化け物に違いないと口さがない者達が出てきております。」

 

 そう、あの獣が来襲した時、側妃たるサドゥが獣に姿を変えてこれと戦い、道連れにする形で事は終わった。

 

 「だが、今白姫はあの獣の死骸を巫女頭として祀り鎮めている。彼女を欠けば、獣が祟るやもしれん。」

 「それが、どうやらその者達は白姫様は「獣の死骸を使って国を呪っているに違いない」と…。」

 「鎮めよ。今は復興の最中。手段は問わぬ。」

 「は!」

 

 だが、この時には既に手遅れだった。

 サドゥが宮中にいた頃、人々の過剰な負の想念を食らい、それを自身と白に分けて与えていたが、今はどちらもいない。

 更に言えば、復興途中とは言え先の襲撃と都の荒廃による人心の乱れは立ち直りかけている国では御せるものではなかった。

 その不満を下手に抑えつけてしまえば、その矛先が国に向けられ、反乱を招きかねない。

 ならば、特に国に必要でもない者を生贄にし、ガス抜きさせよう。

 新皇帝や閣僚らがそう判断するのに、そう時間はかからなかった。

 

 

 ……………

 

 

 新皇帝が辺境の白姫の領地へと兵を向けた事は直ぐに内外に知られた。 

 しかし、この時白姫は未だ10になるかならないかと言う年頃。

 そして、こう言う時に彼女を守れる両親は既になく、宮中の多くが彼女の排斥に内心はどうあれ賛同してしまった現在、彼女を守る者はいなかった。

 それを幼くも聡い彼女は正確に理解すると、使用人や従者らの全てを自身の邸宅より逃がし、一人で自らを殺すために編成された軍の到着を待った。

 待ちながら、日課となっていた獣の残骸に鎮めのための祈りを捧げ続けた。

 母親より授かった、人の負の想念を集め、己の力とする異能。

 それにより、白は獣の残骸よりそこに込められた憤怒や憎悪、悲嘆を吸い取っていった。

 それは嘗てシャガクシャと言われた英雄の軌跡を知る事でもある。

 孤独に生まれ、何時しか愛を知り、家族に囲まれ、しかし共に死ぬ事が許されずに、最後には獣となって狂ってしまった男の人生。

 何時しかその悲しさから膝を抱えて涙を流していた白は、ふと呟いた。

 

 「そっか。人間て、こんなに悲しいものなんだ。」

 

 その解釈は、愛する両親を失い、完全に一人となってしまった彼女の胸にストンと落ちた。

 

 「あんなに綺麗に見えたのに……こんなに……。」

 

 きっとあの母と共に見た輝きは、この悲しさによって流された涙なのだと。

 あれ程綺麗だったのに、今はその輝きすら色褪せて感じる。

 

 「そっか……なら……。」

 

 

 

 「私がその悲しみ、終わらせても良いよね?」

 

 

 

 白の口元は、僅かに弧を描いていた。

 

 

 ……………

 

 

 カン カン カン カン カン

 

 暗い室内で、焼けた鉄を打つ甲高い音が響いている。

 砂鉄を熱し、鉄を取り出すための炉からは火が絶えて久しい。

 では、この室内に籠る熱気を生み出しているのは、一体何なのか?

 

 カン カン カン カン カン

 

 槌を振るい、焼けた鉄を打つ男の目からは、血の涙が絶えず流れていた。

 その手は男が鍛えている槍の穂先と繋がっており、肉が金属へと変質していた。

 そして、時折男が吐き出す炎によって、鉄は焼かれていた。

 

 男は、嘗て国一番である刀匠だった。

 国外の優れた刀匠に弟子入りし、その技を修め、国へと帰り、その技を以て父と共に神剣を鍛えた。

 だが、その神剣は都にやってきた獣に砕かれ、獣ともう一体の獣の戦いによって、父母は死んでしまった。

 獣達は相打ちとなり、都には一先ずの平和が訪れたが、それで死者が生き返る訳もない。

 残った男と妹、そして弟分である少年と共に生き延び、失意にくれていた。

 その時、男が以前漏らしてしまった魔剣を打つ秘技を聞いていた妹が、それを実行してしまった。

 秘技、それは人を生贄にして鉄を作り、その鉄を材料にすれば望み通りのものを作れると言うもの。

 妹はそれを聞き、父母の敵討ちをしようと、また自分達の様な犠牲者を出さぬため、次なる獣へ備えるため、兄に己の全てを託したのだ。

 

 「良い剣を、作ってくださいましね。」

 

 笑顔と共に炉へと落ちていく妹を、男と少年は止める事は出来なかった。

 そして、残された男はその身を捧げた妹の願いを叶えるべく、剣を鍛え始めた。

 だが、男の絶望と憎悪と憤怒は余りにも深く、やがて彼自身を人の身から外れさせてしまった。

 男は何時しか己自身も獣と同じく人外へと成りながら、それでもなお、獣を殺せる魔剣を鍛え続けた。

 その悍ましくも悲しい様をただ一人、異なる時代からの稀人たる少年はじっと見つめ続けていた。

 

 

 ……………

 

 

 「こんにちは。遠路はるばるご苦労様です。」

 

 それを見た時、コレは何だと、その少女を見た事のある討伐軍の将は思った。

 将の知る白姫は聡明ながらも年相応の幼さとあどけなさを持った、将来が実に楽しみな少女だった。

 例え王位を継ぐ事など無くても、その未来は明るいだろうと思える様な、そんな可愛らしい少女だった。

 だが、今の彼女は違う。

 1000の完全武装の兵士を前にして、一切の怯えも恐れも見せず、ただニコニコと、これからとても楽しい事が起きるのを確信している様に笑っているのだ。

 

 「白姫、どうかご同行を。御身には呪術により都を呪った嫌疑がかけられています。」

 

 そうは言うものの、将はこの時点で白姫の捕獲を諦めていた。

 都まで連れ帰り、民衆の前で処刑する計画を取りやめ、この場で殺す事を決めた。

 それは未だ妖魔の多い時代を生きる将であるが故の判断だった。

 何としてもコイツを殺さねば、後々の禍根となると、そう判断したのだ。

 

 「あら?その割には今にも私を殺そうとしているのですね?」

 「ッ!?」

 

 何時の間にか、瞬きすらしていないはずなのに、白姫は将の目の前にいた。

 そして大きく見開かれた瞳で、将を見上げていた。

 

 「あら、どうしたんです?少し驚かせてしまいましたか?」

 「えぇい化け物が!!」

 

 これは最早自分の手に負えぬ。

 そう判断した将は、しかし歴戦の軍人として腰に差した剣を引き抜き、斬りかかった。

 

 「ふふ、ふふふふふ!」

 

 だが、先程の焼き直しの様に、白姫は何時の間にか邸宅の屋根の上から将達を笑いながら見下ろしていた。

 

 「ねぇねぇ皆さま!私、気付いたの!」

 

 くるくると、繰る繰ると、狂狂と、まるで操り人形の様に、独楽の様に、回りながら白姫は笑っていた。

 その姿には、最早狂気しか感じられなかった。

 

 「私を生贄にしてまで、人々の不満を晴らして何になるのかしら!生きてる限り、不満なんて幾らでも溜まっていくのに!」

 「弓兵隊構えぇ!」

 

 化け物の戯言など聞く耳持たんと、将が旗下の兵達へと声をかける。

 だがしかし、それは余りにも遅すぎた。

 否、例え万の精鋭達が一心不乱に駆け抜けた所で、既にもう手遅れだった。

 新たな獣は既に生まれて落ちているのだから。

 

 「じゃぁその不満も、怒りも、悲しみも、全部私が終わらせる!お母様が負の念を集めた様に、負の念をその人達ごと食べていけば、もう誰も悲しまないわよね!」

 「気狂いが…!」

 

 放たれる矢は、しかし一発も当たらない。

 手傷を与えるどころか、碌に掠りすらしない。

 寧ろ白姫の姿をしたナニカより湧き出る悪寒は既に将をして心胆寒からしめる代物だった。

  

 「では見て下さいね、私の新しい姿を! お母様にそっくりな獣の姿を!」

 

 その声に、今度こそ将の背は総毛立った。

 これはいてはいけないモノなのだと、この場で彼だけが悟っていた。

 

 「殺せ!何としてもあの化け物を殺せ!」

 「アハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」

 

 そして、将達の奮闘空しく、ソレが降り立ってしまった。

 莫大な瘴気と狂気と妖気を放ちながら、この世界で最初の、本当の人類悪が。

 六の尾、金の毛、白い顔を併せ持った獣は、まるで産声の様に天高く咆哮した。

 

 

 

 

 

 おぎゃあああああああああああああああああああああああああ!!

 

 

 

 

 

 これは人より生まれ出でた獣と獣、そして獣を討つために生まれた槍の物語である。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

リクエスト番外編 ×うしおととら 古代日本編

久々の更新ですが、今回は説明会。


 白姫改め、金毛九尾白面の者は中国を荒らし尽くした。

 毒を、火を吐き出し、小山程の巨体で縦横無尽に駆け抜け、時に人に化けて人心を乱す。

 ありとあらゆる手を以て、白面の者は人の世を荒廃させた。

 その期間こそ数年程度のものだったが、当時の中国にある多くの国家の人口が半減したと言えば、どれ程甚大な被害があったのか想像がつくだろうか。

 無論、誰もがそれを止めようとした。

 中華の神々、妖怪、神仙、術者達。

 しかし、それらは須らく皆殺しにされた。

 白面の者にとり、己に負の感情を、憎悪や恐怖を抱く者は敵にならない。

 ただ糧になるだけであり、無残に屍を築くだけだった。

 最早、中華全体から知的生命体の全てが駆逐されるまで、時間の問題だった。

 だが、そんな時だった。

 無銘の槍、後に「獣の槍」と言われる魔槍が現れたのは。

 

 

 ……………

 

 

 「きゃははははははははははははははは!!」

 

 雲を引き裂き、我が物顔で高空を飛びながら、白面の者は嘲笑していた。

 

 「脆い脆い脆い脆い!この程度だったのかよ人間とは!」

 

 魔に堕ち切った彼女にとり、最早最初に目指した思い等は無い。

 ただ人を、魔を、神を殺す事を快楽と感じ、彼らが放つ恐怖や憎悪、悲嘆を糧とする。

 そして得た糧により更なる力を得て、更なる殺戮に興じる。

 それが白面の者にとって、当たり前の事だった。

 

 「ぬ?」

 

 だが、不意にその顔が怪訝そうに歪む。

 

 「何だ…誰かが追ってくる……?」

 

 この鳥よりも遥かに高い空において、己を追ってくる者がいる。

 となれば、十中八九神仙か妖魔の類だろう。

 だが、その数がおかしい。 

 

 「馬鹿め、単騎で何が出来るものか。」

 

 7本まで増えていた尾、その一つを一時的に分離して差し向ける。

 7分の1とは言え、獣の端末。

 その力は大都市を滅ぼしてなお余りあるソレを差し向けた。

 これで済むだろうと、この時の白面の者は考えていた。

 

 (何…?)

 

 差し向けていた尾の反応が消えた。

 そして、後ろから己を追う者の気配が近づいてくる。

 

 (これは、本気で対処せねばならんか?)

 

 少なくとも、確認する必要があった。

 己を追う者が何者なのか?

 場合によって、策を講じる必要があると。

 この時の白面の者は、未だにそんな甘い考えを抱いていた。

 だが、

 

 「な…!?」

 

 追いついてきたのは、一本の槍だった。

 特にこれと言った装飾もない、担い手すらいない一本の槍。

 だが、それに込められたこれ以上無い程の破邪の力は、白面の者をして心胆寒からしめた。

 

 

 おぎゃあああああああああああああああああああああああああああああッ!!??!!

 

 

 接敵と同時、己の身体を瞬きの間に幾度も切り裂かれ、白面の者は獣となって初めての命の危機を前にして、恐怖の悲鳴を上げた。

 その後、白面の者は無様にも遁走した。

 残った6本の内の5本、その中から2本の尾を囮にし、残り3本を鉛へと変化させて獣の槍を包み込み、諸共に海へと落ちたのだ。

 これにより、本体に残った尾は1本だけとなったが、それをするだけの価値はあった。

 そうでなければ死んでいたか、確実に数百年単位で癒す必要がある程の重傷を負っていた事だろう。

 

 (いかん。アレのいない所へいかねば…。)

 

 相手が生き物ならまだやりようはある。

 しかし、相手は無機物の、しかも破邪の槍である。

 魔性であり、人の天敵である白面の者にとって、あの槍は極めて厄介な相手だった。

 少なくとも、この消耗した状態で出会えば今度は確実に滅ぼされる。

 

 (仕方あるまい。この地を去るとしよう。丁度人が減り過ぎて旨味が減っていたからな。)

 

 そうして、白面の者は美女へと化けると中華の大地から高麗の地へと渡り、そこから船で日ノ本を目指すのだった。

 

 

 ……………

 

 

 対する獣の槍はと言うと、白面の尾によって身動きできなかった所をなんと中華の妖怪達によって封印されてしまった。

 これは白面の者に出会うまで獣の槍が目につく人外全てを駆逐していたからで、妖怪達は自らの生存のために一致団結、自分達を赤い糸へと変じさせ、それを織って作った血色の織布によってその力を抑え込んでしまったのだ。

 だが、それを止めた者がいた。

 そう、シャガクシャである。

 本来、彼は獣となり果て、最早人としての心は死んだ筈だった。

 しかし、彼は白姫の祈りによって己の中の獣性の全てを、降り積もった憎悪も憤怒も悲嘆も抜かれ、正気に戻っていたのだ。

 無論、その不死性は些かの衰えもなく、何れはまた獣に戻ってしまうだろう。 

 だが、これは獣の槍にとって千載一遇のチャンスだった。

 シャガクシャは槍を封印から解き放ち、獣である白面の者を探して、また旅を始めた。

 何れ槍によってまた獣へとなるとしても、彼は決して旅を止める事は無く。

 遂には獣の槍を白面の行ったであろう日ノ本へと投げ放ってみせた。

 しかし、彼はそこまでが限界だった。

 獣の槍の浸食と彼自身の獣性により、今度こそシャガクシャと言う人間は消えた。

 そして現れたのは寅の身体に獅子の如き鬣、炎の吐息と雷を操る新たな獣。

 後にとらとも、長飛丸とも呼ばれる大妖の姿だった。

 

 その様子を、時の稀人たる少年はじっと見つめていた。

 

 

 ……………

 

妖怪達

 さて、日ノ本へと渡った白面はと言うと、獣の槍と言う重圧から解放された故に暴れに暴れ回っていた。

 宮廷の陰陽師も、神々も、妖怪達も何とかしようとしたのだが、白面の者は周到だった。

 最初に宮廷へと潜り込み、貴族達の政治を混乱させた。

 次に寺社勢力の腐敗を助長して破戒させ、力ある法力僧の数を減らした。

 更に都を守る地脈を利用した結界を荒らし、己の邪魔を出来るものがもうないと確信して、漸くその姿を現したのだ。

 辛うじて機能していた陰陽寮は初動こそ素早かったものの、彼らだけで白面に敵う訳もなく、あっさりと壊滅した。

 そして、白面の者は日本中を荒らし回った。

 人も、妖怪も、神々も関係ない。

 只管に殺し、燃やし、毒を撒く。

 そして生まれた恐怖を、怒りを、悲しみを食らう。

 それが更に白面の者の力を増し、更なる悲劇の原動力となる。

 永遠に終わる事の無い惨劇に、漸く陰陽寮と妖怪、残っていたまともな法力僧らが一致団結した。

 だが、散々に食い散らかした白面の者は9本の尾を持ち、以前よりも力を増していた。

 戦いは50年も続く凄惨なものとなった。

 人も妖怪も関係なく、大勢の者が死んでいった。

 だが、その犠牲の甲斐あってか、彼らは白面の者を追い詰める事に成功した。

 しかし、白面の者は動じなかった。

 嘗て遭遇したあの槍に比べ、この連中は大したことは無い。

 そして、日ノ本も嘗ての中華同様に獲物が減り過ぎて旨味が無くなっていた。

 となれば、次の土地へ行くべきとも思うが……今現在、あの忌々しい槍が自分を追ってきている事を感知していた。

 故に、白面の者は追い詰められた事を契機に、日ノ本の海底深くに存在する要の岩へと撤退した。

 更に、その要の岩に白面の者は己の身体を埋め込んだのだ。

 これでは迂闊に攻撃する事が出来ない。

 妖怪と神と人は話し合い、白面の者を結界を以て封じ込める選択を取った。

 そして、結界を張る女陰陽師はその御役目のために、自ら要の岩の前で結界を張り続ける事となった。

 

 だが、その努力を、その献身を、白面の者は嘲笑と共に眺めていた。

 

 傷が癒え、消耗が回復し、尾が生え揃った後、白面の者は結界の隙間から尾で作成した婢妖の群れを解き放ち、人心を乱し始めたのだ。

 自身に向けられるものではない故、効率は悪いものの、それは確かに白面の者にとって餌だった。

 人も、妖怪も、神々すらも、白面にとっては餌に過ぎない。

 そう言葉なく告げる獣に、しかし人々は何とか対策を試みた。

 しかし、圧倒的とも言える婢妖の数に成す術無く、乱世は長く長く続く事となった。

 

 

 ……………

 

 

 そして、月日は流れる。

 とらと呼ばれる獣が日ノ本へと渡り、人と触れ合い。

 獣の槍の何代目かの主である青年によって封じられ。

 そして、500年もの間、槍に縫い付けられていた。

 その間、世は幾度も巡り、何十億何百億と言う人とあやかしの命が消え、彼らの抱いた悲嘆や憎悪、恐怖が白面の者の餌となっていた。

 

 だが、二度の世界大戦が終わり、日本に太平の世が訪れた頃。

 とある少年が、槍によって縫い付けられた獣と出会う。

 それが彼らの物語の、終わりの始まりだった。

 

 

 

 

 

 




次回と次々回で決戦。
漸くリクエスト消化できるなぁ…(遠い目)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

マシュ姉特別篇 カルデア学園 その1

本当はお正月にやる予定だったけど、サービス業に祝日は存在しないから仕方ないネ。


 何やかんやあってこの時空は平和である!

 

 何やかんやあってこの時空では死んでも次の日には生き返る!

 

 何やかんやあってこの時空は学園ハートフル(ぼっこ)ストーリーである!

 

 以上の悪乗りでもおKという方のみお読みください。

 

 

 

 ……………

 

 

 

 「Zzz……。」

 

 藤丸立香の朝は遅い。

 今時の男子高校生らしく夜更かし上等で、その上朝は寝汚いからだ。

 そんな彼の部屋に、ノックの音が響く。

 

 「先輩、先輩。起きてますか?」

 

 故に、彼を起こすのはこの愛らしい後輩の務めだ。

 とは言っても、年齢は同じで、あくまで人生の師として尊敬しているだけだが。

 学園の制服に身を包んだマシュが立香の部屋へと入ってきた。

 

 「先輩、先輩、藤丸先輩。起きてください、もう朝ですよ。」

 「う~~ん…。」

 

 ゆさゆさと揺さぶられ、唸り声を漏らす立香。

 しかし、未だ覚醒には至らない。

 今日は平日であり、このままでは遅刻してしまうし、何より彼女の大事な姉の朝食が冷え切ってしまうだろう。

 

 「先輩、起きてください。先輩、起きないと…」

 

 ガラリと部屋の窓を開け、布団をべりっと引き剥がし、感情を抑えた声ではっきりと告げる。

 

 「朝ご飯、お向かいのアルトリアさん達にあげちゃいますよ。」

 「それはダメーッ!?」

 

 ガバ!と起き上がる立香。

 あのエンゲル係数を垂直上昇させる暴食の化身×8体の前にあっては立香の朝食などそれこそ朝飯前で消えてしまうだろう。

 そうなれば、お昼までずっと飯抜きという男子高校生には地獄の様な午前中になってしまう。

 

 「起きましたね。おはようございます先輩。」

 「おはよ、マシュ。すぐ行くから僕の分も取っておいてね。」

 「ふふ、大丈夫ですよ。ちょっとした円卓ジョークですから。」

 

 慌てた立香に、マシュはくすくすと微笑みながら部屋から出ていく。

 

 「では早く着替えてくださいね。私も姉さんも下で待ってますから。」

 「は~い。」

 

 欠伸を噛み殺しながら、のそのそとベッドから降りて着替え始める。

 寝起きの弱い立香と言えど、同級生と後輩の美人姉妹の朝食を逃すなど有り得ない。

 3分とかからず着替えて階段を下り、リビングへと入る。

 

 「おはようございます先輩。今日は7時11分と、いつもより少しだけ遅くなってしまいましたね。」

 「うん、改めておはようマシュ。」

 

 テーブルの上に箸やコップ、茶碗等を配膳していたマシュ。

 制服の上からエプロンをかけてなお分かるご立派な胸部装甲、そして可愛らしい薄黄色のひよこのエプロンに毎度ながらほんわかする。

 

 「…立香、おはよう。」

 「おはよう、サドゥ。」

 

 そしてもう一人、この家の住人が姿を現す。

 リビングの隣のキッチンから、皿に盛られた朝食を手に現れたのはマシュの姉にして立香の幼馴染であるサドゥだった。

 マシュ以上に病的な白い肌と痩せぎすな肢体を持った彼女は、しかし間違いなく姉妹であると言える程にマシュと似通った美少女だ。

 そんな彼女が薄紅色のエプロンをつけて己に微笑んでくれる。

 見慣れたとは言え、その光景を目にした立香は朝から心が温かくなった。

 

 「今日は和食だよ。遅刻しないように直ぐ食べよう。」

 「うん、待たせてごめんね。」

 「ううん、今盛り付け終わった所だから。」

 

 そう言って控えめにほほ笑む彼女を見て、何故か立香は泣きたくなった。

 

 

 ……………

 

 

 私立カルデア学園

 

 この学校は将来を担う超一流の人材の育成を目指しており、実際そういった人材を輩出してきた小中高大一貫校だ。

 中途編入や卒業も可能で歴史こそ20年にも満たない浅いものだが、卒業していった人材は誰しもがその分野にて一流とされる者達であり、有名人だらけだ。

 そんな高校に立香達が入学できたのは、偏にマシュとサドゥの父親であるランスロットがこの学園で教師をしているからだ。

 加えて、仕事は忙しく、滅多に早く家に帰る事は出来ない。

 そのため、家には子供のマシュとサドゥしかいない。

 それを心配したお隣の藤丸一家が何くれとマシュとサドゥの面倒を見たため、立香と彼女ら姉妹の関係は物心ついた頃から始まった。

 そのため、マシュの気持ちを知り、教育者として一廉の人物たるランスロットは三人の進学先としてカルデア学園を紹介した。

 無論、コネや裏口ではなくちゃんと受験させてではあるが。

 高校受験でカルデアに入学した三人は、そのまま仲良く同じクラスへと入学を果たしたのだった。

 

 「おーうお前ら!相変わらず朝っぱらからイチャイチャしてんな!」

 「モーさんおはよー。」

 

 朝、教室へとやってくると、真っ先に声をかけてきたのはモードレットだった。

 女子なのに男子制服を着て、指摘されると「オレを女と言うんじゃねぇ!」と逆切れしたり、しょっちゅう悪戯して問題を起こす構って系困ったちゃんであるが、根は良い人なので、入学時からの知り合いという事もあり、三人とは特に仲の良いクラスメイトの一人だった。

 

 「よう、マシュにサドゥ。あんまこいつを甘やかすなよ。その内刑部の奴みたく引きこもりになっちまうぞ。」

 「いやー、流石にああはならないよ。」

 「流石にそうなったら心を鬼にする。」

 「あはは…先輩ならそんな事にはならないですよ。」

 

 刑部とは刑部姫という二年の先輩だ。

 ゲーム愛好会(会員数4名)の零細愛好会だが、コアなメンツが集まっており、立香も一応幽霊会員として所属している。

 

 「おっと、そろそろチャイムか。んじゃまたなー。」

 「はい、モードレットさんもまた後で。」

 「…また。」

 「うん、またね。」

 

 こうして、三人のカルデア学園の一日が始まった。

 

 

 ……………

 

 

 一限目は現国、ケイローン先生。

 人格・体力共に申し分無しのカルデア学園きっての名教師だ。

 時折、男子生徒を見る目が怖い・部活では熱血で体罰上等・乗馬部を複雑な目で見ている等の問題もあるが、基本的に超良い人だ。

 

 二限目は数学、バベッジ先生。

 何故か自作の蒸気機関式パワードスーツに身を包んだ老教師だが、その数学に関する知識は本物だ。

 でも夏場のスチーム噴出はマジで止めてほしいと切に願われてる人でもある。

 

 三限目は歴史、エレナ先生。

 外見はどう見ても小学生なのだが、これでもバツイチの合法ロリ人妻である。

 その小さな体にたくさんの知識を詰め込んでいるが、頑張って授業しても微笑ましく見られるだけである。

 熱烈なファンクラブが存在し、常に見守られている。

 

 四限目は体育、スカサハ先生。

 このお方の授業はマジで死ぬので気合いを入れなければならない。

 何故高校の体育で軍事教練同然の訓練を受けねばならないのか、コレガワカラナイ。

 時折非常勤のクー・フーリン先生こと通称五次ニキが代役を務める時もあるが、その時ばかりは極普通の体育でサッカーやソフトボール等になるのだが、迂闊に歓声を上げるとどこからともなく槍が降ってくるので注意。

 

 お昼休みは45分間。

 食堂と購買はアルトリア一家を中心に毎日熾烈な生存競争が発生するので、弁当組は一切近寄る事はない。

 下手に行くと欠食児童達に弁当を奪われかねないからだ。

 

 五限目は化学、パラケルスス先生。

 時折、「良かれと思って…」と言って生徒に新薬を盛っては大問題を起こしたりするが、それ以外はとても良識的な先生である。

 が、一部の生徒や先生から安請け合いして怪しい薬を作るので、やっぱり変人ではあるのだろう。

 

 六限目は保健体育、ロマニ先生。

 ゆるふわ系お兄ちゃんなこの先生、実はガチガチのエリートなお医者様だったらしいのだが、何故か学園で教師なんかやってる不思議ちゃんである。

 生徒達の多くから大人気なのだが、先生の多くや一部生徒からは何故か蛇蝎の如く嫌われている人物だ。

 

 

 「まぁ高校の保健体育なんて、極論すれば『学生の内は子供作んな!健康に気を付けろ!』の二点なんだけどね。」

 「オブラートぉぉぉぉぉ!!!」

 

 現在六限目、開始早々に大暴投してきたロマン先生に、立香は全力で突っ込んだ。

 

 「ドクター最低です。」

 「…ドクターェ…。」

 

 病弱で、幼い頃は家のかかりつけ医であったドクターと仲の良い二人は、呆れた目を向けている。

 

 「こ、子供って…オレは別にそんな…。」

 「まぁまぁ!では子供を作らず健康に気を付けてさえいれば、その先もOKという事ですね!」

 「ドクターロマン!たとえ真実であろうと言ってはいけないものがあります!今日という今日は許しません!そこに直りなさい!」

 

 こうして、今日もまたカルデア学園のカオスな日常は過ぎていくのだった。

 

 

 ……………

 

 

 夕暮れの下、長い影がアスファルトへと伸びている。

 生徒達の殆どが下校し、誰もいなくなった校庭。

 

 そこに、人ではないナニカがいた。

 

 「ふん、よもや真相がこれとはな。」

 

 黒いコートにポークパイハットを纏った、色白の青年。

 そして全身から稲妻に似た禍々しい魔力を放出し、周囲の全てを威圧していた。

 

 「ははははははははははははは!!!まさかまさかまさか!こんなお粗末なものが願いか!」

 

 青年は笑う、嗤う、哂う。

 しかして、その実彼は一切の愉悦を感じていない。

 寧ろ、怒りが振り切れて笑う事しか出来なくなっているのだ。

 それらは全て、いつの間にか校庭中の影から這い出てきた、影の獣達へと向けられていた。

 

 「ならば良い、良いだろう。オレはお前達の願いを阻もう!この理不尽へと反旗を翻そう!それこそが我が怒り、我が憎悪、我が恩讐!我が黒炎は、請われようとも救いを求めず!我が怨念は、地上の誰にも赦しを与えず!」

 

 轟轟と、黒炎が燃え上がる。

 何時しか獣達の数は百を超えていた。

 それでもなお、黒衣の青年の戦意…否、恩讐は聊かも減じていなかった。

 

 「我が行くは恩讐の彼方……『虎よ、煌々と燃え盛れ/アンフェル・シャトー・ディフ』ッ!!」

 

 こうして、誰も知らないまま、誰も覚えない戦いが、誰も分からないまま始まった。 

 

 

 

 

 

 




アンリマユと言ったらホロウだからね、この展開も是非も無いよネ。
一応三話で終了予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。